歌時計

               竹久夢二


ちこへ。
呼びならはしたまゝにかう呼ばう。
お前は、四年前母親に別れてからこのかたパパの手許で不自由勝ちに育つてきたが、いままたパパの手から知らないよその小母さんの手に托せられようとしてゐる。
それがお前のために最善の方法ではないかもしれないが、今のパヽにはこれがもう唯一の仕方であつたことは、お前がやがて成人の後にはわかつてくれるであらう。
今にしておもへば、お前は生れ落ちるから十字架を負つてきたのだつた。さうなる運命を誰が知つてゐたらう。パヽはたゞ力の足りない自分を知つてゐるばかりだ。そしてお前は、パヽにとつても二重の十字架ではあつたが、ほんたうに親としての責任と愛情とをパヽに教へ、パヽの生活を、つねに浄化し高め力づけてくれたことは忘れない。
かうなると数奇な運命の悪戯も、たゞの悪戯ではなかつたのだ。パヽは、実に善良すぎた。そして力の弱かつたことが、パヽの生活をつねに濁し乱してきたのだ。お前を他人の手にゆだねたからとて、パヽの責任が軽くなるのではない。ただパヽはお前が一人前の人間になつてからパヽについて考へるようになつた時、パヽは好い床木であつたと言へるやうに、パヽもやるつもりだ。お前はまだほんの接木されたばかりの芽生に過ぎないが、太陽の光と熱とをうんと吸つて、接木のあとのわからないほど、素直に、ずん/\と大きくなつてくれ。
今日はお前の第八回目の誕生日だ。そして今日は、五月姫が年若い男女に交つて若草の野辺に一日遊び暮す、一年中で一番自由な幸福な日だ。紀念すべき五月祭に、この歌の本をお前への贈物にすることも意味の深いことだ。
  千九百十九年五月一日
                    お前のパヽより


パヽのみち

ゴホのたいやう
くる/\まわれ
チコのしやしんが
うつるやうに。
ゴホのたいやう
くる/\まわれ
パヽのみちが
かはくやうに。


若き母達へ。
この小さい歌の本は、わたしの子供のために、夜の食事がすんでおねむになつた時、小さい寝床のわきで謡つてやり/\した歌をあつめたのです。
あなたの小さいお子達もきつと歌をきくことをお喜びになるだらう。
船は帆をあげた。白い帆は充分に春風を孕むで、青い波のうへを乗越えのりこえ、しづかにすべつてゆく。
ゆるやかな船唄は、子供の夢をさそうて、やすらかに、子供の夢の島へ航路をあやまたず進んでゆく。
あなたは、いたいけなその寝顔を、どんなに深い歓喜と希望とを持つて御覧になることだらう。
この歌は、これまで日本で謳はれた子守唄の調子で謡つても好いのです。しづかにゆるやかに謡つてやつて下さい。
本の後の方に載せた歌は多く外国の童謡を訳したのです。これは声に出して謡ふよりも子供自身に読ませて下さい。歌の意味がわかつてくれば、子供は歌から得た感情からリズムを呼起して自然自分の曲譜を創めるでせう。
子供は、生れながらの音楽家てす。
あなたは、あなたの子供をつれて散歩に出かける時、あなたが身装をなさるのを待ちかねて、子供達は、片つぽの脚で片つぽの脚を追ひかけおひかけ歩く歩き方をして、あなたのまへを踊りながら走つてゆくのを御覧になつたでせう。あの歩き方が、詩が言葉にならぬまへの音楽のリズムです。
あなたはまた、あなたのお子さんが、あなたの方へ近よりながら
「マヽちやん」
と呼びかける言葉と身振から、子供があなたに何を求めてゐるか、また何を言はうとしてゐるかを、すぐに知ることが出来るでせう。言葉が感情を持つてゐるからです。メロデイを持つてゐるからです。そしてそれが原始時代の音楽です。
面倒な階調を持つた歌よりも、単純な素朴な調子とリズムを持つた歌の方が、どんなに子供を喜ばせることが出来るかを、あなたはすぐに知るでせう。
土蔵のまへの椿の下で、淡い春の日ざしを浴びながらきいた紡車の音も、また遠い街の家並のあなたの赤い入日を、子守女の肩に見ながらきいた子守唄や、または、乳の香のふかい母親の懐できいたねんねこ歌も、今の私達には、もはや遠い昔の記憶になつてしまひました。科学実験時代の現代の文化はサムライや紅い提灯や富士ヤマへの憧憬から、お寺の鐘の音から、人形芝居からそして紙と木の家から、鉄と電気の雑音の都会へ私達を追ひやつてしまつた。
私達は、もはや緑の草の上に寝ころんで、青空をゆく白い雲を見送ることはないであらうか。
それにしても、目まぐるしい現代生活の巷で、遠くに忘れてゐた遊戯歌を思出し、見失つた母親への愛情を追憶し、または灯のつきそめた街のゆふぐれに、今は再びきくことの出来ない昔の唄をきいて純新な少年の哀感を覚えるのは、私ひとりが負つてきた悲しみであらうか。
すべての放蕩の子が、つひに母の懐へ帰つてくるやうに、幼い時にきゝおぼへた歌は、いつまでも忘られずに再び還つてくるのは争はれない。とりわけ嬰児の記憶は、色彩や形の上ではまことに朧げで淡青い幻覚に過ぎないが、その頃きいた唄や自分でうたつた唱歌をうたふと、記憶は色彩を加へ形を持つて浮みでてくるものです。
あなたのお子達が成人の後、この小さい歌の本も、何かのふしに思出されることがあるかもしれません。


「揺藍の稚児よ。今のお前のために、その
 揺監は広過ぎるほど広い場所であらう。
 けれどやがて、お前が成人して世の中へ
 出た時、世界はお前のために狭過ぎるほ
 ど狭いことを感じるであらう。」


ドレミフアソラシ

花が散る。



フア




鳥が飛ぶ。



フア




太郎さん
次郎さん
みつちやん
よつちやん
いつちやん
むつちやん
なつちやん



フア


シ。


春の草

わらび わらび
わらびがわらふ。

げんげ げんげ
げんげはげエらげら。

よめな よめな
よめなもわらふ。


つばめつい/\

つばめつい/\
はとぽつぽ
とんびとろゝ
からすかんざぶらう。


みつば

みいつば みつば
みつばをめつけた。

ようつば よつは
よつばをめつけた。

うれしいよつば。


春の山

お山がふくれた
お山がふくれた。
そしてそこから
蕨が生へる。
土筆が生へる。
お山がふくれた
お山がふくれた。




かもめ かもめ
白いかもめ。

かもめ かもめ
風にふかれて飛ぶかもめ。

かもめ かもめ
帆かけて走る。


蘇鉄

蘇鉄 蘇鉄
大きな蘇鉄
何を食べて太つた。
釘を食べて太つた。


蒲公英

ふらり/\出てくるは
春にわかれた蒲公英の
白い尨毛の傘さいて
風にふかれる禿頭。


盲百舌

よんべ逃げた盲百舌
山ヘ去のにも眼が見えず
籠へかいろにも眼が見えず。
よんべ止まつた樹の枝で
よんべのやうに泣いてゐた。


夕焼

ゆうやけ こやけ
馬の顔真赤
畠も真赤
次郎も真赤
お夏も真赤
みんなで歌はう。




たこ/\あがれ
天まであがれ
天まてあがつたら
お月様なんしてる
お星様なんしてる
よく見ておりてこい。


からす

烏が木にとまつた。
一つ 二つ 三つ 四つ 五つ
六つ 七つ 八つ 九つ 十
十一 十二 十三………
あんまり多くて
わからない。


暴風

先生のシヤツポに羽根がはえ
くる/\宙を飛んでゆく。
桜の花にも羽根がはえ
ひら/\空へ舞ひあがる。
木の葉も瓦も黒犬も
世界のものはみんな飛ぶ。

それとべとんぼ。
やれとべとんび。


土筆

つく/\坊師 つく坊師
大きな土筆 小つちやい土筆。
どれもこれも づんべらぼう。
どれも可愛いゝ つくしんぼ。
つく/\坊師 つく坊師
出てこい/\つくしんぼ。


椿

つら/\椿の花が散る。
きら/\椿の葉が光る。

しづかな海を船がゆく。
つら/\椿の花が散る。
きら/\椿の葉が光る。


おたま

私のすきなおたま
私をすきなおたま。
暖かいストーヴのそばで
お乳をすこしあげませう。




牧場の傍を通つたら
柵の上から のつそり
親牛が首を出して
私の方を見てました。


歌時計

ちんからこん ちんからこん
ちさい枕のかたはらで
歌時計のなりいづる。
ちんからこん ちんからこん
きのふのやうになりいづる。
きのふのやうになつたとて
そなたのマヽはいつたもの
しんであの世へいつたもの。
ちんからこん ちんからこん。


眠人形

ゆりおこせば
ぱつちりと眼をあけて笑ふ。
横にねかすと
眼をつむつてすや/\ねむる。
ねむり人形。




らん/\ らん/\
鐘がなる。
学校の鐘がなる。
本持つて
鉛筆持つて
学校へ 学校へ。




山ん中の丹波栗
いがくり頭の丹波栗
定九郎頭の丹波栗。
石に頭 打つけて
二つに割れて
中から出たは
くり/\坊主の丹波栗。
可愛いゝ坊主の丹波栗。


蓑と日傘

雨の降る日に芋虫は
蓑虫とこへ蓑借りに
たのんでみたが貸さなんだ。
天気の好い日に蓑虫は
芋虫とこへ芋の葉を
借りにいつたが貸さなんだ。




電信の針金わたる露の玉
一つが走ればまた一つ
あとから/\走りゆき。
まん中どころへくる時は
二つの玉が抱き合つて
はかなく消えて落ちてゆく。
消えるものとは知りながら
みないさぎよく走りゆく。


雪わり草

雪わり草の花よ。
北国はまだ雪が深い
春だといふのに。


清水詣

一月 二月 三月さくら
やなぎのしたでお化粧して
さあさちやら/\詣りましよ。


山彦

わたしが笑へば
お山も笑ふ。

お山が笑へば
わたしは怖い。

いつそ泣いたが好からうか。
いや/\お山に泣かれたら
とてもわたしは怖からう。


山ざくら

あちらむいてもやあま山
こちらむいてもやあま山。
山のなかなる山桜。
山のなかにはなにがある。
椎や榧の木松ばかり。


わたしの村

股の下から麓を見れば
ほんとに絵のよなよい景邑
どこの街かと思つたら
やつぱりわたしの村でした。




赤いわたしの襟巻に
ふはりとおちてふと消える
つもらぬほどの春の雪。
これが砂糖であつたなら
とつてわたしは食べよもの。


猫のクロさん

猫のクロさん。こんにちは!
お前はどこえいつてきた?

花の都のロンドンへ
女王に会ひにいつてきた。

お前はそこでなにをした?

女王の椅子の下にゐる
鼠を捕りにいつてきた。


隣の頓助さん

隣の頓助さんの嫁御寮にや
糸屋のお糸さんが好からうか。
柳屋のお柳さんが好からうか。
鍛冶屋のお梶さんが好からうか。
米屋のお米さんが好からうか。
鍋屋のお鍋さんが好からうか。
大福屋のお福さんが好からうか。
おでんやのおでんさんが好からうか。
豆腐屋のお唐さんが好からうか。
時計屋のお時さんが好からうか。
隣りの頓子さんがいつち好からう。


蜘蛛

ジヤツクはお三時の御馳走を
庭木の下で食べてゐた。
すると上から干葡萄が
お皿の中へ落ちてきた。
食べようとすると干葡萄は
手を出し足出し這ひ出した。


お買物

明日は銀座でお買物
いろんな玩具を買ひませう。
「かあさんあたしにお人形」
「かあさん僕には狐の面」
「あたしは千代紙と色鉛筆」
「僕は筆立テツデイベア
ライオン空気銃
サーベル大砲・飛行船
汽車・電車タンク
軍艦・飛行機
馬競馬場お城
西瑞牙の王様……」
「そんなもの売つてゐないわよ」
「僕、それよか王様になりたいなあ」




きつちら/\漕いできた
色の黒い船頭さんが
白い大根を船につみ
ぎつちら/\漕いできた。


シヤツポ

ひろい空からふる雨は
森のうへにも牧場にも
びつくり草にも小鳥にも
みんなのうへにふるけれど
子供のうへにはふりませぬ。

それは子供の母親が
シヤツポをきせてくれるから。


王と女王

わたしがお山の王様で
あなたがお山の女王様。
お山のうへから野を見れば
男は牛を追ふてゆき
女ほ落穂を拾つては
縞のエプロンへ入れてきた。
らん らん らん
赤い空から鐘が鳴る。
さあさお城へ帰りましよ。


夏の街の灯

街に灯がついた。
果実星の灯は紅い。
ガラス屋の灯は青い。
葉茶屋の灯は黄い。
自働車の灯は眼玉。
電車の灯は走る。
提燈の灯はぶうらぶら。
星の灯はきいらきら。
お月様はまだ出ない。


お山の鹿

むかひのお山の鹿が鳴く
なにが悲うてお泣きやるぞ。

九十九人の猟人が
九十九谷をとりまいて
親子もろとも撃つわいの。


猫の昼寝

猫の昼寝を見た蟻が
「猫は病気だ」と蝿にゆた。
蝿も見てきて蟻にゆた。
「猫はとう/\死んぢやつた。」


嫁入り

晴れた野原に雨が降る。
孤の嫁入り。

笑預に涙。
お糸の嫁入り。


精霊蜻蛉

真紅な空を
真紅な蜻蛉
精霊蜻蛉
お玉のとんぼ
お夏のとんぼ。
真紅な空を
真紅な蜻蛉
精霊蜻蛉。


泣く子に

泣くのをやめて
戸外へ出たら
山羊が一疋居りました。
「山羊さん 山羊さん
お乳をお呉れ」
「太郎さんにも上げませう
お花さんにも上げまする
でも泣く子には上げませぬ」


山の小鳥

山の小鳥は海しらず
海が見たさに山を出ゝ
海辺の里へ来はきたが
いつの間にやら日が暮れて
どこが海やら音ばかり
見たのは渚の波がしら
山へ帰つてゆきました。


海月

海の海月は山しらず
山が見たさに海をでゝ
野辺の小径へ来はきたが
お天道様が照りつけて
どれが山やら森ぢややら
見たは峠の松ばかり
海へ帰つてゆきました。


駒鳥

北風は
枯木の枝に口笛をふき
雪はちら/\灰だらけ。
駒鳥は
羽交の鳥に首をたれ
ぢつと自分を暖めてゐる。
冬の日は
あんまり寝すぎて
可愛さうな駒鳥のことを忘れてゐた。


大きな音

世界中の水が
みんな一つの海だつたら
どんなに大きな海になるだらう。
世界中の木が
一本の木になつたら
どんなに大きな木になるだらう。
世界中の斧が
一つの斧であつたら
どんなに大きな斧になるだらう。
世界中の人が
一人の人であつたなら
なんてまあ大きな人になるだらう。
そしてその大きな人が
その大きな斧を持つて
大きな木を伐倒して
大きな海へ投込んだら
とんなに大きな音がするだらう。


欠伸

それは「無」といふ小つちやな家に
「無」といふお婆さんが住んでゐた。
一人の男が欠伸して
さうして口をふさいだら
家もお婆さんも失くなつた。


ひとりぼつち

ひとりぼつちでさびしいから
ひとりお家にすわつて
ひとりでお菓子をたべました。
そしたら寂しくなくなつた。


ボビーさん

ボビーさんは海へ往つたけれど
もうぢき帰つて来るだらう。
おさげ髪のボビーさん
あたいの好きなボビーさん
銀笛の上手なホビーさん。


麦畠

日が暮れて
遠くにちら/\灯が見える。
私の家の灯はあれだ。
怖い先生がてく/\帰る。
罰になつた生徒がすご/\帰る。

麦の畠の一本路の
何処で先生にお辞儀をせうぞ。
涙の中に灯が見える。


青い着物

お姫様のお嫁入り。
お父様の王様の
お母様の皇后も
ふたりのお姉妹も
みんな
青い着物を召しました。


おしのび

昔アゼンの王様が
田舎へ花をつみにゆき
田のまん中で雨にあひ
王は臍まで濡れちやつた。
それから王はわすわても
二度と田舎へ行かなんだ。


屋根と門番と時計

お家に屋根がなかつたら
いつも月夜でうれしかろ。
あの門番が死んだなら
あの柿とつて食べるのに。
世界に時計がなかつたら
さみしい夜は来ないのに。


枇杷の核

枇杷の核をのみこんだ。
お腹のなかに枇杷の木が
生えると聞いて泣きながら
枇杷の実るのを待つてたが
いつまでたつても生えなんだ。


乳母の家

路は石原小石原
峠は松原小松原。
長い寺町ちやら/\と
お寺の門で日が暮れて
提燈ぶら/\参りましよ。


鳥差

黒い帽子の鳥差
黒い手の鳥差
藪の蔭を曲つた。


巡礼

白いお髯の巡礼が
門を出る時言ひました
「庭の蘇鉄を伐らつしやい
末代蘇鉄が祟らうぞ」
そして巡礼は去つちやつた


麦笛

木履をはいて
日傘をさして
そのひとは
麦笛をこさへて呉れました。


幌馬車

姉さまを迎への幌馬車の
幌馬車のうへに
花が散る。
花が散る。


銀貨

お母さんが帰る日に
銀貨を三つ手にのせて
僕を瞶めて言つたこと。

お母さんを送つた門口で
銀貨をちやら/\鳴らして見たら
なぜか泣きたくなつて来た。

僕を瞶めて言つたこと
どんな心であつたやら。


日暮

約束もせず
しらせもなしに
鐘が鳴る。

約束もせず
しらせもなしに
泪が出る。


ひとり

街へ出て人を見たと何とせう
やはり独りでうちにゐませう。

野辺へ出て草をつんでも何とせう
やはり独りでうちにゐませう。

山へ来てひとり泣くとも何とせう
やはり独りでうちにゐませう。


港へ

私の寝室まで
私の跫音は
私について来る。
室の外の
淋しい冷たい所から
私はやつと
温かい静かな私の寝室へ辿りついた。

そこへ着いてから
私は私の影を入れぬやうに
あたりを見まはし
全く危険からのがれて
やつと幸福な扉を閉じた。

やがてお母さんが
寝室へゆく時
私が眠つたかどうかを見るために
爪先で歩きながら
私を見に来て下さるだらう。
そして私が温く静かに
小供の夢の国にゐるのを見て
お母さんは
安神してお休みになるに違ひない。


お月様

月は広間の時計のやうに
大空に高くぽかんと掛つて
塀を攀ぢる盗人や
教会の尖塔や港や岡や波止場や
また木の枝に睡る小鳥や屋根の上の猫や
公園の噴水や街を飛ぶ蝙蝠を照します。
すべての愛らしいもの
頚だれた羞草の花をも
また鎧扉のすきから
派手なクツシヨンをまづ照らします。
けれど昼の世界に属するものは
犬も子供も人形も
太陽の昇るまで眼をつぶるのです。


お伽噺の国

夕餉がすむと
私たちは卓のまわりに集ります。
黄ろい灯の光りが部屋を一杯に照らします。
お母さんは仰言る
「さあ次郎さん太郎さん
花ちやん夏ちやん
いらつしやい」
私たちはそこで遠い国々の
不思議なお話や冒険談をきくのでした。

私は銃砲を持つて
真暗らな廊下の壁を手探りで
次の間の長椅子や机の山へ
ライオンを撃ちに出かける。

赤い太陽が印度の青い山や谷を照す。
だんだら縞の虎や
皮をむいた松の木のやうな河馬が
あつちからもこつちからも出て来る。
ニグロの猟人は百発百中
お伽噺の本にさう書いてあります。

女中が呼びに来たので
私は海を渉つて帰つて来ます。
私はお伽噺の国に「さよなら」をします。
「お母さんおやすみなさい」


私の王国

輝く流れに添ふて私は歩いた。
そこで私は私の頭の高さほどある
谷を見つけだした。
灌木や朶が深く茂つて
紅や黄色の夏の花が
印度模様のやうに咲いてゐた。

小さな水溜を私は海と呼んだ。
小いさな築山さへ私には大きかつた。
私は木の葉で船を造り
木の枝で家を建て、街を造つた。
そしてそれ/\名前をつけた。

梢を渉る山雀も
川の目高も
みんな私の善良な国民であつた。
そして私は、この王国の強い王様であつた。
赤いカスケの燕は
私の軍事探偵で
モーニングを着た蜂は
私の軍隊の楽手でした。
犬は─私の軍馬は
私の傍らに私の命令を待つてゐます。

私はあまり深い海や広い野や
また私の外に王様のないやうに願つた。

けれどとう/\夕方になつた。
御飯に帰るやうに
家からお母さんの声がした。
私は私の王国と別れねばならなかつた。
私は立上つて私の王国に敬礼した。
そして家の方へ歩いた。
おゝ私は家のまへで
なんて大きな保姆が私を出迎るのを見たらう。
なんてそれは大きな冷たい室だらう。


積木の街

雨の降る日にも私は退屈しないで
客間で積木の街を造つて遊んだ。

長椅子を山に絨氈を海に
そして海の椽に街をたてる。
街には教会や水車場や王宮や
また私の船の泊る港をつくる。

王宮の高い塔から
私は私船の安全に泊つてゐる港を見る。
鬼ケ島から宝物を積んで帰る船も
私の港へ碇をおろす。
水夫や梶取の勇しい海の歌をきけ
また王宮の階段に立つてゐる王を見よ
なんて沢山な珍らしい捧物が運ばれることだらう。

私はもうすつかり満足した。
私は私の街を壊す。
すぐに王宮も街も港も
なくなつてしまつた。
そしてそこには何が残つたらう?
玩具の積木ばかり………。
けれど私はいつまでも大人になつても
私の造つた幸福な港の街を忘れないだらう。


点燈屋

昼間働く人たちが家へ帰り
門が閉る時刻になると
梯子をかついで長い棒をもつて
家々の街燈に
灯をつけては走つてゆく男があります。
銀行家の僕の父さんは
出来るだけお金を溜めるだらう。
平八は御者になるだらう。
三郎は船乗になるだらう。
僕は大きくなつて
白分が何をしたら好いか
自分で撰むことが出来るやうになつたら
さうだ僕はお前と一緒に
街から街を走りまわつて
家々に街燈をつけてゆかう。
そしてどんな貧しい家にも点けてやらう。
そしたら街がもつと明るくなつて
みんなが幸福になるだらう。
だん/\山の方へも点けてゆかう
そしたらどんな暗い籔だつて怖くなくなるだらう。

もし/\点燈屋さん
ぼくはお前のお友達だよ。


鉛の兵士

草を刈つてしまつた野原の中に
一つの穴があつた。
僕はそん中へ兵士をひとり隠した。
春が来て雛菊が咲いて
草は私の隠し場所をすつかり包んだ。
草は私の膝より高くのび
緑の海のやうに風にそよいだ。
赤い帽子をきて鉄砲をかついだ鉛の兵士は
草の影で青い太陽や白い星を
鉛の眼で見あげてゐる
やがて草が枯れて刈られる時がきたら
私の穴は見つかるだらう。
そしたら私はすぐに私の友達を見つけるだらう。
けれどもし長い間日がたつた。(ママ)
兵士は唖になつてゐるかも知れない。
鉛の兵士は雛菊が風に囁くのを
また雲雀や蜜蜂の歌ふのをきいた。
薫の高い野茨の花粉で
蝶がお化粧してゐるのも見た。

けれど唖の兵士は
それを私に話すことは出来ないであらう。


唄うたい

「あなたは何処から来たの?」
「海の向ふの遠い国から参りました。
お嬢さん」
「どんな唄が歌へて?」
「蛙の唄、夕餉の食卓の唄
それからオルガの川霧の唄
それから荒野の唄………。」
「あなたのお国にも野原があつて?」
「はい、お嬢さん。
とても曠い野原が厶います」
「そこには花が咲いてゐて?」
「はい/\夏になりますと
花が咲きますがその外の時はもう
雪と嵐で厶います。はい」
「まあ」
「それでは私の国の唄を
あなたのお夕飯のために唄つて進ぜませう」

  行衛もしらぬ渡り鳥。
  友達のない渡り鳥。

  不幸に生まれて不幸に育ち
  一人の娘を愛したが
  娘はすぐに私を忘れた。

  ある夜、娘は私を見つめ
  何も言はずに指環をくれて
  そして娘は言ひました。
  「これは金の指環です
  これを形見にあげませう………。
  ほんの少しの間だけ」。
  私が貴方を思ふのも
  ほんの少しの間だけ」。

  指環はいつか錆びました。
  娘は何処へいつたやら
  私のものではありません。

「唄のお礼に何を上げませうねえ」
「白いパンを一片。お嬢さん」
そして唄うたひは去つてしまつた。


竹久夢二文学館
第8巻
童謡童話讐T
万田務監修
1993年12月15日初版第1刷発行
発行者 高野義夫
発行所 日本図書センター
〒112 東京都文京区大塚3-4-13 電話03-3947-9387
制作 オフィスコヤマ
装幀 成田克彦
印刷・製本 亜細亜印刷/関製本
定価3,800円(3,690円)
ISBN4-8205-9279-3 C0391 P3800E(第8巻)
ISBN4-8205-9271-8 C0391 P38000E(セット)