化物草紙

(『日本文学大系』第19巻「お伽草子」〈大正14年〉による。振り仮名省略。入力:菊池真一)
化物草紙
 兵衛府なりける人、七月許りに簾捲き上げて、端にながめ臥したるに、更けゆくまゝに風涼しく、萩の葉のうちそよぐも秋知り顔なる程、もの哀れなるこゝちして、月無き頃なれど、星の光さやかなるに、十二三許りにやと見ゆる、丈立のいみじく細き男なめり。又たとしへなく横ざまへ広く肥えて、ひき/\としたると二人出で来て、相撲をぞとる。いと不思議に覚えて、つく/゛\と見れば、互にいしゆふかげにて寄り合ひ寄りのき、度々とれど勝負なし。何者ならむと心も得ねば、あれは誰ぞといふ声を聞きて、荻すゝきの茂れる中へ急ぎ入りぬ。いとゞ不思議なれば、侍めして見すれど、すべて人も無しといふ。いと心得難し、此の人やもめ住みなれぱ、いつも只眺め勝ちにて、一人のみ明し給へば、又の夜もよべの様に、見出しておはしますに、夜深くなる程に同じやうに二人出で来て、又相撲をとる。事のやう化物にてこそ覚えて、側にありける真弓をやをら取りて、ひしひしと二人かけ合ふ所を射たれぱ、手答へして倒ると見えけり。人を呼びて火を燈して見するに、すべて無し。門は差したれば、いづくへか行かむ、こゝかしこ見すれども無し。いと不思議に覚えて、夜明けてみづから倒れし所をよく/\見給へば、いと大きなるありとだにと、二人とり合ひて死にけり。これが仕事にこそといとゞ不思議なりけり。
 九條わたりに荒れたる家にかすかにて住む女ありけり。人のもとよりかち栗をおこせたりけるを喰ひ居たるに、向ひたる炭櫃のあるより白々としたる手を出して、乞ふやうにしければ、いと不思議なれども、手のいたいけしたる程に、さまで恐ろしきこゝちもせで、一つ取らせたりければ、引入れて又さし出し/\乞ひければ、度毎に一つづゝ取らせて、四五度して後見えざりけり。不思議に晃えて、つとめて其の下を見せければ、杓子といふ物の白く小さきぞおちはさまりてありける。とらせし栗もさなからそばにありける。いと不思議なりけり。
 これも女どち住みけるに、人静まりて唯一人念仏申して居たりけるに、たし棚のありける遣戸のあきたるより、耳高き法師の頭少し出して、のぞきて引入れ/\度々しければ、いと恐ろしくて、盗人などのかゞまり居て、寝るを待つかなど、せむかたなくて、男まねがたのよろぽひ居たるが一人ありゎけるを、起して見せけれど、人も無し。又程なき所なれぱ、人などの出づべきやうもなければ、心得ずおぼえて明けにけり。又の夜たゞ同じ様に見えたる法師のぞきけれぱ、かへす/゛\不思議に思ひて、つとめてよく/\見れば、いつの世のにか、ふり腐りたる銚子の、柄も折れたるぞありける。これが化けけるぞとて、捨てて後はのぞくものなかりけり。
 或人の昼寝をしたりける傍に、提げに水を入れて置きたりけるに、蠅の落ち入りて死なむとしけるを、また或人の取上げたりければ、此の蠅飛びて昼寝の人の鼻にふと入りにけり。此の人驚きて汗水になりて、唯今限り無く広き海に陥りて死なむとしつるを、物の取上げつると語る。いと不思議なりけり。
 これも昔ある山里に住む独り女ありけり。家の破れたるを取直す物も無し。やう/\秋風も身にしみ、心細く覚えけるまゝに、門田の面に立出でて、打眺めつゝ、驚かしにても来て、わらはが夫になれかしとぞいひける。かくて過ぎ行く程に、或る夕暮に門の方より揉み烏帽子著て弓矢持ちたるもの、宿からむといへぱ、宿して、とかくいひよりて、其の夜は語らひ明しぬ。かくて夜かれなく通ひけるが、ある暁起き別るとて、飄々として立出づれぱ、そら行く鳥も目馴れぬ、我が身のさまも、あらはれぬぺしといひけり。いづくを泊りとしもおぽえぬ気色も心得られず、又此の独り言も怪しく覚えて、長き糸をつけて、、帰るをりに繋ぎて見れば、そろ/\と歩み/\て、止まりたる所を見れぱ、田中にある驚かしといふ物にてぞありける。かへす/゛\おそろしくあさましく覚えけり。化けあらはれぬとや思ひけむ、其の後は見えざりけるとなむ。
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(奥付)
大正十四年九月二十日印刷
大正十四年九月二十三日発行
(非売品)
日本文学大系
第十九巻
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