絵ものがたり 京人形
竹久夢二
この一巻を世のうら若き
母君達におくる──夢二──
- 扉に
- ──お伽噺でもないかもしれない、童謡でもないかもしれない、何と名づけて好いのか自分でも分らないのです。
──名なんかは何でも好いではごさいませんか。
ですがドガアやセザンヌかお好きだと仰言るあなたが、こんな概念的な、物語めいたものをおかきになるのがわかりませんわ。
──そりや柳の木も、女も、小鳥も、海もみんな一の光を反射した物体と見て、何の意味も何の観念もつけ加へずに描くのもおもしろいけれど、長い間の因襲や習慣や、古い作法や、国語に囚はれた人世や。歌舞伎芝居の女形のやうな物語めいたのや。春のおぼろ夜に丸窓の外から恋歌に思ひのたけを歌ひよれば、障子のうちには几帳により、何と答へも袖屏風、とつおいつする乙女心。極端に自我を没してしかも意気と張とに命を軽ろんじた、太平の世が私は恋しいのです。
──それでは、その二つの極端を調和させやうとなさるのですか。
──調和とか中庸とかいふことは、アカデミツクの芸術家か二宮尊徳画伯のすることで私のやうなボヘミアンには何のかゝはりもないことです。
──あなたは日本の自然はお嫌いでいらつしやるのね。
──不二の山を持つた日本、サムライを生んだ日本、チヨウチンやトリヰやカミシモやエヒガサやコツプリやフリソデを持つた日本とアンドのかげで可愛い殿御の帯くけるムスメを育てた日本が好きです。日本に私が生れてゐるといふことや、これが日本の風土だといふことを忘れて、異国の旅人として、ジヤツポンといふ地球の一角を描いてゐる時でも、 ………あの山越えて
里へいた
さあとの土産に何もろた
デンデンタイコにシヨウノフエ………
といふ子守唄を思出すと、甘へたいやうな心持になつてほろりほろりと涙がこぼれます。
今後、私が、ロシヤの曠野を過ぎる時にも、ポーランドの廃址の壁にもたれた時にも、フランスのオペラを見る時にでも、きつとこの歌を思出すことでせう。
私はこの甘い涙の味を決して忘れまいと思ひます。
- 私の女王
雛よ、雛よ。
おまへはあたいの女王なのね。
鳥に餌をやることもせず
お茶をたてることもせす。
金爛鍛子につゝまれて
お膝のうへに斯うちやんと
手をかさねてゐらつしやる。
- 春や昔
三国峠の掛茶屋に
お婆さんが住んでゐた。
かき餅、葛餅、桜餅
峠名代の力餅。
江戸は吉原小紫
お職を張つたといふ話。
今はどうしてゐるぢややら。
- おきみちやん
お蔵のまへの団子屋は
いつきて見ても笑顔よく
歌をうたつて居りました。
歌の文句はこうでした──
……日本一のおきみちやん
朝はとうから湯にはいり
きな粉砂糖で化粧して
髪もないのに櫛さいて
誰に見せよとて達手なさる………
- つけちがひ
美夜子は物思に忙はしかつた。
それゆへ、友禅の振袖を右を左へつけちがへた。
『まあ美夜さんとしたことが………』お母様はもの
やさしく『けれど美夜さんはまだ十六ですものを。
今に広い世の中へ出て、どんな大きなつけちがへ
に出逢ふか知れませんよ』と仰つた。
- 西へ西へ
遠き昔の 物語
春は暮れゆく四国路を
ひとりとぼ/\小巡礼
『何処へゆく』とたづぬれば
『ゆくえもしらず別れてし
母をたづねて来しかども──』
『その母君はいづこにて
御身のうへをまちたまふ』
『ゆくえは さらに白雲の
世界の果の常春の
たのしき町に 母上は
ゐたまふ由を 三井寺の
僧都はわれに教へけり。
されば夜も日も ふだらくや
鐘を鳴らしてたづぬれど──
世界の果は見えもせず』
『ある時 人に聞きけるは
世界の果は日の落つる
西の空ぞとおぼえけり』
『やさしき君よ
いざさらば
暮るゝにはやき春の日も
旅ゆく身にはいそがるゝ
幸あれ君よ
いざさらば』
泪のうちに 巡礼の
後姿は消えにけり。
- 泪
『姉様、どうしたの』
『……………』
『両方の袖で顔をかくして、……………そして鬢の毛
が震えてゐますわ。ねえ、どうしたの、聞かせて下さ
いな』
『……………』
『どこか痛いの。……………耳が赤くなつて、そして
胸のとこが小鳥のやうに波うつてゐますわ』
『……………』
『ねえ、どうしたの。私悲しくなるわ』
『何でもないの』
と顔をあげて、無理に笑つた。眼のうちに光るもの
があつた。
- 春や幾歳
『善き人になれかし』
と父言ひぬ。
『美しき乙女となれ』
と母ねぎぬ。
春や幾歳
闇はしる鳥とはなりぬ。
- 兎 兎
兎よ 兎
おまへの耳は
何故そんなに長い。
枇杷の葉をたべて
それで耳が長い。
兎よ 兎
おまへは何時も
何をそんなに怖がるぞ。
びつくり草をたべて
それで風が怖ござる。
- だんだら手綱
昔、五条の橋の上。
みゆきが十五の 春の宵。
関東武士に見そめられ
だんだら手綱を貰ふたが。
帯にするには 短いし
襷にするには 長いし。
観音様の扉のまへに
鈴を結んで奉る、奉る。
- 駒鳥
あれ北風が吹いてくる
やんがて雪が降るであろ。
まあかあいそに 駒鳥
どうしてこれから暮すやら。
あれ あれ 雪が降つてきた。
樺の梢にしやあがんで
まあかあいそに 駒鳥は
雛をぬくめてゐるであろ。
- ゆく春
あれ花が散る蝶が舞ふ
日傘の上へ 簪へ
蝶か桜か 桜か蝶か
『桜の花が蝶になる
蝶の彩羽が花になる』
- 小さき願
家に屋根がなかつたら。 お月様がよく見えるものを!
母様がなかつたら。 お庭の花が摘めよふものを!
冷たい冬がなかつたら。 小鳥はいつも歌うものを!
世界に時計がなかつたら。 淋しい夜は来まいものを!
もしも、人形がなかつたら。私はどんなに悲しかろ!
- 死と泪
夕美子の可愛がつてた兎が、冷くなつてもう目をあけ
なくなつた。夕美子は死ぬといふことをはじめて見ま
した。死んでしまへば、もう鳥の歌をきくことも、垣
根の花を見ることも出来ないのだときいた時、死んだ
兎が可哀そうで夕美子は泣きました。
泣いたとて、泣いたとて死んだ兎はもう目をあけなか
つた。
お庭の桜の木の下へ、死骸を埋めて、そこへお墓を建
てゝやつた。
月の暗い春の夜に、夕美子が人の情を知りそめて
『うれしい泪』をこぼした時まで、哀れな兎は忘れら
れなかつたけれど……。
- 鳥の時
瑠璃子──まあ可愛いゝ小松! 私がさきに目けたのよ。
春三郎──うそだァ、私が一等さきに見たんだ。
瑠璃子──うそよ、あたしだわ。
春三郎──だつてあたい三つの時目けたんだもの。
瑠璃子──そんなら、あたしは春さんが生れない前に
見たことよ、あたしの方が年が上だわ。
春三郎──だつてあたい、鳥の時、こゝんとこを通つたもの。
- お人形さん
かあいゝ私のお人形さん
何をそんなにお泣きやるぞ。
小袖がほしけりや あげまする
帯がほしけりや あげまする。
かあいゝ私のお人形さん
何をそんなにお泣きやるぞ。
お乳がほしけりや あげまする
ねんねしたいなら 抱いてあげよ。
- 誰も知らぬ事
もしも地球が金平糖で
海がインキで山の木が
パンとチーズであつたなら
何を飲んだら好いだらう。
学校の先生も知らなんだ
村長さんも知らなんだ
国王様も知らなんだ。
- 山の彼方
(姉君よ
山の彼方は いかなる国ぞ)
(妹よ 山の彼方は常春の
小鳥の歌と 花の香の
夜もなき国と聞きにけり)
(母君よ
山の彼方は いかなる国ぞ)
(いとし児よ かの山蔭は常暗の
鬼と蛇の住む 悪の領
人のゆくべき国ならじ)
(兄君よ
山の彼方は いかなる国ぞ)
(我妹子よ 峠を越せば七彩の
空に虹あり 地に恋
いとしきものよ いざゆかむ)
(父君よ
山の彼方は いかなる国ぞ)
(愛娘 彼処こそ世の果の
流るゝ川も 森もなく
『無限』へつゞく砂漠なり)
- 鬘の毛
床屋さん 床屋さん
お化の毛を 刈つとくれ
その毛が何本あつたなら
鬘か出来るか いつとくれ
『二十四本でたくさんだ』
- 絵日傘
御室 嵐山紫に
祇園の町の春の昼。
五条の橋をこんからこん
通る舞妓の袖の下
紺の被布の初つばめ
ひらりとくゞるつまごしから
くるり/\と日傘がまはる。
- 法度の路
お遍路さん お遍路さん
お山の向は雨が降る
霰をおくれ 豆おくれ
霰がないなら この路 法度
- おしのび
殿様が田舎へいつたらば
大雨にあつて
水溜に落ちこんで
臍まで埋つた。
それから殿様は
二度と田舎へゆかなんだ。
竹久夢二文学館
第8巻
童謡童話讐T
万田務監修
1993年12月15日初版第1刷発行
発行者 高野義夫
発行所 日本図書センター
〒112 東京都文京区大塚3-4-13 電話03-3947-9387
制作 オフィスコヤマ
装幀 成田克彦
印刷・製本 亜細亜印刷/関製本
定価3,800円(3,690円)
ISBN4-8205-9279-3 C0391 P3800E(第8巻)
ISBN4-8205-9271-8 C0391 P38000E(セット)