むらさき 与謝野鉄幹(明治34年4月刊。初版本の複製による。振り仮名省略) むらさき 與謝野鉄幹著   清  狂 われ男の子意気の子名の子つるぎの子詩の子恋の子あゝもだえの子 をのこわれ百世の後に消えば消えむ罵る子らよこころみじかき 夢は恋におもひは国に身は塵にさても二十とせさぴしさを云はず 情すぎて恋みなもろく才あまりて歌みな奇なり我七あはれめ 親はありきむかし一人の親はありき百合の園生にふとはぐれたり よき音その鴬籠のせばきにもいきどほろしき我世となりぬ そや理想こや運命の別れ路に白きすみれをあはれと泣く身 酒をあげて地に問ふ誰か悲歌の友ぞ二十万年この酒冷えぬ 紫の紅の萌黄のみづいろの糸はさまざま花は真白き 新しき冠たまはり人を載せて西七百里蘇州へわたる みかはしてさしうつぶきてふくむ酒さても冷えたりこれや別れの わかれてはまたちる花にかごと云はずあわただしくも水を南へ 雲を見ず生駒葛城ただ青きこの日なにとか人を咀はむ 蘭を手に麻のまごろも竹の笠わかきひじりを紀の山に見る 詩に痩せて恋なきすくせさても似たり年はわれより四つしたの友(泣菫君と話す) おばしまに柳しづれて雨ほそし酔ひたる人と京の山見る 手をたまへ梨の花ちる川づたひ夕の虹にまぎれていなむ われにそひて紅梅さける京の山にあしたおりつ神うつくしき みだれ髪にかざしは青き松の若葉しろき裳裾は水にひたぬ 鎌倉はちさくはかなき夢の跡よまた頼朝の脊を拊つな君(林外、砕雨、蝶郎諸君と鎌倉に遊びて) 竹に染めし人の絵の具はうすかりき嵯峨の入日はさて寒かりき 野のゆふぺ花つむわれに歌強ひてただ『紫』と御名つげましぬ 白き羽の鶴のひとむら先づ過ぎぬ梅に夜ゆく神のおはすよ われまどふこれかりそめかわれまどふ終にわりなの忘れがたなの われいまだ云ひとく道をおもふまでに世をかへりみる弱き子ならず 世に立たん栄よ力よ君によりて今日わが得たるうつくしき鞭 みなさけに涙こぼれぬさらば我師この子とこしへ酔へりとおぼせ 扶けのせて柳かざしてうつくしき手綱の御手にそと口ふれぬ 老の眼に涙たたへてさはいへど恋は悔ゆなとあなかたじけな 恋といふも未だつくさず人と我とあたらしくしぬ日の本の歌 そのあした紅の袖口裂きし子を人はねたまであはれと泣きぬ 世の常のそしりもつ子に今日なりぬゑにしの神の袖うらみあり 母にそひてはじめて菫わが摘みし築土ふりたり岡崎の里 師の君の御袖によりて笑むは誰ぞ興津の春の雪うつくしき うしろよりきぬきせまつる春の宵そぞろや髪の乱れて落ちぬ 五つとせむつまじかりし友のわかれ城のひがしに春の雪踏む 見かはしてふたり伏目の人わかし梅にゆづれる車と車 友ひとり兄と仰ぐに君ひとり恋とたのむに我は幸の子 その花よ清きにもろきすくせありてふと夕ぐれの小雨にちりぬ 宮島の神のとびらに歌も染めず筑紫へゆくを人のなげきし 旅にねてすくせ相似しものがたり『親もあらぬ子誰によるべき』 遠き人をふたりしのぴしおばしまのその春の山また夢に入る 春をわれしら梅の花に恨ありなどか風情の君に及ばぬ あくがれぬそぞろになりぬ涙ぐみぬうたてなやむか酔ふか狂ふか 花は黄に草はみどりにふと見れば我はましろきつばさのなかに われ十とせ操の山の名を云はずそこに別れし人の名を云はず 旭川にしら魚のぼる春のくれ酔ひたる人を車に戴せぬ 笛吹くに吹くにいつしか百合多きこの国さては海いくつ越えし あらぬ名を我や写せし君や着し云ひとく道も昨日になりぬ わがおもひ鸚鵡に秘めてうぐひすにそぞろささやく連翹の雨 君が痩のわれにまされる春の朝とりて別るゝ手と手の寒さ(くげぬまに緑雨君を訪ひて) まどかなる光明負ひますまぼろしや牡丹ゆすれて闇白うなりぬ そとなでて鐘のおもひにたゆたひぬ裂けよと撞くは人にゆづらむ たどるべき明日もたぬ子に人ねたし紀伊の名所を語りてすぎぬ(和歌山の桂舟と別る) わが恋のみだれと人のもどけるに御袖ひろげて師はおほひましぬ 秀でたる御弟子のなかにわれひとり十とせ学ばずころもやぶれたり わが歌のよわくなれるをほほゑみてとがめまさぬもふかきみなさけ 身ひとつの浮世なげきてあなかしこ興津の二夜師を泣かせまつる このこころせめて我師にそむかざれをのことこしへ世と戦はむ めぐりあひて昔を説くに我れさぴし人よ何とて面がはりせぬ(大磯にて) よしや君わが手とる子のありとせよ何をかことに袂はらはむ うつくしき手毬に羽子の板そへて春のもてくるものと思ひし いづこにてまたもとるべきこの御手ぞ柳ちるなり加茂川の秋 二十九のこの朝なにをさとりたるわが門松のさてもさぴしき まづ讃むにことしの書は何えらぶ十とせ人ゆゑ世ゆゑわぴたり 通州のとりでの雪の一初日いかに友の中尉の二十五の春(以上三首ことしの元旦に) 年立つ日そは誰なりし吉備の塾に項羽本紀を声たかく読みし 年立つ日城のひがしに鶴を見る竹の冠の人玉のごとき(以下二首京城の元旦をしのびて) 韓装の年のはれぎぬまばゆかりき翡翠十八われ二十六 野のゆふぺすみれひそかにささやきぬおなじねざしの友にとがあり(とみ子のもとへ) いかにこの痩骨ひとつ世になくばさぴしからずやあめつちの歌 われならで先づ知りし子のすたれずやあらぬ反古にも道したはしき おくつきにふさはむ色のましろきにさけよと思ふ花すみれ草 しろき馬にしろがねの笛とれる神まぼろしなるよ虹うすれゆく 山の岩の千重の巌窟そのしたに誰ぞや我名を喚ぷこゑほそき いだかれて見たる御国の名は秘めむ星紅かりき百合白かりき かならずと恋をちぎるは興あさし花のの紅きに蝶はよりきぬ 春の花に栄ある恋は人知らむわれは秋草すくせさぴしき わか水にかきぞめの筆なにありやかたあげ春はとらむ君なり てまり繍ふ火かげに歌の筆おきてうたたねすがた兄うつくしき 娘つれてことばに京のなごりあり御僧いづこへこの河わたる われそぞろましろき衣の袖あはせ夕戸の梅に君が詩ずする 星かげにすみれの露よ百合の香よわがあけぼのの道うつくしき(以上二首薫園君の詩集に題す) いとし児に乳は足らへりや春寒のながき年なりきぬまゐらする この世われ五千里の北星ひくき山の雪にもいきどほろしき 罵る子ひとり東に見いでたりさぴしと云ふな崑崙のこなた その世にもわれに似し歌あらばこそ人よ始皇を愚かと云ふな 子らつれて岡崎去ると日記にありわれよその春七つの童 屠蘇すこしすぎぬと云ひてわがかけし羽織のしたの人うつくしき 世やつらき人やはもろき見そなはせこの歌つひに我のものなり 召すはいま歌の御筆か琴すこしかいやりたまふ八つ口のこぼれ 申すことおはせど春に若狭よりと人の文きてこの年くれぬ されば君梅はつめたき花の名よ恋は名にあらずなさけと聞きし おぼろげによわきなさけを知りそめて春の夕戸と恋ふる身となりぬ かへるさの百二十里は寒かりき箱根の雪のうれのみか君 たはぶれと罵る人に悔あらむ今日のこころに恋をさだむな 四十九の今日よりさてはおそからじ夕の鐘はいくつ撞くもの 紫の黄雲にうつるしばらくは雲となづくな高き高き思 うらめしと云ふことわれは心えず人なぐさむることのはか君 君によりてわれあたらしき智慧えたり弓にのぽせば琴の絃ならず かかるときかかる怨を負ふものか人の文みてわれ感あり ことさらに人を怨ずる恋はせじ夕の雲よ雪とならばなれ あやまれりひとりゆくべきあめつちに人の子の肩手をかけてみし(以上五首人のもとに) 世に堪へで毒仰ぎしと云はれんがをのこ面なきこのごろのまどひ 京の子は舞のころもを我にきせぬ北山おろし雪になる朝 君によりて初めて聞きぬ石狩に熊のむれ見し木がらしの歌 芙蓉をばきのふ植うべき花とおもひ今日はこの世の花ならず思ふ われひそかに栄ある花とたのみしも芙蓉はもろし水にくだけぬ おもひでの多きを誇る秋ならずつめたかり白芙蓉の花(以上三首人とわかれて後) 有常が妻わかれせしくだりよみて涙せきあへず伊勢物語 酒のまへに酒の歌なき君ならば恋するなかれ市に入るなかれ 梅が香に人なつかしきこのごろとわれまづかきぬ京へやる文 牡丹みるにときいろのきぬふさはじと白綾きたる韓の妓翡翠 かざしにと若狭へさてはやるならずあせたる色も京の山の花(人と残れる菊を栗田山につみてとみ子のもとにおくるとて) をさな髪ひとの洗ひしところとて水きよかりき旭川の秋 しら梅の夕のしづく苔にしみてふとさめまさむ夢ならばとも せめてこれ御魂やすめんひとつなり親の御墓に手をとりてこし(以上二首父君母君の御墓にて) 牛飼に問ひし十とせは親の上よ後の十とせは今日一人ふえぬ(人と岡崎の旧居をすぎて) この花よただほほゑみて御手にのぼれ汝がむらさきは君はやく知らむ わりなくも寒きくりやの掛穽におちし鼠をうらやむ思 秋かぜにふさはしき名をまゐらせむ『そぞろ心の乱れ髪の君』 われつひに夜寒の歌は成らざりき御心なくて賜ぴし御題か 手を裂きて送るに北の酒うまし誰ぞや蒙古へ明日入ると云ふ(難波葦涯に与ふ) さらばわがうつくしき子のよわき子を掟とあらばとはに打ち給へ(裸体画を掲げたる雑誌『明星』の頒布を禁ぜられしとき) あな寒むとたださりげなく云ひさして我を見ざりし乱れ髪の君 歌なしと眉ひそむるはあやまれりこのうき秋を恋せんと云へ かかるときこのさびしさをなぐさめてともに泣くべき世を知らぬかな 人ふたりましろきつばさ生ふと見し百合の園生の夢なつかしき しら梅の雪のしづくと君いふか皆くれなゐの涙とおもふに(まさ子にかへし) をとうとの雪のうさぎにまなこつくと南天とりし岡崎の庭 雪のあさ宵のをとめの被衣乞ひて韓の都をまぎれ出でにけり さはいへどそのむらさきの襟うらに舅の知らぬ秘め歌かかむ 蓮しろきおばしま近く師にはぺりうすき月夜を歌乞ひまつる 吉備の子のあたらしき歌ききにきて我頬ひたしぬ旭川の水(岡山にて諸友とよめる中に) 君に問ふを忘れてゐたり紫とくれなゐと何れ恋にふさへる(渓舟君に) 風ぐるまわれにもおくれをさなきにかへらばしばし恋を忘れむ(一色白浪君に) 秋かぜに胸いたむ子は一人ならず百二十里を今おとづれむ 同宿に窪田通治の歌をめでて泣く人みたり浪速江の秋 おもへ君霜をおぼゆる秋かぜに蘇士をこえて更に西する 水よさは秋はものみなわりなきに竹をめぐりていづちいぬらむ 玉ひとつ戸にうしなひし夕より袷衣つめたく髪みだれ初めぬ もみぢ葉を誰の血潮といひさして古井の水をうかがひし人 恋と名といづれおもきをまよひ初めぬわが年ここに二十八の秋 われもまた鏡いだきて秋に泣くよおちし黒髪封じこせな人(あき子のもとに) 人うらむ心といはじ何となくすみれ植ゑぬもわれのかたくな なぐさめの歌はをしむな秋たけて別れし人は痩のまさるに 恋するは詩をわづらふにことならず十とせくだけて纔に成らむ つひにこの二人が恋にふさはぬよなにか三十文字わが歌と云はむ 山の岩に野ずゑの水にさきなれて花つめたきは梅のさがなり わかき子の秋に堪へずと小指かみてかきし血の文十とせ我手に 指さきて人へかへしの文かけるわが血夜目にも黒からざりし(以上二首さる秋によめる) 玉椿たむけしぬしの名は云ふなかなしき柩うつくしき枢 うまれながら林檎このまぬ君と聞きて今得ん恋の末あやぶみぬ 人の子の名ある歌のみ墨ひかで恋にせばやと思ふ秋かな いまだわれうれしと云ふに口なれずただあたたかきなやみといはむ わが歌を悪しと云ふ人世にあるにあしたうれしき夕さぴしき 口づからながき別とおぼせとはつよきに似たるよわきなさけよ おとなしく春着ぬふ子を泣かせますな糸のみだれは秋の昨日なり 名をくだすそれを厭はば山の奥の石をいだきて我恋と云へ むらさきの襟に秘めずも思ひいでて君ほほゑまば死なんともよし 髪さげしむかしの君よ十とせへて相見るゑにし浅しと思ふな(あき子と大坂にて相見し秋) 野鼠のものにおそるる恋ならば田にかくれても低く泣かまし われにまづ毒味せよとは云ひ得たり許せさかづき二つに割らむ あめつちに一人の才とおもひしは浅かりけるよ君に逢はぬ時 この雨を百二十里の西にてもひとり聴きつつひとり泣くらむ うつくしと御手なる糸の白き紅きながめてしばし結びまさぬ神 ひだり手に血に染むかうべ七つさげて酒のみをれば君召すと云ふ 竹を植ゑて翁と人によばれんもくちをし未だ君が髪の黒き(鉄南君に) かくて猶きみがこころは岩木ぞとよそはむものか花を惜む歌 鶴折るになれし人やとわらはれて春のゆふべを殿ぬけ出でし そぞろにも紅梅ちりて日はながし小屋なる牛の鼻なでて見る 旅のあさ人の紅さす筆とりて酔ふ子とこしへ春ぞとかきぬ まづ起きて親のうがひの水くみぬ梅さく山の霞しろき朝 尼君の山のころものねずみ色にさてもたふとししら梅の花 こざかしやちさき一人に教へられぬ伊勢ものがたり汝が身罪あり うるはしと歌につたへし旭川きよき恋をも石に書く処(渓舟君のよろこびに) 三つのとし母のやは手にきえたると今宵といづれ夢うつしき かへりみて国とは云はじ雪のあさ八とせ忘れし藁靴はく 母の手にすねし昨日の癖とおぼせ着じな着かへじ花見のころも 銭しあらば玉のひつぎもあつらへん歌の反古もておほひぬるかな 汝がこのむ梅の花うゑ汝がこのむ春の水まくうぐひすの塚 わすれても梅が香さむき夕月にあくがれ出づな世はねたみあり まつりにはわがもたらせる酒もあり君が歌もありうぐひすの塚(以上四首鴬を薫園君の庭に葬りし時) わがなさけ歌には浅くなりぬべし桃のつぼみを封じてやらむ 髪一つみださぬ君にわが手もてかざさむ花もあらぬ別れよ わが恋人を人に問はれてこころにもあらぬかなたの星仰ぎ見し くれなゐにそのくれなゐを問ふがごと愚かや我の恋をとがむる ふりかへりさては我筆そとおきぬねたる子おこす歌にあらじよ 山の巌になさけありきと云ふ歌よ幾とせたたば人拾ふべき 春寒の身にしむ夜やと裏の木戸そとあけませる叔母君のなさけ とてもわれ帛を裂かむに力なし糸のほつれの一つたぐらむ 牧の馬を夕しかる子こゑさぴしさてもきのふは国罵れる 二十とせを黄金の鞍の驢は知らず牛にまたがるみやびをの君 かかるとき昔は我も泣きにけむ師は往けといふ親は在れといふ ほのぼのと山の榛原かすむ日を鴬なきて小雨そぼふる 永き日をつみてすてたる花束に二つ舞ひよる蝶うるはしき 涙もろきかかる男もありしぞとそしるなかばに憶ひ出でよ君 愛したる馬にわかれて馬のために泣いて碑をかく嗚呼君も老いぬ 石をだいて歌ふもをかし秋かぜやいまの世たれか斯かる骨ある 琴のあたりしら菊ひと枝いけて見ればわびしくもあらずわが四畳半 わが涙わが手にうけて泣くだにも人とかく云ふ世の常の恋 沖なかのいはほの上に君ひとり泣けり泣くよと見る見る覚めぬ わが好きは妹が丸髷くぢら汁不動の呪文しら梅の花 山ふかき春の真昼のさぴしさにたぐりても見るしら藤の花 誰やらに似ると思ひしそれのみに売らでやみたる古ひいなかな 君を相す尋常詩家の派にあらずみづから棄つな負けじだましひ 羅漢寺の十六羅漢なき親におもざし似たる羅漢名は何 人ならば酒をも強ひん枕がたなさぴし幾とせ善き仇もあらず 江に沿うて一里がほどの柳はら柳かざして牛にのるかな 池古りて浮草きよしひとり身の鵞鳥飼はまくここに庵せむ 絵扇に君がたましひ歌はあれど糸にのらねばただ諳によむ 住の江の御田の植女の花笠はあれども松の小雨にぬれぬ 藻の花をわけてむすべば巌間より昼の月しろく浮きて流るる ついばみて孔雀は殿にのぼりけり紅き牡丹の尺ばかりなる をとめごのいかにしてまし賜りて立てば地にひくしら藤の花 痩せ痩せて手力はなし然かはあれど歌にひとりの君を泣かせぬ 永き日を蓮の根かみて蓮の糸のつきぬがごとも物思ふかな それまことかふたり備後の福山に去年の暮より花かざし売る 稚児髷ゆひて舞のかざしをあらそひぬしら藤の花やまぶきの花 繞堂の稚児のむれよりかへりこし五つの写真人うつくしき やまと歌にさきはひ賜へ西の空ひがしの空の八百万の神 人並にすまん願ひは断ちしかどあないたいたし妹が手の胼胝 紐紅きうぐひす籠に見初めけん人の玉手を米かしがする 今日しもぞ御墓に歌をたてまつる古太刀解きて松に掛くる思 なぐさめて我の憂ひに泣くぺくば愛奴が子らも我が妻と云はん 御籤ひけば二十一吉とあらはれぬ神も知らじな我がおもふ人 犬蓼の花さく見ればしのばるゝ君と韓野に駒なめし秋 花売りの小車涼しあさ靄に菖蒲ひと車載せて門行く もろともに往なんと云ふを心ならずおきて我がこし韓の妓翡翠 事たがひ人おとろへぬ蚊遣火にほつれ毛うたて蕗の葉の雨 ひとり身のこの河下に釣垂れてたのしくもあらず春夏秋冬 年わかの追分上手この夏も載せて来よかし鰹釣る船 いもうとの初恋をかし戦争終へて牛飼ひながら絵筆とる君 友ひとり棄てん惜しさに慚ぢよとて打ちし拳を人とかく云ふ 夕顔の下ゆく水に馬洗ひ足洗ひをればなくほととぎす ここちよや蚊遣の末にみだれけり丈なる文に君が名のある 石移し竹を移すとこの七日わが家の日記の清くもある哉 痛矢おひて泣ける小さの神を見き百合にねし夜のかひなのしたに 夢かこれさぴしと云はず夢かこれ今日の二人の昨日の一人 ゑんじ色に人は袂を染めなれてまだしと云ひぬわが濃紫 春をうしと云ふこといかに君も知らむ花みな人のかざしになりぬ 似ずやこれ人にわかれし後のおもひ葉かげの花の一つさびしき さらばわれことしの秋をちぎるべし玉の浦回の玉のごとき友(長崎の諸友に) わがために筆あらふぺく人のために髪あらふべく加茂の川流る 人ふたりそれいつの春酒を載せてらいんの河に長き歌成らむ 月をまちて渚はなれし船ふたつ千鳥が淵に夏の水みる いまさらに誰の夢をかおどろかす鎌倉山のいりあひの鐘 夕潮にくろきもとどり洗はせて鬼界が島に夏の月みる 我ながら人の扇にのこしたる梅のひと歌なつかしきころ あら鷲の一つ飛ぶかた見おくりてわが立つ巌に秋の潮よる わがおもひつるぎにそはず詩にそはず夕ひそかに芙蓉を剪りぬ おばしまに花を籠めたる朝の靄うへにほの見る黒谷の塔 人は輿われは驢馬よりおりたちて城のひがしに花踏みし朝 松かぜに人の名よぶは憚らずきのふは高帥けふは須磨の浦(三十三年の夏) つひにわれまた慰めんすぺ知らずさらばさぴしき人の道ゆけ 驢にのれば驢はつかれたりかちゆけば足に血ながる石山にして 雪にやどる荒山なかの狩小屋に麦めしあまし熊を菜に食ふ(この二首朝鮮旅行中の旧作) 山の岩に星まつるうた半なりて懐紙ふきまく大あらしの風 松かぜのさぴしきかげに山鳩のきては霜ふむおくつき所 夕かぜに笛ひとこゑのあはれこめて酒売る家の柳みだるる あはれ知る人にとはるる思してねざめうれしき天つかりがね もみぢ葉のこきひとえだを折りかざしてらしてぞ見る山の井の水(とがの尾にて) 岩戸いでて青海原をみさくれば我も神代の神ごこちする(江の嶋にて) ふみそめし文字の関守たのまれずこころづくしはよそにありと云ふ(卅一年の秋筑紫の人へ) いくたぴかかけては袖のぬれにけむおぼろの清水ひとわすれ水 人の国もどりてきぬぺきてのひらに露おく朝の花をつむかな やり水の清きながれに浮べたるけちすの舟や載せていにけむ(人のをさなごのなげきに) 月の夜ををとめの船にさそはれて蓮の香ふかき池にねしかな たとへなば牡丹は北のみかどにて菊はみなみの御末なるぺし ちりかかる牡丹のしたになりにけり君がとどめし庭の玉靴 あやぎぬに玉をかざれる花輿はあれどもふたり月に歩まむ ときいろの長きからぎぬかきたれて城のひがしに花を見るかな   思  春 山の湯の気薫じて 柳に椿おつる頻り 帳あげよ いづこぞ鴬のこゑ 木の実の酒紫に うくる手わななくか さるは盃に口ふれて 酔ふ子の智慧問ふな 粧羞づる朝の星の それか眼眸たゆげに 見てきし俯くに 涙そぞろなり 恋とや君 なさけ人間に堕ちむ 理想とや君 ことわり地を離る われおもふ酒の旨きは 哲人もうぺなはむ 許せもゆる手肱まきて ただ没我の二人 また何をかへりみむ 世の末に聖ありや かの鞭をあげて罵る みな栴陀羅の子等 如かずわれを知る子に われを知る子の胸に わが痩せし額まかせて わが破格の歌誦せむ 君さては嬉し 焼刃のこぼれ見て むしろ剣の功績称へ 飄零れし今日の我を責めず 祖国に入りて親なき子 掩ふとや いざ倚らむ おゝ温き紫の袖 われ受けざらむや その慰籍の千言 疑はずこの地の上 今二人笑みて抱く 見よ瑠璃色の靄動きて ほの白き花の香は何 これ君が謂ふ神秘か 虹うつくしく懸る ふと見ればあな 真白き翅君生ひたり と思ふにわれも何時か 風に御して飛ぶ身   行 く 春 東里は柳 西里は桃 菜の花に麦つづき 麦にまた菜の花つづく 行く人も 立つ牛も ともに霞みて 野はしづか雲雀啼く 見おろす畑の中道 東里を出づる人の列や 白き提灯先づ動きて 僧達の袈裟くれなゐに 輿なるは誰 従ふに衣みな白く 百の人頭垂れぬ これ新郎の恥羞き さて美しきときめきの 御手に捲かれん幸の日か 彩のころもによそはれて 少女の笑みのさはいへど 母かへりみる花の輿か 情あるかな出でて見るに 西里の人も打沈めり 野送りの列山に消えて 杉かすむ麓の寺 鐘なりぬ また鐘なりぬ さては今 おゝさぴし『棄恩入無為』 そぞろ我れ思ふ 才あるも才なきも みめよきもみにくきも ●縁あるも●縁なきも 《●は「タ」の下に「寅」》 秀でしも拙きも 世を挙げて皆斯かるか 栄光はみじかく 喝釆は稀れに 早く地に落つるもの 必ず黒き『死』の幕 けかなしや 人生の詩を結んで 寂として消ゆるもの 必ずこの鐘 誰か云ふ 才あるは才に生く 容貌あるは容貌に生く 名は不朽 恋はとこしへ 紅き花の前に 大いなる樽を割れ 骨たかき大丈夫 死を説くは愚』と げにさりや げにさなりや ホオマア死なず ミルトン死なず げにさりや げにさなりや 骨たかき大丈夫 才あるに生きぬ さはれおふけなや これ我等が際か かへりみれば 世の数ならず 名もなき子 才もなき子 行く春をここに あゝ恋もなき子 運命つひに 思へばさぴし 花なき草の独枯れて 水にゆくと似ずや いづれの地か あらはれぬ玉やなき なんの世か 無名の才の潜まざらむ 嘲罵の下に倒るるあり 自ら棄てて亡ぶるあり あゝ才よ名よ恋よ 必ずしも不朽か ((人よ人よ 何がゆゑに来り 何がゆゑに去る)) 碑は新しきも古きも 刻めるを改めず 終にこれ読み難し あゝ千古『疑惑』の銘 鐘やみぬ 人散じぬ 堂に花みだれて 長き春の日暮れぬ 悄として去りあへず 欄に倚るは誰 縁なき人の死に泣いて はては我をも歎じたり   相  思 梅といふな 百合といふな 譬喩つめたきに ただ少女と云へ このやは手 夕もゆるに 野の羊追はんは 人の鞭なり さらば君 かぎりありや はじめありや 恋は我れ想ふ 遂に夫れそぞろ すくせ問はば 髪みだれたり きぬ破れたり 人の子のまへ 栄ある二人か 巌かげの寒きに またたく星見て さは云へどしばし あゝわりなし 世すてられず 名には盲児 なさけには乞丐児 もろきいのち ながきそしり それも悔いじ ひひかに誇る くれなゐの袖かみて また千とせ説かず つよくつよき このふたりが恋 ほそ糸に 何の永久の音 春みじかく 琴は裂くるも あゝ我歌激しかれ  日本を去る歌 われ旧臘の一夜、心に激する所あり、 南清に遊ばんとして、慨然として、こ の作あり。而も新詩杜の事未俄かに 抛つぺからず、因つて遂に果さず。友 人難波葦涯今一月を以て南清に遊 ぴ、更に僧服を着けて西蔵に入らむ とす。われ羨望の情に堪へず、篋底よ りこの詩を出して補削を施し、以て 葦涯に贈つて陽関三畳の餞に代ふ と云ふ。 ああわが国日本 ああわが父祖の国日本 東太平洋の緑をのぞんで 白き被衣の女富士立てり 顧望して低徊す 山なんぞ麗しき 水なんぞ明媚なる ああわれ去るに忍ぴんや ああわが国日本 ああわが父祖の国日本 日蓮を生みし国 秀吉を生みし国 わが渇仰の古き友業平を生みし国 ここに十九世紀の末 誤つて詩人われ鉄幹を生みし国 ああわれ去るに忍ぴんや 父祖の国の自然はわれを優遇し慰籍す 父祖の国の歴史はわれを発憤敬慕せしむ 然れども父祖の国は汚れたり われ遂に居るべからず 詩人の行動は天馬空を行く 不道徳や無頼や風俗壊乱や 悪語頻りに父祖の国に誤らる ああ人間の縄を以てわれに強ふるか 迫害の時代に抗するは愚なり われ遂に居るべからず 然れどもそは猶われ忍ばむ 更に父祖の子孫を見るとき 彼等が父祖の偉業と美徳を忘れて 宗教を捨て任侠を捨て芸術を捨つるに至て ああわが父祖の国は汚れたり われ遂に居るべからず いかに宗教を見よ 題目と念仏と纔かに老婆の死を安くす 内多事に外多難の世 法衣つけて誰か 正安国論を草す 峨々たる殿堂 京の大寺 緋衣の妖僧釈迦の屍売つて 善男善女の血の酒 美女と金屋の春に戯る 名は美なり何を仏教清徒ぞ 満身の毒を十年の小我見に包んで 軽薄や自山討究の語 師祖千年の苦行を顧みず たま/\慇ろに諌むるの友を見て 却つて狂大の罵りを為す 彼等の手に依つて成ると云はば 新仏教は罪悪なるかな 寧ろ虎渓の山に粥を啜つて 松の風聴くの清きを想ふ ああわが父祖の国は汚れたり われ遂に居るべからず われこの秋熱田の宮を拝して ●然として涙おちき 《●はサンズイに「玄」》 想へ験ありし父祖の剣 今列国の嗤ひを買ふの具に過ぎず 自から剣を執つて自から傷くるは ああわが父祖神武天皇の道か 弱きを扶けて義のある所火をも踏むは 市井の無頼長兵衛も知りたり 二十七八年の役 何んが故に父祖の子孫を殺して 高麗半島の山河 空しく北夷の蹂躙に委したる われ之を慨して閔泳駿を擁し 微力聊か本国を警めんとす 何事ぞ偵吏われを迫害して 治安妨害の名の下 三十一年の春 南大門の雪の夕 ああ遺恨なりや、われ女装して ひとり京城を去らざるを得ざりき 天津を落せしは誰ぞ 北京を落せしは誰ぞ 兵を用ゐる父祖秀吉を辱めず しかもワ元帥は何んの国の人ぞ ああ他人のために嫁衣を縫ふもの われ二十世紀の日本に見たり やまとだましひや武士道や かくの如くんば何の価ぞ ブウアの民の義気あるや 能く英国の暴虐に抗して立ち 正義を叫んで二年を戦へり われら南の方にあたつて 救ふべき亡国比利賓を見ざりしや 惜むべし纔に狡獪の小策士 義を口にして利を射るの醜を貽す ああわが父祖の国は汚れたり われ遂に居るべからず ヴイナスの神 ミユウズの神 いざいざわれと共に去り給へ この国の人みな盲目なり とどまらば神に禍おはさむ 神のやは肌を以て 盲人の杖に委するに堪へんや 神よこの国の詩人を頼み給ふ勿れ 彼等はすべて戯作者の子なり 狭斜を写して文学となすに 芸術の高きを望むべきや われ彼等の為めに祝はん 柔和なる詩人 女子の如き詩人 幸なる哉わが父祖の国は 卿等に由つて平和なり 柔和なる詩人 女子の如き詩人 とる筆は其れ眉をはくの筆か その詩なんぞ麗しきや 誰かまた一篇嬌激の詩を以て 漫りに宰相の嗔りを買ふものぞ 幸なるかなわが父祖の国は 卿等に由つて平和なり 願望して低徊す 美なるかな祖国の山河 忘るるに忍びんや 去るに忍びんや 然れども迫害は急なり われ遂に居るべからず 昨日女装して京城を逃れし子 今男児の歌を為して去らむ 去る方はいづこぞ 南清の山雄かつ大なり 会心の友そこに有つて この薄倖の詩人われを招く 黄河の水は濁りたりとも わが祖国の汚れたるに如かんや ああわが国日本 ああわが父祖の国日本 日蓮を生みし国 秀吉を生みし国 わが渇仰の古き友業平を生みし国 ああわれ遂に去らざるべからず さらば、さらば、さらば   わづらひ わが歌は芙蓉のしろき梅の清き恋はすみれの紫をこそ わが手とるは黒き被衣の死の御神たのみし星もちいさくなりぬ くちをしく殿の牡丹は葉になりぬ君例ならずおはしけるほど おく山の牡丹のふる根巌を掩ひしろき花さく我世ここにへむ 霜さそふあらしのすゑに山畑の豆がら鳴りてこの日も暮れぬ 心にもあらでわかれしますらをの恋しくもあるか春の鳥なく 二人してうゑし桐の木たけのぴぬ桐は琴となる恋は歌となる そのむかし泣くなと我をいさめけむ泣かでや君は墓のしたなり しろきはすの水を出づること五六尺たれぞや月に笛を吹きてくる(以上二首慧眼上人の忌に) 松かげにみやこの人の名をかけばさざ波よせてやがて消えにけり おもざしは都のひとに似たれども三味ひく子なり磯の船にして(以上二首卅一年の夏浜寺にて) おほ鐘のしづめる海に雲あれて龍のなみだの笛こぼれきぬ われ忘れずうすき月夜を池にそひて二人めぐりしひともと丁子 梅の花まどの硯にちりうきぬ人なつかしき歌かきをれぱ わが歌の古反ぞと知りて裂きもやらぬなさけある人それをのこならず 紀伊に入らば岩裂きくだす那智の滝に目を閉ぢながら世をおもひ来よ われならばその片頬をも打つべきに泣きてやみたる人のやさしき いかづちのしたにおくともおどろかぬ我も君には砕けつるかな 夕潮に磯の松が根あともなしいづこぞ君とふたり立ちたる 風をり/\磯のかすみにさはるらむ松の葉ちれりあづまやの上に 高野やま石楠かをるありあけにしだり尾しろき鳥のひと声 ふところにハイネの詩あり泣きながら百尺の巌に海の月みる 萩の筆はながき恨をうつすぺし誰におくらむ白芙蓉の花(百花園にて) まことそれすみれは天のにほひなり教へて人の髪にのぼさむ 花のまへに人はみすみす老ゆるものこの春の日もまた夕なり 人のいふ牡丹はつひに地の花とそれおもしろし諸手にだかむ 恋の子はいさめのまへに耳しひぬひろひ給ふな人まもる神 みだれしは欠けしはやがていさをなりつるぎに似たる我を咎むな 猶も人恋とののしる歌ありや玉手はきよき乳はあたたかき 比良こえて雲もかなたへ行く夕こころにかかる若狭路の雪(西京よりとみ子のもとへ) やらじとはかの人の子もわれに云ひぬつよく別れて別れて笑まむ 云はぬをぱつよしと云ふはわれ知らず泣けな狂へと人のをしへし かの雲の黒きに入らむ我ながらさてかへりみて人なつかしき 問ふを許せわれもそぞろの春の夜をわびねの夢や寒きあたたかき 今すぎし小靴のおとも何となく身にしむ夜なり梅が香ぞする とはのいのちとはの恋路はそこにあり目をとぢながら道いそぎ給へ 世のすゑにかかる恋あり歌もありつよき三人を東に生みぬ 手をあげて魔を打たんには我れのあり人よ袂のかげにほほゑめ   泣菫と話す 浪華の市 好会こゝに両度 若き詩人と対す 趣味知る少女の恋か 斟む酒琥珀色に 子が手何んぞ白き 笛のにがきを説くな 唇芙蓉の紅流る 世の詩風を笑へ 百の弓よわからずや 町は荒れたり 子がまへ鹿落つ あゝ措大われ 痩せて髪長き 五百里の霜 きのふ西けふ東 長ずる年四つ 名は悲し 恋脆し 行くに何の栄ありや 寂寞の石 子が接吻無くば 堪へんや嗚呼堪へんや 秋の日沈む 天王寺 梅が辻 追懐の明日を訪へ 杖の香いづらぞ 菊寒く鐘ほそき   残  照 そぞろなりや そぞろなりや 夕髪みだる 地に霜あり 常住も何んの夢ぞ 人堪へんや 花堪へんや 嗚呼わりなし 水さぴしげに竹をめぐり 痛手負ふ子に似て 独り秋を去なんとす 山蓼の茎あらはに 黄ばむ日戸に弱し 人しのばざらんや 西の京の山   破  笛 孔一つ 節せばし 手づから竹を斫つて 都門の霜に吹く 世短きに ゲエテエ出でんや バイロン出でんや 若き子の前 長き歌問ふ愚なり 花とび蝶ゆくも 意気は世の香ぞ うらぶれて笑むは あゝ人かわゆし 乱れし髪をあぐるに 手の痩せを思はんや かへりみれは わが髪後に 眼を閉づれば 慰籍前に 才はとこしへ 咄、寒きを云ふな わが名咀ふ 何んの咎ぞ わが恋しのぶ 何んの嫌ひ 歌口血に染む 短きも他人の笛か 無聊に堪へず いざ宰相の駕横ぎらむ   長  酔 わりなくも まどふにまどへ 花の散るに 春寒からずや 人の泣く 我れとどめあへず 恋はそれ 顧みるに栄え 名はそれ 仰ぐに燃ゆ 追懐なくば 恋今苦し 希望なくば 名は昨日に朽ちぬ 世に酔ふもの 世に活きざらんや 君何を疑はん ここに二人恋ふ つよくつよく 泣くに王者も憚らず 襟は冷きも 色紫なり 病む子を責むな 痩せて酒嘲る   山  蓼 理想の御親力なきに 若き同胞倦んじぬ 夕二妹の弱手とりて 西の山に宿る 笑みて欄に倚るも 姉の髪みだれたり 雲も憂し 水も憂し いづれは行く秋 涙伏せずや ちひさき人よ 御手ゆるせ 悶えに 狂ひに 一夜泣かむ げに夢ぞ げに幻ぞ 高かりし 清かりし 美しかりし 脆かりし あゝ今知る 人の子を憎んで 何んの罪ぞ 鞭加ふる者 魔にあららず人なり 芙蓉なまじひ萌ゆる知らず 地に天の香恋ひずは 霜に堪へて 秋恨みじと のがれんや 嗚呼わりなし 秀でしもの 世は皆もろき 何んの才ぞ 冷き形骸抱いて 夕ほこりかに 酒の香を吹く 生命なし 恋あらんや 歌あらんや さらば君 ちひさき人 うつくしき人 飽かなくに 朝別れん 白き芙蓉の心のみは 兄と姉の手の上 とこしへ放たじ とこしへと云ふか わづかひと秋 花もろかりし 人もろかりし おばしまに倚りて 君伏目がちに 嗚呼何とか云ひし 蓮に書ける歌
(底本奥付)
与謝野鉄幹著 紫 東京新詩社版
〔名著復刻/全集〕近代文学館
昭和43年12月1日 印刷
昭和43年12月10日 発行
編集  名著復刻全集近代文学館・編集委員会
          代表者 稲垣達郎
刊行  財団法人 日本近代文学館
       東京都目黒区駒場4−3−55
         代表者  伊藤整
製作・進行 東京連合印刷 株式会社
       東京都千代田区麹町3−2 相互第1ビル
           代表者  長尾義輝
      用紙 日本製紙株式会社
      製本 岸田製本紙工業株式会社
      印刷 有限会社 セイユウ写真印刷
発売元 株式会社 図書月販
      東京都新宿区本塩町8−2 住友生命ビル
           代表者 中森蒔人


(底本の親本奥付)
明治卅四年三月三十日印刷
明治卅四年四月 三日発行
定価金参拾五銭

      東京市麹町区上六番町四十五番地
発行兼著作者  与謝野寛
      東京市麹町区飯田町四丁目一番地
印刷者     大野喜六
      東京市麹町区上六番町四十五番地
発行所     東京新詩社

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