黒松

                    若山牧水

第15歌集
昭和13年9月13日,改造社発行。
四六判。定価2円70銭。



  大正十二年

   土肥温泉雑詠
ひとをおもふ心やうやくけはしきに降り狂ふ雪をよしと眺めつ
犬呼びてもの与へをれば縁さきの芝生に雪の降り積りつつ
人妻のはしきを見ればときめきておもひは走る留守居する妻へ
大雪は沼津にも降らむ驚きて眺め入りたる妻をしぞおもふ
肌にややかなしきさびの見えそめぬ四人子の母のはしきわが妻
をとめ子のかなしき心持つ妻を四人子の母とおもふかなしさ
心なき泊りの人の足音を夜半更けて聞くいでゆの宿に
暁近き月の青みを宿したる玻璃戸の蔭の湯には浸れる
この国に珍しき雪に驚きて迷ひ出でし鹿は里に射られつ
   峡のうす雲
  三河鳳来山にて
降り入れる雨のひびきをわが聞くやわがまなかひの雨のひびきを
降り入りて森とよもせる雨のなかに啼きすましたる何の鳥ぞも
水恋鳥とひとぞをしへし燃ゆる火のくれなゐの羽根の水恋鳥と
枝垂れてそびゆる桧むかつ峰の森のなぞへに黒みたる見ゆ
合歓の木ぞひともとまじれる杉山の茂みがあひに花のほのけく
まなかひに湧き出でし雲のたまゆらや浮べる見えて消えてあとなき
盃に立つ湯気よりもあはれなれ湧きて消えゆく峡のうす雲
湧き昇る雲ばかりにて一すぢの乱るるとせぬ峡の朝雲
ひとすぢに昇りいそげる朝雲のたなびくさまや峰のうへの空に
向つ峰の鳥を聴かむと耳とほきわが耳たつるあはれなりけり
   トマトの歌
葉がくりにあるはまだ青しあらはなるトマトに紅のいろさしそめて
一枝に五つのトマトすずなりになりてとりどりに色づかむとす
この枝は風に折れたり折れながら青くちひさき実をつけてをる
汲み入るる水の水泡のうづまきにうかびて赤きトマトーの実よ
水甕の深きに浮び水のいろにそのくれなゐを映すトマトよ
皿にありてすでに溶けむとうるほへるトマトーの実ぞはやはやたべむ
舌に溶くるトマトーの色よ匂ひよとたべたべて更に飽かざりにけり
   海辺雑詠
   伊豆国西海岸の漁村古宇に宿りゐてあけくれに詠みすてたる
一人釣る小笠の人の立すがたあざやけきかな沖の小舟に
向つ岸駿河の国の長浜に浪の立てれば間近くし見ゆ
沖辺ゆく小型の船の白塗の色冴えわたり浪ぞきらめく
かけ声のただに冴えゐて秋晴の沖漕ぐ小舟かすかなりけり
山かげの入江の隈のひとところに今朝も来て居る海鳥の群
群れて啼く入江の隈の海鳥の声澄みとほる朝涼の風に
ふと見れば翼つらねてはるかなる沖辺へまへる海鳥の群
澄み来る秋のゆふ日に浮び出でて入江向ひの草山は見ゆ
さし汐の入江のくまの山かげに浮びてまろき海鳥の群
入江の空にとびかひながら海鳥の啼く音はしげし夕づく日となりて
   余震雑詠
夜に昼に地震ゆりつづくこの頃のこころすさびのすべなかりけり
月越えてなほ揺りつづく大地震の今宵も揺るよこの静か夜を
眼の前の電燈の灯をゆりすてて地震すぎゆきぬこの静か夜を
庭木草すさみてぞ見ゆ夜昼なく地震ゆりつづき晴れし日ごろを
わが心憤ろしも夜昼なくゆりつづくなゐをうちまもりゐて
わがむすめ六つになれるがいたいたしなゐにおびえて痩の見えたる
朝宵に相見る妻を子供等をまもりつつかなし地震のしげきに
名残なる壁のやぶれの冬はなほ目につくものをなほゆるる地震
   鶲啼くころ
時雨ぞとおもふこころの静けきに今朝の曇の親しかりけり(時雨三首)
部屋出でてふと見やりたる庭のおもに時雨降りゐて明るかりけり
ガラス戸をさして篭れば時雨の日のほの明るみは部屋をつつめり
ひたき啼くころとはなりぬいつしかに庭の木の葉の散りつくしゐて
年ごとに時としなればわが庭に来啼くひたきの声のしたしさ
聞え来るひたきの声のあはれなり心さびしくわがをる時に
部屋にゐて聞けばひたきはただ一羽ひもすがら啼く庭をめぐりて
明らけき戸の面の日ざしぞおもはるるこもりゐて聞くひたきの声に
柿の葉の落葉のもみぢ色あせず明るき庭にひたき啼くなり
庭草の枯れしがなかに居るとばかり低きにをりてひたき啼くなり
この小鳥高くとまらず冬さびし木々の根がたの枯枝に啼く
窓の戸をとざすとしつつあなあはれ飛べるひたきの姿を見たり
   やよ少年たちよ
若竹の伸びゆくごとく子ども等よ真直ぐにのばせ身をたましひを
をさな日の澄めるこころを末かけて濁すとはすな子供等よやよ
すみやかに過ぎゆくものをやよ子等よ汝が幼な日をおろそかにすな
うつくしく清き思ひ出とどめおかむ願ひを持ちて今をすごせよ
人の世の長きはげしき働きに出でゆく前ぞいざあそべ子等
子供等は子供らしかれ猿真似の物真似をして大人ぶるなかれ
いぢけたるつらは醜しのびのびとそだてよ子等よ事にたゆまで
生意気はみにくきものぞ生意気の人若しあらば見ておもへ子等
老いゆきてかへらぬものを父母の老いゆくすがた見守れや子等
   寒夜執筆
うとましき癖とはなりぬ昼はいねつ夜半起き出でてもの書き急ぐ
散りやすきこころとなりて昼はいね夜半を僅かに起きてもの書く
吹き出だす煙草の煙の末すらも重くなびきて夜半の寒けさ
夜の更けていよよ明るさ増しきたる電燈のあかり寒けかりけり
乱れたる机のうへの物の色さやかに寒し夜半の灯かげに
うすらかに灰をかづける炭の火の赤きに向ふ冬の夜の更
ぺン先のよごれを拭くとわが指の顫ふ寒さをふと覚えたる
労れては耳のかゆきがわが癖の耳かゆくなりぬ夜半の灯かげに
散らばれる机のうへのひとところ押しのけて置くよ飲食のものを
ほがらかに時計鳴り出であかつきの四時とはなりつ著き冷かも
暁と鶏なく時しとりいでて飲む酒うまし夜為事のあとに
ウヰスキイに煮湯そそげば匂ひ立つ白けて寒き朝の灯かげに
椅子にゐて足をかけたる円火鉢まろきにかけて粥を煮るなり
しらじらと煮立つを待ちてこれの粥に卵うちかけ吹きつつぞ喰ふ
   冬の歌
時雨ぞと起き出でて見れば庭の面うるほひしめり降りゐたりけり
窓あけて立ちて見てをり庭木々のおち葉を濡らす朝の時雨を
時雨過ぎしほの明るさはわが庭のひともと紅葉にこもりてぞ見ゆ
帰り来てわが門口のゆふまぐれ散れる落葉を見るはたのしき
たまたまに窓をひらきてなほ残れる庭の紅葉に驚きにけり
庭木々の落葉しはてしのみにあらぬほの明るさを冬は持つなる
冬が持つこの明るさは揺れず移らずただひとところに篭る明るさ
ガラス戸にさせる明るさ昨日見し秋の日ざしとちがふ明るさ
眼の前のうるさき事に心とられ忘れゐしかも頭あぐることを(偶感二首)
忘れゐしわれに気づきて笑ひいづるわらひをわれと聞くはたのしき
   念場が原
   八が嶽の裾野を甲斐より信濃へ越えむとして念場が原といへるを過ぐ、方八里に及ぶ高原なり
枯薄に落葉松の葉の散り積みて時雨にぬれし色のさやけさ
松若き枯野の芝の荒くして枯れてさやけきいろにもあるかな
日をひと日わがゆく野辺のをちこちに冬枯れはてて森ぞ見えたる
冬の野をはるけく来りいま通る落葉松の森親しかりけり
荒れし野に森を作ると植ゑなめし若木落葉松冬枯れてをる
落葉松の痩せてかぼそく白樺は冬枯れてただに真白かりけり
枯れさびし葉をとどめたる落葉松はすさまじきものぞ冬枯の野に
甲斐より信濃へ越すと冬枯の野をひと日来て此処に日暮れぬ
野のなかのこのひとつ家に宿乞ふとわが立ち寄れば霧ぞなびける
こはまた此処にもひとつ家ぞある枯れ伏せる草とともに低くて(そのあくる日)
   松原湖畔雑詠
   信濃南佐久郡なる松原湖畔の宿屋に同国の友人数名と落合ひ数日を遊び暮しぬ
ひと年にひとたび逢はむ斯く言ひて別れきさなり今ぞ逢ひぬる
とほく来つ友もはるけく出でて来て此処に相逢ひぬ笑みて言なく
無事なりきわれにも事のなかりきと相逢ひていふそのよろこびを
酒のみのわれ等がいのち露霜の消やすきものを逢はでおかれぬ
湖べりの宿屋の二階寒けれや見る冬の湖のさむきごとくに
豆腐かもあらむ見て来よとわが言へば友出でゆきて鴨を持てきぬ
したりがほに友さしいだす鴨の鳥わが受くる手に冷たかりけり
この寒き冬のゆふべに煮なむものこの青首の鴨にしかめや
隙間洩る木枯のかぜ寒くして酒のにほひぞ部屋に揺れ立つ
今朝見るみづうみの隈にうかびゐてあざやけき色は落葉なりけり
こがらしの落ちぬる今朝の静けきに銃音きこゆ鴨かとれけむ
銃鳴りぬ鴨かとれけむいざ友よ舟漕ぎ出でて行きて見て来む
銃聞ゆあなまた聞ゆこの朝の寒きに鴨の群れておりゐけむ
木枯のすぎぬるあとのみづうみをまひわたる鳥は樫鳥かあはれ
声ばかりするどき鳥の樫鳥ののろのろまひて風に吹かるる
まふとはすれもともとのろき樫鳥の風に吹かれてただよへるあはれ
樫鳥の羽根の下羽の濃むらさき風に吹かれて見えたるあはれ
をりからやまひたつ落葉樫鳥をなかにつつみてまひくるふあはれ
はるけくも昇りたるかな木枯にうづまきのぼる枯葉の渦は
   一夜ふとしたる事より笑ひ始めて一座五人ほとほと脊骨の痛むまでに笑ひころげぬ
ひと言を誰かいふただち可笑しさのたねとなりゆく今宵のまどゐ
木枯が吹くぞと一人たまたまに耳をたつるもをかしき今宵
笑ひこけて臍の痛むと一人いふわれも痛むと泣きつつぞいふ
笑ひ入りていつか泣きたる友が眼の瞼毛のなみだかがやけるかな
ひとりは部屋の隅なる床の間に這ひゆきて笑ふ涙垂れつつ
笑ひ泣く鼻のへこみのふくらみの可笑しいかなやとてみな笑ひ泣く
世のなかにありとふ茸のわらひ茸誰が喰はせてか斯くは可笑しき
ならび寝し床の五つのとりどりの友のことをおもふ端にいねつつ
   佐久風物
   松原湖畔を出でてよりなほ数日、南北佐久両郡に亘る佐久高原をさまよひ歩きぬ
みすずかる信濃の国は山の国海の魚なくて鯉があるばかり
その鯉の味の強きはひと日うまくふつかまだよく三日に飽きにけり
鯉こくにあらひにあきて焼かせたる鯉の味噌焼うまかりにけり
味噌焼にやがて飽きつ二年子の鯉の塩焼うまかりにけり
信濃なる鯉のうちにも佐久の鯉先づ喰ひてみよと強ひられにけり
なるほどうまきこの鯉佐久の鯉ほどほどに喰はばなほうまからむ
信濃なる梅漬うましまるまるとなまのままなるまろき梅漬
信濃なる梅漬うましかりかりと噛めば音してなまのままの梅
朝起きてまづ凭る炬燵ほどほどにぬくもりをりて今朝も日和ぞ
朝ごとに噛む梅漬の音のよさこの旅人に日和つづきて
わが好きの山芋の汁をよく知りて先づ作りたりこの友だちは
とろろ汁とろりと啜りあぢはひつ冬に入れりと語らへるかも
楽しみてわが作らせし大根おろし喰ひてわが泣く鼻の抜くると
   野辺山が原
   八が嶽北側の裾野を野辺山が原といふ、念場が原より更に広く更に高き高原なり
野末なる山に雪見ゆ冬枯の荒野を越ゆとうち出でて来れば
大空の深きもなかに聳えたる峰のたかきに雪降りにけり
甲斐が嶺のむら山のなかのひとつ山峰のたかきに雪降りにけり
高山に白雪ふれりいつかしき冬のすがたをけふよりぞ見む
人いまだゆかぬ枯野の今朝の霜を踏みてわがゆくひたに真直ぐに
わが行くや見る限りなる霜の野の薄枯れ伏し真しろき野辺を
はりはりとわが踏み裂くやうちわたす枯野がなかの路の氷を
野のなかの路は氷りて行きがたしかたへの芝の霜を踏みゆく
枯れて立つ野辺のすすきに結べるは氷にまがふあららけき霜
わが袖の触れつつ落つる路ばたの薄の霜は音立てにけり
朝日いま野にはさせれどうら寒し枯薄ただ霜にましろく
草枯れて木に残る葉の影もなき冬野が原をゆくはさびしも
此処の野の高きより見る下の野の野末をゆける谷の寒けさ
八が嶽峰のとがりの八つに裂けてあらはに立てる八が嶽の山
昨日見つけふもひねもす見つつゆかむ枯野がはての八が嶽の山
冬空の澄みぬるもとに八つに裂けて峰低くならぶ八が嶽の山
   千曲川上流
見よ下にはるかに見えて流れたる千曲の川ぞ音も聞えぬ(その一、市場村附近)
入りゆかむ千曲の川のみなかみの峰仰ぎみればはるけかりけり
ゆきゆけどいまだ迫らぬこの谷の峡間の紅葉時すぎにけり(その二、大深山村附近)
この谷の峡間を広み見えてをる四方の峰々冬さびにけり
みなかみやいまだ岩見えず真砂地の広きに澄みて瀬々の流るる
隙あらく松ぞ生ひたる岩山の岩に苔むし枯れて白きに
岩山のいただきかけてあらはなる冬のすがたぞ親しかりける
岩山のふもとの野辺の枯草の色あざやけし冬の浅きに
泥草鞋踏み入れて其処に酒をわかすこの国の囲炉裡なつかしきかな
とろとろと榾火燃えつつわが寒き草鞋の泥の乾き来るなり
居酒屋の榾火のけむり出でてゆく軒端に冬の山晴れて見ゆ
谷ぞひの村とりどりに人出でていま冬ごもりの構へするなり(その三、梓山村附近)
昨日今日逢ふものはただおもおもと大根つけたるその馬ばかり
冬ごもり雪の下にゐて食ふものにかばかり大根作るなりとふ
冬枯の荒野のなかのひとところに作られて大根真青なりけり
人の声とほく聞えつ眺むれば野末の畑に大根抜くところ
葉は乾して馬におのれは漬物に大根漬けおきて冬ごもるとふ
とりどりに量のおほきを誇りあひて大根ばかり作るこの里人は
この国の寒さを強み家のうちに馬引き入れて共に寝起す
寒しとて囲炉裡の前に厩作り馬と飲み食ひすこの里人は
大囲炉裡に榾火燃えたちゐろりの前に馬が寝てをり其処の厩に
まるまると馬が寝てをり朝立の酒沸かし急ぐゐろりの前に
まろく寝てねむれる馬を初めて見きかはゆきものよ眠れる馬は
かの家の馬は痩せたり家の妻しはきからぞとひとの噂する
のびのびと大き獣のいねたるはうつくしきかも人の寝しより


  大正十三年

   新年述懐
明けてわが四十といへる歳の数をかしきものに思ひなさるれ
ありし日はひとごととのみ思ひゐし四十の歳にいつか来にけり
いつまでも子供めきたるわがこころわが行ひのはづかしきかな
あわただしき歳かさね来ついま迎ふる今年はいかにあらむとすらむ
何やらむ事あるごとき気おくれを年たつごとに覚えそめたる
年ごとにわが重ね来し悔なるを今年はすまじせじと誓へや
事しげき年にありしかなかなかに顧みていま惜しまれぞする
   枯木の枝
この朝の時雨に濡れて帰りこし狩人は二羽の雉子を負ひたり(土肥にて)
湯の宿の二階の軒につるされてこはうつくしき雉子の鳥かも
梅見むとわが出でてこし芝山の枯芝のいろ深くもあるかな
咲くべくしなりていまだもさきいでぬ梅の錆枝にしげし蕾は
枯草の匂いよいよかぐはしききさらぎの野となりにけるかな(香貫山の裏)
枯草の原にひともと立ちほけし枯木の枝の光る春の日
立ちとまり聞けば野の風寒けきにはや春の鳥そこここに啼く
坐りたるわが前ちかき枯草の蔭を歩みをり小鳥あをじは
   旅中即興
   長崎にて
三郎よ汝がふるさとに来てみれば汝が墓にはや苔ぞ生ひたる(中村三郎の墓)
明日去ぬる港とおもふ長崎の春の夜ふけに逢へる人々
   筑後大川町にて
庭の松乏しかれどもそよ風にさゆらぐ見れば春は来にけり
十六夜はよべなりしかな今宵この月待ちがてに酒すすりをり
   同じく上妻村にて
唄うたひて紙漉く聞ゆ紙すきのわが友の村を通りかかれば
   故郷にて
山川のすがた静けさふるさとに帰り来てわが労れたるかも(坪谷村)
故郷に帰り来りて先づ聞くはかの城山の時告ぐる鐘(延岡町)
   朝の散歩
麦畑のうね間の瓜はみのりたり麦も刈るべくいま色づきぬ
忘るまじきこの銭入ぞ朝々の散歩に畑の瓜を買ふべく
熟麦の穂波がうへに小ばしりにゆく帽子見ゆ小学生の帽子
刈り乾せる穂麦には見えで畝のあひの茄子の葉に露のむすびたるかも
茄子の木の幹のむらさき深けれや黒しと或はまがふばかりに
豚の子の檻逃げ出でておぼつかな瓜畑ゆくよ丸く真しろく
   夏日雑詠
ほろにがき煙草のけむりふくみつつ縁に見てをり青葉に射す日を
縁側のうすら冷たくほのぐらきなつかしきかも青葉に掩はれ
木の葉にやどれる光おのづから親しき夏のすがたなるかも
板橋の板に苔むしおぼつかな渡りゆけば近く鮎ぞとぶなる(梅雨)
若竹に百舌鳥とまり居りめづらしき夏のすがたをけふ見つるかも(夏の百舌鳥)
夏深みこのごろ啼かぬ百舌鳥の鳥ひそやかにして餌をあさるあはれ
若竹の小枝にをりてあらはなる百舌鳥見つつおもふ雛にしあるらし
   甲州七面山にて
朴の木と先におもひし近づきて霧走るなかに見る橡若葉(その一)
山毛欅若葉橡の若葉のとりどりにそよぎ明るめりわが仰ぐうへに
おのがじし光ふくみてそよぎゐる橡若葉なり山毛欅若葉なり
さしかはす木々の瑞枝の中に垂りて長き藤蔓に小鳥こそをれ
藤蔓にとまれる小鳥なにの小鳥ぞちさくつぶらに向うむきにをり
立ち掩ふ木々の若葉の下かげにそよぎて咲ける山あぢさゐの花
花ちさき山あぢさるの濃き藍のいろぞ澄みたる木の蔭に咲きて
幹ほそく伸びたちたればそよ風にそよぎやはらかき山あぢさゐの花
雨をもよほす雲より落つる青き日ざし山にさしゐて水恋鳥の声
雨を呼ぶ嵐うづまける若葉の山に狂ほしきかも水恋鳥の声は
呼びかはし鳴きみだれたる鳴声の水恋鳥を聞くは苦しき
山襞のしげきこの山いづかたの襞に啼くらむ筒鳥聞ゆ
声ありてさまよへるかもつづきあふ尾根の奥処の筒鳥の声
筒鳥のほのけき声のたづきなく聞えくるかも次にまた次に
とめがたき声なりながら聞えたる筒鳥の声は消すよしもなし
まなかひの若葉のそよぎこまやかにそよぎやまなく筒鳥きこゆ
心あての麓もわかず遥かなれや真たひらにただ霧のたちこめ(その二)
巻き立つや眼下はるけくこもりたる霧ひとところ乱れむとして
今しわが片手あげなばたちどころにとよみかも出でむこの霧の海は
霧の渦われ包みつとおもふすなはちうすら冷たさ身をひたすなる
走り過ぐる霧に声ありわれを包みて渦巻けるなかにその声聞ゆ
手を振りて霧かきわくるわが振のをかしけれども笑はれなくに
吸ふ息吐く息なべて真白なる霧にぞあなるこの深きなかに
まなかひに老樹の樅のあらはれつ消えつ真寂し霧の渦のなかに
とりがたき霧のおこなひこころなく見ゐつつ寂しわがまなかひに
たづきなく渦巻き狂ふ霧の海のはるけきに起る郭公の声
霧の海とよみこもれる底にありて移りつつ啼く郭公聞ゆ
年ごとにひとたび聞かでおかざりし郭公は啼くよこの霧の海のなかに
けふ聞く郭公の声はうるみ帯びてせまりて速し霧にまぎれつつ
照る日の郭公の声はただに寂びたる霧にこもり啼ける今日のするどさ
ひとつものに寄り合ひ静もれるわれの心にひびきとほりて郭公聞ゆ
   雑 詠
移し植ゑし竹は根づきてやはらかく葉をかへにけりこの水無月に
芋蟲をなかに蹴合へる二羽の百舌鳥の羽根錆びはてて芋蟲真青
時はやく青葉がしたに咲き出でて色あはつけき庭桔梗の花
やめがたき煙草にありけり七月のこの朝の風に立ちふかれつつ
金口の口ざはりそぞろ身にぞしむ七月の朝の風の冷えゐて
トマトを水よりあげつ惶しく水拭きて噛むよこの冷えたるを
トマトのくれなゐの皮にほの白く水の粉ぞ吹けるこの冷えたるに
   わが家の犬初めて子を生みぬ
わが家の犬初めて孕みおびただしき子を生みにけり十あまりひとつ
足場なく生み落しおきて中の三つを踏み殺したりこの母犬は
生める子のおびただしきを眺めつつ舌だして寝て母犬はをる
愚かものの名にとほりたるわが犬の子を生みていとどしかぞ見ゆなる
君捨てよいな君こそと童二人犬の子捨つるゆづりあひをる
眼のあかぬあひだに捨てよとくとくと言はれつつ三日も犬の子はをる
子を生みし疲れか暫し吠ゆることを忘れゐし犬がいま吠えにけり
   転居雑詠
うとましきこれらの荷物いつのまにわが溜めにけむ家なしにして
身ひとつにさらばゆかむと行かるべき軽々しき身にあるべかりしを
追はるるといふにはあらね家なしの身は追はるるに似て家を替ふ
置き馴れしそれこれをいま一つの荷に積みまとめつつ家替ふるあはれ
毀れやすきこの品物といらだてる心おさへて荷を造るかも
まづ先に荷物荷馬車に積みだしおき家族を連れて立ち退くよ借家を
移り来て先づ戸のひきたてを試むる家のあるじのわれにしありけり
家主に辞儀申しつつおもへらくよき家主にあるがごときぞ
移り来し家の前なる桑ばたけ桑摘める人に声かけにけり
   秋花譜
青すすきゆたかになびくかげに咲きてうすくれなゐの撫子の花
ふるさとの村ざかひなる野の路をおもひぞいづる女郎花見れば
萩いまだ花をとぼしみなよやかになびかふ枝ぞ葉ぞうつくしき
枝垂れたる萩のすがたぞやさしかる花もおほかた葉ごもりにして
浅茅生の岡のひなたに鳴く蟲の声うつつなくて松蟲草の花
   富士の初雪
富士が嶺にひと夜に降れる初雪の峰白妙に降りうづめたる
この年の富士の初雪したたかに降りてなかなか寂しくぞ見ゆ
わが門の草に残れるよべの雨の露しげくして富士は初雪
   犬と戯るる歌
朝凪の今朝の浜辺を漕ぎ出づる舟さはにしてかろやかに行く
かろやかに漕ぎゆきし舟のはろかにて今は帆をあげ静かなるかも
居合はせし犬とたはむれて時ひさし其処漕ぎし舟も見えずなりたる
またひとつ寄り来し犬の見知らぬがたはむれかかるわが手に足に
長浜のながきはてより寄りか来しわがめぐり犬のいつか四つなる
まひくだる鴉を追ひて飽くとせぬ犬の蛩音は浜に乱れつ
宿なしの犬と主ある犬どちのあそびざまおのづむきむきにして
うち捨てておけば犬どち戯れて今は遥けく行きてかへらぬ
何処より漕ぎか寄りけむまなかひの入江にならぶ舟のかずかず
   沼津千本松原
をりをりに姿見えつつ老松の梢のしげみに啼きあそぶ鳥(その一)
老松の枝さしかはすあひにをりてまひあそぶ冬の小鳥どちかも
まふ鳥の影あきらけき冬の朝のこの松原の松のそびえよ
楽しげの鳥のさまかも羽根に腹に白々と冬日あびてあそべる
枯松にまひくだりたる椋鳥のむれてとまれるむきむきなれや(その二)
茂りあふ松の葉かげにこもりたる日ざしは冬のむらさきにして
うち聳え茂れる松のうれにをりてこまやかに啼ける繍眼児なるらし
鵯の鳥なきかはしたる松原の下草は枯れてみそさざいの声
まろやかになびき伏したる冬枯の草むらのなかのみそさざいの声
路ひとつほそくとほれる松原の此処の深きにみそさざい啼けり
ひといろにすがれ伏したる草むらに花ともみえぬうすむらさきのはな
見てをりてこはおもしろき冬枯のさまざまの草の草の実なれや
房なせる実の見えてゐて真さかりの櫨の紅葉のうつくしきかな
時すぎし紅葉の枝にふさふさと実を垂らしたるあはれ櫨の木
俥なる幌にひびける雨のおとを冬ぞとおもふ街をゆきつつ(その三)
窓さきの竹柏の木に来て啼ける百舌鳥羽根ふるはせて啼きてをるなり
時雨すぎし松の林の下草になびきまつはれる冬の日の靄
ありとしもわかぬほのけき夕月のかかりてぞをる松のうへの空に
松原のなかのほそみち道ばたになびき伏したる冬草の色
木々の葉に草のもみぢにおきわたしいま静かなる朝霜の原
網小屋の戸はとざされつ冬の日のかぎろひぞ見ゆ此処の砂地に
この浜の石あらければ冬いとど白けたれどもよき日向なる
遊女たち出でて遊べり沼津なるぬくとき冬の浜の真砂に
松かさと見まがふ鳥のめじろ鳥群れてあそべり老松が梢に(その四)
冬の空やならびそびゆる老松のなかにつらなれる枯れし松ひとつ
冬といへどぬくき沼津の海ぎしの森のみどりにさせる天つ日
この森の木々に実ぞある実を啄むと群れたる鳥の啼く音こもれり
冬の日に照りてぞ匂ふ櫨紅葉その木のもとに立ちてあふげば
松葉かくおともこそすれみそさざいあをじあとりの啼ける向うに
松原のなかの小やしろなにの神のおはすにかあらむ落松葉が下に
いつ知らずつきこし犬のわがそばに添ひてすわれる枯草の原
忘れこし煙草をぞおもふ枯草のにほひこもれる此処のひなたに
あたたかき沼津の冬や枯草のあひにくれなゐのなでしこの花
色さびし櫟のもみぢ散る遅しおそしと見つつわが飽かなくに
老松の幹の荒肌に日ぞさせる寂びて真しろき冬の日の色(その五)
茂りあふ雑木のすがた静かなり抜き出でて立てる老松はなほ
木々の葉に宿れるつゆはよべの時雨のなごりの露ぞかがやけるかな
啼く鳥の声ぞ澄みたる木々の葉のよべの時雨のつゆは光りて
ほがらかに冬日さしたる松が枝に群れあそぶ鳥の姿のさまざま
松原の此処は小松のほそき幹はるけくつづきつづくはてなく
かろやかに駈けぬけゆきてふりかへりわれに見入れる犬のひとみよ
枯草の色の毛なみのわが小犬枯草のかげにすわれるあはれ
森なせる犬ゆづり葉の実を啄むとつどへる小鳥うちひそみ啼く(その六)
銃音にみだれたちたる群鳥のすがたかなしも老松がうへに
忘れかねてまたもとの木の木の実に寄る小鳥たちあはれ銃音せねば
枯枝に並びて羽根をやすめたる小鳥のすがたあはれなるかも
夙く立てよ狩人来むぞむらがるな其処の枯木のうれの小鳥よ
まふ時し黒く見えつつ冬日あびてとまれる小鳥ほの白きかも
冬の日のみ空に雲の動きゐて仰げば松の枝のま黒さ
犬の舌真あかし荒き石浜の冬のひなたに物はめる見れば
うち群れて釣れるは何の来しならむ冬めづらしき今朝の釣舟
鶯さだかにぞ見し枯草にこもりささなくそのうぐひすを(その七)
主なき蜘蛛の古巣にかかりゐてうつくしきかもその玉虫は
あたたかき此処の冬なる中ぞらをかがやきてゆくよその玉虫は
けふひと日曇れる冬の海に浮ぶ釣舟の数あきらなるかも
冬枯の木の間に影のありと見き啼けるを聞けばあをじなりにし
この小路わがのとぞおもふ朝宵に来りあゆめど逢ふ人なしに
相打てる浪はてしなき冬の海のひたと黒みつ日の落ちぬれば
ひろびろと散りみだれたる櫨紅葉うつくしきかもまだ褪せなくに
冬寂びし愛鷹山のうへに聳え雪ゆたかなる富士の高山
低くして手も届きなむ下枝に啼きてあそべる四十雀の鳥
   樹木とその葉
   散文集『樹木とその葉』を編輯しつつそぞろに詠み出でたる
書くとなく書きてたまりし文章を一冊にする時し到りぬ
おほくこれたのまれて書きし文章にほのかに己が心動きをる
真心のこもらぬにあらず金に代ふる見えぬにあらずわが文章に
幼く且つ拙しとおもふわが文を読み選みつつ捨てられぬかも
自がこころ寂び古びなばこのごときをさなき文はまた書かざらむ
書きながら肱をちぢめしわがすがたわが文章になしといはなくに
ちひさきは小さきままに伸びて張れる木の葉のすがたわが文にあれよ
おのづから湧き出づる水の姿ならず木々の雫にかわが文章は
山にあらず海にあらずただ谷の石のあひをゆく水かわが文章は
書きおきしは書かざりしにまさる一冊にまとめおくおかざるにまさるべからむ
   身辺雑詠
貰ひたる石油ストーヴ珍しくしみじみ焚きて椅子にこそをれ
寒き夜を石油ストーヴ焚きすぎて油煙に鼻毛染めたるあはれ
程近き松原に日ごと出でて来て日ごとにぞおもふ身の忙しさを
日に三度来り来飽かぬ松原の松のすがたの静かなるかも
眼にうつる物のすがたのしづけきを静けしとしも見やるひまなき
静けさをひたおもふこころ思ひ入りてわれから騒ぐわれにやはあらぬ
たまたまに事に笑へばことさらにわらひゑらぎて涙こぼせり
籐の椅子冬は寒しとひとはいへど寒からなくに倚り馴れてあれば
心ややおちつきぬればめづらかやよき煙草けふは吸はむとおもふ
独り吸へる煙草のけむのしたたかにこもれる部屋も時に親しき
珍しくけふの昼餉はたきたてのあつき飯なり冬菜漬そへて
   千 鳥
長浜のかたへにつづく松の原のただに真黒き冬のゆふぐれ
うす墨になぎさの砂のうるほへる冬のゆふべを千鳥なくなり
夕闇のなぎさの砂を踏みゆきておもはぬかたに聞きぬ千鳥を
向つ岸伊豆の山暮れてまなかひの海のくらきに千鳥啼くなり
おなじかたにまた啼き出でし千鳥かもわが立ち向ふ夕闇の海に
さざれ波ほのかに白くつづきたる夕闇の浜に千鳥なくなり
いさり火のひとつだになき冬の海や渚は暮れて千鳥なくなり
   冬日月
箱根山うす墨色の山の端にうつくしき冬の日の出なるかも(その一)
朝づく日昇りさだまれば冬凪のほのかなる靄晴れゆきにけり
真向ひゆひたとさしたる冬空の朝日の日ざしありがたきかも
電燈を消してぞ待たむ冬の夜の十六夜の月を椅子ながら見む(その二)
大きなる月にしあるかな冬凪の空の低きにさし昇りたる
冬凪の静けく暮れてみづみづし光なき月昇りてぞをる
朝は朝日ゆふべは冬のまどかなる月ををろがめるこの二三日(その三)
こころよき寝覚なるかも冬の夜のあかつきの月玻璃窓に見ゆ
冬いとどちさしとおもふ有明の月は高きにかかりたるかも
   千本浜の冬浪
大海のうねりの端の此処に到り裂けくつがへりとよみたるかも
高らかに巻き立ちあがり天つ日の光をやどし落つる浪かも
大地もゆるげとうねりまきあがり巻き落つる浪は真澄みたるかも
うねり寄るうねりは此処にまなかひに真澄みたかまりうねりよるかも
冬の海にうねりあひたる大きうねりひまなくうねり山なせるかも
うねりあがり砕くるとしてうねりたるゆたけきうねりたゆたへるかも
荒浜の石あらければ引く浪にうち引かれつつとよみたるかも
とよみ落つる青浪の底に引かれゆくわれのこころしただならぬかも
   冬 鶯
わが窓のガラスにとどく竹柏の枝にゐてあそべるは冬の鶯
厨の戸あけすてておけば冬日さし鶯が来るよその茶の木より
庭先の茶の木にをりてささ鳴ける鶯よよきうぐひすとなれ
冬の鶯これの厨に入りてをりて皿に糞して逃げゆきにけり

  大正十四年

   雑詠
よき日和つづくこのごろ遠空の高嶺の深雪かがやけるかも
落葉せるからたち垣の根方なる葉蘭かがやくけふの日和に
老松の梢の荒き葉かがやくやその中空の冬の日ざしに
やどり木のちひさき枝葉老松のこずゑに見えてゆらぐ冬の日
老松の上枝下枝のさゆらぎの澄み定まれる冬のうらら日
よべ降りし霙こほりて真白なる珠とむすべり枯草の上に
若松の小枝がさきの葉の茂みに残りたまれりよべの霙は
ぬぎすてし妻が羽織を夜為事の膝にかけつついとしと思へ
   旅中即興の歌
   信濃揮毫行脚記より
呼子鳥啼くこゑきこゆ楢櫟枯葉をのこす春の山辺に
梅桜真さかりなれや千曲川雪解ゆたかに濁る岸辺に
訪ね来て君が二階ゆ眺めやるむかひの峰の松の色濃さ
友どちと打連れ来りとよもして君が二階に遊ぶたのしさ
咲き盛る石楠花の花の鉢の蔭に少女梳るうつむきながら
少女子の頬を眺めつつ清らけきこの世の命讃へけるかも
善光寺だひらの花のさかりに行きあひぬ折からの雨もただならなくに
枝垂桜老樹の枝のしづやかに垂れて咲きたる枝垂桜の花
うち仰ぎよしと眺めし真盛りの桜折り来て挿してまたよし
鉢伏の山に朝日さしまろやかに降りつみし雪はよべ降りしとふ
とろとろと榾火燃えつつ煙たちわが酒は煮ゆ煙の蔭に
夕日させる雲のあはひに表れて雪ゆたかなる駒が嶽の山
   美濃、信濃、尾張、揮毫行脚より
麦の色親しきかもよ穂も茎もひとしなみなる熟麦の色
土赤く禿げたる丘の裾のたひらに小学校ありて子等ぞ群れたる
吹き立ちて走る風見ゆ青葉若葉うづまき茂る向ひの山に
立ちまじるとりどりの木に風ぞ見ゆ松は静けき青葉の山に
栃の木とおもふ若葉ぞうらがへる美しきかなや向つ山の風に
おしなびけ風こそ渡れ栃若葉くぬぎ若葉の見わかぬまでに
屋根の上をさし掩ひたる老松の小枝にあそぶいしたたき鳥
この老松に松かさおほし小さくて黒み帯びたる松かさの数
梅雨晴の日ざしさしとほる池の隅に静かなるかも鯉ぞ群れたる
桑の葉は柔らかきかも伸べば直ちに刈りとられゆく桑の葉の色
椋鳥よ尾長鳥よ花の柘榴の木に群れあそぶすがた美しきかも
青葉若葉花はくれなゐの柘榴の木に尾長鳥あそぶ長き尾垂れて
山に雪降り里はあんずの花ざかり尾長鳥あまた群れてあそべる
枯草のあらはに残る荒野原かすかなるかも郭公の声は
からかさを傾けて聞くや雨さむき枯野のすゑの郭公の声を
浅間山にそれともわかぬ煙見えてかすかなるかも郭公の声は
長々しくうすみどりの房をたらしたる胡桃の花を初めてわが見つ
清らけきうす色の羽根よ葭の原ゆ啼きつつとべる行々子見れば
葭の原ゆまひたちきたり落葉松のさみどりの枝に啼けるよしきり
山の湯のそのわかし湯のえんとつのうへまひこえて啼くほととぎす
   訪欧飛行機送迎の歌
   けふ七月二十五日午前九時三十五分、待ち待ちし二つの飛行機、富士のこなたの空に現はる
夏がすみかきけぶらへる足柄の峰の上の空ゆ飛行機来る
うらかなしき霞にもあれや真夏空けぶらふなかに飛行機は見ゆ
静かなるかもわが飛行機ははてもえわかぬ旅に出で立てるわが飛行機は
おお聴けわが飛行機の立つる響あを空の底にこもらふひびきを
真夏空けぶらふなかにおほどかに響かきたててゆくよ飛行機
富士がねのこなたの空を斜に切りて二つうち並び行くよ飛行機
行くよ飛行機かきけぶらへる青空のなかに真澄みて行くよ飛行機
つかず離れず二つならびてかろやかに静けくゆくよわが飛行機は
行け飛行機降るおもはず行くさき問はずつばさうち伸べ行けよ安らに
双手あげ呼ばむとしつつ涙落ちぬただに安らかに行けよ飛行機
うしろ影静けくあるかな今は遥けくなりまさりつつゆける飛行機
家族みな門にうち立ちまさきくと祈りつつ送るその飛行機を
飛行機より眼おろせばまなかひに静かなるかも畑つもののみのり
   夢
故郷に墓をまもりて出でてこぬ母をしぞおもふ夢みての後に
空家めく古きがなかにすわりたる母と逢ひにけりみじかき夢に
鮎焼きて母はおはしきゆめみての後もうしろでありありと見ゆ
夢ならで逢ひがたき母のおもかげの常におなじき瞳したまふ
父が墓は夢に見るなし白髪のうつしみびとの母をよく見つ
白き髪ちひさき御顔ゆめのなかの母はうつつに見えたまふかも
うつしみの白髪人のかたくなの母をゆめみて後のさびしさ
かたくなの母の心をなほしかねつその子もいつか老いてゆくなる
母をめぐりてつどふ誰彼ゆめのなかの故郷人よ寂しくあるかな
名はいまは忘れはてたれ顔のみのふるさとびとぞ夢に見え来る
   手賀沼に遊びて
水あふひ水にうつりてほのかなる花のむらさきは藍に近かり
かろやかに音かきたててわけてゆく真菰がなかの舟のちひささ
ばんの鳥かいつむりの鳥の啼声のをりをり聞ゆ舟とめてをれば
山に棲む鳥はおほしとおもひしか沼に来てみれば沼の鳥おほし
さかづきのいと小さきに似てもをれや浮きて咲きたる水草の花
沼のさなか真こものかげに舟をとめて埃は来ずと酌める酒かも
水草の浮葉ひとところに片よりて静けき見れば花咲けるなり
かいつぶりの頭ばかりが浮きてをり黒くちひさくをりをり動き
鵜の鳥の大きくあるかな沼のさなか真菰の蔭ゆまひ出でてゆく
水草のうき葉のうへにとまりたるうす水色の蜻蛉なりけり
沼のうへにまひあそぶあきっをりをりをうき草の葉に寄りていこへる
咲き出でて日は浅からむ真菰の花うす紅のいろを含みたるかも
秋の野の芒のさまに似は似つれみづみづしきよ真菰の原は
ひとしなみになびける見ればこの沼の真菰は北に靡きたるなり
夕焼の名残は見えて三日の月ほのかなるかも沼の上の空に
はるけくてえわかざりけり沼のうへや近づき来る鷺にしありける
   無 題
苗代茱萸熟れて落つれば秋ぐみの花ほの白く咲きいでにけり
摘みとりてくふぐみ渋ししぶけれどをさなかりし日しのびつつくふ
朝づく日いまだ射さねば葛の葉におきわたす露は真白なりけり
蚊のひとつ来てぞさすなる長月の汽車の窓べにもの読みをれば
この里よ柿のもみぢのさかりにて富士にはいまだ雪の降らざる(裾野村)
   旅中即興の歌
   周防国伊保庄村、村上可卿君方にて、十一月三日
石蕗の花咲きみてり君が家の寂びて並べる庭石の蔭に
月夜にし今宵ありけり遠く来て泊れる此処の庭を見やれば
   伊保庄村の前面に鴉島なる小島あり、全島鬱然たる密林なり
鴉島かげりて黒き磯の岩に千鳥こそ居れ漕ぎ寄れば見ゆ
この小島人の棲まねば静けくていま石蕗の花の真さかり
この島よ樹々茂れれば木がくりの崖に石蕗咲きみだれたり
   八幡市荒生田の岡の上の宿にて、同十日前後
よべ一夜泊れる宿の裏庭に出でて拾ひぬこの落栗を
人いまだ行かぬこの路うつくしう桜もみぢの散れるこの朝
新墾のこの坂路のすそとほし友のすがたの其処ゆ登り来
   荒生田山はもと小笠原侯松茸狩の山なりしとぞ
荒生田の山の椎の木老いたれやなほ幾代かけて老い茂れかし
   福岡なる加藤介春君方にて、同十一日
久し振に来て泊りをればこの庭の山茶花のはな咲きそめしかな
   同市西公園の山かげなる安河内洲起君はわが行くを待ちてその庭の柿を残し置きぬ、同十二日
冬寂びし君が庭なる柿の実の残れるをわが来てたべにけり
よべ遅くわが来て泊り暁の霜おける柿をもぎてたぶるも
   長崎市なる高島儀太郎君方にて、同十六日
船の往来うちにぎはひていにしへの寂びをもちたり長崎港は
   阿蘇山麓立野駅にて、同二十六日
停車場におりたちて見る真向ひの冬枯山の日のにほひかも
   阿蘇山麓栃の木温泉にて、同二十七、八日
散りすぎし紅葉を惜しむ霜月の栃の木の湯の静かなるかも
名を聞きて久しかりしか栃の木の温泉に来り浸りたのしき
夜半ひとり寝ざめてをれば静けさや湯滝のひびき渓川の音
澄みとほるいで湯に浸りわが肌の錆びしをぞ恥づ独り浸りて
この宿の渓むかひなる岩山の岩のあひの冬木見つつ親しき
   阿蘇はその嶺五つに分れたり、世に阿蘇の五嶽といふ、同二十八日
阿蘇が嶺の五つのみねにとりどりに雲かかりたり登りつつ見れば
   阿蘇を下りて打開けたる広野を過ぐ
美しき冬野なるかも穂すすきのなびかふ下の枯芝の色
   炭焼の煙にやと問へば地獄温泉の湯気なりといふ
枯野原行きつつ見れば野末なる山のいで湯の湯げむりは見ゆ
   我等が登りし翌々日阿蘇には雪の白く積りぬ
阿蘇が嶺に白雪降りぬ昨日こそ登り来にしか白雪降りぬ
   肥後国荒尾町なる海達貴文君方にて、十二月一日
雀ゐてあさりをるなり麦蒔くと鋤きすてて黒き冬田の中に
降りすぎし時雨のあめぞたまりたる麦蒔くとして鋤きすてし田に
   霧島山栄之尾温泉にて、同所は海抜九百米の山腹に在り、同二、三日
見おろせば霧島山の山すその野辺のひろきになびく朝雲
明方の月は冴えつつ霧島の山の谷間に霧たちわたる
   同所にて思ひがけなくも初雪にあひぬ、同二日
このいで湯ぬるきをかこち浸りをれば折からなれや雪の降り来つ
窓さきになびき乱るる枯萱に降りくるふ雪のうつくしきかな
降りすぎし今朝のはつ雪霧島の老樹の森に白く積りぬ
はつ雪といへるこの雪庭さきの樹々につもりて美しきかな
霧島の山の桧の木にはつ雪の白くつもりてやがて消えたる
庭先に積みわたす雪のうへにまよふいで湯の煙匂ひたるかも


  大正十五年

   松 風
篭り居の部屋のガラス戸輝きてうららけき今日を松風聞ゆ
老松のうれの茂みに吹きこもりとよめる風を聞けば春なり
老松のうれにこもれる風の音はるけくもあるか眺めつつ聞けば
   二月末の雨
昨日はも時雨もよひの寒かりき夜半かけてこのあたたかき雨
啼きすぎしは鶸の声なり廂うつ雨あたたかきその軒さきを
あたたかう今朝降る雨や軒さきにひは啼くきこゆ百舌鳥なく聞ゆ
板廂新しければ降る雨のひびきあららかに立ちそろひたり
   梅その他
とりどりに庭の小石のかがやけるけふうらら日の白梅の花
わがたけにたらずとおもふひと本の若木の梅の花のま白さ
部屋のうちに火なきはさびし火のありて湯釜に湯気の立たざる淋し
櫨の実ぞ落ちてかかれる枯萱のうす赤らみて立てる葉先に
藁の灰あたらしければちさき炉のめぐりこのごろよごれがちなる
   椿と浪
静かなる椿の花よ葉ごもりに咲きてひさしき椿の花よ
ひともとの野なかの椿枯草のすさまじきなかのひともと椿
枯草のおどろがなかにひともとの椿かがやく葉は葉の色に
風凪ぎて椿はひとり光りたり冬野の晴の枯草のなかに
曇日は花すら色の褪せて見ゆ椿は晴れて見るべかりけり
ひともとの椿の花に寄りてゆくわらべたち見ゆ枯草がくれ
わらべたちとるな椿をわが部屋ゆ見ゆる冬野の其処の椿を
からみたる草枯れはてて冬の野の椿は花のいよよ咲くなる
椿の木に花は咲きみちあかつきの今朝の寒きに鶯のなく
ねざめゐて起きいでぬ部屋に聞え来るやぶうぐひすの声の親しさ
闇の夜とおもふ夜ふけの廂うつこよひの雨の親しくあるかな
しぐれの雨いつしかやみて静かなる宵とおもふに浪の音起る
今宵たつ浪のとよみは高くあがらず地をつたひて聞え来るかも
親しさよ今宵の浪のとどろきは地にこもりて聞えたるなり
   鶯
雨戸いまださされし部屋の暁に聞えたるかも薮鶯は
冷やけき雨あがりかな暁のわが庭さきに鶯啼きて
枯れ伏して草すさまじき如月の野に啼きすますうぐひす一羽
枯草の伏しみだれたるあらはなり雨降り過ぎて鶯の啼き
枯草のかげにこもれる鶯のをさなき声は移りつつ聞ゆ
梅の花白く咲きたり暁の闇ほのかなる庭木がなかに
葉のしげみうち枝垂れつつ枝ごとに椿花咲けりその葉ごもりに
   酒
止むべしとただにはおもへ杯に匂へるこれのまへにすべなし
これにておかむと置ける杯に残る心を殺さうべしや
笹の葉の葉ずゑのつゆとかしこみてかなしみすするこのうま酒を
かなしみて飲めばこの酒いちはやくわれを酔はしむ泣くべかりけり
われはもよ泣きて申さむかしこみて飲むこの酒になにの毒あらむ
ふくみたる酒のにほひのおのづから独り匂へるわが心かも
うましとしわが飲む酒はとりがたき光にあれや消えてかげなき
   尾長鳥と鹿
   去年の春信州松代町に遊びぬ、折柄土地名物杏の花の真さかりにて
   町といはず村といはず家ごとに植ゑられしこの木の花におほくの尾
   長鳥寄りゐてあそべるを見き、あたりの山々にはなほ雪の白かりし
   が杏の咲けば山を出で来てこの鳥の里に見ゆるがならひなりとぞ。
   或日ふとこの鳥を思ひ出でて松代町なる中村柊花に寄せし歌
山出でて尾長の鳥のあそぶらむ松代町の春をおもふよ
尾長鳥垂尾うつくし柿若葉柘榴の花の庭にまひつつ
啼く声のみにくかれども尾長鳥をりをり啼きて遊ぶ美し
うつつなく遊ぶさまかも尾長鳥あらはに柿の若葉にはをる
斯くばかり馴れて遊べる美しさ尾長の鳥を山にかへすな
   近頃事多く疲労著しき大悟法利雄にすすめて伊豆天城山に登らしむ。
   そのいただきなる青篠の池のほとりにて鹿の遊ぶを見たりと帰り来
   て告ぐるに
雨降る天城の山の篠原に立てる牡鹿を君見たりてふ
雨降れば出づることありてふ天城嶺の鹿を君見き梅雨の雨のなかに
ししむらの尻のまろみに白き毛を見せつつ鹿の歩み去りしてふ
おのづから立てる姿のうつくしき鹿を見してふ篠の原のなかに
羨しさよ百山千山わけ行ききあそべる鹿をいまだわが見ず
鹿の居る天城の山とおもふとき天城の山はなつかしきかな
青篠の池はちひさし山のうへにまろく湛へて真澄みたるなり
天城嶺の峰にたたふる青篠の池の清水を思へばかなしも
   孟宗竹
枯れしぞとあきらめてゐし孟宗の赤き葉は落ち幹青み来ぬ
梢切りて植ゑならべたる孟宗の葉は落ちつくし根づきたるかも
竹植ゑなば根がたにごみを捨てよとふ埃を捨つるよわが楽しみに
   麦の穂その他
麦の穂のうつくしきかも麦の穂のこの熟れぬるを持ちつつ見れば
麦刈れる人に貰ひて麦の穂をひとつ持ちたりこの美しき
麦の穂も熟れぬ葉かげに表れてうれつくしたる枇杷の実の色よ
まひたてる何の花粉ぞ露ふくむ草原のうへにいままひたちぬ
   黒 松
黒松の老木がうれの葉のしげみ真黒なるかも仰ぎつつ見れば
黒松の黒みはてたる幹の色葉のいろをめづ朝見ゆふべ見
黒松の老木のうれぞ静かなる風吹けば吹き雨ふれば降り
   夏の歌
立ちよりてわが驚きぬ若竹の葉末は露の玉ばかりなる
暁を早く眼ざめて起き出でつ夏にのみ知るわびしさのあり
今朝の風つよく吹かぬに沖かけて白める浪はあげしほの浪
青みつつ寄せぬる浪はゆたゆたに岸にたゆたふあげしほの浪
浜わたる風のすがしさあげしほのあげさだまりて浪のゆたけく
たけたかき少女くれなゐの衣着たり浜かぎろひの燃ゆるさなかに
吹きかへす風もあらぬか紅ゐのしたたるばかり垂りし袂を
いたづらに燃えわたりたるかぎろひの浜かぎろひのはてをゆく子よ
かぎろひのみなぎらふ浜をひとりゆきて歩みひそけき少女子よ誰ぞ
片手にはものをいだきつ袖の蔭に垂りし片手を見せつつ行くよ
汝が踏む真砂の音の聞ゆるよわれはも行くをやめて聞きなむ
たちさげばさと匂ひたち部屋のうち静けき昼の西瓜なりけり
われはもよ塩をぞ選ぶ紅ゐのしたたる西瓜につけてたぶべく
こはまた欝金の露のしたたるよ長目にまろき西瓜をさけば
冷やけきにほひなるかもうこん色の西瓜の実よりしたたる匂
たべあきし西瓜の種をふくみつつわびしくぞ居る部屋のかたへに
あけくれのたべものまづき夏の日は西瓜のつゆを吸ひて生くべき
   竹葉集
幾人の海人の乗れるや朝闇の浪に漕ぎいだし漕ぎ騒ぎたる(その一、千本浜)
朝闇の浪の荒きに漕ぎ出づる舟ひた濡れて真黒かりけり
澄みとほるうしほの色は水底の真砂を染めて青みたゆたふ
   地曳網は大きく手繰網は小さし
浜人の群れて曳く網長ければ浜の朝闇明けはなれたる
手繰網たぐりて曳きて得し魚は皿ひとさらの美しき雑魚
松荒きこの松原にすひかづらひとり匂ひて咲きにけるかも(その二、千本松原)
松の木に鴉はとまり木のかげの忍冬のはなにあそぶ虻蜂
松の木のならび明るき松原にはてこそなけれ松の木のならび
松原にいつ生ひにけむひともとのアカシヤ生ひて花咲けり見ゆ
松原のなかの老木の枯れたるを伐る音さこゆ昨日も今日も
梢をつとはなれて鴉重げなりたちならびたる老松の梢を
梅雨曇くもりのなかに並みたてる老木の松は黒き黒松
うす雲は雨気おびたり藍うすき空にうかびて松のあひに見ゆ
乱れやすきわれのこころよめざめたる朝のしばしを静けくはあれ(その三、無題)
ともすれば乱れむとするこの朝の心おさへてをるがくるしさ
楝の木うすむらさきの花のかげに美しき鵙がとまりをるなり(その四、鵙の子)
かの鵙よ雛にしあらしうつくしく楝の花にあそびほけたる
花につどふ羽蟲あさると鵙の子が遊びほけたり楝の花に
軒さきの竹にとまれる鵙の子がわれを見てをる美しきかな
墨色に曇りはてたる天城嶺の峰に居る雲は深き笠なせり(その五、天城の雲)
笠なして天城のみねにをる雲は春くれがたの真白妙の雲
明けやらぬ闇とおもふに軒さきを早や何鳥か鳴きてすぎたる(その六、朝の鳥)
夜半に起きてもの書きいそぐならはしのわれに親しき暁の鳥の声
暮れ遅き庭の若葉をながめつつひとり酒酌ぐ静けくあるか(その七、独酌朝夕)
朝日影さし入りて部屋にくまもなししみじみとして酒つぐわれは
われはもよ酒飲みて早く老いぼれぬ酒飲まぬ友はいかにかあるらむ
   雑 詠
芽ぐみ遅き何の木ならむこの朝の雨に濡れつつ鳥とまりをる
雨の雫やどせる竹に枯葉おほし日ごと見馴れし軒さきの竹に
野茨の芽立の茎の伸びそろひ風になびきて匂ふこの野よ
此処の原にとぶつばくらめしげけれや野いばらの芽の芽立を縫ひて
山桜のはな散りすぎて天城山春のをはりのいまいかにあらむ
ぬぎすてし娘が靴にでで蟲の大きなる居り朝つゆの庭に
庭に起る物の音あり犬がゆき鶏がとほるをりをりの音
夕立の雨のさなかを墨色に澄みて見えつつ鳥まひすぎぬ
聳えたる松のこずゑに鴉をりまた一羽来ぬ雨降れる松に(鴉二首)
並み立てる老木の松のあはひ縫ひて鴉まひすぎぬゆふぐれの雨
机なる柘榴ゆびざし見飽きなば賜べよ喰べむと吾子の言ふなる(末の子二首)
ゆくさきざき嫌はれてゐしわんぱくのひと日も終りいま眠りたる
   旅中即興
   北海道旭川斎藤瀏君方にて
野葡萄のもみぢの色の深けれや落葉松はまだ染むとせなくに
柏の木ゆゆしく立てど見てをれば心やはらぐその柏の木
兵営の喇叭は聞ゆ暁のこの静かなる旅のねざめに
遠山に初雪は見ゆ旭川まちのはづれのやちより見れば
旭川の野に霧こめて朝早し遠山嶺呂に雪は輝き
こほろぎのなく音はすみぬ野葡萄の紅葉の霜はとけ急ぎつつ
時雨るるや君が門なる辛夷の木うす紅葉して散り急ぐなる
   増毛にて
音たてて霰降りすぎし軒さきにいま落葉松の落葉散りつつ
   石狩国深川町鬼川俊蔵君方にて
ゐろりばたに大き鉢ありて茹栗のゆであがりたる満たしたるかも
朝寒に鍛冶屋が鎚の冴えひびく深川町にめざめたるかも
   秋味とて鮭のとるるさかりなり、北見国網走港にて
あきあぢの網こそ見ゆれ網走の真黒き海の沖つ辺の波に
ひとつらに並び流るるよ網走のその川口の真白きごめは(ごめは鴎)
   十勝国池田町中島竹雄君方にて
池に落つる水は冬なりガラス戸にゐてあそべるは赤きあきつなり
   同国帯広町なる社友歌会席上にて
おこし急ぐ炭火ほのかに熾りつつ今は本降となりし雨かも
うつつなに聞きゐし雨のしみじみと廂にひびくこの寝覚かも
   十勝より狩勝峠を越え石狩平原に出づ
野の末にほのかに靄ぞたなびける石狩川の流れたるらむ
   石狩国砂川炭山にて、雪中所見
秋すでに蕾をもてる辛夷の木雪とくるころ咲くさまはいかに
霜はいま雫となりてしたたりつ朝日さす紅葉うつくしきかな
   夕張炭山の甲斐猛一君方にて
とろとろとひとり燃えつつゐろりなる榾のほのほのあはれなるかも
   同君に案内せられて炭山坑内に入る
白雪の積めるがままに坑木はいま坑内ふかくおろされてゆく
   陸奥国新城村淡谷悠蔵君の開墾地にて
起き伏せる岡の片かげに泉湧き泉のそばに君が家はありき
   朝
朝闇に雨戸ひきあけ灯をともし囲炉裡に向ふこれのたのしさ(その一)
部屋にまだ灯のあるものをみそさざい障子のそとの竹に来啼ける
軒寄りに茜いろ濃く下はうすし障子に朝日いまさすところ
うら寒き茜かき流しわが障子煤びし染めて朝日さしきぬ
夙く起きて心たのしもわが部屋の障子に竹の影さやぎたち
野末なる山の端ゆさしわが部屋にあまねき冬の朝日なりけり
暁の光うすあをみ障子にあり今朝は曇りて寒けくあるらし(その二)
曇りぞとおもひしものを朝づく日障子染め来つ寒き日和ぞ
この朝や雪もよひして雲焼けぬ今し障子の赤く染まれる
雪もよひけふの朝日の弱ければ障子に竹の影の淡かる
雨戸まだしめきりてものを書き急ぐ戸面に高き鳥の声起る(その三)
夜の明を先づ啼く鳥の百舌鳥はいま高音張りつつなきいでてきぬ
ほしいままに啼きすててつと飛び去りぬとおもふに百舌鳥は啼くよ彼方に
   庭の冬
富士が嶺の麓ゆ牛に引かせ来て山桜植ゑぬゆゆしく太きを
冬ふけていよよ葉の色ふかみたる山梔子の木の葉がくれの実よ
こぞ植ゑしばかりの柚子のこれの老樹思はざりけり実をあまたつけつ
霜来むに早や摘みとりてかこへよとひとの言へれどつみかねつ柚子を
冬青木の木に実のなることを知らざりきさんごのたまの赤き粒の実
庭石のかげに咲きたる沈丁花いま咲ける花はこの沈丁花
葉がくれに蜂の巣ありし梅もどき落葉しはてつ蜂の巣も落ちぬ
このあたりちひさき池をほしとおもふ老樹の柘榴枝たれしもとに
池を掘らば先づ鮒の子を放ちやらむ鮠も放たむ池のほしさよ
この秋に笑みて三つ四つ実を落し若木の栗は落葉してをる
ガラス戸をぬぐひ浄めてすがしきに透りて見ゆる庭木々の冬
   雑 詠
ひとところあけおける障子の間より見ゆるはただに枯芒の原
上枝よりこぼれ落ちたるみそさざい胡頽子の下枝に落ちとまり啼けり
縁先のちさき茂みの布袋竹に朝ごと来啼くみそさざいの鳥
つぎつぎに所を変へてなく鳥のみそさざいはなく常に低き枝に
置く霜の今朝のさやけさ押しなびき枯れ伏せる草のうへに置く霜
鉄瓶を二つ炉に置き心やすしひとつお茶の湯ひとつ燗の湯
夜為事のあとを労れて飲む酒のつくづくうまし眠りつつ飲む
ゐろりなるすすけ鉄瓶に影さしぬ障子の穴ゆ漏れし朝日は
   椎の実
ふるさとの母にねだらむとおもひゐし椎の実をけふ友より貰ひぬ(その一)
てのひらにこぼるるばかり持ちたれば椎の実の粒はひえびえとして
椎の実の黒くちひさき粒々をてのひらにして心をさなし
椎の実の寂びぬる粒を手には持ち袋にはうつし心をさなし
われはもよわらはべなりき故郷の山に椎の実を拾ひてありき
暁の四時といへるに独り起きゐて椎の実を炒るよ夜為事のあひに(その二)
かきまずれば音のさやけさ焙烙の円きがなかのこれの椎の実
椎の実のはやいれたらしかうばしき匂はおこるかきまずるままに
ちひさなる囲炉裡のなかの焙烙に椎の実はいま匂ひたちたり
いる椎のはぜて飛びぬればいにしへのわらはべの日の驚きをしつ
栗の実の甘さはなけれ椎の実のこのあまからぬありがたきかな
鬚の中に白きがまじる歳になりていよよ親しき椎の実の味
   みそさざい
わが額にあぶらを覚ゆ寒き夜をもの書き急ぎ書き終へし時
鉄瓶をおろせば湯気のひたとやみて寒けき真夜の部屋にありけり
夜為事のあとを労れてすわりをり膝にしみたる暁の冷
今朝早く電燈消えつ机のうへうす暗ければ炉には向ひぬ
耳鳴のほのけく起る覚えつつゐろりにかざす双手なりけり
みそさざいつと啼き出でぬわが部屋の障子のそとはまだ明けやらず
日いまだし明の蒼みをやどしたる障子のそとのみそさざいの声
   竹の影
遠山の箱根の峰に出づる日のひかりまともにわが部屋にさす(その一)
朝づく日野ずゑの山に昇りけむ障子に竹の影さやぎたちぬ
朝づく日障子に淡く流れたりあはつけきかも竹の葉の影
朝づく日ふふみ湛へて障子明るしさやぎて竹の葉の影ぞある
朝づく日昇りさだまり澄みぬれば障子に竹の影深くなりぬ
縁先に見るものに竹をわが植ゑき障子に影さす知らざりにけり(その二)
布袋竹枝葉こまやかにたけ伸びず枝垂れなびかひさゆらぎてをる
根がたにはつねに鶏来てあそぶこのひとむらの布袋竹の蔭に
雨降れば上枝しだれて濡縁にその葉とどかす布袋竹の竹
   炉 辺
藁灰のみにくかれどもやはらかに火をたもてれば炉には満たせる
独り向ふこの炉にあればおのづからつつしみ向ふちさきこの炉に
膝寄せてもろ手かざせば炉のなかの燠は静かに燃え入りてをる
ほの白き灰をうすうす被きそめぬおこりきりたるこの燠はいま
   藁 灰
藁の灰減りやすくして囲炉裡寒し新たに焚きて添ふべくなりぬ
とりおけるこの炭俵よこれを焚きて新藁灰は作らむとおもふ
野の萱を編みて作れる炭俵冬野のにほひふくみたるかも
かき曇り雪もよひして風のなしけふ藁灰を焚かむとおもふ
山萱を荒編なせる俵焚きて作れる灰の荒く真黒し
   奉悼の歌
   十二月二十五日早暁終に崩御の報を聞く、かなしみうたへる歌
神去りたまひぬといふよべの夜半につひにとこしへに神去りたまひぬ
おん病あつく永びきおはしましき今は終りとならせたまひぬ
御身弱くましませしかば国民の我等がうれひ常にとけずありき
とけざりし我等が憂ひあはれつひにけふのなげきとなりにけるかも
うつし世にをろがみまつる稀なりしわが大君は神去りましぬ
下々の我等がなげきあはれかしこしけふ雲のうへにありとおもふに
うちつけになげき悲しむ下々のわれらがごとくにあらせたまはぬ
   多摩御陵をおもふ
武蔵野の大野の奥の静もりにしづまりたまふ大御霊かしこ
おほらかに高まりゆける野の奥の野づかさなればさやけからまし
山川の凪ぎしづもれる武蔵野の野づかさ占めて休らはせます
うつし世は御事おほかりき山川のいま静けきに休らはせます
御陵の辺に生ふる木草ともしかも羨しかも木草羨しかも木草
御民われ草鞋うちはき笠かうぶりまうでまゐらむ野の御陵に


  昭和二年

   昭和二年元旦
元日の明けやらぬ部屋に燈火つけただに坐りゐて心つつまし
元日の明けやらぬ書斎小暗きに独り坐りをれば妻の入り来ぬ
年ひさしくむつみ来りぬ元日の今朝寿詞申すわが古妻に
元日の明の静けさ聞ゆるは家の裏なる浜の白浪
ふと見れば時計とまりをり元日のあかつきにして見れば可笑しき
部屋出でてたち迎ふれば真ひがしの箱根の山ゆ昇る初日子
濡縁の狭きに立ちてをろがむよわが四十三のけふの初日を
   元日は陰暦霜月二十八日にあたれり
初日の出待ちつつあふぐ山の端にこはかすかなる有明の月
けふあたり終りとおもふ有明の月はかすかに残りたるかも
   千本松原といへれど雑木茂りあひてさながらの密林なり
わが家は松原の蔭松に棲む鴉なき出でてけふは元日
森なかをわが過ぎゆけばまなかひに小鳥まひかはしけふは元日
かすかにもさゆらげる葉に日ざし透れり冬の瑞葉の美しきかな
海岸の森にしあれば高く聳えずこもり茂らひ瑞葉垂らせり
冬ながらみづ葉かがやく此処の森のみづ葉めでをりけふは元日
茂りあひてかたみに木々が落したる木洩日匂ひけふは元日
森かげの路をゆきつつわが歳の四十三をおもふけふは元日
木洩日の日ざし袖にあり森なかの路をゆきつつけふは元日
路ばたの石に木洩日落ちてをり歩みつつおもふけふは元日
路ばたの石に落ちたる木洩日の照り匂ひつつけふは元日
   七草粥
七草のなづなすずしろたたく音高く起れり七草けふは
めでたさを祝ひてたける御国振七草粥をいただきてたぶ
七草の粥は真白し七草のななくさなづな青し七草
   鮎つりの思ひ出
ふるさとの日向の山の荒渓の流清うして鮎多く棲みき
故郷の渓荒くして砂あらず岩を飛び飛び鮎は釣りにき
われいまだ十歳ならざりき山渓のたぎつ瀬に立ち鮎は釣りにき
おもほへば父も鮎をばよく釣りきわれも釣りにきその下つ瀬に
上つ瀬と下つ瀬に居りてをりをりに呼び交しつつ父と釣りにき
まろまろと頭禿げたれば鮎つりの父は手拭をかぶりて釣りき
鮎つりの父が憩ふは長き瀬のなかばの岸の榎の蔭なりき
釣り得たる鮎とりにがし笑ふ時し父がわらひは瀬に響きにき
囮の鮎生きのよければよく釣れきをとりの鮎をいたはり囲ひき
鮎かけのをとりの鮎をかこふべく石菖の蔭にその箱かくしき
夜半に来て憎き獺わがかこふ囮の鮎をよく盗みにき
鮎盗むたびたびなれば獺の憎きを穽に落して取りにき
冬ならば剥ぎて売らむを獺のこの皮のつやよと言ひて惜みき
水打ちて躍れる鮎を手には持ち鼻に糸とほし囮とはしき
鼻に糸さし囮の鮎となしゐつつ鮎の匂は掌にありき
水の匂苔の匂と云はむよはめぐしわが鮎高くにほひき
幼き日釣りにし鮎のうつり香をいまてのひらに思ひ出でつも
瀬の鮎の囮を追へるかすかなる手ごたへをいま思ひ出でつも
瀬の水は練絹なしつ日に透きて輝ける瀬に鮎は遊びき
瀬の渦にひとつ棲むなり鮎の魚ふたつはすまずそのひとつ瀬に
淵の鮎は釣りにくかりき水澄みて影の見ゆるをくちをしみ見き
淵の鮎は大きかりにき釣りがたみ諦めて見れば大きかりにき
山の蔭日暮早かる谷の瀬に鮎子よく釣れ釣り飽かざりき
ひと日釣りし鮎の篭持ち帰り来れば背戸に蚊の多き夕闇なりき
釣り暮し帰れば母に叱られき叱れる母に渡しき鮎を
   竹の歌
植ゑて今年三年となりぬわが竹は痩せ痩せて立つ家のうしろに
さき切りて植ゑたる竹の直き幹つや錆びはてて立ちならびたる
北向きのわが窓さきに竝びたちそよぐともせずこの痩竹は
幹痩せて枝葉ともしきわが竹の孟宗に百舌鳥がよく来てとまる
伸びたちて幹なほやかに枝葉深くこもらひ茂る竹をわが愛づ
日照れば濃き影落し雨降れば濡れてしだるる竹をわが愛づ
   小鳥いろいろ
庭の木に啼けるひたきの美しくまひあそびつつ声さびて啼く
聞きをりて笑みこそうかべみそさざいひたきも声のみなあはれなる
真冬啼くひたきみそさざいいづれみな人里になきて声の錆びたる
啼きすぎしは目白とおもふ冬いまだ深ければ声のととのはなくに
啼声をひとつ落してゆきにけり地面するばかりまひゆける鳥は
地におりてなける鳥あり暁の霜うす白き枝に啼けるあり
庭くまを啼きうつりをるみそさざい聞きゐつつおもふ庭の落葉を
一群の目白うつり来てなきたちぬ庭の向ひのひともと椿に
わが家の離れてあれば雀居らず目白百舌鳥ひは寄りて遊べる
鳥一羽芒かれ伏せる冬枯の原の枯木にをりてしき啼く
静けきに啼く鳥きこゆ啼く声にこもれるいのちありがたきかな
朝闇の残れるほどは川辺よりわが庭に来てあそぶ水鳥
水鳥のものをはばかるふくみ声あかつき闇の庭より聞ゆ
   炭 火
熾りたる炭火のさまをよしとおもふ猛く静けくてはかなきぞよき
燃えたたむ焔のきほひ内に見えて燃ゆとはしつつ燃えぬ炭の火
燠の根にありとしもなきあはつけき青き焔のありて動ける
櫟の木楢の木の炭をよしとおもふ花咲けるごと燠の燃えたる
山に生ふる木々はうつくしみな親し焼きて作れるこの炭もまた
朝づく日さし入れる炉に襖の火の錆びし焔をあげてをるかも
   浜辺に住みて
珍しくけふ引網のかけ声の背戸なる浜ゆ聞え来るかも
引網のかけ声きこゆ霜深き今朝を浜よりかけ声聞ゆ
静かなるこの暁を海人がどち声うち合せ網引く聞ゆ
海に落つる夕日のひかり照りたればこの長浜の冬の寂びざま
この朝の浪のとどろき高かるよ障子うすあをく明けむとしつつ
黒々と小舟群れをり冬凪のかの沖あひのひとつところに
立ち騒ぐ浪の音かも恙ありていねつつ聞けば真近き浜に
わが庭に小石おほかり荒浜の浪のとどろき響き来る庭
わが庭は芒の原に続きたり芒枯れ伏して色のさやけさ
手繰網引ける姿のあはれなりけふ冬凪の浜の渚に
椿の葉つやだち光る日和なりくるほしく起る鵯鳥の声
   椿の花
   創作社八幡支社諸君の歌を読みて諸君に寄す
彼の森に椿ひともと咲きたりと行き競ふらし若人たちは
わが背戸の森に椿は咲き出でて数かぎりなし見せたきものを
眼あぐればすなはち見ゆるこの森の椿の花を見せたきものを
葉漏日のかがよふ森の葉がくれに咲き枝垂れたり椿の花は
見に来よと言ひやりかねつけふもただ独り見てをり椿の花を
   述 懐
事を好む心われにありけはしきに耐へつつをりてわれと苦しき
たひらかにありがたき心われにあり苦しみあへぐわれみづからに
逢ひたしと思へる友をおもひつつをり寂しさは身を浸したるかも
身に近き友のたれかれを思ひみつ寂しからぬなし人の生きざま
   桃 畑
石あらき桃のはたけをうちならす音の聞えて二月となりぬ
さき揃へ刈りこまれたる桃畑の枝つやつやし蕾を持ちて
桃ばたけ打ちならされて明るきに枝々の蕾咲き出でむとす
桃畑の花のさかりぞあはれなる畑見廻りのただに見まはり
   渓間の春
   富士と足柄とのあひだを流るる黄瀬川のみなかみに遊びて
通されし部屋に坐りて小暗きに障子はあげつ篁の蔭
渓水に濁りぞ見ゆる山ざくら咲きなむとして雨のしげきに
萌えたてるうすべにの葉のゆたかにて花いまだしき山ざくら花
山桜咲けりともなし明けがたのこのひとときの空のあかりに
上枝なるは空にかがよひ下枝なる垂りて咲きたる山桜花
湛へたる淵のみぎはの岩の面に苔まさをなる春の曙
曙のもののしめりの深ければ芽ぶける木々の立ちて静けき
朝づく日峰にのぼりて山の蔭けぶらふ渓の山ざくら花
此処ゆ見れば日は足柄の峰に出づ黄瀬の渓間の渓奥の宿
啼声は水鳥なりきあけぼのの庭の木の間をなきよぎりたる
寒かりしひと夜の雨にみかさまし流るる渓の山桜花
よべ降りし雨に濁れる渓の瀬につるみて遊ぶ川烏鳥
楢の木の芽ぶく木の間にまひあそぶ樫鳥のすがたあらはなるかも
まふ時の羽根うつくしく樫鳥は遊びほけたり芽ぶく木の間に
樫鳥の群れて遊べる岡に見ゆ春しらたへの大富士の山
あらはなる富士の高嶺のかなしけれ裾野の春の野辺にあふげば
富士の嶺の裾野のなだれゆたかなる片野の春の今はたけなは
木炭山とひとのたてたる雑木山木々はきほひて芽ぶきたるかも
むきむきに木々の茂りて静かなり椎は椎の木樫は樫の木
ひともとの樫の木たてり白樫とおもふ若木の美しきかな
葉ばかりに花のとぼしき山桜咲きまじりたり椎の木の間に
なにならぬ花の匂ぞにほひたる雑木の山の春の日向に
篁の蔭をながるる渓浅し光りせせらぎ流れたるかも
野のなかの渓は浅けれあさき瀬の水うちあげて流れたるかも
浅川のせせらぎ澄みて流れたりうららけきかも鶯の声
この春にまだめづらしき河鹿なり此処の浅瀬にひそみ鳴くなる
岩蔭の淵は静けし上つ瀬の水泡は岩のかげにうかびて
この渓の岩のかたちぞ面白き根をゆく水は痩せて澄みつつ
おのづから岩に苔むし松生ひぬ根をゆく水の流れやまなく
黄楊の木ぞ岩に生ひたる松の木ぞ樫ぞ生ひたる寂びしこの岩
この渓の水の乏しさ断崖の岩に躑躅の咲きしだれつつ
   旅中即興の歌
   下の関の宿屋にて
藤の若葉や船出の前の荷造りのせはしき部屋に見たる若葉や
   朝鮮東莱温泉にて
この国の山低うして四方の空はるかなりけり鵲の啼く
   珍鳥邑内なる創作社友福島勉君に誘はれ同島竹林洞に赴く、途中の
   浜にて端なくも鶴のまひ遊べるを見、馬上ながらに朗詠せる歌
潮干潟ささらぐ波の遠ければ鶴おほどかにまひ遊ぶなり
遠干潟いまさす潮となりぬればあさりをやめて鶴はまふなる
うちわたす干潟のくまの岩のうへに真鶴たてり波あがる岩に
おほどかに一羽の鶴はまひたてり三つ並びたるなかの一羽は
   竹林洞に同君の兄二郎氏の別墅あり、三日滞在す
窓さきの若木桜をかきたわめかささぎは二羽とまりたるかも
わが連れし犬に戯るるかささぎの声はしどろに乱れたるなり
松葉焚く厨のけむり匂ふなりまだ灯ともさぬ酒のむしろに
呼びかはす雉子の声やをちこちは小松ばかりの山まろうして
二声をつづけて啼けば向ひなる山のきぎすも二声を啼く
   儒城温泉にて
呼びさます鵲の声きこゆなり今朝も晴れたらむ窓さきの木に
   京城慶福宮後苑内、緝敬堂にて
ときめきし古しのぶこの国のふるきうつはのくさぐさを見つ
   金剛山内、長安寺にて
咲き盛る芍薬の花はみながらに日に向ひ咲けり花の明るさ
長安寺の庭の芍薬さかりなり立ちよればきこゆ花の匂ひの
芍薬のなかば咲きたるまだ咲かぬとりどりの花にあそぶ蟻蟲
美しき雀なるかな芍薬の真盛りの園の砂にあそべる
長安寺梵王楼のたかどのに寝乱れたりな真昼を人は(寺内梵王楼所見)
   同じく表訓寺にて
表訓寺御堂の裏に廻りたればこは真盛りの芍薬の園
   同じく正陽寺にて
麓なる寺々の芍薬咲きたれど正陽寺の花はいまだ蕾める
   金剛山白雲台より衆香城峰を仰ぐ
まなかひに聳え鎮もりたふとけれをろがみ申す衆香城峰
わが立てる峰も向ひの山々も並びきほひて天かけるごとし
   同じく万瀑洞にて
淵のかみ淵のしもにしたぎちたるたぎつ瀬のなかの淵の静けさ
渓岸の森より出でて岩の上に遊べる栗鼠のあらはなるかも
栗鼠ふたつ渓あひの岩に遊べればかささぎも来て戯れむとす
うち仰ぐ岩山の峰に朝日さし起りたるかも郭公の声
   金剛山の渓間に山木蓮なる花あり、寧ろ辛夷に似て更に真白く更に豊かなる花なり
たぎつ瀬にたぎち流るる水のたま珠より白き山木蓮の花
この淵の静けさにものの浮びたれ枝のままなる山木蓮の花
   京城にて妓生の舞を見る、中に四鼓の舞といへるあり
長き袖うちふりあげて打ち鳴らす鼓のひびきいよよ迫り来
   元山港にて
真向ひの沖に昇る日うららけく照らしたるかも此処の港を
   偶然小学時代の旧友に会ひて
ひとの世は永し短したまたまに相会ひて語るこれのたのしさ
この国に珍しき竹の林見ゆ訪ひ来て君が窓ゆ望めば
   帰途船中にて
労れたりいねむとおもへ切り進む舳の浪をきけばねがたき
   帰途病みて別府温泉に滞在す
わが家にも早やうれたらむ吾子たちも今はたべゐむこの桃の実を
留守居する子等うちつどひたうべゐむその桃の実を父もたぶるよ
   はつふゆ
松が枝に鴉とまりつおもおもと枝のさき揺れて枯葉散りたり
わが家を囲みて立てる老松よ高く真黒く真直ぐなる松よ
ほがらかに鵯啼く聞ゆ老松の梢の高みに鵯啼く聞ゆ
この頃の部屋の障子にさす日影親しいかなや冬に入りたる
灰をならし心しみじみなりにけり夜半の囲炉裡に独り向ひゐ
朝宵に囲炉裡にかざすもろ手なり痩せたるかなや老のごとくに
池尻の落葉だまりに水あびてあらはなるかも一羽の小鳥
池尻の砂を流るる水清し蜆の貝を其処に飼ひなむ
植ゑよとて柿の木の苗を貰ひたり植ゑて四五年たたばならむとふ
この朝よ木枯吹かむけしきなりひむがしの空に雲低く散り
枯れし葉のまひおつるごとかろやかに枝を離れし何の小鳥ぞ
   枯 野
水底に魚ぞ泳げるありとしもわかぬかすけき影ひきながら
枯葉いま落つるさかりの桑畑の広きに居りて人の耕す
道ばたの井手の流のうちあぐる水音聞ゆ冬野ゆくわれに
路ばたにながるる井手の水澄みて枯草の蔭を流れたるかも
近からばつみて帰らむこの井手に冬うつくしう芹ぞ生ひたる
榛の木の株のひこばえ落葉して枝繁けれや何鳥か居る
返り咲ける木瓜のくれなゐ枯草の根がたの土につきて咲きたる
畦草や冬田のなかの路一里来ていこふなりこの畦草に
枯草の伏しみだれたる野の此処に野路はかすかに分れたるかも
   森のひなた
かき坐り膝のめぐりの落葉の色めでつつあれば日のさしてきぬ
冬枯れし枝のあひ漏れてさしてをるこの日の色のあたたかきかな
斯くしつつ時はもたつかわが坐るめぐりの落葉に匂ふ日の色
犬柘植の若木の枝葉しげかるに散りつもりたる栗櫟の葉
この松に松かさ茂ししげくしてみなちひさきが葉がくれに見ゆ
うづだかき落葉のうへに置きてみればわが弁当のさいの美し
据ゑおけばガラスの壜の酒のいろ其処の落葉のいろよりも濃き
手にもてるガラスのコプの酒にさすこの木洩日は冬の木洩日
   裾野にて
夜には降り昼に晴れつつ富士が嶺の高嶺の深雪かがやけるかも
冬の日の凪めづらしみすがれ野にうち出でて来てあふぐ富士が嶺
富士が嶺の麓にかけて白雲のゐぬ日ぞけふの峰のさやけさ
天地のこころあらはにあらはれて輝けるかも富士の高嶺は
   老 松
朝づく日させる仰ぎつ夕づく日させる仰ぎつ此処なる松を
海の風荒きに耐へて老松の梢の寂びたる見ればかなしも
枝葉こそさわぐと見つれ老松の幹もかすかに風に揺れをる
ゆらぎあひて天にそびゆる老松は老松どちに枝かはしたり
うち仰ぎ眺めつつわれのあるからに老松が梢はゆれてやまなく
われはもよ幼子のごとあふぐなりこの老松の根にし立ちつつ
うら寒く夕日さしたる老松の梢に風のやどりたるかも


  昭和三年

   池の鮒
親魚は親魚ばかり墨の色のちさき子鮒は子鮒どち遊ぶ
一疋がさきだちぬれば一列につづきて遊ぶ鮒の子の群
鯉の魚はおほまかにして鮒の魚ははしこかりけりとりどりに居る
青笹を入れやりたれば池の鮒早や青き葉の蔭に来てをる
動かねばおのづからなる濃き影の落ちてをるなり池の鮒の影
餌をやれば親鮒は逃げ子鮒どもわが手の下に群りてをる
静やかに動かす鰭の動きにも光うごけり真昼日の池に
群りて逃げて行きしが群りてとどまれる見れば鮒の静けさ
入れてやりし青笹の影深かるに鮒の影ありて動くかすかに
   雑 詠
降り出でし時雨は強し窓さきの枯枝にゐて啼く鶲かも
ありがたき夕暮ごとの一風呂やぬる湯このみて長湯するなり
さし出でて池の上に咲く躑躅の花水にうつりて深きくれなゐ
障子ごしに聞きをれば其処の木に居りて啼く頬白のうつつなげの声
縁さきになり枝垂れたる茱萸の実の熟れ赤らみて枝折れむとす
やうやくに竹の形をなしきたり若竹どちのうちそよぐなる
庭の池の溢れつつありて静かなり部屋には蝿の三つ二つとび
かすかにかすかに流るる水の音きこゆ真日さし照れる庭草の蔭に
池に落つる水はひねもす音たてて寂しきわが家を輝かすなる
音もせぬ水の流のかぼそきが光りて庭を流れたるかも
若葉さしうすむらさきに咲きいでし樗の花のかげにゐる百舌鳥
匂ひ来る匂ひに驚き出でて見れば山梔子の花咲き出でにけり
   『春花譜』と題せし中より
わが庭の池のはたなる梅の木も三もと並びて咲きいでにけり
老木より若木の梅はいち早く咲き出づるかも春ごとに見れば
わが友のもて来て植ゑし沈丁花はや庭すみに咲き出でてをる
わが庭に移し植ゑたる深山木の山桜咲きぬ花のちひささ
   この頃取り出でて用ゐたる
青柳に蝙蝠あそぶ絵模様の藍深きかもこの盃に
   中村柊花に寄す
君が庭に見てきし花の草藤の咲き出づる見れば君をしぞ思ふ
   合 掌
妻が眼を盗みて飲める酒なれば惶て飲み噎せ鼻ゆこぼしつ
うらかなしはしためにさへ気をおきて盗み飲む酒とわがなりにけり
足音を忍ばせて行けば台所にわが酒の壜は立ちて待ちをる
   麦の秋
麦の穂の風にゆれたつ音きこゆ雀つばくら啼きしきるなかに
うちわたすこの麦畑のゆたかなるさまをし見れば夏闌けにけり
熟麦のうれとほりたる色深し葉さへ茎さへうち染まりつつ
うれ麦の穂にすれすれにつばくらめまひ群れて空に揚雲雀なく
立ち寄れば麦刈にけふ出で行きて留守てふ友が門の柿の花
刈麦を積み溢らせて荷車のひとつ行くなりこの野のみちを
真昼間はたまたまになく河鹿の声起りたるかも川瀬のなかに
岩かげの水に浮き出でし川鴉鋭き声をあげにけるかも
川鴉なきすぎゆきぬたぎつ瀬のたぎち輝き流るるうへを
藤蔓の葉の茂みよりこぼれ落ちし川蝉の鳥は水にむぐりぬ
   水無月
すずめ子のおりゐて遊ぶ縁先の庭のしめりのなつかしきかな
雨蛙なきいでにけりとりどりの木々の若葉のゆれあへる中に
いつせいにさやぎたちたるならの木の若葉のさやぎさやかなるかも
軒端なる藤の若葉の明るきにさしとほりたる水無月の日よ
藤の葉も若竹叢も庭木々もうちそよぎやまぬ真昼時なり
をりをりに縁に散り込むうす黄なる竹の葉ありて水無月の風
軒端なる若竹叢にあふぎたり思ひがけざりしこよひの月を
   曇を憎む
つばくらめ飛びかひ啼けりこの朝の狂ほしきばかり重き曇に
窓あけてなほ耐へがたき深曇くもれる空に燕啼くなり
降るべくは降れ照るべくは照りいでよ今日の曇はわれを狂はしむ
けふ幾度顔を洗ひけむ晴れやらぬ心晴れよと願ふおもひに
寄りあひて卵をこれにひれよとて青笹やりぬ池の鮒の群に
親竹は伏し枝垂れつつ若竹は真直ぐに立ちて雨に打たるる
降り入れる雨に葉末をことごとくふるはせてをり若竹むらは
筍の落せる皮を拾ひ持ちてこの美しきにこころうたれつ
腹かへす魚の影見ゆ雨を強みさざなみだてる池のそこひに
障子ごしに聞き入ればいよよ音たてて軒端の竹に雨の降るなる
真盛りを過ぐれば花のいたましくダリヤをぞ切るこの大輪を
梅雨空の曇深きにくきやかに黒み静まり老松は立つ
ゆれたてば音こそ起れ青嵐吹き渡る軒の若竹むらに
紫陽花の花をぞおもふ藍ふくむ濃きむらさきの花のこひしさ
   奉 祝
   秩父宮殿下の御成婚を祝ひまつりて
わがせなと申しまつらむ親しかる皇子はよびます美しの姫を
おふたかた並びたまはばはいかばかり美しからむかしこみおもふ
   最後の歌
酒ほしさまぎらはすとて庭に出でつ庭草をぬくこの庭草を
芹の葉の茂みがうへに登りゐてこれの小蟹はものたべてをり



  巻末に

 この歌集は、本来ならば故人の存命中に出てゐなければならなかつた筈のもので、早くから「黒松」といふ書名まで決めてあつたのですけれど、生僧それを思ひ立つた頃から、非常に多忙な煩雑な朝夕を送らなければならなくなり、それに取り紛れて彼れこれしてゐる間に、突然の病没といふことになつて了つたので、それ以来ずつと今日まで、私はこの歌集のことに就いてはいつも心に懸つてゐて、早く何とかして置かなくては、と思ひぬいて年月を経てゐたのでありました。
 考へて見ると、今年の九月十七日は早くも歿後満十年に当るので、それを記念する意味でも、日頃の念願であつた歌集の出版を是非実現させたく、その事を改造社の山本実彦氏にお話して見たところ、早速まことに快よく御承諾下されたので、私は非常に有難く思ひ急いでその準備に取りかかつたのでありました。

 故人はさきに、去る大正十二年の春、その第十四歌集としての「山桜の歌」を出版してゐるのですが、それ以来、つまり大正十二年度から歿年の昭和三年までの六年間は、絶えて歌集といふものを出してをりませんでした。ですからこの「黒松」一巻は、それに次ぐ第十五歌集となるわけで、それがまた真に惜むべき最終の歌集ともなつて了つたのであります。故人は前にも書いたやうに、その晩年の一二年間は実に気の毒な程多忙で落ちつかぬ日を過してをりましたので、この歌集なども出したい意志はありながら、実際としてはその歌稿の整理などにまで全部的には手が及んでゐなかつたのでした。でこの歌集の作品年別や配列順其他は、先に「牧水全集」を出版する時、私と大悟法利雄氏とで協力し、それまで諸雑誌新聞等に発表してあつた作品の全部にくはしく目を通し、また控へのノートなどをも参考する事にし、その中に若し抹消の印のあつた場合などは慎重に考慮して、故人の意志を重んじる意味で取り退けておく、といふ風にして採録して行つた、その全集の原稿を土台としてこの歌集は編輯したのでありました。ですから全集の場合でも、この歌集の場合でも歌数は同じで、きつかり一千首になつてをります。
 本文の組方は、故人がかねて前歌集の「くろ土」や「山桜の歌」のそれを好んでをりましたので、すべてそれに倣ひ五号活字で一頁四首組といふことにし、見出しや詞書きなども殆ど全部諸雑誌新聞に発表されたその儘を取つておく事にしておきました。
 それからこの集の最終頁にある「最後の歌」二首のうち「芹の葉の」の方は原稿に七月二十九日、と明記されてあつたのでその点はつきりしてゐるけれど、「酒ほしさ」の方は歿後机の上に載つてゐた「創作」六月号の裏に赤インクで書きつけてあつたのを、そのまま全集に採録しておいたもので、作つた時ははつきりわかりませんけれど最後まで机の上にあつたのから察して見ても、大方選歌中のつれづれに詠んで書き残したものだらうと思ひ、そしてまたそれが或ひは最後の作ではなかつたらうか、とも察しられるので、わざと最後に採録しておいたのであります。

「黒松」といふ書名は、故人の好むがままに名としたもので、晩年のその匆忙の間にも、朝に夕に庭つづきの松原にそびえてゐるそれを愛し眺めてゐて、この集中にも籠居の部屋のガラス戸輝きてうららけき今日を松風きこゆ
うら寒く夕日さしたる老松の梢に風のやどりたるかも
黒松の老木がうれの葉のしげみ真黒なるかも仰ぎつつ見れば
などと詠んでゐる、その松原の松を名としたのでありました。
 また口絵の写真も、それを記念するつもりで、わざと其処で撮したものを使用しておきました。この写真は亡くなる年の五月、予てから服屋に依頼してあつた旅行用のマントが仕上つて来たので、早速それを着て伊豆方面へ草履がけの旅をしての帰途、写真屋を伴れて行つて、松原の中でも特に老樹を選びその下で撮したもので、私はその時は別に気にもとめなかつたのでしたけれど、後になつて思ひかへして見るに、故人は矢張りこれを口絵にするつもりだつたのではあるまいか、と云ふことがふと思はれたのであります。

 装幀一切は故人の早くからの親友だつた中川一政画伯を煩しました。お蔭で立派な装幀になりまことに忝いことに深く感謝いたしてをります。
 また改造社長の山本氏には、現今のやうな時勢にあるにも関はらず、突然でしかも我儘な私の申入れを快く御承引下され、種々同情ある御援助を賜りましたことを、厚く厚く御礼申上げます。地下の霊も嘸かし慰められることだらうと存じます。

   昭和十三年八月二十六日
                    東京雑司ケ谷にて
                          若山喜志子


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