采菊別集

          与謝野晶子

昭和七年十一月廿六日有島生馬氏五十回誕辰の賀莚に詠める。氏に捧ぐる画巻を「采菊集」と名づくるに由りて、これを「采菊別集」と呼びぬ。
至りつる君が五十路をかたどりて盛りを示す菊の花かな
山の菊野菊の外の帝王の都の園のしらぎく君は
ひんがしのめでたき君の賀のむしろ花もて設く千秋の菊
菊の花富士の尾上の雪のごと一つぞ咲けるゆたかなる葉に
菊淡く色を分けつつ咲く園になほうす霧の舞へる朝かな
花貴につゆ癖もなく直ぐにして菊が持てるは瑯●の枝
     (●はオウヘン+「干」)
高麗の壺に臙脂の菊をさし一人あれども心ときめく
かぶろ菊咲く方見れば皆笑みて呼ぶここちする花園の路
おのづからいみじき光身に添ひて秋も白夜を作る菊かな
夕月夜菊花の熱のほのかなる中を行くこそめでたかりけれ
一人づつ五つの階に裾引きて白菊の貴女ある如きかな
菊の酒飲めども尽きぬ杯を南陽県に得てたてまつる
この菊は蒼龍に似る枝葉もち鳳凰の毛をその花に附く
おんわざに仙家の菊の永久を得ませり今日はおん齢祝ぐ
園のおく今馳せ入りし鳥のごと乱れて咲けりしら花の菊
菊慈童舞台の板をとうと踏みそよろと寄るも菊の色香ぞ
菊の花朝あまた経てととのひぬ人の盛りの五十路のごとく
呉竹の腰のあたりに菊咲きて沙濡れわたるあかつきの庭
一つづつ菊花笠と見ゆるかな美くしき子の被けるがごと
園の朝唐児のやうに紅菊の並ぶところへ寄るもみぢかな
天上とこの世と多く異らぬ証とすべししら菊の花
六尺の菊を露台につらねたり東の海の棚雲のごと
この君を天地こぞりことほげる夜なりと相す満堂の菊
一本のいみじき菊にくらぶれば云ふに足らざる星の群かな
降りきて長夜の宴を照らすかな嫦娥の国のしら菊の花


定本与謝野晶子全集
第五巻歌集五
昭和五十六年二月十日第一刷発行
昭和五十七年一月二十日第二刷発行
定価  三千五百円
著者  与謝野晶子
発行者 野間省一
発行所 株式会社講談社
    東京都文京区音羽二-一二-二一
    郵便番号一一二 振替東京八-三九三〇
    電話東京(〇三)九四五-一一一一(大代表)
組板  株式会社熊谷印刷
印刷所 多田印刷株式会社
製本所 大製株式会社