昼夜帯

               竹久夢二


詩集 夜咲く花

浜の旅館
なつかしや芋の畑の路とほく郵便脚夫きたるあさあけ
心中の噂もいつかたえにけり浜の旅館の夏もふけぬる
ソフアにより烟草をのめばしみじみとけむりのすえにきゆるかなしみ
いとほしくわれをいたはるはかなさにしみじみ軒の雨だれをきく
海をみてけふのひと日はくらしけり明日といふ日はまた明日のこと
夜もすがらかたき枕をもてあましとつおいつして波の音きく
逢はぬ日はまたあのことを母刀自にいはれてやあらむ泣いてやあらむと
夜あけぬればあけぬればとてあてもなき望をかけてねむらむとする
おもひ泣く若きこころをすかしつつ暁をまつこころもとなさ
通ひ路
烏飛べばきみかとぞおもひ風ふけばきみかとぞおもふかなしき通ひ路
日はひねもす夜は夜もすがら通ひ路にまてどくらせどまてどくらせど
くべければさは嘆きそとしかれども若き心のききわけもなき
何事ぞ今宵の胸のさはぎやう逢はで死なむといひしならぬに
さばかりのこと嘆かじとおもひきり草を摘めども唄をうたへど
せむもなき思すてよとよする波千鳥はおもひきられずとなく
おもふまじせむなきことはおもふまじ旅はつれなきものときくから
緑の丘
紺の帯そがひにしめていそいそとをとこに逢ひにゆくやつばくろ
窓により編物をするかの少女肩のかなしさスノウドロツプ
白猫とジヨウカアとでてたはむるる林檎畑の春の夜の月
かならずとまたこの子にも盟ひしぬきのふにつづくあすならなくに
恋人はわがかたはらにつつましく紅き糸もて編物をする
湯の朝や足の爪きる指さきにコスモスちりて艶なるきみかな
ふくよかにネルのキモノの肌さはり性をなげくや紫のかげ
この春秋うみの母にも許さざるこの身この魂なりうつくしさ
あひびき
母の眼をぬすみてあひにくるひとのあはれや肩のこのほそりやう
たやすくは逢へぬ身なるをたまさかに逢へばひたすらなきたまふきみ
白き手をわれにあづけてうつとりと海みるひとになにのうつれる
この指をこの白き腕をこの肌を刺すともきみはくやまじといふ
世の掟やぶりて逢ひにこよといふ男の無理をおとなしくきく
世の常の少女のごとくいつはりをいふきみならばすててもゆかれむ
かへらじと径のかたえにくづおれておさなきひとは音にたててなく
砂丘の墓
砂丘にちいさき墓のひとつあり幾世経にけむ遠き海原
けふもまた浜の真砂にながながとわが足跡のつづくあはれさ
あかあかと遠き岬にくれのこる夕日の色をきみもみたまへ
うろこ雲空いちめんにうかみいづしづごころなししづごころなし
薬指にそみし絵の具の紫のさみしきままに夕となりぬ
かの夏にわかれましものをさいかちのいつか実となりからからとなる
この身はもかの渚はも岬はも太陽の火にひかるるごとし
太陽にとけてこの身も岡も泥となれあはれかなしき草いきれかな
風のたより
死ぬ薬袂にひめてなくといふ風のたよりもたえてひさしや
母と娘がささやかにすむかの浜にあはれさびしや夏きにけらし
寺詣母のかへりのおそしとて「かきおき」さがすかなしき娘
つつましく白きふしどによこたはり手紙をまてるむすめのいのち
松の木の皮をはぎつついひしことひとにつげそといひしきみかな
母ひとり娘ひとりすめるあけくれのさみしからまし白粉の花
いつとなくわするるとなく文たえてあはれことしの夏もいぬめり
なにかしてむかしのきみのおもひいづスヰートピーのさきそむるころ
さびしき路
みもはてぬかなしき夢はおもひすてゆく旅人と誰かしらむや
ここの港かしこの町とわたりつつゆかばかなしきことも忘れむ
いつかまた逢阪山のわたり鳥君おもひつつひとり越えゆく
さだめなく鳥やゆくらむ青山の青のさみしさかぎりなければ
さらばさらば野越え山越え旅ゆかむかなしきひとは忘れてもまし
わかれてもわすれざれとは盟ふまじまだうらわかきゆくすゑのため
わすらるる身のいとしさかゆく旅のうらわびしさか涙ながるる
旅愁
きみをみにはるばる伊賀の山を越え山城の国にいりしたそがれ
ゆふかけてきみが門辺をさまよふは蛍なりしときみにはつげよ
川岸につみかさねたる材木に身をなげかけてなげく若者
うす紅の小鹿の角をぬらすほど若草山にふる春の雨
つばくらが子に餌をやりてかへりゆくあとよりかへる紺屋の手代
ちらちらと難波新地に雪ふれば人形遣がお泣やるものを
雲をみてなにをかなしく泣くやらむぢつと子鹿の眼のうちをみる
紅燈
そらとけしままにいつしか夏にいるそなたの帯かおれのこころか
ぬぎすてし小袖のごとくうちしほれなきゐるきみにせまるたそがれ
いまははやきみもうらまじゆるやかに窓をながるる煙草のけむり
「肱枕すぐにまどろむこのきみは眠人形のたぐひなるらむ」
袖屏風はれがましやとたちまへばきみのだらりのなげく春の夜
しやなしやなと天神様の反橋を喜蝶がわたる春の昼かな
湯あがりの足の爪きる鈴の音にめさめしほどのあさき夢かも
巷のうはさ
いつしらず身は公園の腰掛に夜をまつ人となりにけらしな
はしたなき巷のひとの口のはにかひなくたたむ名こそおしけれ
いまごろはさぞや曲輪のとりさたをそなたもひとにききてあるべし
いつしかにあさきうき名もたちけらし浮世新道夏のかはたれ
とぼとぼと灯のつく街のこひしさに橋のたもとにきはきつれども
とつおいつ紙屋治兵衛にあらねどもいつそこのまま死むでものけよか
しくしくと涙ぐみたる灯がふたつ水に身をなげながれていねる
影絵船仮声遣のいふことにや「あはずいんではこのむねが」とぞ
花柳夜話
辻褄のあはぬはなしもおもしろやかのきぬぎぬのうそのなみだも
かくばかり美しき子はみざりきとこの子にもいひかの子にもいふ
いそいそとオーバシウスのふみ心地ぬれてかへるもうれしききぬぎぬ
破れ三味線
しくしくとなきながらくる袖萩の絃のねじめか夜の秋雨
雪の日はゆふぐれかけて三味線のねにこそたてねきみこひわたる
三の糸きれなばきれねつげばとてどうせそはれる仲ぢやないもの

夜の唄

この夜ごろ
ほんにおもへば昨日今日
つんではくづすわが心。

夜は夜とて三味線の
身もすてばちの三下り。

いふてせんないことなれば
歌ふてのけよとおもへども。

悪縁
そなたばかりが
女ぢやないが。

売られてきた夜、人形を
泣くなくだいてそひぶしの
かみなりさまがこわいとて
より添ふたのが縁となり
それなりけりになりにけり。
そなたばかりが
女ぢやないが。

夏虫
夜としなればとぼとぼと
灯のつく街へ由良之助
お前は夏の虫かいな。

若き日の岡
夜は夜とて
カアツチ、カアツチ、と木の頭。
幕のあくのをまつこころ。

昼は昼とて
三味線草に身をなげて
あの夜の人をまつこころ。

東京名所図絵

くわんのんさま

浅草の
くわんのんさまも あいそがつきませう。
――ひとになさけはかけまいもの。

願のすじも今ははやござんせぬ、
一銭がほどおかげをおくんなさい

ぶらりとさがつた大提燈か
――わたしのこころか。

(鳩に豆なんかやるのはおよし。)

わたしの鳩は
まめをたべるとすぐかへりました。


ルナバアクの夏の夜は
台湾館の小娘の
耳へとほした青い環。
さてそのつぎの曲芸は
ねらひすました白い刃が
ひらりと飛んで季さんの
首をかすめて板へ立つ。

さて季さんはたちあがり
「わたしなかなかしにません」
赤いカアテンがしづしづと
こころのまへに おりてゆく。

銀座裏
紺の蛇目に
うす日がさせば。
死んだ蛍の襟あしへ
ひやりとおちるおくれ髪
わたしや輪廻がおそろしい。

白銀町の春
知らぬ女に
アスクしたいよな春の夜。

アメリカのオオルドミツスに
ついてゆく
ニツポンのマンネンムスメも
げらげら笑つてゐる。
孕んだ小犬が
おどろいて逃げ出す。

主のない娘の丸髷を
浮気な春の月がかいまみた。

ても気にかゝる春の夜。

相乗り
更けし電車も、春の宵
ならびてのればあぢなもの。

花(○の中に「花」)あたりでひつかけた
どふろくの酔が久松町のまはり角

しんとろ とろりとでるほどに
こくりこくりとしなだれかゝる。
「おまへさんも小指ににげられましたかい。
……これなくて……なんのおのれが……さくら
かなつてな」

ほんにかはいいこの男。

爪弾

美千登世
あの爪弾の
美千登世に

つひつまされて
ひく障子

影絵のやうな星の空
港のやうな春の街。

足にまつはる伊達巻の
もつれた帯ならとけもしよが
きれた縁ゆゑせんもなや。

江戸桜
しやんとむすんだ昼夜帯
三十一のこの年まで
いつかなとかぬ通りもの。
うれしい苦労か「江戸ざくら」
それとなけれど気にかゝる。

含羞草

なみだ
まあかゝさんとしたことが
あんまりぢやぞえあんまりな。
  畳のうへにちるなみだ
  紅さし指へそとそめて
「わしやしにたい」とかいたれど。

丸髷
春のあしたの湯のけむり
ぬしのない子の丸髷を
ステインド グラスの番台が
これもやもめかちらとみた。

磁器国の唄

ネルのキモノ
異国のネルの肌さはり
はつかしいよな こわいよな。

でもなつかしい春風が
赤いふりからふくものを。

お寺の鐘
印度茶の夕日は
しづやかにしづみゆく。
黒き老杉の木の間へ

日本のお寺の鐘は
暮れよつの時をつくりぬ。
恋人よ、
いざ夕の祈祷せむ。

うしなひしもの

わが願
ちひさき望をかけて夜をあかし
ちいさき悔をおぼえて日をおくれり。

紅き窓より顔よき女いでて手招きすれど
彼女がよぶは「われ」にあらずして
「男といふもの」なり。
わが心をわかつによしなし。
ともすればおかしき歌口にのぼれど
ばちをとる子もなければ
ほそぼそと市のどよみにきえゆくなり。

のこれるもの
あの松原がわすられよか。
紫色の帯しめて
松にもたれてまつてゐた
あの娘の姿がわすられよか。

その松原はいまもある。
そしてその娘もこの俺も
死なずに日本にゐるものを。


(底本奥付)
竹下夢二文学館
第1巻
詩集T
万田務監修
1993年12日15日初版第1刷発行
発行者高野義夫
発行所 日本図書センター
〒112東京都文京区大塚3−4−13
電話03−3947−9387
制作 オフイスコヤマ
装幀 成田克彦
印刷・製本 亜細亜印刷/関製本
定価3800円(本体3690円)
ISBN4−8205−9272−6 C0391 P3800E(第1巻)
ISBN4−8205−9271−8 C0391 P38000E(セット)