天稚彦物語

(『日本文学大系』第19巻「お伽草子」〈大正14年〉による。振り仮名省略版。入力:菊池真一)

天稚彦物語

 昔、長者の家の前に、をんな、物洗ひてありけり。大きなるくちなは出で来ていふ様、「我がいはむこと聞きてんや、聞かぬものならば、おしまきてむ。」といへば、女、「何事にかはべらむ、身にたへむ程の事は、いかでか聞き侍らでは。」といへば、くちなは口より文を吐き出して、「此のうちの長者にこの文をとらせよ。」といふ。持ちて去ぬ。やがてあけて見るに、「三人の女、たへとらせずぱ、たゝをも母をも、とり殺してむ、そのまうけの屋には、そこ/\の池の前に釣殿をして、十七間の家を作りたるに、わが身はそれにはゞかるぞ。」といひたり。これをてゝ母見て、泣く事かぎりなし。
 大女を呼びていへば、「あな思ひかけず死ぬる色なりとも、さる事はしさふらはじ。」といふ。中女にいへば、それもおなじ事にいふ。下の女は一のかなし子にてありければ、泣く泣く呼びていへば、「父母とらせむよりは、われこそ如何にもならめ。」と云ふ。あはれさかぎりなくて、泣く/\いだしたつ。くちなはのいひたりし池の前に、家を作りて、いてゐぬ。唯一人すゑて、人々かへりぬ。亥の時許りなるらむと思ふ程に、風さと吹きて、雨はしはしと降り、神鳴、稲妻、ひら/\として、おき中より浪いと高く立つ様に見ゆれば、姫君、生きたる死にたるかと思ひて、恐ろしさせむ方なく、あるかなきかにて居たるに、十七間にはゞかる程のくちなは来て、云ふ様、「我を恐ろしと思ふ事なかれ、もし刀や持ちたる、我が頭斬れ。」といへば、恐ろしさ悲しけれども、つめきり刀にてやすく斬れぬ。
 直衣著たる男の、まことに美しきか走り出でて、かはをばかいまとひて、こからびつに入りて二人臥しぬ。恐ろしさも忘れて、語らひ臥しぬ。かく相思ひて住む程に、よろづの物多くてありける所なりければ、取出してなき物なく、楽しきことかぎりなし。すんさけんそくおほくある程に、この男いふ様、「我はまことには、海龍王にてありしが、又、空にも通ふ事のあり、この程に行くべき事あれば、あすあさてばかり、空へ登りなむずるぞ。七日過ぎてかへらむずるぞ。それ心ならず、かへらぬ事あらば、二七日を待て、それになほ、おそくば、三七日を待て、それにこずはながく来まじきと思ふ。」と云へば、「さらば如何せむずる。」と云へば、男云ふ様、「西の京に女あり、一夜杓といふ物持ちたり、それに物をとらせて登れ、それも大事にて、登りえむ事かたからむ、もし登りたらば道に逢はむものに、天稚彦のおはする所は何処ぞと、問うて来よ。」と云ふ。「この物入れたるからびつをば、あなかしこ、如何なりとも開くな、これだにあけたらば、更にえかへり来ましきぞ。」とて、空へ登りぬ。
 さて、姉女ども、此の家に来て、目出度き事を見むとて来てあひたり。「かく楽しうておはしましけるに、我等果報の悪くして、恐ろしとも思ひけるぞ。」など云ひつゝ、よろづの物どもあけつゝ見るに、此なあけそと云ひしからびつを、「あけよ、見む/\」と云ひあひたるに、「その鍵知らず。」と云へば、「かまへて鍵とり出でよ、など隠すぞ。」と姉共こそぐりけるに、鍵を袴の腰に結ひつけたりけるが、木丁にあたりて音のしければ、「なとくわ有けるは。」と云ひて、そのからびつを、さうなくあけてけり。物は無くて、煙、空へ登りぬ。かくて妹どもかへりぬ。三七日待てども見えざりけれぱ、云ひしまゝに、酉の京に行て、女にあひて、ものどもとらせて、一夜ひさごに乗りて、空に登らむと思ふに、ゆくへなく聞きなしたまひて、親達の嘆き給はむ事を思ふに、いと悲しく、今は故郷見るまじきぞかしと、顧みのみせられて、
  あふ事もいさしら雲の中空に漂ひぬべき身を如何にせむ
 空に登りて行く程に、白き狩衣著て、みめよき男のあひたるに、「天稚彦のおはします所は伺処ぞ。」と問へば、「我は知らず、これよりのちに逢ひたらむ人に問へ。」と云ひて行くに「われは誰ぞ。」と云へぱ、「ゆふづゝ。」と云ふ。又、帚持ちたる人、出で来たれば、先の様に問ふに、「我は知らず、此の後逢はむ人に問へ、我は帚星となむ申す。」と云ひて過ぎぬ。又あまた人逢ひたり。又先の様に問へば、これも先の様に云ひて、「我はすばる星。」とて過ぎぬ。かくのみあらぱ、尋ねあひきこえむ事もいかゞと思ふに、中空なる心地、、いみじく心細し。さてしもあるべきならねば、猶行く程に、目出度き玉の輿に乗りたる人に逢ひたり。又これもおなじ事に問へぱ、「これより奥に行かむ程に、瑠璃の地に玉の屋あり、それに行きて、天稚彦に物申さむ。」と教へ給へば、そのまゝに行きて尋ぬ。天稚彦に尋ねあひたてまつりぬ。上の空に迷ひいでつる心の中など語り給ふに、いと哀れにて、日頃のいぶせきわりなかりけるに、契りきこえしまゝに、尋ね給はむと待ち聞えて、なぐさみ侍りけるに、おなじ心に思しけるこそあはれなれと、さま/゛\に契り語らひ給ふも、げに浅からざりける御契りなむめり。
 さても心苦しき事のあるべきことは、如何し侍るべき。父にて侍らむは、鬼にて侍る。かくておはすると聞きては、いかゞしきこえむとわぴしきと宣ふに、いと浅ましけれど、よしや様々、心尽しなりける身の、契りなれば、それもさるべきにこそ、こゝを憂しとても、又立帰るべきならねば、あるにまかせてと、おぼしけり。かくて日敷経るほどに、此の親来たり。女をば脇息になして打ちかゝりぬ。まことに眼もあてられぬ気色なり。娑婆の人香こそすれ、暫くさやとてたちぬ。その後も度々来りけれども、扇、枕などにしなしつゝ、まぎらはしてありふるに、さや心得たりけむ、足音もせず、みそかにふと来たり。ひるねをしたりければ、身隠さで、みえぬ。是は誰ぞと云ふに、いまは隠すべき様ならねば、有りのまゝに云ふ。「さては我が嫁にこそ、つかふものも侍らぬに、たまはりてつかはむ。」と云ふに『さればこそいと悲し。惜しむべきならねば遣りぬ。ぐして行て云ふ様、「野に飼ふ牛数千あり、それを朝夕に飼へ、昼は野へ出し、夜は牛屋へ入れよ。」と云ふ。天稚彦に、「之をば如何すべき。」と云ひあはすれば、我が袖をときて取らせて、「天稚彦の袖々。」と云ひて振れと教へければ、そのまゝに振りければ、つとめては野へ出で、夕さりは牛屋へ入る。千頭の牛なびきたり。かくこそ神通なれと鬼云ひけり。「我が倉に在る米千穀、只今のほどに、こと倉に運び渡せ、一粒も落すな。」と云ふ程に、又袖を振りて、袖々と云へぱ、蟻いくらも/\出で来て一時に運びぬ。鬼これを見て、算を置きて、一粒足らずとて悪しげなる気色にて、「確かに求め出せ。」と云ふ。。顔を見るに、今はかくと見えて、恐ろしさ云ふ許なし。「尋ねてこそ見侍らめ。」とて求むる程に、腰の折れたる蟻のえ運ぱであるを見つけて、嬉しくて持ちて行きぬ。又、「百足虫の倉にこめよ。」と云ひて、はたいたに、くろがねをしてあり。百足虫と云へば、つねにもあらず、一尺余りぱかりなるが、四五千許り集ひて、口をあきて喰はむとするに、目もくるゝ心地しながら、又此の袖を振りて、「天稚彦の袖々。」と云へば、隅へ集ひて、側へも寄らず、七日過ぎてあけて見れば、事なくてあり。又蛇の城にこめぬ。それも先のまゝにしたれぱ、くちなはひとつも寄り来ず。又七日過ぎて見れば、たゞおなじやうにて生きたり。しあつかひかねむ、しかるべきにこそあるらめ、もとの様に住みあはむことは、月に一度ぞと云ひけるを、女房悪しく聞きて、「年に一度と仰せらるゝかと云へば、さらば年に一度ぞ。」とて、菰をもちて、なげ打ちに打ちたりけるが、天の川となりて、七夕彦星とて年に一度、七月七日に逢ふなり。
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(奥付)
大正十四年九月二十日印刷
大正十四年九月二十三日発行
(非売品)
日本文学大系
第十九巻
編輯兼発行者  東京市麹町区内幸町一丁目六番地
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右代表者    東京市麹町区内幸町一丁目六番地
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