平家物語(国民文庫本)附録大秘事

凡例
城方本に準じますが、振り仮名の無い漢字にも私意に読みを施し総ひらがな版にしました。
区切り記号は、流布本に準じます。
緒言より(文語体を口語に直しました。)
平曲の大秘事である、宗論、宝剣、神鏡の三章は、流布本・八坂本ともにこれを載せません。(但し本書巻十一 内侍所の帰洛の次に「爰に剣あり」と注記しています。)嵯峨本には、宗論一章を巻十に、剣鏡の二章を巻十一に併載しています。本書は、今これを謄写して附録とします。

八坂系の大秘事について
城方本は二類本B種です。
1「宗論」は、一類・四類のそれぞれ一部の本のみに有ります。
2「剣」、3「鏡」は、二類本のみが有りません。

P595
附録大秘事
宗論 されば、さがのてんわうのおんとき、せいりやうでんにして、しかのだいじようしうのせきとくをあつめられて、けんみつのほふもんを、ろんだんをいたすことましましき。ほつさうしうにげんにん、さんろんしうにだうしやう、てんだいにぎしん、けごんにたうをう、いちいちにわがしうのめでたきむねをたてまをさる。ほつさうしうにげんにん、わがしうにはさんじしうをたてて、いちだいのしやうげうをはんず、いはゆるうくうちうこれなり。さんろんしうにだうしやう、わがしうにはにざうをたてて、いちだいのしやうげうをおふ、にざうとは、ぼさつざう、しやうもんざうこれなり。てんだいに、ぎしん、わがしうにはしけうごみをたてて、いつさいのしやうげうをおふ、ざうつうべちゑんこれなり。ごみとは、にふらくしやうじゆくそだいごみこれなり。けごんには、たうをう、わがしうにはごけうをたてて、いつさいしやうげうをはんず、ごけうは、せうじようけう、しけう、しうけう、とんけうこれなり。そのごしんごんのこうぼふ、しばらくわがしうには、しさう、けうさうをきよとして、そくしんじやうぶつのきをたてまをさる。そのときげんにん、およそいちだいさんじのきやうもんをみるに、たださんこうじやうぶつのもんのみありて、そくしんじやうぶつのもんなし、いづれのもんしようによつてか、そくしんじやうぶつのきをたてらるるや、そのもんしようあらば、つぶさにいだされさふらへ、しゆゑのぎまうをはらはるべしとのたまへば、そのとききほふ、なんたちのしやうげうのうちには、
P596
さんこうじやうぶつのもんのみありて、そくしんじやうぶつのもんなし。そのときげんにんかさねて、まことにそのもんしようあらば、つぶさにいだされよとのたまへば、もんしようをひきたまふ。にやくにんぐぶつゑ、つうだつぼだいしん、ふもしよしやうしん、そんせうだいかくい、これらのもんをはじめとして、そのかずすでにはんたなり。げんにん、もんしようはいだされたり、このもんのごとく、しうをえたる、そのしつせうたれびとぞや。そのしつせうとほくは、だいにちこんがうさつたこれなり、ちかくは、わがみすなはちこれなりとて、てにみついんをむすび、くちにみつごんをとなへ、こころにくわんねんをこらしたまへば、しやうじんのにくしん、たちまちにてんじて、しまわうごんのはだへとなり、しゆつけのかうべのうへには、しねんごぶつのほふくわんをげんじ、くわうみやうさうてんをてらして、にちりんのひかりをうばひ、てうていはりをかがやかして、みつごんじやうどのぎしきをあらはす。そのときくわうていぎよざをさりて、らいをなさせたまふ。しんかけいしやう、かうぶりのこじをかたぶけ、なんとろくしうのじやうちに、ひざまづきてけいかくす。じやうぶつきそくのりつはには、たうをうだうしやうしたをまき、ほつしんしきさうのなんたふには、げんにん、ぎしんくちをとづ。ししうきふくして、つひにもんえふにまじはり、いつてうしんかうして、はじめてほふりうをうく。さんみつごちのみづ、しかいにみちて、くわくちをあらひ、ろくだいむげのつき、いつてんにかがやきて、ちやうやをてらしたまへり。ごさいしやうののちも、しやうしふべつとして、きねんのほうおんをきこしめす。ろくしやうふたいにして、しそんのしゆつせをまちたまふ。
P597
宝剣 はうけん 
そもそもこのはうけんとまをすは、むかしかみよよりつたはれる、みつのれいけんあり、あまのはやきりのけん、とつかのけん、くさなぎのけんこれなり。あまのはやきりのけんは、をはりのくに、あつたのやしろにこめられぬ。とつかのけんは、やまとのくに、ふるのやしろにありとかや。なかにもくさなぎのけんは、だいりにとどまりて、よよのみかどのみたから、いまのはうけんこれなり。このくさなぎのけんとまをすはむかしすさのをのみこと、いづものくにへながされたまひしとき、そがのさとなつきのむらといふところに、みやづくりありしに、そのところにやいろのくもおほへり。みことこれをごらんじて、
やくもたついづもやへがきつまごめにやへがきつくるそのやへがきを
これをさんじふいちじのはじめとして、くにをいづもといへること、それよりしてはじまれり。そのくにの、ひのかはかみのやまに、だいじやあり、をかしらともにやつあり。やつのみね、やつのたにに、はひはびこれり。せなかにはこけむして、もろもろのきおひたり。まなこはじつげつのひかりのごとし。ねんねんにひとをのむ。おやのまるるものは、こかなしみ、このまるるものは、おやかなしむ。そんなんそんぼくにこくするこゑたえざりけり。みことこれをあはれびて、だいじやをほろぼさんために、やつのふねにさけをたたへて、たかきゆかをかき、みことのごさいあいの、いなだひめとまをすしんぢよを、しやうぞかせて、ゆかのうへにたてられたりしかば、そのかげやつのふねなるさけにうつろふ。だいじやこれをのまんと、あくまでさけをのみて、ゑひふせる。そのときみこと、はきたまへるつるぎをぬきて、だいじやを、づたづたにこそきりたまへ。やつのをのなかに、をひとつきれざりけり。これをわりて
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みたまへば、ひとつのつるぎあり。とりて、てんせうだいじんにたてまつらせたまへば、これは、わが、たかまのはらにて、おとしたりしつるぎなりとて、そののちおんなかなほらせたまひけり。このつるぎ、じやのをのなかにありしほどは、そのところにくろくものつねにおほうて、あめふりければ、あまのむらくものけんとぞつけられける。てんそんあまくだらせたまひしとき、さんしゆのじんきゆづりたまへる、そのひとつなり。だいじふだいのみかど、しゆじんてんわうのおんとき、れいゐにおそれまゐらせたまひて、さらにつるぎをつくりあらためたまひて、かのつるぎをば、いせだいじんぐうへ、かへしいれまゐらせさせたまひけり。だいじふにだいのみかど、けいかうてんわうのおんとき、とういおほくおこりて、せきのひがしおだしからざりしかば、みかどのだいにのみこ、やまとだけのみこととて、みこころもがうに、おんさいがくもゆゆしくわたらせたまひしを、とういせいばつのために、さしむけまゐらせさせたまひけり。みこと、まづいせだいじんぐうへまゐらせたまひて、おんいもうと、いつきのみやして、てんわうのちよくめいをうけたまはり、とういせいばつのために、まかりむかふよしまをさせたまひたりしかば、てんせうだいじん、つつしんで、おこたることなかれとて、あまのむらくものけんを、みことにさづけまゐらせさせたまひけり。みことするがのくにまでくだらせたまひたりしに、かのくにのけうとら、みことをあやまちたてまつらんはかりごとに、このくにぐには、しかおほくはんべる、からせらるべきよしをまをす。みことのへいでたまひたりければ、しはうのくさにひをかけたり。みことはきたまへるつるぎをぬきて、うちふりたまへば、しはうのくさいちりまでこそながれたれ。をりふし、かぜ、いぞくのかたへふきおほひて、けうとおほくやけしにぬ。それよりしてぞ、くさなぎのけんとはなづけられける。かくてさんがねんに、とういをことごとくせめしたがへ、いぞくらをいけどりて、みやこへかへりのぼらせたまひけるが、をはりのくににて、おんやまひつかせたまひしかば、いけどりのけうとらをば、みこ、たけひこのみことして、みかどへたてまつらせたまひ、おんみはあつたのみやにしてつひにかくれさせ
P599
おはします。やがてこのつるぎをば、かのやしろにこめたてまつりけり。おんたましひは、しろきとりとなりて、にしにむきてとびゆきけるが、さぬきのくににいははれたまふ、しらとりのだいみやうじんこれなり。てんぢてんわうのぎよう、しゆてうぐわんねんに、しんたんより、しやもんだうきやうとまをすもの、わがてうにわたりて、このつるぎをぬすみ、きたうせんとしけるに、なみかぜあらくして、ふねすでにうちかへさんとしければ、わがほんいとげがたしとて、かへつてかのやしろにをさめたてまつるとぞうけたまはる。
P600
神鏡 しんきやう
そもそもないしどころとまをすは、むかしてんせうだいじん、あまのいはとをとぢふさがせたまひて、てんがことごとくとこやみとなりたりしに、やほよろづのかみたち、いはとのまへにあつまりて、かぐらをせさせたまひしに、てんせうだいじん、これにやめでさせたまひけん、いはとをすこしあけて、ごらんぜられけるに、やほよろづのかみたちの、おもてのしらうみえければ、かみたちよろこびて、あなおもしろやとのたまひけり。おもしろしとまをすことのは、このときよりぞはじまれる。そのときたぢからをのかみとまをす、おほちからのかみ、よりて、いはとをがはとおしひらきたまひしのちは、またはたてられず、じつげつ、せいしゆく、あらはれたまひて、てんがことごとくあきらかなり。てんせうだいじんのたまはく、わがしそんたらんひとは、このかがみをみて、われをみるがごとくにおもひたまへとて、みつのかがみに、おんすがたをゐうつさせたまひけり。このみつのおんかがみとまをすは、ひとつは、きのくににわたらせたまふ、にちぜんのみやこれなり。ひとつは、だいりにとどまりて、はくわうのおんまもりとならせたまふ、ないしどころのおんことなり。かいくわてんわうのぎようまでは、でんをおなじくし、ゆかをならべてすませたまひしが、だいじふだいのみかど、しゆじんてんわうのおんとき、べちのでんにうつしたてまつらる。なかごろよりぞ、うんめいでんにはわたらせたまふ。せんとひやくろくじふねんののち、むらかみのてんわうのぎよう、てんとくさんねんくぐわつにじふさんにちのよ、だいりぜうまうあり、ひもとはたいだいのなかのゑ、さひやうゑのぢんなりければ、ないしどころのわたらせたまふ、うんめいでんもちかかりけり。そのときのくわんばく、をののみやどの、いそぎはせまゐりて、みまゐらせたまへば、にようばうやはんのことなれば、をりふしないしどころに、にようくわんもさぶらひあはずして、ないしどころをいだしたてまつるひともなし。くわんばくどの、
P601
こはいかがしたてまつるべきと、さわがせたまひけるに、しんきやううんめいでんをとびいでさせたまひて、なんでんのさくらのえだにとびぞうつらせたまひける。くわうみやうかくやくとして、あさひのやまのはをいでたるがごとし。そのときさだいじんどの、かうべをちにつけたまひて、はくわうわうこのおんちかひ、あらたまらせたまはずは、しんきやう、さねよりがそでへ、うつらせおはしませと、まをしたまひたりければ、たちまちひだりのおんそでに、とびぞうつらせたまひける。をののみやどの、ずゐきのなみだをながしつつ、みづからおんさきまをさせたまひて、しゆじやうのございしよ、だいじやうくわんのあいたどころへ、いれまゐらせたまふ。いにしへはかくこそめでたくおはしましけれ。いまはよのすゑになりて、ないしどころもとびうつらせたまふまじ。うけたまふしんも、たれかわたらせたまふべき。ただじやうここそありがたく、まつだいこそかなしけれ。