太郎定綱

山田 美妙

(一)

 太郎定綱、是は佐々木秀義五子中の長子にして、亦その子の事で終に悲しい思ひをし たること、加地太郎に於ける三郎盛綱、重綱に於ける四郎高綱と同じであった。兎にか く毎も言ふやうながら佐々木といふその家は宇田源氏として決して清和源氏には譲らぬ それで後世には清和源氏ほど輝かぬ様であるものの、天は此所に貧しからしめれば彼所 に富ませるのに吝かで無い。その血からは備後の児島が出る。福知山の朽木が出る、福 岡や秋月の黒田が出る、今尾の竹腰、丸亀や多度津や豊岡や峯山の京極、山家の谷、佐 伯の毛利、津和野の亀井、田原の三宅、及び明治に至つての大将乃木(鎌倉北条時代の 慣用字は野木)が出た。薄命なる定綱等も思へば瞑し得るであらうか。

 太郎定綱の前に端座して居たのはその子太郎定重である。

「偖いよいよ俺は出発する」と定綱の語気は荘重なのである。「と言ふた所が、高が此近 江と京都との言はば目と鼻との距離、何も是と言ふ苦労の事も無いが、只気になるのは 山僧共ぢや。」

と聞いた丈で定重も素よりその意をば得て居るのである。顔色も苦々しい。

「心得ては居るやうながら、是からお留守をば某がお預かり申すと成ると、お留守中に間 違ひでも有つてはならず、それには山僧共が何より厄介な奴でもあり、心を用ゐ得る限 りは心を用ゐるでもござろ。」

「それを口先だけに為ず、よく心得て置いて賜」と其実此語は虫が知らせた。

「山僧共の乱暴なのは昔から聞えた事でもござる。縦令些しは乱暴されたとしても、寝耳 に水と言ふ程の事でも無し、予じめその覚悟でさへあらば、彼等とて真逆鬼でも無し然 う乱暴を致し続けるでもござるまい。」

「と言ふが、却々ぢやぞ、勿論年齢の割りには思慮有る和郎と思へばこそ俺も和郎を残し 留めて、わが後を守らせやうと言ふのぢやわ。父爺の藤太夫にもよくよく心を得させて 置く。万事は藤太夫と相談して、然るべく料らへよ。」

「委細畏つてござる。但し、改めてお訊ねするのも異な事ながら、何か又留守の所へ山僧 共が参つて、強面がましい事でも申すと言ふやうな、さう言ふ種はござるか知ら。」

「されば」と定綱は頚を捻つてやがて、天井をと眺める。その所謂種と言ふ物が何うやら 有るらしくも見える。

「されば種とは言はば言ふ。山僧共の太々しさ、何をでも種に為るからな。」

「その中でも取り別けて種にするやうなのが又有る事でもござらうか。」

「それならば一つ有る。」

「有る?」と、うんざりした顔付き。

「只聞いた丈でも嫌ぢやろの。あはは。」

と言ふ其笑ひ声の寧ろ絶望の余の苦笑ひと同じ工合で、言はば殆ど暖味の無い、先は冷


え切つた笑ひ声なのである。

「嫌ぢやろのと仰せられると、もう聞かぬ前から好ましからぬ様でござる。」

「去年から今年に掛けての、わが佐々木の荘の水損ぢやろ。田も畑もあのとほりに流れた ろ。作物の上がりの有るか無いかは彼の水を見た丈でも知れ切つた事なのぢやろ。それ を延暦寺の山僧共は全くの知らず顔では無いか。知つては居る。知らぬ振りぢや。去年 から今年に掛けて、西瓜や南瓜が入り代はり立ち代はり、此佐々木家を督促に来るのを ば和郎も大抵知つてでぢやろ。」

「その事でござるのか。何さま、夫ならば存知した。しかし、幾ら延暦寺は佐々木の荘か らの年貢の上がりを取り得るといふ格が有つたとしても、無い物は致し方ござらぬ。」

「其所をぢや」と、奪つて冠せて、「其所を無いか然うかと言ふた日には延暦寺の食つて 掛かり様が無い。食つて掛からう食つて掛からうとのみ、夫か今の世の山僧共の心願ぢ や。畏くも一天万乗の帝すら山僧には持て余してござられる。武士など如何に強くても 山僧に悪く睨まれたが最期、太刀も刀も有りはせぬ。経軸は剣をも折る。神輿は鎧をも 圧し潰す。それ故、苦労ぢやと言ふのぢや。」

「分かり申した。憎いが、是非に及ばぬとして、さらば山僧が又督促にでも参つた時に は?」

「只穏便に挨拶せい。」

「穏便に?」と眉皺む。「穏便といふ其度合ひが難かしいものでござるわい。何所までが 穏便か、何所までが穏便で無いか、杓子定規もござらぬの?」

 淋しく笑つて、「見料らひとする丈ぢや。但し、大抵山僧共の強迫むのは穢れ切つた金 財ぢや。見込まれて手強く出られたなら、其時は宜しく見切りを附ける丈附けて、其見 込まれた金財を然るべく撒いて遣る丈ぢや。」

「ござるか」と含羞顔。

「ござるかとは?」と些しは分かつて居ながら問ふ。

「その金財がでござる。」

「うむ」と定綱も含羞顔になる。

「どの位と切り出すのを、何の位と根切つて遣れば宜しいのでござらうか。是も目安はご ざらぬかやはり穏便と致すのか。そこで其穏便と言ふ所が却々難かしく為るのでござる、 宜しうござる、大抵をその辺で飲み込むと致す。此方からは成るべく成るべく下から出 て、然る後商人のやうな心持ちに為つて十と言はば五と値切る、と、斯う言ふ工合ひに でも致すので……。」

「そこなのぢや。其所をよくよく心得て置いて賜。勿論其辺の掛け引きに掛けては是迄に あの藤太夫が幾度も出遇ひ出遇つて、事慣れても居るのぢやわ。生若い和郎がなまじひ 佐々木の嫡子とて表立て口利くよりは大抵は藤太夫に任せて置いた方がまづ無難の方な のぢや。宜しいか。分かつたか。只今も言ふ通り総べて食つて掛かる種を種をと鵜の目 鷹の目の延暦寺なのぢや。つひ忌々しい余り其種を此方から出す様になりたがるものな のぢや。縛り手の時来た蜂をば目を暝つて呼吸位で柔かく追ふ丈ぢや。蜂と思へ、延暦 寺をば!山僧に会つた武士は縛り手の身ぢやと思へ。呉々も心得い。」

思へば意気地の無い言葉であると、定重は業が沸く。と言つた所で、勿論何うにも為ら ぬと知る。が、それよりも何よりも実は父に秘した一条で、或ひは動もすれば、其延暦


寺からの怨みを己れ定重が受けるかと思はれる大きな種が却つて我身の方に在るのであ る。勿論、しかし、それとは言へぬ。畏つて只正面から「承知した」とか「飲み込んだ」 とか言って済ませる丈、内心は頗る苦しいのである。

 

(二)

 煮ても焼いても食へぬ山僧、その僧房と言へば、その実は体の好い盗人の宿としか思 へぬ。

 延暦寺の一部、名のみは清らかなる水月坊と言ふ一坊舎に僧両人が密議する。場所か らしての上席に坐つたのは泥牛といふ三十三四、それと向かひ合つたのは二十五六歳の、 名をば無想と言ふのである。無想とは思へば偉い。名が人柄に勝ち過ぎる。

「奴めの居らぬ間が此方の手の利かせ所なのでござる」と無想は得意気なのである。「本 来が定綱といふ奴兎角ぬらりくらり捉まへ所の無い男で、どうしても鏡裡の花、水中の 月なのでござる。」

「禅味が有るのぢや」と、泥牛が。

「禅味が有るか、あつはははは。禅味が有られては耐らぬ。俗人に禅味は大禁物、僧家の 得意が無くなるのでござる。しかし、長老、その禅味を何うしても封じ込めて仕舞ひ申 さいではな−羽震ひをさせぬやうにな、露も吸へぬやうにな−お分かりか、是は洒落で ござるわい。」

「洒落とは何が。」

「それ禅味と申したでござろ。禅味を封じ込めて、羽震ひをさせぬ様に、そして露も吸へ ぬやうにと−なそれ、蝉に通はせたのでござる。」

「やれやれ小乗の法話入りで無くては分からぬ程の洒落なのか。情無い神秘ぢや、しかし、 無駄口は今言ふな、肝腎の話しが主なのぢや。」

「そこで禅味の不在に乗じて、その蛆の定重めを黐でべつたりと遣るのでござるがな、蛆 めが屹度羽震ひ致すのでござる。」

「さうか知ら」と生返辞。

「長老はまだお人が好い。先方は法輪その一転が先でござる。親めの定綱より何よりも却 つてあの定重の奴の方が延暦寺をば憎むでござる。」

「さうか知ら」とまだ煮えぬ。

 目を指で差し示して、「千里眼がござるわい。今日こそはお褒めに預かる積もり、定重 が何故延暦寺を憎むかと言ふ、その奥の手を探り知つたのでござるものを。汎く言はば 延暦寺、もし、しかし、狭く言はば長老、もしお驚き遊ばすか、長老へ対する悪意地が 突っ張るので。」

「誰が」と声少し顫き出す。

「誰がではござらぬ、定重にでござる。」

 実は泥牛には寝耳に水で、まだまだ些しも要領を得ぬ。その、しかし、容易に要領を 得させぬのが門構へ玄関構へから大袈裟にして威し附ける、勿体といふ術なのである。

「御褒美はしつかり願つて置き申す」と改めて無想は仰山に、「申し上げる。宜うござる か。定重に取つて長老は女敵なのでござるわい」と胴間声が一入太い。

「女敵とな?」と色が変はる。勿論変はり栄えもせぬ、黒が鳶に為る丈で。

「女敵と申したなら、もう大抵お察しでもござろ。麓の柏坂のあの君、な。」

「うむ。」と目を●る。

「あの君と定重との間仲に却々の語合ひがござるとの事で、それで全くは長老があの君に


深くお心を寄せられるのをあの君が何でも定重めに打ち明けて居るのでござる。」

 曲者が最う斯うなると、悪落ち着きに落ち着いて、一句一句を緩く刻んで、而もまた 其一句毎に孔も開くならば開けると許り、じつと泥牛の顔をと見詰めて、早く既にその 顔色の変はり工合ひを御褒美の目安にと睨んで居る。

 泥牛は熱さうな息をぷうと吹く。目に涙さへ潤んで居る。

「はてな、是は如何な事!はてな、最一度言ふて賜。いいや、可し可し、分かつて居る。 あの君が偖は彼奴と、うむ、思ひ当たる所が有る。」

「でござろ」と声冴えて、「拙僧の申すのは決して風や烟ではござらぬ。まづ確かな証拠 を挙げてから申すあの君と申した丈では詰まらぬ。長老も只今迄は拙僧にお隠しでもご ざつたが、最早お隠し栄えも無い。まづあの君のお名から申す」と気味わるくにたりと 為つて、それながら直とは名を言ふでも無く、「しかし好いお名でござるわい」と、何所 までも擦れつ枯らしの呼吸である。

 長老と言はれるだけ男が又も含羞まされる按排、真向には顔を押し据ゑても置かれぬ か、ついと空目を横へと向ける、その横顔に溢れるばかりの微笑の波が打つて居る。

「知らんで、他の口を吊り出さうと思った夫で然う遠廻しに言ふのでは無いか、無想。そ の術には乗らぬぞ、やい。」

「是は為たり、近頃罪ないお言葉を!お口を拙僧が吊つた所が友食ひでござるわい。それ こそ蛸壷の友釣りぢや。日は短い。嚔みする間に年は経つ。忌々しい。さらば申す。お 聞きあれ。返す返す好いお名でござるわい。お名を只聞いた許りで傾城の国色とぢいわ りと胸が波を打つ。な、姫夜叉と仰せられるでござらうが。」

 いとどいとど横の方へと泥牛は目を逸らして、「一言も無い壇降りる。」

「あはは、法論にお負けかな。」

「大負けぢゃ。大般若を屏風として囲ひても、その舌鋒には敵はぬわい。白状する−否や、 懺悔する、如何にもその姫夜叉は此泥牛の女菩薩ぢや。」

「済度は何方が遊ばした?」

「何ぢやとな。」

「いいや、女菩薩に長老といふ活き菩薩が済度遊ばされたでござるか、それとも長老とい ふ活き菩薩が女菩薩を……」

「あははは、それならば両方ぢや。女菩薩にまづ引導渡して、即身仏の偈を授けて、真如 観を与へたのは憚りながら泥牛ぢや。」

「そこで醍醐の垂涎、甘露の唾を滴らしてお身体をぬるりつるりと鎔けさせたのは女菩薩 の姫夜叉か。」

「と迄も泥牛は思はぬが……」

 仰山に手を掉つて、「闇中の眼は闇を見ずぢや。済度遊ばされたお身と思し召さぬだけ が既に済度遊ばされて居られるのぢや。実はそれらに就いて委しく委しく探り申した。お 驚きも遊ばされやうが、姫夜叉の御は全くのこと、あの定重と末の松山浪越さぬ仲なの でござるわい、長老が頻りに誠心を姫夜叉の御にお寄せ遊ばす、それを安からぬ事と思 つて、一切を姫夜叉が定重に打ち明けたのでござる。憎い長老めと定重は吐したさうで ござる。佐々木の荘の年貢を督促るのも何さま姫夜叉に注ぎ込むその補足に為うとてぢ やなと定重は吐したさうでござる。己れやれ盗人に糧を贈る事を誰が為ると定重は吐し


たさうでござる。全くでござるわい。それ故にこそ寺から何の斯のと申して遣つても兎 角木で鼻括つたやうな挨拶をのみ為居るのでござるわい。並々の術では利き申さぬ。暴 療治を致し申さいではな……」と一寸泥牛の様子を見る。

 泥牛は手を拍つた。ぴしやりと好い音が出るならば、其場面も一寸冴えたであらうが、 工合ひの面白う無い時は何も斯も変なもので其手の音も音、ぴしやりどころか、寧ろぐ ちやりと悪脂の滲潤んだやうな、気の利かぬ限りの音である。

 逆上せるやうな思ひになる。「思ひ当たる所が有る」と如何にも力を篭めて言ふ。「此 程からの姫夜叉の俺への仕向けが怪しく余所余所しいとのみ見えたがな、偖は然う言ふ 内幕が有つての事か。忌々しい。どうして呉れる。しかしぢや、姫夜叉も阿呆ぢやな。武 士か貧人かと言ふやうに貧乏の通り者に為つた武士風情に誠心を寄せるとかで、万能の 財の自由になる我等僧家を疎むと言ふのは気の知れぬ沙汰ぢやわい。」

「されば、其所が本心でござるのか何ういふものでござるのか、其奥の奥まではまだ分か らんのでござる」と、気を持たせるかの口である。

「うむ。」と些しは嬉しがる。「其処も有るか知れぬての。しかし、好い事探つたぞ。何さ ま無想坊近頃のお手柄ぢや。偖、それを然うと聞いて見れば見るほど、佐々木への、こ の寺からの割り当てをば一寸も退く事も為らなければ又量を少なくする事も為らぬ。徒 らに佐々木をのみ肥やして置いたが最期、或ひは肝腎の姫夜叉を牛蒡抜きにされて仕舞 つて、此方が馬鹿を見るか知れぬ。和僧に何か智慧は有るか。」

「智慧!」と苦笑ひして頭を撫でて、「とにかく督促るが一の術でござらうか。」

「なるほど、督促る。そして、夫から?」

「但し幾ら督促られたところが、水難の後でもあること、滞納を耳を揃へて決して決して 佐々木が埒明けるものでもござるまい。」

「勿論ぢや。さすれば、其滞納といふ所へ跟け入つた、それを京都へ申し立てると威し附 け、定重の奴一人で何うにも処置の着かぬ間に、姫夜叉を何うか為るか。」

「それそれ、其所でござるわい。」

「何うかとは何うするのか。」

「根扱ぎにして参るので。」

「寺侍に攫はさせるか。」

「是非無くば、まづ夫でござらうか。」

「可からうかな、それが」と泥牛も心やや動く。

 

 

(三)

「姫夜叉、もう寝たか。俺ぢや、佐々木太郎ぢや、定重ぢや。」

 夜は更けて彼是三更近い。柏坂の姫夜叉の宿の●を慌だしげに打ち叩いて、立ちなが ら其足元さへ落ち着かぬ。

「佐々木の殿で居らつしやる?」と中で直と応ずる声は面倒な取り次ぎでも何でも無い、 当の、その目指す姫夜叉の、その只最う懐かしい声である。

「寝なかつたか、感心ぢや。一大事の話しが有る。寝たか、さも無ければ留守かと思つた のが、嗚呼、さりとては都合が好い。」

 姫夜叉が戸を開け掛けて、生憎の固く軋む戸とて力足らずに困つて居るのを、手伝つ て一緒に開けながら殆ど断続させた語で息と共に切れ切れ言つて、身を閃めかして中へ と入る。

 腹の苦労を姫夜叉は知らず、中に入る定重の手をじつと執つて、

「よく此様な夜更けに殿は……」

「寝たかと思ふたに……」

「路をさへ歩くお方が有ると思へば、どうして勿体無い、家で早く臥せられますか。」と 相変はらず打ち解ける。

「お世辞でも何でも好い。さ、さ、直話すぞ。何処ででも宜しいか。処女の部屋が宜しか ろ。」と、其顔は如何にも苦労有り気である。

 それからは却つて語が絶えた。細い廊下を伝はつた、やがて姫夜叉の部屋にと入る。臥 床さへ既に展べてある。

「横にお為り遊ばせな。」

「一大事ぢや」と、頚を掉る。

「でも此夜更けに……」

「なかなか気楽な事では無い。」

 円座を暴々しく引き寄せて、どつかりと胡坐を掻いて、手で麾いで顔突き出す。

「延暦寺の山法師な、われと俺との間に一大事が持ち上がつた。多く云ふ迄も無く、大方 は処女も知つてでぢやろ。此程から佐々木の荘の年貢を山法師の督促りに来居る。」

「まあ」と、内へと呼吸を引く。「それにしてもあの泥牛の奴、今日も先程まで来て居り ましたの。」

「此処へ?」

 目を嶮しくして姫夜叉は只頷く。

「やれやれ、それも聞きたいぞ。いや、しかし、夫よりも俺から言ふのを先にする。委し くは何れ又後ぢやが、爺父は今この近江に居る、留守は只この定重一人ぢやろ。そこを 法師等が跟け込み居る。」

「すると、相変はらず督促りにでも?」

「おおさ、未進の年貢を揃へて出せと攻めるのぢや。勿論延暦寺が正面からでは督促るの に重味が無い。情無いな、日吉の宮人們をも仲間には引き入れた。」

「まあ!」と殆ど呆れる。


 数百年の時代離れた今日では山僧と日吉の宮人と共謀に為つて抔と聞いた処で、其共 謀が如何ばかりか恐ろしいものであるの余り想像も附き難ねる。但し事実は怖ろしい。

 社にて神聖極はまる神輿と言ふ物が有る。是が無言の、神以上、勿論また人間以上の、 非凡なる威厳を持ち、神輿その威力は或ひは鹵簿の道をも枉げる。いざと言ふ場合ひと なると、延暦寺は日吉と結托する日吉と結托すると云ふものは神輿と結托するのである。 利益は共同の分配と言ふ条件、即ち山分けにと言ふ格で、更に今風に言はば均霑と言ふ 名目の下に於ける妥協で、仏と神とが騒ぎ出す。すなはち神仏連合の一揆である。弓も 矢も有つたもので無い。勿論武力のみが雄と称へたがる当時、道理以外に其武力を制す る無形の勢力の必要は必らずや有つた処で、即ち其所に神や仏が馬鹿な人間に使役され て、何所までも悧巧にお為り遊ばされた事実となる。

「大仕掛けの威しでは無いか。佐々木家がよくよく怖いとも見られた、其所だけは弓矢勝 利でもあるのぢや。しかし、何と言ふても夫程の一大事ぢや。もう事は迫つて来た。処 女と俺との交情が、それ、泥牛をしていとどいとど佐々木憎ませる基と為つたのぢや。」

「其所其所」と、挟まつて声甲走らせて、「泥牛が先程も来て否味たつぷり。それをお話 し為ませんでは……」

「さうぢや。勿論聞かいでは。」

「佐々木の小忰……と、殿の事を申し上げましたは……彼奴め程無く縛り首ぢやを、それ を姫夜叉処女は夢にも知らぬから、泥牛が是までに見せた誠心を仇なる筋とのみ思ふか、 と、斯うなのでございます。」

「それ丈か?」詰め寄る気味。声は揣む。圧し殺す。

「それ丈でございます。どうも奥歯に物が挟まる。勿論私も根問ひしました。」

「何と言つた。」

「ところが、それ丈。」

「言はぬ?」

「にたりにたりと訝しく笑つて、後で分かると、是だけの捨て台詞で、あの牛のやうな身 体を揺ぶつて、ゆつさゆつさと帰つては行きましたの。」

「思ひ当たる事のみぢや。好い事知らせて賜つたぞ。それ故俺も斯うして来た。十の物が 九つまでは処女の一身が危いのぢや。延暦寺の奴們、その見込んだ良家の婦女子を引つ 攫はうとする時には先難題から云ひ掛けて、無心がましい事を言つた、やがて腕尽とな つて来る、是が毎もの順なのぢや。

「すると、私、じら為れましよ。」目に見えぬ神秘の手の何かで一刷子蒼く塗られたかの 如く、見る見る顔は蒼白い。

「此所に居れば攫はれる。」

「まあ。」と前後を振り返る。

膝で摺れ摺れ、定重つとぴたりと寄る。息揣ませて、

「どう為ましよ。」

「それ故ぢやそれ故ぢや、夜更けに斯うして俺が来た。俺が邸へ兎に角来い。来て五六日 潜んで居れ。考へるに山僧共五六日の内にて必らず俺の許まで一津波打ち寄せる。横波 は此所へも打つ。俺が受け合ふ。」

「お邸ならば大丈夫でございましよ。」


「と思ふ。」

「いえ、本当につ?」力が入る。

 腕を叩いて、「是が有る。」

「腕尽でも私庇つて?」

 腰の鍔音凄くちやりんと、「この黒鉄の冴えに掛けても。」

「おお嬉しい。すると今夜にも……」

「是から直。但し、落ち人でも何でも無い。この宿の家主人に飲み込ませぬのも作法で無 い。処女が心得た上からは今すぐ呼んで承知させる。いづれかと言はば、此所で処女を 俺の邸へ連れて行く方がこの宿の難儀をも少なからしめる訳になる。さ、さ、家主人呼 んで来い。寝たと?揺り起こせ、衝き起こせ。序に瓶子ぢや−酒持て来い!」

 手を煽つて煽ぎ立てる如く、姫夜叉を追ひ立てる。

 

 

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taro4

(四)

「若殿、無駄でござる。頭からの喧嘩腰、山法師の奴們迚も迚も、道理を聞く耳持ち申さ ぬ。」

 佐々木家の老僕藤太夫は飛んで帰つて喘ぎ喘ぎ、後見る後見る身悶えして、続けざま に殆ど呼吸をも吐かず、「まづ五六人が来たと見え申したのが、却々そのやうな騒ぎでは 無く、山法師は何でも三十人ほど、それに日吉の社人が十人ばかり、丁やうの者は四五 十人、まるで戦争でござるわい。」

 聞く聞く胡坐を立て膝に、「直押しに押して来るのかな。」

「食ひ止めて呉れべえと某も必死と為り申した。頭人は誰ぢや会はせて賜と、まづその頭 人と言ふのに会ひ申したが、その奴がその奴が聞えた悪者でござるわ。泥牛といふ売僧 でござる。」

 偖こそと胸どつきり、

「泥牛に面談したか。」

「迚も受け附けぬのでござる。路傍では話しが為らぬ。水難に仮托して年貢を遊女の笑顔 に消す、えらい大身の佐々木殿のお邸で万端を承る、と、是だけでござるわい」と、口 惜し気に涙含む。

「分かった。もう宜しい。一も二も無く為った」と、頚二三度烈しく左右に掉り動かす、 咄嗟の間に思慮を掉り定めるとの覚悟である。而も流石思慮早い。

「藤太夫、門固めい!」

「御門を、さらば、固め申すか。」眼は円い。その筈である、門を固めると言ふ言葉は防 戦の意を含む。

「俺は貝吹く。貝持て来い。」

 偖は法螺貝吹かれるのかと、いとどいとど眼は円い。又、その筈である、貝を吹くと 言ふ言葉は手勢を集めるとの意を含む。

 老体ながらも戦場をも許多経て来た丈の古強者、修羅場とあると、もう敏捷い。藤太 夫は身を閃めかして、其場を去るかと思ふか思はぬかの瞬間、法螺貝を持って来る。

 受け取りざま定重はまた定重で、猿の如く身を利かせて、庭の松の梢へ登ると均しく、 予ねてからの定めの合ひ図の吹き方で法螺の音を唸らせた。

 血の湧くやうな音色である。折からの無心の風ながら、風さへ心有るかの如く、法螺 のその音を且高く且低く蜿蜒り蜿蜒らせて、殆ど聞く耳を興奮させる。殺気急に漲つた。

 日頃からの心得して法螺の音を聞くと均しく郷々の武士共はそれと言ひさま押つ取り 刀になる。今で言はば非常召集、見る間彼方此方から三々伍々館へと駈け着ける。目の 廻るやうな混雑ながら藤太夫はよく心を得て、馳せ集まる小百人を見る間に巧に分類し て、それぞれ門へと配置した。

 その間、定重は腹巻き姿に身を固める。固めながら姫夜叉呼ぶ。胴紐を一揺り揺つて は一句、二揺り揺つては一句。

「事は大きう為ったわいの、延暦寺の鼻柱は何日か一度は矯めねば為らぬ。処女は或ひは 目指される。構へて構へて敵人の目に触れるな。成らば男姿に−それも旨く行かぬなら ば、兜でも目深にして−但し、成るべくは何処でも部屋の隅に忍べ。」


 彼方此方を取り留め無く捉まへて言はれる丈、いとど姫夜叉は当惑する。

「お気の毒な、私一人からとうとう此様な一大事に。部屋の隅へ忍べとは、さ、さ、何所 なのでございます。」

「さればな」と、同じ当惑なのである。「何所と言ふて、考へも附かぬがな。勿論俺だて も初めから決して敵とは争はぬ。事破れると為った上は敵は只混み入る。どの部屋が宜 かろかな。構はぬ、俺の部屋とせい。」

 言ひ交はすのが漸くで、早既に門外には鯨波の声さへ鳴り響く。

 藤太夫が又駈け着けた。

「寄せて参った。如何致す。」

「俺に伴せ。」

「お着込みは?」

「大丈夫ぢや。」

 一散に門の方へと駆け出せば、勿論藤太夫も後から尾く。門外既に二十歩ばかりの所 に敵衆は群集する揺られ揺られる神輿の葱頭が特に凄く見えて居る。

 大手を拡げて声高く、「頭人の御坊は何れにか。此邸の留守扱かふ某が見参する。斯く 申す某は宇多源氏佐々木の嫡流、太郎定綱の惣領太郎定重と申す者、折角のお寺からの 御来談と承はり、門内へお立ち入り遊ばされる迄打ち捨てて置き奉るは無礼とも考へ、お 出迎へとして此所門口まで罷り出た。」

 言はうとする名乗り口上だけは此頃の武士の常からの習練とて如何にも如何にも淀み 無く厳かに述べ立てる服装は勿論腹巻き姿位にしか過ぎぬ。礼意で賓客を迎へるとして は稍々礼に於いて欠ける嫌ひが無くも無かつたが、しかし、其多少の失態を償ひ得て余 りの有るだけの、立派な迎接なのである。

「感心ぢやな」と、僧の一人が歎美した。つかつかと前に現れる。

「佐々木殿の惣領殿か。さらば拙僧すなはち此手の頭人比叡山延暦寺の泥牛が改まつて、 見参する。此程からの事に就き、もはや口舌の分限は通り越して、太刀剣の境に入った 次第、折角のお出迎へながら、御門外では話しが出来ぬ。案内召され。お内へ参る。」

「怪しかる事を!叶ひ申さぬ。」

「なぜでござるか。」

「叶ひ申さぬ。」

「是は為たり、お名乗りの花々しいのにも似合はしからぬ。御門内へ立ち入るのが叶はぬ と仰せられるならば仰せられるとして、其訳を述べられい。

 但し、訳を申す儀とならば、まづ御来集の和僧の方で、何故門内へ立ち入らなければ 為らぬ儀か、それ申されるが順でござろ。」

「然らば申すが宜しいか。」

「申されい」と佶となる。

「懸念の要はござるまい。年貢の事に就いて参つた。」

「差し出さぬ訳御承知か。」

「その訳は承つた。承知は為ぬ。」

「水難で是々ぢやと申したのを、偽りとのみ見られるか。」

「必らず偽りとは見申さぬ。但し、一紙半銭の年貢までも全くお出し得られぬほどの水難

とは申さぬ。」

 せせら笑つて、「論じ合ふ根本の目の着け方がお互ひに相異なる。水掛け論ぢや。」

「乾かして賜」と同じく冷笑を報い出す。

「乾かすも乾かさぬもござらぬわ。武士の言葉は金鉄ぢや。無い水難を有るとは申さぬ。 その、無くは無かつた水難をさへ宛も無かった様に言ひ消される方々の専横に対しては 此上何を申した所がお飲み込みもござるまい。延暦寺は尊くござろ。非理非法は塵土で ござる。武門として、鎮として、守護の力を鎌倉殿から許された吾々武家が一々の不法 のお言葉に従つた日には情無や刀が錆びる。」

 泥牛の顔色は変はる。

 畳み掛けて、「よく聞かれい。談判には談判の作法もござろ。また身分柄相応と言ふ事 もござろ。仮令水難の有無に就いて、吾々佐々木家とお寺との考へが相違したにもせよ、 それは口頭で分かる事ではござらぬか。」

「分からんではござらぬか」と、最早哮ると言ふ調子。

「よしや分からんとしてもぢや、忍辱の道を履むと云ふ僧家たる方々が如何に此頃の流行 とは申せ、動もすればがやがやわやわや殺人の凶器までも手挟んで、他衆を駆り催して 凡人の一城郭に所以無く踏み込まうと遊ばされる、それが正しい事でござるか。」

「俗人の説法か」と泥牛は鼻で只あしらふ。「説法を為慣れた吾々が俗人の説法聞かうと て態々は参りはせぬ。まだ浅ましや御合点行かぬ。されば引導代はりとして、面倒なが ら一口言ふ。年貢を督促る督促るとのみ思はれるか。ひとり延暦寺のみが僧家に似合は ぬ俗悪の欲念で只人を責めるとのみ思はれるか。あの神輿はお目に見えぬか。」

「神輿が見えて、何でござる。」

「日吉の神輿ではござらぬか。」

「其位の事は存知をる。」

「但し、何故あの神輿までが渡御に為つたと思はれる。延暦寺へ入らぬ年貢は同じく日吉 の社へも入らぬ。日吉でも以ての外との御沙汰なのぢや。延暦寺から是々と日吉へ申し 上げたところ、其儀ならば日吉に於ても所存が有る、神輿の思し召しを汝延暦寺へ乗り 移らせるに由つて、遅滞なく神輿を舁ぎ奉つて佐々木めの本心問ひ正せよ、と、すなは ち是が神託ぢや。」

 白々しい極り文句なのである。動もすれば神輿を舁ぎ出すと為つた所で、いつも山法 師の悪狡さ、必らずしも、其神輿舁ぎ出しを俺等のみの一存で無い様に言ひ做して、言 はば又歯痒いほど無気力なる祠官の徒を自家薬篭中の物と自由にして、虎の威光を借り る狐で、蔭から技を弄ぶ。

 しかし、神輿では実に困る。仏法が如何に跋扈しても、三宝に痛罵を加へた位で、表 面の大逆無道とも為らぬが、神輿と言ふ大威力有る物体に対しては痛罵どころか、或は 頭を低げる位でも大不敬として罪にもされる。

 実のところ、定重その腹の中は冷りとした。神輿が寺の加勢に出たとも知る。しかし、 目にまたそれを見なかつた間は、頓て目にそれを見るに及んで如何ほど途胸突くであら うかとも我身ながら思ひ当たり得も為なかつた。

 返事に困つて躊躇する。敵は得たり畏しである。

「言ひ開きはござるまい。言ひ開きのござらぬ様な盲殿は相手に為らぬ。上から許された


事情の威力、さらば是からは吾々の勝手にする。兵共。」と振り返つて、「それ。」と一声 下知与へる。

 素より定めた手筈の事とて、其「それ。」に既に意を飲み込んで、おいと言ふ叫びと共 に寄せ手は早潮の如く門内へと混み入つた。後からは何れも是も想像の附かぬやうな乱 暴狼藉、大それた寺社の徒輩が白昼の強盗で、思ひ思ひに家財を奪ふ、修羅場は忽ち現 出した。支へやうとした佐々木の家隷一人二人は有らう事か有るまい事か、早最う法師 等の手に掛かつて血烟立ててばたりとなる。

 

 

(五)

 十数人の寄せ手の一群は奥の間に乱入した。時恰かも定重は屋上に登つて、差し詰め 引き詰め敵を射て居た事とて、奥に其一群が入つたのをつい知らぬ。

 不図見ればわつと喚いて、今その奥に乱入したらしい一群が一塊になつて外へと出て 来た。偖は中から誰かに逐はれたのかと、何心無く只佶とその方を見れば、是は如何、又 しても一大事、姫夜叉が捕へられて胴揚げにして舁がれ行く。

「仕舞つたわい。」と定重は絶叫した。最早射てのみは居られぬ。弓矢投げ捨てた。身を 閃めかして、転げるが如く屋根から下りる頃には早既に敵は門外四五十歩へと引き退く。 もし引き退くとも迯がさうかと血眼になつて敵中へと、今や飛び入らうとする後から、む んずりと大抱きに抱き留めたのは例の藤太夫なのである。

「若殿、御尤も御尤も。但し此所は是非ござらぬ。お軽忽は決して決して……」

 抱かれた侭身を●いて、「軽忽でも何でも可い。囲まつた人を奪われる。武士の恥辱ぢ や。」

「御尤も御尤も。但し、お軽忽はお悪いお悪い。藤太夫の皺首賭けて、さ、さ、是非にと ならば藤太夫から先お刀を試されて!」と、其侭捩ぢ倒さぬばかりの力で必死となつて 押し留める。

 而も時機を見す見す逸した。

 勝ち鯨波か何か知らぬが、敵は又々鯨波を作つて、早既に退き走つて、何さま最早追 つた所が何うしても形勢は追ふ方に不利益と見えて来た。

 どうにも為らぬが切歯した。

「こんな恥辱が有らうかい。」と、狂ふが如く地鞴蹈む。「侮られるも侮られる。家邸を蹂 躙され、財宝を掠められ、家隷を殺され、剰へ引き受けて囲まつた彼の君をば毒手に掴 み去られたとは。父に聞かれるも面目無い。藤太夫、思慮有るか。俺れは思慮も無くな つた。」

「御尤も御尤も。」と藤太夫は一から十まで御尤ものみで持ち切つた。「藤太夫とても斯う 好い年を仕つて大殿のお留守をも承つて居りながら、此ような仕義と為り申したとばか りで阿容々々として大殿に見参が叶ふ筋でござらうか。まづ暫時若殿にもお考へ遊ばせ。 怪我人も此とほりござるものを、藤太夫は兎も角も是等の手当て致さないでは後の事は 後として、此所は御無念でもござらうが、暫く何事もお扣へ有れ。」

「若殿の言葉も道理ぢや。無下に俺とても争はぬ。しかし、多く考へるも考へぬも無い。 この立ち噺しでも噺しは出来る、此上の成り行きの難かしさは最う最う目に見える様ぢ や。黙つて仕舞ふ延暦寺。必らず竹篦返しを打つ。勿論都合好く理窟を拵へて、表沙汰 と為るのぢやぞ。先手と後手とは此所に在る。早く此方が先手に為らいでは。可し。」と 頚捻つて考へて、「怪我の始末を附けて後、すぐ俺の前に来い。やがては怪我人にも俺が 一々挨拶するが、今は俺の代理として若殿から宜しく言ふて賜。」と、如何にも苦労らし い顔、そのままの投げ頚で、勢無く内へと入る。

 どう考へても大事と為つた。大火必らずしも初めからの大火で無い。一点の燦めきか らである。この今の一大事も思へば夢のやうな基からである。父上があれ程に呉々も言 ひ遺して行かれた事を決して決して麁略にする積りでも無くて、禍は意外に姫夜叉など


に引き絡んで居た蔓を本に咄嗟の間に簇がり起こつて容易には救へぬ事とさへ為つた。武 士として相手も有らうに、長袖の輩に一分を踏み附けられて、剰へ勝鯨波を上げてむざ むざと立ち帰らせる事、さて忍び得べき筋であらうか。と言つて多勢に無勢である。ま た而も今只追ひ撃ちを掛けると言ふ事は姫夜叉が奪はれて行く、それを取り戻したい許 りの恋ひの欲からであつたればこそと一概に他人に言はれるのも後めたい筋である。

 千切れても足らぬ程身悶えして、足も浮く身もそぞろ、奥の間へと立ち入りながらも、 其右を見ても左を見ても狼藉の痕跡ならぬは無い。どつかりと尻餅搗けば、早最う身体 はそれらまで、更に立ち上がる勇気も無い。

 

 

(六)

 鎌倉殿頼朝の夜の居間に頼朝と差し向かひで、中に只火桶を隔てとした許りで、如何 にも睦ましげに、而も声まで潜め潜めて密談をして居るのは相も変はらぬその舅北条四 郎時政である。

「是で双方の申し分聞いたのぢやな。」と頼朝はまづ段を切る。「佐々木からも如彼言ふて 訴へて来る、延暦寺からも彼のやうに言ふて来る、この上は其処置ぢや。舅殿のお考へ は如何やうの物か知ら。」

「されば。」と、一寸句を切つて、「別に最う是からは然う難かしくも無からうかと時政は 考へ申すがな、只今に押し詰める迄が何れかと申せば難かしいので、もう此所まで押し て参つたが最後、雪崩落ちに物の美事行く所まで行くに相違無い、はなはだ面白い手都 合に為つたかと存ずる。」

 その言葉には奥が有る。しかし、其奥と頼朝の心の奥とは既に通ふらしいのである。

「うむ。」と、宛も笑ふが如き声である。「此所まで押し詰めるのが難かしいと言はれるか。 なるほど、其様なものぢやろて。」

「其様なもので、な、ござろ。」

「うむ、其様なものぢやろて。」と、共に盲探しの口である。時政は容易に己れからは言 はず、頼朝をして音を吹かせやうと狡く迯げる。頼朝もまた同じ腹で、時政にまづ腹を 言はせやうとする。毎日の事ながら婿と舅と、この所一寸闇試合ひと言ふ見得である。

 急る方が早く根負けする。頼朝の方が実は急つて居た。

「舅殿へだけの言葉ぢやが、此度の葛藤はあの佐々木の鼻柱挫し折るに屈竟な掛け縄ぢや と思ふ。御承知のとほりの佐々木一家の不遜無礼ぢや。何の頼朝が清和源氏ならば、佐々 木は宇多源氏ぢやと、動もすれば口へさへ出して言ふ。蛭が小島からの跳ね起きに佐々 木一党が肝熬らずば、今日の鎌倉天下は恐らくは出来なかつたらう抔と、是さへも或ひ は口へ出す。舅殿の前ながら、何事も魚心有れば水心ぢや。鱶鮫の兎もすれば人を呑ま うとする魚心ならば、此方もまた其鱶鮫を狂ひ死にさせる丈の水心と為る道理ぢや。既 にあのとほり高慢の四郎高綱とも世から成るべく遠ざからせやうにと段々仕向けたやう な仕義ぢや。此所では又定綱ぢや。仮令その子の定重とやらが延暦寺との騒ぎの張本ぢ やつたとした所が、咎は咎、定綱もその係り合ひを素より迯れる筈は無い。況して況ん や、相手が悪い。延暦寺と言ふ山法師ぢや。平家を是迄に退治する間にも如何ばかり此 鎌倉から山法師の機嫌取つて居つたか知れぬ。只で誰が機嫌取る。機嫌取らねば鎌倉の 仇となるべき気色を見す見す彼等山法師が鎌倉にも示すからぢや。其所を定綱が知らぬ 法は無い。知らねば痴気者ぢや、阿呆者ぢや。何ぞ知らんや大切な留守させるのに、其 延暦寺と事を構へるやうな、端無い小悴を遺し置いたとは、言ひ様も無い脱落ぢやわ。鎌 倉の常からの苦辛をも殆ど推察せねばこそぢや。鎌倉は鎌倉で、それ丈の心を決めて、定 綱に対してきつぱりとした沙汰為いでは居られで殊に、舅殿の今のお言葉では延暦寺の 腰も以ての外に強いから。決着は何うして呉れと望むのか。」

 よくよくの意気の昂ぶり、むしろ訥弁の其人が殆んど別人かと思ふほど早口に言つて 居る。而もまた夫だけ意気が昂ぶる丈それ丈の苦労なのでもあると時政にも推し知られ るのであつた。


「されば其決着は大抵只今申し上げた通りでござる。定綱等親子を然るべくして頂きた い。」

「其然るべくが困るのぢや。どう然るべくでござるのか。」

「些しは無理をも言ふのでござる。定綱親子を延暦寺へ引き渡してと申すので。」

「図に乗るわい。」

「憎いは憎うござるよな。」

「鎌倉を随分見下げた・・・・・・・・」

「跟け込んで居るのでござる。されば今申す通りが即ち先方の申し条、しかし、其所を 散々押し問答した揚げ句が到底定綱をば咎めに処し、定重をば命を取る、と、斯う為つ たやうなのでござる。」

「やうなとは?」

「曖昧にて。しつかり言葉尻取られるやうでは応接の甲斐も無い次第、依つて大体をぼん やり約束したのでござる。しかし。」と、殊に膝進めた。「曖昧にとは言ひながらも、定 重の命を取ると言ふ事だけは逃れぬ運でござらうか。また是だけの席でのお話しながら、 外の人でも無く、あの佐々木一家の者でもあり、例へば定綱一人位の不快を招いでも、延 暦寺の怨む定重を殺して延暦寺の心持ちを好くさせる方が鎌倉に取つては都合なのでご ざらうか。」と、さなくては虫の好い。

「其所ぢや。」と同じ虫である。「定綱が聞くも聞かぬも無い。聞かぬとならば謀叛ぢやが。 一撃ちに潰せるわ。後先を考へて、諦めて我子を突き出すならば、何の紛紜も有りは為 ぬ。思ふに屹度突き出すわ。」

「御諚のとほりでござる。ああ見えても佐々木の一党口ほどの腹はござらぬ。なかなか我 子を庇ふとての謀叛抔と言ふ、そのやうな意地がござるもので。」

「有つたなら猶可からう。」

「如何にも有つて欲しいのでござる。有つたならば一思ひに定綱までの破滅となる。その 所領をば召し上げる。更に第二の、又或ひは折を見て滅ぼして仕舞ふべき奴に油断させ るため、其迷ひ所領を宛行ひて置けば、三方四方が旨くござる。」

 甚だ辛辣なる奸策、召し上げた領邑をば第二の滅ぼされる何人かの夢の間の安心のた めにとて貸して置かうと言ふのである。盗人よりは情け無い。而もそれを聞かされる、そ の頼朝は嬉しがる。身の皮が一枚一枚剥ぎ剥かれ行くとは知らぬ。

「毎もながらの名策ぢや。それに上越す策もござるまい。頼朝も同感ぢや。」

「御異存がござらぬな?」

「確かに無いと言ひ切り申す。」

「然らば此度は某から兎に角柔かに延暦寺へ申し述べて置く事にして、別に定綱へは御諚 の旨を早速伝へ申さうか。」

「定綱呼ぶか。」

「お待ち下され。」と考へて、

「はてな、呼んで伝へると致さうかな。それとも使者で伝へると致さうかな。考へて見る と世上の万事使者で伝へるか、自分その場に臨んで伝へるかと言ふ事は大抵は好ましい 沙汰が多く。呼び付けて伝へると言ふ事は大抵は碌な沙汰でござらぬ。」

「全くぢや。」


「碌な沙汰で無いと致そ。」

「毒薬を服ませに呼ぶか。」

「増長の虫は潮時を見て、苦いので殺すに限り申す。」と薄紅く舌をぺろりと出す。

 

 

(七)

 見るからが苦しげなる顔付き、定綱の顔の色は殆ど蒼いほどである。

「鎌倉へ呼び附けられて、言ひ渡された趣きは即ち右の通りなのぢや。親たるこの定綱に 詰め腹で、子の和郎定重をば生首に変はらせて鎌倉へ差し出せとの咽喉輪攻めぢや。術 無いわ。言はれる所、それも尤もな所も有る。但し、左迄延暦寺が怖いかと思ふと、武 士も刀も捨てたく為つた。和郎は何うする覚悟ぢやな。」と声にも殆ど生気が無い。

 声に生気の無い丈ならば夫でも宜しい。しかし、定綱のこの口上は如何にも肉親の父 の言葉とは思はれぬ程の、余り冷やか過ぎる語なのである。定重ぐつと面白く無い。

 面白く無い余りを何とか迸り出させたくもある。が、それさへも寧ろ量が多過ぎて、何 か知らぬが胸先へ来て塊のやうな物が只閊へる。父を見詰めて只黙る。勿論目には怒気 もある。

「は、和郎の覚悟は何うなのぢやな。はて是は何と為た。案外ぢやと思ふのか。」

 耐り兼ねて、「案外とな?案外とは何が案外ぢやとの仰せかな。」

と、その堰が切れると為ると、勿論溜り切つた丈の量が一時にどつと突いて出る。返事 を一々待つでもない。

「父上、お言葉は会得してござる。但し、定重の覚悟お聞き遊ばすより、まづ父上のお覚 悟をお述べに為つて頂きたい。鎌倉殿のお示しを総べて御尤もとの仰せでござるか。」

 些し返事に躊躇して、「大体は尤もぢや。」

「何さま大体が尤もと父上までが仰せならば、何を言ふ所もござらぬわい。何を言ふ所も 無いとすれば、覚悟如何とお訊ねに為つた所が、それに兎や斯う定重が申し述べる所も ござらぬわい。」

「しかし。」と気の毒顔にもなる。「事の大本は和郎に在る。和郎の覚悟を聞いた後鎌倉殿 へ何となり又申し上げ様も有るか知れぬ。」

「仰やるな仰やるな。」と言葉半ばで妨げる。「蛇の生殺しは仰やるな。定重の覚悟を聞い た上鎌倉殿へ何と仰やるか。定重は何所までも不道理には服さぬ、鎌倉殿が咎めを下さ らうと言ふならば何所までも争ふと。斯う定重が言ひ切ると致したならば、やはり其通 りを鎌倉殿へお取り次ぎ遊ばすか。」

 返事は無い。

「それ御覧ぜよ。」と、直続けて、「申し過ぎるか存知ませぬが、只今のお言葉は折角の父 上のお口からながら情無やわが子に対する肉親の父たる御方のそのお世辞でがなござら うが。」急にその語は顫へて来る。

 胸を刺される思ひがして、「世辞とは些し水臭い。」

「言ひ方が悪いか、それは存知ませぬ。但し父上、その期に及んでお世辞とはお怨めしい のでござる。」はたと後の語は切れる。

 いひいひ胸の中は痛く、「世辞々々と、今更どうして左う水臭い。世辞を言ひ合ふ間柄 か。子に世辞を言ふよりは、他に言ふ相手が許多有る。」

 定重は莞爾となる。むしろ親には強面い笑顔で、●も或ひは冷笑かとさへ気の所為で は迎へられもする

「長い短いは申すまい。ともかくも延暦寺は一天下の鬼神なのでござる。後難が怖ろしい。


定重も敢て好き好んで事を暴立てる積りでもござらなんだが、裏に裏が有り、蔓に蔓が 絡まり、如彼言ふ事に立ち至つた。さりながら此所が阪東武者の意地、弁明は致さぬわ。」 と、その声は凛とした。

 腹が据つて来た丈の、それだけの反響たる声である。落ち着いて只鋭く奥底に遠く響 くやうに、人間の一生涯に然う幾度も聞かれ得られぬ声である。

「些し諄いか存知せぬが。既に臨終の決心ぢや、最一度申す。阪東武者は弁明せぬ。戦場 の必死の時で譬へ申さうか、敵と引つ組んで愈々刺す刺さぬといふ刹那、形勢の迚も己 れに不利益ぢやと見たが最期、わが敵に花を持たせる覚悟して、敵が此方を仕留め得易 いやうに無言の内に身を任せて遣ると言ふ−言はば無言の慈悲−是を阪東武者は心の花 として、また末代までも消えぬ其花の薫りとして身に秘め持つものと承はる。さればこ そ疑はれたなら疑はれたとして置いて、苟しくもつべこべ弁明せぬ。忝や定重は今それ 丈の勇者となる好運に会ひ申した。家のためともなる、父のためともなる、即ち定重一 人が死ねば三方四方が円く為る。この様な好運はござらぬわ。覚悟とは是でござる。首 にして賜。悪びれぬ。」

 際立つて一々笑顔をこそは見せぬが、彼裏には殆ど包み切れぬばかりの微笑の波が動 いて居る。普通とは違ふ運命の見方、死んで勇者と為り得るのを、それを好運と観じて 居る。而も家のためであると云ふ。如何にも然うである。又而も父のためでもあると云 ふ。是も全く然うである。

 その些し前までの定重の語気に由つて、多少の疑ひの念を基として察した所では、首 にして鎌倉殿へ差し出されるのを只悪びれて嫌がつて、毒口をさへ利くのかとも見えた。 しかし、今に為つて又思へば、恥かしや、それは凡眼の非凡を察し得ぬ邪見で、殆ど寸 時でもそれを然うで無いやうに疑ひ思つたのが穴へも入りたい程である。

 感に蝕はれて涙無く。定綱何の言葉も無い。思案は縦横に立ち騒ぐ。

 吾子ながら、如何にも見上げた心である。此心を天下の分け目の時に用ゐさせ、此胆 を一大事の場合に働かさせた事ならばと今更のやうな未練も出る。悪人の子でも親の身 が何でその子を殺したい?無い理窟を有るかに飾つて抗弁でもする以上、何さま子をも 仇敵と見る。そこを理窟の理の字も言はぬ。言ひ訳の一句も吐かぬ。而もその身を犠牲 にするのが家のためまた親のためでもあると言ふ。親の身に為つて、いざ、何う為る? 子の言ふが侭にするか、浅ましや、然る時には子を殺したことが安全とのみ図つた獣見 たやうな親と為る、子の言ふが侭に為ぬか、さらば、一家を投げ出して掛かる覚悟で、鎌 倉殿を敵として引き受けて決戦する気で無ければ為らぬ。家は、そこで、破滅となる。嫡 流以外ならば知らぬ事、嫡流として太郎と称え定綱と名乗つて宇多源氏の佐々木の本家 を継承する身が只わが子と甘酸を共にすると言ふ丈の圧迫によつて、先祖の家を葬るこ と、是も先祖へ対して実に済まぬ。

 人よりは家を大事がる時代である。むしろ極端に言ひ詰めれば、道理よりも家を大事 がる時代である。また而も家を大事がると言ふ言葉の裏には家のため何物をでも犠牲に 供するとの口実も有る。

 しかし、見す見す目の前に活きて居るのを殺して仕舞ふと言ふ一大事なのである。偖 然らば、是を殺して仕舞つた所で、その後は何うであらう、その後が家の利になるか不 利に為るか、是も考へて見なければ為らぬ重大の事なのである。


 と、思ふと云ふのは又既に最早、定重を殺さるるとの念に一歩か二歩かが近づいた訳 なのである。先入の考へと云ふ物は怖ろしい。家を家をと言ふのが定綱の先入の、第一 の考へであつた所で、それが標準と為つて居る間は其先入の怖ろしい念が何うしても定 重の運命を圧迫して、即ち家のためには我子も何も無いとの一点に帰着するより外は無 い。要するに定重は定綱には子ではある。しかし、父たる定綱の利害から見れば、仇敵 と同様に扱かはれる、哀れなる運命の子なのである。すなはち、親子といふ尊い間柄は 定綱の見地から言つての利害の関係に外ならぬ。

 決意した。

「たしかに然う言ふ決心か。」言ふその声は冴えて居る。しかし、強ひての冴えである。妙 なもので斯うなると、現在の親でありながら、なまじひの武士道とか武士の意地とかが 訝しく見栄を張つて来る。腹では然程でも無いのを、むしろ我子への見栄さへ張つて、若 しや此父がわが子に未練がましいと見られでも為ぬか抔と(未練がましいと見られるこ そ却つて子に対する親の至情がその子に見えるのであるものを)なまじひの弱々しい心 が天真をさへ矯めて掛かつて、悪く表面のみを強さうに、また而も強面さうに繕ろはせ るやうにさへ為つて来る。即ち最早親子で無い。親は子に対して痩せ我慢の意地を張る。 もう真情の熱気と言ふ物は無い、只是冷やかなる氷である。後の世は何うか今言はぬ。但 し、鎌倉時代と云ふ一時代、特に武士道の時代とか何とか言ひ囃される此時代、特に特 に武士その者の社会に於ては親子兄弟乃至夫妻の間に著しく此種類の氷の如き心が有つ た。勿論、また夫だけに其反動で実は武士道も栄えて来た。

 確かにかと聞かれる丈、売り言葉には買ひ言葉で、定重もまた凛となる。

「死ぬとさへ覚悟した武士の意地でござるわい。確も何もござらぬわ。」と定重は稍稍冷 笑して、「事が然う決まつた上からは寸善尺魔の譬喩へも有り、一刻が延びると為ると、 また気が変はるか知れ申さぬ。自害するのも可いか知れぬが、我と我手を下すのも面倒 ぢや。いつその事のお世話序、父上のお手に掛けて賜。這へば立てよと手をお執り下さ れたそのお手でな……」と、それなり語は切れる。

 

 

(八)

 乱れ下がる髪の末を啣へて、蒼冷めた侭俯向く姫夜叉に詰め寄つて居るのは泥牛で。

「和女とて満更の素人でもあるまいが。あれ程の騒ぎを起してまで泥牛が執心を遂げよう とする、此心根を考へたなら、些しは哀れでもあらうがな。強面いも宜しいわ。曲らぬ 枝に風情は無い。強面く曲るのも結構ぢやが、その曲れば曲るだけが手折らうと云ふ者 の心をば何所までも悩まして、思ひ切れぬやうにするのぢやわ。今知らせ申したのがお 分かりか。な、太郎定重殿は現在の父御に首斬られて、その首は鎌倉へ行つたと云ふ事 は拙僧一人の口でも無く、人からもお聞きぢやと云ふぢやろ。相手有つての貞操ぢやろ 定重殿の矢先を潜つて命賭けでお身を浚つて来た泥牛の真心だけを切めては些し酌んで 賜。賜らぬか、賜るか。さ、さ、何時まで同じ事を口説かせ遊ばすか。」

 却々の心遣ひと見えて、声柄から落ち着かせて、腫れ物に障るかの如くはらはらする。

 真心は如何にも真心なのである。定重の味方に為つて言ふとすれば、素より憎い奴で はあるが、又その憎い奴たる泥牛の側になつて考へれば、女敵をその泥牛が憎まうも素 より当然の事でもある道理、むしろ言はば哀れである。姫夜叉は当惑した。

「分かりました分かりました、お心は。私とて足らはぬ乍らも、並々の邪念で御坊をお憎 み申しませぬ。」

「はてな、夢見たやうに、忝い……」

「お待ち遊ばせ。御坊をお憎み申しませぬ。御執心は身に取つて如何ばかり忝いか。申し 様もございませぬ。只、それゆゑ、折角のお言葉に対しても強面い言葉で木で鼻括るや うにして御返答も致しませぬ。只、それゆゑ、折り入つてまた私からお願ひなのでござ います、迚も迚も折角のお言葉ながら私も定重殿への義理の有る身、先口と後口、今の 所では何うしても先口への義理が先、お気の毒を無理に無理に我慢して、どうでもお心 には従はぬと言ふ、是だけをお詫び致します。憎まずに下さいませ。」下を向く目は重い。

「猶それぢやもの、思ひ募る。」と、身震ひの出る程である。「何たる可愛い口利かれる。 憎まずに下されとは、はて、いつそ其口で罵り飛ばして呉れたなら。」

「そりや勿体無うございます。」

「気高いわい。」と絶叫したが、感急に極はまつて、何か知らぬが、煩悩に狂ふその心の 闇の中に一道の光りが燦めいた。是ほどの気高い人の、その二世と言ひ交はした片翼を 無理に無理に千切つて捨てさせて、扨残る片翼のみと為つたならば、風にも曲がり横に も逸れて、只一人では飛びも得遣らず、柔かくして容れて呉れる塒をば頼みに為る事で もあらうと現の今まで思ひ思つて、扨こそ拐引して来て手を換へ品を換へ威しもし賺し もしたのが、吁、恐ろしい罪であつたと、猛然として考へ附けば、扨またその反省のや うな念が骨疼くばかりの力を逞ましふして、五体を抉るやうである。

「懺悔申すが姫夜叉の御、いやさ姫菩薩の御、泥牛の一期の不覚、そもそも定重殿を如彼 為らしめた、大罪の幾らかの滅ぼしに、此所で姫菩薩の威霊に撲たれて、もしも此身が 切めて俗体ででもあつたものならば、直に剃髪して遁世する。されば、夫が出来ぬ身ぢ や。既に剃髪して居る身ぢや。然らば此上の懺悔には現身の命差し出すかと、言ふたと てお奪ひも下さるまい。然らば然らば自害するか。俗の身ならば知らぬ事、苟しくも多 少の法の道知つた身には自害などとは卑怯がましく、却つてそれも為し得られぬ。生き


る空も無い。さりとて死ねぬ。頚の半分鋸で挽切られてぴくぴくと生かして置かさるや うな大苦悩を是からは只此侭で味はふぢや。懺悔申す、懺悔した、宥せまいが宥して賜。 な、な、切めては引き掻くなり蹴倒すなり又は踏み躙るなり抓るなり思ふ限りを為て賜 つて、切めて塵ほどの快楽を賜。な、な、生類の無慚の極み、大苦痛を快楽と味はふと 言ふ、唯一の地獄の責めに今生きながら当るのぢや。な、な、な。」

 涙拭ひて、俯向いた無言の姫夜叉の顔やをら差し覗く折も折、がたがたと姫夜叉のそ の頭は顫へて、苦しげな声が稍々洩れる。はつと見る、その姫夜叉の口中から鮮血が迸 る。

 是はと許り泥牛は姫夜叉の腮へと手を遣つて、又更に引き込ませて、再び重ねて又宛 がつて、見る其姫夜叉の眼は釣つた。偖はと口を無理に割る。舌は切れて中程から前半 が前へ下がつて後半が上へと反る。舌を噛み切つたのである。

 泥牛の必死の手当、その後数日は姫夜叉も命を辛く保つたが、しかし頑として絶食し た。何故と言つても答へぬ。只淋しく微笑して泥牛に詫びる所の有るかの風情、やがて 終に落命した。その入り組んだ死の決意は泥牛が只その想像の糢糊たる裡に辛うじて探 り得たやうである。

『文芸倶楽部』17巻1号(明治44年1月1日発行)より

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