二重虹
絵入童謡
第七集
二重虹
北原白秋著
刊
アルス
- 序詩
- 二重虹
虹だ。虹だ。隆太郎よ。
ああ、あれはおまへのものだ。
父さんは手をあげる。
ああ、あれは二重の虹だ。
母さんも、あれ、手をあげてる。
虹だ、虹だ、おまへの虹だ。
向うの木までが手をあげてる。
- 二重虹
- 二重虹
坊やよ、坊やよ、御存じか。
今朝がた、七いろ、二重虹。
お家の真上の二重虹、
父さん遠くで見てました。
旅から、やつとやつと、久しぶり、
坊やの顔見に帰る途。
向うの山まで来て見たら、
お家の青空、二重虹。
坊やも目ざめか、歌うてか、
いそいそ帰ろと飛んで来た。
坊やよ、坊やよ、御存じか。
今朝がた、七いろ、二重虹。
お家の赤屋根、二重虹、
父さん涙がながれでた。
- 雨の樋
とんとと鳴らせよ、雨の樋、
坊やがねんねの枕もと。
とんとと鳴らしてまた明けりや、
二重のお虹も屋根の上、
とんとと鳴らせよ、雨の樋、
坊やがお目ざの枕もと、
とんとと鳴らせよ。
とんとと鳴らせよ。
- 返り花
もう冬来るのに返り花、
紫あやめが橋のそば、
涸れ涸れお池のいしたたき、
いつまでチヨツチヨと尾をたたく。
- げんげ田
- 子もりうた二章
1
げんげげんげん、もう夜が明けた。よう。
おお、坊やよ、
お乳あげよと山羊が啼く。めうめう。
2
げんげげんげん、まだ日は永い。よう。
おお、坊やよ、
ねんねしましよと鳩が鳴く。ほろほろ。
- 髪刈り
坊やよ、坊やよ、髪を刈ろ、
こちらは日あたり、ねんね椅子、
おとなに、それそれ、遊びましよ。
むづかりやお頭がゆがみます。
ぎざぎざ雉子猫、山あらし、
鋏が泣きます、困ります。
刈らすりやさつぱり青葡萄、
房つき帽子も買つてあぎよ。
鋏もチヨキ/\笑ひます。
坊やよ、坊やよ、まだすこし、
済んだら、お祭、連れて行こ、
操人形も見せてあぎよ。
- 月夜の蝶
- お床の置物
坊やよ、おききよ、おぼえとき。
父さん貧しいその時は、
雀が啼いてもお米無い。
お床の置物、もらひもの、
紅いトマトに青胡瓜。
花瓶無ければ壺も無い。
徳利に唐黍、きびの出穂、
お縁に擂鉢、野良の花。
お空をながめちや歌つてた、
お腹がすいても歌つてた。
- 父さん母さん
坊やよ、坊やよ、ようおきき。
父さんさびしいその時は、
雀といつでもあそんでた。
雀の親子が啼く時は、
朝から父さん思つてた。
(それは坊やのお祖父さまだ。)
暮れては母さん思つてた。
(それは坊やのお祖母さまだ。)
父さん母さん遠かつた。
(お祖父さまお祖母さま遠かつた。)
貧しい貧しいあばら家、
それでも子どもが、時どきは、
紅い蓮華を折つて来た。
白い蓮華を持つて来た。
- いたづら子鴉
坊やよ、坊やよ、またおきき。
父さんまづしいそのときに、
一羽の子鴉飼うてゐた。
黒い紙筒、絹帽子、
頸には、ちりから、鈴の紐、
蝗は追ひます、田螺捕る。
朱墨をくはへちや、持つて逃げ、
お筆をつついちや、啼いて逃げ、
いたづらばつかり、鴉の子、
叱れば障子をやぶります。
黙ればお耳をかぢります。
糞すりや絵の具の白ごふん。
父さん拭き拭きいそがしい、
お歌の原稿紙でこまつたな。
- おねどこ
坊やよ、もひとつ、ききますか。
小犬と小鴉まだ子ども、
小犬のねどこは縁の下、
木函の寝藁に何入れた、
生眼の人形に花菖蒲、
鴉のとまり木、函のふち、
鈴の音ちりから、えう眠ない。
月夜は明るい縁の下、
馬追こほろぎ啼いてゐた。
- お菓子ねだり
坊やよ、坊やよ、またおきき。
小犬と子鴉、お仲よし、
父さん散歩に出るときは、
ひとあしお先へそりや駈けよ。
小犬が曳き出す紅の紐、
曳かれて、ぴよんぴよこ、鴉の子、
駄菓子屋とほればあれ欲しい、
お茶屋の前ではこれ欲しい、
お菓子、ねぢんぼう、ビスケツト。
紅いが唐黍鳳仙花、
後から、父さん破れ袖、
銅銭かちや/\、「驚いた。」
小母さんありがと、払ひましよ。
小父さんおいくら、置きますよ。
南瓜も畑にころげでた。
- ぬすみ
坊やよ、坊やよ、またおきき。
子鴉をりをり盗みます。
となりのつく芋、肉のきれ、
お庭をぴよこ/\。脚に紐、
お紐の下へと突き入れる。
あるけばつく芋、肉のきれ、
小犬が見つけてすぐ食べる。
匿して鴉は気が浮かぬ、
小犬も食べたで気が浮かぬ。
おないしよないしよはおそろしい。
蛙がげら/\笑つてた、
蜻蛉も眼玉を廻してた。
- 子鴉
坊やよ、坊やよ、ようおきき。
父さん熱出て寝たときは、
お悪戯の子鴉おとなしい。
いつでもいちにち枕もと、
お頸を傾げちや悲しさう、
トマトをつついちやつまらなさう。
父さん鼾をかくときは、
お蒲団つついちやさびしいよ、
お掌をつついちやさびしいよ。
お庭にやちらちら百日紅、
障子の穴から見えてゐた。
- 月夜の蝶
月夜の蝶蝶の飛ぶ姿、
坊やは知るまい、まだ見まい。
野良路、畔路、宵のくち、
すぐにも芝草しめります。
蝶蝶のお翅は雪のやう、
ひらひら田圃をわたります。
月夜は昼よりまだ青い、
藤豆、隠元、みな白い。
蝶蝶は揺れます、上ります、
お夢の空へとのぼります。
乾草小屋よりまだ高く、
大白星よりまだ高く。
坊やもねんねよ、おのぼりよ、
蝶蝶のお翅に乗せてあぎよ。
- 鶉
坊やよ、鶉が啼いてゐた、
粟穂の粟穂の畔の奥。
月夜は遠いと啼いてゐた。
見えても遠いと啼いてゐた。
- ねぼけ鴉
坊やよ、坊やよ、おやすみな。
もひとつお話いたしましよ。
ねんねの鴉は寝ぼけ鳥、
月夜はねむいし、およられず、
カンナのラムプも点ります。
こくりこ、こくりこ、鴉の子、
乾ぐさ積んだでおねむいか、
蝶蝶の飛ぶ方をまだ見てか。
木戸にはりんりん、ちんちろりん、
遠くにがちやがちや、南瓜畑、
月夜はこくりこ、こくりこよ。
こくりこ、こくりこ、こくりこよ、
月夜は、坊やよ、こくりこよ。
- おつぴらき
いくつだ、君はとたづねたら、
五歳の三吉片掌をおつぴらいて、
「おつぴらきだい、やあい。」さ。
坊やよ、おまへもやるだろな。
五歳になつたら、片掌をおつぴらいて、
「おつぴらきだい、やあい。」か。
大きうなれ、早なれ、赤ん坊や、
明日なれ、一晩でなれ、片掌をおつぴらいて、
「おつぴらきだい、やあい。」と。
- 蓮の花
「蓮の花おくれ。」
「おう、採つて来うや。」
「蓮の花だ、そうれ、
見ろや、見ろや、大けえだ。」
ほんとだ、大けえ白蓮華、
両掌に載せ載せやつて来た、
五歳の三吉、おつぴらき。
「おや、おや、三ちやん、花ばかり、
茎も巻葉もありやせぬが。」
「小父さん、花くれ云つたんべ。」
「あつ、さうか、ありがと、わるかつた。」
挿すに挿されぬ白蓮華、
坐つて両掌に載せて見た。
坐つて頭に載せて見た。
- おうちの溜池
- 三吉のはなし
おうちの溜池どろくさい、
それでも蓮華の花ざかり。
おうちの稲作二畝三畝、
それでも慈姑の花ざかり。
おうちのお納屋はあばら屋根、
それでもへちまの花ざかり。
おうちの積肥籔のかげ、
それでも白百合花ざかり。
おうちの姉えやは背負籠、
それでも野の花、花ざかり。
- にぎりめし
坊やよ、お縁で食べてると、
田圃が見晴らし、よい眺め、
白いはおにぎり、白まんま、
紅いはお庭の百日紅、
ちらちら映るで紅まんま。
- 子犬と子鴉
坊やよ、坊やよ、ようおきき。
父さん貧しいそのときに
小犬と子鴉お友だち、
父さんまんなか、右ひだり、
わんわん、かあかあ、お仲よし。
一つのお掌の白まんま、
小犬は右からしやぶります、
子鴉左でつつきます。
かはいい犬の子、鴉の子、
紅いはお庭の百日紅、
ちらちらお庭の百日紅。
- 飛んで行つた子鴉
坊やよ。
飛んで行つたよ、鴉の子が。
とうとう、
飛んで行つて了つた。
あの鴉の子を、
坊や、ほんたうに、
父さんはかはいがつてゐたのだ。
つやつやした子鴉、紫いろの翼、
敏捷い眼、人なつこい眼、
三角な、また、まんまるい眼、
怒つて突つかかつて来る時には
憎かつたが、ぶちたたいたが。
坊やよ。
父さんは愛してゐた、あの鴉の子を。
苦しめてもゐた。
親翼を切つたのだ、貰つた時、すぐ、
飛べなくするため、かはいがるため。
坊やよ。
両親も、鴉の子だといふことも、
知らなかつた、鴉の子は。
私にだけなづいた。離れなかつた。
畳の上でばかり、私のそばでばかり、
啄いてゐた、青い胡瓜や、大輪の、あの
燃ゆるやうな緋のダリヤを。
坊やよ。
それから地面へ下ろした、私は。
初めは紐でゆはへた。
遠あるきさせなかつた、ちつとも。
ただ時時、紐を手に持つてて
飛ばせて見た。驚いてパタパタ騒いだ。
飛べるものか。逆さとんぼで地面をうつた。
飛ばうともしなかつた、それから。
坊やよ。
鴉の子はなじんだ、もう安心だと思つた。
紐をといても飛ばなかつた。
遊びに出しても帰つて来た。
もう大丈夫だ、とても私を
離れきれや為ないと思つた、私は。
紅い百日紅が咲き出した、お庭では。
仲よしの小犬も肥つて行つた。
万歳。
坊やよ、
急に寂しくなつた、黙つて了つた、鴉の子は、
独りでばつかりかくれてゐた。
独語まで云つてゐた、くるつくるつくるつ、
さうしていつも留つてゐた、百日紅の枝に。
揺つてゐた、ちらしてゐた、紅い百日紅を、下から。
さうしてだんだん上へとあがつて行つた。
毎日毎日、上へあがつて行つた。
あがつて何かを見あげてゐた、高く高く、
空のどつかを見据ゑてゐた。
変つて来た、あの小びつちよは。
坊やよ。
鴉の声がした、ほんたうの
おとなになつた鴉の声が。
あいつだつたんだ。
と、その時は気もつかなかつたつけ。
あいつはいつも聴き澄ましてゐたやうだ、遠くを。
遠くには鴉の声がした、よく、その頃から、
大きな鴉が二羽三羽と遊びに来た。
いや、わざと羽風を切つたり、
飛び掠めたり、
啼いたりした、朗かな声で、かあかあかあ……
さうだつたんだ、だから、
何だか落つかなかつたんだ、あいつは。
坊やよ。ああ、とうとう、
飛んで行つて了つた、あいつは。
こんどはほんとに飛んで行つて了つた。
おお、坊やよ。
どうして飛べたと、
さうだ、いつかおまへもきく時がある。
今はなんにもわかるまいがね、坊や、
親翼が生えて来たんだよ、いつのまにか。
父さんは切らなかつたんだ、こんどは。
もう大丈夫だ、とても
父さんを見棄てはしまいと、かう、
自惚れてゐたものさ、私は
莫迦だつたんだね、父さんは。
なぜまた鴉が飛んで行つたか。
おお、坊やよ。
どこへ鴉が飛んで行つたか、
いまにわかるさ、
わかりもしまいかな。
飛んで行つて了つたんだ、ただ。
それつきりさ。それだけが私の見た
たつた一つのほんたうの事だ。
- 鴉どこ行た
鴉どこ行た、
あの山越えて、
(坊や坊や知つてるか。)
やはり鴉の里へ行た。
鴉どこ行た、
あの空越えて、
(坊や坊や知つてるか。)
もとの故巣へ飛んで行た。
- 雨の夜
坊やよ、坊やよ、あれおきき。
今夜も雨でしよ、きこえましよ。
雨夜のお話きかしましよ。
雨夜に来る鳥、巣無し鳥、
それこそ小さな秋の鳥。
父さんお家は野良の隅、
雨戸をしめたら、もう暗い。
こまかな雨でも雨の音、
なほさら茂みは奥ぶかい。
それでも灯のすぢ、話しごゑ、
小鳥は恋しいか、ついと来た。
雨戸をあければ、枝を飛び、
ラムプでのぞけば此方見てる。
かはいい濡鳥、青い鳥、
まじまじ眼あけて悲しさう。
おとなにおやすみ、やすみましよ、
もう雨止もよと、また閉める。
雨夜に来た鳥、巣なし鳥。
それこそ小さな秋の鳥。
- 彼岸花
坊やよ、坊やよ、またおきき、
朝です、雨です、彼岸花、
父さんお傘は破れ傘、
しやがんで一本折りました。
鴉も一本折りました。
土手の真赤な彼岸花、
父さん二本目折りました。
鴉も二本目折りました。
父さん三本折りました。
鴉も三本折りました。
いつまで経つても雨はふる。
いくら採つても採りきれぬ
赤い巻鬚、おなじ数。
お腹が空いたと云つたらば
かあと鴉も此方見た。
帰ろと云つたら、彼岸花
棄ててほつとき、ぴよん/\/\。
父さん後から、「おおい、待て。」
- 羽織
坊やよ、坊や、ようおきき。
父さん貧しいその時に、
寒さは寒し、あばら家、
羽織はやぶれる、紐は無い、
畑道、畔道、散歩道、
いつやら羽織をずり落し、
着てゐた羽織をずり落し、
お家へ帰れど気もつかず、
なんだか寒いとふるへてた。
霜でもふるかとふるへてた。
そしたら日が暮れ、月が出た、
小山の向から月が出た。
坊やよ、それから、まだ、おきき。
寒さは寒いし、あばら家、
月夜の窓から見てゐれば、
百姓の爺さんやつて来た、
「ここへ羽織を置いてくだ。」
「誰の羽織を置いてくだ。」
「汝落して行つただねえか、
見てゐただけつど、畑うちだ。
どうせ野良だて、安心だ。
とられはすべいとほつといた。
仕事がすむまでほつといた。
早う着さつせ、寒むかんべ、
今夜の月夜も寒むかんべ。」
- 哥路の冒険
坊や、きいてお置き、いいお話だ。
哥路の健気なお話だ。
ある日、父さんは散歩に出た。
哥路もあとから尾を振つて来た。
帰れと云つてもようきかなんだ。
叱つても、すかしてもようきかなんだ。
坊やよ、ふたりは川土手へ来た。
かなり大きな川だつたよ。
父さんは渡船に乗る、縋りつくのを
哥路よ帰れと突きはなした。
船は離れた、遠く遠くなる。
哥路は啼き啼き伸びあがつた。
坊やよ、おきき、それからの事だ。
哥路は土手へ上つた。さうして見てゐた。
すると河洲へ飛び下りて来た。
船を見い見い下手へ駈けた。
水にすれすれ駈け出した。あ、あ、あ。
父さんはもう向うで見てゐた、船から上つて、
「哥路、哥路、あぶない、あぶない。」
坊やよ。
哥路はまだ小さかつた。
悧怜で、きれいで、尾がふさふさで、
それはかはいいかはいい小犬だつた。
哥路はほんとにえらかつたよ、智恵があつた。
ここと川幅の狭いところを見きると、
ザブン……水煙を立てて飛び込んだ。あ、とうとう。
坊やよ、驚いたか。
とても父さん驚いたものだ。
きつと溺れる、きまつてる。
川は広いし、寒さはきびしい。
哥路は川見りや、ふるへたものだ。
それがさ、ザブンと飛び込んだのだ。
坊や、坊や。
哥路は泳いだ、流されながら、
一生懸命に泳いで来た。
浮きつ沈みつ顎を出して来た。
なんどもなんども見えなくなつた。
なんどもなんどもお顔を出した。
父さんはもう真蒼になつた。はらはらしてた。
坊や、すばらしかつた。
哥路はとうとう抜き切つて来た。
へとへと、よろよろ、此方岸に取りついた。
「おお、哥路、哥路。」
父さんは駈けて行つた駈けて行つた、下手へ下手へ、
行つて思はず引つ張りあげると、
哥路は、おお、哥路は、
水を一ふるひ、ブルツと飛沫を散らすと、
いきなり、お父さんに飛びついて来た。
父さんは哥路を引つかかへた、
父さんは泣いた。
哥路も尻尾を振つた振つた、無性に何度も飛びついて啼いた。
坊やよ、ようきいたか。
哥路はそれから病気になつた。
死ぬほど弱つた。
坊やよ、父さんは忘れてゐた。
哥路は女犬だつたんだよ、かよわい。
坊やよ、
生れてはじめて、
生れてはじめて命を賭けた、
小さい小犬のこの勇気は、
坊やよ、
何がさうさしたのか、
ああ、何がさうさしたのか。
- お米の七粒
坊やよ、おききよ、おぼえとき。
父さん貧しいその時は、
お米が七粒、銭が無い。
一羽の雀に粒一つ、
七羽の雀に粒七つ、
雀は啼き啼き食べてゐた。
父さんほろほろ遊んでた。
- まづしい御飯
雀のおまんまお米粒、
わたしのおまんまお米粒、
雀もちよつちよとたべてゐる、
わたしもぽろぽろはさんでる。
雀のおまんまもう無かろ、
わたしのおまんまも無くなつた。
- 雀といつしよに
坊やよ、おききよ、おぼえとき。
父さん貧しいそのときに、
雀といつでも遊んでた。
雀のお宿ぢやないけれど、
どつさり雀が冬は来た。
赤い柿にも二羽三羽、
枯れがれ柳に四羽六羽、
破れ垣根に縁端に、
ちゆんちゆく/\、
ちゆんちゆく/\。
父さんいつしよに、ちゆんちゆくちゆ、
破れ羽織を両手でひろげて、
父さんいつしよに、ぽういぽいぽうい、
ちゆんちゆく/\、
ぽうい/\。
- 二人の上人さま
- フランシス上人と雀
かはいい雀が申すには
上人さまは、フランシスさまは、
なんとうれしい、ありがたい。
お掌掌に載つても、のう雀、
お頭に載つても、のう雀、
雀、雀とおやさしい。
茅花が咲いても、のう雀、
雫がちつても、のう雀、
雀、雀とお呼びなる。
- ぐるぐる廻り
いかに聖フランシスはフラテ・マツセオをして
あまたたびぐるぐると廻らしめ、
しかしてそののちシエナに赴きしか。
(聖フランシスの小さき花)
旅のお二人、ある日のことよ。
上人さまはフランシス、
フラテ・マツセオ、その御弟子、
道は三筋の岐れ道、
一つはフイレンゼ、
一つはシエナ、
一つはアレツゾ。
「父よ、どちらへまゐりましよ。」
「ぐる/\廻り、そら、ここで、
神さままかせよ。」みなまかせ、
廻りはじめた、ぐる/\/\。
ぐる/\廻りの目がまはり、
フラテ・マツセオふら/\ら、
それでも止れとおつしやらぬ、
フラテ・マツセオ独楽のよだ、
ぐる/\/\/\、上人さままかせ。
「止まれ、うごくな、
さて、どつち向いた。」
「父よ、シエナに。」
「さうかさうか、シエナヘさあまゐろ。」
フランシスさま、御上人、
フラテ・マツセオ、その御弟子、
空には神さま、神まかせ。
- アントニオ上人と魚たち
今日はお説教、よい日和、
小さな魚たち、岸の方、
中ほどの魚、そのうしろ、
大きい魚たち、そのずつとうしろ。
岸から海まで、みんなぱくぱく並んだ
上人さまよ、上人さまよ、
アントニオさま、お救ひ主よ、
空は青空、海は凪、
なんとお面のうららかさ、
なんとお声のおやさしさ。
- 巻末に
この「二重虹」の中の童謡は大正十一年の十一月に書いたもので、翌年の二月の雑誌「女性」に載つたのが主になつて居ります。その時、私のところの坊やの隆太郎はまだ生れて八ケ月にしかなつてゐませんでした。今はもう少しで満四歳になります。これらの童謡はたいがい赤ん坊の隆太郎へ話しかけるかたちの謡になつて居ります。ですが赤ん坊にわかる筈はありませんでした。私はひとりで楽しんで歌ひ、赤ん坊のお母さんにも歌はせ、揺籠をゆすり、乳母車を押し、寝床でまた歌つてきかせました。もうぼつぼつ坊やもわかつて来てゐます。これからも、生長するにつれて、ききわけてもくれるでせうし、この父さんのむかしの生活をもなつかしんでくれるでせう。この「二重虹」の童謡ができてから、まる三年のあまりも経ちました。坊やはづんづん大きくなりました。もう三輪車も子供用自動車も自由に乗りまはしてゐます。詩のやうなものもひとりで歌ひます。これからどんなに育つてくれるか楽しみです。隆太郎はこの夏妹の篁子をお母さんから生んでもらひました。篁子がちやうどこの「二重虹」の童謡を父さんが書いた頃の坊やの月齢になつてをります。おもしろいではありませんか。
二重虹と云へば、この小田原の山や海にはよく二重虹が立ちます。こんなにまた朝や夕がたに虹の立つところはあまり無いでせうと思ひます。それは明るくて綺麗です。隆太郎はこの美しい二重虹を見て育つて来ました。篁子はまだわかりません。
朝や夕方ばかりでなく満月の晩にも西の空に白い白い霧のやうな大きい虹が立つことがあります。その虹の中と外とには、青い空に、ちらちら/\と数へきれぬほどのお星さまが光ります。それが屋根裏からも二階の露台からもよく見えます。何だかあまりにありがたくて、掌が合はさりさうです。これは月虹と云ふのださうです。竹藪の中の私の家もしあはせです。私たちも坊やたちも。家は地震で壊れて傾いてゐますが、月夜の蝶々も飛んで来ます。
月夜の蝶々は葛飾でもよく飛んでゐました。
さうです。葛飾のお話を少々為て置きませう。この「二重虹」の中には、小田原の童謡もありますが、葛飾のがずつと多いのですから。葛飾といふところは、東京から三里ばかり東へ出た田舎で、江戸川といふ川を挟んで、東葛飾と南葛飾とにわかれてゐます。江戸川のながれは広くて、水はたぷたぷとして、土手には桜の並木がつづいてゐます。その花どきがまた何とも云へません。その川の向うから月があがります。鴻の台といふ丘があつて、兵営が丘の上にあつて、てとてとてえと喇叭が鳴りました。私の住んでゐたのは、南葛飾の方でした。桜土手から下りると、隠元や藤豆や南瓜や唐黍の畑があり、またもう一つの土手を上つて下りると、枝垂柳があつて、小さな古池のある店家がありました。雑貨品を売つてゐました。その離家に私は住んでゐました。私は私のその家を紫煙草舎と名づけました。外庭には井戸があり、夏は紫のあやめがその井戸のながしの竹棚のそばに咲きました。前の通りにも庭にも刈りたての草が乾してあり、乾草の小舎もありました。古池のすぐ裏は広い広い田圃で、その田圃の向うに、小さな白い不二の山が冬になるとよく見えました。
私は村の子供たちが捕へていぢめてゐた鴉の子をもらひました。それからかはいい牛酪いろの小犬ももらひました。この小犬が哥路でした。私は鴉の子や小犬といつも親しくしてゐました。鴉の子と小犬も親しくしてゐました。それでも鴉の子は大きくなると、とうとう青い青いお空へ飛んで行つてしまひました。どんなに私も哥路もさびしがつたでせう。
秋から冬になると、庭の柳や柿の木に雀がいつでも鈴なりに群つてゐました。まるで雀のお宿と云つた風でした。田圃の稲が熟れると稲の穂の上には千羽も万羽も雀がたかります。それがほういほういと追はれると、私のところへ逃げて来るのでした。柿の木には赤い実が一つ二つと減つていくのです。おしまひには枯枝ばかりになりましたが、雀はまだやつて来ました。ぽうぽうと羽音を立てて庭から飛び立つたりしました。私はその頃貧しい貧しい暮しをしてゐました。いただくお米のない日がありました。無いながらも雀にもわけて、私は歌ばかり作つてゐました。
百姓の子供たちもよく遊びに来ました。三ちやんといふ子は、「お前いくつだ。」と云ふと、「おつぴらきだい。」と云つて、片掌を開いて見せました。私は子供たちの掌に花を描いてやつたり、その十の指に首の赤い蛍などを描いてやつたりしました。
月の夜に蝶々の飛ぶのもひらひらして白う見えましたが、雨の晩に庭の百日紅の葉ばかりの枝にとまりに来る小鳥もかはいいものでした。
私は大正の五年の夏から翌年の夏まで、その葛飾の山谷の紫煙草舎に居りました。その頃のことを、この中のいろいろの童謡に歌つてあります。
私は自分のさうした生活を、ただ面白がつて歌つてゐるわけではありません。私の坊やに父さんとしてのさうした生活の幾分でも後で知つてもらふやうに、それについて、また親しみも持ち、考へてもくれるやうにとも思つて書いて見たのでした。皆さんにも読んで歌つてもいただければうれしいと思ひます。
それから、この「二重虹」の挿画は岡本一平さんが描いてくださいました。鴉でも小犬でも子供でもみんな動いてゐます。正面向きの私の顔などはよく似てゐるさうです。をかしいですか。童謡と画とよく見くらべて楽しんでください。それで、この「二重虹」は私の童謡集であるとともに、一平さんの画集でもあります。これが私には非常に愉快です。一平さんにも厚く御礼を申して置きます。
皆さん、鴉はかあかあ、犬はわんわんでしたね。どうか一緒に遊んでやつてください。
美しい二重虹がお空には立ちますよ。
大正十五年二月
小田原木兎の家にて
白秋
- (奥付)
- 白秋全集26 第一回配本(第2期二五〜三七巻・別巻一)
一九八七年四月六日 発行
定価 四二〇〇円
著者 北原白秋
発行者 緑川亨
発行所 〒101東京都千代田区一ツ橋二−五−五
株式会社岩波書店
電話 〇三−二六五−四一一一
振替 東京六−二六二四〇