冬の日  尾張五哥仙 全


(潁原退蔵編『〔校註〕俳諧七部集』〈昭和16年。明治書院刊〉による)


笠は長途の雨にほころび、紙衣はとまり/\のあらしにもめたり。侘つくしたるわび人、我さへあはれにおぼえける。むかし狂哥の才士、此国にたどりし事を、不図おもひ出て申侍る。
狂句こがらしの身は竹斎に似たる哉 芭蕉
 たそやとばしるかさの山茶花 野水
有明の主水に酒屋つくらせて 荷兮
 かしらの露をふるふあかむま 重五
朝鮮の細りすゝきのにほひなき 杜国
 日のちり/\に野に米を苅 正平
わがいほは鷺にやどかすあたりにて 野水
 髮はやすまをしのぶ身のほど 芭蕉
いつはりのつらしと乳をしぼりすて 重五
 きえぬそとばにすご/\となく 荷兮
影法のあかつきさむく火を燒て 芭蕉
 あるじはひんにたえし虚家 杜国
田中なるこまんが柳落るころ 荷兮
 霧にふね引人はちんばか 野水
たそかれを横にながむる月ほそし 杜国
 となりさかしき町に下り居る 重五
二の尼に近衛の花のさかりきく 野水
 蝶はむぐらにとばかり鼻かむ 芭蕉
のり物に簾透顔おぼろなる 重五
 いまぞ恨の矢をはなつ声 荷兮
ぬす人の記念の松の吹おれて 芭蕉
 しばし宗祇の名を付し水 杜国
笠ぬぎて無理にもぬるゝ北時雨 荷兮
 冬がれわけてひとり唐苣 野水
しら/\と砕けしは人の骨か何 杜国
 烏賊はゑびすの国のうらかた 重五
あはれさの謎にもとけし郭公 野水
 秋水一斗もりつくす夜ぞ 芭蕉
日東の李白が坊に月を見て 重五
 巾に木槿をはさむ琵琶打 荷兮
うしの跡とぶらふ草の夕ぐれに 芭蕉
 箕に鮗の魚をいたゞき 杜国
わがいのりあけがたの星孕むべく 荷兮
 けふはいもとのまゆかきにゆき 野水
綾ひとへ居湯に志賀の花漉て 杜国
 廊下は藤のかげつたふ也 重五

 

おもへども壮年いまだころもを振はず
はつ雪のことしも袴きてかへる 埜水
 霜にまだ見る蕣の食 杜国
野菊までたづぬる蝶の羽おれて 芭蕉
 うづらふけれとくるまひきけり 荷兮
麻呂が月袖に鞨皷をならすらん 重五
 桃花をたをる貞徳の富 正平
雨こゆる浅香の田螺ほりうへて 杜国
 奧のきさらぎを只なきになく 埜水
床ふけて語ればいとこなる男 荷兮
 縁さまたげの恨みのこりし はせを
口おしと瘤をちぎるちからなき 野水
 明日はかたきにくび送りせん 重五
小三太に盃とらせひとつうたひ 芭蕉
 月は遅かれ牡丹ぬす人 杜国
縄あみのかゞりはやぶれ壁落て 重五
 こつ/\とのみ地蔵切町 荷兮
初はなの世とや嫁のいかめしく 杜国
 かぶろいくらの春ぞかはゆき 野水
櫛ばこに餅すゆるねやほのかなる かけい
 うぐひす起よ紙燭とぼして 芭蕉
篠ふかく梢は柿の蔕さびし 野水
 三線からん不破のせき人 重五
道すがら美濃で打ける碁を忘る 芭蕉
 ねざめ/\のさても七十 杜国
奉加めす御堂に金うちになひ 重五
 ひとつの傘の下挙りさす 荷兮
蓮池に鷺の子遊ぶ夕ま暮 杜国
 まどに手づから薄樣をすき 野水
月にたてる唐輪の髮の赤枯て 荷兮
 恋せぬきぬた臨済をまつ はせを
秋蝉の虚に声きくしづかさは 野水
 藤の実つたふ雫ほつちり 重五
袂より硯をひらき山かげに 芭蕉
 ひとりは典侍の局か内侍か 杜国
三ケの花鸚鵡尾ながの鳥いくさ 重五
 しらかみいさむ越の独活苅 荷兮

 

つえをひく事僅に十歩
つゝみかねて月とり落す齊かな 杜国
 こほりふみ行水のいなづま 重五
歯朶の葉を初狩人の矢に負て 野水
 北の御門をおしあけの春 芭焦
馬糞掻あふぎに風の打かすみ 荷兮
 茶の湯者おしむ野べの蒲公英 正平
らうたげに物よむ娘かしづきて 重五
 灯籠ふたつになさけくらぶる 杜国
つゆ萩のすまふ力を撰ばれず 芭蕉
 蕎麦さへ青し滋賀楽の坊 野水
朝月夜双六うちの旅ねして 杜国
 紅花買みちにほとゝぎすきく 荷兮
しのぶまのわざとて雛を作り居る 野水
 命婦の君より米なんどこす 重五
まがきまで津浪の水にくづれ行 荷兮
 仏喰たる魚解きけり 芭蕉
県ふるはな見次郎と仰がれて 重五
 五形菫の畠六反 とこく
うれしげに囀る雲雀ちり/\と 芭蕉
 真昼の馬のねぶたがほ也 野水
おかざきや矢矧の橋のながきかな 杜国
 庄屋のまつをよみて送りぬ 荷兮
捨し子は柴苅長にのびつらん 野水
 晦日をさむく刀売る年 重五
雪の狂呉の国の笠めづらしき 荷兮
 襟に高雄が片袖をとく はせを
あだ人と樽を棺に呑ほさん 重五
 芥子のひとへに名をこぼす禅 杜国
三ケ月の東は暗く鐘の声 芭蕉
 秋湖かすかに琴かへす者 野水
烹る事をゆるしてはぜを放ける 杜国
 声よき念仏薮をへだつる 荷兮
かげうすき行燈けしに起侘て 野水
 おもひかねつも夜るの帯引 重五
こがれ飛たましゐ花のかげに入 荷兮
 その望の日を我もおなじく はせを

 

なに波津にあし火焼家はすゝけたれど
炭売のをのがつまこそ黒からめ 重五
 人の粧ひを鏡磨寒 荷兮
花棘馬骨の霜に咲かへり 杜国
 鶴見るまどの月かすかなり 野水
かぜ吹ぬ秋の日瓶に酒なき日 芭蕉
 萩織るかさを市に振する 羽笠
加茂川や胡磨千代祭り徽近み 荷兮
 いはくらの聟なつかしのころ 重五
おもふこと布搗哥にわらはれて 野水
 うきははたちを越る三平 杜国
捨られてくねるか鴛の離れ鳥 羽笠
 火をかぬ火燵なき人を見む 芭蕉
門守の翁に紙子かりて寝る 重五
 血刀かくす月の暗きに 荷兮
霧下りて本郷の鐘七つきく 杜国
 冬まつ納豆たゝくなるべし 野水
はなに泣桜の黴とすてにける 芭蕉
 僧ものいはず欸冬を呑 羽笠
白燕濁らぬ水に羽を洗ひ 荷兮
 宣旨かしこく釵を鑄る 重五
八十年を三つ見る童母もちて 野水
 なかだちそむる七夕のつま 杜国
西南に桂のはなのつぼむとき 羽笠
 蘭の油に卜木うつ音 芭蕉
賤の家に賢なる女見てかへる 重五
 釣瓶に粟をあらふ日のくれ 荷兮
はやり来て撫子かざる正月に 杜国
 つゞみ手向る弁慶の宮 野水
寅の日の旦を鍛冶の急起て 芭蕉
 雲かうばしき南京の地 羽笠
いがきして誰ともしらぬ人の像 荷兮
 泥にこゝろのきよき芹の根 重五
粥すゝるあかつき花にかしこまり やすい
 狩衣の下に鎧ふ春風 芭蕉
北のかたなく/\簾おしやりて 羽笠
 ねられぬ夢を責るむら雨 杜国

 

田家眺望
霜月や鸛の彳々ならびゐて 荷兮
 冬の朝日のあはれなりけり 芭蕉
樫檜山家の体を木の葉降 重五
 ひきずるうしの塩こぼれつゝ 杜国
音もなき具足に月のうす/\と 羽笠
 酌とる童蘭切にいで 野水
秋のころ旅の御連歌いとかりに 芭蕉
 漸くはれて富士みゆる寺 荷兮
寂として椿の花の落る音 杜国
 茶に糸遊をそむる風の香 重五
雉追に烏帽子の女五三十 野水
 庭に木曾作るこひの薄衣 羽笠
なつふかき山橘にさくら見ん 荷兮
 麻かりといふ哥の集あむ 芭蕉
江を近く独楽菴と世を捨て 重五
 我月出よ身はおぼろなる 杜国
たび衣笛に落花を打払 羽笠
 籠輿ゆるす木瓜の山あい 野水
骨を見て坐に泪ぐみうちかへり 芭蕉
 乞食の蓑をもらふしのゝめ 荷兮
泥のうへに尾を引鯉を拾ひ得て 杜国
 御幸に進む水のみくすり 重五
ことにてる年の小角豆の花もろし 野水
 萱屋まばらに炭団つく臼 羽笠
芥子あまの小坊交りに打むれて 荷兮
 おるゝはすのみたてる蓮の実 芭蕉
しづかさに飯台のぞく月の前 重五
 露をくきつね風やかなしき 杜国
釣柿に屋根ふかれたる片庇 羽笠
 豆腐つくりて母の喪に入 野水
元政の草の袂も破ぬべし 芭蕉
 伏見木幡の鐘はなをうつ かけゐ
いろふかき男猫ひとつを捨かねて 杜国
 春のしらすの雪はきをよぶ 重五
水干を秀句の聖わかやかに 野水
 山茶花匂ふ笠のこがらし うりつ

 

   追加

いかに見よと難面うしをうつ霰 羽笠
 樽火にあぶるかれはらの松 荷兮
とくさ苅下着に髪をちやせんして 重五
 檜笠に宮をやつす朝露 杜国
銀に蛤かはん月は海 芭蕉
 ひだりに橋をすかす岐阜山 野水

  貞享甲子歳


   京寺田二条上ル町 井筒屋庄兵衛板

 

 

(底本奥付)
昭和十六年二月十日印刷
昭和十六年二月十八日発行
〔校註〕俳諧七部集
定価 金 壱円五拾銭
著者  潁原退蔵
発行者 東京市神田区錦町一丁目十六番地
    三樹退三
印刷者 東京市本郷区真砂町三十六番地
    亀谷良一
印刷所 東京市本郷区真砂町三十六番地
    日東印刷株式会社
発行所 東京市神田区錦町一丁目
    振替口座東京四九九一番
    〔株式会社〕明治書院
      電話神田(25)二一四七番
             二一四八番
             二一四九番

 

 

 

はじめにもどる 登録作品リスト(五十音別)にもどる
登録作品リスト(作者別)にもどる
登録作品リスト(時代別)にもどる


---------------

J−TEXT MAIL: kikuchi@j-text.com