牡丹集

(晶子の歌のみ抽出)

昭和七年三月十九日石井柏亭先生の生誕五十年の賀莚に詠める
牡丹には風の迫らず雨寄らず九つの門そなはるならん
隅田川青き都の春の日に牡丹を愛でて千歳ましませ
あなめでた宇宙の紅を一もとに盛る牡丹ぞと思ひけるかな
白き馬柳の道も来るごとし牡丹を挿してまろうど待てば
いみじかる牡丹の花を人も見よ夜さへも日をば望めるごとし
牡丹花はいづくに置かん答ふらく広き王宮柏亭の卓
なつかしく草の中にて生ひたれば蓬の香さへ添ふ牡丹かな
大唐も今日は遠世となさぬなり牡丹と人のめでたきがため
人きたり牡丹に添へて云ふことは皆わが友の春の賀の宴
われありて牡丹に近し心鳴りかく思へどもほの見ゆるのみ
牡丹こそ誰より先きに咲くとなく後れず心ゆたかなりけれ
打つれて朱の牡丹咲く兄弟のめでたきを持つ人の如くに
牡丹より陽気立つ日は大空も地に従へるここちこそすれ
めでたけれ牡丹の花は明暗を分ち云ひても紅と紫
大きなる牡丹よ王の都なる南の門と云ひぬべきかな
夕ぐれに牡丹いよいよ紅ければ近く捧げず明星の燭
胡蝶こそ牡丹に眠れ人の子は心をどりて止むべくも無し
五十年を牡丹の中にありしごと友は光と幸ひに満つ
わが友が支那の役者のよそほひに似ると云ふべき隈ある牡丹
君の賀に銀の牡丹を描くなり浅間の煙大島の火も
くらぶれば牡丹わりなく小さけれ君をことほぐ夜の宴にして
しら雲の下りきたりて靡くともなほたぐひなき牡丹ならまし
神の子におん母マリヤ添ひたまふここちす白き二つの牡丹
ことほがん盛りの春に逢ふことも通ふ牡丹と丹青の道
寄る靄に紅紫を分つなり心めでたき牡丹の花は


定本与謝野晶子全集
第五巻歌集五
昭和五十六年二月十日第一刷発行
昭和五十七年一月二十日第二刷発行
定価  三千五百円
著者  与謝野晶子
発行者 野間省一
発行所 株式会社講談社
    東京都文京区音羽二-一二-二一
    郵便番号一一二 振替東京八-三九三〇
    電話東京(〇三)九四五-一一一一(大代表)
組板  株式会社熊谷印刷
印刷所 多田印刷株式会社
製本所 大製株式会社