鳴門中将物語
(『日本文学大系』第19巻「お伽草子」〈大正14年〉による。振り仮名省略。入力:菊池真一)
鳴門中将物語
いづれの年の春とかや、弥生の花盛りに花徳門の御局にて、二條前関白、大宮大納言、刑部卿三位、頭中将など参り給ひて、御鞠侍りしに、見物の人々に交りて、女共数多侍るなかに、うちの御心よせに思召すありけり。鞠は御心にも入らせ給はで、かの女の方を頻りに御覧すれば、女煩はしげに思ひて、打紛れて左衛門の陣の方へ出でにけり。六位を召して、「この女の帰らむ所見置きて申し侍れ。」と仰せたびければ、蔵人追ひ付きて見るに、この女心得たりけるにや、如何にも此の男すかしやりて逃げむと思ひて、鞍人を招き寄せて打笑ひ、「くれ竹のと申させ給へ。あなかしこ。御返しを承らむ程は、御門にて待ち参らせむ。」と云ヘば、すかすとは夢々思ひよらで、只すきあひ参らせむとするぞと心得て、急ぎ参りて此の由奏し申せば、「定めて古歌の句にてぞ侍らむ。」とて御尋ねありけるに、その庭には、知りたる人なかりければ、為家卿の許へ御尋ねありけるに、取敢へず、古き歌とて、
高くとも何にかはせむくれ竹の一よ二よのあだのふしをば
と申されたりければ、いよ/\心悪き事に思召して、御返事なくして、「只女の帰らむ所をたしかに見て申せ。」と仰せ給ひければ、立帰りありつる門を見るに、かきけつやうに失せぬ。又、参りてしか/゛\と奏すれば、御けしき悪しくて、尋ね出さずば科あるべき由を仰せらる。蔵人青ざめて罷り出でぬ。此の事によりて、御鞠もことさめて入らせ給ひぬ。その後にが/\しくまめだたせ給ひて、心苦しき御事にぞ侍りけるに、或時、近衛殿二條殿、花山院大納言、大宮大納言公相、中納言通成など様の人々参り給ひて御遊び侍れ共、さき/゛\のやうにも渡らせ給はず、物をのみ思召すさまにて、御ながめ勝なれば、近衛殿御かはらけを進め申させ給ふ序に、「誠にや、近頃行き方しらぬ宿の蚊やり火に、焦れさせおはしまし侍るなる。尋ね行き見む、かくれ侍るまじものを。唐土には蓬来まで尋ね侍りけるためしも侍るを、これは都のうちなれば、安き程のことなり。」とて御みき参らせ給ふに、内も少し打笑はせ給へども、そゞろかせ給ひて入らせ給ひぬ。その後、蔵人いたらぬくまもなく、もしや逢ふと求め歩きて、神仏に祈り申せども、甲斐なし。思ひ佗びて、文平と申す陰陽師こそ当世にはたなごゝろをさして推察まさしかなれ、此の事占はせむと思ひて罷り向ひて問ひ侍りければ、申しけるは、「これは内にも承り及べり。由々しき大事なり。文平うらはこれにて心み侍るべし。火のえうを得たり。かみことなり。今日は巳の日なり。巳はくちなは。此の事を推するに、一旦の隠れなり。遂には逢はせ給ふべし。たゞし火のえうは夏の気にいたりて御悦びなり。くちなはなれば、もとの穴に入りてもとの所に出づべし。夏の中五月中にかくれけむ所にて、必す達はせ給ふべし。」と申せども、これも凡夫なれば一定たのむべきにはあらねども、むげに上の空なりしよりは、この声を聞きて後は、常に左衛門の陣の方にぞ佇みける。五月十三日最勝講の関白の日、この女ありし様を改めて、五人つれてふと行き逢ひぬ。蔵人余りの嬉しさに夢現とも覚えず。あやしまれじと思ひて、人に紛れて見侍れば、仁寿殿の西のひさしに竝み居て聴聞す。御講は果ててひしめかむ時、又失ひて如何せむと思ひて、経俊の殿上口に在する所にて、「此の事しかじか奏し給へ。」と語らへば、「唯今中宮一所御聴聞の程なり。こちなし。」と申しければ、力及はず。一位殿宰相のすけに申ししかば、我が御局口にて女房と物仰せらるゝを見あひまゐらせて、畏みて申しけるは、「推参に侍れど天気にて侍り。しか/゛\のこと急ぎ奏し申し給へ。」と申しければ、かねて聞えある事なれば、やがて奏し申させ給ふに、女房して、「神妙なり。構へて此の度は不覚せで行く方をたしかに見せ置きて申せ。」と仰せらるゝ程に、講果つれば夕暮になりぬ。この女どもひと車にて帰るめり。蔵人、我が身は又あやしまれじと思ひて、さか/\しき女をつけて見入れさすれば、三條白河に某の少将といふ人の家なり。この由を奏すれば、やがて御文あり。
「仇に見し夢か現かくれ竹のおきふしわぶる恋ぞ苦しき
この暮にかならず。」
とばかりあり。蔵人御書を賜はりて、かの所にもて行くに、男ある人なれば、煩はしうて歎くに、御使は心もなく御返しを責むれば、如何にもかくれあらじと思ひて、有りの儘に語れば、少将さすがに煩はしげに思ひて、「男の身にてさうなく参らせむにも憚りあり。あなかまといさめむも、便なかるべき事なり。人によりてことごとなる世なれば、ひとつは名聞なり。人のそしりさもあらばあれ、とく/\参りたまへ。」とすゝむれば、打泣きて叶ふまじき由返す/\辞び申せば、少将申しけるは、「この三年が程愚かならず思ひ交して過ぎぬるも、世々の契りなるべし。今又召され給ふも浅からぬ御契りならむかし。やう/\しして参り給はずば、定めて悪し様なる事にて我が身も置き所なき事にも成りぬべし。よもあしくは計らひ申さじ。とく/\参り給へ。」と返す/\勧めければ、女うち涙ぐみて、御文ひろけて見るに、この暮にかならず、とある文字の下に、をと云ふ文字を唯一つ墨黒に書きて、もとのやうにして御使にまゐらせけり。御文もとの様にて違はぬを御覧じて、空しく帰りたるよと本意なく思召すに、結び目のしどけなければ、あけて御覧ずるに、この「を」文字ありとて、御案あれども御心もめぐらせ給はず。さるべき女房達を少々召してこの「を」文字を御尋ねありければ、承明門院に小宰相の局とて、家隆卿の女のさぶらひけるが申しけるは、「むかし大二條殿小式部の内侍の許へ、月と云ふ文字を書きて遣はしたりければ、さるすきもの、泉式部がむすめなりければ、母にや申し合はせたりけむ、やすく心得て、月の下に『を』と云ふ文字許りを書きて参らせたりける、其の心なるべし。月といふ文字はよさりに待ち侍るべし、出で給へと心得けり。又人の召し侍る御いらへに、男は『よ』と申し、女は『を』と申すなり。されば小式部の内侍も、上東門院に侍ひけるが、罷り出でて参りたりければ、いよ/\心まさりして賞で思召しける。これも一定まゐりはベりなむ。」と申しければ、御心地よげに思召して、した待たせ給ひけり。夜もやう/\更けぬれど、よるのおとゞへも入らせたまはず、宿直申しの聞ゆるは、うしになりぬるにやと、御心を痛ましむる程に、蔵人忍びやかに、此の女参り侍る由奏し申しければ、嬉しう思召されて、やがて召されにけり。漢武の李夫人に逢ひ、玄宗の楊貴妃を得たるためしも、これには優り侍らじと御心の中もかたじけなく、さま/゛\語らひ給ふ程に、明け易き短夜なれば、暁近く成り行くに、此の女身の有様をかきくどき、細かにはあらねど、心に任せぬ事の様を奏し申しければ、まづ帰し遣はされにけり。御心ざし浅からず、やがて三千の列にも召し置かれて、九重の内のすみかをも御計らひあるべきにて侍りけるを、まめやかになげき申して、「さやうならば中々御情にても侍らじ。淵瀬をのがれぬ身の類にもなりぬべし。唯この儘にて、人のいたく知らぬ程ならば絶えず召しにも従ふべき。」由を申しければ遂にもとのすみかへ帰されて時々忍びて召されけり。彼の少将は隠者なりけるを、あらぬかたにつけて召し出されて万に御情をかけられて、近習の人数に加へられなどして、程なく中将になされにけり。包むとすれどおのづから洩れ聞えて、人の口のさがなさは、そのころのもてあつかひにて、鳴門の中将と申しける。鳴門のわかめとて、よきめののぼる所なれば、斯かる異名をつけたりけるとかや。凡そ君と臣とは、水と魚との如し。上としてもおごりにくまず、下としてもそねみ乱るべからず。もろこしにも楚の荘王と申す君は、寵愛の后の衣をひくものを許して情をかけ、唐の太宗と申すかしこき御門はすぐれて思召しける后をも、臣下の約束ありとて下し遣はされけり。我か朝にも斯かる古きためしもあまた聞え侍るにやあらむ。今の後さがの御門の御心もちゐの御かたじけなさ、中将の許し申しける情の色、何れもまことに優にも、有り難きためしにも申し伝ふべきものをや。君とし臣としては、何事にも隔つる心なくて、互に情深きをもととすべきにこそと昔より申し伝へたるも、ことわりに覚え侍りけり。
(奥付)
大正十四年九月二十日印刷
大正十四年九月二十三日発行
(非売品)
日本文学大系
第十九巻
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