『おきく物語』

(江戸時代前期成立)


おきく物語
田中意徳(池田家の医也)祖母は。大さかにて。よど殿に。つ
かへし人にて。名を。きくとぞいひける。落城
の日。(元和元年五月七日)ながつぼねに居申候。なか/\いま
だ。落城などゝは。おもひもよらず。時に。そばの粉
の有けるを。とり出して。その下女に申つけ。是を。
そば焼にして。来れと。申けるゆゑ。そのものは。
御台所へまゐる。あとにて。玉つくり口のかた
は。やけ申候と申候。そのほか。ところ/\。やけ(一オ)
申候と。申し(事之カ)外。さわぎたち候ゆゑ。千畳じ
きの御縁がはへ。出申候へば。よく何かたも見
え候ゆゑ。出見申候へば。なるほど。ところ/\。
やきたて候ゆゑ。つぼねへかへり。帷子をと
りいだし。三つかさねて。下帯も三つして。秀
より公より拝領のかゞみを。懐中して。御台
どころへ。出申候へば。武田栄翁くろき具
足を着て。をり申候。そのほかに。見しらざるさ
ふらひも。二人をり申候。女中に。あるひは知らざ(一ウ)
る士。御台どころ外にて。肩口のきずを。みて
給はれ。上おびをも。しめて給はり候へと。申
こゑをも。聞ながら。その女中は。如何しめ
され候や。かまひ申さず。さしいそぎ出申候。
女中がた。いでられ申さず候やうに。栄翁申候へ
ども。それにも。かまひ申さず。出申候。その辺に。
金の瓢箪の御馬じるし。いかゞして。おとし
おきけむ。これあるを。御手長のもの。(今の中居などいふやう
なるもの)おあちやと申すと。いま一人して。見て。すて(二オ)
置ては。御恥辱を。あらはすなりとて。取て打
め(もカ)ぎて捨ける。それをもすてゝ。やう/\。城外へ
出申候ところに。竹束有之候へども。武者もを
り申さず。また城中城外等にも。見えがゝり
には。手おひ等も。見え不申候。しかる時。たけ束
のかげより。ひとへものひとつ。着たるもの。さび
がたなを。ぬきもちて来り。金にてもあらば。出
せよと。いふにより。懐中に。竹ながし二本。もちて
ありしを。いだしつかはす。(一本七両弐歩にあたるといふ)さて。その(二ウ)
ものに申すは。藤堂殿御陣は。いづかたぞと問
へば。まつ原口とこたへけるゆゑ。そのところへ。つ
れゆき候はゞ。また/\。金とらせる間。つれ行
くれよとたのむ。いざ此方へと。同道いたし。ま
ゐるうちに。要光院殿(京極若狭守殿母儀。淀殿の御兄弟なり。)さふらひ
に。おはれたまひ。あとより。御あしをおさへて。御
のき候。そのほか。女中さふらひも。つきをり申候
をみつけ。すなはち。そこへかけより。夫より御供
まうし。森口の。ある在家へ。御たちより候所。(三オ)
こもむしろをしき。畳二でふ。ふるきを。取
いだして。要光院をば。そのうへにおき申候。い
づれも。そのむしろに。をり申候。その時。いづかたより
来りしやらむ。行器に。こは飯もり候を。みな
/\。紙にのせ。たべ申候。(これは若狭守殿より来りしなるべし。要光院どの城中に御
座候て。御和睦の御使に御出候て。御逗留にて御座候。そのうちに。落城ゆゑ也)その御供の女中
のうちに。秀頼公御めしつかひの女中。(山城宮内のむすめ)
是は。たゞかたびら一つに。下おびもひとつして。 居られ候ゆゑ。それにては。難義なるべしとて。(三ウ)
わが帷子をひとつぬぎ。下おびもひとつときて。
その女中に。まゐらせける。さて。要光院殿には。
 家康公へ御めしにつき。御出候御むかひに。御
のり物などまゐる。そのとき。女中へ。仰せられ候は。
若 将軍様仰せありて。いづれも。女の事なれ
ども。城中にをり申たるもの。いかやうに。仰つ
けらるべきも。しれず候へば。随分よろしく申べ
く候へども。兎角御下知は。そむかれず。覚悟し
給へと。要光院殿おほせられければ。その時。みな(四オ)
(四ウ)(五オ) (絵)
なきかなしむこと。おびたゝし。追付御かへり
なされ候て。御こしより御出も。なきうちに。事
すみ候て。何れも。みな。のぞみ次第。いづかたへも。
おくりつかはすべきよし。上意とあれば。みな
よろこぶ事。かぎりなし。そのとき。きくは。松丸
殿へ。まゐり候はんと。ぞんし。京都へとてぞ参り
ける。さて。その宮内むすめも。いづかたへ。行べき
ところもおぼつかなく候間。一所にと。たのまれ
候ゆゑ。一所に京へ参候て。大さかにて知たる(五ウ)
町人へ。たよりて。まゐる処。御城にては。かろく
存じ候町人にて候へども。ことの外。大きなる町人に
て候。しかれども。大さかの落人ゆゑ。一夜も得
とめ申さず。両人へ。晒布一疋つゝ。引出ものにぞ
しける。さて両人。織田左門殿のやしきへ。まゐ
り候へば。なか/\。門内へも入れ申さず候。宮内娘
は。左門殿姪ゆゑ。菊申候には。是は御姪子にて
候歟。それにても。御入なきやと申に付。早々内へ
申いれられ申候。ことの外饗応にて。左門殿。め(六オ)
ひをひとり。ひろひたりとて。殊のほか。礼にて
ありし。扨四五日。左門どのへ。逗留のうち。あやし
げなる二階へあがり。二人かくれをり申候。そこに
て。其まゝ食など給べ申候。さて。いとも申て。松の丸
殿へ。まゐり候はんと申時。左門どの。ことのほか。礼
にて。かたびらに。銀子五枚。たまはりける。さて。松
の丸殿(秀吉公の妾)へ。御奉公いたしをり申し候て。のちに。
意徳祖父かたへ。縁づき申候。後。備前へまゐりて。し
に被申候。右そば焼いたしに。遣し候女は。いかに(六ウ)
なりけるやらむ。しらず。申候人の語に。秀頼公。よ
ど殿。そのほか。大蔵卿。おもだち候つぼね中は。
みな。山里へ。まゐられ候て御本丸には。無御座候。
其義は。はや落城二三日まへより。然るゆゑ。御生
死のほど。いかゞと申候由に候。
一その落城のまへかど。鉄鉋いづかたやらから
まゐり。女中うちぬかれ。その跡の玉。御台子の
わきに。とまりける。玉の通りける畳のへり。切れ
候よし。そのたま。三十目ばかりと申候。手のうちへ(七オ)
いれて見申候に。なるほど。その程の玉と。存ぜら
れ候。それより。そのたま来るかたに。幕をはら
れ申候。
一いくさ評定。毎度御内所にて。ありしゆゑ。きゝ
ける事も。ありしとなり。
一毎日/\。やはり。もちつかれけるとなり。その餅
をみな/\。なが局のつぼねごとへ。くばられけ
る。そのしかた。其もちを。朝はやく。そのつぼねごと
のまへに。一つ宛置て通る。のち/\は。めづらしか(七ウ)
らぬものゆゑ。そのまゝ。明日まで置くもあり。し
かるとき(ところイ)は。その餅を。わきへたてかけおいて。又
今日のもちを。おきけるとぞ。
一天樹院様御びんそぎをも。見けるが。碁盤
のうへに。御たち被成候を。秀より公たかうな
がたなにて。御かみを。すこし御きりそめ。なさ
れけるとなり。
一御膳をば。おすゑより出すを。御手ながのも
のうけとり。そのとき。御すゑのもの。どく味をい(八オ)
たし。また御そば衆へわたす。とき/\。御手な
がのもの。毒味をして。出しけるなり。
一そのらく城まへ。京都より。月心和尚といふ。
東福寺の出家。かねて。まゐりをり申され候。
その人に。きく申候は。われ/\は。やがて。御いとまね
がひ申候て。京都へのぼり。可申候間。それまで。こ
れを御あずかり。下さるべく候。もし。そのうち。落
城も候はゞ。なきあとも。とふらひ。下さるべく候へ
とて。挟箱ひとつに。着もの。または。うつはもの(八ウ)
ども。少々とり入れて。月心に。たのみ遣しけるとなり。その
道具。いまも。少々田中氏に残あり。
一此菊。よど殿に御奉公申ことは。きく親を。山口茂
左衛門といふ。その親を。山口茂介といひて。浅井長
政につかふ。この淀殿は。長政のむすめゆゑ。幼少
より。御奉公申候。茂左衛門。のちに。藤堂和泉守高
虎へ。浪人客分にて。三百石下され居申候。然る時。
大坂御陣の沙汰を聞て。おほ坂城中へ来り。
御奉公を。ねがひ候ところ。すなはち。御具足(九オ)
(九ウ)(十オ) (絵)
を下され。此時うち死しける也。その落つき。不
知なり。御具そく拝領のとき。さし物無之故。
むすめのきくを。たのみて。いたしもらふ。すな
はち。白赤の絹を。ぬひあはせて。さしものにして。
つかはしける。その時。茂左衛門よろこびて。むすめに
も大きに。かゝりけると申候。それも。大かたいとま
ごひにて。ありしとなり。此茂左衛門。藤堂家へ。出け
る子細は。前に与右衛門といひて。浅井家のあしが
るにてありし。その小がしらは。茂介にて有しか(十ウ)
ば。ことのほか。其みぎり。高虎貧にありし。間
には。朝のものをも。たべざる事ありしに。茂介
妻。ことのほか。不便がりて。茶づけなど。たび/\ふ
るまひける。夫ゆゑ。後までも。茂介妻の恩をば。
わすれぬと。たか虎申されしよし。此よしの故。
茂左衛門をも。よび出し。しかも。客分にして。何も
家中にて。殿あしらひに。したりけるとなり。この
茂介も。のちには。千二百石まで。浅井家にて。とり
けるとなり。此茂左衛門悴きくがおとゝを。甚左衛(十一オ)
門といひて。安芸の国にあり。のちに。医者にな
りて。意朴といひける。いまに。そのすゑあるやしら
ず。菊。らく城のとき二十歳。のち。備前にて。死け
るとき。八十三歳なり。かやうのはなしを。きゝたる
とて。後。意徳ものがたりなり。此意徳といふは。き
くが孫なりとしるす。これら。希有の事なるべ
し。是によて。かんがうるに。浪華城の広大なる。鎌
くらの微々たるに。比すれば。人智をもて。量りが
たき事也と。いひつたふれど。かれをもて。いまに比(十一ウ)
しなば。また量りがたき。ことなるべし。そも/\。か
の菊女は。浅井家より。このかた。つきそひ。参
らせたるに。いくさ評定などもきく。天樹院
殿の。御びんそぎをも。見たりしほどならんに
は。いと近くめし遣はれん。格式も。ありしなる
べし。さるを。ながつぼねより。一婢に命じ。そば粉
を焼き。御台所へやりしにても。その手がるく
程ちかきを。みるべし。また。月心にあづけたりし
も。要用の調度衣服なるべきか。わづかに。挟箱(十二)
ひ(ふイ)とつと。いへるは。ほかへ。もち出さん事。たやす
からぬ時なるべけれど。今にては。似気なき様に。
おもはれ。千畳じきの御縁がはへ出づれば。いづ
かたも。よく見ゆるよししりて。出たるも。あさま
なる事なるべし。ことには。城内を。にげいづると
て。みちさへ。案内しりけん。いぶかしき事なり。
すでに。東都御城内出火のとき。大おくの女
中。途方にくれて。出るところをしらず。狼狽し
たりしをば。松平伊豆守殿御さし図にて。御だ(十二ウ)
いどころ口まで。ひと通り。たゝみをうらがへし
て。道の目じるしと。せられしによりて。やう/\。
難をまぬかれたり。今は。御用きゝの畳屋とて。
此役かうふ(ム)る。などゝいふなり。もとより。大さか
一城となりては。太閤の御代とは。よろづ手狭く。
なりたるべけれど。御膳など。たてまつるさまも。
軽々しくおぼゆ。されども。これらは。太平。日いまだ
ひさしからざる。故ともいふべし。それよりも。い
ぶかしきは。秀より公の御むま印。ふゆ夏両(十三)
陣ともに。津川左近親行が。つかさどる所なり。
この際に。婦女の手をかりて。わづかに。その辱を。
かくせしにや。かゝるさまにて。とかくに。御和睦
のこと。ゆかざりし。時運とは。いひながら。うたて
かりし事なり。このとき。御旗奉行。郡主馬良
列は。あづかるところの黄幌を。かへしたてまつ
りて。自害し。左近も。御馬じるしを。かへし
置て腹きりしよし。諸書にのせたり。いづれ。
かたゞしきや。しらす。われは。ために。きく女か(十三ウ)
話の実ならんことを。はづるなり。

底本
菊池真一編『おあん物語・おきく物語・理慶尼の記 本文と総索引』(昭和62年。和泉書院)が、品切・絶版となっているので、これにより翻刻した。
概要・成立
 元和元年五月の大阪城落城時に城内にいた、菊という女性の、落城前後の見聞・体験談などを、後人がまとめたもの。
 菊は慶長元年生まれ、幼少より茶々(淀殿)に仕え、大坂落城時二十歳、後、松の丸殿に仕え、やがて田中意徳の祖父に嫁し、延宝六年八十三歳で没した。『おあん物語』のおあんより十二歳ほど年下である。
 菊は、孫の意徳に体験談を語った。その田中意徳の話を聞いた誰かがこれを筆録し、最後に自分の感想を付け加えた。成立は、延宝六年の菊女の死からだいぶ経った頃であろう。時期は確定できない。
内容
『おきく物語』は、落城の日の大坂城内外の状況、その後の菊の生涯、菊の見聞・体験した落城前の城中の話、菊の一家の話、筆録者の感想から成り、これに朝川善庵の跋文(今は省略)が付されている。
意義
 大坂の陣、大坂落城に関する書物は多いが、城中にあった女性の体験談を中心とする点で特異な存在である。ただし、直接話法的な書き方をしていないことや、表現技術の問題などもあり、『おあむ物語』より臨場感はやや薄れる。


---------------

はじめにもどる 登録作品リスト(五十音別)にもどる
登録作品リスト(作者別)にもどる
登録作品リスト(時代別)にもどる


---------------

J−TEXT MAIL: kikuchi@j-text.com