月と胡桃
童謡集
月と胡桃
北原白秋著
東京
梓書房
- 序
かの月光の中にありて、香ひは胡桃の花と青く、けはひはよく眠る穉児の寝帽にもまさりて白く、息づかしくあれ。
その声はまた、新しい期待の明日への呼びかけともなるやうに。
麗質たぐひなき童こそ、まことに恵まれたる至上の幸であらうか。
わたくしは貧しい。齢四十を越えてもなほ、未だにわづかに保ちえて来た或る幼なごころを、ああ、或はただひたすらに磨き育むのみに過ぎないであらうか。
然しながら、かうした時、わたくしはいよいよ素直に還る。このわたくしのうしろに、いつも、わたくしは、永遠の母の目守りを感ずる。
つまりは、詩も歌も童謡も、わたくしにとつては同じく一つの気稟の現れであつて、そのほかの何ものとも思はれない。
胡桃の花は青く、月の光よ円かであれ。
昭和四年初夏
白秋
- T月と胡桃
- 猟季
月は梢を光らせる。
月は小さな角の月。
月は野末を煙らせる。
月に軽鴨飛んで来る。
月に火銃の火は赤い。
月は風より冴えてゐる。
- 漣は
漣は誰が起すの。
葦の根の青い鴨だよ。
鴨の首月をあびるよ、
みづかきがちららうごくよ。
くろい影なんでうごくの。
でこぼこの水の揺れだよ。
おや、鴨はどこへいつたろ、
波ばかりちららひかるよ。
ほいさうか、鴨が見えぬか、
あまり照る月のせゐだよ。
- 水のそば
葦の葉、葦の葉、うたひます。
まろい月さま
鸛の卵。
漣、漣、うたひます。
昴はちらちら
輩翠の卵。
子供が、子供が、うたひます。
葦笛吹けやい、
水ふえろ。
- 月と胡桃
月のひかりが窓に来て、
町のひびきをつたへます。
僕は胡桃をコツコツと、
小さい木槌でたたきます。
胡桃の花は青いんだ、
ね、さうですね、お母さん。
僕知つてるよ、函館の
図書館の前にあつたでしよ。
石川啄木つて、父さんが
お友だちだと云ひました。
え、死んだつて、小母さんも、
家にお写真ありますか。
あ、お母さん、煙突に
月の光が照つてます。
- 月夜の庭
おお、明るいな、朴の葉に
月の朴の葉うつつてる。
みんなしづかだ、脚あげて
薄翅かげろふ飛ぶばかり。
ちやうど、母さん、この庭で
いつかかうしてゐましたね。
ちやうどかうして、腰かけて、
あ、おんなじだ、この話。
金のランプをとりに行た、
ほら、アラヂンのこの話。
蟇が啼いてる。あの晩も
草がちらちら光つてた。
- 月光曲
真珠いろしたうろこ雲、
ながれながれて、いい月夜。
すうと帆あげた。あれ御覧。
白い蛾のよなセエリング。
波、波、光れ、つぎつぎに、
海の向うの空までも。
風、風、かをれ、月夜には、
白いヨツトが離れます。
- 月夜の波止場
ランチの煙突、じんじんと
煙あげてる、まつすぐに。
マストばかりだ、燈がついた
うへに黄いろなまろい月。
ぼうと鳴るのは港ぐち、
靄がこめます、ブイのそと。
なんときれいな、あの船室、
いつか見ました、ちらちらと。
『さよなら、ようい、
さよなら、ようい。』
どこへ行たやら、あの蒸汽、
こんな月夜の白い船。
- 月に
ほそいはりがね、
無線塔、
月とお話してゐます。
月に火山がありますか。
海は、氷河はどんなです。
街は夜祭、アーク燈、
空気はいい色してますか。
子供は……子供は……居りますか。
あ、さう、ねんねしてますか。
ほそいはりがね、
無線塔、
紫の靄立つてます。
- 月へゆく道
月へゆく道、
空の道。
ゆうかりの木の
こずゑから、
しろいお船の
マストから、
アンテナのさき、
夜露から。
月へゆく道、
光る道。
まつすぐ、まつすぐ、
青い道。
- 白いもの
月の中から飛んでくる
白い小鳥を見ましたか。
花の中から咲いてくる
白いにほひを見ましたか。
水の中から湧いてくる
白い狭霧を見ましたか。
歌の中から澄んでくる
白いひびきを見ましたか。
夢の中からさめてくる
白い光を見ましたか。
かはいい嬢さん、泣いたとき、
白い小鳥を見ましたか。
- 珊瑚樹
あの花はしろいさんごじゆ、
夢に見たしろい帆の船、
しろい船、月の夜の船、
きりころと音もしさうよ。
あの花はしろいさんごじゆ、
いつか見たしろいおうちよ。
しろい家、月の夜の家、
こどもらのこゑもしさうよ。
あの花はしろいさんごじゆ、
群れて来たしろい水鳥、
しろい鳥、月の夜の鳥、
雛鳥のこゑもしさうよ。
- 落下傘
月のなかから下りて来る
黄ろい絮雲、パラシユート。
いえいえ、あれは鸛、
つうとお夢を持つてくる。
そうら、出た出た、お窓から、
光つた手ばかり、ビルデング。
- 月のひかりを
月のひかりを見てゐれば、
花の咲くよな音がする。
月のひかりに目がさめりや、
だれか来るよな声がする。
ああ、いいにほひ、おさかなの
香水をふく音もする。
- 青い魚
青い魚が呼んでます。
紅い魚が呼んでます。
今夜のお月さん、
十五夜さん。
お池の夕飯
めしあがれ。
香炉もほんのり
煙しましよ。
- まあるい丘から
まあるい丘から
出た月は、出た月は、
とてもまあるい金いろで、金いろで。
まあるい月から
のぞく人、のぞく人、
とてもまあるい顔してて、顔してて。
まあるいお顔の
目の青さ、目の青さ、
とてもまあるくうるんでて、うるんでて。
まあるい目目から
出る涙、出る涙、
とてもまあるく落ちてくる、落ちてくる。
- 月の中から来る人
月の中から来る人は
びいどろ帽子、氷ぐつ。
白いつめたいマントには
雪がいつぱい、こなの雪。
月の中から来る人は
白鷺のよに寒いひと。
そうら、来た来た、お窓から。
夜ながにピアノがぽんと鳴る。
- 白いこだま
大きなピアノの
白いキイ、
月夜はつうつうつめたいな。
僕はお椅子に
匍ひあがり、
ぽんぽん、ぽんぽん、たたきます。
宙にぶらぶら
足と足、
猫がひつぱる、波斯猫。
ぽん、ぽん、ぽん、ぽん、
白いキイ、
月の世界でこだまする。
- 月夜の仔馬
太皷うちます、
おぼろ月、
仔馬がいつぴき駈けてます。
てらたん、てらたん、まだ遠い。
靄がかけます、
白い路、
仔馬がひとりで駈けてます。
てらたん、てらたん、まだ遠い。
月も薄雲、
紅の暈、
仔馬が耳たて駈けてます。
てらたん、てらたん、まだ遠い。
太皷うちます、
宵のくち、
仔馬がぽくぽく駈けてます。
てらたん、てらたん、まだ遠い。
- 白い列
しろい帽子にしろい服、
みんな生徒だ、駈足だ。
たつたつたつたつ、たつたつたつたつ。
ここは青山御所のうら、
しろい月夜のしろい列。
たつたつたつたつ、たつたつたつたつ。
歌もうたはず、ものいはず、
阪を駈け駈け、まつすぐに。
たつたつたつたつ、たつたつたつたつ。
しろい帽子にしろい服、
駈けてどこまで行くのやら。
たつたつたつたつ、たつたつたつたつ。
しろい月夜のしろい列、
月の世界へ行くのやら。
たつたつたつたつ、たつたつたつたつ。
- いびき
そとは花園、いい月夜、
たんたんたたんと、となりから
水も来てゐる、とひのくち。
ぴいひやら、びいひやら、ひゆうひやらり、
お縁のしたに誰かゐて、
いびきかいてる、息してる。
月の光によく見たら、
黄ろいくちばし、孔ふたつ、
白い鶩がねねしてた。
- 月と帽子
長いお縁の
いい月夜、
誰か来てます、
ほう、白い。
うちの篁子だ、
よちよちと、
お手手ふりふり、
あかるいな。
硝子障子に
光る葉も、
ふかいみどりも
揺れてます。
おお、おお、白い
雪帽子、
月のひかりは
こぼれます。
- ほういほうい
ほういほういと呼んでます。
誰か埠頭で呼んでます。
ほそい月出る
真夜中に、
お目目あいてる
子はないか。
雲のきれめのすぐそこに、
青い四角な燈をつけた、
二本マストが泊つてる。
- Uイワンの家
- 道ばた
荒地野菊や、箒ぐさ、
きつい日ざしになりました。
誰かゆきます、影が来る、
太いステツキ、リユウクサツク。
鳴けよ、馬追、この道も、
しんとしてます、どこまでも。
まづしいお小舎、箒ぐさ、
誰も見てゆく、このまへを。
誰も見てゆく、このまへを、
そして、とつとと行つちまふ。
- 遠い野原
遠い野原の
かしの木に、
かしの木に、
何か光がさしてます、
雲のひだひだ、金の虹。
遠いあそこへ
行く道は、
行く道は、
ひろい、ななめの赤い道、
誰か向うへあるいてる。
何の柵だろ、
あの杭は、
あの杭は、
さうだ、牧場だ、うれしいな、
ほうら、ゐるゐる、あめ牛が。
靄がたつてる、
あのさきに、
あのさきに、
ちりんからんと音もする、
遠い野原の金の虹。
- 山のホテル
山のホテルの幌馬車は、
いつもこはれた壁の前。
しめた戸口に
日がさして、
昼はゆがんだ影ばかり。
まづしいホテル、蔓の薔薇、
いつか見ました、道のそば。
あけた戸口の
紅ズボン、
誰かお客が出てました。
- お日和
お日和、日和、牧場には
いつも蜻蛉が群れて出る。
広いひなたのうまごやし、
犬は羊を追つてゆく。
夏は刈り頃、からすむぎ、
雲も野ずゑを湧きあがる。
掻けよ、草くづ、牧場には
いつも子供のこゑがする。
ねむれ、子供よ、日和には
いつも祭の笛が鳴る。
- トラクタア
タタタタ、タタタ、トラクタア、
青い牧場をかけあがる。
花のつきたて、うまごやし、
雲にかけ入るトラクタア。
とても愉快だ、すばらしい、
人は草刈る、月寒。
丘から丘へ群れてゆく
牛と羊が豆のよだ。
タタタタ、タタタ、トラクタア、
夏は牧場をかけあがる。
註、トラクタアは草刈の機械です。人が乗つて駈けます。月寒は北海道札幌郊外にあつて、道庁のひろいひろい牧場のあるところです。
- 楡のかげ
楡の木のかげ、
いい芝生、
鐘は梢に吊つてある。
農科大学、
ひるやすみ、
みんな寝てゐる、涼しさう。
ここは札幌、
いまは夏、
風にてふてふも光つてる。
お時間、お時間、
さあ起きた、
カララン、ランラン、鐘が鳴る。
- 修道院の前
こどもが、こどもが
はしやいでる。
燕麦積む柵のまへ。
夏の日ざかり、
トラピスト、
馬車は野原を駈けて来る。
こどもが、こどもが
はしやいでる、
昼のお弥撒の鐘も鳴る。
七面鳥よ、
七面鳥、
あかい爺さんなぜおこる。
- 修道院の裏庭
掃いてきよめた小径には、
林檎のもみぢちりかける。
葡萄棚には鳩のこゑ、
ほろんほろんと呼びかける。
青いひとみの神父さん、
木履でこつこつ行きかける。
ちやうどおやすみ、昼の弥撒、
ベルが揺れます、鳴りかける。
牛と羊は野を越えて、
山の雑草食べかける。
- サボウ
こつりこつりと、木のおくつ
のみでほつてる、足のあな。
こつりこつりと彫りかけて、
お手手いれてる、足のあな。
こつりこつりと日はながい、
春も毛ごろも、トラピスト。
こつりこつりと彫りあげて、
穿いて見てゐる、足のあな。
こつりこつりと、ほら、あるく、
白い樺の木のサボウ。
註、サボウとは木靴のことです。北海道のトラピスト修道院では修道者がこのサボウを作つて穿いてゐます。
- ベル
ベルが揺れてる。
鳴つてゐる。
月のひかりに見えてゐる。
わかい尼さま、
トラピスト、
ここはお山の天使園。
かたむきかたむき、
ベルが鳴る。
壁にゆれてるベルの影。
夜のお祈り
もう寒い。
月の光も白うなる。
- フオーク
大きなフオーク、
木のフオーク、
坊さんおひとり、
丘のうへ。
月が出ました、
によつぽりと、
坊さんのかげ、
大きいな。
黒い帽子の
広いつば、
掻くは落穂の
からすむぎ。
空は夕焼
アンゼラス、
おやすみおやすみ、
またあした。
- アイヌの子
大豆畠の
露草は、
露にぬれぬれ、
かはいいな。
大豆畠の
ほそ道を、
小さいアイヌの
子がひとり。
いろはにほへと
ちりぬるを、
唐黍たべたべ、
おぼえてく。
- 紅あんず
通りかかつた
山の道、
窓の障子は
閉めてある。
誰か子供の
ゐるやうで、
何も声せぬ
お午です。
厩の横の
紅あんず、
手のとどくだけ
もいである。
- J・O・A・K
蕗のはやしのかたつむり、
しろいおうちをたてました。
しろいおうちのかたつむり、
角のアンテナ出しました。
ここは樺太真岡道、
馬の背よりも高い蕗。
角のアンテナ、かたつむり、
J.O.A.Kきいてます。
- いたどり
いたどり、いたどり、
虫くひ葉、
熱いひでりになりました。
いたどり、いたどり、
遠くには
馬車が駈けてる、ただひとつ。
いたどり、いたどり、
さみしいな、
髯のアイヌが笑つてる。
いたどり、いたどり、
虫くひ葉、
あかいお舌だ、熊の子だ。
- たうきび
裏山で兄と弟よ、
たうきびを刈つてゐたとよ。
熊が出た、わうと出たとよ、
たうきびを採りに来たとよ。
たうきびはあかい毛だとよ、
波うつてさやりさやりよ。
そうら来た、熊はこはいよ、
そろそろと立つて来たとよ。
兄の子は死んだふりだよ、
弟は息もつかずよ。
熊はただ、嗅いで行たとよ、
たうきびをしよつて行たとよ。
この話、これでおしまひ、
たうきびを焼いてたべましよ。
- 多蘭泊
軒より高い向日葵は
十も出たよだ、お日さまが。
メノコ手をうて、月夜には
十も出たよだ、月さまが。
夏が来た来た、家のそと、
多蘭泊のアイヌ村。
メノコ手をうて、月夜には
十も出たよだ、月さまが。
註、多蘭泊は樺太の西海岸にあるアイヌの村です。
家のことをアイヌ語では「チセ」といつてゐます。
- 海がらす
蒼い月夜の崖のうへ、
あをい卵をひとつづつ
脚にはさんだ海がらす。
海ははるばる、霧の海、
島は岩島、海豹島、
崖はきりそぎ、海がらす。
親は蹴落す、育てよと、
あをい卵をひとつづつ
雹のふるよに音がする。
外は荒波、夜は凄い、
花の中から雛のこゑ、
生れましたと啼きたてる。
- 安別
海は韃靼、
夏の暮、
犬よ、のそりと、
出て見ぬか。
鰊乾場の
葱坊主、
鴉つついて、
啼かないか。
ここはお国の
北のはて、
赤い夕日も
もう寒い。
註、安別は樺太の西海岸にあるさびしい漁村です。ここに日露の国境標があります。
- 敷香
北から北から泣いて来た
ろしあの子供はかはいさう。
子供をつれつれ逃げて来た
ろしあの母さんさびしさう。
やつとこ一匹ついて来た
ろしあの牝牛もひもじさう。
子供は窓から目を出して
ちひさな向日葵見てゐるし。
母さん、はだしで、乳売りに、
ちらちら耳輪に日が照るし。
牝牛は海見て、ねころんで、
ぼんぼん苜蓿たべてるし。
土人はオロチヨン、ギリヤアク、
お魚ばつかり干してるし。
註、敷香は樺太の東海岸、幌内川の川口にある漁場です。
- いぬのそり
あかいは
フレツプ、
ななかまど。
ことりは
こまどり、
べにすずめ。
ふれふれ、
こなゆき、
こんこゆき。
ひきだせ、
のりだせ、
いぬのそり。
- 冬の日
熊の子、
乳のみ児、
濫のなか。
アイヌの
メノコは
眼がくぼい。
山から
飛ぶのは、
鷲だろな。
まいにち、
大雪、
さむかろな。
アイヌの
父さん、
橇のうへ。
ホイヤ
ホイヤと、
駈けて出る。
- イワンのお家
イワンのお家は
丸太小舎、
丸太小舎、
時計がコチコチ、
燈があかい。
イワンの母さん、
木の鉢で、
木の鉢で、
麦つ粉こねこね、
うたひます。
『冬が来た来た、
かはいいイワン、
かはいいイワン、
ペチカ燃そかよ、
黒パン焼こか。
おいで、牝牛よ、
スープも煮えた、
スープも煮えた、
橇よ、吹雪よ、
ちりからこ。』
附記、場所−樺太小沼。
- 樺太の春
をどれ、馴鹿、
角のえだ、
オロチヨン、オロチヨン、
出ておいで。
雪が解けます、
ツンドラに、
裂けよ、氷よ、
川のへり。
あかい更紗の
頬かむり、
オロチヨン、オロチヨン、
出ておいで。
をどれ、馴鹿、
春が来た、
鴎も飛びます。
船も来る。
註、ツンドラとは苔のつもつた地帯のことです。オロチヨンとはそこに住んでゐるオロツコ族の土人のことです。
- V白樺の皮はぎ
- 白樺の皮はぎ
白樺の皮をはがうよ、
春さきの山の林に。
灌木に鳴くはちやつちやだ、
ほら、枝に横を向いてる。
白樺の皮はくるりと、
手にはげばすぐに巻かるよ。
二輪馬車カタリコトリだ、
ほら、ちやつちや、じつと聴いてる。
白樺の皮はしろくて、
ぼちぼちと線があかいよ。
あのちやつちや、かはゆかつたな、
ほら、遠い渓で鳴いてる。
註、『ちやつちや』とはこどもの鴬のことです。
- 追分
からまつの林つづきに、
ぽつぽつと家があつたよ。
馬の絵馬、
門にかけてた。
白い馬、黒馬や、栗毛や。
追分の宿のはづれに、
ちよつぽりと石があつたよ。
お墓なの、
馬を祭つた。
死んだ馬、かはいそな馬。
旅びとは西へ東へ、
ほいほいと馬で行つたよ。
あかい日が
原を染めたよ。
小荷駄馬、幌馬車の馬。
からまつの林つづきに、
ぽつぽつと家があつたよ。
- 二月
氷柱にうつる朝の日も
ちらりきらりと冷いな。
懸樋のそばにさく花は
みつまたの花、冬の花。
温るめ、水口、お山には
青い蒿雀も翔るのに。
よごれ長靴、旅のひと
雪をよけよけまた来たに。
コトリ、トン、
まはれ水車よ、早よはずめ。
- 三月
あかい独活の芽
砂かけて、
春の彼岸に掘りましよか。
蕨萌えたつ
野山には、
白いけむりも消えました。
フイルムの雨の
ふるやうに、
なにか、ちかちかする日には、
ひとつ橋越え、
また越えて、
ぼうんとお寺の鐘が鳴る。
- てふてふ
てふてふ、てふてふ、
からまつ山は
まだ日が寒い。
ちらちら飛べよ。
てふてふ、てふてふ、
三月四月、
霧雲はやい。
濡れ濡れ飛べよ。
てふてふ、てふてふ、
からまつ原は
もう芽が萌える。
木ぶかく飛べよ。
てふてふ、てふてふ、
ちんころぐさも
林に赤い。
大きく飛べよ。
- からまつ原
からまつ原の
ちらちら薄日。
かばんをかけた
子供が通る。
泣きたいやうな
さみしい春だ。
どこかで、鳥が
ちつちと鳴いた。
- あしびの花
あしびの花は白い花、
鈴なりの房、小さい房。
あしびの花の咲く頃は
山椒の魚もうまれます。
箱根、蘆の湖、塔ケ島、
白い離宮の夜あけがた。
白いあしびの花折りに、
白いボートを漕ぎながら。
小さい宮さまおいでだと、
わたしの父さんいひました。
- 山の月夜
白樺の幹はしろくて、
月の夜の風にひかるよ。
お手手うて、
窓のこどもよ、
白樺の幹はしろいよ。
朴の葉のかげはひろくて、
月の夜の土にゆれるよ。
お手手うて、
そとのこどもよ、
朴の葉のかげはひろいよ。
- 月と子供
ほいほいほいよ、
お馬がとほる、
こどもが乗つて。
ほいほいほいよ、
こどもが消えた。
お馬だけとほる。
ほいほいほいよ、
朴の葉のかげが、
うしろからひかる。
- からりこ
からりこと
音がしてるよ。
からりこは
下の谷間よ。
からりこの
窓は日和よ。
からりこよ、
菊のさかりよ。
からりこと
梭がはずむよ、
からりこと
こだましてるよ。
からりこよ、
誰か見えたよ。
からりこの
音がやんだよ。
- 演習の頃
茶の花、
咲く花、
畠の小道な。
茶の花、
よい花、
お日和、日和な。
茶の花
散る花、
兵隊さんがチラリな。
茶の花、
茶の花、
電話線かけたな。
- 寒い山
ほうほうほうと寒い山、
あれは落葉松、枯れた山。
ほうほうほうと寒い山、
夕焼早い、すぐ暮れる。
ほうほうほうと寒い山、
きいと響くは製材所。
ほうほうほうと寒い山、
水力電気の燈もついた。
ほうほうほうと寒い山、
ああもう暮れる、風が鳴る。
ほうほうほうと寒い山、
あれは落葉松、枯れた山。
- 寒い林
枯れた落葉松、白樺、
ほうい、ほい、
寒い林になりました。
馬で駆けてく、赤上衣、
ほうい、ほい、
あれはをばさん異人さん。
どちら向いても、これからは、
ほうい、ほい、
くらい、くうらい長い冬。
馬で駆けてく、赤上衣、
ほうい、ほい、
とつととつとと、まだ見える。
- 落葉
落葉だ、落葉だ、
火のやうだ。
この丘、あの丘、野は遠い。
きいてろ、きいてろ、
角笛だ。
乗せてけ、乗せてけ、
空馬車だ。
革鞭ふりふり、そりや駈けた。
ぴいぷう、ぴいぷう、
夕焼だ。
- ふとれよ、ふとれ
ふとれよ、ふとれ、
七面鳥、
もうぢきおつつけ、
クリスマス。
とべよ、雪虫、
月夜にも
遠いラツセル
うなります。
光れ、木星、
お窓には
白いお菓子の
塔も出た。
ふとれよ、ふとれ、
七面鳥。
- 山茶花
山茶花よ、
紅い山茶花。
山茶花を
風がちらすよ。
あの風は
寒い北風。
山茶花に
来たよ、鵯。
鵯が
ぴいと鳴いたよ。
- おたまじやくし
おたまじやくしを食べに来る、
鷲は浅間の巣立ち鳥。
おたまじやくしの尾が切れりや、
ぢきに蛙になりましよか。
沢の氷もとけました、
芹もあをあを萌えました。
つくしんぼうや、つくしんぼう、
丘に誰かが呼んでます。
- お月夜
トン、
トン、
トン、
あけてください。
どなたです。
わたしや木の葉よ。
トン、コトリ。
トン、
トン、
トン、
あけてください。
どなたです。
わたしや風です。
トン、コトリ。
トン、
トン、
トン、
あけてください。
どなたです。
月のかげです。
トン、コトリ。
- W鴎の塔
- 鴎の塔
鴎の塔は
波のうへ、
葡萄ねずみの
空のうち。
鴎の塔は
白い塔、
舞うてあつまる
翅の塔。
鴎の塔は
沖の塔、
建てて、くづれて、
また建てて。
鴎の塔は
波のうへ、
葡萄ねずみの
空のうち。
鴎の声は
風のした、
おぎやを、おぎやをで
月が出る。
- 足踏み
足踏みしてゐる、
僕たちは。
空にはながれる、
よい雲が。
海にはさざなみ、
ちらちらだ。
学校の外庭、
ひとまはり。
まはつて、足踏み、
僕たちは。
山茶花咲け咲け、
鐘が鳴る。
- さざなみ
さざなみよ、
銀のさざなみ。
ちららちら、
うごくさざなみ。
さざなみの
光る方から。
ほら、見てる、
みんな魚だ。
笑つてる、
目が光つてる。
青い空、
遠い沖から。
とんとと と、
音もしてゐる。
- 霞のなか
霞がこめた、こめたよ、
春の野山にこめたよ。
頬白が鳴いた、鳴いたよ、
どこか梢で鳴いたよ。
みんなよ、行かう行かうよ、
波の音もしてるよ。
霞がこめた、こめたよ、
春の野山にこめたよ。
●(キヘン+「怱」)の芽も萌えたよ、
ステツキにいつか伐つたよ。
- 日の出
日の出は揺れる、
平たく、あかく、
大きく、まろく。
わたしは起きて、
御門をあける。
朝日が光る、
海からはづれ、
ずん/\あがる。
朱紅だ、金だ、
さざなみ染める。
天気はよいな、
金の波の道が、
海から来てる。
御門へとどく
いつぽん道だ。
- 春の海
しづかな、ひろい、海の波、
海のお空のまろいすぢ、
春はかすんで、あかるくて、
いつも遠くで呼んでます。
どこまでつづく海の波、
波の向うの青い波、
とろんとろんと、お昼には
舟でなにやらたたきます。
そよそよ小風、潮の路、
こんな平なお凪には
すぐとわたれる気がします。
立つてあるける気がします。
とろんこ、とろんこ、とんとろり、
遠くの遠くで呼んでます。
- 海の向う
さんごじゆの花が咲いたら、
咲いたらといつか思つた、
さんごじゆの花が咲いたよ、
あの島へ漕いで行けたら、
行けたらといつか思つた、
その島にけふは来てるよ。
あの白帆どこへゆくだろ、
あの小鳥どこへゆくだろ、
あの空はどこになるだろ。
行きたいな、あんな遠くへ、
あの海の空の向うへ、
今度こそ遠く行かうよ。
- まつばぼたん
まつばぼたんの咲く頃は
いつもお日でり、夏休み、
誰もうれしい経木帽。
まつばぼたんの咲く門に
いつも干します、浮袋、
僕はまいにち通ります。
まつばぼたんは黄や赤だ、
いつも泳ぎに行くときに
僕はこのまへ通ります。
まつばぼたんの、この門で、
いつも鳴ります、浪の音、
僕はここから走ります。
- 沖
船のロツプの
ぴかぴかは、
小さいとんぼだ、
かはいいな。
むくりむくりと
湧く雲を、
沖で眺めりや
こひしいな。
小さいとんぼの
ぴかぴかよ、
空が青いな、
すずしいな。
- 入江には
入江には
鴨とさざなみ。
しろいのは
月とさんごじゆ。
この岸を
つたへ、こどもよ。
こめよ、靄、
こめよ、夕靄。
黄金虫
翅音たつるよ。
- ねこそぎ
ねこそぎを
越すよ越すよ、さざなみ、
さざなみは沖へつづくよ。
ねこそぎを
飛ぶよ飛ぶよ、飛魚、
あの光る羽根は鰭だよ。
ねこそぎを
揺るよ揺るよ、お舟が、
ちやうどいま、まはるとこだよ。
ねこそぎを
越すよ越すよ、あの影、
朝つから雲がしろいよ。
ねこそぎを
見ろよ見ろよ、みんなよ、
モオタアの音もしてるよ。
註、ねこそぎは、海に張る網の一種です。海岸ちかくの入江などによく張るものです。
- さうらんえ
さうらんえ、
さうらんえ、
さうらんえと曳かうや。
お祭の山車を曳かうや、
さうらんえとつづいて。
さうらんえと曳く子は
なんてみんなよい子だ。
さうらんえと曳く子を
おほめなされ、神さま。
おとほりなされ、神さま、
さうらんえと呼ばらう。
竜宮さんのお宮は、
さうら、海の前づら。
- 鼠のかげ
鐘がなります、
ヂン ゴン ガン、
鼠がかけだす、そら、追へよ。
鐘がなります、
ヂン ゴン ガン、
日ざかりやこの坂てらてらだ。
鐘がなります、
ヂン ゴン ガン、
そらそら、ちよろりとちぢんだぞ。
鐘がなります、
ヂン ゴン ガン、
しつぽがぴかりと光つたぞ。
鐘がなります、
ヂン ゴン ガン、
鼠が蓬にはひつたぞ。
鐘がなります、
ヂン ゴン ガン、
牧師さんが窓から見てゐるぞ。
- 象の子は
象の子は
舟にのせられ、
大河を越すよ、東に。
象の子に
唐子むらがり、
大河を越すよ、夜あけに。
象の子は
紅い肩かけ、
大河を越すよ、朝日に。
象の子は
お経背なかに、
大河を越すよ、日和に。
象の子は
絮のやなぎと、
大河を越すよ、かすみに。
- V鷺の子
- 春の田
春の田に、
春の田のお宮に、
のぼりが立つ、
笹をつけたのぼりが。
ころろころ、
ころろころ、のどかに、
田螺が啼く、
芹の下の田螺が。
鷺の子が、
鷺の子が、ふはりよ、
はぐれて来る、
沼の靄をはぐれて。
吹けよ、笛、
吹けよ、笛、子どもよ、
祭は明日、
明日は祭、朝から。
- かへろかへろ
かへろかへろと
なに見てかへる。
寺の築地の
影を見い見いかへる。
『かへろが鳴くからかあへろ。』
かへろかへろと
たれだれかへる。
お手手ひきひき
ぽつつりぽつつりかへる。
『かへろが鳴くからかあへろ。』
かへろかへろとと
なに為てかへる。
葱の小坊主
たたきたたきかへる。
『かへろが鳴くからかあへろ。』
かへろかへろと
どこまでかへる。
あかい燈のつく
三丁さきへかへる。
『かへろが鳴くからかあへろ。』
- 鶯姫
鶯姫はいい声で
いつも夕かた出て来ます、
谷の小川の星月夜、
著物すすぎに、水汲みに。
ケキヨ/\/\/\、ホウホケキヨ。
鶯姫の住む家は
山のひとつ家、草の屋根、
にほふ霞の、花のなか、
ひとの知らない雲のうへ。
ケキヨ/\/\/\、ホウホケキヨ。
鶯姫のお部屋には
金の引手の塗箪笥、
上のひきだし開けて見りや、
小さい苗床、絹の稗。
ケキヨ/\/\/\、ホウホケキヨ。
鶯姫は長者姫、
中のひきだし開けて見りや、
小さい畠に豆のひと、
群れてげんげの花を鋤く。
ケキヨ/\/\/\、ホウホケキヨ。
鶯姫はまだ少女、
下のひきだし開けて見りや、
小さい稲の田、千町田、
花ののりたて、穂のみどり。
ケキヨ/\/\/\、ホウホケキヨ。
鶯姫は夢の姫、
若しか、覗き見、人来たら、
姫の姿も草の家も、
消えて幽かな雲のなか。
ケキヨ/\/\/\、ホウホケキヨ。
- 煙草の花
煙草の花の咲いたころ、
宮さまお成りになりました。
僕らはお迎へしてました、
自動車ぶうぶう駈けました。
煙草の花はうすあかい、
お眼鏡ちらりと見えました。
皇太子殿下万歳と、
僕らは日の丸ふりました。
みんなが わくわくしてました、
燕もついつい飛びました。
- ひきがへる
うちのお庭のひきがへる、
いつも緑の露を吸ふ。
げげつ、げつげつ、くう。
誰も知らない草の奥、
昼も薬の香がします。
げげつ、げつげつ、くう。
金のお眼眼の薬剤師、
オンスコツプは何グラム。
げげつ、げつげつ、くう。
絹の手ぶくろ、絹の靴、
レーンコートも貸しましよか。
げげつ、げつげつ、くう。
雨がはれます、ゆふかたは、
星もつけます、瓦斯ランプ。
げげつ、げつげつ、くう。
金のお眼眼の薬剤師、
オンスコツプは何グラム。
げげつ、げつげつ、くう。
- ひるねずみ
ちよろり、ちよろりこ、
ひるねずみ、
うつれ、お倉の
白壁に。
「こんこ小麦も米倉に、
さがせ、すずむぎ、はだかむぎ。」
ちよろり、ちよろりこ、
ひるねずみ、
あれは日のかげ、
水のかげ。
「こんこ小麦も米倉に、
さがせ、すずむぎ、はだかむぎ。」
ちよろり、ちよろりこ、
ひるねずみ、
あがれ、川から
九十九ひき。
「こんこ小麦も米倉に、
さがせ、すずむぎ、はだかむぎ。」
ちよろり、ちよろりこ、
ひるねずみ、
けふはおやすみ、
みなお留守。
「こんこ小麦も米倉に、
さがせ、すずむぎ、はだかむぎ。」
註、ひるねずみとは日の照る時によく壁などにちら/\する水の影のことです。
- 筑波
筑波の山のぶなの木に、
ぶなの木に、
きやろ、けろ、ころと鳴くかへる、
もうぢき雨だ、雲が来る。
ああ、雨がへる、日和にも、
日和にも、
山は高いか、涼しいか、
ケーブルカアの音もする。
ぶなのみどりの木の枝に、
木の枝に、
きやろ、けろ、ころと鳴くかへる、
ほら、また、雨だ、霧が立つ。
- 野つ原の夏
桐の畠の
桐の木に、
しいと鳴きたつ蝉のこゑ。
あつい日ざかり、
草いきれ、
汽車は豆汽車、原の中。
鳴けよ、しいつく、
ここいらは、
風にまくれる影ばかり。
あつい日ざかり、
誰やらが、
「雀の宮」と呼んでゐる。
- しろい馬
しろい馬ひいて来た子が
あをぎりの幹をまはつた。
ひとまはり、はいよ、どうどう、
轡とり、ゆるりまはつた。
うれしいな、はいよ、どうどう、
手綱とり、幹につないだ。
しろい馬ひいて来た子は
シヤツポとり、おじぎしました。
- ひとりひとり
ちらちらと散るは竹の葉、
ひとりひとり
通ろ通ろよ。
山みちにひかる日のすぢ、
ひとりひとり
明れ明れよ。
しやんしやんと鳴るは瀬の音、
ひとりひとり
曲ろ曲ろよ。
さよならよ、さよな、さよなよ、
ひとりひとり
家へかへろよ。
- てくてく爺さん
月は東に、日は西に、
てくてく爺さん、丘のうへ。
あかい頭巾に竹の杖、
しよつたお籠は、百合ばかり。
てくてく爺さん大きいな、
影が長いな、いつまでも。
丘はうねうね、草の丘、
ひとつ下りれば、またのぼる。
月は東に、日は西に、
てくてく爺さん、ほいよほい。
- お晩さん
紅させ、
紅させ、
西のそら、
東は月夜になりました。
紅させ、
紅させ、
お晩さん、
お空の母さん、日が暮れた。
紅させ、
紅させ、
月夜には、
野鴨も飛びます、雲も出る。
- お嫁入り
馬でおむかへ、お婿さん、
けふは裃、はいどうど。
牛で嫁入り、お嫁さん、
白い綿帽子、しつたんたん。
村と村とのまんなかで、
空は月夜になりました。
牛にのりかへ、お婿さん、
扇ひらいて、しつたんたん。
馬に鞍がへ、お嫁さん、
長い振袖、はいどうど。
嫁ぢや嫁ぢやと、子供たち、
あかい提灯ふりたてた。
はいしどうどう、しつたんたん、
やんや、めでたや、ほうやほう。
- 沼べり
空のあかるい月夜には
鴨の飛ぶのが見えまする。
誰がうつやら、狭霧には
赤い火花がたちまする。
おおいおおいと、葦野では
船をよんでる声もする。
じつに愉快だ、月夜には
土手が山より高うなり。
猟銃かついで、犬連れて、
大きな人かげ行きまする。
- 鴨と月
丘と丘とのあひだから、
鴨が出て来た、ぽつつりと、
水は沼からひいた川。
またも出て来た、二羽三羽、
鴨は鈴鴨、青い鴨。
ぽつりぽつりと浮いた首。
鴨が出て来た、九十九羽、
みんな出きつた、日も暮れた。
あとは出て来ぬ沼の川。
丘と丘とのあひだから、
月が出て来た、まろい月。
さむいお晩だ、ほう白い。
- 霜の朝
霜で、枯葦
まつしろだ。
軽鴨は飛び飛び
下りて来る。
僕は寒鮒
つりに行く。
母さん窓から
ながめてる。
ぼうと火を燃そ、
楊土手、
軽鴨は空から
のぞいてる。
- ゐろり
土間の隅から
突つ込んだ。
丸太のさきが燃えてゐる。
ここは八丈、
大賀郷、
丸太のさきが燃えてゐる。
誰もゐませぬ
炉ばたには、
丸太のさきが燃えてゐる。
- 昼の日なかに
しんかんと、
丸太のさきが燃えてゐる。
- 草に寝て
雲はずん/\飛んでゆく、
雲は大きい白い鳥。
僕は寝てゐる、草の上、
荒地野菊の花のなか。
雲のつばさは明くて、
まるで光がふるやうだ。
白いつばさの、あのしたの、
ちやうど、あの下、あのあたり。
今はどこだろ、どこの町、
僕の知らない野つ原か。
雲はほんとにいいんだな、
いつも、どこへも、飛んでゆく。
僕の知らないどつかにも、
僕に似た子もゐるだろな。
雲はずん/\飛んでゆく、
僕は寝てゐる、草のうへ。
- Y花の週間
- 花の週間
花は白芥子、月曜日、
日よけ、窓かけ、取りかへた
町の原つぱ、幼稚園。
火曜は赤い岩つつじ、
ペンキ塗りたて、丘のうへ、
高いラヂオの放送局。
露くさの花、水曜日、
蛍ほうほう、日が暮れる、
染屋の裏の小溝川。
木曜の花、桑の花、
ちらちら緑、窓あけた
朝の寄宿舎、繭くさい。
凌宵花、金曜日、
教会堂のうろこ雲、
港出る船ひとつない。
ぼんぼん苜蓿、土曜日だ、
空に株虹、雨あがり、
ぞろぞろかへる牧の山羊。
向日葵の花、日曜日、
みんな手に手に経木帽。
海の砂やま、脱衣小舎。
- 薔薇
薔薇は薄紅いろ、
なかほどあかい。
重ね花びら、
ふんはりしてる。
薔薇は日向に
お夢を見てる。
蟻はへりから
のぞいて見てる。
薔薇の花びら、
そとがは光る。
なかへ、その影
うつして寝てる。
- 落ちたつばき
紅いつばきが、
ぽたりと落ちた。
すこしそつぽ向いて、
地べたにすわつた。
蕊が白くて、
つやつやしてる。
黄ろい花粉は、
いつぱい露だ。
落ちたつばきが、
見てるとうごく。
風がふつかけ、
籾がらつけた。
- 揚羽蝶
大きな大きな秋田蕗、
濡れてる、揺れてる、光つてる。
その葉に蝶々もやすんでる。
うまれたばかりだ、来てごらん、
あやめによく似た揚羽蝶、
お羽に折目がついてゐる。
大きな大きな秋田蕗、
揚羽はとまつてまた飛んで、
たんとは飛べずに吹かれてる。
- 青梅
青梅ころころ
草のなか。
むらさき露くさ
花ふたつ。
青梅ころころ
畑のうね。
かはいい、うすべに、
蕎麦の茎。
青梅ころころ
溝のふち。
あたまが三つ四つ、
雀の子。
- 草いきれ
ここは草むら、草いきれ、
いろんな葉つぱが蒸れてます。
荒地野菊や、箒ぐさ、
藜や、鈴麦、犬牛蒡、
鉄砲百合まで咲いてます。
あつい日ざかり、草いきれ、
いろんなにほひが蒸れてます。
蟻や、穴蜂、きりぎりす、
きらきら金砂、日の光。
萌黄の蟇までむせてます。
ふかい草むら、青いきれ、
薬のにほひもして来ます。
石鹸や、磁石や、蝋マツチ、
ミルクや、ココアや、薄荷糖、
母さんの汗まで思ひ出す。
- 野菜
地面のしたからころげ出た
野菜のにほひはすばらしい。
大きな葉牡丹、球キヤベツ、
中からみどりがはぢけます。
メロンは西洋の味がする。
黄いろいしづくがこぼれさう。
胡瓜の青疣、茄子の蔕、
とても、もぎたて、むづがゆい。
麦桿帽には赤トマト、
てらてら跳ねます、ころげます。
地面のしたから湧いて出た
野菜のにほひはすばらしい。
サラダと青葱、夏大根、
朝からぷんぷんにほひます。
- 露
露はする/\のぼります。
篠のほさきにうまれます。
露は揺れます、ふくれます。
まろい、ゆらゆら、玉ひとつ。
露は落ちそで、あぶないな。
だけど、はずんで、またふとる。
露はかはいいよい坊や、
目鼻ついてる、笑つてる。
露は夜つぴて、夜あけまで、
月の光をためてます。
- お籠に
葱の根はしろいよ、
つやつやとしろいよ。
お籠に入れよ、葱の根、
お手手の指よりしろいよ。
蕎麦の茎はあかいよ、
ほろほろとあかいよ。
お籠に入れよ、蕎麦くづ、
お鳩の足よりあかいよ。
豆の蔓は長いよ、
ちらちらと長いよ。
お籠に入れよ、蔓ごと、
お靴の紐より長いよ。
- わらひます
あかいな、あかいな、さるすべり、
いつもこの木はわらひます。
おゆびで、こちよこちよ、くすぐると
根から枝からわらひます。
ひかるよ、ひかるよ、さるすべり、
いつもこの木はわらひます。
くすぐるたんびに梢から
花がちります、わらひます。
- りんご
林檎ころころどこへゆく、
お皿求めにまゐります。
ころん、ころん。
林檎ころころ、どこへゆく、
ナイフ探しにまゐります。
ころん、ころん。
林檎ころころ、どこへゆく、
フオーク拾ひにまゐります。
ころん、ころん。
林檎ころころ、どこへゆく、
こども見つけにまゐります。
ころん、ころん。
林檎ころころ、もういいの、
さあさ、坊ちやん召しあがれ。
ころん、ころん。
- 木の芽どき
パンの
神さま起きられる。
朝は
雲から風が吹く。
鳴らせ、
角笛、夏の笛。
いまは
林の木の芽どき。
星は
蛍のやうに飛ぶ。
- とんろん
とんろん、
とんろん、
とんろん、
と、鳴る音は
雨か、夜露か、ほら、はずむ。
とんろん、
とんろん、
とんろん、
と、鳴る音は
あれは、小人のうつ太皷。
とんろん、
とんろん、
とんろん、
と、鳴る音は
黄いろいパピーの花のうへ。
とんろん、
とんろん、
とんろん、
と、鳴る音は
おめめさめよとうつ太皷。
註、パピーは『はなびしさう』のことです。
- 梢
梢はいつも新しい、
梢は細くとがつてる。
梢は高い、どれ見ても、
梢は空につかへてる。
梢は見てる、背のびして、
梢は遠い向うまで。
梢は丘の青い塔、
梢は留める、鷺や鳩。
梢は早う目がさめる、
梢は朝の雲を呼ぶ。
梢は星を集めてる、
梢は月にすぐ光る。
梢に立てろ、アンテナを、
梢はラヂオ聴いてゐる。
梢は先に感じてる、
梢は雪を感じてる。
- Zお母さま
- 風
風は窓かけあけに来る。
山の小鳥を連れて来る。
風はお窓に置いてゆく、
パンとポプラの葉をひとつ。
風はやさしい母さんの
朝のお声を持つて来る。
- お母さま
お母さまはよい方、
お月さまよ、みんなの。
お母さまはひとりよ、
たつた世界にひとりよ。
お母さまは木蓮、
白い気高い木蓮。
お母さまはやさしい、
霧雨のやうにやさしい。
お母さまはせつない、
乾草のやうにせつない。
お母さまはあつたかい、
鸛のやうにあつたかい。
お母さまはうれしい、
国旗のやうにうれしい。
お母さまはこひしい、
お空のやうにこひしい。
お母さまはよい方、
ほんとうにいつもよい方。
- 白帝城
- 隆太郎に
白い小さな天主閣、
森はこんもり、丘のうへ。
(おぼえておいで、あの城を。)
空に半かけ、白い月、
雲はむらさき、夏の雲。
(おぼえておいで、あの月を。)
そして、帆かけて、矢のやうに
舟がゆきます、かるい舟。
(おぼえておいで、あの舟を。)
日本ラインの瀬は早い、
猿が啼きます、きりぎしで。
(おぼえておいで、この川を。)
うるしの花や合歓の花、
パパと旅したこの夏を。
(おぼえておいで、この夏を。)
白い小さな天主閣、
白くかがやけ、その夢に。
(おぼえておいで、いつまでも。)
- 船のおはなし
船のケビンの戸口には
みんなの名まへが書いてある、
お客の名まへが書いてある。
ねえ、さうですね、お母さん。
ぼぼん、ぼぼんと食事には
ボーイが鉄琴鳴らしてく、
お腕の鉄琴鳴らしてく。
ねえ、さうですね、お母さん。
いいな、汽船はもこもこと
煙はきます、煙突で、
まろい大きな煙突で。
ねえ、さうですね、お母さん。
港、さんばし、ブイのそば、
ぼうと汽笛がひびきます。
とても汽笛がひびきます。
ねえ、さうですね、お母さん。
- この道
この道はいつか来た道、
ああ、さうだよ、
あかしやの花が咲いてる。
あの丘はいつか見た丘、
ああ、さうだよ、
ほら、白い時計台だよ。
この道はいつか来た道、
ああ、さうだよ、
母さんと馬車で行つたよ。
あの雲はいつか見た雲、
ああ、さうだよ、
山査子の枝も垂れてる。
- からたちの花
からたちの花が咲いたよ。
白い白い花が咲いたよ。
からたちのとげはいたいよ。
青い青い針のとげだよ。
からたちは畑の垣根よ。
いつもいつもとほる道だよ。
からたちも秋はみのるよ。
まろいまろい金のたまだよ。
からたちのそばで泣いたよ。
みんなみんなやさしかつたよ。
からたちの花が咲いたよ。
白い白い花が咲いたよ。
- 牡丹
ぼうたんよ、
ぼうたん。
靄がふかい。靄から
誰か呼ぶよ、ほほほうい。
ぼうたんよ、
ぼうたん。
靄がふかい。山から
子らが来るよ、ぞめいて。
ぼうたんよ、
ぼうたん。
靄がふかい。朝から
ほうら呼ぶよ、ほほほうい。
ぼうたんよ、
ぼうたん。
靄があかい。靄から
犬のこゑもしてるよ。
- 待ちぶせ
誰かゐる。
誰かゐる。
春はぽかぽか、霞んでる。
誰かゐる。
誰かゐる。
菜の葉、菜の花、霞んでる。
誰かゐる。
誰かゐる。
雲雀、綿雲、霞んでる。
誰かゐる。
誰かゐる。
畦が、向うが、霞んでる。
誰かゐる。
誰かゐる。
いつも待ちぶせ、かくれてる。
- あのこゑ
『もういいよ』
『もういいよ』
野山の、野山の、白うつぎ、
白うつぎ、
どこかで、あの子が、呼んでゐる。
『もういいよ』
『もういいよ』
きのふの、きのふの、かくれんぼ、
かくれんぼ、
いまでも、どこかで呼んでゐる。
『もういいよ』
『もういいよ』
月夜の、月夜の、白うつぎ、
白うつぎ、
そこらに、あの子が、かくれてる。
- 遊ばうよ
『遊ばうよ、遊ばうよ。』
ほうら、来てゐる、よんでゐる、
たれかこどものこゑがする。
『遊ばうよ、遊ばうよ。』
日より、お日より、ひるすぎは、
たれか、靄から呼びにくる。
お庭の、お庭の菊のはな、
なにかあかるいお日よりは、
なにかさびしいお日よりは。
『遊ばうよ、遊ばうよ。』
いつもたれかがよびにくる、
いつも裏からよびにくる。
- つばき
『お、お、花だ、
白いつばきだ。』
『あら、お早う、
お目がさめたの。』
『つぶつぶだ、
露がついてる。』
『今朝ふつた、
雨のしみでしよ。』
『寝てる間に、
誰が活けたの。』
『知らないわ、
お母さまでしよ。』
- ゆすろ ゆすろ
ゆすろ、ゆすろ、みきを、
あかい あかい はなを。
ゆれろ、ゆれろ、たかく、
あかい あかい つばき。
いつか、いつか、ここで、
はふつた はふつた ナイフ、
どこだ、どこだ、みせろ、
あかい あかい つばき。
ゆすろ、ゆすろ、とても
あかい あかい はなだ。
おとせ、おとせ、ナイフ、
あかい あかい つばき。
- 梨の花
梨の花だよ、
しろいのは。
ほら、あのうちだ、
僕の家。
ああ、母さんだ、
『お母さん。』
ほらよく、見えよ、
あのお窓。
いつも呼ぶんだ、
ここらから、
ほら、見てるだろ、
僕の方。
母さん待つてる、
きつと、さう。
ほら、きこえたよ、
また見てる。
梨の花だよ、
しろいのは、
ほら、光つてる、
咲いてゐる。
- 蛾
蛾ですね、母さん、ほうら、この粉、
まるで鉄砲百合の花粉見たいだ。
おや眉があるんだな。笑つてるやうだな。
おや、お翅は立てないんだな、飛行機みたいに。
お、さうだ。昨夕も、こいつだ、こいつだ、
そら、この硝子戸の向うでばたばたやつてゐたのは。
生れたばかしだな。飛べないんだな。玩具のやうに、
ぜんまいじかけのお腹だといいんだがな。
飛んだ。飛んだ。ふとつちよが飛んだ。
滑走なしで、ふはりとあがつた。うまいなあ。
大きな蛾だなあ。空いつぱいに光つてゆくよ。
あ、あ、お隣へ飛んでつた。どんな庭だらうな。
母さん、あがつて見ていい、この石塀に。
やつ、チウリツプだ。チウリツプだ。赤だ。赤だ。赤だ。
- お庭の夢
白いベンチにねんねすりや、
誰か小声にのぞきます。
『いい子だ、いい子だ、よく似てる。』
『いえいえ、この子はおうちの子、
かはいいかはいいわたしの子。』
むせて苦しい椎の花、
白いお羽根でひつつつむ。
『この子は、この子はもらつてく。』
『あつあつ、早よ来て、お母さん、
誰だかわたしをさらつてく。』
白いベンチに目がさめりや、
白いスワンが来たばかり、
おうちだ、おうちだ、いい芝生、
レースがゆれます、ひかります、
お窓に母さん見えてます。
- 番号
番号呼ぴます、丘のうへ、
一、二、三、四、五、六、七。
いまは花どき、おぼろ月、
靄に青いは梨、李。
番号呼びます、向うでも、
一、二、三、四、五、六、七。
だれが歩哨に出るのやら、
いくさごつこの銃に剣。
ころろころろと、宵のくち、
水に田螺も啼くやうな。
番号呼びます、靄のうち、
一、二、三、四、五、六、七。
- ちひさな兵隊
ちひさな兵隊、歩兵隊、
「気をつけつ。」牡丹の花が咲く。
ちひさな兵隊、「ささげ銃。」
お日さまごきげん、ありがたう。
ちひさな兵隊、ランドセル、
「右向け。」霞に鐘が鳴る。
ちひさな兵隊、「になへ銃。」
向うに白いは噴水塔。
ちひさな兵隊、「前へ、おい。」
蝶々についてけ、そら進め。
ちひさな兵隊、お一二、
この道、ポプラの並木道。
ちひさな兵隊、「まはれ右。」
朝鮮鶩がねねしてる。
- 夕かた
くちなしの花は矢ぐるま、
吸つて吸つて駈けて行きましよ。
くちなしの花をもぎれば、
すぐ家のまがり角なの。
チヤルメラのこゑもしてくる、
夕かたの街になります。
ね、テニス、今日はよかつた。
あのサーブ、うまく行つてよ。
- 秋の日
ここだ、ほら、ちやうどここらに
をみなへし咲いてゐたつけ。
さうだ、そだ、虫か、なんだか
きよつきよつと鳴いてゐたつけ。
あそこだよ、牛がゐたのは、
あつたかい、いい日だつたよ。
母さんが何か言つたよ、
何だつけ、忘れちやつたよ。
白い胡麻干してあつたよ、
黒い胡麻干してあつたよ。
- 森君
あのときは
なにかしてたよ、
なにか花咲いてゐたつけ。
『さよなら』と森が呼んだよ、
あつたかい野道だつたよ。
父さんと、俥だつたよ、
もういちど、帽子ふつたよ。
『さよなら』と、僕もいつたよ、
それつきり、それつきりだよ。
ガードでは、かかんかかんと、
鮮人が工事してたよ。
- お茶の実
お茶の実は
お手に九つ、
あさがほの
たねも九つ。
ばらのはな
もろたお礼に、
おとなりへ
もつてゆかうよ。
『をばさま』と
よんでみようか、
『ねえさま』と
よんでみようか。
ああ、さうよ、
うらの木戸から
『お早う』と
かけてゆかうよ。
- 傘のうち
蛇の目、番傘、柄のない傘を、
だれか並べた、すぼつと立てた。
ひなた広つぱ、柄のない傘を、
いくつ干したぞ、九十九とひとつ。
蛇の目、番傘、柄のない傘に、
だれかゐるよだ、しやがんだ子供。
傘は照る照る、柄のない傘に、
みんなゐるゐる九十九とひとり。
『もういいよ、
もういいよ。』
菊は白菊、傘屋のおひる、
聞いた聞いたよ、にほひがしてる。
- 藤の実
お目々さめればよその庭、
昨夜お客に来たお家、
母さま、母さま、あら、雨よ。
雨は霧雨、秋の雨、
お顔洗つて、手手拭いて、
母さま、母さま、あれはなに。
あれは藤の実、藤の棚、
うちのささげによく似てよう、
嬢やよ、嬢やよ、揺れてませう。
春の祭に来たときは
白と紫、ながい房、
今は莢の実、雨ばかり。
- あけび
あけびの棚の
あけびの実、
円い、小さな花
実よ、ふとれ。
雨、雨、かかれ、
葉にかかれ、
蔓はお窓に
はひかかれ。
あけびの棚は
ドアのうへ、
人が見えれば
ベルが鳴る。
あをい、すずしい
あけびの実、
だれか おはやうと
来ないかな。
- 窓ぎは
秋の夕かた
もう寒い。
リンデンの葉も
散りかける。
あかい西日に、
窓ぎはで、
母さん編もの
さみしいな。
百舌が啼いてる、
どこかでは。
僕は豆柿
かぢつてる。
硝子のかげも、
戸の桟も、
壁にくつきり
映つてる。
- 椎の実
きのふ、お宮の裏山で、
椎の実ひろうて居りました。
誰か知らないおねえさま、
どこのお子かとききました。
やさしいやさしいおねえさま、
じつとわたしを見てました。
夕日は空を染めました。
小鳥のこゑもしてました。
坊やひろうてあげましよと、
明日もおいでとおつしやつた。
お母さまではないかしら。
お母さまではないかしら。
- 夜中
おうちの寝間で
わたしは寝てた。
あかりが点いて
人ごゑしてた。
見知らぬ部屋に
わたしは寝てる。
あかりが点いて
人ごゑしてる。
どこだか知らぬ、
誰だか知らぬ。
あかりが点いて
人ごゑしてる。
- 朝焼
朝焼よ
咲けよ、すももよ。
鵲は
草に下りるよ。
雨がすぐ、
すぐにふりそだ。
青馬車よ、
かけろ、その幌。
お姉さま、
さよな、さよなよ。
- アンデルセンの晩
1
わたしは月夜の鸛、
夜になりやおぎやと連れて行こ。
小父さん、小父さん、アンデルセン。
どこかに赤ちやんいらないか。
2
わたしは蟇の子気がきつい、
あたまに宝石はめてゐる。
小父さん、小父さん、アンデルセン。
三つ子のたましひ見ておくれ。
3
わたしは蝸牛、白い家、
となりの蝸牛、黒い家、
小父さん、小父さん、アンデルセン。
牛蒡も林になりました。
4
わたしは小さな薔薇の鬼、
なんでも見てゐる、聴いてゐる、
小父さん、小父さん、アンデルセン。
いつでもお日さんぴかぴかだ。
5
わたしは厩の甲虫、
空から空へと旅してく。
小父さん、小父さん、アンデルセン。
とつても世界はうつくしい。
6
わたしは赤靴、をどり靴、
をどれやをどれと飛んでゆく。
小父さん、小父さん、アンデルセン。
畠も牧場も飛び超える。
7
わたしは莢まめ、ゑんどまめ、
はぢけてころげりや、苔のした。
小父さん、小父さん、アンデルセン。
芽が出て、花咲き、また実る。
8
わたしは醜い、鶩の子、
つつかれ、つつかれ、水の上。
小父さん、小父さん、アンデルセン。
いついつスワンになれますの。
9
わたしは貧しいマツチ売り、
凍えて夜つぴて雪のうへ。
小父さん、小父さん、アンデルセン。
マツチの燃しくづあかるいな。
10
わしらは夢見る、駈けまはる、
子供はたましひをどつてる。
小父さん、小父さん、アンデルセン。
今夜もお話しておくれ。
- (奥付)
- 白秋全集26 第四回配本(第2期二五〜三七巻・別巻一)
一九八七年四月六日発行
定価四二〇〇円
著者 北原白秋
発行者 緑川亨
発行所 〒101東京都千代田区一ツ橋二−五−五
株式会社岩波書店
電話 〇三−二六五−四一一一
振替 東京六−二六二四〇