平曲譜本 藝大本 巻六
ぢしよう五ねんしやうぐわひといのひ、だいりにはとうごくのへいがく、なんとのくわさいによつて、てうはいとどめられ
て、しゆじやうしゆつぎよもなし。もののねもふきならさず、ぶがくもそうせず、よしののくずもまゐらず、とう
しのくぎやうひとりもまゐらせられず。これはうじでらせうしつによつてなり。ふつかのひ、でんじやうのえんすゐもな
し、なんにようちひそめて、きんちういまいましうぞみえし。ならびにぶつぽふわうはふ、ともにほろびぬることこ
そあさましけれ。ほふわうおほせありけるは、しだいのていわう、おもへばこなりまごなり。いかなれば
ばんぎのせいむをとどめられて、むなしうとしつきをおくるらんとぞ、おんなげきありける。おなじきいつか
のひ、なんとのそうかうらみなけつくわんぜられで、くじやうをちやじし、しよしよくをぼつしうせらる。しゆうとは、みな
おいたるもわかきも、あるひはいころされ、あるひはきりころされて、けふりのなかをいでず、ほのほにむせびて
ほろびにしかば、わづかにのこるともがらはさんりんにまじつて、あとをとどむるものひとりもなし。ただしかたのや
うにても、ごさいゑはあるべきものをと、そうめいのさたありしに、なんとのそうかうらはみなけつくわん
せられぬ。ほくきやうのそうかうをもつておこなはるべきかと、くぎやうせんぎありしかども、さればとて、
いまさらまたなんとをもすてはてさせたまふべきならねば、さんろうしうのがくしやう、じやうほふ、いかうがしのびつ
つ、くわんしゆじにかくれゐたりけるをめしいだいて、ごさいゑかたのごとくとげおこなはる。なかにもこうぷく
じのべつたう、けりんゐんのそうじやうえふゑんは、ぶつざうけいぐわんのけふりとたちのぼらせたまふをみまゐらせ、あなあ
さましとて、むねうちさわがれけるよりやみつきて、つひにうせたまひぬ。このえいゑんは、いうにわり
なきひとときこえたまへり。あるときほととぎすをききて、
きくたびにめづらしければほととぎすいつもはつねのここちこそすれ
といふうたをうたうでこそはつねのそうじやうとはいはれたまひけれ。じやうわうは、おととしほふわうのとばでん
におしこめられて、わたらせたまふおんこと、こぞたかくらのみやのうたれさせたまへるおんありさま、かや
うのことどもに、ごなうつかせたまひて、つねはおんわづらはしうのみきこえさせたまひしが、いままたとうだい
じこうぷくじのほろびぬるよしきこしめして、つやつやくごもきこしめさずごなういとどおもらせたまひけ
り。ほふわうおんなげきありしほどに、おなじきじふしにち、ろくはらいけとのにて、しんゐんつひにほうぎよなりぬ。ぎよ
う十二ねん、とくせい千まんたん、ししよじんぎのすたれぬるみちをおこし。りせあんらくのたえたるあとをつぎ
たまふ。さんみやうろくつうのらかんもまぬかかれたまはず、げんじゆつへんげのごんじやものがれぬみちなれば、うゐむじやう
のならひなれども、ことわりすぎてぞおぼえたる。やがてそのよひんがしやまのふもとせいかんじへうつしたてまつり、ゆふべの
けむりにたぐへつつ、はるのかすみとのぼらせたまひぬ。ちようけんほふいんごさうそうにまゐりあはんとて、いそぎ
やまよりくだられけるが、はやみちにて、けむりとたちのぼらせたまふをみまゐらせて、かうぞおもひつ
づけたまふ。
つねにみしきみがみゆきをけふとへばかへらぬたびときくぞかなきし
またあるにようばうの、みかどかくれさせたまひぬとうけたまつて、なくなくえいじけるは、
くものうへゆすゑとほくみしつきのひかりきえぬときくぞかなしき
おんとし二十一、うちにはじつかいをたもつてじひをさきとし、そとには五じやうをみだらせたまはず、れいぎ
をただしうせさせおはします。まつだいのけんわうにてましませば、よのをしみたてまつること、つきひの
ひかりをうしなへるがごとし。かやうにひとのねがひもかなはず、たみのくわはうもつたなき、ただにんげんのさかひこそかな
しけれ。
ひとのおもひつきたてまつることは、おそらくはえんぎてんりやくのみかどとまをすとも、これにはいかでまさらせたま
ふべきとぞ、ひとまをしける。おほかたけんわうのなをあげ、じんとくのかうをほどこさせましましけること
も、きみごせいじんののち、せいだくをわかたせたまひてのそのうへのおんことでこそあるに、むげにこのきみは、
いまだえうしゆのおんときより、せいをにうわにうけさせおはします。さんぬるしようあんのころほひは、ご
ざいゐのはじめつかたおんとし十さいばかんにもやならせおはしましけん、あまりにこうえうをあいせさせ
たまひて、きたのぢんにこやまをきづかせ、はぢかへでのまことにいろうつくしうもみじたるをうゑさせ、もみ
ぢのやまとなづけて、ひねもすにえいらんなるに、なほあきたらせたまはず。しかるをあるよのわきはした
なうふいて、もみぢみなふきちらし、こうえうすこぶるらうぜきなり。とのもりのとものみやつこ、あさぎよめす
とて、これをことごとくはきすててげり。のこれるえだ、ちれるこのはをばかきあつめて、かぜすさ
まじかりけるあさなれば、ぬひどののぢんにてさけあたためてたべけるたきぎにこそ、してんげれ。ぶ
ぎやうのくらんど、ぎやうかうよりさきにといそぎゆいてみるにあとかたなし。いかにととへば、しかじか
といふ。くらんどあなあさまし。さしもきみのしつしおぼしめされつるこうえうを、かやうにしつる
ことよ。しらず、なんぢらきんごくるざいにもおよび、わがみもいかなるげきりんにかあづからんずらんと、
おもはじことなうあんじつづけてゐたるところに、しゆじやういとどしく、よるのおとどをいだでさせもあへず、かし
こへぎやうかうあつて、もみぢをえいらんあるに、なかりければ、いかにとおんたづねあり。くらんどなんとそう
すべきむねもなくして。ありのままにそうもんす。てんきことにおんこころよげにうちゑませたまひて、
りんかんにさけをあたためてこうえふをたく、といふしのこころをば、さればそれらにはたれかをしへけるぞ
や。やさしうもつかまつたるものかなとて、かへつてえいかんにあづかつしうへは、あへてちよくくわんなかり
けり。またあんげんのころほひ、おんかたたがへのぎやうかうのありしに、さらでだにけいじんあかつきをとなふこゑ、みやう
わうのねむりをおどろかすころにもなりしかば、いつもおんねざめがちにて、つやつやおんねむりもならざりけ
り。いはんやさゆるしもよのはげしきには、えんきのせいたいこくどのたみどもが、いかにさむかるらんとて、
よるのおとどにしては、ぎよいをぬがせましましけることなんどまでも、おぼしめしいでて、わ
がていとくのいたらぬことをぞおんなげきありける。ややしんかうにおよんで、ほどとほくひとのさけぶこゑしけ
り。ぐぶのひとびとはききもつけられず、しゆじやうはきこしめして、たんだいまさけぶはなにものぞ、あれみ
てまゐれとおほせつければうはぶしたるてんじやうびと、しやうにちのものにおほすれば、そのへんをはしりちつてある
つじにあやしのめのわらはのながもちのふたさげたるがなくにてぞありける。いかにととへば、あるじの
にようばうのゐんのところにさぶらはせたまふが、このほどやうやうにしてしたてられたりつるきぬをもつてまゐ
るほどに、たんだいまをとこの二三にんまうできて、うばひとつてまかりぬるぞや。いまはおしやうぞくがあ
ればこそ、ごしよにもさぶらはせたまはめ。またはかばかしうたちやどらせたまふべき、したしき
おかたもましまさず。それをおもふに、なくなりとぞかたりける。さてかのめのわらはをぐしてまゐり、
このよしそうもんしたりければ、しゆじやうきこしめして、あな、むざん、なにもののしわざにてかあるらん
とて、りうがんよりおんなみだをながさせたまふぞかたじけなき。げうのよのたみは、げうのこころのすなほなるをもつ
てこころとするゆゑにみなすなほなり。いまのよのたみは、ちんがこころをもつてこころとするゆゑに、かたまし
きものてうにあつて、つみををかす、これわがはぢにあらずや、とぞおほせける。さてとられつらん
ころもは、なにいろぞとおほせければ、しかじかのいろとそうす。けんれいもんゐん、そのときはいまたちうぐうのお
かたときこえさせたまふ。そのおかたに、さやうのいろしたるぎよいやさふらふと、おんたづねありければ、
さきのよりはるかにいろうつくしきがまゐりたるをぞ、くだんのめのわらはにたばはせける。いまだよふかし。またさ
るめにもぞあふとて、じやうにちのものをあまたつけて、あるじのにようばうのつぼねまでおくらせましましけ
るぞかたじけなき。さればあやしのしづのを、しづのめにいたるまで、ただこのきみせんしうばんぜいの
はうさんをぞいのりたてまつる。
それになによりもまたあはれなりけることには、ちうぐうのおかたにさぶらはれけるにようばうのめしつかひけ
るじやうどう、おもはざるほかりうがんにしせきすることありけり。ただよのつねあからさまにてもなくし
て、まめやかにさしもおんこころざしあさからざりしかば、あるじのにようばうもめしつかはず、かへつてあるじ
のごとくにぞ、いつきもてなしける。そのかみのえいえうにいへることあり。なんをうんでもきくわいする
ことなかれ、ぢよをうんでもひさんするとなかれ、なんはこれこうにだもほうぜられず、ぢよはひ
たりとてきさきにたつといへり。めでたきかりけるさいはひかな。このひとにようごきさきとも、もてなされ、
こくもせんゐんともあふがれんずとて、そのなをあふひのまへといへば、ないないはあふひのにようごなんとぞひとびと
ささやきあはれける。すじやうきこしめして、そののちはめさざりけり。これはおんこころざしのつきぬるに
はあらず、ただよのそしりをはばからせたまふによつてなり。しゆじやうつねはおんながめがちにて、ひるはよの
おとどにのみいらせおはします。そのころのくわんぱくまつどの、このよしをつたへうけたまはつて、いそぎごさんだい
あつて、さやうにえいりよにかからせましまさんにおいては、くだんのにようばうめされまゐらすべしとおぼ
えさふらふ、しなたづねらるるにおよばず、もとふさやがていうしにつかまつりさふらはんと、そうせさせたまへば、しゆ
じやうきこしめして、そこにまをすもさることなれども、くらゐをすべつてのちは、ままさるためしもあん
なり。ただしうざいゐのときいかんと、さやうのことはこうだいのそしりなるべしとて、きこしめしもいれ
ざりけり。くわんぱくどのちからおよばせたまはず、おんなみだをおさへておんしりぞきありけり。そののちしゆじやう、みどん
のうすやうのにほひことにふかかりけるに、ふるきことなれども、おぼしめしいでて、かうぞあそばさ
れける。
しのぶれどいろにいでにけりわがこひはものやおもふとひとのとふまで
れいぜいのせうしやうたかふさ、これをたまはりついで、くだんのあふひのまへにたばせたれば、これをとつてふところにい
れ、かほうちあかめ、れいならぬここちいできたりとて、さとへかへり、うちふすこと五六にちして、
つひにはかなくなりにけり。きみが一にちのおんためには、せうがはくねんのみをあやまつとも、かや
うのことをやまをすべき。むかしたうのたいそうのていじんきがむすめを、げんくわんでんへいれんとせさせたまひたり
しを、ぎちよう、かのむすめすでにりくしにやくせりと、いさめまをしたりければ、でんにいれらるることを
やめられたりしには、すこしもたがはせたまはぬいまのきみのおんこころばせかなとぞ、ひとまをしける。
しゆじやうはれんぼのおんなみだにおぼしめししづませたまひたるを、なぐさめまゐらせんとて、ちうぐうのおかたよ
り、こがうのとのとまをすにようばうをぞまゐらせらる。そもこのにようばうとまをすは、さくらまちのちうなごんしげのりの
きやうのむすめ、ありがたきびじん、ならびなききんのじやうづにてぞおはしける。れいぜいのだいなごんたかふさのきやう、
いまだせうしやうなりしとき、みそめたりけるにようばうなり。はじめはうたをよみ、ふみをばつくされしかど
も、たまづさのかずのみつもつて、なびくけしきもなかりしが、されどもなさけによわるこころにや、つひに
はなびきたまひけり。そののちはきみへめされまゐらせて、せんかたもなくかなしうて、あかぬわかれのなみだに
は、そでしほたれてほしあへず。せうしやうもしもよそながら、こがうのとのをいまいちどみたてまつること
もやと、そのことなくつねはさんだいせられけり。こがうのとののおはしけるつぼねのほとり、みすのあた
りそなたこのたへゆきとほりたたずみありかれしかども、こがうのとのわれきみへめされまゐらせぬるうへ
は、せうしやうなんとまをすとも、いかでかふみをもやりことばをもいひかはすべからずとて、つてのなさけ
をだにもかけられず。せうしやうもしやと、いつしゆのうたようで、つぼねのすのうちへぞなげいれらる。
おもひかねこころはそらにちのくのちかのしほがまちかきかひなし
こがうのどの、やがてへんじをせまほしうはおもはれけれども、きみのおんためおんうしろめたしとやおもは
れけん、てにだにとりてみたまはず。じやうどうにとらせて、いそぎおんつぼのなかへぞなげいださる。
せうしやうなさけなううらめしけれども、さすがひともこそみれと、そらおそろしくて、いそぎとつてふところ
にひきいれて、いでられけるが、なほたちかへり、
たまづさをいまはてにだにとらじとやさこそこころにおもひすつとも
いまはこのよにてあひみんこともがたければ、いきゐて、とにかくにひとをこひしとおもはんより、
なかなかただしなんとのみぞあこがれける。にふだうさうこくこのよしをつたへききたまひて、ちうぐうとまをす
もおんむすめ、れいぜいのせうしやうもまたむこなり。さればいやいやこがうがあらんほどは、よのなかよかる
まじ。ふたりのむこをとられなんずいかにもして、こがうのとのをめしいだいて、うしなはんとぞのたま
ひける。こがうのどのこのよしをききたまひて、わがみのうへはともありなん。きみのおんためおんうし
ろめたしとやおもはれけん、あるよくれがたにひそかにだいりをばまぎれいで、ゆくへもしらずぞうせら
れける。しゆじやうおほきにおんなげきあつて、ひるはよのおとどにのみいらせおはします。よるはなんでん
にしよつぎよあつて、つきのひかりをごらんじてぞなぐませたまひける。にふだうさうこくしゆじやうは、こがうゆゑにおぼしめ
しづませたまひたんなり。さらんにとてはとて、そののちはごかいしやくのにようばうたちをもまゐらせられず、
さんだいしたまふひとびともそねまれければ、にふだうのけんゐにはばかつて、まゐりかよふひとひとりもなし。なんによ
うちひそめて、きんちういまいましうぞみえし。ころは八ぐわ十かあまり、さしもくまなきそらなれども、
しゆじやうはおんなみだにくもらせたまひて、つきのひかりもおぼろにぞ、ごらんぜられける。ややしんかうにおよん
で、ひとやある、ひとやある、とめされけれども、おんいらへまをすものもなし。ややあつてだん
じやうのたいひつなかくに、そのよしもおんとのゐまをして、はるかにとほうさふらひけるが、なかくにとおいへらをまをす。
なぢかうまゐれ、おほせくださるべきむねありとおほせければ、なかくに、ごぜんちかうぞさんじたる。なんぢもしこ
がうがゆくへやしりたるとおほせければ、いかでかしりまゐらせさふらふべきとまをす。まことやこがうは、
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とはおもへども、いづくかわうちならぬ、みをかくすべきやどもなし。いかがせんとあんじわづらふ。
まことや、ほふりんはほどちかければ、つきのひかりにさそはれて、まゐりたまへることもやと、そなたへむ
いてぞあゆませける。かめやまのあたりちかく、まつのあるかたにかすかにことぞきこえける。みねのあらしが
まつかぜか、たづぬるひとのことのねか、おぼつかなくはおもへども、こまをはやめてゆくほどに、かたをり
どしたるうちにことをぞはじきすまされたる。ひかへてこれをききければ、すこしもまがうふべうも
なく、こがうのとののつまおとなり。がくはなんぞとききければ、をつとをおもうてこふとよむ、さうふれん
といふがくなりけり。なかくにさればこそ、きみのおんことおもひいで、がくこそおほけれ、このがくをひ
きたまふことのいとをしさよとおもひ、こしよりやうでうぬきだし、ちとならいて、ものまをさうともんをほ
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のいづるおとしけり。なかくにさればこそとうれしうおもひてまつところに、ぢやうをはづし、もんをほそ
めにあけて、いたいけしたるせうにようばうの、かほばかりさしいでて、これはさやうに、だいりよ
りおんつかひなんどたまはるべきところにてもさぶらはず。もしかどたがへにてもやさふらんとまをしけ
れば、なかくにへんじしてもんたてられ、ぢやうさされなんずとやおもひけん。ぜひをいはずおしあ
けてぞいりにける。つまどのきはなるえんにゐて、なんとてかやうのところにはわたらせたまひさふらふや
らん、きみはおんゆゑにおぼしめししづませたまひて、おんいのちもすでにあやうこそみえさせたまひさふらへ。か
やうにまをさば、うはのそらとやおぼしめされさふらん。ごしよをたまつてまゐつてさふらふまゐらせさふらはんとて
たてまつる。ありつるにようばうたままりついで、こがうのどのにぞすすまらせける。これをあけてみたまふに、
まことにきみのごしよにてぞありける。やがておんへんじかいてひきむすび、にようばうのしやうぞくひとがさねそへて
ぞいだされたる。なかくににようばうのしやうぞくをばかたにうちかけてこれはよのおんつかひなんどでさふらはんにはおん
へんじのうへは、まをすにおよびさふらはねども、ひごろごぜんにてことあそばされしときなかくにもふえのやくにめ
されまゐらせしかばそのときのほうこうをばいかばかりとかおぼしめされさふらん、ぢきのおんぺんじうけたま
はらして、かへりまゐらんはほんいなかるべしとまをしければ、こがうのとの、げにもとやおもはれ
けん、みづからぺんじしたまひけり。これはそこにもききたまひつらんやうに、にふだうさうこくあま
りに、おそろしきことまをすとききしが、あさまいさに、わがみのうへはとてもありなんきみのおんた
めおんこころぐるしさにあるくれがたにひそかに、だいりをばまぎれいで、いまはかかるすまゐなれば、ことひく
こともなかりしに、あすよりもをはらのおくへおもひたつことのさぶらへば、あをじのにようばう、こよ
ひばかりのなごりををしみ、いまはよもふけぬ。たちぎくひともあらじなんど、すすむるあひだ、さ
ぞなむかしのなごりもさすがゆかしくて、てなれしことをひくほどに、やすうもききいだされけりな
とて、なみだもせきあひたまはねば、なかくにもそでをぞぬらしける。ややあつて、なかくになみだをおさへ
てまをしけるは、あすよりはをはらのおくへおぼしめしたつこととさふらふは、さだめておんさまなんども
やかへさせたまひさふらはんずらん。しかるべうもさふらはず。さてきみをばなんとかしまゐらせたまふべ
き。ゆめゆめかなひさふらふまじ。あいかまへてこのにようばういだしたてまつるべからずとて、ともにめしぐし
たる、めぶきつじやうなんどとどめおき、そのやをしゆごせさせわがみはれうのおんまにうちのつて、
だいりへかへりまゐりたれば、よはほのぼのとぞあけにける。いまはじゆぎよもなりたるらん。
たれしてかまをすべきとおもひ、れうのおんまつながせ、にようばうのしやうぞくをば、はねうまのしやうじになげか
けて、なんでんのかたのまゐるほどに、しゆじやうはいまだゆふのござにぞましましける。みなみのかけりきた
にむかふ、かんうんをあきのかりにつけがたく。ひんがしにいでにしにながる、ただせんばうをあかつきのつきによすと、
おんこころぼそげにうちながめさせたまふをりふし、なかくにつとまゐりつつ、こがうのどののおんぺんじをこそ
まゐらせけれ。しゆじやうななめならずにごかんなつて、さらばなんぢ、やがてゆふさりぐしてまゐれとぞおほ
せける。なかくに、にふだうさうこくのかへりききたまはんずるところもさすがそらおそしけれども、またちよくぢやう
なれば、くるしかるまじとおもひざふしきうしがひうしぐるまにいたるまできよげにさたし、さがへまゐりむかふ。
こがうのどのいかにもまゐるまじきよしのたまふあひだ、やうやうにこしらへくるまにのせまゐらせ、だいり
へまゐりつつかすかなるところにしのばせて、しゆじやうつねはめされまゐらせけるほどに、ひめみやひとところいできた
させたまひけり。ばうもんのによゐんとは、このみやのおんことなり。にふだうさうこく、なんとしてかはききいだ
されたりけん、いやいやこがうがうせたりといふは、あとかたもなきそらごとなりとて。い
かにしてかはたばかりいだされたりけん。こがうのとのをとらへつつ、あまになしてぞおつばなた
る。とし二十三。しゆつけはもとよりのぞみなりけれども、おもはざるほかにあまになされ、こきすみぞめにや
つれはてて、さがのへんにぞすまれける。むげにうたてきことどもなり。しゆじやうはかやうの
ことどもに、ごなうつかせたまひて、つひにほうぎよなりぬ。ほふわう、うちつづきおんなげきのみぞしげかりけ
る。さんぬるえいまんには、だい一のみこ二でうゐんほうぎよなりぬ。あんげん二ねんの七ぐわには、おんそん六
でうのゐんかくれさせたまひぬ。てんにすまばひよくのとり、ちにあらばねがはくはれんりのえだとならん
と、あまのがはのほしをさして、さしもおんちぎりあさからざりしこくもけんしゆうんもんゐん、あきのきりにをかされて、
あしたのつゆときえさせたまひぬ。かくとしつきはへだたれども、きのふけふのやうにおぼしめして、おん
なみだもいまだつきせざるに、ぢしようしねんの五ぐわつには、だい二のわうじたかくらのみやうたれさせたまひぬ。
げんせごしやうたのみおぼしめされつる、しんゐんさへかやうにならせましませば、とにかくにかこ
つかたなし、おんなみだのみぞすすみける。かなしみのいたつてかなしきは、おいてのち、こにおくれたるよ
りかなしきはなし。うらみのいたつてうらめしきは、わかうしておやにさきだつよりも、うらめしきはな
しと、かのともつなのしやうこうの、しそくすみあきらにおくれてかきたりけんふでのあと、いまこそおぼしめしし
られけれ。さるままにはいちじようのめうでんのごどくじゆもおこたらせたまはず、三みつぎやうぼふのごくんじゆもつもら
せおはします。てんがりやうあんになりしかば、おほみやびともおしなべてはなのたもとややつるらん。
にふだうさうこく、かくなさけなうあたりたてまつられたりけることをば、さすがそらおそろしうやおもはれけ
ん、そのころいつくしまのないしがはらにの、ひめぎみのしやうねん十七になりたまふをぞ、ほふわうへはまゐらせらる。
たうけたけのくぎやうおほくぐぶして、ひとへににようごまゐりのやうでぞさふらはれける。じやうわうかくれさせたまひ
て、いまだ二七にちだにすきざるに、これまたしかるべからずとぞ、ひとまをしける。さるほどに、
そのころしなののくにに、きそのじらうよしなかといふげんじありときこえけり。かれはこたちはきのせんじやうよしかた
が二なんなり。しかるをちちよしかたは、さんぬるきうじゆ二ねん八ぐわ十二にち、かまくらのあくげんだよしひらがため
にちうせられぬ。そのときはいまだ二さいなりしを、ははなくなくかかへてしなのへこえ、きそのちう
ざうのかみかねとほがもとにゆいて、これあひかまへてそだてて、ひとになしてわれにみせよといひければ、
かねとほかひかひしくうけとつてこの二十よねんがあひだやういくす。やうやうちやうだいするままに、ちからもよにす
ぐれてつよく、こころもならびなくがうなりけり。うまのじやうほ、ゆみやうちものとつては、すべてじやうこ
のたむら、としひと、よごしやうぐん、ちらい、ほうしやう、せんぞらいぐわう、ぎかのあつそんといふとも、これにはい
かでかまさるべきとぞひとまをしける。つねはめのとちうぜうにぐせられて、みやこへのぼりへいけのふるまひあり
さまどもをも、よくよくみうかがひけり。きそ、あるときめのとのちうざうをようで、いひけるは、かま
くらのうひやうゑのすけよりともこそ、とう八かこくをうちしたがへて、とうかいだうよりせめのぼり、へいけをおひ
おとさんとはしたまふなれ。よしなかもとうさんほくろくりやうだうをうちしたがへて、ほくろくだうよりせめのぼり、いまいち
にちもさきにへいけをほろして、たとへばにほんごくにふたりのしやうぐんともいはればやとおもふはいかにと
のたまへば、かねとほおほきにかしこまりよろこんで、そのれうにこそ、きみをこの二十よねんがあひだやういくつかまつてはさふら
へ。かやうにおほせらるるも、ひとへにはちまんとののおんすゑとこそおぼえさせましませとて、や
がてむほんをくはだつ。十三にてげんぷくしたりけるにも、まづはちまんへまゐりつやして、わがしだい
のそぶぎがのあつそんは、このおんがみのおんことなつて、なをはちまんたらうとがうせしぞかし。かつうは
そのあとをおふべしとて、ごはうぜんにてもとどりとりあげ、きそじらうよしなかとこそつけたりけれ。
まづめぐりぶみさふらふべしとて、しなののくにには、ねのゐのこやた、しげののゆきちかをかたらふに、そむく
ことなし。そのほかしなのいつこくのつはものども、みなしたがひつきにけり。かうづけのくにには、たごのこほりのへいど
も、ちちよしかたがよしみによつて、これもしたがひつきにけり。へいけのすゑになりぬるをりをえて、げんじ
ねんらいのそくわいをとげんとす。
きそといふところは、しなのにとつてもみなみのはし、みののさかひなりければ、みやこもむげにほどちかし、
へいけのひとびと、とうごくのそむくだにあるに、ほつこくさへこれはいかにとて、おほきにおそれてさわがれ
けり。にふだうさうこくののたまひけるは、たとひしなのいつこくのつはものどもこそ、みなしたがひつくといふとも、えち
ごのくににはよごしやうぐんのまつえふ、じやうのたらうすけなが、おなじき四らうすけもち、これらきやうだいともにたぜいのものな
り。いまおほせくだしたらんに、やすううつてまゐらせてんずとのたまへば、げにもとまをすひともあり。
いやいやたんだいまおんだいじにおよびなんずと、ささやくひとびともありけるとかや。にんぐわつひとひのひ
ぢもくおこなはれて、えちごのくにのぢうにんじやうのたらうすけながを、えちごのかみのにんず。これはきそつひたうせらる
べきはかりごとぞきこえし。おなじき五かのひ、だいじんくぎやういへいへには、そんしようだらに、ならびにふどうみやうわう
かきくやうせらる、これはへいらんつつしみのためとぞきこえし。おなじきここぬかのひ、かはちのくににはいし
かはのこほりをちぎやうしける、むさしのごんのかみにふだうよしもと、しそくいしかはのしんはうぐわんだいよしかぬ、これもへいけをそむ
いて、よりともにこころをかよはしけるが、とうごくへおちくだるべきよしきこえしかば、へいけやがてうつて
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三千よき、かはちのくにへはつかうす。じやうのうちにはよしもとぼつしをはじめとして、はづか百きばかりには
すぎざりけり。うのこくよりやあはせして、一にちたたかひくらし、よにいりければよしもとぼつしうちじに
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りひきやくたうらい、うさだいぐうじきんみちがまをしけるは、をがたの三らうこれよしをはじめとして、九しうの
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へいけのひとびと、とうごくほくこくのそむくだにあるに、さいごくさへこはいかにとて、てをうつてあざ
みあはれけり。おなじき十六にち、いよのくによりひきやくたうらい、こぞのふゆのころより、いよのくにの
ぢうにんかうのの四らうみちきよをはじめとして四こくのものどもみなへいけをそむいて、げんじにどうしんのあひだ、ひごの
くにのぢうにんぬかのにふだうさいじやくは、へいけにこころざしふかかりければ、いよのくにへおしわたり、だうぜんだうごの
さかひなるたかなうのじやうにおしよせて、さんざんにせめさふらへば、かうのの四らうみちきようたれぬ。しそくかはの
の四らうみちのぶは、あきのくにのぢうにん、ぬたのじらうはははがたのおぢなりければ、それへこえて
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ける。ぬかのにふだうさいじやくは、四こくのらうぜきをしづめて、こんねんしやうぐわ十五にち、びんごのともにおしわたり、
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り、おもひまうけず、たちあふものはいふくせきりふせ、まづさいじやくをいけどつて、ちちがうたたれたるたか
なうのじやうまでひつさげもちゆき、のこぎりにてくびをきりたりともきこゆ。またはりつけにしたりともきこえけ
り。
おなじき二十三にち、ゐんのでんじやうにてにはかにくぎやうせんぎあり。さきのうだいしやうむねもりのきやうのまをされけ
るは、せんねんばんとうへうつてはまかりむかうたりとはまをせども、させるしいだしたることもなし。こん
どはむねもりうけたまはつて、とうごくほくこくのきようとらをつひたうすべきよしそうもんせられたりければ、しよきやうしき
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へつかはさる。くろがねのもんのなかへさしいつてみれば、りうせいなんどのごとくに、ほのほそらにうちのぼり、
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へり。えんわうとうていはく、よそうらかへりさんぬ、ごばうひとりきたることいかに、そんゑごしやうのざいしやう
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そんゑがいちごがあひだおもひとおもひ、せしとせしことの、ひとつとしてあられずといふことなし。
そんゑひたんていきふして、こひねがはくはしゆつりしやうしのみちををしへへ、しようだいぼだいのぢきだうをしめしたまへと、まを
されければ、えんわうあいみんけうげして、しゆじゆけをじゆす。
妻子王位財眷屬 死去無一來相親
常随業鬼繋縛我 受苦叫喚無邊際
このげをじゆしをはつて、そんゑにふぞくす。そんけいずゐきのなみだをながいて、なんえんぶだいだいにつほんこくに、にふ
だうさうこくとまをすひとこそ、せつつのくにわだのみさきをてんじて、しめん十よちやうにやをたて、おほくぢ
きやうしやをくつしやうして、ばうばうにいちめんにざにつけ、こんにちの十まんそうゑのごとく、ねんじゆどくきやうていねいにきん
ぎやういたされさふらふとまをされたりければ、えんわうずゐきかんたんしたまひて、きよりこうはただひとにあら
ず、じけいそうじやうのけしんなり。そのゆゑはてんだいのぶつぱふごぢのために、かりににほんにさいたんするゆゑに、
われかのひとをひびにさんどらいするもんあり、くだんのにふだうにえさすべしとて、
敬禮慈恵大僧正 天台佛法擁護者
示現最初将軍身 悪刧衆生同利益
このげをしようしをはつて、そんゑにまたふぞくす。そんゑなのめならずによろこび、なんばうのちうもんにいづるとき、
十よにんのじゆうぞうら、またさきのごとし。くるまのぜんごにしたがひつつとうなんにむかつてそらをかけり、ほどなくかへり
きたるかとおぼえて、ゆめさめぬ。そののちそんゑみやこへのぼり、にふだうさうこくのにし八でうのやしきにゆきむかつ
て、このよしつぶさにかたりまをされたりければ、にふだうさうこくなのめならずによろこび、やうやうにもてな
され、さまざまのひきでものたうで、そのときのけんじやうには、りつしになされけるとぞきこえし。それよ
りしてこそ、きよもりこうをば、じけいそうじやうのけしんとは、ひとみなしりてんげり。ぢきやうしやうにんはこうぼふ
だいしのさいたん、しらかはゐんはまたぢきやうしやうにんのけしんあり。このきみはくどくのはやしをなし、ぜんこんのとくをかさ
ねさせおはします。まつだいにもきよもりこう、じけいそうじやうのけしんとして、あくごふもぜんこんもともにこうを
つみて、よのためひとのために、じたのりやきをなすとみえたり。かのだつたとしやくそんのどうしゆ
じやうのりやくにことならず。
またふるいひとのまをしけるは、きよもりこうはただびとにあらず。まことにはしらかはゐんのおんこなり。そ
のゆゑは、さんぬるえいきうのころほひ、ぎをんのにようごとて、さいはひじんおはしき。かのにようばうのすまゐどころは、
ひんがしやまのふもと、ぎをんのかたはらにてぞありける。しらかはのゐんつねはごかうなる。あるとき、でんじやうびと一
りやうにん、ほくめんせうせうめしぐして、しのびのごかうありしに、ころはさつきはつがあまり、まだよひのこと
なるに、さみだれさへかきくれて、よろづものいぶせかりけるをりふし、くだんのにようばうのしゆくしよちかうみ
だうあり、みだうのかたほとりより、ひかるものこそいできたれ、かしらはしろがねのはりをみがきたてたるやうに
きらめき、さうのてとおぼしきをさしあげたるをみればかたてにはつちのやうなるものをもち、
かたてにはひかるものをぞもちたりける。これぞまことのおにとおぼゆる。てにもてるものは、きこ
ゆるうちでのこづちなるべし、こはいかがせんとて、きみもしんもおほきにおそれさせおはします。
ただもりそのときはほくめんのげらうにてぞさぶらはれけるを、ごぜんへめして、このなかにはなんぢぞあるら
ん。あのものいもころしてきりもとどめてんやとおほせければ、かしこまゐりうけたまはつてごぜんをまかりた
つ、ただもりないないおもひけるは、かのものさしてたけきものとはみえず、さだめてこりのしざわにてぞ
あるらん。それをいもころし、きりもとどめたらんは、いかにねんなからまし。おなじうばいけどり
にせんとおもつてあゆみむかふ。とばかりあつては、さつとはひかり、とばかりあつては、さ
つとはひかり、二三どしけるを、ただもりすたすたとはしりよりむづとくむ。くまれて、こは
いかにとさわぐ。へんげのものにてはなくして、はやひとにてぞさふらひける。そのときじやうかてんにでに
ひをともいて、これをごらんじみたまへば、六十ばかんのほふしなり。たとへばみだうのしようじほふし
にてありけるが、ごとうみやうをまゐらせんために、かたてにはてがめといふものにあぶらをいれても
ち、かたてにはかはらけにひをいれてもつたりけるが、あめはいてふる、ぬれれじとて、こむぎの
わらをひきむすんでかついだるが、こむぎのわらがかはらけのひにかがやいて、ひとへにしろがねのはりのごとく
にはみえたんなり。ことのていいちいちしだいにあらはれぬ。そをいもころし、きりもとどめたらんは、
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るものかなとて、さしもごひざうときこゆるぎをんのにようごを、ただもりにこそくだされけれ。このによう
ごはらみたまへり。にようごのうめらんこによしならば、ちんがこにせん、なんしならばしんがこにし
てゆみやとりにしたてよとおほせけるに、すなはちなんをうめり。ことにふれてはひろうせざりけれど
も、ないないはもてなしけり。いかにもしてひろせばや、とおもはれけれども、よきべんぎも
なかりけるが、あるときしらかはのゐんくまのへごかうある、きのくにいとがざかといふところに、みこしかきす
ゑさせ、しばらくごきうそくありけり。そのときただもり、やぶにいくらもありけるぬかごをそでにもい
れ、ごぜんへまゐりかしこまつて、
いもがこははふほどにこそなりにけれ
とまをされたりければ、ゐんやがておんこころえあつて、
ただもりとりてやしなひにせよ
とぞつけさせおはします。それよりしてこそわがことはもてなされけれ。このわかぎみあまり
によなきをしたまひしければ、ゐんきこしめして、いつしゆのおんうたをあそばいてぞくだされける。
よなきすとただもりたてよすゑのよにきよくさかふることもこそあれ
さてこそ、きよもりとはなのられけれ。十二にてひやうゑのすけになり、十八のとし四ほんして、四
ゐのひやうゑのすけとまをししをだに、しさいぞんぢせぬひとは、くわそくのひとこそかうはといへば、と
ばゐんはしろしめして、きよもりがくわそくは、ひとにおとらじなとぞおほせける。むかてんちてんわうはらみたまへ
るにようごを、だいしよくくわんにたばふとて、にようごのうめらんこ、によしならばちんがこにせん、なんし
ならばしんがこにせよとおほせけるに、すなはちなんをうめり。たぶのみねのほんぐわん、ぢやうゑぐわしやうこれなり。
むかしもかかるためしありければ、まつだいにもきよもりこう、まことにはしらかはのゐんのわじとして、さしもてん
がのだいじ、みやこうつりなどいふことをも、おもひたたれけるにこそ。
おなじき二十かのひ、五でうだいなごんくにつなのきやうも、うせたまひぬ。これはにふだうさうこくとさしもおん
ちぎりぶかかりしが、どうじつにやみつきて、おなじひにうせたまひけるこそふしぎなれ。おなじき二十
二にち、さきのうだいしやうむねもりのきやうゐんさんして、ゐんのごしよを、ほふぢゆうじでんへごかうなしたてまつるべきよしそう
せらる。かのごしよはさんぬるおうはうぐわんねんしんぐわつ十五にちにつくりいだされて、いまひえ、いまくまの、
まぢかうくわんじやうしたてまつり、せんずゐこだちにいたるまで、おんこころままなりしが、へいけのあくぎやうによつて
て、このいちりやうねんは、ゐんもわたらせたまはず、ごしよのはいゑしたるをしゆりして、ごかうなしたてまつるべ
きよし、そうもんせられたりければ、ほふわうなんのようもあるまじ、ただとうとうとてごかうなる。
まづこけんしゆんもんゐんのおはしつるかたをごらんずれば、きしのまつ、みぎはのさくら、としへにけりとおぼし
くて、こだかくなれるにつけても、たいえきのふよう、みあうのやなぎ、これにむかふに、いかんがなみだすす
まざらん。かのなんゑんせいぐうのむかしのあと、いまこそおぼしめししられけれ。三ぐわつひといのひ、ぢもく
おこなはれしなんとのそうかうら、みなゆるされてほんくわんのふくす。まつじさうゑん、ひとところもさうゐあるべからざ
るよしおほせくださる。おなじき三かのひ、だいぶつでんことはじめあるべしとて、ことはじめのぶぎやうには、さき
のさせうべんゆきたかとぞきこえし。このゆきたかせんねんやはたへまゐり、つやせられたりけるゆめに、ごはうでん
のうちよりびづらうたるてんどうのいでて、われはこれだいぼさつのおつかひなり。だいぶつでんことはじめのぶぎやうのとき
にはこれをもつべしとて、しやくをたまはるといふゆめをみて、さめてのちみたまへば、うつつにまくらがみ
にぞたてたりける。あなふしぎ、たうじなにごとあつてか、だいぶつでんことはじめのぶぎやうにまゐるべきは
おもはれけれども、くわいちうしてしゆくしよにかへり、ふかうをさめておかれけるが、へいけのあくぎやうによつ
て、いままたなんとえんじやうのあひだ、おほくのべんのなかに、このさせうべんゑらみいだされて、だいぶつでんことはじめのぶぎやう
にまゐられける、しゆくえんのほどこそめでたけれ。おなじき十かのひ、みののくにのもくだい、はやうまを
もつてみやこへまをしけるは、きよねんのふゆのころよりげんじすでにをはりのくにまでせめのぼり、みちをふさいで、
いつかうひとをとほさぬよしまをしたりければ、へいけのひとびとおほきにさわいでやがてうつてをさしむけ
らる。たいしやうぐんには、さひやうゑのかみとももり、こまつのしんざんみのちうじやうすけもり、ひだんのちうじやうきよつねおなじき
せうしやうありもり、たんごのじじゆうただふさ、さぶらひだいしやうには、ゑつちうのじらうひやうゑもりつぐ、かづさの五らうひやうゑただみつ、
あく七ひやうゑかげきよをさきとして、つがふそのぜい三まんよき、をはりのくにへはつかうす。にふだうさうこくかくれさ
せたまひて、いまだ五じゆんをだにもみたざるに、さこそみだれたるよといひながら、あさま
しかりしことどもなれ。げんじのかたには、十らうくらんどゆきいへ、ひやうゑのすけのおとうときやうのきみぎゑん、つがふ
そのぜい六千よき、をはりがはをへだてて、げんぺいりやうはうにぢんをとる。おなじき十六にちのよにいつて、
げんじ六千よきかはをわたいてへいけ三まんよきがなかへかけいり、とらのこくよりやあはせして、よのあ
くるまでたたかふに、へいけのかたにはちつともさわがず。げんじはかはをわたいたれば、うまもののぐもみなぬ
れたるぞ、それをしるしにうつてやとて、げんじをなかにとりこめて、われうちとらんとぞすす
みける。ひやうゑのすけのおとうと、きやうのきみぎゑん、ふかいりしてうたれにけり。十らうくらんどゆきいへは、いへの
こらうどうおほくうたせ、ちからおよばでかはよりひんがしへひきしりぞく、へいけやがてつづいてかはをこして、おちゆ
くげんじをおふものいにいてゆくに、あそこここにてかへしあはせあはせ、ふせぎたたかふといへども、たぜい
にぶぜいかなふべしともみえざりけり。すゐゑきをあとにすることなかれとこそいへ、こんどのげん
じのはかりごとはおろかなりとぞひとまをしける。十らうくらんどゆきいへは、みかはのくにへひきしりぞき、やはぎがは
のはしにかいだてかいてまちかけたり。へいけやがてつづいてせめたまへば、そこをもつひにせめおと
されぬ。なほもつづいてせめたまはば、みかはたふとうみのぜいは、みなしたがひつくべかりしを、たいしやうぐんさ
ひやうゑのかみとももりいたはりとありとて、みかはのくによりみやこへかへりのぼられけり。さればこんどもいち
じんをこそやぶられたれども、ざんたうをせめざれば、させるしだしたることなきがごとし、へいけは
きよきよねんんこまつのおとどがうぜられぬ。こんねんまたにふだうさうこくうせたまひぬ。うんめいのすゑになることあら
はなりしかば、ねんらいおんこのともがらのほかは、したがひつくものなかりけり。とうごくはくさもきも、みな
げんじにぞなびきける。
さるほどに、ゑちごのくにのぢうにんじやうのたらうすけなが、ゑちごのかみににんぜられ、てうおんのかたじけなさ
に、きそつゐたうのためにとて、そのせい三まんよきにてしなののくにへはつかうす、六ぐわ十五にちにかどでし
て、すでにうつたたんとしけるあくる十六にちに、にはかにそらかききもり、かみなりおびただしうあんつて
おほあめくだり、てんはれてのち、おそろしげなるこゑのしはがれたるをもつて、なんねんぶだい、こんどう十六ぢやう
のるしやなぶせうばうしたてまつつたる、へいけのかたうどするものここにあり、よつてめしとれやと、みこゑ
さけびてぞとほりける。じやうのたらうをはじめとして、これをきくつはものども、みなみのけよだちけり。
らとうどもこれほどにてんのおんつげのさふらふに、ただりをまげてとまらせたまへといひければ、ゆみやとる
みのそれによるべきやうなしとて、しろをいでて、十よちやうをぞゆいたりける。くろくもひとむら
たちきたつて、すけなががうへにおふとみえしが、たちまちみすくみ、こころほれてらくばしてんげり。
こしにかかれてやかたへかへり、うちふすことみときばかりして、やがてしにぬ。ひきやくをもつて、
このよしみやこへまをしたりければ、へいけのひとびとおほきにおそれさわがれけり。これによつて七ぐわ十しにち、
かいげんあつてやうわとがうす。そのひぢもくおこなはれて、ちくごのかみさだよしひごのかみになつて、ちくぜんひ
ごりやうごくをたまはつて、ちんぜいのむほんたひらげに、そのぜい三千よきにてちんぜいへはつかうす。またひじやうのしや
おこなはれて、さんぬるぢしよう三ねんにながされさせたまひしひとびと、みなゆるされてのぼらせたまふ。にふだうまつ
どのでんが、びぜんのくによりごじやうらく。めうおんゐんのだいじやうのおほいとの、をはりのくによりのぼらせたまふ。あ
ぜちのだいなごんすけかたのきやうは、しなののくによりきらくとぞきこえし、おなじき二十八にち、めうおんゐんでんご
さんゐん、さんぬるちやうくわんのきらくには、ごぜんのすのこにして、がわうおん、げんじやうらくをはじきたまひしが、
やうわのいまのききやうには、せんどうにして、しうふうらくをぞあそばされける。いづれもいづれもふぜいをりをおぼ
しめしよらせたまひけん、おこころばせこそめでたけれ。あぜちだいなごんすけかたのきやうも、そのひおなじ
うゐんさんせらる、ほふわうえいらんなつて、いかにやいかにただゆめとのみこそおぼしめせ、このごろは
ならはぬひなのすまゐして、えいきよくなんども、いまはあとかたあらじとこそおぼしめせども、まづいま
やうひとつあれかしとおほせければ、だいなごんひやうしとつて、しなのにあんなるきそぢがはといふ
いまやうを、これはみたまひたりければ、しなのにありしきそぢがはとうたはれけるこそ、ときにと
つてのかうみやうなれ。
八ぐわ七かのひ、くわんのちやうにしてだいにわうゑおこなはる。これはまさかどつゐたうせられしそのれいとぞきこ
えし。九ぐわひといのひ、すみともつゐたうのれいとて、くろがねのよろひかぶとをいせだいじんぐうへまゐらせらる。ちよく
しはさいしゆじんぎのごんだいふくおほなかとみのさだたか、みやこをたつて、あふみのくにかふがのうまやよりやみついて、
おなじき三かのひ、いせのりきうにしてしにぬ。またてうぷくのために、五だんのほふうけたまはつておこなは
れける。がうざんぜのだいあしやり、だいぎやうじのひがんしよにしてねじににしにぬ。しんみやうも三ばうも、ご
なふじゆなしといふこといちしるし。またたいげんのほふうけたまはつておこなひける、あんじやうじのじつげんあじやりが、ご
くわんじゆをしんじたりけるをひけんせられけるに、へいしてうふくのよしを、ちうしんしけるぞおそろしき。
こはいかにとおほせければ、てうてきてうぷくのよしおほせくださる。つらつらたうじのていをみさふらふに、へいけもつぱ
らてうてきとみえたり。よつてかれをてうぷくす。なんのとがめやさふらふべきとまをす。このほふしきくわいなり、
しざいかるざいかとくぎやうせんぎありしかども、そうげきのだいせうじにうちまぎれて、そののちはさたもな
かりけるが、へいけほろびげんじのよになつてのちかまくらへくだり、このよしかくとまをしければ、かまくら
どのしんぺうなりとかんじたまひて、そのときのけんじやうにそうじやうになされけるとぞきこえし。おなじき十二ぐわつ
二十四か、ちうぐうゐんがうかふむらせたまひて、けんれいもんゐんとぞまをしける。すじやういまだえうしゆのおんとき、ぼ
こうのゐんがうこれはじめとぞうけたまはる。さるほどにことしもくれて、やうわも二ねんになりにけり。
せちゑいかつねのごとし。二ぐわ二十一にち、たいはく、ぼうせいををかす。てんもんえうろく/に\いはく、たいはくばう
せいををかせば、しいおこるといへり。またしやうぐんちよくめいをうけたまはつて、くにのさかひをいづともみえた
り。三ぐわ十かのひぢもくおこなはれて、へいけのひとびとたいりやくくわんかかいしたまふ。しぐわつ十五にち、さきのごん
せうそうづけんしん、ひえのやしろにして、ぢよほふにほけきやう一まんぶてんどくいたさるることありけり。ごけちえん
のためにとて、ほふわうもごかうなる。なにもののまをしいでしたりけるやらん、いちゐんさんもんのたいしゆうに
おほせて、へいけつゐたうせらるべきよしきこえしかば、ぐんびやうだいりへさんじて、よものぢんとうをけいごす。
へいしいちるゐろくはらへはせあつまる。にふだうさうこくのよなんほん三みのちうじやうしげひら、そのぜい三千よきで、
ほふわうのおむかひとしてひえのやしろへさんかうす。さんもんへまたきこえけるは、へいけやませめんとてとうざんす
ときこえしかば、たいしゆうにしさかもとへおりくだつて、こはいかにとせんぎす。でんそうのひともいろをうしなひ、
きみもえいりよをおどろかさせおはします。わかきくぎやうでんじやうびとのなかにはあまりにあわてさわいて、わうずゐ
をはくものおほかりけり。さんじやうらくちうのさうどうななめならず。さるほどにしげひらのきやう、あなふのあたりにてほふわう
むかへとりたてまつつて、みやこへくわんぎよなしたてまつる。いちゐんさんもんのだしゆうにおほせて、へいけつゐたうせらるべし
といふことも、へいけまたやませめんといふことも、あとかたもなきそらごとなり。ただてんまのよく
あれたるにこそとぞ、ひとまをしける。ほふわうおはせなりけるは、かくのみあらんには、こののちは
おんものまうでなんどまをすおんことも、おんこころにはまかすまじきことやらんとぞおほせける。おなじき二
十かのひ、二十二しやへくわんぺいしをたてらる。これはききんしつえきによりてなり。おなじき五ぐわ二
十しにちにかいげんあつて、じゆえいとがうす。そのひぢもくおこなはれて、ゑちごのくにのぢうにんじやうの四らうすけもち
ゑちごのかみににんず。あにすけながせいきよのあひだふきつなりとて、しきりにじしまをしけれども、ちよくめなればちから
およばず。これによつて、すけもちをながもちとかいめいす。さるほどに九ぐわ二かのひ、ゑちごのくにのぢゆうにんじやう
の四らうながもち、ゑちごのかみににんずるてうおんのかたじけなさに、きそつゐたうのためにとて、ゑちご、で
は、あひづ四ぐんのへいどもをいんそつして、つがふそのぜい四まんよき、しなののくにへはつかうす。きそはよだ
のしろにありけるが、三千よきでしろをいではせむかふ。おなじき九かのひ、たうごくよこたがはらに
ぢんをとる。きそどののかたよりゐのうへの九らうみつもりがはかりごとに、にはかにあかはた七ながれつくつて、三千よき
をななてにわかち、てにてにさしあげ、あそこのみねここのほらよりよせければ、ゑちごのぜいども
これをみて、あはやこのくににもみかたのありけるにこそとて、いさみよろこぶところに、しだいにちかうな
りしかば、あひづをさだめて、あかはたどもみなかなぐりすて、かねてよういしたりけるしらはたをさつ
とさしあげたれば、ゑちごのせいどもこれをみて、こはたばかられにけりとて、あわてふためきけ
るが、あるひはかはへおゐつばめられ、あるひはあくしよにおひおとされて、たすかるものはすくなう、うたるる
ものぞおほかりける。じやうの四らうがたのみきつたるゑちごのやまのたらう、あひづのじようたんばうなんどいふ、
いちにんたう千のつはものどもも、そこにてきそにうちとられぬ。わがみておひ、からきいのちいきつつ、かは
につたうてゑちごのくにへひきしりぞく。ひきやくをもつてこのよしみやこへまをしけれども、へいけのひとびとはちつ
ともさわぎたまふここちもしたまはず。おなじき十六にち、さきのうだいしやうむねもりのきやう、だいなごんにくわんぢやくし
たまふ、十ぐわつ三かのひ、ないだいじんになつて、やがておなじき七か、よろこびまをしのありしに、くぎやう
には、くわさんのゐんのちうなごんかねまさのきやうをはじめたてまつつて、十二にんこじゆうして、やりつづけらる。
くらんどのかみのちかむねいかのでんじやうびと十六にんぜんくす。ちうなごん四にん、三みのちうじやうも三にんまでおは
しき。とうごくほつこくのげんじら、はちのごとくにおこりあひ、ただいまみやこへみだれいるよしきこえしかども、
へいけのひとびとはかぜのふくやらん、なみのたつらやらんをもしりたまはず、かやうにはなやかなり
しぎしきは、なかなかいふかひなうぞみえし。さるほどにことしもくれてじゆえい二ねんになりにけり。
せちゑいかつねのごとし。しやうぐわ五かのひ、すじやうごげんぷくあつて、おなじき三かてうきんのみゆきありけ
り。これはとばのゐん六さいにててうきんのぎやうかうありし、そのれいとぞきこえし。二ぐわつ二十一にち、むねもり
こうじゆ一ゐしたまふ。そのひやがてないだいじんをばじやうへうせらる。これはへいらんつつしみのためとぞきこえし。
なんとほくれいのだいしゆう、ゆやきんぷぜんのそうと、いせだいじんぐうのさいしゆ、しんくわんにいたるまで、みなへいけ
をそむいて、げんじにこころをかよはしけり。しかいにせんじをなしくだし、よもへゐんぜんをつかはせど
も、ゐんぜんせんじをも、ただいつかうにへいけのげちとのみこころえて、したがひつくものもなりけり。