於母影(森鴎外訳。「国民之友」第58号付録。明治22年8月。振り仮名省略) 於母影 陸奥のまのゝかや原とほけどもおもかげにして見ゆとふものを   万葉集 岷峨天一方雲月在我側   東坡詩 いねよかし   その一 けさたちいでし故里は 青海原にかくれけり 夜嵐ふきて艫きしれば おとろきてたつ村千とり 波にかくるゝ夕日影 逐ひつゝはしる舟のあし のこる日影もわかれゆけ わか故郷もいねよかし   その二 しばし浪路のかりのやと あすも変らぬ日は出でなん されど見ゆるは空とうみと わかふるさとは遠からん はや傾きぬ家のはしら かまどにすだく秋のむし 垣根にしげる八重葎 かど辺に犬のこゑかなし   その三 こなたへ来よや我わらは 何とて涙おとせるか 穉ごゝろに恐るゝは 沖のはやてか荒なみか はらへ涙も世のうさも この大舟はいと強し 翼にほこるはやぶさも かばかり早くはよも飛ばし   その四 あらきは海のならひとぞ 高き波にはおどろかず サァ、チャイルドな驚きそ わか悲みはさにあらず 父にはわかれなつかしき 母には離れ友もなみ 世には頼まん人ぞなき たのむは神と君とのみ   その五 父はいたくも泣かざりき さすがに思ひあきらめて されどまた世に力なき 母はなくらん帰るまで あないとほしの我僮 涙のつゆぞうつくしき 心だにかく優しくば わが目もいかで乾くべき   その六 こなたへ来よや我しもべ 色蒼ざめしは何故か フランス人は来ずこゝへ あるは寒さをいとひてか サァ、チャイルドよ弱りても 敵を恐るとな思ひそ 気色あしきはつれなくも わかれし妻を思ひてぞ   その七 君か族のすみたまふ 浜辺にちかきわがとまや ちゝは何処と子等は問ふ 妻の答はいかにぞや といへど泣かぬ我しもべ これもふさはし猛き身に なんたちに似ずとつ国へ われはたちけり戯れに   その八 こゝろ卑しき女郎花 あだし人をや招くらむ きのふ涙にまだぬれし たもとも今日は乾くらん 泣かぬ我身ぞあはれなる かくまでさぴしき人や誰 われを泣かせんばかりなる 人のなきこそかなしけれ   その九 汐路にまよふ舟一葉 身の行末もさだまらず わが為に人なげかねば 人のためにもわれなかず あだし主人の飼ふ日まで 声かしましく吠ゆれども むかしの主の音をせで 帰らば噛まんわが犬も   その十 舟よいましを頼みては わが恐るべき波ぞなき 故里ならぬ国ならば いつこもよしと極みなき 海に泛びぬ里遠み 陸に上らば木がくれし むろにや入らん山深み わが故里よいねよかし    月  光 Dein gedenkend irr' ich einsam Diesen Strom eutlang; 思汝無巳孤出蓬戸        静岸行且吟 Konuten lauschen wir gemeinsam Seinen Wellenklang!.... 安得伐汝江上粕現        聞此流水音 安得倶汝江上聯袂        瞻仰天色開 時自前岸平野之際        明月徐上来 光彩飛散其色銀白        依約凝架虹 虹也千丈中断潮脉        遥達幽樹叢 逢此光彩輝映娯目        波亦心自怡 飜見波起波伏相逐        其逝長若斯 看到汀樹浸影之処        茫忽疑有無 微聴其響無見其法        如対千頃湖 吾所希眼波一揺耳        何日能得償 思汝無巳嗟汝何似        吾夜之月光 期汝時聴跫倒吾●        深夜空決眸     ●はシカバネに「徙」 昏黒生路如大江水        嗚咽停不流 逢汝時又看李花面        明月将失妍 生路流水如箭如電        嗟奈其瞥然   ミニヨンの歌     其一 レモンの木は花さきくらき林の中に こがね色したる柑子は枝もたわゝにみのり 青く晴れし空よりしづやかに風吹き ミルテの木はしづかにラウレルの木は高く くもにそびえて立てる国をしるやかなたへ 君と共にゆかまし     其二 高きはしらの上にやすくすわれる屋根は そらたかくそはたちひろき間もせまき間も 皆ひかりかゝやきて人かたしたる石は ゑみつゝおのれを見てあないとほしき子よと なくさむるなつかしき家をしるやかなたへ 君と共にゆかまし     其三 立ちわたる霧のうちに驢馬は道をたづねて いなゝきつゝさまよひひろきほらの中には いと年経たる龍の所えがほにすまひ 岩より岩をつたひしら波のゆきかへる かのなつかしき山の道をしるやかなたへ 君と共にゆかまし   思郷 離郷遠寓椰樹図  独有潮声似窮北 思郷念或熾    即走海之浜 聴此熟耳響    欝懐得少伸   笛の音    少年の巻   その一 君をはじめて見てしとき そのうれしさやいかなりし むすふおもひもとけそめて 笛の声とはなりにけり おもふおもひのあればこそ 夜すからかくはふきすさべ あはれと君もきゝねかし こゝろこめたる笛のこゑ   その二 君をはじめて見しときは やよひ二日のことなりき 君かあたりゆ風ふきて こゝろのかすみをはらひけり おほろ月夜のかげはれて さやけき光のそのうちに みゆるかつらのその花は うれしや君か名なりけり   その三 うらはづかしとよそをみて 奥へなふかくいり玉ひそ 欄干ちかくかへりきて しはしはきゝねわがうたを にけつゝ君はかくるとも わがふく笛はやまさらむ かげをは君はかくすとも 君ゆくかたにひゞきてむ そのふく笛の音に添へて おのかおもひはつたへなむ そのふくこゑをたのみきて さきのうたをばうたひなむ うらはづかしとよそをみて 奥へなふかくいり玉ひそ 欄干ちかくかへりきて しばしはきゝねわかうたを   その四 岸辺にたちてわれふけば 風もこゝろやありぬらむ その音を遠く君がすむ 城のうちへぞつたへたる ながれさやけきライン川 きよき波間に舟うかふ そこにねふれる龍さへも きゝて夢をばさますらむ ながれさやけきライン川 きしの松風音ひゞく そこにすむてふ神さへも うきて波間にきゝつらむ 千たひ百たひくりかへし ふく笛の音はかはれども こひしき人のこひしさに ふくとこそきけその声を   その五 月にうき雲はなにかぜ おもふにまかせぬ世なりけり ちきりしことは夢に似て はやくもわかれとなりにけり 嬉しきかげのうつれるを みてけり妹が日のうちに  わがよたのしくなりなむを  おもへばはかなき世なりけり なれしふるさと出でしより やつれはてたる旅ころも よのうきことはしりてけり ねたきこゝろもかなしさも 嬉しきゆめをみてましを 君がま玉手まくからに  わがよたのしくなりなむを  おもへばはかなき世なりけり 高ねすぎゆく雲のみか 木々にもさわぐ風のこゑ 今朝のわかれのこゝろをば そらにもしらむ村しぐれ いつこにこの身はわかるゝも いかでわすれむ君ひとり  わがよたのしくなりなむを  おもへばはかなき世ななりけり    姫の巻   その一 かれのいでたつそのさまは をゝしくたけくみえにけり をゝしくたけくありながら やさしきさまもみえにけり 七の城のぬしなりとも いかでかれにはまさらむや さはさりなから恋人の 身は兵卒にあらざらば 士官の身にてあらむには 剣にこがねのふさあらば くるしかりけりわが恋は かなしかりけりわが恋は   その二 妾がかれとかたらひて はや二日とはなりにけり おもひはちゞにうちみだれ こゝろはなりつそらにのみ 花うるはしくかぎりおきて 朝夕きよめしねやのうち 人見ばいかにわれながら いぶせきまでにみだれたり さうびの花もなでしこも うちしほれつゝわれをみつ 水とおもひて酒をしも わすれてわれはそゝぎけむ 軒ばはなれぬ白鳩は うゑになくなりこのゆふべ 籠のうくひすの声せぬは あたへむ餌をやわすれけむ しろ妙ならむあみ物に などまじへけむ赤きいと 五いろなりとおもひしに これはたおほし白きいと わがよむふみの見えさるは かざしの匣にやいれつらむ いつこゆきけむそのふみよ 小櫛とともにやつゝみけむ つけのをくしに花かざし ともに文箱のうへにあり まよひにけりなわがこゝろ あまりに人のこひしさに   その三 遠くうき世にいでさりぬ われにはわかれをつげやらず  うたひうたひてゆく君よ  こゝろとたのむわが君よ  いつかかへりてきますらむ かたりあひたるほどもなく さめしはまことの夢なるか  などかの人にあひにけむ  などかの人をこひにけむ  はかなきわかれとならんには かれはいつこへゆきにけむ うき世はいつはりおほかるを  イタリへこそはゆきにけめ  かしこの女はあだときけ  神にいのらむわがせ子を    別後の巻   その一 うれしとしばしはおもひしを はやかなしみのめぐりきぬ わが身のさちとたのみしを はやうきことのめぐりきぬ すみれかたばみかれはてゝ むかしの色も今はなし 恋しき人をふりすてゝ わがゆく道ぞ雪ふかき 深山にかりするさちをらも よきさちのみはなしとかや 身のゆくすゑはしらねども しげくやあらむうさつらさ   その二 しほかぜあらきあら磯に ふかれてたてるそなれまつ よせくる波にうちをられ 岸をばとほくはなれゆく みどりの波のそのうちに うきつしづみつみえにけり かもめの鳥の数あまた とびてあたりをめぐるなり 夜ふかき波に月さえて おきべをとほく舟ぞゆく をり/\うたのきこゆるは ものおもふ人やこぐならむ あはれラインの岸にわれあらば 妹にかたらむわがこゝろ あはれ故郷、故郷なつかしや 妹しるらむかわがこゝろ    その三 舟しはつれは夕日かげ 波のあなたにかたぶきて さらぬもさびしきひとり旅 かねの声さへひゞくなり  あはれこひしや吾妹子 岸のいはほにまくらして ものおもふ身こそかなしけれ あしのもとには波よせぬ こゝろのうちには夢うかふ  あはれこひしや吾妹子   その四 イタリの女はわが目には あそろしくのみみえにけり かれのすがたはやさしくも いかでかわれはまどふべき アルペン山のそのふもと ラインの川のそのほとり 一もと立てり花さうぴ おのがおもひは今そこに イタリの女はわが目には おそろしくのみみえにけり かれのすがたはやさしくも いかでかわれはまどふべき   その五 み雪のふかくつもりきて 世はしろたへになりにけり 火桶にたきゝををりそへて ひとりむかしをしのぶなり 薪もつきて火もきえて 今は灰とぞなりにける もゆるおもひはつきねども これやわが身のをはりなる 今よりものはおもはじと ひとりこゝろに誓へども 笛みるたびにふくごとに 猶なつかしや吾妹子の   その六 年もくれけり妹はいかに いよ/\まさるわがおもひ 年もくれけり妹はいかに いよ/\まさるわがおもひ をゝしくたけきますらをも 今はかなしや籠のとり 恋しきかたに翔らむと おもへどかひもなかりけり 日ごとに笛は手にとれど 普のうたは今いつこ 朝夕笛はふくなれど むかしの声は今いつこ むかしはラインの川ぎしに おもしろき音もふきたるに 今はシスチンの寺の内に 悲しき歌のみうたふなり   あまをとめ 浦つたひゆくあまをとめ 舟こぎよせてわがたてる ほとりにきたれわれと汝 手に手とりあひむつびてむ こゝろゆるしてわが胸に なが頭をばおしあてよ 浪風あらきわたつみに まかせたるてふ身ならずや そのわたつみにわがこゝろ さもにたりけり風はあれど 塩のみちひはありといへど こゝらの玉もしづみつゝ   花薔薇 わがうへにしもあらなくに などかくおつるなみだぞも ふみくだかれしはなさうぴ よはなれのみのうきよかは   わかれかね わかれかね心はうちにのこるとも  しらでやひとの戸をばさすらむ   鬼界島 鬼界之島在何処、 雲濤浩●不可渡、   ●はサンズイに「身」「少」 五穀不生田土痩、 山他に深沮多大樹、 維昔治承戊戌秋、 平氏戚権加八洲、 王家未免式微嘆、 天子下堂見諸侯、 慷慨有人聚壮士、 夜深鹿谷誓生死、 何物狡児泄秘謀、 一朝縲囚百事止、 三人同謫孤島中、 蛮烟瘴雨又蜑風、 雄心寂寞消磨尽、 身如断梗髪似蓬、 誰識禍福与時転、 又見流人蒙赦免、 遺恨千年天無情、 尚有僧都留不返、 北望黯然魂欲消、 浮雲積水路迢々、 濤声入枕眠不得、 憂心耿々度永宵、 京師蟻王果何者、 僧都恩遇尚所荷、 偶聞流人蒙赦帰、 窃喜僧都亦免禍、 簑笠出迎鳥羽村、 烟雨空濛昼尚昏、 但見二轎向京至、 不見僧都空断魂、 聞道罪深帰不得、 余生尚托蛟龍域、 向人数々問帰期、 帰期何日絶消息、 僧都有女年十三、 山桜経雨紅半含、 零落孤身托何処、 南都城裡古茅庵、 茅庵雨歇風日美、 満地落花無声膩、 門前乍聴響跫然、 即是蟻王尋女至、 相見未語涙朱垂、 但道赦免不可期、 欲向海南問消息、 諸君試写相思辞、 少女聞之喜且泣、 千行紅涙筆々湿、 欲封又開開又封、 慇懃相托更鳴●、   ●はクチヘンに「邑」 江南四月草萋々、 千山花落杜鵑啼、 春色巳帰人未返、 暮雲遠樹魂転迷、 孤身直欲欲恩遇、 菽水奉歓寧遑顧、 行李蕭然出郷関、 独上蒼茫雲海路、 雲海蒼茫一葉舟、 雲渺々兮水悠々、 唯有一封蔵髻裡、 海上自防●苻憂、   ●はクサカンムリに「佳」 任地形容太枯槁、 行尽西海万里道、 又従薩州托賈船、 布帆無恙達孤島、 島中風景異京華、 不見田園種桑麻、 芳草満郊青漠々、 一路荒村落日斜、 逢人輙問僧都跡、 言語不通手加額、 誰知京洛寺門僧、 今作天涯淪落客、 中有一人能解心、 言是前日沢畔吟、 不知今日在何処、 須向峰巒深処尋、 山高谷深行路窄、 嵐気襲人天欲夕、 一径窮処荊棘深、 晩風凄々乱雲白、 転歩更向海辺行、 路上沙清鳥迹明、 四望蒼然人不見、 烟波深処海鴎鳴、 乍認老翁来海上、 倚杖大息気惨愴、 痩臂倒提数尾魚、 破衣乱髪無人状、 相逢先問僧都蹤、 寧料僧都是老翁、 両人相対掩顔泣、 談今話昔感無窮、 謝汝能凌●漫海、 万里来尋忘身殆、   ●は「水」が3つ 回首往事都如夢、 欲死未死身猶在、 唯頼帰人懇慰余、 荏冉久待京師書、 飛雁不来天地長、 幽憂之裡送居諸、 島中固不事稼穡、 幾為衣食労身力、 瘴烟深処採硫黄、 売与商人換衣食、 爾来身力日愈衰、 不踏窮山僻水危、 時従漁人請魚去、 又拾蚌●充調飢、   ●はムシヘンに「橘」の右側 天涯誰復憐落魄、 蕭然独結環堵宅、 従此与汝携手去、 通宵交膝話今昔、 乃沿海上又曳●、 巌辺遥認一株松、   ●はタケカンムリに「工」と「叩」の右側 松影参差蔽孤宅、 草扉竹椽碧苔封、 且道秋宵明月色、 皎々何意入戸側、 夜半時聴風雨声、 湿入敗●身自識、   ●はコロモヘンに「困」 桑門昔日着袈裟、 玉殿金楼作我家、 満室香烟長不絶、 木魚声裡寄生涯、 自古人生似夢幻、 江湖何事足憂患、 一朝誤作遷謫客、 往事茫茫不可諌、 言終唯有涙滂滂、 此時蟻王亦惨傷、 説尽往年多少事、 毎談一事一悲傷、 尚記当年謀泄日、 捕卒幾十来入室、 奪略家財無所遺、 殺人如麻何知恤、 此時夫人携両児、 鞍馬山下去栖遅、 有特往来問安否、 談到主君便増悲、 幼君不解当年事、 只喜孤臣左右侍、 常道家厳在遠方、 与汝相携到其地、 噫吁死生皆是天、 幼君何意去茫然、 夫人日夕思慕切、 又辞人世客黄泉、 唯喜令娘今尚健、 独赴南都依親近、 来時就求一紙書、 開髻出書通信問、 僧都展書読幾回、 書中只道早帰来、 痿者終身寧忘起、 赦恩猶未及蒿莱、 蒿莱之中無暦日、 只有気候分寒熱、 花発知春葉落秋、 夏聴蝉声冬見雪、 三年孤島日遅々、 憶起当年被執時、 被執寧知為永訣、 天涯地角長相思、 苦辛不願在人世、 一死唯分葬荒裔、 絶食両句遂易床、 海雲惨憺水空逝、 時聴蟻王哭泣声、 俄隔幽明若為情、 孤身豈惜試螻蟻、 只当香火祈後生、 遺骸空付一炬火、 収拾白骨嚢裡裏、 又整旅装辞孤島、 薩摩海上再泛舸、 関山秋色満帰途、 落日空林啼晩烏、 青鞋踏尽幾険艱、 寒風冷雨入南都、 旅装直訪僧都女、 孤島苦辛相対語、 天地有情亦応泣、 海内無人解愁緒、 可憐当日小雲鬟、 一朝削髪入禅関、 蟻王亦携白骨去、 飄然泣上高野山、 高野山高入雲漢、 南望蒼海空長嘆、 鬼界之島在何処、 万古愁雲凝未散、   わが星 おもひをかけしわが星は 光をかくしいつこにて たれのためにかかゝやげる 心もそらに浮くもの かゝるおもひをふきはらふ この夕暮にかぜもがな すゞしく茂る夏木立 なにをやさしくそよぐらむ 緑色こき大そらは なにをやさしく見下せる あるかひもなき世の中の 卯月しりてや天の戸を 鳴てすぎゆくほとゝぎす しでの山路のしるべせよ   あしの曲 日はかたぶきけりあなたの峯に ひねもすつかれしひるもねむりぬ この池の面にみどりの色の ふかくもうつれる青柳のいと はるけくへたる人をしのびて 袖はうるほひぬ涙の露に こゝにはあはれに柳そよぎて 夕暮のかぜにふるふあしの葉 深くもつゝめる我かなしみを さやかに照らせるなつかしの君 あしと青柳の葉をもれきて 照わたるほしの影のごとくに   あるとき おくつきの前にふたり立ちぬ にはとこの花は香ににほひて 夕暮の風に草葉そよぐ 乙女はさゝやぐ声もほそく 我身はこの世をさりたる後 よみにし歌のみ猶ながらへ 君はひろき世にとり残され 共にかたらん友もなくて 思ひ寐の夢にわれを見なば にはとこの花とさうびの花 かこみしおくつき音信来て みどりの草葉をしとねにかへ にほひよき花の一束をば おのれに手向て給はりなば なれし足音に目をさまして 静にしのぴてなれ/\しく 心をへたてずさゝやかまし ともに世にありし時のごとく 過き行く人々おもふならむ にはとこの花をいとしづかに ゆるやかにそよぐ夕かぜぞと 世にあるごとくに何事をも きかせ給はらはおのれもまた 夢みし事をば物語らむ その時たがひに心おちゐ 目をさますほしに心つきて さらばといはましいとしづかに 君ほ力つき夕まぐれに かへり給ふらむおのが家に おのれはふたゝび花のそこに   オフエリヤの歌 いづれを君が恋人と わきて知るべきすべやある 貝の冠とつく杖と はける靴とぞしるしなる かれは死にけり我ひめよ 渠はよみぢへ立ちにけり かしらの方の苔を見よ あしの方には石たてり 柩をおほふきぬの色は 高ねの雪と見まがひぬ 涙やどせる花の環は ぬれたるまゝに葬りぬ   マンフレツト一節 ともし火に油をばいまひとたびそへてむ されど我いぬるまでたもたむとも思はず 我ねむるとはいへどまことのねむりならず 深き思ひのために絶えずくるしめられて むねは時計の如くひまなくうちさわぎつ わがふさぎし眼はうちにむかひてあけり されどなほ世の常のすがたかたちをそなふ なみだはすぐれ人の師とたのむ物ぞかし 世の中のかなしみは人々をさがしくす 多く才ある人は世に生ふる智恵の木の 命の木にはあらぬはかなさをなげくなり はや我は世中に学ばぬ道はあらず 天地の力もしり哲学をもきはめぬ そを皆我身のため用ひむとおもへども なほ我身にはたらず―人のためよき事し 人よりもまたわれによき事をむくはれぬ なほ我身にはたらず―我身にはあだのありき それにもそこなはれず多くはおのれかちぬ なほ我身にはたらず―よきもあしきも命も また勢も思も皆人の世にあれど おのれには砂の上にかゝる雨の心地す かのあやしき時より物とては恐れねど 其物を恐れぬ心は我身を責む のぞみもねがひもみなしたはしとはおもはず 我はさる物にては心をばうごかさず いざ我業はじめむくしくあやしき力 かぎりもなきこの世のさま/゛\の鬼神よ 此世をとりまきて風にすめる神/゛\よ けはしき山の上に行きかひする神らよ 地のそこ海のそこつねにすめる神らよ まもりの力をもていま汝等をいましめむ 汝等をよぶにのほれよとくこゝにあらはれよ まだきたらぬ―おのれはあやしき物のかしらの 恐しきしるしもて汝等をはふるはしめむ かならずしなぬ物のちからもてよびいでむ のぼれよとくのぼれよとくこゝにあらはれよ まだきたらぬ―汝等はおのれをばあざけるな 土地の神風の神我は猶おそろしき 力もて大そらに地獄の如くさまよふ くだかれし星くずのまもりもてよび出でむ 我むねをくるしむるおそろしき力もて 我ほとりにながらへおのが身にやどる おろしき思もてよびいでむあらはれよ   戯曲「曼弗列度」一節    魔  語 When the moon is on the wave, 波上繊月光●紛              ●はイトヘンに「升」 And the glow-worm in the grass,‥‥ 蛍火明滅穿碧叢 宵暗燐碧生古墳 陽炬高下跳沢中 星墜如雨光疾於電 梟唱梟和狐客驚顫 残月斜射千壑陰 風死林木渾絶音 正是威力加汝時 霊咒無仮誰脱羈 形体眠矣心不眠 中夜離枕頻色然 胸裡昏暈難得淪滅 心上迷念何可●結   ●は「螢」の上半分+「糸」 冥報常在渾不知 ●怯思友難暫離    ●はリッシンベンに「匡」 嗟汝之骨纒弔衣 嗟汝之体陰霧囲 霊咒無仮誰克争 栖息斯境応畢生 尋汝何必趨汝虚 憐汝心眼時対予 堪比空気無定容 相逐相迫常景従 行止●慄如有憂    ●はリッシンベンに「謬」の右側 疑念頻起回汝頭 回汝頭又驚汝心 予本非影無処尋 須記威力長不窮 蔵在乎汝胸臆間 予唱斯一篇咒詞 教汝居世歎数奇 何况空際曾下神 前路張設蹄与罠 何况風裡聞鬼音 朝暮傾奪歓喜心 休謂眠是天与安 衾枕冰冷成夢難 休謂初旭披汝襟 応願残日沈遠林 仮啼涙多溢巵満●    ●は「角」+「光」 汲烹幾回錬成薬精 詐交陥人臆生闇泉 血流自泉黒如密烟 笑容艶妖以持両端 化為●蛇向途上蟠 一双絳脣吸之得漿 殺生毒民甚於信霜 少如点塵刺心割腸 蠱乎毒平豈能比方 汝胸如鉄笑容可憐 汝情●知似無底淵    ●はハコガマエに「口」 汝眸子正倣君子顔 汝天性姦内含傲頑 汝多詭謀巧無等倫 汝何自崇敢云処仁 汝驕很心為人祷顛 汝如●因〔●因人名亞当之子〕刺痕宛然   ●はツチヘン+「可」 汝之罪盈満非可寛 即身只応作冥獄観 漿在●裡傾汝頭上    ●は「角」+「光」 涓滴攸触成汝深障 無睡無死歓事休 天裂星落何破愁 愁極招喚催命奴 奴不能到空嘆吁 看汝傍有魑魅狂攘 禁汝自不聞鎖鐺響 枯汝頭脳萎汝心髄 唯是三語云滅亡矣   野梅 めづる人なき山里は うばらからたち生ひあるゝ 籬のもとに捨てられて 雨にうつろひ風にちり 世をわびげなる梅の花 あひみるにこそ悲しけれ   別離 薔薇花何艶  有刺盈其枝 未遂中心願  一朝苦別離 嬌眸曾流眄  福祉吾所期 往事帰一夢  茫々不可追 一自去郷国  飄蓬幾遷移 平生何所閲  妬忌与哀悲 玉腕如可枕  吾心安且夷 往事帰一夢  茫々不可追 雲飛風撼樹  急雨又相随 四疆何黯●  相別欲安之    ●は「黒」+「甚」 禍福任来去  与君永相思 往事帰一夢  茫々不可追


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