平曲譜本 藝大本 巻二
じしようぐわんねん五ぐわいつかのひ、てんだしざすめいうんだいそうじやう、くじやうをてやうじし、しよしよくをぼつしうせられけ
るうへ、くらんどをおつかひにて、によいりんのごほんぞんをめしかへいて、ごぢそうをかいえきせらる。すなはち
しちやうのつかひをつけて、このたびしんによだいりへふりたてまつししうとのちやうぼんをめされけり。かがのくにに
ざすのごばうりやうあり。こくしもろたかこれをちやうはいのあひた、そのしゆくいによつて、たいしうをかたらひそしようを
いたさる。ことにてうかのおんだいじにおよぶべきよし、さいくわうほふしふしがざんそうによつて、ほふわうおほきに
逆鱗ありけり。すでにぢうくわにおこなはるべきよしきこゆ。めいうんは、ゐんのごけしきあしかりければ、
いんやくをかへしたてまつつて、ざすをじしまをされけり。おなじき十一にち、とばのゐんの七のみや、がくくわい
ほふしんわう、てんだいざすにならせたまふ。これはせうれんゐんのだいそうじやう、ぎやうげんのおんでしなり。あくる十
二にち、せんざすしよしよくをやめらるるうへ、けんびゐし二にんをつけて、ゐにふたをし、ひにみづをか
けて、すゐくわのせめにおよぶ。これによつて、たいしうなほさんらくすときこえしかば、きやうぢうまたさはぎあへり
おなじき十八にち、だいじやうだいじんいげのくぎやう十三にんさんだいして、ぢんのざにつき、さきのざすざいくわの
事ぎじやうあり。八でうのちうなごんなががたのきやう、そのときはいまださだいべんのさいしやうにて、ばつざにさふらはれ
けるが、すすみいでてまをされけるは、ほつけのかんじやうにまかせて、しざいいつとうをげんじてをんるせら
るべし、とはみえてさふらへども、せんざすめいうんだいそうじやうは、けんみつけんがくして、じやうぎやうぢりつのうへ、
だいじようみやうきやうをくげにさづけたてまつり、ぼさつじやうかいをほふわうにたもたせたてまつる。おんきやうのし、おんかいのし、
ぢうくわにおこなはれんことは、みやうのせうらんはかりがたし。げんぞくをんるをなだめらるべきかと、はばかると
ころもなうまをされたりければ、たうざのくぎやう、みなをさかたのぎにどうずとまをしあはれけれども、
ほふわうおんいきどほりふかかりければ、なほをんるにぞさだめられける。だいじやうのにふだうもこのことまをさんとて、
ゐんさんせられたりしかども、ほふわうおんかぜのけとて、ごぜんへもめされたまはねば、ほいなげに
てたいしゆつせらる。そうをつみするならひとて、どえんをめしかへし、げんぞくせさせたてまつり、だいなごんのたい
ふ、ふぢゐのまつえといふぞくみやうをこそつけられけれ。このめいうんとまをすはむらかみのてんわうのだい七
のわうじ、ぐへいしんわうより六だいのおんすゑ、こがのだいなごんあきみちきようのおんこなり。まことにぶさうのせきとく、
てんかだい一のかうそうにておはしければ、きみもしんもたつとびたまひて、たんわうじ六しようじのべつたうをもか
けたまへり。されども、をんやうのかみあべのたいしんがまをしけるは、さばかんのちしやの、めいうんと
なのりたまふこそこころえね、かみにはじつげつのひかりをならべ、しもにくもありとぞなんじける。にんなんぐわんねん
にんぐわはつかのひ、てんだいざすにならせたまふ、おなじき三ぐわ十五にちごはいだうありけり。ちうだうのはうざう
をひらかれけるに。しゆじゆのちようはうどものなかに、はういつしやくのはこあり。しろいぬのにてつつまれたり。
いつしやうふぼんのざす、かのはこをあけてみたまふに、わうしにかけるふみいつくわんあり。でんげうだいし、みらい
のざすのみやうじをかねてしるしおかれたり。わがなのあるところまではみてそれよりおくをばみたま
はずもとのごとくにまきかいて、おかるるならひなり。さればこのそうじやうも、さこそおはしけ
め。かかるたふときひとなれども、ぜんぜのしゆくごふをばまぬかれたまはず、あはれなりしことどもなり。おなじ
き二十二にち、はいしよいづのくにとさだまりぬ。ひとびとやうやうにまをされけれども、さいくわうほふしおやこが
ざんそうによつて、かやうにはおこなはれけるなり。けふやがてみやこのうちをおひいだしたてまつるべしと
て、おつたてのくわんにん、しらかはのごばうにゆきむかつておひたてまつる。そうじやうなくなくごばうをいでつつ、
あわだぐちのほとり、いつさいきやうのべつしよにいらせおはします。さんもんにはせんずるところ、われらがてき、さいくわう
ほふしおやこにすぎたるものなしとて、かれらおやこがみやうじをかいて、こんぽんちうだうにおはします十
二じんじやうのうち、こんぴらだいしやうのひだんのみあしのしたにふませたてまつり、十二じんじやう、七千やしや、じこくを
めぐらさず、さいくわうほふしおやこが、いのちをめしとりたまへやと、をめきさけんでじゆそしけるこそ、
きくもおそろしけれ。あくる二十三にち、いつさいきやうのべつしよよりはいしよへおもむきたまひけり。さばかん
のほふむのだいそうじやうほどのひとの、おつたてのうつしがさきにけたてられて、いまさらまた、せきのひんがしへ
おもむかれけんこころのうちおしはかられてあはれなり。おほつのうちでのはまにもなりぬれば、もんじゆ
ろうののきはのしろじろとみえけるを、ふためともみたまはず、そでをかほにおしあてて、なんだにむせ
びたまひけり。さんもんにはしゆくらうせきとくおほしといへども、てうけんほふいん、そのときいまだそうづにてお
はしけるが、あまりになごりををしみたてまつり、あはづまでおくりまゐらせて、それよりいとまこうてかへられ
けるに、そうじやう、こころざしのせつなることをかんじて、ねんらい、おのれしんちうにひせられたりし、一しん三
くわんのけつみやくさうじやうをさづけらる。このほふはしやくそんのふぞくはらないこくのめめうびく、なてんじくのりうじゆぼ
さつより、しだいにさうでんしきたるを、けふのなさけにさづけらる。さすがわがてうは、へいちぞく
さんのさかひ、じよくせまつだいとはいひながら、てうけんこれをふぞくして、ほふいのたもとをしぼりつつ、みやこ
へかへりのぼられけん、こころのうちこそたつとけれ。さるほどにさんもんには、たいしうおこつてせんぎす。そもそも
ぎしんくわしやうよりこのかた、てんだいざすはじまつて、五十五だいにいたるまで、いまだるざいのれいを
きかず。つらつらことのこころをあんずるに、えんりやくのころほひ、くわうていはていとをたて、だいしはたうざん
によぢのぼつて、しめいのけうぼふをこのところにひろめたまひしよりこのかた、五しやうのによにんあとたえて、三千
のじやうりよきよをしめたり。みねにはいちじようどくじゆとしふりて、ふもとには七しやのれいげんひあらたなり。かのぐわ
しのりやうぜんは、わうじやうのとうほくていじやうのれいくつなり。このじついきのえいがくも、ていとのきもんにそばだつて、
ごこくのれいちたり。だいだいのけんわうちしん、このところにだんぢやうをしむ。まつだいならんからに、いかんが
たうざんにきずをばつくべき。こはこころうしといふほどこそありけれ。まんざんのだいしうのこりとどまるものも
なく、みなひんがしさかもとにおりくだる。十ぜんじごんげんのおんまへにて、だいしうまたせんぎす。そもそもわれらあは
づへゆきむかつて、くわんじゆをばうばひとどめたてまつるべし。ただしおつたてのうつし、りやさうしあんなれば、
さうなくとりえたてまつらんことありがたし。いまはさんわうだいしのおんちからのほか、またたのみたてまつるかたなし。
まことにべつのしさいなく、とりえたてまつるべくば、ここにて一つのずゐさうをみせしめたまへやとてかんたん
をくだいていのりければ、ここにむだうじぼふし、じようゑんりつしがわらはにつるまるとてしやうねん十八さいになりけ
るが、しんじんをくるしめ、五たいにあせをながいて、にはかにくるひいでたり。われ十ぜんじごんげんのりゐさせ
たまへり。まつだいといふとも、いかんかわがやまくわんじゆをば、たこくへはうつさるべき。しやうじやうせせ
にこころうし。さらんにとつては、われこのふもとにあとをとどめても、なににかはせんとて、さうのそで
をかほにおしあてて、さめざまとなきければ、だいしうこれをあやしんでまことに十ぜんじごんげんのごたくせん
にてましまさば、われらしるしをまゐらせん。一々にもとのぬしにかへしたまへとて、らうそうども四五
百にん、てんでにもちたるじゆずどもを、十ぜんじごんげんのおほゆかのうへへぞなげあげたる。かのもの
ぐるひはしりまはり、ひろひあつめてすこしもたがへず。一々にみなもとのぬしにぞくばりける。だいしう、しんめい
のれいげん、ひあらたなることのたつとさに、みなたなごころをあはせて、ずゐきのかんるゐをぞもよほしける。その
ぎならばゆきむかつてうばひとどめたてまつれやといふほどこそありけれ、うんかのごとくにはつかうす。あるひ
はしが、からさきのはまぢにあゆみつづくるだいしうもあり、あるひはやまだ、やばせのこじやうにふねにさをさすしう
ともあり。これをみて、さしもきびしげなりつるおつたてのうつし、りやうさうし、みなさんざんににげさり
ぬ。だいしうこくぶんじへまゐりむかふ、せんざすおどろいて、およそ、ちよくかんのものは、つきひのひかりにだにあたらず
とこそうけたまはれ、いはんや、いそぎおひくださるべしと、ゐんぜんせんじのなりたるに、すこしもやすらふ
べからず。しうととうとうかへりのぼりたまへやとてはしちかうゐいでてのたまひけるは、さんだいくわいもん
のいへをいでて四めいいうけいのまどにいつしよりこのかた、ひろくゑんじうのけうほふをがくして、けんみつりやうしうを
まなびき。ただわがやまのこうりうをのみおもへり。またこくかをいのりたてまつることもおろそかならず。しうとをはぐ
くむこころざしもふかかりき。りやうしよさんじやうさだめてせうらんしたまふらん。みにあやまつことなし。むじつのつみ
によつて、をんるのぢうくわかふむること、ただぜんせのしゆくごふなれば、よをもひとをも、かみをもほとけをもうら
みたてまつるかたなし。まことにこれまでとひきたりたまふしうとのはうしこそ、はうじがたけれとて、かうぞめのおん
ころものそでしぼりもあへさせたまはねば、だいしうもみなよろひのそでをぞぬらしける。おんこしかきよせたてまつ
て、とうとうとまをしければ、せんざすのたまひけるは、むかしこそ三千のしうとのくわんじゆたりしが、
いまはかかるるにんのみとなつて、いかんがやんごとなきしゆがくしや、ちゑふかきだいしうだちにかき
ささげられてはのぼるべき。たとへ、のぼるべきなりとも、わらんづなんどいふものをしばりはいて、
おなじやうに、あゆみつづいてこそのぼらめとて、つひにのりたまはず。ここにさいとうのぢうりよ、かいじやうばうの
あじやり、いうけいといふものあり。たけ七しやくばかりありけるが、くろいとおどしのよろひのおほあらめに、かねま
ぜたるを、くさずりながにきなし、かぶとをばぬいでほふしばらにもたせつつ、しらえのなぎなたつゑ
につき、だいしうのなかをおしわけおしわけ、せんざすのおんまへにまゐりかしこまつて、だいのまなこをみいからかし、
しばしにらまへたてまつつて、そのおんこころにてこそ、かかるおんめにもあはせたまひさふらへ、とうとうめ
さるべうさふらふと、まをしければ、ぜんざすおそろしさにいそぎのりたまふ。だいしうとりえたてまつるうれつさに、
いやしきほふしばらにはあらず、やんごとなきしゆがくしやらゑふかきだいしうだちが、かきささげたてまつつて
のぼるほどに、ひとはかはれども、いうけいはかはらず、さきこしかいて、こしのながえもなぎなたのえもくだけ
よととるままに、さしもさがしきひんがしざか、へいちをゆくがごとくなり。だいかうだうのにはにおんこしか
きすゑたてまつつて、だいしうまたせんぎす。そもそもわれらあはづへゆきむかつて、くわんじゆをばうばひとどめたてまつ
りぬ。ただしちよくかんをかふむつてるざいせられたまふひとを、わがやまのくわんじゆにもちゐまをさんこと、いかがあ
るべかるらんとひやうぢやうす。かいじやうばうのあじやりいうけい、またさきのごとくすすみいでてまをしけるは、そ
れたうだんはにつぽんぶさうのれいち、ちんごこつかのだうぢやう、さんわうのごゐくわうさかんにして、ぶつぽふわうはふごかくな
り。さればしうとのいしゆにいたるまでいやしきほふしばらまでも、よもつてかろんしめず、むかしはちゑ
かうきにして、三千のしうとくわんじゆたりしが、とくぎやうおもうしていつさんのくわしやうたり。つみなくして
つみをかふむりたまふこと、さんじやうらくちうのいきどほり、こうぷく、をんじやうのあざけりにあらずや。そのときわれらげんみつの
あるじをうしなつて、すうはいのがくりよ、ながくけいせつのつとめおこたらんことこころうかるべし。せんずるところ、いうけいちやう
ほんにしようぜられ、きんごくるざいにもおよび、かうべのはねられんは、こんじやうのめんぼく、めいどのおもひでにて
こそさふらへとて、さうがんよりなみだをはらはらとながしければ、だいしうも、みなもつとももつともとぞどうじける。
それよりしてこそ、いうけいをばいかめばうとはいはれけれ。そのでしにゑいけいりつしをば、ときの
ひとこいかめばうとぞまをしける。
せんざすは、とうだうのみなみだにめうくわうばうにいらせおはします。ときのわうざいはごんげのひともまぬがれたまは
ざりけるにや、さればもろこしのいちぎやうあじやりは、げんそうくわうていのごぢそうにておはします。げんそうの
きさき、やうきひになをたちたまへり。むかしもいまも、たいこくもせうこくも、ひとのくちのさがなきことは、あと
かたもなきことなりしかども、そのうたがひによつて、くわらこくへながされたまふ。くだんのくにへはみつの
みちあり。りんちだうとてごかうみち、ゆうちだうとてざふにんのかよふみち、あんけつだうとてぢうくわのものをつかはすみち
なり。さればこの一ぎやうあじやりはだいぼんのひとなればとて、あんけつだうへぞつかはされける。しちにちしちや
があひだ、つきひのひかりもみずしてゆくところなり。みやうみやうとしてひともなく、かうほにせんどまよひ、しん
しんとしてやまふかし。ただかんこくにとりのひとこゑばかりにて、こけのぬれぎぬほしあへず、むじつのつみに
よつてをんるのぢうくわかふむることを、てんだうあはれみたまひて、くえうのかたちをげんじつつ、一ぎやうあじやりを
まほりたまふ。ときに一ぎやうみぎのゆびをくひきつて、ひだんのたもとにくえうのかたちをうつされけり。わかんりやうてう
しんごんのほんぞんたるくえうのまんだらこれなり。
さんもんのたいしう、せんざすとりとどめたてまつつたること、ほふわうおんいきどほりいまだやまず、さいくわうほふしまを
しけるは、むかしよりさんもんのだいしうは、はつかうのみだりがはしきうつたへつかまつること、いまにはじめずとはまを
しながら、こんどはもつてのほかにくわぶんにさふらふ、よくよくおんぱからひさふらふべし。これをおんいましめさふらは
ずば、こののちはよがよでもさふらふまじとぞまをしける。ただいまみのほろびんずることをもかへりみず、
さんわうだいしのしんりよにもはばからず、かやうにまをしてしんきんをたやましたてまつる。ざんしんはくにをみたるとい
へり。まことなるかな、さうらんもからんとすれば、あきのかぜこれをやぶり、わうしやあきらかならんとすれど
も、ざんしんこれをくらうすとも、かやうのことをやまをすべき。しんだいなごんなりちかのきやう、いげきんじゆの
ひとびとにあふせて、ほふわうやませめらるべきよしきこえしかば、さんもんのだいしうは、さのみわうちには
らまれて、ぜうめいをたいかんせんもおそれありとて、ないないゐんぜんにしたがひたてまつるしうともありときこえし
かば、せんざすは、とうたふのみなみだにめうくわうばうにおはしけるが、だいしうふたごころありとききたまひて、
つひにいかなるうきめにかあふべきやらんとぞのたまひける。されどもるざいのさたはなか
りけり。しんだいなごんは、さんもんのさうたうによつて、わたくしのしゆくいをばしばらくおさへられけり。そも
ないぎしたくはさまざまなりしかども、ぎせいばかりで、このむほんかなふべしともみえざりければ、
さしもたのまれたりつるただのくらんどゆきつな、このことむやくなりとおひふ?こころやつきにけん、ゆぶくろ
のれうにとて、おくられたりけるぬのどもをば、ひたたれかたびらにたちぬつて、いへのこらうどうどもに
きせつつ、めうちしばだたいてゐたりけるが、つらつらたうせいのていをみるにへいけはたや
すうかたむけがたし、もしこのむほんもれぬるほどならば、ゆきつなまづさきにうしなはれなんず、たにん
のくちよりもれぬさきにかへりちうして、いのちをいかうどおもふこころやつきにけん、おなじき五ぐわ二十九
にちのさよふけがたに、にふだうさうこくのにし八でうのやしきにゆきむかつて、ゆきつなこそまをすべきことあつ
て、これまでさんじてさふらへと、あんないをいひいれたりければ、にふだうつねにもまゐらぬもののさんじた
るはなにごとぞ、あれきけとて、しゆめのはうぐわんもりくにをいだされたり。まつたくひとづてにはまをすべき
ことなりといふあひだ、にふだう、みづからちうもんのらうへぞいでられたる。よははるかにふけぬらんに、い
かにただいまなにごぞ?とのたまへば、ひるはひとめのしげうさふらへば、よにまぎれてまゐつてさふらふ。さてもこの
ほどゐんぢうのひとびとのひやうくをととのへ、ぐんびやうもよほされさふらふことをば、なにとかきこしめされてさふらふ。にふ
だういざとよ、それはほふわうのやませめらるべしとこそきけと、いとこともなげにぞのたまひけ
る。ゆきつなちかうよりこごゑになつて、まつたくそのぎにてはさふらはず、いつかうたうけのおんうへとこそうけたまは
つてさふらへ。にふだうさてそれをば、ほふわうもしろしめされたるか、しさいにやおよびさふらふ。しつじの
べつたう、なりちかのきやうのぐんびやうもよふされさふらふことも、ゐんぜんとてこそめされさふらへ。さいくわうがとまをしてやすより
が、かうまをして、しゆんくわんが、かくふるまうてなんど、ありのままにさしすぎていひちら
し、わがみはいとままをしてたちいでたりければ、そのときにふだうおほこゑをもつて、さぶらひどもよびののしりたま
ふことおびたたし。ゆきつななまじひなることまをしいだいて、しやうにんにやひかれんずらんと、おそろつさに、
ひともおはぬにとりばかまし、おほのにひをはなつたるここちして、いそぎもんぐわいへぞにげいでたる。
そののちにふだう、ちくごのかみさだよしをめしてたうけかたむけうどするむほんのともがらどもこそ、きやうぢうにみちみち
たんなれ。一もんのものどもにも、ふれまをせ、さぶらひどももよふせとのたまへば、はせまはつてひろうす。
うだいじんむねもり、三みのちうじやうとももり、とうのちうじやうしげひら、さまのかみゆきもり、いちもんのひとびと、かつちうをたい
してはせつどふ。そのほかさぶらひどももうんかのごとくにはせあつまつて、そのよのうちに、にふだうさうこくのにし
八でうのていには、つはものども六千きもあらんとぞみえし。あくれば六ぐわひといのひなり。いまだ
くらかりけるに、にふだうさうこくけんびゐしあべのすけなりをまねいて、きつとゐんのごしよほふじうじでんへまゐつ
て、だいぜんのだいぶのぶなりをよびいだいて、まをさんずることはよな、しんだいなごんなりちかのきやう、いげ
きんじゆのひとびと、この一もんほろぼして、てんがみだらんとするくはだてあり、一々にからめとりたづねざたつかまつり
さふらふべし。さてそれをばきみもしろしめさるまじうさふらふとまをすべしとぞのたまひける。すけなり
いそぎゐんのごしよへはせまゐり、だいぜんのだいぶのぶなりをよびいだいてこのことまをすに、いろをうしなふ。いそぎご
ぜんへまゐつて、このよしそうもんしたりければ、ほふわうああはや、これらがはかりしことのもれきこえける
にこそ、さるにても、こはなにごとぞとばかりあふせられて、ぶんみやうのおんへんじもなかりけり。
すけなりいそぎはしりかへつて、このよしかくとまをしければ、にふだうさればこそ、ゆきつなはまことをまをしたれ。
このことつげしらせずばじやうかいあんをんにてやはあるべきとて、ちくごのかみさだよし、ひだのかみかげいへを
めして、たうけかたむけうどするむほんのともがらどもこそきやうぢうにみちみちたんなれ、一々にからめとるべ
きよしげぢせらる。よつて二百よき、三百よき、あそこここにおしよせおしよせからめとる。
にふだうさうこくまづざふしきをもつて、中のみかどからからすまろのしんだいなごんのしゆくしよへ、きつとたちよらせたまへ、
まをしあはすべきことのさふらふと、のたまひつかはされければ、だいなごんわがみのうへとはつゆしらず、あ
はれこれはほふわうのやませめらるべきよしのごけつこうあるを、まをしなだめられんずるにこそ、おんいきどほり
ふかげなれ、いかにもかなふまじきものをとて、ないきよげなるほういたをやかにきなし、
あざやかなるくるまにのり、さぶらひ三四にんめしぐして、ざふしき、うしかひにいたるまで、つねよりもなほひきつくろ
はれたり。そもさいごとはのちにこそおもひしられけれ。にし八でうちかうなつてみたまへば、四五
ちやうにがんびやうどもみちみちたり。そもなにごとなるらんと、むねうちさわがれけれども、もんぜんにてくるま
よりおり、もんのうちへさしいつてみたまふに、うちにもさぶらひどもひまはざまもなうぞみちみちた
る。ちうもんのくちには、おそろしげなるものどもあまたまちうけたてまつり、だいなごんをとつてひつぱり、こは
いましむべうさふらふとまをしければ、にふだうさうこくれんちうよりはるかにみいだしたまひて、あるべうもなしと
のたまへば、えんのうへへひきあげたてまつり、ひとまなるところにおしこめたてまつつてげり。だいなごんはゆめのここ
ちして、つやつやものもおぼえたまはず、ともにありつるさぶらひどもも、おほぜいにおしへだてたれて、ちり
ぢりになりぬ。ざふしき、うしかひ、うしくるまをすててみなにげさりぬ。さるほどにほふしやうじのしゆぎやうしゆん
くわんそうづ、あふみちうじやうにふだうれんじやう、やましろのかみもとかね、しきぶのたいふまさつな、へいはうぐわんやすより、そうはうくわんのぶふさ、
しんぺいはうぐわんすけゆきもとらはれてこそいできたれ。さいくわうほふし、わがみのうへとやおもひけん、いそぎむち
をうつてゐんのごしよへはせまゐる。六はらのつはものどもみちにてゆきあひ、にち八でうどのよりめさる
るぞ、きつとまゐれといひければ、これはそうすべきことはあつて、ゐんのごしよへまゐる、やがてこそ
かへりまゐらめといひければ、につくきにふだうめが、なにごとをか、さうもんすべかんなるぞさないはせ
そとて、しやうまよりとつてひきおとし、ちうにくくつて、にし八でうどのへさげてまゐる。ひのはじめ
よりこんげんよりきのものなりければ、とくにつよういましめて、おつぼのうちにぞひつすゑたる。にふ
だうえんにたつて、あなにくや、たうけかたむけうどするむほんのやつがなれるすがたよ、しやつ、ここへ
ひきよせよとて、えんのきはへひきよせさて、ものはきながら、しやつつらをむずむずとこそ
ふまれけれ。おのれらがやうなるいやしきげらふのはてを、きみのめつかせたまひて、なさるまじ
きくわんしよくをなしたび、くわぶんのふるまひをするとみしにあはせて、あやまたぬてんだいざす、るざいにまをし
おこなひ、あまつさへたうけがたむけうどする、むほんのやからにくみしてんげるなり。ありのままにまをせとこ
ろのたまひけれ。さいくわうもとよりすぐれたるたいがうのものなりければ、ちともいろもへんぜず、わろびれ
たるけしきもなく、ゐなほりあざわらつてまをしけるは、ゐんちうにちかうめしつかはるるみなれば、
しつしのべつたう、なりちかのきやうのぐんびおうもよふされさふらふことにくみせずとはまをすべきやうなし。それは
くみしたり。ただしみみにとまることをものたまふものかな、たにんのまへはしるべからず、さいくわうがきか
んずるところにては、いかんがさやうのことをばえこそのたまふまじけれ。ごへんはぎやうぶきやうただもりのあそ
んのちやくなんいて、十四五まではしゆつしもしたまはず、ややあつてこなかのみかどのとうぢうなごんいへなり
のきやうのへんにたちいりたまひしをだに、きやうわらんべはみなたかへいだとこそいひしか。しかるをほうえんのかい
ぞくのちやうぼん三十よにん、からめいだされたりしけんじやうに四ほんして、四ゐのうひやうゑのすけとまをししを
だに、ひとひとはみなくわぶんとこそまをしあはれしか、てんじやうのまじはりをだにきらはれしひとのしそんにて、
だいぜうだいじんまでなりあがつたるや、くわぶんなるらん、もとよりさぶらひほどのもののずりやうけんびゐしにいたる
こと、なにかはくわぶんなるべきと、はばかるところもなういひちらしたりければ、にふだうさうこくあまりにはらに
すゑかねて、しやつがくびさうなうきるな、よくよくきうもんしてことのしさいをたづねとひ、そ
ののちかはらへひきいだいてかうべをはねよとぞのたまひける。まつうらのたらうしげとしうけたまはつて、てあしをはさ
みさまさまにしていためとふ、さいくわうもとよりあらそひまをさざりけるうへ、がうもんはきびしかりけり。はくじやう
四五まいにしるされて、そののちくちをさけとてくちをさかれて、五でうにしのしゆじやかにして、つひにきら
れにけり。ちやくしかがのかみもろたかはけつくわんぜられて、をはりのいとだへながされたりしを、おなじき
くにのぢうにん、をぐまのぐんじこれすゑにあふせてうたせらる。じなんこんだうはうぐわんもろつねをば、ごくより。
り?ひきいだいてちゆせらる。そのをとうとさゑもんのじようもろひら、らうだう三にんをもおなじうかうべをはねられけ
これらはいひがひなきもののひいでて、いろふまじきことにのみいろひ、あやまたぬてんだいざすをるざい
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ひたりければ、むないたのかなもののすこしはづれてみえけるをかくさうど、しきりにきぬのむねをひきちかへ
ひきちかへぞしたまひける。そののちおとどしやていむねもりのきやうのざしやうにつきたまふ。にふだうのたまひださるる
こともなく、またまをしあげらるるむねもなし。ややあつてにふだうのたまひけるは、これほどなりちかの
きみがむほんのことは、ことのかずならず、いつかうほふわうのごけつこうにてさふらひけるぞや。しばらくよをしづめ
んほど、ほふわうをばとばのきたどのへうつしまゐらするか、しからずばこれへまれ、ごかうをなしまゐら
せうどおもふはいかにとのたまへば、おとどききもあへたまはず、はらはらとぞなかれける。
にふだうさていかにやいかに、とあきれたまふ、ややあつておとどなみだをおさへて、このあふせうけたまは
りさふらふに、ごうんなはやすゑになりぬとおぼえさふらふ。ひとのうんめいのかたむかんとては、かならずあくじをおも
ひたちさふらふなり。またおんありさまをみまゐらせさふらふに、うつつともさらにわきまへがたし。さすがわが
てうはへんちそくさんのさかひとはまをしながら、てんせうだいじんのごしそん、くにのあるじとして、あまのこやねのみことの
おんすゑ、てうのまつりごとをつかさどりたまひしよりこのがた、だいじやうだいじんのくわんにいたるひとのかつちうをよろふこと、
れいぎをそむくにあらずや。とりわけ、ごしゆつけのおんみなり、それ三ぜのしよぶ、げだつどうさうのほふい
をぬぎすてて、たちまちにかつちうをよろひ、きうぜんをたいしましまさんこと、うちにはすでにかかいむ
ざんのつみをまねくのみならず、そとにはまたじんぎれいちしんのほふにもそむかせたまひさふらひなんず。かたがたおそれ
あるまをしごとにてはさふらへども、こころのそこのいしいしゆをのこすべきにもさふらはず。まづよにしをんさふらふ、
てんちのをん、こくわんのをん、ふぼのをん、じゆじやうのをんこれなり。なかにももつともおもきは、てうをんなり。ふてん
のしたわうぢにあらずといふことなし。さればかのえいせんのみづにみみをあらひ、しゆやうざんにわらひををつし
けんじんも、ちよくめいそむきがたきれいぎをば、ぞんぢすとこそうけたまはれ。いかにいはんや、せんぞにもいまだ
きかざつし、だいじやうだいじんをきめさせたまふを、いはゆるしげもりがむざいぐあんのみをもつて、れんぷくわいもん
のくらゐにいたる。しかのみならず、こくぐんなかばは一もんのしよりやうとなつて、でんのんことごとくいつけのしんじたり。これ
きたいのてうをんにあらずや。いまこれらのばくだいのごをんをおぼしめし、わすれて、みだりがはしうほふわう
をかたむけまゐたつさせたまはんこと、てんせうだいじん、しやう八まんぐうのしんりよにもそむかせたまひさふらひなんず。
それにつぽんはしんこくなり。しんはひれいをうけたまはず。しかれどもきみのおぼしめしたたせたまふところ、
ことわりなかばなきにあらずや。なかにもこの一もんは、だいだいのてうてきをたひらげ、しかいのげきらうをしづむる
ことは、ぶさうのちうなれども、そのしやうにほこることをば、ばうぢやつぶじんともまをしつべし。しやうとくたい
し十七かでうのごけんぱふに、ひとみなこころあり、こころおのおのしふあり、かれをぜしわれをひし、われをぜしかれ
をひす。ぜひのり、たれかよくさだむべき。あひともにけんぐなり。たまきのごとくにしてはしなし。
ここをもつてたとへひといかるといふとも、かへつてわがとがをおそれよ、とこそみえてさふらへ。しかれど
もたうけのうんめいいまだつきざるによつて、ごむほんすでにあらはれまゐらせけるぞや。そのうへあふせ
あはせらるるなりちかのきやうを、めしおかれさふらひぬるうへは、たとひきみいかなるふしぎをおぼしめし
たたせたまふとも、なんのしさいかさふらふべき。しよたうのざいくわおこなはれぬるうへは、しりぞいてことのよし
をちんじまをさせたまひて、きみのおんためにいよいよほうこうのちうきんをつくし、たみがためにはますますぶいくの
あいれんをいたさせたまはば、しんめいのかごにあづかつて、ぶつだのみやうりよにそむくべからず。しんめいぶつだかん
おうあらば、きみもおぼしめしなすこと、などかさふらはざるべき。きみとしんとならぶればしんそわ
くかたなし。だうりとひがごとをくらべんに、いかでかだうりにつかざるべき。
もつともこれはきみのおんことわりにてさふらへば、かなはざらんまでも、しげもりはゐんちうをしゆごしまゐらせさふらふ
べし。しげもりはじめじよしやくより、いまだいじんのたいしやうにいたるまで、しかしながら、きみのごおんならず
といふことなし。そのをんのおもきことををもへば、せんくわばんくわのたまにもこえ、そのをんのふかき
いろをあんずるに、いちじつさいじつのくれなゐにもなほすぎたらん。しかればゐんぢうへまゐりこもりさふらべし。そ
のぎにてさふらはば、しげもりがみにかはり、いのちにかはらんとちぎつたるさぶらひども、せうせうさふらふらん。これら
をみなめしぐして、ただいまゐんのごしよほふぢうじどのをしゆごしまゐらせさふらはば、さすがもつてのほかのおんだい
じにこそおよびさふらはんずらめ。かなしきかな、きみのおんために、ほうこうのちうをいたさんとすれば、
めいろ八まんのみねよりもなほたかき、ちちのをんたちまにわすれんとす。いたましきかな、ふけうのつみをのが
れんとすれば、きみのおんためにはふちうのぎやくしんとなりぬべし。しんだいこれきはまれり。ぜひいかにも
はきまへがたし。まをしうくるしよせんなは、ただしげもりがくびをめされさふらへ、そのぎにてさふららはばゐんさん
のおんともをもつかまつるべからず。またゐんぢうをもしうごしまゐらせさふらふまじ、かのせうがは、たいこうかた
へにこえたるによつて、くわん、たいしやうこくにいたり、つるぎをたいしくつをはきながら、でんじやうへのぼる
ことをゆるされしかども、えいりよにそむくことありしかば、かうそおもくいましめて、ふかうつみせら
れにき。かやうのせんじやうをおもへば、ふうきといひ、えいぐわといひ、てうをんといひ、ぢうしよくといひ、
かたがたきはめさせたまひぬれば、ごうんのつきんこともかたかるべきにあらず。ふうきのいへには、
ろくゐちやうでうせり。ふたたび、みなるきは、そのねかならずいたむとこそみえてさふらへ、こころぼそうこそな
つてさふらへ、いつまでかいのちいきて、みだれんよをもみさふらふべき、ただまつだいにしやうをうけてか
かるうきめにあひさふらふしげもりがくわはうのほどこそつたなうさへ。ただいまもさぶらひいちにんにあふせつけら
れ、おんつぼのうちへひきいだされまゐらせて、しげもりがかうべのはねられんは、いとやすきほどのおんことにて
こそさふらはんずれ。これをおのおのききたまへやとて、なうしのそでをかほにおしあてさめざめとなき
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なをのみとなへて、ちちのことをぞいのられける。しんだいなごんは、びぜんのこじまにおはしけるを、
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びんごも、もとはいつこくにてありけるなり。またあづまにきこゆるではみちのくにも、はじめは六十六ぐんが
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やしつたるととふに、まつたくくにのうちにはさふらはずとまをす。さてはなんぢしらざりけり。いまはよ
すゑになつて、くにのめいしよをも、はやよびうしなひてげるにこそとて、むあんしうかへらんとしたまひ
けるを、らうをうちうじやうのそでをひかへて、あはれきみは、
みちのくのあこやのまつにこがくれていづべきつきのいでもやらぬか
といふうたのいをもつて、たうごくのめいしよ、あこやのまつとはおんたづねさふらふか。それはむかしりやうごくがいつ
こくなりしとき、よみはんべるうたなり。十二ぐんさきわかつのちは、ではのくににやさふらふらんと
まをしければ、さらばとて、さねかたのちうじやうも、ではのくににこえてこそ、あこやのまつをばみ
てんげれ。つくしのださいふよりみやこへはらかのつかひののぼるこそ、かちぢ十五にちとはさだめたんなれ。
すでに十二三にちとまをすは、これよりほとんどちんぜいへげこうごさんなれ、とほしといふともびぜん、
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りあんなるところを、なりつねにしらせじとてこそまをすらめとて、そののちはこひしけれども、と
ひたまはず。
さるほどに、ほふしやうじのしゆぎやうしゆんくわんそうづ、たんばのせうしやうなりつね、へいはうぐわんやすより、これ三にんをば、
さつまがた、きかいがしまへぞながされける。くだんのしまへはみやこをいでてはるばるとおほくのなみぢをしのいてゆ
くところなれば、おぼろげにてはふねもかよはず、しまにはひとまれなりけり。おのづからひとはあれ
ども、いろくろくしてうしのごとし。みにはしきりにけおひつついふことをもききしらず。いしやうなけ
れば、ひとにもにず、をとこはゑぼしもせず、をんなはかみをもさげず、しよくするものもなければ、ただ
せつしやうをのみさきとす。しづかやまだをかへさねば、べいこくのるゐもなく、そののくはをとらざれば、
けんぶのるゐもなかりけり。しまのなかにはたかきやまあり、とこしなへにひもえ、いわうといふも
のみちみてり。かるがゆゑにこそ、いわうがしまとはなづけたれ。いかつちつねになりくだりなりあが
り、ふもとにはあめしげく一にちへんじも、ひとのいのちのいきてあるべきやうもなし。しんだいなごんは、すこ
しもくつろぐこともや、またれけれども、しそくたんばのせうしやうもまた、さつまがた、きかいがしまへ
ながされぬときいて、いまはなにをかをごすべきとて、しゆつけのこころざしのさふらふよしを、たよりにつけて、
こまつどのへまをされたりければ、ほふわうへうかがひまをしてごめんなりけり。やがてしゆつけしたまひぬ。
ぐわのたもとをひきかへて、うきよをよそにすみぞめのそでにぞやつれたまひける。さるほどに、だいな
ごんのきたのかたは、みやこのきたやま、うりんにんにしのうでおはしけるが、さらぬだにすみなれぬところは
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しゆくしよにはによばう、さぶらひおほかりけれども、あるひはよをおそれ、あるひはひとめをつつむほどに、とひとぶ
らふものいちにんもなし。なかにも、げんざゑもんのじようのぶとしといふさぶらひばかりこそ、なさけあるもの
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みみにとどまり、いさめられまゐらせしおんことばのきもにめいじて、わするることもさふらはず。さいこくへおんくだ
りさふらひしときも、おんともつかまつるべきさふらひしかども、にし八でうどのよりゆるされなければ、ちからおよびさふら
はず。こんどは、たとへいかなるうきめにもあひさふらへ、おんふみたまはつてまゐりさふらはんとまをしけれ
ば、きたのかたなのめならずによろこび、やがてかいてぞたうでんげる。わかぎみひめぎみも、めんめんに
おんふみあり。のぶとしこれをたまはつて、はるばるとありきのべつしよにたづねくだり、まづあづかりのぶしなんばのじらう
つねとほに、このよしあんないいひいれたりければ、つねとほおんこころざしのほどをかんじて、やがて、おんげんざん
にぞいれてんげる。だいなごんにふだう殿は、ただいましも、みやこのことをのみのたまひいでいて、ふかうなげ
きしづんでおはしけるとこへ、きやうよりのぶとしがまゐつてさふらふとまをしければ、だいなごんおきあがり、
それはゆめかやうつつか、これへこれへとぞめされける。のぶとしおそばちかうまゐつて、みたてまつるに、
まづおんすまゐどころのものうさはさるおんことにて、すみぞめのおんそでをみたてまつるにぞ、めもくれこころもきえ
てぞおぼえたる。さてしもあるべきことならねば、きたのかたのあふせかふむしつしだい、こまごまとかたり
まをし、おんふみとりいだいてたてまつる。これをあけてみたまふに、みづくきのあとはなみだにかきくれて、そこ
はかとはみえねども、をさなきひとびとのあまりにこひかなしませたまふありさま、わがみもつきせぬものおもひにた
へしのぶべうもなしなんどかかれたれば、ひごろのこひしさは、ことのかずならずとぞかなしみたまひ
ける。かくて四五にちもすぎしかば、のぶとしこれにさふらひてごさいごのおんありさまをも、みまゐらせ
さふらはんとまをしければ、あづかりのぶしなんばのじらうつねとほ、いかにもかなふまじきよしをしきりにまを
すあひだ、だいなごんとてもかなはざらんものゆゑにはやとくかへれとこそのたまひけれ。わがみはちかううしなは
れんずるとおぼゆるぞ、このよになきものときかば、わがのちのよをよくとぶらへよとぞのたまひけ
る。おんぺんじかきてたうでたりければ、のぶとしこれをたまはつて、またこそまゐりさふらはめとて、いとま
まをしていでければ、だいなごんなんぢがまたこんたびをまちつくべしともおぼえねば、したはしうおぼゆる
に、しばししばしとのたまひて、たびたびよびぞかへされける。さてしもあるべきことならば、
のぶとしなみだをおさへつつ、みやこへかへりのぼりけり。きたのかたにおんぺんじとりいだいてたてまつる。これをあけて
みたまふに、はやおんさまかへさせたまひたりとおぼしくて、おんかみのひとふさおんふみのおくにありける
をふためともみたまはず、かたみこそなかなかいまはあだなれとて、ひきかづいてぞふしたまふ。
わかぎみひめぎみも、こゑもをしまずをめきさけびたまひけり。八ぐわ十九にち、だいなごんにふだうどのをば、びぜん
びつちうのさかひにはせのがう、ありきのべつしよといふところにぞつひにうしなひたてまつる。そのさいごのありさま、よう
やうにぞきこへし。はじめはさけにどくをいれてすすめけれども、かなはざりければ、二ぢやうばかり
ありけるきしのしたにひしをうゑて、つきおとしたてまつれば、ひしにつらぬかれてぞうしなはせられける。むげに
うたてきことどもなり。ためしすくなうぞきこえし。きたのかたこのよしをつたへききたまひて、やがてぼだい
ゐんといふてらにおはして、さまをかへ、こきすみぞめにやつれはて、かのごせぼだいをとぶらひたまふ
ぞあはれなる。このきたのかたとまをすは、やましろのかみあつかたのむすめ、こしらかはのほふわうのおんおもひびと、ありが
たきびじんにておはしけるを、このだいなごんならびなきちようあいのひとにて、くだしたまはられたり
けるとかや。わかぎみひめぎみも、めんめんにはなをたをり、あかのみづをむすんで、ちちのごせをとぶらひたま
ふぞあはれなる。かくてときうつりころさつてのち、よのかはりゆく有様は、ただてんにんの五すゐにこと
ならず。
とくだいじのだいなごんじつていのきやうは、へいけのじなんむねもりのきやうにかかいこえられさせたまひて、だいな
ごんをじしてろうきよしておはしけるが、しゆつけせんとのたまへば、みうちのじやうげみななげきかなしみあへ
りけり。そのなかにとうくらんどのたいふしげかぬといふしよだいふあり、しよじにこころえたるひとにてありけ
るが、あるつきのよ、とくだいじどのなんめんのみかうしあけさせ、つきにうそぶいておはしけるところへ、とうぐらん
どつつとまゐりたり。たれぞとのたまへば、しげかぬざぶらうとまをす、よははるかにふけぬらんに、
いかにただいまなにごとぞとのたまへば、こよひはつきさえ、よろづこころもすみさふらふまままゐつてさふらふとまを
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しげもり、じなんむねもりさうのだいしやうにてあり、やがてさんなんとももり、ちやくそんこれもりもあるぞかし。かれも
これもしだいにならば、たけのひといつだいしやうにあたりつくべしともおぼえず。さればつひのことな
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みうちのじやうげみなまどひものとなりさふらひなんず、しげかぬこそめづらしきことをあんじいだしてさふらへ。そもそも
あきのいつくしまをば、へいけのなのめならずにあがめうやまひまをされさふらふ。おんまゐりさふらへかし。かの
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ごなふじゆこそたのもしけれ。あるよまたににんともにつやして、さきのごとく、よもすがらいまやううたはれたるが、
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ふたつ、ににんがたもとにこのはをふたつふきかけたり。なにとなうこれをとつてみければ、みくまの
のなぎのはにてぞありける。かのふたつのなぎのはにいつしゆのうたをむしくひにこそしたりけ
れ。
ちはやぶるかみにいのりのしげければなどかみやこへかへらざるべき
やすよりにふだうは、こきやうのこひしさのあまりに、せんぼんのそとばをつくり、あじのぼじ、ねんがうつきひ、
けうみやうじつみやう、にしゆのうたをぞかきつけける。
さつまがたおきのこじまにわれありとおやにはつげよやへのしほかぜ
おもひやれしばしとおもふたびだにもなほふるさとはほひしきものを
これをうらにもつていでて、なむきみやうちやうらい、ぼんでんたいしやく、しだいてんわう、けんらうぢじん、わうじやうのちんじゆしよ
だいみやうじん、べつしてくまののごんげん、あきのいつくしまのだいみやうじん、せめていつぽんなりともみやこへつたへて
たべとて、おきつしらなみのよせてはかへるたびごとにそとばをうみにぞうかべける。そとばはつくり
いだすにしたがつて、うみにいけれければ、ひかずつもればそとばのかずもつもりける。そのおもふこころ
たよりのかぜともなりたりけん、またしんみやうぶつたもやおくらせたまひたりけん、せんぼんのなかに、いつぽん、
あきのくに、いつくしまのだいみやうじんのおまへのみぎはにうちあげたり。ここにやすよりにふだうがゆかりありけ
るそうの、もししかるべきたよりもあらば、かのしまへわたつて、そのゆくへをもたづねんとてさいこく
しゆぎやうにいでたりけるが、まづいつくしまへぞまゐりける。ここにみやうどとおぼしくてかりぎぬしやうぞくなる
ぞくいちにんいできたり、このそうなんとなうものがたりをしけるほどに、それしんみやうはわくわうどうぢんのりしやう、さまざま
なりとはまをせども、このおんがみは、いかなりけるいんねんをもつて、かいまんのうろくづにえんをば
むすばせたまふらん、ととひたてまつれば、これはよな、しやかつらりうわうのだいさんのひめみや、たいざうかいのすゐ
しやくなり。このしまへごやうかうありしはじめより、さいどりしやうのいまにいたるまで、じんじんきどくのことをぞかた
りける。さればにや、はつしやのごてんいらかをならべ、やしろはわたづみのほとりなれば、しほのみちひにつき
ぞすむ。しほみちくれば、おほとりゐあけのたまがきるりのごとし。しほひきぬればなつのよなれども、
おまへのしらすにしもぞおく、いよいよとうとくおぼえてゐたるところに、やうやうひくれ、つきさしい
で、しほのみちけるに、そこはかとなくゆられよりくるもくづどものなかに、そとばのがたの
ありけるを、なんとなうこれをとつてみければ、おきのこじまにわれありと、かきなんせることのはな
り。もんじをばゑりいれきざみつけたりければ、なににもあらはれず、あざあざとしてこそみえ
たりけれ。このそうふしぎのおもひをなして、おひのかたにさしみやこへかへりのぼり、やすよりにふだうがらうぼの
にこう、さいしどもの、いちでうのきた、むらさきのといふところにしのびつつ、かくれゐたりけるに、これをみ
せたりければ、さらばこのそとばがもろこしのかたへもゆられゆかずして、なにしにこれまでつたへ
きて、いまさらものをばおもはすらんとぞかなしみける。はるかのえいぶんにおよびて、ほふわうこれをえいらんなつて、
あなむざん、このものどもが、いのちのいまだいきてあるにこそとて、りうがんよりおんなみだにながさせ
たまふぞかたじけなき。これをこまつのおとどのもとへつかはされたりければ、ちちのぜんもんにみせたてまつら
る。かきのもとのひとまるは、しまがくれゆくふねをおもひ、やまべのあかひとは、あしべのたづをながめつつ。すみ
よしのみやうじんは、かたそぎのおもひをなし、みわのみやうじんは、すぎたてるかどをさす。むかしすさのをのみこと
さんじふいちじのやまとうたをはじめたまひしよりこのかた、もろもろのしんめいぶつだ、かのえいぎんによつてはくせんまん
たんのおもひをのべたまへり。にふだうさうこくもいはきならねば、よにあはれげにこそのたまひけれ。
にふだうさうこくのあわれみたまふうへは、きやうちうのじやうげ、おいたるもわかきも、きかいがしまのるにんのうたと
て、くちずさまぬはなかりけり。さてもせんぼんまでつくりいだせるそとばなれば、さこそはちいさ
うもありけめ、さつまがたよりはるばると、みやこまでつたはりけることこそふしぎなれ。あまりにひとのおも
ふことには、かくしるしありけるにや、いにしへ、かんのうここくをせめしとき、はじめはりせうきやうをたいしやう
ぐんとして三十まんきをむけらる。かんのいくさよわく、ここくのぐんつよくしてへいおほくうちほろぼされ、あまつさへ
たいしやうぐんりせうきやうをば、こわうのためにいけどりにせらる。つぎにそぶをたいしやうぐんとして五十まん
きをむけらる。またかんのいくさよわく、ここくのいくさつよくしてえびしのいくさかちにけり。つはもの六千よにんいけどり
にせらる。そのなかよりたいしやうぐんそぶをはじめとして、むねとのつはもの六百三十よにんすぐりいだいて、いち
いちにみなかたあしをきつておつぱなし。すなはちしするものもあり、ほどへてしぬるものもあり、されど
もそのなかにたいしやうぐんのそぶはいちにんしなざりけり。かたあしなきみとなつて、やまにのぼつてはきの
みをとり、さとにいでてはねぜりをつみ、あきはたづらのおちぼひろひなんどして、つゆのいのちをぞすごし
ける。たにいくらもありけるかりどもが、そぶにみなれておそれざりければ、これらはわがこきやう
へかよふものぞと、なつかつしさに、おもふことひとふぢかいてあひかまへて、これかんわうへまゐらせよと
いひふくめて、かりのつばさにむすびつけてぞはなちける。かひがひしくもたのものかり、あきはかならず
こしぢよりみやこへきたるものなれば、かんのせうてい、しやうりんえんにぎよゆうありしに、ゆふされのそら
うすぐもり、なにとなうものあはれなりけるをりふし、ひびわたる。そのなかよりかりひとつとび
さがつて、おのれがつばさにゆひつけたるたまづきを、くひけつておとしける。くわんにんこれをとつて、
みかどへまゐらせたりければ、ひらいてえいらんあるに、むかしはがんくつのほらにこめられて、さんしゆうのしう
たんをおくり、いまはくわんでんのうねにすてられて、こてきのいつそくとなれり。たとへかばねはこのちにちら
すといふとも、たましひはにどきみへのほとりにつかへんとぞかいたりける。それよりしてこそ、ふみをば、
がんしよともいひがんさつともまたなづけけれ。あなむざん、そぶのほまれのあとなりけり。ここくにいま
だあるにこそとて、こんどはりくわうといふしやうぐんにあふせて、百まんきをむけらる。こんどはかんの
たたかひつよくして、ここくのぐんまけにけり。みかたたたかひかちぬときこえしかば、そぶはくわうやのうちよ
りはひいでて、これこそいにしへのそぶよとなのる。かたあしなきみとなつて、十九ねんのせいさうをおく
り、こしにかかれてきうりへかへり、そぶは十六のとし、ここくへむけられしとき、みかどよりくだした
まはつたりける、はたをばまいて、みをはなたず、なんとしてかはもつたりけん、この十九ねんが
あひだ、いままたとりいだいて、みかどへまゐらせたりければ、きみもしんもかんたんなのめならず。そぶはきみのおん
ためにたいかうならびなかりかば、たいこくあまたたまはりて、そのうへ、てんしよつこくといふつかさをくだされける
とぞきこえし。りせうきやうはここくにとどまつて、つひにかへらず。いかにもしてかんてうへかへらばやと
は、なげきけれども、こわうゆるさねばちからおよばず。かんはうこれをばゆめにもしりたまはず、りせうきやうはふ
ちうなるものぞかしとて、はかなくなれるにしんがかばねをほりおこいてうたせらる。りせうきやうこのよし
をつたへきいて、うらみふかうぞなりにける。さりながらもなほこきやうやこひしかりけん、うちうなき
よしをいちくわんのしよにつくつて、かんてうへおくつたりければ、さてはふちうなかりしものをとて、ふ
ぼがかばねをうたせられけることをのみ、くやしみたまひけり。かんかのそぶは、しよをかりのつばさに
つけてきうりへおくり、ほんてうのやすよりは、なみのたよりにうたをこきやうへつたふ。かれはいつぴつのすさみ、
これはにしゆのうた、かれはじやうだい、これはまつだい、ここく、きかいがしま、さかひをへだててよよはかはれども、
ふぜいはおなじふぜい、ありがたかりしことどもなり。