祭の笛


はしがき
 夏の祭のじせつになりました。わたしたちの子供のころにはあの祭の笛ぐらゐなつかしいものはありませんでした。あの笛や、それから鉦や太皷のお囃子や、風船玉や、五色の独楽や、薄荷糖ののほひや、今思ひ出しても楽しいものでした、祭は。
 夏の祭は紅い金魚の尾鰭のやうに華やかで、また青い乾草のやうに日向くさい、何かしら胸さはぎのするものです。その遠くで昼の花火があがるのです、黄色い煙の花火が。
 夕方になると田舎では田圃の水にかへろが啼いて、蛍がほうほうと、堆肥のかげから飛んで出ます。すずしい白の蓮も、唐黍畑の向うからいいかをりを湿らして来ます。町の方でも大きな桃色のお月さまの下でわつしよい/\とやつてゐます。それが、この小田原のやうな海のそばになると、そのお囃子の間々に、ゆつたりとした浪の音や、さびしい川瀬のひびきやらがきこえて、きいてゐると、何だかかう迷子にでもなりそうな、どこまでもどこまでも岬から岬へ歩いて行つて了ひたいやうな心もちになつて来ます。
 わたしはいま、わたしの木兎の家の赤い屋根裏からさうした月夜のお囃子をきいてゐますのです、祭のお囃子を。
 祭は子供のお夢を育てます。子供のいのちをいちばん美くしくいきいきと湧き立たせるのは祭です、そして豊かな想像を。
 あの祭の前の晩の胸さはぎや、済んだあとのさびしさ、さうしたじせつの移りかはりも子供がいちばん深く感じます。
 あの笛のやうに皆さんをほんたうにひきつけるものがお謡です。吹いて見ましよう、わたしはあの祭の笛を。
 わたしは皆さんとおなじ子供にならなければ、そのお笛は吹けません。
 それだから、わたしは昔の子供だつたときのことを思ひ出して吹きます。
 それから、むろん、今は大人になつて了つたけれど、わたしのやうな大人の心とあなた方子供たちの心と、どこかでおんなじに触り合ふ素直な、いつまでたつても変らぬいい笛の音もあります。
 それから、木や草の葉つぱや、目に見えぬほどの小さなお星さまのまたたきや、馬追虫や、そして、赤いお胸の駒鳥や、さうしたものが皆さんにお話しかけるいろ/\なお謡も、私は代つて吹いてあげたいと思ひます。さういふ空や山や野つ原や、遠い海のささやきは、それこそおとなしい心になつて、ほんたうに赤ん坊のままの心できいてゐないときこえてまゐりません。さうしてそのままにそれをお笛に吹かねばなりません。
 それにほんたうに、耳や、眼や、お鼻や、お口や、それから肌や指で触つて見なければ、てんたう虫の翅音も、合歓の花の色も、お母さんの乳豆のにほひも、ねこやなぎのぼや/\もほんたうにはわかりません。さうしてみんなが持つてるわたしたちと同じやうないのちの息づかひも、智慧の心もわかりません。ねんねの夢にしたところで、やつぱり何か一度は見たりきいたり触つたりしたものから生れて来ます。
 だから、あなた方も、丁度あの蝸牛のお角のやうに、何にでもひとつひとつ触つて、それからそれからと色々な美くしいお夢の中には入つてゆかねばなりません。ほんたうのものはみんな綺麗です。そして、みんないいお夢を持つてゐます。
 あの祭の覗きめがねや、酸漿や、風船玉に、皆さんがいつでも飛びついてゆくやうに、いつでもあのはりつめた気もちで、空や、海や、動物、植物、それから石や金や、さうした何にでも飛びついて、ほんたうに見るといふ事が何よりたいせつです。花でも虫でもみんないい智慧を持つてゐます。智慧のお祭と云つていいくらゐに。で、わたしはあなた方をさうしたほんたうのいい自然の祭に呼びよせるためにも笛を吹きます。
 ここに芥子のたねが一粒あるとします。あなた方はその芥子つぶを掌の上にのせて、じつと眼をつぶつて、この芥子のたねがどうなるかどう生ひたつてゆくかを考へて御覧なさい。あの紅い綺麗な花が咲くまでのことを思つて見ても、ほんとに楽しいものです。それとおなじやうに、あなた方の心の上にも、いろ/\の花の芽が育つてゆきます。さうして一日一日に、まだあなた方の考へもおよばないやうないろ/\な明日のお夢がすこしづつ近寄つてまゐります。何か待たれるいい事が、きつとあなた方を、あの祭の前の晩のやうにうれしくて/\眠らせないでせう。さうしたあなた方の心の芽を育ててあげるためにも、私は笛を吹いて、あなた方といつしよに、さういふいい仕合を待つてゐてあげます。
 この「祭の笛」といふ本の中から、さうした私の笛の音をよくききわけて下さい。
 それから、この中にはふた通りの笛の音があります。ひとつはあなた方のお夢をもつと深くもつと美しくしたいためのもの、もひとつはあなた方の智慧をもつとこまかく輝かすためのもの、このふたつのわたしの笛の音が、ほんたうにあなた方の心のやしなひになる事ができれば、わたしはこの上の喜びはありません。
 今夜もいいお月夜です。屋根裏から下へおりると庭は海の底のやうに薄青く、それに露がいつぱいにちらちらしてゐます。前には紫の花あやめが真盛りです。
 まだ祭の笛が鳴つてゐます。
大正十一年五月、祭の晩
               小田原木兎の家にて
                         白秋しるす


祭の笛

祭の笛が鳴りまする。
今年も蚕豆もぎりましよ。
祭の笛が鳴るころは
蛍もつけます、赤の襟。

祭の笛を吹く方は
お里のかはいい御宮さま
祭の笛にさそはれて、
蛙も啼きます、田の水に。

祭の笛よ、なぜ遠い。
昼間の花火は寂しかろ。
祭の笛にねんねして、
三日月さアまも丘の上

祭の笛が鳴る夜さは
芝居の灯もあちこちに。
祭の笛をきいてれば
迷子になるよな、うれしよな。

祭の笛にねかされて
ねむれば魔法の夢ばかり。
祭の笛を吹く方は
いつでも小さな御宮さま。


ねんねのうた


ねんねのお国

ねんねのお唄はいいお唄、
ねんねのお唄を聴いてれば、
桃いろお月さまかすみます、
ねんねのお国へまゐります。

ねんねのお国は花祭、
夢から夢へとにほひます、
小鳥も鳴きます、歌ひます、
お囃子なんどもきこえます。

ねんねの祭へゆく人は、
ちらちら、丘からつづきます、
小さなお馬に花の山車、
鵞鳥のお舟も通ります。

ねんねの祭で見る人は、
何だかうれしい人ばかり、
いつだか、何処でか、どうしてか、
何だか見たよな人ばかり。

ねんねのお母さまいいお方、
いつでもかはいとお抱きなる、
お手々を曳かれて、祭見て、
はぐれて泣いてりや目がさめた。


ねんねん唄

月夜の屋根の窓硝子、
寝てゐりや、さみしい、なつかしい。
月の光がは入ります。

月の光を見てゐれば、
なアぜか夜声が聴かれます。
なアぜか涙ながれます。

聴けばこの世か、前の世か、
いイつかみたよな、聞いたよな、
あれ、あれ、あの唄、ねんね唄。

ねんねのお母さま何処へ往た。
いイつか見たよな、泣いたよな、
お家の裏の青葡萄。

月の光を見てゐれば、
なアぜか夜声がきかれます。
なアぜか涙がながれます。


こぬか雨

こんこん小雨の
ねこやなぎ、
こぬかの小雨がかかります。

こんこん小雨の
こぬか雨、
こんこんこまかにおしめりか。

こんこん小雨の
ねこやなぎ、
ねんねの寝た間におしめりか。

こんこん小雨の
こぬか雨、
明日は董も咲いてましよ。

こんこん小雨の
ねこやなぎ、
ねんねもすやすややすみます。


お昼寝

日向の秣に昼寝すりや、
祭の囃子がきこえます。

鉦や、太鼓や、馬の鈴、
風船玉もピイと鳴る。

覗きからくり、薄荷糖、
花火もぽん/\あがります。

日向の秣がなつかしい、
昼寝りや祭の夢ばかり。


げんげ草

ねんねのお里のげんげ草、
ぽちぽち、仔牛も遊んでる。
牧場の牧場のげんげ草、
誰だか遠くで呼んでゐる。

ねんねのお里はよい田舎、
ねんねのお汽車で下りたなら、
道はひとすぢ、田圃道、
藁屋に緋桃も咲いてます。

ねんねのお守はゐやせぬか、
ちよろ/\小川もながれてる、
いつだか見たよな橋もある、
小藪のかげには閻魔堂。

ねんねのお里で泣かされて、
お背戸に出て見たげんげ草、
あのあの紅いげんげ草、
誰だか遠くで呼んでゐる。


浪の音

お山で恋しい浪の音、
寝てゐりや、遠くで浪の音。
ゆつたり、ゆつたり、ゆつたりこ。

 いつだか、月夜のお祭に
 はぐれてひイとりあるいてた。

 いつだか、蒸汽でついたよな、
 何処かの港の紅林檎。

 ねんねよ、ねんねと、寝かされた
 あれ、あのお里の浪の音。

何だかうれしい浪の音。
いまでもねんねの浪の音。
ゆつたり、ゆつたり、ゆつたりこ。


南の風の

南の風の吹くころは、
朱欒の花がにほひます。

朱欒の花の咲く夜さは、
空には白い天の川。

三つ星、四つ星、七つ星、
数へてゐたれば、つひ、眠むて。

つひつひ、とろりとねんねした。
そのまま朝までねんねした。

  南の風の吹くころは、
  朱欒の花がにほひます。


ねんねの騎兵

わたしのかはいい竜騎兵
唐黍畑に昼寝して
お馬に、かぽ/\、逃げられた。
お馬は木の馬、青の馬、
野を越え、山越え、森越えて、
湖水のふちまで来て見れば、
野鴨があちこち、雁一羽、
月夜は凍るし、宿は無し、
露西亜の猟師にすくはれて、
はるばる戻ればまだお昼、
唐黍畑のそよ風に、
涙もほろほろ、竜騎兵、
すやすや眠ながら泣いてゐた。


夢買ひ

ねんねん寝山の栗鼠の子は、
啼き啼き、お里へ夢中買ひに、
夢買ひに。

とんとと叩けど、よう起きず、
月夜は寝ねした影ばかり、
影ばかり。

葡萄の夜露を浴びましよか、
廐の盥に宿借ろか、
宿借ろか。

粉場のお臼へこけ落ちて、
お山は雪だと夢に見た、
夢に見た。


揺籠のうた

揺籠のうたを、
カナリヤが歌ふよ。
  ねんねこ、ねんねこ、
  ねんねこ、よ。

揺籠のうへに、
枇杷の実が揺れる、よ。
  ねんねこ、ねんねこ、
  ねんねこ、よ。

揺籠のつなを、
木ねずみが揺する、よ。
  ねんねこ、ねんねこ、
  ねんねこ、よ。

揺籠のゆめに、
黄色い月がかかるよ
  ねんねこ、ねんねこ、
  ねんねこ、よ。


ねんねこ唄

ねんねや、ねんねや、おねんねや、
坊やのお父さん馬買ひに、
馬は何馬、うさぎ馬、
幌かけぐるまもほしいなら、
明朝曳かしてしんぜましよ。

ねんねや、ねんねや、おねんねや、
坊やのお母さん鳩呼びに、
鳩は何鳩、かはら鳩、
雀のたまごもほしいなら、
明朝さがしてしんぜましよ。

 ねんねや、ねんねや、おねんねや、
 ねんねや、ねんねや、おねんねや。



田舎のうた




蝸牛角振れ、
野茨が小風に揺れ出した。
雀もちゆんちゆく鳴いてゐる。
お乳しぼりも起きて来た。
牝牛も青草食べ出した。


こんこん小山の

こんこん小山のお月さま、
ついたち二日はまだ小さい。
  仔馬の耳より
  まだ小さい。

こんこん仔馬も馬柵の中、
一飛び、二飛び、まだ小さい。
  となりの兎より
  まだ小さい。

こんこん小藪の青葡萄、
一つぶ、二つぶ、まだ小さい。
  仔馬の眼々より
  まだ小さい。


涼風、小風

涼風、小風、
小雨の小藪、
ちらちらあかれ、
葉洩れ陽透くに。

野葡萄の蔓に、
駒鳥啼いて、
みどりや、瑠璃や、
鈴生る、玉が。

駒鳥、小鳥、
揺れ揺れ、枝を、
いえ、いえ、まだよ、
露が巣にかかる。

この巣の中に、
卵が五つ、
卵が五つ、
今朝生んだばかり。


五月の声

五月の野原で聴いてると、
いろんな小声がして来ます。

「もうぢき夏だ、涼しいな。」
そオれは柳の旅燕。

「あら、あら、郭公が啼いてるわ。」
わすれな草です、空色の。

「眩しい、眩しい、光つてる。」
竜胆の芽は出たばかり。

「彼方行つて、彼方行つて、露がちる。」
葉洩れ陽ちらつく巣の中よ。

「あれあれ、卵がかべります。」
枝から駒鳥ののぞいてる。

「蛍の嬰児さん、もうお起き。」
「てんたう虫の祭です。」

「そんなら、ヴアヰオリンを弾きましよか。」
「かまきりなんぞに用は無い。」

「わたしも白粉つけましよよ。」
蝶々は生れてまだ軽るい。

「さあさあ、一緒にをどりましよ。」
玉虫小母さん、お洒落さん。

小川も跳ね跳ね流れます。
「五月だ、五月だ、涼しいな。」


田舎

お窓の硝子を開けとけば
いろんな羽虫が飛んで来る。
   田舎は涼しい涼しいな。

ぶんぶん黄蜂はまだ小さい、
それでも薄紅ランドセル。
   田舎は涼しい涼しいな。

蝶々は雪のように舞うて来る、
お翅を立て立て、また留る。
   田舎は涼しい涼しいな。

開いて留るは焦茶の蛾
肥つちよで、焦茶の八字眉。
   田舎は涼しい涼しいな。

ネクタイピンの玉、てんと虫、
つまめば割れます、翅が出る。
   田舎は涼しい涼しいな。

素木の卓子、竹の椅子、
まゐまゐつぶろも薄みどり。
   田舎は涼しい涼しいな。

小矮鶏のお客さん、こつこつこ、
土間には鉋屑、濡れキヤベツ。
   田舎は涼しい涼しいな。

お乳のしぼりたて飲んでれば、
蜜柑の花だかにほひます。
   田舎は涼しい涼しいな。

窓から見てると、郵便屋
両手をふりふり、「今日は。」
   田舎は涼しい涼しいな。

遠くに牧場のお月さま、
ぽつぽつ寝てゐる斑牛。
   田舎は涼しい涼しいな。

小山があちこち、黍畑、
近くに赤屋根、ながれ雲。
   田舎は涼しい涼しいな。

天気だ、天気だ、青空だ、
町ではお午の鐘が鳴る。
   田舎は涼しい涼しいな。


跳ね橋

跳ね橋の向ふに、
黄色い月があアがつた、
川土手を行かうよ。

跳ね橋があがれば、
帆を巻き、帆を巻き、ぎイいちこ、
帆柱がとほるよ。

跳ね橋がおりれば、
乾草車が、かアらころ、
白い馬がつづくよ。

跳ね橋のしもには、
灯が水に、ちイらちら、
ハアモニカを吹かうよ。


水はぢき

   水はぢき、水はぢき、
   ひとりひとりはぢこ。

親指、王様。
小指は女王。
中指、将軍。
人さし指が巡査で。
薬指は医者。

   これでも暑いなら、
   アイスクリームを召しあがれ。


虹と仔馬

濡れろ、濡れろ、仔馬、
虹の輪の下を、
連れ連れ駈けれ。

跳ねろ、跳ねろ、仔馬、
川瀬の石を、
飛び飛び越えて。

踊れ、踊れ、仔馬、
虹の輪の中で、
雲雀が、雲雀が啼いてるぞ。


燕の歌

燕の雛が一羽よ、
楊の枝にとオまつた。
  揺れる、揺れる、揺れる、よ。
  啼いてる、啼いてる、啼いてる、よ。

燕の連れが三四羽よ、
また来て、ついつい、とオまつた。
  揺れる、揺れる、揺れる、よ。
  夕焼、夕焼、夕焼、よ。

燕の頬つぺた赤いよ、
楊は水の輪画きたてた。
  揺れる、揺れる、揺れる、よ。
  濡れる、濡れる、濡れる、よ。

燕の迷子があちこちよ、
まだまだとまれず翔けつた。
  揺れる、揺れる、揺れる、よ。
  月が出た、月が出た、月が出た、よ。


乳いろ水いろ桃いろ

乳いろお月さま、夜明けごろ、
羊のお小舎へ、みな行こよ、
お乳をわけましよ、貰ひましよ。
仔馬もぴよん/\跳ねて来な。

水いろお月さま、お午過ぎ、
粉揚のうしろで、かくれんぼ、
お粉にもぐりましよ、まみれましよ。
鼠もちよろ/\顔出しな。

桃いろお月さま、宵のうち、
乾草小舎まで、みなおいで、
ハモニカ吹きましよ、歌ひましよ。
蝶々もすや/\おやすみな。


南の風は

南の風は
そよそよ風よ、
紅い帆を一つ
海からほんのり連れて来た。
牧場の牝山羊らが、それ見て、子産むだ。

西吹く風は
暴風雨のしらせ、
夜明の空に
虹の輪ぽつかり吹き立てた。
潮に乗つた鰤の群が、それ見て、沈んだ。

北吹く風は
大寒小寒、
白い鷹を一羽
ひようと山から吹きおろす。
ばら/\、寒雀が、それ見て、縮んだ。

東の風は
ややまだ寒い。
風車一つ、
粉場のお屋根に繕つた。
乳屋の妹つ子が、それ見て、嫁入つた。


午後一時

円い空青いね。
向うに牧場、
ピカピカ棕梠の木一本ね、
斑らの豆牛ぽつつりね、
彼方向いてぽつつりね、
いつまで寝てゐる、ぽつつりね、
誰か行つて揺り起せ、
ちよいと、此方向かせ、
ひら/\蝶々行つて来い、
小さう小さう遠くなれ。
おや、おや、誰だか、豆人形
紅いハンケチ振り出した。
ところでお屋根の大時計、
ぢいん。──もうもう、おおい、おおい。


日雀と椿

椿に日雀が飛んで来た。
あれ、あれ、空見て啼いてゐる。

椿の花は皆紅い、
重なり重なり咲いてゐる。

日雀の頭は動いてる。
啼く時、啼く時、動いてる。

椿の花も揺れ出した。
花から花へと揺れ出した。

花から花へと揺れ出せば、
どの葉もどの葉も揺れ出した。

枝から枝へと飛び飛びに、
日雀は啼き啼き遊んでる。

日雀はどんなにうれしかろ、
椿もどんなにうれしかろ。


草もみぢ

淡紅いろ、紅いろ、鶸茶いろ、
かはいいもみぢは草もみぢ。

すべりこしましよか、つみましよか、
日向の草土手、草もみぢ。

松虫草やら、われもかう、
竜胆も咲いてて、草もみぢ。

のぞけば碧い実、瑠璃の玉、
小さな眼々して、草もみぢ。

お人形ねかそか、あづけよか、
かはいいかはいい草もみぢ。




高い山ひとつ
まだ雪ばかり、
中の山五つ
赤い野火はしる。
低い低い端山
もう花盛りよ。
ぴいひよろ、/\、
鳶啼いて廻れ。




知られない、なにか待たれるもののうた


蝶々の旅

湖ははるばる、
空遠し。

浪はさざなみ、
日和浪。

南の風に、
おくられて。

黄や、紫や、
白の蝶。

何処へゆくのぞ、
数知れず。

すれすれわアたる
今日の凪。

昼は事なく
わたれども。

とオまるもの無き
浪つづき。

凪はひととき
目路の果。

夕立雲も
湧くものを。

どうせは、神鳴り、
いなびかり。

早よ早よ、わアたれ、
夜は凄い。

蝶々、蝶々、
旅の蝶。


月夜のお囃子

夜宮の灯にそそられて、
月夜の浜に出て見たが、
出て見たが。

浜は松風、浪の音、
はぐれて啼くのは磯千鳥、
磯千鳥。

笛や太鼓のお囃子は、
一岬先やら、何処ぞやら、
何処ぞやら。

戻ればうしろにすぐ近て、
たづねりや、やつぱり浪の外、
浪の外。

迷子の迷子の磯千鳥、
月夜の囃子はまだ遠い、
まだ遠い。


鶏頭

鶏頭、鶏頭、
葉鶏頭、
誰のお墓か、墓ひとつ。

鶏頭、鶏頭、
葉鶏頭、
おはぐろ蜻蛉も、飛んでゐる。

鶏頭、鶏頭、
葉鶏頭、
いイつか来たよな、泣いたよな。

鶏頭、鶏頭、
葉鶏頭、
いつかも落ちてた栗のいが。

鶏頭、鶏頭、
葉鶏頭、
誰のお墓か、日が這入る。


影ぼふし

ひイとりぼつちの影ぼふし、
壊れたお椅子にあちむいて。

ランプのお笠に啼く虫は、
お髭の長いきりぎりす。

カタコト鳴るのは窓硝子、
夜風が揺するか、誰が来てか。

暗闇すかせどただ暗うて、
ちらちら、お星のかげばかり。

ひイとりぼつちの影ぼふし、
何を為てやら、お待ちやら。

赤い毛糸の糸巻きが、
膝からころ/\落ちました。


七つ坊主

もう日が暮れる、
逢魔が時よ。

早よ早よ、帰れ、
残れば恐い。

一丁目の闇に、
坊主が出たぞ。

ぽつつり、坊主、
ぽつつり、一人。

二丁目の闇に
坊主が出たぞ。

ぽつつり、坊主、
ぽつつり、二人。

連れてけ、坊主、
泣く子がゐるぞ。

七つ坊主が、
ぽつつり、ぽつつり、出たぞ。

  註。もと、東京の街では、日が暮れると、きまつて七つ坊主と云つて、七人連れの坊主が通つたものださうです。


吹雪の晩

吹雪の晩です、夜ふけです、
どこかで夜鴨が啼いてます、
燈もチラチラ見えてます。

私は見てます、待つてます、
何だかそはそは待たれます、
内では時計も鳴つてます。

鈴です、鳴ります、きこえます、
あれあれ、橇です、もう来ます、
いえいえ、風です、吹雪です。

それでも見てます、待つてます、
何かが来るよな気がします、
遠くで夜鴨が啼いてます。


りん/\林檎の

りん/\林檎の木の下に、
小さなお家を建てましよか、
そしたら小さな窓あけて、
窓から青空見てましよか。

りん/\林檎なつたなら、
鶫もちらほらまゐりましよ、
丘から丘へと荷をつけて、
商人なんぞも通りましよ。

りん/\林檎に雪が降り、
一夜に真白くつもつたら、
それこそ、かはいい煙あげて、
朝から食堂を開きましよ。

りん/\林檎は焼きましよか、
むかずに皿ごとあげましよか、
お客は誰やら知りやせぬが、
今にも見えそな旅のひと。

りん/\林檎の木の下に、
小さなお家を建てましよか、
窓から青空見てましよか、
遠くの遠くを見てましよか。


お掌の林檎

りんご、りんご、紅りんご、
林檎の小さな種子ひとつ、
お掌の畠に蒔きましよか。

りんご、りんご、紅りんご、
それそれ、日が照る、芽が萌える、
見る見る木になる、葉が繁る。

りんご、りんご、紅りんご、
いよいよ、微風、花盛り、
つやつや生ります、果が熟れる。

りんご、りんご、紅りんご、
朝からつつきに来る鳥は、
西伯利亜鶫か、黄鶲か。


りんご、りんご、紅りんご、
あれあれ、降ります大雪が、
夜昼つみます、つもります。

りんご、りんご、紅りんご、
ふと見りや、お掌に皆消えて、
やつぱり小さな種子ひとつ。


青い月夜

雪の山家の水ぐるま
いイつか廻つて、日が暮れて、

青い月夜に振る鞭は、
あアれは旅ゆく橇の人。

ちりから鳴るのは馬の鈴、
何処まで行くやら、駈けるやら。

燈火もチラチラ点き出した。
ピアノも遠くで弾いてます。

山の向うにゆく橇よ、
青い月夜はまだ寒い。


昨夜のお客さま

昨夜のお客さま誰でしよ。
夜更けて人声してゐたが、
夙よからお寝間を覗いても、
桃色窓掛まだ暗い。

昨夜のお客さま誰でしよ。
見知らぬ子どもか、小母さまか、
それともお髭の小父さまか、
何処からおいでか、何しにか。

昨夜のお客さま誰でしよ。
お母さんに聞いたら御存じか、
お父さんはなんにも仰つしやらぬ、
ほんとに誰も来はせぬか。

昨夜のお客さま誰でしよ。
早よ早よ知りたい、逢つて見たい。
林檎畠の紅雀、
お前は誰だか知つててか。


弟の誕生

今夜のお星さん不思議です、
どうしてあんなに美くしい、
チラチラ、キラキラしてゐます。
いつもとすつかりちがひます。

私は見てます、不思議です、
恐くて、見たくて、ふるへます、
何だかひらひら飛んでます、
白い鳥です、千鳥です。

今夜は何だか不思議です、
犬だか遠くで啼いてます、
海ではエンヤラ云つてます、
なんだかしんしんして来ます。

まだまだ赤ちやん生れない。
お庭へ出されて、まだ待つて、
まだまだ赤ちやん生れない、
お胸がドキドキして来ます。

暗い茂みを見てゐると、
なんだか、ひいやり咲いてます、
枇杷の花です、揺れてます、
椿も青く光ります。

ほんとに今夜は不思議です、
チラチラ、ドキドキまだ為てる、
いえいえ、だんだん恐くなる、
あ、声がする、あ、赤ちやんだ、赤ちやんだ。


カステラ

お墓の上の葉洩れ陽に、
緑の毛虫が匍つてゐる、
さうださうだ、毛虫に訊いてみよ、
死んだら、わたしはどうなるの。

毛虫は黙つて動いてる、
露がいつぱい毛について、
動いて、ちらちら、こぼしてる、
ほんとに毛虫は息してる。

死んだらおまへはどうなるの、
ほんとに毛虫よ、どうなるの、
どんなに訊いても歩いてる、
いい、いい、おまへに訊きやしない。

そんならお墓に訊いてみよ、
お墓の石には陽が照つて、
触ると青苔濡れてゐる、
涼しい、涼しい、雨上り。

あ、あれ、栗の花が咲いてゐる。
カステラ見たいな色してる。
もひとつ、その木に訊いてみよ、
死んだらみんなは何処ゆくの。

カステラ見たいな栗の花
咲いたばかりで揺れてゐる、
朝からぷんぷんにほつてる、
雫がぽたぽたこぼれてる。

いいやいいや、死んだつて、わアいわい、
もうもう誰にも訊きやしない、
なんだかうれしくなつた、飛んで駈けろ、
お八つのカステラ食べたいな。


足音

紅い蝋燭まだ点けて、
姉と弟の影ぼふし、
そのお母さまの枕もと。

「あれ、そつとして、それ、御覧、
また、お母さまお起きなる。」
二人の顔は灯に紅い。

「いえ、いえ、うしろの窓硝子、
カタ/\鳴ります、真つ暗い。
「あれは夜風よ、大丈夫よ。」

「でも、真つ暗い。──呼んでゐる。」
「あれはお船よ、着いたのよ、
蒼いお月さま出るのでしよ。」

「それでも、何だか、わしや恐い、
ほれ、足音がやつて来る。」
「なんの、夜釣りに行くのでしよ。」

「いえいえ、お家へ来る音だ。
ほれほれ、だんだん近くなる。」
「お巡査さんでしよ、大丈夫よ。」

「それでも何だか、そよいでる、
あ、門の中へ入つて来た、
あ、戸を開けてる。」──「大丈夫よ。

そつとして、そつとして、ね、坊や。」
「いえいえ、誰だか歩いてる。
あ、お母様の氷嚢がふるへてる。」

「あ、外から触つてる。
鍵の孔から覗いてる。
あ、あれ、開いた。」「あ、あれ、あれ。」

寒い夜風がさアと来て、
紅い蝋燭フツと消える。
「あれ、お母様。」「お母様。」「お母様。」


お母さん仏さま

お母さん仏さま、
夕焼だ、
雀もちゆつちゆと、飛んでゐる。

お母さん仏さま、
にぎやかだ。
何だかお祭り、をかしいな。

明日は山から
お祖父さま、
お馬でかぽ/\入らつしやる。

お山のみやげに
なにもらを、
小雉子に山鳥、しろ兎。

お母さん仏さま、
恐かない。
明朝、早よからお目覚めだ。

そしたら、お祭
見せてあぎよ、
坊やも仔馬に乗つてやろ。



寒いお山のうた


雀のお宿、

雀のお宿は山蔭に、
小薮がこんもり、ほそながれ、
下手に丸木の橋ひとつ。

雀のお宿はもう寒い。
誰か来るかと出て見れど、
遠くぢやちりぢり渡り鳥。

雀のお宿はわびしいに、
ときたま機織るひお梭の音、
野山にとんから響きます。

雀のお宿に日が暮れりや、
ちらちら燈もともるけど、
夜更けは時雨の音ばかり。


ちよん/\雀

土の橋ひとつ、
水の音寒い、
ちよん/\雀、
その橋わたれ。

向うは夕陽、
こちらは氷雨、
ちよん/\雀、
その橋わたれ。

土の橋ひとつ、
まだ橋明る、
ちよん/\雀、
今のうちにわたれ。


ふくら雀

もみぢの小枝に
雀が

 ふウくら雀が
 ふくれてる。

 なぜなぜ、そんなに
 ふくれてる。

むしやくしやするので
ふくれてる。

なぜなぜ、そんなに
腹が立つ。

なぜだか知らない、
腹が立つ。


雀の親子

あれあれ、お背戸の楢の木に
雀が一匹留つた。
それ、留つた。

一羽の雀は親雀、
子雀来いよと啼いてゐる。
それ、啼いてゐる。

飛んで来た雀は子の雀、
あわてて枝から転け落ちた。
それ、転け落ちた。

上ではびつくり、親雀、
下りよとすれども木が揺れる。
それ、木が揺れる。

下でも、ぱた/\、子の雀、
早よ早よ留まろと飛びあがる。
それ、飛びあがる。

それ見て喜ぶ親雀、
擦り寄る子雀、二羽雀。
それ、二羽雀。

雀の親子がそオろつた。
それそれ、いつしよに啼き出した。
それ、啼き出した。


矮鶏

白い矮鶏かはい、番ひの矮鶏よ。
黒い矮鶏つらい、連なし矮鶏よ。

日の照る道に、山茶花の庭に、
白い矮鶏あそぶ、ここここ遊ぶ。

日かげの山に、尾花の外に、
黒い矮鶏ひとり、遠く遠く求る。

夕焼小焼、とまり木に二羽よ、
枇杷の木のぼり、高く高く一羽。

北風吹くな、黒い矮鶏寒い、
明日また晴れよ、黒い矮鶏辛い。


この山

この山寒い、
もう日がかげる。

あの山温い、
まだ日があたる。

この山退けよ、
まだ日は高い。


ひとりぼつち

山と山との
空間に
高く、ぽつつり、木がひとつ。

あアれは何の木、
ただひとり、
黒く、ぼつつり、昼日中。

北風受けてか、
海見てか、
寒く、ぽつつり、日がかげる。

もうすぐ夕焼、
遠茜、
黒く、ぽつつり、木はひとつ。


椋鳥

椋鳥かはい、
椋の木に、ばアらばら。

椋鳥迅い、
遠くへ遠くへ、ちイりぢり。

椋鳥啼けよ、
霙が、霙が、寒いぞ。


こがらし

樺いろお月さん出てござる。
枯木の奥まで早や黄ろい。
こつつ/\、啄木鳥、
もう、しまへ、
急いてもお小舎は間にあはぬ。

小さなお月さん渓の上、
藤蔓、釣橋、早や白い。
きつき/\、小猿さん、
もう、お眠れ、
ないても毛布はまだ買へぬ。


ぽつつり子猿

ぽつつり子猿、
お岩にひとり。

どうだうと、急瀬、
飛沫は寒い。

お山の空に
小さな月がかかるに。

ぽつつり子猿、
もう声出ぬか。

一声啼けよ。
とてもとても寒い。



さびしい人たちのうた


閻魔の癇癪

真赤なお閻魔さま、大眼玉、
お口をくわつと開け、何ヨ睨む。

おまゐりしましよと、雀の子、
こわごわ、下から覗きます。

それでもお閻魔さま物言はぬ、
おやおや、でくのぼうか、腹なしか。

雀はお膝にちよいと乗る。
それでもいよいよ知らぬふり。

耳からお口へもぐり込む、
これでも痒ゆないか、お黙りか。

くわアつと一声閻魔さま、
雀は目まはして飛んで了うた。


良寛さま

良寛さまはお坊さま、
子供の好きなお坊さま、
子供みたいなお坊さま。

子供見たいに金もたず、
子供見たいに遊んでる。
子供といつでも遊んでる。

ある日、田圃でかくれんぼ、
夕焼小焼でかくれんぼ、
子供といつしよにかくれんぼ。

しめた、積藁、こりやよかろ、
良寛さまは、こつそこそ、
その藁かぶつて、こつそこそ。

そのうち、とつぷり日は暮れる。
子供はお家へかへります、
坊さま忘れてかへります。

星がきらきら光ります、
待つても待つても誰も来ず、
霜がきらきら光ります。

藁をかぶつてお坊さま、
息をこらして、お坊さま、
来るか来るかと、お坊さま。

誰も来ませぬ、風ばかり、
野鴨が遠くで鳴くばかり、
だんだん夜ふけになるばかり。

やつぱり来るかと、お坊さま、
ほんとに来るかと、お坊さま、
たうとう夜つぴて、お坊さま。

誰も来ませぬ、夜が明けた、
雀がちゆんちゆく鳴き出した、
朝焼小焼で夜が明けた。

来ました、百姓が、すたこらさ、
お鍬をかついで、すたこらさ、
畔霜踏み踏み、すたこらさ。

今度は来たぞと、お坊さま、
深息つめつめ、お坊さま
今度はびくびく、お坊さま、

おやと百姓が目をつける。
なんだか、変だぞ、この藁が、
おやと百姓が手をかける。

ついとはがせば、おどろいた、
おやおや、おやおや、お坊さま、
良寛さまかへ、おどろいた。

叱つ叱つ、そつとしろ、見つかるで、
子供がゐるかと、お坊さま、
叱つ叱つ、そつとしろ、見つかるで。

良寛さまは嘘つかず、
子供にだまされ、気がつかず、
いつでもだまされ、気がつかず。

子供見たいなお坊さま、
なんと、のろまのお坊さま、
なんと、仏のお坊さま。


鶏爺さん

鶏爺さん、お人よし、
妻子もよう無い、親も無い。

鶏爺さん、お金無い、
鶏一羽がただ大切。

鶏爺さん、貧乏だで、
人様お畑に畑うちに。

鶏爺さん、さびしいで、
鶏ふところ入れてゆく。

鶏爺さん、草取れば、
鶏やそこらで遊んでる。

鶏爺さん、日が暮れりや、
鶏ふところ入れて去の。

鶏爺さん、住む家は、
ちよんぼりお菰のあばら屋根。

鶏爺さん、ねむれない、
鶏かかへて、雨もりに。

鶏爺さん、どうなさる、
鶏や卵も生みやせぬに。

鶏爺さん、鶏と、
朝から晩まで眺めてる。


雑子射ち爺さん

雑子射ち爺さん、雉子射たず、
いつでも、しよんぼり下りて来た。
山からしよんぼり下りて来た。

雉子射ち爺さん、雉子見ると、
雌鳥かはいそ、雄綺麗、
子の雉子かはいそ、射たれない。

雉子射ち爺さん、雉子射たず、
谷底ばつかり射つて来た。
青空ばつかり射つて来た。


山の小父さん

真白兎をぶら下げて
山から小父さん下りて来た。
蕪や大根と代へに来た。

お山はすつかり雪でがす、
こんどは、しこたま貰つてこ。


先生

岬の学校、丘の上、
棕梠の木一本、夜は暗い。
   先生おひとり、ぽつつりこ。

空にはチラチラ、星の数、
四角の青い窓一つ。
   先生おひとり、ぽつつりこ。

燈に影ぼふしうごいてる、
ごうごと高まる浪の音。
   先生おひとり、ぽつつりこ。

あれ、あれ、オルガンが鳴り出した。
ほらほら、いつでもあの歌だ。
   先生おひとり、ぽつつりこ。

夜風が出て来た、何処でか、
探海燈が動いてる。
   先生おひとり、ぽつつりこ。

千鳥がへうへう啼いてゐる。
四角の青い窓ひとつ。
   先生おひとり、ぽつつりこ。

あ、あれ、オルガンが鳴りやんだ。
フツと燈がまた消えた。
   先生おひとり、ぽつつりこ。

空にはチラチラ星ばかり、
ごうごうごうと浪の音。
   先生おひとり、ぽつつりこ。


落穂ひろひ

落穂ひろひが
田にまだ一人、
かアがみかがみて、
あちこち歩む。

鐘が鳴るのに、
田にまだ誰か、
かアげりかげりて、
あちこちあさる。

もう燈がついたに、
田にまだ一人、
ひイとり、ひろうて
あちこち、暮れた。

落穂ひろひよ、
田を早やあがれ、
宵の明星が、
ちろ/\、ちろり。


馬どろぼう

お馬を盗んだ治作爺、
お縄で縛られ、睨んでた。

「彼奴め、朝から食べなんだ、
早う食べさせ、ひもじかろ。」

食べずに盗んだ治作爺、
お馬の顔見て、打たれてた。


かぐや姫

かぐや姫かよ、うしろさの藪に、
何か光るぞ、みんな早うおいで。

みんな出て見りや、雀が逃げた、
笹に入り日が、ちらつくばかり。

かぐや姫かよ、こつちさの藪に、
何か光るぞ、みんな来て御覧。

みんな行つて見りや雀が逃げた。
露に金の陽が、きらつくばかり。

かぐや姫かよ、あつちさの藪に、
何か光るぞ、みんな行つて御覧。


紅燈

小さな小さな支那の児、
何を弾く、支那の児、
大きな月琴抱へて、
紅い簪音させて。
  「あしたは満月、紅燈祭。
  そしたら、わたしも女王さま、
  そしたら、わたしも女王さま。」

小さな足の支那の児、
何を泣く、支那の児、
雨夜の河ぶちうろついて、
紅いお船も壊されて。
  「祭もたうとうおながれか。
  やつぱりわたしは宿なし児。
  やつぱりわたしは宿なし児。」


ほうほうほろりこ

ほうほうほろりこ、ほうほろり、
誰か月夜に、ほうほろり。

ほうほうほろりこ、ほうほろり、
寒い小橋を、ほうほろり。

ほうほうほろりと吹く笛は、
あアれは尺八、竹の笛。

ほうほうほろりと吹く影は、
めくらの子供がただひとり。

ほうほうほろりこ、ほうほろり、
父さま母さまどこござる。

ほうほうほろりこ、ほうほろり、
眼がみえない、どこござる。

ほうほうほろりこ、ほうほろり、
ほうほうほろりこ、ほうほろり。



鷺と鶴と蝸牛のうた


鷺と鶴

二本脚の鷺は、
ひもじい鷺よ。
嘴のべて、
長い頸振つて、
白い帽子横つちよに、
ひよつこり/\、ひよつこり、よ。

一本脚の鶴は、
ねぶたい鶴よ、
お羽根を伏せて、
細い頸曲げて、
紅い帽子落つことしそに、
こつくり/\、こつくり、よ。


角無し

蝸牛、蝸牛、
なぜ角切られた。

月の夜の晩に、
御婚礼の晩に、
三鞭酒一杯盗みに行つて、
厨夫にチヨン/\切られた。


蝸牛のお蔵

蝸牛、蝸牛、
おまいさんのお蔵に
何がいつぱいつまつた。
銀の泥が一升、
銀の小粒が三匁、
おやすく売りましよ。


空威張

大きなお蔵の
大きな庇に、
小ちやな蝸牛が、
ちよつこりんと留つて、
小ちやな角出した。

おれのお蔵は大きいぞ、
おれの庇はでつかいぞ。


つむじまがり

つむじまがりの蝸牛さん、
毎日なんにも為やせいで、
のろくさ坐つて考へた。

しんねりむつつり考へた。
つむじにねぢかけ考へた。
いまに角出して見せるぞ、
大けえ牝牛になつて見せるぞ。


修繕屋

剥げちよろ鏡を修繕しましよ。
壊れた寒暖計を修繕しましよ、
水銀函背負つて、
ぎんぎら/\背負つて、
わたしは蝸牛、そろそろまゐろ。



学問のうた


言葉

言葉はかはい、
綺麗な魔物、
小さな魔物、
生きてる魔物、
ひイとつひイとつかはい。

言葉は跳ねる、
つまめば逃げる、
てんと虫のやうに。
水馬のやうに、
ひイとつひイとつ跳ねる。

言葉は響く、
葦の葉の笛よ。
鈴虫、小虫、
チツクタツク時計、
ひイとつひイとつ響く。

言葉は光る。
プリズムの影よ。
花火や、蛍、
とんぼの眼玉、
ひイとつひイとつ光る。

言葉はかをる。
紅薔薇、野茨、
山椒の木の芽、
牝山羊のお乳、
ひイとつひイとつかをる。

言葉は染みる、
お蜜や、苺、
青梅、山葵、
苦い苦い薬、
ひイとつひイとつ染みる。

言葉を綴ろ、
珠数だま、むくろんじ、
紅い紅い椿、
げんげの花環、
ひイとつひイとつ綴ろ。

言葉はをどる。
不思議な小人、
三角帽の小人、
ちんから、ちんから、囃して
ひイとつひイとつ踊る。


五十音

    これは単に語呂を合せるつもりで試みたのではない、各行の音の本質そのものを子供におのづと歌ひ乍らにおぼえさしたいがためである。

水馬赤いな。ア、イ、ウ、エ、オ。
浮藻に小蝦もおよいでる。

柿の木、栗の木。カ、キ、ク、ケ、コ。
啄木鳥こつこつ、枯れけやき。

大角豆に醋をかけ、サ、シ、ス、セ、ソ。
その魚浅瀬で刺しました。

立ちましよ、喇叭で、タ、チ、ツ、テ、ト。
トテトテタツタと飛び立つた。

蛞蝓のろのろ、ナ、ニ、ヌ、ネ、ノ。
納戸にぬめつて、なにねばる。

鳩ぽつぽ、ほろほろ。ハ、ヒ、フ、へ、ホ。
日向のお部屋にや笛を吹く。

蝸牛、螺旋巻、マ、ミ、ム、メ、モ。
梅の実落ちても見もしまい。

焼栗、ゆで栗。ヤ、イ、ユ、エ、ヨ。
山田に灯のつく宵の家。

雷鳥は寒かろ、ラ、リ、ル、レ、ロ。
蓮花が咲いたら、瑠璃の鳥。

わい、わい、わつしよい。ワ、ヰ、ウ、エ、ヲ。
植木屋、井戸換へ、お祭だ。


歌へよ子供

歌へよ、子供、
踊れよ、子供。

ちいちく/\、雲雀
青空あがる。

野にげんげ盛りだ、
小川もをどるぞ。

駒鳥、日雀、
さへづれ、枝に。

草つ葉に、すゐつちよ、
飛べ、飛べ、蛍。

木の実は山に、
魚は海に。

歌へよ、子供、
踊れよ、子供。

お日さま明る、
お月さま光る。

お星さま見れば
ちらちら、子供。

歌へよ、子供、
踊れよ、子供。

兎も跳ねるぞ、
飛行機も翔けるぞ。

飛び跳ね、飛び跳ね、子供、
何もかもあげるぞ。


おうた

ねんねんおうた、
ねんねをねかす。

かりうどのおうた、
お山を覚ます。

舟唄、海に、
馬子唄野良に。

お百姓はうたふ、
田の稲実る。

花屋よ、歌へ、
お花を咲かせ。

糸とり、たぐり、
織れ織れ、うたへ。

とつてんかんは鍛冶屋、
こつこつ、大工。

みんなみんな歌へ、
自分たちの唄を。

子供は歌はう、
子供のうたを。

みんなみんな子供、
いつもいつも子供。


数学

空には神様、ただ一人、
父さん母さん、親二人、
そこで三人そろひます。

胡桃が五つで、指の数、
私と姉さん一つづつ、
あとの三つは誰にあぎよ。

紅い駒鳥、寵の鳥、
一羽の駒鳥、眼が二つ、
番ひの駒鳥、眼が四つ。

十の燈燭みな点けて、
黄色い食堂と、青い室に、
同じに分けましよ、五つづつ。


魔法つかひ

不思議な魔法をつかひます、
みんなが知つてる魔法です、
知つてて、知らない魔法です。

牡丹の枯木でこざいます。
これを太陽で照しましよ。
一、二、三、
それそれ、牡丹の花が咲きました。

お父さんとお母さんでございます。
これを仲よくいたしましよ。
一、二、三、
それそれ、赤ちやんができました。

林檎のお種子でございます。
これを畑で肥しましょ。
一、二、三、
それそれ、林檎が生りました。

鯡の卵でございます。
そつと、鹹水でかへしましよ。
一、二、三、
それそれ、赤い鯡になりました。

針と小刀でございます。
これに磁石をあててましよ。
一、二、三、
それそれ、針と小刀と吸ひました。

濁つた泥水でございます。
これをランビキで熱しましよ。
一、二、三、
それそれ、きれいな清水ができました。

暗い電燈でございます。
ちよいと、スウヰツチをひねりましよ。
一、二、三、
それそれ、灯がつきました。

みんな赤ちやんでございます。
白髪になるまで待つてましよ。
一、二、三、
それそれ、みんなが死にました。

これが魔法でございます。
ほんとに不思議でございましよ。
不思議でほんとでございましよ。


阿蘭陀船(手まりうた)

一つ、肥前の長崎に、
阿蘭陀船が舞ひ込んだ、
舞ひ込んだ。

二つ、不思議な切支丹、
伴天連尊者が御土産は、
御土産は。

三つ、聖磔、デウスさま、
おん母マリヤの観世音、
観世音。

四つ、よい御子、神の御子、
洗礼なさるはヨハネさま、
ヨハネさま。

五つ、イエスス・キリストス、
南無や波羅葦僧善守麿、
善守麿。

六つ、廐のまぐさ桶、
聖廟は猶太のヱルサレム、
ヱルサレム。

七つ、南蛮、爪哇過ぎて、
呂宋、澳門、平戸灘、
平戸灘。

八つ、病にや蘭法医。
解剖のお書物、麻睡薬、
麻睡薬。

九つ、コンダツ、顕微鏡、
写真に油絵、砂時計、
砂時計。

十、遠眼鏡、ヱレキテル、
幻燈に、羅面琴、オルゴオル、
オルゴオル。

  みんな揃へて、こ
  紅髭加比丹が、
  紅髭加比丹が、
  ジヤガタラくろんぼを喇叭で呼びあつめ、
  アラ、ラル、ラル、ラ、
  ホラ、ラル、ラル、ラ、
  珍妙々々、珍●(「酉」+「它」)のお酒でひとをどり、
  ホラ、ラル、ラル、ラ、
  まづまづ一船あげました。



空のうた


雲の歌

青空高う散る雲は
繊い巻雲、真綿雲、
鳥の羽のやうな靡き雲、
白い旗雲、離れ雲。(巻雲)

一刷毛、二刷毛まだ寒い、
すうと幕引くレエス雲、
日暈、月暈湿らせて、
春さきの雲、氷雲。(巻層雲)

水脈の泡波、うろこ雲、(巻積雲)
遥ばるつづく陽の入りは
いつも夕焼、月あかり、
雁が飛びます、わたります。(積巻雲)

日の環月の環かがやかす
高い層雲、帷雲、
灰いろ雲の濃い雲も
たまには薄すり、青の帯。(層巻雲)

葡萄鼠の霧の雲、
水と天との間の雲、(層雲)
風の層雲、わかれ雲、
地にはとどかず、棚の雲。(片層雲)

寒い黒雲、冬の雲、
かぶさりかぶさる雲の塊、
時どき、お母さんの眼のやうな
青いお空を透かしてる。(層積雲)

むくりむくりと湧く峰は、
雲のヒマラヤ、銀のへり、
お経もらひか、天竺へ
犬、猿、坊さま、豆の馬。(積雲)

雷雲はおそろしい、
昼も神鳴り、旱り雲、
宵には稲妻、朝は虹
おどろおどろの暴風雨雲。(積乱雲)

迅い飛び雲、日の光、(片乱雲)
それでも雨雲、乱れ雲、
霙がふります、雪がふる、
ぱら/\霰もころげます。(乱雲)


星の歌

ちらちらお星さん拝みませう、
宵には明星、金の星、
羊も、ちりしやら、かへります。

七夕さまなら夫婦星、
五色の短冊、笹の露、
朝から、待ちましよ、祭りましよ。

白い流の天の河、
よく見りや星くづ、銀砂子、
棕梠の木越してもまだ白い。

北には北極星、北斗星、
凍えて曠野をゆく橇も、
鞭ふりや、きらつく七つ星。

中空高いがペルセウス。
オリオン、アンドロメダ、星の雲、
ねんねのお国の二重雲。

南の空には昴星、
ツヰンクル/\美くしい。
まだ目が覚めてか、話してか。

星のお宮はまだ尽きぬ、
牡牛に大熊、獅子、孔雀、
白鳥、ペガスス、鷲、鯨。

そのほか数へりやかぎり無い。
夜ふけりやいよいよ程遠い、
赤、青、紫、黄に、緑。

けんけん、山の雉子啼くこゑは、
霜夜の地震におびえてか、
夜つぴて降るよな流れ星。

荒海つづきにや一岬。
星見るお家根の遠眼鏡、
涯には尾を曳く彗星。

夜明の明星が出る頃は、
裾野は銃音、犬の声、
それから、お山は雪明り。


月暈日暈

月暈白い、
葱黄のぼかし。

日暈は紅よ、
水色ぼかし。

氷のかけら、
こまかに透いて。

月暈、日暈、
つめたいお暈。

外には、お星、
チラチラつけて。

つめたいお暈、
また、空越えた。

ころころ、蛙、
また、田で鳴いた。


太陽系あそび(遊戯唄)

廻れ、廻れ、
お日さま中に、
輪を描いて廻れ。
星は八つ、輪は八つ、
西へ向いて廻れ。

廻れ、廻れ、
土星だけ一人、
いつ帯買つたぞ、
帯の無い星どもも、
悄気ないで廻れ。

廻れ、廻れ、
お星さま中に、
子の月廻れ、
金星、水星どうした、
子ども一人無いか。

廻れ、廻れ、
子の月廻れ、
地球には一人、
海王星にもまた一人、
泣かないで廻れ。

廻れ、廻れ、
子の月廻れ、
火星に二人、
天王星には四人よ、
踊り踊り廻れ。

廻れ、廻れ、
子の月廻れ、
木星と土星と、
子の月が九人よ、
綺麗、綺麗、綺麗よ。

廻れ、廻れ、
そりやまた来たぞ、
彗星の天の邪鬼、
長い尾があぶないぞ、
おや、また、行つちやつた。

廻れ、廻れ、
流れ星の豆小僧、
飛び込み、飛び込み、すぐ消える、
構ふな、構ふな、みな廻れ、
お日さまござるぞ。


日光

お庭の隅この蕗の葉に
光がいつぱい満ちてます、
緑に金いろ、日の光。

ぶんぶん小蜂が来てとまる、
すると、その葉がすぐ揺れる。
光が、ちらちら、こぼれます。

下にも円い葉が一つ、
その葉に光がこぼれます、
その葉も揺れます、明ります。

いつも光は満ちてます、
空にいつぱい満ちてます。
お庭にいつぱい満ちてます。


夕凪朝凪

夕凪、小凪
今夜また月夜。

朝凪、小凪
早よ、舟かへれ。


月夜の虹

月夜の虹は、
白い虹か。

あれあれ、虹が、
白い輪の虹が。

二本松の向うに
白く円く。

その外見れば
蒼い夜空。

輪の中見れば
白い狭霧。

狭霧を透いて
チラチラ、燈。

双子の山は
あの虹の奥か。

月夜の虹よ、
お夢の虹よ。

消えないでおくれ、
馬追も啼くに。

月よ照つておくれ、
もつともつと明つて。

遠くの遠くの沖で、
誰か誰か呼んでるに。


海辺の虹

虹が立つた、虹が、
お昼の虹が。

おや、つい、其処に、
その波際に。

虹の輪の脚よ、
綺麗な雨よ。

くぐろとすれば、
とらよとすれば。

虹の輪遠い、
だんだん逃げる。

追つかけて走ろ、
なほなほ遠い。

鴎も追へよ、
虹が沖へ逃げる。

あれあれ、迅い、
もう海の涯だ。

遠い遠い虹よ、
高い高い虹よ。


陽炎

かげろふ、かげろふ、
何してる。
ちら/\、董をさがしてる。

かげろふ、かげろふ、
何してる。
むじなのお宿をさがしてる。



花や鳥や獣のうた


お月見

乳いろお月さま、朝の月、
小山羊が、めうめう、乳のみに。

空いろお月さま、昼の月、
蝶々がひらひら、繭を出た。

萌黄のお月さま、一重暈、
蛙が、ころころ、ラムネ喫む。

桃いろお月さま、合歓の月、
お鳩が、ほろほろ、ねんねした。

樺いろお月さま、十三夜、
狐が、きよろきよろ、骨盗りに。

肉いろお月さま、望の月、
啄木鳥、こつこつ、印形彫る

金いろお月さま、二十日月
梟が、ごろすけ、鼻眼鏡。

緑のお月さま、闇の中、
蝸牛、こそこそ、角研いだ


羽音

白い蛾の翅音、
夢のやうで白い、
円弧燈の点かぬ前、
白いハンケチ振るやうだ。

てんたう虫の翅音、
かすかな翅音、
栗色の胡麻を
その莢ぐるみ振るやうだ。

熊ん蜂の翅音、
赤つちやけて、ピイカピカ、
チヨコレエトの銀紙を
耳につめてりや、音がしよ。

雀の羽音、
寂しい羽音、
更紗張りの煙管筒
すぽつと父さん抜いた音。

鶏の羽音、
慌てた羽音、
南京米の空ぶくろ
ぱたぱた、爺やが煽る音。

雁の飛ぶ羽音、
下りる時や速い、
焦茶色の羅紗マント
ひゆうと振る音よ。

翡翠の羽音、
涼しく光る、
雨外套の緑いろ
スツと兄さん脱いだ音。

鶺鴒の羽音、
ひんこつ/\、尾羽根。
薬のついたガアゼ、
痛い痛いやつてるか。

ほろほろ鳥の羽音、
かはいそな羽音、
お高祖頭巾の耳触り、
鼠の縮緬つめたいな。

白い鶴の羽音、
雪のよに白い、
白リンネルの幕の
スウと上つてく音がする。

鴉の羽音、
気が利いて、恐い、
黒キヤラコの股引を
掠つて駈け出すやうな音。

孔雀の羽音、
繍のやうに綺麗、
お伽噺の女王さまの
玉座の帷の開いた音。


お花の家庭

合歓の花かはい、
花かんざしよ。
さくらんぼが二つ、
カフスの釦。

たんぽぽの白毛、
粉おしろいの刷毛よ。
すみれの蕾、
耳掻きましよか。

白木蓮の花は
人形のお掌々。
紫陽花の手毬、
七色変つた。

虞美人草の花に
烏竜茶を注いで、
ペンペン草の匙で
お客様あがれ。

葡萄酒がよけりや、
チユウリツプのコツプ。
金米糖はいかが、
狐のぼたん。

ヴアヰオリンを弾きましよか、
河骨の葉つぱで。
蝋燭つけよ、
アスパロガスを二本。

お客様、どなた、
三色董の蝶々、
つくしんぼの裸虫、
竜の鬚の蜻蛉の眼。

ヒヤシンスの鸚鵡
桃色かはい。
お池のそばに
スヰイトピーの鴛鴦。

竜騎兵か、あれは
玉蜀黍の紅毛。
いえ、いえ、お迎へだ、
鶏頭の馭者帽。

向日葵のお日さん
もう、とうに沈んで、
空にはわすれなぐさの
お星さまがチラチラ。


小鳥の歌ひ手

小鳥の歌ひ手かぎりない。
花園鳥、独唱の鳥、
いつも葉蔭にかくれてて、
日がな鳴き鳴き餌をさがす。

夜の明け明けに鳴く鳥は
それは真冬の黒鶫、
林檎畠の雪空に、
声はつめたく翔ります。

合唱組では紅雀、
秋は薊の実を食べに
群れ群れさへづる金翅雀、
臘嘴は牧場の歌ひ鳥。

鶸の鳴くこゑきくときは
なぜか小春は泣かれます。
籬雀も駒鳥も
紅いもみぢにしぐれます。

春のはじめのみそさざい、
いつも枯枝くぐつてる。
棘小藪の煤け鳥、
黒鷯は潜り鳥。

萌黄月夜の巣の中に
卵かへして鳴くこゑは
夜の鶯、夢見鳥、
雛に餌をやる川烏。

気がるな雲雀、空の鳥、
目白、頬白、とりどりに
鳴いてさへづる昼の鳥、
楽しい楽しい歌ひ鳥。




卵の中から鳴く雛、
卵をぴよぴよ揺ります、
小矮鶏の声して揺ります、
耳環のお月さま聴きに来た。

蝸牛のうむ卵
お角の玉よりまだ冷た、
真珠の色してまだ冷た、
ちらちら、葉洩れ陽光ります。

小蟻の卵は地の中に
白い小米の花盛り。
蝶々の卵は胡麻のよだ、
お母さんはぽつとり死にまする。

蜥蜴が小藪でうむ卵
七色活動写真でいそがしい
白蟻なんぞの巣へ行つて
お産の宿借る大蜥蜴。

十五夜お月さん、出てござれ、
卵をお尻に皆な脊負つて、
お産婆するのが雄の蟾蜍、
内儀さん、啼ぎ啼き、草の蔭。

蛙の卵のねばねばは
林檎のジヤムか、梨のジヤム、
蝌蚪がうまるれば
水には藻の花ひらきます。

ぽつとりぽつとり、緑亀
ピンポンの珠うみ落す、
砂掘り、砂かけ、さよふなら、
夜目にも椰子の木そよぎます。

川へ上るは銀の鮭
卵の鈴生り、黍の房。
海へ行つても鮭の子は
ねんねのお里が恋しかろ。

穂麦の畑には雲雀の巣。
海の岩蔭、緑千鳥、
鳰の浮巣の浮く頃は
菖蒲も咲きます、菰の中。

蛇の卵は揉皮、
ふわふわしてれど、気味わるい。
恐い蟒蛇渦巻いて
ぎらぎら卵をかかへてる。

獣で食蟻蝟、鴨嘴獣
卵うむとはをかしかろ、
坊やも鵞鳥の卵から
生れたんだと思つてた。



巻末に

○本集に収めた童謡は「兎の電報」以降の作品で、その大半は昨年末からの感興に成つたものである。この第二部に入れた芸術自由教育の見地から作つた新風の諸作に就いては、雑誌「大観」の本年一月号に、その主張を公にした。で、彼是参照していただけば忝じけない。何れ、童謡論集を出したいと思ふので、ここには掲げぬことにした。
○今度は挿画は前川千帆氏にお願ひした。函貼その他の装幀、三つの扉は私自身でやつて見た。
○本集は初め「月夜の虹」と題する筈に予告してあつたのであるが、曩に出版した民謡集「日本の笛」と丁度二部集見たようになつたので、改めて「祭の笛」とした。



(奥付)
白秋全集25 第一回配本(第U期二五〜三七巻・別巻一)
一九八七年一月八日 発行
定価  三八〇〇円
著者  北原白秋
発行者 緑川亨
発行所 〒101東京都千代田区一ツ橋二−五−五
    株式会社岩波書店
    電話 〇三−二六五−四一一一
    振替 東京六−二六二四〇