たそやあんど


   新板浮世ぶし
               竹久夢二


あるカフエの卓に誰が置忘れたのか、主のない
一冊のノートがあつたのを取上げて見ると、鉛
筆のむだがき、はじめに「新版浮世ぶし」とし
てある。いづれは今時の若者が筆のすさびであ
らうか、新体詩かと見れどさうでもなし、端唄
の覚書かとおもへど昔あつたものとも思へず、
やはり「新版浮世ぶし」といふのであらう。
主のない娘の歯を染めさせたといふのでなし、
こゝにお借して、作つた主の名のつて出るのを
待つことにした。

踊子の顔
フツトライトの悪戯者が
意気な踊子の鼻さきを
そつと下からのぞいたら
コシモの画いた死絵より
もつと悲しく見えたもの。

若きクラアカへ
椿の花よりまだ紅い
キスを投げつゝ踊り子は
幕の彼方へかくれたり。
さてクラアカはしよんぼりと
堅い椅子から起ちも得ず。
したがクラアカ忘れても
楽屋へ逢ひには行くまいぞ
楽屋で見ればたゞの娘ぢや。

唄ひ女
ウヰスラのノクチユルよりもなほ淡か
青い果敢ないわがムスメ
  「待てどくらせどこぬ人を
  待宵草のやるせなさ
  今宵は月も出ぬさうな」
消えてかへらぬ小夜曲
青いはかないわがムスメ。

黄色の花
トランプの
女王が持てる黄なる花
黄なるがゆゑの寂しさか。
今日も今日とて野の路で
別れの心にさしたのも
やはり黄色な花だつた。

ジヨウカア
白粉つけて紅つけて
だんだら幕のこかげから
ふらり/\とでゝくるは
道化芝居の道化者
赤いシヤツポを爪先で
ひよいと蹴上げりやひよいとのる
青い頭のうしろから
これも道化た月が出る。

泣く虫
虫の音を値切る不粋も時世なり
虫も泣かずば売られじを
困果と泣くよ轡虫。

汐止橋
夏の夜の
夢のかけらの有明月を
そのきぬ/゛\のしほりとて
汐止橋の橋のうへ
果敢なく消えてしまふもの
今日はどうして暮さうぞ。

笑つて答へず
何時何処で如何して惚れたときく人に
何時何処で如何して惚れよと考へて
惚れられますかと言ひたいのを
黙つて笑つて居りました。

夢がほど
春の夜の
屏風のかげの衣ずれを
うつゝにさゝて転寝の
夢をさませし憎き子を
何とすべけんうつくしければ。

春の雪
煉瓦地の朝の雪
オーバシウスの踏心地。
ふらり/\と出てくるは
意気な背広の薄ら髯。
「ちよいと山崎さん――あばよ」
柳がくれに
ちらりほらりの春の雪。

カフエの卓
今日も今日とて川添ひの
カフエの卓に来はきたが
逢へるよすががあるぢやなし
酒は呑めども水色の
グラスのふちの冷たさを
おもひ知る身を何とせう。

仲の町
嘘も誠もこぎまぜて
春のさかりの仲の町
いづれ桜か柳とも
なびく袖にも露が散る。

惚れたはれたは昔のことさ
今ぢやしんじつ身も投出して
解いた唐繻子参らせ候と
帯が書いたを見やしやんせ。

約束
雨の降る夜は
ござんせと
約束したに
晴れくさる
天道様の情知らず。


ほんにおもへば昨日今日
積んではくづす我心。
浜の真砂のさら/\と
言ひたいことは数ながら
逢へば嬉しさ悲しさに
思ふ心の半分も
積んではくづす袖たもと
ほんに袂がもの言はば
察してくれたがよいわいの。

逢状
桃色の懐紙をのべて
筆とれど
言ひたいこともとつおいつ
なんと書いたら逢へるやら。



(底本奥付)
竹久夢二文学館
第2巻
詩集U
万田務監修
1993年12月15日初版第1刷発行
発行者高野義夫
発行所日本図書センター
〒112東京都文京区大塚3−4−13
電話 03-3947-9387
制作 オフィスコヤマ
装幀 成田克彦
印刷・製本 亜細亜印刷/関製本
定価 3,800円(本体3,690円)
ISBN4-8205-9273-4 C0391 P3800E(第2巻)
ISBN4-8205-9271-8 C0391 P38000E(セット)