延慶本平家物語 総ひらがな版
平家物語一
(系図)
(章段目録)
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一 へいけのせんぞのこと 二 とくぢやうじゆゐんくやうのことつけたりだうしさんもんちゆうだうのやくしのこと
三 ただもりしようでんのことつけたりやみうちのことつけたりただもりしきよのこと 四 きよもりはんじやうのこと
五 きよもりのしそくたちくわんどなること 六 はちにんのむすめたちのこと
七 ぎわうぎによのこと 八 しゆしやうしやうくわうおんなかふくわいのことつけたりにだいのきさきにたちたまふこと
九 しんゐんほうぎよのおんこと 十 えんりやくじとこうぶくじとがくたてろんのこと
十一 とさばうしやうしゆんのこと 十二 さんもんのだいしゆせいすいじへよせてやくこと
十三 けんしゆんもんゐんのわうじとうぐうだちのこと 十四 とうぐうせんそのこと
十五 きんじゆのひとびとへいけをしつとのこと 十六 へいけてんがにはぢみせたてまつること
十七 くらんどのたいふたかのりしゆつけのこと 十八 なりちかのきやうはちまんかもにそうをこむること
十九 しゆしやうごげんぶくのこと 二十 しげもりむねもりさうにならびたまふこと
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廿一 とくだいじどのいつくしまへまうでたまふこと 廿二 なりちかのきやうひとびとかたらひてししのたにによりあふこと
廿三 ごでうのだいなごんくにつなのこと 廿四 もろたかとうかはのほふしとことひきいだすこと
廿五 るすどころよりしらやまへてふじやうをつかはすことおなじくへんてふのこと 廿六 しらやまうかはとうのしゆとしんよをささげてしやうらくのこと
廿七 しらやまのしゆとさんもんへてふじやうをおくること 廿八 しらやまのしんよさんもんにのぼりたまふこと
廿九 もろたかざいくわせらるべきよしひとびとまうさるること 三十 へいせんじをもつてさんもんにつけらるること
丗一 ごにでうのくわんばくどのほろびたまふこと 丗二 たかまつのにようゐんほうぎよのこと
丗三 けんしゆんもんゐんほうぎよのこと 丗四 ろくでうのゐんほうぎよのこと
丗五 へいけこころにまかせてふるまふこと 丗六 さんもんのしゆとだいりへしんよふりたてまつること
丗七 がううんのことつけたりさんわうかうげんのことつけたりしんよぎをんへいりたまふこと 丗八 ほふぢゆうじどのへぎやうがうなること
丗九 ときただのきやうさんもんへしやうけいにたつことつけたりもろたからざいくわせらるること 四十 きやうぢゆうおほくぜうしつすること
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平家物語第一本
一 ぎをんしやうじやのかねのこゑ、しよぎやうむじやうのひびきあり。しやらさうじゆのはなのいろ、じやうしやひつすいのことわりをあらはす。おごれるひともひさしからず、はるのよのゆめなほながし。たけきものもつひにほろびぬ。ひとへにかぜのまへのちりととどまらず。とほくいてうをとぶらへば、しんのてうかう、かんのわうまう、りやうのしうい、たうのろくさん、これらはみなきうしゆせんくわうのまつりごとにもしたがはず、みんかんのうれひ、よのみだれをしらざりしかば、ひさしからずして、ほろびにき。ちかくわがてうをたづぬれば、しようへいのまさかど、てんぎやうにすみとも、かうわのぎしん、へいぢにしんらい、おごるるこころもたけきことも、とりどりにこそありけれども、つひにほろびにき。たとひじんじはいつはるといふとも、てんたういつはりがたきものか。わうれいなるなほかくのごとし、いはんやじんしんのくらゐのものいかでかつつしま
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ざるべき。まぢかく、だいじやうだいじんたひらのきよもりにふだう、ほふみやうじやうかいとまうしけるひとのありさま、つたへうけたまはるこそ、こころもことばもおよばれね。かのせんぞをたづぬれば、くわんむてんわうだいごのわうじ、いつぽんしきぶきやうかづらはらのしんわうくだいのこういん、さぬきのかみまさもりがそん、ぎやうぶきやうただもりのあつそんのちやくなんなり。かのしんわうのみこたかみのわうむくわんむゐにしてうせたまひにけり。そのおんこたかもちのしんわうのおんとき、くわんぺいにねんごぐわつじふににちにはじめてたひらのあつそんのしやうをたまはりて、かづさのすけになりたまひしよりこのかた、たちまちにわうしをいでてじんしんにつらなる。そのこちんじゆふのしやうぐんよしもち、のちにはひたちのだいじようくにかとあらたむ。くにかよりさだもり、これひら、まさよし(まさのり)、まさひら、まさもりにいたるまでろくだい、しよこくのじゆりやうたりといへども、いまだてんじやう
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のせんしやくをゆるされず。
二 ただもりのあつそん、びぜんのかみたりしとき、とばのゐんのごぐわん、とくぢやうじゆゐんをざうしんし、さんじふさんげんのみだうをたて、いつせんいつたいのしやうくわんおんをあんぢしたてまつる。ちゆうぞんぢやうろく。よつててんじようぐわんねんかのとのゐ、さんぐわつじふさんにちきのえたつ、きちにちりやうしんをもつてくやうをとげられをはんぬ。ただもりは、いつしんのくわんしやうには、びぜんのくにをたまはる。そのほか、かぢ、ばんしやう、そまし、そうじて、けつえんけいえいのにんぶまでも、ほどほどにしたがひて、けんじやうをかうぶること、しんじつのごぜんこんとおぼえたり。ごだうしには、てんだいのざすと、おんさだめあり。しかるに、いかなることにかおはしけむ、ざす、さいさんじしまうさせたまふあひだ、「さては、たれにてかあるべき」とおほせあり。そのときところどころのめいそう、てらでらの
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べつたう、のぞみまうすところ、じふさんにんなり。じやうどじのそうじやうじついん、おなじくべつたうだうちゆうそうづ、こうぶくじのだいしんほふげんじつしん、どうじだいなごんのほふいんじやううん、おむろのでし、いうはんしやうにん、をんじやうじのごんのだいそうづりやうゑん、おなじくちかくそうじやう、とうだいじのだいなごんのほふいんりうばん、くわさんのそうじやうかくうん、みのをのほふげんれんじやう、ひやうぶきやうのそうづいうぜん、うぢのそうじやうくわんしん、さくらゐのみやのしやうにんゑんめういじやうじふさんにん。このちとくたちは、みなほふわうのごぐわいせき、あるいはほふわうのおんしとく、あるいはほふわうのおんきたうじよのまんとくなり。みなこうしやうをもつて、つとめらるるひとびとなり。まことにしゆしやうかうきにして、ちえめいれうなり。じやうぎやうぢりつにして、せつぽふにふるなのあとをつたへ、「われこそてんがいちのめいそうよ。われこそにつぽんぶさうのしやうだうよ」と、おのおのけうまんのはたほこ
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をたてて、のぞみまうさせたまふもことわりなり。「げにも、てんだいのざすのほかは、このひとびとこそ、きりやうよ」と、ほふわうもごぢやうあり。されば、おぼしめしわづらひてぞ、わたらせたまひける。まいにちに、くぎやうせんぎありけれども、さしてたれともさだまらず。さらばくじにとるべしとて、かのぜんりよらをみなとくぢやうじゆゐんにめされたり。ゆゆしきみものにてぞありける。さてくじのしだいは、じふさんのうちに、じふには「おんだうしたるべし」とかきて、よのじふには、ものもかかず、しらくじなり。ほふわうのおほせに、「まろがげんたうにせのだいじ、ただこのぶつじにあり。もしまことのどうしたるべききりやうのひと、このじふさんにんのほかにてなほやあるらん。みやうのせうらんしりがたし。さればいまひとつをくはへて、じふしのくじに、なすべし」とうんうん。よつてごぢやうに
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まかせて、じふしにして、じふさんにんよりて、めんめんにとりたまふに、みなくじをとりて、「おんだうしたるべし」といふくじはのこりたり。「みやうのせうらん、まことにやうあるべし」とおほせあり。じふさんにんのちとく、おのおのたからのやまにいりて、てをむなしくして、かへりたまへり。そののちほふわう、「このひとびとのほかに、たれあるべしともおぼえず。ただねがはくはかならずしもちしやにあらず、のうぜつにあらずとも、しゆしやうげれつなりとも、こころにじひありて、みにぎやうとくいみじく、てんがいちばんにまずしからむそうを、だうしにもちゐばやとおもふは、いかに」とおほせあり。くぎやういまだおんぺんじまうされざるところに、みのかさきたるものの、もんぜんにのぞみたり。あやしくごらんずるところに、みのかさをば、からゐしきにさしおき、くろきころもけさかけたるそうひとり、らうらうとして、
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ほふわうのおんまへにまゐりて、「まことにてさうらふやらん。とくぢやうじゆゐんくやうのおんだうしには、むちげせんなりとも、こころにじひありて、みにとくぎやうあらんひんそうを、めさるべしとうけたまはる。ぐそうこそ、じひとぎやうとくとはかけてさうらへども、びんぐうのことは、につぽんいちにてさうらへ。しんじつのおんことにてさうらはば、まゐるべくやさうらふらむ」。そのときくぎやうてんじやうびと、「さこそおほせあらんからに、わそうやうのものをば、いかでかめさるべき。ふしぎなり。みぐるしし。とくとくまかりいでよ」といふ。ほふわうのおほせに、「いかなるところにあるそうぞ」とおんたづねあり。そうまうしけるは、「たうじは、さかもとのぢしゆごんげんのおほゆかのしたに、ときどきにはくさむしりてさうらふ」とまうす。ほふわう、「さては、まめやかに、むえんひんだうのそうにこそあむなれ。ふびん
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なり。おんだうしにさだめおぼしめすところなり。きたるじふさんにちのむまのときいぜんに、かのみだうにまゐるべし」と、ごぢやうあり。そうなみだをはらはらとこぼして、てをあはせて、ほふわうををがみまゐらせて、みのかさとりてうちきて、まかりかへりけり。そのときほふわう、ひとをめされて、「あのそうのぢゆうしよみてまゐるべし。いかなるありさましたるそうぞ。よくよくみよ」とてつかはす。おんつかひみがくれにゆくほどに、げにぢしゆごんげんのおほゆかのしたにいりぬ。きよしよのありさま、あまがはひきめぐらして、ゑざうのみだのさんぞんかけて、ほとけのまへのつくへに、せうかうさんげのにほひ、かをりたり。さてはなにごともなし。ただしつくえのしたに、かみにひねりたるものあり。それをとりてちやはいにちといれて、あかおけなるみづにすすぎて、ぶくしけり。さてそののち、ひとりごとにまうし
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けるは、「とかくして、まうけたりし、まつのはもはやとぼしくなりぬ。なにをもてか、ろめいをもささふべき。あはれ、はやおんぶつじのひになれかし。さてもめでたき、ほふわうのごぜんごんのきよさかな。なむさんわうだいし、しちしやごんげん、じひなふじゆをたれて、しやうじやうのごぜんごん、しゆぎやうしたまへるほふわうを、しゆごしまゐらせたまへ」とて、ねんじゆしてはべり。おんつかひかへりまゐりて、このよしをそうもんす。ほふわうおほきにかんじおぼしめすところなり。すでにごくやうのひ、かのおほゆかのしたのひじりのもとへ、よはうごしをむかへにつかはさる。ひじりまうしけるは、「こしぐるまにのるべき、おんだうしをめさるべきならば、のぞみまうすところの、じふよにんのかうゐのそうをこそめされさうらふべけれ。しかるにいまは、わざとむえんひんだうの
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そうをくやうぜさせたまふ。しやうじやうのごぜんごんなり。いかでかいうめいむじつのこけのさうをば、げんじさうらふべきや」とて、よはうごしをかへしまゐらせをはんぬ。きちにちは、じふさんにち、りやうしんはむまのときなり。いぜんにごかうもなり、ぎやうがうもなりぬ。にようばうなんばうすべてうんしやうのひとびと、みなまゐりたまへり。いかにいはむや、とひ、ゑんきん、きせん、じやうげのしよにん、いくせんまんといふことをしらず。まゐりあつまり、くだんのおんだうしもすでにのぞみたまへり。ありしみのかさをこそ、けふはきたまはねども、ころもけさは、ただそのときのままなり。らうらうとしてこしすこしかがまりたまへり。じゆうぞうとおぼしくて、わかきそうふたりあり。おんふせもたせむとおぼしくて、げそうじふににんていしやうにあり。まことにわうじやくたるすがた、しよにんみなめを
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おどろかしてぞはべりける。だうしすでにかうざにのぼりたまへば、ひざふるひわななきて、ほふそくのしだいもぜんごふかくにみえたり。しばらくありて、くわんじやうのくを、はたとうちあげたまひたりければ、さんじふさんげんをひびきめぐり、いつせんいつたいのおんほとけも、なふじゆをたれたまふらむとぞ、めでたかりける。へうびやくまことにたまをはき、せつぽふいよいよふるなのべんぜつあり。ちやうもんしゆゑのばんにん、ずいきのなみだをながして、むしのざいしやうをすすぎ、けんもんかくちのだうぞくは、くわんぎのそでをかきあはせて、そくしんのぼだいをさとる。むかししゆだつちやうじやがしじふくゐんのぎをんしやうじやをたてて、しやかぜんぜいのごくやうありけんも、りやくけちえんのみぎり、これにはすぎじとめでたし。ごせちぽふながくして、みときばかりあり
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けるを、ほふわうはせつなのほどとぞおぼしめされける。すでにゑかうのかねならして、かうざよりおりて、しやうめんのひだりのはしらのもとにゐたまへり。はじめにはすみぞめのけさころもは、いまはにしきのほふぶくよりもたつとくぞみえける。おんふせせんごくせんぐわん、こがねせんりやう、そのうへにおんかぶせ、みだうのまへにやまのうごきいでたるがごとし。たむらのみかどのおんとき、たかきみことまうすにようご、かくれさせたまひて、あんしやうじにてみわざしたまひけるに、だうのまへにささげものおほくしてやまのごとし。それをざいちゆうじやうよみたりける。
やまのみなうつりてけふにあふことははるのわかれをとふとなるべし K001
ぜんごんのこころざしのふかきには、おんふせのいろにあらはれたり。つきのわにしやまに
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かくれて、やいんにおよびければ、みだうのまへにまんどうゑをともされたり。おんだうしすでにかへりたまひけるに、ちやうもんのしゆう、にはにおほくして、いでさせたまふべきやうもなかりければ、みだうのしやうめんよりこくうをとびあがりて、そうもんのうへにしばらくおはしましけり。ににんのじゆうぞうは、につくわうぐわつくわう、ひかりをかかやかし、じふににんのげそうは、やくしのじふにじんじやうなり。おんだうしはぢしゆごんげんのほんぢ、えいさんちゆうだうのいわうぜんぜいにてぞましましける。よすでにまつだいたりといへども、ぐわんしゆのしんじんしやうじやうなれば、ぶつじんのゐくわうなほもつてげんぢゆうなり。ほふわうのおんこころのうちさこそうれしくおぼしめしけめ。しやうむてんわうのごぐわん、とうだいじくやうのおんだうしは、
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ぎやうきぼさつとおんさだめありけるに、ぎやうきかたくじしまうさせたまひけるやうは、「ごぐわんのだいぶつじなり。せうこくのびくさうおうせず。りやうぜんじやうどのどうもんしゆ、ばらもんそんじやとまうすだいらかん、いまにてんじくにあり。むかへにつかはすべし」とて、ほうびやうにはなをたて、あかをしきにすゑて、なにはのうみにおきたまひければ、かぜもふかざるに、あかをしきながれて、にしをさしてゆく。なぬかをへてのち、くやうのひ、かのばらもんそんじや、あかをしきにのりて、なにはのつにきたりて、だいぶつでんをばくやうじたまひにき。それをこそきたいのふしぎとうけたまはるに、これはなほすぐれたり。さてかのばらもんそんじや、なんてんじくよりなにはのうらにたうらい
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のとき、ぎやうきぼさつたいめんしてのたまはく。
りやうぜんのしやかのみまへにちぎりてししんによくちせずあひみつるかな K002
ばらもんそんじやのへんじ。
かびらゑのこけのむしろにゆきあひしもんじゆのみかほまたぞはいする K003
さてばらもんそんじやはどくし、ぎやうきぼさつはかうじにて、だいぶつでんをばくやうありき。そのとき、「ばらもんをばそうじやうになして、とうだいじのちやうらうしたまへ」とせんじなりけれども、ふじつにてんぢくにかへりたまひにき。ぎやうきぼさつははちじふにて、てんぴやうしようほうぐわんねんにぐわつににふめつしたまひき。かのうたのこころにて、ばらもんそうじやうはふげん、ぎやうきぼさつはもんじゆなり。ふげんもんじゆとうのにぼさつ、だいぶつでんをばくやうじたまへり。いま
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このとくぢやうじゆゐんをば、ちゆうだうのやくしによらい、につくわうぐわつくわうとうのにぼさつをじゆぞうとし、じふにじんじやうらをけんぞくとしてごくやうあり。はるかにむかしのせいせきよりもたうがらんのかうげんはすぐれたまへりと、ばんにんみなほめたてまつるところなり。
三 とばのぜんぢやうほふわう、えいかんにたへさせおはしまさず、ただもりにたぢまのくにをたまはるうへ、としさんじふしちにてうちのしようでんをゆるさる。しようでんはこれしやうがいのえらびなり。たとへゐんのしようでんすらしかなり。いかにいはんやうちのしようでんにおいてをや。くものうへびといきどほりそねんで、おなじきとしじふいちぐわつごせち、にじふさんにち、とよのあかりのせちゑのよ、やみうちにせむとぎす。ただもりのあつそん、このことをほのかにききて、「われいうひつのみにあらず、ぶようのいへにむまれ
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て、いまこのはぢにあはむこと、いへのため、みのためこころうかるべし。せんずるところ、みをまつたうしてきみにつかへよといふほんもんあり」とのたまひて、ないないよういありけり。ただもりのあつそんのらうどう、もとはただもりのいちもんなりけるが、のちにはちちさぬきのかみまさもりがときよりらうどうしよくにふす、しんのさぶらうだいふたひらのすゑふさがこに、さひやうゑのじよういへさだといふものあり。びぜんのかみのもとにまゐりてまうしけるは、「ちちすゑふさ、おそれながらごいちもんのすゑにてさうらひけるが、こにふだうどののおんとき、はじめてらうどうしよくのふるまひをつかまつりさうらひけり。いへさだちちにまさるべきみにてさうらはねども、あひつぎてほうこうつかまつりさうらふ。ことしのごせちのごしゆつしには、いちぢやうひがこといできたりさうらふべきよし、ほぼうけたまはるむねのさうらふ。てんちゆうにわれもわれもとおもふひとどもあまたさうらふらめ
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ども、かやうのおんせのをりふしにあひまいらせむとおもふものは、さすがすくなくこそさうらふらめなれば、ごせちのしゆつしのおんともをば、いへさだつかまつるべし」とないないまうせば、ただもりこれをききて、しかるべしとてめしぐせられたり。いつしやくさんずんあるくろさやまきのかたなをよういして、ちやくざのはじめよりらんぶのをはりまで、そくたいのしたに、しどけなきやうにさして、かたなのつかをしごすんばかりさしいだして、つねはてうちかけて、つくりまなこして、ゐられたり。はうばいのうんかくこれをみて、きようくわうのこころあるならば、やみうちはせざらましのはかりことなり。いへさだもとよりさるものにて、ただもりにめをかけて、とくさのかりぎぬのしたに、もえぎのいとをどしのはらまき、むないたせめて、たちわきにはさみて、てんじやう
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のこにはにさうらふ。おなじきおとと、さつまのへいろくいへながとて、としじふしちになりけるが、たけたかく、ほねぶとにて、ちからおぼへとりて、たびたびはがねあらはしたるものありけり。まつかはのかりぎぬのしたに、むらさきいとをどしのはらまききて、びぜんづくりのさんじやくごすんありける、わりざやのたちかいはさみて、かりぎぬのしたより、てをいだして、いぬゐについひざまづきて、てんじやうのかたを、くもすきにみすかして、ゐたりければ、くわんじゆいげ、てんじやうびとあやしみて、くらんどをめして、「うつほばしらよりうちに、ほういのもののさうらふ、なにものぞ。らうぜきなり。まかりいでよ」と、いはせければ、いへさだすこしもさわがず、「さうでんのしゆう、ぎやうぶのきやうのとの、こんややみうちにせらるべきよしうけたまはりさうらへば、ならむやうみさうらはむとて、
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かくてさぶらふ。えこそまかりいづまじけれ」とて、かしこまりてさぶらひける。つらだましひ、ことがら、しゆうことにあはば、こにはより、でんじやうまで、きりのぼりつべき、けしきなりければ、ひとびとよしなしとやおもはれけむ、そのよのやみうちせざりけり。そのうへ、ただもりのあつそん、だいのかたなをぬきて、ひのほのぐらかりけるところにて、びんぱつにひきあててのごはれけり。よそめには、こほりなどのやうにぞみえける。かれといひ、これといひ、あたりをはらひてみえければ、よしなくぞおもはれける。さてごぜんにめしありて、ただもりのあつそんまゐられけるに、ごせちのはやしとまうすは、「しろうすやうの、こぜむじのかみ、まきあげふで、ともゑかきたるふでのぢく」とこそはやすに、これはひやうしをかへて、「いせへいじはすがめなりけり」とはやしたり。ただもり
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ひだりのめのすがみたりければ、かくはやしたり。くわんむてんわうのばつえふとまうしながら、なかごろよりはうちさがつて、くわんどもあさく、ぢげにのみして、みやこのすまひ、うとうとしく、つねはいせのくににぢゆうして、ひさしくひととなりければ、このいちもんをば、いせへいじとまうしならはしたるに、かのくにのうつはものにたいして、「いせへいじは、すがめなりけり」と、はやしたりけるとかや。ただもりすべきやうなくて、さてやみぬ。
そもそもごせちとまうすは、きよみばらのてんわうのおんとき、もろこしのみかどより、こんろんさんのたまをいつつまゐらせさせたまへり。そのたま、やみをてらすなり。いちぎよくのひかりごじふりやうのくるまにいたる。これをとよのあかりとなづけたり。ごひさうのたまにて、ひとこれをみることなし。そのころまた、もろこしのしやうざんより、せんぢよごにんきたりて、
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きよみばらのにはにて、くわいせつのたもとをひるがへすこと、いつたびあり。ただしあんてんにして、そのかたちみえざりしかば、かのいつつのたまをいだして、くわいせつのかたちをごらんじき。たまのひかりあきらかにして、ひるよりもなほあかし。しかるにごにんのせんにんのまふこと、おのおのいせつなり。ゆゑにこれをごせちとなづけたり。そのときよりかのせんにんのまひのてをうつして、くものうへびとまひけり。そのときのひやうしには、「しろうすやう、こぜむじのかみ、まきあげふで」とはやしけり。そのゆゑは、かのせんにんのころもの、うすくうつくしきことさま、しろうすやう、こぜむじのかみに、あひにたり。まひのそでをひるがへし、かんざしよりかみさまに、まきあげたるかたちににたりければ、「まきあげのふで」とははやしき。さればまひびとのかたちありさまを、はやすべきことにてぞありける。しかるに「すがめ
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なりけり」とはやされて、ぎよいうもいまだはてぬに、しんかうにおよびてまかりいでられけるに、「いかに、なにごとかさうらひつる」とまうせば、めんぼくなきことなれば、「なにごともなし」とて、いでられにけり。さてただもりいでたまひけるとき、こしのかたなをば、とのもりづかさにあづけてだいばんのうへにおかれてけり。ごにちにくぎやうてんじやうびと、これをまうされけるは、「ばうじやくぶじんのてい、かへすがへすいはれなし。さこそぢゆうだいのゆみとりならむからに、かやうのうんしやうのまじはりに、てんじやうびとたるものの、こしのかたなをさしあらはすこと、せんれいなし。それゆうけんをたいしてくえんにれつし、ひやうぢやうをたまはりてきゆうちゆうをしゆつにふするは、みなきやくしきのれいをまもり、りんめいよしあるせんぎなり。しかるをただもりのあつそんにおよびて、あるいはさうでんのらうどうとかうして、ほういのつはものをてんじやうのこにはにめしおき、そのみこしのかたなをよこだへさして、せちゑのざにれつす。りやうでう
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ともにきたいいまだきかざるらうぜきなり。ことすでにちようでふせり。ざいくわもつとものがれがたし。はやくみふだをけづりて、げくわんちやうじせらるべき」よし、おのおのいちどうにうつたへまうさる。しやうくわうおどろきおぼしめされて、ただもりをめしておんたづねあり。ちんじまうしけるは、「まづらうじゆうこにはにしこうのこと、ただもりこれをぞんぢせず。ただしきんじつひとびとあひたくまるるしさいあるかのあひだ、ねんらいのけにん、このことをつたへうけたまはるかによつて、そのはぢをたすけむために、ただもりにしられずして,ひそかにこにはにさんこうのでう、ちからおよばざるしだいなり。このうへなほそのとがをのがれがたくは、そのみをめししんずべくさうらふや。つぎにこしのかたなのこと、くだんのかたなとのもりづかさにあづけてさうらふ。いそぎめしいだされて、かたなのじつぷにつきて、とがのさうあるべきか」とまうされければ、しゆしやう、もつともしかるべしとおぼしめされて、かのかたなをめしいだして
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「てんじやうびとぬけ」とおほせくださる。えいらんをふるに、うへはさやまきのくろぬりなりけるが、なかはきがたなにぎんぱくをおしたりけり。しゆしやうすこぶるえつぼにいらせたまひて、おほせのありけるは、「たうざのちじよくをのがれむがために、かたなをたいするよしをかまふといへども、ごにちのそしようをぞんぢして、きがたなをたいしたるよういのほどこそしんべうなれ。きゆうせんにたづさはらむもののはかりことは、もつともかくこそあらまほしけれ。かねてはまたらうじゆう、しゆうのはぢをすすがむとおもふによつて、ひそかにさんこうのでう、かつうはぶしのらうじゆうのならひなり。まつたくただもりがとがにあらず」とて、かへつてえいかんにあづかりけるうへは、あへてざいくわのさたにおよばざりければ、おのおのいきどほりふかくてやみにけり。ちゆうなごんださいのごんのそつすゑなかのきやうはいろのくろかりければ、こくそつとぞ
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まうしける。むかしくらんどのとうたりしとき、それもごせちに、「あなくろくろ、くろいとうかな。いかなるひとのうるしぬりけむ」とはやしたりければ、かのすゑなかにならびたりけるくらんどのとう、いろのしろかりければ、すゑなかのかたうどとおぼしきてんじやうびと、「あなしろじろ、しろいとうかな。いかなるひとのはくをぬりけむ」とはやしたりけり。くわざんのゐんのにふだうだいじやうだいじんただまさ、じつさいとまうしけるとき、ちちちゆうなごんにおくれたまひて、みなしごにしておはしけるを、なかのみかどのちゆうなごんかせいのきやう、はりまのかみたりしとき、むこにとつて、はなやかにもてなされけるに、これもごせちに、「はりまよねはとくさか、むくのはか、ひとのきらをみがきつくるは」とはやしたりけり。「よあがりてはかかることにもさせることもいできたらざりけり。まつだいは
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いかがあらんずらむ、ひとのこころおぼつかなし。ただもりのきやうしそくあまたおはしき。ちやくしきよもり、じなんつねもり、さんなんのりもり、しなんいへもり、ごなんよりもり、ろくなんただふさ、しちなんただのり、いじやうしちにんなり。みなしよゑのすけをへて、てんじやうのまじはり、ひときらふにおよばず。につぽんにはなんししちにんあるひとをちやうじやとまうすことなれば、ひとうらやみけり。これもただことにあらず、とくぢやうじゆゐんのごりしやうのあまりとぞおぼゆる。
ただしいのちはかぎりありけるならひなれば、にんぺいさんねんしやうぐわつじふごにち、しやうねんごじふはちにてただもりのあつそんほくばうす。としいまだろくじふにみたざるに、さかりとこそみえたまひしに、はるのかすみときえにけり。さしたるやまひもおはせず、しやうぐわつじふごにちはまいねんにしやうじんけつさいしたまひければ、ことしもまたしんじんをきよめもくよくして、
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ほんぞんのおんまへにかうをたきはなをくんじたまひけるが、にしにむかひてねぶるがごとくしてひきいりたまひにき。こんじやうはいつせんいつたいのほとけのりやくをかうぶりて、いつてんしかいにえいぐわをひらき、しゆうえんのくれにはさんぞんのらいかうにあづかりて、くほんれんだいにわうじやうす。によしごにんなんししちにん、おのおのなみだをながしてをしみたまひき。なんによじふににんのはらから、みなとりどりにさいはひたまひき。おとひめぎみばかりぞことしはここのつになりたまひければ、ははにつきて、むなしきやどにひとりおはしける。ちちのこひしきときは、うゑおきたまひしつぼのうちのさくらのもとにたちより、なくよりほかのことなし。あけぬくれぬとすぎゆくほどに、しやうぐわつもすぎ、にぐわつやよひのころにもなりければ、つぼのうちのさくらうるはしくさきたり。ひめぎみこれをみたまひて、
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みるからにたもとぞぬるるさくらばなひとりさきだつちちやこひしき K004
四 きよもりちやくなんたりしかば、そのあとをつぐ。ほうげんぐわんねん、さだいじんよをみだりたまひしとき、あきのかみとてみかたにてくんこうありしかば、はりまのかみにうつつて、おなじきとしのふゆだざいのだいにになりにき。へいぢぐわんねんうゑもんのかみむほんのとき、またみかたにてきようどをうちたひらげしによつて、くんこうひとつにあらず、おんしやうこれおもかるべしとて、つぎのとしじやうざんみにじよす。これをだにもゆゆしきことにおもひしに、そののちのしようじん、りようのくもにのぼるよりもすみやかなり。うちつづき、さいしやう、ゑふのかみ、けんびゐしのべつたう、ちゆうなごんになりて、しようじやうのくらゐにいたり、さうをへず、ないだいじんよりだいじやうだいじんにあがる。ひやうぢやうをたまはつてだいしやうにあらねども、ずいじん
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をめしぐして、ぎつしやれんじやのせんじをかうぶつて、のりながらきゆうちゆうをいでいる。ひとへにしつせいのじんのごとし。さればしきのぐわつりやうのもんをひきおはして、くわんぺいのほふわうのごゆいかいにも、「だいじやうだいじんはいちじんにしはんとして、しかいにぎけいせり。くにををさめみちをろんじ、いんやうをやはらげ、そのひとなくは、すなはちかけよ」といへり。これをそくけつのくわんとなづけて、そのひとにあらずはけがすべきくわんにてはなけれども、いつてんたなごころのうちにあるうへは、しさいにおよばず。しやうこくのかくはんじやうすること、ひとへにくまのごんげんのごりしやうなり。そのゆゑは、きよもりそのかみゆぎゑのすけたりしとき、いせぢより、くまのへまゐりけるに、のりたるふねのなかへめおどろかすほどのおほきなるすずきとびいつたりけるを、せんだちこれをみておどろきあやしみて、すなはちかむなぎふみをしてみるに、「これはためし
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なきほどのおんよろこびなり。これはごんげんのごりしやうなり。いそぎやしなひたまふべし」とかんがへまうしければ、きよもりのたまひけるは、「もろこしのしうのせいはくしやうといひけるひとのふねにこそ、はくぎよをどりいつたりけるとはつたへきけ。このこといかがあるべかるらむ。さりながらせんだつはからひまうさるるうへは、なかばごんげんのしめしたまふなり。もつともきちじにてぞあるらむ」とのたまひて、さばかりじつかいをたもち、ろくじやうこんをさんげし、しやうじんけつさいしたるみちにて、かのうををてうびして、いへのこらうどう、てぶり、がうりきにいたるまで、ひとりももらさずやしなひけり。またとしさんじふしちのとき、にぐわつじふさんにちのやはんばかりに「くちあけくちあけ」と、てんにものいふよしゆめにみて、おどろきて、うつつにおそろしながらくちをあけば、「これこそぶしのせいといふものよ。ぶしのたいしやうをするものは、てんよりせいをさづくる」とて、とりの
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このやうなるもののきはめてつめたきを、みつのどへいるとみて、こころもたけくおごりはじめけり。さればくまのよりげかうののち、うちつづきよろこびのみありて、そしりはひとつもなかりけり。ほうげんにことありて、だいこくたまはりてだいにになり、へいぢにくまのまうでしたまひたりけるみちにこといできたりて、さんけいをとげず、みちよりげかうして、かつせんをいたし、そのこうによつて、おやこきやうだいだいこくをかね、けんぐわんけんじよくににんじけるうへ、さんぼんのかいぎふにいたるまで、くだいのせんじようをぞこえられける。これをだにゆゆしきこととおもひしに、しそんのしようじんは、りようのくもにのぼるよりもなほすみやかなり。かかりしほどにきよもり、にんあんさんねんじふいちぐわつじふいちにち、としごじふいちにしてやまひにをかされて、ぞんめいのため、たちまちにしゆつけにふだうす。ほふみやうじやうれんとまうしけるが、ほど
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なくかいみやうしてじやうかいといふ。しゆつけのくどくはばくたいなるによつて、しゆくびやうたちどころにいえててんめいをまつたくす。ひとのしたがひつくこと、ふくかぜのくさきをなびかすがごとし。よのあまねくあふげることは、ふるあめのこくどをうるほすにことならず。ろくはらどののいつけのきんだちといひてければ、くわそくもえいゆうも、おもてをむかへかたをならぶるひとなかりけり。さればにや、へいだいなごんときただのきやうまうされけるは、「このいちもんにあらざるものは、をとこもをんなもほふしもあまもにんぴにんたるべし」とぞまうされける。さればいかなるひとも、あひかまへてそのゆかりにむすぼほれんとぞしける。えもんのかきやう、えぼしのためやうよりはじめて、なにごともろくはらやうとて、いつてんしかいのひとみなこれをまなびけり。いかなるけんわうせいしゆのおんまつりごとも、せつしやうくわんぱく
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のせいばいをも、ひとのきかぬところにては、なにとなく、よにあまされたるいたづらものの、かたぶけまうすことはつねのならひなり。しかるに、このにふだうのよざかりのあひだは、ひとのきかぬところなれども、いささかもいるがせにまうすものなし。そのゆゑはにふだうのはかりことにて、わがいちもんのうへをそしりいふものをきかんとて、じふしご、もしはじふしちはちばかりなるわらはべの、かみをくびのまはりにきりまはして、ひたたれこばかまきせて、にさんびやくにんめしつかひければ、きやうぢゆうにじゆうまんして、おのづからろくはらどののうへをあしざまにもまうすものあれば、これらがききいだして、ふくけのとがをもとめてゆきむかひて、そくじにほろぼす。おそろしなどまうすもおろかなり。さればめにみ、こころにしるといへども、ことばにあらはれてものいふものなし。じやうげをぢをののきて、みちをすぐるむま、くるまも、よぎ
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てぞとほりける。「きんもんをしゆつにふすといへども、しやうみやうをとはず。けいしのちやうり、これがためにめをそばむ」とぞみえたりける。ただことにはあらずとぞみえし。
そのころあるひとのまうしけるは、「そもそもこのかぶろわらはこそこころえね。たとひきやうぢゆうのみみぎきのためにめしつかはるといふとも、ただふつうのわらはにてもあれかし。なんぞかならずしもかぶろをそろふる。これらがなかにいちにんもかけぬれば、いれたてて、さんびやくにんをきはとするもふしんなり。いかやうにもしさいあるらん」といひければ、あるじゆしやのいはく、「つたへきく、いこくにかかるためしありけり。かんのみかどのみよにわうまうだいじんといふ、けんさいしゆしようのしんかありけり。くにのくらゐをむさぼらむがために、はかりことをめぐらすやうは、かいへんにいでて、かめをいくせんまんといふかずをしらずとりあつめて、そのかめのこふのうへに、「しよう」といふじをかきて、うらうら
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にはなちぬ。またあかがねのうまとひととをつくりて、たけのよをとほしてこれをいる。きんごくのたけのはやしに、おほくこれをこめられけり。しかるのちくわいにんななつきのをんなをさんびやくにんめしあつめて、しゆしやをせんじて、まんやくといふくすりをあはせて、これをのます。つきまんじてうめるこ、いろあかくしてひとへにおにのごとし。かのわらはをひとにしらせずして、みやまにこめて、これをそだつ。やうやうせいぢやうするほどに、うたをつくりてならはしむ。『かめのこふのうへにはしようといふもじあり。たけのはやしのなかにはあかがねのじんばあり。わうまうてんがをたもつべきしるしなり』と。かくしてじふしごばかりのとき、かみをかたのまはりにきりまはしてみやこへいだすに、これらひやうしをうちて、さんびやくにんどうおんにこのうたをうたふ。このけしきふつうならざるあひだ、ひとあやしみてみかどにそうもんす。すなはちかのわらはをなんていにめさる。さきのごとくにひやうしをうちて、
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このうたをうたひ、ていしやうにまゐりのぞみければ、すこぶるえいりよにいぶからずといふことなし。すなはちくぎやうせんぎありて、うたのじつぶをたださむがために、うらうらのあまにおほせてかめをめす。そのなかにこふのうへに「しよう」のじかきけるかめあまたあり。またきんりんのたけのはやしをもとむるに、そのなかにあかがねのじんばおほくとりいだせり。みかどこのことをおどろきおぼしめして、いそぎおんくらゐをさり、わうまうにさづけられにけり。てんがをたもちてじふはちねんとぞうけたまはる。さればにふだうもこのことをへうして、さんびやくにんめしつかはるるにこそ。くらゐをもこころにかけてやおはすらん。しりがたし」とぞまうしける。
五 にふだうわがみのえいぐわをきはむるのみにあらず、ちやくししげもり、ないだいじんのさだいしやう、じなんむねもり、ちゆうなごんのうだいしやう、さんなんとももり、さんみのちゆうじやう、
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しなんしげひら、くらんどのとう、ちやくそんこれもり、しゐのせうしやう、しやていよりもり、じやうにゐのだいなごん、おなじくのりもり、ちゆうなごん、いちもんのくぎやうじふよにん、てんじやうびとさんじふよにん、しよこくのじゆりやう、しよゑふ、さいえう、しよし、つがふはちじふよにん、よにはまたひともなくぞみえける。ならのみかどのおんとき、じんきごねんつちのえのたつ、ちゆうゑのだいしやうをはじめておかれたりしが、だいどうしねんちゆうゑをあらためて、こんゑのだいしやうをさだめおかれてよりこのかた、さうにきやうだいあひならぶこと、わづかにさんがどなり。はじめはへいぜいてんわうのぎよう、ひだりにうちまろ、ないだいじんのさだいしやう、たむらまろ、だいなごんのうだいしやう。つぎにもんどくてんわうのぎよう、さいかうにねんはちぐわつにじふはちにち、かんゐんのぞうだいじやうだいじんふゆつぎのじなんそめどの、くわんばくだいじやうだいじんよしふさちゆうじんこう、ないだいじんのさだいしやうにごにんありて、おなじきくぐわつ
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にじふごにち、ごなんにしさんでうのさだいしやうよしあふこう、だいなごんのうだいしやう。つぎに、しゆしやくゐんのぎよう、てんぎやうはちねんじふいちぐわつにじふごにち、こいちでうのくわんばくだいじやうだいじんていじんこうのちやくなん、をののみやのくわんばくさねよりせいしんこう、ないだいじんのさだいしやうにごにんあり、じなんくでうのうだいじんもろすけこう、くわんばくだいなごんのうだいしやう。つぎにれんぜいのゐんのぎよう、ひだりによりみち、うぢどの、みぎによりむね、ほりかはどの、ともにみだうのくわんぱくみちながこうのきんだちなり。ちかくはにでうのゐんのぎよう、えいりやくぐわんねんくぐわつよつかのひ、ほつしやうじどのかんばくだいじやうだいじんただみちこうのごそく、ひだりにまつどのもとふさこう、みぎにつきのわどのくわんばくだいじやうだいじんかねざねこう、おなじきじふぐわつみぎにならびおはす。そのときのらくしよかとよ。いよさぬきさうのだいしやうとりこめてよくのかたにはいちのひとかな K005
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これみなせふろくのしんのごしそくなり。はんじんにおいてはいまだそのれいなし。じやうだいはかうこそ、こんゑのだいしやうをばをしみおはしましと、いちのひとのきんだちばかりなりたまひしか。これはてんじやうのまじはりをだにきらはれしひとのしそんの、きんじき、ざつぱうをゆりて、りようらきんしうをみにまとひ、だいじんのだいしやうになりあがりてきやうだいさうにあひならぶこと、まつだいといへども、ふしぎなりしことどもなり。
六 おんむすめたちはちにんおはしましき。それもとりどりにさいはひたまへり。いちはさくらまちのちゆうなごんしげのりのきやうのきたのかたとなづけられて、はつさいなるおはせしが、へいぢのみだれいできて、とげずしてやみぬ。のちにはくわざんのゐんのさだいじんのみだいばんどころになりたまひて、おんこあまたおはしまして、よろづひきかへてめでたかり
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けり。そのころいかなるものかしたりけむ、くわさんのゐんのよつあしのとびらにかきたりけるは。
はなのやまたかきこずゑとききしかどあまのこどもがふるめひろふは K006
このしげのりのきやうをさくらまちのちゆうなごんといひけることは、このひとこころすきたまへるひとにて、ひがしやまのさんざうのまちまちなりけるに、せいなんはちやうにさくらをうゑとほされたり、きたにはもみぢをうゑひがしにはやなぎをうゑられたりける、そのうちにやをたててすみたまひけり。きたれるとしのはるごとに、はなをえいじて、さくことのおそく、ちることのほどなきをなげきて、はなのいのりのためにとて、つきにさんどかならずたいさんぶくんをまつりけり。さてこそしちにちにちるならひなれども、このさくらはさんしちにちまでこずゑにのこりありけれ。せいなん
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のそうもんのみいれよりさくらみえければ、いみやうにさくらまちのちゆうなごんとぞまうしける。さくらまつのちゆうなごんともいひけるとかや。はなのもとにのみおはしければさくらもとのちゆうなごんともまうしけり。さればきみもけんわうにおはしませば、しんもしんとくをかかやかし、はなもこころありければ、はつかのよはひをのべけり。いづかたにつけてもすきたるこころあらはれて、やさしくぞきこえし。ににはないだいじんしげもりこうのおんことす。すなはちきさきにたちたまへり。わうじごたんじやうありしかば、くわうたいしにたちたまふ。ばんじようのくらゐにそなはりたまひてのちは、ゐんがうありて、けんれいもんゐんとまうす。だいじやうにふだうのむすめ、てんがのこくもにておはしまししうへは、とかくまうすにおよばず。さんはろくでうのせつしやうどののきたのまんどころにておはしまししが、たかくらのゐん
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おんくらゐのとき、おんははしろとて、さんこうになぞふるせんげあつて、ひとおもくおもひたてまつる。のちはしらかはどのとまうす。しはうひやうゑのかみのぶよりのきやうのそく、しんじじゆうのぶちかのあつそんのつま、のちにはれんぜいのだいなごんたかふさのきたのかたにて、それもおんこあまたおはしき。ごはこんゑのにふだうてんがのきたのまんどころなり。ろくはしちでうのしゆりのだいぶのぶたかのきやうのきたのかた。しちはあきのいつくしまのないしがはらなりけるが、じふはちのとし、ごしらかはのゐんへまゐりたまひて、にようごのやうにておはしけり。このほかくでうのゐんのざふしときはがはらにいちにんおはしき。くわざんのゐんのさだいじんのおんもとに、みだいばんどころのしたしくおはすればとて、じやうらふにようばうにて、らふのおんかたとまうしけるとかや。ないしはのちにはゑつちゆうのせんじもりとしあひぐしけるとぞ
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きこえし。につぽんあきつしまはわづかにろくじふろくかこく、へいけちぎやうのくにさんじふよかこく、すでにはんごくにおよべり。そのうへしやうゑん、でんばく、そのかずをしらず。きらじゆうまんして、たうしやうはなのごとし。けんきくんじゆして、もんぜんいちをなす。やうしうのこがね、けいしうのたま、ごきんのあや、しよくかうのにしき、しつちんまんぽう、ひとつとしてかけたることなし。かたうぶかくのもとゐ、ぎよりようしやくばのもてあそびもの、ていけつもせんとうも、いかでかこれにはすぐべきと、めでたくぞみえし。むかしよりげんぺいりやうしてうかにめしつかはれて、わうくわにしたがはず、てうけんをかろんずるものには、たがひにいましめをくはへしかば、よのみだれもなかりしに、ほうげんにためよしきられ、へいぢによしともうたれてのちは、すゑずゑのげんじせうせうありしかども、あるいはながされ、あるいはうたれて、いまはへいけのいちるい
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のみはんじやうして、かしらをさしいだすものなし。いかならむすゑのよまでも、なにごとかあるべきと、めでたくぞみえし。
七
そのころみやこにしらびやうしににんあり。あねをばぎわう、いもうとをばぎによとぞまうしける。てんがだいいちのをんなにてぞありける。これはとぢといひししらびやうしがむすめなり。およそしらびやうしとまうすは、とばのゐんのおんとき、しまのせんざい、わかのまへといひけるにようばうを、すいかんばかまにたてえぼしきせて、かたなささせなどして、まはせはじめられたりけるを、ちかごろより、すいかんにおほくちばかりにて、かみをたかくゆはせてまはせけり。かのぎわうぎによを、だいじやうにふだうめしをかれてあいせられけるに、ことにあねのぎわうをば、わりなくさいはひたまひければ、ひとびとじやうげ、にふだうどののおんけしきにしたがひて、もてなし
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かしづきけることかぎりなし。ざいしよさるていにしつらひて、よしあるさまにてすゑられたり。さだよしにおほせつけて、ははいもうとなどにも、さるべきやうにいへつくりて、かのとくにてふそくなし。まいにちにじつぴきじつこくをおくられけり。そのうへをりふしにつけてあてられければ、ゆかりのものどもまでたのしみさかへけり。これをみきくひとうらやまずといふことなし。かくのみめでたかりしほどに、そのころまたみやこにしらびやうしいちにんいできたり。みめかたち、ありさまよりはじめて、てんがにならびなきいうぢよにてぞありける。なをばほとけとぞまうしける。にふだうのぎわうをもてなされけるをみききて、「よもさりともむなしくかへさるることはあらじ。のうなどをばあいしたまはんずらむ」とおもひて、あるときすいさん
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をぞしたりける。さぶらひども、にふだうどのに、「ほとけとまうしてたうじみやこにきこえさうらふしらびやうしのただいままゐりてさうらふ」とまうしければ、「さやうのあそびものは、ひとのめしによりてこそまゐれ。さうなくまゐるでうふしぎなり。そのうへぎわうごぜんのあらんところには、ほとけもかみもしかるべからず。とくとくまかりかへるべし」とぞのたまひける。このうへはちからおよばずしてまかりいでけるを、ぎわうごぜんききて、にふだうどのにまうしけるは、「いかにや、あれにはすげなくてはかへさせたまふぞ。あれらていのあそびもののならひ、めされねどもかやうのところへまゐるは、つねのことにてさぶらふ。ごげんざんにいらずしてまかりかへるは、いかにほいなくおもひさぶらふらむ。『ぎわうがごしよへすいさんして、おんめもみせられまいらせでかへりにけり』と、ひとのまうさむもふびんに
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おぼゆ。いまこそかくおんめをみせられまいらせずとも、かならずしもひとのうへとおぼえさぶらはず。こころのうちおもひやられさぶらふに、しかるべくはめしかへしてげんざんして、かへさせをはしませ。わがみのめんぼくとおもひさぶらふべし」とまうしければ、にふだうのたまひけるは、「こはいかに。かれをすさめてかへしつるは、ごぜんのこころをたがへじとてこそ、かへしつれ。さやうにまうすほどならばめしかへせ」とて、よびかへさせて、いであひたまひたり。「かやうにげんざんするほどならば、なににてものうあるべし」とのたまひければ、ほとけはとりもあへず、「きみをはじめてみるおりは、ちよもへぬべしひめこまつ。ごしよのまへなるかめをかに、つるこそむれゐてあそぶなれ」といふいまやうを、をしかへしをしかへし、さんべんまでこそ
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うたひけれ。にふだうこれをききたまひて、「いまやうはじやうずにてをはしけり。まひはいかに」とのたまひければ、「おほせにしたがひて」とてたちたりけり。
おほかたみめことがらせいありさまはさてをきつ、ものかぞへたるこはざしよりはじめておもしろし。たうじなをえたるしらびやうしなり。としのほどじふはちくばかりなり。さしもすさめておひかへしたまひつるに、にふだうどのふたごころもなくみたまひけり。ぎわうはにふだうどののけしきをみたてまつりて、をかしくおぼえて、すこしうちゑみてありけり。にふだういつしかついたちて、いまだまひもはてぬさきに、ほとけがこしにいだきつきて、ちやうだいへいれたまひけるこそけしからね。さてまうしけるは、「いかにやかやうにをはしますぞ。わらはがまゐりて
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さぶらひつるに、げんざんかなはずしてむなしくかへりさぶらひつれば、『なにしにすいさんしさうらひぬらむ』とよのひとのききて、『さればこそ。あそびもののはぢのなさは、めされぬところへまゐりて、おんめもみせられずしておひかへされまいらせたり』と、まうしさたせられむずらむと、こころうくおぼえさぶらひつれば、いづくのうらへもまかりゆかんと、けふをかぎりにはてぬべくさぶらひつるを、まことやらむ、ぎわうごぜんのあながちにまうさせたまひて、めしかへさせたまひたりとこそ、うけたまはりさぶらへ。わらはがためにはせせしやうじやうのほうこうなり。いかがたちまちにこのおんをわすれて、こころのほかのことはさぶらふべき。ぎわうごぜんのおもひたまはむもはづかし。のうにつきてのおほせは、いかにもそむくべからず。なめてならぬおんことは、ゆめゆめ
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おぼしめしとどまりたまへ」とぞまうしける。にふだうのたまひけるは、「ぎわういかにいふとも、じやうかいがききいれざらむには、なじかはよびかへすべき」とて、いかにまうせども、ほとけもちからおよばずして、あくるもくるるもしらず、さいはひふしたまへり。さるほどに、はかなきよのならひにて、いろみえでうつろふものは、よのなかのひとのこころのはななれば、ただひとすぢにほとけにこころをうつし、はてはぎわうをすさめて、「いまはとくまかりいづべし」とのたまひけるぞなさけなき。ひとゆきむかひてこのよしをぎわうごぜんにまうしければ、きくよりはじめて、こころうしなどまうすもなかなかおろかなり。いままでにふだうどの、めみせたまひつれば、じやうげしよにんもてなしかしづきつること、ただゆめとのみおぼえたり。「かやうなるあそびもの
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なれば、かならずさてしもながらへはてたまはじ。つひにはかくこそあらんずらめ」とおもへども、さしあたりてのひとめのはづかしさ、こころのあやなさ、なごりのかなしさ、とにかくにおしはかられてむざんなり。かなしみのなみだせきあへず。これをみたまひけるひとびとは、よそのたもともところせくぞあはれなる。さてしもあるべきならねば、このひごろすみなれしところをあくがれいづるぞかなしき。なみだをおさへてそばなるしやうじにかくぞかきつけていでにける。
もえいづるもかるるもおなじのべのくさいづれかあきにあはではつべき K007
さてさとにかへりて、ぎわうははになくなくまうしけるは、「あはれ、われいかなるかたへもみやだて、いかなるひとのこともなしたまはで、かやうな
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あそびものとなしおきたまひて、いまはかかるうきめをみせたまふことよ。さもあらんひとをとりすへて、われをおもひすてたまはむはちからおよばず。おなじさまなるあそびものにおもひかへられぬることのくちをしさよ。かかるみのありさまにて、ながらふべきちぎりにはあらねども、いつたんなれども、なのめならずふびんにしたまひつれば、ちかきもとほきもうらやみて、めでたかりつることかなとて、いはひのためしにもひかれつることの、いつしかかくのみなれば、『さればこそ。ほどならぬもののなりぬるはてよ』と、いはれむもはづかし。ゆめまぼろしのよなれば、とてもかくてもありなむ。ぎによごぜんがさぶらへば、はははそれをたのみて、うきよのなかをわたりたまへ。わらはにはただみのいとまをたべ。いづくのふちかはにも
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しづみなむ」とぞいひける。いもうとのぎによも、「ともにこそいかにもまかりならめ。ひとりむかひてたれをたよりにてかあかしくらすべき」とかなしむ。ははまうしけるは、「いまだゆくすゑはるばるのひとびとをさきだてて、おいおとろへたるわがみののこりとどまりて、いくほどのとしをかおくるべき。あるいはみたらしがはにみそぎして、かみをかこつならひ、あるいはばうふせきのうらみ、かかるためしおほけれども、たちまちにみなどなぐることはありがたきならひなり。またわれももろともにみをなげば、おのおのははをころすつみありて、ごぎやくとかやのそのひとつにて、おそろしきぢごくにおちたまはむもつみふかし。あなかしこおもひとどまりたまへ」とせいしとどめて、さんにんいつしよになきゐたり。てんにんのごすいもかくやとおぼえてあはれなり。さるほどににふだうは
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ぎわうにあたりたまひつるにはさしすぎて、はなやかにもてなされければ、めでたさまうすはかりなし。したしきあたりまで、ひにしたがひてたのしみをなす。ぎわうはにふだうのあはれみたまひつるほどは、たのしみにほこりて、せけんのこともしたくなし。すてられてのちは、ひとすぢにおもひしづみて、これをいとなむことなし。さればしだいにおとろへけり。これをみ、かれをきくひとの、こころあるもこころなきも、なみだをながしそでをしぼらぬぞなかりける。さるほどにとしもすでにくれぬ。あくるとしのはるのころ、にふだうどのよりとてぎわうがもとへおんつかひあり。なにごとなるらむとあやしみおもふところに、「これにあるほとけごぜんがあまりにつれづれげにてあるに、まゐりてのうどもほどこしてみせよ。さるべきしらびやうし
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あらば、あまたぐそくしてまゐるべし」とぞのたまひける。ぎわうこれをききて、またははにまうしけるは、「ありしときよくおもひとりてさぶらひしものを、ゆるしたまはずして、いまかやうのことをきかせたまふことのかなしさよ。たとひさんぜざらむとがに、みやこのほかへうつさるるか、またいのちをめさるるか、このふたつにはよもすぎじ。なかなかさもあらばあれ。うらみあるまじ」とて、おんぺんじもまうさず。「いかにいかに」とおしかへしたびたびめされけれどもなほまゐらず。にふだうはらをたてて、「まゐるまじきか。こんどまうしきれ、あひはからふむねあり」と、にがにがしくのたまひたり。これをききて、ははなくなくぎわうにまうしけるは、「いかにやまゐりたまはぬぞ。おもひきりしをせいしとどめたてまつりしも、おいのみにうきめをみじがためなり。
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それにいままゐりたまはぬものならば、たちまちにうきめをみせたまふべし。ただいきてのけうやうこれにしくべからず。いそぎまゐりたまひてのち、さまをやつして、いかならむかたほとりにもくさのいほりをむすびて、ねんぶつまうしてごしやうのいのりをしたまへ」など、くどきければ、これをききて、ぎわうはははのおもひのかなしさに、こころならずいでたちけり。わがみ、いもうとのぎによ、またわかきしらびやうしににん、そうじてしにん、ひとつくるまにとりのりてぞまゐりける。くるまよりおりてさしいりたれば、いまだありしにもかはらぬごしよのありさま、なつかしともいふはかりなし。さてうちへいりたれば、にふだうどの、ほとけごぜんをはじめて、しそくあまたなみゐたまへり。このぎわうをばえんにをかれて、ひとところにだにをきたまはで、
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いまひとつなげしさがりたるところにぞすへられける。これにつけてもかなしみのなみだせきあへず。こころのうちにはははをのみぞうらみける。しげもり、むねもりいげのひとびと、めもあてられずして、さばかりかたぶきまうされけれどもちからおよばず。「いかにいかに。なにごとにてもとくとく」とのたまひければ、ぎわうは、「まゐるほどにては、さてしもあるべきならねば」とおもひて、いまやうのじやうずにてありければ、
ほとけもむかしはぼんぶなりわれらもつひにはほとけなり。
いづれもさんじんぶつしやうぐせるみをへだつるのみこそかなしけれ
と、おしかへしおしかへしさんべんまでこそうたひけれ。これをきくひと、よそのたもともところせきて、ほとけごぜんもともになみだをながしけり。されどもにふだうはすこしもあはれをかけたまはず。まして
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なくまではおもひもよらず。しばらくありて、にふだういかがおもはれけむ、ゑしやくもなくてうちへいりたまひぬ。そののちぎわうはひとびとにいとままうして、なみだとともにぞいでにけるしゆくしよにかへり、ははにむかひてまうしけるは、「さればこそ、よくまゐらじとまうしつるを。ははのおほせのおもくしてまゐりたれば、うきめみることのかなしさよ」とて、なきゐたり。さてそののち、よのひと、「にふだうどのすてはてたまひぬ」とききければ、こころにくくおもひて、われもわれもとふみをかよはし、えんにつきてちぎりをむすぶべきよしまうしけれども、ききいれずして、ぎわうはにじふに、ぎによはにじふ、はははごじふしちにていちどにさまをかへて、みなすみぞめになりつつ、さがのおくなるやまざとに、くさのいほりをひきむすび、さんにんいつしよにこもりゐて、ひとへにごしやうじやうど、
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わうじやうごくらくといのるほか、たじなくて、すでにみつきばかりになりけるに、あるよ、やはんばかりに、いほりのとぼそをほとほととたたくものありけり。このひとびとおもひけるは、「こはなにものにてかあるらん。みやこにもさるべかりしひとびともみなかれはてて、たれこととふべしともおぼえず。かかるしばのいほりのすまゐなれば、なにのたよりにかたづぬべき。さなくはごしやうぼだいをさまたげむとて、てんまなどのきたるやらむ。などかはやまのかみとかやもあはれみたまはざるべき。さりながらも」とて、おづおづしばのあみどをあけたれば、「いかにや。いたくなおそれたまひそ」とて、さしいりたるをみれば、ほとけごぜんにてぞありける。「さても、いかにこのひごろのおんこころのうちどもは」とばかりいひて、なみだもせきあへ
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ずぞなきける。そのときぎわうはさらにうつつともおぼえず、ただゆめのここちして、やかんなどのばけてきたるやらむ、おそろしながらぎわうまうしけるは、「そののちはなにはのこともおぼえずして、よろづあぢきなくのみありしかば、ただひとすぢにおもひきりてあかしくらすくさのいほりをば、いかにしてききつたへてをはしたるぞ」とまうしければ、ほとけなみだをおさへて、「さればこそ。わらはがにふだうどのへすいさんして、おんけしきあしくてまかりかへりしを、それにまうさせたまひけるによりて、めしかへされたりしかば、おもひのほかににふだうどのにげんざんにいりにき。さるほどににふだうどのこころよりほかのけしきにをはせしかば、あまりにあさましくおぼえて、『ただいまにふだうどのにげんざんにいるも、それのおんゆゑにこそさぶらへ。いかがはうしろめたなき
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ことはさぶらふべき』と、さしもいなみたてまつりしかども、をんなのみのはかなさは、おもひのほかのことどものありき。『たとひさりとも、あれていのひとのならひなれば、ひとすぢにはおもひたまはじ。あまたをこそみたまはんずらめ』とおもひしほどに、そのぎもなくて、うちすてたてまつりしことのあへなさ、まうすはかりなかりき。あまりにこころぐるしかりしかば、たびたびまうししかどもかなはず。これをひとのうへとおもはざりしかば、またいかなるひとにかと、なにはのこともあぢきなくて、『ただみのいとまをたべ』とまうししかども、ゆるしたまはざりしかば、きのふのひるほどにひまのありしににげいでてさぶらふなり。もろともにごしやうをいのり、このひごろのうらみをもやすめたてまつらんとて、うはのそらにいづかたとしもわかず、まどひありきさぶらひつるほどに、
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おもひかけざるみちゆきびと、『さやうのひとはこのおくにこそ』とまうしさぶらひつれば、これまでたづねまゐりたり。おんこころをきたまふべからず。われもかやうになりたり」とて、かづきたるきぬをひきのけたれば、あまにぞなりたりける。ぎわうまうしけるは、「これほどにこころざしのあさからずをはしけることよ。まことにかやうのためしはみなぜんぜのことなれば、ひとをうらみたてまつるにおよばず。ただみのほどのつたなさをこそおもひしかども、ぼんぶのならひのうたてさは、おもはじとすれども、うらみられしこともときどきありつるなり。かくちぎりをむすびたまはんうへは、いかがこころををきたてまつるべきなれば、さんげしつるぞ」とて、へだてなくしにんいつしよにつとめおこなひて、つひにはぶつだうをとげにけり。さてこそごしらかはのほふわうのちやうがうだうのくわこちやうにはいまも、「ぎわう、ぎによ、ほとけ、とぢ」とはよまれ
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けれ。ぎわうはうらむるかたもあれば、さまをやつすもことわりなり。ほとけはたうじのはなと、じやうげばんにんにもてなしかしづかれて、ゆたかにのみなりまさり、ひとにはうらやみをこそなされつるに、さりとてとしもわづかにはたちのうちぞかし。これほどにおもひたちけるこころのうちのはづかしさ、たぐひすくなくぞあらんとて、みきくひとのたもとをしぼらぬはなかりけり。さてにふだうどのは、ほとけをうしなひて、とうざいてをわかちてたづぬれどもかなはず。のちにはかくとききたまひけれども、しゆつけしてければちからおよばず。さてやみたまひき。
八 とばのゐんごあんがののちは、ひやうがくうちつづき、しざい、るけい、げくわん、ちやうじ、つねにおこなはれて、かいだいもしづかならず、せけんもらくきよせず。なかんづく
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えいりやく、おうほうのころより、うちのきんじゆをば、ゐんよりおんいましめあり、ゐんのきんじゆをばうちよりおんいましめあり。かかりしかば、たかきもいやしきもおそれをののきて、やすきこころなし。しんえんにのぞみて、はくひようをふむがごとし。そのゆゑは、うちのきんじゆしや、つねむね、これかたがはからひにて、ほふわうをかろしめたてまつりければ、おほきにやすからざることにおぼしめして、きよもりにおほせて、あはのくに、とさのくにへながされにけり。さるほどにまたしゆしやうをしゆそしたてまつるよしきこへありて、かものかみのやしろにしゆしやうのおんかたちをかきて、しゆじゆのことどもをするよし、さねながのきやうききいだして、そうもんせられたりければ、かうなぎをとこいちにんからめとりてことのしさいをめしとふに、「ゐんのきんじゆしや、すけながのきやうなどいふ、かくごんのひとびとのしよゐなり」とはくじやうしたりければ、すけながのきやう、しゆりのだいぶげくわんせられぬ。また
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ときただのきやう、いもうとせうべんのとのたかくらのゐんうらみたてまつらせけるとき、くわごんしたりしとて、そのさきのとしげくわんせられたりけり。かやうのことどもゆきあひて、すけとき、ときただににん、おうほうにねんろくぐわつにじふさんにち、いちどにながされにけり。またほふわうたねんのごしゆくぐわんにて、せんじゆくわんおんせんだいのみだうをつくらむとおぼしめし、きよもりにおほせて、びぜんのくにをもつてつくられけり。ちやうぐわんにねんじふにぐわつじふしちにちおんくやうあり。ぎやうがうなしたてまつらむと、ほふわうおぼしめされけれども、しゆしやう「なじかは」とて、おんみみにもききいれさせたまはざりけり。じくわんのけんじやうまうされけれども、そのごさたにもおよばず。ちかのりがしきじぶぎやうしけるを、みだうのごしよへめし、「けんじやうのことはいかに」とおほせくだされけれ
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ば、ちかのりがはからひにてはさうらはぬよしまうして、かしこまりてさうらひければ、ほふわうおんなみだをうかべさせたまひて、「なにのにくさに、かほどまではおぼしめしたるらむ」とおほせのありけるこそあはれなれ。このだうをれんげわうゐんとぞなづけられける。こまのそうじやうかうけいといひしひとは、しらかはのゐんのみこなり。みゐもんりうにはさうなきうちとくぎやうのひとなりければ、ほふわうことにたのみおぼしめして、しんごんのおんしにてをはしけるが、このみだうをばことにとりさたしたまひて、せんだいのちゆうぞんのぢやうろくのめんざうをば、みづからきざみあらはされたりけるとうけたまはるこそめでたけれ。しゆしやう、しやうくわうふしのおんなかなれば、なにごとのおんへだてかあるべきなれども、かやうにおんこころよからぬおんことどもおほかりけり。これもよげうきにおよび、ひとけうあくを
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さきとするゆゑなり。しゆしやうはしやうくわうをもつねにはまうしかへさせたまひける、そのなかに、ひとじぼくをおどろかし、よもつてかたぶきまうしけるおんことは、ここんゑのゐんのきさき、たいくわうこうぐうとまうすは、さだいじんきんよしこうのおんむすめ、おんはははちゆうなごんとしただのむすめなり。ちゆうぐうよりくわうだいこうくうにあがらせたまひけるが、せんていにおくれまいらせ、ここのへのほか、このゑかはらのごしよに、せんていのふるみやに、ふるめかしくかすかなるおんありさまなり。えいりやく、おうほうのころは、おんとしにじふにさんにもやならせたまひけむ、おんさかりもすこしすぎさせたまひけれども、このきさき、てんがだいいちのびじんのきこえわたらせおはしましければ、しゆしやうにでうのゐん、おんいろにのみそめるおんこころにて、よのそしりをもおんかへりみなかりけるにや、かうしよくにじよしおはして、
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ぐわいきゆうにひきもとめしむるにおよんで、しのびつつごえんしよあり。きさきあへてきこしめしいれさせたまはねばひたすらほにいでましまして、きさきじゆだいあるべきよし、ちちさだいじんげにせんじをくださる。このことてんがにおいてことなるしようじなりければ、いそぎくぎやうせんぎあり。いてうのせんじようをたづぬれば、そくてんくわうごうは、たいそう、かうそうりやうていのきさきにたちたまへることあり。そくてんくわうごうとまうすは、たうのたいそうのきさき、かうそうくわうていのけいぼなり。たいそうにおくれたてまつりて、あまとなりてかんごふじにこもりたまへり。かうそうののたまはく、「ねがはくはきゆうしつにいりてまつりごとをたすけたまへ」と。てんしいつたびきたるといへども、あへてしたがひたまはず。ここにみかど、すでにかんごふじにりんかうあつて、「ちんあへてわたくしのこころざしを
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とげむとにはあらず。ただひとへにてんがのためなり」と。くわうごうさらにちよくになびくことばなし。「せんていのたかいをとぶらはむがために、たまたましやくもんにいれり。ふたたびぢんしやうにかへるべからず」とおほせられけるに、くわうてい、うちとのきみ、たひらかにぶんせきをかんがへて、しひてくわんかうをすすむといへども、くわうごうくわくぜんとしてひるがへらず。ここにこしようのぐんこうら、よこしまにとりたてまつるがごとくして、みやこにいれたてまつれり。かうそうざいゐさんじふしねん、くにしづかにたみたのしめり。くわうごうとくわうていとににん、まつりごとををさめたまひしゆゑに、かのおんときをばじくわのぎようとまうしき。かうそうほうぎよののち、くわうていのきさき、ぢよていとしてくらゐにつきたまへり。そのときのねんがうをじんこうぐわんねんとあらたむ。しうわうのまごなるゆゑに、たうのよをあらためて、たいしうそくてんたいくわうていとしようす。ここにしんかなげきていはく、
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「せんていのかうそうよをけいえいしたまへること、そのこうせき、ここんたぐひなしといひつべし。てんしなきにしもあらず。ねがはくはくらゐをたいしにさづけたまひて、かうそうのこうげふをながからしめたまへ」と。よつてざいゐにじふいちねんにして、かうそうのこ、ちゆうそうくわうていにさづけたまへり。すなはちよをあらためて、またたいたうしんりようぐわんねんとしようす。すなはちわがてうのもんむてんわう、けいうんにねんきのとのみのとしにあたれり。「りやうていのきさきにたちたまふこと、いこくにはそのれいありといへども、ほんてうのせんぎをかんがふるに、じんむてんわうよりこのかたにんわうしちじふよだい、しかれどもにだいのきさきにたちたまへるそのれいをききおよばず」としよきやういちどうにせんぎしまうされけり。ほふわうもこのことをきこしめして、しかるべからざるよし、たびたびまうさせたまひけれども、しゆしやうおほせのありけるは、「てんし
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にぶもなし。わればんじようのほうゐをかたじけなくせむひは、などかこれほどのことえいりよにまかせざるべき」とて、すでにじゆだいのにちこくまで、せんげせられけるうへは、しさいにおよばず。きさきこのこときこしめしてより、たぐひなきことにおぼしめされて、ひきかづきてふしたまへり。おんなげきのいろふかくのみぞみえさせたまひける。まこととおぼえてあはれなり。「せんていにおくれまゐらせられしきうじゆのあきのはじめに、おなじくさばのつゆときえ、いへをもいでてよをものがれたりせば、かかるうきことはきかざらまし。くちをしきことかな」とぞ、おぼしめされける。ちちさだいじんなぐさめまうされけるは、「よにしたがはざるをもつてきやうじんとすといへり。すでにぜうめいをくだされたり。しさいをまうすにところなし。ただひとへにぐらうをたすけさせおはしまさむは、けうやうの
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おんぱからひたるべし。またこのおんすゑにわうじごたんじやうあつて、きみもてんがのこくぼにてもやおはしまさむ。ぐらうもぐわいそぶといはるべき。かもんのえいぐわにてもやさうらふらむ。おほかたかやうのことはこのよひとつのことならぬうへ、あまてるおほんがみのおんぱからひにてこそさうらふらめ」など、やうやうにこしらへまうさせたまひけれども、おんぺんじもなかりけり。ただおんなみだにのみむせばせたまひて、かくぞすさませたまひける。
うきふしにしづみもはてぬかはたけのよにためしなきなをやながさむ K008
よにはいかにしてもれきこえけるやらむ、あはれにやさしきことにぞまうしける。すでにじゆだいのにちじさだまりにければ、ちちおとど、ぐぶのかんだちめ、しゆつしやのぎしき、つねよりもめづらしく、こころもことばもおよばずいだしたてまゐらせ
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たまへり。きさきはものうきおんいでたちなりければ、とみにもいでさせたまはず、はるかによふけ、さよもなかばすぎてぞ、おんくるまにはたすけのせられたまひける。ことさらいろあるおんぞはめさざりけり。しろきおんぞ、じふし、ごばかりぞめされたりける。ごじゆだいののちは、やがておんをかぶらせたまひて、れいけいでんにぞわたらせたまひける。あさまつりごとをすすめまうさせたまふ。せいりやうでんのぐわとのみしやうじにつきをかきたるところあり。こんゑのゐんいまだえうねんのみかどにてわたらせたまひけるそのかみ、なにとなくおんてまさぐりに、かきくもらかさせたまひけるが、すこしもむかしにかはらでありけるをごらんぜられけるに、せんていのむかしのおんおもかげ、おぼしめしいでさせたまひて、おんこころところせきて、
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かくぞおぼしめしつづけさせたまひける。
おもひきやうきみながらにめぐりきておなじくもゐのつきをみむとは K009
このあひだのおんなからへ、あはれにたぐひすくなくぞきこえし。そのころはこれのみならず、かやうのおもひのほかのことどもおほかりけり。かかるほどに、えいまんぐわんねんのはるのころより、しゆしやうにでうのゐん、ごふよのことおはしますときこえしが、そのとしのなつのはじめになりしかば、ことのほかによはらせたまひにき。これによつて、だいぜんのだいぶきのかねもりがむすめのはらに、こんじやういちのみこ、にさいにならせたまふわうじおはしまししを、くわうたいしにたたせたまふべきよしきこえしほどに、ろくぐわつにじふごにち、にはかにしんわうのせんじをくだされて、やがてそのよくらゐをゆづりたてまつらせたまひにき。なにとなくじやうげあわてたりし
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ことどもなり。わがてうのとうたいは、せいわてんわうくさいにて、ちちもんどくてんわうのおんゆづりをうけさせたまひしよりはじまれり。しうくたんのせいわうにかはりつつ、なんめんにして、いちじつばんきのまつりごとをおこなひたまひしになぞらへて、ぐわいそちゆうじんこう、えうしゆをふちしたまひき。せつしやうまたこれよりはじまれり。とばのゐんごさい、こんゑのゐんさんざいにてごそくゐありしをこそ、としとひとおもへりしに、これはわづかににさい、いまだせんれいなし。ものさわがしといへり。
九 えいまんぐわんねんろくぐわつにじふしちにちにしんていごそくゐのことありしに、おなじきしちぐわつにじふはちにちにしんゐんおんとしにじふさんにてうせさせたまひき。しんゐんとはにでうのゐんのおんことなり。おんくらゐさらせたまひてさんじふよにちなり。
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てんがのいうきあひまじはりてとりあへざりしことなり。おなじきはちぐわつなぬかのひ、かうりゆうじにあからさまにやどしまゐらせてのち、かのてらのうしとらにれんだいのといふところにをさめたてまつる。はつでうのちゆうなごんながかたのきやう、そのときだいべんのさいしやうにておはしましけるが、おんはうぶりのごかうをみたてまつりて、
つねにみしきみがみゆきをけさとへばかへらぬたびときくぞかなしき K010
ちゆういんそうづがしうくもこのときのことなり。しちぐわつにじふはちにちいかなるひぞや、さりぬるひとかへらず。かうりゆうじいかなるところぞや、ぎよしゆつありてくわんぎよなき。あはれなりしことどもなり。こんゑのゐんのおほみやはにだいのきさきにたちたまひたりしかども、またこのきみにもおくれまいらせさせたまひしかば、やがておんぐしおろさせたまひけるとぞきこえし。たかきもいやしき
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も、さだめなきよのためし、いまさらにあはれなり。
十 ごさうそうのよ、こうぶくじ、えんりやくじのそうと、がくたてろんをして、たがひにらうぜきにおよべり。こくわうのほうぎよありてみはかへおくりたてまつるときのさほふ、なんぼくにきやうのだいせうのそうとら、ことごとくぐぶして、わがてらでらのしるしにはかうをたて、がくをうつ。なんとにはとうだいじ、こうぶくじをはじめとして、まつじまつじあひともなへり。とうだいじはしやうむてんわうのごぐわん、あらそふべきてらなければ、いちばんなり。にばん、たいしよくくわんたんかいこうのうぢてら、こうぶくじのがくをうちて、なんとのまつじまつじしだいにたちならびたり。こうぶくじにむかひて、ほくきやうには、えんりやくじのがくをうつ。そのほか、やまやまてらでらあなたこなたにたちならびたり。こんどごさうそうのとき、えんりやくじのしゆと
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ことをみだりて、とうだいじのつぎ、こうぶくじのかみにかうをたつるあひだ、やましなでらのかたより、とうもんゐんのしゆとさいこんだうじゆ、とさばうしやうしゆんとまうしけるだうしゆ、さんまいかぶとにさうのこてさして、くろかはをどしのおほあらめのよろひ、くさずりながなるいつしきざざめかして、ちのはのごとくなるおほなぎなたをもつて、あるいはこほりのごとくなるたちをぬきてはしりいでて、えんりやくじのがくをまつさかさまにきりたをして、「うれしやみづ、なるはたきのみづ」とはやして、こうぶくじのかたへいりにけり。えんりやくじのしゆと、せんれいをそむきて、らうぜきをいたせばそくざにてむかひあるべきに、こころぶかくおもふことありければ、ひとことばもいださず。そもそもいつてんのきみ、ばんじようのあるじよをはやくせさせたまひしかば、こころなきさうもくまでも、なほうれひたるいろあさからず
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こそありけむに、かかるあさましきことにて、あるいはちりぢりとして、たかきもいやしきも、たれをうとしもなければ、しはうにたいさんす。あるいはれんだいの、ふなをかやまのみぞにぞおほくはしりいりける。をめきさけぶこゑ、くもをひびかしちをうごかす。まことにおびたたしくぞきこえける。
十一 やまとのくににはりのしやうといふところあり。このしやうのさたによつて、さいこんだうのおんあぶらだいくわんをがはのしらうとほただがうちとどむるあひだ、こうぶくじのじやうかうじじゆうのごしくわいそんをそつして、くだんのはりのしやうへうちいりて、をがはのしらうをようちにす。とさばうしやうしゆんもとよりやまとのくにのぢゆうにんなり。じじゆうのごし、だいしゆをかたらひて、「しやうしゆんをおひこめて、おんさかきのかざりたてまつりてらくちゆうへいれたてまつりて、そうもんをふべし」とて、しゆとらはつかうするところに、しやうしゆんあまたのきようどをそつして、
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かのさかきをさんざんにきりすてけり。だいしゆいよいよほうきしてうつたへまうすあひだ、しやうしゆんをくげよりめすに、あへてちよくにしたがはざるときに、べつたうかねただにおほせて、ごせいだんあるべきよし、しやうしゆんにおほせくださる。これにつきしやうしゆんしやうらくせしむるところに、すなはちかねただにおほせてしやうしゆんをめしとりて、そのときのおほばんじゆ、とひのじらうさねひらにあづけらる。つきひをおくるほどにとひのじらうにしたしくなりたりけるとかや。したがひてまたくげにもごぶさたにておはしましけり。「なんとにはてきにんこはくして、げんぢゆうせむことかたかりければ、かさねてなんとのすまゐもいまはかなふまじ。るにんひやうゑのすけどのこそすゑたのもしけれ」とおもひて、いづほうでうにくだりて、ひやうゑのすけにほうこうしたりけり。こころぎはさるものにてありければ、ひやうゑのすけみをはなたずめしつかはれけり。ひやうゑのすけ、
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ぢしようしねんにゐんぜん、たかくらのみやのれいしをたまはりて、むほんをおこしたまひしとき、しやうしゆん、にもんじにおほかりのもんのはたをたまはり、きりものにてありけるあひだ、ひとのまうしけるは、「かすがのだいみやうじんのばつをかうぶるべかりけるものをや」とまうしけるに、のちにかまくらどのより、「くらうたいふのはうぐわんうて」とて、きやうとへさしのぼせられたりけるに、うちそんじてきたをさしておちけるが、くらまのおく、そうじやうがたによりからめとられて、ろくでうがはらにてかうべをはねられけるとき、「ちそくぞありける、みやうじんのばつはおそろしきことかな」とぞひとまうしける。
十二 おなじきはちぐわつここぬかのひのうまのこくばかりに、さんもんのだいしゆくだるときこえければ、ぶし、けんびゐし、にしざかもとへはせむかひたりけれども、しゆとしんよを
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ささげたてまつりて、おしやぶりてみだれいりぬ。きせんじやうげさわぎののしることなのめならず。うちのくらのかみたひらののりもりのあつそん、ほういにてうゑもんのぢんにさうらはる。「しやうくわう、やまのだいしゆにおほせて、へいぢゆうなごんきよもりをついたうすべきゆゑにしゆとみやこへいる」と、なにもののいひいだしたりけるにや、きこえければ、へいけのいちるいろくはらへはせあつまる。じやうげあわてたりけれども、うひやうゑのかみしげもりのきやうひとりぞ、「なにのゆゑにただいまさるべきぞ」とてしづめられける。しやうくわうおほきにおどろきおぼしめして、いそぎろくはらへごかうなる。へいぢゆうなごんきよもりもおほきにおそりおどろかれけり。さんもんのだいしゆ、せいすいじへおしよせて、やきはらふべきよしきこえけり。さんぬるなぬかのひのくわいけいのはぢをきよめんとなり。せいすいじはこうぶくじのまつじなるゆゑにてぞありける。せいすいじのほふし、
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らうせうをいはずおこりて、ふたてにわかれてあひまちけり。ひとてはたきをのふどうだうにぢんをとる。ひとてはさいもんにぢんをとる。さんもんのだいしゆ、からめではくくめぢ、せいがんじ、うたのなかやままでせめきたる。おほてははりようのくわんおんじまでせめよせたり。やがてばうじやにひをかけたりければ、をりふしにしかぜはげしくて、くろけぶりひがしへふきおほひてければ、せいすいじのほふしひとやをいるにおよばず。しはうにたいさんす。つひにはだいもんにふきつけたり。むかし、さがのてんわうのだいさんのわうじ、かどゐしんわうのきさき、にでうのうだいしやうさかのうへのたむらまろのおんむすめ、しゆんしにようご、ごくわいにんのおんとき、ごさんへいあんならば、わがうぢてらにさんぢゆうのたふをくむべきよし、ごぐわんにてたてさせたまひしさんぢゆうのたふ、くりんたかく
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かかやきしもやけにけり。こやすたふとまうすはこれなり。いかがしたりけむ、たふにてひはきえにければ、ほんだういちうばかりぞのこりける。ここにむどうじのほふしにはうきのりつしやじようゑんといふ、がくしやうだいあくそうのありけるが、すすみいでてせんぎしけるは、「ざいごふもとよりしようなし。まうざうてんだうよりおこる。しんしやうみなもときよければ、しゆじやうすなはちほとけなり。ただほんだうにひをかけてやけや、ものども」とまうしければ、しゆとら、「もつとももつとも」とまうして、ひをともしみだうのしはうにつけたりければ、けぶりくもゐはるかにたちのぼる。かんやうきゆうのいてうのけぶりをあらそふ。いちじがほどにくわいろくす。あさましといふもおろかなり。しゆとかくやきはらひてかへりのぼりければ、ほふわうくわんぎよなりにけり。うひやうゑのかみしげもりも、おんおくりにまゐらる。
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うひやうゑのかみおんともよりかへられたりければ、ちちちゆうなごんきよもりのたまひけるは、「ほふわうのいらせおはしましつるこそかへすがへすもおそれおぼゆれ。さりながら、いささかもおぼしめしより、おほせらるるむねのあればこそ、かやうにももれきこゆらめ。それらにもうちとけらるまじ」とのたまひければ、うひやうゑのかみ、「このことゆめゆめおんいろにも、おんことばにもいでさせたまふべからず。ひとびとこころづきて、なかなかあしきことなり。えいりよにそむきたまはず、ひとのためによくおはしまさば、さんぽうしんめいのごかごあるべし。さらむにとつては、おんみのおそれあるまじ」とてたちたまひぬ。「ひやうゑのかみはゆゆしくおほやうなるものかな」とぞ、ちゆうなごんのたまひける。ほふわうくわんぎよののち、うとからぬきんじゆしやども、ごぜんにさうらひけるなかに、あぜちのにふだうすけかた
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もさうらはれけり。ほふわう、「さるにてもふしぎのこといひいだしつるものかな。いかなるもののいひいだしつらむ」とおほせありければ、さいくわうほふしがさうらひけるが、「てんにくちなし、にんをもつていはせよとて、もつてのほかにへいけくわぶんになりゆけば、てんたうのおんぱからひにて」とまうしければ、「このことよしなし。かべにみみありといふ。おそろしおそろし」とぞ、ひとびとまうしける。さてもせいすいじやけたりけるこうてうに、「くわけうへんじやうちはいかに」と、ふだにかきて、だいもんのまへにたてたりければ、つぎのひ、「りやくこふふしぎ、これなり」と、かへしふだをぞたてたりける。いかなるあとなしもののしわざなるらむと、をかしかりけり。
十三 えいまんぐわんねん、ことしはりやうあんにて、ごけい、だいじやうゑもなし。
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どうねんの十二月廿五日、ひがしのおんかたのおんはらの法皇のみこ、しんわうのせんじかうぶらせ給。今年は五歳にぞならせ給ける。としごろはうちこめられておはしましつるが、いまはばんきのまつりごとわくかたなく法皇きこしめしければ、おんつつしみなし。このひがしのおんかたとまうすは、ときのぶのあつそんのむすめ、とものぶのあつそんのまごなり。せうべんのとのとてさうらはせたまひけるを、法皇時々しのびてめされけるが、わうじくらゐにつかせたまひてのち、ゐんがうありて、けんしゆんもんゐんとぞ申ける。しやうこくのじなんむねもり、かのにようゐんのおんこにせさせ給たりければにや、平家ことにもてなし申されけり。にんあん元年、ことしはだいじやうゑあるべきなれば、てんがそのいとなみなり。どうねん十月七日、きよねんしんわうの
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せんじかうぶらせたまひしわうじ、とうさんでうどのにてとうぐうだちのおんことありけり。とうぐうとまうすはつねはみかどのみこなり。これをばたいしと申。またみかどのおんおととのまうけのきみにそなはらさせたまふことあり。おんおととをたいていと申。それにしゆしやうはおんをひ、わづかに三歳、とうぐうはおんをぢ、六歳にならせ給。「ぜうもくあひかなはず。ものさわがし」といへり。「くわんにん三年にいちでうのゐんは七歳にてごそくゐあり。さんでうのゐん、十三歳にてとうぐうにたちたまふ。せんれいなきにあらず」と、人々まうしあはれけり。
十四 ろくでうのゐん、おんゆづりをうけさせ給たりしかども、わづかに三年にて、どうねん二月十九日、とうぐうたかくらのゐん八歳にてだいこくでんにてせんそありしかば、せんていはわづかに五歳にておんくらゐしりぞかせたまひて、しんゐんと
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まうして、同六月十七日にしやうくわうごしゆつけあり。ごしらかはのほふわうとぞ申ける。いまだごげんぷくなくて、ごどうぎやうにて、だいじやうてんわうのそんがうありき。かんか、ほんてう、これぞはじめなるらむと、めづらしかりしことなり。このきみのくらゐにつかせおはしますは、いよいよ平家のえいぐわとぞみえし。こくぼけんしゆんもんゐんとまうすは、平家の一門にておはしますうへは、とりわきにふだうのきたのかた、にゐどののおんいもうとにておはしましければ、しやうこくのきんだち二位殿のおんはらは、たうぎんのおんいとこにてむすぼほれまゐらせて、ゆゆしかりけることどもなり。へいだいなごんときただのきやうと申は、にようゐんのおんせうと、しゆしやうのごぐわいせきにておはしましければ、ないげにつけたるしつけんのひとにて、じよゐぢもくいげ、くげの
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おんまつりごと、ひとへにこのきやうのさたなりければ、よにはへいくわんぱくとぞ申ける。たうぎんごそくゐののちは、法皇もいとどわくかたなく、ばんきのまつりごとをしろしめされしかば、ゐんうちのおんなか、おんこころよからずとぞきこえし。
十五 ゐんにちかくめしつかはるる、くぎやう、てんじやうびと、げほくめんのともがらにいたるまで、ほどほどにしたがひて、くわんゐほうろくみにあまるほどに、てうおんをかうぶりたれども、ひとのこころのならひなれば、なほあきだらずおぼえて、この入道の一類、くにをもしやうをもおほくふさぎたること、めざましくおもひて、「このひとのほろびたらば、そのくにはさだめてかけなむ、そのしやうはあきなむ」としんぢゆうにおもひけり。うとからぬどしは、しのびつつささやくときもあり
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けり。法皇もないないおぼしめされけるは、「むかしよりいまにいたるまでてうてきをたひらぐるものおほけれども、かかることやはありし。さだもり、ひでさとがまさかどをうち、よりよしがさだたふ、むねたふをほろぼしたりし、よしいへがたけひらをせめたりしも、けんじやうおこなはるること、じゆりやうにはすぎず。清盛がさしてしいだしたることもなくて、かくこころのままにふるまふこそしかるべからね。これもまつだいになり、わうぼふのつきぬるにや」と、やすからずおぼしめされけれども、ことのついでなければ、きみもおんいましめもなし。また平家もてうかをうらみたてまつることもなくてありけるほどに、よのみだれけるこんげんは、
十六 さんぬるかおう二年十月十六日に、こまつのないだいじんしげもりこうのじなん、しん
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ざんゐのちゆうじやうすけもり、ゑちぜんのかみたりしとき、れんだいのにいでてこたかがりをせられけるに、こさぶらひ二三十騎ばかりうちむれて、はひたかあまたすへさせて、うづら、ひばりおひたてて、ひねもすかりくらされけり。をりふしゆきははだれにふりたり、かれののけいきおもしろかりければ、夕日、やまのはにかたぶきて、きやうごくをくだりにかへられけり。そのときはまつどのもとふさせつろくにておはしましけるが、ゐんのごしよ、ほふぢゆうじどのより、なかのみかどひがしのとうゐんのごしよへくわんぎよなりけるに、ろくかくきやうごくにててんがのぎよしゆつに、すけもりはなづきにまゐりあはれたり。ゑちぜんのかみ、ほこりいさみてよをよともせざりけるうへ、めしぐしたるさぶらひども、みな十六七のわかものにて、れいぎこつぽふをわきまへたるものいちにん
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もなかりければ、てんがのぎよしゆつともいはず、いつせつげばのれいぎもなかりければ、せんぐう、みずいじん、しきりにこれをいらつ。「なにものぞ、ぎよしゆつのなるに、らくちゆうにてむまにのるほどのもののげばつかまつらざるは。すみやかにまかりとどまりており候へ」と申けれども、さらにみみにききいれず、けちらしてとほりけり。くらきほどにてはあり、おんともの人々もつやつや入道のまごともしらざりければ、すけもりのあつそんいげむまよりひきおとし、さんざんにせられにけり。はふはふろくはらへにげかへり、「このこと、あなかしこひろうすな」といましめられけれども、かくれなかりけり。入道のさいあいのまごにてはをはしけり。おほきにいかりて、「たとひてんがなりとも、いかでか入道があたりをばはばかりおもひたまはざるべき。をさなきものにさうなくちじよく
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をあたへてをはするこそ、ゐこんのしだいなれ。このことおもひしらせ申さでは、えこそあるまじけれ。かかることよりひとにはあなづらるるぞ。てんがをうらみたてまつらばや」とのたまひければ、こまつのだいふ、「このことゆめゆめあるべからず。重盛なむどがこどもと申さむずるものは、てんがのぎよしゆつにまゐりあひて、むまよりもくるまよりもおりぬこそびろうにて候へ。さやうにせられまゐらするは、ひとかずにおぼしめさるるによつてなり。このことかへりてめんぼくにてあらずや。よりまさ、ときみつていのげんじなむどにあざむかれたらば、まことにちじよくにてもさうらひなむ。かやうのことよりよのみだれともなることにて候。ゆめゆめおぼしめしよるべからず」とのたまひければ、そののちはだいふにはかくとものたまはず。かたゐなかのさぶらひどものこはらかにて、入道殿の
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おほせよりほかにはおもきことなしとおもひて、ぜんごもわきまへぬものども十四五人めしよせて、「きたる廿一日、しゆしやうごげんぷくのさだめに、てんがのさんだいあらむずるみちにてまちうけて、せんぐう、ずいじんらがもとどりきれ」とげぢせられて、またのたまひけるは、「てんがのぎよしゆつにみずいじんにじふにんにはよもすぎじ。ずいじん一人に二人づつつけ。そのなかにさがみのかみみちさだとて、よはひ十七、八ばかりぞあるらむ。かれはともひらしんわうのばつえふにて、ちちもそぶもきこえたるかうのものなり。みちさだもさだめてかうにぞあるらむ。かれにはつはもの十人つくべし」とぞいはれける。そのひになりて、なかのみかど、ゐのくまのへんにて六十余騎のぐんぴやうをそつして、てんがのぎよしゆつをまちかけたり。てんがはかかることありともしろしめさず。しゆしやうのみやうねんのごげん
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ぷくのかくわんはいくわんのために、けふよりおほうちのおんちよくろになぬかさうらはせおはしますべきにてありければ、つねのごしゆつしよりもひきつくろはせたまひて、こんどはたいけんもんよりじゆだいあるべきにて、なにごころもなくなかのみかどをにしへぎよしゆつなりけるに、ゐのくま、ほりかはのへんにて六十余騎のぐんびやうまちうけまゐらせて、いころしきりころさねども、さんざんにかけちらして、うのふしやうたけみつをはじめとして、ひきおとしひきおとし十九人までもとどりをきる。十九人がうち、とうくらんどのたいふたかのりがもとどりをきりけるときは、「これはなんぢがもとどりをきるにはあらず。しゆうのもとどりをきる
なり」と、いひふくめてぞきりける。そのなかにさがみのかみみちさだは、たけたかくいろしろきが、たづなをくりしめてさうをきとみる。つはものよせてひきおと
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さむとしければ、ふところより一尺三寸ありけるかたなの、つかにむまのをまきたるをぬきいだして、むかふかたきのうちかぶとをさしければ、さうなくよするものなし。むまよりとびおりて、かたなをひたひにあてて、つはもののなかをうちやぶり、そばなるこいへにはしりいりけるを、つはものよせてうちとどめむとしければ、たちかへりて刀をもつておもふさまにきりたりければ、とりつかむとしけるもののこひぢを、こてをくはへてつときりおとし、かたをりどをちやうとたてて、うしろへつとにげにければ、つづいてかくるものもなし。かかりければ、みちさだばかりはのがれて、のこりははぢにぞおよびける。てんがは、おんくるまのうちへゆみのはずをあららかにつきいれつきいれしければ、こらへかねておちさせ給て、あやしのたみのいへにたちいらせたまひにけり。せん
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ぐう、みずいじんもいづちかうせにせむ、一人もなかりけり。ぐぶのてんじやうびと、あるいはものみうちやぶられ、あるいはしりがいむながひきりはなたれてくもをちらすがごとくにげかくれぬ。六十余騎のぐんぴやうかやうにしちらして、なかのみかどのおもてにてよろこびのときをはとつくりて、六波羅へかへりにけり。入道は、「ゆゆしくしたり」とかんぜられけり。こまつのないだいじんこのことをききておほきにさはがれけり。「かげつな、いへさだきくわいなり。たとひ入道いかなる不思議をげぢしたまふとも、いかでかしげもりにゆめをばみせざりけるぞ」とて、ゆきむかひたりけるさぶらひども十余人、かんだうせられけり。「およそは重盛などがこどもにてあらむものは、てんがをもおもんじ奉り、れいぎをもぞんじて
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こそあるべきに、いふかひなきわかきものどもめしぐして、かやうのびろうをげんじて、ふそのあくみやうをたつるふけうのいたり、ひとりなんぢにあり」とて、ゑちぜんのかみをもいましめられけるとかや。そうじてこのおとどはなにごとにつけてもよきひととぞ、よにもひとにもほめられ給ける。そののち、てんがのおんゆくゑしりまいらせたるものなかりけるに、おんくるまぞひのこらうのものに、よどのぢゆうにんいなばのさいつかひくにひさまると申けるをとこ、げらふなりけれども、さかざかしかりけるものにて、「そもそもわがきみはいかがならせたまひぬらむ」とて、ここかしこたづねまいらせけるに、てんがはあやしのたみのいへのやりどのきはにたちかくれて、おんなほしもしほしほとしてわたらせ給けり。くにひさまるただ一人、しりが
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ひ、むながひむすびあはせて、おんくるまつかまつりて、これよりなかのみかどどのへくわんぎよなりにけり。そのおんぎしき、こころうしともおろかなり。せつしやうくわんぱくのかかるうきめをごらんずること、昔も今もためしありがたくこそありけめ。これぞ平家のあくぎやうのはじめなる。あけぬるひ、にしはつでうのもんぜんにつくりものをぞしたりける。ほふしのひきこしがらみて、なぎなたをもつてものをきらんとするけいきをつくりたり。またまへにいしなべにけだちしたるものをおきたり。だうぞくなんによ、もんぜんいちをなす。されどもこころうる者一人もなし。「こは何事ぞ」といふところに、とし五十あまりばかりなるらうそうさしよりて、うちみて申けるは、「これはよべの事をつくりたるにや」と申せば、「それは何事
ぞ」と
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いふに、「よべてんがのぎよしゆつなりけるを、平家のさぶらひ、おほひのみかどゐのくまにてまちうけまいらせて、さんざんとおひちらして、御車くつがへしし、せんぐう、みずいじん、もとどりをきられたりけるをつくりたり。これをこそ、『むしものにあふてこしがらむ』とまうすは」といひければ、いちどうにはとわらひけり。いかなるあとなし者のしわざなるらむと、をかしかりける事共なり。十七 さて、せんぐうしたりけるくらんどのたいふたかのりは、あやなくもとどりきられたりければ、いかにすべきやうもなくて、しゆくしよにかへりてひきかづきてふしたりけるが、にはかに、「おほとのゐのあやをりがうちに、めあかくてききたる、二人ばかりきとめしてまゐらせよ」といひけ
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れば、さいしども、「なにやらむ」とおぼつかなくおもひけるところに、ほどなくめして参けるを、さいしけんぞくにもみせず、ひとまなる所にこもりゐて、きられたりけるもとどりを、かづらをたをしていちやのうちにむすびつがせて、くらんどどころに参りて申けるは、「いやしくもぶしにうまれて、かたのごとくのゆみやをとりぢゆうだいまかりすぐ。そのひしかるべきふしやうにあひたり。しかるにみにそくたいをまとひ、つめきるほどのこがたなていの物をもみにしたがへず。人にてをかくるまでこそなくとも、あたる所のくちをしきめをみむよりは、じがいをこそつかまつるべかりしかどもかなはず。あまつさへもとどりきられたりといふふじつさへいひつけられ、ゆみやとるもののしぬべき所にてしなざるがいたすところ也。
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すなはちよをものがれいへをもいづべけれども、さうなく出家したらば、『もとどきられたる事はいちぢやうなり』と、さたせられむ事、しやうじやうせせのかきん也。今いちどたれたれにもたいめん申さむとぞんじて参たり。ただしなましひに人なみなみによにたちまじはればこそ、かかるふじつをもいひつけらるれ。おもひたちたることあり」とて、ふところより刀をとりいだしてもとどりおしきりて、みだしがみにえぼしひきいれて、そでうちかづきてまかりいづるこそ、かしこかりけるしわざなれ。廿二日にせつしやうどのは法皇におんまゐりありて、「かかる心うきめにこそあひて候へ」と、なげきまうさせ給ければ、法皇もあさましとおぼしめして、「このよしをこそ入道にもいはめ」とぞおほせありける。入道もれきき、
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「入道が事をゐんにうつたへまうされたり」とて、又しかりののしりけり。てんがかく事にあはせ給ければ、廿五日、ゐんのてんじやうにてぞ、ごげんぷくのさだめはありける。さりとてさてあるべきならねば、せつしやうどのは十二月九日、かねてせんじかうぶらせたまひて、十四日にだいじやうだいじんにならせ給。これはみやうねんごげんぷくのかくわんのれうなり。おなじき十七日ごはいがあり。ゆゆしくにがりてぞありける。大政入道だいにのむすめきさきだちのおんさだめあり。今年十五にぞなりたまひける。けんしゆんもんゐんのいうしなり。
十八 めうおんゐんのにふだうどの、そのときは内大臣の左大将にておはしましけるに、だいじやうだいじんにならせ給はむとて、だいしやうをじしまうさせ給けるを、ご
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とくだいじの大納言さねさだ、いちの大納言にておはしましけるが、りうんにあててなりたまふべきよしきこえけり。そのほか、くわさんのゐんの中納言かねまさのきやうもしよまうせられけり。とののさんゐのちゆうじやうもろいへのきやうなどまうす、おんとしの程はむげにをさなくおはしませども、なりたまはむずらむと、せけんにはまうしあひけるほどに、こなかのみかどのちゆうなごんいへなりのきやうのさんなん、しんだいなごんなりちかのきやう、ひらにまうされけり。院のごきしよくよかりければ、さまざまのいのりをはじめて、さりともとおもはれけり。このこときせいの為には、あるそうをはちまんにこめて、しんどくのだいはんにやをよませられけるに、はんぶんばかりよみたりけるときに、かはらのだいみやうじんのおんまへなりけるたちばなのきに、やまばとふたつきたりてくひあひてしににけり。はとはだいぼさつのじしやなり。みやじ「かかる不思
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議なし」とて、べつたうしやうじやう、事のよしくげにそうもんしたりければ、じんぎくわんにてみうらあり。「てんし、大臣のおんつつしみにあらず。しんかのおんつつしみ」とぞ、うらなひ申ける。是のみならず、かものかみのやしろに七ヶ日、かもみおやのやしろに七ヶ日しのびて、かちのひまうでをして、ひやくどせられけり。「きみやうちやうらいわけいかづちだいみやうじん、しよしうなふじゆして、しよきにこたへたまへ」といのられけるに、第三日にあたるよる、まうでてげかうし給て、なかのみかどのしゆくしよに、あしやうふしたまひたりけるよるのゆめに、うへのおんまへにさうらふとおぼしきに、かみかぜ心すごくふきおろして、ごほうでんのみとをきつとおしひらかれたりけるに、ややしばらくありて、ゆゆしくけだかきにようばうのみこゑにて、一首のうたをぞえいぜられける。
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さくらばなかものかはかぜうらむなよちるをばえこそとどめざりけれなりちかのきやう、むちゆうにうちなげきておどろかれけり。これにもはばからず、かみのやしろにはにんわじのしゆんげうほふいんをこめて、しんごんひほふをおこなひけり。しもわかみやにはみむろどのほふいんをこめて、だきにてんをおこなはれけるほどに、七日にみつるよる、にはかにてんひびきちうごくほどのおほあめふり、おほかぜふきて、いかづちなりて、ごほうでんのうしろのすぎのきにいかづちおちかかり、てんくわもえつきて、わかみやのやしろやけにけり。かみはひれいをうけ給はねば、かかるふしぎいできたりにけるにや。なりちかのきやう、是にもおもひしらざりけるこそあさましけれ。
十九 さるほどに、かおう三年正月三日、しゆしやうごげんぷくせさせたまひて、十
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三日てうきんのぎやうがうとぞきこえし。ほふわう、にようゐんは御心もとなくまちうけまゐらせ給ふ。しんくわんのおんすがたもらうたくぞわたらせ給ける。三月にはにふだうしやうこくの第二の御娘、にようごにまゐりたまひて、ちゆうぐうのとくしとぞ申ける。ほふわうごいうしのぎなり。七月にはすまふのせちあり。重盛みぎにつらなりをはしければ、「こんゑのだいしやうにいたらむからに、ようぎ、しんだいさへ人にすぐれ給へるは」と、申あひけるとかや。「かやうにほめたてまつりて、せめての事にや、まつだいにさうおうせで、おんいのちやみじかくおはせむずらむ」と申あひけるこそ、いまはしけれ。おんこたち、たいふ、じじゆう、うりんなどいひて、あまたおはしましけるに、皆いうにやさしくはなやかなる人にておはしましける上、だいしやうは心ばへよき人にて、しそくたちにも
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しいかくわんげんをならひ、事にふれ、よしある事をぞすすめをしへられける。
廿 さるほどに、このごろのじよゐ、ぢもくは平家の心のままにて、くげ、ゐんぢゆうのおんぱからひまでもなし。摂政、関白のせいばいにてもなかりければ、ぢしよう元年正月廿四日のぢもくにとくだいじどの、くわさんのゐんのちゆうじやうどのもなりたまはず。いはむや新大納言、おもひやよるべき。入道のちやくし重盛、うだいしやうにておはしまししが、左にうつりて、じなん宗盛、中納言にておはしけるが、すはいのじやうらふをこえて右にくはへられけるこそ、まうすはかりなかりしか。ちやくし重盛のだいしやうになりたまひたりしをこそ、ゆゆしき事に人おもへりしに、じなんにてうちつづきならびたまふ、よには又人ありともみえざりけり。
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廿一 なかにもとくだいじ、いちのだいなごんにて、さいかくいうちやうし、いへぢゆうだいにてこえられたまひしこそふびんなりしか。「さだめてごしゆつけなどやあらむずらむ」とよのひとまうしあひけれども、「このよのなかのならむやうをもみはてむ」とおもひたまひければ、ろうきよしたまひて、「今はよにありてもなにかせむ。本鳥をもきりて、さんりんにもまじはりて、いつかうまことのみちにいらむ」とのたまへば、げんくらんどのたいふすけもとなげきまうしけるは、「平家、しかいをうちたひらげて、てんがをたなごころににぎり、ばんじおもふさまなる上、せつしやうくわんぱくに所ををかずちじよくをあたへ奉り、ばんきのまつりごとを心のままにとりおこなはる。ひれいひほふちやうぎやうする平家のふるまひをうらみさせ給はば、おほくのあをにようばうたちみながしし候はんずらむ事こそくちをしく候へ。よははかりことにてこそ候へ。
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大政入道のことにあがめたまふ、あきのくにのいちのみや、いつくしまへごさんけいあるべく候。だいしやうのおんきたうの為にごさんろうわたらせ給はば、そのみこをばないしと申候、おほくまゐりて候はば、しゆじゆのおんひきでものたびて、もてなさせおはしませ。さておんげかうあらば、さだめてないしどもおんおくりにまゐりさうらはむずらむ。やうやうにすかして、ないし四五人あひともなはせおはしまして、京へおんのぼりさうらへ。ないし、京にてさだめてだいじやうにふだうどののげんざんにいりさうらはんずらむ。『なにしにのぼりたるぞ』ととひたまはば、ないしどもありのままに申さば、『わがたのみたてまつるところのいつくしまのだいみやうじんにまゐりたまひたりけるごさむなれ。いかでかかみのごゐくわうをばうしなひまゐらすべき。だいしやうにまゐらせよ』とて、いちぢやうまゐりさうらひぬとぞんじさうらふ。かやうにおん
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ぱからひやあるべく候らむ。徳大寺をこのおんときうしなはせ給はむ事、くちをしくさうらふ」と、なくなくこしらへ申ければ、げにもとやおぼしめされけむ。御心ならず、いつくしまへおんまうであり。あんのごとく内侍共つどひたりければ、しゆじゆのおんひきでものたびて、さまざまにもてなし給けり。かくてなぬかのごさんろうありて、おんげかうあるところに、内侍共なごりををしみまゐらせて、ひとひおくりまゐらせけり。つぎのひかへらむとするに、とくだいじどのおほせのありけるは、「なさけなし。ないしたち、いまひとひおくれかし」とのたまひければ、「うけたまはりぬ」とまうして、おくり奉る。つぎのひかへらむとする処、又いろいろのおんひきでものたびて、「ややないしたち、都をたちいでて、おほくの国々をへだてて、なみぢをわけて参たるこころざしは、いかばかりとかおもふ。されば、「だいみやうじんおん
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なごりをしくおもひまゐらするに、内侍達の是までおくり給たるは、しかしながら
大明神のごなふじゆとあふぎてかたみをとる。そのうへは只今ひきわかれ給はむ事あまりになごりおしきに、いまひとひおくれかし」と宣へば、「承ぬ」とて、又参にけり。「いまひとひいまひとひ」と宣ふ程に、内侍もさすがにふりすてがたくて、都ちかく参にけり。徳大寺殿の宣けるは、「内侍、さすがにみやこはちかく、われらがほんごくはとほくなりたり。おなじくはいざ都へ。きやうづとばしもとらせむ」と宣へば、「承ぬ」とて、内侍十人きやうへのぼる。「このうへは又大政入道殿のげんざんにいらざらむ事もおそれあり」とて、内侍共入道殿へさんじけり。いであひてたいめんし給けるに、入道宣けるは、「なにしにのぼりたるぞ」ととひ給ければ、「徳大寺殿、
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だいしやうこえられたまひて、そのおんなげきにごろうきよさぶらひけるが、ごしゆつけありて、ごしやうぼだいのおんつとめせむとおぼしめしたちてさぶらひけるが、『まことや、いつくしまの大明神こそ現弁もあらたにわたらせ給なれ。このこときせいしてかなはずは、御出家あるべき』にて、おんまうでさぶらひて、ごさんろうのあひだ、御心いうにわりなくわたらせ給ふ。内侍共にもいろいろのおんひきでものたびて、おんなさけふかくわたらせ給ふ程に、おんなごりおしみまゐらせて、ひとひおくりまゐらせてさぶらへば、いまひとひいまひとひとておくりまゐらせさぶらひつる程に、京まで参てさぶらふ。のぼる程にては、いかでか又げんざんにいらざるべきとて、参てさぶらふ」と申ければ、入道殿、「いちぢやうか」、内侍達、「さむざうらふ」と申ければ、「いとほしいとほし。さてはいつくしまへおんまうでありけるごさむなれ。じやうかい、
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だいみやうじん権現をふかくそうきやうし奉る。いかでかごんげんのごゐくわうをばうしなひ奉るべき。重盛だいしやうにあげよ」とて、大将へおしあげて、徳大寺殿を左大将になし奉る。
廿二 さてしんだいなごんなりちかのきやうおもはれけるは、「とののちゆうじやうどの、徳大寺殿、くわさんのゐんにこえられたらばいかがせむ、平家のじなんにこえられぬるこそゐこんなれ。いかにもして平家をほろぼして、ほんまうとげむ」ともふおもふ心つきにけるこそ、おほけなけれ。ちちのきやうは中納言までこそいたりしに、そのこにてくらゐじやうにゐ、くわんだいなごん、としわづかに四十四、だいこくあまたたまはりて、かちゆうたのしく、しそくしよじゆうにいたるまでてうおんにあきみちて、なにのふそくありてか、今かかるこころのつきにけむ。是もてん
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まのいたす所也。のぶよりのきやうの有様をまのあたりみしひとぞかし。そのときこまつのおとどのおんをかうぶりて、くびをつがれし人にあらずや。うとき人もいらぬ所にてひやうぐをととのへあつめ、しかるべきものをかたらひて、このいとなみよりほかはたじなかりけり。ひがしやまにししのたにといふところは、ほつしようじのしゆぎやうしゆんくわんがりやう也。くだんのところは、うしろはみゐでらにつづきて、よきじやうなりとて、「かしこにじやうくわくをかまへて、平家をうちてひきこもらむ」とぞしたくしける。ただのくらんどゆきつな、ほつしようじのしゆぎやうしゆんくわん、あふみのにふだうれんじやうぞくみやうなりまさ、やましろのかみもとかぬ、しきぶのたいふまさつな、へいはんぐわんやすより、そうはんぐわんのぶふさ、しんぺいはんぐわんすけゆき、さゑもんのにふだうらをはじめとして、ほくめんのげらふあまたどういしたりけり。平家をほろぼす
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べきよりきの人々、新大納言をはじめとして、つねによりあひよりあひだんぎしけり。法皇も時々いらせたまひて、きこしめしいれさせ給。まいどしゆんくわんがさたにて、おんまうけていねいにしてもてなしまゐらせて、ごえんねんある時もありけり。あるとき、かの人々俊寛がばうによりあひて、ひねもすにしゆえんしてあそびけるに、さかもりなかばになりてよろづきようありけるに、ただのくらんどがまへにさかづきながれとどまりたり。新大納言、せいしいちにんまねきよせてささやきければ、程なくきよげなるながぴついちがふ、えんのうえにかきすへたり。じんじやうなるしろぬの五十たんとりいだして、やがてただの蔵人がまへにおかせて、大納言めかけて、「ひごろだんぎしまうしつる事、たいしやうにはいつかうごへんをたのみたてまつる。そのゆぶくろのれうにまゐらす。
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今いちどさうらはばや」といひたりければ、ゆきつなかしこまりて、ぬのにてうちかけておしのけければ、郎等よりてとりてけり。そのころじやうけんほふいんと申ける人は、こせうなごんにふだうしんせいがしそくなり。ばんじおもひしりてふるまふひとにてありければ、へいしやうこくもことにもちゐて、よのなかのことども時々いひあはせられけり。法皇のおんけしきもよくて、れんげわうゐんのしゆぎやうにもなされなどして、てんがのおんまつりごとつねにおほせあはせられけるに、「さてもこのことはいかがあるべき」と、法皇おほせのありければ、「この事ゆめゆめあるべからずとおぼえ候。今は人おほくうけたまはりさうらひぬ。いかがし候べき。只今てんがのだいじいできさうらひなむず。わがきみはてんせうだいじん七十二代、だいじやうほふわうのそんがうにてござさうらふといへども、わうぽふのよすゑになり、きよもりまたてうか
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にさかり也。それとまうすは君のごおんならずといふ事なし。しかるにてうてきをたひらぐる事たびたびなり。さればなにをもつて、清盛をばうしなはせ給候べき」と、はばかるところなくまうされければ、なりちかのきやうけしきかはりてたたれけるが、ごぜんなるへいじをかりぎぬのそでにかけてたふしたりけるを、法皇、「あれはいかに」とおほせありければ、「とりあへずへいじすでにたふれて候」と、まうされたりければ、法皇おんえつぼにいらせをはしまして、「やすよりまゐりてたうべんつかまつれ」とおほせありしかば、やすよりがのうなれば、ついたちて、「およそちかごろはへいじがあまりおほく候て、もてえひて候」と申たりければ、なりちかのきやう、「さてそれをばいかがすべき」とまうさる。やすより、「それをばくびをとるにはしかず」とて、へいじのくびをとりていりにけり。法皇もきようにいらせ給て、ちやく
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ざの人々もえみまげてぞわらはれける。じやうけんほふいんばかりぞ、あさましとおもひて、ものものたまはず、こゑをもいだされざりける。かのやすよりはあはのくにのぢゆうにんにて、しなさしもなき者なりけれども、しよだうにこころえたる者にて、君にちかくめしつかはれまゐらせて、けんびゐしごゐのじようまでなりにけり。ばつざにさうらひけるをめしいだされけるも、時にとりてはめんぼくとぞみえし。つちのあなをほりていふなる事だにももるといへり。ましてさほどのざせきなれば、なじかはかくれあるべき。そらをそろしくぞおぼゆる。かのしゆんくわんはこでらのほふいんくわんがこ、きやうごくのだいなごんまさとしがまごなり。さしてゆみやとるいへにあらねども、かの大納言ゆゆしく心のたけくはらあしき人にておはしましければ、きやうごくのいへのまへをば人をもたやすくとをさず、つねにはをくひし
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ばりて、いかりておはしましければ、人、「はぐひの大納言」とぞ申ける。かかりし人のまごなればにや、この俊寛もそうなれども、心たけくおごれる人にて、かやうの事にもくみせられたりけるにや。なかんづく、このしゆんくわんそうづとなりちかのきやうとことさらにしたしくむつびける事は、新大納言のうちに、まつ、つるとて二人のびぢよありけり。俊寛、かの二人をおもひてかよひける程に、つるは今すこしようばうはまさりたり、まつはすこしおとりたれども、心ざまわりなかりければ、まつにうつりてしそく一人まうけたりけるゆゑに、大納言もへだてなくうちたのみかたらひけるあひだ、よりきしたりける也。三月五日、ぢもくに内大臣もろながこう、大政大臣にてんじ給へるかはりに、左大将重盛、大納言さだふさのきやうをこえて、内大臣になられにけ
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り。ゐんのさんでうどのにてだいきやう行はる。こんゑのだいしやうになりたまひし上は、しさいにおよばねども、又うぢの左大臣のごれい、はばかりあり。又大政入道心もとなげにいはれければ、「由なし」と、おほせられけるとかや。
廿三 ごでうの中納言くにつなのきやう、大納言にならる。とし五十六、いちの中納言にておはしましけれども、第二にてなかのみかどの中納言むねいへのきやう、第三にてくわさんのゐんのちゆうなごんかねまさのきやう、このひとびとのなりたまふべかりけるをとどめて、くにつなのきやうのなられける事は、大政入道、ばんじおもふさまなるゆゑ也。このくにつなのきやうは中納言かねすけのきやうのはちだいのばつえふ、しきぶのたいふもりつながまご、さきのうまのすけなりつながこなり。しかるにさんだいはくらんどにだにもならず、じゆりやう、しよしのすけなどにてありけるが、しんじのざつしきとてこんゑのゐんのおん
とき、ちかく
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めしつかはれけるが、さんぬるきうあん四年正月七日、いへをおこしてくらんどのとうになりにけり。そののちしだいになりあがりて、ちゆうぐうのすけなどまではほつしやうじどのごすいきよにてありし程に、ほつしやうどのかくれさせたまひてのち、大政入道にとりいりて、さまざまにみやづかひける上、ひごとになににてもいつすをたてまつられければ、「しよせん、げんぜのとくい、この人にすぎたる人あるまじ」とて、しそくいちにん入道のこにして、つねくにとまうしつけてじじゆうになされぬ。三位の中将しげひらをむこになしてけり。のちには中将、うちのおんめのとになられたりければ、そのきたのかたをばははしろとて、だいなごんのてんしとぞ申ける。〔ほくめんは〕しやうこにはなかりけり。しらかはのゐんのおんときはじめておかれて、ゑふどもあまたさうらひけり。なかにもためとし、もりしげ、わらはより、せんじゆまる、いまいぬまるなどとて、きりものにて
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ありけり。千手丸はもとはみうらの者也。のちはするがのかみになさる。今犬丸はすはうのくにのぢゆうにん、のちはひごのかみとぞ申ける。とばのゐんのおんときも、すゑのり、すゑよりふしちかくめしつかはれて、てんそうするおりもありときこえしかども、みなみの程をばふるまひてこそありしに、このおんときのほくめんのものどもはことのほかにくわぶんして、くぎやう、てんじやうびとをも物ともせず、れいぎもなかりけり。げほくめんよりじやうほくめんにうつり、上北面より又てんじやうをゆるさるるものもありけり。かくのみあるあひだにおごれる心ありき。かのすゑのりと申はげんざゑもんのたいふやすすゑがしそく、かはちのかみこれなり。すゑよりはすゑのりがこ也。たいふのじようといふも、是也。そのなかにこせうなごんのにふだうのもとにもろみつ、なりかげといふ者ありけり。こでい人わらは、もしはかくごしやにて、けしある
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ものどもなりけれども、さかざかしかりけるあひだ、院のおんめにかかりてめしつかはれけり。もろみつはさゑもんのじよう、なりかげはうゑもんのじように、二人いちどになりたりけり。少納言の入道の事にあひし時、ににんともに出家して、おのおのなのりの一字をかへず、さゑもんの入道はさいくわう、うゑもんの入道はさいきやうとぞいひける。二人ながらみくらのあづかりにてめしつかはれけり。西光がこ、もろたかもきりものにてありければ、けんびゐしごゐのじようまでなりにけり。
廿四 あんげん二年十一月廿九日、かがのかみににんじて、こくむをおこなふあひだ、さまざまのひれいひほふちやうぎやうせしあまり、じんじや、ぶつじ、けんもんのしやうりやうをもたふし、さんざんのことどもにてぞありける。たとひせうこうがあとをつたふとも、をんびん
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のまつりごとをこそおこなふべかりしに、よろづ心のままにふるまひしゆゑにや。おなじき三年八月に、しらやまのまつじにうかはといふやまでらにいでゆあり。かのゆやにもくだいがむまをひきいれてゆあらひしけるを、てらのこぼふしばら、「わうごよりこのところにむまのゆあらひのれいなし。いかでかかかるらうぜきあるべき」とて、しらやまのちゆうぐう、はちゐんさんじやのそうちやうりちしやく、かくめいらをちやうぼんとして、もくだいのひさうの馬のををきりてけり。もくだい是をおほきにいかりて、すなはちかのうかはへおしよせて、ばうじやいちうものこさず、やきはらひにけり。うかはしらやまはちゐんのだいしゆ、こんたいばうたいしやうぐんとして、五百騎にてかがのこくふへおひかかる。つゆふきむすぶあきかぜはよろひのそでをひるがへし、くもゐをてらすいなづまはかぶとのほしをかかやかす。かくてかうだうにたてごもり、
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ちやうへつかひをたてたれば、目代ひがことしつとやおもひけむ、ちやうにはしばしもたまらずしてにげのぼりにけり。うかはのだいしゆどもちからおよばずしてせんぎしけるは、「しよせんほんざんのまつじなり。ほんざんへうつたへまうすべし。もしこのそしようかなはずは、われらながくしやうどにかへるべからず。」「もつとももつとも」とて、じんずいをのみいちどうして、しんよをやがてふりあげたてまつるあひだ、あんげん三年二月五日うかはをたちて、ぐわんじやうじにつき給ふ。おんとものたいしゆ一千余人也。願成寺よりおなじき六日、ほとけがはら、かなつるぎのみやへいり給ふ。ここにおいていちりやうにちとうりうす。
廿五 おなじきここのかのひ、るすどころよりてふじやうあり。ししやにはくすのきじらうたいふのりつぎ、たんだの二郎大夫ただとしら也。かのてふじやうにいはく、るすどころのてふ、しらやまのみやのしゆとのが
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はやくしゆとのさんらくをちやうじせられんとほつすることてふす、しんよをふりたてまつりて、しゆとさんらくをくはたてて、そしようをいたさしむ。ことのおもむきおもからざることなきにあらず。これによつてざいちやうただとしをさしつかはして、しさいをたづねまうすをところに、いしゐのほつけううつたへまうさんがために、さんらくせしめむとへんたふありとうんうん。このでうあにしかるべからず。いかでかせうじによつて、おほかみをうごかしたてまつるべきをや。もしくにのさたとしてさいきよしたるべきそしようかてへれば、げじやうをたまはりてまうしあぐべきなり。こふや、じやうをさつしてもつててふす。
安元三年二月九日 さんゐのあつそん
さんゐのあつそん
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さんゐのあつそん
もくだいみなもとのあつそんざいはん
とぞかきたりける。これによつて、しゆとのへんてふにいはく、しらやまちゆうぐうのだいしゆまんどころへんてふところのがらいてふいつしにのせおくらるる、しんよごしやうらくのことてふす、こんげつここのかのてふ、どうにちたうらいす。じやうによつてしさいをあんずるに、しんめいわがふしまします。しかるにきちにちをてんぢやうして、たびぢにしんぱつす。つぎにじんりきをもつてこれをせいばいすべからず。みやうりよあにこれをおそれざらんや。よつてごにちをもつててふへんのじやうにまかするしさいのじやうくだんのごとし。
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あんげん三年二月九日 ちゆうぐうのだいしゆら
廿六 おなじきとをかのひ、ほとけがはらをいでてすいづへさしたまふ。同日またるすどころよりつかひ二人あり。さいしよのたいふなりさだ、きつじらうのたいふのりつぎら、のしろやまにて大衆のごぢんにくだんのつかひおひつきたり。すなはちらくばしぬればむまのあしをれたり。是をみてしゆといよいよしんりきをとる。同十一日にににんのつかひすいづにたうらいす。あへてへんてふなし。ことばをもつてししやしんよをとどめたてまつるといへども、事ともせずしやうらくす。そのときのくわんじゆはろくでうのだいなごんみなもとのあきみちのおんこ、こがのだいじやうだいじんのおんまご、めいうんそうじやうにておはす。もんぜきのだいしゆ三十余にん
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をさしくだし、つるがのなかやまにてしんよをとどめたてまつる。つるがのつ、かねがさきのくわんおんだうへいれたてまつりて、しゆごしけり。
廿七 しらやまのしゆとら、さんもんへてふじやうをつかはす。そのじやうにいはく、きんじやうえんりやくじごじてふしらやまのしんよをさんじやうにあげたてまつりもくだいもろつねのざいくわをさいきよせられむとほつすることみぎ、しさいをごんじやうせしむといへども、いまにさいほうをかうぶらざるあひだ、しんよごじゆらくのところ、よくりうのでう、これいつさんのだいそなり。つらつらことのこころをあんずるに、しらやまはしきぢありといへども、これしかしながらさんぜんのしやうぐなり。めんでんありといへども、たうにんいうめいむじつ
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なり。これによつて、ぶつじんのことだんぜつけんぜんなり。よつてたうねんのはつかう、さんじつかう、おなじくもつてだんぜつす。わがやまは、これだいひごんげん、わくわうどうぢんのそいさうらふ。ちかごろかたじけなくもむかひはいするやからまたもつてだんぜつす。このときにあたりてふかきなげきせつなり。しかれば、しんよをふりたてまつり、ぐんさんをくはたつるところなり。ながくきやうこうのさかえをわすれ、ごしやくのこうしよう、いたづらにくわうこんのつとめをひびかす。たれかみやうだうのとくをあきらかにせむ。じんりんにありてめいちのようふかきなり。なんぞまつたくしやうらいのきつきようをあらはさざらむや。ごんげんのごじげんこれあり。しかればすなはちせいはふにかかはらずして、すでにつるがのつにつかしむ。ごじてふのじやうにまかせて、しんよしやうらくのぎをとどめむ。ごさいほうをまつべきじやう、くだんのごとし。
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あんげん三年二月廿日 しゆとら
とぞかきたりける。
廿八 同廿一日、せんたうらこのじやうをとりてかへりのぼるあひだ、さいきよをあひまつところに、かさねてししやきたりていはく、「しやうらくせられたりといふとも、ごさいきよあるべからず。そのゆゑは、ゐんのみくまのまうでなり。おんげかうののち、しやうらくせらるべし」とて、かのしんよをうばひとりたてまつり、かねがさきのくわんおんだうにいれたてまつりて、だいしゆ、みやじ、せんたうら、是をしゆごしたてまつる。しらやまのしゆと、ひそかにしんよをぬすみとりたてまつりて、つるがのなかやまみちへはかからで、あづまぢにかかり、いるのやまをこえ、やながせをとほり、あふみのくにかふだのはまにつく。それよりふねにみこしをかきのせ奉て、ひがしざかもとへいれたてまつらむとほつす。をりふしたつみのかぜはげしくふきて、かいしやうしづかならずして、こまつがはまへふきよせられ
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たまひけり。それよりひがしざかもとへしんよをふりあげたてまつる。さんもんの衆徒、さんたふくわいがふしてせんぎしけるは、「まつしやのしんよおろそからならず、ほんじやのごんげんのごとし。まつじのそういやしからず、ほんざんのたいしゆにおなじ。いかでか訴訟をききいれざるべき」といちどうにせんぎして、ひよしのやしろにはしらやまをばまらうとといはひたてまつりたれば、はやまつのしんよをばまらうとのみやにやすめたてまつりて、さんもんのだいしゆら、ゐんのくまのまうでのごきらくをぞあひまちける。
廿九 さるほどにゐんおんげかうあり。しらやまのしゆとら、「そしようかくのごとし。げにこのこともだしがたくさうらふや。しからば、もろたかをるざいにおこなはれ、もろつねをきんごくせらるべき」よし、そうもんせしに、ごさいきよおそかりしかば、大政大臣、さうのだいじんいげ、さもしかるべきくぎやうたちは、「あはれ、とくごさいきよあるべき
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ものを。山門の訴訟は昔よりたにことなる事也。おほくらのきやうためふさ、ださいのごんのそつすゑなかはてうかのちようしんなりしかども、大衆の訴訟によつてるざいせられにき。ましてもろたかなどが事はもののかずならず。しさいにやおよぶべき」と、ないないはまうされけれども、ことばにあらはれてそうもんのひとなし。たいしんはろくをおもんじてまうされず、せうしんはつみをおそれていさめずといふことなれば、おのおのくちをとぢ給へり。そのときのげんにんのくぎやうには、かねざね、もろながをはじめとして、さだふさ、たかひでにいたるまで、みをわすれていさめ奉り、ちからをつくしてくにをたすくべき人々にてをはしける上、ぶゐをかかやかしててんがをしづめし入道のしそく重盛など、しくやのきんらうをつつみてをはせしに、かれといひ、これといひ、もろ
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たかひとりにはばかりて、心にかたぶけながらことばにはいさめまうされざりける事、君につかふるほふ、あにそれしかるべけむや。「せんしやのくつがへるをたすけずは、こうしやのまはるをあにたのまんや」とこそ、せうがをばたいそうはおほせられけれ。おそらくは君もくらくおぼえさせ給べきにあらず、しんもはばかりあひ給べき人々にやをはせし。いかにいはむや、くんしんの国にをいてふや、けんせいのまつりごとひがまむにをいてふや。「かもがはのみづ、すごろくのさい、やまほふし、これぞわがこころにかなはぬもの」と、しらかはのゐんはおほせありけるとかや。さればとばのゐんのおんとき、へいせんじをもつてをんじやうじにつけらるべきよし、そのきこえあり。さんもんのしゆとたちまちにさうどうしてそうじやうをささげ申す。そのじやうにいはく、
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卅 えんりやくじのしゆとらのげ、ゐんのちやうさいをこふことまげておんじゆつをたれ、おうとくのじてふにまかせて、しらやまへいせんじをもつて、ながくたうざんのまつじたらむとこふじやうみぎつつしみてあんないをかんがふるに、さんぬるおうとくぐわんねん、しらやまのそうら、かのへいせんじをもつて、たうざんのまつじにきしんず。ときに、ざすりやうしん、よせぶみのむねにまかせて、じてふをなしてかのやまにつけをはんぬ。しかしてよりこのかた、そうりよのそしようなきによつて、しゆとのさたにおよばず。しかるあひだ、いんじはる、かのやまのぢゆうそうらきたりて、たうざんにうつたへていはく、「これえんりやくじのまつじなり。おうとくのじてふ、もつともしようげんにたれりと」うんうん。かくしゆう
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かのべつたうのしきにまかせて、ひほふらんぎやうひをおひてばいぞうし、うれひをつみてまくらとす。けつくたうざんをもつて、をんじやうじのまつじとなさむとほつすとてへり。たうざんもとよりほんじなきにあらず。なかんづくひよしのまらうとのみやは、しらやまのごんげんなり。すいしやくかのしんしよをはかるにおいて、さだめてそのゆゑあらむか。えいりよたちまちにへんず。きみのふめいにあらず、しんのふちよくにあらず。わがやまのぶつぽふ、まさにもつてほろぶるきざしなり。うれひてあまりあり。さうてんをあふぎてなみだをおさふ。かなしみていかがせむ。ちゆうたんにきうしてたましひをけす。しゆともしちよくめいにくわいゐせば、せんぞうのくじやうにおうずべからず。しゆともしてうゐをいるかせにせば、うれひをいだきていつさんのさうどうをとどむべからず。さいほうのところ、なんぞぎやうしやくなからむや。のぞみこふ、まげて
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おんじゆつをたれ、しらやまへいせんじをもつて、もとのごとくてんだいのまつじたるべきよし、さいきよせられば、まさにじやうぎやうさんぜんのしうぎんをなぐさめて、いよいよせんゐんすひやくのかれいをいのりたてまつらむ。よつてろくじやうつつしみてげす。
きうあん三年しぐわつ び
とぞかきたりける。このまうしじやうによつて、くぎやうせんぎありて、さんもんにつけらるべき、ゐんぜんをくだされていはく、ゐんぜんをかうぶりていはく、しゆとのさうどう、せいしにかかはらず、ことらんそたり。これによつて、かつはけうあくのともがらをふせかんがため、かつはほうきのたぐひをとどめんがため、せんれいにまかせて、
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ぶしをまうけらるるところなり。しかるにようじほこきをつて、しいうをけつせんとほつするよし、らくちゆうにをうかし、さんじやうにふうぶんす。すでにえいりよにあらずに。よつてぶしすなはちぐんをといて、ほんごくにかへしつかはしをはんぬ。いかにいはむや、こんどくじやうといひじんじといひ、ただ、ちよくめいをもつぱらにしてごんぎやうせしむるよし、ひちんのむねえいんでんのうちにいかでかあいれんなからんや。よつてそうじやうかくしゆういはく、「かのしらやまへいせんじをもつてえんりやくじのまつじたるべきよし、せんげせらるべし。ただしじこんいご、まつじしやうゑんのことによつて、ひだうのうつたへをいたすべからず。」このでうにおいては、ほとほとしよしゆうのひばうをまねくか。いつさんのかきんをのこすににたり。しかるにおんきえのそうあさからずして、つゐにひをもつてりとして、さいきよせらるるところなり。おのおのくわんぎのたなごころをあはせて、ひやくにじふねんのさんをいのりたてまつるべきよし、おほせつかはすべき
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ものなり。せんによつて、しやうけいくだんのごとし。
きうあん三年四月廿七日 みんぶきやううけたまはり
とぞかきたりける。昔がうのちゆうなごんまさふさのまうされけるやうに、「しんよをぢんとうへふりたてまつりてうつたへまうさむ時は、君いかがおんぱからひあるべき」とまうされたりけるには、「げにもだしがたき事なり」とこそおほせられけれ。
卅一 ほりかはのゐんのぎよう、さんぬるかほうぐわんねんきのえのいぬ、よりよしが なん、みののかみみなもとのよしつなのあつそん、たうごくのしんりふのしやうをてんだうするあひだ、やまのくぢゆうしやゑんおうをせつがいす。これによつて、さんもんのいきどほりふかくして、同十月廿四日、このことをうつたへ
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申さむとて、じくわんじんぐわんをさきとして、大衆げらくする由、ふうぶんありしかば、ぶしをかはらへさしつかはしてふせかせらる。しかるにじくわんら三十余人まうしぶみをささげて、おしやぶりてぢんとうへさんじやうせむとしけるを、もろみちごにでうのくわんぱくどの、ちゆうぐうのだいぶもろただがまうしじやうによつて、おんさぶらひやまとげんじなかづかさのじようよりはるをめして、「ただほふにまかせてあたるべきなり」とおほせられければ、よりはるうけたまはりてふせきけるに、なほおほうちへいらむとするあひだ、よりはるがらうどうさんざんにいる。きずをかうぶるじんにん六人、しぬる者二人、しやじ、しよしら、しはうににげうせぬ。まことにさんわうのしんきんいかばかりかおぼしめすらむとぞみえける。中にもはちわうじのねぎともざねにやたてたりけるこそあさましけれ。大衆ふんまんのあまり、おなじき廿五日しんよをちゆうだうへふりあげたてまつり、
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ねぎをばはちわうじのはいでんにかきいれて、じやうしん、ぢやうがく二人をもつてくわんぱくどのをしゆそし奉る。そのけいびやくのことばにいはく、「われらがなたねのふたばよりおおしたてたまふ、ななのやしろのかみたち、さうしかのみみふりたててきき給へ。むしものにあひてこしがらふで、さんわうのじんにんみやじいころしたまひつる、しやうじやうせせにくちをし。ねがはくははちわうじごんげん、ごにでうのくわんぱくどのへかぶらやひとつはなちあてたまへ。だいはちわうじごんげん」と、たからかにこそきせいしけれ。そのころのせつぽふ、へうびやくはしうくをもつてさきとす。しんじやうのだうしはちゆういんそうづとぞきこえし。がうのちゆうなごんまさふさ申されけるは、「もろただがまうしじやう、甚だしんめいのちじよくにおよぶ。あはれ、ばうこくのもとゐかな。うぢどののおんとき、だいしゆのちやうぼんとて、らいじゆ、りやうゑんらをながさる
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べきにてありしに、さんわうのごたくせんいちしるかりければ、すなはちざいめいをなだめられて、さまざまにおんおこたりを申させたまひしぞかし。さればこの事いかがあらんずらむ」と、うたがひまうされけり。さても不思議なりしには、はちわうじのごてんよりかぶらやのこゑいでて、わうじやうをさしてなりてゆくとぞ、人のゆめにはみえたりける。そのあしたくわんぱくどののごしよのみかうしをあげたりければ、只今やまよりとりてきたるやうに、つゆにぬれたるしきみひとえだたちたりけるこそおそろしけれ。やがて後にでうのくわんぱくどの、さんわうのおんとがめとておもきおんいたはりをうけさせ給ふ。ははうへ、おほとののきたのまんどころ、なのめならずおんなげきありて、おんさまをやつしつつ、いやしきげらふのまねをして
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ひよしのやしろにごさんろうありて、なぬかななよがあひだいのり申させ給けり。まづあらはれてのおんいのりには、ひやくばんのしばでんがく、百番のひとつもの、けいば、やぶさめ、すまふ、おのおの百番、ひやくざのにんわうかう、百座のやくしかう、いつちやくしゆはんのやくしひやくたい、とうじんのやくしいつたい、ならびにしやかあみだのざう、おのおのざうりふくやうせられけり。またごしんぢゆうにあまたのごりふぐわんあり。おんこころのうちのことなれば、いかでかしりたてまつるべき。それに不思議なりし事は、はちわうじのおんやしろにいくらもなみゐたるまいりうどのなかに、みちのくによりはるばるとのぼりたりけるわらはみこ、やはんばかりににはかにたえいりけり。はるかにかきいだしていのりければ、ほどなくいきいでて、たちてまひかなづ。人きどくのおもひを
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なして是をみる。はんじばかりまひてのち、さんわうおりさせたまひて、やうやうのごたくせんこそおそろしけれ。「しゆじやうらたしかにうけたまはれ。われゑんしゆうのけうぽふをまもらんが為に、はるかにじつぽうけわうのどをすてて、ゑあくじゆうまんのちりにまじはり、じふぢゑんまんのひかりをやはらげて、このやまのふもとにとしひさし。きもんのきようがいをふせかんとては、あらしはげしきみねにてひをくらし、くわうていのほうそをまもらん為には、ゆきふかきたににてよるをあかす。そもそもぼんぷはしるやいなや、関白のきたのまんどころ、わがおんまへになぬかこもらせたまひて、ごりふぐわんさまざまなり。まづだいいちのぐわんには、『こんどてんがのじゆみやうたすけてたべ。さもさぶらはば、はちわうじのやしろよりこのみぎりまでくわいらうつくりて、しゆとのさんじやの時、うろのなんを
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ふせくべしと」。このぐわんまことにありがたし。されどもわがやまのそうりよ、みつの山のさんろうの間、さうせつうろにうたるるをもつて、ぎやうじやのこうをあはれみて、わくわうどうぢんのけちえんとして、此所をしめてわれにちかづく者をあはれまんとなり。第二には、『三千人の衆徒にまいとしのふゆこそでひとつきせん』とのぐわん、これまたおぼしめしうけられず。そのゆゑは、きうかさんぷくのあつきにはあせをのごひて、ひねもすにさんだいそくぜのはなぶさをたむけ、けんとうそせつのさむきにもみをわすれて、よもすがらしくわんみやうじやうのつきをもてあそぶをもつて、しぢゆうのそうりよのぎやうとせり。第三には、『みづからいちごのあひだ、つきのさはりをのぞきて、都のすまゐをすてて、みやごもりにまじはりてみやづかひ申さむ』となり。このぐわんことにいとほし。しかりといへども、おほとののきたのまんどころほどの人
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を、みやごもりの者にならべ奉らむ事かなふまじ。だいしのぐわんには、『おんむすめごにんのひめぎみ、いづれもわうじやういちのびぢよなり。かれをもつてしばでんがくせさせてみせまゐらせん』とのおんこころざしせつなれども、摂政関白のおんむすめたち、いかがさやうのふるまひをばせさせたてまつるべき。第五には、『はちわうじのおんやしろにてまいにちたいてんなく、ほつけもんだふかうおこなふべし』となり。これらのごぐわんども、いづれもおろそかならねども、ほつけもんだふかうは誠にあらまほしくこそおぼしめせ。こんどの訴訟は、むげにやすかりぬべき事を、ごさいきよなくして、もろみち、よりはるにおほせて、われを馬のひづめにけさするのみならず、じんにん、みやじいころされ、人おほくきずをかうぶりて、なくなくまいりて、わがごぜんにてうつたへまうすことが心
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うければ、いかならむすゑのよまでもわするべしともおぼしめさず。かれらにたつところのやは、しかしながらわくわうすいしやくのおんはだへにたちたるなり。まこととそらごととは是をみよ」とて、かたぬぎたるをみれば、左のわきのした、おほきなるかはらけのくちほどうげのきたるこそ、きどくなれ。「これがあまりに心うければ、いかに申ともしじゆうのことはかなふまじ。いちぢやうほつけもんだふかうおこなはすべくは、みとせが命をのべ奉らむ。それをふそくにおもひたまはばちからおよばず」とて、さんわうあがらせ給けり。ははうへひとにかたらせ給はねば、たれもらしつらむとうたがはせ給ふかたもなかりしに、おんこころのうちの事ども、ありのままにごたくせんありしかば、いとどしんかんにそみて、たつとくぞおぼえける。
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なくなくまうさせ給けるは、「たとひひとひかたときながらへさぶらふとも、ありがたうこそさぶらふべきに、ましてみとせが命をのべてたまはらむ事、しかるべうさぶらう」とて、ひよしのやしろをおんくだりありて、都へいらせ給けり。やがててんがのごりやう、きいのくにたなかのしやうといふところ、えいたいきしんせられけり。されば今のよにいたるまで、ほつけもんだふかう、まいにちたいてんなしとぞうけたまはる。かかりし程にごにでうのくわんぱくどの、おんやまひかるませたまひて、もとのごとくにならせたまふ。じやうげよろこびあはれしほどに、みとせのすぐるはゆめなれや、えいちやう二年になりにけり。六月廿一日、またごにでうのくわんぱくどの、さんわうのおんとがめとて、おんぐしのきはにあしきおんかさいできさせたまひて、うちふ
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させたまひしが、おなじき廿七日、おんとし三十八にて、つゐにかくれさせ給へり。おんこころのたけさ、りのつよさ、さしもゆゆしくをはせしかども、まめやかにいまはの時にもなりしかば、おんいのちををしませ給ける也。誠にをしかるべきおんよはひなり。四十にだにみたせ給はで、おほとのにさきだちまいらせさせたまふこそかなしけれ。かならずしもちちをさきだつべしといふことはなけれども、しやうじのをきてにしがたふならひ、まんとくゑんまんのせそん、じふぢくつきやうのだいしたちもちからおよばせ給はず。じひぐそくのさんわう、りもつのはうべんなれば、おんとがめなかるべしともおぼえず。かのよしつなも程なくじがいして、いちるいみなほろびけり。もろただも程なくうせにけり。昔も今もさんわうのごゐくわうはおそるべき事とぞまうしつたへたる。
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そうじてだいだいのみかど、ほくれいをそうちようせらるること、たさんにこゆ。ぶつぽふ、わうぼふたがひにこれをまもれば、いちじよう、ばんじよう共にさかり也。されば山門の訴訟は只しゆとのなげき、山王ひとりのおんいきどほりにもかぎるべからず。べつしては国家のおんだいじ、そうじてはてんがのうれひなり。しんこくにすみて、かみよをつぎ、かみをあがめ給ふ事、てうかのとくせいなれば、さんわうにかたさりおはしても、などかごさいきよなきとぞ、人かたぶき申ける。誠にぶつぽふ、わうぼふはごがくのごとし。ひとつもかけてはあるべからず。ほふあればくにしづかなり。仏法もしほろびなば、王法なんぞまつたからむ。山門もしめつばうせば、ゑんしゆうなにかそんすべきや。よまつぼふにうつりてすでに二百よさい、とうじやうけんごの時にあたれり。にんま、てんまのちからつよくして人の心をさまらず。およそえいさんのぢぎやうのすがたをみるに、ししのふせるににたりとぞ承はる。
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人のこころのぢゆうしよににたること、みづのうつはものにしたがふがごとしといへり。きよをたかきみねにしめてとこしなへにけはしきさかをのぼりくだれば、衆徒の心たけくして、けうまんをさきとす。さればむかしまさかど、宣旨をかうぶりて、おんつかひにえいさんにのぼりけるが、おほだけといふ所にてきやうぢゆうをみおろすに、わづかにてににぎるばかりにておぼえければ、すなはちむほんの心つきにけり。あからさまのとうざんなほしかなり。いかにいはむやたんぼのきやうりやくにおいてをや。そもそも延暦寺と申は、でんげうだいしさうさうのみぎり、くわんむてんわうのごぐわんなり。つたへきく、伝教大師おんとし十九とまうす、えんりやくしねんしちぐわつのころ、えいさんによぢのぼり給て、がらんをこんりふしぶつぽふをひろめむとて、ほんぞんをつくりたてまつらんがために、さんちゆうにいりたまひて、「りやくしゆじやうのぶつざうとなるべきれいぼくやをはする」と、声をあげてさけびたまひけるに、こくうざうのをの北
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なる林の中に、「ここにあり」とぞこたへける。かのれいぼくをきりて、だいし、てづからみづからやしくによらいのぎやうざうをぞきざみあらはし給ける。ひとたびけづりては、「あまねくぢやうやのやみをてらし給へ」と、けづるたびにらいはいし給へば、おんかしらよりはじめて、めんざうあらはれおはす。おんむねのほどにもなりしかば、大師らいし給ふごとに、れいざうかしらをたれてうなづき給ふ。其時しゆじやうさいどをばことうけしたまひぬ。「あなかしこ一人ももらしたまふな」とて、ざうひつし給にけり。たけ五尺五寸のみなこんじきのりふざう也。同七年に本堂をつくりて、あんぢしたてまつり給へり。じかくだいし、かのぶつざうと常に物語し給けるとかや。さうおうくわしやうばかりぞ御声をばきき給ける。おなじき十三年、ながをかのきやうよりへいあんじやうにうつりてくわうきよを
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さだめられけるに、きもんの方にあたりてたかきみねあり。「かのみねにがらんをたてば、みやこのきようがいあるべからずと」、みかどおぼしめして、でんげうだいしにおほせあはせられければ、「わがてらをきみにたてまつるべし」とて、ほんぶつやくしによらいはごそくさいの御ため、もつともさうおうし給へり。ざうりふのしだいなどこまかく申させ給ければ、てんわうおほきにえいかんありて、大師とふかくしだんのちぎりをむすび給て、ごぐわんじとさだめられにけり。みかどあまりにたうざんをしふしおぼしめして、おんことばのつまにも、「わがやま」とぞおほせありける。さればちかごろも山門を「わがやま」と申は、かのおんことばの末とかや。大師は、「わがたつそま」とものたまへり。えいりよにたぐへるが故に、「ひえいさん」ともなづく。又、「えいがく」ともいふなるべし。てうばうよそにすぐれて、しはうとほくはれたるが故に、
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「しめいさん」ともなづくとかや。又てんだいしゆうのてらなるが故に、「てんだいさん」ともなづけたり。たいていもろこしの天台山ににたりといへり。さても天台宗はなんがく、天台ともにりやうぜんのちやうじゆとして、しんだんにいでたまひて、仏法をひろめたまひしより、ししさうじようせり。しんだんこくにがんじんわじやうといひし人、げんぎ、もんぐ、しくわんのさんだいぶをもちてほんてうへわたりしに、きこんたへざりしかば、いしのむろにをさめてひろうせざりしを、伝教大師しよしゆうのけうさうをうかがひ給ふに、天台のほふもんにこころづきたまひければ、わがやまにるふし給て、諸宗のめいとくをくつして、かいかうのろんぎをだんぜられけるに、りくつなほきはまらずおもはれければ、おなじき廿三年四月におんとし三十八にしてにつたうす。まづかの
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せいしゆにそうして、天台のゆいせきをじゆんれいし給けるに、ひとつのほうざうあり。てんだいだいし、にふめつのあしたより今にいたるまで、かぎなくしてひらく人なし。だいしのきもんにいはく、「われめつごにとうごくよりしやうにんきたりて、このほうざうをばひらくべしと」うんうん。伝教大師是を聞給て、ふところよりかぎをとりいだし、「是は本朝にてがらんこんりふのためちをひきし時、つちの中よりほりいだしたりしを、やうあるべしとおもひて、昼夜にみをはなたずたもちたり。もしこのかぎやあひたる。こころみにあけてみむ」とのたまひて、くだんのかぎをさしあはせ給へば、あたかもふけいのごとくして、宝蔵ひらきにけり。せいしゆにこのよしをそうし申ければ、ぜんぜのしゆくえんあさからざることをえいかんありて、かのこざうにをさむるところのしやうざい、ことごとく大師に
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わたしたてまつりたまへり。すなはちだいし是をしやうらいし給て、わがやまにぞをさめられける。今のごきやうざうとまうすは是也。でんげうだいしじやうぎの道具、しやうあんだいしのわたし給へるしやうげうとう、皆かのきやうざうにをさまれり。このなかに「天台のいちのはこ」となづけて、いつしやうふぼんの人一人してみることにて、たやすくひらくざすまれなり。かのとたうの時、たうすいくわしやう、かうまんざすにあひてけうさうをでんぢし、じゆんげうあざりにこんたいりやうぶのひほふをでんじゆして、おなじき廿四年六月にきてうし給へり。けんみつのあうぎをきはめられしかば、いつてんぎやうそうししかいきぶくす。さんせんのちやうがうを制作して、せんしうのほうそをいのり、ろくきのたふばをろくしうにわかちすゑたてまつりて、ばんしゆんのあんねいをきせいし給ふ。
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さればにや、てんがをさまりてこくぐんゆたかなりき。次にじやうぎやうだうのあみだは、じかくだいしきてうの時、かいしやうにじげんして、光をはなち、声をあげて、いんじやうをとなへたまひしそんざうを、大師むかへたてまつり、あんぢし給へる、じねんゆじゆつの仏也。かの大師、よかはのすぎのほらにてみとせのあひだおこなひて、書写し給へるによほふきやう、わがてうのうせいむせいのかみたち、昼夜にけつばんして、守護したまふとかや。むどうじのほんぞんは、さうおうくわしやう、しやうじんのふどうををがみたてまつらんとちかひて、きたのかたへむかひてあこがれおはしける処に、もんじゆのけしんなるらうをうにをしへられて、かつらがはの第三のたきにいたりつつ、たんぜいのまことをいたし、きせいせられければ、しやうじんのふどうしゆつげんし給へり。くわしやうずいきの涙をながしつつ、「又と
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そつてんにいたりて、しやうじんのみろくをはいせさせ給へ」ときねんせられければ、御肩にのせつつ、ほどなくとそつのないゐんにのぼり給て、げんしんにみろくぼさつをはいしたてまつり給ける、しやうじんのふどうそんこれなり。このほか、だいごんのすいしやく、そのかずおほし。かうそうのぎやうとくあらたなるもおほかりき。かのゑりやうなづきをくだき、そんゑつるぎをふりしかうげん、たれびとか肩をならべんや。そうじてさいたふよかはのだいしせんとくのざうりふ、りしやうけちえんのほんぞん、かずをしらず。そのれいげんはんたなり。これみな、ぶつにちせうらんをへうじし、せいてうあんをんのきずいにあらずや。誠にてんがぶさうのりやうぜん、ちんごこくかのだうじやうなり。くわんむてんわうのちよくぐわんなれば、よよのけんわうせいしゆ、皆わがやまをあがめ給ひ、しよゐんしよだう、ちよくぐわんにあらずといふことなし。だうたふのぎやう
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ぼふ、いまにたえず。せいざうしひやくよくわい、くんじゆいくばくかつもるらむ。法はこれいちじようさんみつのめうほふ、ぶつぽふのげんていにあらずや。人はしくわんしやなのぎやう、ぼさつのだいかいをたもてり。なかんづく、ひよしさんわうしちしや、わうじやうしゆごのちんしやうとして、きもんのかたにあとをたれ給へり。このひよしのさんわうと申は、きんめいてんわうのおんとき、みわのみやうじんとあらはれて、やまとのくににぢゆうし給き。てんちてんわうのおんとき、大和国よりこのみぎりへうつりたまひて、たうざんのさうさうにさきだちたまふことひやくよさい、のちにいちじようゑんしゆうをひろめらるべき事をかんがみたまひけるにや、あるいはなんかいのおもてにごしきのなみたちけるが、「いつさいしゆじやうしつうぶつしやう」ととなへける。そのみのりの声をたづねてこのみぎりへはうつりおはしたりともまうしき。はじめはおほつのひがしのうらにげんじおはして、
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それよりにしのうらにうつらせたまひて、たなかのとこよがふねにめして、からさきのことの御たち、うしまろがもとへいらせ給にけり。牛丸、ただひとにあらずとおもひて、あらこもをしきてすゑたてまつりて、とこよにあはのごはんをまゐらせたりければ、とこよにたくし給けるは、「なんぢ、わがうぢひととなりて、まいねんしゆつしの時、あはのごはんをぐごにそなふべし」とぞのたまひける。今のおほつのじんにんは、かのとこよがばつえふ也。其時の儀式になぞらへて、うづきの御祭の時、必ずあはのみごくをたてまつるとかや。さてうしまろが船にのりたまへば、「いづちへわたらせおはしますやらむ」と、あやしみみたてまつるほどに、かのていぜんのたいぼくのこずゑにぞげんぜさせ給ける。牛丸、不思議のずいさうをはいして、きいのおもひをなす処に、「是より
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さいほくにしようちあり。なんぢ、わがうぢひととして、くさをむすびたらむをしるしにてほうでんをつくりたてまつるべし」と、しめし給へり。牛丸、「さてみなをばなにとかうしたてまつるべきぞ」と申ければ、「たてにさんてんをたて、よこにいつてんをひき、よこに三点をひきて、たてに一点をたつべし」とをしへ給へり。すなはち、さんわうといふもんじなり。牛丸、しんめいのをしへにまかせて、西北のかたへたづねゆきてみるに、ふうゆひ結べる所あり。是をしるしとしてほうでんをざうしんし、たいぼくのうへにあらはれたまひたりしおんかたちをうつしたてまつりて、いははれ給へり。今のおほみやとまうすはこれなり。しかしてよりこのかた、大小のじんぎ、ねんねんさいさいにあとをたれたまひて、かれもこれもけんぞくとなりたまへり。にのみやは、くるそんぶつの時より、しんめいとあらはれたまひにけり。はじめしゆぜんのきた、よかはの
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さいなんに、だいひえいといふ山の中におはしけるが、東南のふもとにいぢゆうし給けるに、今のおほみやきたり給ければ、そのところをさらせたまひて、じゆげんのにしのしきぢにいぢゆうし給へり。ぢしゆごんげんじふぜんじとまうすは、てんせうだいじんのみこなり。そうじてじちゐきのぢしゆにてぞわたらせ給ける。かのさんしやうはでんげうだいしにちぎりをむすびて、わがやまのぶつぽふおうごのちんじゆとして、がくとをはぐくみゑんしゆうをまもらんとちかひ給て、さんしやうともにしゆつけじゆかいせさせおはし、おなじくほふがうをさづけられ給へり。もろこしのてんだいさんの麓にもさんわうすいしやくしおはすといへり。でんげうは天台のけしんなれば、ごんじやのぎもあひたまひけるやらむと、たつとくぞおぼゆる。すみよしのみやうじんはぢしゆごだいのそんなり。はじめはあくじんとして、いつぴやくいちじふのじや、
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じんにともなひて、ぶつぽふをしんじたまはざりけるに、でんげうだいし、かのおんやしろにまうでて、にんわうぎやうをかうどくせられければ、「じやしんをあらため、ぶつぽふのだいだんなとなりて、ゑんどんのをしへをまもらん」とちかはせたまひて、おほみやにいぢゆうせさせ給へり。ひがしのちくりんこれなり。かのごたくせんにいはく、「てんぎやうねんぢゆうにきようどをちゆうせしには、われたいしやうとして、さんわうはふくしやうぐんなりき。かうへいのくわんぐんにはさんわうたいしやう、われ副将軍たりき。およそわがてうの大将として、いぞくをせいばつする事、既に七ヶ度なり。さんわうはとこしなへにいちじようのほふみにばうまんし給へるが故に、せいりきわれにすぐれ給へり」とぞ、しめし給ける。はちまんのわかみやも伝教大師にちぎりをむすび給て、わがしゆうをまもらんとておほみやにおはす。にしのちくりんこれなり。
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卅二 あんげん二年六月十二日にたかまつのにようゐんかくれさせたまひにけり。おんとし三十三。是はとばのゐんのだいろくのひめみや、にでうのゐんのきさきにておはしき。えいまんぐわんねんにおんとし二十二にてごしゆつけありき。おほかたの御心ざまわりなき人にて、をしみ奉けり。
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卅三 おなじき七月八日、けんしゆんもんゐんかくれさせたまひぬ。おんとし三十五。是はぞうさだいじんときのぶのおんむすめなり。ほふわうのにようごにて、たうだいのおぼぎなり。せんねんふれいの時、ごぐわんをはたさむとて、おんかちにてみくまのさんけいありけり。四十日にほんぐうへまゐりつかせたまひて、ごんげんほふらくのために、こいんじゆといふまひをまはせてましましけるに、にはかにおほあめふりけれども、舞をとどめず、ぬれぬれ舞ければ、せんじをかへす舞なれば、ごんげんめでさせたまひけるにや、たちまちにてんはれて、さまざまのれいずいども有けり。さておんげかう有て、いくほどをへずして、いんじはるのころよりごしんちゆうくるしくして、よのなかをあぢきなくおぼしめして、いんじ六月十日ゐんがうごじたいあり。こんてうに御出家、ゆふべに
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むじやうの道におもむきたまふ。いんうちのおんなげき、いづれもおろかならず。てんがりやうあんのせんじをくださる。そのごけうやうの為に、殺生禁断(せつしやうきんだん)といふ事をおこなはれける。をりふし、はうきのそうづげんそん、あふみのくにおほしかのしやうをめされてなげきけるが、おんなげきやうやくごをすぎて、ひとびとおんめさまし申ける時、げんそんたちて、「殺生禁断(せつしやうきんだん)とは」といふまひをいたす事、三度ありき。ゐんのおんまへちかく参て、「おほじかはとられぬ」と申てはしりいりぬ。院えつぼにいらせましまして、かのおほしかのしやうをかへしたまはりにけり。
卅四 おなじき廿七日、ろくでうのゐんほうぎよなる。おんとし十三。こにでうのゐんのおんちやくしぞかし。おんとしごさいにてだいじやうてんわうのそんがうありしかども、
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いまだごげんぷくもなくてほうぎよなりぬるこそあはれなれ。かやうにうちつづきてんがになげきのみおほく、人の心のさだまらざる事は、ひとへに平家の一門のみさかえて、いつてんしかいをたなごころににぎりて、せんれいにたがへるまつりごとをまうしおこなへる故とぞ、ないないは申あひける。
卅五 すいこてんわうのぎよう、しやうとくたいしじふしちかでうのけんぽふをつくりたまひて、よのふでうなる事をあらはしたまひしかども、おほかたのきんばかりにて、たうだいのおんわづらひにあらざりき。もんどくてんわうのぎよう、ふひとのおとどりつり
やうをえらびたまひき。おのおのじつくわんのしよをつくりてましまししかども、是をさしおきてひがまれしかばおこなはれざりき。そののちひやくよねんをへて、じゆんわのみかどのぎようにこそよみだれすぐならざりしかば、はふれいをさきとしてよを
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をさめたまひてしひやくよさい、それよりこのかた、よはひをおくりておとろへ、人は時々にしたがひてひがめり。へいぢのげきらんの時までは、げんぺいりやうじ、かたをならべて、たがひにてうてきをしづめられき。このりやうじ、わうくわにしたがひ奉るかとみえし程に、平治いご、源氏ほろびて、平家おごりておそるるかたなし。大政入道、てんがのまつりごとをしゆぎやうして、ひぎひれいをおもんじしかば、いかでかしんりよのめぐみしかるべき。せいむをとりおこなはむひは、わがこころふでうにしてはあるべからず。かみしづまりてしもみだれぬといへり。みただしくしてかげかがむ事なしとこそまうすめれ。されば、「人のわづらひをいたすべからず」とぞ人申ける。
卅六 ぢしようぐわんねんひのとのとり四月十四日、おんまつりにて有べかりけるを、だいしゆうちとどめて、おなじき十三日たつのこくに、しゆとひよししちしやのみこし、おなじくはちわうじ、
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まらうと、じふぜんじとうのさんじや、やまいつしやのしんよをぢんとうへふりくだしたり。もろたかをるざいせらるべきよしうつたへまうさんとて、にしざかもと、さがりまつ、きれづつみ、かものかはら、ただす、むめただ、とうぼくゐん、ほふじやうじのへん、じんにん、みやじじゆうまんして、声をあげてをめきさけぶ。きやうしらかはのきせんじやうげあつまりきたりて、これをはいしたてまつる。それにつきて、ぎをんに一社、きやうごくに二社、きたのに二社、つがふ十一社のしんよをぢんとうへふりたてまつる。そのときのくわうきよはさとだいり、かんゐんどのにて有けるに、既にしんよをにでうからすまるむろまちのへんにちかづきおはす。そのときへいじのたいしやうはこまつのないだいじんしげもりこう、にはかのことなりければ、なほしにあこめさしはさみて、こがねづくりのたちはきて、れんぜんあしげの馬のふとくたくましきに、き
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ぷくりんのくらおきてぞのられける。いがいせりやうごくのわかたうども三千余騎あひぐせられたり。ひがしおもてのさゑもんのぢんをかためたり。源氏のたいしやう、ひやうごのかみよりまさは、けつもんじやのかりぎぬに紫のさしぬきしやうくくりて、ひをどしのよろひに、きりふのやにしげどうの弓のまなかとりて、二尺九寸のいかものづくりのたちはきて、えぼしのへりひききりて、おしいれてきるままに、かげなる馬にしろぷくりんのくらおきてのりたりけり。つづくのげんだ、さづく、はぶく、きをふ、となふをはじめとして、いちにんたうぜんのはやりをのわかたう三百余人あひぐして、北の陣をかためたり。しんよかのもんよりいりたまふべきよしきこえければ、頼政馬よりおりてかぶとをぬぐ。たいしやうぐんかくすれば、いへのこらうどうも又かくのごとし。
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大衆是をみて、やうあらむとて、しばらくしんよをかきとどめたてまつる。頼政がらうどう、わたなべのきほふのたきぐちをめして、大衆の中へ使者にたつ。きほふはしやうねん三十四、たけ七尺ばかりなる男のしろくきよげなるが、かちんのよろひひたたれに、こざくらをきにかへしたるおほあらめのよろひの、すそかなものうちたるに、へうのかはのしりざやのたちはきて、くろつばのそやのつのはずいれたるにじふしさしたる、かしらだかにおひなして、ぬりごめどうの弓のにぎりぶとなるに、おほなぎなた、かちはしりにもたせて、ゆんでのわきにあひぐしたり。かげなる馬のふとくたくましきに、くろぐらおきてぞのりたりける。しんよちかづかせ給ければ、馬よりとびおりて、かぶとをぬぎ左肩にかけ、
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弓とりなほし、みこしの前にひざまづきて申けるは、「この北の陣をばみなもとのひやうごのかみよりまさのかためてさうらふが、だいしゆのおんなかへ申せとさうらふは、『昔はげんぺいりやうかさうにならびてすこしもしようれつさうらはざりしが、源氏にをいてはほうげんへいぢのころより皆たえうせて、たいりやくなきがごとし。ろくそんわうのばつえふとては頼政ばかりこそ候へ。さんわうのみこしぢんとうへいらせおはしさうらふべき由、そのきこえさうらふあひだ、くげことにさわぎおどろきおはして、源平のぐんびやうしはうをかたむべきよし、せんじをくだされさうらふ。わうどにはらまれながら、ちよくめいをたいかんせむもそのおそれさうらひて、なましひにこのもんをかためてさうらふ。またこんどさんもんのごそしよう、りうんのでう、もちろんに候。ごせいだんちちこそ、よそにてもゐこんに候へ。そのうへ、頼政
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もとよりしんめいにかうべをかたぶけたてまつりたるみにて候へば、わざとこのもんよりこそいれ奉るべうさうらふあひだ、もんをこそあけて候へ。ただしじこんいごにおいては、ながく弓矢のみちこそはなれはてさうらはんずれ。しんゐにおそれたてまつりてみこしをいれ奉り候はば、りんげんをかろんずるとがあり。せんじをおもんじてしんよをふせきたてまつらば、みやうのせうらんはかりがたし。しんだいここにきはまれり。かつうはまたこまつの内大臣いげのくわんびやう、おほぜいにてかためて候もんもんをばやぶりたまはで、頼政わづかなるぶせいの所をごらんじていらせおはしぬる物ならば、山の大衆はめだりいんぢをしけりなど、人の申候はん事も、山のおんなをれにてや候はんずらむ。かつうはことにおどろおどろしくてんちやうをおどろかし奉んとおぼしめ、
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され候はば、ひがしおもてのさゑもんの陣はこまつの内大臣三千余騎にてかためて候。たせいのもんをうちやぶりていらせおはしさうらはば、いよいよしんゐの程もあらはれて、大衆のおんゐもいまひときみにてさうらひぬべければ、しんよをばさゑもんの陣へまはしいれたてまつらるべうもや候らむ。しよせんかく申候はん上をなほやぶりたまはばちからおよばずさうらふ。こうたいのなをしく候へば、いのちをばさんわうだいしに奉り、かばねをばしんよの前にてさらしし候べしと申せ』と候。御使はわたなべたうに、みだのげんしちつながばつえふ、きほふのたきぐちと申者にて候」とて、いむけのそでひきつくろひて、かしこまりてぞ候ける。大衆是をききて、「なんでふべちのしさいにやおよぶべき。只やぶれ」といふ者もあり。又
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しばらくせんぎせられよや」といふ者もあり。そのなかに、さいたふのほふしにつのりつしやがううんと申ける、さんたふいちのいひぐち、だいあくそうなりけるが、もえぎのいとをどしのはらまき、ころものしたにき、たちわきにはさみ、すすみいでて申けるは、「今頼政がでうでうまうしたつるところ、そのいはれなきにあらず。しんよをさきだてたてまつりて、しゆとそしようせらるるならば、ぜんあくおほてをうちやぶりてこそ、こうたいのなもいみじからめ。かつうはまた頼政はろくそんわうよりこのかた、ゆみやのげいにたづさはりて、いまだそのふかくをきかず。ぶげいにおいては、たうしよくたるものをいかがはせむ。しかのみならず、ふうげつのたつしや、わかんのさいじんにて、よにきこゆるめいじんぞかし。ひととせこゐんのおんとき、とばどのにてなかのとののごくわいに、『みやまのはな』といふだいをれんちゆうより
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いだされたりけるを、たうざの事にて有ければ、さちゆうじやうありふさなどきこえしかじんもよみわづらひたりしを、頼政めしぬかれて、すなはちつかまつりたり。みやまぎのそのこずゑともわかざりしにさくらははなにあらはれにけりとよみて、えいかんにあづかりしぞかし。ゆみやとりてもならぶ方なし。かだうのかたにもやさしきをのこにて、さんわうにかうべをかたぶけまゐらせたる者のかためたるもんよりは、いかでかなさけなくやぶりていれたてまつるべき。頼政がまうしうくるむねにまかせて、ひがしおもてのさゑもんのぢんへしんよをかきなほしまゐらせよや」といひければ、「もつとももつとも」と一同して、さゑもんの陣へかきたてまつる。ごじんぼうあさひにかかやきて、日月のひかりちにおちたまへ
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るかとうたがはる。やがてしんよをすすめたてまつりて、さゑもんの陣へぞおしいりける。かんゐんどのへしんよをふりたてまつること、これはじめなり。ぐんびやう、馬のくつばみをならべて、だいしゆしんよをさきとしておしいらむとする間、心よりほかのらうぜきいできたりて、武士のはなつや、じふぜんじのみこしにたつ。じんにん一人、みやじ一人、やにあたりてしぬ。そのほかきずをかうぶる者おほし。かかる間、だいしゆじんにんのをめきさけぶ声、ぼんでんまでもおよぶらむと、をびたたしくぞきこえける。きせんじやうげことごとくみのけいよだつ。大衆しんよをぢんとうにすておきたてまつりて、なくなくほんざんへかへりのぼりにけり。
卅七 かのがううん、訴訟ありてごしらかはのゐんへ参たりけるに、をりふし法皇なんでんにしゆつぎよあり。あるてんじやうびとをもつて、「なにものぞ」とおんたづねあ
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りけるに、「さんぞうつのりつしやがううんと申者にて候」とそうす。「さては山門にきこゆるせんぎしやごさむなれ。おのれがさんもんのかうだうのにはにてせんぎすらむやうに只今申せ。訴訟あらばただちにごせいだんあるべき」よし、おほせくださる。がううんかうべをちにかたぶけて、「山門のせんぎとまうしさうらふは、ことなる事にて候。まづわうのまひをまひさうらふには、おもてがたのしたにてはなをしかむる事の候なるぢやうに、さんたふのせんぎのやうは、だいかうだうのにはに三千人のだいしゆくわいがふして、やぶれたるけさにてかしらをつつみて、にふだうづゑとて、にさんじやくばかりさうらふつゑをめんめんにつきて、みちしばのつゆうちはらひて、ちひさきいしをひとつづつもちさうらひて、そのいしにこしをかけゐならびて候へば、どうじゆくなれどもたがひにみしら
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ぬやうにて候。『まんざんのだいしゆたちめぐられ候へや』とて、訴訟のおもむきをせんぎつかまつりさうらふに、しかるべきをば『もつとももつとも』とどうじ候。しかるべからざるをば『いはれなし』と申候。わがやまのさだまれるほふに候。ちよくぢやうにて候へばとて、ひたかしらにてはいかでかせんぎつかまつりさうらふべき」と申たりければ、法皇きようにいらせおはして、「さらばとくいでたちて参てせんぎつかまつれ」とおほせくださる。がううんちよくぢやうをかうぶりて、どうじゆくじふよにんにかしら
つつませて、しもべのものどもにはひたたれこばかまなどをもつてぞ、かしらをばつつませける。いじやうじふにさんにんばかりひきぐして、御前のあめうちのいしにしりかけて、がううんおのれが訴訟のおもむき、事のはじめよりひととき申たりければ、どうじゆくどもかねてぎしたる
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事なれば、いちどうに「もつとももつとも」とまうしたり。法皇きようにいらせおはして、ごちよくさいたうざにかうぶりたりしがううんとぞきこえし。くらんどのさせうべん、おほせをうけたまはりて、せんれいをではのかみもろなほにたづねらる。「ほうあんしねんみづのとのう七月しんよじゆらくの時は、ざすにおほせてしんよをほんざんへおくりたてまつらる。またほうえんしねんつちのえのむまごじゆらくの時は、ぎをんのべつたうにおほせて、しんよをぎをんのやしろへおくりたてまつる」とかんがへまうしければ、てんじやうにてにはかにくぎやうせんぎありて、「今度はほうえんのれいたるべし」とて、しんよをぎをんのやしろへわたしたてまつるべきよし、しよきやういちどうにまうされければ、ひつじのこくにおよびてかのやしろのべつたう、ごんのだいそうづちようけんをめし、しんよをむかへたてまつるべきよし、おほせくださる。ちようけんまうされけるは、「てんがぶ
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さうのすいしやく、ちんごゑんしゆうのれいしんなり。はくちうにぢんくわいのなかにけたてまゐらせて、たうしやへいれたてまつること、しやうじやうせせくちをしかるべし。わうぼふはこれぶつぽふのかごをもつてこくどをたもち給ふにあらずや。さればむかしにんみやうてんわうのぎよう、こうにんくねん、しよこくききんし、えきれいちまたにおこりて、しにんだうろにみつ。そのときのみかどたみをはぐくみ給ふおんこころざしふかくして、しよじしよさんにおほせて、是をいのらせ給けれども、さらにそのしるしなし。みかどいよいよなげきおぼしめして、えいさんの衆徒におほせて、是をいのるべきよしせんげせらる。さんたふくわいがふして、『このおんいのりいかがあるべかるらむ。昔よりあめをいのりひをいのる事はありしかども、ききんえきれい、たちどころにいのりとどまるれい、いまだうけたまはりおよばず。さればとてじしまうさば、わう
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めいをそむくににたり。しんだいここにきはまれり』といふしゆともあり。又、『仏法のゐげんおろそかならず。ききんなりとも、などかわがやまのいわうさんわうのおんちからにてしりぞきたまはざるべきなれば、ごこくりみんのはうぽふ、きようがいせうぢよのきたうには、にんわうぎやうにすぐべからず』とて、三千人の衆徒、いくどうおんにたんぜいをいたして、こんぽんちゆうだう、だいかうだう、もんじゆろうにして、七ヶ日の間、十四万七千よざのにんわうぎやうをかうどくしたてまつる。くやうはぢしゆじふぜんじのしやだんにてとげられにけり。ころはうづきなかばの事にや、ききんをんびやうにせめられて、おやしぬる者はこなげきにしづみ、こにおくれたるはおやけがれけるによつて、いがきにのぞむ人もなし。ここをもつて、だうしせつぽふのはてがたに、『うづきは
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すいしやくのえんぐわつなれども、へいはくをささぐる人もなし。八日はやくしのえんにちなれども、なむととなふるこゑもせず。あけのたまがきかむさびて、ひくしめなはのあともなし』と申たりければ、衆徒あはれをもよほしつつ、一度にかんるいをながして、ころものそでをぞぬらしける。そのよみかどのごむさうに、『ひえいさんよりてんどうににんきやうへくだりて、あをきおにとあかきおにとのおほくありけるを、びやくほつにてうちはらひければ、きじんどもみなみをさしてとびゆきぬ』とごらんじて、『ほんざんのきせいすでにかんおうして、びやうなんもなほりぬ』とおぼしめす。れいずい有ければ、みかど御夢のしだいをおんじひつにあそばして、ぎよかんのゐんぜんをしゆとの中へくだされたりけるとぞうけたまはる。すなはちこくどをだやかにし
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て、たみのけぶりもにぎはひて、あさなゆふなのけぶりたえせざりければ、みかどふるきうたをつねにえいぜさせたまひけるとかや。たかきやにのぼりてみればけぶりたつたみのかまどはにぎはひにけりかかるめでたくやむごとなきおんがみを、はくちうにざふにんにまじへたてまつりてうごかしたてまつらんこと、こころうかるべし」とまうして、ひすでにくれ、へいしよくにおよびて、たうしやのじんにんみやじまゐりて、みこしをぎをんのやしろへいれたてまつる。およそしんよじゆらくのこと、そのれいをかんがふるに、えいきうぐわんねんよりこのかたすでに六かど也。武士をめしてふせかるることもたびたびなり。しかれどもまさしくしんよをいたてまつること、せんれいなし。今度じふぜんじのみこしにやをいたつること、あさましといふもおろかなり。「人をうらむるかみをうらむれば、くににさいがいおこる」といへり。「只
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てんがのだいじいできなむ」とこそおそれあひけれ。
卅八 十四日に大衆かさねてくだるべきよしきこえければ、よなかにしゆしやうえうよにめして、ほふぢゆうじどのへぎやうがうなる。ないだいじんしげもりいげ、ぐぶのひとびとひじやうのけいごにて、なほしにやおひてぐぶせらる。させうしやうまさかた、けつてきそくたいをき、ひらやなぐひおひてぐぶせらる。内大臣のずいひやうぜんごにうちかこみて、ちゆうぐうは御車にてぎやうけいあり。きんちゆうのじやうげあわてさわぎ、きやうぢゆうのきせんはしりまどへり。くわんぱくいげ、だいじんしよきやう、てんじやうのじしん、みなはせまゐりけり。「さいほうちちの上、しんよにやたち、じんにんみやじやにあたりてしす。衆徒おほくきずをかうぶる上は、今は山門のめつばう、このときなり」とて、おほみやにのみやいげのしちしや、かうだう、ちゆうだう、しよだう、
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いちうものこさずやきはらひて、さんやにまじはるべきよし、三千人いちどうにせんぎすときこえければ、さんもんのじやうかうをめして、しゆとのまうすところごせいばいあるべきよし、おほせくださる。十五日、そうがうらちよくせんをうけたまはりて、しさいを衆徒にあひふれんとてとうざんするところに、しゆとらなほいきどほりをなしておひかへす。そうがうらいろをうしなひてにげくだる。
卅九 院より、「衆徒をなだめられむがために、大衆のうつそをたつすべきよし、ちよくしとして、とうざんすべしと」、おほせくだされけれども、くぎやうの中にもてんじやうびとの中にも、「われしやうけいにたたん」とまうすひとなし。皆じしまうしけるあひだ、へいだいなごんときただ、そのときはさゑもんのかみにてをはしけるを、とうざんすべきよし、おほせくだされければ、ときただしんぢゆうには、「えきなきことかな」とおもはれけれども、「きみの
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おほせそむきがたきうへ、おほくの人の中におぼしめしいりておほせくださるること、めんぼく」とぞんじて、ことにきらめきていでたちたまへり。さぶらひ一人、花ををりてしやうぞくす。ざつしき四人、たうじきにてよろづきよげにてとうざんして、だいかうだうのにはにたたれたり。さんたふの大衆、はちのごとくおこりあひて、ゐんゐんたにだによりおめきさけびてくんじゆするありさま、おびたたしなどはなのめならず。ときただのきやう、いろをうしなひたましひをけして、うちあきれてたたれたりけるに、しゆとら時忠をみて、いよいよいきどほりて、「なにゆゑに時忠とうざんすべきぞや。かへすがへすきくわいなり。既にさんわうだいしのおんかたきなり。すみやかにだいしゆのなかへひきいれて、しやかぶりをうちおとし、あしてをひつぱり、もとどりきりて、みづうみにさかさまにはめよ」と、こゑごゑにののしりけるを
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ききて、ともにありつるさぶらひもざつしきも、いづちかゆきぬらむ、皆にげうせぬ。時忠あやふくおもはれけれども、もとよりさるひとにて、みだれの中のめんぼくとやおもはれけむ、さわがぬていにてのたまひけるは、「しゆとのまうさるるところ、もつともそのいはれあり。ただしひとをそんずるは君のおんなげきたるべき。ひれいをうつたへまうさるるあひだ、ごさいきよちちする事はこくかのほふなり。されども今ごせいばいあるべきよし、おほせくださるるうへは、衆徒あながちにいきどほりをなされんや」とて、ふところよりこすずりをとりいだして、しよしをめしよせてみづをいれさせ、たたうがみをおしひらきて、いつくをかきて、だいしゆのなかへなげいだされたり。そのことばにいはく、「しゆとのらんあくをいたすは、まえんのしよぎやうか。めいわうのせいしをくはふるは、ぜんぜいのかごなり」とぞかかれたりける。
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しよしこのいつぴつをささげて、さしもどどめく大衆のまへごとにひろうす。ある大衆是をみて、「おもしろくもかかれたるいつぴつかな」とて、はらはらとぞなきける。大衆めんめんに、「げんにおもしろくかきたり」とかんじあひて、時忠をひつぱるにおよばず、しずまりにけり。大衆しづまりてのち、山門の訴訟たつすべきよしのせんじをぞひろうせられける。そのときこそ共なりつるものどもも、事がらよげにみえければ、ここかしこよりいできたりて、しゆうをもてなし奉けれ。時忠いつしいつくをもつて、さんたふさんぜんの衆徒のいきどほりをやすめ、ここうをのがれけるこそありがたけれ。さんじやうらくちゆうの人々、かんじあへる事かぎりなし。「山門の衆徒ははつかうのかまびすしきばかりかとこそぞんじつれ。ことわりをもしりたりけるにこそ。いかでかごせいばい
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なかるべき」など、おのおのまうしあひけり。さてときただのきやう、院のごしよへまゐられたりければ、「さても衆徒のしよぎやうはいかに」と、とりあへずおんたづねありけり。時忠、「おほかたともかくもまうすにおよばずさうらふ。たださんわうだいしのたすけさせ給たるとばかりぞんじて、はふはふにげくだりて候。いそぎごさいほうあるべくさうらふ」とそうもんせられければ、このうへは法皇ちからおよばせ給はずして、廿日、かがのかみふぢはらのもろたかげくわんして、をはりのくにへはいるせらるべきよし、せんげせらる。そのじやうにいはく、じゆごゐのじやうかがのかみふぢはらのあつそんもろたか、くわんをときくらゐををはりのくににおふこと。しきじのかみうちゆうべんけんさひやうゑのかみみつよしのあつそんおほす。しやうけいべつたうただまさおほす。うせうべんふぢはらのみつまさ、さだいしをつきのすみもとにおほせて
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くわんぶをつくらしむ。さんぎたひらのよりさだのきやう、せうなごんふぢはらのまさもとら、おんまつりごとごいんくわんぷ。またおほせていはく、けんびゐしうゑもんのさくわんなかはらのしげなり、はやくはいしよへおひつかはすべしてへれば、こんげつじふさんにち、えいさんのしゆと、ひよしのやしろへんしよをささげ、ちよくせいをかろんぜしめ、ぢんちゆうにみだれいらしむるによつて、けいごのともがら、きようたうをあひふせきしあひだ、そのやあやまりてしんよにあたること、はからずといへども、なんぞそのとがをおこなはざる。よろしくけんびゐしにおほせて、たひらのとしいへ、おなじくいへかぬ、ふぢはらのみちひさ、おなじくなりなほ、おなじくみつかげ、たつかひとしゆきらをめして、きんごくせしめたまはるべきものなり。かがのかみもろたかるざい、ならびにしんよをいたてまつるくわんびやうどもろくにんきんごくのこと、こんにちすでに
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せんげしをはんぬ。くだんのあひだのことにつうこれをつかはす。このむねをもつて、さんじやうにひろうせしめたまふべきよし、さうらふところなり。きようきようきんげん。四月廿日 ごんのちゆうなごんふぢはらのみつよししつたうのほふげんごばうへとぞかかれたりける。おつてがきにいはく、きんごくのくわんびやうらがけふみやう、さんじやうにさだめてふしんせしむるか。よつてないないくはしくしりつきのけふみやうをあひたづね、いつつうあひそへられさうらふところなり。きんごくにんら、たひらのとしいへあざなはへいじ、これはさつまのにふだういへすゑがまご、なかづかさのじよういへすけがこ。おなじくいへかぬあざなはへいご、こちくぜんのにふだういへさだがまご、へいないたらういへ
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つぐがこ。ふぢはらのみちひさあざなはかとうだ、おなじくなりなほあざなはさうじふらう、うまのじようなりたかがこ。おなじくみつかげあざなはしんじらう、さきのさゑもんのじようただきよがこ。たつかひとしゆき、なんばのごらうとうなり。かやうにこそはしるされけれ。もくだいもろつねをばびぜんのこくふへながされにけり。
四十 廿八日ゐのときばかりに、ひぐちのとみのこうぢよりひいできたる。をりふしたつみのかぜはげしくふきて、きやうぢゆうおほくやけにけり。つひにはだいりにふきつけて、しゆしやくもんよりはじめて、おうでんもん、くわいしやうもん、だいこくでん、ぶらくゐん、しよしはつしやう、だいがくれう、しんごんゐん、くわんがくゐん、こくさうゐん、ふゆつぎの
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おとどのかんゐんどの、これたかのみこのをののみや、くわんしようじやうのこうばいどの、むめどの、ももどの、よしあきらのおとどのたかまつどの、ぐへいしんわうのあきをこのみしちくさどの、さんだいのみかどのたんじやうし給しきやうごくどの、ちゆうじんこうのそめどの、せいわのゐんの、ていじんこうのこいちでうのゐん、やまぶきさきしこにでうのゐん、せうぜんこうのほりかはどの、かやのごてん、かうやうゐん、くわんぺいのほふわうのていじのゐん、えいらいのさんゐのやまのゐどの、しうんたちしきんたふの大納言のしでうのみや、しんぜんゑんのとうさんでう、おにどの、まつどの、はとのゐどの、たちばなのいつせい、ごでうのきさきのとうごでう、とほるのおとどのかはらのゐん、かやうのめいしよ三十
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よかしよ、くぎやうのいへだにも十六かしよ、やけにけり。ましててんじやうびと、しよだいぶのいへはかずをしらず、ちをはらひてやけにけり。ひぐちとみのこうぢよりすぢかへにいぬゐのかたをさして、くるまのわばかりなるほむらとびゆきければ、おそろしといふもおろかなり。これただことにあらず。ひとへにえいさんより、さるおほくまつにひをつけて、きやうぢゆうをやくとぞ、人のゆめにみえたりける。だいこくでんはせいわてんわうのおんとき、ぢやうぐわん十八年四月九日はじめてやけたりければ、おなじき十九年正月九日、やうぜいのゐんのおんくらゐはぶらくゐんにてぞありける。
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ぐわんきやう元年四月廿一日ことはじめありて、同三年十月八日にぞざうひつせられける。ごれんぜいのゐんのぎよう、てんき五年四月廿一日に又やけにけり。ぢりやくしねん八月二日ことはじめありて、どうねん十月十日むねあげありけれども、ざうひつせられずして、ごれんぜいのゐんはかくれさせたまひぬ。ごさんでうのゐんのぎよう、えんきう四年十月十日つくりいだして、ぎやうがうありつつえんくわいおこなはる。ぶんじんしをけんじ、がくにんがくをそうす。このだいりはしゐのせうなごんにふだうしんせいちよくせんをうけたまはり、くにのつひえもなくたみのわづらひもなくして、いちりやうねんの
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間にざうひつして、ぎやうがうなしたてまつりしだいり也。今はよの末になりて、くにのちからおとろへて、又つくりいださむ事もかたくやあらんずらむと、なげきあへり。
平家物語第一本
延慶本平家物語 ひらがな(一部漢字)版
平家物語 二(第一末)
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一 てんだいざすめいうんそうじやうくじやうをとどめらるること
二 しちのみやてんだいざすにふしたまふこと
三 めいうんそうじやうるざいにさだまる事
四 明雲僧正いづのくにへながさるること
五 さんもんのだいしゆざすをとりかへしたてまつること
六 いちぎやうあじやりるざいのこと
七 ただのくらんどゆきつなちゆうげんの事
八 だいじやうにふだうぐんびやうもよほしあつめらるること
九 大政入道ゐんのごしよへつかひをまゐらする事
十 しんだいなごんめしとること
十一 さいくわうほふしをからめとること
十二 新大納言をいため奉る事
十三 しげもりだいなごんのしざいをまうしなだめたまふこと
十四 なりちかのきやうのきたのかたのたちしのびたまふこと
十五 なりちかのきやうしりよなきこと
十六 たんばのせうしやうなりつねにしはつでうへめさるること
十七 へいざいしやうたんばのせうしやうをまうしうけたまふこと
十八 しげもりちちにけうくんのこと
十九 重盛ぐんびやうをあつめらるることつけたりしうのいうわうのこと
廿 さいくわうくびきらるること
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廿一 成親るざいのこと付鳥羽殿にて御遊事成親備前国へつく事
廿二 むほんの人々めしきんぜらるること
廿三 もろたかをはりのくににてちゆうせらるること
廿四 たんばの少将ふくはらへめしくださるること
廿五 かるのだいじんのこと
廿六 しきぶのたいふまさつなのこと
廿七 成親卿しゆつけのこと付かの北方備前へ使を被遣事
廿八 なりつねやすよりしゆんくわんらいわうのしまへながさるること
廿九 康頼いわうのしまにくまのをいはひたてまつること
卅 康頼ほんぐうにてさいもんよむこと
卅一 康頼がうた都へつたはる事
卅二 かんわうのつかひにそぶをここくへつかはさるること
卅三 もとやすがせいすいじにこもること付康頼が夢の事
卅四 成親卿うしなはれたまふこと
卅五 成親卿のきたのかたきんだちらしゆつけのこと
卅六 さぬきのゐんのおんこと
卅七 さいぎやうさぬきのゐんのむしよにまうづる事
卅八 うぢのあくさふぞうくわんとうの事
卅九 さんでうのゐんのおんこと
四十 けいせいとうばうにいづる事
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平家物語第一末
一 五月いつかのひ、てんだいざすめいうんそうじやう、くじやうをとどめらる。くらんどをつかはしてによいりんのごほんぞんをめしかへし、ごぢそうをかいえきせらる。すなはちちやうのつかひをつけて、こんどしんよをささげたてまつりてぢんとうへまゐりたるだいしゆのちやうぼんをめさる。かがのくににざすのごばうりやうあり。もろたかこれをちやうはいのあひだ、そのしゆくいによつてもんとの大衆をかたらひて、そしようをいだす。すでにてうかのおんだいじにおよぶよし、さいくわうほふしふしざんそうのあひだ、ほふわうおほきにげきりんあつて、ことにぢゆうくわにおこなふべきよしおぼしめしけり。めいうんはかやうに法皇のごきしよくあしかりければ、いんやくをかへし奉りて、
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ざすをじしまうされけり。
(二) 十一日、しちのみや、天台ざすにならせ給。とばのゐんのだいしちのみや、こしやうれんゐんのだいそうじやう、かうげんのおんでしなり。
(三) 十二日、さきのざすしよしよくをとどめらるるうへ、けんびゐしににんをつけてすいくわのせめにおよぶ。このことによりて、大衆又そうじやうをささげていきどほりまうす。なほさんらくすべきよしきこえければ、だいりならびにほふぢゆうじどのにぐんびやうをめしあつめらる。きやうぢゆうのきせんさわぎあへり。大臣、くぎやうはせまゐる。廿日、さきのざすざいくわのことせんぎあるべしとて、大政大臣いげ、くぎやう十三人さんだいしてぢんのざにつきてさだめまうさる。はつでうのちゆうなごんながかたのきやう、そのときはうだいべんのさいしやうにておわしけるが、まうされ
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けるは、「ほつけのかんがへまうすにまかせて、しざいいつとうをげんじて、をんるせらるべしといへども、めいうんそうじやうはけんみつけんがくしてじやうぎやうぢりつなり。かいしゆひかりあきらかにして、いつてんのしたにかかやき、ぢやうすいながれふかくして、しかいのうへにすめり。さんみつのけうぼふみなもとをきはめて、はるかにけいくわはふせんのこふうをあふぎ、ごびやうのちすいそこをはらひて、とほくふくうむゐのせいりうをくむ。ちゑかうきにしていつさんのくわんじゆたり、とくぎやうぶさうにしてさんぜんのくわしやうたり。そのうへめいわうせいしゆにはいちじようほつけのしはんたり。だいじやうほふわうにはゑんとんじゆかいのくわしやうたり。ごきやうごかいのしぢゆうくわにおこなはるること、みやうのせうらんはかりがたし。げんぞくをんるのぎをいうせられば、てんがたいへんのもとゐたるべきか」と、はばかるところなくまうされければ、だいじやうだいじんもろながこうよりはじめて、じふさん
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にんのくぎやうおのおの、「ながかたさだめまうさるるぎにどうず」とまうされけれども、法皇のおんいきどほりふかかりければ、なほるざいにさだまりにけり。大政入道もこの事まうしとどめむとてまゐられたりけれども、おんかぜのけとおほせられて、ごぜんへもめされざりければ、いきどほりふかくしていでられにけり。
(四) 廿一日、さきのざすめいうんそうじやうをば、そうのるざいせらるるれいとて、とえんをめしかへされて、だいなごんんのたいふふぢゐのまつえだといふぞくみやうをつけて、いづのくにへながさるべきよし、せんげせらる。皆人かたぶけまうしけれども、さいくわうほふしがむしつのざんそうによりて、かくおこなはれけり。そのときいかなる者かよみたりけん、ふだにかきてたてたりけり。
まつえだはみなさかもぎにきりはててやまにはざすにすべきものなし K014
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(五) しゆと是をききて、西光法師ふしがみやうじをかきつつ、こんぽんちゆうだうにおはしますじふにじんのとらがみにあたり給へる、こんぴらだいしやうのおんあしのしたにふませ奉て、「じふにじんじやう、しちせんやしや、じこくをめぐらさず、さいくわうもろたかふしがひとつのたましひをめしとりたまへ」と、しゆそしけるこそ、きくもおそろしけれ。」こよひ都をいだしたてまつれ」と、院宣きびしくて、おひたてのけんびゐし、しらかはのごばうに参て、そのよしを申ければ、廿三日、しらかはのごばうをいでさせ給て、いづのくにのはいしよへおもむき給ふおんありさまこそかなしけれ。きのふまでは三千人のくわんじゆとあふがれて、よはうごしにこそのりたまひつるに、あやしげなるてんまに、ゆひぐらといふ物をおきてのせ奉る。いつくしげ
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なる御手に、みなずいしやうのごねんじゆをもち給へるを、なはたづなにとりぐしてまへわにうつぶしいれて、みなれたまひしおんでし一人もつきたてまつらず、もんとの大衆もみおくり奉らず。くわんにんどものさきにおひたてられて、せきよりひがしにおもむき給ふ御心の内、ちゆううのたびとぞおぼしめしける。夢に夢みるここちして、ながるる涙におんめくれ、ゆくさきもみへ給はず。是をみたてまつるじやうげのしよにん、涙をながさぬはなかりけり。ひも既にくれにければ、あはたぐちのへん、いつさいきやうのべつしよといふところに、しばしやすらひ給ふ。よをまちあかして、つぎのひのむまのときばかりに、あはづのこくぶんじのだうにたちいりて、しばらくやすみ給ふ。これによつてまんざんのだいしゆ、一人ものこりとどまらずひがしざかもとへくだりつつ、じふぜんじの
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おんまへにしゆゑしてせんぎしけるは、「そもそもわがやまは、ぶつにちせうりんのち、ほつすいかうりうのみぎりなり。ゆゑにきうがくのかうさい、くびすをつぎて、てんだいさんぐわんのつきをもてあそび、こうしんのしやうそ、りんめうをなして、しけうごんじつのたまをみがく。ぐわつしくもはるかにして、じゆれいのしていをさいてんのむかしにへだつといへどもじちゐきひかりあきらかにして、まつたくがわうのだいほふをとうぜんのいまにえたり。りやうぜんのはつまんかたちをかへて、さんぜんよにんのがくとにのつとり、ぢじゆうのじふかい、すがたをやつしてとうざいりようごんのぶんくわんをささぐ。ぶつにちひかりをやはらげて、しめいのみねにいちじようののりをひろめ、かくげつちりにおなじくして、たいれいのふもとにはつさうのきをととのふ。まことにじちゐきぶじのれいさん、てんがぶさうのしようちなり。またざすのくわしやうとは、ぶつけうのあうしをきはめて、かうゐのすうはんにのぼり、いつさんのくわんじゆとあふがれて、さん
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ぜんのとうりやうたり。りやうがいさんぶはばんれんのかがみ、だいにちへんぜうのひほふにくもりなく、いちじようごりつはしんえんのみづ、ぶつしゆほふかいのしようもんになみしづかなり。ゐふうとほくあふぎてこずゑをなびかし、じうんあつくおほひてまんざんうるほひをうく。しくわんのまどにひぢをくたして、たねんなんがくてんだいのみなもとをたづね、ゆがのだんにこころをすまして、すさいりゆうちりゆうみやうのながれをくむ。くわんじゆといひ、さんじやうといひ、たれか是をかろしめむ。なかんづく、でんげう、じかく、ちしようさんだいのおんことはまうすにおよばず。ぎしんくわしやうよりこのかた五十五だい、いまだてんだいざするざいのれいをきかず。まつだいといへどもいかでかわがやまにきずをばつくべき。せんずるところ三千の大衆、みをわがやまのくわんじゆにかへ奉り、いのちをばいわうさんわうにまゐらす。あはづへまかりむかひて、くわんじゆをとりとどめたてまつるべし。ただしおつたてのくわんにん、りやう
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そうしあむなればとりえたてまつらむ事かたし。さんわうだいしのおんちからよりほかたのむかたなし。ことゆゑなくとりえたてまつるべくは、只今しるしみせ給へ」と、三千人の衆徒いちどうにかんたんをくだきてきねんす。ややひさしくありて、一人のものつきくるひいでて、しばらくくるひをどる。ごたいよりあせをながして申けるは、「よは末なれどもじつげついまだちにおちず。くにはいやしけれどもれいじんひかりをかかやかす。ここにくわんじゆめいうんは、わがやまのほふとう、三千のえこたり。しかるをつみなくしてたこくにうつされむ事、いつさんのかきん、しやうじやうせせにこころうかるべし。さらむにとりては、われこのやまのふもとにあとをとどめても、なにかはせむ。ほんどへこそかへらむずらめ」とて、そでをかほにをしあてて、さめざめとなきければ、大衆是をあやしみて、「まことにさんわうのごたくせんならば、われらがねんじゆを
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たてまつりたらむをすこしもたがへずもとのぬしぬしへかへしたまふべし」とて、衆徒らねんじゆをどうじにほうぜんへなげたりければ、ものつき是をことごとくひろひあつめて、もとのぬしぬしへいちいちにくばりわたしてけり。誠にわがやまのしちしやごんげんのれいげんのあらたにおわしますかたじけなさに、大衆涙をながしつつ、「さらばとうとうむかへ奉れや」とて、あるいはべうべうたるしがからさきのはまぢにこまにむちうつ衆徒もあり。あるいはまんまんたるやまだやばせのこしやうに、ふねにさをさす大衆もあり。ひがしざかもとよりあはづへつづきて、こくぶんじのだうにおわしましけるざすをとりとどめ奉りければ、きびしげなりつるおつたてのくわんにんもみへず、りやうそうしもいづちかゆきぬらむ、うせにけり。座主はおほきにおそれたまひて、「ちよくかんの者は
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つきひのひかりにだにもあたらずとこそ申せ。じこくをめぐらさずおひくださるべきよしせんげせらるるに、しばらくもやすらふべからず。衆徒とくとくかへりのぼりたまへ」とて、はしぢかくゐいでて宣けるは、「さんたいくわいもんのいへをいでて、しめいけいきよくのまどにいりしよりこのかた、ひろくゑんしゆうのけうぼふをがくして、ただわがやまのこうりゆうをのみおもひ、こくかをいのり奉る事もおろそかならず。もんとをはぐくむこころざしもふかかりき。みにあやまつ事なし。りやうじよさんしやうさだめてせうらんしたまふらむ。むしつのざんそうによりてをんるのぢゆうくわをかうぶる、これぜんぜのしゆくごふにてこそはあらめとおもへば、よをも人をもかみをもほとけをも、さらにうらみ奉る事なし。是までとぶらひきたり給へる衆徒のはうじんこそまうしつくしが
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たけれ」とて、涙にむせび給ふ。かうぞめのおんそでもしぼるばかりなり。是をみ奉て、そこばくの大衆もみな涙をながす。やがておんこしよせてのせたてまつらむとしければ、「昔こそ三千人のくわんじゆたりしかども、今はかかるさまになりたれば、いかでかやむごとなきしゆがくしや、ちゑふかきだいとくたちにはかかげささげられて、わがやまへはかへりのぼるべき。わらうづなむどいふ物はきて、おなじさまにあゆみつづきてこそのぼりさうらはめ」とて、のり給はざりければ、かかるらんげきの中なれども、よろづものあはれなりけるに、さいたふのにしだににかいじやうばうのあじやりいうけいとて、さんたふにきこへたるあくそうありけり。さんまいかぶとをゐくびにきなし、くろかはをどしのおほあらめのくさずりながなるに、三尺五
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寸のおほなぎなたのちのはのごとくなるをつき、「大衆のおんなかにまうしさうらわむ」とて、さしこへさしこへわけゆきて、ざすのおんまへに参りて、かぶとをぬきて、やぶの方へがはとなげいれければ、しもべのほふしばらとりてけり。なぎなたわきにはさみ、ひざをかがめて申けるは、「かやうに御心よわくわたらせたまふによりて、いつさんにきずをもつけさせたまひ、こころうきめをもごらんぜられ候ぞかし。くわんじゆは三千人の衆徒にかはりてるざいのせんじをかうぶりたまふに、三千人のしゆとは、貫首にかはり奉りて命をうしなふとも、なにのうれひかあらむ。とくとくおんこしに奉り候べし」と申て、座主のおんてをむずととりて、おんこしにかきのせ奉りければ、座主わななくわななくのりたまひぬ。やがていうけいこしのせん
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ぢんをかく。ごぢんはわかきだいしゆ、ぎやうにんなむどかき奉る。あはづよりとりのとぶがごとくしてとうざんするに、いうけいあじやりは一度もかわらざりけり。なぎなたのえもこしのながえも、くだくばかりぞみへたりける。ごぢんこらへずしておのおのかはりけり。さしもさがしきひがしざかをへいぢをあゆむにことならず、だいかうだうのにはにかきすへ奉る。あはづへくだらぬ、ぎやうぶにかなわぬらうそうどもは、「このこといかやうにあるべきぞや。ひごろはいつさんのくわんじゆとあふぎたてまつりつれども、今はちよくかんをかうぶりたまひてをんるせらるる人を、よこどりにとりとどむる事、しじゆういかがあるべかるらむ」なむどぎするともがらもありければ、いうけいすこしもはばからず、あふぎひらきつかひて、胸をしあけ、むないたきらめかして申けるは、
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「わがやまはこれにつぽんぶさうのれいち、ちんごこくかのだうぢやうなり。さんわうのごゐくわういよいよさかりにして、ぶつぽふわうぽふごかくなり。しゆとのいしゆもよさんにこえ、いやしきこぼふしばらにいたるまで、よもつてなほかろしめず。いかにいはむやめいうんそうじやうはちゑかうきにしていつさんのくわしやうたり。とくぎやうぶさうにして三千のくわんじゆたり。しかるを今つみなくしてつみをかうぶり給事、これしかしながらさんじやうらくちゆうのいきどほり、こうぶくをんじやうのあざけりか。かなしきかな。このときにあたりて、けんみつのあるじをうしなひて、しくわんのまどにまへにはけいせつのつとめすたれ、さんみつのだんのうへにごまのけぶりのたえむこと、こころうきことにあらずや。誠にちゆうとにしてとどめたてまつるゐちよくのざいくわのがれがたくは、しよせん、いうけいこん
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どさんたふのちやうぼんにさされて、きんごくるざいせられ、かうべをはねらるること、まつたくいたみぞんずべからず。かつうはこんじやうのめんぼく、めいどのおもひでたるべし」とかうしやうにののしりて、さうがんより涙をながしければ、まんざんのしゆと是をききて、おいたるもわかきも、みなころもの袖をしぼりつつ、「もつとももつとも」といちどうす。やがて座主をかき奉りて、とうだふのみなみだにめうくわうばうへいれ奉る。それよりいうけいをば、いみやうには、いかめばうとなづけたり。そのでし、けいかいりつしをばこいかめそのでしてきけいびぜんのちゆうきをばまごいかめと申けるとかや。
六 ときのわうざいはごんげの人ものがれざりけるにや、たいたうのいちぎやうあじやりは、げんそうくわうていの時、むしつのうたがひによりてつみをかうぶることあり
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けり。そのゆゑはげんそうのきさきにやうきひといふ人おわしき。もとよりせんぢよなりければ、ほうらいきゆうへかへりたまふべきときもちかくなりにけり。おんせうとのやうこくちゆうをめして宣けるは、「ぶつぜんぶつごのちゆうげんにうまれて、しやくそんじしのきべつにもれ、ぎやうぢゆうざぐわのまうねんにしづみて、しやうじるてんのごふいんをむすぶ。さんがいところひろけれども、みなこれうゐむじやうのさかひ、ししやうかたちおほけれども、またこれしやうじやひつめつのたぐひなり。これによつて、じふりきむゐのそん、じやくめつをさうりんのあらしにまかせ、ろくてんじやうめうのたのしみ、たいもつをごすいのつゆにかなしむ。ゑしやぢやうりのことわり、とうたいのけぶりにみえ、らうせうふぢやうのならひ、なんもんのかぜにきこゆ。みかどにわかれたてまつるべきときのちかづきたるやらむ、このほどはむなさわぎうちして、はかなきゆめのみみへ
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て、つねに心のすむぞとよ」と宣ければ、「なんぶふぢやうのすまい、しよそんのめうたいをたのみたてまつり、そくさいえんじゆのもとゐ、ぼさつじやうかいにしくはなし。かのいちぎやうは、かいしゆをみがきてひかりをまし、しらをおりていろあざやかなり。かれをめししやうじてさんまやかいをうけさせ給べし」と申ければ、いちぎやうをめしてだうぢやうをかざる。ささぐるところは、さんやしきのはな、ぶつぜんにそなへていろあざやかなり。そなふるところは、さうもくひやくくわのかう、だうぢやうにくんじてにほひかんばし。しかれども、みかどのおんゆるされなからむにはたやすくかいをさづけたてまつりがたきむねを申さる。そのとききひののたまはく、「くわしやうはぼさつのぎやうをたてて、いつさいしゆじやうをみちびきたまふなるに、なんぞわがみひとりにかぎりて、かいをさづけたまはざるべきや」とうらみたまひければ、さらばとて、なぬかななよ、ぼさつ
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じやうかいをさづけたてまつらる。そのころ、あんろくさんといひける大臣、かんしんをさしはさみて、やうこくちゆうをうしなひて、国のまつりごとをとらばやと思心ふかくして、ついでをもとめけるをりふし、この事をもれききて、ひそかにくわうていに申けるは、「きさきすでにみかどにふたごころおわしまして、やうこくちゆうに御心をあはせて、いちぎやうにちかづきたまふことあむなり。きみうちとけたまふべからず」と。みかど是をきこしめして、「きひわれに志あさからず。いちぎやうまたきそうなり。なにゆゑにか只今さることあるべき」とおもひたまひけれども、じつぷをしりたまはむが為に、やうきひのまことのすがたをすこしもたがへずゑにかきて、たてまつるべき由をいちぎやうにおほせらる。一行たいたういちのにせゑのじやうずにておわしければ、かかるはかりことありともしりたまはず、ふでをつくしてきひのかたちをうつしてまゐらせらるる程に、いかがしたり
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けむ、ふでをとりはづして、きひのほぞの程にあたりて、すみをつけてけり。「きひのはだへにはははくそといふ物のありけるとかや。かきなをさばや」とはおもはれけれども、みかどをそしとせめたまひければたてまつりぬ。みかどこれをみたまひて、「あんろくさんはまことをいひけり。一行、きひにちかづかずはいかでかはだへなるははくそをばしるべき」とて、すなはちいちぎやうをくわらこくといふくにへながさる。くだんのくにはふるきわうぐうなりければ、かのくにへくだるみちみつあり。ひとつのみちをばりんちだうといふ。このみちはごかうのみちなり。ひとつのみちをばいうちだうとなづく。きせんじやうげをきらはずゆきかよふみち也。いまひとつのみちをばあんけつだうとなづけたり。ぼんくわの者いできぬれば、ながしつかはすみちなり。このみちはしたにみづたんたんとしてきはぞなく、上にはじつげつせいしゆくの光もみへ給はず。
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なぬかななよそらをみずしてゆくみちなりければ、みやうみやうとしててんくらく、ぎやうぶにせんどのみちみへず。しんしんとして人もなく、かんこくのとりのひとこゑもなく、さこそは心細くかなしくおもひたまひけめ。おもひやられてあはれなり。いちぎやうむしつによりてをんるのつみをかうぶる事をてんたうあはれみたまひて、くえうのかたちをげんじてまもりたまふ。一行ずいきのあまりに、みぎのゆびをくひきりて、ひだりのさんえのたもとに、くえうのかたちをうつしとどめたまひにけり。くわらのづとて、わがてうまでもよにるふする、くえうのまんだらとまうすは、すなはちこれなり。いちぎやうあじやりとまうすはりゆうみやうぼさつよりはろくだい、りゆうちあざりよりは五代、こんがうちさんざうよりはしだい、ふくうさんざうよりは三代、ぜんむゐさんざうのおんでし也。
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「ひとをきるやいばはくちよりいで、これをきる。ひとをころすたねは、みよりいで、これをうう」といふほんもんにたがはず。だいしゆせんざすをとりとどめたてまつるよし、法皇きこしめして、いとどやすからずおぼしめされける上に、さいくわうにふだうないないまうしけるは、「昔より山門の大衆、みだりがはしきそしようつかまつる事は今にはじめねども、いまだこれほどのらうぜきうけたまはりおよばず。こんどゆるにごさたあらば、よはよにてもあるべからず。よくよくおんいましめあるべし」とぞ申ける。みの只今にめつせむずる事をもかへりみず、さんわうのしんりよにもはばからず、かやうにのみ申て、いとどしんきんをなやまし奉る、あさましきことなりけり。「ざんしんはくにをみだりとふはいへをやぶると」みへたり。「そうらんしげからむとほつすれども、しうふうこれをやぶる。わうしやあきらかならむとほつすれども、ざんしんこれをかくす」ともいへり。まことなるかな。このことをぶけにおほせ
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られけれども、すすまざりければ、新大納言いげのきんじゆのともがら、ぶしをあつめて山をせめらるべき由さたありけり。物にもおぼへぬわかき人々、ほくめんのげらふなむどはきようある事におもひて、いさみあへり。すこしも物の心をもわきまへたる人は、「ただいまだいじいできなむず。こはこころうきわざかな」となげきあへり。またないない大衆をもこしらへ、おほせのありければ、ゐんぜんのどどくだるもかたじけなければ、わうどにはらまれながら、じやうめいをたいかんせむもおそれありければ、おもひかへしなびきたてまつる衆徒も有けり。ざすはめうくわうばうにおはしましけるが、だいしゆふたごころありとききたまひぬれば、なにとなりなむずるみやらむとぞおぼしめされける。
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七 なりちかのきやうは山門のさうどうによつて、わたくしのしゆくいをばおさへられけり。そもないぎしたくはさまざまなりけれども、ぎせいばかりにてそのことかなふべしともみへざりけり。そのなかにただのくらんどゆきつなさしもちぎりふかくたのまれたりけるが、このことむやくなりとおもふこころつきにけり。さてゆぶくろのれうに新大納言よりえたりける五十たんのぬのども、ひたたれこばかまにたちぬひて、いへのこらうどうにきせつつ、めうちしばたたきてゐたりけるが、思けるは、「つらつら平家のはんじやうするありさまをみるに、たうじたやすくかたぶけがたし。大納言のかたらはれたるつはものいくほどなし。よしなきことによりきしてけり。もしこのこともれぬる物ならば、ちゆうせられ
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む事うたがひなし。かひなきいのちこそたいせつなれ。たにんのくちよりもれぬさきにかへりちゆうして、いのちいきなむ」とおもひて、五月廿九日、ようちふけてだいじやうにふだうのもとへゆきむかひて、「ゆきつなこそまうすべきことあつて参て候へ」と申ければ、「つねにもまゐらぬ者のただいまよなかにきたるこそこころえね。何事ぞ。きけ」とて、へいごんのかみもりとほがこ、しゆめのはんぐわんもりくにをいだされたり。「人づてにまうすべきことにあらず。ぢきにげんざんにいりて申べし」と申ければ、入道、うまのかみしげひらあひぐして、ちゆうもんのらうにいであひて、入道宣けるは、「ろくぐわつぶれいとてひもとかせ給へ。入道もびやくえに候」とて、しろかたびらにしろきおほくちふみくくみて、すずしのこそでうちかけて、左のてにうちがたなひつさげ
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て、かまうちはつかはる。「このよはまうにふけぬらむ。いかに何事におわしたるにか」。ゆきつなちかぢかとさしよりて、こごゑになりてささやき申けるは、「いとしのびてまうすべきことさうらひて、ひるはひとめのつつましさに、わざとよるにまぎれてまゐりてさうらふ。ゐんぢゆうの人々ひやうぐをととのへ、ぐんびやうをめしあつめらるる事をば、しろしめされて候やらむ」と申ければ、「いさ、それは山の大衆をせめらるべしとこそうけたまはれ」と、いと事もなげにのたまひければ、「そのぎにては候はず」とて、ひごろつきごろ、新大納言をはじめとして、しゆんくわんがししのたにのさんざうにてよりあひよりあひないぎしたくしける事、「それはとこそまうしさうらひしか、かくこそ申候しか」と、人のよきこといひたるをば
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わがまうしたりしといひ、わがあつこうしたりしをば人のまうしたるにかたりなし、五十たんのぬのの事をばいつたんもいひいださず、ありのままにはさしすぎて、やうやうさまざまの事どもとりつけてくはしく申ければ、入道おほきにおどろきて宣けるは、「ほうげんへいぢよりこのかた、君のおんために命をすつる事すでにたびたびなり。人々いかに申とも、きみ君にてわたらせ給はば、いかでか入道をばししそんぞんまでもすてさせ給べき。おそれながら君もくやしくこそわたらせ給はむずらめ。そもそもこのことは院はいちぢやうしろしめされたるか」と宣ければ、「しさいにやおよびさうらふ。大納言のぐんびやうもよほされさうらひしも、院宣とてこそもよほされさうらひしか」。そのほかもさまざまの事共いひちらして、「いとままうして」
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とてかへりにけり。入道おほごゑにてさぶらひどもをよびて、ののしりしかられけるけしき、もんぐわいまできこへければ、ゆきつなたしかなるしようにんにもぞたつとて、あなおそろしとて、のにひをつけたるここちして、人もをはぬにとりばかまをして、いそぎはせかへりぬ。
八 入道さだよしをめして、「むほんのものどものあんなるぞ。さぶらひどもきとめしあつめよ。いつかの人々にもおのおのふれ申せ」と宣ければ、めんめんに使をはしらかしてこのよしを申に、およそいづれもいづれもさわぎあひて、われさきにとはせあつまる。うだいしやうむねもり、さんゐのちゆうじやうとももり、うまのかみしげひらをはじめとして、人々、さぶらひ、らうどう、おのおのかつちうをよろひ、きゆうせんをたいしてはせつどふ。そのせいうんかのごとし。
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よなかに五千よきになりにけり。
九 六月ひとひのひ、いまだほのぐらき程に、入道のけんびゐしあべのすけなりをめして、「ゐんのごしよへまゐりてだいぜんのだいぶのぶなりをよびいだして申さむやうはよな、『きんじゆにさうらふものどものほしいままにてうおんにほこるあまりに、よをみだらむとつかまつるよしうけたまはりさうらへばたづねさたつかまつるべし』と申せ」とて、まゐらする。すけなりいそぎ院の御所へ参て、のぶなりをよびいだしてこのよしをまうしければ、のぶなりいろをうしなひて、ごぜんにさんじてそうもんしけれども、ふんみやうのおんぺんじなかりけり。「この事こそえ御心得なけれ。こは何事ぞ」とばかりおほせあり。すけなりいそぎはせかへりてこのよしを申ければ、入道、「よもおんぺんじあらじ。なにとかはおほせあるべき。
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はや君もしらせ給たりけり。ゆきつなはまことをいひけり」とて、いかられけり。
十 そののちざつしきをもつて、「しんだいなごんのもとにゆきて、『まうしあはせたてまつるべきことあり。いそぎわたらせ給へ』と申べし」とのたまひければ、つかひはしりつきてこのやうを申す。大納言、「あはれ、是はれいの山の大衆の事を院へ申さむずるにや。このことはゆゆしくおんいきどほりふかげなり。かなふまじき物を」など思て、わがみの上とはつゆしり給はで、いそぎいでられけるこそはかなけれ。はちえふの車のあざやかなるに、さきはしり三人、さぶらひ三四人めしぐして、うへきよげなるほういたをやかにきなして、ざつしき、うしかひにいたるまで、つねのしゆつしよりはすこしひきつくろひたるていにて
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ぞいでられける。それもさいごのあり
きとはのちにこそおもひあはせたまひけめとあはれなり。入道のをわするにしはつでうちかくやりよせて、そのほどをみ給へば、しごちやうにぐんびやうじゆうまんせり。「あなをびたたし。いかなる事ぞ」とむねうち騒ぎて、車よりおり給たれば、もんのうちにもつはもの所もなくたちこみて、只今事のいでたるていなり。ちゆうもんのとにおそろしげなる者二人たちむかひて、大納言のさうのてをとりてひつぱりて、うつぶさまになげふせて、「いましめ奉べきか」と申。入道殿、「きのふまではゐんのごしよ、わたくしどころにてもかたをならべしけいしやう也。今こそかたきとはならむからに」と、いかれる心にもかはゆくや思はれけむ、「しからずとも」とて、つといりたまひぬ。
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そののち、つはもの十よにんきたりてぜんごさうにたちかこみ、てんにもあげずちにもつけず、なかにひきくくつて、上へひきのぼせ奉り、ひとまなる所にをしこめつ。大納言ゆめのここちして、あきれて物も宣はず。是をみて、ともにありつるしよだいぶ、さぶらひも、ざつしき、うつかひわらはも、うし、くるまをすててしはうへにげうせぬ。大納言は六月のさしもあつきころ、ひとまなる所にこめられて、しやうぞくもくつろげずおはしければ、あつさたへがたし。涙もあせもあらそひてぞながれける。「わがひごろのあらましごとのきこへにけるにこそ。いかなる者のもらしつらむ。ほくめんのともがらの中にぞあらむ。こまつのおとどはみへ給はぬやらむ。さりともおもひはなち給はじ物を」とおもはれけれ
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ども、たれしてのたまふべしともなければ、涙をこぼし、あせをながしてぞおはしける。
十一 そののち、入道、ちくごのかみいへさだ、ひだのかみかげいへをめして、「むほんのともがらのそのかずあり。ほくめんのものどもひとりももらさずからめとるべき」よしげぢし給ければ、あるいは一二百き、あるいは二三百き、おしよせおしよせみなからめとりて、いましめおきけり。そのなかにさゑもんのにふだうさいくわう、こんぽんよりきの者なりければ、「かまへてからめにがすな」とて、まつらのたらうしげとしがうけたまはりにて、はうべんをつけてうかがひける程に、ゐんのごしよにて人々の事にあひけることどもききて、人の上ともおぼへずあさましと思て、あからさまにわたくしのしゆくしよにいでて、すなはち又御所へ参けるに、
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もののぐしたるぶし七八人ばかりさきにたちたり。うしろの方にも十よにんありとみて、このよのならひなれば、武士にはめもみかけず、あしばやにあゆみけるを、さきにまちかけたる武士、「はつでうのにふだうどのより、『きとたちよりたまへ。いそぎまうしあはすべきことあり』とおほせられさうらふ」といひければ、さいくわうすこしせきめんして、にがわらひて、「くじにつけて申べき事候。やがて参り候べし」といひて、あゆみすぎんとするに、うしろにきつる武士、「やは、にふだうほどの者の何事をかは君にまうすべき。よのだいじひきいだして、われも人もわづらひあり。物ないはせそ」とて、うちふせてなはつけて、武士十よにんが中におひたててゆきて、八条にて、「かく」とまうしいれたりければ、もんよりうちへもいれら
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れず。すなはちしげとしがうけたまはりにて事のおこりをたづねられければ、はじめはおほきにあらがひ申て、わがみにあやまらぬよしをちんじければ、入道おほきにはらをたてて、らんけいにかけてうちせためてとひければ、あることなきことおちにけり。はくじやうかかせてはんせさせて入道に奉る。入道是をみ給て、「さいくわうとりて参れ」と宣ければ、しげとしがいへのこらうどう、そらにもつけずちにもつけず、ちゆうにさげて参たり。やがてめんだうのまがきの前にひきすへたり。入道は、ちやうけんのひたたれに、くろいとをどしのはらまきに、こがねづくりのたち、かもめじりにはきなして、上うらなしふみちぎりて、すのこのへんにたたれたり。そのけしきやくなげにぞみへられける。さて西光をにらまへて
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宣けるは、「いかにおのれほどのやつは入道をばかたぶけむとはするぞ。もとよりげらふのくわぶんしつるはかかるぞとよ。あれ程のやつぱらをめしあげて、なさるまじきくわんしよくをなしたびてめしつかはせたまふあひだ、をやこともにくわぶんのふるまひするものかなとみしにあはせて、つみもおはせぬてんだいざすざんし奉て、をんるにまうしおこなひて、てんがのだいじひきいだして、あまつさへこのことにこんげんよりきの者とききおきたり。そのしさいつぶさに申せ」と宣ければ、西光もとよりさるげの者なりければ、すこしもいろもへんぜず、わるびれたるけしきもなくて、あざわらひて、「いでしりうごとせむ」とて申けるは、「ゐんぢゆうにめしつかはるるみにて候へば、しつしのべつたう、新大納言殿のゐんぜんとてもよほされ
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さうらひし事に、くみせずとは、いかでか申候べき。くみしてさうらひき。ただしみみにとどまるおんことばをもつかはせたまふものかな。たにんの前はしらず、西光が前にては、くわぶんのおんことばをば、えこそつかはせ給まじけれ。みざりし事か、殿はこぎやうぶきやうのとののちやくしにてわたらせ給しかども、十四五さいまではじよしやくをだにもし給はず、かぶりをだにもたまはらせ給はで、けいぼのいけのにこうのあはれみて、とうぢゆうなごんいへなりのきやうのもとへ時々申よりたまひし時は、『あは、ろくはらのふかすみのたかへいだのとほるは』とこそきやうわらはべはゆびをさしてまうししか。そののち、こきやうのとの、かいぞくのちやうぼん卅よにんからめいだされたりしくんこうのしやうに、いんじほうえんのころかとよ、おんとし十七か八
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かの程にてしゐして、しゐのひやうゑのすけになりたまひたりしをこそ、ゆゆしきことかなと、よもつてかたぶき申しか。おなじきわうそんといひながら、すだいひさしくなりくだりて、てんじやうのまじはりをだにもきらはれて、やみうちにせられむとしたまひし人のこにて、いまかたじけなくもそくけつのくわんをうばひとりて、大政大臣になりあがりて、あまつさへ天下をわがままに思給へり。是をこそくわぶんとは申べけれ。さぶらひほんの者のじゆりやう、けんびゐし、ゆげひのじようになる事ははうれいなきにあらず。なにかは過分なるべき。入道こそくわぶんよ。入道こそくわぶんよ」と、ゐたけだかになりて、ことばもたばわずさんざんに申ければ、入道あまりにいかりて物も宣はず。しばらくありて、「西光めさうなくくびきるな。よくよく
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さひなめ」とのたまひければ、重俊が郎等つとよりて、ふときしもとを以て七十五度のがうじんをくはへたり。西光心はたけかりけれども、もとよりもんぞんせられたる上、しもとみにしみてじゆつなかりければ、のこりなくおちにけり。はくじやう四五枚にきせられたり。ややひさしくありて、うちのかたより人のあしおとたからかにしてきたりければ、大納言はただいまうしなわれなむずるやらむと、きもこころをけしてゐられたりけるに、入道、大納言のおはしけるうしろのしやうじをあららかにさつとあけられたり。そけんのころものみじからかなるに、しろきおほくちふみくくみて、ひじりづかの刀ををしくつろげて、おほきにいかれるけしきにて、大納言をにらまへて
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宣けるは、「やや大納言殿。ひととせ、へいぢのげきらんのとき、のぶより、よしともらにごどうしんあつて、てうてきとなり給たりし時、ゑちごのちゆうじやうとて、しまずりのひたたれ、こばかまきて、をりえぼしひきたてて、ろくはらのむまやの前にひきすへられておわせしかば、つみにさだまりてすでにちゆうせられたまふべきにておはせしを、だいふとかくしてまうしなだめたりしかば、『しちだいまでのまもりのかみとならむ』と、てをあはせてなくなくのたまひし事はわすれたまひたるな。人はみめかたちのなだらかなるをば人とはまうさぬぞ。おんをしるをもつて人とは申ぞ。わどののやうなる者をこそ、人のかはをきたるちくしやうとはいへ。さればなんのくわたいによりて、たうけを
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ほろぼすべきよしのごけつこうありけるやらむ。されどもびうんのつきざるによりて、このことあらはれてむかへまうしたり。ひごろのごけつこうのしだい、只今ぢきに承候べし」とのたまひければ、大納言涙をながして、「れんしんにとりてはまつたくあやまりたる事なく候。人のざんげんにてぞ候らん。くはしくおんたづねあるべく候」と宣ければ、入道いはせもはてず、「さいくわうほふしがはくじやうまひらせよ」と宣へば、もちて参たり。入道ひきひろげて、くりかへしたからかににへんまでよまれたり。なりちかのきやうをはじめとして、しゆんくわんがししのたにのばうにて平家をほろぼすべきけつこうのしだい、法皇のごかう、やすよりがたふへん、いちじとしてもるる所なし。四五枚にしるされたり。「是はいかに。このうへは
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はちんにやおよぶべき。これはどこをあらがふぞ。あらにくや」とて、はくじやうを大納言になげかけて、しやうじをはたとたててかへりたまひけるが、なほはらをすへかね給て、
十二 「つねとほ、かねやすはなきか」と宣ければ、つねとほ、かねやす、すゑさだ、もりくに、もりとしなむど参りたりければ、「たがげぢにて、あの大納言をばしやうじの内へはのぼせけるぞ。あれつぼにひきおろしてとりてふせて、したたかにさいなみて、おめかせよ」と宣ければ、つねとほいげのつはものどもつとよりて、大納言をにはにひきおとす。そのなかにすゑさだはもとよりなさけある者にて、大納言をとりてをさへて、ひだりてにて大納言のくびをつよく
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とるやうにして、さすがにつよくとらず、みぎてにて大納言のむねををすやうにして、つよくをさず。すゑさだがくちを大納言のみみにさしあてて、「入道のきかせたまひさうらふやうに、只おんこゑをたててをめかせ給へ」とささやきければ、大納言声をあげてふたこゑみこゑをめかれけるを、入道きき給て、「只をしころせやをしころせや」とぞ宣ける。そのありさまめもあてられず。ぢごくにてごくそつあはうらせつのじやうはりのかがみにざいにんをひきむけて、ぜんぜにつくりし所のごふによりて、かしやくのつゑをくはへ、ごふのはかりにかけてきやうぢゆうをただして、「いにんのあくをつくりいにんのくほうをうくるにあらず。じごふじとくくわしゆじやうみなかくのごとし」といひて、けいばつをおこなふ
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らむもかくやとおぼえてむざん也。「せうはん、とらはれとらはれて、かんはう、にらぎすされたり。てうそ、りくをうけ、しうぎ、つみせらる。そのよ、めいをたすけ、こうをたつるし、かぎ、あぶのともがら、みなまことにめいせいのさいなり。しやうしやうのそなへをいだけり。しかるに、せうじんのざんをうけて、ならびにくわはいのうれへをうく」といへり。せうが、はんくわひ、かむしん、はうえつ、みなかうそのこうしんたりしかども、かくのみこそありけれ。「たうてうにもかぎらず、わがてうにもほうげんへいぢのころはあさましかりし事共もありしぞかし。新大納言一人にもかぎるまじ。こはいかがはせむずる」と、ひとなげきあへり。かくしてすゑさだのきにけり。大納言はんしはんしやうにぞみへられける。内大臣こののちいとひさしくありて、えぼしひたたれにて、
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しそくの少将、車のしりにのせて、ゑふ四五人、ずいじん二三人ばかりめしぐして、それらもみなほういにて、もののぐしたる者一人もぐせずして、のどやかにてをはしたり。入道をはじめ奉りて、人々思はずに思給へり。「いかに、これほどのだいじのいできたるに」と人々宣ければ、「何事かはあるべき」と宣けるにこそ、人々みなしらけにけれ。ひやうぐをたいしたる者、そぞろきてぞありける。だいふ、「さるにても大納言をばなにとしてけるやらん。今の程にはしざいるざいにはよもおよばれじ」とおぼしめして、みまはし給へば、さぶらひのしやうじのかみに、おほきなるきをもつて、くもでをゆひちがへたるひとまなる所あり。ひごろかかる所ありとも思はぬに、にはかにいでき
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たりければ、「あはれここに大納言をばこめたるよな」とおぼして、只今こそとほるよし、きとをとなはれたりければ、あんのごとく大納言くもでのあひよりだいふをみつけて、ぢごくにてぢざうぼさつをみ奉りたらむも、是にはすぎじとうれしくて、「是はいかなる事にて候ぞ。あやまりたる事も候はぬ物を。さておはしませば、さりともとこそ思奉て候へ」とて、はらはらとなきたまふもむざんなり。大臣は、「人のざんげんにてぞ候らむ。おんいのちばかりはまうしうけばやとこそ思給へども、それもいかが候はんずらむ」と、たのもしげなく宣へば、「心うし。へいぢのらんの時、うせぬべかりしに、ごおんをかうぶりて、命をいけられ奉て、じやうにゐのだいな
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ごんにいたり、としすでによそぢあまりになりはべりぬ。しやうじやうせせにほうじつくし奉りがたくこそ思給へ。このたびのいのちばかりをおなじくはいけさせ給へ。かしらをそりてかうや、こかはにもこもりて、ひとすぢにごせのつとめをせむ」とのたまふもあはれなり。「しげもりかくて候へば、さりともとおぼしめすべし。おんいのちにもかはり奉るべし」とてたたれければ、かくのたまふにつけてもただかひなき涙のみぞながれける。「少将もめしやとられぬらむ。のこりとどまるあとのありさまもいかなるらむ。をさなきものどももおぼつかなし」。わがみの御事はさることにて、是をおぼしつづくるに、むねせきあげて、あつさもたへがたきに、くるるをまたで、命もたえぬべくぞおぼしける。うちのおとどのおはしつる程はいささかなぐさむここちもしつるに、いとことばずくなにて
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かへりたまひてのちは、今すこし物もおそろしくかなしくぞおぼされける。
(十三) おほいとの、入道の前におわしたりければ、入道のたまひけるは、「大納言のむほんの事はきかれたるか」。「さんざうらふ。みなうけたまはりて候」。「さていかやうなるつみにおこなはるべきにて候やらむ。事もおろかかや、只今きらむずる物を」と宣ければ、おとど宣けるは、「さてはふびんのことこそさうらふなれ。大納言をうしなはん事はよくよくおんぱからひさうらふべし。ろくでうのしゆりのだいぶあきすゑのきやう、しらかはのゐんにめしつかはれ奉りしよりこのかた、いへひさしくなりて、すでにくらゐじやうにゐ、くわんだいなごんまでのぼりて、たうじも君のおんいとをしみの者なるを、たちまちにかうべをはねられん事、いかがあるべかるらむ。さることいかでか候べき。都のほかへいだされ
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たらむにことたりさうらひなん。かくはきこしめせども、もしひがことにてもさうらはば、いよいよふびんの事に候はずや。きたののてんじんはしへいのおとどのざんそうによつて、えんぎのみかどにながされ奉り、にしのみやのだいじんはただのしんぼちがざんげんによつて、あんわのみかどにながされたまひき。おのおのむしつなりけれども、るざいせられたまひにき。これみなえんぎのせいしゆ、あんわのみかどのおんひがこととこそまうしつたへたれ。しやうこなほかくのごとし。いはむやまつだいをや。けんわうなほおんあやまりあり。いはむやぼんぶをや。くはしくおんたづねもあるべし、よくよくごしゆいもあるべし。物さはがしき事は、こうくわいさきにたたずとこそ申せ。すでにかくめしおかれぬる上は、いそぎうしなはれずとてもなんのくるしみかあるべき。『つみのうたがはしきをばこれ
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かろんぜよ。こうのうたがはしきをばこれおもんぜよ』とこそまうしつたへてさうらへ。いかさまにもこよひかうべをきらむ事はしかるべからず」と宣ければ、入道なほ心ゆかず、へんじもし給はざりければ、内大臣かさねてまうされけるは、「まうすむねごしよういんなくは、まづ一人におほせつけてまづ重盛がくびをめさるべくさうらふ。そののちおんこころにまかせてふるまひおわしまし候へ。重盛かの大納言のいもうとにあひぐして候。これもりまた大納言のむこなり。かやうにしたしくまかりなりて候へばとて、まうすとやおぼしめされ候らん。いかにもそのぎにては候はず。よのためたみのためきみのためいへのためをぞんじてまうしさうらふなり。ひととせほうげんのげきらんのとき、こせうなごんのにふだうしんせい、たまたましつけんの時にあひあたり、ほんてうにたえてひさしくなりにししざいをまうしおこなひて、
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さふのしがいをじつけんせられし事なむどは、あまりなるおんまつりごととこそおぼえさうらひしか。こじんのまうされさうらひしは、『しざいをおこなはれば、むほんのともがらたゆべからず』と。このことばはたしてなかにねんありて、へいぢにこといでて、しんせいがうづまれたりしをほりをこして、かうべをきりてわたしき。ほうげんにおこなひし事たちまちにむくいて、みの上にむかわりにけりとおもひあはせられて、おそろしくこそさうらひしか。是はさせるてうてきにもあらず。かたがたおそれあるべし。おんみのごえいぐわのこるところなければ、今はおぼしめしのこす御事なけれども、ししそんぞんまでもはんじやうこそあらまほしけれ。『せきぜんのいへにはよけいあり。せきあくのかどにはよあうとどまる』とこそ承れ。しうのぶんわうはたいこうばうにめいぜられて、
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しじよこをおそれ、たうのたいそうはちやううんこをきりてのち、ごふくのそうをもちゐらる。又、『ぜんをおこなへばすなはちちようをやすめてこれをほうず。あくをおこなへばすなはちちようをとがめてこれにしたがふ』なむども申たり。又、『よををさむる事はことをならすがごとし。たいげんきふなる時は、せうげんたえできる』とこそ、てんりやくのみかどもおほせられさうらひけれ」なむど、こまごまとこしらへまうされければ、げにもとやおもはれけむ、こよひきるべき事は思なだめて、そのひはくれにけり。内大臣はかくこしらへをきてかへり給けるが、なほこころやすからずおぼえて、さもしかるべきさぶらひどもをめして宣けるは、「おほせなればとて、重盛にいひあはせずして、さうなく大納言をうしなふことあるべからず。はらのたちたまふままにものさはがし[*この一字不要]しき事あらば、こうくわいさきにたつまじ。ひがこと
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しいだして重盛うらむな」といましめられければ、ぶしどもしたをふりておそれあへり。「つねとほ、かねやすなむどが大納言になさけなくあたりたりける事、かへすがへすきくはい也。されば重盛がかへりきかむ所をばいかでかはばからざるべき。ただきよ、かげいへていの者ならば、たとひ入道殿いかにおほせらるとも、かくはよもあらじ。かたゐなかの者はかかるぞとよ」と宣ければ、なんばのじらう、せのをのたらうもおそれいりたりけり。
十四 さて大納言のともしたりける者共はしりかへりて、「大納言殿ははつでうどのにめしこめられたまひぬ。ゆふさりうしなひたてまつるべしとて、くるるをまつと承りつる」と、ありつるありさまをなくなく申ければ、きたのかたよりはじめて、
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なんによ声をあげてをめきさけぶ。さこそかなしかりけめ。ことわりおしはからる。ゆめかやゆめかやとおもへども、うつつにてぞありける。「いかにかくてはわたらせたまふぞ。かなはざらむまでもたちしのばせ給へ。少将殿をはじめたてまつりて、きんだちまでめされさせ給べしとこそ承りつれ」と、涙もかきあへず申あひければ、「これほどの事になりて、のこりとどまるみどもあんをんにても、なむのかひかはあるべき。いかにも只ひとところにてともかくもならむこそほんいなれ。けさをかぎりと思はざりける事のかなしさよ」とて、ふしまろびてなき給ふ。「すでにつはものきたりなむ」と人申ければ、かくてはぢがましくあらむ事も、さすがなるべければ、「ひとまどなり
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ともたちしのびたまはん」とていで給ふ。しりかしらともなきをさなきひとども、とりのせて、いづくをさしてゆくともなく、やりいだしつ。うしかひ、「これはいづちへつかまつるべきにて候やらん」と申ければ、「きたやまのかたへ」と車のうちより宣へば、おほみやをのぼりに、きたやまのうんりんゐんのへんまでをはしにけり。そのへんなるそうばうにおろしすへ奉りて、おくりのものどももみみのすてがたければ、おのおのいとま申てかへりにけり。今はかひなきをさなきひとびとばかりとどまりゐて、たのもしきひとひとりもなくておはしけむ北方の御心のうち、おしはかられていとほし。ひのくれゆくかげをみたまふにつけても、大納言のつゆの命、こよひをかぎるなりとおもひやられてきえいる
ここちぞせられける。にようばう、さぶらひどももかちはだしにてはぢ
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をもしらずまどひいでにけり。かちゆうのみぐるしき物をとりしたたむるにもおよばず。かどはとびらをひらくとも、おしたつるまたものもなし。馬はむまやにたてれども、くさかひなづる人もなし。よあくればしやばかどにたちて、ひんかくざにつらなれり。あそびたはぶれまひ躍り、よをよとも思はず。きんりんの人は物をだにもたかくいはず、もんぜんをすぐる者もおぢおそれてこそ、きのふまでもありつるに、よのまにかはりゆくありさま、じやうしやひつすいのことわり、めの前にこそあらはれけれ。よもやうやくふけければ、大納言は只今うしなはるべしとききたまひければ、「命のあらん事もいまばかりなり。たれにかこのよに思をく事いひをかん。北方をさなきものどももいかがなりぬらん。あはれ、ことづけを今一度せばや。しなむ
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事はちからおよばぬ事なれども、是が心にかかるこそよみぢのさはりなれ」とおぼしつづけて、さめざめとなき給もことわりなり。こよひばかりの命なれば、「今や今や」とまつほどに、よもあけがたになりにけり。「大納言殿はこよひとこそききつるに、いかに今まではさたなきやらん。もしおんいのちのたすかり給はんずるにや」とて、武士どももよろこびあへり。
(十五) おほかたこの大納言は、おおけなくしりよなき心したる人にて、人のききとがめぬべき事をもかへりみ給はず、つねにたはぶれにがき人にて、はかなきことどもをものたまひすごす事もありけり。ごしらかはのゐんのきんじゆしや、ばうもんのちゆうなごんちかのぶといふ人をはしき。ちちうきやうのだいぶのぶすけのあつそん、むさしのかみたりし時、かのくにへくだられたりしにもうけられたり
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けるこなり。げんぶくしてじよしやくしたまひたりければ、ばんどうたいふとぞ申ける。院にさうらひ給ければ、ひやうゑのすけになりにけり。又ばんどうのひやうゑのすけなむど申けるを、ゆゆしくほいなき事に思いれられたりける程に、新大納言、法皇のごぜんにさうらはれける時、たはぶれにや、「ちかのぶ、ばんどうに何事どもかある」とまうされたりければ、とりもあへず、「なはめのいろかはこそおほく候へ」とへんたふせられたりければ、なりちかのきやう、かほげしきすこしかはりて、又物も宣はざりけり。人々あまたさうらはれけり。あぜちのにふだうすけかたも候はれけり。のちに宣けるは、「ひやうゑのすけはゆゆしくへんたふしたりつるものかな。ことのほかにこそにがりたりつれ」とまうされけるとかや。
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へいぢのげきらんの時、この大納言の事にあはれし事をまうされたりけり。
延慶本平家物語 ひらがな(一部漢字)版
十六 しんだいなごんのちやくし、たんばのせうしやうなりつね、とし廿一になりたまふは、ゐんのごしよにうへぶしして、いまだまかりいでられぬ程なりけるに、大納言のおんもとなりつるさぶらひ一人、ゐんのごしよへはせ参て申けるは、「大納言殿は、けさにしはつでうどのにめしこめられさせたまひぬ。こよひうしなひたてまつるべきよしきこへ候。きんだちも皆めされ給べしとこそうけたまはりつれ」と申ければ、「こはいかに」とあきれ給て、物もおぼへ給はず。「さりともさいしやうのもとよりは、かくと申されんずらん」とおもひたまひしほどに、さいしやうのもとよりつかひあり。「ぐし奉てきたれと八条よりまうされたり。と
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くとくわたりたまへ」。こはいかなる事にや、あさましともをろかなり。少将はきんじゆにておはしけるひやうゑのすけといふ女房をたづねいだして、「かかるしようしこそさうらふなれ。よべよりせけん物さはがしとうけたまはれば、れいのやまのだいしゆのくだるやらんなむど、よそに思て候へば、みの上にてさうらうひけり。ごぜんへも参候て、今一度君をもみまゐらせ候べきに、今はかかるみにて候へば、はばかりぞんじさうらひてまかりいでさうらひぬと、ひろうせさせ給へ」とのたまひもあへずなき給ふ。ひごろなれ給つる女房たちあまたいできたりて、あさましがりてなきあへり。「なりつね八才にてげんざんにまかりいりてよりは、よるひるさうらひて、しよらうなむどの候はぬかぎりは、ひとひもごしよへ参らぬ事
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もさうらはざりつ。君のおんいとをしみかたじけなくて、てうぼにりようがんにしせきし奉て、てうおんにのみあきみちて、あかしくらし候つるに、いかなるめをみるべきにて候やらん、大納言もこよひしざいにおこなはるべしとうけたまはりさうらふ。ちちのさやうにまかりなりさうらひなん上は、なりつねがみもどうざいにこそおこなはれさうらはんずらめ」といひつづけて、かりぎぬのそでもしぼるばかりなり。よそのたもともしぼりあへず。兵衛佐ごぜんに参てこのよしをまうされければ、法皇もおほきにおどろかせたまひて、「これらがないないはかりし事もれにけるよな」とおぼしめすもあさましし。「けさしやうこくのつかひありつるに、こといでぬとはおぼしめしつ。さるにてもこれへ」とごきしよくありければ、「よはおそろしけれども今一度君をもみ奉らん」とおもはれければ、ごぜんへまゐられたりけ
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れども、君もおほせやりたるかたもなし。りようがんより御涙をながさせ給ふ。少将もまうしのべたるかたもなし。そでをかほにをしあててまかりいでられぬ。又もんまではるかにみおくりて、ごしよぢゆうの女房たち、かぎりのなごりををしみ、しぼらぬたもともなかりけり。法皇もうしろをはるかにみおくらせ給て、御涙をのごはせ給て、「又ごらんぜぬ事もや」とおぼしめすぞかたじけなき。「まつだいこそうたてく心うけれ。あながちにかくしもやあるべき」とぞおほせられける。ちかくめしつかへける人々も、「さらに人の上とおもふべきにあらず。いかなる事かあらむずらん」と、やすき心なし。少将はさいしやうのもとへおはしたれば、このことききつるより、少将の北方は、あきれまどひて物もおぼへず、いとほしきていにてぞおはしける。ちかくさんし
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給べき人にて、なにとなくひごろもなやみ給つるに、かかるあさましき事をききたまへば、いとどふししづみたまふもことわりなり。少将はけさよりながるるなみだつきせぬに、北方のけしきをみたまふに、いとどせむかたなくぞおぼさる。「せめてはこのひとみをみとならむをみをきて、いかにもならばや」とおもはれけるも、せめての事とおぼえていとほし。ろくでうとてとしごろつきたてまつりたるめのとの女房ありけり。このことをきくより、ふしまろび、もだへこがるる事なのめならず。少将のそでにとりつきて、「いかにやいかに。君のちの中にをはしまししをとりあげまひらせて、あらひあげ奉て、いとほしかなしとおもひそめ奉りしより、ふゆのさむきあしたには、しとねをあたためてすへ奉り、なつのあつきよは、すずしき所にふせ奉て、あけてもくれてもこの御事よりほか、又い
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となむ事なし。わがとしのつもるをばしらず、人となり給はん事をのみ思て、よのあくるをもひのくるるをもこころもとなくて、廿一年をおくりををしたて奉て、ゐんうちへ参りたまひても、おそくもいでたまへばおぼつかなくこひしくのみ思奉りつるに、こはいづくへおはしますべきぞや。すてられ奉て、いちにちへんしもいきて有べしとこそおぼへね」と、くどきたててなくにも、「さこそおもふらめ」とおぼせば、少将涙をおさへて、「いたくなおもひそ。わがみあやまらねば、さりともとこそ思へ。さいしやうさておはすれば、いのちばかりはなどかまうしうけられざるべき」と、なぐさめ給へども、ひとめもしらずなきもだうるもむざん也。八条よりとて使あり。
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「おそし」とあれば、「いかさまにも参りむかひてこそは、ともかくも申さめ」とて、宰相いで給へば、車にのりぐして、少将もいでたまひぬ。なきひとをとりいだすやうにみおくりてなきあへり。ほうげんへいぢよりこのかたは、平家の人々はたのしみさかえはあれども、うれへなげきはなかりつるに、かどわきの宰相こそ、よしなかりけるむこゆゑに、かかるなげきをせられけるこそふびんなれ。
十七 八条ちかくやりよせてみれば、そのしごちやうに武士じゅうまんして、いくせんまんといふかずをしらず。いとどおそろしなむどはいふはかりなし。少将は是をみ給につけても、大納言の御事おぼすぞかなしき。宰相、車をばもんぐわいにとどめて、あんないを申給へば、「少将をばうちへはいれ
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たまふべからず」と有ければ、そのへんちかきさぶらひのいへにをろしおきて、宰相うちへいりたまひぬ。みもしらぬつはものあまたきたりて、ゐめぐりてまもり申す。少将はたのみたりつる宰相はいりたまひぬ、いとど心ぼそくかなし。宰相いりてみ給へば、おほかたうちのありさま、武士どものひそめきあへるさま、誠にをびたたし。「のりもりこそまゐりて候へ。げんざんにいらん」とのたまひけれども、入道いであひ給はざりければ、すゑさだをよびて宰相まうされけるは、「よしなき者にしたしくなりて、かへすがへすくやしく候へども、かひも候はず。なりつねにあひぐしてさうらふもの、いたくもだへこがれさうらふが、おんあいのみち、ちからおよばざる事にて、むざんにおぼえさうらふ。ちかくさんすべき者にて候が、いかに候やらん。ひ
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ごろなやみ候つるが、このなげきうちそひさうらひなば、みみともならぬさきに、命もたえさうらひなんず。たすけばやと思候て、おそれながらかくまうしいれさうらふ。なりつねばかりをばまうしあづかりさうらはばや。のりもりかくて候へば、いかでかひがことせさせ候べき。おぼつかなくおぼしめさるべからず」と、なくなく申給。すゑさだこのよしを入道に申ければ、よに心えずげにて、とみにへんじも宣はず。宰相ちゆうもんにて、いかにいかにとまち給ふ。ややひさしくありて、入道宣けるは、「なりちかのきやう、このいちもんをほろぼして、てんがをみだらんとするくはたて有けり。しかれどもいつかのうんつきぬによつて、この事あらはれたり。少将は既にかの大納言のちやくし也。したしくをはすとても、えこそなだめ申まじけれ。かのくはたてとげましかば、それごへんとても
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をだくしてやおわすべき。いかにおんみの上のだいじをばかくは宣ぞ。むこもこもみにまさるべきかは」と、すこしもゆるぎなく宣へば、季貞かへりいでて、このよしを申ければ、宰相おほきにほいなげに思給て、おしかへし宣けるは、「かやうにおほせらるる上をかさねてまうすは、そのおそれふかけれども、心のうちに思はんほどの事をのこさむもくちをしければまうすぞ。季貞今一度よくよく申せよ。さんぬるほうげん、へいぢりやうどのかつせんにも、みをすてておん命にかはり奉らんとこそ思しか。是よりのちなりとも、荒き風をばまづふせかむとこそ思給へ。のりもりこそ今はとしまかりよりてさうらへども、わかきものどもあまた候へば、おんだいじもあらむ時は、などかいつぱうのおんかためとも
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ならで候べき。それに教盛がたのみ奉りたる程は、つやつやおぼしめされ候はざり
けり。成経をしらばくまかりあづからむと申を、おぼつかなくおぼしめして、おんゆるされのなからむは、既にふたごころある者とおぼしめすにこそ。是程にうしろめたなき物におもはれたてまつりて、よに有てはいかにかはすべき。よにあらば又いかばかりの事かは有べき。今は只、みのいとまをたまはりて、出家入道して、かたやまでらにもこもりゐて、ごしやうぼだいのつとめをつかまつるべし。よしなきうきよのまじはり也。よにあればこそのぞみもあれ。のぞみのかなはねばこそうらみもあれ。しかじ、只よをのがれてまことのみちにいらんには」と宣へば、季貞、にがにがしき事かなと思て、この由をくはしく入道に申ければ、「物に心えぬ人かな」とて、又へんじも宣はず。季貞申けるは、「宰相どのは
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おぼしめしきりたるおんけしきにて渡らせたまひさうらふめり。よくよくおんぱからひあるべくや候らん」と申ければ、その時入道宣けるは、「まづごしゆつけあるべしとおほせられさうらふなるこそ、おどろきぞんじ候へ。おほかたは、是程にうらみられまゐらせ候べしとこそぞんじ候はねども、それほどのおほせにおよばむ上は少将をばしばらくごしゆくしよにをかれ候べし」と、しぶしぶにありければ、宰相よろこびていでたまひにけり。少将はなにとなくたのもしげに思て、「いかに」ととひたまふもあはれ也。宰相おもはれけるは、「あなむざんやな。わがみにかへてまうさざらむにはかなふまじかりつる者の命ぞかし。人のこをあまたもつ事はむやくの事かな。わがこのえんにむすぼをれざらんには、人の上の事にこそみるべき者の事を、みの上になして、きもこころをけすこそよしな
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けれ」とおぼされければ、「いさとよ。入道殿のいきどほりなのめならずふかげにて、のりもりにはたいめんもし給はず。かなふまじき由たびたびのたまひつれども、季貞をもつて、『出家入道をもせむ』とまで申たりつればやらん、『しばらくしゆくしよにをきたまへ』とばかりのたまひつれども、しじゆうよかるべしともおぼへず」と宣ければ、少将申されけるは、「なりつねごおんにてひとひの命ものび候けるにこそ。ひとひとてもをろかのぎにて候はず。たすかり候はん事こそしかるべく候へ。是につけさうらひても、大納言のゆくへ、いかがきこしめされ候つる」とのたまへば、宰相、「いさとよ。御事をこそとかく申候つれ。大納言殿の御事までは心もおよばず」と宣ければ、げにもことわりかなとおもへども、「大納言こ
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よひうしなはれ候はば、ごおんにて成経けふばかりいのちいきても、なににかはし候べき。しでのやまをももろともにこへ、かたときもをくれじとこそぞんじさうらへ。おなじごおんにて候はば、大納言のいかにもなりさうらはん所にて、ともかくもまかりなりさうらはばや。おなじくはさやうにまうしおこなはせおわしますべくや候らん」とて、さめざめとなかければ、宰相また心くるしげにて、「まことやらん、大納言の事をば、うちのをとどどのとかくまうされければ、こよひはのび給ぬるやらんとこそ、ほのききつれ。心やすく思給べし」と宣ければ、少将そのときてをあはせてよろこばれけり。「せめてこよひばかりなりとものび給へかし」とて、よろこばれけるをみ給けるにこそ、宰相又、「むざんやな。こならざらん者は、只今たれかは是
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程に、わがみの上をさしをいて、おぼつかなくも思ひ、のびたるをききて、みにしみてうれしく思べき。まことのおもひはふしのこころざしにこそとどめてけれ。こをば人のもつべかりける物を」とぞ、やがておもひかへされける。さて宰相は少将をぐしてかへり給ひければ、宰相のしゆくしよには、少将のいで給つるよりも、北方をはじめとして、ははうへ、めのとの六条ふししづみて、「いかなることをかきかむずらん」と、きもこころをまどはしておぼしめしける程に、「宰相かへり給」といひければ、いとどむねせきあげて、「うちすてておわするにこそ。いまだ命もおわせば、いかにいよいよ心ぼそくおぼすらむ」と、かなしく思はれけるに、「少将どのもかへらせ給」と、さきに人はしりむかひてつげ申たりければ、くるまよせにいでむかひて、まことかやとて、又声をととのへてなきあひ給へり。まことに宰
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相、少将のりぐして、かへり給へり。のちはしらず、かへりをはしたれば、しにたる人のそせいしたるやうにおぼえて、よろこびなきどもしあはれけり。この宰相の宿所は、かどわきとて、六波羅のそうもんのうちなれば、ほどへだたらず。入道たうじははつでうにおわしけれども、よもなほつつましくて、かどさししとみのかみばかりあけてぞおはしける。
十八 にふだうはかやうに人々あまたいましめをかれたりけれども、なほこころやすからずおもはれければ、「ぜんあく法皇をまづむかへとり奉て、このはつでうにおしこめまひらせて、いづちへもごかうなし奉らむ」とおもふこころ、つかれにけり。あかぢのにしきのひたたれに、しろがなものうちたるくろいとをどしのはらまきのむないたせめて、そのかみあきのかみにてじんばいせられけ
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る時、いつくしまのやしろよりれいむをかうぶりてまうけられたりける、しろかねのひるまきしたるひさうのてぼこの、常にまくらをはなたざりける、左わきにはさみて、ちゆうもんのらうにつといでてたたれたり。そのけしきゆゆしくぞみへられける。ひごのかみさだよしは、もくらんぢのひたたれに、ひをどしのよろひきて、おんまへにひざまづいて候。入道のたまひけるは、「さだよし、このこといかが思ふ。入道がぞんずるはひがことか。ひととせほうげんのげきらんの時、うまのすけをはじめとして、したしきものどもはなかばすぎてさぬきのゐんのみかたへ参りにき。いちのみやのおんことは、こきやうのとののやうくんにてわたらせたまひしかば、かたがたおもひはなちたてまつりがたかりしかども、こゐんのごゆいかいにまかせて、みかたにてさきをかけたりき。これいちのほうこうなりき。つぎにへい
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ぢのげきらんの時、のぶより、よしともがふるまひ、入道命ををしみてはかなふまじかりしを、命をすててきようどをおひおとして、てんがをしづむ。そののちつねむねこれかたをいましめしにいたるまで、君のおんために命をすてむとする事たびたびなり。たとひ人いかにまうすとも、入道がしそんをばいかでかすてさせ給べき。されば入道が事をいるかせにしまうさむ者をば、君ももつともおんいましめも有べきに、いましめらるるまでこそなからめ、大納言がざんにつかせ給て、なさけなく一門ついたうせらるべきよしのゐんぢゆうのごけつこうこそ、ゐこんのしだいなれ。このことゆきつなつげしらせずは、あらはるべしや。あらはれずは、入道あんをんにて有べしや。なほもほくめんのげらふどもがいさめまうす事なむどあらば、たうけついたうのゐんぜんくだされ
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ぬとおぼゆるぞ。てうてきとなりなむのちは、くやむにえき有まじ。よをしづめん程、せんとうをとばのきたどのへうつし奉るか、しからずはごかうをこれへなしたてまつらばやとおもふなり。そのぎならば、ほくめんのものどもの中に、やをもひとすぢいいだす者もありぬとおぼゆるぞ。さぶらひどもにそのよういせよとふるべし。おほかたは入道、ゐんがたのみやづかへおもひきりたり。きせながどもとりいだせ。馬にくらをかせよ」とぞげぢせられける。とばどのへのごかうとはきこへけれども、ないないは法皇をさいこくのかたへながしまゐらすべき由をぞぎせられける。しゆめのはんぐわんもりくに、このけしきをみたてまつりて、こまつどのにはせまゐりて、おほいとのに申けるは、「よは今はかうとみへ候。入道殿、既におんきせながをめされ候。さぶらひどもみなうつたちさうらふ。ほふぢゆうじどのへよせられ候。とばどのへのご
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かうとこそきこへ候へども、ないないは、さいこくのかたへごかうなるべきにて候やらんとこそ、うけたまはり候つれ。いかにこのごしよへは今までおんつかひは候はぬやらん」と、いきもつきあへず申ければ、ないだいじんおほきにさわがれけり。「いかでかさしもの事はあるべきとは思へども、けさの入道殿のおんけしき、さるものぐるはしき事もあらん」と、おぼされければ、だいふいそぎはせきたりたまふ。そのときもおなじくかつちうをよろうにおよばず。はちえふのめしぐるまのけしかるに、しそくのこれもり車のしりにのせて、ぢゆうだいつたはりたるからかはといふよろひ、こがらすといふたち、車のうちにないないよういしてもたれたり。ひきさがりてくらおきむまひかせたり。ゑふ四五人、ずいじん二三人めしぐして、しんかうにおよびて、けさのていにて、えぼ
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しなほしにておはしたりけり。にし八条にさしいりてみられければ、たかとうだい、さぶらひちゆうもんのつぼつぼにかきたてて、いちもんのけいしやううんかくすじふにん、おのおのおもひおもひのよろひひたたれに、色々のよろひきて、ちゆうもんのらうににぎやうにちやくざせられたり。ゑふ、しよし、しよこくのじゆりやうなむどはえんにゐこぼれて、つぼにもひしとなみゐたり。はたざをどもひきそばめ、馬のはるびをしめて、かぶとをひざの上におきて、只今かけいでむずるていとみへけるに、ないだいじんなほしにて、だいもんのさしぬきのそばとりて、ざやめきいられけり。ことのほかにこそみへられけれ。入道これをはるかにみつけて、すこしふしめにこそなられけれ。「れいのだいふが入道をへうするやうにふるまふは」とて、心えずげにおもはれたり。内大臣
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いささかもはばかるけしきなく、ゆらゆらとあゆみよつて、ちゆうもんのらうにつかれたり。弟のうだいしやうむねもりのきやうよりかみなるいちざに、むずとつかれたり。だいふしはうをみまはして、「いしげにさうおんけしきどもかな」とて、へしぐちせられけり。ひやうぢやうをたいしたる人々も、皆そぞろきてぞみへられける。きやくでんをみ給へば、大政入道のていそうじてきやうきやうなり。あかぢのにしきのひたたれに、くろいとをどしのはらまききて、ひだりのかたにはくろいとをどしのよろひに、しらほしのかぶとかさねておかれたり。右のかたにはしろかねのひるまきしたるなぎなたたてて、ゐんのごしよか、しんかのもとへか、只今うちいりげなるけしきなりけるが、入道は是をみたまひて、こながらも、うちにはごかいをたもちてじひをさきとし、ほかにはごじやうを
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みだらず、れいぎをただしくし給ふしんなりければ、はらまきをきてあひむかはん事のおもはゆくやおもはれけん、しやうじをすこしひきたてて、はらまきの上にそけんのころもをひきかけて、むないたのかなもののはづれてきらめきてみへけるをかくさむと、しきりにころものむねをひきちがへひきちがへぞせられける。内大臣このけしきをみたまひて、「あなくちをし。入道殿にはよくてんぐつきたりけり」と、うとましくぞおもはれける。入道のたまひけるは、「そもそもこのあひだの事をさいくわうほふしにくはしくあひたづねさうらへば、なりちかのきやうふしがむほんのくはたてはしえふにてさうらひけるぞ。しんじつには法皇のごえいりよよりおぼしめしたたせたまふおんことにてさうらひけり。おほかたはちかごろよりいとしもなききんじゆしやどもが、をりにふれ時にしがたひて、さまざまの
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事をすすめまうすなるあひだ、ごきやうきやうの君にてわたらせ給ふ。いちじやうてんがのわづらひ、たうけのだいじひきいださせたまひぬとおぼゆる時に、法皇を是へむかへまひらせて、かたほとりにおひこめまひらせむとぞんずる事を、まうしあはせ奉らむとて、たびたびつかひをつかはしつる也」と宣へば、だいふ、「かしこまりてうけたまはりさうらひぬ」とばかりにて、さうがんより涙をはらはらとおとし給ふ。入道あさましとおぼして、「こはいかに」と宣へば、だいふしばらく物も宣はず。ややひさしくありて、なほしの袖にて涙をのごひはなうちかみ宣けるは、「なにかの事はしりさうらはず。まづおんすがたを見まひらせさうらふこそ、すこしもうつつともおぼへ候はね。さすがわがてうは、へんぢそくさんのさかひとまうしながら、てんせうだいじんのごしそん、国の
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あるじとして、あまつこやねのおんすゑ、てうのまつりごとをつかさどりたまひしよりこのかた、だいじやうだいじんの位にのぼるひと、かつちうをよろふ事、たやすかるべしともおぼえさうらはず。かたがたおんはばかりあるべくさうらふものを。なかんづくごしゆつけのおんみなり。それさんぜしよぶつ、げだつどうさうのほふえをぬぎすてて、たちまちにかつちうをたいしましまさん事、既にうちにははかいむざんのつみをまねきたまふのみにあらず、ほかには又じんぎれいちしんのほふにもそむきさうらひぬらんとこそおぼえさらへ。よくよくごえいぐわつきてみよのすゑになりて候とおぼえさうらふあひだ、あまりにかなしくおぼえさうらひて、ふかくのなみだのさきだち候ぞや。かたがたおそれあるまうしごとにて候へども、しばらく御心をしづめさせおわしまして、重盛が申候はん事をつぶさにきこしめされ候べし。かつうはさいごのまうしじやうなり。こころのそこにぞんぜん程のしいしゆを
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のこすべきにさうらはず。まづよにしおんとまうすことは、しよきやうのせつさうふどうにして、ないげのぞんぢ、おのおのべつなりといへども、しばらくしんぢくわんぎやうのだいはちのまきによらば、いちにはてんちのおん、ににはこくわうのおん、三はしちやうのおん、四にはしゆじやうのおん、これなり。これをしるをもつてじんりんとし、しらざるをもつてきちくとす。その中にもつともおもきはてうおんなり。ふてんのした、わうどにあらずといふことなし。しゆつとのひん、わうしんにあらずといふことなし。されば、かのえいせんのみづにみみをあらひ、しゆやうざんにわらびををりけるけんじんも、ちよくめいのそむきがたきれいぎをばぞんじてこそさうらふなれ。かたじけなくもごせんぞ、くわんむてんわうのごべうえい、かづらはらのしんわうのごこういんと申ながら、なかごろよりむげにくわんどもうちくだりて、わづかにげこくのじゆりやうをだにもゆるされでこそ候けるに、こぎやうぶきやうのとの、びぜんのくにこくむのとき、とばのゐんのごぐわん、
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とくぢやうじゆゐんをざうしんのけんじやうによつて、いへにひさしくたえたりしうちのしようでんをゆるされける時は、ばんにんくちびるをひるがへしけるとこそうけたまはりつたへて候へ。いかにいはむや、おんみ既にせんぞにもいまだはいにんのあとをきかざりし、大政大臣の位をきはめさせ給。おんすゑまただいじんのだいしやうにいたれり。いはゆる重盛なんどがふさいぐあんのみをもつて、れんぷくわいもんの位にいたる。しかのみならず、こくぐんなかばはいちもんのしよりやうなり。でんゑんことごとくかもんのしんじたり。これきたいのてうおんにあらずや。いまこれらのばくたいのてうおんをわすれて、君をかたぶけまゐらせましまさむ事、てんせうだいじん、しやうはちまんぐう、じつげつせいしゆく、けんらうぢじんまでもおんゆるされやさうらふべき。『君をそむく者は、ちかくは百日、とほくは三年をいでず』とこそまうしつたへたれ。もしまたゐんぜんにてむほんのおんくはたてありともひがことともぞんじさうらはず。つらつらしやうこをおもひさうらふに、なうそへいしやうぐんさだもり、さうまのこじらうまさかど
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をうちたりしも、けんじやうをおこなはれさうらひし事、じゆりやうにはすぎざりき。いよのにふだうよりよしがさだたふ、むねたふをちゆうりくし、むつのかみよしいへが、いへひらをほろぼしたりしも、いつかはしようじやうの位にのぼり、ふしのしやうにあづかりたりし。しかるをこのいちもんだいだいてうてきをついたうして、しかいのげきらうをしづむる事はぶさうのちゆうなれども、めんめんのおんしやうにおいては、ばうじやくぶじんともまうしつべし。されば、しやうとくたいしの十七かでうのけんぼふには、『ひとみなこころあり。こころおのおのしゆあり。かれをぜすればわれをひし、われをぜすればかれをひす。ぜひのり、たれかよくさだむべき。あひともにけんぐなり。たまきのごとくしてはしなし。ここをもつて、かのひといかるといふとも、かへりてわがとがをおそれよ』とこそ候へ。これによつて、きみことのついでをもつて、きくわいなりとおぼしめさん事は、もつともことわりにてこそ候へ。しかれどもごうんつきざるかによつて、このことすでにあらはれて、おほせあはせられさうらふひとびと、かやうにめしおかれ
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さうらひぬ。たとひ又君いかなる事をおぼしめしたちさうらふとも、しばらくなんのおそれかはをはしますべき。大納言いげのともがらに、しよたうのざいくわおこなはれさうらひなん上は、しろぞきて事のよしをちんじ申させたまひて、君のおんためにはいよいよほうこうのちゆうせつをつくし、たみの為にはますますぶいくのあいれんをいたさせ給はば、しんめいぶつだのおうごあさからず。みやうしゆぜんじんのかごしきりにして、君のおんまつりごとひきかへてすなをになるならば、げきしんたちまちにめつばうし、きようどすなはちたいさんして、しかいなみしづかにはちえんあらしをさまらん事、たなごこころをかへさんよりもなほすみやかなるべし。みだりがはしく法皇をかたぶけまゐらせましまさん事、しかるべしともおぼへさうらはず。『ふめいをもつてわうめいをじせず、わうめいをもつてふめいをじす。かじをもつてわうじをじせず、わうじをもつてかじをじす』ともはべり。またきみとしんとをなぞらふるに、しんそをわかず君につかへ奉るは、ちゆうしんのほふなり。だうりとひがこととをなぞらへんに、いかでか
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だうりにつかざらん。ここにおいては、君のおんだうりにてさうらへば、重盛にをきては、ごゐんざんのおんともをばつかまつるべしともぞんじさうらはず。かなはざらむまでも、ゐんぢゆうを守護し奉らばやとこそぞんじさうらへ。重盛、はじめろくゐにじよせしより、いまさんこうのすゑにつらなるまで、てうおんをかうぶる事、みにをひてすこぶるくわぶんなり。そのおもき事をろんずれば、せんくわばんくわのたまにもこえ、そのふかきいろをあんずるに、いちじふさいじふのくれなゐにもすぎたるらん。しかれば重盛君のみかたへまゐりさうらはば、いのちにかはりみにかはらんと、ちぎりふかきはぢあるさぶらひ、二百よにんはあひしたがへてさうらふ。このものどもはよもすてさうらはじ。とほくれいをばもとむるにおよばず、まさしくごらんじみさうらひし事ぞかし。ほうげんのげきらんのとき、くわんぱくどのはだいりにさうらはせましまし、おととのさだいじんどのはしんゐんのみかたにさうらひたまふに、
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むつのはんぐわんためよしはしんゐんのみかたへ参り、しそくしもつけのかみよしともはだいりにさうらひてかつせんす。つはものいくさごとをへてのち、おほひどのはせんぢやうのけぶりのそこになりにしかば、さふはながれやにあたりて命をうしなひ、しんゐんはさんしうへはいるせられさせたまひぬ。そののちたいしやうぐんためよしはしゆつけにふだうして、よしともをたのみあらはれ、てをあはせてきたりしかば、くんこうのしやうをまゐらせあげて、ちちが命をひらに申ししかども、まさしく君をい奉るつみ、のがれがたきによつて、しざいにさだまりしを、ひとでにかけじとて、義朝がしゆしやくのおほちにひきいだして、くびをきりさうらひしをこそ、おなじちよくめいのそむきがたさとまうしながら、あくぎやくぶたうのいたり、くちをしきことかなとこそ、きのふまでもみききさうらひしに、けふは重盛がみの上になりぬとこそおぼえさうらへ。『きみうちかたせたまひさうらはば、かのほうげんの
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れいにまかせて、重盛ごぎやくざいのいちぶをかしさうらひぬ』とおぼえさうらふこそ、かねてこころうくおぼえ候へ。かなしきかな、君のおんためにちゆうをいたさむとすれば、めいろはちまんのいただきなほくだれる、ちちのごおんをたちまちにわすれなんとす。いたましきかな、ふけうのつみをのがれんとすれば、さうかいばんりのそこなほあさき、君のおんためにふちゆうのぎやくしんとなりぬべし。これとまうし、かれといひ、おもふにむやくの事にて候。只まつだいにしやうをうけて、かかるうきめをみる、重盛がくわほうの程こそくちをしくさうらへ。されば、まうしうくるところなほごしよういんなくして、ごゐんざんあるべきにてさうらはば、まづ重盛がかうべをめされさうらふべし。しよせんゐんぢゆうをも守護すべからず。又おんともをもつかまつるべからず。まうしうくるところは、只くびをめさるべきにあり。いまおぼしめしあはせさせおはしましさうらへ。ごうんはいちぢやうすゑになりて候とおぼえさうらふ。人のうんの末にのぞむ時、かやうのはかりことはおもひ
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たつことにてさうらふなるぞ。らうしのかきをかれて候ことばこそおもひあはせられ候へ。『こうめいかなひとげて、みをしりぞきくらゐをのがれずは、すなはちがいにあふ』といへり。かのくんせうがはたいこうをたつる事、はうばいにこえたるによつて、くわんたいしやうこくにいたり、けんをたいしくつをはきながら、てんじやうにのぼる事をゆるされたりき。しかれどもえいりよにそむくことありしかば、かうそおもくいましめて、ていいにおろされてつみせらる。ろんごと申すふみには、『くににみちなきときは、とみかつたつときははぢなり』といふもんあり。かやうのせんじようをおもひあはせさうらふにも、ごふうきといひ、ごえいぐわといひ、てうおんといひ、ちようじよくといひ、ひとかたならずきはめましまして、としひさしくなりぬれば、ごうんのつきんとてもかたかるべきにあらず。『ふうきのいへ、ろくゐちようでふするは、なほしさいじつのきのごとし。そのねかならずいたむ』ともいへり。心ぼそくこそおぼえさうらへ。いつまでかいのちいきて、みだれぬ
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よをもみ候べき。只とくとくかうべをはねられ候べし。さぶらひ一人におほせて、ただいまおつぼにひきいださせたまひて、かうべをはねられむ事、よにやすき事にてこそ候はんずれば、是はとのばらいかがおもひたまふ」とて、なほしのふところよりたたうがみとりいだして、はなうちかみ、さめざめとなくなく宣ふ。一門の人々よりはじめて、さぶらひどもにいたるまで、みなよろひの袖をぞぬらされける。「いかにおんもちいなくとも、かなはざらんまでも、おのおのかやうの事をばまうさるべきにてこそ候に、いさめ申さるるまでこそ候はずとも、まづくみしがましくおんもののぐかためられさうらふこと、かつうはきやうきやういていのものぐるはしきありさま、おんふるまひどもかな。かくてはよを
たもち、ししそんぞんはんじやうして、かもんのえいぐわ、すゑたのみなくこそおぼえ候へ」と宣ければ、弟のうだいしやう、せきめんしてすくみかへりて、あせみづになられけり。
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ことのほかにわろくぞみえられける。入道もさすがいはきならねば、だうりにつまりてへんじもし給はず。すがたのはづかしさに、しやうじのおくへすべりいりてをはしけるが、だいふの既にたちたまひけるをみて、しらけぬていに、「あはれ、ききたるとののくちかな。わどのもせつぽふし給ふ。しばらくおはせよかし。入道もせつぽふしてきかせ申さむ」とぞ宣ける。内大臣はちゆうもんのらうにたちいでて、さもしかるべきさぶらひどもにあひて宣けるは、「重盛が申つる事はおのおのきかずや。さればゐんざんのおんともにおいては、重盛がくびのきられんをみてのち、つかまつるべしとおぼゆるはいかに。けさよりこれにさうらひて、かなはざらんまでもいさめまうさばやとぞんじつれども、これらがていあまりにひたあはてにみへつる時に、かへりたりつる也。今ははばかるところあるべからず。かうべをめさる
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べしと申つれば、そのむねをこそぞんぜめ。ただしいまださもおほせられぬはいかなるべきやらん。さらば人参れ」とて、こまつどのへぞかへられける。
十九 ないだいじんかへりはてられければ、もりくにをつかひにて、「重盛べつしててんがのだいじをききいだしたる事あり。われをわれと思はんものどもは、いそぎもののぐして参るべし。これにて重盛にこころざしのありなしはみるべし」ともよほされければ、これをききて、「おぼろけの事にはさはぎ給はぬ人の、かかるおほせのあるは」とて、さぶらひども、入道には「かく」とだにもまうさで、われさきにとぞはせまゐりける。よあけにければ、らくちゆうのほか、しらかは、にしのきやう、とば、はつかし、だいご、をぐるす、くわんじゆじ、をはら、しづはら、せれうのさとにあぶれゐたりける、さぶらひ、らうどう、ふるにふだうまでも、しだいにききつたへききつたへして、あるいは馬にのるも
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あり、のらぬもあり、あるいはよろひきていまだかぶとをきぬ者もあり、あるいはゆみもちてやおはぬ者もあり、あるいはやをおひてゆみをとらぬ者もあり、かやうにわれおとらじとはせあつまりにければ、にしはつでうにはあをにようばう、ふるにこう、おのづからふでとりなんどぞせうせうのこりたりける。きゆうばにたづさはる程の者は一人もなかりけり。入道のたまひけるは、「だいふはなにとおもひてこれらをばよびとるやらん」とて、よにこころえずげにて、はらまきぬぎおきて、そけんのころもにけさうちかけて、えんぎやうだうして、心もおこらぬねんじゆして、うそうちふきて、「だいふになかたがひてもよきだいじや」とぞおもはれける。こまつどのにはもりくにがうけたまはりにて、さぶらひのちやくたうつけけり。さぶらひ三千よにん、郎等、のりがへともなく、およそのせい二万七千八百よきとぞしるしける。ないだいじんはちやくたうひけんののち、さぶらひどもにたい
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めんしてのたまひけるは、「ひごろのけいやくをたがへず、かやうにはせまゐりあひたるこそかへすがへすしんべうなれ。重盛ふしぎの事をききいだしたりつる程に、にはかにかくはもよほしたりつるなり。されどもそのことききなをしつ。ひがことにて有けり。とくとくまかりかへられよ。じこんいごもこれよりもよほさんにはまゐるべし。かへすがへすほんいなり」とて皆かへされけるが、又宣けるは、「是に事なければとて、のちにちさん有べからず。いこくにもさるためし有けり。昔もろこしにしうのいうわうといふみかどおはしけり。きさきをばほうじとぞ申ける。このきさきしやうをうけたまひてよりこのかた、わらひ給はず。みかどこのきさきをちようあいし給けるあまりに、いかにしてえませ奉らんと、しゆじゆのわざをしたまひけれども、ついに
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えみ給はず。あるときてんがにこといでて、ほうくわをあげ、ときをつくりて、かつちうをよろへるむしや、くじやうにじゆうまんせり。これをみたまひてきさきはじめてえみ給へり。ほうくわとはだいこくのならひ、都にさわぐこといできぬれば、しよこくへつはものをめさむとては、ほうくわとうろとなづけてくわりんをとばすじゆつをしてわうじやうのしはうのたかきみねみねにとぼしてしよこくのつはものをめすなり。又はとうてんりんともなづけたり。このほうくわいできぬれば、都にこといできたむなりとて、国々のつはもの、みやこへはせまゐる。これをとぶひともなづけたるにや。そののち常にきさきをえませ奉らむとて、ほうくわをあげ、時のこゑをつくりしかば、しよこくのくわんぐんはせまゐりたりけれども、かかるはかりことなりければ、おのおのほんごくへかへりにけり。とうざんへゆくくわんぐんはせんりのみちにこまをはやめ、さいこくへおもむくせむだらはやへのしほぢをしのぎけり。なんぼくの国々も又かくのごとし。
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あるとき、えびすのいくさよせて、いうわうをほろぼさんとしけるに、さきざきのごとくほうくわをあげ、時の声をあはせしかども、しよこくのくわんびやうら、れいのきさきえませ奉らんれうにてぞあらんとて、一人もまひらざりければ、いうわうたちまちにほろびたまひてけり。ほうじをばえびすのいくさとりてかへりぬ。それよりびじんをばけいせいとぞなづけたる。『みやこをかたぶく』といふよみあり。このよみをばそのかみはいましめられけれども、たうせい都にはなほけいせいとぞよばれける。かのきさき、のちにはをみつあるきつねになりて、ふるきつかへにげさりにけり。きつねの女にばけて、人の心をたぶらかすといふ事は、ほんせつある事にや。おもひあはすべし」とぞ宣ける。内大臣まことにはさせる事もききいだされざりけれども、ちちの入道をいさめまうされつることばにしたがひて、わがみにせいのつくか、つかぬかの程をもしり、かつうは又
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ちちといくさをせむとにはあらず、ちちのむほんの心をやおもひなだめたまはむとのはかりことなるべし。内大臣のぞんぢのむね、ぶんせんこうの宣けるにたがはず。君の為にはちゆうあり、ちちの為にはかうあり。あはれ、ゆゆしかりける人かな。法皇この事をきこしめして、「今にはじめぬ事なれども、重盛が心のうちこそはづかしけれ。『あたをばおんをもつてほうぜよ』といふもんあり。まろははやあたをばおんにてほうぜられにけり」とおほせありけるとぞきこへし。
廿 さゑもんのにふだうさいくわうをば、そのよまつらのたらうしげとしにおほせて、しゆしやくのおほちにひきいだしてかうべをはねらる。郎等三人おなじくきられにけり。さいくわうはさんゐのちゆうじやうとももりのめのと、きいのじらうびやうゑためのりがしうとなりければ、とももり、二位殿につきたてまつりて、たりふしまうされけり。ためのりも、「ひとでにかけさうらはん
よりも、
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まうしあづかりさうらひて、いましめさうらはん」と、さいさん申けれども、つひにかなはず、きられにければ、さんゐのちゆうじやうもためのりもよをうらみて、さばかりのさうどうなりけれども、さしもいでたまはざりけり。
廿一 二日、なりちかのきやうをば、よやうやくあくる程に、くぎやうのざにいだし奉て、物まひらせたりけれども、胸もせきのどもふさがりて、いささかもめされず。やがておつたてのくわんにん参てくるまをさしよせ、「とくとく」と申ければ、心ならずのりたまひぬ。御車のすだれをさかさまにかけて、うしろさまにのせたてまつりて、もんぐわいへおひいだす。まづくわちやう一人つとよりて、車よりひきおとし奉て、はふりのしもとを三度あて奉る。次にかどのをさ一人よりて、せつがいのかたなとて、ふたかなたつくまねをし奉る。次にやましろのはんぐわんすゑすけ、せんみやうをふくめ奉る。かかる
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事は人の上にてもいまだごらんじ給はじ。ましておんみの上にはいつかはならひ給べきと、御心のうち、おしはかられてあはれ也。もんぐわいよりはぐんびやうすひやくき、車のぜんごにうちかこみて、わがかたさまの者は一人もなし。いかなるところへゆくやらんも、しらする人もなし。「内大臣にいまいちどあひまうさで」とをぼしけれども、それもかなはず。みにそへる物はつきせぬ涙ばかりなり。しゆしやくを南へゆきければ、おほうちやまをかへりみても、おぼしいづる事おほかりけるなかにも、かくぞ思つづけられける。
ごくらくと思ふくもゐをふりすててならくのそこへいらんかなしさ K015
とばどのをすぎたまへば、としごろつかへ奉りしとねり、うしかひどもなみいつつ、涙をながすめり。「よその者だにもかくこそあるに、まして都にのこりとどまる者
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どもいかばかりかなしかるらん。われよに有し時、したがひつきたりし者一二千人も有けんに、一人だにもみにそふ者もなくて、けふをかぎりて都をいづるこそかなしけれ。おもきつみをかうぶりて遠き国へゆく者も、ひとひとりぐせぬ事やはある」なんど、さまざまにひとりごとをのたまひて、声もをしまずなき給へば、車のしりさきにちかきつはものは、よろひの袖をぞぬらしける。とばどのをすぎたまへば、「このごしよへごかうのなりしには、いちどもはづれざりし物を」なんどおぼして、わがうちの前をとほり給へば、よそもみいらですぎ給も哀也。なんもんをいでぬればかはばたにて、「おんふねのしやうぞくとく」といそがす。「こはいづくへやらむ。うしなはるべくは只この程にてもあれかし」とおぼすも、せめてのかなしさのあまりにや。ちかくうちたる武士を、「是はたそ」ととひ給へば、「つねとほ」となのりけり。
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なんばのじらうといふ者なりけり。「もしこのほどにわがゆかりの者や
あるとたづねてむや。ふねにのらぬさきにいひおくべき事のあるぞ」と宣ければ、「そのへんちかきあたりをうちまはりてたづねけれども、こたふる者なし」と申ければ、「よにおそれをなしたるにこそ。なじかはゆかりの者なかるべき。命にもかはらむといひちぎりし者、一二百人も有けむ物を。よそにてもわがありさまをみむとおもふもののなきこそくちをしけれ」とて、涙をながし給へば、たけきもののふなれども、あはれとぞ思ける。大納言おんふねにのり給て、鳥羽殿をみわたして、守護のぶしにかたり給けるは、「さんぬるえいまんのころ、法皇あの鳥羽殿へごかうあつて、ひねもすにぎよいうありき。しでうのだいじやうだいじんもろなが、おんびはのやくをつとめらる。げんせうしやうまさかた、おんふえのやくにさんぜらる。はむろの中納言とし
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かた、ひちりきのやくに参り給ゐ、やうばいのさんゐあきちか、しやうのふえをつかまつり、もりさだ、ゆきざね、うちものをつとめらる。かかりしかば、きゆうちゆうすみわたり、くんじゆのしよにん、かんるいをもよほしき。てうしばんしきでうにて、ばんしうらくのひきよくをそうせられしに、五六のでふになつしかば、てんじやうの上にびはのおと、ほのかにきこゆ。げんげんえんよくとしてこゑごゑのおもひあり。かんくわんたるあうぎよははなのもとになめらかに、いうえつたるせんりうはこほりのしたになづめり。さうさうたるたいげんはむらさめとぞおぼへし。せつせつたるせうげんはひぎよににたりしかば、ちやくざの人々はおのおのいろをうしなふ。君はすこしもさわがせ給はず。なりちか、その時しゐのせうしやうにてばつざにしこうしたりしをめされて、いかなる人ぞとたづねまうすべきよしおほせくだされしかば、成親かしこまりて、天井にむかひて、『君はいかなる人にて
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わたらせ給ぞ』と、院宣のおもむきを申たりしかば、『われはすみよしのへんに候じよう也』とこたへて、やがてびはのおともせず、こたふる人もうせたりき。すみよしのだいみやうじんのごやうがう有けるにや。しよにんみのけいよだちけるほどに、いけのみぎはにあかきおにのあをきほうをかきて、あふぎを三本むすびたてたり。ぎよいうのがくにめで給て、住吉の大明神のかけらせ給けるにこそ。それよりしてぞ、すはまどのをばすみよしどのとも申ける。かのもろながこうのびはは、しんりよにもさうおうのしようしおほかりける中に、あるとしてんがかんばつのあひだ、しよじしよさんのじやうぎやうぢりつのそうらにおほせて、あめのおんいのり有けれども、つゆだにもをかずして、人々ふかくし給たりけるに、この大政大臣、ひよしのやしろにさんろうせられてきせいあり。しゆじゆのひきよくをひきたまひたりければ、
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たちまちにそらかきくもり、こくどにあめくだりて、てんがぶねうなりき。又げんせうしやうまさかたのふきける笛は、もみぢといふめいぶつ也。かの笛はむかしすみよしの大明神、もみぢのころ、おほゐがはにごかうして、ぎよいう有けるに、もみぢおもしろくありけるにまじはりて、そらよりふりけるをとらせおわしまして、くわんぎよののち、おんみをはなたれずして、ごひさう有て、もたせ給たりけるほどに、だいりしゆごしてくわんぎよなるとて、おとさせ給たりけるを、かのまさかたのせんぞに、いちでうのさだいじんまさちかこうと申人、もとめてけり。あるときまさちかこう夢にしめしていはく、『この笛はわれしかしかしてまうけたりしを、だいりにておとしたりき。ひさうの物也。われにかへせ』とおほせられければ、正親こう申やう、『もとめえてのちは、これにすぎたるたから
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なしとぞんじさうらふときに、まゐらすまじく候。それにきくわいにおぼしめされさうらはば、命をめせ』と申たりければ、『さらばその笛のかはりに、なんぢがしよぢのたうほんの法花経をまゐらすべし』とおほせられければ、又申やう、『笛はこんじやういつたんのもてあそび物、経はたうらいせせのしえんにて候へば、笛をこそまゐらせ候はめ』と申けるを、明神あはれとおぼしめして、経をも笛をもめされざりき。さてみをはなたず、いよいよほうぶつと思てもちたりけるほどに、だいりぜうまうの時、いかがしたりけむ、おとしてうしなひてけり。ただことにあらず。もしは明神のめしかへされけるにや。そののちまうけられたりける笛の、すこしもたがはざりければ、是をももみぢとなづく。今の笛はのちのもみぢにてぞ有ける。かやうにありがたき人々おはしましければ、明神のごやうがうもことわりにこそ
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おぼえしか。かかりし時も人こそおほかりしかども、なりちかこそめしぬかれて君のおんつかひをばしたりしか。せう、ちやく、きん、くうご、びは、ねう、どうばち、そのなはまちまちなれども、ちゆうだうのはうべんなりければ、皆是ほんうのめうり也。そうじていきとしいける者、いづれかこゑをはなれたる。りこうきよがんのさへづり、りようぎんぎよやくのなきまでも、あるいはげんのみなもと、あるいはくわんのおこり也。声ととのをりぬれば、君のみちすなほなり。さればてんしもがくをもちひ給て、ががくのれうをおかれて、てうていのぎしきにそなへらる。しゆんそにかへるみよなれば、あんらくのこゑぞめでたき。あまたのてうのなかにもふがうでうこそすぐれたれ。今のばんしきでうをばびはにはふがうでうといふ。さればめうおんだいしもさんまいのびはをとり、しとくのかたちをそなへて、左のみてのいんざうにふかきゆゑありとかや。
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そもそもばんしうらくはきたいのひきよく、がくけのめうてうなる故に、しんめいもここにかうりんし、ぶつだも是になふじゆす。故にすなはちそのみちをおもんじて、たやすく是をあらはさず。しだいさうじようをとぶらへば、にちざうしやうにんとたうのとき、しやうがをもつてほんてうにかへりてぞ、くわんげんにはうつされし。みだ四十八ぐわんのしやうごんにもぼさつ是をもてあそび、たうり三十三天のけらくにも、しやくだい是をまひかなづ。まことにきたいのがく也。さてもいまてうてきにあらずして、はいしよへむかふこそかなしけれ。すみよしのだいみやうじんたすけさせ給へ」とて、声もをしまずなき給へば、つねとほをはじめとして、おほくのぶしどもよろひの袖をぞぬらしける。くまのまうで、てんわうじまうでなむどには、ふたつがはらのみつむねにつくりたるふねに、つぎのふね二三十そうつきてこそ有しに、是はけしかるかきすへやかたのふねに、おほまくひきまわして、わがかたさまの
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者は一人もなくて、みもしらぬつはものにのりぐして、いづちともしらずをはしけむ心のうち、さこそはかなしかりけめ。こよひはだいもつといふ所につき給へり。しんだいなごん、しざいをなだめられて、るざいにさだまりにけりときこへければ、さもしかるべき人々よろこびあはれけり。是はだいふの入道にあながちにまうされたりける故とぞきこへし。「くににかんしんあれば、そのくにかならずやすし。いへにかんしあれば、そのいへかならずただし」といへり。誠なるかなや。この大納言、さいしやうかちゆうじやうかの程にて、いこくよりきたりたりけるさうにんにあひたまひたりければ、「くわんはじやうにゐのだいなごんにのぼりたまふべし。ただしごくにいるさうのをはするこそいとほしけれ」とさうしたりけるとかや。今おもひあはせられてふしぎ也。又中納言にてをはしける時、をはりのくのをしり給けるに、いんじ
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かおう元年のふゆのころ、もくだいうゑもんのじようまさとも、をはりのくにへくだるとてくひぜがはにとどまりたりけるに、さんもんのりやう、みののくにひらののしやうのぢゆうにんと、こといだす事ありけり。ひらののしやうの住人、くずをうりけるに、かのまさともがしゆくにてあたひのかうげをろんじけるに、のちにはくずにすみをつけたりけるをとがめけるほどに、たがひにいひあがりて、じんにんをにんじやうしたりけるゆゑとぞきこへし。これによつて、ひらののしやうのじんにん山門にうつたへければ、どうねん十二月廿四日、だいしゆおこりて、ひよしのしんよをぢんとうへささげてさんず。ふせかせられけれどもかなはず。こんゑのもんよりいりて、けんれいもんの前にしんよをならべすへ奉りて、なりちかのきやうをるざいせられ、もくだいまさともをきんごくせらるべきよしうつたへまうしければ、成親卿びつちゆうのくにへながされ、もくだいまさともをごくしやへいれらる
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べき由をせんげせらる。大納言既ににしのしゆしやくなる所までいだされたりける程に、おなじき廿八日、めしかへさるときこへしかば、大衆なりちかのきやうをおびたたしくしゆそすときこへしかども、おなじき廿九日、ほんゐにふくして、やがて中納言になりかへり給。おなじき二年正月五日、うゑもんのかみをけんじて、けんびゐしのべつたうにならる。そののちもめでたく時めきさかえ給て、さんぬるしようあん二年七月廿一日、じゆにゐしたまひし時も、すけかた、かねまさをこえたまひて、すけかたはよき人、をとなにてをはしき、かねまさはせいれいの人なりしに、こえられたまふもふびんなりし事也。これはさんでうどのざうしんのしやうなり。おんわたましのひなりけり。おなじき三年四月十三日、またじやうにゐし給ふ。今度はなかのみかどのちゆうなごんむねいへのきやうこえられ給ふ。きよきよねん、しようあん
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元年十一月廿八日、だいにのちゆうなごんをこえて、さゑもんのかみ、けんびゐしのべつたう、ごんだいなごんにあがり給ふ。かやうにさかえられければ、人あざけりて、「山門の大衆にはのろはるべかりける物を」とぞ申ける。されどもそのつもりにや、今かかるめをみ給ふぞおそろしき。しんめいのばつも人のしゆそも、ときもありおそきもあり、ふどうの事なり。三日、いまだくれず、京よりおんつかひありとて、ひしめくめり。既にうしなへとにやとききたまへば、びぜんのくにへといひてふねをいだすべきよしののしる。うちのおとどのもとよりおんふみあり。「みやこちかきやまざとなむどにおき奉らんと、さいさんまうしつれども、かなはぬ事こそよにあるかひも候はね。是につけてもよのなかあぢきなく候へば、おやにさきだちてごしやうをたすけたまへとこそ。てんたうにはいのりまうし候へ。心にかなう命ならば、おんみに
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もかはらまほしく思候へども、かなはず。おんいのちばかりはまうしうけて候ふ。おんこころながくおぼしめしさうらへ。ほどへば、入道ききなをさるる事もやとこそ、おもひたまひ候へ」とて、たびのごよういこまごまとととのへて奉り給へり。なんばのじらうがもとへもおんふみあり。「あなかしこをろかにあたり奉るな。みやづかへよくよくすべし。おろかにあたり申てわれうらむな」とぞおほせられたりける。「さばかりふびんにおぼしめされたりつる君をもはなれ奉り給て、をさなきものどもをふりすてて、いづちとてゆくらん。今一度都へかへりて、さいしをみん事ありがたし。ひととせ山のだいしゆのうつたへにて、ひよしのしちしやのみこしをふり奉りて、すでにてうかのおんだいじになりて、をびたたしかりしだにも、にししつでうにごかにちこそありしか。それもやがておんゆるされありき。是は君のおんいましめにもあらず。大衆の
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うつたへにてもなし。こはいかにしつる事ぞや」と、てんにあふぎちにふして、をめきさけびたまへどもかひなし。よもあけぬれば船をさしいだす。みちすがらも只涙にのみ咽(むせび)給て、はかばかしくゆみづをだにものどへいれ給はねば、ながらふべしともおもひたまはねども、さすがつゆのいのちもきへはて給はず。ひかずふるままには、都のみこひしく、あとの事のみぞおぼつかなく思給ける程に、びぜんこじまといふ所におちつきたまへり。たみの家のあやしげなるしばのあみどのうちへぞいりたまひにける。うしろには山、前はいそなれば、まつにこたふるあらしのおと、いはにくだくるなみの声、うらにともよぶはまちどり、しほぢをさわたるかもめどり、たまたまさしいるものとては、都にてながめしつきのひかりばかりぞ、おもがはりもせずすみわたりける。しんだいなごんふしにもかぎらず、いましめらるる
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人あまたありき。
廿二 あふみのにふだうれんじやうをばとひのじらうさねひらあづかりてひたちのくにへつかはす。しんぺいはんぐわんすけゆきをばげんだいふのはんぐわんすゑさだあづかりてさどのくにへつかはす。やましろのかみもとかぬをばしんのじらうむねまさあづかりてよどのしゆくしよにいましめおく。へいはんぐわんやすより、ほつしようじのしゆぎやうしゆんくわんそうづをば、びつちゆうのくにのぢゆうにんせのをのたらうかねやすあづかりてふくはらにめしおかる。たんばのせうしやうなりつねをばしうとのへいざいしやうにあづけらる。
廿三 さいくわうがちやくし、さきのかがのかみもろたか、おなじくおととさゑもんのじようもろちか、そのおととうゑもんのじようもろひらら、ついたうすべきよし、大政入道げぢしたまひければ、武士をはりのくにのはいしよ、ゐどたへくだりて、かはがりをはじめて、いうくんをめしあつめて
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さかもりして、もろたかををびきいだして、かうべをはぬべき由をしたくしたりける程に、いつか、師高がははのもとよりつかひをくだして申けるは、「入道殿、八条殿よりめしとられたまひぬ。さりとも院の御所よりたづねおんさたあらんずらむとまちたまひし程に、やがてそのゆふべにうたれたまひぬ。をはりのきんだちとてもたすかりたまふべからず。いそぎくだりて夢みせ奉れと宣つる」といひければ、師高、ゐどたをばにげいでて、たうごくかのといふ所にしのびてゐたりけるを、をぐまのぐんじこれながききつけて、よせてからめむとしけるに、師高なかりければ、つはものどもかへらんとしける所に、だんじにてかみのあかをのごひてすてたる有けり。是をみつけてあやしみて、なほよくよくあなぐりもとめける程に、たみのいへにはつしといふ所あり、それにかくれて師高がゐたりけるをもとめいだして、からめむとしければ、
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じがいしてけり。郎等にこんぺいしらうなにがしとかや申ける者一人つけたりけるも、おなじく自害してけり。もろたかがくびをばをぐまのぐんじとりて、六波羅へたてまつる。そのかばねをば、師高が思けるなるみのしゆくのきみ、てづからみづからやきはぶつて、とりをさめけるぞむざんなる。さいくわうふしきりものにて、よをよとも思はず、人を人ともせざりしあまりにや、さしもやむごとなくをはする人の、あやまち給はぬをさへ、さまざまざんそうし奉りければ、さんわう大師のしんばつみやうばつたちどころにかうぶりて、じこくをめぐらさずかかるめにあへり。「さみつる事よさみつる事よ」とぞ、人々申あへりし。おほかたは女とげらふとはさかざかしきやうなれども、しりよなき者也。西光もげらふのはてなりしが、さばかりの君にめしつかはれまひらせて、くわほうや
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つきたりけむ、てんがのだいじひきいだして、わがみもかくなりぬ。あさましかりける事共也。
廿四 はつかのひ、福原より大政入道、へいざいしやうのもとへ、「たんばのせうしやうこれへわたし給へ。あひはからひていづちへもつかはすべし。みやこのうちにてはなほあしかるべし」とのたまひたりければ、さいしやうあきれて、「こはいかなる事にか。人をば一度にこそころせ、二度にころすことやはある。ひかずもへだたれば、さりともとこそおもひつれ。さらば中々ありし時ともかくもなりたらば、ふたたび物は思はざらまし。をしむともかなふまじ」とおもはれければ、「とくとく」と宣て、少将もろともにいでたまふ。「今日までもかく有つるこそ不思議なれ」と少将宣ければ、きたのかたもめのとのろくでうもおもひまうけたる事なれども、いまさらに
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又もだへこがる。「なほもさいしやうの申給へかし」とぞおもひあへる。「ぞんずる所はくはしくまうしてき。そのうへかやうに宣はむはちからおよばず。今はよをすつるよりほかはなにとか申べき」とぞ、宰相は宣ける。「さりともおんいのちのうしなはるる程の事は、よもとぞおぼゆる。いづくのうらにをはすともとぶらひたてまつらむずる事なれば、たのもしくおもひたまへ」とのたまひけるもあはれなり。少将はことし四歳になりたまふなんしをもちたまへり。わかき人にて、ひごろはきんだちのゆくへなむどこまかにのたまふこともなかりけれども、そもおんあいのみちのかなしさは、いまはのときになりぬれば、さすが心にやかかられけむ、「をさなきもの今一度みむ」とて、よびよせられたり。わかぎみ少将をみたまひて、いとうれしげにてとりつきたれば、少将かみをかきなでて、「七歳にならばをとこになして、ごしよへまゐら
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せむとこそおもひしかども、今はそのこといふかひなし。かしらかたくおひたちたらば、法師になりてわがごせをとぶらへよ」と、をとなに物をいふやうに、涙もかきあへず宣へば、わかぎみなにとききはき給はざるらめども、ちちのおんかほをみあげたまひて、うちうなづきたまふぞいとほしき。是をみて、北方も六条もふしまろびて、声もをしまずをめきさけびければ、若君あさましげにぞをぼしける。こよひはとばまでとて、いそぎ給。宰相はいでたちたまひたりけれども、よのうらめしければとて、このたびはともなひ給はぬにつけても、いよいよ心ぼそくぞ思はれける。廿二日、少将ふくはらにおはしつきたれば、せのをのたらうあづかりて、やがてかれがしゆくしよにすへ奉る。わがかたさまの人は一人もつかざりけり。せのを、宰相のかへりきき給はん事を思ける
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にや、さまざまにいたはり、志あるやうにふるまひけれども、なぐさむかたもなし。さるにつけてもかなしみはつきせず。ほとけのみなをのみとなへて、よるひるなくよりほかの事なし。びつちゆうのくにせのをといふ所へながすべしときこえければ、せうしやううちあんじて、「だいなごんどのはびぜんのくにへときこゆ。そのあたりちかきにや。あひみたてまつるべきにはなけれども、あたりの風もなつかしかりなむ」とのたまひけるぞあはれなる。せめてはそなたとだにしらんとて、せのをのたらうに、「わがながされてあらむずるせのをとかやより、大納言のおはするびぜんのくにのこじまへは、いかほどのみちにて有らむ」ととはれければ、かたみちわづかにかいしやう三里のみちをかくして、「十三日」とぞ申ける。少将これをききておもはれけるは、「につぽん
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あきつしまは昔は三十三かこくにて有けるを、のちにはんごくづつにわけて、六十六かこくとす。さればわづかのこじまぞかし。なかにもせんやうだうにさほどのだいこくありとはきかぬ物を。さいふよりはらかのつかひのねんねんにまゐりしをききしも、はつかあまりなむどこそききしか。びぜんびつちゆうりやうごくのあひだいかにとほくとも、二三日にはよもすぎじ。これはわがちちのおはしどころをちかしときくものならば、ふみなむどやかよはんずらむとて、しらせじとていふよ」とこころえたまひてければ、そののちはゆかしけれどもとひたまはず。あはれなりし事也。
廿五 昔かるのだいじんと申す人をはしき。けんたうしにして、いこくにわたりておわしけるを、いかなる事か有けん、物いはぬ薬をくはせて、
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ごたいに絵を書て、ひたひにとうがひをうちて、とうだいきとなづけて、ひをともすよしきこえければ、そのおんこにひつのさいしやうと申す人、ばんりのなみをしのぎ、たしうのくもをたづねてみ給ければ、とうき涙をながして、てのゆびをくひきりて、かくぞかき給ける。
われはこれにつぽんくわけいのかく なんぢはすなはちどうせいいつたくのひと
ちちとなりことなるぜんぜのちぎり やまをへだてうみをへだててれんせいねんごろなり
としをへてなみだをながすほうかうのやど ひをおひておもひをはすらんきくのしたしみ
かたちはやぶれてたしうにとうきとなる いかでかきうりにかへりてこのみをすてむ K016
とかきたり。是をみ給けむ宰相のしんぢゆういかばかりなりけむ。つひにみかどにまうしうけてきてうして、そのよろこびにやまとのくにかるのてらをこん
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りふすとみえたり。かれはちちをたすけつればけうやうの第一也。是はそのせん
もなけれども、おやこの中のあはれさは、只大納言の事をのみかなしみて、あけくれなきあかし給けり。
廿六 しきぶのたいふまさつなははりまのあかしへながされたりけるが、ぞうゐじといふやくしのれいちにひやくにちさんろうして、みやこがへりの事をかんたんをくだきていのりまうしける程に、百日にまんじけるよの夢のうちに、
きのふまでいはまをとぢしやまがはのいつしかたたくたにのしたみづ K017
と、みちやうのうちよりえいぜさせ給とみて、うちおどろきてきけば、みだうのつまどをたたくおとしけり。たれなるらんときくほどに、京にてめしつかひしせいしなりけり。「いかに」ととへば、「大政入道殿のおんゆるされのふみ」とて、もちてきたれりけり。うれしな
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むどはいふはかりなくて、やがてほんぞんにいとま申ていでにけり。ありがたかりけるごりしやうなり。
廿七 廿三日、大納言はすこしくつろぐ事もやあるとおぼしけれども、いとどおもくのみなりて、少将も福原へめしくださるときこへければ、すがたをやつさで、つれなくつきひをすごさむもおそれあり。「何事をまつぞ。なほよにあらむとおもふか」と、人の思はんもはづかしければ、「出家のこころざしあり」と、内大臣のもとへまうしあはせられたりけるへんじに、「さもし給へかし」とのたまひたりければ、出家したまひにけり。大納言のきたのかたのきたやまのすまひ、又おしはかるべし。すみなれぬやまざとは、さらぬだに物うかるべし。いとしのびてすまひければ、すぎゆくつきひもくらしかね、あかしわづらふさまなり。にようばうさぶらひどももそのかずおほかりしかども、みのすてがたければ、
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よをおそれひとめをつつむ程に、ききとふものもなかりけり。げんないざゑもんのぶとしといふさぶらひありけり。よろづなさけありけるをとこにて、ときどきこととひたてまつる。あるくれがたにたづねまゐりたりければ、北方すだれのきはちかくめしてのたまひけるは、「あはれ、とのはびぜんこじまとかやへながされ給たりけるが、すぎぬるころより、ありきのべつしよといふ所におわしますとばかりはききしかども、よのつつましければ、是よりひとひとりをもくだしたる事もなし。いきてやおはすらん、しにてやおわすらむ、そのゆくへもしらず。いまだいのちいきておわせば、さすがこのあたりの事をもいかばかりかはきかまほしくおぼさるらん。のぶとしいかなるありさまをもして、たづねまゐりなむや。ふみひとつをもつかはして、へんじをもまちみるならば、かぎりなき心のうち、すこしなぐさむ事もやとおもふは、いかがすべき」と宣ければ、のぶとし涙をおさへて
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申けるは、「誠にとしごろちかくめしつかはれ奉しみにてさうらひしかば、かぎりのおんともをもつかまつるべくこそさうらひしかども、おんくだりのおんありさま、ひとひとりもつきまゐらせ候べきやうなしと承候しかば、ちからおよばず。まかりとどまりさうらひて、あけてもくれても、君の御事よりほかは何事をかは思候べき。めされさうらひしおんこゑもみみにとどまり、いさめられまゐられせしおんことばもきもにめいじて、わすれられ候はず。いまこのおほせをうけたまはる上は、みはいかになりさうらうふとてもまかりくだり候べし。おんふみをたまはりてたづねまゐらむ」と申ければ、北方おほきによろこびたまひて、ふみこまかにかきてたびてけり。わかぎみ、ひめぎみもめんめんに、ちちのもとへのおんことづてとて、かきてたびてけり。のぶとし是をとりてこじまへたづねくだりて、あづかりまもり奉るぶしにあひて、「大納言殿のおんゆくへのおぼつかなさに、今一度み奉らんとて、としごろのせいしにのぶとしとまうすもの、はるばるとたづね
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まゐらせて参て候」と申たりければ、武士どもあはれとやおもひけん、ゆるしてけり。まゐりてみ奉れば、つちをかべにぬりまはして、あやしげなるしばのいほりのうちなり。わらのつかなみといふ物の上に、わづかにむしろいちまいしきてぞすへ奉りたりける。おんすまひの心うさもさる事にて、おんさまさへかはりにけり。すみぞめの袖をみ奉るにつけても、めもくれ心もきえはてにけり。大納言も、いまさらにかなしみのいろをましたまふ。「おほくのものどものなかに、なにとしてたづねきたりけるぞ」とのたまひもあへず、こぼるる涙も哀也。のぶとしなくなく北方のおほせらるるしだいこまかに申て、おんふみとりいだしてまひらせけり。大納言の入道是をみたまひて、涙にくれつつ、みづくきのあと、そこはかともみへわかねども、若君姫君のこひかなしみ給ふありさまわがおんみも又つきひをすごすべきやうもなく、心ぼそく
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かすかなるおんありさまをかきつづけ給へるをみ給ては、ひごろおぼつかなかりつるよりもけに、いとどもだへこがれ給ふ。げにことわりとおぼえて哀也。のぶとし二三日はさうらひけるが、なくなく申けるは、「かくてもつきはてまひらせて、おんありさまをもみはてまゐらせさうらはばやとぞんじさうらへども、都も又みゆづりまゐらせさうらふかたも候はざりつる上、つみふかくおんぺんじを今一度ごらんぜばやと、おぼしめされてさうらひつるに、むなしく程をへさうらはば、あともなくしるしもなくやおぼしめされさうらはむずらんと、こころぐるしくおもひやりまゐらせさうらふ。このたびはおんぺんじをたまはりて、ぢさんつかまつりさうらひて、又こそはやがてまかりくだりさうらはめ」と申ければ、大納言はよになごりをしげにはおもひたまひながら、「誠にさるべし。とくとくかへりのぼれ。ただしなんぢが今こむたびをまちつくべきここちもせぬぞ。いかにもな
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りぬときかば、のちのよをこそとぶらはめ」とて、へんじこまかにかきたまひて、おんぐしの有けるをひきつつみて、「かつうはこれをかたみともごらんぜよ。ながらへてしも、よもききはてられ奉らじ。こむよをこそは」と、こころぼそくかきつけたまひて、信俊にたびてけり。
ゆきやらむ事のなければ黒かみをかたみにぞやるみてもなぐさめ K018
とかきとどめ給へり。若君姫君のおんぺんじどももあり。のぶとし是をもちてかへりのぼりけるが、いでもやられず。大納言もさしてのたまふべき事はみなつきにけれども、したはしさのあまりに、たびたび是をめしかへす。たがひの心のうち、さこそは有けめとおしはからる。さても有べきならねば、のぶとし都へのぼりにけり。きたやまへさんじて、北方におんぺんじ奉りたりければ、北方は、「あなめづらし。い
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かにいかに。さればいまだおんいのちはいきておわしましけるな」とて、いそぎおんぺんじをひきひろげてみたまふに、おんぐしのくろぐろとして有けるを、ただひとめぞみたまひける。「このひとはさまかへられにけり」とばかりにて、又物ものたまはず。やがてひきかづきてふしたまひぬ。おんうつりがもいまだつきざりければ、さしむかひ奉りたるやうにはおぼされけれども、おんぬしはただおもかげばかりなり。若君姫君も、「いづら、ちちごぜんのおんぐしは」とて、めんめんにとりわたしてなきたまふもむざんなり。
かたみこそ今はあたなれこれなくはかばかり物はおもはざらまし K019
とぞ、えいじ給ける。大政入道このことをききたまひて宣けるは、「たがゆるしにてのぶとしはくだり、大納言はもとどりをばきりけるぞ。かやうの事
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をこそじいうの事とはいへ。ながしおきたらばさてもあらで、不思議なり」とて、こまつのおとどにはかくし給て、つねとほがもとへ、「大納言いそぎうしなふべし」とぞ、ないない宣たりける。たんばのせうしやうをば福原へめしとりて、せのをのたらうがあづかりて、びつちゆうのくにへつかはしけるを、ほつしようじのしゆぎやうしゆんくわんそうづ、へいはんぐわんやすよりをさつまのくにきかいのしまへつかはしけるに、この少将をぐしてつかはしけり。康頼はもとより出家の志ありける上、るざいのぎになりければ、ないない小松殿につき奉りて、人して小松殿のもとへふみをかきてつかはしけり。そのじやうにいはく、すでにあかつきは、はいしよにおもむくべきよしうけたまはりさうらふ。それくえんをいとふは、もつともしゆつりしやうじのをはり、さいなんにあふことは、なげきのなかのよろこびなるをや。じやうえんにかたぶくは、またわうじやうごくらく
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のいん、にんじんをうけたるは、よろこびのなかのよろこびなり。そもそも出家はむかしよりほんまうなり。いはむやさせんのいまにおいてをや。ねがはくはとちゆうのかいがんのまつのしたにはべりて、さつたのぐけうかしらのしもをはらはんとほつす。それいかん。よつてせいくわうせいきようきんげん。
きんじやうこまつのないだいじんどのごいうか へいはんぐわんやすよりがじやうとぞ、かきたりける。小松殿のおんぺんじには。
すみぞめのころものいろときくからによそのたもともしぼりかねつつ K020
やさしのおんぺんじやとて、やすよりなくなくさつまのくにへぞおもむきける。つのくにこまのはやしといふ所にてかみをそりてけり。かいのしにはしやうおんばうあじやりと申けるらうそう也。りやうそうししきりにいそぎける間、こころしづかにせつかいなむどもちやうもんせず、かたのごとくさんきかいのみやうじばかりをうけて、ほふ
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みやうしやうせうとぞ申ける。もえぎのうらつけたるうすかうのひたたれをぬぎをきて、こきすみぞめのころものいろ、おつる涙にしぼりあへず。さていでさまに、かくぞくちずさみける。
つひにかくそむきはてぬるよのなかをとくすてざりし事ぞくやしき K021
このはんぐわんにふだうのしそくに、さゑもんのじようもとやすとて、ことにおやを思ふこころざしふかき者有けり。しのびつつ只一人つきめぐりて、りやうそうしにあんないをへて、こまのはやしまでもんそうしたりけり。なくなくちちにむかひて申けるは、「なかなか只つひのおんわかれとだにおもひまゐらせば、ひとすぢにおもひさだむるかたもさうらひなむ。いきながらかくわかれまゐらするおんゆくすゑのをぼつかなさ、いちにちへんしもいかにしておもひしのぶべしともぞんぜずさうらふ。さだめてさこそおぼしめし候
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らめ。しままでこそ候はずとも、いまひとひもおんともまうすべく候に、よをおそれ候程に、かやうにまかりとどまりさうらふなり。たのみまゐらせたるちちのかやうにならせ給候はん上は、必ずしもみをまつたくすべきにて候はねども、人の心をそむきさうらひては、なかなかおんためあしくさうらひぬとおぼえ候へば、いとままうしてまかりかへらむ」とて、かきもあへず、さめざめとぞなきける。判官入道、基康が袖をひかへて、「人のみにはあいしとて、おなじこなれどもことにこころざしふかき子あり。なんぢは入道があいしにて、きやうほうの時よりせいじんの今にいたるまで、おんあいの志しいまだつきず。ひとひもみざる時はれんぼのじやうとこめづらし。とをかはつかおくりたりとても、かへらむわかれがかなしからざるべきか。人々のごらんずるもはづかし。よそめもみぐるし。うれしくこれまでおくりたり。
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はやはやかへり給へ」とて、各袖をしぼりつつ、父は南にむかひてゆけば、こは都のかたへぞゆきける。おもひきりてはゆけども、なほもなごりやをしかりけむ、ちかき程は互にみかへりつつ、父はこのかたをみかへり、こは父のかたをかへりみける処に、父ことばをばいださず、てあげてこをまねきけり。基康いそぎうちかへりたりければ、父涙をながし、ややひさしく有て申けるは、「こころえさすべき事の有つるを、あまりのおもひのふかさに、まうさざりつるなり。しやうせうがぼぎのにこうの八十いうよになりたまふが、れんだいのの東にむらさきのといふ所に、くさのいほりむすびておはするぞかしな。念仏申て、ごせぼだいのつとめよりほかはたねんなくして、あしたのつゆ、ゆふべの風をまたず、あさがほのひかげをまたざるごとくして、けふあすともしり給はぬ人の、只一人たのみ給へるが、
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たけごろひとしきこの、いつかへるべしともしらず、とほきしまの人もかよはぬ所へながされぬとききたまふものならば、又うちたのむかたもなき所にのこりとどまり給て、なきかなしみ給はん事、おんあいのならひ、さこそ思給はむずらめ。さればさんりんにまじはりて、そぞろになきかなしみ給はむほどに、さいごのじふねんにもおよばずして、ひごろのぎやうごふをむなしくなし給はん事のかなしさよ。さればかくとも申さず、いとまをもこひ奉り、今一度みもし、みへもし奉りたかりつれども、み奉る程にてはしのぶともかなふまじ。思ふ心いろにあらはれてとひ給はば、又なにとかくしとぐべきならねば、いかにもしてしらせ奉らじと思て、いでつる事の心にかかりておぼゆるぞ。なんぢもいかにもして、かくしとげぬべくは、しらせ奉
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るなよ。なんぢかへりなば、むらさきのに参て申べき事はよな、『人にざんげんせられて、大政入道殿よりごふしんをかうぶりてさうらふあひだ、しばらくさうりんじにろうきよし候也。をりをうかがひてまうしひらき候はんずれば、だいじはよも候はじ。おんこころぐるしくおぼしめすべからず。さてもおんわうじやうのあんじんは、さきざき申をきて候しかば、ゆめまぼろしとおぼしめして、只ねてもさめてもむゐのじやうどに心をかけましまし、らいかうのうてなにあなうらをふみ給べし。けつぢやうわうじやうすべき人には、りんじゆうには必ずきやうがいあいと申まえんきたりて、あるいはおやとへんじ、ふうふしようあいのかたちともへんじ、あるいはしつちんまんぼうともへんじて、しやばに心をとどむる事の候也。さればおやをみばや、こをみばやと思ふ心をば、まえんのしよゐとおぼしめして、只いつかうにさい
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はうに心をかけさせ給べし。もしなほしも康頼をこひしとおぼしめされむ時は、ひととせかきしるしてまゐらせ候し、往生のしきをごらん候べく候』と、よくよくこころえて申べし」とて、袖もしぼるばかりなり。「このむらさきのと申は、れんだいのの東にさうさうたるこまつばらあり。昔念仏のぎやうじやはべりき。常にむらさきのくものたなびきけるによつて、むらさきのとなづけたり。いまもぐぐわんわうじやうの人おほくいほりをむすびてすみけり。康頼入道が母、わかくしてをつとにはおくれてにけり。ひとへに往生をもとむる志ふかくして、れんだいののへん、紫野のまつのこがくれにいほりをむすびて、くどくちのながれに心をすましてぞはべりける。をさなくしてはにしんにをくれ、せいじんしてはをつとにおくれき。又三人のこあり。二人はによしにて、はなやかにうつくしかりし
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かども、むじやうの風にさそはれて、ほくばうのつゆときえにけり。らうせうふぢやうのさかひなれば、はじめて驚べきにはあらねども、おんあいべつりのなげきには、ぼんしやうおなじく袖をしぼるならひにて、このあまうへくわいきうの涙かはくまもなし。
むらさきのくさのいほりにむすぶつゆのかはくまもなき袖の上かな K022
とよみて、たのむ所は康頼ばかりこそ有つるに、これかくなつてふたたびあふごをしらず。をんるのみとききなば、てうぼのぎやうもうちすてられて、往生のさはりとならむ事こそかなしけれ。あひかまへてかくし奉べし。なんぢ入道を哀れと思はば、ゆきの中にたかんなをもとむる志をはげまして、紫野へ常にまゐり、入道がもつごをとぶらふとおもひなして、紫野にてじやうずい
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きふじをも申べし。この事よりほかにはだいじと思ふなげきなし」とて、てをあはせてぞなきける。もとやす申けるは、「おんかたみとて、只一人のこりとどまらせ給ふそぼの御事なれば、おほせをかうぶりはべらずとも、いかでかそりやく候べき。もつともこのごゆいごん、きもにめいじてわすれがたくさうらふ。まかりかへりさうらひなば、やがてじやうずいきふじ申べし」とて、おのおのゆきわかれにけり。基康みちすがらおつる涙にめもくれて、つきひの光もなきがごとし。「うゐむじやうのさかひは、父にもをくれ母にもおくれて、おくりをさめてかへる事は常のならひなれども、いかなるしゆくほうにて、基康はいきたる父をおくりすててかへらむ」と、ひとりごとにくどきつつ、ながるる涙、みちしばのつゆはらひもあへず。「みちにてもしうしなはれ給はば、しにかばね
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をもたれかかくすべき。いきながらしまにすてられ給はば、いへもなくしていかがすべき。うゑてやしにたまはむずらん。こごへてやうせたまはむずらん。しもゆきふらばいかがせむ。あられふるよのいははざま、しほかぜはげしきつゆのいのちのきへむ事、しだいはひびにをとろへて、けふやあすやとまち給はん事の心うさ。只一度にわかれなましかば、これほどにちくさになげきはよもあらじ」とおもひつづけて、馬にまかせてかへりのぼりけり。
廿八 さてもなりつねいげの人々、よの常のるざいだにもかなしかるべし、ましてこのしまの有様つたへききては、おのおのもだへこがれけるこそむざんなれ。みちすがらのたびのそら、さこそはあはれをもよほしけめと、をしはかられてむざんなり。
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せんどにまなこをさきだつれば、とくゆかむ事をかなしみ、きうりに心をかよはすれば、はやくかへらん事をのみおもひき。あるいはかいへんすいえきのはるかなるみぎりには、さうはべうべうとしてうらみの心めんめんたり。あるいはさんくわんけいこくのくらきみちには、がんろががとして、かなしみの涙たいたりたり。さらぬだにたびのうきねはかなしきに、しんやのつきのあきらかなるに、ゆふつげどりかすかにおとづれて、いうしざんげつにゆけむかんこくの有様おもひいでられて、かなしからずといふ事なし。やうやくひかずへにければ、さつまのくににもつきにけり。是よりかのきかいのしまへはひなみをまちてわたらむとす。きかいのしまはいみやうなり。そうみやうをばいわうのしまとぞ申ける。くちいつしま、おくななしまとて、しまのかず十二あむなるうち、くちいつしまは昔よりにつぽんに
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しがたふしまなり。おくななしまとまうすは、いまだこのどの人のわたりたる事なし。くちいつしまの中にいわうのいづるしまじまをば、いわうのしまとなづけたり。さてじゆんぷう有ければかのしまへおしつけて、くちいつしまがうち、少将をばみつのせまりのきたのいわうのしま、やすよりをばあこしきのしま、しゆんくわんをばしらいしのしまにぞすておきける。かのしまにははくろおほくしていししろし。みづのながれにいたるまで、なみしろくしていさぎよし。かかりければにや、しらいしのしまとなづけたり。せめてひとつしまにすておきたらば、なぐさむかたも有べきに、はるかなるはなれじまどもにすておきければ、かなしなむどはおろかなり。されども、のちにはしゆんくわんもやすよりもとかくして、少将の有けるいわうのしまへたどりつきて、たがひにちの涙をながしけり。かのしまはしまのまはりさいこくにじふりの
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しま也。そのちかんぢにして、でんばくもなければべいこくもなし。おのづからなぎさにうちよせられたるあらめなむどをとりて、わづかに命をつぐばかりなり。しまのなかにたかきやまあり。みねにはひもへふもとにはあめふりて、いかづちなることひまなければ、たましひをけすよりほかの事なし。めいどにつづきたむなれば、じつげつせいしゆくの下なりといへども、かんしよことわりにもすぎたり。さつまがたよりはるばるとうみをわたりてゆくみちなれば、おぼろけにては人のかよふこともなし。おのづからある者もこのよの人にはにず、いろくろくてうしのごとし。みにはけながくおひたり。けんぷのたぐひなければ、きたる物もなし。をとことおぼしき者は、きのかはをはぎて、はねかづらといふ物をし、たふさぎにかきこしにまきたれば、なんによのかたちもみ
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へわかず。かみはそらさまへおひあがりて、てんばやしやにことならず。いふことばをもさだかにきこへず。ひとへにおにのごとし。何事につけても、いちにちへんしいのちいくべきやうもなかりければ、こころうくかなしき事かぎりなし。かかる所へながしつかはされたれば、少将は、「ただなかなかくびをきられたらばいかがはせむ。いきながらうきめをみる事のこころうさ、このよひとつの事にあらじ」とぞおもはれける。かやうにこころうきところへはなたれたるおのおのがみのかなしさはさる事にて、ふるさとにのこりとどまるふぼさいし、このありさまをつたへききて、もだへこがるらむ心のうち、思やられてむざんなり。人のおもひのつもるこそおそろしけれ。「かのうみまんまんとして、風かうかうたる、くものなみ、煙のなみにむせびたる、ほうらい、はうぢやう、えいしうのみつのしんざんには、ふしのくすりもあむなれば、末もたのみある
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べし。このさつまがた、しらいし、あこしき、いわうのしまには、何事にかはなぐさむべき」とおもひやられて哀なり。まなこにさえぎる物とては、山のみねにもえあがるほのを、みみにみつる物とては、百千万のいかづちのおと、いきながらぢごくへおちたるここちして、きくにつけても只みのけばかりぞいよだちける。少将、はんぐわんにふだうは、おもひにもしづみはてず、常にはうらうらしまじまをみまはして、都のかたをもながめやる。そうづはあまりにかなしみにつかれて、いはのはざまにしづみゐたり。なぐさむ事とては、常にひとところにさしつどひて、つきせぬ昔物語をのみぞしける。さればとてひとつきにもさすがきえうせぬみなれば、このはをかきあつめ、もくづをひろひて、かたのやうなるいほりをむすびてぞあかしくらしける。さ
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れども、少将のしうとへいざいしやうのりやう、ひぜんのくにかせのしやうといふ所あり。かしこよりをりふしにつけて、かたのごとくのいしよくをとぶらはれければ、やすよりもしゆんくわんもそれにかかりてぞひをおくりける。このひとびとつゆのいのちきえやらぬををしむべしとにはなけれども、あさなゆふなをとぶらふべき人、一人もしたがひつかぬみどもなれば、いつならはねども、たきぎをひろはむとてやまぢにまよふ時もあり、みづをむすばむとてさはべにつかるるをりもあり。さこそたよりなくかなしかりけめ。おしはかられてむざんなり。やすよりにふだうはひにそへて、都のこひしさもなのめならず。なかにも母の事をおもひやるに、いとどせむかたなし。「ながされし時もかくとしらせまほしかりしかども、ききてはおいのなみに
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なげかん事のいたはしさに、おもひながらつげざりしかば、今一度みもしみへざりしに、わがありさまつたへききては、今までながらへてあらん事も有がたし」なむど、こしかたゆくすゑの事までもつくづくと思つづけられて、ただなくよりほかの事ぞなかりける。
(廿九) 判官入道は、そのかみくまのごんげんをしんじ奉り、さんじふさんどさんけいのこころざし有けるが、今十五度をはたさずしてこの嶋へながされたり。しゆくぐわんをはたさぬ事をくちをしく思はれけり。みはよくてうていのつきにあそむで、心はひとへにぶつけうのたまをみがく。えいさんてんだいのほふれいにのぼりては、じつかいごぐのはなをもてあそび、かうやみつけうのだうぢやうにのぞみては、さんみつゆがのともしびをかかぐ。いはむやげてん
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にをいては、きうけいさんしの光にくもりなく、五百よくわんのどくしよのはな、ていじゆのえだにさきたり。しいかくわんげんに心をすまして、ふうげつぶんだうめいめいたり。かかるめいじんちとくの人たりといへども、にんげんのはちくいまだぬかれず。くわこのしゆくいんはづかしく、こんじやうのなげき、やるせをしらず。「そもそもにんじんをうくる事は、ごかいのなかのしゆいん也。ごかいにいかなるあやまり有てか、これ程のだいくなんにあへるらむ」と、ふしんことにすくなからず。げんぽうとやせむ、しゆくほうとやせむ、ふかくのなみだつきかねたり。たんばのせうしやう宣けるは、「誠にしゆくぜんいみじくおはしければこそ、うんしやうのつきに隣をしめ、ほうけつの花をもてあそび、しようもんの風にたはぶれて、ほつすいのながれをもくみたまひけめ。そのうへくまのさんけいだにも
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十よどとうけたまはりき。ごりしやうこそなからめ。かかるなげきのちりとならせたまひぬる事、ぶつじんのごかごうたがひまことにおほし」。やすよりにふだう、「まことにおほせのごとくのゆやさんにかしらをかたぶけ奉るこころざしふかくして、卅三ど参べきしゆくぐわんをみてず、三度のごかうに三度ながらのぞみまうしてぐぶつかまつりし事も、ないしんは只宿願のどすうとぞんじさうらひき。私のさんけい十五度也。あはせて十八度。今十五度まゐりさうらはでこのなんにあへる事、こんじやうのまうねん、しんめいのごりしやうむなしきににたり」とて、ゐこんのなみだかきあへず。ほつしようじのしゆぎやう、これをききて、「少将殿もごさんけい候けるやらむ」ととへば、少将、「なりつねはいまだ一度もまゐりさうらはず」と宣へば、そうづ、
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「しゆんくわんもいまだ参候はず。さればかみのなだてにては候へども、どどのさんけいむなしくして、一度も参らざるともがらにどうざいどうしよのみとならせ給事、なんのしるしか候べき。おんうらみもつともことわりなり」と宣へば、康頼入道申けるは、「しかも卅三どの宿願はごしやうぼだいとはぞんぜず候。只しかしながらこんじやうのえいぐわ、そくさいえんめいとぞんじさうらひき。みはひんだうのみにて、心はだいけうまんの心也。しかるあひだ、仏法をきくとまうすも、只みやうもんのため、げてんをまなぶると申も、もし人のごしとくにもやめされ、さいじんのきこえあらば、くわんゐかかいやすすむとのみおもひはべりし故也。しかりといへどもしとくにもめされず、くわんしやくにもすすまず。ほうこうのちゆうをぬきんづといへども、ふしのしやうにもあづか
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らず。事にふれをりにしたがひては、うらみのみおほくして、心にこころよきことひとつもなし。これによつて、いつかうにしんめいをたのみ奉りて、えいぐわをひらき候はむとて、卅三どのだいぐわんをもおこし、十八度のさんけいをもとげで候き。いかにごんげんのにくしとおぼしめしけん。こうくわいさきにたたず」とて、しばらくあんじて申けるは、「たいげんのはくきよい、もんじふ七十巻を二部かきて、一部をばはつたふゐんのほうざうにをさめ、一部をばなんぜんゐんのせんぶつだうにおくりたてまつりて、そののちくだんのもんじふのはこよりくわうみやうをげんずる事たびたび也。りやうゐんのじそうあやしみをなして、もんじふのはこをあけてみるところに、第六十のくわんにほつぐわんのもんあり。そのいちいちの文字よりあらはるる所のくわうみやうなり。そのもんと申は、
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らうえいのぶつじのしに、『ねがはくはこんじやうせぞくもんじのごふ、きやうげんきぎよのあやまりをもつて、ひるがへしてたうらいせせ、さんぶつじようのいん、てんほふりんのえんとせむ』とはこれなり。このほつぐわんの心は、こんじやうせぞくのごふ、きやうげんきぎよのあやまりなれども、ひるがへしてたうらいにはほとけをさんだんしほふりんをてんじて、しゆじやうさいどのみたらんと、がいけさんげしたるほつぐわんなり。ゆゑにさんげはよくめつざいのほふなれば、しやうじのぢやうやにまどふべからずといふへうじに、ほつぐわんのもんよりくわうみやうかくやくたり。さればしやうせうもけふより昔のあんじんをひるがへして、いつかうにごしやうぼだいのぎやうごふにゑかうしはべるべし」とぞ申ける。さてこの人々のぢゆうしよより南のかたに五十余町をさりて、ひとつのりさん
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あり。ばんがくとぞ申ける。きかいのしまのぢゆうにんら、「あのばんがたけには、えびすさぶらうどのとまうすかみをいはひて、いはどのとなづけたり。このしまにみやうくわにはかにもへいでて、ぢゆうにんさらにたへがたきとき、しゆじゆのくもつをささげてまつりさうらへば、みやうくわもしづまり大風ものどかにふきて、しまの住人をのづからあんどつかまつる」とぞ申ける。少将これをききて、「かかるさればみやうくわのうち、おにのぢゆうしよにもかみと申事のはべるらむよ」と宣へば、康頼入道、「まうすにやおよびさうらふ。えんまわうがいと申は、おにのすみか、みやうくわのうちにてはべるぞかし。それだにもじふわうとも申し、じふじんともなづけて、じつたいのかみ、とこをならべてすみ給へり。ましてこのしまと申はふさうしんこくのるいたうなれば、
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えびす三郎殿もすみ給べし。さてもさてもしやうせうくまのさんけいのしゆくぐわんあんじんこそふじやうにさうらひしかども、十八度は参てはべりき。のこる十五度を、ごしやうぜんしよの為に、いはどのにてはたしさうらはばやとぞんじさうらふ。だいじんもせうじんもくつしやうのみぎりにやうがうし給事にて候へば、ごんげんさだめてごなふじゆ候べし。おのおのはいかがおぼしめす」と申せば、少将はとりあへず、「なりつねもやがてせんだつにしまゐらせてさんけいつかまつるべし」と宣ふ。しゆんくわんはよくよくをかしげに思て、はるかにへんじもせず。ややひさしくありて申けるは、「につぽんはしんこくとまうして、もりやのおとど、じんみやうちやうをしるしたりけるに、かみ一万三千といへり。そのじんみやうちやうのなかに、きかいのしまのいはどのとまうすかみ、いまだみえず。そのうへえびす
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三郎殿と申は、ぶぢよにつきたる、ありさまいふかひなき者とこそみへて候へ。やはやじんじやうはかばかしきりしやうも候はんずる。くまのごんげんだにも十八度のさんけいむなしくて、かかるさいなんにあたりたまひてはべるぞかし。かつうはふるさとにきこえ候はむ事はづかしく候。『ほつしようじのしゆぎやうほどの者の、せめての事かな、えびす三郎をそんちようして、こりをかき、あゆみをはこびけん事よ』と、したしきうときに申されん事、いとけぎたなくおぼえさうらふ。次にごしやうぼだいをば必ずしもしんめいに申さずとても、ねんぶつどきやうせば、なんのふそくか候べき。『かみをかみとしんずれば、じやだうのむくいをうけて、ながくしゆつりのごをしらず』と申たり。『ただほんぢあみだによらいをねんずれば、じふあくごぎやくのまどの前にも
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らいかうし給』とこそ、くわんぎやうにはときてさうらふめれ。そもそもじやうどしゆうの事は俊寛いまだこころえずはべり。只どんごんむちの者の為に、皆心をいつきやうにをく事也。さればはうべんにしてじつぎにはあらず。それぶつぽふのたいかうは、けんげうもみつけうもぼんしやうふにとだんじて、じしんのほかにぶつぽふもなくじんぎもなし。さんがいゆいいつしんとさとれば、よくかいもしきかいもほかにはなく、ぢごくもばうしやうもわがこころよりしやうず。にんぢゆうもてんじやうもわがこころなり。しやうもんもえんがくもぼだいさつたとまうすも、心をはなれてほかにはなし。およそいつさいしゆじやう、しんぞくにたい、しんらのまんぼふ、がしやういつしんのほふにあらずといふ事なし。ずいえんしんによの前には、まよひの心をかみとなづけ、さとる心をほとけとす。めいごもとよりほかになし。じやしやういちによのめうりなるをや。さては禅のほふもん
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こそけうげのべつでんとまうして、ごんごだうだんのめうりにて候へ。いちだいしやうげうにてうくわして、八宗九宗のぜんちやうたり。たうじほつしようじにきやうりつしほんぐうとて、につたうのぜんそうあり。につたうせざりし昔はしんごんてんだいのがくしやうにて、ししゆざんまいのぎやうじや、にふだんくわんぢやうのひじりにてさうらひしが、禅のほふもんにうつりさうらひて、むぎやうだいいちのそうになりて候也。かみをもうやまはず、仏をもうやまはず、こつしやひにんなればとていやしむ事なし。しんごん、てんだい、じやうどしゆうのほふもんをば、うりのかはほふもんといひて、おほきにわらひ候也。ゑのうぜんじのじゆとて、常にくちずさみはべることばには、
ぼだいきなく、みやうきやううてなにあらず。もとよりいちもつなし、なんぞぢんくあらむ。 K023
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とえいじて、ずずけさもかけず。仏にくわかうをもきようせず。ねんぶつも申さず。きやうをもよまず。『いかにざぜんをば、し給はぬぞ』と申せば、おほきにわらひて、『何事ぞ、ざぜんと申事は。しよけうのなかに、しよしんのぎやうじやの修行するほふ也。天台宗にはしくわんのざぜん、しんごんけうにはあじくわんの坐禅、浄土宗にはにつさうくわんの坐禅とうなり。ぜんしゆうとまうすぎやうぼふあるべからず。しやきんよくをでいにうづむともこがねなり。にしきのふくろにつつみたるもこがねなり。禅のほふもんをいつかうにしようぜず。しよしんのぎやうじや、にちやたんぼに坐禅すと云へども、まつたくぜんちやうの位にのぼる事なし。だるまのじゆにいはく、
ざぜんしてほとけをえば、たれかかんしやうをぼくせざらむ。しらなみいくばくかきよき、しやうぜんしゆにきえす。 K024
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とて、だるまは坐禅する事なかりき。
むつのねにむつの花さくをほぞらをはるばるみればわがみなりけり K025
これこそだいざぜんのひじりよ』とて、ごしんしゆにくほしいままにぶくし、けだいむざんのたかまくらうちして、ふしぬをきぬしはべる也。げにゑのうぜんじのじゆのもんは、俊寛もりやうげして覚候。ぼだいきになくは、仏になるといふ事もなし。みやうきやううてなにあらずは、じやうどといふ事も有べからず。もとよりいちもつなきほふなれば、まんぼふみなこくうなり。なんぞぢんくあらむとみれば、けんしぢんじやのざいごふもゆめまぼろしににたり。まさにしるべし、くまのごんげんとまうすも、えびすさぶらうどのとまうすも、まうしんこまうのげんけ、きもうとかくのじようじや」といひて、どうしんどうだうもせず、俊寛
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はひとりとどまりたり。しゆんくわんひとりいはのはざま、まつのこかげにとどまりゐて、しよほふのさうをくわんぜし処に、風にはかにふきて、ぢしんたちまちにきびしくして、いつさんみなどうえうしければ、せきがんくづれてだいかいにいる。そのときぜんもんにふるきうたあり。おもひいだしてえいず。
「きしくづれてうををころす。そのきしいまだくをうけず。かぜおこりてはなをきようす。その風あにじやうぶつせんや。」 K026
とまうしてゐたり。やすよりにふだういはく、「ごほふもんのおもむきは、けごんしゆうのほふかいゆいいつしんかとおぼえさうらふ。さればふへんしんによのめうり、しんまうどうくうのしよだんなり。ことあたらしくなかなかまうすにおよばず。次にぜんのほふもんは、仏つひにくおんにちんじたまはず。ただかせふひとりのしよしようとうけたまはる。いんぐわをはつぶするが故に、ぶつけうにはあらず。仏教にあらざるが故に、げだうのほふもん也。
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ていげのぼんぶ、まつたくもつてしんようにたらず。仏をもうやまはず、かみをもしんぜず、ぜんごんをもしゆせず、あくごふをもはばからずとだんぜば、いちだいしやうげうを皆はめつするだいげだうときこえたり。ゆめゆめけんろにごひろう有べからず。いつさいしゆじやうを皆ぢごくにおとさん事、まつせのだいばだつた、これなるべし。かなしきかな、しやかぜんぜいのゆいていにあらずは、たれかぜんじんごほふのかごをかぶらむや。しやうせうはどんごんむちの者にてさうらふあひだ、しんごんけうにはかぢのそくしんじやうぶつ、じやうどしゆうにはたりきのわうじやう、これをしんじてさうらふなり。これによつてじつぱうの浄土もほかにあり、はちだいぢごくもほかにあり、さんぜしよぶつもほかにまします、さんじよごんげんもほかにましますと、しんじて候へば、いざさせ給へ、少将殿」とて、二人つれて
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いはどのへぞ参りける。かのいはどののぢぎやうをみるに、たにだにみねみねをはるかにわけいりて、じんせきたえてとりのこゑだにもせぬところに、かはながれいでたり。おとなしがはにあひにたり。そのみなかみをたづぬれば、すこしうちはれたる所あり。おほきなるいはやあり。その上にすぎひとむらおひたり。是をばほんぐうとなづけて、くさうちはらひ、しめひきまはしたり。又山をこえて、なぎさちかきすぎむらあり。是をしんぐうとかうす。それよりおくへなほたづねいりてみれば、へきがんたかくそばたちて、はくらうみねよりながれくだりたり。たきのおと、まつの風、かみさびたるけいき、なんざんひりゆうごんげんのわたらせ給ふ、なちのおやまににたりければ、又こけをうちはらひ、しめひきまはして、このいはかどをば、めぢこん
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がう、ごたいわうじとなづけ奉り、かのこのもとをば、いちまんじふまん、ぜんじ、ひじり、ちご、こもりなむどなづけつつかへりにけり。そうづに又「くまのまうでの事はいかに」といひけれども、僧都なほともなはざりければ、「さらばふたりまうでむ」とて、たちかふべきじやうえもなければ、あさのころもをみにまとひて、けがらはしきすがたなれども、さはべのみづをこりにかきて、しやうじんけつさいしてぞまうでける。ふぢのわらうづをだにもはかざれば、ひたすらのはだしにて、人もかよはぬかいがん、とりだにもをとせぬみやまを、なくなくつれておはしけむ心のうちぞあはれなる。てにたらひ、みにこたへたる事とては、いりえのしほ、さはべのみづにかく
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こりばかりなり。あさゆふはなむざんぎさんげろくこんざいしやうとさんげし、心に心をいましめて、わづかにはんにちにゆきかへるみちなれど、おなじところをゆきかへりゆきかへり、しらなみさざなみしのぎつつ、まんまんたるさうかいにただよひ、しほかぜなみまのこりの水、なんどといふかずをしらず。うらぢはまぢをゆくときは、ししのせ、ふぢしろ、かぶらざか、じふでう、たかはら、たきのしりともくわんねんし、せきがんいはほたかくして、せいたいあつくむし、ばんぼくえだをまじへて、きうさうみちをふさげるたにがはもあり。とうがん西岸をわたる時は、いはだがはをおもひいだして、ぼんなうのあかをすすぎ、近つひ、ゆのかは、みつのかは、おもひやられて哀也。すずしきこかげをゆくときは、くほんのとりゐを只今とをるとおもひなし、おほきなるきのもとにたちよりては、じやうぼんじやうしやうのしんぢほつしんもんともくわん
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ねんす。このやまぢ、かいがんの間に、なみまにみゆるいしもあり。しやうわうしやくびやくの石もあり。なんによそうぎやうの石もあり。いはのはざま、こけのむしろ、すぎのむらだち、ときはぎめにかかり、心のおよぶ所をば、つのくにくぼつのわうじよりはじめて、八十余所のわうじわうじとぞふしをがみ給ける。ほうへいみかぐらなむどの事こそかなはずとも、わうじわうじのおんまへにて、なれこまひばかりは、心のおよぶ程につかまつるべしとて、少将はてんぜいぶこつのじんにて、かたのごとくのかゐなざし、康頼入道はらくちゆうぶさうのじやうずなり、まうりやうきじんもとらけて、じひなふじゆをたるらむとぞまひける。少将もまいどにはらはらとぞなき給ける。かくのごとくして、かのほんぐうしようじやうでんのおんまへにまうでつつ、ほんぢあみだによらい
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にておはします、じふあくごぎやくをもすてたまはぬおんちかひあむなれば、ゑんきんにはよるまじ、心のしせいなるをこそ、ごんげんこんがうどうじもあはれとはおぼしめさむずらめと思て、「なむにつぽんだいいちだいれいげんくまのさんじよごんげん、わくわうのめぐみをほどこして、今一度都へかへさせ給へ」と、かんたんをくだきてぞまうされける。やすよりはしそくさゑもんのじようもとやすがしめししらせけるむさうの事なむどおもひいだして、おほえのまさふさがむじやうのふでをぞおもひつづけける。「しやうじのけんろさだめがたし、らうせういづれのときをかごすべき。ばうこんいたづらにさりて、やぐわいのそうべういういうとして、かのかんやうきゆうのけぶりじようじようたり。くもとなりていづれのかたへさりしぞや。思へば皆ゆめのごとくなり」とくわんじて、二人ほんぐうをいでて、しん
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ぐうへつたひて、なちのやまへまうでけり。はるかにはまぢをながむれば、ぜんろべうべうとして、まなこきはまりかつがうのきよ、かいしやうばうばうとして、なみだひぐわんのつきにうかぶ。あげていつしんしようみやうのおんじやうをふうらうのいんきやうに、たしよねうやくのほんぜいをすいげつのかんおうにあふぐ。しんぢゆうにこころすみ、しんじんまことにおこり、はしやうおもひしづかにして、あいしやうあんにもよほす。かねてかのけいきをおもへば、なみだれんれんとしてとどまらず。さえぎりてそのじひをはかれば、こころねんねんにいさみあり。えうちじやくせうのむかしより、せいねんちやうだいのいまにいたるまで、たんぜいをごんげんのほうぜんにぬきんでて、こんしをすいしやくのれいくつにこらす。せいざうおほくかさなれり。きかんなんぞうたがはむ。みつの山のほうへいとげにければ、よろこびのみちになりつつ、きりめのわうじのなぎの
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はを、いなりのすぎにとりかへて、今はくろめにつきぬと思て、げかうし給けり。かくまうづる事、そのとしの八月よりおこたらざるほどに、次の年の九月中旬にもなりにけり。
(卅) あるひふたりともなひてかのほんぐうにまうでて、ほつせをつくづくとたむけ奉りて、「わくわうりやくほんぜいたがはず、われらがごんねんのしんのまことをせうけんしたまひて、清盛入道のむだうのあくしんをやはらげて、必ず都へかへしいれ、ふたたびさいしをあひみせ給へ。すでにさんけい十五度にまんじぬ」と、かんたんをくだひて、一心にたんぜいをぬきんでたり。ことさらにかみのおんなごりをしく、おんまへにてときはぎのえだをみつをりたてて、さんじよごんげんのごやうがうとぞうやまひ給ける。そのおん
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まへにて、「さんじふさんどのけちぐわんなれば、みののうをつかまつり候べし。しやうせうが第一ののうにはいまやうこそさうらひしか」とて、じんぎのくわんのいまやうのうちに、一は、
ほとけのはうべんなりければ、じんぎのゐくわうたのもしや。
たたけば必ずひびきあり、あふげばさだめて花ぞさく。 K027
とうたひて、「これはほんぐうしようじやうでんにまゐらせ候。いまひとつはりやうしよごんげんにゑかうしまゐらせさうらふべし」とて、
しらつゆはつきの光に黄ををるをすばかしあり。
ごんげんふねにさをさして、むかへのきしによするしらなみ。 K028
とぞうたひたりける。「ごんげんふねにさをさして、むかへのきしによするしらなみ」と、いまだうたひもはてぬ時、よもの山にはふかざるに、すずしき
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風にはかにふきいでて、さんじよごんげんのときはぎのえだひつひつとして、どうえうする事ややひさし。しやうせうかんるいをおさへて、一首の歌をぞよみたりける。
かみかぜやいのる誠のきよければ心のくもをふきやはらはむ K029
少将もなくなく。
ながれよるいわうのしまのもしをぐさいつかくまのにめぐみいづべき K030
その時又不思議のずいさういできたる。ころはあきの末つかたの事なれば、たのむのかりのまれなるべきにはなけれども、東のかたよりかりみつとびきたりて、ひとつはにはかにたにのそこへとびいりて、又もみへず。いまふたつはこのひとびとの上よりとりかへして、東のかたへぞとびかへりける。やすよりにふだうこれをみて、
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しらなみやたつたの山をけふこへて花の都にかへるかりがね K031
とよみて、おのおのたちてきがんを七度づつらいはいしたりけり。そのうへ少将は、はんぐわんにふだうをも七度らいし給たりければ、入道、「こはいかに」ととひたてまつるに、少将、「入道殿のおんぱからひにて、十五どのさんけいもとげぬ。かみのごりしやうにてふたたび都にかへらむ事、しかしながら入道殿のごおんなるべし」とてなき給へば、入道も「あなあはれや」とてなく。さて入道、うらのはまゆふごへいにはさみ、山すげといふくさをしでにたれて、きよきいさごをこがねのさんぐとし、おんまへにすすみいでて、左のひざをたて、右のあしをかたしきて、思ふいしゆをつづけつつこれをよむ。そのことばにいはく、
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「きんじやうさいはいさいはい。ゐあたれるねんじは、ぢしようにねんさいしぼじゆつ、つきのならびはとつきふたつき、ひのかずは、さんびやくごじふよかにち、はちぐわつにじふはちにちきび、きちにちりやうしんをえらびさだめて、かけまくもかたじけなくまします、につぽんだいいちだいりやうげん、くまのさんじよごんげん、ならびにわうじけんぞくとうのうづのひろまへに、しんじんのだいせしゆ、うりんふぢはらのなりつね、ならびにしやみしやうせうら、おのおのぢやうゑのたなごころをあはせ、しんじんのらいもくをささげて、かつがうのかしらをかたぶけ、たてまつるくわんねんせいきんのしやきんを。そのこんしのいたり、ほつぐわんのおもむき、ゆへいかにとは、それ、
しんめいはほんぢをあらはしたてまつるとき、ゐくわういよいよぞうしんす。かんおうのひかりげんぢゆうなり。これによつていまかたじけなくさんじよごんげんのほんぢほんぜいをさんだんしたてまつらむとほつするのみ。ひそかにおもひみれば、ほんぐうしようじやうでんは、むかしさんだいらんこくのあるじ、むじやうねんわうとまうししとき、
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ぼだいしんをおこしたまひしよりこのかた、ごこふしゆいのだいぐわんすでにじやうじゆしましまして、いまあんやうじやうどのけうしゆ、らいかういんぜふのめうたい也。ゆゑに、せつしゆふしやのくわうみやうは、よくいちねんしようみやうのぎやうじやをてらし、さいどぐんまうのふないかだは、かならずくほんれんだいのほうちによす。あまつさへくわうだいじひのみづ、あめのごとくそそき、かぜのごとくそよがす。まさにまたすいしやくおうけのさかきのはに、わくわうりもつのかげをやどしたまへりつたへきく、しようじやうでんとなづけたてまつることは、ほんぢしやうりやうのかぜすずしくして、さんぞんらいかうのくもたなびき、ごくぢゆうさいげのみづかわきぬれば、くほんしやうがくのはなあらたなり。ふしゆしやうがくのあきの、ゆふべには、じつこふじやうだうのこのみをむすび、しよぶつしようじやうのあかつきのつきは、いつさいめいぼんのうたがひをしやす。これすなはちしやくそんのきんげんなり。ごんげんこのしようりをしめさむがために、かたじけなくみなをしようじやうだいごんげんとかうすのみ。みやうせんじしやうなり。いづれのしゆじやうかごんげんのほんぜいをうたがひたてまつらむや。ねがはくはごんげんのほんぜいぢゆう
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ぐわんふきよ、しやうせうらがりんじゆうじゆえんのとき、かならずまさにいんぜふのはちすをさかせたまふべしのみ。つぎにしんぐうは、これほんぢとうばうのけうしゆ、じやうるりじやうどのあるじなり。じふにだいぐわんじやうじゆのによらい、しゆびやうしつぢよのぐわんよにこえたまへり。たのもしきかな、いわうぜんぜい、にんげんはちくのうちには、びやうくもつともすぐれたり。いづれのしゆじやうかびやうげんをうけざる。たがいへにかかつがうのかしらをかたぶけざらむや。かなしきかな、しやうせうらがたうじのしんぢゆうのすがた、さらにしんしやうのびやうげんにもすぎたり。ねがはくはわくわうどうぢんのひかり、すみやかにさせんるざいのやみをてらしましまして、まさにこきやうれんぼのむねのやまひをたすけたまふべし。つぎになちひりゆうごんげんは、せんじゆせんげんのれいち、みだのひだりわきのふぞく、だいひせんだいのそんようなり。あふぎねがはくはしやうせうら、つたなくもしゆじやううくのしまにはなたれ、たのみたてまつるところは、さんしようがみやうのごんげんなり。はやくふわうくしやのふねにさをさして、
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まさにふしゆしやうがくのみやこにいんだうしたまふべし。そもそもさんごやちゆうのしんげつのいろは、よくじせんりのほかをてらすといへども、いまだじんでいぢよくがのみづにはやどらず、たとひくさばのつゆのもりのかがみたりといへども、きよくすめるときは、かならずめいげつかげをやどさずといふことなし。これによつて、いまかたじけなくごんげんのほんぜいをすいさつしたてまつるに、くまのさんじよのひかりは、もはらにつぽんきしうのれいち、むろのこほりおとなしのさとに、しやだんいらかをつらね、あけのたまがきにしきをさらすといへども、しやうせうらがくつしやうのみづいさぎよし。わくわうどうぢんのかげ、なんぞここにうかばざらんや。こいねがはくはさんじよごんげん、にやくいちわうじ、いちまんのけんぞく、じふまんのこんがうどうじ、ししよみやうじん、ごたいわうじ、まんざんのごほふてんとう、ぜんじひじりちごこもり、くわんじやうじふごしよひぎやうやしや、はちだいこんがうどうじ、しんぐうあすかかんのくらとうのぶるいけんぞく、きふなんのうちによくせむゐのはうべんをめぐらし、にふだうたいしやうこくのために
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めんぢよじひのこころをおこさしめたまへとなり。もししやうせうらがこんどのしよぐわん、ゑんまんじやうじゆせずは、あへてしんめいのゐくわうをもつて、たれかこれをあふぎたてまつらむ。いちどさんけいのとくすらなほもつてあくしゆをはなる。いかにいはむやさんじふさんどのさんけいにおいてをや。かへすがへすもげんぜあんをんのりやく、ごしやうぜんしよのほつぐわん、じやうじゆゑんまんじやうじゆゑんまん、さいはいさいはい」とぞよみたりける。
(卅一)さいもんよみをはりにければ、いつよりもしんじんきもにめいじ、ごたいにあせいよだちて、ごんげんこんがうどうじのごやうがう、たちまちにあるここちして、やまかぜすごくふきをろし、きぎのこずゑもさだかならず、このはかつちりけるに、ならのはのふたつ、やすよりにふだうがひざにちりかかりたりけるが、むしのくひたるすがたにて、あやしかりければ、入道是をとりてうちかへしうちかへしよくよく
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みるに、もんじのすがたにぞみなひたる。ひとつには「きがんふたつ」とむしくひたり。「あらふしぎの事や」と思て、少将にみせ奉りけるに、「げに不思議のことかな」とてゐたるに、いまひとつをとりてみるに、是も又もじのすがたとみなして、「これごらんさうらへ」とて少将に奉るに、一首の歌にてぞ有ける。
ちはやぶるかみにいのりのしげければなどか都へかへらざるべき K032
康頼入道、「是ごらん候へ」とて、少将に奉りたれば、少将とりてみて、「あら不思議や。今は権現のごりしやうにあづかりて、都へかへらむ事はいちぢやうなり」とて、いよいよきねんせられれけるに、やすより入道申けるは、「入道がいへにはくもだにも
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さがりさうらひぬれば、昔よりかならずよろこびをつかまつり
さうらふが、けさのみちにくものおちかかりて候つる間、ごんげんのごりしやうにて、少将殿のめしかへされさせ給はんついでに、入道も都へかへり候はんずるにやと、思て候つるなり。ただし『きがんふたつ』とよまれて候こそあやしく候へ。いかさまにものこりとどまる人の候はんずるとおぼえさうらふ」とて、涙をながしければ、少将も「誠に」とて、涙をながしてぞげかうせられける。康頼はあやしげなるさうだうのまねかたをつくりて、うらびとしまびとのあつまりたる時は、念仏をすすめてどうおんに申させて、念仏をひやうしにて、らんびやうしをまひけり。あみだの三字のいみじき事をばしらねども、このまひのおもしろさに、是をはやすとて、心
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ならず念仏をぞ申ける。かのさうだうはしまびとどもがよりあひどころにて、今にありとかや。きやうげんきぎよのあやまりをもつて、さいはうろくじのみなをとなふ。ひるがへしてたうらいせせ、さんぶつじようのいん、てんほふりんのえんとするこそあはれなれ。
おもひやれしばしと思ふたびだにもなをふるさとはこひしき物を K033
さつまがたをきのこじまにわれありとおやにはつげよやへのしほかぜ K034
このにしゆのうたのしたに、へいはんぐわんやすよりほふし、「心あらむ人は、是をごらんじては、康頼がふるさとへおくり給へ」とぞ、そとばごとにかきたりける。かきをはりてのちに、てんにあふぎちかひけるは、「ねがはくはうへはぼんでんたいしやくしだいてんわう、したはえんらわうがいけんらうぢじん、べつしては
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につぽんだいいちだいりやうげんくまのしようじやういつしよりやうじよごんげん、いちまんじふまんこんがうどうじ、ひよしさんわういつくしまのだいみやうじん、あはれみをたれおぼしめして、わがかきすつることのは、かならずにつぽんのちへつけさせ給へ」ときねんして、にしかぜのふくたびには、このそとばをやへのしほにぞなげいれける。そのきねんやこたへけむ、そのおもひやなみかぜとなりけむ、まんまんたるかいしやうなれども、おなじながれのすゑなれば、なみにひかれかぜにさそはれて、はるかのひかずをへて、そとばいつぽん、くまのしんぐうのみなとへよりたりけり。うらびととりて、くまののべつたうのもとへもちてゆきたりけれども、みとがむる人もなくてやみにけり。又そとばいつぽん、あきのくにいつくしまのだいみやうじんのおんまへにぞよりたりける。あはれなりける
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事は、やすよりがゆかりなりけるそうの、康頼さいかいのなみにながされぬときこえければ、あまりのむざんさに、なにとなく都をあくがれいでて、さいこくのかたへしゆぎやうしける程に、たよりのかぜもあらば、かのしまへもわたりて、ししやうをもきかばやと思けれども、おぼろけにてはふねも人もかよふことなし。おのづからあきびとなむどのわたるも、「はるかにじゆんぷうをまちてこそわたれ」なむど申ければ、たやすくたづねわたるべきここちもせず。「さなくはいかにもしてそのおとづれをだにもきかばや。ししやうもおぼつかなし。いかがはすべき」なむどおもひわづらひて、あきのくにまではくだりけり。びんぎなりければ、いつくしまのやしろへぞまうでにける。みやうじんのわたらせまします所は、ひるはしほひてしまとなり、よるはしほみちてうみとなる。
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それわくわうどうぢんのりしやうさまざまなりといへども、いかなりけるいんえんにてか、このみやうじんはかいはんのいろくづにえんをむすびたまふらむとおもふもあはれにて、そのひはこのやしろにさうらひけり。そもそもこのおんがみをば平家の入道だいじん、ことにそうきやうし奉りたまふぞかし。されば平家のいきどほりふかき人をかやうに思へば、かみもいかがおぼしめすらむと、しんりよもおそろしくて、又さもとりあへぬ程なれば、ひねもすにほつせをぞ奉りける。「しまへわたらむ事こそかたからめ。康頼がゆくへきかせ給へ」なむどいのりまうしける程に、ひもくれがたになりにければ、つきいでてしほのみちけるに、そこはかともなきもくづどものながれよりける中に、ちひさきそとばのやうなる物のみえければ、「あやしや。なにやらむ」とてとりてみれば、かのにしゆの
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うたをぞかきたりける。これをみて、あはれの事やと思て、よろこびのほつせを奉り、をいのかたにさして、都へもちてのぼりて、康頼が母の、一条よりかみ、むらさきのといふ所に有けるに、とらせたりければ、さいしあつまりて、おのおのあちとりこちとり是をみて、かなしみの涙を流しける程に、しんぐうのみなとによりたりけるそとばも、くまのよりいでけるやまぶしにつきて、おなじひに都へつたはりたりけるこそ不思議なれ。たとひいちぢやうにぢやうのきなりとも、いわうのしまにてまんまんたるうみにいれたらむが、しんら、かうらい、はくさい、けいたんへもゆられゆかで、あきのくに、またしんぐうまでよるべしやは。ましてなぎさにうちよせられたるもづくのなかにまじはりたる、こけらといふ物を
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ひろひあつめて、せんぼんまでつくりたりけるそとばなれば、いかにおほきなりとも、一尺二尺にはよもすぎじ。もんじはえりいり、きざみつけたりければ、なみにもあらはれず。あざあざとして、いわうのしまより都までつたはりけるこそ不思議なれ。あまりにおもふことは、かく程なくかなひけるもあはれなり。康頼みとせの命きへやらで、都へふみをつたへたりとて、このにしゆの歌を都にひろうしければ、かのそとばをめしいだしてえいらんあり。「誠にやすよりぼふしがふみなりけり。すこしもまがふべくもなし。ろめいきえやらでいまだかのしまに有ける事のむざんさよ」とて、法皇りようがんより御涙をながさせ給けるぞかたじけなき。むかしおほえのさだもとがしゆつけののち、かのたいたうこくにして、ぶつしやうこくのあ
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いくだいわうのつくりたまへるはちまんしせんぎの石のたふのうち、につぽんがうしうのせきたふじにいつきとどまる事を、かのしんだんこくにしてかきあらはしたりける事の、はりまのくにぞうゐじとかやへながれよりたりけるためしにも、このありがたさはおとらざりける物をやとあはれなり。
三十二 むかしもろこしにかんのぶていとまうすみかどましましけり。わうじやうしゆごの為に、すまんのせんだらをめされたりけるに、そのごすぎけるに、ここくのてき申けるは、「われらここくのてきと申ながら、けいでんのうねにしやうをうけて、あさゆふきこゆる物とては、りよがんあいゑんのよるの声、うきながらすごきいほりののきばになるる物とては、くわうろくちくのかぜのおと。たまたまけんわうのせいしゆにあひたてまつりて、
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きこくのおもひでなにかせむ。ねがはくは、きみ三千の后をもち給へり、一人をたまはりてこじやうにかへらむ」と申ければ、ぶてい是をきき給て、「いかがすべき」となげきたまふ。「しよせん三千の后のそのかたちをゑにかきて、顔よきをとどめて、あしきをたばむ」とさだまりぬ。わうせうくんと申はあさゆふちようあいはなはだしく、ようがんびれいの人なりき。鏡のかげをたのみてわうごんをおくらざるゆゑに、あらぬかたちにうつされて、ここのへの都をたちはなれ、ばんりのゑつちにおもむきし、わかれのいまだかなしきげんじやうながくとざせり。しばしばこもんのくれのつづみに驚く。ここくいづくむかある。はやくりやうきやうのあかつきの夢をやぶる。らうんたちまちにたえて、たびのおもひつながれず。かんげつやうやくかたぶきて、しうびもひらかざりけ
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れば、ならはぬたびのおくまでも、しぼりかねたる袖の上に、つきせぬ涙ばかりこそ、たもとをしたひけるかな。ゑんざんの緑のまゆずみも、ここくの雪にうづもれ、らんじやの昔のにほひも、ささいの風にあとをけす。ていきやうをはなれてたくきよして、いたづらにこじやうにふせるよは、昔の事を夢にみる。夢になける涙は、らんかんとして色ふかし。ふうえふてきくわの風のおと、さくさくとしてみにしみ、ゑんはきよくかうのつきのかげ、ばうばうとしてこころすむ。ごりようの時よりもてあそび、てなれしびはにたづさひて、なくよりほかの事なし。いへとどまりてはむなしくかんのくわうもんとなり、みはけしていたづらにこのきうこつとならむ事を、あさゆふなげきたまひき。
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みるたびに鏡のかげのつらきかなかからざりせばかからましやは K035
ぶていこのことをやすからず思給て、りれうといふつはものをたいしやうぐんとして、ここくをせめにつかはす。そのせいわづかにして、せんぎにすぎざりけり。りりようここくにゆきて、びりよくをはげましてせめたたかふといへども、ぎよりかくよくのぢん、くわんぐんりすることをえず。くわうきでんせんのいきほひ、げきるいかつにのるににたり。しかるあひだくわんぐんほろびて、つひにてきの為にりりようとらはれて、ここくのわうせんうにつかはる。ぶてい是をきき給て、「としごろはかくは思はざりしかばこそ、大将軍にえらびつかはしつるに、さてはふたごころありける物を。やすからず」とて、りりようが母をせめころし、父がはかをほりて、そのしがいをうつ。是のみならず、
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しんるいきやうだいみなぶていのためにつみせらる。りりよう是をつたへききて、かなしみをのべていはく、「われおもひき。ここくついたうのつかひにえらばれしときは、かのくにをほろぼして君の為にちゆうをいたさむとこそおもひしか。されどもいくさやぶれて、こわうが為にとらはれてつかわるといへども、あさゆふひまをうかがひて、こわうをほろぼして、ひごろのあたをほうぜむとこそおもひしに、今かかるみになりぬる上は」とて、こわうをたのみて年月をおくる。ぶてい是をきき給て、りりようをよび給へどもきたらず。さてもかんわういくさにまけたまひぬる事をやすからずおぼしめして、かんのてんかん元年に、又りしやうぐんといふ者と、そしけいといふつはものとをさしつかはす。そしけいとまうすは今のそぶこれなり。そぶが十六歳になりけるを、うだい
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じんになして、二人をたいしやうぐんとして、又ここくをせめにつかはしけるに、そぶをちかくめしよせて、いくさのはたをたまはるとてぶていのたまひけるは、「このはたをば、なんぢがいのちとともにもつべし。なんぢもしせんぢやうにしてしせば、あひかまへてこのはたをばわがもとへかへすべし」と、せんみやうをふくめられけり。さてそぶここくへゆきててきをせめけれども、こじやうにたたかふいくさ、てきのせいつよくして、くわんぐんまたおとされぬ。大将軍をはじめとして、むねとの者卅よにんいけどられぬ。そぶそのうちなりければ、皆かたあしをぞをられける。すなはちしする者もあり。又二三日、四五日にしする者もあり。あるいはかひなきいのちいきて、としつきをおくる者もあり。こきやうのさいしのこひしき事、にちやたんぼにわすれず。
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へうたんしばしばむなし、くさがんえんがちまたにしげし。れいでうふかくとざせり、あめげんけんがとぼそをうるほしけむも、是にはすぎじとぞおぼえし。かれはわづかにはにふのこやもありければこそ、雨もとぼそをぬらし、くさもちまたにしげかりけめ。これはくさばをひきむすぶ、あやしのしばのやどりもなければ、ただのざはのたなかにはいありきて、はるはくわいをほり、あきはおちぼをひろひてぞ、あけくれはすぐしける。きんじうてうるいのみともとなれりければ、常にはひつじのちちをのみて、あかしくらしけり。秋のたのむのかりも、たこくにとびゆけども、春はゑつちにかへるならひあり。是はいつをごするとしなければ、只なくよりほかの事なし。
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かへるかりへだつるくものなごりまでおなじあとをぞおもひつらねし K036
さてもしやうじむじやうのかなしさは、せつりをもきらはぬやまかぜに、ひのいろうすくなりはてて、おもはぬほかのうきぐもに、ぶていかくれたまひぬ。りゆうろう、ちくゑん、こうきゆう、けいしやう、じしん、うんかく、たれもおもひはふかくさの、つゆよりしげき涙にて、おなじけぶりのうちにもと、もゆるおもひはせつなれど、せうてい位をうけたまひて、そぶをたづねにつかはす。「はやうせにき」といつはりこたへけるあひだ、「いまだありとばかりだに、ふるさとびとにきかればや」とは思へども、けいでんのうねにすむみなれば、かひなくこれにもあはざりけり。をひつじにちちをごして、さいくわむなしくかさなりて、わづかにいけるににたれども、かんのせつをうしなはず。
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ことばのしたには、やみにほねをけすひをおこし、わらひのなかには、ひそかにひとをさすかたなをとぐ。 K037
いかにもしてこわうせんうをほろぼして、こきやうへかへらむと思へども、ちからおよばずすごしけり。てうぼにみなれしかりの、春のそらをむかへて、都のかたへとびゆきけるに、そぶ右のゆびをくひきりて、そのちをもつてかしはのはにひとつのことばをかきて、かりのあしにむすびつけていひけるは、「いちじゆのかげにやどり、いちがのながれをわたる、みなこれぜんぜのちぎりなり。いかにいはむやおのれはかたをならべてとしひさし。いかでかこのうれひをとぶらはざらむ」とて、かりに是をことづけぬ。をりふしみかどしやうりんゑんにごかうして、かすめるよもをうちながめ、ちくさの花をみ給に、かりのひとつらとびきたりて、はるかのくもの上にはつねのきこゆるかとおぼゆるに、ひとつのかりほど
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なくとびくだる。あやしとえいらんをふるに、むすびつけたるふみをくひほどきて、おとしたりけるを、くわんにん是をとりて、せうていにたてまつる。みかどみづからえいらんをへたまふに、そのことばにいはく、「むかしはがんけつのほらにこめられて、いたづらにさんしゆんのしうたんをおくり、いまはけいでんのうねにはなたれて、むなしくこてきのいつそくをきく。たとひみはとどまりてこちにくつとも、たましひはかへりてふたたびかんくんにつかへむ」とぞかきたりける。是をごらんじけるに、みかどかぎりなくあはれとおぼしめして、なげきの御涙をさへがたし。そぶいまだいきて有ける物をとて、えいりつといふかしこきつはものを大将軍として、ひやくまんぎのようじをそつして、ここくをせめ給に、今度はここくやぶられて、せんうも既にうせにけり。えいりつ、
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せうくんをとりかへし、そしけいをたづねえたり。そぶはかたあしはをれたれども、じふくねんのせいざうをへて、ふるさとへかへりのぼりしに、りりようなごりををしみていはく、「わがみとしごろ君のおんためにふたごころなし。なかんづく、ここくついたうの大将軍にえらばれ奉し事、めんぼくのいちなり。しかれどもしゆくうんのしからしむる事にや、みかたのいくさやぶれてここくのわうにとらはれぬ。されどもいかにもしてこわうをほろぼして、かんていのおんためにちゆうをいたさむとこそおもひしに、今ははをつみせられ奉り、父がしがいをほりをこして、うちせため給けむ。ばうこんいかが思けむ。かなしともおろかなり。又しんるいきやうだいにいたるまで、一人ものこらず皆つみせらるる事、なげきのなかのなげき也。故郷を
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へだてて、只いるいをのみみる事のかなしき」とて、りりよう、そぶがもとへごごんのしをおくれり。そのことばにいはく、「てをたづさへてかりやうにのぼる。いうしゆふべいづくんかゆく。じふともにきたにとぶ、いつぷひとりみなみにかける。われをのづからこのやかたにとどまる。しいまこきやうにかへる K039」。これごごんのしのはじめなり。このこころをよめるにや。
おなじえにむれゐるかものあはれにもかへるなみぢをとびをくれぬる K040
そぶ十九年のあひだ、ここくほくかいのへんにすみしかば、ばんりりやうかいのなみのおとをききては、ゐあいじのあかつきのかねになぞらへ、しごだのやまのふゆのこずゑをみては、かうろほうのゆきかとあやまたる。ひくわらくえふのてんべんを見ては、春秋のうつりかはる事をしるといへども、はかせおんやうのじんにもちかづかざれば、日月のかうとをしらず。
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故郷にかへりきうたくにゆきたれば、そぶいんじとしよりききやうの今のとしまで、きうさいうれひのあまりにや、まいとしひとつのふすまをととのへて、さをにならべてかけをけり。こまかに是をかぞふれば、十九にてぞ有ける。是よりしてぞ、そぶさりて十九年とはしりにける。いそぎみかどに参りて、りりようがしを奉る。みかど是をごらんじて、あはれとおぼしけれど、かひもなし。せんていの御時たまはりしはたをふところよりとりいだして、みかたのいくさやぶれて、こわうせんうにとらわれて、けいでんのうねにはなたれて、年月かなしかりつる事、又りりようがしうたんせし事、かきくどきこまかにかたりまうせば、みかどひるいせ
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きあへ給はず。そぶしやうねん十六歳にしてここくへおもむき、卅四にして旧都へかへりたりしに、はくはつのらうをうにてぞ有ける。のちにはてんしよくこくといふ官をたまはつて、君につかへ奉り、つひにしんしやく元年に、年八十余まで有てしににけり。さればにや、是よりしてふみをばがんしよともいひ、がんさつともなづけたり。つかひをばがんしともいへるとかや。又かりのあしにゆひつけたりけるが、たまのやうにまろかりければ、たまづさとも申也。
へだてこし昔の秋にあはましやこしぢのかりのしるべならずは K041
と、源のみつゆきがえいぜしも、ことわりとぞおぼゆる。そぶはここくにいりて、ひんがんにふみをつなげて、ふたたびりんゑんのはなをもてあそび、康頼はこじまにすみて、さうはにうたをながして、
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つひに、こきやうのつきをみる。かれはかんめいのここく、是はわがくにのいわう、彼はもろこしのふうぎにておもひをのぶるしをあやつり、是はほんてうのげんりうにて、心をやしなふ歌をえいず。彼はかりのつばさのひとふでのあと、是はそとばのめいの二首の歌。彼はくもぢをかよひ、是はなみの上をつたふ。彼は十九年のしゆんしうをおくりむかへ、是はさんがねんのゆめぢのねぶりさめたり。りりようはここくにとどまり、しゆんくわんはこじまにくちぬ。しやうこまつだいはかはり、さかひはるかにとほくはへだたれども、おもふこころはひとつにして、あはれはおなじ哀也。
卅三 やすよりがちやくし、へいざゑもんのじようもとやすは、つのくにこまのはやしまで、父がともしてみおくりたりけるが、康頼出家してけれ
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ば、基康なくなくこまのはやしより都へかへりのぼりて、やがてしやうじんけつさいして、百ケ日せいすいじへさんけいす。ほつけきやうのにじふはちほんのそのなかに、しんげほんをまいにちによみたてまつりて、百日が間、きやくやするをりもあり、しくやする時もあり。「ねがはくはだいじだいひのせんじゆせんげん、かれたるきくさも花さきこのみなるべしとおんちかひあむなり。さればこのみをかへずして、ふたたび父にあわせさせ給へ」と、三千三百三十三度のらいはいをまひらせけり。既に八十よにちもつもりけるに、いわうのしまにながされたるはんぐわんにふだうのあるよの夢に、かいしやうをはるかにながめやれば、しろきほかけたる船のおきのかたよりこぎきたるとみる程に、しだいにちかくこぎよするをみれば、わがこの
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さゑもんのじようもとやすそのふねにのりたりけり。そのしらほにもじあり。「めうほふれんげきやうしんげほん」とぞかきたりける。なほしだいにちかくよるをよくよくみれば、船にはあらずして、はくばにぞ基康はのりたりけるとみてうちおどろき、なにとあるまうざうやらむとあやしくて、あせをしのごひて、人にもかたらざりけり。康頼みやこがへりののちにこそ、しそく基康にはじめてかたりける。くわんおんのおんへんげははくばにげんぜさせたまふとかや、ひとへにこれ基康がきねんかんおうして、観音のごりしやうにて都へはかへりのぼりにけり。又こじまにあがめ奉りしごんげんのごほんぢも、観音のほんし、
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みだによらいなり。していあはれをほどこして今都へのぼりぬと、ふしともにかんるいをぞながしける。
三十四 だいなごんのにふだうは、少将もいわうのしまへながされ、そのおととどものをさなくおわするもあんどせず、ここかしこににげかくれたまふなむどききたまひて、いとどこころうくかなしくて、ひにしたがひてはおもひしづみて、みも既によはりてみへ給ける上、いそぎうしなひたてまつるべきよしうけたまはりにければ、あるときつねとほがもとに、大納言入道のかいしやくにつけたりけるちみやうと申けるそう、大納言に申けるは、「是は海中のしまにてさうらふあひだ、なにごとにつけてもすみうく候に、これよりきたに、つねとほがしよりやうちかく候所に、きびのなかやま、ほそたにがはなむど
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申て、なある所候。かのところにありきのべつしよといふ、いたひけしたる山寺の候こそ、せんずいこだちいうなる所にて候へ。それへわたらせ給候へかし。わたしまゐらせ候はん」と申ければ、大納言入道、げにもとおぼして、「ともかくもはからひにこそしたがはめ」と宣ければ、かのやまでらになんばのたらうとしさだがつくりおきたりけるそうばうの有けるをかりて、わたしすへ奉てけり。はじめはとかくいたはり奉るよしにて、同七月十九日に、ばうのうしろにあなをふかくほらせて、あなのそこにひしをうゑて、上にかりばしをわたして、そのうへにつちをはねかけて、としごろふみつけたるみちのやうにこしらへておきたりけるを、
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だいなごんのにふだうしりたまはで、とほりさまにその上をあゆみたまふとて、おちいりたまひたりけるを、よういしたりける事なれば、やがてつちを上にはねかけて、うづみ奉りにけり。かくしけれどもよにひろうしけり。
三十五 きたのかたこのよしをききたまひけむ心のうちこそかなしけれ。「『くわうせんいかなる所ぞ、ひとたびゆきてかへらず。そのうてないづれのかたぞ、ふたたびあふにごなし。ふみをかけてとぶらはむとほつすれば、すなはちそんぼつみちへだてて、ひがんつうぜず、ころもをうちてよせむとほつすれば、しやうじかいことにして、いばいたづらにつかれぬ』といへり。かはらぬすがたを今一度みゆることもやとてこそ、うきみながらかみをつけて有つれども、今はいふにかひなし」とて、みづから
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おんぐしをきりたまひてけり。うんりんゐんとまうして、てらの有けるに、しのびてまゐりたまひてぞ、かいをもたもちたまひける。又そのてらにてぞ、かたのごとくのついぜんなむどもいとなみて、かのぼだいをとぶらひ奉り給ける。わかぎみあかのみづをむすび給ける日は、姫君はしきみをつみ、姫君みづをとりたまふひは、若君はなをたをりなむどして、父のごせをとぶらひ給も哀也。時うつり事しづまりて、たのしみつきかなしみきたる。只てんにんのごすいとぞみへし。されども大納言の妹、内大臣のきたのかたより、をりにふれてさまざまのをくりものありけり。是をみる人涙をながさぬはなし。なきあとまでも内大臣のおんこころざしのふかさこそやさしけれ。なりちかのきやうはわかきより
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しだいのしようじんかかわらず、いへにいまだなかりし大納言にいたり、えいぐわせんぞにこへ給へり。めでたかりし人の、いかなるしゆくごふにて、かかるうきめをみ給て、ふたたび故郷へもかへり給はず、つひにはいしよにてうせたまひにけむ。そのさいごの有様も都にはさまざまにきこえけり。なげきのひかずつもりて、やせおとろへておもひじににしにたまひたりともきこゆ。又さけにどくをいれてすすめ奉りたりともさたし、又をきにこぎいでてうみへいれ奉りたりとも申けり。とかくいひささやきける程に、不思議なりける事は、経遠がさいあいの娘二人あり。七月下旬のころより一度にやまひつきて、はてには
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物にくるひて、たけのなかへはしりいりて、たけのきりくひにたうれかかりて、つらぬかれて、二人ながら一度にしににけり。たちまちにむくいにけるこそおろしけれ。
三十六 廿九日、さぬきのゐんごついがうあり。しゆとくゐんと申す。このゐんと申は、さんぬるほうげんぐわんねんに、あくさふよりながこうのすすめによりて、よをみだりましましし御事也。そのかつせんのにはをにげいでさせおはしまして、にんわじのくわんぺんほふむのごばうへごかうなりたりけるが、さぬきのくにへうつされましますよしをききて、そのころさいぎやうときこへし者、かくぞ思つづけし。
ことのはのなさけたえぬるをりふしにありあふみこそかなしかりけれ K042
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しきしまやたえぬるみちになくなくも君とのみこそあとをしのばめ K043
しんゐんさぬきへおんげかうあり。たうごくのこくしひでゆきのあつそんのさたとして、とばのくさつよりみふねにめし、しはううちつけたるおんやかたのうちに、げつけいうんかくのおんみちかくしたがひ奉る一人もなし。只女房二三人ぞなきかなしみながらつかへ奉りける。おんやかたはひらくこともなければつきひの光もへだたりぬ。みちすがら浦々嶋々よしある所々をもごらんぜず、むなしくすぎさせましませば、御心のなぐさむかたもなし。すまのうらときこしめしては、ゆきひらのちゆうなごんもしをたれつつなげきけむ心のうちをおぼしめしやられ、あはぢしまときこしめしては、むかしおほひの
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はいたいのかのしまにうつされつつ、おもひにたへずうせたまひけむも、今はわがみのおんうへとおぼしめす。ひかずのふるままには都のとほざかりゆくも心ぼそく、いはむやいちのみやのおんことおぼしめしいづるにつけては、いとどきえいるおんここちなり。「なにしに今までながらへてかかる思にむせぶらむ。只みづのあわともきえ、そこのみくづともたぐひなばや」とぞおぼしめす。昔かはべのせうえうのありしには、りうとうげきしゆうのみふねをうかべてにしきのつなをとき、わうこうけいしやうぜんごにゐねうして、しいかくわんげんのきようをもよほしき。今はかひびせんのとまやかたの下にうづもれつつ、なんかいのほかへおもむかせまします、しやうじくかいの有様こそかへすがへす
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もあはれなれ。とほくいてうをかんがふれは、しやういふわうがはここくへかへり、げんそうくわうていはしよくさんにうつされき。ちかくわがてうをたづぬれば、あんかうてんわうはけいしにころされ、すじゆんてんわうはぎやくしんにをかされたまひき。じふぜんの君ばんじようのあるじ、ぜんぜのしゆくごふはちからおよばぬ事ぞかしとおぼしめしなぞらへけるこそ、せめての事とはおぼえしか。されどもつながぬつきひなれば、なくなくさぬきへつきたまひぬ。たうごくしどのこほりなおしまにごしよをたててすへ奉る。かのしまは国のちにはあらずして、うみのおもてをわたることふたときばかりをへだてたり。でんばくもなし、ぢゆうみんもなし。まことにあさましきおんすまひとぞみえし。ながきいちうのやをたててほういつちやうのついがきあり。
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南にもんをひとつたててそとよりじやうをさしたりけり。こくしをはじめとしてあやしのたみにいたるまで、おそれをなして、こととひまゐる人もなし。うらぢをわたるさよちどり、松をはらふ風の音、いそべによするなみの音、くさむらにすだくむしのね、いづれもあはれをもよほし、涙をながさずといふ事なし。ししやほうのあらしおろそかに、くもしちひやくりのほかにをさむ。たきしきてせんらうをすずしく、つきしじつしやくのあまりにすめり。いうしきはまらず。しんこうひとなきところ、しうちやうたえなむとほつす。かんさうにつきのあるときとかや。これより又たうごくのざいちやう、いちのちやうぐわん、やたいうたかとほがだうにうつりたまひたりけるが、のちにはつづみのをかにごしよたててぞわたらせ給ける。かくてとし
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つきをすごさせましますに、おんみには何事もぜんぜの事とおぼしめせども、にようばうたちはなんのかへりみにもおよばず、都をこふる心なのめならず。おつる涙はくれなゐにへんじ、おさふる袖はくちぬばかりなり。是をごらんずるにつけては、なにごともおんこころよわくなりて、あひかまへてまうしなだめらるべきよし、おんひとわろくくわんばくどのへたびたびおほせごとありけれども、へんじにもおよばず。せめての御事におぼしめされけるは、「われてんせうだいじんのべうえいをうけて、てんしのくらゐをふみ、かたじけなくだいじやうてんわうのそんがうをかうぶりて、ふんやうのきよをしめき、はるははるのあそびにしたがひ、あきはあきのきようをもよほし、せうやうのはなをもてあそび、ちやうしうのつきをえいじ、ひさしく
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せんとうのたのしみにほこりて、またおもひでなきにあらず。いかなるつみのむくいにて、はるかのしまにはなたれて、かかるかなしみをふくむらむ。さかひなんぼくにあらざれば、りよがんえんしよのたよりをえがたし。まつりごとおんやうをことならざれば、うとうばかくのへんありがたし。えどのおもひもつともふかし。ばうきやうのおにとこそならむずらめ。てんぢくしんだんよりにつぽんわがてうにいたるまで、位をあらそひ国をろんじて、をぢをひかつせんをいたし、兄弟とうじやうをおこせども、くわほうのしようれつにしたがひて、をぢもまけ、あにもまく。しかりといへどもときうつりことさりて、つみをしやしあたをひるがへすは、わうだうのめぐみ、むへんのなさけなり。さればならのせんてい、ないしのかみのすすめによつてよを
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みだり給しかども、出家せられにしかば、るざいにはおよばざりき。いはむや是はせめらるべきよしきこえしかば、そのなんをのがるるかたもやとふせきしばかりなり。さしもつみふかかるべしともおぼえず。これほどの有様にては、かへりのぼりてもなにかせむ。今はいきても又なんのえきかあらむ」とて、おんぐしもめさず、おんつめをもきらせ給はず。柿のときん、柿のおんころもをめしつつ、おんゆびよりちをあやし、ごぶのだいじようきやうをあそばして、おむろへ申させ給けるは、「かたの如くすみつきに、五部の大乗経を三ケ年間かきたてまつりて候を、かひかねの声もきこえぬ国にすておきたてまつらむ事、うたてく候。このおん
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きやうばかり、都近きはちまんとばのへんにもおきてたばせ給へ」と申させ給ひければ、おむろよりくわんばくどのへ申させ給ふ。関白殿よりだいりへ申させ給ければ、せうなごんにふだうしんせい、「いかでかさる事は候べき」とおほきにいさめまうしければ、おんきやうをだにもゆるし奉る事なかりけり。これによつてしんゐんふかくおぼしめされけるは、「われちよくのせめのがれがたくて、すでにだんざいのほふにふくす。いまにおいてはおんしやをかうぶるべきよし、あながちにのぞみまうすといへども、きよようなきうへは、ふりよのぎやうごふになして、かのあたをむくいむ」とおぼしめして、おんきやうをおんまへにつみおきて、おんしたのさきをくひきらせたまひて、そのちをもつて、ぢくのもとごとにご
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せいじやうをぞあそばしける。「われこの五部の大乗経をさんあくだうになげこめて、このだいぜんごんのちからをもつて、につぽんごくをほろぼすだいまえんとならむ。てんじゆちるい必ずちからをあはせたまへ」とちかはせ給て、かいていにいれさせたまひにけり。おそろしくこそきこへしか。かくてくねんをへて、おんとし四十六とまうししちやうぐわん二年八月廿六日、しどのだうぢやうとまうすやまでらにして、つひにほうぎよなりにけり。やがてしらみねと申所にてやきあげたてまつる。そのけぶりは都へやなびきけむ。「ごこつをばかうやさんへおくれ」とのごゆいごん有けれどもいかが有けむ、そもしらず。おんむしよをばやがてしらみねにぞかまへ奉りける。このきみたうごく
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にてほうぎよなりにしかば、さぬきのゐんとかうし奉りけり。しんゐんのみこしげひとしんわうは、ごしゆつけありてのちは、くわさんのゐんのほふいんげんせいとまうしき。しんゐんほうぎよのこと都へきこえて、おんぶく奉らむとしける時、にふだうのほふしんわうより、「いつよりめされ候ぞ」ととひ申させ給たりければ、みやおんなみだをおさへつつ、かくぞおんぺんじにはありける。
うきながらそのまつやまのかたみにはこよひぞふぢのころもをばきる K044
いちのみやとていつきかしづきたてまつりしに、思はぬほかのおんありさまにならせたまひにしこそかなしけれ。わがおんみながらも、さこそ心うくおぼしめされけめとあはれなり。
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三十七 にんあん三年のふゆのころ、さいぎやうほふし、のちにはだいほふばうゑんゐしやうにんとまうしけるが、しよこくしゆぎやうしけるが、このきみほうぎよの事をききて、四国へわたり、さぬきのまつやまといふ所にて、「これはしんゐんのわたらせたまひし所ぞかし」とおもひいだしたてまつりて、参りたりけれども、そのおんあともみへず。まつのはにゆきふりつつみちをうづみて、人かよひたるあともなし。なほしまよりしどといふ所にうつらせたまひて、三年ひさしくなりにければ、ことわりなり。
よしさらばみちをばうづめつもるゆきさなくは人のかよふべきかは K045
まつやまのなみにながれてこし船のやがてむなしくなりにけるかな K046
とうちえいじて、しらみねのおんはかへたづねまゐりたりけるに、
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あやしのこくじんのはかなむどのやうにて、くさふかくしげれり。是をみ奉るに、涙もさらにおさへがたし。昔はいつてんしかいの君として、なんでんにまつりごとををさめたまひしに、はつげんはつかいのけんしん、ひだりにこうじみぎにしたがひたてまつりき。わうこうけいしやう、くもの如くかすみの如くして、ばんぱうのしたがひ奉る事、くさの風になびくが如くなりき。さればにろくきんでんのあひだには、あさゆふぎよくろうをみがき、ちやうせいせんとうのうちには、りようらきんしうにのみまつはされてこそ、あかしくらしたまひしに、今はやへのむぐらのしたにふしたまひけむ事、かなしともおろかなり。いつたんのわざはひたちまちにおこりつつ、きうちようのくわらくをいでて、千里のほかにうつされて、をはりをゑんけうにつげ給へり。ぜんぜのご
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しゆくごふといひながら、哀なりし事ぞかし。ごぼだうとおぼしくて、はうけんのかまへあれども、しゆりしゆざうもなければ、ゆがみかたぶきて、たうかつはいかかり、いはむやほつけざんまいつとむるぜんりよもなければ、かひかねのこゑもせず。こととひまゐる人もなければ、みちふみつけたるかたもなし。昔はじふぜんばんじようのあるじ、きんちやうをきうちようのつきにかかやかし、今はえどばうきやうのたましひ、ぎよくたいをしらみねのこけにこんず。あしたのつゆにあとをたづね、秋の草なきてなみだをそふ。あらしにむかひてきみをとへば、らうくわいかなしみて、こころをいたましむ。せんぎもみえず、ただあしたのくもゆふべのつきをのみみる。ほふおんもきこえず、またまつのひびきとりのさへづりをのみきく。のきかたぶきてあかつきのかぜなをあやふく、かはらやぶれてゆふべのあめふせき
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がたし。みやもわらやもはてしなければ、かくてもありぬべきよのなかかなと、つくづく昔今の御有様とかく思つづくるに、ふかくの涙ぞおさへがたき。かくぞ思つづけける。
よしやきみ昔のたまのとことてもかからむのちはなににかはせむ K047
さて松の枝にていほりむすびて、なぬかふだんねんぶつまうしてまかりいでけるが、いほりの前なる松に、かくぞかきつけける。
ひさにへてわがのちのよをとへよ松あとしのぶべき人しなければ K048
卅八 八月三日、うぢのさだいじん、またぞうくわんぞうゐの事あり。ちよくしせうなごんこれもと、かのおんむしよへまうでて、せんみやうをささげて、だいじやうだいじんじやういちゐをおくらるるよし、よみあげらる。おんはか
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はやまとのくにそふのかみのこほりかはかみむら、はんにやののごさんまいなり。むかしほうげんのかつせんのとき、ながれやにあたりてうせたまひぬとふうぶんしけれども、まさしくじつぷをきこしめさざりければ、たきぐちもろみつ、すけゆき、よしもり三人をつかはしてじつけんせらる。そのはかをほりをこしたれば、七月のさしもあつきをりふしに、十余日にはなりぬ、なにとてかはそのかたちともみへ給べき。あまりにかはゆき様なりければ、おのおのおもてをそばめてのきにけり。むかしきゆうちゆうをしゆつにふしたまひしには、こうがんしやうこまやかくしくして、春の花いろをはぢ、いきやうかをりなつかしくして、ぎろのけぶりかをりをゆづり、たへなるいきほひなりしかば、おんめにまみへ、おんことばに
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かからむとこそおもひしに、只今の御有様こそくちをしけれ。いろあひへんいして、ほうちやうらんえしたまへり。しせつぶんさんして、のうけつあふれながれたり。あくきやうじゆうまんして、ふじやうしゆつげんせり。あまりかはゆくめもあてられざりければ、かさねてみるにおよばず、このひとびとはかへりにけり。ごふしんののこるところはさることなれども、ふんぼをほりうがち、しがいをじつけんせらるることは、せうなごんにふだうがはからひにしよじしたがはせたまふといひながら、なさけなくこそきこへしか。このむくいにや、しんせいへいぢの最後の有様、すこしもたがはざりき。おそろしかりしことどもなり。昔ほりをこしてすてられたまひにし
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のちは、しがいみちのほとりの土となりて、年々に春の草のみしげれり。いまてうのつかひたづねゆきて、勅命をつたへてむ。ばうこんいかがをぼしけむ、おぼつかなし。おもひのほかなることどもありてせけんもしづかならず。「これただことにあらず。ひとへにをんりやうのいたす所なり」と人々まうされければ、かやうにおこなはれけり。れんぜいのゐんのおんものぐるはしくましまし、くわさんの法皇のおんくらゐをさらせ給ひ、さんでうのゐんのおんめのくらくおはしまししも、もとかたのみんぶきやうのをんりやうのたたりとこそ承れ。
卅九 そもそもさんでうのゐんのおんめもごらんぜられざりけるこそ心うかりけれ。ただひとのみまひらせけるには、おんまなこなむど
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もいときよらかに、いささかもかはらせ給たる事わたらせ給はざりければ、そらごとのやうにぞみへさせたまひける。いせのさいぐうのたたせ給ふに、わかれのくしなげさせたまひては、たがひにごらむじかへる事はいむ事にてあむなるに、このゐんはさしむかはせ給たりけるをみまひらせてこそ、わたらせ給ひけれ。これを人みまひらせてこそ、「さればこそ」と申ける。昔も今もをんりやうはおそろしき事なれば、くわうにんてんわうの第二のみこ、さはらのはいたいしは、しゆだうてんわうとかうし、しやうむてんわうのせふこう、ゐがみのしんわうは、くわうごうのしよくゐにふし給ふ。これみなをんりやうを
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なだめられしはかりことなり。
四十 おなじき十二月廿四日、けいせいとうばうにいづ。「又いかなる事のあらむずるやらむ」とひとおそれあへり。けいせいはごぎやうのき、ごせいのへん、うちにたいへいあり、そとにたいらんありといへり。
平家物語第一末
(花押)
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あつし日
なつのひのいみやうなり。
延慶本平家物語 ひらがな(一部漢字)版
平家物語 三(第二本)
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一 ゐんのごしよにはいらいおこなはるること
二 ほふわうごくわんぢやうのこと
三 てんわうじのぢぎやうめでたきこと
四 さんもんにさうどういできたること
五 けんれいもんゐんごくわいにんのことつけたりなりつねらしやめんのこと
六 山門のがくしやうとだうしゆとかつせんのことつけたりさんもんめつばうのこと
七 しなののぜんくわうじえんしやうのことつけたりかのによらいのこと
八 ちゆうぐうごさんあることつけたりしよそうかぢのこと
九 ごさんのときまゐるにんじゆのことつけたりふさんのにんじゆのこと
十 しよそうにけんじやうおこなはるること
十一 わうじしんわうのせんじかうぶりたまふこと
十二 しらかはのゐんみゐでらのらいがうにわうじをいのらるること
十三 たんばのせうしやうこだいなごんのはかにまうづること
十四 むねもり大納言とだいしやうとをじせらるること
十五 なりつねとばにつくこと
十六 せうしやうはんぐわんにふだうじゆらくのこと
十七 判官入道むらさきのの母のもとへゆくこと
十八 ありわうまるいわうのしまへたづねゆくこと
十九 つじかぜあらくふくこと
廿 こまつどのしにたまふこと
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廿一 小松殿くまのまうでのこと
廿二 小松殿くまのまうでのゆらいのこと
廿三 小松殿だいこくにてぜんをしゆしたまふこと
廿四 だいぢしんのこと
廿五 だいじやうにふだうてうかをうらみたてまつるべきよしのこと
廿六 院より入道のもとへじやうけんほふいんをつかはさるること
廿七 入道けいしやううんかくしじふよにんげくわんのこと
廿八 もろながをはりのくにへながされたまふこと付師長あつたに参給こと
廿九 させうべんゆきたかのこと
卅 ほふわうをとばにおしこめたてまつること
卅一 じやうけんほふいん法皇のおんもとにまゐること
卅二 だいりよりとばどのへごしよあること
卅三 めいうんそうじやうてんだいざすにげんぶのこと
卅四 法皇のおんすみかかすかなる事
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平家物語第二本(一)
ぢしよう二年正月ひとひのひ、院の御所にははいらいおこなわる。よつかのひ、てうきんのぎやうがうありて、れいにかはりたる事はなけれども、きよねんなりちかのきやういげ、きんじゆの人々おほくうしなはれし事、ほふわうおんいきどほりいまだやすまらず、よのおんまつりごともものうくぞおぼしめされける。入道もただのくらんどゆきつなつげしらせてのちは、君をもうしろめたなきおんことにおもひまゐらせて、よのなかうちとけたる事もなし。うへには事なきやうなれども、したには心ようじんして、只にがわらひてぞ有ける。なぬかのひのあかつき、けいせいとうばうにみゆ。十八日に光をます。しいうきととも申す。又せききとも申す。なにごとの有べきやらむと、人おそれをなす。
二 法皇はみゐでらのこうけんそうじやうをごしはんとして、しんごんのひほふをうけさせおわしましけるが、ことしの春、さんぶのひきやうをうけさせたまひて、二月五日には
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をんじやうじにてごくわんぢやうあるべきよしおぼしめしたつときこえし程に、てんだいのだいしゆいきどほり申す。「昔よりして今にいたるまで、ごくわんぢやう、ごじゆかいはみなわがやまにてとげさせおわします事、既にこれせんぎなり。なかんづくさんわうのけだうはじゆかいくわんぢやうのおんためなり。三井寺にてとげさせ給わむ事、しかるべからず」とまうしければ、さまざまにこしらへおほせられけれども、れいの山のだいしゆ、いつせつにゐんぜんをももちゐず。「三井寺にてごくわんぢやうあるべきならば、えんりやくじの大衆はつかうして、をんじやうじをやきはらふべし」とせんぎすときこへければ、かさねてなだめおほせられければ、とどまりにけり。園城寺きやうかうえんりやくじのかいをうくべきよし、うけぶみをいだすべきよし、おほせくだされければ、きたのゐん、なかのゐんはこうけんそうじやうのもんとおほかりければ、ちよくぢやうにしたがふべきよしまうしけるを、みなみのゐん、「いまさらにわがてらにかきんをのこすべからず」とて、いぎをなして
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したがはざりけり。「みなみのゐんよりたうじのそう、てんだいざすにふせらるるとき、じむをすいかうすべし。又ほふじやうじのたんだい、たうじ、おなじくごんしせしむべし。このりやうでうさいきよあらば、ちよくめいにしたがひてえんりやくじのかいをうくべきよし、まうしけり。かれこれのぎ、いづれもなしがたかりければ、ごけぎやうけちぐわんして、ごくわんぢやうはおぼしめしとどまりにけり。そもそもさんぶきやうとまうすはそのかずあまたあり。いちはほつけさんぶ、にはだいにちさんぶ、さんはちんごこくかさんぶ、しはみろくじそんさんぶ、ごはじやうどしんしゆうたりきわうじやうさんぶなり。今法皇のうけさせましますさんぶは、だいにちさんぶ、しんごうけうのえきやう也。そのさんぶとは、いちはだいにちきやう、にはこんがうちやうきやう、さんはそしつぢきやう、これなり。いまこのきやうのたいいをたづぬれば、「にやくうにんしきやう、じゆぢどくじゆしや、そくしんじやうぶつこ、はうだいくわうみやうゑん」ととく。「もし人あつて、このめうでんをじゆぢどくじゆすれば、ぶもしよしやうのえ
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しん、たちまちにだいにちによらいとなりて、胸の間のだいくわうみやうをはなちて、さんがいろくだうのやみをてらす」ととかれたるめうでん也。ごしらかはのほふわう、かたじけなくもくわんぎやうごほんの位に心をかけましまして、ほつけしゆぎやうのだうぢやう、ごしゆほふしのともしびをかかげて、七万八千よぶのてんどく也。しやうこにもいまだうけたまはりおよばず。いかにいはむやまつだいにをいてをや。じふぜんぎよくたいのぎよいのいろ、さんみつごまのだんにすすけて、そくしんぼだいのひじりのみかどとぞみへさせ給ける。かのこうけんそうじやうと申は、法皇のごぐわいせき、けんみつりやうもんのごしとく也。しくわんげんもんのまどの前には、いちじようゑんいうのたまをみがき、さんみつゆがのほうびやうには、とうじさんもんの花ひらけ給へり。かくのごとく、うちにつけほかにつけて、おんきえのおんこころざしふかきによつて、めうでんをもこうけんそうじやうにうけ、ごくわんぢやうをも三井寺にてとおぼしめしたちけるが、山門さうどうしてうちとどめ奉る事、いかばかりかこころうくおぼしめされけむ。
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法皇、「わがてうはこれへんぢそくさんの国也。何事もいかでかだいこくにひとしかるべきなれども、中にもうんでいおよびなかりけるは、りつのほふもん、そうのふるまひにてぞあるらむ。そうしゆのほふは、きそうそくじやうろん、どうにふわがふのうみといへり。わがふのうみにこそいらざらめ、じやうろんをもつぱらにして、さしたるとがもなき三井寺をぜうしつせむとするでう、むだうしんのものどもかな。はわがふそうのをもむき、これまたごぎやくざいのずいいちにあらずや。かたちばかりは出家にして、心はひとへにざいぞくにどうず。ぐどんのやみふかくして、けうまんのはたほこたかし。びくのかたちとなりながら、あひがたきによらいのけうぼふをもしゆぎやうせず、だいにちかくわうのちすいのながれにみをもすすがず。まろがたまたまにふだんくわんぢやうせむとするをさへ、しやうげする事のむざんさよ。たとひまろがことわりをまげたるひほふをもせんげし、もしは山門のしよりやうをべちゐんによすといふとも、わうゐわうゐたらば、たれかこれをそむくべき。いかにいはむやじゆしきくわんぢやうと
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は、じやうぐぼだいの春の花、げけしゆじやうの秋のつき也。ちとくめいしやうこれをさんだんし、きせんなんによこれをずいきす。たとひずいきさんだんのほうびせしむるまでこそなからめ、むじやうふくでんのころもの上にじやけんはういつのよろひをちやくし、ぢやうゑにしゆのたなごころのうちに、ぶつぽふはめつのたいまつをささげて、三井寺をぜうしつせむとせんぎするらむでう、すこしもたがわぬ昔のだいばだつたがばんるい也。さこそまつだいといわむからに、これほどわうゐをかろしむべきやうやある。くちをしきことかな」とて、しんきんしづかならず、げきりんしばしばかたじけなし。「そもそもわうゐはぶつぽふをあがめ、仏法は王位をまもるこそ、あひたがひにたすけて、かうげんもめでたくめいとくもいみじけれ。もしわうゐを王位とせずは、いづれの仏法かわがてうにこうりゆうすべきや。今度さんそうらをんじやうじをぜうしつせむにをいては、てんだいのざすをるざい
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し、山門の大衆をもきんろうせむ」とぞおぼしめす。又かへしておぼしめしけるは、「さんもんのだいしゆ、ないしんこそぐちのやみふかうして、じやうんたちまちにぶつにちのかげををかすといへども、かたちは既にびくのかたち也。いちいちにきんろうせむ事、ざいごふ又なむぞせうめつすべきや。かつうはごでふのほふえをみにまとへり。きえのこころざし、まつたくけんてつししにをとるべからず。かつうはだいししやうりやうのおんぱからひをもまち奉るべし。かつうはいわうさんわうもいかでかすてはてさせたまふべきや」とて、御涙にぞむせばせ給ける。この法皇ははくわう七十七代のみかど、とばのゐんのだいさんのみこ、まさひとてんわうとぞ申しける。ぢてんわづかに三年也。いそぎおんくらゐをすべらせおはしましけるおんこころざしは、「むくわんうちのそうにちかづきて、じんじんの仏法をもちやうもんし、だんしよぎやうぼふのくわかうをもてづからみづからいとなまむ」とおぼしめさるる故なり。そもそもはくわうと申は、てんじんしちだい、ぢじん
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ごだいののち、じんむてんわうよりはじめて、みもすそがはのながれすずしく、りゆうろうほうけつのつきくもりなかりしかども、第廿九代のみかど、せんくわてんわうのおんときまでは、ぶつぽふいまだわがてうにつたはらず、みやうじをすらきくことなかりき。さればそのときまでは、ざいごふをおそるる人もなく、ぜんごんをしゆぎやうする人もなかりき。おやにけうやうをもせず、心にぶつだうをももとめず。ぢりつぢかいのさほふもなく、ねんぶつどきやうのいとなみもなし。しかるに第卅代のみかど、きんめいてんわうのぎよう十三年みづのえのさるのとし十月十日、はくさいこくのせいめいわうより、こんどうのしよかによらい、ならびにきやうろんせうせう、どうばん、かい、ほうびやうとうのぶつぐなむどおくられたりき。ただしぶつざうらいりんししやうげうでんらいすとつたへども、だんぎてんどくするそうぼういまだなかりしかば、さんぼうをもくやうじ、しやうげうをもずいきせず、ただ
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やみのよのにしきにてぞはべりける。第卅二代のみかど、ようめいてんわうとまうす、おんいみなとよひのすめらみことともまうしき。このみかどのおんときよりさんぼうあまねくるふして、だいせうじようのほふもんのひかりてんがにかかやく。それよりこのかた、ぶつぽふしゆぎやうのきせん、そのかずおほしといへども、このほふわうほどのくんじゆれんぎやうのみかどをいまだうけたまはらず。ねにふしとらにおきさせ給ふおんぎやうぼふなれば、うちとけてさらにぎよしんもならず。きんう東にかかやけば、ろくぶてんどくのほつすい、さんじんぶつしやうのたまをみがき、せきじつにしにかたぶけば、くほんじやうしやうのれんだいにさんぞんらいかうの心をはこび給へり。あるときいちりやうくのごぐわんもんをあそばして、つねのござのみしやうじのしきしにかかせたまひたりけるめいくにいはく、
みはしばらくとうどはちくのからたちのもとにゐるといへども、心は常にさいはうくほんのはちすのうへにあそばしむ。
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とぞあそばされたる。またつねのごえいぎんにいはく、
ちしやは秋のしか、なきてやまにいる。ぐじんは夏のむし、とびてひにやくる。 K049
とぞ常にはながめさせたまひける。これはしくわんのぎやうじや、ししゆざんまいのたいいをしやくしたるぜつくとかや。昔より常にこのことながめさせおはしますおんことなれども、今度山門の大衆にごくわんぢやうの事をうちさまされたまひし時より、いかなるふかき山にもとぢこもり、こけふかきほらの中にもいんきよせばやとやおぼしめしけん。御心をすまして、「ちしやは秋のしか」とのみぎよえいありけるとかや。こうぐうもこれをあさましくおぼしめし、うんかくげつけいもきもたましひをうしなひたまひき。すでに時はせいやうごしゆんのころにもなりにけり。三月たうくわのえんとて、たうくわのさかりにひらけたり。せいぼがあとのももとて、もろこしのももをなんていの桜にうゑ
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まじへて、いろいろさまざまにぞ御覧じける。桜のさきにさく時もあり、たうくわさきにさく時もあり。ももさくら一度にさきてにほう時もあり。今年は桜はおそくつぼみて、たうくわはさきにさきたり。されども、「ちしやは秋のしか」とのみながめさせたまひて、たうくわを御覧ずる事もなかりけり。これによつて、くものうへびとさらに一人も花をえいずる人をはせざりけるに、三月三日ゆふぐれに、
はるきたつてはあまねくこれたうくわすいなれば、せんげんをわきまへずしていづれのところにかたづねむ。 K050
とたからかにえいずる人あり。法皇、たれぞやときこしめさるるほどに、やがてせいりやうでんにまゐりてふえふきならしつつ、てうしわうじきでうにねとりすましたり。やがて、みづしのうへなるせんきんといふおんびはをいだきをろしたてまつりて、しやくびやくたうりくわとまうすがくをさんべんばかりぞひきたりける。「ただひととはおぼへず。
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きたいのふしぎかな」とぞ、法皇きこしめされける。しやくびやくたうりくわをさんべんひきてのち、びはをもひかず、しいかをもえいぜず、ふえなどをもふくことなくして、ややひさしく有ければ、「このものはかへりぬるやらむ」とおぼしめして、法皇、「やや、しやくびやくたうりくわはなにものぞ」とおほせありければ、「おんとのゐのばんしゆ」とぞ申たりける。「ばんしゆと申すはたれぞや」ととはせ給へば、「かいほつのげんぺいだいふすみよし」とぞなのり給たりける。「さてはすみよしのだいみやうじんにておはしけるにや」とおぼしめして、いそぎごたいめんあり。夢にもあらず、うつつにもあらず。きたいのふしぎかなとぞおぼしめしける。さてしゆじゆのおんものがたりありける中に、だいみやうじんおほせられけるは、「こよひのたうばんじゆはまつをのだいみやうじんにてさうらへども、いそぎまうすべき事あつて、ひきかへて参て候。きのふのあかつき、さんわうしちしや、でんげうだい
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し、おきながしゆくしよにらいりんして、につぽんごくのきつきようをひやうぢやうしさうらひしに、今度山門のだいしゆ、じやふうことにはなはだしく、しんきんをなやましまひらせさうらひしでう、ぞんぐわいのしだいにて候。ただしむつごころにてはさうらはざりつる也。につぽんのてんまあつまりて山の大衆にいれかわりて、きみのごくわんぢやうをうちとどめまひらせさうらふところなり。されば、大衆のわざはひをばおんゆるされあるべき事にて候也」。時に法皇、「そもそもてんまはにんるいか、ちくるいか、しゆらだうしゆるいか。いかなるごふいんの物にて、仏法をはめつしはべるぞや」。大明神こたへてのたまはく、「いささかつうりきをえたるにんるい也。これについてみつあり。一にはてんま、二ははじゆん、三はまえん也。第一にてんまといふは、もろもろのちしや、がくしやうの、むだうしんにして、けうまんはなはだし。そのむだうしんのちしやのしぬれば、必ずてんまと申おにになり候也。そのぎやうるいはいぬ、みは人にて、さうのてにはねおひたり。ぜんごひやくさいの事をさとる
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つうりきあり。こくうをとぶこと、はやぶさのごとし。ぶつぽふしやなるが故にぢごくにはをちず。むだうしんなるが故にわうじやうをもせず。けうまんとまうすは、ひとにまさらばやと思ふ心也。むだうしんと申は、ぐちのやみにまよひたる者に、ちゑのともしびをさづけばやとも思わず、あまつさへねんぶつまうすものをさまたげて、あざけりなむどする者、必ずしぬればてんぐだうにおつといへり。まさにしるべし、まつせのそうは皆むだうしんにしてけうまんあるが故に、十人に九人は必ず天魔となつて、仏法をはめつすべしとみへたり。はつしゆうのちしやにて天魔となるが故に、これをばてんぐと申なり。じやうどもんのがくしやもみやうりの為にほだされて、こけのほふもんをさへづり、むだうしんにしてずずをくり、まんしんにしてすへんをすれば、天魔のらいかうにあづかりて、きまてんとまうすところにとしひさしといへり。まさにしるべし、まわうは、いつさいしゆじやうのかたちににたり。だいろく
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いしきへんじて魔王となるが故に、魔王のかたちも又いつさいしゆじやうのかたちににたり。されば、あま、法師のけうまんは、てんぐになりたる形も、あまてんぐ、ほふしてんぐにてはべるなり。つらはいぬににたれども、かしらはあま、法師也。さうのてにはねはをいたれども、みにはころもににたる物をきて、かたにはけさににたる物をかけたり。をとこのけうまん、天狗となりぬれば、つらこそいぬににたれども、かしらにはえぼし、かぶりをきたり。ふたつのてにははねをひたれども、みにはすいかんばかま、ひたたれ、かりぎぬなどににたる物をきたり。女のけうまん、てんぐとなりぬれば、狗のかしらにかづらかけて、べに、しろいもののやふなる物をつらにはつけたり。おほまゆつくりて、かねぐろなる天狗もあり。くれなゐのはかまにうすぎぬかづけて、おほぞらをとぶ天狗もあり。第二にはじゆんと申は、天狗のごふすでにつきはててのち、にんじんをうけむとする時、もしはしんざんのみね、もしはしんこくのほら、じんせきたへて千
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里あるところににふぢやうしたる時を、はじゆんとなづけたり。いちまんざいののち、にんじんをうくといへり。第三、魔縁とは、けうまん、むだうしんのもの、しぬれば必ず天狗になれりといへども、いまだその人しせざる時に、人にまさらばやと思ふ心のあるをえんとして、もろもろの天狗あつまるが故に、これをなづけて魔縁とす。されば、けうまんなき人のぶつじには、魔縁なきがゆゑに、天魔きたりてさはりをなすことなし。天魔はせけんにおほしといへども、しやうげをなすべきえんなき人のもとへは、かけりあつまる事、さらになし。されば法皇のごけうまんの御心、たちまちに魔王のきたるべきえんとならせたまひて、六十よしうのてんぐども、山門の大衆にいりかわりて、さしもめでたきぜんけぎやうをもうちさましまひらせて候也。ごけうまんのをこるも誠におんだうりにてこそ候へ。『りやう
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がいのまんだらを、いちやにじにけだいなくおこなはせ給へる事、しじふよだいのみかどの中にましまさざりき。そうの中にもまれにこそあるらめ』とおぼしめさるる御心、すなはち魔縁となれり。『にじふごだんのべつそんのほふ、しよじしよさんのそうしゆも、まろにはいかでかまさるべき』とおぼしめすは、又魔縁也。『さんみつゆがのぎやうぼふ、ごまはちせんのくんじゆ、しやうこのみかどにましまさず。ましてまつだいにはよもおわせじ。ぶつぽふしゆぎやうのちしやたちにもまさらばや』とおぼしめすは、これ魔縁也。くわうみやうしんごん、そんじようだらに、じくのしゆ、ほうけふいん、くわかいしんごん、せんじゆきやう、ごしんけつかいじふはちだう、にんわうはんにや、ごだんのほふ、まろにすぎたるしんごんしもまれにこそあるらめ』とおぼしめしたるは魔縁也。『いはむやにふだんくわんぢやうして、こんがうふゑの光をはなちて、だいにちへんぜうの位にのぼらむ事、めいとくの中にもまれなるべし。てんしていわうの中にも、われぞすぐれた
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るらむ』と、だいけうまんをなさせたまふが故に、だいてんぐどもおほくあつまりて、ごくわんぢやうのむなしくなりさうらひぬる事こそ、あさましくおぼえさうらへ」とぞ申させ給ける。そのときほふわう、「につぽんごくぢゆうに天狗になりたるちしや、いくにんばかりかはべるや」。だいみやうじんののたまはく、「よき法師は皆天狗になり候あひだ、そのかずをまうすにおよばず。だいちのそうはだいてんぐ、せうちのそうはせうてんぐ、いつかうむちのそうの中にもずいぶんのまんしんあり。それらは皆ちくしやうだうにおちてうちはられさうらふ、もろもろのむまうしども、これなり。なかごろわがてうにかきのもとのきそうじやうと申ししかうみやうのちしや、うげんのひじり、はべりき。だいけうまんの心の故に、たちまちに日本第一のだいてんぐとなりてさうらひき。これをあたごの山のたらうばうとはまうしさうらふなり。すべてけうまんの人おほきが故に、ずいぶんのてんぐとなつて、
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ろくじふよしうの山のみねに、あるいは十人ばかり、あるいは百人ばかり、かけりあつまらざるみねはひとつも候はず」。そのときほふわう、「まことにおほせのごとく、まろがぎやうぼふはわうゐの中にも、ぶつぽふしやの中にも、いとまれにこそあるらめとおもひてさうらひつる也。まづりやうがいをそらにおぼえて、まいやにじにくやうぼふし給ふみかど、しやうこにはいまだきかずとおもひはべりき。べつそんのほふ、れいしよをにじふごだんにたてたるていわうも、いまだきかずとおもひはべりき。ねにふし、とらにおくるぎやうぼふ、ていわうの中にはいまだきかずとおもひはべりき。まいにちにほつけきやうろくぶをしんどくによみ奉るこくわうも、わがてうにはいまだきかずとおもひはべりき。いはむやさんぶきやうのぢしや、ひみつくわんぢやうのひじりとなりて、ほんじほんざんのちしやたちにもまさりたりとほめられむとおもふ、まんしんをおこす事たびたびなりき。さては今こそ既にざいごふのくもはれてはおぼえ候へ。まつたく山門の大衆のらうぜきにてははべらざ
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りけり。わがみのけうまん、すなはち天魔のえんとなりて、六十よしうのてんぐども、すにちしやうごんのけぎやうをうちやぶりけるこそ、だうりにてははべりけれ。今はざんぎさんげのかぜすずし。まえんまきやうのくも、いかでかはれざらむや。さては忍びやかにしゆくぐわんをはたしさうらはばやとぞんじ候。おんぱからひさうらへ」とおほせありければ、だいみやうじんののたまはく、「でんげうだいしのまうせとさうらひつるは、えんりやくじとまうすはぐらうがこんりふ、をんじやうじと申はちしようだいしのさうさうなり。かうげんいづれもかろくしておんきえのぶんにあたわず。につぽんごくのれいちにはににてんわうじすぐれたりとおぼえさうらふ。そのゆゑは、しやくとくたいしのごこんりふ、ぶつぽふさいしよのみぎりなり。そのしやうとくたいしはくせくわんおんのおうげん、だいひせんだいの菩薩也。これによつてしんじんそらにもよほして、しようりなんぞすくなからむや。をりしもかのてらににつたうのひじりのきてうして、けいくわ
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はつせんのりうすい、ごちごびやうにいさぎよし。くわんぢやうのだいあじやり、そのうつはものにもつともたりぬべし。ひそかにごかうならせおわしまして、ごにふだんさうらへ」とて、みやうじんたちまちにうせたまひぬ。法皇、おぼしめされけるは、「まんしんをいかにをこさじと思へども、事により折にしたがひて、をこるべき物にて有けり。さしもだいみやうじんのをしへたまひつるまんしんの、今又をこりたるぞや。そのゆゑは、たいたうこくに一百余かのだいしせんとく、そのかずおほしといへども、ゐだてんにたいめんして物語し給けるめいとくは、しゆうなんざんのだうせん律師ばかりなり。わがてうには、にんわう始まつてちんにいたるまで、七十余代のみかど、そのかずおほしといへども、すみよしの大明神にぢきにたいめんして、しゆじゆものがたりしたるみかどは、まろばかりこそ有らめと、けうまんのをこりたるぞや。なむあみだぶなむあみだぶ、このざいしやうせうめつして、たすけさせおわしませ」とぞ、ごきねんありける。法皇
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すでにてんわうじへごかうなりけるとき御手をあはせつついかなるごきねんかおわしけむ、
すみよしのまつふくかぜに雲はれてかめゐの水にやどる月かげ K051
とあそばして、ごかうなりつつ、天王寺のごちくわうゐんにして、かめゐのみづをむすびあげて、ごびやうのちすいとして、ぶつぽふさいしよのれいちにてぞ、でんぼふくわんぢやうのそくわいをとげさせおはしましける。むじやうぼだいのごぐわんすでにじやうじゆして、うだいのおんみも、今はこんがうぶつしの法皇とならせおわしましたる。天魔はいささかなやましまひらせたりけれども、すみよしのだいみやうじんにをしへられましまして、そくしんじやうぶつのぎよくたいとならせおはしましたる、誠にめでたく侍り。ゆゑに、ろくだいむげのはるのはなはこんがうかいのちすいよりひらき、
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ししゆまんだのあきのつきは、たいざうかいのりもんよりいづ。さんみつゆがのかがみのおもては、ごちゑんまんのせいていにうかび、はちえふにくだんのむねのあひだには、さんじふしちそんのくわうゑんかかやけり。同五月廿日、天台の衆徒、しよしをもつてさんぢんせしめてうつたへまうしけるは、「こんどのさいしようかうに延暦寺のそうをめされず。このでうかつてせんぎなし。なにによつてか、たちまちにきえんせらるべきや」とぞ、申たりける。くらんどのうせうべんみつまさ、さんゐんしてそうもんしければ、「さらにおんすておきのぎにあらず。天台の衆徒、じいうのちやうぎやうをもつて、ごぐわんをさまたげたてまつるでう、すこぶるきくわいなるによつて、そのことつみしらせむがためなり」とぞ、おほせくだされける。このおもむきをぞしよしにはおほせふくめける。又延暦寺よりせんしをさしつかはしてをんじやうじにまうしおくりけるは、「さいしようかうはちんごこくかのごぐわんなり。しかるにこんどてんだいしゆうをすてらるるところに、
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園城寺のそうさんきんせらるべきよし、ふうぶんあり。いづれのしゆうをもつてかさんきんせらるるや。たうじはてんだいか、けごんか、さんろんか、ほつさうか。ゐさいにうけたまはりて、ぞんぢつかまつるべし」とぞ申たりける。ここに園城寺の衆徒、さんゐんくわいがふしてせんぎすといへども、なんのへんもへんたふすべしといふぎもさだまらざりければ、只「おつてまうすべし」とばかりぞへんたふしたりける。そもそもだうせんりつしのあひたまひて物語し給ひしゐだてんとまうすは、びしやもんてんわうのたいしなり。だうせんりつし、しゆうなんざんにして、せいやにして、かうろうをたてて、かしこにのぼりておはしけるが、あやまつてかうろうよりおちたまふとき、ちゆうとにして、みしといだきたてまつる者あり。「なにものぞ」ととはれければ、「ゐだてん」とこたへけり。だうせんのたまはく、「いかにしてこれへはきたるぞや」。てんのいはく、「われびしやもんてんわうのおんし
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しやとして、かのめいにしたがひて、ひごろより参りて、常にしゆごしたてまつるなり」とうんうん。だうせんかさねてのたまはく、「そのぎならば、あらはれて常に物語をもし給へかし」といはれければ、「おほせにしたがひて」とて、そののちはていぜんのやなぎにのぼりて、くわうみやうをはなちて、もろもろのせかいこくどの物語を申けり。かのだうせんとゐだてんとの物語をしるせる、いつくわんのでんき、是あり。かんつうでんとなづけたり。道宣いはく、「びしやもんてんわうは、たうじはいづくにおはしますぞ」。てんこたへていはく、「たうじはびさもんてんわうは、げんじやうさんざうのだいはんにややくし給へる処に、かの三蔵を守護の為におはします」とぞ申ける。道宣のいはく「げんじやうははかいのそうなり。われはぢかいの者也。われをこそ守護したまふべきに、われをばゐだてんにあづけて、げんじやうさんざうを守護せらるらむ事は、ぞんぐわいのことなり」とぞじしようしたまひける。げにも道宣のいふが如くに、道宣りつしは二百五十の
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りつぎをまもりて、いちじもかいををかさず。八万のさいぎやうをただしくして、しんくのおもてをあざやかにせり。げんじやう三蔵はらんそう也。とくぎやうはるかにくだれり。しかるに道宣をすて、げんじやうをまもりたまふらむ事、うたがひまことにおほし。つらつら事のしだいをあんずるに、かうそうでんをひらきみるに、いつさいのそうのとくぎやうをしやくせむとして、十のくわをたてたり。「第一にはほんやくのそう、そのこうことにたつとし。第二にはぎげのそう、ぶつぽふるでんのはかりこと、誠にめでたし」。かくのごとくしだいにくわもんをたてて、しやくしをはりて、「第十にはぶつざうきやうろんとうをしゆふくしゆざうのそう也」とつらねたり。かれをもつてこれをあんずるに、げんじやう三蔵といふは、そのみはかいにして、ばう、せい、くわう、きの四人のこをまうくといへども、かうそうでんにたつるところのじつくわの中に、第一のほんやくの三蔵として、はんにやだいじようけうをるてんする事すひやくぢく、このとくを
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かんがみて、びしやもんてんわうのじしんゆきて、守護し給へるかとぞおぼへし。かくて道宣、だいじおんじのちやうらうににんぜられたりけるに、ぢゆうじのそうりよ一千よにん、えはつをたいしてしぢゆうす。だうじやのこうりやうは三百三十三間なり。きんぎんをちりばめてせんけつ也。そののち、ゐだてんそうじてきたる事なし。はるかにほどへだたりてきたれりければ、道宣、ゐだてんにのたまはく、「てんなにゆゑぞひさしくきたらざるや」。てんこたへていはく、「しゆうなんざんにおわせしときは、みはりつぎの為にたつとく、心はぐほふの為にねんごろなりき。ないげともにしやうじやうなりしかば、御心けがるることなかりき。しかるに当寺にぢゆうしたまひてよりのちは、御心をゑにして、せいろのおもひこまやかに、おんみふじやうにして、みやうもんのこころざしふかし。これによつて、びしやもんてんわうそうじてさんずべからざるよし、いましめおほせらるるあひだ、まゐらざりつれども、
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ひごろの御よしみをわすれ奉らずして、びしやもんてんわうのめいをそむきて、ざんじのいとまをまうしてわたくしにまゐりたり」とぞ申ける。しかるにかのゐだてんののたまひけるじおんじにして、しんじんのふじやうにおはしけむ事はいかにと思へば、むかししゆうなんざんにおわせし時は、いつかうげけしゆじやうの心をさきとして、せぞくちそうのおもひもなかりしかば、ないげともにしやうじやうなりき。今このじおんじとまうすは、とくそうくわうていのこんりふとして、たうじやたふべうくわうはくなり。さればしぢゆうのそうりよもおほくして、ぎやうぼふのとこもかずしげし。かのだいがらんのちやうらうとなり給しかば、ぢゆうじのそうをたすけむとて、みづからとせいのはからひをも心にやかけたまひけむ。もししからば、心をゑになりたまひたりとて、守護をくはへ給はざりけるもことわりなりとぞおぼへし。
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三 そもそもしてんわうじと申すは、てんがだいいちのあうく、じんかんぶさうのじやうさつなり。しやうとくたいしさうさうのれいぢやう、くせぼさつりしやうのしようちなり。てらはとなれるしゆしようのめいくに、すなはちごくらくとうもんのちゆうしん、さかひはれいげんのきちにせつす、これわうじやうさいさつのこせきなり。にしにむかへばすなはちげきかいまんまんとして、はつくどくちのてうばう、めのまへにあり。ひがしにかへりみればまたせいすいたうたうとして、さんがいすいまつのむじやう、しんぢゆうにうかぶ。そんなんそんほくにかじのともがら、あふひをちぎりてもつてうがふし、ひがしよりにしよりとひのたぐひ、だうぢやうにまうでて、もつてきうしふす。しかのみならず、てんひていえふのよれんをまはす、ほんぞんにきして、えいりよをかたぶけ、さんげんすいのしうしやをうごかす。だうぢやうにのぞみてまんぐわんをなす。きたる者はたにんのもよほしにあらず。ただぜんごんのしゆくいんにもよほされてきたるところなり。のぞむ者はじしんのおこすにあらず。ひとへにわうじやうのたうえんにおこるによつて
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のぞむところなり。てんがにかうべをかたぶくるもの、みなこれくわんおんぐぜいのじひにおうず。にんぢゆうにこころをつくるもの、たれかまたあらざらんやごくらくりやうかのにんみん。さかひはわうぢにありて、わうぢにみんせず。ぢやうぢゆうのさんぼうをもつてしゆとなすところは、こくぐんにせつして、こくぐんにしたがはず、ごせしわうをもつてりとなす。かいりつをさだむるにはなれば、はういつのものはあとをけづり、じやうどにのぞむみぎりなれば、ふしんのものはきたることなし。くわんおんおうせきのところなれば、すむひとみなじひあり。わうじやうごくらくのちなれば、まうづるひとことごとくねんぶつをぎやうず。これによつて、げんぜにはさんどくしちなんのふしやうをほろぼして、にぐりやうぐわんのしつぢをまんぞくし、たうらいにはさんはいくほんのじやうさつにしやうじて、じやうらくがじやうのめうくわをしようとくせむ。とほくぐわつしのぶつせきをたづね、はるかにしんだんのれいじやうをとぶらへば、によらいせつぽふのぎをんしやうじや、くわいろくのわざはひによつて、かんやうきゆうのけぶりへんぺんたり。げんじやうしゆゑの
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けいとうまじ、りやうとうけいきして、こそだいのつゆじやうじやうたり。かんのめいていのはくばじ、ほふおんをたちてえんらんをのこし、かうそていのじおんじ、ほふりよさりてこらうをすます。またほんてうのしよじしよさんえんしやうのれい、これおほし。しかるにたうじにおいては、ぢよくせにのぞみて、わうしんのきえいよいよあらたに、こうまつにいりて、ほんぞんのりやくまことにさかりなり。じやうぐうのゐくわうひびにかかやき、じたふのこうりゆうさいさいにます。ごせしわうてらをまもれば、しまさんしやうのなんもきたらず。こうきよのしやうりゆうほふをいただけば、ぶつぽふのみづのながれもかわかず。かかるれいちなれば、しめい、みゐにもまさつておぼしめされければ、ことゆゑなくとげさせたまひにけり。これたうじのめんぼくにあらずや。
四 山門のさうどうをしづめむが為に、をんじやうじのごくわんぢやうはとどまりたりけれども、さんじやうにはがくしやうとだうじゆとふわの事有て、しづかならずときこゆ。山門にこといでぬれば、よも
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必ずみだるといへり。またいかなる事のあらむずるやらむと、おそろし。このことはきよねんの春のころ、ぎきやうしらうえいしゆん、ゑつちゆうのくにへげかうして、しやかだうのしゆう、らいじようばうぎけいがたておくじんにんをおさへとりて、ちぎやうして、あとをあふりやうす。ぎけいいかりをなして、つるがのつにくだりあひて、ぎきやうしらうをさんざんにうちちらして、もののぐをはぎとり、はぢにおよべり。えいしゆんやまににげのぼりて、よにいりてはふはふとうざんして、しゆとにうつたへければ、だいしゆおほきにいきどをりて、たちまちにさうどうす。らいじようばうまただうじゆをかたらふあひだ、だうじゆどうしんしてらいじようばうをたすけむとす。
五 けんれいもんゐん、そのころはちゆうぐうとまうししが、春のくれほどより常におんみだりごこちにて、ぐごもはかばかしくまひらず、ぎよしんもうちとけてならざりしかば、なんのさたにもおよばず。そうじてはてんがのさわぎ、べつしては平家のなげきとぞみえし。太政入道、二
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位殿、きもこころをまどはしたまふ、ことわりなり。さればしよじしよさんにみどきやうはじまり、しよぐうしよしやにほうへいしをたてらる。おんやうじゆつをつくし、いけくすりをはこぶ。だいほふひほふのこすところなくしゆせられき。かくていちりやうげつをふるほどに、ごなうただにもあらず、ごくわいにんときこえしかば、平家の人々、ひごろはなげかれけるが、ひきかえて、今はめんめんによろこびあわれけり。ごくわいたいの事さだまりにければ、きそうかうそうにおほせてごさんへいあんをいのり、じつげつせいしゆくにつけてわうじたんじやうをねがふ。しゆしやうことし十八にならせ給ふに、わうじもいまだわたらせおわしまさず。中宮は廿三にぞならせたまひける。わうじ御誕生なむどのあるやうに、あらましごとをぞよろこばれける。「平家のはんじやう、時をえたり。しかればわうじ誕生うたがひなし」と申す人もありけり。かかりし程に、六月廿八日中宮ごちやくたいとぞきこえし。つきひのかさなるにしたがひて、おんみだれなほわづらわしきさまにわたらせ
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給ければ、常にはよるのおとどにのみぞいらせたまひける。すこしおもやせて、またゆげにみへさせたまふぞこころぐるしき。さるにつけても、いとどらうたくぞみへさせたまひける。かのかんのりふじんの、せうやうでんのやまひのとこにふしたりけむも、かくやあるらむ。たうりのあめをおび、ふようのつゆにしほれたるよりも、こころぐるしき御有様なり。かかりしごなうのをりふしにあはせて、しうねきもののけ、たびたびとりつきたてまつる。うげんのそうどもあまためされて、ごしんかぢひまもなし。よりましみやうわうのばくにかけて、さまざまのもののけあらはれたり。そうじてはさぬきのゐんのごをんりやう、べつしてはあくさふのごおくねん、なりちかのきやう、さいくわうほふしがをんりやう、たんばのせうしやうなりつね、はんぐわんにふだうやすより、ほつしようじのしゆぎやうしゆんくわんなむどがしやうりやうなむどもうらなひまうしけり。これによつてにふだうしやうこく、しやうりやうしりやうともにかろからず、をどろをどろしくきこえたまひければ、
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「なだめらるべきよしのおんまつりごとあるべし」とはからひまうさる。かどわきのさいしやうは、「いかなるついでもがな。たんばのせうしやうが事、まうしなだめむ」とおもはれけるが、このをりをえて、いそぎこまつのないだいじんのもとへおわして、ごさんのおんいのりにさまざまのじやうさいおこなはるべきよしきこゆ。「いかなる事と申すとも、ひじやうのだいしやにすぎたる事、あるべからず。なかんづく、なりつねめしかへされたらむ程のくどく、ぜんごんはいかでか有べき。大納言がをんりやうをなだめむとおぼしめさむにつけても、いきたるなりつねをこそめしかへされさうらはめ。このことふしまうさじとは思ひ候へども、娘にてさうらふものの、あまりにおもひしづみて、命もあやうくみへ候時に、常にたちよりて、『あながちかくなおもひそ。のりもりさてあれば、さりとも少将をばまうしあづからむずるぞ』と、なぐさめまうしさうらへば、かほをもてあげて、教盛をうちみて、涙をながしてひきかづきて候。教盛ごいちもんのかたはしにてあり。『おやをもつとも、このときは
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さいしやうほどのおやをこそもつべけれ。などか少将一人まうしあづからざるべきぞ』と、ないないうらみまうしさうらふなるが、げにもとおぼえて、いたくむざんにおぼえさうらふ。なりつねが事、しかるべきやうにしふしまうさせ給て、しやめんにまうしおこなはせ給へ」と、なくなくくどきまうされければ、こまつのおとど涙をながして、「このかなしさは重盛もみにつみて候へば、さこそおぼしめされ候らめ。やがて申候べし」とて、八条へわたりたまひて、入道のけしきいたくあしからざりければ、「宰相の成経が事をあながちになげきまうされさうらふこそ、ふびんにおぼえさうらへ。もつともおんぱからひあるべしとおぼえさうらふ。ちゆうぐうごさんのおんいのりに、さだめてひじやうのだいしやおこなわれ候わむずらむ。そのうちにいれさせたまふべく候。宰相のまうされさうらふやうに、誠にたぐひなきおんいのりにてあらむずらむとおぼえ候。おほかたは人のぐわんをみたさせたまひさうらはば、ごぐわんじやうじゆうたがひ
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あるべからず。ごぐわんじやうじゆせばくわうわうごたんじやうありて、かもんのえいぐわいよいよさかりなるべし」と、さいさいにまうしたまへば、入道今度は事のほかにやはらぎて、げにもと思われたりげにて、「さてしゆんくわん、やすよりが事はいかに」。「それらもゆるされてさうらはば、しかるべくこそ候はめ。一人もとどまらむ事は中々ざいごふたるべしとおぼえさうらふ」なむどまうされけれども、「康頼が事はさる事にて、しゆんくわんはかつうはしられたるやうに、ずいぶん入道がこうじゆにて、ほつしようじのじむにも申なしなむどして、人となれる物ぞかし。それに人しれずししのたににじやうをかまへ、事にふれてやすからぬ事をのみいひけるよしをきくが、ことにきくわいにおぼゆるなり」とぞのたまひける。「ちゆうぐうごさんのおんいのりによつてだいしやおこなわるべし」と、大政入道まうしおこなはれければ、すなはちしきじのほうしよをくださる。そのじやうにいはく、
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ちゆうぐうごさんのおんいのりのために、ひじやうのだいしやおこなはるるによつて、さつまのくにいわうのしまのるにん、たんばのせうしやうなりつねならびにへいはんぐわんにふだうやすよりぼふし、ににんきさんすべきじやう、おほせによつてしつたつくだんのごとし。ぢしよう二年しちぐわつぴとぞ、おほせくだされける。宰相これをききたまひて、うれしなむどはなのめならず。少将のきたのかたはなほうつつともおぼへず、ふししづみてぞおわしける。七月十三日、おんつかひくだされければ、へいざいしやうはあまりにうれしくて、わたくしのつかひをさしそへて、「よをひにつぎてくだれ」とてぞつかはされける。それもたやすくゆくべきふなぢならねば、なみかぜあらくて、船の中にてひおくりける程に、九月なかばすぎてぞかのしまにはわたりつきたりける。をりしもそのひはひもうららかにて、少将も康頼もいそにいでて、
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はるばるとしほせのかたをながむれば、まんまんたるかいしやうに、なにとやらむ、はたらく物あり。あやしくて、「やや入道殿、あのをきにまなこにさえぎるもののあるはなにやらむ」と少将のたまへば、康頼入道是をみて、「にをのうきすの、波にただよふにこそ」と申けり。しだいにちかくなるをみれば、舟のすがたにみなしたり。「これはくちしまのうらびとどもが、いわうほりに時々わたる事のあれば、さにこそ」とおもふほどに、いそちかくこぎよする舟の内にいひかよはすことばども、さしもこひしきみやこびとのこゑにききなしつ。少将おもはれけるは、「われらがやうにつみをかぶつて、このしまへはなたるるるにんなむどにこそ」とおもひたまひて、「とくこぎよせよかし。都のことどもたづねむ」とおもはれけれども、まめやかにちかづけば、みぐるしさの有様をみえむ事のはづかしくて、いそをたちのきて、はままつがへのこのもといはのかげにやすらひて、みえがくれにぞまたれける。さる程にふね
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こぎつけて、いそぎをりて、われらがかたへちかづく。しゆんくわんそうづはあまりにくたびれて、只あしたゆふべのかなしさにのみおもひしづみて、しんめいぶつだのみなもとなへ奉らず、あらましのくまのまうでをもせず、常はいはのはざま、こけの下にのみうづもれゐられたりけるが、いかにしてただいまの有様をみたまひけるやらむ、このひとどものおわする前にきたれり。ろくはらのつかひ申けるは、「だいじやうにふだうどののみげうしよ、ならびにへいざいしやうどのの私のおんつかひあひそへられて、都へおんかへりあるべきよしのおんふみもちてくだりて候。たんばのせうしやうどのはいづくにわたらせたまひさうらふやらむ。このみげうしよをまゐらせさうらはばや」と申ければ、是をきき給けむ三人の人々のしんぢゆういかばかりなむけむ。あまりにおもふことなれば、なほ夢やらむとぞ思われける。三人一所になみゐられたり。少将のもとへは、宰相さまざまにおくり給へり。康頼が
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かたへは、つまがかたより事づてあり。俊寛僧都がもとへはひとくだりのふみもなかりければ、その時ぞ、「都にわがゆかりの者一人もあとをとどめずなりにけるよ」と、心えられにける。心うくかなしき事かぎりなし。さて俊寛ほうしよをひらきてみ給へば、「ちゆうぐうごさんのおんいのりのために、ひじやうのだいしやおこなはるるによつて、なりつね、やすより、きさんすべし」とは有けれども、俊寛はもれにけり。僧都是をみて、あきれまどひて、つやつや物もおぼへず。もしひがよみかとて、又みれども、「俊寛」といふ文字はなし。又みれども、「二人」とこそはかかれたれ、「三人」とはかかれず。夢にこそかかる事はみゆれ。夢かと思なさむとすればうつつなり。うつつと思へば又夢の如し。このふみをひろげつまきつ、ちたびももたびをきつとりつして、ふしまろびて、をめきさけびて、かなしみの涙をぞながしける。「三人おなじつみにて、ひとところへはなたれぬ。
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今しやめんの時、二人はゆるされて、俊寛一人もるべしとはおもはぬ物をや」とて、てんにあふぎちにふして、又をめきさけぶ。このしまへながされし時のなげきを今のおもひにくらぶれば、事のかずならざりけり。とどめらるる事をおもふに、いかにすべしともおぼへず。なくなくほうしよをとりて、「是はしゆひつのあやまりなり。さらでは俊寛をこの嶋へながし給へる事を、平家のおぼしめしわすれたるか」とて、又はじめの如くもだへこがれけるこそむざんなれ。二人のよろこび、一人のなげき、悦もなげきも事のきはめとぞみへし。少将、判官入道は、しほかぜのさたにもおよばず、いまひとときもとくこぎいでなむとて、いわうのつといふ所へうつりにけり。僧都あまりのかなしさにふなつまできたりて、二人の人にすこしもめをはなたず、少将の袖にとりつきても涙をながし、判官入道のたもとをひかへてもさけびけり。「としごろひごろはおのおのさておわしつれば、むかしものがたり
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をもして、都のこひしさをも、しまの心うさをも、申なぐさみてこそありつるに、うちすてられ奉りては、いちにちへんしもたへしのぶべきここちもせず。ゆるされなければ、みやこへはなかなかおもひもよらず。ただこの船にのせていでさせ給へ。そこのみくづともなりて、まぎれうせなむ。中々しんら、かうらいとかやのかたへもわたりゆかば、おもひたえてもあるべきに、俊寛一人のこりとどまりて、しまのすもりとならむ事こそかなしけれ」とて、又をめきさけびければ、少将なくなくのたまひけるは、「誠にさこそおぼしめされさうらふらめ。成経がのぼるうれしさはさる事なれども、おんありさまをみおきたてまつるに、さらにゆくべきそらもおぼえず。御心のうち、みなおしはかりてさうらへども、都の御使もかなふまじき由を申す上、三人ふなつをいでにけりときこへむ事もあしかりぬべし。なにとしても、かひなき命こそたいせつの事にて
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候へば、かつうは成経がみのうへにてもおぼしめししられ候へ。まかりくだりさうらひしすなはちは、ともかくもして、命をうしなはばやとこそぞんぜしかども、かひなき命の候へばこそ、かやうにうれしきおとづれをもまちえさうらひぬれば、このたびとどまらせ給てさうらふとも、またおのづからめしかへされさせたまひさうらふおんことも、などかさうらはざるべき。なりつねまかりのぼりさうらひなば、みにつみておもひしりまゐらせて候へば、宰相にもかつうはよきやうにまうしさうらふべし。いかさまにもおんみをなげてもよしなき御事なり。ただいかにもして今一度都のおとづれをもきかむとこそおぼしめされ候はめ。そのほどはひごろおわせしやうにおもひてまたせ給へ」と、かつうはなぐさめかつうはこしらえられければ、僧都へんじにおよばず、少将にめをみあはせて、「俊寛をばすておきたまひなむずるな。ただ俊寛をもぐしてのぼり給へ。ぐしてのぼりたる御とがめあらば、又もながさ
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れ候へかし」なむど、さまざまにくどかれけれども、「これほどにつみふかくてのこしとどめらるる程の人を、ゆるされもなきにぐしのぼりなば、まさるとがにもこそあたれ」とおもはれければ、「誠にさこそおぼしめさるらめ」とばかりにて、少将は、「かたみにも御覧ぜよ」とて、よるのふすまををかれけり。判官入道のわすれがたみには、ほんぞんぢきやうをぞとどめける。「誠の花の春、さくらがりして、しがの山をこへ、よしののおくへたづねいるひとも、皆風にさそわるるならひあれば、ちりぬるのちはこのもとををしみて、岩のまくらによをあかす事もなく、いへぢへいそぎ、つきの秋、めいげつをたづねて、すまあかしへうらづたひする人も、又山のはにかたぶくためしあれば、いりぬるあとをしたひて、あまのとまやにやどりもやらず、すぎこしあとをたづねけり。こひぢにまよふ人だにもわがみにまさる物やある」と、たがひにいひかよはしつつ、少将も入道もいそぐ心をなさけな
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き。みちゆくひとのひとむらさめのこのもと、おなじながれをわたるともだにも、すぎわかるるなごりはなほをしくこそおぼゆるに、まして僧都のこころのうち、おもひやられてむざんなり。さる程にじゆんぷうよかりければ、僧都のもだへこがれけるひまに、やわらともづなをときてこぎいでむとするに、僧都おもひにたへずして、御使にむかひててをすり、「ぐしておわせよや、ぐしておわせよや」とをめかれければ、「人のみにわがみをばかへぬ事にて、ちからおよばず」と、なさけなくこたへければ、僧都あまりのかなしさに、船のともへにはしりまわり、のりてはをり、おりてはのり、あらましをせられけるありさま、めもあてられずぞおぼえける。しだいに船をおしいだせば、僧都ともづなにとりつきて、たけのたつところまではひかれてゆく。そこしもとほあさにて、いちにちやうばかりゆきたりけれども、みちくるしほ、たちかへりてくちへいりければ、ともづなにわきうちかけて、「さて俊寛をばすておきたまひぬるな」とて、又
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声もおしまずよばひたまひけれども、少将もいかにすべしともおぼえず、もろともにぞなかれける。僧都なをも心の有けるやらむ、とかくしてなみにもおぼれず、いそにかへりあがりて、なぎさにひれふして、をさなきもののめのとや母にすてられて、みちをしたふやうに、はまにあしをすりて、「少将殿、判官入道殿や」と、をめきさけびけるは、「父よ母よ」とよぶににたりけり。をめきさけぶ声のはるかに波をわけてきこへければ、誠にさこそおもふらめと、少将も康頼も、ともになみだを流して、つやつやゆくそらもなかりけり。こぎゆくふねのあとのしらなみ、さこそうらやましくおぼされけめ。いまだこぎかくれぬ船なれども、涙にくれてこぎきへぬとみへければ、岩の上にのぼりて船をまねきけるは、まつらさよひめが、もろこしぶねをしたひつつ、ひれふりけるにことならず。よしなき少将のなさけのことばをたのみて、そのせにみをもなげられ
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ざりけるこそ、せめてのつみのむくいとはみえしか。ひすでにくれにけれども、あやしのふしどへもたちかへるべき空もおぼへず。又なぎさにたふれふして、おきのかたをまぼらへつつ、つゆにしほぬれ波にあしうちあらはせて、かしらをたたき胸をうちて、ちの涙をながして、よもすがらなきあかされければ、そでは涙にしほれ、すそは波にぞぬれにける。少将、なさけもふかく、物のあはれをもしりたる人なれば、「かかるむざんなる事こそありしか」なむど申されば、もしくつろぐ事もやと、たのみをかけて、べうべうたるいそをまはりて命をたすけ、まんまんたるうみをまもりて心をなぐさめて、あかしくらしたまひければ、昔、さうり、そくりがなんかいのぜつたうにはなたれたりけむも、是にはすぎじとぞおぼえし。それは兄弟二人ありければ、なぐさむかたも有けむ。この僧都のかなしみは、わきまへやるべきかたもなし。少将は九月なかばすぎてしまを
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こぎいでて、風をしのぎ波をわけ、うらづたひしまづたひして、廿三日といふにはくこくのちへつきにけり。やがて都へのぼらむといそがれけれども、冬にもなりにければ、船のゆきかふ事もなかりける上、へいざいしやうのもとよりかさねてつかひくだりて申けるは、「きよねんよりかのしまにおわして、さだめてみもつかれそんじ、やまひもつきたまひぬらむ。さむき空にはるばるとのぼり給はば、のぼりもつきたまはで、みちにてあやまちもいできなむず。ひぜんのくにかせのしやうといふ所は、あまきのしやうともなづけたり。かのところはのりもりがしよりやうなり。このふゆはかのしやうにおはして、おんみをもいたはりて、みやうしゆんかぜやはらかになつて、のどかにのぼり給へ」といひつかはしたりければ、そのふゆはかのしやうにてゆあみなむどして、たよりの風をぞまたれける。さるほどに、としもすでにくれにけり。
六 八月六日、がくしやう、ぎきやうしらうをたいしやうぐんとして、だうじゆがばうじや十
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三うきりはらひて、そこばくのしざい、ざふもつをついふくして、がくしやう、大納言がをかにじやうくわくをかまへてたてごもる。八日、だうじゆとうざんして、とうやうばうにじやうくわくをかまへて、大納言のをかのじやうにたてごもるところのがくしやうとかつせんす。だうじゆ八人しころをかたぶけて、じやうのきどぐちへせめよせたりけるを、がくしやう、ぎきやうしらうをはじめとして、六人うちいでて、ひとときばかりうちたたかひける程に、八人のだうじゆひきしりぞきけるを、ぎきやう四郎うちしかりて、ながおひをしける程に、かへしあはせてまたうちくむところに、ぎきやう四郎、なぎなたのえをひるまきのもとよりうちをられにけり。こしがなたをぬきてはねてかかりけるが、いかがしたりけむ、くびをうちおとされぬ。たいしやうぐんとたのみたる四郎うたれにける上は、がくしやうやがておちにけり。十日、だうじゆとうやうばうをひきて、あふみのくにさんがしやうにげかうして、こくちゆうのあくたうをかたらひ、あま
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たのせいをいんぞつして、がくしやうをほろぼさむとす。だうじゆにかたらはるる所のあくたうとまうすは、ふるぬすびと、ふるがうだう、さんぞく、かいぞくとうなり。としごろ、たくはへもちたるべいこくふけんのたぐひをほどこしあたへければ、たうごくにもかぎらず、たこくよりもききつたへて、つのくに、かはち、やまと、やましろのぶようのともがら、うんかのごとくにあつまりけりときこえしほどに、九月はつかのひ、だうしゆ、あまたのせいをあひぐしてとうざんして、さういざかにじやうくわくをかまへてたてごもる。がくしやうふじつにおしよせたりけれども、さんざんとうちおとされぬ。やすからぬ事におもひて、あかりをかりけれどもかひなし。だいしゆ、くげにそうもんし、ぶけにふれうつたへけるは、、「だうしゆら、ししゆのめいをそむきてあくぎやうをくはたつるあひだ、しゆといましめをくはふる処に、しよこくのあくとをあひかたらひて、さんもんにはつかうして、かつせんすでにたびたびにおよぶ。がくりよおほくうたれて、ぶつぽふたちまちにうせなむとす。はやくくわんびやうをさしそへられて、ついたうせらるべし」と申ければ、ゐんより大政入道におほせ
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らる。入道のけにん、きいのくにのぢゆうにんゆあさのごんのかみむねしげをたいしやうぐんとして、大衆三千人、くわんびやう二千よき、つがふ五千よきのぐんびやうをさしつかはす。つくしのひと、ならびにいづみ、きいのくに、いが、いせ、つのくに、かはちのかりむしや也。しかるべきものはなかりけり。十月四日、がくしやう、くわんびやうをたまはりて、さういざかのじやうへよす。今度はさりともとおもひけるに、しゆとはくわんびやうをすすめむとす、官兵は衆徒をさきだてむとおもひけり。かくのごとくのあひだ、こころごころにして、はかばかしくせめよする者もなし。だうじゆはしふしんふかく、おもてもふらずたたかひける上に、かたらふところのあくたうら、よくしんしじやうにしてししやうふちなるやつばらの、おのおのわれひとりとたたかひければ、くわんびやうもがくしやうもさんざんにうちおとされて、せんぢやうにてしぬるもの二千よにん、ておひはかずをしらずとぞきこへし。五日、がくしやう一人ものこらずげらくして、あしこここにきしゆくしつつ、
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いきつぎゐたり。かかりける間、さんじやうにはたにだにのかうえんもことごとくだんぜつし、だうだうのぎやうぼふもみなたいてんしぬ。しゆがくの窓をとぢて、ざぜんのとこもむなしくせり。ぎきやうしらう、じんにんがいつしやうをあふりうしてちぎやうすとも、あながちにいかばかりのしよとくかあらむずるに、つるがのなかやまにてはぢをみるのみにあらず、とりかへなき命をうしなひ、さんもんのめつばう、てうかのおんだいじにおよびぬる事こそあさましけれ。人はよくよくしりよあるべき物かなとぞおぼゆる。とんよくは必ずみをはむといへり。ふかくつつしむべし。十一月五日、がくしやう、しやうざくわんげん、ゐぎしさいめいらを大将軍として、だうじゆがたてごもるところのさういざかのじやうへおしよせてせめたたかふ。しかれどもがくしやうよにいりて、おひかへされて、しはうににげうせぬ。がくしやうのかたにうたるる者百よにん、あさましかりし事共也。そののちはさんもんいよいよあれはてて、さいたふのぜんじゆのほかはしぢゆうのそうりよまれなり
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けり。たうざんさうさうよりこのかた、いまだかくのごとくのことなし。よの末は、あくはつよくぜんはよわくなれば、ぎやうにんはつよくして、ちしやのはかりこともかしこかりしは、皆ちりぢりにゆきわかれて、人なき山になりにけり。ちゆうだうのしゆみなうせにけり。さんびやくよさいのほふとう、かかぐる人もなし。ろくじふだんのかうのけぶりもたえやしぬらむ。だうじやたかくそびへて、さんぢゆうのかまへをせいけいの雲にさしはさみ、とうりやうはるかにひいでて、しめんのたるきをはくろのあひだにかけたりき。されども今はくぶつをみねのあらしにまかせ、きんようをむなしきれきにうるをす。よるのつき、ともしびをかかげてのきのひまよりもり、あかつきのつゆ、たまをつらぬいて、れんざのよそほひをそふ。あはれなるかな、がくと、むかしはいわうのじひのむろにすみ、しゆがくをいとなむといへども、いまはようふじゆけふのいへにゐて、ひとへにうれひのなみだにをぼる。すいまいのしはんは者、きうぢやうにたえずしてつかれにのぞみ、えうちのすい
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はつは者、けいせつをもてあそばずしてやみにまよふ。げんぜのぶつぽふすでにめつす。しやうらいのえみやういかがつがむ。かかりければ、ぶつぜんにまうづるそうりよもなし、しやだんにはいするしやじもなし。それまつだいのぞくにいたりては、さんごくの仏法もしだいにもつてすいびせり。とほくてんぢくのぶつせきをとぶらへば、むかし仏のほふときたまひける、わしのおやまも、ちくりんしやうじやも、ぎつこどくをんも、ちゆうこよりはこらうやかんのすみかとなりはてぬ。ぎをんしやうじやの四十九院、なをのみのこしていしずえあり。びやくろちにはみづたえて、くさのみふかくおひしげり、たいぼんげじようのそとばのめいも、きりにくちてかたぶきぬ。しんだんの仏法もおなじくほろびにき。てんだいさん、ごだいさん、さうりんじ、ぎよくせんじも、このごろはぢゆうりよなきさまになりはてて、だいせうじようのほふもんははこのそこにぞくちにける。わがてうのぶつぽふも又おなじ。なんとのしちだいじも皆あれはてて、はつしゆうくしゆうもあとたえぬ。ゆが、ゆいしきのりやう
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ぶのほかはのこれるほふもんもなく、とうだい、こうぶくりやうじのほかはのこれる今はだうじやもなし。あたご、たかをの山も、昔はだうじやのきをきしりたりたりしかども、いちやのうちにあれにしかば、今はてんぐのすみかとなりたり。昔げんじやうさんざう、ぢやうぐわんさんねんのころ、ぶつぽふをひろめむとして、りうさそうれいをしのぎてぶつしやうこくへわたりたまひしに、しゆんしうかんしよいちじふしちねん、じもくけんもん一百三十八かこく、あるいは三百六十余の国々をみまはりたまひしに、だいじようるふの国、わづかに十五かこくぞ有ける。さしもひろきぐわつしのさかひにだにも、ぶつぽふるふの所はありがたかりけるぞかし。それも今はこらうのふしどとなりはてぬ。さればやらむ、やむごとなかりつるてんだいのぶつぽふも、ぢしようの今にあたりてほろびはてぬるにやと、こころあるきわの人、かなしまずといふ事なし。りさんしけるそうの、ちゆうだうのはしらにかきつけけるとかや。
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いのりこしわがたつそまのひきかへて人なきみねとなりやはてなむ K052
でんげうだいしたうざんさうさうの昔、あのくたらさんみやくさんぼだいのほとけたちと、いのりまうさせたまひける事をおもひいだし、よみたりけるにやと、いとうるはしくこそきこへしか。みやのおんでし、ほつしやうじどののおんこ、てんざいざすじゑんだいそうじやう、そのときほふいんにておわしけるが、人しれずこのことをかなしみて、雪のふりたりけるあした、そんゑんあじやりがもとへつかはされける。
いとどしく昔のあとやたえなむとおもふも悲しけさのしらゆき K053
そんゑんあじやりがへんじ。
君がなぞなをあらはれむふる雪の昔のあとはたえはてぬとも K054
だうじゆと申はがくしやうのしよじゆうにて、あしだ、しりきれなむどとるわらはべの、ほふしになりたる、
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ちゆうげんぼふしどもなり。かしあげ、しゆつこしつつ、きりもの、よせもののさたして、とくつき、けさころもきよげになして、ぎやうにんとて、はてにはくがうをつきて、がくしやうをも物ともせず、おほゆやにもさるのときはだうじゆとこそさだめられたりけるに、むまのときよりおりてがくしやうのうしろにゐて、指をさしてわらひければ、かくやは有べきとて、学生ども是をとがめければ、だうじゆ、「われらがなからむ山は山にても有まじ。学生とて、ともすれば、ききもしらず、ろんぎといふはなむぞ、あなをかし」なむどぞいひける。ちかごろ、こんがうじゆゐんのざす、がくしんごんのそうじやうぢさんの時より、さんたふにけつばんして、げしゆとて、仏に花をたてまつりしともがらなり。
七 またさんぬる三月廿四日、しなのぜんくわうじえんしやうのよし、そのきこへあり。このによらいとまうすは、むかしちゆうてんぢくびしやりこくにごしゆのあくびやうおこりて、じんそ多くばうぜしに、
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ぐわつかいちやうじやがきせいによりて、りゆうぐうじやうよりえんぶだんごんをえて、しやくそん、あなんちやうじや、心をひとつにして、うつしあらはし給へりしいつちやくしゆはんのみだのさんぞん、えんぶだいいちのれいざう也。ぶつめつどののち、てんぢくにとどまりまします事ごひやくさい、ぶつぽふとうぜんのことわりにて、はくさいこくへわたりましましていつせんざいののち、きんめいてんわうのぎようにほんてうにわたりましましき。そののちすいこてんわうのぎようにおよびて、しなののくにみづうのこほり、わかをうみのまひとほんだのよしみつ、これをあんぢしたてまつりてよりこのかた五百八十よさい、えんしやうのれい、これぞはじめときこへし。わうぼふかたぶかむときはぶつぽふまづほろぶといへり。さればにや、かやうにさしもやむごとなきれいじれいさんの多くほろびぬるは、王法の末にのぞめるずいさうにやとぞなげきあへる。
八 十一月十二日、とらのときばかりより、ちゆうぐうごさんのけ渡らせおわしますとて、
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てんがののしるめる。きよぐわつ廿七八日のころより、時々そのけわたらせおわしましけれども、とりたてたるおんことはなかりけるほどに、このあかつきよりはひまなくとりしきらせ給へり。平家の一門はまうすにおよばず、くわんばくどのをはじめたてまつりて、くぎやう、てんじやうびとはせまゐらる。法皇はにしおもてのこもんよりごかうなる。ごげんじやにはばうかく、しやううんりやうそうじやう、しゆんげうほふいん、がうぜん、じつぜんりやうそうづ、このうへ法皇もいのりまうさせたまひけるにや。内大臣はぜんあくにつけていとさわがぬ人にて、すこしひたけて、きんだちあまたひきぐして、参り給へり。とどろかにぞみへ給ける。ごんのすけぜうしやうこれもり、させうしやうきよつね、ゑちぜんのせうしやうすけもりなむどやりつづけさせて、御馬十二ひき、おんつるぎ七こし、おんぞ十二両、くわうかいにいれて、あいひぐして参り給へり。きらきらしくぞみへ給ける。にようゐん、きさいのみやの御祈に、時にのぞみて
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だいしやおこなはるること、せんれいなり。かつうはだいぢ二年九月十一日、たいけんもんゐんのごさん法皇御誕生時なり、だいしやおこなはれき。そのれいとてぢゆうくわの者十三人くわんいうせらるる。だいりよりはおんつかひひまなし。うちゆうじやうみちちかのあつそん、さちゆうじやうやすみちのあつそん、させうしやうたかふさのあつそん、うゑもんのごんのすけつねなかのあつそん、くらんどどころのしゆう、たきぐちら二三度づつはせまゐりたまふ。しようりやくぐわんねんにはれうの御馬をたまはりて、これにのる。今度はそのぎなし。てんじやうびとおのおのくるまにて参る。ところのしゆうなむどぞきばにてはありける。はちまん、かも、ひよし、かすが、きたの、ひらの、おほはらのなむどへかうけいあるべきよし、ごぐわんをたてらる。けいびやくはごだんのほふのがうざんぜのだんのだいあじやり、ぜんげんほふいんとぞきこへし。又神社にはいはしみづ、かもをはじめたてまつりて、きたの、ひらの、いなり、ぎをん、いまにしのみや、とうくわうじにいたるまで四十一かしよ、ぶつじにはとうだいじ、こうぶくじ、えんりやく、
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をんじやう、くわうりゆう、ゑんしゆうじにいたるまで、七十四かしよのみどきやうあり。じんめをひかるること、だいじんぐういはしみづをはじめたてまつりて、いつくしまにいたるまで、廿三しや也。ないだいじんの御馬をまゐらせらるることはしかるべし。きさいのみやのおんせうとにておわします上、ふしのおんちぎりなれば、かつうはくわんこうにしやうとうもんゐんごさんの時、みだうのくわんばくじんめを奉らる。そのれいにあひかなへり。「又ごでうのだいなごんくにつなのきやう、じんめをにひきまゐらせらる。しかるべからず」と、人々かたぶきあへり。「こころざしのいたりか、とくのあまりか」とぞ申ける。にんわじのしゆかくほふしんわうはくじやくきやうのみしゆほふ、やまのざすかくくわいほふしんわうはしちぶつやくしのほふ、てらのちやうりゑんけいほふしんわうはこんがうどうじのほふ、このほか、ごだいこくうざう、ろくくわんおん、いちじきんりん、ごだんのほふ、ろくじかりん、はちじもんじゆ、ふげんえんめい、だいしじやうくわうにいたるまで、のこるところもなかりき。
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ぶつしのほふいんめされて、ごとうじんのしちぶつやくし、ならびにごだいそんのざうをつくりはじめらる。みどきやうのぎよけんぎよい、しよじしよしやへたてまつらせたまふ。御使、みやのさぶらひの中にうくわんのともがら、これをつとむ。ひやうもんのかりぎぬにたいけんしたるものどもの、東のたいよりなんていに渡りて、にしのちゆうもんをもちつづきていづ。ゆゆしきみものにてぞ有ける。しやうこく、にゐどのはつやつや物もおぼえたまはず。あまりの事にや、ものまうしければ、ともかくもとて、あきれてぞおわしける。「さりともいくさのぢんならば、かくしもはおくせじ物を」とぞ、のちには入道のたまひける。しんだいなごん、さいくわうほふしていのおんもののけさまざまにまうすむねどもありて、ごさんとみになりやらず。はるかにじこくうつりければ、ごげんじやたち、めんめんかくかくにそうぎやのくどもをあげて、ほんじほんざんのさんぼう、ねんらいしよぢのほんぞん、せめふせたてまつる。おのおのくろけぶりをたててこゑごゑにもみふせらるる
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けしき、心のうちどもおしはかられて、「いづれもいづれも誠にさこそは」とおぼえてたつとき中に、法皇の御声のいでたりけるこそ、いまひときはことかはりて、みなひとみのけいよだちて涙をながしける。をりどくるふよりましのばくどもも少しうちしめりたり。そのとき法皇みちやう近くゐよらせおわしまして、おほせの有けるは、「いかなるあくりやうなりとも、このおいぼふしかくてさうらわむには、いかでかちかづきたてまつるべき。いかにいはむや、あらはるる所のをんりやうども、皆まろがてうおんによりて、人となりしともがらにはあらずや。たとひほうしやの心をこそぞんぜざらめ、あにしやうげをなさむや。そのことしかるべからず。すみやかにまかりしりぞき候へ」とて、によにんうまれがたからんさんのときにのぞみて、じやましやしやうくしのびがたからんにも、こころをいたしてしやうじゆせばだいひじゆを、きじんたいさんしてあんらくにうまれむ」とて、ごねんじゆをさらさらとおしもませおわしましければ、ごさんやすやすとなりにけり。とうのちゆうじやうしげひらのあつそんは、ちゆうぐうのすけにて
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おわしけるが、ぎよれんのうちよりつといでて、「ごさんへいあん、わうじごたんじやう」と、たからかにまうされたりければ、入道、二位殿はあまりのうれしさに、声をあげててをあはせてぞなかれける。なかなかいまいましくぞおぼえし。くわんばくてんが、だいじやうだいじん、さだいじんいげ、くぎやうてんじやうびと、もろもろのみしゆほふのだいあざり、じよしゆ、すはいのごげんじや、おんやうのかみ、てんやくのかみよりはじめて、みちみちのものども、たうしやうたうかの人々、いちだうにあとよろこびける声、どよみにてぞ有ける。しばしはしづまりやらざりけり。内大臣は、「てんをもつてちちとせよ、ちをもつてははとせよ」といはひ奉て、きんせんくじふくもんおんまくらにおきて、やがてをとど、おんほぞのををきりたてまつり給ふ。こけんしゆんもんゐんのおんいもうと、あのおんかたいだき奉らせ給。さゑもんのかみときただのきやうの北方、とうゐんどの、おんめのとにつきまゐらせたまひにけり。ゐごてのぜにいだされたり。べんのゆげのすけがかけ物にて是を
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うつ。是又れいあることにや。法皇はいまぐまののごさんけいあるべきにて、いそぎいでさせ給て、おんくるまをもんぐわいにたてらる。にようごきさきのごさんは常の事なれども、だいじやうほふわうのごげんじやはきたいのれいか。ぜんだいもきかず、こうたいにもありがたかるべし。是はたうだいの后にて渡らせ給へば、法皇のおんこころざしも浅からぬ上に、なほし太政入道をおもくおぼしめさるるゆゑなり。「ただしこのことかろがろしきににたり。しかるべからず」とまうす人々も有き。「およそはかろがろしきおんふるまひをば、こにようゐんうけぬ御事に申させおわしましければ、法皇もはばかりおぼしめしけり。今もにようゐんだにもわたらせ給はましかば、まうしとどめまゐらせたまひなまし」と、事のまぎれに、ふるきにようばうたちささやきあひ給へり。そのうへ、しやきんいつせんりやう、ふじのわたせんりやうを、ごげんじやのろくに、法皇にまゐらせられたりけるこそ、いよいよきいのちんじにてありけれ。
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このおくりぶみを法皇御覧じて、「にふだうげんじやしてもすぎつべきよな」とぞおほせられける。おんやうのかみやすちかいげ、多くまゐりあつまられたりければ、みうらさまざま有けるに、あるいは「ゐねのとき」なむどうらなひまうすもあり、あるいは「わうぢよ」とまうすもありけるに、やすちかのあつそんばかりぞ、「ごさんただいまなり。わうじにてわたらせ給べし」と、うらなひまうしたりける。そのことばいまだをわらざるに、ごさんなりにけり。さすのみこと申けるもことわりなり。こんどのごさんにさまざまのことども有ける中に、めでたかりける事は、だいじやうほふわうのおんかぢ、有がたかりける御事也。むかしそめどののきさきとまうししは、せいわのこくぼにて、いちてんがをなびかし給へりし程に、こんじやうきといふおんもののけにとりこめられて、よのなかの人にもさがなくいわれさせたまふことはべりけり。ちしようだいしの御時にておわしましければ、さまざまにかぢせられけれども、かなはずしてやみたまひにけるに、今の
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法皇のごげんじやにおんもののけのきげんのこと、かへすがへすめでたくぞおぼへし。又さんでうのゐんの、うぢどのよりみちをおんむこにとらむとせさせおわしましけるに、おんやまひつきて、だいじになり給て、げんじやにはしんよそうづ、めいそんあじやり、おんやうじにはかものみつよし、あべのよしひらなむどをめして、こゑをあげてののしりけれども、只よはりによはらせましまして、ひきいらせたまひけるを、みだうのくわんばくみちながこうのおわしまして、「につぽんごくにほつけきやうのこれほどにひろまらせ給ふはわがちから也。このたびわがこの命いけさせ給へ」とて、なみだをながしてじゆりやうほんをいちまいばかりよみたまひければ、おんしうとのともひらしんわう、物のけにあらわれたまひて、「この悲しさはたれも同じ事にてこそあれ。わがこに物を思わせむことの悲しければ、つきたてまつりたれども、ほつけきやうにかたさりたてまつりてかへりはべりぬ」とのたまひて、おんやまひやみにけり。
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かかる事をおもふには、法皇におんもののけのおそれたてまつりけるもことはり也。又思わずなりける事は、太政入道のあきれて物もしりたまはざりける事。いうにやさしかりける事は、こまつのおとどのおんふるまひ。ほいなかりける事は、うだいしやうのろうきよ。しゆつし給はましかば、いかにめでたからまし。あやしかりつる事は、こしきがたを姫宮のごたんじやうのときのやうに、北のおつぼのなかへまろばかして、又とりあげて、南へおとしたりつる事。をかしかりける事は、さきのおんやうのかみあべのときはれがせんどのみはらひつとめけるが、あるところのめんらうにてかぶりをつきをとして有けるが、あまりにあはてて、それをもしらで、そくたいただしくしたる者がはなちもとどりにて、さばかりただしきごぜんへねりいでたりけるけしき。かばかりのだいじの中に、くぎやう、てんじやうびと、北面のともがら、けんぶつのしよ
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しゆう、皆ことごとくはらをきりたまへり。たへずしてかんじよへにげいる人もありけり。九 ごさんのあひだにまゐりたまふ人々、まづはくわんばくまつどの、太政大臣めうおんゐんもろなが、左大臣おほいのみかどどの経宗、右大臣つきのわどのかねざね、右大臣小松殿重盛、さだいしやうさねさだ、げんだいなごんさだふさ、さんでうのだいなごんさねふさ、つちみかどのだいなごんくにつな、なかのみかどのちゆうなごんむねいへ、あんざつしすけかた、くわさんのゐんのちゆうなごんかねまさ、さゑもんのかみときただ、中納言すけなが、べつたうただちか、さひやうゑのかみしげのり、うひやうゑのかみよりもり、げんちゆうなごんまさより、ごんちゆうなごんさねつな、くわうだいこうくうのだいぶともふさ、へいざいしやうのりもり、さのさいしやうのちゆうじやうさねいへ、ろくかくのさいしやうちゆうじやうさねもり、うだいべんながかた、さだいべんとしつね、さきやうのだいぶながのり、ださいのだいにちかのぶ、ぼだいゐんのさんゐのちゆう
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じやうきんひら、しんざんゐのちゆうじやうさねきよ、いじやう三十三人。うだいべんながかたのほかはなほしなり。ふさんのひとびと、さきのだいじやうだいじんただまさ〈 花山院近年しゆつしなし 〉、さきのだいなごんさねなが〈 近年しゆつしせずほういをちやくし、入道宿所にむかはる。 〉、おほみやのだいなごんたかすゑ〈 第一娘、三位中将兼房卿室、さんによつて去七日、ことあり。よつて不吉例とぞんぜらるるゆゑか。 〉、うだいしやうむねもり〈 去七月室家逝去後、出仕せられず。彼所労時、大納言并大将じせらる。 〉、さきのぢぶきやうみつたか、さのさんゐのちゆうじやうかねふさ、うのにゐのちゆうじやうもとみち、くないきやうながのり、しちでうのしゆりのだいぶのぶたか〈 所労 〉、とうぐうのごんのだいぶあさもり〈 所労 〉、しんざんゐたかすけ、さのさんゐのちゆうじやうたかただいじやう十三人、こしやうによつてふさんとぞきこへし。
十 みしゆほふのけちぐわんしてけんじやうおこなはる。にんわじのほふしんわうはくげのごさたにてとうじしゆざうせらるべし。ごしちにちのみしゆほふ、だいげんのほふ、ならびにくわんぢやうこうぎやうせらるべきよし、せんげせらるるうへ、おんでしのほふいんかくじやうをもつてごんのだいそうづににんぜらる。ざ
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すのみやはにほん、ならびにぎつしやのせんじを申させおわしましけるを、にんわじのほふしんわうささへまうさせたまひけるによつて、しばらくおんでしのほふげんゑんりやうをもつてほふいんにじよせらる。このりやうじ、くらんどのとうくわうたいこうくうごんのだいぶみつよしのあつそんうけたまはりて、是をおほす。だいごのしやうぼうそうじやうのよりう、ごんのせうそうづじつけいは、じゆんでいのほふ、ごわうのかぢをつとめて、だいそうづににんず。このほかのけんじやうども、もうきよにいとまあらず。うだいしやうむねもりのきたのかた、おんおびをまゐらせられたりしかば、おんめのとにておわしますべかりしかども、さんぬる七月にうせたまひにしかば、さゑもんのかみときただのきやうのきたのかた、とうゐんどの、おんめのとにさだまりぬ。このきたのかたと申はこなかやまのちゆうなごんあきときのきやうのおんむすめなり。もとはけんしゆんもんゐんにさうらわれき。わうじじゆぜんののちはないしのすけになりたまひて、そつのすけどのとぞ申ける。中宮はひかずへにければ、うちへまゐりたまひぬ。
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十一 十二月八日、わうじしんわうの宣旨をくださる。十五日、わうじくわうたいしにたたせ給ふ。十四日、しんふにはこまつのないだいじん、たいふにはうだいしやうむねもりのきやう、ごんのたいふにはときただのきやうぞなられける。いみじかりしことどもなり。建礼門院きさきにたたせ給ひしかば、いかにもしてわうじたんじやうあつて、位につけ奉り、ぐわいそぶにていよいよ世をてににぎらむと思われければ、入道、二位殿、ひよしのやしろに百日のひまうでをして、いのりまうされけれども、それもしるしなかりけるほどに、さりともなどかわがいのりまうさむにかなわざるべきとて、ことにたのみまゐらせられたる、あきのくにのいちのみや、いつくしまのやしろへつきまうでをはじめていのりまうされけるに、さんかげつが内に中宮ただならずならせたまひて、れいのげんぢゆうの事共有けるとかや。誠によよのこうぐうあまたわたらせおわしましけれども、わうじたんじやうのれい、まれなる事也。きさいばらのわうじはもつともあらまほしき御事なるべし。
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十二 しらかはのゐんのございゐの時、ろくでうの右大臣あきふさのおんむすめを、きやうごくのおほとののいうしにしまひらせさせたまひてじゆだいありしをば、くわうごうぐうけんしの中宮と申しき。そのはらにわうじごたんじやうあらまほしくおぼしめされて、みゐでらのじつざうばうのあじやりらいがうときこえしうげんのそうをめして、わうじたんじやうをいのりまうさせ給ふ。「ごぐわんじやうじゆせばけんじやうはこふによるべし」と、おほせくだされたりければ、頼豪、「かしこまりてうけたまはりぬ」とて、かんたんをくだきてきねんまうしける程に、かひがひしく中宮ごくわいにんあつて、しようほう元年十二月十六日、おぼしめすさまにわうじごたんじやうありしかば、しゆしやうことにえいかんあつて、頼豪をめして、「王子誕生のけんじやうには何事をまうしうけむぞ」とおほせの有ければ、頼豪、「べちのしよまう候わず。みゐでらにかいだんをたてて、ねんらいのほんいをとげさうらわむ」と申ければ、しゆしやうおほせのありけ
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るは、「こはいかに。かかるけんじやうとやおぼしめされし。わがみにいつかいそうじやうをも申べきかなむどこそ、おぼしめされつるに、これわひぶんのしよまうなり。およそは王子誕生あつてそをつがしめむ事も、かいだいぶゐを思ふ故也。今なんぢがしよまうをたつせば、さんもんいきどほりて、せじやうしづかなるべからず。りやうもんのかつせんいできたりて、てんだいのぶつぽふたちまちにほろびてむず」とて、おんゆるされなかりければ、らいがうあくしんにぢゆうしたるけしきにて申けるは、「このことを申さむとてこそ、おいのなみのてうぼかんたんをばくだきさうらひつれ。かなひさうらふまじからむには、今はおもひじにこそさうらふなれ」とて、すいしやうのやうなる涙をはらはらと流して、なくなく三井寺へまかりかへりつつ、やがてぢぶつだうにたてごもりて、おんじきをだんず。しゆしやう是をきこしめしてしんきんやすからず、てうせいをおこたらせたまふにおよべり。おんなげきのあまりに、がうちゆうなごんまさふさのきやう、そのときみまさかのかみと申けるをめして、「らいがうが皇子誕生のけんじやうに、をんじやうじに
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かいだんこんりふの事をのぞみまうすを、おんゆるされなしとて、あくしんをおこしたるよしきこしめす。汝はしだんのちぎりふかかむなり。まかりむかひてこしらへなだめてむや」とおほせければ、やがてだいりより装束を改めず、そくたいただしくして、頼豪がしゆくばうにまかりむかひてみれば、ぢぶつだうのあかりしやうじ、ごまのけぶりにふすぼりて、なにとなくみのけいよだちておぼえけれども、せんじのおもむきをおほせふくめむとて、「かく」といひいれたりけれども、対面もせず。ぢぶつだうにたてごもりて、ねんじゆうちしてありけるが、ややひさしくありて、もつてのほかにふすぼりかへりたるまくのうちよりはいいでて、ぢぶつだうのしやうじをあららかにあけて、さしいでたるをみれば、よはひ九十いうよなる僧の、はくはつ長くおひて、めくぼくぼとおちいりて、かほのしやうたいもみへわかず、誠におそろしげなるけしきにて、しはがれたるこゑにて、「なにごとをかおほせらるべき。『てんしにけろんなし。りんげん
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あせのごとし』とこそうけたまわれ。これほどのしよまうかなひさうらふまじからむにをいては、いのりいだし奉て候わうじにをきては、ぐし奉て、只今まだうへまかりさうらひなむず」とばかりまうして、しやうじをひきたてていりにければ、まさふさのきやうちからおよばずしてかへられにけり。らいがうは七日と申けるに、ぢぶつだうにてつひにひじににしににけり。さしもやはとおぼしめしける程に、わうじ常はなやませ給ければ、いちじようじのおむろなむどいふちしようのもんじん、たつときそうどもをめしてかぢありけれどもかなはず。しようりやく元年八月六日、わうじしさいにてつひにうせさせたまひにけり。あつふんのしんわうこれなり。しゆしやうことになげきおぼしめして、さいきやうのざす、りやうしんだいそうづ、そのときゑんゆうばうのだいそうづとまうして、山門にはやむごとなき人なりけるをめして、このことをなげきおほせられければ、「いつもわがやまのおんちからにてこそ、かやうのごぐわんはじやうじゆする事にて候へ。くでうのうしようじやう、じゑそうじやうにちぎりまうされしによつ
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てこそ、れんぜいのゐんのごたんじやうもありしか。なじかはごぐわんじやうじゆしましまさざるべき」とて、ほんざんへかへりのぼりて、りやうしよさんしやういわうぜんぜいにたねんなくきせいしまうされければ、おなじき三年七月九日、ごさんへいあん、わうじたんじやうありき。ほりかはのゐんのおんことこれなり。これよりざすはふたまのやきよにさうらわれけり。おぼしめすさまに、おうとく三年十一月廿六日、とうぐうにたたせたまひにけり。おんとしはつさい。おなじき十二月廿九日、ごそくゐ。くわんぢ三年正月廿日、おんとし十一歳にてごくはんぶくありき。されどもをそろしきことどもありて、ございゐ廿六年、かじよう二年七月十九日、おんとし廿九にて、法皇にさきだちまひらせて、ほうぎよなりにき。是もらいがうがをんりやうのいたす所とぞきこへし。さてらいがう、「山のささへにてこそわがしゆくぐわんはとげざりしか」とて、おほきなるねずみとなつて、山のしやうげうをくひそんじけるあひだ、「このね
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ずみを神といはふべし」とせんぎありければ、やしろをつくりて神にいはひてのち、かのねずみしづまりにけり。ひがしざかもとにねずみのほくらとまうすはすなはちこれなり。今も山には、おほきなるねずみをば、らいがうねずみとぞ申すなる。頼豪よしなきまうじふにひかれて、たねんのぎやうごふをすてて、ちくしゆのほうをかんじけるこそかなしけれ。よくつつしむべし、よくつつしむべし。かくてそのとしもくれぬ。
十三 ぢしよう三年しやうぐわつぐわんざんのぎしき、いつよりもはなやかにめでたかりき。誠にさこそありけめ。たんばのせうしやうは、正月はつかごろにかせのしやうをたちて、京へのぼり給ふ。都にまつ人も、いかに心もとなくおもふらむとて、いそがれけれども、よかんなをはげしくて、かいしやういたくあれければ、うらづたひしまづたひして、二月十日ごろにびぜんのくにこじまへこぎよせて、いそぎ船よりおりて、こだいなごんにふだうのおわしける所へたづねいりて
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とひたまひければ、こくじんまうしけるは、「はじめはこのしまにわたらせたまひさうらひしが、これはなほあしかりなむとて、是より北、びぜんびつちゆうりやうごくのさかひ、きびのなかやまとまうすところに、ありきのべつしよと申すやまでらのさうらふに、なんばのたらうとしさだと申者の、ふるやにわたらせ給とうけたまはりさうらひしが、はやむかしものがたりにならせたまひにき」と申ければ、少将、さぞかしと、いよいよかなしくおぼして、まづちちだいなごんのおわしける所をたちいりて見給へば、しばのいほり、たけのあみどをひきたてたりける、あさましきやまべなり。いはまをつたふ水の音かそかに、みねふきすさむ嵐はげしきをききたまふにつけても、いかばかりかはおもひにたえず、かなしくおわしけむと、袖もしぼりあへ給はず。それより又ふねにのりて、かのありきのべつしよへたづねいりてみ給へば、是又うたてげなるしづのやなり。かかる所にしばしもおわしける事よと、のちまでもいたわしくて、内にいりてみまはり給へば、
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ふるきしやうじにてならひしたる所やぶれのこりたり。「あはれ、是はこ大納言のかかれたるよ」とうちみたまふに、涙さとうきければ、少将顔に袖をおしあててたちのきて、「やや入道殿、それにかきたる物ごらんぜよ」とすすめ給へば、はんぐわんにふだうちかくよりてみれば、「前にはかいすいじやうじやうとして、つきしんによのひかりをうかべ、うしろにはがんしようしんしんとして、かぜじやうらくのひびきをそうす。さんぞんらいかうのぎたよりあり、くほんわうじやうののぞみたりぬべし。けいべんかまくちてほたるむなしくさりぬ。かんここけふかくしてとりもおどろかず。
かたみとはなに思けむなかなかにそでこそぬるれ水くきのあと K055
六月廿三日出家。おなじき廿七日のぶとしげかう」とぞかかれたりける。「こ入道殿のおんしゆせきとこそみまゐらせ候へ。はやごらんさうらへ」と、入道申されければ、
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少将又たちよりてこまかにみたまふに、誠にたがはず。さてこそげんざゑもんのじようがくだりたりけるよとしりたまひにけれ。信俊が都よりくだりたりける事を、あまりのうれさにや、常にゐられたりける所の西のしやうじに、そのひなみをわすれじとにや、かかれたまひけるとおぼえて、あはれなり。是をみ給けるにこそ、ごんぐじやうどの心もおわしけるにやと、かぎりなきおもひのなかにも、いささか心やすくはおぼしけれ。父のぞんじやうのふでのあと、ことしてのちにみたまひけむ事、あとはちとせもありぬべしとは是やらむとかなしくて、「さておんはかはいづくぞ」ととひたまへば、「このやのうしろのひとむらまつのもと」と申ければ、少将涙をおさへて、くさばをわけてたづねたまへば、つゆも涙もあらそひて、ぬれぬ所もなかりけり。そのしるしとみゆる事もなし。まことにたれかはたつべきなれば、そとばのかたちもみへず。只つちのすこしたかくて、やへのむぐらのひきふたぎ、こけふかく
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しげりたるばかりぞ、そのあとともおぼえける。少将そのまへにつひゐたまふより、袖を顔にをしあてて、涙にむせび給ふ。はんぐわんにふだうも是をみるに、あまりにかなしくて、すみぞめの袖もしぼりあへず。少将ややひさしくありて、涙をのごひて、「さてもびつちゆうのくにへながさるべしとうけたまはりさうらひしかば、渡らせ給ふ国ちかきやらむとうれしくて、あひみたてまつるべきにてはさうらはざりしかども、なにとなくたのもしくうれしくさうらひしにひきたがへて、さつまがたへながされさうらひてのち、かのしまにてこそはかなくならせたまひぬとばかり、とりなむどのおとづれてとほるやうに、かすかにうけたまはりさうらひしか。心のうちのかなしさはただをしはからせ給べし。ばんりのはたうをしのぎて、きかいのしまへながされにしのちは、いちにちへんしたえで有べしともおぼへさうらわざりしかども、遠きまもりとならせ給たりけるやらむ。ろめいきへやらで、みとせをまちくらして、ふたたび都へ帰り、さいしをみむ事はうれしかるべけれども、ながらへてわたらせ
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給わむをみたてまつらばこそ、かひなき命のあるしるしもさうらはめ。是まではいそがれつれども、これよりのちはゆくそらもあるべしともおぼえず」と、いきたる人に物をいふやうに、はかの前にてよもすがらなきたまひて、しげき涙のひまより、「まれに木をみるもかなしきまつかぜをこけの下にやたへずきくらむ」とえいじて、くどき給へども、はるかぜにそよぐまつのひびきばかりにて、ばうこんなればこたふる人もさらになし。としさりとしきたれども、ぶいくのむかしのおんをわすれがたし。ゆめのごとくまぼろしのごとくして、れんぼのいまのなみだをつくしがたし。かたちをもとむともみえず、ただたいていのきうこつをおもひやらる。こゑをたづぬともこたふるものなし。又いたづらにふむぼのまつかぜのみきくこそかなしけれ。「なりつねまゐりたりとききたまわむには、いかなるひの中、水のそこにおわすとも、などかひとことのおんぺんじなかるべき。たとひごふしんをかうぶりたりとも、いきておわしまさむには、そのたのみも有ぬべし。
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しやうをへだつるならひこそかなしけれ」とのたまひて、なくなくきうたいをうちはらひ、はかをつき、父のおんためにとて、みちすがらつくりもたせられたりけるそとばとりよせて、「しやうりやうけつぢやうしやうごくらく」といふもんの下に、「かうしなりつね」とじひつにかきたまふ。そのそとばのもとに、はんぐわんにふだういつしゆあり。
くちはてぬそのなばかりはありきにて昔がたりになりちかのさと K056
さて墓にたててくぎぬきしまわして、「又参らむとおもへども、参らぬ事もこそあれ」とて、墓の前にかりやつくりて、しちにちしちやふだんねんぶつまうして、「くわこしやうりやうじやうとうしやうがくとんしようぼだい」といのりたまふ。草のかげにてもいかにあはれとおもひたまふらむとて、さてもあるべきならねば、なくなくそんりやうにいとままうして、びぜんのくにをもこぎいでたまひにけり。こけのしたにもいかばかりなごりはをしくおぼされけむ。都のやうやくちかづくに
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つけても、あはれはつきせずぞおぼえし。
十四 二月廿六日、むねもりのきやうだいなごんだいしやうをじしまうさる。じやうへうにいはく、「しんむねもりまうす、きよねん十月三日、しんにさづくるに内大臣をもつてす。しんにたまはるにずいじんひやうぢやうをもつてす。かいへうたくますますあふれ、ちちういよいよおもし。しんきく、だいじんはしかいのしうせうなり。めいてつをえらびてにんずべし。あぐ愚のをるべきにあらず。ここをもつていむけいしとにのぼる。こかうをしき、はせいをととのう。かのうしようをつかさどる。すいとをたひらげ、しうぎんをわかつ。ここにすなはちげいさいある者は、まかするにてうじんをもつてすべからず。そうちある者は、せむるにたいせつをもつてすべからず。せうれうのびきんなり、いかでかすいてうのつばさをまなばむ。どたいのかぜうなり、はんかんのひづめをおひがたし。たとひやうせきりむのじゆむらうくとも、いづくんぞきよせむのえうたらむや。たとひじよなむゑむもむが
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ちりをつたふとも、たれかたいかのしといはむ。ふしてねがはくは、へいかこのたびやうのしよくをとぢて、かのせいちの人をもちゐよ。みぎのゑふをほんぶにかへし、しやうきのちゆうきんをいたさしめよ。へいえいのこころたへず。つつしみてもつてはいへういぶんす。しんむねもり。せいくわうせいきようとんしゆきんげん」とぞかかれたりける。今年卅三になりたまふ、ぢゆうやくのつつしみのためとぞきこへし。しかれども十二月二日、むねもりのきやうだいなごんだいしやうりやうくわんのじじやうをかへしたまわる。さんぬる二月にりやうくわんをじしまうしたりしかども、君もおんはばかりをなさせましまして、しんかにもさづけさせ給わず。しんもそのおそれをなしてのぞみまうされず。さんでうのだいなごんさねふさ、くわさんのゐんのちゆうなごんかねまさもあはれとはおもひたまひけれども、ことばをもいだし給はざりけるに、むねもりのきやう、右大将ならびに大納言になりかへりたまひたりければ、人々さればこそとおぼしめしたりけり。
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十五 三月十六日、少将いまだあかくとばにつきたまへり。こよひろくはらのしゆくしよへいそぎゆかばやとおぼしけれども、みとせがあひだ、あまりにやせおとろへたりつる有様を人々にみえん事も、さすがにはづかしくて、さいしやうのもとへふみにて、「是まではとかくしてつきてこそさうらへ。ひるはみぐるしくさうらふに、ふくる程に、ぎつしやたまはるべし」と申されたりければ、宰相のもとには、「少将のぼり給べきころも今は近くなりたるに、いかにおそきやらむ」とこころもとなさに、むろのひやうごに人をおきてぞまたれける。せうしやうどののおんふみとて、とばへつきたまへるよし、せいしきたりて申たりければ、宰相をはじめ奉て、たかきもいやしきもよろこび給へり。福原へめしくだされたまひし時のおんなげきの涙よりも、只今のぼり給ふよしききたまひけるうれさの御涙は、はるかにまさりたり。つぼねつぼねの女房、めのわらはべまでも、少将のおん
ふみをききては、「ひるはいかなぞや。かならずしもふけていらせ給べきや」とて、
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「みとせのあひだもさてこそおわせしに、くるる空もこころもとなくたちさわぎ、なほゆめのここちこそすれや」とて、こころもとなげにぞまうしあひける。しんだいなごんのしゆくしよは、都の内にもかぎらず、かたゐなかにもあまた有ける中に、とばのたなかのさんざう、てうばうよにすぐれて、りんけいすいしよくきようをまし、あはれをもよほすところなりければ、大納言ひさうして、すあまどのとなづけて、すみよしのすみのえをうつしてつくられたり。さんぬるおうほう二年十一月廿一日、ことはじめありて、同三年にざうひつあつて、廿一日とまうししに、法皇のごかうなる。大納言、めんぼくきはまりなしと思われければ、さまざまにもてなしまひらせて、法皇のおんひきでものに、はちえふのおんくるまを、いきたとてひさうせられたるおんうしにかけてまゐらせらる。そのほか、くぎやう、てんじやうびと、じやうほくめん、げほくめん、おんりきしや、とねり、うしかひにいたるまで、いろいろさまざまのひきでもの、いくらといふかずをしらず、
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せられたりければ、しよにんことごとくじぼくをおどろかしけり。そもくれにければ、よもすがらのごしゆえんありけるに、よふけひとしづまりてのち、ひとつのふしぎあり。法皇なんていを御覧じいだして渡らせたまひけるに、ごえんのはしに、よはひ八十いうよなるらうをう、はくはつをいただいて、たてえぼししりひきにきなして、すそはくずのはかまにさげをを、上はけんもんじやのかりぎぬのもつてのほかにすすけたる、たをやかにきて、ひざまづきてつまじやくとりて、かしこまりてゐたり。よの人はかかる人ありとも、みしりたるけしきもなし。法皇おんめをかけさせおはしまして、「あれはいかなる者ぞ」とおんたづねありければ、しわがれたるおいごゑにて、「これはすみよしのあたりにさうらふせうぜうにてさうらふが、君にうつたへまうすべき事さうらひて、おそれをかへりみずすいさんつかまつりて候なり。われ、としごろひさうしてあさゆふあいし候、すみよしに
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すみのえと申すところを、このていにうつされさうらひ候しあひだ、すみのえ、むげにあさまになりて、ないがしろになりはてさうらひなむとぞんじ候て、そのしさいをなげきまうしさうらわむとて、よひよりまゐりて、さうらひつれども、げんざんにいるる人も候はぬあひだ、よまさにあけんとしさうらふほどに、ぢきそうつかまつり候事は、おそれいりて候。せんずるところこのよしをよくよくおほせふくめらるべくや候らむ。かやうにまうしいれさうらわんをもしおんもちゐさうらわずは、常に参りかよひさうらわむずれば、そのうへはおんぱからひ」とて、南をさしてとびさりぬ。法皇、不思議かなとおぼしめされけれども、ごひろうにおよばず。その上ごすいらんの程なりければ、のちにはおぼしめしわすれさせたまひけるにや。大納言常にしゆくして、せんずいこだちおもしろき所なればとて、しやうくわうときどきごかうならせたまひて、さまざまのごいうえん有ければ、すみよしのれいへいなるにや、つぎのとしの夏のころをひ、すみよしの
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だいみやうじんのおんとがめとて、しやうくわう常におんなやみ渡らせおはしましければ、ごぞんめいのために御出家ありけりとぞきこへし。さればなりちかのきやうもかのみやうじんのおんたたりにて、いくほどなくしてびぜんのくにのはいしよへくだられける。そののちはかの所もあれはてて、今はやかんのすみかとぞみへし。すみよしの大明神のりやうぜさせおわしましけるとおぼしくて、ことさらにおそろしくぞおぼへし。さればたんばのせうしやうもみとせのあひだはいしよにおわせしかば、今すこしもいそぎ都へのぼりて、こひしき人々をみもし、又みへばやとは思われけれども、かのたなかのさんざうをば、ちちだいなごんずいぶんひさうして、わたくしにはすあまどのとなづけてつくりおかれたりしてい也とて、少将、かのすあまどのにさしいりてみ給へば、ついぢはあれどもををいなく、かどはあれどもとびらもなし。やかずはところどころのこりたれども、しとみやりどもなし。
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らもんみだれてちにおちて、からかきやぶれてつたしげれり。庭にはみるともおぼへぬちくさのみしげりて、「いとどふかくさのとやなりなむ」とえいぜし事を思ひて、「のとならばうづらとなりてなきをらむ」と、たれかいひけむと、あはれなり。ころはやよひのなかのむゆかの事なれば、春も既にくれなむとす。ひやくてんのみやのうぐひすの声も既においたり。やうばいたうりのいろいろもをりしりがをにさきたれども、えいぜし人も今はなし。やさんせんとうのみづのみなぎりをながむれば、しらなみをりかけて、しゑんはくをうせうえうす。きようぜし人のこひしさに、いとどあはれぞまさりける。なんろうのこむらには嵐のみをとづれて、夢をさます友となり、このまもるつきのそでにやどるも、なごりををしむかとおぼえたり。こずゑの花のおちのこりたりけるも、なほなごりありとみゆるに、などや父のなごりのなかるらむ。さて少将ばうをくへたちいりてみ給へば、「ここはつまどなりしかば、と
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こそいでたまひしか。かしこはやりどなりしかば、かうこそいりたまひしか」と、ひねもすになきくらして、しんでんののき近く、大納言のひさうして、てづからうへられたりしむめのもとにたちよりて、こしをおもひいでてぞえいじ給ける。
たうりものいはずはるいくばくかくれぬ。えんかあとなしむかしたれかすんじ。 K057
人はいさ心もしらずふるさとの花ぞ昔にかわらざりける K058
十六 さるほどに、「さいしやうのもとより、おんむかへにぎつしやまゐりたり」と申ければ、少将、判官入道いそぎどうしやして、ながえをきたへぞむけられける。さてもこぎいでにしいわうのしまの、たへがたく悲しかりける事、そうづのこしすてられてなげきかなしむらむ有様、われらがあらましのくまのまうでのしるしにや、ふたたび都へかへりのぼりぬる事のありがたさなむど、たがひにのたまひかはして、おのおの袖をぞしぼられける。はんぐわんにふだうまうしけ
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るは、「むかしめしつかひしげにん、ひがしやまさうりんじと申す処にさうらひき。いまだながらへてさうらはば、それにくさのいほりむすびて、今はいつかうごしやうぼだいのいとなみよりほかは、たじさうらふまじ。もししんによだう、うんごじなむどへごさんけいのついでには、必ずおんたづねさうらへ。しやうせうもよしづまりさうらひなば、常にはろくはらどのへも参り候べし。このみとせのあひだうかりししまの中にて、あさゆふひとところにてなれまひらせてさうらひしおんなごりこそ、いかならむよまでも、わすれまひらせ候べしともおぼへさうらはね」なむど申て、しちでうひがしのしゆしやくよりおりて、東山へとてぞゆきにける。判官入道はそれより東山へゆきけるが、とりてかへし、きたやまむらさきのの母のしゆくしよへぞまかりける。いちごふしよかんのみなりしかば、ぜんぜのきえんもあさからずこそ、たがひにおもひしられけれ。たんばのせうしやうは六波羅へおわしつきたれば、まづ宰相をはじめ奉て、よろこび給ふ事なのめならず。
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わがすみ給ひしかたへおわしてみ給へば、かけならべたりしみすも、たてならべたりしびやうぶまでも、はたらかず、昔のままなり。めのとの六条がくろかりしかみもしらみてみゆ。「ことはりや。物おもへばひとよの内にしろくなるなれば、ことしみとせがあひだ、わが事をひまなくなげきけるに、みどりなりしかみのしろくなりたるもことわりなり」とぞ思われける。「あしがらのみやうじんのたこくへわたらせたまひて、かへりいらせ給て、つまの明神をごらむじ給へば、しろくきよらかにこえてわたらせ給ひければ、わが御事をば思ひ給はざりけむとおぼしめして、『こひせずもありぬべし。こひせばやせもしぬべし』と、うたがわせ給て、かきけつやふにうせさせ給ひにけり」とつたへききたまふに、今少将、北方をみ奉るに、ものおもひたまひたりとおぼしくて、事のほかにやせをとろへてみへたまふ。「わがこと思ひわすれ給はざ
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りけり」とおもひやられて、「かのあしがらの明神のつまの神には、事のほかにさうゐし給へるものかな」と、いとどあはれにぞおもわれける。又げんじのだいしやうのすまあかしのうらづたひして、都がへりのありしのち、よもぎのもとにわけいりて、
たづねてもわれこそとはめみちもなくふかきよもぎのもとの心を K059
とよみたまひけむ事までも、少将わがみの上に思ひしられてあはれなり。ながされしとき、よつにてわかれにし若君をとなしくなつて、かみをひのび、かたのまわりうちすぎて、ゆふほどになりたり。あさゆふなげきさたする事なれば、なじかはわすれたまふべきなれば、父のいり給ふときき給ふ上、みわすれ給はざりけるにや、いつしかなつかしげにおぼして、少将のおんひざ近くゐより給へり。又みつばかりなるをさなき人の、北方のおんそばによりゐ給へり。少将、「あの人はたそ」ととひたまひければ、北方、「これこそは」とのたま
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ひけるよりほかは、又ものもえのたまわず、うちふしてなかれければ、そのときせうしやう、「わがいわうのしまへながされしとき、心ぐるしくみおきしが、うまれて人となりにけるよ」とぞ心えられける。これをみ、かれをみるにつけても、かなしさのみいとどふかくなりて、なぐさむかたもなかりけり。少将は、「いわうのしまにて、北方のなげきたまふらむ事、めのとのろくでうがかなしむらむ事、をさなき人々のこざかしくなりたるらむとおもひをこせて、心のひまのなかりし」とかたりてなきたまへば、北方は、「いまだみぬいわうのしまとかやも、いかがしてたづねゆかむずると、かなはぬ物ゆへ、あさゆふおもひやり奉りし心のうち、只おぼしめしやらせ給へ」とて、そのよはたがひになきぞあかされける。むかしもろこしにかんのめいていの時、りうしん、げんてうといひし二人の者、えいへい十五年に薬をとらむが為に、二人ながらてんだいさんへのぼりけるが、かへらむとするに
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みちをうしなひて、山の中にまよひしに、たにがはよりさかづきのながれいでしをみつけて、人のすみかのちかきことをこころえて、そのみなかみをたづねつつゆくこと、いくほどをへずして、ひとつのせんかにいれり。ろうかくちようでふとして、さうもくみなはるのけいきなり。しかしてのちにかへらむ事をのぞみしかば、せんにんいでてかへるべきみちををしふ。おのおのいそぎ山をいでて、おのれがさとをかへりみれば、人もすみかもことごとくありしにもあらずなりにけり。あさましくかなしくおぼえて、くはしくゆくへをたづぬれば、「われはむかし山にいりてうせにし人の、そのなごりしちせいのまごなり」とぞこたへける。少将こんどしゆくしよのあれにける有様、このをさなきひとどもの人となり給へるをみられけるこそ、かのせんかよりかへりけむ人のここちして、夢のやうにぞ思われける。少将、いつしかごしよへ参りて、君をもみたてまつらばやとおもはれけれども、おそれをなして、さうなくも参り給はず。法皇も御覧ぜばやとおぼしめされけれども、よにおんはばかりありて、めさるる
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事なかりけり。されどもつひにはめしつかはれて、宰相の中将までなられけるとぞきこへし。
十七 判官入道はしちでうがはらよりいとままうして、きたやまむらさきの、母のしゆくしよへゆきて、ありしすみかをみれば、やどはあれはてて人もなし。あまりのいぶせさに、となりのこやにたちよりて、げすをんなにこのことをとひければ、うちよりたちいでてこたへけるは、「さる人はこれにおわせしが、おんみをんるののちはそのことのみなげきたまひしほどに、こぞのふづきのすゑつかたしやめんときこえしかば、なのめならずよろこびて、いまやいまやとまちたまひしほどに、こぞもむなしくすぎぬ、ことしもすでに三月になるまでみへ給はねば、『嶋にて思ひにきえたまひけるか、道にて又いかなる事にもあひて、うせにけるやらむ』と、そぞろにおんなげきありしが、このつきのはじめつかた、かもに七日のごさんろうありき。おんげかうののちは、このおん思ひのつもりにや、常になやみたまひしが、しだいにやまひもだいじに
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なりて、むかしがたりとなりたまひて、けふいつかになる」とぞ申ける。やすよりこのことをききて、「中々なにしに都へのぼりける。よものかみほとけにも今一度母をみむとこそいのりしに、むなしき御事の悲しさよ」とて、そぞろに袖をぞしぼりける。そこをばなくなくいでて、ひがしやまさうりんじのきうせきにゆきて、つくづくとながめをりて、さよふくるままに、いとど心もすみければ。
ふるさとののきのいたまにこけむして思ひしよりももらぬつきかな K060
十八 しゆくわんそうづはこのひとびとにもすてられ、嶋のすもりとなりはてて、こととふひともなかりければ、いわうのしまにただひとりまどひありきけり。僧都のよにおわせし時、兄弟三人、をさなきよりめしつかふもの、あはたぐちのへんに有けり。たいけいは法師にてほつしようじのいちのあづかりにて有けり。次郎はかめわう、三郎はありわうまるとて、二人ながらだいどうじにてぞ有ける。かめわうまる、そうづのながされたまひし時、よどにおわしける所へたづねゆきて、「最後の
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おんとも、これがかぎりにて候へば、いづくまでも参り候べし」となくなくまうしたりければ、「まことにしゆうじゆうのはうけい、昔も今もあさからず。おほくものどもありしかども、よのなかにおそれてとひきたる者一人もなけれども、うらみとおもふべきにあらず。あまたの中にたづねきたりて、かくいふこころざしの程こそかへすがへすあはれなれ。ただしわれ一人にもかぎらず、たんばのせうしやう、はんぐわんにふだうなむども、人一人もしたがわずなむどこそきけ。みなさつまのくにいわうのしまとかやへ流さるべしときけば、命のあらむ事もかたし。みちの程にてもやはかなくならむずらむ。わがみの事はさてをきつ、都にのこりとどまる女房、をさなきものどものこころぐるしさ、おもふはかりなし。かのものどもにつきて、あさゆふのつゑはしらともなれ。われにつきたらむにつゆをとるまじ。とくとくかへれ」とのたまひける程に、せんじのおんつかひ、ろくはらのつかひ、「なにごとを申すわらはぞ」とあやしみたづねければ、おそろしさのあまりに、かめわうなくなく都へ帰りのぼりにけり。おなじき
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おととありわうまると申す童は、そうづにわかれ奉りてのちは、又みやづかふかたもなくて、あるいはおほはら、しづはら、さが、ほふりんのかたへまどひありきて、みねの花をつみ、たにの水をむすびて、山々寺々の仏に奉て、「わがしゆうに今一度あはせ給へ」と、なくなくいのりまうしけるが、「少将、判官入道、みやこがへりあり」とききて、「わがしゆうのゆくへいかになりたまひぬらむ」とおもふもかなしくて、少将のへんにたづねければ、「おんのぼりまでいわうのしまにそうづごばう渡らせたまひけるとこそうけたまはれ」と人申ければ、「さればいまだしにたまはずおわするにこそ。たれはぐくみ、たれあはれみ奉るらむ」とかなしくおぼえて、ふぼにもしられず、したしきものどもにもかくともいわず、只一人都をいでて、はるばるとまだしらぬさつまがたへぞくだりける。よどがはじりの程より、「いわうのしまへはいづちへまかるぞ」ととひ、足にまかせてぞくだりける。みちすがらあやしの者のあひたるにも、「わがしゆうもかくこそおわすら
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め」と思ひ、あるときはかいしやうにたよりをもとめ、ある時はさんせんにもまよふ時もあり。ひかずやうやうつもりければ、ひやくよにちばかりにかのしまへたどりつきにけり。いそぎ船よりおりてみれば、ひごろ都にてききしにはすぎて、おそろし悲し。たもなくはたけもなし。むらもなくさともなし。山のみねにもへのぼるけぶり、のざはにおちさかるいなづまの音、何事につけても、たえて有べきやうもなし。されどもしゆうのゆくへのかなしさに、おくさまにたづねゆくほどに、しまびととおぼしくてたまたまあへる者は、このどの人にもにず。きのかはをひたひにまきたる者、あかはだかにてたうさぎばかりかきたるが、たけ六七尺もやあるらむとおぼゆる者、二三人あひたりければ、いきながらめいどにたづねゆきたるここちして、いきて故郷へ帰るべしともおぼへず。さりながらも、「このしまにひととせほつしようじのしゆぎやうそうづのごばうとまうすひとの流されておわしまししは、
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いまだおわするか」ととひたりければ、ことわりやほつしようじのしゆぎやうそうづともいかでかしるべきなれば、こたふるにおよばず。かしらをふりて、みづからいふこともききわかず。「しらずしらず」とのみいひすててぞとほりける。さるにてもとおもひて、又あへる者に、「るにんとてありし人わ」とたづねけるに、そのたびは少し心えたりけるやらむ、「いさとよ、さる人みへしが、二人はすぎにしころ、都へとて帰りのぼりき。今一人はいづくともなくまどひありきしが、ゆくえをしらず」とぞこたへける。これをきくにいとどこころうしともおろかなり。もしやとて、はるかに山へぞたづねいりにける。山をこえすぎたれば、べうべうとあるのにいたる。のなかにまつ一本ありけるに、ひも既にくれにければ、こよひはここにあかさむとて、まつのもとへぞたちよりける。まつたかくしては、風たびびとの夢をやぶるとおぼえたり。けいろうの山もあけゆけば、とうこにとりはかへるとも、まなこにさえぎる物もなし。いちじゆのかげにやどるといふはことわりすぎ
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たり。われは都の者也、まつはさつまがた、のなかにあり。こよひこれにあかしつるこそ、いちじゆのかげのちぎりなれ。今はなれなむのち、いつか又かへりこむなれども、かくてあるべきならねば、いへどもこたへぬまつにいとまをこひて、又足にまかせてたづねゆくほどに、なみよせかくるみぎわへぞいでにける。このあひだはうちつづき空かきくらし、はげしかりけるが、けふはひもうららかになみかぜもやはらかなり。しほひがたをいづくをさすともなくはるかにたづねありきけれども、船も人もかよへるけしきも
みへぬあらいそなりければ、さとうにあとをきざむかもめ、おきのしらすにすだくはまちどりのほかは、あとふみつけたるかたちもなし。なほはるかにいそのかたをみわたせば、人か人にあらざるか、かげろうの如くなる者、あゆむやうにはしけれども、ひとところにのみみへけるを、「あやしや、なにやらむ」とおぼへ、おそろしながら、さすがにゆかしかりければ、かつうはものがたりにも
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せむとおもひて、近くよりてみれば、かみはそらさまにたちあがりて、さまざまのちりもくづとりつきたれども、うちはらへるけしきもなかりければ、をどろをいただけるが如し。いしやうは、けんぷともみへわかぬをこしのまはりにゆひあつめて、あらめといふ物をはさみ、さうのてにはなましきうをのちひさきをふたつみつにぎつて、はげうであゆむやうにはしけれども、あまりにちからなげにて、よろよろとして、すなにただひとところにゆるぎたちたる者一人あり。わらはおもひけるは、「かはゆの者の有様や。ひにん、こつがいの中にもいまだかかるさましたる者こそみざりつれ。このしまのひにんにてこそ有らめ。さてもわがしゆうのおんゆくえをたづぬれば、つみふかき御事にて、いきながらがきだうにばしおちたまひたるやらむ。がきじやうのくわほうこそ、かかるさまはしたるなれ」なむど、さまざまにおもふに、いとどかなしくて、かつうはあはれみかつうはさんげす。さるにてももしやしりたるとおもひて、「このしまへ
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三人ながされたまひし人、二人はゆりてのぼり給にき。いまひとり、ほつしようじのしゆぎやうごばうといふそうのおわするは、いづくにおわするぞ」と、かきくどきとひたりければ、そうづこれをみたまふに、「わがみよくおとろへはてにけり。されどもめもくれ心もかわらねば、わがめしつかひしわらはなり。童はしゆうをみわすれたり。しゆうは童はみわすれねば、我こそそなれといひたけれども、くわほうこそつたなく、かかるみにならめ、心さへかわりにけりと、童が思わむもはづかし。中にもなましきうををにぎり、こしにあらめをつけたる事も、あまりにはづかしくかなしくて、只しらぬやうにてすぎゆきなばや」と、ちたびももたび思へども、「このしまにて只のみやこびとのゆきあひたらむそら、うれしさはかぎりなかるべし。ましてこれはとしごろてうぼにめしつかひし童なり。なじかははづかしかるべき」とおもひかへして、てににぎりたるうををいそぎなげすてて、「あれはありわうまるか。いかにしてこれまでたづね
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きたるぞや。われこそしかなれ」となくなくのたまひて、たうれふし、あしずりをしてをめきさけびたまふに、童つやつやみしらざりけれども、「ありわうまるか」とよびたまふに、「さてはわがしゆうなりけり」とおもふより、おなじくたふれふして、こゑをあはせてともになく。二人ながら時をうつして、涙にむせびてたがひに物もいわず。ややひさしくありて、僧都をきあがりて、「さればよ、なにとしてたづねきたれるぞ。このことこそすこしもうつつともおぼえね。あけてもくれても、都の事をのみおもひゐたれば、こひしき者共はおもかげにたつときもあり、まぼろしにみゆる時もあり。みもかくよはりにしのちは、夢もうつつもさだかにおもひわかれず。さればなんぢがきたれるをも、只夢かとのみこそおぼえ、もしまたてんまはじゆんのわがこころをたぶらかさむとて、なんぢがかたちにへんじてきたれるかとまでおぼゆるぞ。もしこのこと夢ならば、さめてののちはいかがせむ」とて、又なかれければ、ありわうまる、「うつつにてさうらふぞ。おんこころやすく
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おぼしめされさうらへ」と申ければ、僧都少しこころおちゐて、童がてをとりくみて、またのたまひけるは、「此嶋はおほくのうみやまへだたりて、くもゐのよそなれば、おぼろけにては人のかよふ事もなし。されば都の事づても有がたし。少将、判官入道ありし程は、昔物語をもしてたがひになぐさみき。少将も入道もめしかへされて、わがみひとりのこりとどまる上は、いちにちへんしもたへてあるべしとは思わざりしが、かひなき命のながらへてありけるは、今一度汝をもみ、汝にもみゆべかりける故にこそありけれ。これほどのみの有様なれば、何事もおぼゆまじけれども、故郷にのこりとどまる者共の事、常におもひいでられて、わするる時、のひまもなければ、我にひとひとりしたがひつきたらば、とはまほしくこそおぼゆれ。心づよくもこのみとせはとはざりつるものかな」とうらみたまへば、童、涙をおさへて申けるは、「ぶもにも
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申さず、したしきものどもにもしらせさうらはで、ただひとり都をまかりいでて、はるかのうみやまをわけすぎ、かかるあさましきはいしよへたづねまいりぬるも、昔のおんすがたを今一度やみ奉るとて、はるばるとたづね参りたれども、今のおんすがたをみまひらせさうらふに、ひごろ都にてゆくへをおもひやりまひらせさうらひつるは、事のかずならざりけり。まのあたりおんありさまをみまひらせ候に、いのちいきておんみやづかへまうすべしともおぼへさうらわず。さればいかなるおんつみのむくひにてわたらせたまひけるぞや。さても都の御有様、こともおろかなる御事とおぼしめされさうらふかや。君のにしはつでうへめしこめられさせたまひしのちは、おんあたりの人々と申者をばとらへからめ、ほだしをうち、ろうひとやにこめられ、かえんをついふくし、やぼねをこぼちとられて、むほんの事をせめとはれ候しかば、あとかたも候はず、みなしよこくしちだうへおちうせさうらひぬ。女房もくらまの
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おくにをさなき人々ぐしまひらせて、しのびて渡らせたまひさうらひしが、あけてもくれてもおんなげきあさからずみへさせたまひし程に、おんなげきのつもりにや、なにとなくなやませたまひて、こぞの冬、つひにうせさせたまひさうらひにき。若君は、『父のわたらせ給所はいづくやらむ。いかなる所としらする人だにあらば、たづねまゐりてみまひらせむ』と、つねにはおほせのさうらひしを、ははごぜん、『あなかしこ、しらすな。しらせたらば、をさなき心にいづちともなくはしりいでたらむほどに、嶋へもたづねゆかず、是へもかへらず、みちにてうせむ事のかなしきに』とおほせのさうらひしかば、しらせまひらする人もさうらはざりしほどに、人のしあひさうらひし、もがさと申す事をわづらわせ給て、すぎにし五月にうせさせたまひにき。姫君ばかりこそいまだわたらせ給へ。ははごぜんにおくれまひらせさせ給て、のちには都のおんすまひもかなひさうらはず。ならのをばごぜんのおんもとにわたらせ給
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候。是へまかりくだりさまにならへ参て、『君のおんゆくえのかなしくおもひまひらせさうらふときに、嶋へたづねまゐり候。おんことづけや候』とまうしいれて候しかば、昔はいかでかただおんこゑをも承り候べきなれども、はし近くゐいでさせたまひて、『あはれ、女のみほど心うかりける物はあらじ。父のこひしさはたとへむかたはなけれどもをのこごのみならねば、かなわぬ事こそくちをしけれ。おほくの人の中に、をのれ一人しもたづねまひらむことのうれしさよ。けふよりのち、ぶつじんにまうでてはわがみのいのりをばまうすまじ。かまへてたひらかに参りつけと、汝がいのりをせむずるぞ。おのづからたひらかに参りつきたらば、是まひらせよ。よのかはりたるあはれさに、ふでのたてどもおぼへさぶらはず。あまりに涙がこぼれてなくなくかきてさぶらへば、もんじのかたちにてもさぶらわじなれば、あそばしにくくこそ渡らせ給わむずらめとまうせ』とこそおほせさうらひしか。『さつまのちにて、あやしきふみやもちたるとさがす』と、人のをど
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しさうらひしをそろしさに、おそれながらもとゆいの中へ、しこめてまゐりて候」とて、とりいだして奉りたりければ、僧都、姫君のふみをとりて、涙をおしのごひてみたまふに、もんじもあざやかにことばもをとなしくかきたり。そのことばにいはく、「そののちたよりすくなくなりはてて、おんゆくえをもしりまひらせさぶらはず。いかなるつみのむくひにて、三人流されさせ給たる人の、二人はゆるされてめしかへされたまふに、おんみひとりのこりとどまらせたまふことのかなしさよ。おんゆかりの人をばとらへからむるとまうししかば、をぢをそれて、今は都には一人もさぶらはず。さればくさのゆかりもかれはててあれば、いとほしと申者も候はず。きんだちもめしとらるべしときこへさぶらひしかば、ははごぜんはくらまのおくとかやにしのびて渡らせたまひしほどに、御事をのみあさゆふなげきまうさせ給しがつもりて、やまひにならせたまひたりしかば、せうとと二人、とかくなぐさめまうしし
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かども、ひにそへておもくのみなりて、つひにはかなくならせたまひさぶらひぬ。ははごぜんにをくれまひらせさぶらふは、われ一人の事ならず。そひはてぬよのうらめしさ、人ごとのならひと思なされさぶらへば、おのづからなぐさむかたもさぶらふ。父にいきながらわかれまひらせて、国々をへだてなみをわけ、さつまがたまではるばるとおもひやりまひらせさぶらふ、心のうちのかなしさ、只をしはからせ給べし。いきてのわかれ、しにてのかなしさ、せうとと二人、ひるはひねもすになきくらし、よるはよもすがらなきあかしさぶらひしほどに、せうとも人のしあひてさぶらひし、もがさといふ物をして、このはるうせさぶらひにき。なげきのほどただをしはからせたまひさぶらへ。こははごぜんの、『われしなば、いかにしてながらへてあらむずらむと思こそかなしけれ。おのづからのたよりには、ならのさとにをばといふ者のあるぞ。いかにもしてたづねゆけ』と、さいごの時におほせさぶらひしかば、たうじはならのをばのおんもとに
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さぶらふなり。などやこのみとせはありともなしともとはせ給はぬぞ。これにつけても女のみこそいまさらにくちをしけれ。をのこごのみなりせば、などかきかいかうらいとかやにおわすとも、たづねまひらざるべき。わらはをばたれにあづけ、いかになれとおぼしめすぞや。こひしともこひし、ゆかしともゆかし。とくとくして、いかにもしてのぼらせ給へ。あなかしこあなかしこ」と、うらがきはしがきまで、うすくこくさまざまにかき給へり。僧都、このふみをむねにあて、顔にあてて、かなしみたまふことかぎりなし。「このしまにはなたれてことしはみとせにこそなれ。姫君も今年は十二になるとこそおぼゆるに、今はをとなしくこそ有べきに、なほをさなかりける物かな。この心ばえにては、いかでか人にもみへ、みやづかへをもして、みをもたすくべき。『とくしてのぼれ』とは何事ぞ。うちまかせたるゐなかくだりとこそおぼへたれ。心にまかせたる道ならば、などか今
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までのぼらざるべき。はかなの者のかきやうや」とて、おんあいのならひのかなしさは、わがみの上をさしおきて、娘の事をいひつづけて、いまさらに又なかれけるこそむざんなれ。わらはこれをみて、「はるかにおもひやり奉りけるは、事のかずならざりけり。中々よしなくくだりにける物かな。かばかりむざんの事こそなけれ」とぞおもひける。そうづまたのたまひけるは、「このしまにのこしすてられにしのちは、かたときたへてあるべしとも思はざりしに、つゆの命きえやらで、けふまでながらへてありつる事こそ、不思議なれ。なんぢ一人をみたるをもつて、都の人を皆みたるここちす。我はかかるざいにんなれば、いふにおよばず。今はとくとくかへりのぼりね。『人一人もつかざりしに、京よりひとわたりてあつかひはべるなり』ときこへなば、まさるとがにもぞあたる」と宣へば、童つまはじきをはたはたとして、「あなうたてのみこころや。それほどのおんみの有様にても、なほよの
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をそろしくおぼしめされさうらふか。又おんいのちのをしくわたらせたまひさうらふか。はたらかせ給へばとて、うるはしき人のおんかたちとおぼしめされさうらふか。ただなましきがいこつのはたらかせたまふにてこそわたらせたまふめれ」と申ければ、僧都これをききたまひて、「こころざしのせつなる汝さへ、このしまにてくちはてむ事のかなしさのあまりにこそ、かくもいへ」と宣へば、童涙をおしのごひて、「ふぼしんるいにもしらせず、命を君に奉り、みをばだいかいにしづめむとおもひきりて、参りさうらひし上は、都にてひとたびすてさうらひぬる命を、嶋にてふたたびおもひかへすにもおよびさうらはず」と申せば、僧都、「いざさらばわがすみかみせむ」とて、童をぐしておわしたり。まつの四五本いはにたうれかかりたるをたよりにて、おのづからうちよせられたるたけのはし、あしをぎていの物をひろひわたりて、よろづのもくづ、このはをとりかけたれば、あめかぜたまるべしともみへず。きやうわらはべのいぬの
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いへとてつくりたるよりも、なほめもあてられず。僧都一人うちへいり給へば、こしよりしもはそとにありければ、童うちへいるにおよばず。「あなうたてや。ふるきうたものがたりにこそ、はにふのこやといふ事はあれ。はにふをもつてしまはしたるいへをば、はにふのこやと申。又は、『はんにふす』とかきては、『はにふのこや』とよまるなり。『半にふす』が『はにふのこや』ならば、是や『はにふのこや』なるらむ」。かたはらなる木にかくぞかきつけられたる。「みせばやなあわれとおもふ人やあると只ひとりすむあしのとまやを K061」と。かきのからなむどにてかきつけられたるにやとをぼしくて、さすがにただよひたるやふにぞかきたりける。昔はだいがらんのじむしよくとして、はちじふよかしよのしやうむつかさどり給へりしかば、きやうごくのごばう、しらかはのごばう、ししのたにのさんざうまで、ちりもつけじとつくりみがかれて、むねかど、ひらかどのうちに、二三百人のしよじゆう、けんぞく
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にいねうせられてこそすごしたまひしか。さればかかるおんすまひにても、このみとせはおわしけるかやと、いまさらにかなしくぞおもひける。ごふにさまざまあり。じゆんげん、じゆんしやう、じゆんご、じゆんふせんごふといへり。そうづいちごのあひだ、みにもちゐる所は、だいがらんのじもつぶつもつにあらずといふことなし。さればかのしんぜむざんのつみにをいては、こんじやうにかんとくせられけるかとおぼえたり。かかるおもひのうちなれども、僧都のれうにとて、くわしていの物、ちりばかりづつもちたりけるをとりいだしてすすめければ、けふくひてあすくうべき物にてもなし、あすくひて又つぎのひくうべきにてもなければ、いそぎてくわざりけり。童がもちて渡る志のせつなればとて、くひけれども、くひわすれてひさしくなれば、きみの程もおぼへざりけり。童、「いかにして、これほどの御有様にては、今までながらへて渡らせ給けるぞ
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やと申せば、「ひととせながされし人のうち、たんばのせうしやうのもとへ、しうとのかどわきの宰相のもとより、一年に二度、船を渡されしなり。春渡すはあきふゆのいしよくのため、秋わたすはかへる年のはるなつのいしよくのためとわたししを、少将心ばへよき人にて、一人のいしやうを、あたらしきをばわれき、ふるきをば二人の者にきせ、一人があひせつをもつては三人のあひせつにあてなむどして、はぐくみし程は、さすが人のかたちにて有つるが、少将、はんぐわんにふだうかへりのぼりてのちは、おのづから事のはのついでにも、『あはれ、いとほし』とこととふひともなければ、かひなき命のをしきままに、みのちからのありし程は、このやまのみねにのぼりていわうといふ物をとりて、くこくのちへかよふあきびとの船のつきたるにとらせて、ひをおくりき。みの力よはりをとろへてのちは、山へのぼるべくもなければ、のざはにいでてはねぜりをつみ、ものうきわらびををりて、さびしさをなぐさむ。はまにいでてはなみにうちよ
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せられたるあらめをひろひ、つりするあまにひざをかがめ、てをあはせてうををこひてしよくじにして、けふまでは命をつぎつるなり。このしまのありさまは、をろをろみもしつらむ。いきてかひなきさまなれども、かかる所にもすめばすまるるならひにてありけるぞ。月のかけ、月のみつをもてひとふたつきとおぼえたり。花のちり、はのおつるをもつてはるあきをしる也。そのうつりかわる有様をかぞふれば、としのみとせをおくりにけり。我はかくよはりつかれたれば、今いくばくをかかぎるべき。おのれさへこのしまにてきへなむ事こそ、いとつみふかけれ」と宣ければ、「これまでたづねまゐる程にては、いくとせをすごしさうらふともそのうらみさうらふまじ。いかにもなりはてさせ給はむずる、最後の御有様をみはてまゐらせ候べし」とて、僧都の前後に有ければ、僧都にをしえられて、山のみねにのぼりていわうをとりて、あきびとの舟のよりたるに是をあきな
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ひ、とかくはぐくみてあかしくらしける程に、「今いくかをかかぎるらむ」と宣けれども、ひごろのつかれたちなをらず、あくる年の正月十日ごろよりやまひつきたまひにけり。童はかたときもたちはなれず、さまざまにくわんびやうして、夏もすぎ秋にもなりて、八月十日ごろにもなりにければ、今はかぎりにぞみへられける。童申けるは、「都へ帰りのぼり給はぬ事、ほいなしなむどおぼしめすべからず。こんじやうをゑどのはてとおぼしめして、御心づよくひとすぢにじやうどをねがひたまへ」と、ぜんぢしきして、ねんぶつすすめ奉りなむどしける程に、同十三日とらのこくに、つひにうせられにけり。わらはただひとりいとなみて、まつのかれえだ、あしのかれはをきりををい、よりくるもくづにつみこめて、たくものけぶりとたぐえてけり。だぜうことをはりにければ、はかなむどかたのごとくして、はくこつをくびにかけて、なくなく都へのぼりけり。こけの下にも都へと、なごりやをしく思わるらむ、び
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ぜんのくにしもつゐといふところよりくだり、あるやまでらにしばらくとうりうして、かしらををろし、すみぞめの袖になりて、ならの姫君のもとへゆく。「嶋にすずりも紙もさうらはざりしかば、おんぺんじにはおよびさうらはず」とて、僧都のゆいごんなむどこまかにかたりければ、姫君てんにあふぎちにふして、をめきさけばれける有様、さこそは悲しかりけめ。「おんしやりをもをがませまゐらせさうらふべくさうらへども、おなじことにて候へば、これよりかうやさんにのぼりて、おくのゐんにをさめ奉り候べし」と申て、やがてかうやへのぼり、ごべうの御前にをさめてけり。そののちてらでらしゆぎやうして、しゆうのごせをぞとぶらひける。しゆうじゆうのはうけい、誠に昔も今もそのよしみあさからぬ事なれども、ありわうまるがこころざしはためしすくなくぞおぼへし。みめかたち心ざままでも、よきわらはにてぞ有ける。姫君は父のりんじゆうのありさまききたまひて、をばのもとをしのびいでて、かうやへもたづねお
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わして、父のこつをさめたる所をもをがみたくおぼしめしけれども、によにんののぼらぬ所なればとて、かうやのふもと、あまののべつしよといふ所にて、さまかへられにけり。のちにはしんごんのぎやうじやとなりて、父のごしやうぼだいをいのりたまひけるこそあはれなれ。わらははしゆぎやうしありきけるが、しゆうのこつもこひしくて、かうやさんへたちかへり、みなみのゐんにれんあみだぶつとまうされて、仏にくわかうを奉り、しゆうのごせをぞとぶらひける。山門の大衆なほしづまらずして、いよいよさうどうすときこへければ、だうしゆらをざいくわにおこなはるべきよし、しよきやうはからひまうされければ、
せんじをくださる。そのじやうにいはく、
ぢしよう三年六月廿五日 せんじさだいじんさせうべん
えいさんのだうしゆら、ちよくせいにはばからず、ざすのせいしにかかはらず、みだりがはしく
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らうるいをなして、いつさんをめつばうせむとほつす。よつてまづくわんぐんをさしつかはして、さんがしやうおよびきぢゆうのところどころをついきやくせしむべし。ただしよかはむどうじとうにこもりすむともがらにおいては、おなじくかのともがらにおほせて、さかもとわうへんのみちをしゆごして、せめおとすべし。かねてはまたらくやうににげかくるるともがらは、よろしくけんびゐしをしてからめまゐらすべし。しよこくににげうつらんにいたりては、さいりにおほせて、そのみをめししんじ、このつぎはうせをはんぬ
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十九 六月十四日、つじかぜをびたたしくふきて、じんをくおほくてんだうす。風はなかのみかど、きやうごくのへんよりおこりて、ひつじさるのかたへふきもてゆくに、むねかどひらかどなむどをふきぬきて、しごちやう、じつちやうもてゆきて、なげすてなむどしける上は、けた、うつばり、なげし、むなぎなむどこくうにさんざいして、あしこここにおちけるに、じんばろくちく多くうちころされにけり。ただしやをくのはそんずるのみにあらず、命をうしなふ者多し。そのほかしざいざふぐ、しつちんまんぽうのちりうせし事、かずをしらず。このこと、ただことにあらずぞみへし。すなはちみうらあり。「百日の内にたいさう、はくいのくわいい、てんしだいじんのおんつつしみなり。なかんづく、ろくをおもんずるおとどのつつしみ、べつしてはてんがのおほきなるふらん、ぶつぽふわうぼふともにほろび、ひやうがくあひつづきて、ききんえきれいのきざす所となり」と、じんぎくわん、おんやうれうともにうらなひまうしけり。
廿 八月一日、こまつのないだいじんしげもりこうこうじたまひぬ。おんとし四十三にぞなられける。
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五十にだにもみち給はず、よはさかりとみへたまひつるに、くちをしかりける事也。「このおとどうせられぬる事は、ひとへに平家の運命つきぬる故也。そのうへよの為、人の為、必ずあしかるべし。入道のさしもよこがみをやぶらるる事をも、このおとどのなをしなだめられつればこそ、よもおだしくてすぎつるに、こはあさましきことかな」とぞなげきあへる。さきのうだいしやうのかたさまのものどもは、「よはだいしやうどのにつたはりなむず」とて、よろこびあへるともがらもあり。
廿一 内大臣、ことしのなつくまのさんけいのことありき。ほんぐうしようじやうでんのおんまへにてけいびやくせられけるは、「ちちしやうこくぜんもん、あくぎやくぶたうにして、ややもすれば君をもなやませ奉る。重盛、ちやうしとしてしきりにいさめをくはふといへども、みふせうにして、かれもつてふくようせず。そのふるまひをみるに、いちごのえいぐわなほ
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あやふし。しえふれんぞくしてしんをあらはしなをあげむ事かたし。この時にあたりて、重盛いやしくも思へり。なましひにへつらひてよとふちんせむ事、あへてりやうしんかうしのほふにあらず。しかじ、只なをのがれみをしりぞきて、こんじやうのめいばうをなげうてて、らいせのぼだいをもとめむには。ただしぼんぶのはくぢ、ぜひにまよへる故に、なほこころざしをほしいままにせず。ねがはくはごんげんこんがうどうじ、しそんのはんえいたえずして、君につかへててうていにまじはるべくは、入道のあくしんをやはらげて、てんがのあんせんをえしめ給へ。もしえいえういちごをかぎりて、こうこんのはぢにおよぶべくは、重盛がこんじやうの運命をちぢめて、らいせのくりんをたすけたまへ。りやうかのぐぐわん、ひとへにみやうじよをあふぐ」と、かんたんをくだきてきねんせられける時、内大臣のおんくびの程より、おほきなるとうろうの光のやうなる物が、はとたちあがつてはきへ、たびたびしけり。おんともびとのかずかずにはみず。ある
さぶらひひとり是をみて、「是はいかなるごせんさうぞや。よきおんことやらむ、あしきおんことやら
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む」とおもひけれども、おそれをなして、人にはかたらざりけり。おとどのうせたまひてのちにこそ、「さる事ありき」とも申けれ。今度のくまのさんけいにごしそく二人ともせられたり。ちやくしこれもり、じなんすけもり、げかうにかかり給ふ。いはだがはにて二人のごしそくたちのじやうえのいろ、ぢゆうぶくにかへりて、かはなみにぞうつりたる。くじのいつぴつをはくらくてんのしやくし給けるは、「かうひめぐみあれば、子孫おほきなるよろこびあり。子孫かうひあれば、てんちかどをひらく」といふ。内大臣の、「よをいとひこんじやうをうちすててごせをたすけさせ給へ」とまうされけるをば、ぶつじんよろこび給て、かねてしめし給ひけるとおぼえたり。げんだいふのはんぐわんすゑさだこれをみとがめて、「きんだちめされさうらふおんじやうえいかにとやらむ。いまわしくみへさせたまひさうらふ。めしかへられ候べし」と申ければ、内大臣是をみたまひて、うちなみだぐみて、「重盛がしよぐわん既に
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じやうじゆしにけるこそあむなれ。あへてそのじやうえ、きかふべからず」とて、べつしてよろこびのほうへいありて、やがてその浄衣にて、くろめまでき給ひけり、さなきだにいはだがはは渡るにあはれをもよほすに、なみに涙をあらそひて、重盛袖をぞしぼり給ふ。人々あやしとは思へども、その心をえざりけり。しかるにほどなくこのきんだちまことのすみぞめのたもとにうつりたまひけるをみたてまつりけるにこそ、さればよとおぼしめししられて、いとあはれにぞおもひあへる。さてげかうののち、六月十三日、おんかたたがへのごかうあり。こまつのないだいじんのちやくし、ごんのすけぜうしやうこれもり、みつなのすけのてんじやうびとにて、ぐぶせらるべきにていでたちたまひたり。内大臣是をみ給て、「わがこながらも人にすぐれてみゆるものかな。されどもしやうじかいのならひなれば、かかるこにもそひはてで、近くはなれなむ事こそかなしけれ。権現のしめしたまひし事、只今にのぞめり。これが最後のはてにてこそあら
むず
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らめ。よくよくみむ」とて、「しばらくこれへいらせ給へ。申べき事あり」とおほせられければ、少将いりたまふ。女房にはいしやくせさせて、さけをすすめ給ふ。さだよしをまねきよせてささやき給ければ、さだよしみうちにいりて、あかぢのにしきの袋につつみたるたちひとふりとりいだす。少将の前にさしおきて、「おんさかなにまゐらせ候。今一度」とすすめ給へば、少将うれしげにおぼして、さんどして袋をあけてみ給へば、だいじんのしにたまひてさうそうする時、そのちやくしにておわする人のはきて、最後のともしたまふなる、むもんのたちといふものなり。少将いまはしげにおぼして、さだよしがかたをうらめしげにみ給ふ。内大臣、「あれは貞能がとりたがひたるにはさうらはず。重盛がこころざしまゐらせてさうらふなり。そのゆゑは、今日しゆつしのぐぶの人々多くさうらふらめども、ごへんほどの人すくなくこそ候らめ。かたはらいたきまうしごとにてさうらへども、わがこにておわしませば
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にやらむ、人にすぐれて、いみじくみへ給ふ。それにとりて、らうせうふぢやうにして、さだめなきうきよのならひ、いのるともかなふまじ。さればいみじとおもひたてまつるごへんにも、そひはてぬ事も有ぬべし。おなじくわかれば、重盛さきだちて、このたちをはき、けうやうをし給へかしと思ふ間、なんのひきでものよりもめでたきたちにてさうらふぞ。おやをさきだつる人のこ、けうやうをいたさむと思ふこころざしふかし。しんめいぶつだもごかごあり。おやのこりとどまりてこをさきだつるは、この為ふけうのつみ深し。さればおいたるわかきさだめなくて、ごへんさきだちたまはば、重盛がのこりとどまりて思はむ事の悲しければ、わがみさきだちて、ごへんにけうやうせられ奉り、ぶつじんさんぼうのごかごにあづかり、いよいよけうやうのこころざし深くおはしませと思ふ間、おんひきでものにまゐらせさうらふなり」とて、うちえみ給ければ、少将は今のやうにおぼへて涙うかび給けれども、この上は子細をまうすにおよばず、あさましながらとりたまひにけり。
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そののちはさしもやとおもひたまひけるに、内大臣におくれたまひて、さうそうのとき、このたちをとりいだしてはき給ひ、最後のおんともし給けるにこそ、ありし時おほせられしことどもおもひつづけて、涙にくれておぼへけれ。おんかたたがへのぎやうがうは六月十三日なり。おなじき七月廿五日に、内大臣のおんくびにあしきかさいでにければ、「これおもひまうけたりつる事なり」とて、れうぢもきせいもし給はず。いつかうごしやうぼだいのつとめよりほかはたじなかりけり。だいじやうにふだう、にゐどのはをりふしふくはらにおわしけるが、このことをききたまひておほきにおどろきて、とるものもとりあへず、京へのぼりたまひて、「なべてのいしなむどのれうぢすまじき事とだいふはおもふらむ」とて、ひごのかみさだよしをつかひにて、だいふのもとへいひつかはされたりけるは、「ごしよらうのよしうけたまはる。いちぢやうならばかへすがへすなげきぞんず。いかにさやうのしゆもつをばいそぎれうぢもせられずさうらふなるぞ。おやにさきだつこをば
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ふけうにおなじとこそ申せ。入道既に六十いうよ也。この有様をばいかでか御覧じはてざるべき。おいたるふぼをのこしおきたまひて、物をおもはせさせ給はむ事は、かつうはつみ深かるべし。ただしをりふしごみやうがとおぼゆる事は、そうてうよりすぐれたるめいいほんてうへわたりて、しのびて京へのぼるなるが、つのくにいまづにつきてさうらふよしを承れば、いそぎめしつかはしさうらひぬ。かのいしとまうすは、いれうのみちにたづさはりて、はるかにしんのうくわだのきうせきをつぎ、ぢほうのげふをつたへて、とほくぎばへんじやくがせんじようをおふ。ゆゑにさんだいのいへにちやうじて、はやくじふぜんのしんじゆつをきはめ、つねにいつてんのきみにつかへて、もつぱらしかいのめいよをほしいままににするものなり。すみやかにたいめんしてことにいれうをくはへしめ給へ」と、いひつかはされたりければ、だいふびやうしやうにふしたまひたりけるが、入道のおんつかひとききたまひておそれられけるにや、いそぎをきあがりて、えぼし、なほしただしくして、さだよしに
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むかひたまひて、へんじにまうされけるは、「いれうの事うけたまはりさうらひぬ。ただし今度のしよらうはかたがたぞんずるむねさうらふあひだ、いれうをくはへずさうらふ。よつていまさらにたいめんつかまつるにおよばず。その故は、むかしかんのかうそ、わいなんのけむふをせめし時、ながれやかうそにあたる。既にいのちかぎりになりたまひければ、りよたいこうといふきさき、りやういをむかへてみせしむるに、いしのいはく、『れうぢしつべし。ただし五百きんのこがねをたまはるべし』とまうす。かうそのたまはく、『ちん三尺のつるぎをひつさげててんがをとる、これてんめいなり。めいはすなはちてんにあり。われかううとかつせんをいたす事、はつかねんの間に七十よかど也。されどもてんめいのあるほどは、一度もきずをかうぶらず。いまてんめいちにおちて、既にきずをかうぶれり。しかればめいいとしてきずをばいやすとも、めいをいやすべからず。へんじやくといふともなんのえきかあらむ。まつたくこがねををしみていふにあらず』とて、すなはち五百きんのこがねをばいしにたまはりながら、きずをば
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なほさずして、つひにうせたまひにけり。せんげんみみにあり、いまもつてかんじんとす。ちかくほんてうにおいては、さんでうのゐんのおんとき、てんやくのかみまさただといふいしありき。いやしがたきやまひをいやし、いきがたき命をいきしかば、時の人、『やくしによらいのけしんか。はたまたぎばがさいたんか』とうたがふ。みは本朝にゐながら、なをたうてうにほどこしけり。そのころいこくのきさき、あくさうをわづらふ事としひさし。時に異国のめいいら、いじゆつをきはめ、れうぢをいたすといへども、かうげんなかりしかば、まさただをわたさるべきよし、異国のてふじやうあり。ほんてうきたいのしようしたるによつて、くぎやうせんぎどどにおよぶ。『およそだいこくのしやうにあづかる事、本朝のちんじ、まさただがめんぼくなり。しかりといへども、とたうはまつたくしかるべからず。それいれうにかうげんなくは、ほんてうのちじよくなり。いれうにとくげんあらば、だいこくのいだう、このときにながくたえぬべし。なかんづくたこくの后しなむ事、本朝のため、何のくるしみか
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有べき』と、そちのみんぶきやうつねのぶのきやうのいけんにさだめ申されければ、もつともとて渡さるまじきになりにけり。そのときがうちゆうなごんまさふさのきやう、ださいのごんのそつにてさいふにしぢゆうのあひだ、せんぎあるによつて、じやうらんにおよばずして、わたくしにへんたふあるべきよし、おほせくだされければ、まさふさてふしにいはく、さうぎよいまだほうちのなみをたつせず、へんじやくあにかくりんのくもにいらんや。とかきて、わたされにけり。およそこのでう、わかんりやうてうのかんたんありけるとかや。ただしむかしにんとくてんわうのだいしのみこ、はんぜいてんわうほうぎよののち、いんぎようてんわういまだわうじにておはしましし時、ひさしくあつききずをなやみたまひけるを、ぐんしんあながちにすすめまうすによつて、ごそくゐありけり。ほんてうのいし、じゆつつきにければ、そののち御使をしんらこくへつかはして、かの国のいしをむかへてごなうをぢせさせお
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はしましけるに、ほどなくいへにければ、ことにこれをしやうせさせましまして、かへしおくられにけり。これすなはち本朝第一のふかく、いてうぶへいのてうろうなり。かのためしをききおよびて、異国よりもてんやくのかみまさただをもわたさるべきよし、あながちにまうしおくられけるときこへしかども、がうちゆうなごんのはからひまうさるるむね、さうなかりければ、わたされずしてやみにけり。しかるにいまいやしくもきうけいにれつし、さんこうにのぼれり。そのうんめいをはかるにもつててんしんにあり。なんぞてんしんをさつせずして、おろかにいれうをいたはしくせんや。いはむやしよらうもしぢやうごふたらば、れうぢをくはふともえきなからむ。しよらうもしひごふならば、ちれうをくはへずともたすかる事をうべし。かのぎばがいじゆつおよばずして、しやくそんねはんをとなへたまひき。これすなはちぢやうごふのやまひをいやさざる事をしめさむがためなり。ぢするはぶつたい也。れうするはぎばなり。ぢやうごふなほいれうにたらざるむね、既にあきらけし。しかれば
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重盛がみ、ぶつたいにあらず。めいいまたぎばにおよぶべからず。たとひしぶのしよをかがみて、はくれうにちやうずといふとも、いかでかうだいのえしんをくれうせむや。たとひごきやうのせつをつまびらかにして、しゆびやうをいやすとも、あにぜんぜのごふびやうをぢせむや。もしまたかのぢじゆつによつてぞんめいせば、本朝のいだうなきににたり。もしまたかうげんなくは、めんえつにしよせんなかるべし。なかんづく、しげもりさんたいのすうはんにきよして、もつぱらばんだいのまつりごとをたすけ、ぎよすいのけいやくをむすびて、まさにてうおんのなみをうく。ほんてうていしんのげさうをもつて、びやうしやうにふしながら、いてうふいうのらいかくにまみえむ事、かつうは国のちじよくなり、かつうはみちのりようち也。たとひ命をばうずるにおよぶとも、いかでか国のはぢをばかへりみざるべき。そのことゆめゆめ有べからず候」とのたまひける上は、入道ちからおよびたまはず。このおとどほうげんへいぢりやうどのかつせんには命をすててふせきたたかひ
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たまひしかども、てんめいのおわする程は、やにもあたらず、つるぎにもかかり給はず。されどもうんめいかぎりあることなれば、八月ひとひのひとらのときに、りんじゆうしやうねんにして、うせ給ひぬるこそあはれなれ。中にもきたのかたのおんなげきつきせずぞおぼえし。このきたのかたとまうすは、かまたりのおとどのまご、さんぎじやうざんゐふささきのだいしやうよりは十一代のばつえふ、さんぎしゆりのだいぶいへやすのきやうのちやくなん、うゑもんのかみいへなりのきやうのおんむすめ、こなかのみかどのしんだいなごんなりちかのきやうのおんいもうとなり。あひすみたまひてのち、としひさし。きんだちあまたおわします。いづれもありつきたまひたれば、心やすき御事にてすごし給けるに、このなげきいつわするべしともおぼへず。さんやのひづめ、がうかいのいろくづは、みなるてんのあひだのぶも、ことごとくしやうじの程のしんぞく也。されども、てんちの間にはふうふのなさけむつまじく、うちうの中にはなんによのこころざし深し。とうきむ之ちぎりはなさけわたりたしやうに、いつちんのかたらひはむつびありなうこうに。しかるに
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ぎよくがんまなこをとぢて、くちにふたたびものいふことなし。しんこんみをさりて、いへにさらにかへることなし。せんえんのしようらは、いつたんのすさみにいろをへんじ、ばんぜいのかうたむはきうせんのながれにそでをくたす。つばめふたつはねをならぶるをみるにつけても、いよいよばうふのかなしみをまし、とりのしいうはやしをかけるをあひみても、つねにながすぐわふのなみだを。かうきうのむかしは、せんしゆんかほをならべて、なんゑんのはなをもてあそび、べつりのいまは、きうやにかばねをうづめて、ほくばうのかすみにまよふ。つれづれのあまりにふんぼにまゐれば、しようふうあふぎてこえひとこゑ、こじんのこゑはおともせず。かなしみかなしむできうをくにかへれば、れいしうしたつてなみだせんかう、いうれいのかたちはみえず。しよくぢよはなほしたなばたのよるをまちては、たのむべしいさむべし。きよがんはまたさんやうのはるをきすれば、みつべしもてあそびつべし。ただしにんがいのしやうは、ひとたびわかれてのち、ふたたびあはず。たいゆれいのむめかすみにしぼみ、きんこくゑんのさくらの
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風にちり、をばすて山のあけぼの、あかしのうらのなみの上だにも、なごりはをしき物ぞかし。ましてとしごろすみなれたまひしおんなごり、おしはかられてあはれなり。
(廿二) そもそもこのおとどのくまのさんけいのゆらいをたづぬれば、ゆめゆゑとぞきこへし。さんぬる三月三日よの夢に、おとどみしまと思はしきれいげんしよへまうでたまへば、まうづれば右、げかうすればひだりてに、ほふしのくびをきりて、くろがねのくさりをもつてしはうへつなぎたり。おとどゆめごころに、「不思議のことかな。かやうのしやうじんのところに、かかるせつしやうなむどはあるまじきかなむどおもひたれば」とおぼしめして、やしろのかたへまうでたまへば、いくわんただしき人々おほくなみゐたまへるにまうでて、「そもそもこれはいかなる人のくびさうらふぞ」ととひたてまつりたまひければ、「これは、みなもとのよりともがこのごぜんにて、せんにちがあひだなげきまうしし事があまりにふびんなれば、なんぢがちちだいじやうにふだうじやうかいがくびをきりてつなぎたぞ」とおほせらるとおぼしめせば、うちおどろきて夢さめぬ。ここにげんだいふのはんぐわんすゑ
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さだ、おんまへちかく参て申けるは、「何事にてさうらふやらむ。かねやすが上にまうしいるべき子細の候とて参て候」と申ければ、おとどききたまひて、「あはれ、せのをはこのゆめをみたるごさむなれ」とおぼしめして、「何事にてあるやらむ」とて、おほくちばかりにてつといでたまへば、せのをおんみみにささやきて、「今かかる夢をみて候」と、だいふの御覧じたる夢にいちじもたがはず申たりければ、さればこそとおぼしめして、「こは不思議かな。されば平家のよははやすゑにのぞめるにこそ。さても命ながらへて、みだりがはしきよをみむ事もくちをしかるべし。今はごせぼだいのいとなみのほかはたじやはあるべき」とて、くまのさんけいの為に、同四月廿八日よりしやうじんはじめて、第五日と申す日、みはげの下に、夢にみられしやうなる法師のなまかうべあり。かうしをたてたれば、いぬくひておくべきやうなし。空よりとりのくひておとすべきはうもな
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し。これすなはちれいいなりとて、今二日のしやうじんをまたずして、同五月二日しんぱつして、ゆやさんごさんけいはありしなり。
(廿三) そうじてこのおとどは、わがてうのしんめいぶつだにざいをなげたまふのみにあらず、いてうの仏法にもきし奉られけり。さんぬるぢしようにねんのはるのころ、ちくぜんのかみさだよしをめしていひあはせられけるは、「重盛ぞんじやうのとき、わがてうにおもひである程のだうたふをもたて、だいぜんをもしゆしおかばやとおもふが、入道のえいぐわいちごの程とみへたり。しかれば一門のえいえうつきて、たうけほろびなむのちは、たちまちにさんやのちりとならむ事の、かねておもひやられて、悲しければ、だいこくにていちぜんをもしゆしおきたらば、重盛たかいののちまでもたいてんあらじとおぼゆる也。さだよしにつたうしてはからひさたつかまつれ」と宣ひける。をりふし、はかたのめうでんと申けるせんどうののぼりたりけるをめして、うちのおとどのしりたまひけるあうしうきせのこほりより、ねん
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ぐにのぼりたるこがねを二千三百両、めうでんにたまはりてのたまひけるは、「このこがねひやくりやうをば汝にあたふ。二千二百両をばたいたうに渡して、二百両をば、しやうじんのおんしやりのおわします、いわうさんのそうとにあたへて、ちやうらうぜんじのうけとりをとりまゐらすべし。のこり二千両をばだいわうにたてまつりて、かのてらへくうでんをよせてたまはるべしとそうせよ」とて、じやうをかきてめうでんにたまはりけり。めうでんこがねをたまはりて、いそぎにつたうして、このよしをだいわうにそうしておくりぶみを奉る。だいわうかのじやうをえいらんあり。そのじやうにいはく、
せにふしたてまつる ねんらいきえのれいざういつぷ
じひつてうしやいちぶじつくわんほつけめうでん
為もいしよくこんしわうごんせんくは
それもつてでし、すなはちぶんだんいわうのせんざに、じちゐきすいせいのくんようをうく。
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ここにやうやくかもんそういうのうてなにむつび、さいれいすでにふり、しやうがいのなげきねんぼをすぐ。すべからくいへをしてばんしやうのすをなげうち、たうてうのこころみをかふべし。とうせんとしをかさねてさうしんをおそひ、ほふえつをさまたぐ。いかりひをかさねてじもす。よがなましひなるむちゆうのゆめ、じやうごのおもひしきりにもよほす。これによつて、あるいはいろにまどひてしんくのしらうをあて、あるいはせいしのたんぜいをつたへむがために、えつがうしよぢのぶつきやうをいわうさんじやうにせにふし、けふちよういつくわのせんきんをいてうのざかになげたてまつる、いかに。ぶみんけんぐにして、ふけむさぼりて、ばくたいのしぞうとぼしきににたり。つひによがしうきよくのぎをさつし、てうそうのそをおこすことなきのみ。このびばうによりて、なはえいたいに、きようたんのおもひはかりはらいめいのかたちにのこさむてへり。でしけいするところくだんのごとし。
ぢしよう三年しぐわつぴ につぽんごくたいしやうぐんたひらのあつそんしげもり
とぞかきたりける。だいわうずいきにたへず、「につぽんのしんかとしてわがくににこころざしのふかきこと
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へし」とて、かのてらのくわこちやうにかきいれ、今にいたるまで、「だいにつぽんごくぶしうてんしゆたひらのしげもりしんざ」と、まいにちによまれたまふなるこそゆゆしけれ。まことのけんしんにておはしつる人の、まつだいにさうおうせで、とくうせたまひぬる事こそ悲しけれ。さても入道のなげきまうすもおろかなり。誠にさこそはおぼしけめ。おやのこをおもふならひ、おろかなるだにも悲し。いはむやたうけのとうりやう、たうせのけんじんにておはせしかば、おんあいのわかれといひ、いへのすいびといひ、かなしみてもあまりあり。されば入道は、「だいふがうせぬるはひとへにうん
めいの末になりぬるにこそ」とて、よろづあぢきなく、いかでも有なむとぞ思ひなられにけり。およそこのおとどぶんしやううるはしくして、心にちゆうをそんし、さいげいただしくして、ことばにとくをかねたり。されば、よにはりやうしんうせぬる事をうれへ、いへにはぶりやくのすたれぬる事をなげく。心あらむ人、たれかさたんせざらむ。「かのたうの
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たいそうぶんくわうていはいてうのけんわうなり。とくごていにこへ、めいさんくわうに同じ。さればたうげうぐしゆん、かのう、いんのたう、しうのぶんぶ、かんのぶんけい也といへども、皆をよばざるところなり」と。またまうさく、「ぎようにじふさんねん、とくのまつりごとせんばんたん、くんしんふしのみち、このときてんがにさかりなり。しかいはちえんのほかまでも、とくくわにきせずといふことなし。おんとし五十三と申す。ぢやうぐわん廿三年五月廿六日、がふふうでんにしてほうじ給ふ。かかるけんくんにておはしませど、てんめいのかぎりある事をさとり給はずして、おんいのちををしみたまひけるにや、てんぢくのぼんそうにあわせたまひて、しきりにれうやうをくはへ給ふ。れいさう、ひせき、しんやくとしてぶくしたまふといへども、じんさんつひにくづれき。みらいにつたはる所、たいそうのいつしつ」とぞまうす。つらつらいてうしやうこのめいわうのえいねんをうけたまはるにも、ほんてうまつだいのりやうしんのかしこさははるかになほすぐれたり。
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(廿四) 十一月七日のさるのこくにはみなみかぜにわかにふきゐで、へきてんたちまちにくもれり。ばんにん皆あやしみをなす処に、しやうぐんづかめいどうする事、いつときの内にさんべん也。ごきしちだうことごとくきもをつぶし、みみをおどろかさずといふ事なし。のちにきこへけるは、しよどのめいどうはらくちゆうきうまんよかに皆きこゆ。第二のめいどうはやまと、やましろ、いづみ、かはち、つのくに、なにはのうらまできこへけり。第三のめいどうは六十六かこくに皆きこへざる所さらになし。むかしよりどどのめいどうそのかずおほしといへども、いつときに三度のめいどう、これぞはじめなりける。「東はあうしうのはて、西はちんぜいくこくまでめいどうしける事もせんれいまれなり」とぞ、ときのひと申ける。おびたたしなども申せばなかなかおろかなり。どうにちのいぬのときにはたつみのかたよりぢしんして、いぬゐのかたへさしてゆく。これもはじめには事もなのめ
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なりけるが、しだいにつよくゆりければ、山はくづれてたにをうめ、きしはやぶれてみづをたたへたり。たうじや、ばうじや、せんずい、こだち、ついぢ、はたいた、くわうきよまで、あんをんなるはひとつもなし。さんやのきぎす、やごゑのとり、きせんじやうげのなんによ皆、「上を下にうちかへさむずるやらん」と心うし。やまがはをつるたきつせに、さをさしわづらふいかだしの、のりもさだめぬここちして、ややひさしくぞゆられける。八日さうたんにおんやうのかみやすちか、ゐんのごしよへはせまゐりて申けるは、「さんぬるよのいぬのときのだいぢしん、せんもんなのめならずおもくみえさうらふ。じぎのいへをいでて、もつぱらいつてんのきみにつかへたてまつり、ふうえふのふみにたづさはりて、さらにきつきようのみちをうらなひしよりこのかた、これほどのしようしさうらはず」とそうしければ、ほふわうおほせの有けるは、「てんべんちえう常の事なり。しかれどもこんどのぢしんあながちにやすちかがさわぎまうすはことなるかんもんのあるか」とおんたづねありければ、やすちかかさねてそうし
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まうしていはく、「たうだうさんききやうのそのひとつ、こんききやうのせつをあんじさうらふに、『年をえて年をいでず、月をえて月をいでず、日をえて日をいでず、時をえて時をいでず』とまうしさうらふに、これは、『日をえてひをいでず』とみえたるせんもんにて候。ぶつぽふわうぼふともにかたぶき、よは只今にうせさうらひなむず。こはいかがつかまつりさうらはむずる。もつてのほかのくわきふにみえさうらふぞや」とまうして、やがてはらはらとなきければ、てんそうの人もあさましくおもひけり。君もえいりよをおどろかしおはします。くげにもゐんぢゆうにもおんいのりどもはじめおこなはれけり。されども君もしんも、さしもやはとおぼしめしけり。わかきてんじやうびとなむどは、「けしからぬおんやうのかみがなきやうかな。さしもなにごとかはあるべき」なむどまうしあわれけるほどに、
(廿五) 十四日、たいしやうこくぜんもん、すせんのぐんびやうをあひぐして福原よりのぼりたまふとて、きやうぢゆうなにととききわきたる事はなけれども、いかなる事のあらむずるやらむとて、たかきも
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いやしきもさわぎける程に、入道てうかをうらみたてまつるべきよし、ひろうをなす。じやうげのばんにん、こはいかにとあきれまどへり。くわんばくどのもないないきこしめさるることやありけむ。ごさんだいあつて、「にふだうしやうこくじゆらくの事は、ひとへにもとふさをほろぼすべきけつこうとうけたまはりさうらふ。いかなるめをかみさうらはむずらむ」とて、よにおんこころぼそげにそうせさせ給へば、しゆしやうももつてのほかにえいりよをおどろかさせおはします。「おとどのいかなるめをもみられむは、ひとへにまろがみのうへにてこそあらめ」とて、御涙ぐませたまふぞかたじけなき。誠にてんがのまつりごとは、しゆしやうせつろくのおんぱからひにてこそあるべきに、たとひそのぎこそなからめ、いかにしつる事共ぞや。てんせうだいじん、かすがのだいみやうじんのしんりよもはかりがたし。
廿六 十五日、入道てうかをうらみたてまつるべきよしひつぢやうときこえければ、法皇、じやうけんほふいんをもつて、おんつかひとして、入道のもとへおほせつかはされけるは、「およそきんねんてうていしづ
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かならずして、人の心ととのほらず。せけんらくきよせぬ有様になりゆくこと、そうべつにつけてなげきおぼしめさるといへども、さてそこにおわすれば、ばんじたのみおぼしめされてこそあるに、てんがをしづむるまでこそなからめ、事にふれてがうがうなるていにて、あまつさへまたまろをうらむべしときこゆるはいかに。こはなにごとぞ。人のちゆうげんか。このでうはなはだをんびんならず。いかやうなる子細にて、さやふにはおもふなるぞ」とおほせつかはさる。ほふいんゐんぜんをうけたまはりてわたられけり。入道いであはれざりければ、入道のさぶらひ、げんだいふのはんぐわんすゑさだをもつて、ゐんぜんのおもむきをいひいれて、おんぺんじをあひまたれけれども、ゆふべにおよぶまでぶいんなりければ、さればこそとむやくにおぼえて、すゑさだをもつてまかりかへりぬるよしをいひいれられたりければ、しそくさひやうゑのかみとももりをもつて、「院宣かしこまりてうけたまはりさうらひぬ。じこんいごは入道にをいては、ゐんぢゆうのみやづかへはおもひとどまりさうらひ
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ぬ」とばかりいわれけるが、さすが入道いかがおもはれけむ、法印のかへられけるをみたまひて、「ややほふいんごばう、まうすべき事あり」とのたまひて、ちゆうもんのらうにいであひてのたまひけるは、「まづこだいふがみまかりさうらひぬる事、ただおんあいのわかれのかなしきのみにあらず、たうけの運命をはかるに、入道ずいぶんにひるいをおさへてまかりすぎ。けふともあすともしらぬおいの波にのぞみて、かかるなげきにあひ候心のうちをば、いかばかりとかはおぼしめされさうらふ。されども、法皇いささかもおぼしめししりたるおんけしきにて候はぬ由、もれうけたまはり候。かつうはごへんの御心にもごすいさつさうらへ。ほうげんいごはらんげきうちつづきて、君やすき御心もおわしまし候はざりしに、入道はただおほかたをとりおこなふばかりにてこそさうらひしか。だいふこそまさしくてをくだし、みをくだきたる者にては候へ。さればばんしにいりていつしやうをえたる事もたびたびなりき。そのほかりんじのおんだいじ、あさ
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ゆふのせいむにいたるまで、君のおんためにちゆうをいたす事、だいふほどのこうしんはありがたくこそ候らめ。ここをもつて昔をおもひあはせさうらふに、かのたうのたいそうはぎちようにをくれて、かなしみのあまりに、『昔のいんそうはりやうひつをゆめのうちにえ今のちんはけんしんをさめてののちにうしなふ』といふ、ひのもんをてづからかきて、べうにたててこそかなしみたまひけれ。びんをきりてくすりにあぶり、きずをすすぎてちをくらふは、くんしんのとく也。まぢかくはまさしくみさうらひし事ぞかし。あきよりのみんぶきやうせいきよしたりしをば、こゐんことにおんなげきあつて、はちまんごかうえんいんし、ぎよいうをとどめられき。たださだのさいしやうけつこくのとき、これもことさらにおんなげきふかかりしかば、たださだつたへうけたまはりて、おいのなみだをもよほしき。すべてしんかのそつする事をば、だいだいの君、みなおんなげきある事にて候ぞかし。さればこそ、『父よりもなつかしながらおそろしく、母よりもむつまじくしておそろしきは、きみと
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しんとのなか』とはまうしさうらへ。それにだいふがちゆういんに、はちまんへごかうあり。ぎよいうありし上、とばどのにてごくわいありき。おんなげきのいろ、いちじもこれをみず。かつうはひとめこそはづかしくさうらひしか。たとひ入道がなげきをあはれませおはしまさずといふとも、などかだいふがちゆうをおぼしめしわするべき。まただいふがちゆうをおぼしめしわするるおんことなりとも、などか入道がなげきをばあはれませおわしまさざるべき。ふしともにえいりよにかなはざりけむ事、今においてはめんぼくをうしなふ、これひとつ。つぎに、中納言のけつのさうらひしに、にゐのちゆうじやうどののごしよまうさうらひしを、入道さいさんとりまうしさうらひしに、ごしよういんなくて、せつしやうどのの御子、三位の中将をなし奉られさうらひし事はいかに。たとひ入道ひきよをまうしおこなひさうらふとも、一度はなどかきこしめしいれられ候はざるべき。まうさむや、けちやくといひ、ゐかいといひ、かたがたりうんさうにおよびさうらはざりしを、ひきかへられまひらせさうらひし事は、
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ずいぶんほいなきおんぱからひかなとこそぞんじさうらひしか、これふたつ。つぎに、ゑちぜんのくにを重盛にたまはりさうらひし時は、ししそんぞんまでとこそごやくそくさうらひしに、しにはつればめしかへされ候事、何のくわたいに候ぞ、これみつ。つぎに、きんじゆの人々、みなもつてこのいちもんをほろぼすべきよしをはからひさうらひけり。これわたくしのはからひにあらず。ごきよようありけるによつてなり。ことあたらしきまうしごとには候へども、たとひいかなるあやまりさうらふとも、いかでかしちだいまではおぼしめしすてられさうらふべき。それに入道すでにしつしゆんにおよびて、よめいいくばくならぬいちごのうちにだにも、ややもすればうしなはれたてまつるべきおんはかりことでさうらふ。まうしさうらはむや、しそんあひつぎて、いちにちへんしめしつかわれむ事かたし。およそはおいてこをうしなふは、こぼくのえだなきにてこそ候へ。だいふにをくるるをもつて、運命の末にのぞめる事、おもひしられさうらひぬ。てんきのおもむきあらはなり。たとひいかやうなる奉公をいたすとも、えいりよにおうぜむ
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事、よもさうらはじ。このうへはいくばくならぬおいのみの心をつひやして、なにとはしさうらふべきなれば、とてもかくてもさうらひなむと、思ひなりてさうらふなり」なむど、かつうはふくりふし、かつうはらくるいして、かきくどきかたられければ、ほふいんあはれにもをそろしくもおぼえて、あせみづになられにけり。「そのときはたれびとなりとも、いちごんのへんじにもおよびがたかりし事ぞかし。そのうへわがみもきんじゆのみ也。なりちかのきやういげはかりしことどもは、まさしくみききし事なれば、わがみもそのにんじゆとやおもひけがさるらむなれば、ただいまもめしこめらるる事もやあらむずらむ」と、しんぢゆうにはとかくあんじつづけられけるに、りようのひげをなで、とらのををふむここちせられけれども、法印もさる人にて、さわがぬていにてこたへられけるは、「誠にどどのごほうこうあさからず、いつたんうらみまうさせおわします、そのいはれさうらふ。ただしくわんゐといひ、ほうろくといひ、おんみにとりてはことごとくまんぞくす。これすでにくんこうの
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ばくたいなる事をかんじおぼしめすゆゑとこそみえてさうらへ。しかるをきんしんことをはかり、きみごきよようありなむどいふことは、ひとへにぼうしんのきようがいとおぼえさうらふ。みみをしんじてめをうたがふはしよくのへいなり。せうじんのふげんをしんじて、てうおんたにことなる君をうらみたてまつりましまさむ事、みやうけんにつけてそのはばかりすくなからず。およそてんしんはさうさうとしてはかりがたし。えいりよさだめてそのよしさうらふらむか。しもとしてかみにさかふらむ事は、あにじんしんのれいたらむや。よくよくごしゆいさうらふべし。ふせうのみにてごへんぽうにおよびさうらふでう、そのおそれすくなからずさうらへども、これはかみにおんあやまりなき事を、あしざまにまうすひとのさうらひけるをちんじひらきて、ごうつねんをしやし候べく候。ぢやうぐわんせいえうのうらがきにまうして候ぞかし。『せんげんすめりといへどもうよくながれをにごす』とて、せんきゆうよりいでたるかは、せんやくなるが故に、かりうをくむもの、いのち必ずちやうめいなり。ただしそのかはのちゆうげんにかくるるやまどり、
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そのながれをあぶる時、水たちまちにへんじてどくとなれり。そのやうに、法皇のめいとくはせんすいたりといへども、とりまうすものかりうをにごして、あしざまに入道殿に申て候とおぼえさうらふ。ゆめゆめおんうらみあるまじき御事にて候也。そのはちまんぐうのごかうはあはれなる御事にてこそさうらひしか。そのゆゑは、『あへなくも重盛におくれぬる事、まろひとりがなげきのみにあらず。しんかけいしやうたれかなげきとせざらむや。きんうにしにてんじて、いつてんにくもくらく、じやふうしきりにたたかつて、しかいしづかならず』とごぢやうさうらひて、にちにちややのおんなげき、今にいまだあさからず。『りんじゆういかがありけむ』とおんたづねさうらひしかば、あるひと、『そのびやうげんはよの常のしよらうにてはさうらはざりき。くまのごんげんにまうしうけてたまはるあくさうにてさうらひけるあひだ、かさのならひ、りんじゆうしやうねんみだれず、にうがつしやうの花うるはしくして、じふねんしようみやうの声たへず、さんぞんらいかうのくもたなびきて、くほんれんだいにわうじやうすとこそみへて
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さうらひしか』とまうしてさうらひしかば、りようがんにおんなみだをながさせたまふのみならず、きゆうちゆうみなそでをしぼられさうらひき。たうじまでもをりにしたがひ事にふれては、おんなげきのいろところせくこそみへさせたまひさうらへ。さて院のおほせには、『それこそなにごとよりもなげきの中のよろこびよ。しんかんにめいじてうらやましき物は、ただわうじやうごくらくのそくわい也。まろもくまのに参詣していのりまうしたけれども、みちの程はるかなり。同じさいはうのみだにておはしませば、はちまんぐうに参詣して申さばやとおぼしめすなり。かつうはだいふのため、まいにちにきねんするねんぶつどきやうのゑかうも、しやうじやうのれいちにしてこそかねをもならさめ』とて、なぬかのごさんろうさうらひき。これすなはちだいふのいうぎのとくだつ、たいしやうこくのごめんぼく、何事かこれにすぎさうらふべき。さればごちゆういんはてさうらひなば、いそぎごゐんざんさうらひて、かしこまりをこそ申させ給はざらめ。ごゐこん
にやおよぶ
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べき。せんたうのみづきよけれどもうよくながれをにごすと申すたとへすこしもたがひさうらはず」とまうされければ、入道たちはらの人のならひ、心まことにあさくして、袖かきあはせてさめざめとぞなきたまひける。「次にりんじのまつりのおんことは、これまたりゆうろうほうけつのごきたうにてはさうらはざりき。そのゆゑは、すぎさうらひしころ、はちまんぐうにくわいいしきりにしめしさうらひけるを、べつたうおほきにをそれて、ごほふをくだしまひらせてさうらひけるに、ごたくせんのさうらひけるは、
『はるかぜに花の都はちりぬべしさかきのえだのかざしなくては K062
きないきんごくやみとなりて、きうみんはくれいさんやにまよふべし』とおほせさうらひけるを、ほふわうおほきにおどろきおぼしめして、もろもろのしんかけいしやうそくさいえんめい、らくちゆうじやうげ、ごきしちだう、こくどあんをん、てんがたいへいのために、さんにちさんがやのごきたうなり。これまたきでんのごきたうにあらずや。こだいふはだいこくまできこへおはしまししけんしん
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なり。されば常には『こくどあんをんにんみんけらく』といのらせたまひし事なれば、くさのかげにても、小松殿さこそよろこびましましけめ。このうへなほなほごふしんさうらはば、はちまんのべつたうにおんたづねさうらふべし。次にゑちぜんのくにをめされさうらひけむ事はいまだうけたまはりおよばずさうらふ。きみもいまだしろしめさざるにや。いそぎそうもんつかまつりて、もししさいさうらはば、おつてまうすべくさうらふ。次ににゐのちゆうじやうどののごしよまうの事は、入道殿のごしそんにても渡らせ給はず、そのうへくわんばくどののおんぱからひをばたれかなげきまうすべき。たとひ又一度はきみのおんあやまりわたらせたまふとも、しんもつてしんたらずとまうすほんもんもさうらふぞかし。せんじさうらふところ只こざかしきまうしじやうにては候へども、おつてごそうもんあるべくさうらふ。今はいとままうして」とてたちたまひにけり。入道たからかに、「院宣の御使也。おのおのみなれいぎつかまつるべし」とのたまひければ、八十よにんさうらひける人々、いちどうに皆にはにおりてもんそうす。ほふいんいとさ
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わがぬていにて、ゆんづゑみつゑばかりあゆみいでて、たちかへり深くけいくつす。ややひさしくたちむかひておはしけるあひだ、「さのみはおそれさうらふ」とて、八十よにん皆えんのきわにたちかへる時、法印あゆみいでられにけり。びびしくぞみへたりける。あるほんもんにいはく、「くんわうくにををさめ、ちゆうしんきみをたすく。ふねよくさををのせ、さをよくふねをやる」といへり。このことおもひあはせられてあはれなり。「じやうけんほふいんちゆうしんとして、よく君をたすけ奉り給ひぬる事にこそしんべうなれ」とて、くちぐちに皆かんじあへり。ひごのかみさだよしこれをみて、「あなおそろししや。入道殿のあれ程にいかりたまひてのたまはむには、われらならば、ゐんのごしよにあること、なきこと、ことよしごと、まうしちらしていでなまし。すこしもさわがぬけいきにて、へんじうちしてたたるることよ」と、すゑさだいげのものども是をききて、「さればこそ、ゐんぢゆうに人々そのかずおほしといへども、そのなかにそうなれども
えらばれて、おんつかひにもたつらめ」と
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とぞおのおのまうしける。ころは十一月じふごやの事也。ほふいんはにしはつでうのなんもんよりいでたまへば、めいげつの光はひがしやまのみね、まつのこのまよりぞいであひたまひける。法印の胸のうちなるぶつしやうのつきは、さんずんのしたのはしにあらはれて、入道殿のしんぢゆうのやみをてらし、ちゆうとうさんごのよはのつきは、ひかりめいめいとして、法印のきしやのぜんごをかかやかす。心のつきもくまもなく、ふけゆくそらのかうげつの光もあきらかなり。法印車にのりてければ、うしかひいそぎ車をやらむとす。法印のたまひけるは、「車しばらくをさへよ。やいんのありきはろしのらうぜきなり。むかへのものどもをまつべし」とて、したすだれかかげたり。明月の光はものみよりぞさしいりける。法印のかほあいあいあとしてきよげなり。きんせうのつきのくまなきに、きうしをおもひいでて、
ゑはずはきんちゆうにいかでかさりえん、ばゐさんのつきまさにさうさうたり。 K063
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たれのひとかれうぐはいにひさしくせいじうし、いづれのところのていしよにあらたにべつりせん。 K064
とえいじはてざるところに、むかへのものどもいできたり。「たれたれまゐりたるぞ」とたづぬれば、こんがうざゑもんとしゆき、りきしひやうゑとしむね、からすぐろなる馬にしろぶくりんのくらおきて、ぎよりようのひたたれの下にいとひをどしのはらまき、つきの光にえいじて、かつぽのたまをみがけるが如し。いちやしや、りゆうやしやとて、だいのわらはのみめよきが、しげめゆひのひたたれにきくとぢして、したはらまきにそやおひたり。じやうげのはずにつのいれたる、しげどうの弓をぞもちたりける。ほふしばらには、こんりき、じやういち、じやうまん、こんどう、たもん、かくいち、やしやもんほふし、げそう七人参たり。これらも皆くろかはをどしのはらまきに、てぼこ、なぎなた、たちなむどさげたり。このじやうけんほふいんは、ないてんげてんのがくしやう、ぜひふんみやうのさいじんなり。ゐんうちのおんけしきは、しよしんかたをならぶる人なし。ばんにんのぎやうそうする事は、しその中には
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たぐひなし。きら誠にしんべうにして、じゆうるい多く人にすぐれたり。めしつかふほどの者はみな、じふにさんさいのこわらはべ、ほふしばらにいたるまでも、のうも
かしこく、ちからもつよかりけり。中にもこんがうざゑもん、りきしひやうゑのじようは、よにきこへたるだいぢからとぞきこへし。さてもほふいんきさんして、太政入道のおんぺんじのやう、くはしくそうせられければ、誠に入道のうらみまうす所いちじとしてひがことなく、だうりしごくしておぼしめされければ、法皇さらにおほせられやりたる御事もなくして、「こはいかがせむずる。なほなほも法印こしらへてみよ」とぞおほせごとありける。
廿七 十六日、入道てうかをうらみたてまつるべきよしきこへけれども、さしもの事やはあるべきとおぼしめされけるほどに、くわんばくどののごしそく、ちゆうなごんもろいへをはじめたてまつりて、だいじやうだいじんもろながこう、あんぜつのだいなごんすけかたいげのけいしやううんかく、じやうげのほく
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めんのともがらにいたるまで、つがふ四十二人、くわんをとどめておひこめらる。そのうち、さんぎくわうごうぐうのごんのだいぶくらんどのとうけんうこんゑのかみ、ふぢはらのみつよしのきやう、おほくらきやううきやうのだいぶいよのかみ、たかはしのやすつねのあつそん、くらんどのさせうべんけんごんのだいしん、ふぢはらのもとちかのあつそん、いじやうさんくわんさんしよくともにとどめらる。あぜちのだいなごんすけかたのきやう、ちゆうなごんのちゆうじやうもろいへのきやう、うこんゑのごんのせうしやうけんさぬきのごんのかみすけときのあつそん、くわうだいこうくうのごんのせうしんけんびつちゆうのかみ、ふぢはらのみつのりのあつそん、いじやうにくわんをとどめらる。そのなかにくわんばくどのをばださいのそつにうつして、つくしへ流し奉られけるこそあさましけれ。「かかるうきよには、とてもかくてもありなむ」とおぼしめしける上、おんいのちさへあやうくきこへければ、とばのふるかはといふところにて、おほはらのほんがくしやうにんをめして、おんぐしをろさせたまひにけり。おんとし三十五、よのなかさかりとこそおぼしめされけれ。「れいぎよくしろしめして、
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くもりなきかがみにてわたらせたまひける物を」と、よのをしみたてまつることなのめならず。出家の上はいつとうをだにもげんぜらるる事なれば、はじめはひうがのくにときこへしかども、しゆつけのひとはもとさだまりたる国へはおもむかぬ事なれば、びぜんのくにゆばさまといふ所にぞとどめ奉りける。大臣るざいのれいをたづぬるに、そがのさだいじんあかえこう、うだいじんとよなりこう、さだいじんかねなこう、すがはらの大臣いまのきたののてんじんの御事也、左大臣かうめいこう、ないだいじんいしうこうにいたるまで、そのれい既に六人なりといへども、ちゆうじんこう、せうぜんこうよりこのかた、せつしやうくわんばくのるざいせられたまふこと、是ぞはじめなりける。こなかどのもとざねこうのおんこ、にゐのちゆうじやうどのもとみちこうとまうすは、今のこんゑのにふだうてんがの御事也。そのとき大政入道のおんむこにておわしけるを、一度にないだいじんくわんばくになし奉るときこゆ。ゑんゆうのゐんのぎよう、てんろく三年十一月一
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日、いちでうのせつしやうこれまさこうけんとくこう、おんとし四十九にてにはかにうせさせたまひたりしかば、おんおととのほりかはのくわんばくかねみちちゆうぎこう、じゆにゐのちゆうなごんにて渡らせたまひけるが、大納言をへずして、おんおととのほごゐんの入道殿、だいなごんのだいしやうにて渡らせ給けるが、さきにこえられさせたまひけるを、こえかへし奉て、ないだいじんじやうにゐにあがらせたまひて、ないらんのせんじをかうぶらせおわしましたりしをこそ、時の人めをおどろかしたるごしようじんとまうししに、これはそれにもなほてうくわせり。ひさんぎにて、にゐのちゆうじやうよりさいしやうだいなごんだいしやうをへずして、だいじんくわんばくになりたまへるれい、これやはじめなるらむ。さればだいげき、たいうのし、しゆひつのさいしやうにいたるまで、皆あきれたるていなり。おほかたたかきもいやしきも、ぜひにまよはぬは一人もなかりけり。きよきよねんの夏、なりちかのきやうふし、しゆんくわんそうづ、ほくめんのげらふどもが事にあひしをこそ、あさましと君もおぼしめし、人もおもひしに、
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是はいまひときはの事なり。されば、「是はなにごとゆゑぞ。おぼつかなし。この関白にならせ給へるにゐの中将殿の、中納言になりたまふべきにてありけるを、さきの関白殿のおんこ、さんゐのちゆうじやうもろいへとて八才になりたまへりしが、そばよりおしちがへてなり〔給〕へる故」とぞ申けれども、「さしもやは有べき。さらば関白殿ばかりこそ、かやうのとがにもあたり給はめ。四十よにんまでの人の、事にあふべしや。いかさまにもやうあるべし」とぞ、まうしあへりける。てんまげだうの、入道のみにいれかはりにけるよとぞみへける。人の夢にみけるは、さぬきのゐんごかうありけるに、おんともにはうぢのさのをとど、ためよしにふだうなどさうらふなり。院の御所へじゆぎよあらむとて、まづためよしをいれられてみせられければ、いそぎまかりいでて、「この御所にはおんおこなひひまなく候也。そのうへ只今もおんぎやうぼふのほどにて候」と申ければ、「さては
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かなはじ」とてくわんぎよあるに、ためよし申けるは、「ささうらはば、清盛がもとへいらせ給へ」と申ければ、それへごかうなりけると、みたりけるとかや。さればにや、君をもあしくおもひまひらせ、しんをもなやまし給らむ。まことにこの夢おもひあはせらるる、入道のしんぢゆう也。ただしおんともにうぢのさのをとどのさうらひたまはむには、太政大臣うきおんめを御覧ぜさせ給べしや。心にいれかわり給はんにも、この御事ばかりをばよきやうにこそ、入道もはからはれむずれ。こればかりぞ心えがたき。人はたかきもいやしきも、しんは有べき事なり。法皇は常にごしやうじんにておんおこなひひまなきによつて、あくまもおそれを奉けり。入道はわかくしてはしんもありて、ほうげんのかつせんの時も、「あさひにむかひてはいくさせじ」とたてられたりけるが、そののちはあまりにてうおんにほこりて、しんもかき給へり。とみてをごらざる者なしといふ事は、この入道のありさまにてぞ有べ
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きと、今こそおもひあはせけれ。およそは人のいたりてさかへて心のままなるも、そのまごたえはてぬべきずいさうなりと心えて、よくよくつつしむべき事なり。あぜちのだいなごんすけかたのきやう、おなじくしそくさせうしやうすけとき、おなじくまごせうしやうまさかた、いじやう三人をばきやうぢゆうをおひいださるべきよし、とうだいなごんさねくにのきやうをしやうけいとして、はかせのはんぐわんなかはらののりさだをめしてせんげせらる。いづくをさだむともなく、都のほかへおはれけるこそかなしけれ。ちゆううのたびとぞおぼえける。くわんにんきたりておひければ、おそろしさのあまりに、物をだにものたまひをかず、まごこひきぐしていそぎいでたまふ。きたのかたよりはじめて、にようばう、さぶらひ、おめきさけぶ事おびたたし。三人涙にくれたまひて、ゆくさきもみへねども、そのよなかにここのへのうちをまぎれいでて、やへたつくものほかへぞおもひたたれける。にししゆしやくより西をさして、おほえやま、いくののみちをへつつ、たんばのくに
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むらくもといふ所にしばらくやすらひ給けるが、のちにはしなののくににおちとどまりたまふとぞきこへし。このきやうはいまやう、らうえいのじやうずにて、院のきんじゆ、たうじのちようしんにておわせしかば、法皇もしよじないげなくおほせあはせられけるあひだ、入道ことにあたまれけるにや。
廿八 だいじやうだいじんはおなじき十七日都をいでたまひて、をはりのくにへながされたまふとぞきこへし。このおとどはさんぬるほうげんぐわんねん七月、ちちうぢのあくさふの事にあひたまひし時、中納言の中将と申て、おんとし十九歳にて、同八月とさのくにへながされたまひたりしが、おんあにのうだいしやうたかながのあつそんは、ききやうをまたず、はいしよにてうせたまひにき。これは九年をへて、ちやうぐわん二年六月廿七日、めしかへされたまひて、おなじき十月十三日、ほんゐに、ふして、えいまんぐわんねん八月十七日、じやうにゐにじよせらる。にんあんぐわんねん十一月五日、さきのちゆうなごんよりごんだいなごんにうつり給ふ。をりふし大納言あかざりければ、かずのほかにぞ
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くははりたまひける。大納言の六人になる事、これよりはじまれり。またさきのちゆうなごんより大納言にうつる事、ごやましなのおとどさんしゆこう、うぢのだいなごんたかくにのほかは、せんれいまれなりとぞきこへし。くわんげんのみちにたつして、さいげいひとにすぐれて、君もしんもおもくし奉りたまひしかば、しだいのしようじんとどこほらず、ほどなく大政大臣にあがらせ給へりしに、「いかなるぜんぜのごしゆくごふにて、又かかるうきめにあひたまふらむ」とぞ申ける。ほうげんの昔はさいかいとさのくににうつり、ぢしようの今はとうくわんをはりのくにへおもむき給ふ。もとよりつみなくしてはいしよのつきをみむといふ事は、こころあるきわの人のねがふ事なれば、おとどあへて事ともし給はず。十六日のあかつきがた、やましなまでいだし奉る。同十七日の朝、あかつきふかくいでたまへば、あふさかやまにつもる雪、よものこずゑもしろくして、ありあけのつきほのかなり。あいゑん空にをとづ
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れて、いうしざんげつにゆきけむかんこくのせき、おもひいでらる。むかしえんぎだいしのみやせみまるの、びはをだんじわかをえいじて、嵐の風をしのぎつつすみたまひけむわらやの、心ぼそくうちすぎて、うちでのはま、あはづのはら、いまだ夜なればみへわかず。そもそもてんちてんわうのぎよう、やまとのくにあすかのをかもとのみやより、たうごくしがのこほりにうつりて、おほつのみやをつくられたりけりときくにも、このほどはくわうきよのあとぞかしとあはれなり。あけぼのの空になりゆけば、せたのからはし渡る程に、みづうみはるかにあらはれて、かのまんぜいしやみがひらの山にゐて、「こぎゆくふね」とながめけむ、あとのしらなみあはれなり。のぢのしゆくにもかかりぬれば、かれのの草における露、ひかげにとけて、たびごろもかはくまもなくしほれつつ、しのはらとうざいへみわたせば、はるかに長きつつみあり。北にはきやうじんすみかをしめ、南にちすい遠くすめり。はるかにむかへの岸の水、くがにはみどり
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深きまつ、はくはの色にうつりつつ、なんざんのかげをひたさねども、あをくしてくわうやうたり。すざきにさわぐをしがもの、あしでをかきけるここちして、都をいづるたびびとのこのしゆくにのみとどまりしが、うちすぐるのみ多くして、いへゐもまれになりゆけり。これをみるにつけても、「かわりゆくよのならひ、あすかのかはのふちせにもかぎらざりき」とあはれなり。かがみのしゆくにもつきぬれば、「むかしおきなのたまひあはせて、『おいやしぬる』とながめしも、このやまの事なりや」と、かりたくは思へども、むさでらにとどまりぬ。まばらなるとこの冬のあらし、夜ふくるままにみにしみて、都にはひきかはりたるここちして、まくらに近きかねのこゑ、あかつきの空におとづれて、かのゐあいじの草のいほりのねざめもかくやとおもひしられ、かまうののはらうちすぐれば、をいそのもりのすぎむらに、よももかすかにかかる雪、あさたつそでにはらひあへず、おとにきこへしさめがひの、
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くらきいはねにいづるみず、みづぎはこほりあつくして、まことにみにしむばかりなり。きうかさんぶくの夏のひも、はんゆうふがだんせつのあふぎ、がんせんにかはるめいしよなれば、けんとうそせつの冬のそら、ぐわつしせつせんのほとりなる、むねつちをみるここちする。かしはばらをもすぎぬれば、みののくにせきやまにかかりぬ。こくせん雪のそこにこゑむせび、れいらんまつのこずゑにしぐれて、ひかげもみへぬうちくだりみち、心ぼそくもこえすぎぬ。ふはのせきやのいたびさし、としへにけりとみおきつつ、くひぜがはにとどまり給ふ。よふけひとしづむれば、しもつきはつかにおよぶころなれど、みなしろたへのはれの空、きよきかはせにうつろひて、てるつきなみもすみわたり、じせんりのほかのこじんの心もおもひやり、旅の空いとどあはれにおもひなし、をはりのくにゐどたのさとにつきたまひぬ。かのたうのたいしのひんかくはくらくてん、げんわ十五年の秋、きうかうぐんのしばに
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させんせられて、しんやうのえのほとりにちちやうしたまひける、古きよしみをおもひやりて、しほひがた、しほぢはるかにとほみして、常はなみのつきをのぞみうらかぜにうそぶきつつ、びはをだんじしいかをえいじて、なほさりにひをおくり給へり。あるよたうごくだいさんのみや、あつたのやしろにさんけいあり。としへたる森のこのまよりもりくる月のさしいりて、あけのたまがき色をそへ、わくわうりもつの庭にひくしさくの風にみだれ、何事につけてもかみさびたるけいきなり。あるひとのいはく、「このみやとまうすはそさのをのみこと、これなり。はじめはいづものくににみやづくりありき。やへたつといふさんじふいちじのえい、このおんときよりはじまれり。けいかうてんわうのぎよう、このみぎりにあとをたれたまへり」といへり。もろなが、しんめいほふらくの為にびはをだんじたまひけるに、ところもとよりむちのぞくなれば、なさけをしれる人まれなり。いうらう、
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そんぢよ、ぎよじん、やそう、かうべをうなだれ耳をそばたつといへども、さらにせいだくをわかちりよりつをしれる事なし。されどもくわはきんをだんぜしかば、ぎよりんをどりほとはしり、ぐこう歌をはつせしかば、りやうちんうごきうごく。物のたへなるをきはむる、しぜんにかんをもよほすことわりにて、まんざ涙をおさふ。そのこゑさうさうせつせつとして、又しやふしやふたり。たいげんせうげんのきんけいのあやつり、たいしゆせうしゆのぎよくばんにをつるにあひにたり。てうだんするすきよくをつくし、やろしんかうにおよびて、「ねがはくはこんじやうせぞくもんじのごふ」といふらうえいと、「ふがうでうの中に花ほんふくのかをりをふくみ、りうせんのきよくのあひだに、つきせいめいのひかりあきらかなり」といふらうえいとを、りやうさんべんせられけるに、しんめいかんおうにたへず、ほうでんおほきにしんどうす。しゆうじんみのけいよだちて、きいのおもひをなす。大臣は、「平家のかかるあく
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ぎやうをいたさざらましかば、今このずいさうををがまましやは」と、かつうはかんじかつうはよろこびたまひけり。あるときまたつれづれのあまりに、みやぢやまにわけいらせ給ふ。ころはかむなづきはつかあまりの事なれば、こずゑまばらにしておちばみちをうづみ、はくぶ山をへだてて、鳥のひとこゑかすかなり。山又山をかさぬれば、里をかへりみしとぼそもへだたりぬ。うしろはしようさんががとして、はくせきのりゆうすいみなぎりおつ。すなはちせきしやうにりうせんのたよりをえたるしようちなり。こけせきめんにむして、じやうげんの曲をしらべつべし。いはのうへにからかはのうちしき、しとうのこうのおんびはいちめん、みずいじんありけるを、滝にむけておんひざの上にかきすへ、ばちをとりげんをうちならし給ふ。しげんだんの中にはきゆうしやうだんをむねとし、ごげんだんの中にはぎよくしやうだんをさきとす。かろくをさへゆるくひねりかひて、またかきかへす。はじめはげいしやう
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をなし、のちには、たいげんさうさうとしてごとしむらさめの、せうげんせつせつとしてひぎよににたり。だいいちだいにのげんはさくさくたり。春のうぐひすかんくわんとして、花のもとになめらかなり。だいさんだいしのげんの声はせつせつたり。かんせんいうえつして、こほりのしたに難なづまし。たいしゆせうしゆのぎよくばんにおつるをと、きんけいのあやつり、ほうわうゑんあうのわめいの声をそへずといへども、ことのてい、さんじんかんをたれたまふらむとおぼえたり。さびしきこずゑなれども、そうくわたくぼくはそらにれいろうのひびきを送る。そのとき水のそこよりあをぐろいろのきじんしゆつげんして、ひざびやうしをうちて、おんびはにつけて、うつくしげなる声にてしやうがせり。なにもののしわざなるらむとおぼつかなし。きよくをはれり。だんをはらひばちををさめたまふとき、きじんまうしていはく、「われはこのみづの底に多くとしつきをすごすといへども、いまだかかるめでたきおんことをばうけたまはらず。このおんよろこびには
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今三日の内にごきらくのあらむずるなり」とまうしもはてねば、かきけつやふにうせにけり。すいじんのしよぎやうとはいちしるし。このほどの事をおぼしめしつづくるに、「あくえんはすなはちぜんえんとはこれなりけり」とおぼしめししられけり。そののち第五日とまうししに、きらくのほうしよをくだされき。くわんげんのおんぎよくをきはめ、たうだいまでもめうおんゐんたいしやうこくとまうすは、すなはちこの御事也。「めうおんぼさつのけし給へるにや」とぞ申ける。むらかみのせいしゆ、てんりやくの末のころ、かむなづきのなかば、つきかげさへて風の音しづかに、よふけひとしづまりてせいりやうでんにおはしまして、すいぎうのつののばちにてげんじやうらくのはをしらべさせ給つつ、御心をすまさせ給ひけるに、天より影のごとくにしてとびきたりて、しばらくていしやうに休むきやくあり。せいしゆ是を御覧じて、「何者ぞ」ととひたまふ。「われはこれたいたうのびはのはかせ、れん
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しようぶとまうすものなり。てんにんのくわほうをえて、こくうにひぎやうするみにてさうらふが、ただいまここをまかりすぎさうらふが、御琵琶のばちおとにつきまひらせてまゐりてさうらふなり。いかむとなれば、ていびむにびはのさんきよくをさづけし時、ひとつのひきよくをのこせり。さんきよくとは、だいじやうはくし、やうしんさう、りうせん、たくぼく、これなり。りうせんに又二曲あり。一にはせきしやうりうせん、二にはしやうげんりうせん、是なり。おそらくは君にさづけたてまつらむ」と申ければ、せいしゆことにかんじたまひて、おましをしりぞけておんびはをさしおき給へば、れんせうぶこれをたまはつて、りうせん、たくぼく、やうしんさうのひきよくをぞつくしける。しゆうしやうもとのざしきになをり給ひ、かのきよくをひきたまふに、ばちおとなほすぐれたり。ひきよくつたへたてまつりてのち、こくうにとびあがり、雲をわけてのぼりにけり。ていわうこれをはるかにえいらんあつて、ぎよいの袖をおんかほにおしあてて、かんるいをぞながされける。このおとどききやうののち、ご
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さんだいありて、びはをしらべたまひしかば、げつけいうんかく耳をうなたれ、たうしやうたうかめをすまして、いかなる秘曲をかひきたまはむずらむとおもひゐたるに、よの常のやうなるがわうおん、げんじやうらくをひかれたりけるに、しよにん思はずになりにけり。しかるに「がわうおん、げんじやうらく」とは、「わうおんをよろこびてみやこへ帰りたのしむ」とよめり。きのふはとうくわんのほかにうつされて、物うきすまひなりけれども、けふはほくけつの内につかへて、楽しみさかへ給へば、このきよくをそうし給ふもことわりとぞおぼゆる。このとのを平家ことににくみたてまつりける事は、たいたうよりなんじのもんをつくりてくげへたてまつりたりけり。これをよむひとなかりけるに、このとののよまれたりけり。平家の為にあしかりけるゆゑなり。せんどにもんじみつあり。ひとつには「国」のつくり、□。これをば「王なき国」とよまれけり。ふたつには国のつくりの中に「分」といふじをみつかきたり、■。これをば「くにみだれてかまびすし」とよまれたり。みつは
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しんだいのしんのもんじをふたつならべてかきたり、■。これをば「したためにやらむぞ」とよまれたり。のちのたびには「かちゆうかちゆうちゆうちゆう、くうちゆうしちにちいうひ、かいちゆうしちにちいうひ」。このもんをもこのとのみたまひて、くちびるをのべてわらひてみなよまれたりけれども、うけたまはりける人々こまかにおぼえざりけり。「これは平家のあくぎやうのいこくまできこえて、国の主をはづかしめ奉るもんなるべし」とぞ、のちにはひとまうしける。さゑもんのすけなりふさはいづのくにへ流さる。びつちゆうのかみみつのりはもとどりきられにけり。がうのたいふのはんぐわんとほなり、「くわせらるべき四十二人が内にいりたり」とききて、「今はいかにものがるべきにあらず。まことや、るにんさきのうひやうゑのすけよりともこそ、へいぢのらんげきにちちしもつけのかみちゆうせられ、したしきものどもみなみなうしなわれて、ただひとりきりのこされて、いづのくにひるがしまにながされておわすなれ。かの人は末たのもしき人なり。うちたのみてくだりたらば、もしこのなんをのがるる事も
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や」とおもひて、かはらいたのいへをうちいでて、ふし二人いなりやまにこもりたりけるが、「よくよくおもへば、兵衛佐たうじよにある人にてもなし。さればさうなく入道かんだうのわれらをうけとることもありがたし。又あふさか、ふはのせきをこえすぎむ事もをだしかるべしともおぼえず。そのうへ、平家のけにん国々にじゆうまんせり。ろとうにしていふかひなくからめとられて、いきながら恥をさらさむ事も心うかるべし」とおもひかへして、かはらざかのしゆくしよへうちかへりて、いへにひをさして、ほのほの中へはしりいりて、ふしともにやけしにけり。時にとりてはゆゆしかりけることどもなり。このほかの人々もにげまどひ、あわてさわぎあへり。あさましともいふはかりなし。きよきよねん七月、さぬきのほふわうのごついがう、うぢのあくさふぞうくわんのことありしかども、をんりやうもなほしづまり給はぬやらむ、このよの有様、ひとへにてんまのしよぎやうと
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ぞみへし。「およそこれにかぎるまじ。なほにふだうはらすへかね給へり」とて、のこれる人々をぢあひけるほどに、
廿九 そのころさせうべんゆきたかとまうすひとは、かんゐんの右大臣ふゆつぎよりは十二代、こなかやまのちゆうなごんあきときのきやうのちやうなんにておわせしが、にでうのゐんのみよに近くめしつかはれて、べんになりたまひし時も、うせうべんながかたのあつそんをこえて、さにくはへられにけり。五位のじやうしゐし給へりしに、とうようの人をこえなむどして、ゆゆしかりしが、にでうの院におくれ奉りて、時をうしなへりしかば、にんあんぐわんねん四月六日、くわんをとどめられてろうきよしたまひしより、永くせんどをうしなひて、十五年の春秋を送りつつ、夏秋のかういにも
およばず、てうぼのしよくも心にかなわずして、かなしみの涙を流し、春のそのにはすずりをならして、はなをもつてゆきとしようし、秋のまがきにはふでをそめてきくをかりてほしとかうす。
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いがのにふだうじやくねんがりやうぜんにろうきよして、
春きてもとはれざりけりやまざとを花さきなばとなにおもひけむ K065
とえいじて、ながめゐたりしここちして、あかしくらし給ける程に、十六日さよふくるほどに、だいじやうにふだうどのよりとてつかひあり。ゆきたかさわぎ給へり。人々あはつめり。「我もいかなるべきにか。この十四五年のあひだはなにごとにもあひまじはらねば」とはおぼしけれども、「さるにつけても、むほんなむどによりきするよし、人のざんげんやらむ」と、思わぬ事なくおぼしけり。「むかしむらかみのぎよう、たちばなのなほもとが、『こうしんのくわんくわをのぞめば、まなこくもぢにつかれ、はうじんのえいせきにならべば、をもてでいさにたる』とそうしけむは、せめてなほてうていにつかへ奉り、しようじんのおそき事をこそながきしに、これはなほもとがおもひをはなれてさんごのせいざうを送り、今
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入道にうらまれ奉るべしとは思はねども、たうせいのありさまとがなくしてつみをかうぶれば、いかにとあるべき事やらむ」となげきながら、「いそぎ参るべし」とのたまひたりけれども、うし、くるまもなし、しやうぞくもなし。おぼしわづらひて、おととのさきのさゑもんのすけときみつとまうしけるをはしけり、「かかる事こそあれ」と、おほせおくられたりければ、うし、車、ざつしきのしやうぞくなむどいそぎたてまつり給へりければ、にしはつでうへをののくをののくおわしたれば、入道げんざんしたまひてのたまひけるは、「こちゆうなごんどのしたしくおわしましし上、ことにたのみたてまつりて、だいせうじまうしあはせたてまつりさうらひき。そのおんなごりにておわしませば、おろかにおもひたてまつることなし。ごろうきよとしひさしくなりぬる事なげきぞんじさうらへども、法皇のおんぱからひなればちからおよばずさうらひき。今はごしゆつしあるべく候」とのたまひければ、ゆきたかまうされけるは、「この十四五年があひだはまよひ者になりはてさうらひて、しゆつしのほふみぐるしげなる
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者にて、いかにすべしともぞんぜず候へども、このおほせの上はともどもおんぱからひにしたがひたてまつりさうらふべし」とて、てをあはせ、「今のおほせ、ひとへにかすがのだいみやうじんのおんぱからひとあふぎ奉り候」とていでられぬ。おんとものものども、べつじなしとおもひて、いそぎ帰る。弟のさゑもんのすけのもとへ人をつかはして、「べつじなく只今なむかへりて候」とつげられたり。ゆきたか、入道のいひつるやうをかたり給ければ、きたのかたよりはじめて皆なきわらひしてよろこびけり。こうてうに、げんだいふのはんぐわんすゑさだがこはちえふの車に入道のうしかけて、うしわらはしやうぞくあひぐして、ひやつぴきひやくくわんひやくこくをおくられたりける上、「今日べんになしかへし奉べし」と有ければ、よろこびなむどはいふはかりなし。かちゆうのじやうげ、てのまひ、足のおきどころをしらず。「あまりの事にや。夢かや」とぞおもひける。さて十七日、うせうべんちかむねのあつそん、おひこめられしかば、そのところをうせうべんになしかへして、おなじき十八日、ごゐのくらんどになさるるに、
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今年は五十一になり給へば、いまさらにまたわかやぎたまふもあはれなり。
つひにかく花さく秋になりにけりよよにしほれし庭のあさがほ K066
かくてとしつきをふるほどに、このひとのおんこ、とうだいじのちやうくはん、中納言むねゆきのきやうとまうしし人は、こののち四十三年の春秋をへて、じようきうさんねんのちらんのとき、きやうがたたりしあひだ、そのふによつてくわんとうへめしくだされ、するがのくにうきしまがはらにして、だんとうざいくわのよしをききて、りよしゆくのまくらの柱、かくぞかきつけける。
今日すぐるみをうきしまがはらにてぞつひのみちをばききさだめつる K067
昔はなんやうけんのきくすい、かりうをくみてよはひをのべ、今はとうかいだうのきせがは、せいがんにやどりていのちをうしなふ。とかき給へり。つひにせきにしてうしなはれたまひぬ。今のよまでもあはれなる事にはまうしつたへたり。
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卅 はつかのひ、ゐんのごしよしつでうどのにぐんびやううんかの如くしめんにうちかこみたり。にさんまんぎもや有らむとみゆ。こはなにごとぞと、ごしよぢゆうにさうらひあひたる、くぎやう、でんじやうびと、じやうげのほくめんのともがら、つぼねつぼねの女房までも、さこそあさましくおぼしけめ。しんぢゆうただをしはかるべし。「むかしあくうゑもんのかみがさんでうどのをしたりけるやうに、ひをかけて人をみなやきころさむとする」といふ者もありければ、つぼねの女房、うへわらはなむどはをめきさけびて、かちはだしにて、物をだにもうちかづかず、まどひいでてたふれふためきさわぎあへる事、いふはかりなし。「ひごろのよの有様に、けふのぐんびやうのかこみやう、さにこそ」とはおぼしめしけれども、「さすがにたちまちにこれほどの事あるべし」とも、おぼしめしよらざりけるやらむ、法皇もあきれさせたまひたりけるに、さきのうだいしやうむねもりこうまゐられたりければ、「こは何事ぞ。
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いかなるべきにてあるぞ。遠き国、はるかの嶋へはなたむとするか。さほどつみ深かるべしとはおぼえぬ物を。しゆしやうかくておわしませば、よのまつりごとにこうじゆするばかりにてこそあれ。その事さるべからずは、是よりのちにはてんがの事にいろはでこそあらめ。なんぢさてあれば、おもひはなたじとたのみてあるに、いかにかく心うきめをばみするぞ」とおほせられければ、うだいしやうまうされけるは、「さしものおんことはいかでか候べき。よをしづめさうらわむ程、しばらくとばどのへ渡しまひらすべき由を、入道まうしさうらひつる」とまうせば、「ともかくも」とおほせられければ、おんくるまさしよす。だいしやうやがておんくるまよせにさうらふ。さゑもんのすけとまうしし女房、出家ののちにはあまぜとめされしあまにようばう一人ぞ、おんくるまのしりに参りける。おんもののぐにはおんきやうばこばかりぞ御車にはいれられける。法皇は、「さてはむねもりもまひれかし」とおぼしめしたるおんけしきの、あらはにみへさせ
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たまひければ、「こころぐるしきおんともしてみおきまひらせばや」とは思われけれども、入道のけしきにおそれて参られず。それにつけても法皇は、「兄のだいふには事のほかにおとりたる者かな」とぞおぼしめされける。「ことわりなり。まろはひととせかかるめをみるべかりしを、こだいふがいのちにかへていひとどめたりしによりてこそ、今まではあんをんなりつれ。だいふうせぬる上はいさむる人もなしとて、そのところをえて、はばかるところもなくかやうにするにこそ。ゆくすゑこそさらにたのもしからね」とぞおぼしめしける。くぎやう、てんじやうびとの一人もぐぶするもなし。ほくめんのげらふ二三人とおんりきしやこんぎやうほふしばかりぞ、「君はいづくへわたらせたまふやらむ」とおもひける心うさに、おんくるまのしりに、げらふなれば、かいまぎれてぞまひりける。そのほかの人々は、しつでうどのより皆ちりぢりにうせにけり。御車のぜんごさうには
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三万よきのぐんびやううちかこんで、七条を西へしゆしやくをくだりに渡らせ給へば、きやうぢゆうのきせんじやうげ、しづのをしづのめにいたるまでも、「院の流されさせたまふ」とののしりてみ奉り、たけきもののふも涙を流さぬはなかりけり。とばのきたどのへいらせたまひにければ、ひぜんのかみやすつなと申ける平家のさぶらひ、守護し奉る。法皇のおんすまひ、只おしはかりまひらすべし。さるべき人一人も候はず。あまぜばかりぞ、ゆるされてまひりける。只夢のおんここちして、ちやうじつのおんぎやうぼふ、まいにちのおんつとめ、御心ならずたいてんす。ぐごまひらせたりけれども、御覧じもいれず。さきだつものはただ御涙ばかりなり。もんのないげにはぶしじゆうまんせり。国々よりかりあつめられたるえびすなれば、みなれたる者もなし。つべたましげなるかほけしき、うとましげなるまなこやう、おそろしともおろかなり。だいぜんの
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だいぶなりただがしそく、十六歳にてさひやうゑのじようと申けるが、いかにしてまぎれまゐりたりけるやらむ、さうらひけるをめして、「こよひ、まろはいちぢやううしなわれぬるとおぼゆるなり。いかがせむずる。おゆをめさばやとおぼしめすは、いかに。かなはじや」とおほせありければ、けさよりきもたましひもみにしたがはず、をむばくばかりにて有けるに、このおほせをうけたまはれば、いとどきえいるやうにおぼへて、物もおぼへず、悲しかりけれども、かりぎぬにたまだすきあげて、水をくみいれて、こしばがきをこぼち、おほゆかのつかはしらをわりなむどして、とかくしておゆしいだしたりければ、おんぎやうずいまひりて、なくなくおんおこなひぞ有ける。最後のおんつとめとおぼしめされけるこそかなしけれ。されどもべつじなく夜はあけにけり。さんぬるなぬかのだいぢしんは、かかるあさましき事のあるべかりけるぜんべうなり。「じふろくらくしやの底までもこたへて、けんらう
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ぢじんもきやうどうしたまひける」とぞおぼへし。おんやうのかみやすちかのあつそんはせまゐりて、なくなくそうもんしけるもことわりなりけり。かのやすちかのあつそんは、せいめいごだいのあとをうけて、てんもんのえんげんをきはむ。じやうだいにもなく、たうせいにもならぶ者なし。すいでうたなごころをさすが如し。いちじもたがわず。「さすのみこ」とぞ人申ける。いかづちおちかかりたりけれども、らいくわの為にかりぎぬのそでばかりはやけき、みはすこしもつつがなかりけり。
卅一 廿一日、じやうけんほふいんは、このたびはおんつかひのぎにてはなくて、わたくしにおもひきりたるけしきにて、だいじやうにふだうのもとへゆきむかひて申けるは、「ほふわうとばどのに渡らせたまふが、ひとひとりもつきまひらせぬよしうけたまはりさうらふが、こころぐるしくおぼえさうらふ。しかるべくはおんゆるされをかうぶらむ」と、なくなくまうされければ、ほふいんうるはしき人の事あやまつまじきにてありければ、ゆるされてけり。てをあはせよろこびて、いそぎとばどのへまゐられたりければ、おんきやううち
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たつとくあそばして、ごぜんに人一人もさうらはざりけり。じやうけんほふいんまゐられたりけるをごらんじて、うれしげにおぼしめしてあれば、「いかに」とおほせありもはてず、おんきやうに御涙のはらはらとおちかかりけるをみまひらせて、ほふいんもあまりにかなしくおぼえければ、「いかに」ともえ申さで、ごぜんにうつぶして、声もをしまずなきたまへり。あまぜもおもひいりてふししづみたりけるが、法印の参られたりけるをみてをきあがりつつ、「きのふのあさ、七条殿にてぐごまひりたりしほかは、よべもけさも、おゆをだにも御覧じいれず。長きよすがらぎよしんもならず。おんなげきのみくるしげにわたらせおわしませば、ながらへさせ給わむ事もいかがとおぼゆる心うさよ」とて、さめざめとなきたまひければ、「いかにぐごはまひらぬにか。このことさらになげきとおぼしめすべからず。平家よをわがままにして、既に
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にじふよねんになりぬ。なにごともかぎりある事なれば、えいえうきはまつて、しゆくうんつきなむとする上、てんまかのみにいれかはりてかやうにあくぎやうをくたはつといへども、きみあやまらせたまふことひとつなし。かくて渡らせたまふとも、てんせうだいじん、しやうはちまんぐう、君のとりわけてたのみまひらせ給ふひよしさんわうしちしや、いちじようしゆごのおんちかひたがふことなくして、かのほつけはちぢくにたちかけりてこそ、まもりまひらせおわしましさうらふらめ。しんかにんみんの為には、ますますじんをおこなひ、めぐみをほどこし、せいむにおんわたくしなからじとおぼしめさば、てんがは君のみよになりかへり、あくとは水のあわときえうせむ事ただいまなり」とまうされて、ぐごすすめまひらせらる。おんゆづけすこしまひりたりければ、あまぜもすこしちからつきて、君もいささかなぐさむ御心をはしましけり。このさゑもんのすけとまうすにようばうは、わかくより法皇のおぼぎ、たいけんもんゐんにさうらわれけ
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るが、しないみじき人にてはなかりけれども、心さかざかしうして、いつしやうふぼんの女房にておわしければ、きよき者なりとて、法皇のごえうちのおんときより、近くめしつかわせたまひけり。しんかも君のおんけしきによつて、「あまごぜん」とかしづきよばれけるを、法皇のうやまうじをりやくして、おんかたことに、「あまぜ」とおほせの有けるとかや。かかりければ、とばどのへも只一人つきまひらせられたりけり。しゆしやう高倉院は、しんかの多くほろびうせ、くわんばくどのの事にあわせたまひたるをだにも、なのめならずなげきおぼしめしけるに、まして「法皇のかやうにをしこめられさせおわします」ときこしめされしかば、何事もおぼしめしいらぬさまなり。ひをへつつおぼしめししづみて、ぐごもはかばかしくまひらず、ぎよしんもうちとけてならず。つねはおんここちなやましとて、よるのおとどにいらせおはしませば、きさいのみやをはじめたてまつり、
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ちかくさうらふにようばうたちも、「いかなるべき御事やらむ」と、こころぐるしくぞおもひ奉りける。だいりには、法皇のとばどのにをしこめられさせたまひしひより、ごじんじにて、まいやにせいりやうでんのいしばひのだんにてだいじんぐうをはいしまひらせ給けり。この御事をいのりまうさせおわしましけるにこそ、おなじおやこのおんあひだと申ながら、おんこころざしの深かりけるこそ、あはれにやむごとなけれ。「はくかうのうちにはかうかうをもつてさきとす。めいわうはかうをもつててんがををさむ」といへり。されば、「たうげうはおいおとろへたる母をそんす。ぐしゆんはぐせいなる父をうやまふ」といへり。かんのかうそていゐにつきたまひてのち、ちちたいこうををしえたまひしかば、「てんにふたつの日なし。ちにふたつのあるじなし」とて、いよいよおそれたまひしに、だいじやうてんわうの位をさづけたまひき。これみなかんかのめいわうのおこなひたまふことなり。かのけんわうせいしゆのせんぎをおわせおわしましけむてんしのおんまつりごとこそめでたけれ。にでうのゐんも
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けんわうにてわたらせたまひけるが、おんくらゐにつかせたまひてのちは、「てんしにふぼなし」と常にはおほせられて、法皇のおほせをももちゐまひらせたまはざりしかば、ほいなき事におぼしめしたりしゆゑにや、よをもしろしめす事も程なかりき。さればけいていの君にてもわたらせ給はず。まさしくおんゆづりをうけさせおわしましたりけるみこのろくでうのゐんも、ございゐわづかに三年、五歳にて御位しりぞかせたまひて、だいじやうてんわうのそんがうありしかども、いまだごげんぶくもなくて、おんとし十三才にて、あんげん三年七月廿七日にうせさせたまひにき。ただことならざりしおんことなり。
卅二 だいりよりとばどのへしのびてごしよあり。「よもしづかならず、君もさやうに渡らせ給はむには、かくてくもゐにあとをとどめてもなにかはすべき、かのくわんぺいの昔のあとをたづね、くわさんの古きよしみをたづねて、位をさりいへをいでて、さんりんるらうの
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ぎやうじやともなりさうらはばや」と申させおわしましたつければ、おんぺんじには、「わがみには君のさて渡らせたまふをこそ、たのみにては候へ。さやうにおぼしめしたちなむのち、何のたのみか候べき。ともかくもこのみのなりはてむやうを御覧じはてむとこそ、おぼしめされさうらはめ。ゆめゆめあるべからざるおんことなり。いたくしんきんをなやまし給わむ事、かへりてこころぐるしかるべし。さなおぼしめされさうらひそ」なむど、こまごまなぐさめ申させおわしましければ、しゆしやうごほうしよをりようがんにあてて、御涙にむせびたまふぞかなしき。ゐんうちさへかやうにおんものおもひにむすぼほれさせおわしますぞあさましき。ぢやうぐわんせいえうにいはく、「きみは船なり、しんはみづ。なみををさむれば、船よくうかぶ。みづなみをたたゆれば、船又くつがへさる」といへり。「しんよく君をたもつ。しん又君をくつがへす」。ほうげんへいぢりやうどのかつせんには、にふだうしやうこく君をたもちたてまつるといへども、あんげんぢしようの今は、又君をくつがへし
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たてまつらる。そのことほんもんにさうおうせり。
卅三 十六日、めいうんだいそうじやう、てんだいざすにげんぶし給ふ。しちのみやごじたいありけるによつてなり。入道はかやうにしちらして、「ちゆうぐうだいりにわたらせ給ふ、くわんばくどのわがむこなり。かたがたこころやすかるべし」とやおぼされけむ、「てんがのおんまつりごと、ひとすぢにだいりのおんぱからひたるべし」とまうしすてて、ふくはらへ帰りくだられにけり。むねもりこうさんだいして、このよしをそうもんせられけれども、しゆしやうは、「院のゆづりたまひたるよならばこそ世のまつりごと[セイ]をもしるべき。ただとくしつぺいにまうしあはせて、宗盛はからふべし」とおほせくだされ
て、あへてきこしめしいれられず。あけてもくれても法皇の御事をのみこころぐるしく、いたはしき御事におぼしめされける。
卅四 とばどのにはつきひのかさなるにつけてもおんなげきはをこたらず。法皇は
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せいなんのりきゆうにとぢられて、冬もなかばすぎぬれば、やさんのあらしのこゑいとどはげしく、かんていのつきのかげことにさびしきおんすまひなり。庭には雪ふりつもれども、あとふみつくる人もなし。いけには氷のみとぢかさねて、むれゐる鳥だにもまれなりけり。おほでらのかねの声、ゐあいじのききをおどろかし、しさんの雪の色、かうろほうののぞみをもよほす。しづが下すうぶねのかがりびは御目の前をすぎ、りよかくのゆきかよふくつばみの音、おんみみにこたへてねぶりをさまし奉る。あかつきの水をきしる車の音、はるかにもんぜんによこだはり、夜のしもにさむけききぬたのおと、かすかに枕にかよひけり。ちまたをすぎゆくしよにんのいそがはしげなる事、うきよを渡る有様、おもひやられてあはれなり。「きゆうもんをばんいのよるひるけいゑいをつとむるも、さきのよにいかなるちぎりにていまえんをむすぶらむ」とおぼしめしつづくるもかたじけなし。およそにふれ
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事にしたがひて、おんこころをうごかし、御涙をもよほさずといふ事なし。さるままにはをりをりのごいうらん、ところどころのごさんけい、おんがのぎしきのめでたく、いまやうあはせのきようありしことども、おぼしめしいでられて、くわいきうの御心おさへがたし。かくてことしもくれにけり。
平家物語第二本
(花押)
延慶本平家物語 ひらがな(一部漢字)版 4の1
平家物語 四(第二中)
P1647
一 法皇とばどのにてつきひをおくりましますこと
二 とうぐうおんゆづりをうけおはします事
三 きやうぢゆうにせんぷうふくこと
四 しんゐんいつくしまへおんまゐりあるべきこと
五 入道いつくしまをあがめたてまつるゆらいのこと
六 しんゐんいつくしまへごさんけいのこと
七 しんていごそくゐのこと
八 よりまさにふだうのみやにむほんをまうしすすむることつけたりりやうじのこと
九 とばどのにいたちはしりまはること
十 平家のつかひみやのごしよにおしよすること
十一 たかくらのみや都をおちましますこと
十二 たかくらのみやみゐでらにいらせたまふこと
十三 げんざんゐにふだう三井寺へまゐることつけたりきほふのこと
十四 三井寺よりさんもんなんとへてふじやうをおくること
十五 三井寺よりろくはらへよせむとする事
十六 だいじやうにふだうさんもんをかたらふことつけたりらくしよのこと
十七 みやせみをれをみろくにまゐらせたまふこと
十八 みやなんとへおちたまふこと付うぢにてかつせんのこと
十九 げんざんゐにふだうじがいのこと
廿 さだたふがうたよみし事
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廿一 みやちゆうせられたまふこと
廿二 なんとのだいしゆせつしやうどののおんつかひおひかへすこと
廿三 だいしやうのしそくさんゐにじよする事
廿四 たかくらのみやのおんこたちのこと
廿五 さきのちゆうしよわうのこと付げんしんの事
廿六 ごさんでうのゐんのみやのこと
廿七 法皇のみこのこと
廿八 よりまさぬへいる事付さんゐにじよせし事
廿九 げんざんゐ入道むほんのゆらいのこと
卅 みやこうつりのこと
卅一 さねさだのきやうまつよひのこじじゆうにあふこと
卅二 入道とうれんをふちしたまふこと
卅三 入道にかうべどもげんじてみゆる事
卅四 がらいのきやうのさぶらひゆめみる事
卅五 うひやうゑのすけむほんをおこす事
卅六 えんたんのほろびし事
卅七 大政入道ゐんのごしよにまゐりたまふこと
卅八 ひやうゑのすけいづのやまにこもる事
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平家物語第二中
一 ぢしようしねんしやうぐわつにもなりぬ。とばどのにはぐわんざんのあひだ、としさりとしきたれども、しやうこくもゆるさず、ほふわうもおそれさせましましければ、こととひまゐる人もなし。とぢこめられさせたまひたるぞかなしき。とうぢゆうなごんしげのりのきやう、さきやうのだいぶながのり、兄弟二人ぞゆるされて、さんぜられける。ふるく物などおほせあはせられし、おほみやのたいしやうこく、さんでうのないだいじん、あぜちのだいなごん、なかやまのちゆうなごんなどまうしし人々もうせられにき。ふるき人とては、さいしやうなりより、みんぶきやうちかのり、さだいべんのさいしやうとしつねばかりこそおはせしかども、「このよのなかのなりゆくありさまをみるに、とてもかうてもありなむ。てうていにつかへて
P1650
みをたすけ、さんこうきうけいにのぼりてもなにかはせむ」とて、たまたまよあうをまぬかれたまひし人々も、たちまちにいへをいで、よをのがれて、あるいはかうやのくもにまじはり、おほはらのべつしよにきよをしめ、あるいはだいごのかすみにかくれ、にんわじのかんきよにとぢこもりて、いつかうごしやうぼだいのいとなみよりほかはふたごころなく、おこなひすましてぞおはしける。昔しやうざんのしかう、ちくりんのしちけん、これあにはくらんせいてつにして、よをのがれたるにあらずや。中にもしげよりのきやう、このことどもをききつたへては、「あはれ、心とうもよをのがれにけるものかな。かくてきくもおなじことなれども、よにたちまじはりてまのあたりみきかましかば、いかばかりかこころうからまし。ほうげんへいぢのらんをこそあさましとおもひしに、よの末になれば、ますますにのみなりゆくめり。こののちまた
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いかばかりの事かあらんずらん。雲をわけつちをほりても、いりぬべくこそおぼゆれ」とぞのたまひける。よのすゑなれども、ゆゆしかりし人々也。廿八日に、とうぐうのおんはかまぎ、おんまなきこしめすべしなど、花やかなることども、せけんにはののしりけれども、法皇はおんみみのよそにきこしめすぞあはれなる。二 二月十九日にとうぐうおんゆづりをうけさせ給ふ。今年わづかに三歳にぞならせ給ふ。いつしかと人思へり。せんていもことなるおんつつがもをはしまさぬに、をしおろし奉らる。是は大政入道ばんじ思ふさまなるがいたすところなり。らうしきやうにいはく、「へうふうあしたをおへず。しゆうはひをおへず」といへり。へうふうとはときかぜなり。しゆうとは〔あらしの〕あめ也。いふこころは
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「とくするものはちやうずる事あたはず。にはかにするものはひさしきことあたはず」といへり。「このきみとく位につかせたまひて、とく位をやしりぞかせ給はむずらむ」と、人ささやきあへり。そくゐげんぶくのこと、わがてうに二歳三歳のれいなし。よつてがうちゆうなごんにかんかのれいをとはる。中納言せうそくをもつてまうさる。そのじやうにいはく、
「ちよさいになつてもつてまつりごとをきく、しうのせいわうこれなり。たいこういだいてもつててうにのぞむ、しんのぼくていこれなり。せいわう三才にしてくらゐにつき、ぼくてい二才にしてくらゐにつくなり」とうんうん。ここにとしのりかんもんをもつてまうさく、「( )とばのゐんのいはく、せいわうさんさいにしてそくゐげんぶくのよし、がうちゆうなごんまうすでう、きはめたるひがことなり。いつさいしよけんなし。十二
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歳にしてげんぶくなり」とうんうん。やまとのしんじともなり、ないないこのことをききてまうしけるは、「としのり、いつさいさることなしとまうしきるでう、たつときばんくわんのとしよ、しかしながらみつくしてけりとかくごせらる。ただしがうちゆうなごんのまうさるること、やうこそ有らめとさしおくべきか」とうんうん。じやうしひろくといふふみは、がうちゆうなごんのいつぽんのしよなり。よけにこれなし。くだんのしよにせいわう三才にしてそくゐのよし、これあり。としのり、しらざるなりとまうさるる、もつともしかるべし。しきに、「成王をさなくしてきやうほうのなか」とうんうん。これらをみてまうさるるか。成王は三才にして即位、ぼくていは二才にしてそくゐげんぶくなり。ちよさいはしうこうたん也。あるひとだいじやうにふだうのこじうと、へいだいなごんときただのきやうのもとへ
P1654
ゆきむかひて、「京都にこざかしきじんどものあつまりてないないまうしさうらふなるは、『このきみのおんくらゐあまりにはやし。いかがわたらせ給はむずらむ』と、そしりさたつかまつりさうらふなるは」と申ければ、ときただのきやうふくりふしてまうされけるは、「なにしかは、この御位をいつしかなりと、人おもふべき。ひそかにせんぎをうかがひはるかにばうれいをたづぬるに、いこくにはしうのせいわう三才、しんのぼくてい二才、おのおのきやうほうの中につつまれて、いくわんをただしくせざりしかども、あるいはせつしやうおひて位につき、あるいはぼこういだきててうにのぞむといへり。なかんづく、ごかんのかうやうくわうていはうまれてひやくよにちののちにせんそありき。わがてうにはまたこんゑのゐん三才、ろくでうのゐん二才、皆てんしの
P1655
位をつぎ、ばんじようの君とあふがれ給ふ。、せんじようわかんかくのごとし。ひともつてあながちにかたぶけまうすべきやうやはある」とて、へいだいなごんおほきにしかられければ、そのときのいうしよくの人々は、「あなおそろし。ものいはじ。さればそれはよきれいにやはある」とぞ、つぶやきあはれける。とうぐうおんゆづりをうけさせたまひにければ、ぐわいそぶぐわいそぼとて、にふだうふさいともにさんごうになずらふるせんじをかうぶりて、ねんくわんねんしやくをたまはりて、じやうにちの者をめしつかはれければ、ゑかきはなつけたるさぶらひしゆつにふして、ひとへにゐんぐうのごとくにぞ有ける。しゆつけにふだうののちも、えいえうはつきせざりけりとみえたり。出家の人のじゆんさんごうのせんじをかうぶる事は、ほごゐんのおほにふだうどのの
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ごれいなり。「それもいちのひとのごれいなずらへがたくや」とぞ人申ける。かやうに花やかにめでたき事は有けれども、よのなかはをだしからず。三 廿九日さるのこくばかりに、京にせんぷうおほきにふきて、いちでうおほみやよりはじめて東へ十二町、とみのこうぢよりはじめて南へろくちやう、なかのみかどより東へいつちやう、きやうごくをくだりに十二町、四条を西へ八丁、にしのとうゐんわたりにてとどまりぬ。そのあひだにでんしやの門々、ざふにんの家々、ついがき、つつゐをふきたをしふきちらすありさま、このはのごとし。馬、人、牛、車などをふきあげて、おちつくところにてしぬる者多し。「昔も今もためしなき程のもつけ」とぞ人々申あひける。
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四 三月十七日、しんゐん、あきのいちのみや、いつくしまのやしろへごかうなるべきにてありけるが、とうだいじ、こうぶくじ、さんもん、みゐのだいしゆ、京へうちいるべきよしきこえて、きやうぢゆうさわぎければ、ごかうにはかにおぼしめしとどまらせたまひにけり。「ていわうくらゐをさらせをはしましてのち、しよしやのごかうはじめには、はちまん、かも、かすが、ひらのなどへごかうありてこそ、いづれのやしろへも御幸あれ。いかにして西のはてのしまぐににわたらせたまふやしろへ御幸なるやらむ」と、人あやしみ申ければ、またひとまうしけるは、「しらかはのゐんは位をさらせたまひてのち、まづくまのへごかうありき。法皇はひよしへ参らせ給。せんれいかくのごとし。既にしりぬ、えいりよにありといふことを。そのうへご
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しんぢゆうに深きごぐわんあり。又むさうのつげもあり」なむどぞおほせありける。このいつくしまのやしろをばにふだうしやうこくしきりにあがめ奉られけり。かのやしろにないしとてありけるぶぢよまでも、もてなしあいせられけり。五 入道ことにいつくしまをあがめたまひけるゆらいは、とばのゐんのぎよう、あきのかみたりし時、「かのくにをもつてかうやのだいたふをざうしんすべし」と、院よりおほせくだされたりければ、わたなべたうにゑんどうろくよりかたといひけるさぶらひにおほせて、ろくかねんにことをはりてくやうをとげをはんぬ。そのとき、かうべには雪ににたるしらがをいただき、ひたひにはしかいの波をたたみ、まゆにははちじのしもを
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たれ、腰にはあづさの弓をはりて、はとづゑにすがれる、はちじふいうよのらうそうあり。へいざゑもんのじよういへさだをよびいだしてのたまひけるは、「やや、さゑもんどの。ごへんのしゆうのあきのかみどのは、あはれゆゆしきひとかな。このそうげんざんに入ぬ給へ」とのたまひければ、いへさだ、あきのかみにこのよしまうす。きよもり、ただひとにあらずとや思はれけむ、むしろたたみをしかせ、しやうぞくただしくして、いであひてげんざんしたまふ。このらうそうのたまひけるは、「やや、あきのかみどの、このやまのだいたふざうしんの事こそ、かぎりなくうれしけれ。みたまふがごとく、日本ひろしといへども、みつしゆうをひかへてちやうじつのつとめおこたらぬ事は、このやまにすぐるところなきぞ。ただしまたやうのあらんずるは
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いかに。ゑちぜんのくにけひのやしろはこんがうかいのかみなり。ほくろくだうはちくしやうこくにして、あらちのなかやまがちくしやうだうのくちにてあるぞ。さればけひだいぼさつ、これをあはれみたまひて、つるがのつにあとをたれて、『わくわうどうぢんのちからをそへ、われにちぐうせむ者をみちびけ』といふぐわんをたててをはします。そのぐわんすでにじやうじゆして、けひのやしろはさかりにおはします。ごへんのこくむのところ、あきのくにいつくしまのだいみやうじんはたいざうかいのかみなり。さればけひ、いつくしまのやしろはりやうがいの神にておはします。いつくしまのやしろ、既にはゑしをはんぬ。ごへん、にんをまうしのべてざうしんし給へ。ざうしんしつる者ならば、官位、一門のはんじやう、肩をならぶる人あるまじきぞ」とのたまへば、清盛、
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「かしこまりて」とおんぺんじ申す。らうそうおほきによろこびて、ころもの袖を顔におしあてて、かんるいをながしてたちたまひぬ。あきのかみ、ただひとにいまさずとみたてまつりて、いへさだをまねきよせて、「この老僧のいりたまはむ所、みおきたてまつりて帰れ。そうにはみえたてまつるべからず」とのたまひければ、いへさだ老僧のおんうしろにつきて、かくれかくれゆくほどに、さんぢやうばかりゆきてのち、老僧たちかへりてのたまひけるは、「ややへいざゑもんどの、なかくれそ。我はわどののみおくりたまふをばしりたるぞ。近くよれ。いふべき事あり」と宣へば、平左衛門ちからおよばずして、参てかしこまりてさうらふところに、老僧のたまひけるは、「ごへんのしゆうのあきどのは、哀れ、いみじきひとかな。いつくしまのやしろざうしんしつる者ならば、
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位、一門のはんじやう、肩をならぶる人あるまじ。そもいちごぞよ」とて、かきけつやうにうせたまひぬ。家貞このよしをあきのかみに申せば、清盛、「さてはいちごごさむなれ。子孫あひつぐまじかむなるこそ心うけれ。たうざんにてごしやうぼだいのいのりの為、ぜんごんをしゆせばや」とて、やがてさいまんだら、とうまんだらとて、ふたつのまんだらをかきたてまつる。とうまんだらをば、法皇のめしつかはせたまひけるじやうめう、是をかきたてまつる。さいまんだらをば清盛じひつにかきたてまつるとて、はちえふのくそんをば、わがなづきのちをいだしてかきたてまつり、まんだらだうをつくりてをさめまゐらせけり。そののち京へ帰りのぼりて、だいしの老僧にげんじておほせらるるむね、つぶさにそうもんしければ、「いつくしまのやしろ
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ざうしんすべし」とて、にんをのべられて、ちやうにんのこくむとして、やしろをざうしんし給。三ケ年のうちにひやくにじつけんのくわいらう、ならびにせうじんせうじんのとりゐとりゐをたてならべ、ごせんぐう有けるに、だいみやうじん、ないしにうつりてごたくせん有けるは、「なんぢしれりやいなや、ひととせかうやのこうぼふをもつてつげしめき。わがやしろはゑするあひだ、ざうしんすべきよし、おほせふくめき。かひがひしくざうしんしたる事、かへすがへすしんべうなり。このよろこびにゆふさりつるぎをあたへむずるぞ。てうのおんまもりとなるものは、せつとといふつるぎをたまはる。わがあたへたらむ剣をもつならば、わうのおんまもりとして、つかさくらゐ、一門のはんじやう、肩をならぶる人あるまじ。そもいちごぞよ」とて、ごんげん、あがらせたまひにけり。清盛は
P1664
「只おほかたのものつきのことばぞ」と思て、あながちにしんをいたさざりけるに、そのよのやはんばかりに、「いつくしまのだいみやうじんより、しろかねのひるまきしたるこなぎなたをたまはりて、枕にたつる」と夢にみて、うちおどろき、枕をさぐりたまへば、うつつにしろかねのひるまきしたるこなぎなた、枕のかべに有けり。さてこそあきのかみ、大明神のげんべんのあらたなる事をおほせて、しんをとりたまひうやまひたてまつることをこたらず。しそくきやうだいにいたるまで、大臣、だいしやうにあがり、てうおんにあきみち給へり。かかりければ、うへにはごどうしんのよしにて、したには「みやうじんのおんぱからひにて、入道むほんの心もやはらぎやする」とおぼしめして、ごきせいの為に、はちまん、かもよりも先に、いつくしまへ
P1665
まゐらせたまふともいへり。是は法皇のいつとなくうちこめら
れてわたらせたまふおんことを、なげきおぼしめしけるあまりにや。さるほどに山門、南都のだいしゆもしづまりにければ、いつくしまごかうとげさせおはしますべしときこえけり。
六 十八日、かねておぼしめしまうくる事なれども、ひごろはおんことばにもいださせ給はざりけるが、にはかにおぼしめしいづるやうにて、そのよひになりて、さきのうだいしやうをめして、「あすびんぎにてもあれば、とばどのへまゐらばやとおぼしめすはいかに。しやうこくにはしらせずしてはあしかりなむや」とおほせもあへず、おんなみだのうかびければ、だいしやうもあはれにおもひたてまつりて、「なにかはくるしくさうらふべき」
P1666
とまうされければ、よによろこばしげにおぼしめして、「さらばとばどのへそのけしきまうせ」とおほせありければ、だいしやういそぎまうされたり。法皇なのめならずよろこびおぼしめして、「あまりにおもひつる事なれば、夢にみるやらむ」とまでおぼしめされけるぞかなしき。十九日、だいじやうにふだうのにしはつでうのしゆくしよより、いまだよぶかくいでさせ給ひ、やよひのとをかあまりの事なれば、かすみにくもるありあけの月の光もおぼろに、くもぢをさしてきがんのとほざかりゆく声々も、をりからこ