満州地図
- 頌歌
- 開いた蘭花
開いた蘭花、満州国、
共によろこび手を取つて、
天の光に浴しませう。
皇帝万歳、万々歳。
開いた蘭花、
旗は五色旗、打ち振つて、
王道楽土讃へませう。
皇帝万歳、万々歳。
開いた蘭花、満州国
鳴らせ爆竹、みな子供、
建国十年祝ひませう。
皇帝万歳、万々歳。
開いた蘭花、満州国、
兄と弟よ、菊と蘭、
光り輝く大東亜。
皇帝万歳、万々歳。
- 大連から奉天の北まで
- 満州地図
柳絮吹きこむ窓の内、
僕らは地図をひろげてる。
僕らはさがす満州の
地域を、五大水系を、
興安山脈、国境線、
勃海湾を、黄海を。
柳絮吹きこむ窓の内、
僕らは磁石見つめてる。
僕らは思ふ開拓を、
千古不鉞の大森林。
資源の分布、交通路、
都市村落を、平原を。
柳絮吹きこむ窓の内、
僕らに五色旗ひるがへる。
僕らは思ふ風、土俗、
蒙古の沙漠越えて来る
駱駝を、笛を、長城を、
ああ、民族の興廃を。
柳絮吹きこむ窓の内、
白昼映画見せましよか。
僕らは夢む大東亜、
満州建国十年祭、
北方守備を、進出を、
赤色蘇領また何ぞ。
柳絮吹きこむ窓の内、
柳絮は雪のごとく舞ふ。
- 大連
僕は埠頭に今朝も出る。
でかい煙突、通風筒、
マストだ、旗だ、つりボート、
汽笛がぼうと霧に鳴る。
いつも見てゐるこの港、
いつも見知らぬ気がします、
海のどこからきた船か。
赤い船腹吃水線。
船は客船、横づけに
からら投げます鎖綱、
船のタラツプ降りてくる
人は誰でしよ、まつさきに。
大連埠頭、わらわらと
苦力がいつもたかります。
潮の色まで大東亜、
朝は旗雲なびきます。
- 老虎灘
岩が潮ふく老虎灘、
光射かへす真帆、片帆。
僕は見てゐるひろびろと、
遠いはるかな水平線。
海はどこまで青いんだ。
雲はどこまであがるんだ。
見ろよ、潮さき蹴つてゆく、
黒い軍艦、あの櫓。
鍛へ鍛へろ、少国民、
風が吹かうと、日が照ろと。
岩が潮ふく老虎灘。
僕はやつてる深呼吸。
- 星ケ浦
天から降つて来た隕石、
鉄分でもまじつてゐるのか、
黒いんだな、あの岩。
僕、海水搭にいつたら、
笑つて走つて来た顔のまつ黒い子。
「君、何処から来たんだ。」ときいたら、
「フン。」と云つて
天をさした。
「君、君、遊びに来たまへ、
海が泳げたら
空だつて泳げるだらう。」と。
僕、
「うん、飛行機なら飛べるさ。」と云つたら
「空中魚雷かい、
いいなあ爆撃。
僕、もぐつちやふ、
特別攻撃隊だ。」とぬかして、
ぢやぶんと潮に
飛びこんでしまつた。
岩にどどうん、
すばらしい波があがつた。
- 苦力
白霊、白霊、
籠の鳥、
まるい鳥籠手に肩に
苦力の大公、お日和だ。
東風、東風、漫々的。
白霊、白霊、
鳥の籠、
くはへ煙管で、いつまでも、
苦力の大公、見あげてる。
東風、東風、漫々的。
白霊、白霊、
春の鳥、
昼はあかるい、日は永い。
苦力の大公、まだ見てる。
東風、東風、漫々的。
白霊、白霊、
啼き出した。
啼くまで待つたら啼きだした。
苦力の大公、ごきげんだ。
東風、東風、漫々的。
註 パイリンは満州雲雀です。いい声で啼きます。
マンマンデーは、ゆつくりしてゐることです。のろのろです。
- 大道易者
一角進上、
街の角。
算木に筮竹、
天眼鏡。
福禄、吉相、
黄帝経。
白馬がほしけりや、
易、八卦。
よい子になりたきや
寄つといで。
- 竜王塘
竜王塘、
水まんまん。
嫦蛾には
何上げよ。
梨花の下、
銀千杯。
水の底、
金千枚。
註 嫦蛾はお月さま。
- 東鶏冠山砲台
東鶏冠山、
万歳、一番乗り、
僕は思ひきつて
跳びおりて見る。
深い塹壕だ。
屍山血河を築いて
ここまで肉迫した兵隊、
先頭の一人が万歳、
飛びおりるとやられた。
後から一人がまた、
次のがまた、
一人一人と射たれていつた。
さうだつたらうな。
深いんだ、この壕、
こんな空壕があらうとは
誰だつて思はないんだ、
壊れはてたぺトンの壁、
墜道。
ああ、ここで死角に向きあつた
敵と味方、
幾日でも睨みあつて、
憎しんだり、笑つたり、
飢ゑきつたり、
かはいさうだと思つたり
したんだな。
かがんで僕はじつとみつめる。
がさがさのぺトン、湿気、影、
雲の襞した染、むきだしの孔、
烈日の反射光。
肉弾だ、
圧して圧して圧しまくつたのだ。
撃つて撃つて撃ちまくつたのだ。
一人一人が死んでも
一人一人が突つ込み、
後から後からとつづいて、つづいて、つづいて、
あ、とうとう、一人が
へばりついた要塞の内壁に、
一歩一歩の前進、
幾日も幾日も幾日も、──
あ、さうして最後の五分問、
「万歳。」
勝鬨があがつた。
高く高く日章旗をひるがへした。
勝つた、勝つた、勝ちぬいた。
見ろ、この東鶏冠山。
草が萌え、
草が萌え、
ギイチヨン、ピン、
チヨ、ギイチヨン、
あ、何か、
鳴いてゐる。
鳴いてゐる。
鳴いてゐる。
- 白玉山、爾霊山
旅順を一目見たいなら
白玉山へ駈足で。
爾霊山を仰ぐには
馬をとどめて背伸びしな。
白玉山なら表忠塔、
爾霊山なら血汐雲。
- 旅順水師営
一月、寒い日、水師営、
二人は会つてをりました。
わびしい民家、庭の椅子、
戦のあとの荒れた土。
二人はだまつて手を握り、
眼と眼見つめてをりました。
旅順陥した乃木将軍。
守り破れた敵の将。
降服乞うて立ち上り、
すぐにさよなら、ステツセル。
雪より白いそのお馬
さし上げますと、出て行つた。
- 南山
春は南山、大和尚、
裾は花咲く紅李。
驢馬をつらねて出て見れば
お輿でとほる、花嫁御。
一里行つては一休み、
三里行つては一休み。
むかしの戦たづぬれば
丘は松原、小松原。
あれあのお宮、あの鳥居、
満州雲雀も鳴いてましよ。
- 金州
金州城門どちらでしよ
芽ぶく柳の並木路、
耳長驢馬の行つてゐる
あのうしろからついといで、
道はまつすぐ、ひとりでに
ぽかんと城門あいてゐる。
ぽかんと青空見えてゐる。
- 金州城
こそりこそりとあの子が来てる。
あかい帽子に手ぶくろはめて。
枯れた楊のすきから来てる。
こそりこそりとこの子が見てる。
ここは金州、お城の壁だ。
上の孔からのぞいて見てる。
こそりこそりとあの子が来てる。
いまは春さき、まだまだ寒い。
こそりこそりとこの子が見てる。
こそりこそりとあの子が来てる。
なにか戦がはじまりさうだ。
こそりこそりとこの子が見てる。
- 金州天斉廟
金州城外天斉廟、
誰が胡弓をひくのやら。
庭の槐にたづねても
燕にきけと槐いふ。
地獄極楽、針の山。
張子のお顔は
みな白い、みな白い。
- 林檎汽車の中にて
りんご もちこむ 三十里堡、
汽車はよい汽車 ひろい汽車。
母さん りんごが たくさんね。
りんご あげましよ 普蘭店、
みなさん おひとつ いかがです。
ありがと ありがと おぼつちやん。
ひとり おります 瓦房店、
坊ちやん 再見 ごきげんよう。
りんごも 再見 ごきげんよう。
ひとり おります 得利寺、
坊ちやん 再見 ごきげんよう。
りんごも 再見 ごきげんよう。
ひとり おります 万家嶺、
坊ちやん 再見 ごきげんよう。
りんごも 再見 ごきげんよう。
- 熊岳城
寒い草山、
望子山、
雁 雁 わたれ、
春の雁。
河原の砂湯、
熊岳城、
林檎噛つて
僕ひとり、
雁 雁 わたれ、
春の雁。
どこへゆくのか、
幌馬車も
黄ろい挨を
あげてます。
- 鵲の巣
鵲の巣は寒いよ、
髪の毛みたいな梢、
寒い寒い風に吹かれて、
鵲がかへれずにゐる。
- 山東の移民
雲のこごつた寒い空。
布団かついで、鍋入れて、
しんしよう、身ぐるみ、それぽちか。
妻子にわかれ、食に飢ゑ、
てくり、てつくり、ひろ野原。
四等車にも乗れないで。
汽車の沿線とぼとぼと。
王道楽土、どこでしよか。
北へ行く人、あるく人。
海をわたつて、はるばると
山東の土すてた人。
- 蓋平
帽子のつまみ赤い玉、
小さいあの子はどうしたろ。
黒い倉庫の外通、
寒い風ふく見とほしを。
汽車の窓からふつと見た
街のあの子のうしろかげ。
赤いあの玉まだ一つ、
眼にポツチリとのこつてる。
- 大平山塩田
どこまでつづく塩田だ。
汽車の窓から見て行けば、
アンペラ包の行列だ。
どこまで光る塩包、
雪より白いあの包、
塩がふくのだ、夏なのだ。
どこまで湿る塩田だ、
ひろい沙原、沙畑、
沙は塩より暗いのだ。
どこまで遠い塩田だ。
月はあかるくさしながら、
塩は月より光るのだ。
どこまでつづく塩田だ、
シやベルかついで、すぐそばに
影が佇つてる、人なのだ。
- 大石橋娘々祭
娘々祭にゆく人は
騾馬、騾馬、幌馬車に高脚駄。
娘々祭はたのしいな、
行列、出し店、人いきれ。
娘々、福寿をおさづけに、
娘々、この子がまめなよに、
ビーヤボンボン、ぢやんがらぼん、
旗ふり、鉾ふり、高足駄。
娘々、どこゆく、花嫁御、
月宮殿へとのぼつてく。
- 高梁みのる
高梁よ、高梁、
高梁の秋をうたはう。
高梁よ高梁、
高梁が風になびくよ。
高梁よ高梁、
高梁は穂に穂そよぐよ。
高梁よ高梁、
高梁のみのり刈らうよ。
高梁よ高梁、
高梁の稈を積まうよ。
高梁よ高梁、
高梁が月に光るよ。
- 高梁がら
僕はもぐる、
高梁稈にもぐると
高梁のにほひがする。
むんむんといきれがする。
満州のにほひがする。
母さんのにほひがする。
地のにほひ、風のにほひ、
耕馬のにほひ、
耕肥子のにほひ、
点●(「月+「倍」の右側)●(サンズイ+「盧」)のにほひがする。
焦げつくにほひ、青くさいにほひ、
褐いろのにほひがする。
僕はもぐる、
高梁にもぐると、
日の熱気と光線と、どこかに
かくれた匪賊のにほいがする。
ああ、秋空、
ヅトン、パチ、
銃弾のひびきがする。
高梁稈はいいなあ、
もぐるとビーヤーボンボン、
お祭の喋子がする。
いきれる、いきれる。
映画のチカチカが移つてゆく。
- 湯崗子・娘娘廟
娘娘廟の張ぼて、
怖いほど白いお顔。
赤い格子のすきから、
をがんで逃げてかへつた。
どこかのをばさんあんなだ。
簪ぴラぴラさしてた。
- 湯崗子の春
湯崗子、湯崗子、
蟇が啼く、湯川で
湯けぶりがにほふよ。
漫漫的だ、ようい。
娘娘廟、娘娘廟、
花が咲く、杏が。
負傷兵もなほるよ。
漫々的だ、ようい。
山●(キヘン+「査」)子よ、山●(キヘン+「査」)子、
売りに来る、子供が。
満州の子供よ。
漫々的だ、ようい。
鞍山よ、鞍山、
馬の鞍みたいな、
あの山もかすむよ。
漫々的だ、ようい。
- 山●(キヘン+「査」)子売
赤い実の、赤い実の
山●(キヘン+「査」)子売の来るころ、
ころつころと啼く蟇。
湯崗子、湯崗子、
湯崗子の春さき。
溶けかかる、溶けかかる
お池のふちの氷の、
ピシリ、ハリと鳴る罅。
枯楊、かれやなぎ、
枯楊の日向よ。
ぽつつりと、ぽつつりと
山●(キヘン+「査」)子売の来るころ、
くくと、くくと、啼く蟇。
娘々廟、娘々廟、
娘々廟が見えるよ。
註 藁束に赤い山●(キヘン+「査」)子の実を串に刺したのを沢山に刺してある。 この山●(キヘン+「査」)子は油で揚げてあるので、支那の子供たちが喜んで食べる。
- 遼陽白塔
こんこ雪、小雪、
鵲飛べよ。
白塔は寒い。
ぼうぼうの草だ。
- 遼陽城内
春泥千尺、
わたるものないよ。
よけてよけてあるかう、
土塀のそばを、
天斉廟へまゐろ。
大きな槐の
日向で遊ぼ。
- 遼河
楊柳青く芽ぐむに、
小舟うかべ
黄いろい服の唐子。
漣、
漣
漣
あ、霞に
塔が見える、かすかに。
遼河、
遼河、
涯しない遼河。
白塔が見える。
- 鞍山
鞍山はよい山、
鞍のかたちしてゐて。
あの鞍に乗らうか、
はいしどうどと跨いで。
この鞭は桃の枝だよ。
桃の花開きかけたよ。
鞍山はよい山、
僕の好きな鞍山。
- 黒豚小隊
ちよこらちよこらと
黒豚、小豚、
黍の根かぶの
畠を走る。
ちよこらちよこらと
黒豚、小豚、
汽車の来る方へ
ちよこらと走る。
ちよこらちよこらと
黒豚、小隊、
鐘は揺れてる、
汽関車のうへで。
ちよこらちよこらと
黒豚、小豚、
春が来た、来た、
ちよこらと走る。
ちよこらちよこらと
黒豚、小豚、
赤い夕日の
下から走る。
- 渾河
月の光は夜汽車から
見てゐる顔を照らしてる。
向ひあつてる父さんは
きつい眼をしておいでです。
黒い千里の荒野原
どこまでつづく旅でしよか。
一筋光るあの流れ、
誰か渾河といつてます。
渾河、結氷したでしよか、
水が流れてをりましよか。
ごうと鉄橋、橋構へ
ぶつかりさうに過ぎてゆく。
- 撫順
青いあの空見ましたか。
雲の浮きでたあの空を。
黒い断層、石炭層。
トロツコ、輸炭車、見ましたか、
小蟻みたよなあの人数。
黒い断層、石炭層。
ここは撫順の露天掘、
たたん石炭見ましたか。
黒い断層、石炭層。
渓の底まで見ましたか、
空の色まで見ましたか、
黒い断層、石炭層。
しゆつしゆ湯気ふく汽車の鑵、
ぐわららあけてく黒ダイヤ。
黒い断層、石炭層。
縦坑、索道、露天堀、
露天の炭層見ましたか。
黒い断層、石炭層。
- 撫順、社宅街
笊もつて、
小笊もつて、
嫁菜を
つみましよ。
かきましよ。
そこらの
石炭がら、
小石。
かがんで
あるいて、
嫁菜を
つみましよ。
萌えてる、
なづなも、
石炭がら、
小石。
- 奉天城門
奉天城門、
かつかつと
蹄の音が
きこえます。
大山大将
幕僚と
ここを入城、
そのむかし。
裏毛の外套
ふかぶかと、
襟をうづめて
まつさきに。
三月寒空、
挙手をして、
がんじり肥つた
あの身体。
奉天城門、
今にでも
蹄の音が
きこえさう。
- クロパトキン
奉天会戦、
クロパトキン。
予定の退却、
すつとんとん。
袋の鼠が
米食つて チウ。
煙硝はぷすぷす、
臍噛んで チウ。
- 東陵
東陵は石の反り橋、
反り橋に、
影がさした、ちよんぼり。
タツプリコツコ、チヤブ。
水の桶ふたつかついで、
寒い肩、
水がこぼれる、たぶつく。
タツプリコツコ、チヤブ。
誰がそれを見てゐた。
牌楼の
鵲が見てゐた。
タツプリコツコ、チヤブ。
東陵は山のみささぎ、
おたまやは
青丹瓦の反り屋根。
タツプリコツコ、チヤブ。
- 北陵
春の日ざしは牌楼を
透いてこぼれてをりました。
石の唐獅子、巻毛した
肩にあたつてをりました。
石のお馬もをりました
石の駱駝もをりました。
石の駱駝に寄りかかり、
僕は写真を撮りました。
いいな北陵、風さきに
鐸がちりから鳴りました。
隆恩殿の隅びさし、
雪がのこつてをりました。
いつの王様おやすみか、
五色のお霊星、反り瓦、
まるい枯山、枯槐、
鳶がぴいひよろ啼きました。
春の日ざしは牌楼を
透いてこぼれてをりました、
帰り道には唐獅子の
あたまを撫でてやりました。
- やなぎのわた
楊の架の飛ぶころは、
黄ろいほこりもかすみます。
乗れ乗れ、ちひさな驢馬のうへ、
夕日の古塔を見に出よか。
藩陽、奉天新市街、
飛べ飛べ、やなぎの毛の絮よ。
房つき帽子をうち振ろか。
やなぎのわたの飛ぶころは、
内地のお祭思ひ出す。
- 元宵節
元宵節の賑ひは
太鼓たたいて高脚駄、
お面かぶつて、日が暮れて
満月、お家はどこでしよか。
燈籠燈籠、どこでしよか。
ジヤンボン、ジヤララン、どこでしよか。
元宵節の高脚駄、
ジヤンボン、ジヤララン、踊つてく。
- 孔子廟、関帝廟
雨だれ、ポツツン、
孔子廟、
まはれば朱泥が指につく。
月なら三日月、
関帝廟、
髯づら怖けりや泣いといで。
- 鉄嶺
鉄嶺の険踏み越えて
兵は進んでゆきました。
勝たねばならぬ戦に
軍は進んでゆきました。
きびしいすがた、鉄嶺の
山はお空に突きささり、
雲の上から出てました。
軍はその山越えました。
- 遼河上流
「君、
夢に色が見えるかい。
僕、見たんだ、
濃いあをい潮の色だつたよ、
海つていいんだらうな、
関東州へ行つて、
大連から船へ乗つて、
香港、フイリツピン、海南島、
昭南島、
ああ、ジヤバ、ニユウギニア、濠州、
大東亜海つてどんなに
広いんだらうな。」
ここは遼河の上流、柳の土手、
ピンと棹をあげて
こちら見た子、
「や、鯉がひつかかつた。
海だ、海だ、海だ。鯉なんか流しちまへだ、
行かう、行かう、君。」
ぽうんと小舟へすつ跳んで笑つた。
- 法庫門の乃木将軍
きつと月夜は黒いかげ
営舎の屋根に出てました。
椅子に腰かけ、ぢつとして
何か地平を見てました。
質素な身なりカーキ服
軍刀膝においたまま、
乃木将軍です。ひとりです。
月の光がさしてます。
旅順陥落、入城式、
駒でかつかつ司令官。
お子さま二人うしなつて、
涙見せない厳い方。
奉天戦に迂回して
鬼と呼ばれた強い人。
月のよい晩きつとさう、
じつとみつめて屋根の上。
- 公主嶺
ぽろん、ころんと音がする。
羊が耳立てのびあがる。
ぽろん、ころんと音がする。
うしろの羊ものびあがる。
ぽろん、ころんと音がする。
あとから、あとから、のびあがる。
ぽろん、ころんと音がする。
羊がさわさわのびあがる。
誰もゐませぬ広野原、
秋はお日和、うまごやし、
ぽろん、ころんと音がする。
風の中から音がする。
- 奉天から安東まで
- 本渓湖
小雪こんこん雪こんこん、
鵲羽ばたき、また晴れて
七つ焼がま、うはぐすり。
一つお皿が焼けました。
二つお皿が焼けました。
冷たいお皿、本渓湖、
澄んだ流れにさつきから
雪のお山がうつつてる。
- 北山
吉林、
北山、
桃の花。
春は
喇嘛塔、
桃の花。
ほうい、
漣、
桃の花。
氷が
とけた、
桃の花。
遠い
松花江、
桃の花。
- 春
ひらいた、咲いた、
杏に桃が、
この川越えて
お里はぢきだ。
ひとりでお馬
ぽくぽくかへる。
道ぐさたべて
のんびりお馬。
ひらいた、咲いた、
杏に桃が、
こちらの山や
あちらの霞。
ぽくぽくお馬
おつかひすんだ、
この川越えて
ひとりでかへれ。
- 飲馬江
馬の水のむ
飲馬江。
馬が出てゐる、
白い馬。
黒い馬もだ、
尾を垂れて。
春は楊も
もえるのに、
白と黒とが
下向いて。
とつとと駈ければ
よいのになあ。
僕は見てゆく
飲馬江。
汽車の窓から
ほうと呼ぶ。
- 牛飼
牛飼、ハアホオ、鞭に笠、
柳はあをあを、水のそば。
赤牛、黄牛、斑牛、
犢ははなれな、前うしろ。
川岸、田の岸、沼のふち、
道くさくふまい、角あてな。
今天ハアホオ、漫々的。
もよりの牧場はすぐ近い。
きのふはお東、今日は西、
あしたの天気はわしや知らぬ。
- 五竜背
蛙くくくと、
どこかで啼いた。
ゆでた卵を
湯尻で上げて。
斑雪踏み踏み、
小川に出れば、
誰か、ゐるゐる、
楊のかげに。
水の輪だけが
ゆれゆれ光る。
すつと春先、
かはせみ飛んだ。
- 安東
氷がとける、とける、
長白山の奥から、
渦巻いて流れる、
響け響け氷。
氷がとける、とける、
鴨緑江が渦巻く、
いかだ流しもくるだろ、
響け響け氷。
長い長い橋を
チマがくる急ぎ足で、
国境の春はいまだよ、
響け響け氷。
註 チマは女の朝鮮服です。
- 四平街から内蒙古まで
- 四平街
鴉の多い四平街、
鴉は空を蔽うて来る。
鴉ばかりか、風までも
沙塵濠々吹いて来る。
黄ろくなれなれ、お日さまも、
風よ吹け吹け、蒙古風。
風の下から、僕ひとり
駅のブリツヂ駈けあがる。
- 土房
夏は花さく
屋根の草。
土房に爺つあん住んでゐる。
眼がかすむのか、眇目して
内からおもて眺めてる。
外ではくわつくわと照りかへし、
璧には糞叉子寄せたなり、
爺つあんかがんで、
手を組んで、
十二点鐘、日が高い。
十二点鐘、日が高い。
註 十二点鐘は十二時。
- 石廟
士糞掻き掻き
爺つあん見てる。
とめた糞叉子
子供も見てる。
さむい枯草、
土饅頭饅頭。
石の廟には
鵲とまる。
風にひよろひよろ、
枯木が二本。
根梁畑に
親子が出てる。
- 銃眼
僕は見た、銃眼から
からりと晴れた空を。
石壁の銃眼、
楽しい銃眼。
見える、見える、
刈りつくした高梁。
広くなつた野つ原、
遠い遠い地平。
馬が二頭三頭、四頭、
お輿も通つてゐる。
つづいてゐる、つづいてゐる。
農用馬車もよぎつてゆく。
秋、からりと晴れた空、
雲も見える、浮かんで、
銃眼、銃眼はいいな。
小積の
高梁殻にはひ上つて
僕ののぞく銃眼。
- 傅家屯
煉瓦焼きます、
傅家屯。
低い土屋根、
傅家屯。
月はおぼろ夜、
傅家屯。
ちろろ、かまど火、
傅家屯。
何のにほひか、
傅家屯。
春は土から、
傅家屯。
- 満州の春
曠い枯野に
幌馬車がはしる。
あれは何処ゆく、
白馬、小馬、
赤い夕日に
漫々的ではしる。
遠い喇嘛塔
あのでろ楊、
寒い寒いと
見てゐた丘も
いまに紅梨の
すぐ花ざかり。
春の枯野に
幌馬車がはしる。
あれは何処ゆく
白馬、小馬、
砂をあげあげ
漫々的ではしる。
見たか、喇嘛塔、
あのでろ楊、
寒い寒いと
見てゐた空も
いまに紅梨の
すぐ花ざかり。
- 鄭家屯
赤い入日に
吼え立てる
犬は大きな
蒙古犬。
ここは満州
鄭家屯、
低い土家根、
土の家。
広い沙漠が
さむいのか、
遠い楡の木
うごくのか。
赤い入日に
照らされて
屋根で吼えてる
蒙古犬。
- 沙けむり
沙けむり、
沙けむり、
低いオボ山、
どうしたろ、
沙けむり、
沙けむり、
ぽつり喇嘛塔、
楡の上。
沙けむり、
沙けむり、
駱駝ぽくぽく、
地平線、
沙けむり、
沙けむり、
僕はパパンと、
空気銃。
沙けむり、
沙けむり、
黒い鷲でも
落ちて来い。
- 沙漠の家
月に胡弓を弾いてゐる
わたしの部落、低い屋根。
沙漠に風が起つたら、
沙にうづまる低い家。
- 内蒙未開放地
タ、タ、タ、タ、タ、………
跳ねる、跳ねる、跳ねる
驚いた雄牛が、大きな黒牛が、
どつと、どつと、どどつと
土砂をすくつて。
角だ、角だ、角だ、下から
光つた眼、
空にあがる後肢、
尻のつけ骨、巻尻毛。
タ、タ、タ、タ、タ、………
此処、モンゴルトルカイ
ひろいひろい草原、
枯れつくした眺めに、
あ、点々とちらばつた、
牛、
馬、
羊、
豚、
一団と、また一団と。
タ、タ、タ、タ、タ、………
雄牛が跳ねる、跳ねる、入日が
大きい橙のやうな光を放つ。
あ、地平線の楡。
冬空。
タ、タ、タ、タ、タ、………
跳ねる、跳ねる、跳ねる黒牛、
春が来た、何やら、
草に萌える、青んで。
春が、春が大地の
底の底から萌える。
註 タタタタタ………は牛をなだめる呼び声です。
- 駱駝と驢馬
ぽかりぽかりと駱駝がきてる、
赤い夕日の蒙古の原を。
なんとマンマンデーだ、マンマンデーだ、ハオハオ。
ぽかりぽくぽく駱駝がきてる、
原は砂原、こぶやまばかり。
なんとマンマンデーだ、マンマンデーだ、ハオハオ。
せつせせかせか後からかける、
驢馬はチビすけ、小股でかける。
なんとクワイクワイデーだ、クワノイクワイデーだ、ハオハオ。
ぽかりぽくぽく駱駝が来てる、
どこへ行くのか、うは目できてる。
なんとマンマンデーだ、マンマンデーだ、ハオハオ。
せつせせかせか駈けてもおそい。
驢馬よ追ひつけ、もう日が暮れる。
なんとクワイクワイデーだ、クワイクワイデーだ、ハオハオ。
- 駱駝
駱駝のお父さんは駱駝でござる。
駱駝のお母さんも駱駝でござる。
駱駝のこどもも駱駝でござる。
ぽかりぽかりと駱駝が行くよ、
お父さんと、お母さんと、こどもの駱駝、
夕日の沙漠を連れ連れ行くよ。
駱駝の背中に瘤の山二つ、
駱駝の親子は瘤の山六つ、
駱駝は四つ脚、親子で十二。
ぽかりぽかりと駱駝が行くよ。
お父さんと、お母さんと、こどもの駱駝。
薄眼で、空眼で、駈け駈け行くよ。
- 沙漠の地平線
赤い夕日の
前を行く
瘤の駱駝が
まだ見えて、
どこか土ふる
地平線。
蒙古沙原
沙の山、
はるばる遠い
風道を、
お宝つんで
玉つんで、
庫倫出てから
幾年目。
活仏をがんで
幾年目。
- 熱河
カラチン王府知つてるか、
蒙古の八旗知つてるか、
聳えて高い岩山と
熱河の塔と宮殿を、
喇嘛の坊さま知つてるか、
何千年来秘められた
地底の光る宝玉を、
巌窟の眼を、
お祈を。
蒙古八旗の旗風と
風にうづまく沙けむり。
成吉思汗を知つてるか。
- 喇嘛僧
喇嘛の坊さん、長ごろも、
竜頭みたいな帽子着て、
一列つづいてお手に珠数。
東方敬礼、日天子。
西方敬礼、月天子。
- 万里の長城
峰から峰へ連つた
万里の長城、あのお城。
夕焼なのに、濃い影が
もう山襞に迫ります。
谷間にいくつ立つけぶり、
北の蒙古はさびしいな。
あの城壁を越えたなら
どんな都があるでしよか。
あの望楼の向う空
どんなお国があるでしよか。
旗雲なびく夕方は
いつも見てます、あの空を。
- 新京から国境まで
- 新京
皇帝万歳、新京の
霞もふかくなりました。
皇帝万歳、東京も
桜、さくらでございませう。
『春の弥生の
あけぼのに』
越天楽の楽の音も
ラジオがつたへてまゐります。
東京、新京、ひと飛びに
銀の翼もまゐります。
皇帝万歳、四方山の
霞もふかくなりました。
- 屯積
駅のうしろの
屯積は、
山の屯積、
豆の粕。
ポツリポツリと
出て来ては
プラツトホーム
歩く人。
けむり噴き立て
黒い汽車、
からんからんで
寒むないか。
赤い夕日が
沁むころは、
客車の窓から
顔出して。
少年拓士
寒むないか、
金の喇叭を
光らして。
汽車はどこ行き
黒い鑵、
からんからんで
遠ざかる。
- 人影
赤い夕日に浮いて出た
あれは人かげ、大きいな。
朝出て百里、また百里、
鋤いてかへつて日が暮れて。
なんて満州はひろいんだ、
どこまでつづく根梁だ。
赤い夕日の逆光線、
人は神様見たいだな。
- 寛城子
汽車を見に出る、寛城子、
みんな堅パンかぢつてる。
ハラシヨハラシヨとながめてる。
イワンの爺さん、そぢやないか。
さむい満州、寛城子、
みんな日向に出て来てる。
ハラシヨハラシヨとながめてる。
イワンの爺さん、そぢやないか。
枯れた落葉松、寛城子、
みんな毛帽子かぶつてる。
ハラシヨハラシヨとながめてる。
イワンの爺さん、そぢやないか。
汽車は露西亜行、寛城子、
みんな泣き顔、かがんでる。
ハラシヨハラシヨとながめてる。
イワンの爺さん、そぢやないか。
ひろい野つ原、寛城子、
みんな駅まで見に出てる。
ハラシヨハラシヨとながめてる。
イワンの爺さん、そぢやないか。
- 待ちぼうけ
待ちぼうけ、待ちぼうけ。
ある日、せつせと、野良かせざ、
そこへ兎が飛んで出て、
ころり、ころげた
木のねつこ。
待ちぼうけ、待ちぼうけ。
しめた、これから寝て待たうか、
待てば獲ものは駆けて来る。
兎ぶつかれ、
木のねつこ。
待ちぼうけ、待ちぼうけ、
昨日鍬とり、畑仕事、
今日は頬づゑ、日向ぼこ。
うまい伐り株、
木のねつこ。
待ちぼうけ、待ちぼうけ。
今日は今日はで待ちぼうけ。
明日は明日はで森のそと、
兎待ち待ち、
木のねつこ。
待ちぼうけ、待ちぼうけ。
もとは涼しい粱畑、
いまは荒野の帚草、
寒い北風、
木のねつこ。
註 これは満州の伝説です。満州の教育会用童謡として作つたものです。
- 興安嶺
鷲が飛ぶ飛ぶ興安嶺、
黒い岩角険しいな。
雪の残つた渓の原、
雪より白い白樺。
丸太の小星の窓あけて、
母さん、空がきれいだな。
鷲が飛ぶ飛ぶ興安嶺、
ごうと山鳴また起る。
- 再見
再見、深山の蘭の花、
再見、あしたもさがしましよ、
再見、みんなはよい子ども、
再見、再見、またあした。
- 子守唄
坊やの父さんどこへいた、
あの山越えて北へいた、
のぼれどのぼれど興安嶺、
くだれどくだれど興安嶺。
興安嶺から眺むれば
赤い夕日の根梁畑。
涯もないのに土がふる。
風もないのに士がふる。
ねんねんころりや、ねんころり、
ころりや、ころりや、ねんころり、
- 三寒四温
この子ごきげん、
満州そだち。
三日さむくて
四日はぬくい。
三寒四温、
あの子もさうか。
夕焼、小焼、
あした天気になアれ。
- ペチカ
雪のふる夜はたのしいペチカ。
ペチカ燃えろよ、お話しましよ。
むかしむかしよ、
燃えろよ、ペチカ。
雪のふる夜はたのしいペチカ、
ペチカ燃えろよ、おもては寒い。
栗や栗やと、
呼びます、ペチカ。
雪のふる夜はたのしいペチカ。
ペチカ燃えろよ、ぢき春来ます。
いまに楊も
萌えましよ、ペチカ。
雪のふる夜はたのしいペチカ。
ペチカ燃えろよ、誰だか来ます。
お客さまでしよ、
うれしいペチカ。
雪のふる夜はたのしいペチカ。
ペチカ燃えろよ、お話しましよ。
火の粉ばちばち、
はねろよ、ペチカ。
註 この童謡は南満教育会用として作つたものの一つです。
なほペチカとはロシや式煖炉のことです。
- キタイスカヤ
刷毛が一丈、ペンキ壷。
飽に鋸、針のめど。
壁を塗らしよと思ふなら、
キタイスカヤへ行てごらん。
お家建てよと思ふなら、
そこらのベンチを見てごらん。
そして靴下破けたら、
日向の地べたを見てごらん。
支那のをばさん、お針さん、
仕事待つてる、坐つてる。
刷毛が一丈、ペンキ壷。
鈍に鋸、針のめど。
とても哈爾賓、大通り、
お腹が空いたと眺めてる。
- 哈爾賓の白夜
白夜には
紙風琴。
ベンチには誰かゐる。
ハバロフカ、
犬が吼え、
松花江、鐘が鳴る。
義足つけ、
ちきちきと
まだ歩く人がゐる。
大通、
シヨウウヰンドウ、
灯はついてねむつてる。
- 泣き女
泣いてゆきます、泣き女。
うおん/\。
後のくるまの泣き女。
うおん/\。
ここは哈爾賓、大通。
うおん/\。
ちやうど夕焼、入日どき。
うおん/\。
笛はちやるめら、うつは銅鑼。
うおん/\。
赤い塗傘、黄ろい旗。
うおん/\。
赤いお棺も揺れるのに。
うおん/\。
もつと泣け泣け、泣き女。
うおん/\。
春が行つたら夏が来る。
うおん/\。
- 露西亜人墓地
墓地のベンチに
寄せかけて、
誰か忘れた大喇叭、
さめた緋ぶさに日がかげる。
日がなうろつく
写真屋さん。
花のみ咲いてむせつぽい
小さい花壇に虫が飛ぶ。
- 鱸
鱸、すずき。
松花江の鱸。
氷をわつて
鱸を釣ろよ。
まだまだ寒い、
毛皮を着よよ。
お父さんが行けば、
白熊みたい。
子供が跳べば、
仔兎みたい。
白系露西亜、
あの子は橇だ。
朝霧立つな、
汽船が赤い。
教会堂のベルも、
あれあれ揺れる。
- 松花江
結氷、結氷、
松花江。
氷砕いて鱸とる
あれは熊だろ、毛のころも。
お船の赤い船腹も
こほりついてる寒い朝。
僕らは橇だ、スケートだ、
引いてけ、押してけ、つつぱしれ。
砕く氷の問から
鱸が一匹はねあがる。
結氷、結氷、
松花江。
- 志士
駈け足して来た僕たちは
息をつめます、踏みとまる。
ああ、その人の死場所だ。
ちやうど朝日のさす頃だ、
なんときびしいしろい霜。
ああ、その人の死場所だ。
ひろい曠野につかまつた
蒙古服着た日本人。
ああ、その人の死場所だ。
銃をかまへた露西亜兵を
目かくしはづしみつめてた
ああ、その人の死場所だ。
駈け足してゆく、僕たちは
頭右して凛々と。
ああ、その人の死場所だ。
- 少年拓士
ひろい野つ原、
高梁畠。
月のよいのに、
おもてに出てる。
喇叭ふいてる、
少年拓士。
一二三四。
五六七。
建国体操
みんなでしてる。
- 馬賊
高梁刈つた。
野は刈つた。
秋天一碧。
風千里。
馬賊どこ行た、
カオリヤン、リヤン。
- 斉斉哈爾
星さへ凍る晩でした、
汽車から降りた、黒い影
鷲の眼のよに眼がきつく
黒いトランク抱くやうに
駅を出かけて見てました。
闇を見つめてをりました。
たつたそれだけ。風がまた
ピシリはたいていきました。
- 海拉
赤い日に照る転轍機、
貯水タンクだ、あ、駅だ。
ここは海拉、どの屋根も
橙いろだ、あを瓦。
興安嶺をうねうねと、
くだりくだつて広野原。
さきは沙山、沙つづき、
雪ののこつた沙のくぼ。
汽車はゆくゆく満州里へ、
赤い夕日のまんなかへ。
- ハラハンテ
駱駝佇つてるハラハンテ、
駱駝は風にながめてる。
どこをながめる上眼して、
沙丘は雲につづくのに。
大砲の弾うちぬいた
赤い廃墟が見えるのか。
どこかにつづく豆のよな
駱駝の隊がこひしいか。
今は残雪、そこここに
雪は夕焼うつしてる。
註 ソビエツト兵と以前の満州兵とが戦つた頃のことです。
- 風車の満州里
駱駝がね、駱駝がね、
庫倫から来たんだよ。
あらさう、蒙古からでしよ。
駱駝がね、駱駝がね、
ふるへてふるへて来たんだよ。
あらさう、こごえたんでしよ。
駱駝がね、駱駝がね、
風ぐるまの下を来たんだよ。
あらさう、こはれてたつけね。
駱駝がね、駱駝がね、
砂丘を降りて乗たんだよ。
あらさう、遠くから嘶いてね。
駱駝がね、駱駝がね、
よぼろよぼろ来たんだよ。
あらさう、お爺さんだつたでしよ。
- 月夜の路舵
駱駝のお宿をたたくは誰だ。
駱駝でござる。
月夜のお宿に寝てるは誰だ。
駱駝でござる。
そこらに、でこぼこしてゐるはなんだ。
瘤だよ瘤だ。
空目で薄目で見てるはなんだ。
疲れたんだよ。
高梁稈が白いね、高梁稈が白いね、
水が飲みたいんだよ。
註 満州里あたりでは駱駝のお宿と云ふのがあります。
砂漠を越えて来た駱駝の群を泊めるのです。
- 駱駝のお宿
来たよ、駱駝が庫倫越えて、
ここは満州里、駱駝のお宿、
もこりもつこり、そこらで寝てる、
月が上れば、影まで寝てる。
駱駝背なかに水溜ござる。
水もないない、もうこれきりだ。
疲れはてたよ沙漠の旅で、
風邪も引いたよ胡沙吹く風に。
それぢやお寝んねそこらの草に、
あたたかいぞよ、高梁からは、
火でも焚きましよ、こちらをお向き、
何だ大人、あごひげ出して。
吹けよ、ぴいひよろ、子供よ笛を、
せめて月夜に聞かしてあげな、
淋しからうよ、四つ足折つて、
駱駝寝てゐる、薄い眼してる。
註 「大人」とは支那や清州ではえらい人のことをいひます。駱駝が応揚で、もつそりした風をしてゐるのでわざとさういつたのです。
- 越境
くらい朝闇、どこやらで
もうパンパンとやつてゐる。
沙山つづき満州里、
黒い影まで凍りつく。
さむい横雲つつきれて
太白星も白むのに。
すぐにつかまる狙撃兵、
何で越境したのだろ。
パンにジヤムつけ、鬚づらで
泣いてゐました、あいつらは。
- 子供の熊
熊が出ました、敦化の街に、
トトンカ、トントン、
街の子供が ソラ 逃げました。
トトンカ、トントン。
出たよ出た出た、大きな熊が、
トトンカ、トントン、
みんな大人が ソラ 逃げました。
トトンカ、トントン、
昼の日なかに、出た出た熊が、
トトンカ、トントン、
わアと街ぢうが ソラ 逃げました。
トトンカ、トントン。
見ればお菓子舗、硝子のお窓、
トトンカ、トントン、
店はがらあき ソラ 逃げました。
トトンカ、トントン。
なんだ子の熊、ちつちやな子熊、
トトンカ、トントン、
おくれおくれよ。ソラ 逃げました。
トトンカ、トントン、
おくれおくれよ、甘栗おくれ。
トトンカ、トントン、
誰もゐませぬ、ソラ 逃げました。
トトンカ、トントン。
たたくお窓はピカピカお窓、
トトンカ、トントン、
熊の子供も ソラ 逃げました。
トトンカ、トントン。
註 敦化の街は満州の吉敦鉄道の終点になつてをります。
吉林から東の奥の森林帯にある街です。
- ノロ高地
草にひそんで分捕つた
パン焼ぐるま、おいしさう。
夜明の霧からわつと出て
露は草山、ノロ高地。
ああ、ノモンハン、夢にでも
パンの焼きたて、おいしさう。
- 兵隊と子供
ガソリン瓶を投げつけりや
敵の戦車は火となつた。
ボールをかんとかつとばし、
秋天高し、僕は打つ。
- ハロンアルシヤン
ハロンアルシヤン、秋晴れて
空が涼しくなりました。
ハロンアルシヤン、朝明けて
空を飛ぶのは鳥でしよか。
ハロンアルシヤン、秋口は
すぐに病気もなほりましよ。
ハロンアルシヤン、焼きたての
パンのにほひもしてゐます。
- 黒竜江
黒竜江といふ字は
黒い字、
きつい字。
大きい字。
黒竜江といふ字を
僕はお清書して
父さんにお見せした。
二重マルをつけてくださつた。
父さん
黒竜江はいいな、
黒竜江に住んでた頭目、
お顔がどんなに黒くて
竜のやうだつたらうな。
- 牡丹江
零下二十度三十度、
月はつけ剣照らしてる。
黒く突立つ人影は
耳垂帽に毛の外衣。
此処は北満、牡丹江、
河の向うはソビエツト。
風も夜霜もすんとして
凍る上から、また凍る。
キラリと動く銃剣は
何を月夜に見つけたか。
北の守りの歩哨線、
犬が遠吼してゐます。
- 関東軍をねぎらふ歌
1
赤い夕日の満州は
風が鳴りましよ蒙古風、
広い野原の砂ほこり。
皆さんおうちがこひしかろ。
皆さんおうちがこひしかろ。
2
零下二十度三十度、
見張り、立ちづめ、防寒帽、
銃を持つ手もこごえましよ。
皆さんご無事におだいじに、
皆さんご無事におだいじに。
3
梁の刈あと、はるばると
月も照りましよ、かげりましよ、
たよりしましよか、すぐ今夜。
皆さん写真をあげましよか、
皆さん写真をあげましよか。
4
きのふは東、けふは西、
いつになつたら、山に川、
匪賊退治がおすみでしよ。
皆さんお疲れなさいましよ、
皆さんお疲れなさいましよ。
5
たまにほかほかおみおつけ、
米の御飯はおあがりか、
着のみ着のままおやすみか。
皆さん暖炉はもえますか、
皆さん暖炉はもえますか。
6
お国の護り、朝に晩、
辛いことでしよ、泥の靴、
命がけなら君の為。
皆さん皆さん、ありがとう、
皆さん皆さん、ありがたう。
(陸軍省依嘱)
- あとがき
この少国民詩集「満州地図」は、満州建国十周年慶祝記念として、この光栄ある機会に参じようとする私の一つの詩業である。日満少国民の読物として、新に献げられた之等の少年詩や童謡は、その殆が一気の書きおろしであり、それだけに、全体としても構成的であり、はじめから企図した文化的意嚮もほぼ達せられたつもりである。乃ち、満州の風土、民俗、季節、伝説に亘り、日露役より満州事変、現下の大東亜戦争をも織り交ぜ、地理的にも歴史的にも少年の生活感情に結びつけようとするものである。さうして、この本が、視力もさう利かず、絶対安静の病床に在つて、死生の間に彷徨しながら、この五月の中の一週間ほどに成された口述の詩章であることに私としての微笑が密かに私の頬を綻ばしてくれる。私はやつと責を果したやうに思ふ。
私は昭和の四年、今から遡つて十三年前に、満鉄の招聘を受けて、渡満し、一ケ月に亘つて、北は満州里、西は鄭家屯、東は新義州、南は関東州一円を巡歴した。その直後、十数篇の童謡を作したのみで、荏苒今日に至つた。それが漸くにして、茲にひと通りの整理を遂げたのである。尤も短歌の方でも「満蒙風物唱」が完成したのもやつとこの昭和十四年であつた。容易なことではない。
現下の満州は、建国前の満州ではない。どれだけの変貌が将来され、どれだけの維新が行はれたか、私はこの眼で直接に観た訳ではないゆゑ十分にその実状を歌ひあげることは、私には適任でないかもしれない。しかし、満州の地勢、土俗、自然、人情といふものは一朝にして甚しく転変推移するものではない。その根ざしは極めて深いものであつて、歴史のやうに興亡常無しといふものではない。で、私は、私の観た程のものの記憶を骨として、他は詩家としての肉づけを念とした。ただ私の旅行が晩冬早春の頃であり、満目荒涼たる季節に際したので、之等が二者の主調となつたのも止むを得ないのである。
また、この本は構成の上から四章に別れ、それ等が満鉄鉄路の幹線支線を通じ、各駅の駅名の羅列的形式を採つたが、それかと云つて、鉄道案内でも無く、風景画葉書の積み重ねでも無い。一篇一篇の詩情を以て、それそれに案配されてゐるのである。
曩に述べたごとくこの一巻は書き下ろし詩集であるが、この中には往時の童謡作品が僅かに十数篇だけ交つてゐる。尤もそれさへがまだこの種の童謡集には収めてないもののみであるゆゑ読者には混雑感を与へないことと思ふ。ただ、「待ちぼうけ」「ペチカ」「柳のわた」三篇のみが童謡集「子供の村」(大正十三年アルス刊)から再録した。理由としては殊に前の二篇が普く人口に膾炙し、既に日満少年のものとなり了つてゐるので、この本の性質上、どうしても加へない訳にいかなかつたのである。編纂整理の上から、この一事は諒してほしいと思ふ。
終りに、日満少国民の為に健全なる発育を祈り、その父兄母姉たちの愛読をも希つて置く。
昭和十七年夏
白秋識
- (奥付)
- 白秋全集27 第八回配本(第2期二五〜三七巻・別巻)
一九八七年八月三日発行
定価 三九〇〇円
著者 北原白秋
発行者 緑川亨
発行所 〒101東京都千代田区一ツ橋二−五−五
株式会社岩波書店
電話 〇三−二六五−四一一一
振替 東京六−二六二四〇