平家物語 巻第一 総かな版(元和九年本)
「ぎをんしやうじや」(『ぎをんしやうじや』)S0101 P51ぎをんしやうじやのかねのこゑ、しよぎやうむじやうのひびきあり。しやらさうじゆのはなのいろ、じやうしやひつすゐのことわりをあらはす。おごれるものひさしからず、ただはるのよのゆめのごとし。たけきひともつひにはほろびぬ。ひとへにかぜのまへのちりにおなじ。とほくいてうをとぶらふに、しんのてうかう、かんのわうまう、りやうのしゆい、たうのろくさん、これらはみなきうしゆせんくわうのまつりごとにもしたがはず、たのしみをきはめ、いさめをもおもひいれず、てんがのみだれんことをもさとらずして、みんかんのうれふるところをしらざりしかば、ひさしからずして、ばうじにしものどもなり。ちかくほんてうをうかがふに、しようへいのまさかど、てんぎやうのすみとも、かうわのぎしん、へいぢのしんらい、これらはおごれることもたけきこころも、みなとりどりなりしかども、まぢかくはろくはらのにふだうさきのだいじやうだいじんたひらのあそんきよもりこうとまうししひとのありさま、つたへうけたまはるこそ、こころもことばもおよばれね。そのせんぞをたづぬれば、くわんむてんわうだいごのわうじ、いつぽんしきぶきやうかづらはらのしんわうくだいのP52こういん、さぬきのかみまさもりがそん、ぎやうぶきやうただもりのあそんのちやくなんなり。かのしんわうのみこたかみのわうむくわんむゐにしてうせたまひぬ。そのおんこたかもちのわうのとき、はじめてたひらのしやうをたまはつて、かづさのすけになりたまひしよりこのかた、たちまちにわうしをいでてじんしんにつらなる。そのこちんじゆふのしやうぐんよしもち、のちにはくにかとあらたむ。くにかよりまさもりにいたるまでろくだいは、しよこくのじゆりやうたりしかども、てんじやうのせんせきをばいまだゆるされず。
「てんじやうのやみうち」(『てんじやうのやみうち』)S0102しかるにただもり、いまだびぜんのかみたりしとき、とばのゐんのごぐわん、とくぢやうじゆゐんをざうしんして、さんじふさんげんのみだうをたて、いつせんいつたいのおんほとけをすゑたてまつらる。くやうはてんじようぐわんねんさんぐわつじふさんにちなり。けんじやうにはけつこくをたまふべきよしおほせくだされける。をりふしたじまのくにのあきたりけるをぞくだされける。しやうくわうなほぎよかんのあまりに、うちのしようでんをゆるさる。ただもりさんじふろくにてはじめてしようでんす。くものうへびとこれをそねみいきどほり、おなじきとしのじふいちぐわつにじふさんにち、ごせつとよのあかりのせちゑのよ、ただもりをやみうちにせんとぞぎせられける。ただもり、このよしをつたへきいて、「われいうひつのみにあらず、ぶようのいへにむまれて、いまふりよのはぢにあはんこと、P53いへのため、みのためこころうかるべし。せんずるところ、みをまつたうしてきみにつかへたてまつれといふほんもんあり」とて、かねてよういをいたす。さんだいのはじめより、おほきなるさやまきをよういし、そくたいのしたにしどけなげにさしほらし、ひのほのぐらきかたにむかつて、やはらこのかたなをぬきいだいて、びんにひきあてられたりけるが、よそよりは、こほりなどのやうにぞみえける。しよにんめをすましけり。またただもりのらうどう、もとはいちもんたりしたひらのむくのすけさだみつがまご、しんのさぶらうだいふいへふさがこに、さひやうゑのじよういへさだといふものあり。うすあをのかりぎぬのしたに、もよぎをどしのはらまきをき、つるぶくろつけたるたちわきばさんで、てんじやうのこにはにかしこまつてぞさぶらひける。くわんじゆいげ、あやしみをなして、「うつほばしらよりうち、すずのつなのへんに、ほういのもののさぶらふはなにものぞ。らうぜきなり。とうとうまかりいでよ」と、ろくゐをもつていはせられたりければ、いへさだかしこまつてまうしけるは、「さうでんのしゆびぜんのかうのとののこんややみうちにせられたまふべきよしうけたまはつて、そのならんやうをみんとて、かくてさぶらふなり。えこそいづまじ」とて、またかしこまつてぞさぶらひける。これらをよしなしとやおもはれけん、そのよのやみうちなかりけり。
ただもりまたごぜんのめしにまはれけるに、ひとびとひやうしをかへて、「いせへいじはすがめなりけり」とぞはやされける。かけまくもかたじけなく、このひとびとはかしはばらのてんわうのおんすゑとはまうしながら、なかごろはみやこのすまひもうとうとしく、ぢげにのみふるまひなつて、P54いせのくににぢうこくふかかりしかば、そのくにのうつはものにことよせて、いせへいじとぞはやされける。そのうへただもりのめのすがまれたりけるゆゑにこそ、かやうにははやされけるなれ。ただもりいかにすべきやうもなくして、ぎよいうもいまだをはらざるさきに、ごぜんをまかりいでらるるとて、ししんでんのごごにして、ひとびとのみられけるところにて、よこだへさされたりけるこしのかたなをば、とのもづかさにあづけおきてぞいでられける。いへさだ、まちうけたてまつて、「さていかがさふらひつるやらん」とまうしければ、かうともいはまほしうはおもはれけれども、まさしういひつるほどならば、やがててんじやうまでもきりのぼらんずるもののつらだましひにてあるあひだ、「べつのことなし」とぞこたへられける。ごせつには、「しろうすやう、こぜんじのかみ、まきあげのふで、ともゑかいたるふでのぢく」なんど、いふ、さまざまかやうにおもしろきことをのみこそうたひまはるるに、なかごろださいのごんのそつすゑなかのきやうといふひとありけり。あまりにいろのくろかりければ、ときのひと、こくそつとぞまうしける。このひといまだくらんどのとうなりしとき、ごぜんのめしにまはれけるに、ひとびとひやうしをかへて、「あなくろくろ、くろきとうかな。いかなるひとのうるしぬりけん」とぞはやされける。またくわざんのゐんのさきのだいじやうだいじんただまさこう、いまだじつさいなりしとき、ちちちうなごんただむねのきやうにおくれたまひて、みなしごにておはしけるを、こなかのみかどのとうぢうなごんかせいのきやう、そのときはいまだはりまのかみにておはしけるが、むこにとつて、はなやかにもてなされしかば、これもごせつには、「はりまよねはとくさか、むくのはか、ひとのきらをP55みがくは」とぞはやされける。「しやうこにはかやうのことどもおほかりしかども、こといでこず。まつだいいかがあらんずらん、おぼつかなしとぞひとびとまうしあはれける。
あんのごとくごせつはてにしかば、ゐんぢうのくぎやうてんじやうびと、いちどうにうつたへまうされけるは、「それゆうけんをたいしてくえんにれつし、ひやうぢやうをたまはつてきうちうをしゆつにふするは、みなこれきやくしきのれいをまもる、りんめいよしあるせんぎなり。しかるをただもりのあそん、あるひはねんらいのらうじうとかうして、ほういのつはものをてんじやうのこにはにめしおき、あるひはこしのかたなをよこだへさいて、せちゑのざにつらなる。りやうでうきたいいまだきかざるらうぜきなり。ことすでにちようでふせり。ざいくわもつとものがれがたし。はやくてんじやうのみふだをけづつて、けつくわんちやうにんおこなはるべきか」と、しよきやういちどうにうつたへまうされければ、しやうくわうおほきにおどろかせたまひて、ただもりをごぜんへめしておんたづねあり。ちんじまうされけるは、「まづらうじうこにはにしこうのよし、まつたくかくごつかまつらず。ただしきんじつひとびとあひたくまるるむね、しさいあるかのあひだ、ねんらいのけにん、ことをつたへきくかによつて、そのはぢをたすけんがために、ただもりにはしらせずして,ひそかにさんこうのでう、ちからおよばざるしだいなり。もしとがあるべくは、かのみをめししんずべきか。つぎにかたなのことは、とのもづかさにあづけおきさふらひをはんぬ。これをめしいだされ、かたなのじつぷによつて、とがのさうおこなはるべきか」とまうされたりければ、このぎもつともしかるべしとて、いそぎかのかたなをめしいだいてえいらんあるに、うへはさやまきのくろうぬつたりけるが、なかはきがたなにぎんぱくをぞおいたりける。「たうざのちじよくをのがれんがP56ために、かたなをたいするよしあらはすといへども、ごにちのそしようをぞんぢして、きがたなをたいしけるよういのほどこそしんべうなれ。きうせんにたづさはらんほどのもののはかりごとには、もつともかうこそあらまほしけれ。かねてはまたらうじうこにはにしこうのこと、かつうはぶしのらうどうのならひなり。ただもりがとがにはあらず」とて、かへつてえいかんにあづかつしうへは、あへてざいくわのさたはなかりけり。
「すずき」(『すずき』)S0103そのこどもはみなしよゑのすけになる。しようでんせしに、てんじやうのまじはりをひときらふにおよばず。あるときただもり、びぜんのくによりのぼられたりけるに、とばのゐん「あかしのうらはいかに」とおほせければただもりかしこまつて、
ありあけのつきもあかしのうらかぜになみばかりこそよるとみえしか W001
とまうされたりければ、ゐんおほきにぎよかんあつて、やがてこのうたをば、きんえふしふにぞいれられける。ただもり、またせんとうにさいあいのにようばうをもつてよなよなかよはれけるが、あるよおはしたりけるに、かのにようばうのつぼねに、つまにつきいだしたるあふぎをとりわすれて、いでられたりければ、P57かたへのにようばうたち、「これはいづくよりのつきかげぞや、いでどころおぼつかなし」など、わらひあはれければ、かのにようばう、
くもゐよりただもりきたるつきなればおぼろげにてはいはじとぞおもふ W002
とよみたりければ、いとどあさからずぞおもはれける。さつまのかみただのりのははこれなり。にるをともとかやのふぜいにて、ただもりのすいたりければ、かのにようばうもいうなりけり。
かくてただもり、ぎやうぶきやうになつて、にんぺいさんねんしやうぐわつじふごにち、としごじふはちにてうせたまひしかば、きよもりちやくなんたるによつて、そのあとをつぎ、はうげんぐわんねんしちぐわつに、うぢのさふ、よをみだりたまひしとき、みかたにてさきをかけたりければ、けんじやうおこなはれけり。もとはあきのかみたりしが、はりまのかみにうつつて、おなじきさんねんにだざいのだいにになる。またへいぢぐわんねんじふにんぐわつ、のぶよりよしともがむほんのときも、みかたにてぞくとをうちたひらげたりしかば、くんこうひとつにあらず、おんしやうこれおもかるべしとて、つぎのとしじやうざんみにじよせられ、うちつづきさいしやう、ゑふのかみ、けんびゐしのべつたう、ちうなごん、だいなごんにへあがつて、あまつさへしようじやうのくらゐにいたる。さうをへずして、ないだいじんよりだいじやうだいじんじゆいちゐにいたり、だいしやうにはあらねども、ひやうぢやうをたまはつてずゐじんをめしぐす。ぎつしやれんじやのせんじをかうぶつて、のりながらきうちうをしゆつにふす。ひとへにしつせいのしんのごとし。「だいじやうだいじんはいちじんにしはんとして、しかいにぎけいせり。くにををさめみちをろんじ、いんやうをやはらげをさむ。そのひとにあらずは、すなはちかけよといへり。そくけつのくわんともなづけられたり。P58そのひとならではけがすべきくわんならねども、このにふだうしやうこくはいつてんしかいをたなごころのうちににぎりたまふうへは、しさいにおよばず。そもそもへいけかやうにはんじやうせられけることは、ひとへにくまのごんげんのごりしやうとぞきこえし。そのゆゑは、きよもりいまだあきのかみたりしとき、いせのくにあののつより、ふねにてくまのへまゐられけるに、おほきなるすずきのふねへをどりいつたりければ、せんだちまうしけるは、「むかし、しうのぶわうのふねにこそ、はくぎよはをどりいつたるなれ。いかさまにもこれはごんげんのごりしやうとおぼえさふらふ。まゐるべし」とまうしければ、さしもじつかいをたもつて、しやうじんけつさいのみちなれども、みづからてうびしてわがみくひ、いへのこらうどうどもにもくはせらる。そのゆゑにやきちじのみうちつづいて、わがみだいじやうだいじんにいたり、しそんのくわんども、りようのくもにのぼるよりはなほすみやかなり。くだいのせんじようをこえたまふこそめでたけれ。
「かぶろ」(『かぶろ』)S0104かくてきよもりこう、にんあんさんねんじふいちぐわつじふいちにち、としごじふいちにてやまひにをかされ、ぞんめいのためにとて、すなはちしゆつけにふだうす。ほふみやうをばじやうかいとこそつきたまへ。そのゆゑにや、しゆくびやうP59たちどころにいえててんめいをまつたうす。しゆつけののちも、えいえうはなほつきずとぞみえし。おのづからひとのしたがひつきたてまつることは、ふくかぜのくさきをなびかすごとく、よのあふげることも、ふるあめのこくどをうるほすにおなじ。ろくはらどののごいつけのきんだちとだにいへば、くわそくもえいゆうも、たれかたをならべ、おもてをむかふものなし。またにふだうしやうこくのこじうと、へいだいなごんときただのきやうののたまひけるは、「このいちもんにあらざらんものは、みなにんぴにんたるべし」とぞのたまひける。さればいかなるひとも、このいちもんにむすぼれんとぞしける。ゑぼしのためやうよりはじめて、えもんのかきやうにいたるまで、なにごともろくはらやうとだにいひてしかば、いつてんしかいのひとみなこれをまなぶ。いかなるけんわうけんしゆのおんまつりごと、せつしやうくわんばくのごせいばいにも、よにあまされたるほどのいたづらものなどの、かたはらによりあひて、なにとなうそしりかたぶけまうすことはつねのならひなれども、このぜんもんよざかりのほどは、いささかゆるがせにまうすものなし。そのゆゑはにふだうしやうこくのはかりごとに、じふしごろくのわらべをさんびやくにんすぐつて、かみをかぶろにきりまはし、あかきひたたれをきせて、めしつかはれけるが、きやうぢうにみちみちてわうばんしけり。おのづからへいけのおんこと、あしざまにまうすものあれば、いちにんききいださぬほどこそありけれ、よたうにふれまはし、かのいへにらんにふし、しざいざふぐをつゐふくし、そのやつをからめて、ろくはらどのへゐてまゐる。さればめにみ、こころにしるといへども、ことばにあらはしてまうすものなし。ろくはらどののかぶろとだにいへば、みちをすぐるむまくるまも、みなよぎてぞP60とほしける。きんもんをしゆつにふすといへども、しやうみやうをたづねらるるにおよばず。けいしのちやうり、これがためにめをそばむとみえたり。
「わがみのえいぐわ」(『わがみのえいぐわ』)S0105わがみのえいぐわをきはむるのみならず、いちもんともにはんじやうして、ちやくししげもり、ないだいじんのさだいしやう、じなんむねもり、ちうなごんのうだいしやう、さんなんとももり、さんみのちうじやう、ちやくそんこれもり、しゐのせうしやう、すべていちもんのくぎやうじふろくにん、てんじやうびとさんじふよにん、しよこくのじゆりやう、ゑふ、しよし、つがふろくじふよにんなり。よにはまたひとなくぞみえられける。むかしならのみかどのおんとき、じんきごねん、てうかにちうゑのだいしやうをはじめおかる。だいどうしねんにちうゑをこんゑとあらためられしよりこのかた、きやうだいさうにあひならぶこと、わづかにさんしかどなり。もんどくてんわうのおんときは、ひだんによしふさ、うだいじんのさだいしやう、みぎによしあふ、だいなごんのうだいしやう、これはかんゐんのさだいじんふゆつぎのおんこなり。しゆしやくゐんのぎようには、ひだりにさねより、をののみやどの、みぎにもろすけ、くでうどの、ていじんこうのおんこなり。ごれんぜいゐんのおんときは、ひだりにのりみち、おほにでうどの、みぎによりむね、ほりかはどの、みだうのくわんばくのおんこなり。にでうのゐんのぎようには、ひだりにもとふさ、まつどの、みぎにかねざね、つきのわどの、ほつしやうじどののおんこなり。これみなせふろくのP61しんのごしそく、はんじんにとつてはそのれいなし。てんじやうのまじはりをだにきらはれしひとのしそんにて、きんじき、ざつぱうをゆり、りようらきんしうをみにまとひ、だいじんのだいしやうになつてきやうだいさうにあひならぶこと、まつだいとはいひながら、ふしぎなりしことどもなり。そのほか、おんむすめはちにんおはしき。みなとりどりにさいはひたまへり。いちにんはさくらまちのちうなごんしげのりのきやうのきたのかたにておはすべかりしが、はつさいのとしおんやくそくばかりにて、へいぢのみだれいご、ひきちがへられて、くわざんのゐんのさだいじんどののみだいばんどころにならせたまひて、きんだちあまたましましけり。そもそもこのしげのりのきやうをさくらまちのちうなごんとまうしけることは、すぐれてこころすきたまへるひとにて、つねはよしののやまをこひつつ、ちやうにさくらをうゑならべ、そのうちにやをたててすみたまひしかば、くるとしのはるごとに、みるひと、さくらまちとぞまうしける。さくらはさいてしちかにちにちるを、なごりををしみ、あまてるおんがみにいのりまうされければにや、さんしちにちまでなごりありけり。きみもけんわうにてましませば、しんもしんとくをかかやかし、はなもこころありければ、はつかのよはひをたもちけり。
いちにんはきさきにたたせたまふ。にじふににてわうじごたんじやうあつて、くわうたいしにたち、くらゐにつかせたまひしかば、ゐんがうかうぶらせたまひて、けんれいもんゐんとぞまうしける。にふだうしやうこくのおんむすめなるうへ、てんがのこくもにてましませば、とかうまうすにおよばれず。いちにんはろくでうのせつしやうどののきたのまんどころにならせたまふ。これはたかくらのゐんございゐのおんとき、おんははしろとて、じゆんさんごうのせんじをかうぶらせたまひて、しらかはどのとて、おもきひとにてぞましましける。P62いちにんはふげんじどののきたのまんどころにならせたまふ。いちにんはれんぜいのだいなごんりうばうのきやうのきたのかた、いちにんはしちでうのしゆりのだいぶのぶたかのきやうにあひぐしたまへり。またあきのくにいつくしまのないしがはらにいちにん、これはごしらかはのほふわうへまゐらせたまひて、ひとへににようごのやうでぞましましける。そのほかくでうのゐんのざふしときはがはらにいちにん、これはくわざんのゐんどののじやうらふにようばうにて、らふのおんかたとぞまうしける。につぽんあきつしまはわづかにろくじふろくかこく、へいけちぎやうのくにさんじふよかこく、すでにはんごくにこえたり。そのほかしやうえん、でんばく、いくらといふかずをしらず。きらじうまんして、たうしやうはなのごとし。けんきくんじゆして、もんぜんいちをなす。やうしうのこがね、けいしうのたま、ごきんのあや、しよつかうのにしき、しつちんまんぽう、ひとつとしてかけたることなし。かたうぶかくのもとゐ、ぎよりようしやくばのもてあそびもの、おそらくは、ていけつもせんとうも、これにはすぎじとぞみえし。
「ぎわう」(『ぎわう』)S0106だいじやうのにふだうは、かやうにてんがをたなごころのうちににぎりたまひしうへは、よのそしりをもはばからず、ひとのあざけりをもかへりみず、ふしぎのことをのみしたまへり。たとへば、そのころきやうぢうにきこえたるしらびやうしのじやうず、ぎわう、ぎによとておととひあり。とぢといふP63しらびやうしがむすめなり。しかるにあねのぎわうを、にふだうしやうこくちようあいしたまふうへ、いもとのぎによをも、よのひともてなすことなのめならず。ははとぢにもよきやつくつてとらせ、まいぐわつにひやくこくひやくくわんをおくられたりければ、けないふつきしてたのしいことなのめならず。そもそもわがてうにしらびやうしのはじまりけることは、むかしとばのゐんのぎように、しまのせんざい、わかのまへ、かれらににんがまひいだしたりけるなり。はじめはすゐかんにたてゑぼし、しろざやまきをさいてまひければをとこまひとぞまうしける。しかるをなかごろよりゑぼしかたなをのけられて、すゐかんばかりもちひたり。さてこそしらびやうしとはなづけけれ。きやうぢうのしらびやうしども、ぎわうがさいはひのめでたきやうをきいて、うらやむものもあり、そねむものもあり。うらやむものどもは、「あなめでたのぎわうごぜんのさいはひや。おなじあそびめとならば、たれもみなあのやうでこそありたけれ。いかさまにもぎといふもじをなについて、かくはめでたきやらん。いざやわれらもついてみん」とて、あるひはぎいち、ぎにとつき、あるひはぎふく、ぎとくなどつくものもありけり。そねむものどもは、「なんでふなにより、もじにはよるべき。さいはひはただぜんぜのむまれつきでこそあんなれ」とて、つかぬものもおほかりけり。かくてさんねんといふに、またしらびやうしのじやうず、いちにんいできたり。かがのくにのものなり。なをばほとけとぞまうしける。としじふろくとぞきこえし。きやうぢうのじやうげこれをみて、むかしよりおほくのしらびやうしはみしかども、かかるまひのじやうずはいまだみずとて、よのひともてなすP64ことなのめならず。
あるときほとけごぜんまうしけるは、「われてんがにもてあそばるるといへども、たうじめでたうさかえさせたまふへいけだいじやうのにふだうどのへ、めされぬことこそほいなけれ。あそびもののならひ、なにかくるしかるべき。すゐさんしてみん」とて、あるときにしはちでうどのへぞさんじたる。ひとごぜんにまゐつて、「たうじみやこにきこえさふらふほとけごぜんがまゐつてさふらふ」とまうしければ、にふだうしやうこくおほきにいかつて、「なんでふ、さやうのあそびものは、ひとのめしにてこそまゐるものなれ、さうなうすゐさんするやうやある。そのうへ、かみともいへ、ほとけともいへ、ぎわうがあらんずるところへはかなふまじきぞ。とうとうまかりいでよ」とぞのたまひける。ほとけごぜんは、すげなういはれたてまつて、すでにいでんとしけるを、ぎわうにふだうどのにまうしけるは、「あそびもののすゐさんは、つねのならひでこそさぶらへ。そのうへとしもいまだをさなうさぶらふなるが、たまたまおもひたつてまゐつてさぶらふを、すげなうおほせられて、かへさせたまはんこそふびんなれ。いかばかりはづかしう、かたはらいたくもさぶらふらん。わがたてしみちなれば、ひとのうへともおぼえず。たとひまひをごらんじ、うたをこそきこしめさずとも、ただりをまげて、めしかへいてごたいめんばかりさぶらひて、かへさせたまはば、ありがたきおんなさけでこそさぶらはんずれ」とまうしければ、にふだうしやうこく、「いでいでさらば、わごぜがあまりにいふことなるに、たいめんしてかへさん」とて、おつかひをたてて、めされけり。ほとけごぜんは、すげなういはれたてまつて、くるまにのつてすでにいでんとP65しけるが、めされてかへりまゐりたり。にふだうやがていであひたいめんしたまひて、「いかにほとけ、けふのげんざんはあるまじかりつれども、ぎわうがなにとおもふやらん、あまりにまうしすすむるあひだ、かやうにげんざんはしつ。げんざんするうへではいかでかこゑをもきかであるべき。まづいまやうひとつうたへかし」とのたまへば、ほとけごぜん、「うけたまはりさぶらふ」とて、いまやうひとつぞうたうたる。
きみをはじめてみるときはちよもへぬべしひめこまつ
おまへのいけなるかめをかにつるこそむれゐてあそぶめれ
と、おしかへしおしかへし、さんべんうたひすましたりければ、けんもんのひとびと、みなじぼくをおどろかす。にふだうもおもしろきことにおもひたまひて、「さてわごぜは、いまやうはじやうずにてありけるや。このぢやうではまひもさだめてよからん。いちばんみばや、つづみうちめせ」とてめされけり。うたせていちばんまうたりけり。ほとけごぜんは、かみすがたよりはじめて、みめかたちよにすぐれ、こゑよくふしもじやうずなりければ、なじかはまひはそんずべき。こころもおよばずまひすましたりければ、にふだうしやうこくまひにめでたまひて、ほとけにこころをうつされけり。ほとけごぜん、「こはなにごとにてさぶらふぞや。もとよりわらははすゐさんのものにて、すでにいだされまゐらせしを、ぎわうごぜんのまうしじやうによつてこそ、めしかへされてもさぶらふ。はやはやいとまたまはつて、いださせおはしませ」とまうしければ、にふだうしやうこく、「すべてそのぎかなふまじ。ただしぎわうがあるにP66よつて、さやうにはばかるか。そのぎならばぎわうをこそいださめ」とのたまへば、ほとけごぜん、「これまたいかでさるおんことさぶらふべき。ともにめしおかれんだに、はづかしうさぶらふべきに、ぎわうごぜんをいださせたまひて、わらはをいちにんめしおかれなば、ぎわうごぜんのおもひたまはんこころのうち、いかばかりはづかしう、かたはらいたくもさぶらふべき。おのづからのちまでもわすれたまはぬおんことならば、めされてまたはまゐるとも、けふはいとまをたまはらん」とぞまうしける。にふだう、「そのぎならば、ぎわうとうとうまかりいでよ」と、おつかひかさねてさんどまでこそたてられけれ。ぎわうはもとよりおもひまうけたるみちなれども、さすがきのふけふとはおもひもよらず。にふだうしやうこく、いかにもかなふまじきよし、しきりにのたまふあひだ、はきのごひ、ちりひろはせ、いづべきにこそさだめけれ。いちじゆのかげにやどりあひ、おなじながれをむすぶだに、わかれはかなしきならひぞかし。いはんやこれはみとせがあひだすみなれしところなれば、なごりもをしくかなしくて、かひなきなみだぞすすみける。さてしもあるべきことならねば、ぎわういまはかうとていでけるが、なからんあとのわすれがたみにもとやおもひけん、しやうじになくなくいつしゆのうたをぞかきつけける。
もえいづるもかるるもおなじのべのくさいづれかあきにあはではつべき W003
さてくるまにのつてしゆくしよへかへり、しやうじのうちにたふれふし、ただなくよりほかのことぞなき。ははやいもとこれをみて、いかにやいかにととひけれども、ぎわうとかうのへんじにもP67およばず、ぐしたるをんなにたづねてこそ、さることありともしつてげれ。さるほどにまいぐわつおくられけるひやくこくひやくくわんをもおしとめられて、いまはほとけごぜんのゆかりのものどもぞ、はじめてたのしみさかえける。きやうぢうのじやうげ、このよしをつたへきいて、「まことやぎわうこそ、にしはちでうどのよりいとまたまはつていだされたんなれ。いざやげんざんしてあそばん」とて、あるひはふみをつかはすものもあり、あるひはししやをたつるひともありけれども、ぎわう、いまさらまたひとにたいめんして、あそびたはむるべきにもあらねばとて、ふみをだにとりいるることもなく、ましてつかひをあひしらふまでもなかりけり。ぎわうこれにつけても、いとどかなしくて、かひなきなみだぞこぼれける。かくてことしもくれぬ。あくるはるにもなりしかば、にふだうしやうこく、ぎわうがもとへししやをたてて、「いかにぎわう、そののちはなにごとかある。ほとけごぜんがあまりにつれづれげにみゆるに、まゐつていまやうをもうたひ、まひなどをもまうて、ほとけなぐさめよ」とぞのたまひける。ぎわうとかうのおんぺんじにもおよばず、なみだをおさへてふしにけり。にふだうかさねて、「なにとてぎわうは、ともかうもへんじをばまうさぬぞ。まゐるまじきか。まゐるまじくは、そのやうをまうせ。じやうかいもはからふむねあり」とぞのたまひける。ははとぢこれをきくにかなしくて、なくなくけうくんしけるは、「なにとてぎわうはともかうもおんぺんじをばまうさで、かやうにしかられまゐらせんよりは」といへば、ぎわうなみだをおさへてまうしけるは、「まゐらんとおもふみちならばこそ、やがてまゐるべしともまうすべけれ。P68なかなかまゐらざらんものゆゑに、なにとおんぺんじをばまうすべしともおぼえず。このたびめさんにまゐらずは、はからふむねありとおほせらるるは、さだめてみやこのほかへいださるるか、さらずはいのちをめさるるか、これふたつにはよもすぎじ。たとひみやこをいださるるとも、なげくべきみちにあらず。またいのちをめさるるともをしかるべきわがみかは。いちどうきものにおもはれまゐらせて、ふたたびおもてをむかふべしともおぼえず」とて、なほおんぺんじにもおよばざりしかば、ははとぢなくなくまたけうくんしけるは、「あめがしたにすまんには、ともかうもにふだうどののおほせをば、そむくまじきことにてあるぞ。そのうへわごぜは、をとこをんなのえん、しゆくせ、いまにはじめぬことぞかし。せんねんまんねんとはちぎれども、やがてわかるるなかもあり。あからさまとはおもへども、ながらへはつることもあり。よにさだめなきものは、をとこをんなのならひなり。いはんやわごぜは、このみとせがあひだおもはれまゐらせたれば、ありがたきおんなさけでこそさぶらへ。このたびめさんにまゐらねばとて、いのちをめさるるまではよもあらじ。さだめてみやこのほかへぞいだされんずらん。たとひみやこをいださるるとも、わごぜたちはとしいまだわかければ、いかならんいはきのはざまにても、すごさんことやすかるべし。わがみはとしおいよはひおとろへたれば、ならはぬひなのすまひを、かねておもふこそかなしけれ。ただわれをばみやこのうちにてすみはてさせよ。それぞこんじやうごしやうのけうやうにてあらんずるぞ」といへば、ぎわうまゐらじとおもひさだめしみちなれども、ははのめいをそむかじとて、なくなくまたいでたちける、P69こころのうちこそむざんなれ。
ぎわうひとりまゐらんことの、あまりにこころうしとて、いもとのぎによをもあひぐしけり。そのほかしらびやうしににん、そうじてしにん、ひとつくるまにとりのつて、にしはちでうどのへぞさんじたる。ひごろめされつるところへはいれられずして、はるかにさがりたるところに、ざしきしつらうてぞおかれける。ぎわう、「こはさればなにごとぞや。わがみにあやまつことはなけれども、いだされまゐらするだにあるに、あまつさへざしきをだにさげらるることのくちをしさよ。いかにせん」とおもふを、ひとにしらせじと、おさふるそでのひまよりも、あまりてなみだぞこぼれける。ほとけごぜんこれをみて、あまりにあはれにおぼえければ、にふだうどのにまうしけるは、「あれはいかに、ぎわうとこそみまゐらせさぶらへ。ひごろめされぬところにてもさぶらはばこそ。これへめされさぶらへかし。さらずはわらはにいとまをたべ。いでまゐらせん」とまうしけれども、にふだういかにもかなふまじきとのたまふあひだ、ちからおよばでいでざりけり。にふだうやがていであひたいめんしたまひて、「いかにぎわう、そののちはなにごとかある。ほとけごぜんがあまりにつれづれげにみゆるに、いまやうをもうたひ、まひなんどをもまうて、ほとけなぐさめよ」とぞのたまひける。ぎわう、まゐるほどでは、ともかくもにふだうどののおほせをば、そむくまじきものをとおもひ、ながるるなみだをおさへつつ、いまやうひとつぞうたうたる。P70
ほとけもむかしはぼんぶなりわれらもつひにはほとけなり
いづれもぶつしやうぐせるみをへだつるのみこそかなしけれ
と、なくなくにへんうたうたりければ、そのざになみゐたまへるへいけいちもんのくぎやうてんじやうびと、しよだいぶ、さぶらひにいたるまで、みなかんるゐをぞもよほされける。にふだうもげにもとおもひたまひて、「ときにとつてはしんべうにもまうしたり。さてはまひもみたけれども、けふはまぎるることいできたり。こののちはめさずともつねにまゐりて、いまやうをもうたひ、まひなどをもまうて、ほとけなぐさめよ」とぞのたまひける。ぎわうとかうのおんぺんじにもおよばず、なみだをおさへていでにけり。ぎわう、「まゐらじとおもひさだめしみちなれども、ははのめいをそむかじと、つらきみちにおもむいて、ふたたびうきはぢをみつることのくちをしさよ。かくてこのよにあるならば、またもうきめにあはんずらん。いまはただみをなげんとおもふなり」といへば、いもうとのぎによこれをきいて、「あねみをなげば、われもともにみをなげん」といふ。ははとぢこれをきくにかなしくて、なくなくまたかさねてけうくんしけるは、「さやうのことあるべしともしらずして、けうくんしてまゐらせつることのうらめしさよ。まことにわごぜのうらむるもことわりなり。ただしわごぜがみをなげば、いもうとのぎによもともにみをなげんといふ。わかきむすめどもをさきだてて、としおいよはひおとろへたるはは、いのちいきてもなににかはせんなれば、われもともにみをなげんずるなり。いまだしごもきたらぬははに、みをなげさせんずることは、ごぎやくざいにてやP71あらんずらん。このよはかりのやどりなれば、はぢてもはぢてもなにならず。ただながきよのやみこそこころうけれ。こんじやうでものをおもはするだにあるに、ごしやうでさへあくだうへおもむかんずることのかなしさよ」と、さめざめとかきくどきければ、ぎわうなみだをはらはらとながいて、「げにもさやうにさぶらはば、ごぎやくざいうたがひなし。いつたんうきはぢをみつることのくちをしさにこそ、みをなげんとはまうしたれ。ささぶらはばじがいをばおもひとどまりさぶらひぬ。かくてみやこにあるならば、またもうきめをみんずらん。いまはただみやこのほかへいでん」とて、ぎわうにじふいちにてあまになり、さがのおくなるやまざとに、しばのいほりをひきむすび、ねんぶつしてぞゐたりける。いもうとのぎによこれをきいて、「あねみをなげば、われもともにみをなげんとこそちぎりしか。ましてさやうによをいとはんに、たれかおとるべき」とて、じふくにてさまをかへ、あねといつしよにこもりゐて、ひとへにごせをぞねがひける。ははとぢこれをきいて、「わかきむすめどもだに、さまをかふるよのなかに、としおいよはひおとろへたるはは、しらがをつけてもなににかはせん」とて、しじふごにてかみをそり、ふたりのむすめもろともに、いつかうせんじゆにねんぶつして、ごせをねがふぞあはれなる。かくてはるすぎなつたけぬ。あきのはつかぜふきぬれば、ほしあひのそらをながめつつ、あまのとわたるかぢのはに、おもふことかくころなれや。ゆふひのかげのにしのやまのはにかくるるをみても、ひのいりたまふところは、さいはうじやうどにてこそあんなれ。いつかわれらもかしこにP72むまれて、ものもおもはですごさんずらんと、すぎにしかたのうきことどもおもひつづけて、ただつきせぬものはなみだなり。
たそかれどきもすぎぬれば、たけのあみどをとぢふさぎ、ともしびかすかにかきたてて、おやこさんにんもろともにねんぶつしてゐたるところに、たけのあみどを、ほとほととうちたたくものいできたり。そのときあまどもきもをけし、「あはれ、これは、いふかひなきわれらがねんぶつしてゐたるをさまたげんとて、まえんのきたるにてぞあるらん。ひるだにもひともとひこぬやまざとの、しばのいほりのうちなれば、よふけてたれかはたづぬべき。わづかにたけのあみどなれば、あけずともおしやぶらんことやすかるべし。いまはただなかなかあけていれんとおもふなり。それになさけをかけずして、いのちをうしなふものならば、としごろたのみたてまつるみだのほんぐわんをつよくしんじて、ひまなくみやうがうをとなへたてまつるべし。こゑをたづねてむかへたまふなるしやうじゆのらいかうにてましませば、などかいんぜふなかるべき。あひかまへてねんぶつおこたりたまふな」とたがひにこころをいましめて、てにてをとりくみ、たけのあみどをあけたれば、まえんにてはなかりけり。ほとけごぜんぞいできたる。ぎわう、「あれはいかに、ほとけごぜんとみまゐらするは。ゆめかやうつつか」といひければ、ほとけごぜんなみだをおさへて、「かやうのことまうせば、すべてことあたらしうはさぶらへども、まうさずはまたおもひしらぬみともなりぬべければ、はじめよりして、こまごまとありのままにまうすなり。もとよりわらははすゐさんのものにて、すでにいだされまゐらせしを、P73わごぜのまうしじやうによつてこそ、めしかへされてもさぶらふに、をんなのみのいふかひなきこと、わがみをこころにまかせずして、わごぜをいださせまゐらせて、わらはがおしとどめられぬること、いまにはづかしうかたはらいたくこそさぶらへ。わごぜのいでられたまひしをみしにつけても、いつかまたわがみのうへならんとおもひゐたれば、うれしとはさらにおもはず。しやうじにまた、『いづれかあきにあはではつべき』とかきおきたまひしふでのあと、げにもとおもひさぶらひしぞや。いつぞやまたわごぜのめされまゐらせて、いまやうをうたひたまひしにも、おもひしられてこそさぶらへ。そののちはざいしよをいづくともしらざりしに、このほどきけば、かやうにさまをかへ、ひとつところにねんぶつしておはしつるよし、あまりにうらやましくて、つねはいとまをまうししかども、にふだうどのさらにおんもちひましまさず。つくづくものをあんずるに、しやばのえいぐわはゆめのゆめ、たのしみさかえてなにかせん。にんじんはうけがたく、ぶつけうにはあひがたし。このたびないりにしづみなば、たしやうくわうごふをばへだつとも、うかびあがらんことかたかるべし。らうせうふぢやうのさかひなれば、としのわかきをたのむべきにあらず。いづるいきのいるをもまつべからず。かげろふいなづまよりもなほはかなし。いつたんのえいぐわにほこつて、ごせをしらざらんことのかなしさに、けさまぎれいでて、かくなつてこそまゐりたれ」とて、かづいたるきぬをうちのけたるをみれば、あまになつてぞいできたる。「かやうにさまをかへてまゐりたるうへは、ひごろのとがをばゆるしたまへ。ゆるさんとだにのたまはば、もろともにねんぶつして、ひとつはちすのP74みとならん。それにもなほこころゆかずは、これよりいづちへもまよひゆき、いかならんこけのむしろ、まつがねにもたふれふし、いのちのあらんかぎりはねんぶつして、わうじやうのそくわいをとげんとおもふなり」とて、そでをかほにおしあてて、さめざめとかきくどきければ、ぎわうなみだをおさへて、「わごぜのそれほどまでおもひたまはんとはゆめにもしらず、うきよのなかのさがなれば、みのうきとこそおもひしに、ともすればわごぜのことのみうらめしくて、こんじやうもごしやうも、なまじひにしそんじたるここちにてありつるに、かやうにさまをかへておはしつるうへは、ひごろのとがは、つゆちりほどものこらず、いまはわうじやううたがひなし。このたびそくわいをとげんこそ、なによりもまたうれしけれ。わらはがあまになりしをだに、よにありがたきことのやうに、ひともいひ、わがみもおもひさぶらひしぞや。それはよをうらみ、みをなげいたれば、さまをかふるもことわりなり。わごぜはうらみもなくなげきもなし。ことしはわづかじふしちにこそなりしひとの、それほどまでゑどをいとひ、じやうどをねがはんと、ふかくおもひいりたまふこそ、まことのだいだうしんとはおぼえさぶらひしか。うれしかりけるぜんぢしきかな。いざもろともにねがはん」とて、しにんいつしよにこもりゐて、あさゆふぶつぜんにむかひ、はなかうをそなへて、たねんなくねがひけるが、ちそくこそありけれ、みなわうじやうのそくわいをとげけるとぞきこえし。さればかのごしらかはのほふわうのちやうがうだうのくわこちやうにも、ぎわう、ぎによ、ほとけ、とぢらがそんりやうと、しにんいつしよにいれられたり。ありがたかりしことどもなり。P75
「にだいのきさき」(『にだいのきさき』)S0107むかしよりいまにいたるまで、げんぺいりやうしてうかにめしつかはれて、わうくわにしたがはず、おのづからてうけんをかろんずるものには、たがひにいましめをくはへしかば、よのみだれはなかりしに、ほうげんにためよしきられ、へいぢによしともちうせられてのちは、すゑずゑのげんじどもあるひはながされ、あるひはうしなはれて、いまはへいけのいちるゐのみはんじやうして、かしらをさしいだすものなし。いかならんすゑのよまでも、なにごとかあらんとぞみえし。されどもとばのゐんごあんがののちは、ひやうがくうちつづいて、しざい、るけい、けつくわん、ちやうにん、つねにおこなはれて、かいだいもしづかならず、せけんもいまだらくきよせず。なかんづくえいりやく、おうほうのころよりして、ゐんのきんじゆしやをば、うちよりおんいましめあり、うちのきんじゆしやをばゐんよりいましめらるるあひだ、じやうげおそれをののいて、やすいこころもせず、ただしんえんにのぞんで、はくひようをふむにおなじ。しゆしやうしやうくわうふしのおんあひだに、なにごとのおんへだてかあるなれども、おもひのほかのことどもおほかりけり。これもよげうきにおよんで、ひとけうあくをさきとするゆゑなり。しゆしやう、ゐんのおほせをつねはまうしかへさせおはしましけるなかに、ひとじぼくをおどろかし、よもつておほきにかたぶけまうすことありけり。ここんゑのゐんのきさき、たいくわうたいこうぐうとまうししは、P76おほひのみかどのうだいじんきんよしこうのおんむすめなり。せんていにおくれたてまつらせたまひてのちは、ここのへのほか、このゑかはらのごしよにぞうつりすませたまひける。さきのきさいのみやにて、かすかなるおんありさまにてわたらせたまひしが、えいりやくのころほひは、おんとしにじふにさんにもやならせましましけん、おんさかりもすこしすぎさせおはしますほどなり。されども、てんがだいいちのびじんのきこえましましければ、しゆしやういろにのみそめるおんこころにて、ひそかにかうりよくしにぜうじて、ぐわいきうにひきもとめしむるにおよんで、このおほみやのごしよへ、ひそかにごえんしよあり。おほみやあへてきこしめしもいれず。さればひたすらはやほにあらはれて、きさきごじゆだいあるべきよし、うだいじんげにせんじをくださる。このことてんがにおいてことなるしようじなれば、くぎやうせんぎあつて、おのおのいけんをいふ。「まづいてうのせんじようをとぶらふに、しんだんのそくてんくわうごうは、たうのたいそうのきさき、かうそうくわうていのけいぼなり。たいそうほうぎよののち、かうそうのきさきにたちたまふことあり。それはいてうのせんぎたるうへ、べつだんのことなり。しかれどもわがてうには、じんむてんわうよりこのかたにんわうしちじふよだいにいたるまで、いまだにだいのきさきにたたせたまふれいをきかず」としよきやういちどうにうつたへまうされたりければ、しやうくわうもしかるべからざるよし、こしらへまうさせたまへども、しゆしやうおほせなりけるは、「てんしにぶもなし。われじふぜんのかいこうによつて、いまばんじようのほうゐをたもつ。これほどのことなどかえいりよにまかせざるべき」とて、やがてごじゆだいのひ、せんげせられけるうへは、しやうくわうもちからおよばせたまはず。P77
おほみやかくときこしめされけるより、おんなみだにしづませおはします。せんていにおくれまゐらせにしきうじゆのあきのはじめ、おなじのばらのつゆともきえ、いへをもいでよをものがれたりせば、いまかかるうきみみをばきかざらましとぞ、おんなげきありける。ちちのおとどこしらへまうさせたまひけるは、「よにしたがはざるをもつてきやうじんとすとみえたり。すでにぜうめいをくださる。しさいをまうすにところなし。ただすみやかにまゐらせたまふべきなり。もしわうじごたんじやうありて、きみもこくもといはれ、ぐらうもぐわいそとあふがるべきずゐさうにてもやさふらふらん。これひとへにぐらうをたすけさせましますごかうかうのおんいたりなるべし」と、やうやうにこしらへまうさせたまへども、おんぺんじもなかりけり。おほみやそのころなにとなきおんてならひのついでに、
うきふしにしづみもやらでかはたけのよにためしなきなをやながさむ W004
よにはいかにしてもれけるやらん、あはれにやさしきためしにぞひとびとまうしあはれける。すでにごじゆだいのひにもなりしかば、ちちのおとど、ぐぶのかんだちめ、しゆつしやのぎしきなど、こころことにだしたてまゐらつさせたまひけり。おほみやものうきおんいでたちなれば、とみにもたてまつらず、はるかによふけ、さよもなかばになりてのち、おんくるまにたすけのせられさせたまひけり。ごじゆだいののちは、れいけいでんにぞましましける。さればひたすらあさまつりごとをすすめまうさせたまふおんさまなり。かのししんでんのくわうきよには、げんじやうのしやうじをたてられたり。P78いいん、ていごりん、ぐせいなん、たいこうばう、ろくりせんせい、りせき、しば、てなが、あしなが、むまがたのしやうじ、おにのま、りしやうぐんがすがたをさながらうつせるしやうじもあり。をはりのかみをののたうふうが、しつくわいげんじやうのしやうじとかけるも、ことわりとぞみえし。かのせいりやうでんのぐわとのみしやうじには、むかしかなをかがかきたりしゑんざんのありあけのつきもありとかや。こゐんのいまだえうしゆにてましませしそのかみ、なにとなきおんてまさぐりのついでに、かきくもらかさせたまひたりしが、ありしながらにすこしもたがはせたまはぬをごらんじて、せんていのむかしもやおんこひしうおぼしめされけん、
おもひきやうきみながらにめぐりきておなじくもゐのつきをみむとは W005
そのあひだのおんなからひ、いひしらずあはれにやさしきおんことなり。
「がくうちろん」(『がくうちろん』)S0108さるほどに、えいまんぐわんねんのはるのころより、しゆしやうごふよのおんことときこえさせたまひしが、おなじきなつのはじめにもなりしかば、ことのほかにおもらせたまふ。これによつて、おほくらのたいふいきのかねもりがむすめのはらに、こんじやういちのみやのにさいにならせたまふがましましけるを、たいしにたてまゐらさせたまふべしときこえしほどに、おなじきろくぐわつにじふごにち、にはかにP79しんわうのせんじかうぶらせたまふ。やがてそのよじゆぜんありしかば、てんがなにとなうあわてたるさまなりけり。そのときのいうしよくのひとびとまうしあはれけるは、まづほんてうに、とうたいのれいをたづぬるに、せいわてんわうくさいにして、もんどくてんわうのおんゆづりをうけさせたまふ。それはかのしうくたんのせいわうにかはり、なんめんにして、いちじつばんきのまつりごとををさめたまひしになぞらへて、ぐわいそちうじんこう、えうしゆをふちしたまへり。これぞせつしやうのはじめなる。とばのゐんごさい、こんゑのゐんさんざいにてせんそあり。かれをこそ、いつしかなれとまうししに、これはにさいにならせたまふ。せんれいなし。ものさわがしともおろかなり。さるほどに、おなじきしちぐわつにじふしちにち、しやうくわうつひにほうぎよなりぬ。おんとしにじふさん。つぼめるはなのちれるがごとし。たまのすだれ、にしきのちやうのうち、みなおんなみだにむせばせおはします。やがてそのよ、かうりうじのうしとら、れんだいののおく、ふなをかやまにをさめたてまつる。ごさうそうのよ、えんりやくこうぶくりやうじのだいしゆ、がくうちろんといふことをしいだして、たがひにらうぜきにおよぶ。
いつてんのきみほうぎよなつてのち、ごむしよへわたしたてまつるときのさほふは、なんぼくにきやうのだいしゆ、ことごとくぐぶして、ごむしよのめぐりに、わがてらでらのがくをうつことありけり。まづしやうむてんわうのごぐわん、あらそふべきてらなければ、とうだいじのがくをうつ。つぎにたんかいこうのごぐわんとてこうぶくじのがくをうつ。ほくきやうには、こうぶくじにむかへて、えんりやくじのがくをうつ。つぎにてんむてんわうのごぐわん、けうだいくわしやう、ちしようだいしのさうさうとてをんじやうじのがくをうつ。しかるを、さんもんのだいしゆ、いかがおもひけん、せんれいをそむいて、とうだいじのつぎ、こうぶくじのP80うへに、えんりやくじのがくをうつあひだ、なんとのだいしゆ、とやせまし、かうやせましと、せんぎするところに、ここにこうぶくじのさいこんだうじゆ、くわんおんばう、せいしばうとて、きこえたるだいあくそうににんありけり。くわんおんばうはくろいとをどしのはらまきに、しらえのなぎなた、くきみじかにとり、せいしばうはもよぎをどしのよろひき、こくしつのおほだちもつて、ににんつとはしりいで、えんりやくじのがくをきつておとし、さんざんにうちわり、「うれしやみづ、なるはたきのみづ、ひはてるとも、たえずとうたへ」とはやしつつ、なんとのしゆとのなかへぞいりにける。
「きよみづえんしやう」(『きよみづでらえんしやう』)S0109さんもんのだいしゆ、らうぜきをいたさばてむかひすべきところに、こころぶかうねらふかたもやありけん、ひとことばもいださず。みかどかくれさせたまひてのちは、こころなきさうもくまでも、みなうれへたるいろにこそあるべきに、このさうどうのあさましさにたかきもいやしきも、きもたましひをうしなつて、しはうへみなたいさんす。おなじきにじふくにちのうまのこくばかり、さんもんのだいしゆおびたたしうげらくすときこえしかば、ぶし、けんびゐし、にしざかもとにゆきむかつてふせぎけれども、ことともせず、おしやぶつてらんにふす。またなにもののまうしいだしたりけるやらん、「いちゐん、さんもんのだいしゆにおほせて、へいけつゐたうせらるべし」ときこえしかば、ぐんびやうだいりにP81さんじてしはうのぢんどうをかためてけいごす。へいじのいちるゐみなろくはらにはせあつまる。いちゐんもいそぎろくはらへごかうなる。きよもりこうそのーときはいまだだいなごんのうだいしやうにておはしけるが、おほきにおそれさわがれけり。こまつどの、「なにによつて、ただいまさるおんことさふらふべき」としづめまうされけれども、つはものどもさわぎののしることおびたたし。されどもさんもんのだいしゆろくはらへはよせずして、そぞろなるせいすゐじにおしよせて、ぶつかくそうばういちうものこさずみなやきはらふ。これはさんぬるごさうそうのよのくわいけいのはぢをきよめんがためとぞきこえし。せいすゐじはこうぶくじのまつじたるによつてなり。せいすゐじやけたりけるあした、「くわんおんくわけうへんじやうちはいかに」と、ふだにかいて、だいもんのまへにぞたてたりける。つぎのひまた、「りやくこふふしぎちからおよばず」と、かへしのふだをぞうつたりける。しゆとかへりのぼりければ、いちゐんもいそぎろくはらよりくわんぎよなる。しげもりのきやうばかりぞ、おんおくりにはまゐられける。ちちのきやうはまゐられず。なほようじんのためかとぞみえし。
しげもりのきやう、おんおくりよりかへられたりければ、ちちのだいなごんのたまひけるは、「さてもいちゐんのごかうこそおほきにおそれおぼゆれ。かねてもおぼしめしより、おほせらるるむねのあればこそ、かうはきこゆらめ。それにもなほうちとけたまふまじ」とのたまへば、しげもりのきやうまうされけるは、「このことゆめゆめおんけしきにも、おんことばにもいださせたまふべからず。ひとにこころつけがほに、なかなかあしきおんことなり。これにつけても、よくよくえいりよにそむかせたまはで、ひとのためにおんなさけをほどこさせましまさば、しんめいさんぽうかごP82あるべし。さらんにとつては、おんみのおそれさふらふまじ」とてたたれければ、「しげもりのきやうはゆゆしうおほやうなるものかな」とぞ、ちちのきやうものたまひける。いちゐんくわんぎよののち、ごぜんにうとからぬきんじゆしやたち、あまたさぶらはれけるに、「さてもふしぎのことをまうしいだしたるものかな。つゆもおぼしめしよらぬものを」とおほせければ、ゐんぢうのきりものにさいくわうほふしといふものあり。をりふしごぜんちかうさぶらひけるが、すすみいでて、「てんにくちなし、にんをもつていはせよとまうす。へいけもつてのほかにくわぶんにさふらふあひだ、てんのおんぱからひにや」とぞまうしける。ひとびと、「このことよしなし。かべにみみあり。おそろしおそろし」とぞ、おのおのささやきあはれける。
(『とうぐうだち』)S0110さるほどに、そのとしはりやうあんなりければ、ごけいだいじやうゑもおこなはれず。けんしゆんもんゐん、そのーときはいまだひがしのおんかたとまうしける。そのおんはらに、いちゐんのみやのごさいにならせたまふのましましけるを、たいしにたてまゐらさせたまふべしときこえしほどに、おなじきじふにんぐわつにじふしにち、にはかにしんわうのせんじかうぶらせたまふ。あくればかいげんありて、にんあんとかうす。おなじきとしのじふぐわつやうかのひ、きよねんしんわうのせんじかうぶらせたまひしわうじ、とうさんでうにてとうぐうにたたせたまふ。とうぐうはおんをぢろくさい、しゆしやうはおんをひさんざい、いづれもぜうもくにあひかなはず。ただしくわんわにねんに、いちでうのゐんしちさいにてごそくゐあり。さんでうのゐんじふいつさいにてとうぐうにたたせたまふ。せんれいなきにしもあらず。しゆしやうはにさいにておんゆづりをうけさせたまひて、わづかごさいとまうししにんぐわつじふくにちに、おんくらゐをすべりて、しんゐんとぞまうしける。P83いまだおんげんぶくもなくして、だいじやうてんわうのそんがうあり。かんかほんてう、これやはじめならん。にんあんさんねんさんぐわつはつかのひ、しんていだいこくでんにしてごそくゐあり。このきみのくらゐにつかせたまひぬるは、いよいよへいけのえいぐわとぞみえし。こくもけんしゆんもんゐんとまうすは、にふだうしやうこくのきたのかた、はちでうのにゐどののおんいもうとなり。またへいだいなごんときただのきやうとまうすも、このにようゐんのおんせうとなるうへ、うちのごぐわいせきなり。ないげにつけてしつけんのしんとぞみえし。そのころのじよゐじもくとまうすも、ひとへにこのときただのきやうのままなりけり。やうきひがさいはひしとき、やうこくちうがさかえしがごとし。よのおぼえ、ときのきらめでたかりき。にふだうしやうこくてんがのだいせうじをのたまひあはせられければ、ときのひと、へいくわんばくとぞまうしける。
「てんがののりあひ」(『てんがののりあひ』)S0111さるほどにかおうぐわんねんしちぐわつじふろくにち、いちゐんごしゆつけあり。ごしゆつけののちも、ばんきのまつりごとをしろしめされければ、ゐん、うち、わくかたなし。ゐんぢうにちかうめしつかはれけるくぎやうてんじやうびと、じやうげのほくめんにいたるまで、くわんゐほうろく、みなみにあまるばかりなり。されどもひとのこころのならひにて、なほあきたらで、「あつぱれ、そのひとのうせたらば、P84そのくにはあきなん。そのひとのほろびたらば、そのくわんにはなりなん」など、うとからぬどちは、よりあひよりあひ、ささやきけり。いちゐんもないないおほせなりけるは、「むかしよりだいだいのてうてきをたひらげたるものおほしといへども、いまだかやうのことはなし。さだもりひでさとがまさかどをうち、らいぎがさだたふむねたふをほろぼし、ぎかがたけひらいへひらをせめたりしにも、けんじやうおこなはれしこと、わづかじゆりやうにはすぎざりき。いまきよもりが、かくこころのままにふるまふことこそしかるべからね。これもよすゑになつて、わうぼふのつきぬるゆゑなり」とはおほせなりけれども、ついでなければおんいましめもなし。へいけもまたべつしててうかをうらみたてまつらるることもなかりしに、よのみだれそめけるこんぼんは、いんじかおうにねんじふぐわつじふろくにちに、こまつどののじなん、しんーざんみのちうじやうすけもり、そのときはいまだゑちぜんのかみとて、しやうねんじふさんになられけるが、ゆきははだれにふつたりけり。かれののけしき、まことにおもしろかりければ、わかきさぶらひどもさんじつきばかりめしぐして、れんだいのや、むらさきの、うこんのばばにうちいでてたかどもあまたすゑさせ、うづらひばりをおつたておつたて、ひねもすにかりくらし、はくぼにおよんでろくはらへこそかへられけれ。
そのときのごせつろくはまつどのにてぞましましける。ひがしのとうゐんのごしよより、ごさんだいありけり。いうはうもんよりじゆぎよあるべきにて、ひがしのとうゐんをみなみへ、おほひのみかどをにしへぎよしゆつなるに、すけもりあそん、おほひのみかどゐのくまにて、てんがのぎよしゆつにはなつきにまゐりあふ。おんとものひとども、「なにものぞ、らうぜきなり。ぎよしゆつなるに、のりものよりおりさふらへおりP85さふらへ」といらでけれども、あまりにほこりいさみ、よをよともせざりけるうへ、めしぐしたるさぶらひどもも、みなにじふよりうちのわかものどもなれば、れいぎこつぽふわきまへたるものいちにんもなし。てんがのぎよしゆつともいはず、いつせつげばのれいぎにもおよばず、ただかけやぶつてとほらんとするあひだ、くらさはくらし、つやつやだいじやうのにふだうのまごともしらず、またせうせうはしつたれども、そらしらずして、すけもりのあそんをはじめとして、さぶらひどもみなむまよりとつてひきおろし、すこぶるちじよくにおよびけり。すけもりあそん、はふはふろくはらへかへりおはして、おほぢのしやうこくぜんもんにこのよしうつたへまうされければ、にふだうおほきにいかつて、「たとひてんがなりとも、じやうかいがあたりをばはばかりたまふべきに、さうなうあのおさなきものにちじよくをあたへられけるこそゐこんのしだいなれ。かかることよりして、ひとにはあざむかるるぞ。このことてんがにおもひしらせたてまつらでは、えこそあるまじけれ。いかにもしてうらみたてまつらばや」とのたまへば、しげもりのきやうまうされけるは、「これはすこしもくるしうさふらふまじ。よりまさ、みつもとなどまうすげんじどもにあざけられてもさふらはんは、まことにいちもんのちじよくにてもさふらふべし。しげもりがこどもとてさうらはんずるものが、とののぎよしゆつにまゐりあうて、のりものよりおりさふらはぬことこそかへすがへすもびろうにさふらへ」とて、そのときことにあうたるさぶらひども、みなめしよせて、「じこんいごなんぢらよくよくこころうべし。あやまつててんがへぶれいのよしをまうさばやとおもへ」とてこそかへされけれ。P86
そののちにふだう、こまつどのにはかうとものたまひもあはせずして、かたゐなかのさぶらひの、きはめてこはらかなるがにふだうのおほせよりほか、よにまたおそろしきことなしとおもふものども、なんば、せのををはじめとして、つがふろくじふよにんめしよせて、「らいにじふいちにち、てんがぎよしゆつあるべかんなり。いづくにてもまちうけたてまつり、せんぐみずゐじんどもがもとどりきつて、すけもりがはぢすすげ」とこそのたまひけれ。つはものどもかしこまりうけたまはつてまかりいづ。てんがこれをばゆめにもしろしめされず、しゆしやうみやうねんおんげんぶく、ごかくわんはいくわんのおんさだめのために、しばらくごちよくろにあるべきにて、つねのぎよしゆつよりはひきつくろはせたまひて、こんどはたいけんもんよりじゆぎよあるべきにて、なかのみかどをにしへぎよしゆつなるにゐのくまほりかはのへんにて、ろくはらのつはものども、ひたかぶとさんびやくよき、まちうけたてまつり、てんがをなかにとりこめまゐらせて、ぜんごよりいちどに、ときをどつとぞつくりける。せんぐみずゐじんどもが、けふをはれとしやうぞいたるを、あそこにおつかけ、ここにおつつめ、さんざんにりようりやくして、いちいちにみなもとどりをきる。ずゐじんじふにんのうち、みぎのふしやうたけもとがもとどりをもきられてげり。そのなかにとうくらんどのたいふたかのりがもとどりをきるとて、「これはなんぢがもとどりとおもふべからず、しゆのもとどりとおもふべし」と、いひふくめてぞきつてげる。そののちはおんくるまのうちへも、ゆみのはずつきいれなどして、すだれかなぐりおとし、おうしのむながいしりがいきりはなち、かくさんざんにしちらして、よろこびのときをつくり、ろくはらへかへりまゐりたれば、にふだう、「しんべうなり」とぞのたまひける。P87
されどもおんくるまぞひには、いなばのさいづかひ、とばのくにひさまるといふをのこ、げらふなれども、さかざかしきものにて、おんくるまをしつらひ、のせたてまつて、なかのみかどのごしよへくわんぎよなしたてまつる。そくたいのおんそでにておんなみだをおさへさせたまひつつ、くわんぎよのぎしきのあさましさ、まうすもなかなかおろかなり。たいしよくくわん、たんかいこうのおんことはあげてまうすにおよばず、ちうじんこう、せうぜんこうよりこのかた、せつしやうくわんばくのかかるおんめにあはせたまふこと、いまだうけたまはりおよばず。これこそへいけのあくぎやうのはじめなれ。こまつどのこのよしをききたまひて、おほきにおそれさわがれけり。そのーときゆきむかうたるさぶらひども、みなかんだうせらる。「たとひにふだういかなるふしぎをげぢしたまふといふとも、などしげもりにゆめばかりしらせざりけるぞ。およそはすけもりきくわいなり。せんだんはふたばよりかうばしとこそみえたれ。すでにじふにさんにならんずるものが、いまはれいぎをぞんぢしてこそふるまふべきに、かやうのびろうをげんじて、にふだうのあくみやうをたつ。ふけうのいたり、なんぢひとりにありけり」とて、しばらくいせのくにへおひくださる。されば、このだいしやうをば、きみもしんもぎよかんありけるとぞきこえし。P88
「ししのたに」(『ししのたに』)S0112これによつて、しゆしやうおんげんぶくのおんさだめ、そのひはのびさせたまひて、おなじきにじふごにち、ゐんのてんじやうにてぞおんげんぶくのおんさだめはありける。せつしやうどのさてもわたらせたまふべきならねば、おなじきじふにんぐわつここのかのひ、かねせんじをかうぶらせたまひて、おなじきじふしにちだいじやうだいじんにあがらせたまふ。やがておなじきじふしちにち、よろこびまうしのありしかども、よのなかはなほにがにがしうぞみえし。さるほどにことしもくれぬ。かおうもみとせになりにけり。しやうぐわついつかのひ、しゆしやうおんげんぶくあつて、おなじきじふさんにち、てうきんのぎやうがうありけり。ほふわうにようゐんまちうけまゐらさせたまひて、うひかうぶりのおんよそほひ、いかばかりらうたくおぼしめされけん。にふだうしやうこくのおんむすめ、にようごにまゐらせたまふ。おんとしじふごさい、ほふわうおんいうじのぎなり。めうおんゐんどの、そのころはいまだないだいじんのさだいしやうにてましましけるが、だいしやうをじしまうさせたまふことありけり。ときにとくだいじのだいなごんじつていのきやう、そのじんにあひあたりたまふ。またくわざんのゐんのちうなごんかねまさのきやうもしよまうあり。そのほかこなかのみかどのとうぢうなごんかせいのきやうのさんなん、しんだいなごんなりちかのきやうもひらにまうさる。このだいなごんはゐんのごきしよくよかりければ、P89さまざまのいのりをはじめらる。まづやはたにひやくにんのそうをこめて、しんどくのだいはんにやをしちにちよませられたりけるさいちうに、かはらのだいみやうじんのおんまへなるたちばなのきへ、をとこやまのかたより、やまばとみつとびきたつて、くひあひてぞしににける。はとははちまんだいぼさつのだいいちのししやなり。みやてらにかかるふしぎなしとて、ときのけんぎやう、きやうせいほふいんこのよしだいりへそうもんしたりければ、これただごとにあらず、みうらあるべしとて、じんぎくわんにしてみうらあり。おもきおんつつしみとうらなひまうす。ただしこれはきみのおんつつしみにはあらず、しんかのつつしみとぞまうしける。それにだいなごんおそれをもいたされず、ひるはひとめのしげければ、よなよなほかうにて、なかのみかどからすまるのしゆくしよより、かものかみのやしろへ、ななよつづけてまゐられけり。ななよにまんずるよ、しゆくしよにげかうして、くるしさにすこしまどろみたりけるゆめに、かものかみのやしろへまゐりたるとおぼしくて、ごほうでんのみとおしひらき、ゆゆしうけだかげなるおんこゑにて、
さくらばなかものかはかぜうらむなよちるをばえこそとどめざりけれ W006
だいなごんこれになほおそれをもいたされず、かものかみのやしろに、ごほうでんのおんうしろなる、すぎのほらにだんをたて、あるひじりをこめて、だぎにのほふをひやくにちおこなはせられけるに、あるときにはかにそらかきくもり、いかづちおびたたしうなつて、かのおほすぎにおちかかり、らいくわもえあがつて、きうちうすでにあやふくみえけるを、みやうどどもわしりあつまりて、これをうちけす。さてかのげほふおこなひけるひじりをつゐしゆつせんとす。「われたうしやにひやくにちさんろうのこころざしあつて、P90けふはしちじふごにちになる。まつたくいづまじ」とてはたらかず。このよしをしやけよりだいりへそうもんまうしたりければ、ただほふにまかせよと、せんじをくださる。そのーときじんにんしらづゑをもつてかのひじりがうなじをしらげて、いちでうのおほちより、みなみへおつこしてげり。しんはひれいをうけずとまうすに、このだいなごん、ひぶんのだいしやうをいのりまうされければにや、かかるふしぎもいできにけり。そのころのじよゐぢもくとまうすは、ゐん、うちのおんぱからひにもあらず、せつしやうくわんばくのごせいばいにもおよばず、ただいつかうへいけのままにてありければ、とくだいじ、くわざんのゐんもなりたまはず、にふだうしやうこくのちやくなんこまつどの、そのーときはいまだだいなごんのうだいしやうにてましましけるが、ひだんにうつりて、じなんむねもり、ちうなごんにておはせしが、すはいのじやうらふをてうをつして、みぎにくははられけるこそ、まうすはかりもなかりしか。なかにもとくだいじどのは、いちのだいなごんにて、くわそくえいゆう、さいかくいうちやう、けちやくにてましましけるが、へいけのじなんむねもりのきやうに、かかいこえられたまひぬるこそゐこんのしだいなれ。さだめてごしゆつけなどもやあらんずらん」と、ひとびとささやきあはれけれども、とくだいじどのはしばらくよのならんやうをみんとて、だいなごんをじしてろうきよとぞきこえし。しんだいなごんなりちかのきやうののたまひけるは、「とくだいじ、くわざんのゐんにこえられたらんはいかがせん。へいけのじなんむねもりのきやうにかかいこえられぬるこそ、ゐこんのしだいなれ。いかにもしてへいけをほろぼし、ほんまうをとげん」とのたまひけるこそおそろしけれ。ちちのきやうは、このよはひでは、わづかP91ちうなごんまでこそいたられしか。そのばつしにて、くらゐじやうにゐ、くわんだいなごんにへあがつて、、たいこくあまたたまはつて、しそく、しよじう、てうおんにほこれり。なにのふそくあつてかかかるこころつかれけん、ひとへにてんまのしよゐとぞみえし。へいぢにもゑちごのちうじやうとて、のぶよりのきやうにどうしんのあひだ、そのーときすでにちうせらるべかりしを、こまつどののやうやうにまうして、くびをつぎたまへり。しかるにそのおんをわすれて、ぐわいじんもなきところに、ひやうぐをととのへ、ぐんびやうをかたらひおき、あさゆふはただいくさかつせんのいとなみのほかは、またたじなしとぞみえたりける。ひんがしやまししのたにといふところは、うしろみゐでらにつづいて、ゆゆしきじやうくわくにてぞありける。それにしゆんくわんそうづのさんざうあり。かれにつねはよりあひよりあひ、へいけほろぼすべきはかりごとをぞめぐらしける。あるよ、ほふわうもごかうなる。こせうなごんにふだうしんせいのしそく、じやうけんほふいんもおんともつかまつらる。そのよのしゆえんに、このよしをおほせあはせられたりければ、ほふいん、「あなあさまし。ひとあまたうけたまはりさふらひぬ。ただいまもれきこえて、てんがのおんだいじにおよびさふらひなんず」とまうされければ、だいなごんけしきかはつて、さつとたたれけるが、ごぜんにたてられたりけるへいじを、かりぎぬのそでにかけてひきたふされたりけるを、ほふわうえいらんあつて、「あれはいかに」とおほせければ、だいなごんたちかへつて、「へいじたふれさふらひぬ」とぞまうされける。ほふわうもゑつぼにいらせおはしまし、「ものどもまゐつてさるがくつかまつれ」とおほせければ、へいはうぐわんやすよりつとまゐつて、「P92あああまりにへいじのおほうさふらふに、もてゑひてさふらふ」とまうす。しゆんくわんそうづ、「さてそれをば、いかがつかまつるべきやらん」。さいくわうほふし、「ただくびをとるにはしかじ」とて、へいじのくびをとつてぞいりにける。ほふいん、あまりのあさましさに、つやつやものもまうされず。かへすがへすもおそろしかりしことどもなり。さてよりきのともがらたれたれぞ。あふみのちうじやうにふだうれんじやう、ぞくみやうなりまさ、ほつしようじのしゆぎやうしゆんくわんそうづ、やましろのかみもとかぬ、しきぶのたいふまさつな、へいはうぐわんやすより、そうはうぐわんのぶふさ、しんへいはうぐわんすけゆき、ぶしにはただのくらんどゆきつなをはじめとして、ほくめんのものどもおほくよりきしてげり。
「うがはかつせん」(『しゆんくわんのさた
うがはいくさ』)S0113そもそもこのほつしようじのしゆぎやうしゆんくわんそうづとまうすは、きやうごくのげんだいなごんがしゆんのきやうのまご、きでらのほふいんくわんがにはこなりけり。そぶだいなごんは、さしてゆみやとるいへにはあらねども、あまりにはらあしきひとにて、さんでうのぼうもんきやうごくのしゆくしよのまへをば、ひとをもやすくとほされず、つねはちうもんにたたずみ、はをくひしばり、いかつてこそおはしけれ。かかるおそろしきひとのまごなればにや、このしゆんくわんも、そうなれども、こころもたけく、おごれるひとにて、よしなきむほんにもくみしてげるにこそ。しんだいなごんなりちかのきやう、P93ただのくらんどゆきつなをめして、「こんどごへんをば、いつぱうのたいしやうにたのむなり。このことしおほせつるものならば、くにをもしやうをもしよまうによるべし。まづゆぶくろのれうに」とて、しろぬのごじつたんおくられたり。あんげんさんねんさんぐわついつかのひ、めうおんゐんどの、だいじやうだいじんにてんじたまへるかはりに、こまつどの、げんだいなごんさだふさのきやうをこえて、ないだいじんになりたまふ。やがてだいきやうおこなはる。だいじんのだいしやうめでたかりき。そんじやにはおほひのみかどのうだいじんつねむねこうとぞきこえし。いちのかみこそせんどなれども、ちちうぢのあくさふのごれい、そのおそれあり。ほくめんはしやうこにはなかりけり。しらかはのゐんのおんとき、はじめおかれてよりこのかた、ゑふどもあまたさふらひけり。ためとし、もりしげ、わらはよりいまいぬまる、せんじゆまるとて、これらはさうなききりものにてぞありける。とばのゐんのおんときも、すゑより、すゑのりふしともに、てうかにめしつかはれてありしが、つねはてんそうするをりもありなんどきこえしかども、これらはみなみのほどをふるまうてこそありしか。このときのほくめんのともがらは、もつてのほかにくわぶんにて、くぎやうてんじやうびとをもことともせず、げほくめんよりしやうほくめんにあがり、しやうほくめんよりてんじやうのまじはりをゆるさるるものもおほかりけり。かくのみおこなはるるあひだ、おごれるこころどもつきて、よしなきむほんにもくみしてげるにこそ。
なかにもこせうなごんにふだうしんせいのもとにめしつかはれけるもろみつ、なりかげといふものあり。もろみつはあはのくにのざいちやう、なりかげはきやうのもの、じゆつこんいやしきげらふなり。こんでいわらは、もしはかくごしやなどにてもやP94ありけん、さかざかしかりしによつて、つねはゐんへもめしつかはれけるが、もろみつはさゑもんのじよう、なりかげはうゑもんのじようとて、ににんいちどにゆきへのじようになりぬ。ひととせしんせいことにあひしとき、ににんともにしゆつけして、さゑもんにふだうさいくわう、うゑもんにふだうさいけいとて、これらはしゆつけののちも、ゐんのみくらあづかりにてぞさふらひける。かのさいくわうがこにもろたかといふものあり。これもさうなききりものにて、けんびゐし、ごゐのじやうまでへあがりて、あまつさへあんげんぐわんねんじふにんぐわつにじふくにち、つゐなのぢもくに、かがのかみにぞなされける。こくむをおこなふあひだ、ひほふひれいをちやうぎやうし、じんじやぶつじ、けんもんせいけのしやうりやうをもつたうして、さんざんのことどもにてぞありける。たとひせうこうがあとをへだつといふとも、をんびんのまつりごとをおこなふべかりしに、かくこころのままにふるまふあひだ、おなじきにねんのなつのころ、こくしもろたかがおとと、こんどうはんぐわんもろつねをかがのもくだいにふせらる。もくだいげちやくのはじめ、こくふのへんにうがはといふやまでらあり。をりふしじそうどもがゆをわかいてあびけるを、らんにふしておひあげ、わがみあび、ざふにんばらおろし、むまあらはせなどしけり。じそういかりをなして、「むかしよりこのところは、くにがたのもののにふぶすることなし。せんれいにまかせて、すみやかににふぶのあふばうとどめよや」とぞまうしける。「もくだいおほきにいかつて、「せんせんのもくだいは、ふかくでこそいやしまれたれ。たうもくだいにおいては、すべてそのぎあるまじ。ただほふにまかせよ」といふほどこそありけれ、じそうどもはくにがたのものをつゐしゆつせんとす。くにがたのものどもは、ついでをもつてらんにふせんと、うちあひ、P95はりあひしけるほどに、もくだいもろつねがひざうしけるむまのあしをぞうちをりける。そののちはたがひにきうせんひやうぢやうをたいして、いあひ、きりあひ、すこくたたかふ。よにいりければ、もくだいかなはじとやおもひけんひきしりぞく。そののちたうごくのざいちやうらいつせんよにん、もよほしあつめて、うがはにおしよせ、ばうじやいちうものこさずみなやきはらふ。うがはといふは、はくさんのまつじなり。このことうつたへんとて、すすむらうそうたれたれぞ。ちしやく、がくみやう、ほうだいばう、しやうち、がくおん、とさのあざりぞすすみける。しらやまさんじやはちゐんのだいしゆ、ことごとくおこりあひ、つがふそのせいにせんよにん、おなじきしちぐわつここのかのひのくれがたに、もくだいもろつねがたちちかうこそおしよせたれ。けふはひくれぬ。あすのいくさとさだめて、そのひはよせでゆらへたり。つゆふきむすぶあきかぜは、いむけのそでをひるがへし、くもゐをてらすいなづまは、かぶとのほしをかがやかす。もくだいかなはじとやおもひけん、よにげにしてきやうへのぼる。あくるうのこくにおしよせて、ときをどつとぞつくりける。じやうのうちにはおともせず。ひとをいれてみせければ、「みなおちてさふらふ」とまうす。だいしゆちからおよばでひきしりぞく。さらばさんもんへうつたへんとて、はくさんちうぐうのしんよ、かざりたてまつて、ひえいさんへふりあげたてまつる。おなじきはちぐわつじふににちのうまのこくばかり、はくさんちうぐうのしんよ、すでにひえいさんひがしざかもとにつかせたまふとまうすほどこそありけれ、ほくこくのかたより、いかづちおびたたしくなつて、みやこをさしてなりのぼり、はくせつくだつてちをうづみ、さんじやうらくちうおしなべて、ときはのやまのこずゑまで、みなしろたへにぞなりにける。
(『ぐわんだて』)S0114だいしゆしんよをば、まらうとのみやへいれP96たてまつる。まらうととまうすは、はくさんめうりごんげんにておはします。まうせばふしのおんなかなり。まづさたのじやうふはしらず、しやうぜんのおんよろこび、ただこのことにあり。うらしまがこのしつせのまごにあへりしにもすぎ、たいないのもののりやうぜんのちちをみしにもこえたり。さんぜんのしゆとくびすをつぎ、しちしやのじんにんそでをつらねて、じじこくこくのほつせきねん、ごんごだうだんのことどもにてぞさふらひける。さるほどにさんもんのだいしゆ、こくしかがのかみもろたかをるざいにしよせられ、もくだいこんどうはんぐわんもろつねをきんごくせらるべきよし、そうもんどどにおよぶといへども、ごさいきよなかりければ、しかるべきくぎやうてんじやうびとは、「あはれとくしてごさいだんあるべきものを。むかしよりさんもんのそしようはたにことなり。おほくらのきやうためふさ、ださいのごんのそつすゑなかのきやうは、さしもてうかにちようしんたりしかども、さんもんのそしようによつてるざいせられたまひにき。いはんやもろたかなどはことのかずにてやはあるべき、しさいにやおよぶべき」とまうしあはれけれども、たいしんはろくをおもんじていさめず、せうしんはつみにおそれてまうさず」といふことなれば、おのおのくちをとぢたまへり。P97
「ぐわんだて」かもがはのみづ、すごろくのさい、やまぼふし、これぞわがおんこころにかなはぬもの」と、しらかはのゐんもおほせなりけるとかや。とばのゐんのおんときも、ゑちぜんのへいせんじをさんもんへよせられけることは、たうざんをごきゑあさからざるによつてなり。「ひをもつてりとす」とせんげせられてこそ、ゐんぜんをばくだされけれ。さればがうぞつきやうばうのきやうのまうされしは、「さんもんのだいしゆ、ひよしのしんよをぢんどうへふりたてまつて、そしようをいたさば、きみはいかがおんぱからひさうらふべき」とまうされければ、「ほふわう、「げにもさんもんのそしようはもだしがたし」とぞおほせける。いんじかほうにねんさんぐわつふつかのひ、みののかみみなもとのよしつなのあそん、たうごくしんりふのしやうをたふすあひだ、やまのくぢうしやゑんおうをせつがいす。これによつてひよしのしやし、えんりやくじのじくわん、つがふさんじふよにん、まうしぶみをささげてぢんどうへさんじたるを、ごにでうのくわんばくどの、やまとげんじなかづかさのごんのせふよりはるにおほせて、これをふせがせらるるによりはるがらうどう、やをはなつ。やにはにゐころさるるものはちにん、きずをかうぶるものじふよにん、しやし、しよし、しはうへみなにげさりぬ。これによつてさんもんのじやうかうら、しさいをそうもんのために、おびたたしうげらくすとP98きこえしかば、ぶし、けんびゐし、にしざかもとにゆきむかつて、みなおつかへす。
さるほどにさんもんには、ごさいだんちちのあひだ、ひよしのしんよをこんぽんちうだうへふりあげたてまつり、そのおんまへにてしんどくのだいはんにやをしちにちよみて、ごにでうのくわんばくどのをじゆそしたてまつる。けちぐわんのだうしには、ちういんほふいん、そのーときはいまだちういんぐぶとまうししが、かうざにのぼりかねうちならし、けいびやくのことばにいはく、「われらがなたねのふたばよりおほしたてたまひしかみたち、ごにでうのくわんばくどのに、かぶらやひとつはなちあてたまへ。だいはちわうじごんげん」とたからかにこそきせいしたりけれ。そのよやがてふしぎのことありけり。はちわうじのごてんより、かぶらやのこゑいでて、わうじやうをさしてなりてゆくとぞ、ひとのゆめにはみえたりける。そのあしたくわんばくどののごしよのみかうしをあげけるに、ただいまやまよりとつてきたるやうに、つゆにぬれたるしきみひとえだ、たつたりけるこそふしぎなれ。やがてそのよより、ごにでうのくわんばくどの、さんわうのおんとがめとて、おもきおんやまふをうけさせたまひて、うちふさせたまひしかば、ははうへおほとののきたのまんどころ、おほきにおんなげきあつて、おんさまをやつし、いやしきげらふのまねをして、ひよしのやしろへまゐらせたまひて、しちにちしちやがあひだいのりまうさせおはします。まづあらはれてのごりふぐわんには、しばでんがくひやくばん、ひやくばんのひとつもの、けいば、やぶさめ、すまふ、おのおのひやくばん、ひやくざのにんわうかう、ひやくざのやくしかう、いつちやくしゆはんのやくしひやくたい、とうじんのやくしいつたい、ならびにしやか、あみだのぞう、おのおのざうりふくやうせられけり。またごしんぢうにみつのごりふぐわんあり。おんこころのうちのおんことなれば、P99ひとこれをば、いかでかしりたてまつるべきに、それになによりもまたふしぎなりけることには、しちやにまんずるよ、はちわうじのおんやしろにいくらもありけるまゐりうどどものなかに、みちのくより、はるばるとのぼつたりけるわらはみこ、やはんばかりににはかにたえいりけり。はるかにかきいだしていのりければ、やがてたつてまひかなづ。ひときどくのおもひをなしてこれをみる。はんじばかりまうてのち、さんわうおりさせたまひて、やうやうのごたくせんこそおそろしけれ。「しゆじやうらたしかにうけたまはれ。おほとののきたのまんどころ、けふしちにち、わがおんまへにこもらせたまひたり。ごりふぐわんみつあり。まづひとつには、こんどてんがのじゆみやうをたすけさせおはしませ。さもさふらはば、おほみやのしたどのにさぶらふもろもろのかたはうどにまじはつて、いつせんにちがあひだ、てうせきみやづかひまうさんとなり。おほとののきたのまんどころにて、よをよともおぼしめさで、すごさせたまふおんこころにも、こをおもふみちにまよひぬれば、いぶせきことをもわすられて、あさましげなるかたはうどにまじはつて、いつせんにちがあひだ、あさゆふみやづかひまうさんとおほせらるるこそ、まことにあはれにおぼしめせ。ふたつにはおほみやのはしどのより、はちわうじのおんやしろまで、くわいらうつくつてまゐらせんとなり。さんぜんにんのだいしゆ、ふるにもてるにも、しやさんのとき、いたはしうおぼゆるに、くわいらうつくられたらんは、いかにめでたからん。みつにははちわうじのおんやしろにて、ほつけもんだふかうまいにちたいてんなくおこなはすべしとなり。このごりふぐわんどもは、いづれもおろかならねども、せめてはかみふたつは、さなくともありなん。ほつけもんだふかうこそ、いちぢやうあらまほしうはおぼしめせ。P100ただし、こんどのそしようは、むげにやすかりぬべきことにてありつるを、ごさいきよなくして、じんにん、みやじいころされ、しゆとおほくきずをかうぶつて、なくなくまゐりてうつたへまうすが、あまりにこころうければ、いかならんよにわするべしともおぼしめさず。そのうへかれらにあたるところのやは、すなはちわくわうすゐじやくのおんはだへにたつたるなり。まことそらごとはこれをみよ」とて、かたぬぎたるをみれば、ひだりのわきのした、おほきなるかはらけのくちほど、うげのいてぞありける。「これがあまりにこころうければ、いかにまうすともしぢうのことはかなふまじ。ほつけもんだふかういちぢやうあるべくは、みとせがいのちをのべてたてまつらん。それをふそくにおぼしめさばちからおよばず」とて、さんわうあがらせたまひけり。ははうへこのごりふぐわんのおんこと、ひとにもかたらせたまはねば、たれもらしぬらんと、すこしもうたがふかたもましまさず。おんこころのうちのことどもを、ありのままにごたくせんありければ、いよいよしんかんにそうて、ことにたつとくおぼしめし、「たとひいちにちへんしとさぶらふとも、ありがたうこそさぶらふべきに、ましてみとせがいのちをのべてたまはらんとおほせらるるこそ、まことにありがたうはさぶらへ」とて、おんなみだをおさへておんげかうありけり。そののちきのくににてんがのりやう、たなかのしやうといふところを、えいたいはちわうじへきしんせらる。さればいまのよにいたるまで、はちわうじのおんやしろにて、ほつけもんだふかう、まいにちたいてんなしとぞうけたまはる。かかりしほどに、ごにでうのくわんばくどのおんやまふかるませたまひて、もとのごとくにならせたまふ。じやうげよろこびあはれしほどに、みとせのすぐるはゆめなれや、えいちやうにねんになりにけり。P101ろくぐわつにじふいちにち、またごにでうのくわんばくどの、おんぐしのきはにあしきおんかさいでさせたまひて、うちふさせたまひしが、おなじきにじふしちにち、おんとしさんじふはちにて、つひにかくれさせたまひぬ。おんこころのたけさ、りのつよさ、さしもゆゆしうおはせしかども、まめやかにことのきふにもなりぬれば、おんいのちををしませたまひけり。まことにをしかるべし。しじふにだにみたせたまはで、おほとのにさきだたせたまふこそかなしけれ。かならずちちをさきだつべしといふことはなけれども、しやうじのおきてにしたがふならひ、まんどくゑんまんのせそん、じふぢくきやうのだいじたちも、ちからおよばせたまはぬしだいなり。じひぐそくのさんわう、りもつのはうべんにてましませば、おんとがめなかるべしともおぼえず。
「みこしぶり」(『みこしぶり』)S0115さるほどにさんもんには、こくしかがのかみもろたかをるざいにしよせられ、もくだいこんどうはんぐわんもろつねをきんごくせらるべきよし、そうもんどどにおよぶといへども、ごさいきよなかりければ、ひよしのさいれいをうちとどめて、あんげんさんねんしんぐわつじふさんにちのたつのいつてんに、じふぜんじごんげん、まらうど、はちわうじ、さんじやのしんよをかざりたてまつて、ぢんどうへふりあげたてまつる。さがりまつ、きれづつみ、かものかはら、ただす、うめただ、やなぎはら、とうぼくゐんのへんに、じんにん、みやじ、しらだいしゆ、P102せんだうみちみちて、いくらといふかずをしらず。しんよはいちでうをにしへいらせたまふに、ごじんぼうてんにかかやいて、にちぐわつちにおちたまふかとおどろかる。これによつてげんぺいりやうけのたいしやうぐんにおほせて、しはうのぢんどうをかためて、だいしゆふせぐべきよしおほせくださる。へいけにはこまつのないだいじんのさだいしやうしげもりこう、そのせいさんぜんよきにて、おほみやおもてのやうめい、たいけん、いうはう、みつのもんをかためたまふ。おととむねもり、とももり、しげひら、をぢよりもり、のりもり、つねもりなどは、にしみなみのもんをかためたまふ。げんじにはたいだいしゆごのげんざんみよりまさ、らうどうにはわたなべのはぶく、さづくをさきとして、そのせいわづかにさんびやくよき、きたのもん、ぬひどののぢんをかためたまふ。ところはひろし、せいはすくなし、まばらにこそみえたりけれ。だいしゆぶせいたるによつて、きたのもん、ぬひどののぢんよりしんよをいれたてまつらんとするに、よりまさのきやうさるひとにて、いそぎむまよりとんでおり、かぶとをぬぎ、てうづうがひして、しんよをはいしたてまつらる。つはものどももみなかくのごとし。よりまさのきやうより、だいしゆのなかへししやをたてて、いひおくらるるむねあり。そのつかひはわたなべのちやうじつとなふとぞきこえし。となふそのひのしやうぞくには、きちんのひたたれに、こざくらをきにかへしたるよろひきて、しやくどうづくりのたちをはき、にじふしさいたるしらはのやおひ、しげどうのゆみわきにはさみ、かぶとをばぬいで、たかひもにかけ、しんよのおんまへにかしこまつて、「しばらくしづまられさふらへ。げんざんみどのより、しゆとのおんなかへげんざんみどののまうせとざふらふ」とて、「こんどさんもんのごそしよう、りうんのでうもちろんにさふらふ。ごさいだんちちこそ、よそにてもゐこんにおぼえさうらへ。しんよいれたてまつらんP103こと、しさいにおよびさふらはず。ただしよりまさぶせいにさふらふ。あけていれたてまつるぢんよりいらせたまひなば、さんもんのだいしゆは、めだりがほしけりなど、きやうわらんべのまうさんこと、ごにちのなんにやさふらはんずらん。あけていれたてまつれば、せんじをそむくににたり。またふせぎたてまつらんとすれば、ねんらいいわう、さんわうにかうべをかたぶけてさふらふみが、けふよりのち、ながくゆみやのみちにわかれさふらひなんず。かれといひ、これといひ、かたがたなんぢのやうにおぼえさふらふ。ひんがしのぢんどうをばこまつどののおほぜいにてかためられてさふらふ。そのぢんよりいらせたまふべうもやさふらふらん」と、いひおくりたりければ、となふがかくいふにふせがれて、じんにん、みやじ、しばらくゆらへたり。わかだいしゆ、あくそうどもは、「なんでふそのぎあるべき。ただこのぢんよりしんよをいれたてまつれや」といふやからおほかりけれども、ここにらうそうのなかに、さんたふいちのせんぎしやときこえしつのりつしやがううん、すすみいでてまうしけるは、「このぎもつともさいはれたり。われらしんよをさきだてまゐらせて、そしようをいたさば、おほぜいのなかをうちやぶりてこそ、こうたいのきこえもあらんずれ。なかんづくこのよりまさのきやうは、ろくそんわうよりこのかた、げんじちやくちやくのしやうとう、ゆみやをとつても、いまだそのふかくをきかず。およそはぶげいにもかぎらず、かだうにもまたすぐれたるをのこなり。ひととせこんゑのゐんございゐのおんとき、たうざのごくわいのありしに、『しんざんのはな』といふだいをいだされたりけるに、ひとびとみなよみわづらはれたりしを、このよりまさのきやう、P104
みやまぎのそのこずゑともみえざりしさくらははなにあらはれにけり W007
といふめいかつかまつてぎよかんにあづかるほどのやさおのこに、いかんがときにのぞんでなさけなうちじよくをばあたふべき。ただしんよかきかへしたてまつれや」と、せんぎしたりければ、すせんにんのだいしゆ、せんぢんよりごぢんまで、みなもつとももつともとぞどうじける。さてしんよかきかへしたてまつり、ひんがしのぢんどう、たいけんもんよりいれたてまつらんとしけるに、らうぜきたちまちにいできて、ぶしどもさんざんにいたてまつる。じふぜんじのみこしにも、やどもあまたいたてけり。じんにん、みやじいころされ、しゆとおほくきずをかうぶつて、をめきさけぶこゑはぼんでんまでもきこえ、けんらうぢじんもおどろきたまふらんとぞおぼえける。だいしゆしんよをばぢんどうにふりすてたてまつり、なくなくほんざんへぞかへりのぼりける。
「だいりえんしやう」(『だいりえんしやう』)S0116ゆふべにおよんでくらんどのさせうべんかねみつにおほせて、ゐんのてんじやうにて、にはかにくぎやうせんぎありけり。さんぬるほうあんしねんしんぐわつにしんよじゆらくのときは、ざすにおほせて、せきさんのやしろへいれたてまつらる。またほうえんしねんしちぐわつにしんよじゆらくのときは、ぎをんのべつたうにおほせて、ぎをんのやしろへいれたてまつらる。こんどもほうえんのれいたるべしとて、ぎをんのべつたうごんのだいそうづちようけんにP105おほせ、へいしよくにおよんでぎをんのやしろへいれたてまつらる。しんよにたつところのやをば、じんにんしてこれをぬかせらる。むかしよりさんもんのだいしゆ、しんよをぢんどうへふりたてまつることは、さんぬるえいきうよりこのかた、ぢしようまではろくかどなり。されどもまいどにぶしにおほせてふせがせらるるに、しんよいたてまつることは、これはじめとぞうけたまはる。「れいしんいかりをなせば、さいがいちまたにみつといへり。おそろしおそろし」とぞおのおののたまひあはれける。おなじきじふしにちのやはんばかり、さんもんのだいしゆ、またおびたたしうげらくするときこえしかば、しゆしやうはやちうにえうよにめして、ゐんのごしよほふぢうじどのへぎやうがうなる。ちうぐう、みやみやは、おんくるまにたてまつりて、たしよへぎやうげいありけり。くわんばくどのをはじめたてまつて、だいじやうだいじんいげのけいしやううんかく、われもわれもとぐぶせらる。こまつのおとどは、なほしにやおうてぐぶせらる。ちやくしごんのすけぜうしやうこれもりは、そくたいにひらやなぐひおうてぞまゐられける。およそきんちうのじやうげ、きやうぢうのきせん、さわぎののしることおびたたし。されどもさんもんには、しんよにやたち、じんにんみやじいころされ、しゆとおほくきずをかうぶりたりしかば、おほみやにのみやいげ、かうだう、ちうだう、すべてしよだう、いちうものこさずみなやきはらつて、さんやにまじはるべきよし、さんぜんいちどうにせんぎす。これによつてだいしゆのまうすところ、ほふわうおんぱからひあるべしときこえしほどに、さんもんのじやうかうら、しさいをしゆとにふれんとて、とうざんすときこえしかば、だいしゆにしざかもとにおりくだつて、みなおつかへす。へいだいなごんときただのきやう、P106そのときはいまださゑもんのかみにておはしけるが、しやうけいにたつ。だいかうだうのにはにさんたふくわいがふして、「しやうけいをとつてひつぱり、しやかぶりをうちおとし、そのみをからめて、みづうみにしづめよ」などぞまうしける。すでにかうとみえしとき、ときただのきやう、だいしゆのなかへししやをたてて、「しばらくしづまられさふらへ。しゆとのおんなかへまうすべきことのさふらふ」とて、ふところよりこすずりたたうがみとりいだし、ひとふでかいてだいしゆのなかへおくらる。これをひらいてみるに、「しゆとのらんあくをいたすは、まえんのしよぎやうなり。めいわうのせいしをくはふるは、ぜんぜいのかごなり」とこそかかれたれ。これをみて、だいしゆひつぱるにもおよばず、みなもつとももつともとどうじて、たにだににおり、ばうばうへぞいりにける。いつしいつくをもつて、さんたふさんぜんのいきどほりをやすめ、こうしのはぢをものがれたまひけんときただのきやうこそゆゆしけれ。さんもんのだいしゆは、はつかうのみだりがはしきばかりかとおもひぬれば、ことわりをもぞんぢしけりとぞ、ひとびとかんじあはれける。おなじきはつかのひ、くわざんのゐんごんぢうなごんただちかのきやうをしやうけいにて、こくしかがのかみもろたかをけつくわんせられて、おはりのゐどたへながさる。おととこんどうはんぐわんもろつねをばきんごくせらる。またさんぬるじふさんにちしんよいたてまつしぶしろくにんごくぢやうせらる。これらはみなこまつどののさぶらひなり。おなじきにじふはちにちのよのいぬのこくばかり、ひぐちとみのこうぢよりひいできたつて、きやうぢうおほくやけにけり。をりふしたつみのかぜはげしくふきければ、おほきなるしやりんのごとくなるP107ほのほが、さんぢやうごちやうをへだてて、いぬゐのかたへすぢかへにとびこえとびこえやけゆけば、おそろしなどもおろかなり。あるひはぐへいしんわうのちぐさどの、あるひはきたののてんじんのこうばいどの、きついつせいのはひまつどの、おにどの、たかまつどの、かもゐどの、とうさんでう、ふゆつぎのおとどのかんゐんどの、せうぜんこうのほりかはどの、これをはじめて、むかしいまのめいしよさんじふよかしよ、くぎやうのいへだにもじふろくかしよまでやけにけり。そのほかてんじやうびと、しよだいぶのいへいへはしるすにおよばず。はてはたいだいにふきつけて、しゆしやくもんよりはじめて、おうでんもん、くわいしやうもん、だいこくでん、ぶらくゐん、しよしはつしやう、あいたんどころ、いちじがうちに、みなくわいじんのちとぞなりにける。いへいへのにつき、だいだいのもんじよ、しつちんまんぽうさながらちりはひとなりぬ。そのあひだのつひえいかばかりぞ。ひとのやけしぬることすひやくにん、ぎうばのたぐひかずをしらず。これただごとにあらず。さんわうのおんとがめとて、ひえいさんより、おほきなるさるどもが、にさんぜんおりくだり、てんでにまつびをともいて、きやうぢうをやくとぞ、ひとのゆめにはみえたりける。だいこくでんはせいわてんわうのぎよう、ぢやうくわんじふはちねんにはじめてやけたりければ、おなじきじふくねんしやうぐわつみつかのひ、やうぜいのゐんのごそくゐはぶらくゐんにてぞありける。ぐわんきやうぐわんねんしんぐわつここのかのひ、ことはじめあつて、おなじきにねんじふぐわつやうかのひぞつくりいだされたりける。ごれんぜいのゐんのぎよう、てんきごねんにんぐわつにじふろくにち、またやけにけり。ぢりやくしねんはちぐわつじふしにちに、ことはじめありしかども、いまだつくりもいだされずして、ごれんぜいのゐんほうぎよなりぬ。ごさんでうのゐんのぎよう、えんきうしねんしんぐわつじふごにちにつくりいだされて、ぶんじんしをたてまつり、P108れいじんがくをそうして、せんかうなしたてまつる。いまはよすゑになつて、くにのちからもみなおとろへたれば、そののちはつひにつくられず。P109
平家物語 巻第二 総かな版(元和九年本)
「ざすながし」(『ざすながし』)S0201ぢしようぐわんねんごぐわついつかのひ、てんだいざすめいうんだいそうじやう、くじやうをちやうじせらるるうへ、くらんどをおつかひにて、によいりんのごほんぞんをめしかへいて、ごぢそうをかいえきせらる。すなはちしちやうのつかひをつけて、こんどしんよだいりへふりたてまつししゆとのちやうぼんをめされけり。かがのくににざすのごばうりやうあり。こくしもろたかこれをちやうはいのあひだ、そのしゆくいによつて、だいしゆをかたらひそしようをいたさる。すでにてうかのおんだいじにおよぶべきよし、さいくわうほふしふしがざんそうによつて、ほふわうおほきにげきりんありけり。ことにぢうくわにおこなはるべしときこゆ。めいうんはゐんのごきしよくあしかりければ、いんやくをかへしたてまつて、ざすをじしまうされけり。おなじきじふいちにち、とばのゐんのしちのみやかくくわいほつしんわう、てんだいざすにならせたまふ。これはしやうれんゐんのだいそうじやうぎやうげんのおんでしなり。あくるじふににち、せんざすしよしよくをもつしゆせらるるP110うへ、けんびゐしににんをつけて、ゐにふたをし、ひにみづをかけて、すゐくわのせめにおこなはるべきよしきこゆ。これによつて、だいしゆなほさんらくすときこえしかば、きやうぢうまたさわぎあへり。
おなじきじふはちにちだいじやうだいじんいげのくぎやうじふさんにんさんだいして、ぢんのざにつき、さきのざすざいくわのことぎぢやうあり。はちでうのちうなごんながかたのきやう、そのときはいまださだいべんのさいしやうにて、ばつざにさぶらはれけるが、すすみいでてまうされけるは、「ほつけのかんじやうにまかせて、しざいいつとうをげんじて、をんるせらるべしとはみえてさふらへども、せんざすめいうんだいそうじやうはけんみつけんがくして、じやうぎやうぢりつのうへ、だいじようめうきやうをくげにさづけたてまつり、ぼさつじやうかいをほふわうにたもたせたてまつる。おんきやうのし、おんかいのし、ぢうくわにおこなはれんことは、みやうのせうらんはかりがたし。げんぞくをんるをなだめらるべきか」と、はばかるところもなうまうされたりければ、たうざのくぎやう、みなながかたのぎにどうずとまうしあはれけれども、ほふわうおんいきどほりふかかりければ、なほをんるにさだめらる。だいじやうのにふだうもこのことまうさんとて、ゐんざんせられたりけれども、ほふわうおんかぜのけとて、ごぜんへもめされたまはねば、ほいなげにてたいしゆつせらる。そうをつみするならひとて、どえんをめしかへし、げんぞくせさせたてまつり、だいなごんのたいふふじゐのまつえだといふぞくみやうをこそつけられけれ。このめいうんとまうすは、かけまくもかたじけなく、むらかみのてんわうだいしちのわうじ、ぐへいしんわうよりろくだいのおんすゑ、こがのだいなごんあきみちのきやうのおんこなり。まことにぶさうのせきとく、てんがP111だいいちのかうそうにておはしければ、きみもしんもたつとみたまひて、てんわうじ、ろくしようじのべつたうをもかけたまへり。されどもをんやうのかみあべのやすちかがまうしけるは、「さばかりのちしやの、めいうんとなのりたまふこそこころえね。うへにはじつげつのひかりをならべ、したにくもあり」とぞなんじける。にんあんぐわんねんにんぐわつはつかのひ、てんだいざすにならせたまふ。おなじきさんぐわつじふごにちごはいだうあり。ちうだうのほうざうをひらかれけるに、しゆじゆのちようほうどものなかに、はういつしやくのはこあり。しろいぬのにてつつまれたり。いつしやうふぼんのざす、かのはこをあけてみたまふに、わうしにかけるふみいつくわんあり。でんげうだいし、みらいのざすのみやうじを、かねてしるしおかれたり。わがなのあるところまではみて、それよりおくをばみたまはず、もとのごとくまきかへしておかるるならひなり。さればこのそうじやうも、さこそはおはしけめ。かかるたつときひとなれども、ぜんぜのしゆくごふをばまぬかれたまはず、あはれなりしことどもなり。おなじきにじふいちにち、はいしよいづのくにとさだめらる。ひとびとやうやうにまうされけれども、さいくわうほふしふしがざんそうによつて、かやうにはおこなはれけるなり。けふやがてみやこのうちをおひいださるべしとて、おつたてのくわんにん、しらかはのごばうにゆきむかつておひたてまつる。そうじやうなくなくごばうをいでつつ、あはたぐちのほとり、いつさいきやうのべつしよへいらせおはします。さんもんには、せんずるところ、われらがかたきは、さいくわうほふしふしにすぎたるものなしとて、かれらふしがみやうじをかいて、こんぽんちうだうにおはしますじふにじんじやうのうち、こんぴらだいじやうのP112ひだんのみあしのしたにふませたてまつり、「じふにじんじやう、しちせんやしや、じこくをめぐらさず、さいくわうほふしふしがいのちをめしとりたまへや」と、をめきさけんでしゆそしけるこそ、きくもおそろしけれ。
おなじきにじふさんにちいつさいきやうのべつしよより、はいしよへおもむきたまひけり。さばかりのほふむのだいそうじやうほどのひとのおつたてのうつしがさきにけたてられて、けふをかぎりにみやこをいでて、せきのひがしへおもむかれけんこころのうち、おしはかられてあはれなり。おほつのうちでのはまにもなりぬれば、もんじゆろうののきばのしろじろとしてみえけるを、ふためともみたまはず、そでをかほにおしあててなみだにむせびたまひけり。さんもんにはしゆくらうせきとくおほしといへども、ちようけんほふいん、そのときはいまだそうづにておはしけるが、あまりになごりををしみたてまつり、あはづまでおくりまゐらせて、それよりいとまこうてかへられけるに、そうじやうこころざしのせつなることをかんじて、ねんらいこしんぢうにひせられたりし、いつしんさんぐわんのけつみやくさうじようをさづけらる。このほうはしやくそんのふぞく、はらないこくのめみやうびく、なんてんぢくのりうじゆぼさつよりしだいにさうでんしきたれるを、けふのなさけにさづけらる。さすがわがてうはそくさんへんぢのさかひ、じよくせまつだいとはいひながら、ちようけんこれをふぞくして、ほふえのたもとをしぼりつつ、みやこへかへりのぼられけん、こころのうちこそたつとけれ。
さるほどにさんもんにはだいしゆおこつてせんぎす。「そもそもぎしんくわしやうよりこのかた、てんだいざすはじまつて、ごじふごだいにいたるまで、いまだるざいのれいをきかず。つらつらことのこころをあんずるに、P113えんりやくのころほひ、くわうていはていとをたて、だいしはたうざんによぢのぼりて、しめいのけうぼふをこのところにひろめたまひしよりこのかた、ごしやうのによにんあとたえて、さんぜんのじやうりよきよをしめたり。みねにはいちじようどくじゆとしふりて、ふもとにはしちしやのれいげんひあらたなり。かのぐわつしのりやうぜんは、わうじやうのとうぼく、だいしやうのいうくつなり。このじちゐきのえいがくもていとのきもんにそばだちてごこくのれいちなり。だいだいのけんわうちしん、このところにだんぢやうをしむ。まつだいならんがらんに、いかでかたうざんにきずをばつくべき。こはこころうし」とて、をめきさけぶといふほどこそありけれ、まんざんのだいしゆ、のこりとどまるものもなく、みなひがしざかもとへおりくだる。(『いちぎやうあじやりのさた』)S0202じふぜんじごんげんのおんまへにて、だいしゆまたせんぎす。「そもそもわれらあはづへゆきむかつて、くわんじゆをばうばひとどめたてまつるべし。ただしおつたてのうつし、りやうそうしあるなれば、さうなうとりえたてまつらんことありがたし。いまはさんわうだいしのおんちからのほか、またたのみたてまつるかたなし。まことにべつのしさいなく、とりえたてまつるべくは、ここにてまづひとつのずゐさうをみせしめたまへ」と、らうそうどもかんたんをくだいてきねんしけり。ここにむどうじぼふしじようゑんりつしがめしつかひけるつるまるといふわらはあり。しやうねんじふはつさいになりけるが、しんじんをくるしめ、ごたいにあせをながいて、にはかにくるひいでたり。「われじふぜんじごんげんのりゐさせたまへり。まつだいといふとも、いかでかわがやまのくわんじゆをば、たこくへはうつさるべき。しやうじやうせせにこころうし。さらんにとつては、われこのふもとにあとをとどめてもなににかはせん」とて、さうのそでをかほにおしあてて、さめざめとなきければ、P114だいしゆこれをあやしみて、「まことにじふぜんじごんげんのごたくせんにておはしまさば、われらしるしをまゐらせん。
いちいちにもとのぬしにかへしたまへ」とて、らうそうどもしごひやくにん、てんでにもつたるじゆずどもを、じふぜんじごんげんのおほゆかのうへへぞなげあげたる。かのものぐるひはしりまはり、ひろひあつめてすこしもたがへず、いちいちにみなもとのぬしにぞくばりける。だいしゆしんめいのれいげんあらたなることのたつとさに、みなたなごころをあはせてずゐきのかんるゐをぞもよほしける。「そのぎならば、ゆきむかつてうばひとどめたてまつれや」といふほどこそありけれ、うんかのごとくにはつかうす。あるひはしがからさきのはまぢにあゆみつづけるだいしゆもあり。あるひはやまだやばせのこしやうにふねおしいだすしゆともあり。これをみてさしもきびしげなりつるおつたてのうつし、りやうそうし、ちりぢりにみなにげさりぬ。だいしゆこくぶんじへまゐりむかふ。せんざすおほきにおどろかせたまひて、「およそちよくかんのものは、つきひのひかりにだにあたらずとこそうけたまはれ。いかにいはんや、じこくをめぐらさず、いそぎおひくださるべしと、ゐんぜんせんじのなりたるに、すこしもやすらふべからず。しゆととうとうかへりのぼりたまふべし」と、はしちかくゐいでてのたまひけるは、「さんだいくわいもんのいへをいでて、しめいいうけいのまどにいつしよりこのかた、ひろくゑんじうのけうぼふをがくして、けんみつりやうしうをまなびき。ただわがやまのこうりうをのみおもへり。またこくかをいのりたてまつることもおろそかならず。しゆとをはぐくむこころざしもふかかりき。りやうじよさんしやうさだめてせうらんしたまふらん。みにあやまつことなし。むじつのつみによつて、をんるのぢうくわをかうむれば、よをもひとをもかみをもほとけをも、P115うらみたてまつるかたなし。まことにはるばるとこれまでとぶらひきたりたまふしゆとのはうしこそ、しやうじやうせせにもほうじつくしがたけれ」とて、かうぞめのおんころものそでをしぼりもあへさせたまはねば、だいしゆもみなよろひのそでをぞぬらしける。すでにおんこしさしよせて、「とうとうめさるべうさふらへ」とまうしければ、せんざすのたまひけるは、「むかしこそさんぜんのしゆとのくわんじゆたりしか。いまはかかるるにんのみとなつて、いかでかやんごとなきしゆがくしや、ちゑふかきだいしゆたちにかきささげられてはのぼるべき。たとひのぼるべきなりとも、わらんづなどいふものをしばりはいて、おなじやうにあゆみつづいてこそのぼらめ」とて、のりたまはず。
ここにさいたふのぢうりよ、かいじやうばうのあじやりいうけいといふあくそうあり。たけしちしやくばかりありけるが、くろかはをどしのよろひの、おほあらめにかねまぜたるを、くさずりながにきなし、かぶとをばぬいで、ほふしばらにもたせつつ、しらえのなぎなたつゑにつき、だいしゆのなかをおしわけおしわけ、せんざすのおんまへにまゐり、だいのまなこをみいからかし、せんざすをしばしにらまへたてまつて、「そのおんこころでこそ、かかるおんめにもあはせたまひさふらへ。とうとうめさるべうさふらふ」とまうしければ、せんざすおそろしさに、いそぎのりたまふ。だいしゆとりえたてまつることのうれしさに、いやしきほふしばらにはあらず、やんごとなきしゆがくしやどもがかきささげたてまつてのぼるほどに、ひとはかはれどもいうけいはかはらず、さきごしかいて、こしのながえも、なぎなたのえも、くだけよととるままに、さしもさがしきひがしざか、へいぢをゆくがごとくなり。P116
だいかうだうのにはに、おんこしかきすゑて、だいしゆまたせんぎす。「そもそもわれらあはづにゆきむかつて、くわんじゆをばうばひとどめたてまつりぬ。ただしちよくかんをかうむりてをんるせられたまふひとを、くわんじゆにもちひまうさんこと、いかがあるべかるらん」とひやうぢやうす。かいじやうばうのあじやりいうけい、またさきのごとくすすみいでてせんぎしけるは、「それわがやまはにつぽんぶさうのれいち、ちんごこくかのだうぢやう、さんわうのごゐくわうさかんにして、ぶつぽふわうぼふごかくなり。さればしゆとのいしゆにいたるまでならびなく、いやしきほふしばらまでも、よもつてかろしめず。いはんやちゑかうきにして、さんぜんのしゆとのくわんじゆたり。とくぎやうおもうしていつさんのわじやうたり。つみなくしてつみをかうむりたまふこと、さんじやうらくちうのいきどほり、こうぶくをんじやうのあざけりにあらずや。このときわれらけんみつのあるじをうしなつて、すはいのがくりよ、ながくけいせつのつとめおこたらんこと、こころうかるべし。せんずるところ、いうけいちやうぼんにしようぜられ、きんごくるざいにもおよび、かうべのはねられんこと、こんじやうのめんぼく、めいどのおもひでなるべし」とて、さうがんよりなみだをはらはらとながしければ、すせんにんのだいしゆも、みなもつとももつともとぞどうじける。それよりしてこそ、いうけいをばいかめばうとはいはれけれ。そのでしゑけいりつしをば、ときのひとこいかめばうとぞまうしける。P117
「いちぎやうあじやり」だいしゆせんざすをば、とうだふのみなみだに、めうくわうばうにいれたてまつる。ときのわうざいをば、ごんげのひともまぬかれたまはざりけるにや。むかしたうのいちぎやうあじやりは、げんそうくわうていのごぢそうにておはしけるが、げんそうのきさきやうきひになをたちたまへり。むかしもいまも、だいこくもせうこくも、ひとのくちのさがなさは、あとかたもなきことなりしかども、そのうたがひによつて、くわらこくへながされさせたまふ。くだんのくにへはみつのみちあり。りんちだうとてごかうみち、いうちだうとてざふにんのかよふみち、あんけつだうとてぢうくわのものをつかはすみちなり。されば、かのいちぎやうあじやりはだいぼんのひとなればとて、あんけつだうへぞつかはされける。しちにちしちやがあひだ、つきひのひかりもみずしてゆくところなり。みやうみやうとしてひともなく、かうほにせんどまよひ、しんしんとしてやまふかし。ただかんこくにとりのひとこゑばかりにて、こけのぬれぎぬほしあへず、むじつのつみによつて、をんるのぢうくわをかうむりたまふことを、てんだうあはれみたまひて、くえうのかたちをげんじつつ、いちぎやうあじやりをまもりたまふ。ときにいちぎやうみぎのゆびをくひきり、ひだんのたもとにくえうのかたちをうつされけり。わかんりやうてうに、しんごんのほんぞんたるくえうのまんだらこれなり。P118
「さいくわうがきられ」(『さいくわうがきられ』)S0203さるほどにさんもんのだいしゆ、せんざすとりとどめたてまつたること、ほふわうきこしめして、いとどやすからずおぼしめしけるところに、さいくわうほふしまうしけるは、「むかしよりさんもんのだいしゆは、はつかうのみだりがはしきうつたへつかまつること、いまにはじめずとはまうしながら、こんどはもつてのほかにくわぶんにさふらふ。よくよくおんぱからひさふらふべし。これらをおんいましめさふらはずは、こののちはよがよでもさふらふまじ」とぞまうしける。ただいまわがみのほろびうせんずることをもかへりみず、さんわうだいしのしんりよにもはばからず、かやうにまうしてしんきんをなやましたてまつる。ざんしんはくにをみだるといへり。まことなるかな。さうらんしげからんとすれども、あきのかぜこれをやぶり、わうじやあきらかならんとすれども、ざんしんこれをくらうすとも、かやうのことをやまうすべき。しんだいなごんなりちかのきやういげきんじゆのひとびとにおほせて、ほふわうやませめらるべしときこえしかば、さんもんのだいしゆは、さのみわうぢにはらまれて、ぜうめいをたいかんせんもおそれなりとて、ないないゐんぜんにしたがひたてまつるしゆともありなどきこえしかば、せんざすはとうだふのみなみだに、めうくわうばうにおはしけるが、だいしゆふたごころありとききたまひて、「またいかなるうきめにかあふべきやらん」と、こころぼそげにぞのたまひける。されどもP119るざいのさたはなかりけり。さるほどにしんだいなごんは、さんもんのさうどうによつて、わたくしのしゆくいをばしばらくおさへられけり。そもないぎしたくはさまざまなりしかども、ぎせいばかりで、このむほんかなふべしともみえざりければ、さしもたのまれたりつるただのくらんどゆきつな、このことむやくなりとおもふこころやつきにけん、ゆぶくろのれうにとておくられたりけるぬのどもをば、ひたたれ、かたびらにたちぬはせ、いへのこ、らうどうどもにきせつつ、めうちしばだたいてゐたりけるが、つらつらへいけのはんじやうするありさまをみるに、たうじたやすうかたぶけがたし。もしこのこともれぬるほどならば、ゆきつなまづうしなはれなんず。たにんのくちよりもれぬさきにかへりちうして、いのちいかうどおもふこころぞつきにける。
おなじきにじふくにちのさよふけがたに、にふだうしやうこくのにしはちでうのていにまゐつて、「ゆきつなこそまうすべきことあつて、これまでまゐつてさふらへ」と、あんないをいひいれたりければ、にふだう、「つねにもまゐらぬもののさんじたるはなにごとぞ、あれきけ」とて、しゆめのはんぐわんもりくにをいだされたり。「まつたくひとづてにはまうすまじきことなり」といふあひだ、にふだう、さらばとて、みづからちうもんのらうにぞいでられたる。「よははるかにふけぬらんに、いかにただいまなにごとぞ」とのたまへば、「ひるはひとめのしげうさふらふあひだ、よにまぎれてまゐつてさふらふ。このほどゐんぢうのひとびとのひやうぐをととのへ、ぐんびやうもよほされしことをば、なにとかきこしめされてさふらふやらん」。にふだう、「いさとよ、それはほふわうのやませめらるべきP120ごけつこうとこそきけ」と、いとこともなげにぞのたまひける。ゆきつなちかうよりこごゑになつて、「そのぎではさふらはず。いつかうたうけのおんうへとこそうけたまはりさふらへ」。にふだう、「さてそれをばほふわうもしろしめされたるか」。「しさいにやおよびさふらふ。しつじのべつたうなりちかのきやうのぐんびやうもよほされさふらひしにも、ゐんぜんとてこそめされしか。やすよりがとまうして、しゆんくわんがかくまうして、さいくわうがとふるまうて」など、ありのままにはさしすぎていひちらし、わがみはいとままうすとていでければ、そのときにふだうおほごゑをもつてさぶらひどもよびののしりたまふことおびたたし。ゆきつななまじひなることまうしいでて、しようにんにやひかれんずらんとおそろしさに、ひともおはぬにとりばかまし、おほのにひをはなちたるここちして、いそぎもんぐわいへぞにげいでける。そののちにふだう、ちくごのかみさだよしをめして、「たうけかたぶけうどするむほんのともがらこそ、きやうぢうにみちみちたんなれ。いそぎいちもんのひとびとにもふれまうせ。さぶらひどももよほせ」とのたまへば、はせまはつてひろうす。うだいしやうむねもり、さんみのちうじやうとももり、とうのちうじやうしげひら、さまのかみゆきもりいげのいちもんのひとびと、かつちうきうせんをたいしてさしつどふ。そのほかさぶらひどももうんかのごとくにはせあつまつて、そのよのうちににふだうしやうこくのにしはちでうのていには、つはものろくしちせんきもあるらんとぞみえし。
あくればろくぐわつひとひのひなり。いまだくらかりけるに、にふだうしやうこくあべのすけなりをめして、「ゐんのごしよへまゐり、だいぜんのだいぶのぶなりをよびいだいて、きつとまうさんずることはよな、P121しんだいなごんなりちかのきやういげ、きんじゆのひとびと、このいちもんほろぼしててんがみだらんとするむほんのくはだてあり。いちいちにからめとつて、たづねさたつかまつりさふらふべし。それをばきみもしろしめさるまじうさふらふとまうすべし」とぞのたまひける。すけなりいそぎゐんのごしよにはせまゐり、のぶなりをまねいてこのことまうすに、いろをうしなふ。やがておんまへへまゐりてこのよしかくとそうもんまうしければ、ほふわう「ああはや、これらがないないはかりしことのもれきこえけるにこそ。さるにても、こはなにごとぞ」とばかりおほせられて、ふんみやうのおんぺんじもなかりけり。すけなりいそぎはしりかへつて、このよしかくとまうしければ、にふだう、「さればこそゆきつなはまことをまうしたれ。ゆきつなこのことつげしらせずは、じやうかいあんをんにてやはあるべき」とて、ちくごのかみさだよし、ひだのかみかげいへをめして、たうけかたむけうどするむほんのともがら、いちいちにからめとるべきよしげぢせらる。よつてにひやくよき、さんびやくよき、あそこここにおしよせおしよせからめとる。にふだうしやうこくまづざつしきをもつて、なかのみかどからすまるのしんだいなごんのしゆくしよへ、「きつとたちよりたまへ。まうしあはすべきことのさふらふ」と、のたまひつかはされければ、だいなごんわがみのうへとはつゆしらず、あはれ、これはほふわうのやませめらるべきごけつこうのあるを、まうしなだめられんずるにこそ。おんいきどほりふかげなり。いかにもかなふまじきものを」とて、ないきよげなるほういたをやかにきなし、あざやかなるくるまにのり、さぶらひさんしにんめしぐして、ざつしきうしかひにいたるまで、つねよりもなほひきつくろはれたり。そもさいごとはP122のちにこそおもひしられけれ。
にしはちでうちかうなつてみたまへば、しごちやうにぐんびやうどもみちみちたり。「あなおびたたし、こはなにごとなるらんと、むねうちさわがれけれども、もんぜんにてくるまよりおり、もんのうちへさしいつてみたまへば、うちにもつはものどもひまはざまもなうぞなみゐたる。ちうもんのくちにはおそろしげなるものども、あまたまちうけたてまつり、だいなごんをとつてひつぱり、「いましむべうさふらふやらん」とまうしければ、にふだうれんちうよりみいだしたまひて、「あるべうもなし」とのたまへば、さぶらひどもじふしごにん、ぜんごさうにたちかこみ、だいなごんのてをとつて、えんのうへへひきあげたてまつり、ひとまなるところにおしこめたてまつてげり。だいなごんはゆめのここちして、つやつやものもおぼえたまはず。ともにありつるさぶらひども、おほぜいにおしへだてられて、ちりぢりになりぬ。ざふしきうしかひいろをうしなひ、うしくるまをすてて、みなにげさりぬ。さるほどに、あふみちうじやうにふだうれんじやう、ほつしようじのしゆぎやうしゆんくわんそうづ、やましろのかみもとかぬ、しきぶのたいふまさつな、へいはうぐわんやすより、そうはうぐわんのぶふさ、しんへいはうぐわんすけゆきも、とらはれてこそいできたれ。さいくわうほふしこのよしをきいて、わがみのうへとやおもひけん、むちをうつていそぎゐんのごしよへまゐる。ろくはらのつはものども、みちにてゆきあひ、「にしはちでうどのよりめさるるぞ。きつとまゐれ」といひければ、「これはそうすべきことあつて、ゐんのごしよへまゐる。やがてこそかへりまゐらめ」といひければ、「につくいにふだうめが、なにごとをかP123そうすべかんなるぞ」とて、しやむまよりとつてひきおとし、ちうにくくつてにしはちでうどのへさげてまゐる。ひのはじめよりごんげんよりきのものなりければ、ことにつよういましめて、おんつぼのうちにぞひつすゑたる。にふだうしやうこくおほゆかにたつて、しばしにらまへ、「あなにくや、たうけかたぶけうどするむほんのやつがなれるすがたよ。しやつここへひきよせよ」とて、えんのきはへひきよせさせ、ものはきながら、しやつらをむずむずとぞふまれける。「もとよりおのれらがやうなるげらふのはてを、きみのめしつかはせたまひて、なさるまじきくわんしよくをなしたび、ふしともにくわぶんのふるまひをするとみしにあはせて、あやまたぬてんだいざするざいにまうしおこなひ、あまつさへたうけかたぶけうどするむほんのともがらにくみしてげるなり。ありのままにまうせ」とこそのたまひけれ。
さいくわうもとよりすぐれたるだいかうのものなりければ、ちともいろもへんぜず、わろびれたるけしきもなく、ゐなほり、あざわらつてまうしけるは、「ゐんぢうにちかうめしつかはるるみなれば、しつじのべつたうなりちかのきやうのぐんびやうもよほされさふらふことにも、くみせずとはまうすべきやうなし。それはくみしたり。ただし、みみにあたることをものたまふものかな。たにんのまへはしらず、さいくわうがきかんずるところにては、さやうのことをば、えこそのたまふまじけれ。そもそもごへんは、こぎやうぶきやうただもりのちやくしにておはせしが、じふしごまではしゆつしもしたまはず。こなかのみかどのとうぢうなごんかせいのきやうのへんにたちいりたまひしをば、きやうわらんべはれいのたかへいだとこそいひしか。しかるをほうえんのころ、かいぞくのちやうぼんさんじふよにんからめしんぜられたりしP124けんじやうにしほんしてしゐのひやうゑのすけとまうししをだに、ひとみなくわぶんとこそまうしあはれしか。てんじやうのまじはりをだにきらはれしひとのしそんにて、いまだいじやうだいじんまでなりあがつたるやくわぶんなるらん。もとよりさぶらひほどのものの、じゆりやうけんびゐしにいたること、せんれい、ほうれいなきにしもあらず。なじかはくわぶんなるべき」と、はばかるところもなういひちらしたりければ、にふだうしやうこくあまりにはらをすゑかねて、しばしはものをものたまはず。ややあつてにふだうのたまひけるは、「しやつがくびさうなうきるな。よくよくきうもんしてことのしさいをたづねとひ、そののちかはらへひきいだいて、かうべをはねよ」とぞのたまひける。まつうらのたらうしげとしうけたまはつて、てあしをはさみ、さまざまにしていためとふ。さいくわうもとよりあらそはざりけるうへ、がうもんはきびしかりけり。はくじやうしごまいにきせられて、そののちくちをさけとて、くちをさかれ、ごでうにしのしゆしやかにして、つひにきられにけり。ちやくしかがのかみもろたかはけつくわんぜられて、をはりのゐどたへながされたりしを、おなじきくにのぢうにんをぐまのぐんじこれすゑにおほせてうたせらる。じなんこんどうはんぐわんもろつねをば、ごくよりひきいだいて、ちうせらる。そのおととさゑもんのじようもろひら、らうどうさんにんをもおなじうかうべをはねられけり。これらはみないふかひなきもののひいでて、いろふまじきことをのみいろひ、あやまたぬてんだいざするざいにまうしおこなひ、くわはうやつきにけん、さんわうだいしのしんばつみやうばつをたちどころにかうむつて、かかるうきめにあへりけり。P125
「こげうくん」(『こげうくん』)S0204しんだいなごんはひとまなるところにおしこめられて、あせみづになりつつ、「あはれこれはひごろのあらましごとの、もれきこえけるにこそ。たれもらしぬらん。さだめてほくめんのともがらのなかにぞあるらん」なんど、おもはじことなうあんじつづけておはしけるところに、うしろよりあしおとのたからかにしければ、すはただいまわがいのちうしなはんとて、もののふどものまゐるにこそとおもはれければ、さはなくして、にふだういたじきたからかにふみならし、だいなごんのおはしけるうしろのしやうじを、さつとひきあけていでられたり。そけんのころものみじからかなるに、しろきおほくちふみくくみ、ひじりづかのかたなおしくつろげてさすままに、もつてのほかにいかれるけしきにて、だいなごんをしばしにらまへて、「そもそもごへんは、へいぢにもすでにちうせらるべかりしを、だいふがみにかへてまうしうけ、くびをつぎたてまつしはいかに。しかるにそのおんをわすれて、なんのゐこんあつてか、たうけかたぶけうどはしたまふなるぞ。おんをしるをもつてひととはいふぞ。おんをしらざるをばちくしやうとこそいへ。されどもたうけのうんめいいまだつきざるによつて、これまではむかへたんなり。ひごろのあらましのしだい、ぢきにうけたまはらん」とのたまへば、だいなごん、「まつたくさることさふらはず。いかさまにもP126ひとのざんげんにてぞさふらふらん。よくよくおんたづねさふらふべし」とまうされければ、にふだういはせもはてず、「ひとやある、ひとやある」とめされければ、さだよしつとまゐりたり。「
さいくわうめがはくじやうとつてまゐれ」とのたまへば、もつてまゐりたり。にふだうこれをとつて、おしかへしおしかへしにさんべんたからかによみきかせ、「あなにくや、このうへをばなにとかちんずべかんなるぞ」とて、だいなごんのかほにさつとなげかけ、しやうじをちやうどひきたてていでられけるが、なほはらをすゑかねて、つねとほかねやすとめす。なんばのじらう、せのをのたらうまゐりたり。「あのをのことつて、にはへひきおとせ」とのたまへども、これらさうなうもしたてまつらず、「こまつどののごきしよく、いかがさふらはんずるやらん」とまうしければ、にふだう、「よしよし、おのれらは、だいふがめいをおもんじて、にふだうがおほせをばかるうしけるござんなれ。このうへはちからおよばず」とのたまへば、これらあしかりなんとやおもひけん、たちあがり、だいなごんのさうのてをとつて、にはへひきおとしたてまつる。そのときにふだうここちよげにて、「とつてふせてをめかせよ」とぞのたまひける。ににんのものども、だいなごんのさうのみみにくちをあてて、「いかさまにもおんこゑのいづべうさふらふ」と、ささやいてひきふせたてまつれば、ふたこゑみこゑぞをめかれける。そのてい、めいどにて、しやばせかいのざいにんを、あるひはごふのはかりにかけ、あるひはじやうはりのかがみにひきむけて、つみのきやうぢうにまかせつつ、あはうらせつがかしやくすらんも、これにはすぎじとぞみえし。P127せうはんとらはれとらはれて、かんはうにらぎすされたり。てうそりくをうけ、しうぎつみせらる。たとへば、せうが、はんくわい、かんしん、はうゑつ、これらはみなかうそのちうしんたりしかども、せうじんのざんによつて、くわはいのはぢをうくとも、かやうのことをやまうすべき。しんだいなごんは、わがみのかくなるにつけても、しそくたんばのせうしやうなりつねいげ、をさなきものどものいかなるうきめにかあふらんと、おもひやるにもおぼつかなし。さばかりあつきろくぐわつに、しやうぞくをだにもくつろげられず、あつさもたへがたければ、むねもせきあぐるここちして、あせもなみだもあらそひてぞながれける。さりともこまつどのはおぼしめしはなたじものをとはおもはれけれども、たれしてまうすべしともおぼえたまはず。
こまつのおとどは、れいのぜんあくにさわぎたまはぬひとにておはしければ、はるかにひたけてのち、ちやくしごんのすけぜうしやうこれもりを、くるまのしりにのせつつ、ゑふしごにん、ずゐじんにさんにんめしぐして、ぐんびやうどもをばいちにんもぐせられず、まことにおほやうげにておはしたれば、にふだうをはじめたてまつて、いちもんのひとびと、みなおもはずげにぞみたまひける。おとどちうもんのくちにて、おんくるまよりおりたまふところへ、さだよしつとまゐつて、「などこれほどのおんだいじに、ぐんびやうをばいちにんもめしぐせられさふらはぬやらん」とまうしければ、おとど、「だいじとはてんがのことをこそいへ。かやうのわたくしごとを、だいじといふやうやある」とのたまへば、ひやうぢやうをたいしたりけるつはものども、みなそぞろいてぞみえたりける。そののちおとど、だいなごんをばいづくにおきたてまつたるやらんと、ここかしこをひきあけひきあけP128みたまふに、あるしやうじのうへに、くもでゆうたるところあり。ここやらんとてあけられたれば、だいなごんおはしけり。なみだにむせびうつぶして、めもみあげたまはず。「いかにや」とのたまへば、そのときみつけたてまつて、うれしげにおもはれたるけしき、ぢごくにてざいにんどもが、ぢざうぼさつをみたてまつるらんも、かくやとおぼえてあはれなり。「なにごとにてさふらふやらん。けさよりかかるうきめにあひさふらふ。さてわたらせたまへば、さりともとこそふかうたのみたてまつてさふらへ。へいぢにもすでにちうせらるべかりしを、ごおんをもつてくびをつがれまゐらせ、あまつさへじやうにゐのだいなごんまでへあがつて、としすでにしじふにあまりさふらふごおんこそ、しやうじやうせせにもはうじつくしがたうさふらへども、こんどもまたかひなきいのちをたすけさせおはしませ。さだにもさふらはば、しゆつけにふだうつかまつり、いかならんかたやまざとにもこもりゐて、ひとすぢにごせぼだいのつとめをいとなみさふらはん」とぞまうされける。
おとど、「ささふらへばとて、おんいのちうしなひたてまつるまでのことはよもさふらはじ。たとひささふらふとも、しげもりかうてさふらへば、おんいのちにはかはりまゐらせさふらふべし。おんこころやすうおぼしめされさふらへ」とて、ちちのぜんもんのおんまへにおはして、「あのだいなごんうしなはれんことは、よくよくごしゆゐさふらふべし。そのゆゑはせんぞしゆりのだいぶあきすゑ、しらかはのゐんにめしつかはれまゐらせしよりこのかた、いへにそのれいなきじやうにゐのだいなごんにへあがつて、あまつさへたうじ、きみぶさうのおんいとほしみ、かうべをはねられんことしかるべうもさふらはず(す)。ただみやこのほかへいだされたらんに、P129ことたりさふらひなんず。
きたののてんじんは、しへいのおとどのざんそうにて、うきなをさいかいのなみにながし、にしのみやのだいじんは、ただのまんぢうのざんげんによつて、うらみをせんやうのくもによす。おのおのむじつなりしかども、るざいせられたまひにき。これみなえんぎのせいだい、あんわのみかどのおんひがこととぞまうしつたへたる。しやうこなほかくのごとし。いはんやまつだいにおいてをや。けんわうなほおんあやまりあり、いはんやぼんにんにおいてをや。すでにめしおかれぬるうへは、いそぎうしなはれずとも、なにのおそれかさふらふべき。けいのうたがはしきをばかろんぜよ、こうのうたがはしきをばおもんぜよとこそみえてさふらへ。ことあたらしきまうしごとにてさふらへども、しげもりかのだいなごんがいもうとにあひぐしてさふらふ。これもりまたむこなり。かやうにしたしうまかりなつてさふらへば、まうすとやおぼしめされさふらふらん。いつかうそのぎではさふらはず。ただきみのため、くにのため、よのため、いへのためのことをおもつてまうしさふらふ。ひととせこせうなごんにふだうしんせいがしつけんのときにあひあたつて、わがてうにはさがのくわうていのおんとき、うひやうゑのかみふぢはらのなかなりをちうせられてよりこのかた、ほうげんまでは、きみにじふごだいのあひだ、おこなはれざりししざいを、はじめてとりおこなひ、うぢのあくさふのしがいをほりおこいて、じつけんせられたりしことなんどまでは、あまりなるおんまつりごととこそぞんじさふらへ。さればいにしへのひとも、しざいをおこなへば、かいだいにむほんのともがらたえずとこそまうしつたへてさふらへ。このことばについて、なかにねんあつて、へいぢにまたよみだれて、しんせいがうづまれたりしをほりおこし、かうべをはねておほぢをわたされさふらひき。ほうげんにまうしおこなひしことの、いくほどもなくて、はやP130みのうへにむくはれにきとおもへば、おそろしうこそさふらへ。これはさせるてうてきにてもさふらはず、かたがたおそれあるべし。ごえいぐわのこるところなければ、おぼしめさるることはあるまじけれども、ししそんぞんまで、はんじやうこそあらまほしうはさふらへ。さればふそのぜんあくは、かならずしそんにおよぶとこそみえてさふらへ。しやくぜんのいへにはよけいあり、せきあくのかどにはよあうとどまるとこそみえてさふらへ。いかさまにもこんやかうべをはねられんことは、しかるべうもさふらはず」とまうされたりければ、にふだうげにもとやおもはれけん、しざいをばおもひとどまりたまひけり。そののちおとどちうもんにいでて、さぶらひどもにのたまひけるは、「おほせなればとて、あのだいなごんうしなはんこと、さうなうあるべからず。にふだうはらのたちのままに、ものさわがしきことしたまひて、のちにはかならずくやみたまふべし。ひがごとしてわれうらむな」とのたまへば、ひやうぢやうをたいしたりけるつはものども、みなしたをふるつておそれをののく。「さてもけさつねとほかねやすが、あのだいなごんになさけなうあたりたてまつたることこそ、かへすがへすもきくわいなれ。などしげもりがかへりきかんずるところをば、はばからざりけるぞ。かたゐなかのさぶらひは、みなかかるぞとよ」とのたまへば、なんばもせのをも、ともにおそれいつたりけり。おとどはかやうにのたまひて、こまつどのへぞかへられける。
さるほどにだいなごんのさむらひども、いそぎなかのみかどからすまるのしゆくしよにかへりまゐつて、このよしかくとまうしければ、きたのかたいげのにようばうたち、こゑごゑにをめきさけびたまひけり。「せうしやうどのをP131はじめまゐらせて、をさなきひとびとも、みなとられさせたまふべきよしうけたまはりてさふらへ。いそぎいづかたへもしのばせたまふべうもやさふらふらん」とまうしければ、きたのかた、「いまはこれほどになつて、のこりとどまるみとても、あんをんにてなににかはせんなれば、ただおなじひとよのつゆともきえんことこそほいなれ。さてもけさをかぎりとしらざりつることのかなしさよ」とて、ひきかづいてぞふしたまふ。すでにぶしどものちかづくよしきこえしかば、かくてはぢがましう、うたてきめをみんも、さすがなればとて、とをになりたまふによし、はつさいのなんし、ひとつくるまにとりのつて、いづちをさすともなくやりいだす。さてしもあるべきことならねば、おほみやをのぼりに、きたやまのへんうんりんゐんへぞおはしける。そのへんなるそうばうにおろしおきたてまつり、おくりのものどもは、みみのすてがたさに、みないとままうしてかへりにけり。いまはいとけなきひとびとばかりのこりゐて、またこととふひともなくしておはしけるきたのかたのこころのうち、おしはかられてあはれなり。くれゆくかげをみたまふにつけても、だいなごんのつゆのいのち、このゆふべをかぎりなりと、おもひやるにもきえぬべし。しゆくしよにはにようばうさぶらひおほかりけれども、ものをだにとりしたためず、かどをだにおしもたてず。むまやにはむまどもおほくなみたちたれども、くさかふものいちにんもなし。よあくればむまくるまかどにたちなみ、ひんかくざにつらなつて、あそびたはぶれまひをどり、よをよともしたまはず。ちかきあたりのものどもは、ものをだにたかくいはず、おぢおそれてこそきのふまでもありしに、よのまにかはるありさま、じやうしやひつすゐのP132ことわりはめのまへにこそあらはれたれ。「たのしみつきてかなしみきたる」とかかれたる、かうしやうこうのふでのあと、いまこそおもひしられけれ。
「せうしやうこひうけ」(『せうしやうこひうけ』)S0205たんばのせうしやうなりつねは、そのよしもゐんのごしよほふぢうじどのにうへぶしして、いまだいでられざりけるに、だいなごんのさぶらひども、いそぎゐんのごしよにはせまゐり、せうしやうどのをよびいだしたてまつり、このよしかくとまうしければ、せうしやう、「これほどのこと、などやさいしやうのもとより、いままでつげしらせざるらん」とのたまひもはてぬに、さいしやうどのよりとておつかひあり。このさいしやうとまうすは、にふだうしやうこくのおんおとと、しゆくしよはろくはらのそうもんのわきにおはしければ、かどわきのさいしやうとぞまうしける。たんばのせうしやうにはしうとなり。「なにごとにてさふらふやらん。けさにしはちでうのていより、きつとぐしたてまつれとさふらふ」と、のたまひつかはされたりければ、せうしやうこのことこころえて、きんじゆのにようばうたちをよびいだしまゐらせて、「ゆふべなにとなうものさわがしうさふらひしを、れいのやまぼふしのくだるかなんど、よそにおもひてさふらへば、はやなりつねがみのうへにまかりなつてさふらひけるぞや。ゆふさりだいなごんきらるべうさふらふなれば、なりつねとてもどうざいにてぞさふらはんずらん。いまいちどごぜんへさんじて、P133きみをもみまゐらせたくさふらへども、かかるみにまかりなつてさふらへば、はばかりぞんじさふらふ」とまうされたりければ、にようばうたちいそぎごぜんへまゐつて、このよしそうもんせられたりければ、ほふわうけさのぜんもんのつかひにはやおんこころえあつて、「これらがないないはかりしことのもれきこえけるにこそ。さるにてもいまいちどこれへ」とごきしよくありければ、せうしやうごぜんへまゐられたり。ほふわうおんなみだをながさせたまひて、おほせくださるるむねもなく、せうしやうもまたなみだにむせんで、まうしあげらるることもなし。ややあつてせうしやうごぜんをまかりいでられけるに、ほふわううしろをはるかにごらんじおくつて、「ただまつだいこそこころうけれ。これがかぎりにてまたもごらんぜぬこともやあらんずらん」とて、おんなみだせきあへさせたまはず。せうしやうごぜんをまかりいでられけるに、ゐんぢうのひとびと、つぼねのにようばうたちにいたるまで、なごりををしみ、たもとにすがり、なみだをながし、そでをぬらさぬはなかりけり。
しうとのさいしやうのもとへいでられたれば、きたのかたはちかうさんすべきひとにておはしけるが、けさよりこのなげきをうちそへて、すでにいのちもきえいるここちぞせられける。せうしやうごしよをまかりいでられけるより、ながるるなみだつきせぬに、いまきたのかたのありさまをみたまひて、いとどせんかたなげにぞみえられける。せうしやうのめのとにろくでうといふをんなあり。「われおんちにまゐりはじめさぶらひて、きみをちのなかよりいだきあげたてまつり、おほしたてまゐらせしよりこのかた、つきひのかさなるにしたがつて、わがみのとしのゆくをばなげかずして、P134ひとへにきみのおとなしうならせたまふことをのみよろこび、あからさまとはおもへども、ことしはにじふいちねん、かたときもはなれまゐらせさぶらはず。ゐんうちへまゐらせたまひて、おそういでさせたまふだに、こころぐるしうおもひまゐらせさぶらひつるに、つひにいかなるうきめにかあはせたまふべきやらん」とてなく。せうしやう、「いたうななげいそ。さてさいしやうおはすれば、さりともいのちばかりをば、こひうけたまはんずるものを」と、やうやうになぐさめのたまへども、ろくでうひとめもはぢず、なきもだえけり。さるほどににしはちでうどのよりつかひしきなみにありしかば、さいしやう、「いまはただいでむかつてこそ、ともかうもならめ」とていでられければ、せうしやうもさいしやうのくるまのしりにのつてぞいでられける。ほうげんへいぢよりこのかた、へいけのひとびとは、たのしみさかえのみあつて、うれへなげきはなかりしに、このさいしやうばかりこそ、よしなきむこゆゑに、かかるなげきをばせられけれ。にしはちでうちかうなつて、まづあんないをまうされたりければ、せうしやうをばもんのうちへはいれらるべからずとのたまふあひだ、そのへんなるさぶらひのもとにおろしおき、さいしやうばかりぞ、もんのうちへはまゐられける。いつしかせうしやうをば、ぶしどもしはうをうちかこんで、きびしうしゆごしたてまつる。せうしやうのさしもたのもしうおもはれつるさいしやうどのにははなれたまひぬ。せうしやうのこころのうち、さこそはたよりなかりけめ。
さいしやうちうもんにゐたまひたれども、にふだういでもあはれず。ややあつてさいしやう、げんだいふのはんぐわんすゑさだをもつてまうされけるは、「のりもりこそよしなきものにしたしうなつて、かへすがへすP135くやしみさふらへども、かひもさふらはず。あひぐせさせてさふらふものの、このほどなやむことのさふらふなるが、けさよりこのなげきをうちそへて、すでにいのちもたえさふらひなんず。のりもりかうてさふらへば、なじかはひがごとせさせさふらふべき。せうしやうをばしばらくのりもりにあづけさせおはしませ」とまうされければ、すゑさだまゐつてこのよしをまうす。にふだう、「あはれれいのさいしやうがものにこころえぬよ」とて、とみにへんじもしたまはず。ややあつてにふだうのたまひけるは、「しんだいなごんなりちかのきやういげきんじゆのひとびと、このいちもんほろぼしててんがみだらんとするくはだてあり。すでにこのせうしやうはかのだいなごんがちやくしなり。うとうもなれ、したしうもなれ、えこそまうしゆるすまじけれ。もしこのむほんとげなましかば、ごへんとてもおだしうてやはおはすべきといふべし」とのたまへば、すゑさだかへりまゐつて、さいしやうどのにこのよしをまうす。さいしやうよにもほいなげにて、かさねてまうされけるは、「ほうげんへいぢよりこのかた、どどのかつせんにも、おんいのちにはかはりまゐらせんとこそぞんじさふらひしか。こののちもあらきかぜをば、まづふせぎまゐらせさふらふべし。たとひのりもりこそとしおいてさふらふとも、わかきこどもあまたさふらへば、いつぱうのおんかためにも、などかならではさふらふべき。それにしばらくせうしやうをあづからうどまうすに、おんゆるされなきは、いつかうのりもりをふたごころあるものとおぼしめされさふらふにこそ。それほどまでうしろめたうおもはれまゐらせては、よにあつてもなににかはしさふらふべきなれば、みのいとまをたまはつて、しゆつけにふだうつかまつり、かうや、こがはにもこもりゐて、ひとすぢにごせぼだいのつとめをいとなみさふらはん。P136
よしなきうきよのまじはりなり。よにあればこそのぞみもあれ、のぞみのかなはねばこそうらみもあれ。しかじうきよをいとひ、まことのみちにいりなんには」とぞのたまひける。すゑさだまゐりて、「さいしやうどのははやおぼしめしきつてさふらふぞ。ともかくもよきやうにおんぱからひさふらへ」とまうしければ、にふだう、「いやいやしゆつけにふだうまではあまりにけしからず。そのぎならば、せうしやうをばしばらくのりもりにあづくるといふべし」とぞのたまひける。すゑさだかへりまゐつて、さいしやうどのにこのよしをまうす。さいしやう、「あはれひとのこをばもつまじかりけるものかな。わがこのえんにむすぼほれざらんには、これほどまでこころをばくだかじものを」とていでられけり。せうしやうまちうけたてまつて、「さていかがさふらひつるやらん」とまうされければ、「にふだうあまりにいかつて、のりもりにはつひにたいめんもしたまはず、いかにもかなふまじきよしをしきりにのたまふあひだ、しゆつけにふだうまでまうしたればにやらん、そのぎならば、ごへんをばしばらくのりもりにあづくるとのたまひつれども、それもしじうはよかるべしともおぼえず」とのたまへば、せうしやう、「さてはなりつねはごおんをもつてしばしのいのちののびさふらはんずるにこそ。それにつきさふらうては、ちちでさふらふだいなごんがことをば、なにとかきこしめされてさふらふやらん」。さいしやう、「いさとよ、ごへんのことをこそ、やうやうにまうしたれ。それまでのことはおもひもよらざりつれ」とのたまへば、そのときせうしやうなみだをはらはらとながいて、「いのちのをしうさふらふも、ちちをいまいちどみばやとおもふためなり。ゆふさりだいなごんきられP137さふらはんにおいては、なりつねいのちいきてもなににかはしさふらふべきなれば、ただいつしよでいかにもなるやうにまうしてたばせたまふべうもやさふらふらん」とまうされければ、さいしやうよにもくるしげにて、「いさとよ、ごへんのことをこそやうやうにまうしたれ。それまでのことはおもひもよらざりつれども、けさうちのおとどのやうやうにまうさせたまひつれば、それもしばしはよきやうにこそきけ」とのたまへば、せうしやうききもあへたまはず、なくなくてをあはせてぞよろこばれける。こならざらんものが、たれかただいまわがみのうへをさしおいて、これほどまではよろこぶべき。まことのちぎりはおやこのなかにぞありける。こをばひとのもつべかりけるものかなと、やがておもひぞかへされける。さてけさのごとく、どうじやしてかへられたれば、しゆくしよにはにようばうさぶらひさしつどひて、しにたるひとのいきかへりたるここちして、みなよろこびなきをぞせられける。
「けうくん」(『けうくんじやう』)S0206だいじやうのにふだうは、かやうにひとびとあまたいましめおいても、なほこころゆかずやおもはれけん、すでにあかぢのにしきのひたたれに、くろいとをどしのはらまきのしろかなものうつたるむないたせめ、せんねんあきのかみたりしとき、じんばいのついでにれいむをかうむつて、いつくしまのだいみやうじんよりうつつにたまはられたりける、P138しろかねのひるまきしたるこなぎなた、つねのまくらをはなたずたてられたりしをわきにはさみ、ちうもんのらうにぞいでられたる。おほかたそのきしよくゆゆしうぞみえし。「さだよし」とめす。ちくごのかみさだよしは、むくらんぢのひたたれに、ひをどしのよろひきておんまへにかしこまつてぞさふらひける。にふだうのたまひけるは、「いかにさだよし、このこといかがおもふぞ。ほうげんにへいうまのすけをはじめとして、いちもんなかばすぎて、しんゐんのみかたにまゐりにき。いちのみやのおんことは、こぎやうぶきやうのとののやうくんにてましまししかば、かたがたみはなちまゐらせがたかりしかども、こゐんのごゆゐかいにまかせて、みかたにてさきをかけたりき。これひとつのほうこう。つぎにへいぢぐわんねんじふにんぐわつ、のぶよりよしともがむほんのとき、ゐんうちをとりたてまつて、たいだいにたてごもり、てんがくらやみとなつたりしにも、にふだうずゐぶんみをすてて、きようとをおひおとし、つねむねこれかたをめしいましめしにいたるまで、きみのおんために、すでにいのちをうしなはんとすることどどにおよぶ。さればひとなにとまうすとも、いかでかこのいちもんをば、しちだいまではおぼしめしすてさせたまふべき。それになりちかといふむようのいたづらもの、さいくわうとまうすげせんのふたうじんがまうすことに、きみのつかせたまひて、ややもすれば、このいちもんほろぼさるべきよしのごけつこうこそしかるべからね。こののちもざんそうするものあらば、たうけつゐたうのゐんぜんをくだされつとおぼゆるぞ。てうてきとなつてのちは、いかにくゆともえきあるまじ。しばらくよをしづめんほど、ほふわうをばとばのきたどのへうつしまゐらするか、しからずはこれへまれ、ごかうをなしまゐらせんとおもふはいかに。そのぎならば、さだめてP139ほくめんのものどもがなかより、やをもひとついんずらん。そのよういせよとさぶらひどもにふるべし。おほかたはにふだうゐんがたのほうこうおもひきつたり。むまにくらおかせよ。きせながとりいだせ」とこそのたまひけれ。
しゆめのはんぐわんもりくに、いそぎこまつどのへはせまゐつて、「よははやかうざふらふ」とまうしければ、おとどききもあへたまはず、「ああはやなりちかのきやうのかうべのはねられたんな」とのたまへば、「そのぎにてはさふらはねども、にふだうどののおんきせながをめされさふらふうへは、さぶらひどももみなうつたつて、ただいまゐんのごしよほふぢうじどのへよせんとこそいでたちさふらひつれ。しばらくよをしづめんほど、ほふわうをばとばのきたどのへうつしまゐらするか、しからずはこれへまれ、ごかうをなしまゐらせうどはさふらへども、ないないはちんぜいのかたへながしまゐらせんとこそぎせられさふらひつれ」とまうしければ、おとど、なにによつて、ただいまさるおんことのおはすべきとはおもはれけれども、けさのぜんもんのきしよく、さるものぐるはしきこともやおはすらんとて、いそぎくるまをとばせて、にしはちでうどのへぞおはしたる。もんぜんにてくるまよりおり、もんのうちへさしいつてみたまふに、にふだうはらまきをきたまふうへ、いちもんのけいしやううんかくすじふにん、おのおのいろいろのひたたれに、おもひおもひのよろひきて、ちうもんのらうににぎやうにちやくせられたり。そのほかしよこくのじゆりやう、ゑふ、しよしなどはえんにゐこぼれ、にはにもひしとなみゐたり。はたざをどもひきそばめひきそばめ、むまのはるびをかため、かぶとのををしめ、ただいまみなうつーたたんずるけしきどもなるに、こまつどのゑぼしなほしに、P140だいもんのさしぬきのそばとつて、ざやめきいりたまへば、ことのほかにぞみえられける。
にふだうふしめになつて、あはれれいのだいふが、よをへうするやうにふるまふものかな。おほきにいさめばやとはおもはれけれども、さすがこながらも、うちにはごかいをたもつて、じひをさきとし、ほかにはごじやうをみだらず、れいぎをただしうしたまふひとなれば、あのすがたにはらまきをきてむかはんこと、さすがおもばゆう、はづかしうやおもはれけん、しやうじをすこしひきたてて、はらまきのうへに、そけんのころもをあわてぎにきたまひたりけるが、むないたのかなものの、すこしはづれてみえけるを、かくさうど、しきりにころものむねをひきちがへひきちがへぞしたまひける。おとどはしやていむねもりのきやうのざしやうにつきたまふ。にふだうのたまひいださるることもなく、おとどもまたまうしあげらるるむねもなし。ややあつてにふだうのたまひけるは、「あのなりちかのきやうがむほんは、ことのかずにもさふらはず、いつかうほふわうのごけつこうにてさふらひけるぞや。しばらくよをしづめんほど、ほふわうをばとばのきたどのへうつしまゐらするか、しからずはこれへまれ、ごかうをなしまゐらせんとおもふはいかに」とのたまへば、おとどききもあへたまはず、はらはらとぞなかれける。にふだう、「さていかにやいかに」とあきれたまへば、ややあつておとどなみだをおさへて、「このおほせうけたまはりさふらふに、ごうんははやすゑになりぬとおぼえさふらふ。ひとのうんめいのかたぶかんとては、かならずあくじをおもひたちさふらふなり。またおんありさまをみまゐらせさふらふに、さらにうつつともおぼえさふらはず。さすがわがてうは、へんぢそくさんのさかひとはまうしながら、てんせうだいじんのごしそん、P141くにのあるじとして、あまのこやねのみことのおんすゑ、てうのまつりごとをつかさどらせたまひしよりこのかた、だいじやうだいじんのくわんにいたるひとのかつちうをよろふこと、れいぎをそむくにあらずや。なかんずくごしゆつけのおんみなり。それさんぜのしよぶつ、げだつどうさうのほふえをぬぎすてて、たちまちにかつちうをよろひ、きうせんをたいしましまさんこと、うちにははかいむざんのつみをまねくのみならず、ほかにはじんぎれいちしんのほふにもそむきさふらひなんず。かたがたおそれあるまうしごとにてさふらへども、こころのそこにしいしゆをのこすべきにもさふらはず。
まづよにしおんさふらふ。てんちのおん、こくわうのおん、ぶものおん、しゆじやうのおんこれなり。そのなかにもつともおもきはてうおんなり。ふてんのした、わうぢにあらずといふことなし。さればかのえいせんのみづにみみをあらひ、しゆやうざんにわらびををりしけんじんも、ちよくめいそむきがたきれいぎをばぞんぢすとこそうけたまはれ。いかにいはんや、せんぞにもいまだきかざつしだいじやうだいじんをきはめさせたまふ。いはゆるしげもりがむざいぐあんのみをもつて、れんぷくわいもんのくらゐにいたる。しかのみならずこくぐんなかばはいちもんのしよりやうとなつて、でんをんことごとくいつけのしんじたり。これきたいのてうおんにあらずや。いまこれらのばくたいのごおんをおぼしめしわすれさせたまひて、みだりがはしくほふわうをかたぶけまゐらさせたまはんこと、てんせうだいじん、しやうはちまんぐうのしんりよにもそむかせたまひさふらひなんず。それにつぽんはしんこくなり。しんはひれいをうけたまふべからずしかればきみのおぼしめしたたせたまふところ、だうりなかばなきにあらず。なかにもこのいちもんはだいだいのてうてきをたひらげて、しかいのげきらうをしづむることは、ぶさうのちうなれども、そのしやうにほこることは、P142ばうじやくぶじんともまうしつべし。しやうとくたいしじふしちかでうのごけんぼふに、『ひとみなこころあり。こころおのおのしふあり。かれをぜし、われをひし、われをぜし、かれをひす。ぜひのことわり、たれかよくさだむべき。あひともにけんぐなり。たまきのごとくしてはしなし。ここをもつて、たとひひといかるといふとも、かへつてわがとがをおそれよ』とこそみえてさふらへ。しかれどもたうけのうんめいいまだつきざるによつて、ごむほんすでにあらはれさせたまひさふらひぬ。そのうへおほせあはせらるるなりちかのきやうを、めしおかれぬるうへは、たとひきみいかなるふしぎをおぼしめしたたせたまふとも、なんのおそれかさふらふべき。しよたうのざいくわおこなはれぬるうへは、しりぞいてことのよしをちんじまうさせたまひて、きみのおんためには、いよいよほうこうのちうきんをつくし、たみのためには、ますますぶいくのあいれんをいたさせたまはば、しんめいのかごにあづかつて、ぶつだのみやうりよにそむくべからず。しんめいぶつだかんおうあらば、きみもおぼしめしなほすこと、などかさふらはざるべき。きみとしんとをくらぶるに、しんそわくかたなし。だうりとひがごとをならべんに、いかでかだうりにつかざるべき」。
「ほうくわ」(『ほうくわのさた』)S0207「これはもつともきみのおんことわりにてさふらへば、かなはざらんまでも、ゐんぢうをしゆごしまゐらせP143さふらふべし。そのゆゑは、しげもりはじめじよしやくより、いまだいじんのだいしやうにいたるまで、しかしながらきみのごおんならずといふことなし。このおんのおもきことをおもへば、せんくわばんくわのたまにもこえ、そのおんのふかきいろをあんずるに、いちじふさいじふのくれなゐにもなほすぎたらん。しからばゐんぢうへまゐりこもりさふらふべし。そのぎにてさふらはば、しげもりがみにかはり、いのちにかはらんとちぎりたるさぶらひどもせうせうさふらふらん。これらをめしぐしてゐんのごしよほふぢうじどのをしゆごしまゐらせさふらはば、さすがもつてのほかのおんだいじでこそさふらはんずらめ。かなしきかな、きみのおんためにほうこうのちうをいたさんとすれば、めいろはちまんのいただきよりもなほたかきちちのおんたちまちにわすれんとす。いたましきかな、ふけうのつみをのがれんとすれば、きみのおんためにはすでにふちうのぎやくしんともなりぬべし。しんだいこれきはまれり。ぜひいかにもわきまへがたし。まうしうくるしよせんは、ただしげもりがくびをめされさふらへ。そのゆゑは、ゐんざんのおんともをもつかまつるべからず。またゐんぢうをもしゆごしまゐらすべからず。さればかのせうがはたいこうかたへにこえたるによつて、くわんたいしやうこくにいたり、けんをたいしくつをはきながら、てんじやうへのぼることをゆるされしかども、えいりよにそむくことありしかば、かうそおもういましめて、ふかうつみせられにき。かやうのせんじようをおもへば、ふつきといひ、えいぐわといひ、てうおんとまうし、ちようじよくといひ、かたがたきはめさせたまひぬれば、ごうんのつきんことかたかるべきにあらず。ふつきのいへにはろくゐちようでふせり。ふたたびみなるきは、そのねかならずいたむとみえてさふらふ。こころぼそうこそさふらへ。いつまでかP144いのちいきて、みだれんよをもみさふらふべき。ただまつだいにしやうをうけて、かかるうきめにあひさふらふしげもりがくわはうのほどこそつたなうさふらへ。ただいまもさぶらひいちにんにおほせつけられ、おんつぼのうちへひきいだされて、しげもりがかうべのはねられんずることは、いとやすいほどのおんことでこそさふらはんずらめ。これをおのおのききたまへ」とて、なほしのそでもしぼるばかりに、かきくどき、さめざめとなきたまへば、そのざになみゐたまへるへいけいちもんのひとびと、みなそでをぞぬらされける。
にふだう、たのみきつたるだいふは、かやうにのたまふ。よにもちからなげにて、「いやいやそれまでのことはおもひもよりさうず。あくたうどものまうすことに、きみのつかせたまひて、いかなるひがごとなどもや、いでこんずらんとおもふばかりでこそさふらへ」。おとど、「たとひいかなるひがごといできさふらへばとて、きみをばなにとかしまゐらさせたまふべき」とて、ついたつてちうもんにいで、さぶらひどもにのたまひけるは、「ただいまこれにてまうしつることどもをば、なんぢらはよくうけたまはらずや。けさよりこれにさふらうて、かやうのことどもをもまうししづめんとはぞんじつれども、あまりにひたさわぎにみえつるあひだ、まづかへりつるなり。ゐんざんのおんともにおいては、しげもりがかうべのはねられたらんをみてつかまつれ。さらばひとまゐれ」とて、こまつどのへぞかへられける。そののちおとどしゆめのはんぐわんもりくにをめして、「しげもりこそけさべつしててんがのだいじをききいだしたんなれ。われをわれとおもはんずるものどもは、もののぐしていそぎまゐれともよほせ」とP145のたまへば、はせまはつてひろうす。おぼろげにてはさわぎたまはぬひとの、かやうのひろうのあるは、まことにべちのしさいのあるにこそとて、われもわれもとはせまゐる。よど、はつかし、うぢ、をかのや、ひの、くわんじゆじ、だいご、をぐるす、むめづ、かつら、おはら、しづはら、せれふのさとにあぶれゐたるつはものども、あるひはよろひきて、いまだかぶとをきぬもあり、あるひはやおうていまだゆみをもたぬもあり。かたあぶみふむやふまずにて、あわてさわいではせまゐる。
こまつどのにさわぐことありときこえしかば、にしはちでうにすせんきありけるつはものども、にふだうにはかうともまうしもいれず、ざやめきつれて、みなこまつどのへぞはせたりける。きうせんにたづさはるほどのものは、いちにんものこらず。ちくごのかみさだよしがただいちにんさふらひけるをごぜんへめして、「だいふはなにとおもひて、これらをばみなかやうによびとるやらん。けさこれにていひつるやうに、じやうかいがもとへうつてなどもやむけんずらん」とのたまへば、さだよしなみだをはらはらとながいて、「ひともひとにこそよらせたまひさふらへ。いかでかただいまさるおんことさふらふべき。けさこれにてまうさせたまひつるおんことどもをば、はやみなごこうくわいぞさふらふらん」とまうしければ、にふだう、いやいやだいふになかたがうては、あしかりなんとやおもはれけん、ほふわうむかへまゐらせんとおもはれけるこころもやはらぎ、いそぎはらまきぬぎおき、そけんのころもにけさうちかけて、いとこころにもおこらぬねんじゆしてこそおはしけれ。そののちこまつどのには、もりくにうけたまはつて、ちやくたうつけけり。はせさんじたるさぶらひども、P146いちまんよきとぞしるしける。ちやくたうひけんののち、おとどちうもんにいでて、さぶらひどもにのたまひけるは、「ひごろのけいやくをたがへずして、みなかやうにまゐりたるこそしんべうなれ。いこくにさるためしあり。しうのいうわう、はうじといへるさいあいのきさきをもちたまへり。てんがだいいちのびじんなり。されどもいうわうのおんこころにかなはざりけることには、はうじゑみをふくまずとて、すべてわらふことしたまはず、いこくのならひに、てんがにひやうらんのおこるときは、しよしよにひをあげ、たいこをうつて、つはものをめすはかりごとあり。これをほうくわとなづく。あるときてんがにひやうがくおこつて、しよしよにほうくわをあげたりければ、きさきこれをごらんじて、『あなおびたたし、ひもあれほどまでおほかりけりな』とて、そのときはじめてわらひたまへり。ひとたびゑめばもものこびありけり。いうわうこれをうれしきことにしたまひて、そのこととなく、つねはほうくわをあげたまふ。しよこうきたるにあたなし、あたなければすなはちかへりさんぬ。かやうにすることどどにおよべば、つはものもまゐらず。あるときりんごくよりきようぞくおこつて、いうわうのみやこをせめけるに、ほうくわをあぐれども、れいのきさきのひにならつて、つはものもまゐらず。そのときみやこかたぶいて、いうわうつひにほろびにけり。さてかのきさき、やかんとなつてはしりうせけるぞおそろしき。かやうのことのあるときは、じこんいご、これよりめさんには、みなかくのごとくまゐるべし。しげもりけさべつしててんがのだいじをききいだしてめしつるなり。されどもこのことききなほしつつ、ひがごとにてありけり。さらばとうかへれ」とて、さぶらひどもみなかへされけり。まことにさせることをもききいだされざりけれども、P147けさちちをいさめまうされけることばにしたがつて、わがみにせいのつくか、つかぬかのほどをもしり、またふしいくさをせんとにはあらねども、かうしてにふだうたいしやうこくのむほんのこころも、やはらぎたまふかとのはかりごととぞきこえし。きみきみたらずといへども、しんもつてしんたらずんばあるべからず。ちちちちたらずといへども、こもつてこたらずんばあるべからず。きみのためにはちうあつて、ちちのためにはかうあれと、ぶんせんわうののたまひけるにたがはず。きみもこのよしきこしめして、「いまにはじめぬことなれども、だいふがこころのうちこそはづかしけれ。あたをばおんをもつてはうぜられたり」とぞおほせける。「くわはうこそめでたうて、いまだいじんのだいしやうにいたらめ。ようぎたいはいひとにすぐれ、さいちさいかくさへよにこえたるべきやは」とぞ、ときのひとびとかんじあはれける。くににいさむるしんあれば、そのくにかならずやすく、いへにいさむるこあれば、そのいへかならずただしといへり。しやうだいにもまつだいにも、ありがたかりしだいじんなり。
「しんだいなごんのながされ」(『だいなごんるざい』)S0208さるほどにろくぐわつふつかのひ、しんだいなごんなりちかのきやうをば、くぎやうのざにいだしたてまつて、おんものまゐらせけれどもむねせきふさがつて、おはしをだにもたてられず。あづかりのぶしP148なんばのじらうつねとほ、おんくるまをよせて、「とうとう」とまうしければ、だいなごんこころならずぞのりたまふ。あはれいかにもして、いまいちどこまつどのにみえたてまつらばやとはおもはれけれども、それもかなはず。みまはせば、ぐんびやうども、ぜんごさうにうちかこんで、わがかたさまのものはいちにんもなし。たとひぢうくわをかうぶつて、ゑんごくへゆくものも、ひといちにんみにそへざるべきことやあると、くるまのうちにてかきくどかれければ、しゆごのぶしどもも、みなよろひのそでをぞぬらしける。にしのしゆしやかをみなみへゆけば、おほうちやまをもいまはよそにぞみたまひける。としごろみなれたてまつりしざふしきうしかひにいたるまで、みななみだをながしそでをぬらさぬはなかりけり。ましてみやこにのこりとどまりたまふきたのかた、をさなきひとびとのこころのうち、おしはかられてあはれなり。とばどのをすぎたまふにも、このごしよへごかうなりしには、いちどもおんともにははづれざりしものをとて、わがさんざう、すはまどのとてありしをも、よそにみてこそとほられけれ。とばのみなみのもんいでて、ふねおそしとぞいそがせける。だいなごん、「おなじくうしなはるべくは、みやこちかきこのへんにてもあれかし」とのたまひけるこそ、せめてのことなれ。ちかうそひたてまつたるぶしを、「たそ」ととひたまへば、「あづかりのぶしなんばのじらうつねとほ」となのりまうす。「もしこのへんにわがかたさまのものやある、いちにんたづねてまゐらせよ。ふねにのらぬさきにいひおくべきことあり」とのたまへば、つねとほそのへんをはしりまはつてたづねけれども、われこそだいなごんどののおんかたとP149まうすもの、いちにんもなし。
そのときだいなごんなみだをはらはらとながいて、「さりともわがよにありしときは、したがひつきたりしものども、いちにせんにんもありつらんに、いまはよそにてだにこのありさまをみおくるもののなかりけるかなしさよ」とて、なかれければ、たけきもののふどもも、みなよろひのそでをぞぬらしける。ただみにそふものとては、つきせぬなみだばかりなり。くまのまうで、てんわうじまうでなどには、ふたつがはらのみつむねにつくつたるふねにのり、つぎのふねにさんじつそうこぎつづけてこそありしに、いまはけしかるかきすゑやかたぶねにおおまくひかせ、みもなれぬつはものどもにぐせられて、けふをかぎりにみやこをいでて、なみぢはるかにおもむかれけん、こころのうち、おしはかられてあはれなり。しんだいなごんは、しざいにおこなはるべかりしひとの、るざいになだめられけることは、ひとへにこまつどののやうやうにまうされけるによつてなり。そのひはつのくにだいもつのうらにぞつきたまふ。あくるみつかのひ、だいもつのうらへはきやうよりおつかひありとて、ひしめきけり。だいなごんそこにてうしなへとにやとききたまへば、さはなくして、びぜんのこじまへながすべしとのおつかひなり。またこまつどのよりおんふみあり。「あはれいかにもして、みやこちかきかたやまざとにもおきたてまつらばやと、さしもまうしつることのかなはざりけることこそよにあるかひもさふらはね。さりながらもおんいのちばかりをば、こひうけたてまつてさふらふぞ。おんこころやすうおぼしめされさふらへ」とて、なんばがもとへも、「よくよくみやづかへP150たてまつれ。あひかまへて、おんこころにばしたがふな」などのたまひつかはし、たびのよそほひ、こまごまとさたし、おくられたり。しんだいなごんはさしもかたじけなうおぼしめされつるきみにも、はなれまゐらせ、つかのまもさりがたうおもはれけるきたのかた、をさなきひとびとにも、みなわかれはてて、こはいづちへとてゆくらん。ふたたびこきやうにかへつて、さいしをあひみんこともありがたし。ひととせさんもんのそしようによつて、すでにながされしをも、きみをしませたまひて、にしのしちでうよりめしかへされぬ。さればこれはきみのおんいましめにもあらず、こはいかにしつることどもぞや」と、てんにあふぎちにふして、なきかなしめどもかひぞなき。あけければ、ふねおしいだいてくだりたまふにみちすがらただなみだにのみむせんで、ながらふべしとはおぼえねども、さすがつゆのいのちはきえやらず、あとのしらなみへだつれば、みやこはしだいにとほざかり、ひかずやうやうかさなれば、ゑんごくはすでにちかづきぬ。びぜんのこじまにこぎよせて、たみのいへのあさましげなるしばのいほりにいれたてまつる。しまのならひ、うしろはやま、まえはうみ、いそのまつかぜなみのおと、いづれもあはれはつきせず。
「あこやのまつ」(『あこやのまつ』)S0209およそしんだいなごんいちにんにもかぎらず、いましめをかうむるともがらおほかりき。あふみのちうじやうにふだうれんじやうP151さどのくに、やましろのかみもとかぬはうきのくに、しきぶのたいふまさつなはりまのくに、そうはうぐわんのぶふさあはのくに、しんへいはうぐわんすけゆきはみまさかのくにとぞきこえし。をりふしにふだうしやうこくは、ふくはらのべつげふにおはしけるが、おなじきはつかのひ、つのさゑもんもりずみをししやにて、かどわきどののもとへ、「それにあづけおきたてまつたるたんばのせうしやうを、いそぎこれへたべ。ぞんずるむねあり」とのたまひつかはされたりければ、さいしやう、「さらばただありしとき、ともかうもなりたりせば、いかにかせん。ふたたびものをおもはせんずることのかなしさよ」とて、いそぎふくはらへくだりたまふべきよしのたまへば、せうしやうなくなくいでたたれけり。きたのかたいげのにようばうたちは、「かなはざらんものゆゑに、なほもさいしやうのよきやうにまうさせたまへかし」となげかれければ、さいしやう、「ぞんずるほどのことをばまうしつ。いまはよをすてんよりほか、またなにごとをかまうすべき。たとひいづくのうらにもおはせよ、わがいのちのあらんかぎりは、とぶらひたてまつるべし」とぞのたまひける。せうしやうはことしみつになりたまふをさなきひとのおはしけれども、ひごろはわかきひとにて、きんだちなどのことをばさしもこまやかにもおはせざりしかども、いまはのときにもなりぬれば、さすがなつかしうやおもはれけん、「をさなきものをいまいちどみばや」とのたまへば、めのといだいてまゐりたり。せうしやうひざのうへにおき、かみかきなで、なみだをはらはらとながいて、「あはれなんぢしちさいにならば、をとこになして、きみへまゐらせんとこそおもひしに、されどもいまはいふかひなし。P152もしふしぎにいのちいきて、おひたちたらば、ほふしになつて、わがのちのよをよくとぶらへよ」とぞのたまひける。いまだいとけなきおんこころに、なにごとをかききわきたまふべきなれども、うちうなづきたまへば、せうしやうをはじめたてまつて、ははうへめのとのにようばう、そのざにいくらもなみゐたまへるひとびと、こころあるもこころなきも、みなそでをぞぬらされける。
ふくはらのおつかひ、こんやとばまでいでさせたまふべきよしをまうす。せうしやう、「いくほどものびざらんものゆゑに、こよひばかりはみやこのうちにてあかさばや」とのたまへども、いかにもかなふまじきよしを、しきりにまうしければ、ちからおよばず、そのよとばへぞいでられける。さいしやうあまりのものうさに、こんどはのりもぐしたまはず、せうしやうばかりぞのりたまふ。おなじきにじふににちせうしやうふくはらへくだりつきたまふ。にふだうしやうこく、びつちうのくにのぢうにんせのをのたらうかねやすにおほせて、びつちうのくにへぞながされける。かねやすはさいしやうのかへりききたまはんずるところをおそれて、いたうきびしうもあたりたてまつらず、みちすがらもやうやうにいたはりまゐらせけれども、せうしやうすこしもなぐさみたまふこともなく、よるひるただほとけのみなをのみとなへて、ひとへにちちのことをぞいのられける。さるほどにしんだいなごんなりちかのきやうは、びぜんのこじまにおはしけるを、これはなほふなつきちかうて、あしかりなんとて、ぢへわたしたてまつり、びぜんびつちうのさかひ、にはせのがう、きびのなかやま、ありきのべつしよといふやまでらにおきたてまつる。それよりせうしやうのおはしけるびつちうのせのをと、ありきのべつしよのあひだは、わづかごじつちやうにたらぬところなれば、せうしやうさすがP153そなたのかぜもなつかしうやおもはれけん、あるときかねやすをめして、「これよりちちだいなごんどののおんわたりあんなるありきのべつしよとかやへはいかほどあるぞ」ととひたまへば、かねやすすぐにしらせたてまつては、あしかりなんとやおもひけん、「かたみちじふにさんにちさふらふ」とまうしければ、そのときせうしやうなみだをはらはらとながいて、「につぽんはむかしさんじふさんかこくにてありしを、なかごろろくじふろくかこくにはわけられたんなり。さいふびぜんびつちうびんごも、もとはいつこくにてありけるなり。またあづまにきこゆるではみちのくにも、むかしはろくじふろくぐんがいつこくなりしを、じふにぐんさきわかつてのち、ではのくにとはたてられたんなり。さればさねかたのちうじやうあうしうへながされしとき、たうごくのめいしよ、あこやのまつをみんとて、くにのうちをたづねまはるに、もとめかねてすでにむなしうかへらんとしけるが、みちにてあるらうをうにゆきあひたり。ちうじやう、『ややごへんはふるいひととこそみれ。たうごくのめいしよ、あこやのまつといふところやしつたる』ととふに、『まつたくくにのうちにはさふらはず、ではのくににぞさふらふらん』とまうしければ、『さてはなんぢもしらざりけり。いまはよすゑになつて、くにのめいしよをも、はやみなよびうしなひけるにこそ』とて、すでにすぎんとしたまへば、らうをうちうじやうのそでをひかへて、『あはれきみは、
みちのくのあこやのまつにこがくれていづべきつきのいでもやらぬか W008
といふうたのこころをもつて、たうごくのめいしよ、あこやのまつとはおんたづねさふらふか。それはむかしりやうこくがいつこくなりしとき、よみはんべりしうたなり。じふにぐんさきわかつてのちは、ではのくににぞP154さふらふらん』とまうしければ、さらばとてさねかたのちうじやうも、ではのくににこえてこそ、あこやのまつをばみてげれ。つくしのださいふよりみやこへ、はらかのつかひののぼるこそ、かちぢじふごにちとはさだめたなれ。すでにじふにさんにちとまうすは、これよりほとんどちんぜいへげかうござんなれ。とほしといふとも、びぜんびつちうびんごのあひだは、りやうさんにちにはよもすぎじ。ちかいをとほうまうすは、ちちだいなごんどののおんわたりあんなるところを、なりつねにしらせじとてこそまうすらめ」とて、そののちはこひしけれどもとひたまはず。
「しんだいなごんのしきよ」(『だいなごんのしきよ』)S0210さるほどにほつしようじのしゆぎやうしゆんくわんそうづ、たんばのせうしやうなりつね、へいはうぐわんやすより、これさんにんをば、さつまがたきかいがしまへぞながされける。かのしまへはみやこをいでて、はるばるとおほくのなみぢをしのいでゆくところなり。おぼろげにてはふねもかよはず、しまにはひとまれなりけり。おのづからひとはあれども、いしやうなければ、このどのひとにもにず、いふことばをもききしらず。みにはしきりにけおひつつ、いろくろうしてうしのごとし。をとこはゑぼしもきず、をんなはかみもさげざりけり。しよくするものもなければ、つねにただせつしやうをのみさきとす。しづがやまだをかへさねば、べいこくのるゐもなく、そののくはをとらざれば、P155けんばくのたぐひもなかりけり。しまのうちにはたかきやまあり。とこしなへにひもゆ。いわうといふものみちみてり。かるがゆゑにこそいわうがしまとはなづけたれ。いかづちつねに、なりあがり、なりくだり、ふもとにはあめしげし。いちにちへんしひとのいのちのたえてあるべきやうもなし。しんだいなごんはすこしくつろぐこともやとおもはれけるが、しそくたんばのせうしやうなりつねいげさんにん、さつまがたきかいがしまへながされぬときいて、いまはなにをかごすべきとて、しゆつけのこころざしのさふらふよしを、たよりにつけて、こまつどのへまうされたりければ、ほふわうへうかがひまうして、ごめんありけり。えいぐわのたもとをひきかへて、うきよをよそにすみぞめのそでにぞやつれたまひける。さるほどにだいなごんのきたのかたは、みやこのきたやまうんりんゐんのへんにしのうでおはしけるが、さらぬだに、すみなれぬところはものうきに、いとどしのばれければ、すぎゆくつきひをあかしかね、くらしわづらふさまなりけり。しゆくしよにはにようばうさぶらひおほかりけれども、あるひはよをおそれ、あるひはひとめをつつむほどに、とひとぶらふものいちにんもなし。されどもそのなかにげんざゑもんのじようのぶとしといふさぶらひいちにん、なさけあるものにて、つねはとぶらひたてまつる。あるとききたのかた、のぶとしをめして、「まことやこれには、びぜんのこじまにおはしけるが、このほどきけば、ありきのべつしよとかやにおはすなり。あはれいかにもして、はかなきふでのあとをもたてまつり、おんかへりごとをもいまいちどみばやとおもふはいかに」とのたまへば、のぶとしなみだをはらはらとながいて、「われえうせうのときより、おんあはれみをかうぶつてめしつかはれ、P156かたときもはなれまゐらせさふらはず。
めされまゐらせしおんこゑのみみにとどまり、いさめられまゐらせしおんことばのきもにめいじて、わするることもさふらはず。さいこくへおんくだりさふらひしときも、おんともつかまつるべうさふらひしかども、ろくはらよりゆるされなければ、ちからおよびさふらはず。たとひこんどはいかなるうきめにもあひさふらへ、おんふみたまはつてまゐりさふらはん」とまうしければ、きたのかたなのめならずによろこび、やがてかいてぞたうでげる。わかぎみひめぎみもめんめんにおんふみあり。のぶとしこのおんふみどもをたまはつて、はるばるとびぜんのくにありきのべつしよへたづねくだり、まづあづかりのぶしなんばのじらうつねとほに、あんないをいひいれたりければ、つねとほこころざしのほどをかんじて、やがておんげんざんにいれてげり。だいなごんにふだうどのは、ただいましもみやこのことをのみのたまひいだして、なげきしづんでおはしけるところに、「きやうよりのぶとしがまゐつてさふらふ」とまうしければ、だいなごんおきあがつて、「いかにやいかに、ゆめかやうつつか、これへこれへ」とぞのたまひける。のぶとしおんそばちかうまゐつて、おんありさまをみたてまつるに、まづおんすまひどころのものうさは、さることなり。すみぞめのおんそでをみたてまつるに、めもくれこころもきえはてて、なみだもさらにとどまらず。ややあつてなみだをおさへて、きたのかたのおほせかうぶつししだい、こまごまとかたりまうす。そののちおんふみとりいだいてたてまつる。これをあけてみたまふに、みづぐきのあとはなみだにかきくれて、そこはかとはみえねども、をさなきひとびとのあまりにこひかなしみたまふありさま、わがみもつきせぬものおもひに、たへしのぶべうもなしなどかかれたれば、ひごろのこひしさはことのかずならずとぞかなしみたまひける。P157
かくてしごにちもすぎしかば、のぶとし、「これにさふらひて、ごさいごのおんありさまをもみまゐらせん」とまうしければ、あづかりのぶし、いかにもかなふまじきよしをまうすあひだ、だいなごん、「いくほどものびざらんものゆゑにただとうかへれ」とこそのたまひけれ。「われはちかううしなはれんとおぼゆるぞ。このよになきものときかば、わがのちのよをよくとぶらへよ」とぞのたまひける。おんぺんじかいてたうだりければ、のぶとしこれをたまはつて、「またこそまゐりさふらはめ」とて、いとままうしていでければ、「なんぢがまたこんたびをまちつくべしともおぼえぬぞ。あまりになごりをしうおぼゆるに、しばししばし」とのたまひて、たびたびよびぞかへされける。さてしもあるべきことならねば、のぶとしなみだをおさへつつ、みやこへかへりのぼりけり。きたのかたに、おんぺんじとりいだいてたてまつる。これをあけてみたまへば、はやおんさまかへさせたまひたりとおぼしくて、おんふみのおくにおんぐしのひとふさありけるを、ふためともみたまはず、かたみこそいまはなかなかあだなれとて、ひきかづいてぞふしたまふ。わかぎみひめぎみも、こゑごゑにをめきさけびたまひけり。さるほどにおなじきはちぐわつじふくにち、だいなごんにふだうどのをば、びぜんびつちうのさかひ、にはせのがう、きびのなかやま、ありきのべつしよにてぞつひにうしなひたてまつる。そのさいごのありさまやうやうにぞきこえける。はじめはさけにどくをいれてまゐらせけれども、かなはざりければ、にぢやうばかりありけるきしのしたにひしをうゑて、つきおとしたてまつれば、ひしにつらぬかつてぞうせられける。むげにうたてきことどもなり。ためしすくなうぞきこえし。P158
きたのかたこのよしをつたへききたまひて、「あはれいかにもして、かはらぬすがたを、いまいちどみもし、みえばやとおもひてこそ、けふまでさまをばかへざりつれ。いまはなににかはせん」とて、ぼだいゐんといふてらにおはして、おんさまをかへ、かたのごとくのぶつじいとなみたまふぞあはれなる。このきたのかたとまうすは、やましろのかみあつかたのむすめ、ごしらかはのほふわうのおんおもひびと、ならびなきびじんにておはしけるを、このだいなごんありがたきごちようあいのひとにて、くだしたまはられたりけるとかや。わかぎみひめぎみも、めんめんにはなをたをり、あかのみづをむすんで、ちちのごせをとぶらひたまふぞあはれなる。かくてときうつりことさつて、よのかはりゆくありまさは、ただてんにんのごすゐにことならず。
「とくだいじのいつくしままうで」(『とくだいじのさた』)S0211ここにとくだいじのだいなごんじつていのきやうは、へいけのじなんむねもりのきやうにだいしやうをこえられて、しばらくよのならんやうをみんとて、だいなごんをじしてろうきよしておはしけるが、しゆつけせんとのたまへば、みうちのじやうげみななげきかなしびあへりけり。そのなかにとうくらんどのたいふしげかぬといふしよだいぶあり。しよじにこころえたるひとにてありけるが、あるつきのよ、とくだいじどのただいちにん、なんめんのみかうしあげさせ、つきにうそぶいておはしけるところへ、とうくらんどまゐりたり。P159「たそ」ととひたまへば、「しげかぬざふらふ」。「よははるかにふけぬらんに、いかにただいまなにごとぞ」とのたまへば、「こんやはつきさえ、よろづこころのすむままにまゐつてさふらふ」とまうす。とくだいじどの、「しんべうにもまゐりたり。まことにこよひはなにとやらんこころぼそうて、よにとぜんなるに」とぞのたまひける。さてむかしいまのものがたりどもしたまひてのち、だいなごんのたまひけるは、「つらつらへいけのはんじやうするありさまをみるに、ちやくししげもり、じなんむねもり、さうのだいしやうなり。やがてさんなんとももり、ちやくそんこれもりもあるぞかし。かれもこれもしだいにならば、たけのひとびとは、いつだいしやうにあたりつくべしともおぼえず。さればつひのことなり、しゆつけせん」とぞのたまひける。とうくらんどなみだをはらはらとながいて、「きみのごしゆつけさふらはば、みうちのじやうげみなまどひものとなりさふらひなんず。しげかぬこそ、このごろめづらしきことをあんじいだしてさふらへ。たとへばあきのいつくしまをば、へいけなのめならずあがめうやまはれさふらふ。これへおんまゐりさふらへかし。かのやしろにはないしとて、いうなるまひひめあまたさふらふなれば、めづらしくおもひまゐらせて、もてなしまゐらせさふらはんずらん。なにごとのごきせいやらんとたづねまうしさふらはば、ありのままにおほせさふらふべし。さておんげかうのとき、むねとのないしいちりやうにん、みやこまでめしぐせさせたまひてさふらはば、さだめてにしはちでうのていへぞまゐりさふらはんずらん。にふだうなにごとぞとたづねまうされさふらはば、ありのままにぞまうしさふらはんずらん。にふだうはきはめてものめでしたまふひとなれば、しかるべきはからひもあんぬとおぼえさふらふ」とまうしければ、とくだいじどの、「P160
これこそおもひよらざりつれ。さらばやがてまゐらん」とてにはかにしやうじんはじめつつ、いつくしまへぞまゐられける。げにもいうなるまひひめどもおほかりけり。「
そもそもたうしやへは、われらがしうの、へいけのきんだちたちこそ、おんまゐりさぶらふに、これこそめづらしきおんまゐりにてさぶらへ」とて、むねとのないしじふよにん、よるひるつきそひまゐらせて、やうやうにもてなしたてまつる。さてないしども、「なにごとのごきせいやらん」とたづねさふらへば、「だいしやうをひとにこえられて、そのいのりのためなり」とぞのたまひける。いちしちにちごさんろうあつて、かぐらをそうし、ふうぞく、さいばらうたはる。そのあひだにぶがくもさんかどまでありけり。さておんげかうのとき、むねとのないしじふよにん、ふねおしたてて、ひとひぢおくりたてまつる。とくだいじどの、「あまりになごりをしきに、いまひとひぢ、いまふつかぢ」とのたまひて、みやこまでめしぐせさせたまひ、とくだいじのていへいれさせおはしまし、やうやうにもてなし、さまざまのひきでものたうでかへされけり。ないしども、「はるばるこれまでのぼりたらんずるに、いかでかわれらがしうの、へいけへまゐらであるべきか」とて、にしはちでうどのへぞさんじたる。にふだうやがていであひたいめんしたまひて、「いかにないしどもは、ただいまなにごとのれつさんぞや」とのたまへば、「とくだいじどののいつくしまへおんまゐりさぶらふほどに、われらがふねをしたてて、ひとひぢおくりまゐらせて、それよりいとままうしければ、とくだいじどの、さりとてはなごりをしきに、いまひとひぢ、いまふつかぢとおほせられて、これまでめしぐせられてさふらふ」とまうす。にふだう、「とくだいじはP161なにごとのきせいに、いつくしまへはまゐられけるやらん」ととひたまへば、「だいしやうをひとにこえられて、そのいのりのためとこそおほせはんべりつれ」とまうしければ、そのときにふだうおほきにうちうなづいて、「わうじやうにさしもあらたなるれいぶつれいしやのいくらもましますをさしおいて、じやうかいがあがめたてまつるいつくしまへはるばるとまゐられけるこそいとほしけれ。それほどまでせつならんうへは」とて、ちやくししげもりないだいじんのさだいしやうにておはしけるをじせさせたてまつり、じなんむねもりだいなごんのうだいしやうにておはしけるをこえさせて、とくだいじをさだいしやうにぞなされける。あはれかしこきはからひかな。しんだいなごんも、かやうのはかりごとをばしたまはで、よしなきむほんおこして、わがみもしそんも、ほろびぬるこそうたてけれ。
「さんもんめつばう」(『さんもんめつばう だうじゆかつせん』)S0212さるほどに、ほふわうはみゐでらのこうけんそうじやうをごしはんとして、しんごんのひほふをでんじゆせさせおはします。だいにちきやう、こんがうちやうきやう、そしつぢきやう、このさんぶのひきやうをうけさせたまひて、くぐわつよつかのひ、みゐでらにてごくわんぢやうあるべきよしきこゆ。さんもんのだいしゆいきどほりまうしけるは、「むかしよりごくわんぢやうおんじゆかい、みなたうざんにしてとげさせたまふことせんぎなり。P162なかんづくさんわうのけだうは、じゆかいくわんぢやうのためなり。しかるをいまみゐでらにてとげさせおはしまさば、てらをいつかうやきはらふべし」とぞまうしける。ほふわう、「これむやくなり」とて、おんけぎやうばかりごけつぐわんあつて、ごくわんぢやうをばおぼしめしとどまらせたまひけり。されどもごほんいなればとて、こうけんそうじやうをめしぐしつつ、てんわうじへごかうなつて、ごちくわうゐんをたて、かめゐのみづをごびやうのちすゐとさだめ、ぶつぽふさいしよのれいちにてぞ、でんぽふくわんぢやうをばとげさせおはします。さんもんのさうどうをしづめられんがために、みゐでらにてごくわんぢやうはなかりしかども、さんもんにはだうじゆがくしやう、ふくわいのこといできて、かつせんどどにおよぶ。まいどにがくりようちおとさる。さんもんのめつばう、てうかのおんだいじとぞみえし。だうじゆといふは、がくしやうのしよじうなりけるわらんべの、ほふしになりたるや、もしはちうげんぼふしばらにてもやありけん。ひととせこんがうじゆゐんのざす、かくじんごんそうじやうぢさんのとき、さんたふにけつばんして、げしゆとかうしてほとけにはなまゐらせしものどもなり。しかるをきんねんぎやうにんとて、だいしゆをもことともせず、かくどどのいくさにうちかちぬ。だうじゆらししゆのめいをそむいて、すでにむほんをくはだつ、すみやかにちうばつせらるべきよし、だいしゆくげへそうもんし、ぶけにふれうつたふ。これによつてにふだうしやうこくゐんぜんをうけたまはつて、きのくにのぢうにん、ゆあさのごんのかみむねしげいげ、きないのつはものにせんよにん、だいしゆにさしそへて、だうじゆをせめらる。だうじゆひごろはとうやうばうにありけるが、これをきいて、あふみのくにさんがのしやうにげかうして、すたのせいをそつしてまたとうざんし、さういざかにP163じやうくわくをかまへてたてこもる。おなじきくぐわつはつかのひのたつのいつてんに、だいしゆさんぜんにん、くわんぐんにせんよにん、つがふそのせいごせんよにん、さういざかにおしよせて、ときをどつとぞつくりける。じやうのうちよりいしゆみはづしかけたりければ、だいしゆくわんぐんかずをつくしてうたれにけり。だいしゆはくわんぐんをさきだてんとす、くわんぐんはまただいしゆをさきだてんとあらそふほどに、こころごころになつて、はかばかしうもたたかはず。だうじゆにかたらふあくたうといふは、しよこくのせつたうがうたうさんぞくかいぞくらなり。よくしんしじやうにして、ししやうふちのやつばらなりければ、われいちにんとおもひきつてたたかふほどに、こんどもまたがくしやういくさにまけにけり。
(『さんもんめつばう』)S0213そののちはさんもんいよいよあれはてて、じふにぜんじゆのほかは、しぢうのそうりよまれなり。たにだにのかうえんまめつして、だうだうのぎやうぼふもたいてんす。しゆがくのまどをとぢ、ざぜんのゆかをむなしうせり。しけうごじのはるのはなもにほはず、さんだいそくぜのあきのつきもくもれり。さんびやくよさいのほふとうをかかぐるひともなく、ろくじふだんのかうのけぶりもたえやしにけん。だうじやたかくそびえて、さんぢうのかまへをせいかんのうちにさしはさみ、とうりやうはるかにひいでて、しめんのたるきをはくぶのあひだにかけたりき。されどもいまはくぶつをみねのあらしにまかせ、きんようをこうれきにうるほし、よるのつきともしびをかかげて、のきのひまよりもり、あかつきのつゆたまをたれて、れんざのよそほひをそふとかや。それまつだいのぞくにいたつては、さんごくのぶつぽふもしだいにすゐびせり。とほくてんぢくにぶつせきをとぶらふに、むかしほとけののりをときたまひしちくりんしやうじや、ぎつこどくをんも、このごろはこらうやかんのP164すみかとなつて、いしずゑのみやのこるらん。はくろちにはみづたえて、くさのみふかくしげれり。たいぼんげじようのそとばもこけのみむしてかたぶきぬ。しんだんにもてんだいさん、ごだいさん、はくばじ、ぎよくせんじも、いまはぢうりよなきさまにあれはてて、だいせうじようのほふもんも、はこのそこにやくちぬらん。わがてうにもなんとのしちだいじあれはてて、はつしうくしうもあとたえ、あたごたかをも、むかしはだうたふのきをならべたりしかども、いちやのうちにあれはてて、てんぐのすみかとなりはてぬ。さればにや、さしもやんごとなかりつるてんだいのぶつぽふも、ぢしようのいまにおよんで、ほろびはてぬるにや。こころあるひとのなげきかなしまぬはなかりけり。なにもののしわざにてやありけん、りさんしけるそうのばうのはしらに、いつしゆのうたをぞかきつけたる。
いのりこしわがたつそまのひきかへてひとなきみねとあれやはてなむ W009
これはむかしでんげうだいし、たうざんさうさうのはじめ、あのくたらさんみやくさんぼだいのほとけたちにいのりまうさせたまひしことを、いまおもひいでてよみたりけるにや。いとやさしうぞきこえし。やうかはやくしのひなれども、なむととなふるこゑもせず、うづきはすゐじやくのつきなれども、へいはくをささぐるひともなく、あけのたまがきかみさびて、しめなはのみやのこるらん。P165
「ぜんくわうじえんしやう」(『ぜんくわうじえんしやう』)S0214そのころしなののくにぜんくわうじえんしやうのことありけり。かのによらいは、むかしちうてんぢくしやゑこくに、ごしゆのあくびやうおこつて、じんそうおほくほろびしとき、ぐわつかいちやうじやがちせいによつて、りゆうぐうじやうよりえんぶだごんをえて、ほとけ、もくれんちやうじや、こころをひとつにして、いあらはしたまへるいつちやくしゆはんのみだのさんぞん、さんごくぶさうのれいざうなり。ぶつめつどののち、てんぢくにとどまらせたまふことごひやくよさい、されどもぶつぽふとうぜんのことわりにて、はくさいこくにうつらせたまひて、いつせんざいののち、はくさいのみかどせいめいわう、わがてうのみかどきんめいてんわうのぎようにおよびて、かのくによりこのくにへうつらせたまひて、つのくになんばのうらにして、せいざうをおくらせおはします。つねにこんじきのひかりをはなたせたまふ。これによつてねんがうをばこんくわうとかうす。おなじきさんねんさんぐわつじやうじゆんに、しなののくにのぢうにんおほみのほんだよしみつ、みやこへのぼり、によらいにあひたてまつり、やがていざなひまゐらせてくだりけるが、ひるはよしみつによらいをおひたてまつり、よるはよしみつによらいにおはれたてまつて、しなののくにへくだり、みのちのこほりにあんぢしたてまつしよりこのかた、せいざうはごひやくはちじふよさい、されどもえんしやうはこれはじめとぞうけたまはる。わうぼふつきんとては、ぶつぽふまづばうずといへり。さればにや、さしもやんごとなかりつるれいじP166れいさんのおほくほろびうせぬることは、わうぼふのすゑになりぬるぜんべうやらんとぞひとまうしける。
「やすよりのつと」(『やすよりのつと』)S0215さるほどにきかいがしまのるにんども、つゆのいのちくさばのすゑにかかつて、をしむべしとにはあらねども、たんばのせうしやうのしうとへいさいしやうのりもりのりやう、ひぜんのくにかせのしやうより、いしよくをつねにおくられたりければ、それにてぞしゆんくわんもやすよりもいのちいきてはすごしける。なかにもやすよりはながされしとき、すはうのむろづみにてしゆつけしてげり。ほふみやうをばしやうせうとこそついたりけれ。しゆつけはもとよりのぞみなりければ、
つひにかくそむきはてけるよのなかをとくすてざりしことぞくやしき W010
たんばのせうしやうとやすよりにふだうは、もとよりくまのしんじんのひとびとにておはしければ、「いかにもしてこのしまのうちに、さんじよごんげんをくわんじやうしたてまつて、きらくのことをいのらばや」といふに、てんぜいこのしゆんくわんは、ふしんだいいちのひとにて、これをもちひず、ににんはおなじこころにて、もしくまのににたるところもやあると、しまのうちをたづねまはるに、あるひはりんたうのたへなるあり、こうきんしうのよそほひしなじなに、あるひはうんれいのあやしきあり、へきらりようのいろひとつにP167あらず。
やまのけしき、きのこだちにいたるまで、ほかよりもなほすぐれたり。みなみをのぞめば、かいまんまんとして、くものなみけむりのなみふかく、きたをかへりみれば、またさんがくのががたるより、はくせきのりうすゐみなぎりおちたり。たきのおとことにすさまじく、まつかぜかみさびたるすまひ、ひれうごんげんのおはしますなちのおやまにさもにたりけり。さてこそやがて、そこをばなちのおやまとはなづけけれ。このみねはしんぐう、かれはほんぐう、これはそんじやうそのわうじ、かのわうじなど、わうじわうじのなをまうして、やすよりにふだうせんだちにて、たんばのせうしやうあひぐしつつ、ひごとにくまのまうでのまねをして、きらくのことをぞいのりける。「なむごんげんこんがうどうじ、ねがはくはあはれみをたれさせおはしまし、われらをいまいちどこきやうへかへしいれさせたまひて、さいしをもみせしめたまへ」とぞいのりける。ひかずつもつて、たちかふべきじやうえもなければ、あさのころもをみにまとひ、さはべのみづをこりにかいては、いはだがはのきよきながれとおもひやり、たかきところにあがつては、ほつしんもんとぞくわんじける。
やすよりにふだうは、まゐるたびごとに、さんじよごんげんのおんまへにてのつとをまうすに、ごへいがみもなければ、はなをたをつてささげつつ、「ゐあたれるさいし、ぢしようぐわんねんひのとのとり、つきのならびはとつきふたつき、ひのかずさんびやくごじふよかにち、きちにちりやうしんをえらんで、かけまくもかたじけなくにつぽんだいいちだいりやうげん、ゆやさんじよごんげん、ひれうだいさつたのけうりやう、うづのひろまへにして、しんじんのだいせしゆ、うりんふぢはらのなりつね、ならびにしやみしやうせう、いつしんしやうじやうのまことをいたし、さんごふP168さうおうのこころざしをぬきんでて、つつしんでもつてうやまつてまうす。それしようじやうだいぼさつは、さいどくかいのけうしゆ、さんじんゑんまんのかくわうなり。あるひはとうばうじやうるりいわうのしゆ、しゆびやうしつぢよのによらいなり。あるひはなんぱうふだらくのうげのしゆ、にふぢうげんもんのだいじ、にやくわうじはしやばせかいのほんじゆ、せむいしやのだいじ、ちやうじやうのぶつめんをげんじて、しゆじやうのしよぐわんをみてしめたまへり。これによつて、かみいちじんよりしもばんみんにいたるまで、あるひはげんぜあんをんのため、あるひはごしやうぜんしよのために、あしたにはじやうすゐをむすんでぼんなうのあかをすすぎ、ゆふべにはしんざんにむかつてほうがうをとなふるに、かんおうおこたることなし。ががたるみねのたかきをば、しんとくのたかきにたとへ、けんけんたるたにのふかきをば、ぐぜいのふかきになぞらへて、くもをわきてのぼり、つゆをしのいでくだる。ここにりやくのちをたのまずんば、いかでかあゆみをけんなんのみちにはこばん。ごんげんのとくをあふがずんば、なんぞかならずしもいうゑんのさかひにましまさんや。よつてしようじやうごんげん、ひれうだいさつた、おのおのしやうれんじひのまなじりをあひならべ、さをしかのおんみみをふりたてて、われらがむにのたんぜいをちけんして、いちいちのこんしをなふじゆしたまへ。しかればすなはち、むすぶはやたまのりやうじよごんげん、きにしたがつて、あるひはうえんのしゆじやうをみちびき、あるひはむえんのぐんるゐをすくはんがために、しつぽうしやうごんのすみかをすてて、はちまんしせんのひかりをやはらげ、ろくだうさんうのちりにどうじたまへり。かるがゆゑにぢやうごふやくのうてん、ぐぢやうじゆ、とくぢやうじゆのらいはいそでをつらね、へいはくれいてんをささぐることひまなし。にんにくのころもをかさね、かくだうのはなをささげて、じんでんのゆかをうごかし、しんじんのみづをすまして、りしやうのいけをたたへたり。しんめいなふじゆしたまはば、P169しよぐわんなんぞじやうじゆせざらん。あふぎねがはくは、じふにしよごんげん、おのおのりしやうのつばさをならべ、はるかにくかいのそらにかけり、させんのうれへをやすめて、すみやかにきらくのほんくわいをとげしめたまへ。さいはい」とぞやすよりのつとをばまうしける。
「そとばながし」(『そとばながし』)S0216さるほどにににんのひとびと、つねはさんじよごんげんのおんまへにまゐり、つやするをりもありけり。あるよににんまゐつて、よもすがらいまやううたひ、まひなんどまひて、あかつきがたくるしさに、ちつとうちまどろみたりつるゆめに、おきよりしろいほかけたるこぶねをいつそう、みぎはへこぎよせ、ふねのうちよりくれなゐのはかまきたりけるにようばうたち、にさんじふにんなぎさにあがり、つづみをうち、こゑをととのへて、
よろづのほとけのぐわんよりもせんじゆのちかひぞたのもしき
かれたるくさきもたちまちにはなさきみなるとこそきけ
とおしかへしおしかへしさんべんうたひすまして、かきけすやうにぞうせにける。やすよりにふだうゆめさめてのち、きいのおもひをなしつつ、「いかさまにもこれはりうじんのけげんとおぼえさふらふ。くまのさんじよごんげんのうちに、にしのごぜんとまうしたてまつるは、ほんぢせんじゆくわんおんにておはします。P170りうじんはすなはちせんじゆのにじふはちぶしゆのそのひとつにておはしませば、もつてごなふじゆこそたのもしけれ」。あるよまたににんまゐつてつやしたりけるゆめに、おきよりもふきくるかぜに、このはをふたつ、ににんがたもとにふきかけたり。なんとなうこれをとつてみければ、みくまののなぎのはにてぞありける。かのふたつのなぎのはに、いつしゆのうたをむしぐひにこそしたりけれ。
ちはやぶるかみにいのりのしげければなどかみやこへかへらざるべき W011
やすよりにふだうは、あまりにこきやうのこひしきままに、せめてのはかりごとにや、せんぼんのそとばをつくり、あじのぼんじ、ねんがうつきひ、けみやうじつみやう、にしゆのうたをぞかきつけける。
さつまがたおきのこじまにわれありとおやにはつげよやへのしほかぜW012
おもひやれしばしとおもふたびだにもなほふるさとはこひしきものを W013
これをうらにもつていでて、「なむきみやうちやうらい、ぼんでんたいしやく、しだいてんわう、けんらうぢじん、わうじやうのちんじゆしよだいみやうじん、べつしてはくまののごんげん、あきのいつくしまのだいみやうじん、せめてはいつぽんなりとも、みやこへつたへてたべ」とて、おきつしらなみの、よせてはかへすたびごとに、そとばをうみにぞうかべける。そとばはつくりいだすにしたがつて、うみにいれければ、ひかずつもれば、そとばのかずもつもりけり。そのものおもふこころやたよりのかぜともなりたりけん、またしんめいぶつだもやおくらせたまひたりけん、せんぼんのそとばのなかに、いつぽんあきのくにいつくしまのだいみやうじんのおまへのなぎさにうちあげたり。P171
ここにやすよりにふだうがゆかりありけるそうの、もししかるべきたよりもあらば、かのしまへわたつて、そのゆくへをもたづねんとて、さいこくしゆぎやうにいでたりけるが、まづいつくしまへぞまゐりける。ここにみやうどとおぼしくて、かりぎぬしやうぞくなるぞくいちにんいできたり。このそうなんとなうものがたりをしけるほどに、「それしんめいは、わくわうどうぢんのりしやう、さまざまなりとはまうせども、なかにもこのおんかみは、いかなるいんえんをもつて、かいまんのうろくづにえんをばむすばせたまふらん」ととひたてまつれば、みやうどこたへていはく、「それはよな、しやかつらりうわうのだいさんのひめみや、たいざうかいのすゐじやくなり」。このしまへごやうがうありしはじめより、さいどりしやうのいまにいたるまで、じんじんきどくのことどもをぞかたりける。さればにや、はつしやのごてんいらかをならべ、やしろはわだづみのほとりなれば、しほのみちひにつきぞすむ。しほみちくれば、おほどりゐ、あけのたまがき、るりのごとし。しほひきぬれば、なつのよなれども、おまへのしらすにしもぞおく。このそういよいよたつとくおもひ、しづかにほつせまゐらせてゐたりけるが、やうやうひくれつきさしいでて、しほのみちくるに、おきよりそこはかとなくゆられよりけるもくづどものなかに、そとばのかたのみえけるを、なんとなうこれをとつてみければ、「さつまがたおきのこじまにわれあり」と、かきながせることのはなり。もじをばゑりいれきざみつけたりければ、なみにもあらはれず、あざあざとしてこそみえたりけれ。
このそうふしぎのおもひをなし、おひのかたにさして、みやこへかへりのぼり、やすよりにふだうがP172らうぼのにこう、さいしどもの、いちでうのきた、むらさきのといふところにしのびつつかくれゐたりけるに、これをみせたりければ、「さらば、このそとばが、もろこしのかたへもゆられゆかずして、なにしにこれまでつたへきて、いまさらものをおもはすらん」とぞかなしみける。はるかのえいぶんにおよんで、ほふわうこれをえいらんあつて、「あなむざん、このものどもがいのちのいまだいきてあるにこそ」とて、おんなみだをながさせたまふぞかたじけなき。これをこまつのおとどのもとへつかはされたりければ、ちちのぜんもんにみせたてまつらる。かきのもとのひとまるは、しまがくれゆくふねをおもひ、やまべのあかひとは、あしべのたづをながめたまふ。すみよしのみやうじんは、かたそぎのおもひをなし、みわのみやうじんは、すぎたてるかどをさす。むかしすさのをのみこと、さんじふいちじのやまとうたをよみはじめたまひしよりこのかた、もろもろのしんめいぶつだも、かのえいぎんをもつて、はくせんばんたんのおもひをのべたまふ。
「そぶ」にふだうもいはきならねば、さすがあはれげにこそのたまひけれ。(『そぶ』)S0217にふだうかくあはれみたまふうへは、きやうぢうのじやうげ、おいたるもわかきも、きかいがしまのるにんのうたとて、くちずさまぬはなかりけり。せんぼんまでつくりいだせるそとばなれば、さこそはちひさうもありけめ、P173さつまがたよりはるばるとみやこまでつたはりけるこそふしぎなれ。あまりにおもふことには、むかしもかくしるしありけるにや。いにしへかんわう、ここくをせめたまひしとき、はじめはりせうけいをたいしやうぐんにて、さんじふまんぎをむけらる。かんのたたかひよわくして、ここくのいくさかちにけり。あまつさへたいしやうぐんりせうけい、こわうのためにいけどらる。つぎにそぶをたいしやうぐんにて、ごじふまんぎをむけらる。こんどもまたかんのたたかひよわくして、ここくのいくさかちにけり。つはものろくせんよにんいけどりにせらる。そのなかにそぶをはじめとして、むねとのつはものろつぴやくさんじふよにん、すぐりいだいて、いちいちにかたあしをきつておつぱなたる。すなはちしぬるものもあり、ほどへてしするものもあり。そのなかにそぶはいちにんしなざりけり。かたあしをばきられながら、やまにのぼつてはこのみをひろひ、さとにいでてはねぜりをつみ、あきはたづらのおちぼひろひなんどしてぞ、つゆのいのちをばすごしける。たにいくらもありけるかりども、そぶにみなれておそれざりければ、これらはみなわがこきやうへかよふものぞかしとなつかしくて、おもふことひとふでかいて、「あひかまへてこれかんわうにえさせよ」といひふくめて、かりのつばさにむすびつけてぞはなちける。
かひがひしくもたのものかり、あきはかならずこしぢよりみやこへかよふものなるに、かんのせうていしやうりんゑんにぎよいうありしに、ゆうざれのそらうすくもり、なにとなくものあはれなりけるをりふし、ひとつらのかりとびわたる。そのなかよりがんひとつとびさがつて、おのがつばさにむすびつけたるP174たまづさを、くひきつてぞおとしける。くわんにんこれをとつて、みかどへまゐらせたりければ、ひらいてえいらんあるに、「むかしはがんくつのほらにこめられてさんしゆんのしうたんをおくり、いまはくわうでんのうねにすてられて、こてきのいつそくとなれり。たとひかばねはこのちにちらすといふとも、たましひはふたたびくんべんにつかへん」とぞかいたりける。それよりしてこそ、ふみをばがんしよともいひ、がんさつともまたなづけけれ。「あなむざん、そぶがほまれのあとなりけり。このものどもがいのちのいまだいきてあるにこそ」とて、りくわうといふしやうぐんにおほせて、ひやくまんぎをむけらる。こんどはかんのたたかひつよくして、ここくのいくさやぶれにけり。みかたたたかひかちぬときこえしかば、そぶはくわうやのなかよりはひいでて、「これこそいにしへのそぶよ」となのる。かたあしはきられながら、じふくねんのせいざうをおくりむかへ、こしにかかれてきうりへぞかへりける。そぶはじふろくのとし、ここくへむけられしとき、みかどよりくだしたまはつたりけるはたをば、まいてみをはなたずもちたりしを、いまとりいだいて、みかどのごげんざんにいれたりければ、きみもしんもかんたんなのめならず。そぶはきみのおんためにたいこうならびなかりしかば、だいこくあまたたまはつて、そのうへ、てんしよくこくといふつかさをぞくだされける。あまつさへりせうけいは、ここくにとどまつてつひにかへらず。いかにもしてかんてうへかへらんとのみなげきけれども、こわうゆるさねばちからおよばず。かんわうこれをばゆめにもしりたまはず、りせうけいはきみのおんために、すでにふちうなるものなりとて、むなしくなれるにしんがかばねをほりおこしてうたせらる。P175そのほかろくしんをみなつみせらる。りせうけいこのよしをつたへきいて、うらみふかうぞなりにける。さりながらもなほこきやうをこひつつ、まつたくふちうなきよしを、いつくわんのしよにつくつて、みかどへまゐらせたりければ、かんわうこれをえいらんあつて、「さてはふちうなかりけり。ふびんなることござんなれ」とて、ふぼがかばねをほりおこしてうたせられたりけることをぞ、かへつてくやしみたまひける。かんかのそぶは、しよをかりのつばさにつけてきうりへおくり、ほんてうのやすよりは、なみのたよりにうたをこきやうへつたふ。かれはいつぴつのすさみ、これはにしゆのうた、かれはじやうだい、これはまつだい、ここくきかいがしま、さかひをへだてて、よよはかはれども、ふぜいはおなじふぜい、ありがたかりしことどもなり。P176
平家物語 巻第三 総かな版(元和九年本)
「ゆるしぶみ」(『ゆるしぶみ』)S0301ぢしようにねんしやうぐわつひとひのひ、ゐんのごしよにははいらいおこなはれて、よつかのひてうきんのぎやうがうありけり。なにごともれいにかはりたることはなけれども、こぞのなつしんだいなごんなりちかのきやういげ、きんじゆのひとびとおほくながしうしなはれしこと、ほふわうおんいきどほりいまだやまざれば、よのまつりごとをもよろづものうくおぼしめして、おんこころよからぬことどもにてぞさふらひける。だいじやうのにふだうも、ただのくらんどゆきつながつげしらせたてまつてのちは、きみをもおんうしろめたきことにおもひたてまつり、うへにはことなきやうなれども、したにはようじんして、にがわらひてのみぞさふらはれける。なぬかのひ、せいせいとうばうにいづ。しいうきともまうす。またせききともまうす。じふはちにちひかりをます。にふだうしやうこくのおんむすめ、けんれいもんゐん、そのときはいまだちうぐうときこえさせたまひしが、ごなうとて、くものうへ、あめがしたのなげきにてぞさふらひける。しよじにみどきやうはじまり、しよしやへくわんぺいしをP177たてらる。おんやうじゆつをきはめ、いけくすりをつくし、だいほふひほふひとつとしてのこるところなうしゆせられけり。されどもごなうただにもわたらせたまはず、ごくわいにんとぞきこえし。しゆしやうはこんねんじふはち、ちうぐうはにじふににならせたまふ。しかれどもいまだわうじもひめみやもいできさせたまはず。もしわうじにてましまさば、いかにめでたからんと、へいけのひとびと、ただいまわうじたんじやうあるやうにまうして、いさみよろこびあはれけり。たけのひとびとも、「へいじのはんじやうをりをえたり。わうじごたんじやううたがひなし」とぞまうしあはれける。ごくわいにんさだまらせたまひしかば、にふだうしやうこく、うげんのかうそうきそうにおほせて、だいほふひほふをしゆし、しやうしゆくぶつぼさつにつけて、わうじごたんじやうとのみきせいせらる。ろくぐわつひとひのひ、ちうぐうごちやくたいありけり。にんわじのおむろしゆかくほつしんわう、いそぎごさんだいあつて、くじやくきやうのほふをもつておんかじあり。てんだいざすかくくわいほつしんわう、てらのちやうりゑんけいほつしんわうもおなじくまゐらせたまひて、へんじやうなんしのほふをしゆせられけり。
かかりしほどに、ちうぐうはつきのかさなるにしたがつて、おんみをくるしうせさせたまふ。ひとたびゑめばもものこびありけんかんのりふじん、せうやうでんのやまふのゆかもかくやとおぼえ、たうのやうきひ、りくわいつしはるのあめをおび、ふようのかぜにしをれつつ、ぢよらうくわのつゆおもげなるより、なほいたはしきおんさまなり。かかるごなうのをりふしにあはせて、こはきおんもののけども、あまたとりいりたてまつる。よりまし、みやうわうのばくにかけて、れいあらはれたり。ことにはさぬきのゐんのごれい、うぢのあくさふのごおくねん、しんだいなごんなりちかのきやうのしりやう、さいくわうほふしがあくりやう、P178きかいがしまのるにんどものしやうりやうなんどぞまうしける。これによつて、しやうりやうをも、しりやうをも、なだめらるべしとて、まづさぬきのゐんごつゐがうあつてしゆとくてんわうとかうし、うぢのあくさふ、ぞうくわんぞうゐおこなはれて、だいじやうだいじんじやういちゐをおくらる。ちよくしはせうないきこれもととぞきこえし。くだんのむしよは、やまとのくにそふのかんのこほりかはかみのむら、はんにやののごさんまいなり。ほうげんのあきほりおこいてすてられしのちは、しがいみちのほとりのつちとなつて、としどしにただはるのくさのみしげれり。いまちよくしたづねきてせんみやうをよみければ、ばうこんそんりやういかにうれしとおぼしけん。さればさはらのはいたいしをば、しゆだうてんわうとかうし、ゐがみのないしんわうをば、くわうこうのしきゐにふくす。これみなをんりやうをなだめられしはかりごととぞきこえし。をんりやうは、むかしもかくおそろしかりしことどもなり。れんぜいゐんのおんものぐるはしうましまし、くわざんのほふわうの、じふぜんのていゐをすべらせたまひしは、もとかたのみんぶきやうがれいなり。またさんでうのゐんのおんめもごらんぜられざりしは、くわんざんくぶがれいとかや。かどわきのさいしやう、かやうのことどもをつたへききたまひて、こまつどのにまうされけるは、「こんどちうぐうごさんのおんいのり、さまざまにさふらふなり。なにとまうすとも、ひじやうのしやにすぎたるほどのことあるべしともおぼえさふらはず。なかにもきかいがしまのるにんどもを、めしかへされたらんほどのくどくぜんこん、なにごとかさふらふべき」とまうされたりければ、ちちのぜんもんのおんまへにおはして、「あのたんばのせうしやうがことを、かどわきのさいしやうあまりになげきまうすがふびんにさふらふ。ことさらちうぐうごなうのおんこと、うけたまはりおよぶごとくんば、なりちかのきやうがしりやうなどきこえてP179さふらふ。だいなごんがしりやうをなだめんとおぼしめさんにつけては、いきてさふらふせうしやうを、めしこそかへされさふらはめ。ひとのおもひをやめさせたまはば、おぼしめすこともかなひ、ひとのねがひをかなへさせましまさば、ごぐわんもすなはちじやうじゆして、ごさんへいあんわうじごたんじやうあつて、かもんのえいぐわいよいよさかんにさふらふべし」などまうされければ、にふだうしやうこく、ひごろよりことのほかにやはらいで、「さてしゆんくわんややすよりぼふしがことはいかに」とのたまへば、「それもおなじうはめしこそかへされさふらはめ。もしいちにんものこされたらんは、なかなかざいごふたるべうさふらふ」とまうされたりければ、にふだうしやうこく、「やすよりぼふしがことはさることなれども、しゆんくわんはずゐぶんにふだうがこうじゆをもつて、ひととなつたるものぞかし。それにところしもこそおほけれ、ひがしやまししのたに、わがさんざうによりあひて、きくわいのふるまひどもがありけんなれば、しゆんくわんがことはおもひもよらず」とぞのたまひける。おとどかへつてをぢのさいしやうをよびたてまつて、「せうしやうはすでにしやめんあるべきでさふらふぞ。おんこころやすうおぼしめされさふらへ」とまうされたりければ、さいしやうききもあへたまはず、なくなくてをあはせてぞよろこばれける。「くだりさふらひしときも、これほどのこと、などやまうしうけざらんとおもひたりげにて、のりものをみさふらふたびごとになみだをながしさふらひしが、ふびんにさふらふ」とぞまうされける。こまつどの、「まことにさこそはおぼしめされさふらふらめ。こはたれとてもかなしければ、よくよくまうしさふらはん」とていりたまひぬ。さるほどにきかいがしまのるにんどもの、めしかへさるべきことさだまりしかば、にふだうしやうこくのP180ゆるしぶみかいてぞたうでげる。おつかひすでにみやこをたつ。さいしやうあまりのうれしさに、おつかひにわたくしのつかひをそへてくだされける。よるをひるにしいそぎくだれとありしかども、こころにまかせぬかいろなれば、なみかぜをしのいでゆくほどに、みやこをば(は)しちぐわつげじゆんにいでたれども、ながつきはつかごろにぞ、きかいがしまにはつきにける。
「あしずり」(『あしずり』)S0302おつかひはたんざゑもんのじようもとやすといふものなり。いそぎふねよりあがり、「これにみやこよりながされたまひたりしへいはんぐわんやすよりにふだう、たんばのせうしやうどのやおはす」と、こゑごゑにぞたづねける。ににんのひとびとは、れいのくまのまうでしてなかりけり。しゆんくわんいちにんありけるが、これをきいて、あまりにおもへばゆめやらん、またてんまはじゆんの、わがこころをたぶらかさんとていふやらん、うつつともさらにおぼえぬものかなとて、あわてふためき、はしるともなく、たふるるともなく、いそぎおつかひのまへにゆきむかつて、「これこそながされたるしゆんくわんよ」となのりたまへば、ざつしきがくびにかけさせたるふぶくろより、にふだうしやうこくのゆるしぶみとりいだいてたてまつる。これをあけてみたまふに、「ぢうくわはをんるにめんず。はやくきらくのP181おもひをなすべし。こんどちうぐうごさんのおんいのりによつて、ひじやうのしやおこなはる。しかるあひだきかいがしまのるにん、せうしやうなりつね、やすよりぼふししやめん」とばかりかかれて、しゆんくわんといふもじはなし。らいしにぞあるらんとて、らいしをみるにもみえず。おくよりはしへよみ、はしよりおくへよみけれども、ににんとばかりかかれて、さんにんとはかかれず。さるほどにせうしやうややすよりぼふしもいできたり、せうしやうのとつてみるにも、やすよりぼふしがよみけるにも、ににんとばかりかかれて、さんにんとはかかれざりけり。ゆめにこそかかることはあれ、ゆめかとおもひなさんとすればうつつなり、うつつかとおもへばまたゆめのごとし。そのうへににんのひとびとのもとへは、みやこよりことづてたるふみどもいくらもありけれども、しゆんくわんそうづのもとへは、こととふふみひとつもなし。さればわがゆかりのものどもは、みなみやこのうちにあとをとどめずなりにけるよと、おもひやるにもおぼつかなし。「そもそもわれらさんにんはおなじつみ、はいしよもおなじところなり。いかなればしやめんのとき、ににんはめしかへされて、いちにんここにのこすべき。へいけのおもひわすれかや、しゆひつのあやまりか、こはいかにしつることどもぞや」と、てんにあふぎちにふして、なきかなしめどもかひぞなき。そうづせうしやうのたもとにすがり、「しゆんくわんがかやうになるといふも、ごへんのちち、こだいなごんどのの、よしなきむほんのゆゑなり。さればよそのこととおもひたまふべからず。ゆるされなければ、みやこまでこそかなはずとも、せめてはこのふねにのせてくこくのぢまでつけてたべ。おのおののこれにおはしつるほどこそ、はるはつばくらめ、あきはたのものかりのP182おとづるるやうに、おのづからこきやうのことをもつたへききつれ。いまよりのちは、なにとしてかきくべき」とて、もだえこがれたまひけり。せうしやう、「まことにさこそはおぼしめされさふらふらめ。われらがめしかへさるるうれしさも、さることにてはさふらへども、おんありさまをみたてまつるに、さらにゆくべきそらもおぼえさふらはず。このふねにうちのせたてまつて、のぼりたうはさふらへども、みやこのおつかひ、いかにもかなふまじきよしをしきりにまうす。そのうへゆるされもなきに、さんにんながらしまのうちをいでたりなどきこえさふらはば、なかなかあしうさふらひなんず。なりつねまづまかりのぼつて、ひとびとにもよくよくまうしあはせ、にふだうしやうこくのきしよくをもうかがひ、むかひにひとをたてまつらん。そのほどはひごろおはしつるやうにおもひなしてまちたまへ。いのちはいかにもたいせつのことなれば、たとひこのせにこそもれさせたまふとも、つひにはなどかしやめんなくてさふらふべき」と、やうやうになぐさめのたまへども、そうづたへしのぶべうもみえたまはず。さるほどにふねいださんとしければ、そうづふねにのつてはおりつ、おりてはのつつ、あらましごとをぞしたまひける。せうしやうのかたみにはよるのふすま、やすよりにふだうがかたみには、いちぶのほけきやうをぞとどめける。すでにともづなといて、ふねおしいだせば、そうづつなにとりつき、こしになり、わきになり、たけのたつまでは、ひかれていづ。たけもおよばずなりければ、そうづふねにとりつき、「さていかにおのおのしゆんくわんをばつひにすてはてたまふか。ひごろのなさけもいまはなにならず。ゆるされなければみやこまでこそかなはずとも、P183せめてはこのふねにのせてくこくのちまで」と、くどかれけれども、みやこのおつかひ、「いかにもかなひさふらふまじ」とて、とりつきたまひつるてをひきのけて、ふねをばつひにこぎいだす。そうづせんかたなさに、なぎさにあがりたふれふし、をさなきもののめのとやははなどをしたふやうに、あしずりをして、「これのせてゆけ、ぐしてゆけ」とのたまひて、をめきさけびたまへども、こぎゆくふねのならひにて、あとはしらなみばかりなり。いまだとほからぬふねなれども、なみだにくれてみえざりければ、そうづたかきところにはしりあがり、おきのかたをぞまねきける。かのまつらさよひめがもろこしぶねをしたひつつひれふりけんも、これにはすぎじとぞみえし。さるほどにふねもこぎかくれ、ひもくるれども、そうづあやしのふしどへもかへらず、なみにあしうちあらはせ、つゆにしをれて、そのよはそこにぞあかしける。さりともせうしやうはなさけふかきひとなれば、よきやうにまうすこともやと、たのみをかけて、そのせにみをもなげざりしこころのうちこそはかなけれ。むかしさうりそくりが、かいがんさんへはなたれたりけんかなしみも、いまこそおもひしられけれ。P184
「ごさんのまき」(『ごさん』)S0303さるほどにににんのひとびとは、きかいがしまをいでて、ひぜんのくにかせのしやうにぞつきたまふ。さいしやうきやうよりひとをくだして、「としのうちはなみかぜもはげしう、みちのあひだもおぼつかなうさふらへば、はるになつてのぼられさふらへ」とありしかば、せうしやうかせのしやうにてとしをくらす。さるほどにおなじきじふいちぐわつじふににちのとらのこくより、ちうぐうごさんのけましますとて、きやうぢうろくはらひしめきあへり。ごさんじよはろくはらいけどのにてありければ、ほふわうもごかうなる。くわんばくどのをはじめたてまつてだいじやうだいじんいげのけいしやううんかく、すべてよにひととかぞへられ、くわんかかいにのぞみをかけ、しよたいしよしよくをたいするほどのひとの、いちにんももるるはなかりけり。せんれいもにようごきさきごさんのときにのぞんでだいしやありき。だいぢにねんくぐわつひとひのひ、たいけんもんゐんごさんのとき、だいしやおこなはるることありけり。こんどもそのれいとて、ひじやうのだいしやおこなはれて、ぢうくわのともがらおほくゆるされけるなかに、このしゆんくわんそうづいちにん、しやめんなかりけることこそうたてけれ。ごさんへいあん、わうじごたんじやうましまさば、やはたひらの、おほはらのなんどへぎやうげいあるべきよし、ごりふぐわんあり。せんげんほふいんうけたまはつて、これをけいびやくすP185。しんじやはだいじんぐうをはじめたてまつて、にじふよかしよ、ぶつじはとうだいじこうぶくじいげじふろくかしよへみじゆきやうあり。みじゆきやうのおつかひは、みやのさぶらひのなかに、うくわんのともがらこれをつとむ。ひやうもんのかりぎぬにたいけんしたるものどもが、いろいろのみじゆぎやうもつ、ぎよけんぎよいをもちつづいて、ひがしのたいよりなんていをわたつて、にしのちうもんにいづ。めでたかりしけんぶつなり。
こまつのおとどは、れいのぜんあくにつきてさわぎたまはぬひとにておはしければ、はるかにほどへてのち、ちやくしごんのすけせうしやうこれもりいげのきんだちのくるまどもやりつづけさせ、いろいろのぎよいしじふりやう、ぎんけんななつ、ひろぶたにおかせ、おむまじふにひきひかせてまゐらせらる。これは、くわんこうにじやうとうもんゐんごさんのとき、みだうどののおむままゐらせられしそのれいとぞきこえし。おとどはちうぐうのおんせうとにておはしけるうへ、とりわきふしのおんちぎりなれば、おむままゐらせたまふもことわりなり。またごでうのだいなごんくにつなのきやうも、おむまにひきまゐらせらる。「こころざしのいたりか、とくのあまりか」とぞひとまうしける。なほいせよりはじめたてまつて、あきのいつくしまにいたるまで、しちじふよかしよへじんめをたてらる。だいりにもれうのおむまにしでつけて、すうじつぴきひつたてたり。にんわじのおむろしゆかくほつしんわうはくじやくきやうのほふ、てんだいざすかくくわいほつしんわうはしちぶつやくしのほふ、てらのちやうりゑんけいほつしんわうはこんがうどうじのほふ、そのほかごだいこくうざう、ろくくわんおん、いちじきんりん、ごだんのほふ、ろくじかりん、はちじもんじゆ、ふげんえんめいにいたるまで、のこるところなうしゆせられけり。ごまのけぶりごしよぢうにみちて、れいのこゑP186くもをひびかし、しゆほふのこゑみのけよだつて、いかなるおんもののけなりとも、なにおもてをむかふべしともみえざりけり。なほぶつしよのほふいんにおほせて、ごしんとうじんのやくしならびにごだいそんのざうをつくりはじめらる。かかりしかども、ちうぐうはひまなくしきらせたまふばかりにて、ごさんもとみになりやらず。にふだうしやうこく、にゐどの、むねにてをおいて、「こはいかがせん、いかにせん」とぞあきれたまふ。ひとのものまうしけれども、「ただともかうも、よきやうによきやうに」とばかりぞのたまひける。「あはれじやうかい、いくさのぢんならば、さりともこれほどまではおくせじものを」とぞ、のちにはのたまひける。
おんげんじやには、ばうかくしやううんりやうそうじやう、しゆんげうほふいん、がうぜんじつせんりやうそうづ、おのおのそうがのくどもあげ、ほんじほんざんのさんぽう、ねんらいしよぢのほんぞんたち、せめふせせめふせもまれければ、まことにさこそはとおぼえてたつとかりけるなかに、をりふしほふわうは、いまぐまのへ、ごかうなるべきにて、おんしやうじんのついでなりけるが、きんちやうちかくござあつて、せんじゆきやうをうちあげうちあげあそばされけるにぞ、いまひときはことかはつて、さしもをどりくるひけるおんよりましどもがばくも、しばらくうちしづめけり。ほふわうおほせなりけるは、「たとひいかなるおんもののけなりとも、このおいぼふしがかくてさふらはんには、いかでかちかづきたてまつるべき。なかんずくいまあらはるるところのをんりやうはみなわがてうおんをもつてひととなりたるものぞかし。たとひはうしやのこころをこそぞんぜずとも、いかでかあにしやうげをなすべきやP187。すみやかにまかりしりぞきさふらへ」とて、「によにんしやうさんしがたからんときにのぞんで、じやましやしやうし、くしのびがたからんにも、こころをいたしてだいひじゆをしようじゆせば、きしんたいさんして、あんらくにしやうぜん」とあそばいて、みなずゐしやうのおんずずをおしもませたまへば、ごさんへいあんのみならず、わうじにてこそましましけれ。ほんざんみのちうじやうしげひらのきやう、そのときはいまだちうぐうのすけにておはしけるが、ぎよれんのうちよりつといでて、「ごさんへいあん、わうじごたんじやうさふらふぞ」とたからかにまうされたりければ、ほふわうをはじめまゐらせて、くわんばくまつどの、だいじやうだいじんいげのけいしやううんかく、おのおののじよじゆ、おんやうのかみ、てんやくのかみ、すはいのおんげんじや、すべてたうしやうたうか、いちどうにあつとよろこびあはれけるこゑは、もんぐわいまでもどよみて、しばしはしづまりもやらざりけり。にふだうしやうこくうれしさのあまりに、こゑをあげてぞなかれける。よろこびなきとは、これをいふべきにや。こまつのおとどは、いそぎちうぐうのおんかたへまゐらさせたまひて、きんせんくじふくもん、わうじのおんまくらにおいて、「てんをもつてはちちとし、ちをもつてはははとさだめたまふべし。おんいのちははうしとうばうさくがよはひをたもち、おんこころにはてんせうだいじんいりかはらせたまへ」とてくはのゆみよもぎのやをもつて、てんちしはうをいさせらる。P188
「くぎやうそろへ」(『くぎやうぞろへ』)S0304おんちにはさきのうだいしやうむねもりのきやうのきたのかたとさだめられたりしかども、さんぬるしちぐわつになんざんをしてうせたまひしかば、へいだいなごんときただのきやうのきたのかたぞ、おんちにはまゐらせたまふ。のちにはそつのすけどのとぞひとまうしける。ほふわうやがてくわんぎよあり。もんぜんにおんくるまをたてられたり。にふだうしやうこくうれしさのあまりに、こがねいつせんりやう、ふじのわたにせんりやう、ほふわうへしんじやうせらる。「これまたしかるべからず」とぞひとまうしける。こんどのごさんにしようしあまたあり。まづほふわうのおんげんじや、つぎにきさきごさんのとき、ごてんのむねよりこしきをまろばかすことありけり。わうじごたんじやうにはみなみへおとし、くわうによたんじやうにはきたへおとすを、これはきたへおとされたりければ、いかにとさわぎ、とりあげ、おとしなほされたりけれども、なほあしきことにぞひとまうしける。をかしかりしは、にふだうしやうこくのあきれざま、めでたかりしはこまつのおとどのふるまひ、ほいなかりしは、さきのうだいしやうむねもりのきやうの、さいあいのきたのかたにおくれたまひて、だいなごんだいしやうりやうしよくをじして、ろうきよせられしこと、きやうだいともにしゆつしあらば、いかにめでたからん。P189つぎにしちにんのおんやうじまゐつて、せんどのおはらひつかまつる。そのなかにかもんのかみときはるといふらうしやあり。しよじうなどもぼくせうなりけるが、あまりにひとおほくまゐりつどひ、たかんなをこみ、たうまちくゐのごとし。「やくにんぞ、あけられさふらへ」とて、おほぜいのなかをおしわけおしわけまゐるほどに、いかがはしたりけん、みぎのくつをふみぬかれて、そこにてちつとたちやすらふが、あまつさへかぶりをさへつきおとされて、さばかりのみぎりに、そくたいただしきらうしやが、もとどりはなしてねりいでたりければ、わかきくぎやうてんじやうびとはこらへずして、いちどにどつとぞわらはれける。おんやうじなどいふは、へんばいとてあしをもあだにふまずとこそうけたまはれ。そのほかふしぎどものありけるを、そのときはなにともおぼえざりけれども、のちにはおもひあはすることどもはおほかりけり。
ごさんによつてろくはらへまゐらせたまふひとびと、くわんばくまつどの、だいじやうだいじんめうおんゐん、さだいじんおほひのみかど、うだいじんつきのわどの、ないだいじんこまつどの、さだいしやうじつてい、げんだいなごんさだふさ、さんでうのだいなごんさねふさ、ごでうのだいなごんくにつな、とうだいなごんさねくに、あぜつしすけかた、なかのみかどのちうなごんむねいへ、くわざんのゐんのちうなごんかねまさ、げんぢうなごんがらい、ごんぢうなごんさねつな、とうちうなごんすけなが、いけのちうなごんよりもり、さゑもんのかみときただ、べつたうただちか、ひだんのさいしやうのちうじやうさねいへ、みぎのさいしやうのちうじやうさねむね、しんざいしやうのちうじやうみちちか、へいざいしやうのりもり、ろくかくのさいしやういへみち、ほりかはのさいしやうよりさだ、さだいべんのさいしやうながかた、うだいべんのさんみとしつね、さひやうゑのかみしげのり、うひやうゑのかみみつよし、くわうだいこうくうのだいぶともかた、さきやうのだいぶながのり、だざいのだいにちかのぶ、しんざんみさねきよ、いじやうさんじふさんにん、P190うだいべんのほかはちよくいなり。ふさんのひとびとには、くわざんのゐんのさきのだいじやうだいじんただまさこう、おほみやのだいなごんたかすゑのきやういげじふよにん、ごにちにほういちやくして、にふだうしやうこくのにしはちでうのていへまゐりむかはれけるとぞきこえし。
「だいたふこんりふ」(『だいたふこんりふ』)S0305みしほのけちぐわんにはけんじやうどもおこなはる。にんわじのおむろはとうじしゆざうせらるべきなり。ごしちにちのみしほ、たいげんのほふならびにくわんぢやう、こうぎやうせらるべきよしおほせくださる。おんでしゑんりやうほふげん、ほふいんになさる。ざすのみやは、にほんならびにぎつしやのせんじをまうさせたまふを、おむろささへまうさせたまふによつて、おんでしかくせいそうづ、ほふいんになさる。そのほかのけんじやうどもまうきよにいとまあらずとぞきこえし。ひかずへにければ、ちうぐうはろくはらよりだいりへかへりまゐらせたまふ。にふだうしやうこくのおんむすめ、きさきにたたせたまふうへは、あはれとくして、このおんはらにわうじごたんじやうあれかし、くらゐにつけたてまつて、ふうふともにぐわいそぶ、ぐわいそぼとあふがれんとねがはれけるが、あがめたてまつるいつくしまへまうさんとて、つきまうでをはじめて、いのりまうされければにや、ちうぐうやがてごくわいにんありて、ごさんへいあんわうじごたんじやうましましけるこそめでたけれ。P191そもそもへいけあきのいつくしまを、しんじはじめられけることをいかにといふに、きよもりこういまだあきのかみたりしとき、あきのくにをもつて、かうやのだいたふしゆりせられけるに、わたなべのゑんどうろくらうよりかたをざつしやうにつけられて、ろくねんにしゆりをはりぬ。しゆりをはつてのち、きよもりかうやへのぼり、だいたふをがみ、おくのゐんへまゐられけるに、いづくよりきたるともなく、らうそうのはくはつなるが、まゆにはしもをたれ、ひたひになみをたたみ、かせづゑのふたまたなるにすがつて、いできたまへり。このそうなにとなうものがたりをしけるほどに、「それわがやまは、むかしよりみつしうをひかへてたいてんなし。てんがにまたもさふらはず。だいたふすでにしゆりをはりさふらひたり。それにつきさふらうては、ゑちぜんのけひのみやとあきのいつくしまは、りやうがいのすゐじやくにてさふらふが、けひのみやはさかえたれども、いつくしまはなきがごとくにあれはててさふらふ。あはれおなじうは、このついでにそうもんして、しゆりせさせたまへかし。さだにもさふらはば、くわんかかいはかたをならぶるひと、てんがにまたもあるまじきぞ」とてたたれけり。
このらうそうのゐたまへるところに、いきやうすなはちくんじたり。ひとをつけてみせらるるに、さんぢやうばかりはみえたまひて、そののちはかきけすやうにうせたまひぬ。これただびとにあらず、だいしにてましましけりと、いよいよたつとくおぼえて、しやばせかいのおもひでにとて、かうやのこんだうにまんだらをかかれけるが、さいまんだらをば、じやうみやうほふいんといふゑしにかかせらる。とうまんだらをば、きよもりかかんとて、じひつにかかれけるが、はちえふのちうぞんのほうくわんをば、いかがおもはれけん、わがかうべのちをいだいてかかれけるとぞP192きこえし。そののちみやこへのぼりゐんざんして、このよしをそうもんせられたりければ、きみもしんもぎよかんありけり。なほにんをのべられて、いつくしまをもしゆりせらる。とりゐをたてかへ、やしろやしろをつくりかへ、ひやくはちじつけんのくわいらうをぞつくられける。しゆりをはつてのち、きよもりいつくしまへまゐり、つやせられたりけるゆめに、ごほうでんのみとおしひらき、びんづらゆうたるてんどうのいでて、「われはこれだいみやうじんのおつかひなり。なんぢこのけんをもつて、てうかのおんかためたるべし」とて、しろがねのひるまきしたるこなぎなたをたまはるといふゆめをみて、さめてのちみたまへば、うつつにまくらがみにぞたつたりける。さてだいみやうじんごたくせんありけり。「なんぢしれりやわすれりや。あるひじりをもつていはせしことはいかに。ただしあくぎやうあらば、しそんまではかなふまじきぞ」とて、だいみやうじんあがらせたまひけり。ありがたかりしことどもなり。
「らいがう」(『らいがう』)S0306しらかはのゐんございゐのとき、きやうごくのおほとののおんむすめ、きさきにたちたまふことありけり。けんしのちうぐうとて、ごさいあいありしかば、しゆじやうこのきさきのおんはらに、わうじたんじやうあらまほしうおぼしめして、そのころみゐでらに、うげんのそうときこゆる、らいがうあじやりをめして、「なんぢ、P193このきさきのおんはらに、わうじたんじやういのりまうせ。ぐわんじやうじゆせば、しよまうはこふによるべし」とおほせくださる。らいがうかしこまりうけたまはつて、みゐでらにかへり、かんたんをくだいていのりければ、ちうぐうやがてごくわいにんあつて、しようほうぐわんねんじふにんぐわつじふろくにち、ごさんへいあん、わうじごたんじやうありけり。しゆじやうなのめならずぎよかんあつて、らいがうあじやりをだいりへめして、「さてなんぢがしよまうはいかに」とおほせければ、みゐでらにかいだんこんりふのよしをそうもんす。「いつかいそうじやうなどのことをもまうさんずるかとこそおぼしめしつるにこれこそぞんじのほかのしよまうなれ。およそわうじたんじやうあつて、そをつがしめんも、かいだいぶじをおぼしめすおんゆゑなり。いまなんぢがしよまうをたつせば、さんもんいきどほつて、せじやうもしづかなるべからず。りやうもんともにかつせんせば、てんだいのぶつぽふほろびなんず」とて、きこしめしもいれざりけり。らいがう、「こはくちをしきことにこそあんなれ」とて、いそぎみゐでらにはしりかへつて、ひじににせんとす。しゆじやう、おほきにおどろかせたまひて、がうそつきやうばうのきやう、そのときはいまだみまさかのかみときこえしをめして、「なんじはらいがうにしだんのちぎりあんなれば、ゆいてこしらへてみよ」とおほせければ、かしこまりうけたまはつて、いそぎみゐでらにゆきむかひ、らいがうあじやりがしゆくばうにゆいて、ちよくぢやうのおもむきおほせふくめんとすれば、もつてのほかにふすぼつたるぢぶつだうにたてこもり、おそろしげなるこゑして、「てんしにはたはぶれのことばなし。りんげんあせのごとしとこそうけたまはつてさふらへ。これほどのしよまうかなはざらんにおいては、わがいのりいだしたてまつたるP194わうじなれば、とりたてまつてまだうへこそゆかんずらめ」とて、つひにたいめんもせざりけり。みまさかのかみかへりまゐりて、このよしそうもんせられければ、しゆしやうおんなげきなのめならず。らいがうつひにひじににしににけり。さるほどにわうじごなうつかせたまひて、うちふさせたまひしかば、さまざまおんいのりどもありけれども、かなふべしともみえさせたまはず。はくはつなるらうそうの、しやくぢやうをもつて、つねはわうじのおんまくらにたたずむと、ひとのゆめにもみえ、うつつにもまたたちけり。おそろしなどもおろかなり。
しようりやくぐわんねんはちぐわつむゆかのひ、わうじおんとししさいにてつひにかくれさせたまひぬ。あつぶんのしんわうこれなり。しゆしやうなのめならずおんなげきあつて、そのころまたさんもんにうげんのそうときこえしさいきやうのざすりやうしんだいそうじやう、そのときはいまだゑんゆうばうのそうづときこえしを、だいりへめして、「こはいかに」とおほせければ、「いつもかやうのごぐわんは、わがやまのちからでこそじやうじゆすることではさふらへ。さればくでうのうしようじやうもろすけこうも、じゑだいそうじやうにおんちぎりまうさせたまひてこそ、れんぜいゐんのわうじ、ごたんじやうはさふらひしか。やすいほどのおんことざふらふ」とて、さんもんにかへつて、ひやくにちかんたんをくだいていのられければ、ちうぐうやがてひやくにちのうちにごくわいにんあつて、しようりやくさんねんしちぐわつここのかのひ、ごさんへいあん、わうじごたんじやうありけり。ほりかはのてんわうこれなり。をんりやうはかくむかしもおそろしかりしことどもなり。こんどさしもめでたきごさんに、ひじやうのたいしやおこなはれたりといへども、このしゆんくわんそうづいちにん、しやめんなかりけるこそうたてけれ。P195おなじきじふにんぐわつやうかのひ、わうじとうぐうにたたせたまふ。ふにはこまつのないだいじん、だいぶにはいけのちうなごんよりもりのきやうとぞきこえし。さるほどにことしもくれて、ぢしようもみとせになりにけり。
「せうしやうみやこがへり」(『せうしやうみやこがへり』)S0307しやうぐわつげじゆんにたんばのせうしやうなりつね、へいはんぐわんやすよりにふだうににんのひとびとは、ひぜんのくにかせのしやうをたつて、みやこへとはいそがれけれども、よかんもいまだはげしう、かいじやうもいたくあれければ、うらづたひしまづたひして、きさらぎとをかごろにぞ、びぜんのこじまにはつきたまふ。それよりちちだいなごんのおんわたりあんなるありきのべつしよとかやにたづねいつてみたまへば、たけのはしら、ふりたるしやうじなどに、かきおきたまひつるふでのすさびをみたまひて、「あはれひとのかたみには、しゆせきにすぎたるものぞなき。かきおきたまはずは、いかでかこれをみるべき」とて、やすよりにふだうとににん、よみてはなき、なきてはよむ。「あんげんさんねんしちぐわつはつかしゆつけ、おなじきにじふろくにちのぶとしげかう」ともかかれたり。さてこそげんざゑもんのじようのぶとしがまゐりたるをもしられけれ。そばなるかべには、「さんぞんらいかうたよりあり、くほんわうじやううたがひなし」ともかかれたり。このかたみをP196みたまひてこそ、さすがごんぐじやうどののぞみもおはしけりと、かぎりなきなげきのなかにも、いささかたのもしげにはのたまひけれ。
そのはかをたづねてみたまへば、まつのひとむらあるなかに、かひがひしうだんをついたることもなく、つちのすこしたかきところにむかひ、せうしやうそでかきあはせ、いきたるひとにものをまうすやうに、なくなくかきくどいてまうされけるは「とほきおんまもりとならせおはしましたることをば、しまにてもかすかにつたへうけたまはつてさふらひしかども、こころにまかせぬうきみなれば、いそぎまゐることもさふらはず。なりつねかのしまへながされてのちのたよりなさ、いちにちへんしのいのちもありがたうこそさふらひしかども、さすがつゆのいのちはきえやらで、このふたとせをおくつて、いまめしかへさるるうれしさも、さることにてはさふらへども、ちちだいなごんどののまさしうこのよにわたらせたまはんを、みまゐらせてもさふらはばこそ、さすがいのちのながきかひもさふらはめ。これまではいそがれつれども、けふよりのちはいそぐべしともおぼえず」とて、かきくどいてぞなかれける。まことにぞんじやうのときならば、だいなごんにふだうどのこそ、いかにとものたまふべきに、しやうをへだてたるならひほど、うらめしかりけることはなし。こけのしたにはたれかこたふべき、ただあらしにさわぐまつのひびきばかりなり。
そのよはやすよりにふだうとににん、はかのめぐりをぎやうだうし、あけければあたらしうだんつき、くぎぬきせさせ、まへにかりやつくり、しちにちしちやがあひだねんぶつまうし、きやうかいて、けちぐわんにはおほきなるそとばをたて、「くわこしやうりやう、しゆつりしやうじ、しようだいぼだい」とかいて、P197ねんがうつきひのしたには、「かうしなりつね」とかかれたれば、しづやまがつのこころなきも、こにすぎたるたからなしとて、そでをぬらさぬはなかりけり。としさりとしきたれども、わすれがたきはぶいくのむかしのおん、ゆめのごとくまぼろしのごとし。つきがたきはれんぼのいまのなみだなり。さんぜじつぱうのぶつだのしやうじゆもあはれみたまひ、ばうこんそんりやうも、いかにうれしとおぼしけん。「いましばらくさふらひて、ねんぶつのこうをもつむべうさふらへども、みやこにまつひとどものこころもとなうさふらふらん。またこそまゐりさふらはめ」とて、まうじやにいとままうしつつ、なくなくそこをぞたたれける。くさのかげにてもなごりをしうやおもはれけん。
おなじきさんぐわつじふろくにち、せうしやうとばへあかうぞつきたまふ。こだいなごんどののさんざう、すはまどのとてとばにあり。それにたちよりみたまへば、すみあらしてとしへにければ、ついぢはあれどもおほひもなく、もんはあれどもとびらもなし。にはにたちいりみたまへば、じんせきたえてこけふかし。いけのほとりをみまはせば、あきのやまのはるかぜに、しらなみしきりにをりかけて、しゑんはくおうせうえうす。きようぜしひとのこひしさに、ただつきせぬものはなみだなり。いへはあれども、らんもんやぶれて、しとみ、やりどもたえてなし。「ここにはだいなごんどのの、とこそおはせしか。このつまどをば、かうこそいでいりたまひしか。あのきをば、みづからこそうゑたまひしか」なんどいうて、ことのはにつけても、ただちちのことをのみこひしげにこそのたまひけれ。やよひなかのむゆかなれば、はなはいまだなごりあり。やうばいたうりのこずゑこそ、をりしりがほにいろいろなれ。むかしのあるじはなけれども、はるをわすれぬはななれや。P198せうしやうはなのもとにたちよりて、
たうりものいはずはるいくばくかくれぬるえんかあとなしむかしたれかすんじ
ふるさとのはなのものいふよなりせばいかにむかしのことをとはまし W014
このふるきしいかをくちずさみたまへば、やすよりにふだうも、をりふしあはれにおぼえて、すみぞめのそでをぞぬらしける。くるるほどとはまたれけれども、あまりになごりをしくて、よふくるまでこそおはしけれ。ふけゆくままには、あれたるやどのならひとて、ふるきのきのいたまより、もるつきかげぞくまもなき。けいろうのやまあけなんとすれども、いへぢはさらにいそがれず。さてしもあるべきことならねば、むかひにのりものどもつかはしてまつらんもこころなしとて、せうしやうなくなくすはまどのをいでつつ、みやこへかへりのぼられける。ひとびとのこころのうち、さこそはうれしうも、またあはれにもありけめ。やすよりにふだうがむかひにも、のりものはありけれども、いまさらなごりのをしきにとて、それにはのらず、せうしやうのくるまのしりにのつて、しちでうかはらまではゆく。それよりゆきわかれけるが、なほゆきもやらざりけり。はなのもとのはんじつのかく、つきのまへのいちやのとも、りよじんがひとむらさめのすぎゆくに、いちじゆのかげにたちよりて、わかるるなごりもをしきぞかし。いはんやこれは、うかりししまのすまひ、ふねのうち、なみのうへ、いちごふしよかんのみなれば、ぜんぜのはうえんもあさからずやおもはれけん。P199
せうしやうのははうへ、りやうぜんにおはしけるが、きのふよりさいしやうのしゆくしよにおはしてまたれけり。せうしやうのたちいりたまふすがたを、ただひとめみたまひて、「いのちあれば」とばかりにて、ひきかづいてぞふしたまふ。きたのかたは、さしもうつくしうはなやかにおはせしかども、つきせぬものおもひにやせくろみて、そのひとともみえたまはず。ろくでうがくろかりしかみもしろくなりたり。せうしやうのながされしとき、さんざいでわかれたまひしをさなきひとも、いまはおとなしうなつて、かみゆふほどなり。そのそばにみつばかんなるをさなきひとのおはしけるを、せうしやう、「あれはいかに」とのたまへば、ろくでう、「これこそ」とばかりまうして、なみだをながしけるにこそ、さてはわがながされしとき、こころぐるしげなるありさまどもをみおきしが、ことゆゑなうそだちけるよと、おもひいでてもかなしかりけり。せうしやうはもとのごとくゐんへまゐらせたまひて、さいしやうのちうじやうまであがりたまふ。やすよりにふだうは、ひがしやまさうりんじに、わがさんざうのありければ、それにおちついて、まづかうぞおもひつづけける。
ふるさとののきのいたまにこけむしておもひしほどはもらぬつきかな W015
やがてそこにろうきよして、うかりしむかしをおもひやり、ほうぶつしふといふものがたりをかきけるとぞきこえし。P200
「ありわうがしまくだり」(『ありわう』)S0308さるほどにきかいがしまのるにんども、ににんはめしかへされてみやこへのぼりぬ。いまいちにんのこされて、うかりししまのしまもりとなりにけるこそうたてけれ。そうづのをさなうよりふびんにして、めしつかはれけるわらはあり。なをばありわうとぞまうしける。きかいがしまのるにんども、けふすでにみやこへいるときこえしかば、ありわうとばまでゆきむかつてみけれども、わがしゆはみえたまはず。「いかに」ととへば、「それはなほつみふかしとて、いちにんしまにのこされぬ」ときいて、こころうしなどもおろかなり。つねはろくはらへんにただずみてききけれども、いつしやめんあるべしとも、ききいださざりければ、そうづのおんむすめのしのうでおはしけるところへまゐつて、「このせにももれさせたまひて、おんのぼりもさふらはず。いまはいかにもしてかのしまへわたつて、おんゆくへをもたづねまゐらせばやとぞんじさふらふ。おんふみたまはつてまゐりさふらはん」とまうしければ、ひめごぜん、なのめならずによろこび、やがてかいてぞたうでげる。いとまをこふとも、よもゆるさじとて、ちちにもははにもしらせず、もろこしぶねのともづなは、うづきさつきにとくなれば、なつごろもたつをおそくやおもひけん、やよひのすゑにみやこをたつて、おほくのなみじをしのぎつつ、さつまがたへぞくだりける。P201
さつまよりかのしまへわたるふなつにて、ありわうをひとあやしめ、きたるものをはぎとりなどしけれども、すこしもこうくわいせず、ひめごぜんのおんふみばかりぞ、ひとにみせじと、もとゆひのなかにはかくしける。さてあきんどぶねにのつて、くだんのしまへわたつてみるに、みやこにてかすかにつたへききしは、ことのかずならず。たもなし。はたけもなし。さともなし。むらもなし。おのづからひとはあれども、いふことばをもききしらず。ありわうしまのものにゆきむかつて、「ものまうさう」といへば、「なにごと」とこたふ。「これにみやこよりながされさせたまひたるほつしようじのしゆぎやうしゆんくわんそうづとまうすひとの、おんゆくすゑやしつたる」ととふに、ほつしようじとも、しゆぎやうとも、しつたらばこそへんじはせめ、ただかしらをふつてしらぬといふ。そのなかにあるものがこころえて、「いさとよ、さやうのひとは、さんにんこれにありしが、ににんはめしかへされてみやこへのぼりぬ。いまいちにんのこされて、あそこここよとまよひありきしが、そののちはゆくへをもしらず」とぞいひける。やまのかたのおぼつかなさに、はるかにわきいり、みねによぢ、たににくだれども、はくうんあとをうづんで、ゆききのみちもさだかならず。せいらんゆめをやぶつては、そのおもかげもみえざりけり。やまにてはつひにたづねもあはず。うみのほとりについてたづぬるに、さとうにいんをきざむかもめ、おきのしらすにすだくはまちどりのほかは、あととふものもなかりけり。
あるあしたいそのかたより、かげろふなんどのごとくにやせおとろへたるもの、よろぼひいできたり。P202もとはほふしにてありけりとおぼえて、かみはそらさまにおひあがり、よろづのもくづとりつけて、おどろをいただいたるがごとし。つぎめあらはれてかはゆたひ、みにきたるものは、きぬ、ぬののわきもみえず。かたてにはあらめをもち、かたてにはうををもらうてもち、あゆむやうにはしけれども、はかもゆかず、よろよろとしてぞいできたる。みやこにておほくのこつがいにんはみしかども、かかるものはいまだみず。「しよあしゆらとう、こざいだいかいへん」とて、しゆらのさんあくししゆは、しんざんだいかいのほとりにありと、ほとけのときおきたまひたれば、しらず、われがきだうなどへまよひきたるかとぞおぼえたる。はやかれもこれもしだいにあゆみちかづく。もしかやうのものにても、わがしゆのおんゆくへやしつたると、「ものまうさう」といへば、「なにごと」とこたふ。「これにみやこよりながされたまひたりしほつしようじのしゆぎやう、しゆんくわんそうづとまうすひとやまします」ととふに、わらはこそみわすれたれども、そうづはいかでかわすれたまふべきなれば、「これこそそよ」とのたまひもあへず、てにもてるものをなげすてて、すなごのうへにぞたふれふす。さてこそわがしゆのおんゆくへとはしりてげれ。そうづやがてきえいりたまふを、ありわうひざのうへにかきのせたてまつり、「おほくのなみぢをしのぎつつ、はるばるとこれまでたづねまゐつたるかひもなく、いかにやがてうきめをばみせんとは、せさせたまひさふらふぞ」と、さめざめとかきくどきければ、そうづすこしひとごこちいでき、たすけおこされ、「まことになんじおほくのなみぢをしのぎつつ、はるばるとP203これまでまゐつたるこそしんべうなれ。ただあけてもくれても、みやこのことをのみおもひゐたれば、こひしきものどものおもかげを、ゆめにみるをりもあり、またまぼろしにたつときもあり。みもいたうつかれよわつてのちは、ゆめもうつつもおもひわかず。いまなんぢがきたれるをも、ただゆめとのみこそおぼゆれ。もしこのことのゆめなりせば、さめてののちはいかがせん」。ありわう、「こはうつつにてさふらふなり。さてもこのおんありさまにて、いままでおんいのちののびさせたまひたるこそ、ふしぎにはおぼえさふらへ」とまうしければ、「いさとよ、これはこぞせうしやうやはんぐわんにふだうがむかひのとき、そのせにみをもなぐべかりしを、よしなきせうしやうの、『いまいちど、みやこのおとづれをもまてかし』などなぐさめおきしを、おろかにもしやとたのみつつ、ながらへんとはせしかども、このしまには、ひとのくひものもたえてなきところなれば、みにちからのありしほどは、やまにのぼつていわうといふものをとり、くこくよりかよふあきんどにあひ、くひものにかへなどせしかども、ひにそひてよわりゆけば、いまはさやうのわざもせず。かやうにひののどかなるときは、いそにいでて、あみうどつりうどにてをすり、ひざをかがめて、うををもらひ、しほひのときはかひをひろひ、あらめをとり、いそのこけにつゆのいのちをかけてこそ、うきながらけふまではながらへたれ。さらではうきよをわたるよすがをば、いかにしつらんとかおもふらん」。そうづ、「これにてなにごとをもいはばやとはおもへども、いざわがいへへ」とのたまへば、ありわう、あのおんありさまにても、いへをもちたまへるふしぎさよとおもひ、そうづをかたにP204ひつかけまゐらせ、をしへにしたがつてゆくほどに、まつのひとむらあるなかに、よりたけをはしらとし、あしをゆひ、けたはりにわたし、うへにもしたにも、まつのはをひしととりかけたれば、あめかぜたまるべうもみえず。ありわう、「あなあさまし。もとはほつしようじのじむしきにて、はちじふよかしよのしやうむをつかさどりたまひしかば、むねかどひらかどのうちに、しごひやくにんのしよじうーけんぞくにゐねうせられておはせしひとの、まのあたりかかるうきめにあはせたまふことのふしぎさよ。ごふにさまざまあり、じゆんげん、じゆんしやう、じゆんごごふといへり。そうづいちごがあひだ、みにもちふるところ、みなだいがらんのじもつぶつもつならずといふことなし。さればかのしんぜむざんのつみによつて、こんじやうにてはやかんぜられけりとぞみえたりける」。
(『そうづしきよ』)S0309そうづ、こはうつつにてありけりとおもひさだめて、「こぞせうしやうやはんぐわんにふだうむかひのときも、これらがふみといふこともなし。いままたなんぢがたよりにも、かくともいはざりけりな」とのたまへば、ありわうなみだにむせび、うつぶして、しばしはおんぺんじにもおよばず。ややあつておきあ(お)がり、なみだをおさへてまうしけるは、「きみのにしはちでうへいでさせたまひしのち、くわんにんまゐつて、しざいざふぐをつゐふくし、みうちのものどもからめとり、ごむほんのしだいをたづねとひ、みなうしなひはてさふらひき。きたのかたはをさなきひとをかくしかねまゐらさせたまひて、くらまのおくにしのうでおんわたりさふらひしにも、このわらはばかりこそ、ときどきまゐつておんみやづかへつかまつりさふらふなり。いづれもおんなげきのおろかなるかたはさふらはねども、なかにもをさなきひとは、あまりにこひまゐらさせたまひて、まゐりさふらふたびごとには、『いかにありわうよ、われきかいがしまとかやへP205ぐしてまゐれ』とのたまひて、むつからせたまひしが、すぎさふらひしきさらぎに、もがさとまうすことに、うせさせおはしましさふらひぬ。きたのかたはそのおんなげきとまうし、またこれのおんこととまうし、ひとかたならぬおんものおもひにおぼしめししづませたまひて、うちふさせたまひしが、さんぬるさんぐわつふつかのひ、つひにはかなくならせたまひてさふらひぬ。いまはひめごぜんばかりこそ、ならのをばごぜんのおんもとにしのうでおはしける、それよりおんふみたまはつてまゐつてさふらふ」とて、とりいだいてたてまつる。そうづこれをあけてみたまへば、ありわうがまうすにたがはずかかれたり。おくには、「などやさんにんながされてましますひとの、ににんはめしかへされてさぶらふに、なにとていちにんのこされて、いままでおんのぼりもさぶらはぬぞ。あはれたかきもいやしきも、をんなのみほどいふかひなきことはさぶらはず。をとこのみにてもさぶらはば、わたらせたまふしまへも、などかたづねまゐらでさぶらふべき。このわらはをおんともにて、いそぎのぼらせたまへ」とぞかかれたる。「これみよ、ありわうよ。このこがふみのかきやうのはかなさよ。おのれをともにて、いそぎのぼれとかいたることのうらめしさよ。しゆんくわんがこころにまかせたるうきみならば、いかでかこのしまにてみとせのはるあきをばおくるべき。ことしはじふにになるとおぼゆるが、これほどにはかなうては、いかでかひとにもまみえ、みやづかへをもして、みをもたすくべきか」とてなかれけるにぞ、ひとのおやのこころはやみにあらねども、こをおもふみちにまよふとは、いまこそおもひしられけれ。P206「
このしまへながされてのちは、こよみもなければ、つきひのたつをもしらず。ただおのづからはなのちり、はのおつるをみては、みとせのはるあきをわきまへ、せみのこゑばくしうをおくればなつとおもひ、ゆきのつもるをふゆとしる。びやくぐわつこくぐわつのかはりゆくをみては、さんじふにちをわきまへ、ゆびををつてかぞふれば、ことしはむつになるとおぼゆるをさなきものも、はやさきだちけるござんなれ。にしはちでうへいでしとき、このこがゆかんとしたひしを、やがてかへらうずるぞとなぐさめおきしが、ただいまのやうにおぼゆるぞや。それをかぎりとだにもおもはましかば、いましばらくもなどかみざらん。おやとなりことなり、ふうふのえんをむすぶも、みなこのよひとつにかぎらぬちぎりぞかし。いまはひめがことばかりこそこころぐるしけれども、それはいきみなれば、なげきながらもすごさんずらん。さのみながらへて、おのれにうきめをみせんも、わがみながらつれなかるべし」とて、おのづからしよくじをとどめ、ひとへにみだのみやうがうをとなへ、りんじうしやうねんをぞいのられける。ありわうわたつてにじふさんにちとまうすに、そうづいほりのうちにて、つひにをはりたまひぬ。としさんじふしちとぞきこえし。ありわうむなしきすがたにとりつきたてまつり、てんにあふぎちにふし、こころのゆくほどなきあきて、「やがてごせのおんともつかまつるべうさふらへども、このよにはひめごぜんばかりこそわたらせたまひさふらへ。ごせとぶらひまゐらすべきひともさふらはず。しばしながらへてごぼだいをとぶらひまゐらすべし」とて、ふしどをあらためず、いほりをきりかけ、まつのかれえだ、あしのかればをひしととりかけて、もしほのけぶりとなしたてまつり、だびことをへぬれば、はくこつをP207ひろひくびにかけ、またあきんどぶねのたよりにて、くこくのぢにぞつきにける。それよりそうづのおんむすめの、しのうでおはしけるおんもとにまゐつて、ありしやうをはじめよりこまごまとかたりまうす。「なかなかふみをごらんじてこそ、いとどおんおもひはまさらせたまひてさふらひしか。くだんのしまには、すずりもかみもなければ、おんぺんじにもおよばず。おぼしめされつるおんことどもは、さながらむなしうてやみさふらひぬ。いまはしやうじやうせせをおくり、たしやうくわうごふをばへだてたまふとも、いかでかおんこゑをもきき、おんすがたをもみまゐらさせたまふべき。ただいかにもして、ごぼだいをとぶらひまゐらさせたまへ」とまうしければ、ひめごぜんききもあへたまはず、ふしまろびてぞなかれける。やがてじふにのとしあまになり、ならのほつけじにおこなひすまして、ぶものごせをとぶらひたまふぞあはれなる。ありわうはしゆんくわんそうづのゆゐこつをくびにかけ、かうやへのぼり、おくのゐんにをさめつつ、れんげだににてほふしになり、しよこくしちだうしゆげふして、しゆのごせをぞとぶらひける。かやうにひとびとのおもひなげきのつもりぬる、へいけのすゑこそおそろしけれ。
「つじかぜ」(『つじかぜ』)S0310さるほどにおなじきごぐわつじふににちのうまのこくばかり、きやうちうにつじかぜおびたたしうふいて、じんをくP208おほくてんだうす。かぜはなかのみかどきやうごくよりおこつて、ひつじさるのかたへふいてゆくに、むねかどひらかどふきぬいて、しごちやうじつちやうばかりふきもてゆき、けた、なげし、はしらなどは、こくうにさんざいし、ひはだ、ふきいたのるゐ、ふゆのこのはのかぜにみだるるがごとし。おびたたしうなりどよむおとは、かのじごくのごふふうなりとも、これにはすぎじとぞみえし。ただしやをくのはそんずるのみならず、いのちをうしなふものもおほし。ぎうばのたぐひ、かずをしらずうちころさる。これただごとにあらず、みうらあるべしとて、じんぎくわんにしてみうらあり。「いまひやくにちのうちに、ろくをおもんずるだいじんのつつしみ、べつしてはてんがのだいじ、ぶつぽふわうぼふともにかたぶき、ならびにひやうがくさうぞくすべし」とぞ、じんぎくわん、おんやうりやうともにうらなひたてまつる。
「いしもんだふ」(『いしもんだふ』)S0311おなじきなつのころ、こまつのおとどは、かやうのことどもに、よろづこころぼそくやおもはれけん、そのころくまのさんけいのことありけり。ほんぐうしようじやうでんのおんまへにて、しづかにほつせまゐらせて、よもすがらけいびやくせられけるは、「しんぷにふだうしやうこくのていをみるに、あくぎやくぶだうにして、ややもすればきみをなやましたてまつる。そのふるまひをみるに、いちごのえいぐわなほあやふし。しげもりちやうしとして、しきりにいさめをいたすといへども、みふせうのあひだ、かれもつてふくようせず。P209しえふれんぞくして、しんをあらはしなをあげんことかたし。このときにあたつて、しげもりいやしうもおもへり。なまじひにれつして、よにふちんせんこと、あへてりやうしんかうしのほふにあらず。しかじ、なをのがれみをしりぞいて、こんじやうのめいばうをなげすてて、らいせのぼだいをもとめんに。ただしぼんぶはくぢ、ぜひにまどへるがゆゑに、こころざしをなほほしいままにせず、なむごんげんこんがうどうじ。ねがはくは、しそんはんえいたえずして、つかへててうていにまじはるべくば、にふだうのあくしんをやはらげて、てんがのあんぜんをえせしめたまへ。えいえうまたいちごをかぎつて、こうこんはぢにおよぶべくば、しげもりがうんめいをつづめて、らいせのくりんをたすけたまへ。りやうかのぐぐわんひとへにみやうじよをあふぐ」と、かんたんをくだいてきねんせられければ、とうろうのひのやうなるものの、おとどのおんみよりいでて、ばつときゆるがごとくしてうせにけり。ひとあまたみたてまつりけれども、おそれてこれをまうさず。おとどげかうのとき、いはだがはをわたられけるに、ちやくしごんのすけぜうしやうこれもりいげのきんだち、じやうえのしたにうすいろのきぬをきて、なつのことなれば、なにとなうみづにたはぶれたまふほどに、じやうえのぬれてきぬにうつりたるが、ひとへにいろのごとくにみえけるを、ちくごのかみさだよしこれをみとがめて、「なにとやらんあのおんじやうえの、よにいまはしげにみえさせましましさふらふ。いそぎめしかへらるべうもやさふらふらん」とまうしければ、おとど、「さてはわがしよぐわんすでにじやうじゆしにけり。あへてそのじやうえあらたむべからず」とて、いはだがはよりくまのへ、べつしてよろこびのほうへいをぞたてられける。ひとあやしとおもへども、なほそのこころをばP210えしめたまはず。しかるにこのきんだち、ほどなくやがて、まことのいろをきたまひけるこそふしぎなれ。そののちおとどげかうのとき、いくばくのひかずをへずして、やまひつきたまひぬ。ごんげんすでにごなふじゆあるにこそとて、れうぢをもしたまはず。ましてきたうをもいたされず。
そのころそうてうよりすぐれたるめいいわたつて、ほんてうにやすらふことありけり。をりふしにふだうしやうこくは、ふくはらのべつげふにおはしけるが、ゑつちうのぜんじもりとしをししやにて、こまつどのへのたまひつかはされけるは、「しよらういよいよだいじなるよし、そのきこえあり。かねてはまたそうてうよりすぐれたるめいいわたれり。をりふしこれをよろこびとす。よつてかれをめししやうじて、いれうをくはへしめたまへ」とのたまひつかはされたりければ、おとどたすけおこされ、もりとしをおんまへへめしてたいめんあり。「まづいれうのこと、かしこまつてうけたまはりさふらひぬとまうすべし。ただしなんぢもよくうけたまはれ。えんぎのみかどは、さばかんのけんわうにてわたらせたまひしかども、いこくのさうにんを、みやこのうちへいれられたりしことをば、まつだいまでもけんわうのおんあやまり、ほんてうのはぢとこそみえたれ。いはんやしげもりほどのぼんにんが、いこくのいしをわうじやうへいれんこと、まつたくくにのはぢにあらずや。かんのかうそは、さんじやくのけんをひつさげて、てんがををさめしに、わいなんのげいふをうちしとき、りうしにあたつてきずをかうぶる。きさきりよたいこう、りやういをむかへてみせしむるに、いのいはく、このきずぢしつべし。ただしごじつこんのきんをあたへばぢせんといふ。かうそのたまはく、われまもりつよかつしほどは、おほくのP211たたかひにあうてきずをかうぶりしかども、そのいたみなし。うんすでにつきぬ。めいはすなはちてんにあり、へんじやくといふともなんのえきかあらん。しかればまたかねををしむににたりとて、ごじつこんのきんをいしにあたへながら、つひにぢせざりき。せんげんみみにあり、いまもつてかんじんす。しげもりいやしくもきうけいにれつしさんたいにのぼる。そのうんめいをはかるに、もつててんしんにあり。なんぞてんしんをさつせずして、おろかにいれうをいたはしうせんや。しよらうもしぢやうごふたらば、いれうをくはふるともえきなからんか。またひごふたらば、れうぢをくはへずとも、たすかることをうべし。かのぎばがいじゆつおよばずして、だいかくせそん、めつどをばつだいがのほとりにとなふ。これすなはちぢやうごふのやまひ、いやさざることをしめさんがためなり。ぢするはぶつたいなり。れうするはぎばなり。
ぢやうごふもしいれうにかかはるべうさふらはば、あにしやくそんにふめつあらんや。ぢやうごふなほぢするにたへざるむねあきらけし。しかればしげもりがみ、ぶつたいにあらず、めいいまたぎばにおよぶべからず、たとひしぶのしよをかんがみて、ひやくれうにちやうずといふとも、いかでかうだいのゑしんをぐれうせん。たとひまたごきやうのせつにつまびらかにして、しゆびやうをいやすといふとも、あにぜんぜのごふびやうをぢせんや。もしかのいじゆつによつてぞんめいせば、ほんてうのいだうなきににたり。いじゆつかうげんなくば、めんえつしよせんなし。なかんづくほんてうていしんのげさうをもつて、いてうふいうのらいかくにまみえんこと、かつうはくにのはぢ、かつうはみちのりようちなり。たとひしげもりめいはばうずといふとも、いかでかくにのはぢをおもふこころをぞんぜざらん。このよしをまうせ」とこそのたまひけれ。P212
もりとしなくなくふくはらへはせくだり、このよしをまうしければ、にふだうしやうこく、「くにのはぢをおもふだいじん、しやうこにいまだきかず。ましてまつだいにあるべしともおぼえず。につぽんにさうおうせぬだいじんなれば、いかさまにもこんどうせられなんず」とて、いそぎみやこへのぼられけり。しちぐわつにじふはちにち、こまつどのしゆつけしたまひぬ。ほふみやうはじやうれんとこそつきたまへ。やがてはちぐわつひとひのひ、りんじうしやうねんにぢうしてうせたまひぬ。おんとししじふさん。よはさかりとこそみえつるに、あはれなりしことどもなり。にふだうしやうこくの、さしもよこがみをやられしにも、このひとのおはして、やうやうになだめのたまひつればこそ、よはけふまでもおだしかりつれ。こののちてんがにいかばかりのことかいでこんずらんとて、じやうげみななげきあへり。またさきのうだいしやうむねもりのきやうのかたざまのひとびと、よはただいまだいしやうどのへまゐりなんずとて、いさみよろこびあはれけり。ひとのおやのこをおもふならひは、おろかなるが、さきだつだにもかなしきぞかし。いはんやこれはたうけのとうりやう、たうせいのけんじんにてましませば、おんあいのわかれ、いへのすゐび、かなしんでもなほあまりあり。さればよにはりやうしんをうしなへることをなげき、いへにはぶりやくのすたれぬることをかなしむ。およそはこのおとど、ぶんしやううるはしうして、こころにちうをそんじ、さいげいすぐれて、ことばにとくをかねたまへり。P213
「むもんのさた」(『むもん』)S0312てんぜいこのおとどは、ふしんだいいちのひとにて、みらいのことをもかねてさとりたまひけるにや、さんぬるしんぐわつなぬかのよのゆめに、みたまひたりけることこそふしぎなれ。たとへばあるはまぢを、はるばるとあゆみゆきたまふほどに、かたはらにおほきなるとりゐのありけるを、おとどゆめのうちに、「あれはいかなるおんとりゐやらん」ととひたまへば、「かすがだいみやうじんのおんとりゐなり」とぞまうしける。ひとくんじゆしたり。そのなかよりおほきなるほふしのかうべを、たちのさきにつらぬき、たかくさしあげたるを、おとど、「なにもののくびぞ」とのたまへば、「へいけだいじやうにふだうどのの、あくぎやうてうくわしたまへるによつて、たうしやだいみやうじんのめしとらせたまひてさふらふ」とまうすとおぼえてゆめさめぬ。たうけはほうげんへいぢよりこのかた、どどのてうてきをたひらげ、けんじやうみにあまり、ていそ、だいじやうだいじんにいたり、いちぞくのしようじんろくじふよにん、にじふよねんのこのかた、くわんかかいてんがにかたをならぶるひともなかりつるに、さてはにふだうのあくぎやうてうくわしたまへるによつて、たうけのうんめいのすゑになるにこそとおぼしめして、おんなみだをながさせたまふ。をりふしつまどをほとほととうちたたくものいできたり。おとど、「なにものぞ、あれきけ」とP214のたまへば、「せのをのたらうかねやすが、こんやあまりにふしぎのことをみさふらうて、まうしあげんがために、よのあくるがおそうおぼえてまゐつてさふらふ。おんまへのひとをはるかにのけられさふらへ」とて、ひとをのけてたいめんありけり。おとどのごらんぜられけるゆめに、すこしもたがはず、つぶさにかたりまうしたりければ、さてこそかねやすは、しんにもつうじたるものかなとぞ、おとどもかんじたまひける。
そのあしたちやくしごんのすけぜうしやうこれもり、ゐんへまゐらんとていでたたれけるを、おとどよびたてまつて、「ひとのおやのかやうのことまうすは、をこがましけれども、ごへんはひとのこにはすぐれてみえたまへり。あれせうしやうにさけすすめよ」とのたまへば、ちくごのかみさだよしおんしやくにまゐる。これをばせうしやうにこそたぶべけれども、おやよりさきにはよもたまはらじとて、おとどさんどくんで、そののちせうしやうどのにぞさされける。せうしやうまたさんどうけたまふとき、「あれせうしやうにひきでものせよ」とのたまへば、かしこまりうけたまはつて、あかぢのにしきのふくろにいれたるおんたちもつてまゐつたり。せうしやう、これはたうけにつたはるこがらすといふたちやらんと、うれしげにみたまへば、さはなくして、だいじんさうのときもちふるむもんのたちなり。そのときせうしやうもつてのほかにきしよくかはつてみえたまへば、おとどなみだをはらはらとながいて、「それはさだよしがひがごとにはあらず。だいじんさうのときはいてともするむもんといふたちなり。ひごろはにふだうどのいかにもなりたまはば、しげもりはいてともせんとこそぞんぜしか。いまはしげもり、にふだうどのにさきだちたてまつらんずれば、ごへんにたぶなり」とぞのたまひける。P215せうしやうとかうのへんじにもおよびたまはず、なみだをおさへてしゆくしよにかへり、そのひはしゆつしもしたまはず、ひきかづいてぞふしたまふ。そののちおとどくまのへまゐりげかうして、いくばくのひかずをへずして、やまひついてうせたまひけるにこそ、げにもとおもひしられけれ。
「とうろう」(『とうろのさた』)S0313すべてこのおとどは、めつざいしやうぜんのこころざしふかうおはしければ、たうらいのふちんをなげき、ろくはちぐぜいのぐわんになぞらへて、ひがしやまのふもとに、しじふはちけんのしやうじやをたて、いつけんにひとつづつ、しじふはちのとうろうをかけられたりければ、くぼんのうてなめのまへにかがやき、くわうえうらんけいをみがいて、じやうどのみぎりにのぞみぬるがごとし。まいげつじふしにちじふごにちをてんじて、だいねんぶつありしかば、たうけたけのひとびとのもとより、みめよくわかうさかんなつしにようばうをしやうじて、いつけんにろくにんづつ、にひやくはちじふはちにんのじしゆとさだめて、かのりやうにちがあひだは、いつしんふらんのしようみやうのこゑおこたらず。まことにらいかういんぜふのひぐわんも、このところにやうがうをたれ、せつしゆふしやのひかりも、このおとどをてらしたまふかとぞおぼえたる。じふごにちのにつちうをけちぐわんとして、だいねんぶつありけり。おとどぎやうだうのなかにまじはつて、さいはうにむかひてをP216あはせ、「なむあんやうせかいのけうしゆ、みだぜんぜい、さんがいろくだうのしゆじやうを、あまねくさいどしたまへ」と、ゑかうほつぐわんしたまへば、みるひとじひしんをおこし、きくものかんるゐをぞもよほしける。それよりしてこそ、このおとどをとうろうのだいじんとはまうしけれ。
「かねわたし」(『かねわたし』)S0314おとどまたいかなるぜんごんをもして、ごせとぶらはればやとおもはれけるが、わがてうにはいかなるだいぜんごんをしおいたりとも、しそんあひつづいて、しげもりがごせとぶらはんことありがたし。たこくにいかなるぜんごんをもして、ごせとぶらはれんとて、あんげんのはるのころ、ちんぜいよりめうでんといふせんどうをめしのぼせ、ひとをはるかにのけてたいめんあり。こがねをさんぜんごひやくりやうめしよせて、「なんぢはきこゆるだいしやうじきのものなれば」とて、「ごひやくりやうをばなんぢにえさす。さんぜんりやうをばそうてうへわたし、いつせんりやうをばいわうさんのそうにひき、にせんりやうをばみかどへまゐらせて、でんだいをいわうさんへまうしよせて、しげもりがごせとぶらはすべし」とぞのたまひける。めうでんこれをたまはつて、ばんりのえんらうをしのぎつつ、だいそうこくへぞわたりける。いわうさんのはうぢやう、ぶつせうぜんじとくくわうにあひたてまつて、このよしまうしければ、ずゐきかんたんして、P217やがてせんりやうをば、いわうさんのそうにひき、にせんりやうをばみかどへまゐらせて、こまつどののまうされつるやうを、つぶさにそうもんせられければ、みかどおほきにかんじおぼしめして、ごひやくちやうのでんだいを、いわうさんへぞよせられける。さればにつぽんのだいじん、たひらのあそんしげもりこうのごしやうぜんしよといのること、いまにありとぞうけたまはる。(『ほふいんもんだふ』)S0315にふだうしやうこく、こまつどのにはおくれたまひぬ。よろづこころぼそくやおもはれけん、ふくはらへはせくだり、へいもんしてこそおはしけれ。
「ほふいんもんだふ」おなじきじふいちぐわつなぬかのよのいぬのこくばかり、だいぢおびたたしううごいてややひさし。おんやうのかみあべのたいしん、いそぎだいりへはせまゐり、「こんどのぢしん、せんもんのさすところ、そのつつしみかろからずさふらふ。たうだうさんきやうのなかに、こんききやうのせつをみさふらふに、としをえてはとしをいでず、つきをえてはつきをいでず、ひをえてはひをいでず、もつてのほかにくわきふにさふらふ」とて、なみだをはらはらとながしければ、てんそうのひともいろをうしなひ、きみもえいりよをおどろかせおはします。わかきくぎやうてんじやうびとは、「けしからぬやすちかがなきやうかな。ただいまなにごとのあるべきか」とて、いちどにどつとぞわらひあはれける。されどもこのP218やすちかは、せいめいごだいのべうえいをうけて、てんもんはえんげんをきはめ、すゐでうたなごころをさすがごとし。いちじもたがはざりければ、さすのみことぞまうしける。いかづちのおちかかりたりしかども、らいくわのためにかりぎぬのそではやけながら、そのみはつつがもなかりけり。じやうだいにもまつだいにもありがたかりしやすちかなり。おなじきじふしにち、にふだうしやうこくいかがはおもひなられたりけん、すせんぎのぐんびやうをたなびいて、みやこへかへりいりたまふよしきこえしかば、きやうぢうなにとききわけたることはなけれども、じやうげさわぎあへり。またなにもののまうしいだしたりけるやらん。にふだうしやこくてうかをうらみたてまつるべしといふひろうをなす。くわんばくどのも、ないないきこしめさるるむねもやありけん、いそぎごさんだいあつて、「こんどにふだうのじゆらくは、ひとへにもとふさほろぼすべきよしのけつこうにてさふらへ。つひにいかなるうきめにかあひさふらはんずらん」と、そうせさせたまへば、しゆしやうきこしめして、「そこにいかなるめにもあはんは、ひとへにわがあふにてこそあらんずらめ」とて、りようがんよりおんなみだをながさせたまふぞかたじけなき。まことにてんがのおんまつりごとは、しゆしやうせふろくのおんぱからひにてこそあるに、これはいかにしつることどもぞや。てんせうだいじん、かすがだいみやうじんのしんりよのほどもはかりがたし。
おなじきじふごにち、にふだうしやうこくてうかをうらみたてまつるべきこと、ひつぢやうときこえしかば、ほふわうおほきにおどろかせたまひて、こせうなごんしんせいのしそくじやうけんほふいんをおつかひにて、にふだうしやうこくのもとへつかはさる。おほせくだされけるは、「きんねんてうていしづかならずして、ひとのこころもととのほらず。P219せけんもいまだらくきよせぬさまになりゆくことを、そうべつにつけてなげきおぼしめせども、さてそこにあれば、ばんじはたのみおぼしめされてこそあるに、たとひてんがをしづむるまでこそなからめ、あまつさへがうがうなるていにて、てうかをうらみたてまつるべしときこしめすはなにごとぞ」とおほせくださる。ほふいんちよくぢやうをうけたまはつて、にしはちでうのていにゆきむかふ。にふだうたいめんもしたまはず、あしたよりゆうべにおよぶまでまたれけれども、ぶいんなりければ、さればこそとむやくにおもひ、げんたいふのはんぐわんすゑさだをもつて、ちよくぢやうのおもむきいひいれさせ、「いとままうして」とていでられければ、そのときにふだう、「ほふいんよべ」とていでられたり。よびかへして、「ややほふいんのおんばう、じやうかいがまうすところはひがごとか。まずだいふがみまかりぬること、たうけのうんめいをはかるにもつて、にふだうずゐぶんひるゐをおさへてこそまかりすぎさふらひしか。ごへんのこころにもすゐさつしたまへ。ほうげんいごは、らんげきうちつづいて、きみやすいこころもましまさざりしに、にふだうはただおほかたをとりおこなふばかりでこそさふらへ。だいふこそてをおろしみをくだいて、どどのげきりんをばしづめまゐらせさふらひしか。そのほかりんじのおんだいじ、てうせきのせいむ、だいふほどのこうしんは、ありがたうこそさふらへ。ここをもつていにしへをあんずるに、たうのたいそうは、ぎちようにおくれて、かなしみのあまりに、むかしのいんそうはゆめのうちにりやうひつをえ、いまのちんはさめてののちけんしんをうしなふといふひのもんをみづからかいて、べうにたててだにこそかなしみたまひけるなれ。わがてうにも、まぢかうみさふらひしことぞかし。あきよりのみんぶきやうがせいきよしたりしをば、こゐんことにおんなげきあつて、P220やはたのぎやうがうえんいんあつて、ぎよいうなかりき。すべてしんかのそつするをば、だいだいのみかど、みなおんなげきあることでこそさふらへ。それにだいふがちういんに、やはたのごかうあつてぎよいうありき。おんなげきのいろ、いちじもこれをみず。たとひだいふがちうをこそおぼしめしわすれさせたまふとも、などかにふだうがかなしみをば、おんあはれみなくてはさふらふべき。たとひにふだうがかなしみをこそおんあはれみなくとも、などかだいふがちうをばおぼしめしわすれさせたまふべき。ふしともにえいりよにそむきまうすこと、いまにおいてめんぼくをうしなふ。これひとつ。つぎにゑちぜんのくにをば、ししそんぞんまでごへんかいあるまじきよしおんやくそくさふらひて、くだしたまひてさふらひしかども、だいふにおくれてのち、やがてめしかへされさふらふは、なんのくわたいにてさふらふやらん。これひとつ。つぎにちうなごんけつのさふらひしとき、にゐのちうじやうしきりにしよまうさふらひしを、にふだうずゐぶんとりまうししかども、つひにごしよういんなくして、くわんばくのそくをなさるることはいかに。たとひにふだういかなるひきよまうしおこなふとも、いちどはなどかきこしめしいれではさふらふべき。ゐかいといひ、けちやくといひ、りうんさうにおよばざることを、ひきちがへさせたまふおんことは、あまりにほいなきおんぱからひとこそぞんじさふらへ。これひとつ。つぎにしんだいなごんなりちかのきやういげ、きんじふのひとびと、ししのたにによりあひて、むほんをくはだてしことも、まつたくわたくしのけいりやくにはあらず、しかしながらきみごきよようあるによつてなり。ことあたらしきまうしごとにてさふらへども、このいちもんをばしちだいまでは、いかでかおぼしめしすてさせたまふべきに、それににふだうしちじゆんにおよんで、よめいいくばくならぬP221いちごのうちにだに、ややもすればほろぼさるべきよしのごけつこうざふらふ。まうしさふらはんや、しそんあひつづいて、てうかにめしつかはれんこともありがたうこそさふらへ。およそおいてこにおくるるは、こぼくのえだなきにことならず。いまはほどなきうきよに、さのみこころをつひやしてもなににかはせんなれば、いかでもありなんとおもひなつてこそさふらへ」とて、かつうはふくりふし、かつうはらくるゐしたまへば、ほふいんおそろしうも、またあはれにもおぼえて、あせみづにこそなられけれ。
そのときはいかなるひとも、いちごんのへんじにはおよびがたきことぞかし。そのうへわがみもきんじゆのじんにて、ししのたにによりあひしことを、まさしうみきかれしかば、ただいまもそのにんじゆとてめしやこめられんずらんとおもはれければ、りようのひげをなで、とらのををふむここちはせられけれども、ほふいんもさるおそろしきひとにて、ちつともさわがずまうされけるは、「まことにどどのごほうこうあさからずさふらふ。いつたんうらみまうさせましますむね、そのいはれさふらふ。ただしくわんゐといひ、ほうろくといひ、おんみにとつてはことごとくまんぞくす。さればこうのばくたいなることをも、きみつねにぎよかんあるでこそさふらへ。しかるにきんしんことをみだり、きみごきよようありなどまうすことは、ぼうしんのきようがいにてぞさふらはんずらん。およそみみをしんじてめをうたがふは、ぞくのつねのへいなり。せうじんのふげんをおもくして、てうおんのたにことなるに、いまさらまたきみをかたぶけまゐらさせ たまはんこと、みやうけんにつけて、そのおそれすくなからずさふらふ。およそてんしんはさうさうとしてはかりがたし。えいりよさだめてそのぎでぞさふらはんずらん。P222しもとしてかみにさかふることは、あにじんしんのれいたらんや。よくよくごしゆゐさふらふべし。せんずるところ、このおもむきをこそひろうつかまつりさふらはめ」とてたたれければ、そのざになみゐたまへるひとびと、「あなおそろし。にふだうのあれほどいかりたまふに、ちつともさわがず、へんじうちしてたたれけるよ」とて、ほふいんをほめぬひとこそなかりけれ。
「だいじんるざい」(『だいじんるざい』)S0316ほふいんかへりまゐつて、このよしそうもんせられければ、ほふわうもだうりしごくして、かさねておほせくださるるむねもなし。おなじきじふろくにち、にふだうしやうこくこのひごろおもひたちたまへることなれば、くわんばくどのをはじめたてまつりて、だいじやうだいじんいげのけいしやううんかくしじふさんにんがくわんしよくをとどめて、おひこめたてまつらる。なかにもくわんばくどのをば、だざいのそつにうつして、ちんぜいへとぞきこえし。「かからんよには、とてもかくてもありなん」とて、とばのへん、ふるかはといふところにてごしゆつけあり。おんとしさんじふご。「れいぎよくしろしめして、くもりなきかがみにておはしつるひとを」とて、よのをしみたてまつることなのめならず。をんるのひとの、みちにてしゆつけしたるをば、やくそくのくにへはつかはさぬことにてあるあひだ、はじめはひうがのくにとP223さだめられたりしかども、これはごしゆつけのあひだ、びぜんのこふのへん、いばさまといふところにぞおきたてまつる。だいじんるざいのれいは、さだいじんそがのあかえ、うだいじんとよなり、さだいじんうをな、うだいじんすがはら、かけまくもかたじけなくいまのきたののてんじんのおんことなり。さだいじんかうめいこう、ないだいじんふぢはらのいしうこうにいたるまで、そのれいすでにろくにん、されどもせつしやうくわんばくるざいのれいはこれはじめとぞうけたまはる。こなかどののおんこ、にゐのちうじやうもとみちは、にふだうのむこにておはしければ、だいじんくわんばくになしたてまつらる。さんぬるゑんゆうゐんのぎよう、てんろくさんねんじふいちぐわつひとひのひ、いちでうのせつしやうけんとくこううせたまひしかば、おんおととほりかはのくわんばくちうぎこう、そのときはいまだじゆにゐのちうなごんにておはしき。そのおんおととほふこうゐんのおほにふだうかねいへこう、そのころはだいなごんのうだいしやうにてましましければ、ちうぎこうはおんおととにかかいこえられさせたまひたりしかども、いままたこえかへして、ないだいじんじやうにゐして、ないらんのせんじかうぶらせたまひしをこそ、ひとみなじぼくをおどろかしたるごしようじんとはまうしあはれしか。これはそれにはなほてうくわせり。ひさんぎにゐのちうじやうより、だいちうなごんをへずして、だいじんせつしやうになること、これはじめ。ふげんじどののおんことなり。しやうけいさいしやう、だいげき、たいふのしにいたるまで、みなあきれたるさまにてぞさふらはれける。
だいじやうだいじんもろながは、つかさをとどめて、あづまのかたへながされたまふ。さんぬるほうげんにはちちP224あくひだんのおほいどののえんざによつて、きやうだいしにんるざいせられたまひにき。おんあにうだいしやうかねなが、おんおととひだんのちうじやうたかなが、はんちやうぜんじさんにんは、きらくをまたずして、はいしよにてつひにうせたまひぬ。これはとさのはたにてここのかへりのはるあきをおくりむかへ、ちやうぐわんにねんはちぐわつにめしかへされて、ほんゐにふくし、つぎのとしじやうにゐして、にんあんぐわんねんじふぐわつに、さきのちうなごんよりごんだいなごんにあがりたまふ。をりふしだいなごんあかざりければ、かずのほかにぞくははられける。だいなごんろくにんになること、これはじめ。またさきのちうなごんよりごんだいなごんにあがることも、ごやましなのだいじんみもりこう、うぢのだいなんごんりうこくのきやうのほかは、これはじめとぞうけたまはる。くわんげんのみちにたつし、さいげいすぐれておはしければ、しだいのしようじんとどこほらず、だいじやうだいじんまできはめさせたまひて、またいかなるつみのむくいにや、かさねてながされたまふらん。ほうげんのむかしは、なんかいとさへうつされ、ぢしようのいまは、またとうくわんをはりのくにとかや。もとよりつみなくしてはいしよのつきをみんといふことをば、こころあるきはのひとのねがふことなれば、おとどあへてことともしたまはず。かのたうのたいしのひんかくはくらくてん、しんやうのえのほとりにやすらひけん、そのいにしへをおもひやり、なるみがたしほぢはるかにゑんけんして、つねはらうげつをのぞみ、うらかぜにうそぶき、びはをだんじ、わかをえいじて、なほざりがてらに、つきひをおくりたまひけり。あるときたうごくだいさんのみやあつたのみやうじんにさんけいありて、そのよしんめいほふらくのために、びはひきらうえいしたまふに、ところもとよりむちのさかひなれば、なさけをしれるものなし。いふらうそんぢよ、P225ぎよじんやそう、かうべをうなだれ、みみをそばだつといへども、さらにせいだくをわかつて、りよりつをしることなし。されどもこはきんをだんぜしかば、ぎよりんをどりほとばしり、ぐこううたをはつせしかば、りやうぢんうごきうごく。もののめうをきはむるときには、しぜんにかんをもよほすことわりなれば、しよにんみのけよだつて、まんざきいのおもひをなす。やうやうしんかうにおよんで、ふがうでうのうちには、はなふんぷくのきをふくみ、りうせんのきよくのあひだには、つきせいめいのひかりをあらそふ。「ねがはくはこんじやうせぞくもんじのごふ、きやうげんきぎよのあやまりをもつて」といふらうえいをして、ひきよくをひきたまひしかば、しんめいかんおうにたへずして、ほうでんおほきにしんどうす。「へいけのあくぎやうなかりせば、いまこのずゐさうをばいかでかをがむべき」とて、おとどかんるゐをぞながされける。あぜつのだいなごんすけかたのきやう、しそくうこんゑのせうしやうけんさぬきのかみみなもとのすけとき、ふたつのくわんをとどめらる。さんぎくわうだいこうぐうのごんのだいぶけんうひやうゑのかみふぢはらのみつよし、おほくらきやううきやうのだいぶけんいよのかみたかしなのやすつね、くらんどのさせうべんけんちうぐうのごんのだいしんふぢはらのもとちか、さんくわんともにとどめらる。なかにもあぜつのだいなごんすけかたのきやう、しそくうこんゑのせうしやう、まごのうせうしやうまさかた、これさんにんをば、けふやがてみやこのうちをおひいださるべしとて、しやうけいにはとうだいなごんさねくに、はかせのはうぐわんなかはらののりさだにおほせて、そのひやがてみやこのうちをおひいださる。だいなんごんのたまひけるは、「さんがいひろしといへども、ごしやくのみおきどころなし。いつしやうほどなしといへども、いちにちくらしがたし」とて、やちうにここのへのうちをまぎれいでて、やへたつくものほかへぞP226おもむかれける。かのおほえやまや、いくののみちにかかりつつ、はじめはたんばのくにむらくもといふところに、しばしはやすらひたまひしが、それよりつひにはたづねいだされて、しなののくにとぞきこえし。
「ゆきたかのさた」(『ゆきたかのさた』)S0317さきのくわんばくまつどののさぶらひに、がうたいふのはうぐわんとほなりといふものあり。これもへいけにこころよからざりけるが、ろくはらよりからめとらるべしときこえしほどに、しそくがうざゑもんのじよういへなりあひぐして、みなみをさしておちゆきけるが、いなりやまにうちあがり、むまよりおりて、おやこいひあはせけるは、「これよりとうごくへおちくだり、るにんさきのうひやうゑのすけよりともをたのまばやとはおもへども、それもたうじはちよくかんのみにて、わがみひとつをだにかなひがたうおはすなり。そのほかにつぽんごくに、へいけのしやうゑんならぬところやある。とてものがれざらんものゆゑに、ねんらいすみなれたるところを、ひとにみせんもはぢがまし。これよりとつてかへし、ろくはらよりめしつかひあらば、たちにひかけやきあげ、はらかききつてしなんにはしかじ」とて、またかはらざかのしゆくしよへとつてかへす。あんのごとくげんだいふのはうぐわんすゑさだ、つのはうぐわんもりずみ、ひたかぶとさんびやくよき、かはらざかのしゆくしよへおしよせて、P227ときをどつとぞつくりける。がうたいふのはうぐわん、えんにたちいでだいおんじやうをあげて、「いかにおのおのろくはらでは、このやうをまうさせたまへ」とて、たちにひかけ、やきあげ、ふしともにはらかききつて、ほのほのなかにてやけしにぬ。そもそもかやうにひとのほろびそんずることをいかにといふに、さきのおほとののおんこさんみのちうじやうどのと、たうじくわんばくにならせたまふにゐのちうじやうどのと、ちうなごんごさうろんゆゑとぞきこえし。さらばくわんばくどのごいつしよばかりこそ、いかなるおんめにもあはせたまふべきに、しじふさんにんのひとびとの、ことにあふべきやは。およそはこれにもかぎるまじかんなれども、にふだうしやうこくのこころにてんまいりかはつて、よろづはらをすゑかねたまふよしきこえしかば、きやうぢうまたさわぎあへり。こぞさぬきのゐんごつゐがうありて、しゆとくてんわうとかうし、うぢのあくさふ、ぞうくわんぞうゐおこなはれたりといへども、せけんはなほもしづかならず。
そのころさきのさせうべんゆきたかときこえしは、こなかやまのちうなごんあきときのきやうのちやうなんなり。にでうのゐんのおんときは、べんくわんにくははつて、さしもゆゆしうおはせしが、このじふよねんはくわんをもとどめられて、なつふゆのころもがへにもおよばず、てうぼのざんもまれなり。あるかなきかのていにておはしけるを、にふだうしやうこくししやをもつて、「きつとたちよりたまへ。まうしあはすべきことあり」と、のたまひつかはされたりければ、ゆきたか、「このじふよねんはくわんをもとどめられて、よろづなにごとにもまじはらざりつるものを。いかさまにもざんげんして、うしなはんとするもののあるにこそ」とて、おほきにおそれさわがれけり。きたのかたいげにようばうたち、P228こゑごゑにをめきさけびたまひけり。さるほどににしはちでうどのより、つかひしきなみにありしかば、ゆきたか、「いでむかつてこそ、ともかくもならめ」とて、ひとにくるまかつていでられたれば、おもふにはにず、にふだうやがていであひたいめんありて、「ごへんのちちのきやうは、にふだうだいせうじをまうしあはせしひとなり。そのしそくにておはすれば、ごへんとてもまつたくおろそかにおもひたてまつらず。ねんらいろうきよのこともいたはしうはおぼゆれども、ほふわうのごせいむのうへはちからおよばず。いまはしゆつししたまへ。くわんどのことも、まうしさたつかまつりさふらはん。さらばとうかへられよ」とてかへされたれば、しゆくしよにはにようばうさぶらひさしつどひて、しにたるひとのいきかへりたるここちして、よろこびなきをぞせられける。そののちげんたいふのはんぐわんすゑさだをもつて、ちぎやうしたまふべきしやうゑんじやうども、あまたなしつかはし、まづさこそおはすらんとて、ひやつぴきひやくりやうに、よねをつんでぞおくられける。しゆつしのれうにとて、ざふしきうしかひうしぐるまにいたるまで、きよげにさたしおくられければ、ゆきたかてのまひ、あしのふみどをもおぼえたまはず、こはゆめやらんとぞおどろかれける。おなじきじふしちにち、ごゐのじちうにふせられて、もとのごとくさせうべんになしかへさる。こんねんごじふいち、いまさらわかやぎたまひけり。ただへんしのえいぐわとぞみえし。P229
「ほふわうごせんかう」(『ほふわうながされ』)S0318おなじきはつかのひ、ほふぢうじどのをば、ぐんびやうしめんをうちかこんで、へいぢにのぶよりのきやうがさんでうどのをしたりしやうに、ごしよにひをかけ、ひとをばみなやきほろぼすべきよしきこえしかば、つぼねのにようぼう、あやしのめのわらはにいたるまで、ものをだにうちかづかずして、われさきにわれさきにとぞにげいでける。さきのうだいしやうむねもりのきやうおんくるまをよせて、「とうとう」とまうされたりければ、ほふわうえいりよをおどろかせおはしまし、「なりちかしゆんくわんらがやうに、とほきくに、はるかのしまへもうつしやられんずるにこそ。さらにおんとがあるべしともおぼしめさず。しゆしやうさてわたらせたまへば、せいむのこうじゆするばかりなり。それもさらずは、じごんいご、さらでもあれかし」とおほせければ、むねもりのきやうなみだをはらはらとながいて、「いかにただいま、さるおんことさふらふべき。しばらくよをしづめんほど、とばのきたどのへごかうをなしまゐらせよと、ちちのぜんもんまうしさふらふ」とまうされたりければ、「さらばなんぢやがておんともつかまつれ」とおほせけれども、ちちのぜんもんのきしよくにおそれをなして、おんともにはまゐられず。「これにつけても、あにのだいふには、ことのほかにおとりたるものかな。ひととせもかかるおんめにあふべかりしを、だいふがみにかへてP230せいしとどめてこそ、けふまでもおんこころやすかりつれ。いまはいさむるもののなきとて、かうはするやらん。ゆくすゑとてもたのもしからずおぼしめす」とて、おんなみだせきあへさせたまはず。さておんくるまにめされけり。くぎやうてんじやうびと、いちにんもぐぶせられず、ほくめんのげらふと、さてはこんぎやうといふおんりきしやばかりぞまゐりける。おんくるまのしりには、あまぜいちにんまゐられけり。このあまぜとまうすは、やがてほふわうのおんちのひと、きのにゐのおんことなり。しちでうをにしへ、しゆしやかをみなみへごかうなしたてまつる。「あはやほふわうのながされさせおはしますぞや」とて、こころなきあやしのしづのを、しづのめにいたるまで、みななみだをながし、そでをぬらさぬはなかりけり。「さんぬるなぬかのよのおほぢしんも、かかるべかりけるぜんべうにて、じふろくらくしやのそこまでもこたへ、けんらうぢじん(じしん)のおどろきさわぎたまふらんもことわりかな」とぞひとまうしける。さてとばどのへごかうなつてのち、ごぜんにひといちにんもさふらはず。なにとしてかまぎれいりたりけん、だいぜんのだいぶのぶなりがただいちにんさふらひけるを、ごぜんへめして、「われはちかううしなはれんずるとおぼしめすぞ。おんぎやうずゐをめさばやとおぼしめすはいかに」とおほせければ、さらぬだにのぶなりは、けさよりきもたましひもみにそはず、あきれたるさまにてさふらひけるが、このおほせうけたまはることのかたじけなさに、かりぎぬのたまだすきあげ、かまにみづくみいれ、こしばがきこぼち、おほゆかのつかばしらわりなどして、かたのごとくのおんゆしいだいてたてまつる。P231
またじやうけんほふいん、にふだうしやうこくのにしはちでうのていへゆきむかつて、「ゆふべほふわうのとばどのへごかうなつてさふらふなるに、ごぜんにひといちにんもさふらはぬよしうけたまはつて、あまりにあさましくおぼえさふらふ。なにかくるしうさふらふべき。じやうけんばかりおんゆるされをかうぶつて、まゐりさふらはばや」とまうされければ、にふだうしやうこくいかがおもはれけん。「おんぼうはいつかうことあやまつまじきひとなり。とうとう」とてゆるされけり。ほふいんなのめならずによろこび、いそぎとばどのへまゐり、もんぜんにてくるまよりおり、もんのうちへさしいりたまふに、をりふしほふわうはおんきやううちあげうちあげあそばされけるおんこゑの、ことにすごうぞきこえさせおはします。ほふいんの、つとまゐられたれば、あそばされけるおんきやうに、おんなみだのはらはらとかからせたまふをみまゐらせて、ほふいんあまりのかなしさに、きうたいのそでをかほにおしあてて、なくなくごぜんへぞまゐられける。ごぜんにはあまぜばかりぞさふらはれける。「ややほふいんのおんばう、きみはきのふのあした、ほふぢうじどのにて、ぐごきこしめしてのちは、ゆふべもけさもきこしめさず。ながきよすがらぎよしんもならず、おんいのちもすでにあやふうこそみえさせおはしませ」とまうされければ、ほふいんなみだをおさへてまうされけるは、「なにごともかぎりあることでこそさふらへ。へいけよをとつてにじふよねん、されどもあくぎやうほふにすぎて、すでにほろびさふらひなんず。さればてんせうだいじん、しやうはちまんぐうも、きみをばいかでかおぼしめしはなたせたまふべき。なかにもきみのおんたのみましますひよしさんわうしちしや、いちじようしゆごのおんちかひいまだあらたまらずは、かのほつけはちぢくにP232たちかけつてこそ、きみをばまもりまゐらさせたまふらめ。さればせいむはきみのおんよとなり、きようとはみづのあわときえうせさふらひなんず」とまうされければ、ほふわうこのことばにすこしなぐさませおはします。しゆしやうはくわんばくながされたまひ、しんかのおほくほろびそんずることをのみこそ、おんなげきありつるに、いままたほふわうのとばどのへごかうなりぬるよしきこしめして、つやつやぐごもきこしめさず、ごなうとてつねはよるのおとどにのみいらせおはします。ごぜんにさぶらはせたまふにようばうたち、きさいのみやをはじめまゐらせて、いかなるべしともおぼしめさず。ほふわうのとばどのへごかうなつてのち、だいりにはりんじのごじんじとて、せいりやうでんのいしばひのだんにして、しゆしやうよごとにいせだいじんぐうをぞごはいありける。これはいつかうほふわうおんいのりのためとぞきこえし。にでうのゐんは、さばかりのけんわうにてわたらせたまひしかども、てんしにぶもなしとて、つねはゐんのおほせをまうしかへさせおはしましければにや、けいていのきみにてもましまさず。さればおんゆづりをうけさせたまひたりしろくでうのゐんも、あんげんにねんしちぐわつじふしにち、おんとしじふさんにて、つひにかくれさせたまひぬ。あさましかりしことどもなり。P233
「せいなんのりきう」(『せいなんのりきゆう』)S0319はくかうのなかには、かうかうをもつてさきとす。めいわうはかうをもつててんがををさむといへり。さればたうげうはおいおとろへたるははをたつとび、ぐしゆんはかたくななるちちをうやまふとみえたり。かのけんわうせいしゆのせんきをおはせましましけん、えいりよのほどこそめでたけれ。そのころだいりよりとばどのへ、ひそかにごしよありけり。「かからんよには、くもゐにあとをとどめても、なににかはしさふらふべきなれば、くわんぺいのむかしをもとぶらひ、くわざんのいにしへをもたづねて、さんりんるらうのぎやうじやともなりぬべうこそさふらへ」とあそばされたりければ、ほふわうのおんぺんじに、「さなおぼしめされさふらひそ。さてわたらせたまへばこそ、ひとつのたのみにてもさふらへ。あとなくおぼしめしならせたまひなんのちは、なにのたのみかさふらふべき。ただともかうも、ぐらうがならんやうを、ごらんじはてさせたまふべうもやさふらふらん」と、あそばされたりければ、しゆしやうこのおんぺんじをりようがんにおしあてさせたまひて、おんなみだせきあへさせたまはず。きみはふね、しんはみづ、みづよくふねをうかべ、みづまたふねをくつがへし、しんよくきみをたもち、しんまたきみをくつがへす。ほうげんへいぢのころは、にふだうしやうこく、きみをたもちたてまつるといへども、あんげんぢしようのいまはまた、きみをなみしたてまつる。ししよのP234もんにたがはず。
おほみやのだいしやうこく、さんでうのないだいじん、はむろのだいなごん、なかやまのちうなごんもうせられぬ。いまふるきひととては、せいらい、しんぱんばかりなり。このひとびとも、かからんよには、てうにつかへみをたて、だいちうなごんをへてもなににかはせんとて、いまださかんなつしひとびとの、いへをいでよをのがれ、みんぶきやうにふだうしんぱんは、をはらのしもにともなひ、さいしやうにふだうせいらいは、かうやのきりにまじはつて、いつかうごせぼだいのほかは、またたじなしとぞきこえし。むかしもしやうざんのくもにかくれ、えいせんのつきにこころをすますひともありけんなれば、これあにはくらんせいけつにして、よをのがれたるにあらずや。なかにもかうやにおはしけるさいしやうにふだうせいらい、このよしをつたへききたまひて、「あはれこころとくもよをばのがれたるものかな。かくてきくもおなじことなれども、まのあたりたちまじはつてきかましかば、いかばかりこころうからん。ほうげんへいぢのみだれをこそ、あさましとおもひつるに、よすゑになれば、かかるふしぎもいできにけり。こののちてんがにいかばかりのことかいでこんずらん。くもをわきてものぼり、やまをへだててもいりなばや」とぞのたまひける。げにこころあらんほどのひとの、あとをとどむべきよともおぼえず。
おなじきにじふいちにち、てんだいざすかくくわいほつしんわう、しきりにごじたいありしかば、さきのざすめいうんだいそうじやう、くわんちやくしたまふ。にふだうしやうこく、かくさんざんにしちらされたりしかども、ちうぐうとまうすもおんむすめ、くわんばくどのもまたむこなりければ、よろづこころやすくやおもはれけん、せいむはP235いつかうしゆしやうのおんぱからひたるべしとて、ふくはらへぞくだられける。おなじきにじふさんにち、さきのうだいしやうむねもりのきやういそぎさんだいして、このよしそうもんせられたりければ、しゆしやう、「ほふわうのゆづりましましたるよならばこそ。ただしつぺいにいひあはせて、むねもりともかうもよきやうにあひはからへ」とて、きこしめしもいれざりけり。ほふわうはせいなんのりきうにして、ふゆもなかばすごさせたまへば、やさんのあらしのおとのみはげしくて、かんていのつきぞさやけき。にはにはゆきふりつもれども、あとふみつくるひともなく、いけにはつららとぢかさねて、むれゐしとりもみえざりけり。おほでらのかねのこゑ、ゐあいじのききをおどろかし、にしやまのゆきのいろ、かうろほうののぞみをもよほす。よるしもにさむけききぬたのひびき、かすかにおんまくらにつたひ、あかつきこほりをきしるくるまのあと、はるかのもんぜんによこたはれり。ちまたをすぐるかうじんせいばのいそがはしげなるけしき、うきよをわたるありさまも、おぼしめししられてあはれなり。きうもんをまもるばんいの、よるひるけいゑいをつとむるも、「さきのよのいかなるちぎりにて、いまえんをむすぶらん」と、おほせなりけるぞかたじけなき。およそものにふれことにしたがつて、おんこころをいためしめずといふことなし。さるままには、かのをりをりのごいうらん、ところどころのごさんけい、おんがのめでたかりしことども、おぼしめしつづけて、くわいきうのおんなみだおさへがたし。としさりとしきたつて、ぢしようもしねんになりにけり。P236
平家物語 巻第四 総かな版(元和九年本)
「いつくしまごかう」(『いつくしまごかう』)S0401P236ぢしようしねんしやうぐわつひとひのひ、とばどのには、しやうこくもゆるさず、ほふわうもおそれさせましましければ、ぐわんにちぐわんざんのあひだ、さんにふつかまつるひともなし。されどもそのなかにこせうなごんにふだうしんせいのしそく、さくらまちのちうなごんしげのりのきやう、そのおととさきやうのだいぶながのりばかりぞ、ゆるされてはまゐられける。おなじきはつかのひ、とうぐうおんはかまぎ、ならびにおんまなはじめとて、めでたきことどもありしかども、ほふわうはとばどのにて、おんみみのよそにぞきこしめす。にんぐわつにじふいちにち、しゆしやうことなるおんつつがもわたらせたまはざりしを、おしおろしたてまつて、とうぐうせんそあり。これもにふだうしやうこく、よろづおもふさまなるがいたすところなり。ときよくなりぬとてひしめきあへり。しんし、ほうけん、ないしどころわたしたてまつる。かんだちめぢんにあつまつて、ふるきことどもせんれいにまかせておこなひしに、さだいじんどのぢんにいでて、おんくらゐゆづりのことどもおほせしをきいて、P237こころあるひとびとのなみだをながし、こころをいたましめずといふことなし。われとおんくらゐをまうけのきみにゆづりたてまつり、はこやのやまのうちも、しづかになどおぼしめすさきざきだにも、あはれはおほきならひぞかし。いはんやこれは、おんこころならずおしおろされさせましましけんおんこころのうち、まうすもなかなかおろかなり。つたはれるおんたからものどもしなじな、つかさづかさうけとつて、しんていのくわうきよごでうだいりへわたしたてまつる。かんゐんどのには、ひのかげかすかに、けいじんのこゑもとどまり、たきぐちのもんじやくもたえにしかば、ふるきひとびとは、かかるめでたきいはひのなかにも、いまさらあはれにおぼえて、なみだをながしそでをぬらさぬはなかりけり。しんていこんねんさんざい、あはれいつしかなるじやうゐかなとぞ、ひとびとささやきあはれける。
へいだいなごんときただのきやうは、うちのおんめのと、そつのすけのをつとたるによつて、「こんどのじやうゐいつしかなりと、たれかかたぶけまうすべき。いこくには、しうのせいわうさんざい、しんのぼくていにさい、わがてうには、こんゑのゐんさんざい、ろくでうのゐんにさい、これみなきやうほうのなかにつつまれて、いたいをただしうせざりしかども、あるひはせつしやうおうてくらゐにつき、あるひはぼこういだいててうにのぞむとみえたり。ごかんのかうしやうくわうていは、むまれてひやくにちといふにせんそあり。てんしくらゐをふむせんじよう、わかんかくのごとし」とまうされければ、そのときのいうしよくのひとびと、「あなおそろし、ものなまうされそ。さればそれらはよきれいどもかや」とぞつぶやきあはれける。とうぐうせんそありしかば、にふだうしやうこくふうふともに、ぐわいそぶ、ぐわいそぼとて、じゆんさんごうのP238せんじをかうぶり、ねんぐわんねんじやくをたまはつて、じやうにちのものをめしつかひ、ゑかきはなつけたるものどもいでいつて、ひとへにゐんぐうのごとくにてぞありける。しゆつけのひとのじゆんさんごうのせんじをかうぶることは、ほふこうゐんのおほにふだうどのかねいへこうのほかは、これはじめとぞうけたまはる。おなじきさんぐわつじやうじゆんに、じやうくわうあきのいつくしまへごかうなるべしときこえけり。ていわうくらゐをすべらせたまひて、しよしやのごかうはじめには、やはた、かも、かすがへこそごかうはなるべきに、はるばるとあきのくにまでのごかうはいかにと、ひとふしんをなす。あるひとのまうしけるは、「しらかはのゐんはくまのへごかう、ごしらかははひよしのやしろへごかうなる。さればしんぬ、えいりよにありとまうすことを」。ごしんぢうにふかきごりふぐわんあり。そのうへこのいつくしまをば、へいけなのめならずにあがめうやまひまうされけるあひだ、うへにはへいけにごどうしん、したにはほふわうのいつとなくとばどのにおしこめられてわたらせたまへば、にふだうしやうこくのこころもやはらぎたまふかとの、ごきねんのためとぞきこえし。さんもんのだいしゆいきどほりまうしけるは、「しゆしやうおんくらゐをすべつて、しよしやのごかうはじめには、やはた、かも、かすがへごかうならずは、わがやまのさんわうへこそごかうはなるべきに、はるばるとあきのくにまでのごかうは、いつのならひぞや。そのぎならばしんよふりくだしたてまつて、ごかうをとどめたてまつれ」とぞまうしける。これによつてしばらくごえんいんありけり。にふだうしやうこくやうやうになだめのたまへば、さんもんのだいしゆしづまりぬ。
おなじきじふしちにち、しやうくわういつくしまごかうのおんかどでとて、にふだうしやうこくのきたのかたにゐどののP239しゆくしよ、はちでうおほみやへごかうなる。そのよやがていつくしまのごじんじはじめらる。てんがよりからのおんくるま、うつしのむまなどまゐらせらる。あくるじふはちにち、にふだうしやうこくのていへいらせおはします。そのひのくれがたに、さきのうだいしやうむねもりのきやうをめして、「みやうにちいつくしまごかうのおんついでに、とばどのへまゐつて、ほふわうのおんげんざんにいらばやとおぼしめすは、しやうこくぜんもんにしらせずしては、あしかりなんや」とおほせければ、むねもりのきやう、「なんでふことかさふらふべき」とそうせられたりければ、「さらばなんぢこよひとばどのへまゐりて、そのやうをまうせかし」とおほせければ、かしこまりうけたまはつて、いそぎとばどのへまゐつて、このよしそうもんせられければ、ほふわうはあまりにおぼしめすおんことにて、こはゆめやらんとぞおほせける。あくるじふくにち、おほみやのだいなごんたかすゑのきやう、いまだよふかうまゐつて、ごかうもよほされけり。このひごろきこえさせたまひつるいつくしまごかうをば、にしはちでうのていよりすでにとげさせおはします。やよひもなかばすぎぬれど、かすみにくもるありあけのつきはなほおぼろなり。こしぢをさしてかへるかりの、くもゐにおとづれゆくも、をりふしあはれにおぼしめす。いまだよのうちにとばどのへごかうなる。もんぜんにておんくるまよりおりさせおはしまし、もんのうちへさしいらせたまふに、ひとまれにしてこぐらく、ものさびしげなるおんすまひ、まづあはれにぞおぼしめす。はるすでにくれなんとす。なつこだちにもなりにけり。こずゑのはないろおとろへて、みやのうぐひすこゑおいたり。きよねんのしやうぐわつむゆか、てうきんのためにほふぢうじどのへぎやうがうありしには、P240がくやにらんじやうをそうし、しよきやうれつにたつて、しよゑぢんをひき、ゐんじのくぎやうまゐりむかつて、まんもんをひらき、かもんれうえんだうをしき、ただしかりしぎしき、いちじもなし。けふはただゆめとのみぞおぼしめす。さくらまちのちうなごんしげのりのきやうまゐつて、ごきしよくまうされたりければ、ほふわうははやしんでんのはしがくしのまへごかうなつて、まちまゐらさせたまひけり。しやうくわうはこんねんにじふ、あけがたのつきのひかりにはえさせたまひて、ぎよくたいもいとどうつくしうぞみえさせましましける。おんぼぎこけんしゆんもんゐんに、いたくにまゐらさせたまひたりしかば、ほふわうはまづこによゐんのおんことおぼしめしいでて、おんなみだせきあへさせたまはず。りやうゐんのござ、ちかくしつらはれたり。ごもんだふはひとうけたまはるにおよばず。ごぜんにはあまぜばかりぞさぶらはれける。ややひさしくおんものがたりせさせおはしまし、はるかにひたけてのち、おんいとままうさせたまひて、とばのくさづよりおんふねにぞめされける。しやうくわうはほふわうのりきうのこてい、いうかんせきばくのおんすまひ、おんこころぐるしうごらんじおかせたまへば、ほふわうはまたしやうくわうのりよはくかうきうのなみのうへ、ふねのうちのおんありさま、おぼつかなくぞおぼしめされける。まことにそうべう、やはた、かもなどをさしおかせたまひて、はるばるとあきのくにまでのごかうをば、しんめいもなどかごなふじゆなかるべき。ごぐわんじやうじゆうたがひなしとぞみえたりける。P241
「くわんぎよ」(『くわんぎよ』)S0402おなじきにじふろくにち、しやうくわういつくしまへごさんちやく。にふだうしやうこくのさいあいのないしがしゆくしよ、くわうきよになる。なかふつかおんとうりうあつて、きやうゑぶがくおこなはる。けちぐわんのだうしには、こうけんそうじやう、かうざにのぼりかねうちならし、へうびやくのことばにいはく、「ここのへのみやこをいでさせたまひ、やへのしほぢをわきもつて、はるばるとこれまでまゐらせたまひたる、おんこころざしのかたじけなさよ」とたからかにまうされたりければ、きみもしんもみなかんるゐをぞ、もよほされける。おほみや、まらうどをはじめまゐらせて、やしろやしろところどころへみなごかうなる。おほみやよりごちやうばかり、やまをまはらせたまひて、たきのみやへまゐらせたまふ。こうけんそうじやうはいでんのはしらにかきつけられけるとかや。
くもゐよりおちくるたきのしらいとにちぎりをむすぶことぞうれしき W016
かんぬしさいきのかげひろかかい、じゆじやうのごゐ、こくしふぢはらのありつな、しなあげられてじゆげのしほん、ならびにゐんのてんじやうをゆるさる。ざすそんえい、ほふげんになさる。しんりよもうごき、にふだうしやうこくのこころもやはらぎたまひぬらんとぞみえし。おなじきにじふくにちおんふねかざつてくわんぎよなる。をりふしなみかぜはげしかりければ、おんふねこぎもどさせ、P242そのひはいつくしまのうち、ありのうらといふところにとどまらせたまふ。しやうくわう、「だいみやうじんのおんなごりをしみに、うたつかまつれひとびと」とおほせければ、たかふさのせうしやう、
たちかへるなごりもありのうらなればかみもめぐみをかくるしらなみ W017
やはんばかりにかぜしづまつて、かいじやうもおだしかりければ、おんふねこぎいださせ、そのひはびんごのくにしきなのとまりにつかせたまふ。このところはさんぬるおうほうのころほひ、いちゐんごかうのとき、こくしふぢはらのためなりがつくつたりけるごしよのありけるを、にふだうしやうこくおんまうけにしつらはれたりしかども、しやうくわうそれへはごかうもならず、「けふはうづきひとひ、ころもがへといふことのあるぞかし」とて、おのおのみやこのことをのたまひいだし、ながめやりたまふほどに、きしにいろふかきふぢのまつのえだにさきかかりけるを、しやうくわうえいらんあつて、「あのはなをりにつかはせ」とおほせければ、おほみやのだいなごんたかすゑのきやううけたまはつて、さししやうなかはらのやすさだがはしぶねにのつて、をりふしごぜんをこぎとほりけるをめして、をりにつかはす。ふぢのはなをまつのえだにつけながら、をりてまゐらせたりければ、こころばせありなどおほせられて、ぎよかんありけり。「このはなにてうたつかまつれ。おのおの」とおほせければ、たかすゑのだいなごん、
ちとせへむきみがよはひにふぢなみのまつのえだにもかかりぬるかな W018
ふつかのひは、びぜんのこじまのとまりにつかせたまふ。いつかのひてんはれて、かいじやうものどけかりければ、ごしよのおんふねをはじめまゐらせて、ひとびとのふねどもみなこぎいだす。くものP243なみ、けぶりのなみをわきしのがせたまひて、そのひははりまのくにやまたのうらにつかせたまふ。それよりおんこしにめして、ふくはらへいらせおはします。むゆかのひは、おんとうりうあつて、ふくはらのところどころをみなれきらんある。いけのちうなごんよりもりのきやうのさんざう、あらたまでごらんぜらる。あくるなぬかのひ、ふくはらをたたせたまふとて、にふだうのいへのしやうおこなはる。にふだうしやうこくのやうじ、たんばのかみきよくにじやうげのしゐ、おなじうにふだうのまご、ゑちぜんのせうしやうはしゐのじゆじやうとぞきこえし。そのひてらゐにつかせたまふ。やうかのひおんむかひのくぎやうてんじやうびと、とばのくさづまでみなまゐられけり。くわんぎよのときは、とばどのへはごかうもならず、すぐににふだうしやうこくのにしはちでうのていへぞいらせおはします。おなじきにじふににち、しんていのごそくゐあり。だいこくでんにておこなはるべかりしかども、ひととせえんしやうののちはいまだつくりもいだされず。だいこくでんなからんうへは、だいじやうぐわんのちやうにておこなはるべきかと、くぎやうせんぎありしかば、くでうどのまうさせたまひけるは、「だいじやうぐわんのちやうは、ぼんにんのいへにとらば、くもんじよていのところなり。だいこくでんなからんうへは、ししんでんにてこそ、ごそくゐはあるべけれ」とまうさせたまへば、ししんでんにてぞ、ごそくゐはありける。いんじかうほうしねんじふいちぐわつじふいちにち、れんぜいゐんのごそくゐ、ししんでんにてありしは、しゆしやうごじやけによつて、だいこくでんへのぎやうがうかなはざりしおんゆゑなり。ごさんでうのゐんのえんきうのかれいにまかせて、だいじやうぐわんのちやうにておこなはるべきものをと、ひとびとまうしあはれけれども、そのときのくでうどののおんぱからひのうへは、さうにおよばず。とうぐうP244せんそありしかば、ちうぐうはこうきでんよりじじゆでんへうつつて、やがてたかみくらへまゐらせたまふ。へいけのひとびとみなしゆつしせられけるなかに、こまつどののきんだちたちは、こぞおとどこうぜられにしかば、いろにてろうきよせられけり。
「げんじそろへ」(『げんじぞろへ』)S0403くらんどのさゑもんのごんのすけさだなが、こんどのごそくゐにゐらんなく、めでたきやうを、こうしじふまいばかりにかいて、にふだうしやうこくのきたのかた、はちでうのにゐどのへまゐらせたりければ、ゑみをふくんでぞよろこばれける。かやうにはなやかに、めでたきことどもありしかども、せけんはなほにがにがしうぞみえし。そのころいちゐんだいにのわうじ、もちひとのしんわうとまうししは、おんははかがのだいなごんすゑなりのきやうのおんむすめなり。さんでうたかくらにましましければ、たかくらのみやとぞまうしける。いんじえいまんぐわんねんじふいちぐわつじふごにちのあかつき、おんとしじふごにて、しのびつつ、こんゑかはらのおほみやのごしよにて、ひそかにおんげんぶくありけり。おんしゆせきうつくしうあそばし、おんさいかくもすぐれてましましければ、たいしにもたち、くらゐにもつかせたまふべかりしかども、こけんしゆんもんゐんのおんそねみによつて、おしこめられさせたまひけり。はなのもとのはるのあそびには、P245しがうをふるつててづからごさくをかき、つきのまへのあきのえんには、ぎよくてきをふいて、みづからがいんをあやつりたまふ。かくしてあかしくらさせたまふほどに、ぢしようしねんには、おんとしさんじふにぞならせましましける。そのころこのゑかはらにさぶらはれけるげんざんみにふだうよりまさ、あるよひそかにこのみやのごしよにまゐりて、まうされけることこそおそろしけれ。たとへば、「きみはてんせうだいじんしじふはつせのしやうとう、じんむてんわうよりしちじふはちだいにあたらせたまふ。しかればたいしにもたち、くらゐにもつかせたまふべかりしひとの、さんじふまでみやにてわたらせたまふおんことをば、おんこころうしとはおぼしめされさふらはずや。はやはやごむほんおこさせたまひて、へいけをほろぼし、ほふわうのいつとなく、とばどのにおしこめられてわたらせたまふおんいきどほりをも、やすめまゐらせ、きみもくらゐにつかせたまふべし。これひとへにごかうかうのおんいたりにてこそさふらはんずれ。もしおぼしめしたたせたまひて、りやうじをくだされたまふものならば、よろこびをなしてはせまゐらんずるげんじどもこそ、くにぐににおほうさふらへ」とてまうしつづく。「まづきやうとにはではのぜんじみつのぶがこども、いがのかみみつもと、ではのはんぐわんみつなが、ではのくらんどみつしげ、ではのくわんじやみつよし、くまのにはころくでうのはうぐわんためよしがばつしじふらうよしもりとてかくれてさふらふ。つのくににはただのくらんどゆきつなこそさふらへども、これはしんだいなごんなりちかのきやうのむほんのとき、どうしんしながらかへりちうしたるふたうじんにてさふらへば、まうすにおよばず。さりながらそのおととただのじらうともざね、てしまのくわんじやたかより、おほたのたらうよりもと。かはちのくにには、いしかはのこほりをちぎやうしけるP246むさしのごんのかみにふだうよしもと、しそくいしかはのはんぐわんだいよしかぬ。やまとのくにには、うののしちらうちかはるがこども、たらうありはる、じらうきよはる、さぶらうなりはる、しらうよしはる。あふみのくにには、やまもと、かしはぎ、にしごり。みのをはりには、やまだのじらうしげひろ、かうべのたらうしげなほ、いづみのたらうしげみつ、うらののしらうしげとほ、あじきのじらうしげより、そのこのたらうしげすけ、きだのさぶらうしげなが、かいでんのはうぐわんだいしげくに、やしまのせんじやうしげたか、そのこのたらうしげゆき。かひのくにには、へんみのくわんじやよしきよ、そのこのたらうきよみつ、たけだのたらうのぶよし、かがみのじらうとほみつ、おなじきこじらうながきよ、いちでうのじらうただより、いたがきのさぶらうかねのぶ、へんみのひやうゑありよし、たけだのごらうのぶみつ、やすだのさぶらうよしさだ。しなののくにには、おほうちたらうこれよし、をかだのくわんじやちかよし、ひらがのくわんじやもりよし、そのこのしらうよしのぶ、こたてはきのせんじやうよしかたがじなん、きそのくわんじやよしなか。いづのくににはるにんさきのうひやうゑのすけよりとも。ひたちのくにには、しだのさぶらうせんじやうよしのり、さたけのくわんじやまさよし、そのこのたらうただよし、さぶらうよしむね、しらうたかよし、ごらうよしすゑ、みちのくににはこさまのかみよしともがばつし、くらうくわんじやよしつね、これみなろくそんわうのごべうえい、ただのしんぼちまんぢうがこういんなり。てうてきをたひらげしゆくまうをとぐることは、げんぺいいづれしようれつなかりしかども、いまはうんでいまじはりをへだてて、しゆじうのれいにもなほおとれり。くにはこくしにしたがひ、しやうはあづかつしよにめしつかはれ、くじざふじにかりたてられて、やすいこころもしさふらはず。つらつらたうせいのていをみさふらふに、うへにはしたがうたるやうなれども、ないないはいつかうへいけをそねまぬものやさふらふ。きみもしおぼしめしたたせたまひて、りやうじをたうづるほどならば、くにぐにのげんじども、よをひについではせのぼり、P247へいけをほろぼさんことは、じじつをめぐらすべからず。そのぎにてさふらはば、にふだうもとしこそよつてさふらへども、わかきこどもあまたさふらへば、ひきぐしてまゐりさふらふべし」とぞまうしける。
みやはこのこといかがあらんずらんと、おぼしめしわづらはせたまひて、しばしはごしよういんもなかりけるが、ここにあこまるだいなごんむねみちのきやうのまご、びんごのぜんじすゑみちがこに、せうなごんこれながとまうししは、すぐれたるさうにんのじやうずにてありければ、ときのひと、さうせうなごんとぞまうしける。そのひとこのみやをみまゐらせて、「くらゐにつかせたまふべきおんさうまします。あひかまへててんがのこと、おぼしめしすつな」とまうされけるをりふし、このさんみにふだうも、かやうにすすめまうされければ、さてはしかるべきてんせうだいじんのおんつげやらんとて、ひしひしとおぼしめしたたせたまひけり。まづしんぐうのじふらうよしもりをめして、くらんどになさる。ゆきいへとかいみやうして、りやうじのおつかひにとうごくへこそくだされけれ。しんぐわつにじふはちにちみやこをたつて、あふみのくによりはじめて、みのをはりのげんじどもに、しだいにふれてくだるほどに、ごぐわつとをかには、いづのほうでうひるがこじまについて、るにんさきのうひやうゑのすけどのに、りやうじをとりいだいてたてまつる。しだのさぶらうせんじやうよしのりは、あになればたばんとて、しだのうきしまへくだる。きそのくわんじやよしなかは、をひなればとらせんとて、せんだうへこそおもむきけれ。ここにくまののべつたうたんぞうは、へいけぢうおんのみなりしが、なにとしてかききいだしけんP248、「しんぐうのじふらうよしもりこそ、たかくらのみやのりやうじたまはつて、すでにむほんをおこすなれ。なちしんぐうのものどもは、さだめてげんじのかたうどをぞせんずらん。たんぞうはへいけのごおんをあめやまにかうぶりたれば、いかでかそむきたてまつるべき。やひとついかけて、そののちみやこへしさいをまうさん」とて、ひたかぶといつせんよにん、しんぐうのみなとへはつかうす。しんぐうにはとりゐのほふげん、たかばうのほふげん、さぶらひにはうゐ、すずき、みづや、かめのかふ、なちにはしゆぎやうほふげんいげ、つがふそのせいいつせんごひやくよにん、ときつくりやあはせして、げんじのかたにはとこそいれ、へいけのかたにはかくこそいれと、たがひにやさけびのこゑのたいてんもなく、かぶらのなりやむひまもなく、みつかがほどこそたたかうたれ。されどもおぼえのほふげんたんぞうは、いへのこらうどうおほくうたせ、わがみておひ、からきいのちいきつつ、なくなくほんぐうへこそかへりのぼりけれ。
「いたちのさた」(『いたちのさた』)S0404さるほどにほふわうは、なりちかしゆんくわんらがやうに、とほきくにはるかのしまへも、うつしぞやりまゐらせんずるにこそと、おぼしめされけれども、さはなくして、とばどのにてぢしようもしねんにおくらせおはします。おなじきごぐわつじふににちのうまのこくばかり、とばどのには、いたちおびたたしうはしりさわぐ。ほふわうおんうらかたあそばいて、あふみのかみなかかぬ、そのときはいまだつるくらんどにてP249さふらひけるを、ごぜんへめして、「これもつてあべのやすちかがもとへゆき、きつとかんがへさせて、かんじやうをとつてまゐれ」とぞおほせける。なかかぬこれをたまはつて、あべのやすちかがもとへゆく。をりふししゆくしよにはなかりけり。しらかはなるところへといひければ、それへたづねゆきて、ちよくぢやうのおもむきおほすれば、やすちかやがてかんじやうをこそまゐらせけれ。なかかぬこれをとつてとばどのへはせまゐり、もんよりいらんとすれば、しゆごのぶしどもゆるさず。あんないはしつたり、ついぢをこえ、おほゆかのしたをはうて、ごぜんのきりいたより、やすちかがかんじやうをこそまゐらせけれ。ほふわうこれをひらいてえいらんあるに、「いまみつかがうちのおんよろこび、ならびにおんなげき」とぞかんがへまうしたる。ほふわう、「このおんありさまにても、おんよろこびはしかるべし。またいかなるおんめにかあふべきやらん」とぞおほせける。おなじきじふさんにちさきのうだいしやうむねもりのきやう、ちちのおんまへにおはして、ほふわうのおんことをたりふしまうされければ、にふだうしやうこくやうやうにおもひなほつて、ほふわうをばとばどのをいだしたてまつり、みやこへくわんぎよなしたてまつり、はちでうからすまるのびふくもんゐんのごしよへいれたてまつる。いまみつかがうちのおんよろこびとは、やすちかこれをぞまうしける。かかりけるところに、くまののべつたうたんぞう、ひきやくをもつて、たかくらのみやのごむほんのよしを、みやこへまうしたりければ、さきのうだいしやうむねもりのきやうおほきにさわいで、をりふしにふだうしやうこくは、ふくはらのべつげふにおはしけるにこのよしまうされたりければ、にふだうしやうこくおほきにいかつて、「そのぎならばたかくらのみやをP250からめとつて、とさのはたへうつすべし」とぞのたまひける。しやうけいにはさんでうのだいなごんさねふさ、しきじにはとうのべんみつまさとぞきこえし。ぶしにはげんだいふのはうぐわんかねつな、ではのはうぐわんみつなが、ひたかぶとさんびやくよき、みやのごしよへぞむかひける。このげんだいふのはうぐわんとまうすは、さんみにふだうのじなんなり。しかるをこのにんじゆにいれられけることは、たかくらのみやのごむほんを、さんみにふだうすすめまうされたりといふことを、へいけいまだしらざりけるによつてなり。
「のぶつらかつせん」(『のぶつら』)S0405さるほどに、みやはさつきじふごやのくもまのつきをながめさせたまひて、なんのゆくへもおぼしめしよらざりけるに、さんみにふだうのししやとて、ふみもちていそがはしげにいできたる。みやのおんめのとご、ろくでうのすけのたいふむねのぶ、これをとつてごぜんへまゐり、ひらいてみるに、「きみのごむほんすでにあらはれさせたまひて、とさのはたへうつしまゐらすべしとて、くわんにんどもがべつたうせんをうけたまはつて、おむかひにまゐりさふらふ。いそぎごしよをいでさせたまひて、みゐでらへいらせおはしませ。にふだうもやがてまゐりさふらはん」とぞかかれたる。みやはこのこといかがせんと、おぼしめしわづらはせたまふところに、みやのさぶらひにちやうひやうゑのじようはせべののぶつらとP251いふものあり。をりふしごぜんちかうさふらひけるが、すすみいでてまうしけるは、「ただなんのやうもさふらふまじ。にようばうしやうぞくにいでたたせたまひて、おちさせたまふべうもやさふらふらん」とまうしければ、このぎもつともしかるべしとて、おんぐしをみだり、かさねたるぎよいに、いちめがさをぞめされける。ろくでうのすけのたいふむねのぶ、からかさもちておんともつかまつる。つるまるといふわらは、ふくろにものいれていただいたり。たとへばせいしがぢよをむかへてゆくやうにいでたたせたまひて、たかくらをきたへおちさせたまふに、おほきなるみぞのありけるを、いとものがるうこえさせたまへば、みちゆきびとがたちとどまつて、「はしたなのにようばうのみぞのこえやうや」とて、あやしげにみまゐらせければ、いとどあしばやにぞすぎさせおはします。
ごしよのおんるすには、ちやうひやうゑのじようはせべののぶつらをぞおかれける。にようばうたちのせうせうおはしけるをば、かしこここへたちしのばせて、みぐるしきものあらば、とりしたためんとてみるほどに、さしもみやのごひざうありけるこえだときこえしおんふえを、つねのごしよのおんまくらに、とりわすれさせたまひたるをぞ、たちかへつてもとらまほしうやおぼしめされけん。のぶつらこれをみつけて、「あなあさまし。さしもきみのごひざうのおんふえを」とまうして、いまごちやうがうちにておつついてまゐらせたり。みやなのめならずぎよかんあつて、「われしなば、このふえをば、ごくわんにいれよ」とぞおほせける。「やがておんともつかまつれ」とおほせければ、のぶつらまうしけるは、「ただいまあのごしよへ、くわんにんどもがおむかひにP252まゐりさふらふなるに、ひといちにんもさふらはざらんは、むげにくちをしくぞんじさふらふ。そのうへあのごしよに、のぶつらがさふらふとまうすことをば、じやうげみなしつたることでこそさふらへ。こんやさふらはざらんは、それもそのよはにげたりなどいはれんこと、くちをしうさふらふべし。ゆみやとるみは、かりにもなこそをしうさふらへ。くわんにんどもにしばらくあひしらひ、いつぱううちやぶつて、やがてまゐりさふらはん」とて、ただいちにんとつてかへす。のぶつらがそのよのしやうぞくには、うすあをのかりぎぬのしたに、もよぎにほひのはらまきをきて、ゑふのたちをぞはいたりける。さんでうおもてのそうもんをも、たかくらおもてのこもんをも、ともにひらいてまちかけたり。
あんのごとくげんだいふのはうぐわんかねつな、ではのはうぐわんみつなが、つがふそのせいさんびやくよき、じふごにちのねのこくに、みやのごしよへぞおしよせたる。げんだいふのはうぐわんは、ぞんずるむねありとおぼえて、はるかのもんぐわいにひかへたり。ではのはうぐわんみつながは、のりながらもんのうちへうちいれ、にはにひかへ、だいおんじやうをあげて、「みやのごむほんすでにあらはれさせたまひて、とさのはたへうつしまゐらせんがために、くわんにんどもがべつたうせんをうけたまはつて、ただいまおんむかひにまゐりてさふらふ。とうとうおんいでさふらへ」とまうしければ、のぶつらおほゆかにたつて、「たうじはごしよでもさふらはず、おんものま[う]ででさふらふぞ。なにごとぞ、ことのしさいをまうされよ」といひければ、ではのはうぐわん、「なんでふこのごしよならでは、いづくへかわたらせたまふべかんなるぞ。そのぎならば、しもべどもまゐつてさがしたてまつれ」とぞまうしける。のぶつらかさねてP253、「ものもおぼえぬくわんにんどもがまうしやうかな。むまにのりながら、もんのうちへまゐるだにもきくわいなるにあまつさへしもべどもまゐつてさがしたてまつれとは、いかでかまうすぞ。ちやうひやうゑのじようはせべののぶつらがさふらふぞ。ちかうよつてあやまちすな」とぞいひける。ちやうのしもべのなかに、かなたけといふだいぢからのかうのもの、うちもののさやをはづし、のぶつらにめをかけて、おほゆかのうへへとびのぼる。これをみてどうれいども、じふしごにんぞつづいたる。のぶつらこれをみて、かりぎぬのおびひもひつきつてすつるままに、ゑふのたちなれども、みをばこころえてつくらせたるをぬきあはせて、さんざんにこそふるまうたれ。かたきはおほだち、おほなぎなたでふるまへども、のぶつらがゑふのたちにきりたてられて、あらしにこのはのちるやうに、にはへさつとぞおりたりける。
さつきじふごやのくもまのつきの、あらはれいでてあかかりけるに、かたきはぶあんないなり、のぶつらはあんないしやにてありければ、あそこのめんらうにおつかけては、はたときり、ここのつまりにおつつめては、ちやうどきる。「いかにせんじのおつかひをば、かうはするぞ」といひければ、「せんじとはなんぞ」とて、たちゆがめばをどりのき、おしなほし、ふみなほし、やにはによきものどもじふしごにんぞきりふせたる。そののちたちのきつさきさんずんばかりうちをつてすててげり。はらをきらんとこしをさぐれども、さやまきおちてなかりければ、ちからおよばず。おほてをひろげて、たかくらおもてのこもんより、をどりいでんとするところに、おほなぎなたもちたるをとこいちにんよりあうたり。のぶつらなぎなたにのらんとP254とんでかかるが、のりそんじて、ももをぬひざまにつらぬかれ、こころはたけくおもへども、おほぜいのなかにとりこめられて、いけどりにこそせられけれ。そののちごしよぢうにみだれいつてさがせども、みやはわたらせたまはず。のぶつらばかりからめて、ろくはらへゐてまゐる。さきのうだいしやうむねもりのきやうおほゆかにたつて、のぶつらをおほにはにひつすゑさせ、「まことにわをのこは、せんじのおつかひとなのるを、せんじとはなんぞとてきつたりけるか。そのうへ、ちやうのしもべども、おほくにんじやうせつがいしたんなれば、よくよくきうもんして、ことのしさいをたづねとひ、そののちかはらにひきいだいてかうべをはねよ」とぞのたまひける。
のぶつらもとよりすぐれたるだいかうのものなりければ、ゐなほりあざわらつてまうしけるは、「このほどあのごしよを、よなよなもののうかがひさふらふを、なんでふことのあるべきとおもひあなどつて、ようじんもつかまつらぬところに、やはんばかりによろうたるものどもが、にさんびやくきうちいつてさふらふを、なにものぞとたづねてさふらへば、せんじのおつかひとまうす。たうじはしよこくのせつたうがうだう、さんぞくかいぞくなどまうすやつばらが、あるひはきんだちのいらせたまひたるぞ、あるひはせんじのおつかひなどなのりまうすと、かねがねうけたまはつてさふらふほどに、せんじとはなんぞとて、きつたるざふらふ。およそのぶつら、もののぐをもおもふさまにつかまつり、かねよきたちをももつてさふらはんには、ただいまのくわんにんどもをば、よもいちにんもあんをんではかへしさふらはじ。そのうへ、みやのございしよは、いづくにわたらせたまひさふらふやらん、しりまゐらせぬざふらふ。たとひP255しりまゐらせてさふらふとも、さぶらひほんのものの、いちどまうさじとおもひきりてんことを、きうもんにおよんでまうすべきやうなし」とて、そののちはものもまうさず。いくらもなみゐたりけるへいけのさぶらひども、「あつぱれかうのものや。これらをこそいちにんたうぜんのつはものともいふべけれ」と、くちぐちにまうしければ、そのなかにあるひとのまうしけるは、「あれがかうみやうはいまにはじめぬことぞかし。せんねんところにありしとき、おほばんじゆのものどものとどめかねたりしがうだうろくにんに、ただいちにんおつかかり、にでうほりかはなるところにて、しにんきりふせ、ににんいけどつて、そのときなされたりしさひやうゑのじようぞかし。あつたらをのこのきられんずることのむざんさよ」とをしみあへりければ、にふだうしやうこくいかがおもはれけん、「さらば、なきつそ」とて、はうきのひのへぞながされける。へいけほろびげんじのよになつて、とうごくへくだり、かぢはらへいざうかげときについて、ことのこんげんいちいちにまうしたりければ、かまくらどの、「しんべうなり」とかんじたまひて、のとのくににごおんかうぶりけるとぞきこえし。
「たかくらのみやをんじやうじへじゆぎよ」(『きをほ』)S0406さるほどに、みやはたかくらをきたへ、こんゑをひがしへ、かもがはをわたらせたまひて、によいやまへP256いらせおはします。むかしきよみばらのてんわう、おほとものわうじにおそはれさせたまひて、よしのやまへいらせたまひけるにこそ、をとめのすがたをばからせたまひけるなれ。いまこのみやのおんありさまも、それにはすこしもたがはせたまふべからず。しらぬやまぢを、よもすがらはるばるとわけいらせたまふに、いつならはしのおんことなれば、おんあしよりいづるちは、いさごをそめてくれなゐのごとし。なつぐさのしげみがなかのつゆけさも、さこそはところせうおぼしめされけめ。かくしてあかつきがたにみゐでらへいらせおはします。「かひなきいのちのをしさに、しゆとをたのんでじゆぎよあり」とおほせければ、だいしゆおほきにかしこまりよろこんで、ほふりんゐんにごしよをしつらひ、かたのごとくのぐごしいだいてたてまつる。
「きほふ」あくるじふろくにち、たかくらのみやのごむほんおこさせたまひて、みゐでらへおちさせたまふぞやとまうすほどこそありけれ、きやうぢうのさうどうなのめならず。そもそもこのげんざんみにふだうよりまさは、としごろひごろもあればこそありけめ、こんねんいかなるこころにて、むほんをばおこされけるぞといふに、へいけのじなんむねもりのきやうの、ふしぎのことをのみしたまひけるによつてなり。さればひとのよにあればとて、すずろにいふまじきことをいひ、すまじきP257ことをするは、よくよくしりよあるべきことなり。たとへばそのころさんみにふだうのちやくしいづのかみなかつなのもとに、くぢうにきこえたるめいばあり。かげなるむまのならびなきいちもつ、のりはしり、こころむけ、よにあるべしともおぼえず。なをばこのしたとぞいはれける。むねもりのきやうししやをたてて、「きこえさふらふめいばをたまはつて、みさふらはばや」とのたまひつかはされたりければ、いづのかみのへんじには、「さるむまをもつてさふらひしを、このほどあまりにのりつからかしてさふらふほどに、しばらくいたはらせんがために、でんしやへつかはしてさふらふ」とまうされければ、「さらんにはちからおよばず」とて、そののちはさたなかりけるが、おほくなみゐたりけるへいけのさぶらひども、「あつぱれそのむまはをととひもさふらひし。きのふもみえてさふらふ。けさもにはのりしさふらひつる」など、くちぐちにまうしければ、「さてはをしむござんなれ。にくし。こへ」とて、さぶらひしてはせさせ、ふみなどして、ひとときがうちにごろくどしちはちどなどこはれければ、さんみにふだうこれをきき、いづのかみにむかつてのたまひけるは、「たとひこがねをもつてまろめたるむまなりとも、それほどひとのこはうずるに、をしむべきやうやある。そのむますみやかにろくはらへつかはせ」とこそのたまひけれ。いづのかみちからおよばず、いつしゆのうたをかきそへて、ろくはらへつかはさる。
こひしくはきてもみよかしみにそふるかげをばいかがはなちやるべき W021
むねもりのきやう、まづうたのへんじをばしたまはで、「あつぱれむまや、むまはまことによいむまでありけり。P258されどもあまりにをしみつるがにくきに、ぬしがなのりをかなやきにせよ」とて、なかつなといふかなやきをして、むまやにこそたてられけれ。まらうときたつて、「きこえさふらふめいばをみさふらはばや」とまうしければ、「そのなかつなめにくらおけ、ひきいだせ、のれ、うて、はれ」なんどぞのたまひける。いづのかみこのよしをつたへききたまひて、「みにかへておもふむまなれども、けんゐについてとらるるさへあるに、あまつさへてんがのわらはれぐさとならんずることこそやすからね」とおほきにいきどほられければ、さんみにふだうのたまひけるは、「なんでふことのあるべきとおもひあなどつて、へいけのひとどもが、かやうのしれごとをするにこそあんなれ。そのぎならば、いのちいきてもなににかはせん。びんぎをうかがふにこそあらめ」とのたまへども、わたくしにはおもひもたたれず、たかくらのみやをすすめまうされけるとぞ、のちにはきこえし。これにつけても、てんがのひと、こまつのおとどのことをぞしのびまうしける。あるときおとどさんだいのついでに、ちうぐうのおんかたへまゐらせたまふに、はつしやくばかりありけるくちなはの、おとどのさしぬきのひだんのりんをはひまはりけるを、しげもりさわがば、にようばうたちもさわぎ、ちうぐうもおどろかせたまひなんずとおぼしめし、ひだんのてにてををおさへ、みぎのてにてかしらをとつて、なほしのそでのなかへひきいれ、ちつともさわがず、ついたつて、「ろくゐやさふらふ、ろくゐやさふらふ」とめされければ、いづのかみなかつな、そのときはいまだゑふのくらんどにてさふらはれけるが、「なかつな」となのつてまゐられたるに、このくちなはをたぶ。たまはつてゆばどのをP259へて、てんじやうのこにはにいでつつ、みくらのことねりをまねいて、「これたまはれ」といはれければ、おほきにかしらをふつてにげさりぬ。いづのかみちからおよばず、わがらうどうのきほふをめしてこれをたぶ。たまはつてすててげり。そのあしたこまつどのより、よいむまにくらおいて、いづのかみのもとへつかはすとて、「さてもきのふのふるまひこそ、いうにやさしうさふらひつれ。これはのりいちのむまでさふらふぞ。ゆふべにおよんで、ぢんげよりけいせいのもとへかよはれんときもちひらるべし」とてつかはさる。いづのかみ、だいじんのおんぺんじなれば、「おむまかしこまつてたまはりさふらひぬ。さてもきのふのおんふるまひは、げんじやうらくにこそにてさふらひしか」とぞまうされける。いかなればこまつどのは、かやうにいうなるためしもおはせしぞかし。このむねもりのきやうは、さこそなからめ、ひとのをしむむまこひとつて、あまつさへてんがのだいじにおよびぬるこそうたてけれ。さるほどにおなじきじふろくにちのよにいつて、げんざんみにふだうよりまさ、ちやくしいづのかみなかつな、じなんげんだいぶのはうぐわんかねつな、ろくでうのくらんどなかいへ、そのこくらんどたらうなかみついげ、ひたかぶとさんびやくよき、たちにひかけやきあげて、みゐでらへこそまゐられけれ。ここにさんみにふだうのとしごろのさぶらひに、わたなべのげんざうきほふのたきぐちといふものあり。はせおくれてとどまりたりけるを、ろくはらへめして、「などなんぢは、さうでんのしゆ、さんみにふだうがともをばせで、とどまつたるぞ」とのたまへば、きほふかしこまつてまうしけるは、「ひごろはしぜんのこともさふらはば、まつさきかけて、いのちをたてまつらうどこそぞんぜしか。こんどはいかがP260さふらひつるやらん。かうともしらせられざりつるあひだ、とどまつてさふらふ」とまうす。むねもりのきやう、「これにもまたけんざんのものぞかし。せんどこうえいをぞんじて、たうけについてほうこうーせうとやおもふ。またてうてきよりまさぼふしにどうしんーせんとやおもふ。ありのままにまうせとこそのたまひけれ。きほふなみだをはらはらとながいて、「たとひさうでんのよしみさふらふとも、いかんかてうてきとなれるひとに、どうしんをばつかまつりさふらふべき。ただてんちうにほうこういたさうずるざふらふ」とまうしければ、だいしやう、「さらばほうこうーせよ。よりまさぼふしがしけんおんには、ちつともおとるまじきぞ」とていりたまひぬ。あしたよりゆふべにおよぶまで、「きほふはあるか」。「ざふらふ」。「あるか」。「ざふらふ」とてしこうーす。ひもやうやうくれければ、だいしやういでられたり。きほふかしこまつてまうしけるは、「まことやさんみにふだうは、みゐでらにときこえさふらふ。さだめてようちなんどもやむけられさふらはんずらん。さんみにふだうのいちるゐ、わたなべたうさてはみゐでらぼふしにてぞさふらはんずらん。こころにくうもさふらはず、まかりむかつてえりうちなどもつかまつるべき。さるむまをもつてさふらひしを、このほどしたしいやつめにぬすまれてさふらふ。おんむまいつぴきくだしあづかりさふらはばや」とまうしければ、だいしやう、「もつともさるべし」とて、しらあしげなるむまの、なんれうとてひざうーせられたりけるに、よいくらおいてきほふにたぶ。たまはつてしゆくしよにかへり、「はやひのくれよかし。みゐでらへはせーまゐり、にふだうどののまつさきかけてうちじにーせん」とぞまうしける。ひもやうやうくれければ、さいしどもをば、かしこここにたちしのばせて、みゐでらへとP261いでたちける、こころのうちこそむざんなれ。ひやうもんのかりぎぬのきくとぢおほきらかにしたるに、ぢうだいのきせなが、ひをどしのよろひきて、ほしじろかぶとのををしめ、いかものづくりのたちをはき、にじふしさいたるおほなかぐろのやおひ、たきぐちのこつぽふわすれじとや、たかのはではいだりけるまとやひとてぞさしそへたる。しげどうのゆみもつて、なんれうにうちのり、のりかへいつきうちぐし、とねりをとこにもつだてわきばさませ、やかたにひかけやきあげて、みゐでらへこそはせたりけれ。ろくはらにはきほふがやかたよりひいできたりとてひしめきけり。むねもりのきやういそぎいでて、「きほふはあるか」。「さふらはず」とまうす。「すはきやつめをてのびにして、たばかられぬるは。あれおつかけてうて」とのたまへども、きほふはすぐれたるだいぢからのかうのもの、やつぎばやのてききにてありければ、「にじふしさいたるやでは、まづにじふしにんはいころされなんず。おとなせそ」とて、すすむものこそなかりけれ。ただいましもみゐでらには、わたなべたうよりあひて、きほふがさたありけり。「いかにもしてこのきほふたきぐちをば、めしーぐせられさふらはんずるものを」と、くちぐちにまうされければ、さんみにふだう、きほふがこころをよくしつてのたまひけるは、「むげにそのものとらへからめられはせじ。にふだうにこころざしふかきものなれば、みよ、ただいままゐらうずるぞ」とのたまひもはてぬに、きほふつとまゐりたり。「さればこそ」とぞのたまひける。きほふかしこまつてまうしけるは、「いづのかうのとののこのしたがかはりに、ろくはらのなんれうをこそとつてまゐつてP262さふらへ。まゐらせさふらはん」とてたてまつる。いづのかみなのめならずよろこびたまひて、やがてをがみをきり、かなやきをして、そのよろくはらへつかはさる。やはんばかりにもんのうちへおひいれたりければ、むまやにいつて、むまどもとくひあひければ、そのときとねりおどろきあひ、「なんれうがまゐつてさふらふ」とまうす。むねもりのきやういそぎいでてみたまふに、むかしはなんれう、いまは、「たひらのむねもりにふだう」といふかなやきをこそしたりけれ。だいしやう、「につくいきほふめをきつてすつべかりけるものを。てのびにしてたばかられぬることこそやすからね。こんどみゐでらへよせたらんずるひとびとは、いかにもしてきほふめをいけどりにせよ。のこぎりでくびきらん」と、をどりあがりをどりあがりいかられけれども、なんれうがをがみもおひず、かなやきもまたうせざりけり。
「さんもんへのてふじやう」(『さんもんへのてうじやう』)S0407さるほどに、みゐでらには、かひかねならいて、だいしゆせんぎす。「そもそもきんじつせじやうのていをあんずるに、ぶつぽふのすゐび、わうぼふのらうろう、まさにこのときにあたれり。こんどにふだうのばうあくをいましめずば、いづれのひをかごすべき。みやここにじゆぎよのおんこと、しやうはちまんぐうのゑご、しんらだいみやうじんのみやうじよにあらずや。てんじゆちるゐもやうがうをたれ、ぶつりきじんりきもがうぶくをくはへP263ましますこと、などかなからん。なかんづくほくれいはゑんじういちみのがくぢ、なんとは、げらふとくどのかいぢやうなり。てつそうのところになどかくみせざるべき」と、いちみどうしんにせんぎして、やまへもならへもてふじやうをこそつかはしけれ。まづさんもんへのじやうにいはく、「をんじやうじてつす、えんりやくじのが。ことにがふりよくをいたして、たうじのはめつをたすけられんとおもふじやう。みぎにふだうじやうかい、ほしいままにぶつぽふをはめつし、わうぼふをみだらんとほつす。しうたんきはまりなきところに、こんげつじふごにちのよ、いちゐんだいにのわうじ、ふりよのなんをのがれんために、ひそかににふじせしめたまふ。ここにゐんぜんとかうして、いだしたてまつるべきよし、しきりにせめありといへども、いだしたてまつるにあたはず。よつてくわんぐんをはなちつかはすべきむね、そのきこえあり。たうじのはめつ、まさにこのときにあたれり。しよしゆなんぞしうたんせざらんや。なかんづくえんりやくをんじやうりやうじは、もんぜきふたつにあひわかるといへども、がくするところは、これゑんどんいちみのけうもんにおなじ。たとへばとりのさうのつばさのごとく、またくるまのふたつのわににたり。いつぱうかけんにおいては、いかでかそのなげきなからんや。ていればことにがふりよくをいたして、たうじのはめつをたすけられば、はやくねんらいのゐこんをわすれ、ぢうせんのむかしにふくせん。しゆとのせんぎかくのごとし。よつててふそうくだんのごとし。ぢしようしねんごぐわつじふはちにち、だいしゆら」とぞかいたりける。P264
「なんとへのてふじやう」(『なんとてうじやう』)S0408さんもんのだいしゆ、このじやうをひけんして、「こはいかに、たうざんのまつじでありながら、とりのさうのつばさのごとく、またくるまのふたつのわににたりと、おさへてかくでう、これもつてきくわいなり」とて、へんてふにもおよばず。そのうへにふだうしやうこく、てんだいざすめいうんだいそうじやうに、しゆとをしづめらるべきよしのたまひければ、ざすいそぎとうざんして、だいしゆをしづめたまふ。かかりしほどに、みやのおんかたへは、ふぢやうのよしをぞまうしける。またにふだうしやうこくのはかりごとに、あふみごめにまんごく、ほくこくのおりのべぎぬさんぜんびき、わうらいのためにさんもんへよせらる。これをたにだにみねみねへひかれけるに、にはかのことにてありければ、いちにんしてあまたとるだいしゆもあり、またてをむなしうして、ひとつもとらぬしゆともあり。なにもののしわざにやありけん、らくしよをぞしたりける。
やまぼふしおりのべごろもうすくしてはぢをばえこそかくさざりけれ W022
またきぬにもあたらぬだいしゆのよみたりけるにや、
おりのべをひときれもえぬわれらさへうすはぢをかくかずにいるかな W023
またなんとへのじやうにいはく、「をんじやうじてつす、こうぶくじのが。ことにがふりよくをいたして、たうじのP265はめつをたすけられんとこふじやう。みぎぶつぽふのしゆしようなることは、わうぼふをまもらんがため、わうぼふまたちやうきうなること、すなはちぶつぽふによる。ここににふだうさきのだいじやうだいじんたひらのあそんきよもりこう、ほふみやうじやうかい、ほしいままにこくゐをひそかにし、てうせいをみだり、ないにつけげにつけ、うらみをなし、なげきをなすあひだ、こんぐわつじふごにちのよ、いちゐんだいにのわうじふりよのなんをのがれんがために、にはかににふじせしめたまふ。ここにゐんぜんとかうしていだしたてまつるべきむね、しきりにせめありといへども、しゆといつかうをしみたてまつて、いだしたてまつるにあたはず。よつてかのぜんもん、ぶしをたうじへいれんとす。ぶつぽふといひ、わうぼふといひ、いちじにまさにはめつせんとす。むかしたうのゑしやうてんし、ぐんびやうをもつてぶつぽふをほろぼさしめしとき、しやうりやうぜんのしゆ、かつせんをいたして、これをふせぐ。わうけんなほかくのごとし。いかにいはんやむほんはちぎやくのともがらにおいてをや。たれのひとかきやうせいすべきぞや。なかんづくなんきやうはれいなくして、つみなきちやうじやをはいるせらる。このときにあらずんば、いづれのひかくわいけいをとげん。ねがはくはしゆと、うちにはぶつぽふのはめつをたすけ、ほかにはあくぎやくのはんるゐをしりぞけば、どうしんのいたり、ほんぐわいにたんぬべし。しゆとのせんぎかくのごとく、よつててつそうくだんのごとし。ぢしようしねんごぐわつじふはちにち、だいしゆら」とぞかいたりける。P266
「なんとへんてふ」なんとのだいしゆこのじやうをひけんして、いちみどうしんにせんぎして、やがてへんてふをこそおくりけれ。そのへんてふにいはく、「こうぶくじてつす、をんじやうじのが。らいてふいつしにのせられたり。みぎにふだうじやうかいがために、きじのぶつぽふをほろぼさんとするよしのことてつす。ぎよくせんぎよくくわりやうかのしうぎをたつといへども、きんしやうきんく、おなじういちだいのけうもんよりいでたり。なんきやうほくきやうともにもつてによらいのでしたり。じじたじ、たがひにでうだつがましやうをぶくすべし。そもそもきよもりにふだうはへいじのさうかう、ぶけのぢんがいなり。そぶまさもり、くらんどごゐのいへにつかへて、しよこくじゆりやうのむちをとる。おほくらきやうためふさ、かしうししのいにしへ、けんびしよにふし、しゆりのだいぶあきすゑ、はりまのたいしゆたりしむかし、むまやのべつたうしきににんず。しかるをしんぶただもり、しようでんをゆるされしとき、とひのらうせう、みなほうこのかきんををしみ、ないげのえいかう、おのおのばだいのじんもんになく。ただもりせいうんのつばさをかいつくろふといへども、よのたみなほはくをくのたねをかろんず。なををしむせいし、そのいへにのぞむことなし。しかればすなはちさんぬるへいぢぐわんねんじふにんぐわつ、だ[い]じやうてんわういつせんのこうをかんじて、ふじのしやうをさづけたまひしよりこのかた、たかくしやうこくにのぼつて、かねてひやうぢやうをたまはる。なんしあるひはたいかいをかたじけなうし、あるひはうりんにP267つらなり、によしあるひはちうぐうしきにそなはり、あるひはじゆんごうのせんをかうぶる。くんていそし、みなきよくろにあゆみ、そのまごかのをひ、ことごとくちくふをさく。しかのみならずきうしうをとうりやうし、はくしをしんだいして、ぬびみなぼくじうとなす。いちまうこころにたがへば、わうこうといへどもこれをとらへ、へんげんみみにさかふれば、くぎやうといへどもこれをからむ。これによつて、あるひはいつたんのしんみやうをのべんがため、あるひはへんしのりようじよくをのがれんとおもつて、ばんじようのせいしゆ、なほめんてんのこびをなし、ぢうだいのかくん、かへつてしつかうのれいをいたす。だいだいさうでんのけりやうをうばふといへども、しやうさいもおそれてしたをまき、みやみやさうじようのしやうゑんをとるといへども、けんゐにはばかつてものいふことなし。かつにのるあまり、きよねんのふゆじふいちぐわつ、だ[い]じやうくわうのすみかをつゐふくして、はくりくこうのみをおしながす。ほんぎやくのはなはだしきこと、まことにこきんにたえたり。そのときわれら、すべからくぞくしゆにゆきむかつて、そのつみをとふべしといへども、あるひはしんりよにあひはばかり、あるひはりんげんとしようずるによつて、うつたうをおさへて、くわういんをおくるあひだ、かさねてぐんびやうをおこして、いちゐんだいにのしんわうぐうをうちかこむところに、はちまんさんじよ、かすがだいみやうじん、ひそかにやうがうをたれ、せんひつをささげたてまつり、きじにおくりつけて、しんらのとぼそにあづけたてまつる。わうぼふつきざるむねあきらけし。よつてきじしんみやうをすててしゆごしたてまつるでう、がんじきのたぐひ、たれかずゐきせざらん。このときわれらゑんゐきにあつて、そのなさけをかんずるところに、きよもりこう、なほきようきをおこして、きじにいらんとするよし、ほのかにつたへうけたまはるによつて、かねてよういをいたす。じふはちにちたつのいつてんにだいしゆをおこし、しよじにてつそうし、まつじにP268げぢして、ぐんしをえてのち、あんないをたつせんとするところに、せいてうとびきたつてはうかんをなげたり。すうじつのうつねんいちじにげさんす。かのたうかしやうりやういつさんのひつしゆ、なほぶそうのくわんびやうをかへす。いはんやわこくなんぼくりやうもんのしゆと、なんぞぼうしんのじやるゐをはらはざらん。よくりやうゑんさうのぢんをかためて、よろしくわれらがしんぱつのつげをまつべし。じやうをさつしてぎたいをなすことなかれ。もつててつす。くだんのごとし。ぢしようしねんごぐわつにじふいちにち、だいしゆら」とぞかいたりける。
「だいしゆそろへ」(『ながのせんぎ』)S0409てらにはみやいらせたまひてのち、おほぜきこぜきほりきつて、だいしゆまたせんぎす。「そもそもさんもんはこころがはりしつ。なんとはいまだまゐらず。このことのびてはあしかりなん。いざやこんやろくはらにおしよせて、ようちにせん。そのぎならば、らうせうふたてにあひわかつて、まづらうそうどもは、によいがみねよりからめでへむかふべし。あしがるどもをさきだてて、しらかはのざいけにひをかけやきあげば、ざいきやうにん、ろくはらのぶしども、あはやこといできたりとて、はせむかはんずらん。そのときいはさか、さくらもとのへんに、しばしささへてふせぎたたかはんまに、おほてはまつざかより、いづのかみをたいしやうぐんとして、わかだいしゆあくそうどもは、ろくはらにP269おしよせ、かざうへにひをかけやきあげ、ひともみもうでせめんに、などかだいじやうにふだうやきいだいて、うたざるべき」とぞせんぎしたりける。ここにへいけのいのりしける、いちによばうのあじやりしんかいは、でしどうじゆくすじふにんひきぐし、せんぎのにはにすすみいでてまうしけるは、「かやうにまうせば、へいけのかたうどとやおぼしめされさふらふらん。いつかうそのぎにてはさふらはず。たとひささふらふとも、いかがしゆとのぎをもおもひ、わがてらのなをもをしまでは、さふらふべき。むかしはげんぺいさうにあらそひて、てうかのおんかためたりしかども、ちかごろはげんじのうんかたぶき、へいけよをとつてにじふよねん、てんがになびかぬくさきもさふらはず。さればないないのたちのありさまも、こぜいにてはたやすうかなひがたし。よくよくはかりごとをめぐらし、せいをもよほし、ごにちによせらるべうもやさふらふらん」と、ほどをのばさんがために、ながながとこそせんぎしたりけれ。ここにじようゑんばうのあじやりきやうしうは、ころものしたにもよぎにほひのはらまきをき、おほきなるうちがたなまへだれにさしほらし、しらえのなぎなたつゑにつき、せんぎのにはにすすみいでて、「しようこをほかにひくべからず。まづわがてらのほんぐわん、てんむてんわう、いまだとうぐうのおんとき、おほとものわうじにおそはれさせたまひて、よしののおくをいでさせたまひて、やまとのくにうだのこほりをすぎさせたまふには、そのせいわづかにじふしちき、されどもいがいせにうちこえ、みのをはりのぐんびやうをもつて、おほとものわうじをほろぼして、つひにくらゐにつかせたまひき。きうてうふところにいる。じんりんこれをあはれむといふほんもんあり。じよはしらず、きやうしうがもんとにおいては、こんやP270ろくはらにおしよせてうちじにせよや」とぞせんぎしける。ゑんまんゐんのたいふげんかくすすみいでて、「せんぎはしおほし。ただよのふくるに。いそげや、すすめ」とぞまうしける。
(『だいしゆそろへ』)S0410まづからめでにむかふらうそうどものたいしやうぐんには、げんざんみにふだうよりまさ、じようゑんばうのあじやりきやうしう、りつじやうばうのあじやりにちいん、そつのほふいんぜんち、ぜんちがでしぎはう、ぜんやうをさきとして、つがふそのせいいつせんにん、てんでにたいまつもつて、によいがみねへぞむかひける。おほてのたいしやうぐんには、ちやくしいづのかみなかつな、じなんげんだいふのはうぐわんかねつな、ろくでうのくらんどなかいへ、そのこくらんどたらうなかみつ。だいしゆにはゑんまんゐんのたいふげんかく、りつじやうばうのいがのきみ、ほふりんゐんのおにさど、じやうきゐんのあらとさ、これらはちからのつよさ、ゆみやうちものとつては、いかなるおににもかみにもあはうどいふ、いちにんたうぜんのつはものなり。びやうどうゐんには、いなばのりつしやくわうだいぶ、すみのろくらうばう、しまのあじやり、つつゐぼふしに、きやうのあじやり、あくせうなごん、きたのゐんには、こんくわうゐんのろくてんぐ、しきぶたいふ、のと、かが、さど、びんごらなり。まつゐのひご、しようなんゐんのちくご、がやのちくぜん、おほやのしゆんちやう、ごちゐんのたぢま、きやうしうがばうにん、ろくじふにんのうち、かがくわうじよう、ぎやうぶしゆんしう、ほふしばらには、いちらいほふしにしかざりき。だうじゆには、つつゐのじやうめうめいしう、をぐらのそんぐわつ、そんえい、じけい、らくぢう、かなこぶしのげんやう、ぶしにはわたなべのはぶくはりまのじらうさづくさつまのひやうゑ、ちやうじつとなふ、きほふのたきぐち、あたふのうまのじよう、つづくのげんた、きよし、すすむをさきとして、つがふそのせいいつせんごひやくよにん、みゐでらをこそうつたちけれ。P271てらにはみやいらせたまひてのち、おほぜきこぜきほりきり、かいだてかき、さかもぎひきたりければ、ほりにはしわたし、さかもぎとりのけなどしけるほどに、じこくおしうつつて、せきぢのにはとりなきあへり。いづのかみ、「ここにてとりないては、ろくはらへは、はくちうにこそよせんずれ。いかがせん」とのたまへば、ゑんまんゐんのたいふげんかく、またさきのごとくにすすみいでて、「むかししんのせうわう、まうしやうくんをめしいましめられたりしに、きさきのおんたすけによつて、つはものさんぜんにんをひきぐして、にげまぬかれけるが、ほどなくかんこくくわんにいたりぬ。いこくのならひに、にはとりのなかぬかぎりは、せきのとをひらくことなし。かのまうしやうくんがさんぜんのかくのなかに、てんかつといふつはものあり。にはとりのなくまねをゆゆしうしければ、けいめいともいはれけり。かのけいめい、たかきところにはしりあがり、にはとりのなくまねをゆゆしうしたりければ、せきぢのにはとりききつたへて、みななきあへり。そのときせきもり、とりのそらねにばかされて、せきのとをあけてぞとほしける。さればこれもかたきのはかりごとにやなかすらん。ただよせよや」とぞまうしける。かかりしほどに、さつきのみじかよなれば、ほのぼのとぞあけにける。いづのかみのたまひけるは、「ようちにこそさりともとおもひつれ、ひるいくさにはいかにもかなふまじ。あれよびかへせや」とて、おほてはまつざかよりとつてかへし、からめではによいがみねよりひつかへす。わかだいしゆあくそうども、「これはいちによばうがながせんぎにこそ、よはあけたれ。そのばうきれ」とて、おしよせてばうをさんざんにきる。ふせぐところのでしどうじゆく、みなうたれにけり。P272わがみておひ、はふはふろくはらへまゐつて、このよしうつたへまうしけれども、ろくはらにはぐんびやうすまんぎはせあつまつて、ちつともさわぐけしきもしたまはず。さるほどにみやは、さんもんはこころがはりしつ、なんとはいまだまゐらず。このてらばかりでは、いかにもかなふべからずとて、おなじきにじふさんにちのあかつきがたに、みゐでらをいでさせたまひて、なんとへおちさせおはします。このみやはせみをれ、こえだとて、かんちくのふえをふたつもちたまへり。なかにもせみをれは、むかしとばのゐんのおんとき、そうてうのみかどへ、しやきんをおほくまゐらつさせたまひたりしかば、へんぱうとおぼしくて、いきたるせみのごとくに、ふしのつきたるふえたけを、ひとよまゐらつさせたまひけり。これほどのちようほうを、いかんかさうなうゑらせらるべきとて、みゐでらのだいしんのそうじやうかくそうにおほせ、だんじやうにたて、しちにちかぢして、ゑらせたまへるおんふえなり。あるときたかまつのちうなごんさねひらのきやうまゐつて、このおんふえをふかれけるに、よのつねのふえのやうにおもひわすれて、ひざよりしもにおかれたりければ、ふえやとがめけん、そのときせみをれにけり。さてこそせみをれとはめされけれ。このみやふえのおんきりやうたるによつて、ごさうでんありけるとかや。されどもいまをかぎりとやおぼしめされけん、こんだうのみろくにこめまゐらさせたまひけり。りうげのあかつき、ちぐのおんためかとおぼしくて、あはれなりしことどもなり。さるほどにみやは、らうそうどもにはみないとまたうで、とどめさせおはします。しかるべきわかだいしゆあくそうどもはまゐりけり。さんみにふだうのいちるゐ、わたなべたう、みゐでらのだいしゆひきぐして、P273そのせいいつせんごひやくよにんとぞきこえし。じようゑんばうのあじやりきやうしうははとのつゑにすがり、みやのおんまへにまゐり、さうがんよりなみだをはらはらとながいてまうしけるは、「いづくまでもおんともつかまつるべうさふらひしかども、としすでにはちじゆんにたけて、ぎやうぶいかにもかなひがたくさふらへば、でしでさふらふぎやうぶばうしゆんしうをまゐらせさふらはん。これはひととせへいぢのかつせんのとき、こさまのかみよしともがてにさふらうて、ろくでうかはらでうちじにつかまつりさふらひし、さがみのくにのぢうにん、やまのうちのすどうぎやうぶのじようとしみちがこにてさふらひしを、いささかゆかりさふらふによつて、あとふところにておほしたてて、こころのそこまでも、よくしつてさふらへば、いづくまでもめしぐせられさふらへ」とて、なみだをおさへてとどまりぬ。みやもあはれにおぼしめして、「いつのよしみにかくはまうすらん」とて、おんなみだせきあへさせたまはず。
「はしかつせん」(『はしがつせん』)S0411さるほどに、みやはうぢとてらとのあひだにて、ろくどまでおんらくばありけり。これはさんぬるよ、ぎよしんならざりしゆゑなりとて、うぢばしさんげんひきはづし、びやうどうゐんにいれたてまつり、しばらくごきうそくありけり。ろくはらには、「すはやみやこそ、なんとへおちさせたまふなれ。おつかけてうちたてまつれや」とて、たいしやうぐんには、さひやうゑのかみとももり、P274とうのちうじやうしげひら、さつまのかみただのり、さむらひだいしやうには、かづさのかみただきよ、そのこかづさのたらうはうぐわんただつな、ひだのかみかげいへ、そのこひだのたらうはうぐわんかげたか、たかはしのはうぐわんながつな、かはちのはうぐわんひでくに、むさしのさぶらうざゑもんありくに、ゑつちうのじらうびやうゑもりつぎ、かづさのごらうひやうゑただみつ、あくしちびやうゑかげきよをさきとして、つがふそのせいにまんはつせんよき、こはたやまうちこえて、うぢばしのつめにぞおしよせたる。かたきびやうどうゐんにとみてげれば、ときをつくることさんかどなり。みやのおんかたにも、おなじうときのこゑをぞあはせたる。せんぢんが、「はしをひいたるぞ、あやまちすな。はしをひいたるぞ、あやまちすな」とどよみけれども、ごぢんはこれをききつけず、われさきにわれさきにとすすむほどに、せんぢんにひやくよきおしおとされ、みづにおぼれてうせにけり。さるほどに、はしのりやうばうのつめにうつたつてやあはせす。みやのおんかたより、おほやのしゆんちやう、ごちゐんのたぢま、わたなべのはぶく、さづく、つづくのげんたがいけるやぞ、たてもたまらず、よろひもかけずとほりけり。げんざんみにふだうよりまさは、けふをさいごとやおもはれけん、ちやうけんのよろひびたたれに、しながはをどしのよろひきて、わざとかぶとをばきたまはず。ちやくしいづのかみなかつなは、あかぢのにしきのひたたれに、くろいとをどしのよろひなり。ゆみをつようひかんがために、これもかぶとをばきざりけり。
ここにごちゐんのたぢま、おほなぎなたのさやをはづいて、ただいちにんはしのうへにぞすすんだる。へいけのかたにはこれをみて、「ただいとれやいとれ」とて、さしつめひきつめ、P275さんざんにいけれども、たぢますこしもさわがず、あがるやをばついくぐり、さがるやをばをどりこえ、むかつてくるをばなぎなたにてきつておとす。かたきもみかたもけんぶつす。それよりしてこそやぎりのたぢまとはいはれけれ。まただうじゆのなかに、つつゐのじやうめうめいしうは、かちのひたたれに、くろかはをどしのよろひきて、ごまいかぶとのををしめ、こくしつのたちをはき、にじふしさいたるくろぼろのやおひ、ぬりごめどうのゆみに、このむしらえのおほなぎなたとりそへて、これもただいちにんはしのうへにぞすすんだる。だいおんじやうをあげて、「とほからんものはおとにもきけ。ちかからんひとはめにもみたまへ。みゐでらにはかくれなし、だうじゆのなかにつつゐのじやうめうめいしうとて、いちにんたうぜんのつはものぞや。われとおもはんひとびとは、よりあへやげんざんせん」とて、にじふしさいたるやを、さしつめひきつめさんざんにいる。やにはにかたきじふににんいころし、じふいちにんにておうせたれば、えびらにひとつぞのこつたる。そののち、ゆみをばからとなげすてて、えびらもといてすててげり。つらぬきぬいではだしになり、はしのゆきげたを、さらさらとはしりける。ひとはおそれてわたらねども、じやうめうばうがここちには、いちでうにでうのおほちとこそふるまうたれ。なぎなたにてむかふかたきごにんなぎふせ、ろくにんにあたるかたきにあうて、なぎなたなかよりうちをつてすててげり。そののち、たちをぬいてたたかふに、かたきはおほぜいなり、くもで、かくなは、じふもんじ、とんばうかへり、みづくるま、はつぱうすかさずきつたりけり。むかふかたきはちにんきりふせ、くにんにあたるかたきがかぶとのはちにあまりにつよううちあてて、めぬきのもとよりちやうどをれ、P276くつとぬけて、かはへざつぶとぞいりにける。たのむところはこしがたな、しなんとのみぞくるひける。
ここにじようゑんばうのあじやりきやうしうがめしつかひけるいちらいほふしといふだいぢからのかうのもの、じやうめうばうがうしろにつづいてたたかひけるが、ゆきげたはせばし、そばとほるべきやうはなし。じやうめうばうがかぶとのしころにてをおいて、「あしうさふらふ、じやうめうばう」とて、かたをづんどをどりこえてぞたたかひける。いちらいほふしうちじにしてげり。じやうめうばうははふはふかへつて、びやうどうゐんのもんのまへなるしばのうへにもののぐぬぎすて、よろひにたつたるやめをかぞへたればろくじふさん、うらかくやごしよ、されどもいたでならねば、ところどころにきうぢし、かしらからげ、じやうえき、ゆみきりをりつゑにつき、ひらあしだはき、あみだぶまうして、ならのかたへぞまかりける。そののちはじやうめうばうがわたつたるをてほんとして、みゐでらのだいしゆ、さんみにふだうのいちるゐ、わたなべたう、われさきにとはしりつづきはしりつづき、はしのゆきげたをこそわたりけれ。あるひはぶんどりしてかへるものもあり、あるひはいたでおうてはらかききり、かはへとびいるものもあり、はしのうへのいくさ、ひいづるほどにぞみえたりける。へいけのかたのさぶらひだいしやうかづさのかみただきよ、たいしやうぐんのおんまへにまゐり、「あれごらんさふらへ。はしのうへのたたかひ、ていたうさふらふ。いまはかはをわたすべきにてさふらふが、をりふしさみだれのころ、みづまさつてさふらへば、わたさばむまひとおほくほろびさふらひなん。よど、いもあらひへやむかふべき。またかはちぢへやまはるべき。いかがせん」とまうしければ、しもづけのくにのぢうにん、あしかがのまたたらうただつな、P277しやうねんじふしちさいにてありけるが、すすみいでてまうしけるは、「よど、いもあらひ、かはちぢへは、てんぢくしんだんのぶしをめして、むけられさふらはんずるか、それもわれらこそうけたまはつてむかひさふらはんずれ。めにかけたるかたきをうたずして、みやをなんとへいれまゐらせなば、よしのとづがはのせいどもはせあつまつて、いよいよおんだいじでこそさふらはんずらめ。むさしとかうづけのさかひに、とねがはとまうすだいがさふらふ。ちちぶ、あしかが、なかたがうて、つねはかつせんをつかまつりさふらひしに、おほてはながゐのわたり、からめではこがすぎのわたりよりよせさふらひしにここに、かうづけのくにのぢうにん、につたのにふだう、あしかがにかたらはれて、すぎのわたりよりよせんとて、まうけたりけるふねどもを、ちちぶがかたよりみなわられて、まうしけるは、『ただいまここをわたさずは、ながきゆみやのきずなるべし。みづにおぼれてもしなばしね、いざわたさう』とて、むまいかだをつくつて、わたせばこそわたしけめ。ばんどうむしやのならひ、かたきをめにかけ、かはをへだてたるいくさに、ふちせきらふやうやある。このかはのふかさはやさ、とねがはにいくほどのおとりまさりはよもあらじ。つづけやとのばら」とて、まつさきにこそうちいれたれ。つづくひとびと、おほご、おほむろ、ふかず、やまがみ、なはのたらう、さぬきのひろつなしらうだいふ、をのでらのぜんじたらう、へやこのしらう、らうどうにはうぶかたのじらう、きりふのろくらう、たなかのそうだをはじめとして、さんびやくよきぞつづきける。あしかがだいおんじやうをあげて、「よわきむまをばしたてにたてよ。つよきむまをばうはてになせ。むまのあしのおよばうほどは、たづなをくれてあゆませよ。P278はずまば、かいくつておよがせよ。さがらうものをばゆみのはずにとりつかせよ。てにてをとりくみ、かたをならべてわたすべし。むまのかしらしづまばひきあげよ。いたうひいてひつかづくな。くらつぼによくのりさだまつて、あぶみをつようふめ。みづしとまば、さんづのうへにのりかかれ。かはなかにてゆみひくな。かたきいるともあひびきすな。つねにしころをかたぶけよ。いたうかたぶけててへんいさすな。むまにはよわう、みづにはつようあたるべし。かねにわたいておしおとさるな。みづにしなうてわたせやわたせ」とおきてて、さんびやくよきいつきもながさず、むかひのきしへざつとぞうちあげたる。
「みやのごさいご」(『みやのごさいご』)S0412あしかががそのひのしやうぞくには、くちばのあやのひたたれに、あかがはをどしのよろひきて、たかづのうつたるかぶとのををしめ、こがねづくりのたちをはき、にじふしさいたるきりふのやおひ、しげどうのゆみもちて、れんぜんあしげなるむまに、かしはぎにみみづくうつたるきんぷくりんのくらおいてぞのつたりける。あぶみふんばりたちあがり、だいおんじやうをあげて、「むかしてうてきまさかどをほろぼして、けんじやうかうぶつて、なをこうだいにあげたりしたはらとうだひでさとにじふだいのこういん、しもづけのくにのぢうにん、あしかがのたらうとしつながこ、またたらうただつな、しやうねんじふしちさいにまかりなる。P279かやうにむくわんむゐなるものの、みやにむかひまゐらせてゆみをひきやをはなつことはてんのおそれすくなからずさふらへども、ただしゆみもやも、みやうがのほどもへいけのおんうへにこそとどまりさふらはめ。さんみにふだうどののおんかたに、われとおもはんひとびとは、よりあへやげんざんせん」とて、びやうどうゐんのもんのうちへ、せめいりせめいりたたかひけり。たいしやうぐんさひやうゑのかみとももり、これをみたまひて、「わたせやわたせ」とげぢしたまへば、にまんはつせんよき、みなうちいれてわたす。さばかりはやきうぢがはも、むまやひとにせかれて、みづはかみにぞたたへたる。ざふにんばらは、むまのしたてにとりつきとりつきわたるほどに、ひざよりうへをぬらさぬものもおほかりけり。おのづからはづるるみづにはなにもたまらずながれたり。ここにいがいせりやうごくのくわんびやうら、むまいかだおしやぶられて、ろくぴやくよきこそながれたれ。もよぎ、ひをどし、あかをどし、いろいろのよろひの、うきぬしづみぬゆられけるは、かみなみやまのもみぢばのみねのあらしにさそはれて、たつたがはのあきのくれ、ゐせきにかかりて、ながれもあへぬにことならず。そのなかにひをどしのよろひきたるむしやさんにん、あじろにながれかかりて、うきぬしづみぬゆられけるを、いづのかみみたまひて、かくぞえいじたまひける。
いせむしやはみなひをどしのよろひきてうぢのあじろにかかりぬるかな W024
これらはみないせのくにのぢうにんなり。くろだのごへいしらう、ひののじふらふ、おとべのやしちといふものなり。なかにもひののじふらうはふるつはものにてありければ、ゆみのはず、いはのはざまにねぢたてて、かきあがり、ににんのものどもをひきあげて、たすけけるとぞきこえし。P280おほぜいみなわたつて、びやうどうゐんのもんのうちへ、せめいりせめいりたたかひけり。このまぎれにみやをばなんとへさきだたせまゐらせ、さんみにふだうのいちるゐ、わたなべたう、みゐでらのだいしゆ、のこりとどまつてふせぎやいけり。げんざんみにふだうは、しちじふにあまつていくさして、ゆんでのひざぐちをいさせ、いたでなれば、こころしづかにじがいせんとて、びやうどうゐんのもんのうちへひきしりぞくところに、かたきおそひかかれば、じなんげんだいふのはうぐわんかねつなは、こんぢのにしきのひたたれにからあやをどしのよろひきて、しらつきげなるむまに、きんぷくりんのくらおいてのりたまひたりけるが、ちちをのばさんがために、かへしあはせかへしあはせふせぎたたかふ。かずさのたらうはうぐわんがいけるやに、げんだいふのはうぐわん、うちかぶとをいさせてひるむところに、かづさのかみがわらは、じらうまるといふだいぢからのかうのもの、もよぎにほひのよろひき、さんまいかぶとのををしめ、うちもののさやをはづいて、げんだいふのはうぐわんにおしーならべて、むずとくんでどうどおつ。げんだいふのはうぐわんは、だいぢからにておはしければ、じらうまるをとつておさへてくびをかき、たちあがらんとするところにへいけのつはものども、じふしごきおちかさなつて、つひにかねつなをうちてげり。いづのかみなかつなもさんざんにたたかひ、いたであまたおうて、びやうどうゐんのつりどのにてじがいしてげり。そのくびをばしもかうべのとうざぶらうきよちかとつて、おほゆかのしたへぞなげいれたる。ろくでうのくらんどなかいへ、そのこくらんどたらうなかみつも、さんざんにたたかひ、いつしよでうちじにしてげり。このなかいへとまうすは、こたてはきせんじやうよしかたがちやくしなり。しかるをちちうたれてのち、みなしごにてありしを、さんみにふだうやうじにして、ふびんにしたまひしかば、ひごろのけいやくをたがへじとや、P281いつしよでしににけるこそむざんなれ。さんみにふだう、わたなべのちやうじつとなふをめして、「わがくびうて」とのたまへば、しうのいけくびうたんずることのかなしさに、「つかまつともぞんじさふらはず。おんじがいさふらはば、そののちこそたまはりさふらはめ」とまうしければ、げにもとやおもはれけん、にしにむかひてをあはせ、かうじやうにじふねんとなへたまひて、さいごのことばぞあはれなる。
うもれぎのはなさくこともなかりしにみのなるはてぞかなしかりける W025
これをさいごのことばにて、たちのさきをはらにつきたて、うつぶさまにつらぬかつてぞうせられける。そのときにうたよむべうはなかりしかども、わかうよりあながちにすいたるみちなれば、さいごのときもわすれたまはず。そのくびをばちやうじつとなふがとつて、いしにくくりあはせ、うぢがはのふかきところにしづめてげり。へいけのさぶらひども、いかにもしてきほふたきぐちをばいけどりにせばやとうかがひけれども、きほふもさきにこころえてさんざんにたたかひ、いたであまたおひ、はらかききつてしににける。ゑんまんゐんのたいふげんかくは、いまはみやもはるかにのびさせたまひぬらんとやおもひけん、おほだちおほなぎなたさうにもつて、かたきのなかをわつていで、うぢがはへとんでいり、もののぐひとつもすてず、みづのそこをくぐつて、むかひのきしにぞつきにける。たかきところにはしりあがり、だいおんじやうをあげて、「いかにへいけのきんだち、これまではおんだいじか、よう」といひすてて、みゐでらへこそかへりけれ。P282ひだのかみかげいへは、ふるつはものにてありければ、このまぎれにみやはさだめてなんとへやおちさせたまふらんとて、ひたかぶとしごひやくき、むちあぶみをあはせておつかけたてまつる。あんのごとくみやはさんじつきばかりでおちさせたまふところを、くわうみやうせんのとりゐのまへにておつつきたてまつりあめのふるやうにいたてまつりければ、いづれがやとはしらねども、やひとつきたつて、みやのひだりのおんそばはらにたちければ、おむまよりおちさせたまひて、おんくびとられさせたまひけり。おんともまうしたるおにさど、あらとさ、くわうだいぶ、ぎやうぶしゆんしうも、いのちをばいつのためにかをしむべきとて、さんざんにたたかひ、いつしよでうちじにーしてげり。そのなかにめのとごのろくでうのすけのたいふむねのぶは、にひのがいけへとんでいり、うきぐさかほにとりおほひ、ふるひゐたれば、かたきはまへをぞうちとほりぬ。ややあつてかたきしごひやくき、ざざめいてかへりけるなかに、じやうえきたるしにんのくびもなきを、しとみのもとよりかきいだいたるをみれば、みやにてぞおはしましける。「われしなばごくわんにいれよ」とおほせられしこえだときこえしおんふえをも、いまだおんこしにぞささせましましける。はしりいでて、とりつきたてまつらばやとおもへども、おそろしければそれもかなはず。かたきみなとほつてのち、いけよりあがり、ぬれたるものどもしぼりきて、なくなくみやこへのぼつたりけるを、にくまぬものこそなかりけれ。さるほどになんとのだいしゆしちせんよにん、かぶとのををしめ、みやのおんむかひにまゐりけるが、せんぢんはこづにすすみ、ごぢんはいまだこうぶくじのなんだいもんにぞゆらへたる。みやははやくわうみやうせんのP283とりゐのまへにて、うたれさせたまひぬときこえしかば、だいしゆちからおよばず、なみだをおさへてとどまりぬ。いまごじつちやうばかりまちつけさせたまはで、うたれさせたまひける、みやのごうんのほどこそうたてけれ。
「わかみやごしゆつけ」(『わかみやしゆつけ』)S0413へいけのひとびと、みやならびにさんみにふだうのいちるゐ、わたなべたう、みゐでらのだいしゆ、つがふごひやくよにんがくびきつて、たちなぎなたのさきにつらぬき、たかくさしあげ、ゆふべにおよんでろくはらへかへりいらる。つはものどもいさみののしることおびたたし。なかにもさんみにふだうのくびをば、ちやうじつとなふがうぢがはのふかきところにしづめてげれば、みえざりけり。こどものくびをば、あそこここよりみなたづねいだされたり。なかにもみやのおんくびをば、つねにまゐりかよふひともなかりしかば、たれみしりまゐらせたるひともなし。てんやくのかみさだなりこそ、せんねんごれうぢのためにめされしかば、それぞみしりまゐらせたるにこそとてめされけれども、げんしよらうとてまゐらず。またろくはらより、つねはみやのめされまゐらせけるにようばうとて、たづねいだされたり。おんこあまたうみまゐらせなどして、さしもおんちぎりあさからざりしかば、なじかはみそんじたてまつるべき。ただひとめみまゐらせて、そでをかほにおしあててなみだをP284ながしけるにぞ、やがてみやのおんくびとはしつてげる。このみやは、はらばらにおんこのみやたち、あまたおはしましけり。はちでうのにようゐんにさぶらはれけるいよのかみもりのりがむすめ、さんみのつぼねとまうしけるにようばうのはらに、しちさいのわかみや、ごさいのひめみやおはしましけり。にふだうしやうこくのおとと、いけのちうなごんよりもりのきやうをもつて、はちでうのにようゐんへまうされけるは、「ひめみやのおんことはまうすにおよばず。わかみやをば、とういだしまゐらさせたまへ」とまうされたりければ、にようゐんのおんぺんじに、「かかるきこえのありしあかつき、おちのひとなんどがこころをさなうぐしたてまつてうせにけるにや、まつたくこのごしよにはわたらせたまはず」とぞおほせける。よりもりのきやうかへりまゐつて、このよしかくとまうされければ、「なんでふそのごしよならでは、いづくへかわたらせたまふべかんなるぞ。そのぎならば、ぶしどもまゐりてさがしたてまつれ」とぞのたまひける。このちうなごんは、にようゐんのおんめのと、さいしやうどのとまうすにようばうにあひぐして、つねはまゐりかよはれければ、ひごろはなつかしうこそおぼしめしつるに、このみやのおんことまうしにまゐられたれば、いつしかうとましうぞおぼしめされける。わかみや、にようゐんにまうさせたまひけるは、「これほどのおんだいじにおよびさふらふうへ、つひにはのがれさふらふまじ。はやはやいださせおはしませ」とまうさせたまひければ、にようゐんおんなみだをながさせたまひて、「ひとのななつやつは、いまだなにごとをもききわかぬほどぞかし。それにおんみゆゑ、かかるだいじのいできたるを、かたはらいたくおぼして、かやうにおほせらるることよ。よしなかりけるひとを、P285このろくしちねんてならして、けふはかかるうきめをみるよ」とて、おんなみだせきあへさせたまはず。よりもりのきやう、わかみやのおんことかさねてまうしにまゐられたれば、にようゐんちからおよばせたまはず、つひにいだしまゐらさせたまひけり。おんははさんみのつぼね、いまをかぎりのおんわかれなれば、さこそはおんなごりをしうもおぼしめされけめ。さてしもあるべきことならねば、なくなくぎよいきせまゐらせ、おんぐしかきなでて、いだしまゐらさせたまふも、ただゆめとのみぞおもはれける。にようゐんをはじめまゐらせて、つぼねのにようばう、めのわらはにいたるまで、なみだをながしそでをぬらさぬはなかりけり。よりもりのきやう、わかみやうけとりまゐらせ、おんくるまにのせたてまつりて、ろくはらへわたしたてまつる。さきのうだいしやうむねもりのきやう、このみやをみまゐらせて、ちちのぜんもんのおんまへにおはして、「ぜんせのことにやさふらふらん、わかみやをただひとめみまゐらせてさふらへば、あまりにおんいたはしうおもひまゐらせさふらふ。なにかくるしうさふらふべき、このみやのおんいのちをば、まげてむねもりにたびさふらへかし」とまうされければ、にふだういかがおもはれけん、「さらばとうごしゆつけをせさせたてまつれ」とぞのたまひける。むねもりのきやうはちでうのにようゐんへ、このよしまうされたりければ、にようゐん、「なんのやうもあるべからず、ただとうとう」とて、ごしゆつけーせさせたてまつらる。しやくしにさだまらせたまひしかば、ほふしになしまゐらせて、にんなじのおむろのおんでしになしまゐらさせたまひけり。のちにはとうじのいちのちやうじや、やすゐのみやのだいそうじやうだうそんとまうししは、このみやのおんことなり。P286
(『とうぜうのさた』)S0414ならにもまたごいつしよおはしけるを、おんめのとさぬきのかみしげひでがごしゆつけせさせたてまつり、ぐしたてまつりて、ほくこくへおちくだりたりしを、きそよしなかしやうらくのとき、しうにしまゐらせんとて、げんぞくせさせたてまつり、ぐそくしたてまつりて、みやこへのぼりたりければ、きそがみやともまうし、またげんぞくのみやともまうす。のちにはさがのへん、のよりにましましければ、のよりのみやともまうしき。むかしとうじようといつしさうにんあり。うぢどの、にでうどのをば、きみさんだいのくわんばく、ともにおんとしはちじふとまうしたりしもたがはず、そつのうちのおとどをるざいのさうましますとまうしたりしもたがはず。またしやうとくたいしの、しゆじゆんてんわうをわうしのさうましますとまうさせたまひたりしが、むまこのだいじんにころされさせたまひぬ。かならずさうにんとしもあらねども、しやうこにはかくこそめでたかりしか。これはいつかうさうせうなごんがふかくにはあらずやとぞひとまうしける。なかごろげんめいしんわう、ぐへいしんわうとまうししは、ぜんちうしよわう、ごちうしよわうとて、ともにけんわうせいしゆのわうじにてわたらせたまひしかども、つひにくらゐにはつかせたまはず。されどもいつかはごむほんおこさせたまひたりき。またごさんでうのゐんだいさんのわうじ、すけひとのしんわうとまうししは、おんさいかくすぐれておはしましければ、しらかはのゐんいまだとうぐうのおんとき、おんくらゐののちは、このみやをくらゐにつけまゐらさせたまへと、ごさんでうのゐん、ごゆゐぜうありしかども、しらかはのゐんいかがおぼしめされけん、つひにくらゐにはつけまゐらさせたまはず。せめてのおんことにや、P287すけひとのしんわうのおんこのみやに、げんじのしやうをさづけまゐらさせたまひて、むゐよりいちどにさんみにじよして、やがてちうじやうになしまゐらせて、さんみのちうじやうとぞまうしける。いつせのげんじ、むゐよりさんみすることは、さがのくわうていのおんこ、やうぜいゐんのだいなごんさだむのきやうのほかは、これはじめとぞうけたまはる。はなぞののさだいじんありひとこうのおんことなり。さればこんどのたかくらのみやのごむほんによつて、てうぶくのほふうけたまはつておこなはれけるかうそうたちに、けんじやうどもおこなはる。さきのうだいしやうむねもりのきやうのしそく、じじうきよむねさんみにじよして、さんみのじじうとぞまうしける。こんねんじふにさい、ちちのきやうはこのよはひでは、わづかひやうゑのすけまでこそいたられしか。たちまちにかんだちめにあがりたまふこと、いちのひとのきんだちのほかは、これはじめとぞうけたまはる。さるほどにみなもとのもちひとならびにさんみにふだうよりまさふし、つゐたうのしやうとぞききがきにはありける。まさしいだ[い]じやうほふわうのわうじを、いたてまつるだにあるに、あまつさへぼんにんになしたてまつるぞあさましき。みなもとのもちひととは、このたかくらのみやのおんことなり。
「ぬえ」(『ぬえ』)S0415そもそもこのげんざんみにふだうよりまさは、つのかみらいくわうにごだい、みかはのかみよりつながまご、ひやうごのかみなかまさがP288こなりけり。ほうげんのかつせんのときも、みかたにてさきをかけたりしかども、させるしやうにもあづからず。またへいぢのげきらんにも、すでにしんるゐをすててさんじたりしかども、おんしやうこれおろそかなりき。たいだいしゆごにて、としひさしうありしかども、しようでんをばゆるされず。としたけよはひかたぶいてのち、じゆつくわいのわかいつしゆよみてこそ、しようでんをばしたりけれ。
ひとしれぬおほうちやまのやまもりはこがくれてのみつきをみるかな W026
これによつてしようでんゆるされ、じやうげのしゐにてしばらくありしが、なほさんみをこころにかけつつ、
のぼるべきたよりなきみはこのもとにしゐをひろひてよをわたるかな W027
さてこそさんみはしたりけれ。やがてしゆつけして、げんざんみにふだうよりまさとて、こんねんはしちじふごにぞなられける。このひといちごのかうみやうとおぼしきことはおほきがなかにも、ことにはにんぺいのころほひ、こんゑのゐんございゐのおんとき、しゆしやうよなよなおびえさせたまふことありけり。うげんのかうそうきそうにおほせて、だいほふひほふをしゆせられけれどもそのしるしなし。ごなうはうしのこくばかりのことなるに、とうさんでうのもりのかたより、くろくもひとむらたちきたつて、ごてんのうへにおほへば、かならずおびえさせたまひけり。これによつてくぎやうせんぎありけり。さんぬるくわんぢのころほひ、ほりかはのゐんございゐのおんとき、しゆしやうしかのごとくおびえたまぎらせたまひけり。そのときのP289しやうぐんよしいへのあそん、なんでんのおほゆかにさふらはれけるが、ごなうのこくげんにおよんで、めいげんすることさんどののち、かうじやうにさきのみちのくにのかみみなもとのよしいへとなのりたりければ、きくひとみのけよだつて、ごなうかならずおこたらせたまひけり。しかればすなはちせんれいにまかせて、ぶしにおほせてけいごあるべしとて、げんぺいりやうかのつはもののなかをえらませられけるに、このよりまさをぞえらびいだされたりける。そのときはいまだひやうごのかみにてさふらはれけるが、まうされけるは、「むかしよりてうかにぶしをおかるることは、ぎやくほんのものをしりぞけ、ゐちよくのともがらをほろぼさんがためなり。めにもみえぬへんげのものつかまつれとおほせくださるること、いまだうけたまはりおよばず」とまうしながら、ちよくせんなれば、めしにおうじてさんだいす。よりまさたのみきつたるらうどう、とほたふみのくにのぢうにん、ゐのはやたに、ほろのかざぎりはいだりけるやおはせて、ただいちにんぞぐしたりける。わがみはふたへのかりぎぬに、やまどりのををもつてはいだりけるとがりやふたすぢ、しげどうのゆみにとりそへて、なんでんのおほゆかにしこうす。よりまさやふたつたばさみけることは、がらいのきやう、そのときはいまださせうべんにておはしけるが、へんげのものつかまつらんずるじんは、よりまさぞさふらふらんとえらびまうされたるあひだ、いちのやにてへんげのものいそんずるほどならば、にのやには、がらいのべんのしやくびのほねをいんとなり。あんのごとくひごろひとのまうすにたがはず、ごなうのこくげんにおよんで、とうさんでうのもりのかたより、くろくもひとむらたちきたつて、ごてんのうへにたなびいたり。よりまさきつとみあげたれば、P290くものなかにあやしきもののすがたあり。いそんずるほどならば、よにあるべしともおぼえず。さりながらやとつてつがひ、なむはちまんだいぼさつとこころのうちにきねんして、よつぴいて、ひようどはなつ。てごたへしてはたとあたる。「えたりや、おう」と、やさけびをこそしてんげれ。ゐのはやたつとより、おつるところをとつておさへ、つかもこぶしもとほれとほれと、つづけさまにここのかたなぞさいたりける。そのときじやうげてんでにひをとぼして、これをごらんじみたまふに、かしらはさる、むくろはたぬき、をはくちなば、てあしはとらのごとくにて、なくこゑぬえにぞにたりける。おそろしなどもおろかなり。しゆしやうぎよかんのあまりにししわうとまうすぎよけんをくださる。うぢのさだいじんどのこれをたまはりついで、よりまさにたばんとて、ごぜんのきざはしをなからばかりおりさせたまふをりふし、ころはうづきとをかあまりのことなれば、くもゐにくわつこうふたこゑみこゑおとづれてとほりければ、さだいじんどの、
ほととぎすなをもくもゐにあぐるかな
とおほせられかけたりければ、よりまさみぎのひざをつき、ひだりのそでをひろげて、つきをすこしそばめにかけつつ、
ゆみはりつきのいるにまかせて W028
とつかまつり、ぎよけんをたまはりてまかりいづ。このよりまさのきやうはぶげいにもかぎらず、かだうにもまたすぐれたりとぞ、ときのひとびとかんじあはれける。さてかのへんげのものをば、うつほぶねにP291いれてながされけるとぞきこえし。またおうほうのころほひ、にでうのゐんございゐのおんとき、ぬえといふけてう、きんちうにないて、しばしばしんきんをなやましたてまつることありけり。しかればせんれいにまかせて、よりまさをぞめされける。ころはさつきはつかあまり、まだよひのことなるに、ぬえただひとこゑおとづれて、ふたこゑともなかざりけり。めざすともしらぬやみではあり、すがたかたちもみえざりければ、やつぼをいづくともさだめがたし。よりまさがはかりごとに、まづおほかぶらとつてつがひ、ぬえのこゑしたりけるだいりのうへへぞいあげたる。ぬえ、かぶらのおとにおどろいて、こくうにしばしぞひひめいたる。つぎにこかぶらとつてつがひ、ひいふつといきつて、ぬえとならべてまへにぞおとしたる。きんちうざざめきわたつて、よりまさにぎよいをかづけさせおはします。こんどはおほひのみかどのうだいじんきんよしこうのたまはりついで、よりまさにかづけさせたまふとて、「むかしのやういうは、くものほかのかりをいき。いまのよりまさは、あめのうちのぬえをいたり」とぞかんぜられける。
さつきやみなをあらはせるこよひかな
とおほせられかけたりければ、よりまさ、
たそかれどきもすぎぬとおもふに W029
とつかまつり、ぎよいをかたにかけてまかりいづ。そののちいづのくにたまはり、しそくなかつなじゆりやうになし、わがみさんみして、たんばのごかのしやう、わかさのとうみやがはをちぎやうして、さておはすべかりしP292ひとの、よしなきむほんおこいて、みやをもうしなひまゐらせ、わがみもしそんもほろびぬるこそうたてけれ。
「みゐでらえんしやう」(『みゐでらえんしやう』)S0416ひごろはさんもんのだいしゆこそ、はつかうのみだりがはしきうつたへつかまつるに、こんどはいかがおもひけん、をんびんをぞんじておともせず。しかるをなんとみゐでらどうじんして、あるひはみやうけとりまゐらせ、あるひはおんむかひにまゐるでう、これもつててうてきなり。しからばならをも、てらをもせめらるべしときこえしが、まづみゐでらをせめらるべしとて、おなじきごぐわつにじふしちにち、たいしやうぐんにはさひやうゑのかみとももり、ふくしやうぐんにはさつまのかみただのり、つがふそのせいいちまんよき、をんじやうじへはつかうす。てらにもだいしゆいつせんにん、かぶとのををしめ、かいだてかき、さかもぎひいて、まちかけたり。うのこくよりやあはせして、いちにちたたかひくらし、よにいりければ、だいしゆいげほふしばらにいたるまで、さんびやくよにんうたれぬ。よいくさになつて、くらさはくらし、くわんぐんじちうにせめいりて、ひをはなつ。やくるところ、ほんがくゐん、じやうきゐん、しんによゐん、けをんゐん、だいほうゐん、しやうりうゐん、ふげんだう、けうだいくわしやうのほんばう、ならびにほんぞうとう、はちけんしめんのだいかうだう、しゆろう、きやうざう、くわんぢやうだう、ごほふぜんじんのしやだん、いまぐまののごほうでん、すべてP293だうじやたふべうろくぴやくさんじふしちう、おほつのざいけいつせんはつぴやくごじふさんう、ならびにちしようのわたしたまへるいつさいきやうしちせんよくわん、ぶつざうにせんよたい、たちまちにけぶりとなるこそかなしけれ。しよてんごめうのたのしみも、このときながくつき、りうじんさんねつのくるしみも、いよいよさかんなるらんとぞみえし。
それみゐでらは、あふみのぎだいりやうがわたくしのてらたりしを、てんむてんわうによせたてまつりて、ごぐわんとなす。ほんぶつもかのみかどのごほんぞん、しかるをしやうじんのみろくときこえたまひしけうだいくわしやう、ひやくろくじふねんおこなうて、だいしにふぞくしたまへり。としたてんじやう、まにほうでんよりあまくだり、はるかにりうげげしやうのあかつきをまたせたまふとこそききつるに、こはいかにしつることどもぞや。だいしこのところをでんぽふくわんぢやうのれいせきとして、ゐけすゐのみつをむすびたまひしゆゑにこそ、みゐでらとはなづけたれ。かかるめでたきせいぜきなれども、いまはなにならず。けんみつしゆゆにほろびて、がらんさらにあともなし。さんみつだうぢやうもなければ、れいのこゑもきこえず。いちげのはなもなければ、あかのおともせざりけり。しゆくらうせきとくのめいしは、ぎやうがくにおこたり、じゆほふさうじようのでしは、またきやうげうにわかれんだり。てらのちやうりゑんけいほつしんわうは、てんわうじのべつたうをもとどめられさせたまふ。そのほかそうがうじふさんにん、けつくわんせられて、みなけんびゐしにあづけらる。だうじゆはつつゐのじやうめうめいしうにいたるまで、さんじふよにんながされけり。「かかるてんがのみだれ、こくどのさわぎ、ただごとともおぼえず、へいけのよのすゑになりぬるぜんべうやらん」とぞひとまうしける。P294
「わがみのえいぐわ」
わがみのえいぐわをきはむるのみならず、いちもんともにはんじやうして、ちやくししげもり、ないだいじんのさだいしやう、じなんむねもり、ちうなごんのうだいしやう、さんなんとももり、さんみのちうじやう、ちやくそんこれもり、しゐのせうしやう、すべていちもんのくぎやうじふろくにん、てんじやうびとさんじふよにん、しよこくのじゆりやう、ゑふ、しよし、つがふろくじふよにんなり。よにはまたひとなくぞみえられける。むかしならのみかどのおんとき、じんきごねん、てうかにちうゑのだいしやうをはじめおかる。だいどうしねんにちうゑをこんゑとあらためられしよりこのかた、きやうだいさうにあひならぶこと、わづかにさんしかどなり。もんどくてんわうのおんときは、ひだんによしふさ、うだいじんのさだいしやう、みぎによしあふ、だいなごんのうだいしやう、これはかんゐんのさだいじんふゆつぎのおんこなり。しゆしやくゐんのぎようには、ひだりにさねより、をののみやどの、みぎにもろすけ、くでうどの、ていじんこうのおんこなり。ごれんぜいゐんのおんときは、ひだりにのりみち、おほにでうどの、みぎによりむね、ほりかはどの、みだうのくわんぱくのおんこなり。にでうのゐんのぎようには、ひだりにもとふさ、まつどの、みぎにかねざね、つきのわどの、ほつしやうじどののおんこなり。これみなせふろくのしんのごしそく、はんじんにとつてはそのれいなし。てんじやうのまじはりをだにきらはれしひとのしそんにて、きんじき、ざつぱうをゆり、りようらきんしうをみにまとひ、だいじんのだいしやうになつてきやうだいさうにあひならぶこと、まつだいとはいひながら、ふしぎなりしことどもなり。そのほか、おんむすめはちにんおはしき。みなとりどりにさいはひたまへり。いちにんはさくらまちのちうなごんしげのりのきやうのきたのかたにておはすべかりしが、はつさいのとしおんやくそくばかりにて、へいぢのみだれいご、ひきちがへられて、くわざんのゐんのさだいじんどののみだいばんどころにならせたまひて、きんだちあまたましましけり。そもそもこのしげのりのきやうをさくらまちのちうなごんとまうしけることは、すぐれてこころすきたまへるひとにて、つねはよしののやまをこひつつ、ちやうにさくらをうゑならべ、そのうちにやをたててすみたまひしかば、くるとしのはるごとに、みるひと、さくらまちとぞまうしける。さくらはさいてしちかにちにちるを、なごりををしみ、あまてるおんがみにいのりまうされければにや、さんしちにちまでなごりありけり。きみもけんわうにてましませば、しんもしんとくをかかやかし、はなもこころありければ、はつかのよはひをたもちけり。いちにんはきさきにたたせたまふ。にじふににてわうじごたんじやうあつて、くわうたいしにたち、くらゐにつかせたまひしかば、ゐんがうかうぶらせたまひて、けんれいもんゐんとぞまうしける。にふだうしやうこくのおんむすめなるうへ、てんがのこくもにてましませば、とかうまうすにおよばれず。いちにんはろくでうのせつしやうどののきたのまんどころにならせたまふ。これはたかくらのゐんございゐのおんとき、おんははしろとて、じゆんさんごうのせんじをかうぶらせたまひて、しらかはどのとて、おもきひとにてぞましましける。いちにんはふげんじどののきたのまんどころにならせたまふ。いちにんはれんぜいのだいなごんりうばうのきやうのきたのかた、いちにんはしちでうのしゆりのだいぶのぶたかのきやうにあひぐしたまへり。またあきのくにいつくしまのないしがはらにいちにん、これはごしらかはのほふわうへまゐらせたまひて、ひとへににようごのやうでぞましましける。そのほかくでうのゐんのざふしときはがはらにいちにん、これはくわざんのゐんどののじやうらふにようばうにて、らふのおんかたとぞまうしける。につぽんあきつしまはわづかにろくじふろくかこく、へいけちぎやうのくにさんじふよかこく、すでにはんごくにこえたり。そのほかしやうえん、でんばく、いくらといふかずをしらず。きらじうまんして、たうしやうはなのごとし。けんきくんじゆして、もんぜんいちをなす。やうしうのこがね、けいしうのたま、ごきんのあや、しよつかうのにしき、しつちんまんぽう、ひとつとしてかけたることなし。かたうぶかくのもとゐ、ぎよりようしやくばのもてあそびもの、おそらくは、ていけつもせんとうも、これにはすぎじとぞみえし。
平家物語 巻第五 総かな版(元和九年本)
「みやこうつり」(『みやこうつり』)S0501ぢしようしねんろくぐわつみつかのひ、ふくはらへごかうなるべしときこゆ。このひごろみやこうつりあるべしときこえしかども、たちまちにきんみやうのほどとは、おもはざりしものをとて、きやうぢうのじやうげさわぎあへり。みつかとさだめられたりしかども、あまつさへいまいちにちひきあげられて、ふつかになりぬ。ふつかのうのこくに、ぎやうがうのみこしをよせたりければ、しゆしやうはこんねんさんざい、いまだいとけなうましましければ、なにごころもなうぞめされける。しゆしやうをさなうわたらせたまふときのごとうよには、ぼこうこそまゐらせたまふに、これはそのぎなし。おんめのとそつのすけどのばかりこそ、ひとつおんこしにはまゐられけれ。ちうぐう、いちゐん、しやうくわうもごかうなる。せつしやうどのをはじめたてまつて、だいじやうだいじんいげのけいしやううんかく、われもわれもとぐぶせらる。へいけにはだいじやうのにふだうをはじめまゐらせて、いちもんのひとびとみなまゐられけり。あくるみつかのひ、ふくはらへいらせおはします。にふだうしやうこくのおとと、いけのちうなごんよりもりのきやうのP295さんざう、くわうきよになる。おなじきよつかのひ、よりもり、いへのしやうとてじやうにゐしたまふ。くでうどののおんこ、うだいしやうよしみちのきやう、かかいこえられさせたまひけり。せふろくのしんのごしそく、はんじんのじなんにかかいこえられさせたまふこと、これはじめとぞうけたまはる。にふだうしやうこくやうやうおもひなほつて、ほふわうをばとばのきたどのをいだしまゐらせて、みやこへくわんぎよなしたてまつられたりしが、たかくらのみやのごむほんによつて、おほきにいきどほり、またふくはらへごかうなしたてまつり、しめんにはたいたして、くちひとつあきたるうちに、さんげんのいたやをつくつて、おしこめたてまつる。しゆごのぶしには、はらだのたいふたねなほばかりぞさふらひける。たやすうひとのまゐりかよふべきやうもなければ、わらんべなどは、ろうのごしよとぞまうしける。きくもいまいましう、あさましかりしことどもなり。ほふわう、「いまはよのまつりごとをしろしめさばやとは、つゆもおぼしめしよらず。ただやまやまてらでらしゆぎやうして、おんこころのままになぐさまばや」とぞおほせける。「へいけのあくぎやうにおいては、ことごとくきはまりぬ。さんぬるあんげんよりこのかた、おほくのだいじんくぎやう、あるひはながしあるひはうしなひ、くわんばくながしたてまつて、わがむこをくわんばくになし、ほふわうをせいなんのりきうにおしこめたてまつり、あまつさへだいにのわうじたかくらのみやうちたてまつて、いまのこるところのみやこうつりなれば、かやうにしたまふにや」とぞひとまうしける。
みやこうつりはこれせんじようなきにあらず。じんむてんわうとまうすは、ぢじんごだいのてい、ひこなぎさたけうがやふきあはせずのみことだいしのわうじ、おんはははたまよりひめ、かいじんのむすめなり。かみのよじふにだいのP296あとをうけ、にんだいはくわうのていそなり。かのとのとりのとし、ひうがのくにみやざきのこほりにして、くわうわうのほうそをつぎ、ごじふくねんといひしつちのとひつじのとしじふぐわつにとうせいして、とよあしはらなかつくににとどまり、このころやまとのくにとなづけたる、うねびのやまをてんじて、ていとをたて、かしはらのちをきりはらつて、きうしつをつくりたまへり。これをかしはらのみやとなづけたり。それよりこのかた、だいだいのていわう、みやこをたこくたしよへうつさるること、さんじふどにあまり、しじふどにおよべり。じんむてんわうよりけいかうてんわうまでじふにだいは、やまとのくにこほりごほりにみやこをたてて、たこくへはつひにうつされず。しかるをせいむてんわうぐわんねんに、あふみのくににうつつて、しがのこほりにみやこをたつ。ちうあいてんわうにねんに、ながとのくににうつつて、とよらのこほりにみやこをたつ。そのくにかのみやこにして、みかどかくれさせたまひしかば、きさきじんぐうくわうこう、おんよをうけとらせたまひ、によたいとして、きかい、かうらい、けいたんまでせめしたがへさせたまひけり。いこくのいくさをしづめさせたまひて、きてうののち、ちくぜんのくにみかさのこほりにしてわうじごたんじやう、やがてそのところをば、うみのみやとぞまうしける。かけまくもかたじけなくやはたのおんことこれなり。くらゐにつかせたまひては、おうじんてんわうとぞまうしける。そののちじんぐうくわうこうは、やまとのくににうつつて、いはれわかざくらのみやにおはします。おうじんてんわうは、おなじきくにかるしまあかりのみやにすませたまふ。にんとくてんわうぐわんねんに、つのくになんぱにうつつて、たかつのみやにおはします。りちうてんわうにねんに、またやまとのくににうつつて、とをちのこほりにみやこをたつ。はんせいてんわうぐわんねんに、かはちのくににうつつて、しばがきのみやにすませたまふ。いんぎようてんわうしじふにねんに、またやまとのくににうつつて、とぶとりのP297あすかのみやにおはします。ゆうりやくてんわうにじふいちねんに、おなじきくにはつせあさくらにみやゐしたまふ。けいたいてんわうごねんに、やましろのくにつづきにうつつてじふにねん、そののちおとぐんにみやゐしたまふ。せんくわてんわうぐわんねんに、またやまとのくににうつつて、ひのくまのいるののみやにすませたまふ。かうとくてんわうたいくわぐわんねんに、つのくにながらにうつつて、とよざきのみやにおはします。さいめいてんわうにねんに、またやまとのくににうつつて、をかもとのみやにすませたまふ。てんぢてんわうろくねんに、あふみのくににうつつて、おほつのみやにおはします。てんむてんわうぐわんねんに、なほやまとのくににかへつて、をかもとのみなみのみやにすませたまふ。これをきよみばらのみかどとまうしき。ぢどうもんむにだいのせいてうは、ふぢはらのみやにおはします。げんめいてんわうよりくわうにんてんわうまでしちだいは、ならのみやこにすませたまふ。
しかるをくわんむてんわうのぎよう、えんりやくさんねんじふぐわつみつかのひ、ならのきやうかすがのさとより、やましろのくにながをかにうつつて、じふねんといつししやうぐわつに、だいなごんふぢはらのをぐるまる、さんぎさだいべんきのこさみ、たいそうづげんけいらをつかはして、たうごくかどののこほりうだのむらをみせらるるに、りやうにんともにそうしていはく、「このちのていをみさふらふに、さしやうりう、うびやくこ、ぜんしゆじやく、ごげんむ、しじんさうおうのちなり。もつともていとをさだむるにたれり」とまうす。これによつておたぎのこほりにおはしますかものだいみやうじんに、このよしをつげまうさせたまひて、えんりやくじふさんねんじふいちぐわつにじふいちにち、ながをかのきやうよりこのきやうへうつされて、ていわうはさんじふにだい、せいざうはさんびやくはちじふよさいのしゆんじうをおくりむかふ。それよりこのかただいだいのみかど、くにぐにところどころへ、おほくのみやこをうつされしかども、かくのごときのしようちはなしと、くわんむてんわうことにしつしP298おぼしめして、だいじんくぎやう、しよこくのさいじんらにおほせて、ちやうきうなるべきさうとて、つちにてはつしやくのにんぎやうをつくり、くろがねのよろひかぶとをきせ、おなじうくろがねのゆみやをもたせて、まつだいといふとも、このきやうをたこくへうつすことあらば、しゆごじんとならんとちかひつつ、ひがしやまのみねに、にしむきにたててぞうづまれける。さればてんがにこといでこんとては、このつかかならずめいどうす。しやうぐんがつかとていまにあり。なかんづくこのきやうをば、へいあんじやうとなづけて、たひらやすきみやことかけり。もつともへいけのあがむべきみやこぞかし。くわんむてんわうとまうすは、へいけのなうそにておはします。せんぞのきみのさしもしつしおぼしめしつるみやこを、させるゆゑなうして、たこくたしよへうつされけるこそあさましけれ。ひととせさがのくわうていのおんとき、へいぜいのせんてい、ないしのかみのすすめによつて、すでにこのきやうをたこくへうつさんとせさせたまひしかども、だいじんくぎやうしよこくのにんみんそむきまうししかば、うつされずしてやみにき。いつてんのきみばんじようのあるじさへ、うつしえたまはぬみやこを、にふだうしやうこくじんしんのみとして、うつされけるぞあさましき。きうとはあはれめでたかりつるみやこぞかし。わうじやうしゆごのちんじゆは、しはうにひかりをやはらげ、れいげんしゆしようのてらでらは、じやうげにいらかをならべたり。ひやくしやうばんみんわづらひなく、ごきしちだうもたよりあり。されどもいまはつじつじをほりきつて、くるまなどのたやすうゆきかふこともなく、たまさかにゆくひとは、こぐるまにのり、みちをへてこそとほりけれ。のきをあらそひしひとのすまひ、ひをへつつあれゆく。いへいへはかもがは、かつらがはにこぼちいれ、いかだにくみうかべP299、しざいざふぐふねにつみ、ふくはらへとてはこびくだす。ただなりに、はなのみやこ、ゐなかになるこそかなしけれ。なにもののしわざにやありけん、ふるきみやこのだいりのはしらに、にしゆのうたをぞかきつけける。
ももとせをよかへりまでにすぎきにしおたぎのさとのあれやはてなむ W030
さきいづるはなのみやこをふりすててかぜふくはらのすゑぞあやふき W031
「しんと」おなじきろくぐわつここのかのひ、しんとのことはじめあるべしとて、しやうけいにはとくだいじのさだいしやうじつていのきやう、つちみかどのさいしやうのちうじやうとうしんのきやう、ぶぎやうのべんには、さきのさせうべんゆきたか、おほくのくわんにんどもめしぐして、たうごくわだのまつばら、にしののをてんじて、くでうのちをわられけるに、いちでうよりしも、ごでうまではそのところありて、それよりしもはなかりけり。ぎやうじくわんかへりまゐつて、このよしをそうもんす。さらばはりまのいなみのか、なほつのくにのこやのかなんど、くぎやうせんぎありしかども、ことゆくべしともみえざりけり。きうとはすでにうかれぬ。しんとはいまだことゆかず。ありとしあるひとは、みなみをうきくものおもひをなし、もとこのところにすむものは、ちをうしなつてうれへ、いまうつるひとびとは、どぼくのP300わづらひをのみなげきあへり。すべてただゆめのやうなつしことどもなり。つちみかどのさいしやうのちうじやうとうしんのきやうのまうされけるは、「いこくにはさんでうのくわうろをひらいて、じふじのとうもんをたつとみえたり。いはんやごでうまであらんみやこに、などかだいりをたてざるべき。かつがつまづさとだいりつくらるべし」とくぎやうせんぎあつて、ごでうのだいなごんくにつなのきやう、りんじにすはうのくにをたまはつて、ざうしんせらるべきよし、にふだうしやうこくはからひまうされけり。このくにつなのきやうとまうすは、ならびなきだいふくちやうじやにておはしければ、だいりつくりいだされんこと、さうにおよばねども、いかんがくにのつひえ、たみのわづらひなかるべき。まことにさしあたつたるてんがのだいじ、だいじやうゑなどのおこなはるべきをさしおいて、かかるよのみだれに、せんと、ざうだいり、すこしもさうおうせず。「いにしへのかしこきみよには、すなはちだいりにかやをふき、のきをだにもととのへず、けぶりのとぼしきをみたまふときには、かぎりあるみつぎものをもゆるされき。これすなはちたみをめぐみ、くにをたすけたまふによつてなり。そしやうくわのたいをたててれいみんあらけ、しんあはうのてんをおこいては、てんがみだるといへり。ばうしきらず、さいてんけづらず、しうしやかざらず、いふくあやなかりけるよもありけんものを。さればたうのたいそうのりさんきうをつくつて、たみのつひえをやはばからせたまひけん、つひにりんかうなくして、かはらにまつおひ、かきにつたしげつて、やみにけるにはさうゐかな」とぞひとまうしける。P301
「つきみ」(『つきみ』)S0502ろくぐわつここのかのひ、しんとのことはじめ、はちぐわつとをかのひしやうとう、じふいちぐわつじふさんにちせんかうとさだめらる。ふるきみやこはあれゆけど、いまのみやこははんじやうす。あさましかりつるなつもくれて、あきにもすでになりにけり。あきもやうやうなかばになりゆけば、ふくはらのしんとにましましけるひとびと、めいしよのつきをみんとて、あるひはげんじのだいしやうのむかしのあとをしのびつつ、すまよりあかしのうらづたひ、あはぢのせとをおしわたり、ゑじまがいそのつきをみる。あるひはしらら、ふきあげ、わかのうら、すみよし、なには、たかさご、をのへのつきのあけぼのを、ながめてかへるひともあり。きうとにのこるひとびとは、ふしみ、ひろさはのつきをみる。なかにもとくだいじのさだいしやうじつていのきやうは、ふるきみやこのつきをこひつつ、はちぐわつとをかあまりに、ふくはらよりぞのぼりたまふ。なにごともみなかはりはてて、まれにのこるいへは、もんぜんくさふかくして、ていじやうつゆしげし。よもぎがそま、あさぢがはら、とりのふしどとあれはてて、むしのこゑごゑうらみつつ、くわうぎくしらんののべとぞなりにける。いまこきやうのなごりとては、こんゑかはらのおほみやばかりぞましましける。だいしやうそのごしよへまゐり、まづずゐじんをもつて、そうもんをたたかせらるれば、うちよりをんなのこゑにて、「たそや、よもぎふのつゆうちはらふひともなきところに」とP302とがむれば、「これはふくはらよりだいしやうどののおんのぼりざふらふ」とまうす。「ささぶらはば、そうもんはぢやうのさされてさぶらふぞ。ひがしのこもんよりいらせたまへ」とまうしければ、だいしやう、さらばとて、ひがしのこもんよりぞまゐられける。おほみやは、おんつれづれに、むかしをやおぼしめしいでさせたまひけん、なんめんのみかうしあけさせ、おんびはあそばされけるところへ、だいしやうつとまゐられたれば、しばらくおんびはをさしおかせたまひて、「ゆめかやうつつか、これへこれへ」とぞおほせける。げんじのうぢのまきには、うばそくのみやのおんむすめ、あきのなごりををしみつつ、びはをしらべてよもすがらこころをすましたまひしに、ありあけのつきのいでけるを、なほたへずやおぼしけん、ばちにてまねきたまひけんも、いまこそおぼしめししられけれ。まつよひのこじじうとまうすにようばうも、このごしよにぞさふらはれける。そもそもこのにようばうをまつよひとめされけることは、あるときごぜんより、「まつよひ、かへるあした、いづれかあはれはまされる」とおほせければ、かのにようばう、
まつよひのふけゆくかねのこゑきけばかへるあしたのとりはものかは W032
とまうしたりけるゆゑにこそ、まつよひとはめされけれ。だいしやうこのにようばうをよびいでて、むかしいまのものがたりどもしたまひてのち、さよもやうやうふけゆけば、ふるきみやこのあれゆくを、いまやうにこそうたはれけれ。
ふるきみやこをきてみればあさぢがはらとぞあれにけるP303
つきのひかりはくまなくてあきかぜのみぞみにはしむ
と、おしかへしおしかへしさんべんうたひすまされたりければ、おほみやをはじめたてまつて、ごしよぢうのにようばうたち、みなそでをぞぬらされける。さるほどによもやうやうあけゆけば、だいしやういとままうしつつ、ふくはらへぞかへられける。ともにさふらふくらんどをめして、「じじうがなにとおもふやらん、あまりになごりをしげにみえつるに、なんぢかへつて、ともかうもいうてこよ」とのたまへば、くらんどはしりかへり、かしこまつて、「これはだいしやうどののまうせとざふらふ」とて、
ものかはときみがいひけむとりのねのけさしもなどかかなしかるらむ W033
にようばうとりあへず、
またばこそふけゆくかねもつらからめかへるあしたのとりのねぞうき W034
くらんどはしりかへつて、このよしまうしたりければ、「さてこそなんぢをばつかはしたれ」とて、だいしやうおほきにかんぜられけり。それよりしてこそ、ものかはのくらんどとはめされけれ。P304
「もつけ」(『もつけのさた』)S0503へいけみやこをふくはらへうつされてのちは、ゆめみもあしう、つねはこころさわぎのみして、へんげのものどもおほかりけり。あるよにふだうのふしたまひたりけるところに、ひとまにはばかるほどのもののおもてのいできたつてのぞきたてまつる。にふだうちつともさわがず、はつたとにらまへておはしければ、ただきえにきえうせぬ。をかのごしよとまうすは、あたらしうつくられたりければ、しかるべきたいぼくなんどもなかりけるに、あるよおほぎのたふるるおとして、ひとならばにさんぜんにんがこゑして、こくうにどつとわらふおとしけり。いかさまにもこれはてんぐのしよゐといふさたにて、ひるごじふにん、よるひやくにんのばんしゆをそろへ、ひきめのばんとなづけて、ひきめをいさせられけるに、てんぐのあるかたへむかつていたるとおぼしきときは、おともせず。またないかたへむかつていたるときは、どつとわらひなんどしけり。またあるあしたにふだうしやうこくちやうだいよりいでて、つまどをおしひらき、つぼのうちをみたまへば、しにんのしやれかうべどもが、いくらといふかずをしらず、つぼのうちにみちみちて、うへなるはしたになり、したなるはうへになり、なかなるははしへころびいで、はしなるはなかへころびいり、ころびあひ、ころびのき、からめきあへり。にふだうしやうこく、「ひとやあるひとやある」とP305めされけれども、をりふしひともまゐらず。かくしておほくのどくろどもが、ひとつにかたまりあひ、つぼのうちに、はばかるほどになつて、たかさはじふしごぢやうもあるらんとおぼゆるやまのごとくになりにけり。かのひとつのおほがしらに、いきたるひとのめのやうに、だいのまなこがせんまんいできて、にふだうしやうこくをきつとにらまへ、しばしはまだたきもせず。にふだうちつともさわがず、ちやうどにらまへてたたれたりければ、つゆしもなどのひにあたつてきゆるやうに、あとかたもなくなりにけり。
またにふだうしやうこく、いちのおんむまやにたてて、とねりあまたつけて、あさゆふなでかはれけるむまのをに、ねずみいちやのうちにすをくひこをぞうんだりける。これただごとにあらず、みうらあるべしとてじんぎくわんにして、みうらあり。おもきおんつつしみとうらなひまうす。このむまは、さがみのくにのぢうにん、おほばのさぶらうかげちかが、とうはつかこくいちのむまとて、にふだうだいしやうこくにまゐらせたりけるとかや。くろきむまのひたひのすこししろかりければ、なをばもちづきとぞいはれける。おんやうのかみあべのやすちかたまはつてげり。むかしてんぢてんわうのぎように、れうのおむまのをに、ねずみいちやのうちにすをくひ、こをうんだりけるには、いこくのきようぞくほうきしたりとぞ、につぽんぎにはみえたりける。またげんぢうなごんがらいのきやうのもとに、めしつかはれけるせいしがみたりけるゆめも、おそろしかりけり。たとへばたいだいのじんぎくわんとおぼしきところに、そくたいただしきじやうらふの、あまたよりあひたまひて、ぎぢやうのやうなることのありしに、ばつざなるじやうらふの、へいけのかたうどしP306たまふとおぼしきを、そのなかよりしておつたてらる。はるかのざじやうにけだかげなるおんしゆくらうのましましけるが、「このひごろへいけのあづかりたてまつるせつたうをばめしかへいて、いづのくにのるにんさきのうひやうゑのすけよりともにたばうずるなり」とおほせければ、そのそばになほおんしゆくらうのましましけるが、「そののちはわがまごにもたびさふらへ」とぞおほせける。せいしゆめのうちに、あるらうをうに、しだいにこれをとひたてまつる。「ばつざなるじやうらふの、へいけのかたうどしたまふとおぼしきは、いつくしまのだいみやうじん、せつたうをよりともにたばうとおほせらるるは、はちまんだいぼさつ、そののちわがまごにもたべとおほせけるは、かすがのだいみやうじん、かうまうすおきなは、たけうちのみやうじん」とこたへたまふといふゆめをみて、さめてのち、ひとにこれをかたるほどに、にふだうしやうこくもれききたまひて、がらいのきやうのもとへししやをたてて、「それにゆめみのせいしのさふらふなるをたまはつて、くはしうたづねさふらはばや」とのたまひて、つかはされたりければ、かのゆめみたりけるせいし、あしかりなんとやおもひけん、やがてちくでんしてげり。そののちがらいのきやう、にふだうしやうこくのていにゆいて、「まつたくさることさふらはず」と、ちんじまうされたりければ、そののちはさたもなかりけり。それにまたなによりふしぎなりけることには、きよもりいまだあきのかみたりしとき、じんぱいのついでにれいむをかうぶつて、いつくしまだいみやうじんよりうつつにたまはられたりけるしろがねのひるまきしたるこなぎなた、つねのまくらをはなたずたてられたりしが、あるよにはかにうせにけるこそふしぎなれ。へいけひごろはてうかのおんかためにて、てんがをしゆごせしかども、いまはちよくめいにもP307そむきぬれば、せつたうをもめしかへさるるにや、こころぼそくぞきこえし。
「おほばがはやむま」なかにもかうやにおはしけるさいしやうにふだうせいらい、このことどもをつたへきいて、「あははやへいけのよはやうやうすゑになりぬるは。いつくしまのだいみやうじんの、へいけのかたうどしたまふといふも、そのいはれあり。ただしこのいつくしまのだいみやうじんは、しやかつらりうわうのだいさんのひめみやなれば、ぢよじんとこそうけたまはれ。はちまんだいぼさつのせつたうをよりともにたばうとおほせられつるもことわりなり。かすがだいみやうじんのそののちはわがまごにもたびさふらへとおほせられけるこそこころえね。それもへいけほろび、げんじのよつきなんのち、たいしよくくわんのおんすゑ、しつぺいけのきんだちたちのてんがのしやうぐんになりたまふべきかなんどのたまひける。をりふしあるそうのきたりけるがまうしけるは、「それしんめいは、わくわうすゐじやくのはうべん、まちまちにましませば、あるときはぢよじんともなり、またあるときはぞくたいともげんじたまへり。まことにこのいつくしまのだいみやうじんは、さんみやうろくつうのれいしんにてましませば、ぞくたいとげんじたまはんこともかたかるべきにあらずや」とぞまうしける。うきよをいとひ、まことのみちにいりたまへば、ひとへにごせぼだいのほかは、またたじあるまじきことなれども、ぜんせいをきいてはかんじ、うれへをP308きいてはなげく、これみなにんげんのならひなり。
(『はやむま』)S0504さるほどにおなじきくぐわつふつかのひ、さがみのくにのぢうにん、おほばのさぶらうかげちか、ふくはらへはやむまをもつてまうしけるは、「さんぬるはちぐわつじふしちにち、いづのくにのるにんさきのひやうゑのすけよりとも、しうとほうでうしらうときまさをかたらうて、いづのくにのもくだい、いづみのはんぐわんかねたかを、やまきがたちにてようちにうちさふらひぬ。そののちとひ、つちや、をかざきをはじめとしてさんびやくよき、いしばしやまにたてこもつてさふらふところを、かげちかみかたにこころざしをぞんずるものども、いつせんよきをいんぞつして、おしよせてさんざんにせめさふらへば、ひやうゑのすけわづかしちはつきにうちなされ、おほわらはにたたかひなつて、とひのすぎやまへにげこもりさふらひぬ。はたけやまごひやくよきで、みかたをつかまつる。みうらのおほすけがこども、さんびやくよきでげんじがたをして、ゆゐこつぼのうらでせめたたかふ。はたけやまいくさにまけてむさしのくにへひきしりぞく。そののちはたけやまがいちぞく、かはごえ、いなげ、をやまだ、えど、かさい、そうじてななたうのつはものども、ことごとくおこりあひ、つがふそのせいにせんよき、みうらきぬがさのじやうにおしよせて、いちにちいちやせめさふらひしほどに、おほすけうたれさふらひぬ。こどもはみなくりばまのうらよりふねにのつて、あはかづさへわたりぬとこそ、ひとまうしけれ。P309
「てうてきぞろへ」へいけのひとびと、みやこうつりのことも、はやきようさめぬ。わかきくぎやうてんじやうびとは、「あはれとくして、ことのいでこよかし。われさきにうつてにむかはう」などいふぞはかなき。はたけやまのしやうじしげよし、をやまだのべつたうありしげ、うつのみやのさゑもんともつな、これらはおほばんやくにて、をりふしざいきやうしたりけるが、はたけやままうしけるは、「したしうなつてさふらふなれば、ほうでうはしりさふらはず。じよのともがらは、よもてうてきのかたうどはつかまつりさふらはじ。ただいまきこしめしなほさんずるものを」とまうしければ、「げにも」とまうすひともあり、「いやいやただいまおんだいじにおよびさふらひなんず」とささやくひともありけるとかや。にふだうしやうこくのいかられけるさまなのめならず、「そもかのよりともは、さんぬるへいぢぐわんねんじふにんぐわつ、ちちよしともがむほんによつて、すでにちうせらるべかりしを、こいけのぜんにのあながちになげきのたまふあひだ、るざいにはなだめられたんなり。しかるにそのおんをわすれて、たうけにむかつてゆみをひき、やをはなつにこそあんなれ。そのぎならば、しんめいもさんぽうも、いかでかゆるしたまふべき。ただいまてんのせめかうぶらんずるよりともかな」とぞのたまひける。
(『てうてきぞろへ』)S0505そもそもわがてうにてうてきのはじまりけることは、むかしやまといはれひこのみことのぎようしねん、きしうP310なぐさのこほりたかをのむらに、ひとつのちちうあり。みみじかくてあしながくして、ちからひとにすぐれたり。にんみんおほくそんがいせしかば、くわんぐんはつかうして、せんじをよみかけ、かづらのあみをむすんで、つひにこれをおほひころす。それよりこのかた、やしんをさしはさんで、てうゐをほろぼさんとするともがら、おほいしのやままる、おほやまのわうじ、やまだのいしかは、もりやのだいじん、そがのいるか、おほとものまとりぶんやのみやだ、きついつせい、ひかみのかはつぎ、いよのしんわう、ださいのせうにふぢはらのひろつぎ、ゑみのおしかつ、さはらのたいし、ゐがみのくわうこう、ふぢはらのなかなり、たひらのまさかど、ふぢはらのすみとも、あべのさだたふむねたふさきのつしまのかみみなもとのよしちか、あくさふ、あくゑもんのかみにいたるまで、そのれいすでににじふよにん、されどもいちにんとして、そくわいをとぐるものなし。みなかばねをさんやにさらし、かうべをごくもんにかけらる。このよこそわうゐもむげにかろけれ。むかしはせんじをむかつてよみければ、かれたるくさきもたちまちにはなさきみなり、とぶとりもしたがひき。ちかごろのことぞかし。えんぎのみかどしんぜんゑんへぎやうがうなつて、いけのみぎはにさぎのゐたりけるを、ろくゐをめして、「あのさぎとつてまゐれ」とおほせければ、いかんがとらるべきとはおもへども、りんげんなればあゆみむかふ。さぎはねづくろひしてたたんとす。「せんじぞ」とおほすれば、ひらんでとびさらず。すなはちこれをとつてまゐらせたりければ、「なんぢがせんじにしたがひてまゐりたるこそしんべうなれ。やがてごゐになせ」とて、さぎをごゐにぞなされける。けふよりのち、さぎのなかのわうたるべしといふおんふだを、みづからあそばいて、くびにつけてぞはなたせP311たまふ。まつたくこれはさぎのおんれうにはあらず、ただわうゐのほどをしろしめさんがためなり。
「かんやうきう」(『かんやうきう』)S0506またいこくにせんじようをとぶらふに、えんのたいしたん、しんのしくわうていにとらはれて、いましめをかうぶることじふにねん、あるときえんたんなみだをながいて、「われこきやうにらうぼあり。いとまをたまはつて、いまいちどかれをみん」とぞなげきける。しくわうていあざわらつて、「なんぢにいとまたばんこと、むまにつのおひ、からすのかしらのしろくならんをまつべきなり」とぞのたまひける。えんたんてんにあふぎちにふして、「ねがはくはむまにつのおひ、からすのかしらをしろくなしたべ。ほんごくへかへつていまいちどははをみん」とぞいのりける。かのめうおんぼさつは、りやうぜんじやうどにけいして、ふけうのともがらをいましめ、くじがんくわいは、しなしんだんにいでて、ちうかうのみちをはじめたまふ。みやうけんのさんぽう、かうかうのこころざしをあはれみたまふことなれば、むまにつのおひてきうちうにきたり、からすのかしらしろくなつて、ていぜんのきにすめりけり。しくわうてい、うとうばかくのへんにおどろき、りんげんかへらざることをふかくしんじて、たいしたんをなだめつつ、ほんごくへこそかへされけれ。しくわうなほくやしみたまひて、しんのくにとえんのさかひにそこくといふくにあり。おほいなるかはP312ながれたり。かのかはにわたせるはしを、そこくのはしといへり。しくわうさきにくわんぐんをつかはして、えんたんがわたらんとき、かはなかのはしをふまば、おつるやうにしたためて、わたされたりければ、なじかはよかるべき。まんなかにておちいりぬ。されどもみづにはちつともおぼれず、へいちをゆくがごとくにて、むかひのきしにぞつきにける。えんたんこはいかにとおもひて、うしろをかへりみたりければ、かめどもがいくらといふかずをしらず、みづのうへにうかれきて、かふをならべてそのうへをとほしける。これもかうかうのこころざしを、みやうけんのあはれみたまふによつてなり。
えんたんなほうらみをふくんで、しくわうていにしたがはず。しくわうくわんぐんをつかはして、えんたんをほろぼさんとす。えんたんおほきにおそれをののいて、けいかといふつはものをかたらうてだいじんになす。けいかまたでんくわうせんせいといふつはものをかたらふに、せんせいまうしけるは、「きみはこのみがわかうさかんなつしことをしろしめして、かくはたのみおほせらるるか。きりんはせんりをとぶといへども、おいぬればどばにもおとれり。このみはとしおいて、いかにもかなひさふらふまじ。せんずるところ、よきつはものをかたらつてこそまゐらせめ」とまうしければ、けいか、「あなかしこ、このことひろうすな」といふ。せんせいきいて、「このこともれぬるものならば、われまづさきにうたがはれなんず。ひとにうたがはれぬるにすぎたるはぢこそなけれ」とて、けいかがもんぜんなるすもものきにかしらをつきあて、うちくだいてぞしににける。P313またはんよきといふつはものあり。これはしんのくにのものなりしが、しくわうのために、おやをぢきやうだいほろぼされて、えんのくにににげこもりぬ。しくわうしかいにせんじをなしくだし、えんのさしづならびにはんよきがかうべをもつてまゐりたらんずるものには、ごひやくこんのきんをあたへんとひろうせらる。けいか、はんよきがもとにゆいて、「われきく、なんぢがかうべごひやくこんのきんにほうぜられたんなり。なんぢがかうべわれにかせ。とつてしくわうていにたてまつらん。よろこびてえいらんをへられんとき、つるぎをぬいてむねをささんはやすかりなん」といひければ、はんよきをどりあがりをどりあがり、おほいきついてまうしけるは、「われおやをぢきやうだいを、しくわうていにほろぼされて、よるひるこれをおもふに、こつずゐにとほつてしのびがたし。まことにしくわうていうつべからんにおいては、わがかうべあたへんこと、ちりあくたよりもやすし」とて、みづからかうべをきつてぞしににける。またしんぶやうといふつはものあり。これもしんのくにのものなりしが、じふさんのとしかたきをうつて、えんのくにへにげこもりぬ。かれがゑんでむかふときは、みどりごもいだかれ、またいかつてむかふときは、だいのをとこもぜつじゆす。ならびなきつはものなり。けいかかれをかたらつて、しんのみやこのあんないしやにぐしてゆくに、あるかたやまざとにしゆくしたりけるよ、そのへんちかきさとにくわんげんをするをきいて、てうしをもつてほんいのことをうらなふに、かたきのかたはみづなり、わがかたはひなり。はくこうひをつらぬいてとほらず。「わがほんいとげんことありがたし」とぞまうしける。P314
さるほどにてんもあけぬ。されどもかへるべきみちにあらねば、しんのみやこかんやうきうにいたりぬ。えんのさしづならびにはんよきがかうべ、もつてまゐりたるよしをそうもんす。しんかをもつてうけとらんとしたまへば、「まつたくひとづてにはまゐらせじ。ぢきにたてまつらん」とそうするあひだ、さらばとてせちゑのぎをととのへて、えんのつかひをめされけり。かんやうきうは、みやこのめぐり、いちまんはつせんさんびやくはちじふりにつもれり。だいりをばちよりさんりたかくつきあげて、そのうへにぞたてられたる。ちやうせいでんあり。ふらうもんあり。こがねをもつてひをつくり、しろがねをもつてつきをつくれり。しんじゆのいさご、るりのいさご、こがねのいさごをしきみてり。しはうにはくろがねのついぢを、たかさしじふぢやうにつきあげて、てんのうへにもおなじうくろがねのあみをぞはつたりける。これはめいどのつかひをいれじとなり。あきはたのものかり、はるはこしぢへかへるにも、ひぎやうじざいのさはりありとて、ついぢにはがんもんとなづけて、くろがねのもんをあけてぞとほされける。そのなかにあはうでんとて、しくわうのつねはぎやうがうなつて、せいだうおこなはせたまふてんあり。とうざいへくちやう、なんぼくへごちやう、たかさはさんじふろくぢやうなり。うへをばるりのかはらをもつてふき、したにはこんごんをみがけり。おほゆかのしたには、ごぢやうのはたぼこをたてたれども、なほおよばぬほどなり。けいかはえんのさしづをもち、しんぶやうははんよきがかうべをもつて、たまのきざはしをなからばかりのぼりあがりけるが、あまりにだいりのおびたたしきをみて、しんぶやうわなわなとふるひければ、しんかこれをあやしんで、「けいじんをばきみのかたはらにおかず。くんしはけいじんにちかづかず。P315ちかづけばすなはちしをかろんずるみちなり」といへり。けいかたちかへつて、「ぶやうまつたくむほんのこころなし。ただでんじやのいやしきにのみならつて、かかるくわうきよになれざるがゆゑに、こころめいわくす」といひければ、そのときしんかみなしづまりぬ。よつてわうにちかづきたてまつり、えんのさしづならびにはんよきがかうべをげんざんにいるるところに、さしづのいつたるひつのそこに、こほりのやうなるつるぎのありけるを、しくわうていごらんじて、やがてにげんとしたまへば、けいかおんそでをむずとひかへたてまつり、つるぎをむねにさしあてたり。いまはかうとぞみえたりける。すまんのぐんりよは、ていじやうにそでをつらぬといへども、すくはんとするにちからなし。ただこのきみぎやくしんにをかされさせたまはんことをのみ、なげきかなしみあへりけり。しくわうてい、「われにざんじのいとまをえさせよ。きさきのことのねを、いまいちどきかん」とのたまへば、けいかしばしはをかしもたてまつらず。しくわうていはさんぜんにんのきさきをもちたまへり。そのなかにくわやうぶにんとて、ならびなきことのじやうずおはしき。およそこのきさきのことのねをきけば、たけきもののふのいかれるこころもやはらぎ、とぶとりもちにおち、くさきもゆるぐばかりなり。いはんやいまをかぎりのえいぶんにそなへんと、なくなくひきたまへば、さこそはおもしろかりけめ。けいかかうべをうなだれ、みみをそばだてて、ほとんどぼうしんのこころもたゆみにけり。そのとききさきはじめてさらにいつきよくをそうす。「しちせきのへいふうはたかくとも、をどらばなどかこえざらん。いちでうのらこくはつよくとも、ひかばなどかたえざらん」とぞひきたまふ。P316けいかはこれをききしらず。しくわうていはききしりて、おんそでをひつきつて、しちしやくのびやうぶををどりこえ、あかがねのはしらのかげへにげかくれさせたまひけり。そのときけいかいかつて、つるぎをなげかけたてまつる。をりふしごぜんにばんのいしのさふらひけるが、つるぎにくすりのふくろをなげあはせたり。つるぎくすりのふくろをかけられながら、くちろくしやくのあかがねのはしらを、なからまでこそきつたりけれ。けいかまたつるぎももたざれば、つづいてもなげず。わうたちかへつて、おんつるぎをめしよせて、けいかをやつざきにこそしたまひけれ。しんぶやうもうたれぬ。やがてくわんぐんをつかはして、えんたんをもほろぼさる。さうてんゆるしたまはねば、はくこうひをつらぬいてとほらず。しんのしくわうはのがれて、えんたんつひにほろびにけり。さればいまのよりともも、さこそはあらんずらめと、しきだいまうすひとびともありけるとかや。
「もんがくのあらぎやう」(『もんがくのあらぎやう』)S0507しかるにかのよりともは、さんぬるへいぢぐわんねんじふにんぐわつ、ちちさまのかみよしともがむほんによつて、すでにちうせらるべかりしを、こいけのぜんにのあながちになげきのたまふによつて、しやうねんじふしさいとまうししえいりやくぐわんねんさんぐわつはつかのひ、いづのほうでうひるがこじまへながされて、にじふよねんのしゆんしうをおくりむかふ。ねんらいもあればこそありけめ、ことしいかなるこころにて、P317むほんをばおこされけるぞといふに、たかをのもんがくしやうにんのすすめまうされけるによつてなり。そもそもこのもんがくとまうすは、わたなべのゑんどうさこんのしやうげんもちとほがこに、ゑんどうむしやもりとほとて、じやうせいもんゐんのしゆなり。しかるをじふくのとし、だうしんおこし、もとどりきり、しゆぎやうにいでんとしけるが、しゆぎやうといふは、いかほどのだいじやらん、ためいてみんとて、ろくぐわつのひのくさもゆるがずてつたるに、あるかたやまざとのやぶのなかへはひり、はだかになり、あふのけにふす。あぶぞ、かぞはちありなどいふどくちうどもが、みにひしととりついて、さしくひなどしけれども、ちつともみをもはたらかさず。なぬかまではおきもあがらず、やうかといふにおきあがりて、「しゆぎやうといふは、これほどのだいじやらん」とひとにとへば、「それほどならんには、いかでかいのちもいくべき」といふあひだ、「さてはあんぺいござんなれ」とて、やがてしゆぎやうにこそいでにけれ。くまのへまゐり、なちごもりせんとしけるが、まづぎやうのこころみに、きこゆるたきにしばらくうたれてみんとて、たきもとへこそまゐりけれ。ころはじふにんぐわつとをかあまりのことなれば、ゆきふりつもり、つららいて、たにのをがはもおともせず。みねのあらしふきこほり、たきのしらいとたるひとなつて、みなしろたへにおしなべて、よものこずゑもみえわかず。しかるにもんがくたきつぼにおりひたり、くびきはつかつて、じくのしゆをみてけるが、にさんにちこそありけれ、しごにちにもなりしかば、もんがくこらへずしてうきあがりぬ。すせんぢやうみなぎりおつるP318たきなれば、なじかはたまるべき、ざつとおしおとされ、かたなのはのごとくに、さしもきびしきいはかどのなかを、うきぬしづみぬ、ごろくちやうこそながれけれ。ときにうつくしきどうじいちにんきたつて、もんがくがてをとつてひきあげたまふ。ひときどくのおもひをなして、ひをたきあぶりなどしければ、ぢやうごふならぬいのちではあり、もんがくほどなくいきいでぬ。だいのまなこをみいからかし、だいおんじやうをあげて、「われこのたきにさんしちにちうたれて、じくのさんらくしやをみてうとおもふだいぐわんあり。けふはわづかごにちにこそなれ。いまだなぬかだにもすぎざるに、なにものがこれまではとつてきたれるぞ」といひければ、きくひとみのけよだつてものいはず。またたきつぼにかへりたつてぞうたれける。だいににちとまうすに、はちにんのどうじきたつて、もんがくがさうのてをとつて、ひきあげんとしたまへば、さんざんにつかみあうてあがらず。だいさんにちとまうすに、つひにはかなくなりぬ。ときにたきつぼをけがさじとやびんづらゆうたるてんどうににん、たきのうへよりおりくだらせたまひて、よにあたたかにかうばしきおんてをもつて、もんがくがちやうじやうよりはじめて、てあしのつまさき、たなうらにいたるまで、なでくださせたまへば、もんがくゆめのここちしていきいでぬ。「そもそもいかなるひとにてましませば、かくはあはれみたまふやらん」ととひたてまつれば、どうじこたへていはく、「われはこれだいしやうふどうみやうわうのおつかひに、こんがら、せいたかといふにどうじなり。もんがくむじやうのぐわんをおこし、ゆうみやうのぎやうをくはだつ。ゆいてちからをあはせよと、みやうわうのちよくによつてきたれるなり」とぞこたへたまふ。もんがくこゑをいからかいて、「さてみやうわうはP319いづくにましますぞ」。「とそつてんに」とこたへて、くもゐはるかにあがりたまひぬ。もんがくたなごころをあはせて、さてはわがぎやうをば、だいしやうふどうみやうわうまでも、しろしめされたるにこそと、いよいよたのもしうおもひ、なほたきつぼにかへりたつてぞうたれける。そののちはまことにめでたきずゐさうどもおほかりければ、ふきくるかぜもみにしまず、おちくるみづもゆのごとし。かくてさんしちにちのだいぐわんつひにとげしかば、なちにせんにちこもりけり。おほみねさんど、かつらぎにど、かうや、こがは、きんぶうせん、はくさん、たてやま、ふじのだけ、いづ、はこね、しなののとがくし、ではのはぐろ、そうじてにつぽんごくのこるところなうおこなひまはり、さすがなほふるさとやこひしかりけん、みやこへかへりのぼつたりければ、およそとぶとりをもいのりおとすほどの、やいばのげんじやとぞきこえし。
「くわんじんちやう」(『くわんじんちやう』)S0508そののちもんがくは、たかをといふやまのおくに、おこなひすましてぞ、ゐたりける。かのたかをにじんごじといふやまでらあり。これはむかししようとくてんわうのおんとき、わけのきよまろがたてたりしがらんなり。ひさしくしうざうなかりしかば、はるはかすみにたちこめて、あきはきりにまじはり、とびらはかぜにたふれて、らくえふのしたにくち、いらかはうろにをかされて、ぶつだんさらにあらはなり。P320ぢうぢのそうもなければ、まれにさしいるものとては、ただつきひのひかりばかりなり。もんがくいかにもして、このてらをしうざうせんとおもふだいぐわんおこし、くわんじんちやうをささげて、じつぱうだんなをすすめありくほどに、あるときゐんのごしよほふぢうじどのへぞさんじたる。ごほうがあるべきよしをそうもんす。ぎよいうのをりふしにて、きこしめしもいれざりければ、もんがくはもとよりふてきだいいちのあらひじりではあり、ごぜんのことなきやうをばしらずして、ただひとのまうしいれぬぞとこころえて、ぜひなくおつぼのうちへやぶりいり、だいおんじやうをあげて、「だいじだいひのきみにてまします。これほどのことなどかきこしめしいれざるべき」とて、くわんじんちやうをひきひろげて、たからかにこそようだりけれ。「
しやみもんがくうやまつてまうす。ことにはきせんだうぞくのじよじやうをかうぶつて、たかをさんのれいちにいちゐんをこんりふし、にせあんらくのだいりをごんぎやうせんとこふくわんじんのじやう。それおもんみれば、しんによくわうだいなり。しやうぶつのけみやうをたつといへども、ほつしやうずゐまうのくもあつくおほつて、じふにいんえんのみねにたなびきしよりこのかた、ほんうしんれんのつきのひかりかすかにして、いまださんどくしまんのたいきよにあらはれず。かなしきかな、ぶつにちはやくぼつして、しやうじるてんのちまたみやうみやうたり。ただいろにふけり、さけにふける。たれかきやうざうてうゑんのまどひをしやせん。いたづらにひとをばうじほふをばうず。これあにえんらごくそつのせめをまぬかれんや。ここにもんがく、たまたまぞくぢんをうちはらつて、ほふえをかざるといへども、あくぎやうなほこころにたくましうして、にちやにつくり、ぜんべうまたみみにさかつててうぼにすたる。いたましきかな、ふたたびさんづのくわきやうにかへつて、ながくししやうのくりんをめぐらんP321ことを。このゆゑにむにのけんしやうせんまんじく、ぢくぢくにぶつしゆのいんをあかし、ずゐえんしじやうのほふ、ひとつとしてぼだいのひがんにいたらずといふことなし。かるがゆゑにもんがく、むじやうのくわんもんになみだをおとし、じやうげのしんぞくをすすめて、じやうぼんれんだいにえんをむすび、とうめうがくわうのれいぢやうをたてんとなり。それたかをはやまうづたかうしてじゆぶぜんのこずゑをへうし、たにしづかにしてしやうざんとうのこけをしけり。がんせんむせんでぬのをひき、れいゑんさけんでえだにあそぶ。にんりとほうしてけんぢんなし。しせきことなうしてしんじんのみあり。ちけいすぐれたり。もつともぶつてんをあがむべし。ほうがすこしきなり。たれかじよじやうせざらん。ほのかにきくじゆしやゐぶつたふ、くどくたちまちにぶついんをかんず。いはんやいつしはんせんのほうざいにおいてをや。ねがはくはこんりふじやうじゆして、きんけつほうれき、ごぐわんゑんまん、ないしとひゑんきん、りみんしそ、げうしゆんぶゐのくわをうたひ、ちんえふさいかいのゑみをひらかん。ことにはまたしやうりやういうぎ、ぜんごだいせう、すみやかにいちぶつしんもんのうてなにいたり、かならずさんじんまんどくのつきをもてあそばん。よつてくわんじんしゆぎやうのおもむき、けだしもつてかくのごとし。ぢしようさんねんさんぐわつのひもんがく」とこそよみあげたれ。
「もんがくながされ」(『もんがくながされ』)S0509をりふしごぜんには、めうおんゐんのだいじやうのおほいどの、おんびはあそばし、らうえいめでたうせさせP322おはします。あぜちのだいなごんすけかたのきやう、わごんかきならし、しそくうまのかみすけとき、ふうぞくさいばらうたはる。しゐのじじうもりさだひやうしとつて、いまやうとりどりうたはれけり。ゐんぢうざざめきわたつて、まことにおもしろかりければ、ほふわうもつけうたせさせおはします。それにもんがくがだいおんじやういできて、てうしもたがひ、ひやうしもみなみだれにけり。「ぎよいうのをりふしであるに、なにものぞ。らうぜきなり。そくびつけ」とおほせくださるるほどこそありけれ、ゐんぢうのはやりをのものども、われさきにわれさきにとすすみいでけるなかに、すけゆきはうぐわんといふものすすみいでて、「ぎよいうのをりふしであるに、なにものぞ。らうぜきなり。とうとうまかりいでよ」といひければ、もんがく、「たかをのじんごじへ、しやうをいつしよよせられざらんかぎりは、まつたくいづまじ」とてはたらかず。よつてそくびをつかうとすれば、くわんじんちやうをとりなほし、すけゆきはうぐわんがゑぼしを、はたとうつてうちおとし、こぶしをつよくにぎり、むねをばくとついて、うしろへのけにつきたふす。すけゆきはうぐわんはゑぼしうちおとされて、おめおめとおほゆかのうへへぞにげのぼる。そののちもんがくふところよりむまのをでつかまいたりけるかたなの、こほりのやうなるをぬきもつて、よりこんものをつかうとこそまちかけたれ。ひだりのてにはくわんじんちやう、みぎのてにはかたなをもつてはせまはるあひだ、おもひもまうけぬにはかごとではあり、さうのてにかたなをもつたるやうにぞみえたりける。くぎやうもてんじやうびとも、こはいかにとさわがれて、ぎよいうもすでにあれにけり。ゐんぢうのさうどうなのめならず。
ここにしなののくにのぢうにん、あんどうむしやみぎむね、そのときのたうしよくのむしやどころにてありけるが、「P323なにごとぞ」とてたちをぬいてはしりいでたり。もんがくよろこんでとんでかかる。あんどうむしや、きつてはあしかりなんとやおもひけん、たちのむねをとりなほし、もんがくがかたなもつたるみぎのかひなをしたたかにうつ。うたれてちつとひるむところに、「えたりや、をう」と、たちをすててぞくんだりける。もんがくしたにふしながら、あんどうむしやがみぎのかひなをしたたかにつく。つかれながらぞしめたりける。たがひにおとらぬだいぢから、うへになりしたになり、ころびあひけるところを、じやうげよつて、かしこがほに、もんがくがはたらくところのぢやうをがうしてげり。そののちもんぐわいへひきいだいて、ちやうのしもべにたぶ。たまはつてひつぱる。ひつぱられてたちながら、ごしよのかたをにらまへ、だいおんじやうをあげて、「たとひほうがをこそしたまはざらめ、あまつさへもんがくにこれほどまで、からきめをみせたまひつれば、ただいまおもひしらせまうさんずるものを。さんがいはみなくわたくなり、わうぐうといふとも、いかでかそのなんをばのがるべき。たとひじふぜんのていゐにほこつたうといふとも、くわうせんのたびにいでなんのちは、ごづめづのせめをば、まぬかれたまはじものを」と、をどりあがりをどりあがりぞまうしける。「このほふしきくわいなり。きんごくせよ」とてきんごくせらる。すけゆきはうぐわんはゑぼしうちおとされたるはぢがましさにしばしはしゆつしもせざりけり。あんどうむしやはもんがくくんだるけんじやうに、いちらふをへずして、たうざにうまのじようにぞなされける。そのころびふくもんゐんかくれさせたまひて、たいしやありしかば、もんがくほどなくゆるされけり。P324しばらくはいづくにてもおこなふべかりしを、またくわんじんちやうをささげて、じつぱうだんなをすすめありきけるが、さらばただもなくして、「あはれこのよのなかは、ただいまみだれて、きみもしんもともにほろびうせんずるものを」など、かやうにおそろしきことをのみまうしありくあひだ、「このほふしみやこにおいてはかなふまじ。をんるせよ」とて、いづのくにへぞながされける。
げんざんみにふだうのちやくしいづのかみなかつな、そのときのたうしよくにてあるあひだ、そのさたとして、とうかいだうよりふねにてくださるべしとて、いづのくにへゐてまかるに、はうべんりやうさんにんをぞつけられたる。これらがまうしけるは、「ちやうのしもべのならひ、かやうのことについてこそ、おのづからのえこもさふらへ。いかにひじりのおんばうは、しりうどはもちたまはぬか。をんごくへながされたまふに、とさんらうれうごときのものをもこひたまへかし」といひければ、「もんがくは、さやうのえうじいふべきとくいはなし。さりながらひがしやまのへんにこそとくいはあれ。いでさらばふみをやらう」といひければ、けしかるかみをえさせたり。もんがくおほきにいかつて、「かやうのかみにものかくやうなし」とてなげかへす。さらばとて、こうしをたづねてえさせたり。もんがくわらつて、「このほふしはものをえかかぬぞ。おのれらかけ」とてかかするやう、「もんがくこそたかをのじんごじざうりふくやうのために、くわんじんちやうをささげて、じつぱうだんなをすすめありきけるが、かかるきみのよにしもあうて、ほうがをこそしたまはざらめ、あまつさへをんるせられて、いづのくにへまかりP325さふらふ。ゑんろのあひだでさふらへば、とさんらうれうごときのものもたいせつにさふらふ。このつかひにたべ」といふ。いふままにかいて、「さてたれどのへとかきさふらふべきやらん」。「きよみづのくわんおんばうへとかけ」といふ。「それはちやうのしもべをあざむくにこそ」といひければ、「いつかうあざむくにはあらず。さりとては、もんがくは、きよみづのくわんおんをこそ、ふかうたのみたてまつたれ。さらではたれにかはようじをもいふべき」とぞまうしける。さるほどにいせのくにあののつよりふねにてくだりけるが、とほたふみのくにてんりうなだにて、にはかにおほかぜふきおほなみたつて、すでにこのふねをうちかへさんとす。すゐしゆかんどりども、いかにもしてたすからんとしけれども、かなふべしともみえざりければ、あるひはくわんおんのみやうがうをとなへ、あるひはさいごのじふねんにおよぶ。されどももんがくはちつともさわがず、ふなそこにたかいびきかいてぞふしたりける。すでにかうとみえしとき、かつぱとおきあがり、ふなばたにたつて、おきのかたをにらまへ、だいおんじやうをあげて、「りうわうやあるりうわうやある」とぞようだりける。「なにとてかやうにだいぐわんおこしたるひじりがのつたるふねをば、あやまたうとはするぞ。ただいまてんのせめかうぶらんずるりうじんどもかな」とぞいひける。そのゆゑにや、なみかぜほどなくしづまりて、いづのくににぞつきにける。もんがくきやうをいでけるひよりして、こころのうちにきせいすることありけり。われみやこにかへつて、たかをのじんごじざうりふくやうすべくんば、しぬべからず。このぐわんむなしかるべくんば、みちにてしぬべしとて、きやうよりいづへつきけるまで、をりふしじゆんぷうなかりければ、うらづたひしまづたひして、さんじふいちにちがあひだは、P326いつかうだんじきにてぞありける。されどもきりよくすこしもおとろへず、ふなぞこにおこなひうちしてぞゐたりける。まことにただびとともおぼえぬことどもおほかりけり。
「いづゐんぜん」(『ふくはらゐんぜん』)S0510そののちもんがくをば、たうごくのぢうにんこんどうしらうくにたかにおほせて、なごやがおくにぞすまはせける。さるほどにひやうゑのすけどのおはしけるひるがこじまもほどちかし。もんがくつねはまゐり、おんものがたりどもまうしけるとぞきこえし。あるときもんがく、ひやうゑのすけどのにまうしけるは、「へいけにはこまつのおほいどのこそ、こころもかうに、はかりごともすぐれておはせしか。へいけのうんめいのすゑになるやらん、こぞのはちぐわつこうぜられぬ。いまはげんぺいのなかに、ごへんほどてんがのしやうぐんのさうもつたるひとはなし。はやはやむほんおこさせたまひて、につぽんこくしたがへたまへ」といひければ、ひやうゑのすけどの、「それおもひもよらず。われはこいけのぜんににたすけられたてまつたれば、そのおんをはうぜんがために、まいにちほけきやういちぶてんどくしたてまつるよりほかは、またたじなし」とぞのたまひける。もんがくかさねて、「てんのあたふるをとらざれば、かへつてそのとがをうく。ときいたりたるをおこなはざれば、かへつてそのあうをうくといふほんもんあり。かやうにまうせば、ごへんのおんこころをかなびかんとて、まうすとやおぼしめされP327さふらふらん。そのぎではさふらはず。まづごへんのために、こころざしのふかいやうをみたまへ」とて、ふところよりしろいぬのにてつつんだるどくろをひとつとりいだす。ひやうゑのすけどの、「あれはいかに」とのたまへば、「これこそごへんのちち、こさまのかうのとののかうべよ。へいぢののちは、ごくしやのまへのこけのしたにうづもれて、ごせとぶらふひともなかりしを、もんがくぞんずるむねありて、ごくもりにこひ、くびにかけ、やまやまてらでらしゆぎやうして、このにじふよねんがあひだとぶらひたてまつたれば、いまはさだめていちごふもうかびたまひぬらん。さればこかうのとののおんためには、さしもほうこうのものにてさふらふぞかし」とまうされければ、ひやうゑのすけどの、いちぢやうとはおぼえねども、ちちのかうべときくなつかしさに、まづなみだをぞながされける。ややありてひやうゑのすけどの、なみだをおさへてのたまひけるは、「そもそもよりともちよくかんをゆりずしては、いかでかむほんをばおこすべき」とのたまへば、もんがく、「それやすいほどのことなり。やがてのぼつてまうしゆるしたてまつらん」。ひやうゑのすけどのあざわらうて、「わがみもちよくかんのみにてありながら、ひとのことまうさうどのたまふひじりのおんばうのあてがひやうこそ、おほきにまことしからね」とのたまへば、もんがくおほきにいかつて、「わがみのとがをゆりうどまうさばこそひがごとならめ、わどののことまうさうに、なじかはひがごとならん。これよりいまのみやこふくはらのしんとへのぼらうに、みつかにすぐまじ。ゐんぜんうかがふに、いちにちのとうりうぞあらんずらん。つがふなぬかやうかにはすぐまじ」とて、つきいでぬ。
ひじりなごやにかへりて、でしどもには、ひとにしのうで、いづのおやまになぬかさんろうのP328こころざしありとていでにけり。げにもみつかといふには、ふくはらのしんとにのぼりついて、さきのうひやうゑのかみみつよしのきやうのもとに、いささかゆかりありければ、それにたづねゆいて、「いづのくにのるにん、さきのひやうゑのすけよりとも、ちよくかんをゆるされて、ゐんぜんをだにかうぶりさふらはば、はつかこくのけにんどももよほしあつめて、へいけをほろぼし、てんがをしづめんとこそまうしさふらへ」。みつよしのきやう、「いさとよ、わがみもたうじはさんくわんともにとどめられて、こころぐるしきをりふしなり。ほふわうもおしこめられてわたらせたまへば、いかがあらんずらん。さりながらもうかがうてこそみめ」とて、このよしひそかにそうもんせられたりければ、ほふわうおほきにぎよかんあつて、やがてゐんぜんをぞくだされける。もんがくよろこんでくびにかけ、またみつかといふには、いづのくにへくだりつく。ひやうゑのすけどの、ひじりのおんばうのなまじひなることまうしいだして、よりともまたいかなるうきめにあはんずらんと、おもはじことなう、あんじつづけておはしける。やうかといふうまのこくに、くだりついて、「くはゐんぜんよ」とてたてまつる。ひやうゑのすけどの、ゐんぜんときくかたじけなさに、あたらしきゑぼしじやうえをき、てうづうがひをして、ゐんぜんをさんどはいしてひらかれけり。「しきりのとしよりこのかた、へいじわうくわをべつじよして、せいだうにはばかることなし。ぶつぽふをはめつし、わうぼふをみだらんとす。それわがくにはしんこくなり。そうべうあひならんで、しんとくこれあらたなり。かるがゆゑにてうていかいきののち、すせんよさいのあひだ、ていゐをかたぶけ、こくかをあやぶめんとするもの、みなもつてはいぼくせずといふことなし。しかればすなはちかつうはしんたうのめいじよにまかせ、P329かつうはちよくせんのしいしゆをまもつて、はやくへいじのいちるゐをほろぼして、てうかのをんできをしりぞけよ。ふだいさうでんのへいりやくをつぎ、るゐそほうこうのちうきんをぬきんでて、みをたていへをおこすべし。ていればゐんぜんかくのごとく、よつてしつたつくだんのごとし。ぢしようしねんしちぐわつじふしにち、さきのうひやうゑのかみみつよしがうけたまはつて、きんじやう、さきのひやうゑのすけどのへ」とぞかかれたる。このゐんぜんをばにしきのふくろにいれて、いしばしやまのかつせんのときも、ひやうゑのすけどのくびにかけられけるとぞきこえし。
「ふじがは」(『ふじがは』)S0511さるほどにうひやうゑのすけどの、むほんのよししきりにふうぶんありしかば、ふくはらにはくぎやうせんぎあつて、いまいちにちもせいのつかぬさきに、いそぎうつてをくださるべしとて、たいしやうぐんにはこまつのごんのすけぜうしやうこれもり、ふくしやうぐんにはさつまのかみただのり、さぶらひだいしやうにはかづさのかみただきよをさきとして、つがふそのせいさんまんよき、くぐわつじふはちにちにしんとをたつて、あくるじふくにちにはきうとにつき、やがておなじきはつかのひ、とうごくへこそおもむかれけれ。たいしやうぐんこまつのごんのすけぜうしやうこれもりは、しやうねんにじふさん、ようぎたいはい、ゑにかくとも、ふでもおよびがたし。ぢうだいのきせなが、からかはといふよろひをば、からとにいれてかかせらる。P330みちうちには、あかぢのにしきのひたたれに、もよぎにほひのよろひきて、れんぜんあしげなるむまに、きんぷくりんのくらをおいてのりたまへり。ふくしやうぐんさつまのかみただのりは、こんぢのにしきのひたたれに、くろいとをどしのよろひきて、くろきむまのふとうたくましきに、いかけぢのくらをおいてのりたまへり。むまくら、よろひかぶと、ゆみや、たち、かたなにいたるまで、てりかかやくほどにいでたたれたれば、めづらしかりしけんぶつなり。なかにもふくしやうぐんさつまのかみただのりは、あるみやばらのにようばうのもとへかよはれけるが、あるよおはしたりけるに、このにようばうのつぼねに、やんごとなきにようばうまらうときたつて、さよもやうやうふけゆくまでかへりたまはず。ただのりのきばにたたずんで、あふぎをあらくつかはれければ、かのにようばう、「のもせにすだくむしのねよ」と、いうにくちずさみたまへば、あふぎをやがてつかひやみてぞかへられける。そののちおはしたるよ、「いつぞや、なにとてあふぎをばつかひやみしぞや」ととはれければ、「いさ、かしがましなどきこえはんべりしほどに、さてこそあふぎをばつかひやみてはさふらひしか」とぞまうされける。そののち、このにようばう、さつまのかみのもとへ、こそでをひとかさねつかはすとて、せんりのなごりのをしさに、いつしゆのうたをかきそへておくられける。
あづまぢのくさばをわけむそでよりもたたぬたもとのつゆぞこぼるる W035
さつまのかみのへんじに、
わかれぢをなにかなげかむこえてゆくせきもむかしのあととおもへば W036 P331せきもむかしのあととよめることは、せんぞたひらのしやうぐんさだもり、たはらとうだひでさと、まさかどつゐたうのために、あづまへげかうしたりしことを、いまおもひいでてよみたりけるにや、いとやさしうぞきこえし。むかしはてうてきをたひらげに、ぐわいとへむかふしやうぐんは、まづさんだいしてせつたうをたまはる。しんぎなんでんにしゆつぎよして、こんゑかいかにぢんをひき、ないべんげべんのくぎやうさんれつして、ちうぎのせちゑをおこなはる。たいしやうぐんふくしやうぐん、おのおのれいぎをただしうして、これをたまはる。しようへいてんぎやうのじようせきも、としひさしうなつて、なぞらへがたしとて、こんどはさぬきのかみたひらのまさもりが、さきのつしまのかみみなもとのよしちかつゐたうのために、いづものくにへげかうせしれいとて、すずばかりたまはつて、かはのふくろにいれて、ざつしきがくびにかけさせてぞくだられける。いにしへてうてきをたひらげんとて、みやこをいづるしやうぐんは、みつのぞんぢあり。せつたうをたまはるひいへをわすれ、いへをいづるとてさいしをわすれ、せんぢやうにしてかたきにたたかふときみをわする。さればいまのへいじのたいしやうぐんこれもりただのりも、さだめてさやうのことどもをば、ぞんぢせられたりけん、あはれなりしことどもなり。
おのおのくぢうのみやこをたつて、せんりのとうかいへおもむかれける。たひらかにかへりのぼらんことも、まことにあやふきありさまどもにて、あるひはのばらのつゆにやどをかり、あるひはたかねのこけにたびねをし、やまをこえかはをかさね、ひかずふれば、じふぐわつじふろくにちには、するがのくにきよみがせきにぞつきたまふ。みやこをばさんまんよきでいでたれども、ろしのつはものつきそひて、しちまんよきとぞP332きこえし。せんぢんはかんばら、ふじがはにすすみ、ごぢんはいまだてごし、うつのやにささへたり。たいしやうぐんごんのすけぜうしやうこれもり、さぶらひだいしやうかづさのかみただきよをめして、「これもりがぞんぢには、あしがらのやまうちこえ、ひろみへいでていくさをせん」とはやられけれども、かづさのかみまうしけるは、「ふくはらをおんたちさふらひしとき、にふだうどののおほせには、いくさをばただきよにまかせさせたまへとこそおほせさふらひつれ。いづするがのせいのまゐるべきだに、いまだいつきもみえさふらはず。みかたのおんせいしちまんよきとはまうせども、くにぐにのかりむしや、むまもひともみなつかれはててさふらふ。とうごくはくさもきも、みなひやうゑのすけにしたがひついてさふらふなれば、なんじふまんぎかさふらふらん。ただふじがはをまへにあてて、みかたのおんせいをまたせたまふべうもやさふらふらん」とまうしければ、ちからおよばでゆらへたり。さるほどにひやうゑのすけよりともかまくらをたつて、あしがらのやまうちこえ、きせがはにこそつきたまへ。かひしなののげんじども、はせきたつてひとつになる。するがのくにうきしまがはらにてせいぞろへあり。つがふそのせいにじふまんぎとぞしるいたる。ひたちげんじさたけのしらうがざつしきの、ふみもつてきやうへのぼりけるを、へいけのさぶらひだいしやうかづさのかみただきよ、このふみをうばひとつてみるに、にようばうのもとへのふみなり。くるしかるまじとて、とらせてげり。さて、「げんじがせいは、いかほどあるぞ」ととひければ、「げらふはしごひやくせんまでこそ、もののかずをばしつてさふらへ。それよりうへをばしりまゐらせぬざふらふ。おほいやらう、すくないやらう、およそなぬかやうかがあひだは、はたとつづいて、のもやまもうみもかはも、みなむしやでP333さふらふ。きのふきせがはにて、ひとのまうしさふらひつるは、げんじのおんせいにじふまんぎとこそまうしさふらひつれ」とまうしければ、かづさのかみ、「あなこころうや。たいしやうぐんのおんこころののびさせたまひたるほど、くちをしかりけることはなし。いまいちにちもさきにうつてをくださせたまひたらば、おおばきやうだい、はたけやまがいちぞく、などかまゐらでさふらふべき。これらだにまゐりさふらはば、いづするがのせいはみなしたがひつくべかりつるものを」と、こうくわいすれどもかひぞなき。たいしやうぐんごんのすけぜうしやうこれもり、とうごくのあんないしやとて、ながゐのさいとうべつたうさねもりをめして、「なんぢほどのつよゆみせいびやう、はつかこくにはいかほどあるぞ」ととひたまへば、さいとうべつたうあざわらつて、「ささふらへば、きみはさねもりをおほやとおぼしめされさふらふにこそ。わづかじふさんぞくをこそつかまつりさふらへ。さねもりほどいさふらふものは、はつかこくにはいくらもさふらふ。おほやとまうすぢやうのものの、じふごそくにおとつてひくはさふらはず。ゆみのつよさも、したたかなるもののごろくにんしてはりさふらふ。かやうのせいびやうどもがいさふらへば、よろひのにさんりやうはたやすうかけずいとほしさふらふ。だいみやうとまうすぢやうのものの、ごひやくきにおとつてもつはさふらはず。むまにのつておつるみちをしらず、あくしよをはすれどむまをたふさず。いくさはまたおやもうたれよ、こもうたれよ、しぬればのりこえのりこえたたかふざふらふ。さいこくのいくさとまうすは、すべてそのぎさふらはず。おやうたれぬればひきしりぞき、ぶつじけうやうし、いみあけてよせ、こうたれぬれば、そのうれへなげきとて、よせさふらはず。ひやうらうまいつきぬれば、P334はるはたつくり、あきかりをさめてよせ、なつはあつしといとひ、ふゆはさむしときらひさふらふ。とうごくのいくさとまうすは、すべてそのぎさふらはず。そのうへかひしなののげんじら、あんないはしつたり、ふじのすそより、からめでにやまはりさふらはんずらん。かやうにまうせば、たいしやうぐんのおんこころをおくせさせまゐらせんとて、まうすとやおぼしめされさふらふらん。そのぎではさふらはず。ただしいくさはせいのたせうにはよりさふらはず。たいしやうぐんのはかりごとによるとこそまうしつたへてさふらへ」とまうしければ、これをきくつはものども、みなふるひわななきあへりけり。
さるほどにおなじきにじふしにちのうのこくに、ふじがはにて、げんぺいのやあはせとぞさだめける。にじふさんにちのよにいつて、へいけのつはものども、げんじのぢんをみわたせば、いづするがのにんみんひやくしやうらが、いくさにおそれて、あるひはのにいりやまにかくれ、あるひはふねにとりのつて、うみかはにうかびたるが、いとなみのひのみえけるを、「あなおびたたしのげんじのぢんのとほびのおほさよ。げにものもやまもうみもかはも、みなむしやでありけり。いかがせん」とぞあきれける。そのよのやはんばかり、ふじのぬまにいくらもありけるみづとりどもが、なににかはおどろきたりけん、いちどにばつとたちけるはおとの、いかづちおほかぜなどのやうにきこえければ、へいけのつはものども、「あはやげんじのおほぜいのむかうたるは。きのふさいとうべつたうがまうしつるやうに、かひしなののげんじら、ふじのすそより、からめでへやまはりさふらふらん。かたきなんじふまんぎかあるらん。とりこめられてはかなふまじ。ここをばおちて、P335をはりがはすのまたをふせげや」とて、とるものもとりあへず、われさきにわれさきにとぞおちゆきける。あまりにあわてさわいで、ゆみとるものはやをしらず、やとるものはゆみをしらず、わがむまにはひとのり、ひとのむまにはわれのり、つないだるむまにのつてはすれば、くひをめぐることかぎりなし。そのへんちかきしゆくじゆくより、いうくんいうぢよどもめしあつめ、あそびさかもりけるが、あるひはかしらけわられ、あるひはこしふみをられて、をめきさけぶことおびたたし。おなじきにじふしにちのうのこくに、げんじにじふまんき、ふじがはにおしよせて、てんもひびきだいぢもゆるぐばかりに、ときをぞさんかどつくりける。
(『ごせつのさた』)S0512へいけのかたには、しづまりかへつておともせず。ひとをいれてみせければ、「みなおちてさふらふ」とまうす。あるひはかたきのわすれたるよろひとつてまゐるものもあり、あるひはへいけのすておいたるおほまくとつてかへるものもあり。「およそへいけのぢんには、はいだにもかけりさふらはず」とまうす。ひやうゑのすけ、いそぎむまよりおり、かぶとをぬぎ、てうづうがひをして、わうじやうのかたをふしをがみ、「これはまつたくよりともがわたくしのかうみやうにはあらず、ひとへにはちまんだいぼさつのおんぱからひなり」とぞのたまひける。やがて、うつとるところなればとて、するがのくにをば、いちでうのじらうただより、とほたふみのくにをば、やすだのさぶらうよしさだにあづけらる。なほもつづいてせむべかりしかども、うしろもさすがおぼつかなしとて、するがのくによりかまくらへぞかへられける。かいだうしゆくじゆくのいうくんいうぢよども、「あないまいましのうつてのたいしやうぐんや。いくさにはみにげをだにあさましきことにするに、P336へいけのひとびとはききにげしたまへり」とぞわらひける。さるほどにらくしよどもおほかりけり。みやこのたいしやうぐんをばむねもりといひ、うつてのだいしやうをば、ごんのすけといふあひだ、へいけをひらやによみなして、
ひらやなるむねもりいかにさわぐらむはしらとたのむすけをおとして W037
ふじがはのせぜのいはこすみづよりもはやくもおつるいせへいじかな W038
またかづさのかみただきよが、ふじがはによろひすてたりけるをもよめり。
ふじがはによろひはすてつすみぞめのころもただきよのちのよのため W039
ただきよはにげのむまにぞのりてげるかづさしりがひかけてかひなし W040
「ごせつのさた」おなじきじふいちぐわつやうかのひ、たいしやうぐんごんのすけぜうしやうこれもり、ふくはらへかへりのぼりたまふ。にふだうしやうこくおほきにいかりて、「これもりをばきかいがしまへながすべし。ただきよをばしざいにおこなふべし」とぞのたまひける。これによつておなじきここのかのひ、へいけのさぶらひ、らうせうすひやくにんさんくわいして、ただきよがしざいのこと、いかがあるべからんとひやうぢやうす。しゆめのはうぐわんもりくにすすみいでて、「このただきよをひごろふかくじんとはぞんじさふらはず。あれがじふはちのとしとP337おぼえさふらふ。とばどののほうざうに、ごきないいちのあくたうににん、にげこもりたりしを、よつてからめうとまうすものいちにんもさふらはざりしに、このただきよただいちにん、はくちうについぢをこえ、はねいつて、いちにんをばうちとり、いちにんをばからめとつて、なをこうだいにあげたりしものぞかし。こんどのふかくは、ただごとともおぼえさふらはず。これにつけても、よくよくひやうらんのおんつつしみさふらふべし」とぞまうしける。おなじきとをかのひ、ぢもくおこなはれて、ごんのすけぜうしやうこれもり、うこんゑのちうじやうにあがりたまふ。こんどばんどうへうつてにむかはれたりとはまうせども、させるしいだしたることもさふらはず。これはさればなんのけんじやうぞやとぞ、ひとびとささやきあはれける。むかしへいしやうぐんさだもり、たはらとうだひでさと、まさかどをつゐたうのために、あづまへげかうしたりしかども、てうてきたやすうほろびがたかりしかば、かさねてうつてをくださるべしと、くぎやうせんぎあつて、うぢのみんぶきやうただふん、きよはらのしげふぢ、ぐんけんといふつかさをたまはりてくだるほどに、するがのくにきよみがせきにしゆくしたりけるよ、かのしげふぢ、まんまんたるかいじやうをゑんけんして、「ぎよしうのひのかげはさむうしてなみをやき、えきろのすずのこゑはよるやまをすぐ」といふからうたを、たからかにくちずさみたまへば、ただふんいうにおぼえて、かんるゐをぞながされける。さるほどにまさかどをば、さだもりひでさとがつひにうちとつて、そのかうべをもたせてのぼるほどに、するがのくにきよみがせきにてゆきあうたり。それよりぜんごのたいしやうぐんうちつれてしやうらくす。さだもりひでさとにけんじやうおこなはれけり。ときにただふんしげふぢにもけんじやうあるべきかと、くぎやうせんぎありしかば、P338
くでうのいうしようじやうもろすけこう、「こんどばんどうへうつてむかうたりといへども、てうてきたやすうほろびがたかりしところに、このひとびとちよくぢやうをうけたまはりて、せきのひがしへおもむきしとき、てうてきすでにほろびたり。さればただふんしげふぢにも、などかけんじやうなかるべき」とまうさせたまへども、そのときのしつぺいをののみやどの、「うたがはしきをばなすことなかれと、らいきのもんにさふらへば」とて、つひになさせたまはず。ただふんこれをくちをしきことにおもうて、をののみやどののおんすゑをば、やつこにみなさん、くでうどののおんすゑは、いつのよまでもしゆごじんとならんとちかひつつ、つひにひじににこそはしににけれ。さればくでうどののおんすゑは、めでたうさかえさせたまへども、をののみやどののおんすゑには、しかるべきひともましまさず、いまはたえはてたまひけるにこそ。おなじきじふいちにち、にふだうしやうこくのしなん、とうのちうじやうしげひら、さこんゑのごんのちうじやうにあがりたまふ。おなじきじふさんにち、ふくはらには、だいりつくりいだされて、しゆしやうごせんかうありけり。だいじやうゑおこなはるべかりしかども、だいじやうゑはじふぐわつのすゑ、とうかにみゆきしてごけいあり。たいだいのきたののに、さいぢやうじよをつくりて、じんぷくじんぐうをととのふ。だいこくでんのまへ、れうびだうのだんかに、くわいりふでんをたてて、おゆをめす。おなじきだんのならびに、だいじやうぐうをつくつて、しんぜんをそなふ。しんえんあり、ぎよいうあり、だいこくでんにてたいれいあり、せいしよだうにてみかぐらあり、ぶらくゐんにてえんくわいあり。しかるをこのふくはらのしんとには、だいこくでんもなければ、たいれいおこなはるべきやうもなく、せいしよだうもなければ、みかぐらそうすべきところもP339なし。ぶらくゐんもなければ、えんくわいもおこなはれず。こんねんはただしんじやうゑ、ごせつばかりであるべきよし、くぎやうせんぎあつて、なほしんじやうのまつりをば、きうとのじんぎくわんにてぞとげられける。ごせつはこれきよみはらのそのかみ、よしののみやにして、つきしろくさえ、かぜはげしかりしよ、おんこころをすまして、きんをひきたまひしかば、しんによあまくだつて、いつたびそでをひるがへす。これぞごせつのはじめなる。
「みやこがへり」(『みやこがへり』)S0513こんどのみやこうつりをば、きみもしんもなのめならずおんなげきありけり。やまならをはじめて、しよじしよしやにいたるまで、しかるべからざるよしうつたへまうしたりければ、さしもよこがみをやられしだいじやうのにふだうどの、「さらばみやこがへりあるべし」とて、おなじきじふにんぐわつふつかのひ、にはかにみやこがへりありけり。しんとはきたはやまやまにそびえてたかく、みなみはうみちかくしてくだれり。なみのおとつねにかまびすしく、しほかぜはげしきところなり。さればしんゐん、いつとなくごなうのみしげかりければ、これによつていそぎふくはらをいでさせおはします。ちうぐう、いちゐん、しやうくわうもごかうなる。せつしやうどのをはじめたてまつりて、だいじやうだいじんいげのけいしやううんかく、われもわれもとぐぶせらる。へいけにはだいじやうのにふだうをはじめたてまつりて、いちもんのP340ひとびとみなのぼられけり。さしもこころうかりつるしんとに、たれかかたときものこるべき。われさきにわれさきにとぞのぼられける。さんぬるろくぐわつより、やどもせうせうこぼちくだし、かたのごとくとりたてられしかども、いままたものぐるはしう、にはかにみやこがへりありければ、なんのさたにもおよばず、みなうちすてうちすてのぼられけり。りやうゐんはろくはらいけどのへごかうなる。ぎやうがうはごでうだいりとぞきこえし。おのおののしゆくしよもなければ、やはた、かも、さが、うづまさ、にしやま、ひがしやまのかたほとりについて、あるひはみだうのくわいらう、あるひはやしろのほうでんなどに、しかるべきひともたちやどつてましましける。そもそもこんどのみやこうつりのほんいをいかにといふに、きうとはやまならちかくして、いささかのことにも、ひよしのしんよ、かすがのじんぼくなどいひてみだりがはし。しんとはやまへだたりえかさなつて、ほどもさすがとほければ、さやうのこともたやすかるまじとて、にふだうしやうこくはからひまうされけるとかや。おなじきにじふさんにち、あふみげんじのそむきしをせめんとて、たいしやうぐんにはさひやうゑのかみとももり、さつまのかみただのり、つがふそのせいさんまんよき、あふみのくにへはつかうす。やまもと、かしはぎ、にしごりなどいふあぶれげんじどもせめおとし、それよりやがてみのをはりへぞこえられける。P341
「ならえんしやう」(『ならえんしやう』)S0514みやこにはまた、「なんとみゐでらどうしんして、あるひはみやうけとりまゐらせ、あるひはおんむかひにまゐるでう、これもつててうてきなり。しからばならをもせめらるべし」ときこえしかば、だいしゆおほきにほうきす。くわんばくどのより、「ぞんぢのむねあらば、いくたびもそうもんにこそおよばめ」とて、うくわんのべつたうただなりをくだされたりけるを、だいしゆおこつて、「のりものよりとつてひきおとせ、もとどりきれ」とひしめくあひだ、ただなりいろをうしなひてにげのぼる。つぎにうゑもんのかみちかまさをくだされたりけれども、これをも、「もとどりきれ」とひしめきければ、とるものもとりあへず、いそぎみやこへのぼられけり。そのときはくわんがくゐんのざつしきににんがもとどりきられてけり。なんとにはまたおほきなるぎつちやうのたまをつくりて、これこそにふだうしやうこくのかうべとなづけて、「うて、ふめ」などぞまうしける。「ことばのもらしやすきは、わざはひをまねくなかだちなり。ことばのつつしまざるは、やぶれをとるみちなり」といへり。かけまくもかたじけなく、このにふだうしやうこくは、たうぎんのぐわいそにておはします。それをかやうにまうしけるなんとのだいしゆ、およそはてんまのしよゐとぞみえし。にふだうしやうこく、かつがつまづなんとのらうぜきをしづめんとて、せのをのたらうかねやすを、やまとのくにのP342けんびしよにふせらる。かねやすごひやくよきではせむかふ。「あひかまへて、しゆとはらうぜきをいたすとも、なんぢらはいたすべからず。もののぐなせそ、きうせんなたいせそ」とてつかはされたりけるを、なんとのだいしゆ、かかるないぎをばしらずして、かねやすがよせいろくじふよにんからめとつて、いちいちにくびをきつて、さるさはのいけのはたにぞかけならべたりける。にふだうしやうこくおほきにいかりて、「さらばなんとをもせめよや」とて、たいしやうぐんには、とうのちうじやうしげひら、ちうぐうのすけみちもり、つがふそのせいしまんよき、なんとへはつかうす。なんとにもらうせうきらはずしちせんよにん、かぶとのををしめ、ならざか、はんにやじ、にかしよのみちをほりきつて、かいだてかき、さかもぎひいてまちかけたり。へいけしまんよきをふたてにわかつて、ならざか、はんにやじ、にかしよのじやうくわくにおしよせて、ときをどつとぞつくりける。だいしゆはかちだちうちものなり。くわんぐんはむまにてかけまはしかけまはしせめければ、だいしゆかずをつくしてうたれにけり。うのこくよりやあはせして、いちにちたたかひくらし、よにいりければ、ならざか、はんにやじ、にかしよのじやうくわくともにやぶれぬ。おちゆくしゆとのなかに、さかのしらうやうがくといふあくそうあり。これはちからのつよさ、ゆみやうちものとつては、しちだいじじふごだいじにもすぐれたり。もよぎをどしのよろひに、くろいとをどしのはらまきにりやうかさねてぞきたりける。ばうしかぶとにごまいかぶとのををしめ、ちのはのごとくにそつたるしらえのおほなぎなた、こくしつのおほだち、さうのてにもつままに、どうしゆくじふよにんぜんごさうにたて、てんがいのもんよりうつていでたり。これぞしばらくささへたる。おほくのくわんびやうらむまのあしながれて、おほくほろびにけり。P343されどもくわんぐんはおほぜいにて、いれかへいれかへせめければ、やうがくがふせぐところのどうじゆくみなうたれにけり。やうがくこころはたけうおもへども、うしろあばらになりしかば、ちからおよばず、ただいちにんみなみをさしてぞおちゆきける。よいくさになつて、たいしやうぐんとうのちうじやうしげひら、はんにやじのもんのまへにうつたつて、くらさはくらし、「ひをいだせ」とのたまへば、はりまのくにのぢうにん、ふくゐのしやうのげし、じらうたいふともかたといふもの、たてをわりたいまつにして、ざいけにひをぞかけたりける。ころはじふにんぐわつにじふはちにちのよの、いぬのこくばかりのことなれば、をりふしかぜははげしし、ほもとはひとつなりけれども、ふきまよふかぜに、おほくのがらんにふきかけたり。およそはぢをもおもひ、なをもをしむほどのものは、ならざかにてうちじにし、はんにやじにしてうたれにけり。ぎやうぶにかなへるものは、よしのとつかはのかたへぞおちゆきける。あゆみもえぬらうそうや、じんじやうなるしゆがくしや、ちごどもをんなわらんべは、もしやたすかると、だいぶつでんのにかいのうへ、やましなでらのうちへ、われさきにとぞにげいりける。だいぶつでんのにかいのうへには、せんよにんのぼりあがり、かたきのつづくをのぼせじとて、はしをひきてげり。みやうくわはまさしうおしかけたり。をめきさけぶこゑ、せうねつ、だいせうねつ、むげんあび、ほのほのそこのざいにんも、これにはすぎじとぞみえし。
こうぶくじはたんかいこうのごぐわん、とうじるゐだいのてらなり。とうこんだうにおはしますぶつぽふさいしよのしやかのざう、さいこんだうにおはしますじねんゆじゆつのくわんぜおん、るりをならべししめんのP344らう、しゆたんをまじへしにかいのろう、くりんそらにかがやきしにきのたふ、たちまちにけぶりとなるこそかなしけれ。とうだいじはじやうざいふめつ、じつぱうじやくくわうのしやうじんのおんほとけとおぼしめしなぞらへて、しやうむくわうてい、てづからみづからみがきたてたまひしこんどうじふろくぢやうのるしやなぶつ、うしつたかくあらはれて、はんでんのくもにかくれ、びやくがうあらたにをがまれさせたまへるまんぐわつのそんようも、みぐしはやけおちてだいぢにあり、ごしんはわきあひてやまのごとし。はちまんしせんのさうがうは、あきのつきはやくごぢうのくもにかくれ、しじふいちぢのえうらくは、よるのほしむなしうじふあくのかぜにただよひ、けぶりはちうてんにみちみちて、ほのほはこくうにひまもなし。まのあたりみたてまつるものはさらにまなこをあてず、かすかにつたへきくひとは、きもたましひをうしなへり。ほつさうさんろんのほふもんしやうげう、すべていつくわんものこらず。わがてうはまうすにおよばず、てんぢくしんだんにもこれほどのほふめつあるべしともおぼえず。うでんだいわうのしまごんをみがき、びしゆかつまがしやくせんだんをきざみしも、わづかにとうじんのおんほとけなり。いはんやこれはなんえんぶだいのうちには、ゆゐいつぶさうのおんほとけ、ながくきうそんのごあるべしともおもはざりしに、いまどくえんのちりにまじはつて、ひさしくかなしみをのこしたまへり。ぼんじやくしわう、りうじんはちぶ、みやうくわんみやうしうも、おどろきさわぎたまふらんとぞみえし。ほつさうおうごのしゆんにちだいみやうじん、いかなることをかおぼしけん、さればかすがののつゆもいろかはり、みかさやまのあらしのおともうらむるさまにぞきこえける。ほのほのなかにてやけしぬるにんじゆをかぞへたれば、だいぶつでんのにかいのうへにはいつせんしちひやくよにん、やましなでらにははつぴやくよにん、あるみだうにはごひやくよにん、あるみだうにはさんびやくよにん、つぶさにしるいたりければ、P345さんぜんごひやくよにんなり。せんぢやうにしてうたるるだいしゆせんよにん、せうせうははんにやじのもんにきりかけさせ、せうせうはくびどももつてみやこへのぼられけり。あくるにじふくにち、とうのちうじやうしげひら、なんとほろぼしてほくきやうへかへりいらる。およそはにふだうしやうこくばかりこそ、いきどほりはれてよろこばれけれ。ちうぐう、いちゐん、しやうくわうは、「たとひあくそうをこそほろぼさめ、おほくのがらんをはめつすべきやは」とぞおんなげきありける。ひごろはしゆとのくびおほぢをわたいて、ごくもんのきにかけらるべしと、くぎやうせんぎありしかども、とうだいじこうぶくじのほろびぬるあさましさに、なんのさたにもおよばず。ここやかしこのみぞやほりにぞすておきける。しやうむくわうていのしんぴつのごきもんにも、「わがてらこうぶくせば、てんがもこうぶくすべし。わがてらすゐびせば、てんがもすゐびすべし」とぞあそばされたる。さればてんがのすゐびせんこと、うたがひなしとぞみえたりける。あさましかりつるとしもくれて、ぢしようもごねんになりにけり。P346
平家物語 巻第六 総かな版(元和九年本)
「しんゐんほうぎよ」(『しんいんほうぎよ』)S0601ぢしようごねんしやうぐわつひとひのひ、だいりには、とうごくのひやうがく、なんとのくわさいによつて、てうはいとどめられて、しゆしやうしゆつぎよもなし。もののねもふきならさず、ぶがくもそうせず、よしののくずもまゐらず、とうじのくぎやういちにんもさんぜられず。これはうぢでらぜうしつによつてなり。ふつかのひてんじやうのえんすゐもなく、なんにようちひそめて、きんちういまいましうぞみえし。ならびにぶつぽふわうぼふともにつきぬることぞあさましき。ほふわうおほせなりけるは、「しだいのていわう、おもへばこなり、まごなり。いかなればばんきのせいむをとどめられて、むなしうとしつきをおくるらん」とぞおんなげきありける。おなじきいつかのひ、なんとのそうがうらけつくわんぜられて、くじやうをちやうじし、しよしよくをもつしうせらる。さればかたのやうにても、ごさいゑはあるべきものをと、そうみやうのさたありしに、なんとのそうがうらは、みなけつくわんぜられぬ。ほくきやうのそうがうをもつておこなはるべきかと、くぎやうせんぎありしかども、P347さればとて、いまさらなんとをもすてはてさせたまふべきならねば、さんろんじうのがくしやう、じやうほふいかうがしのびつつ、くわんじゆじにかくれゐたりけるをめしいだいて、ごさいゑかたのごとくとげおこなはる。しゆとはみな、おいたるも、わかきも、あるひはいころされあるひはきりころされて、けぶりのうちをいでず、ほのほにむせんでほろびにしかば、わづかにのこるともがらは、さんりんにまじはつて、あとをとどむるものいちにんもなし。なかにもこうぶくじのべつたうけりんゐんのそうじやうやうえんは、ぶつざうきやうくわんのけぶりとたちのぼらせたまふをみまゐらせ、あなあさましとて、むねうちさわがれけるよりやまひついて、つひにうせたまひぬ。このやうえんはいうにやさしきひとにておはしけり。あるときほととぎすのなくをきいて、
きくたびにめづらしければほととぎすいつもはつねのここちこそすれ W041
といふうたをようでこそ、はつねのそうじやうとはいはれたまひけれ。しやうくわうは、をとどしほふわうのとばどのにおしこめられてわたらせたまひしおんこと、こぞたかくらのみやのうたれさせたまひしおんありさま、さしもたやすからぬてんがのだいじ、みやこうつりなどまうすことに、ごなうつかせたまひて、おんわづらはしうきこえさせたまひしが、いままたとうだいじこうぶくじのほろびぬるよしきこしめして、ごなういとどおもらせおはします。ほふわうなのめならずおんなげきありしほどに、おなじきじふしにちろくはらいけどのにて、しんゐんつひにほうぎよなりぬ。ぎようじふにねん、とくせいせんばんたん、ししよじんぎのすたれぬるみちをおこし、りせいあんらくのたえたるP348あとをつぎたまふ。さんみやうろくつうのらかんもまぬかれたまはず、げんじゆつへんげのごんじやものがれぬみちなれば、うゐむじやうのならひとはいひながら、ことわりすぎてぞおぼえける。やがてそのよ、ひがしやまのふもと、せいがんじへうつしたてまつり、ゆふべのけぶりにたぐへつつ、はるのかすみとのぼらせたまひぬ。ちようけんほふいん、ごさうそうにまゐりあはんとて、いそぎやまよりくだられけるが、はやみちにてけぶりとたちのぼらせたまふをみまゐらせて、なくなくかうぞえいじたまひける。
つねにみしきみがみゆきをけふとへばかへらぬたびときくぞかなしき W042
またあるにようばうの、みかどかくれさせたまひぬとうけたまはつて、なくなくおもひつづけけり。
くものうへにゆくすゑとほくみしつきのひかりきえぬときくぞかなしき W043
おんとしにじふいち、うちにはじつかいをたもつてじひをさきとし、ほかにはごじやうをみだらせたまはず、れいぎをただしうせさせおはします。まつだいのけんわうにておはしければ、よのをしみたてまつること、つきひのひかりをうしなへるがごとし。かやうにひとのねがひもかなはず、たみのくわはうもつたなき、ただにんげんのさかひこそかなしけれ。
「こうえふ」(『こうやう』)S0602たかくらのゐんございゐのおんとき、ひとのしたがひつきたてまつることは、おそらくはえんぎてんりやくのみかどとP349まうすとも、これにはいかでまさらせたまふべきとぞ、ひとまうしける。おほかたはけんわうのなをあげ、じんとくのかうをほどこさせおはしますことも、きみごせいじんののち、せいだくをわかたせたまひてのうへのおんことでこそあるに、むげにこのきみは、いまだえうしゆのおんときより、せいをにうわにうけさせおはします。さんぬるしようあんのころほひは、おんとしじつさいばかりにもやならせおはしましけん、あまりにこうえふをあいせさせたまひて、きたのぢんにこやまをつかせ、はじかへでの、まことにいろうつくしうもみぢたるをうゑさせ、もみぢのやまとなづけて、ひねもすにえいらんあるに、なほあきたらせたまはず。しかるをあるよのわきはしたなうふいて、こうえふみなふきちらし、らくえふすこぶるらうぜきなり。とのもりのとものみやづこ、あさぎよめすとて、これをことごとくはきすててげり。のこれるえだ、ちれるこのはをばかきあつめて、かぜすさまじかりけるあしたなれば、ぬひどののぢんにて、さけあたためてたべけるたきぎにこそしてげれ。ぶぎやうのくらんど、ぎやうがうよりさきにと、いそぎゆいてみるに、あとかたなし。「いかに」ととへば、しかじかとこたふ。「あなあさまし。さしもきみのしつしおぼしめされつるこうえふを、かやうにしつることよ。しらず、なんぢらきんごくるざいにもおよび、わがみもいかなるげきりんにかあづからんずらん」と、おもはじことなうあんじつづけてゐたりけるところに、しゆしやういとどしくよるのおとどをいでさせもあへず、かしこへぎやうがうなつて、もみぢをえいらんあるに、なかりければ、いかにとおんたづねありけり。くらんどなにとそうすべきむねもなし。ありのままにP350そうもんす。てんきことにおんこころよげにうちゑませたまひて、「りんかんにさけをあたためてこうえふをたくといふしのこころをば、さればそれらにはたれがをしへけるぞや。やさしうもつかまつたるものかな」とて、かへつてえいかんにあづかつしうへは、あへてちよくかんなかりけり。またあんげんのころほひ、おんかたたがひのぎやうがうのありしに、さらでだにけいじんあかつきをとなふこゑ、めいわうのねぶりをおどろかすほどにもなりしかば、いつもおんねざめがちにて、つやつやぎよしんもならざりけり。いはんやさゆるしもよのはげしきには、えんぎのせいたい、こくどのたみどもが、いかにさむかるらんとて、よるのおとどにしてぎよいをぬがせたまひけることなどまでも、おぼしめしいでて、わがていとくのいたらぬことをぞおんなげきありける。ややしんかうにおよんで、ほどとほくひとのさけぶこゑしけり。ぐぶのひとびとはききもつけられず。しゆしやうはきこしめして、「ただいまさけぶはなにものぞ。あれみてまゐれ」とおほせければ、うへぶししたるてんじやうびと、じやうにちのものにおほせてたづぬれば、あるつじにあやしのめのわらはの、ながもちのふたさげたるが、なくにてぞありける。「いかに」ととへば、「しうのにようばうの、ゐんのごしよにさぶらはせたまふが、このほどやうやうにしてしたてられたりつるきぬをもつてまゐるほどに、ただいまおとこのにさんにんまうできて、うばひとつてまかりぬるぞや。いまはおんしやうぞくがあらばこそ、ごしよにもさぶらはせたまはめ。またはかばかしうたちやどらせたまふべき。したしきおんかたもましまさず。これをおもひつづくるになくなり」とぞいひける。さてかのめのわらはをぐしてまゐり、このよしそうもんしたりければ、しゆしやうきこしめしてP351、「あなむざん、なにもののしわざにてかあるらん」とて、りようがんよりおんなみだをながさせたまふぞかたじけなき。「げうのよのたみは、げうのこころのすなほなるをもつてこころとするゆゑに、みなすなほなり。いまのよのたみは、ちんがこころをもつてこころとするゆゑに、かだましきものてうにあつてつみををかす。これわがはぢにあらずや」とぞおほせける。「さるにてもとられつらんきぬは、なにいろぞ」とおほせければ、しかじかのいろとそうす。けんれいもんゐん、そのときは、いまだちうぐうにてわたらせたまふときなり。そのおんかたへ、「さやうのいろしたるぎよいやさふらふ」とおんたづねありければ、さきのよりはるかにいろうつくしきがまゐりたるを、くだんのめのわらはにぞたまはせける。「いまだよふかし。またさるめにもぞあふ」とて、じやうにちのものをあまたつけて、しうのにようばうのつぼねまで、おくらせましましけるぞかたじけなき。されば、あやしのしづのを、しづのめにいたるまで、ただこのきみせんしうばんぜいのはうさんをぞいのりたてまつる。
「あふひのまへ」(『あふひのまへ』)S0603それになによりもまたあはれなりしことには、ちうぐうのおんかたにさぶらはれけるにようばうのめしつかひけるしやうとう、おもはざるほか、りようがんにしせきすることありけり。ただよのつねあからさまにてもなくして、まめやかにおんこころざしふかかりければ、しうのにようばうもめしつかはず、かへつてしうのごとくにぞP352、いつきもてなしける。『そのかみえうえいにいへることあり、をとこをうんでもきくわんすることなかれ、ぢよをうんでもひさんすることなかれ。なんはこれこうにだもほうぜられず、ぢよはひたり』とて、きさきにたつといへり。めでたかりけるさいはひかな。「このひとにようごきさきとももてなされ、こくもせんゐんともあふがれなんず」とて、そのなを、あふひのまへとまうしければ、ないないはあふひのにようごなどぞささやきあはれける。しゆしやうはこれをきこしめして、そののちはめさざりけり。これはおんこころざしのつきぬるにはあらず、ただよのそしりをはばからせたまふによつてなり。さればおんながめがちにて、つやつやぐごもきこしめさず、ごなうとてつねはよるのおとどにのみいらせおはします。そのときのくわんばくまつどの、このよしをうけたまはつて、「しゆしやうおんこころのつきぬることこそおはすなれ。まうしなぐさめまゐらせん」とて、いそぎごさんだいあつて、「さやうにえいりよにかからせましまさんにおいては、なんでふことかさふらふべき。くだんのにようばうめされまゐらすべしとおぼえさふらふ。しなたづねらるるにおよばず、もとふさやがていうしにつかまつりさふらはん」とそうせさせたまへば、しゆしやうおほせなりけるは、「いさとよ、そこにはからひまうすもさることなれども、くらゐをすべつてのちは、ままさるためしもあるなり。まさしうざいゐのとき、さやうのことはこうたいのそしりなるべし」とて、きこしめしもいれざりければ、くわんばくどのちからおよばせたまはず、おんなみだをおさへて、ごたいしゆつありけり。そののちしゆしやう、みどんのうすやうの、にほひことにふかかりけるに、ふるきことなれども、おぼしめしいでてP353、かうぞあそばされける。
しのぶれどいろにいでにけりわがこひはものやおもふとひとのとふまで W044
れんぜいのせうしやうたかふさ、これをたまはりついで、くだんのあふひのまへにたばせたれば、これをとつてふところにいれ、かほうちあかめ、れいならぬここちいできたりとて、さとへかへり、うちふすことごろくにちして、つひにはかなくなりにけり。きみがいちじつのおんのために、せふがはくねんのみをあやまつとも、かやうのことをやまうすべき。「むかしたうのたいそうの、ていじんきがむすめをげんくわんでんにいれんとせさせたまひしを、ぎちよう、かのむすめすでにりくしにやくせりといさめまうしたりければ、てんにいれらるることをとどめられたりしには、すこしもたがはせたまはぬ、いまのきみのおんこころばせかな」とぞ、ひとまうしける。
「こがう」(『こがう』)S0604しゆしやうはれんぼのおんなみだにおぼしめししづませたまひたるを、まうしなぐさめまゐらせんとて、ちうぐうのおかたより、こがうのとのとまうすにようばうをまゐらせらる。そもこのにようばうとまうすは、さくらまちのちうなごんしげのりのきやうのおんむすめ、きんちういちのびじん、ならびなきことのじやうずにてぞましましける。れんぜいのだいなごんりうはうのきやう、いまだせうしやうなりしとき、みそめたりしにようばうなり。はじめはP354うたをよみ、ふみをばつくされけれども、たまづさのかずのみつもりて、なびくけしきもなかりしが、さすがなさけによわるこころにや、つひにはなびきたまひけり。されどもいまはきみへめされまゐらせて、せんかたもなくかなしくて、あかぬわかれのなみだにや、そでしほたれて、ほしあへず。せうしやういかにもして、こがうのとのをいまいちどみたてまつることもやと、そのこととなくつねはさんだいせられけり。こがうのとののおはしけるつぼねのへん、かなたこなたへ、たたずみありきたまひけれども、こがうのとの、われきみへめされまゐらせぬるうへは、せうしやういかにまうすとも、ことばをもかはすべからずとて、つてのなさけをだにもかけられず。せうしやうもしやと、いつしゆのうたをようで、こがうのとののましましけるつぼねのみすのうちへぞなげいれける。
おもひかねこころはそらにみちのくのちかのしほがまちかきかひなし W045
こがうのとの、やがてへんじもせまほしうはおもはれけれども、きみのおんため、おんうしろめたしとやおもはれけん、てにだにとつてもみたまはず、やがてしやうとうにとらせて、つぼのうちへぞなげいださる。せうしやうなさけなううらめしけれども、さすがひともこそみれと、そらおそろしくて、いそぎとつてふところにひきいれていでられけるが、なほたちかへり、
たまづさをいまはてにだにとらじとやさこそこころにおもひすつとも W046
いまはこのよにてあひみんこともかたければ、いきてゐて、とにかくにひとをこひしとおもはんより、ただしなんとのみぞねがはれける。P355
にふだうしやうこく、このよしをつたへききたまひて、「ちうぐうとまうすもおんむすめ、れんぜいのせうしやうもまたむこなり。こがうのとのに、ふたりのむこをとられては、よのなかよかるまじ。いかにもして、こがうのとのをめしいだいてうしなはん」とぞのたまひける。こがうのとの、このよしをききたまひて、わがみのうへはとにもかくにもなりなん、きみのおんためおんこころぐるしとおもはれければ、あるよだいりをばまぎれいでて、ゆくへもしらずぞうせられける。しゆしやうおんなげきなのめならず、ひるはよるのおとどにのみいらせたまひて、おんなみだにしづませおはします。よるはなんでんにしゆつぎよなつて、つきのひかりをごらんじてぞ、なぐさませましましける。にふだうしやうこくこのよしをうけたまはつて、「さてはきみは、こがうゆゑにおぼしめししづませたまひたんなり。さらんにとつては」とて、おんかいしやくのにようばうたちをもまゐらせられず、さんだいしたまふひとびともそねまれければ、にふだうのけんゐにはばかつて、まゐりかよふしんかもなし。なんにようちひそめて、きんちういまいましうぞみえし。ころははちぐわつとをかあまりのことなれば、さしもくまなきそらなれども、しゆしやうはおんなみだにくもらせたまひて、つきのひかりもおぼろにぞごらんぜられける。ややしんかうにおよんで、「ひとやあるひとやある」とめされけれども、おいらへまうすものもなし。ややあつて、だんじやうのだいひつなかくに、そのよしもおとのゐにまゐりて、はるかにとほうさふらひけるが、「なかくに」とおいらへまうす。「なんぢちかうまゐれ。おほせくださるべきむねあり」とおほせければ、なにごとやらんとおもひ、ごぜんちかうぞさんじたる。「なんぢもしこがうがゆくへやしつたる」とおほせければP356、「いかでかしりまゐらせさふらふべき」とまうす。「まことやこがうは、さがのへん、かたをりどとかやしたるうちにありと、まうすもののあるぞとよ。あるじがなをばしらずとも、たづねてまゐらせてんや」とおほせければ、なかくに、「あるじがなをしりさふらはでは、いかでかたづねあひまゐらせさふらふべき」とまうしければ、しゆしやう、げにもとて、おんなみだせきあへさせましまさず。
なかくにつくづくものをあんずるに、まことやこがうのとのは、ことひきたまひしぞかし。このつきのあかさに、きみのおんことおもひいでまゐらせて、ことひきたまはぬことはよもあらじ。だいりにてことひきたまひしとき、なかくにふえのやくにめされまゐらせしかば、そのことのねは、いづくにてもききしらんずるものを。さがのざいけいくほどかあらん、うちまはつてたづねんに、などかききいださであるべきとおもひ、「ささふらはば、あるじがなはしらずさふらふとも、たづねまゐらせさふらふべし。たとひたづねあひまゐらせてさふらふとも、ごしよなどさふらはずは、うはのそらとやおぼしめされさふらはんずらん。ごしよをたまはつて、まゐりさふらはん」とまうしければ、しゆしやう、げにもとて、やがてごしよあそばいてぞくだされける。「れうのおむまにのりてゆけ」とおほせければ、なかくにれうのおむまたまはつて、めいげつにむちをあげ、にしをさしてぞあゆませける。をしかなくこのやまざととえいじけん、さがのあたりのあきのころ、さこそはあはれにもおぼえけめ。かたをりどしたるやをみつけては、このうちにもやおはすらんと、ひかへひかへききけれども、ことひくところはなかりけり。P357みだうなどへもまゐりたまへることもやと、しやかだうをはじめて、だうだうみまはれども、こがうのとのににたるにようばうだにもなかりけり。むなしうかへりまゐりたらんは、まゐらざらんより、なかなかあしかるべし。これよりいづちへも、まよひゆかばやとはおもへども、いづくかわうぢならぬ、みをかくすべきやどもなし。いかがせんとあんじわづらふ。まことやほふりんはほどちかければ、つきのひかりにさそはれて、まゐりたまへることもやと、そなたへむいてぞあくがれける。
かめやまのあたりちかく、まつのひとむらあるかたに、かすかにことぞきこえける。みねのあらしかまつかぜか、たづぬるひとのことのねか、おぼつかなくはおもへども、こまをはやめてゆくほどに、かたをりどしたるうちに、ことをぞひきすまされたる。ひかへてこれをききければ、すこしもまがふべうもなく、こがうのとののつまおとなり。がくはなにぞとききければ、をつとをおもうてこふとよむ、さうぶれんといふがくなりけり。なかくに、さればこそ、きみのおんことおもひいでまゐらせて、がくこそおほけれ、このがくをひきたまふことのやさしさよとおもひ、こしよりやうでうぬきいだし、ちつとならいて、かどをほとほととたたけば、ことをばやがてひきやみたまひぬ。「これはだいりよりなかくにがおつかひにまゐりてさふらふ。あけさせたまへ」とて、たたけどもたたけども、とがむるものもなかりけり。ややありて、うちよりひとのいづるおとしけり。うれしうおもひてまつところに、ぢやうをはづし、かどをほそめにあけ、いたいけしたるこにようばうの、かほばかりさしいだいて、「これはP358さやうにだいりよりおつかひなどたまはるべきところでもさぶらはず。もしかどたがへにてぞさぶらふらん」といひければ、なかくに、へんじせばかどたてられ、ぢやうさされなんずとやおもひけん、ぜひなくおしあけてぞいりにける。つまどのきはなるえんにゐて、「なんとてかやうのところにおんわたりさふらふやらん。きみはおんゆゑにおぼしめししづませたまひて、おんいのちもすでにあやふくこそみえさせましましさふらへ。かやうにまうさば、うはのそらとやおぼしめされさふらふらん。ごしよをたまはつてまゐりてさふらふ」とてとりいだいてたてまつる。ありつるにようばうとりついで、こがうのとのにぞまゐらせける。これをあけてみたまふに、まことにきみのごしよにてぞありける。やがておんぺんじかいてひきむすび、にようばうのしやうぞくひとかさねそへてぞいだされたる。なかくに、「おんぺんじのうへは、とかうまうすにおよびさふらはねども、べつのおつかひにてもさふらはばこそ。ぢきのおんぺんじうけたまはらでは、いかでかかへりまゐりさふらふべき」とまうしければ、こがうのとの、げにもとやおもはれけん、みづからへんじしたまひけり。「そこにもききたまひつらんやうに、にふだうあまりにおそろしきことをのみまうすとききしがあさましさに、あるよひそかにしのびつつ、だいりをばまぎれいでて、いまはかかるところのすまひなれば、ことひくこともなかりしが、あすよりおはらのおくへおもひたつことのさぶらへば、あるじのにようばう、こよひばかりのなごりををしみ、いまはよもふけぬ、たちきくひともあらじなどすすむるあひだ、さぞなむかしのなごりもさすがゆかしくて、てなれしことをひくほどに、やすうもききいだされけりな」とて、おんなみだせきあへたまはねば、なかくにもそぞろにP359そでをぞしぼりける。ややあつて、なかくになみだをおさへてまうしけるは、「あすよりおはらのおくへおぼしめしたつこととさふらふは、さだめておんさまなどもやかへさせたまひさふらはんずらん。しかるべうもさふらはず。さてきみをばなにとか、しまゐらせたまふべき。ゆめゆめかなひさふらふまじ。あひかまへてこのにようばういだしまゐらすな」とて、ともにめしぐしたるめぶ、きじちやうなどとどめおき、そのやをしゆごせさせ、わがみはれうのおむまにうちのつて、だいりへかへりまゐつたれば、よはほのぼのとぞあけにける。なかくに、やがてれうのおむまつながせ、にようばうのしやうぞくをば、はねむまのしやうじにうちかけて、いまはさだめてぎよしんもなりつらん、たれしてかまうすべきとおもひ、なんでんをさしてまゐるほどに、しゆしやうはいまだゆうべのござにぞましましける。「みなみにかけりきたにむかふ、かんうんをあきのかりにつけがたし。ひがしにいでにしにながる、ただせんばうをあかつきのつきによす」と、おんこころほそげにうちながめさせたまふところに、なかくにつとまゐりつつ、こがうのとののおんぺんじをこそまゐらせけれ。しゆしやうなのめならずにぎよかんあつて、「さらばなんぢやがてゆふさりぐしてまゐれ」とぞおほせける。なかくに、にふだうしやうこくのかへりききたまはんところはおそろしけれども、これまたちよくぢやうなれば、ひとにくるまかつて、さがへゆきむかふ。こがうのとのまゐるまじきよしのたまへども、やうやうにこしらへたてまつりて、くるまにのせたてまつりて、だいりへまゐりたりければ、かすかなるところにしのばせて、よなよなめされまゐらせけるほどに、ひめみやごいつしよいできさせたまひけり。ばうもんのによゐんとはこのみやのおんことなり。P360
にふだうしやうこく、「こがうがうせたりといふは、あとかたもなきそらごとなり。いかにもしてうしなはん」とのたまひけるが、なにとしてかはたばかりいだされたりけん、こがうのとのをとらへつつ、あまになしてぞおつぱなたる。としにじふさん。しゆつけはもとよりのぞみなりけれども、こころならずあまになされ、こきすみぞめにやつれはて、さがのおくにぞすまれける。むげにうたてきことどもなり。しゆしやうはかやうのことどもにごなうつかせたまひて、つひにかくれさせたまひけるとかや。ほふわううちつづき、おんなげきのみぞしげかりける。さんぬるえいまんには、だいいちのみこにでうのゐんほうぎよなりぬ。あんげんにねんのしちぐわつには、おんまごろくでうのゐんかくれさせたまひぬ。てんにすまばひよくのとり、ちにあらばれんりのえだとならんと、あまのがはのほしをさして、さしもおんちぎりあさからざりしけんしゆんもんゐん、あきのきりにをかされて、あしたのつゆときえさせたまひぬ。としつきはへだたれども、きのふけふのおんわかれのやうにおぼしめして、おんなみだもいまだつきせざるに、ぢしようしねんのごぐわつには、だいにのわうじたかくらのみやうたれさせたまひぬ。げんぜごしやうたのみおぼしめされつるしんゐんさへ、さきだたせたまひぬれば、とにかくに、かこつかたなきおんなみだのみぞしげかりける。「かなしみのいたつてかなしきは、おいてのち、こにおくれたるよりもかなしきはなし。うらみのいたつてうらめしきは、わかうしておやにさきだつよりも、うらめしきはなし」と、かのあさつなのしやうこうの、しそくすみあきらにおくれて、かきたりけるふでのあと、いまこそおぼしめししられけれ。かのいちじようめうでんのP361ごどくじゆも、おこたらせたまはず、さんみつぎやうぼふのごくんじゆも、こうつもらせおはします。てんがりやうあんになりしかば、おほみやびともおしなべて、はなのたもとややつれけん。
「めぐらしぶみ」(『めぐらしぶみ』)S0605にふだうしやうこく、かやうにいたくなさけなうあたりたてまつられたりけることを、さすがそらおそろしうやおもはれけん、ほふわうなぐさめまゐらせんとて、あきのいつくしまのないしがはらのひめぎみの、しやうねんじふはちになりたまふをぞ、ほふわうへはまゐらせらる。たうけたけのくぎやうおほくぐぶして、ひとへににようごまゐりのごとくにてぞありける。しやうくわうかくれさせたまひて、わづかにしちにちだにすぎざるに、しかるべからずとぞ、ひとびとささやきあはれける。さるほどにそのころしなののくにに、きそのじらうよしなかといふげんじありときこえけり。かれはこたてはきせんじやうよしかたがじなんなり。しかるをちちよしかたは、さんぬるきうじゆにねんはちぐわつじふににち、かまくらのあくげんだよしひらがためにちうせられぬ。そのときはいまだにさいなりしを、ははかかへて、なくなくしなのへくだり、きそのちうざうかねとほがもとにゆいて、「これいかにもしてそだてて、ひとになして、われにみせよ」といひければ、かねとほかひがひしううけとつてやういくす。やうやうちやうだいするままに、ようぎたいはいひとにすぐれ、こころもならびなくかうなりけり。P362ちからのつよさ、ゆみやうちものとつては、すべてしやうこのたむら、としひと、よごしやうぐん、ちらい、ほうしやう、せんぞらいくわう、ぎかのあつそんといふとも、これにはいかでかまさるべきとぞひとまうしける。
じふさんでげんぶくしたりしにも、まづやはたへまゐり、つやして、「わがしだいのそぶぎかのあつそんは、このおんがみのおんことなして、なをはちまんたらうよしいへとかうしき。かつうはそのあとをおふべしとて、ごほうぜんにてもとどりとりあげ、きそのじらうよしなかとこそつけたりけれ。つねはめのとのちうざうにぐせられて、みやこへのぼり、へいけのふるまひありさまどもをも、よくよくみうかがひけり。きそあるときめのとのかなとほをようで、「そもそもひやうゑのすけよりともは、とうはつかこくをうちしたがへて、とうかいだうよりせめのぼり、へいけをおひおとさんとすなり。よしなかもとうせんほくろくりやうだうをしたがへて、いまいちにちもさきにへいけをほろぼして、たとへばにつぽんごくにふたりのしやうぐんとあふがれんとおもふはいかに」とのたまへば、かねとほおほきにかしこまりよろこんで、「そのれうにこそ、きみをばこのにじふよねんまでやういくしたてまつてさふらへ。かやうにおほせらるるこそ、はちまんどののおんすゑともおぼえさせましませ」とて、やがてむほんをくはだつ。「まづめぐらしぶみさふらふべし」とて、しなののくにには、ねのゐのこやたしげののゆきちかをかたらふに、そむくことなし。これをはじめてしなのいつこくのつはものども、みなしたがひつきにけり。かうづけのくにには、たごのこほりのつはものども、ちちよしかたがよしみによつて、これもしたがひつきにけり。へいけのすゑにP363なりぬるをりをえて、げんじねんらいのそくわいをとげんとす。
「ひきやくたうらい」(『ひきやくたうらい』)S0606きそといふところは、しなのにとつてもみなみのはし、みのざかひなれば、みやこもむげにほどちかし。へいけのひとびと、「とうごくのそむくだにあるに、ほくこくさへこはいかに」とて、おほきにおそれさわがれけり。にふだうしやうこくのたまひけるは、「たとひしなのいつこくのものどもこそ、きそにしたがひつくといふとも、ゑちごのくにには、よごしやうぐんのばつえふ、じやうのたらうすけなが、おなじきしらうすけもち、これらはきやうだいともにたぜいのものなり。おほせくだしたらんに、やすううつてまゐらせてんず」とのたまへば、「げにも」とまうすひともあり、「いやいや、ただいまおんだいじにおよびなんず」と、ささやくひとびともありけるとかや。にんぐわつひとひのひ、ぢもくおこなはれて、ゑちごのくにのぢうにん、じやうのたらうすけなが、ゑちごのかみににんず。これはきそつゐたうせらるべきはかりごととぞきこえし。おなじきなぬかのひ、だいじんくぎやう、いへいへにして、そんじようだらにならびにふどうみやうわうかきくやうせらる。これはひやうらんつつしみのためとぞきこえし。おなじきここのかのひ、かはちのくにのいしかはのこほりにきよぢうしけるむさしのごんのかみにふだうよしもと、しそくいしかはのはんぐわんだいよしかぬ、これもへいけをそむいて、よりともにこころをかよはしてP364、とうごくへおちくだるべしなどきこえしかば、へいけやがてうつてをつかはす。たいしやうぐんにはげんだいふのはうぐわんすゑさだ、つのはうぐわんもりずみ、つがふそのせいさんぜんよきで、かはちのくにへはつかうす。じやうのうちには、よしもとぼつしをはじめとして、わづかひやくきばかりにはすぎざりけり。うのこくよりやあはせして、ひとひたたかひくらし、よにいりければ、よしもとぼつしうちじにす。しそくいしかはのはんぐわんだいよしかぬは、いたでおうていけどりにこそせられけれ。おなじきじふいちにち、よしもとぼつしがかうべ、みやこへいつておほぢをわたさる。りやうあんにぞくしゆをわたさるること、ほりかはのゐんほうぎよのとき、さきのつしまのかみみなもとのよしちかがかうべをわたされし、そのれいとぞきこえし。
あくるじふににち、ちんぜいよりひきやくたうらい、うさのだいぐうじきんみちがまうしけるは、ちんぜいのものども、をがたのさぶらうこれよしをはじめとして、うすき、へつぎ、まつらたうにいたるまで、いつかうへいけをそむいて、げんじにどうしんのよしまうしたりければ、へいけのひとびと、「とうごくほくこくのそむくだにあるに、さいこくさへこはいかに」とて、てをうつてあさみあはれけり。おなじきじふろくにち、いよのくによりひきやくたうらい、こぞのふゆのころより、いよのくにのぢうにん、かはののしらうみちきよ、いつかうへいけをそむいて、げんじにどうしんのあひだ、びんごのくにのぢうにん、ぬかのにふだうさいじやくは、へいけにこころざしふかかりければ、そのせいさんぜんよきでいよのくにへおしわたり、だうぜんだうごのさかひなるたかなほのじやうにおしよせて、さんざんにせめければ、かはののしらうみちきようちじにす。しそくかはののしらうみちのぶは、あきのくにのぢうにん、ぬたのじらうはははかたのをぢなりければ、それへこえてありあはず、ちちをうたせてやすからずおもひけるが、いかにもしてP365さいじやくをうつとらんとぞうかがひける。ぬかのにふだうさいじやくは、しこくのらうぜきをしづめて、こんねんしやうぐわつじふごにち、びんごのともへおしわたり、いうくんいうぢよどもめしあつめて、あそびたはぶれ、さかもりけるところへ、かはののしらうみちのぶ、おもひきつたるものども、ひやくよにんあひかたらつて、ばつとおしよす。さいじやくがかたにもさんびやくよにんありけれども、にはかごとにてありければ、おもひまうけず、あわてふためきけるが、たてあふものをばいふせきりふせ、まづさいじやくをいけどつて、いよのくにへおしわたり、ちちがうたれたるたかなほのじやうまでさげもてゆき、のこぎりにてくびをきつたりともきこゆ。またはつつけにしたりともきこえけり。(『にうだうしきよ』)S0607そののちはしこくのものども、かはののしらうにしたがひつく。またきのくにのぢうにん、くまののべつたうたんぞうは、へいけぢうおんのみなりしが、たちまちにこころがはりして、げんじにどうしんのよしきこえしかば、へいけのひとびと、とうごくほくこくのそむくだにあるに、なんかいさいかいかくのごとし。いてきのほうきみみをおどろかし、げきらんのせんべうしきりにそうす。しいたちまちにおこれり。よすでにうせなんとすることは、かならずへいけのいちもんにあらねども、こころあるひとびとの、なげきかなしまぬはなかりけり。P366
「にふだうせいきよ」おなじきにじふさんにち、ゐんのてんじやうにて、にはかにくぎやうせんぎあり。さきのうだいしやうむねもりのきやうのまうされけるは、こんどばんどうへうつてはむかうたりといへども、させるしいだしたることもなし。こんどはむねもりたいしやうぐんをうけたまはつて、とうごくほくこくのきようとらをつゐたうすべきよしまうされければ、しよきやうしきだいして、「むねもりのきやうのまうしじやう、ゆゆしうさふらひなんず」とぞまうされける。ほふわうおほきにぎよかんありけり。くぎやうてんじやうびとも、ぶくわんにそなはり、すこしもきうせんにたづさはらんほどのひとびとは、むねもりをたいしやうぐんとして、とうごくほくこくのきようとらを、つゐたうすべきよしおほせくださる。おなじきにじふしちにちかどでして、すでにうつたたんとしたまひけるやはんばかりより、にふだうしやうこくゐれいのここちとて、とどまりたまひぬ。あくるにじふはちにち、ぢうびやうをうけたまへりときこえしかば、きやうぢうろくはらひしめきあへり。「すはしつるは」。「さみつることよ」とぞささやきける。にふだうしやうこくやまひつきたまへるひよりして、ゆみづものどへいれられず、みのうちのあつきことは、ひをたくがごとし。ふしたまへるところ、しごけんがうちへいるものは、あつさたへがたし。ただのたまふこととては、「あたあた」とばかりなり。まことにただごとともP367みえたまはず。あまりのたへがたさにや、ひえいさんよりせんじゆゐのみづをくみくだし、いしのふねにたたへ、それにおりてひえたまへば、みづおびたたしうわきあがつて、ほどなくゆにぞなりにける。もしやとかけひのみづをまかすれば、いしやくろがねなどのやけたるやうに、みづほとばしつてよりつかず。おのづからあたるみづは、ほむらとなつてもえければ、こくえんてんちうにみちみちて、ほのほうづまいてぞあがりける。これやむかしほふざうそうづといひしひと、えんわうのしやうにおもむいて、ははのしやうじよをたづねしに、えんわうあはれみたまひて、ごくそつをあひそへて、せうねつぢごくへつかはさる。くろがねのもんのうちへさしいつてみれば、りうしやうなどのごとくに、ほのほそらにうちのぼり、たひやくゆじゆんにおよびけんも、これにはすぎじとぞおぼえける。またにふだうしやうこくのきたのかた、はちでうのにゐどのの、ゆめにみたまひけることこそおそろしけれ。たとへばみやうくわのおびたたしうもえたるくるまの、ぬしもなきを、もんのうちへやりいれたるをみれば、くるまのぜんごにたつたるものは、あるひはうしのおもてのやうなるものもあり、あるひはむまのやうなるものもあり。くるまのまへには、むといふもじばかりあらはれたる、くろがねのふだをぞうつたりけり。にゐどのゆめのうちに、「これはいづくよりいづちへ」ととひたまへば、「へいけだいじやうのにふだうどののあくぎやうてうくわしたまへるによつて、えんまわうぐうよりのおんむかひのおんくるまなり」とまうす。「さてあのふだはいかに」ととひたまへば、「なんえんぶだいこんどうじふろくぢやうのるしやなぶつ、やきほろぼしたまへるつみによつて、むげんのそこにしづめたまふべきよし、えんまのちやうにておんさたありしが、むげんのむをばかかれたれども、いまだけんのP368じをばかかれぬなり」とぞまうしける。にゐどのゆめさめてのち、あせみづになりつつ、これをひとにかたりたまへば、きくひとみなみのけよだちけり。れいぶつれいしやへこんごんしつぱうをなげ、むまくらよろひかぶとゆみやたちかたなにいたるまで、とりいではこびいだして、いのりまうされけれども、かなふべしともみえたまはず。ただなんによのきんだち、あとまくらにさしつどひて、なげきかなしみたまひけり。うるふにんぐわつふつかのひ、にゐどのあつさたへがたけれども、にふだうしやうこくのおんまくらによつて、「おんありさまみたてまつるに、ひにそへてたのみすくなうこそみえさせおはしませ。もののすこしもおぼえさせたまふとき、おぼしめすことあらば、おほせおかれよ」とぞのたまひける。にふだうしやうこく、ひごろはさしもゆゆしうおはせしかども、いまはのときにもなりしかば、よにもくるしげにて、いきのしたにてのたまひけるは、「たうけはほうげんへいぢよりこのかた、どどのてうてきをたひらげ、けんじやうみにあまり、かたじけなくもいつてんのきみのごぐわいせきとして、しようじやうのくらゐにいたり、えいぐわすでにしそんにのこす。こんじやうののぞみは、いちじもおもひおくことなし。ただおもひおくこととては、ひやうゑのすけよりともがかうべをみざりつることこそ、なによりもまたほいなけれ。われいかにもなりなんのち、ぶつじけうやうをもすべからず、だうたふをもたつべからず。いそぎうつてをくだし、よりともがかうべをはねて、わがはかのまへにかくべし。それぞこんじやうごしやうのけうやうにてあらんずるぞ」とのたまひけるこそ、いとどつみふかうはきこえし。もしやたすかると、いたにみづをおきて、ふしまろびたまへども、たすかるここちもしP369たまはず。おなじきしにちのひ、もんぜつびやくちして、つひにあづちじににぞしたまひける。むまくるまのはせちがふおとは、てんもひびきだいぢもゆるぐばかりなり。いつてんのきみ、ばんじようのあるじの、いかなるおんことましますとも、これにはいかでかまさるべき。こんねんはろくじふしにぞなられける。おいじにといふべきにはあらねども、しゆくうんたちまちにつきぬれば、だいほふひほふのかうげんもなく、しんめいぶつだのゐくわうもきえ、しよてんもおうごしたまはず。いはんやぼんりよにおいてをや。みにかはりいのちにかはらんと、ちうをぞんぜしすまんのぐんりよは、たうしやうたうかになみゐたれども、これはめにもみえず、ちからにもかかはらぬむじやうのせつきをば、ざんじもたたかひかへさず、またかへりこぬしでのやま、みつせがは、くわうせんちううのたびのそらに、ただいつしよこそおもむかれけれ。されどもひごろつくりおかれしざいごふばかりこそ、ごくそつとなつてむかひにもきたりけめ。あはれなりしことどもなり。さてしもあるべきことならねば、おなじきなぬかのひ、おたぎにてけぶりになしたてまつり、こつをばゑんじつほふげんくびにかけ、つのくにへくだり、きやうのしまにぞをさめける。さしもにつぽんいつしうになをあげ、ゐをふるひしひとなれども、みはひとときのけぶりとなつて、みやこのそらへたちのぼり、かばねはしばしやすらひて、はまのまさごにたはぶれつつ、むなしきつちとぞなりたまふ。P370
「きやうのしま」(『つきしま』)S0608さうそうのよ、ふしぎのことありけり。たまをのべ、きんぎんをちりばめて、つくられたりけるにしはちでうどの、そのよにはかにやけにけり。ひとのいへのやくることは、つねのならひなれども、なにもののしわざにやありけん、はうくわとぞきこえし。またろくはらのみなみにあたつて、ひとならばにさんじふにんばかりがこゑして、「うれしやみづ、なるはたきのみづ」といふひやうしをいだいて、まひをどり、どつとわらふこゑしけり。さんぬるしやうぐわつには、しやうくわうかくれさせたまひて、てんがりやうあんになりぬ。わづかいちりやうぐわつをへだてて、にふだうしやうこくこうぜられぬ。こころなきあやしのものも、いかがうれへざるべき。いかさまこれはてんぐのしよゐといふさたにて、へいけのはやりをのつはものどもひやくよにん、わらふこゑについてこれをたづぬるに、ゐんのごしよほふぢうじどのには、このさんかねんはゐんもわたらせたまはず。ごしよあづかりびぜんのぜんじもとむねといふものあり。かのもとむねがあひしつたるものども、さけをもつてきたりあつまり、のみけるが、「かかるをりふしにおとなせそ」とてのみけるが、しだいにのみゑひて、かやうにはまひをどりけるなり。ろくはらのつはものどもこれをききつけ、ばつとおしよせ、さけにゑひどもにさんじふにんからめとつて、ろくはらへゐてまゐり、つぼのうちにP371ひつすゑさせ、さきのうだいしやうむねもりのきやう、おほゆかにたつて、ことのしさいをたづねききたまひて、「げにもさやうにのみゑひたらんずるものを、さうなくきるべきやうなし」とて、みなかへされけり。じやうげひとのうせぬるあとには、あさゆふにかねうちならし、れいじせんぼふすることは、つねのならひなれども、このぜんもんこうぜられてのちは、いささかくぶつせそうのいとなみといふこともなし。あさゆふただいくさかつせんのいとなみのほかは、またたじなしとぞみえし。
およそはさいごのしよらうのありさまどもこそ、うたてけれども、まことには、ただびとともおぼえぬことどもおほかりけり。ひよしのやしろへまゐりたまひしにも、たうけたけのくぎやうおほくぐぶして、「せふろくのしんのかすがのごさんけい、うぢいりなどまうすとも、これにはいかでかまさるべき」とぞひとまうしける。なによりもまたふくはらのきやうのしまついて、じやうげわうらいのふねの、いまのよにいたるまで、わづらひなきこそめでたけれ。かのしまは、さんぬるおうほうぐわんねんにんぐわつじやうじゆんに、つきはじめられたりけるが、おなじきはちぐわつふつかのひ、にはかにおほかぜふきおほなみたつて、みなゆりうしなひてき。おなじきさんねんさんぐわつげじゆんに、あはのみんぶしげよしをぶぎやうにてつかれけるに、ひとばしらたてらるべきなんど、くぎやうせんぎありしかども、それはなかなかざいごふなるべしとて、いしのおもてにいつさいきやうをかいて、つかれたりけるゆゑにこそ、きやうのしまとはなづけけれ。P372
「じしんばう」(『じしんばう』)S0609あるひとのまうしけるは、きよもりこうはただびとにはあらず。じゑそうじやうのけしんなり。そのゆゑは、つのくにせいちようじのひじり、じしんばうそんゑとまうししは、もとはえいざんのがくりよ、たねんほつけのぢしやなり。しかるをだうしんおこしりさんして、このてらにすみけるを、ひとみなきえしけり。さんぬるじようあんにねんじふにんぐわつにじふににちのよにいつて、そんゑじやうぢうのぶつぜんにいたり、けふそくによりかかつて、ほけきやうよみたてまつりけるところに、ゆめともなくうつつともなく、じやうえにたてゑぼしきて、わらんづはばきしたるをとこににん、たてぶみをもつてきたり。そんゑゆめのうちに、「あれはいづくよりぞ」ととひたまへば、「えんまわうぐうよりせんじのさふらふ」とてそんゑにわたす。そんゑこれをひらいてみるに、「なんえんぶだいだいにつぽんごくつのくにせいちようじのひじり、じしんばうそんゑ、らいにじふろくにちえんまらじやうだいこくでんにして、じふまんぶのほけきやうあり。じふまんごくよりじふまんにんのそうをくやうし、ほつけてんどくせらるべきなり。そんゑもそのにんずたるうへ、いそぎさんきんせらるべし。えんわうせんよつてくつしやうくだんのごとし。じようあんにねんじふにんぐわつにじふににち、えんまのちやう」とぞかかれたる。そんゑいなみまうすにおよばねば、やがてりやうじようのうけぶみをたてまつるとおぼえて、ゆめさめぬ。これをゐんじゆのくわうやうばうにP373かたりたりければ、きくひとみのけよだちけり。そののちはひとへにしきよのおもひをなして、くちにはぶつみやうをとなへ、こころにいんぜふのひぐわんをねんず。おなじきにじふごにちのよにいつて、またじやうぢうのぶつぜんにまゐり、れいのごとくねんじゆどくきやうす。ねのこくばかり、ねぶりせつなるがゆゑに、ぢうばうにかへつてうちふす。うしのこくばかり、またさきのごとくにをとこににんきたつて、とうとうとすすむるあひだ、そんゑさんけいいたさんとすれば、えはつさらになし。えんわうせんをじせんとすれば、はなはだそのおそれあり。このおもひをなすところに、ほふえじねんにみにまとつてかたにかかり、てんよりこがねのはちくだる。ににんのじゆぞう、ににんのどうじ、じふにんのげそう、しつぽうのだいしや、じばうのまへにげんず。そんゑよろこんでくるまにのり、せいほくにむかつてそらをかけるとおぼえて、ほどなくえんまわうぐうにいたりぬ。
わうぐうのていをみるに、ぐわいくわくくわうくわうとして、そのうちべうべうたり。そのなかにしつぽうしよじやうのだいこくでんあり。かうくわうこんじきにして、さらにぼんぶのまなこにおよびがたし。そのひのほふゑをはつてのち、よそうらみなかへりさんぬ。そんゑはだいこくでんのなんぱうのちうもんにたつて、はるかのだいこくでんをみわたせば、みやうくわんみやうじゆ、みなえんまほふわうのおんまへにかしこまる。ありがたきさんけいなり。このついでにごしやうのざいしやうをたづねまうさんとおもつてあゆみむかふ。そのあひだにににんのじゆそうはこをもち、ににんのどうじかいをさし、じふにんのげそうれつをひいて、やうやうあゆみちかづくとき、えんまほふわう、みやうくわんみやうじゆ、ことごとくおりむかふ。やくわうぼさつ、ゆうぜぼさつ、ににんのじゆそうにへんじ、たもんぢこく、ににんのどうじにげんず。じふらせつによ、じふにんのげそうにP374へんじて、ずゐちくきふじしたまへり。えんわうとつてのたまはく、「よそうらみなかへりさんぬ。おんばういちにんきたることいかん」。そんゑこたへまうされけるは、「われえうせうより、ほつけてんどくまいにちおこたらずといへども、ごしやうのざいしやうをいまだしらず、たづねまうさんがためなり」。えんわうおほせけるは、「わうじやうふわうじやうはひとのしんふしんにありとうんぬん。それほつけはさんぜのしよぶつのしゆつせのほんくわい、しゆじやうじやうぶつのぢきだうなり。いちねんしんげのくどくは、ごはらみつのぎやうにもこえ、ごじふてんでんのずゐきのくどくは、はちじつかねんのふせにもすぐれたり。さればなんぢかのくりきによつて、とそつのないゐんにしやうずべし」とぞおほせける。えんわうまたみやうくわんにちよくしておほせけるは、「このひとのいちごのぎやう、さぜんのふばこにあり。とりいだいてけたのひもんみせたてまつれ」とおほせければ、みやうくわんかしこまりうけたまはつて、なんぱうのほうざうにゆいて、かのひとつのふばこをとつてまゐり、すなはちふたをひらいてよみきかす。いちごがあひだおもひとおもひ、せしとせしことの、ひとつとしてあらはれずといふことなし。そんゑひたんていきふして、「ただねがはくは、しゆつりしやうじのはうほふををしへ、しようだいぼだいのぢきだうをしめしたまへ」となくなくまうされければ、えんわうあいみんけうげして、しゆじゆのげをじゆす。
さいしわうゐざいけんぞくしこむいちらいさうしん
じやうずゐごふきけいばくがじゆくけうくわんむへんざい
このげをじゆしをはつて、そんゑにふぞくす。そんゑなのめならずによろこび、「なんえんぶだいだいにつぽんごくに、P375へいだいしやうこくとまうすひとこそ、つのくにわだのみさきをてんじて、しめんじふよちやうにやをたて、けふのじふまんぞうゑのごとく、おほくのぢきやうじやをくつしやうじて、ばうばうにいちめんにざにつけ、ねんじゆどくきやう、ていねいにごんぎやういたされさふらふ」とまうす。えんわうずゐきかんたんしたまひて、「くだんのにふだうはただびとにはあらず、まことにはじゑそうじやうのけしんなり。そのゆゑは、てんだいのぶつぽふごぢのために、かりににつぽんにさいたんするゆゑに、われかのひとをにちにちにさんどらいするもんあり。くだんのにふだうにえさすべし」とて、
きやうらいじゑだいそうじやうてんだいぶつぽふおうごしや
じげんさいしよしやうぐんしんあくごふしゆじやうどうりやく
このもんをよみをはつて、そんゑにまたふぞくす。そんゑよろこびのなみだをながいて、なんぱうのちうもんをいづるとき、じふよにんのじゆそうら、くるまのぜんごをしゆごし、とうなんにむかつてそらをかけり、ほどなくかへりきたるかとおぼえて、ゆめのここちしていきいでぬ。そののちみやこへのぼり、にふだうしやうこくのにしはちでうのていにゆいて、このよしまうしたりければ、にふだうしやうこくなのめならずによろこび、やうやうにもてなし、さまざまのひきでものたうで、そのときのけんじやうには、りつしになされけるとぞきこえし。それよりしてこそ、きよもりこうをば、じゑそうじやうのけしんとは、ひとみなしりてげり。ぢきやうしやうにんは、こうぼふだいしのさいたん、しらかはのゐんはまたぢきやうしやうにんのけしんなり。このきみはくどくのはやしをなし、ぜんごんのとくをかさねさせおはします。まつだいにもきよもりこう、じゑそうじやうのけしんにて、あくごふもぜんごんもともにP376こうをつんで、よのためひとのために、じたのりやくをなすとみえたり。かのだつたとしやくそんの、どうしゆじやうのりやくにことならず。
「ぎをんにようご」(『ぎをんにようご』)S0610またふるいひとのまうしけるは、きよもりこうはただびとにはあらず。まことにはしらかはのゐんのおんこなり。そのゆゑはさんぬるえいきうのころほひ、ぎをんにようごとて、さいはひじんおはしき。くだんのにようばうのすまひどころは、ひがしやまのふもと、ぎをんのほとりにてぞありける。しらかはのゐんつねはかしこへごかうなる。あるときてんじやうびといちりやうにん、ほくめんせうせうめしぐして、しのびのごかうありしに、ころはさつきはつかあまり、まだよひのことなるに、さみだれさへかきくれて、よろづものいぶせかりけるをりふし、くだんのにようばうのしゆくしよちかうみだうあり。みだうのかたほとりより、ひかりものこそいできたれ。かしらはしろがねのはりをみがきたてたるやうにきらめき、かたてにはつちのやうなるものをもち、かたてにはひかるものをぞもつたりける。これぞまことのおにとおぼゆる。てにもてるものは、きこゆるうちでのこづちなるべし。いかがせんとて、きみもしんもおほきにさわがせおはします。そのときただもり、ほくめんのげらふにて、ぐぶせられたりけるを、ごぜんへP377めして、「このなかにはなんぢぞあるらん。あのものいもころし、きりもとどめなんや」とおほせければ、かしこまりうけたまはつてあゆみむかふ。ただもりないないおもひけるは、このものさしてたけきものとはみえず、おもふにきつねたぬきのしわざにてぞあるらん。これをいもころし、きりもとどめたらんは、むげにねんなからまし。おなじくはいけどりにせんとおもうて、あゆみむかふ。とばかりあつてはさつとはひかり、とばかりあつてはさつとはひかり、にさんどしけるを、ただもりはしりよつてむずとくむ。くまれて、「こはいかに」とさわぐ。へんげのものにてはなかりけり。ひとにてぞさふらひける。そのときじやうげてんでにひをともいて、これをごらんじみたまふに、ろくじふばかりのほふしなり。たとへばみだうのじようじぼふしにてありけるが、ほとけにみあかしをまゐらせんとて、かたてにはてがめといふものにあぶらをいれてもち、かたてにはかはらけにひをいれてぞもつたりける。あめはいにいてふる。ぬれじとて、こむぎのわらをひきむすんでかづいたりけるが、かはらけのひにかがやいて、ひとへにしろがねのはりのごとくにはみえけるなり。ことのていいちいちしだいにあらはれぬ。「これをいもころし、きりもとどめたらんは、いかにねんなからまし。ただもりがふるまひこそまことにしりよふかけれ。ゆみやとりはやさしかりけるものかな」とて、さしもごさいあいときこえしぎをんにようごを、ただもりにこそくだされけれ。このにようごはらみたまへり。「うめらんこ、によしならばちんがこにせん。なんしならば、ただもりとりて、ゆみやとりにしたてよ」とぞおほせける。すなはちなんをうめり。ことにふれてはひろうせざりけれども、P378ないないはもてなしけり。
このこといかにもしてそうせばやとおもはれけれども、しかるべきびんぎもなかりけるが、あるときしらかはのゐん、くまのへごかうなる。きのくにいとがさかといふところに、おんこしかきすゑさせ、しばらくごきうそくありけり。そのときただもり、やぶにいくらもありけるぬかごを、そでにもりいれ、ごぜんへまゐりかしこまつて、
いもがこははふほどにこそなりにけれ
とまうされたりければ、ゐんやがておんこころえあつて、
ただもりとりてやしなひにせよ W047
とぞつけさせましましける。さてこそわがことはもてなされけれ。このわかぎみ、あまりによなきをしたまひしかば、ゐんきこしめして、いつしゆのごえいをあそばいてぞくだされける。
よなきすとただもりたてよすゑのよにきよくさかふることもこそあれ W048
それよりしてこそきよもりとはなのられけれ。じふにのとしげんぶくしてひやうゑのすけになり、じふはちのとししほんして、しゐのひやうゑのすけとまうせしを、しさいぞんぢせぬひとは、「くわぞくのひとこそかうは」とまうされければ、とばのゐんはしろしめして、「きよもりがくわぞくはひとにおとらじ」とこそおほせけれ。むかしもてんぢてんわう、はらみたまへるにようごをたいしよくくわんにたまふとて、「このにようごのうめらんP379こ、によしならばちんがこにせん、なんしならばしんがこにせよ」とおほせけるに、すなはちなんをうめり。たふのみねのほんぐわんぢやうゑくわしやうこれなり。しやうだいにもかかるためしありければ、まつだいにもきよもりこう、まことにはしらかはのゐんのわうじとして、さしもたやすからぬてんがのだいじ、みやこうつりなどいふことをも、おもひたたれけるにこそ。
「すのまたかつせん」おなじきはつかのひ、ごでうのだいなごんくにつなのきやうもうせたまひぬ。にふだうしやうこくとさしもちぎりふかうおはせしが、どうにちにやまひついて、おなじつきうせたまひけるこそふしぎなれ。おなじきにじふににち、さきのうだいしやうむねもりのきやうゐんざんして、ゐんのごしよをほふぢうじどのへごかうなしたてまつるべきよしそうせらる。かのごしよはさんぬるおうほうぐわんねんしんぐわつじふごにちにつくりいだされて、いまびよし、いまぐまの、まぢかうくわんじやうしたてまつり、せんずゐこだちにいたるまで、おぼしめすままなりしが、へいけのあくぎやうによつて、このにさんかねんは、ゐんもわたらせたまはず。ごしよのはゑしたるをしゆりして、ごかうなしまゐらすべきよし、そうもんせられたりければ、ほふわう、「なんのやうもあるべからず。ただとうとう」とてごかうなる。まづP380こけんしゆんもんゐんのおはしけるおんかたをごらんずれば、きしのまつ、みぎはのやなぎ、としへにけりとおぼしくて、こだかくなれり。たいえきのふよう、びあうのやなぎ、これにむかふにいかんがなんだすすまざらん。かのなんだいせいきうのむかしのあと、いまこそおぼしめししられけれ。さんぐわつひとひのひ、なんとのそうがうら、みなゆるされてほんぐわんにふくす。まつじしやうゑんいつしよもさうゐあるべからざるよしおほせくださる。おなじきみつかのひ、だいぶつでんことはじめあり。ことはじめのぶぎやうには、さきのさせうべんゆきたかぞまゐられける。このゆきたか、せんねんやはたへまゐり、つやせられたりけるゆめに、ごはうでんのみとおしひらき、びんづらゆうたるてんどうのいでて、「これはだいぼさつのおつかひなり。だいぶつでんことはじめのぶぎやうのときは、これをもつべし」とて、しやくをたまはるといふゆめをみて、さめてのちみたまへば、うつつにまくらがみにぞさふらひける。あなふしぎ、たうじなにごとあつてか、だいぶつでんことはじめのぶぎやうにはまゐるべしとおもはれけれども、ごれいむなれば、くわいちうしてしゆくしよにかへり、ふかうをさめておかれけるが、へいけのあくぎやうによつて、なんとえんしやうのあひだ、おほくのべんのなかに、このゆきたかえらびいだされて、だいぶつでんことはじめのぶぎやうにまゐられけるしゆくえんのほどこそめでたけれ。
おなじきとをかのひ、みののくにのもくだい、はやむまをもつてみやこへまうしけるは、げんじすでにをはりのくにまでせめのぼり、みちをふさいで、ひとをいつかうとほさぬよしまうしたりければ、へいけやがてうつてをさしむけらる。たいしやうぐんには、さひやうゑのかみとももり、さちうじやうきよつね、おなじきせうしやうありもり、たんごのじじうただふさ、さぶらひだいしやうには、ゑつちうのじらうひやうゑもりつぎ、かづさのごらうひやうゑただみつ、P381あくしちびやうゑかげきよをさきとして、つがふそのせいさんまんよき、をはりのくにへはつかうす。にふだうしやうこくこうぜられて、わづかにごじゆんをだにみたざるに、さこそみだれたるよといひながら、あさましかりしことどもなり。げんじのかたには、じふらうくらんどゆきいへ、ひやうゑのすけのおとときやうのきみぎゑん、つがふそのせいろくせんよき、をはりがはをへだてて、げんぺいりやうばうにぢんをとる。おなじきじふろくにちのよにいつて、げんじろくせんよきかはをわたいて、へいけさんまんよきがせいのなかへかけいり、とらのこくよりやあはせして、よのあくるまでたたかふに、へいけのかたにはちつともさわがず。「かたきはかはをわたいたれば、むまもののぐもみなぬれたるぞ。それをしるしにうてや」とて、げんじをなかにとりこめて、われうつとらんとぞすすみける。ひやうゑのすけのおとときやうのきみぎゑん、ふかいりしてうたれにけり。じふらうくらんどゆきいへさんざんにたたかひ、いへのこらうどうおほくいさせ、ちからおよばで、かはよりひがしへひきしりぞく。へいけやがてかはをわたいて、おちゆくげんじを、おふものいにいてゆくに、あそこここにてかへしあはせて、ふせぎたたかふといへども、たぜいにぶぜい、かなふべしともみえざりけり。「すゐえきをうしろにすることなかれとこそいふに、こんどのげんじのはかりごとはおろかなり」とぞひとまうしける。じふらうくらんどゆきいへはひきしりぞき、みかはのくににうちこえて、やはぎがはのはしをひき、かいだてかいてまちかけたり。へいけやがてつづいてせめたまへば、そこをもつひにせめおとされぬ。なほもつづいてせめたまはば、みかはとほたふみのせいは、たやすうつくべかりしを、たいしやうぐんさひやうゑのかみとももり、P382いたはりありとて、みかはのくによりみやこへかへりのぼられけり。こんどもわづかにいちぢんをこそやぶられたれども、ざんたうをせめざれば、させるしいだしたることなきがごとし。へいけはきよきよねんこまつのおとどこうぜられぬ。こんねんまたにふだうしやうこくうせたまひぬ。うんめいのすゑになることあらはなりしかば、ねんらいおんこのともがらのほかは、したがひつくものなかりけり。とうごくはくさもきも、みなげんじにぞなびきける。
「しはがれごゑ」(『しはがれごゑ』)S0611さるほどにゑちごのくにのぢうにん、じやうのたらうすけなが、ゑちごのかみににんぜらる。てうおんのかたじけなさに、きそつゐたうのためにとて、そのせいさんまんよきで、しなののくにへはつかうす。ろくぐわつじふごにちにかどでして、すでにうつたたんとしけるやはんばかり、にはかにそらかきくもり、いかづちおびたたしうなつて、おほあめくだり、てんはれてのち、こくうにしはがれたるこゑをもつて、「なんえんぶだいこんどうじふろくぢやうのるしやなぶつやきほろぼしたてまつたるへいけのかたうどするものここにあり。よつてめしとれや」と、みこゑさけんでぞとほりける。じやうのたらうをはじめとして、これをきくつはものども、みなみのけよだちけり。らうどうども、「これほどおそろしきてんのおんつげのさふらふに、P383ただりをまげてとまらせたまへ」といひけれども、「ゆみやとるみの、それによるべからず」とて、じやうをいでて、わづかにじふよちやうぞゆきたりける。またくろくもひとむらたちきたつて、すけなががうへにおほふとみえしが、たちまちにみすくみこころほれて、らくばしてけり。こしにかかれてたちへかへり、うちふすことみときばかりあつて、つひにしににけり。ひきやくをもつてみやこへこのよしまうしたりければ、へいけのひとびと、おほきにおそれさわがれけり。おなじきしちぐわつじふしにちかいげんあつて、やうわとかうす。そのひぢもくおこなはれて、ちくごのかみさだよし、ひごのかみになつて、ちくぜんひごりやうごくをたまはつて、ちんぜいのむほんたひらげに、そのせいさんぜんよきで、ちんぜいへはつかうす。またそのひひじやうのしやおこなはれて、さんぬるぢしようさんねんにながされたまひしひとびと、みなみやこへめしかへさる。にふだうまつどのてんが、びぜんのくによりのぼらせたまふ。めうおんゐんのだいじやうのおほいどの、をはりのくによりごしやうらく、あぜちのだいなごんすけかたのきやうは、しなののくによりきらくとぞきこえし。
おなじきにじふはちにち、めうおんゐんどのごゐんざん、さんぬるちやうくわんのきらくには、ごぜんのすのこにして、がわうおん、げんじやうらくをひきたまひしが、やうわのいまのききやうには、せんとうにしてしうふうらくをぞあそばされける。いづれもいづれもふぜいをりをおぼしめしよらせたまひける、おこころばせこそめでたけれ。あぜちのだいなごんすけかたのきやうも、そのひおなじうゐんざんせらる。ほふわうえいらんあつて、「いかにやいかに、このころはならはぬひなのすまひして、えいきよくなども、いまはさだめてあとかたあらじとこそおぼしめせども、まづいまやうひとつあれかし」とP384おほせければ、だいなごんひやうしとつて、「しなのにあんなるきそぢがは」といふいまやうを、これはまさしうみきかれたりしかば、「しなのにありしきそぢがは」とうたはれけるこそ、ときにとつてのかうみやうなれ。
「よこたかはらかつせん」(『よこたがはらのかつせん』)S0612はちぐわつなぬかのひ、くわんのちやうにしてだいにんわうゑおこなはる。これはまさかどつゐたうのれいとぞきこえし。くぐわつひとひのひ、すみともつゐたうのれいとて、いせだいじんぐうへくろがねのよろひかぶとをまゐらせらる。ちよくしはさいしゆじんぎのごんのたいふおほなかとみのさだたか、みやこをたつて、あふみのくにかふがのうまやよりやまひついて、おなじきみつかのひ、いせのりきうにしてつひにしにぬ。またてうぶくのために、ごだんのほふうけたまはつておこなひけるこうざんぜのだいあじやり、だいぎやうじのひがんじよにして、ねじににしにぬ。しんめいもさんぱうも、ごなふじゆなしといふこといちじるし。まただいげんのほふうけたまはつておこなひける、あんじやうじのじつげんあじやりが、おんくわんじゆをまゐらせたるを、ひけんせられければ、へいじてうぶくのよしをちうしんしけるこそおそろしけれ。「こはいかに」とおほせければ、「てうてきてうぶくせよとおほせくださる。つらつらたうせいのていをみさふらふに、へいけもつぱらてうてきとみえたり。よつてかれをてうぶくす。なんのとがやさふらふべき」とぞまうしける。P385このほふしきくわいなり、しざいかるざいかとさたありしかども、だいせうじのそうげきにうちまぎれて、なんのさたにもおよばず。へいけほろびげんじのよになつて、かまくらへくだり、このよしかくとまうしければ、かまくらどのかんじたまひて、そのけんじやうにそうじやうになされけるとぞきこえし。おなじきじふにんぐわつにじふしにち、ちうぐうゐんがうかうぶらせたまひて、けんれいもんゐんとぞまうしける。しゆじやういまだえうしゆのおんとき、ぼこうのゐんがう、これはじめとぞうけたまはる。さるほどにことしもくれてやうわもにねんになりにけり。せちゑいげつねのごとし。にんぐわつにじふいちにち、たいはくばうせいををかす。てんもんえうろくにいはく、「たいはくばうせいををかせば、しいおこる」といへり。また、「しやうぐんちよくめいをうけたまはつて、くにのさかひをいづ」ともみえたり。さんぐわつとをかのひ、ぢもくおこなはれて、へいけのひとびとたいりやくくわんかかいしたまふ。しんぐわつじふごにち、さきのごんせうそうづけんしん、ひよしのやしろにして、によほふにほけきやういちまんぶてんどくいたさるることありけり。ごけちえんのためにとてほふわうもごかうなる。なにもののまうしいだしたりけるやらん、いちゐんさんもんのだいしゆにおほせて、へいけつゐたうせらるべしときこえしかば、ぐんびやうだいりへさんじて、しはうのぢんどうをけいごす。へいじのいちるゐ、みなろくはらへはせあつまる。ほんざんみのちうじやうしげひらのきやう、そのせいさんぜんよきで、ひよしのやしろへさんかうす。さんもんにまたきこえけるは、へいけやませめんとて、とうざんすときこえしかば、だいしゆひがしざかもとへおりくだつて、こはいかにとせんぎす。ほふわうもえいりよをおどろかさせおはします。くぎやうてんじやうびともいろをP386うしなひ、ほくめんのともがらどものなかには、あまりにあわてさわいで、わうずゐつくものおほかりけり。さんじやうらくちうのさうどうなのめならず。さるほどにしげひらのきやう、あなふのへんにて、ほふわうむかひとりまゐらせて、みやこへくわんぎよなしたてまつる。「いちゐんさんもんのだいしゆにおほせて、へいけつゐたうせらるべしといふことも、へいけまたやませめんといふことも、あとかたなきそらごとなり。ただてんまのよくあれたるにこそ」とぞひとまうしける。ほふわうおほせなりけるは、「かくのみあらんには、こののちはおんものまうでなどまうすおんことも、おんこころにはまかすまじきことやらん」とぞおほせける。おなじきはつかのひ、にじふにしやへくわんぺいしをたてらる。これはききんしつえきによつてなり。おなじきごぐわつにじふしにちにかいげんあつて、じゆえいとかうす。そのひぢもくおこなはれて、ゑちごのくにのぢうにんじやうのしらうすけもち、ゑちごのかみににんず。あにすけながせいきよのあひだ、ふきつなりとて、しきりにじしまうしけれども、ちよくめいなればちからおよばず。これによつてすけもちをながもちとかいみやうす。
さるほどにくぐわつふつかのひ、ゑちごのくにのぢうにん、じやうのしらうながもち、きそつゐたうのためにとて、ゑちご、では、あひづしぐんのつはものどもをいんぞつして、つがふそのせいしまんよき、しなののくにへはつかうす。おなじきここのかのひ、たうごくよこたがはらにぢんをとる。きそはよだのじやうにありけるが、さんぜんよきでじやうをいでてはせむかふ。ここにしなのげんじ、ゐのうへのくらうみつもりがはかりごとに、さんぜんよきをななてにわかち、にはかにあかはたななながれつくつて、てんでにさしあげ、あそこのみね、ここのほらよりよせければ、ゑちごのせいどもこれをみて、「あはやこのP387くににもみかたのありけるは。ちからつきぬ」とていさみよろこぶところに、しだいにちかうなりければ、あひづをさだめて、ななてがひとつになり、あかはたどもきりすてさせ、かねてよういしたりけるしらはたを、ざつとさしあげて、ときをどつとつくりければ、ゑちごのせいどもこれをみて、「こはたばかられにけり。かたきなんじふまんぎかあるらん、とりこめられてはかなふまじ」とて、あわてふためきけるが、あるひはかはへおつぱめられ、あるひはあくしよへおひおとされて、たすかるものはすくなう、うたるるものぞおほかりける。じやうのしらうがむねとたのみきつたるゑちごのやまのたらう、あひづのじようたんばうなどいふいちにんたうぜんのつはものども、そこにてみなうつとられぬ。じやうのしらう、わがみておひ、からきいのちをいきつつ、かはについてゑちごのくににひきしりぞく。ひきやくをもつてみやこへこのよしをまうしたりけれども、へいけのひとびとこれをことともしたまはず。おなじきじふろくにち、さきのうだいしやうむねもりのきやう、だいなごんにくわんぢやくして、じふぐわつみつかのひ、ないだいじんになりたまふ。おなじきなぬか、よろこびまうしのありしに、くぎやうにはくわざんのゐんちうなごんをはじめたてまつて、じふににんこしようしてやりつづけらる。くらんどのとうちかむねいげ、てんじやうびとじふろくにんぜんくす。ちうなごんしにん、さんみのちうじやうもさんにんまでおはしき。とうごくほくこくのげんじら、はちのごとくにおこりあひ、ただいまみやこへみだれいるよしきこえしかども、へいけのひとびとは、かぜのふくやらん、なみのたつやらんをもしりたまはず。かやうにはなやかなりしことども、なかなかいふかひなうぞみえし。P388さるほどにことしもくれて、じゆえいもにねんになりにけり。せちゑいげつねのごとし。しやうぐわついつかのひ、てうきんのぎやうがうありけり。これはとばのゐんろくさいにて、てうきんのぎやうがうありし、そのれいとぞきこえし。にんぐわつにじふいちにち、むねもりこうじゆいちゐしたまふ。やがてそのひないだいじんをばじやうへうせらる。これはひやうらんつつしみのためとぞきこえし。なんとほくれいのだいしゆ、ゆやきんぽうせんのそうと、いせだいじんぐうのさいしゆじんぐわんにいたるまで、いつかうへいけをそむいて、げんじにこころをかよはしけり。しかいにせんじをなしくだし、しよこくへゐんぜんをつかはせども、ゐんぜんせんじをも、みなへいけのげぢとのみこころえて、したがひつくものなかりけり。
平家物語 巻第七 総かな版(元和九年本)
「ほくこくげかう」(『しみづのくわんじや』)S0701 P13じゆえいにねんさんぐわつじやうじゆんに、きそのくわんじやよしなか、ひやうゑのすけよりとも、ふくわいのことありときこえけり。さるほどにかまくらのさきのひやうゑのすけよりとも、きそつゐたうのためにとて、そのせいじふまんよきで、しなののくにへはつかうす。きそはそのころよだのじやうにありけるが、そのせいさんぜんよきで、しろをいでて、しなのとゑちごのさかひなるくまさかやまにぢんをとる。ひやうゑのすけもおなじきくにのうち、ぜんくわうじにこそつきたまへ。きそ、めのとごのいまゐのしらうかねひらをししやにて、ひやうゑのすけのもとへつかはす。「そもそもごへんはとうはつかこくをうちしたがへて、とうかいだうよりせめのぼり、へいけをおひおとさんとはしたまふなり。よしなかもとうせんほくろくりやうだうをうちしたがへて、ほくろくだうよりせめのぼり、いまいちにちもさきにへいけをほろぼさんとすることでこそあるに、いかなるしさいあつてか、ごへんとよしなか、なかをたがうて、へいけにわらはれんとはおもふべき。ただしをぢのじふらうくらんどどのこそ、ごへんをうらみたてまつることありとて、よしなかがP14もとへおはしつるを、よしなかさへ、すげなうあひしらひもてなしまうさんこと、いかんぞやさふらへば、これまではうちつれまうしたり。よしなかにおいてはまつたくいしゆおもひたてまつらず」とのたまひつかはされたりければ、ひやうゑのすけのへんじに、「いまこそさやうにのたまへども、まさしうよりともうつべきよしのむほんのくはたてありと、つげしらするものあり。ただしそれにはよるべからず」とて、とひ、かぢはらをさきとして、すまんぎのぐんびやうをさしむけらるるよしきこえしかば、きそしんじついしゆなきよしをあらはさんがために、ちやくしにしみづのくわんじやよししげとて、しやうねんじふいつさいになりけるこくわんじやに、うみの、もちづき、すは、ふぢさはなどいふ、いちにんたうぜんのつはものをあひそへて、ひやうゑのすけのもとへつかはす。ひやうゑのすけ、「このうへはまことにいしゆなかりけり。よりともいまだせいじんのこをもたず。よしよし、さらばこにしまうさん」とて、しみづのくわんじやをあひぐして、かまくらへこそかへられけれ。
(『ほつこくげかう』)S0702さるほどにきそよしなかは、とうせんほくろくりやうだうをうちしたがへて、すでにみやこへみだれいるよしきこえけり。へいけはこぞのふゆのころより、「みやうねんはむまのくさがひについて、いくさあるべし」とひろうせられたりければ、せんをんせんやう、なんかいさいかいのつはものども、うんかのごとくにはせあつまる。とうせんだうはあふみ、みの、ひだのつはものはまゐりたれども、とうかいだうはとほたふみよりひんがしのつはものはいちにんもまゐらず、にしはみなまゐりたり。ほくろくだうはわかさよりきたのつはものはいちにんもまゐらず。へいけのひとびと、まづきそよしなかをうつてのち、ひやうゑのすけよりともをうつべきよしのくぎやうせんぎありて、ほくこくへうつてをさしむけらる。たいしやうぐんには、こまつのさんみのちうじやうこれもりP15、ゑちぜんのさんみみちもり、ふくしやうぐんには、さつまのかみただのり、くわうごぐうのすけつねまさ、あはぢのかみきよふさ、みかはのかみとものり、さぶらひだいしやうには、ゑつちうのじらうびやうゑもりつぎ、かづさのたいふのはうぐわんただつな、ひだのたいふのはうぐわんかげたか、かはちのはうぐわんひでくに、たかはしのはうぐわんながつな、むさしのさぶらうざゑもんありくにをさきとして、いじやうたいしやうぐんろくにん、しかるべきさぶらひさんびやくしじふよにん、つがふそのせいじふまんよき、しんぐわつじふしちにちのたつのいつてんにみやこをたつて、ほくこくへこそおもむかれけれ。かたみちをたまはつてげれば、あふさかのせきよりはじめて、ろしにもつてあふけんもんせいけのしやうぜいくわんもつをもおそれず、いちいちにみなうばひとる。しが、からさき、みつかはじり、まの、たかしま、しほつ、かひづのみちのほとりを、しだいにつゐふくしてとほりければ、にんみんこらへずして、さんやにみなでうさんす。
「ちくぶしままうで」(『ちくぶしままふで』)S0703たいしやうぐんこれもり、みちもりはすすみたまへども、ふくしやうぐんただのり、つねまさ、きよふさ、とものりなどは、いまだあふみのくにしほつ、かひづにひかへたまへり。なかにもくわうごぐうのすけつねまさは、えうせうのときより、しいかくわんげんのみちにちやうじたまへるひとにておはしければ、かかるみだれのなかにもこころをすまし、あるあした、みづうみのはたにうちいで、はるかのおきなるしまをみわたいて、ともにさふらふP16とうびやうゑのじようありのりをめして、「あれはいかなるしまぞ」ととひたまへば、「あれこそきこえさふらふちくぶしまにてさふらへ」とまうしければ、つねまさ、「さることあり。いざやまゐらん」とて、とうびやうゑのじようありのり、あんゑもんのじようもりのりいげ、さぶらひろくにんめしぐして、こぶねにのり、ちくぶしまへぞまゐられける。ころはうづきなかのやうかのことなれば、みどりにみゆるこずゑには、はるのなさけをのこすかとうたがはれ、かんこくのあうぜつのこゑおいて、はつねゆかしきほととぎす、をりしりがほにつげわたり、まつにふぢなみさきかかつて、まことにおもしろかりければ、つねまさいそぎふねよりおり、きしにあがつて、このしまのけしきをみたまふに、こころもことばもおよばれず。かのしんくわう、かんぶ、あるひはどうなんくわぢよをつかはし、あるひははうしをしてふしのくすりをもとめしむ。「ほうらいをみずは、いなやかへらじ」といひて、いたづらにふねのうちにておい、てんすゐばうばうとして、もとむることをえざりけん、ほうらいどうのありさまも、これにはすぎじとぞみえし。あるきやうのもんにいはく、「えんぶだいのうちにみづうみあり。そのなかにこんりんざいよりおひいでたるすゐしやうりんのやまあり。てんによすむところ」といへり。すなはちこのしまのおんことなりとて、つねまさ、みやうじんのおんまへについゐたまへり。「それだいべんくどくてんは、わうごのによらい、ほつしんのだいじなり。めうおんべんざいにてんのなは、かくべつなりとはまうせども、ほんぢいつたいにして、しゆじやうをさいどしたまへり。いちどさんけいのともがらは、しよぐわんじやうじゆゑんまんすとうけたまはれば、たのもしうこそさふらへ」とて。しづかにほつせまゐらせてゐたまへば、やうやうひくれ、ゐまちのつきさしいでて、P17かいじやうもてりわたり、しやだんもいよいよかかやいて、まことにおもしろかりければ、じやうぢうのそう、「これはきこゆるおんことなり」とて、おんびはをたてまつる。つねまさこれをとつてひきたまふに、しやうげん、せきしやうのひきよくには、みやのうちもすみわたり、まことにおもしろかりければ、みやうじんもかんおうにたへずやおぼしけん、つねまさのそでのうへにびやくりうげんじてみえたまへり。つねまさあまりのかたじけなさに、しばらくおんびはをさしおかせたまひて、かうぞおもひつづけらる。
ちはやぶるかみにいのりのかなへばやしるくもいろのあらはれにけり W049
めのまへにててうのをんできをたひらげ、きようとをしりぞけんことうたがひなしとよろこんで、またふねにのり、ちくぶしまをぞいでられける。ありがたかりしことどもなり。
「ひうちかつせん」(『ひうちがつせん』)S0704さるほどにきそよしなかは、みづからはしなのにありながら、ゑちぜんのくにひうちがじやうをぞかまへける。かのじやうくわくにこもるせい、へいせんじのちやうりさいめいゐぎし、とがしのにふだうぶつせい、いなづのしんすけ、さいとうだ、はやしのろくらうみつあきら、いしぐろ、みやざき、つちだ、たけべ、にふぜん、さみをはじめとして、ろくせんよきこそこもりけれ。ところもとよりくつきやうのじやうくわく、ばんじやくそばだちめぐつて、しはうにみねをつらねたり。やまをうしろにし、やまをまへにあつ。じやうくわくのまへには、のうみがは、P18しんだうがはとてながれたり。かのふたつのかはのおちあひに、たいせきをかさねあげ、おほぎをきつて、さかもぎにひき、しがらみをおびたたしうかきあげたれば、とうざいのやまのねに、みづせきこうで、みづうみにむかへるがごとし。かげなんざんをひたし、あをくしてくわうやうたり。なみせいじつをしづめて、くれなゐにしていんりんたり。かのむねつちのそこには、こんごんのいさごをしき、こんめいちのなぎさには、とくせいのふねをうかべたり。わがてうのひうちがじやうのつきいけは、つつみをつき、みづをにごして、ひとのこころをたぶらかす。ふねなくしては、たやすうわたすべきやうなかりければ、へいけのおほぜい、むかひのやまにしゆくして、いたづらにひかずをぞおくりける。かのじやうくわくにこもつたるへいせんじのちやうりさいめいゐぎし、へいけにこころざしふかかりければ、やまのねをまはり、せうそくをかき、ひきめにいれ、へいじのぢんへぞいいれたる。つはものどもこれをとつて、たいしやうぐんのおんまへにまゐり、ひらいてみるに、「このかはとまうすは、わうごのふちにあらず。いつたんやまがはをせきとめ、みづをにごしてひとのこころをたぶらかす。よにいつてあしがるどもをつかはして、しがらみをきりおとさせられなば、みづはほどなくおつべし。いそぎわたさせたまへ。ここはむまのあしだちよきところにてさふらふ。うしろやをばつかまつらん。かうまうすものは、へいせんじのちやうりさいめいゐぎしがまうしじやう」とぞかいたりける。へいけなのめならずによろこび、よにいり、あしがるどもをつかはして、しがらみをきりおとさせられたりければ、まことのやまがはではあり、みづはほどなくおちにけり。へいけしばしのちちにもおよばず、ざつとわたす。じやうのうちにもろくせんよき、ふせぎたたかふといへども、たぜいにぶぜい、P19かなふべしともみえざりけり。へいせんじのちやうりさいめいゐぎしは、へいけについてちうをいたす。とがしのにふだうぶつせい、いなづのしんすけ、さいとうだ、はやしのろくらうみつあきら、かなはじとやおもひけん、かがのくにへひきしりぞき、しらやまかはちにぢんをとる。へいけやがてかがのくににうちこえ、とがし、はやしがじやうくわくにかしよやきはらふ。なにおもてをむかふべしともみえざりけり。くにぐにしゆくじゆくよりひきやくをもつて、このよしみやこへまうしたりければ、おほいとのをはじめたてまつりて、いちもんのひとびといさみよろこびあはれけり。おなじきごぐわつやうかのひ、へいけはかがのくにしのはらについて、おほてからめでふたてにわかつ。おほてのたいしやうぐんには、こまつのさんみのちうじやうこれもり、ゑちぜんのさんみみちもり、さぶらひだいしやうにはゑつちうのじらうびやうゑもりつぎをはじめとして、つがふそのせいしちまんよき、かがゑつちうのさかひなるとなみやまへぞむかはれける。からめでのたいしやうぐんには、さつまのかみただのり、くわうごぐうのすけつねまさ、あはぢのかみきよふさ、みかはのかみとものり、さぶらひだいしやうにはむさしのさぶらうざゑもんありくにをさきとして、つがふそのせいさんまんよき、のとゑつちうのさかひなるしほのやまへぞむかはれける。きそはそのころゑちごのこふにありけるが、これをきいて、ごまんよきでこふをたつて、となみやまへはせむかふ。よしなかがいくさのきちれいなればとて、ごまんよきをななてにわかつ。まづをぢのじふらうくらんどゆきいへ、いちまんよきでしほのやまへぞむかひける。ひぐちのじらうかねみつ、おちあひのごらうかねゆき、しちせんよきで、きたぐろさかへさしつかはす。にしな、たかなし、やまだのじらう、しちせんよき、みなみぐろさかへつかはしけり。いちまんよきはとなみやまのすそ、まつながのやなぎはら、ぐみのきんばやしにひきかくす。いまゐのしらうかねひらP20、ろくせんよき、わしのせをうちわたり、ひのみやばやしにぢんをとる。きそわがみいちまんよきで、をやべのわたりをして、となみやまのきたのはづれ、はにふにぢんをぞとつたりける。
「きそのぐわんじよ」(『ぐわんじよ』)S0705きそどののたまひけるは、「へいけはおほぜいであんなれば、いくさはさだめてかけあひのいくさにてぞあらんずらん。かけあひのいくさといふは、せいのたせうによることなれば、おほぜいかさにかけてとりこめられてはかなふべからず。まづはかりごとにしらはたさんじふながれさきだてて、くろさかのうへにうつたてたらば、へいけこれをみて、あはやげんじのせんぢんのむかうたるは。なんじふまんきかあるらん。とりこめられてはかなふまじ。このやまはしはうがんぜきなれば、からめでよもまはらじ。しばらくおりゐてむまやすめんとて、となみやまにぞおりゐんずらん。そのときよしなかしばらくあひしらふていにもてなして、ひをまちくらしよにいつて、へいけのおほぜい、うしろのくりからがたにへおひおとさん」とて、まづしらはたさんじふながれ、くろさかのうへにうつたてたれば、あんのごとくへいけこれをみて、「あはやげんじのおほぜいのむかうたるは。とりこめられてはかなふまじ。ここはむまのくさがひ、すゐびんともによげなり。しばらくおりゐてむまやすめん」とて、となみやまのやまなか、さるのばばといふところにぞおりゐたる。きそはP21はにふにぢんとつて、しはうをきつとみまはせば、なつやまのみねのみどりのこのまより、あけのたまがきほのみえて、かたそぎづくりのやしろあり。まへにはとりゐぞたつたりける。きそどの、くにのあんないしやをめして、「あれをばいづくとまうすぞ。いかなるかみをあがめたてまつたるぞ」とのたまへば、「あれこそはちまんにてわたらせたまひさふらへ。ところもやがてやはたのごりやうでさふらふ」とまうす。きそどのなのめならずによろこび、てかきにぐせられたりける、だいぶばうかくめいをめして、「よしなかこそなにとなうよするとおもひたれば、さいはひにいまやはたのごはうぜんにちかづきたてまつて、かつせんをすでにとげんとすれ。さらんにとつては、かつうはこうたいのため、かつうはたうじのきたうのために、ぐわんじよをひとふでかいてまゐらせうどおもふはいかに」とのたまへば、かくめい、「このぎもつともしかるべうさふらふ」とて、むまよりおりてかかんとす。かくめいがそのひのていたらく、かちのひたたれにくろいとをどしのよろひきて、こくしつのたちをはき、にじふしさいたるくろぼろのやおひ、ぬりごめどうのゆみわきにはさみ、かぶとをばぬいでたかひもにかけ、えびらのはうだてよりこすずり、たたうがみとりいだし、きそどののおんまへにかしこまつてぐわんじよをかく。あつぱれぶんぶにだうのたつしやかなとぞみえたりける。このかくめいとまうすは、もとはじゆけのものなり。くらんどみちひろとて、くわんがくゐんにぞさふらひける。しゆつけののちは、さいじようばうしんぎうとぞなのりける。つねはなんとへもかよひけり。ひととせたかくらのみや、をんじやうじへじゆぎよのとき、やま、ならへてふじやうをつかはされけるに、なんとのだいしゆいかがおもひけん、そのへんてふをば、このしんぎうにぞかかせける。「そもそもきよもりにふだうは、P22へいじのさうかう、ぶけのぢんがい」とぞかいたりける。にふだうおほきにいかつて、「なんでふそのしんぎうめが、じやうかいほどのものを、へいじのぬかかす、ぶけのちりあくたとかくべきやうこそきくわいなれ。いそぎそのほふしからめとつて、しざいにおこなへ」とのたまふあひだ、これによつてなんとにはこらへずして、ほくこくへおちくだり、きそどののてかきして、だいぶばうかくめいとなのる。そのぐわんじよにいはく、「きみやうちやうらい、はちまんだいぼさつは、じちゐきてうていのほんじゆ、るゐせいめいくんのなうそたり。はうそをまもらんがため、さうせいをりせんがために、さんじんのきんようをあらはし、さんじよのけんびをおしひらきたまへり。ここにしきりのとしよりこのかた、へいしやうこくといふものあつて、しかいをくわんりやうし、ばんみんをなうらんせしむ。これすでにぶつぽふのあた、わうぼふのかたきなり。よしなかいやしくもきうばのいへにむまれて、わづかにききうのちりをつぐ。かのばうあくをあんずるに、しりよをかへりみるにあたはず。うんをてんたうにまかせて、みをこくかになぐ。こころみにぎへいをおこしてきようきをしりぞけんとほつす。しかるにとうせんりやうかぢんをあはすといへども、しそついまだいつちのいさみをえざるあひだ、まちまちのこころおそれたるところに、いまいちぢんはたをあぐ。せんぢやうにしてたちまちにさんじよわくわうのしやだんをはいす。きかんのじゆんじゆくあきらかなり。きようとちうりくうたがひなし。くわんぎなんだこぼれて、かつがうきもにそむ。なかんづくぞうそぶさきのみちのくにのかみぎかのあそん、みをそうべうのしぞくにきふして、なをはちまんたらうよしいへとかうせしよりこのかた、そのもんえふたるもの、ききやうせずといふことなし。よしなかそのこういんとして、かうべをかたぶけてとしひさし。いまこのP23たいこうをおこすこと、たとへばえいじのかひをもつてきよかいをはかり、たうらうがをのをいからかいてりうしやにむかふがごとし。しかりといへどもくにのため、きみのためにしてこれをおこす。まつたくみのため、いへのためにしてこれをおこさず。こころざしのいたり、しんかんそらにあり。たのもしきかな、よろこばしきかな。ふしてねがはくは、みやうけんゐをくはへ、れいしんちからをあはせて、かつことをいつしにけつし、あたをしはうへしりぞけたまへ。しかればすなはちたんきみやうりよにかなひ、げんかんかごをなすべくば、まづひとつのずゐさうをみせしめたまへ。じゆえいにねんごぐわつじふいちにち、みなもとのよしなかうやまつてまうす」とかいて、わがみをはじめて、じふさんきがうはやのかぶらをぬき、ぐわんじよにとりそへて、だいぼさつのごほうでんにぞをさめける。たのもしきかな、はちまんだいぼさつ、しんじつのこころざしふたつなきをや、はるかにせうらんしたまひけん、くものなかより、やまばとみつとびきたつて、げんじのしらはたのうへにへんぱんす。むかしじんぐうくわうごうしんらをせめさせたまひしとき、みかたのたたかひよわく、いこくのいくさこはくして、すでにかうとみえしとき、くわうごうてんにごきせいありしかば、くものうちよりれいきうみつとびきたつて、みかたのたてのおもてにあらはれて、いこくのいくさやぶれにけり。またこのひとびとのせんぞらいぎのあそん、あうしうのえびすさだたふむねたふをせめたまひしとき、みかたのたたかひよはく、きようぞくのいくさこはくして、すでにかうとみえしかば、らいぎのあそんかたきのぢんにむかつて、「これはまつたくわたくしのひにあらず。しんくわなり」とてひをはなつ。かぜたちまちにいぞくのかたへふきおほひ、くりやかはのじやうやけおちぬ。そのときいくさやぶれてさだたふむねたふほろびにけり。きそどのかやうのP24せんじようをおもひいでて、いそぎむまよりおり、かぶとをぬぎ、てうづうがひをして、いまこのれいきうをはいしたまひける、こころのうちこそたのもしけれ。
「くりからおとし」(『くりからをとし』)S0706さるほどにげんぺいりやうばうぢんをあはす。ぢんのあはひ、わづかさんちやうばかりによせあはせたり。げんじもすすまず、へいけもすすまず。ややありてげんじのかたより、せいびやうをすぐつて、じふごき、たてのおもてにすすませ、じふごきがうはやのかぶらを、ただいちどにへいじのぢんへぞいいれたる。へいけもじふごきをいだいて、じふごのかぶらをいかへさす。げんじさんじつきをいだいて、さんじふのかぶらをいさすれば、へいけもさんじつきをいだいて、さんじふのかぶらをいかへさす。げんじごじつきをいだせば、へいけもごじつきをいだし、ひやくきをいだせば、ひやくきをいだす。りやうばうひやくきづつぢんのおもてにすすませ、たがひにしようぶをせんとはやりけるを、げんじのかたよりせいして、わざとしようぶをばせさせず。かやうにあひしらひ、ひをまちくらし、よにいつて、へいけのおほぜいを、うしろのくりからがたにへおひおとさんとたばかりけるを、へいけこれをばゆめにもしらず、ともにあひしらひ、ひをまちくらすこそはかなけれ。さるほどにきたみなみよりまはるからめでのせいいちまんよき、くりからのだうのへんにまはりあひ、P25えびらのはうだてうちたたき、ときをどつとぞつくりける。おのおのうしろをかへりみたまへば、しらはたくものごとくにさしあげたり。「このやまはしはうがんぜきであるなれば、からめでよもまはらじとこそおもひつるに、こはいかに」とぞさわがれける。さるほどにおほてよりきそどのいちまんよき、ときのこゑをあはせたまふ。となみやまのすそ、まつながのやなぎはら、ぐみのきんばやしにひきかくしたりけるいちまんよき、ひのみやばやしにひかへたるいまゐのしらうろくせんよきも、おなじうときのこゑをぞあはせける。ぜんごしまんよきがをめくこゑに、やまもかはも、ただいちどにくづるるとこそきこえけれ。さるほどにしだいにくらうはなる、ぜんごよりかたきはせめきたる、「きたなしや、かへせやかへせや」といふやからおほかりけれども、おほぜいのかたぶきたつたるは、さうなうとつてかへすことのかたければ、へいけのおほぜいうしろのくりからがたにへ、われさきにとぞおちゆきける。さきにおとしたるもののみえねば、「このたにのそこにも、みちのあるにこそ」とて、おやおとせばこもおとし、あにがおとせばおとともおとし、しゆおとせばいへのこらうどうもつづきけり。むまにはひと、ひとにはむま、おちかさなりおちかさなり、さばかりふかきたにひとつを、へいけのせいしちまんよきでぞうめたりける。がんせんちをながし、しがいをかをなせり。さればこのたにのほとりには、やのあな、かたなのきずのこつて、いまにありとぞうけたまはる。へいけのかたのさぶらひだいしやう、かづさのたいふのはうぐわんただつな、ひだのたいふのはうぐわんかげたか、かはちのはうぐわんひでくにも、このたにのそこにうづもれてぞうせにける。またびつちうのくにのぢうにん、せのをのたらうかねやすは、きこゆるつはものにてありけれども、うんやつきにけん、かがのくにのぢうにん、くらみつのじらうなりずみがてにP26かかつて、いけどりにこそせられけれ。またゑちぜんのくにひうちがじやうにてかへりちうしたりけるへいせんじのちやうりさいめいゐぎしも、とらはれていできたる。きそどの、「そのほふしはあまりににくきに、まづきれ」とてきらせらる。たいしやうぐんこれもりみちもり、けうにしてかがのくにへひきしりぞく。しちまんよきがなかより、わづかににせんよきこそのがれたれ。おなじきじふににち、おくのひでひらがもとより、きそどのへりようていにひきたてまつる。いつぴきはしらつきげ、いつぴきはれんぜんあしげなり。やがてこのむまにかがみくらおいて、はくさんのやしろへじんめにたてらる。きそどの「いまはおもふことなし」とておはしけるが、「ただしをぢのじふらうくらんどどののしほのたたかひこそおぼつかなけれ。いざやゆいてみん」とて、しまんよきがなかより、むまやひとをすぐつて、にまんよきではせむかふ。ここにひみのみなとをわたらんとしたまひけるが、をりふししほみちて、ふかさあささをしらざりければ、きそどのまづはかりごとに、くらおきむまじつぴきばかりおひいれられたりければ、くらづめひたるほどにて、さうゐなくむかひのきしにぞつきにける。きそどのこれをみたまひて、「あさかりけるぞ、わたせや」とて、にまんよきざつとわたいてみたまへば、あんのごとくじふらうくらんどどのは、さんざんにかけなされ、ひきしりぞき、じんばのいきやすむるところに、あらてのげんじにまんよき、へいけさんまんよきがなかへかけいり、もみにもうで、ひいづるほどにぞせめたりける。たいしやうぐんみかはのかみとものりうたれたまひぬ。これはにふだうしやうこくのばつしなり。そのほかつはものおほくほろびにけり。へいけそこをもおひおとされて、かがのくにへひきしりぞく。きそどのはしほのやまうちこえて、P27のとのこだなか、しんわうのつかのまへにぞぢんをとる。
「しのはらかつせん」(『しのはらがつせん』)S0707きそどのやがてそこにてしよしやへじんりやうをよせらる。ただのやはたへはてふやのしやう、すがふのやしろへはのみのしやう、けひのやしろへははんばらのしやう、はくさんのやしろへはよこえ、みやまるにかしよのしやうをきしんす。へいせんじへはふぢしましちがうをぞよせられける。さんぬるぢしようしねんはちぐわついしばしやまのかつせんのとき、ひやうゑのすけどのいたてまつりしぶしども、みなにげのぼつて、へいけのみかたにぞさふらひける。むねとのひとびとには、ながゐのさいとうべつたうさねもり、うきすのさぶらうしげちか、またののごらうかげひさ、いとうのくらうすけうぢ、ましものしらうしげなほなり。これらはみないくさのあらんほどしばらくやすまんとて、ひごとによりあひよりあひ、じゆんしゆをしてぞなぐさみける。まづながゐのさいとうべつたうがもとによりあひたりけるひ、さねもりまうしけるは、「つらつらたうせいのていをみさふらふに、げんじのかたはいよいよつよく、へいけのおんかたはまけいろにみえさせたまひてさふらふ。いざおのおのきそどのへまゐらう」どいひければ、みな、「さんなう」とぞどうじける。つぎのひ、またうきすのさぶらうがもとによりあひたりけるとき、さいとうべつたう、「さてもきのふさねもりがまうししことはいかに、おのおの」といひければ、そのなかにP28またののごらうかげひさ、すすみいでてまうしけるは、「さすがわれらは、とうごくではひとにしられて、なあるものでこそあれ。きちについて、あなたへまゐりこなたへまゐらんことは、みぐるしかるべし。ひとびとのおんこころどもをばしりまゐらせぬざふらふ。かげひさにおいては、こんどへいけのおんかたで、うちじにせんとおもひきつてさふらふぞ」といひければ、さいとうべつたうあざわらつて、「まことにはおのおののおんこころどもを、かなびかんとてこそまうしたれ。さねもりもこんどほくこくにて、うちじにせんとおもひきつてさふらへば、ふたたびいのちいきて、みやこへはかへるまじきよし、おほいとのへもまうしあげ、ひとびとにもそのやうをまうしおきさふらふ」といひければ、みなまたこのぎにぞどうじける。そのやくそくをたがへじとや、たうざにありけるにじふよにんのさぶらひどもも、こんどほくこくにていつしよにしににけるこそむざんなれ。へいけはかがのくにしのはらにひきしりぞいて、じんばのいきをぞやすめける。おなじきごぐわつはつかのひ、きそどのごまんよき、しのはらへぞむかはれける。きそどののかたより、いまゐのしらうかねひら、まづごひやくよきにてはせむかふ。へいけのかたには、はたけやまのしやうじしげよし、をやまだのべつたうありしげ、うつのみやのさゑもんともつな、これらはおほばんやくにて、をりふしざいきやうしたりけるを、おほいとの、「なんぢらはふるいものなり。いくさのやうをもおきてよ」とて、こんどほくこくへむけられたり。かれらきやうだいさんびやくよきでうちむかふ。はたけやま、いまゐ、はじめはごきじつきづついだしあはせて、しようぶをせさせけるが、のちにはりやうばうみだれあうてぞたたかひける。おなじきにじふいちにちのうまのこく、くさもゆるがずてらすひに、げんぺいのつはものども、われおとらじとたたかへば、P29へんしんよりあせいでて、みづをながすにことならず。いまゐがかたにも、つはものおほくほろびにけり。はたけやま、いえへのこらうどうおほくうたせ、ちからおよばでひきしりぞく。つぎにへいけのかたより、たかはしのはうぐわんながつな、ごひやくよきではせむかふ。きそどののかたより、ひぐちのじらうかねみつ、おちあひのごらうかねゆき、さんびやくよきでうちむかふ。げんぺいのつはものども、しばしささへてふせぎたたかふ。されどもたかはしがかたのせいは、くにぐにのかりむしやなりければ、いつきもおちあはず、われさきにとぞおちゆきける。たかはしこころはたけうおもへども、うしろあばらになりければ、ちからおよばずただいつき、みなみをさしてぞおちゆきける。ここにゑつちうのくにのぢうにん、にふぜんのこたらうゆきしげ、よいかたきとめをかけ、むちあぶみをあはせてはせきたり、おしならべてむずとくむ。たかはし、にふぜんをつかうで、くらのまへわにおしつけ、ちつともはたらかさず、「さてわぎみはなにものぞ。なのれ、きかう」どいひければ、「ゑつちうのくにのぢうにん、にふぜんのこたらうゆきしげ、しやうねんじふはつさい」とぞなのつたる。たかはしなみだをはらはらとながいて、「あなむざん、こぞおくれたるながつながこもあらば、ことしはじふはつさいぞかし。わぎみねぢきつてすつべけれども、さらばたすけん」とてゆるしけり。たかはしのはうぐわんはみかたのせいまたんとて、むまよりおりていきつぎゐたり。にふぜんもやすみゐたりけるが、あつぱれよきかたき、われをばたすけたれども、いかにもしてうたばやとおもひゐたるところに、たかはしこれをばゆめにもしらず、うちとけてものがたりをぞしゐたる。にふぜんはきこゆるはやわざのをのこにてありければ、たかはしがみぬひまに、かたなをP30ぬき、たちあがり、たかはしのはうぐわんがうちかぶとをしたたかにさす。さされてひるむところに、にふぜんがらうどう、おくればせにさんきはせきたつておちあひたり。たかはしこころはたけうおもへども、かたきはあまたあり、てはおうつ。うんやつきにけん、そこにてつひにうたれぬ。つぎにへいけのかたより、むさしのさぶらうざゑもんありくに、さんびやくよきでをめいてかく。きそどののかたより、にしな、たかなし、やまだのじらう、ごひやくよきでうちむかふ。これもしばしささへてふせぎたたかふ。されどもありくには、あまりにふかいりしてたたかひけるが、むまをもいさせ、かちだちになり、かぶとをもうちおとされ、おほわらはになつて、やだねみなつきければ、うちものぬいてたたかひけるが、やななつやついたてられ、かたきのかたにらまへ、たちじににこそしににけれ。たいしやうかやうになるうへは、そのせいみなおちぞゆく。
「さねもりさいご」(『さねもり』)S0708おちゆくせいのなかに、むさしのくにのぢうにん、ながゐのさいとうべつたうさねもりは、ぞんずるむねありければ、あかぢのにしきのひたたれに、もよぎをどしのよろひきて、くはがたうつたるかぶとのををしめ、こがねづくりのたちをはき、にじふしさいたるきりふのやおひ、しげどうのゆみもつて、れんぜんあしげなるP31むまに、きんぷくりんのくらをおいてのつたりけるが、みかたのせいはおちゆけども、ただいつきかへしあはせかへしあはせふせぎたたかふ。きそどののかたより、てづかのたらうすすみいでて、「あなやさし、いかなるひとにてわたらせたまへば、みかたのおんせいは、みなおちゆきさふらふに、ただいつきのこらせたまひたるこそいうにおぼえさふらへ。なのらせたまへ」とことばをかけければ、「まづかういふわどのはたそ」。「しなののくにのぢうにん、てづかのたらうかなざしのみつもり」とこそなのつたれ。さいとうべつたう、「さてはたがひによきかたき、ただしわどのをさぐるにはあらず。ぞんずるむねがあれば、なのることはあるまじいぞ。よれ、くまう、てづか」とて、はせならぶるところに、てづかがらうどう、しゆをうたせじとなかにへだたり、さいとうべつたうにおしならべてむずとくむ。さいとうべつたう、「あつぱれおのれは、につぽんいちのかうのものとくんでうずよなうれ」とて、わがのつたりけるくらのまへわにおしつけて、ちつともはたらかさず、くびかききつてすててげる。てづかのたらう、らうどうがうたるるをみて、ゆんでにまはりあひ、よろひのくさずりひきあげて、ふたかたなさし、よわるところをくんでふす。さいとうべつたうこころはたけうおもへども、いくさにはしつかれぬ、てはおうつ、そのうへおいむしやではあり、てづかがしたにぞなりにける。てづかのたらう、はせきたるらうどうにくびとらせ、きそどののおんまへにまゐりかしこまつて、「みつもりこそきいのくせものとくんで、うつてまゐつてさふらへ。さぶらひかとみさふらへば、にしきのひたたれをきてさふらふ。またたいしやうぐんかとみさふらへば、つづくせいもさふらはず。なのれなのれとせめさふらひつれども、つひになのりさふらはず。P32こゑはばんどうごゑにてさふらひつる」とまうしければ、きそどの、「あつぱれこれは、さいとうべつたうにてあるござんなれ。それならんには、よしなかがかうづけへこえたりしとき、をさなめにみしかば、しらがのかすをなつしぞかし。いまははやしちじふにもあまり、はくはつにこそなりぬらんに、びんひげのくろいこそあやしけれ。ひぐちのじらうかねみつは、としごろなれあそんで、みしりたるらん。ひぐちめせ」とて、めされけり。ひぐちのじらうただひとめみて、「あなむざん、さいとうべつたうにてさふらひけり」とて、なみだをながす。きそどの、「それならんには、はやしちじふにもあまり、はくはつにこそなりぬらんに、びんひげのくろいはいかに」とのたまへば、ややあつてひぐちのじらう、なみだをおさへてまうしけるは、「ささふらへば、そのやうをまうしあげんとつかまつりさふらふが、あまりにあはれにおぼえさふらうて、まづふかくのなみだのこぼれさふらひけるぞや。さればゆみやとりは、いささかのところにても、おもひでのことばをば、かねてつかひおくべきことにてさふらひけるぞや。さいとうべつたう、つねはかねみつにあうて、ものがたりしさふらひしは、『ろくじふにあまつて、いくさのぢんへむかはんときは、びんひげをくろうそめて、わかやがうとおもふなり。そのゆゑはわかどのばらにあらそうて、さきをかけんもおとなげなし。またおいむしやとて、ひとのあなどられんもくちをしかるべし』とまうしさふらひしが、まことにそめてさふらひけるぞや。あらはせてごらんさふらへ」とまうしければ、きそどのさもあるらんとて、あらはせてごらんずれば、はくはつにこそなりにけれ。またさいとうべつたう、にしきのひたたれをきけることも、さいごのいとままうしにおほいとのへまゐつて、P33「かうまうせば、さねもりがみひとつにてはさふらはねども、せんねんばんどうへまかりくだりさふらひしとき、みづとりのはおとにおどろき、やひとつをだにいずして、するがのかんばらよりにげのぼつてさふらひしこと、おいののちのちじよく、ただこのことにさふらふ。こんどほくこくへまかりくだりさふらはば、さだめてうちじにつかまつりさふらふべし。さねもりもとはゑちぜんのくにのものにてさふらひしが、きんねんごりやうにつけられて、むさしのくにながゐにきよぢうつかまつりさふらひき。ことのたとへのさふらふぞかし。こきやうへはにしきをきてかへるとまうすことのさふらへば、なにかくるしうさふらふべき。にしきのひたたれをごめんさふらへかし」とまうしければ、おほいとの、「やさしうもまうしたりけるものかな」とて、にしきのひたたれをごめんありけるとぞきこえし。むかしのしゆばいしんは、にしきのたもとをくわいけいざんにひるがへし、いまのさいとうべつたうさねもりは、そのなをほくこくのちまたにあぐとかや。くちもせぬむなしきなのみとどめおいて、かばねはこしぢのすゑのちりとなるこそあはれなれ。さんぬるしんぐわつじふしちにち、へいけじふまんよきにて、みやこをいでしことがらは、なにおもてをむかふべしともみえざりしに、いまごぐわつげじゆんに、みやこへかへりのぼるには、そのせいわづかににまんよき、「ながれをつくしてすなどるときは、おほくのうををうるといへども、めいねんにうをなし。はやしをやいてかるときは、おほくのけだものをうるといへども、めいねんにけだものなし。のちをぞんじて、せうせうはのこさるべかりけるものを」と、まうすひとびともありけるとかや。P34
「げんばう」(『げんばう』)S0709かづさのかみただきよ、ひだのかみかげいへは、をととしにふだうしやうこくこうぜられしとき、ににんともにしゆつけしてありけるが、こんどほくこくにて、こどもみなうたれぬときいて、そのおもひのつもりにや、つひになげきじににぞしににける。これをはじめて、おやはこにおくれ、めはをつとにわかれて、なげきかなしむことかぎりなし。およそきやうぢうには、いへいへにもんこをとぢて、あさゆふかねうちならし、こゑごゑにねんぶつまうし、をめきさけぶことおびたたし。またゑんごくきんごくもかくのごとし。ろくぐわつひとひのひ、さいしゆじんぎのごんのたいふおほなかとみのちかとしを、てんじやうのしもぐちへめされて、こんどひやうがくしづまらば、いせだいじんぐうへぎやうがうあるべきよしおほせくださる。だいじんぐうはむかしたかまのはらよりあまくだらせたまひて、すゐにんてんわうのぎよう、にじふごねんさんぐわつに、やまとのくにかさぬひのさとより、いせのくにわたらひのこほりいすずのかはかみ、したついはねにおほみやばしらをふとしきたてて、あがめそめたてまつしよりこのかた、につぽんろくじふよしう、さんぜんしちひやくごじふよしやの、だいせうのじんぎみやうだうのなかにはぶさうなり。されどもよよのみかど、つひにりんかうはなかりしに、ならのみかどのおんとき、さだいじんふひとうのまご、さんぎしきぶきやううがふのこ、うこんゑのせうしやうけんだざいのせうに、P35ふぢはらのひろつぎといふひとありけり。てんぴやうじふごねんじふぐわつに、ひぜんのくにまつらのこほりにして、すまんのぐんびやうをそつして、こくかをすでにあやぶめんとす。そのときおほののあづまうどをたいしやうぐんとして、ひろつぎつゐたうせられしとき、みかどおんいのりのために、いせだいじんぐうへはじめてぎやうがうありし、そのれいとぞきこえし。かのひろつぎはひぜんのまつらより、みやこへいちにちにおりのぼるむまをぞもつたりける。さればつゐたうせられしとき、みかたのつはものども、おちうせうたれしかば、くだんのむまにうちのり、ただいつきかいちうへはせいりけるとぞきこえし。そのばうれいあれて、つねはおそろしきことどもおほかりけり。てんぴやうじふはちねんろくぐわつじふはちにち、ちくぜんのくにみかさのこほり、だざいふのくわんぜおんじくやうぜられしだうしには、げんばうそうじやうとぞきこえし。かうざにのぼりかねうちならすとき、にはかにそらかきくもり、いかづちおびたたしうなつて、かのそうじやうのうへにおちかかり、そのかうべをとつて、くものなかへぞいりにける。これはひろつぎてうぶくせられし、そのゆゑとぞきこえし。このそうじやうは、きびのだいじんにつたうのとき、あひともなつてわたり、ほつさうしうわたしたりしひとなり。たうじんがげんばうといふなをわらつて、「げんばうとはかへつてほろぶといふこゑあり。いかさまにもこのひときてうののち、なんにあふべきひとなり」とさうしたりけるとかや。おなじきじふくねんろくぐわつじふはちにち、しやれかうべにげんばうといふめいをかいて、こうぶくじのにはにおとし、ひとならばにさんびやくにんばかりがこゑして、こくうにどつとわらふおとしけり。こうぶくじはほつさうしうのてらたるによつてなり。そのでしどもこれをとつてつかにつき、そのうちにをさめて、づはかとP36なづけていまにあり。これによつてひろつぎがばうれいをあがめられて、ひぜんのくにまつらのいまのかがみのみやとかうす。さがのくわうていのおんとき、へいぜいのせんてい、ないしのかみのすすめによつて、すでによをみだらんとせさせたまひしとき、みかどおんいのりのために、だいさんのくわうぢよいうちないしんわうをかものさいゐんにたてまゐらさせたまふ。これぞさいゐんのはじめなる。しゆしやくゐんのおんときも、すみともつゐたうのれいとて、やはたにてりんじのみかぐらあり。こんどもそのれいたるべしとて、さまざまのおんいのりどもありけり。
「きそさんもんてふじやう」(『きそさんもんてうじやう』)S0710さるほどにきそよしなかはゑちぜんのこふについて、いへのこらうどうめしあつめてひやうぢやうす。「そもそもよしなか、あふみのくにをへてこそ、みやこへはのぼるべきに、れいのさんぞうどもの、ふせぐこともやあらんずらん。かけやぶつてとほらんことはやすけれども、たうじはへいけこそ、ぶつぽふともいはず、てらをほろぼしそうをうしなひ、あくぎやうをばいたすなれ。それをしゆごのためにしやうらくせんずるよしなかが、へいけとひとつなればとて、さんもんのしゆとにむかつてかつせんせんこと、すこしもたがはぬにのまひなるべし。これこそさすがやすだいじよ。いかがせん」とのたまへば、てかきにぐせられたりけるだいぶばうかくめい、すすみいでてまうしけるはP37、「さんもんのだいしゆはさんぜんにんさふらふなるが、かならずいちみどうしんなることはさふらはず。あるひはへいけにどうしんせんとまうすしゆともさふらふらん。あるひはげんじにつかんとまうすだいしゆもさふらふらん。せんずるところ、てふじやうをつかはしてごらんさふらへ。へんてふにこそ、そのやうはみえさふらはんずらめ」とまうしければ、きそどの、「このぎもつともしかるべし。さらばかけ」とて、かくめいにてふじやうをかかせて、さんもんへおくらる。そのじやうにいはく、「よしなかつらつらへいけのあくぎやくをみるに、ほうげんへいぢよりこのかた、ながくじんしんのれいをうしなふ。しかりといへども、きせんてをつかね、しそあしをいただく。ほしいままにていゐをしんだいし、あくまでこくぐんをりよりやうす。だうりひりをろんぜず、けんもんせいけをつゐふくし、うざいむざいをいはず、けいしやうししんをそんまうす。そのしざいをうばひとつて、ことごとくらうじうにあたへ、かのしやうゑんをもつしゆして、みだりがはしくしそんにはぶく。なかんづくさんぬるぢしようさんねんじふいちぐわつ、ほふわうをせいなんのりきうにうつしたてまつり、はくりくをかいせいのぜつゐきにながしたてまつる。しゆそものいはず、だうろめをもつてす。しかのみならずおなじきしねんごぐわつ、にのみやのしゆがくをかこみたてまつり、きうちようのこうぢんをおどろかさしむ。ここにていしひぶんのがいをのがれんがために、ひそかにをんじやうじへじゆぎよのとき、よしなかせんにちにりやうじをたまはるによつて、むちをあげんとほつするところに、をんできちまたにみちて、よさんみちをうしなふ。きんけいのげんじなほさんこうせず。いはんやゑんけいにおいてをや。しかるにをんじやうはぶんげんなきによつて、なんとへおもむかしめたまふあひだ、うぢばしにしてかつせんす。たいしやうさんみにふだうよりまさふし、いのちをかろんじぎをおもんじて、いつせんのP38こうをはげますといへども、たぜいのせめをまぬかれず。けいがいをこがんのこけにさらし、せいめいをちやうかのなみにながす。りやうじのおもむききもにめいじ、どうるゐのかなしみたましひをけす。これによつてとうごくほくこくのげんじら、おのおのさんらくをくはだてて、へいけをほろぼさんとほつす。よしなかいんじとしのあき、しゆくいをたつせんがために、はたをあげけんをとつて、しんしうをいでしひ、ゑちごのくにのぢうにん、じやうのしらうながもち、すまんのぐんびやうをそつしてはつかうせしむるあひだ、たうごくよこたがはらにしてかつせんす。よしなかわづかにさんぜんよきをもつて、かのすまんのつはものをやぶりをはんぬ。ふうぶんひろきにおよんで、へいじのたいしやうじふまんのぐんしをそつして、ほくろくにはつかうす。ゑつしう、かしう、となみ、くろさか、しほさか、しのはらいげのじやうくわくにして、すかどかつせんす。はかりごとをゐあくのうちにめぐらして、かつことをしせきのもとにえたり。しかるにうてばかならずふし、せむればかならずくだる。あきのかぜのばせををやぶるにことならず。ふゆのしものくんいうをからすにあひおなじ。これひとへにしんめいぶつだのたすけなり。さらによしなかがぶりやくにあらず。へいじはいぼくのうへは、さんらくをくはだつるなり。いまえいがくのふもとをすぎて、らくやうのちまたにいるべし。このときにあたつて、ひそかにぎたいあり。そもそもてんだいのしゆとは、へいじにどうしんか、げんじによりきか。もしかのあくとをたすけらるべくは、しゆとにむかつてかつせんすべし。もしかつせんをいたさば、えいがくのめつばうくびすをめぐらすべからず。かなしいかな、へいじしんきんをなやまし、ぶつぽふをほろぼすあひだ、あくぎやくをしづめんがために、ぎへいをおこすところに、たちまちにさんぜんのしゆとにむかつて、ふりよのかつせんをいたさんことを。いたましきかな、いわうさんわうにP39はばかりたてまつて、かうていにちりうせしめば、てうていくわんたいのしんとして、ながくぶりやくかきんのそしりをのこさんことを。しんだいにまどつて、かねてあんないをけいするところなり。こひねがはくはてんだいのしゆと、かみのためほとけのためくにのためきみのために、げんじにどうしんして、きようとをちうし、こうくわによくせん。こんたんのいたりにたへず。よしなかきようくわうつつしんでまうす。じゆえいにねんろくぐわつとをかのひ、みなもとのよしなかしんじやう。ゑくわうばうのりつしのおんばうへ」とぞかかれたる。
「さんもんへんてふ」(『へんでう』)S0711さんもんのだいしゆこのじやうをひけんして、あんのごとくあるひはへいけにどうしんせんといふしゆともあり、あるひはげんじにつかんといふだいしゆもあり、おもひおもひこころこころ、いぎまちまちなり。らうそうどものせんぎしけるは、われらもつぱらきんりんせいしゆてんちやうちきうといのりたてまつる。なかにもへいけはたうだいのごぐわいせき、さんもんにおいてことにききやうをいたす。しかりといへどもあくぎやうほふにすぎて、ばんにんこれをそむき、くにぐにへうつてをつかはすといへども、かへつていぞくのためにほろぼさる。げんじはきんねんよりこのかた、どどのいくさにうちかつて、うんめいすでにひらけんとす。なんぞたうざんひとりしゆくうんつきぬるへいけにどうしんして、うんめいひらくるげんじをそむかんや。すべからくへいじちぐのぎをひるがへして、げんじがふりよくのむねにぢうすべきよし、さんぜんいちどうにP40せんぎして、へんてふをこそおくりけれ。きそどの、またいへのこらうどうめしあつめて、かくめいにこのへんてふをひらかせらる。「ろくぐわつとをかのひのてふじやう、おなじきじふろくにちたうらい、ひえつのところに、すうじつのうつねんいつしにげさんす。およそへいけのあくぎやくるゐねんにおよんで、てうていのさうどうやむことなし。ことじんこうにあり、ゐしつするにあたはず。それえいがくにいたつては、ていととうぼくのじんしとして、こくかせいひつのせいきをいたす。しかりといへども、いつてんひさしくかのえうげきにをかされて、しかいとこしなへにそのあんせんをえず。けんみつのほふりんなきがごとし。おうごのしんゐしばしばすたる。ここにきかたまたまるゐだいぶびのいへにむまれて、さいはひにたうじせいせんのじんたり。あらかじめきぼうをめぐらしてぎへいをおこし、たちまちにばんしのめいをわすれて、いつせんのこうをたつ。そのらういまだりやうねんをすぎざるに、そのなすでにしかいにながる。わがやまのしゆと、かつがつもつてしようえつす。こくかのため、るゐかのため、ぶこうをかんじぶりやくをかんず。かくのごとくならば、さんじやうのせいきむなしからざることをよろこび、かいだいのゑごおこたりなきことをしんぬ。じじたじ、じやうぢうのぶつぽふ、ほんしやまつしやさいてんのしんめい、ふたたびけうぼふのさかえんことをよろこび、すきやうのふるきにふくせんことをずゐきしたまふらん。しゆとらがしんぢうただけんさつをたれよ。しかればすなはちみやうにはじふにじんじやう、かたじけなくいわうぜんぜいのししやとして、きようとつゐたうのようしにあひくははり、けんにはまたさんぜんのしゆと、しばらくしゆがくさんぎやうのきんせつをやめて、あくりよぢばつのくわんぐんをたすけしめん。しくわんじふじようのぽんぷうは、かんりよをわてうのほかにはらひ、ゆがさんみつのP41ほふうは、しぞくをげうねんのむかしにかへさん。しゆとのせんぎかくのごとし。つらつらこれをさつせよ。じゆえいにねんしちぐわつふつかのひ、だいしゆら」とぞかいたりける。
「へいけさんもんへのれんじよ」(『へいけさんもんへのれんじよ』)S0712へいけこれをばゆめにもしりたまはず、「こうぶくをんじやうりやうじは、うつぷんをふくめるをりふしなれば、かたらふともよもなびかじ。たうけはさんもんにおいて、いまだあたをむすばず。さんもんまたたうけのためにふちうをぞんぜず。せんずるところ、さんわうだいしにきせいまうして、さんぜんのしゆとをかたらはばや」とて、いちもんのくぎやうじふにん、どうしんれんじよのぐわんじよをかいて、さんもんへおくらる。そのぐわんじよにいはく、「うやまつてまうす。えんりやくじをもつてうぢてらにじゆんじ、ひよしのやしろをもつてうぢやしろとして、いつかうてんだいのぶつぽふをあふぐべきこと。みぎたうけいちぞくのともがら、ことにきせいすることあり。しいしゆいかんとなれば、えいざんはこれくわんむてんわうのぎよう、でんげうだいしにつたうきてうののち、ゑんどんのけうぼふをこのところにひろめ、しやなのだいかいをそのうちにつたへてよりこのかた、もつぱらぶつぽふはんじやうのれいくつとして、ひさしくちんごこくかのだうぢやうにそなふ。まさにいまいづのくにのるにん、みなもとのよりとも、みのとがをくいず、かへつててうけんをあざける。しかのみならずかんぼうにP42くみしてどうしんをいたすげんじら、よしなかゆきいへいげ、たうをむすんでかずあり。りんけいゑんけいすこくをしやうりやうし、とぎとこうばんもつをあふりやうす。これによつてあるひはるゐだいくんこうのあとをおひ、あるひはたうじきうばのげいにまかせて、すみやかにぞくとをちうし、きようたうをがうぶくすべきよし、いやしくもちよくめいをふくんで、しきりにせいばつをくはだつ。ここにぎよりんかくよくのぢん、くわんぐんりをえず、せいばうてんげきのゐ、ぎやくるゐかつにのるににたり。もししんめいぶつだのかびにあらずは、いかでかはんぎやくのきようらんをしづめん。いかにいはんや、しんらがなうそ、おもへばかたじけなく、ほんぐわんのよえいといつつべし。いよいよそうちようすべし。いよいよくぎやうすべし。じごんいごさんもんによろこびあらば、いちもんのよろこびとし、しやけにいきどほりあらば、いつけのいきどほりとして、おのおのしそんにつたへてながくしつだせじ。とうじはかすがのやしろこうぶくじをもつて、うぢやしろうぢてらとして、ひさしくほつさうだいじようのしうにきす。へいじはひよしのやしろえんりやくじをもつてうぢやしろうぢてらとして、まのあたりゑんじつとんごのけうにちぐせん。かれはむかしのゆゐせきなり。いへのためえいかうをおもふ。これはいまのせいきなり。きみのためつゐばつをこふ。あふぎねがはくは、さんわうしちしや、わうじけんぞく、ごほふしやうじゆ、とうざいまんざん、じふにじようぐわん、いわうぜんぜい、につくわうぐわつくわう、むにのたんぜいをてらして、ゆゐいつのけんおうをたれたまへ。しかればすなはちじやぼうぎやくしんのぞく、おのおのてをくんもんにつかね、ほんぎやくざんがいのともがら、かうべをけいとにつたへん。よつていちもんのくぎやうら、いくどうおんにらいをなして、きせいくだんのごとし。じゆざんみぎやうけんゑちぜんのかみたひらのあそんみちもり、じゆざんみぎやうけんうこんゑのちうじやうたひらのあそんすけもり、じやうざんみぎやううこんゑのちうじやうけんいよのかみたひらのあそんこれもり、P43じやうざんみぎやうさこんゑのごんのちうぢやうけんはりまのかみたひらのあそんしげひら、じやうざんみぎやうゑもんのかみけんあふみとほたふみのかみたひらのあそんきよむね、さんぎじやうざんみくわうだいこうぐうのごんのだいぶけんしゆりのだいぶかがゑつちうのかみたひらのあそんつねもり、じゆにゐぎやうちうなごんせいいたいしやうぐんけんさひやうゑのかみたひらのあそんとももり、じゆにゐぎやうごんぢうなごんけんひぜんのかみたひらのあそんのりもり、じやうにゐぎやうごんだいなごんけんみちではあぜつしたひらのあそんよりもり、じゆいちゐさきのないだいじんたひらのあそんむねもり。じゆえいにねんしちぐわついつかのひ、うやまつてまうす」とぞかかれたる。くわんじゆこれをあはれみたまひて、さうなうしゆとにひろうもしたまはず、じふぜんじごんげんのしやだんにこめ、さんにちかぢして、そののちしゆとにひろうせらる。はじめはありともみえざりけるぐわんじよのうはまきに、うたこそいつしゆいできたれ。
たひらかにはなさくやどもとしふればにしへかたぶくつきとこそみれ W050
さんわうだいしこれをあはれみたまひて、さんぜんのしゆとちからをあはせよとなり。されどもとしごろひごろのふるまひしんりよにもたがひ、じんばうにもそむきぬれば、いのれどもかなはず、かたらへどもなびかざりけり。だいしゆもまことにさこそはと、ことのていをばあはれみけれども、げんじがふりよくのへんてふをおくりぬるうへは、いままたかろがろしく、そのぎをひるがへすにおよばねば、これをきよようするしゆともなし。P44
「しゆしやうのみやこおち」(『しゆしやうのみやこおち』)S0713おなじきしちぐわつじふしにち、ひごのかみさだよし、ちんぜいのむほんたひらげて、きくち、はらだ、まつらたうさんぜんよきをめしぐしてしやうらくす。ちんぜいのむほんをば、わづかにたひらげたれども、とうごくほくこくのいくさは、いかにもしづまらず。おなじきにじふににちのやはんばかり、ろくはらのへんおびたたしうさうどうす。むまにくらおき、はるびしめ、ものどもとうざいなんぼくへはこびかくす。ただいまかたきのうちいつたるさまなりけり。あけてのちきこえしは、みのげんじに、さどのゑもんのじようしげさだといふものあり。さんぬるほうげんのかつせんのとき、ちんぜいのはちらうためともがゐんがたのいくさにまけて、おちうとなつたりしを、からめていだしたりしけんじやうに、もとはひやうゑのじようたりしが、そのときうゑもんのじようになりぬ。これによつていちもんにはあたまれて、このころへいけをへつらひけるが、そのよろくはらにはせまゐり、「きそすでにほくこくよりごまんよきでせめのぼり、てんだいさん、ひがしざかもとにみちみちてさふらふ。らうどうにたてのろくらうちかただ、てかきにだいぶばうかくめい、ろくせんよきてんだいさんにきほひのぼり、さんぜんのしゆとどうしんして、ただいまみやこへみだれいる」よしまうしければ、へいけのひとびとおほきにさわいで、はうばうへうつてをさしむけらる。たいしやうぐんにはしんぢうなごんとももりのきやう、ほんざんみのちうじやうしげひらのきやう、さんぜんよきでまづやましなにP45しゆくせらる。ゑちぜんのさんみみちもり、のとのかみのりつね、にせんよきでうぢばしをかためらる。さまのかみゆきもり、さつまのかみただのり、いつせんよきでよどぢをしゆごせられけり。げんじのかたにはじふらうくらんどゆきいへ、すせんぎでうぢばしをわたつてみやこへいる。みちのくにのしんはうぐわんよしやすがこ、やたのはんぐわんだいよしきよ、おほえやまをへてしやうらくすともまうしあへり。またつのくにかはちのげんじらどうしんして、おなじうみやこへみだれいるよしまうしければ、へいけのひとびと、「このうへはちからおよばず、ただいつしよでいかにもなりたまへ」とて、はうばうへむけられたりけるうつてども、みなみやこへよびかへされけり。ていとみやうりのち、にはとりないてやすきことなし。をさまれるよだにもかくのごとし。いはんやみだれたるよにおいてをや。よしのやまのおくのおくへもいりなばやとはおぼしめされけれども、しよこくしちだうことごとくそむきぬ。いづくのうらかおだしかるべき。さんがいむあん、いうによくわたくとして、によらいのきんげん、いちじようのめうもんなれば、なじかはすこしもたがふべき。おなじきにじふしにちのさよふけがたに、さきのないだいじんむねもりこう、けんれいもんゐんのわたらせたまふろくはらいけどのにまゐつてまうされけるは、「きそすでにほくこくよりごまんよきでせめのぼり、ひえいさんひがしざかもとにみちみちてさふらふ。らうどうにたてのろくらうちかただ、てかきにだいぶばうかくめい、ろくせんよきてんだいさんへきほひのぼり、さんぜんのしゆとひきぐして、ただいまみやこへみだれいるよしきこえさふらふ。ひとびとはただみやこのうちにて、いかにもならんとまうしあはれけれども、まのあたりにようゐん、にゐどのに、うきめをみせまゐらせんことのくちをしくさふらへば、ゐんをもうちをもP46とりたてまつて、さいこくのかたへごかうぎやうがうをも、なしまゐらせばやとおもひなつてこそさふらへ」とまうされければ、にようゐん、「いまはただともかうも、そこのはからひでこそあらんずらめ」とて、ぎよいのおんたもとにあまるおんなみだ、せきあへさせたまはねば、おほいとのもなほしのそでしぼるばかりにぞみえられける。
さるほどにほふわうをばへいけとりたてまつて、さいこくのかたへおちゆくべしなどまうすことを、ないないきこしめすむねもやありけん、そのよのやはんばかり、あぜつしだいなごんすけかたのきやうのしそく、むまのかみすけときばかりをおんともにて、ひそかにごしよをいでさせたまひて、おんゆくへもしらずぞごかうなる。ひとこれをしらざりけり。へいけのさぶらひにきちないざゑもんのじようすゑやすといふものあり。さかざかしきをのこにて、ゐんにもめしつかはれけるが、そのよしもおとのゐにまゐつて、はるかにとほうさふらひけるが、つねのごしよのおんかたざま、よにものさわがしう、にようばうたちしのびねになきなどしたまへり。なにごとなるらんとききければ、「にはかにほふわうのみえさせましまさぬは、いづかたへのごかうやらん」とまうすこゑにきくほどに、あなあさましとて、いそぎろくはらへはせまゐり、このよしまうしたりければ、おほいとの、「さだめてひがごとでぞあるらん」とはのたまひながら、いそぎまゐつてみまゐらさせたまふに、げにもほふわうわたらせましまさず。ごぜんにさぶらはせたまふにようばうたち、にゐどのたんごどのいげいちにんもはたらきたまはず。「いかにや」ととひまゐらさせたまへども、「われこそほふわうのおんゆくへしりまゐらせたり」とまうさるるにようばうたち、いちにんもおはせざりければ、P47おほいとのもちからおよばせたまはず、なくなくろくはらへぞかへられける。さるほどに、ほふわうみやこのうちにわたらせたまはずとまうすほどこそありけれ、きやうぢうのさうどうなのめならず。いはんやへいけのひとびとのあわてさわがれけるありさまは、いへいへにかたきのうちいつたりとも、かぎりあれば、これにはすぎじとぞみえし。へいけひごろはゐんをもうちをもとりたてまつて、さいこくのかたへごかうぎやうがうをもなしまゐらせんとしたくせられたりしかども、かくうちすてさせたまひぬれば、たのむこのもとにあめのたまらぬここちぞせられける。「せめてはぎやうがうばかりをもなしまゐらせよや」とて、あくるうのこくにぎやうがうのみこしをよせたりければ、しゆしやうはこんねんろくさい、いまだ、いとけなうましましければ、なにごころなくぞめされける。ごどうよには、おんぼぎけんれいもんゐんまゐらせたまふ。「しんし、ほうけん、ないしどころ、いんやく、ときのふだ、げんじやう、すずかなどをもとりぐせよ」と、へいだいなごんときただのきやうげぢせられたり