新体詩抄 初編 (明治十五年七月板権免許、八月出板。初版本の複製による。) 新体詩抄序 程子曰。古人之詩。如今之歌曲。雖閭里童稚。皆習聞之。而知其説。 故能興起。今雖老師宿儒。尚不能暁其義。況学者乎。是不得興於 詩也。余読此文。慨然而歎曰。今之歌曲。如古人之詩。而今人不知 之。賤今之歌曲。而尚古人之詩。嗚呼亦惑矣。何不取今之歌曲乎。 後読伝記。貝原益軒有謂曰。我邦只可以和歌言其志述其情。不 要作拙詩以招●癡符之誚。余又曰。誠如益軒氏所言也。我邦之 人。可学和歌。不可学詩。詩雖今人之詩。而比諸和歌。則為難解矣。 何不学和歌乎。後入大学。学泰西之詩。其短者雖似我短歌。而其 長者至幾十巻。非我長歌之所能企及也。且夫泰西之詩。随世而 変。故今之詩。用今之語。周到精緻。使人翫読不倦。於是乎久曰。古 之和歌。不足取也。何不作新体之詩乎。既而又思。是大業也。非学 和漢古今之詩歌。決不可能。乃復学和漢古今之詩歌。咀英嚼華。 将以作新体詩。而未知其成与否也。属者ヽ山仙士与尚今居士。 陸続作新体詩以示余。余受而読之。其文雖交俗語。而平平坦坦。 易読易解。乃歎曰。有是哉。雖閭里童稚。於習聞之。何難之有。且作 此詩。以発舒情志。則不亦勝於作唐詩以招●癡符之誚乎。乃与 二君屡相往来。改格正調。所作不為少。因撰其佳者。名曰新体詩 抄。是為第一編。世之作詩歌者。其或誚以為鄙俗乎。雖然。自古新 体詩之興。多出于偶然。而不必俟百方錬磨之労也。果然則此書 雖鄙俗。安知其不為新体詩之始哉。  明治十五年五月七日     巽軒居士井上哲次郎撰 新体詩抄序 人常ニ善悪是非ノ差別ヲナスト雖モ一定不易ノ理アリテ 然スルニ非ザルガ如シ其善ト為シ悪ト為ス所ハ其父祖ヨ リ遺伝セル心性ト其処ル所ノ社会ヨリ受ケタル教育トニ 由テ稍規準トナス可キモノヲ心中ニ生シ之ニ依テ判別ス ルノミ儒道ノ専ラ行ハルヽ邦ニ於テハ孔子ノ言フ所ヲ是 ナリトシ「モルモン」教ノ専ラ行ハルヽ地ニ於テハスミス氏 ノ言フ所を真ナリトス方今欧州人ノ信仰スル耶蘇教ハ嘗 テ猶太国ノ邪教ナリキ方今我邦人ノ信仰スル仏教ハ甞テ 印度ヨリ放逐セラレシモノナリ方今世ニ行ハルヽ光線波 動ノ説万物化醇ノ論ノ如キハ昔人ノ非ト為シヽ所ナり明 治ノ時代トナリテ某氏ノ為メニ初メテ楠公内蔵之助ノ忠 義ハ権助ノ忠義ニ比ス可キヲ知リ某氏ノ為メニ初メテ圧 制ハ自由ノ因ナルヲ知レリ世界ノ広キ開化ノ種々ナル仍 ホ人肉ヲ啖ヒ老者ヲ生ノマヽ埋メテ是ト為スノ国ナシト モ言フ可ラズ国ヲ異ニシ時ヲ異ニシ教育ヲ異ニシ観念ノ 聯合ヲ異ニスルモノトハ与ニ善悪是非ヲ語ル可ラズ故ニ 歌テ曰ク  世ノ中ハオノが心ノスガタナリ善キモ悪キモ外ニナク  シテ 斯クハ述ルモノヽ敢テ世道ノ衰頽ヲ憂ヒテ之ヲ挽回セン トスルガ如キ大事ヲ図ルニ非ズ唯頃者同志一二名ト相謀 リ我邦人ノ従来平常ノ語ヲ用ヒテ詩歌ヲ作ルコト少ナキヲ 嘆シ西洋ノ風ニ模倣シテ一種新体ノ詩ヲ作リ出セリ但シ 今成ル所ハ西詩ノ訳ニ係ルモノ多シ乃チ其数首ヲ集メテ 一冊トナシ世ニ公ニス是レ我輩ノ稍心ニ嘉シトスル所ナ レトモ安ゾ知ラン世人ハ之ヲ奇怪千万野鄙至極ノモノトナ シテ唾棄センコトヲ然レトモ上ニ言フが如ク是非善悪ハ一定 ノ理ナク時代ノ新古開化ノ先後各人ノ信ズル所ニ随テ異 ナルモノナレバ我輩ノ詩モ亦今世ノ人ニ容レラレザルモ 安ゾ知ラン後世ホーメルシェーキスピールトマデニコソ至 ラザレ或ハ大家ノ出ルアリテ其新流義ナルチ善トシテ一 層ノ工夫ヲ加へ更ニ人心ヲ感セシメ鬼神ヲ泣カシムルノ 詩ヲ賦シ出スニ至ラザランコトヲ此編ヲ読ム者須ク此ヲ諒 シテ我輩ガ素志ノ苟旦ナラザルヲ暁ルベシ敢テ卑見ヲ録 シテ以テ序言ニ代フト云爾  明治十五年四月       尚今居士矢田部良吉識 新体詩抄序 唐の横町の毛唐人が云ふにハ「大凡物不得其平則鳴、艸木之 無声、風撓之鳴、水之無声、風蕩之鳴、」云云、「人之於言也亦然、不得 已而後言、其歌也有思、其哭也有懐、凡出乎口而為声者、其皆有 弗平者乎」と我邦にも長歌だの三十一文字だの川柳だの支 那流の詩だのと、様々の鳴方ありて、月を見てハ鳴り、雪を見 てハ鳴り、花を見てハ鳴り、別品を見てハ鳴り、矢鱈に鳴りち らすとも、十分に鳴り尽すこと能ハず、何んとなれバ、古来長 歌を以て鳴れるものなきにあらねども、こハ最と稀なるこ とにしで、殊に近世に至りてハ、長歌ハ全く地を払へる有様 にて事物に感動せられたる時の鳴方ハ皆三十一文字や川 柳や簡短なる唐詩と出掛け実に手軽なる鳴方なれバなり、 蓋し其鳴方の斯く簡短なるを以て見れバ、其内にある思想 とても又極めて簡短なるものたるハ疑なし、甚だ無礼なる 申分かハ知らねども三十一文字や川柳等の如き鳴方にて 能く鳴り尽すことの出来る思想ハ、線香烟花か流星位の思 に過ぎるべし、少しく連続したる思想、内にありて、鳴らんと するときハ固より斯く簡短なる鳴方にて満足するものに あらず又唐風の詩を作り稍長/\と鳴るもの、近来世間に尠 しとせざれども抑も詩と云ふものハ其意味も固より大切 なれども、其音調の良否も、又甚だ大切なり、夫れ変則者流の 漢学者の唐詩を作るや、固より平仄てふものありて其詩た る一通りハ、音律に叶ひたることハ、万々疑なしと雖も、芥子 坊主をして、之を吁鳴らしめたらんにハ果して心地よき音 調のものなるか、将た破鍋を雷木にて叩くが如きものなるかハ、 未だ知るべからぞ、蓋し日本人に取りてハ支那流の詩 ハ、恰も●の手真似、若しくハ操人形の手踊の如きものなり、● に生れずして、●の真似をなし、人と生れて、人形の真似をす るもの、又憫まざるべけんや、そこで我等ハ連続したる思想、 内にある訳にもあらず心地よき音調を以て能く鳴ること の出来るものにもあらねども、全く三十一文字や堅くるし き唐詩の出来ざる悔しさに、何か一つと腕組したれど、やは り古来の長歌流新体などヽ名を付けるハ付けたが、矢張自 分免許の鼻高で、あたら西詩を惜げなく、訳も分らぬ文句以 て、訳したものや、尚ほ拙な、をのが、ものせる長文句、能/\見れ バ、   新体と名こそ新に聞ゆれど、    やはり古体の大仏の法螺、 法螺と知りつゝ古を、我よりなさん下心、笑止とこそハ云ふ べけれ、法螺ハ我より始まれる、ものにあらぬハまだしもぞ 人のなさゞることゝてハ、仮令へ法螺でもなきぞかし、唯々 人に異なるは人の鳴らんとする時ハ、しやれた雅言や唐国 の、四角四面の字を以て、詩文の才を表ハすも、我等が組に至 りてハ、新古雅俗の区別なく、和漢西洋ごちやまぜて、人に分 かるが専一と、人に分かると自分極め、易く書くのが一の能 見識高き人たちハ、可咲しなものと笑ハヾ笑ヘ、諺に云ふ、蓼 食ふ虫も好き/\なれバ、多くの人の其中にハ、自分極の我 等の美挙を賛成する馬鹿なしとせず、安んぞ知らん我等の ちんぷんかんの寝言とても遂にハ今日の唐詩の如く人に もてはやさるヽことなきを、穴賢、  明治十五年五月         丶山仙士外山正一識  凡例 一均シク是レ志ヲ言フナリ、而シテ支那ニテハ之ヲ詩ト云  ヒ、本邦ニテハ之ヲ歌ト云ヒ、未ダ歌ト詩トヲ総称スルノ  名アルヲ聞カズ、此書ニ載スル所ハ、詩ニアラス、歌ニアラ  ス、而シテ之ヲ詩ト云フハ、泰西ノ「ポエトリー」ト云フ語即  チ歌ト詩トヲ総称スルノ名ニ当ツルノミ、古ヨリイハユ  ル詩ニアラザルナリ、 一和歌ノ長キ者ハ、其体或ハ五七、或ハ七五ナリ、而シテ此書  ニ載スル所モ亦七五ナリ、七五ハ七五ト雖モ、古ノ法則ニ  拘ハル者ニアラス、且ツ夫レ此外種々ノ新体ヲ求メント  欲ス、故ニ之ヲ新体ト称スルナリ、 一此書中ノ詩歌皆句ト節トヲ分チテ書キタルハ、西洋ノ詩  集ノ例に倣ヘルナリ 一詩歌ノ初メニ往々序言ヲ附スルハ甞テ新聞雑誌ノ類ニ  掲ケタル者ニテ、其事頗ル詩学ニ関係アルヲ以テ復タ之  ヲ此ニ掲ケ、敢テ其煩ヲ厭ハス、看官幸ニ之ヲ諒セヨ、  明治十五年五月               編者識  目次 ブルウムフ井ールド氏兵土帰郷の詩(丶山仙士)  一葉 カムプベル氏英国海軍の詩(尚今居土)      四葉 テニソン氏軽騎隊進撃ノ詩(丶山仙士)      五葉 グレー氏墳上感懐の詩(尚今居土)        七葉 ロングフェルロー氏人生の詩(丶山仙士)     十三葉 玉の緒の歌(巽軒居土)             十五葉 タニソン氏船将の詩(尚今居士)         十七葉 抜刀隊の詩(丶山居士)             十九葉 勧学の歌(尚今居士)              二十二葉 チヤールス、キングスレー氏悲歌(丶山仙士)   二十三葉 鎌倉の大仏に詣でヽ感あり(尚今居士)      二十六葉 高僧ウルゼーの詩(丶山仙士)          二十八葉 シヤール、ドレアン氏春の詩(尚今居士)     三十葉 社会学の原理に題す(丶山仙士)         三十一葉 ロングフェロー氏児童の詩(尚今居士)      三十四葉 シェーキスピール氏ヘンリー第四世中の一段 (丶山仙士)                  三十六葉 シェークスピール氏ハムレット中の一段(尚今居士)三十八葉 シェーキスピール氏ハムレット中の一段(丶山仙士)四十葉 春夏秋冬の詩(尚今居士)            四十一葉 新体詩抄初編                    外山 正一                    矢田部良吉 仝撰                    井上哲次郎   ブルウムフ井−ルド氏兵士帰郷の詩 丶山仙士 涼しき風に吹かれつヽ ありし昔の我父の 椅子にもたれてあるさまハ 実に心地克くありにける その座をしめし腰掛の 堅く作れる臂掛に よそぢの昔荒/\と 刻みのこせる我名前 猶あり/\とみゆるなり 柱に掛し古時計 元にかハらぬ其音色 聞きて轟く我胸に 満る思ハ猶切に はりさく如く堪がたし 忘れんとして忘られず 嗟歎に堪へぬ其時に 後に掛し古時略歴 忽ち寄するそよ風に ひら/\/\と誘ハれて 上るハ是ぞ陣前に 嵐に逢ふて翻へる 小幡とこそは見ゆるなれ 一枚つヽに又下へ 下りて落るその紙の 数も合せて二十年 故郷をはなれ遠国に 暮せる年の数取りぞ 折しも家の入口へ 来たる一羽の知更鳥ハ 人に狎れたる鳥なれど 我をつら/\不審顔 怖づるが如く且つハ又 はにかむ如く見へにけり 口に云ハぬどそのふりハ 嗚呼老ひたりや老ひにけり それに居ハする武士ハ 昔の友にあらぬかと 尋ねる様に見へにけり 斯く心中に彼是と 物を思へる其間 眺にながめつく/\と 窓の限に織なせる 苔の席を眺むれバ 緑の色の青/\と 其美さあてやかさ 又と類ハあらなくに 是も誰がわざ稚子の あしたゆふべの手すさみに 敷て楽むものなりと 推量すれバいとゞなほ 思ひハ更にいやまさり 胸はそゞろに塞りて 年をも日をも打忘れ 前後も知らず立上り わつと斗に啼きにけり 稍時ありて心付き あゝ我ながら愚ましと 再び椅子につく/\と 過き越し方をさま/\に 思ひつゝけて按ずれハ 辱しく又口惜しく 意はず髪も逆立ちて 軍の神をのゝしれり 名誉の淵に落ち入りて 可惜勇士の失せぬるハ 実に傷敷き事ぞかし 殺傷放火分捕の 其有様を熟/\と 今更思ひめくらせハ あら恐ろしやむごたらし 我身を守るたからぞと 頼み頼める剣こそ 我身の罪をかさねたる 仇と思へバなほさらに 恨ハいとゞいやまされ 声するかたをうちみれバ 二人の影ぞ見ゆるなる 此影こそは稚子と あらしの老と見受けたれ やがて入り来る我父ハ 計らずめぐり逢ふ坂や 我子の顔を一目見て せき来る涙関あへず 我を抱きて老いの身の 嬉し泣きにぞ泣きにける そが傍に彳める 目元涼しき小女子に 腰打屈め老人ハ これナンセーと手を取りて 口を合ハすもあまる愛 こゝに居やるハやう/\と イスパニヤより帰国せる そなたの伯父のチャーレぞと 云へバ女ハ近寄りて しらをの如き指をあげ いとゞ曇れる老の眼を そと打弾きぐわんぜなく 笑ふ姿ハ可愛ゆらし 嗚呼我ながら愚なり 身の上ばなし斯く長く 繰返へすこそ無益なれ それに付きても兎に角に 此老卒ぞ幸多き 浮世の中に今ハまた 心に掛る雪もなし   カムプベル氏英国海軍の詩     尚今居士 イギリス国の海岸を 固く守れる水兵よ 一千年のその間 汝が建つる大旗は 戦争のみか嵐をも 支へ得たれバ此後も 敵を受くともたゆみなく 勇気の限りひるがへせ 軍烈しくあらバあれ 嵐も強く吹かバ吹け 立ちくる海の浪間より 汝が祖先あらハれて 汝を援けたまふべし 蓋し祖先の軍艦の 其甲板ハてがらの場 大海原ハ其墓場 大ネルソンやブレーキの 死にし処ハ人しのぶ 軍烈しくあらばあれ 嵐も強く吹かバ吹け 四方海なるブリタニヤ とりでも城も用はなし 山とたちくる波とても 千尋のそこの淵とても 慣れて我家に異ならず いかづちなせる大砲を 船より放ち轟かし 波をわけつゝ進み行く 軍烈しくあらバあれ 嵐も強く吹かバ吹け 国の光とたてし旗 益光り輝きて 危難も都て解け去りて 太平の日にもどるらん 其時汝つハものゝ いさほし誉て諸人が 歌に唱ひて悦びて 安楽限りなかるらん 烈しき軍すみし時 強き嵐のやみし時 左の詩ハ一千八百五十四年、英仏の両国土耳斯を援けて 魯西亜と兵端を聞き遂に高名なるクライミヤの戦争と なり此間数多の合戦此処彼処に在りたる中最有名なる ものハ同年六月廿五日バラクラバの戦争にて英国の軽 騎隊六百騎が目に余る敵の大軍中へ乗り込み古今無双 の手柄を顕はしたれども惜い哉衆寡素より敵し難く其 大概ハ討死し或ハ擒にせられ無難に帰陣したる者甚僅 にて有きと当時英国に有名なる詩人テニソン氏が其進 撃の有様を吟咏したる者にして何国人に限らず苟も英 語を解するもの此詩を暗誦せざるなしといふ                    山仙士  テニソン氏軽騎隊進撃ノ詩     其一 一里半なり一里半 並ひて進む一里半 死地に乗り入る六百騎 将ハ掛れの令下す 士卒たる身の身を以て 訳を糾すハ分ならず 答をなすも分ならず これ命これに従ひて 死ぬるの外ハあらざらん 死地に乗り入る六百騎     其二 右を望めバ大筒ぞ 前も左りも又筒ぞ 共に打出す砲撃ハ 天に轟くいかつちの 響の如く凄まじや 弾丸雨飛の間にも 猛り立てぞ進むなる 死地にこそ入れ鰐の口 勇んで乗り入る六百騎     其三 抜けバ玉ちるやいバをバ 皆もろ共に振あげて きら/\/\と輝けり 敵陣近く乗り掛けて 大砲方をなで切りす 最と目冷しき働きぞ 煙の中に飛込みて 烈しく陣を破るなり 太刀の早業見ごとなり 敵の軍勢たぢ/\と 遂にさゝふる事ならず むら/\ばつとむらくづれ 馬の頭ぞ立直す 以前に進みし六百騎 残るハいとゞわづかなり     其四 右を望めバ大筒ぞ 左りも後も又筒ぞ 共に打出す砲声ハ 天に轟くいかつぢぞ 弾丸雨飛の其中に 従横むじん切り靡く 死地より出てゝ乗り帰へす 鰐の口より脱れ出て 帰るハ元の一里半 六百人の其中で 残るハいとゝわづかなり     其五 あゝ勇ましきものゝふの よに香しき其誉 手柄ハ永く伝へなん 今のをさなご生立ちて とる年あまた重りて 腰ハ梓の弓となり 頭に霜を戴きて 孫ひこやしやご多き時 六百人の豪傑が 敵の陳へと乗り入れる そのふる事を語りなバ 末代までも名ハ朽ちじ 我邦ニ於テハ西洋ノ詩歌ヲ翻訳スル人甚ダ少ナシ葢シ 其趣向ノ我詩歌ト同ジカラザルガ為メナルベシ又適々翻 訳スル人アルモ之ヲ支那流ノ詩ニ模擬スルガ故ニ初学 ノ輩ハ解スルコト能ハス余之ヲ慨スル久シ以為ク西洋人 ハ其学術極メテ巧ニシテ精粗到ラザル所ナシ其詩歌ニ 於テモ亦之ト均ク能ク景色ヲ模写シ人情ヲ穿チ讃賞ス 可キモノ多シ且ツ其句法万種ニシテ韻ヲ踏ムモノアリ 踏マザルモノアリ緩漫ナルモノアリ疾急ナルモノアリ 其語勢ノ変化殆ド捉摸ス可ラズ而シテ其言語ハ皆ナ平 常用フル所ノモノヲ以テシ敢テ他国ノ語ヲ借ラズ又千 年モ前ニ用ヒシ古語ヲ援カズ故ニ三尺ノ童子ト雖モ苟 クモ其国語ヲ知ルモノハ詩歌ヲ解スルヲ得べシ加之西 洋人ハ短キ詩歌ヲ好マザルニハ非レドモ亦長篇ヲ尚ビ 尋常ノ日本書ノ如キ薄キ冊子ヲ以テスレバ一篇ニシテ 十余冊ニモ上ルモノ少ナシトセズ頃口学友丶山仙士ト 相謀リ吾人日常ノ語ヲ用ヒ少シク取捨シテ試ニ西詩ヲ 訳出セり余素ヨリ詞藻ニ乏シト雖モ既ニ訳シ得ル所数 篇ニ至ルヲ以テ今其ヲ挙ゲテ江湖諸彦ノ高覧ニ供ス 幸ニ其詞藻ノ野鄙ナルヲ笑フナカレ                 尚今居士 識   グレー氏墳上感懐の詩 山々かすみいりあひの 鐘ハなりつゝ野の牛ハ 徐に歩み帰り行く 耕へす人もうちつかれ やうやく去りて余ひとり たそがれ時に残りけり 四方を望めバ夕暮の 景色ハいとゞ物寂し 唯この時に聞ゆるハ 飛ぴ来る虫の羽の音 遠き牧場のねやにつく 羊の鈴の鳴る響 猶其外に常春藤しげき 塔にやどれるふくろふの 近よる人をすかし見て 我巣に寇をなすものと 訴へんとや月に鳴く いとあハれにも声になり かしこにハ楡又こゝに あらゝぎの木ぞ生茂る 其下かげにうづだかく 苔むす土の覆ひたる 壙に埋まれこの村の 古人長く打眠る のきの燕もにはとりも 木魂に響く角笛も あさぼらけにぞなりぬれバ かまびすしくはありつれど 冥土の人の眠をハ 覚すことこそなかりけれ 死にたる人のはかなさよ 身を暖むる炉火も 妻のよなべも誰が為めぞ 愛るわらべがかたことに 爺の帰りをよろこびて 小膝にすがることもなし 曾てこの世に居し時ハ 麦も小麦も其鎌に 山もはたけも其くはに 手荒き馬も其むちに 繁れる森も其斧に まかせて君が儘なりき 功名とても浮雲の 過るが如きものなれバ この古人の世の益と ほねをりするも不運をも わびしき妻子の暮しをも 笑ふべにハあらずかし 富貴門閥のみならず みめうつくしきをとめこも 浮世の栄利多けれど いつか無常の風ふかバ 草葉の露もおろかなり 黄泉に入るの外ぞなき 苔にうもれし古人ハ 墓場の上に寺をたて あたりまバゆき屋の内に 頌歌の声に合すなる 楽器の音を聞ずとも 身の不徳とな思ひそよ ひつぎ肖像美を尽し 人の尊敬多くとも ひとたび絶えし玉の緒を つなぎとむべき術はなし へつらふ人のほめ言も 長き眠ハ覚えまじ 考へみれバ廃れたる 此古墳の古人も 世にすぐれたる量ありて 国を治むる徳を具し 詩文の才も多けれど あらはれずして失せける歟 学びの海ハ広けれど わたる船路を知らざれバ 心の性ハ賢きも 身ハ賤しくて貧なれバ 世のほまれをバ聞かずして 空しく鄙に終りけり 深き水底求むれバ 輝く珠も有るぞかし 高き峯をバ尋ぬれバ かをる木草の多けれど 千代の八千代の昔しより 人に知られで過ぎにけり 実に此墓に埋もれて 業はおとるもハムデンに 詩ハ拙くもミルトンに 国に軍を挙ずとも クロムエルにも比ぶべき 人のかバねやあるならん 議院の議士を服さしめ 人のおどしも外に見る 国の安危を身に委ね 高き誉望を民に得る 此等のわざハおしなべて 古人何ぞあづからん 恵みハひろく及ばねど 又常々のふるまひに 不徳もいとゞ少なしや 人を殺して王となり 民をなやめて利をあみす 夢にもみまじさることハ まことをかくすそら言に 恥るを忍ぶ心の苦 且つ巧なる詩文もて 富貴に媚る世のならひ 是ハ都の弊なれど 未だ此地に及ぼさず 此処に生れて此処に死に 都の春を知らざれバ 其身ハ浄き蓮の花 思ひハ清める秋の月 実に厭ふべき世の塵の 心に染みしことぞなき されど収めしなきがらの しるしの為と側近く 建し石碑ハ今もあり 文ハ拙く彫りざまハ 醜しとてもたぴ人の 憐を争で惹かざらん 碑面にえれる名に年齢に 記しゝ文字ハ拙くも 記念の功ハ有ぞかし 又有がたき経文の 文句を引きてえりたるハ 人に無常を諭す為め 葢し此世に生れ来て 程なく死るその時に 別れの惜しきこともなく 浮世の花の栄をバ 心の外に打捨てゝ 去り行く人ハなかるべし 眼の光り止むときハ 恋しかるらん身のやから たましい体を去るときハ いたく慕はん妻子ども たとひ焼くとも埋むとも 人の思ひハ消えハせじ 偖又此に古人の いハれハ書けど余とても いつか帰らぬ旅にたち 過ぎ行く後ハ世の人の 如何せしやと思ひやり たづぬることも有るならん しからん時ハ此さとの 頭に霜を重ねたる 老人斯くぞ曰ふならん 我儕ハ彼れが朝早く 昇る旭を見バやとて 岡に登るを常に見き 又彼処なる川ばたの 枝伸ぴ垂れし山毛欅の木の わだかまりたる根の側に 身を横たへて昼いこひ 流るゝ水に打臨み 其常なきをかこちけん 又彼処なる常葉木の 木立の下にさまよひて かしら傾けうでを組み 知る人なさの歎かしさ とゞかぬ恋の口惜しさ 世のうさ抔をかこちけん さるにひと日ハ彼の人を 慣れし岡にも樹陰にも 紀て見ることなかりけり 其翌朝になりぬれど 野にも森にも川辺にも 身をバ現ハすことぞなき 又其次の朝ぼらけ 屍送る歌きけば まさしく彼の為めなりき 君ハ字を知る人なれば 彼の山櫨の陰にある 碑文を読みて識りたまへ    碑 文 土に枕しこの下に 身をかくしたる若人は 冨貴名利もまだ知らず 学ぴの道も暗けれど あはれ此世を打捨て あの世の人となりにけり 仁恵深き人なれば 天も憫み報いけり 憂き人見れバ涙ぐむ (外に詮すべきなき故に) ひとりの友のありしとよ (外に望みはなかるらん) これより外に此人の 善し悪し共になほ深く 尋るとても詮ハなし たましひ既に天に帰し 後の望みをいだきつゝ 神にまぢかく侍るなり    ロングフェルロー氏人生の詩     丶山仙士 そも霊魂の眠るのハ 死ぬといふへきもぞかし 人の一生夢なりと あハれなふしでうたふなよ 眠らにや夢ハ見ぬものぞ 此世の事は何事も 夢とおもへどさにあらず 人の一生夢ならず 最とたしかなる事ぞかし 人の終は墓なくも 墓にうづまるものならず 土より来り又土に 帰ると云ふハ肉体ぞ そりや霊魂の事ならず 此世に在りて楽むも 又苦しむも固と人の 世にある趣意にあらざらん 生るハ役に立つ為ぞ 日毎/\に怠らず 今日ハ今日丈け一日の 功を立てねばならぬぞよ 光陰実に箭の如く 芸道最とも易からず 心ハ如何に猛く共 墓なく進む葬礼の 送葬大皷打つ胸ハ 音止めされたる大皷の音 最ともあハれにひゞくらん 此世の中ハ戦争ぞ 其戦争の中に居て 人に生れた甲斐もなく 人に使ハれ追はれつゝ あゆむ羊や牛たるな 人に劣らず憤発し 功名手柄なすべきぞ 如何に楽しくおもふ共 未来ハあてにすべからず 如何にうれしくありつとも 過去ハむかしに過し事 働くべきハ現在ぞ 其働を見る者ハ 胸の心と天の神 豪傑輩の一生を 熟ら思ひめぐらせば 生きて甲斐なきものならず 人に勝れし手柄して 稀なる誉得るならバ 名ハ香しく後の世に 永く伝へて残るらん 其香しき名を聞かバ 社会の海に乗り出して 艱苦辛苦の浪風に 吹き廻ハされて破船して 助け船さへあらぬ身も 気を取り直し憤発し 功名遂ぐる者あらん されバ人々怠たるな 暫時も猶予するなかれ 運命如何につたなきも 心を落すことなかれ たゆまず止まず自若とし 功名手柄なしつゝも 勤め働くことをせよ 余蚤ニ新体ノ詩ヲ作ラント欲セシト雖モ、其容易ノ業ナ ラザルヲ慮リ、先ツ和漢古今ノ詩歌文章ヲ学ビ、ソレヨリ 漸次ニ新体ノ詩ヲ作ルノ路ヲ為サントシケルニ、一日尚 今居士ハムレツトノ訳詩ヲ示サル、其文俗語ヲ交フト雖 モ、反リテ古歌ヤ漢詩ノ解シガタキニ勝ル、因リテ余之ヲ 歎賞シテ学芸雑誌第六号ニ載ス、次イテ丶山仙士モ亦ハ ムレツト并ニカーヂナル、ウルシー等ノ作アリ、是ニ於テ 余思フニ古今ヲ問ハズ、東西ヲ論セズ、凡ソ新体ノ詩ノ流 行スルハ、大抵偶然ニ出ヅル者ニテ、必ズシモ百方錬磨ノ 労ヲ俟タザルナリ、サレバ尚今居土丶山仙士ノ作ル所モ 新体ノ詩ノ始メナルヤモ知ルベカラズ、乃チ自カラロン グフェロー氏ノ玉の緒の歌ヲ訳シ、二君ヲシテ新体ノ時ヲ 剏造スルノ功ヲ専ラニセシメザラント欲ス、余ノ作ル所 略二君ニ同ジ、但々二君ハ韻ヲ踏マズ余ハ試ニ韻ヲ踏ム、是 レ其差ナリ、或ル人余ガ訳詩ヲ見テ、大ニ笑フ、葢シ或ル人 ノ如キハ文学ノ盛衰興廃スル所以ヲ知ラザル者ニテ、深 ク尤ムルニ足ラズ、夫レ明治ノ歌ハ、明治ノ歌ナルベシ、古 歌ナルベカラズ、日本ノ詩ハ日本ノ詩ナルベシ、漢詩ナル ベカラズ、是レ新体ノ詩ノ作ル所以ナリ、若シ夫レ押韻ノ 法、用語ノ格等ハ、次第ニ改良スベキノミ、一時ニ為スべカ ラズ、看官幸ニ之ヲ諒察セヨ、                 巽軒居士 識    玉の緒の歌(一名人生の歌) 眠むる心ハ死ねるなり 見ゆる形ハおほろなり あすをも知らね我命 あハれはかなき夢そかし などゝあハれにいふハ悪し 我命こそまことなれ 我命こそたしかなれ 墓ハ終りの場所ならず 人ハ塵にて又散ると いふハからだのうへのこと 人の願ハ喜か 人の願ハ悲か 人の願ハこれならず 唯怠たらずはたらきて 今日よりまさる明日をまて 業ハ久しく時ハ馳す 強き胸たも亦たえず 皷の如く撃ち続け 一日/\にちかくなる 死出の旅をぞハやすなる 争ひ多き世の中に 此身を寄せて先鞭に なりてます/\進むべし 言なき唖となる勿れ 率かるゝ牛となる勿れ 如何に未来ハ楽しきも 如何に空しき過去なるも 共に之をハ捨ておきて われを忘れず神を知り はたらくべきハ今日ばかり すぐれたる人世に多し われとても人相同じ 勉め励まバ斯くならん ゆめ怠らず勉めなバ 長く残さん此名をバ 海より荒き世の中に 舟失ひて波の間に 独漂ふ我友ハ 我名を聞きて勇まなん 我名を聞きて進まなん さすれバ人ハ気を張りて 事業バかりに心して 如何なる運も事とせず 高きに至れ馳せゆけよ 楽あるぞはたらけよ     テニソソ氏船将の詩(英国海軍の古譚)                   尚今居士 暴威を以て下を馭す 人ハ此世の鬼なるぞ 天地も容れぬ罪なるよ 其過ちの深きこと 阿鼻の地獄も及バじな 若しや今しも圧制を 嗜まんものゝあるならバ 我が此歌をよく聴て 其身を深くいましめよ 曾て勇々しき武士の 将たる船の乗組ハ 自由の空気吸ひなれし 英吉利国の人なれバ 勇のみならず信あれど 其船将の圧抑を 深く怨みて措かずとよ 将が性質猛くして 慈愛の心露ほども 無きのみならず針ほどの 罪も巌しく糺し問ひ 免すこと無し斯て世に 将が暴威ハいやつのり 船人どもの心中に 燃る怒のそのほのか 消るひまなくなか/\に をりさへあらバ燃え出でゝ 人をも身をもゝろ共に 焼かんとすなり然れども 船将常に望むらく いつか勲功あらハして わが船の名を轟かし 古今未曽有の英雄と 千万人に呼バれんと 一途にこゝろ傾けて 湊に過り岡に沿ひ 岬を廻り島を歴て 北に南に何処となく 残るくまなくたゞ渡り 大海原の真中にて 北をはるかに眺むれハ 帆を打揚げて来る船ハ 是ぞ正しく仏蘭西の 軍の船にまぎれなき わが船将の面色ハ 喜ぴ外にあらハれて 言葉もいとゞいそがハし 船人どもゝ銘々の 心にたくみありけれバ 眼の中におのづから 喜ぶ色の見えたりと 将ハ声色高らかに ものども船を追ふべしと 一と号令を下すまゝ 風にまかせて我舶は 敵にまちかく進みゆく こゝに乗組一同は 常に怨みし大将を にらみて腕を乂きて 大砲はなつものハなし されど敵の大砲は 実にいかつちの落るごと 轟きわたるおそろしさ 天地も破裂するばかり 横木も折れて波に落ち 帆架もわれてこな微塵 甲板裂けて容なく 銃丸繁くふりきたり 雨かあられか怖ろしや 甲板のみか帆柱も 人の脳やら血汐やら 生きとし生けるもの共ハ 右に左にうち倒れ もの言ふこともかなハねば 倒れしまゝに顔と顔 見合す姿凄まじく 血汐の中に玉の緒の 絶えんとしつゝ船将を 見かへる眼おのづから 嘲り笑ふ気色あり 将ハ功名立てんとて 頼みし人もことごとく 我を嘲りにらみつゝ われを売りしぞ口惜き 心のうちは堪へられぬ 辱と恚のせりあひに 顔色青く赤くなり 歯かみをなして叫べども 終に痛手の疵おひて かバねの上に倒れけり 嗚呼圧制よ嗚呼暴威 実に怖るべし悪むべし 数多の勇士いたづらに 失ひしこそはかなけれ 其のち多く年月を 経ぬとハいへど船将や 船人どものしかバねハ 水屑となりて海底に 今も沈みて残るらん さりとも見えぬ波の上に 浮べる鴎二三四 西洋にてハ戦の時慷慨激烈なる歌を謡ひて士気を励ま すことあり即ち仏人の革命の時「マルセイエーズ」と云へる 最と激烈なる歌を謡ひて進撃し普仏戦争の時普人の「ウ オツケメン、オン、ゼ、ライン」と云へる歌を謡ひて愛国心を 励ませし如き皆此類なり左の抜刀隊の詩ハ即ち此例に 倣ひたるものなり     抜刀隊                  丶山仙士 我ハ官軍我敵ハ 天地容れざる朝敵ぞ 敵の大将たる者ハ 古今無双の英雄で 之に従ふ兵ハ 共に慓悍決死の士 鬼神に恥ぬ勇あるも 天の許さぬ叛逆を 起しゝ者ハ昔より 栄えし例あらざるぞ 敵の亡ぶる夫迄ハ 進めや進め諸共に 玉ちる剣抜き連れて 死ぬる覚悟で進むべし 皇国の風と武士の 其身を護る霊の 維新このかた廃れたる 日本刀の今更に 又世に出づる身の誉 敵も身方も諸共に 刃の下に死ぬぺきぞ 大和魂ある者の 死ぬべき時ハ今なるぞ 人に後れて恥かくな 敵の亡ぶる夫迄ハ 進めや進め諸共に 玉ちる剣抜き連れて 死ぬる覚悟で進むべし 首を望めバ剣なり 右も左りも皆剣 剣の山に登らんハ 未来の事と聞きつるに 此世に於てまのあたり 剣の山に登るのも 我身のなせる罪業を 滅す為にあらずして 賊を征伐するが為 剣の山もなんのその 敵の亡ぷる夫迄は 進めや進め諸共に 玉ちる剣抜き連れて 死ぬる覚悟で進むべし 剣の光ひらめくハ 雲間に見ゆる稲妻か 四方に打出す砲声ハ 天に轟く雷か 敵の刃に伏す者や 丸に砕けて玉の緒の 絶えて墓なく失する身の 屍ハ積みて山をなし 其血ハ流れて川をなす 死地に入るのも君が為 敵の亡ぶる夫迄ハ 進めや進め諸共に 玉ちる剣抜き連れて 死ぬる覚悟で進むべし 弾丸雨飛の間にも 二ツなき身を惜まずに 進む我身ハ野嵐に 吹かれて消ゆる白露の 墓なき最後とぐるとも 忠義の為に死ぬる身の 死て甲斐あるものならバ 死ぬるも更に怨なし 我と思ハん人たちハ 一歩も後へ引くなかれ 敵の亡ぶる夫迄ハ 進めや進め諸共に 玉ちる剣抜き連れて 死ぬる覚悟で進むべし 我今茲に死ん身ハ 君の為なり国の為 捨つべきものハ命なり 仮令ひ屍ハ朽ちぬとも 忠義の為に捨る身の 名ハ芳しく後の世に 永く伝へて残るらん 武士と生れた甲斐もなく 義もなき犬と云ハるゝな 卑怯者となそしられそ 敵の亡ぶる夫迄ハ 進めや進め諸共に 玉ちる剣抜き連れて 死ぬる覚悟で進むべし    勧学の歌                 尚今居士 昔し唐土の朱文公 よに博学の大人ながら わが学問をすゝめんと 少年易老の詩を作り 一生涯ハ春の夜の 夢の如しと嘆きけり 国の東西世の古今 人の高卑を問ハずして 学の道に就くものハ いかに才能ありとても 同し多少の感慨を 起さぬことのあるべしや 春の初花秋の月 夏のみどり葉冬の雪 渾て此世の物事に 心をとむる時あらバ わが学芸を省みて 過る月日を思ふべし 池のみぎハの春草の みじかき夢も覚ぬまに 軒端に茂るきりの葉ハ 吹く秋風にさそはれて 此年も半バ過ぬるを ふみ読む人ハしらずやハ 年の月日ハ長けれど 難波入江の村あしの ひとよの如く思はれて わが身の上のはづかしさ 蛍や雪の光りにて ふみは読めども業ならず 昔の人の学問ハ 唯一すぢの道なれど なほ賢人の嘆きあり 今ハ学術多端にて 枝に小枝に末葉まで いかで凡夫の能すべき さハ云ふものゝ諺に 山のはじめハ一塊土 海のはじめハひとしづく いかに急げど詮ハなし 心をこめていつまでも 怠らぬこそよかりけれ たとひ多くにわたらぬも 唯一芸を修めなバ 身の為となる多からん 蜘蛛に芸あり網をはり 蜂に能あり蜜つくる 何とて虫に及バざる 勉め勉めよたゆみなく 進み進めよよどみなく 難き事とて厭ふなよ 学の海に舟路あり 教の山にしをりあり 丈夫何かハ怯るべき   チヤールス、キングスレー氏悲歌                     丶山仙士 無常を告ぐる人相の 鐘の音するたそがれに 三人の漁夫ハ帆を上げて 入る日を指して西の海に 走らす船ハ進めども 妻子の為に引かさるゝ 心の中ハ皆同じ 父の出船を眺めつゝ おきに向ひて彳める 童子ハ外に余念なし まうけハ薄く子沢山 雨の降る日も風の夜も 洲に打掛くる浪音の 最とすさまじき其時も かせがにやならぬ男の身 袖のひぬのハ女子の身 三人の漁夫の妻三人 日も西山に入相の 鐘もほのかに聞ゆれハ 共に籠りし燈台の 火を挑んと立寄りて つまめる心の夫思ひ 窓の戸開けて眺むれバ 驟雨やら暴風やら 空打過ぐるむら雲ハ 色黒/\と物すごし 暴風ハ如何に吹けバとて 水かさハ如何に増せバとて 洲に打掛くる浪音ハ 如何程すごく聞けバとて かせがにやならぬ男の身 袖のひぬのハ女子の身 朝日かゝやく砂磯に 潮引き去りて其跡に 残るハ三つの屍ぞ 三人の漁夫の妻三人 帰らぬ旅に門出して 帰らぬ夫のなきがらに 髪振り乱し取すがり 消る斗に啼き入て 目もあてられぬ風情なり かせがにやならぬ男の身 袖のひぬのハ女子の身 一日も早く世を去れバ 一日も早く楽をせん 屍の跡の砂磯に 寄せ来る浪のくだけつゝ 鳴りたきや鳴れよゑゝ儘よ 西洋諸邦ハ勿論凡ソ地球上ノ人民其平常用フル所ノ言 語ヲ以テ詩歌ヲ作ルヤ皆心ニ感スル所ヲ直ニ表ハスニ アラザルナシ我日本ニ於テハ往古ハ此ノ如クナリト雖 モ方今ノ学者ハ詩ヲ賦スレバ漢語ヲ用ヒ歌ヲ作レハ古 語ヲ援キ平常ノ言語ハ鄙卜為シ俗ト称シテ之ヲ採ラズ 是レ豈謬見ト為サヾルヲ得ンヤ 夫レ我邦人ノ漢学ヲ修ムルヤ殆ト皆ナ所謂変則ナルモ ノニシテ漢土ノ本音ヲ以テ其文ヲ読下スルモノ甚少ナ シ然シテ韻書作倒等ニ因テ平仄韻字ヲ学知スルモ之ヲ 用ヒテ詩ヲ作ルニ当テハ既ニ本音ヲ発スルニ非ザレバ 到底室内ニ游泳ヲ試ムルガ如クニシテ隔靴ノ憾ナキ能 ハズ何トナレバ凡ソ詩歌ハ意義ノ優美奇巧ナルハ素ヨ リ望ム所ナレトモ音調ノ宜シキヲ得ルコト亦極メテ肝要ナ レバナリ而シテ音調ナルモノハ自国ノ語又ハ他国ノ語 ナレバ其音声ヲ暁熟スルニ非ザレバ其真趣ヲ翫味スル 能ハザルヤ明ケシタトヘハ変則流ノ洋学書生ガ辞書ニ 拠リ作倒ニ従テ音声ノ強弱ヲ学ビ詩ヲ賦スガ如シ誰カ 其迂チ笑ハザラン又古言雅言ヲ以テ長歌知歌ヲ作リ並 フルモ吾人常ニ用ザル所ナレバ稍外国語ニ類スルガ 故ニ之ヲ以テ精密ニ我衷情ヲ●ベ我思想ヲ◎スコト或 《●はテヘンに「慮」◎はテヘンに「炎」》 ハ難カラン 果シテ然ヲバ余以為ク宜ク平常ノ語ヲ斗少シク折衷シ以 テ稍新体ノ詩歌ヲ作リ充分ニ吾人ノ心ニ感スル所ヲ吐 露スベキナリ然レトモ之ヲ言フモ為サヾレバ人或ハ目シ テ妄誕漫言ノ徒ト為サン故ニ余●劣ヲ顧ズ頃者試ニ西 《●はゴンベンに「剪」》 洋ノ詩数首ヲ訳シ既ニ其一、二ヲ新聞雑誌ニ載セシコトア リ今復此新紙ノ余白ヲ借テ拙作二首ヲ掲ゲ江湖諸彦ノ 一粲ニ供ス其一ハ自作ニ係リ(但シ始ノ一節ハ大仏財法 日課勧進之序ヲ取捨シテ作レルナリ)其一ハ西詩ノ訳ニ 係ル余素ヨリ文事ニ疏ク詞藻ニ精シカラス江湖諸彦ノ 幸ニ我微意ヲ諒察アランヲ乞フ                   尚今居士 識    鎌倉の大仏に詣でゝ感あり 今をさることかぞふれハ 六百年の其むかし 建長のころ鎌倉に 稲多野局が建られし 総青銅の大仏ハ 御身のたけハ五丈にて 相好いとゞ円満し 見者無厭の尊容ハ 何れの地にも此類なし さるに明応四年とや 由井のつなみの難により 大殿破壊の其後ハ 紫磨金仙も雨に濡れ 風に暴されたまふこと 殆ど此に四百年 こハこれ人に聞くところ 余もこのころ鎌倉の 古跡尋ねてをちこちと 杖を引きつゝ大仏に 詣でゝ心おちつけて しかと尊顔見上れバ はちすの花もおよびなき 浄き如来の御心ハ 外に見ハれ何となく 涅槃てふ語の思ハれて 凡夫不覚の余とても しバしの間胸の雪 霽れて無明の夢ハ醒め 真如の月の円かなる 影を見たるにあらねども 見ゆるが如き心地せり 夫れ物事のなりたちハ 頓にとゝのふことぞなき 昔し羅馬の帝国ハ シーザルひとり智を奮ひ 起りしものにあらずかし 徳川氏の繁昌ハ 家康ひとり徳ありと 成りしものとな思ひそよ 時勢人情やうやくに 運びて此に至りてき 鎌倉山の大仏も 浮屠氏の教へ渡り来て 千百年を過ぎし後 人の信仰厚くなり 鋳ものゝ術も具ハりて 初めてなりしものならん 稲多野夫人の時代にハ 此大仏に打向ひ 精神こめて手を合せ 天下太平安穏と わが後生とを祈りしも 今の明治の聖代に 生れし人ハ然ハせず 仏の面を打眺め 昔の事を思ひやり 其鋳工の巧みなる 業をほむるの外ハなし かハれバかハる時勢かな 秋の空にも劣るまじ 昔の人の是といひし 事も今でハ非とぞなる 今日の真ハあすの偽 あすの教ハあさつての 非理邪道とやなるならん 天地万物一定の 規律に由りて進化すと 学者ハ謂へど是を之れ 聢と心に認めたる 人ハ果してなかるらん 嗚呼盛んなる大仏よ 六百年もたつた川 からくれなゐのもみぢ葉と 流るゝ水を年々に 人の誉むるに異ならす 尊体此処に在ます間ハ 如何に時勢の変るとも 年々人の尋ね来て 歎賞せざることなけん 此篇ハ高僧ウルゼー初め王の寵愛を得て大権を握 り威を海内に振ひ其富王室に劣らざるに至りても 忽ち王の意に戻り官職を奪ハれ所有を没収せられ たる時世運の定まりなきを嘆息する所にして頗る 有名の作なり                 丶山仙士 おさらバさらバいざさらバ 再ぴ会ハぬ暇乞ひ 栄誉に永く別るべし 人の習ハ皆都て 利運の端の芽出しなバ 八重咲きにほふ花盛り 位に位重なりて 栄曜発華を極むれバ 愚な胸に思ふ様 運命強く願かなひ 天にも登る龍なりと 悦びいさむをろかさよ 冬やゝ深く置く霜の 惰け用捨も荒野原 根までを枯らす霜枯に 運極ハまりて身の堕落 見るも愍れな有様ハ 我が今日の身の上ぞ 永の年月心なく 名誉の海に浮べるハ 浮袋にてうか/\と 游ぐ童子に異ならず 丈の立たざる淵に入り 飽まで強き我が意地も こらへをふせず張り裂けて 労れハてたる精神に 忠を尽して年寄れる 其の甲斐もなく今ハはや 身の零落に涙川 水屑とこそハ成るべけれ 浮世の虚飾や誉れ程 忌むべき物ハあらずかし 今に至りて我が胸に 初めて悟る所あり 広き世界の其内で 王者の機嫌取り取りに 此世を渡る男ほど 憐むべきハ無きぞかし 願ふ所ハ其笑顔 恐るゝ所ハ其不興 彼と是との気がねして 憂さ恐怖さの数々ハ 軍するより尚ほ多し 女子の機嫌取るに増す 遂に零落する時ハ 天より落るルシファなり 再ぴ浮ぶ瀬ハあらず    シャール、ドレアン氏春の詩  尚今居士 春の景色のゝどけさを いかで好まぬ人あらん 冬ハ物事さぴしきも 春ハ心のをのづから とけて楽み限りなし 雪もみぞれにふる雨も 人をなやますことぞなき のどけき春の来る時ハ 北風強く吹く冬ハ 野辺に深雪木ハつらゝ 雨もこほりていと寒く 障子ふすまを建廻ハし 炉火近く団居して ねぐらの鳥にことならず されど嵐も雪も歇む のどけき春の来る時ハ ふ一ハりがちかる冬の本 日影心う4く1くらて 曇りがちなる冬の空 日影もうすく昼くらし されど春にもなりぬれバ 喜ハしくも雲ハれて 光りのどけき天を見る いぶせく降りし雪霜ハ 跡も残らず消えうせぬ のどけき春の来る時ハ    社会学の原理に題す                 丶山仙士 宇宙の事ハ彼此の 別を論ぜず諸共に 規律の無きハあらぬかし 天に懸れる日月や 微かに見ゆる星とても 動くハ共に引力と 云へる力のある故ぞ 其引力の働ハ 又定まれる法ありて 猥りに引けるものならず 且つ天体の歴廻れる 行道とても同じこと 必ず定まりあるものぞ 又雨風や雷や 地震の如く乱暴に 外面ハ見ゆるものとても 一に定まれる法ハあり 野山に生ふる草木や 地をハふ虫や四足や 空翔けりゆく鳥類も 其組織より動作まで 都て規律のあるものぞ 又万物ハ皆共に 深き由来と変遷の あらざる物ハなきぞかし 鳥けだものや草木の 別を論ぜず諸共に 親に備ハる性質ハ 遺伝の法で子に伝へ 適するものハ栄ゑゆき 適せぬものハ衰へて 今の世界に在るものハ 桔梗かるかや女郎花 梅や桜や萩牡丹 牡丹に縁の唐獅や 菜の葉に止まる蝶てふや 木の間囀る鴬や 門辺にあさる知更鳥や 雲居に名のる杜鵑 同じ友をバ呼子鳥 友を慕ひて奥山に 紅葉ふみわけ啼く鹿や 訳も分らで貝の音に 追ハれてあゆむ牛羊 羊に近き歳ハまだ 愚なことよ万物の 霊とも云へる人とても 今の体も脳力も 元を質せば一様に 一代増に少しづゝ 積みかさなれる結果ぞと 今古無双の濶眼で 見極ハめたるハこれぞこれ アリストートル、ニウトンに 優すも劣らぬ脳力の ダルウ井ン氏の発明ぞ これに劣らぬスペンセル 同じ道理を拡張し 化醇の法で進むのハ まのあたりみる草木や 動物而己にあらずして 凡そありとしあるものハ 活物死物夫而己か 有形無形夫々の 区別も更になかりしを 真理極めし其知識 感ずるも尚あまりあり されバ心の働も 思想智識の発達も 言語宗旨の改良も 社会の事も皆都て 同じ理合のものなれバ 既にものせる哲学の 原理の論ぞ之に次ぐ 生物学の原理やら 心理の学の原理をバ 土台となして今更に 社会の学の原理をバ 書にものさるゝ最中ぞ 此書に載せて説かるゝハ そも社会とハ何ものぞ 其発達ハ如何なるぞ 其結構に作用に 社会の種類如何なるや 種族と親と其子等の 利害の異同如何なるや 男女の中の交際や 女子に子供の有様や 取扱の異同やら 種々な政府の違ひやら 違ひの起る源因や 僧侶社会のある故や 其変遷の源因や 儀式工業国言葉 智識美術や道徳の 時と場所との異同にて 遷り変りて化醇する 其有様を詳細に 論述なして三巻の 長き文にぞせらるべき 最とも目出度き美学こそ 既に出てたる一巻を 読たる者ハ誰ありて 此書を褒めぬ者ぞなき 実に珍敷しき良書なり 社会の事に手を出して 何から何とせハをやく 責任重き役人や 走り書きやらからしやべり 舌も廻ハらぬくせにして 天下の事ハ一と飲みと 法螺吹き立てゝ利口ぶる 新聞記者や演説家 此書を読みて思慮なさバ 人をあやまる罪とがの 少しも減りもするならん 月日の事や星の事 動植物や金属や 夫等の事ハさて置きて 凡そ天下の事業ハ 畳一枚させバとて 足袋を一足縫へバとて 長の年月年季入れ 寐る眼も寐ずに習ハねバ 出来る事にハあらざるに 濁り社会の事計り 年季も入らず学問も するに及バぬ訳なれば 新聞記者や役人と 成るハ最と最と易けれど か様な者が多ければ 忽ち国に社会党 尚ほ恐しき虚無党の 起るハ鏡に見る如し 揉め揉めたる其上句 虻蜂取らずの丸潰れ 秩序も建たず自由なく 泥海にこそなるべけれ 再ぴ浪風静まりて 大平海と成る迄ハ 百年足らず掛らんハ 革命以後の備蘭西の 有様見ても知れたこと そこに心が付きたらバ 妄に手出しする勿れ 妄にしやべること勿れ 広き世界の其中に 恐るべきもの多けれど 盲目同士の戦に 越したるものハあらぬかし 覘ひきまらぬ棒打の 仲間入りこそあやふけれ 今の世界ハ旋風 烈しく旋る時なるぞ 烈しき中へつい一寸 絡き込まれたら運の尽 足も据ハらず瞑眩き 頭ハいとゞぐら付きて ぐる/\/\と廻されて すき間もあらず廻ハされて 上句のハてハ空中へ 絡き上げられて落されて 初て悟る其時ハ 早遅蒔の辣椒 後悔先きに立ぬなり 颶風烈しく吹く時ハ 其吹く中へ過ちて 船を入れぬが楫取の 上手とこそハ云ふべけれ 政府の楫を取る者や 輿論を誘ふ人たちハ 社会学をバ勉強し 能く慎みて軽卒に 働かぬやう願ハしや    ロングフェロー氏児童の詩    尚今居士 来れわらハべかたハらに 汝が遊ぶさま見れば 我等が多年苦みて なほとけざりし疑ハ 忽ち解けて露ほどの 曇りも胸に止まらず 汝が遊ぴたハるゝを 見るハ恰も東なる 窓打あけて日に向ひ さえづる鳥の声聞て 清く流るゝ川水に 臨むが如き心地せり 流るゝ水も鳥のねも 照らすあさひも汝等の 心の如くゆたかなり されど我等の心中ハ かなしさ秋も過去りて 寒き雪霜ふりにけり わらハべ無くば世の中ハ 如何に苦しきことならん わらハべ無くばわれ/\ハ 後ふりむくも憂さばかり 前を望むもうバたまの 闇の夜中に異ならず 知らずや茂る森の木ハ いと美ハしきみどり葉に 清き空気や日の光 其作用を施して 善き汁液を造り成し 幹と枝とを養ふを 知れよのどけき気候をバ うけて早くも感ずるハ 幹にハあらで軟かき 緑の葉にぞありぬるを 森を此世にたとふれバ 葉ハわらハべに比ぶべし 来れわらハべかたハらに のどけき天を吹く風も 花に戯れ啼く鳥も 汝が清きこゝろにハ 何如なる事を告るやを 我耳近くさゝやけよ 思慮をめぐらし智を竭し 我等が成せるわざとても 我等が書けるふみとても 汝が様のかはゆさに 汝が面の楽しさに 比ぶることのなるべきや 人の賞する詩や歌ハ 世に数多くあるなれど 完至無欠の汝等に 及ぶべきものあらずかし 汝ハ生ける詩歌なり 他ハ皆死にし言葉のみ   シェーキスピール氏へンリー四世中の一段 ヘンリー四世其初 ランカストルのヂウクたり 一旦謀叛企てゝ 六万人の将として リチヤルド王と戦ひて 王を俘になしたれバ 自ら立て王と成り 四方に逆威を震ひしも 天ハいかでか乱臣を 安穏にてハ置くべきや 禍福交も起り立ち 戦争止む時更になく ウエールス人ハ蜂起せり スコツト人ハ攻め入れり ベルセー一家叛逆す 王を暗殺謀る者 其数最とも多かりき 議院ハ権理打ち守り 王に烈しく抵抗す 財政最とも困難し 王ハ人望失ひて 健康漸く衰へて 其晩年に至りてハ 自ら悔ゆる其悪事 心で心責められて 安眠とてハ片時も なすことならぬ苦しさよ 此一篇ハこれぞこれ 其有様をうつしたる シエキスピーヤの名作ぞ 広き世界の其中に 王者の数ハ多けれど ヘンリー四世ならざるハ 幾人ありや聞かまほし                 丶山居士 最と下賤なる我人の 枕を高く高いびき 今しも眠る其数ハ 幾千万かあるならん あゝ羨し羨し 眠の神よ眠り神 天より我に賜はりて 伽するとこそ云ふべけれ 如何なる罪の祟にや 眠の神に見ハなされ 仮令へ暫時の間なり共 胸の苦しさ忘れたさ 瞼を閉ぢて眠らんと 如何にすれども眠られず そも如何なれバ眠神 見る影もなきあばら家の くすぽりかへる稿の床 むさ苦しきも厭ハずに 心地もよげに横たハり 枕のほとりぶん/\と 飛びくる虫の羽音さへ 眠りを誘ふ助にて すや/\眠むるものなるに 伽羅沈香を●き立てゝ 《●はヒヘンに「主」》 床の上なる天蓋ハ 金襴緞子以て作り 眠を誘ふ楽の音ハ 最と心地よく聞ゆなる 貴人高位の寝屋までハ 何とて来ることのなき 実に愚なる神ぞかし 何故にかく見苦しき 不潔な床に横たハる 下賤な者と寝ハするも 王者の床に来らぬぞ 金の時計と号鐘と 比べものにハならぬのを はていぶかしき神の意ぞ ゆら/\ゆるゝ帆柱の 高き上にも安く寝る 水夫の目をば閉ぢさして 情け用捨も荒浪や 吹き来る嵐凄じく うず巻く浪を巻き上げて 天地とゞろく浪音ハ 死人も覚むる程なるに 下ハ無間の地獄なる 高き柱の其上で 浪にゆらめき眠らする 神の力ぞ不思儀なる 惣身水にひたされて 身を粉に砕く水夫にハ 斯く騒しき其折も 眠の神ハ附き添ふに 草木も眠る牛三に 眠を誘ふ其工風 手を替へ品を替ゆるとも 王者の傍に来らぬハ 依怙贔負なる神にこそ あゝ幸多き賤の身ハ 寝ろや眠れや羨し 熟思ひ合ハすれば 冠著たる頭程 苦しきものハ世にあらじ    シエークスピール氏ハムレツト中の一段                        尚今居土 ながらふべきか但し又 ながらふべきに非るか 爰が思案のしどころぞ 運命いかにつたなきも これに堪ふるが大丈夫か 又さハあらで海よりも 深き遺恨に手向ふて 之を晴らすがものゝふか どふも心に落ちかぬる 扨も死なんか死ぬるのハ 眠ると同じ眠る間ハ 心痛のみか肉体の あらゆるうきめ打捨つる 是ぞ望のハてならん アヽしぬ、ねむる、ねむる時 万が一ゆめみるならバ ハアこだわりが有るやうぢや なぜと曰ふに死に眠り 無常の風にさそハれて 此娑婆離れしまふとも いかなる夢のきたるやら ハテ疑の晴れぬもの うき事長く忍ぶのも これが為めかな、なぜなれば 九寸五分さへ持ちたれバ 其切先で一とつきに 事をすますもやすけれど 之をば為さず慎みて 強者の非道、世のそしり 驕れる人のハづかしめ 想ふ美人の不深切 緩み過ぎたる国の法 貴人の無礼又たとひ いかに善しとも下人の 軽しめらるゝ、是を之れ 堪へ忍ぶのハ何故ぞ 重荷を負ひて汗流し ういめつらい目こらへつゝ 暮せぬ暮し暮すのも 亦何故ぞ是ハみな 死後の恐れがあるからぢや 死出の山路の不思議なる 登りて帰る人ぞなき 如何なる事のあるやらん 物すごくこそ思ハるれ たとひ此世に止まりて うきかんなんを甞るとも あの世の事ハ恐しや 斯くと心に思ふ故 たけき心も弱くなり 如何なる深き大望も 花を開かず枯れ失せて 実のなることぞなかりける 左ハさりながらオヒリヤよ アヽたをやかな其風情 そなたは神をいのるなら わしが罪障わびてたべ   シェーキスピール氏ハムレツト中の一段                      丶山仙士 死ぬるが増か生くるが増か 思案をするハこゝぞかし つたなき運の情なく うきめからきめ重なるも 堪へ忍ぶが男児ぞよ 又もおもへバさハあらで 一そのことに二つなき 露の玉の緒うちきりて 死んで眠りてそれぎりと からきくるしき世の中を さらりと去つて消え行くも 卑怯の業にあらぬかや 一眠りにてつもりこし 胸の焦れや現身の 万の艱苦それぎりに 去りて去らるゝものならバ それにまされることなきも 死ぬる眠ると云ふものゝ 眠りて後に又や見ん 夢の行末おぼつかな 死んで眠りて肉身を 離れハ離れ行くものゝ 如何なる夢を見ることぞ 人の迷ふもことわりよ 無情き世にながらへて 憂い目つらい目堪ふるも もとハと云へバのちの世の 夢を恐るゝ故ぞかし 人の非道や下すみや 叶ハぬ恋の悲みや 公事訟の承引や 役人づらの権柄を 堪へ忍ぶハ何故ぞ なまくら刀金●刀 《●はカネヘンに嘯の右側》 一本あれバ何のその 極楽往生出来ふなら あだし命をながらへて 重荷を担て汗みづく うんすと云ハん馬鹿ハなし 死なんとしても死に兼ねて 此世の憂目堪ふるも 十万億土とハ云へど 方角さへに誰知らぬ 人の帰らぬ国へ行き 飛んで火に入る夏虫の 虫も知らさぬ恐怖い目に 逢ふのがいやさ恐ろしや 世間の人の思案して 臆病神にさそはれて 居へたる胸も小ゆるぎし 思ひ企つ大謀も 遂にはたさず水の泡 もとを質せバこゝぞかし あゝ愚さよ我ながら くり言するも益なしや のうこれもうし美しの おヘリヤ殿よ弁天よ 後生のねがひする時ハ 祈て給へ我罪の 亡ぶる様に頼むぞや    春夏秋冬     此詩ハ句尾ノ二字ヲ以テ二句ヅヽ韻ヲ踏ミタルモ     ノナリ例ヘバ「よろこばし」「暖かし」ノ如シ                          尚今居士 春ハ物事よろこばし 吹く風とても暖かし 庭の桜や桃のはな よに美しく見ゆるかな 野辺の雲雀ハいと高く 雲井はるかに舞ひて鳴く 夏ハ木草の葉も茂り 百日紅も咲きにけり 夕暮かけて飛ぶ虫は 集ま来たる軒のきハ 人ハ我家を立出でゝ なほ涼むらんさよふけて 秋ハ尾花にをみなへし 桔梗の花も開くべし 晴れて雲なき青空に 照らす月影明かに されど何処も同じこと 寂しく見ゆる家の外 冬ハ雪霜いと深く 冷ゆる手足を暖く なさん為とて炉火に 近く団居をする時に 風ハ吹き入る戸のあはい 外の方見れバ銀世界 新体詩抄初編終 我国ハ昔より言霊のさきハふ国といひ伝へて長きみじか き歌に文に妙なる人も代々に少からず然るを今の文明の 御代にあたりて短歌に名ある人ハ彼是きこゆれど長歌を よみ文かく人のをさ/\きこえざるハいとあやしや海外 の国々にてハ昔も今もうたといへば長きをむねとして軍 陣にうたひ祭祀にうたひ哀楽にうたひて此道に妙なる人 代々にたえずと云同し天地の間に生るゝ人ハげにさもあ るへき事なりかしおのれ此比大学に入て大人だちの西洋 の詩を我が言葉にうつせるを見て感慨に堪へずいかです たれたるを起してかゝる新代の風をうたひ出バやさて此 道に妙なる人の出来たらんにハ実にことだまの幸ハふ国 の手ぶりも著くはた海外の人も聞つたへてなどか彼の言 葉にうつさゝらん然らハ国の光ともなるへき事ならずや かくいふものは水屋主人幹文
(底本奥付)
特選 名著復刻全集 近代文学館
昭和46年5月1日 印刷
昭和46年5月10日 発行
外山正一・井上哲次郎・谷田部良吉著
新体詩抄(初編)
丸屋善七版
刊行   財団法人 日本近代文学館
        東京都目黒区駒場4−3−55
        代表者 塩田良平
編集   特選名著復刻全集近代文学館・編集委員会
        代表者 稲垣達郎
総発売元 株式会社 図書月販
        東京都新宿区市ケ谷本村町35 千代田ビル
        代表者 中森蒔人
     製作 株式会社 ほるぷ出版
        東京都千代田区麹町3−2 相互第1ビル
        代表者 荒井正大
        東京連合印刷株式会社
        東京都千代田区麹町3−2 相互第1ビル         代表者 長尾義輝


(底本の親本奥付)
明治十五年六月廿七日板権御願
同   年七月廿一日板権免許
同   年八月   出板
定価金三拾五銭
撰者  静岡県士族
     外山正一
       牛込区津久戸前町廿八番地
撰者  東京府平民
     谷田部良吉
       麹町区富士見町四丁目拾壱番地
撰者兼 福岡県平民
出板人  井上哲次郎
       麹町区三番町四十八番地
出板人 東京府平民
     丸家善七
       日本橋通三丁目拾四番地

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