絵入都々逸集



絵入どゝ逸(表紙)
絵入都々逸集
竹久勝彦著
東京芳学館発行(扉)
絵入都々逸」(中扉)

 都々逸には恋歌が多い、それだけに面白い。卑俗だと云ふけれど、人情の繊細さを歌つた点に於てこの小詩型が如何に成功してゐるかは私が此処に述べる迄もあるまい。その都々逸を絵に依つて表はさうと云ふのは、蛇足の嫌ひがないでもないが、然しそれは絵を描く人の心持ちによつて、その技巧によつて再び別な趣を伝へはしまいか。私はさう思つてゐる。詩歌の表現と絵画の表現とが各々特殊の世界を所有してゐる如く、この伝統的な情歌の趣は、絵画の妙味によつて、よりよく生きはしまいか。
 私は一管の彩筆に生きる新進な著者竹久君の未来を祝福して序を書く事を快諾した。それでゐて忙しい私は却々書けない。止むなく旧稿「都々逸考」の一章を抜萃する事にした。
「盛衰の激しい小唄の中にあつて、わが都々逸は比較的長い生命力と力とを持つてゐる。勿論都々逸と名付けられる迄に、著しくはそれ以後可成な変遷はあつた。乍併それは時の推移である、唄其物の罪ではない。或は、都々逸の取材が多く柳暗花明の情事を歌つてゐるの故を以て不健全な戯作として蔑む、成る程、中には聞くに堪えないやうな作もあつた、然し私はこれを単なる俗曲として片付けるに忍びない。恋愛を取扱つてゐるからといふのなら、近松や西鶴を引き合いに出す迄もなく、多く私達の生活はそれの上に営まれてゐるではないが、私は自分の愛するソネツトの如く尊重したい。少くとも私はこの短詩形の中に、人情の色を見る事が出来る、その香をかぐ事も出来る。今、地方の俗謡は暫く措いて、懐しい詩の国の巡礼を先づ小唄の変遷から初める。換言すれば都々逸になる迄の径路である。
 小唄の時代に遡つての研究をする時私達は不思議な事実を発見する、それは、天正文禄の交、地方で唄はれた童謡の中に既に五言或は七言を以て句とする短詩形を見出す事である。足利氏の末期から、小唄の姿は現はれ初めて、三味線の渡来によつて一層これが発達を促進されたのである。それから天正に至つて、小唄の鼻祖と云はれる隆達が現はれて、所謂隆達節を作つたのである。此の中に二六字の詩形があるから、直にこれを以て都々逸の源流であると断定する事が必ずしも正しい議論でないとしても、少くとも此形式の歌謡がさうした機運を喚起せしめたといふ事だけは争はれない事実である。隆達は泉州堺の日蓮宗顕本寺の僧で、号を自庵と云ひ、後還俗して高となり、音曲を好めるがまゝ自ら自作の歌に曲節を附けて歌ひ出したのである。其の例の二三を記せば
  月待つ月は冴えもせで君まつ月は冴ゆるよの
  尺八の一節切こそ音もよけれ君と一夜は寝も足らぬ
  人は知るまじ我仲を頼むぞそばの扇も帯も
  おもしろの春雨や花の散らぬほどに降れ
 次いで、慶長元和の頃から、江戸に行はれた弄斎節にも二十六字詩形の歌謡を見る、弄斎は、朗細とも籠済とも書く、或は謡ひ初めた人の僧名だとも云ひ、単に節の名称だとも云つて確実な所は分らないが、とにかく隆達節に続いて出たものである。
  よしや今宵は曇らば曇れとても涙で見る月を
  連れへござれやいづくへなりとたとへ葎が宿なりと
 其次の時代、即貞享元禄の頃に至つて流行した投節は弄斎節の変じたものと云へば云へる、京都から初まつたもので一名梛節とも云ふ、歌詞は箕山といふ稗史家の作つたものだと云ひ伝へられてゐる、章句に於て殆ど都々逸と同様なものを見る。
  こゝろ/\の世の中なれや花のうてなの露の色
  恨みながらも又うち向ふ月はゆかりか憂き人の
  逢はで帰へれば心の闇よ月は冴ゆれど道見えず
 此次ぎに流行したものは彼の有名なる潮来節である。潮来節は常州行方郡潮来村に生まれた舟唄であつて、明和安永の頃江戸に伝はり、天明寛政の前後が最も盛んであつた事は当時の戯作書の中に表はれてゐるのを見てもわかる。
  潮来出島の真菰の中に菖蒲咲くとは露知らず
  潮来好くよな浮気な主に惚れたわたしが身の因果
  潮来出てから牛島までは雨は降らねど袖しぼる
  潮来出島の十二の橋を行きつ戻りつ思案橋
  君と別れて松原ゆけば松の露やら涙やら
 乍併、潮来節の生命は決して長くはなかつた。文化の頃までが其全盛期であつて、文政の頃は既によしこの節と代つて、三都に普く歌ひ知られた。よしこの節の起りは、潮来節が江戸に栄えた当時、唄の終りに附けた囃詞が其儘名称となつたのであると云ひ伝へられてゐる。
  勤めする身は田毎の月よ何処へ誠が映るやら
  辛苦つくした桜は枯れてさした柳に芽がふいた
 然し、これも推移の運命に律せられ、本源の潮来節が衰退すると共に其影を薄くし、茲に俗曲界の一革命期を生じたのである。それは彼の都々逸坊扇歌の出現である。扇歌は水戸の人、医を業としてゐたけれども、後年其業を捨てゝ江戸に流浪し、当時、音曲落語家として知られた柳派の元祖船遊亭扇橋の門に入つた。扇歌は声もよく又奇才に富んでゐる男で、幼い時から音曲に多大の趣味と天才的創造力をもつてゐた。天保九年八月、牛込藁店の席で初めて、一流うかれ節と唱へて、よしこの節を変化させた歌曲を謡ひ、大いに江戸市中の人士に好評を博された。彼れの才と美音とがよくこの声名を贏ち得たのが、それとも時代がかうした俗曲を要求してゐたのであつたか知れないが、とにかく誰れ云ふとなく都々逸節と云いはやして、江戸は勿論、津々浦々のはてまでも一時に響き渡つたのである、尚彼れの創製に係るとつちりとんといふものがある。これは形式に於て都々逸より長く、一章を百十三字とし、当時都々逸と共に隆盛を極めたものであつたが今は衰えて殆んど其影を見ない。
 扇歌が没したのは嘉永五年である。それからもう五十余年を過ぎてゐ乍ら、都々逸だけは今も変らず流行して益々これが盛運を示してゐる。
 隆達、弄斎、投節、潮来、よしこの、都々逸と移り来つて、ある時は詩型の端正を見、調子の確整を備へ、或る時は野趣質朴の風を蔵し、又或る時は淫卑な笑ひを漂はせて、盛衰の夢計り見られなかつたけれども、要するに都々逸といふ詩型は何等かの特質を持つてゐたのである。其の内容に或は調し何処か人の心を引きつける力強さを含んでゐたのである。勿論人情を写したものが一番共鳴されるものではあるが、抒景のものにもとり/\の面白味はある。
 都々逸本来の唄は、本調子で、四句二十六音、即ち七音七音七音五音、厳密に云へば、三、四、四、三、三、四、五の七句である。乍併異例として之れに五音の一句を冠した五句三十一音のもあり、或いはこれより一層長いのや、又短いのもある。現今普通に都々逸と称へてゐるのは、多くこの二十六音の方で、それ以上長いのはすべて字余り都々逸と名付けてゐる。尚この外、発句都々逸文句入り都々逸等がある。
 私は竹久君の絵についてもつと紹介したいと思つたけれど、わざと避けて、君の将来を期待したい。
  大正九年二月
             駒込にて
              奥川夢郎

絵入都々逸集」(中扉)


私や春雨主や野の草よ
濡れる度毎色を増す。


河岸にたゞずむ春雨傘を
嬲る柳の出来心。


花や霞に引止めさせて
帰しともない春の雁。


色気離れた墨絵でさへも
濃いと薄いがあるわいな。


辛気らしいと手にとる烟管
忘れ草やら思ひ草。


当つて砕ける譬もあれば
逢ふて話が身の願ひ。


花の曇りは雨にもならで
傘をはなさぬ朧月。


表向きでは切れたと云へど
蔭でつながる蓮の糸。


無理もいふべの乱れ髪
掻き上げながらの笑ひ顔。


思ひ廻せば浮世は鏡
笑ひ顔すりや笑ひ顔。


たとへ野立の一重の梅も
力づくでは開きやせぬ。


来いと言はれてその行く夜さの
足のかるさようれしさよ。


時節来るまで私も主も
年はとるまいとらせまい。


露と添寝の小萩もあはれ
風の仕打ちに隔てられ。


よしや今宵は曇らば曇れ
とても涙で見る月を。


咲いた花なら散らねばならぬ
恨むまいぞへ小夜嵐。


主は今頃さめてかねてか
思ひだしてか忘れてか。


ふりよき君に情の無いは
冴えゆく月にかゝる村雲。


梅はにほひよ木立は入らぬ
人は心よ姿は入らぬ。


花は実故に実は花故に
私や十八歳ゆえに。


春の別れの近づく辛さ
散るは涙か花の雨。


辛苦つくした桜は枯れて
さした柳に芽がふいた。


浅い川だと裾褄からげ
深くなるほど帯をとく。


人にたのめば浮名が恐し
二人ぢや文殊の智恵も出ず。


残る移香枕にそいて
いとゞ忘れぬ閨のうち。


お前お立ちかお名残惜しや
雨の十日も降ればよい。


月のいやがる雨雲はれりや
花のきらひな風が吹く。


ぬしの心と今戸の畑
かはりやすさよ風次第。


切れる心はさら/\ないに
切れた振する身の辛さ。


面の憎さよあのきり/゛\す
思ひ切れ/\切れと鳴く。


ゆうべゆうべのその移り香は
君が袂のゆかりとも。


涙ならでは哀れを問じ
深き思ひの袖の色。


金でからだを買はれてゐても
心一つはぬしのもの。


女房もちとは知つてのことよ
惚れるに加減の出来ようか。


山で赤いのが椿に躑躅
咲いてからまる藤の花。


しびれが切れたと一座の手前
杖にして立つ主の肩。


きり/゛\す胡瓜切られて扨籠の中
親は草葉の蔭でなく。


花にや誘はれ雲雀にや呼れ。
今日も出てゆく春の山。


さんざ泣かせて団扇の風を
送りや憎らし高鼾。


私やお前の下着の小褄
肌にやつけども蔭のつま。


見捨しやんすな枯木ぢやとても
藤が絡りや花が咲く。


花をうしろに思ひを残し
時にせかれて帰へる雁。


蛙鳴くさへ恨みのあるに
まして寝覚めの時鳥。


風が戸叩きうつゝで開けて
月に恥し我姿。


ちよいと時雨に袖ぬらされて
暫しかり寝の雨やどり。


風の小舟のろかいも絶えて
波にまかせたこのからだ。


思ふまいもの心をつくし
他に心のある様を。


筋を立てれば切れなきやならぬ
悪く縺れた凧の糸。


妻と思ふてゐる身が主に
文を変名で書く辛さ。


儘にしやんせと嬉しく解けば
帯も察して鼠鳴き。


源氏車のあとへは引かぬ
意地と我慢の江戸気質。


夢に見てさへ恋しいものを
逢つて手をとりや尚の事。


煙草一葉が千両しようとまゝよ
さまの寝煙草絶やしやせぬ。


涼し曙蓮吹く風が
絽蚊帳二人の夢さます。


楽む時には二人で分けて
絶えぬ苦労は私がする。


潮来好くなよ浮気な主に
惚れたわたしが身の因果。


井戸の蛙とそしらばそしれ
花も散りこむ月も見る。


朝顔が便りし竹にもふりはなされて
うつむきや涙の露が散る


野暮で渡れる世間ぢやないが
粋で暮せる世でもない。


喧嘩して背中合せも夜風がしみて
寒くなつたと仲直り。


丁とはらんせもし半でたら
私を売らんせ吉原へ。


宵の騒ぎにまぎれてをれど
更けりや気になる明の鐘。


こなた思へば千里も一里
逢はずもどれば一里が千里。


わざと欠伸をしてみるつらさ
悲しい涙を隠すため。


私やお前に火事場のまとひ
振られ乍らも熱くなる。


松の並木が何に怖からう
惚れりや三途の川も越す。


逢ふた嬉しさ別れのつらさ
逢はぬ者がましかいな。


思ひ出すぞへ去年の今宵
月がよう似たあの月が。


鳴くに鳴かれず飛んでは行けず
心墨絵のほとゝぎす。


調子合はせりや調子に乗つて
調子外れの声を出す。


思ひ出すよぢやおろかで座る
思ひ出さずに忘れずに。


何がなんでも添はねばならぬ
たとへ蓮のうてなでも。


惚薬外にないかといもりに聞ば
指を輪にしてみやしやんせ。


こざる/\と浮名をたてゝ
様は松風音ばかり。


種まかぬ岩に松さへ生へるぢやないか
思ふて添はれぬ事はない。


嘘も実も売るのがつとめ
そこで買手の上手下手。


そこは見へてもあの薄氷
とけぬ心が憎らしい。


人の事かと立よりきけば
きけばよしなやわしが事。


今宵忍ぶなら宵からお出
東枕の窓の下。


主の来る夜は宵からしれる
〆たしごきがそら解ける。


ぱつと引いたる浮名の虹も
消えて嬉しく晴れる空。


富士の雪かやわたしが思ひ
積るばかりで消えはせぬ。


枕出せとはつれない言葉
傍にある膝知りながら。


一夜逢はねば猶深草の
せう/\なりとも顔みたや。


室の梅さへ開けば薫る
隠す恋路も色に出る。


可愛いお方に謎かけられて
解かざなるまい繻子の帯。


及ばぬ恋よと捨ては見たが
岩に立つ矢もある習ひ。


いらぬ煙管の羅宇がなごて
様とねた夜のみじかさよ。


胸にあるだけ云はせておくれ
主の云ひ訳けあとで聞く。


主の来ぬ夜は早や寝て夢に
逢ふて思ひを晴したや。


一人笑ふて暮さうよりも
二人涙で暮したい。


三千世界の烏を殺し
主と朝寝がして見たい。


来てはちら/\思はせぶりな
今日もとまらぬ秋の蝶。


神にむかへば親よりさきへ
たのまにやならないぬしの事


惚れたは私が重々悪い
可愛と云つたは主の罪。


思ひ切られぬ心が不思議
これだけ不実をされ乍ら。


かわいがられてまた憎がられ
可愛いがられた甲斐がない。


待間程無く名指しの迎ひ
ハイと返事も鼠鳴き。


夕方かけてこひしさつらさ
いつにおろかはなけれども


恋の淵瀬に身を投げ島田
浮も沈もぬし次第。


忍び足して閨の戸あけて
そつと立聞く虫の声。


勤めする身は田毎の月よ
何処へ誠が映るやら。


花見戻りに降る春雨が
留てしぼり二度の首尾。


持たその時や嬉しいけれど
持りや持る程身が持ぬ。


切れた/\と口にはいへど
水に浮草根は絶えぬ。


月にてらされあたりをかねて
離れ/\の二人づれ。


案じ暮してゐる身にまたも
届いて泣かせるこの便り。


それでなくとも袂をしぼる
降るな今宵の秋の雨。


忘れ草とて三味線とれば
唄の文句でまた涙。


異見聞いてる畳の指で
主のかしら字書いちや消し。


逢へば話もそれからそれと
解けて恥し氷水


末は袂をしぼると知れど
濡れてみたさの夏の雨。


かけてよいのは衣桁に小袖
かけてたもるなうす情。


弱いやうでも心の意気地
石さへ抬げる霜柱。


山路とほれば茨がとめる
いばらはなしやれ日が暮る。


愚痴を云はずとこゝをば放せ
帰る此の身は猶辛い。


あいに来たれど戸は叩かれず
唄の文句で語らんせ。


山で小柴をしむるが如く
今宵其様と〆めあかす。


抱いて寝てさえ隙もる風が
まして木格子内と外。


門に立つたは八もじ様か
夜風身の毒うち座れ。


辛苦島田に今朝結つた髪を
様が乱しやるうれしや様。


鳴子可愛や昼雀番
夜は若衆の相図役。


人に話せぬ苦労の痩を
そつと忍んでみる鏡。


炭もつぎ/\火箸を筆に
あつい男のかしら文字。


主の浮気と空吹く風は
何処のいづこで止まるやら。


くるか/\と待せてをいて
何処へそれたか夏の雨。


火事がなくなりや半鐘はいらぬ
とかくやけるはいろの道。


刺の中にも花咲くばらよ
知らずに手を出しやけがをする。


ぬれた事からつい苦にやんで
娘心の五月雨。


凍る硯に息ふきかけて
こぼす涙にしめる筆。


泣いた拍子に覚めたが口惜し
夢と知たら泣かぬのに。


秋の草木のしぼむを見ても
なみだこぼすか泣上戸


浮いた同志と云はれる筈さ
涼み風から出来た仲。


意気な桜の一枝よりも
ぢみな松葉の末長く。


行燈ひきよせ筆取る文に
なんの恨みの火取虫。


夢の最中に枕がはづれ
覚めて恥し主のそば。


つとめする身に誠を云はせ
嘘はお前に先こされ。


子規たしか鳴いたと出て見る度に
幾度はだしにされたやら。


いふて了うかいはずに置うか
思案なかばのもつれ髪


韓信が股をくゞるも時代と時節
踏れた草にも花が咲く。


惚れて悪けりや見せずにおくれ
主の優しい気心を。


志賀の小波立つともまゝよ
霞がくれの舟ゆかし。


若しも道中で雨降るならば
わしが涙と思はんせ。


更けて碪の音より聞けば
月に落ちくる我涙。


帰りともないお方は帰り
散らしともない花は散る。


色のよいのは出口の柳
殿にしなつてゆら/\と。


知らぬ顔してすましてゐれど
いつか互に出る笑凹。


お前正宗わしや錆刀
お前切れてもわしや切れぬ。


捨てた身体だ七両二分も
どこから斬るなと縛るなと。


切れて見やがれたゞおくものか
藁の人形に五寸釘。


文は逢へども我身は逢へず
文になりたや一夜でも。


言へば恨のかず/\あれど
言はぬ心を察さんせ。


我儘するとて叱るは無理よ
我儘する人外にない。


喉へ出る程唐茄子お芋
食べてみたいが身の願ひ。


箪笥の抽出し背中でをさへ
出先たゞして出す羽織。


どうせ互の身は錆刀
切るに切られぬくされ縁。


窓にもたれて化粧の水を
何処へ捨てよぞ虫の声。


夢の夢まで忘れぬ主を
夢と思へと無理な親。


切るならお切りと膝すりよせて
これもお前の仕込杖。


片手に剃刀片手に砥石
切れても合はせて下さんせ。


殿と旅すりや月日もわする
鶯なくそな春ぢやそな。


酒はのみ遂げ浮気をしとげ
儘に長生しとげたい。


顔を見りや苦労を忘れるやうな
人がありやこそ苦労する。


逢へば怨みの言葉も鈍る
惚れた因果かこの弱さ。


暗夜なれども忍ばゝ忍べ
伽羅の香をしるべにて。


櫓太鼓に暁晴れて
勇む出世の五月場所。


憂き身浮き草沈みも果てぬ
そこの心を月やしる。


義理にせかれて今宵の月を
別れ/\に見るつらさ。


私が鶯なれば主のお庭の梅の木に止り
ほう惚れましたと お目にかゝつてた
つた一言 焦れてなく声を聞かせたい。


洗髪の投島田を根からぶつつり切つて
男の膝に叩きつけ今度から浮気をする
と芝居のお化ぢやないけれどもひうど
ろ/\と化けてゞる。


お大名ぢや上杉芝ぢや金杉上野ぢや二
本杉間夫はひけすぎ逢はなきや互の愚
痴がすぎ。


これは/\御両所様には、見苦しき茅
屋へ ようこそ御入来 是は些細の内
所事おかまひなくとも御通りあつて
御煙草なりとも召上れ。


凡そ世界に長いやうで短いやうで広い
やうで狭いやうで、一寸見てわからぬ
ものは、人の寿命と胸の内。


梯子かけ梯つぎ天の星が取られやうか
私の恋路と同じこと、日増に上れど届
きやせぬ。


雨はほろ/\稲妻ぴか/\、かみなりご
ろごろと言ふて抱きしめたが縁のはし。


濡れて色増す若葉の紅葉
  端唄春に桜「秋は色増す花頂山
 時雨を厭ふ傘に濡れて紅葉の長楽寺」
末にや浮名の立田川。


吹けよ川風揚れよ簾
  端唄浅クトモ「のぞいて来たが濡燕」
中の小唄の主見たや。


ふと目を覚まして障子をあけりや
  端唄雪巴「雪は巴と降りしきる屏風が恋の
 仲立で蝶と千鳥の三蒲団」
またも温まる朝の夢。


主と別れのそのきぬ/゛\は
  清元明烏「すがる袂もほころびて色香こぼ
 るゝ梅の花さすがこなたも憎からず」
帰へる/\も五六度。


噂立てられかうなるからは
  清元喜撰「私やお前の政所いつか果報も一
 もりと賞められたさの身の願」
千代の末まで倶白髪。


思ひ切れとは昔の事よ
  清元三千歳「一日逢はねば千日の思ひに私や
 わづらうて針や薬の験さへ泣きの涙に
 紙ぬらし」
思ひ切られる義理かいな。


別れりや逢う日をまた待ち兼ねて
  長唄吉原雀「文の便りになア今宵ごんすと其
 噂いつも絞日も主さんの 野暮な事ぢ
 やが比翼紋離れぬ仲ぢやとしよんがへ」
添はざやむまいこの苦労。


かならず行くよと知らせてよこし
  長唄浅妻「その約束の宵の月
 高くなるまで待たせてをいて」
ぢらす心が憎らしい。


親と親との許しを受けて
  長唄舌出三番「さて婚礼の吉日は縁をさだめの
 日を選み」
夫だ妻ぢやと云はれたい。


苦労させたも元はと云へば
  常盤津梅川「もうし忠兵衛さんよしな私があ
 る故にお前の心づかひ何かの事を思ふ
 てみれば此梅川にあいそが尽きやうかと」
おもや涙が先に立つ。


春の初花羽子つく娘
  常盤津追羽根「ひとこにふたご身は世をしのぶ
 いつか昔のさゝめごと」
どんな男に添ふであろ。


十二一重の窮屈よりも
  常盤津三人生酔「頃も弥生の雛祭梢の花をうちか
 けて藤の姿に桜のかさね松の操を立て
 る雛」
裸人形の身がやすい。


聞いた意見も忘れはせぬが
  常盤津将門「早やきぬ/゛\に引きしめる
 帯かくさるゝ戯れも悪くはあらぬ移り
 香に」
けふもまゝよとゐつゞけし。


人にや聞かれず行先や知れず
  義太夫宿屋「又も都を迷ひ出ていつかは廻り
 逢ふ坂の関路をあとに近江路や、美濃
 尾張さへ定めなく恋し/\に目を泣き
 つぶし物の墨日も水鳥にさまよふ
 悲しさは」
尋ぬる便りも泣くばかり。


元結の切れてしまへばねもはもないが
  義太夫堀川「そりや聞くくえませぬ伝兵衛様お言
 葉無理とは思はねどそも逢ひかゝる始
 めより末の末まで言替し互に胸を明し
 合ひ何人の遠慮も内証の世話しられて
 も思に着ぬほんの女夫と思ふもの」
それを忘れちやすまぬぞへ。


じつと見つめてにつこり笑ひ
  義太夫千両幟「向ふ鏡のふた取つて写せば写る
 顔と顔」
わしの惚れたも無理はない。


いやな世間に未練はないが
  新内明烏「たとひ此身はあわ雪と共に消ゆ
 るも厭はねど此の世の名残今一度」
逢ふて一言語り度い。


ねもない花だと粗略にするな
  新内蘭蝶「縁でこそあれ末かけて約束堅め
 身を固め世帯かためて落付いて」
根がありや再び花が咲く。


ぬしと二人で世帯をもてば
  新内伊太八「手づから私が飯たいて家のもの
 こちの人明日はどうしてこうしてと」
どんな苦労もいとやせぬ。


とても一つになられぬならば
  平節黒髪「所詮この世はかりわけの恋にう
 き身を投島田覚悟極めし心をば主にな
 んとぞつげの櫛」
はやくあの世で新世帯。


すねて背中を向けてはゐたが
  富本松風「烏が唄へば別れがいやで」
とほしかねたよ此我慢。


花を散らしつ柳をといつ
  河東節松の内「蜂に一刷毛夕霞」
といつ散らしつ春の風。


思ひ廻せば果敢なさ辛さ
 人間思愛斯心迷 哀々不禁無情涙
雁が鳴けども便りなり



(奥付)
大正九年二月十日印刷
大正九年二月廿日発行
〔正価金七拾銭〕
絵入都々逸唄
不許複製
著者  竹久勝彦
発行兼印刷者 東京市神田区美土代町一ノ二
       芳賀竹三郎
印刷所 芳学館印刷部
発行所 東京市神田美土代町一ノ二 芳学館
    振替東京三一四二七番
売捌所 大阪市北区樋上町三十八 芳学館支店
    全国各書店に販売す