平曲譜本 藝大本 巻五
ぢしよう四ねん六ぐわ三かのひ、みやこうつりあるべしとてきやうちうろくはらひしめきあへり。このひごろみやこう
つりあるべしとはきこえしかども、たちまちにこんみやうのほどとはおもはざりしかとて、じやうかみなさわぎあ
へり。あまつさへ三かのひとさだめられしが、いま一にちひきあげて、ふつかのひになりぬ。ふつかの
ひのうのこくに、ぎやうかうのみこしをよせたりければ、しゆじやうはこんねん三さい、いまだいとうなうわたらせたまへ
ば、なにごころもなうぞめされける。すじやうをさなうわたらせたまふときのごどうよにはぼごうこそまゐらせたま
ふに、これはそのぎなし、おんめのとそつのてんじどのぞ、ひとつおんこしにはまゐられける。ちうぐう、一ゐん、
じやうわうもごかうなる。くわんぱくどのをはじめたてまつて、だいじやうだいじんいげのけいしやううんかく、われもわれとぐ
ぶせらる。へいけにはだいじやうのにふだうどのをはじめまゐらせて、一もんのひとびとみなまゐられけり。あくる
三かのひ、ふくはらへいらせおはします。にふだうさうこくのおとうと、いけのちうなごんよりもりのきやうのしゆくしよくわう
きよになる。おなじき四かのひ、よりもりいへのしやうとてじやうにゐしたまふ。九でうどののおんこ、うだいしやうよし
みちのきやう、かかいこえられさせたまひけり。せつろくのしんのごしそく、はんじんのじなんにこえられさせ
たまふこと、これはじめとぞうけたまはる。にふだうさうこくやうやうおもひなほつて、ほふわうをばとばでんをいだしたてまつ
て、みやこへくわんぎよなしたてまつられたりしが、たかくらのみやのごむほんによつて、にふだうおほきにいきどはり、また
ふくはらへごかうなしたてまつり、四めんにはたいたして、くちひとつあけたるうちに、三げんのいたやをつくつてお
しこめたてまつらる。しゆごのさむらひには、からだのたいふたねなをばかりぞさふらひける。たやすうひとのまゐり
かよふべきやうもなかりしかば、わらんはべどもはみなろうのごしよとぞまをしける。ききもいまいましう、
あさましかりしことどもなり。さればほふわうはよのまつりごとをしろしめさばやとは、つゆおぼしめし
よらず、ただやまやまてらでらしゆぎやうして、おんこころのままになぐさめばやとぞあふせける。へいけのあくぎやうにおい
いては、ことごとくきはまりぬ。さんぬるあんげんよりこのかた、おほくのだいじんくぎやう、あるひはながれあるなはうしひ、
くわんぱくながしたてまつて、わがむこをくわんぱくになし、あまつさへ、一ゐんだい二のわうじ、たかくらのみやうちたてまつて、
いまのこるところのみやこうつりなれば、かやうにしたまふにやとぞ、ひとまをしける。みやこうつりはこれせんじやう
なきにしもあらず。じんむてんわうとまをすは、ぢじん五だいのてい、ひこなぎさたけうがやふきあはせずのみことのだい
四のわうじ、おんぱわはたまよりひめかいじんのむすめなり。かみのよ十二だいのあとをうけ、にんだいはくわうのていそた
り。かのとのとりのとし、ひふがのくにみやざきのこほりにして、くわうわうのはうそをつぎ、五十九ねんといつしつちのと
のひつじのとし、十ぐわつにとうせいしてとよあしはしなかつくににとどまり、このころやまとのくにとなづけたる、うねびのやま
をてんじてていとをたて、かしはばらのちをきりはらつてきうしつをつくりたまへり。これをかしはばらのみやとまをし
けり。それよりこのかただいだいのていわう、みやこをたこくたいしよへうつさるること、三十たびにあまり、四
十たびにおよべり。じんむてんわうよりけいかうてんわうまで十二だいは、やまとのくにこほりごほりにみやこをたてて、たこく
へはつひにうつされず。しかるをせいむてんわうぐわんねんに、あふみのくににうつつてしがのこほりにみやこをたて、
ちうあいてんわう二ねんにながとのくににうつつて、とようらのこほりにみやこを建つ。そのくにのかのみやこにて、みかどかく
れさせたまひしかば、きさきじんごうくわうごう、おんよをうけとらせたまひ、によたいとして、きかい、かうらい、
けいたんまでせめしたがへさせたまひけり。いこくのぐんをしづめさせたまひて、きてうののち、ちくぜんのくにみ
かさのこほりにしてわうじごたんじやう、やがてそのところをばうみのみやとぞまをしける。かけまくもかたじけな
く、いまのやわたのおんことなり。くらゐにつかせたまひては、おうじんてんわうとぞまをしける。そののちじんごうくわう
ごうは、やまとのくににうつて、いはれわかざくらのみやにおはします。おうじんてんわうは、おなじきくにかるしまあかり
のみやにすませたまふ。にんとくてんわうぐわんねんに、つのくになんばにうつつて、たかつのみやにおはします。
りちうてんわう二ねんに、やまとのくににうつつて、とをちのこほりにみやこをたつ。はんせいてんわうぐわんねんに、かはちの
くににうつつて、しばがきのみやにすませたまふ。いんぎようてんわう四十二ねんに、まやまとのくににうつつて、とぶ
とりのあすかのみやにおはします。いうりやくてんわう二十一ねんに、おなじきくにはつせあさくらにみやゐしたまふ。
けいたいてんわう五ねんに、やましろのくにつづきにうつて十二ねん、そののちおとぐににみやゐしたまふ。せんくわてんわうぐわん
ねんに、またやまとのくににうつつて、ひのくまのいるののみやにすませたまふ。かうとくてんわうたいくわぐわんねんに、せつ
つのくにながらにうつつて、とよざきのみやにおはします。さいめいてんわう二ねんに、またやまとのくににうつつて、
をかもとのみやにすませたまふ。てんちてんわう六ねんにあふみのくににうつつて、おほつのみやにおはしまし。
てんむてんわうぐわんねんに、なほやまとのくににかへつて、をかもとのみなみのみやにすませたまふ、これをきよみはらのみ
かどとまをしき。ぢとうもんむ二だいのせいてうは、ふぢはらのみやにおはします。げんめいてんわうよりくわうにんてん
わうまで七だいは、ならのみやこにすませたまふ。しかるをくわんむてんわう、えんりやく三ねん十ぐわつ三かのひ、な
らのきやうかすがのさとをいで、やましろのくにながをかにうつつて、十ねんといつししやうぐわつに、だいなごんふぢはらの
をぐろまろ、さんぎさだいべんきのこさみ、だいそうづげんけいらをつかはして、たうごくのかどのこほりうだの
むらをみせらるるに、ふたりともにそうしていはく、このちのていをみさふらふに、さしやうりう、うびやつこ、
ぜんしゆじやく、ごげんむ、しじんさうおうのちなり。もつともていとをさだむるにたれりとまをす。よつて、をたぎ
のこほりにおはしますかものだいみやうじんへこのよしをつげまをさせたまひて、えんりやく十三ねん十ぐわつはつか、
ながをかのみやこよりこのみやこへうつされて、ていわうは三十二だい、さいせうは三百八十よさいのしゆんしうをおくり
むかふ。さればしゆんしう、よよのみかど、みやこをくにぐにしよしよへうつされしかども、かくのごときのしよちなは
しと、かんむてんわうことにしつしおぼしめして、ちやうきうなるべきやうとて、しよだうのざいじんらにあふせ
て、つちにて八しやくのにんぎやうをつくり、くろがねのよろひかぶとをきせ、おなじうくろがねのゆみやをもたせて、まつだい
といふとも、このみやこをたこくへうつすものあらば、しゆごじんとならんとちかひつつ、ひんがしやまのみね
に、にしむきにたててぞうづまれける。さればてんかにこといでこんとては、かのつかかならずめいどうす。
しやうぐんがつかとていまにあり。
なかんづく、このみやこは、へいあんじやうとなづけて、たひらやすきみやことかけりもつともへいけのあがむべきみやこぞか
し。かんむてんわうとまをすはへいけののうそにておはします。せんぞのきみのさしもしつしおぼしめしつる
みやこを、にふだうさうこくの、させるゆゑなうして、たこくたしよへうつされけることこそあさましけれ、
ひととせさがのくわうちいのおんとき、へいぜいのせんてい、ないしのかみのすすめによつて、すでにこのみやこをたこくへうつさん
とせさせたまひたりしかども、だいじんくぎやう、しよこくのじんみんことごとくそむきまをししかば、うつされず
してやみにき。いつてんのきみばんじようのあるじさへ、うつしえたまはぬみやこを、にふだうさうこく、じんみんのみとし
て、たこくたしよへうつされけることこそあさましけれ、きうとはあはれめでたかりしみやこぞかし。
わうじやうしゆごのちんじゆは、しはうにひかりをやわらげ、れいげんしゆしようのてらでらは、じやうげにいからをならべたり。ひやく
しやうばんみんわづらひなく、五き七だうもよりあり。されどもいまはつじつじをほりきつて、くるまなん
どのたやすうゆきかよふこともなく、たまさかにゆくひとは、こぐるまにのり、みちをへてこそとほられ
けれ、のきをあらそひしひとのすまひ、ひをへつつあれゆき、いへいへはかもがは、かつらがはにこぼちいれ、
いかだにくみうかべ、しざいざふぐふねにつみ、ふくはらへとてはこびくだす。ただなりにはなのみやこ、ゐなかに
なるこそかなしけれ。なにもののしわざにやありけん、ふるきみやこのだいりのはしらに、二しゆのうたを
ぞかきつけける。
もととせを四かへりまでにすぎきにしをたぎのさとのあれやはてなん
さきいづるはなのみやこをふりすててかぜふくはらのすゑぞあやふき(以上間之物)
六ぐわここぬかのひ、しんとのことはじめあるべしとて、ことはじめのぶぎやうには、とくだいじのさだいしやうじつてい
のきやう、つちみかどのさいしやうのちうじやうのとうしんのきやうとぞきこえし。ぶぎやうのべんには、させうべんゆきたか、おほくの
くわんじんどもをひきぐして、たうごくわだのまつばら、にしののをてんじて、九でうのちをわられけるに、
一でうより五でうまではそのところありて、それよりしもはなかりけり。ぎやうじくわんかへりまゐつて、こ
のよしそうもんせられたりければ、さらばはりまのいなみのか、なほせつつのくにのこやのかなんど、
くげせんぎありしかども、ことゆくべしともみえざりけり。きうとをばすでにおかれぬ。しんと
はいまだことゆかず。ありとしあるひとは、みなみをうきぐものおもひをなし、もとここにすむもの
は、ちをうしなつてうれへ、いまうつるひとびとは、どぼくのわづらひをのみなげきあへり。すべてただゆめのや
うなつしことどもなり。つちみかどのさいしやうのちうじやう、とうしんのきやうのまをされけるは、いこくには三でう
のくわうろをひらいて、十二のとうもんをたつとみえたり。いはんや五でうまであらんみやこに、などかだい
じをばたてざるべき、かつかつまづさとだいりつくらるべしと、五でうのだいなごんくにつなのきやうの、
りんじにすはうのくにをたまはつて、ざうしんせらるべきよし、にふだうさうこくはからひまをされたりけるとや。そもそも
このくにつなのきやうとまをすは、ならびなきだいふくちやうじやにておはしければ、だいりつくりいだされんこと、
さいうにおよばねども、いかんがくにのつひえ、たみのわづらひなかるべき。まことにさしあたりたるてんがのだい
じ、だいしやうゑなんどのおこなはるべきをさしおいて、かかるよのみだれに、せんと、ざうだいりすこし
もさうおうせず。いにしへのかしこきみよには、すなはちだいりにかやをふき、のきをだにもととのへず。けむりの
ともしきをみたまふときには、かぎりあるみつぎものをもゆるされけり。これすなはちたみをめぐみ、くにをたすけたま
ふによつてなり。そ、しやうくわのだいをたててれいみあらげ、しん、あばうのでんをおこしてはてんかみだる
といへり。ばうしきらず、さいてんけつらず、ふしやかざらず、いふくあやなかりけるよもありけんも
のを、さればたうのたいそうのりさんみやをつくつて、たみのつひえをやはばらせたまひけん、つひにりんかうなく
して、かはらにまつおひ、かきにつたしげつて、やみにけるにはさうゐかなとぞ、ひとまをしける。
六ぐわ九かのひ、しんとのことはじめ、八ぐわ十一にちのひじやうとう、十一ぐわ十三にちせんかうとさだめらる。
ふるきみやこはあれゆけば、いまのみやこははんじやうす。あさましかりつるなつもくれて、あきにもすでにな
りにけり。あきもやうやうなかばになりゆけば、ふくはらのしんとにましますひとびと、めいしよのつきをみ
んとて、あるひはげんじのたいしやうのむかしのあとをしのびつつ、すまよりあかしのうらづたひ、あはぢのせとを
おしわたり、ゑしまがいそのつきをみる。あるひはしらうら、ふきあげ、わかのうら、すみのえ、なには、たさご、をの
へのつきのあけぼのを、ながめてかへるひともあり。きうとにのこるひとびとは、ふしみ、ひろさはのつきをみる。な
かにもとくだいじのさだいしやうじつていのきやうは、ふるきみやこのつきをこひつつ、八ぐわつ十かあまりに、ふくはら
よりぞのぼりたまふ。なにごともみなかはりはてて、まれにのこるいへは、もんぜんくさふかくしてていじやうつゆしげし。
よもぎがそま、あさじがはら、とりのふしどとあれはてて、むしのこゑごゑうらみつつ、くわうきくしらんののべと
ぞなりにける。いまこきやうのなごりとては、このゑがはらのおほみやばかりぞましましける。たいしやうこ
のごしよへまゐり、まづずゐしんをもつて、そうもんをたたかせらるれば、うちよりにようばうのこゑにて、たぞ
や、よもぎふのつゆうちはらふひともなきところにと、とがむれば、これはふくはらより、だいしやうどののおんのぼ
りざふらふとまをす。ささふらはば、そうもんなはぢやうのさされてさふらふに、ひんがしのこもんよりいらせたまへとまを
しければ、だいしやうさらばとて、ひんがしのこもんよりぞまゐられける。おほみやはおんつれづれのあまり
に、むかしをやおぼしめしいでさせましましけん。なんめんのみかうしあげさせ、おんびはあそばされ
けるをりふし、だいしやうつつとまゐられたり。おほみやいかにやいかに、ゆめかやうつつか、これへこれへとぞ
めされける。げんじのうぢのまきには、うばそくのみやのおんむすめ、あきのなごりををしみつつ、びはを
しらべてよもすがら、こころをすましたまひしに、ありあけのつきのいでけるを、なほたへずやおぼしけ
ん、ばちにてまねきたまひけんも、いまこそおぼしめししられけれ。まつよひのこじじゆうとまをすにようばうも、
このごしよにぞさふらはれける。そもこのにやうばうをまつよひとめされけることは、あるときごぜんより、まつ
よひ、かへるあした、いづれかあはれはまされるとあふせければ、かのにようばう、
まつよひのふけゆくかねのこゑきけば
かへるあしたのとりはものかは
とまをしたりけるゆゑにこそ、まつよひとはめされけれ。だいしやうこのにようばうをよびだしいて、むかし、いま
のものがたりどもしたまひてのち、さよもやうやうふけゆけば、ふるきみやこのあれゆくを、いまやうにこ
そうたはれけれ、
ふるきみやこをきてみれば あさぢがはらとぞあれにける
つきのひかりはくまなくて あきかぜのみぞみにはしむ
とおしかへしおしかへし、三べんうたひすまされたりければ、おほみやをはじめたてまつつて、ごしよちうのにようばう
たち、みなそでをぞぬらされける。さるほどによもやうやうあけゆけば、だいしやういとままをしつつ、
ふくはらへこそかへられけれ。ともにさふらふくらんどをめして、じじゆうがなんとおもふやらん、あまりにな
ごりをしげにみえつるに、なんぢかへつてともかうもいうてこよとのたまへば、くらんどはしりかへりかしこまつ
て、これはだいしやうどののまをせとさふらふとて、
ものかはときみがいひけんとりのねの
けさしもなどかかなしかるらん
にやうばうとりあへず、
またばこそふけゆくかねもつらからめ
かへるあしたのとりのねぞ憂き
くらんどはしりかへつて、このよしをまをしたりければ、さてこそなんぢをばつかはしたれとて、たいしやうおほきに
かんぜられけり。それよりしてこそ、ものかはのくらんどとはめされけれ。
へいけみやこをふくはらへうつされてのちは、ゆめみもあしう、つねはこころさわぎのみして、へんぐえのものども
おほかりけり。あるよにふだうさうこくのふしたまへるところに、ひとまにはばかるほどのもののおもてのきたつて、のぞき
たてまつる。にふだうもさるおそろしきひとにて、ちつともさわがず、はたとにらまへておはしければ、た
だぎえにきえうせせぬ。をかのごしよとまをすは、あたらしうつくられたれば、しかるべきたいぼくなども
なかりけるが、あるよにはかにおほきのたほるるおとして、ひとならば二三百にんがこゑして、こくうにど
つとわらふおとしけり。いかさまにも、これはてんぐのよゐといふさたにて、ひる五十にん、よる百
にんのばんしをそろへ、ひきめのばんとなづけて、ひきめをいさせられけるに、てんぐのあるかたへむ
いていたるとおぼしきときは、おともせず。またなきかたへむいていたりとおぼえしときは、こくうに
どつとわらふおとしけり。またあるあした、にふだうさうこくちやうだいよりいでて、つまどおしひらき、つぼのうち
をみたまふに、しにんのしやれかうべども、いくらといふかずもしらず。みちみちて、うへなるはしたにな
り、したなるはうへになり、なかなるははしへころびいで、はしなるはなかへころびいり、かやにから
めきあへりければ、にふだうさうこく、ひとやあるあるとめされけれども、をりふしひともまゐらず、か
くしおほくのしやれかうべどもがひとつによりあひ、つぼのうちにはばかるほどになつて、十四五ぢやうもある
らんとおぼゆる、やまのごとくになりにけり。かのひとつのおほがしらに、いきたるひとのめのやうなる
だいのめが千まんいできたて、にふだうさうこくをはたとにらまへてたてまつつて、しばしはまたたきもせず。にふ
だうもちともさわがず、ちようとにらまへておはしければ、あさしものひにあたつてきゆゆるやうに、
あとかたもなくなりにけり。またにふだうさうこくのさしもひざうして、てうせきなでかはれけるうまのを
に、ねずみ一やのうちにすをくひ、こをぞうんだりける。これただごとにあらず。みうらあるべし
とて、おんやうしをめしてうらなはせらるるに、おもきおんつつしみとうらなひまをす。ただしこのうまはさがみのくに
のぢうにん、おほばの三らうかげちかが、とう八かこくいちのうまとて、にふだうだいさうこくへまゐらせたりけるとか
や、くりげなるうまのひたひのすこししろかりければ、もちづきとぞまをしける。おんやうのかみあべのたいしんがたまは
つてんげり。むかしてんちてんわうのおんとき、れうのおんまのをに、ねずみいちやのうちにすをくひ、こをうん
だりけるには、いこくのきようぞくほうきしたりとぞ、につほんぎにはみえたりける。またがらいのきやうの
もとにめしつかはれける。せいしがみたりけるゆめもおそろしかりけり。たとへば、たいだいのじんぎくわんと
おぼしきところに、そくたいただしきじやうらうのかずおほくましまして、ぎぢやうのやうなることのありしに、ばつざ
なるじやうらうのへいけのかたうどしたまふとおぼしきを、そのなかよりしておつたてらる。はるかのざじやうにおん
けだかげなるおんしゆくらうのましましけるが、このほどへいけのあづかりたてまつたるせつたうをばめしかへいて、
いづのくにのるにん、さきのうひやうゑのすけよりともにたまふずるとぞあふせければ、そのそばになほおんしゆくらうのま
しましけるが、そののちはわがまごにもたまへかしとぞあふせける。せいしのゆめのうちに、あるらうをうに
しだいにこれをとひたてまつるに、ばつざなるじやうらうの、へいけのかたうどしたまふとおぼしきは、いつくしまのだい
みやうじん、せつたうをよりともにたまふとあふせらるるは、八まんだいぼさつ、そののちはわがまごにもたまへかしと
あふせらるるは、かすがのだいみやうじん、かうまをすらうをうは、たけうちのみやうじんとこたへたまふ、といふゆめを
みてさめてのち、これをひとにかたるほどに、にふだうさうこくもれききたまひて、がらいのきやうのもとへししや
をたて、それにゆめみのせいしのきこえさふらふなるたまはつて、くはしうたづねさふらはばやとのたさひ、つかはさ
れたりければ、かのゆめみたりけるせいし、あしかりなんとやおもひけん、やがてちくてんして
んげり。そののちがらいのきやう、にふだうさうこくのていへゆきむかつて、まつたくさることさふらはずとちんじまをされ
たりければ、このうへはちからおよばずとてそののちはさたもなかりけるが、それになによりもまたふし
ぎなりけることには、きよもりいまだあきのかみたりしとき、いつくしまのだいみやうじんより、うつつにたまはられた
りけるしろがねのひるまきしたるこなぎなた、つねのまくらをはなたずたてられたりしが、あるよにはかにうせにけ
るこそふしぎなれ。へいけひごろはてうかのおんかためにて、てんがをしゆごせしかども、いまはちよく
めいにもそむきぬれば、せつたうをめしかへさるるにや、こころぼそくぞなられける。なかにも、かう
やにおはしけるさいしやうにふだうせいらい、このよしをつたへききたまひて、すはへいけのよは、やうやうすゑに
なりぬるは、いつくしまのだいみやうじんのへいけのかたうどしたまふも、そのいはれあり。ただしこのいつくしまの
だいみやうじんは、しやかつらりうわうのだい三のひめみやにてましませば、めがみとこそうけたまはれ。八まんだいぼさつの
せつたう、よりともにたばふとあふせらるるもことわりなり。かすがのだいみやうじんのそののちは、わがまごにもたまふべか
しとあふせらるるこそこころえね、それもへいけほろび、げんじのよつきなんのち、たいしよくくわんのおんすゑ、
しつぺいけのきんだちたちの、てんがのしやうぐんもちたまふべきかなんとまをしあはれける。をりふしあるそう
のきたつたりけるがまをしけるは、それわくわうすゐじやくのはうべんまちまちにましませば、あるときはめがみ
ともなり、またあるときはぞくたいともげんじたまへり。まことにこのいつくしまのだいみやうじんは、三みやう六
つうのれいじんにてましませば、ぞくたいとげんじたまはんことも、かたかるべきにあらずやとぞまをし
ける。うきよをいとひ、まことのみちにいりたまへば、ごせいぼだいのほかは、またたじあるまじきこと
なれども、ぜんせいをきいてはかんじ、うれひをきいてはなげく、これみなにんげんのならひなり。
さるほどに、九ぐわ二かのひ、さがみのくにのぢうにん、おほばの三らうかげちか、はやうまをもつてみやこへまをし
けるは、さんぬる八ぐわ十七にち、いづのくにのるにん、さきのうひやゑのすけよりとも、ほうでうの四らうときまさを
つかはして、いづのくにのもくだいいづみのはうぐわんかねたかを、やまきがたちにてようちにうちさふらひぬ。そののち
どひ、つちや、をかざきをさきとして、三百よき、いしばしやまにたてこもつてさふらふところを、かげちかみかたにこころざし
をそんずるものども、一千よきをいんそつして、いしばしやまにおしよせてさんざんにせめさふらへば、うひやう
ゑのすけよりともはづか七八きにうちなされ、どひのすぎやまへにげこもりさふらひぬ。はたけやま五百よきで、
みかたをつかまつる。みうらのおほすけがこども、三百よきで、げんじのみかたをして、ゆゐこつぼのうらで
せめたたかふ、はたけやまいくさにまけて、むさしのくにへひきしりぞく、そののちはたけやまがいちぞく、かはごえ、いなげ、をやま
だ、えど、かさい、これをはじめてそうじてななだうのつはものどもことごとくおこりあひ、つがふそのせい二千よにん、
みうらきぬがさのしいにおしよせて、一にちいちやせめさふらへば、おぼすけうたれさふらひぬ。こどもはみな九
りはまのうらよりふねにのつて、あはかづさへわたりさふらへぬとこそひとまをしけれ。
へいけのひとびとは、かやうのことどもにみやこうつりのこともはやきようさめぬ。わかきくげでんじやうびとは、
あはれとくして、ことのいでよかし、われさきにうつてにむかはうなんどいふぞはかなき。はたけ
やまのしやうじしげよし、をやまだのべつたうありしげ、うつのみやのさゑもんともつな、これらはだいばんやくにて、をりふし
ざいきやうしたりけるが、はたけまをしけるは、したしうなつてさふらへば、ほうでうはしりさふらはず。じよ
のげんじらはいかんかよりとものかたうどはつかまつらんとはよもまをしさふらはじ、いまみよたんだいまにきこしめ
しなおさんずるものをとまをしければ、げにもとまをすひともあり、いやいやただいまおんだいじにおよ
びさふらひなんずと、ささやくひともありけるとかや。にふだうさうこくのいかられけるさまななめならず。
そもかのよりともは、さんぬるへいぢぐわんねん十二ぐわつ、ちちよしともがむほんによつて、そのときすでにちうせらる
べかつしを、こいけのぜんにのあながちになげきたまふあひだ、るざいにはなだめんたんなり。しかるをそのをん
をわすれて、たうけにむかつてゆみをひき、やをはなつにこそあんなれ。そのぎならば、しんめいも三
ばうも、いかでかゆるしたまふべき。いまみよただいまてんのせめかふむらんずるよりともかなとぞのたまひける。
そもそもわがてうにてうてきのはじまりけることは、むかし、やまといはれひこのみことのぎよう四ねん、きしうなぐさのこほりたかを
のむらに、ひとつのちちうあり。みみじかくてあしながくして、ちいからひとにすぐれたり。にんみんおほくそんがいせし
かば、くわんぐんはつかうして、せんじをよみかけ、くずのあみをむすんで、つひにこれをおほひころす。それ
よりこのかたやしんをはさんで、てうゐをほろぼさんとするともがら、おほいしのやままる、おほやまのみこ、やまだ
のいしかは、もりやのだいじん、そがのいるか、おほとものまとり、ぶんやのみやだ、きついつせい、ひがみのかはつぎ、
いよのしんわう、だざいのせうじふぢはらひろつぎ、ゑみのおしかつ、さはらのたいし、ゐがみのくわうごう、ふぢはらのなか
かり、たひらのまさかど、ふぢはらのすみとも、あべのさだたう、むねたう、さきのつしまのかみみなもとのよしちか、あくさふ、あく
ざゑもんのかみにいたるまで、そのれいすでに二十よにん。されどもひとりとして、そくわいをとぐるものな
し。みなかばねをさんやにさらし、かうべをごくもんにかけらる。このよこそわうゐもむげにかろけれ。むかしはせん
じをむかつてよみければ、とびとりもおちくさきもゆるぐばかりなり。ちかごろのことぞかし、あるとき
えんきのみかど、しんぜんえんへぎやうかうなつて、いけのみぎはにさぎのゐたりけるを、六ゐをめして、あのさぎ
とつてまゐれとあふせければ、いかでかとらるべきとはおもへども、りんげんあればあみみむかふ。
さぎははづくろひしてたたんとす。せんじぞとあふすれば、ひらんでとびさらず。すなはちこれを
とつてまゐらせたりければ、なんぢがせんじにしたがうて、まゐりたるこそしんぺうなれ。やがて五ゐにな
せとて、さぎを五ゐにぞなされける。けふよりのち、さぎのうちのわうたるべしといふ、おんふだを
みづからあそばいて、かうべにつけてぞはなたせたまふ。まつたくこれはさぎのおんれうにあらず。ただわうゐのほどを
しろしめさんがためなり。
いこくにまたせんじゆうをとぶらふに、えんのたいしたん、しんのしくわうていにとらはれて、いましめをかふむること十二
ねん、あるときえんたんしくわうにむかつて、わがこきやうにらうぼあり、いとまをたまはつて、かれをみんといひければ。
しくわうていあざわらつて、なんぢにいとまをたはんこと、うまにつのおひ、からすのかしらのしろくならんをまつべき
なり、とぞのたまひける。えんたんてんにあふぎちにふして、あふぎねがはくはうまにつのおひ、からすのかしらしろく
なしたまへ、いまいちどほんごくへかへつて、ははをみんとぞいのりける。かれのめうおんぼさつは、りやうぜんじやう
どにけいして、ふきやうのともがらをいましめ、かうし、がんくわいは、しなしんたんにいでて、ちうかうのみちをはじめたま
ふ。みやうけんのさんばう、かうかうのこころざしをあはれみたまひ、うまにつのおひてきうちうにきたり、からすのかしらしろくなつ
てていぜんのきにすめりけり。しくわうてい、うとうばかくのへんにおどろき、りげんかへらざることをふかくしん
じて、たいしたんをなだめつつ、ほんごくへこそかへされけれ。しくわうていなほくやしみたまひて、えんのくにと
しんのくにのさかひにそこくといふくにあり。おほきなるかはながれたり。かのかはにわたせるはしをば、そこく
のはしといへり。しくわうていさきにくわんぐんをつかはして、えんたんがわたらんとき、ふまばなかにて、おつるや
うにしたためて、わたされたりければ、なじかはよかるべき、かはなかにおちいりぬ。されど
もちともみづにはおぼれず、へいぢをゆくがごとくにて、むかひのきしにぞつきにける。こはいか
にとおもひ、うしろをかへりみたりければ、かめどもがいくらといふかずをしらず。みづのうへにうかびきて、
かうをいちめんにならべてぞあゆませたりける。これもかうかうのこころざしを、みやうけんのあはれみたまふによつて
なり。たんなほうらみをふくんで、しくわうていにはしたがひたてまつらず。しくわうていくわんぐんをつかはして、えんたん
をほろぼさんとせらる。えんたんおそれをののいてけいかといふつはものをかたらつて、だいじんになす。けいか
またでんくわうせんせいといふつはものをかたらふに、かのせんせいまをしけるは、きみはこのみがわかうさかんなつし
こととしろしめして、かくはたのみあふせらるるか、きりんは千りをとべども、おいぬればど
ばにもおとれり。このみはとしおいて、いかにもかねひさふらふまじ。、せんずるところ、よきつはものをかたら
つてこそまゐらせめ、とていでければ、けいかたもとをひかへて、あなかしこ、なんぢこのことひろうす
なといひければ、にんげんのはぢにひとにうたがはれぬるにすぎたることこそなけれとて、けいかがもん
ぜんなるすもものきにかしらをつきあて、うちくだいてぞしににける。またはんよきといふつはものあり。これ
はもとしんのくにのものなりしが、しくわうのために、おや、おぢ、きやうだいをほろぼされて、えんのくににに
げこもりぬ。しくわうてい四かいにせんじをなしくだし、えんのさしづ、ならびにはんよきがかうべをもつてまゐりたら
んずるものには、五百こんのきんをあたへんとひろうせらる。けいか、はんよきがもとにゆいて、われき
く、なんぢがかうべ五百こんのきんにはうぜられたり。なんぢがかうべわれにかせ、とつてしくわうていにたてまつり。よろこん
でえいらんをへられんとき、つるぎをぬいてむねをささんはやすかりなん、といひければ、はんよきをど
りあがりあがり、おほいきついてまをしけるは、われしくわうのためにおや、おぢ、きやうだいを、ほろぼされて、
ちうやこれをおもふに、こつずゐにとほつつてしのびがたし。まことにしくうていうちたてまつるべくば、わがかうべなんぢ
にあたへんことちりあくたよりもなほやすしとて、みづからかうべをはねてぞしににける。またしんびやうといへ
るへいあり。これももとしんのくにのものなりしが、十三のとしかたきをうつて、えんのくにへにげこもりぬ。
かれがゑんでむかふときは、みどりごもいだかれ、またいかつてむかふときは、だいのをとこもせつじゆす。けいかか
れをかたらつて、しんのみやこのあんないしやにぐしてゆくに、あるかたやまさとにしゆくしたりけるよ、そのへんちか
きさとにくわんげんをしけるてうしをもつて、わがほんいのことをうらなふに、かたきのかたはみづなり、わがかた
はひなり、さるほどにてんもあけぬ。はくこうひをつらぬいてとほらず、わがほんいとげんことありがた
し、とぞうらなうたる。されどもかへるべきにあらずして、しんのみやこかんやうきうにいたりぬ。まづつかひ
をもつてさきにそうもんしたりければ、しんかをもつてうけとらうどしたまふ、まつたくひとづてにはわたしたてまつる
べからず、ぢきにたてまつらうどそうするあひだ、さらばとてにはかにせちゑのぎをととのへて、えんのつかひをめさ
れけり。かんやうきうは、みやこのめぐり一まむぱつせん三百八十りにつもれり。だいりをば、ぢより三りたか
くつきあげて、そのうへにぞたてられたる。ちやうせいでんなり、ふらうもんなり、こがねをもつてひをつく
り、しろがねをもつてつきをつくれり。しんじゆいさご、るりのいさごこがねのいさごをしきみてり。しはう
にはくろがねのついぢをたかさ四十ぢやうにつかせ、でんのうへにはおなじうくろがねのあみをぞはりたりける、これ
はめいどのつかひをいれじとなり。あきはたのものかり、はるはこしぢへかへるも、ひぎやうじざいのさはりあり
とて、ついぢにはがんもんとなづけて、くろがねのもんをあけてぞとほされける。またあばうでんとて、しくわう
のつねはぎやうがうあつて、せいだうおこなはせたまふてんあり。たかさは三十六ぢやうなり。とうさいへ九ちやう、なんぼく
へ五ちやう、おほゆかのしたには五ぢやうのはたほこをたてたれども、なほおよばぬほどなり。いへにはるりのかはら
をふき、したにはきんぎんをもつてみがきたてたり。けいかはえんのさしづをもち、しんぶやうははんよきが
かうべをもつて、たまのきざはしをのぼりあがりけるが、あまりにだいりのおびただしきをみて、しんぶやうわなわ
なとぞふるひける、しんかこれをあやしんで、ぶやうむほんのこころありけいじんをばきみのそばにおかず、くん
しはけいじんにちかづかず、ちかづけばすなはちしをかろんずるゆゑなりといへば、けいかたちかへつて、しんぶ
やうまつたくむほんのこころなし、ただでんじやのいやしきののみならつて、くわうきよみざるがゆゑに、こころいまめいわくす
といひければ、しんかみなしづまりぬ。そのときよつてわうにちかづきたてまつり、えんのさしづ、ならびにはんよき
がかうべをおんげんざんにいるところに、さしづのいつたりけるひつのそこに、こほりのやうなるつるぎのありける
を、しくわうていみつけたまひて、はやにげんとしたまへば、けいかおんそでをむづとひかへて、つるぎをむね
にさしあててたり。いまはかうとぞみえし。すまんのぐんりよはていじやうにそでをつらぬといへども、すく
はんとするにちからなし。ただこのきみぎやくしんにをかされさせたまはんことをのみ、なげきかなしみあへり
けり。しくわうていわれにざんじのいとまをえさせよ、きさきのきんのねをいまいちどきかんとのたまへば、けいか
しばしはをかしたてまつらず。しくわうていは三千にんのきさきをもちたまへり、うちにもくわやうぶにんとて、ならびなき
きんのじやうづおはしき。かのきさきのきんのねをきけれあ、なけきもののふのこころもやわらぎ、とぶとりもおち、
くさきもゆるぐばかりなり。いはんやいまをかぎりのえいぶんにそなへんと、ひきたまふにや、けいかもかうべ
をうなだれ、みみをそばだてて、ほとんどぼんしんのおもひもはやたゆみにけり。そのとききさきはじめてさら
にいつきよくをそうす。しつせゐのへいふうはたかくども、をどらばなどかこえざらん。いつでうのらこくはつよく
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ききしつて、おんそでをひつきり、しちしやくのびやうぶををどりこえて、あかがねのはしらのかげへにげかくれさせ
たまひけり。そのときけいかいかつて、わうにつるぎをなげかけたてまつる。をりふしごぜんにばんのいしのさふらひける
が、つるぎのくすりのふくろをなげあはせたり。つるぎ、くすりのふくろをかけられながら、くちろくしやくのあかがねのはしらを
なからまでこそきつたりけれ。けいかつるぎをふたつもたねば、つづいてもなげず、わうたちかへつておん
つるぎをめしよせて、けいかをやつざきにこそしたまひけれ。しんぶやうもうたれぬ。しくわうていまづくわんぐん
をつかはしてえんたんをもほろぼさる。さうてんゆるしたまはねば、はくこうひをつらぬいてとほらず、しんのしくわうはのが
れて、えんたんつひのほろびにけり。さればいまのよりともも、さこそはあらんずらめとしきだいするひと
もありけるとかや。
『なかんづくかのよりともは、さんぬるへいぢぐわんねん十二ぐわ、ちちよしともがむほんによつて、そのときすでにちう
せらるべかりしを、こいけのぜんぢのあながちになげきたまふあひき、しやうねん十しさいとまをしし、えいりやくぐわんねん
三ぐわに、ほうでうひるがこじまへながされて、二十よねんのしゆんしうをおくりむかふ。さればねんらいもあれば
こそありけめ、ことしかなるこころにてぞ、むほんをばおこされるけるぞといふに、ひとへにたか
をのひじりもんがくばうに、すすめまをせれけるによつてなり』。そもそもこのもんがくしやうにんとまをすは、わたなべの
ゑんどうさこんのしやうげんしげとほがこに、ゑんどうむしやもりとほとて、しやうせいもんゐんのしゆうなり。しかるを十九の
とし、にはかにだうしおこし、もとどりきり、しゆぎやうにいでんとしけるが、しゆぎやうといふはいかほどのだいじや
らん、ためいてみんとて、六ぐわつのひのくさもゆるがずてつたるに、あるかたやまさとのやぶのなか
へはいり、はだかになり、あふのけにふす。あぶぞ、かぞ、はち、ありなんどいふどくむしどもが、みに
ひしととりついて、さしくひなんどしけれども、ちつともみをもはたらかさず。七かま
えはおきもあがらず。かくて八かといふにおきあがつて、しゆぎやうといふはこれほどのだいじやらんと、
ひとにとへば、それほどならんには、いかでかひとのいのちもいくべきといふあひだ、さてはあんぺいご
さなれとて、やがてしゆぎやうにこそいでたんなれ。くまのへまゐり、なちごもりせんとしける
が、まづぎやうのこころみにきこゆるたきにしばらくうたれてみんとて、たきもとへこそあゆみむかはれ
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みねのあらしふきこほり、たきのしらいとたるひとなつて、みなしろたへにおしなべて、よものこずゑもみえわか
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こそありけれ、四五にちにもなりしかば、もんがくこらへずしてうきあがりぬ。す千ぢやうみなぎりおつ
るたきなれば、なじかはたまるべき。ざつとおしおとされ、かたなのはのごとくに、さしもきびきし
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にこそなれ、いまだ七かだにもすぎざるに、なにものかこれまではとつてきたれるぞといひけ
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ふだいぐわんおこし、くわんじんちやうをささげて、十ばうだんなをすすめありきけるが、あるとき、ゐんのごしよ、
ほふぢうぢどのへぞさんじたる。ごほうがあるべきよしをそうもんす。ぎよいうのをりふしではあり、きこしめ
しもいれざりければ、もんがくはごぜんのことなきやうをばしらずして、たたひとがまをしいれぬぞ
とこころえて、もとよりこのもんがくはふてきだい一のあらひじりにてはあり、ぜひなくおつぼのうちへやぶりい
り、だいおんじやうをあげて、だいじだいひのきみにてまします。これほどのことなどかきこしめしいれざる
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ことにはきせんだうぞくのじよじやうをかふむり、たかをさんのれいちにいちゐんをこんりふし、二せあんらくのだいりをごんぎやう
せんとこふ。くわんじんのじやう、それおもんみれば、しんによくわうだいなり、じやうぶつのけみやうをたつといへども、
ほつしやうずゐまうのくもあつくおつて、十二いんえんのみねにたなびきしよりこのかた、ほんうしんれんのつきのひかりかすか
にして、いまだ三どく四まんのたいこにあらはれず。かなしきかな、ぶつにちはやくぼつして、しやうじるてんの
ちまたみやうみやうたり。ただいろにふけりさけにふけり、たれかきやうざうてうゑんのまどひをしやせん、いたづらにひとをばうじほふを
けうず、これあにえんらごくそくのせめをまぬかれんや。ここにもんがくたまたまぞくぢんをうちはらつて、ほふえをかざると
いへども、あくごふなほこころにたくましうして、にちやにおこり、ぜんべうまたみみにさかつててうぼにすたる。いたま
しきかな、ふたたび三づのくわきやうにかへつて、ながく四しやうのくりんをめぐらんことを。このゆゑにむ
にのけんしやうせんまんぢゆく、ぢゆくぢゆくにぶつしゆのいんをあかし、ずゐえんしじやうのほふ、ひとつとしてぼだいのひがん
にいたらずといふことなし。かるがゆゑもんがくむじやうのくわうもんになみだをながし、じやうげのしんぞくをすすめて、じやうぼん
れんだいにえんをむすび、とうみやうがくわうのれいぢやうをたてんとなり。それたかをはやまうづたかうして、じゆぶぜん
のこずゑをへうし、たに、しづかにしてしやうざんとうのこけをしけり。がんせんむせんでぬのをひき、りやうゑんさけんでえだ
にあそぶ。ひとざととほくしてけいぢんなし、しせきことなうしてしんじんのみあり。ちけいすぐれたり。もつともぶつ
てんをあがむべし。ほうが少こしきなり、たれかじよじやうせざらん。ほのかにきく、じゆしやゐぶつたふ、くどく
たちまにぶついんをかんず。いはんや一しはんせんのはうざいにおいてをや。ねがはくはこんりうじやうじゆして、きんけつほうれき、
ごぐわんゑんまん、ないしとひゑんきんりみん、しそ、げうしゆんぶゐのくわをうたひ、ちんえふさいくわいのゑみをひらかん。
ことにはまたしやうりやういうぎ、ぜんごだいせう、すみやかにいちぶつしんもんのうてなにいたり、かからず三じんまんどくのつきをもてあそばん。
よつてくわんじんしゆぎやうのおもむき、けだしもつてかくのごとし。ぢしよう三ねん三ぐわつのひ、もんがくとこそよみあげ
たれ。
ごぜんには、めうおんゐんのだいじやうのおほいとの、おんびはあそばし、らうえいめでたうせさせおはしま
す、あぜちのだいなごんすけかたのきやう、ひやうしとつてふうぞくさいばらうたはる。しそくうまのかみすけとき、四
ゐのじじゆうもりさだわこんかきならし、いまやうとりどりうたはれけり。たまのすだれにしきのとばりのうちまでさざ
めきわたつて、まことにおもしろかりければ、ほふわうもつけうたせさせおはします。それにもんがくがたいおん
じやうぞいできて、てうしもたがひ、ひやうしもみなみだれにける。なにものぞらうぜきなり、そくびつけとあふせくださ
るるほどこそありけれ。ゐんぢうのはやりをのつはものども、われさきにわれさきにとはしりいでけるなかには、すけ
ゆきはうぐわんといふものまつさきにすすんで、なにものぞらうせきなりぎよいうのをりふしであるに、とうとうまかり
いでよといひければ、もんがく、たかをのじんごじへ、しやうをいつしよよせられざらんかぎりは、まつたく
いづまじとて、ごかず。よつてそくびをつかうどすれば、くわんじんちやうをとりなほし、すけゆきはうぐわん
がゑぼしをはたとうつてうちおとし、こぶしをつよくにぎり、むないたをばくとついて、うしろへのけにつ
きたほす。すけゆきはうぐわんはゑぼしうちおとされながら、おめおめとおほゆかのうへへぞにげのぼりける。
そののちもんがくはふところより、うまのをでつかまいたりけるかたなの、こほりのやうなるをぬきもつて、より
こんものをつかうどこそまちかけたれ。ひだんのてにはくわんじんちやう、みぎのてにはかたなをもつて、は
せまはるあひだ、さうのてにてかたなをもつたるやうにはみえし、ゐんぢうのさうどうななめならず。くぎやうも
でんじやうびとも、こはいかにとさわがれて、ぎよいうもみなあれにけり。ここにしなののくのじうにん、あんとう
むしやみぎむね、そのときのたうしよくにてあるあひだ、なにごとぞとて、たちをぬいてうつつていでたり。もんがく
よろこんでとんでかかる。あんとうむしやみぎむね、きつてはあしかりなんとやおもひけん、たちのむね
をとりなほし、もんがくがかたなもつたるみぎのかひなをしたたかにうつ。うたれてひるむところを、えた
りやををと、たちをすててぞくんだりける。もんがくしたにふしながら、あんとうむしやうがみぎのかひな
をつく。つかれながらぞしめたりける。たがひにおとらぬだいぢから、うへになりしたになり、ころびあ
ひけるところを、じやうげてんでに、かしこがほに、もんがくがはたらくところのぢやうをがうしてんげり。その
のちもんぐわいへひきいだいて、ちやうのしもべにたぶ。たまはつてひつはる。ひつはられてたながら、ご
しよのかたをにらまへ、たいおんじやうをあげて、ほうがをこそしたまはざらめ。これほどまでもんがくにからいめ
をみせたまひたれば、たんだいまにおもひしらせたてまつらん。わうきうといふとも、いかでかそのなんをばのが
るべき。三がいはみなくわたくなり。たとひし十ぜんのていゐにほこつたらうとも、くわうせんのたびにおもむかせたま
ひなんのち、いかでかごづめづのせめをばまぬかれたまふべきかと、をどりあがりあがりぞまをしける。
そのほふしきくわいなり、きんごくせよとてきんごくせらる。すけゆきはうぐわんは、ゑぼしうちおとされたるはぢが
ましさに、しばしはしゆつしもせず、あんどうむしやみぎむねは、もんがくくんだるけんじやうにいちらうをへずして、
たうざにうまのじようにぞなされける。そのころびふくもんゐんがくかくれさせたまひて、だいしやありしかば、もん
がくほどなくゆるされけり。さらばいづくにてもおこなふべかりしを、またくわんじんちやうをささげて、十ばうだん
なをすすめありきけるが、ただもなくして、このよのなかはみだれて、きみもしんもたんだいまに
ほろびうせなんずるものをとぞまをしありきける。そのほふし、きくわいなりをんるせよとてをんるせ
らる。げん三みにふだうよりまさのちやくしいづのかみなかつな、そのときのたうしよくにてあるあひだ、そのさたとして、
いづのくにへぞながされける。いせのくにあののつよりふねにてくださるべしとて、いせうのくにへ
ゐてまかるに、はうべんりやう三んにんをぞつけられける。これらがまをしけるは、ちやうのしもべのならひ、
かやうのことについてこそ、おのづからのえこもさふらへ。いかにひじりのおんばうは、しりうどをばも
ちたまはぬか。ゑんろのあひだでさふらへば、とさんらうれうごときのものもたいせつにさふらふ、こひたまへとぞ
いひける、もんがくはさやうにようじいふべきとくはなし。さりながらも、ひがしやまのあたりにこそ
とくいはあれ、いでふみをやらうどいひければ、けしかるかみをたづねてえさせたり。もんがくか
やうのかみにものかくやうなしとて、なげかへす。さらばとて、こうしをたづねてえさせたれ
ば、もんがくわらつて、ほふしはものをえかかぬぞ、おのれらかけとてかかするやう、もんがくこそ、
たかをのじんごじさうりふくやうのために、くわんじんちやうをささげて、十ばうだんなをすすめありきけるが、か
かかるきみのよにしもあうて、ほうがをこそしたまはざらめ。あまつさへ、をんるせよとて、をんるせられ
て、いづのくにへまかりそろ。ゑんろのあひだでさふらへば、とさんらうれうごときのものもたいせつにそろ、このつかひ
にたべといふ。いふままにかいて、さてたれどのへとかきさふらふべきやらんとまをしければ、
きよみづのくわんおんばうへとかけといふ。それはいつかうちやうのしもべをあざむくにこそあれといひければ、
もんがくは、くわんおんをこそふかうたのみたてまつたれ。さらでは、ようじいふべきとくいはもたずとぞい
ひける。さるほどにいせのくにあののつよりふねにてくだるほどに、たふとうみのくにてんりうのなだにて、にはか
におほかぜふき、おほなみたつて、すでにこのふねをふちかへさんとす。かこかんどりども、あるひはくわんおんのみやう
がうをとなへ、あるひはさいごの十ねんにおよぶ。されどももんがくはちつともさわがず、ふなぞこにたかいびきかいて
ぞふしたりける。すでにかうとみえしとき、もんがくおきあがり、ふなばたにたちいで、おきのかたをにらま
へ、だいおんじやうをあげて、りうわうやあるあるとぞようだりける。これほどまでだいぐわんおこしたるひじりが、
のつたるふねを、いかであやまたうどはするぞ、たんだいまにてんのせめかふぶらんずるりうじんどもかなと
ぞいひける。そのゆゑにや、なみかぜほどなくしづまつて、いづのくににぞつきにける。もんがくきやうを
いでけるひよりして、こころのうちにきせいすることありけり。われみやこにかへつて、たかをのじんごじ
ざうりふくやうすべくば、みちにてしすべからず。このねがひむなしかるべくば、みちにてしすべしとて、
きやうよりいづへつきけるまで、をりふしじゆんぷうなかりしかば、うらづたひしまづたひして、三十一にち
があひだは、いつかうだんじきにてぞありける。されどももんがくはきりよくすこしもおとらず、ふなそこにおこなひ
すましてぞゐたりける。まことにただびとともおぼえぬことどもおほかりけり。
そののちもんがくをば、たうこくのぢうにんこんとう四らうくにたかがさたとして、なこやがおくにぞすませける。
さるほどに、ひやうゑのすけどのおはします、ひるがこじまもほどちかし、もんがくつねはまゐつて、おんものがたりど
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でたうおんさいかくもすぐれてましましけるが。うんめいのすゑになるやらん、こぞの八ぐわつがふぜられ
ぬ。いまはげんぺいのなかに、ごへんほどてんがのしやうぐんもちたまふべきひとはなし。はやはやごむほんおこさせ
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ぜんにたすけられたてまつたれば、そのごぜとぶらひたてまつらんがために、まいにちほけきやういちぶてんどくしたてまつ
るよりほか、またたじなしとのたまへば、もんがくかさねて、てんのあたふるをとらざれば、かへつてそのとが
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ごへんのこころをかなびかんとて、まをすとやおぼしめされさふららん。そのぎにてはさふらはず。まづご
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ひやうゑのすけどの、あれはいかにとのたまへば、これこそごへんのちち、こさまのかうのどののかうべよ。へいぢ
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むねあつて、ごくもりのこひうけくびにかけ、やまやまてらでらしゆぎやうして、この二十よねんがあひだとぶらひたてまつ
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のだいりとぞきこえし。さしもこころうかりつるしんとに、たれかかたときものこるべき。われさきにわれさきに
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べからず、もののぐなせそ、ゆみやなたいしそとて、むけられけるを、なんとのだいしゆうかかるない
いをばゆめにもしらずかねやすがよぜい六十よにんからめとつて、いちいちくびをきつて、さるさはのいけのはた
にぞかけならべたりける。にふだうさうこくおほきにいかつて、さらばなんとをもせめよやとて、たいしやう
ぐんにはとうのちうじやうしげひら、ちうぐうのすけみちもり、つがふそのせい四まんよきなとへはつかす。なんとにもらうせう
きらはず七千よにん、かぶとのををしめ、ならざか、はんにやじ、二かしよのみちをほりきつて、かいだて
かき、さかもぎひいでまちかけたり。さるほどにへいけは四まんよきをふたてにわけて、ならさか、はん
にやじ、二かしよのじやうくわくにおしよせて、ときをどつとぞつくりける。だいしゆうはかちだちうちものなり。くわん
ぐんはうまにてかけやぶりかけまはしせめければ、だいしゆうかずをつくいてうたれにけり。うのこくより
やあはせして、一にちたたかひくらし、よにいりければ、ならさか、はんにやじ、二かしよのじやうくわくともにやぶ
れぬ。おちゆくしゆうとのなかに、さかの四らうえうかくといふあくそうあり。これはちからのつよさ、ゆみやうち
ものとつては、七だいじ十五だいじにもすぐれたり。もえぎにほひのはらまきに、くろいとおどしのよろひをば、かさね
てぞきたりける。ぼうしかぶとに五まいかぶとのををしめ、ちのはのごとくそつたるしらえのおほなぎなた、
こくしつのおほだち、さうのてにもつままに、どうじゆく十よにんひきぐして、てがいのもんよりうつてい
でたり。これぞしばらくささへたる。おほくのくわんびやうら、うまのあしながれておほくほろびにけり。されども
くわんぐんはたいぜいにて、いれかへいれかへせめければ、えうかくがたのむところのでしどうしゆくうみなうたれに
けり。えうかくこころはたけうすすめども、あとあばらになりしかば、ちからおよばず、ただひとりみなみをさいておぞお
ちゆきける。よいくさになつて、たいしやうぐんとうのちうじやうしげひら、はんにやじのもんのまへにうちたつて、くら
さはくらし、ひをいだせとのたまへば、はりまのくにのぢうにんふくゐのしやうのげし、じらうたいふもとかたとい
ふもの、たてをわりたいまつにして、ざいけにひをぞかけたりける。ころは十にんぐわつ二十八にちのよの
いぬのこくばかんのことなれば、をりふしかぜははげしく、ほもとはひとつなりけれども、ふきまよふかぜに
おほくのがらんにふきかけたり。はぢをもしり、なをもをしむほどのものは、ならさかにてうちじにし、
はんにやじにしてうたれにけり。ぎやうぶにかなへるほどのものは、よしのとつがはのかたへぞおちゆき
ける。あゆみもえぬらうそうや、じんじやうなるしうがくしや、ちごどもをんなわらべはもしやたすかると、だいぶつでん
の二かいのうへ、やましなでらのうち、われさきにとぞにげいりける。だいぶつでんの二かいのうへには、千よ
にんのぼりあがつて、てきのつづくをのぼせじとて、はしをばひいてげり。みやうくわはまさしうおしかけ
たり。をめきさけぶこゑ、せうねつ、だいせうねつ、むげん、あび、ほのふのそこのざいにんも、これにはすぎじと
ぞみえし。こうふくじはたんかいこうのぎよぐわん、とうじるゐだいのてらなり。とうこんだうにおはしますぶつぽふさいしよ
のしやかのざう、さいこんだうにおはしますじねんゆしゆつのくわんぜおん、るりをならべししめんのろう、しゆたんを
まじへし二かいのろう、九りんそらにかがやきし二きのたふ、たちまちにけむとなるこそかなしけれ。とうだいじはじやう
ざいふめつ、じつはうじやくくわうのしやうしんのおんほとけとおぼしめしなぞらへて、しやうむくわうてい、てづからみづからみがきたて
たまひし、こんどう十六ぢやうのるしやなぶつ、うしつたかくあらはれて、はんてんのくもにかくれ、びやくがうあらたにをがまれ
させたまへる。まんげつのそんようも、みぐしはやけおちてだいぢにあり。おんみはわきあひてやまのごと
し。八まん四千のさうがうは、あきのつきはやく五ぢうのくもにかくれ、四十一ぢのえうらくは、よのほしむなし
う、じふあくのふうにただよひ、けむりはちうてんにみちみちて、ほのふはこくうにひまもなし、まのあたりみまつ
るものはさらにめをあてず。かすかにつたへきくひとはきもたましひをうしなへり。ほつさう三ろんのほふもん、しやうげうす
べていつくわんものこらず。わがてうはいふにおよばず、てんぢくしんだんにも、これほどのほふめつあるべしとも
おぼえず。うでんだいわうのしまごんをみがき、びしゆいつまがしやくせんだんをきざみしも、わづかにとうじんのおんほとけな
り。いはんやこれはなんえんぶたいのうちには、ゆゐいつむさうのおんほとけ、ながくきうそんのごあるべしともおぼえず、
いまどくえんのちりにまじはつて、ひさしくかなしみをのこしたまへり。ぼんじやくしわうりうじんやぶ、みやくわんみやうしゆうもおどろ
きさわぎたまふらんとぞみえし、ほつさうえうごのしゆんにちだいみやうじん、いかなることをかおぼしけん。され
ばかすがのつゆもいろかはり、みかさやまのあらしのおと、うらむるやうにぞきこえける。ほのふのうちにてやけ
しぬるにんじゆをしるいたりければ、だいぶつの二かいにのうへには一千七百よにん、やましなでらのうちには
八百よにん、あるみだうには五百よにん、あるみだうには三百よにん、つぶさにしるいたりければ、三千五
百よにんなり。せんぢやうにしてうたるるだいしゆう千よにん、せうせうははんにやじのもんのまへにきりかけらる、
せうせうはまたたいしやうぐんもたせてみやこへのぼりたまふ。あくる二十九にち、たいしやうぐんとうのちうじやうしげひら、なんと
ほろぼしてほくきやうへかへりいらる。およそはにふだうさうこくばかりこそ、いきどほりはれてよろこばれけれ。ちうぐういち
ゐんじやうわうは、たとへあくそうをこそほろぼすとも、がらんをはめつすべきやはとぞおんなげきありける。ひ
ごろはしゆとのくび、おほぢをわたさるべかりしかども、いままたとうだいじこうぷくじのほろびぬるあさまつ
さに、なんのさたにもおよばず。ここやかしこのみぞやほりにぞすておきける。しやうむくわうていのしんぴつ
のごきもんにも、わがてらこうふくせばてんがもこうふくすべし。わがてらすゐびせばてんがもすゐびすべし、
とぞあそばされたる。さればてんがのすゐびせんこと、うたがひなしとぞみえたりける。あさ
ましかりつるとしもくれて、ぢしようも五ねんになりにけり。