P242曾我物語巻第六
@〔大磯(おほいそ)の盃(さかづき)論(ろん)の事(こと)〕S0601N087
さても、十郎(じふらう)祐成(すけなり)は、三浦(みうら)より曾我(そが)へ帰(かへ)りけるが、定(さだ)め無(な)き浮(う)き世(よ)の習(なら)ひ、つくづくと案(あん)ずるに、明日(みやうにち)富士野(ふじの)に打(う)ち出(い)でて、帰(かへ)らん事(こと)は不定(ふぢやう)なり、此(こ)の三四年情(なさけ)を懸(か)けて浅(あさ)からぬ虎(とら)に暇(いとま)こはんとて、宿河原(しゆくがわら)・松井田(まつゐだ)と申(まう)す所(ところ)より、大磯(おほいそ)にこそ行(ゆ)きにけれ。折節(をりふし)、鎌倉(かまくら)殿(どの)召(め)しに従(したが)ひて、近国(きんごく)の大名(だいみやう)小名(せうみやう)、打(う)ちつれて通(とほ)りけり。十郎(じふらう)、虎(とら)が宿所に立(た)ち寄(よ)りて有(あ)りけるが、心(こころ)をかへて思(おも)ひけるは、国々の待(さぶらひ)多(おほ)く通(とほ)る折節(をりふし)、流(なが)れをたつる遊(あそ)び者(もの)、我(われ)ならぬ情(なさけ)もやと、心(こころ)にふしが思(おも)はれて、暫(しばら)く駒(こま)をひかへつつ、内(うち)の体(てい)をぞ聞(き)き居(ゐ)たり。折節(をりふし)、虎(とら)が帳台(ちやうだい)には、友(とも)の遊君(いうくん)数多(あまた)なみ居(ゐ)て、物語(ものがたり)しける中に、虎(とら)が声(こゑ)して、「只今(ただいま)上(のぼ)る人々(ひとびと)は、何処(いづく)の国(くに)の誰(たれ)ぞ」と言(い)ふ。「聞(き)き給(たま)はずや、先陣(せんぢん)は、波多野(はだの)の右馬助(むまのすけ)。後陣(ごぢん)は、横山(よこやま)の藤馬允(とうまのじよう)」とぞ申(まう)しけれ。虎(とら)聞(き)きて、「誠(まこと)や、孔子(くじ)の言葉(ことば)かや、「耳(みみ)の楽(たの)しみ所(ところ)に、つつしむP243べからず、心(こころ)起(お)こる所(ところ)に、ほしい儘(まま)に習(なら)はざれ」とは申(まう)せども、哀(あは)れ、実(げ)に、此(こ)の殿(との)原(ばら)の馬・鞍(くら)・鎧(よろひ)・腹巻(はらまき)を童(わらは)にくれよかし」。女房(にようばう)立(た)ち聞(き)きて、「あはぬ御(おん)願(ねが)ひ、何(なに)の御用(ごよう)とも知(し)らざるにや」と。「祐成(すけなり)に参(まゐ)らせ、思(おも)ふ事(こと)を」とばかり言(い)ひて、涙(なみだ)を浮(う)かべけり。友(とも)の遊君(いうくん)聞(き)きて、不思議(ふしぎ)やな、思(おも)ふ事(こと)は何(なに)なるらんとあやしみながら、問(と)ふべきにあらず、敵(かたき)打(う)ちて後(のち)こそ、此(こ)の事(こと)よとは思(おも)ひ合(あ)はせられけり。然(さ)れば、此(こ)の人も、予(かね)てより知(し)りけるよとは申(まう)し合(あ)ひけり。祐成(すけなり)、物(もの)ごしに聞(き)きて、如何(いか)でか是(これ)程(ほど)情(なさけ)深(ふか)き者(もの)に、たちぎきしたりと思(おも)はれては、後(のち)の恨(うら)み残(のこ)るべし、其(そ)れ程(ほど)に思(おも)ひなば、こぬこそと思(おも)ひつつ、知(し)らざる体(てい)にもてなし、駒(こま)の口(くち)をしばしひかへ、何(なに)と無(な)く広縁(ひろえん)に下(お)り、行縢(むかばき)脱(ぬ)ぎて、鞭(むち)にて簾(すだれ)を打(う)ち上(あ)げて、内(うち)に入(い)りぬ。虎(とら)も、やがて出(い)でて、いつより睦(むつ)ましく語(かた)り寄(よ)り、あかぬ世(よ)の中(なか)の夢(ゆめ)か現(うつつ)かと思(おも)ひ居(ゐ)たりける所(ところ)に、思(おも)ひの外(ほか)なる事(こと)こそ出(い)で来(き)たりける。 由来(ゆらい)を尋(たづ)ぬるに、和田(わだ)の義盛(よしもり)、一門(いちもん)百八十騎(き)打(う)ちつれ、下野へ通(とほ)りけるが、子供(こども)にあひて言(い)ふ様(やう)、「都(みやう)の事(こと)はそ限(かぎ)り有(あ)り、田舎(ゐなか)辺(へん)には、黄瀬川(きせがは)に亀鶴(かめづる)、手越(てごし)に少将(せうしやう)、大磯(おほいそ)に虎(とら)とて、海道(かいだう)一(いち)の遊君(いうくん)ぞかし。一獻(こん)すすめて、通(とほ)らばや」「然(しか)るべく候(さうら)ふ」とて、長(ちやう)の方(かた)へ使(つか)ひをたてて、かくぞ言(い)はせける。なのめならずに喜(よろこ)びて、遠侍(とほさぶらひ)の塵(ちり)とらせ、「義盛(よしもり)、是(これ)へ」と、請(しやう)じけり。虎(とら)に劣(おと)らぬ女三十余人(よにん)出(い)で立(た)たせ、P244座敷(ざしき)へこそは出(い)だしけれ。朝比奈(あさいな)の三郎(さぶらう)義秀(よしひで)、古郡(ふるこほり)左衛門(さゑもん)、種氏(たねうぢ)を先(さき)として、八十余人(よにん)居(ゐ)流(なが)れ、既(すで)に酒宴(しゆえん)ぞ始(はじ)まりける。され共(ども)、虎(とら)は、座敷(ざしき)へ出(い)でざりける。義盛(よしもり)、心(こころ)得(え)ず思(おも)ひて、「此(こ)の君(きみ)達(たち)も、然(さ)る事(こと)なれども、虎(とら)御前(ごぜん)の見参(げんざん)の為(ため)なり。などや見(み)え給(たま)はぬ。義盛(よしもり)悪(あ)しくや参(まゐ)りて候(さうら)ふ」と言(い)ひければ、母(はは)聞(き)きて、「此(こ)の程(ほど)、心(こころ)わづらはしくて」と言(い)ひながら、座敷(ざしき)を立(た)ち、虎(とら)が方(かた)へ行(ゆ)きて、「などや遅(おそ)く出(い)で給(たま)ふ。とくとく」と言(い)ひ置(お)きて、母(はは)は、座敷(ざしき)に出(い)で、「只今(ただいま)、虎(とら)は参(まゐ)り候(さうら)ふ」と言(い)ひけり。義盛(よしもり)、盃(さかづき)抑(おさ)へて、今(いま)やとまてども、見(み)えざりけり。中々(なかなか)始(はじ)めより、「心地(ここち)例(れい)ならで」と言(い)ひなば、よかるべき物(もの)を、「只今(ただいま)」と言(い)ふに依(よ)りて、義盛(よしもり)、気(き)を損(そん)じ、「御心(おんこころ)に背(そむ)く事(こと)あらば、罷(まか)り立(た)ちて、後日(ごにち)に参(まゐ)るべし」と言(い)ふ。母(はは)聞(き)き兼(か)ねて、又(また)座敷(ざしき)を立(た)ち、「何(なに)とて出(い)で給(たま)はぬぞや。時(とき)世(よ)に従(したが)ふ習(なら)ひ、思(おも)はぬ人になるるも、さのみこそ候(さうら)へ。恨(うら)めしの御(おん)振舞(ふるま)ひや」とてたたずむ。虎(とら)は又(また)、十郎(じふらう)が心(こころ)をかねて、衣(きぬ)引(ひ)きかづき、打(う)ち伏(ふ)しぬ。母(はは)は、此(こ)の心(こころ)を見(み)兼(か)ねて、「如何(いか)にやは君(きみ)、昔(むかし)のふん女(によ)が事(こと)をば知(し)り給(たま)はずや。然様(さやう)の事(こと)だにも有(あ)りしぞかし。猶(なほ)も出(い)でまじくは、六字(ろくじ)の名号(みやうがう)も御覧(ごらん)ぜよ、生々(しやうじやう)世々(せせ)まで不孝(ふけう)ぞ」と言(い)ひ捨(す)てて、座敷(ざしき)へ出(い)でにけり。P245
@〔弁才天(べんざいてん)の御事(こと)〕S0602N092
抑(そもそも)、ふん女(によ)と例(たと)へに引(ひ)きける由来(ゆらい)を尋(たづ)ぬれば、昔(むかし)、大国(たいこく)流沙(りうさ)の水上(みなかみ)に、ふん女(によ)といへる女(をんな)有(あ)り。天下(てんが)に聞(き)こゆる長者(ちやうじや)也(なり)。金銀(きんぎん)珠玉(しゆぎよく)のみにあらず、七珍(しつちん)万宝(まんぼう)、四方(しはう)の蔵(くら)に余(あま)りける。然(しか)れども、如何(いか)なる前業(ぜんごふ)にや、一人の子無(な)し。悲(かな)しみて、祈(いの)れども、適(かな)はず。或(あ)る時(とき)、思(おも)はざる懐妊(くわいにん)す。喜(よろこ)びの内(うち)、苦悩(くなう)言(い)ふ計(はか)り無(な)し。され共(ども)、出(い)で来(き)たるべき嬉(うれ)しさに、物(もの)の数(かず)とも思(おも)はざりけり。日数(ひかず)積(つ)もる程(ほど)に、産(さん)の紐(ひも)をとく。見(み)れば、人にはあらで、かひ子(ご)を五百うみたり。「是(これ)は如何(いか)に、一(ひと)つなりとも、不思議(ふしぎ)の事(こと)ぞかし。五百人まで生(う)まるる事(こと)、只事(ただこと)にあらず。縁(えん)無(な)き子(こ)をしひて祈(いの)るに依(よ)りて、天のにくみを蒙(かうぶ)ると覚(おぼ)えたり。帰(かへ)りなば、如何(いか)なる物(もの)にて、親(おや)をも損(そん)じ、人をも害(がい)すべきやらん。其(そ)の上(うへ)、胎卵(たいらん)湿化(しつけ)の内(うち)、卵生(らんせう)罪(つみ)深(ふか)しととかれたり。おくべからず」とて、箱(はこ)に入(い)れて、流沙(りうさ)の波に流(なが)し捨(す)てけり。不思議(ふしぎ)なる例(ためし)也(なり)。遙(はる)かの川の末(すゑ)に、れうかんと言(い)ふ所(ところ)に、きよはくと言(い)ふ貧道(ひんだう)無縁(むえん)の老人(らうじん)有(あ)り。明(あ)け暮(く)れ、此(こ)の川(かは)の鱗(うろくづ)をすなどり、身命(しんみやう)を助(たす)かる者(もの)有(あ)り。折節(をりふし)、釣(つり)する所(ところ)へ、此(こ)の箱(はこ)流(なが)れ寄(よ)りたり。取(と)り上(あ)げ、開(ひら)きて見(み)れば、卵(かひご)なり。何者(なにもの)の子(こ)やらんと思(おも)ひ、家に取(と)りて返(かへ)り、妻(つま)にかくと言(い)ふ。女(をんな)、是(これ)を見(み)て、「恐(おそ)ろしや、如何(いか)なるP246者(もの)にか帰(かへ)りなん。主(ぬし)も様(やう)有(あ)りてこそ捨(す)てつらん。急(いそ)ぎ元(もと)の川(かは)に入(い)れよ」と言(い)ふ。「只(ただ)おき候(さうら)へ。斯様(かやう)なる物(もの)には、不思議(ふしぎ)もこそあれ。仮令(たとひ)僻事(ひがこと)有(あ)りとも、我(われ)等(ら)は、齢(よはひ)幾程(いくほど)有(あ)るべきならねば、様(やう)を見(み)よ」とて、物(もの)に包(つつ)み、あたたかにして置(お)きたりければ、程(ほど)も無(な)く、いつくしき男子(なんし)に返(かへ)りぬ。我(われ)、古(いにしへ)より、一人も子(こ)の無(な)き事(こと)を歎(なげ)きに思(おも)ふに、然(しか)るべき哀(あは)れみにやと喜(よろこ)びて、又(また)見(み)れば、帰(かへ)り帰(かへ)りて、五百人にぞ帰(かへ)りそろひける。一(ひと)つを捨(す)てて、一(ひと)つを養(やしな)はん事(こと)、恨(うら)み有(あ)り。黙(もだ)し難(がた)くて、取(と)り集(あつ)め、養(やしな)ひけるに、一(ひと)つもつつがなく、成長(せいぢやう)しけるぞ、不思議(ふしぎ)なる。夫婦(ふうふ)二人の時(とき)だにも、渡世(とせい)適(かな)ひ難(がた)し。此(こ)の者(もの)共(ども)を育(そだ)てける程(ほど)に、朝夕(あさゆふ)の世路(せいろ)にわびければ、此処(ここ)や彼処(かしこ)に徘徊(はいくわい)し、命(いのち)を助(たす)からんとする程(ほど)に、心(こころ)ならず猛悪(まうあく)に成(な)り、思(おも)はずも、欲心(よくしん)に住(ぢゆう)す。瞋恚(しんい)を旨(むね)として、驕慢(けうまん)に余(あま)りければ、外道(げだう)にも近付(ちかづ)きけり。或(あ)る時(とき)、彼(かれ)等(ら)言(い)ひけるは、「我(われ)等(ら)一人ならず、餓死(がし)に及(およ)べり。然(さ)ればとて、徒(いたづ)らに身(み)を捨(す)つべきにあらず、此(こ)の川上(かはかみ)に、ふん女(によ)とて、長者(ちやうじや)有(あ)り。財宝(ざいほう)を蔵(くら)に置(お)き余(あま)る。いざや行(ゆ)きて、打(う)ち破(やぶ)らん。宝(たから)は取(と)りあきぬべし」と言(い)ひければ、一人が言(い)ふ様(やう)、「然(さ)る事(こと)なれども、其(そ)れ程(ほど)いみじき果報者(くわほうしや)を、我(われ)等(ら)賎(いや)しき貧力(ひんりき)にて、宝(たから)を奪(うば)はん事(こと)、思(おも)ひもよらず、かへつて身(み)の仇(あた)となりぬべし、案(あん)じ給(たま)へ」と言(い)ふ。今(いま)一人(いちにん)が言(い)ふ様(やう)、「然(さ)らば、外道(げだう)共(ども)を語(かた)らひ、彼(かれ)等(ら)P247が神通(づう)の力(ちから)をかりて、破(やぶ)りて見(み)ん」「然(しか)るべし」とて、非天(ひてん)外道(げだう)と言(い)ふ者(もの)のもとへ遣(や)りたりければ、もとより闘諍修羅(とうじやうしゆら)を好(この)む者(もの)なりければ、同類(どうるい)を催(もよほ)し、打(う)ち立(た)ちける。装束(しやうぞく)には、流転(るてん)生死(しやうじ)の鎧(よろひ)直垂(びたたれ)に、悪業(あくごふ)煩悩(ぼんなう)の籠手(こて)を差(さ)し、とくの脇楯(わいだて)に、因果(いんぐわ)撥無(はつぶ)の脛当(すねあて)し、愚痴暗蔽(ぐちあんへい)の綱貫(つなぬき)はき、極大邪見(ごくだひじやけん)の鎧(よろひ)に、誹謗(ひばう)三宝(さんぼう)の裾金物(すそかなもの)をぞ打(う)ちたりける。三界(さんがい)無安(むあん)の白星(しらほし)の兜(かぶと)に、六趣輪廻(しゆりんゑ)の頬当(ほうあて)し、貪欲(とんよく)心いの刀(かたな)を差(さ)し、邪見放逸(じやけんほういち)の太刀(たち)をはき、殺生偸盗(せつしやうちうたう)の大弓(ゆみ)に、破戒(はかい)無慙(むざん)の弦(つる)を掛(か)けて、苦患無明(くげんむみやう)の箙(えびら)には、諸法(しよほふ)愛著(あいぢやく)の矢数(やかず)を差(さ)し、四顛倒(てんたう)の馬の太(ふと)くたくましきに、四苦(く)八苦(く)の鞍(くら)を置(お)きてぞ乗(の)りたりける。其(そ)の外(ほか)、異類(いるい)異形(いぎやう)のちた外道(げだう)共(ども)、思(おも)ひ思(おも)ひの装束(しやうぞく)に色々(いろいろ)の旗(はた)差(さ)させ、数(かず)を知(し)らずぞ集(あつ)まりける。城中(じやうちゆう)には、鎮(しづ)まりかへりて、音(おと)もせず。され共(ども)、用心(ようじん)厳(きび)しくて、たやすく入(い)るべき様(やう)は無(な)かりけり。時(とき)を移(うつ)して、ゆらへたる。彼(か)のふん女(によ)は、同(おな)じく福者(ふくしや)と言(い)ひながら、三宝(さんぼう)を崇(あが)め、仁義(じんぎ)を乱(みだ)らで、言(い)ふ計(はか)り無(な)き賢人(けんじん)なり。如何(いか)でか験(しるし)無(な)かるべき。諸天(しよてん)、是(これ)を哀(あは)れみて、ふん女(によ)を渇仰(かつがう)し給(たま)ひける。かくては、如何(いかが)有(あ)るべきとて、死生(ししやう)不知(ふち)の外道(げだう)共(ども)、をめきさけびて、乱(みだ)れ入(い)る時(とき)に、悪魔(あくま)降伏(がうぶく)の四天(してん)・十二天(てん)、影向(やうがう)成(な)りて、四角(かく)四方(しはう)を守(まも)り給(たま)ふ。四天(してん)は、もとより甲冑(かつちう)をよろひ、弓箭(きゆうせん)をはなさぬ勇士(ゆうし)なれば、面(おもて)もふらで、ささへ給(たま)ふ。火天(くわてん)、猛火(みやうくわ)をはなし、風天(ふうてん)、風(かぜ)を深(ふか)せ、各々(おのおの)城(じやう)を守(まも)り給(たま)ふ。中にも、P248水天(すいてん)は、弓矢(ゆみや)を守(まも)らんと誓(ちか)ひ給(たま)ふなれば、数(かず)の眷属(けんぞく)を引(ひ)きつれ、妙観(めうくわん)みつちの旗(はた)差(さ)させ、殊(こと)にすすみて見(み)え給(たま)ふ。其(そ)の日の御装束(しやうぞく)には、九ほん正覚(しやうがく)の鎧(よろひ)直垂(びたたれ)、相好荘厳(さうがうしやうごん)の籠手(こて)を差(さ)し、上求(じやうぐ)菩提(ぼだい)の膝鎧(ひざよろひ)、下化(げげ)衆生(しゆじやう)の脛当(すねあて)し、二求両願(じぐりやうぐわん)の綱貫(つなぬき)はき、大悲(だいひ)だいじゆ等(ら)の頬当(ほうあて)し、無数方便(むしゆはうべん)の赤糸(あかいと)の鎧(よろひ)に、紫磨黄金(しまわうごん)の裾金物(すそかなもの)を打(う)ちける、万徳円満(まんどくゑんまん)の月、まかうに打(う)ちたる、畢竟空(ひつきやうくう)しくの四方白(しはうじろ)の兜(かぶと)を猪首(ゐくび)にき、五劫(ごこふ)思惟(しゆい)の厳物(いかもの)づくりの太刀(たち)はき、首楞厳定(しゆれうごんぢやう)の刀(かたな)差(さ)し、くわしや三昧(さんまい)の月弓(ゆみ)に、実相般若(じつさうはんにや)の弦(つる)を掛(か)け、智徳無量(ちとくむりやう)の矢数(やかず)を、随類化現(ずひるいけげん)の筥(はこ)に差(さ)して、はたかに追(お)ひ成(な)し給(たま)ふ。もとより手(て)なれたる大蛇(だいじや)、後(うし)ろよりはひかかり、左右(さう)の肩(かた)に手(て)をおき、兜(かぶと)の上に頭(かしら)をもたし、両眼(りやうがん)の光(ひかり)明(あき)らかにして、時々(ときどき)雷(いなづま)四方(しはう)にちり、紫(むらさき)の舌(した)の色(いろ)あざやかにして、折々(をりをり)火焔(くわゑん)をふき出(い)だす勢(いきほひ)、天(てん)に余(あま)る。今(いま)の代に、兜(かぶと)の竜頭(たつがしら)を打(う)つ事(こと)、此(こ)の時(とき)よりも始(はじ)まりける。床几(しやうぎ)に腰(こし)を掛(か)け、宣(のたま)ひけるは、「大阿修羅王(あしゆらわう)が戦(たたか)ひのこはきも、仏力(ぶつりき)には適(かな)はず。ましてや言(い)はん。彼(かれ)等(ら)がいさみ、蟻(あり)のたけりと覚(おぼ)えたり。城中(じやうちゆう)鎮(しづ)まれ」とぞ下知(げぢ)しける。此処(ここ)に、城(しろ)の内(うち)より武者(むしや)一人すすみ出(い)でて申(まう)しけるは、「只今(ただいま)寄(よ)せ来(き)たる兵(つはもの)は、何処(いづく)の国(くに)の何者(なにもの)ぞ。又(また)、如何(いか)なる宿意(しゆくい)有(あ)るぞ。詳(くは)しく名乗(なの)れ」と言(い)ひける。五百人の兵(つはもの)聞(き)きて、「彼(かれ)等(ら)には、親(おや)も無(な)し。氏(うぢ)も無(な)し。生(う)まるる所(ところ)を知(し)らざれば、なにじやう誰(たれ)と名乗(なの)るべき。朝夕(あさゆふ)思(おも)ふ事(こと)とては、宝(たから)のほしきばかりなり。P249急(いそ)ぎ蔵(くら)を開(ひら)き、財宝(ざいほう)を与(あた)へよ。我(われ)等(ら)、思(おも)ふ程(ほど)取(と)りて帰(かへ)らん」と言(い)ひける。「心(こころ)得(え)ぬ言葉(ことば)かな。人に依(よ)り、分(ぶん)に従(したが)ひ、氏(うじ)も、名字(みやうじ)も有(あ)る物(もの)を、猛悪(まうあく)の身(み)が不思議(ふしぎ)なり。申(まう)せ」と言(い)ひければ、「問(と)ひては何(なに)にし給(たま)ふべき。さりながら、此(こ)の上(かみ)より流(なが)れ来(き)たる五百人の流人(るにん)なり。言(い)はれん物(もの)も無(な)ければ、人知(し)らず。急(いそ)ぎ宝(たから)を施(ほどこ)して、返(かへ)すべし」と申(まう)しけり。流(なが)れ来(き)たる兵(つはもの)と言(い)ふを、ふん女(によ)、つくづく聞(き)きて、あやしく思(おも)ひ、櫓(やぐら)の下(した)に歩(あゆ)み出(い)でて、「五百人の殿(との)原(ばら)、近(ちか)くより給(たま)へ。尋(たづ)ぬべき事(こと)有(あ)り」と言(い)ひければ、一人、塀(へい)の際(きは)によりたり。「抑(そもそも)、「流(なが)れ来(き)たる」と仰(おほ)せられつる言葉(ことば)について申(まう)すぞとよ。姿(すがた)は何(なに)にて流(なが)れけるぞ」「宝(たから)をば出(い)ださで、むつかし」とは言(い)ひながら、「我(われ)等(ら)が昔(むかし)、如何(いか)なる者(もの)かうみけん。五百の卵(かひご)にて、水上(みなかみ)より流(なが)れけるを、人取(と)り上(あ)げて、育(そだ)てける」と言(い)ふ。然(さ)ればこそと思(おも)ひ、「其(そ)の卵(かひご)は、何(なに)に入(い)りけるぞや」「玉(たま)の手箱(てばこ)に入(い)り、上には銘(めい)を書(か)きし也(なり)」「銘(めい)をば何(なに)と書(か)きたるぞ」「はうしやうろうの箱(はこ)と書(か)けり」「さては、疑(うたが)ふ所(ところ)無(な)し。是(これ)は、そなたの支証(ししよう)なり。此方(こなた)よりの証據(しようこ)には、「もし此(こ)の卵(かひご)つつがなく成長(せいぢやう)あらば、尋(たづ)ねこよ。ふん女(によ)」と書(か)きて、判(はん)をおし、箱(はこ)の底(そこ)に入(い)れたりしが、刹那(せつな)も膚(はだへ)をはなさじと、首(くび)に掛(か)けて持(も)ちたり」とて、懐(ふところ)よりも取(と)り出(い)だす。「さては、疑(うたが)ふ所(ところ)無(な)し。汝(なんぢ)等(ら)は、自(みづか)らが子供(こども)なり」と、戸(と)を開(ひら)きて、出(い)でければ、P250尾花(おばな)の如(ごと)くささへたる鉾剣(ほこつるぎ)をも捨(す)てにけり。母(はは)も子供(こども)のなつかしさに、剣(つるぎ)の刃(やいば)を忘(わす)れ、彼(かれ)等(ら)が中に立(た)ち入(い)りて、見(み)まはしければ、兵(つはもの)も、兜(かぶと)を脱(ぬ)ぎ、弓矢(ゆみや)をよこたへ、各々(おのおの)大地(だいぢ)にひざまづく。いつしか母(はは)はなつかしく、思(おも)ひの涙(なみだ)うかびければ、なみ居(ゐ)たりける兵(つはもの)の中(なか)を、彼方(かなた)此方(こなた)に行(ゆ)きめぐり、彼(かれ)もか、是(これ)もかと言(い)ふ露(つゆ)の袖のにほひもかうばしく、哀(あは)れみ哀(あは)れむ装(よそほ)ひは、見(み)る目(め)もすすむ涙(なみだ)なり。実(げ)にや、恩愛(おんあい)の中(なか)程(ほど)、悲(かな)しき事(こと)あらじ。夜叉(やしや)羅刹(せつ)をだにも従(したが)へて、猛(たけ)くいさめる武士(もののふ)も、母(はは)一人の言葉(ことば)に、皆々(みなみな)靡(なび)くぞ哀(あは)れなる。かくて、城中(じやうちゆう)にいざなひ、親子(おやこ)のむつび、懇(ねんご)ろなり。 後(のち)には、ふん女(によ)、大弁才天(べんざいてん)と現(あらは)れ給(たま)ふとかや。五百人の人々(ひとびと)は、五百童児(どうじ)と成(な)り、其(そ)の一(ひと)つは、印鎰(いんやく)預(あづ)かり、神(かみ)と現(あらは)れ給(たま)ふ。はうしやうろうの箱(はこ)をも、其(そ)の中(なか)にもたし給(たま)ふ。一切(いつさい)衆生(しゆじやう)の願(ねが)ひをことごとく見(み)て、安楽(あんらく)世界(せかい)に向(む)かへむと誓(ちか)ひ給(たま)ふ。「斯様(かやう)に猛(たけ)き弓(ゆみ)取(と)りも、母(はは)には従(したが)ふ習(なら)ひぞかし。 何(なに)とて、虎(とら)は、母(はは)に従(したが)はざるや」とぞ言(い)ひける。虎(とら)は、猶(なほ)も涙(なみだ)にむせび、「流(なが)れをたつる身程(ほど)、悲(かな)しき事(こと)は無(な)し。夫(つま)の心(こころ)を思(おも)ひ知(し)れば、母(はは)の命(めい)に背(そむ)く。又(また)、母(はは)に従(したが)へば、時(とき)の綺羅(きら)にめづるに似(に)たり。とにもかくにも、我(わ)が思(おも)ひ、乱(みだ)れ染(そ)めける黒髪(くろかみ)の、あかぬ情(なさけ)の悲(かな)しさよ。如何(いか)なる罪(つみ)のむくいにて、女(をんな)の身(み)とP251は生(う)まれけん。然(さ)ればにや、五障(ごしやう)三従(さんじゆう)ととき給(たま)ひけるぞや」とて、さめざめと泣(な)き居(ゐ)たり。十郎(じふらう)、此(こ)の有様(ありさま)を見(み)て、「何(なに)かは苦(くる)しかるべき。一獻(こん)の程(ほど)の隙(ひま)、出(い)だし給(たま)へかし。母(はは)の命(めい)背(そむ)きなば、冥(みやう)の照覧(せうらん)も恐(おそ)ろし」と申(まう)しければ、虎(とら)は、是(これ)にも従(したが)はで、只(ただ)泣(な)くより外(ほか)の事(こと)は無(な)し。義盛(よしもり)、是(これ)をば知(し)らずして、「何(なに)とて、虎(とら)は遅(おそ)きやらん」とて、一さいに興(きよう)を失(うしな)ひけり。母(はは)も又(また)、待(ま)ち兼(か)ねけるにや、「曾我(そが)の十郎(じふらう)殿(どの)坐(ま)しますが、さてや、出(い)で兼(か)ね候(さうら)ふらん」。和田(わだ)は、是(これ)を聞(き)きて、「心(こころ)得(え)ぬ振舞(ふるま)ひかな。我(われ)こそ出(い)でて、対面(たいめん)せざらめ、流(なが)れの遊君(いうくん)をふさぐべきか。誠(まこと)に僻事(ひがこと)なり。四郎左衛門(さゑもん)、朝比奈(あさいな)は無(な)きか。御(おん)向(む)かひに参(まゐ)れ」と言(い)ふ。四百余人(よにん)の殿(との)原(ばら)も、はや事(こと)出(い)で来(き)ぬと、色(いろ)めきける。祐成(すけなり)が有(あ)り所(どころ)近(ちか)ければ、義盛(よしもり)が言葉(ことば)、手(て)に取(と)る様(やう)にぞ聞(き)こえける。「不思議(ふしぎ)やな。思(おも)はぬ最後(さいご)の出(い)で来(き)たるぞや。身(み)に思(おも)ひのあれば、千金万玉(せんきんばんぎよく)よりも惜(を)しき命也(なり)。され共(ども)、逃(のが)れぬ所(ところ)は、力(ちから)無(な)し。徒(いたづ)らなる死(し)にして、五郎(ごらう)に恨(うら)みられん事(こと)こそ、思(おも)ひ遣(や)られて悲(かな)しけれ。さりながら、斯様(かやう)の所(ところ)は、神も仏(ほとけ)も許(ゆる)し給(たま)へ」と観(くわん)じて、烏帽子(えぼし)押(お)し直(なほ)し、直垂(ひたたれ)の露(つゆ)結(むす)びて、肩(かた)に掛(か)け、伊東(いとう)重代(ぢゆうだい)の赤銅(しやくどう)づくりの太刀(たち)を二三寸(ずん)抜(ぬ)き掛(か)け、片膝(かたひざ)押(お)したて、一方(いつぱう)の戸(と)を開(ひら)き、「ことことし、三浦(みうら)の者(もの)共(ども)、何十人(なんじふにん)もあれ、一番(いちばん)にいらん朝比奈(あさいな)が諸膝(もろひざ)なぎふせ、続(つづ)かん奴(やつ)原(ばら)、物(もの)の数(かず)にや有(あ)るべき、伊東(いとう)の手(て)なみ見(み)せP252ん。遅(おそ)し」とこそは待(ま)ち掛(か)けたり。虎(とら)も、此(こ)の有様(ありさま)を見(み)て、実(げ)にや、冥途(めいど)より来(き)たるなる獄卒(ごくそつ)の追(お)つ立(た)つる道だにも、主君(しゆくん)・師匠(ししやう)の命(めい)には変(か)はるぞかし。ましてや、夫婦(ふうふ)恩愛(おんあい)の契(ちぎ)り浅(あさ)からずとは、古今(いにしへいま)までも伝(つた)へ聞(き)くなる物(もの)を、後(のち)の世(よ)までも離(はな)れじと思(おも)ひ切(き)りて、守(まぼ)り刀(がたな)、衣(きぬ)の褄(つま)に取(と)りくくみ、三浦(みうら)の人々(ひとびと)、如何(いか)にいさみ乱(みだ)れ入(い)るとも、何(なに)と無(な)く立(た)ちまはり、よき隙(ひま)に、義盛(よしもり)を一刀(かたな)差(さ)し、如何(いか)にもならんと、只(ただ)一筋(ひとすぢ)に思(おも)ひ定(さだ)め、祐成(すけなり)近(ちか)く居(ゐ)寄(よ)り、今(いま)やとまつぞ、哀(あは)れなる。時(とき)移(うつ)りにければ、和田(わだ)、いよいよ腹(はら)をたて、「如何(いか)に、朝比奈(あさいな)は無(な)きか。御(おん)向(む)かひに参(まゐ)れ。無骨(ぶこつ)の訴訟(そしよう)も苦(くる)しかるまじ」とぞ怒(いか)りける。義秀(よしひで)聞(き)き兼(か)ね、座敷(ざしき)を立(た)ち、虎(とら)が向(む)かひに行(ゆ)きけるが、つくづく案(あん)ずる様(やう)、十郎(じふらう)と言(い)ふも、伊東(いとう)の嫡々(ちやくちやく)たり、心(こころ)も又(また)、立(た)て切(き)りたり、始(はじ)めより出(い)ださで、斯様(かやう)に成(な)りては、よも出(い)ださじ、我(われ)又(また)、あらく怒(いか)りて出(い)ださんも、恥辱(ちじよく)也(なり)、所詮(しよせん)、難(なん)無(な)き様(やう)に打(う)ち向(む)かひて、すかさばやと思(おも)ひければ、静(しづ)かに歩(あゆ)み入(い)りけるが、此(こ)の殿(との)原(ばら)、兄弟(きやうだい)は、身(み)こそ貧(ひん)なりとも、心(こころ)は貧(ひん)にあらばこそ、楚忽(そこつ)に入(い)りて、細首(ほそくび)打(う)ち落(お)とされ、悪(あ)しかりなんと思(おも)ひ、扇(あふぎ)、笏(しやく)に取(と)り直(なほ)し、畏(かしこ)まりて、「是(これ)に、曾我(そが)の十郎(じふらう)殿(どの)の御(おん)入(い)りの由(よし)、父(ちち)にて候(さうら)ふ者(もの)承(うけたまは)り、御(おん)向(む)かひの為(ため)に、義秀(よしひで)を参(まゐ)らせられて候(さうら)ふ。何(なに)かは苦(くる)しく候(さうら)ふべき。御出(おいで)有(あ)りて、親(おや)にて候(さうら)ふ者(もの)に、御対面(たいめん)や候(さうら)ふべき。其(そ)れに又(また)、某(それがし)一期(いちご)に一度(いちど)の所望(しよまう)の候(さうら)ふ。P253御前(ごぜん)の事(こと)、ゆかしき事(こと)に、義盛(よしもり)思(おも)ひ候(さうら)ふが、御座(ざ)を存知(ぞんぢ)して、義秀(よしひで)申(まう)し止(とど)めて候(さうら)ふ。然(しか)るべくは、諸(もろ)共(とも)に御(おん)出(い)で有(あ)りて、父(ちち)が所望(しよまう)をも養(やしな)ひ、義秀(よしひで)も、面目(めんぼく)有(あ)る様(やう)に御(おん)はからひ候(さうら)へ、一向(いつかう)頼(たの)み奉(たてまつ)り候(さうら)ふ。さりながら、御心(おんこころ)に違(ちが)ひ候(さうら)はば、罷(まか)り帰(かへ)り候(さうら)ふべし」と、障子(しやうじ)ごしに言(い)ひければ、十郎(じふらう)聞(き)きて、「頼(たの)む」と言(い)ふに、やはらぎて、「左右(さう)にや及(およ)ぶ、朝比奈殿(あさいなどの)、如何(いか)でか異議(いぎ)に及(およ)ぶべき。たち給(たま)へや、御前(ごぜん)。祐成(すけなり)も出(い)でん」とて、烏帽子(えぼし)の筒(つつ)押(お)したて、直垂(ひたたれ)の衣紋(えもん)引(ひ)きつくろひ、虎(とら)を先(さき)にたてて、各々(おのおの)三人出(い)でたり。さてこそ、なみ居(ゐ)たりける人々も、いきたる心地(ここち)はしたりけれ。誠(まこと)に、義秀(よしひで)の振舞(ふるま)ひ、優(いう)なる物(もの)かな、座敷(ざしき)に事(こと)も起(お)こらず、虎(とら)も出(い)でて、十郎(じふらう)も心(こころ)を破(やぶ)らで、事(こと)過(す)ぎにける。是(これ)や、せようろんに、「国の誠(まこと)興貴(こうき)する事(こと)は、諌臣(かんしん)に有(あ)り、家(いへ)のまさにさかんにたつとうする事(こと)は、諌子(かんし)によつてなり」と、斯様(かやう)の事(こと)をや申(まう)すべき。朝比奈(あさいな)無(な)かりせば、由(よし)無(な)き事(こと)出(い)で来(き)、十郎も打(う)たれ、和田(わだ)にも、人多(おほ)く滅(ほろ)びなん。深淵(しんゑん)にのぞんで、薄氷(はくひやう)を踏(ふ)むが如(ごと)く、危(あや)ふかりし事(こと)なり。 義盛(よしもり)、ゑみをふくみ、「十郎(じふらう)殿(どの)の坐(ま)しましけるや。余所(よそ)の人の様(やう)に、隔心(きやくしん)候(さうら)ふ物(もの)かな。御(おん)入(い)りを知(し)り奉(たてまつ)らば、最前(さいぜん)より申(まう)すべかりつる物(もの)を。是(これ)へ是(これ)へ」と請(しやう)じける。十郎(じふらう)、笏(しやく)取(と)り直(なほ)し、「さん候(ざうらふ)。もつとも御目(め)にかかり候(さうら)ふべきを、御存知(ぞんぢ)の如(ごと)く、P254異体(いてい)の無骨(ぶこつ)に、斟酌(しんしやく)を致(いた)し候(さうら)ひぬ」。本意(ほんい)にあらざる由(よし)、色代(しきだい)して、左手(ゆんで)の畳(たたみ)になほりける。虎(とら)も、座敷(ざしき)に定(さだ)まりければ、盃(さかづき)前(まへ)にぞ置(お)きたりける。義盛(よしもり)、虎(とら)をつくづく見(み)て、「ききしは物(もの)の数(かず)ならず、斯(か)かる者(もの)も有(あ)りけるよ。十郎(じふらう)が心(こころ)をかねて出(い)でざるさへ、やさしく覚(おぼ)ゆるにや、其(そ)れ其(そ)れ」と言(い)ふ。何(なに)と無(な)く盃(さかづき)取(と)り上(あ)げ、其(そ)の盃(さかづき)、和田(わだ)のみて、祐成(すけなり)にさす。其(そ)の盃(さかづき)、義秀(よしひで)のみて、面々(めんめん)に下(くだ)し、思(おも)ひざし、思(おも)ひどり、其(そ)の後(のち)は乱舞(らんぶ)に成(な)る。此処(ここ)に、又(また)始(はじ)めたる土器(かはらけ)、虎(とら)が前(まへ)にぞ置(お)きける。取(と)り上(あ)げけるを、今(いま)一度(いちど)としひられて、受(う)けて持(も)ちける。義盛(よしもり)、是(これ)を見(み)て、「如何(いか)に御前(ごぜん)、其(そ)の盃(さかづき)、いづかたへも思(おぼ)し召(め)さん方(かた)へ、思(おも)ひざしし給(たま)へ。是(これ)ぞ、誠(まこと)の心(こころ)ならん」と有(あ)りければ、七分(ぶん)に受(う)けたる盃(さかづき)に、心(こころ)をちぢに使(つか)ひけり。和田(わだ)に差(さ)し奉(たてまつ)らん事(こと)、時(とき)の賞玩(しやうくはん)のいかんなし、然(さ)れども、祐成(すけなり)の心(こころ)恥(は)づかしさよ、流(なが)れをたつる身(み)なればとて、人(ひと)を内(うち)に置(お)きながら、座敷(ざしき)に出(い)づるは、本意(ほんい)ならず、ましてや、此(こ)の盃(さかづき)、義盛(よしもり)に差(さ)しなば、綺羅(きら)にめでたりと思(おも)ひ給(たま)はんも口惜(くちを)し、祐成(すけなり)にさすならば、座敷(ざしき)に事(こと)起(お)こりなん、かく有(あ)るべしと知(し)るならば、始(はじ)めより出(い)でもせで、内(うち)にて如何(いか)にも成(な)るべきを、二度(ふたたび)思(おも)ふ悲(かな)しさよ、よしよし、是(これ)も前世(ぜんぜ)の事(こと)、もし思(おも)はずの事(こと)あらば、和田(わだ)の前(まへ)下(さ)がりに差(さ)し給(たま)ふ刀(かたな)こそ、童(わらは)が物(もの)よ、さゆる体(てい)にもてなし、奪(うば)ひ取(と)り、一刀(かたな)差(さ)し、とにもかくにもと思(おも)ひ定(さだ)めて、P255義盛(よしもり)一目(ひとめ)、祐成(すけなり)一目(ひとめ)、心(こころ)を使(つか)ひ、案(あん)じけり。和田(わだ)は、我(われ)にならではと思(おも)ふ所(ところ)に、さは無(な)くて、「許(ゆる)させ給(たま)へ、さりとては、思(おも)ひの方(かた)を」と打(う)ち笑(わら)ひ、十郎(じふらう)にこそ差(さ)されけれ。一座(ざ)の人々(ひとびと)、目(め)を見(み)合(あ)はせ、「是(これ)は如何(いか)に」と見(み)る所(ところ)に、祐成(すけなり)、盃(さかづき)取(と)り上(あ)げて、「身(み)の賜(たま)はらん事(こと)、狼籍(らうぜき)に似(に)たる。是(これ)をば御前(おんまへ)に」と言(い)ふ。義盛(よしもり)きいて、「志(こころざし)の横(よこ)どり、無骨(ぶこつ)なり。如何(いか)でか然(さ)るべき。はやはや」と色代(しきだい)也(なり)。さのみ辞(じ)すべきにあらず、十郎(じふらう)、盃(さかづき)取(と)り上(あ)げ、三度(さんど)ほす。義盛(よしもり)、ゐだけだかに成(な)り、「年(とし)程(ほど)、物(もの)憂(う)き事(こと)は無(な)し。義盛(よしもり)が齢(よはひ)、二十だにも若(わか)くは、御前(ごぜん)には背(そむ)かれじ。仮令(たとひ)一旦(いつたん)嫌(きら)はるる共(とも)、斯様(かやう)の思(おも)ひざし、余所(よそ)へは渡(わた)さじ。南無阿弥陀仏(なむあみだぶつ)」と、高声(かうしやう)也(なり)ければ、殊(こと)の外(ほか)にて、にがにがしく見(み)えければ、九十三騎(き)の人々(ひとびと)も、義秀(よしひで)の方(かた)を見(み)遣(や)りて、事(こと)や出(い)で来(き)なんと色(いろ)めきたる体(てい)、差(さ)し現(あらは)れける。十郎(じふらう)、もとより騒(さわ)がぬ男(をのこ)にて、何程(なにほど)の事(こと)か有(あ)るべき、事(こと)出(い)で来(き)なば、何十人(なんじふにん)もあれ、義盛(よしもり)と引(ひ)き組(く)みて、勝負(しようぶ)をせんずるまでと思(おも)ひ切(き)り、あざ笑(わら)ひてぞ居(ゐ)たりける。 此処(ここ)に、五郎(ごらう)時致(ときむね)、曾我(そが)に居(ゐ)たりけるが、父(ちち)の為(ため)に法華経(ほけきやう)読(よ)みて、本尊(ほんぞん)に向(む)かひ、念誦(ねんじゆ)しけるが、しきりに胸(むな)騒(さわ)ぎしけり。心(こころ)得(え)ぬ今(いま)の胸(むな)騒(さわ)ぎや、いかさま、祐成(すけなり)の大磯(おほいそ)へこし給(たま)ひぬるが、東国(とうごく)の武士(ぶし)、富士野(ふじの)へ打(う)ち出(い)づる折節(をりふし)なり。流(なが)れの遊君(いうくん)故(ゆゑ)、事(こと)し出(い)だし給(たま)ふにやと、心(こころ)許(もと)無(な)く思(おも)ひければ、帳台(ちやうだい)に走(はし)り入(い)り、緋威(ひをどし)のP256腹巻(はらまき)取(と)つて引(ひ)き掛(か)け、伊藤(いとう)重代(ぢゆうだい)の四尺(しやく)六寸(ろくすん)の赤銅(しやくどう)づくりの太刀、十文字(じふもんじ)に結(むす)びさげ、鞍(くら)おくべき暇(ひま)無(な)ければ、膚背(はだせ)馬(うま)に打(う)ち乗(の)りて、二十余町(ちやう)の其(そ)の程(ほど)、只(ただ)一馬場(ばば)に掛(か)け通(とほ)し、門外(もんぐわい)を見(み)渡(わた)せば、長者(ちやうじや)の門(もん)の辺(ほとり)、鞍(くら)おき、馬(うま)一二百匹(ぴき)ひつたてたり。侍所(さぶらひどころ)には、物(もの)の具(ぐ)の音(おと)しきりにして、只今(ただいま)、事(こと)出(い)で来(き)ぬとぞ見(み)えける。入(い)るべき所(ところ)無(な)くして、門(もん)の外(そと)をめぐり、日頃(ひごろ)、祐成(すけなり)に行(ゆ)きつれて通(とほ)りしかん小路にめぐり、竹垣(たけがき)をくぐり、虎(とら)が居所(ゐどころ)にこそつきにけれ。「十郎(じふらう)殿(どの)は、如何(いか)に」と問(と)へば、「和田(わだ)殿(どの)と盃(さかづき)を論(ろん)じて、只今(ただいま)事(こと)出(い)で来(き)ぬ」と申(まう)す。然(さ)ればこそと思(おも)ひ、透垣(すいがき)をはね越(こ)え、兄(あに)の居(ゐ)たりける後(うし)ろの障子(しやうじ)を隔(へだ)て立(た)ちけり。時致(ときむね)、是(これ)に有(あ)りと知(し)られん為(ため)に、■(かうがひ)にて、障子(しやうじ)ごしに、袴(はかま)の着際(きぎは)を差(さ)しければ、十郎「誰(た)そ」と問(と)ふ。五郎(ごらう)、小声(こごゑ)に成(な)りて、「時致(ときむね)、是(これ)に有(あ)り」と言(い)ふ。十郎(じふらう)聞(き)きて、万騎の兵(つはもの)を後(うし)ろに持(も)ちたるより頼(たの)もしくぞ思(おも)ひける。義盛(よしもり)の声(こゑ)して、「上も無(な)く振舞(ふるま)ふ物(もの)かな」と聞(き)こえける。祐成(すけなり)の御事(おんこと)ぞと心(こころ)得(え)て、何事(なにごと)もあらば、障子(しやうじ)一重(ひとへ)踏(ふ)み破(やぶ)りて、飛(と)び出(い)でて、一(いち)の太刀にて義盛(よしもり)、二の太刀(たち)にて朝比奈(あさいな)、其(そ)の外(ほか)の奴(やつ)原(ばら)、何十人(なんじふにん)もあれかし、物(もの)の数(かず)にてあらばこそと思(おも)ひ切(き)り、四尺(しやく)六寸(ろくすん)の太刀(たち)、杖(つゑ)につきて立(た)つ。忍(しの)び兼(か)ねたる有様(ありさま)は、刀八毘沙門(びしやもん)の悪魔(あくま)を降伏(がうぶく)し給(たま)ふかとぞ覚(おぼ)えける。夕日脚(あし)の事(こと)なれば、太刀影(たちかげ)の障子(しやうじ)にすきて見(み)えければ、朝比奈(あさいな)、是(これ)を見(み)て推量(すいりやう)し、誠(まこと)や、彼(かれ)等(ら)兄弟(きやうだい)は、兄(あに)が座敷(ざしき)P257に有(あ)る時(とき)は、弟(おとと)が後(うし)ろに立(た)ち添(そ)ひ、弟(おとと)が座敷(ざしき)に有(あ)る時は、兄(あに)が後(うし)ろに有(あ)る物(もの)を。いかさま、五郎(ごらう)は、後(うし)ろに有(あ)りと覚(おぼ)えたり。さしたる事(こと)も無(な)きに、大事(だいじ)引(ひ)き出(い)だして、何(なに)の詮(せん)かあらん。又(また)、いつしやう他人(たにん)にもあらざるなり。何(なに)と無(な)き体(てい)にもてなし、座敷(ざしき)を立(た)たばやと思(おも)ひければ、紅(くれなゐ)に月出(い)だしたる扇(あふぎ)開(ひら)き、「何(なに)とやらん、御座敷(ざしき)鎮(しづ)まりたり。うたへや、殿(との)原(ばら)、はやせや、舞(ま)はん」とて、既(すで)に座敷(ざしき)を立(た)ちければ、面々(めんめん)にこそはやしけれ。義秀(よしひで)、拍子(ひやうし)を打(う)ちたてさせ、「君(きみ)が代は千代(ちよ)に八千代(やちよ)をさざれ石(いし)の」としをり上(あ)げて、「巖(いはほ)と成(な)りて苔(こけ)のむすまで W019」と、踏(ふ)みしかくまうてまはりしに、 五郎(ごらう)が立(た)ちたる前の障子(しやうじ)を引(ひ)きあけ見(み)れば、案(あん)に違(たが)はず、時致(ときむね)は、四天王(してんわう)を作(つく)り損(そん)じたる様(さま)にて、踏(ふ)みしかりてぞ立(た)ちたりけれ。朝比奈(あさいな)、過(あやま)たず、狂言(きやうげん)に取(と)り成(な)して、「是(これ)にも、客人(きやくじん)坐(ま)しますぞや。此方(こなた)へ入(い)らせ給(たま)へ」とて、草摺(くさずり)一二間(げん)、むずと取(と)りて引(ひ)きけれども、少(すこ)しも働(はたら)かず。磐石(ばんじやく)なり共(とも)、義秀(よしひで)が手(て)を掛(か)けなば、動(うご)かぬ事(こと)有(あ)るべきかと思(おも)ひ、力(ちから)に任(まか)せ、ゑいやゑいやと引(ひ)きけれ共(ども)、五郎(ごらう)物(もの)とも思(おも)はねば、引(ひ)くとも無(な)く、引(ひ)かるる共(とも)無(な)く、あざ笑(わら)ひてぞ立(た)ちたり。大力(だいぢから)に引(ひ)かれて、横縫(よこぬひ)草摺(くさずり)こらへず、一度(いちど)にきれて、朝比奈(あさいな)は、後(うし)ろへ、どうど倒(たふ)れければ、五郎(ごらう)は、少(すこ)しも働(はたら)かで、二王だちにぞ立(た)ちたり。さて、五郎(ごらう)時致(ときむね)は、みぎは勝(まさ)りの大力(だいぢから)と、余所(よそ)の人まで知(し)りける。誠(まこと)や、此(こ)の者父河津(かはづ)の三郎(さぶらう)は、東八ケ国(はつかこく)に聞(き)こゆる又野(またの)の五郎(ごらう)P258に、片手(かたて)をはなちて、相撲(すまふ)に三番(ばん)勝(か)ちてこそ、大力(だいりき)の覚(おぼ)えは取(と)りたりしが、其(そ)の子(こ)なるをや、力(ちから)くらべは適(かな)ふまじ、すかさん物(もの)をと打(う)ち笑(わら)ひ、「是(これ)へ是(これ)へ」と請(しやう)ずれば、「余(あま)りの辞退(じたい)はいこく人(じん)、異体(いてい)は御免(ごめん)候(さうら)へ」と言(い)ふ言(い)ふ、座敷(ざしき)に出(い)でけるが、持(も)ちたる太力と草摺(くさずり)にて、末座(ばつざ)なる人々(ひとびと)の首(くび)まはり、側顔(そばかほ)を打(う)ちなぐり、差(さ)し越(こ)え差(さ)し越(こ)え行(ゆ)き過(す)ぎて、朝比奈(あさいな)が下なる畳(たたみ)になほりける、座敷(ざしき)に余(あま)りて見(み)えたり。朝比奈(あさいな)、急(いそ)ぎ座敷(ざしき)を立(た)ちて、義盛(よしもり)の前に有(あ)りける盃(さかづき)を五郎(ごらう)が前(まへ)にぞ置(お)きたりける。時致(ときむね)、盃(さかづき)取(と)り上(あ)げて、酌(しやく)に立(た)ちたる朝比奈(あさいな)に色代(しきだい)して、「御盃の前後は、遅参(ちさん)の無礼(ぶれい)、御免(ごめん)あれ。御盃(さかづき)は賜(たま)はり候(さうら)ふ」とて、三度(さんど)までこそほしたりけれ。其(そ)の盃(さかづき)、朝比奈(あさいな)取(と)り、「遙(はる)かに久(ひさ)しう候(さうら)ふ御盃(さかづき)、思(おも)ひどり申(まう)さん」とて、元(もと)の座敷(ざしき)になほりけり。五郎(ごらう)も、酌(しやく)に手(て)を掛(か)け、「近(ちか)くも参(まゐ)らぬ御酌(しやく)に、時致(ときむね)立(た)たん」とゆるぎ立(た)つ。四郎左衛門(さゑもん)、座(ざ)を立(た)つて、「某(それがし)、是(これ)に候(さうら)ふ」とて、銚子(てうし)に取(と)り付(つ)けば、五郎(ごらう)もしばし色代(しきだい)す。義盛(よしもり)、是(これ)を見(み)て、「客人(きやくじん)の御酌(しやく)、然(しか)るべからず。其(そ)れ其(そ)れ」と有(あ)りければ、つねうぢ、酌(しやく)にぞ立(た)ちける。朝比奈(あさいな)、盃(さかづき)取(と)り上(あ)げ、三度(さんど)ほし、其(そ)の盃(さかづき)を虎(とら)のみて、義盛(よしもり)にさす。其(そ)の時(とき)、五郎(ごらう)、扇(あふぎ)、笏(しやく)に取(と)り直(なほ)し、「今(いま)暫(しばら)くも候(さうら)ふべけれども、曾我(そが)にさしたる急(いそ)ぐ事(こと)の候(さうら)ふ。後日(ごにち)に恐(おそ)れ申(まう)さん」とて、兄(あに)諸(もろ)共(とも)に立(た)ちければ、虎(とら)も、同(おな)じく立(た)ちにけり。一座も、無興(ぶきよう)至極(しごく)にして、和田(わだ)は、鎌倉(かまくら)へ通(とほ)りければ、此(こ)の人々(ひとびと)は打(う)ちつれP259て、曾我(そが)へとてこそ返(かへ)りけれ。
@〔曾我(そが)にて虎(とら)が名残(なごり)惜(を)しみし事(こと)〕S0603N098
是(これ)や、名翼(めいよく)は、昊天(かうてん)に遊(あそ)べ共(ども)、小沢(せうたく)に移(うつ)り、九そうの愁(うれ)へにあひ、■■(げんだ)は、深淵(しんゑん)の底(そこ)を保(たも)て共(ども)、浅渚(せんしよ)に出(い)でて、ほこうの愁(うれ)へにあそふと見(み)えたり。十郎(じふらう)も、身(み)に思(おも)ひの有(あ)る物(もの)ぞかし、由(よし)無(な)き女(をんな)のもとにて、思(おも)はずの難(なん)にあはんとしけるぞ、口惜(くちを)しき。人ごとに心(こころ)得(え)べき事(こと)也(なり)。祐成(すけなり)は、虎(とら)を具(ぐ)して、曾我(そが)に帰(かへ)り、つねに住(す)みける所(ところ)に隠(かく)しおき、いつよりもこまごまと物語(ものがたり)しけり。「此(こ)の度、御狩(みかり)の御供(おんとも)申(まう)し、思(おも)はずの峰(お)ごしの矢(や)にもあたり、くち木、むもれ木(ぎ)共(とも)成(な)るならば、身(み)こそ貧(ひん)に生(う)まれめ、鬢(びん)なる塵(ちり)の見(み)苦(ぐる)しさよと、人(ひと)の言(い)はんも口惜(くちを)し。髪(かみ)けづりてたび候(さうら)へ」と言(い)ひければ、虎(とら)は、何(なに)としも思(おも)はで、数(かず)の櫛(くし)を取(と)り散(ち)らし、暫(しばら)く髪(かみ)をぞけづりける。十郎(じふらう)は、女(をんな)の膝(ひざ)に伏(ふ)しながら、虎(とら)が顔(かほ)をつくづく見(み)て、祐成(すけなり)を睦(むつ)ましと見(み)んも、是(これ)ぞ限(かぎ)りなるべきと思(おも)へば、流(なが)るる涙(なみだ)を見(み)て、「例(れい)ならぬ御涙(おんなみだ)、心(こころ)許(もと)無(な)さよ。何(なに)なるらん」と問(と)ひければ、「今に始(はじ)めぬ事(こと)とは言(い)ひながら、憂(う)き世(よ)の中の定(さだ)め無(な)さよ。此(こ)の程(ほど)の万あぢきなく、何事(なにごと)も心(こころ)細(ぼそ)く覚(おぼ)ゆれば、あだに契(ちぎ)り、同(おな)じP260世(よ)の、名の立(た)つ程(ほど)も、如何(いか)にやと思(おも)へば、心(こころ)に涙(なみだ)のこぼるるぞ。実(げ)にや、頼(たの)まぬ身(み)の習(なら)ひ、かこつ命も、露(つゆ)の間(ま)も、いまはしくこそ思(おも)はるれ」「実(げ)にも、さ様に思(おも)ひ給(たま)はば、此(こ)の度の御狩(みかり)、思(おぼ)し召(め)し止(とど)まり給(たま)へかし。君(きみ)に知(し)らるる宮(みや)づかひの隙無(な)きわざにも候(さうら)はず。止(とど)まり給(たま)へ」と言(い)ひければ、「思(おも)ひ立(た)つ御供(おんとも)なり。何事(なにごと)かは」と言(い)ひながら、か程(ほど)深(ふか)く思(おも)ふ中、思(おも)ひ知(し)らせず出(い)でなば、情(なさけ)の色も絶(た)えぬべし。せめて夢(ゆめ)程(ほど)、此(こ)の事(こと)を知(し)らせばやと思(おも)へども、女(をんな)は、甲斐(かひ)無(な)き者(もの)なれば、あかぬ別(わか)れの悲(かな)しさに、止(とど)めん為(ため)に、母(はは)にもや語(かた)りひろめん。此(こ)の度は、思(おも)ひ定(さだ)めたるもの故(ゆゑ)に、適(かな)はぬ事(こと)を母(はは)聞(き)きて、思(おも)ひの種(たね)ともなりぬべし。又は、五郎(ごらう)も恨(うら)みなん。思(おも)ひ切(き)りたる一大事(いちだいじ)、女(をんな)にさぞと言(い)はん事(こと)、悪(あ)しかるべしと思(おも)ひ切(き)り、何(なに)としも無(な)くたはぶれけり。忍(しの)ぶとすれど、其(そ)の色のあやしく思(おも)ひ奉(たてまつ)り、「覚束無(おぼつかな)し」と問(と)ひければ、深(ふか)き思(おも)ひの切(せつ)なるに、束(つか)の間(ま)も、思(おも)ひ合(あ)はする事(こと)無(な)くて、はてぬる物(もの)ならば、後の恨(うら)みも深(ふか)かるべし。由(よし)、思(おも)ひ出(で)に、一(ひと)はしを言(い)ひてや、心(こころ)をやすむると、「身(み)の有様(ありさま)を思(おも)ふには、憂(う)きが住(す)まひの詮(せん)無(な)くて、世(よ)には住(す)まじの其(そ)の故(ゆゑ)を、如何(いか)にと言(い)ひて知(し)らすべき。然(さ)ればにや、祖父(おほぢ)人道の謀叛(むほん)に依(よ)りて、切(き)られ参(まゐ)らせし孫(まご)なれば、君(きみ)にも召(め)し使(つか)はれ、御恩(ごおん)蒙(かうぶ)る事(こと)も無(な)し。まして、先祖(せんぞ)の本領(ほんりやう)は、年月(としつき)余所(よそ)にみなす上(うへ)、馬の一匹(ぴき)もなだらかにかはず、又(また)、父(ちち)の為(ため)とて、P261経巻(きやうまき)の一部(ぶ)もかかず、有(あ)りとしも無(な)き憂(う)き身(み)の仕儀(しぎ)、人にみゆるも恥(は)づかしく、面(おもて)並(なら)ぶる便(たよ)りも無(な)し。然(さ)れば、此(こ)の度、御狩(みかり)よりも帰(かへ)りなば、出家(しゆつけ)を遂(と)げ、墨(すみ)の衣(ころも)に染(そ)めかへて、頭陀(づだ)乞食(こつじき)して、霊仏(れいぶつ)霊社(れいしや)に参(まゐ)り、父(ちち)の後世(ごせ)をも弔(とぶら)ひ、我(わ)が身(み)をも助(たす)からんと思(おも)ひ候(さうら)ふ也(なり)。世(よ)に有(あ)りとも、夢(ゆめ)幻(まぼろし)の如(ごと)く、はう心を残(のこ)すべきにあらず。花山法皇(ほふわう)だにも、万乗(ばんじよう)の位(くらゐ)をさりて、山林(さんりん)に交(まじ)はり給(たま)ふぞかし。ましてや、貧道(ひんだう)無縁(むえん)の祐成(すけなり)が、何(なに)に命も惜(を)しかるべき。今度(こんど)の御供(おんとも)を最後(さいご)に、二度(ふたたび)返(かへ)らじと思(おも)へば、あかぬ別(わか)れの道(みち)捨(す)て難(がた)くて」と申(まう)しければ、虎(とら)聞(き)きも敢(あ)へず、十郎(じふらう)が膝(ひざ)に泣(な)きかかり、しばしは物(もの)も言(い)はざりけり。やや有(あ)りて、「恨(うら)めしや、問(と)はずは知(し)らせじと思(おぼ)し召(め)すかや。誠、童(わらは)は大磯(おほいそ)の君(きみ)、あさましき者(もの)の子(こ)なれば、誠(まこと)の道(みち)をも思(おぼ)し召(め)さじなれ共(ども)、女(をんな)の身(み)のはかなさ、身(み)にかへてもとこそ思(おも)ひ奉(たてまつ)れ。見(み)えそめしより、などやらん、思(おも)ひの色の深草(ふかくさ)や、忍ぶの袖にすり衣(ごろも)、忘(わす)れ奉(たてまつ)る便(たよ)り無(な)し。御志(こころざし)は知(し)らねども、御(おん)かねことの違(たが)ふをば、偽(いつは)りに又(また)成(な)るらんと、心(こころ)をつくし待(ま)たれしに、然様(さやう)に思(おも)ひ立(た)ち給(たま)はば、我(わ)らはも、同(おな)じく髪(かみ)を下(お)ろし、墨染(すみぞめ)の衣(ころも)に身(み)をやつし、一(ひと)つ庵(いほり)にあらばこそ、別(べち)に庵室(あんじつ)引(ひ)き結(むす)び、衣(ころも)をすすぎて参(まゐ)らせん。香(かう)をそなへ給(たま)はば、花をつみ、薪(たきぎ)をひろひ給(たま)はば、水(みづ)を結(むす)び、一蓮(ひとつはちす)の縁(えん)をも願(ねが)はん。其(そ)のむつびをも、いなと宣(のたま)はば、山寺に修行(しゆぎやう)して、余所(よそ)ながら見(み)奉(たてまつ)らP262ん。其(そ)れも、憚(はばか)り思(おぼ)し召(め)さば、聞(き)き給(たま)へ、身(み)をなげ、一日(いちにち)片時(へんし)も別(わか)れ奉(たてまつ)る事(こと)あらじ」とて、涙(なみだ)にむせびけり。十郎(じふらう)が膝(ひざ)の上も、虎(とら)が涙(なみだ)にうくばかりなり。袖(そで)も所(ところ)狭(せば)くぞ覚(おぼ)えし。十郎(じふらう)、つくづくと案(あん)ずるに、是(これ)程(ほど)思(おも)ひ入(い)りたる志(こころざし)、露(つゆ)程(ほど)も知(し)らせずして、心(こころ)強(づよ)く隠(かく)し遂(と)げぬる物(もの)ならば、長(なが)き恨(うら)みとなりぬべし。もし立(た)ち帰(かへ)らぬ習(なら)ひあらば、思(おも)ひ出(い)だして、念仏(ねんぶつ)をも申(まう)すべし。然(さ)ればとて、人にもらすなと言(い)はん事(こと)を、あだにやすべき。其(そ)の上(うへ)、日数(ひかず)無(な)ければ、知(し)らせばやと思(おも)ひ、「此(こ)の事(こと)、母(はは)にだにも知(し)らせ奉(たてまつ)らで、今まで過(す)ぎしかど、御身(おんみ)の志(こころざし)切(せつ)にして、知(し)らせ奉(たてまつ)るぞ。もらし給(たま)ふべからず。誠の道心にもあらず、出家(しゆつけ)遁世(とんせい)にても無(な)し。年頃(としごろ)、祐成(すけなり)が身(み)に思(おも)ひ有(あ)りとは知(し)り給(たま)ひぬらん。其(そ)の本意(ほんい)を遂(と)げんと思(おも)へば、此(こ)の度出(い)でて後(のち)、二度(ふたたび)返(かへ)るまじければ、相(あひ)見(み)ん事(こと)も、今宵(こよひ)計(ばかり)也(なり)。さてしも、何(なに)と無(な)く申(まう)し契(ちぎ)りて、時の間と思(おも)へ共(ども)、三年(みとせ)に成(な)りぬ。思(おも)ひ出(で)も無(な)くて、はてん事(こと)こそ、無念(むねん)なれ。御志(おんこころざし)の程(ほど)こそ、有(あ)り難(がた)く思(おも)ひ奉(たてまつ)れ。面々(めんめん)如(ごと)きの人は、祐成(すけなり)風情(ふぜい)の貧者(ひんじや)、頼(たの)む所(ところ)無(な)し。何(なに)に依(よ)りてか、露の情(なさけ)も有(あ)るべきに、三年(みとせ)の間(あひだ)の顔(かほ)ばせの、変(か)はらぬ色(いろ)は常磐山(ときはやま)、己(おのれ)泣(な)きてや、憂(う)きを知(し)る。情(なさけ)に引(ひ)かれて、身(み)の程(ほど)を、恥(は)ぢず忘(わす)れし中なれば、前世(ぜんぜ)の事(こと)と言(い)ふ計(はか)りにて、過(す)ぎにし事(こと)の恥(は)づかしさよ。奉公(ほうこう)の身(み)ならねば、御恩(ごおん)の時とも言(い)はず、廻船(くわいせん)の身(み)ならねば、利(り)のあらん折(をり)とも言(い)はず、P263思(おも)ひ出(で)無(な)き事(こと)を思(おも)ひ出(い)だし給(たま)はん事(こと)よ」とて、さめざめと泣(な)きけり。虎(とら)も、此(こ)の言葉(ことば)を聞(き)きて、又(また)打(う)ち伏(ふ)して、泣(な)くより外(ほか)の事(こと)ぞ無(な)き。やや有(あ)りて、おきなほり、「そも、是(これ)は、何(なに)と成(な)り行(ゆ)く事(こと)共(ども)ぞや。是(これ)程(ほど)の大事(だいじ)、はかなき女(をんな)の身(み)なり共(とも)、如何(いか)でか人にもらすべき。一人坐(ま)します母(はは)にだにも聞(き)かせ奉(たてまつ)らず、振(ふ)り捨(す)てて、心(こころ)強(づよ)く思(おも)ひ立(た)ち給(たま)はん事(こと)、数(かず)ならぬ童(わらは)申(まう)すとも、止(とど)まり給(たま)ふべきか。何(なに)に付(つ)けても、あかぬ別(わか)れの道こそ、悲(かな)しみても余(あま)りあれ。斯様(かやう)の大事(だいじ)、心(こころ)置(お)かず、しらさせ給(たま)ふこそ、返(かへ)す返(がへ)すも嬉(うれ)しけれ。さても、此(こ)の年月(としつき)の御(おん)なじみ、いつの世(よ)にかは忘(わす)るべき。思(おも)ふに適(かな)はぬ事(こと)なれ共(ども)、御物(もの)の具(ぐ)の見(み)苦(ぐる)しきを見(み)参(まゐ)らする折節(をりふし)は、人々(ひとびと)しき身(み)なりせば、などや頼(たよ)りにもなり奉(たてまつ)らざらんと、しづ心をつくし、明(あ)かしくらしつるに、世(よ)を捨(す)てて、何処(いづく)とも無(な)くならんと仰(おほ)せらるるをこそ、身(み)の置(お)き所(どころ)無(な)かりしに、思(おも)ひもよらぬ長(なが)き別(わか)れ路とならん悲(かな)しさよ」とて、声(こゑ)も惜(を)しまず泣(な)き居(ゐ)たり。十郎(じふらう)も、せん方無(な)くして、「余(あま)りな歎(なげ)き給(たま)ひそ。人々(ひとびと)聞(き)き候(さうら)ふべし。名残(なごり)は誰(たれ)も同(おな)じ心(こころ)ぞ」と慰(なぐさ)めつつ、「是(これ)を形見(かたみ)に」とて、「祐成(すけなり)に添(そ)ふと思(おぼ)し召(め)せ」とて、鬢(びん)の髪(かみ)を切(き)りてとらせぬ。虎(とら)は、涙諸(もろ)共(とも)に受(う)け取(と)り、膚(はだ)の守(まも)りに深(ふか)くおさめ、物(もの)をも言(い)はで伏(ふ)し鎮(しづ)みぬ。十郎(じふらう)も、同(おな)じ枕に打(う)ち傾(かたぶ)き、涙(なみだ)にむせぶ計(ばかり)也(なり)。日も既(すで)に暮(く)れければ、今宵(こよひ)ばかりの名残(なごり)ぞと、思(おも)ひ遣(や)るこそ悲(かな)しけれ。P264千代(ちよ)を一夜(いちや)に重(かさ)ねても、明(あ)けざれかしと思(おも)はるる。頃(ころ)さへ、五月の短(みじか)夜(よ)の有明(ありあけ)なれば、宵(よひ)の間(ま)の、待(ま)たるる程(ほど)も無(な)ければや、出(い)づると見(み)れば、其(そ)の儘(まま)に、傾(かたぶ)く空(そら)も恨(うら)めし、八声(こゑ)と言(い)ふも、鶏(にはとり)の、夜(よ)や知(し)りふると明(あ)け安(やす)く、夢(ゆめ)見(み)る程(ほど)も微睡(まどろ)まで、東(ひがし)にたなびく横雲(よこぐも)の、東雲(しののめ)しらむうき枕(まくら)、又(また)睦言(むつごと)のつきなくに、きぬぎぬに成(な)る曉(あかつき)の、涙(なみだ)に床(とこ)もうきぬべし。互(たが)ひの名残(なごり)、心(こころ)の中(うち)、さこそと思(おも)ひ知(し)られたれ。猶(なほ)しも、虎(とら)は打(う)ち伏(ふ)して、消(き)え入(い)る様(やう)に見(み)えしかば、十郎(じふらう)、彼(かれ)をいさめんとて、「暇(いとま)申(まう)して、祐成(すけなり)は、後生(ごしやう)にて参(まゐ)り合(あ)はん」とて驚(おどろ)かせば、おきなほりたるばかりにて、もの言(い)ふまでは無(な)かりけり。今(いま)を限(かぎ)りの別(わか)れなり。後(のち)の世(よ)までの形見(かたみ)とて、十郎(じふらう)来(き)たりける目結(めゆひ)の小袖(こそで)に、虎(とら)が紅梅(こうばい)の小袖(こそで)にきかへて、「心(こころ)のあらば、移(うつ)り香(が)よ、しばし残(のこ)りて、憂(う)き別(わか)れ、慰(なぐさ)む程(ほど)も、面影(おもかげ)の、きかへし衣(ころも)にとまれかし。互(たが)ひの名残(なごり)尽(つ)きせず」と、又(また)諸(もろ)共(とも)に打(う)ち伏(ふ)しぬ。「幾万代(いくよろづよ)を重(かさ)ねても、名残(なごり)つくべきにあらず。祐成(すけなり)も、途(みち)まで送(おく)り奉(たてまつ)るべし。日こそたけ候(さうら)へ」とて、葦毛(あしげ)なる馬に貝鞍(かひくら)置(お)かせ、道三郎(だうざぶらう)、門(もん)の辺(ほとり)にひかへたり。「此(こ)の馬鞍(むまくら)、返(かへ)し給(たま)ふべからず。此(こ)の三年(みとせ)通(かよ)ひしに、馬(むま)は変(か)はれど、鞍(くら)変(か)はらず。鞍(くら)は変(か)はれども、馬(むま)変(か)はらず。今日(けふ)を最後(さいご)の別(わか)れなれば、止(とど)め置(お)きて、長(なが)き形見(かたみ)とも思(おも)ひ給(たま)ふべし。但(ただ)し、馬(むま)は生(しやう)有(あ)る物(もの)にて、変(か)はる事(こと)有(あ)り、鞍(くら)をば失(うしな)はで持(も)ち給(たま)へ」と言(い)ふ言(い)ふ、P265馬(むま)にぞ乗(の)せたりける。
@〔山彦山(やまひこやま)にての事(こと)〕S0604N099
「祐成(すけなり)も送(おく)るべし」とて、馬(むま)に鞍(くら)置(お)かせ、打(う)ち乗(の)りて、「中村(なかむら)どほりに行(ゆ)くべし。大道は、馬鞍(むまくら)見(み)苦(ぐる)し。君(きみ)を祐成(すけなり)が思(おも)ふとは、皆人(みなひと)知(し)られたり。供(とも)の者(もの)共(ども)も、かひがひしからず」とて、打(う)ちつれてこそ送(おく)りけれ。曾我(そが)と中村(なかむら)の境(さかひ)なる山彦山(やまひこやま)の峠(たうげ)まで送(おく)り来(き)て、十郎(じふらう)、此処(ここ)に駒(こま)をひかへ、今(いま)少(すこ)しも送(おく)りたくは候(さうら)へ共(ども)、必(かなら)ず今朝(けさ)より出(い)でんと定(さだ)めしかば、定(さだ)めて五郎(ごらう)も来(き)たらん。名残(なごり)はつくべきにあらず、此(こ)の世(よ)にて相(あひ)見(み)ん事(こと)も、今(いま)計(ばかり)ぞと思(おも)へば、遣(や)る方(かた)無(な)くして、涙(なみだ)にむせぶばかりなり。をちこちのたつき知(し)らぬ山中の、道(みち)もさやかに見(み)えわかず。彼(か)の松浦佐用姫(まつらさよひめ)がひれ伏(ふ)し姿(すがた)は、石(いし)になりける、其(そ)れは昔(むかし)の事(こと)ぞかし。今(いま)の別(わか)れの悲(かな)しさよ。駒(こま)近々(ちかぢか)と打(う)ち寄(よ)せ、手(て)に手(て)を取(と)り組(く)み、涙(なみだ)にむせぶばかりなり。やや有(あ)りて、「祐成(すけなり)が心(こころ)の中(うち)、推(お)し量(はか)り給(たま)へ。是(これ)にて、年(とし)を送(おく)るべきにもあらず。只(ただ)一筋(ひとすぢ)に浄土(じやうど)の縁(えん)を結(むす)ばん。来世(らいせ)を深(ふか)く頼(たの)むぞ」と、心(こころ)強(づよ)くも思(おも)ひ切(き)り、ひかふる袖(そで)を引(ひ)き分(わ)けて、泣(な)く泣(な)く立(た)ち別(わか)れけり。実(げ)にや、かんかんの床(ゆか)の上には、遙(はる)かに契(ちぎ)りを千年(ねん)の鶴(つる)にP266結(むす)び、沈麝(ぢんじや)の筵(むしろ)の上には、遠(とほ)く齢(よはひ)を万劫(まんごふ)の亀に期(き)して、契(ちぎ)りしかども、逃(のが)れぬ別(わか)れの道は、力(ちから)に及(およ)ばず。互(たが)ひに心(こころ)を顧(かへり)み、坂(さか)中(ぢゆう)にやすらひひかへたり。かすかに見(み)えし姿(すがた)も見(み)えずなりければ、そなたの空(そら)のみ帰(かへ)り見(み)る。あしびきの山のあなたの恋(こひ)しさは、何(いづ)れも同(おな)じ心(こころ)にて、現(うつつ)とも無(な)き涙(なみだ)の袖、夢(ゆめ)の如(ごと)くに打(う)ち別(わか)れにけり。思(おも)ひの余(あま)りに、虎(とら)が馬の口(くち)ひかへたる道三郎(だうざぶらう)に、泣(な)く泣(な)く言(い)ひけるは、「祐成(すけなり)を見(み)奉(たてまつ)らんも、今ばかりの名残(なごり)なり。何事(なにごと)も、こまごまと言(い)ひたかりつるを、涙(なみだ)にくれて言(い)ひもせず、取(と)り分(わ)け暇(いとま)こひ給(たま)へるに、返事(へんじ)せざりし心(こころ)許(もと)無(な)ければ、今(いま)一度呼(よ)び奉(たてまつ)りてたび候(さうら)へ。物一言(ひとこと)申(まう)さん」と言(い)ひければ、道三郎(だうざぶらう)、「只(ただ)世(よ)の常(つね)の出家(しゆつけ)遁世(とんせい)にても無(な)し」とて、さしても騒(さわ)がざりけるが、なのめならざる互(たが)ひの歎(なげ)きを見(み)て、哀(あは)れに思(おも)ひ、急(いそ)ぎ走(はし)り帰(かへ)り、遙(はる)かに行(ゆ)きたりける十郎(じふらう)呼(よ)び帰し、もとの峠(たうげ)に打(う)ち上(あ)がり、駒(こま)をひかへ、「何事(なにごと)ぞ」と問(と)ひければ、虎(とら)は、涙(なみだ)に目(め)もくれて、思(おも)ひ設(まう)けし言(こと)の葉(は)の、いつしか今は失(う)せはてて、鞍(くら)の前輪(まへわ)に打(う)ちかかり、消(き)え入(い)る様に見(み)えしかば、十郎(じふらう)も、わきたる事(こと)は無(な)くて、泣(な)く計(ばかり)にてぞ有(あ)りける。やや有(あ)りて、虎(とら)、息(いき)の下に言(い)ひける、「いつと無(な)く、さぞと契(ちぎ)らぬ夕暮(ゆふぐれ)も、駒(こま)の足(あし)なみ、轡(くつわ)の音(おと)のする時は、もしやと思(おも)ふ折々の、其(そ)の人と無(な)く過(す)ぎ行(ゆ)けば、其(そ)の夜(よ)は、空(むな)しく床(とこ)に伏(ふ)し、鳥の音(ね)にたたへつつ、我(わ)が涙落(お)つる枕の上(うへ)より、明(あ)くる思(おも)ひP267をさへられ、夕(ゆふべ)の鐘(かね)の声(こゑ)には、くるる便(たよ)りを待(ま)ちなれて、ほされぬ袖の其(そ)の儘(まま)に、はかなかりける契(ちぎ)りかな。三年(みとせ)の夢(ゆめ)の程(ほど)も無(な)く、別(わか)るる現(うつつ)になりにけり。さて、いつの世(よ)にめぐり合(あ)ひ、斯(か)かる思(おも)ひの又もや」と、声(こゑ)も惜(を)しまず泣(な)き居(ゐ)たり。「祐成、身(み)の上をつくづく思(おも)ふに、罪(つみ)の深(ふか)きぞ知(し)られたる。幼(いとけな)くして、父(ちち)におくれ、本領(ほんりやう)だにあたりつかず、母(はは)一人のはぐくみにて、身命(しんみやう)を過(す)ぐすと雖(いへど)も、有(あ)る甲斐(かひ)も無(な)し。此(こ)の三年、御身(おんみ)にだにも相(あひ)なれて、あかぬ別(わか)れの悲(かな)しさ、歎(なげ)きの中の歎(なげ)きなれ。五欲(よく)の無常(むじやう)は、春(はる)の花、娑婆(しやば)は、かりの宿(やど)りなり。秋の紅葉(もみぢ)の影(かげ)ちりて、草葉(くさば)にすがる露の身(み)の、後生(ごしやう)弔(とぶら)ひてたび給(たま)へ」とて、東西(とうざい)へ打(う)ち別(わか)れけるにて、
@〔比叡山(ひえいさん)の始(はじ)まりの事(こと)〕S0605N100
昔(むかし)を思(おも)ふに、天地既(すで)にわかち、国未(いま)だ定(さだ)まらざる時は、人寿(にんじゆ)二万歳(ざい)を保(たも)ちける。迦葉(かせう)尊者(そんじや)は、西天(さいてん)に出世(しゆつせ)し給(たま)ふ。大聖(だいしやう)釈尊(しやくそん)は、其(そ)の教義(けうぎ)をえて、都率天(とそつてん)に住(ぢゆう)し給(たま)ふ。「我(われ)、八相成道(はつさうじやうだう)の後(のち)、遺教(ゆいけう)流布(るふ)の地、何(いづ)れの所(ところ)にか有(あ)るべき」と、此(こ)の南閻浮洲(なんえんぶしう)をあまねく飛行(ひぎやう)して御覧(ごらん)じけるに、遠々(ゑんゑん)たる大海(だいかい)の上に、「一切(いつさい)衆生(しゆじやう)、悉有仏生(しつうぶつしやう)、如来(によらい)常住(じやうぢゆう)、無有変易(むうへんい)」。立(た)つ波の声有(あ)り。此(こ)の波(なみ)の止(とど)まらん所(ところ)、一(ひと)つの国(くに)と成(な)りて、P268我(われ)、仏性(ぶつしやう)をひろめ通(つう)ずべき霊地(れいち)たるべし」とて、遙(はる)かの十万里の滄海(さうかい)をしのぎて行(ゆ)くに、葦(あし)の葉(は)一(ひと)つうかみたる所(ところ)に、此(こ)の波流(なが)れ止(とど)まりぬ、今の比叡山(ひえいさん)の麓(ふもと)、大宮(おほみや)権現(ごんげん)の坐(ま)します波止土濃(はしどの)是(これ)なり。然(さ)ればにや、「波(なみ)止(とど)まり、土(つち)こまやかなり」と書(か)けり。かく御覧(ごらん)じ置(お)きて、釈尊(しやくそん)、天(てん)に上(あ)がり給(たま)ふ。然(さ)れば、葦原(あしはら)の中国(なかつくに)と申(まう)し習(なら)はせるは、此(こ)の一葉(は)の葦(あし)の故(ゆゑ)とかや。日本(につぽん)我(わ)が朝(てう)は、葦(あし)の葉(は)を表(へう)するとぞ申(まう)し習(なら)はせる。其(そ)の後、人寿(にんじゆ)百歳(さい)の時(とき)、悉達(しつだ)太子(たいし)と生(しやう)じて、八十年の春(はる)の頃(ころ)、頭北面西右きうくわ、跋提(ばつだい)の波(なみ)と消(き)え給(たま)ふ。され共(ども)、仏は、常住(じやうぢゆう)にして、むゑん法界(ほふかい)の妙体(めうたい)なれば、昔(むかし)、葦(あし)の葉(は)の島(しま)となりし中国(なかつくに)を御覧(ごらん)じける時(とき)、鵜■草葺不合尊(うがやふきあわせずのみこと)の御世(よ)なれば、仏法(ぶつぽふ)の名字(みやうじ)を人知(し)らず。此処(ここ)に、さざなみや志賀(しが)の浦(うら)の辺(ほとり)に、釣(つり)をする老翁(らうおう)有(あ)り。釈尊(しやくそん)、彼(かれ)に向(む)かひて、「翁(おきな)、もし此(こ)の所(ところ)の主(ぬし)たらば、此(こ)の地を我(われ)にえさせよ。仏法(ぶつぽふ)結界(けつかい)の地となすべし」と宣(のたま)へば、翁(おきな)、答(こた)へて申(まう)さく、「我(われ)、人寿(にんじゆ)六万歳(ろくまんざい)の始(はじ)めより、此(こ)の所(ところ)の主(ぬし)として、此(こ)の湖(みづうみ)の七度まで、葦原(あしはら)に変(へん)ぜしをも、まさに見(み)たりし翁(おきな)也(なり)。然(さ)れば、此(こ)の地(ち)結界(けつかい)と成(な)るならば、釣(つり)する所(ところ)失(う)せぬべし」と、深(ふか)く惜(を)しみ申(まう)せば、釈尊(しやくそん)、力(ちから)無(な)くして、今は、寂光土(じやつくわうど)に帰(かへ)らんとし給(たま)ふ時に、東方(とうばう)より、浄瑠璃(じやうるり)世界(せかい)の薬師(やくし)、忽然(こうぜん)と出(い)で給(たま)ひて、「よきかな、はや仏法(ぶつぽふ)をひろめ給(たま)へ。我(われ)、人寿(にんじゆ)八万歳(ざい)の始(はじ)めより、此(こ)の所(ところ)の主(ぬし)たれど、老翁(らうおう)、未(いま)だ我(われ)を知(し)らず。何(なん)ぞ此(こ)の山を惜(を)しみ申(まう)すべき。はやしP269給(たま)へ。我(われ)も、此(こ)の山の王(わう)と成(な)りて、共(とも)に後五百歳(さい)まで仏法(ぶつぽふ)をひろむべし」とて、二仏東西(とうざい)にさり給(たま)ふ。其(そ)の時(とき)の老翁(らうわう)は、今(いま)の白髭(しらひげ)の明神(みやうじん)にて坐(ま)しましける。東方(とうばう)よりの如来(によらい)は、中堂(ちゆうだう)の薬師(やくし)にてぞ坐(ま)しましける。釈迦(しやか)、薬師(やくし)の東西(とうざい)に帰り給(たま)ひき。今の十郎(じふらう)と虎(とら)が行(ゆ)き別(わか)るるには、違(たが)ひぬる心(こころ)なるをや、「蝸牛(くわぎう)の角(つの)の上(うへ)に、何事(なにごと)をか争(あらそ)ふ。石火(せきくわ)の光(ひかり)の内(うち)、此(こ)の身(み)を寄(よ)せつらん。名残(なごり)の道(みち)つくべからず、後世(ごせ)には、参(まゐ)り合(あ)はん」と、「道三郎(だうざぶらう)が心(こころ)も恥(は)づかし」とて、思(おも)ひ切(き)りてぞ別(わか)れける。虎(とら)は、峠(たうげ)にひかへて、祐成の後姿(うしろすがた)、かくるるまで見(み)送(おく)りける。さてしもあらねば、泣(な)く泣(な)く大磯(おほいそ)にぞ帰(かへ)りける。母(はは)のもとに入(い)りしかば、友(とも)の遊君(いうくん)共(ども)、広縁(ひろえん)に出(い)でて、「思(おも)ひ掛(か)けざる今の御入かな。いつと無(な)き山路(やまぢ)の寂(さび)しさ、推(お)し量(はか)りて」などとたはぶれけれ共(ども)、虎(とら)は、馬よりおるると同(おな)じく、衣(きぬ)引(ひ)きかづき、打(う)ち伏(ふ)しぬ。君(きみ)共(ども)集(あつ)まりて、「何(なに)とて、是(これ)程御(おん)歎(なげ)き候(さうら)ふやらん。十郎(じふらう)殿(どの)に捨(す)てられ御座(おは)しますか」と、様々(さまざま)慰(なぐさ)めけれども、かくと言(い)ふべき事(こと)ならねば、只(ただ)打(う)ち伏(ふ)し泣(な)き居(ゐ)たり。人々(ひとびと)打(う)たれて後にこそ、かくとは申(まう)し聞(き)かせけれ。道三郎(だうざぶらう)申(まう)しけるは、「殿も、今朝(けさ)は物(もの)へ御出(おいで)有(あ)るべきにて候(さうら)ふ。急(いそ)ぎ御暇(おんいとま)を申(まう)さん」と言(い)ふ。虎(とら)は、彼(かれ)を近(ちか)く呼(よ)び寄(よ)せて、「三年が程(ほど)、なれにし汝(なんぢ)にさへ、別(わか)れなん事(こと)の悲(かな)しさよ」とて、袖を顔(かほ)に押(お)し当(あ)てて、さめざめと泣(な)きければ、道三郎(だうざぶらう)、返事(へんじ)にも及(およ)ばず、涙(なみだ)を流(なが)しける。「昔(むかし)が今に至(いた)るまで、主従(しゆうじゆう)の縁(えん)浅(あさ)からP270ぬ事(こと)ぞ。構(かま)へて思(おも)ひ忘(わす)るな。二世までも縁(えん)はくちせぬ物(もの)ぞ」と言(い)へば、道三郎(だうざぶらう)、暇(いとま)こひて出(い)でにけり。志(こころざし)は、二世までも尽(つ)きせじと覚(おぼ)えけり。
@〔仏性国(ぶつしやうこく)の雨(あめ)の事(こと)〕S0606N101
然(さ)れば、縁(えん)に依(よ)りて、仏果(ぶつくわ)をうる事(こと)を思(おも)へば、昔(むかし)、仏性国(ぶつしやうこく)に、血(ち)の雨ふりて、国土(こくど)紅(くれなゐ)なり。御門(みかど)、大(おほ)きに驚(おどろ)かせ給(たま)ひて、博士(はかせ)を召(め)して、御(おん)尋(たづ)ね有(あ)りければ、占形(うらがた)を引(ひ)き、申(まう)しけるは、「今宵(こよひ)、不思議(ふしぎ)の子(こ)をうむ者(もの)有(あ)り。尋(たづ)ね出(い)だして、遠(とほ)き島(しま)に捨(す)てらるべし」と申(まう)しければ、舎衛城(しやゑじやう)の中に、其(そ)の夜、産(さん)したる者(もの)、千余人(よにん)也(なり)。其(そ)の中より選(えら)び出(い)だして、口より焔(ほのほ)出(い)づるをうみたる者有(あ)り。則、是(これ)を人蟒(まふ)とぞ名付(なづ)けける。是(これ)、不思議(ふしぎ)の者(もの)とて、官人(くわんにん)に仰(おほ)せ付(つ)けて、遠嶋に捨(す)てけり。然(しか)るに此(こ)の人蟒(まふ)、漸(やうやう)成人(せいじん)する程(ほど)に、猛(たけ)き鬼の姿(すがた)に成(な)りけり。此(こ)の嶋に来(き)たる者(もの)をば、もらさずくらふ。又(また)、国(くに)に罪(つみ)有(あ)る者(もの)を此(こ)の島(しま)に流(なが)せば、是(これ)をも取(と)りてくらふ。七万二千人(せんにん)までぞくらひける。其(そ)の罪(つみ)尽(つ)くし難(がた)し。仏、是(これ)を哀(あは)れみ給(たま)ひて、阿難(あなん)尊者(そんじや)を遣(つか)はし奉(たてまつ)りて、善知識(ぜんちしき)達(たち)、引導(いんだう)し給(たま)ひけるとかや。人蟒(まふ)、阿難(あなん)を七度見(み)奉(たてまつ)りし結縁(けちえん)に、七度(ど)天上(てんじやう)に生じて、仏果(ぶつくわ)をえたり。斯様(かやう)の縁(えん)を思(おも)ふには、彼(かれ)等(ら)が後世(ごせ)も、などや一蓮(ひとつはちす)に乗(の)らざらん。頼(たの)もしくぞ覚(おぼ)えし。扨(さて)、十郎(じふらう)が心(こころ)の猛(たけ)き事(こと)、P271四方(しはう)にも越(こ)えしか共(ども)、差(さ)しあたりたる恩愛(おんあい)の道、迷(まよ)ふ習(なら)ひ也(なり)。夏の虫、とんで火(ひ)に入(い)り、秋の鹿(しか)の、笛(ふゑ)に心(こころ)を乱(みだ)し、身(み)を徒(いたづ)らになす事(こと)、高(たか)きも、賎(いや)しきも、力(ちから)及(およ)ばぬは、此(こ)の道なり。八苦(く)の中(なか)にも、愛別離苦(あいべつりく)ととかれたり。内典(ないでん)・外典(げでん)にも、深(ふか)く戒(いまし)めたる。
@〔嵯峨(さが)の釈迦(しやか)作(つく)り奉(たてまつ)りし事(こと)〕S0607N102
五郎(ごらう)、待遠なる折節(をりふし)、十郎(じふらう)来(き)たりて、「此(こ)の者(もの)送(おく)りしとて、今まで時を移(うつ)しぬ。如何(いか)に不思議(ふしぎ)に思(おも)ひ給(たま)ひけん」と申(まう)しければ、「何(なに)かは苦(くる)しく候(さうら)ふべき。昔も、然(さ)る事(こと)の候(さうら)ふ。釈尊(しやくそん)、母(はは)の報恩(ほうおん)の為(ため)に、■利天(たうりてん)に上り給(たま)ふ。帝釈(たいしやく)聞(き)き給(たま)ひて、■首羯磨(びしゆかつま)と言(い)ふ天人を下(くだ)し給(たま)ふ。う天王(てんわう)喜(よろこ)びて、赤栴檀(しやくせんだん)にて、如来(によらい)を作(つく)り奉(たてまつ)り、何(いづ)れを移(うつ)したる姿(すがた)共(とも)見(み)えずぞ作(つく)りける。う天王(てんわう)、喜(よろこ)びの余(あま)りに、■首羯磨(びしゆかつま)を留(と)められければ、「我(われ)は是(これ)、善法(ぜんぽう)の大工(く)也(なり)。止(とど)まるべからず」とて、遂(つひ)に天に上りぬ。其(そ)の像(ざう)を玄弉(げんじやう)三蔵(ざう)盗(ぬす)み取(と)りて、此(こ)の国(くに)に渡(わた)し、多(おほ)くの衆生(しゆじやう)を済度(さいど)し給(たま)ふ。今の嵯峨(さが)の釈迦(しやか)、是(これ)也(なり)。ましてや、人間として、如何(いか)でか恩愛(おんあい)思(おも)はざるべき」。十郎(じふらう)聞(き)きて、「大(おほ)きに違(たが)ふ心(こころ)かな。う天王(てんわう)は、利益(りやく)方便(はうべん)の恋也(なり)。薄地凡夫(はくぢぼんぶ)、輪廻(りんゑ)の執着(しうぢやく)也(なり)。一(ひと)つにあらじ」と笑(わら)ひて、各(おのおの)富士野(ふじの)の出立(いでたち)をぞ急(いそ)ぎける。