さびしき樹木

                    若山牧水


第11歌集
大正7年7月23日 南光書院発行。
菊半截。定価70銭。



  はしがき

 本集に輯めた歌は殆ど昨年の夏いつぱいと、秋の初めにかけての間の作にかかる。即ち私の著作歌集出版の順序からいふと『白梅集』(昨年九月発行)と『渓谷集』(本年五月発行)との間に位置するものである。昨年冬発行すべき筈であつたところ発行所の都合のため斯く遅延したのであつた。

 私は身心とも妙に季節の変移から受くる影響が強い。中で夏は好みに於て最も親しい季節で、そして最も身体の弱つてゐる時である。身体と共に心もまた萎えて、何にもあれ唯だ眼前の風物に縋り甘えてゐたい様な気になつてゐる。本集の歌は殆ど悉くそんな心の状態に於て詠まれたものである。この事は本集を挟んだ前述の二歌集と比較してみればよく解る。出来のよしあしは別としてさうした種類のものであるだけ、愛着の念はこちらの方へ多く注がれてゐる様に思ふ。

 私は歌を作る上に於て質量とも甚しくむらのある方で、出来始めれば急に幾首となく連つて出来、出来なくなれば一向に出来ない。本集の歌はそのいづれにも属せず、ぼつぼつと二首か三首かづつ出来てゐた様である。謂はば先づ窓の蔭に小さくなりながらこの頃最も力を帯びて来る天の光や樹木の光を仰いで息をひそめて作つてゐたといふ形であらう。
   大正七年六月末
                    東京府巣鴨町にて
                         牧 水 生



  窓

   室に高窓ありて東に面す
さやさやにその音ながれつ窓ごしに見上ぐれば青葉滝とそよげり
やはらけき欅のわか葉さざなみなし流れて窓にそよぎたるかも
   晴れし日の机の上
ふつとして眼につけるかも黒塗の一閑張にうつれる青葉
置かれたる酒杯のさけにもこまごまと静けき青葉うつりたるかな
なみなみと満ちたる酒をながめつつ時惜む間も心静まらず
   曇り日の窓
ゆさゆさと揺れ立つ重き葉のひびきうす暗き窓のうちに聞ゆる
ひとしきり風に吹かれてしなえたるあを葉の蔭のひるすぎの窓
青臭き香さへ漏れ来て曇り日の窓辺のわか葉風立つらしも
   風と日光と静けさ
或時は雨かとも聞ゆ窓押せばかはることなき欅のひかり
   真 昼
雀啼くなんといふそのたのしげのほしいままなる啼声かいま
   大 樹
さやさやにさやぐ青葉の枝見つつ沖の白浪おもひゐにけり
欅青葉さやげる見れば額あげてわれも大きく眸張るべかり
   夏漸く深し
日ごと日ごと黒みかたまる窓の前の欅のわか葉見つつ惜めり
   とほり雨
通り雨葉かげにそそぎ朝風のさやぎもつるる窓辺より見ゆ


  夏の疲労

   家の近くに伐り残されし楢の林あり
あたりみな鏡のごとき明るさに青葉はいまし揺れそめにけり
青嵐立たむとならし楢の葉のきらりきらりと朝日に光る
   悲しきはわが疲れなり
いつしんに事を為さむとおもひ立つそのたまゆらは楽しきものを
   倦怠か疲労か
ともすれば外れがちなるこころの破目けふもはづれて一日暮るる
熟れすぎしいちご林檎のたぐひにや饐えし欠伸のまたしても出づ
   たそがれ
疲れはてて帰り来れば珍しきもの見るごとくつどふ妻子ら
   静 夜
けふもまた誰も来ざりき斯くおもひこころ安らかに戸は閉すなり
   夏の東明のたのしさよ
午前四時五時まだ過ぎずしののめの靄降れる間のわれのたのしさ
けだるさを叱り叱りて起き出づるしののめの空に靄深く降れり
   をりをりの朝寝
あはれはれ雨かも降ると起き出でて見ればけうとき青葉のひかり
   一人の旧友
かかることいふべくもあらぬ男より斯くさびしげの手紙来にけり
   昼を恐る
とかくして朝七時すぎ八時九時過ぎゆくなべに世はひかりなり
   あかつき
竹煮草あをじろき葉の広き葉のつゆをさけつつ小蟻あそべり
   或る家の二階
がらす戸にふりかかる雨の三粒四粒かずわかずなりて揺るる大枝
   木下みち
しつとりと垂れて動かぬ曇り日のわか葉の枝をくぐるさびしも
   夏の朝
朝の街いそぎ通ればをちこちに青葉そよぎゐて酒ほしくなれり
   夏の夕
親しさや日ごとつかれてわが通る貧民窟の夏のたそがれ
   わびしき朝夕
父の眼のつめたき光うつつなき児にもわかるか見ればさびしげ
いふことはすべて空しと誓ひつつさりとても身のただにさびしく
   池袋村
麦畑のくろにならべる四五本の桃のわか木に実のなれる見ゆ
何といふ虫のおほさぞ花しろき大根ばたけの土みてあれば
麦ばたの垂り穂のうへにかげ見えて電車過ぎゆく池袋村
黄楊の木のはなの真白さうとうとと坂を登れば植木屋の籬に


  妙義山

   その日妙義山に志したれど心変りて磯部に泊る
気まぐれの途中下車して温泉町停車場出れば葉ざくら暗し
眼に立たぬ宿屋さがして温泉町さまよひ行けば河鹿なくなり
湯の町の葉ざくら暗きまがり坂曲り下れば渓川の見ゆ
   町端れの宿屋に入れば心の疲れ俄かに身に浸む思ひす
ひとり来てひそかに泊る湯の宿の縁に出づれば渓川の見ゆ
渓川の見ゆるうれしみひろびろと部屋あけ放ち居ればうら寒し
   河鹿しきりになく
碓氷川川原をひろみかたよりて流るる瀬々に河鹿なくなり
   旅なれぬ身にもあらねど
はるかにも来つるおもひの旅心地宿屋の窓に杉の山見ゆ
   その翌朝
川上の妙義巌山白雲のおくにこもりてこの朝見えず
   朝夙く出で立たむとおもひしが
みなかみの峰にかかれるしら雲のいちじろくなりて昼たけにけり
   翌々日磯部を出で高原の路を歩きて妙義山に向ふ
行き行けば青桑畑ひとすぢの道をかこみて尽きむともせず
みちばたの桑の葉かげに腰おろし煙草すひ居れば霧降り来る
その山は雲にかくれつ妙義道直きかぎりに桑畑曇る
   このあたりの村すべて蚕を飼へるにや
妙義道たまたま逢へるいちにんのをんな青桑を背負ひ急げり
水無月の朝霧寒み戸をおろしこもれる村を行けば蚕の匂
   道漸く山に懸れば霧は雨とかはれり
道ややに登りとなれば桑畑のをりをり断えて雑木の林
はらはらと雑木林に雨来り音あらきなかにほととぎす啼く
   妙義町なる宿屋に雲と雨とを眺め暮すこと三日間
杉山のわか葉の渓の雨を繁みはるかなるかもその滝の音
向つ山杉生のうへに居る雲のなびき動きて雨降りしきる
ひとしきり明るくなりて降る雨の向つ杉山雲立ちわたる
   僅かの時間を見てその峰に登りぬ
雲しろくよどみ動かぬあめつちの深きがなかに岩ふみて立つ
秩父嶺のうねりの端か低く見えてただよへる雲は四方をとざせり
此処に浮ぶ峰のとがりにわれ居りて見はるかせば四方を雲とざしたり
雲深くとざせる渓の奥所よりいよいよ冴えて水の聞ゆる
   山を下らむといふ日に
渓々にひそみ静まり白雲のこの朝立たず峰晴れにけり


  渓をおもふ

   身の故にや時の故にや此頃おほく渓をおもふ
疲れはてしこころの底に時ありてさやかにうかぶ渓のおもかげ
何処とはさだかにわかねわがこころさびしき時に渓川の見ゆ
   渓を思ふは畢寛孤独をおもふ心か
独り居て見まほしきものは山かげの巌が根ゆける細渓の水
巌が根につくばひ居りて聴かまほしおのづからなるその渓の音
   渓をおもへばわがこころ常にうるほふ
五百重山峰にしら雲立たぬ日もひびきすずしきその渓をおもふ
わが居ればわが居るところ真がなしき音に出でつつ見ゆる渓川
   いろいろと考ふるに心に浮ぶは故郷の渓間なり
幼き日ふるさとの山に睦みたる細渓川の忘られぬかも
   時としてまた遠き山をおもふ
わがこころいまは疲れぬ時じくの山の雫に行きて濡れましを
高山のそのいただきに額あげて風の寒きに触れましものを
たのしきはわれを忘れて暁の峰はなれゆく雲あふぐ時
夜とならばまた来てやどれしののめの峰はなれゆく夏の白雲
天そそる峰にたなびきうち凍り峡にたたなはる夏のしら雲
   古句に山高而月小とかありけむ
さびしさや峰高ければ小さしとひとのいひけむその月を見む


  さびしき樹木

   或夜風冴えて月清し
うろこ雲空にながれてしらじらと輝けるかげの夏の夜の月
ひさしくも見ざりしごときおもひしてけふあふぐ月の澄めるいろかも
見てあれば見てあるほどにうろこ雲ながれ速みて冴ゆる月かげ
軒端なる欅の並木さやさやに細葉そよぎて月更けにけり
欅の木の葉を茂みかも月の夜に宿れる風の聞きのよろしき
或時はひとのものいふ声かとも月の夜ふけの葉ずれ聞え来
   或る朝
井戸端にわが浴び浴ぶる水の音水のたえまに蜩きこゆ
酔ひざめに限るべしやは起き出でて朝井戸に飲むこの水の味
起き出でて裸足に立てる朝庭の冷たき土に媚ぶるこころか
ひんがしの白みそむれば物かげに照りてわびしきみじか夜の月
   また或る朝
疲れつつ起き出で来ればみじか夜の月残りゐて黍の葉の影
夙く起きて静かに居れば庭さきの黍の葉ずゑの露もまだ散らず
朝起きの真澄かなしきわがこころみださじものと疲れゐにけり
あやふきは黍の葉ずゑのつゆよりも朝けしばしのわが静心
疲れたるひとのみぞ知るしののめの露の干ぬまのこのたのしさは
   朝の漸う深みゆくに
此処はなほものかげなれど朝空を輝きてゆく白鷺の鳥
あをあをと朝日さしゐて森の奥声のかぎりの蜩きこゆ
   庭の畑
庭の隅わがつくりたる黍畑にちさき露見え朝朝晴るる
   秋近し
いつとなく黒みて見ゆる楢の葉に今朝ふく風のあはれなるかも
暫くは世のことぐさを思はずてひとりぞあらむこの朝風に
   窓の真昼
ふつとして額あぐればわが窓に燃えてのぞめる花柘榴花
見上ぐれば窓いつぱいの欅の木椎の木の蔭の花柘榴花
   柘榴の花
欅の木椎の木の葉のしづもりの蔭に燃えたる花ざくろ花
見てあれば見てあるほどに柘榴花くれなゐ燃えて枝にそよがず
触れがたきものにこそあれ水無月の曇りのかげに咲ける柘榴花
汗もいま湧きか止まらむ柘榴花咲きみちて枝に燃ゆるならずや
たましひよ萎えしといふな真夏日のひかりのなかに柘榴は咲けり
或時はひつそりとして葉がくれに悲しめるごとき花ざくろ花
日のひかりかげり来れば枝枝の柘榴の花は揺れてそよげり
   窓より大きなる銀杏の木見ゆ
朝霧のやや晴れゆけば夏の日の青み輝き銀杏は立てり
濃みどりの銀杏の葉かげこまごまと朝日やどりて風そよぐ見ゆ
   欅の枝と雀
すずめ子の一羽とまりて啼く見ればあをき細枝に朝日さゆらぐ
   午 前
窓漏れてあざやけきかな七月の青きひかりはわれの机に
   真 昼
欅の葉ほのかにゆれて窓青みチャルメラの笛とほく聞ゆる
とほき木に蝉の鳴き入りゆくりなくなり出でし時計音のわびしも
   また或る午前に
枝の葉にやどり輝く夏の日のひかりかなしきこの朝かな
をりをりにひとみ上ぐれば窓を掩ふ欅の枝にまだ朝のひかり
   午 睡
輝きて睡眠は来る午ちかみ窓辺の木の葉照り青みつつ
   或る夜
蚊帳のなかに机持ち入れもの書くと夜を起きて居れば蚊の声さびし
蚊帳に見ゆる夜ふけの風の冷たきにこころ覚め居れば蚊のなく聞ゆ
をりをりに吹き入る風の蚊帳をあふりこころさびしも秋のごときに
いつしかも凪ぎぬる風か立ち出でて縁より見れば黒き夜の木木
月夜にはあらねうすらに明りゐて秋めける空にならぶ木の数
いまをかも露のおくらむ夜あかりに長く垂れたる黍の葉の見ゆ
ほどちかく行ける夜汽車の音すらもなつかしくしてもの書きいそぐ
たまたまに夜半を起きゐてもの書けば夜のめづらしく灯のめづらしく
暁ちかきものの冷かもしみじみと庭のあたりに虫なきしきる
眠らじとつとめつとめつ現なく虫のこゑ聞けば夜は深からし
額を手にささへてをればそのままに眠らむとする夜仕事あはれ
ふとしては虫かともまがふ夜仕事に疲れて居ればわれの耳鳴
   七月なかば
いま蒔かむものはと問ひて買ひて来し二十日大根の種をこそ蒔け
   二十日大根
二尺づつ角に鋤きたる土のうへにはらはら蒔けるものの種かも
蒔きてまだ三日もたたぬに黒土にはつはつ萌えぬ二十日大根は


  北国行

   板谷峠
おしなべて汽車のうちさへしめやかになりゆくものか渓見えそめぬ
たけ長く引きてしらじら降る雨の峡の片山に汽車はかかれり
いづかたへ流るる瀬瀬かしらじらと見えゐてとほき峡の細渓
   院内峠
峡ごしに汽車よりあふぐ高嶺には雲ひかりゐて窓に雨鋭し
汽車のうちも光り明るむここちして四方の雨しるき秋草の原
筋あらく汽車に降り入る山の雨手にもとるごと光りてぞ見ゆ
   最上川
最上川岸の山群むきむきに雲篭るなかを濁り流るる
中高にうねり流るる出水河最上の空は秋ぐもりせり
   初めて酒田港を見る
ささ舟の鰺つり舟か烏賊つりかわづか群れゐぬ羽後の酒田は
   同港滞在
ゆきずりの旅人同士最上川に手洗ひつつ語る妓買話
はるばると羽後の酒田に妓買に来しとにはあらね来てみれば面白
   汽船にて酒田港を出づ
大最上海にひらくるところには風もいみじく吹きどよみ居り
砂山の蔭に早やなりぬひとのごと別れの惜しき酒田の港
   海 路
きりぎしの真下に立てるむら岩に浪はむらがり沖辺晴れたり
海ぎしの低山に雲のかかりゐて辺浪朝浪あざやけきかも
   海上鳥海山遠望
あまたたび見むとはすれど陸のかぎり朝雲這ひて鳥海山無し
乳こごる濃き雲とけて朝風の立つらしきさまや遠き鳥海山
   島見ゆ、飛島とかや
ふと見れば雲のかげなるあはあはしき光のなかに飛島の見ゆ
晴れたれど暗みをやどす夏の海の沖津辺のかたに飛島浮けり
   飛島の影消えしころ粟島見ゆ
いまは早やまさしくなりし粟島の岸に立つ浪しらじらと見ゆ
飛島と粟島といふ荒海に飛びてうかべる粟のごとき島
   船 上
飛の魚のとびはぬる海の静かにて船にこもれば船もまた光る
ゆきゆくに沖に浪なく船に音なしさびしければぞ陸を見て居る
なかば覚めなかばねむりて船に見るここの海ぎしの岩の渦浪
浪しろき岸辺岸辺にそひてゆくひと日の船の乗合の顔
両眼を見ひらきながらねむり居るごときおもひを船の上にしつ
ひとつらに低く見えをる陸のうへのこの国の山は誰も名を知らず
国人もその名を知らぬ低山の峰こそつづけ夏雲のかげに
斯くしつつ幾日もゆけと浪のなかのこれの汽船をいとしく思ふ
沖津辺の浪のかたちに傾きてやがては直る船の上の真昼
ねころびてせうこともなき船の上のおもひにのぼるさまざまの人
身は船にありてふことも忘れつつもの思ひをればさびしうなりぬ
さまざまのひとを思ひ倦み起き直り船より見たる沖津辺の浪
藍の泡のながれただよふ岩の間の汐のとろみに魚釣らましを
ざざと引くしら浪の岩に居る鳥の三つ二つ見えて浪さらに上る
   船中独酌
たへかねてとり出したる酒の罎いまだ飲まねばくちもとに満てり
近く見え手にもとるべき島山か酒飲みて居れば四方は明らか
ふらふらと酔かも身には廻るらし甲板の小蔭に酒飲みをれば
   断崖尽きて遠き砂丘起る、地図を見れば越後の如し
崖尽きて光り起れる砂浜のひくくつづけり越後の国は
越後てふ聞のひさしくなつかしき国かも松の浜見えそめぬ
   日没近く佐渡島見ゆ
羽後の海朝けぶりゐき越え来れば越後の海は夕けぶりつつ
この海にへなりて浮ける三つの島をひと日の船にとびとびに見つ


  秋居雑詠

   木槿の花
見しといはば見しにも似たれこの秋の木槿の花の影のとほさよ
際白く奥むらさきのよき花の木槿おもへば秋の日かなし
淀の深みにうかべる魚のごとくにて或る日行き居れば木槿さきゐたり
この年の秋もなかばを過ぎぬるとおもふこころに木槿浮び見ゆ
   原
疲れてはひそかに来り草を見るこの荒原の秋の幾日
櫟の木まばらにならび秋くさの荒れしこの原ひとは知らなく
   失 題
新しき世界の見ゆといふことの言葉ばかりもかなしきものを
あたらしきわれの踏むべき新しきかなしき地のまざまざと見ゆ
ここにして身をし浄めよあたらしきわが日のなかにあたらしく行け
   罹病禁酒
底なしの甕に水をつぐごとくすべなきものか酒やめて居れば
咳吐かむちからも腹にいまはなし白けからびて罅入りてあらむ
膳にならぶ飯も小鯛も松たけも可笑しきものか酒なしにして
ほほとのみ笑ひ向はむ酒なしの膳のうへにぞ涙こぼるる
   古川滴泉君より林檎を送られしに答ふる歌
みちのくの小学校の校長のその妹と送りこし林檎
山の村の学校なれば昼間とて静けかるらむ何してか友よ
年わかく笑みこぼしつつ児等を見る校長ぶりを見に行かないまに
君が頬にをりをりうかぶうなゐなす丹の頬のふりををりをり思ふ
   久しぶりに和田山蘭君に寄する歌
ちからなく噤みてありや腹黒くかまへて居るかいづれかはいへ
友としてちからを持たぬ時時のわれは見ゆらめどうとんずなゆめ
罵ると汝をする時しみづからのちから危しとこころは冷ゆる
おほよそにおもひ棄つるなひとすぢに思ひ入りたることは尊し
酒のみのわれとおれとが酒なしに向ひあふことも或るとき可けむ (彼も亦病めりとか)
   福地房志君より鮎を送られしに答ふる歌
秋山のはざまの渓の滝つ瀬の出水する待ちて取りし鮎とふ
たぎり落つる濁りに投げし網のうちに落葉朽葉とをどりけむ鮎
岩山の黄葉ちり積る渓のおくにいまだ居にけむこの錆鮎は
落鮎の姿は痩せたれ岩出でて黄葉でし渓をおもひつつ食ふ
おなじくば汝が古家の大囲炉裡かこみて焼きてともに食はましを
   小河原素山君より松茸を送られしに答ふる歌
ところどころ赤く禿げたる松山の端山がなかの友が村の秋
松茸のかをりを嗅げば村住の友がこころに触るるおもひす
秋の日はまさしくさして篭りゐの縁の板さへそりてぞあらむ
雀雀すずめのなかのただ一羽庭に降りきと君が眼は動け


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