平曲譜本 藝大本 巻十二
さるほどに、ほん三みのちうじやうしげひらのきやうをば、かのうのすけむねしげがあづかりたてまつて、こぞよりい
づにおはしけるを、なんとのたいしうとかうまをすによつて、さらばつかはさるべしとて、げん三みにふ
だうよりまさのまご、いづのくらんどのたいふよりかぬにおほせて、つひにならへぞわたされける。こんどは、みやこ
のうちへはいれられずして、おほつよりやましなどほりに、だいごぢをへてゆけば、ひのはちかかりけ
り。このきたのかたとまをすは、とりがひのちうなごんこれざねのむすめ、五でうのだいなごんくにつなのやうし、せんていの
おんめのと、だいなごんのすけのつぼねとぞまをしける。さればちうじやう、いちのたににていけどりにせられたまひて
のちも、せんていのつきまゐらせておはせしが、だんのうらにてうみにしづませたまひてのちは、もののふのあ
らけなきにとらはれて、きうりへかへり、あねのだいぶ三みのどうじゆくして、ひのといふところにぞお
はしける。三みのちうじやうのつゆのいのち、くさはのすゑにかかつて、いまだきえやりたまはぬよしきこえし
かば、いかにもして、かはらぬすがたをいま一どみもしみえばや、とはおもはれけれども、さる
べきたよりもなかりしかば、ただなくよりほかのなぐさみなくして、あかしくらしたまひけり。そののちちうじやう、
しゆごのぶしにのたまひけるは、さてもこのほどおのおの、はうしんおはしつることこそなによりもまたうれしけ
れ。さいごにいま一どはうおんかうふりたきことあり、われはひとりのこなければ、うきよにおもひおく
ことなし。ねんらいちぎつたるにようばうの、ひのといふところにありときく。いま一どげんざんして、ごせ
のことをもいひおかばやと、おもふはいかにとのたまへば、ぶしもいはきならねば、まことににようばうな
なんどのおんことは、なにかくるしうさふらふべき、とうとうとてゆるしたてまつる。ちうじやうなのめならずによろこび、
ひとをいれてまをされけるは、これに、だいなごんのすけのつぼね、とまをすひとの、おわたりさふらふやらん。
ほん三みのちうじやうどのの、ただいまならへおんとほりさふらふが、たちながらおんげんざんにいりたきよしおほせら
れさふらといはせられたりければ、きたのかたいづらやいづらとて、はしりいでてみたまふに、あゐ
ずりのひたたれに、をりゑぼしきたるにをのこのやせくろみたるが、えんによりゐたるぞそれなりける。きた
のかたおんみすのきはちかういでて、いかにやいかに、ゆめかやうつつか、これへいりたまへ、とのたまひける
おこゑをききたまふにつけても、たださきだつものはなみだなり。ちうじやうおんみすうちかづき、なみだをはら
はらとながいて、こぞのはる、つのくにいちのたににて、いかにもなるべかりしみの、せめて
のつみのむくいにや、いきながらとらはれて、きやうかまくらはぢをさらすのみならず、はてはなんとのたいしう
のてへわたされて、きらるべしとてまかりさふらふ。ゆめならずして、かはらぬすがたをいま一どみも
しみえばや、とこそぞんじしか、いまはうきよにおもひおくことなし。これにてかしらをそり、
かみをもかたみにたてつまりたうはさふらへども、かかるみにまかりなつてさふらへば、こころにこころをもまかせず
とて、ひたひのかみをかきわけ、くちのおよぶところをすこしくひきつて、これをかたみにごらんぜよとて
まてまつりたまへば、きたのかたひごろこひしうおもはれけるより、いま一しほおもひのいろぞまさられける。
ややあつて、きたのかたなみだをおさへて、こぞのはる、つのくにいちのたににていけとりにせられたまひぬ
とききしのちは、二ゐどのゑちぜんの三みのうへのやうに、みづのそこにもいりたかりつれども、
ただしうこのよにおはせぬひとともうけたまはらざりしかば、かはらぬすがたを、いま一どみもしみえば
やとおもふためにこそ、うきながら、けふまでもながらへたれ。いままでながらへたるは、も
しやのたのみにてもありつるが、さてはいまをかぎりにておはしつることのかなつさよとて、むかしいまの
ものがたりどものたまひかはすつけても、ただつきせぬものはなみだなり。ややあつてきたのかた、
またなみだをおさへて、あまりにおんすがたのしをれてさぶらふに、たてまつりかへよとて、あはせのこそでにじやういをそへて
だされたり。ちうじやうこれをきかへつつ、もときたまひたりけるものをば、これをもかたみにごらん
ぜよとてたてまつりたまへば、きたのかたそれもさるおんことにてはさぶらへども、はかなきふでのあとこそ、
のちのよまでのおんかたみにてはさぶらへとて、おんずりをいだされたり。ちうじやうなくなく、一しゆのうたを
ぞかかれける。
せきかねてなみだのかかるからごろものちのかたみにぬぎぞかへぬる
きたのかたのへんじに、
ぬきかふるころももいまはなにかせんけふをかぎりのかたみとおもへば
のちのよにはうまれあひたてまつるべし。かならず一つはちすにといのりたまへ。ひもたけぬ、ならへもとほう
さふらへば、しゆごのぶしどものまつらんもこころなし、いとままをしてとてすでにいでんとしたまへば、きた
のかた、いかにやしばしとて、ひきとめたまふ、ちうじやう、ただこころのうちをばおしはかりたまふべし。
さればとてながらへはたつべきみにもあらずとて、おもひきつてぞたたれける。まことにこのよ
にてあひみんことも、けふぞかぎりとおもはれければ、いま一どたちかへりたくはおもはれけれど
も、こころよわくてはかなはじと、おもひきつてぞいでられける。きたのかたはおんみすのそとまでまろび
いで、たふれふし、をめきさけびたまひけり。そのおんこゑかどのそとまできこえければ、ちうじやうなみだに
くれてゆきさきもみえねば、こまをもさらにはやめたまはず、なかなかなりけるげんざんかなと、いま
はくやしうぞおもはれける。きたのかたは、やがてはしりもいでおはしぬべうはおもはれけれど
も、それもさすがなればとて、ひきかづいてぞふしたまふ。さるほどになんとのだいしう、三みの
ちうじやううけとりたてまつて、せんぎす。そもそもこのしげひらのきやうは、だいぼんのあくにんたるうへ三千五けいのうち
にももれ、しうゐんかんくわのだうりごくじやうせり。ぶつてきはふてきのぎよくしんなれば、すべからくとうだいじ、こうぷくじ、
りやうじのおほがきをまはらして、ほりくびにやすべき、またのこぎりにてやきるべきとせんぎす。らうそうのうち
にせんぎしけるは、それもそうとのはふにはをんびんならず。ただぶしにたうで、こつのほとりにて
きらせらるべしとて、つひにぶしのてへぞわたされける。ぶしこれをうけとつて、こつがは
のほとりにて、すでにきりたてまつらんとしけるに、すうせんにんのだいしう、しゆごのぶし、みるひといく
せんばんといふかずをしらず。ここに三みのちうじやうのとしごろのさぶらひに、もくのうまのぜうともときといふもの
あり。ごさいごをみたてまつらんとて、むちをうつてぞはせたりける。すでにきりたてまつらんとしける
ところにはせついて、いそぎうまよりとんでおり、せんばんにんのたちかこふたるなかをおしわけおしわけ、
ちうじやうどののおんまへにまゐりかしこまつて、ともときこそごさいごをみたてまつらんがために、これまでさんじて
さふらへとまをしければ、ちうじやう、こころざしのほどまことにしんめうなり。あまりにつみふかうおぼゆるに、さいごにほとけを
をがみまてまつて、きらればやとおもふはいかにとのたまへば、ともとき、やすいほどのおんことざふらふとて、
しゆごのぶしにまをしあはせて、そのへんちかきさとより、ほとけを一たいむかへたてまつつていできたりたり。さいはひにあ
みだにてぞましましける。かはらのいさごのうへにすゑまてまつり、ともどきがかりぎぬのそでのくくりをとい
て、ほとけのおんてにかけ、ちうじやうどのにひかへさせたてまつる。ちうじやうこれをひかへつつ、ほとけにむかつて
まをされけるは、つたへきくてうたつが三ぎよくをつくり、八まんざうのしやうきやうをやきほろぼししにも、つひに
はてんわうによらいのきべつにあづかり、しよさのざいごふまことにこかしといへども、しやうきやうにちぐせしぎやくえんく
ちずして、かへつてとくだうのいんとなる。いましげひらがぎやくざいををかすこと、まつたくぐいのほつきにあらず。
ただよのりをそんずるばかりなり。せいをうくるものたれかちちのめいをそむかんや、いのちをたもつものたれ
かわうめいをべつじよせん、かれといひこれといひ、じするにところなし。りひぶつだのせうらんにあり。さ
ればざいはうたちどころにむくい、うんめいすでにただいまをかぎりとす。こうくわいせんばんかなしんでもなほあまりあり、
ただし三ほうのきやうかいは、じひしんをもつてこころとするゆゑに、さいどのりやうえんまちまちなり。ゆゐゑんけうい
ぎやくそくぜじゆむ、このもんきもにめいず。一ねんみだぶつそくめつむりやうざい、ねがはくはぎやくえんをもつてじゆんゑんとし、ただ
いまのさいごのねんぶつによつて、九ほんたくしやうをとぐべしとて、くびをのべてぞうたせられける。
ひごろのあくぎやうはさることなれども、ただいまのおんありさまをみたてまつるにぞ、すうせんにんのだいしうもしゆごのぶ
しどもも、みなよろひのそでをぞぬらしける。これはさんうるぢしようのかつせんのとき、ここにうちたつたるおほく
のがらんをやきほろぼしたりしひとなればとて、くびをばはんにやじのおほとりゐに、くぎづけにこそしたり
けれ。きたのかたこのよしをつたへききたまひて、たとひかうべをこそはねらるるとも、むくろはかはらに
すておきてぞあるらん。とりよせてけうやうせんとて、むかへにこしをつかはされたりければ、げにも
かはらにすておきたり。これをとつてかいてぞまゐりける。きのふまでは、さしもゆゆしうお
はせしかども、かやうにあつきころなれば、いつしかあらぬやうにぞなられける。これをまち
うけてみたまひける、きたのかたのこころのうち、おしはかられてあはれなり。そのほとりちかきほふかいじに
いれたてまつて、かたのごとくのおんぶつじいとみたまなふぞあはれなる、くびをばだいぶつのしゆんじようばう、だいしうにこひ
うけて、ひのへぞつかはさる。くびもどうもけふりになし、ほねをばかうやへおくり、はかをばひのにぞせ
られける。きたのかたやがてさまをかへ、こきすみぞめにやつれはてて、かのごせいぼだいをとぶらひたま
ふぞあはれなる。
さるほどにへいけほろび、げんじのよになつてのち、くにはこくしにしたがひ、しやうはりやうけのままなりけり。
じやうげあんどしておぼえしほどに、おなじき七ぐわつ九かのひのうまのこくばかり、だいぢおびただしううごいてや
やひさし。せきけんのうち、しらかはのへん、六しようじみなやぶれくづる。九ぢうのたふも、かみ六ぢうゆりおとし、
とくちやうじゆゐんの三十三げんのみだうをば、十七けんまでふりたふす。くわうきよをはじめて、ざいざいしよしよの
じんじやぶつかく、あやしのみんのく、さながらやぶれくづるるおとはいかづちのごとく、のぼるちりはけふりにおなし、
てんくらうして、ひのひかりもみえず、らうせうともにたましひをうしなひ、てうしうことごとくこころをつくす。またゑんごくきん
こくもかくのごとし。やまくづれてかはをうづみ、うみただよひてはまをひたし。なぎさこぐふねはなみにゆられ、をか
ゆくこまはあしのたちどをうしなへり。だいぢさけてみづわきいで。ばんじやくわれてたにへまろぶ。こうずゐみなぎ
りのぼらば、をかにのぼつても、などかたすからざるべき。みやうくわもえきたらば、かはをへだてても、
しばしはさんぬべし。とりにあらざればそらをもかけりがたく、りうにあらざればくもにももあた
のぼりがたし。ただかなしかりけるはだいぢしんなり。しらかは、六はらにうちうづもるるものいくら
といふかずをしらず。四だいしゆのなかに、すゐくわふううはつねにがいをなせども、だいぢにおいてことなる
へんをなさず。こんどぞよのうせはせとて、てんのなりちのうごくたびごとには、じやうげやりどしやうじを
たててこゑごゑにねんぶつまをし、をめきさけぶことおびただし。八九十、七八十のものども、よのめつする
なんどいふことはつねのならひなれども、まのあたりかかることをみずといひければ、わらはど
もはこれをきいて、こゑごゑにをめきさけぶ。ほふわうは、いまくまのへみゆきなりて、おんはなまゐらせたまふ
をりふし、かかるだいぢしんあつて、しよくゑいできにければ、おんこしにめして、いそぎゐんのごしよ六でうでん
へくわんぎよある。おんとものくぎやうでんしやうびと、みちすがらいかばかんのこころをかくだかれけん、ほふわうはなん
ていにあくやをたててぞおはします。しゆじやうはほうれんにめして、いけのみぎはへぎやうかうある。によゐん、みや
みやは、おんくるまにたてまつて、たしよへぎやうげいありけり。てんもんはかせ、いそぎだいりへはせまゐつて、ゆふさ
りゐねのこくには、だいぢかならずうちかへすべきよしまをしければ、おそろしなんどもおろかなり。
むかし、ぶんとくてんわうのぎよう、さいかう三ねん三ぐわつ八かのひのだいぢしんには、とうだいじのほとけのみぐしをゆり
おとし。またてんつい二ねん四んぐわつ二かのひのだいぢしんには、しゆじやうごてんをさつて、せいねいでんのまへに五ぢやう
のあくやをたておはしましけりとぞうけたまはる。それはじやうだいなればいかがありけん。これより
のちもかやうのことあるべしともおぼえず。十ぜんていわうていとをいでさせたまひて、おんみをかいていに
しづめ、だいじんくぎやうとらはれて、あるひはかうべをはねておほぢをわたされ、あるひはさいしにわかれてをんるせらる。
へいけのをんりやうにて、よのうすべきよしまをしければ、こころあるひとのみななげきかなしまぬはなかりけり。
八ぐわつ二十三にち、たかをのもんかくしやうにん、こさまのかみよしとものうるはしきかうべとて、たづねいだして
くびにかけ、かまたひやうゑがくびをば、でしがくびにかけさせて、くわんとうへこそくだられけれ。さんぬ
るぢしよう四ねん七ぐわつに、ひじりそぞろなるどくろを一つしろいぬのにつつんで、まゐらせられたりければ、
ほどなくよをうちとつてのちも、一かうちちのかうべとしんぜられけるところに、いままたたづねいだしてぞくだら
れける。これはねんらいこさまのかみよしとものさしもふびんにしてめしつかはれける、こんがきのをとこ、へい
ぢののちは、ひとやのまへのこけのしたにうづもれて、ごせいとぶらひたてまつるひともなかりけることをかなしんで
ときのたいりにあひたてまつりまをしうけて、ひやうゑのすけどのは、るにんにておはすれども、すゑたのもしき
ひとなれば。たづねたまふ事もこそあれとて、ひんがしやまゑんがくじといふところに、ふかくをさめておきたり
けるを、いままたたづねいだしてくびにかけ、かのこんがきのをとことともにぞくだられける。ひじり、けふすでにかま
くらへいるときこえしかば、げん二ゐさがみがはのはたまで、むかにぞ、まゐられける。それよりい
ろのすがたにいでたつて、かまくらへかへりいらる。ひじりをばおほゆかにたて、わがみはにはにたつて、ちちの
のかうべうけとりたまふぞあはれなる。これをみたまふだいみやうせうみやう、みななみだをながさずといふことなし。
せきがんのさかしきをきりはらつて、あらたなるだうぢやうをつくり、ちちのおんためとくやうして、しようちやうじゐんと
かうせらる。くげにもこのよしきこしめして、こさまのかみよしとものはかへ、ないだいじん正やう二ゐをおく
らる。ちよくしはさせうべんかねただとぞきこえし。よりとものきやう、ぶゆうのめいよちやうじたまへるがゆゑに、みを
たていへをおこすのみならず、ばうふしやうりやうまで、ぞうくわんぞうゐにおよびぬるこそありがたけれ。
九ぐわつ二十三にち、へいけのよたうのみやこのうちにこのりとどまつたるを、みなくにぐにへつかはさるべきよし、かま
くらどのよりくげへまをされたりければ、ほふわうさらばつかはさるべしとて、まづへいだいなごんときただのきやう
のとのくに、くらのかみのぶもとかづさのくに、さぬきのちうじやうときざねあきのくに、ひやうぶのせういふまさあきらおきの
くに、二ゐのそうづぜんしんさどのくに、ほふしやうじのしゆぎやうのうゑんあはのくに、きやうじゆばうのあじやりゆうゑんびんご
のくに、ちうなごんのりつしちうくわいはむさしのくにとぞきこえし。あるひはとうせんのくものはてあるひはさいかいのみなの
うへ、せんといづくをごせず、こうくわいそのごをしらず、わかれのなみだをおさへつつ、めんめんにおもむかれけ
んこころのうち、おしはかられてあはれなり。なかにもへいだいなごんときただのきやう、けんれいもんゐんのわたらせたま
ふ。よしだにまゐつてまをされけるは、ときただこそせめおもうして、けふすでにはいしよへおもむきさふらへ。さい
ごのおんいとままをさんがために、くわんじんどもにしばしのいとまこうてまゐつてさふらふ、おなじみやこのうちにさふら
ひて、おんわたりのおんことどもをも、うけたまらまほしうぞんじさふらひつるに、かかるみにまかりなつ
てさふらへば、けふよりのち、いかなるおんありさまどもにてか、わたらせたまひさふらはんずらん、とおも
ひおきまゐらせさふらふにこそ、さらにゆくべきそらもおぼえまじうさふらへとまをされたりければ、によ
ゐん、げにもむかしのよしみとては、そこばかりこそありつらんに、いまはなさけをかけ、とひとふらふひと
もたれかはあるべきとて、おんなみだせきあへさせたまはず。そもそもこのときただのきやうとまをすは、では
のぜんじとものぶのまご、ぞうさだいじんときのぶこうのこなりけり。たかくらのじやうわうのごぐわいせき、こけんしゆんもんゐんの
おんせうと、またにふだうしやうこくのきたのかた、八でうの二ゐどのもあねにておはすれば、けんぐわんけんじよく、おもひのごと
くこころのごとし。されば、じやう二ゐのだいなごんにも、ほとなくへのぼつて、けんびゐしのべつたうにも
三かどまでなりたまひぬ。このひとのちやうむのときは、しよこくのせつたう、がうたう、さんぞく、かいぞくなんといふ
やつぱらをば、やうもなくからめとつて、うでながよりうちきりきりおつぱなたる。さればあくべつたう
とぞまをしける。しゆじやうならびに三じゆのしんき、ことゆゑなうみやこへかへしいれたてまつるべきよし一さいこくへあふせ
くだされけるはながたがうらに、なみがたといふやいじるしをせられけるも、ひとへにこのときただのきやうのしわざな
り、こけんしゆんもんゐんのおんかたみにもごらんぜまほしうはおぼしめされけれども、かやうのことどもに
はふわう、おんいきどほりあさからず、はうぐわんもまたしたしうなされたりければ、やうやうにまをされけれど
も、かなはずしてつひにながされたまひけり。しそくのじじうときいへとて、しやうねん十六になられけるが
これはるざいにももれて、をぢのときみつのきやうのもとにしのうでおはしけるが、きのふよりだいなごんの
しよくしよのおはして、ははうへそつのすけどのともにけふをかぎりのなごりをぞをしまれける。だいなごんつひにすまじ
きわかれかはと、こころつようはのたまへども、いまはのときにもなりぬれば、さこそはこころほそかりけめ。とし
たけ、よはひかたふいてのち、さしもむつましかりつるつまこどもにもわかれはてて、けふをかぎりにみあやこをい
で、いにしへはなをのみききし、こしぢのたびにおもふいて、はるばるとくだりたまふに、かれはしがからさき、これ
はまのいりえ、かたたのうらとまをしければ、だいなごんなくなくえいじたまひけり。
かへりこんことはかたたにひくあみのめにもたまらぬわがなみだかな
きのふは、さいかいのなみのうへにただよひて、をんぞうゑくのうらみをへんしうのうちにつみ、けふはほくこくのゆきの
したにうづまれて、あいべつりくのかなしみをこきやうのくもにかさねたり。
さるほどにはうぐわんには、かまくらとのよりだいみやう十にんつけられけるが、ないないごふしんをかふふりたまふよし
きこえしかば、こころをあはせて、一にんづつみなくだりはてにけり。きやうだいなるうへ、ことにふしのちぎりを
して、つのくに一のたにながとのくにだんのうらあかまがせき、ぶぜんのくにたのうら、もじがせきにてへいけいを
せめほろぼしはて、ないしところ、しるしのおんぱこ、ことゆゑなう、みやこへかへしいれたてまつり、一てんをしづめ、四
かいをすます、くんしやうおこなはるべきところに、なんのしさいあつてか、かかるきこえのあるやらんと、
ひとふしんをなす。このことはつのくにわたなべふくしまにて、さかろたてうたてじのろんをして、おほきにあ
ざむかれしことを、かぢはらゐこんにおもひ、つねはざんげんしけるによつてなり。かまくらどの、いま一にち
もさきにうつてをのぼせばやとはおぼしけれども、だいみやうどもさしのぼせば、うぢせたのはしをも
ひき、きやうとのさわぎともなつて、なかなかあしかりなんず、いかがせんとおもはれけるが、ここに
とさばうしやうしゆんをめして、わそうのぼつて、ものまつうでするやうにて、たばかつてうてとのたまへば、
とさばうかしこまりうけたまはつて、しゆくしよへもかへらず、すぐにきやうへぞのぼりける。九ぐわつ二十九にちに、
とさばうみやこへのぼつたりけれども、つぎのひまでははうぐわんどのへはまゐらず。はうぐわん、とさばうがのぼつ
たるよしきこしめして、むさしばうべんけいをもつてめされければ、やがてつれてぞまゐりける。
はうぐわん、いかにとさばう、かまくらどのよりのおんふみはなきかととひたまへば、べつのおんこともさふらはぬあひだ、
おんふみをばまゐらせられぬざふらふ。おんことばにてまをせとあふせさふらひしは、たうじみやこにべつのしさいもさふらは
ぬは、いつかうわたらせたまふおんゆゑなり。あひかまへてよくよくしゆごせさせまゐらつさせたまへとこそ
まをせとあふせさふらひしか、とまをしければ、はうぐわんよもさはあらじ、よしつねうちにのぼつたるおんつかひな
り、だいみやうどもさしのぼせば、うぢせいたのはしをもひき、きやうとのさわぎともなつてなかなかあしかり
なんず。わそうのぼつてものまうでするやうにて、たばかつてうちてとあふせつけられたんなとのたまへ
ば、とさばうなんによつて、ただいまさるおんことのわたらせたまひさふらふべき。これはいささかしゆくぐわんのしさい
さふらひて、くまのさんけいのために、まかりのぼつてさふらふとまをすはうぐわん、かげときがざんげんによつて、かまくら
ぢうへだにいられずして、こしごえよりおひのぼせらるることはいかに。とさばう、そのおんことはいか
がましましさふらふやらん、しやうしゆんにおいては、まつたくおんぱらくろうおもひまゐらせぬざふらふ。ふちうなき
よしのきしやうぶんを、かきしんずべきよしをまをす。はうぐわん、とてもかくても、かまくらどのによしとおもは
れたてまつたるみならばこそとて、もつてのほかにけしきあしげにみえたまへば、とさばう一たんのがいを
のがれんがために、ゐながら七まいのきしやうをかき、あるひはやいてのみ、あるひやしろのはうでんにこめ
なんどして、やがてかへり、だいばんしうのものどもあつめて、そのよようちにせんとす。はうぐわん
は、いそのぜんじといふしらびやうしがむすめ、しづかといふをんなをちようあいせられけり。しづかもかたはらをたちさる
こともさぶらはず。しづかまをしけるは、おほぢはみなむしやにてさぶらふなる。おんうちよりもよほしのなから
んに、だいばんしうのものどもがこれほどまでさわぐべきことやさぶらふ。いかさまにも、これはひるのきしやう
ぼうしがしわざとおぼえさぶらふ。ひとをつかしてみせさぶらはんとて、六はらのこにふだうしやうこくのめしつか
はれける、かぶろを三四にんめしつかはれけるを、二にんみせにつかはす。ほどへるまでかへらず。をんな
はなかなかくるしかるまじとて、はしたものを一にんみせにつかす。ほどなくはしりかへつて、かぶ
ろとおぼしきものは、二にんながらとさばうがもんのまへにきりふせられてさぶらふ。かどのまへには、
くらおきうまどもひつたてひつたて、おほまくのなかには、ものどもよろひき、やかきおひ、ゆみおりはり、
かぶとのををしめ、ただいまよせんといでたちさぶらふ。すこしもものまうでのけしきとはみえさぶらはず、と
まをしければ、はうぐわんさればこそとて、たちとつていでたまへば、しづかきせながとつてなげかけ
たてまる。たかひもばかりしていでたまふところに、うまにくらおいてちうもんのくちにひつたてたり。はうぐわんそ
れにうちのり、かどあけよとて、あけさせ、いまやいまやとまちたまふところに、やはんばかりひた
かぶと四五十き、そうもんのまへにおしよせて、ときをどつとぞつくりげる。はうぐわん、あぶみふんばりたちあか
り、だいおんじやうをあげて、ようちにもまたひるいくさにも、よしつねたやすううつべきものは、につほんごく
にはおぼえぬものをとて、はせまはりたまへば、うまにてあてられじとやおもひけん、みななかをあ
けてぞとほしける。さるほどに、いせの三らうよしもり、あうしうのさとう四らうべゑただのぶ、えだのげん三
くまゐのたらう、むさしばうべんけいなんどいふ一にんたうぜんのつはものども、こゑごゑになのつてはせきたる、みうちに
ようちいつたりとて、あそこのやかたここのしゆくしよよりはせきたるほどに、はうぐわんほどなく七八
十きなりたまひぬ。とさばうこころはたけうよせたれども、たすかるものはすくなう、うちたるるものぞおほ
かりける。とさばうはけうにしてくらうまのおくへひきしりぞく、くらうまははうぐわんのこさんなりければ、
からめとつて、つぎのひはうぐわんのしゆくしよへつかはす。そうじやうがたにといふところにかくれゐたりけるとかや。
とさばうそのひは、かちのひたたれに、しゆつちやうどきんをぞきたりける。はうぐわん、おほゆかにたつてとさばうを
おほにはにひきすゑさせ、いかにとさばう、きしやうにははやくもうてたるぞかしとのたまへば、さん
ざふらふ、あることにかいてさふらへば、うててさふらふとまをす。はうぐわんなみだをはらはらとながいて、しゆくん
のめいをおもんじてわたくしのめいをかろんず、こころざしのほどまことにしんめうあんり。わそういのちをしくば、たすけてかまくらへ
かへしつかさんはいかにとのたまへば、とさばうゐなほりかしこまつてまをけるは、こはくちをしきことをのたま
ふものかな。たすからうとまをさば、とのはたすけたまふべきか、かまくらどののそうなれども、おのれが
ねらはんずるものをと、あふせをかふむつしよりこのかた、いのちをばひやうゑのすけどのにたてまつりぬ。なじか
は二どとりかへしたてまつるべき。ただはうおんには、とくとくかうべをはねられさふらへとまをしければ、さ
らばとて、六でうかはらへひきだいてぞきりつてんげる。ほめぬひとこそなかりけれ。
ここにあだちのしん三らうといふざふしきあり。きやつはげらうなれども、さがざがしきものにてさふらふ。
めしつはれさふらへとて、かまくらどのよりはうぐわんへまゐらせらられたりけるが、これはないない九らうがふるまひ
みて、われにつげしらせよとなり。とさばうがきらるるをみて、よをひについではせくだり
このよしかくとまをしければ、かまくらどのおほきにおどろき、しやていみかはのかみのりよりに、うつてにのぼりたまふ
べきよしのたまへば、しきりにじしまをされけれども、いかにもかなふまじきよしをのたまふあひだ、ちからおよ
ばず、いそぎもののぐしておんいとままをしにまゐられたるに、かまくらどの、わどのまた九らうがふるまひしたまふな
よ、とのたまひけるおんことばにおそれてしゆくしよにかへり。いそぎもののぐぬぎおき、きやうじやうをばおもひとどまり
たまひけり。ふちうなきよしのきしやうもんを、一にちに十まいづつ、ひるはかきよはおつぼのうちにてよみ
あげよみあげ、百にちに千まいのきしやうをかいてまゐらせたりしかども、かなはずして、つひにきられ
たまひけり。つぎにほうでうの四らうときまさに、六まんよきをあひそへて、うつてにのぼせらるるよしきこえし
かば、はうぐわんいかがせんとおもはれけるが、ここにをがたの三らうこれよしは、へいけを九こくのうちへ
もいれずして、おひいだすほどのたぜいのものなり。われにたのまれよとのたまへば、みうちにさふらふきく
ちのじらうたかなほは、としごろのかたきにてさふらへば、たまはつてきつてのち、たのまれまゐらせんとまをしけれ
ば、はうぐわんさうなうたうてんげり。やがて六でうがはらへ、ひきいだいてぞきりてんげる。そ
ののちこれよしりやうしようす。さるほどに十一ぐわつふつかのひ、九らうたいふのはうぐわんよしつねゐんさんして、おほくらの
きやうやすつねのあつそんをもつて、そうもんせられけるは、ことあたらしきまをしごとにてはさふらへども、つのくに一
のたに、ながとのくにだんのうらあかまがせき、ぶぜんのくにたのうらもじがせきにてへいけをせめほろぼしはて、ないしどころ
しるしのおんぱこことゆゑなうみやこへかへしいれたてまつり、一てんをしづめ四かいをすます、くんしやうおこなはるべき
ところに、かまくらのよりともらうどうどもがざんげんによつて、よしつねうたんとつかまつりさふらふ。しばらくちんぜいの
かたへもおちくらばやとぞんじさふらふ。あはれゐんのちやうのおんくだしぶみを一つうくだしあづかりさふらはばや、と
まをされたりければ、ほふわうこのこといかがあらんずらん、とおぼしめしわづらはせたまひて、しよきやう
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とのさうどうたえまじくさふらふ。しばらくちんぜいのかたへもおちくだりさふらはば、そのおそれあるまじうさふらふ
とまをされたりければ、さらばとて、をがたの三らうこれよしをはじめとして、九しうのものどもうすき、へ
つき、まつらたうにいたるまで、みなよしつねのあつそんのげぢにしたがふべきよしの、ゐんのちやうのおんくだしぶみをた
まはつて、あくるみつかのひ、みやこにいささかのわづらひもなさず、あらきなみかぜをもたてずして、そ
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せめたたかふ。はうぐわん五百よきとつてかへし、おほだのたらう六十よきをなかにとりこめさんざん
にせめたまへば、おほだのたらうよりもと、うまのふとばらいさせて、ちからおよばでひきしりぞく。のこりとどまつてふせ
ぎたたかひけるつはものども、いへのこらうどう二十よにんがくびきりかけさせ、ぐんじんにまつり、ときをどうと
つくり、かどいでよしとぞよろこばれける。つのくに、だいもつのうらよりふねにてくだられけるが、をり
ふしにしのかぜはげしうふきたりければ、はうぐわんのふねは、すみよしのうらへうちあげられて、それより
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たりける十よにんのにようばうたちをば、みなすみよしのうらにすておかれたりければ、あるひはまつケねこけの
むしろにたふれふし、あるひははまのまさごのうへにそでかたしいて、なきゐたりけるを、すみよしのじん
ぐわんこれをあはれんで、のりものどもをしたてて、みなきやうへぞおくりける。はうぐわんのむねとたのまれたりける、
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げられて、たがひにそのゆくへをもしらざりける。にしのかぜたちまちにはげしくふきけるは、へいけのをんれやう
とぞきこえし。おなじきなぬかのよにいつて、ほうでうの四らうときまさ、すうまんきのぐんびやうをたなびいて
みやこへいる。あくるりやうかのひゐんさんして、いよのかみみなもとのよしつね、ならびにびぜんのかみゆきいへいげ、つゐ
たうすべきよしのゐんぜんたまはるべきよし、そうもんせせられたりければ、ほふわうやがてゐんぜんをぞくだされけ
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む。あはれおとなしやかならんずるものが、ひじりにあはんところまで、六だいをめしぐせよといへかし。
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うしなひげなりつるかととひたまへば、このあかつきのほどとこそみえさせましましさふらへ。そのゆゑは、この
ほどおんとのゐまをしさふらひしほうでうのいへのこらうとうどもも、みななごりをしげにて、あるひなみだをながすものもさふら
ふあるひはねんぶつまをすものもさふらふとまをす。ははうへ、さてそのこがありさまはなんとあるぞ、ととひたまへ
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て、やがてかへりまゐらんとは、まをしたれども、けふすでにはつかにあまるに、あれへもゆか
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いのちとおもうて、さこそはこころぼそかりけめ。さてなんぢらは、いかがはからふらんととひたまへば、これはい
づくまでもおんともつかまつり、いかにもならせたまひてさふらはば、ごこつをとつて、かうやのおやまにをさ
めつつ、しゆつけにふだうつかまつり、おんぼだいをとぶらひまゐらせんと、こそぞんじさふらへ、とまをしければ、
ははうへ、ときのほどもおぼつかなし、さらば、とうかへれ、とこそのたまひけれ。二にんのものども、なみだ
をおさへてまかりいづ。さるほどに、おなじき十二んぐわつ十七にち、ほうでうの四らうときまさ、わかぎみをぐし
たてまつつて、すでにみやこをたちたまふ。さいとう五、さいとう六も、おんこしのさうについてぞまゐりける。ほう
でうのりかへどもおろいて、うまにのれといへども、のらず。さいごのおんともにてさふらへば、くるしうも
さふらはずとて、ちのなみだをながいて、かちはだしにてぞくだりける。わかぎみは、ははうへ、めのとのにようばうに
もはかれはてて、すみなれしみやこをば、くもゐのよそにかへみて、けふをかぎりのあづまぢにおもむいて、
はるばるとくだりたまひけんこころのうち、おしはかられてあはれなり。こまをはやむるぶしあれば、わがくびきら
んかときもをけし、ものいひかはすものあれば、すはいまやとこころをつくす。四のみやがはらとおもへ
どもせきやまをもうちすぎて、おほつのうらにもなりにけり。あはづのはらかとうかがへば、けふもは
やくれにけり。くにぐにしゆくじゆく、うちすぎうちすぎくだるほどに、するがのくににもなりぬれば、わかぎみの
つゆのおんいのち、けふをかぎりとぞみえし。千ぼんのまつばらといふところに、おんこしかきすゑさせ、ぶし
どもおりゐてしきがはしき、わかぎみおりさせたまへとて、すゑたてまつる。ほうでういそぎうまよりとんでお
り、わかぎみのおんそばちかくまゐつてまをされけるは、これまでぐそくしたてまつることべつのしさいにてもさふらはず、
もしひじりにやゆきあふとていままではまちすごしつるなり。やまのあなたまでは、かまくらどののごしんちう
もはかりがたくさふらへば、あふみのくににてうしなひたてまつつたるよし、かまくらにてはひろうつかまつりさふらふべし。
一ごふしよかんのおんみなれば、たれまをすとも、よものがれさせたまふまじとぞまをされける。わかぎみその
へんじをばともかうもしたまはず。さいとう五、さいとう六をめしてのたまひけるは、あなかしこなんぢらこれよりきやう
へのぼり、われみちにてきられたりなどとまをべからず。そのゆゑは、つひにはかくれあるまじけ
れども、このありさまをききたまひてなげきかなしみたまはば、くさのかげにてもこころぐるしうおぼえて、ごぜの
さはりとならんずるぞ。かまくらまでおくりつけかへりのぼつたるよし、まをすべしとぞのたまひける。二にんの
ものども、なみだにむせびうつふしてしばしはとかうのごぺんじにもおよばず、ややあつておきあがり、さい
とう五、なみだをおさへてまをしけるは、われわれきみにおくれまゐらせなんのち、一にちへんじもいのちいきて、
まさしくみやこへかへりのぼつべしともぞんじさふらはずとて、またなみだにむせびしづんでぞふしにける。すでにかう
とみえしとき、わかぎみおんぐしのかたにかかりけるを、ちさううつくしきおんてをもつて、まへへかきこさ
せたまふを、しゆごのぶしどもみまゐらせて、あないとほし、いまだおんこころのましますぞやとて、
みなよろひのそでをぞぬらしける。そののちわかぎみにしにむかつててをあはせ、かうしやうにねんぶつ百ぺんばかりとなへ
させたまひつつ、くびをのべてぞまたれける。かののくどう三らうちかとし、きつてにえらばれ、たち
をひきそばめ、ひだんのはうよりわかぎみのおんうしろにたちまはり、すでにきりたてまつらんとしけるが、も
もくれ、こころもきえはてて、いづくにたちをうちつくべしともおぼえねば、つかまつともぞんじ
さふらはず、たにんにあふせつけられさふらへとて、たちをすててぞのきにける。さらばあれきれ、
これきれとて、きつてをえらぶところに、ここにすみぞめのころもはかまつけてつきげなるうまにのつたるそう一にん、
むちをうつてぞはせたりける。あないとほし、あのまつばらのなかにてよにうつくしきわかぎみを、はう
でうの四らうどののただいまきりたてまつらるるぞやとて、ものどもひしびしとはせあつまつりければ、この
そうこころううおぼえててをあげてぞあがきける。なほおぼつかなうおぼえて、きたるかさをぬいで、さしあ
げてぞまねきける。ほうでうしさいありとてまつところに、このそうほぼなくはせきたり、いそぎうまよりと
んでおり、わかぎみをばこひうけたてまつつたり。かまくらどののみけうしよ、これにありとてとりいだす。ほうでう
これをひらいてみるに、こまつの三みのちうじやうこれもりのしそく、六だいごぜんたづねだされてさふらふ。しかる
をたかをのひじり、もんがくばうのしばらくこひうけうどさふらふ。うたがひをなさずあづけらるべし。ほうでうの四らうどの
へ、よりとも、とあそばいてごはんあり、ほうでうこれをおしかへしおしかへし二三ぺんようで、しんめうしんめうと
てさしおかれければ、さいとう五、さいとう六はいふにおよばず、ほうでうのいへのこらうどうどもも、みなよろこびの
なみだをぞながしける。
さるほどに、もんかくばうもいできたり、わかぎみをばこひうけたてまつたりとて、きしよくまことにゆゆしげな
り。このわかぎみのちち三みのちうじやうどのはどどのいくさのたいしやうぐんにておはしければ、たれまをすとも、
いかにもかなふまじきよしをのたまふあひだ、ひじりがこころをやぶつては、いかでかめうがもおはすべきな
んど、さまざまあくかうまをしけれども、なほもかなふまじきよしをのたまひて、なすののかりにいでたまふ
あひだ、あつまさい、ぶんがくもかりばのともして、やうやうにまをしてこひうけたてまつたり。いかにおそうおぼしつ
らんなとのたまへば、ほうでうまをされけるは、ひじりの二十かとおほせられし、やくそくのひかづもすぎぬ。
さてはおんゆるされなきぞとこころえて、あなかしこ、たんだいまこれにてあやまちつかまつらんにとて、くらお
いてひかせられたりけるのりかへどもに、さいとう五、さいとう六をのせてのぼらせらる。わがみもはるかに
うちおくり、いましばらくもおんともつかまつるべうさふらひしかども、これはかまくらに、さしてひろつかまつるべきだい
じどもあまたさふらへばとて、それよりたがひにうちわかれてぞくだられける。まことになさけふかかりけり。
さるほどに、たかをのもんかくしやうにん、六だいごぜんをぐそくしたてまつつて、よをひについでのぼるほどに、を
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ひたるしろきいのこの、ついぢのくづれよりはしりいで、ををふつてむかひけるに、わかぎみ、ははうへ
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ついぢをこえはねいつて、もんをあけていれたてまつる。ちかうひとのすんだるところともみえず。わか
ぎみ、いのちをいかうとおもふも、ははうへをいま一どみばやとおもふためなり。いまはいきてなににかはせ
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かくとまをしければ、ははうへ、とるものもとりあへず、いそぎみやこへのぼり、だいがくじへぞおはした
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さるほどに、六だいごぜんは、やうやう、十四五にもなりたまへば、みめうつくしう、あたりもて
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へんじに、これは一かうそこもなきふがくじんにてさふらふぞ、おんこころやすうおぼしめされさふらへ、とまをされけ
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ははうへ、このよしききたまひて、いかにや六だいごぜんはやはやしゆつけしたまへとのたまへば、しやうねん十六
とまをしし、ぶんぢ五ねんのはるの、さしもうつくしきおんぐしを、かたのまはりにはさみおろし、かきのころも、
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灌頂巻
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まほうしはおぼしめされけれども、きさらぎやよひのほどは、あらしはげしうよかんもいまだつきず、みねのしら
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ごかうなりければ、かのきよはらのふかやぶが、ふだらくじ、をののくわうたいごぐうのきうせきえいらんあつて、
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をわけいらせたまふに、はじめたるごかうなれば、ごらんじなれたるかたもなく、じんせきたえたる
ほどもおぼしめししられてあはれなり。にしのやまのふもとに一うのみだうあり、すなはちじやくわうゐんこれなり。
ふるうつくりなせるせんずゐこだち、よしあるさまのところなり。いらかやれてはきりふだんのかうをたき、とぼそお
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いとをみだりつつ、いけのうきぐさなみにただよひ、にしきをさらすかとあやまたる。なかじまのまつにかかるふぢ
なみの、うらむらさきにさけるいろ、あをばまじりのおそざくら、はづはなよりもめづらしく、きしのやまぶきさ
きみだれやへたつくものたえまより、やまほととすの一こゑも、きみのみゆきをまちがほなり。はふわうこれを
えいらんあつて、かうぞあそばされける。
いけみづにみぎはのさくらちりしきてなみのはなこそさかりなりけれ
ふりにけるいはのたえまより、おちくるみづのおとさへ、ゆゑよしあるところなり。りよくらのかき、すゐ
たいのやま、ゑにかくともふでもおよびがたし。さてによゐんの、おんあんしつをごらんずれば、のきには、つた
あさがほはひかかり、しのぶまじりのわすれぐさ、へうたんしばしばむなし、くさがんえんがちまたにしげし、れいちやうふかくとざさり、あめ
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かげにあらそひて、たまるべしともみえざりけり。うしろはやま、まへはのべ、いざさをざさにかぜさわぎ、
よにたたぬみのならひとて、うきふししげきたけばしら、みやこのかたのことつては、まどほにゆへる
籬や、わづかにこととふものとては、みねにこづたふさるのこゑ、しづがつまきのをののおと、これらが
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れども、おんいらへまをすものもなし。ややあつておいおとろへたるあま一にんまゐりたり。によゐんは
いづくへごかうありぬるぞ、とおほせければ、このうへのやまへはなつみにいらせたまひてさぶらふと
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きにや、おんいたはしうこそとおほせければ、このあままをしけるは、五かい十ぜんのおんくわはうつき
させたまふによつて、いまかかるおんめをごらんぜられさふらふにこそ。しやしんのぎやうになじかはおんみを
をしませたまひさぶらふべき。いんぐわきやうには、よくちくわこいん、けんごげんざいくわ、よくちみらいくわ、けんごげんざい
いんととかれたり。くわこみらいのいんぐわをかねてさるらせたまひなば、つやつやおんなげきあるべから
ず。しつたたいしは十九にてがやじやうをいでさせたまひて、だんどくせんのふもとにて、このはをつらねて
はだへをかくし、みねにのぼつてたきぎをとり、たににくだつてみづをむすび、なんぎやうくぎやうのこうによつてこそ、
つひにじやうとうしやうがくしたまひきとぞまをしける。ほふわうこのあまのありさまをごらんずるに、みにはまぬぬのの
わきもみえぬものを、むすびあつめてぞきたりける。あのありさまにてもかやうのことまをす、ふ
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のあまさめざめとないて、しばしはとかくのごぺんじにもおよばず。ややあつてなみだをおさへて、
まをすにつけてはばかりおぼえさぶらへども、こせうなごんにふだうしんぜいがむす、めはのないしとまをししものに
てさぶらふなり。はははき伊の二ゐ、さしもおんいとほしみふかうこそさぶらひつるに、めのあた
りごらんじわすれけるにつけても、みのおとろへたるほどおもひしられて、いまさらせんかたなくこそ
さぶらへとて、そでをかほにおしあてて、しのびあへぬさま、めもあてられず。ほふわう、まことになんぢは
あはのないしにてありけり、ごらんじわすれける、ただゆめとのみこそおぼしめせとて、おんなみだせき
あへさせたまはねば、ぐぶのひとびとも、ふしぎのあまかなとおもひたれば、ことわりにてまをしけりと
ぞおのおのかんじあはれける。かなたこなたをえいらんあるに、にはのちぐさつゆおもく、まがきにたふれかかりつ
つ、そとものをだもみづこえて、しぎたつひまもみえわかず。おんあんしつのしやうじをひきあけごらん
すれば、ひとまにはらいがうの三ぞんおはします。ちうぞんのおんてには、五しきのいとをかけられた
り。ひだんにふげんのゑざう、みぎにぜんだうくわしやう、ならびにせんていのみえいをかけ、はちぢくのめうもん、九でうのご
しよもおかれたり。らんじやのにほひにひきかへて、かうのけふりぞたちのぼる。かのじやうみやうこじのはうぢやうの
しつのうちに、三まん二せんのゆかをならべ、十ぱうのしよぶつをしやうじたまひけんも、これにはすぎしとぞみえ
し。しやうじにはしよきやうのえうもんどもしきしにかいて、しよしよにおされたり。そのなかにおほえのさだもと
ぼふしが、しやうりやうせんにしてえいじたりけん、せいがはるかにきこゆこうんのうへ、しやうじゆらいがうすらくじつのまへと
もかかれたり。によゐんのおんうたおとおぼしくて、少しくひきのけ
おもひきやみやまのおくのすまゐしてくもゐのつきをよそにみんとは
さてかたはらをごらんずれば、ごしんじよとおぼしくて、たけのおんさをにあさのおんころも、かみのふすまなんどかけら
れたり。さしもほんてうかんどのたへなるたぐひかずをつくし、れうらきんしうのよそほひさながらゆめにぞなり
にける。ほふわうおんなみだをながさせたまへば、ぐぶのひとびとも、まのあたりみまゐらつさせたまひたり
おんことなれば、みなそでをぞぬらされける。ややあつて、うへのやまよりこきすみぞめのころもきたりけ
るあま二にん、いはのかけちをつたひつつ、おりわづらひたるさまなりけり。ほふわうえいらんあつてあれは
いかに、そもそもなにものぞとおほせければ、らうになみだをおさへて、はながたみひぢにかけ、いはつつじもたせたまひた
るは、によゐんにてわたらせたまふ、妻きにわらびをりぐしたるは、とりがひのちうなごんこれさねのむすめ、五でう
のだいなごんくにつなのやうじ、せんていのおんめのと、だいなごんのすけのつぼとまをしもあへずなきけり。ほふ
わうあはれにおぼしめしておんなみだをながさせたまへば、ぐぶのひとびとも、みなそでをぞぬらされける。によゐんはさ
こそよをいとふおんならひとはまをしながら、かやうのおんありさまどもをみえまゐらつさせたまはんこともはづかし
くて、きえもうせばやとはおぼしめされけれどもかひぞなき。よひよひごとのあかのみづ、むすぶ
たまともしほるるに、あかつきおきのそでのうへ、やまぢのつゆもしげくして、しぼりやかねさせたまひけん、
やまへもかへらせたまはず、またおんあんしつにもいらせたまはず、あきれてたたせたまふところに、ないしの
あままゐりつつ、はながたみをばたまはりけり。
よをいとふおんならひ、なにかくるしうさふらふべき。はやはやごたいめんあつて、くわんぎよなしまゐらつさせ
たまへかしと、まをしければ、によゐんなくなく、おんあんしつにぞいらせましましける。一ねんのまどの
まへには、せつしゆのくわうみやうをごし、十ねんのしばのとぼそには、しやうじゆのらいがうをこそまちつるに、おもひの
ほかのごかうかなとて、おんげんさんならせたまひけり。ほふわうによゐんのおんありさまをごらんずるに、ひさうの
八まんごらなほひつめつのうれひにあふ、よくかいの六てんいまだ五すゐのかなしみをまぬがれず、きげんじやうのしようめうのらく、
ちうげんぜんのかうだいのかく、ゆめのうちのくわはう、またまぼろしのあひだのたのしみ、すでにるてんむぐうなり。しやりんのまは
るがごとし。てんにんの五すゐのかなしみは、にんげんにもさふらひけるものかな、さるにてもいづかたよりか
こととひまゐらせさふらふべき、なにごとにつけても、さこそいにしへをのみおぼしめしいてさせたまひさふら
めとおほせければ、によゐんまをさせたまひけるは、いづかたよりも、こととふかたもさぶらはず。ただし
のぶたか、たかふさのきやうのきたのかたより、たえだえまをしおくることこそさぶらへ。そのむかし、あのひとどもの
はぐくみにてあるべしとは、つゆおぼしめしよらざりしかとて、ぎよいのおんたまとにあまるおんなみだせ
きあへさせたまはねば、つきまゐらせたるにようばうだちもみなそでをぞぬらされける。ややあつて、によ
ゐんまたまをさせたまひけるは、かかるめにあひさぶらふことは、一たんのなげきまをすにおよびさぶらはねども、
ごしやうぼだいのためには、よろこびとこそおぼえさぶらへ、たちまちにしやかのゆゐていにつらなり、かたじけなくもみだ
のほんぐわんにじようじ、五しやう三じやうのくるしみをのがれ、三じに六こんをきよめて、一すぢに九ほんのじやうせつをねが
ひ、もつはら一もんのぼだいをいのり、つねにはしやうじゆのらいがうをごす。いつのよにもわすれがたきはせんてい
のおんおもかげ、わすれんとすれども、わすられず。しのばんとすれども、しのばれず、ただおんあいのみち
ほどかなしかりけることはなし。かのおんためにもとて、あさゆふのつとめおこたることさぶらはず。これもまたしか
るべきぜんちしきとおぼえさふらひしかとまをさせたまへば、ほふわうおほせありけるは、それわがくに、そくさん
へんどなりとまをせども、かたじけなくも十ぜんのよくんにこたへ、ばんじようのあるじとなり、ずゐぶんひとつとしてこころ
にかなはずといひことなし。なかんづく、ぶつほふるふのよにうまれて、ぶつだうしゆぎやうのこころざしあれば、ご
しやうぜんしようはうたがびなし、にんげんのあだなるならひ、いまさらおどろくべきにはさぶらはねども、またおんありさまみまゐ
らせさふらふに、せんかたなうこそさふらへとおほせければ、によゐんかさねてまをさせたまひけるは、わがみへい
さうこくのむすめとして、てんしのこくもたりしかば、一てん四かいはみなたなごころのままなりき。はいらいのはる
のはじめより、いろいろのころもがへ、ぶつみやうのとしのくれ、せつろくいげのだいじんくぎやうにもてなされしありさま
は、六よく四ぜんのくものうへにて、八まんのしよてんにゐねうせられさぶらふらんがやうに、百くわんことごとく
あふがぬものやさふらひし、せいりやうししんのゆかのうへ、たまのすだれのうちにもてなされ、はるはなでんのさくらに
こころをとめてひをくらし、九か三ぷくのあつきひは、いづみをむすんでこころをなぐさみ、あきはくものうへのつきを
ひとりみんことをゆるされず。げんとうそせつのさむきよは、つまをかさねてあたたかにす。ちやうせいふらうのじゆつをねが
ひ、ほうらいふしのくすりをたづねても、ただひほしからんことをおもへり。あけてもくれても、たのしみ
さかえさふらひしこと、てんじやうのくわはうも、これにはすぎじとぞみえし。かくてじゆえいのあきのころ、一
もんのひとびときそよしなかとかやにおそれて、すみなれしみやこをば、くもゐのよそにかへりみて、ふるさとを
やかののはらとながめつつ、いにしへはなをのみきこきしすまよりあかしのうらつたひ、さすがにあはれにおぼえて、
ひるはまんまんたるなみぢをわけてそでをぬらし、よるはすさきのちどりとともになきあかす。うらうらしまじま
よしあるところをみしかども、ふるさとのことはわすられず。かくてよるかたなかりしかば、五すゐひつ
めつのかなしみとこそおぼえさぶらひしか。にんげんのことは、あいべつりく、をんぞうゑく、ともにわがみにしられ
てさぶらふなり。四く八く一としてのこるところさぶらはず。さてもちんせいをばをかたの三らうこれよしとか
やに九こくのうちをもおひだされて、さんやひろしといへども、たちよりやどるべきところもなし。
おなじきあきのくれにもなりしかば、むかしはここのへのくものうへにてみしつきを、やへのしほぢによななめつ
つ、あかしくらしさぶらひしほどに、かくてかんなづきのころ、きよつねのちうじやうが、みやこをばげんじがため
にせめおとされ、ちんせいをばこれよしがためにおひださる。あみにかかれるうをのごとし。いづちへ
ゆかばのがるべきかは。ながらへはつべきみにもあらずとて、しづかにきやうふみねんぶつして、うみに
しづみさふらひしぞ、うきことのはじめにてはさぶらふなり。まんまんたるなみのうへにてひをくらし、ふねの
うちにてよをあかす。みづきものもなければ、ぐごをそなふることもなく、たまたまぐごをそなへん
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これまたがきだうのくるしみとこそおぼえさぶらひしか。さんぬるむろやま、みづしま、ところどころのたたかひにかちしかば一もん
のひとひといろすこしなほつてみえさぶらひしに、つのくにいちのたにとやかにて、一もんのくぎやうでんしやうびとだい
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いにしへはつきにたとへしきみなれどそのひかりなきみやまべのさと
こしかたゆくすゑのうれしうつらかりしことども、おぼしめしいだいて、おんなみだをながさせたまふをりふし、ほととぎ
す二こゑ三こゑおとづれてとほりければ、によゐん、
いざさらばなみだくらべんほととですわれもうきよにねをのみぞなく
さてだんのうらにていきどりにせられたまひし、二十よにんのひとびと、あるひはかうべをはねておほぢをわたされ、
あるひはさいしにわかれてをんるせらる。されども四十三にんのにようばうたちのおんことは、なんのさたにもおよ
ばず、しんるゐにしたがひしよえんについてぞましましける。しのぶおもひはつきせねども、なげきなが
らもさてこそすごされけれ。かみはたまのすだれのうちまでも、かぜしづかなるいへもなく、しもはしはのとほそ
のもとまでも、ちりをさまれるやどもなし。まくらをならべしいもせは、くもゐのよそにわかれはて、やしな
ひたてしおやこもゆくへしらずぞなりにける。これもにふだうさうこく、かみはいちじんをもおそれず、しもはばん
みんをもかへりみず、しざいるけい、けつくわんちやうにん、つねにおこなはれしがいたすところなり。さればふそのぜん
あくはしそんにおよぶといふことは、うたがひなしとぞみえたりける。かくてによゐんは、むなしうとし
つきをおくらせたまふほどに、あるときれならぬここちいできたりとて、うちふせさせたまひしが、ひころよ
りおぼしめしまうけたるおんことなれば、ほとけのおんての五しきのいとをひかへさせたまひつつ、なむさい
はうごくらくせかいのけうしゆみだによらい、ほんぐわんあやまたせたまはず、じやうどへみちびきたまへとまをさせたまひて、
そのいろかはつてみえさせたまひしかば、だいなごんのすけのつぼね、あはのないじ、さうにさぶらはれけ
るが、いまをかぎりのおんなごりをしさに、こゑをはかりにをめきさけびたまひけり。ねんぶつのおんこゑやうやうよわ
らせたまへば、にしにしうんだなひき、いきやうしつにみちて、おんがくそらにきこゆ、かぎりあるおんことなれば、
けうきう二ねんきさらぎのちうじゆんに、一ごつひにをはらせたまひけり。二にんのにようはうたちはきさきのみやのおんくらゐのとき
より、かたきともはなれたまはず、つきまゐらせたるおんことなれば、わかれぢのおんときも、やるかたなげに
ぞみえられける。ここのにようばうだちは、むかしのくさのゆかりもみなかれはてて、よるかたもなきみな
れども、をりをりのおんぶつじいとなみたまふぞあはれなる。このひとびともつひには、かのりうによが、しやうがくの
あとをおひ、ゐたいけぶにんのごとくに、みなわうじやうのそくわいをとげけるとぞきこえし。