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太郎定綱 山田 美妙 (一) 太郎定綱、是は佐々木秀義五子中の長子にして、亦その子の事で終に悲しい思ひをし たること、加地太郎に於ける三郎盛綱、重綱に於ける四郎高綱と同じであった。兎にか く毎も言ふやうながら佐々木といふその家は宇田源氏として決して清和源氏には譲らぬ それで後世には清和源氏ほど輝かぬ様であるものの、天は此所に貧しからしめれば彼所 に富ませるのに吝かで無い。その血からは備後の児島が出る。福知山の朽木が出る、福 岡や秋月の黒田が出る、今尾の竹腰、丸亀や多度津や豊岡や峯山の京極、山家の谷、佐 伯の毛利、津和野の亀井、田原の三宅、及び明治に至つての大将乃木(鎌倉北条時代の 慣用字は野木)が出た。薄命なる定綱等も思へば瞑し得るであらうか。太郎定綱の前に端座して居たのはその子太郎定重である。 「偖いよいよ俺は出発する」と定綱の語気は荘重なのである。「と言ふた所が、高が此近 江と京都との言はば目と鼻との距離、何も是と言ふ苦労の事も無いが、只気になるのは 山僧共ぢや。」と聞いた丈で定重も素よりその意をば得て居るのである。顔色も苦々しい。 「心得ては居るやうながら、是からお留守をば某がお預かり申すと成ると、お留守中に間 違ひでも有つてはならず、それには山僧共が何より厄介な奴でもあり、心を用ゐ得る限 りは心を用ゐるでもござろ。」「それを口先だけに為ず、よく心得て置いて賜」と其実此語は虫が知らせた。 「山僧共の乱暴なのは昔から聞えた事でもござる。縦令些しは乱暴されたとしても、寝耳 に水と言ふ程の事でも無し、予じめその覚悟でさへあらば、彼等とて真逆鬼でも無し然 う乱暴を致し続けるでもござるまい。」「と言ふが、却々ぢやぞ、勿論年齢の割りには思慮有る和郎と思へばこそ俺も和郎を残し 留めて、わが後を守らせやうと言ふのぢやわ。父爺の藤太夫にもよくよく心を得させて 置く。万事は藤太夫と相談して、然るべく料らへよ。」「委細畏つてござる。但し、改めてお訊ねするのも異な事ながら、何か又留守の所へ山僧 共が参つて、強面がましい事でも申すと言ふやうな、さう言ふ種はござるか知ら。」「されば」と定綱は頚を捻つてやがて、天井をと眺める。その所謂種と言ふ物が何うやら 有るらしくも見える。「されば種とは言はば言ふ。山僧共の太々しさ、何をでも種に為るからな。」 「その中でも取り別けて種にするやうなのが又有る事でもござらうか。」 「それならば一つ有る。」 「有る?」と、うんざりした顔付き。 「只聞いた丈でも嫌ぢやろの。あはは。」 と言ふ其笑ひ声の寧ろ絶望の余の苦笑ひと同じ工合で、言はば殆ど暖味の無い、先は冷 |
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え切つた笑ひ声なのである。 「嫌ぢやろのと仰せられると、もう聞かぬ前から好ましからぬ様でござる。」 「去年から今年に掛けての、わが佐々木の荘の水損ぢやろ。田も畑もあのとほりに流れた ろ。作物の上がりの有るか無いかは彼の水を見た丈でも知れ切つた事なのぢやろ。それ を延暦寺の山僧共は全くの知らず顔では無いか。知つては居る。知らぬ振りぢや。去年 から今年に掛けて、西瓜や南瓜が入り代はり立ち代はり、此佐々木家を督促に来るのを ば和郎も大抵知つてでぢやろ。」「その事でござるのか。何さま、夫ならば存知した。しかし、幾ら延暦寺は佐々木の荘か らの年貢の上がりを取り得るといふ格が有つたとしても、無い物は致し方ござらぬ。」「其所をぢや」と、奪つて冠せて、「其所を無いか然うかと言ふた日には延暦寺の食つて 掛かり様が無い。食つて掛からう食つて掛からうとのみ、夫か今の世の山僧共の心願ぢ や。畏くも一天万乗の帝すら山僧には持て余してござられる。武士など如何に強くても 山僧に悪く睨まれたが最期、太刀も刀も有りはせぬ。経軸は剣をも折る。神輿は鎧をも 圧し潰す。それ故、苦労ぢやと言ふのぢや。」「分かり申した。憎いが、是非に及ばぬとして、さらば山僧が又督促にでも参つた時に は?」「只穏便に挨拶せい。」 「穏便に?」と眉皺む。「穏便といふ其度合ひが難かしいものでござるわい。何所までが 穏便か、何所までが穏便で無いか、杓子定規もござらぬの?」淋しく笑つて、「見料らひとする丈ぢや。但し、大抵山僧共の強迫むのは穢れ切つた金 財ぢや。見込まれて手強く出られたなら、其時は宜しく見切りを附ける丈附けて、其見 込まれた金財を然るべく撒いて遣る丈ぢや。」「ござるか」と含羞顔。 「ござるかとは?」と些しは分かつて居ながら問ふ。 「その金財がでござる。」 「うむ」と定綱も含羞顔になる。 「どの位と切り出すのを、何の位と根切つて遣れば宜しいのでござらうか。是も目安はご ざらぬかやはり穏便と致すのか。そこで其穏便と言ふ所が却々難かしく為るのでござる、 宜しうござる、大抵をその辺で飲み込むと致す。此方からは成るべく成るべく下から出 て、然る後商人のやうな心持ちに為つて十と言はば五と値切る、と、斯う言ふ工合ひに でも致すので……。」「そこなのぢや。其所をよくよく心得て置いて賜。勿論其辺の掛け引きに掛けては是迄に あの藤太夫が幾度も出遇ひ出遇つて、事慣れても居るのぢやわ。生若い和郎がなまじひ 佐々木の嫡子とて表立て口利くよりは大抵は藤太夫に任せて置いた方がまづ無難の方な のぢや。宜しいか。分かつたか。只今も言ふ通り総べて食つて掛かる種を種をと鵜の目 鷹の目の延暦寺なのぢや。つひ忌々しい余り其種を此方から出す様になりたがるものな のぢや。縛り手の時来た蜂をば目を暝つて呼吸位で柔かく追ふ丈ぢや。蜂と思へ、延暦 寺をば!山僧に会つた武士は縛り手の身ぢやと思へ。呉々も心得い。」思へば意気地の無い言葉であると、定重は業が沸く。と言つた所で、勿論何うにも為ら ぬと知る。が、それよりも何よりも実は父に秘した一条で、或ひは動もすれば、其延暦 |
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寺からの怨みを己れ定重が受けるかと思はれる大きな種が却つて我身の方に在るのであ る。勿論、しかし、それとは言へぬ。畏つて只正面から「承知した」とか「飲み込んだ」 とか言って済ませる丈、内心は頗る苦しいのである。
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