春の鳥

               竹久夢二

  ◆
涙なかけそ春の夜の
紅の小袖はかざすとも
いつ乾くべき灯影ぞも。
泣きそな泣きそ春の鳥。
  ◆
思やこそ来れ
思はで来よか
千夜万夜は寝てこそよけれ。
かけてよいのは衣桁に小袖
かけてたもるな薄情。
  ◆
夢にばかり夜な/\
思ふ人を
みちのくの
勿来の関を
誰がすゑて
現に言も通はず。
  ◆
落ちた涙を小指でそめて
ふたり忍んだ櫺(本当はキヘン+「靈」)子の窓に
命とかいたはまことかや。
  ◆
とんとつきあげきりゝとまはり
見てし人こそゆかしけれ。
  ◆
十七八は砂山の躑躅
寝入ろとすればゆりおこさるゝ。
  ◆
越えてやれこりや松原越えて
鳴海絞がちら/\と
白い渚かお十七か
褄がみだれてちら/\と。
  ◆
車路をふきゆく風がもの言はゞ
日にいくたびのたよりせんもの。
  ◆
笠をわすれた峠の茶屋へ
心くもりておもひだす。
  ◆
後の朝にかよはす文の
よべの手枕
今朝はなか/\
けさはなか/\乱れ髪
ゆふかひも。
  ◆
五条あたりを車が通る
のほんへ
たぞと夕顔さん
さんさ花車
のほんへ花車
くるまのほんへ。
  ◆
わが恋は莚のしたのさゝ結び
さゝ結び誰とりあげてさとらばや。
  ◆
色のよいのは出口の柳
殿にしなつてゆら/\と。
  ◆
沖の鴎にゆられて夜こかるゝ
いざや渡る丸木の小橋
落ちて名のたつ
見渡せは塩屋の煙たつが
かなしうて。
  ◆
暮の七つになる鐘は
誰がうつやら
しんぞしみ/゛\身にしみる。
  ◆
風も吹かぬに簾の鳴るは。
  ◆
通らは寄りな、もとの妻。
縁なくて御前とは添はで気の毒。
  ◆
三十二反の帆をまきあげて
かへす/゛\の暇乞。
おやまいたり、ぎりんこしよ
  ◆
鐘は聞えてうきことの
うすく更けゆく秋の夜の
人まつ人の物思ひ
うつゝなのうつゝなよ。
  ◆
心うかるゝいかにせん
君はおろかに三日月の
かつらのごとく手にはとまらで
名はたちてゆらり/\。
  ◆
さいてござんせ長柄の傘を
沖の暗いのは雨ぢやもの。
  ◆
花生けの
水にだまされ咲いたがくやし
根もないわたしに。
  ◆
可愛いゝお方に謎かけられて
解かざなるまい繻子の帯。
  ◆
錨から/\帆を巻く時にや
死んだあの子を思出す。
  ◆
日暮れの小鳥はごそ/\と
小籔の中へごそ/\と。
わし等は少女のふところへ
そろ/\とはやそろ/\と。
  ◆
江島ゆゑには門にも立つが
もはや立つまい誰ゆゑに。
  ◆
花の江島が 唐糸ならば
手繰り寄しよもの身が宿へ。
  ◆
打てやてふ/\備後の表
明日はお船の帆にのぼる。しよんがへ。
  ◆
枕出せとはつれない言葉
そばにある膝知りながら。
  ◆
逢ひたさに
飛んで来て見りや転寝の
まあこの顔のやつれやう
みんなわたしの心から
そつとしてだす膝枕。
  ◆
こなた思へば野面も山も
藪も林も知らで来た。
  ◆
こひという字がありやこそ来たれ
鳥羽の恋塚秋の山。
  ◆
大原木めせ/\黒木めしませ
濃くも薄くもきこしめせ/\。
  ◆
さてもよい子や黒木売の娘
恋の重荷か担ぎつれ。
  ◆
朝野に出て若菜をつめば
露に小褄がみなぬれた。
小褄ぬれてもぬれてもまゝよ
妻とさだまりやぬれもせう。
  ◆
君は小鼓しらべの糸よ
しめつゆるめつ音にたつる。
  ◆
こゝは三条か お染が宿か。
油絞木の音がする。
  ◆
東山のは雪ではなか
あれが雪かや 桜花。
  ◆
ちらり/\と花めづらしき
雪の振袖ちと見初めしより
いまは思の種となる。
  ◆
いとし殿御の眼元のしほを
入れて持ちたや花紙に。
  ◆
さまのいとまの吸附煙草
恋がますやら火がつかぬ。
  ◆
桃も桜もはや散りそめて
夏の来るのは間もないに
織つて着せよもの絣の単衣
向ふ通るは忠さぢやないか
物を思へば織りちがへ。
  ◆
隣の花さはわし見て笑ふ
笑ふ花さのあなうとましや。
忠さどこやらはや影見えぬ。
  ◆
鳥の影がさす、わたしの窓に。
  ◆
逢ふたその夜の明六鐘を
待つにかへたや 暮六に。
  ◆
情ないぞや今朝たつ霧は
帰る姿を見せもせで。
  ◆
ござれそめたらさま来そめたら
道の小草も枯るゝほど。
  ◆
見ぬまでも夢現とも思ひしに
いま見焦るゝそもじなるかな。
  ◆
笹の葉のごと露ふかき
われはひまなし思へども
なんと川瀬の水車
川のなごれでまはされた。
  ◆
様が船かよ佐田岬まわる
千鳥がくれの帆が見える。
かくれの千鳥の帆が見ゆる。
  ◆
きみが田とわが田と畝ならび。
  ◆
月夜影にもほしたい袖を
ぬらしたよまた絞るほど。
  ◆
君は照る日かわしやふる雪か
ふれば心のきえ/゛\と。
  ◆
暇ぢやというて差櫛くれた
心解けとの解櫛を。
  ◆
鳥も通はぬ深山の奥も
住めば都ぢやのよさまよ。
  ◆
恋と思を
笹舟へのせて
桂川へと流してみたら
思は沈み恋は浮く。
  ◆
大島小島のなかゆく船は
江差廻かなつかしや。
  ◆
帯もとかちにそのまゝねむろ
おつる涙はほろいづみ。
  ◆
江差や照る/\函館や曇る
花の福山雨がふる。
  ◆
酒は酒屋で飲んでは来たが
娘煙草の火をかしやれ。
  ◆
お夏殺さば清十郎も殺せ
生きて思ひをさせるより。
  ◆
由良の港で唐船造る
わしを迎への唐船を。
  ◆
何が何でも添はねばならぬ
さきで苦労もせにやならぬ。
  ◆
年は十七いまこそ盛り
あのわれよ様になびこよ。
袖こひのそうもこぬかよ
目もはや西になよ/\
日暮の間にも袖をひく。
  ◆
往こか参らんしよか
米山薬師
一は身のため
ぬしのため。
  ◆
なつかしがるな雲の行衛に果はない。
  ◆
髪も結ふまい化粧もすまい
思ふお方は旅の空
  ◆
忘草とて植えたるものを
思出すよな花がさく。
  ◆
今宵一夜は緞子の枕
明日は出船の浪枕。
  ◆
逢ひはせなんだか五条の橋で
色の小黒い背の高い。
  ◆
沖の暗いのに白帆が見える
あれは紀の国蜜柑船。
  ◆
おいとしや。とん/\おつる杵はお方の杵か。
おいとしや娘ならかはるべきもの
深山おろしの新杵。
  ◆
えゝま待たしやんせ
いま帯解いてゆくわいなあ。
さんざ泣かせておいたもの。
  ◆
お前と知らで戸をたてゝおいとしや
軒端の露にうたせた。
  ◆
様は陽炎うつろひやすやな
我は薄雪うられても
逢へば心がきえ/゛\とや。
何故にお前はそのやうに
壬生狂言の役者かも
つひ物言ふて下しやんせいなあ。
  ◆
山路通れば山桃ほしや
身をも投かけ揺らば落ちよ
心つれなの山桃やのふ。
手折たしのゑいそりや
この木はも。
  ◆
浅い川ぢやと袖褄からげ
深くなるほど帯を解く。
  ◆
思ひ染川渡らぬさきに
川の深さを知らなんだ。
  ◆
逢ひたかろぞね顔見たかろね。
逢ふて話もしたかろね。
  ◆
泣いて涙をこぼさぬものは
千両役者かきり/゛\す。
  ◆
木の下闇の手枕に
ひとゝせぶりの中直
身はまかせても物言はぬ
もたれかゝればなよ竹の
節をこめたる憂思
心が問はゞなんとせう。
  ◆
千代紅の置綿に
君が黄金のゆびかねならで
笹に結ぶが文よりうれし
裾野の梅の移香に
在所娘となんのまあ
尾上の松も床のうち
眼にて結びし岩田帯。
  ◆
源女見たさに朝水汲めば
源女かくしの霧が降る。
  ◆
出羽で庄内最上でかみの
こゝは会津の東山。
  ◆
西は追分東は関所
関所越ゆれば茶屋の町。
  ◆
送りましかえ送られましよか
せめて峠の茶屋までも。
  ◆
さんざ時雨か萱野の雨か
音もせできて濡れかゝる。しよふかいな。
  ◆
谷の小川に影うけて
このよに身がやつれたかや
えゝしよんがえ。
  ◆
小袖流さば
とても流さば
恋といふ字を
たつた一筆
参らせ候と
書いて流しやれ。
  ◆
宵の口説の白けたあとを
鳴いて通るや時鳥。
  ◆
よそになしても訪へかしひとの
月は誰ゆゑ袖にすむ。
  ◆
染めてくやしき仇紫や
もとの白地がましぢやもの。
  ◆
まれに相見し憂寝の床の
夢なさましそ鐘の響。
  ◆
娘何する行燈の影で
可愛い殿御の帯くける
帯はいそがぬ羽織がいそぐ
いそぐ羽織の紐がない。
なんとせうぞの。
  ◆
ぬしは今頃起きてか寝てか
思出してか忘れてか。
  ◆
来いといふのを来るなと書いて
えゝ浮世ぢやゆるしやんせ。
  ◆
夜やさむき
衣や薄き独寝の
夢も破れてうつとりと
硯ひきよせする墨の
音さへしのぶ閨の文
一筆そめて顔あげて
昨日は恨み今日はまた。
  ◆
恋しゆかしきとり/゛\を
何から先へおゝ辛気
文だに身にはまゝならぬ
まして浮世はことわりや。
  ◆
吹けよ川風あがれよ簾
いまの小唄の主見たや。
  ◆
山で小柴をしめるがごとく
今宵そさまとしめあかす。
  ◆
みだれそめては人目もいらぬ
なれぬ昔に思案せうずもの。
  ◆
月待つ月は冴えもせで
君待つ月に冴ゆるよの。
  ◆
黒髪の
むすぼれたる思ひをば
解けて寝た夜の枕こそ
ひとり寝る夜は仇枕
袖はかたしく妻ぢやといふて
愚痴な女子の心は知らず。
  ◆
しんと更けたる鐘の響
夕の夢の今朝さめて
ゆかしなつかし遣瀬なや
積ると知らで積る白雪。
  ◆
切れて見やがれただおくものか
藁の人形に五寸釘。
  ◆
今は便りの文さへ絶えて
何に命はかけてまし。
  ◆
沖の瀬の瀬の瀬で打つ浪は
可愛い男の度胸だめし。
  ◆
船頭可愛いや音頭の瀬戸で
一丈五尺の櫓がしわる。
  ◆
荻と萩とは
どれが露やら涙やら
どふやらかふやら
わきて待つ夜の袖は
どれが露やら涙やら
どうやらかふやら。
  ◆
いつの夕に袖振り別れ
もはや浅茅も背にあまる。
  ◆
庭の夏草茂らば茂れ
道あれどとて訪ふ人もなし。
  ◆
越後出る時や涙で出たに
今ぢや越後の風もいや。
  ◆
小諸出て見よ浅間の山に
今朝も煙が三すじたつ。
  ◆
木曾の名物お六の櫛に
切りし前髪とめにさす。
  ◆
おもしろいぞえ木曽路の旅は
笠に木の葉が散りかゝる。
  ◆
君があそばす尺八の
その名は誰かつけつらむ。
ひとよきりとは恨めしや
千代万代の世を籠めて
心のたけにかはるなよ
ふし/゛\なれば名のたつに。
  ◆
武蔵野の野辺に月のいづべき山もなし
町よりいでゝ町にこそいれ。
  ◆
君に逢ふ夜は埴生の宿も
玉の台にまさるもの。
  ◆
四条の橋から灯が一つ見える
あれは円山二軒茶屋
えゝさうぢやえゝ。
  ◆
わしが父さは淀河通
さぞやさむかろ淀の風。
  ◆
花の盛りにしんとめられて
いつが春やら花ぢややら。
  ◆
高野聖に宿かすな
娘とられて恥かいた。
  ◆
人買船かうらめしや
とてや売るゝ身ぢやほどに
しづかに漕ぎやれ勘太殿。
  ◆
情の花は逢ふ時ばかり咲くものよの。
  ◆
島が島なら世が世であらば
なんの地かたに身はもとぞ。
よいこの。
  ◆
露は薄と寝たといふ
薄は露と寝ぬといふ
いや寝たといふ寝ぬといふ
寝たらこそ
薄は穂に出てあらはれた。
  ◆
秋の野に出て七草見れば
露で小褄はみな濡れる。
よしてもくんな鬼あざみ。
  ◆
君が心のかはれかし
つれなき心の。
  ◆
思ひのますは誰ゆゑかや
おり/\によそ心ある振みれば
添寝しながら心もとなや。
  ◆
独寝になき候ふよ
千鳥も。
  ◆
夜ふけておりやるを今思合せた
いとほしの君や身がまゝならぬ。
  ◆
とても名のたゝば宵からおりやれのう
よそへ忍の帰るさはいや。
  ◆
濡れてこそ帰らう君は朝露に
わが袂もかわかぬものを。
  ◆
まどろめば夢にも見るべきに
うつゝなや恋には眼もあはぬものか。
  ◆
忍ぶともよそへ知らゆな
添はぬ浮世
名こそ惜しけれ。
  ◆
時雨候もの神無月
晴れては曇り降りごゝろ。
  ◆
身はひとつ
心は二つ三俣の
流によどむうたかたの
解けて結の仮枕
暁がたの雲の帯
なくか中洲の時鳥。
  ◆
忍ぶ恋路はさて果敢なさよ
今度逢ふのが命がけ
涙でよごす白粉の
その顔かくす無理な酒。
  ◆
雨降れどうつろひかたし深く染めては。
  ◆
文がやりたや室町筋へ
とりちがへて仇にはやるな
花のふき様の手に渡せ。
  ◆
思ふまいもの心をつくし
よそに心のある様を。
  ◆
いよえ/\打解けて
ゆら/\とお寝れ
なうさまだ夜は夜中。
さあいよえ。
  ◆
窓にもたれて化粧の水を
何処に捨てよぞ虫の声。
  ◆
お懐かしやと言はんとすれど
鹿の子帷子御目しげゝれは
眼元ならではあらはれぬ。
  ◆
暗夜なれども忍はばしのべ
伽羅の枕をしるべにて。
  ◆
水を結べば月手に宿る
花折れば香衣にうつる習の候もの
袖を引くに引かれぬに
あらつら憎くやの。
  ◆
丁と張らんせもし半出たら
私売らんせ吉原へ。
  ◆
沖の鴎に汐時とへば
わたしやたつ鳥浪にきけ。
  ◆
独寝もよやの
暁の別おもへば。
  ◆
独寝はいやよ
暁の別ありとも
  ◆
京では三条柳屋の娘
よつわり帯を襷にかけて
いかにも腰がしやな/\と。
  ◆
情かけうものくやしやな
なんぼう恋には身がほそる。
  ◆
ひとりお寝らばまゐらうずものを
雨はふるとも何怖かろうもの。
  ◆
逢ふてたつ名が立つ名のうちか
逢はでたつこそ立つ名なれ。
  ◆
思寝はそつとせうもの
殿がそろと御座ろもの。
殿がそろと御座らば
障子そろりと立てようもの。
  ◆
二十三夜と庚申待は
よけて下され忍妻。
  ◆
ゆつら言ひつら女房にせうと
つれて他国をせうとつら。
  ◆
いやかおうかは不知火の
心づくしの神様も
鷽を誠にかへさんす。
ほんとにうそかへおゝうれし。
  ◆
誰に問はまし野の道の
夢ほのかなる紫の
ゆかりの色の蛍草
ゆかりもあらば逢ふべきに
せめて逢ふ日の栞にと。
草をば結ぶこゝろがら。
夕の風よ吹きとくな。
  ◆
武蔵野を遥かにゆけば
月も入れる
今宵はこゝに泊るまいかの。
  ◆
昔見し夢ふりすてゝきたに
いまは昔の夢恋し。
  ◆
佐度と越後は筋向
橋をかきよやれ船橋を。
  ◆
十七が室の小口にひとりねて
花がかゝると夢に見た。
  ◆
鮎は瀬につく鳥や木にとまる
人は情のしたに住む。
  ◆
わしとおまへは小藪の小梅
なるもおつるも人しれず。
  ◆
雨は降るとも身は濡りやせまい
さまの情を笠にきて。
  ◆
あさまよりの小鳥が
露にしよぼろぬれたそな
ゆり/\と苗をとる
露に濡れたよな。
  ◆
こざる/\と浮名をたてゝ
さまは松風音ばかり。
  ◆
御油や赤坂吉田がなけりや
なんのよしみに江戸通。
  ◆
合性はきゝたし歳はかくしたし
えゝ神様も推めされ。
  ◆
いつか鴻池の米踏みしまひ
播磨灘をば歌でやる。
  ◆
風のたよりにほのかにきけば
ほそいたつきも三筋の絃の
唄の師匠をしてゐるさうな。
窓の小鉢のおしろい花も
ゆふベ/\は淋しかろ。
  ◆
紺屋どの紺屋どの
下前の小褄には
川原柳に紅梅さかせ
白い駒を繋いで
雪がちらつくとも紅梅を散せまいぞよ。
やあらむつかしやしやらしやむつかし
五貫とるとも染めまい/\。
  ◆
丹波雪国つもらぬさきに
つれておでやれ薄雪に。
  ◆
船がつく/\百二十七艘
さまがござるかあの中に。
  ◆
そんなこと存じませぬと白紙の
小膝のうへで鶴を折る。
  ◆
鳥もはら/\夜もほの/゛\と
鐘もなるそな寺々に。
  ◆
まをし船頭さんえ
都鳥の羽根ぬいてたもれ
おはぐろ筆にするほどに。
  ◆
鍵は投げかけ揺すらば落ちよ
心つれなや山桃よ。
  ◆
蘆の葉をそよがせて
立つや小鳥や。
小鳥でさへも
ひとりでは淋しかろもの。
  ◆
山烏誰を恨みて墨染に
浅き契にあひなれそめて
なか/\今はなか/\に。
  ◆
志渡はよい町西北うけて
八島おらしがそよ/\と。
  ◆
鞆のむかひの仙酔島は
地からはえたか浮島か。
  ◆
あの君様は梨の木の育
揺れど落ちぬ心なしの木よ。
  ◆
今も昔も恋する人は
身につまされていとしう御座るよの。
  ◆
君は五月雨
思はせぶりや
いとど焦るゝ身は浮舟の
浪にゆられて島磯千鳥
れんれこれつれ。
  ◆
ひとかたならぬ思をすれば
枕もきけよ夜こそ寝られぬ。
  ◆
見れば見渡す棹さしやとどく
なぜにわが恋とゞかぬぞ。
  ◆
ゆふべ/\に身は浅草の
露をふみわけ
あの吉原に
しどろもどろに君ゆゑたどる
れんぼれこれつれ。
  ◆
臼よまわれよとろ/\とろと
わしとおまへとねたやうに。
  ◆
天窓しめわすれ南無三宝
荒神様につもる薄雪。
  ◆
去年の初秋七夕の
座敷踊をかこつけて
年の一度のことなれば
鬼灯とつてもだんないか。
  ◆
そつとおさへた小袖の下に
どれが蝶やら花ぢややら。
  ◆
今宵忍ぶなら宵からおいで
東枕の窓の下。
  ◆
可愛いけりやこそ神田から通ふ
憎くて神田から通ふものか。
  ◆
姉がさすかよ妹がさすか
おなじ蛇の目の傘を。
  ◆
様よ往んすかよお倉のせどへ
忍び桜の枝折りに。
  ◆
わしも出しましよ桜の枝を
つけておくれな短冊を。
  ◆
それぢやお立ちかお名残おしや
雨の十日も降ればよい。
  ◆
霰ふるらしとやまのかつら
色に見ゆるをいかにせん。
  ◆
渡りくらべて世の中見れば
阿波の鳴戸に波もなし。
  ◆
一筆まゐらせ文の露
みか返事か夏虫か
さゝ夏虫か。
  ◆
宇治は茶所茶は縁どころ
娘やりたや婿ほしや。
  ◆
何をくよ/\川端柳
水の流を見て暮す。
  ◆
恨のあるも思のあまり
思はぬ君には
恨なやつらや。
  ◆
あの君様は阿漕の浦育。
目許にしほがこぼれかゝるえゝ。
  ◆
芝垣越しに
雪の振袖ちらと見た。
振袖雪の
さいよ蕾の
振袖ちらと見た。
  ◆
紺の前垂松葉のちらし
まつにこんとはたよりなや。
  ◆
抱いて寝てさへ隙もる風が
まして木格子内と外。
  ◆
馬がもの言ふた鈴鹿の関で
娘女郎なら乗せよといふた。
  ◆
江戸者でなけりやお杉はいたがらず。
今宵は何処へ泊らんすぞえ。
  ◆
室の岬までや見送りましよが
あとは白浪神だのみ。
  ◆
江戸へゆくなら言伝たのむ。
まめでゐるぞといふてくれ。
  ◆
船はどんどと帆かけて走る
茶屋の娘は出てまねく。
  ◆
雪をまるめてお玉とつけて
抱いてねたらばみな解けた。えゝ。
  ◆
楊家の窓のたそがれに
心も消ゆる鐘の声。
かゝる哀しき黄昏に
かゝる哀しき鐘の音を
昔の人も聞きにしか。
  ◆
羽織かくして袖ひきとめて
どうでも今日はゆかんすか
言ひつゝ立つて櫺(本当はキヘン+「靈」)子窓
障子ほそめに引明けて
それ見やしやんせこの雪に。
  ◆
道で見たともわすれまい
しだれ柳のふりじやほどに。
  ◆
腰にさげたる巾着は
これも憂き人の縫じやほどに。
  ◆
面影は手にたまらずまた消えて
そはぬ情の
薄雪。
  ◆
夏は隔てず海山を
越えても見ゆる夜な/\に。
  ◆
夕暮の
風景見飽かぬ隅田川
月に風情を待乳山
帆かけた船が見ゆるぞへ
あれ鳥が鳴く鳥の名に
都といふ字があるわいな。
  ◆
伽羅のかをりと
この君様は
幾夜とめても
とめあかぬ
とめあかぬ。
ほんにえ。
  ◆
招けど磯へよらばこそ
思切れとの風がふく。
  ◆
様の寝姿今朝こそ見たれ
五月野にさく百合の花。
  ◆
よそになしても訪へかし人の
月は誰ゆゑ袖にすむ。
  ◆
通ひ馴れにし朱雀の野辺の
露はものかはわが涙。
  ◆
ひく人はそれ/\
数多あれども
妻琴の
もとの心かはらずば
琴柱におちよ秋風。
  ◆
誰ぞやこの夜中に
さいたる門を叩くは
叩くともよも明けじ
宵の約束なりければ。
  ◆
明けやるな。夜更けて来たが憎いほどに。
  ◆
こざるそさまはうれしいけれど
そさまの浮名が立うかと。
  ◆
さまは三夜で宵々ござる
せめて一夜は有明に。
  ◆
人の事かとたちよりきけば
きけばよしなやわしが事。
  ◆
一夜おつるはいとやすけれど
身より大事の名が惜しい。
  ◆
ゆうベ/\のその移香は
きみが情のゆかりとも。
  ◆
身は破笠きせもせで
すげなの君やかけておく。
  ◆
君かや闇には訪ひも来で
月にあらはれてなき名のたつにこの。
  ◆
情かけうものくやしやな
なんぼう恋には身がほそる。
  ◆
涙ならでは哀を問はじ
深き思の袖の色。
  ◆
恨みながらもまたうちむかふ
月はゆかりか憂き人の。
  ◆
ひとつ枕に沈みしなかも
憂きは別の袖の露。
  ◆
雨の降る夜はひとしほかなし
いつにおろかはなけれども。
  ◆
この帯の結るゝは
「はてさて様のおいでぞや」
なんのまあはれがましや
わしの心の結るゝに。
  ◆
いかに隔てし覚束なさぞ
解かで寝る夜のあくる間は
まあこの帯の長さはも。
  ◆
静けき宮の窓のうち
あやなく花のかほりきて
恨は長き春の夜に
捲きもえやらぬ
珠簾。
  ◆
思ふ事
言はでやつひに山城の
淀のわたりの浮瀬にも
沈みてはてぬ行衛こそ
なか/\なりし恨なれ。




(底本奥付)
竹下夢二文学館
第1巻
詩集T
万田務監修
1993年12日15日初版第1刷発行
発行者高野義夫
発行所 日本図書センター
〒112東京都文京区大塚3−4−13
電話03−3947−9387
制作 オフイスコヤマ
装幀 成田克彦
印刷・製本 亜細亜印刷/関製本
定価3800円(本体3690円)
ISBN4−8205−9272−6 C0391 P3800E(第1巻)
ISBN4−8205−9271−8 C0391 P38000E(セット)