玉水物語

(『日本文学大系』第19巻「お伽草子」〈大正14年〉による。振り仮名省略版。入力:菊池真一)
玉水物語


     上

 中比の事にや有りけむ、鳥羽の辺に高柳の宰相と申す人坐せしが、三十に余り給ふまで御子もなく、如何なればとて欺き給ひて、神仏に祈り申し給ひければ、其の効験にや北の方只ならず見へさせ給ふ、御悦び限りなかりけり。さて神無月の初めつ方に、姫君出で来給ひけり。手の上の玉と傅き育て奉り給ふ。三十二相の御容めでたく、誠に傍光る許りに見え給ふ。斯くて年月重なる侭に十四五に成らせ給ふ。吹く風立つ波につけても、心をかけて歌をよみ詩を詠じ、何となき御遊びにても類有り難く坐しければ、父母なべてならず思し傅きて、なほざりぱかりは痛はしく思召し、御宮仕へにや出し立てむと思す。御心様優にやさしく坐せば、前栽の花ども吹き乱れ、四方の山辺の霞み渡りいと面白きを、或夕暮に御乳母子の月さえと申す女房只独り御供にて花園へ立出で給ひつゝ、花に戯れ、何心なく遊び給へり。此の辺には狐と申す者多く住みける処なり。折節此の花園に狐一つ侍りしが、姫君を見奉り、あな美しの御姿や、せめて時々も斯かる御有様を、余所にても見奉らばやと思ひて、木陰に立隠れて、静心なく思ひ奉りけるこそ浅ましけれ。姫君帰らせ給ひぬれば、狐も斯くてあるべき事ならずと思ひて、我が塚へぞ帰りける。熟々と座禅して身の有様を観ずるに、我前の世如何なる罪の報いにて、斯かる獣と生れけむ、美しき人を見染め奉りて、及ばぬ恋路に身を●し、徒らに消え失せなむこそ怨めしけれと打案じ、潸然と打泣きて伏し思ひける程に、よきに化けて此の姫君に逢ひ奉らばやと思ひけるが、又打返し思ふ様、我姫君に逢ひ奉らば、必ず御身徒らに成り給ひぬべし、父母の御欺きと言ひ世に類なき御有様なるを、徒らに為し奉らむこと御痛はしく、兎や角やと思ひ乱れて、明し暮しけるほどに、餌食をも服せねば、身も疲れてぞ伏し暮しける。もしや見奉ると、彼の花園に蹌踉ひ出づれば人に見られ、或は飛礫を負ひ、或はじんどうを射掛けられ、いとゞ心を焦しけるこそあはれなれ。中々に露霜とも消えやらぬ命、物憂く思ひけるが、如何にして御側近く参りて、朝夕見奉り心を慰めばやと思ひ廻して、或在家の許に男許り数多ありて、女子を持たで、多き子供の中に一人女ならましかばと、朝夕歎くを便りにて年十四五の容鮮やかなる女に化けて、彼の家に行き、「我は西の京の辺に在りし者なり、無縁の身となり頼む方なき儘に、足に任せて是れまで迷ひ出でぬれど、行くべき方も覚えねば頼み奉らむ。」といふ。主の女房打見て、「痛はしや尋常人ならぬ御姿にて、如何にして是れまで迷ひ出でけむ、同じくは我を親と思ひ給へ、男は数多候へども女子を持たねば朝夕ほしきに。」といふ。「左様の事こそ嬉しけれ、伺処を指して行くべき方も侍らず。」といへば、斜ならず喜びて愛しみ置き奉る。如何にしてさも有らむ人に見せ奉らばやと営みける。されど此の娘つや/\打解くる気色も無く、折々は打泣きなどし給ふ故、「もし見給ふ君など候はぱ、我に隠さず語り給へ。」と慰めければ、ゆめ/\左様の事は侍らず、憂き身のめざましく覚えて斯く結ぼれたる様なれば、人に見ゆる事などは思ひも寄らず、唯美しからむ姫君などの御側に侍りて、御宮仕へ申し度侍るなり。」と言へぱ、「よき所へ有り付き奉らばや。」とこそ常に申せども、さも思召さば、兎も角も御心には違ひ候まじ。高柳殿の姫君こそ優にやさしく坐せば、妾が妹、この御所に御ひてうにて候へぱ、聞きてこそ申さめ、何事も心易く思されむ事は語り給へ、違へ奉らじ。」と言へば最嬉しと思ひたり。
 斯く語らふ所に、彼の者来りければ、此の由を語れば、其の様をこそ申さめとて、立帰り御乳母に伺へば、「さらば唯やがて参らせよ。」と宣ふ。悦びて引装ひ参りぬ。見様容貌美しかりければ、姫君も悦ばせ給ひて、名をば玉水の前と付け給ふ。何彼につけても優にやさしき風情して、姫君の御遊び、御側に朝夕馴れ仕うまつり、御手水参らせ供御参らせ、月さえと同じく御衣の下に臥し、立去る事なく候ひける。御庭に犬などい参りけれぱ、此の人顔の色違ひ、身の毛一つ立になるやうにて、物も食ひ得ず、けしからぬ風情なれば、御心苦しく思されて、御所中に犬を置かせ給はず。余りけしからぬ物怖ぢかな、此の人の御覚えの程の御羨ましさよなど、傍には嫉む人もあるべし。斯くて過ぎ行く程に、五月半の頃、殊更月も隈なき夜、姫君簾の際近くゐざらせ給ひて、打眺め給ひけるに、時鳥おとづれて過ぎければ、
  郭公雲居のよそに音をぞ鳴く
と仰せければ、玉水取敢へず、
  ふかき思ひのたぐひなるらむ
やがてわが心の内と口々申しければ、何事にか有らむ心の中こそゆかしけれ、恋とやらむか、又人に恨むる心などか、怪しくこそとて、
  さみだれの程は雪ゐの郭公たがおもひねの色をしるらむ
玉水やがて、
  心から雲ゐを出でて郭公いつを限りと音をや鳴くらむ
月さえ、
  覚束な山の端いづる月よりも猶鳴きわたる鳥の一声
など言ひかはし、夜も更けぬれば、内へ入らせ給ひぬ。されども玉水は月残り多く侍るとて残り居て、来し方行く末打案じ、さても我はいつを限りに何となるべき身の果てぞと、漫に涙漏れ出でて、袖も絞るばかりに成りにければ、
  思ひきや稲荷の山をよそに見て雲ゐはるかの月を見るとは
  心から雲ゐを出でて望月の袂に影をさすよしもがな
  心から恋の涙をせきとめて身のうき沈みむことぞよしなき
最久しく帰らねぱ、月さえ心もとなくて立帰るに、かく吟むを聞きて怪しく覚ゆれば、
  よそにても哀れをぞ聞く誰ゆゑに恋の涙に身をしづむらむ
ととむらへば、姫君聞き給ひ、
  おほかたの哀れは誰もしらずやと身には習はぬ恋路なりとも
はや夜も更けぬらむ、入らせ給へと宣へぱ、泣く/\帰りて、月さえ諸共、姫君に添ひ臥し奉れども、思ふ心のもと言ひ現はさねばにや微睡まず。
 斯くて月も立ち行く程に八月許りに成りぬ。初鴈音の告げ渡る声も身に染む心地して、哀れを訪ふと覚えたり。養母の方よりは絶えず訪れ、誠の親よりも愛しく当りけり。常の衣裳の外にも鮮かに目易く仕立ておこせけり。文にも、「などや時々は出でても慰めたまはぬ、我はかく夜の寝覚にも、生まぬ親なれば、みやうとくのみ持成し給ふ。」と恨みければ、「我も覚束ながら過ぐる朝の心には思はざらなむ、誠の親ならねばと、承るこそ侘しけれ。」など言ひて返事をしければ、是れを見て、げに/\さぞ有らむ理ぞかしとて打泣きぬ。去る程に三年と申す神無月に、姫君の親しき人々数多寄り集まり給ひて、紅葉合あるべしと定めさせ給ふ。明日にもなりぬれば、色美しく葉数多有らむ紅葉を尋ね侍るに、此の玉水夜更けて打紛れ出で、元の姿になり、鳥羽殿の南面の塚に、兄弟などある処へ行きたりければ、見付けて斜ならず悦び、「如何にや何処より来れるぞ、失せぬると覚えて後の営みをこそ此の三年はしつれ。」「此の程御所の辺に候なり、静かに語り申すべし、さては明日一大事の用ありて紅葉尋ね来りたり各如何にもして尋ねて給べ。」と言ひければ、「所や有る、易き事かな。」といふ。「嬉しくもあるかな、さらば高柳の御所南の対の縁に差置き給へ。」といへば、「易き事なり、さりながら犬や有る。」と問ふ。「犬は侍らず、心安く在せ。」など言ひ置きて帰りぬ。姫君、月さえは、「例ならず何方へ出で給ひしぞ。」といへば、打笑ひ、怪しき者に恋ひ契りて出で逢ひつるなど戯れければ、「実にさや有りつらむ、いと久しかりし。」などいへば姫君、「さもあらば如何に憎からむ、移れば変る習ひなれぱ、我は必ず思ひ捨てられむ。」と戯れ給へぱ、悉く嬉しいみじと思ひて、「あな傍痛や、世にあるまじき人と言ふとも、御側を立離れて他人に添ふべき心地はし侍らむものを。」と申せば、「知れ難き事。」と打笑み給へるを見奉れぱ、身に染む心地していと味気なし。さて彼の兄弟は、山へ入りて紅葉尋ねけり。中にもさし次の弟、五寸許りなる枝に、色は五色にて、葉毎に法華経の文字を摺りたり。鮮かに磨き付けたる如くなるを、明日の午の時に玉水出でて見れば、「枝差の斯かる物有りけるや、まだ見ず。」とて、愛で悦び給ふこと限りなし。「外よりも数多奉らせ給へども是れに竝ぶや有るべき。さて面々に紅葉に歌をつけらるべし。」と有りしかば、「同じくぱ歌を玉水よみて付け給へ。」と宣ふ。「唯遊ばしたらむこそ。」と言へど強ひて宣へば、「さらば書き出でて見せ奉らばや、少しも宜しげならむを取り直し給はなむ。」とて、筆とり上げすさみ居たり。殿も渡り給ひて、紅葉を御覧じ愛でて帰り給へば、又母上ぞ渡り給へる。
 さて玉水は歌を書き出でて姫君に奉る。何れも面白しとて、五つの枝に五首歌を付けらる。青かりし枝に、
  もみぢ葉の今はみどりに成りにけり幾千代までも尽きぬ例に
黄なる葉に、
  黄なるまで紅葉の色は移るなり我れ人かくは心かはらじ
赤き葉に、
  くれなゐに幾しほまでか染めつらむ色の深きはたぐひあらじを
白き葉に、
  野辺の色みな白妙に成りぬとも此の紅葉ばの色はかはらじ
紫の葉に、
  幾しほに染めかへしてか紫の四方の梢を染めわたすらむ
となむ書き付けられける。残りは姫君書かせ給ふ。扠其の日になりて合はせ給へば、色々心を尽して読みいで、えならぬ枝色を調へ給へども、姫君のに竝ぶものなかりけり。五度合はせ給へども、度毎に姫君ぞ勝たせ給ひける。此の事隠れなく、内にも聞召され、彼の紅葉御召しあり。惜しみ給ふべきかはとて軈て参らせ給ひければ、帝叡覧坐して、軈て其の姫君参らせ給ふべき由、時の関白に仰せ下されければ、「定めて参らせ給はむ事は悦びなるべけれど、宰相微かなる住居にて候へば、出し立てむ事難くや。」と申させ給へば、軈て心得させ給ひて三箇所を賜びにけり。かねて願ひし事なるに悦び給ふ事限りなし。軈てその御営みめでたかりけり。玉水の前の御きそく類なし。津の国かく田といふ所をば玉水のけはひ所に賜びにけり。「我が身は無縁の身なれば、只哀れをかけさせ給はむこそ嬉しう侍らめ、斯様の御事は思ひ掛け侍らず。」と度々申し返し奉れども、様々恨み仰せられければ、さらば父母悦ぶ事斜ならず。或時彼の母物怪めきて悩み渡る、多くの祈りをしけれども、月日重なる儘に重くのみ見ゆれば、おほぢ子ども欺きけるに、「御所に候ひ給ふ娘に、今一度逢ひ奉らまほしう、常に恋しきを見て止みなむ。」と言ひければ、此の由かくと伝へ申しけるに、いと哀れと思ひて、暫しの暇を申して参りければ、悦ぷこと限りなし。「如何なる前の世の契りにか、唯朝夕御事のみ心苦しく、御宮仕へも何時までかと痛はしく思ひ奉る、御身故に心易く過し侍れば、有り難く嬉しくも覚え奉る、思ひ掛けず斯かる病を受けぬれば、千に一つも助かり難し、身置き奉らむこそ悲しけれ。」とて、衰へたる手を差出して掻撫で泣きければ、此の人は物も聞えず、泣くより外の事ぞなし。側に付き添ひ給へば、残りの子共は少し暇ある心地して、此処彼処に打休む程なり。


     下

 此の母少しも人心地ある時は心細げなる事ども言ひ、又起ると思ふ折々は物怪めきて、現にもあらぬ風情なり。起りて又少し押鎮めて言ふやう、「我は斯かる有様なれば、遂には消え失せなむ、痛はしや御身も我世に無くなりなば、又誰をか母とも頼み給はむ、われ母の譲りにて鏡一つ持ちたり、日比命の限りと思ひしものなれば、これを形見に御覧ぜよ。」とて参らせけり。今は早帰り給へと勧むれど、見捨て難くて一日二日と過ぐる程に、既に三日になりにけり。姫君の御方より文あり。母の悩み心苦しかるらむ、少しもよき様ならば、早く帰り給ふべし、此方の徒然思ひ遣り給へ、掻暗す心地なむすと書かせ給ひて、
  年を経るはゝその風にさそはれば残る梢はいかになりなむ
と遊ばしたるを、此の母少しの間心よく見奉りて、「忝くも仰せられたるかな、御宮仕へならずは、いかで世にある者とも知られ奉らむ、とにもかくにも有り難し、身より出でたる子供よりも、おろか無く思ひ奉るぞ。」と悦びけり。月さもえ細々と書きて、
  初花のつぼめる色のくるしきにいかに木の葉の色をみきくに
と、斯かる事を見聞くにつけても、思ひの色は晴れやらず。御返りは、忝き御哀れみ申し尽し難う、筆にも及び難う侍るなり、心に掛らぬ折なく参らまほしう侍れども、見捨て難くてなむ、少しもよろしげならば、参りてよろづ自らこそ申し侍らめとて、
  ちりぬべき老木の花の風吹けば残る梢もあらじとぞ思ふ
月さえにも同じく書きて、
  陰たのむくち木の桜朽ち果てばつぼめる花の色も残らじ
など書きて参らせけり。
 斯かる処に母の物怪起りければ、一所に集まりて歎くに、又少し怠りたる様にて寝たれば皆打緩み、夜更け人静まりて此の娘許り起きて居たるに、毛一条もなく禿げたる古狐一つ立寄りて見ゆ。能々見れば我が父方の伯父なり。これを追ひ退けけれ.は、病者は微睡みけり。互に、「こは不思議なる事かな、如何に。」といふ。「我が狐われ聊かの便りによりて、この病者を親と頼む事あり、然るべくは立退きて此の苦しみを止め給へ。」と言へば、「ゆめゆめ叶ふまじき、其の故は彼の病者の父、我が頼みたる子を、さしたる咎も無きに殺したれば、などか思ひ知らせざらむ、我も此の娘を悩まし命を取りて、思ひをさせむと思ふなり。」と語る。玉水、「理なれどしゆしやうむしやくしやう化城品と名付けたり、さり乍ら業に引かれて六道に迷ふ罪によりて、元の三途に帰る事、身より出せる焔なり、我等畜類なり、未だ業因盛んなり、然りと雖も善根をもせば、など今度人体を受けざるべき、又人体は仏の骸なり、心違はずば、などかこんど仏にならざるべき、幾程あらぬ世の中に、一旦の念に引かれて、忽ちに此の病者を失ひ給はば、彼の罪と言ひ、又多くの人の歎きを受け給ひなむ、何事も報いのものなれば、さあらば猟師の手にも掛り給ふか、然らずは三途に帰り給はむ事のはかなさよ、唯然るべくは立退きて助け給へ。」と言へば、古狐目を見出して申すやう、「人界に生るゝも仏の教によりてなり、然れば仏も度々現じて、忽ちに人の命をも断ち給ふ、我に起す罪ならず彼等が招く罪なれば、努々身に過失なし、終日に座禅工夫をして我が心を見るに、心に種なし理を知りて心とす、理を計つて、そこと案ずるに、起らざる念を理とす、念を払ひて功徳とす、此の仇を知らずして、思はむ事は力なし、延喜の帝と申すは、末代まで忍ぱれさせ給ひし帝なれども、過去の宿業によりて、無間の底に沈み給ふ。帝の皇子かふや上人とて世を背き給ひし人、御夢想の告げに随ひて、無間の底より、炭頭の如くなるを金鋏にてはさみ出し給ふとこそ申せ。斯かるめでたき御門だに前世の者をば免かれ給はず。又播磨の書写に住みける●、雀の子を尋ぬるとて、法華経の声を聞きし故、聖武天皇の后とならせ給ひしなり。今悪念を払ひ菩提心を起し、十悪五逆の罪人まで導き給ふ弥陀の名号を頼み奉らば、後生は疑ひ有らじ、然るに汝も獣なり、我も畜類なれば、一業所感の身として、何れを教化すべし。」といふ。其の時若狐、「理はいと能く知り給ひて、仏の力にばけ給ふ謀一旦の事なり、法然上人の仰せられし事を、耳に留めて覚えきかむといふは、善悪を嫌はざる処なり、罪に理非は入るべからず、浄飯王の王子悉達太子と申せしも、王宮を出で給ひし故にこそ、今の釈迦仏とも成り給へ、又善悪を分け給ふはかうこそ有るべけれ、子の敵を取り給へば悪なり助け給へば善なり、爰に於いて善悪けつしやうは、是れを殺さむと思ひ給はむ念ならずや、爰に於いては払はぬ念なり、彼是を思ひ捨て給へば悟りなり、即身成仏こそ有らまほしけれ、十悪五逆を尽して阿弥陀仏の教化を頼みたまはむ事は然るべからず、此の上にそれを思ひ取り給はずば力なし。」と申せば、其の時古狐猿眠りして打頷き、「斯かる不思議に逢ふ事前世の幸ひなり、誠に殺したればとて、恋しき我が子帰るべきにあらず、今は一筋に亡き後を弔ひ給へ、我は入道して山深く閉ぢ籠り念仏申すべし。」とて、病者の許を立退きけり。母は娘の人と物語するとぞ思ひける。さて病者は心軽くなりて物など言ひ、物見入れなどしける由聞き、同じ畜類と言ひながら、有か見たりとて語りければ、実にさる事ありとて、彼の射殺しつる狐の後弔ひ、様々の孝養したり。さて玉水は心易く見置きて御所へぞ帰りける。
 既に霜月になりぬれば、御内参りの御儀式目も驚く許りなり。女房達童三十人、中にも此の玉水をば中将の君になし給ひて、一の女房に定めらる。されども是れを勇ましくも覚えず、常は打萎れたるを如何にと怪しみ給へば、何となく風の心地など言ひ紛らはし、「いか様にも物思すらむ、か許り隔てなく思ふを、などか心にこめて言ひ出で給はざるらむ、語りても慰み給へかし。」と宣へば打泣きて、「遂には知召さるべき事なれども、今は語り奉らじ。亡からむ後にも哀れとは思召し出でさせよ。」など申せば、心苦しう思す。御内参りも近づく儘に、玉水熟々と思ふ様、われ畜類と言ひ乍ら、近づき参りて契り奉らむ事は痛はしさに、只斯くながら見奉り添ひ奉るに、心を慰めつる事の果なさよ、姫君の御耳へは聞かせ参らせばやと思へども、今まで知らせ奉らで思ひの外に恐ろしとや思されむ、迚も御内参りあらば其の時こそ紛れ失せめ、わが化けたりし姿を今まで見つけられざりつるこそ不思議なれと思ひ廻らして、風の心地とて我が住む局に閉ぢ籠り、初めより思ひ染め奉りし我が有様、今までの事を書き集め、小き箱に入れて姫君にもて参り、「何とやらむ此の頃は世の中味気なく、仇なる物と思ひ知られて物憂く侍れば、もし夜の間にも消え失せ侍る事もやと覚えて此の箱を奉る。我いか様にも成りなむ後、此の箱を御覧ぜよ。」と申して潸然と泣きければ、姫君は怪しく、「如何に思ひ給へば斯くは宣ふぞ、此の儘わが行先をば見届け給はまじきや。」と打怨み給へば、「御内参りにも御供申し奉るぺけれど、もし如何なる事か有らむと心細くて是れを奉り置くなり、儀式の折は人目繁くて、此の箱をもえ参らせぬ事かあらむなどと思ひ奉りて。」など言紛らかしつゝ、「構へて/\此の箱を類なく思召し、又親しく思召さるゝ月さえなどにも見せさせ給ふな、様ある箱にて候へば、左右なく人に見せさせ給ふまじ。中の懸子をば御年積り世を思召し放ちたらむ時明けさせ給へ。」と申せば打泣き給ひて、「何時までも候はむとこそ思ふに、斯く末の世の事まで宣へば、心元なく、最憂き心こそすれ。」と宣ひながら、此の箱を受取り給ひて、互に涙に咽び給ふ。月さえも参り人々忙はしげなれば、紛らかしつゝ立去りぬ。姫君さらぬ様にて、此の箱を引隠し給ひけり。
 さて御内参りの紛れに車に乗る由にて、何処ともなく失せにけり。殿には門へ御供なりと思す、内には心地悪しと常に言ひしかば、里に止まりぬらむと人々も思ふ。姫君も歎かしく、如何もなりつるぞと心元なう思召し、二三日過ぎて何方へも無しと聞えければ、親の方此処彼処尋ねさせ給へども行方も知らず。五日十日の程は、さりとも聞き出でむ、余所よりや帰り来むと待ち給へども見えねば、何処に失せぬるぞ、人の隠したるかと思し給ひければ、御悦びに御心の内の御歎きぞ増させける。諸卿の女房達打託ち欺き合ひけり。何事につけても此の人あらましかばと思しける。宰相殿は中納言にぞ成り給ひける。玉水の事常に名高く、いみじき事も有れば、如何に成りぬる事ぞと欺き給ふ。姫君は此の箱の中ゆかしく思さるれども、御門のおはします事絶えず、暇なくて明し暮し給ふに、或時官の庁へ御幸あり、よき暇と思召し、忍びて開けて御覧ずれぱ、如めより終りの事を書き付けたり。こは如何になる事ぞと、御胸打騒ぎ、恐ろしくも哀れにも思しけり。われ故斯様に化けたりしを、遂に色にも出さで過ぎし事の、畜類ながら無慙さよ、覚えの志を見せつつせし事の哀れさよ、難有き心かなと、思召し続けて打涙ぐみつゝ御覧ずれば、此の巻物の奥に長歌をぞ書き付けける。
 束 の 間 も   去り難かりし     我がすみか
 君を逢ひ見て    そ の 後 は    静 心 な く
 あこがれて     うはの空にも     迷 ひ つ ゝ
 はかなき物は    数 な ら ぬ    憂き身なりける
 物 ゆ ゑ に   すゞろに身をば    つ く し 舟
 漕ぎ渡れども    晴れやらで      浪 に 漂 ふ
 篠 蟹 の     糸筋よりも      微 か に て
 過ぎし月日を    数 ふ れ ば    唯夢とのみ
 成りにけり     我が身一つは     如何にせむ
 君さへ長き     恨 み を ば    負ひなむ事の
 由 な さ よ   朝 夕 君 を    見 る 事 も
 身の類ぞと     慰 め て      夢 現 と も
 別 き 難 く   明し暮しつ      面 影 を
 何時の世までも   変 ら じ と    思ひ明石の
 浦 に 出 て   潮干の貝も      拾 ふ か な
 蜑の焚く藻の    夕 け ぶ り    棚引く方も
 なつかしや     島伝ひして      みるめ刈る
 蜑の子どもに    有らねども      乾く間もなき
 袖 の 上 に   訪ひ来る風も     ほしかねて
 靡く気色を     余所に見て      思ひ知られぬ
 身 の 程 も   遂に甲斐なき     心 地 し て
 たゞ一筆を     すさみ置く      玉章ぱかり
 身に添へて     長き思ひの      しるしぞと
 常 に 弔 ふ   心 あ ら ば    後の世までの
 掛 橋 と     なりても君を     守 り て む
 斯かる憂き身を   人知れず       とぶらはしとは
 をののやま     またたついなや    花に出でて
 また例なき     たぐひをも      思ひ出でよの
 心 に て     只書きすさむ     水 茎 の
 岩根をいづる    山 川 の      谷水よりも
 処 狭 き     袂 の 露 を    君は知らじな
 色に出て言はぬ思ひの哀れをも此の言の葉に思ひ知らなむ
 ・・・・・・・・・・・・・濁りなき世に君を守らむ
かやうに歌を書き奥に二首の歌を書きつけて、此の箱は人に厭かれず、年経れど添ふ人に愛を増す箱なれば奉るなり、君に添ひ参らせむ程は、此の懸子をあけさせ給ふなと申し置きつる如く、よを思召し離れむとぢめなどには、開けても御覧ぜさせ給へなど、細々と書きて参らせたるに、哀れ浅からず思召しける。畜類ながら斯かるやさしき心の、哀れ深き打伝への為におくなり。


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(奥付)
大正十四年九月二十日印刷
大正十四年九月二十三日発行
(非売品)
日本文学大系
第十九巻
編輯兼発行者  東京市麹町区内幸町一丁目六番地
           国民図書株式会社
右代表者    東京市麹町区内幸町一丁目六番地
           中塚栄次郎
印刷者     東京市本所区番場町四番地
           守岡功
印刷所     東京市本所区番場町四番地
           凸版印刷株式会社本所分工場
発行所     東京市麹町区内幸町一丁目六番地
           国民図書株式会社
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