象の子




絵入童謡
第八集
象の子
北原白秋著

アルス


象の子の話

 わたくしがまだ昼も晩も美くしい夢ばかり見てゐた若い若い頃のことでした。
 このわたくしがある夏の夜の夢の中では小さな灰色の象の子になつてゐました。
 わたくしは空を仰いでゐました。
 空はあをあをと深ううるんでをりました。雲は白く光つて、見わたすかぎりの野や森やがまるで金いろの仏画見たいにぎらぎらしてゐました。何でも熱帯の七八月頃で、その暑さと云つたらありませんでした。
 そのとき、わたくしは灰いろの長いお鼻をふりふりあるいてゐました。
 とても驚いたのですが、直径一間半もあらうと思はれる、大きな、それに花弁の厚い黄いろい花が、地面からぢかに咲いて、それが足の踏み場もないほどむらがりむらがり照り輝いてゐるのです。わたくしはうれしくておもしろくて飛びあがつてしまひました。
 だが、わたくしはどうして自分がそんな見も知らない花の間に立つてゐのか、どうして自分が象の子になつてゐるのか考へもつきませんでした。いや考へなかつたと云つた方がほんたうでせう。なぜかと云へば、はじめから自分は人間の子供でなくて、象の子だつたやうな気がしてゐて、何でもさうしてゐるのがあたりまへで、べつに不思議でもなかつたのです。

  わたしや象の子おつとりおっとりしてた。
  何か知らぬがゆつくらゆつくらしてた。
  お眼々ふさいでうつとりうつとりしてた。
  お鼻ふりふりゆうらりゆうらりしてた。

 さうして小半日も思ふぞんぶんに遊びまはつてをりました。何処までもあるいてゆききました。のんきな象の子でした。どうかするとうつとりうつとりねむくなりました。
 蒸しあまい花のにほひがそこいらにいつぱい満ちあふれてをりました。何といふ激しい光と明るい空気でしたらう。と、

  坊や、
  おまんまだよう。

 といふ声がして来ました。いつでも楽しく遊んでゐると、夕方なぞには、おまんまだようです。いやだなあ、まだ遊んでゐたいなあと象の子の僕も思つたのです。お鼻ふりふりです。
 いや、まだその前にお話があります。ふつとお鼻をあげて見るとそれは美しい銀の槍を持つた大勢の家来を引きつれた王様のやうな燦々した風をした方がわたくしのそばに来て、何だか「ほう、いい子だなあ。」とおつしやつたやうな気がしました。と、いつのまにか、わたくしの頭のうへに小さなピカピカする銀の王冠が載せられてありました。
 その銀の王冠をつけた、灰いろの、三角耳が両方に垂れて、ももいろの眼の細い、さうしてお鼻の長い、わたくしは象の子でした。
 わたくしはまだまだいつまでも遊んでゐたいと思ひました。
 ところが、ある時、何かの雑誌を見ますと、南米の何処かで咲く何とか云ふ花の写真が出てゐました。まつたく、色も形も大きさも、地面から咲いた姿もわたくしの夢で見たとほりの花だつたので、じつに驚いてしまひました。すると、自分もほんたうは象の子ではないかしらと云ふ気もちが出て来ました。それで森鴎外先生(この方はわたくしどものえらい小父さまでした。)のところへ行つて、その話をいたしますと、
 「さうだね、君は狼でも兎でもなささうだね。なるほど象の子かも知れん。」
 とお笑ひになりました。
 皆さん、のうろりのうろりしてゐるのはほんとにいいものですよ。ほんとにわたくしは象の子かも知れません。そして、

  坊や、
  おまんまだよう。



象の子


ブームブーム


かはいいフランソワ、金の髪、
頬は薔薇いろ、フランソワ。
    小さいお靴のフランソワ。

小さい寝床のフランソワ、
熱でうはごと、フランソワ、
    「小さいお靴も捨てつちやへ。」

「さあさあ、お薬、フランソワ、
スープ、シロツプあげましよか」
    「いやいや、母さん、みないやだ。」

「それそれ絵本だ、フランソワ、
金ピカ兵隊踊らしよか。」
    「いやいや、父さん、みないやだ。」

「フランソワ、フランソワ、云つてくれ、
なにがほしいの、フランソワ。」
    「ブームブームだ、お母さん。」

いつか見て来た軽業の
道化役者のブームブーム、
    とんぼがへりのブームブーム。

「ブームブームか、ああ、あれか、
尻もち、さかだち、ぴよんこぴよこ。」
    「ブームブームだ、さうだそだ。」


父さん、母さん、あばら家、
小さい寝床にフランソワ、
    「ブームブームをどう見よう。」

「きらきらきものの蝶の繍、
道化人形だ、ほれ、御覧。」

    「そぢやない、そぢやない、こりやいやだ。」

ブームブームは人気者、
モンマントルの花屋敷、
    父さんもぢもぢ会ひに行た。

「どうぞ御ねがひ、ただ一と目。」
「はいはい、そんなら見せてあぎよ。」
    「ブームブームを見せてあぎよ。」

「ブームブームだ、フランソワ、
ブームブームがいらしたよ。」
    「ほんとかほんとか、お父さん。」


ブームブームと思つたら、
フロツクコートで見も知らぬ、
    「そぢやないそぢやない、ああんあん。」

「さうさう、ブームブームぢやなかつたね。」
小父さんお部屋を、「さやうなら。」
    「見たいよ見たいよ、ブームブーム。」

さつと扉が開きや、「今日は、へい。」
白い尖り帽の道化面、
    おしろいこてこてまつしろけ。

パーク祭の軽業の、
ピカピカきものだ、蝶の繍、
    「やあ、さうだ、ほんとだ、ブームブーム。」

ブームブームはおもしろい。
尻もち、逆立ち、ぴよんこぴよこ。
    「さうだ、そだ、ほんとだ、ブームブーム。」

小さい寝床のフランソワ、
今日は泣いたり笑つたり、
    「さあさあ、お薬、角砂糖。」

父さん、母さん、泣きました、
うれしくてうれしくて泣きました。
「ブームブームさん、ありがとよ。」


「かはいいかはいいフランソワ、
毎日踊つてあげましよね。」
  ブームブームはいい役者。

軽業がよひのブームブーム、
いつでもお馬車はとまります。
   おしろいこてこて道化面。

病気の病気のフランソワ、
小さい寝床で泣き笑ひ。
   「うれしいうれしい。ブームブーム。」

日に日に快くなるフランソワ、
日に日に道化のブームブーム。
   「ありがと、ありがと、ありがとよ。」

父さん、母さん泣きました、
うれしくてうれしくて泣きました。
   「ああ、ああ、お礼はどうしましよ。」

「父さん、母さん握手しよ、
これでお礼は沢山さ。」
   ブームブームはにイこにこ。

かはいいフランソワ、金の髪、
頬は薔薇いろ、フランソワ。
   「さあさあ、キスしよ、さやうなら。」
          (ジユール・クラルチのお話より)


猪と小川

さらさら小川のほそながれ、
いつも澄んでた、ながれでて、
青いお空を映してた。
森の猪そこへ来て、
足で土くれ蹴飛ばした、
水の中へとちやつぷりこ。

さらさら小川はながれてた。
そしてながれて、その底へ
すぐに土くれ埋めちやつた。


猪また来た、あくる朝、
小川はきれいに澄んでゐた。
猪ちやぶちやぶ水のんだ。

「どうしてこんなに澄んでます。」
小川に猪たづねてた。
「あれほどわたしが汚ごしたに。」

小川はやさしくこたへてた。
「わたしは映したい。あの空を、
ねえねえ、二人が青空を。」
         (エム・ギヨオの話より)


皿の中のお庭

皿の中のお庭は、
たアれが作つた。
ネリー、グレーが作つた。
どうして作つた。
大きな皿と
フランネルの切れを、
お母さんにもらつた。
その皿にどうした。
フランネルをのべた。
それからどうした、
一つかみの種子を
そこへ一ぱい蒔いた。
お水をやつて、毎日かけて、
二三日たつと、ネリーが見ると、
根が出た、根が出た、
白い根の小さい根。
その根から、どうした。
小さい葉が出たよ。
緑の葉が出たよ。
皿の中の庭を、
あつち持つてて、さあ茂れ。
こつち持つてて、さあ茂れ。
茂つた、茂つた、皿からこんもりはみ出した。
このお庭どうしよう。
食卓に据ゑよ。
お友だち呼んで、
御馳走をたべて、
皿の中のお庭を
そつと見ちやうまいな。
ちよいと見ちやうまいな。
(英国小学読本のお話より)
ダンテと鍛冶屋
処は伊太利、フイレンツエ、
朝から鍛冶屋が、とつちんかん、
歌は、デヴイナ、コムメディア(神曲)
とつちんかつちん、うろおぼえ。
通りかかつた詩人のダンテ、
鉄鎚とつてはほふり出し、
とつちんかつちん、ぶちこはし。
そこで鍛冶屋が腹を立て、
「何でこはした、とんちきめ、
とつちんかつちん、手道具だ。」
ダンテもぷりぷり腹立てた。
「何でこはした、わしが歌を、
とつちん、かつちん、うろおぼえ。」
鍛冶屋こまつて、とつちんかん、
とつちん、かつちん、ほかの唄。
(伊太利小学読本のお話より)
ランプを窓に
ランプを窓に、妹のエルケ、
兄さま待ち待ち妹のエルケ、
毎晩、海見て、
あかりをつけて。
ランプを窓に、妹のエルケ、
幾年経つても兄さま見えぬ。
毎晩、海見て、
あかりをつけて。

ランプがつかぬ、どうしたエルケ。
兄さま待ち待ちとうとう死んだ、
それでも海見て、
お窓の方で。
         (独逸小学読本のお話より)


こほろぎ

ガリバルデイは伊太利建国に非常に手柄をして有名な将軍になりました。

「なんで泣いてる、ガリバルデイ、」
小さい子どものガリバルデイ、
「小さいこほろぎ、きずつけた。
爪でこほろぎ、きずつけた。」
         (伊太利小学読本のお話より)


赤い頭巾

    今でもカプレラ島のこの英雄(ガリバルデイ)が亡くなつたさびしい家の寝床の枕もとの壁に、赤い頭巾を頭にまいて、ほゝゑみを口に浮べた美しい老婦人の肖像がかゝつてゐます。

ガリバルデイのお母さま、
赤い頭巾のお母さま。

いつもやさしい笑顔して、
お寝間の壁のお母さま。

貧しい人の、子どもらの、
病人たちのお母さま。

カプレラ島のお母さま。
ああ、ローザさま、お母さま。

さびしいお家のお母さま、
みんなのみんなのお母さま。

いつまで経つてもいつ見ても、
いつもやさしいお母さま。

ガリバルデイのお母さま、
赤い頭巾のお母さま。
         (伊太利小学読本のお話より)


芥子粒夫人


「綺麗な綺麗なちび鼠、
おまへにお話さしてあぎよ。」
   魔法つかひは呪文をとなへ、
   さあさあお食べよ、米の粒。

魔法つかひとちび鼠、
お話しいしい暮らしてた。
   ガンヂス河の堤の上の、
   棕梠葉のお小屋のむしろ小屋。

それもしばらくちび鼠、
悲しくなつたで、ちゆうちゆうちゆう、
   「変へて下され、鼠にや飽いた。」
   「なにになりたい。」「なににでも。」

「猫にしてやろ。」にやんにやんにやん、
猫になります、ちび鼠。
   「変へて下され、猫にも飽いた。」
   「なにになりたい。」「なににでも。」

「犬にしてやろ。」わんわんわん、
犬になります、三毛猫が。
   「変へて下され、犬にも飽いた。」
   「なにになりたい。」「なににでも。」

「猿にしてやろ。」きやつきやつきやつ、
猿になります、むく犬が。
   「変へて下され、猿にも飽いた。」
   「なにになりたい。」「なににでも。」

「野猪にしてやろ。」ふうふうふう、
猿が野猪に変ります。
   「変へて下され、美しい人に、
   ああ、ああ、野猪はいやらしい。」

そこで一と振り、魔法杖、
見れば綺麗な娘の子。
   真赤な練絹、ふさふさ黒髪、
   金の腕環や髪かざり。

綺麗な綺麗なその娘、
芥子粒夫人と名がついた、
   今度は楽しいお邸ずまひ、
   棕梠の葉お小屋はふり棄てる。


王さまお馬で通られる。
花に水かけ、芥子粒夫人、
   「紅い果実さしあげまする、
   陛下お入りなさいませ。」

「おお、美しい、ありがたう、」
王さま馬からお下りになる。
   「紅い果実まだまだ食べぬ。
   おまへの親たち訊いてから。」

わたしの親たちちび鼠、
とは、云ひにくい、はづかしい。
   「きつと女王になる人と、
   魔法つかひが申します。」

「おまへの名まへは、」「はい、陛下、
芥子粒夫人と申します。」
   「よしよしおまへと結婚しましよ。」
   魔法つかひも「こりや目出度う。」


今は御殿で女王さま、
それでも、おづおづ、芥子粒夫人、
   「いまに知れたらどうなるでしよか、
   わたしや嘘つき、すぐ知れよ。」

ある日、木かげに腰かけて、
お菓子たべたべ見とれてた、
   真赤な練絹、ふさふさ黒髪、
   お池に映つた水鏡。

すずしい銀色、絹ヴエール、
桃いろ、紫、玉かざり。
   つくづく見とれて、「まあまあ、御覧、
   なんと綺麗な女王さま。」

そこへちよろちよろ、ちび鼠、
お砂糖の一かけいただこか。
   「しつしつ、あつち行け、いやらしい鼠。」
   足でちよと蹴る芥子粒夫人。

すると鼠はちゆうちゆうちゆう、
「おまへわたしを知らないの。」
   「いえいえ、知りやせぬ、なんの知らう。」
   いやな顔して女王さま。

「おまへは母さんお忘れか、
ほれほれ、お父さんも来てゐるよ。」
   またも鼠がちよろちよろ出て来て、
   「おおおお出世ぢや、これ娘。」

「わたしの婿さま、王さまだ、」
「おれも会ひたい王さまに、」
   「婿だ、舅姑だ、お喜びなさろ、
   おまへ会はせにや、わしらゆこ。」

「あらまあ、父さん、お母さん。」
元は娘のちび鼠、
   「どうしようどうしよう、もう嘘知れる。」
   ふらふら目まはし、池の中。

鼠の両親こりやどうぢや
ちゆうちゆうどうしやう、なぜ死んだ。
   わけもわからず、飛んで行た、馳けた。
   泣き泣きラシさん呼びに行た。

魔法つかひのラシが来りや、
王さま泣き泣きござらしやる。
   「陛下、まづまづまことを云へば、
   芥子粒夫人こそちび鼠。」

「お亡くなられた芥子粒夫人、
あきらめあそばせ、為方ない、
  なにかいいことござりましよ、ござろ、
  今にしあはせ、うめ合せ。」


とても不思議な緑の芽、
間も無くお庭に茂ります、
  見る見る見事に、魂げるばかりに、
  咲いたは咲いたは、芥子の花。

芥子粒夫人こそ女王さま、
女王さまこそ芥子の花、
  赤の練絹、生絹のヴエール、
  桃いろ、紫、真珠いろ。

とても不思議な芥子の花、
誰もはじめて芥子の花。
  これが世界の芥子の先祖よ。
  印度のお話、芥子粒夫人。
         (英国小学読本のお話より)


ゐねむり王さま

ゐねむり王さま、お爺さま、
いつでも、うとうと、たよりない、
ピカピカ冠、お手に杖、
お椅子にもたれて、とろほろり。

ゐねむり王さま、白髪髯、
なぜだか、うとうと、たよりない、
孔雀が啼いても肱まくら、
牡丹が咲いても、とろほろり。

ゐねむり王さま、おひとりか、
いちんち、うとうと、たよりない、
お妃お子さまどうしてぞ、
お城にのこされ、とろほろり。

ゐねむり王さま、お爺さま、
いつまで、うとうと、たよりない、
夢見てござるか、泣いててか、
お目々は涙で、とろほろり。


織田信長

南蛮笠に黒坊主、
お腰に牡丹のつくり花、
   織田の信長気儘もの、
   観兵式には飾り馬。

シルクハツトで時をりは、
音楽学校観に行こか、
   大名の子どももお洒落もの、
   夕焼小焼にヴアイオリン。

紅髯毛唐か、物真似か、
ハイカラづくめの寺まゐり。
   ゼスイツト教徒は気が強い、
   サンタ、マリヤで血の戦。

   註 黒ん坊を黒坊主と云つたさうです。信長の使つたのは弥助といふ名がつけられてをましたが、本能寺の騒ぎに逃げたさうでした。


あの鳴る銅鑼は
      手まり唄

おててん手まり、
あの鳴る銅鑼は
阿蘭陀船か、
南蛮船か、
雲は紅がら、
澳門遠い、
海の向うのヴエニスの街は
切子硝子に灯の入る頃か、
ここは長崎、出嶋の館、
高い窓から遠眼鏡延べて、
空のあちこち、お婆さんの異人、
ほれ、飛んだ、
あれ、飛んだ、
赤い小鳥がまた逃げた。
   まづまづ一貫、サンタマリヤ。


阿蘭陀医者

阿蘭陀医者は
解剖が上手。
 日暮は出るな、
 生胆とるぞ。

阿蘭陀医者は
真赤い毛の鬘、
 日暮は出るな、
 碧い眼がぎろり。

阿蘭陀医者は
お皿とメスよ、
 日暮は出るな、
 泣く子を呼ぶぞ。

阿蘭陀医者は
鍔広帽子、
 黒坊主連れて
 ほらほら来たぞ。


人形つくり

長崎の、長崎の
人形つくりはおもしろや。
色硝子……青い光線の射すなかで、
白い粘土こねまはし、
糊で溶かして、砥の粉をまぜて、
ついととろりと轆轤にかけて
伏せてかへせば頭ができる。
その頭はうつろの頭よ、
白いお面がころころと、ころころと。

ころころところぶお面を
わかい男が待ちうけて、
青髯の、銀のナイフが待ちうけて、
●(「目」+「匡」)々、薄う瞑つた●(「目」+「匡」)を突いて、
きゆつとゑぐつて両眼あける。
昼の日中にいそがしく、いそがしく。

長崎の、長崎の
人形つくりはおもしろや。
色硝子……黄色い光線の射すなかで、
肥満女の回々教徒の紅頭巾、
唖か、聾か、むつつりと、
そこらここらと撰んでわけて、
つまむ眼玉は何々ぞ。

青と黒、金と鳶いろ、
魚眼の硝子が百ばかり。
その眼玉もうつろの眼玉よ、
ちよつとつまんで●(「目」+「匡」)へ当てて、
面よく見て、うしろをつけて、
合はぬ眼玉はちよとはぢき、
ちよと弾ぢき、
はめた、はめたよ、両眼はめた、
阿蘭陀お医者が、医者が義眼をはめるよに、
凄や、をかしや、白粉刷毛で
さつと洗つてにたにたと。
外ぢや五月の燕ついついひらりと飛び翔る。

長崎の、長崎の
人形つくりはおもしろや。
色硝子……紅い血のよな日のかげで、
白髪あたまの魔法おやぢが真面目顔、
じつと睨んで、手足を寄せて、
胴に針金、お面に鬘、
寄せて集めて児ができる、
児ができる。

むごやかはいや、お人形、人形、
泣くに泣かれず、はだかの人形、
赤うふくれた小股を出して、
髪毛みだして、踵を見せて、
鮭の卵か、海豚の腹か、
猫児犬児を見るがよに、見るがよに、
床につまれて、お眼々をあけて、
海の入日にくわつとむせぶ、
くわつとむせぶ。

人形、人形、口なし人形、
みんな寒かろ、母御も無けりや、
かはいかはいの父者も無いか、
白痴か、不具か、聾か、唖か、
口がきけぬか、きけぬか、口が、
みんな黙つて、しんと黙つて、
ふるへてゐやる。

傍ぢや、ちんから、目さまし時計、
いつも、ちんから、目さまし時計、
春の小うたをうたひだす、
おらんだの町の小うたをうたひだす。

長崎の、長崎の
人形つくりはいぢらしや、
いぢらしや。


象の子

わたしや象の子おつとりおつとりしてた。
何か知らぬがゆつくらゆつくらしてた。
お眼々ふさいでうつとりうつとりしてた。
お鼻ふりふりゆうらりゆうらりしてた。
何処か知らぬがのつそりのつそりしてた。
いつか知らぬがとうろりとうろりしてた。
何もしもせずぼんやりぼんやりしてた。

坊や
おまんまだよ。

誰か呼ぶけどうつとりうつとりしてた。
お鼻ふりふりゆうらりゆうらりしてた。


木馬の夢

そこらの蓬を食べてると、
乾草なんぞもかをつてる。
祭のお囃子なんぞする。
風船玉だよ驚いた。
玉虫なんぞも光つてる。
  ほう、ほう、紅いな、
  緑だな。
  ほうほう、黄色だ。
  ピイピイピイ。
空にはぽんぽん揚花火。


片眼の象

片眼の象は、
眼のある方へとお鼻を巻き上げた。
ふうらんしよふうらんしよ。
眼のある方へとお藁をしごいた。
眼のある方から子どもを巻いて上げ
お脊へ乗つけたつけ。
片眼で笑つた。
紅い牡丹を片眼で御覧で、
黄色い蝶々を片眼で半分見て、
それ坊や、そつちへ出た、
それ坊や、こつちへ出た。
そして、時計を片眼でふり仰いで、
ああ、もうお午か、
こつちの牡丹もおしまひだ。


一本一疋

坊やよお話いたしましよ、
何処かに鶏頭が咲いてゐた。
鶏頭を軍鶏めが啄いてた。
鶏頭が一本、紅鶏頭、
軍鶏が一びき、紅鶏冠、
どちらが憤つた、けけこつこつ。
どちらが笑つた、けけこつこつ。


田舎のお午

鶏頭が軍鶏におどろいて、
軍鶏が鶏頭におどろいて。

牝馬が牡馬におどろいて、
牡馬が牝馬におどろいて。

犬がおどろき、
ぼう、わう、わう、

ぼう、わう、わう、わう、
ぼう、わう、わう、

おおい、誰だか射たれたんだとよお、
雉子と間違へたんだとよお。


馬の顔

何か白いもの
窓から出てる、
白馬の顔だよ、
さつきから出てる。
裏の千町田は、
稲刈り果てた、
刈れば寒いか、
遠いか、白馬よ、
なぜにつまんなさうに
窓から見てる。

「なにか知んねえだが、
俺、ぼんやり見てる、
空のどつこかに穴があいたか、見てる。」


日永

卵はおつとり殻の中
雛のあたまをまろめてる。

雛のあたまはまろめられ、
お眼々をあけよと待つてゐる。

お眼々をあけよと待つ雛
雛の親鶏、ぬくめ鶏。

雛の親鶏、ぬくめ鶏、
日向をまじまじながめてる。


物臭太郎

物臭太郎が日向ぼこ、
ぬうらりくうらり温くかろな。

物臭太郎が父さまも、
どこかでぼんやり温くかろな。

物臭太郎がお母さま、
日永によそゆき温くかろな。

物臭太郎がお祖父さま、
お墓の下でも温くかろな。

物臭太郎がお祖母さま、
なむあみだぶつで温くかろな。

物臭太郎が日向ぼこ、
物臭づくめで温くかろな。

物臭太郎がひとりごと、
明日もやつぱり温くかろな。




母さん、母さん、
どうしてこの花赤いの、
どうしてこつちは黄色いの。

母さん、母さん、
どうして赤いの、黄色いの、
ひらひら蝶々は知つてるの。


ちらちら雪

ちらちら雪よ、
ちらちら、ちらら、
早よおいで、お手に、
ああああ、消えた。

ちらちら雪よ、
ちらちら、ちらら、
また日が射すぞ、
ああああ、溶けた。


巻末に
 この「象の子」の中の童謡は前の集の「二重虹」のとおなじく大正十一年の十一月に書いて、翌年の一月に雑誌「女性」に載つたのが主になつて居ります。この方がむしろ早く作られたものです。
 この「象の子」の童謡はすこしく色あひがちがつてゐます。たいがい異国風のものです。さうして長崎ぶりの切支丹物もはいつてゐます。
 世界小学読本のお話から材料をとつて童謡にしたのもいくつかあります。しかし、それは翻訳ではありません。自由にわたくしの詩とし童謡として作りました。
 長崎ものの中でいちばん古いのは「人形つくり」です。これはかれこれ十五六年前の作で、わたくしの童謡の中でも古いものです。これをすこしく直して恰度いい折でしたからこの集に収めました。抒情小曲集の「思ひ出」にも載つてゐるものです。「あの鳴る銅鑼は」「阿蘭陀医者」のやうなのは、十二年に作つたものです。ずつと新しいのです。「織田信長」なぞとおなじくかうしたものは不思議に私の幼い時代のことを思はせます。長崎ちかくに育つたわたくしには、生れた時からかうした阿蘭陀の夢を多く持つて育てられて来たやうに思ひます。ですから少くともなつかしいわたくしのものにちがひありません。
 むしろ、かうしたものからわたくしの詩は生まれて来たとも云へます。
 それから、「象の子」もゆうらりゆうらりしたわたくしの気もちの一つが出てゐますが、「馬の顔」だとか、「田舎のお午」だとか、「日中」だとか、「物臭太郎」だとか、やはり何だかのんきなものです。
 いつたい、おてんとうさんの下では何もかものんきなものですよ。みんなが象の子で、またみんなが物臭太郎で、それでみんなが童謡を歌つてゐればいいんですよ。
 それから、この集の画は全部岡本帰一さんが非常に丹念に描いてくださいました。すぐれていい画だと思ひます。この「象の子」もわたくしの童謡集であるとともに岡本さんの画集でもあります。これが愉快です。
  大正十五年九月
               谷中天王寺にて
                         白秋


(奥付)
白秋全集26 第四回配本(第2期二五〜三七巻・別巻一)
一九八七年四月六日発行
定価四二〇〇円
著者  北原白秋
発行者 緑川亨
発行所 〒101東京都千代田区一ツ橋二−五−五
    株式会社岩波書店
    電話 〇三−二六五−四一一一
    振替 東京六−二六二四〇