平曲譜本 芸大本 巻一
P001
評釈 平家物語
梅沢和軒 校
巻一
(* 『祇園精舎(ぎをんしやうじや)』は、別冊 小秘事を参照願います。)
○ 一 でんじやうのやみうち
しかるを、ただもりいまだびぜんのかみたりしとき、とばのゐんのごぐわん、とくちやうじゆゐんをざうしんして、三十
三げんのみだうをたて、一千一たいのおんほとけをすゑたてまつらる、くやうはてんしようぐわんねん三ぐわつ十三にちなり。
けんじやうにはけつこくをたまふべきよし、あふせくだされける。をりふし、たじまのくにのあきたりけるをぞ
くだされける。じやうくわうなほぎよかんのあまりに、うちのしようでんを[の]ゆるさる。ただもり三十六にてはじめてしようでん
す。くものうへびとこれをそねみいきどほり、おなじきとしの十一ぐわつ二十三にち、ごせつととよのあかりのせちゑのよ、ただもり
をやみうちにせんとぞぎせられける。ただもりこのよしをつたへきいて、われいうひつのみにあらず、ぶ
ゆうのいへにうまれて、いまふりよのはぢにあはんこと、いへのためみのため、こころうかるべし。せんず〔る〕
ところ、みをまつたうして、きみにつかへたてまつれといふほんもんありとて、かねてよういをいたす。さんだいの
P002
はじめより、おほきなるさやまきをよういし、そくたいのしたにしどけなげにさし、ひのほのくらきかたにむか
つて、やはらこのかたなをぬきいだいて、びんにひきあてられたりけるが、よそよりはこほりなん
どのやうにぞみえたりける。しよにんめをすましけり。またただもりのらうどうもと[もど]は、いちもんたりし
もくのすけ[けす]たひらのさだみつがまご、しんの三らうたいふいへふさがこに、さひやうゑのじよういへさだといふものあり。うすあを
のかりぎぬのしたに、もえぎおどしのはらまきをき、つかぶくろつけたるたちわきばさんで、でんじやうのこにはに
かしこまつてぞさふらふひける。くわんじゆいげあやしみをなして、うつぼはしらよりうちすずのつなのへんに、ほういの
もののさふらふはなにものぞ、らうぜきなり、とうとうまかりいでよと、六ゐをもつていはせられたりけれ
ば、いへさだかしこまつてまをしけるはさうでんのしゆのびぜんのかうのとのの、こんややみうちにせられたまふべき
よしうけたま〔は〕つて、そのならんやうをみんとてかくてさふらふなり、えこそいづまじとて、また
かしこまつてぞさふらひける。これらをよしなしとやおもはれけん。そのよのやみうちなかりけり。
ただもりまたごぜんのめしにまはれけるに、ひとびとひやうしをそろへていせへじはすがめなりとぞはやされ
ける。かけまくもかたじけなく、このひとびとは、かしはばらのてんわうのおんすゑとはまをしながら、なかごろはみやこのすまゐ
もうとうとしく、ぢげにのみふるまひなつて、いせのくににぢうこくふかかりしかば、そのくにのうつは
ものにことよせていせへいじとぞはやされける。そのうへただもりのめのすがまれたりけるゆゑに
こそ、かやうにははやされけるなれ。ただもりなにとすべきやうもなくして、ぎよいうもいまだをは
03
らざるさきに、ごぜんをまかりいでらるるとて、ししんでんのごごにして、ひとびとのみられける
ところにて、とのもづかさをめしてよこたへさされたりけるこしのかたなをばあづけおきてぞいでられける。
いへさだまちうけたてまつて、さていかがさふらひけるやらんととひたてまつればかうともいはまほしうは
おもはれけれども、いひつるほどならば、やがてでんじやうまでもきりのぼらんずるものの、つらたましひ
にてあるあひだ、べつのことなしとぞこたへられける。ごせつとにはしろうすやう、こうせんじのかみ、まきあげのふで
ともへかいたるふでのぢくなんどいふ、かやうにさまざまおもしろきことをのみこそうたひまはるるに、なか
ごろ、ださいのごんのそつすゑなかのきやうといふひとありけり。あまりにいろのくろかりければ、ときのひとこくそつと
ぞ、まをしける。このひといまだくらんどのとうたりしとき、ごぜんのめしにまはれけるに、ひとびとひやうしをかへ
て、あなくろぐろくろきとうかな、いかなるひとのうるし[うろし]ぬりけんとぞはやされける。またくわざんの
ゐんのまへのだいじやうだいじんただまさこういまだ十さいなりしとき、ちちちうなごんただむねのきやうにおくれたまひて、みなしごにて
おはしけるを、こなかのみかどのとうのちうなごんかせいのきやう、そのときはいまだはりまのかみにておはしける
がむこにとつて、はなやかにもてなされしかば、これもごせつとには、はりまよねはとくさか、むく
のはか、ひとのきらをみがくは、とぞはやされける。じやうこには、かやうのことどもおほかりし
かども、こといでこず、まつだいいかがあらんずらん、おぼつかなしとぞ、ひとびとまをしあはれ
ける。あんのごとくごせつとはてにしかば、ゐんちうのくぎやう、でんじやうびと、一どうにうつたへまをされけるは、
04
それゆうけんをたいしてくえんにれつし、へいぢやうをたまはつてきうちうにしゆつにふするは、みなこれきやくしきのれいをまもる
りんめいよしあるせんきなり。しかるをただもりのあそん、あるひはねんらいのらうじうとかうしてほういのつはものをでんじやう
のこにはにめしおき、あるひはこしにかたなをよこへさいて、せちゑのざにつらなる、りやうでうきたい、いまだきか
ざるらうぜきなり。ことすでにちようでふせり、ざいくわもつとものがれがたし。はやくでんじやうのみふだをけづつ
てけつくわん、ちやうにんおこなはるべきかと、しよきやういちどうにうつたへまをされたりければ、じやうくわうおほいにおどろかせ
たまひて、ただもりをごぜんへめしておんたづねあり。ちんじまをされけるは、まづ、らうじうこにはにしこうのよ
し、まつたくかくごつかまつらず。ただしきんじつひとびとあひたくまるるむね、しさいあるかのあひだ、ねんらいのかじん、こと
をつたへきくかによつて、そのはぢをたすけんがために、ただもりにはしらさずして、ひそかにさんこうのでう
ちからおよばざるしだいなり。もしとがあるべくば、かのみをめしまゐらせんずべきか。つぎにかたなのことは
とのもづかさにあづけおきさふらふ[*この一字不要]ひをはんぬ。めしいだいて、かなたのじつぷによつて、とがのさうあるべきかと
まをす。じやうくわうこのぎもつともしかるべしとていそぎかれのかたなをめしいだいてえいらんあるに。うへはさやまきのくろ
うぬつたりけるが、なかはきがたなにぎんぱくをぞおいたりける。だうざのちじよくをのがれんがために、
かたなをたいするよしあらはすといへども、ごじつのそしようをぞんじて、きがたなをたいしける、よういのほどこ
そしんめうなれ。きうぜんにたづさはらんずるもののはかりごとには、もつともかうこそあらま〔ほ〕しけれ。かねてはまた
らうじうこにはにしこうのよし、かつうはぶしのらうどうのならひなり。ただもりがとがにはあらずとて、かへつてえい
05
かんにあづかつしうへは、あへてざいくわのさたはなかりけり。
○ 二 すずき
そのこどもはみなしよゑいのすけになつて、しようでんせしに、でんじやうのまじはりを、ひときらふにおよばず。あるとき
ただもりびぜんのくによりはるばるとみやこへのぼられたりけるを、とばのゐんごぜんへめしてさてあかし
のうらはいかにとあふせければ、ただもりかしこまつて。
ありあけのつきもあかしのうらかぜになみばかりこそよるとみえしか
とまをされたりければなのめならずにぎよかんなつて、やがてこのうたをば、きんえふしふにぞいれられ
ける。ただもりまたせんどうにはさいあいのにようばうをもつて、かよはれけるが、あるよおはしたりけ
るに、かのにようばうのつぼねに、つまにつきいだいたるあふぎをとりわすれてかへられたりけるを、かたへのにようばう
だちこれはいづくよりのつきかげぞや、いでところおぼつかなしなんどわらひあはれければ、かのにようばう
くもゐよりただもりきたるつきなればおぼろげにてはいはじとぞおもふ
とよみたりければ、いとどあさからずおもはれけり、さつまのかみただのりのははこれなり。にるをとも
とかやのふぜいにて、ただもりのすいたりければ、かのにようばうもいうなりけり。かくてただもりぎやうぶ
きやうになつて、にんぺい三ねんしやうぐわつ十五にち、とし五十八にてうせたまひしかば、きよもりちやくなんたるに
06
よつて、そのあとをつぎ、ほうげんぐわんねん七ぐわつに、うぢのさふ、よをみだりたまひしとき、あきのかみ
とてみかたにてくんこうありしかば、はりまのかみにうつつて、おなじき三ねんにだざいのだいにになる。
またへいぢぐわんねん十二ぐわつ、のぶよりよしともがむほんのときもみかたにて、ぞくとをうちたひらげたりしかば、
くんこう一つにあらず。おんしやうこれおもかるべしとて、つぎのとししやう三みにじよせられ、うちつづきさいしやうゑ
ふのかみ、けんびゐしのべつたう、ちうなごん、だいなごんにあがつてあまつさへしやうじやうのくらゐにいたる。さ
いうをへずして、ないだいじんよりだいじやうだいじんじう一ゐにいたる。たいしやうにはあらねども、ひやうじやうを
たまはつて、ずゐじんをめしぐす。ぎつしや、れんしやのせんじをかうむり、のりながらきうちうにしつにふす。
ひとへにしつせいのしんのごとし。だいじやうだいじんはいちじんにしはんとして、しかいにぎけいせり。くにををさめみちを
ろんじ、いんやうをやはらげをさむ。そのひとにあらずば、すなはちかけよといへり。さればそくけつの
くわんともなづけられたり。そのひとならでは、けがすまじきくわんなれども、にふだうしやうこく、いつてんし
かいをたなごころのうちににぎりたまひしうへはしさいにおよばず。そもそも、へいけかやうにはんじやうせられけること
をいかにといふに、ひとへにくまののごんげんのごりしやうとぞきこえし。そのゆゑはきよもりこういまだあ
きのかみたりしとき、いせのくにあののつより、ふねにてくまのへまゐられけるに、おほきなるすずきのふね
へをどりいりたりけるを、せんだつまをしけるは、いかさまにも、これはごんげんのごりしやうとおぼえさふらふ、まゐ
るべしとまをしければ、さしもじつかいをたもつて、しやうじんけつさいのみちなれども、むかししうのむわうのふね
07
にこそしらをはをどりいりたんなれとてみづからてうみしてわがみくひ。いへのこらうどうどもにもくは
せらる。そのゆゑにやげかうののち[と]うちつづききちじのみおほかりけり。わがみだいじやうだいじんにいたり、し
そんのくわんもりようのくもにのぼるよりもなほすみやかなり。くだいのせんぜうをこえたまふこそめでたけれ。
○ 三 かぶろわらは
かくてきよもりこう、にんなん三ねん十一ぐわつ十一にち、とし五十一にてやまひにをかされ、ぞんめいのためにと
て、すなはちしゆつけにふだうす。ほふみやうをじやうかいとこそつきたまへ。そのゆゑにや、しゆくびやうたちどころにゆえて
てんめいをまつたうす。しゆつけののちも、えいえうはなほつきずとぞみえし。およそひとのしたひつきたてまつ
ることは、ふるあめのこくどをうるほすごとくよのあまねくあふげることもふくかぜのきをなびかすにおなじ
くわぞくも、えいゆうも、ろくはらどののいつかのきんだちとだにいひてんしかば、たれかたをならべおもてをむかふもの
なし。またにふだうしやうこくのこじうと、へいだいなごんときただのきやうののたまひけるは、このいちもんにあらざらんも
のは、みなにんぴにんたるべしとぞのたまひける。さればいかなるひとも、このいちもんにむすぼほれ
んとぞしける。ゑぼしのためやうよりはじめて、えもんのかきやうにいたるまでなにごともみなろくは
らやうとだにいひてしかば、いつてんしかいのひとみなこれをまなぶ。いかなるけんわうけんしゆのおんまつりごと、せつしやう
くわんはくのごせいばいをも、よにあまされたるほどのいたづらものなんどの、ひとのきかぬところにより
08
あひて、なんとなうそしりかたむけまをすことはつねのならひなれども、このぜんもんよざかりのほどは、い
ささかゆるがせにまをすものなし。また、にふだうしやうこくのはかりごとに、十四五六のわらはを三百人すぐつて、かみ
をかぶろにきりまはし、あかきひたたれをきせてめしつかはれけるが、きやうちうにみちみちてわうへん
す。みづからへいけのおんうへ、あしざまにまをすものあれば、いちにんききいださざるほどこそありけれ。
ききいだすとはやよたうにふれもよほし、そのいへにらんにふし、しざいざうぐをつゐぶくし、そのやつをから
めとらへて、ろくはらどのへゐてまゐる。およそめにみこころにしるといへども、ことばにあらはして
まをすものなし。ろくはらどののかぶろとだにいひてんしかば、みちをすぐるむまくるまもみなよきてぞとほ
しける。きんもんをしゆつにふすといへども、しやうめうをたづねらるるにおよばず。けいしのちやうりこれがため
にめをそばむとみえたり。
○ 四 わがみのえいぐわ
わがみのえいぐわをきはむるのみならず。いちもんともにはんじやうして、ちやくし[ちよくし]しげもり、ないだいじんのさだいしやう。
じなんむねもりちうなごんのうだいしやう。さんなんとももり、さんみちうしやう。ちやくそん[ちよくそん]これもり、しゐのせうしやう、すべていちもん
のくぎやう十六にん、でんじやうびと三十よにん、しよこくのじゆりやう、ゑふしよし、つがふ六十よにんなり。よには
またひとなくぞみえられける。むかしならのみかとのおんとき、じんき五ねんてうかにちうゑのだいしやうをはじめお
09
かれ、だいどう四ねんに、ちうゑをこんゑとあらためられしよりこのかた、きやうだいさいうにあひならぶことわづか
に四五どなり。もんどくてんわうのおんときは、ひだんによしふさうだいじんのさだいしやう、みぎによしすけだいなごんのう
だいしやう、これはかんにんのさだいじんふゆつぎのおんこなり。しゆじやくゐん[しゆじよくゐん]のぎようには、ひだんにさねよりをののみやどの、
みぎにもろすけくでうどの、てい〔じ〕んこうのおんこなり。ごれいぜいゐんのおんときは、ひだんにのりみちおほにでうどの、みぎに
よりむねほりかはどの、みだうのくわんぱくのおんこなり。にでうのゐんのぎようには、ひだんにもとふさまつどの、みぎにかね
ざねつきのはどの、はふしやうじどののおんこなり。これみなせつろくのしんのごしそく、はんじんにとつてはそのれいな
し。でんじやうのまじはりをだにきらはれしひとのしそんにて、きんじきざつぱうをゆり、れうらきんしふをみにまとひ、
だいじんのだいしやうになつて、きやうだいさいうにあひならぶこと、まつだいとはいひながら、ふしぎなつしこ
とどもなり。そのほか、おんむすめ八にんおはしき。みなとりどりにさいはひたまへり。いちにんはさくらまち
のちうなごん、しげのりきやうのきたのかたにておはすべかりしを、八さいのとしおんやくそくばかりにて、へいぢ
のみだれいごひきちがへられてくわざんのゐんのさだいじんどののみだいはんどころにならせたまひて、きんだちあまた
ましましけり。そもそも、このしげのりのきやうを、さくらまちのちうなごんとまをしけることは、すぐれてこころすき
たまへるひとにて、つねはよしののやまをこひつつ、ちやうにさくらをうゑならべ、そのうちにやをたててす
みたまひしかば、きたるとしのはるごとに、みるひとみなさくらまちとぞまをしける。さくらはさいて七かにちに
ちるを、なごりををしみ、あまてるおほがみにいのりまをされければにや、三七にちまでなごりありけり。
10
きみもけんわうにてましませば、しんもしんとくをかがやかし、はなもこころありければ、二十かのよはひをたもち
けり。いちにんはきさきにたたせたまふ。二十二にてわうじごたんじやうあつて、くわうたいしにたち、くらゐにつ
かせたまひしかば、ゐんがうかうむらせたまひて、けんれいもんゐんとぞまをしける。にふだうしやうこくのおんむすめなるうへ、
てんがのこくもにてましませば、とかうまをすにおよばれず。いちにんはろくでうのせつしやうどののきたのまんどころ
にならせたまふ。たかくらのゐんございゐのおんとき、おんぱあしろとて、じゆんさんごうのせんじを、かうむむ[*この一字不要]り、しらかは
どのとて、おもきひとにてぞましましける。いちにんはふげんじどののきたのまんどころにならせたまふ。
いちにんはれいぜいだいなごんたかふさのきやうのきたのかた、いちにんは七でうのしゆりのだいぶ、のぶたかのきやうにあひぐし
たまへり。またあきのくに、いつくしまのないしがはらにいちにん、これはごしらかはのほふわうへまゐらせたまひて、
ひとへににようごのやうにぞましましける。そのほか、くでうのゐんのときはがはらにいちにん、これはくわざんの
ゐんどののじやうらうにようばうにて、らうのおんかたとぞまをしける。につぽんあきつしまはわづかに六十六かこく、へいけち
ぎやうのくに、三十よかこく、すでにはんごくにこえたり。そのほか、しやうゑ〔ん〕でんばくいくらといふかずをしらず。
きらじうまんしてだうじやうはなのごとし。けんきくんじふしてもんぜんいちをなす。やうしうのこがね、けいしうのたま、ごきん
のあや、しよくこうのにしき、し〔つ〕ちんまんぼう、ひとつとしてかけたることなし。かだう、ぶがくのもと、ぎよりよ、
しやくばのもてあそびもの、おそらくはていけつもせんとうも、これにはすぎじとぞみえし。
10
○ 五 ぎわう
にふだうしやうこく、かやうに一てんしかいをたなごころのうちににぎりたまひしうへは、よのそしりをもはばからず、ひとの
あざけりをもかへりみず、ふしぎのことをのみしたまへり。たとへばそのころみやこにきこえたるしらびやうしのじやう
ず、ぎわう、ぎによとてしまいあり。とじといふしらびやうしがむすめなり。しかるにあねのぎわうを、にふだう
しやうこくなのめならずにちようあいしたまへり、これによつていもうとのぎによをも、よのひともてなすことかぎりなし。
ははとじにもよきやつくつてとらせ、まいげつ百こく百くわんのおくられければ、けないふつきしてたのしい
ことなのめならず。そもそも、わがてうに、しらびやうしのはじまりけることは、むかしとばのゐんのぎように、しまの
ちとせ、わかのまへ、これらににんがまひいだしたりけるなり。はじめはすゐかんにたてゑぼし、しらざやまきを
さいてまひければ、をとこまひとぞまをしける。しかるをなかごろより、ゑぼし、かたなをのけられて、
すゐかんばかりをもちひたり。さてこそしらびやうしとはなづけけれ。きやうちうのしらびやうしども、ぎわうが
さいはひのめでたきやうをきいてうらやむものもあり、そねむものもありけり。うらやむものは。あなめでた
のぎわうごぜんのさいはいやな。おなじあそびめ[あすびめ]とならばたれもみなあのやうでこそありたけれ。いかさ
まにもこれはぎといふもじをなについて、かくはめでたいやらん。いざ、われらもついて
みんとて、あるひはぎ一あるひはぎ二、とつき、あるひはぎふく、ぎとくなんどいふものもありけり。
12
そねむものどもは、なんでうさやうになによりもじにはよるべき。さいはひはただぜんせのうまれつきにこそ
あんなれとて、つかぬものもおほかりけり。かくて三ねんとまをすに、またしらびやうしのじやうずいちにんい
できたり。かがのくにのものなり。なをばほとけとぞまをしける。とし十六とぞきこえし。きやうちうのもの
ども、むかしよりおほくのしらびやうしどもありしかども、かかるまひのじやうずをばいまだみずとて、じやうげも
てなすことかぎりなし。ほとけごぜんまをしけるはわれてんかにきこえたれども、たうじめでたうさかえさせたま
ふ、にしはちでうどのへめされぬことこそほいなけれ。あそびもののならひなにかくるしかるべき。すゐさんし
てみんとて、あるときにしはちでうどのへぞさんじたる。ひとごぜんにまゐつて、たうじみやこにきこえさふらふ、ほとけご
ぜんがまゐつてさふらふとまをしければ、にふだうなんでうさやうのあそびものは、ひとのめしにしたがうてこそ
まゐれ。さうなうすゐさんするやうやある。そのうへかみともいへほとけともいへ、ぎわうがあらんところへ
はかなふまじ、とうとうまかりいでよとぞのたまひける。ほとけごぜんは[な]、すげなういはれたてまつて、
すでにいでんとしけるを、ぎわうにふだうどのにまをしけるは、あそびもののすゐさんは[な]、つねのならひにこそさふら
へ。そのうへとしもいまだをさなうさふらふなるが、たまたまおもひたつてまゐつてさふらふを、す
げなうあふせられて、かへさせたまはんこそふびんなれ。いかばかりはづかしう、かたはらいたくやさふらふ
らん。わがたてしみちなれば、ひとのうへともおぼえず。たとひまひをごらんじ、うたをきこしめさるる
まではなくともごたいめんばかりはなにかくるしうさふらふべき、さうさうごたいめんなつてかへさせたまはばあり
13
がたきおんなさけにてこそさふらふ[*この一字不要]はんずらめとまをしければ、にふだうあまりにわごぜいふことなればいざ
げんざんしてかへさんとて、おつかひをたつてめされけり。ほとけごぜんは、すげなういはれたてまつて、
くるまにのつてすでにいでんとしけるが、めされてかへりまゐりたり。にふだうやがてたいめんなつて、
こんにちのげんざんは[な]あるまじかりつれども、ぎわうがなんとおもふやらん。あまりにまをしすすむるあひだ、か
やうにげんざんは[な]しつ。げんざんするほどではいかでかこゑをもきかであるべき。まづいまやう一つうたへ
かしとのたまへば、ほとけごぜんうけたまはりさふらふとて、いまやう一つぞうたふたる。『きみをはじめてみるをりはち
よもへぬべしひめこまつ、おまへのいけなるかめをかに、つるこそむれゐてあそぶめれ』とおしかへしおしかへし
さんべんうたひすましたりければ、けんもんのひとびとみなじもくをぞおどろかす。にふだうよにもおもしろげにおもひ
たまひてわごぜはまづいまやうはじやうずなり、そのてうではまひもさだめてよからん。一ばんみばや、つづみ
うちめせとてめされけり。うたせて一ばんまふたりけり。ほとけごぜんは[な]、かみすがたよりはじめて、みめ
か〔た〕ちよにすぐれ、こゑよくふしもじやうずなりければ、なじかはまひはそんずべき。こころもおよばずまひすま
したりければ、にふだうしやうこくまひにめでたまひて、ほとけにこころをうつされたり。ほとけごぜん、こはされば
なにごとをおほせたまふぞや。もとよりわらははすゐさんのものにて、いだされまゐらせたまひしを、ぎわうごぜん
のまをしやうによつてこそ、めしかへされてもさふらふに、はやはやいとまとうでいださせおはしませとぞ
まをしける。にふだうただしわごぜはぎわうがあるをさやうにはばかるか。そのぎならば、ぎわうをこ
14
そいださめとのたまへば、ほとけごぜん、それまたいかでさるおんことさふらふべき。もろともにめしおかれんだ
にもぎわうごぜんのこころのうちはづかしうこそさふらふべきにぎわうごぜんをいだされまゐらせてわらはがいちにん
めしおかれなば、いとこころうきこそさふらふ[*この一字不要]はんずれ。おのづからのちまでも、わすれたまはぬおんことな
らば、めされてまたはまゐるとも、けふはいとまをたまはらんとぞまをしける。にふだうなんでうそのぎ
あるべき、ただぎわうこそいださめとてぎわうとうとうまかりいでよと、おんつかひかさねて、三どまで
こそたてられけれ。ぎわうひごろよりおもひまうけたることなれども、さすがきのふけふとはおもひ
もよらず。しきりにいづべきよしをのたまふあひだ、はきのごひちりひろはせ、みぐるしきものどもとりしたためていづ
べきにこそさだめけれ。いつじゆのかげにやどりあひ、おなじながれをむすぶだに、わかれはかなしきならひぞ
かし。いはんやこれはこのみとせがあひだ、すみなれしところなれば、なごりもをしうかなしうて、かひ
なきなみだぞこぼれける。さてしもあるべきことならねば、いまはかうとていでけるが、なから
んあとのわすれがたみにもやとおもひけん。しやうじ[しやうず]になくなく、一しゆのうたをぞかきつけける。
もえいづるもかるるもおなじのべのくさいづれかあきにあはではつべき
さてくるまにのつてしゆくしよへかへり、しやうじのうちにたふれふし、ただなくよりほかのことぞなき。
ははやいもうとこれをみて、いかにやいかにととひけれども、ぎわう、とかうのへんじにもおよばず、
ぐしたるをんなにたづねてこそ、さることありとはしりてんげれ。さるほどに、まいぐわつおくられた
15
りける百こく百くわんをも、とどめられて、いまはほとけごぜんがゆかりのものどもぞ、はじめてたのしみさかえける。
きやうちうのじやうげ、まことやぎわうごぜんこそ、にしはちでうどのよりいとまたまはつていでたんなれ。いざげん
ざんしてあそばんとて、あるひはふみをつかはすものもあり。あるひはししやをたつるひと[もと]もあり。ぎわういまさらまたひと
にたいめんして、あそびたはむるべきにもあらずとて、ふみをとりいるることもなく、ましてつかひ
にあひしらふまでもなかりけり。これにつけてもいとどしく、なみだにのみぞしづみける。か
くてことしもすぎぬ。あくるはるのころ、にふだう、ぎわうがもとへししやをたてて、いかにや、そののち
はなにごとかある、あまりにほとけがつれつれげにみゆるに、まゐつていまやうをもうたひ、まひなんどまう
て、ほとけなぐさめよとぞ、のたた[*この一字不要]まひける。ぎわう、とかうのおんぺんじにもおよばず。にふだう[にふたう]かさねて、な
どぎわうは、ともかうもへんじをせぬぞ、まゐるまじいかまゐるまじくばそのやうにまをせ、じやうかい
もはからふむねありとぞのたまひける。ははとじこれをきくに、かなしうていかにやぎわうごぜんとも
かうもなどおんぺんじをばまをさで、かやうにしかられまゐらせんよりはといひければ、ぎわうなみだ
をおさへてまゐらんとおもふみちならばこそ、やがてまゐるべしともまをさめまゐらざらんものゆゑ
に、なにとおんぺんじをまをすべしともおぼえず。このたびめし[*この一字不要]さんに、まゐらずばはからふむねありと
あふせらるるはみやこのそとへいださるるか、さらずばいのちをめさるるか、これふたつにはよもすぎじ。
たとひみやこを〔い〕ださるるとも、なげくべきみちにあらず。たとひいのちをめさるるとも、をしかる
16
べきわがみかは。ひとたびうきものにおもはれまゐらせて、ふ〔た〕たびおもてをむかふべしともおぼえ
ずとて、なほおんぺんじをもまをさず。ははとじこれをきくにかなしうてなくなくけうくんしけるは、それあめ
がしたにすまんひは、ともかうもにふだうどののあふせをば、そむくまじきことにてあるぞとよ。をとこ
をんなのえんしすぐせ、いまにはじめぬことぞかし。せんねんまんねんとはちぎれども、やがてわかるるなかもあ
り。あからさまとは、おもへども、ながらへはつることもあり。よにさだめなきものは、をとこ
をんなのならひなり。いはんやわごぜは、このみとせがあひだ、おもはれまゐらせさふらへば、ありがたき
おんなさけにてこそさふらへ。このたびめさんに、まゐらねばとて、いのちをめさるるまではよもあらじ。
さだめてみやこのそとへぞいだされんずらん。わごぜたちはとしわかければ、いかならんいはきのはざま
にても、すごさんことやすかるべし。されどもわがみはとしおいよはひかたむいてならはぬひなのすまゐを
かねておもふもかなしかりけり。ただわれをばみやこのうちにてすみはてさせよ。それぞこんじやうごせの
おやこのかうやうにてあらんずるぞといへば、ぎわううしとおもひしみちなれども、おやのめいをそむかじ
とてつらきみちにおもむいてなくなくいでたちにけるこころのうちこそあはれなれ。ひとりまゐらんは、
あまりにこころうしとて、いもうとのぎによをもあひぐし、またしらびやうしににん、そうじてよにん、ひとつくるまにとりの
つて、にしはちでうどのへぞさんじたる。せんぜんめされつるところへはいれられずして、はるかにさがりたる
ところにざしきしつらうてぞおかれける。ぎわう、こはさればなにごとぞや。わがみにあやまつことはな
17
けれども、いだされまゐらするだにあるに、ざしきをさへさげらるることのかなあつしさ
よ。こはいかがせんとおもふこころをしらせじと、おさふるそでのひまよりもあまつてなみだぞこぼれ[こぱれ]ける。
ほとけごぜんこれをみてあれはいかにこれへめされさぶらへかし。ひごろめされぬところにてもさぶらはばこそ、
さらずばわらはにいとまをたまへ、いでげんざんしさぶらはんとまをしければ、にふだうすべてそのぎあるべか
らずとのたまふあひだ、ちからおよばでいでざりけり。にふだうやがていであひ、たいめんなつて、いかにやぎ
わう、そののちはなにごとかある。あまりにほとけがつれづれげにみゆるに、いまやうをもうたひ、まひなん
どもまうて、ほとけなぐさめよかし、まひもみたけれどもそれはつぎのこと、まづいまやう一つうたへかし
とのたまへば、ぎわうまゐるほどではともかうも、にふだうどののあふせをばそむくまじとこころえて、ながるる
なみだをおさへつつ、いまやう一つぞうたうたる『ほとけもむかしはぼんぶなり、われらもつゐにはほとけなり、
いづれもぶつしやうぐせるみを、へだつるのみこそかなしけれ』となくなくく[*この一字不要]二へんうたうたりければ、
そのざになみゐたまへる、へいけいちもんのくぎやう、でんじや〔う〕びと、しよだいぶ、さぶらひにいたるまで、みなかんるゐを
ぞもよほされける。にふだうもげにもとおもひたまひて、ときにとつてはおもしろくもまをしたるものか
なまひもみたけれども、けふはまぎるることのいできたり。こののちはめさ[めざ]ずとも、つねにまゐつ
ていまやうをもうたひ、まひなんどもまうて、ほとけなぐさめよとぞのたまひける。ぎわうとかうのおんぺんじ
にもおよばず。なみだをおさへてまかりいづ。うしとおもひしみちなれども、おやのめいをそむかじと、
18
つらきみちにおもむいて、ふたたびうきはぢをみつることのかなつしさよ。かくてこのよにあるならば、
またもうきめをみんずらん。いまはただみをなげんといへば、いもうとのぎによこれをきいて、あねみ
をなげば、われもともにみをなげんといふ。ははとじこれをきくにかなしうて、なくなくけうくん
しけるは。わごぜのさやうにうらむるもことわりなり、さることあるべしともしらずして、けうくんし
てまゐ〔ら〕せつることのうらめつしさよ。ただしわごぜがみをなげば、いもうとのぎぢよもともにみをなげ
んといふ。ふたりのむすめどもにおくれなば、おい衰(おとろ)へたるはは、いのちをいきてもなににかはせんなれば、
われもともにみをなげんずるなり。いまだしごもきたらぬおやに、みをなげさせば、五ぎやくざいにてぞ
あら〔ん〕ずらん。このよはかりのやどりなれば、はぢてもはぢてもなにならず、ただながきよのやみこそこころ
うけれ。こんじやうでこそあらめ、ごせでだにもあくだうへおもむかんず〔る〕ことのる[*この一字不要]かなあつしさよとて、たもと
をかほにおしあててさめざめとかきくどきければ、ぎわうげにもさやうにさぶらふ[*この一字不要]はば、五ぎやくざい[ぎよくざい]にはうたが
ひなし。一たんうきはぢをみつることのかなあつしさにこそ、みをなげんとはまをしたれ。ささぶらふ[*この一字不要]
はば、じがいはおもひとど〔ま〕りさぶらひぬ。かくてうきよにあるならば、またもうきめをみんずらん。
いまははやみやこのほかへいでんとて、ぎわう二十一にてあまになり、さがのおくなるやまざとに、しばのいほり
をひきむすび、ねんぶ〔つ〕してぞゐたりける。いもうとのぎによ、これをみて、あねみをなげば、われもともに
みをなげんとこそちぎりしか。ましてよをいとはんに、たれかおとるべきとて、十九にてさま
19
をかへ、あねといつしよにこもりゐて、ごせをねがふぞあはれなる。ははとじこれをみて、わかきむすめどもだ
にさまをかふるよのなかに、としおとろへたるはは、しらがをつけてもなににかはせんとて、四十五
にてかみをそり、ににんのむすめもろともに、一かうせんじゆにねんぶ〔つ〕してひとへにごせをぞねがひける。かくてはる
すぎなつたけぬ。あきのはつかぜふきぬれば、ほしあひのそらをながめつつ、あまのとわたるかぢのはに、
おもふことかくころなれや、ゆふひのかげのにしのやまのはにかくるるをみても、ひのいりたまふところ
こそ、さいはうじやうどにてあんなれ。いつかわれらもかしこへうまれて、ものをおもはですごさんずら
んと、かかるにつけてもすぎにしむかしのうきことどもおもひいでかたりつづけて、ただつきせぬも
のはなみだなり。たそがれどきもすぎぬれば、たけのあみどをとじふさぎ、ともしびかすかにかきたてて、おや
こ三にんねんぶ〔つ〕してゐたるところに、たけのあみどをほとほとと、うちたたくものいできたり。そのとき
あまどもきもをけし、あはれこれは、いうがひなきわれらがねんぶ〔つ〕してゐたるをさまたげんとて、ま
ゑんのきたるにてぞあらん。ひるだにもひともとひこぬ、やまざとのしばのいほりのうちなれば、よふけ
てたれかたづぬべき。わづかにたけのあみどなれば、あけずともおしやぶらんことやすかるべし。な
かなかただあけていれんとおもふなり。それになさけをかけずして、いのちをうしなふものならば、
としごろたのみたてまつるみだのほんぐわんのつよくしんじて、ひまなくみやうがうをとなへたてまつるべし。こゑをたづねてむか
へたまふなる。しやうしゆのらいがうにてましませば、などかいんぜうなかるべき。あひかまへてねんぶ〔つ〕おこたり
20
たまふなと、たがひにこころをいましめて、たけのあみどをあけければ、まえんにてはなかりけり。ほとけご
ぜんぞいできたる。ぎわう、あれはいかに、ほとけごぜんとみたてまつるは、ゆめかやうつつかといひ
ければ、ほとけごぜんなみだをおさへて、いまさらかやうのことまをせば、ことあたらしくはさぶらへども、まをさず
ば、またおもひしらぬみともなりぬべければ、はじめよりして、まをすなり。もとよりわらははすゐざん
のものにて、いだされまゐらせさぶらひしをわごぜのまをしでう[まをでうし]によつてこそ、めしかへされてもさぶらふに、
をんなのみのいひがひなきことは、わがみにこころをまかせずしておしとどめられまゐらせさふらふこと、
いかばかりはづかしく、かたはらいたくこそさふらひしか。わごぜのいだされたまひしを、みしにつけて
も、いつかまたわがみのうへとおもへば、うれしとはさらにおもはず。しやうじに『いづれかあきにあは
ではつべき』とかきおきたまひしふでのあと、げにもとおもひさぶらひしぞや。いつぞやは、まため
されまゐらせて、いまやううたひたまひしにも、おもひしられてさふらふなり。そののちはおんゆくへをいづく
ともしりまいらせざりつるが、かやうにひとつところにとうけたまはァてよりのちは、あまりにうらやましくて、
つねはいとまをまをししかども、にふだうどのさらにごもちひましまさず。つらつらものをあんずるに、しやばのえい
ぐわはゆめのゆめ、たのしみはえてなにかせん。じんじんは[な]うけがたく、ぶつけうにはあひがたし。このたびないりに
しづみなば、たしやうくわうがうをばへだつとも、うかみあがらんことかたかるべし。としのわかきをたのむべき
にあらず。らうせうふぢやうのさかひなり。いづるいきのいるをもまつべからず。かげろういなつまよりもなほはか
21
なし。いつたんのたのしみにほこつてごせをしらざらんことのかなつしさに、けさまぎれいでて、かくなァ
つてこそまゐりたれとて、かついだるきぬをうちのけたるをみれば、あまになつてぞいできたる。
かやうに、さまをかへてまゐりたれば、ひごろのとがめをばゆるしたまへ、ゆるさんとだにのたまはば、もろとも
にねんぶ〔つ〕して、ひとつはちすのみとならん。それに、なほこころゆきたまはずば、これよりいづちへもまよひ
ゆき、いかならんまつがね、こけのむしろにもたふれふし、いのちのあらんかぎりねんぶ〔つ〕まをして、そくわい
をとげんとおもふなりとて、たもとをかほにおしあてて、さめざめとかきくどきければ、ぎわう、
まことに、わごぜの、それほどまで、おもひたまはんとは、ゆめにだにしらず、うきよのなかの
さがなれば、みをうしとこそおもひしか、ともすれば、わごぜのことのみうらめしくし
て、なまじひにこ〔ん〕じやうをもごしやうをも、しそんじたるここちにてありつるが、さやうにさまをか
へておはしたれば、ひごろのとがめはつゆちりほどものこらず、いまはわうじやううたがひなし。このたびそくわいをとげ
んこそ、なによりもまたうれしけれ。わらはがあまになりしをだに、ありがたきことのやうに、ひと
もいひわれらもおもひさふらひしか、それはよをうらみみをなげきたれば、さまをかふるもつねのならひ。
わごぜは、うらみもなくなげきもなし。ことしはわづかに十七になりたまふひとの、それほどにゑどをいとひ、
じやうどをねがはんと、おもひたちたまふこころこそ、まことのだ〔い〕だうしんとはおぼゆれ。うれしかりけるぜんちしき
かな。いざ、もろともにねがはんとて、しにんいつしよにこもりゐて、あさゆふぶつぜんにくわかうをそなへて、よ
22
ねんなくねがひければ、ちそくこそありけれ、しにんのあまどもみなわうじやうのそくわいをとげけるとぞきこ
えし。さればごしらかはのほふわうの、ちやうがうだうのくわこちやうにも、ぎわう、ぎによ、ほとけ、とぢらがそんりやう
と、しにんいつしよにいれられたり。ありがたかりしことどもなり。
○ 六 二だいのきさき
むかしよりいまにいたるまで、げんぺいりやうしてうかにめしつかはれて、わうくわにしたがはず、おのづからてう
けんをかろんずるものには、たがひにいましめをくはへしかば、よのみだれはなかりしに、ほうげんにためよしきら
れ、へいぢによしともちうせられてのちは、すゑずゑのげんぢども、あるひはながされ、あるひはうしなはれて、
いまはへいけの一るゐのみはんじやうして、かしらをさしいだすものなし。いかならんすゑのよまでも、なにごと
かあらんとぞみえし。されどもとばのゐん、ごあんがののちは、へいがくうちつづいて、しざい、りう
けい、けつくわん、ちやうにん、つねにおこなはれて、かいだいもしづかならず。せけんもいまだらくきよせず。なかんづく、えい
れきおうほのころよりして、ゐんのきんじふしやをば、うちよりおんいましめあり。うちのきんじふしやをば、ゐんよりいまし
めらるるあひだ、じやげおそれをののいて、やすいこころもせず、ただしんえんにのぞんで、はくへうをふむにおな
じ。しゆじやう、じやうわう。ふしのおんあひだに、なにごとのおんへだてかあるなれども、おもひのほかのことどもおほか
りけり。これもよぎやうきにおよんで、ひときようあくをさきとするゆゑなり。しゆじやうつねは、ゐんのあふせをばまをし
23
かへさせおはしましけるなかに、ひと、じぼくをおどろかし、よもつておほきにかたむけまをすことありけり。
ここんゑのゐんのきさきたいくわうたいこうぐうとまをししは、おほいのみかどのうだいじんき〔ん〕よしこうのおんむすめなり。せん
ていにおくれたてまつらせたまひてのちは、ここのへのほか、このゑばらのごしよにぞうつりすませましましける。
さきのきさいのみやにて、かすかなるおんありさまにてわたらせたまひしが、えいりやくのころほひは、おんとし二
十二三にもやならせましましけん。おんさかりもすこしすぎさせおはしますほどなり。されども
てんがだい一のびじんのきこえましましければ、しゆじやういろにのみそめるみこころにて、ひそかにかうりよくじに
ぜうして、ぐわいきうにひきもとめしむるにおよんで、このおほみやへごえんじよあり。おほみやあえてきこしめし
もいれず。さればひたすら、はやほにあらはれて、きさきごじゆだいあるべきよし、うだいじんけに
せんじをくださる。このことてんがにおいてことなるぜうしなれば、くぎやうせんぎありけり、おのおのいけんを[の]い
ふ。まづいてうのせんじうをとぶらふに、しんたんのそくてんくわうごうは、たうのたいそうのきさき、かうそ〔う〕くわうていのけい
ぼなり。たいそうほうぎよののち、かうそうのきさきにたちたまふことありけり。それはいてうのせんきたるうへ、
べつだんのことなり。されどもわがてうは、じんむてんわうよりいらい、にんくわう七十よだいにおよぶまで、いまだ
二だいのきさきにたたせたまふれいをきかずと、しよきやう一どうにうつたへまをされたりければ、じやうわうもしかる
べからざるよし、こしらへまをさせたまへども、しゆじやうあふせありけるは、てんしにふぼなし、
われじふぜんのか〔い〕こうによつて、いまばんじようのはうゐをたもつ。これほどのこと、などかえいりよにまかせざるべ
24
きとて、やがてごじゆだいのひ、せんげせられけるうへはちからおよばせたまはず。おほみやかくときこしめ
されけるより、おんなみだにしづませおはします。せんていにおくれまゐらせにし、きうじゆのあきのはじめ、
おなじのはらのつゆともきえ、いへをもいで、よをものがれたりせば、いまかかるうきみみをばきか
ざらましとぞ、おんなげきありける。ちちのおとど、こしらへまをさせたまひけるは、よにしたがはざる
をもつて、きやうじんとすとみえたり。すでにぜうめいをくださる、しさいをまをすにところなし。ただすみやかにまゐら
せたまふべきなり。もしわうじごたんじやうありて、きみもこくもといはれ、ぐらうもぐわいそとあふがるべ
き、やゐさうにてもやさふらふらん。これひとへにぐらうをたすけさせおはします、ごかうかうのおんいたりなる
べしと、やうやうにこしらへまをさせたまへども、おんぺんじもなかりけり。おほみやそのころ、なにと
なきおんてならひのつひでに、
うきふしにしづみもやらでかはたけのよにためしなきなをやながさん
よには、いかにしてもれけるやらん、あはれにやさしきためしにぞ、ひとびとまをしあはされける。
すでにごじゆだいのひにもなりしかば、ちちのおとど、ぐぶのかんだちめ、しゆしやのぎしきなんど、こころこ
とにたてまつらせたまひけり。おほみやものうきおんいでたちなれば、とみにもたてまつらず。はるかによふけ、さよ
もなかばになつてのち、みくるまにたすけのせられさせたまひけり。ごじゆだいののちは、れいけいでんにぞまし
ましける。さればひたすら、あさまつりごとをすすめまをさせたまふおんさまなり。かのししんでんのくわうきよには、
25
げんじやうのしやうじをたてられたり。いいん、だい五りん、ぐせいなん、たいこうばう、かくりせんせい[せいせい]、りせき、しば、
てなが、あしなが、うまがたのしやうじ、おにのま、りしやうぐんがすがたを、さながらうつせるしやうじもあり。をはり
のかみをののだうふうが、七くわいけんじやうのしやうじとかけるも、ことわりとぞみえし。かのせいりやうでん[せいりやでん]のぐわとの
みしやうしには、むかしかなをかがかいたりし、ゑんざんのありあけのつきもありとかや。こゐんのいまだえうしゆに
てわたらせましませしけんそのかみ、なにとなきおんてまさぐりのついでに、かきくもらかさ
せたまひたりしが、ありしながらにすこしもたがはせたまはぬを、ごらんじて、せんていのむかしも
や、おんこひしうおぼしめされけん。
おもひきやうきみながらにめぐりきておなじくもゐのつきをみんとは
そのあひだのおんなからひ、いひしらずあはれにやさしきおんことなり。
○ 八 がくうちろん
さるほどに、えいまんぐわんねんのはるのころより、しゆじやうごふよのおんことときこえさせたまふ、おなじきなつの
はじめにもなりしかば、ことのほかにおもらせたまひけり。これによつて、おほくらのたいふ、きのかねもりが
むすめのはらに、こんじやう一のみやの二さいにならせたまふがましましけるをたいしにたてまゐらさせたまふ
べきよしきこえしほどに、おなじき六ぐわ〔つ〕二十五にち、にはかにしんわうのせんじくださらせたまふ。そのよやが
26
てじゆぜんありしかば、てんがなんとなうあわてたるさまなりけり。そのときのいうしよくのひとびとまをしあ
はれけるは、まづほんてうに、どうたいのれいをたづぬるに、せいくわてんわう九さいにして、もんどくてんわうのみ
ゆづりをうけさせたまふ。これかのしゆくだんのせいわうにかはり、なんめんにして、いちじ〔つ〕ばんきのせいじををさめ
たまひしになぞらへて、ぐわいそちうじんこう、えうしゆをふちしたまへり。これぞせつしやうのはじめなる。とばの
ゐん五さい、こんゑのゐんの三さいにてせんそあり。かれをこそ、いつしかなれとまをししに、これは二さい
にならせたまふ。せんれいなしものさわがしともおろかなり。さるほどにおなじき七ぐわ〔つ〕二十七にちじやうわう
つひにほうぎよなりぬ。おんとし二十三さい。つぼめるはなの、ちれるがごとし。たまのすだれ、にしきのとばりのうち、
みなおんなみだにむせばせおはします。やがてそのよ、くわうりうじのうしとら、れんだいののおく、ふなをかやまにおさめ
たてまつる。ごそうそうのよ、こうふく、えいりやくりやうじのたいしう、がくうちろんといふことをしいだいて、たがひにらうぜきに
およぶ。いつてんのきみほうぎよなつてのち、ごむしよへわたしたてまつるときのさはふは、なんぼく二きやうのだいしうことごと
くぐぶして、ごむしよのめぐりに、わがてらでらのがくをうつことありけり。まづしやうむてんわうのごくわん、
あらそふべきてらなければ、とうだいじのがくをうつ。つぎにたんかいこうのごぐわんとて、こうぶくじのがくをうつ、
ほくきやうには、こうぶくじにむかへてえんりやくじのがくをうつ。つぎにてんむてんわうのごぐわん、けうだいくわしやう、ち
しようだいしのさうざうとて、をんじやうじのがくをうつ。しかるをさんもんのたいしう、いかがおもひけん、せんれいを
そむいて、とうだいじのつぎ、こうぶくじのうへに、えんりやくじのがくをうつあひだ、なんとのだいしうとやせまし、
27
かくやせましとせんぎするところに、ここにこうぶくじのさいこんだうしゆ、くわんおんばう、せいしばうとて、きこえた
るだいあくそう二にんありけり。くわんおんばうはくろいとおどしのはらまきに、しらつかのなぎなたくきみじかにとり、せい
しばうは、もえぎおどしのよろひき、こくしつのおほだちもつて、二にんつとはしりいで、えんりやくじのがくをきつ
ておとし、さんざんにうちわり、うれしやみづ、なるはたきのみづ、ひはてるともたえずと、うた
へと、はやしつつ、なんとのしうとのなかへぞいりにける。
○ 九 きよみづえんじやう
さんもんのだいしう、らうぜきをいたさば、てむかひすべきところに、こころぶかうねらふかたもやありけん、ひとこと
ばもいださず、みかどかくれさせたまひてのちは、こころなきさうもくまでもみなうれへたるいろにこそあるべき
に、このさうどうのあさまつしさに、たかきもいやしきも、きもたましひをうしなつて四はうへみなたいさんす。おなじ
き二十九にちのうまのこくばかりさんもんのだいしうおびただしうげらくすときこえしかば、ぶしけんびゐし、にし
さかもとにゆきむかつて、ふせぎけれども、ことともせずおしやぶつてらんにふす。またなにもののまをしいだし
たりけるやらん、一ゐん、さんもんのだいしうにあふせて、へいけつゐたうせられるべきよしきこえしかば、ぐん
びやうだいりにさんじて、四はうのぢんとうをかためてけいごす。へいしの一るゐ、みな六はらへはせあつまる。一ゐん
もいそぎ、六はらへごかうなる。きよもりこう、そのときは、いまだだいなごんのうだいしやうにておはしける
28
が、おほきにおそれさわがれけり。こまつどのなにによりて、ただいまさるおんことのわたらせたまひさふらふべ
きと、しづめまをされけれども、つはものどもさはぎののしることおびただし。されどもさんもんのだいしう、六はら
へはよせずして、そぞろなるせいすゐじにおしよせて、ぶつかくそうばう一うものこさずやきはらふ。
これはさんぬるごさうそうのよの、くわいけいのはぢをきよめんがためとぞきこえし。せいすゐじは、こうぶくじの
まつじたるによつてなり。せいすゐじやけたりけるあした、くわんおんくわかうへんじやうちはいかにとふだに
かいて、だいもんのまへにぞたつたりける。つぎのひ、またれきごふ[れきごな]ふしぎちからおよばずと、かへしへのふだを
ぞうつたりける。しうとかへりのぼりければ、一ゐんもいそぎ六はらよりくわんぎよなる。おんおくりにはしげ
もりのきやう[きみ]ばかりぞまゐられける。ちちのきやうはまゐられず。なほようじんのためかとぞみえし。しげもりの
きやう、おんおくりよりかへられければ、ちちのだいなごんのたまひけるは、さても一ゐんのごかうこそおほきに
おそれおぼゆれ。かねてもおぼしめしより、あふせらるるむねのあればこそ、かくはきこゆらめ。
それにもなほうちとけたまふまじとのたまへば、しげもりのきやうまをされけるは、このことゆめゆめおこと
ばにもみけしきにも、いださせたまふべからず。ひとにこころつけがほに、なかなかあしきおんことなり。
これにつけてもよくよくゑいりよにそむかせたまはで、ひとのためにおんなさけをほどこさせましまさば、
しんめい三ばうかごあるべし。さらんにとつては、おんみのおそれさふらふまじとて、たたれたれば、
しげもりのきやうは、ゆゆしうおほやうなるものかなとぞ、ちちのきやうものたまひける。一ゐんくわんぎよの
29
のち、ごぜんにうとからぬきんじふしやたちかずおほくさふらはれけるがなかに、さてもふしぎのことをまをしいだし
たるものかな。つゆもおぼしめしよらぬものをとおほせければ、ゐんちうのきりものにさいくわうほふしとい
ふものあり。をりふしごぜんちかうさふらひけるが、すすみいでて、てんにくちなし、ひとをもつていはせよと
まをす。へいけもつてのほかのくわぶんにさふらふ、てんのおんぱからひにやとぞまをしける。ひとびとこのことよしなし、
かべにみみあり。おそろしおそろしとぞ、おのおのささやきあはれける。さるほどに、そのとしはりやうあんな
りければ、ごけい、だいじようゑもおこなはれず、けんしゆんもんゐん、そのときはいまだひんがしのおんかたとまをしける、
そのおんぱらに、一ゐんのみやの五さいにならせたまふのましましけるを、たいしにたてまゐらつさせ
たまふべしときこえしほどに、おなじき十二ぐわ〔つ〕二十しにち[よつか]にはかにしんわうのせんじ[せいじ]かふむらせたまふ。あくれば
かいげんあつてにんなんとがうす。十ぐわ〔つ〕やうかのひ、きよねんしんわうのせんじかふむらせたまひたりしわうじ、とうさん
でうにて、とうぐうにたたせたまふ。とうぐうは、おんをぢ、六さい。しゆじやうはおんをひ、三さい。いづれもせうばく
にあひかなはず。ただしくわんな二ねんに、一でうのゐんの六さいにておんそくゐあり。三でうのゐん十一さいにてとう
ぐうにたたせたまふ。せんれいなきにしもあらず。しゆじやうは二さいにて、おんゆづりをうけさせたまひて、
わづか五さいとまをししにんぐわ〔つ〕十九にちに、おんくらゐをすべつて、しんゐんとぞまをしける。いまだおんげ〔ん〕ぷくもな
くして、だいじやうてんわうのそんがうあり。かんか、ほんてうこれやはじめならん。にんなん三ねん三ぐわ〔つ〕はつか
のひ、しんていたいきよくでんにしてごそくゐあり。そもそもこのきみのくらゐにつかせたまひぬるは、いよいよへい
30
けのえいぐわとぞみえし。こくもけんしゆんもんゐんとまをすは、へいけの一もんにておはします、とりわけにふ
だうさうこくのきたのかた、八でうの二ゐどののおんいもうとなり。またへいだいなごんときただのきやうとまをすも、このにようゐんの
おんせうとなるうへ、うちのごぐわいせきなり。ないげにつけても、しつけんのしんとぞみえし。そのころのじよゐ、
ぢよもくとまをすも、ひとへにこのときただのきやう[きみ]のままなりげり。やうきひがさいはひしとき、やうこくちうがうさかえ
し〔が〕ごとし。よのおぼえ、ときのきらめでたかりき。にふだうさうこくてんがのだいせうじをのたまひあはせら
れたりければ、ときのひとへいくわんぱくとぞまをしける。
○ 十 でんがののりあひ
さるほどに、かおうぐわんねん七ぐわ〔つ〕十六にち、一ゐんごしゆつけあり、ごしゆつけののちも、ばんきのまつりごとをし
ろしめされければ、ゐん、うち、わくかたなし。ゐんぢうにちかくめしつかはれけるくぎやうでんじやうびと、
しやうげのほくめんにいたるまで、くわんゐほうろく、みなみにあまるばかりなり。されどもひとのこころのならひにて、
なほあきたらで、あつぱれそのひとのうせたらば、そのくにはあきなん、そのひとのほろびたら
ば、そのくわんにはなりなむなんど、うとからぬどちは、よりあひよりあひささやきけり。一ゐん
もないないあふせなりけるは、むかしよりよよのてうてきをたひらげたるものおほしといへども、いまだかやうの
ことなし。さだもり、ひでさとがまさかどをうち、らいぎがさだたふ、むねたふをほろぼし、ぎかがたけひら、いへひらをせ
31
めたりしにも、けんじやうおこなはれしこと、じゆりやうにはすぎざりき。きよもりが、かくこころのままにふ
るまうことこそしかるべからね。これもよすゑになつて、わうはふのつきぬるゆゑなりとは、あふせな
りけれども、ついでなければ、おんいましめもなし。へいけもまたべつして、てうかをうらみたてまつることもなか
りしが、よのみだれそめけるこんぼんは〔な〕、いんじかおう二ねん十ぐわ〔つ〕十六にち、こまつどののじなんしん三みのちう
じやうすけもりのきやう、そのときはいまだゑちぜんのかみとて、しやうねん十三になられけるが、ゆきははだれにふ
う[*この一字不要]つたりけり。かれののけしきまことにおもしろかりければ、わかきさむらひども、三十きばかりめしぐ
して、れんだいのや、むらさきの、うこんのばばにうちいで、たかどもあまたすゑさせ、うづら、ひばりをお
ひたておひたて、ひねもすにかりくらし、はくぼにおよんで六はらへこそかへられけれ、その
ときのごせうろくは、まつどのにてぞましましける。ひんがしどうゐんのごしよよりごさんだいありけり。いうはうもん
よりじゆきよなるべきにて、ひんがしのどうゐんをみなみへ、おほゐのごもんをにしへぎよしゆつなる。すけもりのあそん、
おほゐのごもんゐのくまにて、でんがのぎよしゆつにはなつきにまゐりあふ。おんとものひとどもなにものぞ、らうぜき
なり、ぎよしゆつのなるに、のりものよりおりさふらへおりさふらへと、いらでけれども、あまりにほこりいさみ、よ
をよともせざりけるうへ、めしぐしたるさむらひどもも、みな二十よりうちのわかものどもなれば、れいぎ
こつぽふわきまへたるもの一にんもなし。でんがのぎよしゆつともいはず、一せつげばのれいぎにもおよばず、ただ
かけやぶう[*この一字不要]つてとほらんとするあひだ、くらさはくらし、つやつやだいじやうにふだうのまごともしらず。またせう
32
せうはしりたれども、そらしらずして、すけもりのあそんを[の]はじめとして、さむらひどもみなうまよりとつてひ
きおろし、すこぶるちじよくにおよびけり。すけもりのあそん、はふばふ六はらへかへりおはして、おほぢの
さうこくぜんもんにこのよしうつたへまをされければ、にふだうおほひにいかつて、たとへ、でんがなりとも、じやうかいが
あたりをばはばかりたまふべきに、さうなうあのをさなきものに、ちじよくをあたへられけるこそゐこんの
しだいなれ。かかることよりして、ひとにはあざむかるるぞ。このことでんがにおもひしらせたてまつらでは、え
こそあるまじければ、いかにもして、でんがをうらみたてまつらずやとのたまへば、しげもりのきやう[きよう]まをさ
れけるは、これはすこしもくるしうさふらふまじ。よりまさ、みつもとなどまをすげんじどもに、あざむかれて
もさふらはんは〔な〕、まことに一もんのちじよくにてもさふらふべし。しげもりがこどもとてさふらはんずるものが、
とののぎよしゆつにまゐりあひて、のりものよりおりさふらはぬことこそ、かへすかへすもびろうにさふらへとて、そ
のとき、ことにあうたるさむらひどもみなめしよせて、じこんいご、なれらよくよくこころうべし。あやまァつてでん
がへぶれいのよしをまをさばやとおもへとてこそかへされけれ。そののちにふだう、こまつどのには、かくと
ものたまひもあはせずして、かたゐなかのさむらひのきはめてこはらかにて、にふだうのあふせよりほか、またよに
おそろしきことなしとおもふさむらひども、なんば、せのををはじ〔め〕として、つがふ六十よにん、めしよせて、きたる
二十一にち、でんがぎよしゆつあるべかんなり。いづくにてもまちうけたてまつり、ぜんく、みずゐじんどもが
もとどりきつて、すけもりがはぢそそげとこそのたまひけれ。つはものどもかしこまりうけたまはつてまかりいづ。でんが、
33
これをばゆめにもしろしめされず。しゆじやう、みやうねんごげんぷく、ごかくわん、はいくわんのおんさだめのために、ごち
よくろしばらくにあるべきにて、つねのぎよしゆつよりはひきつくろはせたまひて、こんどはたいけんもんよりじゆきよ
あるべきにて、なかのみかどをにしへぎよしゆ〔つ〕なる。ゐのくま、ほりかはのほとりにて、ろくはらのつはものども、
ひたかぶと三百よきまちうけたてまつり、でんがをなかにとりこめまゐらせて、ぜんごより一どに、ときを
どつとぞつくりける。せんぐ、みずゐしんどもが、けふをはれとしやうぞいたるを、あそこにお
ひかけ、ここにおひつめ、さんざんにれうりやくし、一々にみなもとどりをきる。ずゐしん十にんのうち、みぎのふ
しやうたけもとがもとどりをもきられてんけり。そのなかに、とうくらんどのたいふたかのりがもとどりをきるとて、これ
はなんぢがもとどりとおもふべからず、しゆのもとどりとおもふべしと、いひふくめてぞきつてんげる。その
のち、みくるまのうちへも、ゆみのはずつきいれなんどして、すだれかなぐりおとし、おんうしのしりがひ、むな
がひきりはなち、かくさんざんにしちらし、よろこびのときを咄とつくり、六はらへまゐりけれ、にふ
だう、しんめうなりとぞのたまひける。おんくるまぞへには、いなばのさいづかひ、とばのくにひさまるといふ
をとこ、げろうなれども、さかざかしきものにて、おんくるまをしつらひつかまァあて、なかのごもんのご
しよへくわんぎよなしたてまついる。そくたいのおんそでにて、おんなみだをおさへさせたまひつつ、くわんぎよのぎしきのあさ
まつしさ、まをすもなかなかおろかなり。たいしよくくわん、たんかいこうのおんことは、あげてまをすにおよば
ず。ちうじんこう、せうせんこうよりこのかた、せつしやうくわんぱくの、かァかるおんめにあはせたまふこと、いまだうけたまは
34
りおよばず。これこそへいけのあくぎやうのはじめなれ。こまつどの、おほきにさはいで、そのときゆきむかつた
るさむらひども、みなか〔ん〕だうせらる。たとへにふだういかなるふしぎをげぢしたまふとも、などしげもりにゆめ
ばかりもしらせざりけるぞ。およそはすけもりきくわいなり、せんだんは〔な〕二ばよりかうばしとこそみえた
れ。すでに十二三にならんずるものが、いまはれいぎをぞんちしてこそふるまふべきに、かやうの
びろうをげんじて、にふだうのあくみやうをたつ、ふぎやうのいたり。なんぢひとりにありとて、しばらくいせのくに
へおつくださる。さればこのたいしやうをば、きみもしんもぎよかんありけるとぞきこえし。
○ 十一 ししのたに
しゆじやうごげんぷくのおんさだめ、そのひはのびさせたまひて、おなじき二十五にちゐんのでんじやうにてぞ、
にはかにごげんぷくのおんさだめはありける。せつしやうどの、さてもわたらせたまふべきならねばおなじき十二
ぐわ〔つ〕ここのかのひかねせんじをかふむらせたまひて、十しにちだいじやうだいじんにのぼらせたまふ。やがておなじき十七にち
よろこびまをしのありしかども、せけんはなほもにがにがしうぞみえし。さるほどにことしもくれて、
かおうもみとせになりにけり。しやうぐわ〔つ〕いつかのひ、しゆじやうごげんぷくあァて、おなじき十三にちてうきんのごこう
ありけり。ほふわう、によゐん、まちうけまゐらさせたまひて、うゐかうふり、のよそほひ、いかばかりらうた
くおぼしめされけん。にふだうさうこくのおんむすめ、にようごにまゐらせたまふ。おんとし十五さい、ほふわうごゆうしの
35
ぎなり。めうおんゐんのおとど、だいじや〔う〕のうだいじんそのときはいまだないだいじんのさだいしやうにてましましけるが、
だいしやうをじしまをさせたまふことありけり。ときにとくだいじのだいなごんじつていのきやう、そのじんにあひあたり
たまふ。またくわざんのゐんのちうなごんかねまさのきやうもしよもうあり。そのほか、こなかのみかどのとうちうなごんかせい
のきやうの三なんしんだいなごんなりちかのきやうもひらにまをさる。このだいなごんはゐんのみけしきよかりけれ
ば、さまざまのいのりどもはじめらる。まづやはたに百にんのそうをこめて、しんどくのだいはんにやをしちにちよ
ませられたりけるさいちうに、かうらのだいみやうじんのおんまへなるたちばなのきへ、をとこやまのかたよりやまばとみつつ
とびきたつて、くひあひてぞしににける。はとは八まんだいぼさつのだい一のししやなりければ、みや
てらにかかるふしぎなしとて、ときのけんきやうきやうさいほふいん。このよしだいりへそうもんしたりければ、これただ
ごとにあらず。おんうらあるべしとて、しんぎくわんにしておんうらあり。おもきおんつつしみとうらなひまをす。ただし
これはきみのおんつつしみにはあらず、しんかのつつしみなりとぞまをしける。それにだいなごんおそれもいたされず、
ひるはひとめのしげければ、よなよなかちあるきにて、なかのみかどからすまるのしんだいなごんのしゆくしよより、かも
のかみのやしろへななよつづけてまゐられけり。ななよにまんずるよ、しゆくしよにげかうしてちつと、うちま
どろみたりけるゆめに、かものかみのやしろへまゐりたるとおぼしくて、ごはうでんのみとおしひらき、ゆ
ゆしうけだかげなるおんこゑにて、
さくらばな[さくらばか]かものかはかぜうらむなよちるをばえこそとどめざりけれ
36
だいなごん、これになほおそれをもいたされず、かものかみのやしろのごはうでんのおんうしろなるすぎのうろにあたら
しうだんのたてて、あるひじりをこめて、だぎにのはふを百にちおこなはせられけるに、にはかにそらかきくも
り、いかづちおびただしうなつて、かのおほすぎのうへにおちかかり、らいくわもえあがつて、きうちうすでにあや〔ふ〕うみえける
を、みやうとどもはしりあつまつて、これをうちけす。さてかのぐわいはふおこなひけるひじりを、おひいだせんと
す。われたうしやに百にちさんろうのこころざしあァつて、けふはわづかに七十五にちにこそあれ。まつたくいでまじと
てうごかず。このよしをしやけよりだいりへそうもんしたりければ、ただはふにまかせよとせんじをくださる。
そのときじんにんしらつゑをもつて、かのひじりがうなじをしらげて、一でうのおほちよりみなみへおつこしてんげり。
しんはひれいをうけたまはずとまをすにこのだいなごん、ひぶんのだいしやうをいのりまをされければにや、か
かるふしぎもいできにけり。そのころのじよゐ、ぢもくとまをすは、ゐん、うちのおんぱからひにもあ
らず、せつしやうくわんぱくのごせいばいにもおよばず、世はひたすらへいけのままにてあるあひだはとくだいじ、くわ
ざんのゐんもなりたまはず、にふだうさうこくのちやくなんこまつどの、そのときはいまだだいなごんのうだいしやうにておは
しけるが、ひだんにうつつて、じなんむねもり、ちうなごんにておはせしが、すうはいのじやうらふをてうおつして、
みぎにくはへられけるこそ、まをすばかりもなかりしか、なかにもとくだいじどのは、一のだいなごんに
て、くわぞく、えいゆう、さいがくいうちやう、けちやくにておはしけるが、へいけのじなんむねもりのきやうに、かかいこ
えられたまひけり。ただしごしゆつけなんどもやあらんずらんと、ひとびとまをしあはされけれども、とくだい
37
じどのは、しらばくよのならんやうみんとて、だいなごんをじして、ろうきよとぞきこえし。しんだいなごんなり
ちかのきやうのたまひけるは、とくだいじ、くわざんのゐんにこえられたらんは〔な〕、いかがせん。へいけのじ
なんむねもりのきやうに、かかいこえられぬるこそゐこんのしだいなれ。これににふだうさうこくよろずおもふやう
なるがいたすところなり、いかにもしてへいけをほろぼし、ほんもうをとげんとのたまひけるこそおそろしけ
れ。ちちのきみはこのよはひでは、わづかちうなごんまでこそいたられしか、そのばつしにて、くらゐじやう二ゐ、
くわんだいなごんにへあがつて、だいこくあまたたまはりて、しぞくしよじうてうをんにほこれり。なんのふそくあつてか、
かかるこころつかれけん。ひとへにてんまのしわずとぞみえし。へいぢにも、ゑちごのちうじやうとて、のぶより
のきやうにどうしんのあひだ、そのときすでにちう[ちゆ]せらるべかりしを、こまつどののさまざまにまをさせたまひて、
かうべをつぎたてまつりてましけるをそのをんを[の]わすれて、ぐわいじんもなきところにへやうぐをととのへ、ぐんびやうをかたら
ひおき、あさゆふはただいくさがつせんのいとなみのほかは、またたじなしとぞみえたりける。ひがしやまししがたにと
いふところは、うしろはみゐでらにつづいて、ゆゆしきじやうくわくにてぞありける。それにしゆんくわんそうづのさん
ざうあり。かれにつねはよりあひよりよりあひ、へいけほろぼすべきよしのはかりごとをぞめぐらしける。あるときほふわうも
みゆきなる。こせうなごんにふだうしんぜいのしそく、じやうけんほふいんもおんともつかまつらる。そのよのしゆえんに、この
よしをあふせあはせられたりければ、ほふいんあなあさまし、ひとあまたうけたまはりさふらひぬ。ただいまもれきこえ
て、てんかのおんだいじにおよびさふらひなんずとまをされければ、だいなごんけしきかはつて、つとたたれ
38
けるが、みまへにたてられたりけるへいじを、かりぎぬのそでにかけてひきたふされたりけるを、
ほふわうえいらんなつて、あれはいかにとあふせければ、だいなごんたちかへつて、へいしたふれさふらひぬと
まをされける。ほふわうもゑつぼにいらせおはしまし、ものどもまゐつてさるがくつかまつれとあふせければ、
へいはうぐわん[はうくわん]やすより、つとまゐつて、ああ、あまりにへいじのおほうさふらふに、もてゑひてさふらふとまをす。
しゆんくわんそうづさてそれをばいかがつかまつりさふらふべき。さいくわうほふし、ただくびをとるにはしかじとて、
へいじのくびをとつてぞいりにける。はふいんあまりのあさまつしさに、つやつやものもまをされず、かへ
すがへすもおそろしかりしことどもなり。よりきのともがらたれだれぞ、あふみのちうじやうにふだうれんじやう、ぞくみやうなり
まさ、ほつしやうじのしゆぎやうしゆんくわんそうづ、やましろのかみもとかね、しきぶのたいふ[たいう]まさつな、へいはうぐわんやすより、そうはうぐわん
のぶふさ、しんぺいはうぐわん[はうがん]すけゆき、ぶしにはただのくらんどゆきつなをはじめとして、ほくめんのものどもおほくよりきして
んけり。
○ 十二 うがはがつせん
間之物
そもそもこのほつしやうじのしゆぎやうしゆんくわんそうづとまをすは、きやうごくのみなもとのだいなごんまさとしきやうのまご、きでらのほふいん
くわんがにはこなりけり。そぶだいなごんはさしてゆみやとるいへにはあらねども、あまりにはらあ
しきひとにて、三でうのばうもん、きやうごくのしゆくしよのまへをば、ひとをもやすくとほされず、つねはなかみかどに
39
たたずみ、はをくひしばり、いかつてこそおはしけれ。かかるおそろしきひとのまごなればにや、
このしゆんくわんもそうなれども、こころたけう、よしなきむほんにもくみしてげるなり。
しんだいなごんなりちかのきやう、ただのくらんどゆきつなをめいて、こんどごへんを[の]ば、一ぱうのたいしやうにたのむなり。
このことしおほせつるものならば、くにをもしやうをもしよもうによるべし。まづゆぶくろのれうにとて、
しろぬの五十たんおくられたり。あんげん三ねん三ぐわつ十五にちのひ、めうおんゐんどの、だいじやうだいじんにてんじたまへり。
かはりにこまつどの、みなもとのだいなごんさだふさきやうをこえて、ないだいじんになりたまふ。やがてだいきゃうおこなはる。だい
じんのたいしやうめでたかりき。そんじやには、おほゐみかどのうだいじんつねむねこうとぞきこえし。一のかみこ
そせんとなれども、ちちうぢのあくざふのごれいそのおそれあり。ほくめんはじやうこにはなかりけり。しら
かはのゐんのおんとき、はじめおかれてよりこのかた、さきもりどもあまたさふらひけり。ためとし、もりしげ、わらはより、
いまいぬまる、せんじゆまるとて、これらはさうなききりものにてぞありける。とばのゐんのおんときも、すゑより、
すゑのりふし、ともにてうけにめしつかはれてありしが、つねはでんそうするをりもありなんどきこえしか
ども、これらはみのほどをふるまひてこそありしか、このときのほくめんのはいは、こ〔と〕のほかにくわぶんに
て、くぎやうでんじやうびとをもことともせず、しもほくめんよりかみほくめんにのぼり、かみほくめんよりでんじやうのまじはりを
ゆるさるるものもおほかりけり。かくのみおこなはるるあひだ、をごれるこころどもつきて、よしなきむ
ほんにもくみしてけるにこそ。(以上間之物)
40
こせうなごんにふだうしんぜいのもとにめしつかはれけるもろみつ、なりかげといふものあり。もろみつはあはの
くにのざいちやう、なりかげはみやこのもの、しゆくこんいやしきげらふなり。こんでいわらはか、もしくはかくごしやにてもやあ
りけん。さかさかしかりしによりてゐんへもめしつかはれけるが、もろみつはさゑもんのじよう、なり
かげはうゑもんのじやうとて、二にん一どにゆきへのじじうになりぬ。ひととせのぶ[*この二字不要]しんぜい〔こと〕にあひしとき、二にんとも
にしゆつけして、さゑもんにふだうさいくわう、うゑもんにふだうさいけいとて、これらはしゆつけののちも、ゐんのみくらあづか〔り〕
にてぞさふらひける。かのさいくわうがこに、もろたかといふものあり。これ[もれ]もさうなききりものにて、けんび
ゐし五ゐのじようまでへのぼつて、あまつさへあんげんぐわんねん十二ぐわ〔つ〕二十九にち、つゐなのぢもくに、かがのかみに
ぞなされける。こくむをおこなふあひだ、ひほふひれいをちやうかうし、じんじやぶつじ、けんもんせいけのしよりやうをぼつたふ
して、さんざんのことどもにてぞありける。たとへせうこうがあとをへだつといふとも、をんびん[はんびん]のまつりごとをおこな
ふべかりしに、かくこころのままにふるまふあひだ、おなじ二ねんのなつのころ、こくしもろたかがおとうと、こんどうはう
ぐわんもろつねを、かがのもくだいにほせらる。もくだいげちやくのはじめ、こうのほとりにうがはといふやまでらあり。
をりふしじそうどもが、ゆをわかいてあびけるを、らんにふしておひあげ、わがみあび、ざうにんばらお
ろし、うまあらはせなんどしけり。じそういかりをなして、むかしよりこのところはこくはうのもののにふぶする
ことなし。せんれいにまかせて、すみやかににふぶのわうばうやめよやとぞまをしける。もくだいおほきにいか
つて、さきざきのもくだいは、みなふかくでこそいやしまれたれ。とうもくだいにおいては、すべてその
41
ぎあるまじ。ただはふにまかせよといふほどこそありけれ、じそうどもは、こくはうのものをおひいださ
んとす、こくはうのものどもはついでをもつて、らんにふせんとうちあひ、はりあひしけるほどに、もくだい
もろつねがひざうしけるうまのあしをぞうちをりける。そののちはたがひにゆみやへいぢやうをたいして、いあひ
きりあひすこくたたかふ。よにいりければ、もくだいかなはじとやおもひけん、ひきしりぞき、そののちたう
ごくのざいちやうら、一千よにんもよほしあつめ、うがはにおしよせ、ばうしや一うものこさずみなやきはらふ。う
がはといふは、はくさんのまつじなり。このことうつたへんとて、すすむらうそうたれだれぞ、ちしやく、かくみやう、ほふ
だいばう、しやうち、がくおん、とさのあじやりぞすすんだる。はくさん三じや八ゐんのだいしう、ことごとくおこりあひ、
つがふそのせい二千よにん、おなじ七ぐわ〔つ〕ここのかのひのくれがたに、もくだいもろつねがやかたちかうこそおしよせたれ。
けふはひくれぬ。あすのいくさとさだめて、そのひはよせでゆらへたり。つゆふきむすぶあきかぜは、
いむけのそでをひるがへし、くもゐをてらすいなづまはかぶとのほしをかがやかす。もくだいかなはじとやおもひけん、よにげ
にしてみやこへのぼる。あくるうのこくにおしよせて、ときをどつとぞつくりける。しろのなかには
おともせず。ひとをいれてみせければ、みなおちてさふらふとまをす。だいしうちからおよばでひきしりぞく。さ
らばさんもんへうつたへんとて、はくさんちうぐうのしんによかざりたてまつて、ひえいざんへふりあげたてまつる。おなじき
八ぐわ〔つ〕十二にちのうまのこくばかり。はくさんちうぐうのしんによ、すでにひえいざんひんがしさかもとにつかせたまふときこえ
しかば、ほくこくのかたよりいかづちおびただしくなつて、みやこをさしてなりのぼり、はくせつふつてちをうづみ、
42
さんじやうらくちうおしなべて、ときはのやまのこずひまでみなしらたへになりにけり。
○ 十三 ぐわんだて
しんによをば、まらうどのみやへいれたてまつる。このまらうどとまをすは、はくさんめうりごんげんにておはし
ます。まをせばふしのおんなかなり。まづさたのじやうふはしらず。せいぜんのおんよろこび、ただこのことにあ
り。うらしまがこのななよのまごにあへりしにもすぎ、たいないのもののりやうぜんのちちをみしにもこえた
り。三千のしゆとくびすをつぎ、七しやのじんにんそでをつらねじじこくこくのほつしやうきねん、ごんごだうだんのことども
にてぞさふらひける。さるほどにさんもんには、こくしかがのかみもろたかをるざいにしよせられ、をとうとこん
どうはうぐわんもろつねをきんごくせらるべきよし、そうもんすといへども、ごさいきよもなかりしかば、しかる
べきくぎやうでんじやうびとは、あはれとくしてごさいきよあるべきものを、むかしよりさんもんのそしようはたに
ことなり。おほくらのきやうためふさ、だざいのごんのかみすゑなかのきやうは、さしもてうけのぢうしんたりしかども、さん
もんのそしようによつて、るざいせられたまひにき。いはんやもろたかなんどは、ことのかずにもやはあるべ
き、しさいにやおよぶべきとまをしあはれけれども、だいじんはろくをおもんじていさめず、せうしんはつみに
おそれてまをさずといふことなれば、おのおのくちをとぢたまへり。
かもがはのみづ、すごろくのさい、やまほふし、これぞわがおんこころにかはなぬものと、しらかはのゐんもあふせ
43
なりけるとかや。とばのゐんのおんときも、ゑちぜんのへいせんじを、さんもんへよせられけることは、
たうざんをごきえあさからざるによつてなり。ひをもつてりとすと、せんげせられてこそ、ゐんせん
をばくだされけれ。されば、がうのそつきやうばうのきやうのまをされしさんもんのたいしう、ひえのしんによをぢんとうへ
ふりたてまつて、そしようをいたさば、きみはいかがおんぱからひさふらふべきとまをされければ、ほふわうげにも
さんもんのそしようはもだしがたしとぞ、あふせける。いんじかはう二ねん三ぐわ〔つ〕ふつかのひ、みののかみみなもとの
よしつなのあそん、たうごく[たうごん]しんりうのしやうをたふすあひだ、やまのくじうしやゑんおうをせつがいす。これによつてひよしのしや
し、えんりやくじ[えんれきじ]のじくわん、つがふ三十よにん、まをしぶみをささげて、ぢんとうへさんじたるを、ご二でうのくわんぱくどの、
やまとげんぢなかつかさのごんせうぶよりはるにあふせて、これをふせがせらるるに、よりはるがらうとうやをはなつ、やには
にいころさるるもの八にん、きずをかふむるもの十よにん、しやししよし四はうへみな退散(たいさん)す。これによつ
てさんもんのじやうかうら、しさいをそうもんのために、おびただしくげらくすときこえしかば、ぶし、けんびゐし、
にしさかもとにゆきむかつて、みなおつかへす。さるほどにさんもんには、ごさいだんちちのあひだ、ひえのしん
によをこんぽんちうだうへふりあげたてまつり、そのおんまへにて、しんどくのだいはんにやをしちにち[しちにり]よみて、ご二でうの
くわんぱくどのをじゆそしたてまつる。けつぐわんのだうしには、ちういんほふいん、そのときはいまだちういんぐぶとまをししが、
かうざにのぼり、かねうちならし、けいびやくのことばにいはく、われらがなたねのふたはよりおほしたてたま
ひしかみたち、ご二でうのくわんぱくどのに、かぶらやひとつはなちあてたまへ、だいはちわうじごんげんと、たからかにこ
44
そきせいしたりけれ。そのよやがてふしぎのことありけり。はちわうじのごてんより、かぶらやのこゑ
いでて、わうじやうをさしてなつてゆくとぞ、ひとのゆめにはみえたりける。そのあした、くわんぱくどの
のごしよのごかうしをあけけるに、ただいまやまよりとつてきたりけるやうに、つゆにぬれたるしきみ
ひとえだたちたりけるこそふしぎなれ。やがてそのよよりご二でうのくわんぱくどの、さんわうのとがめとて、
おもきおんいたつきをうけさせたまひて、うちふさせたまひしかば、ははうへおほどののきたのまんどころ、おほいにおんなげき
あつて、おんさまをやつし、いやしきげらうのまねをして、ひえのやしろへまゐらつさせたまひて、しちにちしち
よがあひだいのりまをさせおはします。まづあらはれてのごりふぐわんには、しばでんがく百ばん、百ばんのひとつ
もの、けいば、やぶさめ、すまふおのおの百ばん、百ざのにわうかう、百ざのやくしかう、いつちやくしゆはんのやくし百だい、
とうじんのやくし一だい、ならびにしやか、あみだのざう、おのおのざうりつくやうせられけり。またごしんちうに、みつつ
のごりふぐわんあり。おんこころのうちのおんことなれば、いかでかひとこれをしりたてまつるべきに、それ
よりもまたふしぎなりけることには、しちよにまんずるよ、八わうじのおんやしろにいくらもありける
まゐりうどどものなかに、みちのくよりはるばるとのぼりたりけるわらはみこ、よはばかりににはかにたえいりけ
り。はるかにかつぎいだしていのりければ、やがてたつてまひかなづ。ひと、きどくのおもひなしてこれ
をみる。はんときばかりまうてのち、さんわうおりさせたまひて、さまざまのごたくせんこそおそろしけれ。
しゆじやうらたしかにうけたまはれ、おほどののきたのまんどころけふしちにちわがおんまへにこもらせたまひたり。ごりふぐわんみつつあ
45
り。まづひとつには、こんどでんがのじゆみやうをたすけさせおはしませ。さも侍はば、おほみやのしたどの
にさふらふ、もろもろのかたわうどにまじはつて、一千にちがあひだ、あさゆふみやづかへまをさんとなり。おほどののきた
のまんどころにて、よをよともおぼしめさですごさせたまふみこころにも、こをおもふみちにまよひぬれば、
いぶせきことをもわすられて、あさましげなるかたわうどにまじはつて、一千にちがあひだ、あさゆふ
みやづかへまをさんとあふせらるるこそ、まことにあはれにおぼしめせ。ふたつには、おほみやのはしどのより八わう
じのおんやしろまで、くわいらうつくつてまゐらせんとなり。三千のたいしう、ふるにも、てるにも、しやさんの
ときいたはしくおぼゆるに、くわいらうつくられたらんには、いかにめでたからん。三つには八わう
じのおんやしろにて、ほつけもんどうかうまいにちたいてんなくおこなはすべしとなり、このりふぐわんどもはいづれもおろか
ならねども、せめてはかみふたつは、あさくともありなん。ほつけもんどうかうこそ、一ぢやうあらまほ
しうはおぼしめせ。ただしこんどのそしようは、むげにやすかりぬべきことにてありつるを、ごさいきよ
なくして、じんにんきうじいころされ、しうとおほくきずをかふむつて、なくなく我御前(わごぜ)にまゐりてうつた〔へ〕まをすが、
あまりにここ〔ろ〕ぐるしければ、いかならんよまでもわするべしともおぼしめさず。そのうへ、かれらにあたるところ
のやは、すなはちわくわうすゐしやくのおんはだへにたつたるなり。まことそらごとはこれをみよとて、かたぬぎたるを
みれば、ひだんのわきのした、おほいなるかはらけのくちほどうげのいてぞありける。これがあまりにここ〔ろ〕ぐるしけ
れば、いかにまをすとも、しじうのことはかなふまじ。ほつけもんだうかう一ぢやうあるべくば、みとせが
46
いのちをのべてたてまつらん。それをふそくにおぼしめさば、ちからおよばずとて、さんわうあがらせたまひけり。
ははうへこのごりふぐわんのおんこと、ひとにもかたらせたまはねばたれもらしぬるらんと、すこしもうたがふかたもま
しまさず。(みこころのうちのことどもを、ありのままにごたくせんありぬれば、いよいよ)しんかんにそうて、
とくにたつとくおぼしめし、たとへ一にちへんじとさふらふとも、ありがたくこそさふらふべきに、ましてみ
とせがいのちをのべてたまはらんとあふせらるるこそ、まことにありがたくさふらへども、おんなみだをおさへて
ごけかうありけり。そののちきいのくににでんかのりやう、たなかのしやうといふところを、えいだいはちわうじへき
しんせらる。さればいまのよにいたるまで、八わうじのおんやしろにて、ほつけもんだうかう、まいにちたいてんなし
とぞうけたまはる。かかりしほどに、ご二でうのくわんぱくどの、おんやまひかるませたまひて、もとのごとくになら
せたまふ、じやうげよろこびあはれしほどに、みとせのすぐるはゆめなれや、えいちやう二ねんになりにけり。
六ぐわ〔つ〕二十一にち、またご二でうのくわんぱくどの、おんくしのきはにあしきおんかさいでさせたまひて、うちふさ
せたまひしが、おなじき二十七にち、おんとし三十八にてつひにかくれさせたまひぬ。みこころのたけさことわり
のつよさ、さしもゆゆしくおはせしかども、まめやかにことのきふにもなりぬれば、おんいのちを
をしませたまひけり。まことにをしかるべし。四十にだにみたせたまはで、おほどのにさきだたせたまふ
こそかなしけれ。かならずちちをさきだつべしといふことなけれども、しやうしのおきてにしたがふならひ、
まんどくゑんまんのせそん、十ちくぎやうのだいじたちもちからおよばせたまはぬしだいなり。じひぐそくのさんわう、り
47
もつのはうべんにてましませば、おとがめなかるべしともおぼえず。
○ 十四 みこしふり
さるほどに、さんもんには、こくしかがのかみもろたかをるざい[ゐざい]にしよせられ、おとうとこんどうはうぐわんもろつねをきん
ごくせらるべきより、そうもんたびたびにおよぶといへども、ごさいきよなかりしかば、ひえのさいれいを
うちとどめ、あんげん三ねんしんぐわ〔つ〕十三にちの、たつの一てんに、十ぜんじ、まらうど、八わうじ、三じやのしん
によをかざりたてまつて、ぢんとうへふりたてまつる。さがりまつ、きれつつみ、かものかははら、ただす、うめただ、やなぎはら、
とうほくゐんのほとりに、しらだいしう、しんにん、みやじ、せんだうみちみちて、いくらといふかずをしらず。しんによ
は一でうをにしへいらせたまふに、ごじんぽうてんにかが〔や〕き、にちぐわ〔つ〕ちにおち[ちち]たまふかとおどろかる。これに
よつて、げんぺいりやうかのたいしやうぐんにあふせて、しはうのぢんとうをかためて、たいしうふせぐべきよしあふせくだ
さる。へいけには、こまつのないだいじんのさだいしやうしげもりこう、そのせい三千よきにて、おほみやおもてのやうめい、
たいけん、いくはう、三つのもんをかためたまふ。おとうとむねもり、とももり、しげひら、をぢよりもり、のりもり、つねもりなん
どは、せいなんのもんをかためたまふ。げんじには、たいだいしゆごのげん三みよりまさ、わたなべのはぶく、さづくをさきと
して、そのせいわづかに三百よき、きたのもん、ぬひどののぢんをかため[たかめ]たまふ。ところはひろし、せいはすくなし、まばら
にこそみえたりけれ。さてたいしうぶぜいたるによつて、きたのもん、ぬひどののぢんより、しんによをい
48
れたてまつらんとす。よりまさのきやうさるひとにて、いそぎうまよりとんでおり、かぶとをぬぎ、てうづうがひ
をして、しんによをはいしたてまつらる。つはものどももみなかくのごとし。よりまさだいしうのなかへししやをたてて、い
ひおくらるるむねあり。そのつかひは、わたなべのちやう七となふとぞきこえし。となふそのひのそうそくには、きち
んのひたたれに、こざくらをきにかへしたるよろひきて、しやくどうづくりのたちをはき、二十四さいたるしら
はのやおひ、しげとうのゆみわきにはさみ、かぶとをばぬいでたかひも[たかしも]にかけ、しんによのおんまへにかしこまつて、しばら
くしづまられさふらへ、げん三みどのより、しうとのおんうちへまをせとさふらふとて、こんどさんもんのごそしよう、
りうんのでうもちろんにさふらふ。ごさいだんちちこそは、よそにてもゐこんにおぼえさふらへ。しんによいれたてまつ
らんことしさいにおよびさふらはねども、ただしよりまさぶぜいにさふらふ。あけていれたてまつる。ぢんよりいら
せたまひなば、さんもんのだいしうはめだれがほしけりなんど、きやうわらんべのまをさんこと、ごじつのなんにや
さふらはんずらん。あけていれたてまつれば、せんじをそむくににたり。またふせぎたてまつらんとすれば、ねん
ら〔い〕いわうさんわうにかうべをかたむけてさふらふみが、けふよりのち、ながくゆみやのみちにわかれさふらひなんず。かれ
といひこれといひ、かたかたなんぢのやうにおぼえさふらふ。ひんがしのぢんとうたいけんもんをば、こまつどののたいぜいにて
かためられてさふらふ。そのぢんよりいらせたまふべくもやさふらふらんと、いひおくりたりければ、となふ
がかくいふに、ふせがれて、じんにんみやじしばらくゆらへたり。わかたいしう、あくそうども、なんでうその
ぎあるべき。ただこのぢんよりしんによをいれたてまつれや、といふやからおほかりけれども、ここにらうそう
49
のなかに、三たふ一のせんぎしやときこえし、せつつのりつしやがううんすすみいでてまをしけるは、もつともこのぎさ
いはれたり。われらしんによをさきだてまゐらせてそしようをいたさば、たいぜいのなかをうちやぶつてこそ、
こうだいのきこえもあらんずらめ。なかんつく、このよりまさのきやうは、六そんわうよりこのかた、げんじちやくちやくのせい
とう、ゆみやをとつてそのふかくをしらず。およそはぶげいにもかぎらず、かどうにもすぐれたるをのこぞか
し。ひととせ、こんゑのゐんございゐのおんとき、たうざのごくわいのありしに、しんざんのはなといふだいをいださ
れて、ひとびと[ひとひと]みなよみわづらはれたりしを、このよりまさのきみ、
みやまぎのそのこずゑともみえざりしさくらははなにあらはれにけり
といふめいかつかまつて、ぎよかんにあづかるほどのやさをのこに、いかんがときにのぞんで、なさけなうちじよく
をばあたふべき。ただこのぢんよりしんによをかきかへしたてまつれやと、せんぎしたりければ、せんぢん[せんじん]より
こうぢんまで、みなもつとももつともとぞどうじける。さてたいしうしんによをばかきかへしたてまつつて、ひんがしのぢんとうたいけんもん
よりいれたてまつらんとす、らうぜきたちまちいできたつて、ぶしどもさんざんにいたてまつる。十ぜんじのおこしに
も、やどもあまたいつけけり。じんにんきうじいころされ、しうとおほくきずをかうぶつて、をめきさけぶこゑ
ぼんてんまでもきこえ、けんらうちじんもおどろきたまふらんとぞおぼえける。さてたいしう、しんによをばぢんどうに
ふりすてたてまつてなくなくほんざんへこそかへりのぼりけれ。
50
○ 十五 だいりえんじやう
ゆふべにおよんで、くらんどのさせうべんかねみつにあふせて、ゐんのでんじやうにて、にはかにくぎやうせんぎありけり。
さんぬるほうあん四ねんしんぐわ〔つ〕に、しんによじゆらくのときはざすにあふせて、せきさんのやしろへいれたてまつる。また
ほえん[ほあん]四ねん七ぐわ〔つ〕に、しんによじゆらくのときは、ぎをんのべつたうにあふせて、ぎをんのやしろへいれたてまつる。こん
どもほえんのれいたるべしとて、ぎをんのべつたうごんのだいそうづてうけんにあふせて、へいしよくにおよんで、ぎをん
のやしろへいれたてまつらる。しんによにたつところのやをば、じんにんしてこれをぬかせらる。むかしよりさんもん
のだいしう、しんによをぢんどうへふりたてまつることは、えいきうより、ぢしようまでは、ろつかどなり。されど
も、まいどにぶしにあふせてふせがせらるるに、しんによいたてまつることは、これはじめとぞうけたまはる。れいじん
いかりをなせば、さいがいちまたにみつといへり。おそろしおそろしとぞ、おのおののたまひあはれける。おなじき
じうしにちのやはんばかり、またさんもんのだいしうおびただしうげらくすときこえしかば、しゆじやうはよなかにえうよに
めして、ゐんのごしよはふちうじでんへぎやうがうなる。によゐんみやみやはおんくるまにたてまつつて、たしよへぎやうけいありけ
り。くわんぱくどのをはじめたてまつつて、だいじやうだいじんいげのけいしやううんかく、われもわれもとぐぶせらる。こまつの
だいじんは、なほしにやおうてぐぶせらる。ちやくしごんのさせうしやうこれもりは、そくたいにひらやなぐひおうてぞまゐ
られける。およそきうちうのきせん、じやうげ、きやうちうのさはぎののしることおびただし。されどもさんもんには、
51
しんによにやたち、じんにんきうじいころされ、しうとおほくきずをかふむりたりしかば、おほみや二のみやいか、
かうだうちうだう、すべてしよだう一うものこさず、みなやきはらつて、さんやにまじるべきよし、三千一どうに
せんぎす。これによつてだいしうのまをすところ、ほふわうおんぱからひあるべしときこえしかば、さんもんの
そうがうら、しさいをしうとにふれんとて、とざんすときこえしかば、だいしうにしさかもとにおりくだつて、
みなおつかへす。へいだいなごんときただのきやう、そのときはいまださゑもんのかみにておはしけるが、しやうけいに
たつ。だいかうだうのにはに三たうくわいがふして、しやうけいをとつてひつぱり、しや、かむりをうちおとし、そ
のみをからめて、みづうみにしづめよなんどと、まをしける。すでにかうとみえしとき、ときただ、だいしう
のなかへししやをたてて、しばらくしづまられさふらへ、しうとのおんなかへまをすべきことのさふらふとて、ふところ
よりこすずり、たたうがみとりいだし、ひとふでかいてだいしうのなかへおくらる。これをひらいてみるに、しうとの
らんあくをいたすはまえんのしよじやうなり、めいやうのせいしをくはふるはぜんせいのかごなりとこそかかれた
れ。これをみて、だいしうひつはるにもおよばず、みなもつとももつともとどうじて、たにだににおり、ぼうぼうへぞい
りにける。いつしいつくをもつて、三だふ三千のいきどほりをやめ、こうしのはぢをものがれたまひけん、とき
ただのきやうこそゆゆしけれ。さんもんのたいしうは、はつかうのみだりがはしき許(ばか)りかとおもひつるにことわりを
もぞんじけりとぞ、ひとびとかんじあはれける。おなじきはつかのひ、くわざんのゐんのごんちうなごんただ
ちかのきやうをしやうけいにて、こくしかがのかみもろたかをけつくわんせられて、をはりのゐとたへながさる。おとうと
52
こんどうはうぐわんもろつねをばきんごくせらる。またさんぬる十三にち、しんによいたてまつつしぶし六にんごくぢやうせらる。
これらはみなこまつどののさむらひなり。おなじき二十八にち、よのいぬのこくばかりひぐちとみこうじよりひいで
きたつて、きやうちうおほくやけにけり。をりふしたつみのかぜはげしくふきければおほきなるしやりんのごとくなる
ほのほが、三ちやう五ちやうをへだてて、いぬゐのかたへすぢかひに、とびこえとびこえやけゆけば、おそろしなん
どもおろかなり。あるひはぐへいしんわうのちぐさどの、あるひはきたののてんじんのこうばいどの、きついつせいのはへまつどの、
おにどの、たかまつどの、かもゐどの、ひんがし三でうふゆつぐのだいじんのかんゐんどの、せうせんこうのほりかはどの、これをはじめて、
むかしいまのめいしよ三十よかしよ、くぎやうのいへだに、十六かしよまでやけにけり。そのしよだいぶ侍の
いへいへはしるすにおよばず。はてはたいだいにふきつけて、しゆじやくもんよりはじめて、おうでんもん、
くわいしやうもん、だいごくでん、ぶらくゐん、しよしはつしやう、あいたんどころひとときがうちに、みなくわいじんのちとぞなりに
ける。いへいへのにつき、だいだいのもんしよ、七ちんまんばうさながらくわいぢんとなりぬ。そのあひだのつひえいかば
かりぞひとのやけしぬることすう百にん、ぎうばのたぐひかずをしらず。これただごとにあらず。さんわうの
おんとがめとて、えいざんよりおほきなるさるどもが、二三千おりくだつて、てんにでにたいまつをともしてきやう
ちうをやくとぞ、ひとのゆめにはみえたりける。だいごくでんはせいわてんわうのぎよよ[*この一字不要]う、ぢやうくわん十八ねんにはじ
めてやけたりければ、おなじき十九ねんしやうぐわ〔つ〕みそかのひぞ、やうぜいゐんのおんそくゐは、ぶらくゐんにて
ぞありける。げんけいぐわんねん四ぐわつここのかのひに、ことはじめあつて、おなじき二ねん十ぐわ〔つ〕やうかのひぞつく
53
りいだされたりける。ごれいぜいゐんのぎよう、てんき五ねん二ぐわつ二十六にち、またやけにけり。ぢれき四
ねん八ぐわ〔つ〕十四にちにことはじめありしかども、いまだつくりもいたされずして、ごれいぜいゐんほうぎよなりぬ。
またご三でうのゐんのぎよう、えんきう四ねん四ぐわ〔つ〕十五にちにつくりいだされて、ぶんじんしをたてまつり、れいじんがくを
そうしてくわんかうなしたてまつる。いまはよすゑになつて、くにのちからもみなおとろへたれば、そののちはつひにつく
られず。
54
平家物語巻一 終