三郎盛綱

 

 鎌倉時代普通の板敷きの小座敷に当時猶流行は廃らぬ昔の侭の双陸盤を中にして、父 子両人が対座した。父は佐々木の一人にして頼朝に畏愛される三郎盛綱で、即ち四郎高 綱には兄、二郎経高には弟である。その子通称は加地太郎、此程信実の名は付いて、い はゆる男一人と為つた十五歳の少年である。

 今から比べると鎌倉時代は人すべて早熟で、従つて体格もこの所謂子供と云ふ年に比 べて、殆ど案外なほど大きく、父盛綱の五尺何寸とか云ふのに対して、信実も早五尺を 越した。薄髭も黒く生えて居る。一族に似て目は細い。口殆どへの字に締まる。不負魂 は現れた。

 重一、朱三、重二、朱四、両々勝負を競はせたが、今日は何うした事か加地太郎の旗 色が甚だ悪い。

 顔皺めて考え込む様子が父には寧ろ可笑しく為つた。

『大将首と為らぬかの。破軍の剣先が悪いのぢや。止すさ。改めて明日と為るさ。』

 加地太郎は頚を掉る。

『も一つか』

『三度駈けぢや。』

『何を言ふ。もう是五度か六度かぢやろ。』

『是から新奇に三度駈けぢや。勝つ迄は止め申さぬ。』

『困つたの、和郎に捉まると何日でも是ぢや。此程も便所へ立たうとするのさへ図を外す なと止めせれた。』

『命賭けでござるもの。鷲は兎を引ツ簸くにも鹿撲だけの力を出すとか。』

『それで双陸も必死でか。』

『勿論でござるとも。』

 父は鎔ける程嬉しい。天晴の気象者、此勢ひさへ衰へずば行末は立派な武士とばかり、 猛者が情には殆ど脆い。

『さらば最一つ。和郎から打て。』

『不好ぢや。父上から。負けて御情を受けたう無い。』

『何処までも意地張るの。』と親は益々心嬉しい。再び局に向ひ合つた。是一つ彼二つ、そ ろそろ是からと云ふ所へ突と何人か入つて来た。

『おお左衛門殿。』と見ると共に盛綱が。

『偉いの、戦争か。』

 云ひながら親しい間柄とて、其侭坐りもせず、盤の傍に只突つ立つ。是れ即ち外でも 無い、曾我兄弟で特にその名の現れた工藤左衛門祐経なのである。

『子供相手の大戦争か。』と祐経の語には針が有る。

『敵がなかなか強情ぢや。』と盛綱は笑み頽れた。

『強情とな。さらば敵は負けたのぢやな。』


『中られた。』

『中つたか。すべて負け手は強情ぢや。いいや、負けた故強情にも為るのぢや。』

 加地太郎は血色変へて祐経を睨め付けた。祐経は頓着せぬ。

『どれ、己が助けて遣ろ。後詰めから逆押しに盛り返して阿父さん負かして遣ろ。』

言ひさま柔かくむんずりと加地太郎を抱き縮めて、片傍へとそつと置いて、後の座にべ たりと坐つた。

 加地太郎は呆気に取られて、争ひもせず置かれたが、後の座に祐経が坐つたのを見る と均しく、子供ながらも憤怒の形相、傍目にも凄まじい。

『無礼ぢや、左衛門』声は怨みに烈しく響いた。

『無礼とな。』と振り回る。

 座は動かずに、『やい左衛門。誰が助けてと頼んだやい。』

『あははは、怒つたか。』

『無礼ぢや、やい。』

『怒るな怒るな、弱虫ぢやろ。』と鼻の先で冷笑して、『負けた怒りを人に移すのは勇士の 覚悟では無いぞ。』

『所以無く人を掻き退けるのが、それが勇士の作法か、やい。』

祐経はぐつと詰つた。勢いとして依怙地に為る。

『子供の癖に生意気な。』

『生意気た吐かしたな。』

 ぢりぢりと詰め寄り出す。今は盛綱も見て居られぬ。

『退れ、太郎。』と一喝して、『和郎は黙つて居れば可い。親たる此盛綱が言ふべき言葉を も左衛門殿が言はれるのぢや。』と面白からぬ一針ちくりと祐経へと打てば、

『ふむ。さらば親たる御身が為されるべき事を子の加地太郎が為て見せう。』と突然に庭 へと飛び下りた。

 はつと云ふ間も殆ど無い。加地太郎は玉子ほどの石の欠片を取るより早くやつと云ふ 掛け声一つ祐経目掛けて打ち付けた。

 飛礫には少年ながら手馴練であつた。兎狩りなどの時、毎も飛礫で十羽に対して五羽 は中てた。況んや距離とても無い。祐経の額の正面、切り稜が的中した。

 流石祐経も目が眩んだ。むつと計り向仰に反つて、跳ね返つて本の姿に立ち直つた処 を見れば、額は切れて血を噴いた。

 盛綱は動顛した。

『やれ是は一大事。己が己が悪たれめが。左衛門殿、それ血が眼に−誰か有る、布を布を −血止めをも、やい、早く。』

 烹え返る混雑騒動、家内中が駈け付けた。疵口を洗ふ、血止めを宛がふ、布で巻く、暫 時は只揉み揉んだ。(ママ)

 斯る咄嗟の場合ひと為つては落ち着いた知恵は後から回る。真先は怪我人の手当てに 気を呑まれて、誰も彼もわやわやと祐経の身辺へのみ寄り着いた。雷落ちてから空見上 げる。漸く手当も附いた所で、盛綱急に身を●いた。

『加地太郎何所へ行た。太郎、太郎、加地太郎。』

『もし殿。』


 横からふいと口を出したのは家の隷の一人兵衛である。

『若様は騒ぎになると均しく頭を抱へて舌を出して…………。』

『何ぢや。』と一喝喰はせれば、

 けろりとして些し茫として、言はうとする言葉さへ圧し潰されてか、出に似気無く、声 を細く、

『躍つて御逃げ遊ばした。』

『躍つてとは?』と突つ掛かる。

『躍つてとは御手を掉り足を掉り…………。』

『それ聞かうかい。なぜ躍つた。』

『なぜでござるか其所迄は。』と耐へ兼ねて笑い出す。

 電光の閃く如く、目も見えぬ程の瞬時の笑顔を盛綱も顔に走らせて、見る間目の色も 険しくなる。

『躍つて、そして逃げたとな。』

『はい。その御早さ。』

『何方へ。』

『外へ。』

『しよびいて来い。』

『御連れ申すのでござるか。』

『分からんか。』

『御止しなされ。馬鹿馬鹿しい。』

『何ぢやと。』

『御止しなされと申すのぢや、高が十五の御子の仕草ぢや。怒るなんぞと阿房らしい。』

『此奴までが好い年をして左衛門殿の手前も有るを、悪たれを庇ひ居る。如何に日頃空気 者と言はれる和郎にせよ、今の見分けが附き居らんか。』

『奇怪な事仰やるぞ。兵衛は如何にも空気者ぢやろ。但し和子様がもともと悪いか、その 外の何方が悪いか、ちやんとよく存じて居る。』

『見て居つたか。』

『立ち聞きした。』

 何所までも間の抜けた挨拶には祐経がまづ吹き出した。却つて怒れなく為つた。体裁 と云ふ者も有る。一概に然う剥き出しての我侭のみは云ひ張れぬ。

『宜しいわ宜しいわ、三郎殿。左衛門が悪かつた。左衛門が大人気無かつたのぢや。』

『和子さまが子供気有つたのぢや。』と鸚鵡返しに兵衛が言ふ。

『黙れ。』と兵衛を極め付けて、盛綱は左衛門に向かつて些ばかり頭を低げた。『左衛門殿。 此者は老人ぢや。此身に免じて御取り上げ下さるな。とにかく御客人への無礼、悴めが 悪うござつたぢや、期して夫は謝罪する。御心は済むまいが、今日だけの所は御勘弁願 ひたい。』

『詫びる奴が有るものか。』と兵衛は口の内で呟いた。

 祐経只々淋しく笑ふ。

『何れにも為よ、本は己ぢや。三四方へ飛び出させては気の毒ぢや。宜しいか宜しいか。』

 とは云つたが気は済まぬ。曩に盛綱に打たれた面白からぬ一針が根を肚の中に持つて


ゐる。己れやれ他の子で無くば面然で取つて引き据ゑる、よしや他の子にもせよ親が居 なかつたものならば筋骨を抜いても呉れる。況んや小癪な下司下郎めが老耄の皺面打つ 曝して差し出がましく振る舞ひ居る。思ひ知れ、今日は黙つて帰るとも、掌を反さぬ間 に返報が何所からか落ちて来るかを。

 彼は天性怜悧であつた。同情の念も無くは無かつた。但し、惜しむべき一つの疵と云 ふのは其性の妙に包ましく、竹破つたやうに思ふ侭を爆ぜさせる胆気が乏しかつたこと、 是である。是は祐経其人の利害から観察しても利と共に害とも為つた。一寸見の物優し く、風采も頗る立ち超え、弁舌も爽に、才気にも富んで居た丈、頼朝の如き長上には随 分信愛されるに至つたのは当然の事ながら、その又包ましさの過ぎたと云ふ一点が妙に 其人をして陰険ならしめるに至り易いのに、搗てて加へて其生ひ立ちの非常なる薄命、情 無い程の逆境、此二つが更に意地を悪く捩けて磨かせるに至つたのでもあつて、果は其 辺が原因となつて、末遂に曾我兄弟にも斫られるにさへ立ち至つた。

 席はそれ故只白けた。詫びられる身も詫びる身も共に不快を感ずる計りで、一つ二つ の然り気無い話しは持ち出されても、其侭で皆勢無く只消えた。酒でもと盛綱が云つた が、疵ゆゑ断るとて辞退する。双方早どうにも為らぬ。

『暇申す。』と立ち上がれば、夫でもとは又止めも得ぬ。立つて早送り出す。紛紜の根は 張り出した。

 

『奇怪ぢやな、兎にかく父たる身で盛綱が無礼ぢやな。』

 床柱に凭れながら、身を些し斜に崩して、薄髭を捻りながら頼朝は斯う言つた。対座 したのは祐経である。

 祐経は額に白布を巻き詰めて、両眼も殆ど脹れ塞がつた。常は頼朝幕下の好男子の一 人と数へられた男が、打つて変はつて見る影も無く、怖ろしいほどの相好である。多少 笑ひ顔を示しても、其笑ひ顔さへ気味悪く寧ろ凄い。

『当の相手は素より子供なのでござる。人がましく責め立てるのは大人気無いと考へ申す。 さりながら其処に現在のその親が居て、親だけの礼を尽さぬ以上、武士としての刀の手 前、何とか致さいでは済み申さぬ。』と声までも震へて居る。

『もつともぢや。そして何とする積りぢや。』

『盛綱が然るべく謝罪する丈の事をして呉れずば、祐経の一分は立ち申さぬ。』

『然るべくとは?』

『祐経の許に来て一言謝罪するのでござる。謝罪せよと云ふた所で、御互の是迄の交際柄、 無下の事も申せまい。もし無下に申すとすれば、一生迚も消えぬ額の疵を種に見て、下 主人の一生をも封じ込めて仕舞ひたい。されば手打にして貰ふか、寺へ叩き入れて貰ふ か、勘当して貰ふか、三つの中その一つにして貰ひたいのでござる。さり乍ら只今も申 す通り、是迄の交際柄も有る。さう無下にも申せまい。さすれば只親盛綱が穏かに手を 突いて、如何にも我子が悪かつたと、斯う一言云うてさへ呉れるならば、祐経も其侭で 笑つて仕舞ふ心でござる。』

『如何さま、夫は無理でも無いの。さらば己が心得た。其様は此侭御帰りやれ。己が今盛 綱呼ぶ。』

『忝う存じ申す。但し、謝罪させると申した所が、祐経が強ひて我意をのみ張つて、殿へ 強請つて、盛綱を只押さへ付けて、謝罪させる抔といふやうでは其所には稜角も立つ次 第、却つて面白うござらぬが…………。』

『其所も有る其所も有る。但し、其所は掛念すな。頼朝が其様に只強ひられた計りで、裁 判を下す訳では無い。』

『稜角が立ち申さぬか。』

『素よりぢや。』

 楔打つた上は夫で宜しいと漸く祐経も承知した。然らばと暇を告げて其場を立つ、そ れと殆ど擦れ違ひ様に頼朝は侍一人召し出して、盛綱呼べと言ひ付けた。

 待つ間程無く、盛綱が見参した。用の仔細は既に推して知つて居る。

『膝組みで咄す事ぢや。近う来い。さて詰らぬ事ぢやがの』と愛嬌好くにこにこ笑つて、 『今祐経が参つて是々ぢや。』と聞いた丈を摘要して、『飛んだ大人気無い騒ぎを起したも のぢや喃。しかし、過ぎた事は仕方無い。角立たぬやうに願はしい。其許は如何やうな 所存かな。』

 怪我させられた者に所存を問ふので無くて為せた者に問ふのであると為れば、どうで も何の様にしても謝罪するぞと其方をまづ問ふとしか思はれぬ、盛綱快くもあらぬ。


 返事は無くて、只黙した。

『如何やうに為たらば可からうか。事は素より一瑣事ぢや。但し堤も蟻穴で崩れる。御互 に相けるべき間柄が長く不快を含むのも好ましからぬでの。』と遠巻から近寄つた。

『さすれば盛綱に何う為いと仰せられるのか。』と顔色も気色ばむ。

『それを其許に尋ねるのぢや。』

 嗚呼一大事と為つて来た。道理争ひで言つた日には九分までの理は此方に在る。痩せ ても枯れても小悴でも人それぞれの分は有る。たとひ別懇の間柄とした所が礼儀と云ふ 物を蹂躙して恣に其本領を奪つたが最後、寸で既に呑む気有るべき小蛇の争でか鎌首擡 げぬであらうか。只その鎌首の擡げ方、其所に不穏な所は有る。

 苦々しげに舌打ちして、『悴めも出過ぎては居つた。相対ならば格別の事、其場に父盛 綱などが居つた処で、あの様な狼藉したと云ふ事、或ひは父の威を量に着て、いとど強 がつたとも申し得る。』

 頼朝は頷いた。

『言はば悴めも卑怯な所が無くは無い。父の身としては夫でも何でも庇ひたいは庇ひたい。 飾り無く申さうならば、それ故左衛門祐経殿がまだ御帰りに為らなかつた間は、肚では 承知して居ながらも、其辺中掻き捜して尋ね出し、その人の面前で謝らせると云ふ所ま では致さなんだ。何は兎もあれ、折角の殿の御心尽しを仇にも為し申せまい。斯う致し 申すべい。父子の縁を切り申さう。』云ふ顔色は変つて居た。

『勘気申し付けるのか。』

『逐ひ出して寄せ付け申すまい。』

『如何にも。』と頷き頷き、頼朝は暫時打ち案じて、『祐経には何と云ふ。』

『左衛門殿に某から何か又別に申すのか。』

『言はずば無るまい。』

『何をでござる。』と又気色ばんで来る。

『己が言ふ迄も無からうが。』と頼朝の調子も亦変つた。頼朝としては珍らしい。毎もさ う事々しく調子の変る性質の人でも無いものを。

『加地太郎は誰の子ぢや。子の事をば親が負ふ、是は当然では無いか。子が狼藉を致した のを只勘気申し付けたと計りで、其侭で過ぐさうとは頼朝つくづく合点が行かぬ。己に 対する礼も有らう。祐経に対する礼も有らう、己にだけは筋を立てて、肝心の祐経には 面目を立てぬと云ふ事、武士として、卑怯で無いか。』

『何と仰やる。』と屹とした。『是は殿の御言葉とも覚えぬ。左衛門殿には義理を立てず、 殿にのみ義理を立てるのを殿は悪いと仰やるか。』

『左衛門は当人ぢやろ。』

『当人は知れ切つた。但し、義理立てるべき人では無い。』

『そりや無法ぢや。』

『何が無法で。もともと左衛門殿が無法でござる。騒動の起りは誰でござる。敢て改めて 云ひたくは無い。殿が然う片贔負に左衛門殿をのみ立てよ立てよと仰やるならば、盛綱 も火焔吹きたくなる。加地太郎は小悴ぢや。左衛門殿は大人ぢや。心易立てが過ぎたと は云へ、盤面に臨んで一心を篭めた鼻面を横合ひから大人ともあらう者が小悴をとの勦 りも無く、掻き退けるとは何たる所作か、加地太郎が狼藉せぬ前、盛綱がまづ腹は立つ


た。』

 喧嘩なら来いとの意気込みとは為つた。実は頼朝も甘く見られて居た故で。

 いつも押し詰めた争ひと為つた時、頼朝は瓢箪鯰となる性質の人である。後の歴史家 は婉曲に云ひ做して「喜怒色に現れず。」と極めを附けた、即ち「喜怒色に現れず。」は 裏から瓢箪鯰を美化したのである。

 世辞も余り多くは言はぬ。それ丈偶に言ふ世辞が際立つて、その言はれた相手に浸み る。議論は避ける方である−些し議論に傾いても、直横へと逸らす風である。つまり与 し易いと見られ易い方である。

 あらぬ方を何気無く見廻して、漸くにして向け直す頼朝の顔付きは最う和いで来たの である。但し、笑つてはまだ早い。笑ひ顔だけは為ぬ。一筋その筋が緩んだなら、すぐ 笑顔たるべき顔付である。

『大分六かしい議論ぢやな。いやさ、六かしいと云ふた所が、其六かしいのも当然の訳ぢ やろな。宜しいわ。それならば其様はな、左衛門へ何とも挨拶せぬと、斯う確かに云ひ 切るのぢやな。』

 折れられて見ると気の毒な様でもある。左衛門へ挨拶せぬと確かに云ひ切るのかと云 はれて見ると、また勃然と為るやうでもある。気の毒と忌々しさとが胸の中で絡れ合ふ。

 黙つて居る。

 頼朝も暫時黙つて見た。何とかの返事が出るかと待つつもりで、わざと相手を極まり 悪からしめぬ様にと、又横へと空目を使つて見る。

『然らば分かつた。』と頼朝の方で繕つた。『道理も有ると推察した。』とやうやく世辞を 些し加へた。『然らば己から一切を引き受けて左衛門に云ひ聞かす。』

 今は盛綱も黙つて居られなくなつた。わが味方のやうに為られたかと思ふと、忝さ− と言ふ程でもあるまいが、何と無く心嬉しいやうな所が強ち無いでも無い。

『殿から仰せ下さるとな。』と後上がりに当り出す。

『されば己が中に立つ。』

 中に立つて何のやうに云ふのであらうか、今度はそれが聞きたく為つた。

『但し左衛門殿が立腹されると云ふ場合ひ、殿が中に御立に為つた上からは何れも左衛門 殿にも花を持たせて何とか然るべう御取り做し−と云ふては何うか知れ申さぬが−御仲 裁遊ばすと云ふ様な訳にでも…………。』問ふでも無し問はぬでも無し、但し何れかと云 へば問ひが九分で問はぬが一分と云ふ調子に。

『そりや何れでも可からうが。』とそろそろ手玉に取り出した。『其様のを無理とは思はね ばこそ左衛門にも言ふて見ると云ふ訳ぢや。』

『無理で無いと思し召し下されるか。』と漸く声も溶けて来る。

 壷に来たぞと肚で積もつて、『されば今も然う云ふたろ。』

『殿が然うさへ思し召すならば、偖何も其上を盛綱が執念く執念く思ひ切り悪く言ふ法も ござるまい。但し現の今が今まで然うまで捌けたやうに承はらなかつた侭。』と云ひ掛け たが心付きもして、『勿論盛綱の聞き様も悪かつたで、悪し様に聞き取つたのでもござら うがな。』

 頼朝は微笑した。

『或ひは然うかも知れぬわい。』と故意とらしく仰山に。『聞き様が悪い聞き様が悪い。一


図者は是ぢやから困るのぢや。戦場では一図者が一等ぢや。不断は一図者が下段ぢやぞ。』

 笑はせられて、『是は酷い。』

『一図者に為つた身の損ぢやと合掌して諦めい。さらば話しが取り乱れたが、今引つ括つ て云へば斯うなのぢや。左衛門が兎に角大人気無かつたに由つて、要でも無い事が起こ つた。是は己がまづ左衛門を窘める。然る上は左衛門がその腹に得心した以上、黙つて も居られまい。何とか為る。何とかは外でも無い其様方へ詫びに参るぢやろ。』

 詫びに参るとは意外である。それは夫丈で宜しい。但し然う為つて来ると、大分困つ た事に為る。

 今の今頼朝へ口外した言葉が有る。曰く、加地太郎をば勘当する、と。

 頼朝には一歩を譲らせ、当の相手の左衛門には詫びに迄来させたところで、偖それな らば夫で我関せず焉で押し通して、ぬくぬく我子を其侭にして置けやうか。

 祐経が何れ詫びに来る。大人気無い己が悪かつたと必らず云ふ。どうしてどうして我 子に狼藉を為せて、つい手を懐中にして居た此己盛綱が悪かつたと云はねば為らぬ。殿 にも心配を掛けた故、改まつて茲に此己が詫びに参つたと其所で必らず祐経が云ふ。さ れば祐経の然う云ふ言葉は到底此方を絞め木に掛ける恐ろしい轆轤では無からうか。さ う為つて来ると、勢いくひ勘当沙汰をば義理としても此方から云ひださねば為るまい。云 ひ出した所で、先方が夫には及ばぬと差し止めて呉れれば宜しい。さうならば渋々もの か何かで些ばかりは弓だとか矢だとか捏ねて、宜しい頃合ひを見料らつて、折角の御言 葉ゆゑ御顔をも潰せぬとでも言つて、其所で勘当沙汰を取り消しにも出来る。但し、さ うのみは行かぬか知れぬ。左衛門といふ奴、口に蜜が有り、腹に毒が有る。竹篦返しに 何所までも勘当を物にさせやうとぢりぢりと押して来るかも知れぬ。すると堪らぬ。

『しかし、殿、最う何も斯も宜しい事ではござらぬか。』と無理に血路を開き掛けた。『盛 綱は早既に改まつた殿の御捌きで満足して、すつぱりと何の心の隈も無くなつた積りで ござる。左衛門殿が詫に来られると為ると事甚だ大袈裟ぢや。而も怪我まで為せて置い て、詫びに迄来させると云ふ事に為ると、どうも角が立つやうぢや。』

『その角は誰が立たせるのぢや。』と頼朝は腹の中で言つて、表面には然りげ無く改めて 際立てて、

『角も何も立ちは為ん。御互ひに悪い心だけをあやまつて、円く納める丈ぢやもの。』と、 其『御互ひに』に力を入れた。

 盛綱の旗色は段々悪い。しかし、彼や是や夫と無く言葉尻をば幾らも取られて居る。伏せ勢に掛かつたといふ工合ひで、実はまごまごし始めた。頼朝は敏くもその機を見て取 つた。

『万事分つた。宜しいわ、御帰りあれ。己も今日は今朝から北条達との評定で大分身体が 疲れて来た。睡い。寝たい。左衛門へは明日話す。』

 会釈してつと座を立つ。引き止めてまだまだ話をば附けたいが、流石斯う言はれると 気を呑まれて何う引き止める事も出来ぬ。只訳も無くぼんやりした。

捨てた燃え差しから野火となる。子供の飛礫只一つから色々な混み入り沙汰と為る。盛 綱の退出と共に、今度は左衛門祐経が頼朝の前へ呼び出された。

『祐経で。』と声を聞かせて、『おお。』と頼朝に答へさせて、『入れ。』と云ふ許しをも待 たぬに、するすると入つて来た、その摺り足は中々旨い。

 入るや否や頼朝と顔見合はせて、につこりとして目礼する。坐り掛けたが、円座の無 いのに心付いて、ぐるぐる其辺を見回して、

『太上皇の御茵は。』と勿体らしく白々しい。

『太上皇の御茵は廊下の院の御所にある。』

と頼朝も巧く遣る。

『雑人們め、持つても来ぬ。』と嬾げに引き寄せて、『御影で疵の痛みも薄らぎ申した。何 しろ、人に話しも為らぬ仕儀で、いやはや弱り入り申した。先程も土肥次郎に遇ひ申し たら、何の疵ぢやと聞かれたので、真逆石を子供に投げられてとも言へず、うつかり戦 場に居るつもりで矢疵ぢやと云ふて退けたで、さあ土肥は驚いた。冗談ぢやと云ひ消し たが、さう云ひ消す迄気の毒であつた事と申したら、全で御咄しにも為らぬ。』とぷつつ りと切つて、身を進めて、

『時に御召しの筋は?』

『分かつたろ。』

『盛綱怒つて居り申したろ。』

『うむ、随分鼻息が強かつた、怪我をさせた方が、何れかと云へば、為せられた方より強 いのぢや。』とにつと紅い歯根を出す。

 嬉しげに共に一寸笑つて、『それで如何やうの話しに為り申した。』

『前以て思つた様には為らぬわよ。』

『為らぬ?』

『決定通りには為らぬわよ。』とゆるりゆるりと景気を嗅ぎ嗅ぎ、『盛綱に云はせると、ど うでも左衛門殿が悪いのぢやと、竹割つた様にきつぱり云つて、一足も引かぬのぢや。さ らば、親として傍に居るから夫故手を出さなんだのかと奥底まで叩いて見ると、素より ぢやとの意気込みぢや。其様は其様で、先程のやうにのみ言ひ張る。盛綱は盛綱で、今 のやうにのみ言ひ張る。話しは附かぬ。』

 土俵際で抛り出されて、我知らず目を円くした。暫時唇をもぐもぐさせた。

 相変らずの木偶の坊めと腹では悪口三昧である。但し、その木偶の坊と見える所が頼 朝の値であるとは神か後世の判断で無ければ迚も知れる沙汰では無い。

『話しが附かぬと仰せられると、さらば祐経も泣き寝入りに為る訳でござらうの。』些し 詰め寄る。

 汗が出たらしい様子で、顔を平手でつるりと撫でて、其手を膝へ擦り付けた間に実は 頼朝は多少の思ひ附きの思案を押し絞つたのでもあつた。

『泣き寝入りとは?』と知れた事を空虚惚ける。

『怪我させられた面目も立てぬと云ふのでござる。』


『さうでは無い。』と、それなりで黙つて仕舞ふ。

『さうでは無い。』と仔細らしく頚まで曲げて、殆ど口真似のやうに云つて、『それでも咄 しが附かぬと仰やる…………。』

『附かせる様にすれば附くのぢや。』

『ははあ、如何やうに…………。』

『是は己から全くの内々で其様にのみ打ち明すのぢやがな、打ち明して而して寧そ其様に 頼むのぢやがな、何しろ角の立つのは悪いからな。』と意外にも又も又も分かり切つた事 を諄々しく云ひ立てて、『ともかく斯う云ふ様に為い。其様からまづ詫びに行け。』

『やれ是は…………怪我させられた方から…………。』とぷうと太い息を吹く。

『それが面白くなるのぢやぞ。』と宥めるやうに柔く、『頼朝がこれこれと云ふた、ともか くも祐経が佐々木方へ参つて、然るべく詫びを入れよ、さすれば盛綱殿とても祐経への 手前、男前を立てる丈の事を為ねばなるまいと、是ぢや。』

『なるほど。さう殿に仰せられた故、それで祐経が詫びに参つたと、斯う云ふのでござる な。』見る見る額に小皺を絞つて、さも伸び伸びとした様な、嬉しさうな顔と為る。

『是を与るからには何れ先方でも彼を呉れると型でぴたり押し附けて身動きの為らぬ様に するのでござるのぢやな。』

『さうぢや。是非とも然う為つたが最期、盛綱も只は打ち捨てて置かれまい。』

横手を拍つて、『妙、妙、妙。』

『妙か。』

『妙でござるわい。殿が御心配遊ばされた、そこで祐経が詫びに来た、と斯う為つた上は 然らば怪我させた無礼物を其侭にして置くとは何うしても言ひ切れぬ。』

『加地太郎を勘当すると此己にさへ言ふたのぢやろ。』

『そこで、其誓言が生き返る。』

『どうぢや。旨く行くぢやろが。』

『妙、妙、妙。』と又重ねて雀躍する迄の体である。

 木偶の坊めを操つて旨々と捏ね回したかと思ふと、嬉しくて嬉しくて堪らぬ。気量者 を手玉に取つて丸め込んだかと思ふと、是も面白くて面白くて為らぬ。祐経に云はせた 頼朝は木偶の坊なのである。頼朝に云はせた祐経は木量者なのである。双方が得意であ る。

 早斯う事が旨く決まつて見ると、結果とも早く旨く附けたく為つた。最う多く考へる 余地も無い。機と云ふ物、それを逃がしては為らぬ。さらば只是から直ちにと頼朝に暇 を告げて、包まうとしても中々然うは包み切れぬ意気込みの勇みを我知らずの様子にも 現し現し、寧ろ殆どいそいそもので、祐経は頼朝の前を退出した。

 其足で殆ど一散走りに祐経は盛綱方へと赴いた。今は材木座と云ふ名で海水浴場とし て知られて居る所は即ち鎌倉時代の七座の一として其名の示す通りの物を売買した市場 で、木小屋などが多かった、その座の附近、山方に寄つた所に盛綱の宿が有つた。

 詫びに行くのであるが、勢が好い。詫びて其後からそれ以上の余剰銭が取れると云ふ 山が有る。手附け丈の詫びである。鳥の獣を誘き寄せる。所謂招餌たる丈の詫びである。 幾らでも詫びられる。

 案内を云ひ入れて、然るべく座敷に通された。取り次は二十一二の侍ひで、甚無愛想


な男であつたが、それに向かつてさへ祐経は世辞が好い。

『いつも御勤めで祝著ぢやな。折り折り参つては其許にも手数をのみ掛ける。ちと彼方へ 来たら寄り召されい。』

 侍ひは立ち掛けたのだが、仕方無く引き着けられて無恰好な身体付きで急に其所に平 たく為る。

『忝う存じ申す。』と改めて更に堅くなる。

『それと無く御目に掛かつて何と無く覚えて来た様ぢやが、随分此御邸には年久しく仕へ られるよの。』

 肱の露なる手を束ねて、『御意でござる。彼是六年。』

『うむ六年とな。頼もしい。戦争には…………。』

 頭を掻いて、『御恥かしい次第、まだ只一度しか。』

『やれやれ夫は。嘸腕が唸らうの。』

『殿様御出陣は三度でござツた。その都度私めは故障のみで、最初一度篠塚の戦争だけに しか…………はい。』

『其筋骨を勿体無いな。』

『いえ、どう致しまして。死に首でも拾ふ丈でござる。』

『しかし御主人が世に聞こえた方ぢやだけ其許なんども肩身が広い。宇多源氏の名門ぢや。 情深い方とも云ふ。勿論勝ち気ではござられるが…………。』とぷつつり断ち切つて、其 後を継げよかしと差し附ける。

『さればされば。』と果たして受けて、『えらい勝ち気な御方ではござる。その代はり能く 捌け遊ばして。』

『それに違ひ無い。』

『さつぱりして。』

『さうぢやとも。』

『それ丈、水の向け方で、横へ逸れずともの事を兎もすれば横へ逸れ遊ばす。』

 笑顔と共に頷く頷く、『其所ぢや。其所は確に有る。武士の値は其所ぢやてよ。』

 旨く偵察が出来たぞと肚の中では恐悦した。而も呼吸は無法に妙で、いまや彼是斯問 答が済んだと云ふ丁度旨い頃合ひに盛綱はやがて其場に現れた。

 侍ひの引つ下がるのと代はり合つて盛綱はやをら席に就いたが、見れば其顔色は甚だ 悪い。所謂取つて呑さうである。

 但し祐経はそれと期した事とて、敢えて些しも驚かぬ。まづ早親しげな笑顔である。盛 綱には最う甚だ強面い。只の笑顔ならば素より嬉しい。疵の有る笑顔である。況んや其 笑顔で訪問したと云ふ事が予め察して居る通り盛綱を板挟みにする訳である。煎じ詰め た今と為つては哀れ最愛の子加地太郎を勘当せよとて見せられる笑顔である。

『御気の毒至極ぢやな。』と先盛綱が口を切るのを、

『決して決して。』と手を掉つて、『さう言はれては面目無い。御身にそれを承るよりは己 が詫びねば為らぬのぢや。』

『さうで無いさうで無い。怪我したのは御身では無いか。行き届かぬ此盛綱の手脱落から …………。』

『何の何の、さうでは無い。抑もの本源と云へば祐経が悪いのぢや。』


 押し問答が始まつた。只聞けば如何にも麗しい礼譲の言葉である。さりながら其裏の 意味から言へば、互ひに鎬を削るのである。

 思へば奇妙な弁難も世に有れば有るものである。互ひに謙譲の限りを尽すのが其実猛 烈に攻撃するのである。攻め手即ち祐経に取つては其非が己に在つてと何所までも押し 通す事が終に受け手即ち盛綱をして勢ひ謝罪として加地太郎を突き出させる事に為るの である。受け手即ち盛綱に取つては是も又其非が己に在つたと主張する事が反対の奇策 として加地太郎を突き出すのをば救ひ得る事に為るのである。いづれ我の強いのが勝つ。

『兎もかくも三郎殿。』と祐経が声で圧し附けた。『身の言ふのを聞いて下され。殿の面前 へ呼び出されて、大分叱られ申したわい。勿論、銘々に理屈は有る。己もあの時は腹が 立つた。殿へも言上したのぢや。例の殿ぢやろ、一向冴えぬ聞き取り方ぢや。但し結局 はと云ふと、理は何れにも為よ、事の本は祐経其様に在る、其様から然るべく盛綱に趣 意を立てずば、たとへ肚では何と思ふた所が、盛綱も意地と為つて争ふに違ひ無い、と もかくも其様から盛綱に宜しく心の解けるやう詫び入れとの御言葉ぢや。』

『殿がか?』と声喘む。

『己が脂を取られた訳ぢや。そこで殿は斯うも言ふのぢや。さり乍ら己が斯ふ言ふたとは 口腐れ口腐れ決して盛綱には言ふな、只己に言はれたのでも勧められたのでも無くて祐 経其様の本心から出た事にして宜しく盛綱へ詫び入れよ、と、是ぢや。』

 胸に答へる言葉である。正直者の肝には浸みた。偖は推察どほりと為つた。あれ丈で 済まして置かうと思つたものを、何処迄も詫びを入れよと殿は祐経を促したか。さあ困 つた。

 子を亡くなす詫び言を聞かされる。高い値の詫びではある。其所で切り抜け様が有る か知ら。但し機先を制された。どうでも今は勘当一件を物にして出さねば為らぬ。

『殿がか?』と念押した。

『殿が一通りならぬ心配顔ぢや。斯う言ふた。盛綱へ向かつては然程にも見せなんだが、 己は佐々木の一党とは並々ならぬ関係を持つ身分ぢや。己は清和源氏、佐々木は宇多源 氏、同格の源氏ぞと思へば、同等の心持ちも為るのぢや。斯かる間柄でありながら我手 の者とも言ふべき祐経の事に就いて、佐々木との関係を冷やかにするのは苦しい、と。』

『それは世辞ぢや。』

『本心でぢや。』

 世辞と口では云ひ消し乍らも我思ふだけの所を先方に言はれたと思ふと、只快く嬉し くない。その色は顔にも見える、それを祐経は見ても取る。

『本心で言はれたとすると、考へ物に為つたわい。』と太息を吐いて腕を組む盛綱の目は 血走つた。

『考へ物とは?』

『己のみが我は張れぬ。』

『我とは何ぢや。』

『一図の我ぢや。何さま先程の殿の口上でも思ひ当たる所は有る。其所まで殿が心配遊ば さうかとは今迄まだ盛綱も思はなんだのぢやが。今と為て分かつて見れば、幾許か殿を 怨んだのが恥かしう為つて来た。左衛門殿、改めて聞いて呉れ。盛綱は我を折つた。わ が児ぢやが加地太郎をば。』と拳で膝をはたと拍つて、

 盛綱はその妻蔦子と、これに加地太郎と又その幼弟二郎とを加へて水入らずの親子四 人が情無い談合を為る事と為つた。談合と云つた所で、無論主脳は盛綱と加地太郎とで あつた。

『事はいよいよ六かしい。』と盛綱はまづ蔦子を見た。『今言ふた通りの次第で見れば、何 うでも二道より外は無い。一つは殿はじめ左衛門へ対して此方が兜を脱いで、即ち加地 太郎を何とか為るのぢや。』

 その後はまだ言はぬ。それで早蔦子は顔色を変えたのである。

『今一つは斯うなのぢや。先方が矢なら此方は刀で、此所で殿に背くのぢや。』

更に蔦子は身震ひした。

『左衛門に向かつて、加地太郎をば出家さすと己はとうとう云ひ切つた。』

 身震ひが急に叫びと変はつて、蔦子は今はえつと計り、『えつ、出家?』

『驚くは尤もぢや。訳も嘸聞きたかろ。但し、己は今其訳なんどを安閑と言ふては居られ ぬ。後で分かると合点せい。いや、然うでは無かつたぞ。考へて見い。分かるのぢや。』

『そりや分かりましたとも。』と蔦子は涙一杯に、『分かりましたが余りに。殿も殿でござ ります、他の子の死んだのと己の子の転んだのとやら、御自分に御子の可愛味を御承知 の無い方でも無いものを−高が子供の悪戯、それも只の悪戯では無し、小言位で沢山な のを、角も角、一生も無いものに為せて仕舞ふといふ程の角を立てて−左衛門殿が然程 怖いのか−怖く無いにもせよ、然程可愛いのか、余りでござりましよ。』

 苦り返つて、『愚痴聞かうとて己や話さぬぞ。揣まるな、また聞かせる事が有る。』

『まだ?』

『殿にも思曰が有るのぢやい。元々殿が伊藤家との関係から左衛門には気を兼ねて頭の上 がらぬ事が有るのぢや。伊藤祐親に対する義理で祐経とは腐れ縁に為つたのぢや。実は 見掛け倒しの殿ぢやぞよ。但し今は是非も無い。長い物に巻かれろぢや。何所までも此 方が折れず、殿に敵対が出来るならば、どうでも思ふ侭に為やうわさ。その力が無いの ぢやろ。』

 力が無いと言はれて見ると、如何にもと頷かれて、女気には最う口惜しい。萎々とな る良人の様子をつくづくと見ると為ると、わが一生の力と頼む其人が嗚呼斯うまで萎れ 返るかと先早それが痛はしく為つて可憐なやうな気もするのである。同じ人でありなが ら殿と良人と何うして斯う力が違ふかと思ふと、殿が偉くて良人が偉くないかと或ひは 思ひ迷ひもして、して見ると此自分蔦子は意気地無い、又力無い良人を一生の連れ合ひ として持つた、不運の女かと思ひ回しも為ながらも、又其所が言ふに言はれぬ夫婦の情 合ひとて、直に其訳をば回り合はせの運と云ふ物に考へ做して、何も斯も運が悪くて然 うなのだと思ふ。

 涙が、それ故、只差し含む。すると又他に持つて行き所の無い悪口で幾らか胸を透か したい。

『殿が勝手過ぎますわ。伊東家との関係で祐経殿に腐れ縁が絡まつて居ると云つたとて其 伊東家との関係は殿が誰でもござれの意地汚の不身持ちから始まつた事なのでございま


すわ。それで傍こそ迷惑な、僅ばかりの子供の悪戯を大人に買はせるのでございますも のを。』

『愚痴言ふたとて始まるまい。』と盛綱は掻き消した。

 改めて、『これ加地太郎、聞いたぢやろ。親は斫られる思ひぢやが、ここに潜つて彼所 に噴く谷水の心に為つて呉れ。出家と云ふと異に聞こえるか知らぬがの…………。』と是 迄は辛くも言つたが、此所に至つて語が淀む。

 何も骨の折れる事を言ふのでは無い。又事情を更に事々しく述べ立てるべく強ひられ て居るのでも無い。又、尊厳の其威に撲たれるが如き怖い人に向かつて言ふのでも無い。 只出家せよと云ふ丈である。只、わが子に向かつて言ふ丈である。只髪を剃り法衣を着 して永らへよと云ふ丈である。只、わが身の瘤を取り離して、乳で養ひ、粥で育てて、手 や足を生やさせて、而して夫を子と称へて言ふ丈の其肉塊に向かつて言ふ丈である。

 それで容易には舌が動かぬ。舌か動くよりも何よりも、其前早既に動くその舌をも封 じ込めて動かせぬ何かが有る。

 ああ是だけの年齢にしたものを。幼顔も稍消えて来た。唇も分別らしく緊つて来た。眉 も一文字に濃くなつた。薄髭も生えて来た。烏帽子着せ、兜被らせ、太刀を横たへさせ て、天晴佐々木一家の武者として世に立たせうとしたものを。

『是から出家して呉れよ。昨夜も其事に就いて色々殿とも話しが有つたのぢや。そして殿 の口占で察する所で、殿は一旦何も斯も円く納めるため其方を出家の身と為らしめ、更 に異日又折りを見て角立たぬ様にして其方を還俗させて、改めて一人の立派な武者に為 うとの内心ぢや。ともかく今一時の我慢ぢやぞ、嘸心持ちは悪からうが、胸元に考へ納 めて、な、な、出家して呉れよ。』

 声も流石潤み切る。横向いた蔦子は鼻を拭む。暫時は総べてが無言である。

 やがて加地太郎は莞爾した。『父上、よく分り申したわ。出家で事の済むものならば、 何の訳も無い事ぢや。出家したとて戦場に出られぬものでも無く、寺にのみ居ると決ま つたものでも無く、鎧も着られれば弓も彎かれる、何構ふものでござろ。』と両親の顔尻 目に掛けて平手で頭を撫でまはして、『此毛が有ると無いとの相違だけでござらぬか。ま して武士を御覧ぜよ、父上を初めとして、たとひ出家せぬ迄も、兜被るに便宜有るやう にと皆あのやうに頭の毛を大方は剃り落して、やうやう鬢残す位ではござらぬか。今で も宜しい。剃り申す。髪の毛が只の武士より些ばかり少ないと云ふ丈と信実は平気でご ざるわい。』

 寧ろ意外過ぎる言葉である。聞けば又至当な言葉でもある。偖は夫ほど迄にも考へは 附けたのか、悪戯も大きく行なう代りには、いざと為つては殊勝に悪いきもせず大人恥 かしい決心が附くのかと又思ひ思ひ回せば、又更に出家させると云ふのが惜しいやうな 気持もする。

『よく分かつたぞ。親が感じ入つたわい。何も言はぬ。』云ふ其語尾は顫いた。

 蔦子は涙を頻りに拭く。

『立派ぢやと思ふにつけ、是程の立派な児の髪にむざむざ剃刀を当てなければ為らぬとは。 女の児では無いものの、是迄に育てる迄腫物では禿が出来はせぬか、切り傷で痕が附き は為ぬかと何程心を附けましたか。一人前と為るや為らずの今日この今、闇から闇へ葬 るやうな出家姿に為る位ならば、忌々しい、いつその事腫物だらけでも宜かつたに。』

 物語は数年の後に飛ぶ。

 今いはゆる群馬県磯部鉱泉地の東南凡そ十町ばかりの小規模の高地、その名を城山と 云ふ所にその後の盛綱が城を構へた。

 城を構へたと云ふよりは世を捨ててわが城に閉じ篭もつて、農夫半分に為つたと云ふ のが当たる。頼朝が生きて居た内こそまだまだ知己−と十分には言へぬか知れぬが、若 夫れ多少は己に同情を寄せて呉れる人を単に汎い意味で知己と云ひ得るものならば−つ まり其類の知己、即ち一杯の意味の知己と比べては含蓄の甚だ吝な知己−その類の知己 も有りは有つたのである。但し、其吝の知己も死んだ。長兄定綱、次兄経高、弟高綱、次 弟義清、何れも皆不幸なる末路と為つた所で、もともと佐々木といふ名族を心の意地と して盛綱も北条の鼻息を伺はぬ結果、次第に鎌倉天下から疎まれ疎まれ、果は頼家の乱 行に対して苦い良薬の意見などを陳べるに及んで、全く肱を呉れられた。もう世の中が 面白くない。さりとて頼家を憎んだかと云ふに、必ずしも然う計りでは無く、頼家その 人が乱行の暴れ者ではあり乍らも、何と無く竹を破つたやうな、さつぱりした気象の有 つた(父の頼朝にも、叔伯共の範頼義経にも似ず、只よく祖父の義朝だけに似た)、それ に対しては毎も尽くさう尽くさうとのみ思つて居た丈の、即ち或意味に於ての篤実淳樸 なのであつた。

 加地太郎は既に家に居ぬ。法名を西仁と称へて、何所へか雲水となつて居る。雨の寝 覚め、雪の夕暮れ心はそれにも憧れる。嗚呼西仁と名を変へたが、沙門たる西仁は今頃 何所の果を彷徨ふか、戦場の屍とは為るまいが修行の野曝しと為りは為ぬか、生まれ付 きの勝ち気が忍傷沙汰が無いとしても法論の喧嘩沙汰は有りは為ぬか、仏門に捨てた身 とは言ふもののまだまだ世心も十分附かぬ十五ほどの若年が頓ては煩悩を起しは為ぬか、 よしや煩悩を起したにもせよ、素より夫は無理も無い、それに立ち到らせた抑々の本は 誰かと思つて果は此親を怨みでもしては居ぬか抔と、明ても暮れても此物思ひは胸に消 えぬ。

 果は己も剃髪した。剃髪といふ丈でも切めては我子に似たいのである。そして法名を ば西念とした。法名をさへ我子に似せたいのである。西念と付けたと聞くと同時、加地 太郎のと同じやうだと言つた侭、蔦子は涙を催した。

 今いはゆる此地即ち磯部の一部分、人見村の一平地は当時まだ歌にも詠み入られた侭 の名で横野と云ふ菫菜の名所であつた。時今や秋である。野は枯れた。放し飼ひにして ある馬を見ながら、盛綱は館を出て、其野を漫歩きする。

 碓氷の峯を射る夕日が山の角に鍍金様の覆輪をして、浅間から吐かれた噴烟の名残が 鼠色に天に低れて浸潤む。ぢつとよく目を据ゑて見たならば、其辺から一つ星位に捜し 出せさうな薄暮である。馬は多くは臥して居た。

『やれ、追ひ風、大分退屈さうぢやがの。』と馬の一つに口を利いた。『飼ひ殺しを楽と思 ふかの。それとも足が水腫りして苦しいかの。和郎はじめ十何疋を真逆の時の為と思つ て、貧しい中から豆をも遣り麦をも宛行ひ、斯う育てては居るものの、偖何日に為つた


らば、和郎達の背に此身を載せて、それこそ千里一走の追ひ風に飛べるかの。戦場に出 られぬのは武士の恥、馬の恥、己も和郎も共恥ぢや。あはれ天下は乱れぬか。和郎と一 所に藤戸を渡して感状を賜はつた其時の夢現を又も再び見たいものぢや。』

 兎もすれば藤戸の時を憶ひ出す。蒲冠者殿に附随して平家を攻めに向かつた時、迚も 渡るまいと思はれた藤戸の海を馬で渡つて、頼朝をも驚かし、昔から水馬で河を渡つた るは聞いたが海を渡つた事はまだ聞かぬと迄褒め囃されて、世に云ふ感状、その抑々始 めての物を賜はつて、一軍に名誉を施した其時の事がいぢらしくも忘れ得ぬのである。

 髀肉の歎に堪へぬとなると、一躍して乱をも思ふ。懐かしいか、主人の顔を見ると均 しくそろりそろり起き上がつて背振ひして、癖めかして尾筒で腰の辺を煽ぎはたいて、擦 り附いて来る追ひ風の、その青銅の鈴の如き、光沢麗はしく、寧ろ涙含んだ眼を見れば 主の身に為つても何と為く只涙含まれる様な。

 ふと見ると、野の彼方に何者か人の影が有る。曇る眼を掻い拭つて、はて誰か見たや うなと頓て其近づく侭によく見れば、何さま見たやうな所では無い、口も利いた事も有 る昔馴染み、鎌倉殿の御内人の一人比企左衛門能房である。供をも連れぬ。

『是は珍しい所で比企殿か。窶し状で何所へ御渡りの御心か。』

『是は是は。』と比企も亦笑み鎔けた。『何所へどころか、御館へぢや。鎌倉殿からの火急 の御沙汰ぢや。』

と野の果を指さして、『彼所まで早馬でござつた。昨日鎌倉を出たばかりの一足飛びで、 馬も流石弱り果てた侭、乗り捨てて、彼所の田舎家に預けて置いた。』

『火急の御沙汰とは気に掛かる。早く仰せを承りたい。』

『出陣の御沙汰ぢや。』

 出陣と聞く其嬉しさ。まだ何も委しく聞かぬ。胸まづ躍る。

『己にか。』

『御身にぢや、和殿にぢや。是非和殿で無ければ為らぬとて、御文書をも賜つた。』

『御持ちか。』

『持参した。』

『拝見せう。』

『御待ち有れ。此所は野中ぢや。如何に火急な事ぢやと云ふて、それも亦余り勿体無い。。』

『然らば筋を承らう。』

『立ち噺しか。』と比企も思はず苦笑ひ。『斯うぢや、越後に平家の与党が起こつた。大将 は城資盛、浮浪人を駆り集めて乱暴を始め出した所で、素より佐渡越後から討手も向か つたが、悉く破られた。されば軍の初まりから今日まででまだ漸く半月ばかり、それで 越後は大抵乱れた。』

『越後から乱れると、直押しに信濃から此上野へ出て来るか。』

『さう為られては一大事ぢや。然るに、信濃に然るべき人が居らぬ。捨て置かば一月と経 たぬ内に信濃は敵の有に為る。』

『そこで己へ下知が来たか。』と先潜りが如何にも早い。

 よくよくの心中ぞと比企も微笑をを禁じ得ぬ。『昔執つた杵柄だけ駈け引きの察しが素 晴らしい。如何にも唯さうなのぢや。』と特にその「唯」に力を入れて、『和殿で無けれ ば為らぬと云ふ鎌倉殿の御見込みぢや。而も火急の事ぢや。御手勢も揃ふまいと云ふの


で、某が出ると共に安達や土肥の手の者が伊豆、相模、安房、上総、下総、武蔵、此六 箇国を飛び回つて、勢を駆り催して遅くも明日昼頃までに此辺にも来る筈ぢや。沢山で も有るまいが、三四百騎は明日揃ふ。御不満足でも有らうが、明日其三四百騎が参つた ら、出来るだけ早く支度して、出陣して頂きたい。概略は此御文書に…………。』と懐中 へ手を入れる。

『野中で勿体無いと仰せたろ。今只それ拝見せんでも可い。筋は分かつた。己や嬉しい。 委細畏まつた。』

と、そはそはして、『然らば回される勢三四百騎は明日昼頃此所に参るのか。』

『些しは後れるかも知れぬが、昼頃には大抵寄る。後、即ち明後日頃に為つたら、又四五 百騎は参るぢやろ。それに是からの行き道の信濃勢が又二三百、是等は和殿の来るのを 待つて道から道から加はるぢやろ。』

『信濃へ誰が、何日、徇れに回つた。』

『己の一族右衛門員広が先程己と別れて向いた。』

『それだけ聞けば最う宜しい。御苦労ぢや。忝い。盛綱是ぢや。』と雀躍した。『さらば比 企殿、頼みが有る。』

『何ぢや。』

『邪魔せずに聴いて貰ひたい。』

『何事ぢや。前口上が長い。』

『決して邪魔ばし為て賜るな。宜しいか、火急との御沙汰ぢやな。』と切り口上で念を押 す。

『さうぢやとも。誓文ぢや。』

『さらば己は今から立つ。』

『今から。』と目を見張つて、其意味は察しながらも、心得かねた勿怪な顔。

『さうぢや、今まで出発する。武士出陣の仰せを受けたが最期、我家にも帰らぬが昔から の作法ぢやろ。平親王が謀反した時、追討の詔を受けると共に、あれは宇治民部卿ぢや つた、恰も食事最中であつたのが、箸を捨てて突と立つて、直参内して節刀を頂戴し、そ の侭で我邸へは早還らず、一散に東へ出発したと云ふ、是が武士の魂ぢやろ。』

 比企は寧ろ呆れて、『理屈は然うとした所が、和殿が今只その常着の侭で、武者姿にな りもせぬに…………。』

『具足なんど何うでも宜しいわ。●帷子百枚着ても運命ならば切り裂かれる。勿論着のみ 着の侭で出た所が、行く先はまだ四五十里も有る。己が早最う飛び出したと聞いた上は 家の隷達は素よりの事、明日来ると云ふ夫等伊豆相模の殿們も安閑としては居られまい。 御身に頼みとは此所ぢや。御身は此所に待ち駐まつて、明日来た夫等殿們に己が出たを 知らせて賜。さすれば一同は己を追つ掛ける。家の隷達もそれと共に己の具足など取り 揃へて、己を追つ掛けずには居られぬ。見られよ是ぢや。』

 とばかりで、恰も身近に居た例の馬たる追ひ風を『はい、おつ。』と叱咤すれば、心得 て直立ち上がる。

 腰帯を解く、引つ裂く。一撚り撚ると見る間、馬の口へと渡らせて、顎下に結び目を 拵へて擦り落ちぬ様にして、早手綱はらしめた。

『比企殿、さらば御文書賜。読まずとも可い。懐中する。馬も出来た。すぐ出掛ける。今


も此追ひ風に愚痴溢して居つた所ぢや。藤戸このかた何の手柄も立てられなかつた己と 是とが改めて世に出られる。』と幾らか眼を屡叩いた。

 重ねて、『恐れ入るが和殿は是から己の邸へ行つて賜。せめて今夜だけ一泊して御疲れ を御休めあれ。そして邸へ行かれたら、妻子に今盛綱が出発したと斯う只伝へてな。』ま るで近所へ鷹狩りにでも出るやうな口上である。

 苦り切り乍らも稍笑み笑み、『伝へろなら伝へるが、さりとては余りぢやな。御子と云 ふのは御幾歳か。』

 胸急に塞がる心持ちで、一寸返事にさへ迷つた。『何、妻にだけで可い。』

『御子は御有りでは無いか。』

『有つても構はぬ。妻にだけで宜しいわ。』と眼の色もやや嶮しく、『委しくは妻から御聞 きやれ。それよりも己や急ぐ。』

 ひらりと馬に飛び乗つた。

 手綱絞つて一つ扱いて一回り馬を回らせて、『無礼ぢやが、格別として許しての、此所 へ御文書出して賜。拝見は為ずとも可し、守り札として懐中する。』と身を屈ませて手を 伸ばす。

 比企も争ふも止めるも無し、只寧ろ度を失つて、煙に巻かれて、懐中から文書取り出 して、いざと渡せば、押し頂いて、懐中へ捩ぢ込み捩ぢ込み、につこりとして、

『是でも最う討手の大将軍ぢや。御文書は懐中ぢや。手勢は後から参るのぢや。さらば、 いざ比企殿、御名残りは惜しいが、是を御別れ。』

 軽く頭を低げたばかり、双足で馬腹叩くと共に馬は早かつぱつぱ、軽石の粉勝ちの土 砂を蹴立てて、見る見る影は遠ざかる。薄朧もいつか濃い。

 比企は只目送る。

 

 

 其夜中に碓氷嶺を越したい考へ、盛綱は夜路を嶺に掛けた。好い都合で満月の夜であ つた。難所とて世に聞こえる嶺路、いつも大抵濡れ続けの泥濘も只その泥濘であると云 ふ丈で、殆ど昼よりも明るい丈路の捗取りの便宜も好く、常は風流の心掛けも然う余り 無かつた身の眼から見ても、只ならば汚らしい泥濘が月に白銀の色に光つて、踏むにも 涼しい音が立つやうである。何と無く気持ちが好い。而も今さう気持ちが好くなつて行 く己は抑々何人で、又抑々何の用向きで、その夜の嶺路をば而も又一人の伴人も無く直 急ぎに急ぐのであるかと、故さら問ひを我に設けて自から我に答へて見ると、迚も迚も 口で言ひ尽せぬやうな巨きな心持ちが為るのである。

 行く其己は盛綱である。宇多源氏の貴い家柄である。蛭が小島に忍んで居た佐殿の影 身に引つ添ふて、早く佐殿の身の危害を知つて、終に佐殿をして兵を起こすに至らしめ た、その真の偉業の本を開かせた源三秀義の三男である。山本判官打ち取りの時、一番 の手柄を示した二郎経高の弟である。宇治河で梶原を乗り過ごした稀有の先陣を遂げた 四郎高綱の兄である。而も藤戸の海を馬で越して無類の手柄との名をさへ得た其己であ る。

 討手は其様で無ければ為らぬと鎌倉殿の一言は男子の此百年の生命を買ひ取られたや うなものである。然れば、それ丈で売る気にも為つたのである。

 意気は如何にも昂ぶつた。扨しかし然う意気が昂ぶると共に、又眼を掩ふ雲が有る。加 地太郎信実は今何うした、出家さへ為なかつたならば、此度など父と諸共に出陣の花々 しさも有つたものであらうと思ふ汗は出ても居たが、寒気が為る。

『父上。』といふ声が遥か後に鳴り響いた。声は山彦となつて反響して、微かに微かに気 味悪いほど同じ父上が聞こえ聞こえて、やや頓て消え行くかと思ふ頃、又一つ冴え返つ て別に聞こえた。

 何所で何日不意に聞いた所が、聞き誤つべくもあらぬ、それは我子の声である。我子 のと聞いた丈、むしろ却つてぎよつとした。振り回る目前へ馬蹄の音を先立たせて一散 に馳せて来たのは、嗚呼是、加地太郎信実なのである。

 親は却つて口が利けぬ。加地太郎は馬をぴたりと寄せた。浴びる月光に透して見れば 僧形たるべく推せられる兜巾被つて、右に脇ばさんだ薙刀が月に映じて凄く光る。

『父上、御供に参り申した。旧の加地太郎信実、今の出家の身たる西仁が現世と地獄との 間を隔てて此所まで追つて参り申した。』感極まつてか、其侭泣く。

 涙分かたずに親は居られぬ。月も眼も共に曇つて、姑らくは我子の変り果てた姿を今 更の如く見詰め見詰めて、流石声をも潤ませた。

『西仁とやら言ふたかの。』俗名で呼べず、法名で呼ばなければ為らぬ其強面さ−而もそ れを外ならぬ現在の我子に問ふ其強面さ、生きて現世に居る気は為ぬ。

 口篭つて、『如何にも。』と甚だ苦しさうである。『但し、元の名は信実。』さも元の名 が恋しいらしい。

 西仁と言はれれば西仁と言はれた丈の情無さ、信実と言はれれば信実と言はれた丈の


情無さ、どれも涙たらしめる。何も声立てては泣かぬ。但し噴き上げる計りの涙を刻み 言葉の切り口上に栓支はうとのみするのである。

『世捨て人と為りながら、殺生戒を破る気か。』

『討ち死にせうと思ふので。』

『己の出陣を聞いたのか。』

『其辺一面の取り沙汰でござる。切めて御門出の前、一目御目通りして、御許しを得た上、 御一所に出陣する気でござつたが、一足違ひで後れ申した。』

『母に会ふたか。』

『会ひ申した。』

『その時、母は何と言ふた。』

『何もくどくどとは仰やらぬ。』

『しかし、何とか…………。』

『そりや仰やつた。行くならば冥土へ立つ気で行けと。』

 何物か塊のやうな物が盛綱の咽喉へ混み上げた。

『好い事を言ふて呉れたわい。よし、然らば冥土へ行け。』

『御許しか。』

『身に引き受けて許したぞ。但し落ち着いて考へよ。表立つた面曝しては其様を此侭己と 一所に己が連れて行けは為ぬ。一応は鎌倉殿へ申し上げ、式ばかりも允可を受けた後、偖 伴れるならば伴れるとするのが是が当然の筋道ぢやろ。』

 西仁は頷いた。頷いた其様子さへ親の目には只何と無く痛々しい。継児のやうな気が して為らぬ。継児も継児、その継児は現在の肉縁の親が身の傍に居りながら、敢て押し 切つて何処までも庇ふと云ふ事が叶はぬやうな、寧ろ捨て児めいた継児なのである。

『その代はり生きるか死ぬかで大きな手柄を立てて見い。世捨て人と為つた上は最う半分 は死んで居る。仮令死ねばとて俗人の苦しみの半分丈の苦しみで、それで命は終るのぢ や。』と稍淋しい笑顔である。

『是は云はれた。俗人の半分の苦しみか。嗚呼、聞き甲斐の有る御言葉ぢや。さらば、是 から戦場に臨んでも、親と思はず子と思はず…………。』

『うむ、魂と己は見る。魂ぢやぞ、心得たか。いや、然し、思ひの外長談議した。半路は 空に消した。魂其様は後から来い。今宵中に浅間の裾まで飛ばせるぢや。』

 洒落のやうだが、可笑しくも無い。魂も手綱取り直した、その折りも折り是は如何、又 後から呼ばはる声。声(ママ)けば是とても直には分かる、弟二郎盛季である。

 二人又も立ち縮む。盛季は乗り附けた。

『嬉しいぞ、追ひ附いた。』

『二郎か。』、『盛季か。』と一斉に。

『母君に止められた。連れて出て宜しいものならば、父上が比企殿に伝言有る筈ぢやと、 その沙汰も無いのを見れば、其様の出陣を父上が御許しに為つたのでは有るまいぞ、と。』

『それを其様が争ふたか。』

『争ふた。』

『母は何うした。怒つたか。』

『怒るどころか、泣いて笑つた。』


『二郎。』と西仁が挿まつた。『羨ましいぞ、母上に喜ばれたか、何と言はれた。』

『非業の死を遂げぬやう天晴手柄を立ててよ、と。』

『己のとは二色ぢやの。』

『さうぢやと母上も矢張り言ふたわよ。世捨て人には死ねと言ひ、さうで無いのには死ぬ なと云ふ、是は母が口から云ふが、その口に然う云はせる世の義理と云ふものが情無い、 と。』

 二人共返事は出来ぬ。

 只立つて居るのは如何にも強面い。立ち談し為て居れば居るほど腸が千切れるやうで ある。

『云ふな、最う何も云ふな。』と盛綱は馬を急かし始めて、『一切が思ひの外ずくめぢや。 己一人と思ふたのが、斯う為るのも只不思議ぢや。全くは己はじめ明日をも知られぬ命 ぢやい。親子揃つて打ち死にするもよくよく深い因縁ぢや。魂も魂の弟も、さらば足で 飛ばせろや。』

 したたか馬を攻め付ければ、馬は嬉しげに宙を飛ぶ。すはやと兄弟も亦飛ばせる。右 は絶壁、左は谷、所謂羊腸たる二百幾曲りの嶺路を夢の心地で馳せ登る。天へ行くかの 思ひである。前になる親、後になる子、血筋が引き合ひ、繋がり合つて、離れても続き、 切れても迷はぬ。凡そ三里の嶺路を夜の明けぬ内に越し切つた。

 斯て三日目、盛綱等は越後に到着して、まづ早敵を驚かした。而も巧みに擬勢を張つ て大軍の攻め寄せたかの如く敵を威し附け、降参勧告に二日ばかりを送つて居る内に、果 して兵は追ひ付いた。すべてが胆と勢とで成り立つて、敵も暫らくは防戦したが、遂に 遂に支へ切れず、さしも疾風に時を得て燃え出して、殆ど燎原の勢の火たるべく思はれ た夫等与党も旬日の間に平定して、西仁も盛季も亦それ丈の功を立てた。

 盛綱の面目は十分施された事は施されたが、働かせて後で見も返らぬのは当時北条に 掻き回された源氏特有の手であつた。功はそれ故表立つて西仁が信実となつて還俗した 結果に値したと云ふ丈で、更にそれに次いでの評判は此役に盛綱が捕虜とした醜婦板額 が珍しい土産であつたと喧伝されたに過ぎぬ。

 而も末路は何うかと云ふに、盛綱も更に蓮願坊と称して、越前の真宗寺の祖となつた に過ぎぬ。

〔をはり〕

 

『文芸倶楽部』15巻1号(明治42年1月1日発行)より

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