露地のほそみち

               竹久夢二

震災で絶版になつてゐたのを複製したいといふので、手許にある古版からいささか抜差して、これもやはり書肆の希望で、もとの形で出すことになつた。木版画の方は新しく画き添へることにした。凸版の東京風俗及び風景は古いスケツチ帖の中からそのまま筆を加へずに製版して見た。今は再び見るよしもないあの頃の東京を忍ぶよすがにしたのであるが、この種の愛惜は単に編者の趣味ばかりではない、写生帖の中から生きた感触を留めておきたいと思ふからである。ただその絵の画材がある種の女に限られたのはかういふ本のことだから仕方がない。こゝに撰んだ小唄は、時代も年代も出所もすべて明かでないが、この本ではさういふ詮索はさして必要でもあるまい。ただ好い加減片端から書きつらねたので、言葉のうへで時代錯雑を来したが、もともと机の前に端坐してお行儀よく読まねばならぬ本でもなし、必ずしもタイトルから見ずとも、どこからでも手あたりに開いた頁を読めば好いわけだ。
これは余談だが、この本を編むに際し手許に本がなかつたので、古本屋から古本を一冊見つけて貰つた。誰か持つてゐたのか、ちよつとなつかしい気もして、開けて見ると、一杯書き入れがしてある。それが、漢詩入の都々逸から俗悪読むに堪へない種類の流行唄だ。おまけに本文の「ひとりぬる夜の」とあるのを「ひとりねる夜の」と訂正してある。お行儀のわるいのは勝手だが、かういふ読者に読まれては昔の作者も苦笑を禁じ得ないだらう。なにしろ著者と読者との関係は面白いものだ。読者は著者を選ぶ権利があるが、著者には読者の選り好みをする権利は与へられてゐないばかりか、一冊でも多く読まれることを望むうへからも、ここで読者に注文をつけようとは思はない。江戸末期の健康でない蒼白いデカタンな空気のなかから一味純新な或は典雅なものを拾ひだしたい希望で編輯したことを附加へておきたい。余白に刷込んでおいた仕切印は、編者の紙片コレクシヨンのなかから及び古書のなかから転写したもので、京都一条戻橋の餅屋とか奈良の十三夜とか今はない奥の植半とかの仕切印は、編者にとつてはなかなかに懐しいものであるが、単に紋様としての審美的な価値もあらうかと思ふ。
  千九百二十六年十月



煙草のけむりが
きれてながれる

これが別れか



暮の七つに
鳴る鐘は
たれがつくやら
しんぞしみじみ
身にしみる



寺の鐘なら
ひけば鳴ろ
おいてもくんねえ
  切れた縁
引けばとて



いかにへだてし
おぼつかなさぞ
とかでぬる夜の
あくるまは
帯のながさよ



腰にさげたる巾着は
これもうきひとの
縫ぢやほどに



島が島なら
世が世であらば
なんの地方に身はもとぞ
よいこの
なんの地方に身はもとぞ



越えてやれこりや松原越えて
鳴海絞がちらちらと
白いなぎさかお十七か
褄がみだれてちらちらと



三十五反の帆をまきあげて
かへすがへすの暇乞
おやまいたり ぎりんこしよ



うてやてうてう備後の表
明日は出船の帆にのぼる しよんがえ



様が船かよ 佐田岬まはる
千島がくれの帆が見える
かくれの千鳥の帆が見える



平戸小瀬戸から船が三艘見える
丸にやの字の帆が見える



桃も桜もはやちりそめて
夏のくるのは間もないに
織つてきせよもの絣の単衣
向ふ通るは忠さぢやないか
ものを思へば織りちがへ

縁さへあれば
まためぐりあふに
命にさだめがないぼどに



ながれながれて浮川竹の
ここは梅若隅田川
とても売られる身ぢやほどに
しづかに漕ぎやれ勘太どの



はるばるとおくりきて
面影のたつかたみれば
月はそくのこりたる
心ぼそやの



夢になりとも逢はせてたもれ
夢に浮名は
ええたつともままよ



一筆まゐらせ文の露
みか返事か夏虫か



こがれこがれて唐船の
袖に湊の宵よひは
それや逢ふ夜は
袖に湊の夜ばかり
 はうろうすをれえらんす
 さんたまりや



昔より今にわたりくる黒船
縁がつくれば鱶の餌となるせんもなや
さんたまりや



枕にかかるみだれ髪
いとど心のみだれみだれて
やるせなやよしやこの身が
なんとならうぞの



曇らばくもれ箱根山
晴れたとてお江戸が見えるぢやなし

つれなしとおもふほどなほ身にしみて
寝ぬめにかいたあすの文
鼻毛らしいと心にとふて
いつそ長者になる気になつて
あへば男の口車



浮川竹の
なんぼ川端柳でも
なびかぬ風もあろかいな
きざなやつ



へまな恋すりや唐茄子畑
借りた傘やつこらさとかつぎや
昼のお月様あつけらかんのかん
傘は斜に時雨はよこに
しのぶ恋路はほのぼのと



向ふからくる小提灯
伊吾よ伊吾よとよんでも見たが
かはいよし松誰と寝る
ささおとつさんと
寝たらよしよし
夜は誰と寝ん
常陸の介と寝ん
寝たる肌もよし



霊山御山の五葉の松
竹葉なりとぞ人のいふ
われも見る竹葉なりとも
折りてもてこん閨のかざしに



しんぼエ高台寺はなんで気がそれた
盆の踊がおいとを見染め
それからふかうなれなじみ
檀家廻りもおろそかに
本尊様も酒にしてしまうたエ



おぼろにうつる由縁の影は
濃紫の藤浪の
はなれまいてふしがらみも
身は気づまりな他の鯉
あれお手がなるせわしない
話のこりがあるわいな



辻君のたえぬながれの思川
恋にはほそる柳影
しばしとめたき三日月の
櫛のむねさへ小夜風に
さわりととけし洗髪



思の津に
船のよれかし
星のまぎれに
おして参らう



君があげこし手枕の
たえて久しくなりにけり
何しにひまなくむつれけん
ながらへもせぬものゆゑに



十日恵比寿の売物は
はぜぶくろにとりはぢぜにがます
こばんかねばこたてゑぼし
ゆでばすさいづちたばねのし
ささをかついで千鳥足
箱根山をば暗しと通り
花の小田原星月夜しよんがえ
小田原花の小田原星月夜しよんがえ



街の柳の柳の糸の
むすぼれとけぬ
心を風がふくわいな



灯ともし頃をなんとせう
さつきも角の煙草屋で
後姿をちらと見た
ええ気がもめるいなびかり



秋の野に出て七草みれば
さあやれ露で小褄がみなぬれる
さあよよしてもくんねえ鬼薊



伽羅の薫とこの君様は
いくよとめてもとめあかぬ
とめあかぬほんにえ



雨降れどうつろひがたし恋衣
ふかく染めては



身はひとつ心は二つ三俣の
ながれによどむうたかたの
とけてむすぶの仮枕
あかつきがたの雲の帯
なくや中洲のほととぎす



おもやこそくれ思はでこよか
千夜万夜はねてこそよけれ
かけてよいのは衣桁に小袖
かけてたもるなうす情



たぞやこの夜更けに
さいたる門をたたくは
叩くともよもあけじ
宵の約束なりければ



誰ぞやととふは
ひとふたり待つ心か



ただおいて霜にうたせよ
夜ふけてきたが憎いほどに

たれもつれなくあたらねど
このゆうぐれのあぢきなさ
煙草のけむのほそぼそと
たまもけぬがに消えゆくも



忘草とて三味線ひけど
あの夜の唄の忘られず
つひつまされて泣いたもの
わしぢやないもの絃ぢやもの



たまさかに逢へばとくまももどかしく
つひときすてた腰紐の
この身も心もそれさまへ
まゐらせかしことよんでたも



音なたてそ
宵のねざめの落櫛も
身にしみじみとひびくもの



とつおいつ別れともなき柳かな
柳をひきてかへらじと……………
そちや泣いてゐやるか
なんの柳の露でござんす



やるせない袖よもやにかけて
ひとりぬる夜の
昨日や今日のことかいの



ふたりゐてさへ寂しいものを
ひとりでてきく暮の鐘
死んでしまへとなぜつかぬ



はれて逢へないお前の門へ
はいる燕のにくらしさ



雨のふる夜の思寝は
いづれ雨とも
涙とも



お前としらで戸をたてて
おいとしや露にうたせて



木の下闇の手枕に
ひととせぶりの仲直り
身はまかせてもものいはぬ
もたれかかればなよ竹の
ふしをこめたるうき思ひ
心がとはばなんとせう



濡れぬさきこそ露をもいとへ
破れかぶれの傘のうち
ささぬれてもよいわいな



武蔵野をはるかにゆけば
日は入れる
今宵はここに泊るまいかの



昔見し夢ふりすててきたに
いまは昔の夢恋し



君かや闇も訪ひもこで
月にあらはれてうき名のたつに



こぞの初秋七夕の
座敷踊にかこつけて
年に一度のことなれば
鬼灯とつてもだんないか



もうし船頭さんえ
都鳥の羽根ぬいてたもれ
おはぐろ筆にするほどに



とてもたつ名の
宵からおいやれのう
よそへ忍びの
かへるさはいや
しのぶともよそへしらゆな
添はぬはうき世名こそおしけれ



否か応かは知らぬ火の
心づくしの神様も
鷽を誠にかへさんす
ほんに嘘かえおおうれし



荻と萩とは
どれが露やら涙やら
どうやらかうやら
わきてまつ夜の袖は
どれが露やら涙やら



顔見たさ
とんできてみりや転寝の
まあこの顔のやつれやう
みんなわたしの心柄
そつとしてだす膝枕



恋しなつかしとりどりを
何からさきへおお辛気
文さへ身にはままならぬ
まして浮世の



谷の小川に影浮けて
このやうに身がやつれたかや
たれを恨まむ



君は照る陽かわしやふる雪か
ふれば心がきえぎえに



暇ぢやといふて解櫛くれた
心とけとのとき櫛を



なつかしがるな
雲のゆくへに
はてはない



忘草とて植ゑたのに
おもひ出すよな花がさく



ええま待たしやんせ
いま帯解いてゆくわいなあ
さんざ泣かせておきながら



ここはどこぞと船頭衆きけば
ここは三囲隅田川



これがいとまの文で侯
手にはとらいで
なまなかに



山雀が
山がういとて里へでて
里でさされて
山恋し



鐘がなるかや
撞木がなるか
鐘と撞木のあひがなる



文やりて
きたらば抱いてねようずもの
小褄あはせて片褄うちしき
うらみうらみて
ねようずもの



笠を手にもちどなたもさらば
いかいお世話になりました



みだれそめては
人目もいらぬ
なれぬ昔に思案せうずもの
面影は手にもとまらずきえぎえに
そはぬ情の薄雪



ままよ三度笠
よこちよにかぶり
昼は道づれ夜はなさけ



通らば寄りなもとのつま
縁なくてお前とは添はで気の毒



風もふかぬに
簾のなるは
わが恋は筵のしたのささ結び
ささ結び誰とりあげてさとらばや



せかれてあればくよくよと
たまさか逢へばそわそわと
言ひたいことも何ぢややら
よう顔みせて下さんせ



何がおかしゆてそなたは笑ふ
なんの嬉しいことばかり



月の夜ざくら袖の露
ぬれしゑにしの一重帯
土筆の筆に文かきそむる
恋といふ字がわしやはづかしい



案じめえものかよお前の口から今日が日まで
かうときかせたことがない



入墨や起請誓紙は反古にもなろが
五月六日はまんざら反古にもなんなりやせまい



わたしが悪けりやあやまりませう
すねずとこちらむかしやんせ
ままに逢はれる身ではなし
いまにも烏がなくわいな



顔をそむけて見ぬふりに
思ひきらんせ泣かんすな
わしは泣かねどこなさんが
泣いてわたしを泣かすのか



破れ菅笠締緒がきれて
さらに着もせず捨てもせず



色のよいのは出口の柳
殿にしなつてゆらゆらと



逢ふたその夜の明六つを
まつにかへたや暮六つに



清十郎殺さばお夏も殺せ
ともにおもひをさせよよりも



こいといふたとて
ゆかるる道か
船は四十五里
夜はひと夜



くるかくるかと川下みれば
河原蓬のかげばかり



吉原つなぎの浴衣がけ
可愛けりやこそ神田から通ふ
憎て神田から通ふものか



柴垣越に
雪の振袖ちらとみた
振袖の雪の
さいよ蕾の
振袖ちらとみた



あだしこの身を煙となさば
とても浅茅の里近く
小夜の衣に香はとどまりて
せめて見ぬ世のかたみとも



山烏
誰を恨みて墨染に
浅き契にあひ馴れそめて
なかなか今はなかなかに



なれなれ茄子
背戸屋の茄子
生らぬは嫁の
これ嫁の名のたつにこれの



夜やさむき衣やうすき独寝の
夢も破れてうつとりと
硯ひきよせする墨の
音さへしのぶ閨の文
一筆そめて顔あげて
昨日はうらみ今日はまた



しづかにわたる鐘の声
ゆうべの夢のけささめて
寝乱髪のやるせなう
つもるとしらでつもる淡雪



思のますは
誰のゆゑかや
をりをりに他心ある振みれば
添寝しながら心もとなや



文がやりたや新町筋へ
とりちがへて仇にはやるな
花のふき様の手にわたせ



わびて世に住む
裏庭の
こぼれ松葉を
うらやむまでに
さもしいわたしに
誰がしたえ



なかなかにはじめより
なれずばものをおもはじ
忘草の名にあれば
しのぶは人のおもかげ



数ならぬ身にはただ
思もなくてあれかし
人なみなみのうす衣
袖に涙ぞかなしき



かしは木のゑもんのまりを
とんとけたればまりは枝に
とまりければ
桜はらりほろり



青柳をかたいとによりて
なくや鶯うぐひすの
ぬふてふ傘は
桜が小枝の花傘



思寝はそつとせうもの
殿がそろとござろもの
殿がそろとござらば
屏風そろりとたてよもの



わかれ煙草の
思ひのけむり
思ふかたへと
なびくもの



あんなひとどこがようて惚れたかと
人の噂も七十五日
いまは誓紙のかずかずを
する墨よりもが身が細る



川添ひの柳
風ふけば
うごくとみれど根はつよし



さいばらに衣は染めむ
雨はふれども
雨はふれどもうつろひがたし
ふかくそめては



契りし宵の
たそかしるべきそらだきの
萩の戸をひらく袖のうつり香



奥の細道
はるばるきつれ
屏風岩とは
うれしいものを
かけてゆこかよ恋衣



若草のや
妹ものりたりや
われものりたり
舟かたぶくな



なかなかにつらからば
ただひとすぢにつらからで
情のまじるいつはりと
おもへばふかきうらみかな



七せきの屏風も
おどらばなどか越えざらん
られうの袂も
ひかばなどかなびかざらむ



小袖流さば
とても流さば
恋といふ字をたつた一筆
参らせ候と書いて
流しやれ



朝野にいでて若葉をつめば
露に小袖がみなぬれた
小褄ぬれてもぬれてもままよ
妻とさだまりや濡れもせう



日暮の小鳥はごそごそと
小藪のなかへごそごそと
おいらは娘のふところへ
そろそろと
はやそろそろと



花いけの
水にだまされ咲いたがくやし
根もないわたしに



おもふこと
いはでやつひに山城の
淀のわたりの浮瀬にも
沈みてはてぬ行衛こそ
なみなみならぬ思かな



この帯の結ぼるるは
はてさて様のおいでぞや
なんのまあ
はれがましやわしの心のむすぼるるに



ひく人は
あまたあれど
妻琴の
もとの心かはらずば
琴柱におちよ秋風



夕千鳥
まねけども
磯へよらばこそ
思ひきれとの
風がふく



憎や鈴虫の
鳴くべき野ではなきもせで
君とわれとのあひだをば
きれんやきれんや
きれきれと鳴く憎さ



さても見事な
みたらい躑躅
晩につぼみて夜中にひらく
夜明がたにはちりちりと



あさまよりの小烏が
露にしよぼぬれたやうな
ゆりゆりと苗をとる
露にぬれたよな



ゆきくれて旅の道
うらぞさびしき波の音
かへらうと鹿の鳴く声に
夜もすがら泣きあかす



君は五月雨思はせぶりや
いとどこがるる身は浮舟の
波にゆられて島磯千鳥
れんれれれつれ



そつとお寄りな
露けき袖は
もしやこぼれて
散らうもの



落ちた涙を小指にそめて
ふたりしのんだ櫺子の窓に
命とかいたは
うそかいな



沖の鴎にゆられて夜こがるる
いざやわたる丸木の小橋
おちて名のたつ
みわたせば塩屋の煙たつが
かなしうて



涙なかけそ春の夜の
紅の小袖はかざすとも
いつ乾くべき灯のかげに
泣きそな泣きそ春の鳥



夢にばかり
夜なよな思ふ人を
みちのくの
忽来の関を
たがすゑて
現にこともかよはず



とんとつきあげきりりとまはし
みてし人こそゆかしけれ
十七八の砂山の躑躅
寝いろとすればゆりおこさるる



車路をふきゆく風が
ものいはば
日にいくたびのたよりせんもの
笠をわすれた峠の茶屋へ
心くもりておもひだす



のちのあしたにかよはす文の
よべの手枕
けさはなかなか
けさはなかなかみだれ髪
ゆふかひも



五条あたりを車が通る
のほんえ
たぞや夕顔さん
さんさ花車
のほんえ花車
くるまのほんえ



鐘は聞えてうきことの
うすく更けゆく秋の夜の
人まつ人のものおもひ
うつつなのうつつなよ



心うかるるいかにせん
君はおろかに三日月の
かつらのごとく手にはとまらで
名はたちてゆらりゆらり



君は小鼓
しらべの糸よ
しめつゆるめつ
音にたつる



かはいお方に謎かけられて
とかざなるまい繻子の帯



こなたをおもへば野もせも山も
藪も林もしらできた



大原木めせめせ黒木めしませ
濃くも薄くもきこしめせめせ



さてもよい子や
黒木売の娘
恋の重荷か
かつぎつれ



ここは三条か
お染が宿か
油絞木の音がする



東山の端雪ではないか
あれが雪かやさくら花
ちらりちらりと花めづらしき
雪の振袖ちらと見初めしより
いまは思のたねとなる



いとし殿御の眼元のしほを
入れてもちたや花紙に



さまのいとまの吸つけ煙草
恋がますやら火がつかぬ



見ぬまでも
夢現ともおもひしに
いま見焦るるそもじなるかな



月夜影にもほしたい袖を
ぬらしたよまた絞るほど



笹の葉のごと露ふかき
われはひまなくおもへども
なんと川瀬の水車
川のなごれでまはされた



きみが田とわが田と畦ならび

鳥の影がさす
わたしの窓に



かはゆらしい前髪を
あいそもこそもこつそり様へ
しやうこともなきうきふしの
ここばつかりに日はてるまいし



こんどござらばもてきてたもれ
ぎふの御山の梛の葉を
うきよがかりの思葉を



わぎもこと
一夜肌ふれ
逢ひぞ過せしより
鳥もとまらず
鳥もとられず



後姿をみんとおもへば
霧がなう
朝霧が



まてしばし
硯のなかの薄氷
うちとけてこそ
文もかかるれ



あはれや
阿武隈に霧たちのぼり
あけぬとも夫をばやらじ
まてばすでなしや
あはれや



ござれそめたら
さまきそめたら
道の小草も枯るるほど



酒は酒屋でのんではきたが
娘たばこの火をかしやれ



髪もゆふまい化粧もすまい
たよるお方は旅の空



おいとしや
とんとんおつる杵はお方の杵か
おいとしや
娘ならかはるべきものを
深山おろしの新杵



さまは陽炎うつろひやすやな
われは薄雪うられても
逢へば心がきえぎえとや
なぜにお前はこのやうに
壬生狂言のたて役か
つひもの言ふてくだしやんせなあ



思ひそめ川わたらぬさきに
川のふかさをしらなんだ



月待つ月は冴えもせで
君待つ月は冴ゆるよの



親は他国に
子は島原に
桜花かやちりぢりに
今はたよりの文さへたえて
何に命はかけてまし



ひとりねに
なき候ふよ
千鳥も



ゆらりゆらりと浮舟の
こべりに繻子のそらどけも
とてもたつ名ぢや
流しましよ



夜ふけておりやるを今思ひあはせた
いとほしの君や身がままならぬ



時雨候もの神無月
晴れてはくもり降りごころ



いよえいよえうちとけて
ゆらゆらとお寝れ
なうさまだ夜は夜中
さあいよえ



おなつかしやと言はんとすれど
鹿の子帷子
お目しげければ
眼元ならではあらはれぬ



ひとりねもよやの
暁の別おもへば



ひとりねはいやよ
暁の別ありとも



羽織かくして袖ひきとめて
どうでも今日はゆかんすか
言ひつつたつて櫺子窓
障子ほそめに引あけて
それみやしやんせこの雪に



道でみたともわすれまい
しだれ柳のふりぢやほどに



くるくると
三重の帯さへ一重にも
むすびもはてぬ短夜の
夢もそらなる仇情



しほれがちなる袂かな
川をへだてて曲もなや
ゆききをしげる渡舟
棹の滴のかずかず



いへば世にふる
いはねば
いはねばうきひとの
それとしらばや



われは菖蒲の
ねにこそながめ
ひくな袂のつゆけきに



今日のよもやもそらだのめ
夕暮にさへなりにけり
昔の実の半分も
いまもあるならきれてもみせう
なまじ不実が
あきらめられず



揚幕の
しやんと鳴るときや
身も世もうつつ
花の播摩屋
声がふる



誰に問はまし野の道の
夢ほのぼのの紫の
ゆかりの色の蛍草
ゆかりもあらば逢ふべきに
せめて逢ふ日の栞にと
草をばむすぶこころがら
夕の風よ吹きとくな



この本の挿絵の出来栄えは、彫は大倉九節君、刷は田口陽康君の素晴しい意気込みと親切にまつところが多い。それに島源四郎君の熱心と細心な監督によつて、どうも気持の好いものが出来さうだとおもふ。(校正の日、著者)

露地のはそみちをはり




竹久夢二文学館
第2巻
詩集U
万田務監修
1993年12月15日初版第1刷発行
発行者 高野義夫
発行所 日本図書センター
〒112東京都文京区大塚3−4−13
電話 03-3947-9387
制作 オフィスコヤマ
装幀 成田克彦
印刷・製本 亜細亜印刷/関製本
定価 3,800円(本体3,690円)
ISBN4-8205-9273-4 C0391 P3800E(第2巻)
ISBN4-8205-9271-8 C0391 P38000E(セット)