平家物語 高野本 巻第十二

平家 十二(表紙)
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平家十二之巻 目録
大地震     紺掻之沙汰
平大納言流罪  土佐房被斬
判官都落    イ付吉田の大納言
六代      初瀬六代
六代きられ

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平家物語(へいけものがたり)巻(くわん)第十二(だいじふに)
『大地震(だいぢしん)』S1201
○平家(へいけ)みなほろびはてて、西国(さいこく)もしづまりぬ。
国(くに)は国司(こくし)にしたがひ【従ひ】、庄(しやう)は領家(りやうけ)のままなり。
上下(じやうげ)安堵(あんど)しておぼえし程(ほど)に、同(おなじき)七月(しちぐわつ)九日(ここのかのひ)の
午刻(むまのこく)ばかりに、大地(だいぢ)おびたたしく【夥しく】うごいて良(やや)
久(ひさ)し。赤県(せきけん)のうち、白河(しらかは)のほとり、六勝寺(ろくしようじ)皆(みな)
やぶれくづる。九重(くぢゆう)の塔(たふ)もうへ【上】六重(ろくぢゆう)ふりおと
す【落す】。得長寿院(とくぢやうじゆゐん)(トクヂヤウジユイン)も三十三間(さんじふさんげん)の御堂(みだう)を十七(じふしち)間(けん)
までふり【震り】たうす(たふす)【倒す】。皇居(くわうきよ)をはじめて人々(ひとびと)の
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家々(いへいへ)、すべて在々所々(ざいざいしよしよ)の神社(じんじや)仏閣(ぶつかく)、あやし
の民屋(みんをく)、さながらやぶれくづる。くづるる
音(おと)はいかづちのごとく、あがる塵(ちり)は煙(けぶり)の
ごとし。天(てん)暗(くら)うして日(ひ)の光(ひかり)も見(み)えず。老少(らうせう)
ともに魂(たましひ)をけし、朝衆(てうしゆう)悉(ことごと)く心(こころ)をつくす。
又(また)遠国(をんごく)近国(きんごく)もかくのごとし。大地(だいぢ)さけ【裂け】て
水(みづ)わきいで、盤石(ばんじやく)われて谷(たに)へまろぶ。山(やま)くづれ
て河(かは)をうづみ、海(うみ)ただよひて浜(はま)をひたす。
汀(なぎさ)こぐ船(ふね)はなみにゆられ、陸(くが)ゆく駒(こま)は足(あし)の
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たてど【立て処】をうしなへ【失へ】り。洪水(こうずい)みなぎり【漲ぎり】来(きた)らば、
岳(をか)にのぼ(ッ)【上つ】てもなどかたすからざらむ、猛
火(みやうくわ)もえ来(きた)らば、河(かは)をへだててもしばしも
さん【去ん】ぬべし。ただかなしかり【悲しかり】けるは大地振【*大地震】(だいぢしん)なり。
鳥(とり)にあらざれば空(そら)をもかけりがたく、竜(りよう)に
あらざれば雲(くも)にも又(また)のぼりがたし。白河(しらかは)・
六波羅(ろくはら)、京中(きやうぢゆう)にうちうづま【埋ま】れてしぬる【死ぬる】もの
いくらといふ数(かず)をしら【知ら】ず。四大衆【*四大種】(しだいしゆ)の中(なか)に水(すい)火(くわ)
風(ふう)は常(つね)に害(がい)をなせども、大地(だいぢ)にをいて(おいて)は
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ことなる変(へん)をなさず。こはいかにしつること【事】
ぞやとて、上下(じやうげ)遣戸(やりど)障子(しやうじ)をたて、天(てん)の
なり地(ち)のうごくたびごとには、唯今(ただいま)ぞし
ぬる【死ぬる】とて、声々(こゑごゑ)に念仏(ねんぶつ)申(まうす)。おめき(をめき)【喚き】さけぶ【叫ぶ】事(こと)
おびたたし【夥し】。七八十(しちはちじふ)・九十(くじふ)の者(もの)も世(よ)の滅(めつ)する
な(ン)ど(なんど)いふ事(こと)は、さすがけふあすとはおもは【思は】ず
とて、大(おほき)に驚(おどろき)さはぎ(さわぎ)【騒ぎ】ければ、おさなき(をさなき)【幼き】
もの共(ども)も是(これ)をきい【聞い】て、泣(なき)かなしむ事(こと)限(かぎり)
なし。法皇(ほふわう)はそのおり(をり)【折】しも新熊野(いまぐまの)へ
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御幸(ごかう)な(ッ)て、人(ひと)多(おほ)くうちころさ【殺さ】れ、触穢(しよくゑ)(シヨクエ)出(いで)
きにければ、いそぎ六波羅殿(ろくはらどの)へ還御(くわんぎよ)
なる。道(みち)すがら君(きみ)も臣(しん)もいかばかり御心(みこころ)
をくだかせ給(たま)ひけん。主上(しゆしやう)は鳳輦(ほうれん)に
めし【召し】て池(いけ)の汀(みぎは)へ行幸(ぎやうがう)なる。法皇(ほふわう)は南庭(なんてい)
にあく屋(や)【幄屋】をたててぞましましける。
女院(にようゐん)・宮々(みやみや)は御所(ごしよ)ども【共】皆(みな)ふり【震り】たをし(たふし)【倒し】けれ
ば、或(あるいは)御輿(みこし)にめし【召し】、或(あるいは)御車(おんくるま)にめし【召し】て出(いで)させ
給(たま)ふ。天文博士(てんもんはかせ)ども馳(はせ)まい(ッ)(まゐつ)【参つ】て、「よさりの亥子(いね)
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の刻(こく)にはかならず大地(だいぢ)うち返(かへ)すべし」
と申(まう)せば、おそろし【恐ろし】な(ン)ど(なんど)もをろか(おろか)【愚】なり。
昔(むかし)文徳天皇(もんどくてんわう)の御宇(ぎよう)、斉衡(さいかう)三年(さんねん)三月(さんぐわつ)八日(やうかのひ)
の大地振【*大地震】(だいぢしん)には、東大寺(とうだいじ)の仏(ほとけ)の御(おん)ぐしをふり
おとし【落し】たりけるとかや。又(また)天慶(てんぎやう)二年(にねん)四月(しぐわつ)
五日(いつかのひ)の大地振【*大地震】(だいぢしん)には、主上(しゆしやう)御殿(ごてん)をさ(ッ)て清寧
殿【*常寧殿】(じやうねいでん)の前(まへ)に五丈(ごぢやう)のあく屋(や)【幄屋】をたててましまし
けるとぞうけ給(たま)はる【承る】。其(それ)は上代(じやうだい)の事(こと)
なれば申(まうす)にをよば(およば)【及ば】ず。今度(こんど)の事(こと)は是(これ)より
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後(のち)もたぐひあるべしともおぼえず。十善(じふぜん)
帝王(ていわう)都(みやこ)を出(いで)させ給(たまひ)て、御身(おんみ)を海底(かいてい)にしづめ、
大臣(だいじん)公卿(くぎやう)大路(おほち)をわたしてその頸(くび)を獄門(ごくもん)に
かけらる。昔(むかし)より今(いま)に至(いた)るまで、怨霊(をんりやう)は
おそろしき【恐ろしき】事(こと)なれば、世(よ)もいかがあらんずらん
とて、心(こころ)ある人(ひと)の歎(なげき)かなしまぬはなかり
『紺掻(こんかき)之(の)沙汰(さた)』S1202
けり。○同(おなじき)八月(はちぐわつ)廿二[B 三イ]日(にじふににち)、鎌倉(かまくら)の源二位(げんにゐ)頼朝卿(よりとものきやう)
の父(ちち)、故(こ)左馬頭(さまのかみ)義朝(よしとも)のうるはしきかうべとて、
高雄(たかを)の文覚(もんがく)上人(しやうにん)頸(くび)にかけ、鎌田兵衛(かまだびやうゑ)が頸(くび)
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をば弟子(でし)が頸(くび)にかけさせて、鎌倉(かまくら)へぞ下(くだ)
られける。去(さんぬる)治承(ぢしよう)四年(しねん)のころとり【取り】いだし【出し】
てたてま(ッ)【奉つ】たりけるは、まこと【誠】の左馬頭(さまのかみ)のかうべ
にはあらず、謀反(むほん)をすすめ奉(たてまつ)らんための
はかりこと【策】に、そぞろなるふるい【古い】かうべをしろい【白い】
布(ぬの)につつんでたてま(ッ)【奉つ】たりけるに、謀反(むほん)を
おこし世(よ)をうちと(ッ)て、一向(いつかう)父(ちち)の頸(くび)と信(しん)ぜ
られけるところ【所】へ、又(また)尋(たづね)出(いだ)してくだり【下り】けり。
是(これ)は年(とし)ごろ[B 「ころ」に「来(ライ)」と傍書]義朝(よしとも)の不便(ふびん)にしてめし【召し】つか
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は【使は】れける紺(こん)かき【紺掻】の男(をのこ)、年来(ねんらい)獄門(ごくもん)にかけられ
て、後世(ごせ)とぶらふ人(ひと)もなかりし事(こと)をかなしん
で、時(とき)の大理(たいり)にあひ奉(たてまつ)り、申(まうし)給(たま)はりとりおろ
して、「兵衛佐殿(ひやうゑのすけどの)流人(るにん)でおはすれ共(ども)、すゑたの
もしき【頼もしき】人(ひと)なり、もし世(よ)に出(いで)てたづね【尋ね】らるる
事(こと)もこそあれ」とて、東山(ひがしやま)円覚寺(ゑんがくじ)といふ所(ところ)
にふかう【深う】おさめ(をさめ)【納め】てをき(おき)【置き】たりけるを、文覚(もんがく)聞(きき)
出(いだ)して、かの紺(こん)かき[B ノ]男(をのこ)【紺掻男】ともにあひ具(ぐ)して
下(くだ)りけるとかや。けふ既(すで)に鎌倉(かまくら)へつくと聞(きこ)
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えしかば、源二位(げんにゐ)片瀬河(かたせがは)まで迎(むかへ)におはし
けり。それより色(いろ)の姿(すがた)になりて、泣々(なくなく)鎌
倉(かまくら)へ入(いり)給(たま)ふ。聖(ひじり)をば大床(おほゆか)にたて、我(わが)身(み)は
庭(には)に立(た)(ッ)て、父(ちち)のかうべをうけ【受け】とり【取り】たまふ【給ふ】
ぞ哀(あはれ)なる。是(これ)を見(み)る大名(だいみやう)小名(せうみやう)、みな涙(なみだ)を
ながさずといふ事(こと)なし。石巌(せきがん)のさがしき【嶮しき】を
きりはら(ッ)【払つ】て、新(あらた)なる道場(だうぢやう)を造(つく)り、父(ちち)の御
為(おんため)と供養(くやう)じて、勝長寿院(しようぢやうじゆゐん)(セウぢやうジユゐん)と号(かう)せらる。
公家(くげ)にもかやうの事(こと)を哀(あはれ)と思食(おぼしめし)て、故(こ)左
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馬頭(さまのかみ)義朝(よしとも)の墓(はか)へ内大臣(ないだいじん)正二位(じやうにゐ)を贈(おく)(ヲク)らる。
勅使(ちよくし)は左大弁(さだいべん)兼忠(かねただ)とぞきこえ【聞え】し。頼朝
卿(よりとものきやう)武勇(ぶゆう)の名誉(めいよ)長(ちやう)ぜるによ(ッ)て、身(み)をたて
家(いへ)をおこすのみならず、亡父(ばうぶ)聖霊(しやうりやう)贈官(ぞうくわん)贈
『平大納言(へいだいなごんの)被流(ながされ)』S1203
位(ぞうゐ)(ゾウイ)に及(および)けるこそ目出(めでた)けれ。○同(おなじき)九月(くぐわつ)廿三[B 二イ]日(にじふさんにち)、平
家(へいけ)の余党(よたう)の都(みやこ)にあるを、国々(くにぐに)へつかはさ【遣さ】る
べきよし、鎌倉(かまくら)殿(どの)より公家(くげ)へ申(まう)されたりければ、
平(へい)大納言(だいなごん)時忠卿(ときただのきやう)能登国(のとのくに)、子息(しそく)讃岐(さぬきの)中将(ちゆうじやう)時実(ときざね)
上総国(かづさのくに)、蔵頭(くらのかみ)信基(のぶもと)安芸国(あきのくに)、兵部少輔(ひやうぶのせう)正明(まさあきら)隠岐国(おきのくに)、
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二位(にゐの)僧都(そうづ)専信【*全真】(せんしん)阿波国(あはのくに)、法勝寺(ほつしようじの)執行(しゆぎやう)能円(のうゑん)(のうエン)
備後国(びんごのくに)、中納言(ちゆうなごんの)律師(りつし)忠快(ちゆうくわい)武蔵国(むさしのくに)とぞきこ
え【聞え】し。或(あるいは)西海(さいかい)の波(なみ)の上(うへ)、或(あるいは)東関(とうくわん)(とうクハン)の雲(くも)のはて、
先途(せんど)いづくを期(ご)せず、後会(こうくわい)其(その)期(ご)をしら【知ら】ず。
別(わかれ)の涙(なみだ)をおさへ【抑へ】て面々(めんめん)におもむか【赴か】れけん心(こころ)
のうち、おしはから【推し量ら】れて哀(あはれ)なり。その中(なか)に、
平(へい)大納言(だいなごん)は建礼門院(けんれいもんゐん)の吉田(よしだ)にわたらせ給(たま)ふ
所(ところ)にまい(ッ)(まゐつ)【参つ】て、「時忠(ときただ)こそせめ【責め】をもふ(おもう)【重う】して、けふ既(すで)に
配所(はいしよ)へおもむき【赴き】候(さうら)へ。おなじみやこの内(うち)に
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候(さうらひ)て、御(おん)あたりの御事共(おんことども)うけ給(たま)はら【承ら】まほし
う候(さうらひ)つるに、つゐに(つひに)【遂に】いかなる御(おん)ありさま【有様】
にてわたらせ給(たま)ひ候(さうら)はんずらむと思(おもひ)をき(おき)
まいらせ(まゐらせ)【参らせ】候(さうらふ)にこそ、ゆく空(そら)もおぼゆ【覚ゆ】まじう
候(さうら)へ」と、なくなく【泣く泣く】申(まう)されければ、女院(にようゐん)、「げにも昔(むかし)
の名残(なごり)とては、そこばかりこそおはしつれ。
今(いま)は哀(あはれ)をもかけ、とぶらふ人(ひと)も誰(たれ)かは有(ある)べき」
とて、御涙(おんなみだ)せきあへさせ給(たま)はず。此(この)大納言(だいなごん)と
申(まうす)は、出羽(ではの)前司(せんじ)具信(とものぶ)が孫(まご)、兵部(ひやうぶ)権(ごんの)大輔(たいふ)贈(ぞう)左
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大臣(さだいじん)時信(ときのぶ)が子(こ)なり。故(こ)建春門院(けんしゆんもんゐん)の御(おん)せうと【兄】
にて、高倉(たかくら)の上皇(しやうくわう)(しやうクハウ)の御外戚(ごぐわいせき)(ごグハイセキ)なり。世(よ)のおぼえ
とき【時】のきら目出(めで)たかりき。入道(にふだう)相国(しやうこく)の北方(きたのかた)八
条(はつでう)の二位殿(にゐどの)も姉(あね)にておはせしかば、兼官(けんぐわん)
兼職(けんじよく)、おもひ【思ひ】のごとく心(こころ)のごとし。さればほど【程】
なくあが(ッ)【上がつ】て正二位(じやうにゐ)の大納言(だいなごん)にいたれり。検
非違使(けんびゐしの)(ケビイシノ)[* 「検」の左に(ケン)の振り仮名]別当(べつたう)にも三ケ度(さんがど)までなりたまふ【給ふ】。
此(この)人(ひと)の庁務(ちやうむ)のときは、窃盗(せつたう)強盗(がうだう)をばめし【召し】
と(ッ)【取つ】て、様(やう)もなく右(みぎ)のかいな(かひな)【腕】をば、うでなか【腕中】
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より打(うち)おとし【落し】打(うち)おとし【落し】をひ(おひ)【追ひ】捨(すて)らる。されば、悪別
当(あくべつたう)とぞ申(まうし)ける。主上(しゆしよう)并(ならびに)三種(さんじゆ)の神器(しんぎ)都(みやこ)へ
返(かへ)し入(いれ)奉(たてまつ)るべき由(よし)、西国(さいこく)へ院宣(ゐんぜん)(インゼン)をくださ【下さ】れ
たりけるに、院宣(ゐんぜん)の御使(おんつかひ)花形(はなかた)がつらに、浪(なみ)
がたといふやいじるし【焼印】をせられけるも、此(この)
大納言(だいなごん)のしわざなり。法皇(ほふわう)も故(こ)女院(にようゐん)の御(おん)
せうと【兄】なれば、御(おん)かた見(み)【形見】に御覧(ごらん)ぜまほしう
おぼしめし【思し召し】けれ共(ども)、か様(やう)【斯様】の悪行(あくぎやう)によ(ッ)て御憤(おんいきどほり)(おんイキドヲリ)
あさから【浅から】ず。九郎(くらう)判官(はうぐわん)もしたしう【親しう】なられたり
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しかば、いかにもして申(まうし)なだめ【宥め】ばやとおもは【思は】れ
けれどもかなは【叶は】ず。子息(しそく)侍従(じじゆう)時家(ときいへ)とて、十六(じふろく)に
なられけるが、流罪(るざい)にももれ【漏れ】て、伯父(をぢ)の時光[B ノ]
卿(ときみつのきやう)のもとにおはしけり。母(はは)うへ【上】帥(そつ)のすけ【帥の典侍】どの【殿】
とも【共】に大納言(だいなごん)の袂(たもと)にすがり、袖(そで)をひかへて、
今(いま)を限(かぎり)の名残(なごり)をぞおしみ(をしみ)【惜しみ】ける。大納言(だいなごん)、
「つゐに(つひに)【遂に】すまじき別(わかれ)かは」とこころづよふ(づよう)は
の給(たま)へ共(ども)、さこそは悲(かなし)うおもは【思は】れけめ。年(とし)闌(たけ)齢(よはひ)(ヨハイ)
傾(かたぶき)て後(のち)、さしもむつましかりし妻子(さいし)にも
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別(わかれ)はて、すみなれし都(みやこ)をも雲(くも)ゐの
よそにかへりみて、いにしへは名(な)にのみ聞(きき)し
越路(こしぢ)の旅(たび)におもむき【赴き】、はるばると下(くだ)り給(たま)ふに、
「かれは志賀(しが)唐崎(からさき)、これは真野(まの)の入江(いりえ)、交
田(かただ)の浦(うら)」と申(まうし)ければ、大納言(だいなごん)なくなく【泣々】詠(えい)じ
給(たま)ひけり。
かへりこむことはかた田(だ)【交田】にひくあみの
め【目】にもたまらぬわがなみだかな W092
昨日(きのふ)は西海(さいかい)の波(なみ)の上(うへ)にただよひて、怨憎
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懐苦【*怨憎会苦】(をんぞうゑく)(ヱンゾウクハイク)の恨(うらみ)を扁舟(へんしう)の内(うち)につみ、けふは北国(ほつこく)の
雪(ゆき)のしたに埋(うづも)れて、愛別離苦(あいべつりく)のかなしみ
『土佐房(とさばう)被斬(きられ)』S1204
を故郷(こきやう)の雲(くも)にかさね【重ね】たり。○さる程(ほど)に、九郎(くらう)判
官(はうぐわん)には、鎌倉(かまくら)殿(どの)より大名(だいみやう)十人(じふにん)つけられたり
けれども、内々(ないない)御不審(ごふしん)を蒙(かうぶ)りたまふ【給ふ】よし
聞(きこ)えしかば、心(こころ)をあはせ【合はせ】て一人(いちにん)づつ皆(みな)下(くだ)り
はて【果て】にけり。兄弟(きやうだい)なるうへ【上】、殊(こと)に父子(ふし)の契(ちぎり)
をして、去年(こぞ)の正月(しやうぐわつ)木曾(きそ)義仲(よしなか)を追討(ついたう)
せしよりこのかた、度々(どど)平家(へいけ)を攻(せめ)おとし【落し】、
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ことしの春(はる)ほろぼしはて【果て】て、一天(いつてん)をしづめ、
四海(しかい)をすます【澄ます】。勧賞(けんじやう)おこなはるべき処(ところ)に、
いかなる子細(しさい)あ(ッ)てかかかる聞(きこ)えあるらんと、
かみ一人(いちじん)をはじめ奉(たてまつ)り、しも万民(ばんみん)に至(いた)る
まで、不審(ふしん)をなす。此(この)事(こと)は、去(さんぬる)春(はる)、摂津国(つのくに)
渡辺(わたなべ)よりふなぞろへして八島(やしま)へわたり
給(たま)ひしとき、逆櫓(さかろ)たて【立て】うたて【立て】じの論(ろん)
をして、大(おほ)きにあざむかれたりしを、梶原(かぢはら)
遺恨(ゐこん)におもひ【思ひ】て常(つね)は讒言(ざんげん)しけるによ(ッ)て
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なり。定(さだめて)謀反(むほん)の心(こころ)もあるらむ、大名共(だいみやうども)さし
のぼせ【上せ】ば、宇治(うぢ)・勢田(せた)の橋(はし)をもひき【引き】、京中(きやうぢゆう)
のさはぎ(さわぎ)【騒ぎ】とな(ッ)て、中々(なかなか)あしかり【悪しかり】なんとて、
土佐房(とさばう)正俊【*昌俊】(しやうしゆん)をめして、「和僧(わそう)のぼ(ッ)【上つ】て物詣(ものまうで)(ものマフテ)する
やうにて、たばか(ッ)てうて」との給(たま)ひければ、
正俊【*昌俊】(しやうしゆん)畏(かしこま)(ッ)てうけ給(たまは)り【承り】、宿所(しゆくしよ)へも帰(かへ)らず、御前(ごぜん)
をた(ッ)てやがて京(きやう)へぞ上(のぼ)りける。同(おなじき)九月(くぐわつ)廿
九日(にじふくにち)、土佐房(とさばう)都(みやこ)へついたりけれ共(ども)、次(つぎの)日(ひ)まで
判官殿(はうぐわんどの)へもまいら(まゐら)【参ら】ず。正俊【*昌俊】(しやうしゆん)がのぼりたるよし
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聞(きき)給(たま)ひ、武蔵房(むさしばう)弁慶(べんけい)をも(ッ)てめされければ、
やがてつれ【連れ】てまいり(まゐり)【参り】たり。判官(はうぐわん)の給(たま)ひ
けるは、「いかに鎌倉(かまくら)殿(どの)より御文(おんふみ)はなきか」。「さし
たる御事(おんこと)候(さうら)はぬ間(あひだ)、御文(おんふみ)はまいらせ(まゐらせ)【参らせ】られ
ず候(さうらふ)。御詞(おんことば)にて申(まう)せと候(さうらひ)しは、『「当時(たうじ)まで
都(みやこ)に別(べち)の子細(しさい)なく候(さうらふ)事(こと)、さて御渡(おんわたり)候(さうらふ)ゆへ(ゆゑ)【故】
とおぼえ候(さうらふ)。相(あひ)構(かまへ)てよく守護(しゆご)せさせ給(たま)
へ」と申(まう)せ』とこそ仰(おほ)せられ候(さうらひ)つれ」。判官(はうぐわん)「よも
さはあらじ。義経(よしつね)討(うち)にのぼる御使(おんつかひ)なり。「大名(だいみやう)
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どもさし上(のぼ)せば、宇治(うぢ)・勢田(せた)の橋(はし)をもひき【引き】、
都鄙(とひ)のさはぎ(さわぎ)【騒ぎ】ともな(ッ)て、中々(なかなか)あしかり【悪しかり】
なん。和僧(わそう)のぼせ【上せ】て物詣(ものまうで)する様(やう)にてたば
か(ッ)てうて」とぞ仰(おほせ)付(つけ)られたるらむな」との給(たま)
へ【宣へ】ば、正俊【*昌俊】(しやうしゆん)大(おほき)に驚(おどろき)て、「何(なに)によ(ッ)てか唯今(ただいま)さる
事(こと)の候(さうらふ)べき。いささか宿願(しゆくぐわん)によ(ッ)て、熊野(くまの)参
詣(さんけい)のために罷(まかり)上(のぼり)て候(さうらふ)」。そのとき判官(はうぐわん)の給(たま)
ひけるは、「景時(かげとき)が讒言(ざんげん)によ(ッ)て、義経(よしつね)鎌倉(かまくら)へ
も入(いれ)られず。見参(げんざん)をだにし給(たま)はで、をひ(おひ)【追ひ】上(のぼ)せ
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らるる事(こと)はいかに」。正俊【*昌俊】(しやうしゆん)「其(その)事(こと)はいかが候(さうらふ)覧(らん)、
身(み)にをいて(おいて)はま(ッ)たく御腹(おんぱら)くろ候(さうら)はず。記請
文【*起請文】(きしやうもん)をかき進(しんず)べき」よし申(まう)せば、判官(はうぐわん)「とても
かうても鎌倉(かまくら)殿(どの)によしとおもは【思は】れたてま(ッ)【奉つ】
たらばこそ」とて、以外(もつてのほか)けしき【気色】あしげになり
給(たま)ふ。正俊【*昌俊】(しやうしゆん)一旦(いつたん)の害(がい)をのがれ【逃れ】んが為(ため)に、居(ゐ)な
がら七枚(しちまい)の記請文【*起請文】(きしやうもん)をかいて、或(あるいは)やいてのみ、或(あるいは)
社(やしろ)に納(をさめ)な(ン)ど(なんど)して、ゆり【許り】てかへり、大番衆(おほばんじゆ)に
ふれめぐらして其(その)夜(よ)やがてよせ【寄せ】んとす。判官(はうぐわん)
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は磯禅師(いそのぜんじ)といふ白拍子(しらびやうし)のむすめ、しづか【静】と
いふ女(をんな)を最愛(さいあい)せられけり。しづかもかたはら
を立(たち)さる事(こと)なし。しづか申(まうし)けるは、「大路(おほち)は皆(みな)
武者(むしや)でさぶらふなる。是(これ)より催(もよほ)(モヨヲ)しのなからん
に、大番衆(おほばんじゆ)の者(もの)どもこれほどさはぐ(さわぐ)【騒ぐ】べき
様(やう)やさぶらふ。あはれ是(これ)はひる【昼】の記請【*起請】(きしやう)法師(ぼふし)
のしわざとおぼえ候(さうらふ)。人(ひと)をつかはし【遣し】てみせ【見せ】
さぶらはばや」とて、六波羅(ろくはら)の故(こ)入道(にふだう)相国(しやうこく)の
めし【召し】つかは【使は】れけるかぶろを三四人(さんしにん)つかは【使は】れ
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けるを、二人(ににん)つかはし【遣し】たりけるが、程(ほど)ふるまで
帰(かへ)らず。「中々(なかなか)女(をんな)はくるしからじ」とて、はした
ものを一人(いちにん)見(み)せにつかはす【遣す】。程(ほど)なくはしり【走り】
帰(かへり)て申(まうし)けるは、「かぶろとおぼしきものはふたり
ながら、土佐房(とさばう)の門(もん)にきりふせ【伏せ】られてさぶ
らふ。宿所(しゆくしよ)には鞍(くら)をき馬(むま)(くらおきむま)【鞍置き馬】どもひしとひ(ッ)【引つ】
たて【立て】て、大幕(おほまく)のうちには、矢(や)おひ【負ひ】弓(ゆみ)はり【張り】、者(もの)
ども皆(みな)具足(ぐそく)して、唯今(ただいま)よせんといでたち【立ち】
さぶらふ【候ふ】。すこし【少し】も物(もの)まふで(ものまうで)【物詣で】のけしきとは
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見(み)えさぶらはず」と申(まうし)ければ、判官(はうぐわん)是(これ)をきい【聞い】
て、やがてう(ッ)【打つ】たち【立ち】給(たま)ふ。しづかきせなが【着背長】と(ッ)て
なげかけ奉(たてまつ)る。たかひも【高紐】ばかりして、太刀(たち)
と(ッ)て出(いで)給(たま)へば、中門(ちゆうもん)の前(まへ)に馬(むま)に鞍(くら)をい(おい)て
ひ(ッ)【引つ】たてたり。是(これ)にうち【打ち】乗(のつ)て、「門(もん)をあけよ」
とて門(もん)あけさせ、いま【今】やいま【今】やと待(まち)給(たま)ふ処(ところ)に、
しばしあ(ッ)てひた甲(かぶと)【直甲】四五十騎(しごじつき)門(もん)の前(まへ)に
おしよせて、時(とき)をど(ッ)とぞつくりける。判官(はうぐわん)
鐙(あぶみ)ふ(ン)ばり立(たち)あがり【上がり】、大音声(だいおんじやう)をあげて、「夜
P12029
討(ようち)にも昼戦(ひるいくさ)にも、義経(よしつね)たやすう討(うつ)べき
ものは、日本国(につぽんごく)におぼえぬものを」とて、只(ただ)一騎(いつき)
おめい(をめい)【喚い】てかけ給(たま)へば、五十騎(ごじつき)ばかりのもの共(ども)、
中(なか)をあけてぞ通(とほ)しける。さる程(ほど)に、O[BH 伊勢[B ノ](いせの)三郎(さぶらう)義盛(よしもり)・奥州[B ノ](あうしうの)佐藤(さとう)四郎兵衛(しらうびやうゑ)忠信(ただのぶ)・]江田(えだの)
源三(げんざう)・熊井(くまゐ)太郎(たらう)・武蔵房(むさしばう)弁慶(べんけい)な(ン)ど(なんど)いふ一人
当千(いちにんたうぜん)の兵(つはもの)共(ども)、やがてつづゐ(つづい)【続い】て攻(せめ)戦(たたかふ)。其(その)後(のち)侍(さぶらひ)共(ども)
「御内(みうち)に夜討(ようち)い(ッ)たり」とて、あそこのやかた
ここの宿所(しゆくしよ)より馳(はせ)来(きた)る。程(ほど)なく六七十
騎(ろくしちじつき)集(あつまり)ければ、土佐房(とさばう)たけくよせたりけれ
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ども【共】たたかふ【戦ふ】にをよば(およば)【及ば】ず。散々(さんざん)にかけちら
さ【散らさ】れて、たすかるものはすくなう、うたるる
ものぞおほかり【多かり】ける。正俊【*昌俊】(しやうしゆん)希有(けう)にして
そこをばのがれ【逃れ】て、鞍馬(くらま)の奥(おく)ににげ籠(こも)り
たりけるが、鞍馬(くらま)は判官(はうぐわん)の故山(こさん)なりけれ
ば、彼(かの)法師(ほふし)土佐房(とさばう)をからめて、次(つぎの)日(ひ)判官(はうぐわん)の
許(もと)へ送(おく)りけり。僧正(そうじやう)が谷(たに)といふ所(ところ)にかくれ【隠れ】
ゐたりけるとかや。正俊【*昌俊】(しやうしゆん)を大庭(おほには)にひ(ッ)【引つ】すへ(すゑ)【据ゑ】たり。
かちの直垂(ひたたれ)にす(ッ)ちやう頭巾(づきん)[* 「ずちやう頭巾」と有るのを他本により訂正]【首丁頭巾】をぞしたりける。
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判官(はうぐわん)わら(ッ)【笑つ】てのたまひ【宣ひ】けるは、「いかに和僧(わそう)、記
請【*起請】(きしやう)にはうてたるぞ」。土佐房(とさばう)すこしもさは
が(さわが)【騒が】ず、居(ゐ)なをり(なほり)【直り】、あざわら(ッ)【笑つ】て申(まうし)けるは、「ある
事(こと)にかいて候(さうら)へば、うてて候(さうらふ)ぞかし」と申(まうす)。「主
君(しゆくん)の命(めい)をおもんじて、私(わたくし)の命(いのち)をかろんず。
心(こころ)ざし【志】の程(ほど)、尤(もつとも)神妙(しんべう)なり。和僧(わそう)命(いのち)おしく(をしく)【惜しく】は
鎌倉(かまくら)へ返(かへ)しつかはさ【遣さ】んはいかに」。土佐坊(とさばう)、「まさ
なうも御諚(ごぢやう)候(さうらふ)ものかな。おし(をし)【惜し】と申(まう)さば殿(との)はたすけ【助け】給(たま)はんずるか。鎌倉(かまくら)殿(どの)の「法師(ほふし)
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なれども、をのれ(おのれ)【己】ぞねらはんずる者(もの)」とて
仰(おほせ)かうぶ(ッ)しより、命(いのち)をば鎌倉(かまくら)殿(どの)に奉(たてまつ)り
ぬ。なじかはとり返(かへ)し奉(たてまつ)るべき。唯(ただ)御恩(ごおん)
にはとくとく頸(かうべ)(カフベ)をめさ[B 「めさ」に「刎(ハネ)ラ」と傍書]れ候(さうら)へ」と申(まうし)ければ、
「さらばきれ」とて、六条河原(ろくでうかはら)にひき【引き】いだい【出い】て
『判官(はうぐわんの)都落(みやこおち)』S1205
き(ッ)【斬つ】て(ン)げり。ほめぬ人(ひと)こそなかりけれ。○ここに
足立(あだちの)新三郎(しんざぶらう)といふ雑色(ざつしき)は、「きやつは下臈(げらふ)(げラウ)
なれども以外(もつてのほか)さかざかしい【賢々しい】やつで候(さうらふ)。めし【召し】
つかひ【使ひ】給(たま)へ」とて、判官(はうぐわん)にまいらせ(まゐらせ)【参らせ】られたりけるが、
P12033
内々(ないない)「九郎(くらう)がふるまひ【振舞】みてわれにしらせよ」
とぞの給(たま)ひける。正俊【*昌俊】(しやうしゆん)がきらるるをみて、
新三郎(しんざぶらう)夜(よ)を日(ひ)についで馳(はせ)下(くだ)り、鎌倉(かまくら)殿(どの)
に此(この)由(よし)申(まうし)ければ、舎弟(しやてい)参河【*三河】守(みかはのかみ)範頼(のりより)を討
手(うつて)にのぼせ【上せ】たまふ【給ふ】べきよし仰(おほせ)られけり。
頻(しきり)に辞(じし)申(まう)されけれ共(ども)、重而(かさねて)おほせられ
ける間(あひだ)、力(ちから)をよば(およば)【及ば】で、物具(もののぐ)していとま申(まうし)に
まいら(まゐら)【参ら】れたり。「わとのも九郎(くらう)がまねし給(たま)ふ
なよ」と仰(おほせ)られければ、此(この)御詞(おんことば)におそれ【恐れ】て、
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物具(もののぐ)ぬぎをき(おき)て京上(きやうのぼり)はとどまり給(たま)ひ
ぬ。全(まつたく)不忠(ふちゆう)なきよし、一日(いちにち)に十枚(じふまい)づつの起
請(きしやう)を、昼(ひる)はかき、夜(よる)は御坪(おつぼ)の内(うち)にて読(よみ)あげ
読(よみ)あげ、百日(ひやくにち)に千枚(せんまい)の記請【*起請】(きしやう)を書(かき)てまいらせ(まゐらせ)【参らせ】
られたりけれども、かなは【叶は】ずして終(つひ)に
うた【討た】れ給(たま)ひけり。其(その)後(のち)北条(ほうでうの)四郎(しらう)時政(ときまさ)を
大将(だいしやう)として、討手(うつて)のぼると聞(きこ)えしかば、
判官殿(はうぐわんどの)鎮西(ちんぜい)のかたへ落(おち)ばやとおもひ【思ひ】たち
給(たま)ふ処(ところ)に、緒方(をかたの)三郎(さぶらう)維義(これよし)は、平家(へいけ)を九国(くこく)の
P12035
内(うち)へも入(いれ)奉(たてまつ)らず、追(おひ)出(いだ)すほどの威勢(ゐせい)のもの
なりければ、判官(はうぐわん)「我(われ)にたのま【頼ま】れよ」とぞ
の給(たま)ひける。「さ候(さうらは)ば、御内(みうちに)候(さうらふ)菊地【*菊池】[B ノ](きくちの)二郎(じらう)高直(たかなほ)は、
年(とし)ごろの敵(かたき)で候(さうらふ)。給(たま)は(ッ)て頸(くび)をき(ッ)てたの
ま【頼ま】れまいらせ(まゐらせ)【参らせ】む」と申(まうす)。左右(さう)なふ(なう)【無う】たうだりけれ
ば、六条川原(ろくでうかはら)に引(ひき)いだし【出し】てき(ッ)て(ン)げり。其(その)
後(のち)維義(これよし)かひがひしう領状(りやうじやう)す。同(おなじき)十一月(じふいちぐわつ)二日(ふつかのひ)、九
郎(くらう)大夫(たいふの)判官(はうぐわん)院(ゐんの)御所(ごしよ)へまい(ッ)(まゐつ)【参つ】て、大蔵卿(おほくらのきやう)泰経(やすつねの)朝臣(あつそん)
をも(ッ)て奏聞(そうもん)しけるは、「義経(よしつね)君(きみ)の御為(おんため)に奉公(ほうこう)
P12036
の忠(ちゆう)を致(いたす)事(こと)、ことあたらしう初(はじめ)て申上(まうしあぐる)に
をよび(および)【及び】候(さうら)はず。しかる【然る】を頼朝(よりとも)、郎等(らうどう)共(ども)が讒言(ざんげん)
によ(ッ)て、義経(よしつね)をうたんと仕(つかまつり)候(さうらふ)間(あひだ)、しばらく
鎮西(ちんぜい)の方(かた)へ罷(まかり)下(くだ)らばやと存(ぞんじ)候(さうらふ)。O[BH 哀(あはれ)]院庁(ゐんのちやう)(インノテウ)の御下
文(おんくだしぶみ)を一通(いつつう)下(くだし)預(あづかり)候(さうらは)ばや」と申(まう)されければ、法皇(ほふわう)
「此(この)条(でう)頼朝(よりとも)がかへりきかん事(こと)いかがあるべからん」
とて、諸卿(しよきやう)に仰合(おほせあはせ)られければ、「義経(よしつね)都(みやこ)に
候(さうらひ)て、関東(くわんとう)の大勢(おほぜい)みだれ入(いり)候(さうらは)ば、京都[B ノ](きやうとの)狼藉(らうぜき)
たえ【絶え】候(さうらふ)べからず。遠国(をんごく)へ下(くだり)候(さうらひ)なば、暫(しばらく)其(その)恐(おそれ)あらじ」と、
P12037
をのをの(おのおの)【各々】一同(いちどう)に申(まう)されければ、緒方(をかたの)三郎(さぶらう)を
はじめて、臼杵(うすき)・戸次(へつぎ)・松浦党(まつらたう)、惣(そう)じて鎮西(ちんぜい)の
もの、義経(よしつね)を大将(だいしやう)として其(その)下知(げぢ)にしたがふべ
きよし、庁(ちやう)(テウ)の御下文(おんくだしぶみ)を給(たま)は(ッ)て(ン)げれば、其(その)
勢(せい)五百(ごひやく)余騎(よき)、あくる三日(みつかのひ)卯剋(うのこく)に京都(きやうと)に
いささかのわづらひ【煩ひ】もなさず、浪風(なみかぜ)もたてず
して下(くだ)りにけり。摂津国(つのくに)源氏(げんじ)、太田(おほだの)太郎(たらう)頼
基(よりもと)「わが門(かど)の前(まへ)をとをし(とほし)ながら、矢(や)一(ひとつ)射(い)かけ
であるべきか」とて、川原津(かはらづ)といふ所(ところ)にお(ッ)【追つ】ついて
P12038
せめ【攻め】たたかふ【戦ふ】。判官(はうぐわん)は五百(ごひやく)余騎(よき)、太田(おほだの)太郎(たらう)は
六十(ろくじふ)余騎(よき)にて有(あり)ければ、なかにとりこめ、
「あますなもらす【漏らす】な」とて、散々(さんざん)に攻(せめ)給(たま)へば、
太田(おほだの)太郎(たらう)我(わが)身(み)手(て)おひ、家子(いへのこ)郎等(らうどう)おほく【多く】う
たせ、馬(むま)の腹(はら)い【射】させて引(ひき)退(しりぞ)く。判官(はうぐわん)頸(くび)共(ども)
きりかけて、戦神(いくさがみ)にまつり、「門出(かどいで)よし」と
悦(よろこん)で、だいもつ【大物】の浦(うら)より船(ふね)にの(ッ)【乗つ】て下(くだ)られけるが、
折節(をりふし)西(にし)の風(かぜ)はげしくふき、住吉(すみよし)の浦(うら)にうち
あげられて、吉野(よしの)の奥(おく)にぞこもりける。
P12039
吉野(よしの)法師(ぼふし)にせめ【攻め】られて、奈良(なら)へおつ。奈良(なら)法
師(ぼふし)に攻(せめ)られて、又(また)都(みやこ)へ帰(かへ)り入(いり)、北国(ほつこく)にかか(ッ)て、
終(つひ)に奥(おく)へぞ下(くだ)られける。都(みやこ)よりあひ具(ぐ)し
たりける女房(にようばう)達(たち)十(じふ)余人(よにん)、住吉(すみよし)の浦(うら)に捨(すて)置(おき)
たりければ、松(まつ)の下(した)、まさご【真砂】のうへ【上】に袴(はかま)ふみ
したき、袖(そで)をかたしい【片敷い】て泣(なき)ふしたりけるを、
住吉(すみよし)の神官共(じんぐわんども)憐(あはれ)んで、みな京(きやう)へぞ送(おく)り
ける。凡(およそ)判官(はうぐわん)のたのま【頼ま】れたりける伯父(をぢ)信
太(しだの)三郎(さぶらう)先生(せんじやう)義教【*義憲】(よしのり)・十郎(じふらう)蔵人(くらんど)行家(ゆきいへ)・緒方(をかたの)三郎(さぶらう)維義(これよし)が
P12040
船共(ふねども)、浦々(うらうら)島々(しまじま)に打(うち)よせられて、互(たがひ)にその行(ゆく)
ゑ(ゆくへ)【行方】をしら【知ら】ず。忽(たちまち)に西(にし)の風(かぜ)ふきける事(こと)も、平
家(へいけ)の怨霊(をんりやう)のゆへ(ゆゑ)【故】とぞおぼえける。同(おなじき)十一月(じふいちぐわつ)
七日(なぬかのひ)、鎌倉(かまくら)の源二位(げんにゐ)頼朝卿(よりとものきやう)の代官(だいくわん)として、北条(ほうでうの)
四郎(しらう)時政(ときまさ)、六万(ろくまん)余騎(よき)を相(あひ)具(ぐ)して都(みやこ)へ入(いる)。伊与【*伊予】守(いよのかみ)
源(みなもとの)義経(よしつね)・備前守(びぜんのかみ)同(おなじく)行家(ゆきいへ)・信太(しだの)三郎(さぶらう)先生(せんじやう)同(おなじく)義教【*義憲】(よしのり)
追討(ついたう)すべきよし奏聞(そうもん)しければ、やがて院
宣(ゐんぜん)をくだされけり。去(さんぬる)二日(ふつかのひ)は義経(よしつね)が申(まうし)うくる
旨(むね)にまかせ【任せ】て、頼朝(よりとも)をそむくべきよし庁(ちやう)(テウ)の
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御下文(おんくだしぶみ)をなされ、同(おなじき)八日(やうかのひ)は頼朝卿(よりとものきやう)の申状(まうしじやう)によ(ッ)て、
義経(よしつね)追討(ついたう)の院宣(ゐんぜん)を下(くだ)さる。朝(あした)にかはり夕(ゆふべ)
『吉田(よしだの)大納言(だいなごんの)沙汰(さた)』S1206
に変(へん)ずる世間(よのなか)の不定(ふぢよう)こそ哀(あはれ)なれ。○さる
程(ほど)に、鎌倉(かまくら)殿(どの)日本国(につぽんごく)の惣追補使【*惣追捕使】(そうづいぶし)(ソウヅイフクシ)を給(たま)は(ッ)て、
反別(たんべつ)に兵粮米(ひやうらうまい)を宛(あて)行(おこなふ)(ヲコナフ)べきよしO[BH 公家(くげ)へ]申(まう)され
けり。朝(てう)の怨敵(をんでき)をほろぼしたるものは、
半国(はんごく)を給(たま)はるといふ事(こと)、無量義経(むりやうぎきやう)に見(み)え
たり。され共(ども)我(わが)朝(てう)にはいまだその【其の】例(れい)なし。
「是(これ)は過分(くわぶん)の申状(まうしじやう)なり」と、法皇(ほふわう)仰(おほせ)なりけれ共(ども)、
P12042
公卿(くぎやう)僉議(せんぎ)あ(ッ)て、「頼朝卿(よりとものきやう)の申(まう)さるる所(ところ)、道理(だうり)
なかばなり」とて、御(おん)ゆるされ【許され】あり【有り】けると
かや。諸国(しよこく)に守護(しゆご)ををき(おき)、庄園(しやうゑん)(しやうエン)に地頭(ぢとう)を
補(ふ)せらる。一毛(いちもう)ばかりもかくる【隠る】べきやう【様】なかり
けり。鎌倉(かまくら)殿(どの)かやうの事(こと)人(ひと)おほし【多し】といへ共(ども)、
吉田(よしだの)大納言(だいなごん)経房卿(つねふさのきやう)をも(ッ)て奏聞(そうもん)せられけり。
この大納言(だいなごん)はうるはしい人(ひと)と聞(きこ)え給(たま)へり。
平家(へいけ)にむすぼほれたりし人々(ひとびと)も、源氏(げんじ)の
世(よ)のつより【強り】し後(のち)は、或(あるいは)ふみ【文】をくだし、或(あるいは)使者(ししや)
P12043
をつかはし【遣し】、さまざまにへつらひ給(たま)ひしかども【共】、
この人(ひと)はさもし給(たま)はず。されば平家(へいけ)の時(とき)も、
法皇(ほふわう)を鳥羽殿(とばどの)におしこめまいらせ(まゐらせ)【参らせ】て、
後院(ごゐん)(ゴイン)の別当(べつたう)ををか(おか)【置か】れしには、勘解由小路[* 「勘解由少路」と有るのを他本により訂正](かでのこうぢの)
中納言(ちゆうなごん)此(この)経房卿(つねふさのきやう)二人(ににん)をぞ後院(ごゐん)の別当(べつたう)には
なされたりける。権(ごんの)右中弁(うちゆうべん)光房(みつふさの)朝臣(あつそん)の子(こ)也(なり)。
十二(じふに)の年(とし)父(ちち)の朝臣(あつそん)うせ給(たま)ひしかば、みなし子(ご)
にておはせしかども【共】、次第(しだい)の昇進(しようじん)(セウジン)とどこほ
らず、三事(さんし)の顕要(けんえう)(ケンヨウ)を兼帯(けんたい)して、夕郎(せきらう)の
P12044
貫首(くわんじゆ)(クハンジユ)をへ【経】、参議(さんぎ)・大弁(だいべん)・太宰帥(ださいのそつ)、遂(つひ)に正二位(じやうにゐ)大
納言(だいなごん)に至(いた)れり。人(ひと)をばこえ【越え】給(たま)へ共(ども)、人(ひと)にはこえ
られ給(たま)はず。されば人(ひと)の善悪(ぜんあく)は錐(きり)袋(ふくろ)をとを
す(とほす)【通す】とてかくれ【隠れ】なし。有(あり)がたかりし人(ひと)なり。
『六代(ろくだい)』S1207
○北条(ほうでうの)四郎(しらう)策(はかりこと)[* 「策」の右に(コト)、左に(ハカリコト)の振り仮名]に「平家(へいけ)の子孫(しそん)といはん人(ひと)尋(たづね)
出(いだ)したらむ輩(ともがら)にをいて(おいて)は、所望(しよまう)こふ【乞ふ】による
べし」と披露(ひろう)せらる。京中(きやうぢゆう)のもの共(ども)、案内(あんない)は
し(ッ)たり、勧賞(けんじやう)蒙(かうぶ)らんとて、尋(たづね)もとむるぞうた
てき。かかりければ、いくらも尋(たづね)出(いだ)したりけり。下臈(げらふ)
P12045
の子(こ)なれ共(ども)、色(いろ)しろう【白う】見(み)めよきをばめし【召し】
いだひ(いだい)【出だい】て、「是(これ)はなんの中将殿(ちゆうじやうどの)の若君(わかぎみ)、彼(かの)少将
殿(せうしやうどの)の君達(きんだち)」と申(まう)せば、父母(ぶも)なき【泣き】かなしめ
ども、「あれは介惜(かいしやく)【介錯】が申(まうし)候(さうらふ)」。「あれはめのとが申(まうす)」
なんどいふ間(あひだ)、無下(むげ)におさなき(をさなき)【幼き】をば水(みづ)に入(いれ)、
土(つち)にうづみ【埋み】、少(すこし)おとなしきをばおしころし【殺し】、
さしころす。母(はは)がかなしみ、めのとがなげき、
たとへんかたぞなかりける。北条(ほうでう)も子孫(しそん)さすが
多(おほ)ければ、是(これ)をいみじとは思(おも)はねど、世(よ)にしたがふ
P12046
ならひ【習ひ】なれば、力(ちから)をよば(およば)【及ば】ず。中(なか)にも小松(こまつの)三位(さんみの)中
将殿(ちゆうじやうどのの)若君(わかぎみ)、六代(ろくだい)御前(ごぜん)とておはすなり。平家(へいけ)
の嫡々(ちやくちやく)なるうへ【上】、年(とし)もおとなしうまします
なり。いかにもしてとり奉(たてまつ)らんとて、手(て)を分(わけ)
てもとめ【求め】られけれ共(ども)、尋(たづね)かねて、既(すで)に下(くだ)らん
とせられける処(ところ)に、ある女房(にようばう)の六波羅(ろくはら)に
出(いで)て申(まうし)けるは、「是(これ)より西(にし)、遍照寺(へんぜうじ)のおく、
大覚寺(だいかくじ)と申(まうす)山寺(やまでら)の北(きた)のかた、菖蒲谷(しやうぶだに)と
申(まうす)所(ところ)にこそ、小松(こまつの)三位(さんみの)中将殿(ちゆうじやうどの)の北方(きたのかた)・若君(わかぎみ)・姫公(ひめぎみ)
P12047
おはしませ」と申(まう)せば、時政(ときまさ)やがて【軈】人(ひと)をつけ
て、其(その)あたりをうかがは【伺は】せける程(ほど)に、ある【或】坊(ばう)
に、女房(にようばう)達(たち)おさなき(をさなき)【幼き】人(ひと)あまた、ゆゆしく忍(しの)び
たるてい【体】にてすまゐ(すまひ)【住ひ】けり。籬(まがき)のひまより
のぞきければ、白(しろ)いゑのこ【犬子】の走(はしり)出(いで)たるをとらん
とて、うつくしげなる若公(わかぎみ)【若君】の出(いで)給(たま)へば、めのと
の女房(にようばう)とおぼしくて、「あなあさまし。人(ひと)もこそ
見(み)まいらすれ(まゐらすれ)【参らすれ】」とて、いそぎひき【引き】入(いれ)奉(たてまつ)る。是(これ)ぞ
一定(いちぢやう)そにておはしますらんとおもひ【思ひ】、いそぎ
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走(はしり)帰(かへ)(ッ)てかくと申(まう)せば、次(つぎ)の日(ひ)かしこにうち【打ち】
むかひ【向ひ】、四方(しはう)を打(うち)かこみ、人(ひと)をいれ【入れ】ていはせ
けるは、「平家(へいけ)小松(こまつの)三位(さんみの)中将殿(ちゆうじやうどの)の若君(わかぎみ)六代(ろくだい)御前(ごぜん)、
是(これ)におはしますと承(うけたま)は(ッ)て、鎌倉(かまくら)殿(どの)の御代官(ごだいくわん)
に北条(ほうでうの)四郎(しらう)時政(ときまさ)と申(まうす)ものが御(おん)むかへ【向へ】にまい(ッ)(まゐつ)【参つ】て候(さうらふ)。
はやはや出(いだ)しまいら(ッ)(まゐらつ)【参らつ】させ給(たま)へ」と申(まう)されければ、
母(はは)うへ是(これ)を聞(きき)給(たま)ふに、つやつや物(もの)もおぼえ
給(たま)はず。斎藤五(さいとうご)・斎藤六(さいとうろく)はしり【走り】まは(ッ)て見(み)けれ
ども、武士(ぶし)ども四方(しはう)を打(うち)かこみ、いづかたより
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出(いだ)し奉(たてまつ)るべしともおぼえず。めのとの女房(にようばう)も
御(おん)まへにたふれ【倒れ】ふし、声(こゑ)もおしま(をしま)【惜しま】ず
おめき(をめき)【喚き】さけぶ【叫ぶ】。日比(ひごろ)は物(もの)をだにもたかく【高く】いは
ず、しのび【忍び】つつかくれ【隠れ】ゐたりつれ共(ども)、いま【今】は
家(いへ)の中(うち)にありとあるもの、こゑ【声】を調(ととの)へて
泣(なき)かなしむ。北条(ほうでう)も是(これ)をきい【聞い】て、よにこころ【心】
ぐるしげ【苦し気】におもひ【思ひ】、なみだ【涙】のごひ、つくづく
とぞまた【待た】れける。ややあ(ッ)てかさね【重ね】て申(まう)され
けるは、「世(よ)もいまだしづまり候(さうら)はねば、しどけなき
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事(こと)もぞ候(さうらふ)とて、御(おん)むかへ【向へ】にまい(ッ)(まゐつ)【参つ】て候(さうらふ)。別(べち)の御事(おんこと)
は候(さうらふ)まじ。はやはや出(いだ)しまいら(ッ)(まゐらつ)【参らつ】させ給(たま)へ」と申(まう)
されければ、若君(わかぎみ)母(はは)うへに申(まう)させたまひ
けるは、「つゐに(つひに)【遂に】のがる【逃る】まじう候(さうら)へば、とくとく
出(いだ)させおはしませ。武士(ぶし)ども【共】うち入(いり)てさがす
ものならば、うたてげなる御(おん)ありさま【有様】共(ども)を
見(み)えさせ給(たま)ひなんず。たとひまかり【罷り】出(いで)候(さうらふ)とも、
しばしも候(さうら)はば、いとまこふ(こう)【乞う】てかへりまいり(まゐり)【参り】候(さうら)はん。
いたくな歎(なげ)かせたまひ【給ひ】候(さうらひ)そ」と、なぐさめ給(たま)ふこそ
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いとおしけれ(いとほしけれ)。さてもあるべきならねば、母(はは)うへ
なくなく【泣く泣く】御(おん)ぐしかきなで、ものきせ【着せ】奉(たてまつ)り、
既(すで)に出(いだ)し奉(たてまつ)らんとしたまひけるが、黒木(くろき)の
ずず【数珠】のちいさふ(ちひさう)【小さう】うつくしいを取(とり)出(いだ)して、「是(これ)にて
いかにもならんまで、念仏(ねんぶつ)申(まうし)て極楽(ごくらく)へまい
れ(まゐれ)【参れ】よ」とて奉(たてまつ)り給(たま)へば、若君(わかぎみ)是(これ)をと(ッ)て、「母御
前(ははごぜん)にはけふ既(すで)にはなれ【離れ】まいらせ(まゐらせ)【参らせ】なんず。今(いま)は
いかにもして、父(ちち)のおはしまさん所(ところ)へぞまいり(まゐり)【参り】
たき」とのたまひ【宣ひ】けるこそ哀(あはれ)なれ。これ【是】を
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きい【聞い】て、御妹(おんいもうと)の姫君(ひめぎみ)の十(とを)になり給(たま)ふが、「われも
ちち御前(ごぜん)の御(おん)もとへまいら(まゐら)【参ら】ん」とて、はしり【走り】出(いで)
たまふ【給ふ】を、めのとの女房(にようばう)とりとどめ【留め】奉(たてまつ)る。
六代(ろくだい)御前(ごぜん)ことしはわづかに十二(じふに)にこそなり
たまへ【給へ】ども、よのつねの十四五(じふしご)よりはおとなし
く、見(み)め【眉目】かたちゆう(いう)【優】におはしければ、敵(かたき)によはげ(よわげ)【弱気】
をみえ【見え】じと、おさふる袖(そで)のひまよりも、余(あまり)
て涙(なみだ)ぞこぼれける。さて御輿(おんこし)にのりたまふ【給ふ】。
武士(ぶし)ども前後(ぜんご)左右(さう)に打(うち)かこ(ン)【囲ん】で出(いで)にけり。
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斎藤五(さいとうご)・斎藤六(さいとうろく)御輿(おんこし)の左右(さう)についてぞまいり(まゐり)【参り】
ける。北条(ほうでう)のりがへ【乗替】共(ども)おろしてのすれ【乗すれ】共(ども)のら
ず。大覚寺(だいかくじ)より六波羅(ろくはら)までかちはだしに
てぞ走(はしり)ける。母(はは)うへ・めのとの女房(にようばう)、天(てん)にあふぎ
地(ち)にふしてもだえ【悶え】こがれ給(たま)ひけり。「此(この)日比(ひごろ)平家(へいけ)
の子(こ)どもとりあつめ【集め】て、水(みづ)にいるるもあり、
土(つち)にうづむ【埋む】もあり、おしころし【殺し】、さしころし【殺し】、
さまざまにすときこゆれば、我(わが)子(こ)はなに【何】と
してかうしなは【失は】んずらん。O[BH すこし【少し】]おとなしければ、頸(くび)を
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こそきら【斬ら】んずらめ。人(ひと)の子(こ)はめのとな(ン)ど(なんど)のもと
にをき(おき)て、時々(ときどき)見(み)る事(こと)もあり【有り】。それだに
も恩愛(おんあい)はかなしき【悲しき】ならひ【習ひ】ぞかし。況(いはん)や是(これ)は
うみおとし【落し】て後(のち)、ひとひ【一日】かたとき【片時】も身(み)をはな
たず、人(ひと)のもたぬものをもちたるやうに思(おも)ひ
て、あさゆふ【朝夕】ふたりの中(なか)にてそだて【育て】し物(もの)を、
たのみ【頼み】をかけし人(ひと)にもあかで別(わかれ)し其(その)後(のち)は、
ふたりをうらうへ【裏表】にをき(おき)てこそなぐさみつる
に、ひとりはあれ共(ども)独(ひとり)はなし。けふより後(のち)は
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いかがせむ。此(この)三(み)とせが間(あひだ)、よるひるきも【肝】心(こころ)を
けしつつ、おもひ【思ひ】まうけ【設け】つる事(こと)なれ共(ども)、
さすが昨日(きのふ)今日(けふ)とは思(おもひ)よらず。年(とし)ごろは
長谷(はせ)の観音(くわんおん)をこそふかう【深う】頼(たの)み奉(たてまつ)りつる
に、終(つひ)にとられぬること【事】のかなしさよ。唯今(ただいま)
もやうしなひ【失ひ】つらん」とかきくどき【口説き】、泣(なく)より
外(ほか)の事(こと)ぞなき。さ夜(よ)もふけけれどむね【胸】
せきあぐる心(ここ)ち【心地】して、露(つゆ)もまどろみ給(たま)は
ぬが、めのとの女房(にようばう)にの給(たま)ひけるは、「ただいま
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ち(ッ)とうちまどろみたりつる夢(ゆめ)に、此(この)子(こ)が白(しろ)い
馬(むま)にのりて来(きたり)つるが、「あまりに恋(こひ)しう思(おもひ)
まいらせ(まゐらせ)【参らせ】候(さうら)へば、しばしのいとま【暇】こふ(こう)【乞う】てまいり(まゐり)【参り】て
候(さうらふ)」とて、そばについゐて、なに【何】とやらん、よに
うらめしげ【恨めし気】におもひ【思ひ】て、さめざめとなき【泣き】つるが、
程(ほど)なくうちおどろかれて、もしやとかたはらを
さぐれ【探れ】共(ども)人(ひと)もなし。夢(ゆめ)なりとも【共】しばし
もあらで、さめぬる事(こと)のかなしさよ」とぞ
語(かたり)たまふ【給ふ】。めのとの女房(にようばう)もなきけり。長(ながき)夜(よ)も
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いとどあかし【明かし】かねて、なみだ【涙】に床(とこ)も浮(うく)計(ばかり)
也(なり)。限(かぎり)あれば、鶏人(けいじん)暁(あかつき)をとなへて夜(よ)も明(あけ)ぬ。
斎藤六(さいとうろく)帰(かへ)りまいり(まゐり)【参り】たり。「さていかにやいかに」
と問(と)ひ給(たま)へば、「唯今(ただいま)まではべち【別】の御事(おんこと)
も候(さうら)はず。御文(おんふみ)の候(さうらふ)」とて、取(とり)いだい【出い】て奉(たてまつ)る。
あけて御覧(ごらん)ずれば、「いかに御心(おんこころ)ぐるしう思(おぼ)し
めされ候(さうらふ)らむ。只今(ただいま)までは別(べち)の事(こと)も候(さうら)はず。
いつしかたれたれも御恋(おんこひ)しうこそ候(さうら)へ」と、
よにおとなしやかにかき給(たま)へり。母(はは)うへこれ【是】を
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見(み)たまひ【給ひ】て、とかうの事(こと)もの給(たま)は【宣は】ず。ふみを
ふところ【懐】に引(ひき)入(いれ)て、うつぶしにぞなられ
ける。誠(まこと)に心(こころ)のうち【内】さこそはおはしけめと
おしはから【推し量ら】れて哀(あはれ)なり。かくて遥(はるか)に時剋(じこく)
おしうつりければ、「時(とき)の程(ほど)もおぼつかなう候(さうらふ)に、
帰(かへり)まいら(まゐら)【参ら】ん」と申(まう)せば、母(はは)うへ泣々(なくなく)御返事(おんぺんじ)かい
てたう【賜う】で(ン)げり。斎藤六(さいとうろく)いとま申(まうし)てまかり【罷り】出(いづ)。
めのとの女房(にようばう)せめても心(こころ)のあられずさに、
はしり【走り】出(いで)て、いづくをさすともなく、その
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辺(へん)を足(あし)にまかせ【任せ】てなきありくほど【程】に、
ある人(ひと)の申(まうし)けるは、「此(この)おくに高雄(たかを)といふ
山寺(やまでら)あり【有り】。その聖(ひじり)文覚房(もんがくばう)と申(まうす)人(ひと)こそ、鎌倉(かまくら)
殿(どの)にゆゆしき大事(だいじ)の人(ひと)におもは【思は】れまいらせ(まゐらせ)【参らせ】
ておはしますが、上臈(じやうらふ)の御子(おんこ)を御弟子(おんでし)にせん
とてほしがら【欲しがら】るなれ」と申(まうし)ければ、うれしき
事(こと)をききぬと思(おも)ひて、母(はは)うへにかくとも【共】申(まう)
さず、ただ一人(いちにん)高雄(たかを)に尋(たづね)入(い)り、聖(ひじり)にむかひ【向ひ】奉(たてまつり)
て、「ち【血】のなかよりおほし【生し】たて【立て】まいらせ(まゐらせ)【参らせ】て、ことし
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十二(じふに)にならせ給(たま)ひつる若君(わかぎみ)を、昨日(きのふ)武士(ぶし)に
とられてさぶらふ【候ふ】。御命(おんいのち)こひ【乞ひ】うけ【請け】まいらせ(まゐらせ)【参らせ】給(たま)ひて、
御弟子(おんでし)にせさせたまひ【給ひ】なんや」とて、聖(ひじり)の前(まへ)
にたふれ【倒れ】ふし、こゑ【声】もおしま(をしま)【惜しま】ずなきさけぶ【叫ぶ】。
まこと【誠】にせんかたなげにぞ見(み)えたりける。聖(ひじり)
むざんにおぼえければ事(こと)の子細(しさい)をとひ給(たま)ふ。
おきあが(ッ)【上がつ】て泣々(なくなく)申(まうし)けるは、「平家(へいけ)小松(こまつの)三位(さんみの)中
将(ちゆうじやう)の北方(きたのかた)の、したしうまします人(ひと)の御子(おんこ)を
やしなひ奉(たてまつ)るを、もし中将(ちゆうじやう)の君達(きんだち)とや人(ひと)
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の申(まうし)さぶらひけん、昨日(きのふ)武士(ぶし)のとりまいらせ(まゐらせ)【参らせ】て
まかり【罷り】さぶらひぬるなり」と申(まうす)。「さて武士(ぶし)をば
誰(たれ)といひつる」。「北条(ほうでう)とこそ申(まうし)さぶらひつれ」。
「いでいでさらば行(ゆき)むかひ【向ひ】て尋(たづね)む」とて、つき
いで【出で】ぬ。此(この)詞(ことば)をたのむ【頼む】べきにはあらね共(ども)、聖(ひじり)の
かくいへば、今(いま)すこし【少し】ひと【人】の心(ここ)ち【心地】いできて、大
覚寺(だいかくじ)へかへりまいり(まゐり)【参り】、母(はは)うへにかくと申(まう)せば、
「身(み)をなげに出(いで)ぬるやらんとおもひ【思ひ】て、我(われ)も
いかならん淵河(ふちかは)にも身(み)をなげんと思(おも)ひ
P12062
たれば」とて、事(こと)の子細(しさい)をとひたまふ【給ふ】。聖(ひじり)の
申(まうし)つるやう【様】をありのままに語(かたり)ければ、「あはれ
こひ【乞ひ】うけ【請け】て、今(いま)一度(ひとたび)見(み)せよかし」とて、手(て)をあは
せ【合はせ】てぞなかれける。聖(ひじり)六波羅(ろくはら)にゆきむか(ッ)【向つ】て、事(こと)
の子細(しさい)をとひたまふ【給ふ】。北条(ほうでう)申(まう)されけるは、「鎌倉(かまくら)
殿(どの)のおほせに、「平家(へいけ)の子孫(しそん)京中(きやうぢゆう)におほく【多く】
しのん【忍ん】でありときく。中(なか)にも小松(こまつの)三位(さんみの)中将(ちゆうじやう)
の子息(しそく)、中御門(なかのみかど)の新(しん)大納言(だいなごん)のむすめの腹(はら)に
ありときく。平家(へいけ)の嫡々(ちやくちやく)なるうへ【上】、年(とし)も
P12063
おとなしかんなり。いかにも尋(たづね)いだし【出し】て失(うしな)ふ
べし」と仰(おほ)せを蒙(かうぶり)て候(さうらひ)しが、此(この)程(ほど)すゑずゑ
のおさなき(をさなき)【幼き】人々(ひとびと)をば少々(せうせう)取(とり)奉(たてまつり)て候(さうらひ)つれ共(ども)、
此(この)若公(わかぎみ)【若君】は在所(ざいしよ)をしり奉(たてまつ)らで、尋(たづね)かねて既(すでに)
むなしう【空しう】罷(まかり)下(くだ)らむとし候(さうらひ)つるが、おもは【思は】ざる
外(ほか)、一昨日(をととひ)聞(きき)出(いだ)して、昨日(きのふ)むかへ【向へ】奉(たてまつり)て候(さうら)へども、な
のめならずうつくしうおはする間(あひだ)、あまりに
いとおしく(いとほしく)て、いまだともかうもし奉(たてまつ)らで
をき(おき)まいらせ(まゐらせ)【参らせ】て候(さうらふ)」と申(まう)せば、聖(ひじり)、「いでさらば
P12064
見(み)奉(たてまつ)らん」とて、若公(わかぎみ)【若君】のおはしける所(ところ)へまい(ッ)(まゐつ)【参つ】て
み【見】まいらせ(まゐらせ)【参らせ】給(たま)へば、ふたへをりもの(ふたへおりもの)【二重織物】の直垂(ひたたれ)に、
黒木(くろき)の数珠(ずず)手(て)にぬき【貫き】入(いれ)ておはします。髪(かみ)
のかかり、すがた、事(こと)がら、誠(まこと)にあてにうつくし
く、此(この)世(よ)の人(ひと)とも見(み)え給(たま)はず。こよひうち
とけてねたまは【給は】ぬとおぼしくて、すこし【少し】
おもやせ【痩せ】給(たま)へるにつけて、いとど心(こころ)ぐるし
うらうたくぞおぼえける。聖(ひじり)を御覧(ごらん)
じて何(なに)とかおぼしけん、涙(なみだ)ぐみ給(たま)へば、聖(ひじり)も
P12065
是(これ)を見(み)奉(たてまつり)てすぞろに墨染(すみぞめ)の袖(そで)をぞ
しぼりける。たとひすゑ【末】の世(よ)に、いかなる
あた敵(かたき)になるともいかが是(これ)を失(うしな)ひ奉(たてまつ)る
べきとかなしう【悲しう】おぼえければ、北条(ほうでう)にの給(たまひ)
けるは、「此(この)若君(わかぎみ)を見(み)奉(たてまつ)るに、先世(ぜんぜ)の事(こと)にや
候(さうらふ)らん、あまりにいとおしう(いとほしう)思(おも)ひ奉(たてまつ)り候(さうらふ)。廿日(はつか)
が命(いのち)をのべてたべ。鎌倉(かまくら)殿(どの)へまい(ッ)(まゐつ)【参つ】て申(まうし)あづ
かり候(さうら)はむ。聖(ひじり)鎌倉(かまくら)殿(どの)を世(よ)にあらせ奉(たてまつ)らん
とて、わが【我が】身(み)も流人(るにん)でありながら、院宣(ゐんぜん)うかが
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ふ(うかがう)【伺う】て奉(たてまつ)らんとて、京(きやう)へ上(のぼ)るに、案内(あんない)もしらぬ
富士川(ふじがは)の尻(すそ)による【夜】わたりかか(ッ)て、既(すで)におし
ながされんとしたりし事(こと)、高市(たかし)の山(やま)にて
ひ(ッ)ぱぎ【引剥】にあひ、手(て)をす(ッ)て命(いのち)ばかりいき、福原(ふくはら)
の籠(ろう)の御所(ごしよ)へまいり(まゐり)【参り】、前(さきの)右兵衛督(うひやうゑのかみ)光能卿(みつよしのきやう)に
つき奉(たてまつり)て、院宣(ゐんぜん)申(まうし)いだいて奉(たてまつり)しときの約
束(やくそく)には、「いかなる大事(だいじ)をも申(まう)せ。聖(ひじり)が申(まう)さん
事(こと)をば、頼朝(よりとも)が一期(いちご)の間(あひだ)はかなへ【適へ】ん」とこそ
のたまひ【宣ひ】しか。其(その)後(のち)もたびたびの奉公(ほうこう)、かつ〔う〕は
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見(み)給(たま)ひし事(こと)なれば、こと【事】あたらしう始而(はじめて)
申(まうす)べきにあらず。契(ちぎり)をおもふ(おもう)【重う】して命(めい)をかろ
うず【軽うず】。鎌倉(かまくら)殿(どの)に受領神(じゆりやうじん)[* 「神」の左に(かみイ)の振り仮名]つき給(たま)はずは、よも
わすれ給(たま)はじ」とて、その暁(あかつき)立(たち)にけり。斎
藤五(さいとうご)・斎藤六(さいとうろく)是(これ)をきき、聖(ひじり)を生身(しやうじん)の仏(ほとけ)の
如(ごと)くおもひ【思ひ】て、手(て)を合(あはせ)て涙(なみだ)をながす。いそぎ
大覚寺(だいかくじ)へまい(ッ)(まゐつ)【参つ】て此(この)由(よし)申(まうし)ければ、是(これ)をきき
給(たま)ひける母(はは)うへのこころ【心】のうち、いか計(ばかり)かは
うれしかりけむ。され共(ども)鎌倉(かまくら)のはからひ
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なれば、いかがあらんずらむとおぼつかなけれ
ども、当時(たうじ)聖(ひじり)のたのもしげ【頼もし気】に申(まうし)て下(くだ)り
ぬるうへ【上】、廿日(はつか)の命(いのち)ののびたまふ【給ふ】に、母(はは)うへ・めのと
の女房(にようばう)すこし【少し】心(こころ)もとりのべて、ひとへに
観音(くわんおん)の御(おん)たすけ【助け】なればと、たのもしう【頼もしう】
ぞおもは【思は】れける。かくて明(あか)し暮(くら)したまふ【給ふ】
ほど【程】に、廿日(はつか)の過(すぐ)るは夢(ゆめ)なれや、聖(ひじり)はいまだ
見(み)えざりけり。「何(なに)となりぬる事(こと)やらん」
と、なかなか心(こころ)ぐるしうて、今更(いまさら)またもだえ【悶え】
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こがれ給(たま)ひけり。北条(ほうでう)も、「文学房(もんがくばう)のやく
そく【約束】の日数(ひかず)もすぎぬ。さのみ在京(ざいきやう)して
年(とし)を暮(くら)すべきにもあらず。今(いま)は下(くだ)らむ」と
てひしめきければ、斎藤五(さいとうご)・斎藤六(さいとうろく)手(て)を
にぎり肝(きも)魂(たましひ)をくだけども【共】、聖(ひじり)もいまだ
見(み)えず、使者(ししや)をだにも上(のぼ)せねば、おもふ【思ふ】はかり
ぞなかりける。是等(これら)大覚寺(だいかくじ)へ帰(かへ)りまい(ッ)(まゐつ)【参つ】て、
「聖(ひじり)もいまだのぼり候(さうら)はず。北条(ほうでう)も曉(あかつき)下向(げかう)
仕(つかまつり)候(さうらふ)」とて、左右(さう)の袖(そで)をかほ【顔】におしあてて、涙(なみだ)を
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はらはらとながす。是(これ)をきき給(たま)ひける母(はは)うへ
の心(こころ)のうち、いかばかりかはかなしかり【悲しかり】けむ。
「あはれおとなしやかならんものの、聖(ひじり)の行(ゆき)
あはん所(ところ)まで六代(ろくだい)をぐせよといへかし。もし
こひ【乞ひ】うけ【請け】てものぼら【上ら】んに、さきにきりたらん
かなしさをば、いかがせむずる。さてとく【疾く】うし
なひ【失なひ】げなるか」とのたまへ【宣へ】ば、「やがて此(この)暁(あかつき)の
程(ほど)とこそ見(み)えさせ給(たまひ)候(さうら)へ。そのゆへ(ゆゑ)【故】は、此(この)ほど【程】御(おん)
とのゐ【宿直】仕(つかまつり)候(さうらひ)つる北条(ほうでう)の家子(いへのこ)郎等(らうどう)ども、よに
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名残(なごり)おしげ(をしげ)【惜し気】におもひ【思ひ】まいらせ(まゐらせ)【参らせ】て、或(あるいは)念仏(ねんぶつ)
申(まうす)者(もの)も候(さうらふ)、或(あるいは)涙(なみだ)をながす者(もの)も候(さうらふ)」。「さて此(この)子(こ)
は何(なに)としてあるぞ」とのたまへ【宣へ】ば、「人(ひと)の見(み)
まいらせ(まゐらせ)【参らせ】候(さうらふ)ときはさらぬやうにもてないて、
御数珠(おんじゆず)をくらせおはしまし候(さうらふ)が、人(ひと)の候(さうら)はぬ
とき【時】は、御袖(おんそで)を御(おん)かほ【顔】におしあてて、御(おん)なみだ【涙】
にむせばせ給(たま)ひ候(さうらふ)」と申(まうす)。「さこそあるらめ。
おさなけれ(をさなけれ)【幼けれ】共(ども)心(こころ)おとなしやかなるものなり。
こよひかぎりの命(いのち)とおもひ【思ひ】て、いかに心(こころ)ぼそかる
P12072
らん。しばしもあらば、いとまこふ(こう)【乞う】てまいら(まゐら)【参ら】
むといひしかども【共】、廿日(はつか)にあまるに、あれへ
もゆかず、是(これ)へも見(み)えず。けふより後(のち)又(また)
何(いつ)の日(ひ)何(いつ)の時(とき)あひ見(み)るべしともおぼえず。
さて汝等(なんぢら)はいかがはからふ」との給(たま)へ【宣へ】ば、「これはいづく
までも御供(おんとも)仕(つかまつ)り、むなしう【空しう】ならせ給(たま)ひて
候(さうら)はば、御骨(ごこつ)をとり奉(たてまつ)り、高野(かうや)のお山(やま)【御山】におさめ(をさめ)【納め】
奉(たてまつ)り、出家(しゆつけ)入道(にふだう)して、後世(ごせ)をとぶらひ【弔ひ】まいらせ(まゐらせ)【参らせ】ん
とこそおもひな(ッ)て候(さうら)へ」と申(まうす)。「さらば、あまりに
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おぼつかなふ(おぼつかなう)おぼゆる【覚ゆる】に、とうかへれ」との給(たま)へ【宣へ】ば、
二人(ににん)の者(もの)なくなく【泣々】いとま申(まうし)て罷(まかり)出(い)づ。さる程(ほど)
に、同(おなじき)十二月(じふにぐわつ)十六[B 七イ]日(じふろくにち)、北条(ほうでうの)四郎(しらう)若公(わかぎみ)【若君】具(ぐ)し奉(たてまつり)て、
既(すでに)都(みやこ)を立(たち)にけり。斎藤五(さいとうご)・斎藤六(さいとうろく)涙(なみだ)にくれて
ゆくさきも見(み)えね共(ども)、最後(さいご)の所(ところ)までと思(おも)ひ
つつ、泣々(なくなく)御供(おんとも)にまいり(まゐり)【参り】けり。北条(ほうでう)「馬(むま)にのれ」と
いへどものらず、「最後(さいご)の供(とも)で候(さうら)へば、くるしう【苦しう】
候(さうらふ)まじ」とて、血(ち)の涙(なみだ)をながしつつ、足(あし)にまかせ【任せ】
てぞ下(くだり)ける。六代(ろくだい)御前(ごぜん)はさしもはなれがたく
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おぼしける母(はは)うへ・めのとの女房(にようばう)にもわかれはて、
住(すみ)なれし都(みやこ)をも、雲井(くもゐ)のよそにかへりみ
て、けふをかぎりの東路(あづまぢ)におもむかれけん
心(こころ)のうち、おしはから【推し量ら】れて哀(あはれ)なり。駒(こま)をはやむる
武士(ぶし)あれば、我(わが)頸(くび)うたんずるかと肝(きも)をけし、
物(もの)いひかはす人(ひと)あれば、既(すで)に今(いま)やと心(こころ)をつくす。
四(し)の宮河原(みやがはら)とおもへ【思へ】共(ども)、関山(せきやま)をもうちこえ【越え】て、
大津(おほつ)の浦(うら)になりにけり。粟津(あはづ)の原(はら)かとうかが
へ【伺へ】ども、けふもはや暮(くれ)にけり。国々(くにぐに)宿々(しゆくじゆく)打(うち)
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過(すぎ)打(うち)過(すぎ)行(ゆく)程(ほど)に、駿河国(するがのくに)にもつき給(たまひ)ぬ。若公(わかぎみ)【若君】
の露(つゆ)の御命(おんいのち)、けふをかぎりとぞきこえ【聞え】
ける。千本(せんぼん)の松原(まつばら)に武士(ぶし)どもみなおりゐ
て、御輿(おんこし)かきすへ(すゑ)【据ゑ】させ、しきがは【敷皮】しいて、若公(わかぎみ)【若君】すへ(すゑ)【据ゑ】
奉(たてまつ)る。北条(ほうでうの)四郎(しらう)若公(わかぎみ)【若君】の御(おん)まへ【前】ちかふ(ちかう)【近う】まい(ッ)(まゐつ)【参つ】て申(まう)
されけるは、「是(これ)まで具(ぐ)しまいらせ(まゐらせ)【参らせ】候(さうらひ)つるは、
別(べち)の事(こと)候(ざうら)はず。もしみちにて聖(ひじり)にもや行(ゆき)
あひ候(さうらふ)と、まち【待ち】すぐしまいらせ(まゐらせ)【参らせ】候(さうらひ)つるなり。
御心(おんこころ)ざしの程(ほど)は見(み)えまいらせ(まゐらせ)【参らせ】候(さうらひ)ぬ。山(やま)のあなた
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までは鎌倉(かまくら)殿(どの)の御心中(ごしんぢゆう)をもしり【知り】がたふ(がたう)【難う】候(さうら)へば、
近江国(あふみのくに)にてうしなひ【失ひ】まいらせ(まゐらせ)【参らせ】て候(さうらふ)よし、披
露(ひろう)仕(つかまつり)候(さうらふ)べし。誰(たれ)申(まうし)候(さうらふ)共(とも)、一業(いちごふ)(いちゴウ)所感(しよかん)の御事(おんこと)なれ
ば、よも叶(かなひ)候(さうら)はじ」と泣々(なくなく)申(まうし)ければ、若君(わかぎみ)とも
かうもその返事(へんじ)をばしたまは【給は】ず、斎藤五(さいとうご)・
斎藤六(さいとうろく)をちかふ(ちかう)【近う】めし【召し】て、「我(われ)いかにもなりなん
後(のち)、汝等(なんぢら)都(みやこ)に帰(かへ)(ッ)て、穴賢(あなかしこ)道(みち)にてきら【斬ら】れたり
とは申(まうす)べからず。そのゆへ(ゆゑ)【故】は、終(つひ)にはかくれ【隠れ】あるまじ
けれ共(ども)、まさしう此(この)有様(ありさま)きい【聞い】て、あまりに歎(なげき)
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給(たま)はば、草(くさ)の陰(かげ)にてもこころぐるしう【心苦しう】おぼ
えて、後世(ごせ)のさはりともならんずるぞ。鎌
倉(かまくら)まで送(おくり)つけてまい(ッ)(まゐつ)【参つ】て候(さうらふ)と申(まうす)べし」との給(たま)
へ【宣へ】ば、二人(ににん)のもの【者】共(ども)肝(きも)魂(たましひ)(タマシイ)も消(きえ)はてて、しばしは
御返事(おんぺんじ)にもをよば(およば)【及ば】ず。良(やや)あ(ッ)て斎藤五(さいとうご)
「君(きみ)にをくれ(おくれ)【遅れ】まいらせ(まゐらせ)【参らせ】て後(のち)、命(いのち)いきて安
穏(あんをん)に都(みやこ)まで上(のぼ)りつくべしともおぼえ候(さうら)
はず」とて、なみだ【涙】をおさへ【抑へ】てふしにけり。既(すでに)
今(いま)はの時(とき)になりしかば、若公(わかぎみ)【若君】御ぐしのかたに
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かかりたりけるを、よにうつくしき御手をも(ッ)て
前へ打越(こ)し給ひたりければ、守護の武士ども
見まいらせ(まゐらせ)【参らせ】て、「あないとをし(いとほし)。いまだ御心のまし
ますよ」とて、皆袖をぞぬらしける。其後
西(にし)にむかひ【向ひ】手(て)を合(あはせ)て、静(しづか)に念仏(ねんぶつ)唱(となへ)つつ、頸(くび)
をのべてぞ待(まち)たまふ【給ふ】。狩野(かのの)工藤三(くどうざう)(くダウざう)親俊(ちかとし)
切手(きりて)にゑらば(えらば)【選ば】れ、太刀(たち)をひ(ッ)【引つ】そばめて、左(ひだり)のかた【方】
より御(おん)うしろに立(たち)まはり、既(すで)にきり奉(たてまつ)らん
としけるが、目(め)もくれ心(こころ)も消(きえ)はてて、いづくに
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太刀(たち)を打(うち)つくべしともおぼえず。前後(ぜんご)
不覚(ふかく)になりしかば、「つかまつ【仕つ】とも覚(おぼえ)候(さうら)はず。
他人(たにん)(たジン)に仰(おほせ)付(つけ)られ候(さうら)へ」とて、太刀(たち)を捨(すて)てのき
にけり。「さらばあれきれ、これきれ」とて、
切手(きりて)をえらぶ処(ところ)に、墨染(すみぞめ)の衣(ころも)袴(はかま)きて
月毛(つきげ)なる馬(むま)にの(ッ)【乗つ】たる僧(そう)一人(いちにん)、鞭(むち)をあげて
ぞ馳(はせ)たりける。あないとをし(いとほし)、あの松原の
中に、世にうつくしき若君を、北条殿のきら【斬ら】
せたまふぞや」とて、物共(ども)ひしひしとはしり
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あつまりければ、此僧「あな心う」とて、手をあがい
てまねきけるが、猶おぼつかなさに、きたる
笠をぬぎ、指あげてぞまねきける。北条
「子細有(あり)」とて待処に、此僧馳(はせ)ついて、いそぎ
馬(むま)より飛(とび)おり、しばらくいきを休(やすめ)て、「若公(わかぎみ)【若君】
ゆるさ【許さ】せ給(たま)ひて候(さうらふ)。鎌倉(かまくら)殿(どの)の御教書(みげうしよ)是(これ)に
候(さうらふ)」とてとり【取り】出(いだ)して奉(たてまつ)る。披(ひらい)て見(み)たまへ【給へ】ば、
まことや小松(こまつの)三位(さんみの)中将(ちゆうじやう)維盛卿(これもりのきやう)の子息(しそく)尋(たづね)出(いだ)され
て候(さうらふ)なる、高雄(たかを)の聖(ひじりの)御房(ごばう)申(まうし)うけんと候(さうらふ)。疑(うたがひ)(ウタガイ)を
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なさずあづけ奉(たてまつ)るべし。北条(ほうでうの)四郎殿(しらうどの)へ頼朝(よりとも)
とあそばして、御判(ごはん)あり【有り】。二三遍(にさんべん)おしかへしおしかへし
よふ(よう)【読う】で後(のち)、「神妙(しんべう)々々(しんべう)」とて打(うち)をか(おか)【置か】れければ、
「斎藤五(さいとうご)・斎藤六(さいとうろく)はいふにをよば(およば)【及ば】ず、北条(ほうでう)の
家子(いへのこ)郎等(らうどう)共(ども)も皆(みな)悦(よろこび)の涙(なみだ)をぞながし【流し】ける。
『泊瀬六代(はせろくだい)』S1208
○さる程(ほど)に、文覚房(もんがくばう)もつと出(いで)きたり、若公(わかぎみ)【若君】こひ【乞ひ】
うけ【請け】たりとて、きそく【気色】誠(まこと)にゆゆしげなり。
「「此(この)若公(わかぎみ)【若君】の父(ちち)三位(さんみの)中将殿(ちゆうじやうどの)は、初度(しよど)の戦(いくさ)の大将(だいしやう)也(なり)。
誰(たれ)申(まうす)とも【共】叶(かなふ)まじ」とのたまひ【宣ひ】つれば、「文覚(もんがく)が
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心(こころ)をやぶつては、争(いかで)か冥加(みやうが)もおはすべき」な(ン)ど(なんど)、
悪口(あつこう)申(まうし)つれ共(ども)、猶(なほ)「叶(かなふ)まじ」とて、那須野(なすの)の
狩(かり)に下(くだ)り給(たま)ひし間(あひだ)、剰(あまつさへ)文覚(もんがく)も狩場(かりば)の供(とも)
して、やうやうに申(まうし)てこひ【乞ひ】請(うけ)たり。いかに、遅(おそ)(ヲソ)ふ(おそう)
おぼしつらん」と申(まう)されければ、北条(ほうでう)「廿日(はつか)と
仰(おほせ)られ候(さうらひ)し御約束(おんやくそく)の日(ひ)かずも過(すぎ)候(さうらひ)ぬ。鎌倉(かまくら)
殿(どの)の御(おん)ゆるされ【許され】なきよと存(ぞん)じて、具(ぐ)し
奉(たてまつり)て下(くだ)る程(ほど)に、かしこうぞ。爰(ここ)にてあやまち
仕(つかまり)候(さうらふ)らむに」とて、鞍(くら)をい(おい)【置い】てひか【引か】せたる馬(むま)共(ども)に、
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斎藤五(さいとうご)・斎藤六(さいとうろく)をのせ【乗せ】てのぼらせらる。「我(わが)身(み)
も遥(はるか)にうち【打ち】送(おく)り奉(たてまつり)て、しばらく御供(おんとも)申(まうし)たふ(たう)
候(さうら)へども【共】、鎌倉(かまくら)殿(どの)にさして申(まうす)べき大事共(だいじども)候(さうらふ)。
暇(いとま)申(まうし)て」とてうちわかれてぞ下(くだ)られける。誠(まこと)
に情(なさけ)ふかかりけり。聖(ひじり)若公(わかぎみ)【若君】を請(うけ)とり奉(たてまつり)て、
夜(よ)を日(ひ)についで馳(はせ)のぼるほど【程】に、尾張国(をはりのくに)
熱田(あつた)の辺(へん)にて、今年(ことし)も既(すで)に暮(くれ)ぬ。明(あく)る
正月(しやうぐわつ)五日(いつか)の夜(よ)に入(いり)て、都(みやこ)へのぼりつく。二条(にでう)
猪熊(ゐのくま)なる所(ところ)に文覚房(もんがくばう)の宿所(しゆくしよ)あり【有り】ければ、
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それに入(いれ)奉(たてまつり)て、しばらくやすめ奉(たてまつ)り、夜半(やはん)
ばかり大覚寺(だいかくじ)へぞおはしける。門(かど)をたたけ
共(ども)人(ひと)なければ音(おと)もせず。築地(ついぢ)のくづれより
若公(わかぎみ)【若君】のかひ【飼ひ】給(たま)ひけるしろい【白い】ゑのこ【犬子】のはしり【走り】
出(いで)て、尾(を)をふ(ッ)てむかひ【向ひ】けるに、「母(はは)うへはいづく
にましますぞ」ととは【問は】れけるこそせめての
事(こと)なれ。斎藤六(さいとうろく)、築地(ついぢ)をこえ、門(かど)をあけて
いれ【入れ】奉(たてまつ)る。ちかふ(ちかう)【近う】人(ひと)の住(すみ)たる所(ところ)とも見(み)えず。
「いかにもしてかひなき命(いのち)をいか【生か】ばやと思(おもひ)しも、
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恋(こひ)しき人々(ひとびと)を今(いま)一度(いちど)見(み)ばやとおもふ【思ふ】ため也(なり)。
こはされば何(なに)となり給(たま)ひけるぞや」とて、夜(よ)
もすがら泣(なき)かなしみたまふ【給ふ】ぞまこと【誠】にこと
はり(ことわり)【理】と覚(おぼえ)て哀(あはれ)なる。夜(よ)を待(まち)あかして近(ちかき)
里(さと)の者(もの)に尋(たづね)給(たま)へば、「年(とし)のうちに大仏(だいぶつ)まいり(まゐり)【参り】
とこそうけ給(たまはり)【承り】候(さうらひ)しか。正月(しやうぐわつ)の程(ほど)は長谷寺(はせでら)に
御(おん)こもりと聞(きこ)え候(さうらひ)しが、其(その)後(のち)は御宿所(おんしゆくしよ)へ
人(ひと)のかよふ【通ふ】とも見(みえ)候(さうら)はず」と申(まうし)ければ、斎藤
五(さいとうご)いそぎ長谷(はせ)へ[M 「馳」をミセケチ「長谷へ」と傍書]まい(ッ)(まゐつ)【参つ】て尋(たづね)あひ奉(たてまつ)り、此(この)由(よし)申(まうし)ければ、
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母(はは)うへ【上】・めのとの女房(にようばう)つやつやうつつともおぼえ
給(たま)はず、「是(これ)はされば夢(ゆめ)かや。夢(ゆめ)か」とぞの給(たま)ひ
ける。いそぎ大覚寺(だいかくじ)へ出(いで)させたまひ【給ひ】、若公(わかぎみ)【若君】を
御覧(ごらん)じてうれしさにも、ただ先立(さきだつ)ものは
涙(なみだ)なり。「早々(はやはや)出家(しゆつけ)し給(たま)へ」と仰(おほせ)られけれ共(ども)、
聖(ひじり)おしみ(をしみ)【惜しみ】奉(たてまつり)て出家(しゆつけ)もせさせ奉(たてまつ)らず。やがて
むかへ【向へ】と(ッ)て高雄(たかを)に置(おき)(ヲキ)奉(たてまつ)り、北(きた)の方(かた)のかすか【幽】
なる御有様(おんありさま)をもとぶらひ【訪ひ】けるとこそ
聞(きこ)えし。観音(くわんおん)の大慈(だいじ)大悲(だいひ)は、つみ【罪】あるもつみ
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なきをもたすけ【助け】給(たま)へば、昔(むかし)もかかるためし【例】
おほし【多し】といへ共(ども)、ありがたかりし事(こと)共(ども)なり。
○さるほど【程】に、北条(ほうでうの)四郎(しらう)六代(ろくだい)御前(ごぜん)具(ぐ)し奉(たてまつり)て
下(くだ)りけるに、鎌倉(かまくら)殿(どのの)御使(おんつかひ)鏡(かがみ)の宿(しゆく)にて行(ゆき)
逢(あひ)たり。「いかに」ととへば、「十郎(じふらう)蔵人殿(くらんどどの)、信太(しだの)三郎(さぶらう)
先生殿(せんじやうどの)、九郎(くらう)判官殿(はうぐわんどの)に同心(どうしん)のよしきこえ【聞え】候(さうらふ)。
討(うち)奉(たてまつ)れとの御気色(ごきそく)で候(さうらふ)」と申(まうす)。北条(ほうでう)「我(わが)身(み)は
大事(だいじ)のめしうと【召人】具(ぐ)したれば」とて、甥(をひ)(ヲイ)の
北条(ほうでうの)平六(へいろく)時貞(ときさだ)が送(おく)りに下(くだ)りけるを、おいそ【老蘇】
P12088
の森(もり)より「とう【疾う】わとの【和殿】は帰(かへ)(ッ)て此(この)人々(ひとびと)おはし
所(どころ)聞(きき)出(いだ)して討(うつ)てまいらせよ(まゐらせよ)【参らせよ】」とてとどめ【留め】
らる。平六(へいろく)都(みやこ)に帰(かへ)(ッ)て尋(たづぬ)る程(ほど)に、十郎(じふらう)蔵人殿(くらんどどの)
の在所(ざいしよ)知(しり)たりといふ寺(てら)法師(ほふし)いできたり。彼(かの)
僧(そう)に尋(たづぬ)れば、「我(われ)はくはしう【詳しう】はしら【知ら】ず。しり【知り】たり
といふ僧(そう)こそあれ」といひければ、おし【押し】よせ【寄せ】て
かの僧(そう)をからめとる。「是(これ)はなんのゆへ(ゆゑ)【故】にからむる
ぞ」。「十郎(じふらう)蔵人殿(くらんどどの)の在所(ざいしよ)し(ッ)【知つ】た(ン)なればからむる也(なり)」。
「さらば「をしへよ【教へよ】」とこそいはめ。さう【左右】なうからむる
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事(こと)はいかに。天王寺(てんわうじ)にとこそきけ【聞け】」。「さらば
じんじよ【尋所】せよ」とて、平六(へいろく)が聟(むこ)の笠原(かさはら)の十郎(じふらう)
国久(くにひさ)、殖原(うゑはら)の九郎(くらう)、桑原(くはばら)の次郎(じらう)、服部(はつとり)の平六(へいろく)
をさきとして其(その)勢(せい)卅(さんじふ)余騎(よき)、天王寺(てんわうじ)へ発向(はつかう)す。
十郎(じふらう)蔵人(くらんど)の宿(しゆく)は二所(ふたところ)あり【有り】。谷(たに)の学頭(がくとう)伶人(れいじん)兼
春(かねはる)、秦六(しんろく)秦七(しんしち)と云(いふ)者(もの)のもとなり。ふた手(て)に
つく(ッ)て押(おし)よせたり。十郎(じふらう)蔵人(くらんど)は兼春(かねはる)がもと
におはし【在し】けるが、物具(もののぐ)したるもの共(ども)の打(うち)入(いる)を見(み)
て、うしろより落(おち)にけり。学頭(がくとう)がむすめ
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二人(ににん)あり【有り】。ともに蔵人(くらんど)のおもひもの【思者】なり。是等(これら)を
とらへて蔵人(くらんど)のゆくゑ(ゆくへ)【行方】を尋(たづぬ)れば、姉(あね)は「妹(いもうと)に
とへ」といふ、妹(いもうと)は「姉(あね)にとへ」といふ。俄(にはか)に落(おち)ぬる
事(こと)なれば、たれにもよもしらせ【知らせ】じなれ
共(ども)、具(ぐ)して京(きやう)へぞのぼりける。蔵人(くらんど)は熊野(くまの)
の方(かた)へ落(おち)けるが、只(ただ)一人(いちにん)ついたりける侍(さぶらひ)、足(あし)
をやみければ、和泉国(いづみのくに)八木郷(やぎのがう)といふ所(ところ)に逗留(とうりう)
してこそゐたりけれ。彼(かの)主(あるじ)の男(をとこ)、蔵人(くらんど)を見(み)
し(ッ)【知つ】てよ【夜】もすがら京(きやう)へ馳(はせ)のぼり、北条(ほうでう)平六(へいろく)に
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つげたりければ、「天王寺(てんわうじ)の手(て)の者(もの)はいまだ
のぼらず。誰(たれ)をかやるべき」とて、大源次(だいげんじ)宗春(むねはる)と
いふ郎等(らうどう)をよう【呼う】で、「汝(なんぢ)が宮(みや)たてたりし山
僧(さんぞう)はいまだあるか」。「さ(ン)候(ざうらふ)」。「さらばよべ」とてよばれ
ければ、件(くだんの)法師(ほふし)いできたり。「十郎(じふらう)蔵人(くらんど)の
おはします、討(うつ)て鎌倉(かまくら)殿(どの)にまいらせ(まゐらせ)【参らせ】て御恩(ごおん)
蒙(かうぶ)りたまへ【給へ】」。「さうけ給(たまはり)【承り】候(さうらひ)ぬ。人(ひと)をたび候(さうら)へ」と
申(まうす)。「やがて大源次(だいげんじ)くだれ、人(ひと)もなきに」とて、舎
人(とねり)雑色(ざつしき)人数(にんじゆ)わづかに十四五人(じふしごにん)相(あひ)そへてつかはす【遣す】。
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常陸房(ひたちばう)正明(しやうめい)といふものなり。和泉国(いづみのくに)に下(くだり)つき、
彼(かの)家(いへ)にはしり【走り】入(いり)てみれ【見れ】共(ども)なし。板(いた)じき
うちやぶ(ッ)【破つ】てさがし、ぬりごめ【塗籠】のうちをみれ【見れ】
共(ども)なし。常陸房(ひたちばう)大路(おほち)にた(ッ)てみれ【見れ】ば、百姓(ひやくしやう)
の妻(つま)とおぼしくて、おとなしき女(をんな)のとをり(とほり)【通り】
けるをとらへて、「此(この)辺(へん)にあやしばうだる旅
人(たびびと)のとどま(ッ)【留まつ】たる所(ところ)やある。いはずはき(ッ)て捨(すて)ん」
といへば、「唯今(ただいま)さがさ【探さ】れさぶらふ(さぶらう)つる家(いへ)にこそ、
夜部(よべ)までよに尋常(じんじやう)なる旅人(たびびと)の二人(ににん)とど
P12093
ま(ッ)【留まつ】てさぶらひつるが、けさな(ン)ど(なんど)いで【出で】てさぶらふ【候ふ】
やらん。あれに見(み)えさぶらふおほ屋(や)【大屋】にこそ
いまはさぶらふ【候ふ】なれ」といひければ、常陸房(ひたちばう)
黒革威(くろかはをどし)の腹巻(はらまき)の袖(そで)つけたるに、大(おほ)だち【太刀】はい
て彼(かの)家(いへ)に走(はしり)入(いり)てみれ【見れ】ば、歳(とし)五十(ごじふ)ばかり
なる男(をのこ)の、かち【褐】の直垂(ひたたれ)におり烏帽子(ゑぼし)(をりゑぼし)【折烏帽子】き【着】て、
唐瓶子(からへいじ)菓子(くわし)な(ン)ど(なんど)とりさばくり【捌くり】、銚子(てうし)ども
も(ッ)て酒(さけ)すすめむとする処(ところ)に、物具(もののぐ)したる
法師(ほふし)のうち入(いる)を見(み)て、かいふいてにげければ、
P12094
やがてつづいてを(ッ)(おつ)【追つ】かけたり。蔵人(くらんど)「あの僧(そう)。や、それは
あらぬぞ。行家(ゆきいへ)はここにあり」との給(たま)へ【宣へ】ば、走(はしり)
帰(かへ)(ッ)て見(み)るに、白(しろ)い小袖(こそで)に大口(おほくち)ばかりきて、左(ひだり)
の手(て)には金作(こがねづくり)の小太刀(こだち)をもち、右(みぎ)の手(て)には
野太刀(のだち)のおほき【大き】なるをもた【持た】れたり。常
陸房(ひたちばう)「太刀(たち)なげさせ給(たま)へ」と申(まう)せば、蔵人(くらんど)大(おほき)に
わらは【笑は】れけり。常陸房(ひたちばう)走(はしり)よ(ッ)【寄つ】てむずときる。
ちやうどあはせ【合はせ】ておどり(をどり)【躍り】のく。又(また)よ(ッ)【寄つ】てきる。
ちやうどあはせ【合はせ】ておどり(をどり)【躍り】のく。よりあひより
P12095
のき一時(ひととき)ばかりぞたたかふ(たたかう)【戦う】たる。蔵人(くらんど)うしろ
なるぬりごめの内(うち)へしざり【退り】いら【入ら】んとし給(たま)へば、
常陸房(ひたちばう)「まさなう候(さうらふ)。ないら【入ら】せ給(たま)ひ候(さうらひ)そ」と申(まう)
せば、「行家(ゆきいへ)もさこそおもへ【思へ】」とて又(また)おどり(をどり)【躍り】出(いで)て
たたかふ【戦ふ】。常陸房(ひたちばう)太刀(たち)を捨(すて)てむずとくん【組ん】で
どうどふす【臥す】。うへ【上】になり下(した)になり、ころびあふ
処(ところ)に、大源次(だいげんじ)つ(ッ)といできたり。あまりにあは
て(あわて)【慌て】てはいたる太刀(たち)をばぬかず、石(いし)をにぎ(ッ)て蔵
人(くらんど)のひたい(ひたひ)をはたとう(ッ)【打つ】て打(うち)わる。蔵人(くらんど)大(おほき)に
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わら(ッ)【笑つ】て、「をのれ(おのれ)【己】は下臈(げらふ)なれば、太刀(たち)長刀(なぎなた)でこそ
敵(かたき)をばうて、つぶて【礫】にて敵(かたき)うつ様(やう)やある」。
常陸房(ひたちばう)「足(あし)をゆへ」とぞ下知(げぢ)しける。常陸
房(ひたちばう)は敵(かたき)が足(あし)をゆへとこそ申(まうし)けるに、余(あまり)に
あはて(あわて)【慌て】て四(よつ)の足(あし)をぞゆう【結う】たりける。其(その)後(のち)蔵
人(くらんど)の頸(くび)に縄(なは)をかけてからめ、ひき【引き】おこし【起し】て
おしすへ(すゑ)【据ゑ】たり。「水(みづ)まいらせよ(まゐらせよ)【参らせよ】」とのたまへ【宣へ】ば、
ほしい(ほしひ)【干飯】をあらふ(あらう)【洗う】てまいらせ(まゐらせ)【参らせ】たり。水(みづ)をばめし【召し】
て糒(ほしひ)をばめさず。さしをき(おき)給(たま)へば、常陸房(ひたちばう)
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と(ッ)てくうて(ン)げり。「わ僧(そう)は山法師(やまぼふし)か」。「山法師(やまぼふし)
で候(さうらふ)」。「誰(たれ)といふぞ」。「西塔(さいたふ)の北谷(きただに)法師(ぼふし)常陸房(ひたちばう)正
明(しやうめい)と申(まうす)者(もの)で候(さうらふ)」。「さては行家(ゆきいへ)につかは【使は】れんといひし
僧(そう)か」。「さ(ン)候(ざうらふ)」。「頼朝(よりとも)が使(つかひ)か、平六(へいろく)が使(つかひ)か」。「鎌倉(かまくら)殿(どの)の御
使(おんつかひ)候(ざうらふ)。誠(まこと)に鎌倉(かまくら)殿(どの)をば討(うち)まいらせ(まゐらせ)【参らせ】んとおぼし
めし【思し召し】候(さうらひ)しか」。「是(これ)程(ほど)の身(み)にな(ッ)て後(のち)おもは【思は】ざりし
といはばいかに。おもひ【思ひ】しといはばいかに。手(て)なみ
の程(ほど)はいかがおもひ【思ひ】つる」との給(たま)へ【宣へ】ば、「山上(さんじやう)にて
おほく【多く】の事(こと)にあふ(あう)【逢う】て候(さうらふ)に、いまだ是(これ)ほど
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手(て)ごはき事(こと)にあひ候(さうら)はず。よき敵(かたき)三人(さんにん)に
逢(あひ)たる心地(ここち)こそし候(さうらひ)つれ」と申(まうす)。「さて正明(しやうめい)を
ばいかが思(おぼし)めされ候(さうらひ)つる」と申(まう)せば、「それは
とられなんうへ【上】は」とぞのたまひ【宣ひ】ける。「その
太刀(たち)とりよせよ」とて見(み)給(たま)へば、蔵人(くらんど)の太刀(たち)
は一所(いつしよ)もきれず、常陸房(ひたちばう)が太刀(たち)は四十二
所(しじふにところ)きれたりけり。やがて伝馬(てんま)たてさせ、のせ【乗せ】
奉(たてまつり)てのぼる程(ほど)に、其(その)夜(よ)は江口(えぐち)の長者(ちやうじや)がもと
にとどま(ッ)【留まつ】て、夜(よ)もすがら使(つかひ)をはしらかす【走らかす】。
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明(あく)る日(ひ)の午剋(むまのこく)ばかり、北条(ほうでう)平六(へいろく)其(その)勢(せい)百騎(ひやくき)
ばかり旗(はた)ささせて下(くだ)る程(ほど)に、淀(よど)のあか井
河原(ゐがはら)【赤井河原】でゆき逢(あう)たり。「都(みやこ)へはいれ【入れ】奉(たてまつ)るべから
ずといふ院宣(ゐんぜん)で候(さうらふ)。鎌倉(かまくら)殿(どの)の御気色(ごきそく)も
其(その)儀(ぎ)でこそ候(さうら)へ。はやはや御頸(おんくび)を給(たま)は(ッ)て、
鎌倉(かまくら)殿(どの)の見参(げんざん)にいれ【入れ】て御恩(ごおん)蒙(かうぶり)給(たま)へ」といへば、
さらばとてあかゐ河原(がはら)【赤井河原】で十郎(じふらう)蔵人(くらんど)の
頸(くび)をきる。信太(しだの)三郎(さぶらう)先生(せんじやう)義教【*義憲】(よしのり)は醍醐(だいご)の
山(やま)にこもりたるよしきこえ【聞え】しかば、おし
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よせてさがせ共(ども)なし。伊賀(いが)の方(かた)へ落(おち)ぬ
と聞(きこ)えしかば、服部(はつとり)平六(へいろく)先(さき)として、伊賀
国(いがのくに)へ発向(はつかう)す。千度(せんど)の山寺(やまでら)にありと聞(きこ)えし
間(あひだ)、おしよせてからめんとするに、あはせ【合はせ】の小袖(こそで)
に大口(おほくち)ばかりきて、金(こがね)にてうちくくんだる
腰(こし)の刀(かたな)にて腹(はら)かききつてぞふしたりける。
頸(くび)をば服部(はつとり)平六(へいろく)と(ッ)て(ン)げり。やがてもたせ
て京(きやう)へのぼり、北条(ほうでう)平六(へいろく)に見(み)せたりければ、
「軈而(やがて)もたせて下(くだ)り、鎌倉(かまくら)殿(どの)の見参(げんざん)に入(いれ)て、
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御恩(ごおん)蒙(かうむり)たまへ【給へ】」といひければ、常陸房(ひたちばう)・服部(はつとり)平
六(へいろく)、おのおの頸(くび)共(ども)もたせてかまくら【鎌倉】へくだり【下り】、
見参(げんざん)にいれ【入れ】たりければ、「神妙(しんべう)なり」とて、常
陸房(ひたちばう)は笠井(かさゐ)へながさる。「下(くだ)りはてば勧賞(けんじやう)
蒙(かうぶ)らんとこそおもひ【思ひ】つるに、さこそなからめ、
剰(あまつさへ)流罪(るざい)に処(しよ)せらるる条(でう)存外(ぞんのほか)の次第(しだい)也(なり)。
かかるべしとしり【知り】たりせば、なにしか身命(しんみやう)
を捨(すて)けむ」と後悔(こうくわい)すれ共(ども)かひぞなき。され共(ども)
中二年(なかにねん)といふにめし【召し】かへさ【返さ】れ、「大将軍(たいしやうぐん)討(うち)たる
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ものは冥加(みやうが)のなければ一旦(いつたん)いましめつるぞ」
とて、但馬国(たじまのくに)に多田庄(ただのしやう)、摂津国(つのくに)に葉室(はむろ)二
ケ所(にかしよ)給(たま)は(ッ)て帰(かへり)上(のぼ)る。服部(はつとり)平六(へいろく)平家(へいけ)の祗候
人(しこうにん)たりしかば、没官(もつくわん)せられたりける服部(はつとり)
『六代(ろくだい)被斬(きられ)』S1209
返(かへ)し給(たま)は(ッ)て(ン)げり。○さる程(ほど)に、六代(ろくだい)御前(ごぜん)はやう
やう十四五(じふしご)にもなり給(たま)へば、みめ【眉目】かたちいよ
いようつくしく、あたりもてりかかやく【輝く】ばかり
なり。母(はは)うへ是(これ)を御覧(ごらん)じて、「あはれ世(よ)の世(よ)
にてあらましかば、当時(たうじ)は近衛司(こんゑづかさ)にてあらん
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ずるものを」とのたまひ【宣ひ】けるこそ[* 「こぞ」と有るのを他本により訂正]あまり[B ノ]事(こと)
なれ。鎌倉(かまくら)殿(どの)常(つね)はおぼつかなげにおぼして、
高雄(たかを)の聖(ひじり)のもとへ便宜(びんぎ)ごとに、「さても維盛
卿(これもりのきやう)の子息(しそく)は何(なに)と候(さうらふ)やらむ。昔(むかし)頼朝(よりとも)を相(さう)し
給(たま)ひしやうに、朝(てう)の怨敵(をんでき)をもほろぼし、会
稽(くわいけい)(クハイケイ)の恥(はぢ)をも雪(きよ)むべき仁(じん)[M 「もの」をミセケチ「仁」と傍書]にて候(さうらふ)か」と尋(たづ)ね
申(まう)されければ、聖(ひじり)の御返事(おんぺんじ)には、「是(これ)は底(そこ)も
なき不覚仁(ふかくじん)にて候(さうらふ)ぞ。御心(おんこころ)やすうおぼしめし【思し召し】
候(さうら)へ」と申(まう)されけれ共(ども)、鎌倉(かまくら)殿(どの)猶(なほ)も御心(おんこころ)ゆかず
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げにて、「謀反(むほん)おこさばやがてかたうど【方人】せふ
ずる(うずる)聖(ひじり)の御房(ごばう)也(なり)。但(ただし)頼朝(よりとも)一期(いちご)の程(ほど)は誰(たれ)か
傾(かたぶく)べき。子孫(しそん)のすゑぞしら【知ら】ぬ」との給(たま)ひ
けるこそおそろしけれ【恐ろしけれ】。母(はは)うへ是(これ)をきき
たまひ【給ひ】て、「いかにも叶(かなふ)まじ。はやはや出家(しゆつけ)し
給(たま)へ」と仰(おほせ)ければ、六代(ろくだい)御前(ごぜん)十六(じふろく)と申(まうし)し文治(ぶんぢ)
五年(ごねん)の春(はる)の比(ころ)、うつくしげなる髪(かみ)をかた【肩】の
まはりにはさみ【鋏み】おろし、かきの衣(ころも)、袴(はかま)に笈(おひ)(ヲイ)
な(ン)ど(なんど)こしらへ、聖(ひじり)にいとまこう【乞う】て修行(しゆぎやう)にいで
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られけり。斎藤五(さいとうご)・斎藤六(さいとうろく)もおなじさまに
出(いで)立(たち)て、御供(おんとも)申(まうし)けり。まづ高野(かうや)へまいり(まゐり)【参り】、父(ちち)の
善知識(ぜんぢしき)したりける滝口(たきぐち)入道(にふだう)に尋(たづね)あひ、御
出家(ごしゆつけ)の次第(しだい)、臨終(りんじゆう)のあり様(さま)くはしう【詳しう】きき給(たま)ひ
て、「かつうはその御跡(おんあと)もゆかし」とて、熊野(くまの)へ
参(まゐり)たまひ【給ひ】けり。浜(はま)の宮(みや)の御前(ごぜん)にて父(ちち)の
わたり給(たま)ひける山(やま)なり【山成】の島(しま)を見渡(みわた)して、
渡(わた)らまほしくおぼしけれ共(ども)、浪風(なみかぜ)むかふ(むかう)【向う】て
かなは【叶は】ねば、力(ちから)をよば(およば)【及ば】でながめやり給(たま)ふにも、
P12106
「我(わが)父(ちち)はいづくに沈(しづみ)給(たま)ひけん」と、沖(おき)よりよする【寄する】しら浪(なみ)【白波】にもとは【問は】まほしくぞおもは【思は】れける。汀(みぎは)
の砂(いさご)も父(ちち)の御骨(ごこつ)やらんとなつかしう【懐しう】おぼし
ければ、涙(なみだ)に袖(そで)はしほれ(しをれ)【萎れ】つつ、塩(しほ)くむあま
の衣(ころも)ならね共(ども)、かはく(かわく)【乾く】まなくぞ見(み)え給(たま)ふ。
渚(なぎさ)に一夜(ひとよ)とうりう【逗留】して、念仏(ねんぶつ)申(まうし)経(きやう)よみ、
ゆび【指】のさきにて砂(いさご)に仏(ほとけ)のかたちをかき【書き】
あらはして、あけ【明け】ければ貴(たつと)き僧(そう)を請(しやう)じて、
父(ちち)の御(おん)ためと供養(くやう)じて、作善(さぜん)の功徳(くどく)さな
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がら聖霊(しやうりやう)に廻向(ゑかう)して、亡者(まうじや)にいとま申(まうし)つつ、
泣々(なくなく)都(みやこ)へ上(のぼ)られけり。小松殿(こまつどの)の御子(おんこ)丹後(たんごの)侍従(じじゆう)
忠房(ただふさ)は、八島(やしま)のいくさ【軍】より落(おち)てゆくゑ(ゆくへ)【行方】もしら【知ら】
ずおはせしが、紀伊国(きのくに)の住人(ぢゆうにん)湯浅(ゆあさの)権守(ごんのかみ)宗重(むねしげ)
をたのん【頼ん】で、湯浅(ゆあさ)の城(じやう)にぞこもられける。是(これ)
をきい【聞い】て平家(へいけ)に心(こころ)ざしおもひ【思ひ】ける越中(ゑつちゆうの)次
郎兵衛(じらうびやうゑ)・上総(かづさの)五郎兵衛(ごらうびやうゑ)・悪(あく)七兵衛(しちびやうゑ)・飛弾【*飛騨】(ひだの)四郎兵衛(しらうびやうゑ)
以下(いげ)の兵(つはもの)共(ども)、つき奉(たてまつ)るよし聞(きこ)えしかば、伊賀(いが)
伊勢(いせ)両国(りやうごく)の住人等(ぢゆうにんら)、われもわれもと馳(はせ)集(あつま)る。究竟(くつきやう)
P12108
の者(もの)共(ども)数百騎(すひやくき)たてごも(ッ)たるよし聞(きこ)えし
かば、熊野(くまのの)別当(べつたう)、鎌倉(かまくら)殿(どの)より仰(おほせ)を蒙(かうぶり)て、両三
月(りやうさんぐわつ)が間(あひだ)八ケ度(はちかど)よせて攻(せめ)戦(たたかふ)。城(じやう)の内(うち)の兵(つはもの)ども、
命(いのち)をおしま(をしま)【惜しま】ずふせき【防き】[* 「ふせぎ」と有るのを他本により訂正]ければ、毎度(まいど)にみかた【御方】
をひ(おひ)【追ひ】ちらさ【散らさ】れ、熊野(くまの)法師(ぼふし)数(かず)をつくひ(つくい)【尽くい】てうた
れにけり。熊野(くまのの)別当(べつたう)、鎌倉(かまくら)殿(どの)へ飛脚(ひきやく)を奉(たてまつり)
て、「当国(たうごく)湯浅(ゆあさ)の合戦(かつせん)の事(こと)、両三月(りやうさんぐわつ)が間(あひだ)に八ケ
度(はちかど)よせて攻(せめ)戦(たたかふ)。され共(ども)城(じやう)の内(うち)の兵(つはもの)ども命(いのち)を
おしま(をしま)【惜しま】ずふせく【防く】[* 「ふせぐ」と有るのを他本により訂正]間(あひだ)、毎度(まいど)に御方(みかた)をひ(おひ)おとさ【落さ】れて、
P12109
敵(かたき)を寃(しえだくる)(シエダクル)に及(およば)ず。近国(きんごく)二三ケ国(にさんがこく)をも給(たま)は(ッ)て攻(せめ)
おとす【落す】べき」よし申(まうし)たりければ、鎌倉(かまくら)殿(どの)「其(その)条(でう)、
国(くに)の費(つひえ)人(ひと)の煩(わづらひ)なるべし。たてごもる所(ところ)の凶
徒(きようど)は定(さだめ)て海山(うみやま)の盗人(ぬすびと)にてぞあるらん。山賊(さんぞく)
海賊(かいぞく)きびしう守護(しゆご)して城(じやう)の口(くち)をかためて
まぼるべし」とぞの給(たま)ひける。其(その)定(ぢやう)にした
りければ、げにも後(のち)には人(ひと)一人(いちにん)もなかりけり。
鎌倉(かまくら)殿(どの)はかりこと【策】に、「小松殿(こまつどの)の君達(きんだち)の、一人(いちにん)
も二人(ににん)もいきのこり給(たま)ひたらんをば、たすけ【助け】
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奉(たてまつ)るべし。其(その)故(ゆゑ)は、池(いけ)の禅尼(ぜんに)の便(たより)[B 使(つかひ)]として、頼朝(よりとも)
を流罪(るざい)に申(まうし)なだめ【宥め】られしは、ひとへにかの【彼の】
内府(だいふ)の芳恩(はうおん)なり」との給(たま)ひければ、丹後(たんごの)侍従(じじゆう)
六波羅(ろくはら)へ出(いで)てなのら【名乗ら】れけり。やがて関東(くわんとう)へ
下(くだ)し奉(たてまつ)る。鎌倉(かまくら)殿(どの)対面(たいめん)して「都(みやこ)へ御上(おんのぼり)候(さうら)へ。
かたほとりにおもひ【思ひ】あて【当て】まいらする(まゐらする)【参らする】事(こと)候(さうらふ)」
とて、すかし上(のぼ)せ奉(たてまつ)り、お(ッ)さま【追つ様】に人(ひと)をのぼせ【上せ】
て勢田(せた)の橋(はし)の辺(へん)にて切(きつ)て(ン)げり。小松殿(こまつどの)の
君達(きんだち)六人(ろくにん)の外(ほか)に、土佐守(とさのかみ)宗実(むねざね)とておはし
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けり。三歳(さんざい)より大炊御門(おほひのみかど)の左大臣(さだいじん)経宗卿(つねむねのきやう)の
養子(やうじ)にして、異姓(いしやう)他人(たにん)になり、武芸(ぶげい)の道(みち)
をばうち捨(すて)て、文筆(ぶんぴつ)をのみたしな(ン)で、今
年(ことし)は十八(じふはち)になり給(たま)ふを、鎌倉(かまくら)殿(どの)より尋(たづね)は
なかりけれ共(ども)世(よ)に憚(はばか)(ッ)てをひ(おひ)出(いだ)されたりけれ
ば、先途(せんど)をうしなひ【失ひ】、大仏(だいぶつ)の聖(ひじり)俊乗房(しゆんじようばう)
のもとにおはして、「我(われ)は是(これ)小松(こまつ)の内府(だいふ)の末(すゑ)
の子(こ)に、土佐守(とさのかみ)宗実(むねざね)と申(まうす)者(もの)にて候(さうらふ)。三歳(さんざい)
より大炊御門(おほひのみかどの)左大臣(さだいじん)経宗公(つねむねこう)養子(やうじ)にして、異
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姓(いしやう)他人(たにん)になり、武芸(ぶげい)のみちをうち【打ち】捨(すて)て、文
筆(ぶんぴつ)をのみたしなんで、生年(しやうねん)十八歳(じふはつさい)に罷(まかり)成(なる)。
かまくら【鎌倉】殿(どの)より尋(たづね)らるる事(こと)は候(さうら)はねども【共】、
世(よ)におそれ【恐れ】てをひ(おひ)出(いだ)されて候(さうらふ)。聖(ひじり)の御房(ごばう)
御弟子(おんでし)にせさせ給(たま)へ」とて、もとどり【髻】おしきり
給(たま)ひぬ。「それもなを(なほ)【猶】おそろしう【恐ろしう】おぼし
めさ【思し召さ】ば、かまくら【鎌倉】へ申(まうし)て、げにもつみ【罪】ふかかる
べくはいづくへもつかはせ【遣せ】」とのたまひ【宣ひ】
ければ、聖(ひじり)いとおしく(いとほしく)おもひ【思ひ】奉(たてまつり)て、出家(しゆつけ)せさせ
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奉(たてまつ)り、東大寺(とうだいじ)の油倉(ゆさう)といふ所(ところ)にしばらく
をき(おき)奉(たてまつり)て、関東(くわんとう)へ此(この)よし申(まう)されけり。「なに
さま【何様】にも見参(げんざん)してこそともかうもはからは
め。まづ下(くだ)し奉(たてまつ)れ」との給(たま)ひければ、聖(ひじり)力(ちから)をよ
ば(およば)【及ば】で関東(くわんとう)へ下(くだ)し奉(たてまつ)る。此(この)人(ひと)奈良(なら)を立(たち)給(たま)ひし
日(ひ)よりして、飲食(いんしよく)の名字(みやうじ)をた(ッ)て、湯水(ゆみづ)を
ものどへいれ【入れ】ず。足柄(あしがら)こえて関本(せきもと)と云(いふ)所(ところ)
にてつゐに(つひに)【遂に】うせ給(たま)ひぬ。「いかにも叶(かなふ)まじき
道(みち)なれば」とておもひ【思ひ】きら【切ら】れけるこそおそろし
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けれ【恐ろしけれ】。[B 「けれ」に「是ヨリ跡ナシ」と傍書]さる程(ほど)に、建久(けんきう)元年(ぐわんねん)十一月(じふいちぐわつ)七日(なぬかのひ)鎌倉(かまくら)殿(どの)
上洛(しやうらく)して、同(おなじき)九日(ここのかのひ)、正弐位(じやうにゐ)大納言(だいなごん)になり給(たま)ふ。
同(おなじき)十一日(じふいちにち)、大納言(だいなごん)右大将(うだいしやう)を兼(けん)じ給(たま)へり。やがて
両職(りやうしよく)を辞(じし)て、十二月(じふにぐわつ)四日(よつかのひ)関東(くわんとう)へ下向(げかう)。建久(けんきう)
三年(さんねん)O[BH 三月(さんぐわつ)]十三日(じふさんにち)、法皇(ほふわう)崩御(ほうぎよ)なりにけり。御歳(おんとし)
六十六(ろくじふろく)、偸伽【*瑜伽】(ゆが)振鈴(しんれい)の響(ひびき)[B 「闇」に「響歟」と傍書]は其(その)夜(よ)をかぎり、一乗(いちじよう)
案誦(あんじゆ)の御声(みこゑ)は其(その)暁(あかつき)におはり(をはり)ぬ。同(おなじき)六年(ろくねん)三
月(さんぐわつ)十三日(じふさんにち)、大仏供養(だいぶつくやう)あるべしとて、二月中(にぐわつちゆう)に
鎌倉(かまくら)殿(どの)又(また)御上洛(ごしやうらく)あり【有り】。同(おなじき)十二日(じふににち)、大仏殿(だいぶつでん)へまいら(まゐら)【参ら】
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せ給(たま)ひたりけるが、梶原(かぢはら)を召(めし)て、「て(ン)がい(てんがい)【碾磑】の門(もん)
の南(みなみ)のかたに大衆(だいしゆ)なん十人(じふにん)をへだてて、あや
しばうだるものの見(み)えつる。めし【召し】と(ッ)てまいら
せよ(まゐらせよ)【参らせよ】」との給(たま)ひければ、梶原(かぢはら)承(うけたま)は(ッ)てやがて
具(ぐ)してまいり(まゐり)【参り】たり。ひげをばそ(ッ)てもと
どり【髻】をばきらぬ男(をのこ)也(なり)。「何者(なにもの)ぞ」ととひ給(たま)へば、
「是(これ)程(ほど)運命(うんめい)尽(つき)はて候(さうらひ)ぬるうへ【上】は、とかう申(まうす)に
及(およ)ばず。是(これ)は平家(へいけ)の侍(さぶらひ)薩摩(さつまの)中務(なかつかさ)家資(いへすけ)と
申(まうす)ものにて候(さうらふ)」。「それは何(なに)とおもひ【思ひ】てかくは
P12116
なりたるぞ」。「もしやとねらひ申(まうし)候(さうらひ)つるなり」。
「心(こころ)ざしの程(ほど)はゆゆしかり」とて、供養(くやう)はて【果て】て
都(みやこ)へいら【入ら】せ給(たま)ひて、六条河原(ろくでうかはら)にてきら【斬ら】れに
けり。平家(へいけ)の子孫(しそん)は去(さんぬる)文治(ぶんぢ)元年(ぐわんねん)の冬(ふゆ)の比(ころ)、
ひとつ【一つ】子(ご)ふたつ【二つ】子(ご)をのこさず、腹(はら)の内(うち)をあけ
て見(み)ずといふばかりに尋(たづね)と(ッ)て失(うしなひ)てき。今(いま)
は一人(いちにん)もあらじとおもひ【思ひ】しに、新中納言(しんぢゆうなごん)
の末(すゑ)の子(こ)に、伊賀(いがの)大夫(たいふ)知忠(ともただ)とておはしき。
平家(へいけ)都(みやこ)を落(おち)しとき、三歳(さんざい)にてすて【捨て】をか(おか)【置か】れ
P12117
たりしを、めのとの紀伊(きいの)次郎兵衛(じらうびやうゑ)為教(ためのり)やし
なひ【養ひ】奉(たてまつり)て、ここかしこにかくれありき【歩き】けるが、
備後国(びんごのくに)太田(おほた)といふ所(ところ)にしのび【忍び】つつゐたりけり。
やうやう成人(せいじん)し給(たま)へば、郡郷(ぐんがう)の地頭(ぢとう)守護(しゆご)
あやしみける程(ほど)に、都(みやこ)へのぼり法性寺(ほつしやうじ)の
一(いち)の橋(はし)なる所(ところ)にしのん【忍ん】でおはしけり。爰(ここ)は
祖父(そぶ)入道(にふだう)相国(しやうこく)「自然(しぜん)の事(こと)のあらん時(とき)城郭(じやうくわく)にも
せん」とて堀(ほり)をふたへ【二重】にほ(ッ)て、四方(しはう)に竹(たけ)を
うへ(うゑ)【植ゑ】られたり。さかも木(ぎ)【逆茂木】ひいて、昼(ひる)は人音(ひとおと)もせず、
P12118
よるになれば尋常(じんじやう)なるともがらおほく【多く】
集(あつま)(ッ)て、詩(し)作(つく)り歌(うた)よみ、管絃(くわんげん)な(ン)ど(なんど)して遊(あそび)
ける程(ほど)に、なに【何】としてかもれ【漏れ】聞(きこ)えたりけん。
その比(ころ)人(ひと)のおぢをそれ(おそれ)【恐れ】けるは、一条(いちでう)の二位(にゐの)入道(にふだう)
義泰【*能保】(よしやす)といふ人(ひと)なり。その侍(さぶらひ)に後藤兵衛(ごとうびやうゑ)基清(もときよ)
が子(こ)に、新兵衛(しんびやうゑ)基綱(もとつな)「一(いち)の橋(はし)に違勅(いちよく)の者(もの)
あり」と聞(きき)出(いだ)して、建久(けんきう)七年(しちねん)十月(じふぐわつ)七日(なぬかのひ)の辰(たつ)
の一点(いつてん)に、其(その)勢(せい)百四五十騎(ひやくしごじつき)、一(いち)の橋(はし)へはせ【馳せ】むかひ【向ひ】、
おめき(をめき)【喚き】さけん【叫ん】で攻(せめ)戦(たたかふ)(たたカウ)。城(じやう)の内(うち)にも卅(さんじふ)余人(よにん)
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あり【有り】ける者(もの)共(ども)、大肩(おほかた)ぬぎ【大肩脱ぎ】に肩(かた)ぬいで、竹(たけ)の陰(かげ)[M 「影」をミセケチ「陰」と傍書]
よりさしつめ【差し詰め】ひきつめ【引き詰め】散々(さんざん)にいれ【射れ】ば、馬(むま)
人(ひと)おほく【多く】射(い)ころさ【殺さ】れて、おもてをむかふ【向ふ】べき
様(やう)もなし。さる程(ほど)に、一(いち)の橋(はし)に違勅(いちよく)のもの【者】
ありとききつたへ、在京(ざいきやう)の武士(ぶし)どもわれも
われもと馳(はせ)つどふ【集ふ】。程(ほど)なく一二千騎(いちにせんぎ)になりし
かば、近辺(きんべん)の小(こ)いゑ(いへ)をこぼちよせ、堀(ほり)をうめ、
おめき(をめき)【喚き】さけん【叫ん】で攻(せめ)入(いり)けり。城(じやう)のうちの兵(つはもの)ども【共】、
うち物(もの)【打物】ぬいて走(はしり)出(いで)て、或(あるいは)討死(うちじ)にするものも
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あり、或(あるいは)いたで【痛手】おふ(おう)【負う】て自害(じがい)するもの【者】もあり【有り】。
伊賀(いがの)大夫(たいふ)知忠(ともただ)は生年(しやうねん)十六歳(じふろくさい)になられけるが、
いた手(で)【痛手】負(おう)て自害(じがい)し給(たま)ひたるを、めのとの
紀伊(きいの)次郎兵衛(じらうびやうゑ)入道(にふだう)ひざの上(うへ)にかきのせ【乗せ】、涙(なみだ)を
はらはらとながい【流い】て高声(かうしやう)に十念(じふねん)となへつつ、
腹(はら)かき切(きつ)てぞ死(しに)にける。其(その)子(こ)の兵衛(ひやうゑ)太郎(たらう)・
兵衛(ひやうゑ)次郎(じらう)ともに討死(うちじに)してんげり。城(じやう)の内(うち)
に卅(さんじふ)余人(よにん)あり【有り】ける者(もの)共(ども)、大略(たいりやく)討死(うちじに)自害(じがい)
して、館(たち)には火(ひ)をかけたりけるを、武士(ぶし)ども
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馳(はせ)入(いり)て手々(てんで)に討(うち)ける頸(くび)共(ども)と(ッ)て、太刀(たち)長刀(なぎなた)
のさきにつらぬき、弐位(にゐの)入道殿(にふだうどの)へ馳(はせ)まいる(まゐる)【参る】。
一条(いちでう)の大路(おほち)へ車(くるま)やり出(いだ)して、頸(くび)共(ども)実検(じつけん)せら
る。紀伊(きいの)次郎兵衛(じらうびやうゑ)入道(にふだう)の頸(くび)は見(み)し(ッ)たるものも
少々(せうせう)有(あり)けり。伊賀(いがの)大夫(たいふ)の頸(くび)、人(ひと)争(いかで)か見(み)知(し)り奉(たてまつる)
べき。此(この)人(ひと)の母(はは)うへは治部卿(ぢぶきやうの)局(つぼね)とて、八条(はつでう)の
女院(にようゐん)に候(さうら)はれけるを、むかへよせ奉(たてまつり)て見(み)せ奉(たてまつ)り
たまふ【給ふ】。「三歳(さんざい)と申(まうし)し時(とき)、故(こ)中納言(ちゆうなごん)にぐせ【具せ】ら
れて西国(さいこく)へ下(くだり)し後(のち)は、いき【生き】たり共(とも)死(しに)たり共(とも)、
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そのゆくゑ(ゆくへ)【行方】をしら【知ら】ず。但(ただし)故(こ)中納言(ちゆうなごん)の思(おもひ)いづる【出づる】
ところどころ【所々】のあるは、さにこそ」とてなか【泣か】れける
にこそ、伊賀(いがの)大夫(たいふ)の頸(くび)共(とも)人(ひと)し(ッ)【知つ】て(ン)げれ。平家(へいけ)の
侍(さぶらひ)越中(ゑつちゆうの)次郎兵衛(じらうびやうゑ)盛次【*盛嗣】(もりつぎ)は但馬国(たじまのくに)へ落(おち)行(ゆき)て気
比(けひ)の四郎(しらう)道弘(みちひろ)が聟(むこ)にな(ッ)てぞゐたりける。
道弘(みちひろ)、越中(ゑつちゆうの)次郎兵衛(じらうびやうゑ)とはしら【知ら】ざりけり。され共(ども)
錐(きり)袋(ふくろ)にたまらぬ風情(ふぜい)にて、よるになれば
しうと【舅】が馬(むま)ひき【引き】いだい【出い】てはせ【馳せ】ひき【引き】したり、
海(うみ)の底(そこ)十四五町(じふしごちやう)、廿町(にじつちやう)くぐりな(ン)ど(なんど)しければ、
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地頭(ぢとう)守護(しゆご)あやしみける程(ほど)に、何(なに)としてか
もれ聞(きこ)えたりけん、鎌倉(かまくら)殿(どの)御教書(みげうしよ)を下(くだ)
されけり。「但馬国(たじまのくにの)住人(ぢゆうにん)朝倉(あさくらの)太郎(たらう)大夫(たいふ)高清(たかきよ)、平
家(へいけ)の侍(さぶらひ)越中(ゑつちゆうの)次郎兵衛(じらうびやうゑ)盛次【*盛嗣】(もりつぎ)、当国(たうごく)に居住(きよぢゆう)の由(よし)
きこしめす【聞し召す】。めし【召し】進(まゐら)せよ」と仰(おほせ)下(くだ)さる。気比(けひ)の
四郎(しらう)は朝倉(あさくら)の大夫(たいふ)が聟(むこ)なりければ、よびよせ
て、いかがしてからめむずると儀(ぎ)するに、「湯
屋(ゆや)にてからむべし」とて、湯(ゆ)にいれ【入れ】て、した
たかなるもの五六人(ごろくにん)おろしあはせ【合はせ】てからめん
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とするに、とりつけばなげたをさ(たふさ)【倒さ】れ、おき【起き】
あがれ【上れ】ばけたをさ(たふさ)【倒さ】る。互(たがひ)に身(み)はぬれたり、取(とり)
もためず。され共(ども)衆力(しゆりき)に強力(がうりき)かなは【叶は】ぬ事(こと)
なれば、二三十人(にさんじふにん)ば(ッ)とよ(ッ)【寄つ】て、太刀(たち)のみね長刀(なぎなた)の
ゑ(え)【柄】にてうちなやしてからめとり、やがて関
東(くわんとう)へまいらせ(まゐらせ)【参らせ】たりければ、御(おん)まへにひ(ッ)【引つ】すへ(すゑ)【据ゑ】
させて、事(こと)の子細(しさい)をめし【召し】とは【問は】る。「いかに汝(なんぢ)は
同(おなじ)平家(へいけ)の侍(さぶらひ)といひながら、故親(こしん)[* 「親」の左に(シタシミ)の振り仮名]にてあんなる
に、しな【死な】ざりけるぞ」。「それはあまりに平家(へいけ)
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のもろくほろびてましまし候(さうらふ)間(あひだ)、もしやと
ねらひまいらせ(まゐらせ)【参らせ】候(さうらひ)つるなり。太刀(たち)のみ【身】のよき
をも、征矢(そや)の尻(しり)のかねよきをも、鎌倉(かまくら)殿(どの)の
御(おん)ためとこそこしらへも(ッ)て候(さうらひ)つれども【共】、
是(これ)程(ほど)に運命(うんめい)つきはて候(さうらひ)ぬるうへ【上】は、と
かう申(まうす)にをよび(および)【及び】候(さうら)はず」。「心(こころ)ざしの程(ほど)はゆゆし
かりけり。頼朝(よりとも)をたのま【頼ま】ばたすけ【助け】て
つかは【使は】んは、いかに」。「勇士(ゆうじ)二主(じしゆ)に仕(つか)へず、盛次【*盛嗣】(もりつぎ)程(ほど)の
者(もの)に御心(おんこころ)ゆるしし給(たま)ひては、かならず【必ず】御後悔(ごこうくわい)
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候(さうらふ)べし。ただ御恩(ごおん)にはとくとく頸(くび)をめされ
候(さうら)へ」と申(まうし)ければ、「さらばきれ【斬れ】」とて、由井(ゆゐ)の浜(はま)
にひき【引き】いだい【出い】て、き(ッ)て(ン)げり。ほめぬものこそ
なかりけれ。其(その)比(ころ)の主上(しゆしやう)は御遊(ぎよいう)をむねとせさ
せ給(たま)ひて、政道(せいたう)は一向(いつかう)卿(きやう)の局(つぼね)のままなりけれ
ば、人(ひと)の愁(うれひ)なげきもやまず。呉王(ごわう)剣角(けんかく)【剣客】を
このんじかば天下(てんが)に疵(きず)を蒙(かうぶ)るものたえ【絶え】ず。
楚王(そわう)細腰(さいえう)を愛(あいせ)しかば、宮中(きゆうちゆう)に飢(うゑ)て死(し)する
をんなおほかり【多かり】き。上(かみ)の好(このみ)に下(しも)は随(したが)ふ間(あひだ)、世(よ)の
P12127
あやうき(あやふき)【危ふき】事(こと)をかなしんで、心(こころ)ある人々(ひとびと)は歎(なげき)
あへ【合へ】り。ここに文覚(もんがく)もとよりおそろしき【恐ろしき】
聖(ひじり)にて、いろふ【綺ふ】まじき事(こと)にいろい(いろひ)【綺ひ】けり。二(に)の
宮(みや)は御学問(おんがくもん)おこたらせ給(たま)はず、正理(しやうり)を先(さき)
とせさせ給(たま)ひしかば、いかにもして此(この)宮(みや)を
位(くらゐ)に即(つけ)(ツケ)奉(たてまつ)らんとはからひけれ共(ども)、前(さきの)右大将(うだいしやう)
頼朝卿(よりとものきやう)のおはせし程(ほど)はかなは【叶は】ざりけるが、
建久(けんきう)十年(じふねん)正月(しやうぐわつ)十三日(じふさんにち)、頼朝卿(よりとものきやう)うせ給(たま)ひしかば、
やがて謀反(むほん)をおこさんとしける程(ほど)に、忽(たちまち)に
P12128
もれ【漏れ】きこえ【聞え】て、二条猪熊(にでうゐのくま)の宿所(しゆくしよ)に官人共(くわんにんども)
つけられ、めし【召し】と(ッ)て八十(はちじふ)にあま(ッ)て後(のち)、隠岐国(おきのくに)
へぞながされける。文覚(もんがく)京(きやう)を出(いづ)るとて、「是(これ)
程(ほど)老(おい)の波(なみ)に望(のぞん)で、けふあすともしらぬ
身(み)をたとひ勅勘(ちよつかん)なりとも、都(みやこ)のかたほとり
にはをき(おき)給(たま)はで、隠岐国(おきのくに)までながさるる及
丁【*毬杖】(ぎつちやう)冠者(くわんじや)こそやすからね。つゐに(つひに)【遂に】は文覚(もんがく)がなが
さるる国(くに)へむかへ【向へ】申(まう)さむずる物(もの)を」と申(まうし)ける
こそおそろしけれ【恐ろしけれ】。このきみはあまりに及丁【*毬杖】(ぎつちやう)
P12129
の玉をあひせ(あいせ)【愛せ】させ給へば、文覚かやうに悪口
申ける也。されば、承久(じようきう)に御謀反(ごむほん)おこさせ給(たま)
ひて、国(くに)こそおほけれ【多けれ】、隠岐国(おきのくに)へうつされ給(たま)ひ
けるこそふしぎなれ。彼(かの)国(くに)にも文覚(もんがく)が亡
霊(ばうれい)あれ【荒れ】て、つねは御物語(おんものがたり)申(まうし)けるとぞ聞(きこ)
えし。さる程(ほど)に六代(ろくだい)御前(ごぜん)は三位(さんみの)禅師(ぜんじ)とて、
高雄(たかを)におこなひすまし【澄まし】ておはしけるを、
「さる人(ひと)の子(こ)なり、さる人(ひと)の弟子(でし)なり。かしら【頭】
をばそ(ッ)たりとも、心(こころ)をばよもそらじ」とて、
P12130
鎌倉(かまくら)殿(どの)より頻(しきり)に申(まう)されければ、安(あん)判官(はんぐわん)資
兼(すけかぬ)に仰(おほせ)て召(めし)捕(と)(ッ)て関東(くわんとう)へぞ下(くだ)されける。駿河
国(するがのくにの)住人(ぢゆうにん)岡辺(をかべの)権守(ごんのかみ)泰綱(やすつな)に仰(おほせ)て、田越川(たごしがは)にて切(き)ら
れて(ン)げり。十二(じふに)の歳(とし)より卅(さんじふ)にあまるまで
たもち【保ち】けるは、ひとへに長谷(はせ)の観音(くわんおん)の御利
生(ごりしやう)とぞ聞(きこ)えし。それよりしてこそ平家(へいけ)
の子孫(しそん)はながくたえ【絶え】にけれ。

平家物語(へいけものがたり)巻(くわん)第十二(だいじふに)
P12131

応安三年(さんねん)十一月(じふいちぐわつ)廿九日(にじふくにち)仏子有阿書

平家物語 高野本 灌頂巻
P12132
(目録無し)
P12133
平家(へいけ)灌頂巻(くわんぢやうのまき)
『女院(にようゐん)出家(しゆつけ)』S1301
○建礼門院(けんれいもんゐん)は、東山(ひがしやま)(ヒンカシやま)の麓(ふもと)、吉田(よしだ)の辺(へん)なる所(ところ)にぞ
立(たち)いらせ給(たま)ひける。中納言[B ノ](ちゆうなごんの)法印(ほふいん)慶恵(きやうゑ)と申(まうし)
ける奈良(なら)法師(ぼふし)(ボウシ)の坊(ばう)なりけり。住(すみ)あらし
て年(とし)久(ひさ)しうなりにければ、庭(には)には草(くさ)ふかく、
簷(のき)にはしのぶ【忍】茂(しげ)れり。簾(すだれ)たえ【絶え】閨(ねや)あらはにて、
雨風(あめかぜ)たまるべうもなし。花(はな)は色々(いろいろ)にほへ
ども、あるじとたのむ【頼む】人(ひと)もなく、月(つき)はよな
よな【夜な夜な】さしいれ【入れ】ど、詠(ながめ)てあかすぬし【主】もなし。
P12134
昔(むかし)は玉(たま)の台(うてな)をみがき、錦(にしき)の帳(ちやう)にまとはれ
て、あかし暮(くら)し給(たま)ひしに、いまはありとし
ある人(ひと)にはみな別(わかれ)はてて、あさましげなる
くち坊(ばう)【朽ち坊】にいらせ給(たま)ひける御心(おんこころ)のうち【内】、おしはか
ら【推し量ら】れて哀(あはれ)なり。魚(うを)(ウホ)のくが【陸】にあがれ【上がれ】るが如(ごと)く、
鳥(とり)の巣(す)をはなれたるがごとし。さるままに
は、うかり【憂かり】し浪(なみ)の上(うへ)、船(ふね)の中(うち)の御(おん)すまゐ(すまひ)【住ひ】も、今(いま)は
恋(こひ)しうぞおぼしめす【思し召す】。蒼波(さうは)路(みち)遠(とほ)(トヲ)し、思(おもひ)を
西海(さいかい)千里(せんり)の雲(くも)によせ、白屋(はくをく)苔(こけ)ふかくして、
P12135
涙(なんだ)東山(とうざん)一庭(いつてい)の月(つき)におつ。かなしとも云(いふ)はかり
なし。かくて女院(にようゐん)は文治(ぶんぢ)元年(ぐわんねん)五月(ごぐわつ)一日(ついたちのひ)、御(おん)ぐし
おろさせ給(たまひ)けり。御戒(おんかい)の師(し)には長楽寺(ちやうらくじ)の阿
証房(あしようばう)(アセウバウ)の上人(しやうにん)印誓(いんせい)とぞきこえ【聞え】し。御布
施(おんふせ)(ヲンフセ)には、先帝(せんてい)の御直衣(おんなほし)(ヲンナヲシ)なり。今(いま)はの時(とき)まで
めされたりければ、その御(おん)うつり香(が)【移り香】も未(いまだ)
うせ【失せ】ず。御(おん)かたみに御覧(ごらん)ぜんとて、西国(さいこく)よりはる
ばると都(みやこ)までもたせ給(たま)ひたりければ、いか
ならん世(よ)までも御身(おんみ)をはなたじとこそおぼし
P12136
めさ【思し召さ】れけれども、御布施(おんふせ)(ヲンフセ)になりぬべき物(もの)の
なきうへ【上】、かつうは彼(かの)御菩提(ごぼだい)のためとて、
泣々(なくなく)とりいださせ給(たま)ひけり。上人(しやうにん)これ【是】を
給(たま)は(ッ)て、何(なに)と奏(そう)するむねもなくして、
墨染(すみぞめ)の袖(そで)をしぼりつつ、泣々(なくなく)罷(まかり)出(いで)られけり。
此(この)御衣(ぎよい)をば幡(はた)にぬふ(ぬう)【縫う】て、長楽寺(ちやうらくじ)の仏前(ぶつぜん)に
かけられけるとぞ聞(きこ)えし。女院(にようゐん)は十五(じふご)にて
女御(にようご)の宣旨(せんじ)をくださ【下さ】れ、十六(じふろく)にて后妃(こうひ)の位(くらゐ)(クラヒ)
に備(そなは)り、君王(くんわう)の傍(かたはら)に候(さぶら)(サフラ)はせ給(たま)ひて、朝(あした)には
P12137
朝政(あさまつりごと)をすすめ、よるは夜(よ)を専(もつぱら)にしたまへ【給へ】り。
廿二(にじふに)にて皇子(わうじ)御誕生(ごたんじやう)、皇太子(くわうたいし)(クハウたいし)にたち、位(くらゐ)に
つかせ給(たま)ひしかば、院号(ゐんがう)蒙(かうぶ)らせ給(たま)ひて、建
礼門院(けんれいもんゐん)とぞ申(まうし)ける。入道(にふだう)相国(しやうこく)の御娘(おんむすめ)(ヲンムスメ)なる
うへ【上】、天下(てんが)の国母(こくも)にてましましければ、世(よ)のおも
う【重う】し奉(たてまつ)る事(こと)なのめならず。今年(ことし)は廿九(にじふく)にぞ
ならせたまふ【給ふ】。桃李(たうり)の御粧(おんよそほひ)(ヲンヨソホヒ)猶(なほ)こまやかに、
芙蓉(ふよう)の御(おん)かたちいまだ衰(おとろへ)(ヲトロヘ)させ給(たま)はねども【共】、
翡翠(ひすい)の御(おん)かざし【挿頭】つけても何(なに)にかはせさせ
P12138
たまふ【給ふ】べきなれば、遂(つひ)(ツヰ)に御(おん)さまをかへさせ給(たま)ふ。
浮世(うきよ)をいとひ、まこと【誠】の道(みち)にいらせたまへ【給へ】共(ども)、
御歎(おんなげき)はさら【更】につきせ【尽きせ】ず。人々(ひとびと)いまはかくとて
海(うみ)にしづみし有様(ありさま)、先帝(せんてい)・二位殿(にゐどの)の御面影(おんおもかげ)(ヲンヲモカゲ)、
いかならん世(よ)までも忘(わすれ)がたくおぼしめすに、
露(つゆ)の御命(おんいのち)なにしに今(いま)までながらへ【永らへ】て、かかる
うき目(め)を見(み)るらんとおぼしめしつづけて、御涙(おんなみだ)
せきあへさせ給(たま)はず。五月(さつき)の短夜(みじかよ)なれ共(ども)、あかし
かねさせ給(たま)ひつつ、をのづから(おのづから)うちまどろませ
P12139
給(たま)はねば、昔(むかし)のこと【事】は夢(ゆめ)にだにも御覧(ごらん)ぜず。
壁(かべ)にそむける残(のこん)の灯(ともしび)のかげ【影】かすか【幽】に、
夜(よ)もすがら窓(まど)うつくらき雨(あめ)の音(おと)ぞさびし
かりける。上陽人(しやうやうじん)が上陽宮(しやうやうきゆう)(しやうやうキウ)に閉(とぢ)られけん悲(かなし)み
も、是(これ)には過(すぎ)じとぞ見(み)えし。昔(むかし)をしのぶ【忍ぶ】
つまとなれとてや、もとのあるじの
うつし【移し】うへ(うゑ)【植ゑ】たりけんはな橘(たちばな)【花橘】の、簷(のき)近(ちか)く
風(かぜ)なつかしう【懐しう】かほり(かをり)けるに、山郭公(やまほととぎす)二(ふた)こゑ【声】
三(み)こゑ【声】をとづれ(おとづれ)ければ、女院(にようゐん)ふるき事(こと)
P12140
なれ共(ども)おぼしめし【思し召し】出(いで)て、御硯(おんすずり)(ヲンスズリ)のふたにかう
ぞあそばさ【遊ばさ】れける。ほととぎす【郭公】花(はな)たちばな【花橘】
の香(か)をとめてなくはむかしのひと【人】や
恋(こひ)しき W093女房(にようばう)達(たち)さのみたけく、二位殿(にゐどの)・越前(ゑちぜん)
の三位(さんみ)のうへ【上】のやうに、水(みづ)の底(そこ)にも沈(しづ)み給(たま)
はねば、武[B 士](もののふ)のあらけなき【荒けなき】にとらはれて、旧
里(きうり)にかへり、わかき【若き】も老(おい)(ヲヒ)たるもさまを
かへ、かたちをやつし、あるにもあられぬあり
さま【有様】にてぞ、おもひ【思ひ】もかけぬ谷(たに)の底(そこ)、岩(いは)の
P12141
はざまにあかし暮(くら)し給(たま)ひける。すまゐ(すまひ)【住ひ】し
宿(やど)は皆(みな)煙(けぶり)とのぼりにしかば、むなしき【空しき】
跡(あと)のみのこり【残り】て、しげき野(の)べとなりつつ、
見(み)なれ【馴れ】し人(ひと)のとひくるもなし。仙家(せんか)
より帰(かへつ)て七世(しつせ)の孫(まご)にあひけんも、かくや
とおぼえてあはれ【哀】なり。さるほど【程】に、七月(しちぐわつ)九日(ここのかのひ)
の大地震(だいぢしん)に築地(ついぢ)もくづれ、荒(あれ)たる御所(ごしよ)
もかたぶきやぶれて、いとどすませたまふ【給ふ】
べき御(おん)たよりもなし。緑衣(りよくい)の監使(かんし)宮門(きゆうもん)(キウモン)を
P12142
まぼるだにもなし。心(こころ)のままに荒(あれ)たる籬(まがき)
は、しげき野辺(のべ)よりも露(つゆ)けく、おりしり
がほ(をりしりがほ)【折知顔】にいつしか虫(むし)のこゑごゑ【声々】うらむる【恨むる】も、
哀(あはれ)也(なり)。夜(よ)もやうやうながくなれば、いとど御(おん)
ね覚(ざめ)がちにて明(あか)しかねさせたまひ【給ひ】けり。
つきせ【尽きせ】ぬ御(おん)物(もの)おもひ【物思ひ】に、秋(あき)のあはれ【哀】さへうち
そひて、しのび【忍び】がたくぞおぼしめさ【思し召さ】れける。
何事(なにごと)もかはりはてぬるうき世(よ)【浮世】なれば、をの
づから(おのづから)なさけをかけ奉(たてまつ)るべき草(くさ)のゆかりも
P12143
かれはてて、誰(たれ)はぐくみ奉(たてまつ)るべしとも
『大原入(おほはらいり)』S1302
見(み)え給(たま)はず。○されども冷泉(れんぜいの)大納言(だいなごん)隆房卿(たかふさのきやう)・
七条[B ノ](しつでうの)修理[B ノ](しゆりの)大夫(だいぶ)信隆卿(のぶたかのきやう)の北方(きたのかた)、しのび【忍び】つつやう
やうにとぶらひ【訪ひ】申(まう)させ給(たま)ひけり。「あの人々(ひとびと)共(ども)
のはぐくみにてあるべしとこそ昔(むかし)はおも
は【思は】ざりしか」とて、女院(にようゐん)御涙(おんなみだ)をながさせ給(たま)へば、
つきまいらせ(まゐらせ)【参らせ】たる女房(にようばう)たち【達】もみな袖(そで)をぞ
しぼられける。此(この)御(おん)すまゐ(すまひ)【住ひ】も都(みやこ)猶(なほ)ちかく【近く】
て、玉(たま)ぼこの【玉鉾の】道(みち)ゆき人(びと)のひと目(め)【人目】もしげくて、
P12144
露(つゆ)の御命(おんいのち)(ヲンイノチ)風(かぜ)を待(また)ん程(ほど)は、うき【憂き】事(こと)きかぬ
ふかき山(やま)の奥(おく)のおくへも入(いり)なばやとは
おぼしけれども、さるべきたよりもまし
まさず。ある女房(にようばう)のまい(ッ)(まゐつ)【参つ】て申(まうし)けるは、「大原山(おほはらやま)(ヲホハラヤマ)
のおく、寂光院(じやつくわうゐん)(ジヤツクハウヰン)と申(まうす)所(ところ)こそ閑(しづか)にさぶらへ【候へ】」
と申(まうし)ければ、「山里(やまざと)は物(もの)のさびしき事(こと)こそ
あるなれども、世(よ)のうきよりはすみよかん
なるものを」とて、おぼしめし【思し召し】たたせ給(たま)ひけり。
御輿(おんこし)(ヲンコシ)な(ン)ど(なんど)は隆房卿(たかふさのきやう)の北方(きたのかた)の御沙汰(ごさた)有(あり)けると
P12145
かや。文治(ぶんぢ)元年(ぐわんねん)長月(ながづき)(ナガヅキ)の末(すゑ)に、彼(かの)寂光院(じやつくわうゐん)(ジヤツクハウヰン)へ
いらせたまふ【給ふ】。道(みち)すがら四方(よも)の梢(こずゑ)の色々(いろいろ)
なるを御覧(ごらん)じすぎさせたまふ【給ふ】程(ほど)に、やま
かげ【山陰】なればにや、日(ひ)も既(すで)にくれかかりぬ。野
寺(のでら)の鐘(かね)の入(いり)あひの音(おと)(ヲト)すごく【凄く】、わくる草
葉(くさば)の露(つゆ)しげみ、いとど御袖(おんそで)ぬれまさり、嵐(あらし)
はげしく木(こ)の葉(は)みだりがはし。空(そら)かき曇(くもり)、
いつしかうちしぐれつつ、鹿(しか)の音(ね)かすか【幽】に
音信(おとづれ)(ヲトヅレ)て、虫(むし)の恨(うらみ)もたえだえ【絶え絶え】なり。とに角(かく)に
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とりあつめ【集め】たる御心(おんこころ)ぼそさ、たとへやるべき
かたもなし。浦(うら)づたひ【浦伝ひ】島(しま)づたひ【島伝ひ】せし時(とき)も、
さすがかくはなかりし物(もの)をと、おぼしめす【思し召す】
こそかなしけれ。岩(いは)に苔[B ノ](こけの)むしてさびたる
所(ところ)なりければ、すま【住ま】まほしうぞおぼしめす【思し召す】。
露(つゆ)結(むす)ぶ庭(には)の萩原(はぎはら)霜(しも)がれて、籬(まがき)の菊(きく)の
かれがれ【枯れ枯れ】にうつろふ色(いろ)を御覧(ごらん)じても、御身(おんみ)
の上(うへ)とやおぼしけん。仏(ほとけ)の御前(おんまへ)(ヲンマヘ)にまいら(まゐら)【参ら】せ
給(たま)ひて、「天子(てんし)聖霊[B 「座霊」とあり「座」に「聖」と傍書](しやうりやう)成等正覚(じやうとうしやうがく)、頓証(とんしよう)(トンセウ)菩提(ぼだい)」といのり
P12147
申(まう)させ給(たま)ふにつけても、先帝(せんてい)の御面影(おんおもかげ)(ヲンヲモカゲ)
ひしと御身(おんみ)にそひて、いかならん世(よ)にか思召(おぼしめし)
わすれさせたまふ【給ふ】べき。さて寂光院(じやつくわうゐん)(シヤツクハウヰン)のかた
はらに方丈(はうぢやう)(ホウヂヤウ)なる御庵室(ごあんじつ)をむすんで、一間(ひとま)
をば御寝所(ぎよしんじよ)にしつらひ、一間(ひとま)をば仏所(ぶつしよ)に
定(さだめ)、昼夜(ちうや)朝夕(てうせき)の御(おん)つとめ、長時(ぢやうじ)不断(ふだん)の
御念仏(おんねんぶつ)(ヲンねんぶつ)、おこたる事(こと)なくて月日(つきひ)を送(おく)(ヲク)ら
せたまひ【給ひ】けり。かくて神無月(かみなづき)中(なか)の五日(いつか)
の暮(くれ)がたに、庭(には)に散(ちり)しく楢(なら)の葉(は)をふみ
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ならし【鳴らし】てきこえ【聞え】ければ、女院(にようゐん)「世(よ)をいとふ所(ところ)
になにもの【何者】のとひくるやらん。あれ見(み)よや、
忍(しの)ぶべきものならばいそぎしのば【忍ば】ん」とて、
みせ【見せ】らるるに、をしか【牡鹿】のとをる(とほる)【通る】にてぞ有(あり)
ける。女院(にようゐん)いかにと御尋(おんたづね)あれば、大納言[B ノ]佐殿(だいなごんのすけどの)
なみだをおさへ【抑へ】て、
岩根(いはね)ふみたれかはとは【問は】んならの葉(は)の
そよぐはしかのわたるなりけり W094
女院(にようゐん)哀(あはれ)におぼしめし【思し召し】、窓(まど)の小障子(こしやうじ)にこの【此の】
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歌(うた)をあそばし【遊ばし】とどめ【留め】させたまひ【給ひ】けり。
かかる御(おん)つれづれのなかにおぼしめし【思し召し】なぞ
らふる事(こと)共(ども)は、つらき中(なか)にもあまたあり【有り】。
軒(のき)にならべるうへ木(き)(うゑき)【植木】をば、七重(しちぢゆう)(しちヂウ)宝樹(ほうじゆ)とかた
どれり。岩間(いはま)につもる水(みづ)をば、八功徳水(はつくどくすい)と
おぼしめす【思し召す】。無常(むじやう)は春(はる)の花(はな)、風(かぜ)に随(したがつ)て
散(ちり)やすく、有涯(いうがい)は秋(あき)の月(つき)、雲(くも)に伴(ともなつ)て隠(かく)れ
やすし。承陽殿(しようやうでん)(セウヤウデン)に花(はな)を翫(もてあそび)し朝(あした)には、風(かぜ)
来(きたつ)て匂(にほひ)を散(ちら)し、長秋宮(ちやうしうきゆう)(チヤウシウキウ)に月(つき)を詠(えい)ぜし
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ゆふべには、雲(くも)おほ(ッ)【覆つ】て光(ひかり)をかくす。昔(むかし)は
玉楼(ぎよくろう)[* 「玉桜」と有るのを他本により訂正]金殿(きんでん)に錦(にしき)の褥(しとね)(シトネ)をしき、たへ【妙】なりし
御(おん)すまゐ(すまひ)【住ひ】なりしかども【共】、今(いま)は柴(しば)引(ひき)むすぶ
草(くさ)の庵(いほ)、よそのたもともしほれ(しをれ)【萎れ】けり。
『大原(おほはら)御幸(ごかう)』S1303
○かかりし程(ほど)に、文治(ぶんぢ)二年(にねん)の春(はる)の比(ころ)、法皇(ほふわう)、
建礼門院(けんれいもんゐん)大原(おほはら)の閑居(かんきよ)の御(おん)すまゐ(すまひ)【住ひ】、御覧(ごらん)
ぜまほしうおぼしめさ【思し召さ】れけれ共(ども)、きさらぎ【二月】
やよひ【弥生】の程(ほど)は風(かぜ)はげしく、余寒(よかん)もいまだ
つきせ【尽きせ】ず。峯(みね)の白雪(しらゆき)消(き)えやらで、谷(たに)のつららも
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うちとけず。春(はる)過(すぎ)夏(なつ)きた(ッ)て北(きた)まつり【北祭り】
も過(すぎ)しかば、法皇(ほふわう)夜(よ)をこめて大原(おほはら)の
奥(おく)へぞ御幸(ごかう)なる。しのびの御幸(ごかう)なり
けれ共(ども)、供奉(ぐぶ)の人々(ひとびと)、徳大寺(とくだいじ)・花山[B ノ]院(くわさんのゐん)・土御門(つちみかど)
以下(いげ)、公卿(くぎやう)六人(ろくにん)、殿上人(てんじやうびと)八人(はちにん)、北面(ほくめん)少々(せうせう)候(さぶらひ)(サフラヒ)けり。
鞍馬(くらま)どをり(くらまどほり)【鞍馬通り】の御幸(ごかう)なれば、彼(かの)清原(きよはら)の深
養父(ふかやぶ)が補堕落寺【*補陀落寺】(ふだらくじ)、小野(をの)の皇太后宮(くわうだいこくう)の旧
跡(きうせき)を叡覧(えいらん)(ヱイラン)あ(ッ)て、それより御輿(おんこし)(ヲンコシ)にめされ
けり。遠山(ゑんざん)にかかる白雲(しらくも)は、散(ちり)にし花(はな)の
P12152
かたみなり。青葉(あをば)にみゆる【見ゆる】梢(こずゑ)には、春(はる)の
名残(なごり)ぞおしま(をしま)【惜しま】るる。比(ころ)は卯月(うづき)廿日(はつか)余(あまり)の
事(こと)なれば、夏草(なつぐさ)のしげみが末(すゑ)を分(わけ)いらせ
給(たま)ふに、はじめたる御幸(ごかう)なれば、御覧(ごらん)じ
なれたるかたもなし。人跡(じんせき)たえ【絶え】たる程(ほど)
もおぼしめし【思し召し】しられて哀(あはれ)なり。西(にし)の山(やま)
のふもとに一宇(いちう)の御堂(みだう)あり【有り】。即(すなはち)寂光
院(じやつくわうゐん)(シヤツクハウヰン)是(これ)也(なり)。ふるう作(つく)りなせる前水(せんずい)木立(こだち)、
よしあるさまの所(ところ)なり。「甍(いらか)やぶれては、
P12153
霧(きり)不断(ふだん)の香(かう)をたき、枢(とぼそ)おち【落ち】ては月(つき)常
住(じやうぢゆう)(ジヤウヂウ)の灯(ともしび)をかかぐ」とも、かやうの所(ところ)をや
申(まうす)べき。庭(には)の若草(わかくさ)しげりあひ、青柳(あをやぎ)
糸(いと)をみだりつつ、池(いけ)の蘋(うきくさ)浪(なみ)にただよひ、
錦(にしき)をさらすかとあやまたる。中島(なかじま)の
松(まつ)にかかれる藤(ふぢ)なみの、うら紫(むらさき)にさける
色(いろ)、青葉(あをば)まじりの遅桜(おそざくら)(ヲソサクラ)、初花(はつはな)よりも
めづらしく、岸(きし)のやまぶき咲(さき)みだれ、八重(やへ)
たつ雲(くも)のたえま【絶え間】より、山郭公(やまほととぎす)の一声(ひとこゑ)も、
P12154
君(きみ)の御幸(みゆき)をまちがほなり。法皇(ほふわう)是(これ)を
叡覧(えいらん)(ヱイラン)あ(ッ)て、かうぞおぼしめし【思し召し】つづけける。
池水(いけみづ)にみぎはのさくら散(ちり)しきて
なみの花(はな)こそさかりなりけれ W095
ふりにける岩(いは)のたえ間(ま)より、おち【落ち】くる
水(みづ)の音(おと)さへ、ゆへび(ゆゑび)【故び】よしある所(ところ)也(なり)。緑蘿(りよくら)
の牆(かき)、翠黛(すいたい)の山(やま)、画(ゑ)にかくとも筆(ふで)も
をよび(および)【及び】がたし。女院(にようゐん)の御庵室(ごあんじつ)を御(ご)らん
ずれ【御覧ずれ】ば、軒(のき)には蔦槿(つたあさがほ)はひ【這ひ】かかり【掛かり】、信夫(しのぶ)まじ
P12155
りの忘草(わすれぐさ)、瓢箪(へうたん)しばしばむなし、草(くさ)
顔淵(がんゑん)が巷(ちまた)にしげし。藜(れい)でうふかく
させり、雨(あめ)原憲(げんけん)が枢(とぼそ)をうるほすとも
い(ッ)【言つ】つべし。杉(すぎ)の葺目(ふきめ)もまばらにて、時雨(しぐれ)
も霜(しも)もをく(おく)【置く】露(つゆ)も、もる月影(つきかげ)にあら
そひて、たまるべしとも見(み)えざりけり。
うしろは山(やま)、前(まへ)は野辺(のべ)、いざさをざさ【小笹】に風(かぜ)
さはぎ(さわぎ)【騒ぎ】、世(よ)にたたぬ身(み)のならひ【習ひ】とて、うき
ふししげき竹柱(たけばしら)、都(みやこ)の方(かた)のことづては、
P12156
まどを(まどほ)【間遠】にゆへ【結へ】るませがき【籬垣】や、わづかに事(こと)
とふ物(もの)とては、峯(みね)に木(こ)づたふ【木伝ふ】猿(さる)のこゑ【声】、
しづ【賎】がつま木(ぎ)のをの【斧】の音(おと)、これらが音信(いんしん)
ならでは、正木(まさき)のかづら青(あを)つづら、くる
人(ひと)まれなる所(ところ)也(なり)。法皇(ほふわう)「人(ひと)やある、人(ひと)やある」
とめさ【召さ】れけれ共(ども)、お(ン)(おん)いらへ【御答】申(まうす)ものもなし。はるか
にあ(ッ)て、老(おい)(ヲヒ)衰(おとろへ)(ヲトロヘ)たる尼(あま)一人(いちにん)まいり(まゐり)【参り】たり。「女院(にようゐん)は
いづくへ御幸(ごかう)なりぬるぞ」と仰(おほせ)ければ、「この【此の】
うへ【上】の山(やま)へ花(はな)つみにいらせ給(たま)ひてさぶらふ【候ふ】」と
P12157
申(まうす)。「さやうの事(こと)につかへ奉(たてまつ)るべき人(ひと)もなき
にや。さこそ世(よ)を捨(すつ)る御身(おんみ)といひながら、
御(おん)いたはしうこそ」と仰(おほせ)ければ、此(この)尼(あま)申(まうし)けるは、
「五戒(ごかい)十善(じふぜん)の御果報(おんくわはう)(ヲンクハホウ)[* 「御」の左に(ゴ)の振り仮名]つきさせたまふ【給ふ】によ(ッ)て、
今(いま)かかる御目(おんめ)を御覧(ごらん)ずるにこそさぶらへ【候へ】。
捨身(しやしん)の行(ぎやう)になじかは御身(おんみ)をおしま(をしま)【惜しま】せ
給(たま)ふべき。因果経(いんぐわきやう)(イングハキヤウ)には「欲知(よくち)過去(くわこ)(クハコ)因(いん)、見(けん)其(ご)現在(げんざい)
果(くわ)(クハ)、欲知(よくち)未来(みらい)果(くわ)(クハ)、見(けん)其(ご)現在(げんざい)因(いん)」ととかれたり。過去(くわこ)(クハコ)
未来(みらい)の因果(いんぐわ)(イングハ)をさとらせ給(たま)ひなば、つやつや
P12158
御歎(おんなげき)(ヲンナゲキ)あるべからず。悉達太子(しつだたいし)は十九(じふく)にて伽耶
城(がやじやう)をいで、檀徳