平曲譜本 藝大本 巻三

ぢしよう二ねんしやうぐわひといのひ、ゐんのごしよにははいらいおこなはれて、よつかのひてうきんのぎやうがうありけ
り。なにごともれいにかはりたることはなけれども、こぞのなつ、しんだいなごんなりちかのきやう、いげきんじふの
ひとびと、おなくながしうしなはれしこと、ほふわうそのおんいきどはりいまだやまず、さればよのまつりごとをも、よろづ
ものうくおぼしめて、おんこころよからぬことどもにてぞさふらひける。だいじやうのにふだうも、ただのくらんどゆきつな
がつげしらせをたてまつてのちは、きみをもいつかうおくるしきことにおもひまゐらせ、かみにはことなきやう
にはしたまへども、ないないはようじんして、にがわらひひてのみぞさふらはれける。なのかのひ、すゐせいとうはう
にいづ、しゆうきともまをす。またせききともまをす。十八にちひかりをます。にふだうさうこくのおんむすめけんれいもんゐん、
そのときはいまだちうぐうのおかたときこえさせたまひしが、ごなうとて、くものうへ、あががしたのなげきにてぞ
ありける。しよじにみどきやうはじまり、しよしやへくわんぺいしをたてらる。おんやうじゆつをきはめ、いけくすりを
つくし、だいほふひほふひとつとしてのこるところなうしうせられけり。されどもごなうただにもわたらせたまは
ず。ごくわいにんとぞきこえし。しゆじやうはこんねん十八、ちうぐうは二十二にならせたまふ。しかれどもわうじ
もひめぎみもいまだできさせたまはず。もしわうじごたんじやうあらば、いかにめでたからんと、へいけ

のひとびとも、ただいまわうじごたんじやうあるやうにまをしていさみよろこびあはれけり。たけのひとびとにもへい
しはんじやうをりをえたり、わうじごたんじやう、うたがひなしとぞまをしあはれける。ごくわいにんさだまらせたまひし
かば、にふだうさうこく、うげんのかうそうきそうにあふせて、だいほふひほふをしうし、しやうしゆん、ぶつぼさつにつげて
ひとへにわうじたんじやうとのみきせいせらる。六がわつひといのひ、ちうぐうごちやくたいありけり。にんなじのみ
むろしゆがくほふしんわうは、いそぎごさんだいなあつて、くじやつきやうのほふをもつておかぢあり。たんだいざすくくわいほふ
しんわう、てらのちやうりゑんけいほふしんわうも、おなじうまゐらせたまひて、へんじきうなんしのはふをしうせられけり。
かかりしほどに、ちうぐうはつきのかさなるにしたがつて、おんみをくるしうせさせおはします。一たびゑめば
もものこびありけん、かんのりふじん、せうやうでんのやまひのとこもかくやとおぼえ、たうのやうきひ、りか一
しはるのあめをおび、ふようのかぜにしをれつつ、をみなへしのつゆおもげなるより、なほいたはしきおんさまな
り。かかるごなうのをりふしにあはせて、こはきおんもののげどもあまたとりいれたてまつる。よりましみやうわうのばく
にかけて、りやうあらはれたり。ことにはさぬきのゐんのごれい、うぢのあくさふのごおくねん、しんだいなごんなり
ちかのきやうのしりやう、さいくわうほふしがあくりやう、きかいがしまのながしびとどものしやうりやうなんとぞまをしける。これに
よつて、しやうりやうをもしりやうをもなだめらるべしとて、まづさぬきのゐんのごつゐがうなあつて、すとくてん
わうとがうし、うぢのあくさふ、ぞうくわんぞうゐおこなはれて、だいじやうだいじんじやうゐをおくらる。ちよくしはせうない
きこれもとぞきこえし。くだんのむしよはやまとのくにそふのかんのこほり、かはかみのむらはんにやのの五三まいなり。ほうげん

のあき、ほりおこしてすてられしのちは、しがい、みちのほとりのつちとなつて、としどしにただはるのくさのみ
しげれり、いまちよくしたづねきて、せんみやうをよみければ、ぼうこんそんりやうやいかにうれしとおぼしけん。さ
ればそおらのはいたいしをばすだうてんわうとがうし、ゐがみのないしんわうをばくわうごうのしきゐにふくす。これみなをん
りやうをなだめられしはかりごととぞきこえし。をんりやうはむかしもかくおそろしかりしことどもなり。れいぜいゐんのおん
ものぐるはしうましまし、くわざんのほふわうの十ぜんのていゐをすべらせたまひしは、もとかたのみんぶきやうがりやう
なり。また三でうのゐんのおんめもごらんぜられざりしは、かんさんぐぶがりやうとかや。かどわきのさいしやう、
かやうのことどもをつたへうけたまはつて、こまつどのにむかつてまをされけるは、こんどちうぐうおさんのおいのり
さまざまにさふらふなり。なんとまをすとも、ひじやうのしやにすぎたるほどのこと、あるべしともおぼえさふらは
ず。なかにもきかいがしまのるにんどもの、めしかへされたらんほどのくどくぜんこん、なにごとかさふらふべき
とまをされたりければ、おとどちちのぜんもんものごぜんにおはして、あのたんばのせうしやうがことを、かど
わきさいしやうあながちになげきまをすがふびんにさふらふ。ことさらちうぐうごなうのよしうけたまはり、およぶべくんば、
なりちかきやうがしりやうなどきこえてさふらふ、だいなごんがしりやうをなぐさめんと、おぼしめさんにつけては、い
きてさふらふせうしやうをめしこそかへされさふらはめ。ひとのおもひをやめさせたまはば、おぼしめすことも
かなひ、ひとのねがひをかなへさせましまさば、おねがひもすなはちじやうじゆして、ごさんぺいあん、わうじごたんじやうな
つて、かもんのえいぐわいよいよさかんにさふらふべしとまをされければ、にふだうさうごく、ひごろよりことのほかにやはら

て、しゆんくわんや、やすよりぼふしがことはいかにとのたまへば、それもおなじうはめしこそかへされさふらは
め。もしいちにんものこされたらんは、なかなかざいごふたるべうさふらふとまをされたりければ、にふだうさう
こく、やすよりぼふしがことはさることなれども、しゆんくわんはずゐぶんにふだうがこうしゆをもつて、ひととなつたる
ものぞかし。それにところしもこそおほけれ、わがさんしやう、ししのたにによりあひて、むほんのくわだてのあ
りけんなれば、しゆんくわんがことはおもひもよらずとぞのたまひける。おとどかへつて、をぢのさいしやうをよ
びだしまゐらせて、せうしやうははやしやめんなるべひにてさふらふぞ、おんこころやすうおぼしめされさふらへと
まをされたりければ、さいしやうよにもうれしげにて、てをあはせてぞよろこばれける。くだりさふらひし
ときも、これほどのことなどやまをしうけざらんと、おもひたりげにて、のりもりをみさふらふたびごとには、
なみだをながしさふらけるが、ふびんにぞんじさふらふとぞまをされける。おとど、こはたれとてもかなしければ、
よくよくまをしさふらはんとていりたまひぬ。さるほどに、きかいがしまのるにんどものめしかへさるべ
きことさだまりしかば、にふだうさうこくのゆるしぶみかいてぞたうでんげる。おつかひすでにみやこをたつ、さいしやうあまり
のうれしさに、おつかひにわたくしのつかひをそへてぞくだされける。よをひるにしていそぎくだれとありしか
ども、こころにまかせぬかいろなれば、なみかぜをしのいてくだるほどに、みやこをば七ぐわげじゆんにいでたれど
も、ながつきはつかころにぞ、きかいがしまにはつきにける。

おつかひはたんざゑもんのじやうもとやすといふものなり。いそぎふねよりあがり、ここにみやこよりながされたまひ
たるたんばのせうしやうなりつね、へいはうぐわんやすよりにふだうどのやおはすと、こゑごゑにぞたづねける。ふたりのひと
びとは、れいのくまのまうでしてなかりけり。しゆんくわんひとりありけるが、これをきいて、あまりにおもへばゆめ
やらんまたてんまはじゆんの、わがこころをたぶらかさんとていふやらん、うつつともさらにおぼえぬものかなと
て、はしるともなくたをるるともなく、いそぎつかひのまへにゆきむかつて、これこそながされたるしゆんくわん
よと、なのりたまへば、ざつしきがくびにかけさせたるふぶくろより、にふだうさうこくのゆるしぶみをとりいだいて
たてまつる。これをあけてみたまふに、ぢうくわはをんるにめんず、はやくきらくのおもひをなすべし。ちうぐうご
さんのおんいのりによつて、ひじやうのしやおこなはる。しかるあひだ、せうしやうなりつね、やすよりほふし、しやめんとばかりか
かれて、しゆんくわんといふもじはなし。らいしにぞあるらんとて、らいしをみるにもみえず、おく
よりはしへよみ、はしよりおくへよみけれども、ににんとばかりかかれて、さんにんとはかかれず。
さるほどに、せうしやうや、やすよりはふしもいできたり、せうせうのとつてみるにも、やすよりはふしがよみ
けるにも、ににんとばかりかかれて、さんにんとはかかれざりけり。ゆめにこそかかることは
あれ。ゆめかとおもひなさんとすれば、うつつなり、うつつかとおもへば、またゆめのごとし。そのうへににんの

ひとびとのもにへは、みやこよりいことづてたるふみども、いくらもありけれども、しゆんくわんそうづのもとへは、
こととふふみ一つもなし、さればわがゆかりのものは、みやみやこのうちにあとをとどめずなりにけるよ、と
おもひやるにもおぼつかなし。そもそもわれら三にんは、つみもおなじ、はいしよもおなじところなり。いかなれば
しやめんのとき、ににんはめしかへされて、いちにんここにのこるべき。へいけのおもひわすれかや、しつぴつのあ
やまりか、こはいかにしつることどもぞやと、てんにあふぎちにふして、なきかなしめどもかひぞ
なき。そうづ、せうしやうのたもとにすがり、しゆんくわんがかやうになるといふも、ごへんのちち、こだいなごんどの
の、よしなきむほんのゆゑなり、さればよそのこととおもひたまふべからず。ゆるされなければ、
みやこまでこそかなはずとも、せめてはこのふねにのせて、九ごくのちまでつけてたべ、おのおのこれに
おはしつるときこそ、はるはつばくらめ、あきはたのものかりのおとづるるやうに、おのづからこきやうのこと
をもつたへききつれ、けふよりのちなにとしてかはきくべきとてもだえこがれたまひけり。せうしやうまこと
にさこそもおぼしめされさふらふらめ。われらがめしかへさるるうれしさも、さることにてはさふらへど
も、おんありさまをみまゐらせさふらふに、さらにゆくべきそらもおぼえさふらはず。このふねにうちのせたてまつて、
のぼりたくはさふらへども、みやこのおつかひ、いかにもかなふまじきよしをしきりにまをす。そのうへおんゆるされ
もなきに、三にんともにしまのうちをいでたり、などきこえさふらはば、なかなかあしうさふらひなんず。なり
つねまづまかりのぼつて、ひとびとにもよきやうにまをしあはせ、にふだうさうこくのけしきをもうかがひ、むかひにひとを

たてまつらん。そのほどはひごろおはしつるやうに、おもひなしてまちたまへ、なんとまをすともいのちはたい
せつのことにてさふらへば、たとへこのせにこそもれさせたまひさふらふとも、いちどはなにかしやめんなう
てはさふらはざるべきと、やうやうになぐさめのたまへども、そうづたへしのぶべうもみえたまはず。さ
るほどに、ふなですべしとてせめぎければ、そうづふねにのつてはおりつ、おりてはのりつ、
あらましことをぞしたまひける。せうしやうのかたみには、よるのふすま、やすよりにふだうがかたみには、一ぶの
ほけきやうをぞとどめける。すでにともづなときてふねおしいだせば、そうづつなにとりつき、こしになりわきに
なり、たけのたつまではひかれていづ。たけもおよばずなりければ、そうづふねにとりつき、さ
ていかにおのおのしゆんくわんをば、つひにすてはてたまふか、ひごろのなさけもいまはなにならず、せめてこ
のふねにのせて、きうごくのちまでと、くどかれけれども、みやこのおつかひ、いかにもかなひさふらふま
じとて、とりつきたまひつるてをひきのけて、ふねをばつひにこぎいだす。そうづせんかだなさに
なぎさにあがり、たをれふし、をさなきものの、めのとやははなどをしたふやうにあしずりをして、これの
せてゆけ、ぐしてゆけとのたまひて、をめきさけびたまへども、こぎゆくふねのならひにて、あとは
しらなみばかりなり。いまだとほからぬふねなれども、なみだにくれてみえざりければ、そうづたかきところに
はしりあがつて、おきのはうをぞまねぎける。かのまつらさよひめがもろこしふねをしたひつつ、ひれふりけん
も、これにはすぎじとぞみえし。さるほどにふねもこぎかくれ、ひもくるれども、そうづあやし

のふしどへもかへらず、なみにあしうちあらはせ、つゆにしほれて、そのよはそこにてぞあかしける。さ
りとも、せうしやうはなさけふかきひとなれば、よきやうにまをすこともやと、たのみをかけて、そのせにみ
をもなげざりしこころのうちこそはかなけれ。むかしさうりそくりが、かいがんさんへはなたれたりけんかな
しみも、かくやとぞおぼえたる。

さるほどに、ににんのひとびとはきかいがしまをいで、ひぜんのくにかせのしやうにぞつきたまふ。さいしやう、
きやうよりひとをくだいて、としのうちはなみかぜもはげしう、みちのあひだもおぼつかなうさふらへば、はるになつてのぼ
られさふらへとありしかば、せうしやうかせのしやうにてとしをくらす。さるほどに、おなじき十一ぐわ十二にち
のとらのこくより、ちうぐうごさんのけましますとて、きやうちう六はらひしめきあへり。ごさんじよは六
はらいけどのにてありければ、ほふわうもごかうなる。くわんぱくどのをはじめてたてまつつて、だいじやうだいじんいげのい
さううんかく、すべてよにひととかぞへられ、くわんかかいにのぞみをかけ、しよたいしよしよくをたいするほどのひとの、
ひとりももるるはなかりけり。せんれいも、にようご、きさき、ごさんのときにのぞんでたいしやありき。たいぢ
二ねん九ぐわつ十一にちのひ、たいけんもんゐんおさんのとき、たいしやおこなはるることありけり。こんどもそのれいたる
べしとて、ひじやうのだいしやおこなはれて、をんるのともがらおほくゆるされけるなかに、このしゆうんくわんそうづひとり、

しやめんなかりけることこそうたてけれ。ごさんべいあん、わうじごたんじやうあらば、八まん、ひらの、おほ
はらのなどへ、ぎやうけいあるべきよしごりふぐわんあり。ぜんげんほふいんうけたまはつて、これをけいびやくす。じんじやは
いせだいじんぐうをはじめたてまつつて、二十よかしよ、ぶつじはとうだいじ、こうふくじ、いげ十六かしよへみじゆ
きやうあり。みじゆぎやうのおつかひには、みやのさぶらひのうちにうくわんのともがらこれをつとむ。ひらもんのかりぎぬにたいけんした
るものどもが、いろいろのみじゆぎやうもつ、ぎよけし、ぎよいをもちつづいて、ひんがしのだいよりなんていをわ
たつて、にしのちうもんにいづ、めでたかりしけんぶつなり。こまつのおとどは、れいのぜんあくに、さわぎ
たまはぬひとにておはしければ、はるかにひたけてのち、ちやくしごんのすけせうしやうこれもり、いげのきんだちたち
のくるまどもやりつづけさせいろいろのぎよい四十りやうぎんけん七つひろぶたにおかせ、おうま十二ひきひかせて
まゐらせたまふ。これはくわんこうにじやうとうもんゐんおさんのとき、みだうどののおんうままゐらせられしそのれいとぞきこ
えし。そもこのおとどとまをすはちうぐうのおんせうにておはしけるうへ、とりわきふしのおんちぎりなれ
ば、おうままゐらせたまふもことわりなり。また五でうのだいなごんくにつなのきやうも、おうま二ひきしんぜらる。
こころざしのいたりかとくのあまりかとぞ、ひとまをしける。なほ、いせよりはじめたてまつつて、あきのいつくしまにいたる
まで、七十よかしよへじんめをたてらる。だいりにもれうのおうまにしでつけて、すう十ぴきひきた
てたり。にんなじのみむろ、しゆがくほふしんわう、くじやくきやうのほふ、てんだいざすかくくわいほふしんわうは、しちぶやくし
のほふ、てらのちやうりゑんけいほふしんわうは、こんがふどうじのほふ、そのほか五だいこくうざう、六くわんおん、一じこりん五

だんのほふ、六じかりん、八じもんじゆ、ふげんえんめうにいたるまで、のこるところなくしうせられけり。ごま
のけむり、ごしよちうにみちて、れいのおとくもをひびかし、しゆほふのこゑ、ものけよだつて、いかなる
おんもののけなりとも、なにおもてをむかふべしともみえざりけり。なほぶつしよのほふいんにあふせて、ごしんとう
しんのやくし、ならびに五だいそんのぞうをつくりはじめらる。かかりしかども、ちうぐうはひまなくしきらせ
たまふばかりにて、ごさんもとみになりやらず。にふだうさうこく、にゐどの、むねにてをおいて、こは
いかがせん、いかがせんとぞあきれたまふ。ひとのものまをしけれども、ただともかくも、よきやうによ
きやうとばかりぞのたまひける。じやうかい、いくさのぢんならば、これほどまではおくせじものをとぞのちに
はのたまひける。おんげんしやには、ばうがく、しやううん、りやうそうじやう、しゆんぎやうほふし、がうぜん、じつぜん、りやうそうづ、
かくそうげのくどもあげ、ほんじほんざんの三ばう、ねんらいしよぢのほんぞんたち、せめふせせめふせもまれけれ
ば、まことにさこそはとおぼえて、たつとかりけるなかに、をりふしほふわうは、いまくまのへごかうなる
べきにて、おんしやうじんのついでなりけるが、きんちやうちかくござあつて、せんじゆきやうをうちあげうちあげあそばさ
れけるにぞ、いま一きはことかはつてさしもをどりくるひけるおんよりましどもがしばりもしばらくうちしづめけり。
ほふわうあふせなりけるは、たとへいかなるおんもののげなりとも、このおいぼふしが、かくてさふらはんずる
ところへ、いかでかちかづきたてまつるべき。なかんづく、いまあらはるるところのをんりやうは、みなわがてうをんをもつて、ひと
となつたるものぞかし。たとへほふじやのこころをこそぞんせずともあにしやうげをなすべきや。すみやかにまかり

しりぞきさふらへとて、によにんしやうさんしかたからんときにのぞんで、じやましやしやうして、くしのびがたからん
には、こころをつくしてだいひじゆをしようじゆせば、きじんたいさんして、あんらくにしやうぜんとあそばして、
みなすゐしやうのおんじゆずをおしもませたまへば、ごさんぺいあんのみならず、わうじにてこそましましけ
れ。ほん三みのちうじやうしげひらのきやう、そのときはいまだちうぐうのすけにておはしけるが、ぎよれんのうちより
つといで、おんさんべいあん、わうじごたんじやうさふらふぞやと、たからかにまをされたりければ、ほふわうをはじ
めたてまつつて、だいじやうだいじんいげのけいしやううんかく、おのおののしよしゆ、すうはいのおんけんじや、おんやうのかみ、てんやくのかみ、
すべてだうじやうだうげ、いちどにあつとよろこびあへるこゑは、もんぐわいまでもどよみて、しばしはしづまりも
やらざりけり。にふだうさうこくうれしさのあまりに、こゑをあげてぞなかれける。よろこびなきとはこれを
いふべきにや。こまつのおとどは、いそぎちうぐうのおんかたへまゐらさせたまひて、きんせん九十九もん、わう
じのおんまくらにおいて、てんをもつてはちちとし、ちをもつてはははとさだめたまふべし。おいのちははうしとう
はうさくがよはひをたもち、おんこころにはてんせうだいじんいりかはらせたまへとて、くはのゆみ、よもぎのやをもつて、てん
ち四はうをいさせらる。

おんちには、さきのうだいしやうむねもりのきやうのきたのかたとさだめられたりしかども、さんぬる七ぐわに、

なんざんをしてうしなはせたまひしかば、へいだいなごんときただのきやうのきたのかた、そつのすけどの、おんちちにはまゐら
せたまひて、のちにはそつのないしとぞひとまをしける。ほふわうやがてくわんぎよなる、もんぜんにおんくるまをたてら
れたり。にふだうさうこくうれしさのあまりに、しやきん一千りやう、ふじのわた二千りやう、ほふわうへしんじやうせら
る。これまたしかるべからずとぞひとまをしける。をかしかりしはにふだうさうこくのあきれざま、めで
たかりしはこまつのおとどのふるまひ、ほいなかりしはさきのうだいしやうむねもりのきやうのさいあいのきたのかたにおく
れたまひて、だいなごんだいじしゃうりやうしよくをじしてらうきよせられしこと、きやうだいどもにしゆつしあらば、いかに
もめでたからん。こんどのごさん、せうしあまたあり。まづほふわうのおんげんじや、つぎにきさきごさんのとき、
ごてんのむねよりこしきをまろぼすことありけり。わうじごたんじやうにはみなみへおとし、わうによたんじやうにはきたへおと
すを、これはきたへおとされたりければ、ひとびといかにとさわぎとりあげ、おとしなをされたりし
かども、なほあしきことにぞひとまをしける。つぎに七にんのおんやうしまゐつて、せんどのおはらひつかまつる。
そのなかに、かものかみときはれといふらうしやあり。しよじゆうなんどもぼくせうなりけるが、あまりにひとおほく
まゐりつどひ、たかんなをこみ、たうまちくゐのごとし、やくにんぞあけさふらへとて、おほぜいのなかをおし
わけおしわけまゐるほどに、いかがはしたりけん、みぎのくつをふみぬがれて、そこにてちつとたち
やすらふまに、かんむりをさへつきおとされて、さばかんのみぎんにそくたいただしきらうじやが、もどりはなしてねり
いでたりければ、わかきくぎやう、でんじやうびとはたへずして、一どどつとぞわらはれける。おんやう

じなんどいふはほんばいとて、あしをもあだにふまずとこそうけたまはれ。そのほかふしごどもいくらも
ありけども、そのときはなんともおぼえあはせられざりけるが、のちにこそおもひあはすることどもは
おほかりけり。ごさんによつて、六はらへまゐらせたまふひとびと、くわんぱくまつどの、だいじやうだいじんみうおんゐん、
さだいじんおほゐのみかど、うだいじんつきのわどの、なだいじんこまつどの、さたいしやうじつてい、みなもとだいなごんさだふさ、三
でうのだいなごんさねふさ、五でうのだいなごんくにつな、とうだいなごんさねくに、あぜしすけかた、なかのみかどのちうなごん
むねいへ、くわさんのゐんのちうなごんかねまさ、みなとのちうなごんがらい、ごんちうなごんさねつな、とうちうなごんすけなが、いけのちう
なごんよりもり、さゑもんのかみときただ、べつたうただちか、ひだんのさいしやうのちうじやうさねいへ、うさいしやうちうじやうさねむね、しんざい
しやうのちうじやうみちちか、へいざいしやうのりもり、六かくのさいしやういへみち、ほりかはのさいしやうよりさだ、さたいべんのさいしやうながかた、
うたいべんのさんみとしつね、さへうゑのかみしげたか、うへうゑのかみみつのり、くわうだいごうぐうのだいぶあさかた、さきやうの
だいふながのり、たいさいのだいにちかのぶ、しんざみさねきよ、いじやう三十三にん、うたいべんのほかはちよくいなり。ふ
さんのひとびとには、くわさんのゐんのさきのだいじやうだいじんただまさこう、おほみやのだいなごんたかすゑのきやう、いげ十よにん、
ごじつにほうえちやくして、にふだうさうこくのにし八でうのていへ、むかはれけるとぞきこえし。

ひかずへにければ、ちうぐうは六はらよりだいりへかへりまゐらせたまふ。にふだうさうこくいかにしてこ

のきさきのおんはらにわうじたんじやうあれかし、くらゐにつけまゐらせて、ふうふともにぐわいそふぐわいそぼと、あふが
れんとねがはれけるがわがあがめたてまつるいつくしまへまをさんとて、つきまうでせられけるに、ちうぐうやがて
ごくわいにんなつて、ごさんぺいあん、わうじごたんじやうこそめでたけれ。そもへいけいつくしまを、しんじはじめられ
けることを、いかにといふに、きよもりこういまだあきのかみたりしとき、あきのくにをもつて、かうや
のだいたうしうりせられけるに、わたなべのゑんどう六らうよりかたを、ざつしやうにつけられて、六ねんにしうりをは
んぬ。しうりをはつてのち、きよもりかうやへのぼり、だいたうをがみたてまつて、おくのゐんへまゐられけるに、ど
こよりきたるともなく、はくはつなるらうそうの、まゆにはしもをたれ、ひたひになみをたたんで、かせつゑのふた
またなるにすがつていでたまひけるが。このそう、なんとなうものがたりをぞしたりける。それわがやま
は、むかしよりみつしうをひかへてたいてんなし。てんかにまたもさふらはず。だいたうすでにしうりをはりさふらひぬ。
それにつぎさふらひては、ゑちぜんのけひのみやと、あきのいつくしまは、りやうがいのすゐしやくにてさふらふが、け
ひのみやはさかえたれども、いつくしまはなきがごとくにあれはててさふらふ。あはれおなじうは、このついで
にそうもんなつてしうりせさせたまへかし。さたにもさふらはば、くわんかかいはてんかにかたをならぶるもの、
またもあるまじきぞとてたたれける。このらうそうのゐたまへるところに、ゐきやうすなはちくんじたり。ひとを
つけてみせらるるに、三ちやうばかりはみえたまひて、そののちはかきけすやうにぞうせたまひぬ。
これたたびとにあらず、だいしにておはしけりといよいよたつとくおぼえて、しやばせかいのおもひだなるべ

しとて、かうやのこんだうにてまんだらをかかれけるが、さいまんだらをば、じやうみやうほふいんといふゑしに
かかせらる。とうまんだらをば、きよもりかかんとて、じひつにかかれけるが。八えうのちうそんのほう
くわんをば、いかがおもはれけん、わがかうべのちをいだいて、かかれけるとぞきこえし。そののちみやこへのぼ
り、ゐんさんして、このよしをそうもんせられたりければ、きみもしんもかんたんななめならず、なほにんのべられ
て、いつくしまをもしうりせらる。とりゐをたてかへ、やしろやしろをつくりかへ、百八十けんのくわいらうをぞ
つくられける。しうりをはつてのち、きよもりいつくしまへまゐり、つやせられけるゆめに、ごほうでんのなかより
びんつらゆひたるわらんべのいでて、なんぢこのつるぎをもつて、てうかのおんかためたるべしとて、しろかねのひるまき
したるこなぎなたをたまはる、といふゆめをみて、さめてのちみたまへば、うつつにまくらがみにぞたつたり
ける。さてだいみやうじんごたくせんなつて。なんぢしれりやわすれりや、あるひじりをもつていはせしことは、ただ
しあくぎやうあらば、しそんまではかなふまじきぞとて、だいみやうじんのぼらせたまひけり。ありがたかり
しことどもなり。

しらかはのゐんのとき、きやうごくのおほとののおむすめ、きさきにたちたまふことありけり。けんしのちうぐうとて、ご
さいあいありけり。しゆじやういかにもしてこのきさきのおんぱらに、わうじたんじやうあらまほしうおぼしめして、

そのころみゐでらに、うけんのそうときこゆるらいがうあじやりをめして、なんぢいかにもしてこのきさきのおんぱらに
わうじたんじやういのりまをせ、ぐわんじやうじゆせば、しよもうはこふによるべしとあふせくださる。らいがうやすいほどの
おんことにさふらとていそぎみゐでらへかへりまゐつて、かたんをくだいていのりければ、ちうぐやがて百
にちのうちにごくわんにんなつて、しようほぐわんねん十二ぐわ十六にち、ごさんぺいあん、わうじごたんじやうこそめでたくけ
れ、。しゆじやうなのめならずぎよかんなつて、らいがうあぎやりをだしりへめして、さてなんぢがしよもうはいかに
とあふせければ、みゐでらにかいだんこんりよのよしをそうもんす。一かいそうじやうなんどのことをも、まをさん
するかとこそおぼしめしつるに、これこそぞんじのほかのしよもうなれ。いまなんぢがしよもうをたつせば、さんもん
いかつてせじやうもしづかなるべからず、およそわうじたんじやうあつて、そをつがしめんも、かいだいなゐを
おぼしめすおんゆゑなり。りやうもんともにかつせんせば、てんだいぶつぱふほろびなんずとてきこしめしもいれざり
けり。らいがうこはくちをしきことこそあんなれとて、いそぎみゐでらにはしりかへつて、ひじにせんと
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めして、なんぢはらいがうにしだんのちぎりあんなればゆいてこしらへてみよとあふせければ、かしこまりうけたまはつて
て、いそぎみゐでらへはせまゐり、らいがうあじやりがしゆくばうへたづねゆいて、ちよくぢやうのおもむき、あふせふくめん
とすれば、もつてのほかにふすばうたるぢぶつだうにたてこもり、おそろしげなるこゑして、てんしにはたはむれ
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かのひ、ごさんぺいあん、わうじごたんじやうこそめでたけれ。ほりかはのてんわうこれなり。をんりやうは、かくむかし
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けり。

しやうぐわげじゆんに、たんばのせうしやうなりつね、へいはうぐわんやすよりにふだう、ににんのひとびとは、ひぜんのくにかせの
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にもしたにも、まつのかれえだあしのかれはをひしととりかけたれば、あめかぜたまるべうもみえず。みやこ
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四五百にんのしよじゆうけんぞくにゐごうさせられてこそおはせしが、まのあたりかかるおんめにあはせ
たまふことのふしぎさよ、ごふにさまざまあり、じゆんげん、じゆんしやう、じゆんごごふといへり。そうづ一ご
があひだ、みにもちふるところ、みなだいがらんのじもつ、ぶつもつならずといふことなし。さればかのしん
ぜむげんのつみによつて、こんじやうにてはやかんぜられけりとどみえたりける。そうづこはうつつぞと

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らん。さのみながらへて、おのれにうきみをみせんも、わがみながらうたてかるべしと
て、おのづからしよくをやめ、りんじうしやうねんをぞいのられける。ありわうわたつて、二十三にちとまをすに、
そうづいほりのなかにて、つひにはかなくなりたまひぬ、とし三十七とぞきこえし。ありわうむなしきおんすがた
にとりつきたてまつり、てんにあふぎちにふして、こころのゆくほどなきあきて、やがてごせのおんともつかまつ
るべうさふらひしかども、このよには、ひめごぜばかりこそのこらせたまひて、ごせともらひまゐらす
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か。くだんのしまには、すずりもかみもなきところなれば、おぼしめされんずるおんことどもは、さながらむな
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きき、おんすがたをもみまゐらつさせさふらふべきなれば、ただ、ごぼだいをともらひまゐらつさせたまへかし

とまをしければ、ひめごぜききもあへたまはず、ふしまろびてぞなかれける。やがて十二の
とし、あまになり、ならのほつけじにおこなひすまして、ふものごせをともらひたまふぞあはれなる。あり
わうもしゆんくわんそうづのゐこつをかうべにかけ、かうやへのぼり、おくのゐんにをさめつつ、れんげだににてほふし
になり、しよこく七だうしゆぎやうして、しゆのごせをぞとふらひける。かゆうにひとびとのおもひなげきのつもりぬ
る、へいけのすゑこそおそろしけれ。

さるほどに、おなじき五ぐわ十二にちのうまのこくばかり、みやこにはつじかぜおびただしくふいて、じんおくおほ
くてんだうす。かぜはなかのみかどのきやうごくよりおこつて、ひつじさるのかたへふいてゆく、むなもんひらもんふきぬ
いて、ひとびとのいへいへ四五ちやう十ちやうばかり、ふきもてゆき、けた、なげし、はしらなんどはこくうにさん
ざいす、ひはだぶきのるゐは、ふゆのこのはのかぜにみだるるがごとし。ただしやおくのはそんするのみなら
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かのぢごくのごふふうなりとも、これにはすぎじとぞみえし。これただごとにあらずみうらあるべしとて、
じんぎくわんにしてみうらあり、いま百にちのうちに、ろくをおもんずるおとどのつつしみ、べつしてはてんがのだい
じ、ぶつぽふ、わうはふ、ともにかたむいて、ならびにへいかくさうぞくすべしとぞ、じんぎくわん、おんやうれうともにうらなひたてまつる。

こまつのおとどは、かやうのことどもに、よろづこころぼそうやおもはれけん、そのころくまのまうでのことありけ
り。ひかぞふればほんぐうじやうじやうでんのごぜんにまゐりつつ、しづかにほつせまゐらせて、よもすがらけいびやくせられけ
るは、しんぶにふだうさうこくのていをみるに、あくぎやくぶだうにして、ややもすればきみをなやましたてまつる。その
ふるまひをみるに、一ごのえいぐわなほあやふし。しげもりちやうしとして、しきりにいさめをいたすといへども、み
ふせうのあひだ、かれもつてふくようせず、しえふをれんぞくして、しんをあらはしてなをあげんことかたし。この
ときにあたつて、しげもりいやしうもおもへり。なまじひにれつして、よにふちんせんこと、あへてりやうしんかうし
のほふにあらず。しかじ、なをのがれみをしりぞいて、こんじやうのめいばうをなげすてて、らいせのぼだい
をもとめんに。ただしぼんぶはくち、ぜひにまどへるがゆゑに、こころざしをなほほしいままにせず、なむごんげん、
こんがうどうじ、ねがはくはしそんはんえいたえずして、つかへててうていにまじるべくば、にふだうのあくしんをやわら
げて、てんがのあんぜんをえせしめたまへ、えいえうまた一ごをかぎつて、こうこんはぢにおよぶべくば、しげもり
がうんめいをちぢめて、らいせのくりんをたすけたまへ、りやうこのくぐわん、ひとへにみやうじよをあふぐと、かんたんをくだ
いてきねんせられければ、とうらうのひのやうなるもの、おとどのおんみよりいで、はつときゆる
がごとくにうせにけり。ひとあたまみたてまつりけれども、おそれてこれをまをさず。おとどまたげかうのとき、

いはたがはをわたらせけるに、ちやくしごんのすけせうしやうこれもり、いげのきんだち、じやういのもとにうすいろのきぬをき
て、なつのことなれば、なんとなうみづにたはむれたまふほどに、じやういのぬれてころもにうつつたるが、
ひとへにいろのやうにみえけるを、ちくぜんのかみさだよし、これをみとがめて、あれはいかに、ごじやうい
のぬれてころもにうつたるがよにいまはしげにみえさせたまひさふらふ、いそぎめしかへらるべう
もやさふらふらん、とまをしければ、おとどさては、わがしよぐわんすでにじやうじゆしにけり。あへてそのじやういあらた
むべからずとて、いはたがはよりべつしてくまのへ、よろこびのへうへいをぞたてられける。ひとあや
しとおもへども、なほそのこころをばえざりけり。しかるにこのきんだちまことのいろをつけたまひけるこそふし
ぎなれ。おとどげかうののち、いくばくのひかずをえずして、やみつきたまひぬ。ごんげんすでにごなうじゆある
にこそとて、きたうをもいたされず、またれうぢをもしたまはず、そのころそうてうよりすぐれたるめいいわた
つて、ほんてうにやすらふことありけり。をりふしにふだうさうこくは、ふくはらのべつげふにおはしける
が、ゑつちうのぜんじもりとしをししやにて、こまつどのへのたまひつかはされけるは、しよらういよいよだいじなる
よし、そのきこえあり、かねては、またそうてうよりすぐれたるめいいわたれり。をりふしこれをよろこびとす。
よつてかれをめしてしやうじて、いれうをくはへしめたまへと、のたまひつかはされたりければ、おとどたすけおこ
され、もりとしをごぜんへめしてたいめんなりけり。まづいれうのことは、かしこまつてうけたはまりさふらひとまをすべ
し。ただしなんぢもよくうけたまはれ。えんぎのみかどは、さばかんのけんわうにてわたらせたまひしかども、

いこくのさうにんを、みやこのなかへいれられたりしことを、まつだいまでも、けんわうのおんあやまり、ほんてうのはぢ
とこそみえたれ。いはんやしげもりほどのぼんにんが、いこくにいしをわうじやうへいれんこと、まつたくくにのはぢに
あらずや。かんのかうそは三じやくのつるぎをひつさげててんがををさめしに、わいなんのげいふをうちしとき、ながれ
やにあたつてきづをこうむる。こうろたいこう、りやういをむかへてみせしむるに、いのいはく、このきずぢしつ
べし、ただし五十きんのかねをあたへばぢせんといふ。かうそののたまはく、わがまぼりのつよかりしほどは、
おほくのたたかひにあひて、きずをこうむりしかども、そのいたみなし。うんすでにつきぬ。いのちはすなはちてんに
あり、へんじやくといふとも、なんのえきかあらん。しからばまたかねををしむににたりとて、五十きんの
わうごんをいしにあたへながら、つひにぢせざりき。せんげんみみにあり、いまもつてかんしんす。しげもりいや
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せずして、おろかにいれうをいたはしうせんや。しよらうもしぢやうごふたらば、いれうをくはふともえきな
からんか。またひごふたらば、れうぢをくはへずともたすかることをうべし。かのぎばがいじゆつおよば
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ためなり。ぢするはぶつたい、れうするはぎばなり。ぢやうごふもしいれうにかかるべくさふらはば、あにしやく
そんにふめつあらんや。ぢやごふなほぢするにたへざるむねあきらけし。しかるにしげもりがみぶつたいにあらず、

めいいまたぎばにおよぶべからず。たとひ四ぶのしよをかんがみて、百れうにちやうずといふとも、いかでか

うだいのゑしんをくれうせん、たとひまた五きやうのせつをつまびらかにして、しうびやうをいやすといふとも、あに
ぜんせのごふびやうをぢせんや、もしかのいじゆつによつてぞんめいせば、ほんてうのいだうなきににたり。い
じゆつかうけんなくんば、めんえつしよせんなし。なかんづく、ほんてうていしんのぐわいさうをもつて、いてうういうのらいきやくにまみ
えんこと、かつはくにのはぢ、かつはみちのりやうちなり。たとひしげもりいのちはばうすといふとも、いかで
かくにのはぢをおもふこころをそんせざらん。このさまをまをせとこそのたまひけれ。もりとしなくなくふくはらへは
せくだり、このよしかくとまをしければ、にふだうさうこく、くにのはぢおもふおとど、じやうこいまだきかず。まし
てまつだいにあるべしともおぼえず。につぽんにさうおうせぬおとどなれば、いかやうにもこんどうせなん
ずとて、いそぎみやこへのぼられけり。七ぐわ二十八にち、こまつどのしゆつけしたまひぬ。ほふみやうはじやうれんとこ
そつきたまへ。やがて八ぐわつついたちのひ、りふじうしやうねんいぢうしてうせたまひぬ。とし四十三。よはさかり
とこそみえつるに。あはれなりしことどもなり。にふだうさうこくのさしも、よこがみをさかれしをも、
このひとのおはして、やうやうになだめまをされければにや、よはこんにちまでもおだしかりつ
れ。みやうにちよりしてんがにいかばかんことかいできたらんずらんとて、じやうげみななげきあへり
けり、さきのうだいしやうむねもりのきやうのかたさまのひとびと、よはただいまだいしやうどのへこそまゐりなんずとて、いさ
みよろこびあはれけれ。ひとのおやのこをおもふならひはおろかなるが、さきだつだにもかなしきぞかし。
いはんやこれはたうけのとうりやう、たうせのけんじんにてましませば、をんあいのべつ、いへのすゐび、かなんでもなほ

あまりあり、さればよにはりやうしんをうしなへることをなげき、いへにはぶりやくのすたれぬることをかなしむ。
およそはこのおとど、ぶんしやううるはしうして、こころにちうをそんし、さいげいすぐれて、ことばにとくをかねた
まへり。

すべてこのおとどは、ふしんだい一のひとにて、みらいのことをも、かねてさとりたまへるにや、そのゆゑ
はさんぬる四ぐわつなぬかのよのゆめに、みたまひけることこそふしぎなれ。たとへばあるはまぢをはるばると、
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んととひたまへば、かすがだいみやうじんのおんとりゐなりとまをす。ひとぐんしゆしたり。そのなかよりおほきなる
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へば、へいけのだいじやうのにふだうどのの、あくぎやうてふくわせるによつて、たうしやだいみやうじんのめしとらせたまひて
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ば、おとどはひとをのけてたいめんなりけり。みたまひたりつるおんゆめに、すこしもちがはず、つぶさにかた
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て、ひとのおやのかやうのことまをせば、をこがましけれども、ごへんはひとのこにはすぐれてみえたま
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たちなり。せうしやうけしきかはつてみえたまへば、おとど、それはさだよしがとがにはあらず、だいじんさうの
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りとぞのたまひける。せうしやうとかくのへんじにもおよびたまはず、なみだををさへてしゆくしよにかへり、そのひ

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につじゆをへずして、やまひづきてうせたまひけるにこそ、げにもとおもひしられけれ。

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八けんのしやうじやをたて、一つまに一つづつ、四十八のとうろうをかけられたりければ、九ほんの
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十五にちをてんじてだいねんぶありしかば、たうけたけのひとびとのもとより、いろしろうわかうさかんなるによ
ばうをせうしやうじて、一まに六にんづつ、二百八十八にんのあましうとさだめて、おとどぎやうだうのなかにまじつ
て、一かうこのりやうじつがあひだは、いつしんぶらんのしやうみやうのこゑおこたらず。さればかのらいかういんせつのひぐわんも、
ここにやうがうをたれ、せつしゆふしやのひかりも、このおとどをてらしたまふかとおぼえたる。十五にちのひなか
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あまねくさいどしたまへと、えかうほつぐわんしたまへば、みるひとじひしんをおこし、きくものかんるゐをぞもよほしけ
る。それよりしてこそ、このおとどをとうらうのだいじんとはまをしけれ。

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ことも、まつたくこれらはわたくしのけいりやくにあらず。しかしながら、きみごきよようとこそうけたまつてさふらへ。ことあたら
しきまをしごとにてさふらへども、この一もんをば、七だいまでもいかでか、おぼしめしすてさせたまふ
べきに、それににふだう七じゆんにおよんで、よめいいくばくならぬ一ごのうちにだに、ややもすればほろぼす
べきよしのごけつこうさふらふ、まをしさふらはんや、しそんあひつづいて、てうけにめしおかれんことも、あ
りがたうこそさふらへ。およそおいてこをうしなふは、かれきのえだなきにことならず。いまはほどなきう
きよに、こころをつひやしても、なににかはしさふらべきなれば、いかでもありなんとおもひなつてこ
そさふらへとて、かつはふくりふし、かつはらくるゐしたまへば、ほふいんおそろしくもまたあはれにもおぼえて、あせ
みづにこそなられけれ。そのときはいかなるひとも、いぢごんのへんじにはおよびがたきことぞかし。その

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いまもそのにんずとて、めしやこめられんずらんとおもはれければ、りうのひげをなで、とらのをを
ふむここちはせられけれども、ほふいんもさるおそろしきひとにて、ちともさわがず、まをされける
は、まことにたびたびのごほうこうあさからずさふらふ。一たんうらみまをさせたまふ、そのいはれあり。くわんゐと
いひ、ほうろくといひ、おんみにとつてはことごとくまんぞくす。さればこうのばぐだいなることをば、きみつね
にぎよかんあふでこそさふらへ。しかるをきんしんことをみだり、きみごきよようありなんどまをすことは、ばう
しんのきようがいにてぞさふらはんずらん。みみをしんじてめをうたがふは、ぞくのつねのへいなり。せうじんのふげん
をおもんじて、てうをんのたにことなるに、いまさらまたきみをかたむけまゐらせたまはんこと、めいげんにつけて、
そのおそれすくなからずさふら。およそてんしんはさうさうとしてはかりがたし。えいりよさだめてそのぎにてぞさふらはんず
らん。しもとしてかみにさかふことは、あにじんしんのらいたらんや、よくよくごしゐさふらふべし。せん
ずるところ、このおもむきごしよにてこそひろうつかまつりさふらはめ、とてたたれたれば、そのざになみゐたま
へるひとびと、あなおそろし、あれほどににふだうのいかりたまふに、ちともさわがず、へんじうちし
てたたれけるよとて、ほふいんをほめぬひとこそなかりけれ。

ほふいんかへりまゐつて、このよしをそうもんせられければ、ほふわうもだうりしごくして、かさねてあふせくださ
るるむねもなし。おなじき十六にちにふだうさうこく、このひごろおもひたちたまへることなれば、くわんぱくどのを
はじめたてまつつて、だいじやうだいじんいげのけいしやううんかく、四十三にんがくわんしよくをやめてみなおしこめたてまつらる。
なかにもくわんぱくどのをば、ださいのそあつにうつして、ちんぜいへとぞきこえし。よのなかかくなるうへは、と
てもかくてもありなんとて、とばのほとり、ふるかはといふところにて、ごしゆつけあり、おんとし三十五。
れいぎよくしろしめして、くもりなきかがみにておはしつるひとをとて、よのをしみたてまつることなのめならず。
をんるのひとのみちにてしゆつけしたるをば、やくそくのくにへはつかはさぬことにてあるあひだ、はじめはひふがのくに
とさだめられたりしが、これはごしゆつけのあひだ、びぜんのこうのほとり、いはさまといふところにぞおきたてまつ
る。だいじんるざいのれいは、さだいじんそがのあかえ、うだいじんとよなり、さだいじんうをな、うだいじんすがはら、かけ
まもかたじけなく、いまのきたののてんじんのおんことなり。さだいじんかうめいこう、ないだいじんふじはらのいしうこうにいたる
まで、そのれいすでに六にん、されどもせつしやうくわんぱくるざいのれいは、これはじめとぞうけたまはる。こなかどののおん
こ、にゐのちゆじやうもとみちは、にふだうのむこにてあるあひだ、だいじんくわんぱくになしたてまつらる。さんぬるゑん
ゆうゐんのぎよう、てんろく三ねん十一ぐわひといのひ、一でうのせつしやうけんとくこううせたまひしかば、おんおとうとほりかは

のくわんぱくなかよしこう、そのときはいまだじゆにゐのちうなごんにておはしき。そのおとうとほふこうゐんのおほにふだうかねひへ
こう、そのころはだいなごんのうたいしやうにてましましければ、なかよしこうはおんおとうとに、かかいこえられさ
せたまひたりしかども、いままたこえかへして、ないだいじんしやう二ゐして、ないらんのせんじこうむらせたまひた
りしとぞ、ひとみなじぼくをおどろかしたるごしやうしんとはまをしあはれしが、これはそれにはなほてふくわせり。
ひさんぎにゐのちうじやうより、だいちうなごんをへずして、だいじんせつしやうになること、これはじめ、ふげんじどのの
おんことなり。しやうけいさいしやう、だいげき、たいふ、さくわんにいたるまで、みなあきれたるやうにてぞさふらはれ
ける。だいじやうだいじんもろながは、つかさをやめてあづまのはうへながされたまふ。さんぬるほうげんには、ちちあくひだんの
おほいどののえんざによつて、きやうだいしにんるざいせられたまひにき。おんあにうだいしやうかねなが、おんおとうとさちうじやうたか
なが、はんちやうぜんじ三にんは、きらくをまたずして、はいしよにてつひにうせたまひぬ。これはとさのはたに
て、九のかへりのはるあきをおくりむかへ、ちやうくわん二ねん八ぐわにめしかへされて、ほんゐにふくし、つぎの
としじやう二ゐして、にんあんぐわんねん十ぐわに、さきのちうなごんよりごんだいなごんにのぼりたまふ。をりふしだいなごんあか
ざりければ、かずのほかにぞくははられける。だいなごん六にんなることこれはじめ、またさきのちうなごんより
ごんだいなごんにのぼることも、ごやましなのだいじんみもりこう、うぢのだいなごんりうこくきやうのほかは、これはじめとぞうけたま
る。くわんげんのみちにたつし、さいげいすぐれておはしければ、しだいのしやうしんとどこほらず。だいじやうだいじんまできは
めさせたまひて、またいかなるつみのむくいにや、かさねてながされたまふらん。ほうげんのむかしは、なんかいと

さへうつされ、ぢしようのいまは、またとうくわんをはりのくにとかや。もとよりつみなくして、はいしよのつきを
みんといふことを、こころあるきはのひとのねがふことなれば、だいじんあえてことともしたまはず。かの
たうのたいしのひんかくはくらくてん、じんやうのえのほとりにやすらひたまひけん、そのいにしへをおもひやり、なるみがたしほ
ぢはるかにゑんけんして、つねはらうげつをのぞみ、うらかぜにうそぶき、びはをたんじ、わかをえいじて、なほざりが
てらにつきひをおくりたまひけり。あるときたうごくだい三のみや、あつたみやうじんにさんけいあつて、そのよしんめいほふ
らくのために、びはをひきらうえいしたまへども、もとよりむちのさかひなれば、なさけをしれるものもな
し、ゆふらう、そんぢよ、ぎよにん、やさう、かうべをうなだれ、みみをそばだつといへども、さらにせいだくをわけ
て、りよりつをしることなし。されどもこは、きんをだんぜしかば、ぎよりんをどりほどはしり、ぐこう、うた
をはつせしかば、りやうじんうごきゆらぐ。もののめうをきはむるときは、しぜんにかんをもよほすだうりなれば、しよ
にんみのけよだつて、まんざきゐのおもひをなす。やうやうしんかうにおよんで、ふかうてうのうちには、はな
ふんいくのきをふくみ、りうせんのきよくのあひだには、つきせいめいのひかりをあらはす。ねがはくはこんじやうせぞくもんじのごふ、
きやうげんきごのあやまりをもつてといふらうえいをして、ひきよくをひきたまひしかば、しんめいかんおうにたへずし
て、ほうでんおほいにしんどうす。へいけのあくぎやうなかりせば、いまこのずゐさうをばいかでかをがむべきとて、
おとどかんるゐをぞながされける。あぜちのだいなごんすけかたのきやう、しそくうこんゑのせうしやう、けんさぬきのかみみなもと
のすけとき、二つのくわんをやめらる。さんぎくわうたいごうぐうのごんのだいぶ、けんうへうゑのかみ、ふじはらのみつよし、

おほくらきやううきやうのたいふ、けんいよのかみたかはしのやすつね、くらんどのさせうべん、けんちうぐうのごんのたいしんふじはらのもと
ちか、三くわんともにとどめらる。なかにぞあぜちのだいなごんすけかたのきやう、しそくうこんゑのせうしやう、まごのうせう
しやうまさかた、この三にんをば、こんにちやがてみやこのなかをおひださるべしとて、じやうけいにはとうだいなごんさね
くに、はかせのはんぐわんなかはらののりさだにあふせて、そのひやがてみやこのうちをおひいださる。だいなごんのたまひけ
るは、さんがいひろしといへども、五しやくのみのおきどころなし。一しやうほどなしといへども、一にちくらし
がたしとて、やうちにここのへのなかをまぎれいで、やへだつくものほかへぞおもむかれける。かのおほえ
やまや、いくののみちにかかりつつ、はじめはたんばのくにむらくもといふところに、しばしはやすらひたまひける、
それよりつひにはたづねだされて、しなののくにとぞきこえし。

さきのくわんぱくまつどののさむらひに、ごうたいふのはうぐわんとほなりといふものあり。これもへいけに、こころよからざりけるが、
六はらよりからめとらるべしときこえしほどに、しそくごうざゑもんのじやういへなりあひぐして、いづちをさ
すともなくおちゆきけるが、いなりやまにうちあがり、うまよりおりて、おやこいひあはせけるは
これよりとうごくへおちくだり、いづのくにのるにんさきのうひやうゑのすけよりともを、たのまばやとおもへど
も、それもたうじはちよくかんのみにて、わがみ一だにかなひにくうおはすなり。そのほかにつぽんごくに、

いづくかへいけのしやうゑんならぬところやある、としごろすみなれたるところを、ひとにみせんもはぢがま
し。いざこれよりとつてかへし、六はらよりめしつかひあらば、やかたにひをかけ、やきあげ、ふし
ともにはらかききつて、しなんにはしかじとて、またがはらざかのしゆくしよへとつてかへす。あんのごとく、
六はらよりげんだいふのわうぐわんすゑさだ、せつつのはうぐわんもりずみ、ひたかぶと三百よき、かはらざかのしゆくしよにおし
よせてときをどつとぞつくりける。ごうたいふのはうぐわんふちにたちいでて、だいおんじやうをあげて、い
かにおのおの、六はらにてはこのさまをまをさせたまへやとて、たちにひかけやきあげ、ふし
ともにはらかききつて、ほのほのなかにてやけししぬ。そもかやうにひとのほろびそんずることを、いか
にといふに、さきのおほどののおんこ、三みちうじやうどのと、たうじくわんぱくにならせたまふ二ゐのちうじやうどのと、
ちうなごんごさうろんゆゑとぞきこえし。さらばくわんぱくとのおひと?ところばかりこそ、いかなるおめにもあは
せたまふべきに、四十三にんのひとびとの、ことにあふべきやは。およそはこれにもかぎるまじかんなれ
ども、にふだうさうこくのこころに、てんまいりかはつて、よろづはらをすゑかねたまふよしきこえしかば、きやうちうまた
さわぎあへり。こぞさぬきのゐんごつゐがうあつて、すとくてんわうとがうし、うぢのあくさう、ぞうくわんぞうゐ
おこなはれたりとへども、せけんはなほもしづかならず。そのころさきのさせうべんゆきたかとまをししは、こなか
やまのだいなごんあきときのきやうのちやうなんなり、二でうのゐんのおんときは、べんくわんにくははつて、さしもゆゆしく
おはせしかと、この十よねんはくわんをもやめられて、なつふゆのころもがへにもおよばず、あさくれのさんもまれ

なり。あるかなきかのていにておはしけるを、にふだうさうこく、ししやをもつて、きつとたちよりたま
へ、まをしあはすべきことありとのたまひつかはされたりければ、ゆきたかこの十よねんは、くわんをもとどめ
られて、なにごとにもまじらざりつるものを、いかさまにもこれはざんげんして、うしなはんとするもの
のあるにこそとて、おほきにおそれさはがれけり。きたのかたいげにようばうたち、こゑごゑをめきさけびたま
ひけり。さるほどに、にし八でうでんよりつかひしきなみにありしかば、ゆきたかいまははやいでむかつて
こそ、ともかうもならめとて、ひとにくるまかつていでられたれば、おもふにはにず、にふだうやか
ていであひたいめんあつて、ごへんのちちのきやうは、にふだうだいせうじをまをしあはせしひとなり。そのなごりに
ておはすれば、ごへんとてもまつたくおろそかにおもひたてまつらず。としごろらうきよのこともいたましうはおぼゆれど
も、ほふわうのごせいむのうへはちからおよばず。いまははやしゆつしたまへ、くわんどのこともまをしさたつかまつりさふら
はん。さらばとうかへられよとてかへされたれば、しゆくしよにはにようばうさぶらひさしつどひて、しにた
るひとのいきかへりたるここちして、よろこびなきをぞせられける。つぎのひげんたいふのはうぐわんすゑさだをもつて、
ちぎやうしたまふべきしやうゑんじやうども、あまたなしつかはし、まづさぞおはすらんとて、百びき百りやうにこめ
をつんでぞおくられたれば。ゆきたかてのまひあしのふみどもおぼえたまはず、こはゆめやらんとぞ
おどろかれける。おなじき十七にち、五ゐのぢじゆうにほせられてもとのごとくさせうべんになしかへさる。
こんねん五十一、いまさらわかやぎたまひけり。ただかたときのえいぐわとぞみえし。

おなじきはつかのひ、ゐんのごしよほふぢうじてんをば、ぐんびやう四めんをうちかこひ、へいぢにのぶよりのきやう
が、三でうでんをしたりしやうに、ごしよにひをかけ、ひとをば一かうやきほろぼすべきよしきこえし
かば、ゐんちうのくぎやうでんじやうびと、つぼねのにようばう、あやしのめのわらばにいたるまで、ものをだにうちかつが
ず、われさきにわれさきにとぞにげいでける。さきのうたいしやうむねもりのきやう、おんくるまをよせて、とうとう
とまをされたりければ、ほふわうあ呼ばや、なりちかしゆんくわんらがやうに、とほきくに、はるかのしまへもうつし
やられんずるにこそ、さらにおとがあるべしともおぼしめさず。さてしゆじやうわたらせたまへば、せい
むのこうじうするばかりなり。それもさしづは、さらでもあれかしなんどとあふせければ、むね
もりのきやう、まをされけるは、しばらくよをしづめんほど、とばのほくでんへぎよかうなしたてまつるべきよし、ちち
のぜんもんまをしさふらふとまをされたりければ、さらばなんぢやがておともつかまつれとあふせけれども、ちちのぜん
もんのきしよくにおそれて、おともにはまゐられず。これにつけても、あにのないふには、ことのほかにおとり
たるものかな、ひととせもかかるおんめにあふべかりしを、ないふがやうやうにせいしとめてこ
そ、よはこんにちまでもおだしかりつれ。いまはいさむるもののなきとて、かやうにつかまつるにこそ
ゆくすゑとてもたのもしからずおぼしめすとて、おんなみだせきあへさせたまはず。さておんくるまにめされ

けり。くぎやうでんじやうびと、一にんもぐぶせられず、ほくめんのさむらひこんぎやうといふ、おんりきしやばかりぞまゐ
りける。おんくるまのしりには、あまぜいちにんさぶらはれけり。このあまぜとまをすは、やがてほふわうのおんめの
と、きいのにゐのおんことなり。しぢでうをにしへ、しゆじやくをみなみへごかうなる。あはや、ほふわうのながさ
れさせおはしますぞやとて、あやしのしづのをしづのめにいたるまで、みなみなだをながしそでをぬさぬは
なかりけり。さんるなぬかのよのだいぢしんも、かかるべかりけるぜんぺうにて、十六らくしやの
そこまでもこたへ、けんろうちしんのおどろきさわぎたまふらんも、ことわりかなとぞひとまをしける。ほふわうのとば
どのへごかうなあつてのち、ごぜんにひとひとりもさぶらはず、なんとしてかまぎれいりたりけん。だいぜんのたい
ふのびなりが、ただひとりさふらひけるをめして、われはちかううしなはれんずるとおぼゆるぞ、おんぎやうすゐをめ
さばやとおぼしめすはいかに、とあふせければ、さらぬだにのぶなり、けさよりきもたましひもみに
そはず、あきれたるさまにてさふらひけるが、このあふせうけたまることのかたじけなさに、かりぎぬのたまだすき
あげ、かまにみづくみいれ、こしばがきこばち、おほゆかのつかはしらわりなどして、かたのごとくのおゆし
いだいてたてまつる。こせうなごんにふだうしんぜいのしそくじやうけんほふいん、このよしをつたへうけたまはつて、いそぎにふだうさう
こくのにし八でうのやしきへゆきむかつて、ゆふべ、ほふわうのとばどのへごかうなつてさふらふに、ごぜんにひとひとり
もさふらはぬよしうけたまはつて、むげにくちなしうぞんじさふらふ、なにかくるしうさふらふべき、じやうけんばかりはおゆる
されをこうむつて、まゐりさふらはばやとまをされければ、にふだうさうこく、ごばうはことあやまつまじきひとなり、

とうとうとてゆるされけり。ほふいんなのめならずよろこび、いそぎくるまをとばせとばどのへはせまゐり、もん
ぜんにてくるまよりおりもんのうちへさしいりたまふに、をりふしほふわうは、おんきやううちあげうちあげあそばさ
れけるおんこゑのすごうぞきこえさせおはします。ほふいんの、つとまゐられたれば、あそばされける
おんきやうに、おんなみだのはらはらと、かからせたまふをみまゐらせて、ほふいんあまりのあさまつさ
に、きうだいのそでをかほにおしあてて、なくなくごぜんへぞまゐられける。ごぜんにはあまぜばかり
ぞさふらはれける、やや、ごばう、きみはきのふのあさ、ほふぢうじどのにてぐごきこしめされてのちよりは
ゆふべもけさもきこしめさず、ながきよもすがらぎよしんもならず、おんいのちもすでにあやうこそみえさせたま
ひさふらへとまをされたりければ、ほふいん、なにごともかぎりあることにてさふらへば、へいけよをとつて二
十よねん。てんがになびかぬくさきもさふらはず、されどもあくぎやうはふにすぎてすでにほろびさふらひなんず。
そのうへわがきみをばてんせうだいじん、しやうはちまんぐうも、きみをばいかでかおぼしめしはなたせたまふべき。なかに
もきみのおんたのみおはします、ひよしさんわうしちしや、一じようしゆごのおんちかひあらたまらずば、かのほつけ八じく
にたちかけつてこそ、きみをばまもりまゐらさせたまはめ。さればせいむはきみのおんよとなり、きよう
とはみづのあわときえうせさふらひなんず、とまをされければ、ほふわうこのことばにすこしなぐませおはし
ます。しゆじやうはじやうげかやうにひとのおほくほろびそんずることをこそ、おんなげきありつるに、いままたほふわう
のとばどのにおしこめられてわたらせたまはば、つやつやぐごもきこしめさず、ごなうとてひるはよるの

ごでんにのみいらせおはします。ごぜんにさふらはせたまふにようばうたち、きさきのみやをはじめまゐらせて、
いかなるべしともおぼえたまはず。だいりにはほふわうのとばどのへごよかうなつてのち、りんじのごじんごと
とて、しゆじやうつねはせいりやうでんのいしばひのだんにして、ひごとに、だいじんぐうをぞごはいありける。これは
一かうほふわうおんいのりのためとぞきこえし。二でうのゐんは、さばかんのけんわうにてわたらせたまひしかども、
てんしにふぼなしとて、つねはゐんのあほせをまをしかへさせおはしましければにや、けいたいのきみにて
もましまさず。さればおんようけとらせたまひたりし六でうのゐんも、あんげん二ねん七ぐわ十七にち、
おんとし十三にてつひにかくれさせたまひぬ。

はくかうのなかにはかうかうをもつてさきとし、めいわうはかうをもつててんがををさむといへり。さればたうぎやう
はおいおとろへたるははをたふとび、ぐしゆんはかたくななるちちをうやまふとみえたり。かのけんわうせいしゆのせんき
おはせましましけん、えいりよのほどこそめでたけれ。そのころだいりよりとばどのへ、ひそかにおんしよ
ありけり。かからんよには、くもゐにあとをとめても、なににかはしさふらふべきなれば、くわんぺい
のむかしをもとぶらひ、くわざんのいにしへをもたづねて、さんりんるらうのぎやうじやともなりぬべくこそさふらへと、
あそばされたりければ、ほふわうのおんぺんじに、さなおぼしめされさふらひそ、さてわたらせたまへばこ

そ、一つのたのみにてもさふらへ。あとなくおぼしめしならせたまひなんあとは、なんのたのみかさふらふべ
き。ただともかくも、ぐらうがならんやうにごらんじ、はてさせたまふべかもやさふららんと、
あそばされたりければ、しゆじやうこのおんぺんじを、りうがんにおしあてさせたまひて、おんなみだせきあへ
させたまはず。きみはふね、しんみづ、みづよくふねをうかべ、みづまたふねをくつがへし、しんよくきみをたもち、しん
またきみをくつがへす。ほうげんへいぢのころは、にふだうさうこく、きみをたもちたてまつるといへども、あんげんぢしようのいまは、
またきみをなみしたてまつる、ししよのぶんにたがはず。おほみやのだいさうこく、三でうのないだいじん、はむろのだいなごん、
なかやまのちうなごんもうせられぬ。いまふるきひととては、せいらんしんぱんばかりなり。このひとびともかか
らんよには、てうにつかへみをたて、だいちうなごんをへても、なににかはせんとて、いまださかんなつ
しひとびとの、いへをいでよをのがれ、みんぶきやうにふだうしんぱんは、おほはらのしもにともなひ、さいしやうにふだうせいらいは
かうやのきりにまじつて、ひたすらごせぼだいのほかは、またたじなしとぞみえたりける。むかしもしやうざんの
くもにかくれ、えいせんのつきにこころをすますひともありけんなれば、これあにはくらんせいけつにして、よをのが
れたるにあらずや。なかにもかうやにおはしける、さいしやうにふだうせいらい、このよしをつたへききたまひて
あはれこころとうも、よをばのがれたるものかな、かくてきくもおなじことなれども、まのあた
りたちまじつてきかましかば、いかにこころぐるしからん。ほうげんへいぢのらんをこそ、あさましと
おもひつるに、よ、すゑになれば、かかるふしぎもいできにけり。こののちてんかにいかばかん

のことかいでこんずらん。くもをわきてものぼり、やまをへててもいりなばやとぞのたまひける。
げにこころあらんほどのひとの、あとをとむべきよともおぼえず。おなじき二十二にち、てんだいざすがくくわい
ほふしんわう、しきりにごじたいありしかば、ぜんざすめいうんだいそうじやうくわんちやくしたまふ。にふだうさうこく、かくさん
ざんにしちらされたりしかども、ちうぐうとまをすもおんむすめ、くわんぱくどのもまたむこなりければ、よろづこころ
うやおもはれけん、せいむは一つかうしゆじやうのおんぱからひたるべしとて、ふくはらへこそくだられけれ。
あくる二十三にち、さきのうだいしやうむねもりのきやうさんだいして、このよしそうもんせられたれりければ、しゆじやうほふわう
のゆづりましましたるよならばこそ、ただしつぺいにいひあはせて、むなもりともかくもよきやうにあひ
はからへとて、きこしめしもいれざりけり。ほふわうはせいなんのりくうにして、ふゆもなかばすごさせたまへば、
やざんのあらしのおとのみはげしくて、かんていのつきぞさやけき。にはにはゆきふりつもれども、あとふみつく
るひともなく、いけにはこほりとぢかさねて、むれゐしとりもみえざりけり。おほてらのかねのこゑ、ゐあい
じのきいをおどろかし、せいざんのゆきのいろ、かうろほうののぞみをもよほす。よ、しもにさむけききぬたのひび
き、かすかにおんまくらにつたひ、あかつき、こほりをきしるくるまのあと、はるかのもんぜんによこたはれり。ちまたをすぐるかうじん、
せいばのせわしげなるけしき、うきよをわたるありさまも、おぼしめししられてあはれなり。きうもんを
まもるばんゐの、よるひるけいゑいをつとむるも、さきのよのいかなるちぎりにて、いまえんをむすぶらんと、あふ
せありけるぞかたじけなき。およそものにふれことにしたがつて、おんこころをいたましめずといふこと

なし。きびにはかのをりをりのごいうらん、しよしよのごさんけい、おんがのめでたかりしことども、おぼし
めしいでて、くわいきうのおんなみだおさへがたし。としさりとしきたつて、ぢしようもしねんになりにけり。