佐保姫

与謝野晶子

この五日うつし心もなきわれは狐の墳を踏みてこしかも
撥に似しもの胸に来てかきたたきかきみだすこそくるしかりけれ
彼の人は七面鳥を調じたるあつものをのみほめてかへりぬ
変らじとすれど心のうごく時みそぎしにゆく手枕のうへ
男にて鉢叩きにもならましを憂しとかかこちうらめしと云ふ
大鳥の爪にしたたる血さへ吸ひ山にありしもさとらむがため
西方の垂天の雲むらさきに東方の山青きゆふぐれ
玉くしげ箱の蓋とるごとくにも山しとりなば鳥立つらむか
ものがたり二なき上手の話よりもののあはれを思ひ知りにき
恋ひぬべき人をわすれて相よりぬその不覚者この不覚者
わが脊子とかきかはしたる文がらの古き香かげば春日しおもほゆ
見るかぎり絵などに書きておきたまへ一いろならぬ心の人を
君悼むことばとてしも身をつくし文かきしよりもの思ひする
かけひより青銅の壼に水おつる音をおもひぬ春の夕ぐれ
あさましく雨のやうにも花おちぬわがつまづきし一もと椿
少女子は魚の族かとらへむとすればさまよく鰭ふりて逃ぐ
わが前に紅き旗もつ禁衛の一人と君をゆるしそめにし
その日よりまた足踏まずたはぶれはおさおさ知らぬ少女となりぬ
朝顔の蔓きて髪に花咲かば寝てありなまし秋くるるまで
篠の葉を鳴らす風かなおりたちて鰕吸む川の有明月夜
さくら人髱ならべたるうしろをば走りて過ぎぬ燕とわれと
うごきなき湯津巌むらとおもひしは螺の殻のあさましき床
三尺のたななし小舟大洋におのれ浮沈す人あづからず
恋をしていたづらになる命より髪のおつるはをしくこそあれ
やごとなき君王の妻にひとしきはわがごと一人思はるること
冬のこし君がこころの科にとぞわれは日ねもす皮ごろも縫ふ
樺いろの雲の中よりこしと云ふ童にまじり朝寝しぬるも
明星の光りの生みしあけがたの風のたぐひか山ほととぎす
夕風や煤のやうなる生もののかはほり飛べる東大寺かな
むらさきの水したたりぬ手を重ねわがある岩の前の岩より
ああまぼろしうき現身のかたはらの虚の家に住み給ふ君
かなしさに枕もよばずわが寝れば畳もぬれつ初秋の昼
髪あまた蛇頭する面ふり君にもの云ふわれならなくに
君見よと心を虐ぐあるものとはげしくおつるあつき涙と
戸の中の少女よあけよ君が恋すぎたるを知りつぐのひにきぬ
青白し寒しつめたしもち月の夜天に似たるしら菊の花
しり長に酒召す人を舞子ども置きて河原にからくりを見る
あざやかに漣うごくしののめの水のやうなるうすものを着ぬ
わが背子がここちよげなる尾につきて二こと三こと云ふ春の朝
白蘭の園に麒麟を放つ日ももののはかなき歎きをぞする
秋の雨わたり二間のわだとのの洞の中より灯をもちてきぬ
をかしかり此より君をさそひしと万人の云ふさかしまごとも
火の跡の灰といささかことなれるこのおもむきを君は知るらむ
逢はましと思ひしものを紅人手一つひろひてかへりこしかな
石七つひろへるひまにわが心大人になりぬ石捨ててゆく
開かれておのれ入りたる大門よ後も閉ぢざるこの大門よ
君をおきて二三の子らのうはさする我は苦しきならひつくりぬ
秋かぜの夕の辻に立つときは昔わすれし人もこひしき
夕されば浜の出島のうたひめの島田にまじりかはほりぞ飛ぶ
山山に青木の柵を結ふ神の来しと夢みぬ春くることを
雪の日は深靴を穿くさばかりの慮りも恋に無してふ
おなじ火に燃えたまふべき心かと一たび問ひぬ死のしばしまへ
男をばはかると云ふに近き恋それにもわれは死なむとぞ思ふ
冬の夜を半夜いねざる暁のこころは君にしたしくなりぬ
山薫る四月と海の風ほめく八月などを好みぬわれは
むらさきに春の風吹く歌舞伎幕うしと思ひぬ君が名の皺
泣くことを制することは知らぬ子のあまたにわれはかかづらひつつ
日をば見ぬかげにかくれて恋せむとあへて思ひしわれならねども
みづからの恋のきゆるをあやしまぬ君は御空の夕雲男
人すつるわれと思はずこの人に今重き罪申しおこなふ
いと高き檜に風の擦るる音きく一つ家の寝台を借りぬ
虫巣くひ壁もはしらも食みさりぬわが住む家をわが心から
石の階一つ一つに沓すりて上れと云ふや羽ある人に
いつとなく超ゆべからざる境こそ逢ふひとびとは苦しきものぞ
昔の子なほかの山に住むと云ふ見れば朝夕けぶりたつかな
美くしき大阪人とただ二人乗りたる汽車の二駅のほど
生きむすべ安きをねがひらちもなき男と三とせそひぶして寝る
わが恋はさむるになれぬたのめつつ変るてふこといまだ知らざり
夜目朝目よしともわれの十五よし二十よしともめづるやからよ
見えぬもの来てわれ教ふ朝夕に閻浮檀金の戸のすきまより
日のかげをあなたふとあな尊とぞ大木のおとす涙のしづく
いつの日か憎しと云ひしわがことば忘れずに居ぬたのもし人は
筒いでて煙ひろこる恋のなる怒りの爆づるみなことなれど
飲む酒のなずらひにする人なしと笑ふさびしき男をきらふ
来よと云ひし林なれどもわが歩む路の無ければ葛の葉を踏む
一人寝のものおぢ人は夜のあられすぎて後さへ心の鳴りぬ
見ることを怠るさがはちかひつつ心変るにまさらぬものを
二十三なほそこばくの人見ぬは衣の珠のたらはぬここち
神山の太しき箸にとりたまふ明月の夜のたなつものかな
平かに馬の鞍なすかつらぎの高間の山に春のかぜ吹く
山しろの桂の川の瀬の音に枕する夜もわすられぬ君
ゆきかへり八幡筋のかがみやの鏡に帯をうつす子なりし
うまごやし四つ葉見ありくこともなき君とわれとのしとねに借りぬ
あひだなく青き蔦はふすさまじさそれには似ずで髪ほそき人
いそのかみ古き櫛笥に埴もりて君がやしなふ朝顔の花
つなみなど山崩などにおどろかずあれよと雲はつねにゆきます
秋立つや鶏頭の花二三本まじる草生に蛇うつ翁
大き寺大き寺とのその中の原に虫啼く蘇州のゆふべ
ちかひごとわが守る日は神に似ぬすこし忘れてあれば魔に似る
母もまたしかく云ひけりその昔ななめにききしをしへの中に
毒草を小床に敷きてねむらさむ家ならなくにゆるされずてふ
豊かなる心と名け五人のひとを思ふをこととするかな
心まづおとろへにけむかたちまづおとろへにけむ知らねど悲し
さきに恋ひさきにおとろへ先に死ぬ女の道にたがはじとする
桐のちる音きくごとくさやかなる響は立てね髪おちてゆく
一はしの布につつむを覚えける米としら菜とからさけをわれ
大寺の石の御廊にひざまづく瞽女のやうにも指組む夕
黒き爪長く生ひたる山の神木づたひありく夜のさびしさ
葦間より霧たちのぼり羅のたもと寒しと泣けば秋来とおもふ
しら萩と紅萩の花ちりたるをたはぶれに賜ぶ三日の夜の餅
表まちわが通るとき裏町を君は歩むと足ずりをする
水無月のあつき日中の大寺の屋根よりおちぬ土のかたまり
云ひ知らぬわづらひすなりわれに似ぬ清きをとめを憎むやまひに
いくたりの及びがたかる人とするわれにあかずば殺させ給へ
おほらかに黒き脊見せて勇魚ゆく上総の海のあかつき月夜
ねたむとは恋のことばに角つくり一時あまりいだかれぬこと
世のつねの貶しめごとにひとしきは涙ながして思ひえしこと
みじかきをなげくならねど生きて世に三とき男のいだきける人
若き子はおほむねねたしほろほろと涙するま胸でいたきまで
秋の霧身をまく時にくろ米の飯のにほひをおもひ合せつ
見るままにかまど作りてきのこ飯かしぐまはりに七人は寝る
大琵琶のみづうみよりも竹色の苗代田こそひろびろと居れ
おぼつかな山脈もつれ方しらずとしも歎けば飛騨に入りにき
月見草花のしをれし原行けば日のなきがらを踏むここちする
かの星を光るけものの尾と云ふもよしと思はむ名はあざめかし
小さなる三角の箱に住むやうに額のみ打つあなう世の中
その家はやがて崩れぬうき思ひしつつふたたびつくりいとなむ
合歓の木の感ずるごとく男みなしをれぬはなし人妻てふに
いぶかしき人にもあるか先の世のことをことごと現とおもへる
この君かわれか二人の何れにか若さをかへせ恋つきぬため
おくつきの彼方の世にてわびぬべき恋のつかれをふと思ひみぬ
われ泣きて大き邸の黒門の側の菫をつみてかへりし
水へだて鼠つばなの花なぐることばかりして飽かざりしかな
月の夜や木立も草の花もなし水をたたへて馬だらひを置く
神主の白麻ごろもよろしきは君が浅紫の袖ふるごとき
一たびはわがききしことわが云ひしことなどつづりよそにやるらむ
押せばつと戸あきし夜より大方の花ごころともなりにけるかな
眉すこしうちふるはしてけしきばむ憎き少女に向ひ居てまし
かろがろに移る心のみづからを知りえし今日の心のかろさ
初めよりいつはりけるか初めよりその初めよりいつはりにける
あかつきの風の童の来るに逢ふしろきうばらのきぬぎぬの路
ゆきありく若葉の中の庭つくりよき紅の袍きせましを
秋の日のこころよさかな君死にて髪切る日さへさやに見えつつ
皷皮ふつと破るると三味線の糸の切るるといづれもよろし
秋風は必らず音すすくなくもわが傍らの子のくろ髪に
水草のみどり葉浮きぬ御仏の堂の畳に銭おちしごと
ゆく春の夜をもてはやす男たち何ごとか云ひ琵琶たたきけり
それがしの翁とてしも君が名を淀まず云ふは五十とせののち
山の水もとの心をわすれぬをよきこととして樋をながれ行く
男にていませるゆゑに罪なしと須勢理姫さへゆるせしものを
友きたり恋をほこらふうち見てはさばかりわれの神さびたるや
長老は珠数をおしもみ沙弥はみな沈の香焚きわれをいのりぬ
その白さそこひも知らぬ尊さの大き牡丹はまぼろしを生む
青色のをしどりの毛の浮きし水なまめかしけれきさらぎの朝
元朝や馬に乗りたるここちしてわれは都の日本橋ゆく
誓へと云ふ五千載はた八千載これらは虚無にひとしきものを
すなほなる心うしなひ地の上に家あるをすら逆ごととする
いまのわれ歎くがこときはるかなる中とは神もつくらざりしを
静かなる君が心に人恋ふる嵐のごとき胸はうつらじ
いただきの松に雪ふるあらし山春の初めに君と見るかな
わが兄は紅き面してはじかみをかみて吐きぬ飯もまゐらず
焼鉛背にそそがれしいにしへの刑にもまさるこらしめを受く
手をとればいとこころよき人も見ず釈迦のをしへ練りたる心
左にて小刀つかひ木の実など彫りける兄とはやく別れき
透見しぬ菖蒲の節句の朝かぜに吹かれてなびく雲のいろいろ
君がかげ胸にすこしく消えぬゆゑものとどこほるここちこそすれ
海に居て山をしながめ木の実とる細腰の子を思ひても見つ
めしひより手なしはゆゆしうつそみの身の皮かゆき時をおもへば
階上の戸を閉めに行く春の宵臆病の子もにくからぬかな
いささかの涙ちりつつ思ふことある夜もあれどなべては安し
君に逢ひ思ひしことを皆告げぬ思はぬことも云ふあまつさへ
われに云ふ言葉も知らずかにかくにやせやせてあるあはれなる人
君が髪思ひの外に長くと云ふましてこころを何と知りきや
すぐれたる人を恋するいちじろきことに死なむと思ひたちにき
夕ばえの雲あかくしてそことなく浜なでしこの安房の国見ゆ
なでしこや阿武隈川の石原に鮎なますすと氷くだきぬ
こともなき今日は日もすいたはりぬ遠がけさせし心の駒を
梅の原中に二木の松ありて春日の雪をいただきて居ぬ
春の夜のものかいなかは知らねども玉のやうなる白椿かな
かげろふや旗ぼこ並べ君王の御車すぎし路のべに立つ
幽かなる恋の一つとさかしらを友のしてよりわが心うし
われに来ていこふ人をばこころよくもてなしまつるなからひにして
加茂人は忘れさせよとことづてし御禊を神におこたり居らむ
翅ある人の心を貰ふてふことはあやふし貰はずば憂し
今日の日にちかき明後日まで変らじとだに云はぬ人かな
いつやらむわがため悪しき人生みし天地おもひ涙ながるる
手にふれし寝くたれ髪をわれ思ひ居れば蓬にしろき露おく
かなかなの蝉もおもしろ蝿の来てしろき額に墨うつもよし
まはり縁小き足袋さげ走りこし君を見し日は十二の童
夜に近しものを思へと初秋のかぜは簾をうごかして行く
秋の風やがて冷たきしら玉になると気づきぬあまり立てれば
山吹の花の一つをからたちの垣根の上に置きてこしかな
月ありぬ辻にたまりし夜のかぜにぬけ毛の舞へるさびしき路に
萩の株菊の株わけ吾妹子がおほひし埴の上に霜ふる
やごとなき白き光りの阿古屋珠紅きひかりのわが恋の君
君とあり百重しら雲居るうへの紳秘のことも思ほゆるかな
風そよぐ青菅原を夕されば馬にまじりて走る子なりし
牡蠣くだく人の十人も並べるは夢想兵衛のものがたりめく
すめらぎが菜摘少女をにほはしと思ひしごとく見てのみやまむ
むつかしき謎をもてこし憎さより君と遊ばずなりにけるかな
世ざかりにもの云ひし人三四人次ぎてし見れば心さびしき
世をこめて小き襯衣をぬひいでしよろこびなどもあはれなるかな
うまごやしこれらの低き草も吹く秋風なれば身に染みにけり
昨日わがねがひしことを皆わすれ今日のねがひにそひたまへ神
やはらかにぬる夜は聞かぬほととぎす昼きて啼かば餌を飼はましを
あなかしこ楊貴妃のごと斬られむと思ひたちしは十五の少女
春の花わがいきほひの半にも足らでほこれる牡丹を切らむ
あはれにもたちまち敗るかく云ふは一たび君にかちえし少女
白鳥の裔とおもへる少女子と獅子の息子とねよげにぞ寝る
おのれのみ異るものと思ひしを若き初めのあやまちとして
青き富士うすきが下に雲ばかりある野の朝の風に吹かるる
さうびちる君恋ふる人やまひしてひそかに知りぬ死なる趣
静かなる相模の海の底にさへ鱶住むと云ふなほ寄りがたし
子らの衣皆新らしく美くしき皐月一日花あやめ咲く
りやんりやんと錦の機の梭の音す皐月の山に家もあらなくに
獅子彫りし石の柱に輿よせて来よと云はせぬ夏の夕ぐれ
もろこしの葉に夕露のしろき路こほろぎ啼けばあゆみかねつも
朝霧の中をこし子はもの云はず手にうすいろの花おきて去ぬ
この恋はわれやゆづりしゆづられし初めも知らず終りも知らず
友病むと公ごとに悲まむそれよりもげにかなしきものを
われを忌み彼をし恋ふるただいまの人の心ももととしがたし
御やまひを親よりすぐれなげくなる一人の人にわれおとらめや
春草の花の上にもちりぬべき涙にあらず心もて泣く
このきはの熱き涙もいづかたへおつるとぞおもふねたみ悲しみ
頂の平かなるをたのみつつ険しとききし心によぢぬ
われ泣かむ道もとめしかいのちさへかけて計りしたはぶれごとか
その日恋ひその日あらはれそのただち君えしすぢはあはつけけれど
悲めるわれと伝へぬみだりにもものの際目をつくる人たち
九品これは下品のためしにも見むと来ませし君にやはあらぬ
そればかり後なしと云ふものがたり稚児だにあかずましておん妻
おどけたる一寸法師舞ひいでよ秋の夕のてのひらの上
鳶いろの山と夕のしら藤と君をおもへるこころの人と
いささかは老い給へども箔はげし御仏よりは尊き吾妹
深き井のつるべ上ぐれば秋立つとくさめし給ふとなりの翁
朝風をさくらは吸ひぬ君と寝し撓ある髪をわれは吹かせつ
大和なる若草山の山の精来てうたたねのわれに衣かく
千びきなす岩を負へとも運べとも云はず彼の子に逢はさしめ友
わがひぢに血ぬるは小き蚊の族もするとかたきをさそひけるかな
くろ髪をないがしろにもし給ひぬ御経そらんじ夜を一人寝て
家に居てさびしき人は八ちまたの人中行きて涙わすれぬ
彼れ汝のいひなづけぞとおどされし童に似たる人見てをかし
今の世の美くしさをばその日までふつふつわれは知らざりしかな
花かをる園にさめたる少女子は君が心におくれてむくゆ
親家兄神なにあらむとぞおもふああこの心たけくあれかし
陶器の大き鉢してみちのくの津軽の海は夕立を受く
米買ひしあとの小銭に紅梅の二枝をかへてわれ待つ背子を
輦の宣旨これらの世の人のうらやむものをわれもうらやむ
のちの日をふとも思はれ君を見る目もなきさまに心ふたがる
いざなぎといざなみの神生み忘れいにし歌人今見つるかな
いとせまき道の摩合さばかりも近く見ざりき君とおのれは
寒暖計こはせしわれとわが従兄水銀の玉くだきてあそぶ
菊の花古女君紙燭してのめりやるなとおくりたまひぬ
ゆく春の春日の宮の玉垣の松の根にちる山ぶきの花
月の描く影の中にもかたちよくをかしきものは狼の耳
ありし日は無き名とりても泣かざりし少女なりけむつよき女よ
もの思はず疾く寝たまひし春の人弟とよびかたはらに寝ぬ
白麻に千鳥染めたる夜のものをあさましからず被ける少女
ある時のありのすさびもあはれなるもの思ひとはなりにけるかな
雁かへる春の夕の天つそらながめてあればまぼろしぞ立つ
君住めばよろし十株の紅梅を畝にうゑたる興なきことも
春の雪たわわに降れり上加茂の村につづける堤の松に
としごろは知らぬ品なきかごとしてわがはづかしき朝のうぐひす
ある街の春の夕に白き頬のかくれし木戸をわすれかねつも
島田結ひ大阪人とよばるるをわれにふさひし名ともせしかな
あかあかと柑子のいくつかかりたり深雪の崖の一もとの木に
むらさきの女松の上のあかつきのあかねの中にうぐひす飛びぬ
夕かけてかけひをつたふ雪解は春の雨よりなまめかしけれ
水に似し風のかよひて白き花ちる国しりぬ夜な夜なの夢
命あらば逢はむとぞ思ふいそのかみ古き日かへしわれ恋ふ君に
雨がへるてまりの花のかたまりの下に啼くなるすずしき夕
草の原小舟ばかりのむしろしきあればゆらゆら月のぼりきぬ
若き人二また路に迷ふなとその一方を石もてふたぐ
二十四のわが見る古往今来はすこしたがへり恋人のため
わが家には母の母よりつたはりて男に云はぬいましめのある
男きて狎れがほによる日を思ひ恋することはものうくなりぬ
うき指に墨汁ちりぬ思ふこと恨むことなど書きやめて寝む
たわやめは面がはりせず死ぬ毒と云ふ薬見て心まよひぬ
中ごとをすると軽くも見るものかおきふしわれはのろへるものを
いかづちの音もおのれをいつはりの少女と云ふもきけば涼しき
わが心ひと時あまり青めりときかむばかりにそむきしや彼れ
人の云ふ敵のごとくは思はねどわれをたたへに彼のこぬゆゑ
水錆沼に焼石ひろふ山なるも鬼界が島にあるここちしぬ
長椅子に膝をならべて何するや恋しき人と物おもひする
妹に人のささやく声などをききつつ夜は板敷に寝る
ほこりてふ険をたのみし城ぬしの泣きたまふ日をつくりにしかな
恨みせず横裂したる口などを逢はぬ夜夢に見たまはむとて
まちまちに歎く人らの中に居てつねにわらへるわが思ふ人
恋をわれうしとなげきぬそを忘れやすらふひまのなきわびしさに
八ちまたのちりあくたにもおとりたる恋しありくと今日君を聞く
聞くごとくたがはざりせばわが友はつむじ風にも似し恋男
君に文書かかむと借りしみよし野の竹林院の大硯かな
鈴ふりにつかはしめたる童らの小床をつくる秋萩の花
何ごとかおのれの上をかたりつつはかなげにしもわらひ給へる
ただかひな同じからぬに巻かれしを悔ゆとかたればおどろきし君
恋と云ふ今も忘れむそのかみももののまぎれの当夜のことも
何ものの跡とも知らぬ窟あるは山のさがなりなとひそ心
七日して亡びし恋の中にさへうれしきことも悲しみも見ゆ
口づけを惜むにあらぬあかしをばことさらにしも見せたまふかな
恋ふる子にこらしめごとを案じ居るにくき少女の戸の中に入る
えぞの海醜丹島に親あると名のらぬほどに逃げてかへりき
夏山の社は雷にくだかれぬわれのやしろはたれのくだきし
直き道すこぶる逸れてわが心あゆみぬと知る人の子ゆゑに
紫の小傘の玉の柄となりて野行き磯ゆきそはましものを
髪は髪帯は帯とし似てありぬこち向く顔はちまたの少女
しら刄もてわれにせまりしけはしさの消えゆく人をあはれと思ふ
夏の日もありのすさびと云ふことを知らぬやからは毛ごろもを着る
平かに来て平かに去ぬ浪をこころとすなりよろづのうへに
わらふ時身も世もあらず海に似し大声あぐる兄とおもひき
言にいでし怒ともなき安からぬものをおくりてわかれにしかな
おん言葉序次もなしにみだらにもくりかへすべきわが明日ののち
ああ暦日日にくられてまた君を見ぬのちの日となりにけるかな
一しづく髪におつれば全身のぬれとほるらむ水たたへたり
しら麻のとばりほのぼの社見ゆ川の隈はふ秋霧のうへ
踏むところ砂阪にして松はみな黒きかげおく有明月夜
はかなごと七つばかりも重なればはなれがたかり朝の小床も
いざなみの裔にうまれし少女子と黄泉国にてかたきとなりぬ
かかはりもなき話よりふと君に七日いだかれいねぬを思ふ
天人の五衰と云ふは宵に寝てねたらぬさまの目もかぞふるや
踏む土におき合せたる恋人とはなはだかろくわれ思はなくに
黄楊の花矮人の国の大木の白き月夜に蚊のうなるかも
少女の日四人の母となりし日もものの際なしおん心より
ことわれに及ぶとかねて知りしごとさそひたまはる火の中に行く
わがやつれ見むとくるなる御車のさきおひどもは草刈りにきぬ
わが眉根つくる日をなみ歎きすと云ひける人を今日は見に行く
朝顔の枯葉をひけば山茶花のつぼみぞ見ゆる秋のくれがた
秋の雨君をまつかな柱にも壁にも去年の歌を染めつつ
今宵のみ一人寝るなりかく思ひおもひ上りてありてさびしき
少女子のうばふにたらぬほこりさへ君とりすてつかく思ふわれ
かつてわが恋ひし心と思はれし昔の恋の身をつなぐわぶ
二十三一人し住めばけものには似じとたのめるけうとき妹
はしぎやし吾妹とてしもなでられむただちに生ふるしら髪と知る
夏まつり出車のけんくわに袖ふるを侠とおもはず結綿の人
朝寝髪たれがとくらむ木曾少女小櫛売りつつものをこそおもへ
門の石三つたたけよと聞きしこと忘れなと云ふ靴のかがとに
水いろと古代紫ならべるにひとしと思へいづれをとらむ
天の原神くだりこしごとくにも船一つくるあかつきの海
木の枝に猿の皮干し木のもとにやまめとらへむ釣たれて居ぬ
大海のひとでの貝はみにくかり砕くるたびにひとで生るる
あきつ羽の衣まとへばはだかろし薄きこころもまれによからむ
早くこよ抄のたがひに君ならぬ唇も吸ふ男の前に
赤らひく恋人のためおとろへしわが妻のため生きむとぞおもふ
あるが中のくづの中なる人くづの世のおもむきも憎からぬかな
しら梅の夜明にあひぬ閨の炉のたきものの香にわかれてくれば
冬の神もとどりはなち駈けたまふあとにつづきぬ木がらしの風
恋ふてふはものを奪ふにひとしきとかねておもへる君にとられぬ
ときにふと心を閉ぢて君いれぬをかしさをわれ覚えけるかな
久しき日消ぬとわびたる心の火このごろもゆとつげもかねつつ
いつの日かわがよろこびをくつがへす少女のむれと若人のむれ
老人に話伽して雨の夜の九時をかぞへてかなしくなりぬ
大きなる簑きせましをあはれなる時雨の中の古のうまやぢ
百ばかり鯨ならべる夢を見しその海のさまおもへるといふ
くれなゐと云ふ色一つも目の前にうかびきたらずさびしき夕
昼の月すさまじ白ししびと花咲くなる畔に鼬し啼けば
つくりたるむしろに小屋の小牛きて寝れどもおはず君おもひ居ぬ
わが太郎二歳の牛の角とらへ友とするまでたけ生ひにけり
やせし馬小牛ことごと荷をになふ苦しき国に人となりにき
君いにておのれ束の間流涕すもののあはれを知るてふことか
いはれなくわれをなみする心もて手とらむとこし君をなげきぬ
いつの日か死も悔ゆるなきよろこびをたまひしことをわすれめやわれ
玉ならばうなじに掛けむそれよりもたふとき恋はいただきに載す
切先にわが紅き血をぬることを祝ひて親の刀を貰ふ
恋ふと云ふ言葉をもてし君を刺す時をうつさずわれを刺せかし
逆しまに山より水のあふれこしおどろきをしてわれはいだかる
少女子にやらはれし子は象の背の箱に坐りて虎とりに行く
恋しきと最もわれのいとへると目にか見ゆらむわが死なむ時
われ何と云はむか知らずこころみに百年ともにあらむとかたれ
鎌倉の由比が浜辺の松もきけ君とわれとは相おもふ人
流れ星うつくしかりき君とわれくつは虫啼く原にかかりぬ
さばかりも仇めく上の心いま勘当をせむゆるし給ふや
鰭ふりぬこころの奥の池に住むくれなゐの魚金色の魚
恋ひたまふさるべき人もおはさぬや火となりてわが胸に来し君
おほらかに君は忘れぬわだつみにものながせるとひとしとするや
七人の恨みを負へばその声は鐘皷のごとし夜もいねかねつ
かくねたみ死ねばかあらむ大君の魂しづめ祭たまはるちふは
御仏はとがめ給はむ否あらじ摩訶不可思議とあきれ給はむ
誰そきたり紅き血ながしはなやかに死ねなど思ふ青草に寝て
よきことにしたがふ時とあしかるにつくこころよさ差別わかずも
君がため菜摘み米とぎ冬の日は井縄の白く凍りたる家
夜をこめて大船いづるぞよめきの声などまじる波の音かな
わが髮に赤き葉おとすうるしの木若葉しぬらむ丘を思ひぬ
しら刄もてわが身つかるることばとも思ひしこともけふはただごと
みにくきが黒髪ちらしくることをなんらはばかることとせぬかな
にくかりし巻煙草かなゆらゆらと煙は立てつ涙のまへに
冬の夜の橋わたる時どんどんと云ふ音ききて心なごみぬ
順礼のよろこびの経おん僧の悲みの経二つきこゆる
大海のそこひも天のかなたをもきはめむとせず君のこころも
咲く花の園をとほらせ京を行けわれ青色のさし羽す君に
逢はぬをばなげき給へどしかもなほ命死なぬは男なればか
たゆみなく心を張りて天つ日をながむる人は早く死ぬらむ
去ねと云へど君が門辺にはこびきてもて去りがたきわが心かな
ありのままわれはかなしきかごとすと涙は云ひぬさびしき女
悲しさをおのれつくりぬのどかなる心なき日のありのすさびに
われ乗せてこし馬なるや天雲のたなびくうへに青き羽見ゆ
川淀に月あり舟に人のあり大あめつちにほととぎす啼く
さとき人来て云ふ君は心枯るいないな相は相人ぞ見む
黒き花めぐるが中に死ねかしといとおほらかにあざけりて去ぬ
美くしき目うるむことを海に居てはやちにあふがごとくおそるる
左右を見うしろを見つつ恋せよと御祖の云ひしことならなくに
末の世の女の恋はあしなへにひとし目に見るものもとられず
妹背てふこのとこしへの未了因悲しき日のみ多しともなし
天地に一人を恋ふと云ふよりもよろしきことばわれは知らなく
古ききず新らしききず百七つ弾のあとある大船のごと
悲しみにおもねるごときここちして忘れてありぬそのかみの歌
ただごとに故よしつけてわれら居るそれならじかと尋ねても見つ
その昔そこなはれにしものと今全きものとよりてよろこぶ
この族に害を加ふとますらをの千人の中にうたうて入りぬ
飽かむ日はわれより去なむかくありて君は一歩もしりぞくなかれ
君恋ふる心を払ひにくめるは初めに君を恋ひけるこころ
わが知らぬ戸口にたふれ藁床にかきふせられて心みとらる
身にしまぬさがにしありけり見すてられあるを思へと髪一つ抜く
藪柑子実をみなとりてまひなひにやりつるあとは胸のさわがし
いもうとと七夕の笹二つ三つながるる川の橋を行くかな
ときに来てわが泉汲み花をつむところをうべもあたへ給ひぬ
この船の泊さだめて錨してわれは真紅の帆をおろしける
秋の日はまろ寝つつましくろ髪のあまりみだれてあるもはづかし
翅ふり友らは舞へりこの蝶は二十二にして冬眠に入る
古ゆちからなしとしあやまちし少女の末に今日われを置く
わが心おほふばかりの大きなる情も見ゆれありのすさびに
人こふる心あまねき君ゆゑにわがなげきにもかかづらひけむ
よき人は悲しみ淡しわがどちは死と涙をば並べておもふ
この君よもはらにわれを思へりとたれもするなる嘘云ひにきぬ
うき人を刺さむことばを七つほどえりてあしも要は無かりし
こしかたのほしいままなる性矯めてありとはねたきかへりごとかな
死ぬと云ふこの風流男の血に染めし文のたぐひにわれおどろかず
病人の終りの床に云ふごとき懴悔をすすむさかりのわれに
くれなゐかみどりか青か知らねども君をかざれる光の輪なり
島の家人も木草も黒からむかく思ひけり黒き嶋見て
夏草の中にまじりていちじろきひなげしに似るこころとなりぬ
いと若きことばをもてし云ふことはすべて聞かむと云ひしならねど
君とわれ上総の国の砂浜のあげすて船にいこひにしかな
いにしへのおほらかなりし人もみな無き名はせちに歎きてありき
草むらの中に家おきまぎれ居む草な刈りそとおきてぬれども
古さとの家にかへれば東見ず詠め泣きけむ母ゆゑにわれ
三十路人泉の神の素肌にもいまだいくらもおとらざりけり
謎とひに来しばかりなる少女子の涙ながしてゆくを見しかな
秋のかぜ涙ぐみたるわが前にいとふ女の長き髪ふく
夜のまにあるひは死なむ鼻じろみいにける人もほこれるわれも
春の雁一つ家おける野をすぎて日ぞくれにけれおぼつかなくも
紅梅や僧も男の子も歌せよと袋をかけし真木柱かな
うすぐらき夢のみ見れど遠方に紫つつじさきし道見ず
春の雨君かへりきぬ小さなる八つの足駄のちらばふ庭に
浅してふ海と底いと深してふ鼎とを見て心はまどふ
そむきたる人てふ名ありいささかの血ぬるをいとひあり経けるゆゑ
いかづちはもの裂くと云ふそのごとき響なき間に一人となりぬ
西のかた萱草色の夕雲の下に波ありしろき鳥とぶ
手をとりしめしひ来あひぬめしひどしあやふげもなし君とあゆまむ
山の家昨夜濁水のおそひこし戸のすきにある有明の月
まんまんと青波光る大きなるわだつみに倦み文かく夕
神ありて結ぶと云ふは二人居て心のかよふことを云ふらむ
死ぬと云ひ真白の床にぬるときもかばかり人や恋しかるべき
この命うたもわが世も終るなり君にかかはる一切のこと
なつかしき恋しきさても忘られぬことわりつもり三人に逢ふ
ことばもてそしりありきぬ反くとはすこしはげしく思ふことなり
この時のうらめづらしきときめきは初恋の日になべておとらず
いにしへの少女ますらを人の妻恋をさかしき道と泣かなく
かの人に何をつげきや吾妹子にな云ひそとこそ口かためせし
なでしこの七重の袖の恋ごろもゆたかに引きていざり出しかな
海に居てはやちの風に耳なれし岩はねむれりいかづちのもと
尻ふりて出できたらずやつばくらめ老いよろぼひし塔のかげより
あづかりしさうびの帽のかろかりし長路の汽車のはてのうまやぢ
こし方はいかにましけむ知らねども今日見る君は蓬莱にある
(ある人の賀に歌もとめられて)
しら玉はたれのぬすみて尽きけるやかの年月の手にぞとられし
われ見るを人は思ひぬ薬師寺の薬師を夢に見るよりもげに
君死なば法師たるべし天がけり見よと誓紙はかかせてしかど
寺の壁黄なる夕日と薄の穂うへにつぶつぶ黒き鳥とぶ
ちぬの海淡路につづく平ららなる潮干の海に琴置き弾かむ
あたたかき南に面し住む人のそがひの家に生れにしかな
しばしばも憎しと云ふはありよかり恨むと云ひて去ぬはおどろし
初夏のゆふべの雲を一つとり君が館は塗られたるかも
さむきこと女はきらふことわりの奥のおくまできかせ給ふな
われ恋をせじとのどかに云ひたまふ王者の前に童泣すも
いとあつき火の伽具土のことばとも知らずほのかに心染めてき
一尺をすすむあひだに七生の力をあつめわれありしかな
黒きものすべてうとまししかは云へあげつらふにはあらず御髪を
たまはるに少なき心たまさかの御情にしもはぐくまれにし
毒草とをしへ給へどわが死なぬあひだはいまだそのあかしなし
春につぎ夏くると云ふいとまなさくろ髪みだし男とかたる
火のごときあやふき中のたよりさへつたへくるなるおそろしき人
さ云へわれ学ぶところをあやまりてこしやからとはおもむきたがふ
隣り住む南蛮寺の鐘の音に涙のおつる春の夕暮
人の世にまたなしと云ふそこばくの時の中なる君とおのれと
たとへなばさしひきもなきみち潮の上にのどかに君はある船
おん経の中にかぞへし七宝の上にくらゐすわが見つる君
君が名はかかはり知らぬことどもの中にまじりて美くしかりき
たれやらに通ひ行くてふいと怪しき君が御履を釘づけてまし
いにしへの和泉式部にものいひし加茂の祝はわれを見知らず
頂にありあけ月の残りたるいとほのかなる嵐山かな
手にちかくたやすきは皆人とりぬ千ひろの底の玉は誰がこと
かしこくも飢をしのびし少女ともほめられずしておとろへを賜ぶ
行水のうしろふくときはらはらとかひなにちりし柿の花かな
うす紅の隋円の貝を七つ八つてのひらにのせものを思へる
君きぬと五つの指にたくはへしとんぼはなちし秋の夕ぐれ
ほのかにもかねて心にありし絵のもの云ひにこし夜とおもひぬ
ふと飽かばふと別れむとたはぶれのやうにもあらず云ひし君ゆゑ
左より三つ目の窓のともしびにつぶて打つ時なくほととぎす
むかし人榾くべながらするごときすなほなること二つ三つ云ふ
故なうてたかぶるわれと自らの心の玉をわすれむとしき
このたびは拭ひぐるしき名と知りて君にはしると今日泣くわれは
目に見えぬ小きものを暗殺すたれか知るべきこのはかなごと
わざはひかたふときことか知らねどもわれは心を野ざらしにする
つばくらめ小雨にぬれぬわが膝はただいささかの涙にぬれぬ
くろ髪の上に羽子舞ふ街すぎて君来る春となりにけらしな
わたどのに鬼のかげ見しおどろきと古りしこと云ふうちつけ人よ
うす色の橄欖石を目にしたる稚児をうませぬ黒奴の妻に
いと遠き境よりしもやとひこし心のやうにものの用ぜず
いつの日か心にひそむこと一つうちいでしよりうとまれそめぬ
この人の一生のこと書くものに加はらむとて泣くにあらねど
きよらなる横笛吹きし口びるのくれなゐに似る椿をひろふ
背とわれと死にたる人と三人して甕の中に封じつること
十年前今のわが背を師とよびて二人はともに歌ならひにき
尼となるねがひこまかに書きこせし亡き人の文とりいでて見つ
友と友遠くわかれてあるきはは命あるだにかなしきものを
北の海の波は悲しと若狭よりわびたる文のこぬ世となりぬ
君今年わか紫の藤の花あやめの花もつまざりしかな
挽歌の中に一つのただならぬことをまじふる友をとがむな
君病みてのちの五とせわれがほに歌よみし子は誰れにかありけむ
まづわれの心をとりてただすこし亡き人のこと語る君かな
亡き人を悲しねたしと並べ云ふこのわろものを友とゆるせし
またもなく悲しきことをうちいでず平かげにも居給へるかな
この友はいく重心をもつ故に悲しとなげきねたしとわびぬ
たれよりもさきに見そめしかたはらの人をなみするおん涙かな
恋人の逢ふがみじかき夜となりぬ茴香の花たちばなの花
わが髪の裾にさやさや風かよふ八畳の間の秋の夕暮
文のから君の心をいと多くたくはへつると涙こぼれぬ