黒土

                    若山牧水


第13歌集
大正10年3月22日,新潮社発行。
四六判。定価2円30銭。



  序

 本集には大正七年三月初から同九年十二月末までの作を収めた。歌の数はかつきり一千首ある。初め取りつ捨てつして一通り輯めたのを数へて見ると九百九十三首あつた。そこで更らに七首を拾ひ足して斯うしたのである。
 出して来た歌集の順序からいふと『渓谷集』の次ぎに当る。同集には大正七年二月伊豆国土肥で詠んだまでの作が入れてあつた。ついでに最初から今日までに出版して来た歌集を挙げて見ると、明治四十一年七月に『海の声』(絶版)を出して以来、『独り歌へる』(絶版)『別離』『路上』『死か芸術か』『みなかみ』『秋風の歌』『砂丘』『朝の歌』『白梅集』(これは妻との合著)『寂しき樹木』『渓谷集』から今度のとなるわけである。その間に『秋風の歌』までの作から自選した『行人行歌』があつたが間もなく絶版になり、次いで改めて『朝の歌』までの中から千余首を自選した『若山牧水集』がある。
 歌の配列は旧いのを初めに置き、順次新しいのに及んで居る。同じ題目のもとにその一その二などとあるのは作つた時間が違ふかまたは気持が変るかした時の心覚えを記しておいたものである。然しそれの解らないのも随分多かつた。さういふのは無秩序に唯だ前後なく並べておいた。『雑詠』とした中にそれが多い。

 これは歌集を出すごとに感じて来たことであるが(一二の例外はあつたが)私は常に旧くい作より現在の作、即ち今日の自身に近い時の作を自ら佳しとする者である。実をいふと私はまだ十分に自分自身を試してみた気がしないでゐる者である。そして漸次にさうした迂潤な心持を責めて来てゐる者の様に思はれる。それで時を経るごとに多少ともの進歩は自分の上に表れて来てゐるかと自分では思つてゐるのである。さういふなかにあつて今度のこの『くろ土』には特にこの感じが強く動いた。『やれやれ今になつて漸く自分には歌といふものが解つて来たのかなア』といふ気持である。延いては『これが真実の意味に於ける自分の処女歌集といふものかも知れない』といふ気持である。それほどに私はこの『くろ土』には愛著を感じながら編輯したのであつた。
 それかといつて今までに作つて来た歌を出鱈目だとは決して謂はない。それは矢張りその時にはそれぞれ命をかけて作つて来たのである。だからその時その時の命の影はそれの歌に宿つてゐると謂つていいであらう。然しそれらの時代の私は極めて不完全にしか発育してゐなかつた様だ。全体として出来てゐなかつた。従つてそれらの歌も私の或る一部分づつの影であつたと思はれるのである。『海の声』の歌、『路上』の歌、若しくは『みなかみ』の歌をいまの自分に作つて見よといはれても到底作り得ないだけのそれぞれの「時」が持つた純粋さをそれらの歌は持つて居る。が、どうしてもそれらは自分の全体ではなかつた。自分の中の或る一部分が働いて作つたものだと思はるるのである。さうして今度のこの『くろ土』時代の作に及んで、よくも悪くも兎に角自分全体としての或るものが漸く歌の上に働き出して来た気がするのである。明瞭ではなくとも、正確をば欠いてゐても、この歌集一冊のなかにやや形をなして自分といふものが動き出して来てゐるかと思はるるのである。さういふ意味に於て私はこの一冊を自分の第一歩にもたとへたいのである。
 それにしては余りにその自分といふものが浅くはないか、といふ気がしないではない。それも自分には相当に解つてゐるつもりである。けれどいま早急には何とも致しかたがない。十三四の頃から三十一文字を並べ始めて三十七歳の今になつて漸く自分の歌といふものが瀧ろげながらに解り出した様な自分にとつては、暫く今は今のままに棄てておくよりほか為方がないのである。そしてこれまで通りの自分の道を静かに歩み続けてゐるうちには終には何とか今少し纏つた自分を見出す事が出来ると思ふ。と同時にその時その時の歌はまた正直にそれを映し出して呉れると信ずるのだ。

 写真を一枚入れて置いた。これはこの二月の五日、恰度天城山の歌あたりを清書してゐる時に平常親しくしてゐる一青年が小型の写真機を持つて遊びに来た。その時に書斎の窓の下に立つて写して貰つたものである。それから歌の取捨、改作のよしあし等で妻に相談してきめた所が多かつた。苦しい清書(自分の歌を清書するのが斯うまで苦しいものである事を知つたのもこんどが初めてである)にも彼女を煩はす事が多かつた。無理な旅にもつとめて平気な顔をして出して呉れた事などに対してもこの機会で彼女に感謝したい。また、私の疎懶と貧乏とのため出版元の新潮社に対して少なからぬ迷惑をかけた。厚くお詫とお礼とを申しあげる。

   大正十年二月十九日、富士あきらかに晴れたる正午 沼津町在の寓居にて。
                            若山牧水



  大正七年

   或る夜の雨
わが屋根に俄かに降れる夜の雨の音のたぬしも寝ざめてをれば
あららかにわが魂を打つごときこの夜の雨を聴けばなほ降る
ややしばし思ひあがりて聴きてゐしこの夜の雨はいやしげく降る
聴き入りてただに居りがたくぬばたまの闇夜の雨を窓あけて仰ぐ
垣ちかく過ぐる夜汽車のとどろきのなつかしきかもいまの寝覚に
みごもりていまは手さへも触りがたきかなしき妻とそがひには寝る
   或る日の杉
雨の後のけふのうらら日陽炎のまひのぼる地に大き杉立てり
来て見よとならび立ちつつ人妻のたをやめびとと大き杉見つ
わが宿の裏の大杉こまごまと影含み立てり春の日向に
めづらしく見るとにはあらね春の日のほほけ赤杉見れば親しき
   晩 酌
ゆふぐれを労れて酌める一つきの酒はなかなかさびしくぞ酌む
口にしてうまきこの酒こころにはさびしみおもひゆふべゆふべ酌む
   春の暁
夜雨降り過ぎたる後の篁のひややけきかも春の朝明に(その一)
戸外いま明るみ来なば歩まむとねざめゐて待つ春の朝明を(その二)
春の夜の屋根のしめりの身にかよふ静けき朝を風吹き立ちぬ
春寒きみそらの星のしめらへるこの東明を風吹き立ちぬ
東にうかべる雲のくれなゐの端みだれたり東風の寒きに
   留守居
留守居すとひそまりをりてわが宿の庭の杉垣めづらしく見つ
乾しもののきたなき軒も春めきてけふのわが庭よく晴れにけり
かぎろひのほのかに上り冬さびし庭の杉垣かきけぶらへり
稀にゐてひとりし見ればわが宿の庭の杉垣春めきにけり
   わかれ
   郷里の友平賀春郊の帰国を東京駅に見送る、大正七年四月二十三日の夜。
いま別るるおもひこそせね汝が顔のゆたかに笑める前に坐れば
いふことの何とて無けれ相遇へばこころ幼くなりて楽しき
停車場の食堂の隅に人出入しげきを見つつ飲みて別るる
飲仲間といふがうちにも飲口の無二なる汝との飲別離かな
   梟と月と蛙と
眼覚むれば雨はやみゐて春の夜のやや寒けきに梟聞ゆ
梟の啼き啼く聞けば雨過ぎしこよひの月夜さやけかるらし
ゆくりなく聞けばかこよひ梟の啼く音身にしみ眠られなくに
まどかなる月こそ残れ春さむきあかつきはやくわが出で来れば
暁の春の月夜の寒けきに出でてあゆめば蛙なくなり
   さくら
わが宿のま近き森に三もと二もと四もとばかりの山桜咲けり
風吹けばおほになびかひうすべににつぼみわたれりさくらの花は
いついつと待てればいつか木がくれに咲き出でし桜しづかなるかも
いついつと待ちし桜の咲き出でていまはさかりか風吹けど散らず
家に在れば縁よりぞ見ゆ見飽かねば出でて見に来つ此処の桜を
とりどりに木木の芽ぐめる背戸の森の木の間の桜散り過ぎにけり
   眼前景情
   五月六日駒場村なる曹洞宗大学歌会に招かる、席上より見る郊外の景色甚だ佳し、即ち題として詠む。
をりをりに明るみ見する初夏の曇日の原はそこひ光れり
うちなびき雲こそわたれ初夏の大野の空は曇りながらに
をちかたの杉のむらだち真黒くていまは曇の晴れむとすらし
聞きゐつつ楽しくもあるか松風のいまはゆめともうつつとも聞ゆ
松の風いまは途絶えつ眺むればをちこちの松黒ずみて見ゆ
庭に見るつつじ山吹あかるくてさびしくもあるかこの松の花は
   浜松にて
   五月八日夜遠江浜松市なる歌会席上にて詠める、題『初夏』及び『松』。
歌詠むとつどへるおほみ部屋二間抜けば寒けき葉ざくらの風
あけはなつ窓に茂れる葉ざくらのそよぐともせで夜風さむけし
曇りがちの夏のはじめのこよひまた曇りてさむき葉ざくらの色
睡たさをこらへてよめる歌なればわが歌の松はひよろひよろの松
   比叡山にて
   五月中旬、京都より比叡山に登り山上の古寺に七日がほど宿りて詠める中より。
をちこちに啼き移りゆく筒鳥のさびしき声は谷にまよへり
真さびしき筒鳥の声ひもすがらさまよふ谷に日は煙らへり
筒鳥の筒ぬけ声のあるときははげしく起る真日けぶるなかに
筒鳥の声のつづきて断えざれば出でて見に来ぬこのおほき谷を
なだらかに大き尾引きてこの谷のくだれるかぎり杉ならび立てり
筒鳥のこもりて啼くはいづかたの杉にかあらしこのおほき谷の
啼く声のやがてはわれの声かともおもはるる声に筒鳥は啼く
日のひかりかげり薄ればいや冴えて啼く筒鳥をひと目見がほし
おほらかに何の鳥かも谷あひの大き杉の間をまひうつる見ゆ
うちひろげし羽根はゆたけく動かずて大杉の梢をまひうつる鳥
そば路を行きて見おろす杉の木立はあなみづみづし限りなく立つ
くきやかに地より生ひて真直なる杉の瑞樹はつぎつぎに立つ
風立てばまひ落つる古葉身近くに雨とひびきて杉ならびたり
見廻せば杉の太幹たちならびさびしきものかわれの心は
杉桧なみ立つ山のしめり道くぐまり行けばこころかなしも
うちならび昼のひかりに立つ杉の鉾杉がくりほととぎす啼く
ほととぎす身ぢかく啼くに見あぐれば鉾杉叢に日は雨と降る
ありし日の若かりしわが心にもしばしはかへれほととぎす啼く
見あぐれば十丈にあまる大杉の暗きこずゑゆ雨垂り来る
   わが宿れる寺には孝太とよぶ老いし寺男ひとりのみにて住持とても居らず。
比叡山の古りぬる寺の木がくれの庭の筧を聞きつつ眠る
筧より水をひきつつ火焚きつつみづからわかす風呂のたのしさ
板の間のひろき真なかに据ゑられしひとつの膳に行きて坐るかも
虎杖のわかきをひと夜塩に漬けてあくる朝食ふ熱き飯にそへ
うづだかく煮たる山椒の春たけて辛きに過ぎつこの熱き飯に
酒買ひに爺をやりおき裏山に山椒つみをれば独活を見つけたり
   その寺男、われにまされる酒ずきにて家をも妻をも酒のために失ひしとぞ。
言葉さへ咽喉にっかへてよういはぬこの酒ずきを酔はせざらめや
酒に代ふるいのちもなしと泣き笑ふこのゑひどれを酔はせざらめや
   奈良にて
出で迎ふものとごとくに鹿の子のはやも来て居る奈良のはづれに
吾子つれて来べかりしものを春日野に鹿の群れ居る見ればくやしき
葉を喰めば馬も酔ふとふ春日野の馬酔木が原の春過ぎにけり
奈良見人つらつらつづけ春日野の馬酔木が蔭に寝てをれば見ゆ
つばらかに木影うつれる春日野の五月の原をゆけば鹿鳴く
春日野に生ふる蕨はひと摘まで鹿の子どもの喰みつつぞ居る
いつ見てもかはらぬ山のわかくさの山のなだれに鹿あそびをり
   熊野にて
ながながしき旅のをはりを紀の国の友がり寄りて銭借りにけり
雨雲の四方にかき垂りわだつみの光れる沖にわが船はをる
日の岬越ゆとふいまをいちじろく船ぞ傾く暗き雨夜を
船にしていまは夜明けつ小雨降りけぶらふ崎の御熊野の見ゆ
日の岬うしほ岬は過ぎぬれどなほはるけしや志摩の波切は
   熊野勝浦港は奥広く水深く小島多く景色甚だ秀れたり、港口に赤島温泉あり、滞在三日。
繁山め岬のかげの八十島を島づたひゆく小舟ひさしき
したたかにわれに喰せよ名にし負ふ熊野が浦はいま鰹時
熊野なる鰹の頃にゆきあひしかたりぐさぞも然かと喰せこそ
今ははやとぼしき銭のことも思はずいつしんに喰へこれの鰹を
音たてて今し入り来しかつを船の釣りて積み来し魚とふこれは
むさぼりて腹なやぶりそ大ぎりのこれの鰹の限りは無けむ
あなかしこ胡瓜もみにも入れてあるこれの鰹を残さうべしや
比叡山の孝太を思ふ大ぎりのつめたき鰹を舌に移す時
   那智にて
   赤島を出で雨強きなかを那智山に登り、滝見ゆる宿に一泊す。
末うすく落ちゆく那智の大滝のそのすゑつかたに湧ける霧雲
白雲のかかればひびき打ちそひて滝ぞとどろくその雲がくり
岩割けるひびきと聞え澄みゆけばうらかなしくぞその滝きこゆ
とどろとどろ落ち来る滝をあふぎつつこころ寒けくなりにけるかな
まなかひに那智の大滝落つれどもこころうつけてよそごとを思ふ
暮れゆけば墨のいろなす群山の折り合へる峡にひびくおほ滝
夕闇の宿屋のてすりいつしかに雨に濡れをり滝見むと凭れば
起き出でて見る向つ山しめやかに小雨降りゐて滝の真しろさ
朝なぎの五百重の山の静けさにかかりてひびくその大滝は
雲のゆきすみやかなれば驚きて雲を見てをる滝のうへの雲を
   児等の病めるに
   八月初め兄の旅人先づ病み、妹みさき子相次いで倒れ、九月半ばを過ぐれども癒えず、両人とも腸をいためたるなり。
児等病めば昼はえ喰はず小夜更けてひそかには喰ふこの梨の実を
こほろぎのしとどに鳴ける真夜中に喰ふ梨の実のつゆは垂りつつ
四つにさきひとつを持ちて皮むくやこの大き梨はなほ手に余る
病む児等に昼はかかりつ夜起きてわれの為事をねぼけつつ為る
厨辺に井戸のあたりに塀越えし小路にこよひ虫なきしきる
夜更けて頭ぞ痛む焚きつぎし蚊やりの煙に酔ひてなるらし
月ふたつ越えてなほ病む児が髪は耳をおほひて延びほほけたり
忘れゐしこのあまえごとをおのづから思ひ出でてする病める児あはれ
己みづから時を覚えて検温器からくもはさむ枕ながらに
六歳の兄四歳の妹のならび寝てかたりあふ聞けば癒えて後のこと
ゐざりより縁に来てゐつ庭に出でて萩をほめをる親たちを見に
いざいまは飯ぞといへば起き出でてゐならび勇む泣くべかりけり
おとどひの一人なほりてなほひとり病みふせり居るはあはれなるかな
妹はからく起きいで部屋のうちめぐり歩めど兄は寝て居る
   雑詠
みじか夜の有明の月のかすかにてひんがしの空に雲焼くるなり
ひんがしの朝焼雲はわが庭の黍の葉ずゑの露にうつれり
朝焼の雲は杳かに散りゆきて水色のそらといまは澄みたり
わがねむる家のそちこち音にすみてこほろぎの鳴く夜となりにけり
露を帯び垂れてまろけき向日葵の花にさす日の秋めきしかな
露帯びてうなだれ咲ける向日葵の秋づける花をなつかしみ見つ
くきやかに伸びつついまはわが丈をゆたかにこえて鶏頭咲けり
ふるさとに在りしをさな日おもひいでて立ちて見てをる鶏頭の花を
はなやかに咲けどもなにかさびしきは鶏頭の花の性にかあるらむ
伸び足りて真赤に咲ける鶏頭にこのごろ吹くは西づける風
くれなゐの色深みつつ鶏頭の花はかすかに実を孕みたり
しみじみと見ればいとしき鶏頭の花にもあれや上枝下枝の
新聞の天気予報のあたれりしよべの小雨に濡れをり萩は
わが小庭たふれて咲ける鶏頭も散りこぼれたる萩もひさしき
使ひをへていまたてかけしまな板の雫たりつつこほろぎの鳴く
眼ざめゐて閨より見ればガラス戸にうつらふ桐の秋づきしかな
ガラス戸にそよぐ桐の葉見てをれば戸外は冴えし秋の朝ならし
朝な朝な立つ風ありて桐の葉のそよぎしるけくこのごろ聞ゆ
いつしかに耳に馴れたる馬追虫のこよひしとどに庭のうちに鳴く
今朝見れば倒れし花の鶏頭になごりの風のひややかに吹く(あらしの後)
ふと見ればわが立つ庭に桐の葉の影うつりをり秋づける日に
高窓のもとに置きたる小机にゆきてむかへば心はしづか
わが軒の桐のしげみにさやりゐていまだは暗き月の影かも
月かげにうかべる桐のひろき葉にかすけき風のありてゆらげる
うらさむくこころなり来て見てを居る庭にくまなき秋の月夜を
月かげにかすかにうごく庭草のつめたきさまの身には浸みぬれ
いつしかに月のひかりのさしてをるさびしきわれの姿なるかも
くまもなく月さす庭に出でてゐてふとしもおもふ遠き友のことを
杉垣に杉のおち葉の散りかかり秋日さむきに糸瓜咲くなり
杉垣の秋のわか芽の葉のかげに糸瓜のはなのいろ冴えて咲く
杉垣の下葉は枯れて秋の日のあきらかなるに雀あそべり
西日さすコスモスのはなの花かげにましろき蝶のまひてをるかな
桐の葉の散りゆくままにわが窓の明るみそめて寒けかりけり
厠なるちひさき窓の格子には桧葉の垂りゐて月夜なりけり
庭ごとに秋の草花植ゑなめて昼を留守居す此処らの妻は
落葉積む此処のあたりのあさゆふのそぞろあるきは日ごとに親し
のびのびと背伸をしつつ仰ぎたれ秋のゆふべの空の欅を
うらさむき今朝の日和に風たちて欅の枯葉散り騒ぐなり
散りつもり桐の落葉は桐畑のやはらかき土を掩ひつくせり
   郊外の秋
とりどりの畑の畔にうゑられてみのれる黍は遠く続けり
茄子畑に葱畑つづき畑をわかつ畔の高黍垂りみのりたり
畑つづく傾斜のはしに黍垂れていちじるきかも其処の風の色
小鎌もてすいすい黍を刈りもてゆくあはれなるかも見てあるほどに
黍はみな畔に植ゑられ黍の根に韮のほそき葉青み続けり
茄子畑の畔にならべる高黍の垂穂がしたに花ばたけ見ゆ
ひしひしと植ゑつめられし蝦夷菊の花ところどころ咲きほころべり
荒土にふさへる花かこのあたり花といへば赤き蝦夷菊の花
ひともとに一本となり蝦夷菊のはたけの花はみな揺れてをる
蝦夷菊の花ばたの畔にかいかがみ美しみ見ればみな揺れて居る
えぞ菊の花をいやしといふもいはぬも眼のかぎりなるえぞ菊の花
くれなゐはおほく摘まれつえぞ菊の畑にさびしきむらさきの花
くれなゐもむらさきも濃きとうすきありてえぞ菊ばたけ露ふふみたり
荒土に咲くえぞ菊の朝じめりとりどりに其処に影をおとせる
ひとつらに咲きさかりたるえぞ菊の畑の上ひくく蝶群れてをり
すがれ葉やすがれし蔓のうへにまろびあらはなるかも瓢の子等は
ころころところがりあへる秋の野良のひさごの数は千こえたらむ
見てあればひとつひとつが笑ひいづるひさごの数はかずかぎりなし
大ひさご小ひさご地にまろびあひてねむりころがる秋のひなたに
葱ばたけ牛蒡ばたけをゆきすぎてさびしきものか陸稲畑は
ゆきゆけば陸稲畑のほこりあびてみのりみのらぬとりどりに見ゆ
つづきあふ畑にとりどり日のさしていまぞ静けき秋みのりどき
見えみ見えずみ畑より畑に居る人の蟻と散りをり秋の日なかに
はすかひにわが眼のまへをとびゆきし雀かすかに啼きて飛びたり
とびたちし一羽のすずめ風さわぐ黍のたり穂のうへをゆくあはれ
まひたちし雀のかずは砂の数あきらかなれや黍の畑のうへに
はらはらと陸稲畑をまひたちし雀はくだる青葱畑に
陸稲畑過ぎ来て此処におもはぬに会へる水田の稲のつめたさ
暮るる野に釣竿さげてひとのゆくいづくに釣りていま帰るらむ
この秋は沙魚も鮒子も釣らでをりきとおもふこころうら寒うして
畔の草をわけつつあさる雀子のそのなきごゑもこほろぎも聞ゆ
ひとりゐてひそかに見れば雀子のまひあそぶさまの身にしみて見ゆ
おほかたはみのりてはてし秋の野良のはたけの隅を井手の流るる
暴風雨あとの井手は濁りてながれたれ蓼露草は泥のなかに咲き
秋の日の畑に居るひとおほかたはものいはずをりてゐつたちつ動く
かき寄せて大根のもとにつち添ふる嫗が笠は破れたり見ゆ
折り持てばわがたなごころあたたかき重みをおぼゆ黍の垂穂を
秋の日の畔をゆきつつ親しさやはたけの土の濡れし乾きし
   或る頃
   このまま酒を断たずば近くいのちにも係るべしといふ、萎縮腎といふに罹りたればなりと。
飲み飲みてひろげつくせしわがもののゆばりぶくろを思へばかなしき
酒やめてかはりになにかたのしめといふ医者がつらに鼻あぐらかけり
彼しかもいのち惜しきかかしこみて酒をやめむと下思ふらしき
酒やめていのち長めむことばかりするといふことのおもはゆきかな
   やめむとてさてやめらるべきものにもあらず、飲みつやめつ苦しき日頃を過す。
癖にこそ酒は飲むなれこの癖とやめむやすしと妻宣らすなり
宣りたまふ御言かしこしさもあれとやめむとはおもへ酒やめがたし
酒やめむそれはともあれながき日のゆふぐれごろにならば何とせむ
朝酒はやめむ昼ざけせんもなしゆふがたばかり少し飲ましめ
   つとめて慎めばおのづと手持無渉汰にて喰ひたくもなき飯をばすごす。
斯くばかり腹のくるしき喰ひすぎずひもじくてあらむかたまさるらし
喰ひすぎて腹出してをるは飲みすぎて跳ねて踊るに比すべくもなし
飲みすぎは酔ひてくだまくよしゑやしこのくひすぎは屁をたれてねむる
   こころからにや少しすごせばただちに身にこたふる様なり、悲しくて。
酒なしに喰ふべくもあらぬものとのみおもへりし鯛を飯のさいに喰ふ
おほかたはいま食物に係りたるそのたのしみも楽しみがたし
おろか者にたのしみ乏しとぼしかるそれのひとつを取り落したれ
うまきものこころにならべそれこれとくらべ廻せど酒にしかめや
人の世にたのしみ多し然れども酒なしにしてなにのたのしみ
おそらくは再びわれにかへりこぬそのたのしみと思へば泣かるる
かへりみておもふ身体のうちそとのきたなくもあるか破れ傷みたり
   心淋しければそぞろに友が事のみ思ひ出でらる、山蘭が許に送れる戯歌数首。
日曜のけふは晴れたれ今日あたり来ずもあらぬかと待つことをする
山蘭がつらをつらつらおもふらく涙を垂れしつらにあらぬか
山蘭がとてもかくても老ゆらくはいつそくとびに爺となりて来
山蘭が禿のしるきはおもへらくその誰やらに敷かるるがため
   雑詠
うら寒き鵯の声おこりうら藪の杉の木立はかき曇りたり
くもり日の森の深みにさまざまの声して遊ぶ鵯が群きこゆ
くぐみ啼くひよひよといふ澄める声このくもり日を時おかず聞ゆ
なにかいひ何かささやく曇日の鵯がねいろは人声に似る
寒き日の裏の小薮に風さわぎ小犬がとほる鈴のきこゆる
曇りゆく部屋の寒きにたちいでてそぞろに居れば鵯啼きわたる
うら寒く空の垂れたる野の末に薄紅葉せる低き森見ゆ
ゆきゆきて飽くとこそせね初冬のうす日さす野をそぞろ行きつつ
落葉焚くけむりのかげにほの見えて垣根に赤き寒薔薇の花
はらはらと帽子に音を立てながら時雨降りきぬ野を去に来れば
つゆしとど花おほいなるくれなゐのダリヤは地に垂りて咲きたり
ひと花まつたく地にひと花はあやふく垂りてダリヤ咲きたり
よべ降りしあらき時雨に土はねて垂りしダリヤの花にかかれり
垂り垂りて地につきたる赤き花ダリヤはなかばうつろひて居る
みのらねば刈らで置かれし捨小田の枯れし稲穂に雀あそべり
濡れいそぐひと呼びとめし相合のわが時雨傘やぶれたるかな
窓に来む冬の日ざしをたのしみて待ちつつぞ見る椋の黄葉を
からす瓜はひのぼりゆきて痩杉のこずゑに赤き実を垂らしたり
木の間よりわれにさしたる冬の日の日かげは寒し光りながらに
かげりつつやがて冷く曇りたる裏の木立に風わたるなり
裏薮に鵙鵯ならず聞きなれぬ鳥来て啼けりけふのくもりに
切りとりていまはすくなき花のかず冬ちかうしてダリヤ畑に
ふらふらと眩暈おぼえて縁側ゆころげ落ちたり冬照る庭に
見つめゐてなにか親しとおもひしかころげ落ちたり冬照る庭に
心づけば病みたる人の力なき眼をして土を見つめゐにけむ
門口のかき根の菊はまだ咲かずわが出入に青々と見ゆ
さとあくる障子のまへにあをあをと菊は茂りてまだ蕾ばかり
掘りあげし蔓の藷よりはらひ落す真くろき土は雨のごと落つ
掘りあげし枯草の畔の土藷のつち真くろくて永く乾かぬ
もみぢ色の濃き洋服を着しをとめたけ同じきが二人あゆめり
   みなかみへ
   十一月半ば上野国利根川の水上を見むとて清水越の麓湯桧曾までゆく、其処よりは雪深くして行き難かりき、路すがらに歌へる歌。
わが郷の稲のなかばにだもしかぬみじかきを刈る毛の国人は
刈りあとの稲田に生ふる苔草のあをあをしきをいま鋤き返す
つぎつぎに影を投げつつ連なるや朝日さしそふ雪のむら山(四首、伊香保にて)
峰を離り空にながれし朝雲のいま焼けそめぬ雪の山のうへに
とほ山に降れる新雪この朝の澄めるに見れば寒けくし見ゆ
たのしみてけふぞ入り来し上野のむら山の峰に秋の雪積めり
町裏にそそり立ちたるとがり山秋ふかき山を雪おほひたり(沼田にて)
   小日向村附近に到り利根は漸く渓谷の姿をなす、対岸に湯原温泉あり、滞在三日。
山肌のあらはに見えて雑木山もみぢおほかた散りすぎにけり
よべ降りし時雨に雪のとけそめて黄葉の山の襞に残れり
こがらしのあとの朝晴間もなくて軒うすぐらみ時雨降るなり
めづらしく降りし時雨に水かさ増し流るる渓は落葉押し流す
時雨過ぎし山の岩渓ひと日ただ濁りしままにけふ澄みて流る
越え来れば此処にかかれる水ぐるま人かも居ると見れど居らなく
時雨過ぎ濡れたる岩の片かげの淵にうかびて川鴉啼く
凩の吹きしくなべにわが宿のそぎへの山の雪とび来る
山かげの温泉の小屋の破れたれば落葉散り浮くそのぬるき湯に
夜をこめてこがらし荒び岩かげの温泉の湯槽今朝ぬるみたり
散り浮きて湯の面に黄なる新落葉なにぞと見れば栗の葉らしき
大うづの渦巻きあがりまろみなす寒けき見つつ岩にこそ立て
岩山の尾の岩端に堰かれたる渓はどよみて渦巻きかへる
大渦のうづまきあがり音もなしうねりなだれて岩を掩へども
大渦のうづまきあがりなだれたるなだれのうへを水千千に走る
ましぐらに流れ来れる荒き瀬の此処にどよみて大き淵つくる
   湯原より利根の渓に沿うて湯桧曾に溯り更に転じて谷川温泉に到る。
山窪の此処の広原に秋日照り下手の峡に橋かかる見ゆ
かはしもの峡間の橋に秋日さしあきらかなれやいま人渡る
ながめゐてこころかなしも山あひの冬木がくれの長吊橋を
冬山の尾にあらはなる岩はらに水うちあげてゆく渓の見ゆ
岩角に生ふるひとつ松そらにうかび微けくひかる冬の日のなかに
木を流すわかき男の濡れそぼち大き岩かげゆ這ひあがり来ぬ
まろやかに落葉しはてし山の根の杉の林に樫鳥の啼く
日射明き落葉林にゆきあひし杣人こゑひくくものいひて過ぎぬ
わが行くは山の窪なるひとつ路冬日ひかりて氷りたる路
行き行くと冬日の原にたちとまり耳をすませば日の光きこゆ
日輪はわが行くかたの冬山の山あひにかかり光をぞ投ぐ
日輪のひかりまぶしみ眼をふせてゆけども光るその山の端に
澄みとほる冬日ざしの光あまねくわれのこころも光れとぞ射す
山窪の冬のひかりのなかにしてかすけく啼ける何の鳥ぞも
ちちいぴいぴいとわれの真うへに来て啼ける落葉が枝の鳥よなほ啼け
枯れし葉とおもへる鳥のちちちちと枯枝わたり高き音をあぐ
あたりみな光りひそまる冬山の落葉木がくれこの小鳥啼く
木の根にうづくまるわれを石かとも見て怖ぢざらむこの小鳥啼く
見てをりて涙ぞ落つる枯枝の其処に此処にし啼きうつる鳥を
手にとらばわが手にをりて啼きもせむこの小鳥を手にも取らうよ
啼きすます小鳥は一羽あたりの木ひかりしづまり小鳥は一羽
峯かけてかきけぶらへる落葉木の森ははてなし一羽あそぶ鳥
水色の羽根をちひさくひろげたりと見れば糞は落ちはなれたり
網の目と枝はりわたし山はらに落葉木林おしひろごれり
見あぐればかきけぶらひて落葉木のこまかき枝は天をおほひたり
散りし葉のいまだ新しくいろふかく森のかぎりに積みひろごれり
あるところわがあなうらのやはらかく覚えて今年の葉の散り敷けり
冬木立おち葉のかげにあらはれて真しろき岩を親しとぞおもふ
わが憩ふ下手の岸は落葉して真しろき川瀬いちめんに見ゆ
森かげに洗はれていでし真白石荒き川原を落葉うづめたり
ゆくりなく雲間ゆさせる日輪に落葉あかるみ薮鳥の啼く
あとさきや足袋のうへにも来て落つるけふの山路の諸木の落葉
椋の木は葉の散る遅し冬山の日の照るところその風きこゆ
上野の越後にとなる山あひの村は軒ごとに桐を植ゑたり
山里は雪来るはやく炭小屋の軒のせまきに稲かけ乾せり
うららかに冬日晴れゐてけふ越ゆる路は水なき渓に沿ひたり
水涸れし渓に沿ひつつひとりゆく旅のひと日の冬日うららか
忘れてはひとりごとそぞろいひも出づ冬涸渓に沿へる山路に
真冬日のひたと射し照る落葉山越えいそぎつつ心は散らず
足もとの落葉がなかゆまひたちし山鳥はゆく木の根を低く
啄木鳥の来てとまりたりあとさきも見わかぬひろき森の冬木に
落葉して岩あらはなる荒山を越え来れば此処に渓青みたり
片寄りて渓深み流る山あひの荒き川原の雪のかたへを
きはやかに紅葉さしいでし岩渓の浅きながれを掬びて行かな
をちかたに白くまがりて流れたるとほき渓見え冬の山澄めり
冬空の澄みきはまりて藍色のかなしき下にまろき落葉山
落葉山ならび合ふ間の遠空の藍の深みに雪の峰見ゆ
うららかに落葉しはてし山窪にあそべる鴉啼かなくて飛ぶ
岩山の傾斜の道に落葉つみかぼそきかなや杣人がかよふ道
向つ峰のけはしき岩の山腹にいまめづらしき紅葉残れり
わが憩ふ岩に日のさし渓むかひくらき岩山に滝落つる見ゆ
ゆふかげる岩山肌にさむざむとひびける滝は三つに折れて懸る
冬日いま暮れむとしつつ岩かげの滝むらさきに澄みてかかれり
ことごとく葉をふるひ落しまばらなる木木は並べり岩山の襞に
炭やくと伐り剥したる岩山の襞の若木は雪にうもれたり
日のひかり白けきたりて寒けきに急ぐ冬山笹鳴りさわぐ
木挽ゐて木を挽きゐたり越え来れば雪いよよ深き此処の渓間に
夕まぐれこの岨路に出あひたるラムプ売あはれその篭落すな
   谷川温泉は戸数十あまり、とある渓のゆきどまりに当る、浴客とても無けければその湯にて菜を洗へり。
菜をあらふと村のをみな子ことごとく寄り来てあらふ此処の温泉に
いま入りて来しをみな子が負へる菜に雪は真しろく降りたまりたり
洗ひ終へてやがて菜を負ひかたつむり歩むがごとく負ひて帰りぬ
昼は菜をあらひて夜はみみづからをみな子ひたる渓ばたの湯に
わかきどちをみな子さわぎ出でゆきしあとの湯槽にわれと嫗ばかり
月かげにわづかに見ゆる湯のなかのこの二三人ものいはぬなり
いねがたみ夜半ただひとり起きいでて湯に降り来れば月の射しをり
月夜にてこよひありけり灯ともさぬ湯ぶねに居りて見れば望の夜
温泉小屋壁しなければ巻きあがる湯気にこもりて冬の月射す
あばら屋のおそろしければ提灯をともしてぞ入る夜半のいで湯に
ともしおく提灯の灯の湯気にこもり夜半のいで湯に湯のわく聞ゆ
軒端なる湯気のしたびに月冴えて向つ峰の雪あらはにぞ見ゆ
谷川と名にこそ負へれこの村に聞ゆるはただ谷川ばかり
朝ごどにかならず来とふ渓合の谷川村に降る朝時雨
降る雨のつばらに見えてはだら雪積みわたす山に霧たちわたる
見わたせば雪ふりつもりわが宿の真下を渓のただ流れたり
さびしさにこころほほけてゐるわれにふと心づき笑ひいだせり
何かせむ何かもせむとゐつたちつあまりさびしくてうちほほけたり
ほほけたるこころにわれの気づく時ただ渓川の寒き瀬きこゆ
越後より来し出かせぎのいつとなく住みなせりちふ谷川村は
この奥にもはや家なしこの渓のゆきどまりなる村といふこれ
ゑひどれのわれに恐れて逃げてゆく雪つみわたす村のむく犬
木挽住む家のひとつか雪がくり鋸屑見えて菊の花咲けり
落ちたぎつ渓の飛沫のうちあがり水づきて咲けり垣根の菊は
十あまり二十に足らぬ家かずのこの山里に流行性感冒流行る
はやり感冒はらふといひて軒ごとに張れるしめ縄に雪つみにけり
ゆふ山の日のかげりたる柿の木にのぼりて柿をおとす子の居り
下なるは弟にかあらむ笊もちてかがみひろへりその柿の実を
二夜寝て去なむとしつつ渓ばたの雪の中の宿に名残の残る
   利根の流域より名も知らぬ山を越えて吾妻川の峡谷に出づ、此処には雪なくてなほ黄葉残りたり。
雑木山登りつむればうす日さしまろきいただき黄葉照るなり
こまごまと雑木たちならびもみぢしてまろき峠の原を掩へり
時雨空ひくく垂りゐて茂り合ふ雑木のもみぢうちしめり見ゆ
この山の落葉松林わかければもみぢのいろのやはらけく見ゆ
時雨空いよよ暗みて垂りくだりならびさびしきをちかたの峰
低山に立ちてわが見るをちかたのむら山の辺に時雨降るらし
とほ山はしろくかくるひわがいそぐ端山のはしに時雨かかれり
朝ぞらになだれし秋の雲散りて山はつめたき日のひかりかな
をちこちに人家みえゐて秋晴れし大野の奥をかぎる岩山
秋の日のひかりを強み山の根の村うきいでて此処よりは見ゆ
枯芝のほほけし山の山くぼにまがりかくるるその渓川は
   名久田川といふに沿ひて下れば遥けきかたに一きはすぐれて高き山見ゆ、里の娘にとへば浅間山なりといふ。
おほよそにながめ来にしか名を問へば浅間とぞいふかのとほき嶺を
朝戸出のころより見つついつくしく仰ぎ来し山は火の山浅間
浅間にしまことありけり雲とのみ見し白けぶり真すぐにぞ立つ
おくれたる小田刈りいそぐ里過ぐとはしなく見たれとほき浅間を
名も知らぬ低山つづきけふ越えてとほき浅間を仰ぎ暮せり
このあたり低まりつづく毛の国のむら山のうへに浅間山見ゆ
   吾妻川の上流にあたり渓のながめ甚だすぐれたる所あり、世に関東耶馬渓とよぶ。
岩山のせまりきたりて落ち合へる峡の底ひを渓たぎち流る
うづまける白渦見ゆれ落ち合へる落葉の山の荒岩の蔭に
青青と渓ほそまりて岩の根にかくるるところ落葉木は立つ
見るかぎり岩ばかりなる冬山の峡間に青み渓たたへたり
せまり合ふ岩のほさきの触れむとし相触れがたし青き淵のうへに
夕寒き日ざしとなりてかげりたる岩蔭の淵の藍は深けれ
真冬日を岩のはざまに藍ふかく流るる渓は音もこそせね
そそり立つ岩山崖の岩松に落葉散りつもり小雀あそべり
岩蔭ゆ吹きあげられて渓あひの寒き夕日にまふ落葉見ゆ
岩のあひに生ふる山の木おほけきが立ちならびゐて葉を落したり
岩山にあらはに立てるとがり岩に散りたまりたる落葉新し
峰に襞に立ちはだかれる岩山の山の老樹はことごとく落葉
岩山に生ふる山の木おほかたは太く低くして枝張りてをる
岩山の岩をこごしみひと伐らず生ふる大木は枝垂らしたり
何の木か古蔓なし垂りさがりおち葉してをるその岩端に
とある木はおほき臼なし八方に枝はりひろげ落葉してをる
落葉して幹あらはなる一本の真洞なせる木枝垂らしたり
ものいふとわれにかも向ふ岩山のおち葉せる木木はわれのめぐりに
岩かどをめぐれば渓はかくろひて岩にまひたつ落葉乾反葉
   更に吾妻の渓を溯り、左折して長き山路を登れば六里が原に出づ、広茫たる浅間火山の裾野なり。
寒き日の浅間の山の黒けぶり垂りうづまきて山の背に這ふ
山の背に凝りうづまける浅間山のけぶりは靡く朝たけゆけば
真冬日の澄みぬる空の寒風に東へなびく浅間山のけぶり
いただきゆやや垂りくだり真ひがしへたなびきわたる浅間山の煙
おほどかに東へなびく浅間山のけぶりは垂りてまなかひに見ゆ
真ひがしになびきさだまれる浅間山のけぶりのすゑの雪のむら山
この幾日ながめつつ来し浅間山をけふはあらはにその根に仰ぐ
噴きのぼる黒きけぶりの噴き絶えず浅間の山は真暗くし見ゆ
浅間山の大きすがたは寒げに見ゆけぶり雲なし湧き垂るる時
峰も襞も浅間の山はいたましく見ゆ真黒煙の湧きうづまくに
寒き日を浅間の山は低くし見ゆ噴きのぼりたる煙のかげに
浅間山の北の根にある六里が原六里にあまる枯薄の原
薄の原に立つは楢の木くぬぎの木落葉して立つそのところどころ
   冬の夜
寒き夜に拍子木聞ゆ冴え入りて身にしみひびき拍子木聞ゆ(その一)
鳴し来てはたと途絶えつ寒の夜の夜まはり男何を為すらむ
笛聞ゆ汽車にしあらしその笛の動きつつ聞ゆ凍み氷る夜を
長く鳴らすは何のしらせか寒き夜に走りつつ鳴らすその汽車の笛
寒き夜にとりどりの音寄り聞ゆ犬汽車の笛机なる時計
冬の夜のけふをぬくとみ出でて来れば月は赤みを帯びて昇れり(その二)
喰ひすぎの腹をこなすと出でて来し冬の月夜にぬくき靄降れり
シグナルの狭みどりの灯に靄降りてうるみ濡れをり冬の月夜に
子が泣くに行きて添ひ臥す夜為事に凍れる指のペンを擱きつつ(その三)
わが部屋の夜つゆ帯びたるガラス戸にうつりて明き冬の夜の月
うす青み窓にうつれる冬の夜の月ながめつつ寒き夜為事
更けてゆく夜の寒けきにしくしくと咽喉の痛みていよいよ寒し
嗽すと厨に立てば寒き夜を鼠ゐにけりひとつならず二つ
逃げぬをば何か親しく見てゐたり寒けき夜半に出でてをる鼠
電灯のともりてをれど夜為事に疲れはてては眼の前暗し
冬の夜の為事づかれに酒飲みてうつつなく居れば雨降り出でぬ
わが側の鉄瓶の湯のわきたぎり雫はくだる夜半の玻璃戸に(その四)
忘れゐてふと見あぐればいつしかに月は玻璃戸を過ぎてゐにけり
いつしかに暁ちかくなりぬると時計はひびく机の端に
寒き夜の煮たる酒をば願はずて麦酒をぞすする氷れる麦酒
咽喉にやや熱ある覚え飲みくだす寒き麦酒は泣くごとくうまし
寒き夜にすする麦酒の濁れりと灯にかざしつつ瞼は重し


  大正八年

   犬吠岬にて
ひさしくも見ざりしかもと遠く来てけふ見る海は荒れすさびたり(一月一日)
とほく来てこよひ宿れる海岸のぬくとき夜半を雨降りそそぐ
眼さむれば風は凪ぎゐて真夜中を浪とどろげり庭さきの海に
曇りつつ朝たけゆくやわだつみの沖の青みの澄みまさり来て(一月二日)
沖走る速きうしほにむら浪の立ち合ふけふを雪もよひせり
雪ふくむ雲ゆきまよひわだつみにさわだつ浪のいろ定まらず
磯海の浪かき濁り沖津浪雲のしたびにさむう澄みたり
庭さきの芝生にあがる磯浪のいかれる見つつ寒き日を居る
うちあがる浪かき濁り荒海に降るとも見えず時雨降るなり
おどろしく鳴りどよめける浪の音の日すがらにして沖辺曇れり
大海にたちまよふ浪のとどろきのこの寒き日をひねもす聞ゆ
時として絶え入るごとく大海の浪のひびきのひそまる聞ゆ
風あらき沖つ瀬の浪に見えがくりひくく渡れり鵜の鳥のむれ
雪雲の垂りたるままにひんがしへうつりゆく見ゆ荒海のうへを
満潮のいまはゆたけくわが宿の庭つづきなる岩が根に満てり
真冬日のけふの満潮かき濁り岩をおほひてすさびたるかな
むらがれる岩のほさきにうちあがりならびて靡くその潮けぶり
庭さきの荒磯にうかぶ鵜の鳥の黒く静けく久しくぞ居る
真藍なすつめたき海にひとつらに浪たちさわぎ朝の日昇る(一月三日)
まともなる海より昇る朝の日に机の塵のあらはなるかな
わが部屋に射したる朝日くまなくて坐りながらに疲れを覚ゆ
草紅葉まだらなる庭のはづれより岩たちならび寒き浪寄る
岩かげのわがそばに来てすわりたる犬のひとみに浪のうつれり
かたはらにゆたけく呼吸の聞えたるこの大き犬に手を置きにけり
つらなれる浪の穂さきの巻きあがり巻きてくづるる青海のなかに
川口に寄り寄る浪の穂がしらの繁きを見ればひき潮ならし(銚子港)
   雑 詠
わが汽車のゆけばまひたつ一二羽の白鷺ゐたり広き冬田に
枯草のみだれし畔のかたかげにあらはにぞ居る白鷺一羽
ものあさるふりとも見えず薄氷のとざせる小田に立てる白鷺
霜解くるひなたの路次をほがらかに呼びつつ来る鮒を買はうよ
寒鮒のにがきはらわた噛みしめて昼酌む酒の座に日は射せり
薮かげのみぎはの笹の冬枯のうごくを見れば鳥の居るらし
笹むらをそよがせながらものあさる鶫をりをりしのび音に啼く
   大雪の後
うす雲の空にのぼれる朝の日に杉のこずゑの雪散りやまず(その一)
ところどころ濃き藍見ゆる朝ぞらの雲ふかくして杉の雪散る
軒かこむ杉の小枝ゆ落ちくだる雪の繁きにこころ澄みたり
しみじみとひびける雪どけのあまねき雫四方に起れり
散り散らぬ杉のこずゑのしら雪のあらはに見えて鵯啼きあそぶ
枝わたる鵯鳥の影葉がくれに見えゐて杉の雪散りやまず
大杉の雪のなだれのしげくして根がたの竹は伏しみだれたり
片蔭の藁屋のけぶりほそぼそとなびげる薮の雪は散りつつ
鷭の鳥のめづらしきかも大雪の降りうづみたる庭に来てをる(その二)
ふかぶかと雪積みわたす庭さきに薮より出でて水鳥の居る
水鳥のあやふくあゆむ薮かげに止みたる雪はうすく光れり
積みわたす今朝の深雪に見とれつつ吸ひ吸ふ煙草やめられなくに
縁側にとどかむとする庭の雪に親しみながら煙草をやめず
うす青み煙草のけむりたちのぼる軒端あやふく大雪積めり
日のひかりかげり来れば庭も軒端も青みわたりて雪積めるなり
ほのぼのと雪のおもてに照りまよふうすら青みのありて日かげる
うづだかく積みわたしたるわが庭の雪ひさしくて塵おける見ゆ(その三)
下草のうすら赤みの竹の葉のやうやく乾き杉の雪散る
まだらなる杉の立木のとりどりに落せる雪はうへ氷りたり
おほかたの梢のゆきは散りはてて浅きはやしの杉の木若し
雪とけてひなたに乾く杉の木の赤み帯びつつ立ちひそみたり
うら寒き春の日ざしははだら雪消のこる杉にさしこもりたり
ひえびえと庭の雪より湧く寒さこの縁側に日はさしながら
庭の雪かたく氷りて寒けきにひとり篭れば部屋の明るさ
庭隈の雪はこほりて塵を帯び咲きがての梅のくれなゐ深し
   二月の雨
家の窓ただひとところあけおきてけふの時雨にもの読み始む
しみじみとけふ降る雨はきさらぎの春のはじめの雨にあらずや
庭くまにこほりつきたる堅雪に音たてて降るけふの雨かも
塵浮きし堅雪のうへに降りしきるけふぬくき雨にみなみ風見ゆ
竹の葉を椎杉の葉をたわたわにうち濡らし降るよけふぬくき雨は
春雨のけふの強降めづらしみ杉の木むらを飽かず見るかも
独居のひるげの飯をくひすぎて雨を見てをる雪のうへの雨を
窓さきの暗くなりたるきさらぎの強降雨を見てなまけをり
ぽつちりと眼をただあけてなまけをるけふのひと日の永くもあれかし
独りゐておもふひがごとうち消すと強き煙草を吸ひ吸ひて酔へり
うつうつと煙草の酔のかうじ来し窓辺小暗く雨の降るなり
きさらぎは春のはじめは年ごとにわれのこころのさびしかる月
ふらふらと雨のなかさし出でかゆかむさびしきけふのこころのままに
   雑 詠
たてまはす紙の障子のあかるくてこころかなしきけふのひとりゐ
わが煙草の灰の散るさへけふの日のこのひとりゐは楽しかりけり
啼きむれて鵯鳥こもる杉の森の下蔭にしてみそさざい啼けり
この森にこもれる小鳥おほきなかに鶫の鳥は声さびて啼く
葉がくれに見ゆるひよどり大きくて杉の林はいよよ曇れり
ましぐらに雌追ひきそふ犬の群の雪を蹴立てて遥けきあはれ
晴れつづき鉄道土堤を焼くけむりひくくあがれり雪残る野に
   述 懐
貧しとし時には嘆く時としてそのまづしさを忘れても居る
   或る事に会ひて
恐しき濡衣をわれに著せてをるしらじらしき友がつらの小ささ
あさましき彼がたくらみまざまざと裸には見ゆあさましきかな
恐るべく憎むべくはた愚かなる彼がたくみに唾はただに出づ
辛く身をまもらむための計画あせれる彼をさもこそと見つ
この怒おさふと庭のかた雪をつかみては喰ふ雨のなかの雪を
怒らずとこころにはおもへふところ手わが心臓は高鳴れるなり
ひとを憎むこころ次第に消えゆけるこのごろの我にけふも気づきたり
   植物園
朝戸出の静けきこころ消えぬまにはやとく行かな植物園に
かなしきは樹の姿かもその葉その枝静けく居りてよそ心なし
ましてこの冬の日に見る荒き幹こまかき枝の樹樹の静けさ
少女子がかひなのごとくふくよかに枝を張りたりわがそばの樹は
ただ一花しろの八重咲葉がくれに見えゐて寒き大椿の樹
薮椿枝張りひろげつぼみたる褪せたる花のいちめんに見ゆ
たかむらの細きこずゑの茂りつつ赤らみなびくこの春の日に
とりわけて葉のこまやけき群竹のたけ高からず親しさ覚ゆ
   古沼と蟇
沼の面に波うごきやがて浮びたる大けき蟇はかすか音に鳴く
蟇の眼の赤くうるみてうつたふるかなしき声は澄みて徹れり
思はぬにまたひとつ浮び古沼のよどめる水に蟇は鳴くなり
枯草をひたせる沼の雪解水にごれるなかに蟇は鳴くなり
春さむきみそらの日影しらじらと映れる沼に蟇は鳴くなり
松の影青みうつれる沼のおもにかなしき蟇の声は澄めれや
鳴き澄みて蟇の群れたる古沼に大き緋鯉はいろさびて居る
蟇なきてさびしき沼の側ゆけば梅ありて白く咲き静もれり
けふの日を蟇ばかりかは古沼の側の木立に鵯なきさわぐ
あさましき蟇のむくろの浮びたる沼にとびかひ鵯なき騒ぐ
   夢
眼覚むれば寝汗しどろにおのが生のさびしきことをゆめみたるかな
うつつにもゆめにもあれや真寂しきくるしき夢をいま見たりけり
おのが生のこころぼそさをかきあつめひそかに夢は見えて来にけむ
うつつには思ひもかけぬうとましきわれの姿ぞ夢に見え来る
ゆきつめしはるけきはてのわれの生の寂しきすがた夢は見するか
ゆきづまり泣くに泣かれぬさびしさのわが生のはてか夢に見え来る
ひとのいふ五臓のつかれ心の疲労わがみるゆめはよごれはてたれ
   述懐二三
なにひとつあだにはあらね心澄みわが居るほどはありなしごとも(その一)
うつつにしわが生きてゐるけふの日とほのかにおもふ心澄みつつ
わがこころ澄みゆく時に詠む歌か詠みゆくほどに澄める心か
おのが身のさびしきほどを知りそめて今年の春にあひにけるかも(その二)
よき下駄を履かなと思ひあゆみをるけふの心のさびしくもあるか
ある日見し女教師のさびしげのすがたなど浮ぶけふのこころに
わがこころにたのしみ満ちてけふをゆく巷にとほく埃あがれり(その三)
大神のこころはかしこわかねどもけふわれ楽し身に塵もなく
   杉の木
事に倦みて縁に出づれば先づ見ゆるひとの邸の大き杉叢
ひろびろと住みなす家の庭に立つ大杉叢に春は深けれ
なかなかに親しくぞ見るかぎろはでけふ杉むらに雨の降れれば
   夜の春雷
電灯をひくくおろしてもの書ける春の夜更を雨いよよ降る
風ほのかにかよへる覚ゆきさらぎの夜雨の降りてぬくき書斎に
あたたかう夜半降る雨をなつかしみ聞き入りてをれば雷の鳴る
いま鳴るはとほき雷春の夜のはげしき雨におどろおどろ鳴る
いかづちのいまめづらしく耳すまし待てどもあまた鳴らざりにけり
   をとめ子
はァるがきィたはァるがきィたとて歌ふ子は噴水の側に群れてうたへり
その眼やや大きかれども少女子はその眼見張りてははと笑へり
をとめ子のそのまろき頬にくれなゐのさしきてやがてははと笑へり
をとめ子がたばねあませる黒髪のゆたけき髪は揺れてくづるる
   椿
   一昨年の春を其処に過せし三浦半島の一漁村を妻と共におもひ出でて詠める。
ひさしくも見ねば見まほし海岸のかの椿原咲きたるならむ
海岸のとりどりの木のくねりたる薮の椿はみな咲きたらむ
沖津辺にひくく浪立ち木の蔭の砂のふかきに椿散りゐむ
椿の木くさりて落つる丹の花のくさりたまりてうづだかくあらむ
わが妻がこのめる花は秋はりんだう春はつばきの薮花椿
   甕の椿
夜を深みひくくおろせば電灯は甕の椿の葉のかげに照る
片側はくらきに向ひ片側の甕のつばきは灯をあびて照る
大甕にさしすててある玉椿ひとつ咲きひとつ散りなほ咲きつづく
稀にすふ葉巻に酔ひてうとうととねむき眼に見る夜半の椿を
葉がくれのつばきの花はおほかたは下向きて咲けり甕の椿は
大枝を投挿にせる葉をしげみ篭りてぞ咲く甕の椿は
信濃なる諏訪の湖辺に掘り出でしこの古き甕に椿はふさふ
神つ代の酒の甕にしありけめといふこの甕に椿はふさふ
むきむきに大きく咲ける椿の花甕のつばきは咲きて静けき
夜もいねで筆いそがするうとましさ机の椿大きくは咲く
   駒が嶽の麓
   信濃伊奈なる友達に招かれて行く、辰野にて歌会講演を試み、次いで伊奈の峡谷に入る。
天竜川いまだ痩せたるみなかみの此処の渓間に雪は積みたり
雪雲の天つそらさし晴れゆけばあらはなるかも駒が嶽の山
なだれたち雪とけそめし荒山に雲のいそぎて雨降りかかる
   名は歌の会なれど旧知多く揃へる事とておほかた徹宵痛飲の座とはなるなり。
堅雪のこほりとざせる家の夜半に大き輪をなし踊り出でたれ
小男の日野の義人はいちはやく衣ぬぎすてて踊り出でたれ
その小男義人があたまつらつらに禿げゐて踊る義人は踊る
大男矢島敏弼のそろのそろ真黒裸体がをどるぞよやよ
しみじみと見ればいよいよ輝ける真黒裸体が踊るぞよやよ
諢名なるスカンヂナビヤたましひの抜けつつ踊るスカンヂナビヤ
むぐらもち這ひ出しごとく片すみに離れてをどる重田行歌は
ちぢこまるわれに踊れと手とり足とり引き出だしたれ酔人どもは
伊奈峡谷のゑひどれどもが大自慢伊奈をとめどちも群れて踊れや
うるはしきとなりのをとめぬすみ見つつわれ古りにきと踊りけらずや
いつしかに涙ながしてをどりたれ命みじかしと泣きて踊りたれ
死ぬ時し死なせよわれに死ぬばかり酒くらはせよ何も彼も知らず
   馬酔木
   秩父名栗川より多摩川の水上に出でむとて越えたる山の峠に思ひがけぬ馬酔木の原ありき。
登り来し路をはるけみかへり見る山のいただき馬酔木咲きたり
いただきの山のまろみにとびとびに生ふる馬酔木は花ざかりなり
禿山生ふる馬酔木はたけひくくとををに花をつけて茂れり
繁りたる馬酔木たけひくくあらはには見えぬその花下ごもり咲けり
たけひくき馬酔木の花は山埴の赤きに垂りて鈴なりに咲く
思はざる馬酔木が原を此処に見てこころは寂し山のいただきに
   磯部鉱泉にて
とある樹の根にしたたれる苔清水見てをりていまは飽かずもあるかな
川ばたの並木の桜つらなめてけふ散りみだる麦畑のかたに
樫の木の茂りを深み古き葉のきのふもけふも散りて尽きなく
霰なす樫の古葉にうちまじり散りいそぐかも庭のさくらは
芹生ふる沢のながれのほそまりてかすかに落つる音のよろしさ
   山上湖へ
   上州榛名山に登らむとて先づ前橋なる友が家に泊る、明くれば六月朔日の朝極めてよく晴れたり。
青水無月けふ朔日のあさ晴れてむら山のおくに雪の峰見ゆ
水無月の朝たけゆきて浮きいづるうす雲のかげに横ぶせる山
とほ空に浮き出づる雲のとりどりに光りなびきて青あらし吹く
   その日風邪心地にて熱出で頭痛み、友も強ふるに留りて二日ほど其処に遊ぶ。
四方に鳴く昼の蛙に聞き入りてうつつなく居れば雲雀もぞ啼く
アカシヤの瑞木の花は散りすぎて木の間にふかき日のひかりかも
川ばたのアカシヤの森のした草は刈りあらされて蛇苺見ゆ
うちあがる遠き荒瀬を見にあゆむ川原かぎろひ雲雀啼くなり
荒土のきりぎし高くつづきたる利根の岸辺の濃き青葉かな
   草津を経て榛名山に登り山上湖畔なる湖畔亭に宿る、鳥多き中に郭公最もよく啼く。
山の上の榛名の湖のみづぎはに女ものあらふ雨に濡れつつ(その一)
みづうみのかなたの原に啼きすます郭公の声ゆふぐれ聞ゆ
湖際にゆふべ靄たち靄のかげに魚のとびつつ郭公きこゆ
みづうみの向つ岸辺の山かげを移りつつ啼く郭公きこゆ(その二)
みづうみの水のかがやきあまねくて朝たけゆくに郭公聞ゆ
いただきは立木とぼしきあら山の岩が根がくり郭公聞ゆ(その三)
吹きあぐる渓間の風の底に居りて啼く郭公のけぶらひ聞ゆ
となりあふ二つの渓に啼きかはしうらさびしかも郭公聞ゆ
   初夏の朝
見廻せばわがたたずめる足もとのとりどりの草に朝の露みゆ
ほどもなく咲かむと言へば葉ごもりに咲きゐて紅し葵の花は
わが顔の蒼きがうつる小鏡もあふひ咲くころの朝朝はよし
わが眉のふかきがかげにひそみたる蒼さも今朝はなつかしきかな
   霞が浦
明日漕ぐとたのしみて見る沼の面の闇の深きに行々子の啼く
わが宿の灯かげさしたる沼尻の葭のしげみに風さわぐなり
沼とざす真闇ゆ虫のまひよりてつどふ宿屋の灯に遠くゐる
船つき場油煙あがりて夏の夜の川蒸汽待つひとの群見ゆ
をみなたち群れてものあらふ水際に鹿島の宮の鳥居古りたり
鹿島香取宮の鳥居は湖岸の水にひたりて隔り向へり
苫蔭にひそみつつ見る雨の日の浪逆の浦はかき煙らへり
雨けぶる浦をはるけみひとつゆくこれの小舟に寄る浪きこゆ
   雑 詠
梅雨晴の昼吹く風にしらじらと花粉をこぼす高き草立てり
真昼降るゆふだち雨に見とれつつ窓辺に居れば蚊のしげきかも
投挿の百合のつぼみの数わかずそのひとつひらくこの暁に
植ゑすてし庭のダリヤの伸びはせでくれなゐ深き花つけにけり
暑かりしひと日は暮れて庭草の埃しづもり月見草咲けり
みじか夜のいつしか更けて此処ひとつあけたる窓に風の寄るなり
夜為事のあとの机に置きて酌ぐウイスキイの杯に蚊を入るるなかれ
このぺンをはや置きぬべし蜩の鳴きいでていま暁といふに
   友 へ
雄心のしづまりかねつはやりつつ脚さだまらぬ君かとし思ふ(その一)
うらわかき君がすがたを眼のあたりまもりゐてさびしわれのこころは
むきむきのいのちの事におのづから話はいたる酒くみながら(その二)
   昼の蚊遣香
昼焚きて机のかげに置きたればほのぼの昇る蚊遣香のけむり
降りつづく雨をいぶせみわが篭る窓にしたしき蚊遣香かも
焚き馴れていまやめがたき蚊遣香の昼のけむりはむらさきに立つ
   九十九里浜
   八月末、九十九里なる片貝浜に遊びて二三日を送る、避暑客殆ど去りて新涼漸く起らむとす。
吹く風のしくしく暑し砂畑の黍たつ畔に寄りていこへば(その一)
道ばたの蘆のしげみにこもりゐて啼く行々子を立ちて聞くかも
はちす田の花かげにとびし水鳥を鴫とおもふにふたたび飛はず
とほ見にはさびしかりしか蓮田をうづめて咲けるくれなゐの花
砂山のかげの入江の花はちすしづけき蔭に鯔の子のとぶ
海人が家の蚊やりのけぶりなびきたるはちす田の花は静かなるかも
浜つづきすな地の庭にのびいでてくきも真赤き鶏頭の花
朝掃除そぞろに宿のはしためのうたへる唄も秋めけるかな(その二)
朝浪のつらなり立ちて九十九里の煙らふ岸を漕ぎ出づる船
あかつきの沖津辺かけてたつ霧に茜さしつつ船こげる見ゆ
うち撓み寄れるうねりのひとところ白むと見れば裂けてくづるる
けふの浪たかく上らずしらじらと寄りあひくだけいちめんに寄る
辺津浪は渦泡なせや沖つ浪うねりつらなりさ青くぞをる
千鳥とると砂地に黐を張りて待つ海人が子どもの静かなるかな
起き伏せる砂山つづきはるかなるひとところ千鳥群れて立つ見ゆ
砂浜のひろきがなかにくだかけの啼く声あがる海人が伏屋に
荒浜の浪をかしこみ砂山のかげの小川にゆきて泳ぐかも
夏ばかり居るとふ鳥のいまだゐて白き羽根かはし鯔の子をとる
砂のごとちひさき魚のかず知れず泳ぎてぞをる川口の汐に
穴つくる小蟹がふりの小ざかしくおもしろき見つつ時を忘れたり
この小蟹逃げおほせたりと思へかも砂をかづきてかしこみてをる
やとばかり蟹に声かけ驚きつわらひいだして蟹を追ふなり
思はぬにわが足もとゆまひ立ちて浪を越えつつ千鳥啼くなり
まひわたる千鳥が群は浪のうへに低くつづきて夕日さしたり
引く浪のあや織りなせる濡砂地影をみだして千鳥群れたり
なびきあひくだけてひろき夕凪の九十九里が浜の浪のましろさ
ながながと真澄みとよもせり夕凪の九十九里が浜の沖のうねりは
秋がすみ四方をこめゐて夕凪の沖辺より来る風のすずしさ
夕月の真さをき鎌のうすうすとひかりそめつつ浪の上に見ゆ
夕月のひかりとぼしみ九十九里の空ひくきところ星しげく居る
夜出でて浜に立てれば九十九里の浪のとどろき四方にあがれり
浪のあひを漕ぎいそぐらし見えがくり沖辺に赤きともしびの見ゆ
くれなゐの大き真珠とさしのぼり日はかかりたり沖の狭霧に(その三)
くれなゐに澄みつついまだかがやかず朝日子は居る沖の狭霧に
雨雲のかきくだり来て九十九里の海のまなかに集ふとすらし
なかぞらに這ひわたりたる大蟹の真くろ雨雲海をおほへり
海とざす真闇がなかにいなづまの飛びくるめけど雷は来ぬ
いなづまの射しかはしつつあぶらなす真闇の浜に浪ひくく立てり
   落葉松の落葉
   十一月中ころ信州浅間山の麓なる沓掛温泉に遊び十日ほど滞在す、四辺すべて落葉松の林なり。
落葉松はなほ散りやまず散りつもり落葉色なすその根の地に
たけたかきから松の木の梢より散りやまぬ落葉見つつおもしろ
散りすぎていまは明るき落葉松の細枝がくりに小鳥をる見ゆ
静かなる鳥のさまかも散りすぎしから松が枝をとびとびて啼かぬ
から松の今年のおち葉こぞの落葉かきわけてさがすちさき茸を
黄しめじはきいろくちさしから松の落葉かづきてそこ此処に見ゆ
落葉松の林にまじり生ひいでて白樺はわかしただに真しろく
白樺の若木たちまじり渓ぞひのから松林冬寂びにけり
朝時雨いつしか晴れて墨いろの浅間の嶺につめる雪みゆ
うちわたす薄のはらの冬枯れて此処のひろきに水の音きこゆ
冬の渓ふたつ流れあひしらじらと水うちあげて長き瀬をなせり
   選 歌
よき歌のこよひ多くてうたえらみ心たかぶり吐息はいづる
瞼熱くなみだぞ出づるよき歌にゆきあたりたるうたえらみびとは
よき歌をつくるこころのすぐれびとと相見るがにも歌は選めや
   冬
おほかたの木の葉散りすぎ静かなる冬は来にけり眼にもあらはに
散り尽きていまはまつたく枯木なす桜木立に馴れてたのしき
二三軒となりつづきのはしに見ゆ冬しづかなる杉の木立は
このあたり人もゐぬげに静かなる家居つづきて冬木立せり
この一年何かは知らずうち疲れなまけつつ居りて冬に入るなり
   冬の夜
誰か来よこよひさびしと下思ふこの冬の夜の心さわぎよ(その一)
しみじみと逢ひたしとおもふ友だちの減りゆきしこと今宵おもはる
蓄音機たかだか聞ゆ凍みこほりこよひ寒きにとなりの家に(その二)
夜ふかくいろいろの音寄りきこゆ寒けくをればいよいよ聞ゆ
夜ふかくつかれてをればいたづらに火は熾りたれ沸す湯もなく(その三)
うとうとと電燈の灯に見入りゐて寒さをおぼゆ疲れはてけむ
疲れ果て眠りかねつつ夜半に飲むこのウヰスキイは鼻を焼くなり
   冬ごもり
今年住むわが家は岡のうへにありていま冬景色うららけく見ゆ(その一)
霜日和わが二階より見はるかすひろきにぞ見ゆ豊島が岡は
わが部屋のはしに居寄れば冬空のふかきに沈み遠き富士見ゆ
隣家なる椎の老樹のうらがれていささか隠すその富士が嶺を
朝の間をあかるくさせるこの窓の冬の日ざしにもの書き急ぐ(その二)
窓に見る景色あらはに冬寂びてただありがたき日のひかりかな
朝はこの窓にさしつつ昼かけて縁にぞまはる冬の日ざしは
わが家のそばをとろとろ降りゆきてまがる小路を親しとは見る(その三)
うつくしく散りしと見つる路の落葉ひと日ふた日に泥にまみれぬ
しめきりし雨戸の節をぬけてさす冬日真赤しこがらし募り(その四)
家をゆすり吹くこがらしのをちかたに啼く鵯鳥の声みだれたり
みだれ啼く木枯のなかのひよ鳥の声よろこびに酔ひてあるごと
明るみを心はやどすながめつつさびしきものかその明るみは(その五)
コニヤクを昨日もらひつ今日はよき林檎もらひぬ篭りてあれば(その六)
喰ひたしと思ひゐしものまことこの林檎なりけむ佗び篭りゐて
夜のほどに降りつもりたる白雪の今朝をまぢかく鶫来て啼く(その七)
   平和来
   五ケ年にわたりし欧洲大戦漸く終り、平和を祝ふ歌をと某新聞社より求められしに答へて詠める。
英吉利の勝ちさけびつつ独逸人負けさけびつつたたかひ終る
亜米利加の大統領といへるをとこ仏蘭西にわたる戦争終り
初なくをはりなきに似たり遠つ国辺のたたかひ終るといふはまことか
五年ごし永きにわたり戦ひしたたかひのむねを明らかにせよ
たたかひの一途なりしを勝鬨のいまとりどりに乱れたり聞ゆ
勝つといひまけたりといふとりどりの唐人の声はるかに聞ゆ
たたかひの終れるあとに這ひまはる虫けだものを追ひ払へ神
   上総八幡崎
断崖の岩うちそぎて建てられし宿屋のにはに浪うちあがる(その一)
洞穴を湯殿と為しつともしたるラムプはうつす荒岩の壁を
はりはりと岩にくだくる浪の音夜半ねざめゐて聞けば寒けき
めざめつつ静まりをれば朝日さす海のきらめき部屋を染めたり(その二)
日のひかり流れかがよふ海原にをりをりあがる真冬日の浪
朝づく日空にさだまり五百重浪かがよふ海を漕げる舟みゆ
あぶらなしかがよふ海に小舟ゐて漕げる人見ゆその舟のなかに
わが部屋の真むかひに遠き崖のはな穂すすきなびく冬空を背に
真むかひにきりそぎたてる断崖の下なる海の迅き流見ゆ
浪型にそがれし崖にしみじみと冬の日のさし浪の寄る見ゆ
ひもすがら冬日さしたるこの部屋に旅のこころか疲れてゐたり(その三)
部屋にゐて見やるはるけき断崖の根に寄る浪は雪のごと散る
独りゐてひさしく坐るこの部屋の玻璃戸に触りて黄なる冬草
窓下に浪たちさわぎをりをりは小舟漕ぎ通る傾きながら
夕日さす崖のさなかの岩かげに釣するらしも長き竿振る
入江なる岩に日のさし浪くだけつばらに見れば雀子のゐる(その四)
槙の葉にすずめ子あそび海人が家の垣根に海の影うつりたり
しらじらと沖より寄する浪の穂の長くつらなるこの寒き日を(その五)
寒き日の浪を避けつつ岩かげに海苔摘む海女の二人三人ゐる
海人どもの若きたはむれ老いたるは専念に釣る断崖の端に


  大正九年

   伊豆にて
   二月十二日伊豆松崎港よりとある渓に沿ひて天城街道に出づ。
幾年か見ざりし草の石菖の青み茂れり此処の渓間に
   十三日徒歩して天城山を越ゆ、やがて雪降り出で山上積る事尺に及ぶ。
向つ蜂の杉山の根にかかりたる岩かげの滝は氷りたり見ゆ
霜どけの崖ゆ落ち来るさざれ石のさびしき音は道に続けり
土壊をふせぐと植ゑし天城越の道の榛の木みな実を持てり
蜘蛛の網と枝を張りたる榛の木の実は真黒くてたまたまに青
九十九折登ればいよよ遥けくて麓の小渓ながめ見飽かぬ
見はるかす麓にながき岩渓の水ところどころたぎちたるかな
天城道三椏畑の側ゆけばその花にほふ雪に濡れつつ
道下の三椏畑はいちめんにさびしき花のいま盛りなり
白白と枝張りわたし枯れて立つかの遠き木は樅にしあるらし
冬過ぐとすがれ伏したる萱原に雪は真しろく降り積りをり
大君の御猟の場と鎮まれる天城越えゆけば雪は降りつつ
見下せば八十渓に生ふる鉾杉の秀並が列に雪は降りつつ
天城山わが越ゆる道の杉の木に降り積る雪は枝垂れそめたり
立ちどまるわが身真白し見かへれば降る雪暗く山をつつみ降る
天城嶺の森を深みかうす暗く降りつよむ雪の積めど音せぬ
道の上に積みゆく雪をながめつつ今は急ぎぬ峠真近を
岩が根に積れる雪をかきつかみ食ひてぞ急ぐ降り暗むなかを
降る雪の天過ぎゆけばわが越ゆる岨の雪道明るみきたる
繁山のかたへ伐りそぎ炭焼くと杣人が煙あがる積む雪のうへに
かけわたす杣人がかけ橋向つ峰の雪積む岨に続きたる見ゆ
   山を越えて麓なる湯が島温泉に到る、あたりまた深々と雪積りたり、滞在四日。
窓さきの樫に来て啼く樫鳥の口篭り声はわれを呼ぶごとし
樫鳥のつばさ美し庭さきの青樫のあひをしばしばも飛ぶ
樫の実の落ちちらばれる渓端の苔あをきところ樫の根は張る
根もとより枝しじに分れ茂り生ふる老木柊の花は真さかり
山中の温泉に来り静けしとこころゆるめば思ふ事おほし
   附近に木立の淵といへる渓流あり、山の相迫れるところ岩秀で水深し。
たまたまにひとつ出てをる冬ざれの岩間の魚をすがしくぞ見し
流れ寄る水泡うづまき過ぎゆけど静かなるかも岩蔭の魚は
樫の実の落ちて沈める淵の底に青き影帯び小魚あそべり
   散 歩
をちかたに鵯の声起りわが歩む冬田の畔に杉ならびたり
ひよどりの声の繁きにまじりつつ冬晴の森に百舌鳥啼く聞ゆ
埋立の工事の車とろとろと黒き土こぼし坂くだり来る
新しき土つみあげし埋立の工事のそばに冬木はあらは
田の畔の茶の木ばたけのだんだんにつらなり光る寒き日射は
墓原のかなめの若芽くれなゐに杉垣つづき伸びそろひたり
おのがじし静かに立てる冬枯の丘の杉の木葉は赤らめり
枯草の小野にひともと立ちてをるこの常盤木の影の深さよ
ちひさくてわが子がたけにだも如かぬこの冬の木の影ぞ静けき
木木の影しるくうつれる枯草のぬくとき原にまじる青笹
そことなき心おごりぞ湧き来るこの冬晴の静けきなかに
   フリジヤの花
一つかみ投げざしにせるフリジヤの青き葉の蔭に蕾は多し
いそがしきわれの机のすみに置かれ咲きてひさしきフリジヤの花
挿しすてて月のなかばも過ぎたらむフリジヤの花に塵はかかれり
フリジヤの花いつしかに褪せそめていよいよ匂ふ机の隅に
   友が家にて
この部屋の窓の障子の新しくなかばあきゐて梅の花見ゆ
   門さきの梅
門出づと傘ひらきつつ大雨の音しげきなかに梅の花見つ
泥濘の道に立ち出で大雨に傘かたむけて梅の花見つ
見送ると門に出で来し妻を呼びて雨のなかの梅うち讃へ見つ
門さきに咲きで久しき梅の花を今朝大雨のなかによく見つ
枝伸びし若木の梅の花びらに降りそそぐ雨は音たててをる
枝のさき入りかひみだれ大雨に雫たれつつ梅の花咲けり
大雨に打たれ静まれるとりどりの庭木のなかに梅の花白し
   同じ日に
わが門の前の坂道ぬかるみに川なして流る今朝ぬくき雨は
わがこころ澄みてすがすがし三月のこの大雨のなかを歩みつつ
   同じ日の夜
夜為事の部屋にうごける風ありてこの春の夜の雨はやみたり
何やらむ落ちたふれたるひびきしてこよひぬくきに風吹き立ちぬ
   友が家にて
夕寒うかげり来れば庭杉の木かげの梅の花の真しろさ
湯豆腐の熱きをすすり夕まぐれ静けくぞ見る庭の梅の花を
   桃のつぼみ
部屋にゐて苦しきけふの深曇窓に見てをる桃の木の花を
かき曇りぬくときけふを桃の蕾の赤みふくらみ咲き出でむとす
   秩父の春
   四月六日、秩父の春を見て来むとて出で立つ、熊谷駅乗換秩父線に移る。
乗換の汽車を待つとて出でて見つ熊谷土堤のつぼみ桜を(熊谷駅附近)
蟻の虫這ひありきをりうす紅につぼみふふめる桜の幹を
雨ぐもり重き蕾の咲くとしてあからみなびく土堤の桜は
枝のさきわれよりひくく垂りさがり老木桜のつぼみ繁きかも
まひたつと羽づくろひする口ごもりの雲雀の声は草むらに聞ゆ
雨雲のなかにまひのぼり啼く声の雲雀はしげし今宵晴れなむ
をちかたに澄みて見えたる鉄橋の川下うすく夕づく日させり
   その夜秩父長瀞なる渓合の宿に泊る、明くれば数日来の雨全く晴れて鶯頻りに啼く。
渓の音ちかく澄みゐて春の夜の明けやらぬ庭にうぐひすの啼く
部屋にゐて見やる庭木の木がくれに渓おほらかに流れたるかな
朝あがりしめれる庭にたけひくき若木の梅の花散らしたり
真青なる篠のひろ葉に風ありて光りそよげり梅散るところ
山窪に伐りのこされしわか杉の木立真青き列をつくれり(二首、車中所見)
わが汽車に追ひあふられて蝶蝶の渓間に深くまひ落つるあはれ
   秩父町にて少憩、其処より表秩父に出でむとして妻坂峠を越ゆ、思ひの外の難路なり。
秩父町出はづれ来れば機織の唄ごゑつづく古りし家並に
春の田の鋤きかへされて青水錆着くとはしつつ蛙鳴くなり
朝晴のいつかくもりて天雲の峰に垂りつつ蛙鳴くなり
下ばらひきよらになせし杉山の深きをゆけば鶯の暗く
岩づたひ落ち落つる水は八十にあまり分れてぞ落つこの岩の渓は
つぎつぎに継ぎて落ちたぎち杉山のながき峡間を落つる渓見ゆ
めづらしき大樹の馬酔木山渓の断崖逆に咲き枝垂れたり
春あさみいまだ芽ぐまぬ遠山の雑木の林ひろくもあるかな
菅山のいただき近く枯菅の枯れなびくところ岩が根の見ゆ
   辛く峠に出で嶮しきをやや下りゆけばまたひとつの渓に沿ひたり、名栗川の上流なり。
春立つとけしきばみたる裸木の木の根をあらふ岩渓の水
岩ばかり土の気もあらぬ渓合の岩のうへの木つのぐめり見ゆ
桐畑の桐の木の間に植ゑられてたけひくき梅の花ざかりかも
仮橋のひたひた水にひたりたる板の橋わたり梅のはな見つ
渓の端褪せし老木の梅にとなりひともとの梅真さかりに咲く
   一夜を小さき鉱泉宿に過し翌日名栗川に沿うて飯能町に出づ、川小さけれど岩清く水澄みたり。
わかし湯のラヂウムの湯はこちたくもよごれてぬるし窓に梅咲き
渓ばたの老木の梅は荒き瀬のとびとびの岩に散りたまりたり
何やらむ羽蟲のむれのまひ群れて渓ばたの梅の花にあそべり
しらじらと流れてとほき杉山の峡の浅瀬に河鹿なくなり
清らけき浅瀬ながらに波をあげて杉山の根を流れたるかな
ところどころ枯草のこる春の日の渓の岩原に鶺鴒の啼く
手を洗ふにほどよきほどのほそき滝きよらにかかる道の傍に
うづだかく杉苗負ひて岨みちを登れる杣人はうたひ出でたり
渓堰きて引きたる井手の清らかに流れたるかも春あさき田に
黒黒とおたまじやくしの群れあそぶ田尻のみづは浅き瀬をなせり
蛙鳴く田なかの道をはせちがふ自転車の鈴なりひびくかな
馬の糞ひろひながらにこの爺のなにか思ふらしひとりごと云ふ
   宇都宮市にて
ひとしきり散りての後をしづもりてうららけきかも遠き桜は
町なかの小橋のほとりひややけき風ながれゐてさくら散るなり
   上州吾妻の渓にて
朝づく日峰をはなれつわが歩む渓間のあを葉ひとつひとつ光る
朝づく日さしこもりたる渓の瀬のうづまく見つつこころ静けさ
静かなる道をあゆむとうしろ手をくみつつおもふ父が癖なりき
飛沫よりさらに身かろくとびかひて鶺鴒はあそぶ朝の渓間に
渓あひにさしこもりつつ朝の日のけぶらふところ藤の花咲けり
荒き瀬のうへに垂りつつ風になびく山藤のはなの房長からず
   伊太利飛行機
   永き間わが興味をひきたりし伊太利の飛行機終に六月三十日代々木原に到着す、当日早朝より其処に待ちて。
汝を待ちつつ青草原にわが置ける時計はひびく真昼近しと
おお今し汝を迎ふとわが国の飛行機はのぼる天雲をさし
宙がへり木の葉おとしのさまざまなれや汝を迎ふとわが飛行機は
千よろづの人息のみて立ちむかふその飛行機は雲がくり見ゆ
濃くうすく雲がくりつつひとすぢに空わけきたるその飛行機は
出で迎ふわが飛行機と中ぞらにかたみに環をなし翔ひ澄めるあはれ
うるはしきその飛行機はありありとわがまなかひに翔ひうかびたれ
伊太利の旗じるし染めてまなかひに翔ひうかびたりその飛行機は
春草の五月の原をとどろとどろうちとどろかし飛行機くだる
   夏のしののめ
朝静のつゆけき道に蟇いでてあそびてぞをる日の出でぬとに
旗雲のながれたなびき朝ぞらの藍のふかきに燕啼くなり
竹煮草鉄道草のたけたかき草しげりあひて真白花咲けり
まひ降りて雀あゆめる朝じめり道のかたへのつゆ草の花
   香貫山
   八月中旬、東京を引払ひて駿河沼津在なる楊原村香貫山の麓に移住す、歌を詠み始めたるは九月半ばなりけむか。
海見ると登る香貫の低山の小松が原ゆ富士のよく見ゆ
香貫山いただきに来て吾子とあそび久しく居れば富士晴れにけり
低山の香貫に登り真上なるそびゆる富士を見つつ時経ぬ
   南 風
南吹き曇りかげれる愛鷹の峯に居る雲深くもあるかな
汐風のみなみ吹きつのり愛鷹の峯あゐ色にくもり終れり
照り曇りはげしき地にみなみ風吹きすさびつつ富士冴えてをる
みなみ吹き雲湧き散れる空のもとにただに真青き香貫松山
   雑 詠
駿河なる沼津より見れば富士が嶺の前に垣なせる愛鷹の山
愛鷹の真くろき峯にうづまける天雲の奥に富士はこもりつ
夏おそき空にしづもる富士が嶺に去年の古雪ひとところ見ゆ
門出でて向ふ稲田の千町田の垂穂の畔に彼岸花咲けり
富士が嶺に雲かかりたりわが門のまへの稲田に雀とびさわぎ
鶏にやる蝗とるとて出でて来し稲田はいまはなかば刈られつ
刈りあとの泥田に逃げて飛ぶ蝗追ひかねて見ればいよよとびゆく
柿紅葉上枝はいつか散りすぎて百舌鳥ぞ来て啼くおほかたの日を
わが門のまへをながるる小流に散りうかぶ葉のやうやく繁し
散りうかびまたくは濡れぬ桜木のもみぢは流る門のながれに
やや寒み火鉢の灰をつくるとて藁火たきつつこころは静か
けふ初めて火鉢を置けばわが部屋の障子のやぶれ気にかかるかな
綿雲の四方を覆ひておぼほしきけふくもり日の庭のもみぢ葉
花を多み真赤に見ゆる門口の山茶花をうとむ朝な朝なに
愛鷹の襞のもみぢのつばらかに見ゆる沼津の秋日和かな
小松山香貫が岡に沼津なるうたひ女出でて群れあそびをり
わが門にならぶ桜のうすもみぢ久しと見つれいまは散りたり
消つ降りつさだめなき秋の富士が嶺の高嶺の雪を朝な朝な見る
   庭の隅
庭石を斜にすべれる真冬日の日かげは宿る薮柑子の実に
実をひとつふたつ持ちたるとりどりの薮柑子の木ならび生ひたり
松が枝の下枝はひくく地に垂りて上枝の落葉散りたまりたり
   散 歩
このあたり道辺におほき蒜の花の露のしめりは日すがらにして
葛の葉のもみでし色のさびはてて露おきわたす道のかたへに
道のはた野菊にまじり露草の散りのこりつつ木瓜かへり咲けり
下草のすすきしめれる山あひの小松が原に鶲啼くなり
ゆく道の山の根ぞひにたちならぶ冬の日の松に枯れし葉おほし
桑の葉のおち葉新しき畑道のこのあたりしげき鳥の声かな
桑の木の老いて枝張るこずゑより啼きてとびたつ頬白の鳥
   友来る
信濃なるつばくら嶽のみねに生ひし栂の木を植う其処より持ちて
青苔につつみ持てこし栂の木のそのちひさきがあをあをと居る
家にゐて家族とよからずあさゆふにさびしき友を此処に迎へぬ
汝がままに此処に寝てゆけ部屋ひとつ貸しは与へむ汝がままにせよ
   やき鳥
木曽路の奈良井の渓に網張りてとりし小鳥ぞ焼けと送り来ぬ
鵯ひとつ鶫ここのつとりどりの羽根のあはひにもみぢ葉を敷けり
合歓の木と我はもおもふ手づくりの小包の箱の真新しさよ
   雑 詠
愛鷹の傾斜にしげき襞ごとに篭らふ雲は朝乱れたり
愛鷹に朝居る雲のたなびかば晴れむと待てや富士のくもりを
綿雲の湧き立つそらに富士が嶺の深雪寂びつつかがよへる見ゆ
赤飯の花と子等いふ犬蓼の花はこちたし家のめぐりに
ときは樹は遠きに光り柿紅葉やはらかなれや窓のひなたに
刈株の蕎麦が根赤き霜月の香貫が原に雲雀ゐて啼く
雪降りていまだ日を経ぬ富士が嶺の山の荒肌つばらかに見ゆ
めづらしきこの霜月の日照雨に庭のもみぢ葉いろぞ滴る
わくら葉の散りのこりたる桑畑のなかに昼餉す百姓たちは
鋤きあげて真くろき土のうへに坐り煙草すひをり老いたる人は
   述 懐
ゐつ立ちつ甲斐なくひと日すごす癖とりのぞきえで年は垂ねし
静やかに今はなりぬとおもふ時事起るなりわれの生活に
庭さきに散れる松葉の静けさのあれと願ひて篭居はする
愛憎のうごきやすまぬ底浅のこころの濁り澄む時ぞなき
   愛鷹登山
   十一月十五日愛鷹山に登る、中腹以上は広大なる御料林にて古木枝を交へ相連れり。
裾野かけて今は積みけむ富士が嶺の雪見に登る愛鷹の尾根を
峯に夙く登らばひたと向ひあふ富士をおもひてなだれを登る
熊笹のさゆらぎたちておほきなる雲は過ぎゆくわれの真うへを
大君の御料の森は愛鷹の百重なす襞にかけて繁れり
大君の持たせるゆゑに神代なす繁れる森を愛鷹は持つ
この山のなだれに居りて見はるかす幾重の尾根は濃き森をなせり
峯ちかき幾重の襞はおほきなるひとつに落ちて深き森をなせり
わけ入りて静かに居れば海底のしづけさを持ちてこの森は居る
さしわたす向つ峯のとがりけはしきに伸びぬる森は落葉してをる
蜘蛛手なす老木の枝は黒鉄のいぶれるなして落葉せるかも
繁山のいただき近み生ふる木のたけ高からず枝は張りたり
張りわたす蜘蛛手なしつつ老いし木の枝の繁きに紅葉過ぎたり
時過ぎていまはすくなき奥山の木の間の紅葉かがやけるかな
際やかに深き紅葉のひともとを目じるしとして森わけあそぶ
散りつもる落葉のいろの鮮かさ手にし掬へばいやあざやけき
愛鷹のいただき疎き落葉木に木がくり見えて富士は輝く
愛鷹の峯によぢ登りわがあふぐまなかひの富士は真白妙なり
山なだれなだらふ張の四方に張りてしづもり深き富士の高山
   山の根の淵
流るとしあらぬとろみの青淀に一すぢうつるわれの釣糸
やごとなきおもひにもあるか持つ竿に垂りたる糸は張りてたるまぬ
淵のくまにあらはれてゐる白き岩の冬はいよいよ真白なるかな
向ひ岸おそき紅葉の照りてゐて静かなるかも冬の日の淵
   山の窪
たけひくき小松ならべる山の窪日ざし寒けど去りがたきかも
わが憩ふ窪みにふかき草むらの雑草の花も秋さびにけり
ひとりゐの心ゆたかに腹ばひて足伸ばす此処の草むらは冬
濃きけむりながれもゆくよ冬草のかげに坐りて煙草を吸へば
とびあそぶ蝗をとりて吸ひてをる草むらの巣のうつくしき蜘蛛
   時 雨
夜半を降るしぐれの雨は歌を思ふわれのこころに浸みひびくなり(その一)
戸のそとの闇に降るなる夜の時雨こころに見えていよよ降るなり
しみじみと聞けば聞ゆるこほろぎは時雨るる庭に鳴きてゐるなり(その二)
こほろぎの今朝鳴くきけば時雨降る庭の落葉の色ぞおもはる
   雑 詠
道ばたのながれにうつる月の影見つつ急げるみちは凍れり
植ゑかへて時へぬ葱のしほれ伏し青みて土にならびたるかな
植ゑかへしはたけの土の真黒きに浸みてまよへり葱のにほひは
庭さきの野菜ばたけにとりどりの影あざやけき暁月夜
山の根の淵に沿ひつつ一すぢの道はつづけり冬の日向に
向う来る荷馬車の油きれたりや寒うきしりて山の根をくる
小魚売る女が履ける下駄の音冴えひびく冬の日向なりけり
浮雲につめたくかげる入江町そぎへ岩山紅葉してをる
入海に寄る魚見むとたち並ぶ小屋閉されたり山の高みに
押せ漕げと櫓につかまれる若者の声かまびすし入江の奥に
茶の間より見る庭さきの冬薔薇のとぼしき花はつぎつぎに咲く
落葉せる我の小庭に珍らしく小鳥鶲が来て啼きてをる
わが離室へかよふ廊下の高窓に見てすぐる庭は日に日に落葉
風を忌み締めすてておきし高窓を開けば庭は明るき落葉
愛鷹に大雪降れり百襞の真くろき森を降り埋みつつ
   貧 窮
居すくみて家内しづけし一銭の銭なくてけふ幾日経にけむ(その一)
抽匣の数の多さよ家のうちかき探せども一銭もなし
貧しさに追はれていつか卑しきを銭に覚えぬ四十路近づき(その二)
ゆく水のとまらぬこころ持つといへどをりをり濁る貧しさゆゑに
苦しみに苦しみぬけど貧乏に懲るる心はまだ足らぬかも
三日ばかりに帰らむ旅を思ひたちてこころ燃ゆれどゆく銭のなき(その三)
待ち待ちし為替来りぬわが泣きし借にはらふは惜しけき為替(その四)
   千本松原
   千本松原は沼津の海岸にあり、狩野川の川口より起りて西数里が間に及び、老松甚だ多し。
むきむきに枝の伸びつつ先垂りてならび聳ゆる老松が群(その一)
風の音こもりて深き松原の老木の松は此処に群れ生ふ
横さまにならびそびゆる直幹の老松が枝は片靡させり
立枯の松もまじらふ松原のふかきに入れば萱の原ある
千よろずの松にまじらふこの松のひたに真直ぐにひたに真青に
伸び伸びてななめに空にむかひ立つこの直き松はいまだ若き松
張りわたす根あがり松のおほきなる老いぬる松は低く茂れり
松原のしげみゆ見れば松が枝に木がくり見えてたかき富士が嶺
松原につづける浜の真しろなる真砂に松はとびとびに立つ(その二)
わが投げし小石の音の石原にひびきて寒き冬の日の影
浜つづき大松原の際をなすわか松が群に夕日さしたり
くもり日は頭重かるわが癖のけふも出で来てあゆむ松原(その三)
松ばらの木立ふかきをぬひてまふ朝の鴉の群のしづけさ
梢枯れし老松が枝におほらかに羽根をひろげて鴉はとまる
   松原の海に向へるかたに美しき長浜あり、駿河湾深く湛へて伊豆は真向ひにやや遥けく遠江見ゆ。
此処ゆ見る伊豆の国辺に二並びならびて国の背をなせる山
この浜の浜石まろく深ければわが歩む音わきひびくなり
潮ぞとおもひもかぬる清らけき澄みぬる凪をこの浜に見つ
うちわたす小石の浜に音たててさざ波よする今朝の凪かな
見てをりてこころ澄みゆく今朝の凪のうしほの底の青石原を
雲丹の子のうちあげられし拾ひとり小指さされぬ朝寒の浜に
うす雲と沖とひといろに煙りあひて浜は濡れゆく今朝の時雨に
末とほくけぶりわたれる長浜を漕ぎ出づる舟のひとつありけり


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