平家物語(龍谷大学本)巻第一
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京都市下京区七条通大宮東入大工町125−1 龍谷大学大宮図書館閲覧係
【底本】
本テキストの底本は、龍谷大学大宮図書館所蔵『平家物語』です。直接には、思文閣出版発行の影印本(龍谷大学善本叢書
13)に拠りました。
文責:荒山慶一・菊池真一
(表紙)
P01003
(目録)
一巻
一 祇園精舎
二 殿上暗打 しかるを忠盛ヨリ
三 鱸 太政大臣は一人にヨリ
四 禿の沙汰 かくて清盛公ヨリ
五 吾身之栄花 吾身の栄花を極るヨリ
六 二代后 されども鳥羽院ヨリ
七 額打論 一天の君崩御ヨリ
P01004
八 清水炎上 御門かくれさせヨリ
九 殿下乗合 仁安三年ヨリ
十 厳嶋詣 嘉応三年ヨリ 但此奥二ノ巻ニアリ
十一 師子谷之謀反 徳大寺花山院ヨリ
十二 鵜河合戦 然るによつて師光ヨリ [* 相当文無し ]
十三 願立 御裁断おそかりければヨリ
十四 御輿振 さるほどにヨリ
十五 内裏炎上 蔵人左少弁兼光ヨリ
P01005
P83
平家物語(へいけものがたり)巻(くわん)第一(だいいち)
『祇園精舎(ぎをんしやうじや)』S0101
祇園精舎(ぎをんしやうじや)の鐘(かね)の声(こゑ)、諸行無常(しよぎやうむじやう)の響(ひびき)あり。
娑羅双樹(しやらさうじゆ)の花(はな)の色(いろ)、盛者必衰(じやうしやひつすい)のことはり(ことわり)【理】を
あらはす。おご【奢】れる人(ひと)も久(ひさ)しからず。只(ただ)春(はる)の
夜(よ)の夢(ゆめ)のごとし。たけき者(もの)も遂(つひ)(つゐ)にはほろびぬ、
偏(ひとへ)に風(かぜ)の前(まへ)の塵(ちり)に同(おな)じ。遠(とほ)(とを)く異朝(いてう)をとぶ
らへば、秦(しん)の趙高(てうかう)、漢(かん)の王莽(わうまう)、梁(りやう)の周伊【*朱■】(しうい)、唐(たう)の
禄山(ろくさん)、是等(これら)は皆(みな)旧主(きうしゆ)先皇(せんくわう)の政(まつりごと)にもしたがはず、
P01006
楽(たのし)みをきはめ、諫(いさめ)をもおもひいれ【思ひ入れ】ず、天下(てんが)の
みだれむ事(こと)をさとらずして、民間(みんかん)の愁(うれふ)る
所(ところ)をしらざ(ッ)しかば、久(ひさ)しからずして、亡(ばう)じ
にし者(もの)どもなり。近(ちか)く本朝(ほんてう)をうかがふに、承平(しようへい)(せうへい)の
将門(まさかど)、天慶(てんぎやう)の純友(すみとも)、康和(かうわ)の義親(ぎしん)、平治(へいぢ)の信頼(しんらい)、
おご【奢】れる心(こころ)もたけき事(こと)も、皆(みな)とりどりにこそ
ありしかども、まぢかくは、六波羅(ろくはら)[B の]入道(にふだう)(にうだう)前太政
大臣(さきのだいじやうだいじん)平(たひらの)(たいらの)朝臣(あそん)清盛公(きよもりこう)と申(まうし)し人(ひと)のありさま、
P01007
伝承(つたへうけたまは)るこそ心(こころ)も詞(ことば)も及(およ)(をよ)ばれね。P84其(その)先祖(せんぞ)を尋(たづ)
ぬれば、桓武天皇(くわんむてんわう)第五(だいご)の皇子(わうじ)、一品式部卿(いつぽんしきぶきやう)葛原
親王(かづらはらのしんわう)九代(くだい)の後胤(こういん)(こうゐん)、讃岐守(さぬきのかみ)正盛(まさもり)が孫(まご)、刑部卿(ぎやうぶきやう)忠盛(ただもりの)
朝臣(あそん)の嫡男(ちやくなん)なり。彼(かの)親王(しんわう)の御子(みこ)高視【*高見】(たかみ)の王(わう)、無官(むくわん)
無位(むゐ)にしてうせ給(たまひ)ぬ。其(その)御子(みこ)高望(たかもち)の王(わう)の時(とき)、始(はじめ)て
平(たひら)(たいら)の姓(しやう)を給(たまはつ)て、上総介(かづさのすけ)になり給(たまひ)しより、忽(たちまち)に王
氏(わうし)を出(いで)て人臣(じんしん)につらなる。其(その)子(こ)鎮守府将軍(ちんじゆふのしやうぐん)
義茂【*良望】(よしもち)、後(のち)には国香(くにか)とあらたむ。国香(くにか)より正盛(まさもり)に
P01008
いたるまで、六代(ろくだい)は諸国(しよこく)の受領(じゆりやう)たりしかども、
二 殿上(てんじやう)の仙籍(せんせき)(せんセキ)をばいまだゆるされず。 『殿上(てんじやうの)闇討(やみうち)』S0102 しかるを
忠盛(ただもり)備前守(びぜんのかみ)たりし時(とき)、鳥羽院(とばのゐん)(とばのいん)の御願(ごぐわん)得長寿
院(とくぢやうじゆゐん)(とくぢやうじゆいん)を造進(ざうしん)して、三十三間(さんじふさんげん)の御堂(みだう)をたて、一千一体(いつせんいつたい)の
御仏(おんほとけ)をすへ(すゑ)【据ゑ】奉(たてまつ)る。供養(くやう)は天承(てんしよう)(てんせう)元年(ぐわんねん)三月(さんぐわつ)十三日(じふさんにち)なり。
勧賞(けんじやう)には闕国(けつこく)を給(たま)ふべき由(よし)仰下(おほせくだ)されける。
境節(をりふし)(おりふし)但馬国(たじまのくに)のあきたりけるを給(たび)にけり。上
皇(しやうくわう)御感(ぎよかん)のあまりに内(うち)の昇殿(しようでん)(せうでん)をゆるさる。忠盛(ただもり)
P01009
三十六(さんじふろく)にて始(はじめ)て昇殿(しようでん)(せうでん)す。雲(くも)の上人(うへびと)是(これ)を猜(そね)み、同(おなじ)き
年(とし)の十二月(じふにぐわつ)廿三日(にじふさんにち)、五節豊明(ごせつとよのあかり)の節会(せちゑ)の夜(よ)、忠盛(ただもり)を
闇打(やみうち)にせむとぞ擬(ぎ)せられける。忠盛(ただもり)是(これ)を伝聞(つたへきき)て、
「われ右筆(いうひつ)(ゆうひつ)の身(み)にあらず、武勇(ぶよう)の家(いへ)にむま【生】れて、
今(いま)不慮(ふりよ)の恥(はぢ)P85にあはむ事(こと)、家(いへ)の為(ため)身(み)の為(ため)心(こころ)う
かるべし。せむずる(せんずる)所(ところ)、身(み)を全(まつたう)(ま(ツ)たふ)して君(きみ)に仕(つかふ)と
いふ本文(ほんもん)あり」とて、兼(かね)て用意(ようい)をいたす。参
内(さんだい)のはじめより、大(おほき)なる鞘巻(さやまき)を用意(ようい)して、
P01010
束帯(そくたい)のしたにしどけなげにさし、火(ひ)の
ほのぐらき方(かた)にむか(ッ)て、やはら此(この)刀(かたな)をぬき
出(いだ)し、鬢(びん)にひきあてられけるが氷(こほり)な(ン)どの様(やう)に
ぞみえ【見え】ける。諸人(しよにん)目(め)をすましけり。其上(そのうへ)忠盛(ただもり)の
郎等(らうどう)、もとは一門(いちもん)たりし木工助(むくのすけ)平貞光(たひらのさだみつ)(たいらのさだみつ)が孫(まご)、
しん【進】の三郎大夫(さぶらうだいふ)(さぶらふだゆう)家房(いへふさ)【*季房(すゑふさ) 】が子(こ)、左兵衛尉(さひやうゑのじよう)(さひやうゑのぜう)家貞(いへさだ)といふ
者(もの)ありけり。薄青(うすあを)のかり【狩】衣(ぎぬ)のしたに萠黄威(もよぎをどし)(もよぎおどし)の
腹巻(はらまき)をき、弦袋(つるぶくろ)つけたる太刀(たち)脇(わき)ばさむ(ばさん)で、
P01011
殿上(てんじやう)の小庭(こには)に畏(かしこまつ)てぞ候(さうらひ)(さふらひ)ける。貫首(くわんじゆ)以下(いげ)あやしみを
なし、「うつほ柱(ばしら)よりうち、鈴(すず)の綱(つな)のへんに、布
衣(ほうい)の者(もの)の候(さうらふ)はなに者(もの)ぞ。狼籍【*狼藉】(らうぜき)なり。罷出(まかりいで)よ」と六位(ろくゐ)を
も(ッ)てい【言】はせければ、家貞(いへさだ)申(まうし)けるは、「相伝(さうでん)の主(しゆう)(しう)、備
前守殿(びぜんのかみのとの)、今夜(こよひ)闇打(やみうち)にせられ給(たまふ)べき由(よし)承(うけたまはり)候(さうらふ)
あひだ、其(その)ならむ様(やう)をみ【見】むとて、かくて候(さうらふ)(さふらふ)。えこそ
罷出(まかりいづ)まじけれ」とて、畏(かしこまつ)て候(さうらひ)ければ、是等(これら)を
よしなしとやおもは【思は】れけむ、其(その)夜(よ)の闇打(やみうち)なかりけり。
P01012
忠盛(ただもり)御前(ごぜん)のめしにま【舞】はれければ、人々(ひとびと)拍子(ひやうし)を
かへて、「伊勢平氏(いせへいじ)はすがめなりけり」とぞはや
されける。此(この)人々(ひとびと)はかけまくもかたじけなく、柏
原天皇(かしはばらのてんわう)の御末(おんすゑ)とは申(まうし)ながら、中比(なかごろ)は都(みやこ)のすま
ゐ(すまひ)もうとうとしく、地下(ぢげ)にのみ振舞(ふるまひ)(ふるまい)な(ッ)て、いせ【伊勢】の
国(くに)に住国(ぢゆうこく)(ぢうこく)ふか【深】かりしかば、其(その)国(くに)のうつはものに
事(こと)よせて、伊勢平氏(いせへいじ)とぞP86 申(まうし)ける。其上(そのうへ)忠盛(ただもり)
目(め)のすがまれたりければ、か様(やう)にははやされ
P01013
けり。いかにすべき様(やう)もなくして、御遊(ぎよいう)(ぎよゆふ)もいまだ
をはらざるに、偸(ひそか)に罷出(まかりいで)らるるとて、よこ【横】だへ
さされたりける刀(かたな)をば、紫震殿【*紫宸殿】(ししんでん)の御後(ごご)にして、
かたえ(かたへ)の殿上人(てんじやうびと)のみ【見】られける所(ところ)に、主殿司(とのもづかさ)を
めしてあづけをき(おき)てぞ出(いで)られける。家貞(いへさだ)待(まち)
うけたてま(ッ)て、「さていかが候(さうらひ)(さふらひ)つる」と申(まうし)ければ、
かくともいはまほしう思(おも)はれけれども、いひ
つるものならば、殿上(てんじやう)まで【迄】もやがてきりのぼらむ
P01014
ずる者(もの)にてある間(あひだ)(あいだ)、別(べち)の事(こと)なし」とぞ答(こたへ)
られける。五節(ごせち)には、「白薄様(しろうすやう)、こぜむじ(こぜんじ)の紙(かみ)、巻
上(まきあげ)の筆(ふで)、鞆絵(ともゑ)かいたる筆(ふで)の軸(ぢく)」なむど、さまざま
面白(おもしろき)事(こと)をのみこそうた【歌】ひまはるるに、中比(なかごろ)
太宰権帥(ださいのごんのそつ)季仲卿(すゑなかのきやう)といふ人(ひと)ありけり。あまりに
色(いろ)の黒(くろ)かりければ、みる【見る】人(ひと)黒帥(こくそつ)とぞ申(まうし)(もうし)ける。
其(その)人(ひと)いまだ蔵人頭(くらんどのとう)なりし時(とき)、五節(ごせち)にまはれ
ければ、それも拍子(ひやうし)をかへて、「あなくろぐろ、くろき
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頭(とう)かな。いかなる人(ひと)のうるしぬりけむ」とぞはや
されける。又(また)花山院(くわさんのゐんの)前太政大臣(さきのだいじやうだいじん)忠雅(ただまさ)公(こう)、いまだ
十歳(じつさい)と申(まうし)し時(とき)、父(ちち)中納言(ちゆうなごん)(ちうなごん)忠宗卿(ただむねのきやう)にをく(おく)【遅】れ
たてま(ッ)て、みなし子(ご)にておはしけるを、故中御
門(こなかのみかどの)藤中納言(とうぢゆうなごん)(とうぢうなごん)家成卿(いへなりのきやう)、いまだ播磨守(はりまのかみ)たりし時(とき)、
聟(むこ)にとりて声花(はなやか)にもてなされければ、それも
五節(ごせち)に、「播磨(はりま)よねはとくさ【木賊】か、むくの葉(は)か、人(ひと)の
きらをみがくは」とぞはやされける。P87「上古(しやうこ)には
P01016
か様(やう)にありしかども事(こと)いでこず、末代(まつだい)
いかがあらむずらむ。おぼつかなし」とぞ人(ひと)申(まうし)
ける。案(あん)のごとく、五節(ごせち)はてにしかば、殿上人(てんじやうびと)
一同(いちどう)に申(まう)されけるは、「夫(それ)雄剣(ゆうけん)を帯(たい)して公宴(こうえん)に列(れつ)し、
兵杖【*兵仗】(ひやうぢやう)を給(たまはり)て宮中(きゆうちゆう)(きうちう)を出入(しゆつにふ)(しゆつにう)するは、みな格式(かくしき)の
礼(れい)をまもる。綸命(りんめい)よしある先規(せんぎ)なり。然(しかる)を
忠盛(ただもりの)朝臣(あそん)、或(あるい)は相伝(さうでん)の郎従(らうじゆう)(らうじう)と号(かう)して、布衣(ほうい)の
兵(つはもの)を殿上(てんじやう)の小庭(こには)にめしをき(おき)、或(あるい)は腰(こし)の刀(かたな)を
P01017
横(よこだ)へさいて、節会(せちゑ)の座(ざ)につらなる。両条(りやうでう)希
代(きたい)いまだきかざる狼籍【*狼藉】(らうぜき)なり。事(こと)既(すで)に重
畳(ちようでふ)(てうでう)せり、罪科(ざいくわ)尤(もつとも)のがれがたし。早(はや)く御札(みふだ)を
けづ(ッ)て、闕官(けつくわん)停任(ちやうにん)ぜらるべき」由(よし)、をのをの(おのおの)
訴(うつた)へ申(まう)されければ、上皇(しやうくわう)大(おほき)に驚(おどろき)(をどろき)おぼしめし、
忠盛(ただもり)をめして御尋(おんたづね)あり。陳(ちん)[B 「陣」に「陳」と傍書]じ申(まうし)けるは、「まづ
郎従(らうじゆう)(らうじう)小庭(こには)に祗候(しこう)の由(よし)、全(まつた)く覚悟(かくご)仕(つかまつら)ず。但(ただし)近日(きんじつ)
人々(ひとびと)あひたくまるる子細(しさい)ある歟(か)の間(あひだ)(あいだ)、年来(としごろ)の
P01018
家人(けにん)事(こと)をつたへきく歟(か)によ(ッ)て、其(その)恥(はぢ)を
たすけむが為(ため)に、忠盛(ただもり)にしら【知ら】れずして
偸(ひそか)に参候(さんこう)(さんかう)の条(でう)、力(ちから)及(およ)(をよ)ばざる次第(しだい)也(なり)。若(もし)猶(なほ)(なを)其(その)咎(とが)
あるべくは、彼(かの)身(み)をめし進(しん)ずべき歟(か)。次(つぎ)に刀(かたな)の
事(こと)、主殿司(とのもづかさ)にあづけをき(おき)をは(ン)ぬ(をはんぬ)。是(これ)をめし出(いだ)
され、刀(かたな)の実否(じつぷ)について咎(とが)の左右(さう)あるべき
か」と申(まうす)。しかるべしとて、其(その)刀(かたな)を召(めし)出(いだ)して叡
覧(えいらん)(ゑいらん)あれば、うへは鞘巻(さやまき)の黒(くろ)くぬりたりけるが、
P01019
なか【中】は木刀(きがたな)に銀薄(ぎんぱく)をぞおしたりける。「当座(たうざ)の
恥辱(ちじよく)をのがれむが為(ため)に、刀(かたな)を帯(たい)する由(よし)あ
らはすといへども後P88日(ごにち)の訴詔【*訴訟】(そしよう)(そせう)を存知(ぞんぢ)(ぞんじ)して、
木刀(きがたな)を帯(たい)しける用意(ようい)のほどこそ神妙(しんべう)なれ。
弓箭(きゆうせん)(きうせん)に携(たづさは)らむ者(もの)のはかりことは、尤(もつとも)かうこそ
あらまほしけれ。兼(かねては)又(また)郎従(らうじゆう)(らうじう)小庭(こには)に祇候(しこう)(しかう)の条(でう)、
且(かつ)は武士(ぶし)の郎等(らうどう)の習(ならひ)なり。忠盛(ただもり)が咎(とが)にあらず」とて、
還(かへつ)て叡感(えいかん)(ゑいかん)にあづか(ッ)しうへは、敢(あへ)て罪科(ざいくわ)の沙汰(さた)も
P01020
なかりけり。 『鱸(すずき)』S0103 其(その)子(こ)ども、諸衛(しよゑ)の佐(すけ)になる。昇殿(しようでん)(せうでん)
せしに、殿上(てんじやう)のまじはりを人(ひと)きらふに及(およ)(をよ)ばず。
其比(そのころ)忠盛(ただもり)、備前国(びぜんのくに)より都(みやこ)へのぼりたりけるに、
鳥羽院(とばのゐん)「明石浦(あかしのうら)はいかに」と、尋(たづね)ありければ、
あり明(あけ)の月(つき)も明石(あかし)の浦風(うらかぜ)に
浪(なみ)ばかりこそよるとみえ【見え】しか W001
と申(まうし)たりければ、御感(ぎよかん)ありけり。此(この)歌(うた)は金葉集(きんえふしふ)(きんえうしう)
にぞ入(いれ)られける。忠盛(ただもり)又(また)仙洞(せんとう)に最愛(さいあい)の女房(にようばう)を
P01021
も【持】(ッ)てかよはれけるが、ある時(とき)其(その)女房(にようばう)のつぼねに、
妻(つま)に月(つき)出(いだ)したる扇(あふぎ)を忘(わすれ)て出(いで)られたりければ、
かたえ(かたへ)の女房(にようばう)たち、「是(これ)はいづくよりの月影(つきかげ)ぞや。出(いで)どころ
おぼつかなし」とわらひあはれければ、彼(かの)女房(にようばう)、
雲井(くもゐ)よりただもりきたる月(つき)なれば
おぼろけにてはい【言】はじとぞおもふ【思ふ】 W002 P89
とよみたりければ、いとどあさからずぞ思(おも)はれ
ける。薩摩守(さつまのかみ)忠教【*忠度】(ただのり)の母(はは)是(これ)なり。にるを友(とも)とかやの
P01022
風情(ふぜい)に、忠盛(ただもり)もすいたりければ、彼(かの)女房(にようばう)もゆう(いう)【優】
なりけり。かくて忠盛(ただもり)刑部卿(ぎやうぶのきやう)にな(ッ)て、仁平(にんぺい)三年(さんねん)
正月(しやうぐわつ)十五日(じふごにち)、歳(とし)五十八(ごじふはち)にてう【失】せにき。清盛(きよもり)嫡男(ちやくなん)
たるによ(ッ)て、其(その)跡(あと)をつぐ。保元(ほうげん)元年(ぐわんねん)(ぐはんねん)七月(しちぐわつ)に宇治(うぢ)の
左府(さふ)代(よ)をみだり給(たまひ)し時(とき)、安芸守(あきのかみ)とて御方(みかた)に
て勲功(くんこう)ありしかば、播磨守(はりまのかみ)にうつ(ッ)て、同(おなじき)三年(さんねん)太
宰大弐(ださいのだいに)になる。次(つぎ)に平治(へいぢ)元年(ぐわんねん)十二月(じふにぐわつ)、信頼卿(のぶよりのきやう)が
謀叛(むほん)の時(とき)、御方(みかた)にて[B 「に」の下に「な」と傍書]賊徒(ぞくと)をうちたいら(たひら)【平】げ、勲功(くんこう)
P01023
一(ひとつ)にあらず、恩賞(おんしやう)是(これ)おもかるべしとて、次(つぎ)の年(とし)正
三位(じやうざんみ)に叙(じよ)せられ、うちつづき宰相(さいしやう)、衛府督(ゑふのかみ)、検非
違使別当(けんびゐしのべつたう)(けんびいしのべつたう)、中納言(ちゆうなごん)(ちうなごん)、大納言(だいなごん)に経(へ)あが(ッ)て、剰(あまつさ)へ烝相【丞相】(しようじやう)(せうじやう)の
位(くらゐ)にいたる。左右(さう)を経(へ)ずして内大臣(ないだいじん)より太
政大臣(だいじやうだいじん)従一位(じゆいちゐ)にあがる。大将(だいしやう)にあらねども、兵杖【*兵仗】(ひやうぢやう)を
給(たまはつ)て随身(ずいじん)をめし具(ぐ)す。牛車(ぎつしや)輦車(れんじや)の宣
旨(せんじ)を蒙(かうぶつ)て、のりながら宮中(きゆうちゆう)(きうちう)を出入(しゆつにふ)(しゆつにう)す。偏(ひとへ)に
三 執政(しつせい)の臣(しん)のごとし。「太政大臣(だいじやうだいじん)は一人(いちじん)に師範(しはん)として、
P01024
四海(しかい)に儀(ぎ)けい【刑】せり。国(くに)ををさめ道(みち)を論(ろん)じ、陰
陽(いんやう)(ゐんやう)をやはらげおさむ(をさむ)【治む】。其(その)人(ひと)にあらずは則(すなはち)かけ
よ」といへり。されば即闕(そくけつ)の官(くわん)とも名付(なづけ)たり。其(その)人(ひと)
ならではけがすべき官(くわん)(くはん)ならねども、一天(いつてん)四海(しかい)を
掌(たなごころ)の内(うち)ににぎられしうへ[M 「うへ」をミセケチ、「か」と傍書]は、子細(しさい)に及(およ)(をよ)ばず。平家(へいけ)
か様(やう)に繁昌(はんじやう)せられけるも、熊野権現(くまののごんげん)の御
利生(ごりしやう)とぞきこえし。其(その)故(ゆゑ)(ゆへ)は、P90古(いにし)へ清盛公(きよもりこう)(きよもりかう)いまだ
安芸守(あきのかみ)たりし時(とき)、伊勢(いせ)の海(うみ)より船(ふね)にて熊野(くまの)へ
P01025
まい(まゐ)【参】られけるに、おほきなる鱸(すずき)の船(ふね)に踊入(をどりいり)(おどりいり)
たりけるを、先達(せんだち)申(まうし)けるは、「是(これ)は権現(ごんげん)の御利生(ごりしやう)也(なり)。
いそぎまい(まゐ)【参】るべし」と申(まうし)ければ、清盛(きよもり)のたまひけるは、
「昔(むかし)、周(しう)の武王(ぶわう)の船(ふね)にこそ白魚(はくぎよ)は躍入(をどりいり)(おどりいり)たりけるなれ。
是(これ)吉事(きちじ)なり」とて、さばかり十戒(じつかい)をたもち、精
進潔斎(しやうじんけつさい)の道(みち)なれども、調味(てうみ)して家子侍共(いへのこさぶらひども)に
くはせられけり。其(その)故(ゆゑ)(ゆへ)にや、吉事(きちじ)のみうちつづ
いて、太政大臣(だいじやうだいじん)まで【迄】きはめ給(たま)へり。子孫(しそん)の官途(くわんど)(くはんど)も竜(りよう)(れう)の
P01026
雲(くも)に昇(のぼ)るよりは猶(なほ)(なを)すみやかなり。九代(くだい)の先蹤(せんじよう)(せんじやう)を
四 こえ給(たま)ふこそ目出(めでた)けれ。 『禿髪(かぶろ)』S0104 かくて清盛(きよもり)公(こう)、仁安(にんあん)三年(さんねん)
十一月(じふいちぐわつ)十一日(じふいちにち)、年(とし)五十一(ごじふいち)にてやまひにをかされ、存
命(ぞんめい)の為(ため)に忽(たちまち)に出家入道(しゆつけにふだう)(しゆつけにうだう)す。法名(ほふみやう)(ほうめい)は浄海(じやうかい)とこそ
名(な)のられけれ。其(その)しるしにや、宿病(しゆくびやう)たちどころに
いへ(いえ)て、天命(てんめい)を全(まつたう)す。人(ひと)のしたがひつく事(こと)、
吹(ふく)風(かぜ)の草木(さうもく)をなびかすが如(ごと)し。世(よ)のあまねく
仰(あふ)げる事(こと)、ふる雨(あめ)の国土(こくど)をうるほすに同(おな)じ。
P01027
六波羅殿(ろくはらどの)の御一家(ごいつか)の君達(きんだち)といひて(ン)しかば、花
族(くわそく)も栄耀(えいゆう)(ゑいゆう)も面(おもて)をむかへ肩(かた)をならぶる人(ひと)なし。
されば入道相国(にふだうしやうこく)(にうだうしやうこく)のこじうと、平(へい)大納言(だいなごん)時忠卿(ときただのきやう)の
のたまひけるは、「此(この)P91一門(いちもん)にあらざらむ人(ひと)は皆(みな)人
非人(にんぴにん)なるべし」とぞのたまひける。かかりしかば、いかなる
人(ひと)も相構(あひかまへ)て其(その)ゆかりにむすぼほれむとぞ
しける。衣文(えもん)(ゑもん)のかきやう、鳥帽子(えぼし)(ゑぼし)のためやうより
はじめて、何事(なにごと)も六波羅様(ろくはらやう)といひて(ン)げれば、
P01028
一天四海(いつてんしかい)の人(ひと)皆(みな)是(これ)をまなぶ。又(また)いかなる賢王(けんわう)賢
主(けんじゆ)の御政(おんまつりごと)も、摂政(せつしやう)関白(くわんばく)(くはんばく)の御成敗(ごせいばい)も、世(よ)にあま
されたるいたづら者(もの)な(ン)どの、人(ひと)のきかぬ所(ところ)にて、
なにとなうそしり傾(かたぶ)け申(まうす)事(こと)はつねの習(ならひ)なれ
ども、此(この)禅門(ぜんもん)世(よ)ざかりのほどは、聊(いささか)いるかせにも
申(まうす)者(もの)なし。其(その)故(ゆゑ)(ゆへ)は、入道相国(にふだうしやうこく)(にうだうしやうこく)のはかりことに、
十四五六(じふしごろく)の童部(わらはべ)を三百人(さんびやくにん)揃(そろへ)て、髪(かみ)を禿(かぶろ)に
きりまはし、あかき直垂(ひたたれ)をきせて、めし
P01029
つかはれけるが、京中(きやうぢゆう)(きやうぢう)にみちみちて往反(わうへん)し
けり。をのづから(おのづから)平家(へいけ)の事(こと)あしざまに申(まうす)
者(もの)あれば、一人(いちにん)きき出(いだ)さぬほどこそありけれ、
余党(よたう)に触廻(ふれまは)して其(その)家(いへ)に乱入(らんにふ)(らんにう)し、資財(しざい)雑
具(ざふぐ)(ざうぐ)を追捕(ついほ)し、其(その)奴(やつご)を搦(からめ)と(ッ)て、六波羅(ろくはら)へゐて
まい(まゐ)【参】る。されば目(め)にみ、心(こころ)にしる【知る】といへども、詞(ことば)にあ
らはれて申(まうす)者(もの)なし。六波羅殿(ろくはらどの)の禿(かぶろ)といひて(ン)
しかば、道(みち)をすぐる馬(むま)・車(くるま)もよぎてぞとほりける。
P01030
禁門(きんもん)を出入(しゆつにふ)(しゆつにう)すといへども姓名(せいめい)を尋(たづね)らるるに
及(およ)(をよ)ばず京師(けいし)(ケイシ)の長吏(ちやうり)是(これ)が為(ため)に目(め)を側(そばむ)(ソバム)とみえ【見え】
たり。P92『吾身(わがみの)栄花(えいぐわ)』S0105 吾身(わがみ)の栄花(えいぐわ)(ゑいぐわ)を極(きはむ)るのみならず、一門(いちもん)共(とも)に
繁昌(はんじやう)して、嫡子(ちやくし)重盛(しげもり)、内大臣(ないだいじん)の左大将(さだいしやう)、次男(じなん)
宗盛(むねもり)、中納言(ちゆうなごん)(ちうなごん)の右大将(うだいしやう)、三男(さんなん)具盛【*知盛】(とももり)、三位中将(さんみのちゆうじやう)(さんみのちうじやう)、嫡孫(ちやくそん)
維盛(これもり)、四位少将(しゐのせうしやう)、惣(そう)じて一門(いちもん)の公卿(くぎやう)十六人(じふろくにん)、殿上人(てんじやうびと)
卅(さんじふ)余人(よにん)、諸国(しよこく)の受領(じゆりやう)(じゆれう)、衛府(ゑふ)、諸司(しよし)、都合(つがふ)(つがう)六十(ろくじふ)余人(よにん)
なり。世(よ)には又(また)人(ひと)なくぞみえ【見え】られける。昔(むかし)奈良
P01031
御門(ならのみかど)の御時(おんとき)、神亀(じんき)五年(ごねん)、朝家(てうか)に中衛(ちゆうゑ)(ちうゑ)の大将(だいしやう)を
はじめをか(おか)【置か】れ、大同(だいどう)四年(しねん)に中衛(ちゆうゑ)(ちうゑ)を近衛(こんゑ)と改(あらため)
られしより以降(このかた)、兄弟(けいてい)左右(さう)に相並(あひならぶ)事(こと)纔(わづか)に
三四箇度(さんしかど)なり。文徳天皇(もんどくてんわう)の御時(おんとき)は、左(ひだり)に良房(よしふさ)、右
大臣(うだいじん)の左大将(さだいしやう)、右(みぎ)に良相(よしすけ)、大納言(だいなごん)の右大将(うだいしやう)、是(これ)は閑院(かんゐん)の
左大臣(さだいじん)冬嗣(ふゆつぎ)の御子(おんこ)なり。朱雀院(しゆしやくゐん)の御宇(ぎよう)には、左(ひだり)に
実頼(さねより)小野宮殿(をののみやどの)、右(みぎ)に師資(もろすけ)九条殿(くでうどの)、貞仁【*貞信】(ていじん)公(こう)の
御子(おんこ)なり。後冷泉院(ごれんぜいのゐん)の御時(おんとき)は、左(ひだり)に教通(のりみち)大二条殿(おほにでうどの)、
P01032
右(みぎ)に頼宗(よりむね)堀河殿(ほりかはどの)、御堂(みだう)の関白(くわんばく)(くはんばく)の御子(おんこ)なり。二条院(にでうのゐんの)
御宇(ぎよう)には、左(ひだり)に基房(もとふさ)松殿(まつどの)、右(みぎ)に兼実(かねざね)月輪殿(つきのわどの)、
法性寺殿(ほふしやうじどの)(ほうしやうじどの)の御子(おんこ)なり。是(これ)皆(みな)摂禄(せつろく)の臣(しん)の御子息(ごしそく)、
凡人(ぼんにん)にとりては其(その)例(れい)なし。殿上(てんじやう)の交(まじはり)をだに
きらはれし人(ひと)の子孫(しそん)にて、禁色雑袍(きんじきざつぱう)をゆり、
綾羅錦繍(りようらきんしう)(れうらきんしう)を身(み)にまとひ、大臣(だいじん)の大将(だいしやう)にな(ッ)て
兄弟(けいてい)左右(さう)に相並(あひならぶ)事(こと)、末代(まつだい)とはいひながら不思
議(ふしぎ)なりし事(こと)どもなり。P93其(その)外(ほか)御娘(おんむすめ)八人(はちにん)おはしき。
P01033
皆(みな)とりどりに、幸(さいはひ)給(たま)へり。一人(いちにん)は桜町(さくらまち)の中納言(ちゆうなごん)(ちうなごん)重教【*成範】
卿(しげのりのきやう)の北(きた)の方(かた)にておはすべかりしが、八歳(はつさい)の時(とき)約
束(やくそく)斗(ばかり)にて、平治(へいぢ)(へいじ)のみだれ以後(いご)引(ひき)ちがへられ、
花山院(くわさんのゐん)の左大臣殿(さだいじんどの)の御台盤所(みたいはんどころ)にならせ給(たまひ)て、
君達(きんだち)あまたましましけり。抑(そもそも)此(この)重教【*成範】卿(しげのりのきやう)を桜
町(さくらまち)の中納言(ちゆうなごん)(ちうなごん)と申(まうし)ける事(こと)は、すぐれて心(こころ)数奇(すき)給(たま)へる
人(ひと)にて、つねは吉野山(よしのやま)をこひ、町(まち)に桜(さくら)をうへ(うゑ)ならべ、
其(その)内(うち)に屋(や)をたててすみ給(たまひ)しかば、来(く)る年(とし)の春(はる)毎(ごと)に
P01034
みる【見る】人(ひと)桜町(さくらまち)とぞ申(まうし)ける。桜(さくら)はさいて七箇日(しちかにち)に
ちるを、余波(なごり)を惜(をし)(おし)み、あまてる【天照】御神(おんがみ)に祈(いの)り
申(まう)されければ、三七(さんしち)日(にち)まで【迄】余波(なごり)ありけり。君(きみ)も
賢王(けんわう)にてましませば、神(かみ)も神徳(しんとく)を耀(かかや)かし、花(はな)も
心(こころ)ありければ、廿日(はつか)の齢(よはひ)をたもちけり。一人(いちにん)は后(きさき)に
たたせ給(たま)ふ。王子(わうじ)御誕生(ごたんじやう)ありて皇太子(くわうたいし)にたち、
位(くらゐ)につかせ給(たまひ)しかば、院号(ゐんがう)かうぶらせ給(たまひ)て建
礼門院(けんれいもんゐん)とぞ申(まうし)ける。入道相国(にふだうしやうこく)(にうだうしやうこく)の御娘(おんむすめ)なるうへ、
P01035
天下(てんが)の国母(こくも)にてましましければ、とかう申(まうす)に
及(およ)(をよ)ばず。一人(いちにん)は六条(ろくでう)の摂政殿(せつしやうどの)の北政所(きたのまんどころ)にならせ
給(たま)ふ。高倉院(たかくらのゐん)御在位(ございゐ)の時(とき)、御母代(おんぱはしろ)(おんハハシロ)とて准三后(じゆんさんごう)の
宣旨(せんじ)をかうぶり、白河殿(しらかはどの)とておもき人(ひと)にて
ましましけり。一人(いちにん)は普賢寺殿(ふげんじどの)の北政所(きたのまんどころ)にならせ
給(たま)ふ。一人(いちにん)は冷泉大納言(れんぜいのだいなごん)隆房卿(たかふさのきやう)の北方(きたのかた)、一人(いちにん)は七条
修理大夫(しつでうのしゆりのだいぶ)信隆卿(のぶたかのきやう)に相具(あひぐ)し給(たま)へり。又(また)安芸国(あきのくに)
厳島(いつくしま)の内侍(ないし)が腹(はら)に一人(いちにん)おはせしは、後白河法皇(ごしらかはのほふわう)(ごしらかはのほうわう)へ
P01036
まい(まゐ)【参】らせ給(たまひ)て、女御(にようご)のやうでましましける。
其(その)外(ほか)九条院(くでうのゐん)の雑仕(ざふし)(ざうし)P94常葉(ときは)が腹(はら)に一人(いちにん)、是(これ)は花山院
殿(くわさんのゐんどの)に上臈女房(じやうらうにようばう)にて、廊(らう)の御方(おんかた)とぞ申(まうし)ける。
日本秋津島(につぽんあきつしま)は纔(わづか)に六十六箇国(ろくじふろくかこく)、平家知行(へいけちぎやう)の
国(くに)卅(さんじふ)余箇国(よかこく)、既(すで)に半国(はんごく)にこえたり。其(その)外(ほか)庄園(しやうゑん)(しやうえん)
田畠(でんばく)いくらといふ数(かず)を知(しら)ず。綺羅(きら)充満(じゆうまん)(じうまん)して、
堂上(たうしやう)花(はな)の如(ごと)し。軒騎(けんき)群集(くんじゆ)して、門前(もんぜん)市(いち)を
なす。楊州(やうしう)の金(こがね)、荊州(けいしう)の珠(たま)、呉郡(ごきん)の綾(あや)、蜀江(しよくかう)(しよくこう)の
P01037
錦(にしき)、七珍万宝(しつちんまんぼう)一(ひとつ)として闕(かけ)たる事(こと)なし。歌堂
舞閣(かたうぶかく)の基(もとゐ)(もとひ)、魚竜爵馬(ぎよりようしやくば)(ぎよれうしやくば)の翫(もてあそび)もの、恐(おそら)くは帝闕(ていけつ)も
六 仙洞(せんとう)も是(これ)にはすぎじとぞみえ【見え】し。[* 『祇王(ぎわう)』S0106は、底本に無し。 ] 『二代后(にだいのきさき)』S0107 昔(むかし)より今(いま)に
至(いた)るまで【迄】、源平(げんぺい)両氏(りやうし)朝家(てうか)に召(めし)つかはれて、王
化(わうくわ)(わうクワ)にしたがはず、をのづから(おのづから)朝権(てうけん)をかろむずる(かろんずる)
者(もの)には、互(たがひ)にいましめをくはへしかば、代(よ)のみだれも
なかりしに、保元(ほうげん)に為義(ためよし)きられ、平治(へいぢ)(へいじ)に義朝(よしとも)
誅(ちゆう)(ちう)せられて後(のち)は、すゑずゑの源氏(げんじ)ども或(あるい)(あるひ)は流(なが)され、
P01038
或(あるい)(あるひ)はうしなはれ、今(いま)は平家(へいけ)の一類(いちるい)のみ繁昌(はんじやう)して、
頭(かしら)をさし出(いだ)す者(もの)なし。いかならむ末(すゑ)の代(よ)まで【迄】も
何事(なにごと)かあらむとぞみえ【見え】し。されども、鳥羽院(とばのゐん)
御晏駕(ごあんか)の後(のち)は、兵革(へいがく)(へいカク)うちつづき、死罪(しざい)・流刑(るけい)・
闕官(けつくわん)・停任(ちやうにん)つねにおこなはP108れて、海内(かいだい)(かいタイ)もしづか
ならず、世間(せけん)もいまだ落居(らくきよ)せず。就中(なかんづく)に永暦(えいりやく)(ゑいりやく)
応保(おうほう)の比(ころ)よりして、院(ゐん)の近習者(きんじゆしや)をば内(うち)より
御(おん)いましめあり、内(うち)の近習者(きんじゆしや)をば院(ゐん)よりいま
P01039
しめらるる間(あひだ)(あいだ)、上下(じやうげ)おそれをののいてやすい
心(こころ)もなし。ただ深淵(しんゑん)(しんえん)にのぞむ(のぞん)で薄氷(はくひやう)をふむに
同(おな)じ。主上(しゆしやう)上皇(しやうくわう)(しやうくはう)、父子(ふし)の御(おん)あひだには、何事(なにごと)の
御(おん)へだてかあるべきなれども、思(おもひ)のほかの事(こと)
どもありけり。是(これ)も世(よ)澆季(げうき)に及(およん)(をよん)で、人(ひと)梟
悪(けうあく)をさきとする故(ゆゑ)(ゆへ)也(なり)。主上(しゆしやう)、院(ゐん)の仰(おほせ)をつねに
申(まうし)かへさせおはしましけるなかにも、人(ひと)耳目(じぼく)を
驚(おどろ)(をどろ)かし、世(よ)も(ッ)て大(おほひ)にかたぶけ申(まうす)事(こと)ありけり。
P01040
故近衛院(ここんゑのゐん)の后(きさき)、太皇太后宮(たいくわうたいこうくう)(たいくはうたいこうくう)と申(まうし)しは、大炊御門(おほいのみかど)の
右大臣(うだいじん)公能公(きんよしこう)の御娘(おんむすめ)也(なり)。先帝(せんてい)にをく(おく)【遅】れたて
まつらせ給(たまひ)て後(のち)は、九重(ここのへ)(ここのえ)の外(ほか)、近衛河原(こんゑかはら)の
御所(ごしよ)にぞうつりすませ給(たまひ)ける。さきのきさ
いの宮(みや)にて、幽(かすか)なる御(おん)ありさまにてわたらせ
給(たまひ)しかば、永暦(えいりやく)(ゑいりやく)のころほひは、御年(おんとし)廿二三(にじふにさん)に
もやならせ給(たまひ)けむ、御(おん)さかりもすこしすぎ【過】
させおはしますほどなり。しケれども【*しかれども】、天下(てんが)
P01041
第一(だいいち)の美人(びじん)のきこえましましければ、主上(しゆしやう)
色(いろ)にのみそ【染】める御心(おんこころ)にて、偸(ひそか)に行力使【*高力士】(かうりよくし)(カウリヨクシ)に
詔(ぜう)じて、外宮(ぐわいきゆう)(ぐわいきう)にひき求(もと)めしむるに及(およん)(をよん)で、
此(この)大宮(おほみや)へ御艶書(ごえんしよ)あり。大宮(おほみや)敢(あへ)てきこしめしも
いれ【入れ】ず。さればひたすらはや【早】ほにあらはれて、
后(きさき)御入内(ごじゆだい)あるべき由(よし)、右大臣家(うだいじんげ)に宣旨(せんじ)を下(くだ)さる。
此(この)事(こと)天下(てんが)にをいて(おいて)ことなる勝事(せうし)なれば、公卿
僉議(くぎやうせんぎ)あり。をのをの(おのおの)意見(いけん)をいふ。「先(まづ)P109異朝(いてう)の先蹤(せんじよう)(せんぜう)を
P01042
とぶらふに、震旦(しんだん)の則天皇后(そくてんくわうこう)は唐(たう)の太宗(たいそう)の
きさき、高宗皇帝(かうそうくわうてい)(かうそうくはうてい)の継母(けいぼ)なり。太宗(たいそう)崩御(ほうぎよ)の
後(のち)、高宗(かうそう)の后(きさき)にたち給(たま)へる事(こと)あり。是(これ)は異
朝(いてう)の先規(せんぎ)たるうへ、別段(べちだん)の事(こと)なり。しかれども
吾(わが)朝(てう)には、神武天皇(じんむてんわう)より以降(このかた)人皇(にんわう)七十(しちじふ)余代(よだい)に
及(およぶ)(をよぶ)まで、いまだ二代(にだい)の后(きさき)にたたせ給(たま)へる例(れい)を
きかず」と、諸卿(しよきやう)一同(いちどう)に申(まう)されけり。上皇(しやうくわう)も
しかるべからざる由(よし)、こしらへ申(まう)させ給(たま)へば、主上(しゆしやう)
P01043
仰(おほせ)なりけるは、「天子(てんし)に父母(ぶも)なし。吾(われ)十善(じふぜん)(ぢうぜん)の戒功(かいこう)に
よ(ッ)て、万乗(ばんじよう)(ばんぜう)の宝位(ほうゐ)をたもつ。是(これ)ほどの事(こと)、などか
叡慮(えいりよ)(ゑいりよ)にまかせ【任せ】ざるべき」とて、やがて御入内(ごじゆだい)の
日(ひ)、宣下(せんげ)せられけるうへは、力(ちから)及(およ)(をよ)ばせ給(たま)はず。大宮(おほみや)
かくときこしめされけるより、御涙(おんなみだ)にしづ
ませおはします。先帝(せんてい)にをく(おく)【遅】れまい(まゐ)【参】らせにし
久寿(きうじゆ)の秋(あき)のはじめ、同(おな)じ野(の)の露(つゆ)ともきえ、
家(いへ)をもいで世(よ)をものがれたりせば、かかるうき
P01044
耳(みみ)をばきかざらましとぞ、御歎(おんなげき)ありける。父(ちち)の
おとどこしらへ申(まう)させ給(たまひ)けるは、「「世(よ)にしたがは
ざるをも(ッ)て狂人(きやうじん)とす」とみえ【見え】たり。既(すで)に詔命(ぜうめい)を
下(くだ)さる。子細(しさい)を申(まうす)にところ【所】なし。ただすみやかに
まい(まゐ)【参】らせ給(たまふ)べきなり。もし王子(わうじ)御誕生(ごたんじやう)ありて、
君(きみ)も国母(こくも)といはれ、愚老(ぐらう)も外祖(ぐわいそ)とあふがる
べき瑞相(ずいさう)にてもや候(さうらふ)らむ。是(これ)偏(ひとへ)に愚老(ぐらう)を
たすけさせおはします御孝行(ごかうかう)の御(おん)いたり
P01045
なるべし」と申(まう)させ給(たま)へども、御返事(おんぺんじ)もなかりけり。
大宮(おほみや)其比(そのころ)なにとなき御P110手習(おんてならひ)の次(ついで)(つゐで)に、
うきふしにしづみもやらでかは竹(たけ)の
世(よ)にためしなき名(な)をやながさむ W004
世(よ)にはいかにしてもれけるやらむ、哀(あはれ)にやさ
しきためしにぞ、人々(ひとびと)申(まうし)あへりける。既(すで)に御
入内(ごじゆだい)の日(ひ)になりしかば、父(ちち)のおとど、供奉(ぐぶ)のかん
だちめ、出車(しゆつしや)の儀式(ぎしき)な(ン)ど心(こころ)ことにだしたて【出立】まい(まゐ)【参】らせ
P01046
給(たまひ)けり。大宮(おほみや)ものうき御(おん)いでたちなれば、と
みにもたてまつらず。はるかに夜(よ)もふけ、さ夜(よ)もなかばにな(ッ)て後(のち)、御車(おんくるま)にたすけ
のせられ給(たまひ)けり。御入内(ごじゆだい)の後(のち)は麗景殿(れいけいでん)にぞ
ましましける。ひたすらあさまつりごとをすすめ
申(まう)させ給(たま)ふ御(おん)ありさまなり。彼(かの)紫震殿【*紫宸殿】(ししんでん)の
皇居(くわうきよ)には、賢聖(げんじやう)の障子(しやうじ)をたてられたり。伊尹(いいん)・
鄭伍倫【*第伍倫】(ていごりん)・虞世南(ぐせいなん)、太公望(たいこうばう)・角里先生(ろくりせんせい)・李勣(りせき)・
P01047
司馬(しば)、手(て)なが足(あし)なが・馬形(むまがた)の障子(しやうじ)、鬼(おに)の間(ま)、季将軍(りしやうくん)が
すがたをさながらうつせる障子(しやうじ)也(なり)。尾張守(をはりのかみ)小野
道風(をののみちかぜ)が、七廻賢聖(しつくわいげんじやう)の障子(しやうじ)とかけるもことはり(ことわり)【理】とぞ
みえ【見え】し。彼(かの)清凉殿(せいりやうでん)の画図(ぐわと)(ぐはと)の御障子(みしやうじ)には、昔(むかし)
金岡(かなをか)がかきたりし遠山(ゑんざん)のあり明(あけ)の月(つき)もありと
かや。故院(こゐん)のいまだ幼主(えうしゆ)(ようしゆ)ましましけるそのかみ、な
にとなき御手(おんて)まさぐりの次(ついで)(つゐで)に、かきくもら
かさせ給(たまひ)しが、ありしながらにすこしもたがはぬを
P01048
御(ご)らむ(らん)【覧】じて、先帝(せんてい)の昔(むかし)もや御恋(おんこひ)しくおぼし
めされけん、P111
おもひ【思ひ】きやうき身(み)ながらにめぐりきて
おなじ雲井(くもゐ)の月(つき)をみ【見】むとは W005
其(その)間(あひだ)(あいだ)の御(おん)なからへ、いひしらず哀(あはれ)にやさし
かりし御事(おんこと)也(なり)。『額打論(がくうちろん)』S0108 さるほどに、永万(えいまん)(ゑいまん)元年(ぐわんねん)(ぐはんねん)の春(はる)の
比(ころ)より、主上(しゆしやう)御不予(ごふよ)の御事(おんこと)ときこえさせ
給(たまひ)しかば、夏(なつ)のはじめになりしかば、事(こと)のほかに
P01049
おもらせ給(たま)ふ。是(これ)によ(ッ)て、大蔵大輔(おほくらのたいふ)(ほくらのたゆふ)伊吉兼盛(いきのかねもり)が
娘(むすめ)の腹(はら)に、今上(きんじやう)一宮(いちのみや)の二歳(にさい)にならせ給(たま)ふがましましけるを、
太子(たいし)にたてまい(まゐ)【参】らせ給(たま)ふべしときこえし程(ほど)に、
同(おなじき)六月(ろくぐわつ)廿五日(にじふごにち)、俄(にはか)に親王(しんわう)の宣旨(せんじ)くだされて、や
がて其(その)夜(よ)受禅(じゆぜん)ありしかば、天下(てんが)なにとなうあはて(あわて)
たるさまなり。其(その)時(とき)の有職(いうしよく)(ゆうしよく)の人々(ひとびと)申(まうし)あはれ
けるは、本朝(ほんてう)に童体(とうてい)の例(れい)を尋(たづぬ)れば、清和天皇(せいわてんわう)
九歳(くさい)にして文徳天皇(もんどくてんわう)の御禅(ごぜん)をうけさせ給(たま)ふ。
P01050
是(これ)は彼(かの)周旦(しうたん)の成王(せいわう)にかはり、南面(なんめん)にして一日(いちじつ)
万機(ばんき)の政(まつりごと)ををさめ給(たまひ)しに准(なぞら)へて、外祖(ぐわいそ)(ぐはいそ)忠仁公(ちゆうじんこう)(ちうじんこう)
幼主(えうしゆ)(ようしゆ)を扶持(ふち)し給(たま)へり。是(これ)ぞ摂政(せつしやう)のはじめなる。
鳥羽院(とばのゐん)五歳(ごさい)、近衛院(こんゑのゐん)三歳(さんざい)にて践祚(せんそ)あり。かれを
こそいつしかなりと申(まうし)しに、是(これ)は二歳(にさい)にならせ
給(たま)ふ。先例(せんれい)なし。物(もの)さは(さわ)【騒】がしともおろかなり。P112さるほどに、
同(おなじき)七月(しちぐわつ)廿七日(にじふしちにち)、上皇(しやうくわう)つゐに(つひに)【遂に】崩御(ほうぎよ)なりぬ。御歳(おんとし)廿
三(にじふさん)、つぼめる花(はな)のちれるがごとし。玉(たま)の簾(すだれ)、錦(にしき)の
P01051
帳(ちやう)のうち、皆(みな)御涙(おんなみだ)にむせばせ給(たま)ふ。やがて其(その)
夜(よ)、香隆寺(かうりゆうじ)(かうりうじ)のうしとら、蓮台野(れんだいの)の奥(おく)、船岡山(ふなをかやま)に
おさめ(をさめ)【納め】奉(たてまつ)る。御葬送(ごさうそう)の時(とき)、延暦(えんりやく)・興福(こうぶく)両寺(りやうじ)の
大衆(だいしゆ)、額(がく)うち論(ろん)と云(いふ)事(こと)しいだして、互(たがひ)に狼籍【*狼藉】(らうぜき)に
七 及(およ)(をよ)ぶ。一天(いつてん)の君(きみ)崩御(ほうぎよ)な(ッ)て後(のち)、御墓所(みはかどころ)へわたし
奉(たてまつ)る時(とき)の作法(さほう)は、南北(なんぼく)二京(にけい)の大衆(だいしゆ)悉(ことごと)く供奉(ぐぶ)して、
御墓所(みはかどころ)のめぐりにわが寺々(てらでら)の額(がく)をうつ事(こと)あり。
まづ聖武天皇(しやうむてんわう)の御願(ごぐわん)、あらそふべき寺(てら)なければ、
P01052
東大寺(とうだいじ)の額(がく)をうつ。次(つぎ)に淡海公(たんかいこう)の御願(ごぐわん)とて、
興福寺(こうぶくじ)の額(がく)をうつ。北京(ほつきやう)には、興福寺(こうぶくじ)にむかへて
延暦寺(えんりやくじ)の額(がく)をうつ。次(つぎ)に天武天皇(てんむてんわう)の御願(ごぐわん)、
教大【*教待】和尚(けうだいくわしやう)・智証大師(ちしようだいし)の草創(さうさう)とて、園城寺(をんじやうじ)の額(がく)を
うつ。しかるを、山門(さんもん)の大衆(だいしゆ)いかがおもひ【思ひ】けむ、先例(せんれい)を
背(そむき)て、東大寺(とうだいじ)の次(つぎ)、興福寺(こうぶくじ)のうへに、延暦寺(えんりやくじ)の
額(がく)をうつあひだ、南都(なんと)の大衆(だいしゆ)、とやせまし、
かうやせましと僉議(せんぎ)する所(ところ)に、興福寺(こうぶくじ)の
P01053
西金堂衆(さいこんだうじゆ)、観音房(くわんおんばう)(くはんをんばう)・勢至房(せいしばう)とてきこえたる
大悪僧(だいあくそう)二人(ににん)ありけり。観音房(くわんおんばう)(くはんをんばう)は黒糸威(くろいとをどし)(くろいとおどし)の腹巻(はらまき)に、
しら柄(え)の長刀(なぎなた)くきみじかにとり、勢至房(せいしばう)は萠
黄威(もえぎをどし)(もえぎおどし)の腹巻(はらまき)に、黒漆(こくしつ)の大太刀(おほだち)も(ッ)て、二人(ににん)つ(ッ)と
走出(はしりいで)、延暦寺(えんりやくじ)の額(がく)をき【切】(ッ)ておとし、散々(さんざん)に打(うち)わり、
「うれしや水(みづ)、なるは滝(たき)の水(みづ)、日(ひ)はて【照】るともたえずと
うたへ」とはやしつつ、南都(なんと)の衆徒(しゆと)のなかへぞ
入(いり)にける。P113『清水寺(きよみづでら)炎上(えんしやう)』S0109 山門(さんもん)の大衆(だいしゆ)、狼籍【*狼藉】(らうぜき)をいたさば手(て)むかへ
P01054
すべき所(ところ)に、ふかうねらう(ねらふ)方(かた)もやありけむ、
ひと詞(ことば)もいださず。御門(みかど)かくれさせ給(たまひ)ては、心(こころ)
なき草木(さうもく)までも愁(うれい)たる色(いろ)にてこそある
べきに、此(この)騒動(さうどう)のあさましさに、高(たかき)も賎(いやしき)も、
肝(きも)魂(たましひ)(たましゐ)をうしな(ッ)て、四方(しはう)へ皆(みな)退散(たいさん)す。同(おなじき)廿九日(にじふくにち)の
午剋(むまのこく)斗(ばかり)、山門(さんもん)の大衆(だいしゆ)緩(おびたたし)う下洛(げらく)すときこえ
しかば、武士(ぶし)検非違使(けんびゐし)(けんびいし)、西坂下(にしざかもと)に、馳向(はせむかつ)て防(ふせき)
けれども、事(こと)ともせず、をし(おし)やぶ(ッ)て乱入(らんにふ)(らんにう)す。
P01055
何者(なにもの)の申出(まうしいだ)したりけるやらむ、「一院(いちゐん)山門(さんもん)の大衆(だいしゆ)に
仰(おほせ)て、平家(へいけ)を追討(ついたう)せらるべし」ときこえし
ほどに、軍兵(ぐんびやう)内裏(だいり)に参(さん)じて、四方(しはう)の陣頭(ぢんどう)を
警固(けいご)す。平氏(へいじ)の一類(いちるい)、皆(みな)六波羅(ろくはら)へ馳集(はせあつま)る。
一院(いちゐん)もいそぎ六波羅(ろくはら)へ御幸(ごかう)なる。清盛公(きよもりこう)其比(そのころ)
いまだ大納言(だいなごん)にておはしけるが、大(おほき)に恐(おそ)れさ
は(さわ)【騒】がれけり。小松殿(こまつどの)「なにによ(ッ)てか只今(ただいま)さる事(こと)
あるべき」としづめられけれども、上下(じやうげ)ののしりさは(さわ)【騒】ぐ事(こと)
P01056
緩(おびたた)し。山門(さんもん)の大衆(だいしゆ)、六波羅(ろくはら)へはよせずして、すぞ
ろなる清水寺(せいすいじ)におしよせて、仏閣(ぶつかく)僧坊(そうばう)一宇(いちう)も
のこさず焼(やき)はらふ。是(これ)はさんぬる御葬送(ごさうそう)の
夜(よ)の会稽(くわいけい)の恥(はぢ)を雪(きよ)めむが為(ため)とぞきこえし。
清水寺(せいすいじ)は興福寺(こうぶくじ)の末寺(まつじ)なるによ(ッ)てなり。清
水寺(せいすいじ)やけたりける朝(あした)、「や(ッ)、観音(くわんおん)(くはんをん)火坑(くわけう)変成
池(へんじやうち)はいかに」と札(ふだ)を書(かき)て、大門(だいもん)の前(まへ)にたてたり
ければ、P114次日(つぎのひ)又(また)、「歴劫(りやくこふ)(りやくこう)不思議(ふしぎ)力(ちから)及(およ)(をよ)ばず」と、かへしの
P01057
札(ふだ)をぞう(ッ)たりける。衆徒(しゆと)かへりのぼりにければ、
一院(いちゐん)六波羅(ろくはら)より還御(くわんぎよ)なる。重盛卿(しげもりのきやう)斗(ばかり)ぞ御(おん)
ともにはまい(まゐ)【参】られける。父(ちち)の卿(きやう)はまい(まゐ)【参】られず。猶(なほ)(なを)
用心(ようじん)の為(ため)かとぞきこえし。重盛(しげもりの)卿(きやう)御送(おんおくり)(おんをくり)より
かへられたりければ、父(ちち)の大納言(だいなごん)のたまひけるは、「
一院(いちゐん)の御幸(ごかう)こそ大(おほき)に恐(おそ)れおぼゆれ。かけても
思食(おぼしめし)より仰(おほせ)らるる旨(むね)のあればこそ、かうはきこゆ
らめ。それにもうちとけ給(たまふ)まじ」とのたまへば、
P01058
重盛卿(しげもりのきやう)申(まう)されける、「此(この)事(こと)ゆめゆめ御(おん)けしき
にも、御詞(おんことば)にも出(いだ)させ給(たまふ)べからず。人(ひと)に心(こころ)づけ
がほに、中々(なかなか)あしき御事(おんこと)也(なり)。それにつけても、
叡慮(えいりよ)(ゑいりよ)に背(そむき)給(たま)はで、人(ひと)の為(ため)に御情(おんなさけ)をほど
こさせましまさば、神明(しんめい)三宝(さんぼう)加護(かご)あるべし。さらむに
と(ッ)ては、御身(おんみ)の恐(おそ)れ候(さうらふ)まじ」とてたたれければ、
「重盛卿(しげもりのきやう)はゆゆしく大様(おほやう)なるものかな」とぞ、父(ちち)の
卿(きやう)ものたまひける。一院(いちゐん)還御(くわんぎよ)(くはんぎよ)の後(のち)、御前(ごぜん)にうと
P01059
からぬ近習者達(きんじゆしやたち)あまた候(さうら)はれけるに、「さても
ふし議(ぎ)の事(こと)を申出(まうしいだ)したるものかな。露(つゆ)も思食(おぼしめし)
よらぬものを」と仰(おほせ)ければ、院中(ゐんぢゆう)(ゐんぢう)のきりものに
西光法師(さいくわうほふし)(さいくわうほうし)といふ者(もの)あり。境節(をりふし)(おりふし)御前(ごぜん)ちかう候(さうらひ)
けるが、「天(てん)に口(くち)なし、にん(人)をも(ッ)ていはせよと申(まうす)。
平家(へいけ)以外(もつてのほか)に過分(くわぶん)に候(さうらふ)あひだ、天(てん)の御(おん)ぱからひ
にや」とぞ申(まうし)ける。人々(ひとびと)「此(この)事(こと)よしなし。壁(かべ)に耳(みみ)あり。
おそろしおそろし」とぞ、P115申(まうし)あはれける。『東宮立(とうぐうだち)』S0110 さるほどに、其(その)年(とし)は
P01060
諒闇(りやうあん)なりければ、御禊(ごけい)大嘗会(だいじやうゑ)もおこなはれず。
同(おなじき)十二月(じふにぐわつ)廿四日(にじふしにち)、建春門院(けんしゆんもんゐん)、其比(そのころ)はいまだ東宮(とうぐう)【*東(ひがし)】の御
方(おかた)と申(まうし)ける、御腹(おんぱら)に一院(いちゐん)の宮(みや)のましましけるが、
親王(しんわう)の宣旨(せんじ)下(くだ)され給(たま)ふ。あくれば改元(かいげん)あ(ッ)て仁安(にんあん)と
号(かう)す。同年(どうねん)の十月(じふぐわつ)八日(やうかのひ)、去年(きよねん)親王(しんわう)の宣旨(せんじ)蒙(かうぶ)らせ
給(たまひ)し皇子(わうじ)、東三条(とうさんでう)にて春宮(とうぐう)にたたせ給(たま)ふ。春
宮(とうぐう)は御伯父(おんをぢ)(おんおぢ)六歳(ろくさい)、主上(しゆしやう)は御甥(おんをひ)(おんおい)三歳(さんざい)、詔目(ぜうもく)にあひ
かなはず。但(ただし)寛和(くわんわ)二年(にねん)に一条院(いちでうのゐん)七歳(しちさい)にて御即位(ごそくゐ)、
P01061
三条院(さんでうのゐん)十一(じふいつ)歳(さい)にて春宮(とうぐう)にたたせ給(たま)ふ。先例(せんれい)
なきにあらず。主上(しゆしやう)は二歳(にさい)にて御禅(おんゆづり)をうけさせ
給(たま)ひ、纔(わづか)に五歳(ごさい)と、申(まうし)二月(にぐわつ)十九日(じふくにち)、東宮(とうぐう)践祚(せんそ)
ありしかば、位(くらゐ)をすべらせ給(たまひ)て、新院(しんゐん)とぞ
申(まうし)ける。いまだ御元服(ごげんぶく)もなくして、太上天皇(だいじやうてんわう)の
尊号(そんがう)あり。漢家(かんか)本朝(ほんてう)是(これ)やはじめならむ。仁
九 安(にんあん)三年(さんねん)三月(さんぐわつ)廿日(はつかのひ)、新帝(しんてい)大極殿(だいこくでん)にして御即
位(ごそくゐ)あり。此(この)君(きみ)の位(くらゐ)につかせ給(たまひ)ぬるは、いよいよ平家(へいけ)の
P01062
栄花(えいぐわ)(ゑいぐわ)とぞみえ【見え】し。御母儀(おぼぎ)建春門院(けんしゆんもんゐん)と申(まうす)は、
平家(へいけ)の一門(いちもん)にてましますうへ、とりわき入道相
国(にふだうしやうこく)(にうだうしやうこく)の北方(きたのかた)、二位殿(にゐどの)の御妹(おんいもうと)(おんいもふと)也(なり)。平大納言(へいだいなごん)P116時忠卿(ときただのきやう)と申(まうす)も
女院(にようゐん)の御(おん)せうと【兄】なれば、内(うち)の御外戚(ごぐわいせき)なり。内外(ないげ)に
つけたる執権(しつけん)の臣(しん)とぞみえ【見え】し。叙位(じよゐ)除目(ぢもく)(じもく)と申(まうす)も
偏(ひとへ)に此(この)時忠卿(ときただのきやう)のままなり。楊貴妃(やうきひ)が幸(さいはひ)(さいわひ)し時(とき)、楊
国忠(やうこくちゆう)(やうこくちう)がさかへ(さかえ)【栄】しが如(ごと)し。世(よ)のおぼえ、時(とき)のきら、めでた
かりき。入道相国(にふだうしやうこく)(にうだうしやうこく)天下(てんが)の大小事(だいせうじ)をのたまひあはせ
P01063
られければ、時(とき)の人(ひと)平関白(へいくわんばく)とぞ申(まうし)ける。『殿下(てんがの)乗合(のりあひ)』S0111 さるほどに、
嘉応(かおう)元年(ぐわんねん)七月(しちぐわつ)十六日(じふろくにち)、一院(いちゐん)御出家(ごしゆつけ)あり。御出
家(ごしゆつけ)の後(のち)も万機(ばんき)の政(まつりごと)をきこしめされしあひだ、
院(ゐん)内(うち)わく方(かた)なし。院中(ゐんぢゆう)(ゐんぢう)にちかくめしつかはるる
公卿(くぎやう)殿上人(てんじやうびと)、上下(じやうげ)の北面(ほくめん)にいたるまで【迄】、官位(くわんゐ)(くはんゐ)捧
禄【俸禄】(ほうろく)皆(みな)身(み)にあまる斗(ばかり)なり。されども人(ひと)の心(こころ)のな
らひなれば、猶(なほ)(なを)あきだらで、「あ(ッ)ぱれ、其(その)人(ひと)のほろび
たらば其(その)国(くに)はあきなむ。其(その)人(ひと)うせたらば其(その)官(くわん)にはなりなむ」
P01064
な(ン)ど、うとからぬどちはよりあひよりあひささやき
あへり。法皇(ほふわう)(ほうわう)も内々(ないない)仰(おほせ)なりけるは、「昔(むかし)より代々(だいだい)の朝
敵(てうてき)をたいら(たひら)【平】ぐる者(もの)おほしといへども、いまだ加様(かやう)の
事(こと)なし。貞盛(さだもり)・秀里【*秀郷】(ひでさと)が将門(まさかど)をうち、頼義(よりよし)が貞
任(さだたふ)(さだたう)・宗任(むねたふ)(むねたう)をほろぼし、義家(よしいへ)が武平【*武衡】(たけひら)・家平【*家衡】(いへひら)をせめ
たりしも、勧賞(けんじやう)おP117こなはれし事(こと)、受領(じゆりやう)には
すぎざりき。清盛(きよもり)がかく心(こころ)のままにふるまう(ふるまふ)
こそしかるべからね。是(これ)も世(よ)末(すゑ)にな(ッ)て王法(わうぼふ)(わうぼう)のつき
P01065
ぬる故(ゆゑ)(ゆへ)なり」と仰(おほせ)なりけれども、つゐで(ついで)なければ御(おん)
いましめなし。平家(へいけ)も又(また)別(べつ)して、朝家(てうか)を恨(うらみ)奉(たてまつ)る
事(こと)もなかりしほどに、世(よ)のみだれそめける根本(こんぼん)は、
去(いん)じ嘉応(かおう)二年(にねん)十月(じふぐわつ)十六日(じふろくにち)、小松殿(こまつどの)の次男(じなん)新三位(しんざんみの)
中将(ちゆうじやう)(ちうじやう)資盛卿(すけもりのきやう)、其(その)時(とき)はいまだ越前守(ゑちぜんのかみ)とて十三(じふさん)に
なられけるが、雪(ゆき)ははだれにふ(ッ)たりけり、枯野(かれの)の
けしき誠(まこと)に面白(おもしろ)かりければ、わかき侍(さぶらひ)ども卅(さんじつ)騎(き)
斗(ばかり)めし具(ぐ)して、蓮台野(れんだいの)や紫野(むらさきの)、右近馬場(うこんのばば)に
P01066
うち出(いで)て、鷹(たか)どもあまたすへ(すゑ)【据ゑ】させ、鶉(うづら)雲雀(ひばり)を
お(ッ)たて【追つ立て】お(ッ)たて【追つ立て】、終日(ひねもすに)かり暮(くら)し、薄暮(はくぼ)に及(および)(をよび)て六
波羅(ろくはら)へこそ帰(かへ)られけれ。其時(そのとき)の御摂禄(ごせつろく)は松殿(まつどの)
にてましましけるが、中御門(なかのみかど)東洞院(ひがしのとうゐん)の御所(ごしよ)より
御参内(ごさんだい)ありけり。郁芳門(いうはうもん)(ゆうはうもん)より入御(じゆぎよ)あるべきにて、
東洞院(ひがしのとうゐん)を南(みなみ)へ、大炊御門(おほいのみかど)を西(にし)へ御出(ぎよしゆつ)なる。資盛
朝臣(すけもりのあそん)、大炊御門猪熊(おほいみかどのゐのくま)にて、殿下(てんが)の御出(ぎよしゆつ)にはな
づき【鼻突】にまい(まゐ)【参】りあふ。御(お)ともの人々(ひとびと)「なに者(もの)ぞ、狼籍【*狼藉】(らうぜき)なり。
P01067
御出(ぎよしゆつ)のなるに、のりものよりおり候(さうら)へおり候(さうら)へ」といら(ッ)て
けれども、余(あま)りにほこりいさみ、世(よ)を世(よ)ともせざり
けり【*ける】うへ、めし具(ぐ)したる侍(さぶらひ)ども、皆(みな)廿(にじふ)より内(うち)の
わか者(もの)どもなり。礼儀(れいぎ)骨法(こつぽふ)弁(わきま)へたる者(もの)一人(いちにん)も
なし。殿下(てんが)の御出(ぎよしゆつ)ともいはず、一切(いつせつ)下馬(げば)の礼儀(れいぎ)
にも及(およ)(をよ)ばず、かけやぶ(ッ)てとほらむとする間(あひだ)、
くらさは闇(くら)し、つやつや入道(にふだう)(にうだう)の孫(まご)ともしらず、又(また)
少々(せうせう)はP118知(しり)たれどもそらしらずして、資盛朝臣(すけもりのあそん)を
P01068
はじめとして、侍(さぶらひ)ども皆(みな)馬(むま)よりと【取】(ッ)て引(ひき)おとし、
頗(すこぶ)る恥辱(ちじよく)に及(および)(をよび)けり。資盛朝臣(すけもりのあそん)はうはう(はふはふ)六波羅(ろくはら)へ
おはして、おほぢの相国禅門(しやうこくぜんもん)に此(この)由(よし)う(ッ)た【訴】へ申(まう)され
ければ、入道(にふだう)(にうだう)大(おほき)にいか(ッ)て、「たとひ殿下(てんが)なりとも、浄海(じやうかい)が
あたりをばはばかり給(たまふ)べきに、おさなき(をさなき)【幼き】者(もの)に左右(さう)
なく恥辱(ちじよく)をあたへられけるこそ遺恨(ゐこん)(いこん)の次第(しだい)
なれ。かかる事(こと)よりして、人(ひと)にはあざむかるるぞ。
此(この)事(こと)おもひ【思ひ】しらせたてまつらでは、えこそあるまじ
P01069
けれ。殿下(てんが)を恨(うらみ)奉(たてまつ)らばや」とのたまへば、重盛卿(しげもりのきやう)
申(まう)されけるは、「是(これ)はすこしもくる【苦】しう候(さうらふ)まじ。頼政(よりまさ)・
光基(みつもと)な(ン)ど申(まうす)源氏(げんじ)どもにあざむかれて候(さうら)はんは、
誠(まこと)に一門(いちもん)の恥辱(ちじよく)でも候(さうらふ)べし。重盛(しげもり)が子(こ)どもとて
候(さうら)はんずる者(もの)の、殿(との)の御出(ぎよしゆつ)にまい(まゐ)【参】り逢(あう)(あふ)て、
のりものよりおり候(さうら)はぬこそ尾籠(びろう)に候(さうら)へ」とて、其(その)時(とき)
事(こと)にあふ(あう)たる侍(さぶらひ)どもめしよせ、「自今以後(じごんいご)も、汝等(なんぢら)
能々(よくよく)心(こころ)うべし。あやま(ッ)て殿下(てんが)へ無礼(ぶれい)の由(よし)を
P01070
申(まう)さばやとこそおもへ【思へ】」とて帰(かへ)られけり。其後(そののち)
入道相国(にふだうしやうこく)(にうだうしやうこく)、小松殿(こまつどの)には仰(おほせ)られもあはせず、片田舎(かたゐなか)
の侍(さぶらひ)どもの、こはらかにて入道殿(にふだうどの)(にうだうどの)の仰(おほせ)より外(ほか)は、
又(また)おそろしき事(こと)なしと思(おも)ふ者(もの)ども、難波(なんば)・瀬尾(せのを)(せのお)を
はじめとして、都合(つがふ)(つがう)六十(ろくじふ)余人(よにん)召(めし)よせ、「来(きたる)廿
一日(にじふいちにち)、主上(しゆしやう)御元服(ごげんぶく)のさだめの為(ため)に、殿下(てんが)御出(ぎよしゆつ)
あるべかむなり。いづくにても待(まち)うけ奉(たてまつ)り、前
駆(せんぐ)御随身(みずいじん)どもがもとどP119りき(ッ)て、資盛(すけもり)が恥(はぢ)
P01071
すすげ」とぞのたまひける。殿下(てんが)是(これ)を夢(ゆめ)にも
しろしめさず、主上(しゆしやう)明年(みやうねん)(めうねん)御元服(ごげんぶく)、御加冠(ごかくわん)
拝官(はいくわん)の御(おん)さだめの為(ため)に、御直盧(ごちよくろ)に暫(しばら)く
御座(ござ)あるべきにて、常(つね)の御出(ぎよしゆつ)よりもひき
つくろはせ給(たま)ひ、今度(こんど)は待賢門(たいけんもん)より入御(じゆぎよ)
あるべきにて、中御門(なかのみかど)を西(にし)へ御出(ぎよしゆつ)なる。猪熊堀
河(ゐのくまほりかは)のへんに、六波羅(ろくはら)の兵(つはもの)ども、ひた【直】甲(かぶと)三百余
騎(さんびやくよき)待(まち)うけ奉(たてまつ)り、殿下(てんが)をなかにとり籠(こめ)まい(まゐ)【参】らせて、
P01072
前後(ぜんご)より一度(いちど)に、時(とき)をど(ッ)とぞつくりける。前駆(せんぐ)
御随身(みずいじん)どもがけふをはれとしやうぞひ(しやうぞい)【装束い】たるを、
あそこに追(おひ)(をひ)かけここに追(おつ)(をつ)つめ、馬(むま)よりと(ッ)て
引(ひき)おとし、さむざむ(さんざん)【散々】に陵礫(りようりやく)(れうりやく)して、一々(いちいち)にもと
どりをきる。随身(ずいじん)十人(じふにん)がうち、右(みぎ)の府生(ふしやう)武基(たけもと)が
もとどりもきられにけり。其(その)中(なか)に、藤蔵人
大夫(とうくらんどのたいふ)(とうくらんどのたゆう)隆教(たかのり)がもとどりをきるとて、「是(これ)は汝(なんぢ)が
もとどりと思(おも)ふべからず。主(しゆう)(しう)のもとどりと思(おも)ふべし」と
P01073
いひふくめてき(ッ)て(ン)げり。其後(そののち)は、御車(おんくるま)の内(うち)へも
弓(ゆみ)のはずつ【突】きいれ【入れ】な(ン)どして、簾(すだれ)かなぐりおとし、
御牛(おうし)の鞦(しりがい)・胸懸(むながい)きりはなち、かく散々(さんざん)にし
ちらして、悦(よろこび)の時(とき)をつくり、六波羅(ろくはら)へこそま
い(まゐ)【参】りけれ。入道(にふだう)(にうだう)「神妙(しんべう)なり」とぞのたまひける。御
車(おんくるま)ぞひには、因幡(いなば)のさい【先】使(つかひ)、鳥羽(とば)の国久丸(くにひさまる)と云(いふ)
おのこ(をのこ)【男】、下臈(げらう)なれどもなさけある者(もの)にて、泣々(なくなく)
御車(おんくるま)つか【仕】ま(ッ)て、中御門(なかのみかど)の御所(ごしよ)へ還御(くわんぎよ)なし奉(たてまつ)る。
P01074
束帯(そくたい)の御袖(おんそで)にて御涙(おんなみだ)ををさへ(おさへ)つつ、還御(くわんぎよ)の
儀式(ぎしき)あさましさ、申(まうす)も中々(なかなか)おろかなり。
大織冠(たいしよくくわん)(たいしよくくはん)・淡海公(たんかいこう)の御事(おんこと)はあげて申(まうす)に及(およば)(をよば)P120ず、
忠仁公(ちゆうじんこう)(ちうじんこう)・昭宣公(しやうぜんこう)より以降(このかた)、摂政(せつしやう)関白(くわんばく)(くはんばく)のかかる
御目(おんめ)にあはせ給(たま)ふ事(こと)、いまだ承及(うけたまはりおよば)(うけたまはりをよば)ず。是(これ)こそ
平家(へいけ)の悪行(あくぎやう)のはじめなれ。小松殿(こまつどの)こそ大(おほき)に
さは(さわ)【騒】がれけれ。ゆきむかひたる侍(さぶらひ)ども皆(みな)勘
当(かんだう)せらる。「たとひ入道(にふだう)(にうだう)いかなるふし議(ぎ)を下地(げぢ)し
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給(たま)ふとも、など重盛(しげもり)に夢(ゆめ)をばみせ【見せ】ざりけるぞ。
凡(およそ)(をよそ)は資盛(すけもり)奇怪(きくわい)なり。栴檀(せんだん)は二葉(ふたば)よりかうばしと
こそみえ【見え】たれ。既(すで)に十二三(じふにさん)にならむずる者(もの)が、今(いま)は
礼儀(れいぎ)を存知(ぞんぢ)(ぞんち)してこそふるまう(ふるまふ)べきに、か様(やう)に
尾籠(びろう)を現(げん)じて、入道(にふだう)(にうだう)の悪名(あくみやう)をたつ。不孝(ふかう)の
いたり、汝(なんぢ)独(ひと)りにあり」とて、暫(しばら)くいせ【伊勢】の国(くに)に
を(ッ)(おつ)【追つ】くださる。されば此(この)大将(だいしやう)をば、君(きみ)も臣(しん)も御感(ぎよかん)
ありけるとぞきこえし。『鹿谷(ししのたに)』S0112 是(これ)によ(ッ)て、主上(しゆしやう)御
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元服(ごげんぶく)の御(おん)さだめ、其(その)日(ひ)はのびさせ給(たまひ)ぬ。同(おなじき)
廿五日(にじふごにち)、院(ゐん)の殿上(てんじやう)にてぞ御元服(ごげんぶく)のさだめは
ありける。摂政殿(せつしやうどの)さてもわたらせ給(たまふ)べきな
らねば、同(おなじき)十一月(じふいちぐわつ)九日(ここのかのひ)、兼宣旨(けんせんじ)をかうぶり、十四日(じふしにち)太
政大臣(だいじやうだいじん)にあがらせ給(たま)ふ。やがて同(おなじき)十七日(じふしちにち)、慶申(よろこびまうし)
ありしかども、世中(よのなか)にがにがしうぞみえ【見え】し。さるほどに
ことしも暮(くれ)ぬ。あくれば嘉応(かおう)三年(さんねん)正月(しやうぐわつ)五日(いつかのひ)、
主上(しゆしやう)御元服(ごげんぶく)あッて、P121同(おなじき)十三日(じふさんにち)、朝覲(てうきん)の行幸(ぎやうがう)ありけり。
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法皇(ほふわう)(ほうわう)・女院(にようゐん)待(まち)うけまい(まゐ)【参】らせ給(たまひ)て、叙爵(うひかうぶり)(うゐかうぶり)の
御粧(おんよそほひ)もいか斗(ばかり)らうたくおぼしめされけむ。
入道相国(にふだうしやうこく)(にうだうしやうこく)の御娘(おんむすめ)、女御(にようご)にまい(まゐ)【参】らせ給(たま)ひけり。御年(おんとし)
十五歳(じふごさい)、法皇(ほふわう)(ほうわう)御猶子(ごゆうし)の儀(ぎ)なり。其比(そのころ)、妙音院(めうおんゐん)(めうをんゐん)殿(どの)の
太政(だいじやう)のおほいどの、内大臣(ないだいじん)の左大将(さだいしやう)にてましまし
けるが、大将(だいしやう)を辞(じ)し申(まう)させ給(たま)ふ事(こと)ありけり。
時(とき)に徳大寺(とくだいじ)の大納言(だいなごん)実定卿(しつていのきやう)、其(その)仁(にん)にあたり
給(たま)ふ由(よし)きこゆ。又(また)花山院(くわさんのゐん)の中納言(ちゆうなごん)(ちうなごん)兼雅卿(かねまさのきやう)も
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所望(しよまう)あり。其(その)外(ほか)、故中御門(こなかのみかど)の藤(とうの)大納言(だいなごん)家成卿(かせいのきやう)の
三男(さんなん)、新大納言(しんだいなごん)成親卿(なりちかのきやう)もひらに申(まう)されけり。院(ゐん)の
御気色(ごきしよく)よかりければ、さまざまの祈(いのり)をぞはじめ
られける。八幡(やはた)に百人(ひやくにん)の僧(そう)をこめて、信読(しんどく)の大
般若(だいはんにや)を七日(しちにち)よませられける最中(さいちゆう)(さいちう)に、甲良(かうら)(かはら)の大明
神(だいみやうじん)(だいめうじん)の御(おん)まへなる橘(たちばな)の木(き)に、男山(をとこやま)(おとこやま)の方(かた)より山鳩(やまばと)三(みつ)
飛来(とびきたつ)て、くひあひてぞ死(しに)にける。鳩(はと)は八幡大菩薩(はちまんだいぼさつ)の
第一(だいいち)の仕者(ししや)なり。宮寺(みやてら)にかかるふしぎなしとて、時(とき)の
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検校(けんげう)、匡清法印(きやうせいほふいん)(きやうせいほうゐん)奏聞(そうもん)す。神祇官(じんぎくわん)にして御占(みうら)
あり。天下(てんが)のさは(さわ)【騒】ぎとうらなひ申(まうす)。但(ただし)、君(きみ)のつつしみに
非(あら)ず、臣下(しんか)のつつしみとぞ申(まうし)ける。新大納言(しんだいなごん)
是(これ)におそれをもいたさず、昼(ひる)は人目(ひとめ)のしげ
ければ、夜(よ)なよな歩行(ほかう)にて、中御門烏丸(なかのみかどからすまる)の宿
所(しゆくしよ)より賀茂(かも)の上(かみ)の社(やしろ)へ、なな夜(よ)つづけてまい(まゐ)【参】られ
けり。なな【七】夜(よ)に満(まん)ずる夜(よ)、宿所(しゆくしよ)に下向(げかう)して、
くる【苦】しさにうちふし、ち(ッ)とまどろみ給(たま)へる夢(ゆめ)に、
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賀茂(かも)の上(かみ)の社(やしろ)へまい(まゐ)【参】りたるとおぼしくて、P122御宝殿(ごほうでん)の
御戸(みと)おしひらき、ゆゆしくけだかげなる御声(みこゑ)にて、
さくら花(ばな)かもの河風(かはかぜ)うらむなよ
ちるをばえこそとどめざりけれ W006
新大納言(しんだいなごん)猶(なほ)(なを)おそろれ【*おそれ】をもいたさず、かも【賀茂】の上(かみ)の
社(やしろ)に、ある聖(ひじり)をこめて、御宝殿(ごほうでん)の御(おん)うしろなる
杉(すぎ)の洞(ほら)に壇(だん)をたてて、拏吉尼(だぎに)の法(ほふ)(ほう)を百日(ひやくにち)
おこなはせられけるほどに、彼(かの)大椙(おほすぎ)に雷(いかづち)おち
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かかり、雷火(らいくわ)緩(おびたたし)うもえあが(ッ)て、宮中(きゆうちゆう)(きうちう)既(すで)にあや
うく(あやふく)みえけるを、宮人(みやびと)どもおほく走(はしり)あつま(ッ)て、
是(これ)をうちけつ。さて彼(かの)外法(げほう)おこなひける
聖(ひじり)を追出(ついしゆつ)せむとしければ、「われ当社(たうしや)に百
日(ひやくにち)参籠(さんろう)の大願(だいぐわん)あり。けふは七十五日(しちじふごにち)になる。ま(ッ)たく
いづまじ」とてはたらかず。此(この)由(よし)を社家(しやけ)より
内裏(だいり)へ奏聞(そうもん)しければ、「只(ただ)法(ほふ)(ほう)にまかせて追出(ついしゆつ)
せよ」と宣旨(せんじ)を下(くだ)さる。其(その)時(とき)神人(じんにん)しら杖(つゑ)(つえ)をも(ッ)て、
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彼(かの)聖(ひじり)がうなじをしらげ、一条(いちでう)の大路(おほち)より南(みなみ)へ
おひ【追ひ】だして(ン)げり。神(かみ)非礼(ひれい)を享(うけ)給(たま)はずと
申(まうす)に、此(この)大納言(だいなごん)非分(ひぶん)の大将(だいしやう)を祈(いのり)申(まう)されければ
にや、かかるふしぎ【不思議】もいできにけり。其比(そのころ)の
叙位(じよゐ)除目(ぢもく)と申(まうす)は、院(ゐん)内(うち)の御(おん)ぱからひにも
非(あら)ず、摂政(せつしやう)関白(くわんばく)(くはんばく)の御成敗(ごせいばい)にも及(およ)(をよ)ばず。只(ただ)一向(いつかう)
平家(へいけ)のままにてありしかば、徳大寺(とくだいじ)・花山院(くわさんのゐん)(くはさんのゐん)もなり
給(たま)はず。入道相国(にふだうしやうこく)(にうだうしやうこく)の嫡男(ちやくなん)小松殿(こまつどの)、大納言(だいなごん)の右大将(うだいしやう)にて
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おはしけるが、左(さ)にうつりて、次男(じなん)宗盛(むねもり)中納言(ちゆうなごん)(ちうなごん)に
ておはせしが、数輩(すはい)の上臈(じやうらう)を超越(てうをつ)(てうおつ)して、右(みぎ)に
くははられP123けるこそ、申(まうす)斗(はかり)もなかりしか。中(なか)にも徳大
寺殿(とくだいじどの)は一(いち)の大納言(だいなごん)にて、花族(くわそく)(くはソク)栄耀(えいゆう)(ゑいゆう)、才学(さいかく)雄長(ゆうちやう)、
家嫡(けちやく)(ケちやく)にてましましけるが、超(こえ)られ給(たまひ)けるこそ遺
恨(ゐこん)(いこん)なれ。「さだめて御出家(ごしゆつけ)な(ン)どやあらむずらむ」と、
人々(ひとびと)内々(ないない)は申(まうし)あへりしかども、暫(しばらく)世(よ)のならむ
様(やう)をもみ【見】むとて、大納言(だいなごん)を辞(じ)し申(まうし)て、籠居(ろうきよ)とぞ
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きこえし。新大納言(しんだいなごん)成親卿(なりちかのきやう)のたまひけるは、
十一 「徳大寺(とくだいじ)・花山院(くわさんのゐん)(くはさんのゐん)に超(こえ)られたらむはいかがせむ。平家(へいけ)の
次男(じなん)に超(こえ)らるるこそやすからね。是(これ)も万[B ツ](よろづ)おもふ【思ふ】
さまなるがいたす所(ところ)なり。いかにもして平家(へいけ)を
ほろぼし、本望(ほんまう)をとげむ」とのたまひけるこそ
おそろしけれ。父(ちち)の卿(きやう)は中納言(ちゆうなごん)(ちうなごん)まで【迄】こそいた
られしか、其(その)末子(ばつし)にて位(くらゐ)正二位(じやうにゐ)、官(くわん)大納言(だいなごん)に
あがり、大国(だいこく)あまた給(たま)は(ッ)て、子息(しそく)所従(しよじゆう)(しよじう)朝恩(てうおん)(てうをん)に
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ほこれり。何(なに)の不足(ふそく)にかかる心(こころ)つかれけむ。是(これ)偏(ひとへ)に
天魔(てんま)の所為(しよゐ)とぞみえ【見え】し。平治(へいぢ)には越後中将(ゑちごのちゆうじやう)(ゑちごのちうじやう)とて、
信頼卿(のぶよりのきやう)に同心(どうしん)のあひだ、既(すで)に誅(ちゆう)(ちう)せらるべかり
しを、小松殿(こまつどの)やうやうに申(まうし)て頸(くび)をつぎ給(たま)へり。
しかるに其(その)恩(おん)(をん)をわすれ【忘れ】て、外人(ぐわいじん)もなき所(ところ)に
兵具(ひやうぐ)をととのへ、軍兵(ぐんびやう)をかたらひをき(おき)、其(その)営(いとな)みの
外(ほか)は他事(たじ)なし。東山(ひがしやま)のふもと【麓】鹿(しし)の谷(たに)と云(いふ)所(ところ)は、
うしろは三井寺(みゐでら)につづいてゆゆしき城郭(じやうくわく)にてぞ
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ありける。俊寛僧都(しゆんくわんそうづ)(しゆんくはんそうづ)の山庄(さんざう)あり。かれにつねは
よりあひよりあひ、平家(へいけ)ほろP124ぼさむずるはかりことをぞ
廻(めぐ)らしける。或時(あるとき)法皇(ほふわう)(ほうわう)も御幸(ごかう)なる。故少納言入道(こせうなごんにふだう)(こせうなごんにうだう)
信西(しんせい)が子息(しそく)、浄憲法印(じやうけんほふいん)(じやうけんほうゐん)御供(おんとも)仕(つかまつ)る。其(その)夜(よ)の酒宴(しゆえん)に、
此(この)由(よし)を浄憲法印(じやうけんほふいん)(じやうけんほうゐん)に仰(おほせ)あはせられければ、「あなあ
さまし。人(ひと)あまた承(うけたまはり)候(さうらひ)ぬ。只今(ただいま)もれきこえて、
天下(てんが)の大事(だいじ)に及(および)(をよび)候(さうらひ)なむず」と、大(おほき)にさは(さわ)【騒】ぎ申(まうし)
ければ、新大納言(しんだいなごん)けしきかはりて、さ(ッ)とたたれけるが、
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御前(ごぜん)に候(さうらひ)ける瓶子(へいじ)をかり【狩】衣(ぎぬ)の袖(そで)にかけて引(ひき)
たう(たふ)【倒ふ】されたりけるを、法皇(ほふわう)(ほうわう)「あれはいかに」と仰(おほせ)
ければ、大納言(だいなごん)立(たち)かへり【帰り】て、「平氏(へいじ)たはれ候(さうらひ)ぬ」とぞ
申(まう)されける。法皇(ほふわう)(ほうわう)ゑつぼにいらせおはして、「者(もの)ども
まい(まゐ)【参】(ッ)て猿楽(さるがく)つかまつれ」と仰(おほせ)ければ、平判官(へいはんぐわん)(へいはんぐはん)康
頼(やすより)まい(まゐ)【参】りて、「ああ、あまりに平氏(へいじ)のおほう候(さうらふ)に、
もて酔(ゑひ)(えひ)て候(さうらふ)」と申(まうす)。俊寛僧都(しゆんくわんそうづ)「さてそれをば
いかが仕(つかまつ)らむずる」と申(まう)されければ、西光法師(さいくわうほふし)(さいくわうほうし)「頸(くび)を
P01088
とるにはしかず」とて、瓶子(へいじ)のくびをと(ッ)てぞ
入(いり)にける。浄憲法印(じやうけんほふいん)(じやうけんほうゐん)あまりのあさましさに、
つやつや物(もの)を申(まう)されず。返々(かへすがへす)もおそろしかりし
事(こと)どもなり。与力(よりき)の輩(ともがら)誰々(たれたれ)ぞ。近江中将(あふみのちゆうじやう)(あふみのちうじやう)入道(にふだう)(にうだう)
蓮浄(れんじやう)俗名(ぞくみやう)成正(なりまさ)、法勝寺執行(ほつしようじのしゆぎやう)(ほつせうじのしゆぎやう)俊寛僧都(しゆんくわんそうづ)、
山城守(やましろのかみ)基兼(もとかぬ)、式部大輔(しきぶのたいふ)雅綱(まさつな)、平判官(へいはんぐわん)康頼(やすより)、
宗判官(むねはんぐわん)信房(のぶふさ)、新平判官(しんぺいはんぐわん)資行(すけゆき)、摂津国(つのくにの)源氏(げんじ)
多田蔵人(ただのくらんど)行綱(ゆきつな)を始(はじめ)として、北面(ほくめん)の輩(ともがら)おほく
P01089
与力(よりき)したりけり。P125『俊寛(しゆんくわんの)(しゆんかんの)沙汰(さた)鵜川軍(うかはいくさ)』S0113 此(この)法勝寺(ほつしようじ)(ほつせうじ)の執行(しゆぎやう)と申(まうす)は、
京極(きやうごく)の源(げん)大納言(だいなごん)雅俊(がしゆん)の卿(きやう)の孫(まご)、木寺(こでら)の法印(ほふいん)(ほうゐん)
寛雅(くわんが)(くはんが)には子(こ)なりけり。祖父(そぶ)大納言(だいなごん)させる弓箭(きゆうせん)(きうせん)を
とる家(いへ)にはあらねども、余(あまり)に腹(はら)あしき人(ひと)にて、三
条坊門京極(さんでうばうもんきやうごく)の宿所(しゆくしよ)のまへをば、人(ひと)をもやすく
とほさず、つねは中門(ちゆうもん)(ちうもん)にたたずみ、歯(は)をくひしばり、
いか(ッ)てぞおはしける。かかる人(ひと)の孫(まご)なればにや、
此(この)俊寛(しゆんくわん)も僧(そう)なれども、心(こころ)もたけく、おご【奢】れる
P01090
人(ひと)にて、よしなき謀叛(むほん)にもくみしけるにこそ。
新大納言(しんだいなごん)成親卿(なりちかのきやう)は、多田蔵人(ただのくらんど)行綱(ゆきつな)をよ【呼】うで、
「御(ご)へんをば一方(いつぱう)(いつぽう)の大将(たいしやう)に憑(たのむ)なり。此(この)事(こと)[B し]おほせ
つるものならば、国(くに)をも庄(しやう)をも所望(しよまう)によるべし。
まづ弓袋(ゆぶくろ)の料(れう)に」とて、白布(しろぬの)五十(ごじつ)端(たん)送(おく)(をく)られけり。
安元(あんげん)三年(さんねん)三月(さんぐわつ)五日(いつかのひ)、妙音院殿(めうおんゐんどの)(めうをんゐんどの)、太政(だいじやう)大臣(だいじん)に
転(てん)じ給(たま)へるかはりに、大納言(だいなごん)定房卿(さだふさのきやう)をこえて、
小松殿(こまつどの)、内大臣(ないだいじん)になり給(たま)ふ。大臣(だいじん)の大将(だいしやう)めでたかりき。
P01091
やがて大饗(たいきやう)おこなはる。尊者(そんじや)には、大炊御門右大臣(おほいのみかどのうだいじん)
経宗公(つねむねこう)とぞきこえし。一(いち)のかみ【上】こそ先達(せんだち)なれども、
父(ちち)宇治(うぢ)の悪左府(あくさふ)の御例(ごれい)其(その)憚(はばかり)あり。北面(ほくめん)は上古(しやうこ)には
なかりけり。白河院(しらかはのゐん)の御時(おんとき)はじめをか(おか)【置か】れてより
以降(このかた)、衛府(ゑふ)どP126もあまた候(さうらひ)けり。為俊(ためとし)・重盛(しげもり)【*盛重(もりしげ)】
童(わらは)より千手丸(せんじゆまる)・今犬丸(いまいぬまる)とて、是等(これら)は左右(さう)なききり
ものにてぞありける。鳥羽院(とばのゐん)の御時(おんとき)も、季教(すゑのり)・季頼(すゑより)
父子(ふし)ともに朝家(てうか)にめしつかはれ、伝奏(てんそう)するおり(をり)も
P01092
ありな(ン)どきこえしかども、皆(みな)身(み)のほどをばふる
まうてこそありしに、此(この)御時(おんとき)の北面(ほくめん)の輩(ともがら)は、
以外(もつてのほか)に過分(くわぶん)にて、公卿(くぎやう)殿上人(てんじやうびと)をも者(もの)とも
せず、礼儀(れいぎ)礼節(れいせつ)もなし。下北面(げほくめん)より上北面(じやうほくめん)に
あがり、上北面(じやうほくめん)より殿上(てんじやう)のまじはりをゆるさるる
者(もの)もあり。かくのみおこなはるるあひだ、おご【奢】れる
心(こころ)どもも出(いで)きて、よしなき謀叛(むほん)にもくみ
しけるにこそ。中(なか)にも故少納言(こせうなごん)信西(しんせい)がもとに
P01093
めしつかひける師光(もろみつ)・成景(なりかげ)と云(いふ)者(もの)あり。師光(もろみつ)は
阿波国(あはのくに)の在庁、(ざいちやう)、成景(なりかげ)は京(きやう)の者(もの)、熟根(じゆつこん)いやしき
下臈(げらう)なり。健児童(こんでいわらは)もし【若】は格勤者(かくごしや)な(ン)どにて
召(めし)つかはれけるが、さかざかしかりしによ(ッ)て、師光(もろみつ)は
左衛門尉(さゑもんのじよう)(さゑもんのぜう)、成景(なりかげ)は右衛門尉(うゑもんのじよう)(うゑもんのぜう)とて、二人(ににん)一度(いちど)に
靭負尉(ゆぎへのじよう)(ゆぎえのぜう)になりぬ。信西(しんせい)が事(こと)にあひし時(とき)、二人(ににん)
ともに出家(しゆつけ)して、左衛門入道(さゑもんにふだう)(さゑもんにうだう)西光(さいくわう)・右衛門入道(うゑもんにふだう)(うゑもんにうだう)
西敬(さいけい)とて、是(これ)は出家(しゆつけ)の後(のち)も院(ゐん)の御倉(みくら)あづかり
P01094
にてぞありける。彼(かの)西光(さいくわう)が子(こ)に師高(もろたか)と云(いふ)者(もの)
あり。是(これ)もきり者(もの)にて、検非違使(けんびゐし)(けんびいし)五位尉(ごゐのじよう)(ごゐのぜう)に
経(へ)あが(ッ)て、安元(あんげん)元年(ぐわんねん)(ぐはんねん)十二月(じふにぐわつ)(じふにンぐわつ)二十九日(にじふくにち)、追儺(ついな)(つゐな)の除目(ぢもく)に
加賀守(かがのかみ)にぞなされける。国務(こくむ)ををこなふ(おこなふ)間(あひだ)(あいだ)、非
法(ひほふ)(ひほう)非例(ひれい)を張行(ちやうぎやう)し、神社(じんじや)仏寺(ぶつじ)、権門(けんもん)勢家(せいか)の
庄領(しやうりやう)を没倒(もつたう)し、散々(さんざん)の事(こと)どもにてぞありける。縦(たとひ)せうこう【召公】があとをへだつと云(いふ)とも、穏便(をんびん)の
政(まつりごと)おこP127なふべかりしが、心(こころ)のままにふるまひしほどに、
P01095
同(おなじき)二年(にねん)夏(なつ)の比(ころ)、国司(こくし)師高(もろたか)が弟(おとと)、近藤判官(こんどうのはんぐわん)師経(もろつね)、
加賀(かが)の目代(もくだい)に補(ふ)せらる。目代(もくだい)下着(げちやく)の始(はじめ)、国府(こくふ)の
へんに鵜河(うかは)と云(いふ)山寺(やまでら)あり。寺僧(じそう)どもが境節(をりふし)(おりふし)
湯(ゆ)をわかひ(わかい)てあびけるを、乱入(らんにふ)(らんにう)しておいあげ、
わが身(み)あび、雑人(ざふにん)(ざうにん)どもおろし、馬(むま)あらはせな(ン)ど
しけり。寺僧(じそう)いかりをなして、「昔(むかし)より、此(この)所(ところ)は
国方(くにがた)の者(もの)入部(にふぶ)(にうぶ)する事(こと)なし。すみやかに
先例(せんれい)にまかせ【任】て、入部(にふぶ)(にうぶ)の押妨(あふはう)をとどめよ」とぞ
P01096
申(まうし)ける。「先々(さきざき)の目代(もくだい)は不覚(ふかく)でこそいやしまれ
たれ。当目代(たうもくだい)は、其(その)儀(ぎ)あるまじ。只(ただ)法(ほふ)(ほう)に任(まかせ)よ」と
云(いふ)ほどこそありけれ、寺僧(じそう)どもは国(くに)がたの者(もの)を
追出(ついしゆつ)(つゐしゆつ)せむとす、国(くに)がた【方】の者(もの)どもは次(ついで)(つゐで)をも(ッ)て乱入(らんにふ)(らんにう)
せむとす、うちあひはりあひしけるほどに、
目代(もくだい)師経(もろつね)が秘蔵(ひさう)しける馬(むま)の足(あし)をぞうちおり(をり)ける。
其後(そののち)は互(たがひ)に弓箭(きゆうせん)(きうせん)兵杖【*兵仗】(ひやうぢやう)を帯(たい)して、射(い)(ゐ)あひ
きりあひ数剋(すこく)たたかふ。目代(もくだい)かなはじとや思(おもひ)けん、
P01097
夜(よ)に入(いり)て引退(ひきしりぞ)く。其後(そののち)当国(たうごく)の在庁(ざいちやう)ども催(もよほ)し
あつめ、其(その)勢(せい)一千余騎(いつせんよき)、鵜河(うかは)におしよせて、坊舎(ばうじや)
一宇(いちう)ものこさず焼(やき)はらふ。鵜河(うかは)と云(いふ)は白山(しらやま)の
末寺(まつじ)なり。此(この)事(こと)う(ッ)たへんとてすすむ老僧(らうそう)
誰々(たれたれ)ぞ。智釈(ちしやく)・学明(がくめい)・宝台坊(ほうだいばう)、正智(しやうち)・学音(がくおん)(がくをん)・土佐
阿闍梨(とさのあじやり)ぞすすみける。白山(しらやま)三社(さんじや)八院(はちゐん)の大衆(だいしゆ)悉(ことごと)く
起(おこ)りあひ、都合(つがふ)(つがう)其(その)勢(せい)二千余(にせんよ)人(にん)、七月(しちぐわつ)九日(ここのかのひ)の
暮方(くれがた)に、目代(もくだい)師経(もろつね)が館(たち)ちかう〔こ〕そおしよせたれ。
P01098
けふは日(ひ)暮(くれ)ぬ、あすのいくさとさだめて、其(その)日(ひ)は
よせでゆらへたり。露(つゆ)ふきむすぶ秋風(あきかぜ)は、
ゐ(い)P128むけの袖(そで)を翻(ひるがへ)し、雲井(くもゐ)をてらすいな
づまは、甲(かぶと)の星(ほし)をかかやかす。目代(もくだい)かなはじとや
思(おもひ)けむ、夜(よ)にげにして京(きやう)へのぼる。あくる
卯剋(うのこく)におしよせて、時(とき)をど(ッ)とつくる。城(しろ)の
うちには音(おと)もせず。人(ひと)をいれ【入れ】てみせ【見せ】ければ、
「皆(みな)落(おち)て候(さうらふ)」と申(まうす)。大衆(だいしゆ)力(ちから)及(およ)(をよ)ばで引退(ひきしりぞ)く。さらば
P01099
山門(さんもん)へう(ッ)たへんとて、白山中宮(しらやまちゆうぐう)(しらやまちうぐう)の神輿(しんよ)を
賁(かざ)り奉(たてまつ)り、比叡山(ひえいさん)へふりあげ奉(たてまつ)る。同(おなじき)八月(はちぐわつ)十
二日(じふににち)の午剋(むまのこく)斗(ばかり)、白山(しらやま)の神輿(しんよ)既(すで)に比叡山(ひえいさん)東
坂本(ひがしざかもと)につかせ給(たま)ふと云(いふ)ほどこそありけれ、北国(ほつこく)の
方(かた)より雷(いかづち)緩(おびたたし)う鳴(なつ)て、都(みやこ)をさしてなりのぼる。
白雪(はくせつ)くだりて地(ち)をうづみ、山上(さんじやう)洛中(らくちゆう)(らくちう)おしなべて、
常葉(ときは)の山(やま)の梢(こずゑ)まで皆(みな)白妙(しろたへ)(しろたえ)に成(なり)にけり。『願立(ぐわんだて)』S0114 神
輿(しんよ)をば客人(まらうと)(まらふと)の宮(みや)へいれ【入れ】たてまつる。客人(まらうと)(まらふと)と申(まうす)は
P01100
白山妙利権現(しらやまめうりごんげん)にておはします。申(まう)せば父子(ふし)の
御中(おんなか)なり。先(まづ)沙汰(さた)の成否(じやうふ)はしらず、生前(しやうぜん)の
御悦(おんよろこび)、只(ただ)此(この)事(こと)にあり。浦島(うらしま)が子(こ)の七世(しつせ)の孫(まご)に
あへりしにもすぎ、胎内(たいない)の者(もの)の霊山(りやうぜん)の父(ちち)を
み【見】しにもこえたり。三千(さんぜん)の衆徒(しゆと)踵(くびす)を継(つ)ぎ、七社(しちしや)の
神人(じんにん)袖(そで)をつらぬ。時々剋々(じじこくこく)の法施(ほつせ)P129祈念(きねん)、
言語道断(ごんごだうだん)の事(こと)どもなり。山門(さんもん)の大衆(だいしゆ)、国司(こくし)
加賀守(かがのかみ)師高(もろたか)を流罪(るざい)に処(しよ)せられ、目代(もくだい)近藤(こんどうの)
P01101
判官(はんぐわん)(はんぐはん)師経(もろつね)を禁獄(きんごく)せらるべき由(よし)奏聞(そうもん)す。御
十二 裁断(ごさいだん)おそかりければ、さも然(しか)るべき公卿(くぎやう)殿上人(てんじやうびと)は、
「あはれとく御裁許(ごさいきよ)あるべきものを。昔(むかし)より
山門(さんもん)の訴詔【*訴訟】(そしよう)(そせう)は他(た)に異(こと)なり。大蔵卿(おほくらのきやう)為房(ためふさ)・太宰
権帥(ださいのごんのそつ)季仲(すゑなか)は、さしも朝家(てうか)の重臣(てうしん)なりしかども、
山門(さんもん)の訴詔【*訴訟】(そしよう)(そせう)によ(ッ)て流罪(るざい)せられにき。况(いはん)や
師高(もろたか)な(ン)どは事(こと)の数(かず)にやはあるべきに、子細(しさい)にや及(およぶ)(をよぶ)べき」
と申(まうし)あはれけれども、「大臣(たいしん)は禄(ろく)を重(おもん)じて諫(いさ)めず、
P01102
小臣(せうしん)は罪(つみ)に恐(おそ)れて申(まう)さず」と云(いふ)事(こと)なれば、をのをの(おのおの)
口(くち)をとぢ給(たま)へり。「賀茂河(かもがは)の水(みづ)、双六(すごろく)の賽(さい)、山
法師(やまぼふし)(やまぼうし)、是(これ)ぞわが心(こころ)にかなはぬもの」と、白河院(しらかはのゐん)も仰(おほせ)
なりけり。鳥羽院(とばのゐんの)御時(おんとき)、越前(ゑちぜん)の平泉寺(へいせんじ)を
山門(さんもん)へつけられけるには、当山(たうざん)を帰依(きえ)(きゑ)あさ
からざるによ(ッ)て、「非(ひ)をも(ッ)て理(り)とす」とこそ宣下(せんげ)
せられて、院宣(ゐんぜん)をば下(くだ)されけり。江帥(がうぞつ)匡房
卿(きやうばうのきやう)の申(まう)されし様(やう)に、「神輿(しんよ)を陣頭(ぢんどう)へふり
P01103
奉(たてまつり)てう(ッ)たへ申(まう)さむには、君(きみ)いかが御(おん)ぱからひ
候(さうらふ)べき」と申(まう)されければ、「げにも山門(さんもん)の訴詔【*訴訟】(そしよう)(そせう)は
もだしがたし」とぞ仰(おほせ)ける。去(いん)じ嘉保(かほう)二年(にねん)
三月(さんぐわつ)二日(ふつかのひ)、美濃守(みののかみ)源義綱朝臣(みなもとのよしつなのあそん)、当国(たうごく)新立(しんりふ)(しんりう)の
庄(しやう)をたを(たふ)【倒】すあひだ、山(やま)の久住者(くぢゆうしや)(くぢうしや)円応(ゑんおう)(えんおう)を殺
害(せつがい)す。是(これ)によ(ッ)て日吉(ひよしの)の社司(しやじ)、延暦寺(えんりやくじの)の寺官(じくわん)、都
合(つがふ)(つがう)卅(さんじふ)余(よ)P130人(にん)、申文(まうしぶみ)をささげて陣頭(ぢんどう)へ参(さん)じけるを、
後二条関白殿(ごにでうのくわんばくどの)、大和源氏(やまとげんじ)中務権少輔(なかづかさのごんのせう)頼春(よりはる)に
P01104
仰(おほせ)てふせ【防】かせらる。頼春(よりはる)が郎等(らうどう)(らうだう)箭(や)をはなつ。
やにはにゐころ(いころ)【射殺】さるる者(もの)八人(はちにん)、疵(きず)を蒙(かうぶ)る者(もの)十(じふ)余
人(よにん)、社司(しやし)諸司(しよし)四方(しはう)へちりぬ。山門(さんもん)の上綱等(じやうかうら)、子細(しさい)を
奏聞(そうもん)の為(ため)に下洛(げらく)すときこえしかば、武士(ぶし)検
非違使(けんびゐし)(けんびいし)、西坂本(にしざかもと)に馳向(はせむかつ)て、皆(みな)お(ッ)かへす。山門(さんもん)には
御裁断(ごさいだん)遅々(ちち)のあひだ、七社(しちしや)の神輿(しんよ)を根本
中堂(こんぼんちゆうだう)(こんぼんちうだう)にふりあげ奉(たてまつ)り、其(その)御前(おんまへ)にて信読(しんどく)の
大般若(だいはんにや)を七日(しちにち)よ【読】うで、関白殿(くわんばくどの)を呪咀(しゆそ)し奉(たてまつ)る。結願(けちぐわん)の
P01105
導師(だうし)には仲胤法印(ちゆういんほふいん)(ちうゐんほうゐん)、其比(そのころ)はいまだ仲胤供奉(ちゆういんぐぶ)(ちうゐんぐぶ)と
申(まうし)しが、高座(かうざ)にのぼりかねうちならし、表白(へうひやく)の
詞(ことば)にいはく、「我等(われら)なたねの二葉(ふたば)よりおほしたて
給(たま)ふ神(かみ)だち、後[B 二]条(ごにでう)の関白殿(くわんばくどの)に鏑箭(かぶらや)一(ひとつ)はなち
あて給(たま)へ。大八王子権現(だいはちわうじごんげん)」と、た〔か〕らかにぞ祈誓(きせい)し
たりける。やがて其(その)夜(よ)ふしぎ【不思議】の事(こと)あり。八王子(はちわうじ)の
御殿(ごてん)より鏑箭(かぶらや)の声(こゑ)いでて、王城(わうじやう)をさして、な【鳴】(ッ)て
行(ゆく)とぞ、人(ひと)の夢(ゆめ)にはみたりける。其(その)朝(あした)、関白殿(くわんばくどの)の
P01106
御所(ごしよ)の御格子(みかうし)をあけけるに、只今(ただいま)山(やま)よりと(ッ)て
きたるやうに、露(つゆ)にぬれたる樒(しきみ)一枝(ひとえだ)、た(ッ)たり
けるこそおそろしけれ。やがて山王(さんわう)の御(おん)とがめとて、
後二条(ごにでう)の関白殿(くわんばくどの)、おもき御病(おんやまふ)をうけさせ給(たまひ)し
かば、母(はは)うへ、大殿(おほとの)の北(きた)の政所(まんどころ)、大(おほき)になげかせ給(たまひ)つつ、
御(おん)さまをやつし、いやしき下臈(げらう)のまねをして、
日吉社(ひよしのやしろ)に御参籠(ごさんろう)あ(ッ)て、七日七夜(なぬかななよ)P131が間(あひだ)(あいだ)祈(いのり)
申(まう)させ給(たまひ)けり。あらはれての御祈(おんいのり)には、百番(ひやくばん)の
P01107
芝田楽(しばでんがく)、百番(ひやくばん)のひとつもの、競馬(けいば)・流鏑馬(やぶさめ)・相撲(すまふ)
をのをの(おのおの)百番(ひやくばん)、百座(ひやくざ)の仁王講(にんわうかう)、百座(ひやくざ)の薬師講(やくしかう)、
一■手半(いつちやくしゆはん)の薬師(やくし)百体(ひやくたい)、等身(とうじん)の薬師(やくし)一体(いつたい)、並(ならび)に
釈迦(しやか)阿弥陀(あみだ)の像(ざう)、をのをの(おのおの)造立供養(ざうりふくやう)(ざうりうくやう)せられけり。
又(また)御心中(ごしんぢゆう)(ごしんぢう)に三(みつ)の御立願(ごりふぐわん)(ごりうぐわん)あり。御心(おんこころ)のうちの事(こと)
なれば、人(ひと)いかでかしり【知り】奉(たてまつ)るべき。それにふしぎ【不思議】
なりし事(こと)は、七日(なぬか)に満(まん)ずる夜(よ)、八王子(はちわうじ)の御社(おんやしろ)に
いくらもありけるまいりうど(まゐりうど)【参人】共(ども)のなかに、陸奥(みちのく)より
P01108
はるばるとのぼりたりける童神子(わらはみこ)、夜半(やはん)斗(ばかり)
にはかにたえ入(いり)にけり。はるかにかき出(いだ)して
祈(いのり)ければ、程(ほど)なくいきいでて、やがて立(た)(ッ)てまひ
かな【奏】づ。人(ひと)奇特(きどく)のおもひ【思】をなして是(これ)をみる【見る】。
半時(はんじ)斗(ばかり)舞(まう)(まふ)て後(のち)、山王(さんわう)おりさせ給(たまひ)て、やうやう
御詫宣(ごたくせん)こそおそろしけれ。「衆生等(しゆじやうら)慥(たしか)に
うけ給(たま)はれ。大殿(おほとの)の北(きた)の政所(まんどころ)、けふ七日(なぬか)わが
御前(おんまへ)に籠(こも)らせ給(たまひ)たり。御立願(ごりふぐわん)(ごりうぐわん)三(みつ)あり。一(ひとつ)には、
P01109
今度(こんど)殿下(てんが)の寿命(じゆみやう)をたすけてたべ。さも候(さぶら)
はば、したどの【下殿】に候(さぶらふ)もろもろのかたは人(うど)にまじ
は(ッ)て、一千日(いつせんにち)が間(あひだ)(あいだ)朝夕(あさゆふ)みやづかひ申(まう)さむとなり。
大殿(おほとの)の北(きた)の政所(まんどころ)にて、世(よ)を世(よ)ともおぼしめ
さですごさせ給(たま)ふ御心(おんこころ)に、子(こ)を思(おも)ふ道(みち)に
まよひぬれば、いぶせき事(こと)もわすられて、
あさましげなるかたはうどにまじは(ッ)て、一千日(いつせんにち)が間(あひだ)(あいだ)、
朝夕(あさゆふ)みやづかひ申(まう)さむと仰(おほせ)らるるこそ、誠(まこと)に哀(あはれ)に
P01110
おぼしめせ。二(ふたつ)には、大宮(おほみや)の橋(はし)づめより八王子(はちわうじ)の
御社(おんやしろ)まで【迄】、廻廊(くわいらう)つく(ッ)てまい(まゐ)【参】らせP132むとなり。三千(さんぜん)
人(にん)の大衆(だいしゆ)、ふ【降】るにもて【照】るにも、社参(しやさん)の時(とき)いた
はしうおぼゆるに、廻廊(くわいらう)つくられたらば、いかに
めでたからむ。三(みつ)には、今度(こんど)の殿下(てんが)の寿命(じゆみやう)をた
すけさせ給(たま)はば、八王子(はちわうじ)の御社(おんやしろ)にて、法花問
答講(ほつけもんだふかう)(ほつけもんだうかう)毎日(まいにち)退転(たいてん)なくおこなはすべしとなり。いづれも
おろかならねども、かみ二(ふたつ)はさなくともありなむ。
P01111
毎日(まいにち)法花問答講(ほつけもんだふかう)(ほつけもんだうかう)は、誠(まこと)にあらまほしうこそおぼし
めせ。但(ただし)、今度(こんど)の訴詔【*訴訟】(そしよう)(そせう)は無下(むげ)にやすかりぬべき
事(こと)にてありつるを、御裁許(ごさいきよ)なくして、神人(じんにん)
宮仕(みやじ)射(い)(ゐ)ころされ、疵(きず)を蒙(かうぶ)り、泣々(なくなく)まい(まゐ)【参】(ッ)て訴(うつた)へ
申(まうす)事(こと)の余(あまり)に心(こころ)うくて、いかならむ世(よ)まで【迄】も
忘(わす)るべしともおぼえず。其上(そのうへ)かれ等(ら)があたる所(ところ)の
箭(や)は、しかしながら和光垂跡(わくわうすいしやく)の御膚(おんはだへ)にた【立】(ッ)たる
なり。まことそらごとは是(これ)をみよ【見よ】」とて、肩(かた)ぬいだるを
P01112
みれ【見れ】ば、左(ひだり)の脇(わき)のした、大(おほき)なるかはらけの口(くち)斗(ばかり)
うげのいてぞみえ【見え】たりける。「是(これ)が余(あまり)に心(こころ)うければ、
いかに申(まうす)とも始終(しじゆう)(しぢう)の事(こと)はかなふまじ。法花
問答講(ほつけもんだふかう)(ほつけもんだうかう)一定(いちぢやう)あるべくは、三(み)とせが命(いのち)をのべて
たてまつらむ。それを不足(ふそく)におぼしめさば力(ちから)及(およ)(をよ)
ばず」とて、山王(さんわう)あがらせ給(たまひ)けり。母(はは)うへは御立願(ごりふぐわん)(ごりうぐわん)の
事(こと)人(ひと)にもかたらせ給(たま)はねば、誰(たれ)もらしつらむと、
すこしもうたがう(うたがふ)方(かた)もましまさず。御心(おんこころ)の
P01113
内(うち)の事共(ことども)をありのままに御詫宣(ごたくせん)ありければ、
心肝(しんかん)にそうて、ことにた(ッ)とくおぼしめし、
泣々(なくなく)申(まう)させ給(たまひ)けるは、「縦(たとひ)ひと日(ひ)かた時(とき)にてさぶ
らふとも、ありがたうこそさぶらふべきに、ましてP133
三(み)とせが命(いのち)をのべて給(たまは)らむ事(こと)、しかるべう
さぶらふ」とて、泣々(なくなく)御下向(おんげかう)あり。いそぎ都(みやこ)へ
い【入】らせ給(たまひ)て、殿下(てんが)の御領(ごりやう)紀伊国(きのくに)に田中庄(たなかのしやう)と
云(いふ)所(ところ)を、八王子(はちわうじ)の御社(おんやしろ)へ寄進(きしん)ぜらる。それより
P01114
して法花問答講(ほつけもんだふかう)(ほつけもんだうかう)、今(いま)の世(よ)にいたるまで【迄】、毎日(まいにち)
退転(たいてん)なしとぞ承(うけたまは)る。かかりしほどに、後二条関
白殿(ごにでうのくわんばくどの)御病(おんやまふ)かろませ給(たまひ)て、もとの如(ごと)くにならせ給(たま)ふ。
上下(じやうげ)悦(よろこび)あはれしほどに、みとせのすぐるは
夢(ゆめ)なれや、永長(えいちやう)(ゑいちやう)二年(にねん)になりにけり。六月(ろくぐわつ)廿一日(にじふいちにち)、
又(また)後二条関白殿(ごにでうのくわんばくどの)、御(おん)ぐし【髪】のきはにあしき御
瘡(おんかさ)いでさせ給(たまひ)て、うちふ【臥】させ給(たま)ひしが、同(おなじき)
廿七日(にじふしちにち)、御年(おんとし)卅八(さんじふはち)にて遂(つひ)(つゐ)にかくれさせ給(たまひ)ぬ。
P01115
御心(おんこころ)のたけさ、理(り)のつよさ、さしもゆゆしき人
人(ひとびと)【*人(ひと)】にてましましけれども、まめやかに事(こと)のきう(きふ)【急】に
なりしかば、御命(おんいのち)を惜(をし)(おし)ませ給(たまひ)ける也(なり)。誠(まこと)に惜(をし)(おし)
かるべし。四十(しじふ)にだにもみたせ給(たま)はで、大殿(おほとの)に
先立(さきだち)まい(まゐ)【参】らせ給(たま)ふこそ悲(かな)しけれ。必(かならず)しも父(ちち)を
先立(さきだつ)べしと云(いふ)事(こと)はなけれども、生死(しやうじ)のをきて(おきて)に
したがふならひ、万徳円満(まんどくゑんまん)の世尊(せそん)、十地究
竟(じふぢくきやう)(ぢうぢくきやう)の大士(だいじ)たちも、力(ちから)及(およ)(をよ)び給(たま)はぬ事(こと)ども也(なり)。
P01116
慈悲具足(じひぐそく)の山王(さんわう)、利物(りもつ)の方便(はうべん)にてましませば、
十三 御(おん)とがめなかるべしとも覚(おぼえ)ず。P134『御輿振(みこしぶり)』S0115 さるほどに、山
門(さんもん)の大衆(だいしゆ)、国司(こくし)加賀守(かがのかみ)師高(もろたか)を流罪(るざい)に処(しよ)
せられ、目代(もくだい)近藤(こんどうの)判官(はんぐわん)師経(もろつね)を禁獄(きんごく)せらる
べき由(よし)、奏聞(そうもん)度々(どど)に及(およぶ)(をよぶ)といへども、御裁許(ごさいきよ)
なかりければ、日吉(ひよし)の祭礼(さいれい)をうちとどめて、安
元(あんげん)三年(さんねん)四月(しぐわつ)十三日(じふさんにち)辰(たつ)の一点(いつてん)に、十禅師(じふぜんじ)(じうぜんじ)・客人(まらうと)(まらふと)・
八王子(はちわうじ)三社(さんじや)の神輿(しんよ)賁(かざ)り奉(たてまつ)て、陣頭(ぢんどう)へ
P01117
ふり奉(たてまつ)る。さがり松(まつ)・きれ堤(づつみ)・賀茂(かも)の河原(かはら)、糾(ただす)・
梅(むめ)ただ・柳原(やなぎはら)・東福院(とうぶくゐん)【*東北院(とうぼくゐん) 】のへん【辺】に、しら大衆(だいしゆ)・神人(じんにん)・
宮仕(みやじ)・専当(せんだう)みちみちて、いくらと云(いふ)数(かず)をしらず。
神輿(しんよ)は一条(いちでう)を西(にし)へいらせ給(たま)ふ。御神宝(ごじんぼう)天(てん)に
かかや【輝】いて、日月(じつげつ)地(ち)に落(おち)給(たま)ふかとおどろかる。
是(これ)によ(ッ)て、源平(げんぺい)両家(りやうか)の大将軍(たいしやうぐん)、四方(しはう)の陣頭(ぢんどう)を
かためて、大衆(だいしゆ)ふせ【拒】くべき由(よし)仰下(おほせくだ)さる。平家(へいけ)には、
小松(こまつ)の内大臣(ないだいじん)の左大将(さだいしやう)重盛公(しげもりこう)、其(その)勢(せい)三千余騎(さんぜんよき)
P01118
にて大宮面(おほみやおもて)の陽明(やうめい)・待賢(たいけん)・郁芳(いうはう)(ゆうはう)三(みつ)の門(もん)を
かため給(たま)ふ。弟(おとと)宗盛(むねもり)・具盛【*知盛】(とももり)・重衡(しげひら)、伯父(をぢ)(おぢ)頼盛(よりもり)・教
盛(のりもり)・経盛(つねもり)な(ン)どは、にし南(みなみ)の陣(ぢん)をかためられけり。源氏(げんじ)には、
大内守護(たいだいしゆご)の源三位(げんざんみ)頼政卿(よりまさのきやう)、渡辺(わたなべ)のはぶく【省】・さ
づく【授】をむねとして、其(その)勢(せい)纔(わづか)に三百余騎(さんびやくよき)、北(きた)の
門(もん)、縫殿(ぬいどの)の陣(ぢん)をかため給(たま)ふ。所(ところ)はひろし勢(せい)は少(すくな)し、
まばらにこそみえ【見え】たりけれ。大衆(だいしゆ)無勢(ぶせい)たるに
よ(ッ)て、北(きた)の門(もん)、縫殿(ぬいどの)の陣(ぢん)より神輿(しんよ)を入(いれ)奉(たてまつ)らんとす。
P01119
頼政P135卿(よりまさのきやう)さる人(ひと)にて、馬(むま)よりおり、甲(かぶと)をぬいで、
神輿(しんよ)を拝(はい)し奉(たてまつ)る。兵(つはもの)ども皆(みな)かくのごとし。
衆徒(しゆと)の中(なか)へ使者(ししや)をたてて、申(まうし)送(おく)(をく)る旨(むね)あり。
其(その)使(つかひ)は渡辺(わたなべ)の長七(ちやうじつ)唱(となふ)と云(いふ)者(もの)なり。唱(となふ)、其(その)日(ひ)は
きちん【麹麈】の直垂(ひたたれ)に、小桜(こざくら)を黄(き)にかへ【返】いたる
鎧(よろひ)(よろい)きて、赤銅(しやくどう)づくりの太刀(たち)をはき、白羽(しらは)の矢(や)
おひ、しげどう【滋籐】の弓(ゆみ)脇(わき)にはさみ、甲(かぶと)をばぬぎ、
たかひも【高紐】にかけ、神輿(しんよ)の御前(みまへ)に畏(かしこまつ)て申(まうし)けるは、
P01120
「衆徒(しゆと)の御中(おんなか)へ源三位殿(げんざんみどの)の申(まう)せと候(ざうらふ)。今度(こんど)
山門(さんもん)の御訴詔【*御訴訟】(ごそしよう)(ごそせう)、理運(りうん)の条(でう)勿論(もちろん)に候(さうらふ)。御成敗(ごせいばい)
遅々(ちち)こそ、よそにても遺恨(ゐこん)(いこん)に覚(おぼえ)候(さうら)へ。さては神
輿(しんよ)入(いれ)奉(たてまつ)らむ事(こと)、子細(しさい)に及(および)(をよび)候(さうら)はず。但(ただし)頼政(よりまさ)無勢(ぶせい)候(ざうらふ)。
其上(そのうへ)あけて入(いれ)奉(たてまつ)る陣(ぢん)よりいらせ給(たまひ)て候(さうら)はば、
山門(さんもん)の大衆(だいしゆ)は目(め)だりがほしけりな(ン)ど、京童部(きやうわらべ)
が申(まうし)候(さうら)はむ事(こと)、後日(ごにち)の難(なん)にや候(さうら)はんずらむ。
神輿(しんよ)を[B 入(いれ)]奉(たてまつ)らば、宣旨(せんじ)を背(そむ)くに似(に)たり。
P01121
又(また)ふせ【防】き奉(たてまつ)らば、年来(としごろ)医王山王(いわうさんわう)に首(かうべ)をかた
ぶけ奉(たてまつ)て候(さうらふ)身(み)が、けふより後(のち)弓箭(きゆうせん)(きうせん)の道(みち)に
わかれ候(さうらひ)なむず。かれといひ是(これ)といひ、かたがた
難治(なんぢ)の様(やう)に候(さうらふ)。東(ひがし)の陣(ぢん)は小松殿(こまつどの)大勢(おほぜい)でかため
られて候(さうらふ)。其(その)陣(ぢん)よりいらせ給(たまふ)べうや候(さうらふ)らむ」と
いひ送(おく)(をく)りたりければ、唱(となふ)がかく申(まうす)にふせかれて、
神人(じんにん)宮仕(みやじ)しばらくゆらへたり。若大衆(わかだいしゆ)どもは、
「何条(なんでう)其(その)儀(ぎ)あるべき。ただ此(この)門(もん)より神輿(しんよ)を入(いれ)
P01122
奉(たてまつ)れ」と云(いふ)族(やから)おほかりけれども、老僧(らうそう)のなかに
三塔(さんたふ)(さんたう)一(いち)の僉議者(せんぎしや)ときこえし摂津(せつつの)竪者(りつしや)
豪運(がううん)、進(すす)み出(いで)て申(まうし)けるは、「尤(もつと)もさい【言】はれたり。
神輿(しんよ)をさきだP136てまい(まゐ)【参】らせて訴詔【*訴訟】(そしよう)(そせう)を致(いた)さば、大
勢(おほぜい)の中(なか)をうち破(やぶつ)てこそ後代(こうたい)のきこえもあらん
ずれ。就中(なかんづく)に此(この)頼政卿(よりまさのきやう)は、六孫王(ろくそんわう)より以降(このかた)、源
氏(げんじ)嫡々(ちやくちやく)の正棟(しやうとう)、弓箭(きゆうせん)(きうせん)をと(ッ)ていまだ其(その)不覚(ふかく)を
きかず。凡(およそ)(をよそ)武芸(ぶげい)にもかぎらず、歌道(かだう)にもすぐれ
P01123
たり。近衛院(こんゑのゐん)御在位(ございゐ)の時(とき)、当座(たうざ)の御会(ごくわい)あり
しに、「深山花(しんざんのはな)」と云(いふ)題(だい)を出(いだ)されたりけるを、人々(ひとびと)
よみわづらひたりしに、此(この)頼政卿(よりまさのきやう)、
深山木(みやまぎ)のそのこずゑともみえ【見え】ざりし
さくらは花(はな)にあらはれにけり W007
と云(いふ)名歌(めいか)仕(つかまつ)て御感(ぎよかん)にあづかるほどのやさ
男(をとこ)(おとこ)に、時(とき)に臨(のぞん)で、いかがなさけなう恥辱(ちじよく)をば
あたふべき。此(この)神輿(しんよ)かきかへし奉(たてまつれ)や」と
P01124
僉議(せんぎ)しければ、数千人(すせんにん)の大衆(だいしゆ)先陣(せんぢん)より後
陣(ごぢん)まで、皆(みな)尤々(もつとももつとも)とぞ同(どう)じける。さて神輿(しんよ)を
先立(さきだて)まい(まゐ)【参】らせて、東(ひがし)の陣頭(ぢんどう)、待賢門(たいけんもん)より入(いれ)奉(たてまつ)
らむとしければ、狼籍【*狼藉】(らうぜき)忽(たちまち)に出来(いでき)て、武士(ぶし)ども
散々(さんざん)に射(い)(ゐ)奉(たてまつ)る。十禅師(じふぜんじ)(ぢうぜんじ)の御輿(みこし)にも箭(や)ども
あまた射(い)(ゐ)たてたり。神人(じんにん)宮仕(みやじ)射(い)(ゐ)ころされ、衆徒(しゆと)
おほく疵(きず)を蒙(かうぶ)る。おめき(をめき)さけぶ声(こゑ)梵天(ぼんでん)まで【迄】も
きこえ、堅牢地神(けんらうぢじん)も驚(おどろく)(をどろく)らむとぞおぼえける。
P01125
大衆(だいしゆ)神輿(しんよ)をば陣頭(ぢんどう)にふりすて奉(たてまつ)り、泣々(なくなく)
本山(ほんざん)へかへりのぼる。P137『内裏炎上(だいりえんしやう)』S0116 蔵人左少弁(くらんどのさせうべん)兼光(かねみつ)に仰(おほせ)て、
殿上(てんじやう)にて俄(にはか)に公卿僉議(くぎやうせんぎ)あり。保安(ほうあん)四年(しねん)七
月(しちぐわつ)に神輿(しんよ)入洛(じゆらく)の時(とき)は、座主(ざす)に仰(おほせ)て赤山(せきさん)の
社(やしろ)へ入(いれ)奉(たてまつ)る。又(また)保延(ほうえん)四年(しねん)四月(しぐわつ)に神輿(しんよ)入洛(じゆらく)の時(とき)は、
祇園別当(ぎをんのべつたう)に仰(おほせ)て祇園社(ぎをんのやしろ)へ入(いれ)奉(たてまつ)る。今度(こんど)は
保延(ほうえん)の例(れい)たるべしとて、祇園(ぎをん)の別当(べつたう)権大僧都(ごんのだいそうづ)
澄兼【*澄憲】(ちようけん)(てうけん)に仰(おほせ)て、秉燭(へいしよく)に及(およん)(をよん)で祇園(ぎをん)の社(やしろ)へ入(いれ)奉(たてまつ)る。
P01126
神輿(しんよ)にたつ所(ところ)の箭(や)をば、神人(じんにん)して是(これ)を
ぬかせらる。山門(さんもん)の大衆(だいしゆ)、日吉(ひよし)の神輿(しんよ)を陣頭(ぢんどう)へ
ふり奉(たてまつ)る事(こと)、永久(えいきう)(ゑいきう)より以降(このかた)、治承(ぢしよう)(ぢせう)まで【迄】は六箇
度(ろくかど)なり。毎度(まいど)に武士(ぶし)を召(めし)てこそふせ【防】かるれ
ども、神輿(しんよ)射(い)(ゐ)奉(たてまつ)る事(こと)是(これ)始(はじめ)とぞ承(うけたまは)る。「霊
神(れいしん)怒(いかり)をなせば、災害(さいがい)岐(ちまた)にみ【満】つといへり。おそろし
おそろし」とぞ人々(ひとびと)申(まうし)あはれける。同(おなじき)十四日(じふしにち)夜
半(やはん)斗(ばかり)、山門(さんもん)の大衆(だいしゆ)又(また)下洛(げらく)すときこえしかば、
P01127
夜中(やちゆう)(やちう)に主上(しゆしやう)要輿(えうよ)(ようよ)にめして、院御所(ゐんのごしよ)法住寺
殿(ほふぢゆうじどの)(ほうぢうじどの)へ行幸(ぎやうがう)なる。中宮(ちゆうぐう)(ちうぐう)は御車(おんくるま)にたてまつて
行啓(ぎやうげい)あり。小松(こまつ)のおとど、直衣(なほし)(なをし)に箭(や)おう【負う】て
供奉(ぐぶ)せらる。嫡子(ちやくし)権亮少将(ごんのすけぜうしやう)維盛(これもり)、束帯(そくたい)に
ひらやなぐひおうてまい(まゐ)【参】られけり。関白殿(くわんばくどの)を
始(はじめ)奉(たてまつ)て、太政大臣(だいじやうだいじん)以下(いげ)の公卿(くぎやう)殿上人(てんじやうびと)、我(われ)も我(われ)もと
は【馳】せまい(まゐ)【参】る。凡(およそ)(をよそ)京中(きやうぢゆう)(きやうぢう)の貴賎(きせん)、禁中(きんちゆう)(きんちう)の上下(じやうげ)、
さは(さわ)【騒】ぎののしる事(こと)緩(おびたた)し。山門(さんもん)には、神輿(しんよ)に
P01128
箭(や)たち、神人(じんにん)(じむにん)宮仕(みやじ)射(い)(ゐ)ころされ、衆徒(しゆと)おほく
疵(きず)をかうぶりしかP138ば、大宮(おほみや)二宮(にのみや)以下(いげ)、講堂(かうだう)中堂(ちゆうだう)(ちうだう)
すべて諸堂(しよだう)一宇(いちう)ものこさず焼払(やきはらつ)て、山野(さんや)に
まじはるべき由(よし)、三千(さんぜん)一同(いちどう)に僉議(せんぎ)しけり。是(これ)に
よ(ッ)て大衆(だいしゆ)の申(まうす)所(ところ)、御(おん)ぱからひあるべしとき
こえしかば、山門(さんもん)の上綱等(じやうかうら)、子細(しさい)を衆徒(しゆと)にふれん
とて登山(とうざん)しけるを、大衆(だいしゆ)おこ(ッ)て西坂本(にしざかもと)より
皆(みな)お(ッ)かへす。平(へい)大納言(だいなごん)時忠卿(ときただのきやう)、其(その)時(とき)はいまだ左衛
P01129
門督(さゑもんのかみ)にておはしけるが、上卿(しやうけい)にたつ。大講堂(だいかうだう)の
庭(には)に三塔(さんたふ)(さんたう)会合(くわいがふ)(くわいがう)して、上卿(しやうけい)をと(ッ)てひ(ッ)ぱらむと
す。「しや冠(かぶり)うちおとせ。其(その)身(み)を搦(からめ)て湖(みづうみ)に
しづめよ」な(ン)どぞ僉議(せんぎ)しける。既(すで)にかうとみえ【見え】
られけるに、時忠卿(ときただのきやう)「暫(しばらく)しづまられ候(さうら)へ。衆徒(しゆと)の
御中(おんなか)へ申(まうす)べき事(こと)あり」とて、懐(ふところ)より小硯(こすずり)たた
うがみをとり出(いだ)し、一筆(ひとふで)かいて大衆(だいしゆ)の中(なか)へ
つかはす。是(これ)を披(ひらい)てみれば、「衆徒(しゆと)の濫悪(らんあく)を
P01130
致(いた)すは魔縁(まえん)の所行(しよぎやう)なり。明王(めうわう)の制止(せいし)を加(くはふ)るは
善政(ぜんぜい)の加護(かご)也(なり)」とこそかかれたれ。是(これ)をみて
ひ(ッ)ぱるに及(およ)(をよ)ばず。大衆(だいしゆ)皆(みな)尤々(もつとももつとも)と同(どう)じて、谷々(たにだに)へ
おり、坊(ばう)々へぞ入(いり)にける。一紙(いつし)一句(いつく)をも(ッ)て三塔(さんたふ)(さんたう)三
千(さんぜん)の憤(いきどほり)(いきどをり)をやすめ、公私(こうし)の恥(はぢ)をのがれ給(たま)へる
時忠卿(ときただのきやう)こそゆゆしけれ。人々(ひとびと)も、山門(さんもん)の衆徒(しゆと)は
発向(はつかう)のかまびすしき斗(ばかり)かとおもひ【思ひ】たれば、
ことはり(ことわり)【理】も存知(ぞんぢ)したりけりとぞ、感(かん)ぜられける。
P01131
同(おなじき)廿日(はつかのひ)、花山院権中納言(くわさんのゐんのごんちゆうなごん)(くわさんのゐんのごんちうなごん)忠親卿(ただちかのきやう)を上卿(しやうけい)にて、
国司(こくし)加賀守(かがのかみ)師高(もろたか)遂(つひ)(つゐ)に闕官(けつくわん)P139ぜられて、尾張(をはり)(おはり)の
井戸田(ゐどた)へながされけり。目代(もくだい)近藤(こんどうの)判官(はんぐわん)(はんぐはん)師経(もろつね)
禁獄(きんごく)せらる。又(また)去(さんぬ)る十三日(じふさんにち)、神輿(しんよ)射(い)(ゐ)奉(たてまつり)し武士(ぶし)
六人(ろくにん)獄定(ごくぢやう)ぜらる。左衛門尉(さゑもんのじよう)(さゑもんのぜう)藤原正純(ふぢはらのまさずみ)、右衛門尉(うゑもんのじよう)(うゑもんのぜう)
正季(まさすゑ)、左衛門尉(さゑもんのじよう)(さゑもんのぜう)大江家兼(おほえのいへかね)、右衛門尉(うゑもんのじよう)(うゑもんのぜう)同(おなじく)家国(いへくに)、
左兵衛尉(さひやうゑのじよう)(さひやうゑのぜう)清原康家(きよはらのやすいへ)、右兵衛尉(うひやうゑのじよう)(うひやうゑのぜう)同(おなじく)康友(やすとも)、
是等(これら)は皆(みな)小松殿(こまつどの)の侍(さぶらひ)(さぶらい)なり。同(おなじき)四月(しぐわつ)廿八日(にじふはちにち)亥剋(ゐのこく)斗(ばかり)、
P01132
樋口富少路【*樋口富小路】(ひぐちとみのこうぢ)より火(ひ)出来(いでき)て、辰巳(たつみ)の風はげ
しう吹(ふき)ければ、京中(きやうぢゆう)(きやうぢう)おほく焼(やけ)にけり。大(おほき)なる
車輪(しやりん)の如(ごと)くなるほむらが、三町(さんぢやう)五町(ごちやう)へだてて
戌亥(いぬゐ)のかたへすぢかへに、とびこえとびこえやけ
ゆけば、おそろしな(ン)どもおろかなり。或(あるい)は具平
親王(ぐへいしんわう)の千種殿(ちくさどの)、或(あるい)は北野(きたの)の天神(てんじん)の紅梅殿(こうばいどの)、
橘逸成(きついつせい)のはひ松殿(まつどの)、鬼殿(おにどの)・高松殿(たかまつどの)・鴨居
殿(かもゐどの)・東三条(とうさんでう)、冬嗣(ふゆつぎ)のおとどの閑院殿(かんゐんどの)、昭宣公(せうぜんこう)の
P01133
堀川殿(ほりかはどの)、是(これ)を始(はじめ)て、昔(むかし)今(いま)の名所(めいしよ)卅(さんじふ)余箇所(よかしよ)、
公卿(くぎやう)の家(いへ)だにも十六(じふろく)箇所(かしよ)まで【迄】焼(やけ)にけり。
其(その)外(ほか)、殿上人(てんじやうびと)諸大夫(しよだいぶ)の家々(いへいへ)はしるすに及(およ)(をよ)ばず。
はては大内(おほうち)にふきつけて、朱雀門(しゆしやくもん)より
始(はじめ)て、応田門【*応天門】(おうでんもん)・会昌門(くわいしやうもん)、大極殿(だいこくでん)・豊楽院(ぶらくゐん)、諸
司(しよし)八省(はつしやう)(はつせう)・朝所(あいだんどころ)、一時(いちじ)が内(うち)に灰燼(くわいじん)の地(ち)とぞ
なりにける。家々(いへいへ)の日記(につき)、代々(だいだい)の文書(もんじよ)、七珍
万宝(しつちんまんぼう)さながら麈灰(ぢんくわい)となりぬ。其(その)間(あひだ)(あいだ)の費(つゐ)へ(つひえ)
P01134
いか斗(ばかり)ぞ。人(ひと)のやけしぬる事(こと)数百人(すひやくにん)、牛馬(ぎうば)の
たぐひは数(かず)を知(しら)ず。是(これ)ただ事(こと)に非(あら)ず、山王(さんわう)の
御(おん)とがめとて、比叡山(ひえいさん)(ひゑいさん)より大(おほき)なる猿(さる)どもが
二三千(にさんぜん)おりくだり、手々(てんで)に松火(まつび)をともひ(ともい)て京中(きやうぢゆう)(きやうぢう)
をやく[M き→く]とぞ、人(ひと)の夢(ゆめ)にはみえ【見え】たりける。P140大極
殿(だいこくでん)は清和天皇(せいわてんわう)の御宇(ぎよう)、貞観(ぢやうぐわん)十八年(じふはちねん)に始(はじめ)て
やけたりければ、同(おなじき)十九(じふく)年(ねん)正月(しやうぐわつ)三日(みつかのひ)、陽成院(やうぜいのゐん)の
御即位(ごそくゐ)は豊楽院(ぶらくゐん)にてぞありける。元慶(ぐわんきやう)(ぐはんきやう)元年(ぐわんねん)(ぐはんねん)
P01135
四月(しぐわつ)九日(ここのかのひ)、事始(ことはじめ)あ(ッ)て、同(おなじき)二年(にねん)十月(じふぐわつ)八日(やうかのひ)にぞつくり
出(いだ)されたりける。後冷泉院(ごれんぜいのゐん)の御宇(ぎよう)、天喜(てんき)五年(ごねん)二
月(にぐわつ)廿六日(にじふろくにち)、又(また)やけにけり。治暦(ぢりやく)四年(しねん)八月(はちぐわつ)十四日(じふしにち)、事
始(ことはじめ)ありしかども、造(つく)り出(いだ)されずして、後冷泉院(ごれんぜいのゐん)崩
御(ほうぎよ)なりぬ。後三条(ごさんでう)の院(ゐん)の御宇(ぎよう)、延久(えんきう)四年(しねん)四月(しぐわつ)
十五日(じふごにち)作(つく)り出(いだ)して、文人(ぶんじん)詩(し)を奉(たてまつ)り、伶人(れいじん)楽(がく)を
奏(そう)して遷幸(せんかう)なし奉(たてまつ)る。今(いま)は世(よ)末(すゑ)にな(ッ)て、
国(くに)の力(ちから)も衰(おとろ)へたれば、其後(そののち)は遂(つひ)(つゐ)につく
P01136
られず。
平家物語(へいけものがたり)巻(くわん)第一 P141
平家物語(龍谷大学本)巻第二
【許諾済】
本テキストの公開については、龍谷大学大宮図書館の許諾を得ています。底本使用・テキスト公開を許可された同図書館に厚く御礼申し上げます。
【注意】
本テキストの利用は個人の研究の範囲内に限られます。本テキストの全体あるいは一部の複写物・複写加工物を、インターネット上で、あるいは出版物(CD−ROM等を含む)として公表する場合には、事前に龍谷大学大宮図書館に翻刻掲載許可願いを申請する必要があります。同図書館の許可を得ない本テキストの公表は禁じられています。翻刻掲載許可願い申請送付先:〒600-8268
京都市下京区七条通大宮東入大工町125−1 龍谷大学大宮図書館閲覧係
【底本】
本テキストの底本は、龍谷大学大宮図書館所蔵『平家物語』です。直接には、思文閣出版発行の影印本(龍谷大学善本叢書
13)に拠りました。
文責:荒山慶一・菊池真一
(表紙)
(目録)無し
P02141
P141
平家物語(へいけものがたり)巻(くわん)第二(だいに)
『座主流(ざすながし)』S0201治承(ぢしよう)(ぢせう)元年(ぐわんねん)五月(ごぐわつ)五日(いつかのひ)、天台座主(てんだいざす)明雲大僧
正(めいうんだいそうじやう)、公請(くじやう)を停止(ちやうじ)せらるるうへ、蔵人(くらんど)を御使(おつかひ)
にて、如意輪(によいりん)の御本尊(ごほんぞん)をめしかへひ(めしかへい)【召返】て、御持
僧(ごぢそう)を改易(かいえき)(かいゑき)せらる。則(すなはち)使庁(しちやう)の使(つかひ)をつけ
て、今度(こんど)神輿(しんよ)内裏(だいり)へ振(ふり)たてまつる衆
徒(しゆと)の張本(ちやうぼん)をめされけり。加賀国(かがのくに)に座主(ざす)
の御房領【*御坊領】(ごばうりやう)あり。国司(こくし)師高(もろたか)是(これ)を停廃(ちやうはい)の間(あひだ)(あいだ)、
P02142
その宿意(しゆくい)によ(ッ)て大衆(だいしゆ)をかたらひ、訴詔【*訴訟】(そしよう)(そせう)
をいたさる。すでに朝家(てうか)の御大事(おんだいじ)に及(およぶ)(をよぶ)よし、
西光法師(さいくわうほふし)(さいくわうほうし)父子(ふし)が讒奏(ざんそう)によ(ッ)て、法皇(ほふわう)(ほうわう)大(おほき)
に逆鱗(げきりん)ありけり。ことに重科(ぢゆうくわ)(ぢうくわ)におこなはる
べしときこゆ。明雲(めいうん)は法皇(ほふわう)(ほうわう)の御気色(ごきしよく)あ
しかりければ、印鑰(いんやく)(ゐんやく)をかへしたてまつ【奉】
て、座主(ざす)を辞(じ)し申(まう)さる。同(おなじき)十一日(じふいちにち)、鳥羽院(とばのゐん)
の第七(だいしち)の宮(みや)、覚快(かくくわい)法親王(ほふしんわう)(ほうしんわう)天台座主(てんだいざす)に
P02143
ならせ給(たま)ふ。是(これ)は青連院(しやうれんゐん)(せうれんゐん)の大僧正(だいそうじやう)、行玄(ぎやうげん)の
御弟子(おんでし)也(なり)。同(おなじき)十一日(じふいちにち)、前座主(せんざす)所職(しよしよく)をとどめらる
るうへ、検非違使(けんびゐし)(けんびいし)二人(ににん)をつけて、井(ゐ)にふた【蓋】
をし、火(ひ)に水(みづ)をかけ、水火(すいくわ)のせめにをよぶ(およぶ)【及ぶ】。
これP142によ(ッ)て、大衆(だいしゆ)猶(なほ)参洛(さんらく)すべき由(よし)聞(きこ)えし
かば、京中(きやうぢゆう)(きやうぢう)又(また)さはぎ(さわぎ)【騒ぎ】あへり。同(おなじき)十八日(じふはちにち)、太政大臣(だいじやうだいじん)
以下(いげ)の公卿(くぎやう)十三人(じふさんにん)参内(さんだい)して、陣(ぢん)の座(ざ)につき
て、前(さき)の座主(ざす)罪科(ざいくわ)の事(こと)儀定(ぎぢやう)あり。八条
P02144
中納言(はつでうのちゆうなごん)(はつでうのちうなごん)長方卿(ながかたのきやう)、其(その)時(とき)はいまだ左大絅【*左大弁】宰相(さだいべんさいしやう)に
て、末座(ばつざ)に候(さうらひ)けるが、申(まう)されけるは、「法家(ほつけ)の
勘状(かんじやう)にまかせて、死罪(しざい)一等(いつとう)を減(げん)じて遠流(をんる)せ
らるべしと見(み)えてて候(さうら)へども、前座主(さきのざす)明雲
大僧正(めいうんだいそうじやう)は顕密(けんみつ)兼学(けんがく)して、浄行持律(じやうぎやうぢりつ)(ぢやうぎやうぢりつ)の
うへ、大乗妙経(だいじようめうきやう)(だいぜうめうきやう)を公家(くげ)にさづけ奉(たてまつ)り、菩
薩浄戒(ぼさつじやうかい)を法皇(ほふわう)(ほうわう)にたもたせ奉(たてまつ)る。御経(おんきやう)の
師(し)、御戒(ごかい)の師(し)、重科(ぢゆうくわ)(ぢうくわ)におこなはれん事(こと)、冥(みやう)
P02145
の照覧(せうらん)はかりがたし。還俗遠流(げんぞくをんる)をなだめ
らるべきか」と、はばかる所(ところ)もなう申(まう)され
ければ、当座(たうざ)の公卿(くぎやう)みな長方(ながかた)の義(ぎ)に同(どう)ず
と申(まうし)あはれけれども、法皇(ほふわう)(ほうわう)の御(おん)いきどをり(いきどほり)【憤】
ふかかり【深かり】しかば、猶(なほ)(なを)遠流(をんる)に定(さだめ)らる。太政入道(だいじやうにふだう)(だいじやうにうだう)
も此(この)事(こと)申(まう)さむとて、院参(ゐんざん)せられけれ共(ども)、
法皇(ほふわう)(ほうわう)御風(おんかぜ)のけ【気】とて御前(ごぜん)へもめされ給(たま)は
ねば、ほいなげにて退出(たいしゆつ)せらる。僧(そう)を罪(つみ)
P02146
するならひ【習】とて、度縁(どえん)(とゑん)をめしかへし、還俗(げんぞく)
せさせ奉(たてまつ)り、大納言大輔(だいなごんのたいふ)(だいなごんのたゆふ)藤井松枝(ふぢゐのまつえだ)(ふぢゐのまつゑだ)と俗
名(ぞくみやう)をぞつけられける。此(この)明雲(めいうん)と申(まうす)は、村
上天皇(むらかみてんわう)第七(だいしち)の皇子(わうじ)、具平親王(ぐへいしんわう)より六
代(ろくだい)の御末(おんすゑ)、久我大納言(こがのだいなごん)顕通卿(あきみちのきやう)の御子(おんこ)也(なり)。誠(まこと)
に無双(ぶさう)の硯徳【*碩徳】(せきとく)、天下(てんが)第一(だいいち)の高僧(かうそう)にておは
しければ、君(きみ)も臣(しん)もた(ッ)とみ、〔天〕王寺(〔てん〕わうじ)・六勝寺(ろくしようじ)(ろくせうじ)
の別当(べつたう)をもかけ給(たま)へり。されども陰陽頭(おんやうのかみ)(をんやうのかみ)
P02147
安陪【*安倍】P143泰親(あべのやすちか)が申(まうし)けるは、「さばかりの智者(ちしや)の明雲(めいうん)
と名(な)のり給(たまふ)こそ心(こころ)えね。うへに日月(じつげつ)の光(ひかり)
をならべて、下(した)に雲(くも)あり」とぞ難(なん)じける。仁安(にんあん)
元年(ぐわんねん)二月(にぐわつ)(に(ン)ぐわつ)廿日(はつかのひ)、天台座主(てんだいざす)にならせ給(たまふ)。同(おなじき)三
月(さんぐわつ)十五日(じふごにち)、御拝堂(ごはいたう)あり。中堂(ちゆうだう)(ちうだう)の宝蔵(ほうざう)をひら
かれけるに、種々(しゆじゆ)の重宝共(ちようほうども)(てうほうども)の中(なか)に、方(はう)一尺(いつしやく)
の箱(はこ)あり。しろい【白い】布(ぬの)にてつつまれたり。一
生不犯(いつしやうふぼん)の座主(ざす)、彼(かの)箱(はこ)をあけて見(み)給(たまふ)に、
P02148
黄紙(わうし)にかけるふみ一巻(いつくわん)(いちくはん)あり。伝教大師(でんげうだいし)
未来(みらい)の座主(ざす)の名字(みやうじ)を兼(かね)てしるしをか(おか)【置か】れ
たり。我(わが)名(な)のある所(ところ)までみて、それより
奥(おく)をば、見(み)ず、もとのごとくにまき返(かへ)し
てをか(おか)【置か】るるならひ【習】也(なり)。されば此(この)僧正(そうじやう)もさ
こそおはしけめ。かかるた(ッ)とき人(ひと)なれども、
前世(ぜんぜ)の宿業(しゆくごふ)(しゆくごう)をばまぬかれ給(たま)はず。あはれ【哀】
なりし事共(ことども)也(なり)。同(おなじき)廿一日(にじふいちにち)、配所(はいしよ)伊豆国(いづのくに)と定(さだめ)
P02149
らる。人々(ひとびと)様々(さまざま)に申(まうし)あはれけれども、西光法
師(さいくわうほふし)(さいくわうほうし)父子(ふし)が讒奏(ざんそう)によ(ッ)て、かやうにおこなは
れけり。やがてけふ都(みやこ)の内(うち)を追出(おひいだ)さる
べしとて、追立(おつたて)(をつたて)の官人(くわんにん)白河(しらかは)の御房【*御坊】(ごばう)にむか
ひ、をひ(おひ)【追ひ】奉(たてまつ)る。僧正(そうじやう)なくなく【泣く泣く】御坊(ごばう)を出(いで)て、粟
田口(あはたぐち)のほとり、一切経(いつさいきやう)の別所(べつしよ)へいらせ給(たま)ふ。山門(さんもん)
には、せんずる所(ところ)、我等(われら)が敵(かたき)は西光(さいくわう)(さいくはう)父子(ふし)に過(すぎ)た
る者(もの)なしとて、彼等(かれら)親子(おやこ)が名字(みやうじ)をかい【書い】て、
P02150
根本中堂(こんぼんちゆうだう)(こんぼんちうだう)におはします十二(じふに)神将(じんじやう)の内(うち)、金毘
羅大将(こんびらだいじやう)の左(ひだり)の御足(おんあし)の下(した)にふませ奉(たてまつ)り、「十
二(じふに)神将(じんじやう)・七千夜叉(しちせんやしや)、時刻(じこく)をめぐらさず西光(さいくわう)父
子(ふし)が命(いのち)をめしとり給(たま)へや」と、おめき(をめき)【喚き】P144さけん【叫ん】
で呪咀(しゆそ)しけるこそ聞(きく)もおそろしけれ【恐ろしけれ】。同(おなじき)
廿三日(にじふさんにち)、一切経(いつさいきやう)の別所(べつしよ)より配所(はいしよ)へおもむき給(たまひ)
けり。さばかんの法務(ほふむ)(ほうむ)の大僧正(だいそうじやう)ほどの人(ひと)を、
追立(おつたて)(をつたて)の鬱使(うつし)がさき【先】にけたて【蹴立て】させ、今日(けふ)を
P02151
かぎりに都(みやこ)を出(いで)て、関(せき)の東(ひがし)(ひ(ン)がし)へおもむかれけ
ん心(こころ)のうち、をし(おし)はかられてあはれ【哀】也(なり)。大津(おほつ)
の打出(うちで)の浜(はま)にも成(なり)しかば、文殊楼(もんじゆろう)の軒端(のきば)
のしろじろとしてみえ【見え】けるを、ふた【二】目(め)とも見(み)
給(たま)はず、袖(そで)をかほにをし(おし)あてて、涙(なみだ)にむせび
給(たまひ)けり。山門(さんもん)には、宿老(しゆくらう)碩徳(せきとく)おほしといへども、
澄憲法印(ちようけんほふいん)(てうけんほうゐん)、其(その)時(とき)はいまだ僧都(そうづ)にておはしけ
るが、余(あまり)に名残(なごり)をおしみ(をしみ)【惜み】奉(たてまつ)り、粟津(あはづ)まで
P02152
送(おく)(をく)りまいらせ(まゐらせ)【参らせ】、さても有(ある)べきならねば、それ
よりいとま申(まうし)てかへられけるに、僧正(そうじやう)心(こころ)ざしの
切(せつ)なる事(こと)を感(かん)じて、年来(としごろ)御心中(ごしんぢゆう)(ごしんぢう)に秘(ひ)せら
れたりし一心(いつしん)三観(さんぐわん)の血脈相承(けつみやくさうじよう)(けつみやくさうぜう)をさづ
けらる。此(この)法(ほふ)(ほう)は釈尊(しやくそん)の附属(ふぞく)、波羅奈国(はらないこく)の馬鳴
比丘(めみやうびく)(めめうびく)、南天竺(なんてんぢく)の竜樹菩薩(りゆうじゆぼさつ)(りうじゆぼさつ)より次第(しだい)に相伝(さうでん)
しきたれる、けふのなさけにさづけらる。
さすが我(わが)朝(てう)は粟散辺地(そくさんへんぢ)の境(さかい)、濁世末代(じよくせまつだい)
P02153
といひながら、、澄憲(ちようけん)(てうけん)これを附属(ふぞく)して、法衣(ほふえ)(ほうゑ)
の袂(たもと)をしぼりつつ、都(みやこ)へ帰(かへり)のぼられける心(こころ)
のうちこそた(ッ)とけれ。山門(さんもん)には大衆(だいしゆ)おこ(ッ)
て僉議(せんぎ)す。「義真和尚(ぎしんくわしやう)よりこのかた、天台座
主(てんだいざす)はじま(ッ)て五十五代(ごじふごだい)に至(いた)るまで、いまだるざ
い【流罪】の例(れい)をきかず。倩(つらつら)事(こと)の心(こころ)をあむずる(あんずる)【案ずる】に、
延暦(えんりやく)の比(ころ)ほひ、皇帝(くわうてい)は帝都(ていと)をたて、大
師(だいし)は当山(たうざん)によぢのぼ(ッ)て四明(しめい)の教法(けうぼふ)(けうぼう)を此(この)P145
P02154
所(ところ)にひろめ給(たまひ)しよりこのかた、五障(ごしやう)の女人(によにん)跡(あと)
たえて、三千(さんぜん)の浄侶(じやうりよ)居(きよ)をしめたり。嶺(みね)には
一乗読誦(いちじようどくじゆ)(いちぜうどくじゆ)年(とし)ふりて、麓(ふもと)には七社(しちしや)の霊験(れいげん)日(ひ)
新(あらた)なり。彼(かの)月氏(ぐわつし)(ぐはつし)の霊山(りやうぜん)は王城(わうじやう)の東北(とうぼく)、大聖(だいしやう)の
幽崛(ゆうくつ)也(なり)。此(この)日域(じちいき)の叡岳(えいがく)も帝都(ていと)の鬼門(きもん)に
峙(そばたち)て、護国(ごこく)の霊地(れいち)也(なり)。代々(だいだい)の賢王(けんわう)智臣(ちしん)、此(この)
所(ところ)に壇場(だんぢやう)をしむ。末代(まつだい)ならむがらに、いかんが当山(たうざん)
に瑕(きず)をばつくべき。心(こころ)うし」とて、おめき(をめき)【喚き】さけぶ【叫ぶ】
P02155
といふ程(ほど)こそありけれ、満山(まんざん)の大衆(だいしゆ)みな東坂
本(ひがしざかもと)(ひ(ン)がしざかもと)へおり下(くだ)る。『一行阿闍梨(いちぎやうあじやり)之(の)沙汰(さた)』S0202「抑(そもそも)我等(われら)粟津(あはづ)にゆきむかひて、
貫首(くわんじゆ)をうばひとどめ奉(たてまつ)るべし。但(ただし)追立(おつたて)(をつたて)の
鬱使(うつし)・令送使(りやうそうし)あんなれば、事故(ことゆゑ)なくとりえ【取得】
たてまつらん事(こと)ありがたし。山王大師(さんわうだいし)の御
力(おんちから)の外(ほか)はたのむかた【方】なし。誠(まこと)に別(べち)の子細(しさい)
なくとりえ【取得】奉(たてまつ)るべくは、爰(ここ)にてまづ瑞相(ずいさう)
を見(み)せしめ給(たま)へ」と、老僧(らうそう)ども肝胆(かんたん)をくだ
P02156
いて祈念(きねん)しけり。ここに無動寺法師(むどうじぼふし)(むどうじぼうし)乗円
律師(じようゑんりつし)(ぜうえんりつし)がわらは【童】、鶴丸(つるまる)とて、生年(しやうねん)十八歳(じふはつさい)になるが、
身心(しんじん)をくるしめ【苦しめ】五体(ごたい)に汗(あせ)をながひ(ながい)【流い】て、俄(にはか)に
くるひ出(いで)たり。「われに十禅師権現(じふぜんじごんげん)のりゐ
させ給(たま)へり。末代(まつだい)といふ共(とも)、いかでか我山(わがやま)の
貫首(くわんじゆ)をば、他国(たこく)へはうつさるべき。生々世々(しやうじやうせせ)にP146
心(こころ)うし。さらむにと(ッ)ては、われ此(この)ふもとに跡(あと)を
とどめても何(なに)かはせむ」とて、左右(さう)の袖(そで)をか
P02157
ほにをし(おし)あてて、涙(なみだ)をはらはらとながす。大衆(だいしゆ)こ
れをあやしみて、「誠(まこと)に十禅師権現(じふぜんじごんげん)の御
詫宣(ごたくせん)にてましまさば、我等(われら)しるしをまいらせ(まゐらせ)【参らせ】む。
すこしもたがへ【違へ】ずもとのぬしに返(かへ)したべ」
とて、老僧(らうそう)ども四五百人(しごひやくにん)、手々(てんで)(て(ン)で)にも(ッ)たる数珠
共(じゆずども)を、十禅師(じふぜんじ)の大床(おほゆか)のうへへぞなげ【投げ】あげた
る。此(この)物(もの)ぐるひはしり【走り】まは(ッ)てひろひあつめ、
すこしもたがへ【違へ】ず一々(いちいち)にもとのぬしにぞ
P02158
くばりける。大衆(だいしゆ)神明(しんめい)の霊験(れいげん)あらたなる
事(こと)のた(ッ)とさに、みなたな心(ごころ)を合(あはせ)て随喜(ずいき)
の涙(なみだ)をぞもよほしける。「其(その)儀(ぎ)ならば、ゆきむ
か(ッ)てうばひとどめ奉(たてまつ)れ」といふ程(ほど)こそありけれ、
雲霞(うんか)の如(ごと)くに発向(はつかう)す。或(あるい)(あるひ)は志賀(しが)辛崎(からさき)の
はま路(ぢ)【浜路】にあゆみつづける大衆(だいしゆ)もあり、或(あるい)(あるひ)は
山田(やまだ)矢(や)ばせの湖上(こしやう)に舟(ふね)をしいだす衆徒(しゆと)
もあり。是(これ)を見(み)て、さしもきびしげなりつる
P02159
追立(おつたて)(をつたて)の鬱使(うつし)・令送使(りやうそうし)、四方(しはう)へ皆(みな)逃(にげ)さりぬ。大
衆(だいしゆ)国分寺(こくぶんじ)へ参(まゐ)り向(むかふ)。前座主(さきのざす)大(おほき)におどろひ(おどろい)
て、「勅勘(ちよくかん)の者(もの)は月日(つきひ)の光(ひかり)にだにもあたら
ずとこそ申(まう)せ。何(なんぞ)况(いはん)や、いそぎ都(みやこ)の内(うち)を追
出(おひいだ)(をひいだ)さるべしと、院宣(ゐんぜん)・宣旨(せんじ)の成(なり)たるに、しばしも
やすらふべからず。衆徒(しゆと)とうとう【疾う疾う】帰(かへ)りのぼり給(たま)
へ」とて、はしぢかうゐ出(いで)ての給(たま)ひけるは、「三台
槐門(さんたいくわいもん)(さんだいくわいもん)の家(いへ)を出(いで)て、四明幽渓(しめいいうけい)(しめいゆうけい)の窓(まど)に入(いり)しより
P02160
このかた、ひろく円宗(ゑんしゆう)(えんしう)の教法(けうぼふ)(けうぼう)を学(がく)して、顕
密(けんみつ)両宗(りやうしう)をまなびき。ただ吾山(わがやま)のP147興隆(こうりゆう)(こうりう)を
のみ思(おも)へり。又(また)国家(こくか)を祈(いのり)奉(たてまつ)る事(こと)おろそか
ならず。衆徒(しゆと)をはぐくむ志(こころざし)もふかかり【深かり】き。
両所山王(りやうしよさんわう)(りやうじよさんわう)さだめて照覧(せうらん)し給(たま)ふらん。身(み)に
あやまつことなし。無実(むじつ)の罪(つみ)によ(ッ)て遠流(をんる)
の重科(ぢゆうくわ)(ぢうくわ)をかうぶれば、世(よ)をも人(ひと)をも神(かみ)をも
仏(ほとけ)をも恨(うら)み奉(たてまつ)る事(こと)なし。これまでとぶらひ
P02161
来(きた)り給(たま)ふ衆徒(しゆと)の芳志(はうし)こそ報(ほう)じ申(まうし)がたけ
れ」とて、香染(かうぞめ)の御衣(おんころも)の袖(そで)しぼりもあへ給(たま)は
ねば、大衆(だいしゆ)もみな涙(なみだ)をぞながしける。御
輿(おんこし)さしよせて、「とうとうめさるべう候(さうらふ)」と申(まうし)
ければ、「昔(むかし)こそ三千(さんぜん)の衆徒(しゆと)の貫首(くわんじゆ)たり
しか、いまはかかる流人(るにん)の身(み)と成(な)(ッ)て、いかむが(いかんが)や(ン)
ごとなき修学者(しゆがくしや)、智恵(ちゑ)ふかき大衆(だいしゆ)たち
には、かきささげられてのぼるべき。縦(たとひ)のぼるべ
P02162
きなり共(とも)、わらむづ(わらんづ)な(ン)ど(など)いふ物(もの)しばりはき、
おなじ様(やう)にあゆみつづひ(つづい)てこそのぼらめ」と
てのり給(たま)はず。ここに西塔(さいたう)の住侶(ぢゆうりよ)(ぢうりよ)、戒浄房(かいじやうばう)
の阿闍梨(あじやり)祐慶(いうけい)(ゆうけい)といふ悪僧(あくそう)あり。たけ七
尺(しちしやく)ばかり有(あり)けるが、黒革威(くろかはをどし)(くろかはおどし)の鎧(よろひ)(よろい)の大荒目(おほあらめ)に
かね【鉄】まぜたるを、草摺長(くさずりなが)にきなして、甲(かぶと)
をばぬぎ、法師原(ほふしばら)(ほうしばら)にもたせつつ、白柄(しらえ)の大
長刀(おほなぎなた)杖(つゑ)(つえ)につき、「あけ【開け】られ候(さうら)へ」とて、大衆(だいしゆ)の
P02163
中(なか)ををし(おし)分(わけ)をし(おし)分(わけ)、前座主(せんざす)のおはしける所(ところ)へ
つ(ッ)と参(まゐ)り、大(だい)の眼(まなこ)をいからかし、し(ン)ばしにらまへ
奉(たてまつ)り、「その御心(おんこころ)でこそかかる御目(おんめ)にもあ
はせ給(たま)へ。とうとうめさるべう候(さうらふ)」と申(まうし)けれ
ば、おそろしさ【恐ろしさ】にいそぎのり給(たまふ)。大衆(だいしゆ)とり【取】得(え)
奉(たてまつ)るうれしさに、いやしき法師原(ほふしばら)(ほうしばら)にはあら
で、や(ン)ごとなき修学者(しゆがくしや)P148どもかきささげ奉(たてまつ)
り、おめき(をめき)【喚き】さけ(ン)(さけん)【叫ん】でのぼりけるに、人(ひと)はかはれ
P02164
ども祐慶(いうけい)(ゆうけい)はかはらず、さき輿(ごし)かいて、長刀(なぎなた)の柄(え)
もこし【輿】の轅(ながえ)もくだけよととる【執る】ままに、さしも
さがしき東坂(ひがしざか)(ひ(ン)がしざか)、平地(へいぢ)を行(ゆく)が如(ごと)く也(なり)。大講堂(だいかうだう)の
庭(には)にこし【輿】かきすへ(すゑ)【据ゑ】て、僉議(せんぎ)しけるは、「抑(そもそも)我等(われら)
粟つ(あはづ)【粟津】に行向(ゆきむかつ)て、貫首(くわんじゆ)をばうばひとどめ
奉(たてまつ)りぬ。既(すで)に勅勘(ちよくかん)を蒙(かうぶり)て流罪(るざい)せられ
給(たま)ふ人(ひと)を、とりとどめ奉(たてまつり)て貫首(くわんじゆ)に用ひ(もちゐ)
申(まう)さむ事(こと)、いかが有(ある)べからむ」と僉議(せんぎ)す。戒浄房(かいじやうばう)
P02165
の阿闍梨(あじやり)、又(また)先(さき)の如(ごと)くにすすみ出(いで)て僉議(せんぎ)し
けるは、「夫(それ)当山(たうざん)は日本無双(につぽんぶさう)の霊地(れいち)、鎮護国
家(ちんごこくか)の道場(だうぢやう)、山王(さんわう)の御威光(ごいくわう)(ごいくはう)盛(さかん)にして、仏法(ぶつぽふ)(ぶつぽう)王
法(わうぼふ)(わうぼう)牛角(ごかく)也(なり)。されば衆徒(しゆと)の意趣(いしゆ)に至(いた)るま
でならびなく、いやしき法師原(ほふしばら)(ほうしばら)までも世(よ)も(ッ)
てかろしめず。况(いはん)や智恵(ちゑ)高貴(かうき)にして三千(さんぜん)の
貫首(くわんじゆ)たり。いま【今】は徳行(とくぎやう)をもう(おもう)して一山(いつさん)の和尚(わじやう)
たり。罪(つみ)なくしてつみをかうぶる、是(これ)山上(さんじやう)洛中(らくちゆう)(らくちう)
P02166
のいきどをり(いきどほり)、興福(こうぶく)・園城(をんじやう)の朝【*嘲(あざけり)】にあらずや。此(この)
時(とき)顕密(けんみつ)のあるじを失(うしな)(ッ)て、数輩(すはい)の学侶(がくりよ)、蛍雪(けいせつ)
のつとめおこたらむ事(こと)心(こころ)うかるべし。詮(せん)ずる
所(ところ)、祐慶(いうけい)(ゆうけい)張本(ちやうぼん)に処(しよ)せられて、禁獄(きんごく)流罪(るざい)も
せられ、かうべを刎(はね)られん事(こと)、今生(こんじやう)の面目(めんぼく)、
冥途(めいど)の思出(おもひで)なるべし」とて、双眼(さうがん)より涙(なみだ)をは
らはらとながす。大衆(だいしゆ)尤々(もつとももつとも)とぞ同(どう)じける。
それよりしてこそ、祐慶(いうけい)(ゆうけい)はいか目房(めばう)とはいは
P02167
れけれ。其(その)弟子(でし)に恵慶【*慧恵】法師(ゑけいほふし)をば、時(とき)の人(ひと)こい
かめ房(ばう)とぞ申(まうし)ける。P149大衆(だいしゆ)、前座主(せんざす)をば東塔(とうだふ)(とうだう)
の南谷(みなみだに)妙光坊(めうくわうばう)(めうくはうばう)へ入(いれ)奉(たてまつ)る。時(とき)の横災(わうざい)をば権化(ごんげ)
の人(ひと)ものがれ給(たま)はざるやらん。昔(むかし)大唐(だいたう)の一行
阿闍梨(いちぎやうあじやり)は、玄宗皇帝(げんそうくわうてい)(げんそうくはうてい)の御持僧【護持僧】(ごぢそう)にておはし
けるが、玄宗(げんそう)の后(きさき)楊貴妃(やうきひ)に名(な)を立(たち)給(たま)へり。昔(むかし)
もいまも、大国(だいこく)も小国(せうこく)も、人(ひと)の口(くち)のさがなさは、
跡(あと)かたなき事(こと)なりしか共(ども)、其(その)疑(うたがひ)によ(ッ)て果羅
P02168
国(くわらこく)(くはらこく)へながされ給(たまふ)。件(くだん)の国(くに)へは三(みつ)の道(みち)あり。林池
道(りんちだう)とて御幸(ごかう)みち【道】、幽地道(いうちだう)(ゆうちだう)とて雑人(ざふにん)(ざうにん)のかよふ
道(みち)、暗穴道(あんけつだう)とて重科(ぢゆうくわ)(ぢうくわ)の者(もの)をつかはす道(みち)也(なり)。
されば彼(かの)一行阿闍梨(いちぎやうあじやり)は大犯(だいぼん)の人(ひと)なれば
とて、暗穴道(あんけつだう)へぞつかはしける。七日七夜(なぬかななよ)が間(あひだ)(あいだ)、
月日(つきひ)の光(ひかり)を見(み)ずして行(ゆく)道(みち)也(なり)。冥々(みやうみやう)とし
て人(ひと)もなく、行歩(かうほ)に前途(せんど)まよひ、深々(しんしん)として
山(やま)ふかし。只(ただ)澗谷(かんこく)に鳥(とり)の一声(ひとこゑ)ばかりにて、苔(こけ)の
P02169
ぬれ衣(ぎぬ)ほしあへず。無実(むじつ)の罪(つみ)によ(ッ)て遠流(をんる)
の重科(ぢゆうくわ)(ぢうくわ)をかうぶる事(こと)を、天道(てんたう)(てんだう)あはれみ給(たまひ)
て、九曜(くえう)(くよう)のかたちを現(げん)じつつ、一行阿闍梨(いちぎやうあじやり)
をまもり給(たまふ)。時(とき)に一行(いちぎやう)右(みぎ)の指(ゆび)をくひき(ッ)て、
左(ひだり)の袂(たもと)に九曜(くえう)(くよう)のかたちを写(うつさ)れけり。和漢(わかん)両
朝(りやうてう)に真言(しんごん)の本尊(ほんぞん)たる九曜(くえう)(くよう)の曼陀羅(まんだら)是(これ)也(なり)。
『西光(さいくわうが)被斬(きられ)』S0203 大衆(だいしゆ)、前座主(せんざす)を取(とり)とどむる由(よし)、法皇(ほふわう)(はうわう)きこし
めし【聞し召し】て、いとどやすからずぞ覚(おぼ)しP150めされける。
P02170
西光法師(さいくわうほふし)(さいくはうほうし)申(まうし)けるは、「山門(さんもん)の大衆(だいしゆ)みだりがはし
きう(ッ)たへ(うつたへ)【訴へ】仕(つかまつる)事(こと)、今(いま)にはじめずと申(まうし)ながら、今度(こんど)は
以外(もつてのほか)(も(ツ)てのほか)に覚(おぼえ)候(さうらふ)。是(これ)ほどの狼籍【*狼藉】(らうぜき)いまだ承(うけたまは)り及(および)(をよび)候(さうら)
はず。よくよく御(おん)いましめ候(さうら)へ」とぞ申(まうし)ける。身(み)の
只今(ただいま)亡(ほろ)びんずるをもかへりみず、山王大
師(さんわうだいし)の神慮(しんりよ)にもはばからず、かやうに申(まうし)て宸
襟(しんきん)をなやまし奉(たてまつ)る。讒臣(ざんしん)は国(くに)をみだるとい
へり。実(まこと)なる哉(かな)。叢蘭(さうらん)茂(しげ)からむとすれども、秋
P02171
風(あきのかぜ)是(これ)をやぶり、王者(わうしや)明(あきら)かならむとすれば、讒
臣(ざんしん)これをくらう【暗う】す共(とも)、かやうの事(こと)をや申(まうす)べき。
此(この)事(こと)、新大納言(しんだいなごん)成親卿(なりちかのきやう)已下(いげ)近習(きんじゆ)の人々(ひとびと)に
仰合(おほせあはせ)られて、山(やま)せめらるべしと聞(きこ)えしかば、
山門(さんもん)の大衆(だいしゆ)、「さのみ王地(わうぢ)にはらまれて、詔命(ぜうめい)を
そむくべきにあらず」とて、内々(ないない)院宣(ゐんぜん)にした
がひ奉(たてまつ)る衆徒(しゆと)も有(あり)な(ン)ど(など)聞(きこ)えしかば、前座主(せんざす)
明雲大僧正(めいうんだいそうじやう)は妙光房(めうくわうばう)(めうくはうばう)におはしけるが、大衆(だいしゆ)
P02172
二心(ふたごころ)ありときいて、「つゐに(つひに)【遂に】いかなるめにかあはん
ずらむ」と、心(こころ)ぼそ気(げ)にぞの給(たま)ひける。され共(ども)
流罪(るざい)の沙汰(さた)はなかりけり。新大納言(しんだいなごん)成親卿(なりちかのきやう)は、
山門(さんもん)の騒動(さうどう)によ(ッ)て、私(わたくし)の宿意(しゆくい)をばしばらく
をさへ(おさへ)られけり。そも内義(ないぎ)支度(したく)はさまざま
なりしかども、義勢(ぎせい)ばかりでは此(この)謀反(むほん)かなふ
べうもみえ【見え】ざりしかば、さしもたのまれたり
ける多田蔵人(ただのくらんど)行綱(ゆきつな)、此(この)事(こと)無益(むやく)也(なり)と思(おもふ)心(こころ)
P02173
つきにけり。弓袋(ゆぶくろ)の料(れう)にをくら(おくら)【送ら】れたりける
布共(ぬのども)をば、直垂(ひたたれ)かたびらにP151裁(たち)ぬはせて、家子(いへのこ)
郎等(らうどう)どもにさせ【*きせ】つつ、めうちしばだたいてゐた
りけるが、倩(つらつら)平家(へいけ)の繁昌(はんじやう)する有(あり)さまを
みる【見る】に、当時(たうじ)たやすくかたぶけがたし。由(よし)な
き事(こと)にくみして(ン)げり。もし此(この)事(こと)もれぬる
ものならば、行綱(ゆきつな)まづ失(うしな)はれなんず。他人(たにん)の
口(くち)よりもれぬ先(さき)にかへり【返り】忠(ちゆう)(ちう)して、命(いのち)いか【生か】うど
P02174
思(おもふ)心(こころ)ぞつきにける。同(おなじき)五月(ごぐわつ)廿九日(にじふくにち)のさ夜(よ)ふけ
がたに、多田蔵人(ただのくらんど)行綱(ゆきつな)、入道相国(にふだうしやうこく)(にうだうしやうこく)の西八条(にしはつでう)の亭(てい)
に参(まゐり)(まいり)て、「行綱(ゆきつな)こそ申(まうす)べき事(こと)候(さうらふ)間(あひだ)(あいだ)、まい(ッ)(まゐつ)【参つ】て候(さうら)へ」と
いはせければ、入道(にふだう)(にうだう)「つねにもまいら(まゐら)【参ら】ぬものが
参(さん)じたるは何事(なにごと)(なにこと)ぞ。あれきけ」とて、主馬
判官(しゆめのはんぐわん)盛国(もりくに)を出(いだ)されたり。「人伝(ひとづて)には申(まうす)まじ
き事(こと)なり」といふ間(あひだ)(あいだ)、さらばとて、入道(にふだう)(にうだう)みづから
中門(ちゆうもん)(ちうもん)の廊(らう)へ出(いで)られたり。「夜(よ)ははるかに
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ふけぬらむと(*この1字不要)。只今(ただいま)いかに、何事(なにごと)ぞや」とのた
まへば、「ひるは人(ひと)めのしげう候(さうらふ)間(あひだ)(あいだ)、夜(よ)にまぎれ
てまい(ッ)(まゐつ)【参つ】て候(さうらふ)。此程(このほど)院中(ゐんぢゆう)(ゐんぢう)の人々(ひとびと)の兵具(ひやうぐ)をと
とのへ、軍兵(ぐんびやう)をめされ候(さうらふ)をば、何(なに)とかきこし
めさ【聞し召さ】れ候(さうらふ)」。「夫(それ)は山(やま)攻(せめ)らるべしとこそきけ」
と、いと事(こと)もなげにぞの給(たま)ひける。行綱(ゆきつな)ちかう【近う】
より、小声(こごゑ)にな(ッ)て申(まうし)けるは、「其(その)儀(ぎ)では候(さうら)はず。
一向(いつかう)御一家(ごいつか)の御(おん)うへとこそ承(うけたまはり)候(さうら)へ」。「さて夫(それ)をば
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法皇(ほふわう)(ほうわう)もしろしめさ【知ろし召さ】れたるか」。「子細(しさい)にや及(およ)び候(さうらふ)。
成親卿(なりちかのきやう)の軍兵(ぐんびやう)めされ候(さうらふ)も、院宣(ゐんぜん)とてこそ
めさ【召さ】れ候(さうら)へ。俊寛(しゆんくわん)がとふるまう【振舞】て、康頼(やすより)がかう
申(まうし)て、西光(さいくわう)(さいくはう)がと申(まうし)て」な(ン)ど(など)いふ事共(ことども)、始(はじめ)より
ありのままにはさし過(すぎ)P152ていひちらし、「いとま
申(まうし)て」とて出(いで)にけり。入道(にふだう)(にうだう)大(おほき)におどろき、大
声(おほごゑ)をも(ッ)て侍(さぶらひ)どもよびののしり給(たま)ふ。聞(きく)
もおびたたし。行綱(ゆきつな)なまじひなる事(こと)申出(まうしいだ)
P02177
して、証人(しようにん)(せうにん)にやひかれんずらむとおそろし
さ【恐ろしさ】に、大野(おほの)に火(ひ)をはな(ッ)たる心地(ここち)して、人(ひと)も
おは【追は】ぬにとり袴(ばかま)して、いそぎ門外(もんぐわい)へぞ逃出(にげいで)け
る。入道(にふだう)(にうだう)、先(まづ)貞能(さだよし)をめして、「当家(たうけ)かたぶけうす
る謀反(むほん)の輩(ともがら)、京中(きやうぢゆう)(きやうぢう)にみちみちたん也(なり)。一門(いちもん)の
人々(ひとびと)にもふれ申(まう)せ。侍共(さぶらひども)もよほせ」との給(たま)
へば、馳(はせ)まい(ッ)(まゐつ)【参つ】【*まは(ッ)】てもよほす。右大将(うだいしやう)宗盛卿(むねもりのきやう)、三位
中将(さんみのちゆうじやう)(さんみのちうじやう)知盛(とももり)、頭(とうの)中将(ちゆうじやう)重衡(しげひら)、左馬頭(さまのかみ)行盛(ゆきもり)以下(いげ)の人々(ひとびと)、
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甲胃(かつちう)をよろひ、弓箭(きゆうせん)(きうせん)を帯(たい)し馳集(はせあつま)る。其(その)ほか
軍兵(ぐんびやう)雲霞(うんか)のごとくに馳(はせ)つどふ。其(その)夜(よ)のうちに
西八条(にしはつでう)には、兵共(つはものども)六七千騎(ろくしちせんぎ)もあるらむとこそみえ【見え】
たりけれ。あくれば六月(ろくぐわつ)一日(ついたち)也(なり)。まだくらかり【暗かり】
けるに、入道(にふだう)(にうだう)、検非違使(けんびゐし)(けんびいし)安陪資成(あべのすけなり)をめして、「き(ッ)
と院(ゐん)の御所(ごしよ)へ参(まゐ)れ。信成【*信業】(のぶなり)をまねひ(まねい)【招】て申(まう)さう
ずるやうはよな、「近習(きんじゆ)の人々(ひとびと)、此(この)一門(いちもん)をほろぼし
て天下(てんが)をみだらんとする企(くはたて)あり。一々(いちいち)に召(めし)と(ッ)て
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たづね沙汰(さた)仕(つかまつ)るべし。それをば君(きみ)もしろしめ
さ【知ろし召さ】るまじう候(さうらふ)」と申(まう)せ」とこその給(たま)ひけれ。資
成(すけなり)いそぎ御所(ごしよ)へはせ参(まゐ)り、大膳大夫(だいぜんのだいぶ)信成【*信業】(のぶなり)
よびいだいて此(この)由(よし)申(まうす)に、色(いろ)を失(うしな)ふ。御前(ごぜん)へ
まい(ッ)(まゐつ)【参つ】て此(この)由(よし)奏問(そうもん)しければ、法皇(ほふわう)(ほうわう)「あは、これら
が内々(ないない)はかりし事(こと)のもれにけるよ」と覚(おぼ)しめ
すにあさまし。さるにても、「こは何事(なにごと)ぞ」とP153
ばかり仰(おほせ)られて、分明(ふんみやう)の御返事(おんペんじ)もなかりけり。
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資成(すけなり)いそぎ馳帰(はせかへつ)て、入道相国(にふだうしやうこく)(にうだうしやうこく)に此(この)由(よし)申(まう)せば、
「さればこそ。行綱(ゆきつな)はまことをいひけり。この事(こと)
行綱(ゆきつな)しらせずは、浄海(じやうかい)安穏(あんをん)に有(ある)べしや」とて、
飛騨守(ひだのかみ)景家(かげいへ)・筑後守(ちくごのかみ)貞能(さだよし)に仰(おほせ)て、謀反(むほん)の
輩(ともがら)からめとるべき由(よし)下知(げぢ)せらる。仍(よつて)二百余(にひやくよ)き、
三百余騎(さんびやくよき)、あそこここにをし(おし)よせをし(おし)よせからめとる。
太政入道(だいじやうにふだう)(だいじやうにうだう)まづ雑色(ざつしき)をも(ッ)て、中御門(なかのみかど)烏丸(からすまる)の
新大納言(しんだいなごん)成親卿(なりちかのきやう)の許(もと)へ、「申合(まうしあはす)べき事(こと)あり。
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き(ッ)と立(たち)より給(たま)へ」との給(たま)ひつかはされたり
ければ、大納言(だいなごん)我(わが)身(み)の上(うへ)とは露(つゆ)しらず、
「あはれ、是(これ)は法皇(ほふわう)(ほうわう)の山(やま)攻(せめ)らるべき事(こと)
御結構(ごけつこう)あるを、申(まうし)とどめられんずるにこそ。
御(おん)いきどをり(いきどほり)【憤】ふかげ也(なり)。いかにもかなふまじ
きものを」とて、ないきよげ【萎清気】なる布衣(ほうい)たを
やかにきなし、あざやかなる車(くるま)にのり、侍(さぶらひ)三
四人(さんしにん)めしぐし【召具し】て、雑色(ざつしき)牛飼(うしかひ)に至(いた)るまで、つね
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よりも引(ひき)つくろはれたり。そも最後(さいご)とは後(のち)に
こそおもひ【思ひ】しられけれ。西八条(にしはつでう)ちかうな(ッ)てみ給(たま)
へば、、四五町(しごちやう)に軍兵(ぐんびやう)みちみちたり。「あなおび
たたし。何事(なにごと)(なきごと)やらん」と、むねうちさはぎ(さわぎ)【騒ぎ】、車(くるま)
よりおり、門(もん)の内(うち)にさし入(い)(ッ)て見(み)給(たま)へば、内(うち)にも
兵(つはもの)どもひま【隙】はざまもなうぞみちみちたる。中
門(ちゆうもん)(ちうもん)の口(くち)におそろしげ【恐ろし気】なる武士共(ぶしども)あまた待(まち)う
けて、大納言(だいなごん)の左右(さう)の手(て)をと(ッ)てひ(ッ)(ひつ)【引つ】ぱり、「いま
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しむべう候(さうらふ)やらむ」と申(まうす)。入道相国(にふだうしやうこく)(にうだうしやうこく)簾中(れんちゆう)(れんちう)より
見P154出(みいだ)して、「有(ある)べうもなし」との給(たま)へば、武士共(ぶしども)十
四五人(じふしごにん)、前後左右(ぜんごさう)に立(たち)かこみ、縁(えん)(ゑん)の上(うへ)にひ
きのぼせて、ひとま〔なる〕所(ところ)にをし(おし)こめて(ン)げり。
大納言(だいなごん)夢(ゆめ)の心(ここ)ちして、つやつやものも覚(おぼ)え
給(たま)はず。供(とも)なりつる侍共(さぶらひども)をし(おし)へだてられて、
ちりぢりに成(なり)ぬ。雑色(ざつしき)・牛飼(うしかひ)色(いろ)をうしなひ、牛(うし)・
車(くるま)をすてて逃(にげ)さりぬ。さる程(ほど)に、近江中将(あふみのちゆうじやう)(あふみのちうじやう)入道(にふだう)(にうだう)
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蓮浄(れんじやう)、法勝寺執行(ほつしようじのしゆぎやう)(ほつせうじのしゆぎやう)俊寛僧都(しゆんくわんそうづ)(しゆんくはんそうづ)、山城守(やましろのかみ)基兼(もとかぬ)、
式部大輔(しきぶのたいふ)(しきぶのたゆふ)正綱(まさつな)、平(へい)判官(はんぐわん)康頼(やすより)、宗(むね)判官(はんぐわん)信房(のぶふさ)、新
平(しんぺい)判官(はんぐわん)資行(すけゆき)もとらはれて出来(いでき)たり。西光
法師(さいくわうほつし)(さいくはうほつし)此(この)事(こと)きいて、我(わが)身(み)のうへとや思(おもひ)けむ、鞭(むち)
をあげ、院(ゐん)の御所(ごしよ)法住寺殿(ほふぢゆうじどの)(ほうぢうじどの)へ馳参(はせまゐ)る。平家(へいけ)の
侍共(さぶらひども)道(みち)にて馳(はせ)むかひ、「西八条(にしはつでう)へめさるるぞ。き(ッ)と
まいれ」といひければ、「奏(そう)すべき事(こと)があ(ッ)て法
住寺殿(ほふぢゆうじどの)(ほうぢうじどの)へ参(まゐ)る。やがてこそ参(まゐ)らめ」といひけれ
P02185
共(ども)、「に(ッ)くひ(につくい)入道(にふだう)(にうだう)かな、何事(なにごと)をか奏(そう)すべき。さな
いはせそ」とて、馬(むま)よりと(ッ)て引(ひき)おとし、ちう【宙】に
くく(ッ)【括つ】て西八条(にしはつでう)へさげて参(まゐ)る。日(ひ)のはじめより根
元(こんげん)与力(よりき)の者(もの)なりければ、殊(こと)につよういましめて、
坪(つぼ)の内(うち)にぞひ(ッ)すへ(ひつすゑ)【引据】たる。入道相国(にふだうしやうこく)(にうだうしやうこく)大床(おほゆか)にた(ッ)て、
「入道(にふだう)(にうだう)かたぶけうどするやつがなれるすがたよ。
しやつここへ引(ひき)よせよ」とて、縁(えん)(ゑん)のきはに引(ひき)
よせさせ、物(もの)はき【履】ながらしや(ッ)つらをむずむず
P02186
とぞふまれける。「もとよりをのれら(おのれら)【己等】がや
うなる下臈(げらう)のはてを、君(きみ)のめしつかはせ給(たま)ひ
て、なさるまじき官職(くわんしよく)をなしたび、父子(ふし)共(とも)
に過分(くわぶん)のふるまひP155するとみしにあはせて、
あやまたぬ天台座主(てんだいざす)流罪(るざい)に申(まうし)おこな
ひ、天下(てんが)の大事(だいじ)引(ひき)出(いだ)いて、剰(あまつさへ)(あま(ツ)さへ)此(この)一門(いちもん)亡(ほろ)ぼすべ
き謀反(むほん)にくみして(ン)げるやつ也(なり)。有(あり)のままに
申(まう)せ」とこその給(たま)ひけれ。西光(さいくわう)(さいくはう)もとより
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すぐれたる大剛(だいかう)の者(もの)なりければ、ち(ッ)とも色(いろ)も
変(へん)ぜす、わろびれたるけひき(けいき)【景色】もなし。居(ゐ)なを
り(なほり)【直り】あざわら(ッ)(わらつ)【笑つ】て申(まうし)けるは、「さもさうず。入道殿(にふだうどの)(にうだうどの)こ
そ過分(くわぶん)の事(こと)をばの給(たま)へ。他人(たにん)の前(まへ)はしら【知ら】ず、
西光(さいくわう)(さいくはう)がきかん所(ところ)にさやうの事(こと)をば、えこその
給(たま)ふまじけれ。院中(ゐんぢゆう)(ゐんぢう)に[M 召(めし)]つかはるる身(み)なれば、
執事(しつし)の別当(べつたう)成親卿(なりちかのきやう)の院宣(ゐんぜん)とて催(もよほ)(もよお)されし
事(こと)に、くみせずとは申(まうす)べき様(やう)なし。それはくみし
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たり。但(ただし)、耳(みみ)にとまる事(こと)をもの給(たま)ふものかな。
御辺(ごへん)は故刑部卿(こぎやうぶきやう)忠盛(ただもり)の子(こ)でおはせしかども、
十四五(じふしご)までは出仕(しゆつし)もし給(たま)はず。故中御門(こなかのみかどの)藤
中納言(とうぢゆうなごん)(とうぢうなごん)家成卿(かせいのきやう)の辺(へん)に立入(たちいり)給(たまひ)しをば、京(きやう)わ
らはべは高平太(たかへいだ)とこそいひしか。保延(ほうえん)の比(ころ)、大
将軍(たいしやうぐん)承(うけたまは)り、海賊(かいぞく)の張本(ちやうぼん)卅(さんじふ)余人(よにん)からめ進(しん)ぜら
れし賞(しやう)に、四品(しほん)して四位(しゐ)の兵衛佐(ひやうゑのすけ)と申(まう)し
しをだに、過分(くわぶん)とこそ時(とき)の人々(ひとびと)は申(まうし)あはれ
P02189
しか。殿上(てんじやう)のまじはりをだにきらはれし人(ひと)
の子(こ)で、太政大臣(だいじやうだいじん)まで成(なり)あが(ッ)たるや過分(くわぶん)なる
らん。侍品(さぶらひほん)の者(もの)の受領(じゆりやう)検非違使(けんびゐし)(けんびいし)になる
事(こと)、先例(せんれい)傍例(ほうれい)なきにあらず。なじかは過分(くわぶん)
なるべき」と、はばかる所(ところ)もなう申(まうし)ければ、入道(にふだう)(にうだう)
あまりにいか(ッ)て物(もの)もの給(たま)はず。しばしあ(ッ)て「しや
つが頸(くび)左右(さう)なうきるな。よくよくいましめよ」と
ぞの給(たま)ひけP156る。松浦太郎重俊(まつらのたらうしげとし)承(うけたまはつ)て、足手(あして)を
P02190
はさみ、さまざまにいためとふ。もとよりあらが
ひ申(まう)さぬうへ、糾問(きうもん)はきびしかりけり、残(のこり)なう
こそ申(まうし)けれ。白状(はくじやう)四五枚(しごまい)に記(き)せられ、やがて、「しや
つが口(くち)をさけ」とて口(くち)をさかれ、五条西朱雀(ごでうにしのしゆしやか)に
してきられにけり。嫡子(ちやくし)前加賀守(さきのかがのかみ)師高(もろたか)、尾
張(をはり)(おはり)の井戸田(ゐどた)へながされたりけるを、同(おなじ)国(くに)の
住人(ぢゆうにん)(ぢうにん)小胡麻郡司(をぐまのぐんじ)維季(これすゑ)に仰(おほせ)てうたれぬ。次男(じなん)
近藤(こんどう)判官(はんぐわん)師経(もろつね)禁獄(きんごく)せられたりけるを、
P02191
獄(ごく)より引(ひき)出(いだ)され、六条河原(ろくでうがはら)にて誅(ちゆう)(ちう)せらる。その
弟(おとと)左衛門尉(さゑもんのじよう)(さゑもんのぜう)師平(もろひら)、郎等(らうどう)三人(さんにん)、同(おなじ)く首(くび)をはね
られけり。是等(これら)はいふかひなき物(もの)の秀(ひいで)て、い
ろう(いろふ)【綺ふ】まじき事(こと)にいろひ【綺ひ】、あやまたぬ天台座
主(てんだいざす)流罪(るざい)に申(まうし)おこなひ、果報(くわほう)やつきにけむ、
山王大師(さんわうだいし)の神罰(しんばつ)冥罰(みやうばつ)をたちどころに
かうぶ(ッ)て、かかる目(め)にあへりけり。『小教訓(こげうくん)』S0204 新大納言(しんだいなごん)、ひとま
なる所(ところ)にをし(おし)こめられ、あせ水(みづ)になりつつ、
P02192
「あはれ、これは日来(ひごろ)のあらまし事(ごと)のもれきこ
えけるにこそ。誰(たれ)もらしつらむ。定(さだめ)て北面(ほくめん)の
者共(ものども)が中(なか)にこそ有(ある)らむ」な(ン)ど(など)、思(おも)はじ事(こと)なう案(あん)
じつづけておはしけるに、うしろのかたより
足(あし)をと(おと)【音】のたからかにしければ、すは只今(ただいま)わ
が命(いのち)をうしなはんとて、P157もののふ【武士】共(ども)が参(まゐ)るに
こそとまち給(たま)ふに、入道(にふだう)(にうだう)みづからいたじき【板敷】
たからか【高らか】にふみならし、大納言(だいなごん)のおはしけるうし
P02193
ろの障子(しやうじ)をさ(ッ)とあけられたり。素絹(そけん)の衣(ころも)の
みじからかなるに、白(しろ)き大口(おほくち)ふみくくみ、ひじりづ
かの刀(かたな)をし(おし)くつろげてさすままに、以外(もつてのほか)(も(ツ)てのほか)いか
れるけしきにて、大納言(だいなごん)をしばしにらまへ、「抑(そもそも)
御辺(ごへん)は平治(へいぢ)にもすでに誅(ちゆう)(ちう)せらるべかりしを、内
府(だいふ)が身(み)にかへて申(まうし)なだめ、頸(くび)をつぎたてま(ッ)【奉】し
はいかに。何(なに)の遺恨(ゐこん)(いこん)をも(ッ)て、此(この)一門(いちもん)ほろぼすべき
由(よし)御結構(ごけつこう)は候(さうらひ)けるやらん。恩(おん)をしるを人(ひと)とは
P02194
いふぞ。恩(おん)をしらぬをちく【畜】生(しやう)とこそいへ。然
共(しかれども)当家(たうけ)の運命(うんめい)(うむめい)つきぬによ(ッ)て、むかへ奉(たて)ま(ッ)た
り。日来(ひごろ)の御結構(ごけつこう)の次第(しだい)、直(ぢき)に承(うけたまは)らむ」とぞ
の給(たま)ひける。大納言(だいなごん)「ま(ッ)たくさる事(こと)候(さうら)はず。人(ひと)
の讒言(ざんげん)にてぞ候(さうらふ)らん。よくよく御尋(おんたづね)候(さうら)へ」と申(まう)
されければ、入道(にふだう)(にうだう)いはせもはてず、「人(ひと)やあ
る、人(ひと)やある」とめされければ、貞能(さだよし)参(まゐ)りたり。「西
光(さいくわう)(さいくはう)めが白状(はくじやう)まいらせよ(まゐらせよ)【参らせよ】」と仰(おほせ)られければ、も(ッ)てま
P02195
いり(まゐり)【参り】たり。これをと(ッ)て二三返(にさんべん)をし(おし)返(かへし)をし(おし)返(かへし)よみ
きかせ、「あなにくや。此(この)うへ【上】をば何(なに)と陳(ちん)ずべき」
とて、大納言(だいなごん)のかほにさ(ッ)となげ【投げ】かけ、障子(しやうじ)をちや
うどたててぞ出(いで)られける。入道(にふだう)(にうだう)、猶(なほ)腹(はら)をすへ(すゑ)【据ゑ】
かねて、「経遠(つねとほ)(つねとを)・兼康(かねやす)」とめせば、瀬尾太郎(せのをのたらう)(せのおのたらう)・難波
二郎【*次郎】(なんばのじらう)、まいり(まゐり)【参り】たり。「あの男(をとこ)(おとこ)と(ッ)て庭(には)へ引(ひき)おとせ」
との給(たま)へば、これらはさう【左右】なうもしたてま
つらず、畏(かしこまつ)て、「小松殿(こまつどの)の御気色(ごきしよく)いかが候(さうら)はんずP158ら
P02196
ん」と申(まうし)ければ、入道相国(にふだうしやうこく)(にうだうしやうこく)大(おほき)にいか(ッ)て、「よしよし、を
のれら(おのれら)【己等】は内府(だいふ)が命(めい)をばをもう(おもう)【重う】して、入道(にふだう)(にうだう)が仰(おほせ)
をばかろう【軽う】しけるごさんなれ。其上(そのうへ)は力(ちから)及(およ)はず」
との給(たま)へば、此(この)事(こと)あしかりなんとやおもひ【思ひ】けん、
二人(ににん)のもの共(ども)立(たち)あがり、大納言(だいなごん)を庭(には)へ引(ひき)お
とし奉(たてまつ)る。其(その)時(とき)入道(にふだう)(にうだう)心(ここ)ちよげにて、「と(ッ)てふせ
ておめか(をめか)【喚か】せよ」とぞの給(たま)ひける。二人(ににん)の者共(ものども)、
大納言(だいなごん)の左右(さう)の耳(みみ)に口(くち)をあてて、「いかさまに
P02197
も御声(おんこゑ)のいづべう候(さうらふ)」とささやいてひきふせ
奉(たてまつ)れば、二(ふた)こゑ【声】三声(みこゑ)ぞおめか(をめか)【喚か】れける。其(その)体(てい)冥
途(めいど)にて、娑婆世界(しやばせかい)の罪人(ざいにん)を、或(あるい)(あるひ)は業(ごふ)(ごう)のはか
りにかけ、或(あるい)(あるひ)は浄頗梨(じやうはり)のかがみにひきむ
けて、罪(つみ)の軽重(きやうぢゆう)(きやうぢう)に任(まかせ)つつ、阿防羅刹(あはうらせつ)が呵嘖(かしやく)
すらんも、これには過(すぎ)じとぞみえ【見え】し。蕭樊(せうはん)とら
はれとらはれて、韓彭(かんぽう)にらきすされたり。兆錯(てうそ)戮(りく)
をうけて、周儀【*周魏】(しうぎ)つみせらる。たとへば、蕭何(せうが)・樊
P02198
噌(はんくわい)・韓信(かんしん)・彭越(はうゑつ)(ほうゑつ)、是等(これら)は高祖(かうそ)の忠臣(ちうしん)なりしか共(ども)、
小人(せうじん)の讒(ざん)によ(ッ)て過敗(くわはい)の恥(はぢ)をうく共(とも)、かやうの
事(こと)をや申(まうす)べき。新大納言(しんだいなごん)は我(わが)身(み)のかくなるに
つけても、子息(しそく)丹波少将(たんばのせうしやう)成経(なりつね)以下(いげ)、おさな
き(をさなき)【幼き】人々(ひとびと)、いかなるめ【目】にかあふらむと、おもひ【思ひ】やる
にもおぼつかなく、さばかりあつき六月(ろくぐわつ)に、
装束(しやうぞく)だにもくつろげず、あつさ【暑さ】もたへ【堪へ】がた
ければ、むね【胸】せきあぐる心(ここ)ちして、あせも
P02199
涙(なみだ)もあらそひてぞながれ【流れ】ける。「さり共(とも)小松殿(こまつどの)は
思食(おぼしめし)はなたじ物(もの)を」との給(たま)へども、誰(たれ)して申(まうす)
べし共(とも)覚(おぼ)え給(たま)はず。P159小松(こまつ)のおとどは、其(その)後(のち)遥(はるか)
に程(ほど)へて、嫡子(ちやくし)権亮少将(ごんのすけせうしやう)車(くるま)のしりにのせつ
つ、衛府(ゑふ)四五人(しごにん)、随身(ずいじん)二三人(にさんにん)召(めし)具(ぐ)して、兵(つはもの)一人(いちにん)
もめしぐせ【召具せ】られず、殊(こと)に大様(おほやう)げでおはした
り。入道(にふだう)(にうだう)をはじめ奉(たてまつ)て、人々(ひとびと)皆(みな)おもは【思は】ずげに
ぞ見(み)給(たま)ひける。車(くるま)よりおり給(たまふ)所(ところ)に、貞能(さだよし)
P02200
つ(ッ)と参(まゐ)(ッ)て、「などこれ程(ほど)の御大事(おんだいじ)に、軍兵共(ぐんびやうども)
をばめしぐせ【召具せ】られ候(さうら)はぬぞ」と申(まう)せば、「大事(だいじ)とは
天下(てんが)の大事(だいじ)をこそいへ。かやうの私(わたくし)ごとを大事(だいじ)
と云(いふ)様(やう)やある」との給(たま)へば、兵杖(ひやうぢやう)を帯(たい)し
たる者共(ものども)も、皆(みな)そぞろいてぞみえ【見え】ける。「そも
大納言(だいなごん)をばいづくにをか(おか)【置か】れたるやらん」とて、
ここかしこの障子(しやうじ)引(ひき)あけ引(ひき)あけ見(み)給(たま)へば、
ある障子(しやうじ)のうへに、蜘手(くもで)ゆふ(ゆう)【結う】たる所(ところ)あり。ここ
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やらむとてあけられたれば、大納言(だいなごん)おはし
けり。涙(なみだ)にむせびうつぶして、めも見(み)あはせ給(たま)
はず。「いかにや」との給(たま)へば、其(その)時(とき)みつけ奉(たてまつ)
り、うれしげに思(おも)はれたるけしき、地獄(ぢごく)に
て罪人(ざいにん)どもが地蔵菩薩(ぢざうぼさつ)を見(み)奉(たてまつる)らむも、
かくやとおぼえてあはれ【哀】也(なり)。「何事(なにごと)にて候(さうらふ)や
らん、かかるめにあひ候(さうらふ)。さてわたらせ給(たま)へば、
さり共(とも)とこそたのみまいらせ(まゐらせ)【参らせ】候(さうら)へ。平治(へいぢ)にも
P02202
既(すでに)誅(ちゆう)(ちう)せらるべきで候(さうらひ)しが、御恩(ごおん)をも(ッ)て頸(くび)をつ
がれまいらせ(まゐらせ)【参らせ】、正二位(じやうにゐ)の大納言(だいなごん)にあが(ッ)て、歳(とし)す
でに四十(しじふ)にあまり候(さうらふ)。御恩(ごおん)こそ生々世々(しやうじやうせせ)にも報(ほう)
じつくしがたう候(さうら)へ。今度(こんど)も同(おなじく)はかひなき
命(いのち)をたすけさせおP160はしませ。命(いのち)だにいき【生き】て候(さうら)
はば、出家入道(しゆつけにふだう)(しゆつけにうだう)して高野(かうや)粉川【*粉河】(こかは)に閉籠(とぢこも)り、一
向(ひたすら)後世菩提(ごせぼだい)のつとめをいとなみ候(さうら)はむ」と申(まう)
されければ、「さは候(さうらふ)共(とも)、よも御命(おんいのち)失(うしな)ひ奉(たてまつ)る
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まではよも候(さうら)はじ。縦(たとひ)さは候(さうらふ)とも、重盛(しげもり)かうで
候(さうら)へば、御命(おんいのち)にもかはり奉(たてまつ)るべし」とて出(いで)られけ
り。父(ちち)の禅門(ぜんもん)の御(おん)まへにおはして、「あの成親卿(なりちかのきやう)
うしなはれん事(こと)、よくよく御(おん)ぱからひ候(さうらふ)べし。先
祖(せんぞ)修理大夫(しゆりのだいぶ)顕季(あきすゑ)、白川院【*白河院】(しらかはのゐん)にめしつかはれて
よりこのかた、家(いへ)に其(その)例(れい)なき正二位(じやうにゐ)の大
納言(だいなごん)にあが(ッ)て、当時(たうじ)君(きみ)無双(ぶさう)の御(おん)いとおしみ(いとほしみ)な
り。やがて首(くび)をはねられん事(こと)、いかが候(さうらふ)べからむ。
P02204
都(みやこ)の外(ほか)へ出(いだ)されたらむに事(こと)たり候(さうらひ)なん。北野
天神(きたののてんじん)は時平(しへい)のおとどの讒奏(ざんそう)にてうき名(な)を
西海(さいかい)の浪(なみ)にながし、西宮(にしのみや)の大臣(おとど)は多田(ただ)の満仲(まんぢゆう)(まんぢう)
が讒言(ざんげん)にて恨(うらみ)を山陽(せんやう)(せんよう)の雲(くも)によす。これ皆(みな)
延喜(えんぎ)の聖代(せいたい)、安和(あんわ)の御門(みかど)の御(おん)ひが事(こと)とぞ申(まうし)
つたへたる。上古(しやうこ)猶(なほ)(なを)かくのごとし、况(いはん)や末代(まつだい)に
をいて(おいて)をや。賢王(けんわう)猶(なほ)(なを)御(おん)あやまりあり、况(いはん)や
凡人(ぼんにん)にをいて(おいて)をや。既(すで)に召(めし)をか(おか)【置か】れぬるうへは、
P02205
いそぎうしなはれずとも、なんのくるしみか候(さうらふ)べき。
「刑(けい)の疑(うたが)はしきをばかろんぜよ。功(こう)のうたがはし
きをばをもんぜよ(おもんぜよ)【重んぜよ】」とこそみえ【見え】て候(さうら)へ。事(こと)あた
らしく候(さうら)へども、重盛(しげもり)彼(かの)大納言(だいなごん)が妹(いもうと)に相(あひ)ぐし
て候(さうらふ)。維盛(これもり)又(また)聟(むこ)なり。かやうにしたしく成(な)(ッ)て
候(さうら)へば申(まうす)とや、おぼしめさ【思召さ】れ候(さうらふ)らん。其(その)儀(ぎ)では候(さうら)
はず。世(よ)のため、君(きみ)のため、家(いへ)のための事(こと)を
も(ッ)て申(まうし)候(さうらふ)。一(ひと)P161とせ、故少納言(こせうなごんの)入道(にふだう)(にうだう)信西(しんせい)が執権(しつけん)
P02206
の時(とき)に相(あひ)あた(ッ)て、我(わが)朝(てう)には嵯峨皇帝(さがのくわうてい)の御時(おんとき)、
右兵衛督(うひやうゑのかみ)藤原仲成(ふぢはらのなかなり)を誅(ちゆう)(ちう)せられてよりこ
のかた、保元(ほうげん)までは君(きみ)廿五代(にじふごだい)の間(あひだ)(あいだ)おこなはれ
ざりし死罪(しざい)をはじめてとりおこなひ、宇治(うぢ)の
悪左府(あくさふ)の死骸(しがい)をほりおこいて実験【*実検】(じつけん)せら
れし事(こと)な(ン)ど(など)は、あまりなる御政(おんまつりごと)とこそ覚(おぼ)え
候(さうらひ)しか。さればいにしへの人々(ひとびと)も、「死罪(しざい)をおこ
なへば海内(かいだい)に謀反(むほん)の輩(ともがら)たえず」とこそ申
P02207
伝(まうしつたへ)て候(さうら)へ。此(この)詞(ことば)について、中(なか)二年(にねん)あ(ッ)て、平治(へいぢ)に
又(また)信西(しんせい)がうづまれたりしをほり出(いだ)し、首(くび)を
刎(はね)て大路(おほち)をわたされ候(さうらひ)にき。保元(ほうげん)に申行(まうしおこな)ひし
事(こと)、いくほどもなく身(み)の上(うへ)にむかはりにきと思(おも)
へば、おそろしう【恐ろしう】こそ候(さうらひ)しか。是(これ)はさせる朝敵(てうてき)に
もあらず。かたがたおそれ【恐れ】有(ある)べし。御栄花(ごえいぐわ)残(のこ)る所(ところ)
なければ、覚(おぼ)しめす事(こと)有(ある)まじければ、子々
孫々(ししそんぞん)までも繁昌(はんじやう)こそあらまほしう候(さうら)へ。父祖(ふそ)の
P02208
善悪(ぜんあく)は必(かならず)子孫(しそん)に及(およ)(をよ)ぶとみえ【見え】て候(さうらふ)。積善(しやくぜん)の家(いへ)に
余慶(よけい)あり、積悪(しやくあく)の門(かど)に余殃(よわう)とどまるとこそ
承(うけたま)はれ。いかさまにも今夜(こよひ)首(くび)を刎(はね)られん事(こと)、然(しかる)
べうも候(さうら)はず」と申(まう)されければ、入道相国(にふだうしやうこく)(にうだうしやうこく)げに
もとや思(おも)はれけむ、死罪(しざい)は思(おも)ひとどまり給(たま)ひぬ。
其(その)後(のち)おとど中門(ちゆうもん)(ちうもん)に出(いで)て、侍共(さぶらひども)にの給(たま)ひけるは、
「仰(おほせ)なればとて、大納言(だいなごん)左右(さう)なう失(うしな)ふ事(こと)有(ある)べか
らず。入道(にふだう)(にうだう)腹(はら)のたちのままに、物(もの)さはがしき(さわがしき)【騒がしき】事(こと)
P02209
し給(たま)ひては、後(のち)に必(かならず)くやみ給(たま)ふべし。僻事(ひがこと)
してわれうらむな」との給(たま)へば、兵共(つはものども)皆(みな)舌(した)をP162ふ(ッ)
ておそれ【恐れ】をののく。「さても経遠(つねとほ)(つねとを)・兼康(かねやす)がけさ
大納言(だいなごん)に情(なさけ)なうあたりける事(こと)、返々(かへすがへす)も奇怪(きくわい)(き(ツ)くわい)
也(なり)。重盛(しげもり)がかへり聞(きか)ん所(ところ)をば、などかははばからざる
べき。かた田舎(いなか)のもの共(ども)はかかるぞよ」との給(たま)へ
ば、難波(なんば)も瀬尾(せのを)(せのお)もともにおそれ【恐れ】入(いり)たりけり。
おとどはかやうにの給(たま)ひて、小松殿(こまつどの)へぞ帰(かへ)られける。
P02210
さる程(ほど)に、大納言(だいなごん)の供(とも)なりつる侍共(さぶらひども)、中御門(なかのみかど)烏丸(からすまる)
の宿所(しゆくしよ)へはしり【走り】帰(かへり)て、此(この)由(よし)申(まう)せば、北方(きたのかた)以下(いげ)の
女房達(にようばうたち)、声(こゑ)もおしま(をしま)【惜ま】ずなき【泣き】さけぶ【叫ぶ】。「既(すでに)武士(ぶし)
のむかひ候(さうらふ)。少将殿(せうしやうどの)を始(はじめ)まいらせ(まゐらせ)【参らせ】て、君達(きんだち)も皆(みな)
とらせ【*れ】させ給(たま)ふべしとこそ聞(きこ)え候(さうら)へ。急(いそ)ぎいづ
方(かた)へもしのばせ給(たま)へ」と申(まうし)ければ、「今(いま)はこれほ
どの身(み)に成(な)(ッ)て、残(のこ)りとどまるとても、安穏(あんをん)に
て何(なに)にかはせむ。只(ただ)同(おな)じ一夜(ひとよ)の露(つゆ)ともきえん事(こと)
P02211
こそ本意(ほんい)なれ。さてもけさはかぎりとしら【知ら】ざ
りけるかなしさよ」とて、ふしまろびてぞなか【泣か】
れける。既(すでに)武士共(ぶしども)のちかづく由(よし)聞(きこ)えしかば、
かくて又(また)はぢ【恥】がましく、うたてきめ【目】をみむも
さすがなればとて、十(とを)に成(なり)給(たま)ふ女子(によし)、八歳(はつさい)の
男子(なんし)、車(くるま)に取(とり)のせ、いづくをさすともなく
やり【遣り】出(いだ)す。さても有(ある)べきならねば、大宮(おほみや)をの
ぼりに、北山(きたやま)の辺(へん)雲林院(うんりんゐん)へぞおはしける。
P02212
其(その)辺(へん)なる僧坊(そうばう)におろしをき(おき)奉(たてまつ)り、をくり(おくり)【送り】の
もの共(ども)も、身々(みみ)のすてがたさにいとま申(まうし)て帰(かへり)
けり。今(いま)はいとけなきおさなき(をさなき)【幼き】人々(ひとびと)ばかり残(のこ)
りゐて、み【*又(また)】事(こと)とふ人(ひと)もなくしておはしけん
北方(きたのかた)の心(こころ)のうち、をし(おし)はかP163られて哀(あはれ)也(なり)。暮行(くれゆく)
かげを見(み)給(たま)ふにつけては、大納言(だいなごん)の露(つゆ)の
命(いのち)、此(この)夕(ゆふべ)をかぎりなりと思(おも)ひやるにも、きえ
ぬべし。女房(にようばう)侍(さぶらひ)おほかりけれ共(ども)、物(もの)をだにとり
P02213
したためず、門(かど)をだにもをし(おし)【押し】も立(たて)ず。馬(むま)ど
もは厩(むまや)になみ【並み】たちたれども、草(くさ)かふもの一人(いちにん)
もなし。夜(よ)明(あく)れば、馬(むま)・車(くるま)門(かど)にたちなみ、賓客(ひんかく)
座(ざ)につらな(ッ)て、あそびたはぶれ、まひおどり(まひをどり)【舞踊り】、
世(よ)を世(よ)とも思(おもひ)給(たま)はず、近(ちか)きあたりの人(ひと)は
物(もの)をだにたかく【高く】いはず、おぢをそれ(おそれ)【恐れ】てこそ
昨日(きのふ)までも有(あり)しに、夜(よ)の間(ま)にかはるありさま、
盛者必衰(じやうしやひつすい)の理(ことわり)(ことはり)は目(めの)前(まへ)にこそ顕(あらは)れけれ。楽(たのしみ)
P02214
つきて悲(かなしみ)来(きた)るとかかれたる江相公(がうしやうこう)の筆(ふで)の
あと、今(いま)こそ思(おもひ)しられけれ。『少将(せうしやう)乞請(こひうけ)』S0205丹波少将(たんばのせうしよう)成経(なりつね)は、
其(その)夜(よ)しも院御所(ゐんのごしよ)法住寺殿(ほふぢゆうじどの)(ほうぢうじどの)にうへ臥(ぶし)して、
いまだ出(いで)られざりけるに、大納言(だいなごん)の侍共(さぶらひども)、い
そぎ御所(ごしよ)へはせ参(まゐ)(ッ)て、少将殿(せうしやうどの)よび出(いだ)し
奉(たてまつ)り、此(この)由(よし)申(まうす)に、「などや宰相(さいしやう)のもとより、今(いま)
までしらせざるらむ」との給(たま)ひもはてねば、
宰相殿(さいしやうどの)よりとて使(つかひ)あり。此(この)宰相(さいしやう)と申(まうす)は、
P02215
入道相国(にふだうしやうこく)(にうだうしやうこく)の弟(おとと)也(なり)。宿所(しゆくしよ)は六波羅(ろくはら)の惣門(そうもん)の内(うち)
なれば、門脇(かどわき)の宰相(さいしやう)とぞ申(まうし)ける。丹波(たんば)の
少将(せうしやう)にはしうと【舅】也(なり)。「何事(なにごと)P164にて候(さうらふ)やらん、入道
相国(にふだうしやうこく)(にうだうしやうこく)のき(ッ)と西八条(にしはつでう)へ具(ぐ)し奉(たてまつ)れと候(さうらふ)」といは
せられたりければ、少将(せうしやう)此(この)事(こと)心得(こころえ)て、近習(きんじゆ)
の女房達(にようばうたち)よび出(いだ)し奉(たてまつ)り、「よべ何(なに)となう世(よ)
の物(もの)さはがしう(さわがしう)【騒がしう】候(さうらひ)しを、例(れい)の山法師(やまぼふし)(やまぼうし)の下(くだ)るか
な(ン)ど(など)、よそに思(おも)ひて候(さうら)へば、はや成経(なりつね)が身(み)の
P02216
うへにて候(さうらひ)けり。大納言(だいなごん)よさりきらるべう候(さうらふ)
なれば、成経(なりつね)も同座(どうざ)にてこそ候(さうら)はむずらめ。
いま一度(ひとたび)御前(ごぜん)へまい(ッ)(まゐつ)【参つ】て、君(きみ)をも見(み)まいらせ(まゐらせ)【参らせ】た
う候(さうら)へ共(ども)、既(すで)にかかる身(み)に罷(まかり)成(な)(ッ)て候(さうら)へば、憚存(はばかりぞんじ)候(さうらふ)」
とぞ申(まう)されける。女房達(にようばうたち)御前(ごぜん)ヘまい(ッ)(まゐつ)【参つ】て、此(この)由(よし)
奏(そう)せられければ、法皇(ほふわう)(ほうわう)大(おほき)におどろかせ給(たま)ひ
て、「さればこそ。けさの入道相国(にふだうしやうこく)(にうだうしやうこく)が使(つかひ)にはや
御心得(おんこころえ)あり。あは、これらが内々(ないない)はかりしことの
P02217
もれけるよ」と覚(おぼ)しめすにあさまし。「さるに
てもこれへ」と御気色(ごきしよく)有(あり)ければ、参(まゐ)られたり。
法皇(ほふわう)(ほうわう)も御涙(おんなみだ)をながさせ給(たま)ひて、仰下(おほせくだ)さるる
旨(むね)もなし。少将(せうしやう)も涙(なみだ)に咽(むせん)で、申(まうし)あぐる旨(むね)もな
し。良(やや)ありて、さても有(ある)べきならねば、少将(せうしやう)袖(そで)
をかほにあてて、泣々(なくなく)罷出(まかりいで)られけり。法皇(ほふわう)(ほうわう)はうし
ろを遥(はるか)に御覧(ごらん)じをくら(おくら)【送ら】せ給(たま)ひて、「末代(まつだい)こそ
心(こころ)うけれ。これかぎりで又(また)御覧(ごらん)ぜぬ事(こと)もや
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あらむずらん」とて、御涙(おんなみだ)をながさせ給(たま)ふぞ
かたじけなき。院中(ゐんぢゆう)(ゐんぢう)の人々(ひとびと)、少将(せうしやう)の袖(そで)をひかへ、
袂(たもと)にすが(ッ)て名残(なごり)をおしみ(をしみ)【惜み】、涙(なみだ)をながさぬは
なかりけり。しうとの宰相(さいしやう)のもとへ出(いで)られたれ
ば、北方(きたのかた)はちかう産(さん)すべき人(ひと)にておはしけP165るが、今
朝(けさ)より此(この)歎(なげき)をうちそへては、既(すでに)命(いのち)もたえ【絶え】入(いる)
心(ここ)ちぞせられける。少将(せうしやう)御所(ごしよ)を罷(まかり)いづるより、
ながるる涙(なみだ)つきせぬに、北方(きたのかた)のありさまをみ【見】た
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まひては、いとどせんかたなげにぞみえ【見え】られ
ける。少将(せうしやう)のめのとに、六条(ろくでう)といふ女房(にようばう)あり。
「御(おん)ち【乳】に参(まゐ)りはじめさぶらひて、君(きみ)をち【血】のなか
よりいだきあげまいらせ(まゐらせ)【参らせ】、月日(つきひ)のかさなる
にしたがひて、我(わが)身(み)の年(とし)のゆく事(こと)をば歎(なげか)
ずして、君(きみ)のおとなしうならせ給(たま)ふ事(こと)をのみ
うれしう思(おも)ひ奉(たてまつ)り、あからさまとはおもへ【思へ】共(ども)、既(すでに)
廿一(にじふいち)年(ねん)ははなれ【離れ】まいらせ(まゐらせ)【参らせ】ず。院(ゐん)内(うち)へまいら(まゐら)【参ら】せ
P02220
給(たま)ひて、をそう(おそう)【遅う】出(いで)させ給(たまふ)だにも、おぼつかな
う思(おも)ひまいらする(まゐらする)【参らする】に、いかなる御目(おんめ)にかあはせ給(たま)
はむずらむ」となく【泣く】。少将(せうしやう)「いたうな歎(なげ)ひ(なげい)そ。宰相(さいしやう)
さておはすれば、命(いのち)ばかりはさり共(とも)こいうけ(こひうけ)【乞請】
給(たま)はむずらむ」となぐさめ給(たま)へ共(ども)、人(ひと)め【目】もしらず
なきもだへ(もだえ)【悶え】けり。西八条(にしはつでう)より使(つかひ)しきなみに
有(あり)ければ、宰相(さいしやう)「ゆきむかふ(むかう)てこそ、ともかう
もならめ」とて出給(いでたま)へば、少将(せうしやう)も宰相(さいしやう)の車(くるま)の
P02221
しりにのりてぞ出(いで)られける。保元(ほうげん)平治(へいぢ)より
このかた、平家(へいけ)の人々(ひとびと)たのしみさかへ(さかえ)【栄】のみあ(ッ)
て、愁歎(うれへなげき)はなかりしに、此(この)宰相(さいしやう)ばかりこそ、よし
なき聟(むこ)故(ゆゑ)にかかる歎(なげ)きをばせられけれ。
西八条(にしはつでう)ちかうな(ッ)て車(くるま)をとどめ、まづ案内(あんない)を
申入(まうしいれ)られければ、太政入道(だいじやうにふだう)(だいじやうにうだう)「丹波少将(たんばのせうしやう)をば、此(この)
内(うち)へはいれ【入れ】らるべからず」との給(たま)ふ間(あひだ)(あいだ)、其(その)辺(へん)ちか
き侍(さぶらひ)の家(いへ)におろしをき(おき)つつ、宰相(さいしやう)P166ばかりぞ門(かど)の
P02222
内(うち)へは入(いり)給(たま)ふ。少将(せうしやう)をば、いつしか兵共(つはものども)打(うち)かこんで、
守護(しゆご)し奉(たてまつ)る。たのまれたりつる宰相殿(さいしやうどの)には
はなれ【離れ】給(たま)ひぬ。少将(せうしやう)の心(こころ)のうち、さこそは
便(たより)なかりけめ。宰相(さいしやう)中門(ちゆうもん)(ちうもん)に居(ゐ)給(たま)ひたれば、
入道(にふだう)(にうだう)対面(たいめん)もし給(たま)はず、源(げん)大夫(だいふ)(だゆふ)判官(はんぐわん)(はんぐはん)季貞(すゑさだ)を
も(ッ)て申入(まうしいれ)られけるは、「由(よし)なきものにしたしう
成(な)(ッ)て、返々(かへすがへす)くやしう候(さうら)へ共(ども)、かひも候(さうら)はず。相具(あひぐ)し
させて候(さうらふ)ものが、此(この)ほどなやむ事(こと)の候(さうらふ)なるが、
P02223
けさより此(この)歎(なげき)をうちそへては、既(すでに)命(いのち)もたえ
なんず。何(なに)かはくるしう【苦しう】候(さうらふ)べき。少将(せうしやう)をばしばらく
教盛(のりもり)にあづけさせおはしませ。教盛(のりもり)かうで候(さうら)へ
ば、なじかはひが事(こと)せさせ候(さうらふ)べき」と申(まう)されければ、
季貞(すゑさだ)まい(ッ)(まゐつ)【参つ】て此(この)由(よし)申(まう)す。「あはれ、例(れい)の宰相(さいしやう)が、物(もの)に
心(こころ)えぬ」とて、とみに返事(へんじ)もし給(たま)はず。ややあり
て、入道(にふだう)(にうだう)の給(たま)ひけるは、「新大納言(しんだいなごん)成親(なりちか)、この一
門(いちもん)をほろぼして、天下(てんが)を乱(みだ)らむとする企(くはたて)あり。此(この)
P02224
少将(せうしやう)は既(すでに)彼(かの)大納言(だいなごん)が嫡子(ちやくし)也(なり)。うとふもあれしたし〔う〕も
あれ、えこそ申宥(まうしなだ)むまじけれ。若(もし)此(この)謀反(むほん)とげ
ましかば、御辺(ごへん)とてもおだしうやおはすべきと
申(まう)せ」とこその給(たま)ひけれ。季貞(すゑさだ)かへりまい(ッ)(まゐつ)【参つ】て、此(この)
由(よし)宰相(さいしやう)に申(まうし)ければ、誠(まことに)ほいな【本意無】げで、重(かさね)て申(まう)
されけるは、「保元(ほうげん)平治(へいぢ)よりこのかた、度々(どど)の合
戦(かつせん)にも、御命(おんいのち)にかはりまいらせ(まゐらせ)【参らせ】むとこそ存(ぞんじ)候(さうら)へ。
此(この)後(のち)もあらき風(かぜ)をばまづふせき【防き】参(まゐ)らせ候(さうら)
P02225
はんずるに、たとひ教盛(のりもり)こそ年老(としおい)て候(さうらふ)とも、
わかき子共(こども)あまた候(さうら)へば、一方(いつぱう)の御固(おんかため)にP167はなどか
なら【成ら】で候(さうらふ)べき。それに成経(なりつね)しばらくあづからうど
申(まう)すを御(おん)ゆるされなきは、教盛(のりもり)を一向(いつかう)二心(ふたごころ)
ある者(もの)とおぼしめす【思召す】にこそ。是(これ)ほどうしろめた
う思(おも)はれまいらせ(まゐらせ)【参らせ】ては、世(よ)にあ(ッ)ても何(なに)にかはし
候(さうらふ)べき。今(いま)はただ身(み)のいとまをたまは(ッ)て、出家入道(しゆつけにふだう)(しゆつけにうだう)
し、かた山里(やまざと)にこもり居(ゐ)て、一(ひと)すぢに後世菩
P02226
提(ごせぼだい)のつとめをいとなみ候(さうら)はん。由(よし)なき浮世(うきよ)の
まじはり也(なり)。世(よ)にあればこそ望(のぞみ)もあれ、望(のぞみ)のか
なはねばこそ恨(うらみ)もあれ。しかじ、うき世(よ)をいとひ、実(まこと)
の道(みち)に入(いり)なんには」とぞの給(たま)ひける。季貞(すゑさだ)ま
い(ッ)(まゐつ)【参つ】て、「宰相殿(さいしやうどの)ははや覚(おぼ)しめしき(ッ)て候(さうらふ)。ともかう
もよき様(やう)に御(おん)ぱからひ候(さうら)へ」と申(まうし)ければ、其(その)時(とき)入
道(にふだう)大(おほき)におどろいて、「さればとて出家入道(しゆつけにふだう)(しゆつけにうだう)まで
はあまりにけしからず。其(その)儀(ぎ)ならば、少将(せうしやう)をばし
P02227
ばらく御辺(ごへん)に預(あづけ)奉(たてまつ)ると云(いふ)べし」とこその給(たま)ひ
けれ。季貞(すゑさだ)帰(かへり)まい(ッ)(まゐつ)【参つ】て、宰相(さいしやう)に此(この)由(よし)申(まう)せば、「あ
はれ、人(ひと)の子(こ)をばもつまじかりける物かな。我(わが)子(こ)
の縁(えん)にむすぼほれざらむには、是(これ)ほど心(こころ)を
ばくだかじ物(もの)を」とて出(いで)られけり。少将(せうしやう)待(まち)うけ奉(たてまつり)て、
「さていかが候(さうらひ)つる」と申(まう)されければ、「入道(にふだう)(にうだう)あまりに
腹(はら)をたてて、教盛(のりもり)にはつゐに(つひに)【遂に】対面(たいめん)もし給(たま)はず。
かなふまじき由(よし)頻(しきり)にの給(たま)ひけれ共(ども)、出家入道(しゆつけにふだう)(しゆつけにうだう)
P02228
まで申(まうし)たればにやらん、しばらく宿所(しゆくしよ)にをき(おき)奉(たてまつ)
れとの給(たま)ひつれども、始終(しじゆう)(しじう)よかるべしともおぼえ
ず」。少将(せうしやう)「さ候(さうら)へばこそ、成経(なりつね)は御恩(ごおん)(ごをん)をも(ッ)てP168しばし
の命(いのち)ものび候(さうら)はんずるにこそ。夫(それ)につき候(さうらひ)ては、
大納言(だいなごん)が事(こと)をばいかがきこしめさ【聞し召さ】れ候(さうらふ)」。「それまでは
思(おも)ひもよらず」との給(たま)へば、其(その)時(とき)涙(なみだ)をはらはらとな
がい【流い】て、「誠(まこと)に御恩(ごおん)をも(ッ)てしばしの命(いのち)いき【生き】候(さうら)はんずる
事(こと)は、然(しかる)べう候(さうら)へ共(ども)、命(いのち)のおしう(をしう)【惜う】候(さうらふ)も、父(ちち)を今(いま)一度(ひとたび)
P02229
見(み)ばやと思(おも)ふ為(ため)也(なり)。大納言(だいなごん)がきられ候(さうら)はんにお
いては、成経(なりつね)とてもかひなき命(いのち)をいきて何(なに)
にかはし候(さうらふ)べき。ただ一所(いつしよ)でいかにもなるやうに
申(まうし)てたばせ給(たま)ふべうや候(さうらふ)らん」と申(まう)されけれ
ば、宰相(さいしやう)よにも心(こころ)くるしげ【苦し気】にて、「いさとよ。御辺(ごへん)の
事(こと)をこそとかう申(まうし)つれ。それまではおもひ【思ひ】もよら
ね共(ども)、大納言殿(だいなごんどの)の御事(おんこと)をば、今朝(けさ)〔内(うち)〕のおとどやうやう
に申(まう)されければ、それもしばしは心安(こころやす)いやうに
P02230
こそ承(うけたま)はれ」との給(たま)へば、少将(せうしやう)泣々(なくなく)手(て)を合(あはせ)てぞ
悦(よろこ)ばれける。子(こ)ならざらむ者(もの)は、誰(たれ)か只今(ただいま)我(わが)身(み)の
うへをさしをひ(おい)【置い】て、是(これ)ほどまでは悦(よろこぶ)べき。誠(まこと)の契(ちぎり)
はおやこ【親子】の中(なか)にぞありける。子(こ)をば人(ひと)のもつ
べかりける物(もの)かなとぞ、やがて思(おも)ひかへさ【返さ】れける。
さて今朝(けさ)のごとくに同車(どうしや)して帰(かへ)られけり。宿
所(しゆくしよ)には女房達(にようばうたち)、しん【死ん】だる人(ひと)のいきかへりたる
心(ここ)ちして、さしつどひて皆(みな)悦泣共(よろこびなきども)せられけり。P169
P02231
『教訓状(けうくんじやう)』S0206太政入道(だいじやうのにふだう)(だいじやうのにうだう)は、かやうに人々(ひとびと)あまたいましめをい(おい)て
も、猶(なほ)(なほ)心(こころ)ゆかずや思(おも)はれけん、既(すでに)赤地(あかぢ)の錦(にしき)
の直垂(ひたたれ)に、黒糸威(くろいとをどし)(くろいとおどし)の腹巻(はらまき)の白(しろ)がな物(もの)う(ッ)たる
むな板(いた)せめて、先年(せんねん)安芸守(あきのかみ)たりし時(とき)、神拝(じんばい)の
次(ついで)(つゐで)に、霊夢(れいむ)を蒙(かうぶり)て、厳島(いつくしま)の大明神(だいみやうじん)よりうつつ【現】に
給(たま)はられたりし銀(しろかね)のひる【蛭】巻(まき)したる小長刀(こなぎなた)、常(つね)の
枕(まくら)をはなたず立(たて)られたりしを脇(わき)にはさみ、中
門(ちゆうもん)(ちうもん)の廊(らう)へぞ出(いで)られける。そのきそく【気色】おほかた
P02232
ゆかしう【*ゆゆしう】ぞみえ【見え】し。貞能(さだよし)をめす。筑後守貞能(ちくごのかみさだよし)、木
蘭地(むくらんぢ)の直垂(ひたたれ)にひおどし(をどし)の鎧(よろひ)きて、御前(おんまへ)に畏(かしこま)(ッ)て
候(さうらふ)。ややあ(ッ)て入道(にふだう)(にうだう)の給(たま)ひけるは、「貞能(さだよし)、此(この)事(こと)いかが
おもふ【思ふ】。保元(ほうげん)に平(へい)〔右〕馬助(むまのすけ)をはじめとして、一門(いちもん)半(なかば)過(すぎ)の【*て】
新院(しんゐん)のみかたへまいり(まゐり)【参り】にき。一宮(いちのみや)の御事(おんこと)は、故刑
部卿殿(こぎやうぶきやうのとの)の養君(やうくん)にてましまいしかば、かたがた見(み)
はなちまいらせ(まゐらせ)【参らせ】がたか(ッ)し〔か〕ども、故院(こゐん)の御遺誡(ごゆいかい)に
任(まかせ)て、みかたにてさきをかけたりき。是(これ)一(ひとつ)の奉
P02233
公(はうこう)なり。次(つぎに)平治(へいぢ)元年(ぐわんねん)十二月(じふにぐわつ)、信頼(のぶより)・義朝(よしとも)が院(ゐん)内(うち)を
とり奉(たてまつ)て、大内(おほうち)にたてごも(ッ)て、天下(てんが)くらやみと
成(な)(ッ)たりしに、入道(にふだう)(にうだう)身(み)を捨(すて)て凶徒(けうど)を追落(おひおと)し、
経宗(つねむね)・惟方(これかた)をめし警(いましめ)しに至(いた)るまで、既(すで)に君(きみ)
の御為(おんため)に命(いのち)をうしなはんとする事(こと)、度々(どど)にをよ
ぶ(およぶ)【及ぶ】。縦(たとひ)人(ひと)なんと申(まうす)共(とも)、七代(しちだい)までは此(この)一門(いちもん)をば争(いかで)か
捨(すて)させ給(たま)ふべき。それに、成親(なりちか)P170と云(いふ)無用(むよう)の
いたづら者(もの)、西光(さいくわう)(さいくはう)と云(いふ)下賎(げせん)の不当人(ふたうじん)めが申(まうす)
P02234
事(こと)につかせ給(たまひ)て、此(この)一門(いちもん)亡(ほろぼ)すべき由(よし)、法皇(ほふわう)(ほうわう)の御
結構(ごけつこう)こそ遺恨(ゐこん)(いこん)の次第(しだい)なれ。此(この)後(のち)も讒奏(ざんそう)す
る者(もの)あらば、当家(たうけ)追討(ついたう)の院宣(ゐんぜん)下(くだ)されつとお
ぼゆるぞ。朝敵(てうてき)と成(な)(ッ)てはいかにくゆ共(とも)益(えき)(ゑき)有(ある)まじ。
世(よ)をしづめん程(ほど)、法皇(ほふわう)(ほうわう)を鳥羽(とば)の北殿(きたどの)へうつし
奉(たてまつ)るか、然(しから)ずは、是(これ)へまれ御幸(ごかう)をなしまいらせ(まゐらせ)【参らせ】むと
思(おも)ふはいかに。其(その)儀(ぎ)ならば、北面(ほくめん)の輩(ともがら)、矢(や)をも一(ひとつ)い【射】
んずらん。侍共(さぶらひども)に其(その)用意(ようい)せよと触(ふる)べし。大方(おほかた)
P02235
は入道(にふだう)(にうだう)、院(ゐん)がたの奉公(ほうこう)おもひ【思ひ】き(ッ)たり。馬(むま)にくらをか(おか)【置か】
せよ。きせなが【着背長】取出(とりいだ)せ」とぞの給(たま)ひける。主馬
判官(しゆめのはんぐわん)(しゆめのはんぐはん)盛国(もりくに)、いそぎ小松殿(こまつどの)へ馳(はせ)まい(ッ)(まゐつ)【参つ】て、「世(よ)は既(すでに)かう
候(ざうらふ)」と申(まうし)ければ、おとど聞(きき)もあへず、「あははや、成親
卿(なりちかのきやう)が首(くび)を刎(はね)られたるな」との給(たま)へば、「さは候(さうら)はね
共(ども)、入道殿(にふだうどの)(にうだうどの)きせながめさ【召さ】れ候(さうらふ)。侍共(さぶらひども)皆(みな)う(ッ)た(ッ)(うつたつ)【打つ立つ】て、ただ
今(いま)法住寺殿(ほふぢゆうじどの)(ほうぢうじどの)へよせんと出(いで)たち候(さうらふ)。法皇(ほふわう)(ほうわう)をば
鳥羽殿(とばどの)へをし(おし)こめまいらせ(まゐらせ)【参らせ】うど候(さうらふ)が、内々(ないない)は鎮西(ちんぜい)
P02236
の方(かた)へながしまいらせ(まゐらせ)【参らせ】うど議(ぎ)せられ候(さうらふ)」と申(まうし)ければ、
おとど争(いかで)かさる事(こと)有(ある)べきと思(おも)へ共(ども)、今朝(けさ)の禅門(ぜんもん)
のきそく【気色】、さる物(もの)ぐるはしき事(こと)も有(ある)らんとて、
車(くるま)をとばして西八条(にしはつでう)へぞおはしたる。門前(もんぜん)にて車(くるま)
よりおり、門(もん)の内(うち)へさし入(いり)て見(み)給(たま)(みたま)へば、入道(にふだう)(にうだう)腹巻(はらまき)
をき給(たま)ふ上(うへ)は、一門(いちもん)の卿相雲客(けいしやううんかく)数十人(すじふにん)(すじうにん)、各(おのおの)
色々(いろいろ)の直垂(ひたたれ)に思(おも)ひ思(おも)ひの鎧(よろひ)きて、中門(ちゆうもん)(ちうもん)の廊(らう)に
二行(にぎやう)P171に着座(ちやくざ)せられたり。其(その)外(ほか)諸国(しよこく)の受領(じゆりやう)・
P02237
衛府(ゑふ)・諸司(しよし)な(ン)ど(など)は、縁(えん)にゐこぼれ、庭(には)にもひしと
なみゐたり。旗(はた)ざほ(ざを)共(ども)ひきそばめひきそばめ、馬(むま)の腹帯(はるび)
をかため、甲(かぶと)の緒(を)(お)をしめ、只今(ただいま)皆(みな)う(ッ)たた(うつたた)【打つ立た】むずる
けしきどもなるに、小松殿(こまつどの)烏帽子(えぼし)(ゑぼし)直衣(なほし)(なをし)に、
大文(だいもん)の指貫(さしぬき)そばと(ッ)て、ざやめき入給(いりたま)へば、事外(ことのほか)
にぞ見(み)えられける。入道(にふだう)(にうだう)ふしめにな(ッ)て、あはれ、れ
いの内府(だいふ)が世(よ)をへうする様(やう)にふるまふ、大(おほい)に諫(いさめ)ば
やとこそ思(おも)はれけめども、さすが子(こ)ながらも、内(うち)に
P02238
は五戒(ごかい)をたも(ッ)て慈悲(じひ)を先(さき)とし、外(ほか)には五常(ごじやう)をみ
ださず、礼義(れいぎ)をただしうし給(たま)ふ人(ひと)なれば、あのすが
たに腹巻(はらまき)をきて向(むか)はん事(こと)、おもばゆう【面映う】はづかし
うや思(おも)はれ[B け]ん、障子(しやうじ)をすこし引(ひき)たてて、素絹(そけん)の
衣(ころも)を腹巻(はらまき)の上(うへ)にあはてぎ(あわてぎ)【慌着】にき【着】給(たま)ひける
が、むないたの金物(かなもの)のすこしはづれてみえ【見え】け
るを、かくさ【隠さ】うど、頻(しきり)に衣(ころも)のむねを引(ひき)ちがへ引(ひき)ちがへ
ぞし給(たま)ひける。おとどは舎弟(しやてい)宗盛卿(むねもりのきやう)の座上(ざしやう)に
P02239
つき給(たま)ふ。入道(にふだう)(にうだう)もの給(たま)ひ出(いだ)す旨(むね)もなし。おとども
申(まうし)出(いだ)さるる事(こと)もなし。良(やや)あ(ッ)て入道(にふだう)(にうだう)の給(たま)ひけるは、
「成親卿(なりちかのきやう)が謀反(むほん)は事(こと)の数(かず)にもあらず。一向(いつかう)法皇(ほふわう)(ほうわう)の
御結構(ごけつこう)にて有(あり)けるぞや。世(よ)をしづめん程(ほど)、法皇(ほふわう)(ほうわう)
を鳥羽(とば)の北殿(きたどの)へうつし奉(たてまつ)るか、然(しから)ずは是(これ)へまれ
御幸(ごかう)をなしまいらせ(まゐらせ)【参らせ】んと思(おも)ふはいかに」との給(たま)へば、
おとど聞(きき)もあへずはらはらとぞなかれける。入道(にふだう)(にうだう)「い
かにいかに」とあきれ給(たま)ふ。おとど涙(なみだ)をおさへて申(まう)
P02240
されけるは、「此(この)仰(おほせ)承(うけたまはり)候(さうらふ)に、P172御運(ごうん)ははや末(すゑ)に成(なり)ぬと
覚(おぼえ)候(さうらふ)。人(ひと)の運命(うんめい)の傾(かたぶ)かんとては、必(かならず)悪事(あくじ)を思(おも)ひ
立(たち)候(さうらふ)也(なり)。又(また)御(おん)ありさま、更(さら)にうつつ共(とも)覚(おぼ)え候(さうら)はず。さ
すが我(わが)朝(てう)は辺地粟散(へんぢそくさん)の境(さかひ)と申(まうし)ながら、天照
大神(てんせうだいじん)の御子孫(ごしそん)、国(くに)のあるじとして、天児屋根尊(あまのこやねのみこと)
の御末(おんすゑ)、朝(てう)の政(まつりごと)をつかさどり給(たま)ひしより以来(このかた)、太
政大臣(だいじやうだいじん)の官(くわん)(くはん)に至(いた)る人(ひと)の甲冑(かつちう)をよろふ事(こと)、礼
義(れいぎ)を背(そむく)にあらずや。就中(なかんづく)御出家(ごしゆつけ)の御身(おんみ)也(なり)。
P02241
夫(それ)三世(さんぜ)の諸仏(しよぶつ)、解脱幢相(げだつどうさう)の法衣(ほふえ)(ほうえ)をぬぎ捨(すて)
て、忽(たちまち)に甲冑(かつちう)をよろひ、弓箭(きゆうせん)(きうせん)を帯(たい)しまし
まさん事(こと)、内(うち)には既(すでに)破戒無慙(はかいむざん)の罪(つみ)をまねく
のみならずや、外(ほか)には又(また)仁義礼智信(じんぎれいちしん)の法(ほふ)(ほう)に
もそむき候(さうらひ)なんず。かたがた恐(おそれ)ある申事(まうしごと)にて
候(さうら)へ共(ども)、心(こころ)の底(そこ)に旨趣(ししゆ)(し(イ)しゆ)を残(のこ)すべきにあらず。まづ
世(よ)に四恩(しおん)候(さうらふ)。天地(てんち)の恩(おん)、国王(こくわう)の恩(おん)、父母(ぶも)の恩(おん)、衆
生(しゆじやう)の恩(おん)是(これ)也(なり)。其(その)中(なか)に尤(もつとも)おもき【重き】は朝恩(てうおん)也(なり)。普天(ふてん)
P02242
の下(した)、王地(わうぢ)にあらずといふ事(こと)なし。されば彼(かの)潁川(えいせん)(ゑいせん)の
水(みづ)に耳(みみ)をあらひ、首陽山(しゆやうざん)に薇(わらび)をお(ッ)(をつ)【折つ】し賢人(けんじん)も、勅
命(ちよくめい)そむきがたき礼義(れいぎ)をば存知(ぞんぢ)すとこそ
承(うけたま)はれ。何(なんぞ)况哉(いはんや)先祖(せんぞ)にもいまだきか【聞か】ざ(ッ)し太政
大臣(だいじやうだいじん)をきはめさせ給(たま)ふ。いはゆる重盛(しげもり)が無才
愚闇(むさいぐあん)の身(み)をも(ッ)て、蓮府槐門(れんぷくわいもん)の位(くらゐ)に至(いた)る。しかの
みならず、国郡(こくぐん)半(なかば)過(すぎ)て一門(いちもん)の所領(しよりやう)となり、田園(でんゑん)(でんえん)
悉(ことごとく)一家(いつか)の進止(しんじ)たり。是(これ)希代(きたい)の朝恩(てうおん)にあら
P02243
ずや。今(いま)これらの莫大(ばくたい)の御恩(ごおん)(ごをん)を忘(わすれ)て、みだ
りがはしく法皇(ほふわう)(ほうわう)を傾(かたぶ)け奉(たてまつ)らせ給(たま)はん事(こと)、天
照大神(てんせうだいじん)・正八幡宮(しやうはちまんぐう)の神慮(しんりよ)にも背(そむき)候(さうらひ)なんず。日
本(につぽん)は是(これ)神国(しんこく)也(なり)。神(かみ)は非礼(ひれい)を享(うけ)給(たま)はず。P173然(しかれ)ば
君(きみ)のおぼしめし【思召し】立(たつ)ところ【所】、道理(だうり)なかばなきに
あらず。中(なか)にも此(この)一門(いちもん)は、朝敵(てうてき)を平(たひら)(たいら)げて四海(しかい)
の逆浪(げきらう)をしづむる事(こと)は無双(ぶさう)の忠(ちゆう)(ちう)なれば【*ども】、その
賞(しやう)に誇(ほこ)る事(こと)は傍若無人(ばうじやくぶじん)共(とも)申(まうし)つべし。聖徳太
P02244
子(しやうとくたいし)十七(じふしち)ケ条(かでう)の御憲法(ごけんぼう)に、「人(ひと)皆(みな)心(こころ)あり。心(こころ)各(おのおの)執(しゆ)あり。
彼(かれ)を是(ぜ)し我(われ)を非(ひ)し、我(われ)を是(ぜ)し彼(かれ)を非(ひ)す、是非(ぜひ)
の理(り)誰(たれ)かよく定(さだ)むべき。相共(あひとも)に賢愚(けんぐ)なり。環(たまき)
の如(ごと)くして端(はし)なし。ここをも(ッ)て設(たとひ)人(ひと)いかる【怒る】と云(いふ)共(とも)、
かへ(ッ)て我(わが)とがをおそれよ【恐れよ】」とこそみえ【見え】て
候(さうら)へ。しかれ共(ども)、御運(ごうん)つきぬによ(ッ)て、謀反(むほん)既(すでに)
あらはれぬ。其上(そのうへ)仰合(おほせあはせ)らるる成親卿(なりちかのきやう)め
しをか(おか)【置か】れぬる上(うへ)は、設(たとひ)君(きみ)いかなるふしぎ
P02245
をおぼしめし【思召し】たたせ給(たま)ふとも、なんのおそれ【恐れ】
か候(さうらふ)べき。所当(しよたう)の罪科(ざいくわ)おこなはれん上(うへ)は、退(しりぞ)
いて事(こと)の由(よし)を陳(ちん)じ申(まう)させ給(たま)ひて、君(きみ)
の御(おん)ためには弥(いよいよ)奉公(ほうこう)の忠勤(ちゆうきん)(ちうきん)をつくし、民(たみ)
のためにはますます撫育(ぶいく)の哀憐(あいれん)をいた
させ給(たま)はば、神明(しんめい)の加護(かご)にあづかり、仏陀(ぶつだ)
の冥慮(みやうりよ)にそむくべからず。神明仏陀(じんめいぶつだ)感応(かんおう)
あらば、君(きみ)もおぼしめしなをす(なほす)事(こと)、などか候(さうら)は
P02246
ざるべき。君(きみ)と臣(しん)とならぶるに親疎(しんそ)わく【分く】か
たなし。道理(だうり)と僻事(ひがこと)をならべんに、争(いかで)か道理(だうり)
[M か道]につかざるべき」。P174『烽火(ほうくわ)之(の)沙汰(さた)』S0207 「是(これ)は君(きみ)の御(おん)ことはり(ことわり)【理】にて
候(さうら)へば、かなはざらむまでも、院御所(ゐんのごしよ)法住寺
殿(ほふぢゆうじどの)(ほうぢうじどの)を守護(しゆご)しまいらせ(まゐらせ)【参らせ】候(さうらふ)べし。其(その)故(ゆゑ)(ゆへ)は、重盛(しげもり)
叙爵(じよしやく)より今(いま)大臣(だいじん)の大将(だいしやう)にいたるまで、しかし
ながら君(きみ)の御恩(ごおん)(ごをん)ならずと云(いふ)事(こと)なし。其(その)恩(おん)(をん)の
重(おも)き事(こと)をおもへ【思へ】ば、千顆万顆(せんくわばんくわ)の玉(たま)にも
P02247
こえ、其(その)恩(おん)(をん)のふかき事(こと)を案(あん)ずれは、一入再
入(いちじふさいじふ)(いちじうさいじう)の紅(くれなゐ)にも過(すぎ)たらん。しかれば、院中(ゐんぢゆう)(ゐんぢう)にまい
り(まゐり)【参り】こもり候(さうらふ)べし。其(その)儀(ぎ)にて候(さうら)はば、重盛(しげもり)が身(み)
にかはり、命(いのち)にかはらんと契(ちぎり)たる侍共(さぶらひども)少々(せうせう)候(さうらふ)
らん。これらをめしぐし【召具し】て、院御所(ゐんのごしよ)法住寺
殿(ほふぢゆうじどの)(ほうぢうじどの)を守護(しゆご)しまいらせ(まゐらせ)【参らせ】候(さうら)はば、さすが以外(もつてのほか)(も(ツ)てのほか)の
御大事(おんだいじ)でこそ候(さうら)はんずらめ。悲(かなしき)哉(かな)、君(きみ)の御(おん)た
めに奉公(ほうこう)の忠(ちゆう)(ちう)をいたさんとすれば、迷
P02248
慮【*迷盧】(めいろ)八万(はちまん)の頂(いただき)より猶(なほ)(なを)たかき父(ちち)の恩(おん)(をん)、忽(たちまち)に
わすれんとす。痛(いたましき)哉(かな)、不孝(ふかう)の罪(つみ)をのがれん
とおもへ【思へ】ば、君(きみ)の御(おん)ために既(すでに)不忠(ふちゆう)(ふちう)の逆臣(ぎやくしん)
となりぬべし。進退(しんだい)惟(これ)きはまれり、是
非(ぜひ)いかにも弁(わきまへ)がたし。申(まうし)うくるところ〔の〕詮(せん)は、
ただ重盛(しげもり)が頸(くび)をめされ候(さうら)へ。院中(ゐんぢゆう)(ゐんぢう)をも守
護(しゆご)しまいらす(まゐらす)【参らす】べからず、院参(ゐんざん)の御供(おんとも)をも仕(つかまつ)る
べからず。かの蕭何(せうが)は大功(たいこう)かたへにこえたるに
P02249
よ(ッ)て、官(くわん)(くはん)大相国(たいしやうこく)に至(いた)り、剣(けん)を帯(たい)し沓(くつ)をは
きながら殿上(てんじやう)にのぼる事(こと)をゆるされし
か共(ども)、叡慮(えいりよ)(ゑいりよ)にそむく事(こと)あれば、高祖(かうそ)おもう【重う】
警(いましめ)てふかう【深う】罪(つみ)せられにき。かやうの先蹤(せんじよう)(せんぜう)を
おP175もふにも、富貴(ふうき)といひ栄花(えいぐわ)といひ、朝恩(てうおん)(てうをん)と
いひ重職(ちようじよく)(てうじよく)といひ、旁(かたがた)きはめさせ給(たま)ひぬ
れば、御運(ごうん)のつきむこともかたかるべきに
あらず。富貴(ふうき)の家(いへ)には禄位(ろくゐ)重畳(ちようでふ)(てうでう)せり、ふた
P02250
たび実(み)なる木(き)は其(その)根(ね)必(かならず)いたむとみえ【見え】
て候(さうらふ)。心(こころ)ぼそうこそおぼえ候(さうら)へ。いつまでか
命(いのち)いきて、みだれむ世(よ)をも見(み)候(さうらふ)べき。只(ただ)末
代(まつだい)に生(しやう)をうけて、かかるうき目(め)にあひ候(さうらふ)重
盛(しげもり)が果報(くわほう)の程(ほど)こそつたなう候(さうら)へ。ただ今(いま)侍(さぶらひ)
一人(いちにん)に仰付(おほせつけ)て、御坪(おつぼ)のうちに引出(ひきいだ)されて、
重盛(しげもり)が首(かうべ)のはねられん事(こと)は、安(やす)いほどの
事(こと)で〔こそ〕候(さうら)へ。是(これ)をおのおの聞(きき)給(たま)へ」とて、直衣(なほし)(なをし)
P02251
の袖(そで)もしぼるばかりに涙(なみだ)をながしかきくどかれ
ければ、一門(いちもん)の人々(ひとびと)、心(こころ)あるも心(こころ)なきも、みな
鎧(よろひ)の袖(そで)をぞぬらされける。太政入道(だいじやうにふだう)(だいじやうにうだう)も、た
のみき(ッ)たる内府(だいふ)はかやうにの給(たま)ふ、力(ちから)も
なげにて、「いやいや、これまでは思(おもひ)もよりさ
うず。悪党共(あくたうども)が申(まうす)事(こと)につかせ給(たま)ひて、ひが
事(こと)な(ン)どやいでこむずらんと思(おも)ふばかりで
こそ候(さうら)へ」との給(たま)へば、「縦(たとひ)いかなるひが事(こと)出(いで)
P02252
き候(さうらふ)とも、君(きみ)をば何(なに)とかしまいらせ(まゐらせ)【参らせ】給(たま)ふべ
き」とて、ついた(ッ)て中門(ちゆうもん)(ちうもん)に出(いで)て、侍共(さぶらひども)に仰(おほせ)ら
れけるは、「只今(ただいま)重盛(しげもり)が申(まうし)つる事共(ことども)をば、
汝等(なんぢら)承(うけたま)はらずや。今朝(けさ)よりこれに候(さうら)うて、かや
うの事共(ことども)申(まうし)しづめむと存(ぞん)じつれ共(ども)、あ
まりにひたさはぎ(さわぎ)【騒ぎ】にみえ【見え】つる間(あひだ)(あいだ)、帰(かへ)りたり
つるなり。院参(ゐんざん)の御供(おんとも)にをいて(おいて)は、重盛(しげもり)が
頸(くび)のめさ【召さ】れむを見(み)て仕(つかまつ)れ。さらば人(ひと)まい
P02253
れ(まゐれ)【参れ】」とて、小松殿(こまつどの)へぞ帰(かへ)られける。P176主馬判官(しゆめのはんぐわん)(しゆめのはんぐはん)
盛国(もりくに)をめして、「重盛(しげもり)こそ天下(てんが)の大事(だいじ)を別(べつ)
して聞出(ききいだ)したれ。「我(われ)を我(われ)とおもは【思は】ん者
共(ものども)は、皆(みな)物(ものの)ぐ【具】して馳(はせ)まいれ(まゐれ)【参れ】」と披露(ひろう)せよ」
との給(たま)へば、此(この)由(よし)ひろう【披露】す。おぼろけにては
さはが(さわが)【騒が】せ給(たま)はぬ人(ひと)の、かかる披露(ひろう)のあるは
別(べち)の子細(しさい)のあるにこそとて、皆(みな)物具(もののぐ)して
我(われ)も我(われ)もと馳(はせ)まいる(まゐる)【参る】。淀(よど)・はづかし【羽束師】・宇治(うぢ)・岡(をか)の屋(や)、
P02254
日野(ひの)・勧条寺【*勧修寺】(くわんじゆじ)・醍醐(だいご)・小黒栖(おぐるす)、梅津(むめず)・桂(かつら)・大原(おほはら)・しづ
原(はら)、せれう【芹生】の里(さと)と、あぶれゐたる兵共(つはものども)、或(あるい)(あるひ)は
よろい(よろひ)【鎧】きていまだ甲(かぶと)をきぬもあり、或(あるい)は
矢(や)おうていまだ弓(ゆみ)をもたぬもあり。片
鐙(かたあぶみ)ふむやふまずにて、あはて(あわて)【慌て】さはい(さわい)【騒い】で馳(はせ)
まいる(まゐる)【参る】。小松殿(こまつどの)にさはぐ(さわぐ)【騒ぐ】事(こと)ありと聞(きこ)えしかば、
西八条(にしはつでう)に数千騎(すせんぎ)ありける兵共(つはものども)、入道(にふだう)(にうだう)に
かうとも申(まうし)も入(いれ)ず、ざざめきつれて、皆(みな)小
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松殿(こまつどの)へぞ馳(はせ)たりける。すこしも弓箭(きうせん)にたづ
さはる程(ほど)の者(もの)、一人(いちにん)も残(のこ)らず。其(その)時(とき)入道(にふだう)(にうだう)大(おほき)
に驚(おどろ)(をどろ)き、貞能(さだよし)をめして、「内府(だいふ)は何(なに)とおもひ【思ひ】て、
これらをばよび【呼び】とるやらん。是(これ)でいひつる様(やう)
に、入道(にふだう)(にうだう)が許(もと)へ射手(いて)(ゐて)な(ン)ど(など)やむかへんずらん」と
の給(たま)へば、貞能(さだよし)涙(なみだ)をはらはらとながい【流い】て、「人(ひと)も
人(ひと)にこそよらせ給(たま)ひ候(さうら)へ。争(いかで)かさる御事(おんこと)候(さうらふ)べき。
申(まう)させ給(たま)ひつる事共(ことども)も、みな御後悔(ごこうくわい)ぞ候(さうらふ)
P02256
らん」と申(まうし)ければ、入道(にふだう)(にうだう)内府(だいふ)に中(なか)たがふ(たがう)【違う】て
はあしかりなんとやおもは【思は】れけむ、法皇(ほふわう)(ほうわう)むかへ
まいらせ(まゐらせ)【参らせ】んずる事(こと)もはや思(おもひ)とどまり、腹
巻(はらまき)ぬぎをき(おき)、素絹(そけん)の衣(ころも)にけさ【袈裟】うちかけ
て、いと心(こころ)にもおこらぬ念珠(ねんじゆ)してこそおはし
けれ。P177小松殿(こまつどの)には、盛国(もりくに)承(うけたまは)(ッ)て着到(ちやくたう)つけけ
り。馳参(はせさんじ)たる勢(せい)ども、一万余騎(いちまんよき)とぞしる
いたる。着到披見(ちやくたうひけん)の後(のち)、おとど中門(ちゆうもん)(ちうもん)に出(いで)て、
P02257
侍共(さぶらひども)にの給(たま)ひけるは、「日来(ひごろ)の契約(けいやく)をたが
へ【違へ】ず、まいり(まゐり)【参り】たるこそ神妙(しんべう)なれ。異国(いこく)に
さるためしあり。周(しゆうの)幽王(いうわう)(ゆうわう)、褒■女+以(ほうじ)と云(いふ)最愛(さいあい)の
后(きさき)をもち給(たま)へり。天下(てんが)第一(だいいち)の美人(びじん)也(なり)。
されども幽王(いうわう)(ゆうわう)の心(こころ)にかなはざりける事(こと)は、
褒■女+以(ほうじ)咲(ゑみ)をふくまずとて、すべて此(この)后(きさき)わら
う(わらふ)【笑ふ】事(こと)をし給(たま)はず。異国(いこく)の習(ならひ)には、天下(てんが)に
兵革(へいがく)おこる時(とき)、所(しよ)々に火(ひ)をあげ、大鼓(たいこ)をう(ッ)て
P02258
兵(つはもの)をめすはかり事(こと)あり。是(これ)を烽火(ほうくわ)と名(な)づ
けたり。或(ある)時(とき)天下(てんが)に兵乱(ひやうらん)おこ(ッ)て、烽火(ほうくわ)をあ
げたりければ、后(きさき)これを見(み)給(たま)ひて、「あな
ふしぎ、火(ひ)もあれ程(ほど)おほかりけるな」と
て、其(その)時(とき)初(はじめ)てわらひ【笑ひ】給(たま)へり。この后(きさき)一(ひと)たび
ゑめば百(もも)の媚(こび)ありけり。幽王(いうわう)(ゆうわう)うれしき事(こと)に
して、其(その)事(こと)となうつねに烽火(ほうくわ)をあげ給(たま)ふ。
諸(しよ)こう【侯】来(きた)るにあた(寇)なし。あたなければ則(すなはち)
P02259
さん【去ん】ぬ。かやうにする事(こと)度々(たびたび)に及(およ)(をよ)べば、まいる(まゐる)【参る】
ものもなかりけり。或(ある)時(とき)隣国(りんごく)より凶賊(けうぞく)
おこ(ッ)て、幽王(いうわう)(ゆうわう)の都(みやこ)をせめけるに、烽火(ほうくわ)を
あぐれども、例(れい)の后(きさき)の火(ひ)になら(ッ)て兵(つはもの)もま
いら(まゐら)【参ら】ず。其(その)時(とき)都(みやこ)かたむいて、幽王(いうわう)(ゆうわう)終(つひ)(つゐ)にほろ
びにき。さてこの后(きさき)は野干(やかん)とな(ッ)てはし
り【走り】うせけるぞおそろしき【恐ろしき】。か様(やう)の事(こと)がある
時(とき)は、自今(じごん)以後(いご)もこれよりめさむには、かく
P02260
のごとくまいる(まゐる)【参る】べし。重盛(しげもり)不思議(ふしぎ)の事(こと)を聞
出(ききいだ)してめし【召し】つるなり。されども其(その)事(こと)聞(きき)なを
し(なほし)つ。僻事(ひがこと)にてありけり。とうP178とう帰(かへ)れ」とて
皆(みな)帰(かへ)されけり。実(まこと)にはさせる事(こと)をも聞出(ききいだ)
されざりけれども、父(ちち)をいさめ申(まう)され
つる詞(ことば)にしたがひ、我(わが)身(み)に勢(せい)のつくかつか
ぬかの程(ほど)をもしり、又(また)父子(ふし)戦(たたかひ)をせんとには
あらねども、かうして入道相国(にふだうしやうこく)(にうだうしやうこく)の謀反(むほん)[M 「服反」とあり「服」に「謀」と傍書]の心(こころ)を
P02261
もや、やはらげ給(たま)ふとの策(はかりこと)也(なり)。君(きみ)君(きみ)たらず
と云(いふ)とも、臣(しん)も(ッ)て臣(しん)たらず(ン)ば有(ある)べからず。
父(ちち)父(ちち)たらずと云(いふ)共(とも)、子(こ)も(ッ)て子(こ)たらず(ン)ば有(ある)
べからず。君(きみ)のためには忠(ちゆう)(ちう)あ(ッ)て、父(ちち)のため
には孝(かう)あり。文宣王(ぶんせんわう)のの給(たま)ひけるにた
がは【違は】ず。君(きみ)も此(この)よしきこしめし【聞し召し】て、「今(いま)にはじめ
ぬ事(こと)なれ共(ども)、内府(だいふ)が心(こころ)のうちこそはづか
しけれ。怨(あた)をば恩(おん)(をん)をも(ッ)て報(ほう)ぜられたり」
P02262
とぞ仰(おほせ)ける。「果報(くわほう)こそめでたうて、大臣(だいじん)の
大将(だいしやう)に至(いた)らめ、容儀体(ようぎたい)はい人(ひと)に勝(すぐ)れ、才智(さいち)
才覚(さいかく)さへ世(よ)にこえたるべしやは」とぞ、時(とき)の
人々(ひとびと)感(かん)じあはれける。「国(くに)に諫(いさめ)る臣(しん)あれば
其(その)国(くに)必(かならず)やすく、家(いへ)に諫(いさめ)る子(こ)あれば其(その)家(いへ)
必(かならず)ただし」といへり。上古(しやうこ)にも末代(まつだい)にもありが
たかりし大臣(おとど)也(なり)。『大納言(だいなごん)流罪(るざい)』S0208同(おなじき)六月(ろくぐわつ)二日(ふつかのひ)、新大納言(しんだいなごん)成
親卿(なりちかのきやう)をば公卿(くぎやう)の座(ざ)へ出(いだ)し奉(たてまつ)り、御物(おんもの)まいらせ(まゐらせ)【参らせ】
P02263
たP179りけれども、むねせきふさが(ッ)て御(お)はしを
だにもたてられず。御車(おんくるま)をよせて、とう
とうと申(まう)せば、心(こころ)ならずのり給(たま)ふ。軍兵(ぐんびやう)ども
前後左右(ぜんごさう)にうちかこみたり。我(わが)方(かた)の者(もの)
は一人(いちにん)もなし。「今(いま)一度(いちど)小松殿(こまつどの)にみえ【見え】奉(たてまつ)らばや」
との給(たま)へ共(ども)、それもかなはず。「縦(たとひ)重科(ぢゆうくわ)(ぢうくわ)を
蒙(かうぶつ)て遠国(をんごく)へゆく者(もの)も、人(ひと)一人(いちにん)身(み)にそへぬ
者(もの)やある」と、車(くるま)のうちにてかきくどかれ
P02264
ければ、守護(しゆご)の武士共(ぶしども)も皆(みな)鎧(よろひ)の袖(そで)を
ぞぬらしける。西(にし)の朱雀(しゆしやか)を南(みなみ)へゆけば、
大内山(おほうちやま)も今(いま)はよそにぞ見(み)給(たまひ)ける。とし比(ごろ)
見(み)奉(たてまつ)りし雑色(ざつしき)牛飼(うしかひ)に至(いた)るまで、涙(なみだ)をな
がし袖(そで)をしぼらぬはなかりけり。まして都(みやこ)に
残(のこ)りとどまり給(たま)ふ北方(きたのかた)、おさなき(をさなき)【幼き】人々(ひとびと)の
心(こころ)のうち、おしはかられて哀(あはれ)也(なり)。鳥羽
殿(とばどの)をすぎ給(たま)ふにも、此(この)御所(ごしよ)へ御幸(ごかう)なり
P02265
しには、一度(いちど)も御供(おんとも)にははづれざりし物(もの)
をとて[B 「とそ」とあり「そ」に「て」と傍書]、わが山庄(さんざう)すはま【州浜】殿(どの)とて有(あり)し
をも、よそにみてこそとおら(とほら)れけれ。南(みなみ)の
門(もん)に出(いで)て、舟(ふね)をそし(おそし)【遅し】とぞいそがせける。「こは
いづちへやらむ。おなじううしなはるべくは、
都(みやこ)ちかき此(この)辺(へん)にてもあれかし」との給(たま)ひける
ぞせめての事(こと)なる。ちかうそひたる武士(ぶし)を
「た【誰】そ」ととひ給(たま)へば、「難波次郎(なんばのじらう)経遠(つねとほ)(つねとを)」と申(まうす)。
P02266
「若(もし)此(この)辺(へん)に我(わが)方(かた)さまのものやある。舟(ふね)に
のらぬ先(さき)にいひをく(おく)【置く】べき事(こと)あり。尋(たづね)
てまいらせよ(まゐらせよ)【参らせよ】」との給(たま)ひければ、其(その)辺(へん)
をはしり【走り】まは(ッ)て尋(たづね)けれ共(ども)、我(われ)こそ大納
言殿(だいなごんどの)の方(かた)と云(いふ)者(もの)一人(いちにん)もなし。「我(われ)世(よ)なり
し時(とき)は、P180したがひついたりし者共(ものども)、一二千
人(いちにせんにん)もありつらん。いまはよそにてだにも、
此(この)有(あり)さまを見(み)をくる(おくる)【送る】者(もの)のなかりけるか
P02267
なしさよ」とてなか【泣か】れければ、たけきもののふ
共(ども)もみな袖(そで)をぞぬらしける。身(み)にそふもの
とては、ただつきせぬ涙(なみだ)ばかり也(なり)。熊野(くまの)ま
うで、天王寺詣(てんわうじまうで)な(ン)ど(など)には、ふたつがはらの、
三棟(みつむね)につく(ッ)たる舟(ふね)にのり、次(つぎ)の舟(ふね)二三
十艘(にさんじつそう)漕(こぎ)つづけてこそありしに、今(いま)はけ
しかるかきすゑ屋形舟(やかたぶね)に大幕(おほまく)ひかせ、見(み)
もなれぬ兵共(つはものども)にぐせ【具せ】られて、けふをかぎ
P02268
りに都(みやこ)を出(いで)て、浪路(なみぢ)はるかにおもむかれ
けむ心(こころ)のうち、おしはかられて哀(あはれ)也(なり)。其(その)
日(ひ)は摂津国(つのくに)大(だい)もつ【物】の浦(うら)に着(つき)給(たま)ふ。新大
納言(しんだいなごん)、既(すでに)死罪(しざい)に行(おこな)はるべかりし人(ひと)の、流罪(るざい)に
宥(なだめ)られけることは、小松殿(こまつどの)のやうやうに申(まう)さ
れけるによ(ッ)て也(なり)。此(この)人(ひと)いまだ中納言(ちゆうなごん)(ちうなごん)にて
おはしける時(とき)、美濃国(みののくに)を知行(ちぎやう)し給(たま)ひしに、
嘉応(かおう)元年(ぐわんねん)の冬(ふゆ)、目代(もくだい)右衛門尉(うゑもんのじよう)(うゑもんのぜう)正友(まさとも)が
P02269
もとへ、山門(さんもん)の領(りやう)、平野庄(ひらののしやう)の神人(じんにん)が葛(くず)を売(うり)
てきたりけるに、目代(もくだい)酒(さけ)に飲酔(のみゑひ)(のみえひ)て、くず
に墨(すみ)をぞ付(つけ)たりける。神人(じんにん)悪口(あつこう)に及(およ)(をよ)
ぶ間(あひだ)(あいだ)、さないは【言は】せそとてさんざん【散々】にれうり
やく(りようりやく)【■轢、陵礫】す。さる程(ほど)に神人共(じんにんども)数百人(すひやくにん)、目代(もくだい)が
許(もと)へ乱入(らんにふ)(らんにう)す。目代(もくだい)法(ほふ)(ほう)にまかせて防(ふせき)けれ
ば、神人等(じんにんら)十余人(じふよにん)(じうよにん)うちころされ、是(これ)に
よ(ッ)て同(おなじき)年(とし)の十一月(じふいちぐわつ)三日(みつかのひ)、山門(さんもん)の大衆(だいしゆ)飫(おびたた)しう
P02270
蜂起(ほうき)して、国司(こくし)成親卿(なりちかのきやう)を流罪(るざい)に処(しよ)せられ、
目代(もくだい)右衛門尉(うゑもんのじよう)(うゑもんのぜう)正友(まさとも)を禁獄(きんごく)せらるべき由(よし)P181
奏聞(そうもん)す。既(すでに)成親卿(なりちかのきやう)備中国(びつちゆうのくに)(びつちうのくに)へながさるべき
にて、西(にし)の七条(しつでう)までいだされたりしを、君(きみ)
いかがおぼしめさ【思召さ】れけん、中(なか)五日(いつか)あ(ッ)てめしかへ
さ【返さ】る。山門(さんもん)の大衆(だいしゆ)飫(おびたた)しう呪咀(しゆそ)すと聞(きこ)え
しか共(ども)、同(おなじき)二年(にねん)正月(しやうぐわつ)五日(いつかのひ)、右衛門督(うゑもんのかみ)を兼(けん)し
て、検非違使(けんびゐし)(けんびいし)の別当(べつたう)になり給(たま)ふ。其(その)時(とき)
P02271
姿方【*資賢】(すけかた)・兼雅卿(かねまさのきやう)こえられ給(たま)へり。資方【*資賢】卿(すけかたのきやう)はふ
るい人(ひと)、おとなにておはしき。兼雅卿(かねまさのきやう)は栄花(えいぐわ)
の人(ひと)也(なり)。家嫡(けちやく)にてこえられ給(たま)ひけるこそ
遺恨(いこん)なれ。是(これ)は三条殿(さんでうどの)造進(ざうしん)の賞(しやう)也(なり)。
同(おなじき)三年(さんねん)四月(しぐわつ)十三日(じふさんにち)、正(じやう)二位(にゐ)に叙(じよ)せらる。その
時(とき)は中御門(なかのみかど)中納言(ちゆうなごん)(ちうなごん)宗家卿(むねいへのきやう)こえられ給(たま)へ
り。安元(あんげん)元年(ぐわんねん)十月(じふぐわつ)廿七日(にじふしちにち)、前中納言(さきのちうなごん)より
権大納言(ごんだいなごん)にあがり給(たま)ふ。人(ひと)あざけ(ッ)て、「山門(さんもん)の
P02272
大衆(だいしゆ)には、のろはるべかりける物(もの)を」とぞ
申(まうし)ける。されども今(いま)はそのゆへ(ゆゑ)にや、かかる
うき目(め)にあひ給(たま)へり。凡(およそ)(をよそ)は神明(しんめい)の罰(ばつ)も
人(ひと)の呪咀(しゆそ)も、とき【疾き】もあり遅(おそき)もあり、不同(ふどう)
なる事共(ことども)也(なり)。同(おなじき)三日(みつかのひ)、大(だい)もつ【物】の浦(うら)へ京(きやう)より
御使(おつかひ)ありとてひしめきけり。新大納言(しんだいなごん)
「是(これ)にり【*にて】失(うしな)へとにや」と聞(きき)給(たま)へば、さはなく
して、備前(びぜん)の児島(こじま)へながすべしとの御使(おんつかひ)
P02273
なり。小松殿(こまつどの)より御(おん)ふみ【文】あり。「いかにもして、み
やこちかき片山里(かたやまざと)にをき(おき)奉(たてまつ)らばやと、
さしも申(まうし)つれどもかなはぬ事(こと)こそ、世(よ)にある
かひも候(さうら)はね。さりながらも、御命(おんいのち)ばかりは申(まうし)
うけて候(さうらふ)」とて、難波(なんば)がもとへも「かまへてよく
よく宮仕(みやづか)へ御心(おんこころ)にたがう(たがふ)【違ふ】な」と仰(おほせ)られつかはし、
旅(たび)のよそほい(よそほひ)【粧】こまごまと沙汰(さた)しをP182くら(おくら)【送ら】れ
たり。新大納言(しんだいなごん)はさしも忝(かたじけな)うおぼしめさ【思召さ】れ
P02274
ける君(きみ)にもはなれまいらせ(まゐらせ)【参らせ】、つかのまもさ
りがたうおもは【思は】れける北方(きたのかた)おさなき(をさなき)【幼き】人々(ひとびと)
にも別(わかれ)はてて、「こはいづちへとて行(ゆく)やらん。
二度(ふたたび)こきやう【故郷】に帰(かへり)て、さひし(さいし)【妻子】を相(あひ)みん事(こと)も
有(あり)がたし。一(ひと)とせ山門(さんもん)の訴詔【*訴訟】(そしよう)(そせう)によ(ッ)てなが
されしを、君(きみ)おしま(をしま)【惜ま】せ給(たま)ひて、西(にし)の七条(しつでう)よ
りめし帰(かへ)されぬ。これはされば君(きみ)の御
警(おんいましめ)にもあらず。こはいかにしつる事(こと)ぞや」と、天(てん)
P02275
にあふぎ地(ち)にふして、泣(なき)かなしめ共(ども)かひぞな
き。明(あけ)ぬれば既(すでに)舟(ふね)おしいだいて下(くだ)り給(たま)ふ
に、みちすがらもただ涙(なみだ)に咽(むせん)で、ながらふべ
しとはおぼえねど、さすが露(つゆ)の命(いのち)はきえ
やらず、跡(あと)のしら波(なみ)へだつれば、都(みやこ)は次第(しだい)に
遠(とほ)(とを)ざかり、日数(ひかず)やうやう重(かさな)れば、遠国(をんごく)は既(すでに)近
付(ちかづき)けり。備前(びぜん)の児島(こじま)に漕(こぎ)よせて、民(たみ)の家(いへ)
のあさましげなる柴(しば)の庵(いほり)にをき(おき)奉(たてまつ)る。
P02276
島(しま)のならひ【習】、うしろは山(やま)、前(まへ)はうみ、磯(いそ)の松風(まつかぜ)
浪(なみ)の音(おと)(をと)、いづれも哀(あはれ)はつきせず。『阿古屋(あこや)之(の)松(まつ)』S0209 大納言(だいなごん)
一人(いちにん)にもかぎらず、警(いましめ)を蒙(かうぶ)る輩(ともがら)おほかり
けり。近江中将(あふみのちゆうじやう)(あふみのちうじやう)入道(にふだう)蓮浄(れんじやう)P183佐渡国(さどのくに)、山城守(やましろのかみ)
基兼(もとかぬ)伯耆国(はうきのくに)、式部大輔(しきぶのたいふ)(しきぶのたゆう)正綱(まさつな)播磨国(はりまのくに)、宗(むね)判
官(はんぐわん)信房(のぶふさ)阿波国(あはのくに)、新平判官(しんぺいはんぐわん)資行(すけゆき)は美作
国(みまさかのくに)とぞ聞(きこ)えし。其(その)比(ころ)入道相国(にふだうしやうこく)(にうだうしやうこく)、福原(ふくはら)の別
業(べつげふ)(べつげう)におはしけるが、同(おなじき)廿日(はつかのひ)、摂津左衛門(せつつのさゑもん)盛
P02277
澄(もりずみ)を使者(ししや)で、門脇(かどわき)の宰相(さいしやう)の許(もと)へ、「存(ぞんず)る旨(むね)あり。
丹波少将(たんばのせうしやう)いそぎ是(これ)へたべ」との給(たま)ひつかはさ
れたりければ、宰相(さいしやう)「さらば、只(ただ)ありし時(とき)
ともかくもなりたりせばいかがせむ。今更(いまさら)
物(もの)をおもは【思は】せんこそかなしけれ」とて、福原(ふくはら)
へ下(くだ)り給(たま)ふべき由(よし)の給(たま)へば、少将(せうしやう)なくなく【泣く泣く】
出立(いでたち)給(たま)ひけり。女房達(にようばうたち)は、「かなはぬ物(もの)ゆへ(ゆゑ)、
なを(なほ)【猶】もただ宰相(さいしやう)の申(まう)されよかし」とぞ
P02278
歎(なげか)れける。宰相(さいしやう)「存(ぞんず)る程(ほど)の事(こと)は申(まうし)つ。世(よ)を
捨(すつ)るより外(ほか)は、今(いま)は何事(なにごと)をか申(まうす)べき。され共(ども)、
縦(たとひ)いづくの浦(うら)におはす共(とも)、我(わが)命(いのち)のあらむ
かぎりはとぶらひ奉(たてまつ)るべし」とぞの給(たま)ひけ
る。少将(せうしやう)は今年(ことし)三(みつ)になり給(たま)ふおさなき(をさなき)【幼き】人(ひと)
を持(もち)給(たま)へり。日(ひ)ごろはわかき人(ひと)にて、君達(きんだち)な(ン)
ど(など)の事(こと)も、さしもこまやかにもおはせざりし
か共(ども)、今(いま)はの時(とき)になりしかば、さすが心(こころ)にやかか
P02279
られけん、「此(この)おさなき(をさなき)【幼き】者(もの)を今(いま)一度(ひとたび)見(み)ばや」と
こその給(たま)ひけれ。めのと【乳母】いだいてまいり(まゐり)【参り】
たり。少将(せうしやう)ひざのうへにをき(おき)、かみかきなで、
涙(なみだ)をはらはらとながい【流い】て、「あはれ、汝(なんぢ)七歳(しちさい)になら
ば男(をとこ)(おとこ)になして、君(きみ)へまいらせ(まゐらせ)【参らせ】んとこそおもひ【思ひ】
つれ。され共(ども)、今(いま)は云(いふ)かひなし。若(もし)命(いのち)いきてお
ひたちたらば、法師(ほふし)(ほうし)P184になり、我(わが)後(のち)の世(よ)と
ぶらへよ」との給(たま)へば、いまだいとけなき心(こころ)に
P02280
何事(なにごと)をか聞(きき)わき給(たま)ふべきなれ共(ども)、うちう
なづき給(たま)へば、少将(せうしやう)をはじめ奉(たてまつ)て、母(はは)へ【*母上(ははうへ)】め
のとの女房(にようばう)、其(その)座(そのざ)になみゐたる人々(ひとびと)、心(こころ)あ
るも心(こころ)なきも、皆(みな)袖(そで)をぞぬらしける。福
原(ふくはら)の御使(おつかひ)、やがて今夜(こよひ)鳥羽(とば)まで出(いで)させ
給(たま)ふべきよし申(まうし)ければ、「幾程(いくほど)ものびざら
む物(もの)ゆへ(ゆゑ)に、こよひばかりは都(みやこ)のうちにて
あかさばや」との給(たま)へ共(ども)、頻(しきり)に申(まう)せば、其(その)夜(よ)
P02281
鳥羽(とば)へ出(いで)られける。宰相(さいしやう)あまりにうらめし
さに、今度(こんど)はのりも具(ぐ)し給(たま)はず。おなじき
廿二日(にじふににち)、福原(ふくはら)へ下(くだ)りつき給(たま)ひたりければ、
太政入道(だいじやうにふだう)(だいじやうにうだう)、瀬尾太郎(せのをのたらう)(せのおのたらう)兼康(かねやす)に仰(おほせ)て、備中国(びつちゆうのくに)(びつちうのくに)
へぞ下(くだ)されける。兼康(かねやす)は宰相(さいしやう)のかへり聞(きき)
給(たま)はん所(ところ)をおそれ【恐れ】て、道(みち)すがらもやうやう
にいたはりなぐさめ奉(たてまつ)る。され共(ども)少将(せうしやう)なぐ
さみ給(たま)ふ事(こと)もなし。よるひる【夜昼】ただ仏(ほとけ)の御
P02282
名(みな)をのみ唱(となへ)て、父(ちち)の事(こと)をぞ歎(なげか)れける。新
大納言(しんだいなごん)は備前(びぜん)の児島(こじま)におはしけるを、あづ
かりの武士(ぶし)難波次郎(なんばのじらう)経遠(つねとほ)(つねとを)「これは猶(なほ)(なを)舟津(ふなつ)
近(ちか)うてあしかりなん」とて地(ち)へわたし奉(たてまつ)り、備
前(びぜん)・備中(びつちゆう)(びつちう)両国(りやうごく)の堺(さかひ)、にはせ【庭瀬】て【*の】郷(がう)有木(ありき)の別
所(べつしよ)と云(いふ)山寺(やまでら)にをき(おき)奉(たてまつ)る。備中(びつちゆう)(びつちう)の瀬尾(せのを)(せのお)
と備前(びぜん)の有木(ありき)の別所(べつしよ)の間(あひだ)(あいだ)は、纔(わづか)五十町(ごじつちやう)
にたらぬ所(ところ)なれば、丹波少将(たんばのせうしやう)、そなたの
P02283
風(かぜ)もさすがなつかしうやおもは【思は】れけむ。或(ある)時(とき)
兼康(かねやす)をめして、「是(これ)より大納言殿(だいなごんどの)の御渡(おわたり)あ
む(あん)なる備前(びぜん)のP185有木(ありき)の別所(べつしよ)へは、いか程(ほど)の
道(みち)ぞ」ととひ給(たま)へば、すぐにしらせ奉(たてまつ)てはあし
かりなんとやおもひ【思ひ】けむ、「かたみち十二三日(じふにさんにち)
で候(さうらふ)」と申(まうす)。其(その)時(とき)少将(せうしやう)涙(なみだ)をはらはらとながい【流い】て、
「日本(につぽん)は昔(むかし)三十三(さんじふさん)ケ国(かこく)にてありけるを、中
比(なかごろ)六十六(ろくじふろく)ケ国(かこく)に分(わけ)られたんなり。さ云(いふ)備前(びぜん)・
P02284
備中(びつちゆう)(びつちう)・備後(びんご)も、もとは一国(いつこく)にてありける也(なり)。又(また)
あづまに聞(きこ)ゆる出羽(では)・陸奥(みちのく)両国(りやうごく)も、昔(むかし)は六十
六(ろくじふろく)郡(ぐん)が一国(いつこく)にてありけるを、其(その)時(とき)十三郡(じふさんぐん)【*十二郡(じふにぐん)】を
さきわか(ッ)て、出羽国(ではのくに)とはたてられたり。
されば実方中将(さねかたのちゆうじやう)(さねかたのちうじやう)、奥州(あうしう)(あふしう)へながされたり
ける時(とき)、此(この)国(くに)の名所(めいしよ)にあこやの松(まつ)と云(いふ)
所(ところ)を見(み)ばやとて、国(くに)のうちを尋(たづね)ありき
けるが、尋(たづね)かねて帰(かへ)りける道(みち)に、老翁(らうおう)の
P02285
一人(いちにん)逢(あひ)たりければ、「やや、御辺(ごへん)はふるい人(ひと)
とこそ見(み)奉(たてまつ)れ。当国(たうごく)の名所(めいしよ)にあこやの
松(まつ)と云(いふ)所(ところ)やしりたる」ととふに、「ま(ッ)たく
当国(たうごく)のうちには候(さうら)はず。出羽国(ではのくに)にや候(さうらふ)らん」。
「さては御辺(ごへん)しらざりけり。世(よ)はすゑに
な(ッ)て、名所(めいしよ)をもはやよびうしなひたるに
こそ」とて、むなしく過(すぎ)んとしければ、老
翁(らうおう)、中将(ちゆうじやう)(ちうじやう)の袖(そで)をひかへて、「あはれ君(きみ)は みちの
P02286
くのあこ屋(や)の松(まつ)に木(こ)がくれていづべき
月(つき)のいでもやらぬか W008 といふ歌(うた)の心(こころ)を
も(ッ)て、当国(たうごく)の名所(めいしよ)あこ屋(や)の松(まつ)とは仰(おほせ)
られ候(さうらふ)か、それは両国(りやうごく)が一国(いつこく)なりし時(とき)
読(よみ)侍(はべ)る歌(うた)也(なり)。十二郡(じふにぐん)をさきわか(ッ)て後(のち)は、
出羽国(ではのくに)にや候(さうらふ)らん」と申(まうし)ければ、さらば
とて、実方中将(さねかたのちゆうじやう)(さねかたのちうじやう)も出羽国(ではのくに)にこえてこそ、
あこ屋(や)の松(まつ)をばP186見(み)たりけれ。筑紫(つくし)
P02287
の太宰府(ださいふ)より都(みやこ)へ■魚+宣(はらか)の使(つかひ)ののぼるこそ、
かた路(ぢ)十五日(じふごにち)とはさだめたれ。既(すでに)十二三日(じふにさんにち)と
云(いふ)は、これより殆(ほとんど)鎮西(ちんぜい)へ下向(げかう)ごさむなれ(ごさんなれ)。
遠(とほ)(とを)しと云(いふ)とも、備前(びぜん)・備中(びつちゆう)(びつちう)の間(あひだ)(あいだ)、両(りやう)三日(さんにち)には
よも過(すぎ)じ。近(ちか)きをとをう(とほう)【遠う】申(まうす)は、大納言殿(だいなごんどの)の
御渡(おわたり)あんなる所(ところ)を、成経(なりつね)にしらせじとて
こそ申(まうす)らめ」とて、其(その)後(のち)は恋(こひ)しけれ共(ども)とひ
給(たま)はず。『大納言(だいなごんの)死去(しきよ)』S0210 さる程(ほど)に、法勝寺(ほつしようじ)(ほつせうじ)の執行(しゆぎやう)俊寛僧
P02288
都(しゆんくわんそうづ)(しゆんくはんそうづ)、平(へい)判官(はんぐわん)(はんぐはん)康頼(やすより)、この少将(せうしやう)相(あひ)(あい)ぐして、三人(さんにん)薩摩
潟(さつまがた)鬼界(きかい)が島(しま)へぞながされける。彼(かの)島(しま)は、都(みやこ)
を出(いで)てはるばると浪路(なみぢ)をしのいで行(ゆく)所(ところ)也(なり)。
おぼろけにては舟(ふね)もかよはず。島(しま)にも人(ひと)ま
れなり。をのづから(おのづから)人(ひと)はあれども、此(この)土(ど)の人(ひと)
にも似(に)ず。色(いろ)黒(くろ)うして牛(うし)の如(ごと)し。身(み)には頻(しきり)
に毛(け)おひつつ、云(いふ)詞(ことば)も聞(きき)しらず。男(をとこ)(おとこ)は鳥帽
子(えぼし)(ゑぼし)もせず、女(をうな)は髪(かみ)もさげざりけり。衣裳(いしやう)な
P02289
ければ人(ひと)にも似(に)ず。食(しよく)する物(もの)もなければ、
只(ただ)殺生(せつしやう)をのみ先(さき)とす。しづが山田(やまだ)を返(かへ)さ
ねば、米穀(べいこく)のるいもなく、園(その)の桑(くは)をとらざ
れば、絹帛(けんぱく)のたぐひもなかりけり。島(しま)のな
かにはたかき山(やま)あり。鎮(とこしなへ)に火(ひ)もゆ。硫黄(いわう)と
云(いふ)物(もの)みちみてり。かるがゆへに(かるがゆゑに)硫P187黄(いわう)が島(しま)
とも名付(なづけ)たり。いかづちつねになりあが
り、なりくだり、麓(ふもと)には雨(あめ)山せし【*しげし】。一日(いちにち)片時(へんし)、人(ひと)
P02290
の命(いのち)たえ【堪え】てあるべき様(やう)もなし。さる程(ほど)に、新
大納言(しんだいなごん)はすこしくつろぐ事(こと)もやと思(おも)はれ
けるに、子息(しそく)丹波少将(たんばのせうしやう)成経(なりつね)も、はや鬼界(きかい)が
島(しま)へながされ給(たま)ひぬときいて、今(いま)はさのみ
つれなく何事(なにごと)をか期(ご)すべきとて、出家(しゆつけ)の
志(こころざし)の候(さうらふ)よし、便(たより)に付(つけ)て小松殿(こまつどの)へ申(まう)されけれ
ば、此(この)由(よし)法皇(ほふわう)(ほうわう)へ伺(うかがひ)申(まうし)て御免(ごめん)ありけり。やが
て出家(しゆつけ)し給(たま)ひぬ。栄花(えいぐわ)の袂(たもと)を引(ひき)かへて、
P02291
うき世(よ)をよそのすみぞめの袖(そで)にぞや
つれ給(たま)ふ。大納言(だいなごん)の北方(きたのかた)は、都(みやこ)の北山(きたやま)雲
林院(うんりんゐん)の辺(へん)にしのびてぞおはしける。さらぬ
だに住(すみ)なれぬ所(ところ)は物(もの)うきに、いとどしのば
れければ、過行(すぎゆく)月日(つきひ)もあかしかね、くらしわ
づらふさまなりけり。女房(にようばう)侍(さぶらひ)おほかり
けれども、或(あるいは)(あるひは)世(よ)をおそれ【恐れ】、或(あるいは)(あるひは)人(ひと)目(め)をつつむ
ほどに、とひとぶらふ者(もの)一人(いちにん)もなし。され共(ども)
P02292
その中(なか)に、源(げん)左衛門尉(ざゑもんのじよう)(ざゑもんのぜう)信俊(のぶとし)と云(いふ)侍(さぶらひ)一人(いちにん)、情(なさけ)
ことにふかかり【深かり】ければ、つねはとぶらひた
てまつる。或(ある)時(とき)北方(きたのかた)、信俊(のぶとし)をめして、「まことや、
これには備前(びぜん)のこじまにと聞(きこ)えしが、此(この)程(ほど)き
けば有木(ありき)の別所(べつしよ)とかやにおはす也(なり)。いかにも
して今(いま)一度(いちど)、はかなき筆(ふで)の跡(あと)をも奉(たてまつ)り、
御(おん)をとづれ(おとづれ)をもきかばや」とこその給(たま)ひけ
れ。信俊(のぶとし)涙(なみだ)をおさへ申(まうし)けるは、「幼少(えうせう)(ようせう)より御
P02293
憐(おんあはれみ)を蒙(かうぶつ)て、かた時(とき)もはなれまいらせ(まゐらせ)【参らせ】候(さうら)はず。
御下(おんくだ)りの時(とき)も、P188何共(なにとも)して御供(おんとも)仕(つかまつら)うと申(まうし)候(さうらひ)しか
共(ども)、六波羅(ろくはら)よりゆるされねば力(ちから)及(および)(をよび)候(さうら)はず。め
され候(さうらひ)[*「候」は「か」とも読める ]し御声(おんこゑ)も耳(みみ)にとどまり、諫(いさめ)られま
いらせ(まゐらせ)【参らせ】し御詞(おんことば)も肝(きも)に銘(めい)じて、かた時(とき)も忘(わすれ)
まいらせ(まゐらせ)【参らせ】候(さうら)はず。縦(たとひ)此(この)身(み)はいかなる目(め)にもあ
ひ候(さうら)へ、とうとう御(おん)ふみ【文】給(たま)は(ッ)てまいり(まゐり)【参り】候(さうら)はん」とぞ申(まうし)
ける。北方(きたのかた)なのめならず悦(よろこび)て、やがてかい【書い】てぞ
P02294
たうだりける。おさなき(をさなき)【幼き】人々(ひとびと)も面々(めんめん)に御(おん)
ふみ【文】あり。信俊(のぶとし)これを給(たま)は(ッ)て、はるばると
備前国(びぜんのくに)有木(ありき)の別所(べつしよ)へ尋下(たづねくだ)る。あづかりの
武士(ぶし)難波次郎(なんばのじらう)経遠(つねとほ)(つねとを)に案内(あんない)をいひけれ
ば、心(こころ)ざしの程(ほど)を感(かん)じて、やがて見参(げんざん)に
いれ【入れ】たりけり。大納言(だいなごん)入道殿(にふだうどの)(にうだうどの)は、只今(ただいま)も都(みやこ)
の事(こと)をの給(たま)ひだし【出し】、歎(なげ)きしづんでおはし
ける処(ところ)に、「京(きやう)より信俊(のぶとし)がまい(ッ)(まゐつ)【参つ】て候(さうらふ)」と申入(まうしいれ)
P02295
たりければ、「ゆめかや」とて、ききもあへず
おきなをり(なほり)、「是(これ)へ是(これ)へ」とめされければ、
信俊(のぶとし)まい(ッ)(まゐつ)【参つ】て見(み)奉(たてまつ)るに、まづ御(おん)すまひの
心(こころ)うさもさる事(こと)にて、墨染(すみぞめ)の御袂(おんたもと)を見(み)
奉(たてまつ)るにぞ、信俊(のぶとし)目(め)もくれ心(こころ)もきえて覚(おぼ)ゆ
る。北方(きたのかた)の仰(おほせ)かうむ(ッ)【蒙つ】し次第(しだい)、こまごまと申(まうし)て、
文(ふみ)とりいだいて奉(たてまつ)る。是(これ)をあけて見(み)給(たま)へ
ば、水(みづ)ぐきの跡(あと)は涙(なみだ)にかきくれて、そこはか
P02296
とはみえ【見え】ねども、「おさなき(をさなき)【幼き】人々(ひとびと)のあまりに
恋(こひ)かなしみ給(たま)ふありさま、我(わが)身(み)もつきせ
ぬもの思(おもひ)にたへ【堪へ】しのぶべうもなし」な(ン)ど(など)
かかれたれば、日来(ひごろ)の恋(こひ)しさは事(こと)の数(かず)
ならずとぞかなしみ給(たま)ふ。P189かくて四五日(しごにち)過(すぎ)
ければ、信俊(のぶとし)「これに候(さうらひ)て、最後(さいご)の御有様(おんありさま)
見(み)まいらせ(まゐらせ)【参らせ】ん」と申(まうし)ければ、あづかりの
武士(ぶし)難波次郎(なんばのじらう)経遠(つねとほ)(つねとを)、かなう(かなふ)まじき由(よし)頻(しきり)に
P02297
申(まう)せば、力(ちから)及(およ)(をよ)ばで、「さらば上(のぼ)れ」とこその給(たま)ひ
けれ。「我(われ)は近(ちか)ううしなはれんずらむ。此(この)世(よ)に
なき者(もの)ときかば、相構(あひかまへ)て我(わが)後世(ごせ)とぶら
へ」とぞの給(たま)ひける。御返事(おんぺんじ)かいてたうだ
りければ、信俊(のぶとし)これを給(たまは)(ッ)て、「又(また)こそ参(まゐ)り
候(さうら)はめ」とて、いとま申(まうし)て出(いで)ければ、「汝(なんぢ)がまた
こ【来】んたびを待(まち)つくべしともおぼえぬぞ。
あまりにしたはしくおぼゆるに、しばししばし」との
P02298
給(たま)ひて、たびたびよびぞかへさ【返さ】れける。さて
もあるべきならねば、信俊(のぶとし)涙(なみだ)をおさへつつ、都(みやこ)
へ帰(かへり)上(のぼ)りけり。北方(きたのかた)に御(おん)ふみ【文】まいらせ(まゐらせ)【参らせ】たり
ければ、是(これ)をあけて御覧(ごらん)ずるに、はや出家(しゆつけ)
し給(たま)ひたるとおぼしくて、御(おん)ぐし【髪】の一(ひと)ふさ、
ふみのおくにありけるを、ふた目(め)とも見(み)
給(たま)はず。かたみこそ中々(なかなか)今(いま)はあだなれ
とて、ふしまろびてぞなか【泣か】れける。おさなき(をさなき)【幼き】
P02299
人々(ひとびと)も、声々(こゑごゑ)になきかなしみ給(たま)ひけり。さる
ほどに、大納言(だいなごん)入道殿(にふだうどの)(にうだうどの)をば、同(おなじき)八月(はちぐわつ)十九日(じふくにち)、備
前(びぜん)・備中(びつちゆう)(びつちう)両国(りやうごく)の堺(さかひ)、にはせ(庭瀬)の郷(がう)吉備(きび)の中
山(なかやま)と云(いふ)所(ところ)にて、つゐに(つひに)【遂に】うしなひ奉(たてまつ)る。其(その)さ
ひご(さいご)【最後】の有(あり)さま、やうやうに聞(きこ)えけり。酒(さけ)に毒(どく)
を入(いれ)てすすめたりければ、かなはざりけ
れば、岸(きし)の二丈(にぢやう)ばかりありける下(した)にひしを
うへ(うゑ)【植ゑ】て、うへよりつきおとし奉(たてまつ)れば、ひしにつらP190
P02300
ぬか(ッ)てうせ給(たま)ひぬ。無下(むげ)にうたてき事共(ことども)
也(なり)。ためしすくなうぞおぼえける。大納言(だいなごん)北
方(きたのかた)は、此(この)世(よ)になき人(ひと)と聞(きき)たまひて、「いかに
もして今(いま)一度(いちど)、かはらぬすがたを見(み)もし、み
え【見え】んとてこそ、けふまでさまをもかへざり
つれ。今(いま)は何(なに)にかはせん」とて、菩提院(ぼだいゐん)と云(いふ)
寺(てら)におはし、さまをかへ、かたのごとく仏事(ぶつじ)
をいとなみ、後世(ごせ)をぞとぶらひ給(たま)ひける。
P02301
此(この)北方(きたのかた)と申(まうす)は、山城守(やましろのかみ)敦方(あつかた)の娘(むすめ)なり。勝(すぐれ)た
る美人(びじん)にて、後白河法皇(ごしらかはのほふわう)(ごしらかはのほうわう)の御最愛(ごさいあい)なら
びなき御(おん)おもひ【思】人(びと)にておはしけるを、成
親卿(なりちかのきやう)ありがたき寵愛(ちようあい)(てうあい)の人(ひと)にて、給(たま)はられ
たりけるとぞ聞(きこ)えし。おさなき(をさなき)【幼き】人々(ひとびと)も
花(はな)を手折(たをり)(たおり)、閼伽(あか)の水(みづ)を結む(むすん)で、父(ちち)の後
世(ごせ)をとぶらひ給(たま)ふぞ哀(あはれ)なる。さる程(ほど)に時(とき)
うつり事(こと)さ(ッ)て、世(よ)のかはりゆくありさまは、
P02302
ただ天人(てんにん)の五衰(ごすい)にことならず。『徳大寺(とくだいじ)之(の)沙汰(さた)』S0211 ここに徳大寺(とくだいじ)
の大納言(だいなごん)実定卿(しつていのきやう)は、平家(へいけ)の次男(じなん)宗盛卿(むねもりのきやう)に
大将(だいしやう)をこえられて、しばらく寵居(ろうきよ)し給(たま)へり。
出家(しゆつけ)せんとの給(たま)へば、諸大夫(しよだいぶ)侍共(さぶらひども)、いかがせん
と歎(なげき)あへり。其(その)中(なか)に藤(とう)蔵人(くらんど)重兼(しげかね)と云(いふ)
諸大夫(しよだいぶ)あり。諸事(しよじ)に心(こころ)えたる人(ひと)にて、ある月(つき)
の夜(よ)、実定卿(しつていのきやう)南面(なんめん)の御格子(みかうし)あげさせ、只(ただ)ひ
とり月(つき)に嘯(うそぶひ)ておはしける処(ところ)に、なぐP191さめ
P02303
まいらせ(まゐらせ)【参らせ】んとやおもひ【思ひ】けん、藤蔵人(とうくらんど)まいり(まゐり)【参り】
たり。「たそ」。「重兼(しげかね)候(ざうらふ)」。「いかに何事(なにごと)(なにこと)ぞ」との給(たま)へ
ば、「今夜(こよひ)は殊(こと)に月(つき)さえて、よろづ心(こころ)のすみ候(さうらふ)
ままにまい(ッ)て候(さうらふ)」とぞ申(まうし)ける。大納言(だいなごん)「神妙(しんべう)に
まい(ッ)(まゐつ)【参つ】たり。余(よ)に何(なに)とやらん心(こころ)ぼそうて徒然(とぜん)
なるに」とぞ仰(おほせ)られける。其(その)後(のち)何(なに)となひ(ない)【無い】
事共(ことども)申(まうし)てなぐさめ奉(たてまつ)る。大納言(だいなごん)の給(たま)ひけ
るは、「倩(つらつら)此(この)世(よ)の中(なか)のありさまをみる【見る】に、平家(へいけ)
P02304
の世(よ)はいよいよさかんなり。入道相国(にふだうしやうこく)(にうだうしやうこく)の嫡子(ちやくし)次
男(じなん)、左右(さう)の大将(だいしやう)にてあり。やがて三男(さんなん)知盛(とももり)、嫡孫(ちやくそん)
維盛(これもり)も有(ある)ぞかし。かれも是(これ)も次第(しだい)にならば、他
家(たけ)の人々(ひとびと)、大将(だいしやう)をいつあたりつぐべし共(とも)覚(おぼ)え
ず。さればつゐ(つひ)の事(こと)也(なり)。出家(しゆつけ)せん」とぞの給(たま)ひ
ける。重兼(しげかね)涙(なみだ)をはらはらとながひ(ながい)【流い】て申(まうし)けるは、
「君(きみ)の御出家(ごしゆつけ)候(さうらひ)なば、御内(みうち)の上下(じやうげ)皆(みな)まどひ者(もの)
になりなんず。重兼(しげかね)めづらしい事(こと)をこそ案(あん)
P02305
じ出(いだ)して候(さうら)へ。喩(たとへ)ば安芸(あき)の厳島(いつくしま)をば、平家(へいけ)なの
めならずあがめ敬(うやまは)れ候(さうらふ)に、何(なに)かはくるしう【苦しう】候(さうらふ)べき、
彼(かの)社(やしろ)へ御(おん)まいり(まゐり)【参り】あ(ッ)て、御祈誓(ごきせい)候(さうら)へかし。七日(なぬか)斗(ばか)り
御参籠(ごさんろう)候(さうら)はば、彼(かの)社(やしろ)には内侍(ないし)とて、ゆう(いう)【優】なる舞
姫共(まひびめども)おほく候(さうらふ)。めづらしう思(おも)ひまいらせ(まゐらせ)【参らせ】て、も
てなしまいらせ(まゐらせ)【参らせ】候(さうら)はんずらむ。何事(なにごと)の御祈誓(ごきせい)
に御参籠(ごさんろう)候(さうらふ)やらんと申(まうし)候(さうら)はば、ありのままに
仰(おほせ)候(さうら)へ。さて御(おん)のぼりの時(とき)、御名残(おんなごり)おしみ(をしみ)【惜み】
P02306
まいらせ(まゐらせ)【参らせ】候(さうら)はんずらむ。むねとの内侍共(ないしども)をめ
し具(ぐ)して、都(みやこ)まで御(おん)のぼり候(さうら)へ。都(みやこ)へのぼり候(さうらひ)
なば、西八条(にしはつでう)へぞ参(まゐり)(まいり)候(さうら)はんずらん。徳大P192寺殿(とくだいじどの)
は何事(なにごと)の御祈誓(ごきせい)に厳島(いつくしま)へはまいら(まゐら)【参ら】せ給(たま)
ひたりけるやらんと尋(たづね)られ候(さうら)はば、内侍(ないし)ども
ありのままにぞ申(まうし)候(さうら)はむずらん。入道相国(にふだうしやうこく)(にうだうしやうこく)は
ことに物(もの)めでし給(たま)ふ人(ひと)にて、わが崇(あがめ)給(たま)ふ
御神(おんがみ)(おんかみ)へまい(ッ)(まゐつ)【参つ】て、祈(いのり)申(まう)されけるこそうれしけれ
P02307
とて、よきやうなるはからひもあんぬと
覚(おぼ)え候(さうらふ)」と申(まうし)ければ、徳大寺殿(とくだいじどの)「これこそ思(おも)ひ
もよらざりつれ。ありがたき策(はかりこと)かな。やがて
まいら(まゐら)【参ら】む」とて、俄(にはか)に精進(しやうじん)はじめつつ、厳島(いつくしま)へぞ
参(まゐ)られける。誠(まこと)に彼(かの)社(やしろ)には内侍(ないし)とてゆう(いう)【優】なる
女(をんな)(おんな)どもおほかりけり。七日(なぬか)参籠(さんろう)せられける
に、よるひる【夜昼】つきそひ奉(たてまつ)り、もてなす事(こと)
かぎりなし。七日(なぬか)七夜(ななよ)の間(あひだ)(あいだ)に、舞楽(ぶがく)も三度(さんど)
P02308
までありけり。琵琶(びわ)琴(こと)ひき、神楽(かぐら)うたひ【歌ひ】
な(ン)ど(など)遊(あそび)ければ、実定卿(しつていのきやう)も面白(おもしろき)事(こと)に覚(おぼ)しめ
し、神明(しんめい)法楽(ほふらく)(ほうらく)のために、いまやう【今様】朗詠(らうえい)(らうゑい)うたい(うたひ)【歌ひ】、
風俗催馬楽(ふうぞくさいばら)な(ン)ど(など)、ありがたき郢曲(えいきよく)どもあ
りけり。内侍共(ないしども)「当社(たうしや)へは平家(へいけ)の公達(きんだち)こそ
御(おん)まいり(まゐり)【参り】さぶらふに、この御(おん)まいり(まゐり)【参り】こそめづ
らしうさぶらへ。何事(なにごと)の御祈誓(ごきせい)に御参籠(ごさんろう)
さぶらふやらん」と申(まうし)ければ、「大将(だいしやう)を人(ひと)に
P02309
こえられたる間(あひだ)(あいだ)、その祈(いのり)のため也(なり)」とぞおほ
せられける。さて七日(なぬか)参籠(さんろう)おは(ッ)(をはつ)て、大明神(だいみやうじん)に
暇(いとま)申(まうし)て都(みやこ)へのぼらせ給(たま)ふに、名残(なごり)をを
しみ奉(たてまつ)り、むねとのわかき内侍(ないし)十余人(じふよにん)(じうよにん)、
舟(ふね)をしたてて一日路(ひとひぢ)をくり(おくり)【送り】奉(たてまつ)る。いとま申(まうし)
けれ共(ども)、さりとてはあまりに名(な)ごりのおし
き(をしき)【惜き】に、今(いま)一日路(ひとひぢ)、P193今(いま)二日路(ふつかぢ)と仰(おほせ)られて、みやこ
までこそ具(ぐ)せられけれ。徳大寺殿(とくだいじどの)の亭(てい)へ
P02310
いれ【入れ】させ給(たま)ひて、やうやうにもてなし、さま
ざまの御引出物共(おんひきでものども)たうでかへさ【返さ】れけり。内
侍共(ないしども)「これまでのぼる程(ほど)では、我等(われら)がしう(しゆう)【主】の
太政入道殿(だいじやうにふだうどの)(だいじやうにうだうどの)へ、いかでまいら(まゐら)【参ら】で有(ある)べき」とて、西
八条(にしはつでう)へぞ参(さん)じたる。入道相国(にふだうしやうこく)(にうだうしやうこく)いそぎ出(いで)あひ給(たま)
ひて、「いかに内侍共(ないしども)は何事(なにごと)の列参(れつさん)ぞ」。「徳大
寺殿(とくだいじどの)の御(おん)まいり(まゐり)【参り】さぶらふ(さぶらう)て、七日(なぬか)こもらせ
給(たま)ひて御(おん)のぼりさぶらふを、一日路(ひとひぢ)をくり(おくり)【送り】
P02311
まいらせ(まゐらせ)【参らせ】てさぶらへば、さりとてはあまりに
名(な)ごりのおしき(をしき)【惜き】に、今(いま)一日路(ひとひぢ)二日路(ふつかぢ)と仰(おほせ)ら
れて、是(これ)までめしぐせ【召具せ】られてさぶらふ」。「徳
大寺(とくだいじ)は何事(なにごと)の祈誓(きせい)に厳島(いつくしま)まではまいら(まゐら)【参ら】
れたりけるやらん」との給(たま)へば、「大将(だいしやう)の御祈(おんいのり)
のためとこそ仰(おほせ)られさぶらひしか」。其(その)時(とき)
入道(にふだう)(にうだう)うちうなづいて、「あないとをし(いとほし)。王城(わうじやう)にさ
しもた(ッ)とき霊仏(れいぶつ)霊社(れいしや)のいくらもまします
P02312
をさしをい(おい)て、我(わが)崇(あがめ)奉(たてまつ)る御神(おんがみ)へまい(ッ)(まゐつ)【参つ】て、祈(いのり)申(まう)
されけるこそ有(あり)がたけれ。是(これ)ほど心(こころ)ざし切(せつ)
ならむ上(うへ)は」とて、嫡子(ちやくし)小松殿内大臣(こまつどのないだいじん)の左
大将(さだいしやう)にてましましけるを辞(じ)せさせ奉(たてまつ)り、次
男(じなん)宗盛(むねもり)大納言(だいなごん)の右大将(うだいしやう)にておはしけるを
こえさせて、徳大寺(とくだいじ)を左大将(さだいしやう)にぞなされ
ける。あはれ、めでたかりけるはかりことかな。新
大納言(しんだいなごん)も、かやうに賢(かしこ)きはからひをばし給(たま)はで、
P02313
よしなき謀反(むほん)おこいて、我(わが)身(み)も亡(ほろび)、子息(しそく)所
従(しよじゆう)(しよじう)[*「従」は「徒」とも読める]に至(いた)るまで、かかるうき目(め)をみせ【見せ】給(たま)ふこ
そうたてけれ。P194『山門滅亡(さんもんめつばう)堂衆合戦(だうしゆかつせん)』S0212
さる程(ほど)に、法皇(ほふわう)(ほうわう)は三井寺(みゐでら)の
公顕僧正(こうけんそうじやう)を御師範(ごしはん)として、真言(しんごん)の秘法(ひほふ)(ひほう)
を伝受(でんじゆ)せさせましましけるが、大日経(だいにちきやう)・金剛
頂経(こんがうちやうきやう)・蘇悉地経(そしつぢきやう)、此(この)三部(さんぶ)の秘法(ひほふ)(ひほう)をうけさせ
給(たま)ひて、九月(くぐわつ)四日(しにち)三井寺(みゐでら)にて御潅頂(ごくわんぢやう)(ごくはんぢやう)ある
べしとぞ聞(きこ)えける。山門(さんもん)の大衆(だいしゆ)憤(いきどほり)(いきどをり)申(まうし)、「むかし
P02314
より御潅頂(ごくわんぢやう)(ごくはんぢやう)御受戒(ごじゆかい)、みな当山(たうざん)にしてとげ
させまします事(こと)先規(せんぎ)也(なり)。就中(なかんづく)に山王(さんわう)の
化導(けだう)は受戒(じゆかい)潅頂(くわんぢやう)(くはんぢやう)のためなり。しかるを今(いま)
三井寺(みゐでら)にてとげ〔させましまさば、寺(てら)を一向(いつかう)焼払(やきはら)ふべし」とぞ〕申(まうし)ける。「是(これ)無益(むやく)なり」と
て、御加行(ごかぎやう)を結願(けつぐわん)して、おぼしめし【思召し】とどまら
せ給(たま)ひぬ。さりながらも猶(なほ)(なを)御本意(ごほんい)な
ればとて、三井寺(みゐでら)の公顕僧正(こうけんそうじやう)をめし具(ぐ)し
て、天王寺(てんわうじ)へ御幸(ごかう)な(ッ)て、五智光院(ごちくわうゐん)(ごちくはうゐん)をたて、
P02315
亀井(かめゐ)の水(みづ)を五瓶(ごへい)の智水(ちすい)として、仏法(ぶつぽふ)(ぶつぽう)最
初(さいしよ)の霊地(れいち)にてぞ、伝法(でんぼふ)(でんぼう)潅頂(くわんぢやう)(くはんぢやう)はとげさせまし
ましける。山門(さんもん)の騒動(さうどう)をしづめられんが
ために、三井寺(みゐでら)にて御潅頂(ごくわんぢやう)(ごくはんぢやう)はなかりしか共(ども)、
山上(さんじやう)には、堂衆(だうじゆ)学生(がくしやう)不快(ふくわい)の事(こと)いできて、
かつせん(合戦)度々(どど)に及(およぶ)(をよぶ)。毎度(まいど)に学侶(がくりよ)(かくりよ)うちおと
されて、山門(さんもん)の滅亡(めつばう)、朝家(てうか)の御大事(おんだいじ)とぞ見(み)
えし。堂衆(だうじゆ)と申(まうす)は、学生(がくしやう)の所従(しよじゆう)(しよじう)也(なり)ける童
P02316
部(わらはべ)が法師(ほふし)(ほうし)にな(ッ)たるや、若(もし)は中間法師原(ちゆうげんほふしばら)(ちうげんほうしばら)にて
ありけるが、金剛寿院(こんがうじゆゐん)の座P195主(ざす)覚尋権僧正(がくしんごんのそうじやう)
治山(ぢさん)の時(とき)より、三塔(さんたふ)(さんたう)に結番(けつばん)して、夏衆(げしゆ)と
号(かう)して、仏(ほとけ)に花(はな)まいらせ(まゐらせ)【参らせ】し者共(ものども)也(なり)。近年(きんねん)
行人(ぎやうにん)とて、大衆(だいしゆ)をも事(こと)共(とも)せざりしが、かく
度々(どど)の戦(たたかひ)にうちかちぬ。堂衆等(だうじゆら)師主(ししゆ)の命(めい)
をそむいて合戦(かつせん)を企(くはたて)、すみやかに誅罰(ちゆうばつ)(ちうばつ)せ
らるべきよし、大衆(だいしゆ)公家(くげ)に奏聞(そうもん)し、武家(ぶけ)に
P02317
触(ふれ)う(ッ)たう(うつたふ)【訴ふ】。これによ(ッ)て太政入道(だいじやうにふだう)(だいじやうにうだう)院宣(ゐんぜん)を承(うけたまは)り、
紀伊国(きいのくに)の住人(ぢゆうにん)(ぢうにん)湯浅権守(ゆあさのごんのかみ)宗重(むねしげ)以下(いげ)、畿
内(きない)の兵(つはもの)二千余騎(にせんよき)、大衆(だいしゆ)にさしそへて堂衆(だうじゆ)
を攻(せめ)らる。堂衆(だうじゆ)日(ひ)ごろは東陽坊(とうやうばう)にありし
が、近江国(あふみのくに)三ケ(さんが)の庄(しやう)に下向(げかう)して、数多(すた)の勢(せい)を
率(そつ)し、又(また)登山(とうざん)して、さう井坂(ゐざか)に城(じやう)をして
たてごもり【*たてごもる】。同(おなじき)九月(くぐわつ)廿日(はつかのひ)辰(たつ)の一点(いつてん)に、大衆(だいしゆ)三
千人(さんぜんにん)、官軍(くわんぐん)(くはんぐん)二千余騎(にせんよき)、都合(つがふ)(つがう)其(その)勢(せい)五千余(ごせんよ)
P02318
人(にん)、さう井坂(ゐざか)におしよせたり。今度(こんど)はさり共(とも)
とおもひ【思ひ】けるに、大衆(だいしゆ)は官軍(くわんぐん)(くはんぐん)をさきだて
むとし、官軍(くわんぐん)(くはんぐん)は又(また)大衆(だいしゆ)をさきだてんと
あらそふ程(ほど)に、心々(こころごころ)にてはかばかしうもたたか
はず。城(じやう)の内(うち)より石弓(いしゆみ)はづしかけたりけ
れば、大衆(だいしゆ)官軍(くわんぐん)(くはんぐん)かずをつくいてうたれに
けり。堂衆(だうじゆ)に語(かた)らふ悪党(あくたう)と云(いふ)は、諸国(しよこく)の
窃盜(せつたう)・強盜(がうだう)・山賊(さんぞく)・海賊等(かいぞくとう)也(なり)。欲心熾盛(よくしんしじやう)に
P02319
して、死生不知(ししやうふち)の奴原(やつばら)なれば、我(われ)一人(いちにん)と
思(おもひ)き(ッ)てたたかふ程(ほど)に、今度(こんど)も又(また)学生(がくしやう)いく
さにまけにけり。P196『山門滅亡(さんもんめつばう)』S0213其(その)後(のち)は山門(さんもん)いよいよ荒(あれ)は
てて、十二禅衆(じふにぜんじゆ)のほかは、止住(しぢゆう)(しぢう)の僧侶(そうりよ)もまれ
也(なり)。谷々(たにだに)の講演(こうえん)(かうゑん)磨滅(まめつ)して、堂々(だうだう)の行法(ぎやうぼふ)(ぎやうぼう)も
退転(たいてん)す。修学(しゆがく)の窓(まど)を閉(とぢ)、坐禅(ざぜん)の床(ゆか)をむ
なしうせり。四教(しけう)五時(ごじ)の春(はる)の花(はな)もにほはず、
三諦即是(さんだいそくぜ)の秋(あき)の月(つき)もくもれり。三百余
P02320
歳(さんびやくよさい)の法燈(ほふとう)(ほうとう)を挑(かかぐ)る人(ひと)もなく、六時不断(ろくじふだん)の
香(かう)の煙(けぶり)もたえやしぬらん。堂舎(たうじや)高(たか)くそ
びへ(そびえ)【聳え】て、三重(さんぢゆう)(さんぢう)の構(かまへ)を青漢(せいかん)の内(うち)に挿(さしはさ)み、棟
梁(とうりやう)遥(はるか)に秀(ひいで)て、四面(しめん)の椽(たるき)を白霧(はくむ)の間(あひだ)(あいだ)に
かけたりき。され共(ども)、今(いま)は供仏(くぶつ)を嶺(みね)の
嵐(あらし)にまかせ、金容(きんよう)を紅瀝(こうれき)にうるほす。夜(よる)
の月(つき)灯(ともしび)をかかげて、簷(のき)のひまよりもり、
暁(あかつき)の露(つゆ)珠(たま)を垂(たれ)て、蓮座(れんざ)の粧(よそほひ)をそふ
P02321
とかや。夫(それ)末代(まつだい)の俗(ぞく)に至(いたつ)ては、三国(さんごく)の仏法(ぶつぽふ)(ぶつぽう)
も次第(しだい)に衰微(すいび)せり。遠(とほ)(とを)く天竺(てんぢく)に仏跡(ぶつせき)をと
ぶらへば、昔(むかし)仏(ほとけ)の法(のり)を説給(ときたま)ひし竹林精
舎(ちくりんしやうじや)・給孤独園(ぎつこどくゑん)(ぎつこどくえん)も、此比(このごろ)は狐狼(こらう)野干(やかん)の栖(すみか)と
な(ッ)て、礎(いしずゑ)のみや残(のこる)らん。白鷺池(はくろち)には水(みづ)たえて、
草(くさ)のみふかくしげれり。退梵(たいぼん)下乗(げじよう)(げぜう)の卒
都婆(そとば)も苔(こけ)のみむして傾(かたぶき)ぬ。震旦(しんだん)にも天台山(てんだいさん)・
五台山(ごだいさん)・白馬寺(はくばじ)・玉泉寺(ぎよくせんじ)も、今(いま)は住侶(ぢゆうりよ)(ぢうりよ)なきさ
P02322
まに荒(あれ)はてて、大小乗(だいせうじよう)(だいせうぜう)の法門(ほふもん)(ほうもん)も箱(はこ)の底(そこ)に
や朽(くち)ぬらん。我(わが)朝(てう)にも、南都(なんと)の七大寺(しちだいじ)荒(あれ)はて
て、八宗(はつしゆう)(はつしう)九宗(くしゆう)(くしう)も跡(あと)たえ、愛宕護(あたご)・高雄(たかを)(たかお)も、
昔(むかし)は堂塔(だうたふ)(だうたう)軒(のき)をならべたりしか共(ども)、一夜(ひとよ)の
うちに荒(あれ)にしかば、天狗(てんぐ)の棲(すみか)となりはてぬ。
さればにP197や、さしもや(ン)ごとなかりつる天台(てんだい)の
仏法(ぶつぽふ)(ぶつぽう)も、治承(ぢしよう)(ぢせう)の今(いま)に及(およん)(をよん)で、亡(ほろび)はてぬるにや。
心(こころ)ある人(ひと)嘆(なげき)かなしまずと云(いふ)事(こと)なし。離山(りさん)し
P02323
ける僧(そう)の坊(ばう)の柱(はしら)に、歌(うた)をぞ一首(いつしゆ)書(かい)たりける。
いのりこし我(わが)たつ杣(そま)の引(ひき)かへて
人(ひと)なきみねとなりやはてなむ W009
是(これ)は、伝教大師(でんげうだいし)当山(たうざん)草創(さうさう)の昔(むかし)、阿耨多
羅三藐三菩提[*「藐」は底本は「(草冠に狼)」](あのくたらさんみやくさんぼだい)の仏(ほとけ)たちにいのり申(まう)
されける事(こと)をおもひ【思ひ】出(いで)て、読(よみ)たりける
にや。いとやさしうぞ聞(きこ)えし。八日(やうか)は薬師(やくし)の
日(ひ)なれども、南無(なむ)と唱(となふ)るこゑ【声】もせず、卯月(うづき)は
P02324
垂跡(すいしやく)の月(つき)なれ共(ども)、幣帛(へいはく)を捧(ささぐ)る人(ひと)もなし。
あけの玉墻(たまがき)かみさびて、しめなはのみや残(のこる)
らん。『善光寺(ぜんくわうじ)炎上(えんしやう)』S0214其(その)比(ころ)善光寺(ぜんくわうじ)(ぜんくはうじ)炎上(えんしやう)の由(よし)其(その)聞(きこえ)あり。彼(かの)
如来(によらい)と申(まうす)は、昔(むかし)中天竺(ちゆうてんぢく)(ちうてんぢく)舎衛国(しやゑこく)に五種(ごしゆ)の
悪病(あくびやう)おこ(ッ)て人庶(にんそう)おほく亡(ほろび)しに、月蓋長
者(ぐわつかいちやうじや)が致請(ちじやう)によ(ッ)て、竜宮城(りゆうぐうじやう)(りうぐうじやう)より閻浮檀金(えんぶだごん)
をえて、釈尊(しやくそん)、目蓮長者(もくれんちやうじや)、心(こころ)をひとつ
にして鋳(ゐ)あらはし給(たま)へる一(いつ)ちやく手半(しゆはん)の弥
P02325
陀(みだ)の三尊(さんぞん)、閻浮提(えんぶだい)第一(だいいち)の霊像(れいざう)也(なり)。仏滅度(ぶつめつど)
の後(のち)、天竺(てんぢく)にとどまらせ給(たまふ)事(こと)五百余歳(ごひやくよさい)、仏
法(ぶつぽふ)(ぶつぽう)東漸(とうぜん)の理(ことわり)(ことはり)にて、百済国(はくさいこく)にうつらせ給(たま)ひ
て、一千歳(いつせんざい)の後(のち)、百済(はくさい)の御門(みかど)P198斉明王【*聖明王】(せいめいわう)、吾(わが)朝(てう)の御
門(みかど)欽明天皇(きんめいてんわう)の御宇(ぎよう)に及(および)(をよび)て、彼(かの)国(くに)より此(この)国(くに)へ
うつらせ給(たま)ひて、摂津国(せつつのくに)難波(なには)の浦(うら)にして
星霜(せいざう)ををくら(おくら)【送ら】せ給(たま)ひけり。つねは金色(こんじき)の
光(ひかり)をはなたせましましければ、これによ(ッ)て年
P02326
号(ねんがう)を金光(こんくわう)(こんくはう)と号(かう)す。同(おなじき)三年(さんねん)三月(さんぐわつ)上旬(じやうじゆん)に、信濃
国(しなののくに)の住人(ぢゆうにん)(ぢうにん)おうみ【麻績】の本太善光(ほんだよしみつ)と云(いふ)者(もの)、都(みやこ)へ
のぼりたりけるが、彼(かの)如来(によらい)に逢(あひ)奉(たてまつ)りたり
けるに、やがていざなひまいらせ(まゐらせ)【参らせ】て、ひるは善光(よしみつ)、
如来(によらい)ををい(おひ)【負ひ】奉(たてまつ)り、夜(よる)は善光(よしみつ)、如来(によらい)におはれ
たてま(ッ)て、信濃国(しなののくに)へ下(くだ)り、みのち【水内】の郡(こほり)に
安置(あんぢ)したてま(ッ)しよりこのかた、星霜(せいざう)既(すで)に
五百(ごひやく)八十(はちじふ)余歳(よさい)、炎上(えんしやう)の例(れい)はこれはじめとぞ
P02327
承(うけたまは)る。「王法(わうぼふ)(わうぼう)つきんとては仏法(ぶつぽふ)(ぶつぽう)まづ亡(ばう)ず」といへ
り。さればにや、「さしもや(ン)ごとなかりつる霊寺
霊山(れいじれいさん)のおほくほろびうせぬるは、平家(へいけ)
の末(すゑ)になりぬる先表(ぜんべう)やらん」とぞ申(まうし)
ける。『康頼(やすより)祝言(のつと)』S0215さるほどに、鬼界(きかい)が島(しま)の流人共(るにんども)、つゆの
命(いのち)草葉(くさば)のすゑにかか(ッ)て、おしむ(をしむ)【惜む】べきとには
あらねども、丹波少将(たんばのせうしやう)のしうと平宰相(へいざいしやう)の
領(りやう)、肥前国(ひぜんのくに)鹿瀬庄(かせのしやう)より、衣食(いしよく)を常(つね)にをく
P02328
ら(おくら)【送ら】れければ、それにてぞ俊寛僧都(しゆんくわんそうづ)(しゆんくはんそうづ)も康
瀬【*康頼】(やすより)も、命(いのち)をいきて過(すご)しける。P199康瀬【*康頼】(やすより)はながさ
れける時(とき)、周防(すはうの)室(むろ)づみ【積】にて出家(しゆつけ)して(ン)を
れは【*げれば】、法名(ほふみやう)(ほうみやう)は性照(しやうせう)とこそついたりけれ。
出家(しゆつけ)はもとよりの望(のぞみ)なりければ、
つゐに(つひに)【遂に】かくそむきはてける世間(よのなか)を
とく捨(すて)ざりしことぞくやしき W010
丹波少将(たんばのせうしやう)・康頼入道(やすよりにふだう)(やすよりにうだう)は、もとより〔熊野信(くまのしん)じの人々(ひとびと)なれば、「いかにもして此(この)島(しま)のうちに〕熊野(くまの)
P02329
の三所権現(さんじよごんげん)を勧請(くわんじやう)(くはんじやう)し奉(たてまつ)て、帰洛(きらく)の事(こと)をい
のり申(まう)さばや」と云(いふ)に、俊寛僧都(しゆんくわんそうづ)(しゆんくはんそうづ)は天姓【*天性】(てんぜい)不信(ふしん)
第一(だいいち)の人(ひと)にて、是(これ)をもちい(もちゐ)【用】ず。二人(ににん)はおなじ
心(こころ)に、もし熊野(くまの)に似(に)たる所(ところ)やあると、島(しま)のう
ちを尋(たづね)まいる【*まはる】に、或(あるは)林塘(りんたう)の妙(たへ)なるあり、紅
錦繍(こうきんしう)の粧(よそほひ)しなじなに。或(あるは)雲嶺(うんれい)のあやしきあ
り、碧羅綾(へきられう)の色(いろ)一(ひとつ)にあらず。山(やま)のけしき、木(き)
のこだちに至(いた)るまで、外(ほか)よりもなを(なほ)【猶】勝(すぐれ)たり。
P02330
南(みなみ)を望(のぞ)めば、海(かい)漫々(まんまん)として、雲(くも)の波(なみ)煙(けぶり)の浪(なみ)
ふかく、北(きた)をかへりみれば、又(また)山岳(さんがく)の峨々(がが)たる
より、百尺(はくせき)の滝水(りゆうすい)(りうすい)漲落(みなぎりおち)たり。滝(たき)の音(おと)(をと)ことに
すさまじく、松風(まつかぜ)神(かみ)さびたるすまひ、飛滝(ひりゆう)(ひりう)
権現(ごんげん)のおはします那智(なち)のお山(やま)にさに【似】たり
けり。さてこそやがてそこをば、那智(なち)のお山(やま)と
は名(な)づけけれ。此(この)峯(みね)は本宮(ほんぐう)、かれは新宮(しんぐう)、是(これ)
はそむぢやう(そんぢやう)其(その)王子(わうじ)、彼(かの)王子(わうじ)な(ン)ど(など)、王子(わうじ)々々(わうじ)の
P02331
名(な)を申(まうし)て、康頼入道(やすよりにふだう)(やすよりにうだう)先達(せんだち)にて、丹波少将(たんばのせうしやう)相(あひ)
ぐしつつ、日(ひ)ごとに熊野(くまの)まうでのまねをし
て、帰洛(きらく)の事(こと)をぞ祈(いのり)ける。「南無権現(なむごんげん)
金剛童子(こんがうどうじ)、ねがはくは憐(あはれ)みをたれさせ
おはしまして、古郷(こきやう)へかへし入(いれ)させ給(たま)へ。妻子(さいし)
どもP200をば今(いま)一度(いちど)みせ【見せ】給(たま)へ」とぞ祈(いのり)ける。
日数(ひかず)つもりてたちかふ【裁替】べき浄衣(じやうえ)(じやうゑ)もな
ければ、麻(あさ)の衣(ころも)を身(み)にまとひ、沢辺(さはべ)の
P02332
水(みづ)をこりにかいては、岩田河(いはだがは)のきよきな
がれと思(おも)ひやり、高(たか)き所(ところ)にのぼ(ッ)ては、発心
門(ほつしんもん)とぞ観(くわん)(くはん)じける。まいる(まゐる)【参る】たびごとには、康
頼入道(やすよりにふだう)(やすよりにうだう)の(ッ)と【祝言】を申(まうす)に、御幣紙(おんぺいし)もなかれ【*なけれ】ば、
花(はな)を手折(たをり)(たおり)てささげつつ、
維(ゐ)(い)あたれる歳次(さいし)、治承(ぢしよう)(ぢせう)元年(ぐわんねん)丁酉(ひのとのとり)、月(つき)のな
らび十月(とつき)二月(ふたつき)、日(ひ)の数(かず)三百五十(さんびやくごじふ)(さんびやくごじう)余ケ日(よかにち)、吉
日(きちじつ)良辰(りやうしん)を択(えらん)で、かけまくも忝(かたじけな)く、日本(につぽん)第
P02333
一(だいいち)大領験(だいりやうげん)、熊野(ゆや)三所権現(さんじよごんげん)、飛滝(ひりゆう)(ひりう)大薩■(だいさつた)
の教(けう)りやう【令】、宇豆(うづ)の広前(ひろまへ)にして、信心(しんじん)の
大施主(だいせしゆ)、羽林(うりん)藤原成経(ふぢはらのなりつね)、並(ならび)に沙弥性照(しやみしやうせう)、一心(いつしん)
清浄(しやうじやう)の誠(まこと)を致(いた)し、三業(さんごふ)(さんごう)相応(さうおう)の志(こころざし)を抽(ぬきんで)て、
謹(つつしん)でも(ッ)て敬(うやまつて)白(まうす)(まふす)。夫(それ)証城大菩薩(しようじやうだいぼさつ)(せうじやうだいぼさつ)は、済度苦
海(さいどくかい)の教主(けうしゆ)、三身(さんじん)円満(ゑんまん)(えんまん)の覚王(かくわう)也(なり)。或(あるいは)(あるひは)東方浄
瑠璃医王(とうばうじやうるりいわう)の主(しゆ)、衆病悉除(しゆびやうしつじよ)の如来(によらい)也(なり)。或(あるいは)(あるひは)
南方補堕落能化(なんばうふだらくのうけ)(なんばうふだらくのふけ)の主(しゆ)、入重玄門(にふぢゆうげんもん)(にうぢうげんもん)の大士(だいじ)。
P02334
若王子(にやくわうじ)は娑婆世界(しやばせかい)の本主(ほんじゆ)、施無畏者(せむいしや)
の大士(だいじ)、頂上(ちやうじやう)の仏面(ぶつめん)を現(げん)じて、衆生(しゆじやう)の所願(しよぐわん)(しよぐはん)
をみて給(たま)へり。是(これ)によ(ッ)て、かみ【上】一人(いちにん)よりしも【下】万
民(ばんみん)に至(いた)るまで、或(あるいは)(あるひは)現世安穏(げんぜあんをん)のため、或(あるいは)(あるひは)後生(ごしやう)ぜ
んしよ【善処】のために、朝(あした)には浄水(じやうすい)を結(むすん)でぼん
なう【煩悩】のあか【垢】をすすぎ、夕(ゆふべ)には深山(しんざん)に向(むかつ)てほう
がう【宝号】を唱(となふ)るに、感応(かんおう)おこたる事(こと)なし。峨々(がが)たる
嶺(みね)のたかきをば、神徳(しんとく)のたかきに喩(たと)へ、嶮々(けんけん)たる
P02335
谷(たに)のふかきをば、弘誓(ぐぜい)のふかきに准(なぞら)へて、雲(くも)
を分(わけ)てのぼり、露(つゆ)をしのいで下(くだ)る。爰(ここ)に利
益(りやく)の地(ち)をP201たのまずむ(ずん)ば、いかんが歩(あゆみ)を嶮
難(けんなん)の路(みち)にはこばん。権現(ごんげん)の徳(とく)をあふがずんば、
何(なんぞ)かならずしも幽遠(いうをん)(ゆうをん)の境(さかひ)にましまさむ。仍(よつて)証
城大権現(しようじやうだいごんげん)(せうじやうだいごんげん)、飛滝(ひりゆう)(ひりう)大薩■(だいさつた)、青蓮慈悲(しやうれんじひ)(せうれんじひ)の眸(まなじり)
を相(あひ)ならべ、さをしか【小牡鹿】の御耳(おんみみ)をふりたてて、我等(われら)が
無二(むに)の丹誠(たんぜい)を知見(ちけん)して、一々(いちいち)の懇志(こんし)を納受(なふじゆ)(なうじゆ)
P02336
し給(たま)へ。然(しかれ)ば則(すなはち)、むすぶ【結】・はや【早】玉(たま)の両所権現(りやうじよごんげん)、
おのおの機(き)に随(したがつ)て、有縁(うえん)の衆生(しゆじやう)をみちびき、
無縁(むえん)の群類(ぐんるい)をすくはむがために、七宝荘
厳(しつぼうしやうごん)のすみかをすてて、八万四千(はちまんしせん)の光(ひかり)を和(やはら)
げ、六道三有(ろくだうさんう)の塵(ちり)に同(どう)じ給(たま)へり。故(かるがゆへゆゑ)に定
業(ぢやうごふ)(ぢやうごう)亦能転(やくのうてん)、求長寿得長寿(ぐぢやうじゆとくぢやうじゆ)の礼拝(らいはい)、袖(そで)
をつらね、幣帛礼奠(へいはくれいてん)を捧(ささぐ)る事(こと)ひま
なし。忍辱(にんにく)の衣(ころも)を重(かさね)、覚道(かくだう)の花(はな)を捧(ささげ)て、
P02337
神殿(じんでん)の床(ゆか)を動(どう)じ、信心(しんじん)の水(みづ)をすまして、
利生(りしやう)の池(いけ)を湛(たたへ)たり。神明(しんめい)納受(なふじゆ)(なうじゆ)し給(たま)はば、所
願(しよぐわん)(しよぐはん)なんぞ成就(じやうじゆ)せざらむ。仰願(あふぎねがはく)は、十二所権
現(じふにしよごんげん)(じうにしよごんげん)、利生(りしやう)の翅(つばさ)を並(ならべ)て、遥(はるか)に苦海(くかい)の空(そら)にかけ
り、左遷(させん)の愁(うれへ)をやすめて、帰洛(きらく)の本懐(ほんぐわい)を
とげしめ給(たま)へ。再拝(さいはい)。とぞ、康頼(やすより)の(ッ)と【祝詞】をば
申(まうし)ける。『卒都婆流(そとばながし)』S0216丹波少将(たんばのせうしやう)・康頼入道(やすよりにふだう)(やすよりにうだう)、つねは三所
権現(さんじよごんげん)の御前(おんまへ)にまい(ッ)(まゐつ)【参つ】て、通夜(つや)するおり(をり)【折】も
P02338
あP202りけり。或(ある)時(とき)二人(ににん)通夜(つや)して、夜(よ)もすがら
いまやう【今様】をぞうたひ【歌ひ】ける。暁(あかつき)がたに、康
頼入道(やすよりにふだう)(やすよりにうだう)ち(ッ)とまどろみたる夢(ゆめ)に、おきより
白(しろ)い帆(ほ)かけたる小船(こぶね)を一艘(いつさう)(いつそう)こぎよせて、
舟(ふね)のうちより紅(くれなゐ)の袴(はかま)きたる女房達(にようばうたち)
二三十人(にさんじふにん)あがり、皷(つづみ)をうち、こゑ【声】を調(ととのへ)て、よろ
づの仏(ほとけ)の願(ぐわん)(ぐはん)よりも千手(せんじゆ)の誓(ちかひ)ぞたのも
しき枯(かれ)たる草木【くさき】も忽(たちまち)に花(はな)さき実(み)なる
P02339
とこそきけ K013 Iと、三(さん)べんうたひ【歌ひ】すまして、
かきけつやうにぞうせにける。夢(ゆめ)さめ
て後(のち)、奇異(きい)の思(おもひ)をなし、康頼入道(やすよりにふだう)(やすよりにうだう)
申(まうし)けるは、「是(これ)は竜神(りゆうじん)(りうじん)の化現(けげん)とおぼえたり。
三所権現(さんじよごんげん)のうちに、西(にし)の御前(ごぜん)(ご(ン)ぜん)と申(まうす)は、本地(ほんぢ)
千手観音(せんじゆくわんおん)(せんじゆくはんをん)にておはします。竜神(りゆうじん)(りうじん)は則(すなはち)千
手(せんじゆ)の廿八(にじふはち)部衆(ぶしゆ)の其(その)一(ひとつ)なれば、も(ッ)て御納
受(ごなふじゆ)(ごなふじゆ)こそたのもしけれ」。又(また)或(ある)夜(よ)二人(ににん)通夜(つや)して、
P02340
おなじうまどろみたりける夢(ゆめ)に、おき
より吹(ふき)くる風(かぜ)の、二人(ににん)が袂(たもと)に木(こ)の葉(は)を
ふたつふきかけたりけるを、何(なに)となう
と(ッ)【取つ】て見(み)ければ、御熊野(みくまの)の南木(なぎ)の葉(は)に
てぞ有(あり)ける。彼(かの)二(ふたつ)の南木(なぎ)の葉(は)に、一首(いつしゆ)の
歌(うた)を虫(むし)ぐひにこそしたりけれ。
千(ち)はやぶる神(かみ)にいのりのしげければ
などか都(みやこ)へ帰(かへ)らざるべき W011
P02341
康頼入道(やすよりにふだう)(やすよりにうだう)、古郷(こきやう)の恋(こひ)しきままに、せめてのは
かりことに、千本(せんぼん)の卒都婆(そとば)を作(つく)り、■字(あじ)の
梵字(ぼじ)・年号(ねんがう)・月日(つきひ)、仮名(けみやう)実名(じうみやう)、二首(にしゆ)の歌(うた)
をぞかいたりけり【*ける】。P203
さつまがたおきのこじまに我(われ)ありと
おやにはつげよやへ【八重】のしほかぜ W012
おもひ【思ひ】やれしばしとおもふ【思ふ】旅(たび)だにも
なを(なほ)【猶】ふるさとはこひしきものを W013
P02342
是(これ)に【*を】浦(うら)にも(ッ)て出(いで)て、「南無帰命頂礼(なむきみやうちやうらい)、梵
天帝尺(ぼんでんたいしやく)、四大天王(しだいてんわう)、けんらふ(けんらう)【堅牢】地神(ぢじん)、鎮守諸
大明神(ちんじゆしよだいみやうじん)、殊(こと)には熊野権現(くまのごんげん)、厳島大明神(いつくしまだいみやうじん)、
せめては一本(いつぽん)成(なり)共(とも)都(みやこ)へ伝(つたへ)てたべ」とて、奥
津(おきつ)しら波(なみ)のよせてはかへるたびごとに、卒
都婆(そとば)を海(うみ)にぞ浮(うか)べける。卒都婆(そとば)を作(つく)り
出(いだ)すに随(したがつ)て、海(うみ)に入(いれ)ければ、日数(ひかず)つもれば
卒都婆(そとば)のかずもつもり、そのおもふ【思ふ】心(こころ)や便(たより)
P02343
の風(かぜ)ともなりたりけむ、又(また)神明仏陀(しんめいぶつだ)も
やをくら(おくら)【送ら】せ給(たま)ひけむ、千本(せんぼん)の卒都婆(そとば)のな
かに一本(いつぽん)、安芸国(あきのくに)厳島(いつくしま)の大明神(だいみやうじん)の御(おん)まへの
渚(なぎさ)にうちあげたり。康頼(やすより)がゆかりありけ
る僧(そう)、しかるべき便(たより)もあらば、いかにもして
彼(かの)島(しま)へわた(ッ)て、其(その)行衛(ゆくへ)【行方】をきかむとて、西
国修行(さいこくしゆぎやう)に出(いで)たりけるが、先(まづ)厳島(いつくしま)へぞま
いり(まゐり)【参り】ける。爰(ここ)に宮人(みやびと)とおぼしくて、狩(かり)ぎぬ
P02344
装束(しやうぞく)なる俗(ぞく)一人(いちにん)出(いで)きたり。此(この)僧(そう)何(なに)となき
物語(ものがたり)しけるに、「夫(それ)、和光同塵(わくわうどうぢん)(わくはうどうぢん)の利生(りしやう)さまざま
なりと申(まう)せども、いかなりける因縁(いんえん)(ゐんえん)をも(ッ)て、
此(この)御神(おんがみ)は海漫(かいまん)の鱗(うろくづ)に縁(えん)をむすばせ給(たま)
ふらん」ととひ奉(たてまつ)る。宮人(みやびと)答(こたへ)けるは、「是(これ)は
よな、娑竭羅竜王(しやかつらりゆうわう)(しやかつらりうわう)の第三(だいさん)の姫宮(ひめみや)、胎蔵
界(たいざうかい)の垂跡(すいしやく)也(なり)」。此(この)島(しま)に御影向(ごやうがう)ありし初(はじめ)より、
済度利生(さいどりしやう)の今(いま)に至(いた)るまで、甚深(じんじん)〔の〕奇特(きどく)
P02345
の事共(ことども)をぞかたりける。さればにや、八社(はつしや)の
御殿(ごてん)甍(いらか)をならべ、社(やしろ)はわだづみのほとりな
れば、塩(しほ)のみちP204ひに月(つき)こそ【*ぞ】すむ。しほみ
ちくれば、大鳥居(おほどりゐ)あけ【朱】の玉墻(たまがき)瑠璃(るり)の
如(ごと)し。塩(しほ)引(ひき)ぬれば、夏(なつ)の夜(よ)なれど、御(おん)まへの
しら州(す)に霜(しも)ぞをく(おく)【置く】。いよいよた(ッ)とく【尊く】覚(おぼ)えて、法
施(ほつせ)まいらせ(まゐらせ)【参らせ】て居(ゐ)たりけるに、やうやう日(ひ)く
れ、月(つき)さし出(いで)て、塩(しほ)のみちけるが、そこはか
P02346
となき藻(も)くづ共(ども)のゆられよりけるなか
に、卒都婆(そとば)のかたのみえ【見え】けるを、何(なに)となうと(ッ)て
見(み)ければ、奥(おき)のこじまに我(われ)ありと、かきなが
せることのは也(なり)。文字(もじ)をばゑり入(いれ)きざみ
付(つけ)たりければ、浪(なみ)にもあらは【洗は】れず、あざ
あざとしてぞみえ【見え】たりける。「あなふしぎ」
とて、これを取(とり)て笈(おひ)のかた【肩】にさし、都(みやこ)へ
のぼり、康頼(やすより)が老母(らうぼ)の尼公(にこう)妻子共(さいしども)が、一条(いちでう)
P02347
の北(きた)、紫野(むらさきの)と云(いふ)所(ところ)に忍(しのび)つつすみける
に、見(み)せたりければ、「さらば、此(この)卒都婆(そとば)が
もろこしのかたへもゆられゆかで、なにしにこれ
までつたひ来(き)て、今更(いまさら)物(もの)をおもは【思は】すらん」
とぞかなしみける。遥(はるか)の叡聞(えいぶん)(ゑいぶん)に及(および)(をよび)て、法
皇(ほふわう)(ほうわう)これを御覧(ごらん)じて、「あなむざんや。され
ばいままで此(この)者共(ものども)は、命(いのち)のいきてあるに
こそ」とて、御涙(おんなみだ)をながさせ給(たま)ふぞ忝(かたじけな)き。小
P02348
松(こまつ)のおとどのもとへをくら(おくら)【送ら】せ給(たま)ひたり
ければ、是(これ)を父(ちち)の入道相国(にふだうしやうこく)(にうだうしやうこく)にみせ【見せ】奉(たてまつ)り
給(たま)ふ。柿本(かきのもとの)人丸(ひとまろ)は島(しま)がくれゆく船(ふね)を思(おも)ひ、
山辺(やまのべ)の赤人(あかひと)はあしべのたづをながめ給(たま)ふ。
住吉(すみよし)の明神(みやうじん)はかたそぎの思(おもひ)をなし、三輪(みわ)
の明神(みやうじん)は杉(すぎ)たてる門(かど)をさす。昔(むかし)素盞
烏尊(そさのをのみこと)、三十一字(さんじふいちじ)のやまとうたをはじめを
き(おき)給(たま)ひしよりこのかた、もろもろの神明仏
P02349
陀(しんめいぶつだ)も、彼(かの)詠吟(えいぎん)(ゑいぎん)P205をも(ッ)て百千万端[M 「百千万騎端」とあり「騎」をミセケチ](ひやくせんばんたん)の思(おも)ひ
をのべ給(たま)ふ。入道(にふだう)(にうだう)も石木(いはき)ならねば、さすが
哀(あはれ)げにぞの給(たま)ひける。『蘇武(そぶ)』S0217入道相国(にふだうしやうこく)(にうだうしやうこく)のあは
れみたまふうへは、京中(きやうぢゆう)(きやうぢう)の上下(じやうげ)、老(おい)たる
もわかきも、鬼界(きかい)がの(*この1字不要)島(しま)の流人(るにん)の歌(うた)と
て、口(くち)ずさまぬはなかりけり。さても千本(せんぼん)
まで作(つく)りたりける卒都婆(そとば)なれば、〔さ〕こそ
はちいさう(ちひさう)【小さう】もありけめ、薩摩潟(さつまがた)よりはる
P02350
ばると都(みやこ)までつたはりけるこそふしぎ
なれ。あまりにおもふ【思ふ】事(こと)はかくしるし【徴】ある
にや。いにしへ漢王(かんわう)胡国(ここく)を攻(せめ)られけるに、はじ
めは李少卿(りせうけい)を大将軍(たいしやうぐん)にて、三十万騎(さんじふまんぎ)(さんじうまんぎ)むけら
れたりけるが、漢王(かんわう)のいくさよはく(よわく)【弱く】、胡国(ここく)の
たたかひこはくして、官軍(くわんぐん)(くはんぐん)みなうちほろ
ぼさる。剰(あまつさへ)(あま(ツ)さへ)大将軍(たいしやうぐん)李少卿(りせうけい)、胡王(こわう)のためにい
けどらる。次(つぎ)に蘇武(そぶ)を大将軍(たいしやうぐん)にて、五十
P02351
万騎(ごじふまんぎ)(ごじうまんぎ)をむけらる。猶(なほ)(なを)漢(かん)のいくさよはく(よわく)【弱く】、
えびすのたたかひこはくして、官軍(くわんぐん)(くはんぐん)皆(みな)
亡(ほろび)にけり。兵(つはもの)六十余人(ろくじふよにん)【*六千余人(ろくせんよにん)】いけどらる。其(その)中(なか)に、
大将軍(たいしやうぐん)蘇武(そぶ)をはじめとして、宗(むね)との兵(つはもの)六
百三十(ろつぴやくさんじふ)(ろつひやくさんじう)余人(よにん)すぐり出(いだ)して、一々(いちいち)にかた足(あし)をき(ッ)
てお(ッ)ぱな【追放】つ。則(すなはち)死(し)する者(もの)もあり、ほどへて死(し)
ぬる者(もの)もあり。其(その)なかにされP206共(ども)蘇武(そぶ)はし
なざりけり。かた足(あし)なき身(み)とな(ッ)て、山(やま)に
P02352
のぼ(ッ)ては木(こ)の実(み)をひろひ、春(はる)は沢(さは)の根
芹(ねぜり)を摘(つみ)、秋(あき)は田(た)づらのおち穂(ぼ)ひろひな(ン)
ど(など)してぞ、露(つゆ)の命(いのち)を過(すご)しける。田(た)にいく
らもありける鴈(かり)ども、蘇武(そぶ)に見(み)なれて
おそれ【恐れ】ざりければ、これはみな我(わが)古郷(ふるさと)へか
よふものぞかしとなつかしさに、おもふ【思ふ】事(こと)
を一筆(ひとふで)かいて、「相(あひ)かまへて是(これ)漢王(かんわう)に奉(たてまつ)
れ」と云(いひ)ふくめ、鴈(かり)の翅(つばさ)にむすび付(つけ)てぞ
P02353
はなちける。かひがひしくもたのむの鴈(かり)、秋(あき)
は必(かならず)こし地(ぢ)【越路】より都(みやこ)へ来(きた)るものなれば、漢(かんの)
昭帝(せうてい)上林苑(しやうりんえん)に御遊(ぎよいう)(ぎよゆふ)ありしに、夕(ゆふ)ざれの
空(そら)薄(うす)ぐもり、何(なに)となう物哀(ものあはれ)なりけるおり
ふし(をりふし)【折節】、一行(ひとつら)の鴈(かり)とびわたる。その中(なか)に鴈一(かりひとつ)と
びさが(ッ)て、をの(おの)【己】が翅(つばさ)を結付(むすびつけ)たる玉童【*玉章】(たまづさ)をく
ひき(ッ)てぞおとしける。官人(くわんにん)(くはんにん)是(これ)をと(ッ)て、御門(みかど)に
奉(たてまつ)る。披(ひらい)て叡覧(えいらん)(ゑいらん)あれば、「昔(むかし)は巌崛(がんくつ)の洞(ほら)
P02354
にこめられて、三春(さんしゆん)の愁歎(しうたん)ををくり(おくり)【送り】、今(いま)は曠
田(くわうでん)の畝(うね)に捨(すて)られて、胡敵(こてき)の一足(いつそく)となれり。設(たとひ)
かばねは胡(こ)の地(ち)にさらすと云(いふ)共(とも)、魂(たましひ)(たましゐ)は二(ふた)たび君
辺(くんべん)につかへん」とぞかいたりける。それより
してぞ、ふみをば鴈書(がんしよ)ともいひ、鴈札(がんさつ)
とも名付(なづけ)たり。「あなむざんや、蘇武(そぶ)がほ
まれの跡(あと)なりけり。いまだ胡国(ここく)にあるに
こそ」とて、今度(こんど)は李広(りくわう)(りくはう)と云(いふ)将軍(しやうぐん)に仰(おほせ)て、
P02355
百万騎(ひやくまんぎ)をさしつかはす。今度(こんど)は漢(かん)の戦(たたかひ)こはく
して、胡国(ここく)のいくさ破(やぶれ)にけり。御方(みかた)たたかひかち
ぬと聞(きこ)えしかば、P207蘇武(そぶ)は曠野(くわうや)のなかよりはい(はひ)【這ひ】出(いで)
て、「是(これ)こそいにしへの蘇武(そぶ)よ」とぞなのる【名乗る】。十
九年(じふくねん)(じうくねん)の星霜(せいざう)を送(おくり)(をくり)て、かた足(あし)はきられな
がら、輿(こし)にかかれて古郷(こきやう)へぞ帰(かへ)りける。蘇武(そぶ)
は十六(じふろく)(じうろく)の歳(とし)、胡国(ここく)へむけられけるに、御
門(みかど)より給(たまは)りたりける旗(はた)を、何(なに)としてかかく
P02356
したりけん、身(み)をはなたずも(ッ)たりけり。
今(いま)取出(とりいだ)して御門(みかど)のげむざん(げんざん)【見参】にいれ【入れ】たりけ
れば、きみも臣(しん)も感嘆(かんたん)なのめならず。君(きみ)
のため大功(たいこう)ならびなかりしかば、大国(だいこく)あま
た給(たま)はり、其上(そのうへ)天俗国(てんしよくこく)と云(いふ)司(つかさ)を下(くだ)され
けるとぞ聞(きこ)えし。李少卿(りせうけい)は胡国(ここく)にとどま(ッ)て終(つひ)
に帰(かへ)らず。いかにもして、漢朝(かんてう)へ帰(かへ)らむとのみ
なげけども、胡王(こわう)ゆるさねばかなはず。漢王(かんわう)
P02357
これをしり給(たま)はず。君(きみ)のため不忠(ふちゆう)(ふちう)のもの
なりとて、はかなくなれる二親(にしん)が死骸(しかばね)を
ほりおこい【起い】てうた【打た】せらる。其(その)外(ほか)六親(りくしん)をみ
なつみせらる。李少卿(りせうけい)是(これ)を伝(つたへ)きいて、恨(うらみ)
ふかう【深う】ぞなりにける。さりながらも猶(なほ)(なを)古
郷(ふるさと)を恋(こひ)つつ、君(きみ)に不忠(ふちゆう)(ふちう)なき様(やう)を一巻(いつくわん)(いちくはん)の
書(しよ)に作(つくり)てまいらせ(まゐらせ)【参らせ】たりければ、「さては不便(ふびん)
の事(こと)ごさんなれ」とて、父母(ふぼ)がかばねを堀【*掘】(ほり)いだい
P02358
てうたせられたる事(こと)をぞ、くやしみ給(たま)ひけ
る。漢家(かんか)の蘇武(そぶ)は書(しよ)を鴈(かり)の翅(つばさ)に付(つけ)て旧
里(きうり)へ送(おく)り、本朝(ほんてう)の康頼(やすより)は浪(なみ)のたよりに
歌(うた)を故郷(こきやう)に伝(つた)ふ。かれは一筆(ひとふで)のすさみ、〔これは二首(にしゆ)の歌(うた)、かれは上代(じやうだい)、これは末P208代(まつだい)、胡国(ここく)〕
鬼界(きかい)が島(しま)、さかひをへだて、世々(よよ)はかはれ
ども、風情(ふぜい)はおなじふぜい、ありがたかりし
事(こと)ども也(なり)。
P02359
平家物語(へいけものがたり)巻(くわん)第二(だいに)
平家物語(龍谷大学本)巻三
【許諾済】
本テキストの公開については、龍谷大学大宮図書館の許諾を得ています。底本使用・テキスト公開を許可された同図書館に厚く御礼申し上げます。
【注意】
本テキストの利用は個人の研究の範囲内に限られます。本テキストの全体あるいは一部の複写物・複写加工物を、インターネット上で、あるいは出版物(CD−ROM等を含む)として公表する場合には、事前に龍谷大学大宮図書館に翻刻掲載許可願いを申請する必要があります。同図書館の許可を得ない本テキストの公表は禁じられています。翻刻掲載許可願い申請送付先:〒600-8268 京都市下京区七条通大宮東入大工町125−1 龍谷大学大宮図書館閲覧係
【底本】
本テキストの底本は、龍谷大学大宮図書館所蔵『平家物語』です。直接には、思文閣出版発行の影印本(龍谷大学善本叢書13)に拠りました。
P03363
(表紙)
P03367
(目録)
三
一 免シ状(ゆるしじやう)
二 御産(ごさん)の巻(まき) 御産(ごさん)平安(ペいあん)にある ヨリ
三 大塔建立(だいたふこんりふ)(だいたうこんりう) 仁和寺(にんわじの)御室(おむろ)は東寺(とうじ)修造(しゆざう) ヨリ
四 頼豪(らいがう) 白河院(しらかはのゐん)御在位(ございゐ)の御時(おんとき) ヨリ
五 少将(せうしやう)[B ノ]都帰(みやこがへり) 明(あく)れば治承(ぢしよう)(ぢせう)三年(さんねん) ヨリ
六 有王(ありわう)[B ノ]嶋下(しまくだり) 去程(さるほど)に、鬼界(きかい)が島(しま)へ ヨリ
七 医師問答(いしもんだふ)(いしもんだう) 同(おなじき)五月(ごぐわつ)十二日(じふににち)午剋(むまのこく) ヨリ
八 無紋(むもん) 天性(てんぜい)このおとどは ヨリ
P03369
平家物語(へいけものがたり)巻(くわん)第三(だいさん)P209
赦文(ゆるしぶみ)S0301
治承(ぢしよう)(ぢせう)二年(にねん)正月(しやうぐわつ)一日(ひとひのひ)、院(ゐんの)御所(ごしよ)には拝礼(はいれい)をこ
なは(おこなは)【行なは】れて、四日(よつかのひ)朝覲(てうきん)の行幸(ぎやうがう)有(あり)ける【*けり】。例(れい)に
かはりたる事(こと)はなけれ共(ども)、去年(こぞ)の夏(なつ)新
大納言(しんだいなごん)成親卿(なりちかのきやう)以下(いげ)、近習(きんじゆ)の人々(ひとびと)多(おほ)くうし
なは【失は】れし事(こと)、法皇(ほふわう)(ほうわう)御憤(おんいきどほり)(おんいきどをり)いまだやまず、世(よ)の
政(まつりごと)も物(もの)うくおぼしめさ【思召さ】れて、御心(おんこころ)よからぬ
ことにてぞあり【有り】ける。太政(だいじやう)入道(にふだう)も、多田蔵人(ただのくらんど)行
P03370
綱(ゆきつな)が告(つげ)しらせて後(のち)は、君(きみ)をも御(おん)うしろめたき
事(こと)に思(おも)ひ奉(たてまつり)て、うへには事(こと)なき様(やう)なれ
共(ども)、下(した)には用心(ようじん)して、にがわらひ【笑ひ】てのみぞあり【有り】
ける。同(おなじき)正月(しやうぐわつ)七日(なぬかのひ)、彗星(せいせい)(セイセイ)東方(とうばう)にいづ。蚩尤
気(しゆうき)とも申(まうす)。又(また)赤気(せきき)共(とも)申(まうす)。十八日(じふはちにち)光(ひかり)をます。去
程(さるほど)に、入道(にふだう)相国(しやうこく)の御(おん)むすめ建礼門院(けんれいもんゐん)、其(その)比(ころ)は未(いまだ)
中宮(ちゆうぐう)(ちうぐう)と聞(きこ)えさせ給(たまひ)しが、御悩(ごなう)とて、雲(くも)のうへ
天(あめ)が下(した)の歎(なげ)きにてぞあり【有り】ける。諸寺(しよじ)に御読経(みどくきやう)
P03371
始(はじ)まり、諸社(しよしや)へ官P210幣(くわんべい)(くはんべい)を立(たて)らる。医家(いけ)薬(くすり)を
つくし、陰陽術(おんやうじゆつ)(をんやうじゆつ)をきはめ、大法(だいほふ)(だいほう)秘法(ひほふ)(ひほう)一(ひとつ)として
残(のこ)る処(ところ)なう修(しゆ)せられけり。され共(ども)、御悩(ごなう)ただ
にも渡(わた)らせ給(たま)はず、御懐姙(ごくわいにん)とぞ聞(きこ)えし。主上(しゆしやう)
は今年(ことし)十八(じふはち)、中宮(ちゆうぐう)(ちうぐう)は廿二(にじふに)にならせ給(たま)ふ。しかれ共(ども)、
いまだ皇子(わうじ)も姫宮(ひめみや)も出(いで)きさせ給(たま)はず。もし
皇子(わうじ)にてわたらせ給(たま)はばいかに目出(めでた)からんと
て、平家(へいけ)の人々(ひとびと)はただ今(いま)皇子(わうじ)御誕生(ごたんじやう)のある
P03372
様(やう)に、いさみ悦(よろこ)びあはれけり。他家(たけ)の人々(ひとびと)も、「平
氏(へいじ)の繁昌(はんじやう)おり(をり)【折】をえたり。皇子(わうじ)御誕生(ごたんじやう)疑(うたがひ)なし」
とぞ申(まうし)あはれける。御懐姙(ごくわいにん)さだまらせ給(たまひ)しかば、
有験(うげん)の高僧(かうそう)貴僧(きそう)に仰(おほ)せて、大法(だいほふ)(だいぼう)秘法(ひほふ)(ひほう)を
修(しゆ)し、星宿仏菩薩(しやうしゆくぶつぼさつ)につげて、皇子(わうじ)御誕生(ごたんじやう)と
祈誓(きせい)せらる。六月(ろくぐわつ)一日(ひとひのひ)、中宮(ちゆうぐう)(ちうぐう)御着帯(ごちやくたい)あり【有り】けり。
仁和寺(にんわじ)の御室(おむろ)守覚(しゆうかく)法親王(ほふしんわう)(ほうしんわう)、御参内(ごさんだい)あ(ッ)て、
孔雀経(くじやくきやう)の法(ほふ)(ほう)をも(ッ)て御加持(おんかぢ)あり【有り】。天台座主(てんだいざす)
P03373
覚快(かくくわい)法親王(ほふしんわう)(ほうしんわう)、おなじうまいら(まゐら)【参ら】せ給(たまひ)て、変成男子(へんじやうなんし)の
法(ほふ)(ほう)を修(しゆ)せらる。かかりし程(ほど)に、中宮(ちゆうぐう)(ちうぐう)は月(つき)のかさなるに
随(したがひ)て、御身(おんみ)をくるしう【苦しう】せさせ給(たま)ふ。一(ひと)たびゑめば
百(もも)の媚(こび)あり【有り】けむ漢(かん)の李夫人(りふじん)の、承陽殿【*昭陽殿】(せうやうでん)の
病(やまふ)のゆか【床】もかくやとおぼえ、唐(たう)の楊貴姫(やうきひ)、李花(りか)
一枝(いつし)春(はる)の雨(あめ)ををび(おび)【帯び】、芙蓉(ふよう)の風(かぜ)にしほれ(しをれ)【萎れ】、女
郎花(をみなへし)の露(つゆ)おもげなるよりも、猶(なほ)(なを)いたはしき
御(おん)さまなり。かかる御悩(ごなう)の折節(をりふし)(おりふし)にあはせて、こはき
P03374
御物気共(おんもののけども)、取(とり)いり奉(たてまつ)る。よりまし明王(みやうわう)の縛(ばく)に
かけて、霊(れい)あらはれたり。殊(こと)には讃岐院(さぬきのゐん)の御霊(ごれい)、
宇治悪左府(うぢあくさふ)の憶念(おくねん)、新(しん)大納言(だいなごん)成親卿(なりちかのきやう)の死
霊(しりやう)、西光(さいくわう)法師(ほふし)(ほうし)が悪霊(あくりやう)、P211鬼界(きかい)の島(しま)の流人共(るにんども)が
生霊(しやうりやう)な(ン)ど(など)ぞ申(まうし)ける。是(これ)によ(ッ)て、太政(だいじやう)入道(にふだう)生霊(しやうりやう)
も死霊(しりやう)もなだめらるべしとして、其(その)比(ころ)やがて讃
岐院(さぬきのゐん)御追号(ごついがう)あ(ッ)て、崇徳天皇(しゆとくてんわう)と号(かう)す。宇治悪左
府(うぢのあくさふ)、贈官(ぞうくわん)贈位(ぞうゐ)をこなは(おこなは)【行なは】れて、太政(だいじやう)大臣(だいじん)正(じやう)一位(いちゐ)を
P03375
をくら(おくら)【送ら】る。勅使(ちよくし)は少内記(せうないき)維基(これもと)とて【*とぞ】聞(きこ)えし。件(くだん)の
墓所(むしよ)は大和国(やまとのくに)そうのかん【添上】の郡(こほり)、川上(かはかみ)の村(むら)、般若野(はんにやの)
の五三昧(ごさんまい)也(なり)。保元(ほうげん)の秋(あき)ほり【掘り】をこし(おこし)【起こし】て捨(すて)られ
し後(のち)は、死骸(しがい)路(みち)の辺(ほとり)の土(つち)とな(ッ)て、年々(ねんねん)にただ
春(はる)の草(くさ)のみ茂(しげ)れり。今(いま)勅使(ちよくし)尋来(たづねきたり)て宣命(せんみやう)
を読(よみ)けるに、亡魂(ばうこん)いかにうれしとおぼしけむ。
怨霊(をんりやう)は昔(むかし)も[B かく]おそろしき【恐ろしき】こと也(なり)。されば早良(さはらの)(サラノ)
廃太子(はいたいし)をば崇道天皇(しゆだうてんわう)と号(かう)し、井上(ゐがみ)の内
P03376
親王(ないしんわう)をば皇后(くわうこう)の職位(しきゐ)にふくす。是(これ)みな怨
霊(をんりやう)を寛【*宥(なだ)】められしはかりこと也(なり)。冷泉院(れいぜんのゐん)の御物(おんもの)
ぐるはしうましまし、花山(くわさん)の法皇(ほふわう)(ほうわう)の十禅(じふぜん)万
乗(ばんじよう)(ばんじやう)の帝位(ていゐ)をすべらせ給(たまひ)しは、基方民部卿(もとかたのみんぶきやう)が
霊(れい)とかや。三条院(さんでうのゐん)の御目(おんめ)も御覧(ごらん)ぜざりしは、
観算供奉(くわんざんぐぶ)が霊(れい)也(なり)。門脇宰相(かどわきのさいしやう)か様(やう)【斯様】の事共(ことども)
伝(つた)へきいて、小松殿(こまつどの)に申(まう)されけるは、「中宮(ちゆうぐう)(ちうぐう)御
産(ごさん)の御祈(おんいのり)さまざまに候(さうらふ)也(なり)。なにと申(まうし)候(さうらふ)共(とも)、非常(ひじやう)の
P03377
赦(しや)に過(すぎ)たる事(こと)あるべしともおぼえ候(さうら)はず。
中(なか)にも、鬼界(きかい)の島(しま)の流人共(るにんども)めしかへさ【召返さ】れた
らむほどの功徳善根(くどくぜんこん)、争(いかで)か候(さうらふ)べき」と申(まう)されけれ
ば、小松殿(こまつどの)父(ちち)の禅門(ぜんもん)の御(おん)まへにおはして、「あの
丹波少将(たんばのせうしやう)が事(こと)を、宰相(さいしやう)のあながちに歎(なげき)申(まうし)
候(さうらふ)が不便(ふびん)候(ざうらふ)。中宮(ちゆうぐう)(ちうぐう)御悩(ごなう)の御(おん)こと、承(うけたまはり)P212及(およぶ)(をよぶ)ごとくんば、
殊更(ことさら)成親卿(なりちかのきやう)が死霊(しりやう)な(ン)ど(など)聞(きこ)え候(さうらふ)。大納言(だいなごん)が死
霊(しりやう)な(ン)ど(など)聞(きこ)え候(さうらふ)。大納言(だいなごん)が死霊(しりやう)をなだめむと
P03378
おぼしめさ【思召さ】んにつけても、生(いき)て候(さうらふ)少将(せうしやう)をこそ
めしかへさ【召返さ】れ候(さうら)はめ。人(ひと)のおもひ【思ひ】をやめさせ給(たま)
はば、おぼしめす【思召す】事(こと)もかなひ【叶ひ】、人(ひと)の願(ねが)ひをかな
へ【適へ】させ給(たま)はば、御願(ごぐわん)もすなはち成就(じやうじゆ)して、中
宮(ちゆうぐう)(ちうぐう)やがて皇子(わうじ)御誕生(ごたんじやう)あ(ッ)て、家門(かもん)の栄花(えいぐわ)(ゑいぐわ)
弥(いよいよ)さかむ(さかん)【盛】に候(さうらふ)べし」な(ン)ど(など)申(まう)されければ、入道(にふだう)相国(しやうこく)、
日比(ひごろ)にもに【似】ず事(こと)の外(ほか)にやはらひ(やはらい)【和らい】で、「さてさて、俊
寛(しゆんくわん)(しゆんくはん)と康頼法師(やすよりぼふし)(やすよりばうし)が事(こと)はいかに」。「それもおなじう
P03379
めし【召し】こそかへさ【返さ】れ候(さうら)はめ。若(もし)一人(いちにん)も留(とど)められんは、
中々(なかなか)罪業(ざいごふ)(ざいごう)たるべう候(さうらふ)」と申(まう)されければ、「康頼(やすより)法
師(ぼふし)(ぼうし)が事(こと)はさる事(こと)なれ共(ども)、俊寛(しゆんくわん)は随分(ずいぶん)入道(にふだう)が
口入(こうじゆ)をも(ッ)て人(ひと)とな(ッ)たる物(もの)ぞかし。それに所(ところ)しも
こそ多(おほ)けれ、わが山荘(さんざう)鹿(しし)の谷(たに)に城郭(じやうくわく)(じやうくはく)をかま
へて、事(こと)にふれて奇恠(きくわい)のふるまひ共(ども)が有(あり)けん
なれば、俊寛(しゆんくわん)をば思(おも)ひもよらず」と〔ぞ〕の給(たまひ)ける。
小松殿(こまつどの)かへ(ッ)(かへつ)【帰つ】て、叔父(をぢ)の宰相殿(さいしやうどの)よび奉(たてまつ)り、「少将(せうしやう)は
P03380
すでに赦免(しやめん)候(さうら)はんずる[M れ→る]ぞ。御心(おんこころ)やすう思食(おぼしめ)され
候(さうら)へ」との〔た〕まへば、宰相(さいしやう)手(て)をあはせてぞ悦(よろこば)れける。
「下(くだ)りし時(とき)も、などか申(まうし)うけ【請け】ざらむとおもひ【思ひ】たり
げにて、教盛(のりもり)を見(み)候(さうらふ)度(たび)ごとには涙(なみだ)をながし候(さうらひ)
しが不便(ふびん)候(ざうらふ)」と申(まう)されければ、小松殿(こまつどの)「まこと【誠】に
さこそおぼしめさ【思召さ】れ候(さうらふ)らめ。子(こ)は誰(たれ)とてもかなし
ければ、能々(よくよく)申(まうし)候(さうら)はん」とて入(いり)給(たまひ)ぬ。P213去程(さるほど)に、鬼界(きかい)が
島(しま)の流人共(るにんども)めしかへさ【召返さ】るべき事(こと)さだめられ
P03381
て、入道(にふだう)相国(しやうこく)ゆるしぶみ【赦文】下(くだ)されけり。御使(おんつかひ)(おつかひ)すでに
都(みやこ)をたつ。宰相(さいしやう)あまりのうれしさに、御使(おんつかひ)(おつかひ)に私(わたくし)
の吏【*使(つかひ)】をそへてぞ下(くだ)されける。よるを昼(ひる)にして
いそぎ下(くだつ)たりしか共(ども)、心(こころ)にまかせぬ海路(かいろ)なれば、
浪風(なみかぜ)をしのいで行(ゆく)程(ほど)に、都(みやこ)をば七月(しちぐわつ)下旬(じゆん)に
出(いで)たれ共(ども)、長月(ながつき)廿日(はつか)比(ごろ)にぞ、鬼界(きかい)の島(しま)には着(つき)に
ける。足摺(あしずり)S0302 御使(おんつかひ)(おつかひ)は丹左衛門尉(たんざゑもんのじよう)(たんざゑもんのぜう)基康(もとやす)といふ者(もの)也(なり)。船(ふね)より
あが(ッ)て、「是(これ)に都(みやこ)よりながされ給(たまひ)し丹波少将殿(たんばのせうしやうどの)、
P03382
法勝寺(ほつしようじ)(ほつしやうじ)執行(しゆぎやう)御房(ごばう)、平判官(へいはんぐわん)入道殿(にふだうどの)やおはする」
と、声々(こゑごゑ)にぞ尋(たづね)ける。二人(ににん)の人々(ひとびと)は、例(れい)の熊野(くまの)
まうでしてなかりけり。俊寛(しゆんくわん)僧都(そうづ)一人(いちにん)のこ(ッ)【残つ】
たりけるが、是(これ)をきき、「あまりに思(おも)へば夢(ゆめ)やらん。
又(また)天魔波旬(てんまはじゆん)の我(わが)心(こころ)をたぶらかさむとていふ
やらむ。うつつ共(とも)覚(おぼ)えぬ物(もの)かな」とて、あはて(あわて)【慌て】ふた
めき、はしる【走る】ともなく、たをるる(たふるる)【倒るる】共(とも)なく、いそぎ
御使(おんつかひ)のまへに走(はし)りむかひ、「何事(なにごと)ぞ。是(これ)こそ京(きやう)
P03383
よりながされたる俊寛(しゆんくわん)よ」と名乗(なの)り給(たま)へば、
雑色(ざふしき)(ざうしき)が頸(くび)にかけ【懸け】させたる小袋(こぶくろ)【*文袋(ふぶくろ)】より、入道(にふだう)相国(しやうこく)の
ゆるしぶみ【赦文】取(とり)出(いだ)いて奉(たてまつ)る。ひらいてみれ【見れ】ば、「重科(ぢゆうくわ)(ぢうくわ)は
遠P214流(をんる)にめんず【免ず】。はやく帰洛(きらく)の思(おも)ひをなすべし。
中宮(ちゆうぐう)(ちうぐう)御産(ごさん)の御祈(おんいのり)によ(ッ)て、非常(ひじやう)の赦(しや)をこなは(おこなは)【行なは】
る。然(しかる)間(あひだ)(あいだ)鬼界(きかい)の島(しま)の流人(るにん)、少将成経(せうしやうなりつね)、康頼(やすより)
法師(ぼふし)(ぼうし)赦免(しやめん)」とばかり書(かか)〔れ〕て、俊寛(しゆんくわん)と云(いふ)文字(もじ)はなし。
らいし【礼紙】にぞあるらむとて、礼紙(らいし)をみる【見る】にもみえ【見え】ず。
P03384
奥(おく)よりはし【端】へよみ、端(はし)より奥(おく)へ読(よみ)けれ共(ども)、二人(ににん)
とばかりかか【書か】れて、三人(さんにん)とはかかれず。さる程(ほど)に、少
将(せうしやう)や判官(はんぐわん)入道(にふだう)も出(いで)きたり。少将(せうしやう)のと(ッ)【取つ】てよむ
にも、康頼(やすより)入道(にふだう)が読(よみ)[B ける]にも、二人(ににん)とばかり書(かか)れて
三人(さんにん)とはかかれざりけり。夢(ゆめ)にこそかかる事(こと)は
あれ、夢(ゆめ)かと思(おも)ひなさんとすればうつつ也(なり)。うつつ
かと思(おも)へば又(また)夢(ゆめ)の如(ごと)し。其(その)うへ二人(ににん)の人々(ひとびと)
のもとへは、都(みやこ)よりことづけ【言付】ぶみ共(ども)いくらもあり【有り】
P03385
けれ共(ども)、俊寛(しゆんくわん)僧都(そうづ)のもとへは、事(こと)とふ文(ふみ)一(ひとつ)も
なし。「抑(そもそも)われら三人(さんにん)は罪(つみ)もおなじ罪(つみ)、配所(はいしよ)も
一所(ひとつところ)也(なり)。いかなれば赦免(しやめん)の時(とき)、二人(ににん)はめしかへさ【召返さ】れて、
一人(いちにん)ここに残(のこ)るべき。平家(へいけ)の思(おも)ひわすれかや、
執筆(しゆひつ)のあやまりか。こはいかにしつる事(こと)共(ども)
ぞや」と、天(てん)にあふぎ地(ち)に臥(ふし)て、泣(なき)かなしめ共(ども)かひ
ぞなき。少将(せうしやう)の袂(たもと)にすが(ッ)て、「俊寛(しゆんくわん)がかく成(なる)と
いふも、御(ご)へんの父(ちち)、故(こ)大納言殿(だいなごんどの)のよしなき
P03386
謀反(むほん)ゆへ(ゆゑ)也(なり)。さればされば、よその事(こと)とおぼすべからず。
ゆるされなければ、都(みやこ)までこそかなは【叶は】ずと云(いふ)共(とも)、此(この)
船(ふね)にのせ【乗せ】て、九国(くこく)の地(ち)へつけ給(たま)へ。をのをの(おのおの)【各々】の
是(これ)におはしつる程(ほど)P215こそ、春(はる)はつばくらめ、秋(あき)は
田(た)のむ【面】の鴈(かり)の音(おと)(をと)づるる様(やう)に、をのづから(おのづから)古郷(こきやう)の
事(こと)をも伝(つた)へきい【聞い】つれ。今(いま)より後(のち)、何(なに)としてかは
聞(きく)べき」とて、もだえ【悶え】こがれ給(たま)ひけり。少将(せうしやう)「まこ
と【誠】にさこそはおぼしめさ【思召さ】れ候(さうらふ)らめ。我等(われら)がめし
P03387
かへさ【返さ】るるうれしさは、さる事(こと)なれ共(ども)、御(おん)あり様(さま)
を見(み)をき(おき)奉(たてまつ)るに、行(ゆく)べき空(そら)も覚(おぼ)えず。うち
のせ【乗せ】たてま(ッ)【奉つ】ても上(のぼ)りたう候(さうらふ)が、都(みやこ)の御使(おんつかひ)もかなふ【叶ふ】
まじき由(よし)申(まうす)うへ、ゆるされもないに、三人(さんにん)ながら島(しま)
を出(いで)たりな(ン)ど(など)聞(きこ)えば、中々(なかなか)あしう候(さうらひ)なん。成経(なりつね)
まづ罷(まか)りのぼ(ッ)て、人々(ひとびと)にも申(まうし)あはせ、入道(にふだう)相国(しやうこく)
の気色(きしよく)をもうかがふ(うかがう)【伺う】て、むかへに人(ひと)を奉(たてまつ)らむ。其(その)
間(あひだ)(あいだ)は、此(この)日比(ひごろ)おはしつる様(やう)におもひ【思ひ】なして待(まち)給(たま)へ。
P03388
何(なに)と〔しても〕命(いのち)は大切(たいせつ)の事(こと)なれば、今(この)度(たび)こそもれ【漏れ】させ
給(たま)ふ共(とも)、つゐに(つひに)【遂に】はなどか赦免(しやめん)なうて候(さうらふ)べき」となぐさめ
たまへ共(ども)、人目(ひとめ)もしらず泣(なき)もだえ【悶え】けり。既(すで)に船(ふね)
出(いだ)すべしとてひしめきあへば、僧都(そうづ)の(ッ)【乗つ】てはおりつ、
おり【降り】てはの(ッ)【乗つ】つ、あらまし事(ごと)をぞし給(たま)ひける。少将(せうしやう)
の形見(かたみ)にはよるの衾(ふすま)[B 「哀」とあり「衾」と傍書]、康頼(やすより)入道(にふだう)が形見(かたみ)には
一部(いちぶ)の法花経(ほけきやう)をぞとどめける。ともづなとい【解い】て
おし出(いだ)せば、僧都(そうづ)綱(つな)に取(とり)つき、腰(こし)になり、脇(わき)になり、
P03389
たけの立(たつ)まではひか【引か】れて出(いで)、たけも及(およ)(をよ)ば
ず成(なり)ければ、船(ふね)に取(とり)つき、「さていかにをのをの(おのおの)【各々】、俊
寛(しゆんくわん)をば遂(つひ)(つゐ)に捨(すて)はて給(たま)ふか。是(これ)程(ほど)とこそおもは
ざりつれ。日比(ひごろ)の情(なさけ)も今(いま)は何(なに)ならず。ただ
理(り)をまげてのせ【乗せ】給(たま)へ。せめては九P216国(くこく)の地(ち)まで」
とくどかれけれ共(ども)、都(みやこ)の御使(おんつかひ)「いかにもかなひ【叶ひ】候(さうらふ)ま
じ」とて、取(とり)つき給(たま)へる手(て)を引(ひき)のけて、船(ふね)をば
つゐに(つひに)【遂に】漕出(こぎいだ)す。僧都(そうづ)せん方(かた)なさに、渚(なぎさ)にあがり
P03390
たふれ【倒れ】ふし、おさなき(をさなき)【幼き】者(もの)のめのとや母(はは)な(ン)ど(など)を
したふやうに、足(あし)ずりをして、「是(これ)のせ【乗せ】てゆけ、
ぐし【具し】てゆけ」と、おめき(をめき)【喚き】さけべ【叫べ】共(ども)、漕行(こぎゆく)船(ふね)の
習(ならひ)にて、跡(あと)はしら【白】浪(なみ)ばかり也(なり)。いまだ遠(とほ)(とを)からぬ
ふね【船】なれ共(ども)、涙(なみだ)に暮(くれ)てみえ【見え】ざりければ、僧都(そうづ)
たかき【高き】所(ところ)に走(はしり)あがり[B 「あ」に「り」と傍書]、澳(おき)の方(かた)をぞまねきける。
彼(かの)松浦(まつら)さよ【佐用】姫(ひめ)がもろこし船(ぶね)をしたひつつ、ひれ【領布】
ふりけむも、是(これ)には過(すぎ)じとぞみえ【見え】し。船(ふね)も漕(こぎ)かくれ、
P03391
日(ひ)もくるれ共(ども)、あやしの[B 臥(ふし)]どへも帰(かへ)らず。浪(なみ)に足(あし)
うちあらはせて、露(つゆ)にしほれ(しをれ)【萎れ】て、其(その)夜(よ)はそこ
にぞあかされける。さり共(とも)少将(せうしやう)はなさけ【情】ふかき
人(ひと)なれば、よき様(やう)に申(まうす)事(こと)もあらんずらむと
憑(たのみ)をかけ、その瀬(せ)に身(み)をもなげざりける
心(こころ)の程(ほど)こそはかなけれ。昔(むかし)壮里【*早離】(さうり)(サウリ)・息里【*速離】(そくり)(ソクり)が海
岳山(かいがくせん)へはなたれけむかなしみも、いまこそ思(おも)ひ
しられけれ。御産(ごさん)S0303去程(さるほど)に、此(この)人々(ひとびと)は鬼界(きかい)の島(しま)を出(いで)て、
P03392
平宰相(へいざいしやう)の領(りやう)、肥前国(ひぜんのくに)鹿瀬庄(かせのしやう)に着(つき)給(たま)ふ。宰P217
相(さいしやう)、京(きやう)より人(ひと)を下(くだ)して、「年(とし)の内(うち)は浪風(なみかぜ)はげ
しう、道(みち)の間(あひだ)(あいだ)もおぼつかなう候(さうらふ)に、それにて能々(よくよく)
身(み)いたは(ッ)て、春(はる)には(ッ)て上(のぼ)りたまへ」とあり【有り】ければ、
少将(せうしやう)鹿瀬庄(かせのしやう)にて、年(とし)を暮(くら)す。さる程(ほど)に、同(おなじき)
年(とし)の十一月(じふいちぐわつ)十二日(じふににち)[B ノ]寅[B ノ]剋(とらのこく)より、中宮(ちゆうぐう)(ちうぐう)御産(ごさん)の
気(け)ましますとて、京中(きやうぢゆう)(きやうぢう)六波羅(ろくはら)ひしめき
あへり[B 「あへす」とあり「す」に「り」と傍書]。御産所(ごさんじよ)は六波羅(ろくはら)池殿(いけどの)にてあり【有り】けるに、
P03393
法皇(ほふわう)(ほうわう)も御幸(ごかう)なる。関白殿(くわんばくどの)(くはんばくどの)を始(はじ)め奉(たてまつり)て、太政
大臣(だいじやうだいじん)以下(いげ)の公卿(くぎやう)殿上人(てんじやうびと)、すべて世(よ)に人(ひと)とかぞへられ、
官(くわん)加階(かかい)にのぞみをかけ、所帯(しよたい)・所職(しよしよく)を帯(たい)する
程(ほど)の人(ひと)の、一人(いちにん)ももるる【洩るる】はなかりけり。先例(せんれい)、女御(にょうご)
后(きさき)御産(ごさん)の時(とき)にのぞんで、大赦(だいしや)をこなは(おこなは)【行なは】るる
事(こと)あり【有り】。大治(だいぢ)二年(にねん)九月(くぐわつ)十一日(じふいちにち)、待賢門院(たいけんもんゐん)御
産(ごさん)[B 「重産」とあり「重」に「御」と傍書]の時(とき)、大赦(だいしや)あり【有り】き。其(その)例(れい)とて、今度(こんど)も重科(ぢゆうくわ)(ぢうくわ)
の輩(ともがら)おほくゆるされける中(なか)に、俊寛(しゆんくわん)僧都(そうづ)
P03394
二[*上に貼り紙] 一人(いちにん)、赦免(しやめん)なかりけるこそうたてけれ。御産(ごさん)平
安(ペいあん)にあるならば、八幡(やはた)・平野(ひらの)・大原野(おほはらの)などへ行
啓(ぎやうげい)なるべしと、御立願(ごりふぐわん)(ごりうぐわん)あり【有り】けり。仙源【*全玄】(せんげん)法印(ほふいん)(ほうゐん)是(これ)を
敬白(けいひやく)す。神社(じんじや)は太神宮(だいじんぐう)を始(はじ)め奉(たてまつり)て廿(にじふ)余ケ所(よかしよ)、
仏寺(ぶつじ)は東大寺(とうだいじ)・興福寺(こうぶくじ)以下(いげ)十六ケ所(じふろくかしよ)に御誦
経(みじゆぎやう)あり【有り】。御誦経(みじゆぎやう)の御使(おんつかひ)(おつかひ)は、宮(みや)の侍(さぶらひ)の中(なか)に
有官(うくわん)(うくはん)の輩(ともがら)是(これ)をつとむ。ひやうもん【平文】の狩衣(かりぎぬ)に
帯剣(たいけん)したる者共(ものども)が、色々(いろいろ)の御誦経(みじゆぎやう)もつ【物】、御剣(ぎよけん)
P03395
御衣(ぎよい)を持(もち)つづいて、東(ひがし)の台(たい)より南庭(なんてい)をわた(ッ)て、
西(にし)の中門(ちゆうもん)(ちうもん)にいづ。目出(めで)たか(ッ)し[B 「か」と「し」の間に「り」と傍書]見物(けんぶつ)也(なり)。P218小松(こまつ)の
おとどは、例(れい)の善悪(ぜんあく)にさはが(さわが)【騒が】ぬ人(ひと)にておはしければ、
其(その)後(のち)遥(はるか)に程(ほど)へて、嫡子(ちやくし)権亮少将(ごんのすけぜうしやう)以下(いげ)公達(きんだち)
の車共(くるまども)みなやり【遣り】つづけさせ、色々(いろいろ)の絹(きぬ)四十(しじふ)
領(りやう)、銀剣(ぎんけん)七(ななつ)、広(ひろ)ぶたにをか(おか)【置か】せ、御馬(おんむま)十二疋(じふにひき)ひか【牽か】せて
まいり(まゐり)【参り】給(たま)ふ。寛弘(くわんこう)に上東門院(しやうとうもんゐん)御産(ごさん)の時(とき)、御堂
殿(みだうどの)御馬(おんむま)をまいらせ(まゐらせ)【参らせ】られし其(その)例(れい)とぞ聞(きこ)えし。この
P03396
おとどは、中宮(ちゆうぐう)(ちうぐう)の御(おん)せうと【兄】にておはしけるうへ、
父子(ふし)の御契(おんちぎり)なれば、御馬(おんむま)まいらせ(まゐらせ)【参らせ】給(たま)ふもことはり(ことわり)【理】也(なり)。
五条(ごでうの)大納言(だいなごん)国綱【*邦綱】卿(くにつなのきやう)、御馬(おんむま)二疋(にひき)進(まゐら)(まいら)せらる。「心(こころ)
ざしのいたりか、徳(とく)のあまりか」とぞ人(ひと)申(まうし)ける。
なを(なほ)【猶】伊勢(いせ)より始(はじめ)て、安芸(あき)の厳島(いつくしま)にいたる
まで、七十(しちじふ)余ケ所(よかしよ)へ神馬(じんめ)を、立(たて)らる。大内(おほうち)にも、
竜【*寮】(れう)(りやう)の御馬(おんむま)に四手(しで)つけて、数十疋(すじつぴき)ひ(ッ)(ひつ)【引つ】たて【立て】たり。
仁和寺(にんわじ)の御室(おむろ)は孔雀経(くじやくきやう)の法(ほふ)(ほう)、天台座主(てんだいざす)覚快(かくくわい)
P03397
法親王(ほふしんわう)(ほうしんわう)は七仏薬師(しちぶつやくし)の法(ほふ)(ほう)、寺(てら)の長吏(ちやうり)円慶【*円恵】(ゑんけい)法親
王(ほふしんわう)(ほうしんわう)は金剛童子(こんがうどうじ)の法(ほふ)(ほう)、其(その)外(ほか)五大虚空蔵(ごだいこくうざう)・六観音(ろくくわんおん)(ろくくはんおん)、
一字金輪(いちじきんりん)・五壇法(ごだんのほふ)(ごだんのほう)、六字加輪(ろくじかりん)・八字文殊(はちじもんじゆ)、普賢延
命(ふげんえんめい)にいたるまで、残(のこ)る処(ところ)なう修(しゆ)せられけり。護摩(ごま)の
煙(けぶり)御所中(ごしよぢゆう)(ごしよぢう)にみち、鈴(れい)の音(おと)(をと)雲(くも)をひびかし、修法(しゆほふ)(しゆほう)
の声(こゑ)身(み)の毛(け)よだ(ッ)て、いかなる御物(おんもの)の気(け)なり共(とも)、
面(おもて)をむかふべしともみえ【見え】ざりけり。猶(なほ)(なを)仏所(ぶつしよ)の
法印(ほふいん)(ほうゐん)に仰(おほせ)て、御身(ごじん)等身(とうじん)の七仏薬師(しちぶつやくし)、並(ならび)に
P03398
五大尊(ごだいそん)の像(ざう)をつくり始(はじ)めらる。かかりしか共(ども)、
中宮(ちゆうぐう)(ちうぐう)はひまなくしきらせ給(たま)ふばかりにて、御
産(ごさん)もとみに成(なり)やらず。入道(にふだう)相国(しやうこく)・二位殿(にゐどの)、胸(むね)に
手(て)ををい(おい)【置い】て、「こはいかにせん、いかにせむ」とP219ぞあ
きれ給(たま)ふ。人(ひと)の物(もの)申(まうし)けれ共(ども)、ただ「ともかうも能(よき)様(やう)に、
よきやうに」とぞの給(たまひ)ける。「さり共(とも)いくさの陣(ぢん)
ならば、是(これ)程(ほど)浄海(じやうかい)は臆(おく)せじ物(もの)を」とぞ、後(のち)には
仰(おほせ)られける。御験者(おんげんじや)は、房覚(ばうかく)・性運【*昌雲】(しやううん)両僧正(りやうそうじやう)、春堯【*俊堯】(しゆんげう)
P03399
法印(ほふいん)(ほうゐん)、豪禅(がうぜん)・実専【*実全】(じつぜん)両僧都(りやうそうづ)、をのをの(おのおの)【各々】僧加【*僧伽】(そうが)の
句共(くども)あげ、本山(ほんざん)の三実【*三宝】(さんぼう)、年来(ねんらい)所持(しよぢ)の本
尊達(ほんぞんたち)、〔責(せめ)〕ふせ【伏せ】〔責(せめ)〕ふせ【伏せ】もま【揉ま】れ
けり。誠(まこと)にさこそはと覚(おぼえ)て
た(ッ)とかりける中(なか)に、法皇(ほふわう)(ほうわう)は折(をり)(おり)しも、新熊野(いまぐまの)へ
御幸(ごかう)なるべきにて、御精進(ごしやうじん)の次(つい)(つゐ)でなりける
間(あひだ)、錦帳(きんちやう)ちかく御座(ござ)あ(ッ)て、千手経(せんじゆきやう)をうち
あげ【上げ】うちあげ【上げ】あそばされけるにこそ、今(いま)一(ひと)きは事(こと)
かは(ッ)【変つ】て、さしも踊(をど)りくるふ御(おん)よりまし共(ども)が
P03400
縛(ばく)も、しばらくうちしづめ【鎮め】けれ。法皇(ほふわう)(ほうわう)仰(おほせ)なり
けるは、「いかなる物気(もののけ)なり共(とも)、この老法師(おいぼふし)(おいぼうし)がかくて
候(さうら)はんには、争(いかで)かちかづき【近付き】奉(たてまつ)るべき。就中(なかんづく)にいま
あらはるる処(ところ)の怨霊共(をんりやうども)は、みなわが朝恩(てうおん)に
よ(ッ)て人(ひと)とな(ッ)し物共(ものども)ぞかし。たとひ報謝(ほうしや)の心(こころ)を
こそ存(ぞん)ぜず共(とも)、豈(あに)障碍[*底本 石ヘン無し](しやうげ)をなすべきや。速(すみやか)にまかり
退(しりぞ)き候(さうら)へ」とて「女人(によにん)生産(しやうさん)しがたからむ時(とき)にのぞんで、
邪魔遮生(じやましやしやう)し、苦(く)忍(しのび)がたからむにも、心(こころ)をいた
P03401
して大悲呪(だいひしゆ)を称誦(せうじゆ)せば、鬼神(きじん)退散(たいさん)して、
安楽(あんらく)に生(しやう)ぜん」とあそばいて、皆(みな)水精(ずいしやう)の御
数珠(おんじゆず)おしもませ給(たま)へば、御産(ごさん)平安(ぺいあん)のみならず、
皇子(わうじ)にてこそましましけれ。頭(とうの)中将(ちゆうじやう)(ちうじやう)重衡(しげひら)、其(その)
時(とき)はいまだ中宮亮(ちゆうぐうのすけ)(ちうぐうのすけ)にておはしけるが、御簾(ぎよれん)の
内(うち)よりつ(ッ)とP220出(いで)て、「御産(ごさん)平安(ぺいあん)、皇子(わうじ)御誕生(ごたんじやう)候(さうらふ)ぞ」と、
たからかに申(まう)されければ、法皇(ほふわう)(ほうわう)を始(はじめ)まいらせ(まゐらせ)【参らせ】て、
関白殿(くわんばくどの)(くはんばくどの)以下(いげ)の大臣(だいじん)、公卿(くぎやう)殿上人(てんじやうびと)、をのをの(おのおの)【各々】の
P03402
助修(じよじゆ)、数輩(すはい)の御験者(ごげんじや)、陰陽頭(おんやうのかみ)(をんやうのかみ)・典薬頭(てんやくのかみ)、すべて
堂上(たうしやう)堂下(たうか)一同(いちどう)にあ(ッ)と悦(よろこび)あへる声(こゑ)、門外(もんぐわい)(もんぐはい)まで
どよみて、しばし【暫し】はしづまり【静まり】やらざりけり。入道(にふだう)
相国(しやうこく)あまりのうれしさに、声(こゑ)をあげてぞ
なか【泣か】れける。悦(よろこび)なき【泣】とは是(これ)をいふべきにや。
小松殿(こまつどの)、中宮(ちゆうぐう)(ちうぐう)の御方(おかた)にまいらせ(まゐらせ)【参らせ】給(たま)ひて、金
銭(きんせん)九十九文(くじふくもん)、皇子(わうじ)の御枕(おんまくら)にをき(おき)、「天(てん)をも(ッ)て
父(ちち)とし、地(ち)をも(ッ)て母(はは)とさだめ給(たま)へ。御命(おんいのち)は方
P03403
士(はうじ)東方朔(とうばうさく)が齢(よはひ)をたもち、御心(おんこころ)には天照大神(てんせうだいじん)
入(いり)かはらせ給(たま)へ」とて、桑(くは)の弓(ゆみ)・蓬(よもぎ)の矢(や)にて、天地(てんち)
四方(しはう)を射(い)(ゐ)させらる。 公卿揃(くぎやうぞろへ)S0304 御乳(おんち)には、前(さきの)右大将(うだいしやう)宗
盛卿(むねもりのきやう)の北方(きたのかた)と定(さだめ)られたりしが、去(さんぬる)七月(しちぐわつ)(しつぐわつ)に
難産(なんざん)をしてうせ給(たまひ)しかば、御(おん)めのと平(へい)大納
言(だいなごん)時忠卿(ときただのきやう)の北方(きたのかた)、御乳(おんち)にまいら(まゐら)【参ら】せ給(たま)ひけり。後(のち)には
帥(そつ)の典侍(すけ)とぞ申(まうし)ける。法皇(ほふわう)(ほうわう)やがて還御(くわんぎよ)(くはんぎよ)、御
車(おんくるま)を門前(もんぜん)に立(たて)られたり。入道(にふだう)相国(しやうこく)うれしさの
P03404
あまりに、砂金(しやきん)一千両(いつせんりやう)、富士(ふじ)の綿(わた)二千両(にせんりやう)、
法皇(ほふわう)(ほうわう)へ進上(しんじやう)ぜらる。しかるべからずとぞ人々(ひとびと)内々(ないない)
ささやきあはれける。P221今度(こんど)の御産(ごさん)に勝事(しようし)(しやうし)
あまたあり【有り】。まづ法皇(ほふわう)(ほうわう)の御験者(ごげんじや)。次(つぎ)に后(きさき)御産(ごさん)の
時(とき)、御殿(ごてん)の棟(むね)より甑(こしき)をまろばかす事(こと)あり【有り】。皇
子(わうじ)御誕生(ごたんじやう)には南(みなみ)へおとし、皇女(くわうじよ)(くはうじよ)誕生(たんじやう)には北(きた)へ
おとすを、是(これ)は北(きた)へおとしたりければ、「こはいかに」と
さはが(さわが)【騒が】れて、取(とり)あげ落(おと)しなをし(なほし)【直し】たりけれ
P03405
共(ども)、あしき御事(おんこと)に人々(ひとびと)申(まうし)あへり。おかしかり(をかしかり)しは
入道(にふだう)相国(しやうこく)のあきれざま、目出(めで)たかりしは小松(こまつ)の
おとどのふるまひ。ほい【本意】なかりしは右大将(うだいしやう)宗盛
卿(むねもりのきやう)の最愛(さいあい)の北方(きたのかた)にをくれ(おくれ)【遅れ】奉(たてまつり)て、大納言(だいなごん)大
将(だいしやう)両職(りやうしよく)を辞(じ)して籠居(ろうきよ)せられたりし事(こと)。兄
弟(きやうだい)共(とも)に出仕(しゆつし)あらば、いかに[B め【目】]出(で)たからむ。次(つぎ)には、七
人(しちにん)の陰陽師(おんやうじ)(をんやうじ)のめさ【召さ】れて、千度(せんど)の御祓(おはらひ)仕(つかまつ)
るに、其(その)中(なか)に掃部頭(かもんのかみ)時晴(ときはる)といふ老者(らうしや)あり【有り】。
P03406
所従(しよじゆう)(しよじう)な(ン)ど(など)も乏少(ぼくせう)なりけり。余(あまり)に人(ひと)まいり(まゐり)【参り】つどひ【集ひ】て、
たかんなをこみ、稲麻竹葦(たうまちくい)のごとし。「役人(やくにん)ぞ。
あけ【明け】られよ」とて、おし分(わけ)てまいる(まゐる)【参る】程(ほど)に、右(みぎ)の沓(くつ)
をふみ【踏み】ぬか【抜か】れぬ。そこにてち(ッ)と立(たち)やすらふが、冠(かぶり)を
さへつきおとされぬ。さばかりの砌(みぎり)に、束帯(そくたい)ただしき
老者(らうしや)が、もとどりはなへ[*この一字不要](ッ)(はなつ)てねり出(いで)たりければ、
わかき公卿(くぎやう)殿上人(てんじやうびと)こらへずして、一同(いちどう)には(ッ)とわ
らひ【笑ひ】あへり。陰陽師(おんやうじ)(をんやうじ)な(ン)ど(など)いふは、反陪(へんばい)とて足(あし)をも
P03407
あだにふまずとこそ承(うけたまは)れ。それにかかる不
思議(ふしぎ)の有(あり)ける、其(その)時(とき)はなにとも覚(おぼ)えざりしか共(ども)、
後(のち)にこそ思(おも)ひあはする事共(ことども)も多(おほ)かりけれ。
御産(ごさん)によ(ッ)て六波羅(ろくはら)へまいら(まゐら)【参ら】せ給(たま)ふ人々(ひとびと)、関白(くわんばく)(くはんばく)
松殿(まつどの)、太政大臣(だいじやうだいじん)妙音院(めうおんゐん)(めうをんゐん)、左大臣(さだいじん)大炊御門(おほいみかど)、P222右大臣(うだいじん)
月輪殿(つきのわどの)、内大臣(ないだいじん)小松殿(こまつどの)、左大将(さだいしやう)実定(さねさだ)、源(みなもとの)大納言(だいなごん)定
房(さだふさ)、三条(さんでうの)大納言(だいなごん)実房(さねふさ)、五条(ごでうの)大納言(だいなごん)国綱【*邦綱】(くにつな)、藤(とう)大納言(だいなごん)
実国(さねくに)、按察使(あぜつし)資方【*資賢】(すけかた)、中御門(なかのみかどの)中納言(ちゆうなごん)(ちうなごん)宗家(むねいへ)、花山院(くわさんのゐんの)
P03408
中納言(ちゆうなごん)(ちうなごん)兼雅(かねまさ)、源(げん)中納言(ぢゆうなごん)(ちうなごん)雅頼(がらい)、権中納言(ごんぢゆうなごん)実綱(さねつな)、藤(とう)中
納言(ぢゆうなごん)資長(すけなが)、池(いけの)中納言(ちゆうなごん)頼盛(よりもり)、左衛門督(さゑもんのかみ)時忠(ときただ)、別当(べつたう)忠
親(ただちか)、左(さ)の宰相(さいしやうの)中将(ちゆうじやう)(ちうじやう)実家(さねいへ)、右(みぎ)の宰相(さいしやうの)中将(ちゆうじやう)(ちうじやう)実宗(さねむね)。新宰
相(しんさいしやうの)(しんざいしやうの)中将(ちゆうじやう)(ちうじやう)通親(みちちか)、平(へい)宰相(ざいしやう)教盛(のりもり)、六角(ろくかくの)宰相(さいしやう)家通(いへみち)、堀河宰相(ほりかはのさいしやう)
頼定(よりさだ)、左大弁宰相(さだいべんのさいしやう)長方(ながかた)、右大弁(うだいべんの)三位(さんみ)俊経(としつね)、左兵衛督(さひやうゑのかみ)
重教【*成範】(しげのり)、右兵衛督(うひやうゑのかみ)光能(みつよし)、皇太后宮(くわうだいこうくうの)(くはうだいこうくうの)大夫(だいぶ)朝方(ともかた)、左京大夫(さきやうのだいぶ)長教【*脩範】(ながのり)、
太宰相[*この一字不要]大弐(ださいのだいに)親宣【*親信】(ちかのぶ)、新三位(しんざんみ)実清(さねきよ)、已〔上〕(いじやう)三十三人(さんじふさんにん)、右大弁(うだいべん)の
外(ほか)は直衣(ちよくい)也(なり)。不参(ふさん)の人々(ひとびと)、花山院(くわさんのゐんの)前(さきの)太政大臣(だいじやうだいじん)忠雅公(ただまさこう)、
P03409
大宮(おほみやの)大納言(だいなごん)隆季卿(たかすゑのきやう)以下(いげ)十(じふ)余人(よにん)、後日(ごにち)に布衣(ほうい)着(ちやく)
して、入道(にふだう)相国(しやうこく)の西八条(にしはつでうの)亭(てい)へむかはれけるとぞ聞(きこ)え
し。 大塔建立(だいたふこんりふ)(だいたうこんりう)S0305 御修法(みしほ)の結願(けちぐわん)(けちぐはん)に勧賞共(けんじやうども)をこなは(おこなは)【行なは】る。仁和寺(にんわじの)
御室(おむろ)は東寺(とうじ)修造(しゆざう)せらるべし、並(ならび)に後七日(ごしちにち)の御
修法(みしほ)、大眼【*大元】(たいげん)の法(ほふ)(ほう)の[*この一字不要]、潅頂(くわんぢやう)(くはんぢやう)興行(こうぎやう)せらるべき由(よし)仰下(おほせくだ)
さる。御弟子(おんでし)覚誓【*覚成】(かくせい)(かくセイ)僧都(そうづ)、法印(ほふいん)(ほうゐん)に挙(きよ)[B 「■(挙の手→圭)」とあり「挙」と傍書]せらる。座主
宮(ざすのみや)は、二品(にほん)並(ならび)に牛車(ぎつしや)(ギツしや)の宣旨(せんじ)を申(まう)させ給(たま)ふ。仁和寺(にんわじの)
御室(おむろ)ささへ【支へ】申(まう)させ給(たま)ふによ(ッ)て、法眼(ほふげん)(ほうげん)円良(ゑんりやう)(えんりやう)、法印(ほふいん)(ほうゐん)
P03410
になさる。其(その)外(ほか)の勧賞共(けんじやうども)毛挙(もうきよ)にP223いとま[B 「いとふ」とあり「ふ」に「ま」と傍書]あらずとぞ
きこえ【聞え】し。中宮(ちゆうぐう)(ちうぐう)は日数(ひかず)へ【経】にければ、六波羅(ろくはら)
より内裏(だいり)へまいら(まゐら)【参ら】せ給(たま)ひけり。此(この)御(おん)むすめ后(きさき)に
たた【立た】せ給(たまひ)しかば、入道(にふだう)相国(しやうこく)夫婦(ふうふ)共(とも)に、「あはれ、い
かにもして皇子(わうじ)御誕生(ごたんじやう)あれかし。位(くらゐ)につけ奉(たてまつ)り、
外祖父(ぐわいそぶ)、外祖母(ぐわいそぼ)とあふがれん」とぞねがはれける。
わがあがめ奉(たてまつ)る安芸(あき)の厳島(いつくしま)に申(まう)さんとて、
月(つき)まうでを始(はじめ)て、祈(いの)り申(まう)されければ、中宮(ちゆうぐう)(ちうぐう)
P03411
やがて御懐姙(ごくわいにん)(ごくはいにん)あ(ッ)て、思(おも)ひのごとく皇子(わうじ)にてまし
ましけるこそ目出(めで)たけれ。抑(そもそも)平家(へいけ)の安芸(あき)
の厳島(いつくしま)を信(しん)じ始(はじめ)られける事(こと)はいかにといふに、鳥
羽院(とばのゐん)の御宇(ぎよう)に、清盛公(きよもりこう)いまだ安芸守(あきのかみ)たりし
時(とき)、安芸国(あきのくに)をも(ッ)て、高野(かうや)の大塔(だいたふ)(だいとう)を修理(しゆり)せよ
とて、渡辺(わたなべ)の遠藤(ゑんどう)六郎(ろくらう)頼方(よりかた)を雑掌(ざつしやう)に付(つけ)られ、
六年(ろくねん)に修理(しゆり)をは(ン)【終ん】ぬ。修理(しゆり)をは(ッ)て後(のち)、清盛(きよもり)高野(かうや)へ
のぼり、大塔(だいたふ)(だいとう)をがみ【拝み】、奥院(おくのゐん)へ[B ま]いら(まゐら)【参ら】れたりければ、いづく
P03412
より来(きた)る共(とも)なき老僧(らうそう)の、眉(まゆ)には霜(しも)をたれ、額(ひたい)に
浪(なみ)をたたみ、かせ杖(づゑ)(づえ)のふたまたなるにすが(ッ)てい
でき【出来】給(たま)へり。良(やや)久(ひさ)しう御物語(おんものがたり)せさせ給(たま)ふ。「昔(むかし)
よりいまにいたるまで、此(この)山(やま)は密宗(みつしゆう)(みつしう)をひかへて
退転(たいてん)なし。天下(てんが)に又(また)も候(さうら)はず。大塔(だいたふ)(だいとう)すでに修理(しゆり)
をはり候(さうらひ)たり。さては安芸(あき)の厳島(いつくしま)、越前(ゑちぜん)の気比(けい)の
宮(みや)は、両界(りやうがい)の垂跡(すいしやく)で候(さうらふ)が、気比(けい)の宮(みや)はさかへ(さかえ)【栄へ】たれ共(ども)、
厳島(いつくしま)はなきが如(ごとく)て【*に】荒(あれ)はて【果て】て候(さうらふ)。此(この)次[B て](ついで)(つゐで)に奏聞(そうもん)して
P03413
修理(しゆり)せさせ給(たま)へ。さだにも候(さうら)はば、官(くわん)(くはん)加階(かかい)は肩(かた)をなら
ぶる人(ひと)もあるまじきぞ」とて立(たた)P224れけり。此(この)老僧(らうそう)の
居(ゐ)給(たま)へる所(ところ)に異香(いきやう)すなはち薫(くん)じたり。人(ひと)を
付(つけ)てみせ【見せ】給(たま)へば、三町(さんぢやう)ばかりはみえ【見え】給(たまひ)て、其(その)後(のち)はかき
けつ【消つ】やうに失(うせ)給(たまひ)ぬ。ただ人(びと)にあらず、大師(だいし)にてま
しましけりと、弥(いよいよ)た(ッ)とくおぼしめし【思召し】、娑婆世界(しやばせかい)の
思出(おもひで)にとて、高野(かうや)の金堂(こんだう)に曼陀羅(まんだら)をかか【書か】れける
が、西曼陀羅(さいまんだら)をば常明(じやうみやう)法印(ほふいん)(ほうゐん)といふ絵師(ゑし)に書(かか)せ
P03414
らる。東曼陀羅(とうまんだら)をば清盛(きよもり)かかむとて、自筆(じひつ)に
書(かか)〔れ〕けるが、何(なに)とかおもは【思は】れけん、八葉(はちえふ)(はちえう)の中尊(ちゆうぞん)(ちうぞん)を
宝冠(ほうくわん)(ほうくはん)をばわが首(かうべ)の血(ち)をいだい【出い】てかかれけるとぞ
聞(きこ)えし。さて都(みやこ)へのぼり、院参(ゐんざん)して此(この)由(よし)奏聞(そうもん)
せられければ、君(きみ)もなのめならず御感(ぎよかん)あ(ッ)て、猶(なほ)(なを)
任(にん)をのべ【延べ】られ、厳島(いつくしま)を修理(しゆり)せらる。鳥居(とりゐ)を立(たて)
かへ、社々(やしろやしろ)を作(つく)りかへ、百八十(ひやくはちじつ)間(けん)の廻廊(くわいらう)をぞ造(つく)
られける。修理(しゆり)をは(ッ)て、清盛(きよもり)厳島(いつくしま)へまいり(まゐり)【参り】、通夜(つや)
P03415
せられたりける夢(ゆめ)に、御宝殿(ごほうでん)の内(うち)より鬟(びんづら)ゆふ(ゆう)【結う】
たる天童(てんどう)の出(いで)て、「これは大明神(だいみやうじん)の御使(おんつかひ)也(なり)。汝(なんぢ)この
剣(けん)をも(ッ)て一天四海(いつてんしかい)をしづめ、朝家(てうか)の御(おん)まぼりたる
べし」とて、銀(ぎん)のひるまき【蛭巻】したる小長刀(こなぎなた)を給(たま)はると
いふ夢(ゆめ)をみて、覚(さめ)て後(のち)見(み)給(たま)へば、うつつに枕(まくら)がみ【上】に
ぞた(ッ)【立つ】たりける。大明神(だいみやうじん)御詫宣(ごたくせん)あ(ッ)て、「汝(なんぢ)しれ【知れ】りや、
忘(わす)れりや、ある聖(ひじり)をも(ッ)ていはせし事(こと)は。但(ただし)悪
行(あくぎやう)あらば、子孫(しそん)まではかなふ【叶ふ】まじきぞ」とて、大明神(だいみやうじん)
P03416
あがらせ給(たまひ)ぬ。目出(めで)たかりし御事(おんこと)也(なり)。P225頼豪(らいがう)S0306白河院(しらかはのゐん)御
在位(ございゐ)の御時(おんとき)、京極大殿(きやうごくのおほとの)の御(おん)むすめ后(きさき)にたたせ給(たまひ)
て、兼子【*賢子】(けんし)の中宮(ちゆうぐう)(ちうぐう)とて、御最愛(ごさいあい)(ごさいあひ)有(あり)けり。主上(しゆしやう)此(この)御
腹(おんぱら)に皇子(わうじ)御誕生(ごたんじやう)あらまほしうおぼしめし【思召し】、其(その)比(ころ)
有験(うげん)の僧(そう)と聞(きこ)えし三井寺(みゐでら)の頼豪阿闍梨(らいがうあじやり)
をめして、「汝(なんぢ)此(この)后(きさき)の腹(はら)に、皇子(わうじ)御誕生(ごたんじやう)祈(いのり)申(まう)せ。
御願(ごぐわん)成就(じやうじゆ)せば、勧賞(けんじやう)はこふ【乞ふ】によるべし」とぞ仰(おほせ)ける。
「やすう候(さうらふ)」とて三井寺(みゐでら)にかへり、百日(ひやくにち)肝胆(かんたん)を摧(くだい)て
P03417
祈(いのり)申(まうし)ければ、中宮(ちゆうぐう)(ちうぐう)やがて百日(ひやくにち)のうちに御懐姙(ごくわいにん)
あ(ッ)て、承保(しようほう)(せうほう)元年(ぐわんねん)十二月(じふにぐわつ)(じふに(ン)ぐわつ)十六日(じふろくにち)、御産(ごさん)平安(ぺいあん)、皇
子(わうじ)御誕生(ごたんじやう)有(あり)けり。君(きみ)なのめならず御感(ぎよかん)あ(ッ)て、
三井寺(みゐでら)の頼豪阿闍梨(らいがうあじやり)をめして、「汝(なんぢ)が所望(しよまう)の事(こと)は
いかに」と仰下(おほせくだ)されければ、三井寺(みゐでら)に戒壇(かいだん)建立(こんりふ)(こんりう)の事(こと)
を奏(そう)す。主上(しゆしやう)「これこそ存(ぞん)の外(ほか)の所望(しよまう)なれ。一階
僧正(いつかいそうじやう)な(ン)ど(など)をも申(まうす)べきかとこそおぼしめし【思召し】つれ。凡(およそ)(をよそ)は
皇子(わうじ)御誕生(ごたんじやう)あ(ッ)て、祚(そ)をつが【継が】しめん事(こと)も、海内(かいだい)
P03418
無為(ぶい)を思(おも)ふため也(なり)。今(いま)汝(なんぢ)が所望(しよまう)達(たつ)せば、山門(さんもん)
いきどほ(ッ)【憤つ】て世上(せじやう)しづかなるべからず。両門(りやうもん)合戦(かつせん)して、
天台(てんだい)の仏法(ぶつぽふ)(ぶつぽう)ほろびなんず」とて、御(おん)ゆるされもな
かりけり。頼豪(らいがう)口(くち)おしい(をしい)【惜しい】事(こと)也(なり)とて、三井寺(みゐでら)に
かへ(ッ)(かへつ)【帰つ】て、ひ【干】死(じに)にせんとす。主上(しゆしやう)大(おほき)におどろかせ給(たまひ)て、
江帥(がうぞつ)(ごうぞつ)匡房卿(きやうばうのきやう)、其(その)比(ころ)は未(いまだ)美作守(みまさかのかみ)と聞(きこ)えしを召(めし)て、
「汝(なんぢ)は頼豪(らいがう)と師P226壇(しだん)の契(ちぎり)あんなり。ゆい【行い】てこしらへ
て見(み)よ」と仰(おほせ)ければ、美作守(みまさかのかみ)綸言(りんげん)を蒙(かうぶり)て頼豪(らいがう)が
P03419
宿坊(しゆくばう)に行(ゆき)むかひ、勅定(ちよくぢやう)の趣(おもむき)を仰含(おほせふく)めんとする[B に]、
以外(もつてのほか)(も(ツ)てのほか)にふすぼ(ッ)たる持仏堂(ぢぶつだう)にたてごもり、おそろ
しげ【恐ろし気】なるこゑ【声】して、「天子(てんし)には戯(たはぶれ)の詞(ことば)なし、
綸言(りんげん)汗(あせ)の如(ごと)しとこそ承(うけたまは)れ。是(これ)程(ほど)の所望(しよまう)かな
は【叶は】ざらむにをいて(おいて)〔は〕、わが祈(いの)りだし【出し】たる皇子(わうじ)なれば、
取(とり)奉(たてまつり)て魔道(まだう)へこそゆかんずらめ」とて、遂(つひ)(つゐ)に
対面(たいめん)もせざりけり。美作守(みまさかのかみ)帰(かへ)りまい(ッ)(まゐつ)【参つ】て、此(この)由(よし)を
奏聞(そうもん)す。頼豪(らいがう)はやがてひ【干】死(じに)に死(しに)にけり。君(きみ)いかが
P03420
せんずると、叡慮(えいりよ)(ゑいりよ)をおどろからせ【*させ】おはします。皇子(わうじ)
やがて御悩(ごなう)つかせ給(たまひ)て、さまざまの御祈共(おんいのりども)有(あり)しか
共(ども)、かなう(かなふ)【叶ふ】べしともみえ【見え】させ給(たま)はず。白髪(はくはつ)なりける
老僧(らうそう)の、錫杖(しやくぢやう)も(ッ)【持つ】て皇子(わうじ)の御枕(おんまくら)にたたずみ、人々(ひとびと)
の夢(ゆめ)にもみえ【見え】、まぼろしにも立(たち)けり。おそろし【恐ろし】な(ン)
ど(など)もおろかなり。去程(さるほど)に、承暦(しようりやく)(せうりやく)元年(ぐわんねん)(ぐはんねん)八月(はちぐわつ)六日(むゆかのひ)、
皇子(わうじ)御年(おんとし)四歳(しさい)にて遂(つひ)(つゐ)にかくれさせ給(たまひ)ぬ。敦文(あつふん)
の親王(しんわう)是(これ)なり。主上(しゆしやう)なのめならず御歎(おんなげき)あり【有り】けり。山
P03421
門(さんもん)に又(また)西京(さいきやう)の座主(ざす)、良信【*良真】(りやうしん)大僧[B 都]【*大僧正】(だいそうじやう)、其(その)比(ころ)は円融房(ゑんゆうばう)
の僧都(そうづ)とて、有験(うげん)の僧(そう)と聞(きこ)えしを、内裏(だいり)へめして、
「こはいかがせんずる」と仰(おほせ)ければ、「いつも我(わが)山(やま)の力(ちから)にて
こそか様(やう)【斯様】の御願(ごぐわん)は成就(じやうじゆ)する事(こと)候(ざうら)へ。九条(くでうの)右丞
相(うしようじやう)(うせうじやう)、慈恵大僧正(じゑだいそうじやう)に契(ちぎり)申(まう)させ給(たまひ)しによ(ッ)てこそ、冷
泉院(れんぜいのゐん)の皇子(わうじ)御誕生(ごたんじやう)は候(さうらひ)しか。やすい程(ほど)の御事(おんこと)
候(ざうらふ)」とて、比叡山(ひえいさん)(ひゑいさん)にかへりのぼP227り、山王大師(さんわうだいし)に百日(ひやくにち)肝
胆(かんたん)を摧(くだい)(くだひ)て祈(いのり)申(まうし)ければ、中宮(ちゆうぐう)(ちうぐう)やがて百日(ひやくにち)の
P03422
内(うち)に御懐姙(ごくわいにん)あ(ッ)て、承暦(しようりやく)(せうりやく)三年(さんねん)七月(しちぐわつ)九日(ここのかのひ)、御産(ごさん)平
安(ぺいあん)、皇子(わうじ)御誕生(ごたんじやう)有(あり)けり。堀河天皇(ほりかはのてんわう)是(これ)也(なり)。怨霊(をんりやう)は
昔(むかし)もおそろしき【恐ろしき】事(こと)也(なり)。今度(こんど)さしも目出(めで)たき
御産(ごさん)に、大赦(だいしや)はをこなは(おこなは)【行なは】れたりといへ共(ども)、俊寛(しゆんくわん)
僧都(そうづ)一人(いちにん)、赦免(しやめん)なかりけるこそうたてけれ。同(おなじき)十
二月(じふにぐわつ)八日(やうかのひ)、皇子(わうじ)東宮(とうぐう)にたたせ給(たま)ふ[B 「給ぬ」とあり「ぬ」に「ふ」と傍書]。傅(ふ)には、小松内
大臣(こまつのないだいじん)、大夫(だいぶ)には池(いけ)の中納言(ちゆうなごん)(ちうなごん)頼盛卿(よりもりのきやう)とぞ聞(きこ)えし。 少将(せうしやう)都帰(みやこがへり)S0307
明(あく)れば治承(ぢしよう)(ぢせう)三年(さんねん)正月(しやうぐわつ)下旬(げじゆん)に、丹羽少将(たんばのせうしやう)成
P03423
経(なりつね)、肥前国(ひぜんのくに)鹿瀬庄(かせのしやう)をた(ッ)【発つ】て、都(みやこ)へといそがれけれ
共(ども)、余寒(よかん)猶(なほ)(なを)はげしく、海上(かいしやう)もいたく荒(あれ)ければ、
浦(うら)づたひ島(しま)づたひして、きさらぎ十日比(とをかごろ)にぞ
備前[B ノ](びぜんの)児島(こじま)(コじま)に着(つき)給(たま)ふ。それより父(ちち)大納言殿(だいなごんどの)
のすみ【住み】給(たまひ)ける所(ところ)を尋(たづね)いり【入り】てみ給(たま)ふに、竹(たけ)の
柱(はしら)、ふりたる障子(しやうじ)なんど(など)にかき【書き】をか(おか)【置か】れたる筆(ふで)のす
さみをみ給(たまひ)て、「人(ひと)の形見(かたみ)には手跡(しゆせき)に過(すぎ)たる
物(もの)ぞなき。書(かき)をき(おき)給(たま)はずは、いかでかこれをみる【見る】
P03424
べき」とて、康頼(やすより)入道(にふだう)(にうだう)と二人(ににん)、よう【読う】ではなき【泣き】、ない
てはよむ。「安元(あんげん)三年(さんねん)七月(しちぐわつ)廿日(はつかのひ)出家(しゆつけ)、同(おなじき)廿
六日(にじふろくにち)信俊(のぶとし)下向(げかう)」と書(かか)れたり。さてこそ源(げん)P228左衛
門尉(ざゑもんのじよう)(ざゑもんのぜう)信俊(のぶとし)がまいり(まゐり)【参り】たりけるも知(しら)れけれ。そばなる
壁(かべ)には、「三尊(さんぞん)来迎(らいかう)有便(たよりあり)(タヨリアリ)。九品(くほん)往生(わうじやう)無疑(うたがひなし)」とも書(かか)
れたり。此(この)形見(かたみ)を見(み)給(たまひ)てこそ、さすが欣求浄土(ごんぐじやうど)
ののぞみもおはしけりと、限(かぎ)りなき歎(なげき)の中(なか)
にも、いささかたのもしげ【頼もし気】にはの給(たまひ)けれ。其(その)墓(はか)
P03425
を尋(たづね)て見(み)給(たま)へば、松(まつ)の一(ひと)むらある中(なか)に、かひ
がひしう壇(だん)をついたる事(こと)もなし。土(つち)のすこし
たかき所(ところ)に少将(せうしやう)袖(そで)かきあはせ、いき【生き】たる人(ひと)に
物(もの)を申(まうす)やうに、泣々(なくなく)申(まう)されけるは、「遠(とほ)(とを)き御(おん)まもり【守り】と
ならせおはしまして候(さうらふ)事(こと)をば、島(しま)にてかすか【幽】に
伝(つた)へ承(うけたまは)りしか共(ども)、心(こころ)にまかせぬうき身(み)
なれば、いそぎまいる(まゐる)【参る】事(こと)も候(さうら)はず。成経(なりつね)彼(かの)島(しま)へ
ながされて、露(つゆ)の命(いのち)消(きえ)やらずして、二(ふた)とせ【年】を
P03426
をく(ッ)(おくつ)【送つ】てめしかへさるるうれしさは、さる事(こと)にて
候(さうら)へ共(ども)、この世(よ)にわたらせ給(たま)ふをも見(み)まいらせ(まゐらせ)【参らせ】
て候(さうらは)ばこそ、命(いのち)のながき【長き】かひもあらめ。是(これ)まで
はいそがれつれ共(ども)、いまより後(のち)はいそぐべし共(とも)
おぼえず」と、かきくどゐ(くどい)てぞなか【泣か】れける。誠(まこと)に存
生(ぞんじやう)の時(とき)ならば、大納言(だいなごん)入道殿(にふだうどの)(にうだうどの)こそ、いかに共(とも)の給(たま)ふ
べきに、生(しやう)をへ[B た]て(へだて)たる習(なら)ひ程(ほど)うらめしかり【恨めしかり】
ける物(もの)はなし。苔(こけ)の下(した)には誰(たれ)かこたふべき。
P03427
ただ嵐(あらし)にさはぐ(さわぐ)【騒ぐ】松(まつ)の響(ひびき)ばかりなり。其(その)夜(よ)は
夜(よ)もすがら、康頼(やすより)入道(にふだう)(にうだう)と二人(ににん)、墓(はか)のまはりを
行道(ぎやうだう)して念仏(ねんぶつ)申(まうし)、明(あけ)ぬればあたらしう壇(だん)
つき、くぎぬき〔せ〕させ、まへに仮屋(かりや)つくり、七日(しちにち)七P229夜(しちや)
念仏(ねんぶつ)申(まうし)経(きやう)書(かき)て、結願(けちぐわん)には大(おほき)なる卒兜婆(そとば)
をたて、「過去聖霊(くわこしやうりやう)、出離生死(しゆつりしやうじ)、証大菩提(しようだいぼだい)(しやうだいぼだい)」とかいて、
年号(ねんがう)月日(つきひ)の下(した)には、「孝子(かうし)成経(なりつね)」と書(かか)れたれば、
しづ山(やま)がつの心(こころ)なきも、子(こ)に過(すぎ)たる宝(たから)なしとて、
P03428
泪(なみだ)をながし袖(そで)をしぼらぬはなかりけり。年(とし)去(さり)(さリ)
年(とし)来(きた)れ共(ども)、忘(わすれ)がたきは撫育(ぶいく)の昔(むかし)の恩(おん)(をん)、夢(ゆめ)の
如(ごと)く幻(まぼろし)のごとし。尽(つき)がたきは恋慕(れんぼ)のいまの涙(なみだ)也(なり)。
三世(さんぜ)十方(じつぱう)(じつばう)の仏陀(ぶつだ)の聖衆(しやうじゆ)もあはれみ給(たま)ひ、
亡魂(ばうこん)尊霊(そんれい)もいかにうれしとおぼしけむ。「いま
しばらく念仏(ねんぶつ)の功(こう)をもつむ【積む】べう候(さうら)へ共(ども)、都(みやこ)に
待(まつ)人共(ひとども)も心(こころ)もとなう候(さうらふ)らん。又(また)こそまいり(まゐり)【参り】候(さうら)はめ」とて、
亡者(まうじや)にいとま申(まうし)つつ、泣々(なくなく)そこをぞ立(たた)れける。
P03429
草(くさ)の陰(かげ)にても余波(なごり)おしう(をしう)【惜しう】やおもは【思は】れけむ。
三月(さんぐわつ)十八日(じふはちにち)【*十六日(じふろくにち)】、少将(せうしやう)鳥羽(とば)へあかう【明かう】ぞ付(つき)給(たま)ふ。故(こ)
大納言(だいなごん)の山荘(さんざう)、すはま【州浜】殿(どの)とて鳥羽(とば)にあり【有り】。住(すみ)
あらして年(とし)へ【経】にければ、築地(ついぢ)はあれどもおほい(おほひ)【覆ひ】
もなく、門(もん)はあれ共(ども)扉(とびら)もなし。庭(には)に立入(たちいり)見(み)
給(たま)へば、人跡(じんせき)たえて苔(こけ)ふかし。池(いけ)の辺(ほとり)を見(み)ま
はせば、秋山(あきやま)の春風(はるかぜ)に白波(しらなみ)しきりにおり【織り】かけて、
紫鴛(しゑん)(しえん)白鴎(はくおう)(はくわう)逍遥(せうよう)す。興(けう)ぜし人(ひと)の恋(こひ)しさに、尽(つき)せぬ
P03430
物(もの)は涙(なみだ)也(なり)。家(いへ)はあれ共(ども)、らんもむ(らんもん)【羅文】破(やぶれ)て、蔀(しとみ)やり戸(ど)も
たえてなし。「爰(ここ)には大納言(だいなごん)のとこそおはせしか、
此(この)妻戸(つまど)をばかうこそ出入(いでいり)給(たまひ)しか。あの木(き)をば、
みづからこそうへ(うゑ)【植ゑ】給(たまひ)しか」な(ン)ど(など)いひて、ことの葉(は)に[M 「の」を非とし「に」と傍書]
つけて、ちち【父】の事(こと)を恋(こひ)しげにこその給(たま)ひけれ。
弥生(やよひ)なかの六日(むゆか)なれば、花(はな)はいまだ名残(なごり)あり【有り】。
楊梅(やうばい)桃李(たうり)P230の梢(こずゑ)こそ、折(をり)(おり)しりがほに色々(いろいろ)なれ。
昔(むかし)のあるじはなけれ共(ども)、春(はる)を忘(わす)れぬ花(はな)なれや。
P03431
少将(せうしやう)花(はな)のもとに立(たち)よ(ッ)て[B 「もて」とあり「も」に「よ」と傍書]、桃李(たうり)不言(ものいはず)春(はる)幾暮(いくばくくれぬる)
煙霞(えんか)(ゑんか)無跡(あとなし)昔(むかし)誰栖(たれかすんじ)[B 右下「シ」あり] K017 ふる里(さと)の花(はな)の物(もの)いふ
世(よ)なりせばいかにむかし【昔】のことをとはまし W014 この
古(ふる)き詩歌(しいか)(し(イ)か)を口(くち)ずさみ給(たま)へば、康頼(やすより)入道(にふだう)(にうだう)も
折節(をりふし)(おりふし)あはれ【哀】に覚(おぼ)えて、墨染(すみぞめ)の袖(そで)をぞぬらし
ける。暮(くる)る程(ほど)とは待(また)れけれ共(ども)、あまりに名残(なごり)
おしく(をしく)【惜しく】て、夜(よ)ふくるまでこそおはしけれ。深行(ふけゆく)
ままには、荒(あれ)たる宿(やど)のならひ【習】とて、ふるき軒(のき)
P03432
の板間(いたま)より、もる月影(つきかげ)ぞくまもなき。鶏籠(けいろう)
の山(やま)明(あけ)なんとすれ共(ども)、家路(いへぢ)はさらにいそがれず。
さてもあるべきならねば、むかへに乗物共(のりものども)つかはし
て待(まつ)らんも心(こころ)なしとて、泣々(なくなく)すはま殿(どの)を出(いで)つつ、
都(みやこ)へかへり入(いり)けむ心(こころ)の内共(うちども)、さこそはあはれ【哀】にも
うれしう【嬉しう】も有(あり)けめ。康頼(やすより)入道(にふだう)(にうだう)がむかへにも乗
物(のりもの)あり【有り】けれ共(ども)、それにはのら【乗ら】で、「いまさら名残(なごり)の惜(をし)(おし)き
に」とて、少将(せうしやう)の車(くるま)の尻(しり)にの(ッ)【乗つ】て、七条河原(しつでうかはら)
P03433
まではゆく【行く】。其(それ)より行別(ゆきわかれ)けるに、猶(なほ)(なを)行(ゆき)もやらざり
けり。花(はな)の下(もと)の半日(はんじつ)の客(かく)、月(つきの)前(まへ)の一夜(いちや)の友(とも)、
旅人(りよじん)が一村雨(ひとむらさめ)の過行(すぎゆく)に、一樹(いちじゆ)の陰(かげ)に立(たち)よ(ッ)て、
わかるる余波(なごり)もおしき(をしき)【惜しき】ぞかし。况(いはん)や是(これ)はうかりし
島(しま)のすまひ、船(ふね)のうち、浪(なみ)のうへ、一業所感(いちごふしよかん)(いちごうしよかん)の身(み)
なれば、先世(ぜんぜ)の芳縁(はうえん)も浅(あさ)からずや思(おも)ひしられけん。P231
少将(せうしやう)は舅(しうと)平宰相(へいざいしやう)の宿所(しゆくしよ)へ立入(たちいり)給(たま)ふ。少将(せうしやう)の
母(はは)うへは霊山(りやうぜん)におはしけるが、昨日(きのふ)より宰相(さいしやう)の
P03434
宿所(しゆくしよ)におはして待(また)れけり。少将(せうしやう)の立入(たちいり)給(たま)ふ
姿(すがた)を一目(ひとめ)みて、「命(いのち)あれば」とばかりぞの給(たまひ)ける。引(ひき)
かづいてぞ臥(ふし)給(たま)ふ。宰相(さいしやう)の内(うち)の〔女〕房(にようばう)、侍共(さぶらひども)さし
つどい(つどひ)【集ひ】て、みな悦(よろこび)なき【泣】共(ども)しけり。まして少将(せうしやう)の
北方(きたのかた)、めのとの六条(ろくでう)が心(こころ)のうち、さこそはうれしかりけめ。
六条(ろくでう)は尽(つき)せぬ物(もの)おもひ【思ひ】に、黒(くろ)かりし髪(かみ)もみなし
ろく【白く】なり、北方(きたのかた)さしも花(はな)やかにうつくしうおは
せしか共(ども)、いつしかやせ【痩】おとろへて、其(その)人(ひと)共(とも)みえ【見え】給(たま)はず。
P03435
ながされ給(たまひ)し時(とき)、三歳(さんざい)にて別(わかれ)しおさなき(をさなき)【幼き】人(ひと)、おと
なしうな(ッ)て、髪(かみ)ゆふ【結ふ】程(ほど)也(なり)。又(また)其(その)御(おん)そばに、三(みつ)ばかり
なるおさなき(をさなき)【幼き】人(ひと)のおはしけるを、少将(せうしやう)「あれはいか
に」との給(たま)へば、六条(ろくでう)「是(これ)こそ」とばかり申(まうし)て、袖(そで)をか
ほ【顔】におしあてて涙(なみだ)をながしけるにこそ、さては
下(くだ)りし時(とき)、心苦(こころぐる)しげなる有(あり)さまを見(み)をき(おき)【置き】
しが、事(こと)ゆへ(ゆゑ)なくそ立(だち)【育ち】けるよと、思(おも)ひ出(いで)ても
かなしかりけり。少将(せうしやう)はもとのごとく院(ゐん)にめしつか
P03436
はれて、宰相(さいしやうの)中将(ちゆうじやう)(ちうじやう)にあがり給(たま)ふ。康瀬【*康頼】(やすより)入道(にふだう)(にうだう)は、
東山(ひがしやま)(ひ(ン)がしやま)双林寺(さうりんじ)にわが山荘(さんざう)のあり【有り】ければ、それに落(おち)
つゐ(つい)【着い】て、先(まづ)おもひつづけけり。
ふる里(さと)の軒(のき)のいたま【板間】に苔(こけ)むして
おもひ【思ひ】しほどはもら【漏ら】ぬ月(つき)かな W015
やがてそこに籠居(ろうきよ)して、うかりし昔(むかし)を思(おも)ひ
つづけ、宝物集(ほうぶつしふ)(ほうぶつしう)といふ物語(ものがたり)を書(かき)けるP232とぞ聞(きこ)
えし。有王(ありわう)S0308去程(さるほど)に、鬼界(きかい)が島(しま)へ三人(さんにん)ながさ【流さ】れたりし
P03437
流人(るにん)、二人(ににん)はめしかへさ【召返さ】れて都(みやこ)へのぼりぬ。俊寛(しゆんくわん)(しゆんくはん)
僧都(そうづ)一人(いちにん)、うかりし島(しま)の島守(しまもり)に成(なり)にけるこそ
うたてけれ。僧都(そうづ)のおさなう(をさなう)【幼う】より不便(ふびん)にして、
めしつかはれける童(わらは)あり【有り】。名(な)をば有王(ありわう)とぞ申(まうし)ける。
鬼界(きかい)が島(しま)の流人(るにん)、今日(けふ)すでに都(みやこ)へ入(いる)と聞(きこ)えし
かば、鳥羽(とば)まで行(ゆき)むかふ(むかう)て見(み)けれ共(ども)、わがしう(しゆう)【主】は
みえ【見え】給(たま)はず。いかにと問(とへ)ば、「それはなを(なほ)【猶】つみ【罪】ふかしとて、
島(しま)にのこされ給(たまひ)ぬ」ときいて、心(こころ)うしな(ン)ど(など)もおろ
P03438
か也(なり)。常(つね)は六波羅辺(ろくはらへん)にたたずみありい【歩い】て聞(きき)けれ
共(ども)、赦免(しやめん)あるべし共(とも)聞(きき)いださ【出さ】ず。僧都(そうづ)の御(おん)むす
めのしのび【忍び】ておはしける所(ところ)へまい(ッ)(まゐつ)【参つ】て、「このせ【瀬】にも
もれ【漏れ】させ給(たまひ)て、御(おん)のぼりも候(さうら)はず。いかにもして
彼(かの)島(しま)へわた(ッ)て、御(おん)行(ゆく)え(ゆくへ)【行方】を尋(たずね)まいらせ(まゐらせ)【参らせ】むと
こそ思(おも)ひな(ッ)て候(さうら)へ。御(おん)ふみ【文】給(たま)はらん」と申(まうし)ければ、
泣々(なくなく)かいてたう【給う】だりけり。いとまをこふ【乞ふ】共(とも)、よも
ゆるさじとて、父(ちち)にも母(はは)にもしらせず、もろこし
P03439
船(ぶね)のともづなは、卯月(うづき)さ月(つき)【皐月】にとく【解く】なれば、夏衣(なつごろも)
たつ【裁つ】を遅(おそ)(をそ)くや思(おもひ)けむ、やよひの末(すゑ)に都(みやこ)を
出(いで)て、多(おほ)くP233の浪路(なみじ)を凌(しの)ぎ過(す)ぎ、薩摩潟(さつまがた)
へぞ下(くだ)りける。薩摩(さつま)より彼(かの)島(しま)へわたる船津(ふなつ)
にて、人(ひと)あやしみ、きたる物(もの)をはぎ【剥ぎ】とりな(ン)ど(など)し
けれ共(ども)、すこしも後悔(こうくわい)せず。姫御前(ひめごぜん)の御文(おんふみ)
ばかりぞ人(ひと)に見(み)せじとて、もとゆひ【元結】の中(なか)に隠(かく)
したりける。さて商人船(あきんどぶね)にの(ッ)【乗つ】て、件(くだん)の島(しま)へ
P03440
わた(ッ)てみる【見る】に、都(みやこ)にてかすか【幽】につたへ聞(きき)しは
事(こと)のかずにもあらず。田(た)もなし、畠(はた)もなし。村(むら)も
なし、里(さと)もなし。をのづから(おのづから)人(ひと)はあれ共(ども)、いふ
詞(ことば)も聞(きき)しらず。もしか様(やう)【斯様】の者共(ものども)の中(なか)に、わが
しう(しゆう)【主】の行(ゆく)え(ゆくへ)【行方】やしり【知り】たるものやあらんと、「物(もの)まう
さう」どいへば、「何事(なにごと)」とこたふ。「是(これ)に都(みやこ)よりながされ
給(たまひ)し、法勝寺(ほつしようじの)(ほつしやうじの)執行(しゆぎやう)御房(ごばう)と申(まうす)人(ひと)の御(おん)行(ゆく)え(ゆくへ)【行方】や
しり【知り】たる」と問(とふ)に、法勝寺(ほつしようじ)共(とも)、執行(しゆぎやう)共(とも)し(ッ)【知つ】たらばこそ
P03441
返事(へんじ)もせめ。頸(くび)をふ(ッ)て知(しら)ずといふ。其(その)中(なか)に
ある者(もの)が心得(こころえ)て、「いさとよ、さ様(やう)の人(ひと)は三人(さんにん)是(これ)に
有(あり)しが、二人(ににん)はめしかへさ【召返さ】れて都(みやこ)へのぼりぬ。いま
一人(いちにん)はのこされて、あそこ爰(ここ)にまどひありけ【歩け】
共(ども)、行(ゆく)え(ゆくへ)【行方】もしらず」とぞいひける。山(やま)のかたのおぼ
つかなさに、はるかに分入(わけいり)、峯(みね)によぢ[B 登(のぼり)]、谷(たに)に下(くだ)れ共(ども)、
白雲(はくうん)跡(あと)を埋(うづん)で、ゆき来(き)の道(みち)もさだかならず。
青嵐(せいらん)夢(ゆめ)を破(やぶつ)て、その面影(おもかげ)もみえ【見え】ざりけり。
P03442
山(やま)にては遂(つひ)(つゐ)に尋(たづね)もあはず。海(うみ)の辺(ほとり)について
尋(たづぬ)るに、沙頭(さとう)に印(いん)(ゐん)を刻(きざ)む鴎(かもめ)、澳(おき)のしら【白】州(す)に
すだく浜千鳥(はまちどり)の外(ほか)は、跡(あと)とふ物(もの)もなかりけり。
ある朝(あした)、いその方(かた)よりかげろふな(ン)ど(など)のやうに
やせおとろへたる者(もの)よろぼひP234出(いで)きたり。もとは
法師(ほふし)(ほうし)にて有(あり)けると覚(おぼ)えて、髪(かみ)は空(そら)さまへ
おひ【生ひ】あがり[B 「おひたり」とあり「た」に「あか」と傍書]、よろづの藻(も)くづとりつゐ(つい)【付い】て、をどろ(おどろ)
をいただいたるが如(ごと)し。つぎ目(め)あらはれて皮(かは)
P03443
ゆたひ、身(み)にき【着】たる物(もの)は絹(きぬ)布(ぬの)のわき【別】も見(み)え
ず。片手(かたて)にはあらめをひろい(ひろひ)【拾ひ】もち、片手(かたて)には
網(あみ)うど【人】に魚(うを)(うほ)をもらふてもち、歩(あゆ)むやうにはし
けれ共(ども)、はかもゆかず、よろよろとして出(いで)きたり。
「都(みやこ)にて多(おほ)くの乞丐人(こつがいにん)(コツカイにん)み【見】しか共(ども)、かかる者(もの)をば
いまだみず。「諸阿修羅等居在大海辺(しよあしゆらとうこざいだいかいへん)」とて、修
羅(しゆら)の三悪四趣(さんあくししゆ)は深山大海(しんざんだいかい)のほとりにありと、
仏(ほとけ)の解(とき)をき(おき)給(たま)ひたれば、しらず、われ餓鬼道(がきだう)に
P03444
尋来(たづねきた)るか」と思(おも)ふ程(ほど)に、かれも是(これ)も次第(しだい)にあゆみ
ちかづく【近付く】。もしか様(やう)【斯様】のものも、しう(しゆう)【主】の御(おん)ゆくえ(ゆくへ)【行方】
知(しり)たる事(こと)やあらんと、「物(もの)まうさう」どいへば、「何(なに)ごと」
とこたふ。是(これ)は都(みやこ)よりながされ給(たまひ)し、法勝寺(ほつしようじの)(ほつしやうじの)
執行(しゆぎやう)御房(ごばう)と申(まうす)人(ひと)の、御(おん)行(ゆく)え(ゆくへ)【行方】や知(しり)たる」と問(とふ)に、
童(わらは)は見忘(みわすれ)たれ共(ども)、僧都(そうづ)は何(なに)とてか忘(わする)べきなれば、
「是(これ)こそそよ」といひもあへず、手(て)にもて【持て】る物(もの)を
なげ捨(すて)て、すなごの上(うへ)にたふれ【倒れ】ふす。さてこそ
P03445
わがしう(しゆう)【主】の行(ゆく)え(ゆくへ)【行方】もしり【知り】て(ン)げれ。やがてきえ入(いり)
給(たま)ふを、ひざの上(うへ)にかきふせ【掻き伏せ】[*かきのせ【掻き乗せ】]奉(たてまつ)り、「有王(ありわう)がまい(ッ)(まゐつ)【参つ】
て候(さうらふ)。多(おほ)くの浪(なみ)ぢをしのいで、是(これ)まで尋(たづね)ま
いり(まゐり)【参り】たるかひもなく、いかにやがてうき目(め)をば
見(み)せさせ給(たま)ふぞ」と泣々(なくなく)申(まうし)ければ、ややあ(ッ)て、す
こし人(ひと)心地(ごこち)出(いで)き、たすけおこされて、「誠(まこと)に汝(なんぢ)が
是(これ)まで尋来(たづねき)たる心(こころ)ざしの程(ほど)こそ神妙(しんべう)
なれ。P235明(あけ)ても暮(くれ)ても、都(みやこ)の事(こと)のみ思(おも)ひ居(ゐ)
P03446
たれば、恋(こひ)しき者共(ものども)が面(おも)かげ【影】は、夢(ゆめ)にみる【見る】おり(をり)【折】
もあり【有り】、まぼろしにたつ時(とき)もあり【有り】。身(み)もいたく
つかれ【疲れ】よは(ッ)(よわつ)【弱つ】て後(のち)は、夢(ゆめ)もうつつもおもひ【思ひ】わかず。
されば汝(なんぢ)が来(き)たれるも、ただ夢(ゆめ)とのみこそおぼ
ゆれ。もし此(この)事(こと)の夢(ゆめ)ならば、さめての後(のち)は
いかがせん」。有王(ありわう)「うつつにて候(さうらふ)也(なり)。此(この)御(おん)ありさまにて、
今(いま)まで御命(おんいのち)ののび【延び】させ給(たま)ひて[B 「給ふて」とあり「ふ」に「ひ」と傍書]候(さうらふ)こそ、不思
議(ふしぎ)に覚(おぼ)え候(さうら)へ」と申(まう)せば、「さればこそ。去年(こぞ)(コぞ)少
P03447
将(せうしやう)や判官(はんぐわん)(はんぐはん)入道(にふだう)(にうだう)に捨(すて)られて後(のち)のたよりなさ、
心(こころ)の内(うち)をばただおしはかるべし。そのせ【瀬】に身(み)
をもなげむとせしを、よしなき少将(せうしやう)の「今(いま)一度(いちど)
都(みやこ)の音(おと)(をと)づれをもまて【待て】かし」な(ン)ど(など)、なぐさめをき(おき)【置き】し
を、をろか(おろか)【愚】にもし【若し】やとたのみ【頼み】つつ、ながらへんとはせし
か共(ども)、此(この)島(しま)には人(ひと)のくい(くひ)【食ひ】物(もの)たえてなき所(ところ)なれば、
身(み)に力(ちから)のあり【有り】し程(ほど)は、山(やま)にのぼ(ッ)て湯黄(いわう)と云(いふ)物(もの)
をほり、九国(くこく)よりかよふ商人(あきびと)にあひ、くい(くひ)【食】物(もの)に
P03448
かへな(ン)ど(など)せしか共(ども)、日(ひ)にそへてよはり(よわり)【弱り】ゆけば、いまは
その態(わざ)もせず。かやうに日(ひ)ののどかなる時(とき)は、磯(いそ)に
出(いで)て網人(あみうど)に釣人(つりうど)に、手(て)をすりひざをかがめて、
魚(うを)(うほ)をもらい(もらひ)、塩干(しほひ)のときは貝(かい)をひろひ【拾ひ】、あらめを
とり、磯(いそ)の苔(こけ)に露(つゆ)の命(いのち)をかけてこそ、けふ【今日】ま
でもながらへたれ。さらでは浮世(うきよ)を渡(わた)るよすが
をば、いかにしつらんとか思(おも)ふらむ。爰(ここ)にて何
事(なにごと)もいはばやとはおもへ【思へ】共(ども)、いざわが家(いへ)へ」とのたまへば、
P03449
この御(おん)ありさまにても家(いへ)をもち給(たま)へるふしぎ
さ【不思議さ】P236よと思(おもひ)て行(ゆく)程(ほど)に、松(まつ)の一(ひと)むらある中(なか)に
より【寄】竹(たけ)を柱(はしら)にして、葦(あし)をゆひ、けたはり【桁梁】[B 「た」の下に「うつ」と傍書]に
わたし、上(うへ)にもした【下】にも、松(まつ)の葉(は)をひしと
取(とり)かけたり。雨風(あめかぜ)たまるべうもなし。昔(むかし)は、
法勝寺(ほつしようじ)(ほつしやうじ)の寺務職(じむしよく)にて、八十(はちじふ)余ケ所(よかしよ)の庄
務(しやうむ)をつかさどられしかば、棟門(むねかど)平門(ひらかど)の内(うち)に、四五
百人(しごひやくにん)の所従(しよじゆう)(しよじう)眷属(けんぞく)に囲饒(ゐねう)せられてこそおは
P03450
せしか。ま【目】のあたりかかるうきめを見(み)給(たま)ひける
こそふしぎ【不思議】なれ。業(ごふ)(ごう)にさまざまあり【有り】。順現(じゆんげん)・順生(じゆんしやう)・
順後業(じゆんごごふ)(じゆんごごう)といへり。僧都(そうづ)一期(いちご)の間(あひだ)(あいだ)、身(み)にもちゐる
処(ところ)、大伽藍(だいがらん)の寺物(じもつ)仏物(ぶつもつ)にあらずと云(いふ)事(こと)なし。
さればかの信施無慙(しんぜむざん)の罪(つみ)によ(ッ)て、今生(こんじやう)に感(かん)ぜら
れけりとぞみえ【見え】たりける。僧都(そうづ)死去(しきよ)S0309僧都(そうづ)うつつ【現】にてあり【有り】とお
もひ【思ひ】定(さだめ)て、「抑(そもそも)去年(こぞ)少将(せうしやう)や判官(はんぐわん)(はんぐはん)入道(にふだう)(にうだう)がむかへ
にも、是等(これら)がふみ【文】といふ事(こと)もなし。いま汝(なんぢ)がたよりに
P03451
も音(おと)(をと)づれのなきは、かう共(とも)いはざりけるか」。有王(ありわう)
なみだ【涙】にむせびうつぶして、しばしはものも申(まう)さず。
ややあり【有り】ておきあがり、泪(なみだ)をおさへて申(まうし)けるは、「君(きみ)
の西八条(にしはつでう)へ出(いで)させ給(たまひ)しかば、やがて追捕(ついほ)の[* 「の」は右寄りに「ノ」 ]官人(くわんにん)
まい(ッ)(まゐつ)【参つ】て、御内(みうち)の人々(ひとびと)搦取(からめと)り、御謀反(ごむほん)の次第(しだい)を尋(たづね)
て、うしなひ【失ひ】P237はて候(さうらひ)ぬ。北方(きたのかた)はおさなき(をさなき)【幼き】人(ひと)を隠(かく)し
かねまいら(まゐら)【参ら】させ給(たまひ)て、鞍馬(くらま)の奥(おく)にしのば【忍ば】せ給(たまひ)て候(さうらひ)
しに、此(この)童(わらは)ばかりこそ時々(ときどき)まい(ッ)(まゐつ)【参つ】て宮仕(みやづかへ)つかまつり
P03452
候(さうらひ)しか。いづれも御歎(おんなげき)のをろか(おろか)【愚】なる事(こと)は候(さうら)はざ(ッ)し
か共(ども)、おさなき(をさなき)【幼き】人(ひと)はあまりに恋(こひ)まいら(まゐら)【参ら】させ給(たまひ)て、
まいり(まゐり)【参り】候(さうらふ)たび毎(ごと)に、「有王(ありわう)よ、鬼界(きかい)の島(しま)とかやへ
われぐし【具し】てまいれ(まゐれ)【参れ】」とむつからせ給(たまひ)候(さうらひ)しが、過(すぎ)候(さうらひ)し
二月(きさらぎ)に、もがさと申(まうす)事(こと)に失(うせ)させ給(たまひ)候(さうらひ)ぬ。北方(きたのかた)は
其(その)御歎(おんなげき)と申(まうし)、是(これ)の御事(おんこと)と申(まうし)、一(ひと)かたならぬ御
思(おんおもひ)にしづませ給(たま)ひ、日(ひ)にそへてよはら(よわら)【弱ら】せ給(たまひ)候(さうらひ)しが、
同(おなじき)三月(さんぐわつ)二日(ふつかのひ)、つゐに(つひに)【遂に】はかなくならせ給(たまひ)ぬ。いま姫御
P03453
前(ひめごぜん)ばかり、奈良(なら)の姑御前(をばごぜん)(をばご(ン)ぜん)の御(おん)もとに御(おん)わたり候(さうらふ)。
是(これ)に御(おん)ふみ【文】給(たまはり)てまい(ッ)(まゐつ)【参つ】て候(さうらふ)」とて、取(とり)いだいて奉(たてまつ)る。
あけて見(み)給(たま)へば、有王(ありわう)が申(まうす)にたがは【違は】ず書(かか)れたり。
奥(おく)には、「などや、三人(さんにん)ながされたる人(ひと)の、二人(ににん)はめし
かへさ【返さ】れてさぶらふ【候ふ】に、いままで御(おん)のぼりさぶらはぬ
ぞ。あはれ、高(たかき)もいやしきも、女(をんな)の身(み)ばかり心(こころ)う
かりける物(もの)はなし。おのこご(をのこご)【男子】の身(み)にてさぶらはば、わたらせ
給(たま)ふ島(しま)へも、などかまいら(まゐら)【参ら】でさぶらふべき。このあり【有】
P03454
王(わう)御供(おとも)にて、いそぎのぼらせ給(たま)へ」とぞ書(かか)れたる。
「是(これ)みよ【見よ】有王(ありわう)、この子(こ)が文(ふみ)の書(かき)やうのはかなさよ。
をのれ(おのれ)【己】を供(とも)にて、いそぎのぼれと書(かき)たる事(こと)こそ
うらめしけれ【恨めしけれ】。心(こころ)にまかせたる俊寛(しゆんくわん)(しゆんくはん)が身(み)ならば、
何(なに)とてか三(み)とせ【年】の春秋(はるあき)をば送(おく)(をく)るべき。今年(ことし)は
十二(じふに)になるとこそ思(おも)ふに、是P238(これ)程(ほど)はかなくては、人(ひと)
にもみえ【見え】、宮仕(みやづかへ)をもして、身(み)をもたす【助】くべきか」
とて泣(なか)れけるにぞ、人(ひと)の親(おや)の心(こころ)は闇(やみ)にあらね[B 「あら程」とあり「程」に「ね」と傍書]共(ども)、
P03455
子(こ)をおもふ【思ふ】道(みち)にまよふ程(ほど)もしら【知ら】れける。「此(この)島(しま)へ
ながされて後(のち)は、暦(こよみ)もなければ、月日(つきひ)のかはり行(ゆく)
をもしらず。ただをのづから(おのづから)【自】花(はな)のちり【散り】葉(は)の落(おつ)
るを見(み)て春秋(はるあき)をわきまへ、蝉(せみ)の馨(こゑ)麦秋(ばくしう)
を送(おく)(をく)れば夏(なつ)とおもひ、雪(ゆき)のつもるを冬(ふゆ)としる。
白月(びやくげつ)黒月(こくげつ)のかはり行(ゆく)をみて、卅日(さんじふにち)をわきまへ、
指(ゆび)をお(ッ)(をつ)【折つ】てかぞふれば、今年(ことし)は六(むつ)になるとおもひ【思ひ】
つるおさなき(をさなき)【幼き】者(もの)も、はや先立(さきだち)けるごさんなれは[*この一字不要]。
P03456
西八条(にしはつでう)へ出(いで)し時(とき)、この子(こ)が、「我(われ)もゆかう」どしたひ【慕ひ】
しを、やがて帰(かへ)らふずる(うずる)ぞとこしらへをき(おき)【置き】しが、
いまの様(やう)におぼゆるぞや。其(それ)を限(かぎ)りと思(おも)は
ましかば、いましばしもなどか見(み)ざらん。親(おや)となり、
子(こ)となり、夫婦(ふうふ)の縁(えん)をむすぶも、みな此(この)世(よ)ひと
つにかぎらぬ契(ちぎり)ぞかし。などさらば、それらがさ様(やう)に
先立(さきだち)けるを、いままで夢(ゆめ)まぼろしにもしら【知ら】ざり
けるぞ。人目(ひとめ)も恥(はぢ)ず、いかにもして命(いのち)いか【生か】うど思(おも)(ッ)
P03457
しも、これらをいま一度(いちど)見(み)ばやと思(おも)ふためなり。
姫(ひめ)が事(こと)こそ心苦(こころぐる)しけれ共(ども)、それもいき【生き】身(み)なれば、
歎(なげ)きながらもすごさ【過さ】むずらん。さのみながらへて、
をのれ(おのれ)【己】にうきめを見(み)せんも、我(わが)身(み)ながらつれな
かるべし」とて、をのづから(おのづから)の食事(しよくじ)をもとどめ、偏(ひとへ)に
弥陀(みだ)の名号(みやうがう)をとなへて、臨終(りんじゆう)(りんじう)正念(しやうねん)をぞ[B 「をも」とあり「も」に「そ」と傍書]祈(いの)られ
ける。有王(ありわう)わた(ッ)て廿三日(にじふさんにち)と云(いふ)に、其(その)庵(いほ)りのうち
にて遂(つひ)(つゐ)にをはり給(たまひ)P239ぬ。年(とし)卅七(さんじふしち)とぞ聞(きこ)えし。有王(ありわう)
P03458
むなしき姿(すがた)に取(とり)つき、天(てん)に仰(あふぎ)地(ち)に伏(ふし)て、
泣(なき)かなしめ共(ども)かひぞなき。心(こころ)の行(ゆく)程(ほど)泣(なき)あき【飽き】て、
「やがて後世(ごせ)の御供(おんとも)仕(つかまつる)べう候(さうら)へ共(ども)、此(この)世(よ)には姫
御前(ひめごぜん)ばかりこそ御渡(おんわたり)候(さうら)へ、後世(ごせ)訪(とぶら)ひまいらす(まゐらす)【参らす】
べき人(ひと)も候(さうら)はず。しばしながらへて後世(ごせ)と
ぶらひまいらせ(まゐらせ)【参らせ】候(さうら)はん」とて、ふしどをあらため【改め】ず、
庵(いほり)をきり【切り】かけ、松(まつ)のかれ枝(えだ)、蘆(あし)のかれは【枯葉】を
取(とり)おほひ【覆ひ】、藻(も)しほのけぶりとなし奉(たてまつ)り、
P03459
荼■[田+比]事(だびごと)をへ【終へ】にければ、白骨(はくこつ)をひろひ【拾ひ】、
頸(くび)にかけ、又(また)商人船(あきんどぶね)のたよりに九国(くこく)の地(ち)へぞ
着(つき)にける。僧都(そうづ)の御(おん)むすめのおはしける所(ところ)に
まい(ッ)(まゐつ)【参つ】て、有(あり)し様(やう)、始(はじめ)よりこまごまと申(まうす)。「中々(なかなか)
御文(おんふみ)を御覧(ごらん)じてこそ、いとど御(おん)思(おも)ひはまさら
せ給(たまひ)て候(さうらひ)しか。硯(すずり)も紙(かみ)も候(さうら)はねば、御返事(おんぺんじ)
にも及(およ)(をよ)ばず。おぼしめさ【思召さ】れ候(さうらひ)し御心(おんこころ)の内(うち)、
さながらむなしうてやみ候(さうらひ)にき。今(いま)は生々世々(しやうじやうせせ)
P03460
を送(おく)(をく)り、他生曠劫(たしやうくわうごふ)(たしやうくわうごう)をへだつ共(とも)、いかでか
御声(おんこゑ)をもきき、御姿(おんすがた)をも見(み)まいら(まゐら)【参ら】させ給(たま)
ふべき」と申(まうし)ければ、ふしまろび、こゑも惜(をしま)(おしま)ず
なか【泣か】れけり。やがて十二(じふに)の年(とし)尼(あま)になり、奈良(なら)
の法華寺(ほつけじ)に勤(つとめ)すまして、父母(ぶも)の後世(ごせ)を
訪(とぶら)ひ給(たま)ふぞ哀(あはれ)なる。有王(ありわう)は俊寛(しゆんくわん)(しゆんくはん)僧都(そうづ)の
遺骨(ゆいこつ)を頸(くび)にかけ、高野(かうや)へのぼり、奥院(おくのゐん)に
納(をさ)(おさ)めつつ、蓮花谷(れんげだに)にて法師(ほふし)(ほうし)になり、諸国(しよこく)七
P03461
道(しちだう)修行(しゆぎやう)して、しう(しゆう)【主】の後世(ごせ)をぞとぶらひける。か様(やう)【斯様】に
人(ひと)の思歎(おもひなげ)きのつもりぬる平家(へいけ)の末(すゑ)こそ
おそろしけP240れ【恐ろしけれ】。飆(つぢかぜ)S0310同(おなじき)五月(ごぐわつ)十二日(じふににち)午剋(むまのこく)ばかり、京中(きやうぢゆう)(きやうぢう)
には辻風(つぢかぜ)おびたたしう吹(ふい)て、人屋(じんをく)(じんおく)おほく
顛到(てんだう)す。風(かぜ)は中御門(なかのみかど)京極(きやうごく)よりをこ(ッ)(おこつ)て、末
申(ひつじさる)の方(かた)へ吹(ふい)て行(ゆく)に、棟門(むねかど)平門(ひらかど)を吹(ふき)ぬきて、
四五町(しごちやう)十町(じつちやう)吹(ふき)もてゆき、けた【桁】・なげし【長押】・柱(はしら)な(ン)ど(など)は
虚空(こくう)に散在(さんざい)す。桧皮(ひはだ)(ひわだ)ふき板(いた)【葺板】の〔た〕ぐひ、冬(ふゆ)の
P03462
木葉(このは)の風(かぜ)にみだるるが如(ごと)し。おびたた
しうなり【鳴り】どよむ事(こと)、彼(かの)地獄(ぢごく)〔の〕業風(ごふふう)(ごうふう)なり共(とも)、
これには過(すぎ)じとぞみえ【見え】し。ただ舎屋(しやをく)の破損(はそん)ずる
のみならず、命(いのち)を失(うし)なふ人(ひと)も多(おほ)し。牛(うし)馬(むま)の
たぐひ数(かず)を尽(つく)して打(うち)ころさる。是(これ)ただ事(こと)に
あらず、御占(みうら)(ミうら)あるべしとて、神祇官(じんぎくわん)にして御占(みうら)あり【有り】。
「いま百日(ひやくにち)のうちに、禄(ろく)ををもんずる(おもんずる)【重んずる】大臣(おとど)の慎(つつし)み[* 「み」は右寄りに「ミ」 ]、
別(べつ)しては天下(てんが)の大事(だいじ)、並(ならび)に仏法(ぶつぽふ)(ぶつぽう)王法(わうぼふ)(わうばう)共(とも)に
P03463
傾(かたぶき)て、兵革(へいがく)相続(さうぞく)すべし」とぞ、神祇官(じんぎくわん)(じんぎくはん)陰陽
寮(おんやうれう)(をんやうりやう)共(とも)にうらなひ申(まうし)ける。P241医師問答(いしもんだふ)(いしもんだう)S0311小松(こまつ)のおとど、か様(やう)【斯様】の
事共(ことども)を聞(きき)給(たまひ)て、よろづ御心(おんこころ)ぼそうやおもは【思は】
れけむ、其(その)比(ころ)熊野参詣(くまのさんけい)の事(こと)有(あり)けり。本
官【*本宮(ほんぐう)】証誠殿(しようじやうでん)(しやうじやうでん)の御(おん)まへにて、夜(よ)もすがら敬白(けいひやく)せら
れけるは、「親父(しんぶ)入道(にふだう)(にうだう)相国(しやうこく)の体(てい)をみる【見る】に、悪逆
無道(あくぎやくぶたう)にして、ややもすれば君(きみ)をなやまし奉(たてまつ)る。
重盛(しげもり)長子(ちやうし)として、頻(しきり)に諫(いさめ)をいたすといへども、
P03464
身(み)不肖(ふせう)の間(あひだ)(あいだ)、かれも(ッ)て服膺(ふくよう)せず。そのふるま
ひ【振舞】をみる【見る】に、一期(いちご)の栄花(えいぐわ)(ゑいぐわ)猶(なほ)(なを)あやうし(あやふし)。枝葉(しえふ)(しよう)
連続(れんぞく)して、親(しん)を顕(あらは)し名(な)を揚(あ)げむ事(こと)かたし。
此(この)時(とき)に当(あたつ)て、重盛(しげもり)いやしうも思(おも)へり。なまじい(なまじひ)に
列(れつ)して世(よ)に浮沈(ふちん)せむ事(こと)、敢(あへ)て良臣(りやうしん)孝子(かうし)の
法(ほふ)(ほう)にあらず。しかじ、名(な)を逃(のが)れ身(み)を退(しりぞき)て、今生(こんじやう)の
名望(めいまう)を抛(なげうつ)て、来世(らいせ)の菩提(ぼだい)を求(もと)めむには。但(ただし)凡
夫(ぼんぶ)薄地(はくぢ)、是非(ぜひ)にまどへるが故(ゆゑ)(ゆへ)に、猶(なほ)(なを)心(こころ)ざしを
P03465
恣(ほしいまま)(ほしゐまま)にせず。南無権現(なむごんげん)金剛童子(こんがうどうじ)、願(ねがは)くは子孫(しそん)繁
栄(はんえい)(はんゑい)たえ【絶え】ずして、仕(つかへ)て朝廷(てうてい)にまじはるべくは、入道(にふだう)(にうだう)
の悪心(あくしん)を和(やはら)げて、天下(てんが)の安全(あんせん)を得(え)しめ給(たま)へ。栄
耀(えいえう)(ゑいよう)又(また)一期(いちご)を限(かぎ)(ッ)て、後混(こうこん)の恥(はぢ)におよぶべく(ン)ば、重盛(しげもり)が
運命(うんめい)をつづめて、来世(らいせ)の苦輪(くりん)を助(たす)け給(たま)へ。両
ケ(りやうか)の求願(ぐぐわん)(ぐぐはん)、ひとへに冥助(みやうじよ)を仰(あふ)ぐ」と肝胆(かんたん)を
摧(くだい)(くだひ)て祈念(きねん)せられけるに、燈籠(とうろう)の火(ひ)のやうなる
物(もの)の、おとどの御身(おんみ)より出(いで)て、ば(ッ)と消(きゆ)るが如(ごと)くして失(うせ)に
P03466
けり。人(ひと)あまたみ奉(たてまつ)りけれ共(ども)、恐(おそ)(をそ)れて是(これ)を申(まう)さず。P242又(また)
下向(げかう)の時(とき)、岩田川(いはだがは)を渡(わた)られけるに、嫡子(ちやくし)権亮少将(ごんのすけぜうしやう)
維盛(これもり)以下(いげ)の公達(きんだち)、浄衣(じやうえ)(じやうゑ)のした【下】に薄色(うすいろ)のきぬを着(き)
て、夏(なつ)の事(こと)なれば、なにとなう河(かは)の水(みづ)に戯(たはぶれ)給(たま)ふ
程(ほど)に、浄衣(じやうえ)(じやうゑ)のぬれ、きぬ【衣】にうつ(ッ)【移つ】たるが、偏(ひとへ)に色(いろ)の
ごとくにみえ【見え】ければ、筑後守(ちくごのかみ)貞能(さだよし)これを見(み)とがめて、
「何(なに)と候(さうらふ)やらむ、あの御浄衣(おんじやうえ)(おんじやうゑ)のよにいまはしき【忌はしき】やうに
見(み)えさせおはしまし候(さうらふ)。めしかへらるべうや候(さうらふ)らん」と
P03467
申(まうし)ければ、おとど、「わが所願(しよぐわん)既(すで)に成就(じやうじゆ)しにけり。
其(その)浄衣(じやうえ)(じやうゑ)敢(あへ)てあらたむべからず」とて、別(べつ)して
岩田川(いはだがは)より、熊野(くまの)へ悦(よろこび)の奉幣(ほうへい)をぞ立(たて)
られける。人(ひと)あやしと思(おも)ひけれ共(ども)、其(その)心(こころ)をえず。
しかるに此(この)公達(きんだち)、程(ほど)なくまことの色(いろ)をき【着】給(たまひ)ける
こそふしぎ【不思議】なれ。下向(げかう)の[B 後(のち)]、いくばくの日数(ひかず)を
経(へ)ずして、病付(やまひつき)給(たま)ふ。権現(ごんげん)すでに御納受(ごなふじゆ)(ごなうじゆ)
あるにこそとて、療治(れうぢ)(りやうぢ)もし給(たま)はず、祈祷(きたう)をも
P03468
いたされず。其(その)比(ころ)宋朝(そうてう)よりすぐれたる名
医(めいい)わた(ッ)て、本朝(ほんてう)にやすらふことあり【有り】。境節(をりふし)(おりふし)入
道(にふだう)(にうだう)相国(しやうこく)、福原(ふくはら)の別業(べつげふ)(べつげう)におはしけるが、越中守(ゑつちゆうのかみ)(ゑつちうのかみ)盛
俊(もりとし)を使者(ししや)で、小松殿(こまつどの)へ仰(おほせ)られけるは、「所労(しよらう)弥(いよいよ)
大事(だいじ)なる由(よし)其(その)聞(きこ)えあり【有り】。兼(かねては)又(また)宋朝(そうてう)より勝(すぐれ)たる
名医(めいい)わたれり。折節(をりふし)(おりふし)悦(よろこび)とす。是(これ)をめし【召し】請(しやう)
じて医療(いれう)(いりやう)をくわへ(くはへ)【加へ】しめ給(たま)へ[B 「給ふ」とあり「ふ」に「へ」と傍書]」と、の給(たま)ひつかは
されたりければ、小松殿(こまつどの)たすけおこされ、盛俊(もりとし)を
P03469
御前(おんまへ)へめして、「まづ「医療(いれう)(いりやう)の事(こと)、畏(かしこまつ)て承(うけたまはり)候(さうらひ)ぬ」
と申(まうす)べし。但(ただし)汝(なんぢ)も承(うけたまは)れ。延喜御門(えんぎのみかど)はさばか(ン)
の賢王(けんわう)にてましましけれ共(ども)、異国(いこく)の相人(さうにん)P243を
都(みやこ)のうちへ入(いれ)させ給(たまひ)たりけるをば、末代(まつだい)ま
でも賢王(けんわう)の御誤(おんあやまり)、本朝(ほんてう)の恥(はぢ)とこそみえ【見え】けれ。
况(いはん)や重盛(しげもり)ほどの凡人(ぼんにん)が、異国(いこく)の医師(いし)を
王城(わうじやう)へいれ【入れ】む事(こと)、国(くに)の辱(はぢ)にあらずや。漢高
祖(かんのかうそ)は三尺(さんじやく)の剣(けん)を提(ひつさげ)て天下(てんが)を治(をさめ)(おさめ)しかども、
P03470
淮南(わいなん)の黥布(げいふ)を討(うち)し時(とき)、流矢(ながれや)にあた(ッ)て疵(きず)
を蒙(かうぶ)る。后(きさき)呂太后(りよたいこう)、良医(りやうい)をむかへて見(み)せし
むるに、医(くすし)のいはく、「此(この)疵(きず)治(ぢ)しつべし。但(ただし)五
十(ごじつ)斤(こん)の金(こがね)をあたへば治(ぢ)せん」といふ。高祖(かうそ)の
給(たま)はく、「われまもり【守り】のつよ【強】か(ッ)し程(ほど)は、多(おほ)くの
たたかひにあひて疵(きず)を蒙(かうぶ)りしか共(ども)、そのいた
みなし。運(うん)すでに尽(つき)ぬ。命(めい)はすなはち天(てん)に
あり【有り】。縦(たとひ)偏鵲(へんじやく)といふ共(とも)、なんのゑき(えき)【益】かあらむ。しからば
P03471
又(また)かねを惜(をし)(おし)むににたり」とて、五十(ごじつ)こむ(こん)【斤】の金(こがね)
を医師(いし)にあたへながら、つゐに(つひに)【遂に】治(ぢ)せざりき。
先言(せんげん)耳(みみ)にあり【有り】、いまも(ッ)て甘心(かんじん)す。重盛(しげもり)い
やしくも九卿(きうけい)に列(れつ)して三台(さんたい)にのぼる。其(その)運命(うんめい)
をはかるに、も(ッ)て天心(てんしん)にあり【有り】。なんぞ天心(てんしん)を察(さつせ)
ずして、をろか(おろか)【愚】に医療(いれう)(いりやう)をいたはしうせむや。
所労(しよらう)もし定業(ぢやうごふ)(ぢやうごう)たらば、れう【療】治(ぢ)をくわう(くはふ)【加ふ】もゑき(えき)【益】
なからむか。又(また)非業(ひごふ)(ひごう)たらば、療治(れうぢ)(りやうぢ)をくわへ(くはへ)【加へ】ずとも
P03472
たすかる事(こと)をうべし。彼(かの)耆婆(ぎば)が医術(いじゆつ)及(およ)(をよ)
ばずして、大覚世尊(だいかくせそん)、滅度(めつど)を抜提河(ばつだいが)の
辺(ほとり)に唱(とな)ふ。是(これ)則(すなはち)、定業(ぢやうごふ)(ぢやうごう)の病(やまひ)いやさ【癒さ】ざる事(こと)を
しめさ【示さ】むが為(ため)也(なり)。定業(ぢやうごふ)(ぢやうごう)猶(なほ)(なを)医療(いれう)(いりやう)にかかはる【拘はる】べう
候(さうらは)ば、豈(あに)尺尊【*釈尊】(しやくそん)入滅(にふめつ)(にうめつ)あらむや。定業(ぢやうごふ)(ぢやうごう)又(また)治(ぢ)するに
堪(たへ)ざる旨(むね)あきらけし。治(ぢ)するは仏体(ぶつたい)也(なり)、療(れう)(りやう)ずるは
耆婆(ぎば)也(なり)。しかれば重盛(しげもり)が身(み)仏体(ぶつたい)にあらず、名P244医(めいい)
又(また)耆婆(ぎば)に及(およぶ)(をよぶ)べからず。たとひ四部(しぶ)の書(しよ)をかが
P03473
みて、百療(はくれう)(はくりやう)に長(ちやう)ずといふ共(とも)、いかでか有待(うだい)
の穢身(えしん)を救療(くれう)(くりやう)せん。たとひ五経(ごきやう)の説(せつ)
を詳(つまびらか)にして、衆病(しゆびやう)[B 「衆療」とあり「療」に「病」と傍書]をいやすと云(いふ)共(とも)、豈(あに)先
世(ぜんぜ)の業病(ごふびやう)(ごうびやう)を治(ぢ)せむや。もしかの医術(いじゆつ)に
よ(ッ)て存命(ぞんめい)せば、本朝(ほんてう)の医道(いだう)なきに似(に)たり。
医術(いじゆつ)効験(かうげん)なくむ(なくん)ば、面謁(めんゑつ)所詮(しよせん)なし。就中(なかんづく)
本朝(ほんてう)鼎臣(ていしん)の外相(げさう)をも(ッ)て、異朝(いてう)富有(ふゆう)の来
客(らいかく)にまみえ【見え】む事(こと)、且(かつ)(かつ(ウ))は国(くに)の恥(はぢ)、且(かつ)(かつ(ウ))は道(みち)の陵遅(れうち)
P03474
なり。たとひ重盛(しげもり)命(いのち)は亡(ばう)ずといふ共(とも)、いかでか
国(くに)の恥(はぢ)をおもふ【思ふ】心(こころ)の存(ぞん)ぜざらむ。此(この)由(よし)を申(まう)
せ」とこその給(たま)ひけれ。盛俊(もりとし)福原(ふくはら)に帰(かへ)りま
い(ッ)(まゐつ)【参つ】て、此(この)由(よし)を泣々(なくなく)申(まうし)ければ、入道(にふだう)(にうだう)相国(しやうこく)「是(これ)程(ほど)
国(くに)の恥(はぢ)をおもふ【思ふ】大臣(だいじん)、上古(しやうこ)にもいまだきか
ず。〔ま〕して末代(まつだい)にあるべし共(とも)覚(おぼ)えず。日本(につぽん)に
相応(さうおう)せぬ大臣(だいじん)なれば、いかさまにも今度(こんど)うせ【失せ】
なんず」とて、なくなく【泣く泣く】急(いそ)ぎ都(みやこ)へ上(のぼ)られけり。
P03475
同(おなじき)七月(しちぐわつ)廿八日(にじふはちにち)、小松殿(こまつどの)出家(しゆつけ)し給(たまひ)ぬ。法名(ほふみやう)(ほうみやう)は
浄蓮(じやうれん)とこそつ【付】き給(たま)へ。やがて八月(はちぐわつ)一日(ひとひのひ)、臨終(りんじゆう)(りんじう)
正念(しやうねん)に住(ぢゆう)(ぢう)して遂(つひ)(つゐ)に失(うせ)給(たまひ)ぬ。御年(おんとし)四十
三(しじふさん)、世(よ)はさかりとみえ【見え】つるに、哀(あはれ)なりし事共(ことども)
也(なり)。「入道(にふだう)(にうだう)相国(しやうこく)のさしもよこ紙(がみ)をや【破】られつるも、
この人(ひと)のなをし(なほし)【直し】なだめられつればこそ、世(よ)も
おだ【隠】しかりつれ。此(この)後(のち)天下(てんが)にいかなる事(こと)か
出(いで)こ【来】むずらむ」とて、京中(きやうぢゆう)(きやうぢう)の上下(じやうげ)歎(なげ)きあへり。
P03476
前(さきの)右大将(うだいしやう)宗盛卿(むねもりのきやう)のかた様(さま)の人(ひと)P245は、「世(よ)は只今(ただいま)
大将殿(だいしやうどの)へまいり(まゐり)【参り】なんず」とぞ悦(よろこび)ける。人(ひと)の親(おや)の
子(こ)をおもふ【思ふ】ならひはをろか(おろか)【愚】なるが、先立(さきだつ)だにも
かなしきぞかし。いはむや是(これ)は当家(たうけ)の棟
梁(とうりやう)、当世(たうせい)の賢人(けんじん)にておはしければ、恩愛(おんあい)(をんあい)の別(わかれ)、
家(いへ)の衰微(すいび)、悲(かなしみ)ても猶(なほ)(なを)余(あまり)あり【有り】。されば世(よ)には
良臣(りやうしん)をうしなへ【失へ】る事(こと)を歎(なげ)き、家(いへ)には武略(ぶりやく)
のすた【廃】れぬることをかなしむ。凡(およそ)(をよそ)はこのおとど文章(ぶんしやう)
P03477
うるはしうして、心(こころ)に忠(ちゆう)(ちう)を存(ぞん)じ、才芸(さいげい)
すぐれて、詞(ことば)に徳(とく)を兼(かね)給(たま)へり。無文(むもん)S0312天性(てんぜい)この
おとどは不思議(ふしぎ)の人(ひと)にて、未来(みらい)の事(こと)をも
かね【予】てさとり給(たまひ)けるにや。去(さんぬる)四月(しぐわつ)(し(ン)ぐわつ)七日(しちにち)の[B 下に小文字で「夜」]
夢(ゆめ)に、み給(たまひ)けるこそふしぎ【不思議】なれ。たとへば、いづ
く共(とも)しらぬ浜路(はまぢ)を遥々(はるばる)とあゆみ行(ゆき)給(たま)ふ
程(ほど)に、道(みち)の傍(かたはら)に大(おほき)なる鳥居(とりゐ)のあり【有り】けるを、
「あれはいかなる鳥居(とりゐ)やらむ」と、問給(とひたま)へば、「春日
P03478
大明神(かすがだいみやうじん)の御鳥(おんとり)ゐ也(なり)」と申(まうす)。人(ひと)多(おほ)く群集(くんじゆ)
したり。其(その)中(なか)に法師(ほふし)(ほうし)の頸(くび)を一(ひとつ)さしあげ【上げ】
たり。「さてあのくびはいかに」と問給(とひたま)へば、「是(これ)は
平家(へいけ)太政入道殿(だいじやうのにふだうどの)(だいじやうのにうだうどの)の御頸(おんくび)を、悪行(あくぎやう)超過(てうくわ)
し給(たま)へるによ(ッ)て、当社(たうしや)大明神(だいみやうじん)のめし【召し】
とらせ給(たまひ)て候(さうらふ)」と申(まうす)と覚(おぼ)えて、夢(ゆめ)うちさめ、
当家(たうけ)は保元(ほうげん)平治(へいぢ)よP246りこのかた、度々(どど)の朝敵(てうてき)
をたひらげて、勧賞(けんじやう)身(み)にあまり、かたじけ
P03479
なく一天(いつてん)の君(きみ)の御外戚(ごぐわいせき)として、一族(いちぞく)の昇
進(しようじん)(せうじん)六十(ろくじふ)余人(よにん)。廿(にじふ)余年(よねん)のこのかたは、たのしみ
さかへ(さかえ)【栄え】、申(まうす)はかりもなかりつるに、入道(にふだう)(にうだう)の悪行(あくぎやう)超
過(てうくわ)せる[M 「せさる」とあり「さ」をミセケチ]によ(ッ)て、一門(いちもん)の運命(うんめい)すでにつ【尽】きんずるに
こそと、こし方(かた)行(ゆく)すゑの事共(ことども)、おぼしめし【思召し】つづけて、
御涙(おんなみだ)にむせばせ給(たま)ふ。折節(をりふし)(おりふし)妻戸(つまど)をほとほとと
打(うち)たたく。「た【誰】そ。あれき【聞】け」との給(たま)へば、「灘尾【*瀬尾】(せのをの)(セノおの)太郎(たらう)兼
康(かねやす)がまい(ッ)(まゐつ)【参つ】て候(さうらふ)」と申(まうす)。「いかに、何事(なにごと)ぞ」との給(たま)へば、「只(ただ)
P03480
いま不思議(ふしぎ)の事(こと)候(さうらひ)て、夜(よ)の明(あけ)候(さうら)はんがを
そう(おそう)【遅う】覚(おぼえ)候(さうらふ)間(あひだ)(あいだ)、申(まう)さむが為(ため)にまい(ッ)(まゐつ)【参つ】て候(さうらふ)。御(おん)まへの
人(ひと)をの【除】けられ候(さうら)へ」と申(まうし)ければ、おとど人(ひと)を遥(はるか)にのけて
御対面(ごたいめん)あり【有り】。さて兼康(かねやす)見(み)たりける夢(ゆめ)のやうを、
始(はじめ)より終(をはり)(おはり)までくはしう語(かた)り申(まうし)けるが、おとどの
御覧(ごらん)じたりける御夢(おんゆめ)にすこしもたがは【違は】ず。
さてこそ、瀬尾(せのをの)(せのおの)太郎(たらう)兼康(かねやす)をば、「神(しん)にも通(つう)じ
たる物(もの)にてあり【有り】けり」と、おとども感(かん)じ給(たま)ひけれ。
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其(その)朝(あした)嫡子(ちやくし)権亮少将(ごんのすけぜうしやう)維盛(これもり)、院(ゐんの)御所(ごしよ)へまいら(まゐら)【参ら】む
とて出(いで)させ給(たまひ)たりけるを、おとど【大臣】よび奉(たてまつり)て、「人(ひと)の
親(おや)の身(み)としてか様(やう)【斯様】の事(こと)を申(まう)せば、きはめて
おこがましけれ(をこがましけれ)共(ども)、御辺(ごへん)は人(ひと)の子共(こども)の中(なか)には
勝(すぐれ)てみえ【見え】給(たま)ふ也(なり)。但(ただし)此(この)世(よ)の中(なか)の有様(ありさま)、いかがあらむ
ずらむと、心(こころ)ぼそうこそ覚(おぼゆ)れ。貞能(さだよし)はないか。少
将(せうしやう)に酒(さけ)すすめよ」とのP247給(たま)へば、貞能(さだよし)御酌(おんしやく)にまいり(まゐり)【参り】
たり。「この盃(さかづき)をば、先(まづ)少将(せうしやう)にこそとら【取ら】せたけれども、
P03482
親(おや)より先(さき)にはよもの【飲】み給(たま)はじなれば、重盛(しげもり)まづ
取(とり)あげて、少将(せうしやう)にささむ」とて、三度(さんど)う【受】けて、少
将(せうしやう)にぞさされける。少将(せうしやう)又(また)三度(さんど)うけ給(たま)ふ時(とき)、「いか
に貞能(さだよし)、引出物(ひきでもの)せよ」との給(たま)へば、畏(かしこまり)て承(うけたまは)り、錦(にしき)の
袋(ふくろ)にいれ【入れ】たる御太刀(おんたち)を取出(とりいだ)す。「あはれ、是(これ)は家(いへ)に
伝(つた)はれる小烏(こがらす)といふ太刀(たち)やらむ」な(ン)ど(など)、よにうれし
げに思(おも)ひて見(み)給(たま)ふ処(ところ)に、さはなくして、大臣
葬(だいじんさう)の時(とき)もちゐる無文(むもん)の太刀(たち)にてぞ有(あり)ける。
P03483
其(その)時(とき)少将(せうしやう)けしき【気色】は(ッ)とかは(ッ)て、よにいまはしげ【忌はし気】に
見(み)給(たまひ)ければ、おとど涙(なみだ)をはらはらとながい【流い】て、「いかに
少将(せうしやう)、それは貞能(さだよし)がとが【咎】にもあらず。其(その)故(ゆゑ)(ゆへ)は如何(いか)にと
いふに、此(この)太刀(たち)は大臣葬(だいじんさう)のときもちゐる無文(むもん)の
太刀(たち)也(なり)。入道(にふだう)(にうだう)いかにもおはせむ時(とき)、重盛(しげもり)がは【佩】いて
供(とも)せむとて持(もち)たりつれ共(ども)、いまは重盛(しげもり)、入道殿(にふだうどの)(にうだうどの)に
先立(さきだち)奉(たてまつ)らむずれば、御辺(ごへん)に奉(たてまつ)るなり」とぞの給(たま)
ひける。少将(せうしやう)是(これ)を聞(きき)給(たまひ)て、とかうの返事(へんじ)にも
P03484
及(およ)(をよ)ばず。涙(なみだ)にむせびうつぶして、其(その)日(ひ)は出仕(しゆつし)も
し給(たま)はず、引(ひき)かづきてぞふし給(たま)ふ。其(その)後(のち)おとど熊野(くまの)へ
まいり(まゐり)【参り】、下向(げかう)して病(やまひ)つき、幾程(いくほど)もなく遂(つひ)(つゐ)に失(うせ)給(たま)
ひけるにこそ、げにもと思(おも)ひしられけれ。P248燈炉(とうろう)之(の)沙汰(さた)S0313すべて
此(この)大臣(おとど)は、滅罪生善(めつざいしやうぜん)の御心(おんこころ)ざしふかう【深う】おはし
ければ、当来(たうらい)の浮沈(ふちん)をなげいて、東山(ひがしやま)(ひ(ン)がしやま)の麓(ふもと)
に、六八弘誓(ろくはつぐせい)の願(ぐわん)になぞらへて、四十八(しじふはつ)間(けん)の精舎(しやうじや)を
たて、一間(いつけん)にひとつづつ、四十八(しじふはつ)間(けん)に四十八(しじふはち)の燈籠(とうろう)を
P03485
かけ【懸け】られたりければ、九品(くほん)の台(うてな)、目(ま)の前(まへ)にかかやき、
光耀(くわうえう)鸞鏡(らんけい)をみがいて、浄土(じやうど)の砌(みぎり)にのぞめるが
ごとし。毎月(まいげつ)十四五(じふしご)を点(てん)じて、当家(たうけ)他家(たけ)の
人々(ひとびと)の御方(おんかた)より、みめ【眉目】ようわか【若】うさかむ(さかん)【壮】なる女房
達(にようばうたち)を多(おほ)く請(しやう)じ集(あつ)め、一間(いつけん)に六人(ろくにん)づつ、四十八(じふはつ)間(けん)に
二百八十八人(にひやくはちじふはちにん)、時衆(じしゆ)にさだめ、彼(かの)両日(りやうにち)が間(あひだ)(あいだ)は一心(いつしん)
称名(せうめうの)声(こゑ)絶(たえ)ず。誠(まこと)に来迎(らいかう)引摂(いんぜふ)(ゐんぜう)の願(ぐわん)もこの所(ところ)
に影向(やうがう)をたれ、摂取不捨(せつしゆふしや)の光(ひかり)も此(この)大臣(おとど)を照(てら)し
P03486
給(たま)ふらむとぞみえ【見え】し。十五日(じふごにち)の日中(につちゆう)(につちう)を結願(けちぐわん)として
大念仏(だいねんぶつ)あり【有り】しに、大臣(おとど)みづから彼(かの)行道(ぎやうだう)の中(なか)に
まじは(ッ)て、西方(さいはう)にむかひ、「南無安養教主弥陀善逝(なむあんやうけうしゆみだぜんぜい)、
三界(さんがい)六道(ろくだう)の衆生(しゆじやう)を普(あまね)く済度(さいど)し給(たま)へ」と、廻向
発願(ゑかうほつぐわん)せられければ、みる【見る】人(ひと)慈悲(じひ)をおこし、きく物(もの)
感涙(かんるい)をもよほしけり。かかりしかば、此(この)大臣(おとど)をば燈
籠大臣(とうろうのだいじん)とぞ人(ひと)申(まうし)ける。P249金渡(かねわたし)S0314又(また)おとど、「我(わが)朝(てう)にはいかなる
大善根(だいぜんごん)をしをい(おい)【置い】たり共(とも)、子孫(しそん)あひついでとぶらはう
P03487
事(こと)ありがたし。他国(たこく)にいかなる善根(ぜんごん)をもして、
後世(のちのよ)を訪(とぶら)はればや」とて、安元(あんげん)の此(ころ)ほひ、鎮西(ちんぜい)より
妙典(めうでん)といふ船頭(せんどう)をめし【召し】のぼせ、人(ひと)を遥(はるか)にの【除】けて
御対面(ごたいめん)あり【有り】。金(こがね)を三千(さんぜん)五百両(ごひやくりやう)めしよせて、「汝(なんぢ)は
大正直(だいしやうぢき)の者(もの)であんなれば、五百両(ごひやくりやう)をば汝(なんぢ)にたぶ。三千
両(さんぜんりやう)を宋朝(そうてう)へ渡(わた)し、育王山(いわうさん)へまいらせ(まゐらせ)【参らせ】て、千両(せんりやう)を
僧(そう)にひき、二千両(にせんりやう)をば御門(みかど)へまいらせ(まゐらせ)【参らせ】、田代(たしろ)を育
王山(いわうさん)へ申(まうし)よせて、我(わが)後世(ごせ)とぶらはせよ」とぞの給(たまひ)ける。
P03488
妙典(めうでん)是(これ)を給(たま)は(ッ)て、万里(ばんり)の煙浪(えんらう)(ゑんらう)を凌(しの)ぎつつ、大
宋国(たいそうこく)へぞ渡(わた)りける。育王山(いわうさん)の方丈(はうぢやう)(はうじやう)仏照禅師(ぶつせうぜんじ)
徳光(とくくわう)にあひ奉(たてまつ)り、此(この)由(よし)申(まうし)たりければ、随喜(ずいき)感嘆(かんたん)
して、千両(せんりやう)を僧(そう)にひき、二千両(にせんりやう)をば御門(みかど)へま
いらせ(まゐらせ)【参らせ】、おとどの申(まう)されける旨(むね)を具(つぶさ)に奏聞(そうもん)せられ
たりければ、御門(みかど)大(おほき)に感(かん)じおぼしめし【思召し】て、五百町(ごひやくちやう)
の田代(たしろ)を育王山(いわうさん)へぞよ【寄】せられける。されば日本(につぽん)
の大臣(だいじん)平(たひらの)朝臣(あそん)(あ(ツ)そん)重盛公(しげもりこう)の後生善処(ごしやうぜんしよ)と祈(いの)る
P03489
事(こと)、いまに絶(たえ)ずとぞ承(うけたまは)る。P250法印問答(ほふいんもんだふ)S0315入道(にふだう)(にうだう)相国(しやうこく)、小松殿(こまつどの)に
をくれ(おくれ)【遅れ】給(たまひ)て、よろづ心(こころ)ぼそうや思(おも)はれけむ、福
原(ふくはら)へ馳下(はせくだ)り、閉門(へいもん)してこそおはしけれ。同(おなじき)十一
月(じふいちぐわつ)七日(なぬか)の夜(よ)戌剋(いぬのこく)ばかり、大地(だいぢ)おびたたしう動(うごい)(うごひ)て
やや久(ひさ)し。陰陽頭(おんやうのかみ)(をんやうのかみ)安倍泰親(あべのやすちか)、いそぎ内裏(だいり)へ
馳(はせ)まい(ッ)(まゐつ)【参つ】て、「今度(こんど)の地震(ぢしん)、占文(せんもん)のさす所(ところ)、其(その)慎(つつし)み
かろから【軽から】ず。当道(たうだう)三経(さんきやう)の中(なか)に、根器経(こんききやう)の説(せつ)を
見(み)候(さうらふ)に、「年(とし)をえ【得】ては年(とし)を出(いで)ず、月(つき)をえては月(つき)を
P03490
出(いで)ず、日(ひ)をえては日(ひ)を出(いで)ず」とみえ【見え】て候(さうらふ)。以外(もつてのほか)(も(ツ)てのほか)に火
急(くわきふ)(くわきう)候(ざうらふ)」とて、はらはらとぞ泣(なき)ける。伝奏(てんそう)の人(ひと)も色(いろ)
をうしなひ【失ひ】、君(きみ)も叡慮(えいりよ)(ゑいりよ)をおどろかさせおはします。
わかき公卿(くぎやう)殿上人(てんじやうびと)は、「けしからぬ泰親(やすちか)が今(いま)の
泣(なき)やうや。何事(なにごと)のある【有る】べき」とて、わらひ【笑ひ】あはれけり。
され共(ども)、此(この)泰親(やすちか)は晴明(せいめい)五代(ごだい)の苗裔(べうえい)をうけて、
天文(てんもん)は淵源(ゑんげん)をきはめ、推条(すいでう)掌(たなごころ)をさすが如(ごと)し。
一事(いちじ)もたがは【違は】ざりければ、さ【指】すの神子(みこ)とぞ申(まうし)ける。
P03491
いかづち【雷】の落(おち)かかりたりしか共(ども)、雷火(らいくわ)の為(ため)に
狩衣(かりぎぬ)の袖(そで)は焼(やけ)ながら、其(その)身(み)はつつがもなかりけり。
上代(じやうだい)にも末代(まつだい)にも、有(あり)がたかりし泰親(やすちか)也(なり)。
同(おなじき)十四日(じふしにち)、相国禅門(しやうこくぜんもん)、此(この)日(ひ)ごろ福原(ふくはら)におはしける
が、何(なに)とかおもひ【思ひ】なられたりけむ、数千騎(すせんぎ)の軍兵(ぐんびやう)
をたなびいて、都(みやこ)へ入(いり)給(たま)ふ由(よし)聞(きこ)えしかば、京中(きやうぢゆう)(きやうぢう)
何(なに)と聞(きき)P251わきたる事(こと)はなけれ共(ども)、上下(じやうげ)恐(おそ)れおのの
く(をののく)。何(なに)ものの申出(まうしいだ)したりけるやらん、「入道(にふだう)(にうだう)相国(しやうこく)、
P03492
朝家(てうか)を恨(うら)み奉(たてまつ)るべし」と披露(ひろう)をなす。関白
殿(くわんばくどの)[B も]内々(ないない)きこしめさ【聞し召さ】るる旨(むね)や有(あり)けむ、急(いそ)ぎ御参
内(ごさんだい)あ(ッ)て、「今度(こんど)相国禅門(しやうこくぜんもん)入洛(じゆらく)の事(こと)は、ひとへに基
房(もとふさ)亡(ほろぼ)すべき結構(けつこう)にて候(さうらふ)也(なり)。いかなる目(め)に逢(あふ)べきにて
候(さうらふ)やらむ」と奏(そう)せさせ給(たま)へば、主上(しゆしやう)大(おほき)におどろかせ給(たまひ)て、
「そこにいかなる目(め)にもあはむは、ひとへにただわがあふ
にてこそあらむずらめ」とて、御涙(おんなみだ)をながさせ給(たま)ふぞ
忝(かたじけな)き。誠(まこと)に天下(てんが)の御政(おんまつりごと)は、主上(しゆしやう)摂録(せつろく)の御(おん)ぱからひ
P03493
にてこそあるに、こはいかにしつる事共(ことども)ぞや。天照大
神(てんせうだいじん)・春日(かすがの)大明神(だいみやうじん)の神慮(しんりよ)の程(ほど)も計(はかり)がたし。
同(おなじき)十五日(じふごにち)、入道(にふだう)相国(しやうこく)朝家(てうか)を恨(うら)み奉(たてまつ)るべき事(こと)
必定(ひつぢやう)と聞(きこ)えしかば、法皇(ほふわう)(ほうわう)大(おほき)におどろかせ給(たまひ)て、故少
納言(こせうなごん)入道(にふだう)(にうだう)信西(しんせい)の子息(しそく)、静憲法印(じやうけんほふいん)(じやうけんほうゐん)を御使(おんつかひ)にて、
入道(にふだう)(にうだう)相国(しやうこく)のもとへつかはす。「近年(きんねん)、朝廷(てうてい)しづかなら
ずして、人(ひと)の心(こころ)もとと【整】のほらず。世間(せけん)も落居(らつきよ)せぬ
さまに成行(なりゆく)事(こと)、惣別(そうべつ)につけて歎(なげ)きおぼし
P03494
めせ【思召せ】共(ども)、さてそこにあれば、万事(ばんじ)はたのみ【頼み】おぼし
めし【思召し】てこそあるに、天下(てんが)をしづむるまでこそなか
らめ、嗷々(がうがう)なる体(てい)にて、あま(ッ)さへ朝家(てうか)を恨(うら)むべし
な(ン)ど(など)きこしめす【聞し召す】は、何事(なにごと)ぞ」と仰(おほせ)つかはさる。静憲
法印(じやうけんほふいん)(じやうけんほうゐん)、御使(おんつかひ)に西八条(にしはつでう)の亭(てい)へむかふ。朝(あさ)より夕(ゆふべ)に及(およ)(をよ)ぶ
まで待(また)れけれ共(ども)、無音(ぶいん)(ぶゐん)也(なり)ければ、さればこそと無益(むやく)
に覚(おぼ)えて、源(げん)大夫判官(たいふはんぐわん)季貞(すゑさだ)をも(ッ)P252て、勅定(ちよくぢやう)の
趣(おもむ)きいひ入(いれ)させ、「いとま申(まうし)て」とて出(いで)られければ、其(その)
P03495
時(とき)入道(にふだう)(にうだう)「法印(ほふいん)(ほうゐん)よべ」とて出(いで)られたり。喚(よび)かへい【返い】て、「やや法印(ほふいん)(ほうゐん)
御房(ごばう)(ご(ン)ばう)、浄海(じやうかい)が申(まうす)処(ところ)は僻事(ひがこと)か。まづ内府(だいふ)が身(み)ま
かり候(さうらひ)ぬる事(こと)、当家(たうけ)の運命(うんめい)をはかるにも、入道(にふだう)(にうだう)
随分(ずいぶん)悲涙(ひるい)をおさへてこそ罷過(まかりすぎ)候(さうら)へ。御辺(ごへん)の心(こころ)にも
推察(すいさつ)し給(たま)へ。保元(ほうげん)以後(いご)は、乱逆(らんげき)打(うち)つづいて、君(きみ)や
すい御心(おんこころ)もわたらせ給(たま)はざりしに、入道(にふだう)(にうだう)はただ
大方(おほかた)を取(とり)をこなふ(おこなふ)ばかりでこそ候(さうら)へ、内府(だいふ)こそ
手(て)をおろし、身(み)を摧(くだい)(くだひ)て、度々(どど)の逆鱗(げきりん)をばやす【休】め
P03496
まいらせ(まゐらせ)【参らせ】て候(さうら)へ。其(その)外(ほか)臨時(りんじ)の御大事(おんだいじ)、朝夕(あさふゆ)の政
務(せいむ)、内府(だいふ)程(ほど)の功臣(こうしん)有(あり)がたうこそ候(さうらふ)らめ。爰(ここ)をも(ッ)て
古(いにしへ)をおもふ【思ふ】に、唐(たう)の太宗(たいそう)は魏徴(ぎてう)にをくれ(おくれ)【遅れ】て、かなしみ
のあまりに、「昔(むかし)の殷宗(いんそう)(ゐんそう)は夢(ゆめ)のうちに良弼(りやうひつ)をえ、
今(いま)の朕(ちん)はさめ〔て〕の後(のち)賢臣(けんしん)を失(うしな)ふ」といふ碑(ひ)の文(もん)を
みづから書(かき)て、廟(べう)に立(たて)てだにこそかなしみ給(たま)ひ
けるなれ。我(わが)朝(てう)にも、ま近(ぢか)く見(み)候(さうらひ)し事(こと)ぞかし。
顕頼民部卿(あきよりのみんぶきやう)が逝去(せいきよ)したりしをば、故院(こゐん)殊(こと)に
P03497
御歎(おんなげき)あ(ッ)て、八幡行幸(やはたのぎやうがう)延引(えんいん)し、御遊(ぎよいう)(ぎよゆう)なかりき。
惣(すべ)て臣下(しんか)の卒(そつ)するをば、代々(だいだい)〔の〕御門(みかど)みな御歎(おんなげき)
ある事(こと)〔で〕こそ候(さうら)へ。さればこそ、親(おや)よりもなつかしう、子(こ)
よりもむつまじきは、君(きみ)と臣(しん)との中(なか)とは申(まうす)事(こと)にて
候(さうらふ)らめ。され共(ども)、内府(だいふ)が中陰(ちゆういん)(ちうゐん)に八幡(やはた)の御幸(ごかう)あ(ッ)て御
遊(ぎよいう)(ぎよゆう)あり【有り】き。御歎(おんなげき)の色(いろ)、一事(いちじ)も是(これ)をみず。たとひ
入道(にふだう)(にうだう)がかなしみを御(おん)あはれみなく共(とも)、などか内府(だいふ)が
忠(ちゆう)(ちう)をおぼしめし【思召し】忘(わす)れさせ給(たま)ふべき。P253たとひ内府(だいふ)が
P03498
忠(ちゆう)(ちう)をおぼしめし【思召し】忘(わす)れさせ給(たま)ふ共(とも)、[B 争(いかで)か]入道(にふだう)(にうだう)が歎(なげき)を御(おん)
あはれみなからむ。父子(ふし)共(とも)叡慮(えいりよ)(ゑいりよ)に背(そむき)候(さうらひ)ぬる事(こと)、
今(いま)にをいて(おいて)面目(めんぼく)を失(うしな)ふ、是(これ)一(ひとつ)。次(つぎ)に、越前国(ゑちぜんのくに)をば
子々孫々(ししそんぞん)まで御変改(ごへんがい)あるまじき由(よし)、御約束(おんやくそく)あ(ッ)て
給(たま)は(ッ)て候(さうらひ)しを、内府(だいふ)にをくれ(おくれ)【遅れ】て後(のち)、やがてめされ
候(さうらふ)事(こと)は、なむ(なん)【何】の過怠(くわたい)にて候(さうらふ)やらむ、是(これ)一(ひとつ)。次(つぎ)に、中
納言(ちゆうなごん)(ちうなごん)闕(けつ)の候(さうらひ)し時(とき)、二位(にゐの)中将(ちゆうじやう)(ちうじやう)の所望(しよまう)候(さうらひ)しを、入
道(にふだう)(にうだう)随分(ずいぶん)執(と)り申(まうし)しか共(ども)、遂(つひ)(つゐ)に御承引(ごしよういん)(ごせうゐん)なくして、
P03499
関白(くわんばく)の息(そく)をなさるる事(こと)はいかに。たとひ入道(にふだう)(にうだう)非拠(ひきよ)
を申(まうし)をこなふ(おこなふ)共(とも)、一度(いちど)はなどかきこしめし【聞し召し】入(いれ)ざる
べき。申(まうし)候(さうら)は〔ん〕や、家嫡(けちやく)といひ、位階(ゐかい)といひ、理運(りうん)
左右(さう)に及(およ)(をよ)ばぬ事(こと)を引(ひき)ちがへさせ給(たま)ふは、ほい【本意】なき
御(おん)ぱからひとこそ存(ぞんじ)候(さうら)へ、是(これ)一(ひとつ)。次(つぎ)に、新(しん)大納言(だいなごん)成
親卿(なりちかのきやう)以下(いげ)、鹿谷(ししのたに)によりあひて、謀反(むほん)の企(くはたて)候(さうらひ)
し事(こと)、ま(ッ)たく私(わたくし)の計略(けいりやく)にあらず。併(しかしながら)君(きみ)御許
容(ごきよよう)あるによ(ッ)て也(なり)。いまめかしき申事(まうしごと)にて候(さうら)へ共(ども)、
P03500
七代(しちだい)までは此(この)一門(いちもん)をば、いかでか捨(すて)させ給(たま)ふべき。
それに入道(にふだう)(にうだう)七旬(しつしゆん)に及(および)(をよび)て、余命(よめい)いくばくならぬ一
期(いちご)の内(うち)にだにも、ややもすれば、亡(ほろぼ)すべき由(よし)御(おん)ぱからひ
あり【有り】。申(まうし)候(さうら)はんや、子孫(しそん)あひついで朝家(てうか)にめし
つかはれん事(こと)有(あり)がたし。凡(およそ)(をよそ)老(おい)て子(こ)を失(うしなふ)は、枯
木(こぼく)の枝(えだ)なきにことならず。今(いま)は程(ほど)なき浮世(うきよ)に、心(こころ)を
費(つひや)(つゐや)しても何(なに)かはせんなれば、いかでも有(あり)なんとこそ
思(おも)ひな(ッ)て候(さうら)へ」とて、且(かつ)(かつ(ウ))は腹立(ふくりふ)(ふくりう)し、且(かつ)(かつ(ウ))は落涙(らくるい)し給(たま)へば、
P03501
法印(ほふいん)(ほうゐん)おそろしう【恐ろしう】も又(また)哀(あはれ)にもP254覚(おぼ)えて、汗水(あせみづ)に
なり給(たまひ)ぬ。此(この)時(とき)はいかなる人(ひと)も、一言(いちげん)(いちゲン)の返事(へんじ)に
及(および)(をよび)がたき事(こと)ぞかし。其上(そのうへ)我(わが)身(み)も近習(きんじゆ)の仁(じん)
也(なり)、鹿谷(ししのたに)によ【寄】りあひたりし事(こと)は、まさしう見(み)き
か【聞か】れしかば、其(その)人数(にんじゆ)とて、只今(ただいま)もめし【召し】や籠(こめ)られん
ずらんと思(おも)ふに、竜(りよう)(れう)の鬚(ひげ)をなで、虎(とら)の尾(を)(お)を
ふむ心地(ここち)はせられけれ共(ども)、法印(ほふいん)(ほうゐん)もさるおそろしい【恐ろしい】
人(ひと)で、ち(ッ)ともさはが(さわが)【騒が】ず。申(まう)されけるは、「誠(まこと)に度々(どど)の御
P03502
奉公(ごほうこう)浅(あさ)からず。一旦(いつたん)恨(うら)み申(まう)させまします旨(むね)、其(その)謂(いはれ)
候(さうらふ)。但(ただし)、官位(くわんゐ)といひ俸禄(ほうろく)といひ、御身(おんみ)にと(ッ)ては悉(ことごと)く
満足(まんぞく)す。しかれば功(こう)の莫大(ばくだい)なるを、君(きみ)御感(ぎよかん)あるでこそ
候(さうら)へ。しかるを近臣(きんしん)事(こと)をみだり、君(きみ)御許容(ごきよよう)あ
り【有り】といふ事(こと)は、謀臣(ぼうしん)の凶害(けうがい)にてぞ候(さうらふ)らん。耳(みみ)を
信(しん)じて目(め)を疑(うたが)ふは、俗(しよく)の常(つね)のへい【弊】也(なり)。少人(せうじん)の
浮言(ふげん)を重(おも)うして、朝恩(てうおん)(てうをん)の他(た)にことなるに、君(きみ)を
背(そむ)きまいら(まゐら)【参ら】させ給(たま)はん事(こと)、冥顕(みやうけん)につけて其(その)恐(おそれ)
P03503
すくなからず候(さうらふ)。凡(およそ)(をよそ)は[*この一字不要]天心(てんしん)は蒼々(さうさう)としてはかりがたし。
叡慮(えいりよ)(ゑいりよ)さだめて其(その)儀(ぎ)でぞ候(さうらふ)らん。下(しも)として上(かみ)にさかふる【逆】
事(こと)、豈(あに)人臣(じんしん)の礼(れい)たらんや。能々(よくよく)御思惟(ごしゆい)候(さうらふ)べし。
詮(せん)ずるところ【所】、此(この)趣(おもむき)をこそ披露(ひろう)仕(つかまつり)候(さうら)はめ」とて出(いで)
られければ、いくらもなみ居(ゐ)たる人々(ひとびと)、「あなおそろし【恐ろし】。入
道(にふだう)(にうだう)のあれ程(ほど)いかり給(たま)へるに、ち(ッ)とも恐(おそ)れず、返
事(へんじ)うちしてたた【立た】るる事(こと)よ」とて、法印(ほふいん)(ほうゐん)をほ
めぬ人(ひと)こそなかりけれ。P255大臣(だいじん)流罪(るざい)S0316法印(ほふいん)(ほうゐん)御所(ごしよ)へまい(ッ)(まゐつ)【参つ】て、此(この)由(よし)奏
P03504
聞(そうもん)しければ、法皇(ほふわう)(ほうわう)も道理至極(だうりしごく)して、仰下(おほせくだ)
さるる方(かた)もなし。同(おなじき)十六日(じふろくにち)、入道(にふだう)(にうだう)相国(しやうこく)此(この)日比(ひごろ)
思立(おもひたち)給(たま)へる事(こと)なれば、関白殿(くわんばくどの)を始(はじ)め奉(たてまつり)て、
太政大臣(だいじやうだいじん)已下(いげ)の公卿(くぎやう)殿上人(てんじやうびと)、四十三人(しじふさんにん)が官職(くわんしよく)
をとどめて、追籠(おつこめ)(をつこめ)らる。関白殿(くわんばくどの)をば大宰帥(ださいのそつ)にうつして、
鎮西(ちんぜい)へながし奉(たてまつ)る。「かからむ世(よ)には、とてもかくても
あり【有り】なん」とて、鳥羽(とば)の辺(へん)ふる【古】川(かは)といふ所(ところ)にて御出家(ごしゆつけ)
あり【有り】。御年(おんとし)卅五(さんじふご)。「礼儀(れいぎ)よくしろしめし【知ろし召し】、くもり
P03505
なき鏡(かがみ)にてわたらせ給(たまひ)つる物(もの)を」とて、世(よ)の惜(をし)(おし)み
奉(たてまつ)る事(こと)なのめならず。遠流(をんる)の人(ひと)の道(みち)にて出家(しゆつけ)し
つるをば、約束(やくそく)の国(くに)へはつかはさぬ事(こと)である間(あひだ)(あいだ)、始(はじめ)は
日向国(ひうがのくに)へと定(さだめ)られたりしか共(ども)、御出家(ごしゆつけ)の間(あひだ)(あいだ)、備前(びぜんの)
国府(こふ)の辺(へん)、井(ゐ)ばさまといふ所(ところ)に留(とど)め奉(たてまつ)る。大臣(だいじん)流
罪(るざい)の例(れい)は、左大臣(さだいじん)曾我(そが)のあかえ【赤兄】、右大臣(うだいじん)豊成(とよなり)、左〔大〕臣(さだいじん)
魚名(うをな)(うほな)、右大臣(うだいじん)菅原(すがはら)、左大臣(さだいじん)高明公(かうめいこう)、内大臣(ないだいじん)藤原伊
周公(ふぢはらのいしうこう)に至(いた)るまで、既(すで)に六人(ろくにん)。され共(ども)摂政(せつしやう)関白(くわんばく)流罪(るざい)の
P03506
例(れい)は是(これ)始(はじ)めとぞ承(うけたまは)る。故中殿御子(こなかどののおんこ)二位(にゐの)中将(ちゆうじやう)(ちうじやう)基
通(もとみち)は、入道(にふだう)(にうだう)の聟(むこ)にておはしければ、大臣(だいじん)関白(くわんばく)になし
奉(たてまつ)る。去(さんぬる)円融院(ゑんゆうのゐん)の御宇(ぎよう)、天禄(てんろく)三年(さんねん)十一月(じふいちぐわつ)P256一日(ひとひのひ)、一条
摂政(いちでうのせつしやう)謙徳公(けんとくこう)うせ【失せ】給(たまひ)しかば、御弟(おんおとと)堀川【*堀河】(ほりかはの)関白(くわんばく)仲義【*忠義】公(ちゆうぎこう)(ちうぎこう)、
其(その)時(とき)は未(いまだ)従(じゆ)二位(にゐ)中納言(ちゆうなごん)(ちうなごん)にてましましけり。其(その)御弟(おんおとと)
ほご【法興】院(ゐん)[M 「ほご」を線で消し「法興」と傍書]の大入道殿(おほにふだうどの)(おほにうだうどの)、其(その)比(ころ)は大納言(だいなごん)の右大将(うだいしやう)にてお
はしける間(あひだ)(あいだ)、仲義【*忠義】公(ちゆうぎこう)(ちうぎこう)は御弟(おんおとと)に越(こえ)られ給(たま)ひしか共(ども)、今(いま)又(また)
越(こへ)かへし奉(たてまつ)り、内大臣(ないだいじん)正〔二〕位(じやうにゐ)にあが(ッ)て、内覧(らん)〔の〕宣旨(せんじ)蒙(かうぶら)せ
P03507
給(たま)ひたりしをこそ、人(ひと)耳目(じぼく)をおどろかしたる
御昇進(ごしようじん)(ごせうじん)とは申(まうし)しに、是(これ)はそれには猶(なほ)(なを)超過(てうくわ)せり。非
参儀(ひさんぎ)二位(にゐの)中将(ちゆうじやう)(ちうじやう)より大中納言(だいちゆうなごん)(だいちうなごん)を経(へ)ずして、
大臣(だいじん)関白(くわんばく)になり給(たま)ふ事(こと)、いまだ承(うけたまは)り及(およ)(をよ)ばず。普
賢寺殿(ふげんじどの)の御事(おんこと)也(なり)。上卿(しやうけい)の宰相(さいしやう)・大外記(だいげき)・大夫史(だいぶのし)
にいたるまで、みなあきれたるさまにぞみえ【見え】たりける。
太政大臣(だいじやうだいじん)師長(もろなが)は、つかさをとどめて、あづまの方(かた)へなが
され給(たま)ふ。去(さんぬる)保元(ほうげん)に父(ちち)悪左(あくさの)おほい殿(どの)の縁座(えんざ)によ(ッ)て、
P03508
兄弟(けいてい)四人(しにん)流罪(るざい)せられ給(たまひ)しが、御兄(おんあに)右大将(うだいしやう)兼長(かねなが)、
御弟(おんおとと)左(さ)の中将(ちゆうじやう)(ちうじやう)隆長(たかなが)、範長禅師(はんちやうぜんじ)三人(さんにん)は帰路【*帰洛】(きらく)を
待(また)ず、配所(はいしよ)にてうせ【失せ】給(たまひ)ぬ。是(これ)は土佐(とさ)の畑(はた)にて九(ここの)かへり
の春秋(はるあき)を送(おく)(をく)りむかへ、長寛(ちやうぐわん)二年(にねん)八月(はちぐわつ)にめし
かへさ【返さ】れて、本位(ほんゐ)に復(ぶく)し、次(つぎ)の年(とし)正二位(じやうにゐ)して、仁安(にんあん)
元年(ぐわんねん)十月(じふぐわつ)に前(さきの)中納言(ちゆうなごん)(ちうなごん)より権大納言(ごんだいなごん)にあがり給(たま)ふ。
折節(をりふし)(おりふし)大納言(だいなごん)あ【空】かざりければ、員(かず)の外(ほか)にて【*にぞ】くわわら(くははら)【加はら】れける。
大納言(だいなごん)六人(ろくにん)になること是(これ)始(はじめ)也(なり)。又(また)前(さきの)中納言(ちゆうなごん)(ちうなごん)より
P03509
〔権(ごん)〕大納言(だいなごん)になる事(こと)も、後山階大臣(ごやましなのだいじん)躬守【*三守】公(みもりこう)、宇治大納
言(うぢのだいなごん)隆国卿(たかくにのきよう)の外(ほか)は未(いまだ)承(うけたまは)り及(およ)(をよ)ばず。管絃(くわんげん)の道(みち)に達(たつ)し[B 「遠し」とあり「遠」に「達」と傍書]、P257
才芸(さいげい)勝(すぐ)れてましましければ、次第(しだい)の昇進(しようじん)(せうじん)とど
こほらず、太政大臣(だいじやうだいじん)まできはめさせ給(たまひ)て、又(また)いかなる罪(つみ)
の報(むくひ)にや、かさ【重】ねてながされ給(たま)ふらん。保元(ほうげん)の昔(むかし)は
南海(なんかい)土佐(とさ)へうつされ、治承(ぢしよう)(ぢせう)の今(いま)は東関(とうくわん)尾張国(をはりのくに)(おはりのくに)と
かや。もとよりつみ【罪】なくして配所(はいしよ)の月(つき)をみむと
いふ事(こと)は、心(こころ)あるきはの人(ひと)の願(ねが)ふ事(こと)なれば、おとど【大臣】
P03510
あへて事(こと)共(とも)し給(たま)はず。彼(かの)唐太子賓客(たうのたいしのひんかく)白楽
天(はくらくてん)、潯陽江(しんやうのえ)の辺(ほとり)にやすらひ給(たまひ)けむ其(その)古(いにしへ)を思遣(おもひや)り、
鳴海潟(なるみがた)、塩路(しほぢ)遥(はるか)に遠見(ゑんけん)して、常(つね)は朗月(らうげつ)を望(のぞ)
み、浦風(うらかぜ)に嘯(うそぶ)き、琵琶(びは)(びわ)を弾(だん)じ、和歌(わか)を詠(ゑい)じて、な
をさり(なほさり)【等閑】がてらに月日(つきひ)を送(おくら)(をくら)せ給(たま)ひけり。ある時(とき)、当
国(たうごく)第三(だいさん)の宮(みや)熱田明神(あつたのみやうじん)に参詣(さんけい)あり【有り】。その夜(よ)
神明(しんめい)法楽(ほふらく)(ほうらく)のために、琵琶(びわ)引(ひき)、朗詠(らうえい)(らうゑい)し給(たま)ふに、
所(ところ)もとより無智(むち)の境(さかい)なれば、情(なさけ)をしれ【知れ】るものなし。
P03511
邑老(ゆうらう)・村女(そんぢよ)・漁人(ぎよじん)・野叟(やそう)、首(かうべ)をうなだれ、耳(みみ)を峙(そばだつ)と
いへ共(ども)、更(さら)に清濁(せいだく)をわかち、呂律(りよりつ)をしる事(こと)なし。され
共(ども)、胡巴【*瓠巴】(こは)琴(きん)を弾(だん)ぜしかば、魚鱗(ぎよりん)躍(をど)りほどばしる。虞
公(ぐこう)歌(うた)を発(はつ)せしかば、梁麈(りやうちん)うごきうごく。物(もの)の
妙(めう)を究(きはむ)る時(とき)には、自然(しぜん)に感(かん)を催(もよほ)す物(もの)なれば、
諸人(しよにん)身(み)の毛(け)よだ(ッ)て、満座(まんざ)奇異(きい)の思(おもひ)をなす。やうやう
深更(しんかう)に及(およん)(をよん)で、ふがうでう【風香調】の内(うち)には、花(はな)芬馥(ふんぷく)の気(き)を
含(ふく)み、流泉(りうせん)の曲(きよく)の間(あひだ)(あいだ)には、月(つき)清明(せいめい)の光(ひかり)をあらそふ。
P03512
「願(ねがは)くは今生(こんじやう)世俗文字(せぞくもんじ)の業(ごふ)(ごう)、狂言綺語(きやうげんきぎよの)誤(あやまり)をも(ッ)て」
といふ朗詠(らうえい)(らうゑい)をして、秘曲(ひきよく)を引(ひき)給(たま)へば、神明(しんめい)感応(かんおう)に
堪(た)へずして、宝殿(ほうでん)大(おほき)に震動(しんどう)す。「平家(へいけ)の悪行(あくぎやう)
なかりせば、今(いま)此(この)瑞相(ずいさう)をいかでか拝(をが)(おが)むべき」P258とて、おとど
感涙(かんるい)をぞながされける。按察大納言(あぜちのだいなごん)資方【*資賢】卿(すけかたのきやう)、子
息(しそく)右近衛少将(うこんゑのせうしやう)兼(けん)讃岐守(さぬきのかみ)源資時(みなもとのすけとき)、両(ふた)[B つ]の官(くわん)を
留(とど)めらる。参議(さんぎ)皇太后宮(くわうだいこうくうの)(くはうだいこうくうの)大夫(だいぶ)兼(けん)右兵衛督(うひやうゑのかみ)藤
原光能(ふぢはらのみつよし)、大蔵卿(おほくらのきやう)右京大夫(うきやうのだいぶ)兼(けん)伊予守(いよのかみ)高階康経【*泰経】(たかしなのやすつね)、
P03513
蔵人左少弁(くらんどのさせうべん)兼(けん)中宮(ちゆうぐうの)(ちうぐうの)権大進(ごんのだいしん)藤原基親(ふぢはらのもとちか)、三官(さんくわん)共(とも)に〔留(とどめ)らる〕。「按
察大納言(あぜちのだいなごん)資方【*資賢】卿(すけかたのきやう)、子息(しそく)右近衛少将(うこんゑのせうしやう)、雅方【*雅賢】(まさかた)、是(これ)三人(さんにん)をば
やがて都(みやこ)の内(うち)を追出(おひいだ)(おいいだ)さるべし」とて、上卿(しやうけい)藤(とう)大納言(だいなごん)実
国(さねくに)、博士判官(はかせのはんぐわん)中原範貞(なかはらののりさだ)に仰(おほせ)て、やがて其(その)日(ひ)都(みやこ)の
うちを追出(おひいだ)さる。大納言(だいなごん)の給(たまひ)けるは、「三界(さんがい)広(ひろ)しといへ共(ども)、
五尺(ごしやく)の身(み)をき(おき)【置き】所(どころ)なし。一生(いつしやう)程(ほど)なしといへ共(ども)、一日(いちにち)暮(くら)
しがたし」とて、夜中(やちゆう)(やちう)に九重(ここのへ)(ここのえ)の内(うち)をまぎれ出(いで)て、
八重(やへ)(やえ)たつ雲(くも)の外(ほか)へぞおもむ【赴】かれける。彼(かの)大江山(おほえやま)や、
P03514
いく【生】野(の)の道(みち)にかかりつつ、丹波国(たんばのくに)村雲(むらくも)と云(いふ)所(ところ)
にぞ、しばしはやすらひ給(たまひ)ける。其(それ)より遂(つひ)(つゐ)には尋
出(たづねいだ)されて、信濃国(しなののくに)とぞ聞(きこ)えし。行隆(ゆきたか)之(の)沙汰(さた)S0317前(さきの)関白(くわんばく)松殿(まつどの)の
侍(さぶらひ)に江(がう)(ごう)大夫(たいふの)(だいふの)判官(はんぐわん)遠成(とほなり)(とをなり)といふものあり【有り】。是(これ)も平
家(へいけ)心(こころ)よからざりければ、既(すで)に六波羅(ろくはら)より押寄(おしよせ)(をしよせ)て
搦取(からめと)らるべしと聞(きこ)えし間(あひだ)(あいだ)、子息(しそく)江(がう)(ごう)左衛門尉(さゑもんのじよう)(さゑもんのぜう)家P259
成(いへなり)打具(うちぐ)して、いづち共(とも)なく落行(おちゆき)けるが、稲荷山(いなりやま)に
うちあがり、馬(むま)より下(おり)て、親子(おやこ)いひ合(あは)せけるは、「東
P03515
国(とうごく)の方(かた)へ落(おち)くだり、伊豆国(いづのくに)の流罪人(るざいにん)、前兵衛佐(さきのひやうゑのすけ)頼
朝(よりとも)をたのま【頼ま】ばやとは思(おも)へ共(ども)、それも当時(たうじ)は勅勘(ちよくかん)の人(ひと)で、
身(み)ひとつだにもかなひ【叶ひ】がたうおはす也(なり)。日本国(につぽんごく)に、平
家(へいけ)の庄園(しやうゑん)ならぬ所(ところ)やある。とてものがれざらむ物(もの)ゆへ(ゆゑ)
に、年来(ねんらい)住(すみ)なれたる所(ところ)を人(ひと)にみせ【見せ】むも恥(はぢ)がまし
かるべし。ただ是(これ)よりかへ(ッ)て、六波羅(ろくはら)よりめし【召し】使(つかひ)あらば、
腹(はら)かき切(きり)て死(し)なんにはしかじ」とて、川原坂(かはらざか)の宿所(しゆくしよ)へ
とて取(と)(ッ)て返(かへ)す。あん【案】のごとく、六波羅(ろくはら)より源(げん)大夫(だいふの)(だゆうの)判官(はんぐわん)季定【*季貞】(すゑさだ)、
P03516
摂津判官(つのはんぐわん)盛澄(もりずみ)、ひた甲(かぶと)三百余騎(さんびやくよき)、河原坂(かはらざか)の宿所(しゆくしよ)
へ押寄(おしよせ)(をしよせ)て、時(とき)をど(ッ)とぞつくりける。江(がう)(ごう)大夫(たいふの)判官(はんぐわん)えん【縁】に
立出(たちいで)て、「是(これ)御覧(ごらん)ぜよ、をのをの(おのおの)【各々】。六波羅(ろくはら)ではこの
様(やう)申(まう)させ給(たま)へ」とて、館(たち)に火(ひ)かけ、父子(ふし)共(とも)に腹(はら)かききり【切り】、
ほのほ【炎】の中(なか)にて焼死(やけしに)ぬ。抑(そもそも)か様(やう)【斯様】に上下(じやうげ)多(おほ)く
亡損(ほろびそん)ずる事(こと)をいかにといふに、当時(そのかみ)関白(くわんばく)にならせ
給(たま)へる二位(にゐの)中将殿(ちゆうじやうどの)(ちうじやうどの)と、前(さき)の殿(との)の御子(おんこ)三位(さんみの)中将
殿(ちゆうじやうどの)(ちうじやうどの)と、中納言(ちゆうなごん)御相論(ごさうろん)の故(ゆゑ)(ゆへ)と申(まう)す。さらば関白殿(くわんばくどの)
P03517
御一所(ごいつしよ)こそ、いかなる御目(おんめ)にもあはせ給(たま)はめ、四十(しじふ)
余人(よにん)まで、人々(ひとびと)の事(こと)にあふべしやは。去年(こぞ)讃
岐院(さぬきのゐん)の御追号(ごついがう)、宇治(うぢ)の悪左府(あくさふ)の贈官(ぞうくわん)有(あり)しか共(ども)、
世間(せけん)はなを(なほ)【猶】しづか【静か】ならず。凡(およそ)(をよそ)是(これ)にも限(かぎ)るまじかむ(ん)なり。
「入道(にふだう)(にうだう)相国(しやうこく)の心(こころ)に天魔(てんま)入(いり)かは(ッ)て、腹(はら)をすへ(すゑ)【据ゑ】かね給(たま)へり」
と聞(きこ)えしかば、「又(また)天下(てんが)いかなる事(こと)か出(いで)こ【来】むずP260らむ」と
て、京中(きやうぢゆう)(きやうぢう)上下(じやうげ)おそれ【恐れ】おののく(をののく)。其(その)比(ころ)前左少弁(さきのさせうべん)
行高【*行隆】(ゆきたか)と聞(きこ)えしは、故中山(こなかやまの)中納言(ちゆうなごん)顕時卿(あきときのきやう)の長
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男(ちやうなん)也(なり)。二条院(にでうのゐん)の御世(おんよ)には、弁官(べんくわん)にくはは(ッ)てゆゆし
かりしか共(ども)、此(この)十余年(じふよねん)は官(くわん)を留(とど)められて、夏
冬(なつふゆ)の衣(ころも)がへにも及(およ)(をよ)ばず、朝暮(てうぼ)の■(さん)も心(こころ)にま
かせず。有(ある)かなきかの体(てい)にておはしけるを、太政入
道(だいじやうにふだう)(だいじやうにうだう)「申(まうす)(もうす)べき事(こと)あり【有り】。き(ッ)と立(たち)より給(たま)へ」との給(たまひ)つかはし
たりければ、行高【*行隆】(ゆきたか)「此(この)十余年(じふよねん)は何事(なにごと)にもまじはら
ざりつる物(もの)を。人(ひと)の讒言(ざんげん)したる旨(むね)あるにこそ」とて、
大(おほき)におそれ【恐れ】さはが(さわが)【騒が】れけり。北方(きたのかた)公達(きんだち)も「いかなる目(め)にか
P03519
あはんずらむ」と泣(なき)かなしみ給(たま)ふに、西八条(にしはつでう)より
使(つかひ)しきなみに有(あり)ければ、力(ちから)及(およ)(をよ)ばで、人(ひと)に車(くるま)か【借】(ッ)て
西八条(にしはつでう)へ出(いで)られたり。思(おも)ふにはに【似】ず、入道(にふだう)(にうだう)やがて
出(いで)むかふ(むかう)て対面(たいめん)あり【有り】。「御辺(ごへん)の父(ちち)の卿(きやう)は、大小事(だいせうじ)
申(まうし)あはせし人(ひと)なれば、をろか(おろか)【愚】に思(おも)ひ奉(たてまつ)らず[B 「奉らん」とあり「ん」に「す」と傍書]。年来(としごろ)
籠居(ろうきよ)の事(こと)も、いとをしう(いとほしう)おもひ【思ひ】たてま(ッ)しか共(ども)、
法皇(ほふわう)(ほうわう)御政務(ごせいむ)のうへは力(ちから)及(およ)(をよ)ばず。今(いま)は出仕(しゆつし)し給(たま)へ。
官途(くわんど)の事(こと)も申(まうし)沙汰(さた)仕(つかまつ)るべし。さらばとう帰(かへ)られ
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よ」とて、入(いり)給(たまひ)ぬ。帰(かへ)られたれば、宿所(しゆくしよ)には女房達(にようばうたち)、
しん【死ん】だる人(ひと)の生(いき)かへりたる心地(ここち)して、さしつどひ【集ひ】て
みな悦泣(よろこびなき)共(ども)せられけり。太政(だいじやう)入道(にふだう)、源(げん)大夫(だいふの)(たいふの)判官(はんぐわん)季
貞(すゑさだ)をも(ッ)て、知行(ちぎやう)し給(たまふ)べき庄園状共(しやうゑんじやうども)あまた遣(つか)はす。
まづさこそあるらめとて、百疋(ひやつぴき)(ひやつひき)百両(ひやくりやう)に米(こめ)をつむ(つん)
でぞ送(おくら)(をくら)れける。出仕(しゆつし)の料(れう)にP261とて、雑色(ざふしき)(ざうしき)・牛飼(うしかひ)・牛(うし)・車(くるま)
まで沙汰(さた)しつかはさる。行高【*行隆】(ゆきたか)手(て)の舞(まひ)足(あし)の踏(ふむ)と
ころ【所】も覚(おぼ)えず。「是(これ)はされば夢(ゆめ)かや、夢(ゆめ)か」とぞ驚(おどろ)(をどろ)かれ
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ける。同(おなじき)十七日(じふしちにち)、五位(ごゐ)の侍中(じちゆう)(じちう)に補(ふ)せられて、左少弁(させうべん)
になり帰(かへ)り給(たま)ふ。今年(ことし)五十一(ごじふいち)、今更(いまさら)わかやぎ給(たま)ひ
けり。ただ片時(へんし)の栄花(えいぐわ)(ゑいぐわ)とぞみえ【見え】し。 法皇(ほふわう)被流(ながされ)S0318同(おなじき)廿日(はつかのひ)、院(ゐんの)
御所(ごしよ)法住寺殿(ほふぢゆうじどの)(ほうぢうじどの)には、軍兵(ぐんびやう)四面(しめん)を打(うち)かこむ。「平治(へいぢ)に
信頼(のぶより)が三条殿(さんでうどの)をしたりし様(やう)に、火(ひ)をかけて人(ひと)をば
みな焼殺(やきころ)さるべし」と聞(きこ)えし間(あひだ)(あいだ)、上下(じやうげ)の女房(にようばう)
めのわらは、物(もの)をだにうちかすか(かづか)ず、あはて(あわて)【慌て】騒(さわい)(さはひ)で走(はし)り
いづ。法皇(ほふわう)(ほうわう)も大(おほき)におどろかせおはします。前(さきの)〔右〕大将(うだいしやう)
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宗盛卿(むねもりのきやう)御車(おんくるま)をよせて、「とうとうめさ【召さ】るべう候(さうらふ)」と奏(そう)
せられければ、法皇(ほふわう)(ほうわう)「こはされば何事(なにごと)(なにこと)ぞや。御(おん)かと【*とが】ある
べし共(とも)おぼしめさ【思召さ】ず。成親(なりちか)・俊寛(しゆんくわん)が様(やう)に、遠(とほ)(とを)き
国(くに)遥(はる)かの島(しま)へもうつ【移】しやら〔ん〕ずるにこそ。主上(しゆしやう)さて
渡(わたら)せ給(たま)へば、政務(せいむ)に口入(こうじゆ)する計(ばかり)也(なり)。それもさるべから
ずは、自今(じごん)以後(いご)さらでこそあらめ」と仰(おほせ)ければ、宗盛
卿(むねもりのきやう)「其(その)儀(ぎ)では候(さうら)はず。世(よ)をしづめん程(ほど)、鳥羽殿(とばどの)へ
御幸(ごかう)なしまいらせ(まゐらせ)【参らせ】んと、父(ちち)[B 「火」とあり「父」と傍書]の入道(にふだう)(にうだう)申(まうし)候(さうらふ)」。「さらば
P03523
宗盛(むねもり)やがP262て御供(おんとも)にまいれ(まゐれ)【参れ】」と仰(おほせ)けれ共(ども)、父(ちち)[B 「火」とあり「父」と傍書]の禅
門(ぜんもん)の気色(きしよく)に恐(おそ)れをなしてまいら(まゐら)【参ら】れず。「あはれ、
是(これ)につけても兄(あに)の内府(だいふ)には事(こと)の外(ほか)におと
りたりける物(もの)哉(かな)。一年(ひととせ)もかかる御(おん)め【目】にあふべ
かりしを、内府(だいふ)が身(み)にかへて制(せい)しとどめて
こそ、今日(けふ)までも心安(こころやす)かりつれ。いさむる者(もの)もなし
とて、かやうにするにこそ。行末(ゆくすゑ)とてもたのもから【頼もしから】ず」
とて、御涙(おんなみだ)をながさせ給(たま)ふぞ忝(かたじけ)なき。さて御車(おんくるま)に
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めさ【召さ】れけり。公卿(くぎやう)殿上人(てんじやうびと)、一人(いちにん)も供奉(ぐぶ)せられず。
ただ北面(ほくめん)の下臈(げらう)、さては金行(こんぎやう)(コンぎやう)といふ御力者(おんりきしや)ば
かりぞまいり(まゐり)【参り】ける。御車(おんくるま)の尻(しり)には、あまぜ【尼前】一人(いちにん)ま
いら(まゐら)【参ら】れたり。この尼(あま)ぜ【尼前】と申(まう)せば【*申(まうす)は】、やがて法皇(ほふわう)(ほうわう)の御乳(おんち)
の人(ひと)、紀伊[B ノ]二位(きのにゐ)の事(こと)也(なり)。七条(しつでう)を西(にし)へ、朱雀(しゆしやく)を
南(みなみ)(み(ン)なみ)へ御幸(ごかう)なる。あやしのしづのを【賎男】賎女(しづのめ)にいたるまで、
「あはや法皇(ほふわう)(ほうわう)のながさ【流さ】れさせましますぞや」とて、
泪(なみだ)をながし、袖(そで)をしぼらぬはなかりけり。「去(さんぬる)七日(なぬか)の
P03525
夜(よ)の大地震(だいぢしん)も、かかるべかりける先表(ぜんべう)にて、十六(じふろく)
洛叉(らくしや)の底(そこ)までもこたへ、乾牢地神(けんらうぢじん)の驚(おどろ)きさは
ぎ(さわぎ)【騒ぎ】給(たま)ひけんも理(ことわり)(ことはリ)かな」とぞ、人(ひと)申(まうし)ける。さて鳥
羽殿(とばどの)へ入(いら)させ給(たまひ)たるに、大膳大夫(だいぜんのだいぶ)信成【*信業】(のぶなり)が、何(なに)として
まぎ【紛】れまいり(まゐり)【参り】たりけるやらむ、御前(ごぜん)ちかう候(さうらひ)けるを
めして、「いかさまにも今夜(こよひ)うし【失】なはれなんずとおぼし
めす【思召す】ぞ。御行水(おんぎやうずい)をめさばやとおぼしめす【思召す】はいかが
せんずる」と仰(おほせ)ければ、さらぬだに信成【*信業】(のぶなり)、けさより肝(きも)
P03526
たましい(たましひ)【魂】も身(み)にそはず、あきれたるP263さまにて
有(あり)けるが、此(この)仰(おほせ)承(うけたまは)る忝(かたじけ)なさに、狩衣(かりぎぬ)に玉(たま)だすき
あげ、小柴墻(こしばがき)壊(こぼち)(こぼチ)、大床(おほゆか)のつか柱(ばしら)わりなどして、
水(みづ)く【汲】み入(いれ)、かたのごとく御湯(おんゆ)(おゆ)しだい【出い】てまいらせ(まゐらせ)【参らせ】たり。
又(また)静憲法印(じやうけんほふいん)(じやうけんほうゐん)、入道(にふだう)(にうだう)相国(しやうこく)の西八条(にしはつでう)の亭(てい)に
ゆいて、「法皇(ほふわう)(ほうわう)の鳥羽殿(とばどの)へ御幸(ごかう)な(ッ)て候(さうらふ)なるに、御前(ごぜん)に
人(ひと)一人(いちにん)も候(さうら)はぬ由(よし)承(うけたまは)るが、余(あまり)にあさましう覚(おぼ)え
候(さうらふ)。何(なに)かは苦(くる)しう候(さうらふ)べき。静憲(じやうけん)ばかりは御(おん)ゆる
P03527
され候(さうら)へかし。まいり(まゐり)【参り】候(さうら)はん」と申(まう)されければ、「とうとう。
御房(ごばう)は事(こと)あやまつまじき人(ひと)なれば」とてゆるされ
けり。法印(ほふいん)(ほうゐん)鳥羽殿(とばどの)へまい(ッ)(まゐつ)【参つ】て、門前(もんぜん)にて車(くるま)より
おり、門(もん)の内(うち)へさし入(いり)給(たま)へば、折(をり)(おり)しも法皇(ほふわう)(ほうわう)、御
経(おんきやう)をうちあげうちあげあそ【遊】ばされける。御声(おんこゑ)もことに
すごう〔ぞ〕聞(きこ)えさせ給(たまひ)ける。法印(ほふいん)(ほうゐん)のつ(ッ)とまいら(まゐら)【参ら】れた
れば、あそばされける御経(おんきやう)に御涙(おんなみだ)のはらはらとかからせ
給(たま)ふを見(み)まいらせ(まゐらせ)【参らせ】て、法印(ほふいん)(ほうゐん)あまりのかなしさに、
P03528
旧苔(きうたい)の袖(そで)をかほにおしあてて、泣々(なくなく)御前(ごぜん)へ
ぞまいら(まゐら)【参ら】れける。御前(ごぜん)にはあまぜ【尼前】ばかり候(さうら)はれけり。
「いかにや法印(ほふいん)(ほうゐん)御房(ごばう)(ご(ン)ばう)、君(きみ)は昨日(きのふ)のあした【旦】、法住
寺(ほふぢゆうじ)(ほうぢうじ)にて供御(ぐご)きこしめさ【聞し召さ】れて後(のち)は、よべも今朝(けさ)も
きこしめし【聞し召し】も入(いれ)ず。長(ながき)夜(よ)すがら御寝(ぎよしん)もならず。
御命(おんいのち)も既(すで)にあやうく(あやふく)こそ見(み)えさせおはしませ」と
の給(たま)へば、法印(ほふいん)(ほうゐん)涙(なみだ)をおさへて申(まう)されけるは、「何
事(なにごと)も限(かぎ)りある事(こと)で候(さうら)へば、平家(へいけ)たのしみ
P03529
さかへ(さかえ)【栄え】て廿(にじふ)余年(よねん)、され共(ども)悪行(あくぎやう)法(ほふ)(ほう)P264に過(すぎ)て、既(すで)に
亡(ほろ)び候(さうらひ)なんず。天照大神(てんせうだいじん)・正八幡宮(しやうはちまんぐう)いかでか捨(すて)
まいら(まゐら)【参ら】させ給(たまふ)べき。中(なか)にも君(きみ)の御憑(おんたの)みある
日吉山王(ひよしさんわう)七社(しちしや)、一乗(いちじよう)(いちぜう)守護(しゆご)の御(おん)ちかひあらたま【改ま】
らずは、彼(かの)法華(ほつけ)八軸(はちぢく)に立(たち)かけてこそ、君(きみ)をばま
もり【守り】まいら(まゐら)【参ら】させ給(たま)ふらめ。しかれば政務(せいむ)は君(きみ)の御
代(おんよ)となり、凶徒(けうど)は水(みづ)の泡(あは)とき【消】えうせ候(さうらふ)べし」な(ン)ど(など)申(まう)
されければ、此(この)詞(ことば)にすこしなぐ【慰】さませおはします。
P03530
主上(しゆしやう)は関白(くわんばく)のながされ給(たま)ひ、臣下(しんか)の多(おほ)く
亡(ほろび)ぬる事(こと)をこそ御歎(おんなげき)あり【有り】けるに、剰(あまつさへ)(あま(ツ)さへ)法皇(ほふわう)(ほうわう)
鳥羽殿(とばどの)におし[M 「おつし」とあり「つ」をミセケチ]籠(こめ)られさせ給(たま)ふときこし
めさ【聞し召さ】れて後(のち)は、つやつや供御(ぐご)もきこしめさ【聞し召さ】れず。
御悩(ごなう)とて常(つね)はよるのおとどにのみぞいら【入ら】せ給(たまひ)
ける。法皇(ほふわう)(ほうわう)鳥羽殿(とばどの)に押籠(おしこめ)(をしこめ)られさせ給(たまひ)て後(のち)は、
内裏(だいり)には臨時(りんじ)の御神事(ごじんじ)とて、主上(しゆしやう)夜(よ)ごとに
清凉殿(せいりやうでん)の石灰壇(いしばいのだん)にて、伊勢大神宮(いせのだいじんぐう)をぞ
P03531
御拝(ごはい)あり【有り】ける。是(これ)はただ一向(いつかう)法皇(ほふわう)(ほうわう)の御祈(おんいのり)也(なり)。二条
院(にでうのゐん)は賢王(けんわう)にて渡(わたら)せ給(たまひ)しか共(ども)、天子(てんし)に父母(ぶも)なし
とて、常(つね)は法皇(ほふわう)(ほうわう)の仰(おほせ)をも申(まうし)かへさ【返さ】せましまし
ける故(ゆゑ)(ゆへ)にや、継体(けいてい)の君(きみ)にてもましまさず。されば
御譲(おんゆづり)をうけさせ給(たま)ひたりし六条院(ろくでうのゐん)も、安
元(あんげん)二年(にねん)七月(しちぐわつ)十四日(じふしにち)、御年(おんとし)十三(じふさん)にて崩御(ほうぎよ)なりぬ。
あさましかりし御事(おんこと)也(なり)。P265城南之離宮(せいなんのりきゆう)(せいなんのりきう)S0319「百行(はつかう)(ハクカウ)の中には孝行(かうかう)を
も(ッ)て先(さき)とす。明王(めいわう)は孝(かう)をも(ッ)て天下(てんが)を治(をさむ)(おさむ)」といへり。
P03532
されば唐堯(たうげう)は老衰(おいおとろ)へたる父(ちち)をた(ッ)とび、虞舜(ぐしゆん)
はかたくななる母(はは)をうやまふとみえたり。彼(かの)賢
王(けんわう)聖主(せいしゆ)の先規(せんぎ)を追(お)はせましましけむ叡慮(えいりよ)(ゑいりよ)
の程(ほど)こそ日出(めでた)けれ。其(その)比(ころ)、内裏(だいり)よりひそかに
鳥羽殿(とばどの)へ御書(ごしよ)あり【有り】。「かからむ世(よ)には、雲井(くもゐ)に
跡(あと)をとどめても何(なに)かはし候(さうらふ)べき。寛平(くわんぺい)の昔(むかし)をも
とぶらひ、花山(くわさん)の古(いにしへ)をも尋(たづね)て、家(いへ)を出(いで)、世(よ)をの
がれ、山林流浪(さんりんるらう)の行者(ぎやうじや)共(とも)なりぬべうこそ候(さうら)へ」と
P03533
あそばされたりければ、法皇(ほふわう)(ほうわう)の御返事(おんぺんじ)には、「さな
おぼしめさ【思召さ】れ候(さうらひ)そ。さて渡(わた)らせ給(たま)ふこそ、ひとつの
たのみ【頼み】にても候(さうら)へ。跡(あと)なくおぼしめし【思召し】ならせ
給(たま)ひなん後(のち)は、なんのたのみか候(さうらふ)べき。ただ愚老(ぐらう)
が共【*とも】かうもなら【成ら】むやうをきこしめし【聞し召し】はて【果て】させ
給(たま)ふべし」とあそばされたりければ、主上(しゆしやう)此(この)御返
事(おんぺんじ)を竜顔(りようがん)(れうがん)におしあてて、いとど御涙(おんなみだ)にしづませ
給(たま)ふ。君(きみ)は舟(ふね)、臣(しん)は水(みづ)、水(みづ)よく船(ふね)をうかべ、水(みづ)又(また)
P03534
船(ふね)をくつがへす。臣(しん)よく君(きみ)をたもち、臣(しん)又(また)君(きみ)
を覆(くつがへ)す。保元(ほうげん)平治(へいぢ)の比(ころ)は、入道(にふだう)(にうだう)相国(しやうこく)君(きみ)を
たもち奉(たてまつ)るといへ共(ども)、安元(あんげん)治承(ぢしよう)(ぢせう)のいまは又(また)
君(きみ)をなみしたてまつる。史書(ししよ)の文(もん)にたがは【違は】P266ず。
大宮大相国(おほみやのたいしやうこく)、三条(さんでうの)内大臣(ないだいじん)、葉室(はむろの)大納言(だいなごん)、中山(なかやまの)
中納言(ちゆうなごん)(ちうなごん)も失(うせ)られぬ。今(いま)はふるき人(ひと)とては成頼(なりより)・
親範(ちかのり)ばかり也(なり)。この人々(ひとびと)も、「かからむ世(よ)には、朝(てう)につ
かへ身(み)をたて、大中納言(だいちゆうなごん)(だいちうなごん)を経(へ)ても何(なに)かはせん」とて、
P03535
いまださかむ(さかん)【盛】な(ッ)し人々(ひとびと)の、家(いへ)を出(いで)、よ【世】をのがれ、
民部卿(みんぶきやう)入道(にふだう)(にうだう)親範(ちかのり)は大原(おはら)の霜(しも)にともなひ、
宰相(さいしやう)入道(にふだう)(にうだう)成頼(なりより)は高野(かうや)の霧(きり)にまじはり、一向(いつかう)
後世(ごせ)菩提(ぼだい)のいとなみの外(ほか)は他事(たじ)なしとぞ
聞(きこ)えし。昔(むかし)も商山(しやうざん)(せうざん)の雲(くも)にかくれ、潁川(えいせん)(ゑいせん)の月(つき)に
心(こころ)をすます人(ひと)もあり【有り】ければ、これ豈(あに)博覧清
潔(はくらんせいけつ)にして世(よ)を遁(のがれ)たるにあらずや。中(なか)にも
高野(かうや)におはしける宰相(さいしやう)入道(にふだう)(にうだう)成頼(なりより)、か様(やう)【斯様】の事(こと)
P03536
共(ども)を伝(つた)へきいて、「あはれ、心(こころ)ど【利】うも世(よ)をばのがれ
たる物(もの)かな。かくて聞(きく)も同(おなじ)事(こと)なれ共(ども)、まのあたり
立(たち)まじは(ッ)て見(み)ましかば、いかにも心(こころ)うからむ。保
元(ほうげん)平治(へいぢ)(へいじ)のみだれをこそ浅(あさ)ましと思(おもひ)しに、世(よ)
すゑ【末】になればかかる事(こと)もあり【有り】けり。此(この)後(のち)猶(なほ)(なを)
いか斗(ばかり)の事(こと)か出(いで)こ【来】んずらむ。雲(くも)をわけても
のぼり、山(やま)を隔(へだて)ても入(いり)なばや」とぞの給(たまひ)ける。げに
心(こころ)あらむ程(ほど)の人(ひと)の、跡(あと)をとどむべき世(よ)共(とも)みえ【見え】ず。
P03537
同(おなじき)廿三日(にじふさんにち)、天台座主(てんだいざす)覚快(かくくわい)法親王(ほふしんわう)(ほうしんわう)、頻(しきり)に御辞退(ごじたい)
あるによ(ッ)て、前座主(さきのざす)明雲(めいうん)大僧正(そうじやう)還着(くわんぢやく)(くわんちやく)せらる。
入道(にふだう)(にうだう)相国(しやうこく)はかくさむざむ(さんざん)【散々】にし散(ちら)されたれ共(ども)、
御女(おんむすめ)中宮(ちゆうぐう)(ちうぐう)P267にてまします、関白殿(くわんばくどの)と申(まうす)も
聟(むこ)也(なり)。よろづ心(こころ)やす【安】うや思(おも)はれけむ、「政務(せいむ)は
ただ一向(いつかう)主上(しゆしやう)の御(おん)ぱからひたるべし」とて、福
原(ふくはら)へ下(くだ)られけり。前(さきの)右大将(うだいしやう)宗盛卿(むねもりのきやう)、いそぎ参内(さんだい)
して此(この)由(よし)奏聞(そうもん)せられければ、主上(しゆしやう)は「法皇(ほふわう)(ほうわう)のゆ
P03538
づりましましたる世(よ)ならばこそ。ただとうとう執柄(しつぺい)に
いひ【言ひ】あはせて、宗盛(むねもり)ともかうもはか【計】らへ」とて、
きこしめし【聞し召し】も入(いれ)ざりけり。法皇(ほふわう)(ほうわう)は城南(せいなん)の離
宮(りきゆう)(りきう)にして、冬(ふゆ)もなかばすごさ【過さ】せ給(たま)へば、野山(やさん)の
嵐(あらし)の音(おと)(をと)のみはげしく【烈しく】て、寒庭(かんてい)の月(つき)のひかり【光り】ぞ
さやけき。庭(には)には雪(ゆき)のみ降(ふり)つもれ共(ども)、跡(あと)ふみつ
くる人(ひと)もなく、池(いけ)にはつららと【閉】ぢかさねて、む【群】れ
ゐし鳥(とり)もみえ【見え】ざりけり。おほ【大】寺(でら)のかねの声(こゑ)、遺
P03539
愛寺(いあいじ)のきき【聞き】を驚(おどろ)かし、西山(にしやま)の雪(ゆき)の色(いろ)、香
炉峯(かうろほう)の望(のぞみ)をもよをす(もよほす)。よる【夜】霜(しも)に寒(さむ)き砧(きぬた)の
ひびき、かすか【幽】に御枕(おんまくら)につたひ、暁(あかつき)氷(こほり)をきしる
車(くるま)のあと、遥(はるか)に門前(もんぜん)によこ【横】だはれり。巷(ちまた)を
過(すぐ)る行人征馬(かうじんせいば)のいそ【忙】がはしげなる気色(けしき)、浮
世(うきよ)を渡(わた)る有様(ありさま)もおぼしめし【思召し】しら【知ら】れて哀(あはれ)也(なり)。
「宮門(きゆうもん)(きうもん)をまもる【守る】蛮夷(ばんい)のよるひる警衛(けいゑい)をつと
むるも、先(さき)の世(よ)のいかなる契(ちぎり)にて今(いま)縁(えん)をむすぶ
P03540
らむ」と仰(おほせ)の有(あり)けるぞ忝(かたじけ)なき。凡(およそ)(をよそ)物(もの)にふれ事(こと)に
したが(ッ)て、御心(おんこころ)をいたましめずといふ事(こと)なし。
さるままにはかの折々(をりをり)(おりおり)の御遊覧(ごいうらん)(ごゆうらん)、ところどころ【所々】の御
参詣(ごさんけい)、御賀(おんが)のめでたかりし事共(ことども)、おぼしP268め
しつづけて、懐旧(くわいきう)の御泪(なみだ)をさへ(おさへ)【抑へ】がたし。年(とし)
さり年(とし)来(きたつ)て、治承(ぢしよう)(ぢせう)も四年(しねん)に也【*成】(なり)にけり。
平家物語(へいけものがたり)巻(くわん)第三(だいさん)P269
P03541
平家物語(龍谷大学本)巻第四
【許諾済】
本テキストの公開については、龍谷大学大宮図書館の許諾を得ています。底本使用・テキスト公開を許可された同図書館に厚く御礼申し上げます。
【注意】
本テキストの利用は個人の研究の範囲内に限られます。本テキストの全体あるいは一部の複写物・複写加工物を、インターネット上で、あるいは出版物(CD−ROM等を含む)として公表する場合には、事前に龍谷大学大宮図書館に翻刻掲載許可願いを申請する必要があります。同図書館の許可を得ない本テキストの公表は禁じられています。翻刻掲載許可願い申請送付先:〒600-8268 京都市下京区七条通大宮東入大工町125−1 龍谷大学大宮図書館閲覧係
【底本】
本テキストの底本は、龍谷大学大宮図書館所蔵『平家物語』です。直接には、思文閣出版発行の影印本(龍谷大学善本叢書13)に拠りました。
P04001
(表紙)
P04003 P269
平家物語(へいけものがたり)巻(くわん)第四(だいし)
厳島御幸(いつくしまごかう)S0401 治承(ぢしよう)(ぢせう)四年(しねん)正月(しやうぐわつ)一日(ひとひのひ)、鳥羽殿(とばどの)には相国(しやうこく)もゆるさず、
法皇(ほふわう)(ほうわう)もおそれ【恐れ】させ在(まし)ましければ、元日(ぐわんにち)元三(ぐわんざん)の
間(あひだ)(あいだ)、参入(さんにふ)(さんにう)する人(ひと)もなし。され共(ども)故少納言(こせうなごん)入道(にふだう)(にうだう)信西(しんせい)
の子息(しそく)、桜町(さくらまち)の中納言(ちゆうなごん)(ちうなごん)重教【*成範】卿(しげのりのきやう)、其(その)弟(おとと)左京大夫(さきやうのだいぶ)長教【*脩範】(ながのり)
ばかりぞゆるさ【許さ】れてまいら(まゐら)【参ら】れける。同(おなじき)正月(しやうぐわつ)廿日(はつかのひ)、東宮(とうぐう)
御袴着(おんはかまぎ)ならびに御(おん)まな【真魚】はじめとて、めでたき事共(ことども)
あり【有り】しかども、法皇(ほふわう)(ほうわう)は鳥羽殿(とばどの)にて御耳(おんみみ)のよそにぞ
P04004
きこしめす【聞し召す】。二月(にぐわつ)廿一日(にじふいちにち)、主上(しゆしやう)ことなる御(おん)つつがもわた
らせ給(たま)はぬを、をし(おし)【押し】おろし【下し】たてまつり【奉り】、春宮(とうぐう)践祚(せんそ)
あり【有り】。これは入道(にふだう)(にうだう)相国(しやうこく)よろづおもふ【思ふ】さまなるが致(いた)す
ところ【所】なり。時(とき)よくなりぬとてひしめきあへり。内
侍所(ないしどころ)・神璽(しんじ)・宝剣(ほうけん)わたしたてまつる【奉る】。上達部(かんだちめ)陣(ぢん)
にあつま(ッ)て、ふるき事共(ことども)先例(せんれい)にまか【任】せておこな
ひしに、弁内侍(べんのないし)御剣(ぎよけん)と(ッ)てあゆ【歩】みいづ。清凉殿(せいりやうでん)の西(にし)
おもてにて、泰道【*泰通】(やすみち)の中将(ちゆうじやう)(ちうじやう)う【受】けとる。備中(びつちゆう)(びつちう)の内侍(ないし)P270しる
P04005
しの御箱(みはこ)とりいづ。隆房(たかふさ)の少将(せうしやう)うけとる。内侍所(ないしどころ)し
るしの御箱(みはこ)、こよひばかりや手(て)をもかけんとおもひ【思ひ】あ
へりけん内侍(ないし)の心(こころ)のうち共(ども)、さこそはとおぼえてあ
はれ【哀】おほ【多】かりけるなかに、しるしの御箱(みはこ)をば少納言(せうなごん)
の内侍(ないし)とりいづべかりしを、こよひこれに手(て)をも
かけては、ながくあたらしき内侍(ないし)にはなるまじきよし、
人(ひと)の申(まうし)けるをきいて、其(その)期(ご)に辞(じ)し申(まうし)てとりい【出】で
ざりけり。年(とし)すでにたけたり、二(ふた)たび【二度】さかりを期(ご)すべ
P04006
きにもあらずとて、人々(ひとびと)にく【憎】みあへりしに、備中(びつちゆう)(びつちう)の内
侍(ないし)とて生年(しやうねん)十六歳(じふろくさい)、いまだいとけなき身(み)ながら、其(その)期(ご)に
わざとのぞみ申(まうし)てとりいでける、やさしかりしためし
なり。つたはれる御物共(おんものども)、しなじなつかさづかさうけと(ッ)て、新
帝(しんてい)の皇居(くわうきよ)五条内裏(ごでうだいり)へわたしたてまつる【奉る】。閑院殿(かんゐんどの)
には、火(ひ)の影(かげ)もかすか【幽】に、鶏人(けいじん)の声(こゑ)もとどまり、滝口(たきぐち)の
文爵(もんじやく)もたえ【絶え】にければ、ふるき人々(ひとびと)心(こころ)ぼそくおぼえて、
めでたきいわい(いはひ)【祝】のなかに涙(なみだ)をながし、心(こころ)をいたましむ。
P04007
左大臣(さだいじん)陣(ぢん)にい【出】でて、御位(おんくらゐ)ゆづりの事(こと)ども仰(おほ)せしを
きいて、心(こころ)ある人々(ひとびと)は涙(なみだ)をながし袖(そで)をうるほす。われと
御位(おんくらゐ)を儲(まうけ)の君(きみ)にゆづりたてまつり【奉り】、麻姑射(はこや)の
山(やま)のうちも閑(しづか)にな(ン)ど(など)おぼしめす【思召す】さきざきだにも、
哀(あはれ)はおほき習(ならひ)ぞかし。况(いはん)やこれは、御心(おんこころ)ならず
おしをろさ(おろさ)【下さ】れさせ給(たま)ひけんあはれ【哀】さ、申(まうす)もなかなか
おろか也(なり)。P271新帝(しんてい)今年(ことし)三歳(さんざい)、あはれ、いつしかなる
譲位(じやうゐ)かなと、時(とき)の人々(ひとびと)申(まうし)あはれけり。平(へい)大納言(だいなごん)時忠
P04008
卿(ときただのきやう)は、内(うち)の御(おん)めのと【乳母】帥(そつ)のすけの夫(おつと)たるによ(ッ)て、
「今度(こんど)の譲位(じやうゐ)いつしかなりと、誰(たれ)かかたむけ申(まうす)べ
き。異国(いこく)には、周成王(しうのせいわう)三歳(さんざい)、晋穆帝(しんのぼくてい)二歳(にさい)、我(わが)朝(てう)には、
近衛院(こんゑのゐん)三歳(さんざい)、六条院(ろくでうのゐん)二歳(にさい)、これみな襁褓(きやうほう)のなかに
つつ【包】まれて、衣帯(いたい)をただ【正】しうせざ(ッ)しか共(ども)、或(あるい)(あるひ)は摂
政(せつしやう)おふ(おう)【負う】て位(くらゐ)につけ、或(あるい)(あるひ)は母后(ぼこう)いだいて朝(てう)にのぞむと
見(み)えたり。後漢(ごかん)の高上【*孝殤】皇帝(かうしやうくわうてい)は、むま【生】れて百日(ひやくにち)
といふに践祚(せんそ)あり【有り】。天子(てんし)位(くらゐ)をふむ先蹤(せんじよう)(せんぜう)、和漢(わかん)かく
P04009
のごとし」と申(まう)されければ、其(その)時(とき)の有識【*有職】(いうしよく)(ゆうしよく)の人々(ひとびと)、「あなを
そろし(おそろし)【恐ろし】、物(もの)な申(まう)されそ。さればそれはよき例(れい)どもかや」と
ぞつぶやきあはれける。春宮(とうぐう)位(くらゐ)につかせ給(たま)ひしかば、
入道(にふだう)(にうだう)相国(しやうこく)夫婦(ふうふ)ともに外祖父(ぐわいそぶ)外祖母(ぐわいそぼ)とて、准三
后(じゆんさんごう)の宣旨(せんじ)をかうぶり、年元(ねんぐわん)年爵(ねんじやく)を給(たま)は(ッ)て、上日(じやうにち)
のものをめしつかふ。絵(ゑ)かき花(はな)つけたる侍(さぶらひ)共(ども)いで
入(いり)て、ひとへに院宮(ゐんぐう)のごとくにてぞ有(あり)ける。出家入道(しゆつけにふだう)(しゆつけにうだう)
の後(のち)も栄雄(えいえう)(ゑいゆう)はつきせずとぞみえ【見え】し。出家(しゆつけ)の人(ひと)の
P04010
准三后(じゆんさんごう)の宣旨(せんじ)を蒙(かうぶ)る事(こと)は、保護院【*法興院】(ほごゐん)のおほ【大】入道殿(にふだうどの)(にうだうどの)
兼家公(かねいへこう)の御例(ごれい)也(なり)。同(おなじき)三月(さんぐわつ)上旬(じやうじゆん)に、上皇(しやうくわう)安芸国(あきのくに)厳島(いつくしま)へ
御幸(ごかう)なるべしときこえけり。帝王(ていわう)位(くらゐ)をすべらせ給(たま)ひ
て、諸社(しよしや)の御幸(ごかう)のはじめには、八幡(やはた)・賀茂(かも)・春日(かすが)な(ン)ど(など)へ
こそならせ給(たま)ふに、安芸国(あきのくに)までの御幸(ごかう)はいかにと、
人(ひと)不審(ふしん)をなす。或(ある)人(ひと)の申(まうし)けるは、P272「白河院(しらかはのゐん)は熊野(くまの)へ
御幸(ごかう)、後白河(ごしらかは)は日吉社(ひよしのやしろ)へ御幸(ごかう)なる。既(すで)に知(しん)ぬ、叡慮(えいりよ)(ゑいりよ)に
あり【有り】といふ事(こと)を。御心中(ごしんぢゆう)(ごしんぢう)にふかき御立願(ごりふぐわん)(ごりうぐわん)あり【有り】。其上(そのうへ)此(この)
P04011
厳島(いつくしま)をば平家(へいけ)なのめならずあがめうやまひ給(たま)ふ
あいだ(あひだ)【間】、うへには平家(へいけ)に御同心(ごどうしん)、したには法皇(ほふわう)(ほうわう)のいつと
なう鳥羽殿(とばどの)にをし(おし)【押し】こめられてわたらせ給(たま)ふ、入道(にふだう)(にうだう)
相国(しやうこく)の謀反(むほん)の心(こころ)をもやわらげ(やはらげ)給(たま)へとの御祈念(ごきねん)の
ため」とぞきこえし。山門大衆(さんもんだいしゆ)いきどおり(いきどほり)申(まうす)。「石清
水(いはしみづ)・賀茂(かも)・春日(かすが)へならずは、我(わが)山(やま)の山王(さんわう)へこそ御幸(ごかう)は
なるべけれ。安芸国(あきのくに)への御幸(ごかう)はいつの習(ならひ)ぞや。其(その)儀(ぎ)
ならば、神輿(しんよ)をふりくだし奉(たてまつり)て、御幸(ごかう)をとどめたてまつ
P04012
れ」と僉議(せんぎ)しければ、これによ(ッ)てしばらく御延引(ごえんいん)(ごえんゐん)あり【有り】
けり。太政入道(だいじやうにふだう)(だいじやうにうだう)やうやうになだめ給(たま)へば、山門(さんもん)の大衆(だいしゆ)しづ
まりぬ。同(おなじき)十八日(じふはちにち)、厳島御幸(いつくしまごかう)の御門出(おんかどいで)とて、入道(にふだう)(にうだう)相国(しやうこく)
の西八条(にしはつでう)の亭(てい)へいら【入ら】せ給(たま)ふ。其(その)日(ひ)の暮方(くれがた)に、前(さきの)右大
将(うだいしやう)宗盛卿(むねもりのきやう)をめして、「明日(みやうにち)御幸(ごかう)の次(ついで)(つゐで)に鳥羽殿(とばどの)へまい(ッ)(まゐつ)【参つ】て、
法皇(ほふわう)(ほうわう)の見参(げんざん)に入(いら)ばやとおぼしめす【思召す】はいかに。相国禅門(しやうこくぜんもん)に
しら【知ら】せずしてはあしかりなんや」と仰(おほせ)ければ、宗盛卿(むねもりのきやう)
涙(なみだ)をはらはらとながい【流い】て、「何条(なんでう)事(こと)か候(さうらふ)べき」と申(まう)されければ、
P04013
「さらば宗盛(むねもり)、其(その)様(やう)をやがて今夜(こよひ)鳥羽殿(とばどの)へ申(まう)せかし」
とぞ仰(おほせ)ける。前(さきの)右大将(うだいしやう)宗盛卿(むねもりのきやう)、いそぎ鳥羽殿(とばどの)へ
まい(ッ)(まゐつ)【参つ】て、此(この)よし奏聞(そうもん)せられければ、法皇(ほふわう)(ほうわう)はあまりに
おぼしめす【思召す】御事(おんこと)にて、「夢(ゆめ)やらん」とぞ仰(おほせ)ける。P273同(おなじき)十
九日(じふくにち)、大宮(おほみやの)大納言(だいなごん)高季【*隆季】卿(たかすゑのきやう)、いまだ夜(よ)ふかう【深う】まい(ッ)(まゐつ)【参つ】て、
御幸(ごかう)もよほされけり。此(この)日(ひ)ごろきこえさせ給(たま)ひつる
厳島(いつくしま)の御幸(ごかう)、西八条(にしはつでう)よりすでにとげさせをはします(おはします)。
やよひもなか半(ば)すぎぬれど、霞(かすみ)にくもる在明(ありあけ)の月(つき)は
P04014
猶(なほ)(なを)おぼろ也(なり)。こしぢ【越路】をさしてかへる鴈(かり)の、雲井(くもゐ)に
おとづれ行(ゆく)も、おりふし(をりふし)【折節】あはれ【哀】にきこしめす。いまだ
夜(よ)のうちに鳥羽殿(とばどの)へ御幸(ごかう)なる。門前(もんぜん)にて御車(おんくるま)
よりおりさせ給(たま)ひ、門(もん)のうちへさしいらせ給(たま)ふに、人(ひと)
まれにして木(こ)ぐらく、物(もの)さびしげなる御(おん)すまひ、
まづあはれ【哀】にぞおぼしめす【思召す】。春(はる)すでにくれなんとす、
夏木立(なつこだち)にも成(なり)にけり。梢(こずゑ)の花色(はないろ)をとろえ(おとろへ)て、宮(みや)
の鴬(うぐひす)声(こゑ)老(おい)たり。去年(こぞ)の正月(しやうぐわつ)六日(むゆかのひ)、朝覲(てうきん)のために
P04015
法住寺殿(ほふぢゆうじどの)(ほうぢうじどの)へ行幸(ぎやうがう)あり【有り】しには、楽屋(がくや)に乱声(らんじやう)を奏(そう)し、
諸卿(しよきやう)列(れつ)に立(た)(ッ)て、諸衛(しよゑ)陣(ぢん)をひき、院司(ゐんじ)の公卿(くぎやう)まいり(まゐり)【参り】
むか(ッ)て、幔門(まんもん)をひらき、掃部寮(かもんれう)(かもんりやう)縁道(えんだう)(ゑんだう)をしき、ただ【正】し
かりし儀式(ぎしき)一事(いちじ)もなし。けふはただ夢(ゆめ)とのみぞお
ぼしめす【思召す】。重教【*成範】(しげのり)の中納言(ちゆうなごん)(ちうなごん)、御気色(ごきしよく)申(まう)されたりければ、
法皇(ほふわう)(ほうわう)寝殿(しんでん)の橋(はし)がくしの間(ま)へ御幸(ごかう)な(ッ)て、待(まち)まいら(ッ)(まゐらつ)【参らつ】
させ給(たま)ひけり。上皇(しやうくわう)は今年(ことし)御年(おんとし)廿(はたち)、あけがたの月(つき)の
光(ひかり)にはへ(はえ)【映え】させ給(たま)ひて、玉体(ぎよくたい)もいとどうつくしうぞみえ【見え】させ
P04016
をはしまし(おはしまし)ける。御母儀(おぼぎ)建春門院(けんしゆんもんゐん)にいたくに【似】まいら(ッ)(まゐらつ)【参らつ】
させ給(たまひ)たりければ、法皇(ほふわう)(ほうわう)まづ故女院(こにようゐん)の御事(おんこと)おぼし
めし【思召し】いでて、御涙(おんなみだ)せきあへさせ給(たま)はず。両院(りやうゐん)の御座(ござ)ちかく【近く】
しつらはれたP274り。御問答(ごもんだふ)(ごもんだう)は人(ひと)う【受】け給(たま)はるに及(およ)(をよ)ばず。御前(ごぜん)には
尼(あま)ぜ【尼前】ばかりぞ候(さふら)はれける。やや久(ひさ)しう御物語(おんものがたり)せさせ給(たま)ふ。
はるかに日(ひ)たけて御暇(おんいとま)申(まう)させ給(たま)ひ、鳥羽(とば)の草津(くさづ)より
御舟(おんふね)にめされけり。上皇(しやうくわう)は法皇(ほふわう)(ほうわう)の離宮(りきゆう)(りきう)、故亭(こていの)幽
閑(いうかん)(ゆうかん)寂寞(せきばく)の御(おん)すまひ、御心(おんこころ)ぐる
しく御(ご)らむ(らん)じをかせ
P04017
給(たま)へば、法皇(ほふわう)(ほうわう)は又(また)上皇(しやうくわう)の旅泊(りよはく)の行宮(かうきゆう)(かうきう)の浪(なみ)の上(うへ)、舟(ふね)の
中(うち)の御(おん)ありさま、おぼつかなくぞおぼしめす【思召す】。まこと【誠】
に宗廟(そうべう)・八(や)わた(やはた)【八幡】・賀茂(かも)な(ン)ど(など)をさしをい(おい)て、はるばると
安芸国(あきのくに)までの御幸(ごかう)をば、神明(しんめい)もなどか御納受(ごなふじゆ)(ごなうじゆ)なかる
べき。御願(ごぐわん)成就(じやうじゆ)うたがひなしとぞみえ【見え】たりける。還御(くわんぎよ)S0402同(おなじき)
廿六日(にじふろくにち)、厳島(いつくしま)へ御参着(ごさんちやく)、入道(にふだう)(にうだう)相国(しやうこく)の最愛(さいあい)の内侍(ないし)が
宿所(しゆくしよ)、御所(ごしよ)になる。なか二(に)にち【二日】をん(おん)【御】逗留(とうりう)あ(ッ)て、経会
舞楽(きやうゑぶがく)おこなはれけり。導師(だうし)には三井寺(みゐでら)の公兼【*公顕】僧正(こうけんそうじやう)
P04018
とぞきこえし。高座(かうざ)にのぼり、鐘(かね)うちならし、表白(へうはく)
の詞(ことば)にいはく、「九(ここの)え(ここのへ)【九重】の宮(みや)こ【都】をいでて、八(や)え(やへ)【八重】の塩路(しほぢ)を
わき【分き】も(ッ)てまいら(まゐら)【参ら】せ給(たま)ふ御心(おんこころ)ざしのかたじけなさ」と、
たからかに申(まう)されたりければ、君(きみ)も臣(しん)も感涙(かんるい)をもよ
ほ【催】されけり。大宮(おほみや)・客人(まらうと)(まろうと)をはじめまいらせ(まゐらせ)【参らせ】て、社々(やしろやしろ)所々(ところどころ)へ
みな御幸(ごかう)なる。大宮(おほみや)より五町(ごちやう)ばかり、P275山(やま)をまは(ッ)て、滝(たき)の宮(みや)へ
まいら(まゐら)【参ら】せ給(たま)ふ。公兼【*公顕】僧正(こうけんそうじやう)一首(いつしゆ)の歌(うた)よ【詠】うで、拝殿(はいでん)の
柱(はしら)に書(かき)つけられたり。
P04019
雲井(くもゐ)よりおちくる滝(たき)のしらいと【白糸】に
ちぎ【契】りをむすぶことぞうれしき W016
神主(かんぬし)佐伯(さいき)の景広【*景弘】(かげひろ)、加階(かかい)従上(じゆうじやう)(じうじやう)の五位(ごゐ)、国司(こくし)藤原(ふぢはらの)
有綱(ありつな)【*菅原(すがはらの)在経(ありつね)】、しな【品】あげられて加階(かかい)、従下(じゆうげ)(じうげ)の四品(しほん)、院[* 「流」と有るのを高野本により訂正](ゐん)の殿上(てんじやう)ゆる
さる。座主(ざす)尊永(そんゑい)、法印(ほふいん)(ほうゐん)になさる。神慮(しんりよ)もうごき、太政(だいじやう)
入道(にふだう)(にうだう)の心(こころ)もはたらきぬらんとぞみえ【見え】し。同(おなじき)廿九日(にじふくにち)、
上皇(しやうくわう)御舟(みふね)かざ(ッ)て還御(くわんぎよ)なる。風(かぜ)はげしかりければ、御
舟(みふね)こぎもどし、厳島(いつくしま)のうち、あり【蟻】の浦(うら)にとどまらせ
P04020
給(たま)ふ。上皇(しやうくわう)「大明神(だいみやうじん)の御名残(おんなごり)を【惜】しみに、歌(うた)つかまつ
れ」と仰(おほせ)ければ、隆房(たかふさ)の少将(せうしやう)
たちかへるなごりもありの浦(うら)なれば
神(かみ)もめぐみをかくるしら浪(なみ) W017
夜半(やはん)ばかりより浪(なみ)もしづかに、風(かぜ)もしづまりければ、
御舟(みふね)こぎいだし、其(その)日(ひ)は備後国(びんごのくに)しき名(な)【敷名】の泊(とまり)に
つかせ給(たま)ふ。このところ【所】はさんぬる応保(おうほう)のころおひ(ころほひ)、一
院(いちゐん)御幸(ごかう)の時(とき)、国司(こくし)藤原(ふぢはら)の為成(ためなり)がつく(ッ)たる御所(ごしよ)の
P04021
あり【有り】けるを、入道(にふだう)(にうだう)相国(しやうこく)、御(おん)まう【設】けにしつらはれたりしか共(ども)、
上皇(しやうくわう)それへはあがらせ給(たま)はず。「けふは卯月(うづき)一日(ひとひ)、衣(ころも)がへと
いふ事(こと)のあるぞかし」とて、おのおの宮(みや)こ【都】の方(かた)をおもひ【思ひ】
やりあそび給(たま)ふに、岸(きし)に色(いろ)ふかき藤(ふぢ)の松(まつ)にさ【咲】き
かかりけるを、上皇(しやうくわう)叡覧(えいらん)(ゑいらん)あ(ッ)て、隆季(たかすゑ)の大P276納言(だいなごん)を
めして、「あの花(はな)おり(をり)【折り】につかはせ」と仰(おほせ)ければ、左史生(さししやう)中原
康定(なかはらのやすさだ)がはし舟(ふね)にの(ッ)【乗つ】て、御前(ごぜん)をこ【漕】ぎとほりけるをめし
て、おり(をり)【折り】につかはす。藤(ふぢ)の花(はな)を[B た]おり(たをり)【手折り】、松(まつ)の枝(えだ)につけながら
P04022
も(ッ)てまいり(まゐり)【参り】たり。「心(こころ)ばせあり【有り】」な(ン)ど(など)仰(おほせ)られて、御感(ぎよかん)あり【有り】
けり。「此(この)花(はな)にて歌(うた)あるべし」と仰(おほせ)ければ、隆季(たかすゑ)[B ノ]大納言(だいなごん)
千(ち)とせへん君(きみ)がよはひに藤浪(ふじなみ)の
松(まつ)の枝(えだ)にもかかりぬるかな W018
其(その)後(のち)御前(ごぜん)に人々(ひとびと)あまた候(さうら)(さふら)はせ給(たま)ひて、御(おん)たはぶれご
とのあり【有り】しに、上皇(しやうくわう)しろき【白き】きぬ【衣】きたる内侍(ないし)が、国綱【*邦綱】卿(くにつなのきやう)
に心(こころ)をかけたるな」とて、わらは【笑は】せをはしまし(おはしまし)ければ、
大納言(だいなごん)大(おほき)にあらがい(あらがひ)申(まう)さるるところ【所】に、ふみ【文】も(ッ)【持つ】たる便
P04023
女(びんぢよ)がまい(ッ)(まゐつ)【参つ】て、「五条(ごでうの)大納言(だいなごん)どのへ」とて、さしあげたり。
「さればこそ」とて満座(まんざ)興(きよう)(けふ)ある事(こと)に申(まうし)あはれけり。大
納言(だいなごん)これをと(ッ)てみ【見】給(たま)へば、
しらなみの衣(ころも)の袖(そで)をしぼりつつ
君(きみ)ゆへ(ゆゑ)【故】にこそ立(たち)もまはれね W019
上皇(しやうくわう)「やさしうこそおぼしめせ【思召せ】。この返事(へんじ)はあるべき
ぞ」とて、やがて御硯(おんすずり)をくださせ給(たま)ふ。大納言(だいなごん)返事(へんじ)
には、
P04024
おもひ【思ひ】やれ君(きみ)が面(おも)かげたつ浪(なみ)の
よせくるたびにぬるるたもとを W020
それより備前国(びぜんのくに)小島(こじま)の泊(とまり)につかせ給(たま)ふ。五日(いつかのひ)、天(てん)晴(はれ)
風(かぜ)しづかに、海上(かいしやう)ものどけかりければ、御所(ごしよ)の御舟(みふね)を
はじめまいらせ(まゐらせ)【参らせ】P277て、人々(ひとびと)の舟(ふね)どもみないだし【出し】つつ、雲(くも)
の波(なみ)煙(けぶり)の浪(なみ)をわけ【分け】すぎさせ給(たま)ひて、其(その)日(ひ)の酉
剋(とりのこく)に、播摩国【*播磨国】(はりまのくに)やまとの浦(うら)につかせ給(たま)ふ。それより御
輿(みこし)にめして福原(ふくはら)へいら【入ら】せおはします。六日(むゆかのひ)は供奉(ぐぶ)の
P04025
人々(ひとびと)、いま一日(いちにち)も宮(みや)こ【都】へとく【疾く】といそがれけれ共(ども)、新院(しんゐん)
御逗留(おんとうりう)あ(ッ)て、福原(ふくはら)のところどころ【所々】歴覧(れきらん)あり【有り】けり。池(いけ)
の中納言(ちゆうなごん)頼盛卿(よりもりのきやう)の山庄(さんざう)、あら田(た)まで御(ご)らんぜらる。七日(しちにち)(なぬかのひ)、
福原(ふくはら)をいでさせ給(たま)ふに、隆季(たかすゑ)の大納言(だいなごん)勅定(ちよくぢやう)をうけ
給(たま)は(ッ)て、入道(にふだう)(にうだう)相国(しやうこく)の家(いへ)の賞(しやう)をこなは(おこなは)【行なは】る。入道(にふだう)(にうだう)の養子(やうじ)
丹波守(たんばのかみ)清門【*清邦】(きよくに)、正下(じやうげ)の五位(ごゐ)、同(おなじう)入道(にふだう)の孫(まご)越前少将(ゑちぜんのせうしやう)
資盛(すけもり)、四位(しゐ)の従上(じゆうじやう)(じうじやう)とぞきこえし。其(その)日(ひ)てら井(ゐ)【寺井】[* 「てう井」と有るのを高野本により訂正]につ
かせ給(たま)ふ。八日(やうかのひ)都(みやこ)へいらせ給(たま)ふに、御(おん)むかへの公卿(くぎやう)殿上人(てんじやうびと)、
P04026
鳥羽(とば)の草津(くさづ)へぞまいら(まゐら)【参ら】れける。還御(くわんぎよ)の時(とき)は鳥羽
殿(とばどの)へは御幸(ごかう)もならず、入道(にふだう)(にうだう)相国(しやうこく)の西八条(にしはつでう)の亭(てい)へいらせ
給(たま)ふ。同(おなじき)四月(しぐわつ)廿二日(にじふににち)、新帝(しんてい)の御即位(ごそくゐ)あり【有り】。大極殿(だいこくでん)にて
あるべかりしか共(ども)、一(ひと)とせ炎上(えんしやう)の後(のち)は、いまだつく【造】りもいださ
れず。太政官(だいじやうぐわん)の庁(ちやう)にておこなはるべしとさだ【定】めら
れたりけるを、其(その)時(とき)の九条殿(くでうどの)申(まう)させ給(たまひ)けるは、「太
政官(だいじやうぐわん)の庁(ちやう)は凡人(ぼんにんの)家(いへ)にとらば公文所(くもんじよ)てい【体】のとこ
ろ【所】也(なり)。大極殿(だいこくでん)なからん上者(うへは)、紫震殿【*紫宸殿】(ししんでん)にてこそ御即位(ごそくゐ)は
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あるべけれ」と申(まう)させ給(たま)ひければ、紫震殿【*紫宸殿】(ししんでん)にてぞ御
即位(ごそくゐ)はあり【有り】ける。「去(いん)じ康保(かうほう)四年(しねん)十一月(じふいちぐわつ)一日(ひとひのひ)、冷
泉院(れいぜいのゐん)の御即位(ごそくゐ)紫震殿【*紫宸殿】(ししんでん)にてあり【有り】しは、主上(しゆしやう)御
邪気(ごじやけ)によP278(ッ)て、大極殿(だいこくでん)へ行幸(ぎやうがう)かなは【叶は】ざりし故(ゆゑ)(ゆへ)也(なり)。其(その)例(れい)
いかがあるべからん。ただ後三条(ごさんでう)の院(ゐん)の延久(えんきうの)佳例(かれい)に
まかせ、太政官(だいじやうぐわん)の庁(ちやう)にておこなはるべき物(もの)を」と、人々(ひとびと)
申(まうし)あはれけれ共(ども)、九条殿(くでうどの)の御(おん)ぱからひのうへは、左右(さう)に
及(およ)(をよ)ばず。中宮(ちゆうぐう)(ちうぐう)弘徽殿(こうきでん)より仁寿殿(にんじゆでん)へうつらせ給(たま)ひ
P04028
て、たかみくら【高御座】へまいら(まゐら)【参ら】せ給(たま)ひける御(おん)ありさまめ
でたかりけり。平家(へいけ)の人々(ひとびと)みな出仕(しゆつし)せられける
なかに、小松殿(こまつどの)の公達(きんだち)はこぞ【去年】おとど【大臣】うせ給(たま)ひし
あひだ、いろ【倚廬】にて籠居(ろうきよ)せられたり。源氏揃(げんじぞろへ)S0403蔵人衛門権佐(くらんどのゑもんのごんのすけ)
定長(さだなが)、今度(こんど)の御即位(ごそくゐ)に違乱(いらん)なくめでたき様(やう)を
厚紙(こうし)(かうし)十枚(じふまい)ばかりにこまごまとしるいて、入道(にふだう)(にうだう)相国(しやうこく)の
北方(きたのかた)八条(はつでう)の二位殿(にゐどの)へまいらせ(まゐらせ)【参らせ】たりければ、ゑみ【笑】をふ
くんでぞよろこ【喜】ばれける。かやうに花(はな)やかにめでたき
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事共(ことども)あり【有り】しかども、世間(せけん)は猶(なほ)しづかならず。其(その)比(ころ)一
院(いちゐん)第二(だいに)の皇子(わうじ)茂仁【*以仁】(もちひと)の王(わう)と申(まうし)しは、御母(おんぱは)加賀(かがの)大
納言(だいなごん)季成卿(すゑなりのきやう)の御娘(おんむすめ)也(なり)。三条高倉(さんでうたかくら)にましましけ
れば、高倉(たかくら)の宮(みや)とぞ申(まうし)ける。去(いん)じ永万(えいまん)(ゑいまん)元年(ぐわんねん)
十二月(じふにぐわつ)十六日(じふろくにち)、御年(おんとし)十五(じふご)にて、忍(しのび)つつ近衛河原(このゑかはら)の大
宮(おほみや)の御所(ごしよ)にて御元服(ごげんぶく)あり【有り】けり。御手P279跡(おんしゆせき)うつくしう
あそばし、御才学(おんさいかく)すぐれて在(まし)ましければ、位(くらゐ)にもつか
せ給(たま)ふべきに、故建春門院(こけんしゆんもんゐん)の御(おん)そねみにて、おしこ【籠】め
P04030
られさせ給(たま)ひつつ、花(はな)のもとの春(はる)の遊(あそび)には、紫毫(しがう)
をふる(ッ)て手(て)づから御作(ごさく)をかき、月(つき)の前(まへ)の秋(あき)の宴(えん)
には、玉笛(ぎよくてき)をふいて身(み)づから雅音(がいん)をあやつり給(たま)ふ。
かくしてあかしくらし給(たま)ふほどに、治承(ぢしよう)(ぢせう)四年(しねん)には、御
年(おんとし)卅(さんじふ)にぞならせ在(まし)ましける。其(その)比(ころ)近衛河原(このゑかはら)に候(さうらひ)ける
源(げん)三位(ざんみ)入道(にふだう)(にうだう)頼政(よりまさ)、或(ある)夜(よ)ひそかに此(この)宮(みや)の御所(ごしよ)にまい(ッ)(まゐつ)【参つ】て、
申(まうし)ける事(こと)こそおそろしけれ【恐ろしけれ】。「君(きみ)は天照大神(てんせうだいじん)四十八(しじふはつ)世(せ)
の御末(おんすゑ)、神武天皇(じんむてんわう)より七十八(しちじふはち)代(だい)にあたらせ給(たま)ふ。
P04031
太子(たいし)にもたち、位(くらゐ)にもつ【即】かせ給(たま)ふべきに、卅(さんじふ)まで宮(みや)
にてわたらせ給(たま)ふ御事(おんこと)をば、心(こころ)うしとはおぼしめさ【思召さ】
ずや。当世(たうせい)のてい【体】を見(み)候(さうらふ)に、うへにはしたがい(したがひ)【従ひ】たるやう
なれども、内々(ないない)は平家(へいけ)をそねまぬ物(もの)や候(さうらふ)。御謀反(ごむほん)おこ
させ給(たま)ひて、平家(へいけ)をほろぼし、法皇(ほふわう)(ほうわう)のいつとなく
鳥羽殿(とばどの)におしこめられてわたらせ給(たま)ふ御心(おんこころ)をも、やす【休】
めまいらせ(まゐらせ)【参らせ】、君(きみ)も位(くらゐ)につかせ給(たま)ふべし。これ御孝行(ごかうかう)
のいたりにてこそ候(さうら)はんずれ。もしおぼしめし【思召し】たたせ
P04032
給(たま)ひて、令旨(りやうじ)(れうじ)をくださせ給(たま)ふ物(もの)ならば、悦(よろこび)をなして
まいら(まゐら)【参ら】むずる源氏(げんじ)どもこそおほう候(さうら)へ」とて、申(まうし)つづ
く。「まづ京都(きやうと)には、出羽前司(ではのせんじ)光信(みつのぶ)が子共(こども)、伊賀守(いがのかみ)
光基(みつもと)、出羽判官(ではのはんぐわん)光長(みつなが)、出羽蔵人(ではのくらんど)光重(みつしげ)、出羽冠者(ではのくわんじや)
光能(みつよし)、熊野(くまの)には、故(こ)六条判官(ろくでうのはんぐわん)為義(ためよし)が末子(ばつし)十郎(じふらう)P280義盛(よしもり)
とてかくれ【隠れ】て候(さうらふ)。摂津国(つのくに)には多田蔵人(ただのくらんど)行綱(ゆきつな)こそ候(さうら)へ共(ども)、
新(しん)大納言(だいなごん)成親卿(なりちかのきやう)の謀反(むほん)の時(とき)、同心(どうしん)しながらかゑり
忠(ちう)(かへりちゆう)【返忠】したる不当人(ふたうにん)で候(さうら)へば、申(まうす)に及(およ)(をよ)ばず。さりながら、其(その)弟(おとと)
P04033
多田(ただの)二郎(じらう)朝実【*知実】(ともざね)、手島(てしま)の冠者(くわんじや)高頼(たかより)、太田太郎頼基(おほだのたらうよりもと)、
河内国(かはちのくに)には、武蔵権守(むさしのごんのかみ)入道(にふだう)(にうだう)義基(よしもと)、子息(しそく)石河(いしかはの)判官代(はんぐわんだい)
義兼(よしかね)、大和国(やまとのくに)には、宇野(うのの)七郎(しちらう)親治(ちかはる)が子共(こども)、[B 太郎(たらう)]有治(ありはる)・二郎(じらう)
清治(きよはる)、三郎(さぶらう)成治(なりはる)・四郎(しらう)義治(よしはる)・近江国(あふみのくに)には、山本(やまもと)・柏木(かしはぎ)・錦
古里(にしごり)、美乃【*美濃】(みの)尾張(をはり)(おはり)には、山田次郎重広【*重弘】(やまだのじらうしげひろ)、河辺(かはべの)太郎(たらう)重直(しげなほ)(しげなを)、
泉(いずみの)太郎(たらう)重光【*重満】(しげみつ)、浦野[B ノ](うらのの)四郎(しらう)重遠(しげとほ)(しげとを)、安食次郎重頼(あじきのじらうしげより)、其(その)子[B ノ](この)
太郎(たらう)重資(しげすけ)、木太[B ノ](きだの)三郎(さぶらう)重長(しげなが)、開田[B ノ](かいでんの)判官代(はんぐわんだい)重国(しげくに)、矢島
先生(やしまのせんじやう)重高(しげたか)、其(その)子[B ノ](この)太郎(たらう)重行(しげゆき)、甲斐国(かひのくに)(かいのくに)には、逸見冠者(へんみのくわんじや)
P04034
義清(よしきよ)、其(その)子(この)太郎(たらう)清光(きよみつ)、武田(たけたの)太郎(たらう)信義(のぶよし)、加賀見[B ノ](かがみの)二郎(じらう)
遠光(とほみつ)(とをみつ)・同(おなじく)小次郎長清(こじらうながきよ)、一条[B ノ](いちでうの)次郎(じらう)忠頼(ただより)、板垣(いたがきの)三郎(さぶらう)
兼信(かねのぶ)、逸見[B ノ]兵衛(へんみのひやうゑ)有義(ありよし)、武田(たけたの)五郎(ごらう)信光(のぶみつ)、安田(やすだの)三郎(さぶらう)
義定(よしさだ)、信乃【*信濃】(しなの)の国(くに)には、大内(おほうちの)太郎(たらう)維義【*惟義】(これよし)、岡田冠者(をかだのくわんじや)親義(ちかよし)、
平賀冠者(ひらかのくわんじや)盛義(もりよし)、其(その)子[B ノ](この)四郎(しらう)義信(よしのぶ)、帯刀[B ノ](たてはきの)(たてわきの)先生(せんじやう)義方【*義賢】(よしかた)が
次男(じなん)木曾冠者(きそのくわんじや)義仲(よしなか)、伊豆国(いづのくに)には、流人(るにん)前右兵衛佐(さきのうひやうゑのすけ)
頼朝(よりとも)、常陸国(ひたちのくに)には、信太(しだの)三郎(さぶらう)先生(せんじやう)義教【*義憲】(よしのり)、佐竹[B ノ]冠者(さたけのくわんじや)
正義【*昌義】(まさよし)、其(その)子(この)太郎(たらう)忠義(ただよし)、同(おなじく)三郎(さぶらう)義宗(よしむね)、四郎(しらう)高義(たかよし)、五郎(ごらう)
P04035
義季(よしすゑ)、陸奥国(みちのくに)には、故左馬頭(こさまのかみ)義朝(よしとも)が末子(ばつし)九郎(くらう)冠者(くわんじや)
義経(よしつね)、これみな六孫王(ろくそんわう)の苗裔(べうえい)(べうゑい)、多田(ただの)新発(しんぼち)(しんぼ(ツ)ち)満仲(まんぢゆう)(まんぢう)が
後胤(こういん)(こうゐん)なり。朝敵(てうてき)をもたいら(たひら)【平】げ、宿望(しゆくまう)をとげし事(こと)は、
源平(げんぺい)いづれ勝劣(せうれつ)なかりしか共(ども)、今(いま)は雲泥(うんでい)まじはり
をへだてて、主従(しゆうじゆう)(しうじう)の礼(れい)にも猶(なほ)(なを)おとれり。国(くに)には国司(こくし)に
しP281たがひ、庄(しやう)には領所【*預所】(あづかりどころ)につかはれ、公事(くじ)雑事(ざふじ)(ざうじ)にかりたて
られて、やすひ(やすい)【安い】おもひ【思ひ】も候(さうら)はず。いかばかりか心(こころ)うく候(さうらふ)らん。
君(きみ)もしおぼしめし【思召し】たたせ給(たまひ)て、令旨(りやうじ)(れうじ)をたう【給う】づる物(もの)ならば、
P04036
夜(よ)を日(ひ)についで馳(はせ)のぼり、平家(へいけ)をほろぼさん事(こと)、
時日(じじつ)をめぐらすべからず。入道(にふだう)(にうだう)も年(とし)こそよ(ッ)て候(さうらへ)ども、
子共(こども)ひきぐし【具し】てまいり(まゐり)【参り】候(さうらふ)べし」とぞ申(まうし)たる。宮(みや)はこ
の事(こと)いかがあるべからんとて、しばし【暫】は御承引(ごしよういん)(ごせうゐん)もなかり
けるが、阿古丸(あこまる)大納言(だいなごん)宗通卿(むねみちのきやう)の孫(まご)、備後前司(びんごのせんじ)季通(すゑみち)が
子(こ)、少納言(せうなごん)維長【*伊長】(これなが)と申(まう)し候(さうらふ)〔は〕勝(すぐれ)たる相人(さうにん)也(なり)ければ、時(とき)の
人(ひと)相少納言(さうせうなごん)とぞ申(まうし)ける。其(その)人(ひと)がこの宮(みや)をみ【見】まいらせ(まゐらせ)【参らせ】て、
「位(くらゐ)に即(つか)せ給(たまふ)べき相(さう)在(まし)ます。天下(てんが)の事(こと)思召(おぼしめし)はな【放】たせ
P04037
給(たま)ふべからず」と申(まうし)けるうへ、源(げん)三位(ざんみ)入道(にふだう)(にうだう)もか様(やう)【斯様】に申(まう)され
ければ、「[B さては]しか【然】るべき天照大神(てんせうだいじん)の御告(おんつげ)やらん」とて、ひし
ひしとおぼしめし【思召し】たた【立た】せ給(たま)ひけり。熊野(くまの)に候(さうらふ)十郎(じふらう)
義盛(よしもり)をめ【召】して、蔵人(くらんど)になさる。行家(ゆきいへ)と改名(かいみやう)して、
令旨(りやうじ)(れうじ)の御使(おんつかひ)に東国(とうごく)へぞ下(くだり)ける。同(おなじき)四月(しぐわつ)(し(ン)ぐわつ)廿八日(にじふはちにち)、宮(みや)こ【都】
をた(ッ)て、近江国(あふみのくに)よりはじめて、美乃【*美濃】(みの)尾張(をはり)(おはり)の源氏共(げんじども)に
次第(しだい)にふれてゆく程(ほど)に、五月(ごぐわつ)十日(とをかのひ)、伊豆(いづ)の北条(ほうでう)にくだり
つき、流人(るにん)前兵衛佐殿(さきのひやうゑのすけどの)に令旨(りやうじ)(れうじ)たてまつり【奉り】、信太[B ノ](しだの)三郎(さぶらう)
P04038
先生(せんじやう)義教【*義憲】(よしのり)は兄(あに)なればとら【取ら】せんとて、常陸国(ひたちのくに)信太[B ノ](しだの)浮
島(うきしま)へくだる。木曾冠者(きそのくわんじや)義仲(よしなか)は甥(をひ)(をい)なればた【賜】ばんとて、
山道(せんだう)へぞおP282もむきける。其(その)比(ころ)の熊野(くまの)の別当(べつたう)湛増(たんぞう)は、
平家(へいけ)に心(こころ)ざしふか〔か〕り【深かり】けるが、なに【何】としてかもれ【洩れ】きい【聞い】
たりけん、「新宮(しんぐうの)十郎(じふらう)義盛(よしもり)こそ高倉宮(たかくらのみや)の令旨(りやうじ)(れうじ)給(たま)
は(ッ)て、美乃【*美濃】(みの)尾張(をはり)(おはり)の源氏(げんじ)どもふれもよほし、既(すで)に謀反(むほん)を
をこす(おこす)【起こす】なれ。那智(なち)新宮(しんぐう)の物共(ものども)は、さだめて源氏(げんじ)の
方(かた)うど【方人】をぞせんずらん。湛増(たんぞう)は平家(へいけ)の御恩(ごおん)(ごをん)を雨【*天】(あめ)
P04039
やま【山】とかうむ(ッ)【蒙つ】たれば、いかでか背(そむき)たてまつる【奉る】べき。那知【*那智】(なち)
新宮(しんぐう)の物共(ものども)に矢(や)一(ひとつ)い【射】かけて、平家(へいけ)へ子細(しさい)を申(まう)さん」とて、
ひた甲(かぶと)一千(いつせん)人(にん)、新宮(しんぐう)の湊(みなと)へ発向(はつかう)す。新宮(しんぐう)には鳥井(とりゐ)
の法眼(ほふげん)(ほうげん)・高坊(たかばう)の法眼(ほふげん)(ほうげん)、侍(さぶらひ)には宇(う)ゐ【宇井】・すずき【鈴木】・水屋(みづや)・かめ
のこう(かめのかふ)【亀の甲】、那知【*那智】(なち)には執行(しゆぎやう)法眼(ほふげん)(ほうげん)以下(いげ)、都合(つがふ)(つがう)其(その)勢(せい)二千
余(にせんよ)人(にん)なり。時(とき)つくり、矢合(やあはせ)して、源氏(げんじ)の方(かた)にはとこそ
い【射】れ、平家(へいけ)の方(かた)にはかうこそい【射】れとて、矢(や)さけび【叫び】の
声(こゑ)の退転(たいてん)もなく、かぶら【鏑】のなり【鳴り】やむひまもなく、三日(みつか)が
P04040
ほどこそたたかふ(たたかう)【戦う】たれ。熊野別当(くまのべつたう)湛増(たんぞう)、家子(いへのこ)
郎等(らうどう)おほくうた【討た】せ、我(わが)身(み)手(て)おひ、からき命(いのち)をい
き【生き】つつ、本宮(ほんぐう)へこそにげのぼりけれ。鼬(いたち)之(の)沙汰(さた)S0404さるほどに、法
皇(ほふわう)(ほうわう)は、「とをき(とほき)【遠き】国(くに)へもながされ、はるかの島(しま)へもうつ
されんP283ずるにや」と仰(おほ)せけれども、城南(せいなん)の離宮(りきゆう)(りきう)にし
て、ことしは二年(ふたとせ)にならせ給(たま)ふ。同(おなじき)五月(ごぐわつ)十二日(じふににち)午剋(むまのこく)計(ばかり)、
御所中(ごしよぢゆう)(ごしよぢう)にはゐたち(いたち)【鼬】おびたたしうはしり【走り】さはぐ(さわぐ)【騒ぐ】。法
皇(ほふわう)(ほうわう)大(おほき)に驚(おどろ)(をどろ)きおぼしめし【思召し】、御占形(おんうらかた)をあそばいて、近江
P04041
守(あふみのかみ)仲兼(なかかぬ)、其(その)比(ころ)はいまだ鶴蔵人(つるくらんど)とめされけるをめし
て、「この占形(うらかた)も(ッ)【持つ】て、泰親(やすちか)がもとへゆけ。き(ッ)と勘(かん)がへさせて、
勘状(かんじやう)をと(ッ)てまいれ(まゐれ)【参れ】」とぞ仰(おほせ)ける。仲兼(なかかぬ)これを給(たま)は(ッ)て、陰
陽頭(おんやうのかみ)(をんやうのかみ)安陪【*安倍】泰親(あべのやすちか)がもとへ行(ゆく)。おりふし(をりふし)【折節】宿所(しゆくしよ)にはなかり
けり。「白河(しらかは)なるところ【所】へ」といひければ、それへたづねゆき、
泰親(やすちか)にあふ(あう)て勅定(ちよくぢやう)のおもむき仰(おほ)すれば、やがて勘状(かんじやう)
をまいらせ(まゐらせ)【参らせ】けり。仲兼(なかかぬ)鳥羽殿(とばどの)にかへりまい(ッ)(まゐつ)【参つ】て、門(もん)より
まいら(まゐら)【参ら】うどすれば、守護(しゆご)の武士共(ぶしども)ゆるさず。案内(あんない)はし(ッ)【知つ】た
P04042
り、築地(ついぢ)(つゐぢ)をこへ(こえ)、大床(おほゆか)のしたをはう【這う】て、きり【切】板(いた)より
泰親(やすちか)が勘状(かんじやう)をこそまいらせ(まゐらせ)【参らせ】たれ。法皇(ほふわう)(ほうわう)これをあけて
御(ご)らんずれば、「いま三日(みつか)がうち御悦(おんよろこび)、ならびに御(おん)なげき」
とぞ申(まうし)たる。法皇(ほふわう)(ほうわう)「御(おん)よろこびはしかるべし。これほど
の御身(おんみ)にな(ッ)て、又(また)いかなる御難(なげき)のあらんずるやらん」
とぞ仰(おほせ)ける。さるほどに、前(さきの)右大将(うだいしやう)宗盛卿(むねもりのきやう)、法皇(ほふわう)(ほうわう)の
御事(おんこと)をたりふし申(まう)されければ、入道(にふだう)(にうだう)相国(しやうこく)[Bやうやう]おもひ【思ひ】な
お(ッ)(なほつ)【直つ】て、同(おなじき)十三日(じふさんにち)鳥羽殿(とばどの)をいだしたてまつり【奉り】、八条
P04043
烏丸(はつでうからすまる)の美福門院(びふくもんゐんの)御所(ごしよ)へ御幸(ごかう)なしたてまつる【奉る】。
いま三日(みつか)がうちの御悦(おんよろこび)とは、泰P284親(やすちか)これをぞ申(まうし)ける。
かかりけるところ【所】に、熊野別当(くまののべつたう)湛増(たんぞう)飛脚(ひきやく)をも(ッ)て、高
倉宮(たかくらのみや)の御謀反(ごむほん)のよし宮(みや)こ【都】へ申(まうし)たりければ、前(さきの)右大
将(うだいしやう)宗盛卿(むねもりのきやう)大(おほき)にさはい(さわい)【騒い】で、入道(にふだう)(にうだう)相国(しやうこく)おりふし(をりふし)【折節】福原(ふくはら)に
おはしけるに、此(この)よし申(まう)されたりければ、ききもあへず、
やがて宮(みや)こ【都】へはせ【馳せ】のぼり、「是非(ぜひ)に及(およぶ)(をよぶ)べからず。高倉
宮(たかくらのみや)からめと(ッ)て、土佐(とさ)の畑(はた)へながせ」とこその給(たま)ひけれ。
P04044
上卿(しやうけい)は三条(さんでうの)大納言(だいなごん)実房(さねふさ)、識事(しきじ)は頭弁(とうのべん)光雅(みつまさ)とぞ
きこえし。源(げん)大夫(だいふの)判官(はんぐわん)兼綱(かねつな)、出羽判官(ではのはんぐわん)光長(みつなが)うけ
給(たま)は(ッ)て、宮(みや)の御所(ごしよ)へぞむか【向】ひける。この源(げん)大夫判官(だいふはんぐわん)
と申(まうす)は、三位(さんみ)入道(にふだう)(にうだう)の次男(じなん)也(なり)。しかるをこの人数(にんじゆ)にいれ【入れ】
られけるは、高倉(たかくら)の宮(みや)の御謀反(ごむほん)を三位(さんみ)入道(にふだう)(にうだう)すすめ
申(まうし)たりと、平家(へいけ)いまだしら【知ら】ざりけるによ(ッ)て也(なり)。信連(のぶつら)S0405宮(みや)は
さ月(つき)十五(じふご)夜(や)の雲間(くもま)の月(つき)をながめさせ給(たま)ひ、なん
のゆくゑ(ゆくへ)【行方】もおぼしめし【思召し】よらざりけるに、源(げん)三位(ざんみ)入道(にふだう)(にうだう)
P04045
の使者(ししや)とて、ふみ【文】も(ッ)【持つ】ていそがしげでいでき【出来】たり。宮(みや)の
御(おん)めのと【乳母】子(ご)、六条(ろくでう)のすけ【亮】の大夫(たいふ)宗信(むねのぶ)、これをと(ッ)て御
前(ごぜん)へまいり(まゐり)【参り】、ひら【開】いP285てみる【見る】に、「君(きみ)の御謀反(ごむほん)すでにあら
はれさせ給(たま)ひて、土左【*土佐】(とさ)の畑(はた)へな[B か]し(ながし)まいらす(まゐらす)【参らす】べしとて、
官人共(くわんにんども)御(おん)むかへにまいり(まゐり)【参り】候(さうらふ)。いそぎ御所(ごしよ)をいでさせ
給(たまひ)て、三井寺(みゐでら)へいら【入ら】せをはしませ(おはしませ)。入道(にふだう)(にうだう)もやがてまいり(まゐり)【参り】
候(さうらふ)べし」とぞかい【書い】たりける。「こはいかがせん」とて、さはが(さわが)【騒が】せおは
しますところ【所】に、宮(みや)の侍(さぶらひ)長兵衛(ちやうひやうゑの)尉(じよう)(ぜう)信連(のぶつら)といふ物(もの)
P04046
あり【有り】。「ただ別(べち)の様(やう)候(さうらふ)まじ。女房装束(にようばうしやうぞく)にてい【出】でさせ
給(たま)へ」と申(まうし)ければ、「しかるべし」とて、御(おん)ぐし【髪】をみだ【乱】し、かさね
たるぎよ【御】衣(い)に一(いち)めがさ【市女笠】をぞめさ【召さ】れける。六条(ろくでう)[B ノ]助(すけ)
の大夫(たいふ)宗信(むねのぶ)、唐笠(からかさ)も(ッ)【持つ】て御(おん)ともつかまつる。鶴丸(つるまる)と
いふ童(わらは)、袋(ふくろ)に物(もの)いれ【入れ】ていただ【戴】いたり。青侍(せいし)の女(ぢよ)(じよ)を
むかへてゆくやうにいでたた【出立た】せ給(たま)ひて、高倉(たかくら)を北(きた)
ゑ(へ)お【落】ちさせ給(たま)ふに、溝(みぞ)のあり【有り】けるを、いと物(もの)がる【軽】うこえ
させ給(たま)へば、みちゆき人(びと)がたちとどま(ッ)て、「はしたなの
P04047
女房(にようばう)の溝(みぞ)のこえ【越え】やうや」とて、あやしげにみ【見】まい
らせ(まゐらせ)【参らせ】ければ、いとどあしばや【足速】にすぎさせ給(たま)ふ。長兵衛(ちやうひやうゑの)
尉(じよう)信連(のぶつら)は、御所(ごしよ)の留守(るす)にぞおかれたる。女房達(にようばうたち)の
少々(せうせう)おはしけるを、かしこここへたちしのば【忍ば】せて、見(み)ぐる
しき物(もの)あらばとりした【取認】ためんとてみる【見る】程(ほど)に、宮(みや)のさし
も御秘蔵(ごひさう)あり【有り】ける小枝(こえだ)ときこえし御笛(おんふえ)を、只今(ただいま)
しもつねの御所(ごしよ)の御枕(おんまくら)にとりわす【忘】れさせ給(たまひ)たり
けるぞ、立(たち)かへ(ッ)(かへつ)【帰つ】てもとら【取ら】まほしうおぼしめす【思召す】、信連(のぶつら)
P04048
これをみ【見】つけて、「あなあさまし。君(きみ)のさしも御秘
蔵(ごひさう)ある御笛(おんふえ)を」と申(まうし)P286て、五町(ごちやう)がうちにお(ッ)【追つ】ついてまいらせ(まゐらせ)【参らせ】
たり。宮(みや)なのめならず御感(ぎよかん)あ(ッ)て、「われしな【死な】ば、此(この)笛(ふえ)をば
御棺(みくわん)にいれよ【入れよ】」とぞ仰(おほせ)ける。「やがて御(おん)ともに候(さうら)へ」と仰(おほせ)け
れば、信連(のぶつら)申(まうし)けるは、「只今(ただいま)御所(ごしよ)へ官人共(くわんにんども)が御(おん)むか【迎】へに
まいり(まゐり)【参り】候(さうらふ)なるに、御前(ごぜん)に人(ひと)一人(いちにん)も候(さうら)はざらんが、無下(むげ)に
うたてしう覚(おぼえ)候(さうらふ)。信連(のぶつら)が此(この)御所(ごしよ)に候(さうらふ)とは、上下(かみしも)みなし
ら【知ら】れたる事(こと)にて候(さうらふ)に、今夜(こんや)候(さうら)はざらんは、それも其(その)夜(よ)は
P04049
にげ【逃げ】たりけりな(ン)ど(など)いはれん事(こと)、弓矢(ゆみや)とる身(み)は、かり
にも名(な)こそおしう(をしう)【惜しう】候(さうら)へ。官人共(くわんにんども)しばらくあいしらい(あひしらひ)て、
打破(うちやぶり)て、やがてまいり(まゐり)【参り】候(さうら)はん」とて、はしり【走り】かへる。長兵衛(ちやうひやうゑ)が
其(その)日(ひの)装束(しやうぞく)には、うすあを【薄青】の狩衣(かりぎぬ)のしたに、萠黄
威(もえぎをどし)(もえぎおどし)の腹巻(はらまき)をきて、衛府(ゑふ)の太刀(たち)をぞはいたりける。
三条面(さんでうおもて)の惣門(そうもん)をも、高倉面(たかくらおもて)の小門(こもん)をも、ともにひ
ら【開】いて待(まち)かけたり。源(げん)大夫(だいふの)判官(はんぐわん)兼綱(かねつな)、出羽判官(ではのはんぐわん)光長(みつなが)、
都合(つがふ)(つがう)其(その)勢(せい)三百余騎(さんびやくよき)、十五日(じふごにち)の夜(よ)の子(ね)の剋(こく)に、宮(みや)
P04050
の御所(ごしよ)へぞ押寄(おしよせ)(をしよせ)たる。源(げん)大夫(だいふの)判官(はんぐわん)は、存(ぞん)ずる旨(むね)
あり【有り】とおぼえて、はるかの門前(もんぜん)にひかへたり。出羽判
官(ではのはんぐわん)光長(みつなが)は、馬(むま)に乗(のり)ながら門(もん)のうちに打入(うちい)り、庭(には)
にひかへて大音声(だいおんじやう)(だいをんじやう)をあげて申(まうし)けるは、「御謀反(ごむほん)のき【聞】こえ候(さうらふ)
によ(ッ)て、官人共(くわんにんども)別当宣(べつたうせん)を承[* 「年」と有るのを高野本により訂正](うけたま)はり、御(おん)むかへにまい(ッ)(まゐつ)【参つ】て候(さうらふ)。
いそぎ御出(おんいで)候(さうら)へ」と申(まうし)ければ、長兵衛(ちやうひやうゑの)尉(じよう)(ぜう)大床(おほゆか)に立(ッ)て、
「これは当時(たうじ)は御所(ごしよ)でも候(さうら)はず。御物(おんもの)まうでで候(さうらふ)ぞ。何P287事(なにごと)
ぞ、事(こと)の子細(しさい)を申(まう)されよ」といひければ、「何条(なんでう)、此(この)御所(ごしよ)
P04051
ならではいづくへかわたらせ給(たまふ)べかんなる。さないは【言は】せそ。
下部共(しもべども)まい(ッ)(まゐつ)【参つ】て、さが【探】したてまつれ【奉れ】」とぞ申(まうし)ける。長兵衛(ちやうひやうゑの)
尉(じよう)これをきいて、「物(もの)もおぼえぬ官人共(くわんにんども)が申(まうし)様(やう)かな。
馬(むま)に乗(のり)ながら門(もん)のうちへまいる(まゐる)【参る】だにも奇怪(きくわい)(き(ツ)くわい)なるに、
下部共(しもべども)まい(ッ)(まゐつ)【参つ】てさがしまいらせよ(まゐらせよ)【参らせよ】とは、いかで申(まうす)ぞ。左兵
衛尉(さひやうゑのじよう)(さひやうゑのぜう)長谷部信連(はせべののぶつら)が候(さうらふ)ぞ。ちかう【近う】よ(ッ)てあやまち
すな」とぞ申(まうし)ける。庁(ちやう)の下部(しもべ)のなかに、金武(かねたけ)といふ大(だい)
ぢから【力】のかう【剛】の物(もの)、長兵衛(ちやうひやうゑ)に目(め)をかけて、大床(おほゆか)のうゑ(うへ)ゑ(へ)
P04052
と【飛】びのぼる。これをみて、どうれいども十四五人(じふしごにん)ぞ
つづ【続】いたる。長兵衛(ちやうひやうゑ)は狩衣(かりぎぬ)の帯紐(おびひも)ひ(ッ)(ひつ)【引つ】き(ッ)てす【捨】つる
ままに、衛府(ゑふ)の太刀(たち)なれ共(ども)、身(み)をば心(こころ)えてつく【造】らせ
たるをぬき【抜き】あはせて、さんざん【散々】にこそき【斬】(ッ)たりけれ。
かたきは大太刀(おほだち)・大長刀(おほなぎなた)でふるまへ共(ども)、信連(のぶつら)が衛府(ゑふ)
の太刀(たち)に切(きり)たてられて、嵐(あらし)に木(こ)の葉(は)のちるやうに、
庭(には)へさ(ッ)とぞおりたりける。さ月(つき)十五(じふご)夜(や)の雲間(くもま)の月(つき)
のあら【現】はれいでて、あかかり【明かかり】けるに、かたきは無案内(ぶあんない)なり、
P04053
信連(のぶつら)は案内者(あんないしや)也(なり)。あそこの面道(めんだう)にお(ッ)【追つ】かけては、はた
とき【斬】り。ここのつまりにお(ッ)【追つ】つめては、ちやうどきる。「いかに
宜旨(せんじ)の御使(おんつかひ)(おつかひ)をばかうはするぞ」といひければ、「宜旨(せんじ)
とはなんぞ」とて、太刀(たち)ゆがめばおどり(をどり)【躍り】のき、おしなをし(なほし)【直し】、
ふみ【踏み】なをし(なほし)【直し】、たちどころによき物共(ものども)十四五人(じふしごにん)こそ
き【斬】りふせたれ。太刀(たち)のさP288き三寸(さんずん)ばかりうちを(ッ)【折つ】て、腹(はら)を
きらんと腰(こし)をさぐれば、さやまき【鞘巻】おちてなかりけり。
ちから【力】およばず、大手(おほで)をひろげて、高倉面(たかくらおもて)の小門(こもん)より
P04054
はしり【走り】いでんとするところ【所】に、大長刀(おほなぎなた)も(ッ)【持つ】たる
男(をとこ)(おとこ)一人(いちにん)よ【寄】りあひたり。信連(のぶつら)長刀(なぎなた)にのら【乗ら】んととん
でかかるが、のりそん【損】じてもも【股】をぬいざま(ぬひざま)【縫様】につら【貫】
ぬかれて、心(こころ)はたけ【猛】くおもへ【思へ】ども、大勢(おほぜい)のなかに
とりこ【籠】められて、いけどり【生捕】にこそせられけれ。其(その)後(のち)
御所(ごしよ)をさがせども、宮(みや)わたらせ給(たま)はず。信連(のぶつら)ばかり
からめて、六波羅(ろくはら)へい(ゐ)【率】てまいる(まゐる)【参る】。入道(にふだう)(にうだう)相国(しやうこく)は簾中(れんちゆう)(れんちう)にゐ
給(たま)へり。前(さきの)右大将(うだいしやう)宗盛卿(むねもりのきやう)大床(おほゆか)にた(ッ)て、信連(のぶつら)を大庭(おほには)に
P04055
ひ(ッ)(ひつ)【引つ】すへ(すゑ)【据ゑ】させ、「まこと【誠】にわ男(をとこ)(おとこ)は、「宣旨(せんじ)とはなむ(なん)【何】ぞ」とて
き【斬】(ッ)たりけるか。おほくの庁(ちやう)の下部(しもべ)を刃傷殺害(にんじやうせつがい)
したん也(なり)。せむずる(せんずる)ところ【所】、糾問(きうもん)してよくよく事(こと)
の子細(しさい)をたずねとひ、其(その)後(のち)河原(かはら)にひきいだいて、
かうべ【首】をはね候(さうら)へ」とぞの給(たま)ひける。信連(のぶつら)すこしも
さはが(さわが)【騒が】ず、あざわら(ッ)(わらつ)【笑つ】て申(まうし)けるは、「このほどよなよな【夜な夜な】
あの御所(ごしよ)を、物(もの)がうかがい(うかがひ)【伺ひ】候(さうらふ)時(とき)に、なに事(ごと)のあるべきと
存(ぞんじ)て、用心(ようじん)も仕(つかまつり)候(さうら)はぬところ【所】に、よろ【鎧】うたる物共(ものども)がうち
P04056
入(いり)て候(さうらふ)を、「なに物(もの)ぞ」ととひ候(さうら)へば、「宜旨(せんじ)の御使(おんつかひ)」となの
り【名乗り】候(さうらふ)。山賊(さんぞく)・海賊(かいぞく)・強盜(がうたう)な(ン)ど(など)申(まうす)やつ原(ばら)は、或(あるい)(あるひ)は「公達(きんだち)
のいら【入ら】せ給(たま)ふぞ」或(あるい)(あるひ)は「宜旨(せんじ)の御使(おんつかひ)」な(ン)ど(など)なのり【名乗り】候(さうらふ)と、
かねがねうけ給(たまは)(ッ)て候(さうら)へば、「宜旨(せんじ)とはなんぞ」とて、き(ッ)た候(ざうらふ)。
凡(およそ)(をよそ)者(は)物(もの)の具(ぐ)をもおもふ【思ふ】さまにつかまつ【仕】り、P289かね【鉄】よき
太刀(たち)をもも(ッ)【持つ】て候(さうらは)ば、官人共(くわんにんども)をよも一人(いちにん)も安穏(あんをん)ではかへ
し【返し】候(さうら)はじ。又(また)宮(みや)の御在所(ございしよ)は、いづくにかわたらせ給(たま)ふら
む、しり【知り】まいらせ(まゐらせ)【参らせ】候(さうら)はず。たとひしり【知り】まいらせ(まゐらせ)【参らせ】て候(さうらふ)とも、
P04057
さぶらひほん【侍品】の物(もの)の、申(まう)さじとおもひ【思ひ】き(ッ)てん事(こと)、
糾問(きうもん)におよ(ン)【及ん】で申(まうす)べしや」とて、其(その)後(のち)は物(もの)も申(まう)
さず。いくらもなみ【並】ゐたりける平家(へいけ)のさぶらい共(ども)、
「あ(ッ)ぱれ(あつぱれ)かう【剛】の物(もの)かな。あ(ッ)たらおのこ(をのこ)【男】をきられんずらん
むざん【無慚】さよ」と申(まうし)あへり。其(その)なかにある人(ひと)の申(まうし)けるは、
「あれは先年(せんねん)ところ【所】にあり【有り】し時(とき)も、大番衆(おほばんじゆ)がとど【留】め
かねたりし強盜(がうだう)六人(ろくにん)、只(ただ)一人(いちにん)お(ッ)か【押懸】か(ッ)て、四人(しにん)き【斬】りふせ、
二人(ににん)いけどりにして、其(その)時(とき)なされたる左兵衛尉(さひやうゑのじよう)(さひやうゑのぜう)ぞかし。
P04058
これをこそ一人(いちにん)当千(たうぜん)のつは物(もの)ともいふべけれ」
とて、口々(くちぐち)におしみ(をしみ)【惜しみ】あへりければ、入道(にふだう)(にうだう)相国(しやうこく)いかがおも
は【思は】れけん、伯耆(はうき)のひ野(の)【日野】へぞながされける。源氏(げんじ)の
世(よ)にな(ッ)て、東国(とうごく)へくだり、梶原平三景時(かぢはらへいざうかげとき)について、
事(こと)の根元(こんげん)一々(いちいち)次第(しだい)に申(まうし)ければ、鎌倉殿、(かまくらどの)、神妙(しんべう)也(なり)
と感(かん)じおぼしめし【思召し】て、能登国(のとのくに)に御恩(ごおん)(ごをん)かうぶり
けるとぞきこえし。競(きほふ)(きをほ)S0406 P290宮(みや)は高倉(たかくら)を北(きた)へ、近衛(こんゑ)を東(ひがし)へ、
賀茂河(かもがは)をわたらせ給(たまひ)て、如意山(によいやま)へいらせおはし
P04059
ます。昔(むかし)清見原(きよみばら)の天皇(てんわう)のいまだ東宮(とうぐう)の御時(おんとき)、
賊徒(ぞくと)におそ【襲】はれさせ給(たま)ひて、吉野山(よしのやま)へいらせ給(たま)ひ
けるにこそ、をとめ【少女】のすがたをばからせ給(たま)ひける
なれ。いま此(この)君(きみ)の御(おん)ありさまも、それにはたがは【違は】せ
給(たま)はず。しらぬ山路(さんろ)を夜(よ)もすがらわけ【分け】いら【入ら】せ給(たま)ふ
に、いつならは【習】しの御事(おんこと)なれば、御(おん)あし【足】よりいづる血(ち)は、
いさごをそめて紅(くれなゐ)の如(ごと)し。夏草(なつくさ)のしげみがなかの
露(つゆ)けさも、さこそはところせ【所狭】うおぼしめされけめ。
P04060
かくして暁方(あかつきがた)に三井寺(みゐでら)へいら【入ら】せおはします。「かひ
なき命(いのち)のおしさ(をしさ)【惜しさ】よ、衆徒(しゆと)をたのん【頼ん】で入御(じゆぎよ)あり【有り】」と
仰(おほせ)ければ、大衆(だいしゆ)畏悦(かしこまりよろこび)て、法輪院(ほふりんゐん)(ほうりんゐん)に御所(ごしよ)をしつらい(しつらひ)、
それにいれ【入れ】たてま(ッ)て、供御(ぐご)したててまいらせ(まゐらせ)【参らせ】けり。
あくれば十六日(じふろくにち)、高倉(たかくら)の宮(みや)の御謀叛(ごむほん)おこさせ給(たまひ)
て、うせ【失せ】させ給(たまひ)ぬと申(まうす)ほどこそあり【有り】けれ、京中(きやうぢゆう)(きやうぢう)の
騒動(さうどう)なのめならず。法皇(ほふわう)(ほうわう)これをきこしめて、
「鳥羽殿(とばどの)を御(おん)いで【出】あるは御悦(おんよろこび)なり。ならびに御歎(おんなげき)と
P04061
泰親(やすちか)が勘状(かんじやう)をまいらせ(まゐらせ)【参らせ】たるは、これを申(まうし)けり」とぞ仰(おほせ)ける。
抑(そもそも)源(げん)三位(ざんみ)入道(にふだう)(にうだう)、年(とし)ごろ日比(ひごろ)もあればこそあり【有り】けめ、こ
とし【今年】いかなる心(こころ)にて謀叛(むほん)をばおこし【起し】けるぞといふに、
平家(へいけ)の次男(じなん)前[B ノ](さきの)右大将(うだいしやう)宗盛卿(むねもりのきやう)、すまじき事(こと)をし
給(たま)へり。されば、人(ひと)の世(よ)にあればとて、すぞろにすま
じき事(こと)をもし、いふP291まじき事(こと)をもいふは、よくよく
思慮(しりよ)あるべき物(もの)也(なり)。たとへば、源(げん)三位(ざんみ)入道(にふだう)(にうだう)の嫡子(ちやくし)仲綱(なかつな)
のもとに、九重(ここのへ)(ここのえ)にきこえたる名馬(めいば)あり【有り】。鹿毛(かげ)なる
P04062
馬(むま)のならびなき逸物(いちもつ)、のり【乗り】はしり【走り】、心(こころ)むき、又(また)
あるべしとも覚(おぼ)えず。名(な)をば木(こ)のした【下】とぞいはれ
ける。前(さきの)右大将(うだいしやう)これをつたへきき、仲綱(なかつな)のもとへ使者(ししや)
たて、「きこえ候(さうらふ)名馬(めいば)をみ【見】候(さうらは)ばや」との給(たま)ひつかはされ
たりければ、伊豆守(いづのかみ)の返事(へんじ)には、「さる馬(むま)はも(ッ)【持つ】て候(さうらひ)つれ
ども、此(この)ほどあまりにのり損(そん)じて候(さうらひ)つるあひだ、
しばらくいたは【労】らせ候(さうら)はんとて、田舎(ゐなか)(いなか)へつかはして候(さうらふ)」。
「さらんには、ちから【力】なし」とて、其(その)後(のち)沙汰(さた)もなかりしを、
P04063
おほくなみなみ【並み】い(ゐ)たりける平家(へいけ)の侍共(さぶらひども)、「あ(ッ)ぱれ(あつぱれ)、其(その)馬(むま)は
おととひ(をととひ)【一昨日】までは候(さうらひ)し物(もの)を。昨日(きのふ)も候(さうらひ)し、けさも庭(には)のり
し候(さうらひ)つる」な(ン)ど(など)申(まうし)ければ、「さてはおしむ(をしむ)【惜しむ】ごさんなれ。にく
し。こへ【乞へ】」とて、侍(さぶらひ)しては【馳】せさせ、ふみ【文】な(ン)ど(など)しても、一日(いちにち)が
うちに五六度(ごろくど)七八度(しちはちど)な(ン)ど(など)こは【乞は】れければ、三位(さんみ)入道(にふだう)
これをきき、伊豆守(いづのかみ)よびよせ、「たとひこがね【黄金】をま
ろめたる馬(むま)なり共(とも)、それほどに人(ひと)のこわ(こは)【乞は】う物をおし
む(をしむ)【惜しむ】べき様(やう)やある。すみ【速】やかにその馬(むま)六波羅(ろくはら)へ
P04064
つかはせ」とこその給(たま)ひけれ。伊豆守(いづのかみ)力(ちから)およばで、
一首(いつしゆ)の歌(うた)をかき【書き】そへて六波羅(ろくはら)へつかはす。
恋(こひ)しくはき【来】てもみよ【見よ】かし身(み)にそ【添】へる
かげをばいかがはな【放】ちやるべき W021 P292
宗盛卿(むねもりのきやう)歌(うた)の返事(へんじ)をばし給(たま)はで、「あ(ッ)ぱれ(あつぱれ)馬(むま)や。馬(むま)は
まこと【誠】によい馬(むま)でありけり。されどもあまりに主(ぬし)
がおしみ(をしみ)【惜しみ】つるがにくきに、やがて主(ぬし)が名(な)のりをかな
やき【鉄焼】にせよ」とて、仲綱(なかつな)といふかなやきをして、
P04065
むまや【廐】にたて【立て】られけり。客人(まらうと)(まろうと)来(きたり)て、「きこえ候(さうらふ)
名馬(めいば)をみ候(さうらは)ばや」と申(まうし)ければ、「その仲綱(なかつな)めに鞍(くら)お
いてひき【引き】だせ、仲綱(なかつな)めのれ、仲綱(なかつな)めうて【打て】、はれ」な(ン)ど(など)
の給(たま)ひければ、伊豆守(いづのかみ)これをつた【伝】へきき、「身(み)に
か【代】へておもふ【思ふ】馬(むま)なれども、権威(けんゐ)につゐ(つい)【付い】てとら【取ら】るる
だにもあるに、馬(むま)ゆへ(ゆゑ)【故】仲綱(なかつな)が天下(てんが)のわらはれぐ
さ【笑はれ草】とならんずるこそやす【安】からね」とて、大(おほき)にいきど
をら(いきどほら)【憤ら】れければ、三位(さんみ)入道(にふだう)(にうだう)これをきき、伊豆守(いづのかみ)にむ
P04066
か(ッ)て、「何事(なにごと)のあるべきとおもひ【思ひ】あなづ(ッ)て、平家(へいけ)の
人(ひと)共(ども)が、さやうのしれ【痴】事(ごと)をいふにこそあんなれ。其(その)儀(ぎ)
ならば、いのち【命】いき【生き】てもなにかせん。便宜(びんぎ)をうかがふ(うかがう)【窺う】
てこそあらめ」とて、わたくしにはおもひ【思ひ】もたたず、宮(みや)を
すす【勧】め申(まうし)たりけるとぞ、後(のち)にはきこえし。これにつ
けても、天下(てんが)の人(ひと)、小松(こまつ)のおとどの御事(おんこと)をぞしのび【忍び】
申(まうし)ける。或(ある)時(とき)、小松殿(こまつどの)参内(さんだい)の次(ついで)(つゐで)に、中宮(ちゆうぐう)(ちうぐう)の御方(おかた)へま
いら(まゐら)【参ら】せ給(たま)ひたりけるに、八尺(はつしやく)ばかりあり【有り】けるくちなはが、
P04067
おとどのさしぬきの左(ひだり)のりん【輪】をはひ【這ひ】まはりけるを、
重盛(しげもり)さはが(さわが)【騒が】ば、女房達(にようばうたち)もさはぎ(さわぎ)【騒ぎ】、中宮(ちゆうぐう)(ちうぐう)もおどろか
せ給(たまひ)なんずとおぼしめし【思召し】、左(ひだり)の手(て)でくP293ちなはの
を【尾】をさへ(おさへ)、右(みぎ)の手(て)でかしらをとり、直衣(なほし)(なをし)の袖(そで)のう
ちにひきい【引入】れ、ち(ッ)ともさはが(さわが)【騒が】ず、つゐ(つい)立(た)(ッ)て、「六位(ろくゐ)や候(さうらふ)六位(ろくゐ)や候(さうらふ)」
とめされければ、伊豆守(いづのかみ)、其(その)比(ころ)はいまだ衛府蔵人(ゑふのくらんど)
でをはし(おはし)けるが、「仲綱(なかつな)」となの(ッ)【名乗つ】てまいら(まゐら)【参ら】れたりけるに、
此(この)くちなはをた【賜】ぶ。給(たまはつ)て弓場殿(ゆばどの)をへ【経】て、殿上(てんじやう)の
P04068
小庭(こには)にいでつつ、御倉(みくら)の小舎人(こどねり)をめして、「これ
給(たま)はれ」といはれければ、大(おほき)にかしら【頭】をふ(ッ)てにげさ
りぬ。ちから【力】をよば(およば)【及ば】で、わが郎等(らうどう)競(きほふ)(きをほ)の滝口(たきぐち)をめ
して、これをた【賜】ぶ。給(たま)は(ッ)てすてて(ン)げり。そのあした
小松殿(こまつどの)よい馬(むま)に鞍(くら)おいて、伊豆守(いづのかみ)のもとへつかはす
とて、「さても昨日(きのふ)のふるまい(ふるまひ)こそ、ゆう(いう)【優】に候(さうらひ)しか。是(これ)は
のり【乗り】一(いち)の馬(むま)で候(さうらふ)。夜陰(やいん)(やゐん)に及(およん)(をよん)で、陣外(ぢんぐわい)より傾城(けいせい)の
もとへかよ【通】はれん時(とき)、もち【用】ゐらるべし」とてつかはさる。
P04069
伊豆守(いづのかみ)、大臣(おとど)の御返事(おんペんじ)なれば、「御馬(おんむま)かしこま(ッ)て
給(たま)はり候(さうらひ)ぬ。昨日(きのふ)のふるまい(ふるまひ)は、還城楽(げんじやうらく)にこそに【似】て候(さうらひ)
しか」とぞ申(まう)されける。いかなれば、小松(こまつ)おとどはかう
こそゆゆしうおはせしに、宗盛卿(むねもりのきやう)はさこそなからめ、
あま(ッ)さへ(あまつさへ)【剰へ】人(ひと)のおしむ(をしむ)【惜しむ】馬(むま)こひ【乞ひ】と(ッ)て、天下(てんが)の大事(だいじ)に
及(および)(をよび)ぬるこそうたてけれ。同(おなじき)十六日(じふろくにち)の夜(よ)に入(い)(ッ)て、源(げん)
三位(ざんみ)入道(にふだう)(にうだう)頼政(よりまさ)、嫡子(ちやくし)伊豆守(いづのかみ)仲綱(なかつな)、次男(じなん)源(げん)大夫
判官(だいふのはんぐわん)兼綱(かねつな)、六条[B ノ]蔵人(ろくでうのくらんど)仲家(なかいへ)、其(その)子(こ)蔵人(くらんど)太郎(たらう)
P04070
仲光(なかみつ)以下(いげ)、都合(つがふ)(つがう)其(その)勢(せい)三百余騎(さんびやくよき)館(たち)に火(ひ)かけ
や【焼】きあげて、三井寺(みゐでら)へこそまいら(まゐら)【参ら】れけれ。P294三位(さんみ)入道(にふだう)(にうだう)
の侍(さぶらひ)に、源三(げんざう)滝口(たきぐちの)競(きほふ)(きをほ)といふ物(もの)あり【有り】。は【馳】せおくれ
てとど【留】ま(ッ)たりけるを、前(さきの)右大将(うだいしやう)、競(きほふ)(きをほ)をめして、「いかに
なんぢは三位(さんみ)入道(にふだう)(にうだう)のともをばせでとどま(ッ)たるぞ」
との給(たまひ)ければ、競(きほふ)(きをほ)畏(かしこまり)て申(まうし)ける、「自然(しぜん)の事(こと)候(さうら)はば、
ま(ッ)さきかけて命(いのち)をたてまつら【奉ら】んとこそ、日来(ひごろ)は
存(ぞんじ)て、候(さうらひ)つれども、何(なに)とおもは【思は】れ候(さうらひ)けるやらん、かうとも
P04071
おほ【仰】せられ候(さうら)はず」。「抑(そもそも)朝敵(てうてき)頼政(よりまさ)法師(ぼふし)(ぼうし)に同心(どうしん)せ
むとやおもふ【思ふ】。又(また)これにも兼参(けんざん)の物(もの)ぞかし。先途(せんど)
後栄(こうえい)(こうゑい)を存(ぞん)じて、当家(たうけ)に奉公(ほうこう)いたさんとや
おもふ【思ふ】。あり【有り】のままに申(まう)せ」とこその給(たま)ひければ、競(きほふ)(きをほ)
涙(なみだ)をはらはらとながい【流い】て、「相伝(さうでん)のよしみはさる事(こと)に
て候(さうら)へども、いかが朝敵(てうてき)となれる人(ひと)に同心(どうしん)をばし候(さうらふ)べき。
殿中(てんちゆう)(てんちう)に奉公(ほうこう)仕(つかまつら)うずる候(ざうらふ)」と申(まうし)ければ、「さらば奉公(ほうこう)
せよ。頼政(よりまさ)法師(ぼふし)(ぼうし)がしけん恩(おん)(をん)には、ち(ッ)ともおとるまじき
P04072
ぞ」とて、入(いり)給(たま)ひぬ。さぶらひには、「競(きほふ)(きをほ)はあるか」。「候(さうらふ)」。「競(きほふ)はある
か」。「候(さうらふ)」とて、あしたより夕(ゆふべ)に及(およぶ)(をよぶ)まで祗候(しこう)(しかう)す。やうやう
日(ひ)もくれければ、大将(だいしやう)い【出】でられたり。競(きほふ)かしこま(ッ)て
申(まうし)けるは、「三位(さんみ)入道殿(にふだうどの)(にうだうどの)三井寺(みゐでら)にときこえ【聞え】候(さうらふ)。さだめて
打手(うつて)む【向】けられ候(さうら)はんずらん。心(こころ)にくうも候(さうら)はず。三井
寺(みゐでら)(みいでら)法師(ぼふし)(ぼうし)、さては渡辺(わたなべ)のした【親】しいやつ原(ばら)こそ候(さうらふ)ら
め[* 「候うめ」と有るのを他本により訂正]。ゑりうち(えりうち)【択打】な(ン)ど(など)もし候(さうらふ)べきに、の(ッ)【乗つ】て事(こと)にあふべき
馬(むま)の候(さうらひ)つる〔を〕、した【親】しいやつめにぬす【盜】まれて候(さうらふ)。御馬(おんむま)
P04073
一疋(いつぴき)くだしあづか【預】るべうや候(さうらふ)らん」と申(まうし)ければ、P295大将(だいしやう)
「も(ッ)ともさるべし」とて、白葦毛(しらあしげ)なる馬(むま)の煖廷(なんれう)とて
秘蔵(ひさう)せられたりけるに、よい鞍(くら)おいてぞた【賜】う
だりける。競(きほふ)やかた【館】にかへ(ッ)(かへつ)【帰つ】て、「はや【早】日(ひ)のくれよ
かし。此(この)馬(むま)に打乗(うちのり)て三井寺(みゐでら)へはせまいり(まゐり)【参り】、三位(さんみ)
入道(にふだう)(にうだう)殿(どの)のま(ッ)さき【真先】かけて打死(うちじに)せん」とぞ申(まうし)ける。
日(ひ)もやうやうくれければ、妻子共(さいしども)かしこここへたち
しのば【忍ば】せて、三井寺(みゐでら)へ出立(いでたち)ける心(こころ)のうちこそむざん【無慚】
P04074
なれ。ひやうもんの狩衣(かりぎぬ)の菊(きく)とぢ【綴】おほ【大】きら
かにしたるに、重代(ぢゆうだい)(ぢうだい)のきせなが、ひおどし(ひをどし)【緋縅】のよろひ
に星(ほし)じろ【白】の甲(かぶと)の緒(を)(お)をしめ、いか物(もの)づくりの大
太刀(おほだち)はき、廿四(にじふし)さ【差】いたる大(おほ)なかぐろ【中黒】の矢(や)おひ、滝
口(たきぐち)の骨法(こつぽふ)(こつぽう)わすれ【忘れ】じとや、鷹(たか)の羽(は)にてはい
だりける的矢(まとや)一手(ひとて)ぞさしそへたる。しげどう【滋籐】
の弓(ゆみ)も(ッ)【持つ】て、煖廷(なんれう)にうちのり、のりかへ一騎(いつき)う
ちぐし【具し】、とねり男(をとこ)(おとこ)にもたて【楯】わき【脇】ばさませ、屋形(やかた)に
P04075
火(ひ)かけや【焼】きあげて、三井寺(みゐでら)へこそ馳(はせ)たりけれ。
六波羅(ろくはら)には、競(きほふ)(きをほ)が宿所(しゆくしよ)より火(ひ)い【出】できたりとて、ひ
しめきけり。大将(だいしやう)いそぎい【出】でて、「競(きほふ)はあるか」とたづね
給(たま)ふに、「候(さうら)はず」と申(まう)す。「すわ、きやつを手(て)のべ【延べ】にして、
たばかられぬるは。お(ッ)か【追掛】けてうて」との給(たま)へども、競(きほふ)は
もとよりすぐれたるつよ弓(ゆみ)せい【精】兵(びやう)、矢(や)つぎばやの
手(て)きき、大(だい)ぢから【力】の甲(かう)の物(もの)、「廿四(にじふし)さいたる矢(や)でまづ
廿四人(にじふしにん)は射(い)(ゐ)ころされなんず。おと【音】なせそ」とて、むかふ
P04076
物(もの)こそなかりけれ。P296三井寺(みゐでら)にはおりふし(をりふし)【折節】競(きほふ)が沙汰(さた)
あり【有り】けり。渡辺党(わたなべたう)「競(きほふ)(きをほ)をばめしぐす【召具す】べう候(さうらひ)つる
物(もの)を。六波羅(ろくはら)にのこり【残り】とどま(ッ)て、いかなるうき目(め)
にかあひ候(さうらふ)らん」と申(まうし)ければ、三位(さんみ)入道(にふだう)(にうだう)心(こころ)をし(ッ)て、「よも
その物(もの)、無台(むたい)にとらへから【搦】められはせじ。入道(にふだう)に心(こころ)ざし
ふかい物(もの)也(なり)。いまみよ【見よ】、只今(ただいま)まいら(まゐら)【参ら】(ン)ずるぞ」との給(たま)ひ
もはてねば、競(きほふ)つ(ッ)といできたり。「さればこそ」とぞの
給(たま)ひける。競(きほふ)かしこま(ッ)て申(まうし)けるは、「伊豆守殿(いづのかみどの)の木(こ)の
P04077
した【下】がかはりに、六波羅(ろくはら)の煖廷(なんれう)こそと(ッ)てまい(ッ)(まゐつ)【参つ】て
候(さうら)へ。まいらせ(まゐらせ)【参らせ】候(さうら)はん」とて、伊豆守(いづのかみ)にたてまつる【奉る】。伊
豆守(いづのかみ)なのめならず悦(よろこび)て、やがて尾髪(をかみ)(おかみ)をきり、かな
やき【鉄焼】して、次(つぎ)の夜(よ)六波羅(ろくはら)へつかはし、夜半(やはん)ばかり
門(もん)のうちへぞおひい【追入】れたる。馬(むま)やにい(ッ)【入つ】て馬(むま)どもに
く【食】ひあひければ、とねり【舎人】おどろきあひ、「煖廷(なんれう)がまい(ッ)(まゐつ)【参つ】て候(さうらふ)」
と申(まう)す。大将(だいしやう)いそぎい【出】でて見(み)給(たま)へば、「昔(むかし)は煖廷(なんれう)、今(いま)は平(たひら)(たいら)
の宗盛(むねもり)入道(にふだう)(にうだう)」といふかなやき【鉄焼】をぞしたりける。大将(だいしやう)「や
P04078
すからぬ競(きほふ)めを、手(て)のび【延び】にしてたばかられぬる事(こと)
こそ遺恨(ゐこん)(いこん)なれ。今度(こんど)三井寺(みゐでら)へよ【寄】せたらんには、いか
にもしてまづ競(きほふ)めをいけどりにせよ。のこぎり【鋸】で
頸(くび)きらん」とて、おどり(をどり)【躍り】あがりおどり(をどり)【躍り】あがりいか【怒】られけれども、南
丁(なんちやう)が尾(を)かみ【髪】もおい(おひ)【生ひ】ず、かなやき【鉄焼】も又(また)うせざりけり。P297
山門(さんもんへの)牒状(てふじやう)(てうじやう)S0704 三井寺(みゐでら)には貝鐘(かいかね)な【鳴】らいて、大衆(だいしゆ)僉議(せんぎ)す。「近日(きんじつ)世上(せじやう)の
体(てい)を案(あん)ずるに、仏法(ぶつぽふ)(ぶつぽう)の衰微(すいび)、王法(わうぼふ)(わうぼう)の牢籠(らうろう)、まさに
此(この)時(とき)にあたれり。今度(こんど)清盛(きよもり)入道(にふだう)(にうだう)が暴悪(ぼうあく)をいまし
P04079
めず(ン)ば、何日(いづれのひ)をか期(ご)すべき。宮(みや)ここに入御(じゆぎよ)の御事(おんこと)、
正八幡宮(しやうはちまんぐう)の衛護(ゑご)、新羅大明神(しんらだいみやうじん)の冥助(みやうじよ)にあらずや。
天衆地類(てんじゆぢるい)も影向(やうがう)をたれ、仏力神力(ぶつりきじんりき)も降伏(がうぶく)
をくはへまします事(こと)などかなかるべき。抑(そもそも)北嶺(ほくれい)は
円宗(ゑんしゆう)(ゑんしう)一味(いちみ)の学地(がくぢ)、南都(なんと)は夏臈得度(げらうとくど)の戒定(かいぢやう)也(なり)。
牒奏(てふそう)(てうそう)のところ【所】に、などかくみ【与】せざるべき」と、一味(いちみ)同心(どうしん)に
僉議(せんぎ)して、山(やま)へも奈良(なら)へも牒状(てふじやう)(てうじやう)をこそおくり
けれ。山門(さんもん)への状云(じやうにいはく)、園城寺(をんじやうじ)牒(てふ)(てう)す、延暦寺(えんりやくじ)の衙(が)殊(こと)に
P04080
合力(かふりよく)(かうりよく)をいたして、当寺(たうじ)の破滅(はめつ)を助(たすけ)られんとお
もふ【思ふ】状(じやう)右(みぎ)入道(にふだう)(にうだう)浄海(じやうかい)、ほしいままに王法(わうぼふ)(わうぼう)をうしなひ【失ひ】、
仏法(ぶつぽふ)(ぶつぽう)をほろぼさんとす。愁歎(しうたん)無極(きはまりなき)ところ【所】に、去(さんぬ)る
十五日(じふごにち)の夜(よ)、一院(いちゐん)第二(だいに)の王子(わうじ)、ひそかに入寺(にふじ)(にうじ)せし
め給(たま)ふ。爰(ここに)院宣(ゐんぜん)と号(かう)していだし【出し】たてまつる【奉る】べき
よし、せめ【責】あり【有り】といへ共(ども)、出(いだ)したてまつる【奉る】にあたはず。
仍(よつ)て官軍(くわんぐん)をはな【放】ちつかはすべきむね、聞(きこ)へ(きこえ)あり【有り】。当
寺(たうじ)の破滅(はめつ)、まさに此(この)時(とき)にあたれり。諸衆(しよしゆう)(しよしう)何(なん)ぞ愁歎(しうたん)
P04081
せざらんや。就中(なかんづく)に延暦(えんりやく)・園P298城(をんじやう)両寺(りやうじ)は、門跡(もんぜき)
二(ふたつ)に相分(あひわか)るといへども、学(がく)するところ【所】は是(これ)円頓(ゑんどん)一
味(いちみ)の教門(けうもん)におなじ。たとへば鳥(とり)の左右(さいう)(さゆう)の翅(つばさ)の如(ごと)し。
又(また)車(くるま)の二(ふたつ)の輪(わ)に似(に)たり。一方(いつぱう)闕(か)けんにおいては、
いかでかそのなげき【歎】なからんや。者(てへれば)ことに合力(かふりよく)(かうりよく)いた
して、当寺(たうじ)の破滅(はめつ)を助(たすけ)られば、早(はや)く年来(ねんらい)の
遺恨(ゐこん)(いこん)を忘(わすれ)て、住山(ぢゆうさん)(ぢうさん)の昔(むかし)に復(ふく)せん。衆徒(しゆと)の僉議(せんぎ)
かくの如(ごと)し。仍(よつて)牒奏(てふそう)(てうそう)件(くだん)の如(ごと)し。治承(ぢしよう)(ぢせう)四年(しねん)五月(ごぐわつ)十八日(じふはちにち)
P04082
大衆等(だいしゆら)とぞか【書】いたりける。南都牒状(なんとてふじやう)(なんとてうじやう)S0408 山門(さんもん)の大衆(だいしゆ)此(この)状(じやう)を披
見(ひけん)して、「こはいかに、当山(たうざん)の末寺(まつじ)であり【有り】ながら、鳥(とり)の左
右(さいう)(さゆう)の翅(つばさ)の如(ごと)し、又(また)車(くるま)の二(ふたつ)の輪(わ)に似(に)たりと、おさ【抑】へて
書(かく)でう【条】奇怪(きくわい)也(なり)」とて、返牒(へんでふ)(へんでう)ををくら(おくら)【送ら】ず。其上(そのうへ)入道(にふだう)(にうだう)
相国(しやうこく)、天台座主(てんだいざす)明雲大僧正(めいうんだいそうじやう)に衆徒(しゆと)をしずめらる
べきよしの給(たま)ひければ、座主(ざす)いそぎ登山(とうざん)して
大衆(だいしゆ)をしづめ給(たま)ふ。かかりし間(あひだ)(あいだ)、宮(みや)の御方(おんかた)へは不定(ふぢやう)の
よしをぞ申(まうし)ける。又(また)入道(にふだう)(にうだう)相国(しやうこく)、近江米(あふみごめ)二万石(にまんごく)、北国(ほつこく)の
P04083
おりのべぎぬ【織延絹】三千疋(さんぜんびき)、往来(わうらい)によ【寄】せらる。これを
たにだに【谷々】峯々(みねみね)にひかれけるに、俄(にはか)P299の事(こと)ではあり【有り】、
一人(いちにん)してあまたをとる大衆(だいしゆ)もあり【有り】、又(また)手(て)をむな
しうして一(ひとつ)もとらぬ衆徒(しゆと)もあり【有り】。なに物(もの)のしわ
ざにや有(あり)けん、落書(らくしよ)をぞしたりける。
山法師(やまぼふし)(やまぼうし)おりのべ衣(ごろも)うすくして
恥(はぢ)をばえこそかくさ【隠さ】ざりけれ W022
又(また)きぬにもあたらぬ大衆(だいしゆ)のよみたりけるやらん、
P04084
おりのべを一(ひと)きれもえぬわれら【我等】さへ
うすはぢ【薄恥】をかくかずに入(いる)かな W023
又(また)南都(なんと)への状(じやう)に云(いはく)、園城寺(をんじやうじ)牒(てふ)(てう)す、興福寺[B ノ](こうぶくじの)衙(が)殊(こと)
に合力(かふりよく)(かうりよく)をいたして、当寺(たうじ)の破滅(はめつ)を助(たすけ)られんと
乞(こふ)(こう)状(じやう)右(みぎ)仏法(ぶつぽふ)(ぶつぽう)の殊勝(しゆせう)なる事(こと)は、王法(わうぼふ)(わうぼう)をまぼらんが
ため、王法(わうぼふ)(わうぼう)又(また)長久(ちやうきう)なる事(こと)は、すなはち仏法(ぶつぽふ)(ぶつぽう)による。
爰(ここ)に入道(にふだう)(にうだう)前太政大臣(さきのだいじやうだいじん)平(たひらの)朝臣(あそん)(あ(ツ)そん)清盛公(きよもりこう)、法名(ほふみやう)(ほうみやう)浄海(じやうかい)、
ほしいままに国威(こくゐ)をひそかにし、朝政(てうせい)をみだり、内(うち)に
P04085
つけ外(ほか)につけ、恨(うらみ)をなし歎(なげき)をなす間(あひだ)(あいだ)、今月(こんげつ)
十五日[B ノ](じふごにちの)夜(よ)、一院(いちゐん)第二(だいに)の王子(わうじ)、不慮(ふりよ)の難(なん)をのが
れんがために、にはかに入寺(にふじ)(にうじ)せしめ給(たま)ふ。ここに院
宣(ゐんぜん)と号(かう)して出(いだ)したてまつる【奉る】べきむね、せめあり【有り】
といへども、衆徒(しゆと)一向(いつかう)これををしみ奉(たてまつ)る。仍(よつて)彼(かの)禅門(ぜんもん)、
武士(ぶし)を当寺(たうじ)にいれ【入れ】んとす。仏法(ぶつぽふ)(ぶつぽう)と云(いひ)王法(わうぼふ)(わうぼう)〔と〕云(いひ)、一
時(いちじ)にまさに破滅(はめつ)せんとす。昔(むかし)唐(たう)の恵正【*会昌】天子(ゑしやうてんし)、
軍兵(ぐんびやう)をも(ッ)て仏法(ぶつぽふ)(ぶつぽう)をほろぼさしめし時(とき)、清凉山(せいりやうざん)
P04086
の衆(しゆ)、合戦(かつせん)をいたしてこP300れをふせ【防】く。王権(わうけん)猶(なほ)(なを)
かくの如(ごと)し。何(なんぞ)况(いはん)や謀叛(むほん)八逆(はちぎやく)の輩(ともがら)においてをや。
就中(なかんづく)に南京(なんきやう)は例(れい)なくて罪(つみ)なき長者(ちやうじや)を配
流(はいる)せらる。今度(こんど)にあらずは、何日(いづれのひ)か会稽(くわいけい)をとげん。
ねがはくは、衆徒(しゆと)、内(うち)には仏法(ぶつぽふ)(ぶつぽう)の破滅(はめつ)をたすけ、外(ほか)には
悪逆(あくぎやく)の伴類(はんるい)を退(しりぞ)けば、同心(どうしん)のいたり本懐(ほんぐわい)に足(たん)
ぬべし。衆徒(しゆと)の僉議(せんぎ)かくの如(ごと)し。仍(よつて)牒奏(てふそう)(てうそう)如件(くだんのごとし)。治
承(ぢしよう)(ぢせう)四年(しねん)五月(ごぐわつ)十八日(じふはちにち)大衆等(だいしゆら)とぞか【書】いたりける。南都(なんと)
P04087
の大衆(だいしゆ)、此(この)状(じやう)を披見(ひけん)して、やがて返牒(へんでふ)(へんじやう)ををくる(おくる)【送る】。
其(その)返牒(へんでふ)(へんじやう)に云(いはく)、興福寺(こうぶくじ)牒(てふ)(てう)す、園城寺(をんじやうじ)の衙(が)来牒(らいてふ)(らいてう)
一紙(いつし)に載(のせ)られたり。右(みぎ)入道(にふだう)(にうだう)浄海(じやうかい)が為(ため)に、貴寺(きじ)の
仏法(ぶつぽふ)(ぶつぽう)をほろぼさんとするよしの事(こと)。牒(てふ)(てう)す、玉泉(ぎよくせん)
玉花(ぎよくくわ)、両家(りやうか)の宗義(しゆうぎ)(しうぎ)を立(たつ)といへども、金章金句(きんしやうきんく)お
なじく一代(いちだい)教文(けうもん)より出(いで)たり。南京北京(なんきやうほくきやう)ともにも(ッ)て
如来(によらい)の弟子(でし)たり。自寺他寺(じじたじ)互(たがひ)に調達(てうだつ)が魔
障(ましやう)を伏(ふく)すべし。抑(そもそも)清盛(きよもり)入道(にふだう)(にうだう)は平氏(へいじ)の糟糠(さうかう)、武
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家(ぶけ)の塵芥(ちんがい)なり。祖父(そぶ)正盛(まさもり)蔵人(くらんど)五位(ごゐ)の家(いへ)に仕(つか)へ
て、諸国受領(しよこくじゆりやう)の鞭(むち)をとる。大蔵卿(おほくらのきやう)為房(ためふさ)賀州(かしう)刺
史(しし)のいにしへ、検非所(けんびしよ)に補(ふ)し、修理大夫(しゆりのだいぶ)顕季(あきすゑ)
播磨[B ノ]大守(はりまのたいしゆ)た(ッ)し昔(むかし)、厩[B ノ](むまやの)別当職(べつたうしよく)に任(にん)ず。P301しかるを
親父(しんぶ)忠盛(ただもり)昇殿(しようでん)(せうでん)をゆるされし時(とき)、都鄙(とひ)の老少(らうせう)
みな蓬戸(ほうこの)瑕瑾(かきん)ををしみ、内外(ないげ)の栄幸(えいかう)(ゑいかう)をのをの(おのおの)【各々】
馬台(ばたい)の辰門(しんもん)に啼(な)く。忠盛(ただもり)青雲(せいうん)の翅(つばさ)を刷(かいつくろう)と
いへども、世(よ)の民(たみ)なを(なほ)【猶】白屋(はくをく)の種(たね)をかろんず。名(な)をを
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しむ青侍(せいし)、其(その)家(いへ)にのぞむ事(こと)なし。しかるを去(さんぬ)る
平治(へいぢ)元年(ぐわんねん)十二月(じふにぐわつ)、太上天皇(だいじやうてんわう)一戦(いつせん)の功(こう)を感(かん)じて、不
次(ふし)の賞(しやう)を授(さづけ)給(たま)ひしよりこのかた、たかく相国(しやうこく)に
のぼり、兼(かね)て兵杖【*兵仗】(ひやうぢやう)を給(たま)はる。男子(なんし)或(あるい)(あるひ)は台階(たいかい)をかた
じけなうし、或(あるい)(あるひ)は羽林(うりん)につらなる。女子(によし)或(ある)は中官
職(ちゆうぐうしき)(ちうぐうしき)にそなはり、或(ある)は准后(じゆんごう)の宣(せん)を蒙(かうぶ)る。群弟庶子(くんていそし)
みな棘路(きよくろ)にあゆみ、其(その)孫(まご)彼(かの)甥(をひ)(おい)ことごとく【悉く】竹符(ちくふ)をさく。
しかのみならず、九州(きうしう)を統領(とうりやう)し、百司(はくし)を進退(しんだい)
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して、奴婢(ぬび)みな僕従(ぼくじゆう)となす。一毛(いちもう)心(こころ)にたがへ【違へ】ば、王
侯(わうこう)といへどもこれをとらへ、片言(へんげん)耳(みみ)にさかふれば、
公卿(くぎやう)といへ共(ども)これをからむ。これによ(ッ)て或(あるい)(あるひ)は一旦(いつたん)
の身命(しんみやう)をのべんがため、或(あるい)(あるひ)は片時(へんし)の凌蹂(りようじう)(れうじう)をのが
れんとおも(ッ)て万乗(ばんじよう)(ばんぜう)の聖主(せいしゆ)猶(なほ)(なを)緬転(めんてん)の媚(こび)をなし、
重代(ぢゆうだい)(ぢうだい)の家君(かくん)かへ(ッ)て(かへつて)【却つて】膝行(しつかう)の礼(れい)をいたす。代々(だいだい)相
伝(さうでん)の家領(けりやう)(けれう)を奪(うば)ふといへども、しやうさい【上宰】もおそれ【恐れ】
て舌(した)をまき、みやみや【宮々】相承(さうじよう)(さうぜう)の庄園(しやうゑん)をとるといへ共(ども)、
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権威(けんゐ)にはばか(ッ)て物(もの)いふ事(こと)なし。勝(かつ)にのるあまり、
去年(こぞ)の冬(ふゆ)十一月(じふいちぐわつ)、太上皇(たいしやうくわう)のすみかを追補(ついふ)し、博陸
公(はくりくこう)の身(み)ををし(おし)【推し】なが【流】す。反逆(ほんぎやく)の甚(はなはだ)しい事(こと)、誠(まこと)に古今(ここん)
に絶(たへ)たり。其(その)時(とき)我等(われら)、すべからく賊衆(ぞくしゆ)にゆき向(むかふ)て
其(その)罪(つみ)を問(とふ)べしといへ共(ども)、或(あるい)(あるひ)は神慮(しんりよ)P302にあひはばかり、
或(あるい)は綸言(りんげん)と称(せう)するによ(ッ)て、鬱陶(うつたう)をおさへ光陰(くわういん)(くわうゐん)を
送(おく)(をく)るあひだ、かさねて軍兵(ぐんびやう)ををこし(おこし)【起こし】て、一院(いちゐん)第二(だいに)
の親王宮(しんわうぐう)をうちかこむところ【所】に、八幡(はちまん)三所(さんじよ)・春日(かすが)
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の大明神(だいみやうじん)、ひそかに影向(やうがう)をたれ、仙蹕(せんひつ)をささげ
たてまつり【奉り】、貴寺(きじ)におくりつけて、新羅(しんら)のとぼ
そ【扉】にあづけたてまつる【奉る】。王法(わうぼふ)(わうぼう)つく【尽く】[* 「つき」と有るのを他本により訂正]べからざるむねあ
きらけし。随(したが)(ッ)て又(また)貴寺(きじ)身命(しんみやう)をすてて守護(しゆご)し
奉(たてまつ)る条(でう)、含識(がんじき)のたぐひ、誰(たれ)か随喜(ずいき)せざらん。我等(われら)
遠拭【*遠域】(ゑんゐき)にあ(ッ)て、そのなさけを感(かん)ずるところ【所】に、清盛(きよもり)
入道(にふだう)(にうだう)尚(なほ)(なを)胸気(きようき)(けうき)ををこし(おこし)【起こし】て、貴寺(きじ)に入(い)らんとするよし、
ほのかに承(うけたまはり)及(およぶ)(をよぶ)をも(ッ)て、兼(かね)て用意(ようい)をいたす。十八日(じふはちにち)
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辰(たつの)一点(いつてん)に大衆(だいしゆ)ををこし(おこし)【起こし】、諸寺(しよじ)に牒奏(てふそう)(てうそう)し、末寺(まつじ)
に下知(げぢ)し、軍士(ぐんし)をゑ(え)【得】て後(のち)、案内(あんない)を達(たつ)せんとする
ところ【所】に、青鳥(せいてう)飛来(とびきたり)てはうかん【芳翰】をな【投】げたり。数日(すじつ)
の鬱念(うつねん)一時(いつし)に解散(げさん)す。彼(か)の唐家(たうか)清凉(せいりやう)一山(いつさん)の
■蒭(ひつしゆ)(ひ(ツ)しゆ)、猶(なほ)ぶそう【武宗】の官兵(くわんびやう)を帰(か)へす。况(いはん)や和国(わこく)南
北(なんぼく)両門(りやうもん)の衆徒(しゆと)、なんぞ謀臣(ぼうしん)の邪類(じやるい)をはらはざら
むや。よくりやうゑん【梁園】左右(さう)の陣(ぢん)をかためて、
よろしく我等(われら)が近発(きんぽつ)のつげを待(まつ)べし。状(じやう)を察(さつ)し
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て疑貽(ぎたい)をなす事(こと)なかれ。も(ッ)て牒(てふ)(てう)す。治承(ぢしよう)(ぢせう)四年(しねん)
五月(ごぐわつ)廿一日(にじふいちにち)大衆等(だいしゆら)とぞかい【書い】たりける。P303永(ながの)僉議(せんぎ)S0409 三井寺(みゐでら)には又(また)
大衆(だいしゆ)おこ(ッ)て僉議(せんぎ)す。「山門(さんもん)は心(こころ)がはりしつ。南都(なんと)はい
まだまいら(まゐら)【参ら】ず。此(この)事(こと)の【延】びてはあしかりなん。いざや六
波羅(ろくはら)におしよせて、夜打(ようち)にせん。其(その)儀(ぎ)ならば、老少(らうせう)
二手(ふたて)にわか(ッ)て老僧(らうそう)どもは如意(によい)が峯(みね)より搦手(からめで)に
むかふべし。足(あし)がる【軽】共(ども)四五百人(しごひやくにん)さきだて【先立て】、白河(しらかは)の在
家(ざいけ)に火(ひ)をかけてや【焼】きあげば、在京人(ざいきやうにん)六波羅(ろくはら)の武士(ぶし)、
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「あはや事(こと)いできたり」とて、はせむか【馳向】はんずらん。其(その)時(とき)
岩坂(いはさか)・桜本(さくらもと)にひ(ッ)(ひつ)【引つ】かけひ(ッ)(ひつ)【引つ】かけ、し(ン)ばし(しばし)ささへ【支へ】てたた【戦】かはん
まに、大手(おほて)は伊豆守(いづのかみ)を大将軍(たいしやうぐん)にて、悪僧共(あくそうども)六波
羅(ろくはら)におしよせ、風(かぜ)うへ【上】に火(ひ)かけ、一(ひと)もみ【揉】もうでせ
め【攻め】んに、などか太政入道(だいじやうにふだう)(だいじやうにうだう)やきいだ【焼出】いてうた【討た】ざるべき」とぞ
僉議(せんぎ)しける。其(その)なかに、平家(へいけ)のいの【祈】りしける一如房(いちによばう)の
阿闍梨(あじやり)真海(しんかい)、弟子(でし)同宿(どうじゆく)数十人(すじふにん)ひきぐし【具し】、僉議(せんぎ)の庭(には)
にすす【進】みいでて申(まうし)けるは、「かう申(まう)せば平家(へいけ)のかたうど【方人】と
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やおぼしめさ【思召さ】れ候(さうらふ)らん。たとひさも候(さうら)へ、いかが衆徒(しゆと)の儀(ぎ)
をもやぶり、我(わが)寺(てら)の名(な)をもおしま(をしま)【惜しま】で候(さうらふ)べき。昔(むかし)は源
平(げんぺい)左右(さう)にあら【争】そひて、朝家(てうか)の御(おん)まぼりたりしか
ども、ちかごろは源氏(げんじ)の運(うん)かたぶき、平家(へいけ)世(よ)をと(ッ)て
廿(にじふ)余(よ)年(ねん)、天下(てんが)になびかぬ草木(くさき)も候(さうら)はず。内々(ないない)のたち【館】
のありさまも、小勢(こぜい)にてはたやすうせめ【攻め】おとしがたP304し。
さればよくよく外(ほか)にはかり事(こと)をめぐらして、勢(せい)をもよほし、
後日(ごにち)によ【寄】せさせ給(たま)ふべうや候(さうらふ)らん」と、程(ほど)をのば【延ば】さんが
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ために、ながながとぞ僉議(せんぎ)したる。ここに乗円房(じようゑんばう)(ぜうゑんばう)の
阿闍梨(あじやり)慶秀(けいしう)といふ老僧(らうそう)あり【有り】。衣(ころも)のしたに腹巻(はらまき)
をき【着】、大(おほき)なるうちがたな【打刀】まへだれ【前垂】にさし、ほうし(ほふし)がし
ら【法師頭】つつむ(つつん)で、白柄(しらゑ)の大長刀(なぎなた)杖(つゑ)(つえ)につき、僉議(せんぎ)の庭(には)にすす
みいでて申(まうし)けるは、「証拠(しようこ)を外(ほか)にひく【引く】べからず。我等(われら)
の本願(ほんぐわん)天武天皇(てんむてんわう)は、いまだ東宮(とうぐう)の御時(おんとき)、大友(おほとも)の皇子(わうじ)
にはばからせ給(たま)ひて、よし【吉】野(の)のおくをい【出】でさせ給(たま)ひ、
大和国(やまとのくに)宇多郡(うだのこほり)をすぎさせ給(たま)ひけるには、其(その)勢(せい)
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はつかに十七(じふしち)騎(き)、されども伊賀(いが)伊勢(いせ)にうちこへ(こえ)【越え】、
美乃【*美濃】(みの)尾張(をはり)(おはり)の勢(せい)をも(ッ)て、大友(おほとも)の皇子(わうじ)をほろぼして、
つゐに(つひに)【遂に】位(くらゐ)につかせ給(たま)ひき。「窮鳥(きうてう)懐(ふところ)に入(いる)。人輪【*人倫】(じんりん)これ
をあはれむ」といふ本文(ほんもん)あり【有り】。自余(じよ)はしら【知ら】ず、慶秀(けいしう)
が門徒(もんと)においては、今夜(こよひ)六波羅(ろくはら